約 421,524 件
https://w.atwiki.jp/jojotoho_row/pages/306.html
DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想 前⇐前編から ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆ ☆ Chapter.4 『ブレイク・マイ・ハート/ブレイク・ユア・ハート』 『マエリベリー・ハーン』 【朝】E-6 太陽の畑 波乱から始まった夜は明けた。 空の暁は波紋を拡げ始め、地獄のような一日の始まりを否応無く彼らに伝えてくる。 頭に霞がかった暗霊たる不安の雲がメリーの胸中をこれ以上無いほどに圧迫し、苦しませる。 あの新聞記事は……あの恐ろしき内容は果たして真実か、虚像か。 画面に写し出されていた人物は、まさしく自身の写し絵とも言える姿。聞くによれば大妖怪『八雲紫』その人。 派手な見出しでデカデカと載せられていたタイトルは―――『八雲紫、隠れ里で皆殺しッ!?』 吐き気すら催しそうな低俗な内容には流石のメリーも憤りを覚えたが、何よりも。 会ったことすらない人物、八雲紫がそのような邪知暴虐を行うとはメリーにはとても思えなかった。 何故だろう。自身の姿と生き写しとはいえ、他人は他人だというのに。 どういうわけかメリーにはこの紫が、自分が世に生まれた時から一緒だったという錯覚が頭を支配していた。 彼女の正体を知りたい。 彼女の正体が怖い。 相反する二つの感情がぶつかり、摩擦し、火花を生む。 それでもメリーの所属する秘封倶楽部とは、世界の真実を追究し、結界を暴くことを理念として動くものだった。 この世の真実とは得てして隠蔽されるものであり、ただの少女である自分がその存在を露わにすることに何の意味があるのか。 夢と現実は違う。だから夢を現実に変えようと努力できる。 そんな親友の言が頭を過ぎった。 在り得ない事を一つずつ消去していけば、最後に残るのはたった一つの『真実』。 ならば私は『真実』を追いかけていきたい。 八雲紫が自分にとって何なのかを、私はどうしても知りたい! 人知れず決意を固めていたメリーに神子の声が掛かった。 「この辺りで一息入れましょう。みんな自分が思っている以上に疲れが溜まってるわ」 先導する神子が振り返り、足を止める。 そこは辺り一面、黄色に輝いていた。朝光の反射を輝かせながら咲き誇る向日葵畑はメリーがこれまでに見たことも無い程に綺麗な景色。 思わず感嘆たる溜め息が漏れる。 所狭しとそよ風に揺れる向日葵の海に飛び込んでみたい気持ちはあったが、それを何とか抑えて後方のポルナレフへと声を掛けた。 「ポルナレフさん……あの、幽々子さんの様子はどうですか?」 ポルナレフが背負った幽々子をチラリと見るが、その表情は芳しくない。 彼の背にてまるで眠り姫のように深く眠る幽々子だが、その目には腫れた痕が僅かに見える。 メリーの心配する声に首を振って返したポルナレフは、幽々子を草のベッドにそっと横たわらせた。 眠り続ける幽々子を周りの向日葵たちがまるで母親のように見守る。そのざわめきは子守唄のようで。 そして彼女の優美な寝姿は幼き頃に読み聞かされた白雪姫のようだとメリーは思い、不謹慎だとすぐに首をブンブンと振る。 「幽々子さんは俺がこのまま看ている。 ……メリーも阿求ちゃんも、もう少し休んだ方がいいぜ」 責任を感じているのか、ポルナレフはゆっくりと幽々子の傍に腰を下ろし、労いの言葉を掛けてきた。 根っからの紳士なのか、フランス人らしく女性には一際気を遣う性格なのか、彼は疲れひとつ見せずにここまで幽々子を背負ってきたのだ。 ジャイロが馬に乗せようかと提案するも、目立つからという理由で拒否。 メリーは彼を心から優しい人だと尊敬するようになってきた。 やはり肉の芽で垣間見た本来の彼という存在は、間違いなく『正しいことの白』に居たのだと確信できる。 この人はイイ人だ。 こんな優しい人が幽々子さんを守ってくれているのなら、きっと何とかなる。幽々子さんもすぐに正気に戻ってくれる筈だ。 だから幽々子さんは、彼に任せよう。 メリーは思い、それと同時に先程の出来事を想起し始めた――― 親友の姿を画面の中に見た時の幽々子の取り乱しようは、それは酷いものだった。 しまった、と阿求が慣れぬ機敏な動きでスマートフォンを取り戻そうとも時既に遅し。 幽々子は一瞬の呆けの後、狂ったように喚き、叫び、泣いた。 飼い猫のように穏やかで大人しい雰囲気を持つ彼女が、まるで幼子のように感情を散らした。 その光景にメリーも阿求も怯懦するばかりで、神子ですら手を焼いた。 ポルナレフの必死の呼びかけも聞く耳持たず、感情の槌の降ろし処を見失った彼女に対しとうとうポルナレフはスタンドでの当身を行使。 どうしようもなく暴れていた故の苦渋なる行動だったが、やはり女性に対して暴力を働いたという自責の念がポルナレフの心から剥がれなかった。 それも大恩がある筈の彼女へ、だ。 ポルナレフは生来お調子者と呼べる性格ではあったが、情には厚く恩を大切にする好漢。 『自分こそが彼女らを護る』とハッキリ誓った途端の有事、行為に歯軋りするポルナレフを責める者など居なかった。 目に見えて重苦する表情のまま気絶する幽々子を、ポルナレフは誰に言われるまでもなく背負い、彼女を安全に寝かせられる場所まで運ぼうと進言する。 先のいざこざによってこの場に危険人物が近づいてくると不味い。とにかくここを離れようという主旨だった。 ―――そのような成り行きから数百メートル足を運んだ一行が見た景色が、この太陽の畑だった。 花は、人を落ち着いた気持ちにさせてくれる。 まるで天国にでも舞い降りたかのように現実離れした土地ではあるが、この向日葵畑に由縁ある妖怪に詳しい阿求だけは落ち着かない。 普段の幻想郷ならば『あの妖怪』の活動場所なだけに阿求は息が詰まる思いだった。 「彼女がこのゲームに呼ばれていないことが果たして幸なのか不幸なのか……何故か助かったよーな気がします」 「……阿求、どうかした?」 傍に立つメリーが独り言に反応した。 何でもないですと返し、そう…とまた黙る。 「……阿求。私、紫さんに会いたいわ」 暫しの沈黙の後、ゆくりなくメリーが呟いた。 阿求は再びメリーがその言葉をきっかけとして倒れないか心配し横を見やったが、彼女の瞳は固かった。 朧気ながらもある種の『決意』めいたものを感じ取った阿求は、「会ってどうするのですか」とは言えなかった。 ついぞ先ほど見た『記事』を忘れたわけではないだろう。 阿求とて、あの妖怪の賢者があのような惨事を引き起こすわけがないと信じたかった。 だがしかし、このデスゲームが経過して6時間。既にして18もの命が潰えている。 もはや誰が殺戮を肯定するのかわからない事態と化しているのだ。 果たしてこのままメリーを紫と引き合わせてよいものか。 『もし』……万が一、あの方が殺しに積極的な姿勢だったならばメリーはどうなる? メリーはこんな私と友達になりたいと言ってくれた。 私もメリーと友達になることを快諾し、嬉しく思った。 だからこそ、揺れ動く。 メリーと紫を会わせるべきか。 単純な天秤で量り合わせているわけではない。友の生き死にに直結しているのだ。 しかしこのメリー、あの賢者と並々ならぬ関係があるのでは……とも思っていた。 ならば自分如きが彼女らの邂逅に楔を打ち込むことなど、水差しでしかない。 つまりは、今の阿求がメリーの決心に返す言葉などは持ち合わせていなかった。 (『感情』と『理性』……、私はどちらを選択すれば……!?) かつて『可能性』を信じられたツェペリのように自分はなれるのか。 勇気が足りない。僅かに、一押ししてくれる何かが欲しい。 「あらら? やっぱり『カウンセリング』は必要かしら、阿求?」 出た。我らが先導士、豊聡耳様だ。 「出た、とはお言葉じゃない。人を神出鬼没みたいに」 言葉にしてませんし、まさしく神出鬼没じゃないですか。 「それはそうと阿求、またしてもお悩みのようね? 今度の選択はどちらを取るつもり?」 あくまでも対岸にて見物するかのような構えで不敵に笑う彼女。 しかし、私には分かる。 彼女はただ茶化しにきたわけではないことが。 『あの時』とは違い、今の私には神子さんがいる。ジャイロさんも、ポルナレフさんも付いてくれてる。 それはひとしおの『勇気』だ。この太子様は私に選択の勇気を与える為に現われたんだ。 もしも私が選択を誤っても、仲間が支えてくれることでしょう。 だから私の『感情』は、ひとつの答を導いてくれた。 「メリー。紫様に会いましょう。貴女はきっと、彼女に会わなくてはならない。そんな気がするんです」 「……ありがとう」 一言だけの礼を言って、メリーは微笑んだ。 ああ。益々紫様との生き写しのようだ。 「君の、いや君たちの『道』は決まったようね。それでこそ私の教え子よ」 「道教に入信した覚えはありません。 ……でも、ありがとうございます。神子さん」 「おやおや、私は高みで見物していただけよ?」 いつものように惚ける神子さんには、やはり言葉は通じないようです。 ならば心の声でせめてものお礼を。本当にありがとうございます、神子さん。 ……あ、ちょっと照れてる。こうかは いがいと ばつぐんだ。 「よう。どうやらやることは決まったみてぇーだな………って、どうした神子? 顔が赤ぇーぞ」 ジャイロさんが見計らったように入ってきました。 紅潮を彼に見られたくないのか、顔を背けて咳払いしている。少し面白い。 「コ、コホン……! まあ、ともかくっ! これで総意は取れたわ。マエリベリーも良いわね?」 「はい。皆さんにご迷惑お掛けするようですけど、私はこのまま紫さんに会いに行きたいと思います」 「言っとくけど、八雲紫が虐殺現場に居合わせたのは間違いないと思うわ。 少なからず、彼女の襲撃の可能性を想定しておいた方がいい。オーケーかしら?」 「覚悟は、出来ています」 「ん、よろしい。私やジャイロは博麗の巫女とジョニィ捜索を考えていたけど、後回しになりそうね、ジャイロ?」 「ジョニィの奴はそう簡単にくたばるような男じゃねーよ。オレもメリーらに協力させてもらうぜ」 「危険から女子を守り通す事こそ、男子たる者の高尚なる気格よ。期待してるわね、ジャイロ」 神子さんから軽く肩を叩かれたジャイロさんは、おくびには出そうとしないがどこか張り切っているような目つきです。 私は本音を言えば……ジャイロさんには申し訳無い気持ちもありました。 聞くところによるとジャイロさんはそのジョニィさんとは無二なる親友らしい。 その彼よりもメリーの決意を優先し、付いてきてくれるというのは本当にありがたいことです。 それにメリーだって件の蓮子さんとは大の親友だと聞くもの。 互いが互いの無事を信じ、なおも自分の道を選択できるという心の強さが羨ましい。 ……って、あれ? 「メリー、そういえば貴方、蓮子さんは探さなくて良いのですか?」 ジョニィさんはともかく、蓮子さんはメリーと同じで殆ど一般人の女の子であるはず。 放送では呼ばれなかったとはいえ、現在も無事だとは限らない。 「勿論、蓮子も探しだすわよ。私と蓮子の2人揃って初めて秘封倶楽部なの。その絆は絶対に壊させないわ。 ……案外、近くにいたりしてね。なんとなくそんな気もする」 おおう、これが親友同士の絆の力という奴なのかな。私と小鈴には足りないものだ。 「その紫さんを探すの、当然俺も手伝わせてもらうぜ。 俺だってメリーには恩がある。君たちを護ると約束したんだからな」 幽々子さんの傍で彼女を看ていたポルナレフさんも少し離れた場所から会話に入ってきました。 相変わらず幽々子さんが目覚める気配は無さそうです。 「それに俺だけじゃねえ。きっと……幽々子さんだってその友人に会いたがるだろう。 だがこんな調子で2人が出会ったら、待つのが『最悪な結果』というのも充分あり得るんだ。 そんな時、誰かが彼女らを止めてやらなくちゃならねえ。俺の剣は、そのためにある」 ポルナレフさんの表情はどこか辛そうでした。 最悪の結果。私にだって、想像はつきます。 もしもそんな結果が訪れたとして、そして考えたくもない事ですが……もしも紫様と幽々子さんが袂を分かったとして。 ポルナレフさんの剣は、紫様に向けられる事もあるかもしれません。 そんな……そんな悲しい出来事、私は認めたくない。 親友同士で争うなんて事が、あっていいわけありません……! 「阿求の考えてる通り、友同士で戦うなどあっていいことではないわよ。 阿求もメリーも、ついでにジャイロも友達は大切にしなさい」 「ついでで悪ィーんだがよー、ホラ! 特に綺麗な向日葵を一本摘んできたぜ。オレの国だと珍しかったからつい、な」 「……何やってるんですか、いい大人が。あまり花をむやみに摘むものではないわよジャイロ」 無邪気な笑顔で自慢げに向日葵を神子さんに見せびらかすジャイロさんは、なんだか子供みたいでした。 もしかして元々、はしゃぐ性格なのでしょうか? 意外です。 「むやみじゃねーよ、オメーにやるって言ってんだよ。意外と花とか愛でそうな奴だからな、お前さんは」 「………………え」 おや。これはこれは。 「オメーがダチ大事にしろって言ったばかりじゃねーか。 信頼の証に花ぐれー贈ってもバチ当たらねーだろ。神子だって女の子だしよ」 「……ジャイロ。君って意外と女性に優しかったりするんですか? 驚きました」 「あのなー! オレだってオンナの子には優しくするぜ! 嫌なら返せ!」 「あっ! 返さないわよ! せっかく摘んだのに勿体無いじゃない!」 そう言って神子さんはいそいそと向日葵を大事そうに仕舞いました。 そうですよね。聖人といえど神子さんだって女の子ですし、男の人に花を貰って嬉しくないわけないですよね。 ていうか、神子さん結構嬉しそうですね。 ジャイロさんもこの様子だと向日葵の花言葉なんて知らないんだろうなあ。 「―――っ! 阿求~~っ……っ!」 心の声を聴いたのか、神子さんがちょっぴり恥ずかしそうに私を睨みつけました。 別に怒られるようなこと何も思ってないですよ。 ただなんか、そーいうの良いなって。うんうん。 「友……か」 ふと、ポルナレフさんが誰にも聞こえないぐらいに小さく呟きました。 「俺には……遠い存在、だな……」 彼の横顔に見えた笑みは今にも消えそうなほどに霞みがかっていて、私にはそれがとても寂しそうに見えたのです。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 一行が太陽の畑にて足を休め、半刻ほどが経過した。 未だ目覚めぬ幽々子を見守るポルナレフは食事も取らず、ひたすらに献身的であった。 メリーや阿求は支給された食料での朝食を取りながら会話したり、阿求は自身が書き記していく手記作成に時間を割いたりもした。 そのうちに太陽はどんどん上昇していき、向日葵畑の影の高さも伸びてくるようになった。 「本当に18人もの人が死んじゃったんでしょうか……。 この空の下でこうしていると、なんだか殺し合いに巻き込まれていること事態、遠い幻想だったんじゃないかって思えてきます」 阿求が、メリーに言った。 「本当に……こんな状況でなければお弁当持参で蓮子と一緒に来たかったぐらいだわ。 でも、私たちは尊い人を確かにひとり、亡くしてしまったわ。それだけは忘れてはいけない」 メリーが、阿求に返答した。 風が靡き、彼女らの髪をそっと撫でた。 草花の掠れ合う音の大群が、気持ちよく耳を通り抜けた。 時折、ジャイロが神子に文句をぶつける様子が見られた。 それを受け、また神子が意地悪く笑った。 たまに通る無言の空間で、阿求のペンが紙を滑らせる音だけが届いた。 思い出したかのように阿求がスマートフォンを操作し始め、すぐに飽きてまたペンを取った。 風に乗って、幽々子のおっとりした寝息が聴こえてきた……気がした。 本当に、本当に、平和と見紛うかのように何も無い時間が続いた。 「そう言えば」 阿求がまたも思い出したかのように、荷物をゴソゴソと漁り始める。 幽かな予感、でも何でもなく。 それは本当に偶然であり、たまたま思い出したから覗いてみようといった思考だった。 果たしてデイパックからはもうひとつの電子機器が取り出された。 それは先の有事で神子に使用され、そのまま阿求の手に帰って来た『生命探知機』なる道具だった。 「……? 阿求、それ…確かポルナレフさんが最初に持っていた……」 「ええ。他の生命に反応してその居場所を特定できるらしい機械、みたいです」 何の気無しに取り出したその機器の電源を入れ、電子音と共に画面に光が点る。 「―――あれ?」 阿求の軽い疑問符が口をつく。 「ねえ……メリー? 私たちって、全部で何人でしたっけ……?」 質問の意図が読めぬメリーだったが、疑問に答えるべく片手で指を折っていく。 考えるまでもなく、『6人』だ。 「ですよねぇ……。 ………あれぇ?」 阿求は周りへと忙しなく首をキョロキョロ回す。 自分たち6人の他には、広大な向日葵ばかりが風に揺れ動くのみだ。 この生命探知機の索敵範囲は半径100メートルとされている。 自身の持つこの探知機を中心として、そこから半径へと索敵されるのであれば。 間違いなく、この画面には『8人』の生命反応が存在していることを示していた。 阿求が探知機を取り出したことは、本当にただの偶然であった。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「なあ神子。今……歌思い付いた。考えたのよ。 作詞作曲ジャイロ・ツェペリだぜ。聴きたいか? 歌ってやってもいいけどよ」 「ずいぶん……君、暇そうじゃない」 ジャイロと神子がそんなくだらないやりとりを始めてから暫くが経つ。 飽きずに調子の良いギャグだのなんだのを聞かされ、いい加減神子も辟易……しているかと思えば満更でもない様子。 互いに余程暇だったのか、小一時間漫才を繰り広げていた。 尤もそろそろ神子の目も、付けっぱなしにしたテレビの砂嵐のように虚ろで色味が無いモノへと変貌しつつある。 「聴きたいのかよ? 聴きたくねーのか? どうなんだ? オレは二度と歌わねーからな」 「…………じゃあ、聴きたくない」 「そうかいいだろう。タイトルは『ピッツァの歌』だ。オホン……ン、歌うぜ」 「よして」 「Oh…ピッツァ ピッツァ・イタリアーノォ~~~♪」 「やめて」 「夢見るような 恋のアローマァ~~~♪」 「ちょっと」 「アナタに~♪ 届きタ・マーエェ~~~♪」 「聞きなさい」 「オレの店にィ 来てタモーレ~~♪ アン・ターラァ~~~♪ …………つぅーーー歌よ。 ……どォよ? 因みに『チーズの歌』っつぅーのもあってだな……」 「――――――ッ!!! ジャイロッ!!」 それまでとの雰囲気を一変させ、突如神子の張り裂ける声がジャイロの鼓膜を貫いた。 「うぉッ!! な、なんだよ急に大声出しやがって……、そんなにオレの歌を気に入って―――」 「チーズの歌は後で死ぬほど聴いてあげるわ! それより警戒して! 『何か』近づいてくるッ!!」 神子の鬼気迫る面持ちに只事ではない事態を察したジャイロも腰の鉄球に手をかける。 彼女の鋭い聴覚が捉えた心の声がただの人のソレであったなら、ここまで気を乱したりはしない。 しかし、ソレは邪に塗れた濁りそのもの。そして間違いなく、神子の見知った声色。 (この……蛆の如く絶えず湧き出てくるかのような底の見えぬ『欲』の塊……! 『奴』か!) 神子のよく知るその声の持ち主は、彼女の恩人でもあり、そして同時に師匠でもあった。 そして神子は、その存在の性質を誰よりも深く理解していたに違いなかった。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 初めは機器の調子が悪いのかと思った。 阿求に現代技術の知識など殆ど無かったし、だからこそ機器が示す事実を深く考えてなどいなかった。 生命探知機の反応数が合わない。 その事実がまさか『敵襲』を意味することなど、これまで禍根の中に身を置いた経験のほぼ無い阿求では認識に至らなかったのだ。 画面が映す黄点の総数は、阿求ら一行の総数とは数が合わない。 10メートル程離れた場所で点滅する2つの点はポルナレフと幽々子のものとみて相違ないだろう。 20メートル後方の――こちらへ近づいて来ているが――点2つも神子とジャイロのものだということは分かる。 そしてこの場に居る阿求とメリーの2点を合算すれば全部で点6つ。その程度の足し算を間違えるなどあり得ない。 画面を凝視する阿求の中で徹底的に辻褄が合わないのは――― ―――2人しか居ない筈のこの場に、現在『4つ』の生命反応が存在しているということであった。 「これって……どういうことなんでしょうか、メリ―――」 呼びかけて、阿求の息が止まる。 振り向いた先に居るはずのメリーの姿が見えない。 呆然も一瞬の後、阿求は自身の認識が誤っていたことに気付く。 メリーはすぐに見つかった。 視界の下、然程背の高くない阿求の腰よりも更に低い位置でメリーは立っている。 いや、埋まって―――ッ!? 「え……」 短く驚愕し、口走った悲鳴は阿求か、メリーか。 メリーの身体が見る見るうちに沈んでいく。 沼に嵌まったかのようにズブズブと、ゆっくりだが確実に引き摺り込まれていくさまに、2人の思考が追いつかない。 この場所に沼など無かったはずだ。しかもメリーの場所の地面だけコールタールのようにドロドロした粘稠の液体が彼女の腰まで包み込んでいる。 探知機の反応が故障ではなかった事を今更ながらに理解する。地面の下に何者かが居るのだ。 「メリーッ!!!」 反射的に腕を伸ばす。 正体不明の恐怖に慄き、助けを求めるメリーの腕を強く掴み、 ―――しかし、それ以上に強靭な見えない謎の力によってすぐに引き剥がされ、メリーの姿はそのまま地中へと 「―――器が小さいと淵から零れ出す邪念も抑えきれないか? 『漏れて』いるぞ、欲が」 沈みゆくメリーを支え、不敵に笑う聖徳道士が窮地を救った。 彼女の腕は地面から突き出すメリーの右腕を逞しく掴み離さず、そしてもう一方の腕は何も無い『虚空』へと向けられ同じ様に掴んでいる。 「久方ぶりね、青娥。ところで貴方って仙人から忍者へと転職でもしたのかしら? 『隠れ身の術』と『土遁の術』の両方を使えるなんてねぇ。今度私にもご教授願いたいわ」 左腕のみでメリーを地面から引き揚げ、右腕は空中を掴みながら話す神子は余裕を保ったままだ。 その神子の掴んでいる空間が徐々に色を現し始めた。 次第に形作られてゆく色味は最終的に人の形をとり、そこに現われたのは頭部まで覆われたピッチリとしたスーツの女性。 艶かしいボディラインが浮き彫りになるスーツは外界で言うところの『ライダースーツ』のようだったが、 黄土色の色彩と頭部までスッポリ隠している容姿を見た神子の第一印象は「……ダサッ!」だった。 そんな神子の無粋な感想を知ってか知らずか、『河童の光学迷彩スーツ』とスタンド『オアシス』の機能を解除した彼女…… ―――『邪仙』霍青娥が陽気な挨拶と共に、非常ににこやかな笑顔で完全にその姿を現した。 「YEAH! ずぅ~~~~っとお会いしたかったですわ、豊聡耳様ぁ~?」 無邪気がそのまま大人に成長したような美女の微笑みだった。 先の不埒が無ければ、青娥の雰囲気は日常でもよく見るそれだ。 その通常営業すぎる様子に神子はどことなく安心したような奇妙な郷愁感を覚えるが、同時に不気味にも感じた。 メリーが地の沼から這い上がり、動揺と恐怖から息を切らしている。 そんな彼女をひとまず後ろに下げ、神子は臨戦体制に入った。 当初から危惧していた通り、青娥の性格から言って彼女がこの殺戮遊戯に簡単に飲み込まれる可能性は予想できた。 だがしかし、どうにも理屈に合わない。 この邪仙に何の理由があって我ら6人を襲撃する意味があるというのか。 目的はゲームの優勝か。単に殺戮を楽しむ為か。それともこれが青娥なりのコミュニケーションの手段か。 違う。どれもこれも『この女らしくない』。 ……ならば、 「私も超会いたかったですよ青娥。それで……これはどなたの入れ知恵ですか? どうせまた惚れた相手の尻でも追っかけてるんでしょう?」 彼女のことだ、いつものように才能ある者へと入れ込んでいるのだろう。 その者の『命令』さえあれば大喜びでの二つ返事に決まっている。 問題は入れ込んでいる相手の懐次第でこの女は『善』にも『悪』にも転がり込む可能性を持っているという事だ。 今回の場合は……思考するまでも無い。 つまり今のコイツは『悪の手先』として動いている。それ以上でもそれ以下でもなかった。 「下品な言い回しはおやめ下さいな豊聡耳様。青娥は青娥ですよ。 ……にしても、流石は豊聡耳様。そのセンシブルな耳の良さではうっかり陰口も叩けませんわねぇ」 「陰で話そうが何処で話そうが、貴方の欲の声は大き過ぎます。 心のボリュームを調整する術もないと、奇襲も意味を為しません」 「有難き一助の言、肝に据えておきますわ。 そうですね……やはり豊聡耳様はとても素晴らしいお方です。 ……だからこそ恐ろしい」 「……」 「このままではやはり、お使いもままなりません。 心の欲を聴かれるなんて、普通はたまったものじゃありませんもの。 ……ですので」 桜の花弁を貼り付けたような淡い色の指先がその唇へと上品にあてがわれた。 一度見れば脳裏へと悠久に残る程に蟲惑的な美貌の持ち主は、 「豊聡耳様には今この場で死んで頂きたく思います」 それはそれは残酷なまでに、豊聡耳神子へと笑いながら告げた。 「……上等。その邪なる心に、一寸ばかし灸を据えてやろうッ!」 青娥から放たれたほんの僅かな邪気が、神子の神経を擦った。 膨れ上がる怒気は、我儘を言う稚児に親が抱く程度の、僅かな焔。 しかし青娥の掴めぬ真意に神子が感じた予感は、凄まじい凶兆。 最早、灸を据える程度で鞘に収まる事態ではなくなってきた事を本能で感じ取った。 「ジャイロ、フォローを頼む。マエリベリーと阿求は離れてなさい。ポルナレフは彼女らと、幽々子をお願い」 ポルナレフは一言頷き、一線を退く。 ジャイロが鉄球を回転させ、ギャルギャルギャルと歯車のかち合うような音を漏らせる。 神子が迎撃の構えを取り、グツグツと霊力を沸かせる。 この場において、青娥だけが不気味に笑い立っていた。 ―――火蓋を切ったのは、青娥 「オラアアアァァーーーーーーッ!!!!」 いや、初動を制したのはジャイロの早業―――ッ! 「せっかちな殿方は嫌われますわよ♪」 ――――― ヒュッ ――――― 否。ジャイロではなかった。 誰よりも早く初動を制したのは、この場に居ないはずの第三者。 ジャイロの鉄球投擲モーションから攻撃に至るまでの時間はコンマ1秒を優に切る。 その狭間、青娥が口を吊り上げ呟いたのを、神子は見逃さなかった。 「ジャイロッ! 攻撃をやめ―――」 バシャッ! 視界の範囲外から『何か』が発射された風切り音と、 その『何か』が回転する鉄球へとぶつかり弾けたような音が響いた。 攻撃の中止は間に合わず、代わりに響いた音はコンクリートに水を叩き付けた様な、歯切れ良い破裂音。 投擲された鉄球が青娥にぶつかる前に、その鉄球目掛けてどこからか『液体』が飛んできた瞬間を神子の目が捉えた。 液体は鉄球の回転により周りに弾け、スプリンクラーの要領で広く拡散された。 「何ッ!?」「ぐあ……ッ!!」「キャアアアアッ!?」「シルバー・チャリオッツ!!」 大きく弾け飛んだ液体がジャイロ達を襲う。 それは毒か化学薬品か。皮膚に触れたその箇所から焼けていった。 ジャイロは身体の数箇所を焼かれ、神子は頭部を押さえ蹲り、ポルナレフはスタンドの剣捌きを以って傍らの少女らを液体から護った。 (くッ! 油断、したッ! 青娥の他にも隠れた敵が……!? どこだ……ッ) 神子は蹲ったまま周りを注意深く見渡すが、背の高い向日葵に囲まれ敵の姿が視認出来ない。 ジャイロの先制は、失敗したッ! ダメージを庇いながらジャイロは疑問を巡らせる。 自分の鉄球技術には絶対の自信と尊敬の念を置いてきた彼である。 この敵はその鉄球の早撃ちよりも早く、投擲された鉄球を狙い撃ってきた。しかも決して近くない距離から。 あり得るか? それは一体どんな反射神経と速度だ? 不可能だ。ならば収束される事実はひとつしかない。 ―――この敵は、オレの鉄球の回転を『知っていて』対処してきやがった……ッ! ツェペリ一族の『回転』の技術を知っている者はそう多くない。 この技術を知っている『誰か』が蚊帳の外から、初めからオレの鉄球を狙っていやがった。そして先制したんだ。 「『誰』だッ!? く……ッ! おい神子! 大丈夫かッ!」 「なんとか…! この耳あてが犠牲になってくれた程度で済んだみたい」 言うが神子は、ゆっくり立ち上がって無事を見せた。 代わりに彼女のトレードマークであるヘッドホンが、酸に焼かれた無残な姿で地に落ちる。 自分の不手際で彼女の顔に傷を付けるところだったと、ジャイロは安堵の息を吐く。 ―――その一瞬の隙を青娥は見逃さない。 目にも止まらぬ足の運びにより、ジャイロが気付いた時には腰を低くした青娥の姿が既に足元にあった。 迎撃の態勢すら取れぬ瞬速。青娥が懐から『缶状』の物を取り出し、ジャイロの眼前に突きつけた。 「貴方の鉄球には注意しろって『彼』から御達しがあったのよ♪ 自慢の回転、ちょっと封じさせてもらうわね♪」 おどけるような声色と共にジャイロの眼球に噴き掛けられたのは小型の『スプレー』だ。 「―――ッ!?!? ぐあああァァアア……ッッ!!! て、テメ、ッ………!!」 催涙スプレー。 青娥が魂魄妖夢の支給品から奪った携帯武器だ。 これを顔面に噴出されればしばらく涙も止まらず、とても戦える状態ではなくなる。 ジャイロは顔面を押さえ、たまらず怯んだ。おかげで視界は醜悪。つまりこれで…… 「つまりこれで貴方の『黄金長方形のスケール』とやらを使った回転は封じたわけね♪ 何も見えないんじゃあ周囲の風景からスケールを読み取るなんて出来ないんでしょ?」 「………!? な、に……ッ!?」 青娥が嫌味を含めて言い放った単語でジャイロは確信する。 黄金長方形のことまで知られているとなるとこれはもう容疑者は殆ど絞れる。 このやり口、そして青娥が口走った『彼』とやらの存在。 間違いなく、青娥のバックにはあのDioか大統領が付いている! 「てめえらッ! 何人組だァーーーーーーッ!?」 「ポルナレフッ! 君は離れて彼女たちを護ってなさいッ! 敵は『他に』いるっ!!」 ジャイロと神子が同時に咆えた。 見るに見かねたポルナレフも出したスタンドの剣を収めるしかない。自分には戦えない者を守護する任がある。 「く、くそっ……!」 悪態を吐きながらポルナレフはメリーらを連れてその場を離れた。確かに敵はまだ他に隠れているのだ。 自分までが出払ったらメリーらを護る者が居なくなってしまう。 「み、神子さん…!! ジャイロさーーんッ!!」 ポルナレフに強引に連れて行かれ、メリーが叫んだ。 「とっとと離れて隠れてなさいッ! この狼藉者は私が裁くッ!! 言うが否や、神子が高め上げた烈々たる霊力は彼女の周囲を取り巻き、なおも力を底上げしていく。 聖人の無尽蔵とも言うべきエネルギーが濃縮され、超常的なほどに纏め上げられたその力の向かう先は目の前の女だ。 それでも神子の膨大な力と対峙してなお笑っていられるのは、邪仙青娥本来の性格故か。 しかし一見余裕を見せる青娥も、聖人の轟然たるオーラを受けて丸裸の気合で応じるわけにもいかない。 邪悪を具現化したかのような青娥の内包する念が、静かなる唸りを上げてゆく。 「青娥ァァ…………ッ!!! 巫山戯にしては度が過ぎているわ……ッ!! もう貴様を恩人とは思わんぞ!」 「一寸先はジェノサイド、ですわ♪ 復活したばかりの豊聡耳様には申し訳ないのですが、もう一度深い眠りについて頂きます。 尤も、次は起こしてくれる方なんていませんけども……ね」 聖なる仙人と、邪なる仙人がぶつかった。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 戦いが始まった。 彼女らの戦闘に影響されぬよう、ポルナレフらは歯痒く思いながらもあの場から離脱する。 遠くに見える神子と青娥の熾烈な闘争は、阿求が普段見る弾幕戦とは一線を画すほどの修羅であった。 ゾクリと、肌に突き刺さる恐怖が阿求の身を強張らせる。 それと同時に脳裏では先ほどのポルナレフとの死闘が蘇った。 また、誰かが死ぬのかもしれない。 不吉な予感など頭を振って払い飛ばし、今は指を重ねて祈ることしか出来なかった。 そしてこの場において戦闘が不慣れな者はメリーも同じだった。 阿求が横を見やればメリーもまた、同じ様に目を瞑って祈っている。 祈る人間も捧げられる神もこの遊戯では等しく一個。その行為に最早意味など無いのかもしれない。 それでも。ただそれでも。 「神子さん……! ジャイロさん……! どうか、無事でいて……っ!」 無力な2人の少女の懸命な祈りは、自分に出来ることの精一杯の所作を表していた。 そしてポルナレフもまた、震える拳を強く握っていた。 自分に新たな居場所と生き甲斐を与えてくれた仲間が激闘を繰り広げている。 遠くでただ見守るだけの自分。 戦えぬ者を守護する事こそが自分の本分だと、頭で言い聞かせる。 現に先程も、謎の敵の酸による攻撃からメリーらを守ったのはポルナレフだ。 その謎の敵にしてもそこらの向日葵畑の陰にまだ隠れているに違いない。 隠れた敵がこちら側を襲ってきた時、迎え撃つのはポルナレフしかいないのだ。 だから、こうしてひたすら何も出来ない自分自身に耐えている事こそが己の仕事だ……! チラリと足元に寝かせた幽々子を確認した後、ポルナレフはメリーと阿求に声を掛ける。なるべく平静を装って。 「メリー、阿求ちゃん。そこらの向日葵には近づかない方が良い。隠れた敵が何処に潜んでいるか分からない」 警戒しながら『シルバー・チャリオッツ』を顕現させる。 もし怪しい人影が覗いたその瞬間、敵をアジの開きにするつもりだ。 ポルナレフの警告を受け、阿求は立ち上がる。 ……が、メリーはどういうわけか足を崩したまま立ち上がろうとしない。 「メリー……? どうしましたか?」 「……もう、いやよ」 鮮明としない呟きに、阿求の動きが止まった。 「もう嫌ッ! 戦って戦って、それで何が得られるというの!?」 ずっと抱えていたものが堰を切ったように溢れ出す。 度重なる刺戟に、只の少女であるメリーの心は限界に近づいてきた。 しかし彼女の脳裏に巡るのはかつての老獪なる波紋戦士の台詞。 ―――『勇気』を持ち、自分の『可能性』を信じてほしい。わしから言えるのはそこまでじゃよ。 彼が今際に遺した真意。 ただそれだけが、メリーの心が奈落に転落するギリギリの崖際で奮い立たせる導因となっていたのだ。 「ツェペリさんは私の事を『立ち向かう最中』だって言ってくれたけど、無理よ……! 私なんかには、もう……無理なのよぉ……っ!」 嗚咽を漏らすメリーに対して、友である阿求はどう声を掛けたらいいか悩んだ。 無力な点では彼女もメリーと同じである。だから阿求は痛いほどにメリーの気持ちを理解出来た。 言い淀む阿求だったが、代わりにポルナレフの誠意がメリーの涙を止める。 「……メリー。ツェペリさんの件は本当にすまないと今でも思っている。 その俺が言うべき台詞などではないが、今の君の言葉は君たちを命懸けで守ったツェペリさんへの…… そして同じく君たちを守るために向こうで戦っている神子やジャイロへの『冒涜』の言葉になるぞ」 そしてまた同時に、メリーの言葉はポルナレフへの冒涜とも同義。 彼もまた苦しんでいるのだ。苦しみながらも必死に自分自身と戦い、メリーらを守っているのだ。 ポルナレフの言葉の節から、自分が言ったことが目の前の彼をも蔑ろにするという事に気付いたメリーは己を恥じる。 「……そうでした、ね…。 ……ごめんなさい、ポルナレフさん。私、ちょっと弱気になっていたみたいです」 「なぁーに、いいってことよ! 女の子はやっぱ笑顔だぜ! それも可愛い娘の笑顔なら尚更だな!」 ポルナレフの表情が二カッと咲いた。 メリーは彼がこれほどまで清らかに笑えることを初めて知り、また笑った。 遅れて、自分が『可愛い』と褒められたことに気付き、少しばかり頬を紅潮させた。 そのやり取りを傍で見守っていた阿求も、友として何も言えなかった不甲斐無さより、友の笑顔が見れたことが何より嬉しい。 思わず顔が綻ぶ阿求に、 ―――ピピピ! 不穏のベルが新たな波乱を運んできた。 聞き覚えのある電子音。3人の中に緊張が走る。 阿求は慌てて荷物から生命探知機を取り出し、画面を食い入るように覗き込んだ。 その画面には、後方からひとつの生命反応がこちらへと近づいている事を示していた。 「さっきのヤローか!?」 ポルナレフがスタンドの剣先を相手に向ける。 向日葵畑の向こうから、走ってこちらまで向かってくるのが見えた。 メリーはすぐにポルナレフの後ろへ隠れようとして―――思わず足が止まった。 その姿を凝視する。あれは、女だ。 東から昇り来る太陽の逆光で視認し辛いが、どうやら黒い帽子を被っている。 手を振っているようだが、顔は見えない。 長めのスカートを懸命に走らせており、よほど急いでいるらしい。 どこかでみたような……。 シルエットの姿に、メリーは疑問を感じ――― 「メリーーーーーーーーーーーー!!!!!」 間違えるはずが無かった。 その声を聴き違えるものか。 その姿を見紛うものか。 親友のその笑顔を、メリーが忘れるわけがなかった。 「蓮子ーーーーーーーーーーーー!!!!!」 ああ、これは夢じゃないだろうか。 こんな酷い現実にも、希望は確かにあった。 ツェペリさんの言った通りだ。『勇気』と『可能性』さえ信じれば、いつかは光が見えてくる。 さっきまでクヨクヨしていたのが全て馬鹿馬鹿しく感じてきた。 たった1日と経っていないのに、彼女のその笑顔が随分と懐かしく思える。 私は居るかも分からない神様へと、ここへ来て初めて心の底から感謝することが出来た。 本当に……本当に、会いたかった。 無事で良かった……! 生きていて、本当に良かった……! 私の目と鼻の先で、親友である宇佐見蓮子が嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきたのを見た時、 私は本当に涙を流すぐらい嬉しかったの……! 貴方もでしょう? ねえ、蓮子! 「メリーーー!!! 私! 蓮子よっ! あぁメリー……! 良かった…メリーとまた生きて会えて、本当に良かったぁ……!」 「蓮子っ!! 本当に蓮子なのね!! よか……っ、良かったぁ……!」 「嬉しいわメリー。私のために泣いてくれてるの? 私だって…泣きたいぐらい嬉しいんだよ? だって貴方とまた生きて出会うことが出来たんだもの!」 「あ…あぁ…! 蓮子…っ! 蓮子ぉ…! 私…っ、わたしも…嬉しいの! 蓮子に、ずっと会いたかった…! 生きて……また貴方と話したかったの……っ!」 「うん……メリー。私もだよ。私もずっとメリーとこうして話したかったんだよ? もう離さないわ。メリー。貴方だけは……二度と誰にも――――――」 「―――待て。そこで止まるんだ、蓮子とやら」 ピタリと、一瞬にして空気が凍った。 声の主はポルナレフ。 そのスタンド『シルバー・チャリオッツ』の銀色に光る剣先は、蓮子へと真っ直ぐ向けられていた。 彼は極めて冷静に、現状を理解していた。 駆け寄ろうとしていた蓮子の足が、メリーの5メートル目前で止まる。 メリーは困惑した。 「ポルナレフさん! あの子は宇佐見蓮子っていって、私の親友なんです! 敵では―――」 「俺達はつい先程、あの青娥とかいう女と『もうひとり』、何者かの攻撃を受けている。 向日葵の陰からあの女を隠れながらフォローしていた敵を思い出すんだメリー。青娥には『仲間』がいる」 「……えーっと、ポルナレフさん、ですか? あの、初めまして、宇佐見蓮子と言います。 皆さんがメリーをこれまで保護してくれてたんですね。友人の私から、まずはお礼をさせてください」 蓮子はポルナレフの警告に全く竦まず、それどころか笑みを崩さずに綺麗なお辞儀をして見せた。 その誠実な態度を見ても、ポルナレフは剣を下げない。 寧ろ、この緊迫した状況下で笑みを崩すことなく頭を下げる蓮子の冷静さを見て、剣を握る力を益々強めたほどだ。 「ほ、ほら! 蓮子もこう言ってます! そ、それに……ポルナレフさんのさっきの言葉を借りるなら、 こうやって頭を下げる蓮子に対して剣を向けるなんて、それは私と蓮子の友情に対する『冒涜』なのではないですか!?」 「君と蓮子の友情を軽視しているわけでは決してない。もし蓮子が『白』だと判明したならば、俺もこの無礼は詫びると約束しよう。 ……時に阿求ちゃん。君が今持つ『生命探知機』で俺達以外の反応はあるか?」 唐突に自分へと声が掛かった阿求は動転するが、言われたとおりに手に持つ探知機の画面を確認する。 画面には自分や蓮子、眠っている幽々子含め『5人』。間違いなく自分たちの反応のみを映していた。 青娥急襲時のように、地面の下に潜んでいましたなんてことは無いはずだ。 そうなるとやはり、この蓮子こそが先程陰から攻撃してきた青娥の仲間だという可能性はある。 さっき阿求が探知機を覗いた時は『8人』。青娥の他に『もうひとり』近くに誰かが潜んでいたのだから。 考え込むポルナレフ、慌てふためるメリーや阿求をよそに、ここで頭を上げた蓮子が反論した。 「あの! ポルナレフさんが警戒するのもわかります! こんなタイミングで知らない人物が現われたら普通は誰だって怪しむと思います。 結果から言えば、私は確かにあそこで戦ってる『霍青娥の仲間』……と言えるかもしれません。 少なくともここまでの道のりを共に歩いてきたことは事実です」 「え―――」という短い声がメリーから漏れ、その表情が一瞬にして絶望へと転換した。 「でも! 私はあの女に強引に連れられてるだけです! アイツは私を自分の言いように利用して吐き捨てるだけの『邪悪』なんです! 本心ではあんな奴、仲間だとか思ってないッ!」 「……さっき俺達を『酸』のようなもので攻撃した奴は?」 「青娥のスタンド『ヨーヨーマッ』です。 強力な酸性を持つ唾液を操る、召使いのような気持ち悪いスタンドです。 きっとそいつに陰から攻撃されたのだと思います」 「……青娥は何故俺達に攻撃を仕掛けてきた? 奴の狙いは何だ?」 「……正直言って、私にはわからないです。アイツの考えてることなんて、何も。 あの女は自分の気の赴くままに動いて平気で他人を害するような、自分のことしか考えてない奴です。 今回のコレも、面白そうな奴らを見つけたからと言って、大して何も考えずに襲撃しただけだと思います。 私だってあんな奴の傍に居るのは嫌だったけど、私なんかがひとりで会場を動けないから……ここまで一緒に行動していたんです」 そう言って、蓮子はもう一度頭を下げた。 今度のその行為は謝意からのものではなく、自分を信じて欲しいという訴えから来るもの。 ポルナレフはだんまりし、顎に手を当てて考える。 しかしメリーは今度こそ蓮子を100%信じれたものとし、そんな期待を込めてポルナレフに振り向いた。 「ほ、ほら! これで疑いは晴れました! さっきのあの攻撃はアイツのスタンドだったんですっ! だから蓮子は―――」 「―――ああ。わかった、信じよう」 そう短く言って、ポルナレフはスタンドの剣を下ろした。 その言葉に、なによりもメリーと蓮子が笑顔に変わる。 「だが、君と蓮子の友情をあと『1%』信じたい」 ポルナレフは宣言した。あくまでも冷たく。 「俺は君たちの『友情』を今……100%信じることにした。しかし、もう『1%』だけ信じさせてくれ。 蓮子のメリーを想う友情の『裏』のさらなる『裏』に、『だまし討ち』と『裏切り』が潜んでいない事を…」 「な…何を言ってるんですか……? ポルナレフ、さん……?」 メリーは困惑するしかなかった。 100%信じてくれるのなら、他に何が彼を疑わせているのだろう。 「蓮子…君は先程2回、『礼』をしたな? “ありがとう”の礼と、“信じてください”の礼だ。 だが日本では知らないが、世間一般では『礼』というのは相手に対する『敬意』が含まれる。 君は先程、2度とも『脱がなかった』ね? これは大人の社会ではありえない」 ポルナレフが一体何を言おうとしているのか、メリーには理解できなかった。 一方の蓮子は、ただじっと……ポルナレフの言葉を静かに聞いている。 「君のその可愛い『帽子』の事を言ってるんだ。 目上の者へ頭を下げる時というのは普通、被っている帽子は脱がなくてはならない。だから―――」 ポルナレフは……実のところメリーと蓮子の友情を疑ってなど、毛頭無かった。 「―――だからもう一度改めて礼をお願いできるだろうか? 今度はその『帽子』をきちんと脱いで、“『額』がしっかり見えるほどに”ね。 きっと何事も起こらないのだろう。“何も起こらない”……それでいい」 ポルナレフには気の知れた友人などは居ない。 復讐に身を委ね、孤独に生きてきたといっても良いだろう。 だからこそ、メリーと蓮子の友情が、絆が何よりも羨ましかった。 「何も起こらなければ全てが終わる事が出来る…。それで『101%』信じられる」 そんな自分がよりによってこんな少女達の絆を疑うことなど、この上なく浅ましい行為だと思った。 だからこそ、ポルナレフは彼女達の友情は最初から全く疑ってなどいなかったのだ。 しかし、だからこそポルナレフには分かる事があった。 「“脱いでみろ”。宇佐見蓮子」 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …………… ッ ! 蓮子の腕が、ゆっくりと。 ゆっくりと、トレードマークの帽子に手を掛け始める。 ポルナレフには友情が分からない。 しかし、たとえ彼に何よりも代え難い友人が、仲間が居たとして。 そんな絆の全てを喰らい尽くす様な『邪悪の芽』が存在する事を、ポルナレフは身を以って理解していた。 邪悪なる芽の支配を受けたポルナレフだからこそ、『幽かな予感』があったのかもしれない。 その邪悪の名は…… 「――――――全く、油断ならない男。DIO様の仰った話では、ポルナレフはもう少しアホだと聞いていたのだけど」 殺気を感じた。 前方と―――後方から。 「―――ッ!? 『シルバー・チャリオッツ』ッ!!」 後方の向日葵の陰から、液体状のものがポルナレフへと飛び掛った。 一瞬早くそれを感知したポルナレフは、持ち前のスタンド技術を以ってそれを防御。 「きゃ……ッ!? れ、蓮子……?」 その隙を突かれ、“帽子を脱いだ”宇佐見蓮子が瞬く間にメリーを捕らえて引き寄せた。 左腕でガッシリとメリーを盾にするように押さえつけ、右腕にはデイパックから取り出したのだろうか、不気味に光る刀をポルナレフへと差し向けている。 「一手上へ行ったのは……私みたいですね、ポルナレフさん。 あ、そこを動かないでくださいね。動けばメリーを殺します」 あまりにも冷淡且つ残酷に蓮子は言い放った。 信頼する蓮子が自分を盾にする構えで、そして聞いたことの無いような冷たい声で『殺す』などと口走った。 メリーは予想だに出来ない展開に頭が回らず、自分を躊躇無く殺すと言った親友へと呂律の回らぬ口調で語りかけることしか出来ない。 「え……蓮子? な、え……一体、何を…してるの……? い、痛いわ!」 「少し静かにしててねメリー。暴れなければ、そしてあの男が何もしなければ貴方だけは傷付けない」 懸命に首を回したメリーの視界に、帽子が取れて露わになった蓮子の額が映る。 『それ』は二度と忘れる事がない、あの肉の芽の姿が彼女の額に巣食っていた。 ポルナレフの時と同じだ。よりによってDIOは、この自分の親友を眷族に選んで従わせている。 事態を完全に理解したメリーだったが、その事実はなにより彼女を絶望の奈落へと突き落とした。 「れ…蓮子ッ! 私よ! 同じ秘封倶楽部のメンバー、メリーよッ! 思い出してッ!! 貴方はDIOに操られているだけで―――!」 「―――DIO様の侮辱はやめなさい。この肉の芽は私の『恐怖』を取り除いてくれる素晴らしいおまじないなの。 あの方を悪く言うようならいくらメリーでも……本当に殺すわよ?」 メリーの首にかかる力が一層強まる。 耳元で囁いた蓮子の声色は……妖艶なる美女のように妖しく、鉄のように冷え切っていた。 メリーの腰が抜けて崩れ落ちそうになるが、掴む蓮子の腕はそれすらも許してくれない。 「……阿求ちゃん。俺から絶対離れるなよ」 「あ…ぁ……っ…」 代わりにポルナレフの傍で阿求がペタンと腰を落とした。 その瞳は僅かに潤んでいる。 『ご主人様ァ~。帽子、落ちましたァ』 不気味な声が茂みから湧いて出てきたと思えば、そこには緑色の皮膚をした不気味なスタンドがヘコヘコと姿を現した。 「ん。ありがとう、ヨーヨーマッ」 ヨーヨーマッと呼ばれたそのスタンドは地に落ちた蓮子の帽子をゆっくり拾い上げ、主人の元へ返す。 刀を握った手で帽子を被り直し、額の肉の芽は再び隠れた。 「成るほど……さっきからウロチョロしていたストーカー野郎はお前のスタンドだったってわけかい。 スタンドなら生命探知機にも反応しねーわな……ッ!」 ギリリと、ポルナレフは象をも殺しそうな殺気で拳を強く握る。 「れ……蓮子…! お願いだからやめてよ……! 私達、親友同士だったじゃない……! 何でこんな、なんで…なんでなの……!?」 「……メリー。あなた、人が何のために『生きる』のか、分かる? 理解してる?」 突然の質問にメリーは一瞬、言葉を詰まらせるもどうにか返事する。 「そ、そんな哲学的なことをいきなり言われても、私は蓮子みたいに頭が良くないから分からないわよ……!」 「そう……まあ、大学で教えてもらうようなことでもないけどね。 私はね、『恐怖』を克服することが『生きる』ことだと思ってるわ。 例えば私は……多分メリーもそうだったと思うけど、このゲームに参加させられてかつてない恐怖を味わっていたの」 その言葉にはメリーも同意だ。 思い返せばこのゲームが始まった当初は、恐怖に涙したり嘔吐までした気がする。 「でもね、DIO様に出会って私は恐怖を取り除いてもらった。克服したのよ! その瞬間、私は人生で一番の『幸福感』を感じたわ! 安心したのよッ! あの方はね、メリー。世界の頂点に立つ者よ。ほんのちっぽけな『恐怖』だって持たない方なの! 素晴らしいでしょう!! ……そして勘違いしないでね、メリー? 私は本当にあなたを大切に想っているのよ。 だ か ら ―――」 ―――あなたの恐怖を取り除いてもらって、私と『一緒』になろう? ねえ、メリー…… 突然、世界にヒビが入ったような錯覚に陥る。 メリーの視界がグルングルンと揺れた。 この得も言われぬ不可思議な感覚は、以前どこかで…… 「Happy New year。おめでとうメリー。 そして Happy New world。『新たな世界』よ…… こっちへおいでよメリー……」 そう、確か以前に……ポルナレフさんの肉の芽に、入り込んだ時のような…… そんな、得体の知れない感覚、が……私の中に――― 身も凍りつくような親友の囁きを最後の意識とし――― メリーの意識は真っ暗な深淵へと、再び身を堕としていった――― 男のけたたましい雄叫びがほんの僅かに聴こえた、気がした。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ ―――耳を背けたくなるほどの破壊音。 黄色い海を掻き散らす大津波を思わせるほどに撃滅的な衝撃が轟きひしめく。 周りの花という花は花弁すら残らず、流星群かと見間違えるような大量の弾幕と光撃の爆発音が空気を振動させる。 最終的にこの長いデスゲームを制そうという結果をまるで考えない、全力全開のスタイルだった。 霊力は今後を考えて温存する、力の消費は最小限に、などといったみみっちくてつまらない考えなど、今の彼女には毛頭無い。 ―――あるのは、友に仇為さんとするたわけに怒る激情と。 自身が永き修練の末に会得するに至った、卓越した力と技量の解放感、そして快感ッ! すなわちそれらこそが、 「仙符『日出ずる処の天子』ッ!」「光符『グセフラッシュ』ッ!」「『輝く者の慈雨』ッ!」「秘宝『聖徳太子のオーパーツ』ッ!」「名誉『十二階の冠位』ッ!」「デザイアの求魂ッ!」「道符『掌の上の天道』ッ!」「徳符『神霊のプレスティ-ジ』ッ!」「光符『救世観音の光後光』ッ!」「十七条のレーザーッ!」「光符『無限条のレーザー』ッ!」「『十七条の憲法爆弾』ッ!」「人符『勧善懲悪は古の良き典なり』ッ!!」「神光『逆らう事なきを宗とせよ』ッ!!!」「『我こそが天道なり』ッ!!!!」「ラストワード『詔を承けては必ず鎮め』ッ!!!!!」 ―――豊聡耳神子という聖人の真相であった。 「――――――………ッ!!!!」 慈悲も手心も、一切合切を捨てたその聖人の暴走にも似た猛攻は、青娥の潜在能力を軽く上回る。 只でさえ視認するのも難儀なほどの物量弾幕。しかもその一発一発が殺人的に重い。 幾多もの技の中の無数に等しい流星を、全方位から襲うあらゆる弾幕を、青娥が耐え切る道理は無かった。 自分が攻撃に転ずる針の穴ほどの隙間すら、見出せない。 或いは神子の霊力切れによる自滅も視野に入れていたが、かの聖人がそんな初歩を晒すべくもなく。 即ち、青娥が取るべき行動選択の余地は、神子の繰り出す凄まじい速度と気迫の応酬の回避ただ一点。 青娥とて無益に齢を重ねてきただけの怠惰者ではない。 気が遠くなるほどの錬丹に身を委ね、強靭な肉体と精神力を手に入れた仙人なのだ。 一手誤れば深手は免れない弾幕の全てを、冷静にグレイズ(直前回避)しながらも思考は決して中断しない。 (ちょ……ッ!!! …っとォ!! 随分な挨拶じゃないッ! ま、さか…あの方の…力が……ッ…これほどとは!!) 「やりすぎよぉーー豊聡耳様! それにお花が可哀想ですわ! 私を殺す気なんです?」 「ああ、去ね!」 全く間髪置かず突き返された。 その言葉の示す通り、神子の発射する弾幕は徹底して無慈悲を貫く。 青娥は手も足も出ない状況に困ったような苦笑を浮かべるが、未だ防戦一方の展開を崩せそうにない。 そしてこの戦いに与するもうひとりの人物、ジャイロ・ツェペリも神子の圧倒的な優勢を前に傍観者となりつつあった。 青娥の不意打ちにより視覚を奪われてしまった彼が黄金の回転を攻撃手段に選ぶことが出来ない今、戦力も半々。 仮に手を出したとして、ハッキリ言って猫の手にしかなりそうにないことは自明。 故に彼はその手に握った鉄球の向け所も見つからず、半ば諦観の気持ちで2人の…いや、神子の戦いを数歩下がった位置から見ていた。 『見ていた』と言っても彼の視界は涙によって劣悪。 神子には敵うべくもないが、鉄球の回転振動から空気を伝う『音』を、耳で『視る』ことが出来るほど彼の聴覚は優れている。 だからこそ視界を殆ど奪われた状態でも、戦いの構図はおおよそ理解出来ていた。 (聖人だとは聞いていたがアイツ……! まさかここまでかよッ!?) これは己の出る幕は無いか……? そう思い始めていた矢先、戦いの音が止まった。 直後、隣で神子が降りる気配を感じたジャイロは霞む視界の中から言葉を掛けられる。 「フゥーーー……。流石にしぶといわね。ジャイロは大丈夫? ハンカチ、必要かしら?」 「悪ィがハンカチ一枚じゃあ足りなさそうだぜ。 ……それよりまだ仕留めきれねえのか? 苦戦してるわけでもなさそうだが」 「アイツ、致命傷に成り得る攻撃だけを最小限の動きで回避し続けているわ。伊達に仙人やってないってところかしら」 「お前さん、耳が良いんだろ? 奴さんの狙いとか目的とか分からねーのかよ」 「……あの邪仙の欲なら、さっきからずっと聴いてるわ。 ……聴いてるんだけどねぇ―――」 神子は耳の後ろに手を当て、再度敵の狙いを聴き定めるために集中した。 青娥の華麗なるその服装も数多の弾幕を掠って既にボロボロ。にも拘わらず、彼女の表情は依然余裕を含んでいる。 その余裕な邪仙の心の欲はと言えば…… (う~んやっぱり豊聡耳様はお強いかたですわねえはっきり言って勝ちの目なんてみえてこないですしでもまさかあれほどまで末恐ろしい御力を有していたなんてこれはちょっとした誤算でしたかしら…あー!! お洋服もこんなにボロボロじゃない! 全くさっきもヨーヨーマッに散々穴空けられたばかりですのに厄日かしらそうねそれにしてもあのジャイロという殿方なんだかとっても素敵な鉄球持ってらっしゃるわねぇ回転の技術って一体どんな力なのかしらそれに黄金回転って響きがなにより素敵ですしあぁまた疼いてきましたわ私の悪いクセですね豊聡耳様はともかくジャイロさんはスタンド使いかしらそれとももしかしてもしかしてスタンドDISCなんて持ってないかしらいえ彼だけではなく向こうの4人の内誰かがDISCを所持してる可能性はありますわあぁ考えれば考えるほどワクワクしてきましたわね欲しいわねえスタンドDISCもし持ってたらどんな能力? 人を紙にしたり天候を自在に操ったり出来る方々がいらっしゃるんですものきっとこの会場にはもっともっと素敵で愉快で面白いスタンドDISCをお持ちの方がいるに違いありませんわあぁDISC DISCスタンドDISC DISC DISC欲しい欲しいDISC欲しいDISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC DISC欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲~~~~~~~~~~~~~~) 「うるッッッッッさ!!!!!!!!!!!」 反射的に耳を押さえた。 心の声故に直接鼓膜を叩いているわけではないが、青娥の底見えぬ欲の声に神子は思わず耳を塞がずにはいられなかった。 ここまで大きい欲の声も神子にとっては初めての体験。 耳あてが無いことが更に青娥の欲の声をストレートに流して感じ取ってしまう。 殺戮劇という、この超刺激的な催しが彼女の好奇心に火を点けてしまったのか。普段からは考えられぬ声のデカさだ。 頭の中で邪なる欲がキンキンと反射を繰り返す。あまりの欲の声の大きさにジャイロやそれ以外の心が聴こえない。 そしてそのあまりにも大きな雑音故に、先の身を隠した敵の不意打ちへの反応が遅れたのだ。 皮肉だが、耳あてを失ったことで神子の事実上の能力は用を成さないモノと成り果てた。 「~~~~~ッッ!!! う~~~~~………!! ……そ、そういうわけよジャイロ。残念だけど、今この場において欲が聴けるのはあの声のデカ過ぎるクソッタレ青娥ぐらいよ。 しかもまともな思考が読めそうにない。私の頭今、七日酔いでフラフラになった鬼の脳内よりもキンキン言ってるわ」 今ならコイツにどんな暴言考えても何も気付かれなさそうだな、などと暇なことをジャイロは考える。 「コラ! 何かイヤミっぽいこと考えたでしょ!」 ポカリと頭を小突かれる。顔に出てたらしい。 「っつー事はアイツの本心で考える狙いなんてさっぱり、って事なんだな?」 「ま、そうなるわ。元々アイツだって何かデッカいことしでかしてやろう、なんて女じゃなかったと思うけど……」 そうなるとやることは単純だ。 心がまともに読めないなら、口で吐かせればいい。 「適当に懲らしめて無理矢理吐かせるわ。そう難しいお題じゃない」 「さっき『去ね!』とか叫んでたクセに」 もう一度ジャイロを小突き、さあ仕上げだと言わんばかりに骨を鳴らす。 もはや青娥との弾幕合戦など神子にとっては児戯に等しかった。 「あらあら豊聡耳様ぁ~? 得意の読心術はどうしたんですか? 私はこの通り、まだまだピンピンしてますわよ♪」 ―――だと言うのに、青娥のこの余裕は何処から染み出てくるものだろう。 その解せぬ振る舞いの根源に、神子は若干の不気味を覚える。 「さっきの様なザマでほざくわね。何を企んでるか分からないけど、そう上手くいくと思う?」 「ところがいくのよ♪ ……ビジュアルがアレでしたのであまり連発もしたくなかったのですけど…… やはり貴女様を打ち倒すのは同じ土俵では難しいみたいで―――」 それならばと、言葉を続け…… 「目には歯を。圧倒的な弾幕には……『スタンド』で勝負するに最早些かの躊躇も抱きませんわね!」 地を泳ぐスタンド『オアシス』。 先程、青娥がメリーを拉致せんと土中から急襲してきた能力へとスタイルを変換させる。 出る場所はしっかり出た彼女の美しい曲線を表現するようなスーツ型スタンドを纏い、 同時に勢いよく向日葵の残骸が積もる地の底へと潜った。 「あのダサいセンスのスーツもスタンドなの? ジャイロ」 「恐らくは。スーツのように身に纏うスタンドはオレも知っている。能力も見ての通りだろう」 何故あの女がスタンド能力など有しているのか? そんな些細な疑問など端に追いやり、神子は鼻を鳴らした。 次の瞬間、彼女は大きく跳躍する! 「地中なら姿を隠せるなどという見当外れの企みならば浅慮ね、青娥!!」 叫び、大胆不敵に笑む! 空中から地へ向けて、再び怒涛の攻撃を連射した。 姿見えずとも、敵の大き過ぎる欲の声は神子にとって明らかに確然たる目印。 その欲の真意掴めずとも、神子の能力は確かなアドバンテージとして彼女の優勢を語っていた。 誤算だったのは…… 「………ッ!! 疾い!?」 地中を移動する青娥の速度が、地上での動きよりも遥かに正確無比で予測不能。 欲の声を聴く神子の『先手』の、もう一段先を往く『先手』によって捕捉不可能なレベルに達していたことだ。 (くっ……! 目で追うならともかく、声を聴いて追うのでは捕らえ切れない…! カジキかアイツは!!) 上空からの攻撃が全ていなされていく。 地中にいるのだから奴からこちらの攻撃が見えているわけではない。 青娥は『適当』に地面を進み、『勘』で弾幕を回避しているに過ぎない。 しかし寧ろ、青娥の大き過ぎる欲の声に惑わされているのは神子の方だった。 普段頼りにしている『五感』の一部を封じられた神子こそが、実の所この戦いにおいて本来の力を上手く発揮出来ずにいたのだ。 波紋のように大きな“土”しぶきを上げながら猛スピードで進む青娥の先には―――! 「―――ジャイロォォオオッ!!」 黄金回転を失い、神子と同じく自身の本領が発揮出来ないジャイロが立っていた。 「……クッ!! テ、メェ……ッ!」 攻撃の目標が自分へと転換されたことを知ったジャイロは反撃の構えをとる。 その手には当然ッ! 『鉄球』が回転の唸りを上げているッ! 視界は未だ霞んでいるが、全く見えぬわけでもない。黄金回転が使えずとも、鉄球の攻撃力は強力。 眼下の地面から土が盛り上がった。 攻撃の瞬間だ。敵は攻撃する時だけは地面からその顔を出さなければならない筈だ。 (―――その瞬間にッ!!!) 青娥が上半身だけ覗かせ、右腕から繰り出される豪速の貫手を 「オレの『鉄球』を喰らええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーッッッ!!!!」 バ キ ィ ィ ッ !! 鉄球は―――敵への致命傷には至らなかった。 鈍く響いた低音は、青娥の左腕による防御のもの。 その防御を、鉄球は貫くことが出来なかった。 ジャイロは、鉄球の回転の技術に自信を持ってはいたが、決して『過信』していたわけではなかった。 『黄金の回転』を封じられていても、この至近距離なら敵の防御を貫けるなどという『自信』はあっても『過信』は無い。 誤算だったのは……仙人の『耐久力』。 ジャイロは、敵を見くびっていたのだ。 青娥の不気味な薄ら笑いが、頭部まで覆われたスーツの隙間から覗く。 (殺られ―――!) 青娥の上半身だけ覗かせた態勢からの、右腕から繰り出される豪速の貫手が ジャイロを庇って間に飛び降りてきた神子の肉体の中心を―――貫いた。 「――――――が……っ…………!!」 鉄球を振り抜いた姿勢のまま、ジャイロの体が硬直する。 眼前で撒き散らされた紅い飛沫が、顔へと付着した。 ぬっとりと、生ぬるい感触。 「素敵で高尚な貴女ならきっと、彼を庇うと思ってましたわ……。豊聡耳様……♪」 ジャイロの手が彼女を救うように、 神子の手が彼を求めるように、 2人の伸ばした腕は――― 紡がれること叶わず、神子の身体は地中へと引き摺り込まれた。 「神子ォォォォオオオオオオオオオヲヲヲヲヲーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!!!」 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ (ここは……地面の中か。 ……妙にドロドロしている) 腹の穴から流れ出る自身の血が、泥と混ざり合って不快な臭いを醸す。 真っ暗だ。何も見えない。 しかし、傍若無人な邪仙の声だけはこの闇の空間によく響いてきた。 「流石は豊聡耳様……あの攻撃でも即死なさらないなんて、全くもって敬服いたしますわ」 「……そう、思うなら…さっさとここから出して、欲しい……わね……!」 息絶え絶えながらも、私は奴と会話を交わす。 姿は見えないが、奴のキンキン響く欲の声は目の前数メートル先から聴こえてくる。 「駄目よ♪ 貴女はとても素敵な女性ですけれど、それでもDIO様の魅力には遠く及ばないもの♪」 DIO……! またしてもその名か……! お前を、操っているのはDIOかッ! 「確か……いつだかの三者会談で、あの青臭い坊主に言われた言葉が…あったわね……! 『力を持つといつかは欲望に身を滅ぼされる』……この言葉、青娥は…どう思う?」 「欲望も自分自身のひとつ、切っても切り離せない真理ですわ」 参った、わねぇ…… コイツも、あの時の私と同じ言葉で返すなんて、ね…… そりゃあ、そうか。私に道教を教えてくれたのは他の誰でもない。 目の前の、コイツなんだから。 「……豊聡耳様? これでも私は貴女を敬っております。 ですからそろそろ楽にしてあげますわ。私の欲の声にもウンザリでしょうし、ね」 カキンッ――― 目の前の闇から、何かピンを引き抜いたような音が聴こえた。 マズイ……青娥は、まだ何か……ッ! ――― ド ン ッ ッ ッ ッ !!!!!!!!!!!!!!! 「ッッ!?!?!? ウアア……ッ!!!」 何、が……起きた!? とてつもない爆音。何か、音響兵器のようなものを……! 「音響爆弾……ていうらしいですわ。 ただでさえ桁違いの聴覚をお持ちである豊聡耳様の、しかもリミッターの耳あてが無い状態で、そのうえ音をよく通す液体状の地中で喰らったんですのよ? 私はもちろん耳栓をしてましたので大丈夫でしたけど、貴女の鼓膜は確実に破壊されたでしょうねぇ?」 青娥が何か言っているようだが、声にエコーが掛かったみたいに聴き取れない。 耳鳴りが止まない……! 欲の声すらも、聴こえない……! 「私の欲の声が煩そうでしたので消してさし上げました。御気分はいかかでしょう?」 持てる力の全てを出して弾幕を生成し、発射する。 だが最早方向感覚も分からない。 頭が、痛い……! 「こんな理不尽な状況になってまで戦おうとする意思……真に尊敬の念を禁じえません。 正直言って、苦しむ豊聡耳様を私はこれ以上見たくありませんので。 ……終わりにしましょう」 ―――ドンッ!! ―――ドンッ!! 「――――――ッッ!!!」 もはや遠くなのか近くなのかすら分からない、炸裂音。 直後に私の腹に新たに空けられた穴。 火傷しそうなほどの熱。痛み。 ―――撃た、れた……!? 「一番厄介だった貴女を最初に消すことが出来て安心したやら、ホッとしたやら、ですわね。 ……さようなら。今までありがとうございます」 そんな青娥の言葉が聴こえた気がした。 何も、見えない。 何も、聴こえない。 命の焔が、だんだんと消滅していくのがわかる。 何も見えない暗闇の空間。 腹に空けられた穴は、自身の肉体の避けられぬ『死』を予感していた。 『死』 それは私が最も畏怖し、回避しようとしてきた『終焉』。 結局、己が捧げてきた永い永い努力による『不老不死』の実現は、今この瞬間に潰える。 「…ふ、ふふっ」 笑いすら出てくる。 不死を求めた人生の最期が、赤の他人を庇った末の朽果てなど皮肉もいいところ。 死に場所が棺要らずの土の中、というのも出来過ぎた末路だ。 ―――いや、赤の他人というのも彼に失礼すぎるわね。 短い時の中でも分かることはある。 ジャイロは、実に『イイ男』だった。 信頼に値し、己の背中を預けられるほどの安心感が彼には確かにあったのだ。 そんな友を最期に守ることが出来た、と言えば優越になるだろうか。 だが、『誇り』はある。 ……そう、だな。 こんな幕引きも結構……悪くは、ない。 聖人も、ヒト……か。 ―――薄くなっていく視界に、僅かな光が差した。 彼の声が、聴こえた気がして。 彼の腕を、無意識に手に取った。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「テメェ……ッ! 青娥ァァアアーーーッ!!」 地中に引き摺り込まれた神子を探すため、鉄球の回転で穴を掘り出した時には手遅れだった。 ジャイロの腕には血塗れた少女の身体が寄りかかっている。 貫手によって腹に空けられた風穴。 既にその機能を失った両耳。 大型の拳銃で撃ち抜かれた2発の銃創。 医者のジャイロでなくとも、神子の死が免れないものとなっていたことは明白。 ぐったりと目を閉じ、急速に冷えていく身体。 その呼吸もだんだん薄まっていく。 自らを聖人と称し、人を超えた者だと自負した彼女は、 ただの少女のように、ジャイロの腕の中で小さくなっていた。 「最期に人の腕の中で死んでいくなんて、実にロマンチストですわねぇ。豊聡耳様もきっと本望でしょう」 ゆっくりと地面の中から這い出てくる青娥は、そう言い笑う。 表情とは裏腹のその言葉の冷たい内容に、ジャイロの中で何かが切れた。 左腕で神子を支え、右手には唸りを上げる鉄球。 「青娥アアアアアアアアアァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!」 怒りの咆哮と共に真っ直ぐ投げられた鉄球は、鈍い音を響かせて青娥の元へ飛び向かっていく。 それを見据えてなお、青娥は笑みを崩さない。 かろうじて相手の居場所は把握できるが、ジャイロの視界は未だに滲んでいる。 周りの風景から黄金長方形のスケールなど、とても発見できるような状態ではない。 回転の技術とはいかに正確なスケールで回せるかが命なのである。 故にこの攻撃が青娥の防御を突き抜ける道理など、あるわけがない。 「私、しつこい殿方もお嫌いでしてよッ! 何度やっても無駄 ―――『 パ ァ ン ! 』――― です、わ………っ?」 ブシュウウゥゥ (―――えっ…………) ジャイロの投げ放った黄金回転の鉄球が、邪仙青娥の右手と脇腹の肉を吹き飛ばした。 (………え、っ……な、んです……て………?) 消滅した手首から先を信じられない様な目で見つめる。 続いてボトリと、血肉を撒き散らしながら吹き飛んだ右手が地に落ちた。 ブシュウと、シャワーのように脇腹から血飛沫が噴き出る。 何が起こった……? ジャイロの黄金回転は、視界を奪ったことで封じたはずだ。 ならば今のこの鉄球の回転の威力をどう説明する? 「………ッ!! アナタ、今…何を……ッ!!」 ダメージの衝撃で『オアシス』が解除された。 初めて焦りの表情を露わにした青娥は、目の前の男をキッと睨みつける。 対するジャイロは、それを超える静かなる怒りをその瞳に宿していた。 彼の手には、横たわる神子と―――彼女の胸に捧げるように置かれた一本の『向日葵』が寄り添っていた。 「この向日葵は……さっきオレが神子にあげた奴だ。 ……神子の奴がこの辺一帯めちゃくちゃにふっ飛ばしやがったからな。まともに形残ってる花がこれしかなかった」 その言葉が何を意味しているのか、青娥には分からなかった。 ジャイロは神子に祈りを捧げるように、目を閉じて静かに語り続ける。 「オレが神子を地面から引き揚げた時、コイツの手にはこの向日葵が握られていたんだ。 言葉にされなくたって分かるぜ。オレには欲の声とやらは聴けねーが……神子の考えてることはすぐに分かった」 神子の胸に置かれた向日葵は、光を反射して悠然と輝いている。 その花にそっと手をやるジャイロの手は、震えていた。 それは怒りからか、悲しみからか。 「お前さんはよぉ、オレ達『ツェペリ一族の回転』を舐めてたんだ。勘違いしているぜ。 最初にスプレーを噴き掛けた時、“これで貴方の黄金回転を封じた”とか寝ぼけたこと言ってたな。 オレの視界を封じれば、周りの風景のスケールを読み取れねえ……『とでも思ったのか』?」 青娥は、仙人としての肉体の耐久力に自信を持ってはいたが、決して『過信』していたわけではなかった。 『黄金の回転』を封じれば、鉄球の力に耐えれるなどという『自信』はあっても『過信』は無い。 誤算だったのは……ツェペリ一族の『技術』。 青娥は、敵を見くびっていたのだ。 「目が『視え』なくてもよォー、こうやって自然の花に直接『触れれば』よォー…… 黄金長方形のスケールぐらい、肌で正確に感じ取れるぜッ! そうすりゃ『完璧な回転』を生み出せるッ! ……つーか、自然物に手で触れてスケール測るなんざ、初歩の初歩の初歩の初歩の初歩中の初歩だぜッ!」 ―――もっとも、これはお前がいたからこその『反撃』だぜ、神子…… 唇を噛み締めながら心の中でジャイロは神子にこの上ない『感謝』を示した。 視力を奪われ、手の届く範囲にあった最後の黄金長方形のスケールが神子の託した一本の向日葵だったのだ。 ジャイロの手から伝った神子への向日葵は今、再びジャイロの元へと帰って来た。 神子の、ジャイロへの最期の『花向け』だった。 (最後の最後に、してやられましたわね……、ジャイロ・ツェペリと、豊聡耳様に。 ……ツェペリの技術、惚れ惚れしましたわよ♪) ―――でもそろそろ、『潮時』かしら。 青娥の肉片を吹き飛ばした鉄球が、弧を描きながらジャイロの元へ帰って行く。 アレをもう一度喰らうのは懲り懲りだ。腹のダメージも軽くは無い。 自分をここまで追い込んだ二人に、青娥は最後の崇敬を送り、 『河童の光学迷彩スーツ』を起動して、二人の前から姿を消した。 「……ッ!? 消えやがった……ッ! 待ちやがれテメェーーーーーーッ!!!」 咆えても敵の姿は既に音沙汰もなく。 青娥は拍子抜けするほどに、あっさりと逃亡した。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ ―――――― ――――― ――― ――。 あぁ、久しく忘れていたこの温かい感覚。 思えば人の温もりなどいつ振りだろう。 人の上に立つ者としてあるまじきこの堕落したような気持ちは。 でも思ったよりは、悪くない……わね。 ジャイロ、青娥を……撃退したみたい。 流石、私の信頼する友人、ってとこかしら。 もう私の耳は聴こえない。彼の言葉も欲の声も、聴く事が出来ない。 それでも誰かの腕の中で死ねるなんてことは、聖人……いや、『人』としての最期の贅沢かもしれないわね。 周りの花、全部吹き飛んじゃったわね……。酷いことをしたわ、ごめんなさい。 それでもジャイロ。貴方のくれた向日葵が、貴方自身に力を与えたはずよ。 貴方の一族の『誇り』って奴かしら? それは確かに守られた。 ……私もその一助になれたかな、なーんてね。 瞼を開けると、予想通り彼の顔が近くにあった。 私の視界もぼんやりとしていて彼の表情は分からないけど、もしかして結構悲しんでくれてる? いえ、この男だったらもしかすると怒ってるのかもね。『なんでオレを庇いやがったんだー』って、ね。 いやだって、大切な友を助けるのは当たり前でしょ? ホントはねぇ、すっごい嬉しかったのよ? ……貴方がくれた向日葵のことよ。 こんなこと恥ずかしくて言えるわけ無いでしょう。 ……私も一応、女ですし。 ―――そろそろ、眠くなってきたわね…… 最期に、何か言ってあげた方が良いのかしら? そう、ねぇ…… チーズの歌、結局聴けなかったわね、とか。 生きてたらバンドでも組む? とか。 絶対ジョニィに再会しなさいよ、とか。 違う。どれもこれも言ってあげたいけど、違うわ。 もう、本当に一言だけ言えるのだとしたら、その台詞は違う。 今、私が言えることは……ジャイロに掛けてあげなきゃいけないことは……もっと切実で、緊急を要することだ。 青娥は……『あの時』、何と言った? 思い出して。奴の言葉を、一字一句違わずに。 ―――『一寸先はジェノサイド、ですわ♪ 復活したばかりの豊聡耳様には申し訳ないのですが、もう一度深い眠りについて頂きます』 いきなり地面の中から現れては舐めたような物言い。 ジェノサイド…… ―――『一番厄介だった貴女を最初に消すことが出来て安心したやら、ホッとしたやら、ですわね』 聴覚を失った時、青娥が囁くように放った言葉。 うっすら、意識の深層下で聴こえたような、そんな言葉。 私を、最初に……だと? 思えば何故青娥は私を地面に引き込んだ後、『さっさと』殺さなかった? 鼓膜を破壊したり、わざわざ急所を『敢えて』外すように撃ったり…… 私を『即死』させることは奴にとって『不都合』だったのか……? おかげで奴は私とジャイロの思わぬ反撃を喰らい、まんまと逃走する羽目になった。 その逃走にしたって、いやにあっけない。 まるで最初から『逃げること』を視野にしていたかのような。 逃げる……? 奴の口ぶりは、私達を『全滅』させるかのような意思があったというのに『逃げる』……? ……意識が、霞んできた。 待って。そういえば、思い出してきた。 地面の中で私が視覚も聴覚も奪われた時。 ―――奴は、私に確かに『何か』仕掛けた。 何をしたのかは、分からない。 でも、これだけは理解出来る。 ―――霍青娥。あの女は、どんな者にだってその本質を制御出来ない……『大邪』。 私の敗因は、奴の『邪念』を量り違えたことだ。 奴の『邪』には底が無い。 底が無い故に、まさしく無邪気といったところか。 ……奴の目的が、見えてきた気がした。 恐ろしい女だ……! あの女は、『何だって』やる気だ……! 奴は……“逃げるつもりではない”! 全員『虐殺』する気か! あろうことか、この私を『利用』して!! 奴が私を即死させなかったのは、自分だけが逃げる時間を稼ぐ為だ! 恐らく、私の『死』をトリガーにした『何か』を仕掛けて! 彼に……伝えないと……ッ! ジャイロ……ッ! あの女を甘く見ないでッ!! 奴は……『悪魔』! ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「神子ッ!! おい、テメェッ!! まだ死ぬんじゃねえぞッ!!」 ジャイロが消え去った青娥を追う事は出来なかった。 透明化の術を持ち、かつ視界の速やかな回復も期待出来ない以上、追跡は不可能だと判断したからだ。 いや、実のところ彼には追跡の術はある。 支給品の『ナズーリンのペンデュラム』をすぐさま使用すれば透明であろうと青娥の追跡は可能なのだ。 その効果範囲は半径200メートル。それ以上離れれば完全に逃げ切られることになる。 時間は残されていない。 それを理解してなおジャイロは、神子の傍を離れることが出来なかった。 ジャイロは医師だ。倒れ伏せた神子がもう長くない状態でない事は分かっていた。 それでも懸命に声を掛け、止血を施す。 助からない命だということを理解していながら、彼は敵を追う本分よりも神子を看取ることを選んだ。 行動に理論的な意味を求める自分らしくない。 だが自分がこのまま青娥を追ったとして、神子はたった独りぼっちで死を迎えることになる。 それはどれほど悲しい人生の最期だろう。 彼女の……豊聡耳神子という存在の最期に、『敬意』を払わなければいけない。 神子の生きてきた『誇り』を守ってやることこそが、友である自分がしてやれる最後の手向けだ。 「…………ジャ、ィ……ロ………」 「……!! 喋るなッ! 今、鉄球の回転で止血してるとこだ!」 そんなジャイロの思いが実を結んだ。 神子が微かに瞼を開ける。しかし、 「――――――ッ! ――――ッ!」 既に神子の耳にはジャイロの声など届かない。 聴覚を失った彼女の世界に、音が入り込むスキマなどもはや無かった。 (まいった、わね……。他人の声が聴けなくなるのが、こんなに悲しいなんて……) それでも、目の前の男が懸命に自分の名を呼び続けていることだけは分かる。 消えかけの命を、もう一度灯らせようと一生懸命なのが分かる。 (馬鹿……、早く青娥を…追いなさいよ……) 青娥がまだ何か企んでいることは予想がついていた。 すぐにここから離れないと、ジャイロが危険だというのに。 (私なんか放っといて……早く、行って……! でないと、貴方も、危ない……ッ!) 最期に一言だけ、口を開く力が残っていた。 伝えるべき事実がある。 さあ、私から離れて奴を追いなさい。 青娥の攻撃は、恐らくまだ終わっていない。 何をやっているの。私はもう無理なんだから。 貴方は自分やメリーを守ることだけ考えなさい。 だから、もう……いいのよ。 そんな警告を、最期に伝えなければ。 「ジャイロ………あり、がと……ね…………」 ―――意を決した彼女の口から出た言葉は、警告でも助言でもなく。 ジャイロ・ツェペリへの、限りない『感謝』だった。 (―――何、言ってるのよ、私……) ジャイロへと危機が迫っていることは明白なのに。 一刻も早く彼をこの場から逃げるよう、忠告しなければいけないのに。 どうして私は涙なんか流しながら、そんな意味の無いような言葉を選んだのか。 いや。本当は、自分でも分かっていた。 彼の優しさが、彼の腕を伝わって私の心に直接響いてくるのが。 彼が敵を追うことよりも私を優先してくれたことが、きっと何よりも嬉しかった。 独りで死んでいくことがたまらなく怖かった。 不老不死を求めて生きてきた私の最期が孤独だなんて、これ以上無い屈辱だった。 彼はそんな私の最期の『生の誇り』を守るために、こうして傍に居てくれている。 その心が、本当に嬉しかった。 だから、私は本心からのお礼を捧げた。 ―――幸せ者ね……私も。 神子はどこか安心したような顔で眠りについた。 彼女の最期を自分の腕の中で見守ったジャイロは、安らかに眠るその頬に伝わる雫をそっと拭き取り、ゆっくりと地面に寝かせた。 せめてもの弔いとして、一輪の向日葵を彼女の手に握らせて。 「神子……お前の気高い『生き様』と太陽のように大きくて明るい『意志』に、オレは何よりも『敬意』を払うぜ。 ……そしてすまなかった。ジョニィに紹介するっつー『約束』……守れなかったな」 自分にはやるべきことがまだ、ある。 男は背を向け、歩き出した。 かつて『聖人』だと言われた、ひとりの友の意志を受けて。 その手に鉄球を携え、戦火に身を投じる。 【豊聡耳神子@東方神霊廟】 死亡 【残り 66/90】 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 自分の右腕に突如、熱い痛みが走ったことにジャイロは遅れて気付いた。 肘から先が千切れ落ち、鈍い音と共に鮮血が舞う。 何が起こったのか理解出来ないジャイロは、自分の落ちた右腕の切断面を見つめることしか出来なかった。 Chapter.4 『ブレイク・マイ・ハート/ブレイク・ユア・ハート』 END TO BE CONTINUED… 後編へ⇒DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想 後
https://w.atwiki.jp/toho/pages/3719.html
Natural☆High サークル:Natural☆High Number Track Name Arranger Lyrics Vocal Original Works Original Tune Length 01 青空を舞う龍の影 n@gi - - 東方星蓮船 青空の影 [-- --] 02 曼珠沙華 n@gi りか りか 蓮台野夜行 月の妖鳥、化猫の幻 [-- --] 03 幻想ブン屋 綾 綾 りか 東方文花帖 風神少女 [-- --] 04 幻想の舞踏 ゆうり ゆうり りか 東方紅魔郷 亡き王女の為のセプテット [-- --] 05 未確認破壊少女 n@gi りか りか 東方紅魔郷 U.N.オーエンは彼女なのか? [-- --] 詳細 コミックマーケット77(2009/12/30)にて頒布 イベント価格:?円 ショップ価格:なし レビュー 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho/pages/95.html
東方幻樂編曲集第弐集 舞 -MAI- サークル:Alstroemeria Records Number Track Name Arranger Original Works Original Tune Length 01 上海紅茶館 Masayoshi Minoshima 東方紅魔郷 上海紅茶館 ~ Chinese Tea [4 25] 02 ラクトガール~少女密室 ラクトガール ~ 少女密室 [4 10] 03 ツェペシュの幼き末裔 ツェペシュの幼き末裔 [5 00] 04 少女秘封倶楽部 蓮台野夜行 少女秘封倶楽部 [4 45] 05 古の冥界寺 古の冥界寺 [6 01] 06 月の妖鳥、化猫の幻 月の妖鳥、化猫の幻 [4 53] 07 もう歌しか聞こえない 東方永夜抄 もう歌しか聞こえない [4 11] 08 永夜の報い 永夜の報い ~ Imperishable Night [4 25] 09 恋色マスタースパーク 恋色マスタースパーク [4 52] 10 千年幻想郷 千年幻想郷 ~ History of the Moon [4 32] 詳細 コミックマーケット67(2004/12/30)にて初頒布 イベント価格:1,000円 ショップ価格:1,575円 レビュー 原曲ちょい維持系ダンストランスアレンジ。禅-ZEN-の方よりも心持ちビートが利いて太めなトランスではあるが、やはりどうしても全体的にぬるさを感じてしまう。やぼったいトランス、という表現はやや行き過ぎかもしれないが、「かっこよさ」が感じられないという意味ではそういう言い方もあり得るか、とにかく通して平板で、盛り上がりもキレも勘所もほとんどない、ただ淡々とトランスし続けるタイトルである。どれも同じに聴こえるので、クラブでかけるにも余り適さないように思えるほどである。これじゃ盛り上がろうにも盛り上がれない。価格的にも安いとは言えないので、こういう手のゆるいトランスが好きな人ならばともかく、そうでないならば個人的にはお勧めはすることはないだろう。 -- 電波? (2006-09-29 03 26 04) う~ん…8、9、10以外はほとんど印象に残らなかった…。 8、9、10はアップテンポなアレンジで嫌いではないが、いまひとつ迫力に欠ける。 でもそういうアレンジだと思って聴くと、好きになってきたりもする。アラ不思議。 -- ひず (2008-05-01 01 04 03) だめだ…俺にはこういう繰り返し過多は耐えられん…。 箕島さんは昔の方がよかったなぁ…。 -- 名無しさん (2009-04-14 22 17 08) 満足できるレベルではないかな… 全体的に作りこみが甘いというか詰めが甘いというか… そんな感じ 唯一「惜しい」と感じたのはTr.1 サビのピアノが雰囲気ぶち壊しなのはもったいない。 同人にポール・ヴァン・ダイクみたいなクォリティを求めてはいませんが、 力量はあるんだからがんばればもう少し出来るハズ トランスとはどういうものなのか、もう少し勉強してほしい 別に新たなるジャンルを開拓しようとしてるんじゃないだろうし… -- 名無しさん (2009-06-28 17 04 35) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/rds_th/pages/52.html
A Secret Adventure 原曲 ヒロシゲ36号 ~ Neo SuperExpress/月の妖鳥、化猫の幻 Vocal めらみぽっぷ/紫月菜乃 Lyric RD-Sounds 概要 秘封倶楽部の二人がいつものように意気揚々と夜の町を抜け出していく。 秘封関連の曲はいくつかのCDで収録されているが歌詞の内容からこの曲が始点という説が有力。 喩にて2期オープニングとの呼び声高い楽曲が発表されたため1期オープニングと言われることとなった。 小ネタ RD氏のブログ内でこの曲の楽譜がDLできる。2011年8月の記事を密やかに冒険してみよう。 コメント 楽譜のページ消えた? -- 名無しさん (2019-07-11 15 47 23) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6267.html
シーリング ソフィエット サークル:ヘ蝶々 Number Track Name Arranger Original Works Original Tune Length 01 ゆられてひとり にぬきボム 蓮台野夜行 夜のデンデラ野を逝く [03 47] 02 サークル スキャニング! にぬきボム 蓮台野夜行 少女秘封倶楽部 [03 41] 03 アストロ マグス にぬきボム 蓮台野夜行 月の妖鳥、化猫の幻 [03 08] 04 ファン ストレンジ にぬきボム 夢違科学世紀 科学世紀の少年少女 [05 05] 05 シーリング ソフィエット にぬきボム 夢違科学世紀 夢と現の境界 [03 22] 06 いつものふたり にぬきボム 卯酉東海道 ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express [03 14] 詳細 秘封倶楽部楽曲アレンジCD 科学世紀のカフェテラス(2011/2/20)にて頒布 イベント価格:500円 レビュー 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6268.html
シーリング ソフィエット サークル:ヘ蝶々 Number Track Name Arranger Original Works Original Tune Length 01 ゆられてひとり にぬきボム 蓮台野夜行 夜のデンデラ野を逝く [03 47] 02 サークル スキャニング! にぬきボム 蓮台野夜行 少女秘封倶楽部 [03 41] 03 アストロ マグス にぬきボム 蓮台野夜行 月の妖鳥、化猫の幻 [03 08] 04 ファン ストレンジ にぬきボム 夢違科学世紀 科学世紀の少年少女 [05 05] 05 シーリング ソフィエット にぬきボム 夢違科学世紀 夢と現の境界 [03 22] 06 いつものふたり にぬきボム 卯酉東海道 ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express [03 14] 詳細 秘封倶楽部楽曲アレンジCD 科学世紀のカフェテラス(2011/2/20)にて頒布 イベント価格:500円 レビュー 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/bbweb/pages/13.html
****************建造物*********************** 熱田神宮の中は、朝霧の巫女が熱田神宮を舞台にしていると聞いたのでまぁ資料?として読んでおくと良いかも。 空間の描写はとりあえず曖昧でも良し。描いても良いけど絵の描きやすさによって実際に書くときに勝手に改編することもあり得るので そこら辺は勘弁。 ****************人妖************************: === 宇佐見 蓮子 === 読み:うさみ れんこ 種族:人間 能力:星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力 テーマ曲: 少女秘封倶楽部 月の妖鳥、化猫の幻 出演: 『蓮台野夜行 〜 Ghostly Field Club.』 『夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream.』 『卯酉東海道 〜 Retrospective 53 minutes.』 『大空魔術 〜 Magical Astronomy.』 幻想郷の外(近未来)の大学生。境目を暴くオカルトサークル『秘封倶楽部』のメンバー。 超統一物理学を専攻し、「ひも」の研究をしている(現実の物理学にも、超弦理論という分野がある)。 メリーと同じく京都に住むが、実家は東京にあるらしい。 空を見ただけで今の時間と今居る場所が分かるが、メリーとの待ち合わせには遅刻する。 === マエリベリー・ハーン === 英字 :Maribel Han 種族 :人間 能力 :結界が見える程度の能力(境界を操る程度の能力?) テーマ曲: 少女秘封倶楽部 魔術師メリー 月の妖鳥、化猫の幻 出演: 『蓮台野夜行 〜 Ghostly Field Club.』 『夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream.』 『卯酉東海道 〜 Retrospective 53 minutes.』 『大空魔術 〜 Magical Astronomy.』 『求聞史紀』 『求聞史紀』の「未解決資料」には、「数百年前に竹林で拾われたメモ」 (p.158) が収録されており 、誰が書いたかは明言されていないものの、 メモには「天然の筍も手に入った」という記述(『夢違科学世紀』でもメリーは「夢の中」で筍を拾い、現実世界に持ち帰っている)や、宇佐見 蓮子の名前がある。 幻想郷の外(近未来)の大学生。境目を暴くオカルトサークル『秘封倶楽部』のメンバー。 相対性精神学を専攻している。音楽CDの舞台となっている時代では日本の首都となっている京都に住む。 蓮子には愛称である「メリー」と呼ばれている。ちなみにフルネームが明かされたのは『夢違科学世紀』から。 「結界が見える程度の能力」を持つが、『夢違科学世紀』では夢の中で幻想郷へ飛んでいたらしく、 話を聞いた蓮子は『境界を操る程度の能力に変わりつつあるのではないか』と危惧していた。 因みに「ラフカディオ=ハーン(小泉八雲の旧名)」のように「八雲」との関係を匂わせる部分もある。 Wikipediaより転載 他に分からないことが有れば 幻想情報局-イザヨイネット- を参考に。
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6653.html
幻想語。(ゆめがたり) サークル:TUMENECO Number Track Name Arranger Lyrics Vocal Original Works Original Tune Length 01 ユメガタリ remix tomoya ななつめ yukina 蓮台野夜行 少女秘封倶楽部 [-- --] 02 ポラリス tomoya ななつめ yukina 卯酉東海道 ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express [-- --] 03 東の果てのその果てで tomoya ななつめ yukina 蓮台野夜行 魔術師メリー [-- --] 月の妖鳥、化猫の幻 夢違科学世紀 夢と現の境界 04 永遠幻想 tomoya ななつめ yukina 蓮台野夜行 幻想の永遠祭 [-- --] 詳細 境界から視えた外界?(2010/11/28)にて頒布 イベント価格:700円 ショップ価格:998円(税込) レビュー
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6862.html
STREET3115 サークル:梶迫小道具店 Number Track Name Arranger Lyrics Vocal Original Works Original Tune Length 01 Ticket to Mesmerizing Journey 梶迫迅八 - Atorichi-se 未知の花 魅知の旅 未知の花 魅知の旅 [05 36] 02 Wanton sporting - Atorichi-se五条孤萩 夢違科学世紀 童祭 ~ Innocent Treasures [05 21] 03 Perceptible world - Atorichi-se 蓮台野夜行 月の妖鳥、化猫の幻 [06 45] 04 Non-sensory world - Atorichi-se 大空魔術 天空のグリニッジ [03 40] 05 World's end of conceptual - Atorichi-se 大空魔術 大空魔術 ~ Magical Astronomy [04 31] 06 Landscape with mille-feuille(rework) 梶迫迅八 Atorichi-se 大空魔術 衛星カフェテラス [05 22] 07 Ticket to Mesmerizing Journey(org mix) - - 未知の花 魅知の旅 未知の花 魅知の旅 [05 38] 08 Wanton sporting(org mix) - - 夢違科学世紀 童祭 ~ Innocent Treasures [07 22] 09 Perceptible world(org mix) - - 蓮台野夜行 月の妖鳥、化猫の幻 [06 03] 10 Non-sensory world(org mix) - - 大空魔術 天空のグリニッジ [05 25] 11 World's end of conceptual(org mix) - - 大空魔術 大空魔術 ~ Magical Astronomy [05 47] 12 Landscape with mille-feuille(rework/org mix) - - 大空魔術 衛星カフェテラス [05 23] 13 Vell el mar(Groovetune "Last Stand" remix) - - 卯酉東海道 最も澄みわたる空と海 [06 42] 詳細 コミックマーケット81(2011/12/30)にて頒布 イベント価格:1,000円 ショップ価格:1,200円(税込:1,260円) レビュー 普通の音楽CDと違い、ストーリー付きドラマCD風という少し風変わりな趣向のアルバム。 あくまでドラマCD”風”なので、語りパートは少なめ。むしろ秘法倶楽部アレンジを楽しむ為のオマケのようなモノと捉えた方が良いだろう。 とはいえ、物語内容は秘法倶楽部の2人による皮肉の効いた日常ジョーク会話で展開されており、中々引き寄せられる感じで実に面白かった。 声担当のアトリ氏とチセ氏は声優経験が浅いのか最初の方はややぎこちなく聞こえるが、次第に落ち着いた演技になる。(どちらかといえば、店長?の声が貫禄ありすぎて若干浮いていたのが残念) お話自体は、結構いい終わり方をしていたので、Tr6後のミックスパートはもしかしたら蛇足気味だったかも… 他でも指摘されていたが、CDジャケットが帯を収納出来ない形式になっている為、同人コレクターからすれば手間を掛けさせられるCDなのかも。 -- 名無しさん (2013-09-29 01 06 59) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/jojotoho_row/pages/305.html
『マエリベリー・ハーン』 【?】?-? ??????? ―――私は星を見ていた。 廃れた石段から仰ぐ満点の星空は、地平線から天頂にかけて光の砂粒のように広がっている。 光害のない澄んだ空気の空に広がる星の海を見ていると、日常の悩みしがらみなんかすっかり忘れてしまいそう。 持参してきた温かいお茶を水筒の容器に注ぐと、コポコポと小気味良い音と共に湯気が立ち昇った。 フーフーと息を吹きかけ、少し冷ます。私はちょっぴり猫舌なの。 チラリと腕時計に目をやる。いつかの誕生日記念に親友から贈られた大切な時計だ。 針は23時32分を過ぎたところで、私はいつもの事だと分かっていながらもいつも通りの溜息を吐く。 そんな私の姿を見計らったかのタイミングで、この静かな空間に似つかわしくない露骨な足音と聞き慣れた元気溌剌な声が響いた。 「やー遅れちゃったよ、メンゴメンゴ! 今日は2分19秒の遅刻かな?」 神社の石段の下から駆け上がってきたのは、我が親友であり相棒でもある宇佐見蓮子のバイタリティー溢れる姿。 トレードマークであるいつもの黒い帽子と赤いネクタイに、今日はマフラーとカーディガンを着こなしてのスタイルだ。 蓮子と待ち合わせをすると毎回私が彼女を待つ羽目になるのはもはや秘封倶楽部の風物詩であり、今夜もやっぱり私はこの寒空の下で体を擦りながら暇を潰すことになった。 「あのね蓮子、人がシャーベットアイスになりそうな気温の中待ってたっていうのに、第一声がその台詞なの?」 「だから謝ったじゃないー。お詫びにさ、ホラ! シャーベットじゃないけどアイス買ってきたんだ。一緒に食べようよ」 とても反省しているようには見えない態度で蓮子は私にストロベリーのカップアイスを手渡した。 大晦日の深夜、この寒空の下で私は何故コンビニアイスを食べなくっちゃあいけないのだろう。せめて体が温まる物をお土産に選んで欲しかった。 「寒いからこそのアイスじゃないの」とは蓮子の弁。わからないでもないけど、この仕打ちはあんまりよね。 大体、時間が正確にわかる能力を持ってるクセに、そのうえで遅刻するとは宝の持ち腐れとしか言えない。 そろそろわざとやってるんじゃないかと思えてきた。 「まぁまぁ、せっかくの年越しなんだしいつまでもむくれてるとキュートなお顔が台無しだゾ♪」 ちょっぴりムカついたのでほっぺをひっぱたいてやろうかという思考が過ぎったけど、それはやめにしてアイスの蓋を顔面に投げ付けてやった。 好物のストロベリー味といえど真冬に食べるのはやっぱりふさわしくない。せっかくだから頂くけど。 …あ、美味しい。 「あはは。メリーったらわかりやすいよねー。じゃ、私も頂きますか! 横失礼~」 袋からバニラアイスとついでにお酒を取り出しながら蓮子は私の隣に腰掛けた。 それから、私たちは何も言わずお互い同時に空を見上げた。 数瞬の静寂。 今日は12月31日。大晦日だ。 この場所は都心から少し外れた場所にある、寂れた神社の境内。 長い長い石段を上がった先にある、私たち2人だけが知ってる秘密のスポット。 眼下には都会の人工光群。真上には自然の光輝。人工と自然の境目に位置するこの場所は私のお気に入りだった。 石階段を一段一段上がるたびに有像と混沌から解き放たれ、朧気で虚ろな境界線へと踏み込んでいくこの感覚。 だからなのか、この場所は『結界』の紐がゆるい。 この世のどこかであり、どこでもない世界に近しい場所。 そんな魅力的な土地で私と蓮子は、毎年正月を迎える。 「これから毎年ここで年を越そうよ!」そう言い始めたのは確か蓮子の方からだったかな。 それからは毎年この場所にお互い集まって、夢を語ったり、次に行くオカルトスポットなんかを決めたり、安物のお酒を呑み交わしたりするようになった。 今年も終わりが近づいて、いつもの様にこの場所へと赴いて。 いつもと同じ様に蓮子が遅刻して。 いつもの同じ様な会話をして。 いつもと同じ様に笑い合って。 ―――あれ? いつもと同じなはずなのに、いつもとは何かが違う『違和感』。 どうしてだろう? だって今蓮子としているこの会話もいつもと同じ普通の会話なのに。 お昼にカフェで食べたフルーツパフェの話だとか、蓮子と一緒に行ったハーブティのお店の話だとか。 全部いつも通り。大学のカフェで蓮子と話すような内容と何ひとつ変わらないのに。 だってこの後、きっと蓮子はいつも通りのくだらない話をしだすわ。 昨日はそんなに呑んでいないはずなのに妙に頭がズキズキするだとか、本当にどうでもいい話をきっとしだす。 あれ? どうして私は蓮子がこの後話し出す内容がわかっちゃったのかしら? …そうだ。『違和感』の正体はこれよ。 さっきから私は、蓮子と会話する内容がなんとなくわかっちゃってるんだ。 次に行くオカルトスポットの場所も、明日の初詣はどうするかっていう内容も、全部、ぜーんぶ私にはわかってる。 あらかじめ未来の記憶を刷り込まされたような、デジャヴ…みたいな感覚? だから、私の目の前で喋り続ける蓮子は次にきっとこう言うわ。 「……うぅ、頭痛い。おっかしいなぁ、昨日はそんなに呑んでいないはずなのに」 私の予想通り、蓮子が頭を押さえながらぼやいた。 ああ、そうか。これはもしかしなくても、夢なんだ。 そろそろ年も移り変わろうかという間際になって、私は驚くほど素直にその認識を受け入れた。 そうよ、これは夢。全て私の幻想なんだわ。 だってそうじゃなきゃ説明が付かないんだもの。 私の右手にいつの間にかあの『白楼剣』が握られているなんて。 直後に、ガチャンと空にヒビが入った。 世界から急速に色が失われ始めていく。 夜空の光も。眼下の喧騒も。目の前の蓮子からも。 世界がモノクロに混ざり、『ねずみ色』の境目へと吸い込まれていく。 カランカランと、握っていた白楼剣が音を立てて落ちてしまった。 「ねぇメリーどうしたの? 顔色悪いわよ、あなたも二日酔い?」 気付けば私の体は汗でグッショリ濡れていた。 俯く私を、蓮子が心配そうに覗き込んでいる。 私は…私はこの場所を知っている! このねずみ色の世界を知っている! 「…メリー。具合が優れないようなら少し眠る? 私の膝を貸しても良いよ、返すなら」 冗談じゃないわ。この寒空の下で眠ったらそれこそ二度と起きられない。何言ってるの蓮子。 「それもそうね。じゃあそろそろ『起きる』? こんな世界、つまんないでしょう?」 ……? 『起きる』ですって? 本当に何を言い出すのよ蓮子。 ……あぁそうよね。やっぱりここは夢の世界なんだ。 でも、やっぱり私はこの場所を知っているわ。 白黒テレビ色の竹林。表情が真っ黒いシルエットに覆われたポルナレフさん。彼の額に潜むドス黒い『芽』。 私は、またしてもこの世界に放り込まれている。このままだと… 「そうね。このままだとメリーが目覚めなくなっちゃうわね。 だったらさ……『こっち』に来なよ、メリー。抗うことなんてないわよ。 『なるようにしかならない』という力には無理に逆らっちゃ駄目なんだから」 口に微笑を掲げた蓮子が、蹲る私を見下しながら手を差し伸べている。 思わずその手を取りそうになった。 どこかで除夜の鐘が鳴り響いている。 視界の端に映った腕時計の針は、零時を回っていた。 「Happy New year! おめでとうメリー! そして Happy New world! 『新たな世界』よ! こっちへおいでよメリー!」 いつかどこかで聞いたことがある、そんな言葉だった。 どこだろう……? どこで聞いたんだっけ…… 視界がグルングルンと揺れる。 虚無の星空が私をジッと見つめていた。 あまりの居心地の悪さに、私は蓮子の手を取ろうと腕を伸ばし―― カタン 右手が地面に転がっていた白楼剣に触れた。 「さぁ、目を覚ますのよ 夢は現実に変わるもの 夢の世界を現実に変えるのよ。 ……そうでしょう、メリー?」 私の友達―――宇佐見蓮子の言葉が、脳内を駆け巡る。 軋む頭で、私は無意識に白楼剣を拾い上げた。 「なんなら、試しにその剣で私の『芽』を貫いてみる…? 私、メリーになら何されてもいい か も 」 そう言って蓮子は帽子を脱ぎ捨て、その綺麗な髪を私の前にさらけ出した。 蓮子の瞳は、いまやなんの光も映さない真っ黒な虚無に纏われている。 彼女の両手が私の肩を掴んで離さない。私は生まれて初めて、蓮子の事を『怖い』と感じてしまった。 蓮子の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。 ダメだ。私は彼女に抗えない。彼女の世界を、壊せない。 いつの間にか私の頬には雫が伝わっていた。 なんで…? 蓮子の事が怖いから? ううん、違うわ。私はきっと――― 「嬉しいわメリー。私のために泣いてくれてるの? 私だって…泣きたいぐらい嬉しいんだよ? だって貴方とまた生きて出会うことが出来たんだもの!」 え…? 本当、に…? 貴方も、私のために涙を流してくれるの? 「あ…あぁ…! 蓮子…っ! 蓮子ぉ…! 私…っ、わたしも…嬉しいの! 蓮子に、ずっと会いたかった…! 生きて……また貴方と話したかったの……っ!」 「うん……メリー。私もだよ。私もずっとメリーとこうして話したかったんだよ? もう離さないわ。メリー。貴方だけは……二度と誰にも 渡 さ な い 」 カラン カラン カランカラン カラン 指からすり落ちていくように、白楼剣が石段の下まで転げ落ちていく。 でも、そんなことはもうどうだっていいの。 だって、こうしてまた蓮子と再会出来たんだもの! あぁ…ありがとう……! 神様がいるのなら、本当にありがとう! ひどく涙を流しながら私たちは、互いに抱擁し合った。 さっきは蓮子の事を怖いなんて思ったはずなのに、今ではむしろ何よりも愛おしく感じた。 蓮子の髪の匂いがスゥ…と鼻腔をくすぐる。蓮子の腕が私の背中を強く抱きしめる。 そして私の意識は 黒く、深い深淵の底に堕ちていった。 幻想なんかじゃない。これこそが、幸福という名の現なんだ。 ―――最後にそんなことを思いながら、私の意識はそこで暗転した。 男のけたたましい雄叫びがほんの僅かに聴こえた、気がした。 ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ Chapter.1 『銀屑のはぐれ星』 『ジャン・ピエール・ポルナレフ』 【早朝】D-6 迷いの竹林 「本当に、君たちには申し訳ないことをしてしまった。 頭を下げて赦されるものではないとは分かっているが、この罪を償えるものならなんだってしよう」 白銀の戦士、ジャン・ピエール・ポルナレフは物堅い謝罪と共に、この場の全員に向けて深く頭を下げた。 彼の目の前にはつい先刻、激しい争闘を繰り広げた相手らが様々な胸中を抱えながら黙して見据える。 西行寺幽々子は似合わぬ厳格の表情で、彼の下げた頭頂を凝視しており、 稗田阿求は幽々子の後ろに隠れるようにして、多少不安かつ怯えの色を見せており、 豊聡耳神子は瞳を閉じ、腕を組んだまま動かず、 ジャイロ・ツェペリは彼らとは少し距離を置いた位置の木の幹に身体を預け、 マエリベリー・ハーンは地面に膝を落とし、何やら形容し難い表情で彼を見つめており、 その傍らの地面の下にはツェペリの亡骸が既に埋まっていた。 ―――沈思黙考。 深い深い静寂の中、ポルナレフはただジッと頭を下げ続けた。 その場にいる誰もが言葉を発することを淀ませる。 無理もない話だ。ポルナレフはついさっきまで彼らを追い詰めていた敵。 幽々子の全身を刻み付け、瀕死状態にまで至らせ。 その凶刃は結果的にツェペリの命までをも奪い。 様々な修羅と偶然を突き抜け、尊い犠牲を出しながらの苦しい勝利。 そんな死闘を演じ合った相手が昏睡から醒めた途端、のうのうと謝っているのだ。 無論、それは本来のポルナレフの意するところではなく、彼の額に巣食っていた邪悪の根源『肉の芽』による支配だという事などは全員理解もしていた。 真の悪は背後で糸を操っていた『DIO』であり、ポルナレフこそ被害者であったことに些かの間違いも無い。 そんなことはわかっている。わかっているが、誰しもがその事実を割り切れない。 ポルナレフは確かに、ツェペリという一粒の光明を潰してしまったのだ。その事実に善心も悪意も関係ない。 特に…ツェペリを心の拠り所として大きく信頼していたメリーの喪失の痛みたるや、計り知れないものであった。 今でこそ気持ちは落ち着いているものの、彼を喪った直後は消沈して塞ぎこみ、心が安定するのに幾分の時間を必要としたほど。 この数時間で起こった悲劇は、只の少女であるメリーには重すぎた。 (……当然の帰結だ。これも全ては俺の心が未熟だったせい。DIOの恐怖に屈服した俺という『負け犬』が起こした惨劇……) ―――赦される、筈もない。 頭を垂らしたままグッと唇を噛み締めて、ポルナレフは心の奥底から悔いた。 先刻の戦いから暫くの時が経ち、昏睡から目を覚ましたポルナレフは彼ら5人と真の意味で対峙する。 意識を覚醒させた時には既に、偽りの剣と正しき拳を交えた相手はこの世から去っていた。 亡骸は土に埋められ、愛用していたハットをそっと置き伏せただけの、簡素な墓。 目の前にある其れを、ポルナレフは直視できなかった。 支配されていた間の記憶は、存在していた。間違いなく、己が手をかけたのだ。 状況を全て理解した途端、頭を鈍器で殴られたような重い衝撃が走った。 自分は何ということをしてしまったのだ。 悔しさと罪悪感で心が濁っていく。唯一の救いは、幽々子と呼ばれた淑女の命があったことだろう。 彼女にも大変なことをしてしまった。自分の信じてきた『騎士道精神』が、音をたてて崩れ去っていくようだった。 弱き心が引き起こした惨事に、こうしてただひたすらと頭を下げるのみの自分に腹を立て、情けなく、無様だと感じた。 それでも、もしそんな愚かな自分が赦されたのならば。 あわよくば、せめて彼ら彼女らをこの先、護ってあげたい。 自分の信じてきた『騎士道精神』を、もう一度だけ自分自身に信じさせてほしいと、心から願う。 実に都合の良い、希望的観測。 ありえない。ふざけてる。手前勝手甚だしい。 なんだ、俺は結局自分のことしか考えてないじゃないか。 何が騎士道精神。何が護ってあげたい、だ。 つまるところ俺はこれまで培ってきた騎士道を裏切りたくないから、正当化したいがために彼らを護りたいだのと宣っているんだ。 そんな独り善がりな気持ちで彼らに……ツェペリさんに赦してもらおうなどとは、エゴが過ぎるぜ…。 ―――やはりこのポルナレフ……彼らとは共に居られない。このまま潔く去り、せめてあのDIOを討って自決するとしよう。 それが俺なりのケジメ。せめてもの『贖罪』って奴、だな……。 ガサリと、草の根を踏む音が耳に聞こえた。 足取りは重く、小鹿のように朦朧とした間隔でこちらに迫る。 顔を伏せたままのポルナレフに小さな影が落ちた。 「顔を上げてください、ポルナレフさん」 メリーの果敢無げな声が、ポルナレフの脳を僅かに揺らす。 怒り、非難……そんな咎のような感情などではなく。 ほんの些々たる励の意が、その言葉には確かに混じっていた。 「……『勇気を持ち、自分の可能性を信じてほしい』。これはツェペリさんが亡くなる間際に遺してくれた言葉です。 あなたは今、己の罪に苛まれ、苦しんでいるのでしょう。DIOに利用され、ただ言われるがままに私達を襲ってしまった。 きっと本来のポルナレフさんはとても気高く、誇り持った男の人なんだと伺えます。 それだけに、今の自分が許せない。赦されてはいけない。だから悔やんでいる。 もしかしたら……ツェペリさんの死をこの場の誰よりも悲しんでいるのは、ポルナレフさんなのかもしれません」 ツェペリの死を、ポルナレフが悲しんでいる。 それはいかにも的を射た発言で、それ故にポルナレフは困惑した。 さっき会ったばかりの、ろくすっぽ会話もしたこと無いような少女に内心を見抜かれていることに。 ポルナレフは思わず面食らったような表情でメリーを見上げる。 「すごく…わかったような事を言っているのだと思います。私にはあなたの気持ちが理解出来る、なんてとても言えません。 ですが私はあなたが、ここに居る誰よりも『正しいことの白』の中に居るということが、よくわかるんです。 ……どうか、『立ち上がる勇気』を持ってください。あなたにはまだ、たくさんの『可能性』があると思います」 メリーが無意識の内に侵入したポルナレフの肉の芽の『境目』の世界。 そこで彼女が見たものはモノクロの竹林の、『白』のポルナレフ。そして『黒』のDIO。 あまりにもドス黒く邪悪に彩られたDIOの黒は、正しき白のポルナレフを喰らい尽くすように覆ってしまった。 その直前に見たポルナレフの顔はシルエットのように黒く塗りつぶされていて表情がわからなかったが、 今になって思えばメリーには彼が泣いているかのようにも見えたのだ。 「ああ。この人の心は本当に優しい精神をしていて、きっと正しい人間なんだわ」などと一瞬のうちに思いもしたが、それ以上の思考は直後に現われたDIOが許さなかった。 その一瞬の狭間に感じたメリーの予感は、『境目を観測できる力』を持つ彼女にとって真にリアルな感情で彼女に痛感させた。 ポルナレフの意識下に精神を置いたメリーだったが故に、彼が持つ本来の心…いわば『黄金の精神』がメリーの心にも直接伝わったのだ。 そんなメリーがこれ以上、ポルナレフを咎める筈もなく。 「ポルナレフさん。あなたは幽々子さんの胡蝶の弾幕を、恐れることなく飛び越えてきました。それは『勇気』です。 そしてあなたはまだ生きているじゃないですか。生きるということは、それだけで大きな『可能性』…なんだと私は思います」 ツェペリの掲げた『勇気』と『可能性』は確かにポルナレフの精神にも燻ることなく存在していた。 「まぁ、そのどちらも私には欠けているんですけどね」とメリーは一言付け加える。 そんなことはない。そんなわけが、なかった。 幽々子が倒れたあの時、メリーは白楼剣を握り締め全力で立ち向かったではないか。 それが勇気と言わずして何だ。彼女は、恐怖しながらもなお自分の信じられる可能性を突き進んだのではないのか。 メリーの足が一歩近づき、その手がポルナレフの目の前に差し向けられる。 「一緒に『立ち向かい』ましょう。私もポルナレフさんも、きっとまだまだ『途中』なのだと思います。 ツェペリさんの生き方を受け継いで、これがその最初の一歩。私達には、あなたの力が必要です」 メリーから差し出された右手を目にし、静かに果てていくだけだったポルナレフの心の奥から何かが込み上げる。 彼女は笑っていた。 拠り所を失ったばかりなのに、彼女はポルナレフを必要だと言ってくれたのだ。 内心に宿っていた動揺がスゥ…と氷解していく。 自分がこの10年間で積み上げてきた剣は、精神は、今確かに必要とされていた。 思えば妹を殺されたあの日から、ポルナレフは常に孤独であった。 妹の無念を晴らすべく、ただそのためのみに己の精神を磨き上げてきた。 辛いと感じたことは、ある。 その度に孤独に磨り減らされた心が、復讐心を糧に燃え上がった。 怨毒の鎖に絡まれた心の行き着く先に、平穏など無いと理解もしていた。 仇敵に然るべき報復を与えた後に、自分を受け入れてくれる居場所など最早ありはしないと、覚悟もしていた。 ポルナレフには、真の意味での友も仲間も持ち得ることが出来なかったのだ。 「俺…は……、必要とされている、のか…? こんな俺にも、居場所があって…いいのか…?」 その呟きはすぐに霧散しそうなほどにか細く口から漏れた。 メリーの手を取るものか、未だ迷いはある。 だが、彼の眼には仄かな『光』が灯り始めているようだった。 その時、それまでは黙して語ることは無かった西行寺幽々子がすくりと立ち上がった。 まるで重力など存在しないようなフワフワした足取りで彼女はメリーの横に立ち、ポンとその手をメリーの肩に添える。 「Mr. ポルナレフ? 貴方にとっても二度目の講演になるのだけど」と前置きし、彼女はいつものようにあっけらかんとした口ぶりで語り始めた。 「人間って困難に衝突した時、二つの選択肢があると思うの。『立ち向かう』か『立ち止まる』かの二択ね」 幽々子が語り始めた内容は、かつてツェペリがポルナレフに向けて放った主張。 DIOの支配を受けていたポルナレフの記憶にも、彼の勇猛たる弁はしっかり張り付いている。 「で、貴方って確か妹さん?の仇を討つ為に今までを生きてきたって言ってたわね。 これから言うことは決して貴方の生き方を侮辱するわけでも否定するわけでも無い」 彼女が今から何を言おうとしているのか、ポルナレフには何となくわかってしまった。 何も初めてではない。こんな理屈は今までに何度も人から諭されてきたのだから。 それを予感してなお、ポルナレフは幽々子の語りを聞き入れる。 彼女が纏う不思議な空気はなんというか、人を穏やかな気持ちにさせてくれるのだ。 「妹さんの無念を晴らすためにひたすら剣を磨いてきた。おそらく1年や2年なんてものではない日々、それのみに没頭したのでしょう。 でも復讐の心に駆られたところで、貴方の魂は永遠に休まることは無い。確実に地獄行きね」 亡霊の姫である私が言うと説得力あるでしょ?などと彼女はおちゃらけて付け加える。 そんな冗句を無視し、ポルナレフは視線を鋭く変えて言い放った。 「……俺に復讐をやめろって言うんなら、残念だがお姫様。そんな台詞は耳にタコが出来るぐれーに聞いたぜ」 「いえいえまさか。復讐上等。仇討上等よ。心に怨み辛みを遺したまま死なれても厄介な悪霊と化すだけ。 それならばいっそスカッと無念を晴らし、心の蟠りも柵もぜーんぶ斎戒させた方が後世のためにもなるわ。 ―――でも、それは果たしてツェペリの言ったような『人間賛歌』を謳歌することになるのかしらね?」 「……煙に巻くような言い回しはやめて、そろそろハッキリ言って貰いたい」 「ええ言うわ。そんなんじゃあ貴方、永遠に『立ち止まった』まんまよ。DIOと一緒。 宝の持ち腐れとはこのことね。剣が泣いてるわ」 幽々子の言い草はどこか飄々としていたが、その言葉は確かにポルナレフの心を強く揺さぶった。 まるで死んだツェペリが彼女の口を借りて叱っているようだった。 これにはポルナレフも怒気を強めて反論する。 「俺に、どうしろと言うのだ…! 唯一の肉親である妹は辱めを受けて殺された! この無念を…俺は誰に向ければいいッ!? 俺は何処に向かって『立ち向かえ』ばいいッ!? 俺の剣は何のためにあるのだッ!!」 「貴方の剣は弱き者たちを護る為にあるのよ、ポルナレフ」 実に簡単な事のように幽々子は答を出した。 あまりにも自然に、緩やかな口調で返されたのでポルナレフも一瞬言葉に詰まる。 「貴方はきっと、これまでの人生を孤独と共に過ごしてきたのでしょう。 多分、その剣で誰かを護るなんて考えもしなかったんじゃないかしら? だったら私が貴方の剣に意義を…『生命』を与えてやるわ。もう一度言うわね」 ―――貴方の剣、私たちの為に使って貰います。貴方の居場所は、今日からここよ。 その亡霊姫の言葉は、これまで孤独に生きてきたポルナレフにとっては大きく意味のある言葉となった。 思えば、姿すら知らない仇を仮想の敵と見定め、何年も何年もひたすらに剣を振ってきた。 その年月の中で、意思の在る相手とも剣を交わした経験は当然ある。 だがその剣先は結局、何処とも向けられることなく虚空に浮くのみであったのだ。 自分の振るう剣に意義があるとすれば、それは憎しみの相手を斬り刻んだその瞬間だけ。 それはつまり、自身の写し身である『銀の戦車』に意義など在って無いようなものなのだ。 ポルナレフは時々、そんなことを思うようになっていた。 今日まで。今のこの瞬間まで。 だがそんな孤独を、メリーと幽々子は言葉一つでいとも容易く振り払ってくれた。 内側から錆びかけていた剣に、矜持と居場所を与えてくれた。 ポルナレフの胸中は号泣していた。絶叫していた。感動していた。 自尊心からか、その感情を面に出すことはどうにか抑えた。女の前で泣くなどという事は、彼は恥だと思っているからだ。 感動のあまり顔を俯けるポルナレフに対して、幽々子は更に語る。 「貴方…自分の『プライド』を護る為には痛みを避けないタイプでしょう? 誇り高い殿方は好きだけど、でも躍起になっちゃダメ。貴方はきっと、さっきまでこう考えていた。 『自分の犯した罪の贖罪、それはDIOを討ち取ることで初めて達成される』……ひょっとして相討ちにでもなるつもりだったんじゃない?」 そうだ。それは確かに幽々子の指摘通りだった。 もしもポルナレフがこの場の誰からも拒絶され赦しを得ることが出来なかったのなら、せめて諸悪の根源DIOをひとりででも倒し、その後は自決するつもりだったのだ。 しかしその図星を気取られる訳にもいかなかった。男として、これ以上情けないところを剥がされたくないという思いもあった。 だがポルナレフのその最終防壁は意外な角度から攻撃された。 これまで目を瞑って押し黙っていた豊聡耳神子が、突拍子なく腕を解いて沈黙を破ってきたのだ。 「君の無機質的な欲は最初から聴こえていたわ、ポルナレフ。 『こんな自分が赦される筈も無い』『この無念はDIOを倒して初めて浄化される』……とね」 「……アンタは?」 「豊聡耳神子。西洋人には馴染みの無い名前だろうけど、ただの高名な宗教家よ」 「……成るほど。それで、アンタは俺に一体何を説いてくれるんだ?」 「君の自己犠牲溢れる心には道徳家としても一理無くは無いけど、一言だけ言わせて貰う。 今の君がひとりだと考えるのは間違いよ。君の事を思っている人がこの世に誰もいないと考えるのは違う。 君は既に私の仲間。マエリベリーや幽々子の仲間なんだから。勿論、阿求とかもね」 「えっ! ……あ、そ、そうですよ、ポルナレフさん! あなたの剣はとても頼りになります、から……?」 いきなり笑顔で話を振られた阿求は、しどろもどろになりながらも何とか言葉を捻り出した。 阿求の本音としては、ツェペリに手を下したポルナレフについては、やはりまだ多少の恐怖心は残っていた。 だが、それすらもこの太子様には見抜かれている上で理解を求められているのだと、阿求は抵抗を諦める。 阿求自身の選択は今なお『感情』よりも『理性』を取らざるを得なかったのだ。 そんな彼女の内なる葛藤に気付いてか気付かずか、神子は意味深な笑みを作りながら話を戻す。 「―――まっ! そーいう事よ、ポルナレフ。 『得る』ために、人は競う。君がこれから先、『何か』を得たいと言うのなら、その磨き上げた剣術で私たちを護って欲しい。 これは君が眠っている間に決めた、私たち全員の総意よ」 「ていうか、オレには何も話振らねーのかよ…」 ジャイロが端でひっそりと不満を漏らす。 神子はそれを華麗に無視すると、壇上から退場していく演説家のように成し遂げた表情でトコトコと元の位置に戻った。 ポルナレフはまた、押し黙った。 もはや虚勢も意地も張れぬ。DIOと相討ちしてでも、という自己満足な逃げ道も塞がれた。 ボロボロと剥がれ落ちていく驕りと見栄で塗り固められた、錆び付いていくだけだった精神の殻が浮き出る。 殻の中から現われたモノは白銀のように煌びやかで、矜持を見出すことが出来た新たな精神世界。 ポルナレフは笑った。 妹が殺されたあの日から、心の底から笑える日が来たのは初めてのように感じる。 メリーがもう一度前に進み出て、その手が彼の前に再び差し出された。 その新たな希望を、今度は迷うことなく手に取る。 「よろしくお願いします、ポルナレフさん」 メリーが微笑む。 「あんた達の命、俺に預からせてくれ」 つられてポルナレフも屈託無く笑う。 誰かを護る為の剣など、考えもしなかった。 ポルナレフにはそれがこの世の何よりも素晴らしいことのように思え、また笑みが零れる。 彼の怨恨に満ちていた人生が、心が、一瞬の内に晴れ渡るようだった。 勿論、妹の件は未だに心のしこりとなって拭い切れない。元よりそれほど凄まじい執念と覚悟を固めた決意だ。 だが、それでも。 恐らくこれなんだ。俺が求めていたのは。 ああ……俺が憧れて、恋焦がれて、でも心のどこかでは無理だと諦めた。 俺は『復讐者』だ。俺の剣はまさしく不倶戴天の敵を串刺しにしてやる事のみに磨きをかけてきた。 そんな俺が、自分のことしか考えられなかった俺が、誰かの為に剣を振るうってのも――― ―――案外、悪くねーかもしれねぇなァ…… 邪悪の人形にまで堕とされていた心は、光を取り戻し始めた。 その小さな光明は、男が本来持っていた『黄金の精神』へと成長し、尊い正義の心を滾らせた。 ウィル・A・ツェペリの掲げた『勇気』は、『可能性』は、確かにこの男にも受け継がれたに違いない。 ジャン・ピエール・ポルナレフはその日、幼き頃に憧れたコミック・ヒーローの世界へと踏み込むことが出来た。 Chapter.1 『銀屑のはぐれ星』 END TO BE CONTINUED… ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ★ ☆ ☆ Chapter.2 『記憶する幻想郷』 おはようございます、稗田阿求です。 この手記を御覧になっている貴方のお時間帯がいつなのかは計り様がないのですが、私の感覚では朝なのでとりあえずは“おはよう”なのです。 とは言っても貴方からすればさっきぶりなのかもしれません。まあそこはあしからず。 さて、この数時間で色々な事が起こりました。 肉の芽の支配から解かれたポルナレフさんを仲間に迎え入れたり、最初の放送が始まったり、幽々子さんが大変な状態になったり…… あっ、この項を貴方が読んでいる時点ではまだ放送の事は書き記しておりませんでしたね。そこは追々。 私も暇を見つけては筆を走らせたりもしていますが、正直怖いんです。 これを書いている今にも、何かが襲ってきそうな気がして、手記が途中で終わっちゃうなんて事になったら…… そんなことを考えるようになってきました。 ……ごめんなさい。前置きがくどいと読みたくもなくなりますよね。 モタモタすることもありませんし、早速書き記していきましょう。 それでは、素敵な貴方に安全なバトロワライ……もういいか。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 『稗田阿求』 【早朝】D-6 迷いの竹林 「それでは……行ってきます、ツェペリさん。どうか安らかに眠ってください」 手を合わせ幾秒かの祈りを捧げた私とメリーさんは、そっとツェペリさんのお墓の前から立ち上がる。 竹の大群から漏れ出した斑の朝光が、彼の象徴たるハットに注ぎ込まれ反射を繰り返しています。 もうすぐ放送の時間。おそらく、ツェペリさんの名前が呼ばれることでしょう。 それを聴いた私やメリーさんは果たして平静でいられるのでしょうか。 ……いえ、私はともかくメリーさんは強い娘です。きっと彼の死を受け入れていることでしょう。 危惧していることはそれだけではありません。 考えたくもない事ですけど、放送で呼ばれる名前はもっと……もっと多いと思います。 そこに私たちの友人、知り合いや仲間の名が呼ばれない保障などあるのでしょうか。 私たちの誰かが取り乱さない保障などあるのでしょうか。 少なくとも、私自身は誰の名前が呼ばれようとも取り乱すことはないと思っています。 薄情な女……と、つくづく自分でも痛感します。 だって私はあの時、幽々子さんを一度『捨てた』。 あの方がそう願ったとはいえ、私の理性は冷たい選択を選んでしまったのだ。 しかもあんな危険な場にメリーさんを置いて、醜く浅ましくそのまま馬を走らせて逃げた。 結果的にはその選択が在ったからこそ、こうして私たちは生きてこの場にいる。 でも結局メリーさんとはあれ以来、会話らしい会話をしていません。 仲直り、と言うとケンカしたみたいですけど、それは私の思い違いかもしれませんね。 私ばかりが空回りして、生き方を見出せずに、彼女との距離を自ら遠ざかっている。 そんな気がしてなりません。 「あの、阿求さん」 って、は…ハイッ! ななななんでしょうかメリーさん! 横に並んでいたメリーさんが急にこちらの顔を覗きこんで話しかけて来た。 突然だったのでつい情けない反応をしちゃったけど、ここは咳払いをして落ち着かせる。 彼女はひと呼吸置いて、どこかソワソワしながらもゆっくり語りだした。 「あの……貴方が今思い悩んでいる事はわかります。大体の事は、神子さんから聞いたから」 向こうで神子さんがチラチラと(意地の悪い笑みで)こちらを気にしている。 あの方は恩人でもあるけど、今だけはちょっぴりイラッとしました。 結局、最後まで彼女の世話になってしまうのですねと、せめてもの抵抗に私は溜息を吐いた。 「あの、阿求さん! ありがとうございますッ!!」 …………え? メリーさんがいきなり深いお辞儀をしながら私にお礼を言ってきた。 わけのわからない私は間抜けな反応をしたのかもしれない。 「あの時、幽々子さんが倒れた時……私は自棄になってたわ。 貴方が神子さんやジャイロさんを連れてきてくれなければ、私も幽々子さんも肉の芽に支配されたポルナレフさんに殺されてたと思う。 それなのに私……今までお礼すらせずに泣いてばかりで……ごめんなさいッ!」 もう一度深い礼と共にメリーさんは頭を下げた。 ……なんだ、やっぱり私が空回ってただけなんだ。 メリーさんに恨まれていてもおかしくないと、勝手に思い込んでいた。 彼女を死地に一人残して逃げ出した私は、彼女に責められて当然なんだと思い込んでいた。 でも、違った。彼女はこんなにも草原のように広々とした心を持っていたんだ。 瞬間、私の心に溜まり積もっていた不安、歯痒さが幾分か溶けた。 鉛を付けられたみたいに気だるかった気持ちがスッと軽くなった。 「メリーさん、どうか頭を上げて? 私の方こそ……ごめんなさいっ! 私、貴方を見捨てるような真似を……」 「い、いえいえ! だけど結果的には阿求さんのおかげで私たちは……!」 「いえいえいえ! そんなのはただの結果論ですし、メリーさんの勇気があったからこそ……」 互いに顔を紅く染めるほどの、敬虔の応酬。 少しの間の後、私たちは同時に噴きだしました。 なんか、さっきまで悩んでたことが馬鹿らしいです。 「ふふ……ねぇ、阿求さん?」 「はい」 「私たち、もうお友達よね?」 「はい。 ………ええッ!?」 あまりに自然に飛び出たその単語。思わず変な声が出ちゃいました。 妖怪も月までブッ飛ぶ衝撃、って奴でしょうか。 あわあわと動揺する私を見ながらメリーさんはなんだか意地悪な笑みを漏らしています。あ、この人たぶんSの素質ある。 「私ね、子供の頃から友達とか殆ど居なくて……多分、こんな能力を持ってるせいでしょうね。クラスでもずっと浮いてたわ。 でも、大学に入って…あ、大学ってのはおっきな寺子屋みたいな施設のことね。で、そこで蓮子と初めて出会ったの」 蓮子……さっき言ってた御友人、宇佐見蓮子さんのこと、ですね。 「蓮子と友達になって、秘封倶楽部を作って、それから私たちは色んな場所へ行ったわ。 一緒にいるのが、すっごく楽しくて…あの娘と一緒なら、どこでも最高に楽しい。 あの娘ほど気の置けない親友はいないの。 ……貴方には、そんな人がいるかしら?」 頭の中を一番に過ぎったのは親しき友人、本居小鈴の笑顔。 歳も近く、親友と言ってもいいのかもしれない。 でも……私は何となく、その名前を出すのを一瞬躊躇してしまった。 その無言をどう受け取ったか、メリーさんはちょっぴり大人っぽい微笑を湛えながら話し続ける。 「蓮子のおかげで私にも少しずつ友達が増えてきて、性格も随分明るくなった、と思う。 ねえ阿求さん。友達ってとっても素敵なのね。そのことに気付くのに、私は少し遅くなっちゃった。 でも、だからこそ、私は貴方と友達になりたい。心からそう思うわ」 私より年上で背も高いメリーさんは、少しだけ目を落としながら互いに体を向け合いました。 その言葉にまたしても頬の熱を感じてきた私とは違って、今度の彼女は大人の雰囲気、というやつでしょうか。なんだか余裕ある佇まいを感じます。 その姿を見てほんのちょっぴり対抗心、みたいなものを燃やした私は子供っぽいと思いつつ、少しだけ意地悪な言い方をしてしまいました。 「私と友達になりたいのなら条件がありますよ、メリーさん?」 「あら?」 この台詞を聞いても不快な表情も驚くような仕草も特にしないメリーさん。 やっぱりなんだか大人だなぁ。 ……むぅ、ちょっと憧れちゃいます。 「私のことは『阿求』と、呼び捨てで呼んでください。さん付けなんて余所余所しいですからね」 「あらら、じゃあ私からも条件があるわね」 これは私にも予想が付きます。 きっとメリーさん……いや、メリーは次にこんな条件を出すでしょう。 「私のことは『メリー』と呼んで。友達をさん付けなんて水臭いもの」 「あはは。それじゃあ、よろしくお願いします。メリー」 「ええ。よろしくね、阿求」 私たちはお互い、心から笑いあいました。 この地獄のような世界でも、友達が出来た。 それってなんて素晴らしいことなのでしょう。 ツェペリさんも空の上から私たちに向けて微笑んでくれてるような気がします。 「今度、阿求にも蓮子を紹介するわね♪ 貴方もきっと彼女を好きになると思うわ」 それは……とっても素敵ですね。 もしここから生きて帰れたら、私もメリーに小鈴を紹介しよう、かな。 なんとなくですけど、小鈴と蓮子さんは気が合うのだと思います。 ……ふふ♪ ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ さて、いかがでしたでしょうか? ……いかがでしたでしょうか、なんて聞かれても困りますよね。 なんだか私の独り善がりというか、自叙伝みたいな物になってきました。 メリーと本当の友人となれたこと。実は結構(というかかなり?)嬉しいんですよ? 最初にこの会場で目を覚ました時、私の心は恐怖と絶望に飲み込まれていました。 孤独の恐怖。泣きたくなるほどの絶望。 そんな中で幽々子さんと出会い、メリーやツェペリさんと共にポルナレフさんと戦って(私は大したことしてないけど)、 神子さんジャイロさんが助けに来てくれて……そして、友達が出来た。 皮肉なことにこの非道なるゲームのおかげで私は『絆』を作ることが出来たんだと思います。 そしてそんな『絆』を綴っていくのがきっとこの手記、なのでしょうね。 今はただの紙ですけど、その内この手記にも何か『名前』を付けた方が格好も付くかもしれません。 鈴奈庵で借りた外の世界で最も売れた(らしい)ベストセラー本によると、こう記されてありました。 ヨハネによる福音書 第一章2‐3節『言は初めに神様と ともにあり 全てのものは これによってできた』 いわゆる『言霊』みたいなものでもあり、なんにでも『名前』はあるものです。 だから私はこの手記にも名を付けてあげるべき、なのだと思います。 ……まぁ、今はちょっと思い付かないので、とりあえず手記の続きでも綴っていこうかな。 そうですねぇ……、そういえば私、ずっと気になってる方がいたんですよ。 あの人は一体何者なんだろう…って。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「え? 神子さんが何者か、ですか?」 「あぁ、そうだぜ。他人の欲の声を聴くだとか、ついでにあの底意地ワリー性格が天性から来る性格なのかとかな」 私たち一行はポルナレフさんを迎え入れ、とりあえずこの迷いの竹林を出るために道なき道を歩いていました。 先頭はポルナレフさんと幽々子さんが警戒しながら歩き、私やメリーみたいに力の弱い人は真ん中。 最も警戒が難しいことを理由に、最後尾の警戒は神子さんとジャイロさん自らが買って出てくれたというわけです。 で、そんな大切な任を放棄してジャイロさんはいきなり私に近寄って神子さんのことを聞いてきました。 「……私からすればジャイロさんの方が何者なのかがずっと気になってるんですが」 「オレはただの医師だ(副業ではな)。それよりあの妙チクリン女だぜ。 さっきからあの野郎、オレの事を上から目線でやれチクチクといびってきやがる。 そろそろあのセンス悪い髪型ごと上から踏みつけてやりたいね。馬で」 毅然な態度でジャイロさんは言いたいこと言ってます。正直、気持ちは少―しわかりますが。 「陰口は陰で話すものよジャイロォ?」 「ウッセ! どこで話したって聴こえてるんだろ地獄耳」 後方から神子さんがジト目でジャイロさんと、ついでに私も睨まれました。 心の声がしっかり届いてしまったようです。本当にメンドクサ…おっとっと。 しかしなんというか……神子さんから2人のお話を聞いた時にも思いましたが、水と油といいますか、 犬猿の仲、というよりはジャイロさんが一方的に馬鹿にされてる印象を受けます。 とばっちりを喰らうのは嫌なので、形式だけでもフォローしときますか。 「あの方は基本篤実なお人ですけど、一度舐められたら一生からかわれますよ。お気の毒でしたね」 「いやいやそんなことないわよ阿求。私はジャイロという人間をひとりの対等な存在として……」 「テメっ! さっきからそればっかじゃねーかよ! ったく、うさんくせー宗教家がいたもんだぜ」 「宗教を悪く言うものじゃないし、私のことを悪く言うのはもっとNGよジャイロ。『敬意を払う』って言ってくれたのはありゃ嘘かしら?」 「あっ出た! それだよそれッ! 困った時はその台詞ッ! 仕舞いにゃ蹴飛ばすぞこのヤロー!」 やんややんやとジャイロさんが意地になり、それを神子さんが更に焚きつける。 水と油、というよりは火と油ですね。この漫才にもそろそろ見飽きました。 「ふふ。ジャイロさんと神子さんって仲が良いんですね」 横に並んで歩くメリーが、檻の中のお猿さんのケンカを眺めるような目で上品に笑ってます。他人事だと思って… 「でも、そういえば私もジャイロさんや神子さんのことよく知らないんですよね。ねぇ阿求?」 え、何でそこで私に振るの。本人が居るんだから直接聞けば良いのに。 でもまあ、そうですね。私から言える事といえば…… 「神子さんは『厩』から生まれたという逸話もある、結構すごい聖人らしいですよ」 「へぇ? なんか意外ですね。私は人を出生で判断したりはしないですけど、なんか…………意外ですね?」 あっ、メリーが一瞬顔を歪ませたのを私は見逃しませんでしたよ。 珍しい私の攻撃が意外にも効いたのか、神子さんがほんの少し動揺しながら否定してきた。 「ちょちょ…! ま、待ちなさい阿求? 高貴な私がそんな臭うところで生まれたわけがないでしょう。 いいですか? 新人さんの教育には節度と慥かさを以って教授するべきです。しかも稗田の立場なら尚更であり―――」 「―――その『聖人』ってとこなんだがな……」 捲くし立てるように反論する神子さんの言葉を遮ったのは、ジャイロさんの低い呟き。 今までの彼が纏っていた空気、とでも言うのでしょうか。それが一段重くなった気がしました。 「あら……? 最初に言いませんでしたっけ、私が豊聡耳皇子――かの『聖徳太子』なる聖人だって」 えーそれ言ってないんですか。いの一番に言うべき肩書きのような。 ほら、メリーも口元を手で押さえて驚いてますよ。 「いや、聞いたには聞いたんだがよ……悪いが未だ信じられねーんだよなァー」 ジャイロさん、言っちゃいました。どうやら御二人が信頼しあってるというのは嘘だったようですね。 でもそんなこと言ったらまた神子さんが…… 「…………ジャ・イ・ロォ~~~? 君はまたしても鉄球を放り投げられたいようね? ……そのダサい帽子の上に」 あーあー言わんこっちゃないですよ。 神子さんの背後に『 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ 』みたいな擬音が見えるようです。 「大体神子が何百年も前の人間だったってンなら何で今も生きてんだよ? 神や妖怪じゃあるまいしよォー」 「ですから私は『聖人』だと言いましたでしょう。それにずっと生きてたわけではなく、ついこの間長い眠りから醒めたところです。 『聖人』とは死後、2度の奇跡を起こした人物を言うみたいですが、私が蘇った時点で充分奇跡なのよ。 第一、その規定は外界の人間が勝手に創立した形式のようなもので、主観的見解に基づく判断です。要するに聖人は聖人です」 蘇ったのなら死後も何もないじゃないですか、って突っ込むのは野暮なんですかね。最後もなんか強引だったし。 「いや……まぁ、悪いな神子。お前を疑っちまった。どうもオレは『聖人』って言葉に敏感になってるらしい」 「……君のそーいう素直に謝るところは私も好きだけど、どうやら『ワケあり』のようね。 まさかとは思うけど、聖人の知り合いが私以外にも居たりとか?」 「……これは部外者が軽々しく踏み込んでいい問題じゃねえ。オレらには計り知れない……巨大な闇の真実だ」 「聖人の存在はいつの世も闇に隠れたりはしない。絶対にね。それに私だって正真正銘の聖人仲間よ」 「…………駄目だ、言えるわけがねぇ。 ……つっても、お前には隠し事は出来ねぇみてーだがな」 「――――――ッ!!! なん、という……ッ! これは……また、『超大物』が出てきたわね……!」 ……驚いた。あの豊聡耳神子が、見たことないような蒼白な顔で冷や汗を流してます。 彼女、一体ジャイロさんの心の中の『何を』聴いてしまったのでしょうか? ジャイロさんの知る聖人とは一体どなたの事なんでしょう。 私としても俄然興味はありますが、知るのが少し怖くもなってきました。 ジャイロさんを巻き込む『闇』……、彼は自分をただの医師だと言っていましたが、あの鉄球の技術といい、不思議な人物です。 確かにこれは部外者が軽々に触れられる話ではないのかもしれません。 「オレはスティール・ボール・ラン・レースに出場し、友人ジョニィと共に聖人の遺体を集めていた。言えるのはそれだけだ」 「―――なるほど、ね……、その遺体が全て揃えば恐らく、それはあらゆる人間から『尊敬される遺体』となるでしょう。 『尊敬』は『繁栄』だもの。遺体を揃えた人間は間違いなく真の『力』と『永遠の王国』を手にすることが出来る。 全く……私の最終目標である『不老不死』すら程度の低い、ちっぽけな話に聞こえるわね」 神子さんが立ち止まり、竹林の群を見上げます。 一風に揺られザワザワと自然の音色を奏でる彼らの姿がまるで己の生命力を誇示してるように見えて、神子さんも思わずその音楽に耳を傾けているのでしょうか。 その情景に見惚れてか、私も彼女に倣って竹林の新緑を仰ぎ、そのままの時間が過ぎ去ろうとした頃。 虫の鳴くような呟きが、メリーの口から漏れたのです。 「すてぃーるぼーるらんレース……? どこかで聞いたような……」 あれ? 知ってるんですかメリーさん。 「んーー確か昔、世界史の授業で習った気がするわ」 昔……? ジャイロさんの口ぶりからすれば、SBRレースはつい最近の催しみたいですけど。 「あ……そうだったわね、言うのを忘れてた。 これは私の推察なんだけど、どうも私たちはお互い違う時間軸からこの会場へ呼び出されてるみたいなの。 ツェペリさんとの会話で偶然気付けたのだけど、私の生まれた時代はかつてレースが行われた時代の遥か後だもん」 ええ! 初耳ですよそれ!? 「違う時間軸、ねぇ。充分あり得る現象だとは思ってたわ。 ジャイロの言っていたヴァレンタインの『平行世界移動能力』然り、名簿に死者の名が記載されていた事実然り。 つまりジャイロとマエリベリーが住んでいた世界は時代こそ違うけど、同一線上……のモノだと考えても良さそうね」 神子さんが顎に手をやり、なにやら納得したように顔を頷かせていた。 こんな時、思考が柔らかい人は尊敬できる。 「なぁなぁメリー。SBRレースで優勝した奴の名前って覚えてるのか?」 えぇ? そーいうのって聞いちゃってもいいんですかジャイロさん。 なんかズルイ気が…… 「ごめんなさいジャイロさん、そこまではちょっと……思い出せそうにないです」 申し訳なさそうな顔でメリーもやんわりと謝った。 ジャイロさんもちょっとした興味で聞いただけらしく、大して言及せずに会話も終了した。 丁度その時、前方を歩いていた幽々子さんがこちらを振り向いて呼びかけてくれました。 「みんなー、ようやく竹林を抜けたみたいよー」 その声で私たち4人が同時に前を見やる。 鬱蒼と生い茂った竹群の世界から解放され、東から昇ってくる朝光が視界を塗りつぶす。 目の前には一本の川があり、そのせせらぎだけがこの静寂なる空間を絶えず流れている。 思えば、随分長くこの竹林に閉じ込められていた気がします。 この開けた視界に広がる清清しい自然も、幻想郷の住人にとっては当たり前の景色だったはずなのに。 空に浮き上がりゆく太陽が、私たちを出迎えるみたいに荘厳たる煌きを放ち続けていました。 私はそれを見て一言だけ、 「あぁ、この場所に帰ってきたんですね」なんて見当違いの郷愁を口にしそうになりました。 でも、帰ってきたのではありません。私たちはきっと……これから立ち向かっていくのでしょう。 地獄の使者が迎えに現われたかのように、『ソレ』は突如響いてきたのですから。 『マイクテスト、マイクテスト……』 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ これで、ひとまず筆を置いておきます。 私はこの後に起こったことを恐らくずっと忘れないでしょう。 あの主催の凍り付くような声が、今でも頭の中を離れません。 まだたったの6時間ですが、間違いなく自分の人生の中で最も恐ろしい6時間だったと思います。 ……でも、私には友が、仲間が居てくれています。 みなさん本当に優しくて、私には過ぎた人たちです。 私が決める運命。私の道というのは何なのか。 答えは、まだ分かりません。 でも、今この瞬間にある『絆』を、私は守りたい。 絆を紡いでいきたい。 これはきっと、そのための手記。 叶うことなら、私の大切な友達がずっと笑顔でいられますように。 それでは、また。 Chapter.2 『記憶する幻想郷』 END TO BE CONTINUED… ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆ ☆ Chapter.3 『墨染の桜、不修多羅に舞いて』 『西行寺幽々子』 【朝】E-6 迷いの竹林前 『―――――― 魂 魄 妖 夢 』 ―――ぇ……っ………… 不明瞭な、呟きとも取れぬ僅かばかりの音が幽々子のイチゴの様に鮮やかな唇からそっと吐き出された。 軽快なトーンとは裏腹に、男の読み上げる内容はまさしくこの世のあらゆる不吉を象徴したモノ。 点鬼簿を読み上げる死神の如く、主催者荒木の声が続々と死者の名を連ねていくその中に。 天衣無縫の亡霊、西行寺幽々子の最も愛する従者の名はあった。 「……? 幽々子さん……?」 放送を聞き逃さぬよう、荒々しくもしっかりとメモ書きを綴っていたポルナレフの心配する声が彼女にかかる。 続いて阿求がハッとしたように幽々子へと振り向いた。 彼女のその様は名簿へと目を落としたまま、焦点は一向に動かずに震えていた。 「……ぁ…ぅ、…う、そ……よね……? ねぇ……今の、名前……ようむ、って……聞き間違い、よね……っ?」 瞬間、この場の全員が理解する。 彼女に、彼女の愛する者の身に、何があったのか。 「……ねぇ! ポルナレフ! 今のッ! 私の聞き間違いよねッ!? 何かの間違いなのよねッ!? 妖夢は……ッ! 妖夢が私を残して逝っちゃうなんて、有り得ないものッ!! そうでしょうッ!? ねぇ阿求!!」 段々と荒くなる口調に、普段の物腰柔らかな彼女の面影は失われていった。 いきり立ち、ポルナレフの胸倉を掴み、かつてなく取り乱す亡霊の姫君の姿に、誰一人声をかけられなかった。 予測していなかったわけではない。 起こり得た事態だと、いずれ至る現実だと、誰しもが心の底に予想していた悲劇だった。 親しき者の死。そんな悲しい出来事が、必ず近く訪れる。 だが、だからこそ人は禍を見ぬフリをする。来たる未来から顔を背けようとする。 都合の良い物事の側面だけを見ようとし、幸せのみを追求する。 不幸な事故にあった他人の記事を、『自分でなくて良かった』と安堵し、気楽に考え、すぐに脳裏から消去する。 故にこの場の6人も、心のどこかでは親しい者に対して『きっと大丈夫だ』と根拠のない平穏を望んでいたのだろう。 『アイツなら大丈夫だ』『彼女ならきっと生きている』『死んでいるはずがない』 そこに至る要因は信頼か、不安の裏返しか、それは各々で違ってくる。 だが現実は非情であった。 「ねぇ! どうして誰も何も言わないのよ! それともやっぱり今のは聞き間違い!? そうよ、きっとそうに決まってる! だって私ここに来てまだ一度もあの子と話してないし、それに妖夢だってきっと私を探して―――」 「―――気の毒だが幽々子。 ……放送で呼ばれたのは確かに『魂魄妖夢』の名よ。彼女は死んだ」 狼狽する幽々子の言葉を遮ったのは、豊聡耳神子の冷静な声。 滲む瞳を閉じ、いや、いや…と耳を塞ぐ幽々子。 だがどんなに声を拒絶したところで、頭の中では今なお主催の忌まわしげな演説が脳を揺らしている。 「魂魄妖夢では力が至らなかった。序のふるいに掛けられ、落とされてしまった。そういう事になるんだ」 神子の語りかけは温情でも憐憫でもなく、決定された事実を淡々と述べただけだった。 「おい、神子…!」 これにはジャイロも声を荒げる。 ここに来ての『亀裂』……メリーも阿求も、そんな不安を心に抱く。 だが神子はそんな彼女らの憂慮を払拭させるかのように、凱旋将軍を思わせる立ち振る舞いで幽々子の傍まで歩を進め、蹲る彼女へ向けて言い放った。 「西行寺幽々子。君は誰だ?」 顔を伏せる幽々子の後頭部に、天資英邁の仙人が言の葉をぶつける。 幽々子は、答えない。 「……ならば私が代わりに答えよう。 貴様は白玉楼の、幽冥楼閣の佳麗なる姫君ではなかったのか? 蒼天の幽玄剣士、魂魄妖夢の敬慕する唯一無二の存在ではなかったのか!」 幽々子の肩が僅かに揺らいだ。 「私は妖夢をよくは知らない。だが君は彼女を誰よりも知っているはずだ。 ならば彼女がこの舞台に立たされた時、何よりも優先し、誰よりも護ることを考えた人物が居たことぐらいは容易く察せるだろう」 幽々子の嗚咽は、止まっていた。 「そんな彼女が今の君を見たら、彼女は呆れるか? 失望するか?」 ―――しない、わね。きっと…… 「声に出しなさい! 西行寺幽々子ッ!」 「……あの娘なら、私に対して落胆の念を持つよりも……きっと何より最初に自分を恥じる、でしょう。 『幽々子様を悲しませたのは己の未熟のせいだ』って……、愚直なあの娘のことだもの、きっと最期まで使命に殉じようとした…… それすら全う出来ずに逝っちゃって……哀しかったでしょうね…っ……悔しかったでしょうね……っ!」 「ならば妖夢の魂が安らかに眠れる方法とは何だ? 妖夢の望みとは何だ! 主である貴様が為すべき事とは何だッ!」 「私が……為すべき、こと…………」 「そうだ。そして今ッ! この死合の世界には『2種類』の存在しか居ないッ! 『立ち上がった者』と『立ち止まる者』だッ! 貴様はどちらだッ!?」 「…………ゎ、たし……は…………っ……」 苦悩し、儚げを絵に描いたように弱弱しくなる幽々子に、ポルナレフと渡り合った時のような覇気は無い。 それほどまでに幽々子の心の比重では妖夢の存在が占めていた。本人も気付かぬうちに。 神子は膝を折り、そんな幽々子の震える両肩に手を掛ける。 「……泣くなとは言わないわ。精神を落ち着かせる時間も大切だもの。でもこれだけは言わせて貰うわね。 君は既に一度“死んだ身”。亡霊として、と言う意味でなくこのバトルロワイヤルの悪意に、DIOの邪悪に殺されたばかり。 そんな君の魂をもう一度だけ反魂させてくれたのがツェペリさんなのよ。 彼は再び『可能性』の火を君の命に灯した。その意味を、よく考えなさい」 最後にそれだけを言うと、神子は立ち上がって何事も無かったかのように元の位置に座り、名簿を手に取った。 伏し目がかった幽々子の瞳に、未だ光は戻らない。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「アンタ、意外とイイとこあんだな。 ……悪ィな、さっきはアンタを『冷たい女だ』と思っちまった」 放送も終わり、暫しの休憩を取っていた神子の下にジャイロが寄る。 彼の顔は穏やかであり、またどこか申し訳なさそうな表情も交えていた。 「いえいえ。仏教の目指すところとは一切の苦しみからの解放。 私は幽々子の苦しみを根本から取り除くことは出来ません。言葉で人を導くというのは……本当に難しいことです」 「そうだな……オレにも導いていかなきゃいけねえ友がいたよ」 「ジョニィ・ジョースターですね」 「ああ……。もっともそいつは自分の力で立ち上がり、そしていつの間にかオレと肩並べて走るようになってた。 きっとアイツはすぐにオレを追い越すだろう。その成長を見届けるのが……オレの最後の役目ってワケさ」 最後とは何の意味だろう。 神子がそう思うよりも早く、ジャイロの心の声が素早く耳に雪崩れ込む。 ジャイロ・ツェペリという男がこのゲームに参加させられる前、親友とひとつの『約束』を交わし、最終決戦に挑もうとした気持ちが。 彼はもしかしてその『敵』と死ぬ覚悟を持ってぶつかるつもりだったのでは……、そこまで理解し、すぐに頭を揺らし耳当てを押さえた。 (これは……私如きが軽々と触れていい気持ちではないわね……。彼を侮辱する行為になってしまう) この時ばかりは自らの能力を恨み、聴かなかった事にした。 侘びとして本心からの気持ちを、神子は送った。 「会えるといいですね。友人に」 「ああ。……会えるさ」 二人は小さく笑い合い、また絆を深めることが出来た。 少なくとも、神子はそう感じた。 「もしよォ、ジョニィの奴に会えたらお前のことを紹介してやらねーとな」 「おや。おやおやおや。これは随分と気が早いわねぇ。ジャイロは私をなんて紹介するつもりかしら?」 「アホかッ! 友人としてに決まってんだろーがッ! 話に流れで分かんだろォーがそれくらいッ!」 「おやァ~~? 私は『そんなこと』一言も言ってないのだけど、ジャイロは一体『何を』考えてたのかしらね? ん?」 「お~ま~え~なァァアア~~~~! やっぱ紹介してやらねーーッ!!」 「クク……! いやぁ、ほんっと…おも、しろい……わねぇ、ジャイロは……! クスクス……!」 朝焼けの草原に聖徳道士の忍び笑いと、鉄球使いの拗ねた叫びが響き渡った。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「大丈夫かしら、幽々子さん……」 ちょこんと石に座り、神子から借りた名簿を自身の名簿に写し書きながらメリーはそんなことを呟く。 さきほどの幽々子の一件から放送のメモどころではなかった一行は、こうしてひとりずつ神子の名簿を回しながら死亡者のメモを書き写していた。 十人の人間の話を同時に聞くことができる神子の耳だけが、揉め事の中でもしっかりと放送内容を記憶していたのだ。 「大丈夫ですよ、きっと。あの方はとっても強くて凄いですから、立ち直れる人だと私は信じています」 阿求はそんなメリーの不安を杞憂だと聞かせるように、精一杯の笑顔を作って見せる。 そんな彼女の優しさにメリーはまた、薄く微笑んだ。 やがて全てのメモを取り終えたメリーはペンを置き、ポツポツと語り始める。 「……ねえ、阿求。私って多分ひどい女だと思うわ」 「……どうしてそう思うのですか」 「幽々子さんがあんな事になっているというのに、今の私の心の中は安堵の気持ちで一杯なのよ。 親友の蓮子の名前は放送で呼ばれることは無かった。そのことに私は今、心の底から安心してしまっているの。 確かにツェペリさんの名前が名簿にあることは……凄く悲しいと感じてる。でもそれ以上にメリーの無事を喜ぶ自分もいる。 幽々子さんは大切な人を亡くしたばかりだというのに……これが自分本位でなくて何だというの?」 その告白に阿求はどんな返答をするべきか一瞬悩んだが、同時に納得出来た気持ちでもあった。 人里に住居を構える阿求は九代目稗田家の当主という立場を担ってはいたが、神々や妖怪と親交がそれほど深くはない。 並居る屈指の妖怪共々ですら6時間の間にこうも脱落していく様に恐怖こそ覚えれ、死別に嘆くほど親しい存在がいたわけではない。 精々が友人、上白沢慧音の名が呼ばれなかったことに安堵したぐらいだ。 それはつまるところ、 「メリー、その感情は人間なら…ううん、良心を持つ者なら妖怪だって誰だって持ち得て当然の感情だと思います。 友人や身内、愛する人が無事で良かった。そう思うのは当たり前なのです。私だってそうです。 だからメリーが気に病む必要は無いはずですよ」 今の自分に言えることの精一杯だった。 阿求は当たり前の事を当たり前に述べただけ。なけなしの勇気付けだ。 それでもメリーが少しだって元気になれるなら。 あの豊聡耳神子の求心力ほどとはいかずとも、少しだってメリーの顔を前に向けられるのなら。 微力ながら、メリーの力になってあげたい。 そして勿論、幽々子の力にもなってあげたい。 阿求は本心からそう願う。 「……うん。そうよね、貴方の言う通りよね。 ありがとう、阿求。私、ここに来て随分弱気になってたみたい」 「私なんかで宜しければいつでもご相談に乗りますよ?」 二人は小さく笑い合い、また絆を深めることが出来た。 少なくとも、阿求はそう感じた。 『―――ズキュウウゥン♪』 不意に阿求の荷物から響く、この世界に似つかわしくない陽気で奇妙な電子音。 思わずビクリと反応した阿求は何事かと、おそるおそる自分のデイパックへと手を入れた。 スマートフォンだ。音の発信源は確かにこの機械からだった。 一応の操作は何とか覚えた阿求だったが、未だ用途の掴めぬ現代機器の取り扱いには苦戦するばかり。 だがそこで、このメンバー唯一の現代人であるメリーは彼女の持つ支給品に興味を示した。 「あら? それ、古い型だけど『スマホ』じゃない。それが阿求の支給品?」 「『すまほ』…? メリーはこの機械を知っているのですか?」 「知ってるも何も、私達の世界でスマホを知らない原始人は居ないわよ。それは結構古いタイプみたいだけど」 もしかして遠回しに馬鹿にされたのだろうか。 ちょっぴり不満を抱えながら阿求は専門家に機器を手渡すことにした。 メリーは手馴れた手つきでスイスイと画面を弄り、ものの数秒かからずに音の正体をあっさりと突き止める。 「……どうやらメールが届いたみたい。差出人は……『姫海棠はたて』? これは……メールマガジンね」 スマホだのメールだのと、次々に知らない単語が飛び出してくる。 だが阿求はたった一つ、『姫海棠はたて』の名は知っていた。 そういえばあの鴉天狗も『花果子念報』なる低級新聞を発刊していた気がする。 よくわからないが、そのスマホなる機器の画面で彼女の新聞が見れるということだろうか。 だとすればビバ・人類の進化。外の世界では思った以上に技術進歩の発達が著しいらしい。 「――――――っ!! ぇ……こ、れ……、この…ひとって……っ!」 画面を見たメリーの顔が一瞬にして蒼白となる。 只事ではない事態を感じた阿求は反射的に画面を覗き込んだ。 「え……っ! この人、メリー……いや、………八雲紫、さま……!?」 その画面に写っていた人物は、スマホを持つ人物と瓜二つの――― ―――八雲紫が、魂魄妖夢を射殺するその瞬間だった。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「私ねぇ、妖夢と会えたら貴方をあの娘の師匠にさせようかな、なんて思ってたわ……。 貴方の剣術って凄かったじゃない? きっと妖夢の良い訓練相手になると思ってたのよ……」 「いや俺なんて……精々が炎なんかを斬れるぐらいで、ケーキのロウソクに火を灯す時ぐらいしか役立ちませんよ」 「……炎を? 凄いじゃない、人間が雨を斬るのにも三十年かかると言われてるわ。益々妖夢の師匠にはピッタリね……」 「……俺もその妖夢さんと剣を交えてみたかったですよ」 「ふふ……そうね。 ……『世の中を思えばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせむ』、か」 ―――それはどんな意味なのですか。 異国の詩に興味を示したポルナレフは、けれどもそんな疑問の言葉を投げ掛けることすら憚られた。 謳う幽々子の横顔があまりにも儚げで、それは吹けば消え去るほどに、または蜻蛉のように繊細な表情だったからだ。 この世に存在する限りは人とは儚いもの。 きっと、どこへ行くことも出来ない。 華麗なる蝶が如く、幽々子はそんな詩を口ずさんだ。 三角座りのまま消沈の解けぬ幽々子は、愚痴を零すように細々と隣のポルナレフへ語りを続ける。 ポルナレフはそれを真剣に聞き入れ、幽々子の気が済むまで優しく傍で見守っていた。 狂った己の凶行を止め、『矜持』と『居場所』を与えてくれた華胥なる亡霊、西行寺幽々子には恩がある。 それを省いても、彼女にはつい護ってあげたくなるような空気を醸し出していた。 ―――きっと彼女を慕っていたという従者も、彼女を真摯に尊敬していたのだ。 「その妖夢って子は、貴女の大切な人だったんですね」 「……家族、かしら。娘といっても良いのかもしれないわね……」 その容姿すら知らぬ半人半霊の気持ちに同調し、ポルナレフは心から想う。 俺は妖夢ではない。彼女の代わりに幽々子さんの支えになる事など、出来よう筈が無い。 だが俺は戦士だ。幽々子さんを護る『盾』ではなく、敵を斬り裂く『剣』として彼女を護る。 家族を失った幽々子さんへの恩を返す唯一の使命こそがそれなのだ。 魂魄妖夢の無念を晴らすべく、彼女の『魂の剣』は俺こそが受け継がなくてはならないッ! おこがましい気持ちだと思われようが、そいつが俺の『騎士道』なんだッ! 俺がこれから振る剣は、妖夢の剣だと思えッ! 俺に斬れねぇーモノなんぞ、あんまりねぇぜッ!! 「―――ふふっ」 幽々子が聊かに笑った。 「ふ…っ、ふふふ……。貴方、面白いわねぇ。今の、声に出てたわよ……? ホント、そーいう愚直なとこ、あの娘にそっくり」 「え……えぇ! で、出てました、か……? いや、恥ずかしいな……あはは……」 二人は小さく笑い合い、ほんの少しだけ幽々子の気持ちを救うことが出来た。 少なくとも、ポルナレフはそう感じた。 「メリー!? どうしたんですかッ!?」 背中から聞こえてきた阿求の驚く声に、ポルナレフと幽々子が同時に振り向く。 メリーが何事か蹲っていた。阿求が彼女の背中を揺すっている。 「どうした!? メリーに何かあったのか阿求ちゃん!!」 ポルナレフが慌てて駆け寄ろうとするが、メリーはよろよろと立ち上がりながらそれを制する。 「大丈夫、です……ただの、立ち眩みですから……!」 「ほ、ほんとに……? でもスマホの画面を見た瞬間、急に……―――っ!」 そこまで言いかけて阿求は思い出した。 先刻、ポルナレフを支配していた肉の芽をメリーが覗き見た瞬間。 阿求が何の気無しに『八雲紫』の名を口にした瞬間。 メリーの意識は混濁し、境界の世界へと旅立ったことに。 (わわ……! しまった私としたことが! メリーには『八雲紫』様に通ずる語句や光景はNGだと幽々子さんに言われたというのに!) まさかスマートフォンの画面にかの大妖怪、八雲紫の姿が写し出されていたとは露にも思わない阿求は自らの失態を恥じた。 それを見てしまったことをきっかけとし、メリーはまたしても深く昏睡してしまうところだった。 しかしさっきの画面に写されていたのは確かに……紫だった。しかも見るもおぞましい光景として。 (紫様がまさかあんなことを……? ううん、きっと……きっと何かの間違いに決まってる!) あの方は『あのようなこと』を仕出かす御方じゃない。 首を振り、先ほどの画面の光景を即座に否定する阿求。 それよりもまずは、メリーの体調の心配をせねば。 「本当に大丈夫ですか? 少し横になった方が良いかもしれません」 「……うん。でも、本当に大したことないのよ。だから心配しなくても良いわ」 「きっと疲れが溜まってたんだろう。もう少し落ち着ける場所を探して、ゆっくり休もう」 ポルナレフもメリーを心配して肩を貸す。 阿求はその様子に少しだけ安心し、さきほどのスマートフォンの『記事内容』をこれからどうみんなに説明するかを悩み始め、 「――――――ゆ、かり…………?」 幽々子が地面に落ちたスマートフォンを拾い上げている姿を目撃し―――絶句した。 画面には幽々子の無二の親友が、幽々子の誰よりも愛しい従者を撃ち殺す残虐な記事が眩く写し出されていた。 Chapter.3 『墨染の桜、不修多羅に舞いて』 END TO BE CONTINUED… 中編へ⇒DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想 中