約 511,683 件
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1235.html
848 名前:【SS】 1/3[sage] 投稿日:2011/10/31(月) 23 41 27.39 ID rsdhmYRgP [9/11] 何とか間にあった! と言うことでSS投下 タイトルは「Trick and treat~きりりんはただいま悪戯ちゅう~」 とある秋の日の夕暮れ。 外へ出かけた帰りの道すがら、今日がハロウィンだと言うことを思い出した。 「ハロウィンねぇ。つっても特別何かあるわけでもないか」 ハロウィンと言えばTrick or treat、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ、って言うのが定番だ。 とはいえ、ハロウィン自体それほど日本でも流行ってる行事でもなく、田村屋でその手のセールをやってたり しなければ俺も知ることがあったか怪しいもんである。 家でその手のイベントをしたがるやつと言えば真っ先に桐乃の顔が思い浮かぶが、今までそんなことをしていた記憶がない。 ま、桐乃はこういったイベントにはあまり興味もないだろうし、お菓子は用意しなくても平気だろう。 ―――そんな風に思っていた時もありました。 「Trick or treat! お菓子くれないと悪戯するわよ」 その日の晩、いきなり俺の部屋へと押しかけてきた桐乃の第一声がそれだった。 おいおいおい、これはちょっと予想外だぞ。というか桐乃、お前ハロウィン知ってたのか。 それに桐乃、なんだその格好は。何やら頭に耳をつけていて服が、その、毛皮みたいなものだ けってのはどうなんだ。 大事なところは隠れてるようだが、それにしても露出が大きすぎるだろう。 これはコスプレか? コスプレなのか? 狼男ならぬ狼女ってか? 襲い掛かっちゃうぞこのやろ う。 ・・・・・・冗談だからね? 本気にするなよ? 「――ちょっと、何か言いなさいよ」 「ああ、スマン。お前の格好に見とれてた」 「な!? ふ、フン! まあ? あたしのこの格好が可愛すぎて見とれちゃうのもわかるケド~。 でもなんかあんたの視線、いやらしい」 「お前はなんてことを言うんだ!?」 「ふぅん。じゃあお菓子持ってないわけね」 「そういうことになるな」 「じゃああんた、悪戯決定ね」 嬉しそうに口端をあげる桐乃。 きっと頭の中で俺にどんな悪戯をするかを考えてるに違いない。 なんともいやしい理由で笑顔になっているにも関わらず、その笑顔を可愛いと思ってしまった俺はもう手遅なんだろう。 だがな桐乃。そうは問屋がおろさないんだぜ? ハロウィンを仕掛けるってことは、自分も仕掛けられるってことを忘れちゃ困るな! 「それより桐乃」 「何よ」 「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」 ふっ、決まった。 どうせ桐乃のことだ。仕掛けることばかりに頭がいって仕掛けられることまでは考えは回っていな いだろう。 そう踏んだ俺のこの作戦だったのだが―― 850 名前:【SS】 2/3[sage] 投稿日:2011/10/31(月) 23 42 11.29 ID rsdhmYRgP [10/11] 「はいコレ」 「・・・・・・なんだと?」 悩むそぶりさえ見せずに差し出されたのは一箱のポッキー。 そう、桐乃はちゃんとしっかりお菓子を用意していたのである。 「どーせあんたのことだから、やったらやり返してくるだろうなあと思って用意してたの。 そしたら案の定だし。さっきのあんたのドヤ顔ちょーウケたんだけどw」 ・・・・・・どうやら俺の行動は完全に読まれていたらしい。 俺ってそんなにわかりやすいんだろうかとちょっと凹むが、気を取り直す。 「ちっ、お菓子あるんだったらしかたねえな。悪戯してやろうと思ってたのに」 「残念でした~。あんたに悪戯されるなんて何されるかわかったもんじゃないし~? 悪戯と称して襲われちゃたまんないもんね」 「んなことするか!」 せいぜいおっぱいタッチさせろとかそれぐらいしかしねえよ! ・・・・・・冗談、冗談だからね? イヤだなあ、妹相手にそんなこと考えるわけないだろ? ・・・・・・タブンな。 「それより早くお菓子よこせよ。じゃねえと悪戯すんぞ」 「はいはい。・・・でもあたしだけあんたにお菓子あげるなんてなんか損した気分になるわね」 「んなこといわれてもな」 そういうイベントなんだからしかたねえだろ。 つかお前は俺に悪戯できるんだからそれぐらい多めに見ろと言いたい。 しかたなさそ~にポッキーを差し出す桐乃からそれを受け取ろうとした瞬間、ポッキーが引っ込められた。 「おい、なんで引っ込める」 まさか今更名残惜しくなったとでも言うつもりか? どういうつもりだ、とポッキーに落としていた視線をあげて桐乃の顔を見てみると、何やら顔が赤くなっていた。 「? なんで顔赤くしてるんだ桐乃」 桐乃に問いかけるものの、桐乃は黙ったまま答えない。 そのかわりに、俺にくれるつもりだったはずのポッキーの箱を無言のまま開けてしまう。 まてまて、何でお前が開けちゃうわけ? それ俺にくれるつもりじゃなかったのかよ。 なんてことを思ってる間にも桐乃の手は止まらず、とうとう中のビニールまでをビリッと開けてしまった。 桐乃は中に入っているポッキーのうちの1本をつまみ上げて・・・何故か元に戻した。 出しては戻し、出しては戻しを繰り返す桐乃。 俺はその間、何故か邪魔をする気にもなれず、ことの成り行きを見守っていた。 そうしているうちに桐乃はようやく一本のポッキーを袋から抜き出した。 それは半ばで折れてしまっているやつで、長さは他のポッキーの半分ほどになってしまっている。 一体それをどうするつもりだ? と思っていると、桐乃はパクッとその先端を自分の口にくわえてしまった。 結局自分で食うのかよ! と心の中で突っ込みを入れる俺を誰が責められようか。 そして桐乃はポッキーを加えたまま俺のほうを向いた。 その顔はさっきよりも更に赤くなっている気がする。 851 名前:【SS】 3/3[sage] 投稿日:2011/10/31(月) 23 43 19.42 ID rsdhmYRgP [11/11] 「ほ、ほら!」 「あん?」 「お、おかひ! さっさほたべなはいよ!」 「はい?」 ちょ、ちょっと待て、マ、まさかと思うが・・・・・・ 「そ、その口にくわえてるポッキーを食え、と言うのかお前は!」 「ほ、ほう!」 「バ、バッカ! んなことできるわけねーだろ!」 ただでさえそんなに長くないポッキーが半分になってんだぞ!? そんなものを直接食うようなことしたらお前・・・! 「い、いいはら!」 「いやいやいや! よくねーだろ!」 「くっ! いいからくいなはいよ! ほれはあたひのいたふらなの! だからあんははコレを食べなくちゃはめなの!」 「なん・・・だと・・・!?」 つまり、コレは俺にお菓子を与えると同時に悪戯をしてるというのか桐乃は!? ・・・・・・まあ、それならしかたないな、うん。 だって俺はお菓子持ってなかったから悪戯されるのはしょうがないし? そんでもって、桐乃はお菓子持ってたから俺にあげるのはおかしくないわけで。 だから俺はコレを甘んじてうけるほかないわけだ。 その際に生じるアレコレはまあ、目をつむらなくちゃいかんのだろう。 うん、しかたないもんな。しかたないしかたない・・・・・・ 「――わかった」 「あ・・・・・・」 覚悟を決めて、桐乃が動かないように肩を掴むと桐乃が声をあげる。 「じゃあ、いくぞ?」 「う、うん。――ねえきょうふけ」 「なんだ?」 「はっぴーはろうぃん」 とりっく、あんど、とりーと その後のことはあえて語る必要もないだろう。 俺は桐乃から悪戯を受けて、お菓子を貰った。それだけである。 強いて言うならば、桐乃からお菓子をすべてもらう頃には既に日付が変わっていたとか、 『何故か』異様に疲弊していた桐乃とそのまま一緒に寝ることになったとかその程度のことである。 まあ、こんなハロウィンも、悪くないな。 そんなことを思ったあるハロウィンの夜のことだった。 -END- -------------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/435.html
557 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/03/19(土) 02 18 17.03 ID BwFzQgcz0 習作 題: 愛しい日々よ_RE 注意事項: キャラ妄想、 エロゲの主人公のような兄貴 : 本作は、28スレ目で投下した8巻妄想ネタを書き直したSSです。 : 投下者がどうしても納得できない部分があったので再投稿した次第です。 : 色々と変わっていますが大筋に変化はありません。ただし、推敲ということが出来 : ず、元と比べてだいぶ長くなってしまいました。 : : ※俺妹作品全般のネタバレと妄想を含みます。また、同作の台詞や表現をそのまま : 記載しています。 : ※8巻『妄想』ですが、それでもスレ住民的には結構キツイかもです。 目標事項: 高坂兄妹以外もちゃんと書く ____________________________________________ これが、彼女の呪いなのだろうか。 息が苦しい。 体中が沸騰している気がする。急激に視野が狭まり、今この時だけは目の前の少女のことしか脳が 認識しない――そんな錯覚を覚えた。 「私と付き合ってください」――今まさに、俺は生まれて初めて、女の子から告白されたのだ。 驚きはしない。以前も俺は、彼女の口から告白めいた台詞を聞いていたのだから。 ただ、熱に浮かされたように体が熱いだけだった。 俺に愛を告げた少女の名は黒猫。本名はは五更瑠璃という、俺の学校の後輩で、妹の友人だ。 「あの、先輩?」 「―――お、おう!」 声をかけられて驚き、素っ頓狂な声をあげてしまう。同時に現実に引き戻された。 黒猫は恥ずかしそうに俺の顔色を窺いながら、決して目は合わせようとせず、おずおずと尋ねる。 「へ、返事を聞かせて欲しいのだけれど」 「あ、ああ」 ど、どう答えればいいんだろうか。 なんせ女の子から告白なんてされた事がないからなぁ。 こ、告白……されたんだよな? 今度こそ勘違いじゃないよね? いや、流石にそれはないか。 今まで散々、そうじゃないかと思って近づけばズバッと切り捨てられていたわけだが、やっぱり 黒猫は、本心では俺の事を想っていてくれていたらしい。 では、俺はどうだろうか。 ――正直、黒猫に告白されて、めちゃくちゃ嬉しい。 俺にとっても、こいつはずっと、気になる女の子だった。 意地っ張りで素直じゃないところや、恥ずかしがりやで、意地悪で、でも本当はとても優しくて。 俺はきっと、そんな黒猫に恋愛感情を持っているのだろう。 だからこの告白は望ましいものだ。それだけは間違いない。 ただ――今の俺は、果たして恋人を作るなんてことを、してもいいのだろうか。 「あの、そのな……」 「………やっぱり、駄目かしら?」 答えに窮する俺を悲しそうな瞳で見つめる黒猫。 俺はよっぽど「駄目なわけねーだろ!」と言ってやりたかったが、そう答えるわけにもいかず、結 局はこんな情けない答えを返してやることしか出来なかった。 「……少しでいいから、考える時間をくれ。 必ず……返事をするから」 家に帰ってベッドに飛び込む。 「ふ、ふふふふ…………ぅへへへへへ……」 もはや一人きりになって、喜びを隠すことは出来なかった。 俺はきっと今までにしたこともないようなニヤケ面で、ベッドの上をのたうち回る。 ――しょうがないだろ?内心可愛いと思っていた後輩から、愛の告白を受けたんだぜ? これで喜ばない奴の方がどうかしてるぜ! そう、とても嬉しい。 嬉しいんだが―――どうしたもんかね。 正直、本音を言えばさっさとOKを出して、恋人になってしまいたいものだが。 俺の名前は高坂京介。18歳の高校生だ。 突然だが、世の中にはリア充という言葉がある。 友達や彼氏彼女など、リアルの人間関係が充実している人々のことを指す言葉だ。 この俺も、いまやその仲間入りを果たしてもおかしくない状況にある。羨ましかろう。 「………彼氏、彼女、ね」 ベッドから身を起こしてそう呟いた俺は、俺に愛の告白をしてきた女の子のことではなく、この夏 に起きた騒動の顛末、そして妹のことを思い出していた。 妹の名前は高坂桐乃と言う、近所の中学に通う15歳の女子中学生だ。 妹は俺の知る限りじゃ一番の美人で、勉強もスポーツもとても上手にこなし、雑誌の読者モデルな んかも努めていて、先日は小説も出版して――とにかくとても頑張っている、本当にすごい奴だ。 そんな桐乃が、昨日、彼氏を家に連れてきた。 相手の男は御鏡光輝という、男版桐乃のような、ムカつくイケメン野郎だ。本人は決して悪い奴で はない。むしろ桐乃と同じく、とても頑張っている奴で、桐乃と趣味も合うし、まさにあいつの相 手としては申し分ない相手だろうさ。 だが、俺はそんな御鏡があいつの彼氏だと聞いて、大騒ぎしてしまい、俺と桐乃は大喧嘩になり、 友達とのパーティは台無しになって、そして――思い出すのも憚られる俺の暴走の末、騒動は終わ った。 結論から言うと、御鏡の野郎は偽の彼氏だった。彼氏がいるなんていうのは、桐乃の大嘘だったわ けだ。 ……それもそうだろうよ。その偽の彼氏が言ってたことだが、俺の妹の相手は荷が重いだろうさ。 ―――――――失礼な野郎め。ぶっ飛ばすぞ。 まぁ、それは置いておくとしてもだ。 昨日のアレは確かに狂言だとわかったのに、どうしても消化しきれないことが俺にはある。 「……あいつ、なんで泣いてたんだろうな」 これに関しては、正直全然、何も分からない。 散々俺に激情をぶつけてきた桐乃ではあったが、結局俺は、その意味までは汲み取ってやれなかっ た。あいつが何故泣いていたのか、どうしてあんな事をしたのか―――俺には分からない。 『自分はっ! 自分はっ! 地味子とかっ……あの黒いのとかといちゃついてるくせに! 勝手な こと言うな!』 『――ええと……桐乃さんは、お兄さんに、気付いて欲しかったんですよね?』 あれは……、――あれは、どういう意味なんだろうか。 どうしても、あの声が頭の中から消えない。消えてはくれない。 もし仮に、俺があいつの言葉を止めなければ、あいつは俺に何を伝えたのだろうか。 それは、何かとても、大切な事のような気がして――。 ……くそっ、なんでこんな気分になるんだよ。桐乃に彼氏なんていなくて、台無しになってた打ち 上げパーティも明日やり直して、万事解決――したはずだよな? それでも、いつか感じたような、まるで選択肢を間違えてしまったかのような――そんなもやもや した感情は、以前よりも強く俺の心を蝕んで消えてはくれず、俺は胸に渦巻くさまざまなモノに苛 まれ、その日は眠れぬ夜を過ごした。 翌日。夏コミの打ち上げをするために、黒猫と沙織が俺の家にやってきた。 「京介氏、きりりん氏、お邪魔しますぞ~」 「……お邪魔するわ」 「はいは~い、もう準備してあるから、入って入って」 「お、おぉ!? きりりん氏? 今日はやけに元気でござるなぁ」 「何言ってんの? いつも通りのあたしじゃん」 はしゃぐ桐乃に手を引かれ、沙織はリビングへと消えて行った。 俺は自然と、残された黒猫と目が合ってしまう。 「……よ、よう。 いらっしゃい」 「え、えぇ。 お邪魔するわね」 黒猫は顔を赤らめ、もじもじとして俺と目を合わせない。 俺も俺で、恥ずかしくて黒猫の顔を見ることが出来なかった。 それを悟られるのが怖くて、玄関からリビングに向かおうとすると、 「あ、あの!」 黒猫に呼び止められる。 俺は心臓がバクバクと波打つのを感じながら、ゆっくりと振り返る。 「その……い、いつになりそうかしら」 やっと聞こえるくらいの、小さな囁き声だった。 「あ、ああ……。 もう少しだけ、待ってくれ」 「す、少しって……焦らさないで頂戴。 だ、駄目なら駄目と、はっきり言ってくれても……」 「だ、駄目だなんて言ってねえだろ!」 ――――――あ。 ……つい、大きな声を出してしまった。 黒猫はびっくりしたように眼を見開いて、かぁっと、さらに赤くなっていく。 俺の方も自分で驚いてしまい、二人してそのまま何秒か固まっていた。 「い、今のはその、――いいから、もう少しだけ待っててくれよ」 そう言い捨てて、俺は黒猫を残してリビングに向かう。 中に入ると、桐乃が沙織に抱きしめられていた。 「―――えっ」 こきーんとフリーズする。 ……な、ななな、何だ!?どういうこと!? こ、こいつらそういう関係だったのか!?う、嘘だ、そんなバカな!? 戦慄する俺に、 「…………京介さん……」 聞いたこともないような声で、沙織が俺の名前を呼んだ。 そこには、いつもの優しく、快活な色は無い。今のが本当に沙織の声なのかと疑ってしまう程に冷 たい声だった。 なんだ………これは、沙織が、怒って―――? わけがわからずに狼狽する俺と、沙織の間に緊張が走る。 そんな雰囲気の中、 「ちょっと~。 せっかく沙織とイチャイチャしてたのに、邪魔しないでくんない?」 「へっ」 「……き、きりりん氏?」 い、イチャイチャだと……? どどどど、どういうことだ!? 桐乃のやつ、今度は彼女が居るとか言い出す気じゃねーだろうな!? だ、だめだだめだ。お兄ちゃんそんなの許しませんよ! 「ぷっ。 何固まっちゃってんの? 冗談に決まってんじゃん。 あんたバカぁ?」 がっっ! こ、このアマ、またかよ!? 「お、お前なぁ! リビング入ったらお前と沙織が抱き合ってるからビックリしたんだろうが!」 「はぁ? こんなの、フツーに女の子どうしのコミュニケーションじゃん」 「えぇ~……絶対嘘だろそれ。 何? おまえらもしかして、そういう関係?」 「んなわけないでしょこのバカ! エロゲーのやり過ぎで脳みそ腐ってんじゃないのっ?」 「テメェにだきゃ、言われたくねーよ!」 俺と桐乃の間に火花が飛ぶ……と、そこで、 「きりりん氏~! 拙者は愛しておりますぞ~!」 「むぎゅっ」 沙織が豊満な胸の中に桐乃を埋め、「いいこいいこ」とばかりに頭を撫でまわす。 桐乃はくすぐったいのか、涙を浮かべてきゃぁきゃぁ言いながらもがいていた。 その様子はとても楽しそうで――やっぱさっきのは俺の勘違いなのだろうと、安堵した。 「な、何をしているのあなたたちは!?」 リビングに入ってきた黒猫が悲鳴を上げる。 「黒猫氏~! 遅いですぞ~」 「むぎゅっ。 ふぁ、ふぁなひなふぁい!」 沙織は桐乃を開放し、今度は黒猫に抱きついた。 そのまま黒猫を抱き上げてソファまで連れて行くと、今度は桐乃が背後から彼女をくすぐる。 「ほれほれ~ここか、ここがええんか~?」 「ひゃぅ!? ちょ、や、やめて頂戴――どこのセクハラ親父よあなたは!?」 「はっはっは~! 瑠璃ちゃんはくすぐり甲斐がありますな~」 「ひ!? い、いい加減にしなさい! どうなっても知らないわよ!?」 「ぷ。ハハハ……」 楽しそうな妹とその友人たちを見て、思わず笑ってしまう。 一度は壊れかけたオタクっ娘達のコミュニティではあったが、またこうして仲良くしているのを見 れて、俺も心から嬉しくなってしまうのだった。 楽しい時間はあっという間に過ぎ、パーティはお開きの時間になる。 そろそろ帰ろうかという頃合いで、桐乃はこんな事を言い出した。 「あのさ、帰る前に、言っておくことがあるんだよね」 その言葉に、ぎくっと身が固まる。 つい先日も、こいつはこんな切り出し方で、とんでもない事態を招いたのだ。 「……きりりん氏、どうかされましたか?」 沙織が少し不安そうな顔で尋ねる。 俺も桐乃が何を言うのか気が気ではない。 こいつは、今度は何を言おうとしているのか。 しかし、妹の口から出たのは、予想外の言葉だった。 「えっと、その………………この前は、ごめん!」 ……俺も沙織も黒猫も、ぽかーんとしている。 だってさ、あの桐乃が、こんなに素直に謝罪するなんて、信じられるかよ? そりゃ、『表』の顔のこいつなら分からないさ。でも、今一緒にいるのは、俺と、オタク友達だ。 捻くれてて、素直じゃなくて――それが『裏』の友達に見せる、桐乃の姿の筈だ。 ――ああ、でも。 「きりりん氏……拙者も、素直に言えば、少しだけ怒っていました」 「……うん」 「でも、今日、また皆さんとパーティをやれることになって、そんな気持ちなんて、すぐに忘れて しまっていたんです。 こうしてまた、皆さんと集まって楽しく過ごせることが、本当に嬉しい のです。 ですから……どうかお気になさらないで下さい」 「うん……ごめんね、ありがと」 穏やかに笑い合う二人。 『表』の友達も、『裏』の友達も、桐乃にとっては、大好きで、大切な友達なんだ。 だから、楽しかったら精一杯笑うし、悪い事をしたと思ったら、そんときゃ謝る。 あんな騒動をやらかす一方で、俺の妹は本当に友達を大事にするやつだ。 ……そういうことで、いいんだよな……? 桐乃は、次に黒猫に向き直る。 黒猫はビクッと体を震わせた。そして次の桐乃の台詞で、凍りつくことになる。 「えっと…………………瑠璃、も…………ごめんね」 訂正しよう――俺と沙織も凍りついた。 俺たち三人は、妹の発言に唖然としてしまった。 特に黒猫の驚きぶりたるや尋常ではない。まるで彼女は落雷に打たれたかのように、呆然とその場 に立ち尽くしている。 「ちょ、ちょっと……聞いてんの?」 「え、ぁ、き、聞いてるわ」 慌てながらも返事をする黒猫。桐乃に話しかけられて、何とか正気を取り戻したらしい。 自分の台詞に顔を真っ赤にした妹は、 「だ、だったらほら、さっさと、このあたしを許しなさいよね!」 「……………」 黒猫は目を見開き、再びぽかーんとしてしまった。 俺と沙織は目を合わせて、二人して噴き出す。 桐乃に聞かれないように、 「な、何と言う高次元ツンデレ…………拙者、眩暈がしてまいりましたぞ」 「く、くくくっ、馬鹿じゃねえの、あいつ」 二人に目を向けると、既に痴話喧嘩が始まっていた。 「……あ、あなたねぇ……だいたい何よその呼び方は。 気持ち悪いからやめて頂戴」 「はぁ!? ……はっはぁ~ん。 あんた照れてるんだぁ。 そだよねー。 他に名前で呼んでく れる友達いないもんね~。 可哀想だからいっぱい言ってあげる。 瑠璃ー。 るりるり―」 「な、なななななな!?」 気が動転して、慌てふためく黒猫も真っ赤になっていった。 お互い照れまくりながらじゃれあっているその姿は微笑ましくて、どこか姉妹のようでもある。 「きりりん氏~。 拙者も拙者もー!」 「………さ、沙織……?」 「うっひょぉぉ~~~~~! お、お持ち帰りぃぃいいいいひぃ!!」 「ひっ!?」 「……その反応はどうなのかしら」 「ぷっ。 ていうかお前は最初から『沙織』だろ」 「ぅへへ~、きょ、京介氏、今夜はきりりん氏をお持ち帰りしたいのですが、構いませんかな?」 「オーケーいいぜ。 今日くらいは貸してやんよ」 「ちょ、ちょっとあんた、妹を助けなさいよね!」 「諦めろ桐乃。 俺じゃ沙織は止められねえ」 「お持ち帰りでござるぅぅ~~~~~!」 「いやああああぁぁあぁぁあああああ!」 「……見ていられないわ……」 ブハハハハハハ………あぁ~~~~……笑った笑った。 ここんとこ、色々悩んでた事が全部、馬鹿馬鹿しくなるくらい笑った。 ごたごたしちまったけど、桐乃たちは、以前よりも仲良くなれたみたいだし、よかったんじゃねえ かな。 その後も仲良くじゃれ合う3人を見て、俺は馬鹿みたいに笑い続けるのだった。 楽しかったその日から3日が過ぎた夕方、俺は図書館での勉強を終え、家にたどり着いた。 受験生である俺は、毎日のように図書館や自室で勉学に励んでいるわけだが――ここ最近は、まる で勉強に身が入っていない。もちろん机には着くのだが、今の俺には、他に考えないといけない事 があって、そのために集中できないでいた。 『駄目だなんて言ってねえだろ』――。 あの日、迂闊にも、俺は黒猫に対して本心を吐露してしまった。 そのくせはっきりとした返事はしてしないもんだから、黒猫からすれば、そりゃぁさぞ焦らされて いるように感じているだろうさ。 悩ましくも、どうしようもなくて――俺は靴を脱ぎながら嘆息する。 「……はぁ」 どうすりゃいいんだろうかね……。 このままじゃ、黒猫にも悪いし、俺には付き合う意思もあるんだが……。 リビングの扉を開けると、制服姿の桐乃と軽くぶつかりそうになった。 相変わらず我が家の構造的死角は改善されていないので、気を抜いてると、こういうことがある。 「お、た、ただいま」 「おかえり。 ……どいてよね」 「ああ、悪い」 「…………さんきゅ」 ……ここ最近は、妹の様子にも違和感を感じる。 今の「さんきゅ」にしてもそうだけどさ、先日の打ち上げの時も、なんか妙に素直で……変だった よな? なんだろうな。良い傾向の筈なんだが、今のこいつを見てると、なんかモヤモヤする。 いつもの桐乃じゃねーみたいな……奇妙な違和感。 扉の前で俺と入れ替わりになり、階段を上がろうとする妹の背中を見遣る。 ――こいつに『あんな』事を言っちまった手前、俺が恋人を作るわけにはいかないだろう。 それに……先日もよく分かったが、桐乃は黒猫のことが本当に大好きみたいだしな。 いつものように、友達取られた――みたいに怒らせちまうのも気が引ける。 折角仲直り出来たばかりなんだからさ、今はあいつらの関係に水を差すようなことはしたくない。 でもなぁ…………………嗚呼……俺ってやつは……優柔不断なんだろうか。 悩める俺に、階段を上る手前で足を止めた桐乃が話し掛けてきた。 「………………ねえ」 「あん?」 妹は面倒そうに、緩慢な仕草でこちらへ首を回し、 「あんたさ、黒いのにコクられたんでしょ?」 ぎょっとして体が強張る。 心臓を掴まれたかのように、一瞬呼吸が止まってしまった。 「…………なんで、お前が知ってるんだよ」 「そんなの、どうだっていいじゃん」 よくねえよ。なんでお前が知って――…………いや、そんなのひとつしかねえよな。 ただ、分からないのは、何だってあいつは桐乃に話したかってことだ。 ………………あ? この気持ちは、何だろう……俺、何に対してムカついてるんだ? 「……ああ。 そうだよ。 昨日あいつに告白された」 「ふぅん…………」 桐乃は、「そっか……」と呟き、からかうように、 「んでぇ? どうすんのあんた? 付き合うんでしょ?」 「……へ」 怒らねえ……のか? それは、いつもの桐乃らしからぬ態度だった。 いつもなら、「でれぇっとしてマジキモい」ぐらい言いそうなのに。 なのに妹は、にっ、と笑って、 「付き合っちゃいなよ。 応援したげるからさ」 そう言って桐乃は階段を上って行く。 気付いた時には、駆け寄って、妹の手首を掴んでいた。 「……っ痛」 「あ、わ、悪りぃ」 「も、もう。 なんなワケ?」 慌てて手を離す。 ……少し前にも、同じことをやっちまったってのに、何をやってるんだろうか。 だけどあの時と同じような気持ちで、無意識に体が動いていた。 だから次の言葉も、きっと何も考えずに口から出ていたんだろう。 「……お前、それでいいのか?」 「えっ……?」 「その、あんな事があったのに、俺に彼女が出来ても、いいのかよ」 「………………何、それ。 どういう意味よ」 「どういうって……俺、お前に言っただろ。 『男と付き合うのなんかやめろ』って。 なのに、 俺があいつと恋人になるなんて――どう考えてもおかしいだろ!?」 「………そんなの知らない。 誰と付き合うとか、あんたが勝手に決めればいいじゃん」 「勝手にって……おい、桐乃」 「ていうかさ、あんた何か勘違いしてない?」 「な、何がだよ」 そこで桐乃は、再び俺に背中を向けて言い放つ。 「確かにさ、この前はあんた、あたしに彼氏作んなーとか言ってたケド、だからってあんたが彼女 作っちゃダメとか、そんなことないよ」 「だ、だから! それがおかしいって言ってるんだろ。 なんで俺が彼女作っていいんだよ!? お前、自分の言ってる事、分かってんのかよ!?」 桐乃の盛大な溜息が聞こえた。 妹は俺の方をちらりとも見ずに、 「あのね。 やっぱ勘違いしてるみたいだから言っとく」 容赦ない言葉を浴びせてくる。 「あんたはシスコンかもしんないけどさ、――あたしは……別にブラコンとかじゃないから」 さらに付け加えて、 「それに……黒いのは友達だし。 友達の恋愛なら、上手くいって欲しいじゃん?」 背中を向けた桐乃の表情は見えなかった。 でも、もしかしたらその顔は照れて真っ赤なのかもしれない。 そんな桐乃の気持ちを察して、俺は呟く。 「そっ……か。 友達のため、ってことか」 「……そーいうこと。 大事にしなさいよ。 泣かせたらブッ殺すから」 ……ははっ。 何だろうな。ここ最近のこいつは、ちょっと黒猫が大好き過ぎて怖いぐらいだ。 ……こんなに素直に、あの桐乃が、応援してくれるって言うんだ。 きっとそれが、………一番良い選択なんだろう。 「――分かった。 俺はあいつと付き合うよ」 「………………ん。 じゃ、あたし部屋に戻るから」 そう言い残して、今度こそ桐乃は階段を上っていった。 ……。 『あたしは……別にブラコンとかじゃないから』 へっ。 知ってるよ、んな事は。 俺があいつに彼氏作るな、なんて言ったのは、癪だけど、俺がシスコンだからってだけで。 でも桐乃は俺のことなんかどうでもいいから、彼女作ろうが好きにすればいいと思ってる。 だけど、黒猫は友達だから、あいつを泣かせるような真似は絶対すんな。 要するに、桐乃が言いたいのはそういう事だろう。 あいつは友達想いで、そんで、兄貴の事は相変わらず、なんとも思ってないってことだ。 ……そんなの、お前に言われるまでもねえよ。 ――ま、何はともあれ。 なんだかんだと悩みもしたが、もう俺が躊躇する理由は、何も無くなってしまった。 覚悟を決めてポケットからケータイを取り出す。 そして次の日の午後、俺と黒猫は恋人になった。 「お~い、桐乃……」 俺の周りをちょろちょろと忙しなく動き回る妹に声をかける。 「ん~……もうちょっと明るめの色の方がいいカモ……」 さっきから、俺は桐乃の着せ替え人形と化していた。 彼女が出来た数日後、今日は黒猫と恋人になって、初めてのデートだ。 俺の背中を押してくれた妹様は、俺の着る服やデートコースやらに事細かく口をはさみ……という より、当初俺の計画していたプランの全てを「却下!」とぶった切って下さった上、すでに用意し ていたであろう、服と、デートコースのメモを押しつけてきやがった。 その過程で俺が散々ボロクソに言われたのは想像に難くないだろう。 妹に、デートに着て行く服や予定を全部決めてもらう兄貴――最高にカッコ悪いな。 しかし、桐乃のセンスなら外れがないだろうことも事実なので、俺はこうして言われるがままにな っていた。 それでも内心面白くないので、ついつい反抗してしまうと、 「桐乃さ―ん? もう、服とかあれで良くね? ほら、前、お前と偽デートした時のやつ」 平手打ちを喰らった。 「痛ってーな! なんで叩くんだよ!?」 「うっさい馬鹿! バカバカバカ! ホントばか過ぎ! 死ね!」 な、何いきなりマジギレしてんだよ!? あいっかわらず意味分かんねえな、お前は……! 俺と妹の間に火花が飛び、俺達はそのまま睨みあいに突入する。 ――そして言うまでもなく俺が負けた。 「……そうだよな。 こうやってお前が一生懸命考えてくれてんだもんな。 悪かったよ」 「…………………………ふん」 桐乃は俺の肩をバシっと叩いて、 「良かったね~。 ダサくて鈍感でダメダメなあんたでも、ちょー優しい妹のあたしのおかげで、 ちょっとはマシなデートができるかもよ」 「……チっ、言ってろバーカ」 「べーだ。 ……ま、あんたがダサいと、一緒に歩いてるあいつが可哀想だもんね~」 ヘーヘー。あくまで黒猫のためですか。ケッ。 こいつ、俺の心配なんざ1%たりともしてやがらねえな。 「じゃあな。 行ってくるよ」 俺は苛立ちを押さえて部屋を去り、階段を下って玄関に到着する。 これまた桐乃のセンスによって選ばれた、今日の服と調和した新品の靴が俺を待っていた。 イライライイライライライライライライライラ……。 ……初めて出来た彼女との初めてのデートだってのに、なんで妹なんかにあれこれ言われなきゃな んねーんだよ。お前は関係ねえだろうが。 黒猫の友達だからなんだっつーんだ。 「ねえ」 俺の気も知らず、階段の上から桐乃が声をかけてくる。 「あんだよ? まだ何かあんのか!?」 靴を履きながら顔だけで振り返ると、「びくっ」と怯える桐乃の姿が目に入った。 そんな珍しい妹の姿にハッとして我に返る。 ……くそっ。 桐乃がムカつくなんて、いつものことじゃねーか。 しかも今日のあいつは、友達の心配をして一生懸命だっただけだ。 なのに、その友達とデートしようっていう俺がキレるのは、おかしいだろうが……。 そんなこと――そんなこと、頭じゃ分かってたはずなのに、どうして。 「わ、悪い。 大きな声出しちまったな」 「………ん。 別に、いいケド」 桐乃はシュンとして俯いてしまう。 そんなしおらしい妹に違和感を感じて、 「……なぁ桐乃。 お前、最近ちょっと変じゃねーか?」 「へ、変って……、何言ってんの?」 「いや、何て言うか……どう言えばいいかわかんないけど」 俺は、どうしてだか知らないが、最近の妹が、寂しそうにしている――多分、そう感じていた。 まるで、初めて参加したオフ会でハブられて、ひとりポツンと立ち尽くしていた時のような、 そんな悲しげな雰囲気を、今のこいつは纏っていた。 表面上は、いつも通りの桐乃に見える。 ゲラゲラ笑ったり、ちょっとした事でムカついたり――そんないつも通りの高坂桐乃に見える。 だから、俺は自分でもなんでこんなことを考えてしまうのか分からず、言葉に出来ない。 「……はぁ。 変なのはあんたの方でしょ?」 「え? お、俺が?」 「そ。 あんたさ、彼女出来たんでしょ? 幸せじゃないワケ?」 「おまっ!?」 この野郎なんて恥ずかしいコトを!? 初心な俺はかあぁっと顔が熱くなった。 狼狽する俺に向かって、妹が階段を下りてくる。 「普通さぁ、好きな人と恋人になれたら、すっっっっっっごく、幸せだと思うじゃん? なのに あんたってばなんか不満そうだしー? さっきもすごい怖い声出したじゃん」 「…………それは悪かったよ。 なんだ、怒ってんのか?」 桐乃は「ちっ」と舌打ちし、 「あのねー、あたしがムカついてんのは、せっかく彼女が出来たのに、ちっともあんたが嬉しそう にしてないことなの。 ……あんた、ちゃんとあいつのこと好きなんでしょうね? もし本気じ ゃないのに付き合ってんなら、マジ許さないよ」 「そ、そんなことねーよ。 つーかな、逆に言わせてもらうけど、なんだってお前はそんなに干渉 してくんだよ」 「っ、それは…………………………」 最近感じている不満を桐乃にぶつけてやる。 すると妹は、言いにくそうに口を噤んでしまった。 目を伏せて悔しそうに下唇を噛み、俯いたまま、桐乃は再び口を開く。 「……二人が上手くいくかどうか、心配してあげてるんじゃん……」 「………………………そっか」 俺達二人を――というより、黒猫のことを心配してるんだろうお前は。 不甲斐無い俺が、大好きな友達を傷つけないように。 今日のデートが少しでも楽しい思い出になるように。 こいつなりに気を使って、デートの計画を立てたり、俺の服を見繕ったりしてくれたんだろう。 素直じゃない俺の妹が、友達のために色々頑張っている姿はきっと微笑ましいものだ。 そしてそれは、感謝すべき気遣いに違いない。 「ありがとな、桐乃。 あいつの分も、礼を言っておくよ」 「……ん」 俺は靴紐を結び終えて、すっと立ち上がる。 片手を上げて、妹に挨拶をした。 「んじゃ、いってくるわ」 「……………………………あ、あの!」 玄関のドアノブに手を掛けたまま振り返る。心配そうな顔をしてる妹のために、微笑んでやった。 「ん?」 「………………………なんでもない。 が、頑張ってね、兄貴」 「おう!」と力強い返事をして家を出ると、 「眩しっ」 途端、強烈な太陽の光を全身に受ける。雲ひとつない快晴だった。 ――妹に応援されて、頑張らないわけにはいかないな。 桐乃に「頑張って」なんて可愛いこと言われたの初めてだしな。 だけど、喜ぶべきことのはずなのに――何故だろう。俺の心は晴れなかった。 駅前のコンビニでスポーツドリンクを買い、外に出たところで開封する。 ごきゅごきゅと喉を潤し、ロータリーを回って目的地へ向かうと、約束の時間まで後30分もある っていうのに、もう待ち合わせ場所に着いてしまった。 だけど既にそこには、俺の知る細い後ろ姿が、ひとりポツンと立っている。 ここで俺はちょっとした悪戯を思いついた。誰もが考える定番のアレだ。 少々ガキっぽいが、緊張をほぐして、初めてのデートの掴みを得る意味もある。 そろり、そろりと黒髪の少女に近づいていく。 後3メートル程のところで、目を閉じて大きく息を吸い込み――。 「――何をするつもりかしら」 「ぶげぇえぇっ!!??」 吸い込んだ息の分、盛大に咽せた。 「ふ……。 侮られたものね。 人間風情がこの私の背後に立つなど、笑止」 「ごほ、ごほっ……お前なぁ……!」 「何かしら? 人を背後から脅かそうとした男が、何を言うつもり?」 「………なんでもないっス」 これからデートだってのに、初っ端から邪気眼発言かよ、と内心ツッコむ。 そんな俺の恋人は、今日も例の白いワンピースに、つば広の帽子を被っている。 白い肌と白い服に、綺麗な黒髪のコントラストと、目には赤のカラーコンタクト。 そのすべてが、夏の強い陽光にさらされ、輝かんばかりに見えた。 「やっぱ、その服似合ってるな。 可愛いぜ」 「そ、そう……? あ、ありがとう」 頬を赤らめ、きょろきょろと視線をさまよわせる黒猫。 「先輩のその服も………、」 何かに気付いたかのように言葉を区切り、 「……自分で選んだのではなさそうね。 あなたのセンスではないわ」 「へ。 お互い様だろ。 ていうか、素直に褒めてくれてもいいんじゃねーの?」 「に、似合っていないとは言ってないわ」 ぷい、とそっぽを向いてしまう。 黒猫と出会ってから1年以上が経っている。今の俺なら、これが機嫌を損ねた時の反応じゃないと いうことが分かる。きっと1年前の俺なら、「何考えてんだかわかんねー」と思ったに違いない。 1年前かぁ……こいつと恋人同士になるなんて、考えもしなかったよな。 だけど今や、間違いなく俺の彼女だ。 ポケットの中に畳んで入れたメモを指でこすり合わせる。 ――背中を押してくれている誰かさんのためにも、今日一日、こいつを目一杯楽しませてやろう。 そう思って、俺は黒猫の肩をぽんと叩き、 「よっしゃ、じゃあ、まずは――」 水族館から並んで出てくると、西からの日差しで風景が朱色に染まっていた。 海沿いの広場には、こんな綺麗な風景だと言うのに人通りは決して多くない。まるで映画のワン シーンのように、海鳥の切ない泣き声がその光景に演出を加えていた。 「……もう、夕方なのね」 黒猫が呟く。 言いたいことは分かるよ。俺も同じ気持ちだ。 結果から言うと、今日のデートは大成功だった。 桐乃の選んだデートスポットはどれも黒猫の好みに合致していたらしく、落ち着きなくそわそわし ている彼女を見ているだけでも俺は楽しかったし、きっと黒猫も楽しんでくれただろう。 途中、照れまくる黒猫に罵倒されながらも手を握ったりと言った、ソフトな接触も出来た。 初めてのデートにしては、上出来だったんじゃないだろうか。 俺は安堵とともに口を開く。 「なぁ黒猫」 「何かしら」 「今日はさ、その…………楽しかったか?」 「そうね。 及第点、といったところかしら」 えぇ…………!? それってつまり、楽しくなかったってことか? がっくりと肩を落とす俺。 「な、情けない顔をしないで頂戴。 ……楽しくなかったなんて、言ってないでしょう」 「ほ、ホントか?」 「まったく、あなたときたら……ええ、そうよ。 楽しかったわ。 どこも以前から行ってみたい と思っていた場所だったもの。 それに………」 頬を染めて、 「ずっと、あなたといっしょだったから」 「…………そ、そっか」 「そうよ」 目を離さずに、俺のことを見つめ続ける黒猫。 彼女の呪いの力なのだろうか、俺も何かに縛られたように、目を離すことが出来なかった。 ……少女の赤い瞳が迫ってくる。 黒猫は俺の肩を掴み、そして――― 「あーーーー!! あのひとたちチューしようとしてるーーー!!」 思わず、無邪気な声の主へと顔を背けてしまう。 そこには幼い少女と、彼女よりも頭一つ大きな男の子がいた。 少年は、女の子の頭をぺし、とはたくと、 「こら、ジャマしちゃダメだろ!」 「えへへぇ……おにいちゃん、あのひとたちこいびとどうしなのかなー」 「だからダメだってば。 言うこと聞かないなら、おいてっちゃうからなー」 少年はそう言って、小さな妹を残し、一人歩いて行こうとしてしまう。 俺はどうしてか、その光景に強い既視感を覚え、彼らのことをじっと眺めてしまっていた。 不意に、肩を掴んでいた儚い力が離れて行くのを感じる。 はっとして振り向くと、悲しげな微笑みを浮かべる恋人も幼い兄妹をを見つめていた。 「あー、まってよおにいちゃんー」 女の子は追いつこうと走るが、歩幅の差もあって、なかなか距離は縮まらない。 それでも兄に追いつこうと懸命に走って――転んで、泣いてしまった。 妹の泣き声に気付いた少年は、面倒くさそうにしながらも少女のもとへ助けに走る。 泣いている妹を助け起こして、頭を撫でて一生懸命に慰めてやると、ぐずついていた妹も落ち着き を取り戻していく。 女の子はぽかぽかと少年を叩き、しかし決して離れようとはしない。 兄は困ったように頬を掻いていたが、やがて妹を背に乗せ、夕陽の射す道を行ってしまった。 「…………」 その二人の背中をじっと眺めていると、 「――仲の良い兄妹ね」 「……ああ。 そう……だな」 鈴の音のような声に、胸を締め付ける懐かしさは浚われてしまった。 彼女へ視線を戻す。 「黒猫、さっきのは――」 「ねぇ。 今日はあなたの妹はどうしているのかしら」 「……………どうして、桐乃の話なんかするんだよ」 「……先輩? どうかしたの?」 「どうって……別に、どうもしねーよ」 黒猫は「そうかしら」と小さく呟き、 「妹さんの話をするのが嫌なの?」 「そういうわけじゃねーよ。 ただ、今は俺達二人きりなんだから……」 妹とはいえ、他の女の話は――そう言おうとしたが、黒猫の追及は止まらない。 「今まで何度も二人きりになったけれど、あの子の話をするのは、珍しいことではなかったわ」 「……そうだっけか? よく覚えてないな」 俺の意味不明な態度に黒猫は目を細め、普段のすげない口調で問い詰める。 「あの子と何かあったのでしょう。『お願いだから』言って頂戴」 「別に、何でもないって言ってんだろ」 「それは嘘ね」 「う、嘘じゃねーよ」 「嘘をつかないで頂戴」 「だから! ……お前こそ、どうしたってんだよ」 急にあやせみたいな事を言い出しやがって。 その言い回し、俺にとっちゃトラウマもんなんだぞ? 黒猫は「やれやれ」と肩を竦め、 「以前も似たような事を言った覚えがあるのだけれど……ねぇ、先輩?」 「……何だよ?」 「私はね、ずっとあなたの事を見ていたのよ」 「――っ」 告白めいたその台詞にたじろいでしまう。 不謹慎にも、この場面でこいつにこんな風に言われて、俺の心臓は高鳴ってしまうのだった。 だけど、いつかのような、陶然とした気分にまではなれない。 他ならぬ彼女の表情が、あの日とは違っていた。 「だから、あなたの考えていることが理解るの。 ――当ててみせましょうか?」 「……へぇ。 面白いじゃん。 言ってみろよ」 なのに、同じように、どうでもいいと思っているような返事しか出来なくて。 そんな俺はきっと、内心を言い当てられると予感していたに違いなかった。 その考えは正しく、黒猫は俺の予感を的中させる。 「『なんで妹は、俺に彼女が出来るのに反対しないんだろう』」 「っ……………」 「……ふ。 図星のようね」 少しだけ、胸の中に鉛でも入っているかのような、重い気持ちになる。 それはきっと、こいつに知られたくなかった、本当にどうしようもない、俺の本音だった。 「シスコン」 「……悪かったな」 俺はよろよろと歩き、傍のベンチにどかっと腰を下ろす。 大きく息を吸い、肺が空になるまで吐き出した。 「……なんで」 「分かり易いのよ先輩は。 自覚が無くて? そうね、たまにボーっとしているし、仲の良い兄妹 を見て、羨ましそうにしているし――」 「――わ、分かった。 それ以上言わないでくれ!」 からかうようにニヤニヤと笑う黒猫を、両手を突き出して制止する。 ちっくしょう……。なんでこうなっちまうかなぁ。 今日が素晴らしい思い出になるよう、努めていたはずなんだがなぁ……。 俺は彼氏として、黒猫との時間を大切にしようと、自分の中の靄を払っていたつもりだった。 だってさ、折角の初デートなのに、彼氏が妹の事ばっか気にしてるなんて――ありえないだろ。 それでも、ふとした時に考えてしまう――そのわずかな隙を、黒猫は見逃さなかったのだろうか。 「すっげぇなぁ……。 お前にゃ敵わねーよ」 心底からそう思った。 ふふ、と満足げな笑みを浮かべた黒猫は、 「ねぇ、先輩」 両手を後ろに組み俺に問いかける。 夕陽に照らされる、無垢な白い少女。 まるで絵に描いたかのようなその姿は、しかし、ほんの少し寂しげでもあり。 その顔を見て、「あぁ、こんな顔をさせたくはなかったのに……」と、今更ながらに罪悪感と後悔 が押し寄せてくる。 「……なんだよ」 「……よかったら、話して頂戴。 あなたの考えていること、感じていることを……。 折角の私 との逢瀬だというのに、何があなたの心を蝕んでいるのか、興味があるわ」 「……俺の考えが理解るんじゃなかったのか?」 黒猫は、「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らし、俺の座るベンチに腰を掛ける。 「……あなたの口から聞きたいの」 意地の悪い表情――ではなく、かつて俺に愛を告げたあの日のような、真剣な目でそう言った。 そんな表情を見せられたから、冗談で済ませようとした事が後ろめたくなってしまう。 「……先に言っておくけどな。 俺は今日お前とデート出来て、すっげぇ楽しかった。 本当だ。 いいか、それだけは信用しろよ」 「ええ。 ……信じてあげる」 俺はその言葉にとりあえず安堵し、黄昏ていく空を見上げて、本音を吐露する。 「そんで……お前の言うとおりだよ。 俺は、桐乃が俺たちが付き合うのに賛成してるのが、寂し かった。 すっげぇ寂しくて…………悲しかった」 一度堰を切った想いは止められず、ただ只管に言葉が流れて行く。 「俺はあいつに彼氏が出来たって聞いて、大慌てして、騒いで、無茶苦茶やらかしたのによ。 なのに桐乃は、俺に彼女が出来るってのに、何も言わねえんだよ。 いや、それどころか、俺た ちの事応援するって、……俺に、頑張れって――あいつはそう言うんだ」 「そう……なの」 「俺は……それが、めちゃくちゃ悔しかった。 俺はあいつの事に必死になっちまうのに、なのに 桐乃は、俺なんかの事はどうでもいいのかよって……そう思ったら、悔しかった」 あいつが俺の事を嫌ってるなんて、そんな事は分かっている。 なのに俺は、そんな妹の事がかわいくて、心配で、しょうがない。 だから――これが俺の本当の気持ちなんだろう。 ずっと碌に口も聞かなかった桐乃と、また話せるようになって、頼られて。 一緒にいると、たまには楽しい事もあって。 ――きっとそれが、本当は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。 いなくなっちまった時は、寂しくて寂しくて死にそうで――だからこそ……頭の何処かで、あいつ だって、俺に恋人が出来るのを嫌がってくれるんじゃないかと思っていた。 桐乃も、ほんの少しくらいは、俺に執着してくれる筈だと――勝手にそう思っていた。 だけど、そんなのは俺の思い違いだと、他ならぬ桐乃の口から言われてしまって、 「悔しくて、すっげぇムカついて……………………寂しかったんだよ」 見上げていた空は、その姿を鈍く歪めていて、朱色にきらきらと輝いていた。 そんなどうしようもなく情けない俺に、黒猫が優しく声をかけてくれる。 「それが、あなたの気持ち……なのね」 「ああ。 そうだよ悪いかよ、情けない奴だと笑うがいいさ!」 こっぱずかしくて、ヤケクソ気味に返答を返す。 なのに黒猫は、怒るでも、呆れるでもなく、 「情けないだなんて……思ってないわ」 そう言ってくれた。 「…………そっか」 彼女の優しさが嬉しいのと、自分の言動のおかしさに、さらに照れくさくなってしまう。 「変態のシスコンだとは思うけれど」 「………」 ……ですよねー。 妹が彼女作るのに反対してくれないからって取り乱すとか、完全にシスコン極めちゃってるもん。 しかもそれを自分の彼女に涙ながら語るとか……………。 ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァ―――――!! ひぃ、は、恥ずかしい!! 今すぐこの場で気を失って、目が覚めたら全部無かったことにならないだろうか……!? 「――つまり、そういう事でいいのね?」 「へっ? な、何が?」 黒猫は「やれやれ」とため息を吐き、俺がそうしたように、夕暮れの空を見上げる。 そして、さっきは出来なかった話を切り出してきた。 「ねぇ、先輩。 今日は妹さんはどうしているのかしら」 「……さぁ。 あいつのことだから、仕事とか部活じゃねえかな」 「変わったところは、ない?」 「なんだ? 心配してくれてるのか?」 「……茶化さないで答えて頂戴。 あの子の様子はどうなの?」 真剣な口調で返されてしまい、面食らう。 どうも本気で桐乃の心配をしているらしい。 わっかんね―な。つい10日くらい前に会って、バカ騒ぎしたばっかじゃん。 だがそんな疑問も、黒猫の気迫に押しのけられてしまい、 「多分………だけどな。 ちょっと元気がないかもしれない」 「……そう……」 視線を戻し、黒猫は小さな声で問いかける。 「どうしてだと思う?」 「……どうしてって…………そりゃ、俺達が付き合いだしたからじゃねーの」 「えっ!?」 目を見開いてぎょっとされてしまった。 「何驚いてんだよ。 この間の打ち上げの時みたいにお前や沙織と遊ぶ機会が減っちまったから、 ちょっと落ち込んでるだけだろ?」 「………あ、そ、そう。 ―――驚かせないで頂戴」 いや、俺の方が驚いたからね?まさかお前がそこに思い至らないとは思わなかったよ。 ていうか今のやり取りのどこにビックリする箇所があったのさ。 そこで会話が途切れてしまい、俺達はベンチに並んで夕陽を眺めていた。 ふと、恋人の横顔を盗み見る。 綺麗だと思った。透けるような白い肌も、赤いカラーコンタクトの入った瞳も、細く流れるような 黒髪も――白と黒と赤、その全部が夕暮れの光に照らされて、とても綺麗だった。 だからこそ、彼女が寂しそうに見えて、それが何故なのか分からない。 俺の視線を感じたのか、黒猫はその顔のまま俺に向き直り、 「先輩」 「……何だ」 「あなたの『呪い』について、言っておくことがあるわ」 「呪いって……」 ほんの一週間ほど前のあの日を思い出す。 彼女から受けた『呪い』の言葉――愛の告白を。 「いいえ」 「――え?」 「その呪いのことではなく――もっと古い呪いよ」 「それって……俺がアメリカに行く前の?」 頬に受けた、呪いの接吻――。 しかし、それは既に『上書き』されたはずだ。 他ならぬ黒猫自身によって。 「……いいえ。 それも違うわ」 「……じゃあ………いつの事だよ」 まさか俺の気付かないうちに、キスとか告白とかしてくれてたのか……?そんな嬉しい事があった ら、絶対忘れないはずだけど。 しかし、彼女の言葉は俺を混乱させるばかりだった。 「それは私にも分からないわ」 「はぁ? ……お前、何言ってんの?」 黒猫は一気に捲し立てる。 「あなたにはね、呪いがかかっていたのよ。 私が呪いを授けた日より、ずっと前から。 でもそ れは、巧妙に迷彩された術式によって、あなたからは隠されている。 ……気付かないのも無理 は無いわね。 あなたには『そういった力』を感じ取る能力が、人一倍乏しいのだから。」 「……だから、何の話だよ……」 「――いいから、黙って聞きなさい」 ムッとした黒猫に、、ぺし、と可愛らしく手首を叩かれてしまう。 一応俺の話を聞いてるあたり、邪気眼が発症したのではないだろう事だけは理解出来た。 だがそれでも、黒猫は止まらない。 「そして――きっと、その呪いのために、私の授けた呪いは、真の力を発現出来ないのよ。 何故ならその呪いは、恐らく私の身をも蝕んでいるのだから」 「………」 「だから私は、いつかあなたが――そして私が、この呪いを打ち破るために、今は私の力を貸して あげようと思うわ」 こいつが何を言いたいのかは、全然分からない。誰が、何を――そういった部分を、きっと黒猫は ぼかして喋っているのだろう。 「………今からあなたに躾を施すわ」 「……し、躾…………………っすか」 「ええ、躾よ。 あなたを立派な闇の眷族にするための儀式――そうとも言えるわね」 宣告する黒猫の声は低く恐ろしさを感じさせるもので、俺はごくり、と喉を鳴らす。 黒猫は立ち上がり、真剣な表情のままゆっくりと右腕を上げ、俺の顔を指差して、 「あなたは、妹の事が好きなのよ」 そう告げた。 そのまま、どのくらいの沈黙があっただろうか。 後頭部をいきなり殴られたかのような眩暈を感じ、ずるりと、腰がベンチを滑っていた。 両腕で体を支え、何か言おうと口を開くが、 「もちろん――ただ『妹』として、ではないわ」 その言葉に、まるで死刑の宣告を受けたかのように息が詰まり、喉が鳴る。 震える腕で、力を振り絞って立ち上がり、逆に黒猫を指差してやる。 「ぉ、おぉお、俺が、…あいつを!? ……、しかも妹としてじゃなく!?」 呼吸が乱れ、途切れ途切れに話す俺の調子に合わせ、こくこくと首を振る黒猫。 妙に可愛らしい仕草だが今はどうでもいい! 「……じょ、冗談だよな」 「………冗談に聞こえたかしら?」 ごくり。 「お、おまえ…………、馬鹿じゃねえの!?」 「馬鹿とは、どうして?」 「き、桐乃は妹だぞ!? 現実の世界に、妹に恋する兄貴なんて、いねーーーよ!!」 「現に私の目の前にいるわね」 「だから誤解だ! 仮にも彼氏に向かって何言ってんのおまえは!?」 「あら、随分慌てているようだけれど、本当に違うのかしら?」 「あ、慌ててねーよ! た、確かに、俺はシスコンだ! どうしようもなくシスコンだよ!! 妹のことが気になってしょうがない、シスコン兄貴だよ!!」 「……っ」 黒猫は目を見開き、口の端をぴくぴくと痙攣させている。 引いてんじゃねー! おまえの発言にこそドン引きだろーが!? 「……だけどな、俺はあんな、ムカつく奴のことなんて………」 「嫌いなの? 本当に?」 「……………嫌いだよ……おまえだって、知ってるだろ」 またも「やれやれ」と溜息を吐く黒猫は、再度ベンチに腰を下ろし、「こほん」と咳払いする。 「……これは、私の話なのだけれど………」 ちら、と俺に視線を投げかけてくる。 ……今度は何だよ?まさかおまえ自身が自分の妹に恋してる、とか言い出さねーだろうな……。 ちょっぴり戦慄しながらも頷いてやると、 「私にはね、ある『とても憎い女』がいるの」 ……誰の事を、とは言うまい。 「その女はね。 いつもいつも私の事を嘲笑い、気に入らない事をしてきて、子供っぽくて、我儘 で、馬鹿で傲慢で、ひねくれてて、なのに私が欲してやまない、多くを手にしていて―――ああ ―――あの女の顔を思い返すだけでも腹が立つわ……………」 黒猫の赤い目が怪しく光る。今にも黒魔術の儀式でも初めて、『あいつ』のことを呪いだしそうな 雰囲気だ。 しかし当然だがそんなことをするはずもなく、「でも」と彼女の語りは続く。 「だけど、そんなあの子がいなくなってしまった時、思い知ったわ。 ――私がどれだけ、あの女 に執着していたかってことを。 私が、どんなに――」 あいつがいなくなって、黒猫には変化があった。 プライドの高いこいつが、人前で頭を下げてま で、自分の目的のためにひたむきに奔走していた、その原動力。 『大嫌いな友達を、見返してやりたい』――その想いは、どこから湧いてきたのだろうか。 あの時俺が聞いたつもりだった彼女の心の声は、きっと間違いではなかったのだろう。 ぽつぽつと、独り言をいうかのような淡々とした口調で、黒猫は桐乃への想いを語る。 「帰って来てからも相変わらずだけれどね。 我儘で、世話が焼けて、憎たらしくて……まるで、 年の近い、大きな『妹』が増えたような――そんな気持ちよ。 やはり、この身にも呪いがかけ られているのでしょうね」 最後の一言は、消えてしまいそうに微かな声だった。 「…………大嫌いだけど、大好きで…………きっと、そういうことなのよ」 気に食わない事はある。ムカついて、腹立って――だけど、決してそれだけじゃ、ない。 あいつには色んな一面がある。本人がそう言うように、その全部が桐乃なんだ。 桐乃の全てを好きにはなれない。だけど、全てを嫌いになる事は、もっと出来ない。 複雑で、矛盾を孕んだその気持ちは、決して悪いものなんかじゃないのだろう。 ――黒猫と俺の桐乃への想いは、きっと同じようなものに違いなかった。 と、そこまで言っておいて照れくさくなったのか、顔を真っ赤にした彼女は俺を睨む。 「い、言っておくけれど、誰かに話したら呪うわよ」 「ぷ。 言わねえよ。 ……ありがとうな、黒猫」 「ふん。 自分の気持ちは、理解ったかしら?」 「…………………それは」 「……まだ認めないと言うの?」 「『妹として好き』ってのは、間違いないけどさ。 正直、あいつを女の子として――なんて、 そんな風に意識したことは無いんだよ。 何度も言うけど、あいつは実の妹だぜ? それに、」 それに、もし――。 もし、俺の気持ちが、そうなのだとしても。 「俺には、おまえがいるだろ?」 彼女への想いを、隠さずに口に出す。 今日一日のデートで確信した事。今、彼女と話しながら、俺が思う、俺の黒猫への感情を。 こいつとなら、きっと上手くやっていけて――今日みたいに、こいつを困らせるような事も、いつ かきっと無くなるだろう。 だが、黒猫は答えない。 長く沈黙を保ったまま、俯いて、口を開こうとはしなかった。 俺は不安な気持ちを抱えて黒猫の返答を待っていたが、結局、決然と顔を上げた彼女の口から俺の 望む言葉が出てくる事は無かった。 「先輩、覚えているかしら」 「……何をだ」 「あの日……私とあなたの会話を、あなたの妹に聞かれた日……私の言った事を」 「ああ、覚えてるよ」 黒猫が俺に与えた『呪い』の話を、桐乃に聞かれて、桐乃が御鏡と付き合ってるなんて大嘘を吐い て、コミュニティが崩壊しそうになってしまったあの日。 黒猫は俺に、自身の決意と願いについて語ってくれた。 「あれって……もしかして、俺に告白してくれたことを言ってたのか?」 「そうね……まぁ、半分は正解よ」 「……半分……?」 「言ったでしょう? 『どちらを選んでも後悔することになるかもしれない』と」 「確かに言ってたけど……それがどうしたんだ?」 現におまえは告白してくれて、俺達はこうして付き合ってるじゃないか。 恥ずかしがり屋のこいつが、勇気を出して告白するかしないか――どちらかを選んだ結果なら、も う既に出ている。 「私もね、あなたと似たような事を考えていたの」 「……俺と?」 「ええ。 私とあなたが恋人になれば――いえ、私があなたに想いを伝えれば、きっとあなたの妹 は反対するだろう……そう思っていたわ」 「……何だよそれ。 桐乃がおまえを取られたくないって言うと思ってたの?」 それは……ありえないとは言えないよなぁ。 あいつ、黒猫の事大好きだし。 「本当に馬鹿ねあなたは」 呆れ顔の黒猫に罵倒されてしまった。 「妹さんが、あなたを取られたくないって言いだすだろうって、そう思っていたのよ」 「……はぁ……? 本気で言ってんの、それ」 「本気よ」 「……そう…………かよ」 力強い断言を返されて怯む。 「――けど、それは思い違いだって。 現に桐乃は賛成してくれてんじゃねーか。 それにさ、あ いつは俺に言いやがったんたぜ? ――『あたし、ブラコンじゃないから』ってさ」 「プフっっ」 噴出し、くすくすと笑う黒猫を、むっと唇を尖らせて問い詰める。 「な、なんで笑うんだよ」 「くっ……ふふッ……御免なさい。 怒ったかしら?」 「……ふん。 逆に聞くけどさ。 もしお前が本気で『そう』思ったんだとして、だったらなんで 桐乃の奴に、俺に告白した事を教えたんだよ」 黒猫はくすくす笑いをぴたりと止め、姿勢を正してベンチに座り直す。 そして、遠い目で正面を見つめ、 「……これは、あなたに言いたくは無かったのだけれど」 再び話し始める。 「あの子にね、『ちゃんと告白しろ』――って、背中を押されたのよ、私は」 「………そう、だったのか……」 ちくりとした胸の痛みと、寂しさに驚く。 そんな俺を察してか、黒猫は俺の手首を掴み、強い口調で言う。 「誤解しないで頂戴。 あなたへの言葉は私の本意よ」 「……ああ」 「ただ――あんなことになってしまったから、私が躊躇していたのも本当よ。 私はあなたに言っ たわ。 『私にとってもっとも望ましい結果がもたらされるよう、私なりの全力を尽くす』と。 でも、だからこそ……どちらか一方でも失ってしまうのは、とても怖いことなのよ」 彼女の言葉はやはり迷彩されていて、そこから真意を汲むことがとても難しかった。 それでも俺の手首を掴む力は緩められず、触れた手から黒猫の真剣な想いだけが伝わってくる。 「だから、あの子が納得してくれるというなら、――そんな事、あるわけがないのに――私が躊躇 する理由は無くなってしまったわ」 桐乃が応援してくれるなら、付き合うのに何の障害もない――俺達は同じ境遇にあったのだ。 だから、あいつが応援してくれる現状が、俺と黒猫にはとても幸福な筈だ。 なのに、触れる手に込められる力が、俺を逃がすまいとするかのように強くなり、 「ねぇ…………あなたは妹と私、どっちが大事なの」 そんな事を聞いてきた。 「………急に、どうした」 「急ではないと思うのだけれど――いいから、答えて頂戴」 「俺は……」 ――こんなの迷う必要の無いことだ。 世の男どもに聞いてみるがいい。 妹と彼女、どっちが大事かってな。 それを他ならぬ恋人の口から聞かれる状況が既におかしいが――もっとおかしいことに、俺はその 『当たり前』の答えを出すことが出来ないでいる。 それは、きっと、俺が――。 ……本当にそうなのか?俺は桐乃を『そういう』目で見ているのか? 桐乃と過ごしたこの1年間が頭を駆け巡る。 ――今までずっと、あいつの兄貴として、俺は桐乃のために色々な無茶をしてきた。 また妹と話せるようになったのが嬉しくて、心配で、かわいくてしょうがなくって。 そんなあいつに彼氏が出来るのが嫌で嫌で、どうしようもなく気に食わなくて――その気持ちは、 家族に対する愛情とは、違うというのか。 いや……そもそも、家族愛と恋愛の違いって、何なのだろうか。 俺は妹を……桐乃の事を、どう思っているのだろうか。 ずっとあいつの事なんか嫌いだと思っていて、なのに桐乃に彼氏が出来たと聞いた時、俺はどうし ようもないほどムカついてしまって――自分がシスコンなんだと気付かされた。 そして今、俺は黒猫に指摘されてしまっている。『そう』ではないのだと。 「先輩」 少女の声にはっとして、顔を上げる。 気付けば俺は、頭を抱えて俯いていた。 そんな俺に、黒猫は心配そうな顔で言う。 「苦しめてしまって、御免なさい」 「……おまえが謝る事じゃないだろ。 悪いのは俺だよ」 「「………」」 そのまま二人の間に、今日幾度目かの沈黙が訪れる。 とても気まずい時間だった。 その沈黙は苦しくて――でも、どうか破られないで欲しいと願ってしまう。 黒猫も同じことを感じているのだろう。辛そうに眉根を寄せていた。 それでも、決然と俺を見つめる彼女は、 「……答えて、先輩」 残酷にも、その意思を変えてはくれない。 そしてそれ故に、俺は嘘を吐く事も出来ず。 「…………俺は、俺にとっては、2人とも大事だよ。 それじゃ、駄目なのか」 そんな濁すような事しか言えない。例えそれが本当であっても、今この場で恋人に言っていい台詞 ではないと知りながら。 「……駄目に決まってるじゃない………でも、その答えだけで十分よ」 黒猫は手で目じりを拭い、目を閉じてすぅはぁと大きく深呼吸をし、掴んでいた俺の手首を離して 自分の膝の上に揃える。そして、 「別れましょう」 俺に、別れの言葉を告げた。 彼女の言葉に魔力でも込められていたのだろうか、ざぁっと風が吹いていく。 赤い瞳に浮かぶ涙がその風に浚われ、俺は彼女の本気を悟った。 「……それは、俺が桐乃の事を、好きかもしれないからか?」 「そうね……まぁ、半分は正解よ」 「……さっきと同じことを言うんだな」 「ええ。 だって、もう半分は『同じこと』ですもの」 「……何を言ってるのかよく分からねえよ。 そんな言い方じゃなくて、俺に分かるように教えて くれないか?」 「厭よ。 ……あなたはいつもそう。 直接言葉にしなくては何も理解ってくれない」 「……それは……そうなのかもしれない。 悪かったよ」 「そう思うのなら、今後はもっと努力することね。 私がそうしていたように、相手の事をもっと よく見なければ駄目よ」 年下の女の子に説教されてしまう俺であったが、反論など出来るはずもない。 それに、もっと強い気持ちが、俺を支配していた。 「なあ、黒猫」 「……何かしら」 「俺は、おまえが好きだよ。 ……確かに、今はおまえのことを一番に見てやれていない。 それ は認める。 だけどな、この先、付き合っていくうちに、おまえを一番大事に出来るようになる んじゃないかって、俺はそう思うんだ。 それじゃあ、駄目なのか?」 俺は間違いなく黒猫の事が好きだ。 告白されてめちゃくちゃ嬉しくて、今日みたいにデートして、改めてそう思った。 こうやって話していて、彼女が本当に優しい女の子だと言う事も思い知ったさ。 だから俺は、許されるならこいつと恋人を続けていきたい。 「……そうね。 確かに、そういう選択もあると思うわ」 黒猫は思案するように目を閉じ、俺の提案を肯定してくれたかように見えた。 「じゃあ……」 「でも駄目よ。 それでは、私が納得できない。 言ったでしょう? 私にとっての最善を目指す のだと。 このままあなたが自分の気持ちに向きあいもせず、逃げるように私と付き合ってくれ たのだとしても――例えその先に、私を一番大事にしてくれるのだとしても――私が心から望む 結末は、決して得られないわ」 「……俺が桐乃への気持ちに決着をつけられないまま付き合っても、それは本意でないと?」 「ええ、そうよ。 以前の私なら、それでも良いと思っていたかもしれない。 でも……今の私は そんな風には思えないわ」 「……それは、どうしてだ」 「言ったでしょう? 私は思いっきりわがままになろうって、決めたのよ」 「そんな理由じゃ納得できねぇよ! 俺が鈍いのはわかったけど、それでもお前がほんとのことを 話してくれてないのくらい、わかるんだぜ? ……なあ、どうして――」 答えずに立ち上がる黒猫。 ほんの少しだけ俺から離れ、背を向けたまま、 「ねぇ先輩。 ……今から独り言を言うわ。 何も言わずに黙って聞いて欲しいの。 返事も質問 も受け付けないし、出来れば死ぬまで隠し通して欲しいのだけれど……構わないかしら?」 本心を吐露したくて、でも触れて欲しくなくて――そんな恥ずかしがり屋で誇り高い彼女の、懸命 な照れ隠し。 きっとそういう事だろうと、俺はそんな風に感じたよ。 「……ああ。 分かった。 言ってくれ」 「ありがとう」 黒く長い髪と、白い服を翻し、彼女が振り向いた。 見惚れるほどの可憐な微笑みを湛えて、黒猫の『告白』が始まる。 「1年と少しの間に、色々な事があったわね……。 正直、最初はあなたの事も、無気力そうな男 だとしか思っていなかったわ」 まぁ、そうだろうさ。でも俺も、この1年で少しは変わっただろう? 約束を守り、心の中でそう問いかけた。 「でも、必死に妹の世話を焼くあなたを見て、同じ妹を持つ身として、尊敬出来たわ。 私にも、 あなたのような兄さんがいてくれれば……そう思ったの」 それで、急に「兄さん」なんて呼び出したわけか。正直ちょっとインモラルな気分になっていたん で、この言葉は胸に刺さった。 「あの子が行ってしまって、あなたは私に構うようになって……嬉しいのに、それを寂しいと感じ てしまう自分に驚いたわ。 だから――妹の代わりではなく、『私』が心配だって言ってくれて 嬉しかった」 そこで黒猫の言葉が止まり、すぅはぁと深呼吸して、 「さっきも話したけれど、私には妹がいるの。 手がかかって、私を頼ってくれて……時に煩わし くなる事もあるわ。 それでも大切な、私の自慢の妹達よ」 「でも、家の外では、私はずっと独りでいたわ。 いつか誰かに言われたように、それを自分では なく、他人の責任にして、私は私の好きな世界に逃げ込んでいたのよ。 でも、そんなある日、 私はあなた達に出会った」 「予感がしたわ。 初めて会った時から――いいえ、あの日あなた達に会うと決めた時から、今ま でにない何かを予知していて――実際、その通りだったわ」 俺達兄妹と、沙織と、そして黒猫が出会ったあの日の事を、俺はよく覚えている。 初めて出会ったその日から意気投合して、俺がオタクに対する認識を改めて――そして桐乃に、初 めて趣味の会う友達が出来たあの日の事を。 きっとあの出会いは、俺達の『誰にとっても』運命的だったのだろう。 その日から、俺達4人の賑やかな日々が始まったのだから。 一気にそこまで語って、黒猫は目を閉じ―― 「私は、先輩の事が好きよ。 きっとあなたが、妹を大切にする気持ちに負けないくらい、あなた の事が大切よ。 ……だけど――同じくらい、あなたの妹の事も、大切なのよ」 俺達兄妹への想いを告げた。 ……質問くらいは、受け付けてもらえばよかったかもな。 これが俺と別れる理由だって言うなら、やっぱり俺には、黒猫の伝えたい本当の意味を理解してや る事が、きっと出来ていない。 その事がとても苦しくて、なのにその事を察しているだろう彼女の笑顔は、どこか晴れやかで。 だから、俺には何も言えなくなってしまった。 そんな目の前の少女が俺の失った恋人かと思うと、その場に泣き伏したくもなる。 でも、涙を見せたくなくて、こう思うことにした。 ……いつか、俺の気持ちに整理をつけて、その時、胸を張って彼女が一番大切だと言えるようにな れたら――その時は、今度は俺から告白して、何としても絶対に恋人になってもらおう――。 「……ちゃん、きょうちゃん、きょうちゃんってば~!」 耳慣れた呼び声に、まどろみから引き戻される。 机から顔を上げると、眼鏡の幼馴染は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。 「…お、麻奈実か。どうした?」 「どうしたじゃないよ~。 さっきから起こしてるのに、全然起きてくれないんだもん」 「――悪りぃ。 最近遅くまで勉強してて、ちょっと寝不足でな」 「そうなんだ。 えらいね、きょうちゃんは」 にこやかに俺の頭を撫でてくれる麻奈実。 あぁ……癒される……。 俺は縁側でお婆ちゃんと並んでお茶を啜る風景を幻視した。 「でも、どうしたの? もう合格安全圏だったよね?」 「……まあ、念には念を入れてな」 「そっかぁ。 でもきょうちゃん、無理して体壊したら駄目だよ?」 「分かってるって……帰るか、麻奈実」 俺は荷物を鞄に詰めて立ち上がる。 麻奈実は申し訳なさそうに笑い、 「ごめんね。 今日は一緒に帰れないって、それを伝えに来たの」 「……そっか」 最近付き合い悪くなったよな――こいつ。 まぁ、それは俺の方も同じなんだが。 「じゃあ、また明日な」 「あ、待って、きょうちゃん」 「……ん?」 教室を出ようと、踵を返したところを呼び止められる。 「きょうちゃん、何か悩み事、あるでしょ?」 「………」 ……ほんと、こいつに隠し事は出来ないな。 俺のついた嘘なんか――半分は本当なんだが――すぐにバレちまう。 まさか、こいつも『俺の事を見ていた』――なんて、そんな事は無いか。 ガキの頃から一緒だから、黙っててもお互いの事が分かっちまうって、そんなところだろ。 「さすがだな、麻奈実……それでこそ俺のお婆ちゃんだ」 「わ、わたしがお婆ちゃんなら、きょうちゃんだってお爺ちゃんだよ」 「違いねぇ」 「もう。 茶化さないでちゃんと答えて」 「悪りぃ悪りぃ。 ……お前の言うとおりだよ。 実はちょっと悩んでることがある」 「うん」 「でもゴメンな。 ちょっとお前にも相談できない事なんだ」 「……そっか。 でも、私で力になれる事なら、何でも言ってね」 「おう。 そんときゃ頼むわ」 急に、心配してくれる麻奈実に隠し事をしているのが後ろめたくなってきた。 それは、隠し事をしている事に対してなのか、それともその『隠し事』そのものなのか……。 多分、後者だろう。 麻奈実と別れ、正面玄関の靴箱の前に行くと、制服姿の黒猫と鉢合わせになった。 軽く片手を上げて、挨拶をする。 「よ、よう」 黒猫も軽くお辞儀をして挨拶を返す。 「あら先輩。 今帰りかしら」 「まぁ、そんなところだ」 気まずい沈黙が流れる――かと思いきや、意外にも、黒猫は気さくに話しかけてくれる。 「折角だし、一緒に帰りましょうか」 「あ、ああ……」 早いもので、あの日から数日……今日は新学期初日だった。 まだ昼を過ぎた頃で、公園で遊ぶ子供達や、そのまわりで井戸端会議に精を出す奥様方を見かける 意外、この住宅街に人通りは多くない。 そんな通学路を、俺と黒猫はごく自然に部活の話や新作ゲームの話をしながら歩いていく。 付き合う前と、何ら変わりない黒猫の様子に、俺は内心複雑だった。 女ってのは、立ち直りが早いとか、気持ちの切り替えが早いと聞くが……こんなもんかね。 ボーっとそんな事を考えていると、隣で小さなため息。 「……はぁ。 先輩、また気の抜けた顔をしているわよ」 「……申し訳ないッス……」 「まぁ、気持ちは分からなくは無いわ。 私だって、少しは気まずいもの」 「そ、そうか」 「……何故嬉しそうなのよ」 「べ、別に」 ぷいっと顔を背ける。 別れた彼女に未練たらたらみたいで、とてもバツが悪い。 「ところで先輩……顔色が悪いわね」 「……ちょっとした寝不足だ。 これでも受験生だからな」 「嘘おっしゃい。『もう合格圏内だから余裕なんだぜー』なんて自慢してくれたじゃない」 「お前、俺のモノマネ下手なのな」 「……何か言ったかしら?」 「何でもないッス」 うぅ……情けねぇ……今更だが、後輩と先輩の立場が逆転してないだろうか。 どうもこいつに問い詰められると、俺はヘタレと化してしまうらしい。 「私が……あなたを苦しめているのかしら」 ぽつりと、独り言のように、黒猫がそんな事を言った。 ……本当に……こいつは優しい奴だ。 自分だって苦しいだろうに。自分だって、辛いだろうに。 ……だって、間違いなく彼女は俺の事が好きだったのだから。 そして、……今もそうであって欲しい――そう思ってしまう自分は、きっと最低なのだろう。 「………そんな事はないよ。 心配掛けて、すまない」 「あらそう? なら、せいぜい苦しむがいいわ。 変態シスコン男」 「………」 ……持ち上げて落とすとは、腕を上げたじゃねぇか。 それとも照れ隠しなの?照れ隠しだよね。俺、おまえが優しいの知ってるもん。 「……というのは冗談として」 「冗談なの!? 俺すげー傷つきましたよ!?」 「はいはい」 肩を竦め、「ふっ」と笑う黒猫は、 「まぁ、せいぜい頑張りなさい。 他ならぬ貴方自身の事なのだから」 そう言って、別れ道を俺と別の方向へ、スタスタと歩いて行ってしまった。 背筋を伸ばして、真っ直ぐに歩くその姿は、少し寂しげで、恰好良いと思えて、 「頑張るよ。 頑張るに、決まってんだろ……」 遠くなっていく背中に、そう誓った。 玄関の扉を開けると、リビングから出てきた妹と遭遇した。 「………………おかえり」 家に入ってきた俺と一瞬目が合ったが、桐乃は避ける様に目を逸らし、聞こえるか聞こえないかの 不機嫌そうな声で、挨拶を寄越した。 「……ただいま」 釣られて不機嫌な挨拶を返してしまう。 そのまま俺達の間に、気が重くなるような沈黙が訪れた。 「チッ……なに、玄関に突っ立ってんのよ」 そう吐き捨てて、大きな足音を立てて階段を上って行った。 「……クソっ」 クソクソクソっ……! 何なんだよ、あいつの態度は。 一人残された俺の胸に、ムカムカとした苛立ちが広がる。 黒猫に振られたあの日、デートの報告を求めてきた桐乃に、俺は彼女と別れた事を告げた。 勿論、詳しい事情は話さなかったが――その時思いっきり引っぱたかれて、それ以来、あいつの俺 に対する態度はずっと『ああ』だ。 俺たち兄妹は、今や以前の冷戦状態に戻りつつある。 だが、俺は以前のように桐乃を無視することなど出来なかった。 これまで1年の事もあるし、何より黒猫の事がある。あいつは俺が自分の気持ちに決着をつけられ るよう、俺を送り出してくれたのだ。 だから俺は、俺自身の気持ちがどうあれ、妹を無視してかかるわけにはいかない。 なのに、桐乃はかつてのように、俺の事をゴミを見るような目で見るばかりだ。 あいつが怒っているのは分かる。俺と黒猫が付き合い始めですぐ別れちまって、応援してくれてた あいつからすれば、そりゃ面白くないだろうさ。親友を傷つけた俺に腹を立てるのも道理だろう。 頭でそんな事は分かっていても、妹からあの目で見られる度に、俺はどうしようもない苛立ちを覚 えて、なのに以前のように「知った事か」と割りきれない自分の感情を持て余し、どうしようもな い苛立ちを、受験勉強にぶつける日々を過ごしていた。 ……はぁ。やっぱ、俺があいつの事を――なんて、何かの間違いだろう。 そうに決まっている。そうじゃ無ければ、このムカムカした気持ちは、何だって言うんだ。 第一、もし仮に、万一『そう』だったとしてだ。 あいつは俺に彼女が出来ても何とも思わないくらい、俺の事なんかどうでもいいと思っていて、俺 を見てあんなに不機嫌になるくらい、俺の事を――。 ……しかも、俺と桐乃は、血のつながった実の兄妹じゃねぇか。 考えれば考えるほど、際限なく俺の苛立ちは募るばかりで、頭を振って思考を散らす。 とにかく一息つこうと、リビングに入って麦茶を飲むことにした。 冷蔵庫を開け、麦茶のパックを取り出し、ダン、と置いたグラスにドボドボと注ぐ。 ゴキュゴキュと喉を鳴らして飲み干すと、頭がキーンと冷えた。 夏が過ぎたとはいえ、まだまだ元気いっぱいの太陽の下を歩いてきたもんだから汗をかいていた。 こめかみを押さえ、頭痛に耐えていると、 「ちょっと京介、あんた帰ってきたのに挨拶も無いの?」 「あ? お袋、いたのか」 「いたのか、じゃないわよ。 すごい不機嫌そうな顔で入って来たかと思えば、あたしの事無視し て冷蔵庫に一直線だもの。 ……お母さんびっくりしたわよ」 「……すまん。 気付かなかった」 「気付かなかったって、あんたねぇ…………」 お袋は額に手を当てて、「はぁ」と溜息を吐く。 ちなみに俺は本気で、母親がリビングに居る事に気付いていなかった。 傍から見れば麦茶>>>母親なのである。 人でなしか俺は。 「桐乃も最近様子が変だし、あんたたち、どうしちゃったのよ」 「……桐乃が? あの野郎がどうかしたのかよ」 「ちょっと京介、妹とはいえ女の子なのよ。『野郎』は無いんじゃない?」 「チッ。 へいへい」 「……あんた達、もしかしてまた喧嘩中?」 「そんなんじゃねーよ。 それより、桐乃の様子が変ってのは?」 「ふぅん……まあいいわ」 お袋は困ったように頬に手を当てて、最近の妹の様子を語り出した。 「あの子、最近は帰って来ても、すぐに部屋に閉じこもっちゃって……。 お母さんともあんまり 喋ってくれないし……。 ちょっと、元気ないのよね」 「……そう、なのか」 「そうよ。 あんたもしかして、気付いてないの?」 「全然」 なんせ俺の前じゃ、ひたすら不機嫌なだけだしな。 元気ないどころか、力いっぱい睨みつけてくれやがるし。 「あんたねぇ、そんなだから折角出来た彼女にも振られちゃうのよ」 「ぐふっ……!」 普通、それを言うか……!? 傷心の息子になんて仕打ちを……!! ていうか、絶対あんたの方がデリカシー無いよね!?特に俺に対して! 「とにかく、ちょっと気にしてあげて」 「……わぁったよ」 ポリポリと頭を掻いて返事をすると、お袋は苦笑して「買い物行ってくるわ」と、リビングを出て 行った。………やはりというか、どうやら俺の心配はしないらしい。 ソファに腰を下ろし、嘆息する。 桐乃が元気ない、ねぇ……。 それは、あの事件の後――俺と黒猫が付き合いだした頃、俺もなんとなく感じていた事だった。 てっきり俺は、黒猫と遊ぶ機会がまた減っちまったもんだから――とばかり思っていたんだが。 俺と黒猫が別れてから、もう1週間近く経つ。 だから、桐乃が寂しがる理由は消えた――筈なのに。 ……………………………チッ。 桐乃は腹の立つ妹だが、俺は妹を大事にするシスコンで、あいつの兄貴だから、しょうがない。 しょうがないんだよ。 いつか赤城の野郎が言ってたように、あいつの機嫌とるのが俺の仕事だ。 だから、気は乗らないが、俺はあいつと話をしてみることにした。 コンコンと桐乃の部屋の扉をノックする。 ごそごそと音が鳴り、暫く待つと、こちらに近寄る足音が聞こえる。 桐乃は半分だけ扉を開き、 「何。 何の用」 「話があるんだ。 部屋に入れて欲しい」 「………」 遠い目をした妹は、少しの思案の後、 「分かった。 入って」 無感情にそう告げ、ドアノブから手を離して部屋の奥へと戻って行った。 俺も続いて部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。 最近は桐乃に避けられてるもんだから、こいつの部屋に入るのはちょっと久しぶりだ。 妹の部屋は、相変わらずのピンク調で、女の子らしいと言えば、まぁその通りだろう。 違った点と言えば、ベッドの上に本棚の中身がぶちまけられていて、コレクションの押し入れが開 いるくらいだろうか。 ぽす、と音を立て、部屋の中央にクッションが2つ投げられる。 桐乃はその片方に座り、俺を促す。 「座んなさいよ」 「おう。 ……珍しいな」 「は? 何が」 「………なんでもねーよ」 桐乃の言動のひとつひとつが、厭に胸に刺さる。 「チッ。 ……で、話って?」 「……お前が最近元気無いって、お袋が心配してんぞ。 何かあったのか」 俺が聞くと、桐乃の表情が強張る。 一応自覚はあるらしいな。 だが、 「……そんなこと、ない。 あたしは……いつも通りだから」 桐乃は視線を彷徨わせ、不安そうに、そう呟く。 「ウソつけ。 お前、明らかに変だぞ。 俺でよかったら聞いてやるから、話してみろ」 「……何よそれ。 またいつもの兄貴面?」 「そんなんじゃ……いや、そうだよ。 俺はお前の兄貴だからな。 お前が困ってんなら、ちっと くれーは役に立ってやりたいって思うんだよ」 「……あ、そ………」 そこで会話が途切れ、沈黙が訪れる。 「「………………」」 痛々しいほどの静寂の中、秒針の音が、俺の苛立ちをだんだんと強くしていく。 それに耐えかねて、 「なあ。 もしかして、今からゲームするところだったのか?」 「別に。 最近はあたし、あーいうのはやってないし」 マジか。お前がエロゲーやらないなんて……ひょっとして、最近元気が無いのって、それが原因じ ゃねーの?アメリカの時みたいに、エロゲープレイすれば復活するんじゃないか? 半分冗談でそう考えて、 「なぁ桐乃。 久しぶりにさ、一緒に――」 「やらない」 折角誘ってやろうとしたのに、言い終わる前に拒否されてしまった。 確かに今のは冗談半分で、そんな空気じゃないのは分かっていたが、それでも、大好きな趣味の事 なのに、まるで食いついてこない桐乃がますます心配になる。 「桐乃。 お前、やっぱり変だぞ。 どうしたっていうんだよ?」 「うっさいなぁ……さっきから何なワケ?」 「何って、俺はただ、お前の事心配して……」 「……あたしの事なんかほっとけって言ってんのよ! 何よ! アンタも黒いのも、あたしにどう しろっつーのよ!」 しまったとばかりに目を見開き、悔しそうに下唇を噛んだ桐乃が床を叩く。 「黒猫と何かあったのか」 「………あんたには関係ない」 「関係なくねえよ。 お前ら二人の間に何かあったら、関係無いなんて顔は出来ない」 「はっ。 ……じゃあ答えて欲しいんだケド。 あんた、なんであいつと別れたのよ」 「……何だよそれ。 今その話が、何か関係あんのかよ?」 「っ……! あんたって、ホント……! …………いいから、答えなさいよ!」 「………お前には、関係ねえよ」 黒猫と別れた理由をこいつに話せるわけもなく、俺は妹の顔を見ることも出来ずに、そう答えるだ けで精いっぱいだった。 「関係ある!!」 驚いて視線を戻すと、立ち上がった桐乃が、握りしめた両手を震わせて俺を見下ろしていた。 瞳から零れた涙が頬を伝い、ぱたぱたと床に落ちる。 その顔には「絶対に泣かない」という強い意志が見てとれるのに、頬を伝う涙は止まらず、 「あたしに関係無いわけない……そんなわけない……そんなわけ……ないでしょ………」 内からこみ上げる感情に負けてしまったのか、だんだんと声が弱弱しくなり、桐乃は泣き顔を両手 で隠してしまう。 「……ぅっ……もう、やだ……。 ……ぅっ……どうしろってのよぉ……」 泣いてしまった妹に驚いて、困惑して――そして、それ以上の『何か』が俺の体を突き動かす。 それに従って立ち上がり、桐乃に手を伸ばすと、 「――っ、さわんな!!!」 家中に響くような叫び声をあげた桐乃に、強く手を払われてしまった。 払われた手は痛みを感じず、ただ体だけが、殴られた衝撃で後ろに流れていく。 キッと強く俺を睨む妹から、かつてない拒絶の意思を感じ取り、体が竦む。そして―― 「あんたなんかっ、あんたなんか――大っ嫌い!!!」 ――俺はもしかして、気を失っていたんじゃないだろうか。 自分でそうと分かるくらい顔面蒼白で、少しの間、呼吸なんか忘れてしまっていた。 目の奥が熱い。喉がカラカラで、指の先がチリチリした。 胸のムカムカもこれまでに無いほど強くなって――俺がそんな風だからだろうか、叫んだ桐乃の方 も、青ざめしまっていた。 俺のせいでそんな顔をされるのが嫌で、何とか喉を絞る。 「……悪かったな……」 「あ、あたし……?」 「っ!」 桐乃の部屋を出て、自室に飛び込み、後ろ手に扉を閉める。 そのまま扉に背を預け――ずるずると倒れこんだ。 「――はっ、ハハ……」 ついに俺は、妹から逃げ出してしまった。これまで何度も、あいつのために、誰かに立ち向かって きたというのに。 見慣れた部屋の風景が酷く滲む。その現象を止める気にもなれない。 散々キモいだのウザいだの言われてきたのに――意外にも、聞いた事の無い台詞だった。 ――いや、あいつの気持ちなんて知ってたさ。これまでずっとそうだった。当たり前の事だった。 なのにその言葉が耳から離れなくて、自嘲の笑みが浮かぶ。 そして――自分の気持ちが、恐ろしいほどに、深く静かに体に染み込んでいった。 俺がこの間からずっと桐乃にむかついてた理由。正体不明の怒りがなんだったのか。 「なぁ、黒猫……やっぱお前、すげぇよ……」 そう呟いた時、隣の部屋から嗚咽が聞こえきた。 反射的に、立ち上がろうと手に力を込めて――桐乃に叩かれた手が、まだ痛むことに気付く。 『あんたなんか――大っ嫌い』 その言葉が再び頭を過る。 妹が泣いているのに、俺は一歩も動く事が出来なかった。 それからの数日は、酷いものだった。 俺と桐乃は、目を合わせる事すら無い。もちろん口なんか聞いちゃいない。 拒絶されてしまって、なのに許されない自分の気持ちを自覚してしまった俺は、あいつと顔を合わ せるのも怖くて、部屋に籠っては捗るはずのない勉強に没頭しようと努力する。 桐乃の方も俺と顔を会わせたくないのだろう。あの日から、リビングで寛ぐ妹の姿を見かける事も 無くなってしまった。 今や俺の平穏な日々は崩壊してしまった。生意気な妹との騒がしい日々も、もうどこにもない。 両親は俺達を心配そうに見つめていた。親父には呼び出されもしたが、どうすることも出来ず、俺 は平静を装って「大丈夫だ」と繰り返すしかない。 眠れない日々が続き、麻奈実には毎日のように心配をかけちまう。 黒猫も俺を心配してくれた。なのに、時々彼女が自分を責めるような顔をして――俺はそれが、た まらなく辛かった。 赤城兄妹や部長、真壁君や他のゲー研のみんなにも会う度に心配をかけてしまい、俺はなんとも情 けない状況だった。 そしてそれは、妹も同じだったらしい。 学校帰りの金曜日、俺は1通のメールを受けた。 「ご相談があります。 いつもの公園でお待ちしています」 送信者は新垣あやせ。 ティーン雑誌のモデル――こちらは事務所に所属した専属のモデルだが――を務めている、桐乃の クラスメイトで、『表』の親友だ。 彼女とは桐乃を通じて(?)知り合い、紆余曲折を経て、たまにこうやって「相談」を受ける間柄 になっている。その相談内容というのは、大概は親友である桐乃に関する事である。 ……当然、今日の「相談」も、最近の桐乃についてに違いない。 俺は少し考えたが、結局「了解」と短く返事を出すと、待ち合わせ場所の公園に足を向けた。 公園に着くと、 「お兄さん!」 俺の姿を見るや、制服姿のあやせ(可愛い)が、小走りで駆け寄ってきた。 「こんにちは、お兄さん」 輝かんばかりの笑顔(超可愛い)を俺に向けてくるあやせ。 片手を上げて、軽く挨拶をして近づく。 「よう。 久しぶりだな、あやせ」 すると、あやせは何かに気付いたように「はっ」と息を呑み、 「……ひどい顔……」 俺の全身から力が抜け、ゆっくりと、しかしコマ送りのように膝と両手が地に着く。 「…………………………orz」 涙が溢れて止まらない。 恋人に振られ、妹からは「大嫌い」、更にその親友からは「酷い不細工」と言われた俺は、きっと もう死ぬべき定めにあるのではないだろうか。世界の悲哀を一身に受けた気持ちになってしまう。 「……ぅうっ……うぉおおぉぉぉぉぉぉん」 子供のように声をあげて泣く俺に、 「お、おおお、お兄さん!? どうしたんですか!?」 「……ぐしゅっ。 いいんだ、あやせ……正直に言ってくれて、ありがとう……うわぁぁぁぁぁ」 「わたしが何を言ったと!?」 「何言ってんだテメぇ!? さっき『酷い顔ですね、死んでください虫ケラが』って言ったじゃね ぇか!?」 がばっと立ち上がって、涙ながらに抗議する俺。 「い、言ってませんよそんな事!? わたしはただお兄さんの顔色が悪いから、心配で……」 「へっ? そ、そうなの!?」 「そ、そうですよ。 なのに、そんなに怒って大きな声出すなんて……」 むすっと頬をふくらませ、上目遣いで俺を見つめる天使(エンジェル)。 たまらず俺はあやせたんの柔らかな手を取り、真っ直ぐに目を見て囁く。我慢など出来る筈がなか った。……するつもりもないけどね。 「……すまないあやせ。 俺の事を心配してくれてありがとう……愛してるぜ」 「……っ! い、いきなり何言い出すんですか! この変態!! っていうか、手をそんなに握り しめないでください! 気持ち悪い!」 「――で、今日の相談ってのは?」 「へっ……? ……あ、あなたって人は、いつもいつも……!!」 「ハハハ」 「『ハハハ』じゃないです! は、早く手を離してください!」 そう言ってラブリーマイエンジェルは、俺の手を振りほどいてしまう。……すべすべだったよ? 「ふぅ……まったく……わたし、真剣に相談があるんですけど?」 「悪かったよ。 久しぶりに会えたのが嬉しくてさぁ、つい」 「……はぁ……もういいです」 あやせは俺に真っ直ぐ向き直り、「こほん」と咳払いした後で表情を曇らせて、 「実は、桐乃の事でご相談があります」 全身がぶるっと震える。 あの日泣いていた妹の姿がフラッシュバックした。 「桐乃が、どうしたんだよ」 俺の声は発した俺が驚くほど低いもので、震えている。 あやせは驚いたように俺を見を上げ、ここ最近の桐乃について語ってくれた。 あやせの話によると、最近の桐乃は、何か非常に落ち込んでいるそうだ。 話しかければぎこちない笑顔で答えるが、遠くから見ていると泣きそうな顔をしているようにも見 えるし、ボーっと考え込んでいる事が多い。 そんな調子の癖に、部活やモデルの仕事の時は一生懸命で、必死で……そんな姿が、親友の目から は見ていて余りにも痛々しく、あやせは何とかしようと、自分を頼って欲しいと何度も桐乃に言っ てくれたそうだ。 でも、桐乃は決してその気持ちに答えようとせず、「大丈夫」と繰り返すばかり。 話に聞く妹の姿は、今の自分と似たようなもので、しかしあいつの性格上、俺よりもボロボロにな っているだろう事は想像に難くない。 ――それがここ最近、俺が自分の臆病に負けて、見ようともしなかった桐乃の姿らしい。 「クラスやモデル仲間のみんなも、桐乃が頑張りすぎておかしくなっちゃったんじゃないかって、 そう言ってて――でも、もうわたしにはどうする事も出来ないんです!」 本気で妹の事を心配してくれているあやせは、自身も相当追い詰められているらしく、声を震わせ ていた。このままじゃ、こいつまでどうにかなっちまうんじゃないかと心配になるほどに。 俺はあやせの頭に手を置いて、どうにか宥めようとする。 「桐乃の事心配してくれて、ありがとうな。 お前っていう親友がいてくれて、あいつもちょっと は救われてるはずだ……でも、ちょっとだけ、肩の力抜いてくれよ。 お前の事心配する奴だっ ているんだからさ」 目の端に浮かんだ涙を拭ってやると、あやせは「ぐしゅ」と小さく鼻を鳴らした。 俺は「とにかく座ろうぜ」と促し、二人で公園のブランコに並んで腰かける。 暫くして、「すぅはぁ」と深呼吸をしたあやせは、 「すみません……でもせめて、どうして桐乃が『ああ』なってしまったのか知りたくて」 「それで俺を呼び出したってわけか」 「はい。 それに、桐乃の事なら、お兄さんにお願いすれば安心かなって」 「……俺、が?」 「もちろんですよ。 桐乃、ああ見えてお兄さんの事、すごく頼りにしてる筈ですよ。 だって、 なんだかんだ言って――お兄さん?」 「――え?」 「大丈夫ですか? なんだかボーっとしてましたよ」 「……いや、その……最近寝不足でさ。 受験勉強が忙しいもんだから」 「ウソですよね?」 「あ、やっぱ分かる?」 「ええ。 わたし、嘘をつかれたら絶対に分かりますから」 「……………ハハ」 だからなんで断言出来るんだよ。 お願いだからそういう怖い事言うのやめてください。 「で、桐乃の事だけどさ」 あやせは何か言いたそうだったが、とりあえずコクンと頷き、俺の話を促す。 「あいつが元気ないだろうって事は、俺も知ってる――その理由までは分からないけどな」 これを言うと殺されるのではないかと一瞬躊躇ったが、 「でも、多分俺が原因なんじゃないかと思う」 「そう、ですか……」 「あれ? 驚かねぇの?」 「いいえ。 きっとそうなんだろうなって思ってましたから」 「え……?」 「何があったか教えてください。 私の知らない最近のあなたと桐乃の事を。 ……言っておきま すけど、包み隠さず、全部、ですよ?」 あやせの目から光彩が失われていた。 俺は出来るだけ淡々と、ここ数日のあやせが知らないだろう事を語り聞かせた。 夏コミの日の事から始まって、桐乃が彼氏として御鏡を家に連れてきた日の事。 黒猫に告白されて、桐乃に背中を押されて付き合い始めた事、そしてすぐに振られてしまった事。 そして、桐乃に泣きながら大嫌いと言われてしまって、今日まで目も合わせていない事を。 流石に黒猫と別れた理由までは語らなかったが、粗方話しつくした時、俺は情けなくも涙ぐんでし まっていた。 あやせが白いハンカチを差し出してくれる。 年下の女の子の前で涙を見せてしまったのが恥ずかしくて、 「すまん……情けねぇトコ見せちまった」 そう言うとあやせはクスッと笑って、 「そうですね……でも、よく分かりました」 「分かったって、何が?」 「やっぱり、桐乃が元気ないのはお兄さんのせいって事です」 「………それは、どういう意味だ?」 「その前に、ちょっと確認したいことがあります」 「何だ?」 「藤間社長のことですよ。 エタナーの」 藤間美咲。化粧品ブランド「エターナルブルー」の女社長。 桐乃を海外に連れ出そうとした張本人であり、あいつに御鏡をけしかけてきたのも彼女だった。 今や、一連の騒動の元凶といってもいいだろう。 「確か、桐乃と二人で藤間社長に会ったんですよね?」 「ああ。 説得するのに必要だって言われてさ」 「……駅前の喫茶店で?」 「そうだけど」 「それって、本当に藤間社長本人でしたか?」 ……………はい? 「……何を言ってるのか、分からないんだが……」 「えっと……結論から言うと、お兄さんが藤間社長に会ったっていうのは、嘘です」 「お、俺は嘘なんて言ってないぞ!?」 「そうじゃありません。 嘘を付いたのは、桐乃です」 ますます訳が分からない。桐乃が美咲さんに会ったと嘘を付いた……? なんだそりゃ。 ……いや、待てよ。つまりあやせの言いたい事は、 「俺が会ったのは、偽物だったと?」 「はい」 「いや、でも俺、あの社長サンから名刺貰ったぜ?」 「それは……桐乃なら、藤間社長と直接会ってるんですから、名刺を用意する事くらい出来ます」 「……おいおい、あいつがわざわざ『偽物』用意して『本物』の名刺持たせたって事か?」 頭が痛くなってきた。 「それしか考えられませんよ。 だって、その日あなた達が彼女に会っていたはずがありません」 「それはなんでだよ?」 「わたし、桐乃がスカウトされてるって聞いて、また海外に行かれてしまうなんて絶対嫌でした。 桐乃本人も望んでいないようでしたし……もちろん、光栄だって喜んではいましたけど」 あやせは鞄から手帳を取り出して、ぺらぺらと捲る。 「ですから、わたしからも事情を説明して、何とか説得しようと思ってたんです。 それで、藤間 社長と、直接お話し出来ないかなって、動向を探ってたんです。 ……流石に駄目でしたけど」 まぁ仮にも大企業の社長だしなぁ。そう簡単にいちモデルとは会っちゃくれないだろう。 しかし動向を探ってって……何か裏で手まわしをしたらしい事は匂わせていたが、まさかマジだっ たとは……末恐ろしい女だ。 「……要するに、お前の掴んでいた情報と、俺達が会っていた事が食い違うって事か?」 「そうです。 ていうか、おかしいと思わなかったんですか? エタナーの社長ともあろう人が駅 前の喫茶店で待ち合わせって……普通はオフィスで会いますよね?」 「それは……言われてみりゃ、たしかにそうだ」 ……どうやら、マジであれは偽物だったらしい。 てことは――どういう事だ? 「じゃあ、俺達は誰と会ってたんだ?」 「それは……わたしには分かりません。 お兄さんには、何か心当たりないんですか?」 「俺ぇ? いや、あんな年上の知り合いは―――――――――――――――あ」 一人だけいた。しかもその人には「変装して人を騙した」前科があって――。 俺はすぐさまケータイを取り出して電話をかける。 念のため登録しておいてよかった。 5、6回のコール音の後、 『……もしもし、京介くん?』 「どーも、お久しぶりっすフェイトさん。 今大丈夫ですか?」 『ええ。 構わないわよ』 「そーっすか。 実はちょっとフェイトさんに聞きたい事がありましてー」 『私に? 何かしら?』 「――女社長のコスプレってどう思います?」 プツっ。 ツー……ツー……。 ……相変わらずのダメ人間ぷりだな。 プルルルルル……プルルルルル……ピッ。 『…………』 「説明してもらいましょうか」 『な、何のことだいっ。 僕はこれでも忙しいんだがっ』 「フェイトさーん。 素が出てますよー。 めちゃくちゃ動揺してんじゃないっすか」 『……ぐっ』 「あんた、なんであんな事したんすか?」 『す、すまない……桐乃ちゃんに「このお金を貸してあげますから、何も言わずにあたしの言うと おりにして下さいっ」って頼まれて……悪気は無かったんだ。 全部貧困が悪いんだっ』 「……じゃあ、桐乃に頼まれて……?」 『え、ええ。 ねぇ京介くん。 ――あれって何だったのかしら?』 ……そんなの俺が聞きてぇよ。意味不明過ぎんだろ。なんだってあいつはそんな事を? 俺の前に偽の彼氏連れて来て、その前は俺を偽彼氏にして、そもそも女社長も偽物で――どれもこれ も嘘ばっかじゃねぇか。 桐乃――お前、何考えてんだよ。わかんねーよ。 『――相手の事をもっとよく見なければ駄目よ』 ……何だよ黒猫。俺が悪いってのか? 冗談じゃない。こればっかりは、お前の言う事でも聞けねぇよ。 だって――こんな意味不明な行動を、どう理解すりゃいいって言うんだよ。 フェイトさんに挨拶をして、電話を切る。 もう分かってるだろうけど、あやせに報告しておくことにした。 「ちょっとした知り合いでさ。 桐乃に頼まれて、やったんだと」 「そうですか。 これでハッキリしました」 「あぁ。 どうやらあれは偽物だったらしいな」 「……そうじゃ、ないです……」 「?」 今更何言ってんだよ。 「どうしてだと思います?」 「――え?」 先日も誰かにそんな風に言われた気がした。 「どうして桐乃があんな事したと思うかって、言ってるんです」 あやせの言い方は、まるで彼女にはもう分かっていると言わんばかりだ。 「お前は……どうしてだと思うんだよ」 「桐乃が本気だったからです」 「本気って、何が」 そう聞き直すとあやせは一瞬ぎゅっと目を瞑り、小さく何かを呟いた。 そして、 「桐乃は本気だったんですよ。 本気で、お兄さんと恋人になろうとしたんです」 心臓が、跳ね上がる。 「……な、何言って……」 「おかしいじゃないですか! 誰だって気付きますよ! 藤間社長が自分が主催のショーを抜けて までデートの監視に来るとか、そんな事が本当にあると思ってるんですか!? 友達と大喧嘩に なってまで、御鏡さんに頼んで嘘の彼氏になってもらって――どうして桐乃がそんな事するか、 お兄さんは真剣に考えたことがあるんですかっ!?」 ――頭の中が、めちゃくちゃだ。 なのに、不可解だったさまざまのことが組み合わさっていく。 『――ええと……桐乃さんは、お兄さんに、気付いて欲しかったんですよね?』 どうして桐乃があんな騒動を起こしたのか。 『……だけど――同じくらい、あなたの妹の事も大切なのよ』 どうして黒猫が俺と別れたのか。 そして、俺の妹が―― 『――あんた、あたしの彼氏になってよ』 「……きり、のっ…………」 俺の……大バカ野郎。 何だって言うんだ。ふざけんじゃねぇぞ。 シスコンだと?妹を大切にする兄貴だと……? ……一体俺が、あいつの何を理解ってやれてるっていうんだ。 この1年で、こんなにも桐乃と関わってきたっていうのに。 結局俺は、あいつのことなんざ、なんにも理解しちゃいなかった。 いや、違う。理解しようなんて、してこなかった。 俺はただ怯えていただけだ。 妹は俺を嫌ってるんだから――そう思い込んで、俺は桐乃から逃げてた。 桐乃とまた話せるようになって、それが嬉しくて――なのに、それをあいつに知られるのがたまら なく怖くて、それを認めるのが惨めで、ずっと自分の気持ちまで騙してた。 『――相手の事をもっとよく見なければ駄目よ』 ようやく、黒猫の言いたかった事も理解してやれた。 でも――だからって、今の俺にどうしろっていうんだ。 俺の気持ちは、今やもう『そんなもの』とっくに通り越している。 あいつの気持ちが本当に『そう』なのだとして、答えてやることだって出来るんだ。 だけど、俺と桐乃は、家族なんだ。 俺達は血のつながった兄妹で、俺はあいつの兄貴なんだ。桐乃は妹なんだよ。 あいつの輝かしい将来はおろか、俺の平凡だろう将来まで、台無しになりかねない。 親父もお袋も、きっと悲しませてしまうだろう。 そんな選択を俺にしろっていうのか!? そんな覚悟が、俺にあるのかよ!? 何よりあいつが、俺のせいでまた傷つくかもしれないのに。 「お兄さん」 はっとして顔を上げる。俺は正直あやせの事を忘れてしまっていたのに、彼女は心配そうに声をか けてくれた。 甘えてしまいたい。縋りつきたい。そんな衝動に駆られて、 「……あやせ……俺はどうすればいいと思う」 否定されてしまいたくて、ただこの苦しみから逃げたくて声を出す。 なのに、そんな情けない俺に、あやせは困ったような――けれど穏やかな顔で言う。 「らしくないですよ。 いつものあなたなら、もうとっくに桐乃を助けに行ってるはずです」 「――え……? あ、あやせ!?」 「今更ですけど、わたし、本当はお兄さんが変態なんかじゃないって、もうずっと前から気付いて いました。 あの時はわたし達が仲直りするために泥をかぶってくれたんだなって」 「……そうだったのか」 「ええ。 なのに、どうしても桐乃の趣味のことが納得出来なくて――ずっとお兄さんの優しさに 甘えていました。 散々ひどいこと言ってしまって、本当にごめんなさい」 「いいんだ、あやせ。 俺の方こそ、ずっと騙していてすまなかった」 背筋を伸ばして謝罪するあやせに、逆に申し訳ない気持ちになってしまう。 なんだかんだと言いつつ、俺を頼りにしてくれることが嬉しくて、楽しかった。 だから、あやせの誤解が『偽物』だったとしても、怒る気持ちなんか欠片もない。 けれど今や彼女の誤解は『本物』になりつつある。 「お兄さん……あなたは、桐乃のこと、どう思っているんですか?」 核心を付く問いかけだった。 ……言えるはずがない。 あやせに殺される、なんていつもの冗談とは――必ずしも冗談ではなかったが――違う。 俺と桐乃がお互いに『そう』なのだと知って、親友の彼女が傷つかないはずがない。 だから、あやせにだけは言うわけにはいかない。 ところが、彼女は優しく俺の背中を押してくれるのだった。 「きっと今、それを誰かに話すことがあなたと桐乃には大切なことなんです。 ですから――」 なんとなく、あやせの言いたいことが理解できた気がした。 俺の願望なのかも知れないけれど、その気持ちが嬉しくて――俺の心は決壊する。 「……俺……俺は、桐乃が大切だ。 ――ああ、そうだよ! 俺はあいつが大切だ! 桐乃が俺のところからいなくなるなんて、他の誰かに取られるなんて、死んでも御免だ!! 何がなんでも絶対に手放したくない! よく聞けよ、つまり俺は――――――」 最後の一言は、あやせによって阻まれてしまった。 一瞬ドキッとしたが、俺の唇に指をあてたあやせは、はにかみながら、 「……よく分かりました。 だったらその先は、桐乃本人に言ってあげてください」 「あ、あやせ……?」 「ほんと、お兄さんってばとんだシスコンですね。 でも、不思議です。 わたしにはそれが悪い ことだなんて、ちっとも思えないんですよ」 今だけは彼女が本物の天使のように見えた。 その満足そうな、どこか寂しそうな笑顔は、俺の心を照らし、力強い勇気を与えてくれる。 俺達には、こんな頼もしい味方がいてくれるんだと、そう思えた。 だから、この俺が腹を括らずにいられるわけがない。 立ち上がり、あやせに別れを告げる。 「行ってくるよ」 「いってらっしゃい。 桐乃のこと、お願いしますね」 にっと、久しぶりに心から笑って、俺は走り出した。 あやせと別れた俺は、今桐乃の部屋の前に居る。 ――考えなければいけないことが、山ほどある。 これまでのこと、この先のこと。 そして今この時のこと。 なのに心の中はめちゃくちゃで、何も整理なんか出来ちゃいない。 あいつに何を言おうかなんて、それすら思いついてない。 だけど結局、俺にはこうすることしか出来ない。 色んなものをぐちゃぐちゃにしたままで、いきおいだけで突っ走る。 それもきっと、これが最後だろう。 ばんっ!と勢いよくドアを開く。 ベッドでうつ伏せになっていた桐乃が驚いて身を起こした。 そんな妹のところへ、ずんずんと早足で近づく。 「ちょ、な、なんなのよイキナリ!?」 「桐乃――お前に話がある」 「は、はぁ!? ノックもせずに押し入って、なんなの!? 意味わかんないんですケド!?」 「うるせえよ! 話があるって言ってんだろーが!」 びくっと怯えた様子の桐乃へ、今度は静かに、 「……いいから聞いてくれ。 大事な話なんだ」 「な、なんだっつーのよ……………あーもう! わかったから、座んなさいよ!」 桐乃はベッドに腰掛けたまま傍らのクッションを自分の前に叩きつける。 俺はその上にどかっとケツを落として胡坐をかき、両ひざに手をついて切り出した。 「おまえ、なんで俺と黒猫が別れたのか知りたいんだったよな?」 さっき以上に怯えた反応をする桐乃。 可哀想だが、止まってやるつもりもない。 「俺はさ、あいつにフラレちまったんだよ」 妹の眉間にしわが寄せられ、不審の瞳が俺を見つめる。 言ってる意味がわからない――そう言いたげだった。 「……なによそれ。 黒いの、あんたのこと好きだったんでしょ……?」 「ああ。 それは間違いないと思うぞ」 「――じゃあなんでよ。 あんただって……あいつのこと、好きなんでしょ!?」 久しぶりに妹の顔をジッと見る。端正な顔には隈が出来ていて、少しやせたように見えた。 あやせがが指摘していたように、今のこいつはボロボロだ。 そうさせたのは――他ならぬ俺なのだろう。 「ああ。 好きだよ」 「……っ。 じゃあ、なんで別れたの!? まだ付き合ってちょっとしかたってなかったじゃん! デートだって1回しかしてないのに! ……別れる理由なんてどこにもないでしょ!?」 「――理由ならある。 あるに決まってんだろ」 「だから! それを言えって言ってんのよ!」 「……俺が……」 「……俺が、黒猫のことを一番に見てやれないからだ。 あいつはそれじゃあ納得できないんだと さ。 そんで、フラレた。」 「はぁ? な、なによそれ……」 「意味わかんねぇか? ――正直、最初は俺もそう思ったよ。 だけどあいつは言うんだよ。 まず自分の気持ちにけりつけて出直せってな。 そう言って俺の背中を押してくれたんだ! だから――!」 ……ここから先は一方通行だ。言葉に出せば、もう絶対に戻れない。 結果がどうあれ、もう桐乃とは普通の兄妹ではいられないだろう。 もしかしたら、このまま2度と口を聞かないようになるかもしれない。 この1年のこいつとの日々も、失われてしまうかもしれない。 それは……とても恐ろしい。正直、めちゃくちゃ怖えぇよ。 やっと話せるようになったんだ。この1年で、たくさんのものを築いてきたんだ。 ――失いたくねぇよ。桐乃が離れて行っちまうなんて、そんなの……。 俺はきっとどこかで桐乃の気持ちが信じられなくて、臆病風に吹かれてしまう。 もしかしたら妹も、ずっとこんな気持ちを抱えていたかもしれないってのに。 ……じゃあ、なんでそんなヘタレの、情けない俺は、今ここに居る? ――決まってんだろ。俺がひとりでここまで来たわけじゃないからだよ! 黒猫は俺の背中を押してくれた。俺も桐乃も同じだけ大事だって、そう言って送り出してくれた。 あやせだってそうだ。自分の信条曲げてまで、俺を許してくれたんだ。 二人が、そうしてくれたのは、いったい誰のためなんだ!? 俺以外の何者も、決してあいつらに報いてやれないんだよ! だから、俺は逃げない……あいつら二人裏切ってまで逃げるなんて、出来るわけがねえ! 心の勢いに任せて立ち上がる。驚く桐乃の肩を掴んで、 「――俺は言うぞ。 桐乃! よ―――――っく聞けよおおおおお!!」 力の限り、叫んだ。 「俺はおまえが好きだあああああァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 呆けてんじゃねぇぞ桐乃――まだ終わってねぇ!こんなんで足りるか!! 「俺はおまえが好きだ。 大好きだ! お前が傍にいてくれないと生きていけないくらい、おまえ が大好きだ! どんなすげぇ奴にだって、おまえを渡したくない! 言っとくけど、嘘でも冗談 でもねぇからな! いいか、もう一度言うぞ! 俺はおまえが大っ好きだあああああああ!!」 一気に捲し立てて、軽く酸欠になる。 緊張のせいか、それとも不安のせいか、息が苦しい。 ぜぇぜぇ言いながら桐乃を見ると、ただ目を丸くして、信じられないといった顔をしていた。 「――おい、聞こえ、てんのか?」 妹はぴくっと身を震わせ、 「……と? ……ほんと、に? ほ、本気なの? どういうつもりよ、あんた……」 「どうもこうも、言ったとおりだ。 俺はおまえが好きなんだよ! 愛してると言ってもいいね。 だからもう、絶対ほかの奴になんか渡さねーって、そう言ってんだ!」 「……! で、でも……だって、あたしたち、……兄妹だよ!? 前はあんたもそう言ってたじゃ ん。 気持ち悪いみたいな顔して、なに言ってんだーって……なのに……」 そこで桐乃は勢いよく立ちあがり、胸倉を掴んで、至近距離で俺を睨みつける。 ぎりぎりと掴まれた襟が、やけに苦しかった。 「なんなのよあんたは! あたしにどうしろっつーのよ!? あんたにとってあたしは妹なんでし ょ! そうだよね? だから優しくしてくれて、心配してくれるんだよね……? 今までどんな にわがまま言っても、ずっと助けてくれたのだって――全部、あんたが兄貴だからでしょ!?」 「……桐乃……」 いつかのように、勢いに任せた激情が俺の胸をひどく叩く。 息を荒げた妹の鋭い視線が、俺を突き刺している。 ふと、桐乃は俺の襟をつかむ力を弱め、 「ねぇ、『兄貴』」 久しぶりに、俺をそう呼んだ。 「だいぶ前にも言ったけど、あたしはあんたに感謝してるよ。 『兄貴の義務』だったとしても、 優しくしてくれて、心配してくれて――すっごく、嬉しかった」 「だからね、もう兄貴を困らせるのはやめようって……あたしも素直に『妹』やってこうって、 あたしはそう決めた」 「……それで、黒猫に『告白しろ』なんて言ったのか」 「うん。 喧嘩ばっかしてるけどさ、――あいつって友達だし。 あんたらが好きあってるなら、 それが一番、みんな幸せになれるって思ったから。 もう何回も言ったかもだけど、あたしに とってはオタクやってるのも読モやってるのも、ぜんぶ大事。 ……同じように、どっちの友達 も好きだから」 「……おまえは、どうするつもりだったんだよ」 「さっきも言ったでしょ? あたしは『妹』やってくつもりだったの。 たまにあんたたちのジャ マして、二人に子供が出来たら可愛がってあげて――そういうのも悪くないかなって」 ふと、ありえたかもしれない未来を想像する。 俺と黒猫が結婚して、子供が生まれて――あいかわらず生意気な妹もそこにいて、みんなで家族に なって笑い合える、そんな俺達の将来。 それは誰もがうらやむくらい普通の、でも、かけがえのない日々。 「……楽しいだろうな、きっと」 「ね。 あんたもそう思うでしょ? 前はバカにしてたけどさ、やっぱ普通って大事だよね」 そんな、らしくないことを言って笑う妹を、俺は睨みつける。 「悪いな桐乃――そんな将来は、却下だ!」 「……え……?」 否定され、桐乃は頬を張られたように、目をパチクリさせる。 「俺はもう、黒猫とは恋人になれない。 俺が好きなのは、お前だからな」 「―――――っ」 桐乃が息をのむ。俺の襟も離してそのまま俯き、 「……じゃあ、あいつはどうすんのよ? あんた言ってたじゃん。 あいつは、あんたのこと、好 きなんだよ? あたしたちが――なんて、黒いのはどう思うのよ? また喧嘩になって、今度こ そダメになっちゃったら、沙織に何て言うの? あたしは……そんなの絶対イヤだよ……」 サークルクラッシャー……先日は、沙織からそう蔑まれる結末を回避できたんだっけ。 それは、全方面大事にするにはそれしかないって、思いつめた誰かさんのおかげだった。 だから桐乃の心配はわからないでもない。 だけど――だからこそ、俺は腹が立った。どうして―― 「てめえ――もっと友達を信じろよ」 「………え?」 「どうして、黒猫を信じてやれねぇんだって言ってんだよ!」 「は、はぁ? あんた、なに他人事みたいに――」 「あいつはなぁ!!」 「――黒猫は、言ってたよ。 お前のことが大好きだってな! お前のことを妹みたいに思ってる って、そう言ってたんだ!」 「……あいつが……?」 桐乃の頬を涙が伝った。その涙は拭ってやらず、 「妹ってのはな、生意気で、ムカつくし、手がかかる厄介なもんなんだよ! ――でも心配で、心 配でかわいくてしょうがない、ほっとけないヤツなんだよ! だから、黒猫がそう思ってる限り お前たちの仲がどうこうなったりなんてあるわけねぇ!」 「――あ、あんたがそーいうこと言うワケ!? 自分は、ずっとずっと、あたしのことほったらか しにしてたくせに!」 「……そ、それについては……何て言って謝っていいかわからん。 でもな、あいつは俺とは違う だろ。 あいつは本当に優しいやつなんだよ。 お前だって知ってんだろ!?」 「そ、そんなの……」 「おまえ言ってたじゃねえか。 あいつは友達だって! だから応援してくれたんだろ!? おま えだってあいつのこと、大好きなんだろ!?」 「……!」 「だったら――頼むよ。 黒猫のこと、信じてやってくれ」 そうでなければ、彼女は本当に報われない。 死ぬまで隠し通すと誓ったあの一言が――その想いが台無しになってしまう。 暫くの沈黙の後、桐乃はぐすっと鼻を鳴らして、 「……わかった。 あいつのこと信じる」 「――そっか。 よかったぜ」 「でもあんたのことは許してやんないから」 「…………わかってる」 俺が何年もこいつを無視していたことを、今さら許してもらおうとは思っちゃいない。 それどころか、俺にはもっとたくさん、桐乃に謝らなくちゃいけないこともある。 そう思って口を開きかけたところに、 「はぁ? なにそれ? あんた諦めんの? あたしに許してほしいと思わないワケ?」 懐かしくなるような見下した態度で桐乃はそう言った。 罵倒されているはずなのに、なぜか嬉しくなって、 「ぷっ……。 なんだよ、どうしろっつーハナシ? 聞いてやるから言ってみろって」 「……ん、じゃぁ…………」 ぽすっと頭から俺の胸に倒れこんでくる桐乃。 なんとか支えてやると、背中に手を回して抱きしめるような形になってしまった。 「~~~~!」 桐乃の髪から甘い香りがして、柔らかな感触に胸がはじけたように高鳴りだす。 すぐ間近から、潤んだ上目遣いで桐乃が見上げてきた。 「あたしのこと、今までの分も、これからずっと、ずうぅ~~~~っと大事にすること。 そしたら、しょうがないから許してあげなくもない」 「お、おまえ、それって……?」 桐乃の顔が赤くなっていくと、その熱にあてられて、こっちまで顔が熱くなってきた。 不安そうな震えた声で、 「ね。 あんた、これからはあたしの彼氏だよ? い、いいんだよね……?」 「―――! …………おう」 「っ……じゃあ、二人きりのときは、『京介』って呼ぶけど、いい?」 「そんなの、好きにしろよ」 「で、デートはさ、こないだみたいのじゃダメだかんね。 ちゃんとしてよ?」 「……努力する」 「……め、メールとか、電話とか! すぐ返事してよっ……!?」 「……………………おう」 「えと……あんま、ほかの女にデレデレしないでよ」 「わーかってるって!」 いきなりめんどくせぇな! しょうがないけどさ! 「……他には? 今の内に気のすむまで全部言っとけよ」 どうせ後になったら恥ずかしすぎて死にたくなるんだ、今の勢いのまま言わせるのがいいだろう。 「え、と………じゃあ…………」 桐乃の吐息が震える。それは、緊張なのか、それとも不安なのか。 悔しいけれど、俺はまだまだ信じちゃもらえてないのかもしれない。 腕の中の桐乃が、俺の服をきゅっと掴んで顔を上げる。 そして俺に、最後の審判を下した。 「――最後に確認するけど、あんたは、あたしのことが好き。 『妹』ってだけじゃなくて、 『あたし』が好き……………間違い、ない?」 もう2度と平凡な日常は帰らないと、俺の胸の鼓動が警鐘を鳴らす。 だけど、そんなんじゃ、全然足りない。 今のこの俺が、そんなもんで止まってやるかよ……! 「――――――ああ。 俺は『桐乃』が好きだ」 ただ、信じて欲しくて――ありったけの愛しさを込めて、再び告白した。 強張っていた桐乃の顔がふやっと緩み、眉が下がった。 「………………………………………う、」 大きな瞳から、宝石の一滴が零れ、 「うわああああぁぁあぁああああああぁああああ!!グス、ぅううわああああああ……」 桐乃は大声をあげて泣いた。再び俺の胸に顔を埋め、今度は完全に抱きついて。 幼子のようになきじゃくるその姿に、面食らってしまい―――やっと、妹のことをわかってやれた 気がした。 だからか、ここまで続いてきた俺の勢いも削がれて、急に照れくさくなってきて、 「……お、おまえ……泣くなよ、ばか」 そのくせ嬉しくって、もうなにも考えられない。 俺はおろおろとばかりもしていられず、泣いている桐乃の頭を撫でて、なんとか宥めようとした。 でもなかなか泣きやんではくれなくて、しょうがねぇな、と愛しさに任せてぎゅっと抱きしめる。 腕の中の妹を見て、俺は考える。 これからのこと。俺と桐乃の、将来のことを。 ――きっと楽しいことばかりじゃないだろう。どうあっても、俺達がお互いをどう思っていても、 俺と桐乃は血のつながった実の兄妹なのだから。 だけど、もう二度とこいつをこんな風に泣かせたくない。その気持ちがあれば、きっと俺は諦めな いでやっていける。いっしょに生きていけるってんなら、何だってやってみせるさ。 平凡な日常にそっと別れを告げ、俺はこれからの日々に思いを馳せる―――――――。 FIN -------------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1620.html
367 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/27(木) 03 26 16.04 ID ZLbMZWo+0 364 桐乃「よちよち~、いっぱい飲んで偉いでちゅね~」 涼介「たー」 京介「………」 桐乃「……なにチラチラ見てんの?」 京介「いやっ、その……俺もちょっと味見してみたいかなーなんて」 桐乃「ッ!?あ、あんたってばほんと変態!」 涼介「たー!」 桐乃「ママのおっぱいは涼介のものでちゅよねー?パパはほんとに変態さんでちゅねー」 京介「……ぐぬぬっ」 368 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/27(木) 03 52 13.73 ID F05LqsqF0 涼介「……すぅすぅ」 桐乃「…やっと寝てくれた」 京介「お疲れさん」 桐乃「ね、ねぇ……今日さ…あの、その」ゴニョゴニョ 京介「どうしたよ?」 桐乃「お、おっぱいが張っちゃって…マッサージしてくんない?」 京介「あれぇ?おっぱいは涼介のものなんじゃなかったっけ?」 桐乃「うぅ……イジワル」 375 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/27(木) 10 51 09.72 ID ZLbMZWo+0 京介「……涼介わかってるとは思うが、桐乃のおっぱいは俺のものなんだ」 涼介「たい?」 京介「おまえが離乳食になるまでの我慢とはいえ、桐乃が他の男になんて…くそ…辛すぎる!」 涼介「たーい!」 京介「言っておくが俺はおまえには負けんぞ!」 桐乃「……なにバカやってんの」
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1389.html
52 名前:【SS】 『100スレ立ってもブラコンで』[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 08 13 25.22 ID sIjFgfoB0 [2/2] 『100スレ立ってもブラコンで』 「桐乃スレも、もう100スレかぁ。思えば遠くへ来たもんだ」 俺は椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げながらそう呟いた。 あれは数年前の事。偶然ネット上で桐乃を応援するスレッドを見かけた。 当の本人の兄である俺としては、何事かと思い即座にそのスレッドの書き込みをチェックする。 するとそこには、「きりりん頑張れ!」、「大好き!」等、純粋に桐乃を応援する言葉ばかりが並んでいた。 中には、少しばかり不謹慎な言葉を浴びせる輩もいたものだが、誰からというわけでもなく、そういう奴は別の桐乃ファンから 叩かれていた。 俺が出る幕も無かった。しかし、「きりりんちゅっちゅしたいお!」とか、マジ殺すぞあの野郎。 ……とまぁ、そんな桐乃の応援部隊の一員として潜んできた俺も、今こうして、100スレ目を皆と共に迎えているわけだ。 「感慨深ぇなぁ」 きっとモデル雑誌か何かがきっかけだったのだろう。桐乃を応援する人は着実に増え、今では小説や漫画みたいな物まで投稿されている。 しかも、どれもこれも素晴らしい。きっと桐乃への気持ちが籠っているのだろう。 これらは全て、感謝しながら保存させてもらっている。兄として思う、本当にありがとう。 ――ただ、一つだけ注文を付けるのであれば、その投稿物の中の桐乃が、 あまりにもブラコン な点については、少しばかり訂正を願う。アイツはあんなに俺を慕ってはいない。現実からかけ離れ過ぎている。 それなのに、スレの住人達はやたらと桐乃を兄(俺)とくっつけようと目論んでいる。こればかりは例外なく、だ。 確かに雑誌のインタビューなんかでは、『大好きなお兄ちゃんと買い物に行きます!』とか書いていて桐乃もマジ天使なんだが、実際には 「ちょっと買い物付き合って」 「あんま近く寄んないで」 「アンタ、アタシにコレ買って」 といった感じで、俺を下僕のように扱っている。 「大好きなお兄ちゃん♪」→「このシスコンマジキモーい」 ……正反対もいい所である。住民はもっと現実を知るべきだ。 「とはいっても、可愛いのは事実だからなぁ」 妹の偽装への愚痴をこぼしながら、スレッドに新しくupされた桐乃の雑誌写真(もう持ってる)を眺める俺。 ディスプレイに映る桐乃は、満面の笑みで輝いている。 「きりりんマジ女神」 住人たちの毒にやられ、俺はバカみたいな台詞を無意識に口走っていた。 するとその時、 「ねぇ」 突然、背後から誰かが俺に呼びかけた。声で分かる、噂の人物、桐乃本人だ。 「ぅお!?」 俺は慌てて画面のウィンドウを最小化する。あっぶねえ、桐乃に見られたらシャレにならん。 見られてないよな?聞かれていないよな? 耳の奥まで響く鼓動を抑えつつ、俺はあくまで冷静に振り返る。 「お、脅かすなよな!ちゃんとノックぐらいしるっ!!」 「はっ?何言ってんの?今更って感じじゃん」 それでも、見られたくない時だってあるから、最低限のルールは守って下さい! 「まぁいいや。で?アンタ、今何見てたの?」 「――別に?普通にネットしてただけだけど?」 「まさかまたカ○ビアン・コム?」 「ちっげーよ!?」 思わず大声で否定してしまった。コイツ、いい加減忘れてくれなぇかなぁ……。 「本気で否定するって事は、逆に怪しいわね。――とりあえずそれは後で確認するとして」 桐乃が小さな声で、凄く気になることを言っていた。 「……アンタさぁ、今日、何の日か知ってる?」 「へ?今日?」 桐乃から投げかけられ唐突な質問に、俺は間抜けな声を上げる他無かった。 パソコンのモニターに映るカレンダーを見ると、『2月14日』と無機質に浮かび上がっている。 「あぁ、そっか。そういえばバレンタインデーだったな」 スレッドの話題が俺の頭を埋め尽くしていたので、すっかり抜け落ちていたぜ。 「アンタ今まで忘れてたの?」 桐乃が少しばかり不機嫌そうに尋ねてきた。 「いや、学校にいる時は覚えてたんだけど、さっきまで忘れてたわ」 「意味分かんないし……」 妹のこと考えてたら忘れました、なんて言えるわけがない。何処のシスコンヤローだよ、それ。 「んで、そんなバレンタインデーがどうしたって?」 「えっ、あぁ。まぁ、なんというか、その……」 自分から聞いてきたわりに、俺の質問に言葉を濁す桐乃。何だってんだ、一体? 「……アンタさぁ、誰かからチョコ、貰ったりしたの?」 「はあぁ?」 「だから!地味子や黒いのとか、沙織とかからチョコもらったかって聞いてんのっ!?」 桐乃は怒鳴りながら聞いてくる。一方の俺は、桐乃からの問いかけに一瞬だけ頭を真っ白にさせられた。 「いや、貰って、ねぇけど?」 「……えっ?ウソ?」 「ホント」 「なんで?」 「しらねぇ」 イラついていたはずの桐乃は、俺の返答が意外だったのか、急に驚いた表情に切り替わった。 「えっ、嘘、アイツ等はともかく、まなちゃんは絶対……」 そうして今度はブツブツと小声で自問自答を始めた。 ――あぁ、そうか。 多分桐乃は、俺が麻奈実や黒猫達からチョコを貰ったと勘違いして、どういう理由かは知らないが、それを確認しに来た、と。 でも実際は、俺は誰からも貰っていなかったので、予想が外れてビックリ!、ってなとこだろう。 「何を考えてんのか分からねぇけど、俺は今回、皆の好意を突っぱねたんだわ」 「何それ?どういうこと?」 「言葉通り、用意してもらったチョコを、『受け取らなかった』んだ」 「……は、はあぁぁぁぁぁ!?」 桐乃が甲高い声を発し、掴み掛るように俺に迫ってきた。 「何それ?なんで!?皆が用意したのに断るとか、バカじゃん!?ありえないんですケド!」 桐乃の言い分はもっともだ。普通に考えれば、それはおかしい。 男子高校生なら、ドヤ顔で友人に自慢しても良いレベルの話である。 しかし、それでも俺は断った。 いつもいつも勢いだけで行動している俺だが、今回ばかりはちゃんと動機もある。 そしてそれは、今までの俺にない、新しい一歩となるべく取った行動なのだ。 「確かに、俺は男としたら最低の事をしているかもしれない。義理チョコだったとしても、それを用意してくれた優しさに 泥を塗ったようなもんさ。……でもな、俺はもう決めたんだよ。フラフラしねぇって」 「――」 「ちょっと前の事だけど、お前は俺に言ったよな?『アタシが一番じゃなきゃイヤ』だって。その時の俺は純粋に嬉しく思ったし、 お前を可愛いとも思った。なんつーか、兄冥利?に尽きる気分だったよ」 「……あっそ」 桐乃はバツの悪そうに、でもあまり嫌そうにはせず聞いている。 「それから俺は自分で決めたんだ。これからは、桐乃の一番でいよう、ってな。どうしようもない兄でも、桐乃がそう求めるんなら 叶えてあげなくちゃな、ってさ」 気付けば桐乃はそっぽ向いている。――まぁ、今言ってるのは随分と恥ずかしい事だし、顔を見られずに済んで良かったかな。 「極端なのかもしれねぇけど、チョコを受け取らなかったのも、そういう意味があるんだわ。どうせ義理なんだけどな」 気持ちだけでなく行動で示す、不器用な馬鹿なりに考えた誠意の示し方だった。 いざ言葉にすると恥ずかしいなぁ、なんて、そんな風に照れ隠しをしながら頭を掻く。眼前で桐乃が「……やっぱりバカじゃん」とか 呟いていたけど、あまり気にしないでおこう。 「――って、彼女作るわけでもないし、別に気にするほどでもないよな?……あれ?」 一通り話しておいてなんだが、自分の取った行動が、今になって幾つか疑問点が混じっている事に気付く。 なんつーか、大袈裟じゃね?『妹』との間柄なのに。 俺はどうして、 異性の好きな人にチョコを贈るイベントで、 妹を優先して断ったのだろうか? そしてどうして、それを妹に伝えようとしたのか? ……自分でも、よく分からずにいた。 「――あーあ、やっぱりアンタはどうしようもないシスコンねー」 俺が自問自答していると、声色を変えた桐乃がいつもの調子で言ってきた。 「へっ! もうそれは認めてやるぜ!」 悔しいけどな! 「へへーん、キモキモキモー!京介、アンタやばいってー!マジヤバーい」 桐乃は今までの空気なんて嘘みたいに、ニマニマ口元を弛めながら俺をからかってくる。 俺はもう、知っている。 俺のシスコンっぷりが表に出ると、桐乃はそんなに嫌がらない。 馬鹿にしつつも、表情は毎度ご満悦だ。 そんなに嫌われてない、っていう段階からはちょっと上がって、兄としてそれなりに気にかけてくれるレベルにはなっているのかもな。 「妹一途!とか、ギャルゲーみたいじゃーん!!」 なんか多少の事実の上乗せをされている気がするが、桐乃が嬉しそうだしツッコまないでおこう。 「……ふぅ。笑った」 賢者タイムよろしくな小休止を挟んで、 「まぁ、京介がチョコ全然貰えなかったんなら、仕方がない」 なんか偉そうに話し始めた桐乃。しかし今度は、急にモジモジし始めた。 「そ、その、どうしてもって言うなら?可哀想だし?……コレ」 「あん?」 顔を赤らめながら、桐乃が何かを俺に差し出した。 それは、ピンクを主体に綺麗にラッピングされた、チョコレートであった。 「えっ?ウソ?お前俺にくれんのっ!?」 驚いて、思わず大声で聞いてしまう。 「だ、だってこれはアンタがアタシの為に断ってチョコレートゼロならさすがにちょっと可哀想だしそれにアタシが原因でもあるし妹だし ――」 なんかスゲーテンパってますよ桐乃さん?大丈夫ですか? 「そ、そっか。え、えっと……ありがとな」 「う、うん!!か、感謝していいかんね!」 妹からだぞ!と、変な所、いや桐乃らしい所を強調されて受け取った。 「えへへ~♪」 まったくよぉ。いつもはクソ生意気なくせに。 たまに見せる可愛さが、異常なほどにカワイイんだぜ? 反則だよな、ホント。 ちなみに桐乃がくれたチョコレートは手作りだった。 食べる前に嫌な汗が出たりもしたが、実際はそれほど悪くない味だった。 激ウマ!とまではいかない味付けだったが、その分手作りっぽさが出ていて感動できたというか、 俺にとっては世界一美味しいチョコレートだったよ。 サンキュな、桐乃! ・ ・ ・ ・ ・ 524 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 19 59 03.59 ID SIsUCoNNO 妹からチョコ貰った。手作りだった。ちょっと泣けた。 525 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 01 15.42 ID JhTYreokO 524 kwsk 526 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 02 01.01 ID GraiFGklO 524 なん・・・だと・・・? きりりん以外にも、そんなブラコン妹がいるというのかorz ちょっと、兄になってくる 527 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 02 52.15 ID BUracONnO 524 奇遇だね。アタシも兄貴にあげたよ♪ 528 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 04 02.38 ID CkDeSKDqO 524 妄想乙 つか、IDwwwww 529 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 05 42.17 ID JDSauTrEO 524 IDすげええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇwwwwwww!! きりりんスレも100だし、今夜は奇跡が起きてるぞ!!!!! 527 !? 530 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 06 11.35 ID XoViTQmnO 524 527 ねーよwww きりりんは特別ブラコンなんだぜ? あそこまで愛された天使がこの世界に他にいるとか…… ……嘘、だよな? マジだったら、俺、俺……(´;ω;`) 531 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 08 21.57 ID AIuymFPzO 100スレ記念と思って、いつも通りきりりんに兄パン投下に来てみれば 事 情 が 変 わ っ た 530 涙拭けよ、その涙はきりりんが兄婚する時までとっておくんだ。 532 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 09 02.03 ID mJbuCHowO チクショー 524, 527の話を聞いて、俺も妹にチョコくれって言ったら 「てめーは〇ンコでも食ってろよwww」って言われた 533 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 10 11.26 ID OdXraLeDO お前は泣いていい 534 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 20 10 42.55 ID KDyosdKjO これはkskするわなw まさかリアルに、手作り兄妹チョコとかあんのかよwwwww お裾分けならまだ分かるが、ガチなんだろうなー きりりんも嬉しいんじゃね?こういうの聞けたら このスレ伸びるな、間違いない ・ ・ ・ ・ ・ 1000 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 21 51 06. ID UpSbVIxTO 1000なら、 524と 527が高坂兄妹で、妹婚成就!! お わ り -------------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1078.html
301 名前:【SS】オレンジの花[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 16 26 02.46 ID PQpzPkGv0 [4/9] 京介「おーい、桐乃ー」コンコン ガチャ 桐乃「・・・・・・なに?」 京介「おまえにこの花をプレゼントしようと思ってな」 桐乃「えっと、これ何の花?」 京介「オレンジの花だ」 桐乃「へえ・・・・・・これがオレンジの花なんだ。 なんであたしにくれるの?」 京介「クラスの女子に貰ったんだが、おまえのほうが合うだろ?」 桐乃「・・・・・・そのときのことちょっと話して」 京介「そうだな・・・」 女子「ねえ高坂君、このオレンジの花あげるね」 京介「おお、ありがとうな。 でもなんでオレンジの花なんだ?」 女子「今日の誕生花がオレンジの花なんだって。 ところで、高坂君今週の土曜日ヒマかな? もし良かったら、私がお弁当作るから、どこかに遊びに行かない?」 京介「今週の土曜日か・・・・・・ すまねえな。先約があるんだ」 女子「そうなんだ・・・・・・」 京介「また今度誘ってくれよな」 京介「ってことがあったんだが、あの子は何で花をくれたり、遊びに誘ってくれたりしたんだろうな」 桐乃「あんた死ねばいいと思うよ」 京介「それは酷くね!?」 桐乃「酷くはないと思うけど。 あんた、なんでその子と一緒に遊びに行かなかったの?」 京介「今週の土曜日は『あた兄 九巻』の発売日だろ? 一緒に買いに行こうって言ってたじゃねえか」 桐乃「あ。そうだったね。 ふーん。あんた、あたしと一緒にいたいからクラスの子からのデートの誘い断ったんだ」 京介「おまえとの約束が先だったからな。 それに、どうせ他の奴らにも声かけてるだろうから、デートじゃねえよ」 桐乃「どうだか。 まあ、あたしのせいでその子のお弁当を食べ損なったのは事実だから、 土曜日に出かける時にはあたしがお弁当作ってあげるね」 京介(げ。マジかよ・・・・・・) 京介「そこまでする必要はねえって」 桐乃「いいって。 オレンジの花くれたでしょ? お弁当作るのも、食べてもらうのも喜びの一つなんだから、あたしに作らせてよ」 京介(はぁ。しかたねえな。 オレンジの花が何の関係あるのかしらねえけど、こうなった桐乃には何を言っても無駄か) 京介「それじゃあよろしく頼むな」 桐乃「うん!楽しみにしててよね!」 オレンジの花言葉:「純粋」「愛らしさ」「華美」そして・・・・・・ 「花嫁のよろこび」 -------------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/387.html
688 名前:662[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 21 58 23.88 ID tRz4Z2PnP [2/2] それからのこと 「あ、クマできてんじゃん!あんた」 あいつは俺の顔を指差して笑った。 「ゆ、指さすなよ!こんなとこで」 秋葉原の改札。1ヶ月ぶりの再会だ。 「おまえ、また痩せたんじゃねぇか?」 「…チッ、心配うざいんですけど」 「おまえなー、そういうこと言うの俺だけにしとけよ」 「あったりまえじゃん!バカじゃないの。仕事なくなっちゃうよ」 大人になった桐乃も口調だけは相変わらずだ。 桐乃はオートクチュールのニューヨークコレクションのために渡米し、今日帰国した。 俺の目元をのぞき込んでいるこいつは、背が伸びて、俺と同じくらいになっちまった。 今は美咲さんのエターナルと関係がある海外ブランドでモデルをしている。 見たとおりのモデルが秋葉原の改札前にいるから、人は振り返る。 「成田に迎え、よかったのか?」 「あ、いいって。いつものことだし。ニューヨークって羽田便もあんのよ」 いいから、俺の目元をのぞき込むのはやめろ。 「あのゲームできたの?」 「いや、いろいろあってな…、ってなんでだ?」 「うー、あれ作り始めてから、いっつもげそっとしてるし」 桐乃は肩をすくめた。 俺は結局こいつのせいで、ゲームメーカーで仕事をしている。パソコンも持ってなかった俺がプロデューサーだってよ。 「それよこせよ、重いだろ」 桐乃の視線をそらすためもあって、引いている荷物に話を向けた。 「あ、うん」 細い脚がみえた。 「おまえ、ちゃんと食ってたんだろうな?」 「あ?またその話ぃ?ウザいんですけど」 「おまえなあ、頑張りすぎんなよ、いくらモデルは太れないっていってもさ」 「わかってるってば、兄貴」 桐乃が降りかかった髪をかきあげる仕草をする。指に御鏡デザインのリングが見える。 「そういえばリアに会ってきたか?」 「ちょっとだけね。ほらオリンピックがあるでしょ?だからあんまり時間取れなくてさ。あたしも忙しかったし」 「ああ、そうだよな。あの子オリンピックだもんなー」 リアが日本に来て、この秋葉原で時間をすごしたことを思い出す。 そして、桐乃と走り、リアが勝ち、桐乃が負けたことも。 「キモ!なに考えてんのよ!リアのこと?」 「あたしまだ負けないんだからね!」 「こら!まだ言うか」 桐乃の頭に手を添える。昔と違って俺と同じ身長だから、やりにくくなった。 桐乃は小さく舌を出した。 「テヘッ」 アメリカ陸上界とファッション界のスターじゃなかなか簡単に会えんだろ、やっぱ。 桐乃は、高校卒業までに陸上をあきらめた。いや、国内じゃ敵なしだったのだが。まだ記録は残ってるはずだ。そして陸上の再留学で渡米もした。その時には、桐乃は心配の種がなくなっていたから、自分を存分に成長させることができた。でも、結局リアには勝てなかった。そりゃそうだ、今ではリアはメダルを期待されているほどの選手。負けず嫌いのこいつが、敗北感をどう整理したのかわからないが、携帯にかかってきたその時の電話をよく憶えている。 「おー、兄貴!元気?」 「今いそがしい。あとで電話するわ」 「いーからさ、またちょっと迎えにきてよ…」 「あ!どうしたおまえ!?」 「へへへ、思い出したか、前のこと」 ちょっとキレたよ。俺は。 「切っていいか、これ」 「おまえがいないと寂しくてたまらないっていってくんないかなー」 「ちょ、切るぞ!」 「あっ、あ、!」 切った。忙しくてイラついていた。 (そういう心配は、あの時になくなったはずだ) どうせまたかかってくると思っていたが、5分たっても携帯は鳴らない。 ツ・ツ・ツ・ツ・ツ…プー・プー・プー・プー・プー こっちからかけたが出やがらねぇ。 ツ・ツ・ツ-----! 切りやがった! ツー・ツー・ツー・… 出た。 「…なによ!あたしの電話切らないでよね!こっちがせっかくかけてやってんのに!◎△×××!」 しばらく騒いでいるようなので、少し耳から離した。 「…わかったよ。で、どうした?」 「あのさ!まったく!」 「ん?」 「たぶん陸上ダメみたいなんだよね」 「どうした、おまえらしくねぇな」 「今度はだめだね。あきらめた!しょうがない」 「そうか…」 まあ、日本でトップの選手があきらめたというのだから、素人の俺はただ聞くしかない。 「で、いつ戻ってくるんだ?」 「だーかーらー迎えにきてってば!」 「あー?今度は大丈夫だろー?」 「お願い」 電話の向こうで手をあわせる桐乃が見える。 はぁ、エロゲ買わせた時と一緒かよ… 「…あー、わかったわかった。いつがいいんだよ」 その晩親父に、電話のことを話した。親父は、そうか行ってこい、と何も聞かずに答えた。 「でさぁ、なんでアキバなんだよ」 目にクマができるくらい忙しいんですけど。こっちは。 「ここがいいの」 「え?」 「ここがいいの!」 「話なんかウチですればいいじゃん」 「いいよ、ここで」 あれから時間が流れて、桐乃と黒猫と沙織で通った店もなくなり、俺は俺でアキバの様子に少し疎くなっていた。 ここがいいと桐乃が決めたメイドカフェは、平日の午後に閑散としていた。 それにしても、目立つ目立つ。店中こっち見てるじゃんか。 「兄貴さ」 「…おまえ、その兄貴っての、明日は口にすんなよ」 「ウザ!いちいち!」 「あのなぁ、あっちはおまえのことしらねぇんだぞ。モデルみたいの連れてこられて、兄貴と来た日にゃ、びっくりすんだろ」 「…」 桐乃はムスッとしていた。 「いいじゃん、兄貴は兄貴なんだから。だいたい、あの時までどのくらい待たせたと思ってのよ!」 「いや、頼むから、明日はやめてくれ」 「うー」 「おまえ、ここでむくれんなよ」 ああ、あちこちから視線が痛いぜ。 俺は、話しながら、明日の生みの母親とのやり取り思い巡らせていた。 桐乃は、ニューヨークからの手荷物をあけて、あのアルバムを取り出した。 「おまえ、これ持ってきたのか?」 黙って、アルバムのページををいとおしそうに捲っている。 「…あんたさぁ、あたしのこと離さないなんて言ってたけど、いつまでこのままなの?」 「え?」 「せっかくね、あんたのほんとのお母さんにあいさつに行くってのにさ!」 ブウーン・ブウーン・ブウーン… 桐乃の懐から聞こえてきた。 「あ、電話。ちょっと待って」 小走りに外へ出て行った。 仕事の話なのか、桐乃はしばらく戻らない。 (おまえを離さないといってるだけじゃダメなんかね?おまえはさ) 桐乃の席にぽつんと残されたアルバム。これはあいつの宝物。 桐乃の「いつまで待たせたのか」という言葉を反芻する。 (はぁ、しかたねぇか、もうそろそろ。考えてみればあの時から決まっているようなもんだ…) 10分ほどして桐乃は戻ってきた。 「いつまでこのままなの?」そう言ったことを忘れているように見えた。 「桐乃」 「ウザ、なによ、名前なんか言っちゃって」 「御鏡にもう一個指輪頼んどけ」 「…」 桐乃は急に不機嫌になったかと思うと、店の外に走り出ていった。 「お、おい!桐乃!」 デジャブの中でしばらく探した桐乃は、近くのゲーセンで、太鼓を打ちまくっていた。 「なんなのよ!あいつ!いまごろ!」 ドン・どん・ドン 「桐乃!」 「…」 ドン・どん・ドン・ドン 「おい、桐乃!」 俺は桐乃の腕をつかんだ。 「あんた、なによ!あれでプロポーズしてるつもりなの!キモっ!キモい!」 「う」 「あんたのこと、子供の頃から好きだったっていうのしってるでしょ!あんた以外に好きな人なんていなかったんだからっ」 「…」 「それなのに…」 桐乃は泣いていた。 「待たせすぎなのよ!」 俺は桐乃を背中から抱いた。悪かった。おまえのことはちゃんと俺が守るといってるだろ。 翌日桐乃と俺は、俺の生みの母親に会い、紹介だけだったはずなのに、結婚の報告もすることになった。 もちろんその前に、今の俺の両親にも、桐乃と一緒に報告したのは言うまでもない。 親父はなぜか黙ってたけど、お袋はしっぶい顔でいろいろ言ってたな。まあ、いいじゃねぇか、あんたらの老後はこれで安泰だ。 桐乃がニューヨークに戻ってしばらくして、電話が鳴った。 「あ、兄貴?」 「あんなあ、もう兄貴ってのやめたらどうだ?」 「チッ、いちいちウザ。いいからさ兄貴、瑠璃と沙織に言っといたよ」 「お、そうか、あいつら元気か?」 「いろいろと忙しくしてた。瑠璃はMITの近くで何かやってるみたい」 「らしいな。赤城の妹と一緒だよ」 「こないだ、あいつとボストンでご飯食べたよ。沙織はパリに電話した」 「おまえと同業だっけか」 「まあね。沙織は作る方だけどね。次のパリコレで会うかもしんない」 「それより、おまえ、独身じゃないと仕事できなくなるんじゃないのか?」 「ああ、まあね。でも美咲さんとはなしてるからなんとかなるっしょ」 「そうか」 「いつにするかはあんたがきめなよ。あたしはどうせずっと待ってたしぃ?」 桐乃は、セントラルパークを見下ろすアッパーイーストサイドの高層階で、京介と話しながら、左手をかざした。 薬指には、東京で京介が頼めといった御鏡がデサインした指輪ではなく、かつて渋谷で京介にねだって買ってもらった指輪があった。その指輪は、時間がたってひどく光沢は失せていたが、幸せに微笑んでいる桐乃の小さな丸顔を映し出しているに違いなかった。 -------------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1778.html
770 名無しさん@お腹いっぱい。:2013/08/25(日) 22 38 03.39 ID mYtI4gMGO 768 桐乃「ばっかじゃないの!?」 京介「よし。そんじゃ明日九時に駅前で待ち合わせな」 桐乃「ばっかじゃないの!?」 京介「え?…ああ、明日新作エロゲの発売日か。いいよ」 桐乃「ばっかじゃないの!?」 京介「ん?ああ、頭撫でてほしいのか。お前好きだよな~」ナデナデ 桐乃「京介…キスしてほしい」 京介「ど、どーした桐乃!?」 桐乃「どーせなに言ったってアンタに翻訳されるんでしょーが!」 京介「自暴自棄になるなよ!」 ----
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1805.html
真新しい衣服を身に纏い、俺は空を仰ぎ見る。 雲ひとつない快晴。吐いた息が白く染まる刺す様な寒さの中、 降り注ぐ陽光が肌に心地よい。 年が明けて数日後の駅前である。 新しい年に胸を弾ませる人の群れが、俺の傍を横切っては それぞれの目的地へ向かって歩いていく。 時計を見れば、針は九時半を示していた。 「お、おまたせっ」 顔を上げると、照れくさそうな微笑みを浮かべている・・・・・・ 俺の彼女がそこにいた。 俺の愛しい恋人である彼女の名前は、高坂桐乃。 ライトブラウンの髪の毛、両耳には一昨年のクリスマスに渡したピアス、 長くしなやかな足、すらりと均整の取れた身体を大人っぽい冬の装いで包み、 幼さを残した顔にはしかし、肉親さえをも魅了してしまうほどの色気があった。 「別に待ってねぇよ―――行くか」 「うん」 嬉しそうに頷いて、桐乃は腕を絡めてくる。 カップル(今更だが照れくさい響きだ)なら当たり前の行為が、それだけで、 俺の胸を高鳴らせて体温を上昇させる。 「デート・・・楽しみだね」 「そうだな」 子どもっぽい笑みを交わし、俺たちは並んで歩き始める。 「最初は映画だな」 「何観るか決めてるわけ?」 「おう、ちゃんとおまえの好きそうなやつはリサーチ済みだよ」 「へー、やるじゃん」 しばらくして、映画館に到着。 「で、どれ観るの?」 俺は壁に貼られているポスターの一つを指差す。 タイトルは、 『妹めいかぁEX・お兄ちゃん大好き?』。 聞いて驚け、何とエロゲーを原作にした全年齢劇場版アニメだ。 それを新年早々に放映するのだから、世も末だぜ。 「アニメかぁ・・・」 「おまえ、こういうの好きだろ?」 「超好きだけど・・・ん~~~」 何故かテンションが低い桐乃は、意外にも難色を示す。 「デートじゃ観ないでしょ、普通・・・」 兄妹で付き合っている時点で、普通もクソもないと思うが。それにだ。 「俺たちのデートなんだから、俺たちらしくていいじゃないか」 桐乃が赤面して、目を見張る。 「た、たまにはいいこと言うじゃん。でもさ・・・」 「あん?」 桐乃はやや伏し目がちに、 「あんたは・・・あんまりアニメ興味ないじゃん。 あたしはあんたにもちゃんと楽しんでほしいの。 デート・・・なんだからさ」 お、おい、聞いたか!? あの傍若無人の桐乃様のお言葉とは思えねぇぜ! 俺の妹がこんなに―――と、いかんいかん。 桐乃と付き合うことになってから俺は、この言葉は封印すると決めたのだ。 俺の彼女がこんなに可愛い、が正しいのである。 「だからだよ。俺はおまえが楽しんでる顔が見れれば楽しいんだから」 「んなっ・・・!」 真っ赤なまま固まる桐乃に、してやったりと思いきや、 「ばかじゃん!」 「ってぇ!」 照れ隠しのビンタが飛んできました。 「あ、アンタが変なこと言うからだかんね!」 前言撤回。今日も理不尽な桐乃節は好調だ。 おーいて。 「でも、おまえがこのアニメをまだ見てなくてよかったよ」 桐乃のことだから、公開初日に見終わってる可能性もあったんだよな。 もしそうだったら目も当てられないところだった。 いや、桐乃なら二度目でも十分楽しめるかもしれないが。 桐乃は顔を背けて言う。 「あたりまえじゃん。さっきはあんなこと言ったけど・・・ 本当は、京介と一緒に観たかったから」 「んなっ・・・!」 ・・・完全にやり返される俺だった。 「っあ~~~~~~~~~~~~~~~~面白かった!大ッッ満足!」 映画館を出た瞬間はしゃぐ桐乃。 「なかなか面白かったな」 正直内容は全く期待してなかったのだが、いい意味で裏切られたぜ。 「ひひ、あんたもちょっとはわかるようになったじゃん」 「まーな」 誰かさんに散々エロゲーをやらされてたり、黒猫の同人活動を ちょっと手伝った影響で、今の俺はサブカルチャーは嫌いじゃない。 ど素人なのは変わらないが、少しは興味を持っているのだ。 「やっぱヒロインのつかさちゃんがちょ~可愛かったよね! 一途にお兄ちゃんを思い続ける妹っていいなぁ~~~~~」 放っておくと延々としゃべり続けそうだな。 「まぁ落ち着けって。こんな人の往来で喋ってたら目立っちまうぞ。 メシ食いに移動して、そこでだべろうぜ」 「お、おっけ」 周囲の視線にようやく気づいた桐乃が恥ずかしそうに頷いた。 俺たちがやってきたのは落ち着いた佇まいのケーキショップだ。 店員さんに誘導してもらい、窓際の席に向かい合って座る。 テーブルの面積が小さいので、お互いの距離はかなり近い。 「さて、なに頼む?」 メニューを広げた桐乃は、耳まで顔を赤く染め、 無言で中央に掲載されたカップル用のパフェを指差す。 「こ、これか・・・!」 戦慄のあまり声がかすれてしまったぜ。 覚悟はしていたが、実際に提案されるとすげー恥ずかしいな。 「あ・・・やっぱり、嫌・・・?」 泣きそうな表情の桐乃。そんな顔されたら断れるわけねーじゃねぇか。 「へっ・・・桐乃、俺を侮るなよ?」 「・・・え」 実の妹と付き合ってる俺に、怖いものなんかねぇ! 一瞬だけスーパー京介になった俺は呼び鈴を鳴らして、 注文を聞きにきた店員さんにカップルパフェを注文した! 「きょ、京介・・・」 おい、そんな蕩けるような甘い声を出して俺を見るんじゃない。 急に猛烈な恥ずかしさが込み上げてきたぞ。 テーブルに置かれたパフェは、それはもう巨大という言葉がぴったりの まるで山のような様相だった。 チョコレートやアイス、デザートでふんだんに盛り付けられたお皿と、 燦然と輝く銀色の二本のスプーンは見ているだけで 胸が甘ったるくなってくる。 こ、これを今から桐乃と食うのか・・・! もしかしたら俺は、自ら後戻りのできない道に突撃しちまったのだろうか。 桐乃がスプーンでパフェをすくい・・・ 「は、はい京介・・・」 お、おまえ俺を殺す気か!? 「は、早く・・・」 「わ、わかったよっ!」 覚悟を決めて開けた俺の口に桐乃がスプーンを押し込んでくる。 口内にチョコの味が広がるが、もちろんそれどころじゃない。 「次は・・・京介がやって」 桐乃がこんなことを仰りやがったからだ。 「すげー照れくさいんだが・・・」 「い、いいから早くやってよね。時間かけたらもっと恥ずいじゃん」 腹をくくるしかないようだ。 「行くぞ・・・」 ゆっくりとスプーンを桐乃の口腔内に入れる。 可愛らしく咥えた桐乃はパフェを笑顔で咀嚼して飲み込んだ。 「へへ・・・美味しい」 あ~顔が火照りそうだ。 再び桐乃のターン。 「は、はい」 そこで桐乃の手が滑ったのか、俺の頬にパフェが付いてしまった。 「あ、ごめん」 「いいってこれくらい」 紙ナプキンでふき取ろうとすると、桐乃に制止された。 「ま、待って」 「あん?」 立ち上がった桐乃が俺に顔を近づけ・・・ ちゅ。 「!?」 頬のパフェを、桐乃がついばんで舐め取ったのだ。 「き、綺麗になったよ・・・」 悶絶してしまいそうである。 そうやって、俺と桐乃の食べさせあいは最後の一口まで続くのだった。 後で思い返したら、羞恥のあまり死にたくなりそうだな。 『きーみとまたーもーのがぁたーりが・・・』 桐乃の携帯が鳴った。 「ごめん、仕事の電話。ちょっと席外すから」 「わかった。その間に会計済ませて外で待っとくよ」 「デートは割りカンって約束でしょ」 「たまには彼氏にかっこつけさせろよ」 「・・・ぷっ、ば~か」 言葉とは裏腹にかわゆく笑んで、席を離れてゆく。 さて、俺もさっさと料金を支払うとするか。 こんなこっぱずかしい所に男一人でいられるかってんだ。 寒さに身体を震わせながら五分ほど待っていると、 「待たせてゴメン」 「何かあったのか?」 「明日の撮影の予定が一時間遅れるってだけ。さ、デートの続きしよ」 「お、おう」 桐乃は恋人繋ぎの手を振りながら上機嫌にはにかんだ。 最後に到着したのはゲームセンターだ。 「メルルの人形見っけ!」 クレーンゲームの台に駆け寄る桐乃。 「京介、これ取ってよ!」 彼女のお願いなら、彼氏として応えてやんなくちゃならんだろう。 「うし、俺に任せろ」 こんなこともあろうかと、以前黒猫にコツを聞いていたのさ。 付け焼刃なため、さすがに一発では無理だったが、三度目で見事ゲットだぜ。 「いひひ・・・かわいいなぁ!ありがとね、京介」 「おうよ」 こんな笑顔が見られるなら、お安い御用だ。 「ほら、持ってて」 あ、やっぱり。 く~、これが入る大きな袋なんて持ってないから、 むき出しのまま持ち歩くしかないようだ。 ・・・ったく、しょうがねーな。 その後はシスカリで何度か対戦し、デートの締めくくりはプリクラだ。 カップル専用台の中に入り、お金を投入し、当然の如く ハートのフレームを選択する桐乃。 画面に二人の名前と、桐乃から俺へ線を引っ張って、 だいすき と書き込んでいやがる・・・・! 「ちょ、おま・・・」 「何よ、悪いっての?」 「いや、悪かねーけど・・・」 「ほら、あんたも書いてよね」 ペンを桐乃が強引に渡してくる。 こうなりゃやけだ。 俺も桐乃の真似をして、俺から桐乃へと線を引いて だいすき と書いた。 「・・・嬉しすぎて死にそうなんだけど・・・!」 奇遇だな。桐乃。俺も気を抜くと卒倒してしまいそうである。 「・・・そうだ、いいこと思いついた」 桐乃はとろけきった表情で画面をを操作して、 「撮るよ・・・」 そこで不意に桐乃が動き――― ちゅっ。 ぱしゃっ。 「・・・・・・」 「えへへ・・・これでせなちーたちに勝ったでしょ?」 二度目のキス。 場所は・・・俺と桐乃だけの秘密にさせてくれ。 こんなプリクラ、絶対に誰にも見せられねぇぜ。 夕陽が恋人同士を照らして長い影法師を作っている。 家が近いため手は繋いでないが、並んで歩くくらいは許容範囲だろ。 いや、あんだけラブラブしてりゃ、知ったやつの目もあったかもしれないけどさ。 まぁ、その時のことはその時に考えるよ。 もっと大事なことがある。 「今日のデート・・・楽しかったか?」 もう言ってしまってもいいだろう。 とっくに気づかれているかもしれないが、、 このデートは、あの夏の偽装デートのやり直しだ。 グダグダになって、ケンカ別れのような形で終わってしまった あのデート。 考えてみれば、あれが俺たちの初デートなんだよな。 本気だった桐乃と違い、俺は嫌々の偽装デートで、真剣じゃなかった。 桐乃にとって、いい思い出とはとても言えないだろう。 俺にとっても、だ。 だからこそ、今日がそのやり直しなわけだが。 「まぁまぁね。60点くらい?」 「低いな!?」 あんなに楽しんでたじゃねーか、と突っ込もうとして止めた。 隣の桐乃が、モデルにあるまじき表情をしていたからだ。 「だから、次はもっと楽しませなさいよ」 「へいへい」 素直じゃない妹様に頷いてみせる。 約束してやるよ。 この関係が終わる日が来ても、ずっと傍にいるってな。 見えてきた我が家。 玄関のドアに手をかけて、ゆっくり引いていく。 「「ただいま」」 茜色の冬空に、恋人同士の声がした。 ----
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1665.html
692 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/13(水) 17 15 16.87 ID mqIKM45u0 2016年3月13日 ちゅっ 桐乃「……ん。…………はあっ…」 京介「ぷはぁ……これでちょうど3年達成だな」 桐乃「ん。だね」 京介「途中で途切れるかと思ったが結局毎日ちゃんと続いちまったな」 桐乃「うん、そーだね」 京介「いやー、思えば長かったような短かったような。はは」 桐乃「あの、さ?あ、明日からは?どうすんの?」 京介「え?…あ、ああ、そういえばもう目標は達成したわけだしな」 桐乃「う、うん…じゃあもう…」 京介「で、でもよ!結局習慣みてーになっちゃったよなー!あはははは」 桐乃「あ、あー?あんたも?だよねー!このまま続けてても変わらないかなー、なんて?」 京介「そ、そうか?そうだよな!じゃあ明日からもいつもどーりに続けるか??」 桐乃「ふ、ふーん?ま、あんたがしたいならあたしは別にイイケド??」 京介「そっか?しゃーねなあー?あはははは」 桐乃「しょうがないよねーっ?あはははは」 京介(てゆーかキス3000回なら1日3回で計算しても3年も必要なかったんだけどなっ!) 桐乃(てゆーかキス3000回なら1年でとっくに達成しちゃってたんだけどねっ!) ----------
https://w.atwiki.jp/kiririn/pages/1758.html
624 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/07/26(金) 03 04 27.80 ID a31i7HzK0 京介「初ラブホは妹でした」 桐乃「ん」 京介「初二人乗りも妹でした」 桐乃「ん」 京介「初告白も妹でした」 桐乃「ん」 京介「初二人でお泊まりも妹でした」 桐乃「ん」 京介「初プロポーズも妹でした」 桐乃「ん」 京介「ファーストキスも妹でした」 桐乃「ん」 京介「全部おまえが初めてで、おまえが最後だ」 桐乃「ふひひ~」