約 153,178 件
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/193.html
前の話へ 次の話へ あらすじ 霖之助の協力のもと日本人形を完成させたアリス 次は一人で作ろうと自宅に篭るが、霖之助にフラグを立てられていたため、寂しくなって香霖堂へ。 なんだかんだでめでたく毎日通うことになりました。 スー……、パタン。 霖之助にあてがわれた部屋に荷物を置きにあがったアリス。 廊下から見えないように襖を閉めると、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 畳に腰を下ろして両手を突き、大きく息を吐く。 本来陶磁器のように白い肌は首まで真っ赤に染まっていた。 心臓はここで一生分働きつくしてやると言わんばかりに回転数を上げ、手足はいまだに軽く震えている。 (あれは反則にも程があるわよ……!) 叫びだしたくなるほどに昂ぶる感情を抑え、アリスは先ほどのことを思い出す。 『ありがとう。また来てくれて嬉しいよ』 ただでさえ受け入れられたことが嬉しくて頭が煮立っている所だというのに、そんなことを言われた日にはもう声も出せなくなってしまう。 真っ白な頭の中とは正反対の真っ赤な顔で、カク……カク……と壊れた人形のように首を縦に振り、転びそうになるのを何とかこらえて部屋に辿り着いた。 訝しがられたかも知れないが、取り繕うことなど不可能だ。 スキマと閻魔と花の妖怪と亡霊の姫に同時に喧嘩を売って無傷で生還するくらい無理だ。 霖之助の笑顔が頭から、言葉が耳から離れない。 上海と蓬莱を呼び寄せて力いっぱい抱きしめる。 「~~~~~~~っ」 声にならない叫びと共に畳の上を転げ回るアリス。その顔はこれ以上ないほどにやけまくっている。 来てくれて嬉しい。 来てくれて嬉しい。 来 て く れ て 嬉 し い! それはつまり、霖之助もアリスに会いたかったということだ。 それもあの朴念仁がわざわざ口に出して思いを伝えるほどに。 期待しすぎてはいけないと理性が警鐘を鳴らそうとするが、このくらい自惚れたって構わないだろうと黙らせる。 いつまでも悶え続けるアリスが再び霖之助と顔を合わせられる程に落ち着くのは、相当後になりそうだった。 一方の霖之助は、部屋から聞こえてくる妙な音に首をひねっていた。 前の話へ 次の話へ
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/198.html
「こんにちわ~」 魔法の森の古道具屋、香霖堂に女性の声が響き渡る。 声の主は幻想郷トップクラスの有名人、八雲紫。 今日もまたスキマを使って入ってきた紫に、霖之助が声をかけた。 「いつも言っているが、せめて店の戸を開けて入って来てくれないか? 心臓に悪いんだが」 「だあってこっちのほうが楽なんですもの」 「あんたがどうこうじゃなくてこっちが迷惑だって言ってんのよ……」 突っ込むのは最近店の看板娘となった七色の人形遣い、森近アリス。 今日はいつもの洋服ではなく、水色の着物を着ている。 「こんなか弱い女性を2人でいじめるなんて。このドS夫婦」 「あんたがか弱かったら大概の妖怪は虚弱体質よ」 今日も皮肉の切れ味は良好なようだ。 「霖之助さん、こんな意地悪な女なんかほっといて私とイイ事しない?」 「折角のお誘いだが遠慮しておこう。僕は愛する妻で十分だよ」 「あらあら、お熱いことことねえ。まあ飽きたら言って頂戴。いつでも相手になるわ」 どうやら今回は簡単に引き下がるようだ。 適当に相槌を打とうとした霖之助だが、何かが頭に巻きくのを感じた。 「アリス?」 見れば、アリスが霖之助の頭を胸に抱き寄せて紫を睨みつけていた。 「そんな怖い顔しなくてもほんとに取ったりしないわよ。まったく見せ付けてくれるわ。それじゃあまたね」 そういい残して紫は帰っていった。 が、アリスは霖之助の頭を離そうとしない。 「アリス。そんなことをしなくても僕は逃げたりしないよ?」 「だって……」 「アリス。何度も言っているが、僕が愛しているのは君だけだ。 世界中のどんな美女が言い寄ってこようが僕が動くことはありえない。 僕の心は君でいっぱいで、他の女性が入り込む余裕なんてないんだから」 「……うー」 今までの反動か、事あるごとに霖之助にくっつこうとするアリス。 そのアリスを説得しているうちに、歯が浮くような台詞をこともなげに放つようになった霖之助。 アリスとしては嬉しいやらくすぐったいやらで、むしろ前よりたちが悪い。 結局、今度は赤面してしがみつくアリスが離れてくれたのは、夕食時になってからだった。 前の話へ
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/297.html
天狗たちとは霖スレ住人である。 【香霖堂】森近 霖之助スレッド31【店主】において、スレ住人さながらにカップリング談義をする天狗たちが登場した。それぞれのカップリングの味わいとそれにかける想いを各一行で的確にまとめた有様に感銘を受けたスレ住人たちは、いつしか己を妖怪の山の天狗に仮託するようになった。 本来はカップリング話をするペルソナについた名前であるが、現在ではスレ住人一般を指すようになっていると言える。 問題のレス 635 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 18 59 11 ID ocqxZ6520 天狗A「俺は断然霊夢×霖之助だな。枯れた老夫婦の路線」 天狗B「いやいや魔理沙×霖之助でしょう。憧れのお兄さんから一歩関係を進めるがいい」 天狗C「僕はあの咲夜さんと霖之助がかもし出す不思議空間が好きなんだ!」 天狗D「話にならん。未熟な妖夢を正してあげる霖之助に俺は惚れた」 天狗E「幻想郷を揺るがす大妖怪である紫様と一介の半妖でしかない霖之助の恋愛などロマン溢れるじゃありませんか」 天狗F「我儘な吸血鬼お嬢様とそのニーズい答える店主たまんねー」 天狗G「私みたいなしがない新聞記者としがない古道具屋の店主、相性いいと思いませんか?」 天狗H「お前ら霖之助が人里にいたこと知らんのか……とうの昔に慧音先生と付き合ってるに決まってるだろう」 天狗I「人里っていうなら阿礼乙女と代々付き合いがあってもおかしくなかろう」 天狗J「最近入ってきた山の巫女はいい娘だぞ。外の人間相手なら霖之助も関心を示すこと請け合いよ」 天狗K「まあまあみんなの間を取ってここは一つチルノ×霖之助という奇抜な発想をだな」 天狗L「甘い。その道はすでにルーミアちゃんが通ってるとわしは考えるぞ!」 天狗M「お前ら永遠亭忘れすぎ。永琳先生なんて銀髪でりんりんで相性抜群じゃないか」 天狗N「小生はあの弟子の兎がどうにも辛い過去を持っているように見える…霖之助のような男が幸せにしてやれるとよいのだが」 天狗O「ちょっと年を取りすぎた貴様達は一度少年心に戻って半妖とお姫様という王道ポジションを意識すべし。よって輝霖」 天狗P「姫? 四季映姫様しか思い浮かばないのさおいらには。説教していくうちにだんだん芽生えていく何かがだな…」 天狗Q「殺意か何かが芽生えるのか? 四季様もいいがこまっちゃんと霖之助の酒飲み談義が聞きたいね俺は! 聞けるなら仕事サボる!」 大天狗「天狗Qちょっと後で来い。しかし西行寺の嬢ちゃんなどいいと思うのだが。霖之助は風情を大切にする男だ。妖夢は娘ポジで」 天狗R「娘? フ ラ ン ウ フ フ」 天狗S「ここまで幽香霖が話題に出ないのに俺が泣いた。ドS同士何か芽生えるものがあるだろうに」 天狗T「本読み友達でパッチェさんとか最高……是非薀蓄議論を展開して欲しい」 天狗U「あー名前が分からないけどあの朱鷺っぽい娘。あれは一目ぼれした。是非霖之助の嫁に。ダメなら娘に。看板娘でも可」 天狗V「どうしようもない店主にさらにどうしようもない天人が降りてきた。次の連載小説は決まったッ!」 天狗W「ちょっと今度天狗権限で河童けしかけてみるわ。案外うまくやると思う」 天狗X「すいません、アリスを忘れないでください……同じ森に住んでるんです……」 天狗Y「らあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 知的冷静カップルやほぅぅぅい!!」 天狗Z「お前ら霖之助をハーレム状態にするの好きだな」 天狗A~Y「何がハレームだ。霖之助は(少女の名前)とくっつくのが一番いいんだ」 643 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 19 15 44 ID XZPLYR/Q0 なんてキモいカプ厨天狗達・・・これは間違いなく俺ら その後の流れ 659 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 21 23 32 ID XBI1Z7NAO 衣玖さんとさとりんが入ってないのは納得いかないって天狗αと天狗βが言ってた 661 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 21 30 44 ID Op9zYOrw0 取りあえずsageようぜ あと、何故か簀巻きにされてた天狗γが「わた、犬走椛が入っていないのは天狗Gの陰謀です」って言ってた。 663 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 21 33 50 ID FWJw1CW20 今日は不在の天狗δと天狗εから、大妖精と美鈴を推しといてくれって伝言を預かってきたんだが 670 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 21 58 56 ID g8a842Bg0 天狗たちは霖之助にいったいどんな恩があるんだwww 675 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 22 32 47 ID zemAGDhgO 670 恩があるわけじゃない。 面白いから語ってるだけだ(笑)。 って、雛霖を押してる天狗555が言ってた 678 :名前が無い程度の能力:2009/01/20(火) 23 25 37 ID fMoUDRls0 旧作キャラにももっと目を向けるべきだと思う。特に魅魔様とか。 って天狗Ωが言ってたよ 切っ掛けになったと思しい流れ(ただし裏スレである) 295 :愛欲が尽きない程度の能力:2008/12/31(水) 17 31 50 ID quhZefMo 文々。新聞以外にも取材に来た天狗はいるかもしれんぞ 302 :愛欲が尽きない程度の能力:2008/12/31(水) 18 09 59 ID L2kcvhAc 294 相変わらず椛は犬だぜ! 295 ああ、俺らみたいな天狗が 「本命は誰?」 「文はどうだ?」 「やっぱり妹的存在との禁忌というのは……」 とか、取材とは思えない取材を繰り広げるのだな 306 :愛欲が尽きない程度の能力:2008/12/31(水) 18 44 06 ID snLtHv0Y ちょっと山行って天狗になってくるからお前ら早く俺のこと忘れろ 307 :愛欲が尽きない程度の能力:2008/12/31(水) 18 46 33 ID ixC6CLHg え、みんな天狗じゃないの? わしだけなの? 309 :愛欲が尽きない程度の能力:2008/12/31(水) 19 19 00 ID M9.D8tpU 森近霖之助を攻略する乙女達を生暖かい目で見守る天狗達19日目 「せっかくだから俺は紅い妹を選ぶぜ!」 「待て、それはもこたんか? それともフランちゃんウフフか?」 「何故だ……何故巫女がプッシュされない……」 「天狗ならあややだろJK」 「いやいや椛だろTK」 「誰か、慧音先生と大人の恋愛をする店主の姿を見たい者はおるか!」 「そんなことより妖精牧場を香霖堂にだな」 「こまっちゃんとちゅっちゅしながら酒を呑む霖之助を見たいよぅ」 「閻魔様も忘れないでね!」 「お前らぁよく聞け、妖夢ちゃんをいぢめる店主こそが至高だ!」 「おしとやかさのある幽々子様が一番だ、庭師として仕えたワシにはわかる……」 「苦労人カップルってよくね? らんしゃまとかさ……」 「ゆ か り ん は ど う し た」 こうだな? (*森近霖之助を攻略する乙女達19日目より)
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/174.html
「良いお酒が手に入りましたの。一献いかが?」 「だからスキマを使って入ってくるんじゃないと何度も言ってるだろう」 【酒を呑むときは御注意】 恒例行事を済ませる2人。 「もうこのやり取りがないとしっくり来なくて」 「……ふむ。まあ僕もそれは否定しないが」 「え、本当に!?」 「そんなわけないだろう……」 あまりにあっさりと引っかかったのが情けなくて危うく涙ぐみそうになる紫。 「そもそもなぜ僕のところに?折角の酒なら式にでも振舞ってやればいい物を」 言えない。すでに誘ってみたところ、 「私に気を使う必要なんかありませんよ紫様。愛しの店主殿と呑みたくて仕方ないんでしょう?」 とニヤニヤ笑いながら追い出されたことなど。ましてや図星を衝かれて反論もできなかったなどと。 「あ~、えっと。あの子は呑まないわけじゃないけど、一番の好みが油揚げをつけたお酒だから。 こういうお酒は普通じゃない趣味を持った自分には勿体無いってあまり飲んでくれないの」 咄嗟に嘘をつく。許せ藍。なにやら変な設定を付け加えてしまった。 「……まあ、ヒレ酒みたいなもの……かな?君の式だけあって変わり者だね」 「え、ちょっ、私の式だけあってってどういうこと!?」 「それで、他には心当たりはいないのかい?」 「華麗に流さないでよ! うう……霊夢や魔理沙じゃあ、じっくり味わうなんてことはしないじゃない。 風情を感じながらのんびり呑みたかったのよ。 それとも……霖之助さんは私と酒を飲むのは嫌……?」 軽く涙目で上目遣いに伺ってくる。 少しやりすぎたか?と思った霖之助は肯定の返事を返す。 「……ふぅ、仕方ないな。まあ付き合うのは吝かじゃないよ。今晩が満月というのも見越して言ってるんだろう?」 紫の顔がパアッっと明るくなる。 「ええ、よくわかってるじゃない。それじゃあまた後ほど来るわね」 さっき泣いたカラスがもう笑っている。 口調もやや変わっているのはおそらく大人の女性らしいところを見せたいんだろうが、ちょくちょくボロが出ているのは気付かないんだろうか。 とにかく紫はスキマに戻っていった。 「……何も昼のうちに来る必要はなかったんじゃないのかな」 「やっっったあああーーー」 自室に戻り、滂沱の涙と共にガッツポーズを決める紫。 苦節3年。何度も何度も断られてやっと2人きりで酒を呑む所までこぎつけた。 このチャンスを逃がすものか。今日は飲ませまくって一気に…… 一気に……? ボンッと、想像しただけで真っ赤になる大妖怪。 頬に両手を当ててなにやらつぶやいている。 「どうしよう……想像しただけでこれじゃ本当に一気に行くなんて……。 でも今日を逃したら次は2人で呑むことだっていつになるか…… うーんと、えーっとぉ……」 「プッ」 「!? ……ら……藍……? いつからそこに……?」 「『やっっったあああーーー』のあたりからですかね」 「最初っからじゃないの!?いるならいるって言って頂戴!」 「まさか。こんな微笑ましい紫様を見ずにいろなんて。 何のために式になったと思ってるんですか?」 「むしろ何のために式になったって言うのよぉぉぉぉーーーー!?」 「そんなことより紫様」 「何この流しっぷり!?『紫の叫びを華麗にスルーする会』でもできたの!?」 「……気付いて……しまわれましたか……」 「冗談に聞こえないからやめてくれない!?」 「話が進まないのでこの辺にしておきましょう。 紫様は3年もお預けくらってもう辛抱たまらない。 しかし事を起こそうにも情けないことに恥ずかしくてどうにもならないと」 「くぅ……話が進まないと言いつつこの言い草……!腕を上げたわね藍!」 「お褒めに預かり光栄です。 さて、それはさておき対策を考えねばなりません。 まずは今日どうするかですが、紫様は何もせずに済ませるつもりはないんでしょう?」 「う……それはまあそうだけど」 「では境界を操る力でご自身の羞恥心の境界を操ってしまわれるというのは」 「試したことがないと思うの……?」 「思いませんが、結果を存じませんので」 「霖之助さんが目の前にいなくても歯止めが利かなくなりそうになったのよ……」 「……うわぁ」 「言えといった以上は引かないで聞きなさい!」 「では紫さまではなく、店主殿から手を出すよう仕向けるとか」 「また流す……。 色仕掛けでもしろというの?」 「誘ったところで店主殿にその気がかけらもないなら意味がありません。 というわけで、こんなこともあろうかと永琳殿に頼んで調合してもらったこの薬を飲ませては?」 「いつからこの事態を予測してたのかとか、そもそも私の誘惑じゃ無理という前提で話を進めているのはともかく、そんなものに頼りたくはないわよ」 「では正攻法しかありませんね。紫様も店主殿もしこたま飲んでもらうしか」 「やっぱりそれしかないのね……」 日が落ちて、真円を描く月が夜空に映える時間。 紫は珍しく着物に着替え、香霖堂を訪れた。 「いい月ね、霖之助さん」 「いらっしゃい。待っていたよ紫」 「あら、嬉しいわね。それじゃあ早速お注ぎしますわ」 「ああ、ありがとう。それじゃあお返し、と」 杯を傾ける2人。 「おや、これは本当にいい酒だね。君には感謝しないといけないな」 「ふふ、ありがとう」 「ぶはぁぁーーーーっ」 「あ、あの~、霖之助さん?」 3時間ほどが経過し、霖之助は1升瓶を3本ほど開けている。 紫が持ってきた酒で火がついたか、香霖堂に置いてあった酒を持ってきたり、紫がスキマを使って補充したりで呑み続けた。 まだまだ飲む気なのだろう、封が開いていない酒瓶も10本以上ある。 飲ませる気できたのは確かだが、どうにもすでに酔っ払っているようだ。 これ以上飲ませては体に障るのでは?と紫が心配していると、 「紫!」 霖之助が紫の名を呼んだ。 「は、はい」 「君は一体どういうつもりだ!毎回毎回思わせぶりな態度をとって。少なくとも見た目は若い女性がそんなことをしてどうする!?」 怒り上戸だったのか。 とりあえず反論すると面倒なことになりそうなので言わせておこう。 冷静な判断を下したつもりだったが、そんな余裕は次の言葉で粉砕された。 「いつもいつも僕がどういう思いで耐えていると思ってるんだ!?僕は半端者だから君には釣り合わないと思っているってのに!」 「……ええ!?」 「やっぱり気付いていなかったんだな?」 ジトッとした目で睨みつけてくる。 が、今はそんなことに怯んでいられない。 「じゃ、じゃあ、霖之助さんは私に誘惑されてドキドキしてたの?」 「当然だ!君みたいに力があって、誰よりも幻想郷のことを考えていて、 それなのにわざと胡散臭そうな態度を取ることでそのことを皆に意識させまいとしている奥ゆかしい女性が、 それも筆舌にしがたいほどの美女が迫って来るんだぞ!?なんとも思わない輩は僕が男として認めない!」 「っ!」 そこまで見ていてくれたのか。他人に興味がないような顔をして。 容姿を褒められたこともそうだが、内面を見てくれていたことが嬉しくて泣きそうになる紫。 「で、どうなんだい?」 「え?」 「僕の気持ちは今言ったとおりだ。今度は君が実際に僕の事をどう思っているのか聞かせてもらおうか。 偏屈な冴えない男をからかっていたのか、それとも本当に僕を憎からず思っているのか」 「き、決まってるじゃない!好きでもない人にこんなことしないわよ!……あ」 売り言葉に買い言葉でつい言ってしまった。 まずいまずいまずい。うなじまで真っ赤なのを自覚する。 「……よくわかった。それなら僕ももう我慢しない」 それでも、続けて発せられた霖之助の言葉は聞き漏らすわけにはいかなかった。 「え?それってどういう……?」 「だから、今まで我慢していた分、思う存分君とイチャイチャさせてもらうということだ。というわけで早速」 そう言いつつ近寄ってきた霖之助は、有無を言わさず紫を抱き上げる。 いわゆるお姫さまだっこというやつだ。 そしてそのまま座りなおす霖之助。 紫は霖之助の膝に横向きに腰掛ける形になる。 フリーズしていた頭が状況を理解する。 これは予想外すぎる。 行くとこまで行く予定だったが、この状態では頭がまともに働かない。 とりあえずスキマに逃げようとしたが、 「釘をさしておくが、スキマを使って逃げたりしたら向こう1年間一切口を利かないよ?」 逃げ道をふさがれた。 霖之助は逃がしてなるものかと紫をぎゅっと抱きしめる。 「ひ、ひぇぇぇぇ」 普段の紫からは考えられない悲鳴が漏れた。 「そういえば、今日は酒を飲むということで集まったんだったね」 キラリ、と霖之助の目が光る。 なにやら嫌な予感を感じる紫。 「ふむ、さっき君を抱き上げたときに杯をどこかへやってしまったようだ」 「そ、それならスキマで新しい杯を……」 「ああ、その必要はないよ。ちょうどいい杯を見つけたから」 「え?それってどういう……ひゃ!?」 あろう事か、先ほど抱き上げた拍子にはだけた紫の鎖骨のくぼみに酒を注ぐ霖之助。 そしてそのまま口をつけ、酒を飲み干す。 霖之助の唇と舌が触れるのを感じ、身じろぎする紫だが、霖之助は容赦しない。 「ほら、動くんじゃない。こぼれて服にかかってしまうじゃないか」 そう言いつつもさらに酒を注ぐ霖之助。 「ふぁっ!」 「んっ!」 「ひぅっ!」 やられる紫はたまったものではないが、霖之助がやめる気配はない。 結局、丸2本そうして呑み干したときには、すでに紫は腰が抜けていた。 「り……霖之助……さん」 「ん?ああ、すまないね。僕ばかり飲んでしまったようだ」 そういうと霖之助は口に酒を含む。 「そ、そうじゃな……んーーーーーっ」 そして紫に口移しで飲ませる霖之助。 「ほらほら、まだ酒はたくさん残ってるんだ。どんどん行くよ」 そういえばまだ開けていない酒瓶がゴロゴロしている。 が、ここで紫は1つのことに気付いた。 1升瓶を3本開ければ前後不覚になるくせに、さらに2本飲み干しても霖之助の呂律が完璧に回っていることを。 「霖之助さん、あなた本当はまだ酔ってないんじゃ!?」 「さあ、どうだろうね? まあでもどっちでもいいじゃないか。とにかく、今ある酒は全部飲んでしまわないとね」 「~~~~~~っ」 紫の長い夜はまだ始まったばかり。 ―蛇足― 「全く……店主殿も人が悪い」 藍はこの前霖之助と語った話を思い出す。 「外の世界にはツンデレと言う概念があるらしい。 何でも最初は気のない振りをしておいて、あるときを境に一気にベタベタするという高等な恋愛技術だそうだ。 それまで相手が得られなかった好意を一挙に与える、そのギャップが作戦の肝らしいね。 僕はこの作戦を自分なりにとりこんで、あることを考えた」 「それで、紫様に3年間も連れなくしておいて、一気に落としにかかるというわけか。なんとも気の長い……」 そう言うと、霖之助はにやりと笑ってこういった。 「あの八雲紫を手玉に取ろうというんだ。これくらいの事はしないとね」
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/243.html
次の話へ 【彼女の葛藤】 「……今日はなんの御用で?」 霖之助がいつものように本を読んでいると、両肩にずしりと重みがかかった。 以前は慌てふためいていたものだが、数日に一度のペースで同じことをされては流石に慣れる。 まあ、たまに気が緩んでいるときはいまだに飛び上がったりもするのだが。 くるりと振り向いてみれば、予想通りの整った顔が鼻のくっつきそうな距離に浮いていた。 いつもと違うのは、その顔は眉が寄って唇の端が下がったしかめっ面ということ。 「もう。女性のほうからここまでしているっていうのにぃ。 ちょっと反応が淡白すぎるんじゃなくて?」 めっ、と霖之助の額を小突く八雲紫。 なんだか子ども扱いされているみたいだな、とも思う霖之助だが、あまり反発する気にはならない。 これが霊夢や魔理沙ならば、何かしらの一言は返すところだというのに。 「この店に来ていただけるのはありがたけどね。 毎回毎回スキマから死角に出てくるものだから、すっかり慣れてしまったよ。 あとは、何か買ってくれれば言うことはないんだが」 何も言い返さない理由としてはこんなところだろう、と自己分析しながら返事を返した。 「つまんないわねぇ。 前は顔を真っ赤にして『い、いきなり何をするんだ!』とか言ってくれたのに。 ……もう……私の体には飽きてしまったのね……」 扇子で顔を隠してよよよ、と泣く振りをする紫。 これさえなければもっと踏み込んで接してもいいんだがなあ、と霖之助は内心でため息を吐いた。 「ああ、すまなかったよ。このとおり謝るから泣かないでくれ」 「……」 謝ったというのに唇を尖らせ、ジトーっとした目で見てくる紫。 霖之助が頭の上に?を浮かべていると、 「……飽きたっていうの否定してない……」 などと言い出した。 そちらが冗談めかして言ってきたというのに。そもそも飽きるも何も堪能した覚えすらない。 今度こそ、ため息を隠さない霖之助だった。 「それにしても霖之助さんは優しいわねえ。 藍に同じことしても、冷たーい声で『いいから要件を言ってください』なんて言うのよ」 「それは君の発言を流していきなり要件を聞いたりするな、と言うことか」 「流石霖之助さんね。みなまで言わなくても私の言いたいことを察してくれるんだから」 先ほど彼女の式と同じことをしようか迷っていた霖之助は、差し当たり自分の判断に感謝することにした。 「まあ、いつまでもこうして言葉遊びをしていても仕方ないわね。 私としては一日中続けてもいいくらいだけど。それはそれとして、今日はちゃあんとお客様としてお邪魔してるつもりよ」 「できれば今日は、ではなくて今日も、になって欲しい所だがね」 「むぅ~、いいじゃないそのくらい。 それで、今日は霖之助さんを頂きたいのだけど」 「……僕の店では生物は取り扱っていないことくらい知っているだろう?」 「もちろんよ。私が言っているのは霖之助さんに今日私と過ごして欲しいってこと。 霖之助さんの時間は生物ではないもの。何の問題もないでしょう?」 そうきたか。 はじめに今のことを切り出されていれば、自分の時間は非売品だと言い切ることもできた。 しかし、既に会話の中で『生物は扱っていない』と、生物以外ならなんでも扱っているようにも取れる発言をしてしまっている。 ここで自分の時間も非売品だと言ったところで、この発言を盾に押し切られるのが落ちだ。 それに、八雲紫の機嫌を損ねるのはよろしくない。彼女でなければ取引すらできないものが多すぎる。 主にストーブの燃料とか。 そう、それだけだ。 これで機嫌を損ねてぱたりと彼女が来なくなった店内を想像してなんとなく寂しかったのは気のせいだろう。 「……どうやら現時点で僕に反対する理由はないようだね。 それで、僕と一日何をするつもりだい? 極力お客様の期待には応えさせてもらうと言いたいところだが、内容によっては販売拒否もあり得るよ」 何を言われるかビクビクしながらの発言だったが、紫の提案は想像以上にささやかなものだった。 「そんなむちゃくちゃなことは言わないわよ。 人里に新しい甘味処ができたから、一緒に行って欲しいの」 「……拍子抜けするほど簡単な申し出だね。それくらいなら頼めばいつでもお供したのに」 スキマツアーにでも連れて行かれるのかと思っていた分、この申し出は非常にハードルが低いように思える。 まあ紫とお茶をするくらいは特に問題ないのも確かだが。 一方、紫は予想以上の好感触に喜んでいる。 「あら、本当?」 「ああ、君にはいろいろと便宜を図ってもらっているからね。それくらいならお返しにもならないよ」 「……どうせそんなところだと思ってたけど」 ころころ表情が変わる紫に首をかしげながら、霖之助は先ほどから気になっていたことを尋ねた。 「まあそれはさておき、どうして僕を? 一人で行くのが嫌なら君の式なり、式の式なりに頼めばいくらでもついてくるだろうに」 「その店はバイキングっていう方式を採用しているのよ。 簡単に言うと、一定料金を払えば並べてある料理をいくら食べてもいいっていうスタイルね。 もちろん制限時間はあるけど。 同じ商売人として興味があるんじゃなくて?」 「……それは確かに興味深いな。 食べ放題という言葉に釣られる客は多いだろうが、甘いものをそう大量に食べられる者は少ないだろうしね。 ある程度の料金を受け取っていれば赤字にはならないはずだ。 あとは大量に材料を仕入れることによる値引きなどか……。 実際にどのレベルのものが提供されているのかも気になるな。 僕は営業努力をしない商売人としては失格の部類だろうが、そういう営業形態の原理には確かに惹かれるものがあるね」 「でしょう? 聞いてみた甲斐があったわ。それじゃ、早速行きましょうか」 人里へと向かう霖之助と紫。 目的の店はすぐに見つかった。通常の倍はあるのぼりを掲げていれば当然だが。 「中は洋風か……。 確かにこれなら座敷と違ってとりにいくたびに履物を脱いだり履いたりする必要がないな」 「ほら霖之助さん、このお皿に欲しいものをとって食べるみたいよ。 あっちには紅茶やコーヒーもあるわね。まあ手ずから淹れたものには適わないでしょうけど」 店に入って料金を支払うなり、店の中を見渡す2人。一見似たもの同士だがその着眼点はかなりずれていた。 しばらく店内を観察すると、適当なケーキを1つ2つと紅茶を淹れて席に座る霖之助。 紫はすでにかなりの量を皿にとっているが、それでもまだ選ぶつもりのようだ。 「紫、飲み物は何にする?」 これは少々時間がかかるかな、と考えた霖之助は紫の分も淹れてくることにした。 すこし驚いたような顔をした紫だったが、すぐ嬉しそうに笑って紅茶を頼んできた。 それから10分後。 すぐに淹れては紅茶が冷めるからと、紫の様子を見つつタイミングを計る霖之助。 そんな努力の甲斐あって、良い状態で渡すことができたようだ。 「……ふむ」 パクパク食べる紫を眺めつつ、霖之助は店について考察を重ねていた。 菓子の出来は上々。多少の時間置きっぱなしでも、これなら十分金を払う価値がある。 周りを見れば座ったり立ったりを繰り返す客も少なくない。軽い椅子はこれを見越してのことか。 机の配置はいわゆる碁盤目状ではないが、客の流れを見ていると上手い具合に計算されて置かれていることがわかる。 ついついそういうことを考え込んでいると、 「ちょっと霖之助さん」 思考の海に沈む霖之助を、紫が咎めた。 「ん? なんだい?」 「なんだいって……。 折角2人で来ているんだから、お店ばかり見てないでもっと構って頂戴」 ぷぅ、と頬を膨らませる紫。 いつもの姿からは想像もつかないそんな紫の様子に思わず笑みがこぼれそうになるが、ここであまり大げさに笑うとさらに機嫌を損ねるだろう。 「ああ、すまない。見れば見るほど興味深い作りをしているからね。 不愉快な思いをさせてしまったようだし、これからは君だけを見ていることにしよう」 「そ、そう? まあそれならいいわ。許してあげる」 蔑ろにしていた分しっかり相手をするという意味だったのだが、紫は思った以上に嬉しそうにしている。 どうやら機嫌は直ったようで、左手を頬に当ててなにやら照れくさそうにしている紫の姿に、霖之助は胸をなでおろした。 それから。 「あ、これ美味しい。霖之助さんもどうぞ」 「どれどれ……む、これは確かに」 「でしょう? あ、霖之助さんが取ってきたそれ私も取ろうか悩んでたのよ。一口いただける?」 「ああ、もちろんだ」 「あ~ん」 「……まあいいか。今日は君に付き合おう。ほら、あ~ん」 「あ~ん。ん~、おいし~」 振り回されてばかりだが、こういうのも悪くないなと思う霖之助だった。 「それじゃあね霖之助さん。今日は楽しかったわ」 「僕のほうこそ。今日はいい経験が出来たよ」 「もう、そういう時は『君と居れて楽しかったよ』くらい言って欲しいんだけど?」 「ああ……そうか、そうだね。 今日はとても楽しかったよ。こんなに楽しいのは久しぶりだった。 よかったら、また誘ってもらえるかい?……いや、是非こちらからお願いするよ」 「そ、そう? そこまで言うならまたお誘いするわね」 「ああ、僕のほうは知ってのとおり年中暇だから、いつでも言ってくれ」 「自分で言うなんて、もうお店に関しては開き直ることにしたのかしら?」 クスクス、と2人で笑いあう。 「じゃあ、今度こそ帰るわ。またね霖之助さん」 「ああ……それじゃあ」 紫は何もない空間にスキマを開いて帰っていった。 その場所を見つめつつ、霖之助は今日の紫を思い出す。 いつものような胡散臭さなど微塵もなく、まるで普通の少女のようにはしゃぐ紫。 大妖怪であろうが結界の管理者であろうが、紫も根っこの部分は女の子ということだろう。 次に紫が訪れるときは、今まで以上にその来訪を歓迎できそうだ。 霖之助は暖かい気持ちで家路を急いだ。 一方紫の自室では、 「……ふぅ」 足取りも軽い霖之助とは対照的に、やや落ち込んだ様子の紫が見えた。 「……やっちゃったわねえ……。 特定の誰かに入れ込むのは控えていたつもりだったのに」 いつもは人を手玉に取るような言動が目立つが、八雲紫は幻想郷を誰よりも愛している妖怪である。 その存在は博麗の巫女同様、幻想郷の存続になくてはならない。 だから、ある意味で博麗の巫女以上に心を傾けることは自戒してきたつもりだ。 それが今では霖之助に心惹かれている。このままいくと何もかもを投げ捨ててでも彼の元に走りたくなるだろう。 最初は、幻想郷の外にあこがれる半妖を監視するだけのつもりだった。 あくまで外の世界と幻想郷との境界を守るため。霖之助にしても最初は自分を敬遠していた節がある。 だが、いつしか霖之助と会うことが楽しみになっている自分に気付いた。 なぜかはわからないが、彼と話していると心が弾む。ついつい我を忘れて話に夢中になることもあった。 霖之助もしつこく来訪されるうちに慣れてしまったらしく、最近は普通に接してくるようになった。 自分は否が応でも彼に惹かれているし、彼も憎からず思ってくれているだろう。 だけど、と紫は手を握り締める。 一線を超えるようなことだけはできない。 そんなことになれば歯止めが利いてくれるかどうか自信がない。 だからこれ以上の関係は求めまい。たまに話をして、気が向けば2人で出かける以上のことは。 やるせない思いは確かにあるが、霖之助一人と幻想郷を天秤にかけることもできない。 大丈夫。彼とはまだまだ一緒にいられるのだから。 そう自分に言い聞かせると、紫は辛い現実を今だけは忘れて今日の思い出を楽しむことにした。 次の話へ 以下没にしたプロット。最期の葛藤のわりにちょっとやりすぎな気がしたので。 ―――香霖堂にて――― 「……そういう営業形態の原理には確かに惹かれるものがあるね」 「そう?よかった。 ああ、それとバイキング形式は恋人の男女限定だから、そういうことにしといてね」 「……何だって?」 ―――道中――― 「……歩きにくいんだが」 「今私と霖之助さんは恋人同士なんだから、それらしいことをしないとダメでしょう?」 「だからって店に入る前から腕を組まなくてもいいだろう……」 ゆかりんは満面の笑みで腕に頬を擦り付けたり。 ―――店内――― 「それじゃあ食べましょうか。じゃ、霖之助さん、あ~ん」 「……僕は一人で食べられるんだが」 「恋人同士っていったでしょ?」 「……あ~ん(実はまんざらでもない)」 結局全部食べさせあったりするといいよ。
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/218.html
次の話へ 【趣味が高じて……】 魔法の森に店舗を構える香霖堂。 大抵の客は商品の代価を払わないこの店にも、まともな客がこないわけではない。 この日香霖堂に訪れたのは、そんなまともな客の一人、アリス=マーガトロイドだった。 「いらっしゃい」 相も変わらず来客に一言だけ発して手元に目を落とす霖之助。 「毎回思うんだけど、もう少し丁寧に応対したら? お客さんとして言わせてもらえば、品揃えが同じでも店員の態度がいい店を選びたいものよ」 「僕はそうした応対が苦手でね。この店は半ば僕の趣味であり、趣味とは楽しむものだ。 ここに苦手なことを無理やり組み込めば、店を続けること自体が苦痛になっていくかもしれない。 その結果店を閉めることになれば、それこそお客さんに迷惑だろう。 よって僕は僕の思うがままに応対させてもらう」 何を言っても無駄か……。そう思ったアリスがふと霖之助の手元に目をやると 「霖之助さん……裁縫できたの?」 普段本を読んでばかりいる店主の手元には、珍しく針と糸が握られていた。 霖之助といえば家事か商品の仕入れか読書しかしないものだと思っていたアリスにとって、これはかなり意外だった。 実際のところ霖之助は裁縫もするしマジックアイテムも作れるなかなか多芸な男であり、 まれにしか店に訪れないアリスが今日までそれを目にすることがなかっただけなのだが。 「魔理沙や霊夢が弾幕ごっこで破れた服の修繕を押し付けてくるからね……。 霊夢の服を一から仕上げることも度々あるし、今ではそれなりの腕だと自負しているよ」 対価をもらったことは一度としてないけどね……と愚痴る霖之助に苦笑いで応えるアリス。 ここでふと思い当たる。洋服の仕立てに必要な事を。 「霖之助さん……霊夢の採寸したの?」 「……」 アリスの頭では早くも霊夢の服を脱がせてサイズを測る霖之助の図が展開されている。 視線から軽く軽蔑の念を感じた霖之助は、いらぬ誤解を避けるために口を開くことにした。 「君は洋裁を基準として考えているようだが、霊夢の服は和服を基本とした物だ。 そして、和服は基本的に着る者に合わせてサイズを変えることはほとんどないんだよ。 和服には基本的に子供用、女性用、男性用があるだけ。細かい調節は着付けの段階でやることなんだ。 だから霊夢の身長さえわかっていればあとは何とでもなる」 「随分いい加減ね……。服を作るなら着る人に最適なものを作るのが誠意というものだと思うけど」 「確かにそうかもしれないが、そうすると本人しか着れなくなるだろう? 特に女性は出産で体型が変わることもあるし、この方法なら親から子に高価な服を受け継いでいくこともできる。 君に言わせれば、大切な人間に送る服は相手に合わせて仕立てるべきなんだろうが、 日本人は金に任せて新しく作ったものよりも、自分が長い間大事にしていたものを与えることにより大きな意義を見出し ている。 自分がそれほど大事にしてきたものを授けるくらいに、相手を愛しているということだからね」 そう言われると、アリスも否定する気にはならない。 むしろ和裁というものに俄然興味が湧いてきた。 今までの自分とは異なる発想。その発想に基づいて積み重ねられた技術なら、何か人形作りに活かせるかもしれない。 それに、この店主は他にもいろいろ知っていそうだ。 「霖之助さん、和服と洋服の違いについてもう少し聞かせてくれる?」 霖之助としては正直めんどうくさいのだが、この少女は上客だし、機嫌を損ねるのは得策ではない。 それに和服に興味を持ってくれれば、さらに売り上げが期待できるかもしれない。リスクがタダ話なら安いものだ。 「いいだろう。まず……」 これが全ての始まりだった。 「ふう……なかなか上手くはいかないものね……」 ここは魔法の森、七色の人形遣いことアリス=マーガトロイドの自宅である。 あれから数週間、アリスはひたすら日本人形の作成に勤しんでいた。 コンセプトが違うとはいえ基本は同じ人形、すぐに完成させてみせると意気込んだアリスだったが、現実はそんなに甘くはなかったようだ。 「おかしいわねえ。この前聞いたとおりにやってるはずなんだけど。ちょっと確認してもらったほうがいいのかしら?」 日本人形の作成を始めて以来、アリスが香霖堂に足を運ぶ頻度は右肩上がりに上昇している。 人形作りとなると驚異的な集中力とこだわりを見せるアリス。 最初に和裁への興味を植えつけたこともあって、わからないことがあれば霖之助に相談することになっている。 「よし、善は急げ。試行錯誤も大事だけど、素直に助けを求めるのも大事よね!」 そう結論付けたアリスはいそいそと荷造りを始めた。 所変わって香霖堂。 アリスの人形を見た霖之助はその問題点を把握、早速アリスに講義を開始した。 「おそらくここの縫い合わせがその後の作業に微妙な狂いを起こしたんだろう。ここの工程は非常に複雑だから無理も ないが……」 普段は買い物目的以外の訪問者を好まない霖之助だが、趣味が近いこともあってアリスの来訪はわりと歓迎しているようだった。 なにしろ人形作りの知識になるからということで、霖之助の薀蓄を真剣に聞いてくれる。 おまけに物覚えもよく、指導したことはすぐに吸収し、必要になれば布や糸まで買ってくれる。霖之助にとっては理想の客と言えた。 「なるほど……これはもっともっと頑張らないといけないかしらね」 「まあ、この前始めたにしては十分すぎるほど上達しているよ。流石という他ないね。 これはそのうち僕が君に教わることになりそうだ」 「ふふ、ありがとう霖之助さん」 その後もたわいない会話が続き、気付けば夕日が差し込む時間。 「あら、もうこんな時間? 今日はこのあたりにしておきましょうか?」 「そうだね。若い女性の一人歩きはよろしくない。暗くなる前に帰ったほうがいいだろう」 その言葉に少し悪戯っぽい笑みで返すアリス。 「なに? 心配してくれるの?」 「当然だろう? 君がいくら強くても万が一ということもある。 折角できた趣味の合う友人を、心配するなと言うほうが無理というものさ」 まさかここまで大真面目に心配されているとは思わず、アリスの思考が一瞬停止する。 「……どうかしたかい?」 「う、ううん、ないでもないの! それじゃあ暗くなるといけないから帰るわね!」 「そうかい? じゃあ気をつけて。またいつでも来てくれたまえ」 家に戻るころには多少落ち着きを取り戻していた。 アリスは今日教わったことを忘れぬようにと、すぐ人形作りを再開。 順調に手が進む。やはり霖之助に相談に行って正解だったようだ。 それにしてもあの店主とここまで話をするようになるとは、ついこの前まで思ってもいなかった。 接客もせずに本ばかり読んでいる偏屈物。そんなかつての評価は跡形もない。 「……ふふ」 今日のやり取りを思い出すと自然に笑みが浮かぶ。 今度は人形作りとか、買い物とか、そういうのは抜きで香霖堂に行くのも良いかもしれない。 そんなことを考えながら、アリスの1日は過ぎていった。 そしてまた数日が過ぎたある日、 「で・・・できたーっ!」 魔法の森にアリスの声が響き渡った。 声の主、アリスは先ほど完成した人形を頭上に掲げ、どこぞの厄神の如くくるくると回っている。 今回作成した人形は、今まで作ってきたものとは作り方がかなり異なる日本人形である。 基本となる人形の体は何とかなったが、慣れていないせいか和服の作成に苦労した。 その分、喜びもひとしおと言うわけだ。 「今日はお祝いね! 久しぶりにフルコースでも作ろうかしら? あーうれしー!」 たっぷり30分は喜び続けたアリス。そろそろ料理に取り掛かろうと考えたところでふと気付いた。 「霖之助さんにも見てもらわないとね……!」 新しい人形を嬉しそうに抱きしめつつ、つぶやくアリス。 実際、今回の人形作りでは霖之助に随分と世話になった。霖之助のアドバイスがなければ到底完成しなかっただろう。 「見てもらうだけっていうのもなんだし、お礼もしないとね……よし!」 「こんにちわ、霖之助さん!」 「ああ、いらっしゃい。人形作りは順調かい?」 「ふっふっふ……これを見なさい!」 アリスの差し出した人形を手に取り、目を丸くする霖之助。 「すごいな……とても初めて作ったとは思えないよ」 「でしょう? 我ながら上手くできたと思ったのよ!」 えっへん! と胸を張るアリス。 「ふむ……いやたいしたものだよ。よく頑張ったねアリス。おめでとう」 そう言って体を乗り出し、アリスの頭を撫でる。 「あ……ありがとう……」 さっきまでの勢いはどこへやら、アリスは顔を赤らめて俯いてしまう。しかしその顔は照れ笑いで本当に嬉しそうだ。 「わざわざ見せに来てくれたのかい?」 「ええ、霖之助さんがいなかったら完成しなかったもの。霖之助さんに見せないなんてありえないわ!」 本当に嬉しいのであろう、いつもよりテンションの高いアリスを見て霖之助も顔を綻ばせる。 「そういうわけで、今日はお礼とお祝いをかねて夕御飯をご馳走するわね!」 「僕は自分の知識を自慢しただけで、大したことはしていないよ。 と言っても、折角作ってくれるというのを断るのも失礼だ。お願いするとしよう」 「任せて! といっても、作るのはほとんど人形だけどね」 と、軽く舌を出すアリス。 (初めて会ったときはこんな表情をする子だとは思わなかったな……) そう思う霖之助だが、口から出たのは違う言葉だった。 「そういえば君は家事を人形にさせているんだったね。折角だし、人形たちが料理するところを見ててもいいかい?」 「……霖之助さんらしいわね。別に見られて困るものでもないし、いくらでもどうぞ。私は代わりに店番をしておくから」 本当は料理を人形に任せて霖之助と話がしたかったアリスだが、お礼をしに来た手前そんな我侭は言えない。 話すのは料理を食べながらでもできるか、とここは引き下がることにした。 「いいのかい? 別に店は閉めても構わないんだが・・・」 「お礼をしに来て店に迷惑をかけるわけにもいかないでしょう? いいから今日は私に任せなさい!」 胸を張るアリス。 そこまで言われては無理に断るのも悪い、という結論に達し、霖之助は人形たちとともに台所に引っ込んでいった。 「ああは言ったけど……お客さんなんて来ないじゃない……」 張り切って店番を始めたアリスだったが、店内には見事なまでに閑古鳥が鳴き続けていた。 こんなことなら店を閉めてもらってもよかったかな……。いやいや、まだお客さんが来ないと決まったわけじゃない。 そんなことを考えていると、店の扉が開く音が聞こえた。 正直待ちくたびれていたが、店番を引き受けた以上疲れを見せるわけにはいかない。 「いらっしゃいまs「おーっす香霖!」」 渾身のいらっしゃいませをさえぎって入ってきたのは、自称普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。 「あれ? 何でアリスが店番してるんだ? 香霖はどこ行った?」 「……まあいいわ。説明してあげる」 どっと疲れが出たのを感じつつ、律儀にこれまでの経緯を説明するアリス。 「と言うわけで、今は代わりに店番してるの」 「なんだなんだ、人が研究で篭ってる隙にこそこそと。そういう時は一言教えてくれるのが人情ってもんだぜ」 「あんたが来なかったんでしょうが……」 「で、いま気合の入った料理作ってんだろ? こりゃ晩飯が楽しみだ」 「話聞きなさいよ……。ていうか、あんたの分まで作ってるわけないでしょうが」 「薄情なやつだな全く。まあいい、今日は退散しとくぜ」 「珍しいわね……。強引に奪ってでも食べそうなものなのに」 「お前は私を何だと思ってんだ? 今日は仕入れに来たんだよ。まだ研究の目途がたってないからな」 そう言って店内を漁りだす魔理沙。 「じゃ、香霖とよろしくやってな」 「ちょっと待ちなさい」 そのまま出て行こうとする魔理沙を引き止める。 「お、ご馳走してくれる気になったのか?」 「んなわけないでしょうが。あんた商品持っていくならお金払いなさいよ」 「香霖から聞いてないのか? 私は借りてるだけだから代金はいらないんだぜ?」 「あんた私や紅魔館だけじゃなくてここでもそんなことしてたの!? とにかく今は私が店番してるんだから、きっちり代金は請求するわよ!」 「よう、香霖。邪魔してるぜ」 「ああ、霖之助さん? 今ちょっと魔理沙と売買の神聖さについて話してるから……」 と言いつつ台所のほうを振り合えるが、霖之助の姿など影も形もない。 「引っかかったな! 甘いぜアリスーーーーぅぅぅぅ……」 その隙を突いて箒で飛び出す魔理沙。あっけにとられたアリスが我に帰ったときには、その姿は遥か彼方に消え去っていた。 「まったく魔理沙ときたら! 霖之助さんももっと厳しく言わないと駄目よ!?」 「言って聞くような相手なら苦労はしないんだけどね」 さっきから憤りっぱなしのアリスに対し、霖之助は既に諦めているらしく、苦笑しながら料理を食べ続ける。 結局店番を放りだしてまで魔理沙を追いかけるわけにもいかず、見逃す結果となってしまった。 アリスとしては憤懣やるかたないが、店主がこれではアリスが怒っていても仕方ない。 「それにしても美味しい料理だ。洋食はよくわからないが、人形に遠隔操作させてこれなら君自身の手料理はもっと 美味しいんだろうね」 「まあ、自分で作れないものを人形を介して作れはしないわね」 「それはいいことを聞いた。是非君自身が作った料理を食べてさせて欲しいね」 一瞬、『僕のために味噌汁を……』という台詞が頭に浮かんで顔が熱くなる。 (まあ実際は好奇心で言っているんだろうけど・・・) かと思えば、そう思った途端に顔の熱は消え、少し寂しさを感じる。 (……参ったわね) どうやら自分は、自分が思っている以上にこの男に好意を抱いているようだ。 「ご馳走様。実に美味しかったよ」 「はい、お粗末さまでした」 食事が終わった後も2人の会話は途切れることはない。話題は主に今日完成した人形について。 どこどこが大変だった、あそこは割りとスムーズに行ったとアリスが語り、 その割には良くできていた、流石高名な人形遣いだと霖之助がほめる。 会話は収まる所を知らず、むしろさらにヒートアップしていく。 霖之助が人形を手に取って、細かい箇所を指で示しながら語り出し、アリスも霖之助の真横に腰を下ろして手元を覗き込む。 その状態で霖之助の講釈を聞いているうち、いつのまにか霖之助にしなだれかかるような体勢になっていることに気付く。 そのときアリスが感じたのは、拒絶でも喜びでもなく、驚きだった。 話に夢中だったとはいえ、自分がここまで無防備に他人に近寄っていることに。そしてその相手が男性であることに。 しかしその変化は忌避する類のものではない。むしろなんとなく心地よさを感じる変化と言えた。 こうなると気になるのは霖之助がどう思っているのかである。 こっそり様子を伺うが、霖之助のほうは気にした様子もなく口を動かし続けている。 別に霖之助を誘惑するつもりはない。 好意を抱いていることに間違いはないが、まだ積極的にどうこうなりたいというほどに強いものでもない。 それでも自分は女性で、彼は男性だ。こんなに近くに居るというのに、本当になんとも思っていないのだろうか。 そもそも自分から通っていたとはいえ、ここ数週間の間に何度も2人きりになることがあった。それなのに、一度も自分はそういう目で見られなかったのか。 自分もついさっきまでそういう目で見ていなかったことを完全に棚に上げているが、まあそこはご愛嬌。 とにかく、ちょっとだけ女としてのプライドが傷ついたアリスだった。 「おや、もうこんな時間か」 気付けば日はすっかり落ち、辺りはすっかり闇の帳が落ちていた。 「普段なら帰るよう促すところだが……」 そう言いつつ立ち上がった霖之助は、ちょっと待っていたまえと言い残して奥に引っ込む。 戻ってきた霖之助の手には酒瓶とお猪口が2つ握られていた。 「これは霊夢の略奪から運よく逃れた一品でね。折角のお祝いだし、今日飲んでしまおう」 霖之助としても、完成した人形を褒めるだけでは物足りない。 優秀な弟子を労うべく、縁側に出て月見酒と洒落込むことになった。 「僕はこうして月を肴にちびちびとやるのが好きでね。 魔理沙なんかは『酒は豪快に飲んで豪快に酔うもんだぜ』などと言って風情を楽しむということをしない。 その点、君は繊細さで言うと魔理沙とは比べ物にならないし、きっと理解してくれると思うんだが」 乾杯、と杯を軽く合わせ、注がれた酒を少し口に含む。 普段余り酒を飲まないアリスでも、なんとなく良い酒なのだろうとわかった。 「これって結構いいお酒じゃないの? 私より他にお酒の事がよくわかる相手がいると思うんだけど」 「構わないさ。君は僕にとっていわば弟子のようなものだ。頑張った弟子にご褒美を上げるのも師匠の義務というものだよ」 「そう、そこまで言われちゃ断るのも失礼ね。ありがたく頂くわ」 先ほどまでとは打って変わってほとんど会話はなかったが、アリスも霖之助もこの雰囲気を楽しんでいた。 杯を開けては互いに酒を注ぐ。月を眺め、風の音を聞き、ちびりちびりと酒を味わう。 たしかにこれは良い。じんわりとなんともいえない心地よさが広がっていく。 「霖之助さん」 「うん?」 「ありがとう。今日は最高の一日だわ」 月を眺めながらそうささやく。 白い肌は酒のせいかうっすらと上気し、月明かりを受けて神秘的なまでに美しい。 そして何よりも、その微笑みがとても綺麗で、思わず我を忘れて見とれていた。 (参ったな・・・) 自分は当の昔に枯れ果てている。そう思っていたが、 (僕の中にも、まだ男としての感性が残っていたとはね・・・) そんなことは、自分の勝手な思い込みに過ぎなかったようだ。 ここ最近、アリス=マーガトロイドの生活は非常に充実していた。 新しい技術に出会った。 習得するために努力を続けた。 その成果は自分の予想をずっと上回るものとなった。 まだまだ反復し体に覚えさせなくてはならないが、自分を成長させるためならそれすらも喜びと言える。 なのに、 「はぁ……」 口から漏れるのはため息ばかりだった。 数日前に日本人形を完成させたアリス。 生まれて初めて作ったそれは、商品として見ても申し分のない完成度であり、アリスにとって師といえる霖之助も太鼓判を押してくれた。 とはいえ、まだまだ基本を修めたばかり。和と洋の技術を融合させるには至らない。 今は続いて2体目の製作に取り掛かっているところである。 1体目に比べ作業は順調そのもの。 不満などあるはずがないのだが、気がつけば手を止めて物思いにふけっている。 「……私がこんなに寂しがりやだとは思ってなかったわね」 所変わってここは香霖堂。 今日も今日とて、店主の霖之助は読書に没頭……してはいなかった。 なにかやることがある訳ではない。いつもどおりに椅子に腰掛け、いつもの姿勢で本を開く。 後はいつものとおりに本の世界にのめり込むだけなのだが、気がつけば店の扉に目をやり、本をめくる手は止まっている。 「いったい何を期待しているんだろうね……僕は」 ここ最近、森近霖之助の生活は非常に充実していた。 同じ趣味を持つ仲間に出会った。 自分の持つものを惜しげもなく伝授した。 教え子は全幅の信頼を寄せてくれるばかりか、想像以上の成長を見せてくれた。 すぐに自分など追い抜いていくだろうが、それすらも楽しみにしている自分がいる。 なのに、 「ふぅ……」 口から漏れるのはため息ばかりだった。 最初の人形が完成して以来、アリスは1度も香霖堂に訪れていない。 自分ひとりの力で2体目を完成させたい。いつもいつも霖之助を頼るわけにはいかない。 純粋な向上心から霖之助にそう言ったアリスだが、すぐにどうにも落ち着かない自分に気付いた。 霖之助に助言を請い、そのまま香霖堂で人形を作っていたときを思い出す。 会話こそほとんどなかったが、どこか暖かさと安らぎを感じていた。 別に毎日香霖堂で過ごしたわけではない。自宅で人形を作る時間も決して短くはなかった。 それなのに、たった数日霖之助に会っていないだけなのに、心に穴が開いたように感じられてならない。 今まで普通に生活してきた家の中がやけに広かった。 「うー……」 テーブルに頬を押し付けて唸ってみるが、そんなことで気が紛れるわけもない。 香霖堂に行きたい。それは間違いないのだがどうにも踏み出せない。 霖之助に呆れられるのが怖いのだ。 ―――君はもう少し意志が強いと思っていたんだけどね――― そんな台詞が頭をよぎるだけで全身が凍りついたような錯覚すら覚える。 実際には彼がそんなことを言うはずはないとわかっているのだが、万が一を考えると二の足を踏んでしまうのである。 ここ2日ほどそんな葛藤を繰り返していたのだが、 「あーもうやめやめ! 自力で頑張るったって、こんなんじゃいい人形ができっこないわ!」 ついに限界がきたようだ。 霖之助がどうこう言い出しても押し切ってやろう。 そもそも自分がこんなことで悩むようになったのは霖之助の責任だ。 責任がある以上霖之助にはこのもやもやを取り払う義務がある。 理不尽なようだが、ぐるぐると考えることに疲れたアリスはそのことに気付かない。 「見てなさい! 私だって我侭言いたいときくらいあるんだから!」 「……着いた」 勢いのままに香霖堂の前まで来てしまったが、ここまで来ると多少冷静にもなる。 大丈夫よアリス。この前まで普通に話していたじゃない。拒絶されることなんてありえないからそんなに心臓バクバク言わせてんじゃないわよ。 大きく深呼吸を2回。よし、少なくとも顔には出さなくてすむだろう。あとは淡々と、しかし強気で押し切るのみ。 バタン 店の戸を開く音が来客を知らせてきた。だが今回の訪問者は自分の望んでいる人ではないだろう。 何しろ、彼女はもうしばらくは家から出てこないと言ったのだから。 そんなことを考えつつ顔を上げた霖之助が見たものは、 「いらっしゃ・……い……?」 「お久しぶりね、霖之助さん」 来るはずのない、されど待ち焦がれた人形遣いの姿だった。 完全に意表を衝かれ、動かなくなる霖之助。 アリスはアリスで、さっきまでの強気はどこへやら。 「何で来たんだい?」 とか言われやしないかと気が気ではない。 2人の間に沈黙が降りる。 真顔で行われるにらめっこに、先に耐えられなくなったのはアリスだった。 先手必勝とばかりに言葉がつむがれていく。 「その、まだ2体目は完成したわけじゃないんだけどね。なんていうか今まで事あるごとに相談してたから一人で 篭ってるとしっくり来なくて。そりゃ私も『自力で完成させるまで助言は請わないから!』なんていった手前ここに 来るのはちょっと気が進まなかったんだけど、そもそも私の目的は人形作りの技術を身につけることであって、 一人で人形を完成させるのはその手段に過ぎないわけ。 だから調子が出ないのに意地張って作業を停滞させるくらいなら、当初の方針を少しくらい曲げてでも、目的を 達成するために有効な手段をとるのは悪いことではないでしょ? 言っとくけど別に霖之助さんがいなくて寂しいなとかそういうんじゃないから。 環境を変えたせいで調子が出なかったのを何とかしようと思ってここに来ただけだから。 あとここのほうが家よりはかどるなら家で作業する必要はないわよね。 これから毎日朝から夕暮れまで通わせてもらうわ。言っとくけどあくまで作業効率のためよ。 本当は夕方とは言わず夜まで居たいところだけど、前に霖之助さんが心配してくれたし、 暗くなる前には帰ることにしておくから。 もちろんただとは言わないわ。家事は人形たちにさせるし、料理は私が作ってあげる。 霖之助さんも読書に集中できるし、私は魔理沙や紫や霊夢と違って霖之助さんの邪魔はしないから悪い条件じゃない でしょ? というかもうそのつもりで用意してきたから空いてる部屋に荷物置かせてもらうわよ」 本人はいたって冷静なつもりだが、誰がどう見てもいつものアリスには見えない。おまけにごまかそうとして逆に本音がちらほら漏れている。 そもそも普段自分がこんなにまくし立てたりはしないことに気付いていないあたり、アリスもかなりテンパっているようだ。 そんなアリスを呆然と眺める霖之助。 反応が返ってこないことで再び不安になるアリス。 なんで何も言ってこないのよ。 唐突過ぎて驚いているのかしら? それとも呆れられた? 自分から来ないと言い出して連絡もしなかったくせに今度は毎日来るとか言い出したのは拙かったかな。 でも理屈としてはおかしいところはないはずよね……いやでも……。 ええい! なんでも良いから早く何とか言いなさいよ! 緊張のあまりすでに足元の感覚すらなくなっている。 ほんの数秒が永遠のように感じられて気が遠くなりそうだ。 一方の霖之助はというと、普段と違うアリスに戸惑ってはいたものの、要はまた足しげく通ってくれるのだなと結論付けることにした。 「わかった。そういうことなら協力することもやぶさかじゃないよ。 奥に入って突き当たりを左の部屋が空いているから好きにしたまえ」 一瞬その言葉が理解できずに固まるアリス。頭の中で霖之助の言葉がゆっくりと翻訳されていく。 好きにしたまえ→ 部屋を使っても構わない→ 毎日通ってきてもいい! そこまで理解した瞬間、アリスの頭の中で数万人のミニアリスが一斉に諸手を天に向かって突き上げ、大歓声が響き渡った。 おもわず自分まで叫びそうになるが、ここまで喜んでいるのを気取られるのも恥ずかしい。 落ち着け。声を上ずらせるな。後一言、一言だけ返せば部屋で思い切り喜べる。 「そそ、そう? よかった。じゃあ勝手に使わせてもら、もらうわね」 多少噛んでしまったが問題ない。この心境でここまで抑えられれば上出来だ。さあ早く部屋に。もう平静を装うのは限界だ。 だがここで奥に上がろうとするアリスに霖之助が声をかける。 「ああ、アリス」 ビクッと肩が震える。 いったいこれ以上何があると言うのか。話なら後でするからもう開放してほしい。 それともやっぱりダメと言われるのだろうか。 いい加減爆発しそうな心臓の鼓動を感じながら振り返ったアリスが見たものは、 「ありがとう。また来てくれて嬉しいよ」 心の底から嬉しくたまらない、そんな霖之助の笑顔だった。 スー……、パタン。 霖之助にあてがわれた部屋に荷物を置きにあがったアリス。 廊下から見えないように襖を閉めると、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 畳に腰を下ろして両手を突き、大きく息を吐く。 本来陶磁器のように白い肌は首まで真っ赤に染まっていた。 心臓はここで一生分働きつくしてやると言わんばかりに回転数を上げ、手足はいまだに軽く震えている。 (あれは反則にも程があるわよ……!) 叫びだしたくなるほどに昂ぶる感情を抑え、アリスは先ほどのことを思い出す。 『ありがとう。また来てくれて嬉しいよ』 ただでさえ受け入れられたことが嬉しくて頭が煮立っている所だというのに、そんなことを言われた日にはもう声も出せなくなってしまう。 真っ白な頭の中とは正反対の真っ赤な顔で、カク……カク……と壊れた人形のように首を縦に振り、転びそうになるのを何とかこらえて部屋に辿り着いた。 訝しがられたかも知れないが、取り繕うことなど不可能だ。 スキマと閻魔と花の妖怪と亡霊の姫に同時に喧嘩を売って無傷で生還するくらい無理だ。 霖之助の笑顔が頭から、言葉が耳から離れない。 上海と蓬莱を呼び寄せて力いっぱい抱きしめる。 「~~~~~~~っ」 声にならない叫びと共に畳の上を転げ回るアリス。その顔はこれ以上ないほどにやけまくっている。 来てくれて嬉しい。 来てくれて嬉しい。 来 て く れ て 嬉 し い! それはつまり、霖之助もアリスに会いたかったということだ。 それもあの朴念仁がわざわざ口に出して思いを伝えるほどに。 期待しすぎてはいけないと理性が警鐘を鳴らそうとするが、このくらい自惚れたって構わないだろうと黙らせる。 いつまでも悶え続けるアリスが再び霖之助と顔を合わせられる程に落ち着くのは、相当後になりそうだった。 一方の霖之助は、部屋から聞こえてくる妙な音に首をひねっていた。 アリスが毎日香霖堂へ通いつめるようになって数日、そろそろ生活のリズムも定まってきた。 朝は夜明けともに起床。サンドイッチなど簡単な朝食を作ってバスケットに押し込み、身だしなみを整えて香霖堂へ。 霖之助も朝は早いのでアリスが来るころには起きている。挨拶を交わしつつ奥の座敷にあがりこむ。 持ってきた朝食を2人で平らげ、食後はのんびりと霖之助が淹れてくれた紅茶を味わう。 本当は自分が淹れてあげたいのだが、『このくらいはさせてくれ』と言われては無碍に断るわけにもいかない。 使った食器を仲良く台所で並んで片付け、霖之助が店の部分を、アリスが住居部分の掃除を行う。 このとき服が汚れてはいけないからと割烹着に三角巾を借りるのだが、日本人離れした顔の割りに良く似合う。 一段落したら霖之助は店番。アリスは客の邪魔にならない場所に椅子を置いて人形作りに取り掛かる。 紅白の巫女や瀟洒なメイド、竹林の師弟に白玉楼の庭師などが来店するが、 これら頻繁に訪れる客にはすでにアリスが霖之助に師事していることを説明済みのため、特にどうこう言われることはない。 日が西に傾き始めれば夕食の用意を始める。 アリスの専門は洋食だが、霖之助が和食を好むため教わりながら作ることも多い。 かつてアリスが語った通り、彼女の腕前は人形たちより数段上だった。夜雀のように店でも開けば大盛況間違いないだろう。 2人で存分に舌鼓を打つと暗くならないうちに自宅に戻る。 人形作りの道具は全て香霖堂に置いてあるため、帰宅してからはスペルカードや人形の操作について研究し、早めに就寝する。 何の不満もない幸福な生活。強いて言えばいっそ香霖堂に住み込んでしまいたいが、それはまだ早いだろう。 自分も霖之助も人間に比べてずっと長く生きる。焦らなくて良い。むしろ親密になっていく過程をじっくり味わおう。 自分の人生はいまから絶頂期に入るのだ。 ……そう、思っていた。 次の話へ
https://w.atwiki.jp/pmvision/pages/2312.html
《森近 霖之助》 No.1031 Character <第十二弾> GRAZE(1)/NODE(2)/COST(1) 種族:人間/妖怪 (常時)(1)(S): 〔あなたの手札にあるコマンドカード1枚〕を破棄しても良い。破棄した場合、〔あなたのデッキ〕を全て見て、コマンドカード1枚を抜き出し、相手プレイヤーに見せてから手札に加えても良い。その後、デッキをシャッフルする。 攻撃力(3)/耐久力(2) 「君達は大きな勘違いをしている様だね」 Illustration:鶴亀 コメント 非常に軽くなって帰って来た香霖堂店主。 起動効果は所謂手札のコマンドカードを別のコマンドカードに入れ替えるという物。手札で腐っているマナの生成等を強引な取引等に交換できる。 また、この効果はコストが1掛かるものの、捨てるコマンドカードの対象に制限が無い。よって銀ナイフと組み合わせれば毎ターン好きなカードを手札に加える事が出来るのだ。このカードが低ノードなのを活かして序盤からマナの生成で加速するのも良し。強引な取引でさらに手札を増やしても良し。是非曲直庁の威令や陰謀論、緑眼のジェラシーなどを手札に溜め込んで相手の行動を次々妨害するのも良し。手札にまだ無い銀ナイフを加えても良し。状況に合ったコマンドカードを選んでいこう。 逆にこのカードを相手にする場合、放っておくとカウンターを大量に握られる等して手が付けられなくなる場合もあるので優先的に除去して行きたい所。 地味にグレイズ1の3/2と平均以上の戦闘力まで持っている。目ぼしいコマンドカードがデッキから無くなった場合でも十分戦列に並ぶ事が出来るだろう。人間/妖怪と、サポートを受けやすい種族であることも好材料といえる。 相手の強引な取引に干渉してハートフェルトファンシー、エンパシーなどにはラストリモート、ワンショットされそうなときに雲外蒼天などが後出しできるため、(自動β)を持つコマンドカードとの相性が良い。 収録 第十二弾 スターターデッキ風 関連 森近 霖之助/1弾 森近 霖之助/7弾 森近 霖之助/12弾 森近 霖之助/16弾 森近 霖之助/20弾
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/227.html
前の話へ あらすじ 様々な経緯の後、互いに惹かれあう霖之助と美鈴。 しかし、一生をレミリアに仕えて生きるという誓いを思い出し、霖之助への想いとの狭間で揺らぐ美鈴。 結論を出せない自分は紅魔館にも霖之助にも相応しくないと、美鈴は姿を消した 「美鈴がいなくなった!?」 その知らせを、そして現状に至る経緯の全てを咲夜から聞いた瞬間、霖之助はあてもなく飛び出していった。 自分はこれ以上ないほど彼女に心惹かれている。 美鈴が自分に好意を抱いてくれていることも、微塵も疑ってはいなかった。 だが、あの真面目な美鈴が門番としての立場と天秤にかける程ではないと、勝手に諦めていた。 美鈴の気持ちがどうとかこうとか、そんな言葉で美鈴に責任を押し付けていたのだ。 自分が積極的に出て、拒絶されることを恐れていた臆病者の分際で。 この3週間、暗闇の洞窟で松明を失ったような孤独と絶望感に打ちひしがれていたくせに。 結果がどうなろうと、彼女に自分の想いを伝えなければいけない。 あの天真爛漫さが服を着ているような子にここまで悩ませたのだ。 あれこれ考えるのはもうやめだ。つまらないしがらみなんて知ったことか。 一方のレミリアは、美鈴を探して空を飛んでいた。 奥歯が砕けるほどに歯を食いしばり、自らを八つ裂きにしたい衝動を押さえ込みながら。 甘く見ていた。 美鈴がかつて自分に語った誓い。 大真面目に守らせる気などなかった。 荒んでいた美鈴が、自分に面と向かってそんなことを言うほどに変わった、それだけで自分は十分に満足していたから。 もし美鈴が本気で別の人生を歩みたいと言うならば、祝福と共に送り出すつもりだった。 気にすることはないと、美鈴が幸福なら構わないと言って、涙ぐむ美鈴をからかってやろうと思っていた。 甘く見ていた。 霖之助がどれほど美鈴に好意を向けようが、美鈴が本気になることなどないと。 霖之助と自分なら、彼女が選ぶのは間違いなく自分だろうと。 落ち込みながらも平静を装う霖之助に皮肉の一言でも投げつけて、霖之助を気にする美鈴を慰めて、それで終わると思っていた。 そんな運命を微塵も疑わず、能力も使わなかった結果がこれだ。 甘く見ていた。 美鈴の、霖之助に抱く想いの強さと、かつての誓いにかける覚悟、その両方を。 いつの間にか月を雲が覆い、雨が降ろうとしている。 美鈴を探すこともできない自分に激昂しつつ、レミリアは紅魔館へ戻っていく。 硬く握り締めたその手から血が滴り落ちた。 見つけた。すでに周囲は土砂降りの雨。その中を、いつもの溌剌さなどどこへ行ったか、幽鬼のように美鈴は歩いていた。 「美鈴!」 叫んで駆け寄る。 呆けたような顔でこちらを見つめた美鈴の目には、失われていた光が再び灯り、その顔が恐怖に引きつる。 「来ないでください!」 手を触れようとした瞬間、それ以上動けなくなる霖之助。 互いの息使いが聞こえるほどの距離で、霖之助と美鈴が対峙する。 「なんでここに……?」 「わからないわけじゃないだろう? 君を探しにきたんだ。 事情は全て咲夜から聞いたよ。君の書置きも、失礼だが見せてもらった」 よく見れば霖之助は息を荒げ、その足は裸足で足元には血がにじんでいる。 そんなことにも気が回らないほど必死に探してくれていたのか。 申し訳なさと嬉しさがない交ぜになる心を抑え、美鈴は言葉を紡ぐ。 「だめなんです。私は霖之助さんのそばにはいられない。 自分の気持ちがわからないんです。 門番の私。 霖之助さんと暮らす私。 どっちを失うことにも耐えられないんです。 そんなあやふやな気持ちのまま、お嬢様や咲夜さんに迷惑をかけてしまいました。 こんな私が、弱虫で我侭な私が、情けなくて、悔しくて、それでもまだ選ぶことができないんです。 ……だから」 ぎゅっと目をつぶる美鈴。怖いのだろう。次の言葉を放つことが。 体がガタガタと震えているのは、雨による冷えだけではない。 そして美鈴は叫ぶ。 「もう私に構わないでください! 私なんかが霖之助さんのそばにいちゃいけないんです! 私は……私は」 「美鈴っ!!!」 もう我慢できない。 震える美鈴の体を強く抱きしめる。 そして、霖之助が吼えた。 「それなら僕が君の気持ちを変える! レミリアが、フランが、咲夜が、パチュリーが、小悪魔が、メイド妖精たちが敵に回ろうとも構わない! その結果命を落としたって構わない!!! 君がいない人生なら死んでいるのと同じだ! 僕は、今紅魔館と僕の間で揺れている君の気持ちを、どれだけ時間がかかろうとも、 どんな手を使ってでも、必ず僕の元に手繰り寄せてみせる! そして君を必ず幸せにする! 後悔なんて絶対にさせない! 一日だって疎かにするものか! 毎日毎日、その日を一生懸命君に捧げる! 寿命の長さを言い訳にして、適当な一日を過ごす真似なんて絶対にしない!」 想いが強すぎて、何を言っているのか自分でも良くわからない。 ただ一つ言えることは、自分は美鈴が好きだというその一点。 だから、最後に一言、この言葉に全ての思いを籠めよう。 「美鈴! 僕は君が欲しい!」 息が詰まる。 あんなに情けないことを言ったのに、そんな自分が欲しいと言ってくれた。 そんな自分がいなければ、死んでいるのと同じだとまで言ってくれた。 「……また、不安になって逃げ出すかもしれませんよ?」 「その時はまたこうして見つけ出して見せるよ」 「私は、霖之助さんが一番だと言いきれないような女なんですよ?」 「言っただろう?今はそれでいい。いつか必ず君の一番になってみせる。 それに、僕は『君が僕のことを好きだから』こんなことを言ってるんじゃない。 『僕が君を好きだから』、言っているんだ」 「いいんですか? 本当に……こんな私でいいんですか?」 「君でなければ、僕は嫌だ」 「うっ……うっ……」 涙があふれて止まらない。 「霖之助さん……霖之助さああああああん! うわああああああああん!」 骨が折れそうなほどきつく抱きついて号泣する美鈴を、霖之助は優しく抱きしめていた。 「それで、私の館の門番を奪いに来たってこと? いい度胸ね、店主」 紅魔館の大広間。館の主、レミリア=スカーレットは、目の前の男を睨みつける。 「あの子はいわば私の所有物。それを渡せと言われて、はいそうですかと渡すとでも思ったの? ……殺すわよ?」 すさまじいほどの殺気が吹き荒れる。人間であればこの殺気に当てられて命を落としてもおかしくない。 だが、今の霖之助にそんな脅しは通じない。 「そう言われるのは先刻承知の上だし、君の怒りは至極当然だ。だが、それでも僕は意思を曲げるつもりはないよ」 「呆れたわね。本当に死にたいというの?」 「殺したいのなら殺せばいい」 その言葉に目を剥くレミリア。 霖之助はさらにこう続けた。 「ただし、殺すなら今この場で念入りに殺した上で、白玉楼の姫や閻魔に即刻あの世へ送るよう伝えることだ。 万が一にも殺しそこねたなら、そして死んだとしても亡霊として、いつか必ず力をつけて彼女を奪いに来る」 愚かなことだ、と霖之助は自嘲する。 本当になんとしても美鈴を奪うつもりなら、こんなことを言う必要はない。 この場はいったん引き下がり、後日万全の用意を整えて来ればいいのだ。 だが、そんな理性を感情が抑え込む。 力の差に怯える程度の覚悟ならこんなことはしない。 自分がいつもいつも理屈で動くと思ったら大間違いだという事を教えてやろう。 にらみ合う2人。 とてつもない緊張感が場を支配し、離れて見ていた美鈴や咲夜、事情を聞いて珍しく図書館から出てきたパチュリーまでもが冷や汗を自覚する。 「ふう……」 そして、先に折れたのはレミリアのほうだった。 「あなたの覚悟は良くわかったわ。でもあなたの意見だけじゃ納得はできない。 ……それでいいのね美鈴?」 はっとする美鈴。その目が泳いだのを見ると、レミリアは思わずこう口走っていた。 「まさか、以前私に一生仕えると言ったことを気にしているんじゃないでしょうね? このレミリア=スカーレットが、従者の言うことをいちいち気にするとでも思ってるの? 『昔』ああ言ったとかこう言ったとかはどうだっていいのよ。 あなたが『今』どう思ってるのか言いなさい。 それを受け入れられないほどに器が小さいと思われるのは、耐えられない侮辱よ」 その言葉を受け、おずおずと、しかし徐々にはっきりと、美鈴は想いを打ち明ける。 「正直なところ……まだ自分の気持ちがはっきりとはわかりません。 それでも、霖之助さんはこんな私でも良いと言ってくれました。 目の前の苦しい選択から逃げ続けて、皆さんを心配させて、皆さんに迷惑をかけて、それが自分のせいなのに、 その事実にすら耐えられなかった私を、それでも自分のもとに手繰り寄せてみせると。 ……私が欲しいと、言ってくれました。 だから、私は彼の言葉に応えます。 例え今は迷いながらでも、いつかきっと彼を選んでよかったと思えるように、霖之助さんと2人で頑張って生きていきたい。 今はそう思っています」 「そう。そこまで考えて決めたのならもう何も言わないわ」 「お嬢様……」 「ただし、私のもとから去るのであれば、それ相応の罰を受けてもらうわ。 美鈴、今後永久に門番として紅魔館を訪れることは許さない。肝に銘じておくことね」 「……。 わかりました。弁解の余地もありません。 長々とお世話になりました。 ……お元気で」 「わかればいいわ。さっさとわたしの視界から消えて頂戴。目障りよ」 「……失礼します」 そう言い残して、美鈴は大広間から退出していった。 「……君も、不器用なものだね」 いつの間にか顔を伏せていたレミリアに声をかけ、霖之助も広間から姿を消す。 「大きなお世話よ……。全く」 レミリアの独白は誰にも聞きとめられることなく、虚空に消えていった。 悠然と聳え立つ紅魔館。美鈴はその門をじっと見つめていた。 「まだこんなところにいたの?」 声をかけたのは、先ほどまでの上司、十六夜咲夜。 「咲夜さん……。 もう、この門をこんなに近くで見ることはできなくなっちゃいましたから、せめて目に焼き付けておこうと思いまして」 「やれやれ、やはりわかっていなかったか」 今度は館から出てきた霖之助が声をかける。 「ええ。まったく純粋と言ったら良いのか、単純と言ったら良いのか……」 呆れたように続ける咲夜。 美鈴はわけがわからず、きょろきょろと2人の間で視線を泳がせる。 「いいこと? お嬢様は、『門番として』訪れることを許さない、と言ったのよ?」 「え、それって……!」 目を丸くする美鈴。 霖之助と咲夜はさらにレミリアの気持ちを代弁する。 「ああ、門番に戻ることは許さないから、その覚悟で僕と生きていけということだろう」 「無論、『霖之助さんの伴侶』として訪れることには何の問題もない。そういう事よ」 「……お嬢様……お嬢様ぁ……」 感極まって泣き出した美鈴を優しく抱きしめる霖之助。 「やれやれ、僕は泣いている君を慰めてばかりだな。 これはなんとしても笑うところを見せてもらわないと割に合わないよ」 「そんな意地悪……言わないでくださいよぉ……」 なんとかそれだけ言うと、霖之助の胸で泣きじゃくる美鈴。 霖之助はそんな美鈴の髪を優しく撫で続け、咲夜は暖かく見つめていた。 その後、霧の湖のほとりで、数人の男女が楽しそうに宴会を開いているところが度々目撃されたという。 そして、これはそんな日常のひとコマ。 「美鈴」 「どうしたの?霖之助」 「時々不安になるんだ。 だから君の口からはっきり聞いておきたいことがある。 ……僕は君の一番になれたかい?」 その言葉と不安そうな顔がおかしくて、クスクスと笑いながら美鈴は答える。 「もちろんよ。 だって私は、毎日が幸せで幸せでたまらないんだもの。 こんなにたくさんの幸せをくれる旦那さまがいるなんて、これは夢なんじゃないかって怖くなっちゃうこともあるんだから。 だからそんなことは言わないで。 ……それにね」 霖之助に耳打ちする美鈴。 「……それは本当かい!?」 「ええ。永琳さんも間違いないって。 これからもよろしくね、おとうさん♪」 前の話へ
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/928.html
〇〇「霖之助さん、もう雑誌が無いですよ?」 霖之助「おや、そうかい?君が店番すると雑誌がすぐになくなるな。また無縁塚でまた拾って来るか。」 森近霖之助が経営する香霖堂に働く従業員の青年〇〇。 外来人の彼は魔法の森で迷っている所を霖之助に保護され、幻想郷の説明を受けて驚き困っていたが霖之助から外界の道具の使い方と店番を手伝う条件でしばらくの間、居候させてもらっていた。 〇〇「そうですね、皆さん他の商品には脇目も振らず雑誌のコーナーへ一直線ですよ。」 客として訪れるのは博麗の巫女に白黒の魔法使い、紅魔館のメイド長に守矢神社の巫女、幻想郷の管理人である八雲の主従や、白玉楼の主従、永遠亭の主従に果ては人里の守護者と言った幻想郷の重鎮である人間や妖怪が〇〇が店番している時に雑誌を求めて訪れていた。 〇〇「しかし、あの雑誌を買うのはやっぱり女性の皆さんは憧れるものなんですかね?」 幻想郷の人妖の女性が求めていた雑誌、それはある日無縁塚から〇〇が拾って来た「ゼク〇ィ」だった。 試しに店頭に並べてみたら大盛況だったから拾って来る度に並べているが…。 〇〇は気がついてなかった。人妖問わず気さくに接する〇〇を会計の時に彼女達が獣が獲物を見つけたような目で見ていることを。 そして、それから数日後に無縁塚で「た〇ごクラブ」と「ひ〇こクラブ」を見つけた〇〇。 当然、店頭に並べるとさらに彼女達が頻繁に香霖堂に訪れることを。 霖之助(やれやれ…どうなっても知らないよ〇〇君?)
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/175.html
「まったく……裁くべき死者が全然来ないではないですか。 小町は仕事を何だと思っているのでしょう……」 ぼやきつつ足早に歩くのは幻想郷担当の閻魔、四季映姫=ヤマザナドゥ。 今日もまた説教フルコースかと呆れながら、部下の死神小野塚小町の元へ急ぐ。 「小町! いないのですか!? 小町ーーー!!」 見渡せども赤毛のけしからん胸を持つ部下は見つからない。 さてはまた幻想郷へふらふらと遊びに行ったか、そう当たりをつけた映姫だったが、ふと、服のすそを引っ張られていることに気付いた。 視線を下げると、2~3歳くらいの少女がこちらを見上げている。 はて、肉体を保ったままここまで来る死者がいただろうかと考えた映姫だったが、その少女にどうにも見覚えがあるように思えて仕方ない。 赤く、両脇で括られた髪。 つり気味の大きな目。 そして着ている服はサイズこそ違えど、死神の制服そのものだ。 「まさか……」 浄玻璃の鏡を取り出し、この少女の数日前を見る。 そこに映し出されていたのは紛れもなく、昼寝をする不真面目な部下の姿だった。 【いつの日か】 ここは魔法の森の入り口にある店、香霖堂。 店主の森近霖之助は、今日も今日とて閑古鳥が鳴く店内をみつめ、まあ静かに本が読めるなら良いやと商売人失格な事を考えていた。 すでに店を繁盛させることは諦めたらしい。 「……そろそろ昼食でも作るとするか」 時計を見た霖之助が腰を上げようとしたその時、店のカウベルが来客を告げた。 「……失礼します」 「おや、これは珍しい。閻魔様がどういったご用件で?」 そこまで言ったところで、霖之助は映姫の足に隠れてこちらを伺う小さな少女を見つけた。 霖之助が良く知る彼女をそのまま小さくしたようなその姿。 これはもしや――! 「おめでとうございます」 「はい?」 心当たりもないのに祝福されて目を丸くする映姫。 「いや、その子はどう見たって小町の子供でしょう。 いま何歳です? こんなに成長するまで教えてくれないとは水臭いじゃありませんか。 そうと知っていればお祝いの品くらいは進呈したものを。 父親は誰です? たしか職場は女ばかりと以前小町がぼやいていたはずですが。 それともまさか閻魔は女同士で子供を成す奇跡を」 「喝!」 一先ず黙らせることにした。 信じてもらえるかどうかはわかりませんが、と前置きして映姫は事情を話し始めた。 いつの間にやら小町が子供になっていたこと。 いつどのようにしてなったのかは浄玻璃の鏡でもわからないこと。 閻魔王に相談した所、とにかく部下を何とかしろということで、映姫はしばらく休職、他所の閻魔や死神が職務を代行してくれていること。 「それで、原因はおろかどうすれば元に戻るのかもわからない、と」 「ええ、閻魔たちもお手上げです。永琳殿のところを訪ねてもみたのですが、とにかく様子を見るしかないと」 「……それでなぜ僕のところに?」 少しうろたえたように見える映姫だが、すぐいつもどおりの口調で応える 「そ、それはですね。 い、いろいろ回ったのですが、どこに行っても小町がぐずってばかりで。 ほとほと困り果てていたところ、以前小町がこの店のことを褒めていたのを思い出したんです。 ここなら年齢が変わったといっても過ごしやすいのではないかと」 「なるほど……。まあ閻魔様の頼みを断るわけにもいきませんね」 こっそり安堵する映姫には気付かぬまま、しゃがみこんで小町と視線の高さを合わせる霖之助。 「こんにちは」 普段の仏頂面からは予想もつかない優しい笑顔に、映姫の胸がドキリと跳ねる。 映姫の足に隠れていた小町は、しばらく霖之助と見詰め合っていたが、害はないと判断したのかトコトコと歩いてきた。 霖之助がそっと両手を差し出すと、意図を察した小町も両手を霖之助の顔に向けて伸ばしてくる。 その脇に手を当てて抱き上げると、霖之助の首にかじりついてきた。 「随分と懐かれるのが早いですね」 「昔は魔理沙の子守もしていましたから」 「ふふ、なるほど。それは頼もしい限りですね」 映姫はふわっとした笑みを浮かべる。 そういう笑い方もできるのかと、霖之助は彼女の評価を少々上方修正することにした。 迷惑だと思ってはいたが、閻魔の意外な一面を見ることができたからよしとしよう。 「それでは、小町ともどもお世話になります」 「……閻魔様も家に滞在するんですか?」 単に予想外だったために漏らした言葉だったが、映姫は違うように受け取ったらしい。 「あ……。 そ、そうですよね。私みたいに口やかましいのがいたら、お、落ち着かないでしょうから。 できれば上司として見届けたかったんですが、店主殿にこれ以上迷惑はか、かけられませんし。 失礼します……」 明らかにしょげ返る映姫。 その姿を見るに見かね、また自分の発言に対する誤解を解くべく、とぼとぼと遠ざかる背中に声をかける。 「そんなあからさまに肩を落とさなくても、別に嫌がってるわけじゃありませんよ。 僕のほうは構いませんから何日でも滞在してください。 引き受けた以上は、閻魔様だけ帰れなんて狭量な事は言いませんから」 「……いいんですか?」 「男に二言はありませんよ」 喜ぶ映姫。 霖之助は思っていた以上に感情豊かな映姫を微笑ましく見ていた。 内心では、責任感が強いんだなあなどとピントのボケたことを考えていたが。 とりあえず、小町は随分と小さくなったため、映姫を母、霖之助を父として見るかもしれない。 よって、霖之助は映姫に敬語を使わないこと、お互いに名前で呼び合うことにしたい。 そんな映姫(赤面)の提案に霖之助も異論はなく、この案は無事採択された。 ちなみに映姫は普段どおりの口調でいくらしい。 「さて、お世話になる以上は遊んでもいられません」 閻魔は基本的に寮に入っているので、普段家事をすることはないが、だからといって何もしないわけにもいかない。 まずは昼食を作らせていただきます、と割烹着を着た映姫は台所に入っていった。 小町はあちこち連れまわされて疲れたのか、霖之助の膝の上ですやすやと眠っている。 しっかりものの映姫の事。さぞ手の込んだ食事を作るのだろうと思っていた霖之助だったが、 「あ痛っ!」 「ふーっ、あ、え!? ゲホッ! ゲホっ!」 「っ! しょっぱ……!」 などと不穏当な声が聞こえた上、 「きゃあああああーーーーーっ」 ガラガラガシャーン と、どこのドジっ子だと言わんばかりの音が鳴り響き、ため息混じりに救急箱を取りに行った。 「やったことがないならそう言えばいいだろうに……」 「うう、すみません」 かまどの灰をかぶって頭が白くなった映姫は、包丁でつけた手の傷を霖之助に手当てしてもらっていた。 「店の食材や道具のことはこの際どうだっていい。 しかし、痕の残るような傷がついたり、熱湯をかぶってしまったりしたらどうするんだい? ……真面目なのはいいけど、もっと自分を大切にすることだ。 どうせ仕事でも体を酷使しているんだろう?」 「……弁解の余地もありません」 小町は先ほどの音で目が覚めてしまったらしい。 映姫を心配しているのか、霖之助の手当てをそばで見ていた後、トテトテと映姫に近寄って頭をナデナデし始めた。 その様子があまりにも微笑ましくて、ついつい霖之助は笑い出してしまう。 「ははは。優しいいい子じゃないか。 今ので小町の手にも灰が着いてしまったし、今日は随分歩き回ったんだろう? 2人で風呂に入ってくるといい。 僕はその間にここを片付けておくよ」 「はあ……」 小町の頭を洗いつつ、ため息を漏らす映姫。 その声が聞こえたらしく、こちらを心配そうに見上げる小町に、ううん、なんでもないのよ、とあわてて声をかけつつ笑顔を返す。 「はい、おゆをかけますよ~。おめめぎゅ~っ。」 言われるままに目をぎゅっとつぶる小町。 普段もこれくらい言うことを聞いてくれればなあ、と思いつつ優しく湯をかけて、2人で湯船につかる。 手の傷が気になったが、ばんどえいどという外の世界の治療具をつけているから問題ないらしい。 よし、失敗してしまったものは仕方ない。できることをできるだけやっていこう。 小町と一緒に、いーち、にーい、と10まで数えつつ、映姫は決心を新たにするのだった。 風呂からあがると、台所は完璧に片付いており、なにやらいい香りまで漂っていた。 「おや、上がったみたいだね。時間がなかったからうどんにしたんだが、よかったかい?」 どうやら昼食まで用意してくれたらしい。 ありがたいやら情けないやら複雑な心境でお礼を述べる映姫。 小町はいつの間にかちゃぶ台の上に手をついて、おおーっという顔で目をキラキラさせている。 「子供の味覚は成人より敏感という話を聞いたことがあったから、小町の分はやや薄味にしておいたよ。 つゆの温度も調節してあるから、火傷することもないだろう」 「霖之助。正直私はあなたを低く見すぎていたようです」 ここに来てから自信がガリガリと削られていく映姫だった。 「美味しい……」 「それはどうも」 一口食べてみたが、見た目や香りだけではなく、味も素晴らしいものだった。 ただのうどんであるからこそ、その腕のよさが伺える。 「ああ、ほら小町。こぼれるから慌てて食べないの。 ほら、お口むけて……はい、きれいきれい」 「まだ箸が苦手なようだね。食べさせてあげてもいいかもしれない」 「いえ、それではいつまでたっても上手く使えるようになりません。 どれだけ不器用でも自分で食べさせませんと」 小町は明日にも元に戻るかもしれないというのに。 すっかりお母さんになっている映姫と交わした会話に笑みがこぼれる霖之助。 「……何かおかしなことを言いましたか?」 「ああ、いやいや。気を悪くしたのなら済まない。 ただ、なんとなく本当に家族みたいだなあ、と思ってね」 「なっ……!」 顔を赤らめる映姫。 家族。ということは子供は間違いなく小町。すなわち霖之助と自分が夫婦だということで。 一方の霖之助も、まさかこんな軽口で動揺されるとは思っていなかったらしく、二の口が告げない。 固まってしまった2人を不思議そうに小町が見つめていた。 動かない2人がつまらないらしい小町に突っつかれ、映姫と霖之助は意識を取り戻す。 霖之助は小町を連れて店番に戻り、映姫はなにか家事をしようとあれこれ働くのだが、慣れていないせいかどうにもミスが多い。 掃き掃除は丸く掃いたためか部屋の四隅にゴミが残った。 拭き掃除は雑巾を一度も洗わないという快挙によりむしろ汚れた場所まである。 洗濯物は干しに行く途中でひっくり返してやり直し。 縫い物は料理の件から霖之助に断固反対される。 最終的には、霖之助に見てもらいながら店の商品を拭いたり並べたりすることになった。 「『いえ、そうとも限りませんぞ黒魔術師殿』声をかけたのは執事服を着た銀髪の……」 小町は霖之助が拾ってきた本を読んでもらっている。 耳に入るたびに子供に聞かせる内容ではない気がしたが、小町としては面白いらしく真剣な顔で聞き入っている。 まあいいか、と息を吐くと、すでにズタズタのプライドを何とか守るべく、映姫は自分にできる唯一の仕事をこなしていった。 夕食をとり、風呂も済ませて就寝の時間となった。 最初は映姫と小町が霖之助と別の部屋で寝る予定だったが、小町が泣きそうな顔になるため、3人川の字になって寝ることになった。 「小町はもう眠ったようだね」 霖之助の腕を枕にして眠る小町。 「すみません……迷惑をかけどおしで」 無理やり押しかけたうえに、家事すらまともにできなかったことが心苦しいのだろう。 映姫は霖之助に謝罪するが、霖之助が気にした様子はない。 「あれくらいは迷惑のうちには入らないよ。 むしろ、久しぶりに賑やかさを楽しむことができた。 いままでそんなつもりはなかったけど、子を持つのも悪くはないかな」 「そ、そうですか? ……なんでしたら私が……」 「? 後半が小さくて聞こえなかったんだが」 「い、いえ、なんでもないです!」 流石に今の自分がそんなことを図々しくも言えない。 もっと料理や洗濯の修行をしよう。 とりあえず今日はこれで我慢。 「よいしょ……っと」 小町の頭を二の腕に乗せている霖之助の手を伸ばし、前腕部分に自分の頭を乗せる。 「な……何を……?」 「小町を見ているとなんとなくやりたくなったんです。重かったら止めますが……」 そんな悲しそうに言われて、じゃあやめてくれとは言えない。 「わかったよ。今日は曲がりなりにも僕らは家族だ。好きにするといい」 「ええ、お願いします」 まあこういうのもいいか。今日はなんだかんだで楽しかった。 さっき映姫に言ったように、子供を持つのはいいかもしれない。 そうなると妻を娶るということだが……。 自らの腕を枕にする映姫を見る。 どうかしましたか? という感じで笑いかける映姫に少し鼓動が早くなった。 何を考えているのか。自分を戒めるが、気が付けば映姫と店を切り盛りする将来を幻視する自分も確かにいる。 ……まあ、前向きに検討してみるとしよう。 なにやら妙な音が聞こえたような気もしたが、今の霖之助にはどうでもいい。 映姫も霖之助も、それから間もなく意識を手放した。 「な、な、ななななな」 次の日起きた映姫が見たものは、体が元に戻ったせいで半裸になった小町に抱きつかれて眠る霖之助の姿であった。 「それでは、1日ですがお世話になりました」 「いや~すまなかったね。よくわかんないけど迷惑かけたみたいでさ」 「昨日も言ったが、僕としてはなかなか楽しい一時だった。気にすることはないよ」 朝の騒動も落ち着き、映姫と小町は帰ることになった。 「また来ておくれ。君たちなら歓迎する」 「はい、必ず」 「もちろんさね」 また、近いうちに訪れよう。映姫は思う。 これからはちょくちょく通ってくれるだろう。霖之助は思う。 少しずつ仲良くなって、もし相手が了承してくれたら、いつの日か本当の家族に。2人は思う。 今度は本当の子供を、いつの日か。 「いや~しかし大変な一日でしたね」 「霖之助はああ言っていましたが、迷惑をかけたことには変わりません。今度お詫びをしなければなりませんね」 そう漏らす映姫に向かって、にやにやと笑い出す小町。 「いや~しかし、『おめめぎゅ~』なんて言葉を映姫様の口から聞けるとは思いませんでしたよ」 先ほどまでの済ました顔はどこへやら、ものの見事に赤くなる映姫。 「なっ……あなた……覚えて……?」 「そらもうばっちりと。しかもあたいがぐずるから香霖堂へきた? 真っ先に霖の字のところへ行って何度も深呼吸してから入っていったくせにぃ。 新妻みたいで可愛かったですよ、お 母 さ ん」 そこまで言うと耐え切れず爆笑する小町に、わなわなと震える映姫。 「こっ……小町ぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!」 結局閻魔王達にまで噂が広まり、『祝言はいつだ』が映姫に対する挨拶として公式に認定されたことを、霖之助は知る由もなかった。 またこの数日後、 『驚愕! 閻魔に隠し子!?』という見出しと共に、映姫と子供(小町は良く映っていなかった)に腕枕する霖之助の写真が文文。新聞に掲載される。 それからさらに数日の間、香霖堂の門前で迫り来る少女たちをちぎっては投げる小柄な閻魔の姿が確認されたという。