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ゼロの番鳥外伝『ルイズ最強伝説』 Q.ペットショップとギーシュが決闘してる間、逃げたキュルケとそれを追い駆けたルイズは何をしていたんですか? A.こんな事をやっていました ドカーン!バゴーン!ドカーン!バゴーン! 学院に爆発音が響き渡る。勿論、その原因は私の魔法だ 「あはははははははははは!!!!!」 口から溢れる笑いを止める事が出来ない。得体の知れない恍惚感が体を震わせる!何かカ・イ・カ・ン!最高にハイ!ってやつよ! 脳が破壊と破壊と破壊を求めて矢継ぎ早に指示を出す。 私の笑いに反応したのか、逃げているキュルケが振り返ってこっちを見た。ん?何で脅えたような顔をするんだろ? 悪鬼を見たような顔をするなんて、私の繊細な神経が酷く傷ついたわ! 「大人しく吹っ飛ばされなさい!」 魔力を注ぎ呪を紡ぎ、発動の引き鉄となる杖を振って、私が唯一使える大得意な魔法を放つ! ドン! やった!ドンピシャのタイミングで爆発が起こった! キュルケが予期したように回避行動を取ったが、私の狙いはキュルケでは無く、その頭上! ガラガラガラガラ・・・・・・・・・「うひゃぁっ!?」 みっとも無い叫び声を出しながら天井の崩落に巻き込まれるキュルケ キュルケの生き埋めの出来あがり♪と小躍りしそうになったが、下半身しか埋もれてないのに気付いた。チッ。 瓦礫の下から何とか抜け出そうと足掻いてる。くふふふ、無様ね。トドメをさしてあげるわ。 「んふふふふふ・・・・・・」 わざとらしく足音と笑い声を立てながらキュルケの前に立つ。 キュルケは慌てて床に転がった杖を取ろうとしたが、その手が届くより先に、私の足が廊下の彼方に杖を蹴り飛ばす。 顔面が蒼白になるキュルケ、私の狙いに気付いたようだ。 「ル、ルイズ、もう冗談は止めましょ?ね?杖なんか掲げてると危ないわよ?私達友達でしょ?」 先程までとは一変して哀願口調になる。ふん、それで男は騙せるとは思うけどこのルイズ様にはそんなの通用しないわよ 死刑を執行しようと、杖を振って呪文を唱え―――そこで私は気付いた!キュルケの目が私では無く、私の後ろを見ている事に! 「エアハンマー!」 刹那、転がって回避した私の横を空気の槌が通過――――そして ドゴン!「ふげっ!」 私が回避した事により、直線状に並んでいたキュルケに当たった。身動きできないんだからどうやっても避ける事は出来ないわよね。 潰れた蛙のよう声を出して気絶するキュルケ。ああ、何て可哀想なの!とても嬉しいわ私!うふふふふふ 大声で笑いたかったが。それよりも私に攻撃しようとした不埒者にお仕置きするのが先。 「ミス・ヴァリエール!杖を捨てろ!!」 下手人は魔法学院の先生の一人だった。生徒に魔法を使うなんて野蛮にも程があるわよ。 「杖を早く捨てて!頭の上で手を組んで床に跪け!早く!」 私は声を聞き流して、その先生に近づく。 どうせ教師の職権を乱用して、世界三大美少女に入るほど可憐な私に性的な悪戯をする気満々だろうし!命令を聞く気は無いのよ! 「ヴァリエール!指示に従え!!」 焦れたように叫ぶが私はそんなのを聞く気は一切無い。 距離が5メイルを切ってから―――私は一気に走り出した。 「くそっ!どうなっても知らんぞ!?エアハンマー!」 先生が杖を振り空気の槌が私の腹部に直撃―――する寸前! 私は滑るような足捌きで突如体を平行移動させる。ドガッ!「ひげぇ!」 後ろからキュルケの声が聞こえた、どうやらまた私が回避したことにより外れた弾の直撃をくらったらしい。 いい気味ね 「はぁぁぁ!?」 回避するとは思わなかったのか、化物を見るような眼で私を見つめる先生。 あんなんで倒せると思うとは甘い甘い。ココアにミルクと砂糖をたっぷり入れて生クリームを乗っけたより甘いわよ! 時が止まって見えるほど集中した私には、服の下の筋肉の微細な動きまで見えたんだから! 「おおおお!?」 魔法を放つ余裕が無いのか無我夢中に杖を振って私を殴り付けようとするが。 私は身を屈めてそれを回避!その動きのままに先生の懐に潜りこんだ!顔に驚愕の表情を張り付けているのが良く見える。 そして―――その身を屈めた運動による腰と足の力は腕に伝えられ!突き出される拳! 当たる寸前にその拳を柔らかく開き!粘りつくような掌を目標に捻り込む!狙いは先生の鳩尾! ドン! 破壊的な音が私の腕を通じて脳に聞こえた!カ・イ・カ・ン! 強烈な一撃をくらった先生は息を吐いてその場に崩れ落―――駄目押しぃぃ! 捻りを加えた足が顎を真上に蹴り飛ばす、上体が浮いて無防備な体を一瞬硬直させた。 私はその場でくるりと回ると、持っている杖を胴体に突き付け!即座に魔法を使い爆発を起こす! ドゴォォォン! 零距離で起きた爆発をまともにくらい、吹っ飛ばされて壁にめり込む先生。白目を向いて気絶してる。んん?泡まで吹いてる。軟いわね と言うか、ほぼ至近距離で爆発起こしたから私も煤塗れになっちゃった。後でペットショップに洗濯させないといけないわね なんて事を私が考えていると。 「ヴァリエール!!!!」 叫び声が聞こえた方向を見ると新手の先生の姿が!敵が増えた! モタモタしてられないわ! 「それぇ!」 倒した敵の杖を拾って思いきり投げ付ける。自分でも100点満点と思う程に洗練された投球フォームだ。 メイジにとって杖は命の次に大事な物。魔法学院の先生方がそれを知らないわけがない。 凄いスピードで一直線に飛ぶ凶器となった杖を、他人の物だからと言って魔法で撃ち落すわけにもいかず、私の目論見通りにしゃがんで回避する。 それを見てほくそ笑む私。その判断は、この戦いにおいて致命傷となる隙を作り出すわよ! 「!?」 飛ぶ杖に続いて突進していた私に気付いた先生が慌てた動作で杖を振り上げる。 だけど遅い遅い。気付くのが数秒遅いわね! ゴガッ! 私の頭突きが先生の顔面にクリーンヒット!噴水のように鼻血を噴出した!・・・うひゃっ!鼻血が頭にかかった!許せない! 反射的に顔を押さえる先生に、私の渾身の体当りが決まる。 倒れた先生の上に馬乗りになる私。俗に言うマウントポジションってやつだ。 鼻を押さえる先生の顔が恐怖に歪む。私が何をするか理解したようだ・・・・・・それも哀れに思うほど遅いんだけどね。 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!! 顔面に拳の連打をおみまいする。先生は狂ったように暴れるが、重心をピンポイントで押える私から逃れる事は出来ない。 それから十数秒後、ピクリとも動かなくなった先生の体の上から立ち上がる私。 目の端に又人影が見えた。敵ね!?敵は皆殺しの全殺しでズタズタのグチャグチャのミンチの刑よ!あははははははははは! 振り向くと、腰が抜けたような格好で後退りする女教師の姿を発見。補足して全速突進! 私が走ってくるに気付いたのか、泣きそうな顔が更に泣きそうになって持っている杖を振り、火を飛ばす。 「遅い!」 走りを止めずに首を曲げてその攻撃を回避。遅い遅い遅すぎる!集中している私にはスローすぎて欠伸が出るわよ! 絶望的な表情でそれを見た先生は悲鳴を上げながら、再度杖を振り巨大な火球を発射した。 それは『火』と『火』を使った攻撃呪文『フレイム・ボール』!小型の太陽が私を襲う! その火球が、体に当たって私を炭にするだろう一瞬前――――床を蹴り、壁を蹴って天井に届くほど高く跳躍しスーパーにビューティフルな形で回避。 それにしても『フレイム・ボール』なんて・・・・・・・生徒に向けて使うものじゃないわよ!危ないわね!これはお仕置きね! 「天誅!」 そのまま天井を蹴った勢いと重力加速を加えた私の蹴りが女教師の腹に決まった。 まあ、肋骨が粉砕して、内臓が破裂しかける程度に手加減しちゃったけど。私も甘いわね 甘美な勝利の感覚が脳に伝わり、知らず知らずの内に顔の表情が笑みを形作る。 「私が最強よぉぉぉぉぉっ!!!!」 ガッツポーズをとって叫び声を上げようとした所で、何かが鳴る音が聞こえて・・・・・・ 私の・・・・・・意識は・・・闇に落ちて・・行った・・・・・・zzzzz 倒れたルイズを見てやっと安心するコルベール、その手には秘宝の一つである『眠りの鐘』が。 コルベールは滅茶苦茶になった廊下や、打倒された教師達を見回すと、魂も吐き出すかのような溜息を突いた。頭髪が更に少なくなった。 この後、ちょっとばかり洒落にならない額の弁償金をルイズが払う事となったのは、物語とは更に関係無い話である。
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十六話 星の守護者 ミイラ怪人 ミイラ人間 ミイラ怪獣 ドドンゴ 青色発泡怪獣 アボラス 赤色火焔怪獣 バニラ 登場! 驟雨にさらされ、無人と化したトリスタニアの一角で、六千年の時を超えた宿命の対決が再び始まろうとしていた。 東から現れる、赤色火焔怪獣バニラ。 西からやってくる青色発砲怪獣アボラス。 市街地の中に、怪獣出現を想定してもうけられた空白地帯が二大怪獣の戦いの舞台となる。 東西から、まるでコロシアムに入場する剣闘士のように同時に現れた二大怪獣。 しかし、彼らには戦いのゴングは必要なかった。互いの姿を見ただけで凶暴な叫び声をあげ、牙をむき出し、 大地を蹴って相手に迫る。 「始まるぞ。怪獣同士の戦いが……」 この戦いの観客である、魔法衛士隊のド・ゼッサールをはじめとする隊員たちは、息を呑んで戦いの始まりを見届けた。 アボラスとバニラは真正面から激突し、両怪獣合わせて四万トンもの大質量が生み出す運動エネルギーは、 その余波を衝撃波に変えて、ド・ゼッサールたちのほおをしびれさせる。 「うわっ!」 「落ち着け、まだ始まったばかりだぞ」 うろたえる若い隊員を叱咤しつつ、ゼッサールは自らも緊張からつばを飲み込んだ。 体当たりに始まった両者の激突は、当然それにとどまるものではなく、さらなる攻撃へと発展をはじめる。 アボラスの巨大な顎が開き、バニラの肩に食らいつく。鋭い牙に皮膚を貫かれ、バニラは悲鳴をあげてのけぞるが、 痛みでむしろ戦意をかきたてられて、アボラスの角を掴み、長い首を伸ばしてアボラスの頭を噛み付きかえす。 たまらずバニラを離すアボラス。同時にバニラもアボラスを離し、両者は再び数十メートルの距離を挟んでにらみ合う。 数秒の硬直。と、アボラスとバニラの口が同時に大きく開いた。 アボラスの口から放たれるビルをも溶かす白色溶解泡、バニラの口から放たれる二万度の超高熱火焔。 白と赤、対照的な力を持つ二匹の怪獣のブレスは空中で激突し、対消滅による爆発が引き起こる。その衝撃波は 空中を伝わり、中空で待機していた魔法衛士隊を幻獣ごと吹き飛ばし、周辺の建物の窓ガラスを一枚残さず粉砕した。 「す、すごい……」 「ううむ。これはいかん。全員、百メイル後退せよ! 近くにいると巻き添えを受けるぞ」 それは臆病から出た命令ではない。今の爆風だけでも、頑強なグリフォンやヒポグリフが木の葉のようにもまれて、 訓練されているはずの魔法衛士隊員たちでさえ振り落とされそうになったくらいだ。 ド・ゼッサールは古参の軍人として、『烈風』カリンの部下だった頃から数々の戦いをくぐってきた。人間同士の 戦争から、凶暴な亜人や猛獣退治、何度も命を落としそうになってきた。最近では、トリスタニアに現れた超獣や 怪獣とも幾度も渡り合い、ウルトラマンAと怪獣との戦いも間近で見てきた。それでも、怪獣同士の戦いという 未知の体験は、彼の心に戦慄を覚えさせる。 「野獣同士の喰らいあいか……とてもじゃないが人間の入る余地がない」 理性のない獣対獣の、純粋な敵意の激突は、理性持つ人間からすれば本能の奥に忘れてきた、根源的な 恐怖を呼び起こす。かつても、同族が地球で激突した際にも、二大怪獣は科学特捜隊からスーパーガンや マルス133で攻撃を受けながら、まったく意にも介さずに戦いを続けた。 溶解泡と火焔が相殺に終わったことにより、アボラスとバニラは再度接近戦に打って出た。 バニラが雄叫びをあげて、掴みかかろうと突進する。対してアボラスはくるりと背を向けると、太い尻尾を 振り回してバニラをカウンターでなぎ払い、運の悪い家屋が押しつぶされて崩れ去る。 すかさず追撃をかけようと飛び掛っていくアボラス。しかしバニラもこんなものではまいらず、すぐさま起き上がると 隣の家を掴んで引っこ抜き、岩石のようにアボラスに投げつけた。 「ああっ! 街が」 アボラスに投げられた家は、アボラスが軽く腕を振るだけでバラバラのレンガのかけらになって崩れ去った。 しかし、バニラは体勢を立て直すために、二軒目、三軒目の家を引き抜いては投げつけ、そのたびに街が 無残に破壊されていく。 だが、二大怪獣にとって当然そんなことはおかまいなしだ。街を犠牲にして体勢を整えたバニラは、今度は頭から アボラスに突進し、両者は組み合ったままで反対側の住宅地に倒れこむ。組み合ったままで、互いに相手を 押し倒そうと、二匹は自分が上になろうと転がり、次々に家が押しつぶされていく。しかも、砂埃と同時に、炊事用の かまどの火が燃え移ったのか火災までもが起こり始めたではないか。 「なんてことだ。これでは、トリスタニアは戦いのとばっちりだけで壊滅してしまうぞ!」 いかに怪獣被害の緩衝地としてもうけられた空き地が広くても、怪獣同士が中で戦い合うことまでは想定に入っていない。 コロシアムの中だけでは狭すぎるとばかりに、アボラスとバニラは場外に躍り出てなおも戦う。 蹴倒された商店が、尻尾をぶつけられた家が粉々に砕け散る。 溶解泡を浴びせられた役所が溶けてなくなり、高熱火焔の流れ弾を受けた工場が灰に変えられる。 ド・ゼッサールたちの焦りをよそに、二大怪獣の激闘はエスカレートの一途をたどっていた。 一方、バニラがトリスタニアに到達する少し前まで時系列はさかのぼる。 まとわりつくような霧雨が降る森の道を、才人とルイズはトリスタニアに向かって急いでいた。 「急ぎましょう! あの怪獣は、最後に見たときトリスタニアの方角に向かってたわ。早く戻らないと、街が 大変なことになっちゃうわよ」 ルイズが走りながら才人をせかして言った。 「お、お前そうは言っても、トリスタニアまで何十キロあると思ってるんだよ」 ぜえぜえと、息を切らしながら才人は答えた。ハルケギニアに来てからだいぶ鍛えられているとはいえ、 半年ほどでは才人の体力は高校男子の平均から大きく逸脱することはない。 走れど走れど、変わり映えのしない景色が才人の気力を削ぐ。まったく、馬車で数時間かけた道のりというのは、 徒歩で駆ければ気の遠くなるほどの距離があった。単純に馬車が時速二十キロで二時間かけたとして、 四十キロトリスタニアから離れていることになる。フルマラソンの距離が四十二.一九五キロメートルであるから、 それだけで普通の人ならば気力がなくなるだろう。 「せ、せめて歩こうぜ。とても、体力もちゃしねえよ」 「あんた馬鹿! こうしてるうちにトリスタニアがどうなるかわかってるの」 声を張り上げ、ルイズは才人を叱咤する。けれど、強気を見せていても、ルイズも見た目とは裏腹に脇腹に 走る痛みをこらえている。プライドの高さから弱みを見せないようにしていても、華奢で小柄な彼女のスタミナの 限界値はそう高くはない。それでも、走り続けようとするのは彼女が才人と出会う前から持っている一本の芯のためであった。 「ヒカリがトリステインを離れて、軍の主力もウェールズ陛下の護衛に裂かれている今、わたしたちが戦わなくて どうなるっていうの。姫さまや、魅惑の妖精亭のみんなが傷つけられるかもしれない。大勢の人が家を失うかも しれない。だったら、ここでわたしたちの足が折れようとも、安い代償じゃない。最高の名誉の負傷じゃないの!」 これほど誇れる名誉が、ほかにある? と締めくくってルイズは笑って見せた。その気高くて、折れない強い 意志を秘めた凛々しい笑顔を見て、才人はがくがくと笑うひざにもう一度鞭を入れた。 「名誉か……ったく、お前は昔からそうだな」 情けないが、この笑顔にはいつも勝てない。まあ仕方ねえかと才人は自嘲した。なんたって、おれはルイズの この誇り高さに惚れちまったんだから。 「なに人の顔見て笑ってるのよ?」 「いや、なんだ……貴族の誇りってのも、たまにはいいかと思ってよ」 「はぁ? いつも名誉なんてくだらねえって言うあんたが? 雨に打たれて熱でも出た」 「あいにくと、馬鹿は風ひかないって昔から言うだろ。さて、急ごうぜ」 今度は才人がルイズをせかして走り出した。ルイズの言うとおり、今でも誇りや名誉のために命をかけるのは くだらないと思っている。しかし、今のルイズの誇りや名誉ならば悪くはない。昔と今で違うところといえば、 一人よがりの誇りと名誉か、誰かのために戦う誇りとおまけでついてくる名誉のためかの違いだけだ。 まとわりつく雨の降る寒い道を、二人は無言で走った。この街道も、いつもならばゆきかう人を普通に見かけるのだけど、 今はこの天気と、なによりトリスタニアやラ・ロシュールに人が集まっているために、たまに雨具を着た人とすれ違う くらいで、馬車を捕まえることもできない。 ウルトラマンAに変身して飛んでいくという手もあるけれど、エースは先のバニラとの戦いで消耗したエネルギーが まだ回復していない。トリスタニアについたところでエネルギー切れを起こしてしまったのでは本末転倒でしかなく、 二人の足に今はすべてが懸かっていた。 しかし、ぬかるんだ泥道は、走るうちに二人ともひざまではねた泥で染まらせ、式典のためにあつらえた服も 見るかげなくしおれさせる。そればかりか、濡れた服は体温を奪い、ぬかるみは二人の足をとって、体力を余計に消耗させた。 「も、もうだめだ」 「サ、サイト、弱音吐いてる暇があったら……あぅっ」 とうとう、気力でおぎなっていた体力も限界にきた。二人とも、泥道に倒れこみ、大の字になって荒く息をついている。 やっぱり、雨の中を子供の体力で数十キロも走るのは無理があったようだ。しばらく過呼吸を繰り返し、なんとか 呼吸だけは落ち着いたものの、体が痛くていうことを聞かない。 「くっ、くそぉ。まだ、あと何十キロもあるってのに」 「シルフィードが、いてくれたら、あっというまなのにね……ねえデルフリンガー、虚無に体力回復の魔法とかないの?」 「んなものいちいち覚えてりゃしねえよ。移動に便利な呪文はあったかもしれねえが、どのみちお前さんは昨日 あんだけぶっ放した後だからな。虚無魔法は精神力を多大に削るから使えやしねえよ」 「ああもう! 肝心なときに使い勝手が悪いわねえ!」 困ったときの虚無頼みは失敗に終わった。あの夢の中でブリミルが使っていたような、とてつもない力の一端でも 自分に使えたら、この窮地を脱することができるのに。おまけにデルフリンガーは、「お前さんが未熟なのが いけねえんだ。虚無の力は使いこなせばできねえこたぁなんもねえ。今のお前さんには渡したって振り回される だけだって、祈祷書も読めなくしてあるんだよ。いやあ、ブリミルのやつは子孫思いだねえ」などと、人事のように 言うのだからなお腹が立つ。 だが、運はまだ二人を見放してはいなかった。薄暗い街道の、学院に向かうほうから、霧雨の奥にぼんやりと ランプの灯りが見えてくる。やがて馬のひづめの音や車輪が地面をはむ音も聞こえ始め、一頭の馬に引かれた 小さめの馬車がやってきた。 「馬車だ! おーい! おーい!」 「止まって! 乗せてほしいの!」 残った力で二人は馬車の前に出て必死で引きとめた。その馬車もガーゴイルが御者をしているらしく、 声には反応してくれなかったけれど、人をひいてはいけないといけないという判断をしたらしく、直前で停止させた。 けれど、ほっとする間もなく馬車から顔を出してきた人を見て才人とルイズは仰天した。 「ミス・ヴァリエールにサイトくんじゃないか。どうしたんだいこんなところで?」 「コルベール先生!?」 三者三様の驚いた顔が雨中に展示された。才人、ルイズともに、まさかこんなところでコルベールに会うとは 思っておらず、コルベールのほうもずぶ濡れの二人を見て目を丸くしている。 「君たち、ラ・ロシュールでの式典はどうしたんだい? いや、それよりも早く乗りたまえ、そんなところにいては 風邪をひいてしまうぞ!」 手招きするコルベールの言うとおり、二人はコルベールの馬車に乗り込んだ。この馬車は学院の公用品の、 四人乗りの小さなものであったが、二人くらいが同乗する分には問題ない。タオルをわたされて体を拭き、コルベールの 炎の魔法で体を温めると、二人はやっと人心地ついた。 「ふぅ、どうも助かりました。ミスタ・コルベール、こんなところで先生にお会いできるなんて。でも、どうしてこんなところに?」 「なに、トリスタニアの式典まで、私は特にするべきこともありませんのでね。ほかの先生方にちょっと失礼して、先に 帰っていたのです。それで、近頃はじめたアカデミーとの共同研究を進めておこうと、学院から資料を運ぶところだったのですよ」 そういうことだったのかと二人は納得した。オスマン学院長以下の教員方は、馬車でゆっくりとトリスタニアに向かっているから、 到着は明日以降になるはずだった。時期がずれていたらこの事件と鉢合わせすることになったかもしれないから、運がよいと 言うべきであろう。 「ま、普段から変わり者で通ってる私が抜けたところで誰も問題にはしないしね。あなたたちこそ、ウェールズ陛下の歓迎式典は どうしたんだね? なにかあったのかい」 「あっ! そうだった! 先生、急いでトリスタニアに向かってください。理由は走りながら話しますから」 それから二人は、コルベールにこれまでのことを説明した。ラ・ロシュールが怪獣に襲われたことから、赤い怪獣が トリスタニア方面へと向かっていることまで。むろん、虚無に関わることは隠して、自分たちが学院に報告しに戻る途中に 怪獣に襲われたとごまかした。 「なんと、我ら教師のいないときにそんなことになっていようとは。トリスタニアに知らせなければ大変なことになる。 わかった、怪獣より早くつけるように急がせよう。それでも一時間ほどかかってしまうが、君たちはともかく体を休めたまえ」 「ありがとうございます……はぁ」 コルベールの心遣いが、緊張し続け、疲労困憊の極だった才人とルイズから肩の力を抜かせてくれた。 たった一時間だけれども、ともかくもこれで休むことができる。座席に深く体を沈めて、全身の筋肉を脱力させた 二人は、ぼんやりとこれまでのことを振り返った。 たった二日足らずのことなのに、とてつもなく多くのことがあったように思える。伝説の大魔法『虚無』、それを 狙うシェフィールドと名乗る謎の女の一味。突如現れた怪獣バニラ、そして始祖の祈祷書が見せたという、 六千年前の始祖ブリミルの戦い。どれも、一つだけでもショックが大きいことなのに…… また、始祖の祈祷書に過去のビジョンを見せられているあいだに、かくまわれていた大木のうろの中。 そこまで運んできてくれたのは……最後にちらりと見えたあの顔は、人間のものではなかった。しかし、 それと同じ姿をした亜人を、始祖ブリミルとともに戦っていた者たちの中に見た気がする。 堂々巡りの思考の中、けっきょくわからないことだらけだと才人もルイズも結論づけるしかできなかった。 虚無のことは、なにかを結論づけるには材料が断片的過ぎる。バニラも、アカデミーの事情などを知るはずもない 二人には、現れた理由は皆目見当がつかなくて当然だった。 ただし、あの不思議な亜人……ミイラに関しては話が別だ。なぜ自分たちを助けてくれたかはわからないけれど、 もう一度会えば何かがわかるかもしれないと、ルイズはふと思った。危険で、しかも馬鹿げた考えかもしれない。 しかし、少なくとも無防備な自分たちに手出しをしなかったところから、敵意だけはなかったと思いたい。それに、 なぜ祈祷書はこのタイミングで自分たちにあのビジョンを見せたのだろうか? ビジョンに出てきた怪獣と亜人が、 今ここにいる。偶然にしては、あまりにもできすぎている。 「ねえサイト……」 「うん」 声を潜めて、才人とルイズは小声で話し合った。幸い、馬車の音と雨音でコルベールに話し声は聞こえない。 才人の意見も、ルイズとほぼ同じだった。もしも、過去のビジョンで見たバニラが自分たちが戦ったバニラと 同じものであるならば、祈祷書は自分たちになにかヒントを与えてくれようとしたのではないか? だが、それより前に、バニラはなんとしてでも倒してしまわねばならないと、二人は決意を新たにした。 バニラは科学特捜隊のジェットビートルがロケット弾を撃ちつくすほど攻撃してもこたえず、航空自衛隊の 戦闘機も次々に撃ち落したほどの火力もかねそろえている。先日戦ったゾンバイユのような超能力こそ 備えないけれど、首都防衛のわずかな部隊では太刀打ちできないだろう。奴をそのままほっておけば、 ビジョンで見た世界の終末の光景が、この時代でも現実となってしまう。それだけは防がなくてはいけない。 でも、勝てるか……? ぬぐいきれない不安が二人の心をよぎる。 ”ウルトラマンAの力でも、バニラを倒すことはできなかった。もう一度戦ったとして、はたして勝利できるのだろうか” かつて、初代ウルトラマンはバニラと対を為すアボラスを苦闘の末に倒した。しかし、戦いの勝敗はやってみないと わからない。怪獣だって必死なのだ。以前勝てた相手だから、今度も勝てるなどという保障などどこにもない。 バニラがかつて悪魔と呼ばれた理由となった能力も、だいたいのところは予測がついている。エネルギーが回復 しきっていない、不完全な状態のエースで立ち向かえるのか。 敗北の衝撃が、戦いを目前にして二人の心に影を落としていた。 そんな二人の暗い波動が届いたのか、北斗星治の声が心に響く。 (かつてのウルトラマンたちも、強敵に敗れることはあった。しかし、彼らは再び立ち上がり、侵略者を打ち倒してきた。 なぜ、負けるかもしれない相手とまた戦えたのか、わかるかい?) (それが、使命だからですか) (それもある。しかし、使命感だけでは戦いの恐怖には打ち勝てない。ウルトラマンには常に、共に戦ってくれる 仲間がいたからだ) (仲間……でも、今のわたしたちには、いっしょに戦う仲間なんて) (そんなことはない。君たちには、ここにはいなくても大勢の仲間がいる。思い出してみるんだ、今でも君たちを 心配している友達や家族のことを。地球で、再びこの世界とつなげるためにがんばっているメビウスたちを。 考えてみるんだ、我々が戦っているすぐそばで、応援してくれる人々を) 強くうったえかける北斗の言葉が、暗雲にとざされていた二人の心に記憶という名の光を呼び戻した。 キュルケ、タバサ、アンリエッタ、アニエス、ミシェル……まだまだ名前が浮かんでくる大勢の友。 父、母、姉……血の絆で結ばれて、さらに強い心の絆を確かめ合ったかけがえのない人たち。 才人は、中学生だったころにTVで見たウルトラマンメビウスと、エンペラ星人配下の暗黒四天王の一人、 凍結宇宙人グローザムとの戦いを思い出した。不死身のグローザムの異名を持ち、その気になれば地球すら あっという間に氷付けにできるという圧倒的な力を持つグローザムの前に、メビウスは手も足も出ずに氷付けにされ、 ダムに張り付けにされてしまった。 しかし、CREW GUYSは先日の暗黒四天王デスレムとの戦いで戦力が半減した状態にも関わらず、果敢に 反撃に出てメビウスを救出することに成功する。さらに、メビウスとウルトラセブンとの共闘により、不死身を誇った グローザムに見事にとどめを刺す快挙も達成したのである。 圧倒的な力の差がある相手でも、恐れず立ち向かえばどこかに光明は見える。それに、過去のビジョンで 見た始祖ブリミルも、仲間とともに圧倒的に強大な敵と戦っていた。一人でない限り、どんな敵とも戦うことができる。 (我々の戦いは、必ず勝たねばならない戦いだ。それも、仲間と別れて、一人で戦うのはつらいことだ。しかし、 一人でいることは孤独であるということではない。心でつながっている限り、誰もが君たちと共に戦っている。 それに、君たちはなによりも、二人じゃないか) 北斗はかつて、超獣ファイヤーモンスに敗れたときにウルトラセブンに励まされたことを。かつて、ヤプールの 精神攻撃に苦しめられるメビウスを励ましたことを語った。心に距離は関係ない。どこかで戦っている仲間とは、 心でいっしょに戦っている。だからこそ、ウルトラマンたちは二度と負けまいと立ち上がることができたのだ。 ”そうだ、おれたちはまだ一回負けただけだ!” ”次は、必ず勝ってみせるわ” 闘志がふつふつと蘇ってくる。仲間たちががんばっているのに、自分たちだけ情けない顔は見せられない。 負けん気を呼び起こした二人が空を見上げたなら、そこには必ず暗雲をもものともせずに輝く星が見えたであろう。 馬車は街道をトリスタニアへと向けて急ぐ。 「君たち、トリスタニアまで、あとおよそ十分だ」 コルベールの声で、仮眠していた二人は目を覚まして外を見た。いつの間にか雨はやんで、街道の幅もだいぶんと 広くなっている。しかし、どこを見渡してもバニラのあの赤い姿は見つからない。 「まだ見えないってことは、バニラはもうトリスタニアについちまったってことか。くそっ」 「落ち着きなさい。あんなでかい奴が近づいたら、いくらなんでも気がつくはず。首都の防衛の部隊も残ってるから、 すぐには大事にならないわ。まだ間に合うかもしれない。急ぎましょう」 街を舞台に戦うことは避けたいと思っていた二人は、最悪の事態を予感して憂鬱になった。バニラの能力は 火焔であるから、雨上がりの街なら火災は広がりにくいだろうけど、それも時間の問題だ。馬車は速度をあげて 街へと急ぐ。 そのとき、突如馬車を激震が襲い。跳ね飛ばされた二人は、コルベールとぶつかったり、あちこちを痛めたりした。 それでも何事かと起き上がって外を覗くと、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。 「あたた……なんだ、穴にでもはまり込んだか? んぇぇっ!?」 「なによ、大きな声を出して……へぇぇっ!?」 才人もルイズも自分の目を疑った。彼らの馬車と並行して、金色の怪獣が五十メートルばかり離れた森の中を 走っている。今の激震はこいつの足音だったのだ。いや、そんなことよりも、才人はすぐ間近で見上げることが できているこの怪獣がなんなのか、それに思い至っていた。 「ミイラ怪獣ドドンゴ……やっぱり、あのミイラは」 頭のすみで気になっていた、ミイラへの仮説が完全なものになって頭の中で組みあがる。 やはり、あのミイラは地球で確認されたものと同じ。科学特捜隊の時代、日本のある洞窟で発見された七千年前のミイラ。 はじめそれはただのミイラと思われていたが、突如復活して暴れまわった。そして、ミイラの呼び声に応えるように 現れたのが、あのミイラ怪獣ドドンゴだ。 今、目の前にいる怪獣がドドンゴならば、あの亜人の正体はやはりミイラに違いあるまい。理由はわからないけれど、 なんらかの理由で、恐らく六千年前から眠っていたミイラが蘇ってドドンゴを呼び寄せたのだろう。もしかしたら、 バニラの出現にもなにかの原因が? 才人はそう考えたものの、やはり確証はない。 「んったく、おれたちの知らないところで勝手に話を進めるのはやめてほしいな」 才人は、神ならぬ自分の身を呪ったがどうにもならない。人間一人の知ることのできることなどはたかが知れているのだ。 問題は、自分の手の届く範囲でなにができるかである。 「あいつ、トリスタニアに向かってやがる……くそっ、バニラだけでも手にあまりかねないってのに!」 才人は歯噛みして、頼みもしないのに次々起こる異常事態を恨んだ。まったく昨日の今日で、どうしてここまで 連戦しなければならないのか。運命の神とやらが天界でサイコロを振っているなら、五・六発殴ってやりたい気分である。 それでも、怪獣を見てそのままにしているわけにはいかない。才人は、ドドンゴを見てあたふたしているコルベールを おいておいて、ルイズに問いかけた。 「仕方がない。ここで戦うか?」 「だめよ。前回のダメージが残ってるのに、ここで変身したら赤い怪獣と戦う力は確実に無くなるわ」 「だけど、怪獣をそのままトリスタニアに行かせるわけには……」 「ううん、行かせるべきだとわたしは思う」 「ルイズ!?」 突拍子もないことを言い出したルイズの顔を、才人は思わず正面から見返した。怪獣をトリスタニアにそのまま 行かせるべきだとはどういうことか? しかし、ルイズのとび色の瞳は正気を失ってはおらず、真剣な様子で 才人に言った。 「あの怪獣、夢の中で始祖ブリミルといっしょに戦っていたやつと同じだわ。きっと、わたしたちを助けに 来てくれたんじゃないかと、そう思うの」 「それは……確かに、言われてみたらあいつは夢の中で見た。しかし、あいつが六千年前にいたやつと同じ やつだとは限らないだろ」 「ううん、同じだと思う。でなければ、祈祷書があんなビジョンを見せる意味がないもの。それに、そうだとするなら、 あの亜人がブリミルの子孫であるわたしを助けてくれた理由にもなる」 自信ありげに断ずるルイズに、才人はうーんと考え込んだ。つじつまはそれで合う。でも、ルイズが虚無に 目覚めたその翌日に、こんなことが起きるなどとできすぎではあるまいか。 するとルイズは、窓の外を指差してもう一つ付け加えた。 「ほら見て、あの怪獣ずっと森の中だけを走ってるわ。走るなら道を走ったほうが速いのに。きっと、わたしたちの ような人間を踏みつけないようにしてるのよ。邪悪な怪獣だったら、まずはわたしたちに襲い掛かってくるはず」 確かに、ドドンゴは馬車などは目に入らないように一心不乱にトリスタニアを目指している。それによく見ると、 あのミイラがドドンゴの背に乗っているのも確認できる。だが、才人は迷った。仮に、あのドドンゴが六千年前に いたものと同じ個体であったとするなら、百歩譲って敵ではないかもしれない。けれど違っていたら、トリスタニアは 複数の怪獣による同時攻撃を受けることになる。そうなれば、いくらなんでも勝ち目はない。 悩む才人に、ルイズはいつもの命令口調ではなく、諭すように話す。 「あなたは運命なんか信じないかもしれない。でも、現実は時にはおとぎ話以上に荒唐無稽なことが起きる こともあるわ。始祖のお導き……くらいしか、わたしには表現する方法がないけど、信じて欲しいの」 あっけにとられた。ルイズがここまで下手に出ることなど、これまでほとんどなかった。 「きっと、祈祷書には始祖ブリミルの意思が宿ってるんだと思う。だから、かつての仲間と敵の復活を夢の形で わたしたちに教えて、彼と戦ってはいけないと警告してくれたんじゃないかしら。それに、ここまで舞台が そろったのなら、もう最悪の事態を考えてもいいんじゃない?」 「最悪の事態って……まさか、バニラが復活してるってことは、アボラスも」 蘇っているのか? という疑問は、アボラスとバニラが対となっていることを知っていれば、当然にして 浮かんでくることであっただろう。むろん、才人もその可能性にはずっと前から気がついていた。ただし、 あまりにも最悪の事態であるので、考えることをすらずっと拒否していた。 しかし、無意識の現実逃避をすらあざ笑うかのような、二つの巨大な遠吠えがトリスタニアの方向から聞こえてきたとき、 才人はルイズの言うとおりに、最悪の事態が起きたことを悟らざるを得なかった。 「今の叫び声は、ひとつは赤い怪獣のものよね。もうひとつは……」 「青い怪獣……アボラスだ。間違いない」 甲高いバニラの声と、野太いアボラスの声はよく覚えている。かつて二匹が地球で戦ったときの舞台である、オリンピック 競技場に仕掛けられていたカメラの映像はTVでも一般公開され、その迫力に圧倒された才人はビデオに録画して 擦り切れるまで画面にかじりついて見たものだ。 けれども、今目の前にあるのは子供の頃に見た過去の記録ではない。現実の脅威として、アボラスとバニラは自分の 目の前に立ちふさがっている。泣きっ面に蜂か……ここまで完璧に揃えば、もう不運のお釣りを出したい気分だ。 そのとき、唐突に馬車が止まったのでコルベールを見ると、彼は自分の荷物を小さなかばんにまとめながら二人に言った。 「むうう、あの怪獣。アカデミーが最近発見したという古代遺跡のほうからやってきたぞ。エレオノール女史から見学 させてもらえるはずで期待しておったのに。いや、それよりも遺跡のスタッフたちが心配だ。君たち、悪いがわたしは 行くところができた。馬車は預けるから、君たちで先に行きたまえ」 「えっ? お、おれたちだけでですか」 「君は、銃士隊隊長と副長くんの弟なんだろう。だったらわたしより顔が利くはずだ。ミス・ヴァリエールは下級貴族の わたしなどより宮廷に入りやすい。第一、君たちのほうがこういうことには慣れている。今、トリスタニアは猫の手も 借りたい状態のはずだ。助けにいってやりたまえ、わたしはわたしの友人たちを救いに行く」 「わかりました。お気をつけて」 コルベールと別れた二人は、馬に鞭を入れて急がせた。トリスタニアの街並みと、立ち上る煙を目にしながら、 やはり間に合わなかったかと心が痛む。しかし、コルベールの言い残した古代遺跡というキーワードで、漠然と ではあるけれどアボラス・バニラの出現と、ミイラ人間・ドドンゴの出現の理由の見当はついた。昔から、遺跡だの 遺物だのを地中から掘り出すとろくなことが起きない。貝獣ゴーガが封じられていたゴーガの像しかり、地中に 埋められていたお地蔵様を掘り出したら復活したエンマーゴしかり、現代人の浅い知識で古代の神秘に不用意に 触れようとすると、大抵手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。 「ったく、掘り出すにことかいてよりにもよって怪獣を穿り返すことはねえだろうが。せめて温泉でも掘り当てて くれたらありがてえんだけどなあ」 「今更言ってもはじまらないわよ。サイト、二大怪獣を相手に勝てると思う?」 「万全ならともかく、回復に時間がなさすぎたからな。でも、ウルトラマンの本当の強さは力じゃない。そうだろう?」 覚悟はすでに決めている。後は、一歩前に踏み出すだけだ。 才人とルイズは顔を見合わせると、互いの心を確認してうなずきあった。彼らの視線の先では、ドドンゴが馬車を はるかに追い抜いて、もう間もなくトリスタニアに入ろうとしている姿がある。二人も負けじと、最後の鞭を入れて急ぐ。 戦場と化したトリスタニアは、いまや象の群れに蹂躙されるジャングルのような光景となっていた。 アボラスに蹴り飛ばされた建物が積み木のように崩れ去り、バニラに踏みつけられた公園が子供たちの遊具ごと 無残なクレーターに変えられる。 昨日までは家族が揃って団欒していた家が溶解泡を浴びて崩れ去り、仕事に疲れた人々がわずかな癒やしを 一杯の茶に求めにやってきたカッフェが高熱火焔で灰に変えられる。 アボラスとバニラの戦いは延々と互角のまま続き、二匹が移動し、攻撃を重ねるごとに街が壊されていく。それでも被害は 現在のところ最初の戦場であった広場から、およそ数百メイル四方に抑えられて、かろうじて少ないといえるのは 被害軽減を考慮に入れた都市計画のおかげだろう。 だが、都市計画はあくまで被害を軽減して時間稼ぎをするためのものでしかない。二匹の怪獣のあまりに長続きする戦いに、 開始からずっと見守り続けていたド・ゼッサールたちは疲弊を隠しきれなくなってきていた。 「やつら、いったいいつまで戦い続けるつもりなんだっ!」 激突してから、すでに二時間近くが経過している。それなのに、決着がつくどころか戦いは同じ舞曲を何度も見ている かのように延々と続き、街は自らが破壊される音で彼らをひきたたせる楽団となったごとく、崩壊の戦慄をかなで続けている。 「まさか、このまま永遠に戦い続けるのではあるまいな……」 そのつぶやきは、口にしたド・ゼッサールにとって冗談に含まれる部類のものであったろう。どんなものにも始まりが あれば終わりはある。三日三晩の死闘などという言葉が、英雄譚などには頻繁に登場するものの、それは作者の 空想のうちから生まれた幻想の決闘にすぎない。 永遠はない。それは真実である。しかし”半”無限であるならば実在する。そして、ルイズが現実は時として 幻想よりも荒唐無稽なことが起きると語ったとおりに、残念なことに彼のつぶやきは正解に限りなく近い位置にあった。 地球でも、アボラスとバニラが宿敵同士だと知った科学者たちが一つの矛盾に行き当たったことがある。 ”アボラスとバニラが敵対しあっているのなら、ほっておけばいずれどちらかが倒れるはず。なのになぜ、ミュー帝国の 人たちは二匹を同時に捕らえる必要があったのだろう?” 考えてみたらしごく当たり前の疑問である。二匹より一匹になるまで待ったほうが、手間隙あらゆる意味で有利に なるのは子供でもわかる。それを、大変な労苦であっただろうに二匹同時に捕らえなくてはならなかったのは、 そこにこそアボラスとバニラが『悪魔』と形容された理由があったのだろう。 才人がたどりついた、バニラがウルトラマンAを圧倒できた理由も実はそこにある。科学者たちは研究の末に、 結論をこういう形でまとめた。 「アボラスとバニラは、人間を狙って暴れたわけじゃない。彼らにとって、人間などはそもそも眼中になく、目の前を 通り過ぎる目障りな小虫くらいにしか感じていないだろう。彼らの目的は、互いを打倒するというその一点に尽きる。 しかし、二匹の戦いは完全に互角であり、双方共倒れとなることもなく延々と戦い続けた。その無限と思われる死闘に 巻き込まれたものはことごとく破壊され、荒廃が広がっていった。それが人類を滅ぼすと恐れられた理由、彼らの持つ 無限のスタミナこそが悪魔と呼ばれたゆえんだったのだ」 ウルトラマンに爆破されたアボラスの残骸を調査した結果、この怪獣の筋組織はいくら激しく動いても、決して 疲労しないものであることが判明した。前回ウルトラマンAの攻撃をいくら受けても、こたえた様子がなかったのは そのためだ。どれだけ戦っても疲れることがなく、いくらでも戦えるまったく互角の実力を持った怪獣同士の戦い。 終わらない悪夢を人々に見せ続け、破壊と死を撒き散らし続ける悪魔。 このまま戦いが続けば、トリスタニアも古代のハルケギニアやミュー帝国同様に滅びの道を歩む。 それを阻止するために、六千年前の人々は二匹の怪獣とともに、彼らに対抗できるわずかな可能性を残してくれた。 「隊長大変です! 東から、また新たな怪獣が!」 「なんだと!」 ド・ゼッサールやこの時代の人間たちは知らなかったが、それこそが彼らにとっての希望であった。 天上の雲の上を走る、神話の獣のようにドドンゴが駆けてくる。その眼の睨む先にあるのはアボラスとバニラの二頭しかいない。 金色に輝く体を弾丸のように加速させ、高らかな足音を響かせながらドドンゴはアボラスに体当たりを仕掛けた。 ドドンゴの地上失踪速度は最大でマッハ1.8の超高速を誇る。それに体重二万五千トンの重量が加われば、さしもの アボラスの二万トンの巨体といえども木の葉のように吹き飛ばされる。 むろん、死闘に横槍を入れられたバニラは怒り、矛先をドドンゴに向けて火焔を吐いてくる。エースにも大ダメージを 与えたこれが直撃すればドドンゴもひとたまりもないだろう。しかし、ドドンゴは背に乗るミイラ人間が指示するように 方向をバニラに向け、目から怪光線を発射して火焔を空中で相殺した。 バニラはドドンゴを新たな敵として認識し、続いてアボラスも起き上がってくる。同時に、遠吠えをあげて威嚇する 三大怪獣。六千年前と同じように、暴れまわる凶悪怪獣から星を守るために、過去から遣わされてきた星の守護者は その身を賭して立ち上がった。 ”いくぞ” ミイラの呼び声にしたがって、ドドンゴはその身をバニラにぶつけていく。重量差からバニラは押されるが、怪力を 発揮してドドンゴを押しとどめる。 このままバニラとのみ正面からぶつかれば、勝負は体格差からドドンゴが有利だったかもしれない。けれど、 先に体当たりを受けた恨みをアボラスは忘れてはおらずに、横っ腹から鋭い角を振りかざして頭突きをかけてきた。 たまらず五部の状況からバニラに逆転され、苦しみながらドドンゴは後退する。 敵・敵・敵の三つ巴の状況ながら、実質この戦いはドドンゴにとって不利だった。決闘を邪魔されたアボラスと バニラは、その怒りの矛先を一時的ながらもドドンゴに向けて襲ってくる。一対二の圧倒的に不利な状況。それでも 彼らは戦わなくてはならなかった。 あの悪夢のような戦いのはてに、奇跡的に掴んだ平和を崩さぬために。もう二度と破滅を招かないために、 自分たちはあえて地の底で長い眠りについていたのだ。多分自分たちはここで死ぬだろう。それは恐ろしくはない。 死ねばかつての仲間たちがきっと迎えてくれるだろう。仲間との再会は喜ばしいものであるのだから。 ただしその前に、刺し違えてでも二匹のうちの一匹は道連れにしなくてはならない。迫り来るアボラスとバニラ。 ミイラは、ここで散ることは覚悟しながらも、ふと昔のことを思い出した。あの厳しい戦いをともにくぐってきた仲間たち。 叶わぬことながら、彼らがここにいてくれたらと思ってしまう。 だが、仲間たちの命は尽きていても、その志は彼らの子孫に消えずに受け継がれていた。 この世界を理不尽な破壊の手から守ろうとする強い意志。それがこの場に顕現する。 「ウルトラ・ターッチ!」 閃光輝き、ドドンゴに一度にかかろうとしていたアボラスとバニラがひるんで止まる。 光が収まったとき、そこにはドドンゴの傍らに戦友のように立っているウルトラマンAの勇姿があった。 「ヘヤァッ!」 これで二対二、歴史は蘇り、六千年前の戦いの続きがここに最後の決着のときを迎えようとしている。 激震とどろき、トリスタニア最大の決戦がここに幕をあげたのだった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 悪鬼のごとき形相で迫るカメバズーカ。 「ぐっ!?」 それを迎え撃とうとするV3の全身に走る、高圧電流のような激痛。 思わず腰が砕けそうになるが、こんな状況で、膝を屈するわけにはいかない。懸命に大地を踏みしめる。 そんな隙だらけのV3の懐に、カメバズーカは一気に飛び込み、その勢いを殺さぬままに、二本の剛腕で、V3の首根っこを、握り潰さんばかりに引っ掴む。 「ちぃっ!」 しかしV3は、カメバズーカの勢いを利用して、柔道の巴投げの形で、怪人を後方に放り投げる。 大地にのけぞって倒れたV3。その彼によって、大地に転がされたカメバズーカ。 だが、そのままむくりと身を起こすカメバズーカを、予期せぬ攻撃が襲う。――彼の足元の地面が、いきなり爆発したのだ。 「がはっ!?」 衝撃波をまともに食らって、カメバズーカがすぐ傍の樹に叩き付けられる。 ルイズが、怪人の足元に転がっていた石に、『練金』をかけたのだ。 「くっ……、何をしやがったズ~カ~!?」 勿論、デストロンの改造人間からすれば、そんな程度の爆発など、物の数ではない。 だが、ルイズの放った、二発の『失敗魔法』の結果は、恐慌状態に陥っていた、キュルケ、タバサ、そしてフーケの、3人のトライアングル・メイジの精神に平衡をもたらすには充分だった。 (魔法が効いてる……? この化物には、魔法が通用する!?) いかに人に畏怖を撒き散らす“ばけもの”といえど、それと戦おうとする者がいる限り、人の心はいつまでも凍てついたままではいられない。『ともに戦う』という選択肢を投げ捨てて逃亡するには、この世界のメイジたちの気位は高すぎるのだ。 フーケが、怪人の足元に『練金』をかけ、両足を大地に埋め込ませる形で動きを封じ、 「今だよっ!!」 そのフーケの声に呼応するように、キュルケが『フレイムボール』を放ち、カメバズーカの甲羅を、紅蓮の炎に包み込む。 だが、それでも、怪人の表情が変わったのは一瞬だけだった。 「ズ~~カ~~、悪いがお嬢ちゃん、こんなヌルい火じゃあ、水ぶくれ一つ作れねえぜぇ」 ――が、その時、フーケが自分に残った最後の魔力で、キュルケの炎に巻き上げられた木の葉を“油”に錬成し、同時にタバサが、特大の『エアハンマー』をお見舞いする。 「なぁっ!?」 急激に、大量の油と酸素を補給された炎は、それこそ爆発的なまでの燃焼を引き起こし、カメバズーカの全身を覆い隠すほどの勢いを見せる。それは普通の人間なら、一瞬で気化してしまうほどの高熱だった。 「やるじゃないか、お嬢ちゃんたち」 「あんたもね、おばさん」 だが、そのキュルケの余計な一言に、フーケがブチ切れる暇さえなかった。 「よし、今のうちだ。全員、早くここから逃げるんだ! アイツは俺が引き受ける!!」 「なっ、何言ってるのよアンタっ!? ここまで来て、手柄を独り占めする気なのっ!?」 そのV3の台詞に、やはりと言うべきか、真っ先に反応したのは、ルイズだった。 さっきの二発の失敗魔法こそが、怪人への反撃の先鞭だったと思っている彼女にとっては、眼前の怪物を追い詰めているとおぼしき今の情況で、敵前逃亡する事は考えられない事だったからだ。 永年、『ゼロ』のレッテルを貼られ続けた彼女は、――無理からぬ事だが――それほどまでに、自らの汚名をすすぐ栄誉に貪欲だった。 「そうよカザミ、悪いけど、いまさらあの獲物を、あんたに譲る気は無いわ」 キュルケも調子に乗って、ルイズの尻馬に乗る。 「人を散々ビビらせておいて、蓋を開けりゃあ、とんだ張子の虎じゃないの」 このキュルケという少女は、こと虚栄心の一事に関しては、ルイズをさらに凌ぐ。 そして何より、自分をこれほど怯えさせた存在が、戦闘を開始してみれば、案外恐れるに足ら無かったという事実が、悔しくて仕方が無いのだ。 その思いは、何もキュルケだけではない。 「まったくね。これじゃあ、私としても、何で腰まで抜かして、こいつから逃げたのか分からないよ」 フーケもぼやくように呟く。 フーケにしても、眼前で、あっさり火だるまになっているカメバズーカを見て、拍子抜けした事は間違いないのだ。 タバサだけが、いまだ鋭い眼差しを怪人に注いでいたが、それでも、油断していないだけで、勝負はついたと判断しているようだった。 ――だが、それでもV3には分かっていた。 自分たち改造人間は、この程度のことで死ぬような、ヤワな存在ではない事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァ!!」 推定一千度以上の高熱で炙られ、完全に活動を停止したかに見えたカメバズーカが、突如、広大な森林に響き渡るような声を轟かせた。 「なっ……!?」 彼女たちは、先程までの余裕はどこへやら、その咆哮を聞いた瞬間に、顔色を失ってしまう。 そしてカメバズーカは、自らを包む巨大な炎球を、内側から弾き飛ばしたのだ。……かつてV3が、コルベール相手にそうしたように。 ――これほどの炎ですら、改造人間カメバズーカを焼き尽くす熱量には、至らなかったのだ。 「危ない!!」 カメバズーカが弾き飛ばした炎球は、一千度に及ぶ高熱を含んだ弾丸となり、四方八方に、放射状に撒き散らされる。 もしV3が、とっさに盾にならなければ、彼女たちは、その炎球破裂の余熱だけで、黒コゲになって即死していただろう。 「きゅいっ!!!?」 数cm大の小さな炎が、仰向けにひっくり返って気絶していたシルフィードを、叩き起こす。だが、その程度の火傷で済んだのは、この風竜にとっても、果てしない幸運だったと言えるかも知れない。 カメバズーカが撒き散らした、高熱の火炎弾は、周囲の木々を一瞬にして火だるまにし、その炎は瞬く間に、燃え広がっていったからだ。 それほどの高熱をまともに浴びたV3である。 いま、怪人から攻撃を喰らえば、例え彼といえど、無事には済まなかったであろう。 だが、カメバズーカとしても、全くの無傷というわけではない。 鱗状の人工強化皮膚は、ところどころ焦げ付き、焼けただれ、ぞっとするような傷痕を晒している。 「ズ~~~カ~~~」 口から、ごほっと黒煙を吐くと、カメバズーカはガクリとよろめいた。 (いま……だ……!!) V3は、怪人と同じく、焦げ痕の残る自らの肉体を引きずりながら、渾身の鉄拳を、硬い皮膚によろわれた、そのほおげたにめり込ませる。 カメバズーカは、悲鳴すら上げられず、暗い森の奥に殴り飛ばされていった。 (くぅぅ……っ) 膝を着きそうになるのを、かろうじてこらえ、V3は振り返る。 「もう一度言うぞ……お前らでは、あいつと戦えない。ここは俺に任せて……逃げろ!!」 「カザミ……」 「――聞け」 V3は、言葉を続けた。 「あの怪人――カメバズーカの体内には、爆弾が仕込まれている。――それも、ただの爆弾じゃない。核爆弾だ」 「かく……爆弾……?」 タバサが未知の単語に反応し、眼鏡を嵌め直すが、フーケはその言葉に思い当たっていた。 「それって、まさか、ガンダールヴの坊やが言っていた――ゲンシ爆弾とかいう……?」 「そうだ。爆発すれば、半径数十リーグ以内の物は、何もかも吹き飛ぶ。何もかも、だ」 「うそ……でしょ……?」 キュルケが呟くように訊き返すが、V3が冗談を言っていないことは、その語調の空気からして、歴然であった。 「今すぐ魔法学院へ飛んで、Mr.オスマンに伝えるんだ。大至急、学院にいる全ての人間を退避させろ、と。分かったな?」 顔面蒼白になりながらも、タバサは頷く。 それを確認すると、V3は彼女たちに背を向けるが、 「待ちなよっ!!」 フーケが、その背中を、怒鳴るように呼び止めた。 「私たちはドラゴンで逃げる。それはいい。でも、アンタは……どうする気なんだい?」 「あいつは俺の――“仮面ライダー”の敵だ。お前らの手を煩わせるわけにはいかない」 その場にいた全員が、その言葉の正確な意味を理解できなかったであろう。だが、この異形の両者の間には、余人には計りがたい深き因縁が存在するのだろう。それだけは分かった。 「ヴァリエール」 「えっ――?」 「平賀に、……優しくしてやってくれ」 目だけで振り向いて、そう答えると、V3は、カメバズーカを殴り飛ばし、転がっていった方向に走り出し、姿を消した。――ルイズには、その背中が僅かだが、寂しく微笑んだような気がした。 「カザミィィィッ!!」 ルイズの叫びを合図としたように、紅蓮の炎に染まる森の奥から、バズーカ砲弾の爆音が響く。 それは、人間には介入できない、改造人間同士の戦闘開始の号砲であった。 ――ズキンっ!! カメバズーカに、地面に放り投げられ、脳震盪を起こしかけていた才人は、ようやく眼を開けた。手首から走る鋭い痛みが、気付け薬代わりになったようだ。 指は――動く。かなりの痛みを伴う事に変わりは無いが、それでも、骨は折れていないようだ。 その事実を、才人は暗澹たるショックとともに受け止める。 改造人間のパワーを以ってすれば、カルシウムの足らない現代人の骨など、文字通りひとひねりだったはずだ。にもかかわらず、おれの右手は無事なままだ。 何故だ。 ――考えるまでも無い。疑問の余地すらない。余りに単純明快な、その答え。 「風見……さん……」 体を起こす。 それに気付いたルイズが、こっちに駆け寄ってくる。 「サイト! 無事だった!? ケガは無い!?」 そんなわきゃねえだろ、と思いながらも、脂汗を流しながら、かろうじて笑って見せる。 「良かった……!」 「ルイズ」 「取り敢えず……取り敢えず、撤退するわよ。こんなところでグズグズして、カザミの志を、無下にするわけにはいかないわ」 「ルイズ」 「急いで! カザミは言っていたわ! あの“ばけもの”が自爆したら、魔法学院さえ巻き込むほどの大爆発を起こすって!! だから――」 「見捨てるのか? ――風見さんを」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズのからだは凍りついた。 「風見さんは、お前にとっても“使い魔”の一人だろう?」 「……」 「そんなあの人を、見捨てるのか?」 そう問い掛ける才人の、射抜くような瞳をルイズは、真っ直ぐに正視することは出来なかった。 「……かっ、カザミは……カザミは死なないわっ!! サイトだって知っているでしょっ!? アイツはただの人間じゃない。それに……」 「だからって見捨てるのかっ!?」 「ただ見殺しにするんじゃないわっ!! 今こうしている間にも、あの“ばけもの”が自爆するかも知れないのよっ!! 一秒でも早く私たちは、学院に帰って、みんなを避難させなきゃならないのっ!! それに――」 「いま、ここにいても、私たちに出来ることはない、――か?」 才人に台詞を奪われて、ようやくルイズは彼に向き直った。――駄々をこねるな、と言わんばかりの目で、少年を睨み返す。 「――そうよ。悔しいけど、あの“ばけもの”を相手に戦えるのは、カザミだけ。私たちじゃない。だから私たちは、私たちに出来ることをするしかないの」 「きゅいきゅいっ!!」 むこうで、シルフィードが呼んでいる。 「なにやってるの二人ともっ!! 早く来なさいっ!!」 キュルケが焦れたように叫んでいる。 そう、こんな無意味な口論をしている暇は無い。 一刻も早く、ここから脱出しなければ、純粋に命が危ないのだ。 そんな事ぐらい、才人にも分かっている。 核爆発の威力の凄まじさは、世界唯一の被爆国民たる平賀才人が、この場にいる誰よりも承知しているからだ。 だが、それでも、……釈然としない。あの二人を置いて、自分たちだけおめおめと逃げるなんて出来るわけが無い。特に、彼の“記憶”を知ってしまった以上は。 「ルイズ、確かにお前の言う事は正しい。でも……やっぱり納得できねえ」 「何言ってるのよサイトっ!? 私たちに、他に出来ることがあるわけ――」 「戦いを止めさせる」 「なっ……!?」 「おれが二人を止めて見せる。そうすれば、何も起こらず、誰も死なずに済む」 ルイズには、この使い魔の少年が、もはや何を言っているのか分からなかった。 普通の人間が、まさに怪物同士というべき、あの二人の間に入って、どうやって戦闘を止めさせることが出来るというのだ。 「何ふざけたこと言ってるのっ!! あの“ばけもの”が説得の効く相手だと、本気で思ってるの!? 巻き込まれて、犬死にするのが関の山じゃないのっ!!」 「“ばけもの”って言うなっ!!」 そう叫んだ才人の目は、純粋なまでに真っ直ぐな目をしていた。 ギーシュのゴーレムに、瀕死の重傷を負わされても立ち上がり、カメバズーカ相手にナタ一本で立ち向かおうとした時の、――あくまでも退く事を知らない眼差し。 ルイズは知っていた。 この眼をした才人には、もはや一切の理屈は通用しないという事を。 「あの人は……好きでバズーカや甲羅を背負ってるわけじゃねえんだ。――あの人は」 「サイト……」 「あの人は……人間だ」 言い切るように言うと、才人はそのまま、少女を置いて駆け出した。 二人の改造人間が戦う――いまや炎が逆巻く、紅蓮の森に。 カメバズーカが撒き散らした炎は、いまや瞬くうちに延焼を重ね、月下に森厳と静かにあるはずだった森林は、まるで昼間のように明るかった。しかし、樹木を照らすのは日輪ではない。さながら煉獄のような白熱の炎である。 才人は、ハンカチで口元を覆い、煙を吸い込まないようにして、走った。 もし、こんな山火事の中、方向を見失ったら最後、確実に自分は死ぬだろう。カメバズーカの自爆や、森の延焼に巻き込まれるまでもない。一酸化炭素中毒で、あっさり窒息してしまうはずだ。 だが、それでも、才人には確信があった。 自分が、間違いなく風見の――V3のいる方向に向かっている事を。 そして、自分が話せば、二人が戦うことの無意味さを、必ず理解してくれるであろう事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 カメバズーカがV3を、燃え盛る大木に叩きつける。 その衝撃で、稲妻に打たれたように、巨木が縦に真っ二つになるが、そんな程度の攻撃で仮面ライダーが動けなくなるとは、怪人も思ってはいない。――当然V3本人も。 ダメージが残る重い身体を、意地だけで動かし、迫り来るカメバズーカのみぞおちに、前蹴りを返す。 よろめくカメバズーカに、さらにジャンプからのキックを見舞うが、一瞬走った激痛が、半呼吸ほど隙を作ってしまう。怪人は身を翻し、躱されたV3の蹴り足が大地を抉る。 「くっ!」 ――正直、このコンディションでは、格闘戦はキツイ。 V3は、そう思わざるを得ない。 だが、殺意だけで活動しているような、今のカメバズーカを相手に時間を稼ぐためには、近接戦闘が一番確実なのだ。 こいつに考える間を与えてはならない! もし、こいつが通常の“怪人”としての思考を取り戻す余裕を与えれば最後、いつ自爆という確実な手段に出るか分からないからだ。 その時だった。 「――やめろぉぉっ!! 風見さんも平田さんも、もう止めてくれぇぇっ!!」 パーカーのあちこちから、いや頭髪からも白い煙がくすぶらせ、才人が血を吐くような叫びを上げていた。 「ひ、らが……!?」 「小僧……!?」 次の瞬間、V3は反射的に動いていた。カメバズーカから才人を庇う位置に。 「馬鹿なっ!? 何故お前がここにいる!? 俺の戦いを無意味なものにする気かっ!!」 「……ええ、無意味な戦いです。だから、おれはここに来たんです」 そう言うと、才人は、V3の背からすり抜けて、二人の中間地点にに立った。 V3もカメバズーカも、眼前の少年の意図がまるで分からず、呆気に取られている。 「平田拓馬……昭和XX年X月X日生まれ。アマチュアレスリング・フリースタイル、全日本選手権優勝二回。世界選手権優勝一回、準優勝二回」 「おい……小僧……!!」 カメバズーカの顔から表情が消える。 「その後、靭帯を傷めて現役引退。平成XX年、XX大学レスリング部に顧問として招聘を受ける」 「――何のつもりだ……小僧……!!」 カメバズーカの背が震える。 「その3年後、同大学非常勤講師の某女性と結婚。同年、妻との間に長男・拓也誕生。その翌年現住所に自宅購入。その翌年……」 「小僧ぉぉぉっ!!」 もはや、カメバズーカの声は、絶叫と化していた。しかし才人は、いささかもたじろぐ事無く、そんな彼を真っ直ぐ見つめたまま、最後の一言を発する。 「――デストロンに誘拐、身柄を拘禁され、第一次改造人間計画候補素体とされる」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 カメバズーカは膝を着き、耳を塞ぎ、まるで本物のカメのように小さくなってしまっている。 V3は、そんな“敵”の姿を見て、呆気に取られていた。 「平賀……お前がいま言ったのは……?」 「風見さん」 「……本当なのか。洗脳が……?」 才人が、頷く。 「ここにいる方は、もう“怪人”ではありません。人の記憶と意志をもった人間です。デストロンという秘密結社が、このハルケギニアに無い以上、お二方がこれ以上争う必要はないはずです」 「……」 V3には信じられなかった。 ショッカーやデストロンといった暗黒組織の科学力はダテではない。 やつらが施した“脳改造”という名の洗脳固定は、改造人間本人の生存本能よりも更に上位に、組織の価値を置く。つまり脳改造を受けた者は、いわば、組織という名の宗教の殉教者になるということだ。 それほどの洗脳が、そう簡単に解除されるはずが無い。それになにより、このカメバズーカは自分の存在を確認した瞬間、問答無用で襲い掛かってきたではないか。 だが、そう思う一方で、やはり才人の言う事も一考の余地はあると思っている。 自分とて、召喚される前は半壊していたはずのダブルタイフーンが、復元していたではないか。洗脳によって破壊された、改造人間の自我も復元しないとは、誰が言い切れる? 「確かに……」 カメバズーカは、顔を上げた。 「俺の名は、平田拓馬……俺自身、ほとんど忘れかけていた名だがな……」 「じゃあ、やっぱり、――洗脳は解けていたんですね?」 「ああ。お前が、俺の前で意地を張っているのを見て、その時ようやく気付いたんだ。……自分の記憶が戻っている事にな」 それを聞いて、才人は、顔をほころばせた。 あの時、自分を嬲るように、右腕を捻り上げたカメバズーカが、そのまま才人の手首をへし折らなかったのは、やはり、人としての意識が回復していたからだ。 「だったら、……だったら、もう止めましょうよ! これ以上二人が戦う意味なんて無いじゃないですか!?」 「悪いが……それだけは無理だ」 カメバズーカは、そう言うと、さっきまでと同じ、殺意にまみれた目で、V3を睨んだ。 「コイツは、俺を殺した……俺自身の仇の片割れなんだ。絶対に、許せねえ……!!」 才人は失望しなかった。 カメバズーカの、その答えは、半ば予想できるものだったからだ。 しかし、それでも確認は取れた。もはやここには、組織に狂信的な忠誠を尽くす、“怪人”はいない、と。それが分かっただけでも、充分だった。 だから才人は、この場を静める最後の賭けに出た。 ポケットから、さきほど砕け散ったナタの一部――といっても、かなり大きな破片だったが――を取り出し、自分の首筋に当てた。 「平賀……?」 「――おい、小僧……何の真似だそりゃあ?」 「見た通りの眺めですよ」 才人は、緊張で、頬を引きつらせながら、 「平田さん……あなたの恨みや怒りはもっともだと思います。……でも、でも、それでも敢えてお願いします。――おれの首に免じて、この場は矛を収めてください!!」 「小僧……!!」 「おれに、あんたたち改造人間を腕ずくで止める力は無い。でも、せめて……覚悟ぐらいは……あんたらにも……!!」 そう呟くと、少年は唇をかんだ。 「くっ……」 「ふふっ……」 「くははははははっ!!」 「くっくっくっ……!!」 才人がぽかんと口をあける。 それはそうだろう。いくら何でも、仮面ライダーと怪人が、並んで笑い合っている光景は、視聴者として育った少年には、シュールすぎる“絵”だったからだ。 ひとしきり笑い終えると、カメバズーカは全身から煙を噴出し、見る見るうちに、――人間の姿になった。 筋骨隆々の、体格のいい、五十代の男に。 「まったく、度胸だけは一人前だな、小僧」 「平田さん、――あんた……!!」 V3は驚かない。 ハンマークラゲやテレビバエ、マシンガンスネークといった怪人たちも、人間形態への変身機能を備えていた。ならば、このカメバズーカに同じことが出来たところで、驚くには値しない。 おそらく、この男こそが、改造人間カメバズーカの、世に在るべき、本当の姿なのだろう。 しかし、同じく変身を解いた風見志郎に、男――平田が向けた眼差しは、先程と変わらぬ鋭いものであった。 「今日のところは、小僧に免じて見逃してやる。――だがV3、いつか必ず、俺は貴様と決着をつける。それだけは覚えておけ……!!」 そう言い捨てると、男は才人に、優しい、だがそれ以上に寂しい目で笑いかけ、そのまま森の奥に姿を消した。 燃え盛る炎が渦巻く、金色の森の中へ。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (48)戦いの火 トリステイン四万。 ガリア一万七千。 ロマリア八千。 それが地空合わせた、集結する予定の連合軍の全容であった。 「……壮観なものですね、これほどの船舶が一同に会するというのは」 アンリエッタが呟いた。 白地に百合の描かれたトリステイン国旗を掲げる多数の軍艦、その中でも一際壮麗にして巨大なフネ、旗艦『メルカトール』。 そのブリッジに、今女王としてアンリエッタは立っていた。 「ガリアとロマリアの先遣隊も続々合流しております。本隊も合流するとなれば、この倍にも膨れあがりましょう」 脇に控えたマザリーニの言葉。 「分かりました……先発している地上軍の様子はどうですか?」 続けてアンリエッタはもう片方に控えていた軍服の軍人に顔を向けて、その軍人――将軍ポワ・チエが答えた。 「はっ。先頃対空施設への攻撃を開始したとの報告が入ったところです。我々が到着する頃には制圧している頃かと思われます」 「……そうですか、兵達の士気はどうですか?」 「そちらも万端、何の問題もありません。我が軍の兵士達は皆、女王陛下の元で戦えることに気を漲らせています。このたびの戦、必ずや我々の勝利に終わるでしょう」 「わかりました……」 その発言に、アンリエッタは心中にて思う。 (やはり、ポワ・チエ将軍は無能ではありません……が、有能でもありませんね) 彼が言ったような生やさしい戦いではないことを、アンリエッタは予感していた。 「そうなると、やはり最大の懸念事項が気になりますね……」 「……懸念、ですか?」 「ガリアとロマリアです」 (……若い人材の育成と確保は、我が国の今後の重要課題事項となるでしょうね) アンリエッタの言葉通り、ガリア軍は万全の体制とは呼びがたい状態にあった。 ガリアは虎の子の両用艦隊を今回の戦に駆りだしている。 しかし、その士気は低い。 その理由を記すにはまず背景となっている事情を知らねばならない。 元々、近年のガリアは王であるジョゼフに従う勢力王党派と、それに反発する謀殺された弟シャルルこそが王に相応しかったとするオルレアン公派との間で、軋轢が広がっていた。 表だっての内戦にこそ発展していなかったものの、それは宮廷内部だけではなく地方領主にまで及んでいた。 何かの契機があれば王家がひっくり返る、そう言う瀬戸際にまで、王家とりまく情勢不安は拡大していたのである。 加えて、王宮は先王ジョゼフの浪費のためにひっ迫した財政状態にあり、そのツケが民衆に跳ね返ってきていたことで、貴族の間だけではなく、平民達の間でも国王に不満を持つ者がほとんどという有様であった。 このような状態で、先王ジョゼフの娘として即位したイザベラへの風当たりも相当に強いものであった。 更に悪いことに、イザベラ自身もあまり評判の良くない王女であったこともこれに拍車をかけた。 特に、隣国トリステインの王女アンリエッタとの比較は彼女の評判を大いに貶める原因の一つとなっていた。 その後、先王ジョゼフの謀殺された弟、その忘れ形見である一人娘のシャルロットを身内として遇し、オルレアン公爵家の名誉を回復し、彼女を新設した近衛騎士団の騎士団長に任命したことで、多少風向きも変わった。 変わったが、それだけである。 それまでの不信を拭い去るほどのものではない。 シャルロットを側に置いたのは、狡知に長けたイザベラの人気取りと取る見方も強く、 特に強硬な反王党派貴族の間では、弱みを握られたか魔法で心を操られたシャルロットが、イザベラに無理矢理に従わされているのだという流言が流布し、イザベラを打倒してシャルロットを王にせよと声高に叫ばれるほどであった。 このような内政不安を抱えた情勢で、イザベラが国外へ動かせる兵士の数にはやはり限界がある。 頼みの綱は諸侯の提供する兵力であったが、これも拒否する者が現れる始末。 特に先王ジョゼフに領地を没収されて、かねてから不満を募らせていた貴族は断固としてこれを拒否、無理強いをすれば内戦に発達しかねないという体たらく。 士気が低い理由は他にもある。 ガリア王国はこの戦が始まった当初、アルビオン神聖共和国と軍事同盟を締結し、トリステイン王国・ゲルマニア帝国に敵対して宣戦布告まで行い、一度は矛まで交えた。 それが短期間の間に翻され、敵であったはずのトリステインと同盟を結んで、アルビオンを裏切ったのである。 これに対して『大義はどこにあるのか』という疑問が末端の兵士の間で拡大し、それが全体に普及するのにそう時間はかからなかった。 結果、両用艦隊を中心として数の上こそ一万以上の兵力が揃えられはしたが、その士気は著しく低いものとなっていた。 両用艦隊の旗艦、アルビオンの超大型艦『レキシントン』が沈んだ今となってはハルケギニア最大のフネである『シャルル・オルレアン』の甲板の上で、イザベラは向かい風を浴びながら、腕を組んでまっすぐに先を見つめていた。 目線の先には、帝都ウィンドボナがあるはずだった。 既にゲルマニア領空に入ってから一日近くが経過している。トリステイン軍と合流する手はずとなっているウィンドボナ南西の空域は近い。 「本当に、付いてきて良かったのか?」 イザベラは、そう背後に居るはずの少女に声を掛けた。 「……いいの」 言葉を返したのは、マントを羽織り、肩にオルレアン公を示す紋章が刺繍されている学生服風の制服を着ている少女。 タバサことオルレアン公爵家当主、シャルロットであった。 「トリステインに母上を残してきているんだろう? そっちについていた方がいいんじゃないのか?」 その言葉にシャルロットは首をふるふると横に振ると、続けて言った。 「……こっちの方が、心配」 心配、あの人形娘が心配である。 その変化に、イザベラはくつくつと笑いをこぼした。 「はんっ、お前に心配されるほどあたしは耄碌しちゃぁいないよ。私はお前の力なんかこれっぽっちも必要としちゃいないんだよ。だからさっさとどことなりでも好きに行くといいさ」 それでも、ポーズは崩さない。 自分と従姉妹の、そんな関係もわりかし気に入っているのだ。 「素直じゃない」 「その方が格好良いだろ?」 そう言うと彼女は前を見たままニヤリと笑った。 さて、ガリアは兎も角、トリステインがそれだけの大軍をこの戦に動員できたことには訳がある。 通常、敵国領土内に軍を派遣する侵略戦争の場合、周辺諸国に隙を見せないために、ある程度の防衛戦力を国内に残すのが普通である。 これは、その戦略上の基本を無視したからこその大軍であった。 防衛最低限の兵力すらも攻撃に割り当てる。なりふり構わぬ捨て身の攻撃。 それが、参謀達が提案し、アンリエッタが承認した秘策であった 宗教庁から『聖戦』こそ引き出すことこそできなかったが、連合軍にロマリアを引き込んだから今だから成り立つ戦略である。 宗教庁が事実上認めた戦争で、同盟国を背後から攻撃するなど、ロマリアにもガリアにもできはしない、少なくともアンリエッタはそう思っていた。 事実、内部に情勢不安を抱えるガリアにはその余力は無かったし、宗教庁を実体上の長としているロマリアは、面子にかけてそのような真似はできなかった。 だが、それでトリステインを攻撃可能な国が無くなったわけではない。 地理上、トリステインに隣接している国はガリア、ロマリアと、もう一国あるのだ。 ゲルマニアである。 大きな音を立てて門が破られる。 トリステインを東西に走る街道の街セダンに、敵が雪崩れ込んでいた。 攻撃を仕掛けたつもりで、その実仕掛けられていた。 強烈なカウンターアタック。 アンリエッタの誤算、それはアルビオンの速すぎる『足』であった。 『あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ』 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー」 『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』 甲冑を身につけた腐った死体達が、街の中を全力疾走していた。 その行軍速度は常軌を逸している。 武装した不死者の大軍、それが、疲れを知らぬことを良いことに、整備された街道を恐ろしい早さで移動しているのだ。 この勢いなら途中にあるいくつかの都市を踏みつぶして街道を踏破し、一両日中には首都トリスタニアまでたどり着いてしまうだろう。 その様はゾンビと聞いて緩慢な動作しか出来ないと思い込んでいる人間にとっては、驚愕以外の何者でもない。 だが、幸いにしてそれを前にして卒倒するような人間は一人もいなかった。 いや、街道の街セダンには、人っ子一人残っていなかった。 アンリエッタの誤算、それすらも読んで手を打っていた者が一人いたのだ。 ウルザである。 ウルザは街の全ての住人を、呪文を使って強制的に避難させ、そこの一つの秘策を施した。 その策の要となる人物が街の中心部、高い尖塔の上から地上を見下ろしていた。 「なんてことだ……」 彼は、手足をちぎれるほどに振って、腐汁をまき散らしながら駆け込んでくる完全武装の不乱死体を目にして絶句した。 はげ上がった頭、手には彼がメイジ出あることを示す杖、そしてローブを纏っている。 彼は眼下で起こっている、決壊した川のように死体が雪崩れ込んでくる光景を前に、立ちすくんでいた。 学院の教師、コルベールであった。 その姿はやつれ、疲れた印象を受ける。 いや、事実、彼は全てに疲れ果てていた。 驚きに開いていた目を閉じる。 頬に冷たい風が当たる。その冷気がひんやりと心地よい。 不安にざわめく心を宥めてくれる。 「行き着く場所がこんなところなら、悪くはないのかもしれません……」 暗い過去に思いを馳せながら、そう呟いた。 ジャン・コルベールという人間の半生は、苦悩と共にあった。 タングルテールにあった村を焼いたあの日から、コルベールは常に後悔の炎にその身を焦がし続けてきた。 もしも誰かがそのことを責めてくれたなら、彼の気持ちも多少楽になったのかも知れない。 しかし、幸か不幸か、二十年間彼を弾劾する者は現れなかった。 その間、コルベールは償いとして自分にできる精一杯を尽くしてきたつもりだった。 希望ある若者達に道を示し、破壊と悲しみしか産まぬ火の力を、人々のために役立てる方法は無いかと探ってきた。 全ては償いのためだった。 だが、それこそが相対の連鎖の始まり。 罪の意識に駆られて、代償行為としての贖罪を行う。 しかし加害者としての記憶は、癒えることのない罪の傷跡となり、新たな罪の意識を生み出していく。結果として終わることのない連鎖が生まれてしまう。 罪を償っても償っても、自分が自身を許せはしない。 永久に終わることのない無限贖罪、それが彼を苦しめているものの正体。 彼が強い、あるいは弱い人間だったならば、円環を形成する前に、忘れてしまえたかも知れない。 しかし、コルベールは強くもなければ弱くもない、ただの凡人だった。 彼がここでウルザに頼まれたのは、王都へと迫る脅威の足止めだった。 つまり、今、街を蹂躙している者達を、コルベール一人で止めねばならない。 軍隊相手に、たった一人で足止めを行うなど、聞いたこともない。 しかし、心当たりが無いわけでもない。 結局コルベールは、その頼みを断らなかった。 契機はこれまでいくつもあった。 復讐に取り付かれた狂人、ウルザの姿――自分には想像もつかないような長い時間を、復讐に執着して生きてきた狂人の姿は、彼に復讐と贖罪の違いはあれど、その行いに終わりがないことを告げていた。 道徳の守護者、教皇の言葉――悔いながら、死ぬまで贖罪に全てを捧げ尽くせという、彼の未来を絶つ言葉。 それらは一つの理由にしか過ぎない。だが、彼の選択の後押しをするものとなった。 コルベールは杖を床に置き、足下に置いてあった革袋から、金属の光沢を放つ一組の籠手を取り出した。 そしてゆっくりとそれを手にはめる。杖を取る。 準備は整った。 さあ、終わらせよう、何もかもを。 「ウル・カーノ・ジュラ・イル……」 基本は発火。 それを複合的かつ持続的に掛け合わせてルーンを構成、イメージを形にしていく。 両手につけたグローブのような籠手が、精神力を増幅し、より明確にイメージを現実にしていく。 本来では扱えぬであろう秘奥の境地まで、コルベールを導く。 「ウル・カーノ……」 胸の前で一度手を組み、それから徐々にそこを放していく。 放した両手の間、その何も無い空間を目標に精神を集中させる。 するとそこに小さく光が灯った。 「ウル・カーノ……」 イメージするのは、細かく小さな粒の加速、加速、加速。 呪文を重ねがけするたびに、光の勢いが増していく。 そこで起きているのは、基本の応用、ようは発火の魔法と同じことである。 ただし、本来のそれとは質と規模が違う。 精密精緻。コンマの誤差も許されない呪文操作によって、目的とする空間の温度だけを加熱していく。 「ウル・カーノ……」 最強の系統は何か? そう問われて、メイジならば大体は己の系統を答えるだろう。 コルベールもそう、彼の場合は火だと思っている。 彼の場合、それは何も自信や慢心からそう思っているのではない。 理論や経験でもって、火であると確信を持ってそう答えるものである。 風は偏在し、水は蘇生させ、土はどんなものであっても形作るであろう。 だが、火はそれらとは根本的に次元が違う。 「ウル・カーノ……」 火は、何もかもを焼き尽くす。 それは術者ですらも、例外なく。 「ウル・カーノ・ニエル・ゲーボ」 コルベールの絶望を乗せて呪文は完成し、 『オビリスレイト』 世界は赤い炎に包まれた。 「……嗚呼、神よ……」 最初に気がついた男、行商人の呟き。 セダンの街から十リーグ離れた山中を歩いていた彼は、世界が壊れたような音と衝撃で異変に気がついた。 何を起きたのかを確認するためにその方角を見たとき、彼は生涯に渡って忘れられぬ光景を目にすることとなった。 空がオレンジに染まっている。 地上から天へと、見たこともないような形の巨大な雲が伸びている。 それはまるで大きな笠を持ったきのこのような形をしていた。 何が何だか分からない。だが、恐ろしく冒涜的な光景であることは確信できた。 『きっと地の底から、地獄がこの世に顔を出したに違いない』 そう思った男は、その場に膝を突いて体を震わせながら神に祈りを捧げたと後に語っている。 その日から、地図の上で、一つの街が抹消されることになる。 戦いの始まりだ! 女王を称える、ときの声をあげろ! ――トリステインの兵士 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 例えばの話だが、ある所に命を懸けた戦いをしている戦士がいるとしよう。 限られた武器と足手纏いとも言える者たちが周りにいる中、戦士の相手は凶悪な怪物。 明確な殺意をもって戦士の命を仕留めようとする、無慈悲な殺人マシーンだ。 戦士は足手纏いな者たちを守りつつ怪物を倒すことになるが、それはとても大変な事である。 戦う必要のない者たちは自分たちも戦える豪語しつつ、各々が勝手に行動しようとするからだ。 そうすれば戦士はいつものペースで動くことができないが、一方の怪物は戦いを有利に進めることができる。 例え向こうが多人数であっても、足並みを揃える事が出来なけれ文字通り単なる烏合の衆と化す。 結果向かってくる奴だけを順々に片付ければ良いし、運が良ければ思い通りの戦いができない戦士をも殺せる。 しかし、足手まといな者たちが一致団結して戦う事が出来るとすれば話は変わる。 訓練された軍隊のように足並み揃えて一斉に襲ってくると、さしもの怪物も対処しづらくなるのだ。 更にその隙を縫って戦士が強力な一撃仕掛けてくるとなれば、もはや勝ち目などない。 一見すれば怪物側が有利な戦いは、実際のところたった一つの駆け引きで勝敗が左右する大接戦。 相手の腹を探りつつどう動くべきかと考えあぐねるその時間は、当人たちにとっては命を懸けた大博打である。 しかしそれを空の上から眺めてみれば、とても面白いゲームだとも思えるだろう。 そう、自分たちが傷つくことのない場所から見れば、命を懸けた勝負すら単なるゲームになる。 「ふーん―――何だか見ないうちに、随分とややこしい事になってるじゃないか」 旧市街地に並ぶ廃屋の屋上に佇む金髪の青年が、やけに楽しそうな調子で一人呟く。 左右別々の色を持つ眼には、この廃墟群の出入り口で大騒ぎを繰り広げ始めた五人の少女達が映っている。 彼が今いる位置ではやや遠すぎるかもしれないが、そんな事を気にもせず彼女たちの姿を見つめていた。 旧市街地の入り口から少し進んだ先で、まるで決闘の場で対峙するかのように向かい合っている紅白の少女が二人。 青年から見て旧市街地側に佇む紅白の少女の傍に、腰を抜かしているピンクブロンドが目立つ少女。 そして少し離れた場所には、まるで野次馬の様に三人の様子を眺めている黒白の少女と燃えるような赤い髪の少女がいた。 日も暮れ始めて来た為か肌の色までは良くわからなかったが、青年にとってそれは些細な事に過ぎない。 今の彼にとって最も重要なのは、『三人』の姿が見れた事だけであった。 五人いる内の中ですぐに安否が確認できるのは二人。黒白の金髪少女とピンクブロンドの少女だけ。 三人目となる紅白の少女は二人いるせいで、どちらを見ればいいのか未だにわからない。 「一体どういう経緯で二人になったのかは知らないけど困るよなぁ~、あんな事勝手にされちゃあ…」 僕の目が回っちゃうじゃないか、最後にそう付け加えた彼は軽く口笛を吹く。 まるで観戦中の決闘に予期せぬ乱入者が現れた時の様に、興醒めするどころか楽しんでいるようだ。 それは正に、安全かつ他人同士の殺し合いをしっかりと見届けられる場所で歓声を上げる観客そのものである。 「しっかし何でだろうな…一人しかいない筈の彼女に二人目がいるだなんて」 落下防止にと付けられた鉄柵の上に両肘をつけた青年は、またもや呟く。 彼以外にその疑問を聞く者はいないし、当然返事が来ることも無い。 生まれた時代が違えば、目の色だけで見世物小屋にいたかもしれない青年にとって、単なる独り言であった。 そう…単なる独り言だったのだ。 「私も良くは知らないが、アレに関してはお前たちの方は心当たりがあるんじゃないか?」 気づかぬうちに、自分の後ろにいた゛者゛の言葉を聞くまでは。 「――は?」 突然背後から耳に入ってきた声に、青年はその目を見開かせてしまう。 しかし驚きはしたものの、数時間前に似たような事を経験をした彼は声が誰のものなのかを分析しようとする。 良く透き通るうえに大人びた女性の声は、想像の範囲だがきっと二十代後半なのだろう。 あるいはマジックアイテムが魔法で細工しているかもしれないが、実際のところは良くわからない。 それよりも今の青年が気になる所はたった一つだけ。それは、どうやって自分の背後に近づいたのかという事だ。 青年が経験した「数時間前に似たような事」というのは、正にそれであった。 ◆ 時間をさかのぼり今日のお昼頃であったか。 彼はちょっとした用事でブルドンネ街で買い物を楽しんでいた三人の少女を、旧市街地の教会から観察していた。 その三人こそ、今の彼が屋上から眺めている「ピンクブロンドの貴族少女」と「黒白の金髪少女」。そして何故か二人いる「紅白の黒髪少女」である。 望遠鏡を使ってわざわざ遠くから見ていた青年の姿は、他人から見れば通報されても仕方がないであろう。 そのリスクを避ける為に人気のない旧市街地から覗いていたのだが、そこで変な事が起こった。 何と誰もいなかった筈だというのに、突如自分の後ろから女の声が聞こえてきたのである。 その後は色々とありその場は置き土産を置いて後にしたが、青年は観察事態を諦めてはいなかった。 そもそも彼が三人を覗いてた理由である「ちょっとした用事」というのは、彼にとって「仕事の内の一つ」なのだ。 だからその場を去った後は、三人の動きをしっかりと見張れる所に移動していたのである。 そして三人が導かれるようにブルドンネ街からチクトンネ街へ行くところはバッチリと見ていた。 不幸か否かチクトンネ街へ行った際に一時的に見失ってしまったが、数分前にこうして再開すことができた。 偶然にも自分が昼頃にいた旧市街地へ舞い戻る事になったのは、一種の皮肉と言えるかもしれない。 ◆ そうこうして、良からぬ展開に巻き込まれた三人の様子を観察していて、今に至る。 (一瞬聞き間違いかと思ったが…どうやら僕の予想は正しかったようだ) 彼は先程聞こえたものと、昼に聞いた声がそれぞれ別々のモノであると既に理解していた。 今聞こえた声からは、昼頃に聞いたものとは違う゛凛々しさ゛を感じていた。 昼の声は「貴婦人さ」というものが漂っていたが、今の声にはそれとは逆の…俗にいう「働く女性」というイメージがぴったりと合う。 しっかりとした性格の持ち主で、上司に対しちゃんとした敬意を払うキャリアウーマンだ。 自分とは正反対だな。月目の青年は一人そう思いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。 彼は予想していた。振り返った先には誰もいないし、それが当然なのだと。 ただ見えるのは、落ちていく夕日と共に影に蝕まれる寂れた床だけなのだと。 昼頃の体験もそうであったし、それと似通った部分が多い今の事も同じような結末を辿るのだと、勝手に決めつけていた。 しかし、現実というのは時に奇妙で刺激的な事を不特定多数の人間に体感させる。 一人から数十人、下手すれば数百から千単位に万単位、もっともっと大きければ国家単位の人口が奇妙な体験をするのだ。 今回、現実という日常的な神様は月目の青年に奇妙な「存在」を目にする機会を与えてくれた。 そう…国を傾けかねない美貌と、この世界に不釣り合いな衣服を纏う「存在」と、彼は出会ったのである。 「君が口にしたややこしいという言葉は…残念だが私たち側も吐露したいんだがね」 距離にして四メイル程離れた所に、明らかに場違いな金髪の美女が、腰を手を当ててそう呟いた。 明らかにハルケギニア大陸の文明から作りえない青と白を基調にした衣装を身に纏った体は、まだ二十代前半といったところか。 これまで生きてきた中で数々の女性と付き合ってきた彼が直感的に思いつつも、次いでその視線を美女の衣装に注いでいく。 一目見ただけでもハルケギニアの民族衣装とも異なるが、蛮族領域に住む亜人たちや砂漠に住まうエルフたちの衣装とも印象が違う。 どちらかと言えば東方の地から時折流れてくる衣服のカタログで、似たようなものを見たことがあったと彼は思い出す。 白い服の上に着ている青い前掛けには、大した意味が無さそうに見えてその実難解そうな記号が踊っている。 もしかするとあれが東方の地で用いられる言葉なのかもしれないが、今の青年にはそれよりも気がかりな事が二つほど合った。 「――――コイツは驚いたね。さっきまで誰もいなかった場所に、僕好みの美人さんが立っているとは」 見開いていた月目をスッと細めた彼は、両腕をすっと横に伸ばし冗談めいた言葉を放つ。 大げさすぎるその動作を見た異国情緒漂う女性もまた目を細め、その口から小さな吐息を漏らす。 反応だけ見ても呆れているのかこちらの動きを読んでいるのか、それすらハッキリとしない。 こういう相手は綺麗でも付き合うのはちょっと遠慮したいな。彼がそう思おうとした直前、女性の口が開いた。 「良く言うよ…君は知っているんだろう?―――私がそこら辺にいる゛ニンゲン゛とは違うって事を」 「……?それは一体―――――!」 夕闇の中、金色の瞳を光らせた彼女がそう言ったのに対し、ジュリオは怪訝な表情を浮かべようとする。 だがその瞬間。目の前の女性を中心に、この場所ではやや不釣り合いと思える程度の匂いが突如漂い始めた。 その匂いはこの建物を降りて適当な路地裏を歩けば出会いそうな連中が放っているモノと似通っている所がある。 青年は仕事上そういう連中と接する機会が多いため、唐突に自分の鼻を刺激した匂いの正体を断定できる自信もあった。 群れを成して路地裏に屯し、時として真夜中の街へ繰り出し生ごみを漁る大都市の掃除屋。 おおよそ武器を持たなければ人間でも太刀打ちできない゛奴ら゛と似たような匂いを放つ金髪の女。 それが意味するものはたった一つ――――――文字通りの意味で、女は人間ではないという事だ。 「もしかして君、常に体を清潔にしないタイプの人かい?」 匂いの根源と、その理由を何となく把握できた青年は、ふと冗談を放つ。 プロポーズどころかデートのお誘いですらない言葉に不快なものを感じたか、目を瞑った女はこう返す。 「生憎ですが私は主人と違い、そういうお話にはあまりお付き合いできませんよ?」 「そいつは残念だ。――――…おっと、ここまで話し合ったんだから名前ぐらい教えておこうか」 女性の辛辣な返事に青年も素っ気ない言葉で対応したかと思えば、笑顔を崩さぬまま唐突な名乗りを上げた。 「僕はジュリオ…ジュリオ・チェザーレ。気軽に呼んでくれてもいいし様づけしたっていいよ?」 青年、ジュリオの名前を知った女性は呆れた風なため息をつきつつ、その口を開ける。 「―――――八雲藍だ。別にどんな風に呼んでくれたって構いはしない」 憂鬱気味な吐息を漏らした口から出た言葉は、今の彼女を作り上げた主からの贈り物。 遠い昔の時代に、東の大陸で跳梁跋扈した妖獣の一族である彼女の今が、八雲藍という存在であった。 ★ 「おぉ…。さっきとは打って変わって、奴さん積極的じゃないか」 明らかに先程とは動きの違う偽レイムの後姿を眺めつつ、魔理沙が気楽そうに言った。 先程までこちらに背を向けている相手に殺されかけたというのに、その言葉から緊張感というものを殆ど感じられない。 流石に物凄い勢いでナイフを放り投げ、口論を続けていた霊夢とルイズに急接近した時は軽く驚いたが、今はその顔にうっすらと笑みを浮かべている。 箒を右手に持ち、キュルケの隣に佇むその姿はすぐに戦えるという気配が全く見えない。 自分に危害が及ぶ事が無いと分かっているのか、それとも知り合いである巫女が勝つことを予想しているのだろう。 とにもかくにも、この場には不釣り合いと言えるくらいに、魔理沙は霊夢達の動きを傍観していた。 「さて、この似た者同士の勝負。どちらが最後まで立ってられるかな」 「三人して同じ部屋で暮らしているというのに、観客様の気分で見ているのね貴女は…」 すっかり回復し、楽しげな言葉を放つ魔理沙とは対照的に、その隣にいるキュルケは安堵することができなかった。 下手すれば死んでいたかもしれない黒白がどんな態度を見せようとも、彼女とって今の状況は゛非日常的な危機゛であることに変わりはない。 急な動きを見せた偽レイムの傍には抜かした腰に力を入れて立とうとするルイズがおり、そんな二人から少し離れた所に本物の霊夢がいる。 もし立ち上がったルイズが下手に動こうとすれば、突然殴り掛かってくるような相手に何をそれるのかわからない。 その事をキュルケ自身が察する前に霊夢も気づいているのだろうか、ナイフを片手に身構えた状態からその場を一歩も動いていない。 一方の偽レイムも先程まで霊夢達がいた場所から動いてはいないものの、いつでも仕掛けられるよう腰を低くしている。 正に先に動いたら負けという状況の中にいる三人を不安そうな目で見つめているのが、今のキュルケであった。 (本当に参ったわね…いつもとは全く違う刺激があるのは良い事だけど…あぁでもこういうのは良くないわ) 少しだけ似合っていない魔理沙の微笑を横目でチラチラ見つめつつ、手に持った杖をゆっくりと頭上に掲げていく。 それと同時に多くの男を虜にする艶やかな声でもって素早くかつ正確に、呪文の詠唱を始める。 別にあの三人の戦いの輪に巻き込まれたいという、自殺願望に近い何かを胸中に抱いているワケでは無い。 ただキュルケ本人としてはどうしてこんな事になっているのか知りたいし、その目的を達成するためにはルイズの存在が必要だ。 恐らく、自分が巻き込まれたであろう刺激に満ちた今の事態の発端を詳しく話せるのは彼女しかいないであろう。 なら彼女の使い魔と居候となっている黒白でもいいかもしれないが、部外者である自分に話してくれる可能性はかなり低い。 そこでワザと彼女らが直面している事態に首を突っ込み、彼女らと同じ場所に立つ。そんな計画がキュルケの脳内で出来上がっていた。 故に彼女は決断していた。この刺激的な一日の最後を飾るであろう魔法を、偽レイムにお見舞いしてやろうと。 幼少の頃に覚えたスペルの発言は数秒で済み、短くとも今この場で最適と思える魔法の発動が準備できた時、魔理沙が声を上げた。 「あ、お前も混じるのか。何だか随分と賑やかになってきたじゃないか」 まるでこれから起ころうとしている事を知っているのか、彼女の顔にはその場にそぐわない喜色が浮かんでいる。 実際、この世界へ来て数週間ほどしか立ってない魔理沙にとってキュルケの魔法を見るのはこれが初めてなのだ。 しかしそんな彼女にとうとう嫌気がさしたのか、嬉しそうな黒白に向けてゲルマニアの留学生魔理沙の方へ顔を向け、目を細めて言う。 「本当に呆れるわね貴女。…こんな状況でそんな表情と態度を出せるのは一種の才能なの?」 「私から見れば、これから死出の行軍に出ようとしているようなアンタの顔が、ちょっと見てられないぜ」 遠まわしに空気を読めという解釈にも取れるキュルケの言葉を聞いても、魔理沙の態度は変わりはしない。 それどころか、緊張しすぎている彼女を笑わせようと灰色の冗談を飛ばしてくる始末であった。 もはや怒るどころか呆れるしかないキュルケは、ため息つく気にもなれず相手を見下すかのような表情を浮かべる。 「そう…じゃあそこでずっと見ていなさいよ?何が起こっても私は助けないけどね」 私にとって貴女は、まだ得体の知れない相手なんだから。最後にそう付け加え、キュルケは偽レイムの方へ顔を向ける。 「生憎だがアレは不意打ちだったんだぜ。それにお前が手を出すと霊夢が嫌がるかもよ?」 まぁそれはそれで見ものだけどね。魔理沙もまたそんな言葉を付け加え、キュルケに助言を送る。 しかし魔法使いからの言葉を聞き流したキュルケは、今か今かと攻撃のタイミングを伺っている時であった。 日常からやや抜けた刺激を活性化させる為に、常人では考えもしない異世界の事件に首を突っ込もうとしている。 その結果に何が待ち受けているのかは知らないが、キュルケ自身は後悔しない筈だろう。 後戻りができそうにない、非日常的な刺激こそ……彼女が求めてやまぬ心身の特効薬なのだから。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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トリステイン魔法学院の一室、ルイズとみかんが生活する部屋は、ここしばらく無人だったが、昨日その住人が帰ってきた。 主人が不在の間もメイドによって清潔に保たれ、出発する前と全く同じ様子の部屋とは逆に、ルイズの表情はあまりにも暗く変化していた。 最愛だったはずのワルドが王党派を毒殺したあの日、ルイズはギーシュの使い魔によってどうにか戦火から逃れることができた。 しかし、その思い出から逃れることができず、今だに苦しんでいる。 レコン・キスタとトリステインは和解をしたらしい。 それでも警戒を解くことはできないため、姫様の婚約の話はそのままだ。 手紙は、みかんが持って逃げ出していたために無事だった。 手紙を姫様に渡す際、ウェールズ皇子の最後を聞かれ、ついワルドと勇敢に戦って死んだと応えてしまった。 友を戦火に巻き込んだお詫びにと、旅立つときに預けられた指輪を頂いたが、その感動が理解できる状態ではなっかた。 いまでも目をつぶればあの冷たい目で自分を見つめていた皇子の死体が思い浮かんでしまう。 まだ明けたばかりの空をぼんやりと眺めていると、オルトロスが扉の方を向き、みかんを起こした。 あの日以来みかんはオルトロスに寄り添うように眠るようになったのだ。 扉が開くと、そこにはミス・ロングビルがいた。 「あら、もう皆さんお目覚めでしたのね。オールド・オスマンが呼ばれていますよ。朝食の前にこちらに来てほしいとのことです。それでは」 こんな朝早くに一体何だろうか? あのワルドとの決闘騒ぎで噂になってしまっていたみかんのシントウと呼ばれる魔法もみかんが実はメイジであったことやさらに異世界から来たことなども全て話合ったはずだ。 身に覚えのないルイズは、疑問に思いながらも着替えを始めた。 ついてこようとするみかんには「呼ばれたのは自分だけだから」と断っておいた。 扉をノックし、挨拶をする。 「ルイズです。ご用件とは一体なんでございますか?」 「おお、とにかく入りなさい」 促され入るとオスマンの机の上には一冊の本が置かれていた。 「おはよう、ミス・ルイズ。実は姫様からおまえさんに頼みがあると言われたのでな」 「姫様から?」 無意識に顔をゆがめてしまう。 また危険な目だろうか? 姫様への忠誠心こそ変わらないがあの恐怖を忘れることも無理だろう。 そんな感情を読んだのかオスマンは朗らかに続けた。 「明後日の結婚式のことは知っておるじゃろう?」 「はい」 この学園で知らないものがいるわけがなかった。 明後日は姫様の結婚式だ。 授業は午前までで、この学院の生徒は全員パレードに参加する。 特にルイズやみかんは特別席に招待されることになっている。 あの作戦に参加したギーシュやキュルケ、タバサもだ。 キュルケやタバサには作戦の詳しい内容は知らされていないが、一応国家のために尽力をつくしてくれたのだから招待しないわけにはいかないということだ。 表面上はルイズの特別親しい学友だからということになっている。 「それでじゃな、姫様はお前さんに結婚式の祝詞をたのみたいとおっしゃったのじゃよ」 「姫様が?!」 「うむ、つい先ほどいきなり使者の者が来おってな。この本をワシに預けて行ったんじゃ」 「そんないきなり…」 「いきなりじゃからこそなるべく早く知らせようと思ったのじゃよ」 それでこんな朝早くに呼び出されたのか、そんなことよりも自分がそんな一大事を?! 混乱するルイズにオスマンは説明を続けた。 「これは始祖の祈祷書と呼ばれるあの伝説の本じゃ。もっとも中身は白紙で偽物も甚だしいのじゃがな。祝詞を読み上げるものはこの本を手に読み上げる決まりになっておる。手放すなよ?」 「も、もちろんです!!手放したりなんてしません!!」 「ふむ、よろしい。ではもう下がってよいぞ」 あまりの急展開に頭がついていかないまま、ルイズはふらふらと部屋に戻って行った。 朝食を取り終えたルイズは祈祷書を眺めながらぼんやりと椅子に腰かけていた。 隣では自分よりも食べる速度の遅いみかんがパンをかじっている。 何人ものメイジがみかんに奇異の目を向けている。 おおよそすべての魔法を発動すら不可能にする先住魔法の使い手といてみかんは有名になっているのだ。 しかも決闘が目立ちすぎたために、グリフォン隊のワルドと行動を共にしていたこともばれてしまっている。 侯爵家であるルイズとその使い魔であるみかんがグリフォン隊の人間と行動を共にしていたとなれば噂にもなる。 今回のレコン・キスタとの唐突な和解にも何か関係しているのではないかという噂すらあった。 しだいに居心地の悪さを感じ始めていたルイズがみかんを急かそうかと思い始めたころ、コルベールが大声でみかんの名前を叫んだ。 「ミス・ミカン!!いますか!!」 「こるべーる先生?」 食堂で叫ぶという非常識な行動をとがめる声もあったが、興奮状態にあるコルベールはそれを無視して尚も叫んだ。 「早く!!早く君が召喚された広場まで来てください!!」 「ミスタ・コルベール、いったい何をそんなに騒いでおられるのですか?」 「ミス・ヴァリエール、大変なことが起こっているのです!!ミス・みかんの仲間を名乗る方が!!ミス・ホナミとミスタ・イバがミス・みかんを迎えに来られたのです!!」 「「えぇ?!」」 次からの投下は避難所で行います このスレの趣旨とはずれていくと思いますので
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第九十三話「傷だらけの舞踏会」 宇宙凶険怪獣ケルビム 登場 「お兄ちゃん、はい! お手紙折ったよ!」 「オッケー。じゃあ次はその手紙を封筒に入れてくれ」 ……ある日の晩、才人はルイズの部屋で、タバサとともに平民に向けた舞踏会の招待状を 支度する作業に取りかかっていた。と言っても才人はハルケギニアの文字を知らないので、 タバサが書いた例文を、意味を分からずに一枚一枚書き写しているという形を取っている。 この作業に、リシュも手伝いをしていた。 「はぁ~……それにしても、すごい量を書かなくちゃいけないんだな。この山を見ると、 改めてそう思うよ」 招待状を書いている途中で、凝った肩をグルグル回してほぐした才人が、長く息を吐きながら ぼやいた。彼の目線の先には、まだ白紙の手紙が山積みになっている。もう大分書いたはずなのだが、 この分だとまだまだ終わりそうにない。 「しかもこれだけで、学院で働いてる人たちの分だけだろ。この学院って、思ってたよりも ずっとたくさんの平民の人たちに支えられてたんだな」 学院で働く平民の多さを実感してため息を吐く才人。その言葉にタバサはうなずく。 「……それだっていうのに、平民を下に見る生徒が大勢いるだなんて。そいつら全員、一度平民に ボイコットされて、当たり前のように飯が食えるありがたみを知ればいいんだ」 珍しく苛立った様子で吐き捨てる才人に、リシュが眉を八の字にして尋ねる。 「お兄ちゃん、何か嫌なことでもあったの?」 「え? あ、ああいや、別に怒ってるとかじゃないんだ」 我に返った才人があたふたと弁解した。 「ただ、舞踏会に反対してる生徒が思いの外多くってさ……ちょっとだけ気分が参っちゃっただけだよ」 とため息交じりに語る才人であった。 反対している生徒が思いの外多い、と軽く言ったが、しかしこれが目下の大問題であった。 この反発の声は無視できないほどの大きさであり、ギーシュとモンモランシーが学院内での立場が 苦しくなって才人たちから離反してしまったほどなのだ。二人とも申し訳なさそうにしていたが、 貴族の集まる学院となると、そこでの立場が家名にも影響をもたらす。その影響を考えなくても 大丈夫なのは、ルイズやクリスのような公爵以上の貴族中の貴族クラスか、タバサのような特殊な 立ち位置くらいでないといけない。そういうことで、ギーシュたちは舞踏会賛同派にいられなく なったのである。 また、懸念していた事態も遂に起こってしまった。反対派はオスマンのところにまで苦情の 数々を向け、それを受けてオスマン直々から舞踏会の中止を勧告されているのだ。しかしオスマンは ルイズたちの努力も汲んで、次の虚無の曜日までに反対派を説得できれば舞踏会中止は取り下げる との猶予を与えてくれた。たった数日の時間の猶予だが、それでも最大限の譲歩であった。 それほどまでに反対の意見は大きいのだ。 そういうことで、どうにか舞踏会を成功させようと今もルイズとクリスが生徒たちを説得して 回っている。実際の会場の準備をしてくれているシエスタは別として、ルイズたちがこの場に いないのはそういう理由からであった。 以上の難関を振り返って眉間に皺を寄せた才人。彼の表情から何を見て取ったか、リシュは 慰めの言葉を掛けた。 「……みんなで舞踏会、出来るといいね」 「ああ……。そのためにお兄ちゃん頑張るぜ! リシュも応援しててくれな……ん?」 笑顔を作って振り返った才人だが、リシュが畳の上にコテンと横になっているのを目にして、 呆気にとられた。 「すー……すー……」 「ありゃ、寝ちゃったのか。まぁ無理もないかな。もう結構遅い時間だし」 才人は一旦ペンを置き、リシュをベッドまで運んで寝かせてあげた。 「それにしても寝つきのいい子だな。さっきまで話してたところなのに……」 独白しながら、リシュの寝顔を見つめてふとつぶやく。 「こんな安らかな寝顔をしちゃって、普段どんな夢を見てるんだろうなぁ」 リシュの見ている夢を気に掛ける才人。普段の彼なら、そんな何の実りもないことを気にしたりは しないのだが、ここ最近の自分の夢見が何だか妙なので、つい他人の夢も気にしたのであった。 最近、どうにも同じような夢を見ているのだ。目覚めた時にはおおまかにしか覚えていないが、 自分が召喚される前のように高校に通っている。それでいて、高校にはこの世界で出会った ルイズたちがいるという不思議な夢。一度や二度ならそんなこともあるだろうと気にしたりは しないが、こうも連続すると自分で自分が不思議になる。 (何か俺、心の中に溜まってるものでもあるのかな。それが夢の形で現れてるのかも……) そうも思ったが、今はそんなことよりも舞踏会の問題だ。ルイズたちが反対派を説得し、 無事に舞踏会が開催できることを信じて、今は招待状を完成させるのだ。 そう自身に言い聞かせて、才人は執筆に戻っていった。 この翌日……学院の側の森に、一人の男子生徒がやや鼻息荒くしながら分け入っていた。 この生徒は、舞踏会の反対派の中でも特に声が大きい者の一人であった。彼に引っ張られる形で 反対を表明している者もいるほどだ。たとえばこういうのがいなければ、ルイズたちも随分と楽に なるのかもしれない。 しかし貴族の子息が何故一人で森の中に入っていくのか。しかも若干興奮した様子で。 「ふふふ……とうとう僕にも春が来たんだ。もうギーシュに自慢させてばかりはさせないぞ。 今日からは僕も彼女持ちだ!」 生徒はそんなことを口走っていた。そして片手には手紙。内容は、何とラブレター。 彼は本日、少し席を外している間に自分の教科書にこのラブレターが挟まれているのを発見した。 そこに『今日の放課後、一人で森に来て下さい』と書いてあったので、その通りにここまでやってきたのだ。 落ち着いて考えれば、いくら何でも告白する場所にわざわざ森の中を指定するのは怪しいが、 何せ生まれてこの方まともに女子とつき合った経験のない身。日頃からギーシュ等を羨んでいて 仕方ないところにラブレターをもらったので、すっかりと舞い上がっているのだ。 更に言えば、彼は貴族といえども思春期の男子。こと恋愛事となると冷静さを欠く年頃である。 はっきり言えば色惚けした馬鹿なのだ。 「さーて、この辺かな。おーい、誰かいないかー? 手紙に書いてあった通りに、一人で来たぞー」 とにもかくにも、男子生徒はめぼしいところで立ち止まり、ラブレターの差出人を探して 大きな声を上げた。だが、そうすると、 「えッ? おい、今のどういうことだ?」 「は?」 近くの樹の陰から、別の男子がひょっこりと姿を出したのだ。お互い、相手の顔を確認して唖然とする。 「お、お前、何でこんなところにいるんだ?」 「そりゃこっちの台詞だよ。どうして森にいるんだ、お前」 「僕は今日このラブレターをもらって、それで……」 最初の生徒の言葉に、もう一人は目を見開く。 「ラブレターだと? それなら俺ももらったぞ」 「えぇ? み、見せてくれ」 もう一人が取り出した手紙と、自分のものを見比べる男子生徒。 「ほ、ほぼ同じ内容だぞ」 「どういうことだ……?」 訝しむ二人。しかしこれで終わりではない。 「お、おい。そこのお前たち、何やってるんだ?」 「その手に持ってるの、まさかラブレターじゃないだろうな?」 「おいおい! これどういうことだよ?」 辺りから男子生徒がゾロゾロと数人ほど現れたのだ。これにより、全員がどうなっているのかと 呆然としてしまう。 しかし互いに情報を出し合ったことで、全員がラブレターに導かれるままここに来たのだ ということがはっきりとなった。ここに至って、どういうことかを全員が理解し、憤然となった。 「何だよ! 質の悪い悪戯だったのか!」 「期待させやがって! 誰がこんなことしたんだ? 馬鹿にして!」 「おい、よく見たらここにいるのって、あの平民向けの舞踏会なんて馬鹿げたことに反対してる 奴ばっかじゃないか」 誰かがそう言った。その通り、彼らは反対派の中核ばかりであった。 「ってことはつまり、ルイズたちか平民の仕業だってことか?」 「つまらない嫌がらせしやがって! もう勘弁ならないぞ!」 「オールド・オスマンに訴えて、すぐにでも舞踏会なんて中止させてやる!」 すっかりと機嫌を害した男子たちは、徒党を組んでオスマンに抗議しようと学院の方へ 引き返そうとする。 が、その時に、空から大きな物体がものすごいスピードで降ってきて、森の中に落下した! ドズゥンッ! と激しい地鳴りとともに震動が起こる。 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 突然何事かと一斉に振り返った男子たちが目にしたものとは、 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 森の背景にそびえ立つ、頭頂部にゴツゴツした一本角を生やし、手は内側の二本が特に長く 鋭い四本指、長大なモーニングスター状の一歩が目立つ大怪獣の姿だった。 獰猛な宇宙怪獣、ケルビムだ! 「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 目の前に現れた怪獣に恐怖して大絶叫する男子たち。ケルビムはすぐに彼らに目を留め、 鉤爪を振り上げて襲いかかろうとする! 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 「ひぎゃああああああああッ!! お、お助けぇぇぇぇ――――――!!」 地響きを鳴らして迫りくるケルビムから、男子たちはみっともなく泣き叫びながら必死に 逃げ回り始めた。 ケルビムの出現、及び生徒たちが襲われていることはもちろんすぐに才人とゼロが感知した。 『才人! 学院の生徒が怪獣に襲われてるぜ!』 「でも、何であんな森にここの生徒が!? 何やってたんだ?」 『そんなことより、そいつらの命が今にもやばい! 助けに行かねぇと!』 「ああ、分かった!」 才人は即座に人のいないところへと飛び込み、ウルトラゼロアイを装着して変身する。 「デュワッ!」 変身を遂げたウルトラマンゼロは即座に飛び出し、ケルビムを発見すると巨大化して飛び蹴りを 食らわせた。 「デェェェアッ!」 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 キックが首に決まり、ケルビムははね飛ばされる。男子たちが踏み潰される、本当にギリギリの ところであった。 「う、ウルトラマンゼロ様ぁ~!」 死の恐怖で泣きじゃくっていた男子たちは、危ないところを救ってくれたゼロをぺこぺこと拝み、 次いで全速力で逃げていった。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 立ち上がったケルビムは怒りを示してゼロをにらみ、威嚇するように腕を振り上げる。 それに対して宇宙拳法の構えを見せるゼロ。両者戦意にあふれている。 『来いッ!』 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 激突するゼロとケルビム。学院を背にして、ここに決闘が開始された。 ケルビムは長い鉤爪の生えた両腕を振り下ろしてゼロに攻撃を仕掛ける。しかしゼロは相手の 懐に飛び込むことで鉤爪をかいくぐる。そこから反撃を繰り出す姿勢だ。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 だがそれより早く、ケルビムが自身の首を振り下ろした。ケルビムの頭部には太い一本角が 生えている。動きの制限される懐に入ったのが災いし、ゼロはよけられずに角が肩にヒット。 『ぐッ……せぇぇいッ!』 ダメージを受けるが、苦痛をこらえて肘打ちからの横拳を食らわせた。ケルビムは悶絶して よろよろと後退。これでイーブンといったところか。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 だがケルビムもめげずに反撃してくる。耳の位置に生えたヒレが斜め上に開いたかと思うと、 口から火球を吐き出してきた! 『! とりゃッ!』 下手に火球をかわしたら学院に当たってしまうかもしれない。そのためゼロは瞬時にゼロスラッガーを 両手に持ち、飛んでくる火球の連発を片っ端から切り払った。それからスラッガーを投擲して遠距離攻撃を 仕返しする。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 が、スラッガーはケルビムの角に弾かれた。ゼロは前に駆け出しながらスラッガーを頭部に戻し、 再度接近戦を試みる。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 その時にケルビムの長い尻尾がしなり、ゼロに向かって振り下ろされた。尻尾の先端は 鈍器状となっている。この一撃を食らうのは痛い! 『はッ!』 しかしゼロは相手の尻尾攻撃を見事キャッチして止める。これでひと安心かと思いきや、 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 ケルビムはその場で軽く浮上。そして高速回転を始める! 重力を無視した飛行能力を持つ 宇宙怪獣だからこそ出来る荒業だ! 『うおあッ!?』 尻尾を抑えていたゼロも振り回されてしまい、遠心力で投げ飛ばされた。 『このッ! せぇいッ!』 エメリウムスラッシュを発射するも、ケルビムの回転する尻尾に撃ち返されて空の彼方へ 弾かれてしまった。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 減速して着地したケルビムは、今の技を誇示するかのように腕を振り上げてひと鳴きした。 ケルビムのトゲトゲした肉体は飾りではない。角と爪は接近戦用の武器、尻尾は中距離戦用の 凶器となり、遠距離だと火球で攻撃してくる。このように、距離を選ばず戦闘できるのが何よりの 強みなのだ。宇宙怪獣の中でも特に獰猛で好戦的な性質が反映された進化の形といえるだろう。 『なかなかに手強いな……。メビウスの奴が手を焼いただけのことはあるぜ』 ケルビムの隙のない強さを認めたゼロは、下唇をぬぐって意識を一新する。 『だが勝負はここからが本番だぜ! ストロングコロナゼロだぁッ!』 そして身体を赤く燃え上がらせ、ストロングコロナゼロに二段変身した! 破壊力重視の 怪獣相手ならば、こちらもパワー重視の形態で応戦だ! 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 ケルビムはまたも火球を吐いてゼロを狙うが、ゼロは腕で火球をはたき落としながら前進。 ケルビムに向かって駆けていく。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 『おおおおッ!』 ケルビムは迫ってきたゼロへ角を振り下ろす――が、それに合わせたゼロのエルボーの 打ち上げが、角を粉砕した! 「ギャアアアアアアオウ!?」 自慢の角を粉々にされて激しく狼狽えたケルビムだが、それでもゼロに反撃するべく尻尾を 伸ばし、回転を始める。再び先ほどの回転攻撃を仕掛けるつもりだ。 しかし今度のゼロは、相手の尻尾をがっしりと掴むと、怪力でケルビムの回転を食い止めた! 『どおおおおぉぉぉぉぉッ!』 その上、反対にケルビムの全身をブンブンと豪快に振り回す。ケルビムは抵抗さえ出来ない。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 『らぁぁぁぁぁぁぁッ!!』 そして十分勢いをつけたところで、思い切り投げ飛ばす! 豪速で地面に叩きつけられた ケルビムはそのまま爆散した! 「ジュワッ!」 見事にケルビムを粉砕し、またも学院を救ったゼロは、大空へ飛び上がって森を後にしたのであった。 怪獣を倒したのはいいのだが、またしても一つ謎が残った。それは、男子生徒たちを偽の ラブレターで森に呼び寄せたのは何者の仕業なのかということだ。 被害に遭った男子生徒たちは、ルイズらの仕業だと主張したが、手紙が配られたと推定される 時刻には全員に明確なアリバイがあった。平民が教室に入って不審な動きを取っていたという 報告もない。それに、反対派への仕返しとしては所業が半端。そういうことで、無関係な者の つまらない悪戯ということで一応片づけられた。 しかし裏では、小さな女の子が学院内をチョロチョロ駆け回っていたという目撃情報も 上がっていた。それはほぼ確実にリシュだろうが、まさか幼いリシュが色惚けていたとはいえ 魔法学院の生徒を騙せるほど綺麗な字を書けるとは思えない。たまたま部屋を抜け出して 散歩していただけだろう、ということでリシュにはルイズからの注意だけで済まされた。 それと男子生徒たちが集まったところに、狙いすましたかのように怪獣が出現したことに関しては、 さすがに偽のラブレターを仕掛けた者に怪獣を操れるような恐ろしい力があるはずがない、 ということで単なる偶然と処理された。ゼロだけはどうにも釈然としない様子であったが……。 だが悪戯で済まされたとはいえ、この件で生徒らの舞踏会賛成派の心象が一層悪くなったことだろう。 関係はないと判断されても、こんなことが起きたのは平民向けの舞踏会を開こうなんて言い出す奴が いるからだ。そんな理不尽な思考をするのが人間というものだから……。 説得は余計に難航しそうだと、才人の不安も強まるのだった……。 そんなことがあった後に、リシュが才人にこんなことを問いかけた。 「お兄ちゃん、どうして舞踏会に反対してる人たちを助けたの?」 「えッ? いや、助けたのは俺じゃなくてウルトラマンゼロなんだけどな……」 反射的に訂正する才人。リシュはどういう訳か、男子生徒たちを助けたのが才人だと思っている みたいであった。 「というか、どうして怪獣に襲われたのが反対してる人たちだってこと、リシュが知ってるんだ?」 「えッ? それは……ルイルイたちが話してるのを聞いたの」 と答えたリシュが、質問を重ねる。 「でも、ウルトラマンゼロが来なかったとしても、お兄ちゃんはその人たちを助けてたんじゃないの?」 「まぁな。さすがに見捨てるなんてことはしないさ」 「どうして? その人たちがいなかった方が、舞踏会をすんなり開けていいんじゃない?」 幼い故の、無邪気だが残酷な質問だろうか。才人はリシュを諭すように答えた。 「そういうものじゃないさ、リシュ。都合が悪いからって、邪魔だからって、いなくなって しまえばいいって訳じゃないんだ。人の命はな、そんな軽いものじゃないんだ。それに、邪魔な 相手をいなくさせれば何もかも解決だっていうのがそもそもの間違いだぞ。物事っていうのは、 そんな単純にはいかないものなんだ」 しかし、リシュは、 「……リシュはそう思わないな」 「リシュ……?」 「……どんなにこっちから言っても、分かってもらえないこととか、相手が分かろうとも しないことだってあるよ。そんなどうしようもない時には、邪魔な人がいないように することも……間違いじゃないと思う」 才人は、幼く無邪気なリシュがそんな難しく、悲しいことを語ったのがとても意外で、 思わず言葉を失った。 それと同時に、この時のリシュは……幼い少女とは思えない、成熟した女性のようだと 感じたのであった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『このメールが無事にPCに届いている事を、 そして君がこのメールを無事に読める状況にあることを願って。 才人くん、元気にしているだろうか。 「そちら」が「こちら」の時間が同期しているかどうかはわからないが、君がいなくなってから「こちら」では約半年が経過している。 今更言う事ではないのかもしれないが、今君がいる場所は「地球」ではない。 俗な言い方をすればいわゆる「異世界」と呼ばれる場所だ。 君達の常識では考えられないことかもしれないが、この世にはそういった常識の「外側」が存在する。 君が今いる異世界もそうだし、君が今まで生きてきた地球も例外ではない。 かくいう俺自身も、そういった「外側」を知りそこに生きている人間でもある。 ご両親から君が行方不明になった事を聞いた時は、正直驚いた。 だが、君が俺の修理したPCを持ったまま行方を消した事が不幸中の幸いだった。 ……実は、君のPCにはちょっとした遊び心で改造を施してあったのだ。 いわゆる「外側」の技術を使ったものだ。 まあ充電不要になるとかちょっぴり余分な機能がついている程度で普通に使う分には気付く事もないようなものだ。 ただ……いやなんでもない』 ※ ※ 「イノセントのPCを魔改造してんじゃねえよ……」 「き、気になる所で切んないでよ叔父さん! ただ何なんだよ!?」 『なに、ちょっと特殊な操作をするとボーンと爆発するだけだ。あまり気にするな』 「メールが返事すんなよっ!? っつうか自爆装置とかつけんなよ!?」 「お、俺のPCにそんなロマン機能がっ!?」 ※ ※ 『話を本題に戻そう。 とにかく、そんな訳で君のPCには俺謹製の処理が施されてあったのだ。 行方不明という事を知った後、俺はそれを頼りに独自に捜索を行なった(GPS的な用途に使ったと思ってくれればいい)結果、君が地球ではなく別の世界にいるという事を突き止めた訳だ。 ……突き止めたまではよかったが、そこからが問題だった。 君がいる「場所」はわかったのだが、そこに辿り着くことができなかったのだ』 ※ ※ 「……」 メールを見ながら柊は眉を潜めた。 文面のそのフレーズは以前にフール=ムールが言っていたのとほぼ同じなのである。 ――見つけたところで喚ばれぬ限り"辿り着く"ことはできない。 (どういう事だ? ファー・ジ・アースの人間はこっちに来れない理由があるのか?) フール=ムールはそれを『ここがハルケギニアだから』と言っていたような気がする。 この世界は主八界とか関係ない『外世界』ではなく、ファー・ジ・アースと何らかの関係がある世界なのだろうか? 答えの出せない疑問を胸に浮かばせながら、柊はメールを読み続ける。 ※ ※ 『俺のできる限りの知識やコネを使ってそちらに繋がるゲートを作ろうと試みたが、それは叶わなかった。 そもそもの話、「外側」の技術で君達イノセント(外側を知らない一般人)に対して過度の干渉をする事はあまり薦められた行為ではない。 俺が取引した、ゲートを作り得る技術を持った組織もその趣旨は例外ではなく、組織のトップにいる人物はその点に関して殊に厳格だった。 結果としてゲートが繋げられない事実が判明すると早々に捜索は打ち切られてしまった。 こうして君にメールを送ったのは苦肉の策、あるいは最後の手段だった。 無事に届くという保障はないが、何もしないよりはマシだろう。 長々と書いてしまったが、結論としては「こちらからは君を助ける事ができない」という事になる。 そう結論付けることしかできないのは非常に心苦しい。俺の力の及ばなかったことを許して欲しい。 無責任な言い方かもしれないが、決して諦めないでくれ。 俺や君の御両親、君の友人。そういった人達が君の戻ってくることを待っている事を忘れないでくれ。 彼等は君と同様イノセントなので事情を明かす訳にはいかず、とりあえずは俺の勤めているミーゲ社の所在地……つまりドイツに留学という形で処理している。 だから君は何も心配せず、ただこちらに戻ってくる事にだけ頑張って欲しい。 故意にせよ事故にせよ、こちらとそちらを繋ぐゲートが存在した以上、必ずそれを作る手段があるはずだ。 それに、君は覚えていないだろうが、君には以前からこの手の「外側」に対する適応力が見て取れていた。 だから俺は、君が今の状況を受け入れそして乗り越える事ができると信じている。 再び君と会える日が来ることを、心から祈っているよ』 ※ ※ ※ 「……叔父さん」 サイトはわずかに顔を俯かせ、手の甲で目元を拭った。 一緒にメールを読んでいた柊が、力強く肩を叩く。 「大丈夫だ。俺も手伝う。俺もこの十蔵って人と同じウィザード……『外側』ってのを知ってる人間だから、力になれる」 「……うん」 ありがと、と呟くように言った後サイトは改めてメールを見やった。 そして柊に眼を向け、尋ねる。 「俺のこと、ドイツに留学って事にしてるみたいだけど……」 懇意にしている親戚ではあるが、基本ドイツに在住している十蔵にすぐに連絡がいくという事はあまりないはずだ。 つまり十蔵がそれを知ってサイトの事情を調査し、そして対応するまでに行方不明という事はそれなりに広まっているはずだ。 果たしてそれで誤魔化せるものなのだろうか。 すると柊は腕を組んで少し考えると、 「多分記憶処理かなんかだろうな。地球じゃそうやって『外側』の事を知られないようにしてるんだよ」 「き、記憶処理って。それじゃ……」 「……。お前は最初っから行方不明になんてなってなくて、単にドイツに留学してるからいないだけ……って周りの人達は思ってるってことだ」 「そんな……」 幾分申し訳なさそうに柊が言うと、サイトは顔色を失って肩を落とした。 「けど、親御さんとか友達に行方不明だって心配かけるよりはずっといいだろ?」 「それは、そうだけど」 理屈としてはそれは理解しているし、心情としてもそういった人達に心配をかけたくない、かけずにすむ事になって安堵しているというのは確かにある。 だが、その一方で自分がこんな事になっているのを知らず、自分がいない事に疑問も抱かないどころか気付いてさえいないという事実に、まるで見捨てられたような感覚も覚えるのだ。 矛盾した感情を上手く処理する事ができずに、サイトは呆然とメールの開かれたディスプレイを見つめることしかできなかった。 柊はそんなサイトを見やって口を開きかけたが、上手く言葉にできずに黙り込んでしまう。 部屋に下りた沈黙を破ったのは、搾り出すようなか細い少女の声だった。 「……サイト」 「テファ?」 振り返って彼女に眼を向け、サイトは眼を見開いた。 椅子から立ち上がり、しかし近寄りがたいように立ち尽くしてサイトを見やる彼女の顔は酷く翳っていて、今にも泣きそうに見えたのだ。 「その手紙……みたいなの、私には読めないけど……家族の事が書いてあったの?」 「あ……うん。まあ……」 サイト達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様、ティファニア達には地球の文字が読めないのでメールの内容はわからないだろう。 だが、その後の柊との会話でなんとなく類推することはできたはずだ。 誤魔化すこともできずにばつが悪そうにサイトが答えると、ティファニアは顔を俯けてしまう。 「ごめんなさい……」 「……テファ」 「私のせいだよね? 私がその地球からサイトを召喚しちゃったから、サイトは家族とも離れ離れになって……」 「い、いや。テファのせいじゃないって。別にわざとやった訳じゃないし、俺だって何も考えないで馬鹿みたいな事しちゃったからこうなったんだし」 サイトは慌ててティファニアに駆け寄ると、宥めるように肩に手を置く。 すると彼女は俯いたままサイトに身体を寄せて、顔を彼の胸に埋めた。 ――泣きそう、ではなかった。 サイトの胸にしがみつく様に身体を寄せる彼女は、泣いていた。 「ごめんなさい。私にできること、何でもするから。虚無の魔法っていうのも、覚えられるようがんばるから」 ティファニアはサイトに顔を向けないまま、肩を震わせて言う。 「――メロンちゃんとかもやるから」 「いや、メロンちゃんはもういいから!?」 マチルダの殺気が膨らんだのを察知して、サイトは慌ててティファニアの両肩を掴んで引き剥がす。 そしてサイトは見上げる彼女を真っ直ぐに見据え、ふっと笑って見せた。 「大丈夫だよ、テファ。柊も協力してくれるし、どうにかなるって。父さんとか母さんの事だって、叔父さんが上手くやってくれてるって書いてた。だからテファが心配することなんてない」 なおも不安そうな表情で見つめてくるティファニアの視線を受けてサイトは一瞬言葉につまり、そして少しだけ眼を反らしながら照れ臭そうに呟いた。 「だから、その……テファにそんな顔されてる方が、困る。テファは笑ってる方が似合うと思うし……その。ほら、俺、使い魔だから、テファのこと守るのが仕事だから、俺が泣かしたみたいなのは……」 「……サイト」 少し前にマチルダに似たような事を言ったのを思い出して口に出してしまったが、気恥ずかしくなったのかサイトは次第にしどろもどろになって最後には完全にそっぽを向いてしまった。 ティファニアはサイトの言葉を胸の裡で反芻すると、僅かに頬を染めてくすりと笑みを浮かべた。 それを見てマチルダは口の端を歪めてふんと鼻で笑い、柊もにやにやとした表情で「言うなあ」と零す。 周囲の反応を見やってサイトは羞恥に顔を染めた。 「か、勘違いしないでよね! これはただの使い魔の仕事なんだから!」 「なんでそこでツンデレなんだよ!?」 呻くように叫んだサイトにすかさず柊が突っ込むと、テファは今度こそ声を漏らして笑った。 沈殿してした空気がどうにか持ち直した事に柊は安堵を覚えつつも、 (……ルイズもこれくらい協力的だったらなあ) 僅かばかりの羨望を感じてしまった。 しかしよくよく考えてみると、ルイズは柊に対してはともかくエリスに対してはそれなりに柔らかい対応をしているし、エリスもうまくやっているようだった。 (もしかしてぞんざいに扱われてるの俺だけなのか……?) なんとなく釈然としない気分になった。 柊は気をそらすようにしてノートパソコンに眼を移し、サイトに声をかける。 「サイト。他のメール、いいか?」 「え? あぁ」 言われてサイトも思い出したかのように再びノートパソコンへと歩み寄る。 十蔵からのメッセージはあれで終わりだったが、送られてきたメールは一つだけではない。 残ったメールには全て添付ファイルがついているというのも気になる所だった。 サイトは二番目に送られてきたメールを開いた。 ※ ※ ※ 『追伸。 君を救出する事は叶わないが、せめてもの力添えをしたいと思いコレを送る。 もし君のいる世界が平穏に満ちた場所であったのなら、コレは無用の長物だ。 場所を取って大変邪魔になるので、このままファイルを開かずに放置しておいた方がいい。 だがもしそうでないのならば、コレは君の力になってくれるはずだ。 コレは君の翼だ。君にはコレを扱う「資格」がある。 俺の翼は既に折れてしまったが、君ならば俺の届かなかったあの蒼穹の果てにも辿り着けるだろう。 君に戦乙女の加護のあらんことを。 平賀 十蔵 』 ※ ※ ※ 「……なんだ?」 書かれている内容がいまいち理解できずサイトは首を捻ってしまった。 ちらりと隣の柊を覗いてみたが、彼もまた眉を潜めている。 ただ、その表情はサイトのように意味がわかっていないというのではなく、何事かを考えているようでもあった。 「どういうことか、わかる?」 「……なんとなく」 サイトの問いかけに柊は呟くように返した。 サイトの状況を理解していてこの内容だとすれば、おそらく送られてきたという『何か』はウィザードの技術を使ったものなのだろう。 更に言えば、文中で書かれていた通り『平穏でない場合に力添えになる』ものでもある。 添付ファイルで送られてきたという事はおそらくその中身は術式プログラムである可能性が高い。 術式プログラムとは回復魔法などと言った魔法技術を電子プログラム化して軽量化と効率化を図ったもので、中には魔術書一冊が丸々プログラム化してメモリの中に封入してある事さえある。 しかし、この術式プログラムをインストールするためには機器に《メモリ領域》という専用の記憶媒体が必要になるのだ。 これはかなり特殊な技術であり、柊やエリスの0-Phoneにすら搭載されていない。 「イノセントのPCにどこまでやってんだよ……」 普通に使う分にはまず気付かれない範囲とはいえ、いくらなんでもやりすぎな改造に柊は嘆息した。 そして不思議そうに覗き込んでくるサイトに眼を向けると、肩を竦めて見せた。 「まあ、お前の叔父さんが信用できる人なら悪いもんじゃねえだろ。開いてみればいいんじゃないか?」 「……んじゃ」 僅かに逡巡した後、サイトは添付ファイルを開いた。 ――同時にディスプレイ上にある全てのウィンドウが閉じ、画面一杯に新しいウィンドウが開かれる。 その直後、まるで滝のように意味のわからないプログラム言語が流れ出した。 「う、うわあっ!? な、なんだコレ!! ウィルスとかじゃねーの!?」 「俺にもわかんねえよ!」 怒涛の勢いで溢れ流れる文字群にサイトは思わず身を強張らせる。 処理が追いついていないのだろうか、PCがガリガリと嫌な音を立て始めた。 「大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」 「だからわかんねえって――」 サイトが泡を食って柊に詰め寄ろうとした時、PCに更なる異変が起こった。 流れ続けるプログラム言語はそのまま、ディスプレイ上に淡く光る魔方陣が描き出されたのだ。 「お、俺のPCがァーーっ!?」 「さ、サイトちょっと下がれ!」 柊はサイトを引き摺るようにして後ろに下がらせて、PCとの間に立ち塞がるように位置取った。 危険はないとは思うのだが流石に不安になり、月衣からデルフリンガーを取り出すか数瞬迷う。 と、その間にPCの異音がぴたりと止まり、それと共に流れていたプログラム言語も停止した。 ディスプレイ上で淡く明滅する魔方陣に眉を潜めながら、柊はPCを――画面一杯に陳列するプログラム言語を凝視する。 この手の知識がない柊にはその内容も意味も全く理解できなかったが、かろうじて読み取れる単語を見つけ出した。 「ガーヴ……月衣?」 改めて画面を見渡すと、その単語がいくつか散見できる。 という事は、このプログラムと魔方陣は月衣に関する何かなのかもしれない。 サイトやティファニア、マチルダが言葉も失って呆然と見やる中、柊はPCに歩み寄ってディスプレイに手を伸ばした。 五指が液晶の画面に触れ――その手が画面の中に入り込む。 「な、なにしてんだ!?」 「……多分、この『中』に十蔵って人が送ってくれた物が入ってる」 「中ぁ!?」 この魔方陣はおそらくガンナーズブルームの圧縮弾倉と似たような代物なのだろう。 それをプログラム化して送ってくる辺り、平賀 十蔵というウィザードはかなり優秀な技術者のようだ。 「……あった。コイツは――」 中に収納されている『何か』を掴み取り、次いで眉を顰めた。 そして柊はソレをしっかりと掴んだまま引きずり出す。 魔方陣の中から現実の空間に顕れたそれは――巨大な剣だった。 「やっぱり、ウィッチブレードか」 ガンナーズブルームを始めとしたウィザード達が用いる『箒』――その中でも近接戦闘型のモノだ。 現在柊が所有している一世代前のガンナーズブルームはどこか機械的で無骨な印象があるが、こちらは現行型で全体的に洗練されたフォルムを持っている。 「す、すげえ……」 完全に現出したウィッチブレードを凝視しながら、サイトが感嘆にも似た声を上げた。 これまで呆気に取られるしかなかったマチルダは、やはりどこか呆然と言った態で呻く。 「……一体なんなんだ、それは……」 「箒……あー、『破壊の杖』の同類みたいなもんだよ」 「破壊の杖? 全然似てないじゃないか」 「用途が違うだけで同じ系統のモンなんだよ。あっちは『銃』でこっちは『剣』」 言いながら柊はウィッチブレードを起動させる。 反応を示す音と共に重低音が響き渡り、後部スラスターから淡い魔力光が零れだした。 動作は特に問題なさそうだ。 おおおー、と感動した面持ちで歓声を上げるサイトを他所に、柊はウィッチブレードの状態を確認していく。 オプションスロットには姿勢制御用のスタビライザと、出力上昇用のエネルギーブースターがいくつか。 いわゆるフル装備という奴である。 イノセントにどこまでやる気なんだよ、と柊は眉を顰めながら各部位をチェックし、 「……なんだこりゃ?」 思わず上擦った声を上げてしまった。 この箒、外見上はウィッチブレードに属するそれなのだが、中身がまるで別物で性能も奇妙な代物だった。 まず、スペックでいうと現行のウィッチブレードをかなり上回っている。 柊の知る限り現行の箒の中では最上級とされる『エンジェルシード』と比較しても遜色ない……どころか、それすら凌駕しているといっても過言ではない。 ――のだが、『制限機動』というモード設定によって出力と一部機能にリミッターがかけられている。 しかも肝心要のコアユニットが現行のウィッチブレードと同一規格なので、スペックを十全に発揮するには出力が圧倒的に不足していた。 例えていうならF1のレーシングカーに普通車のエンジンを載せているようなものだ。 通常のウィッチブレードと同程度の性能は発揮できるとはいえ、これでは竜頭蛇尾もいいところではないか。 「試作機……未完成品ってところか」 言いながら柊がウィッチブレードを軽く振るうと、剣身に通常の魔導具に用いられる魔術刻印のルーンとは異なるサインを見つけた。 記された文字は『VALKYRIE-03』。 「ヴァル……ヴァルキューレ03? この機体の名前か?」 ナンバーが振ってあるという事はあるいは何らかのシリーズのコード名なのかもしれない。 そんな事を考えていると、サイトが弾けるように叫んだ。 「ひ、柊! それ、見せてもらってもいいか!?」 「お、おう。まあ元々お前用に送られてきたんだしな」 好奇心を抑えきれないといった様子のサイトに少し気後れしながらも、柊は念のためウィッチブレード――ヴァルキューレ03を機動停止させてサイトに手渡す。 歓声混じりで子供のようにヴァルキューレ03を手に取り、あちこち観察するサイトを柊は嘆息しながら見つめた。 「うおー、すげー! かっこいい!!」 「馬鹿、振り回すんじゃない! 玩具じゃないんだよ!」 実際に『破壊の杖』の挙動を見た事のあるマチルダが抗議交じりに柊を見たが、彼は軽く手を振った。 「機動した状態じゃなきゃ単なる馬鹿でかい鈍器だから、あの時みてえな事はできねえよ」 言って柊は改めてPCに向き直った。 箒を取り出した事で再起動がかかったのか、PCの画面はウィンドウの開いていない初期の状態に戻っている。 メールソフトを開いてみると、添付ファイルの着いた複数のメールの内最後の物以外は全て開封済みになっていた。 唯一の未読メールを開いてみると、それは箒の取り扱いについてのマニュアルだった。 ふと思い立ち、柊は先程の月衣もどきが機動したプログラムを再び起動してみる。 しかしファイルの破損によりプログラムは実行されなかった。 どうやら内容物を取り出した事でプログラムだかステータスが書き換わってしまったようだ。 複製は不可能なのがわかって柊は軽く舌打ちする。 そして柊はしばし何かを黙考した後―― 「サイト」 「え、なに?」 「……大事な話がある」 努めて真面目な表情で柊が言ったので、浮かれ気味だったサイトも僅かに眼を見開き黙り込んだ。 そして柊は重々しく口を開く。 「お前、確かルーンがガンダールヴって言ってたよな?」 「あ、うん。何かブリミルがどうとか伝説の使い魔だとか」 「そうだな。伝説の使い魔って話だったな。……伝説の使い魔だったら、使う武器もそれにふさわしい伝説の武器の方がいいと思わねえか?」 「え? そりゃまあ、それもお約束だしなあ」 「そうだろうそうだろう。そこでお前にいい話がある」 「い、いきなり胡散臭くなったぞ」 「まあそう言うなよ」 言いながら柊はおもむろに月衣からデルフリンガーを引っ張り出した。 『なんだ、やっと出番か? 待ちくたびれたぜ……いや、月衣の中じゃ時間経過とかあんま関係ねーんだけど』 「け、剣が喋った!?」 驚きを露にするサイトをよそに、柊は至って真面目にサイトに語りかけた。 「こいつはデルフリンガー。かつてガンダールヴが使っていたという伝説の魔剣だ。訳あって今は俺が使ってるが、 やっぱ伝説の剣は伝説の使い魔が使うのがふさわしいと思うんだ。デルフもそう思うだろ?」 『なんだ、その小僧ガンダールヴなのか? まあ確かにガンダールヴ用の能力もあったような気もするが……』 「そんなのあったのか」 『多分』 「そうかそうか、なら話は早ぇ」 そして柊は気持ち悪いくらい朗らかにサイトに笑いかける。 「デルフもこう言ってるし、こいつを本当の意味で使いこなせるはお前なんだ……そう、お前だけだ!」 「お、俺だけ……!?」 超嬉しそうに声を上擦らせるサイト。 何故かデルフリンガーも嬉しそうに声を上げる。 『こ、これはアレか? 俺様の真の所有者を巡って争いが勃発!? やめて、俺様のために争わないで!!』 そして柊が畳み掛けるようにサイトに詰め寄った。 「そんな訳だからコイツとその箒を交換してくれ!」 「ヤだ」 『またしても即答!』 「チッ!」 デルフリンガーが愕然と叫び、柊が忌々しげに舌打ちする。 「いいじゃねえかよ! 今から箒の使い方覚えるよりも普通の剣の方が扱いやすいだろ!?」 「ふっ……よくわかんねえけど、ガンダールヴのルーンがあると武器の使い方がわかって身体も軽くなるんだよ。だから全然問題ないし。何なら今からコイツを起動させてやるぜ?」 「くっ……なんだよそのインチキくせえ能力!」 悔しそうに、そして羨ましそうに顔を歪める柊にサイトは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「それにこれは叔父さんから貰った大事なモンだし! 喋るのは珍しいけど普通の剣よりこっちの方が格好いいし、強そうだし!!」 『……おい小僧』 意気揚々とヴァルキューレ03を掲げてのたまうサイトに、酷くくぐもったデルフリンガーの声が響いた。 「あんだよ」 『屋上。……じゃねえ、表に出ようぜ……久々にキレちまったよ……』 わなわなと震えた声でデルフリンガーはそう漏らし、次いで爆発したように叫びだした。 『外面ばっかで選んでんじゃねえよこのボケッ! 男だったら中身で勝負しやがれ!』 「いや中身でも圧倒的にあっちのが上だろ」 『やかましい! とにかく、テメェみてえなド素人のガンダールヴに使われるぐれえなら相棒の方が百万倍ましだってんだよ!!』 柊の突っ込みを無視して喚き散らすデルフリンガーを、サイトは流石にこめかみを引くつかせて睨みつける。 「なんだよ、喧嘩売ってんか? ……上等じゃねえか。古臭え伝説に現代の戦術って奴を思い知らせてやるよ」 『やってみろよ。新しいモン好きのバカガキに伝説の信頼と実績って奴を見せ付けてやらあ』 お互いに顔(?)を突きつけてにらみ合う一人と一本を見ながら、柊はおずおずと手を上げる。 「おい、おかしくねえか? その流れで行くならデルフを持ったガンダールヴのお前が箒持った俺とやるのが正しいだろ?」 「細かいことはいいんだよ!」 『もう何がなんだかよくわからねえがとにかくそういう事なんだよ! おら、行くぞ相棒!』 「またこんなかよ!」 召喚されて早々にギーシュとの決闘に巻き込まれた事を思い出し、柊は思わず叫んでしまうのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」 海獣キングゲスラ 邪心王黒い影法師 登場 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。 五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の 存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない 人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを 完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは 密かに集まって相談を行っていた……。 「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて 何か分かったことはないか?」 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を 聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで いたが、その結果を尋ねているのだ。 ガラQは才人たちに、次のように報告した。 「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」 「誰か……?」 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。 「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。 「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」 「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。 『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。 『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか 尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは 不可能か……』 「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。 「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような ものだから」 「そっか……難しいのね……」 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。 「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を 進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」 「それってどういうことだ?」 聞き返す才人。 「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な 過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを 何の意味もなくさせるはずがない。 「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが 起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」 「洞窟を照らしてトロールを出す……」 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。 「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に 治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」 「パムー……」 ハネジローが困惑したように目を伏せた。 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。 「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても 元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」 『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに アタックしてみようぜ』 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。 「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる ことを祈ってます」 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした 調子で語った。 「それではサイトさん、本の前に立って下さい」 「ああ……」 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。 「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。 ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐ 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った 三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。 「くーださーいなー!」 「はははは! 何にするかな?」 「ラムネ!」 「僕も!」 「俺もー!」 「よーしよしよし!」 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、 ふと一人があることに気がついた。 「あッ! おじさん、今何時?」 「んー……六時、ちょい過ぎ」 「大変だー!!」 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。 「どうした? そんなに急いで」 振り返った子供たちは、次の通り答えた。 「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」 「早くはやく!」 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に 目を奪われる。 『武田武田武田~♪ 武田武田武田~♪ 武田た~け~だ~♪』 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。 「始まったー!!」 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。 『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。 それゆけ、我らのヒーロー!』 「すっげー……!」 「かっこいー!」 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな 日々の中で、『それ』は起こったのである……。 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。 「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。 「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の 小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。 「……赤い靴の女の子?」 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。 「ある世界が、侵略者に狙われている」 「え?」 「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、 侵略者を倒して……!」 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。 「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと 思った時には外にいることに気がついた。 「ここは……?」 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。 「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、 倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した! 「ウアァァァッ!」 「わぁッ! あいつは……!」 即座に端末から情報を引き出す才人。 「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。 『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』 「メビウスが迷い込んだって!?」 『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない 平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを 綴った物語だったか……!』 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる ことに目を留めた。 「あんなところに人が!」 『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが 出てくるはずだ……』 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。 そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。 「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」 『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。 『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』 「えッ!?」 『早く変身だッ!』 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着! 「デュワッ!」 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの 前に立った! 『よぉし、行くぜッ!』 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。 「ウアァァァッ!」 「デヤッ!」 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う ゼロに問いかけた。 『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』 『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。 「ハァァッ!」 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、 ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。 『うわッ! しまった、毒針か……!』 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。 「ウアァァァッ!」 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが 覆い被さってきた。 「ウアァァァッ!」 『ぐッ……!』 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと 苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。 『何か奴の弱点はねぇか……!?』 『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。 「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」 『あの人は……!』 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた ことへの反応を表す。 「デェアッ!」 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。 「ウアァァァッ!」 「セイヤァッ!」 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた! 「キャアア――――――!!」 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が 正しかったのだ。 『よし、今だッ!』 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。 「シェアッ!」 「ウアァァァッ!!」 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ! キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。 「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」 『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』 「なるほど……さっきの人は?」 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を 知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。 「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」 「君は……?」 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。 「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの 赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。 「これは……?」 『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。 「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」 「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」 「手品師か何か!?」 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、 才人はどうしたらいいか困る。 「あッ、いや、それはね……!」 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。 「ごめんね! ちょっとごめんね!」 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。 「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく 思うが、青年は首を振った。 「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。 実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」 「ウルトラマンがいて?」 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。 『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。 テレビのヒーローって形でな』 『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。 「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」 「ああごめん。申し遅れたね」 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。 「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、 彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。 『……』 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような 怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十四話 最終戦争の一端 赤色火焔怪獣 バニラ 青色発泡怪獣 アボラス 岩石怪獣 ネルドラント 毒ガス怪獣 エリガル 古代暴獣 ゴルメデ 噴煙怪獣 ボルケラー 透明怪獣 ゴルバゴス 登場! 古代遺跡から発掘されたカプセルから蘇った、怪獣バニラ。 才人とルイズはウルトラマンAへと変身し、これを迎え撃った。 しかし、強靭な肉体とメタリウム光線をも防ぐ火焔を持つバニラの前に、エースはエネルギーを使い果たして倒れてしまう。 バニラの吐き出す火焔に包まれるウルトラマンA。 この、悪魔のような大怪獣を倒す方法は、はたしてあるのだろうか…… 「うわぁぁっ……」 バニラの火焔が作り出した山火事の中に、ウルトラマンAは沈んでいった。 かつて、ミュー帝国の街を蹂躙したであろう紅蓮の業火と同じ炎の中が、容赦なくエースを焼き尽くそうと燃え盛る。 このままでは、確実に死んでしまう。エネルギーが尽きかけたエースは、最後の手段をとった。 「ヌゥゥ……デュワッ!」 横たわるエースが、腕を胸の前でクロスさせ、大きく開いた瞬間、エースの体が白色に輝いた。 ちかちかと、光は燃え尽きる前のろうそくの炎のようにエースを包んでまたたく。そして、最後にわずかにまばゆく 発光したかと思われた瞬間、エースの姿は炎の中に溶けるように消えてしまった。 怪獣バニラは、勝利の雄叫びをあげるとくるりときびすを返した。燃え盛る森を背にして、いずこかの方角に去っていく。 後には、轟音をあげて燃え盛る森と、炎から逃げ惑う鳥や動物の悲鳴だけが残される。 ウルトラマンAは、死んでしまったのだろうか……? いや、そんなことはない。エースが倒された場所から、数十メートル離れた森の中に才人とルイズが横たわっていた。 あの瞬間、エースは残された最後の力を使って、変身解除と同時に二人をわずかな距離ながらテレポートさせて 炎から救っていたのだった。 しかし、バニラの起こした山火事の勢いはなおも衰えず、二人の倒れている場所にも次第に迫ってきた。 雨はなおも降り続いているが、炎はそれに反抗しているがごとく天高く黒煙をあげ、二人を狙ってくる。 生木を枯れ木同然に焼き、下草を燃やしながら炎は獲物を狙う蛇のようにうごめき、とうとう二人は火災の 中に取り残されてしまった。 業火の中、死んでしまったかのように、ぴくりとも動かず横たわる二人。 飲み込まれれば、人間など骨も残さず焼き尽くされてしまうだろう。 だがそのとき、炎から一つの影が浮き出るように現れ、その異形のシルエットを二人にかぶせていった。 一方そのころ。まだ異変の発生を知るよしもないトリスタニア。 遺跡を飛び立ってから、およそ二時間後。王宮において、アンリエッタに謁見したエレオノールは、 自身を呼び出したアンリエッタ王女から、耳を疑う知らせを受けていた。 「ルイズが伝説の虚無の系統? そんな、信じられませんわ」 単刀直入にアンリエッタの口から語られた真実を、エレオノールは最初信じようとはしなかった。しかし、 軍の正式な報告書に記された、想像を絶する魔法の炸裂と、水晶に浮かび上がったその映像。そして、 冗談などでは決してない、真剣な表情のアンリエッタの説明が、エレオノールに曲げようのない事実を 突きつけていた。 「信じられないのは無理もありません。わたくしも、今日まで虚無とはなかばおとぎ話だと思っていました。 ですが、現実はこのとおりであり証拠も揃っています。わたくしも考えましたが、ルイズの姉であり 優秀な学者であるあなたしか信用できる人はいないのです。どうか、信じていただけないでしょうか」 「ちょ、ちょっと待っていただけませんか! ルイズが、あのちびルイズが虚無? あの、あの……」 普段の彼女の凛々しさからは考えられないほど、エレオノールは狼狽していた。もはや、仕事中に 呼び出された不満も吹き飛び、頭の中は許容量を超えてしまった情報で混沌と化している。その末に、 目眩を起こして倒れかけたところへ、慌てたアンリエッタに抱きとめられた。 「エレオノールさま、大丈夫ですか!? お気を確かに」 「はっ! こ、これは無礼をばいたしました。どうか、平にご容赦くださいませ」 どうにか正気を取り戻したエレオノールは、謁見の間での失態に顔を赤くして謝罪した。 普段冷静な彼女だが、頭がいいことが災いして、自分の知識の及ばない出来事が起こると脳がフリーズ してしまうようだ。平謝りし、どうにか気を取り直したエレオノールは、頭の中で聞かされた事柄をまとめると、 自分に言い聞かせるようにアンリエッタに向かって復唱していった。 「……つまりは、ルイズがこれまで魔法が使えなかったのは、その系統が虚無ゆえで、あの子には聖地を エルフから取り戻すという使命が与えられたというのですね?」 「祈祷書に記されたとおりなら、そのとおりです」 「馬鹿げてるわ! 始祖ですらできず、数千年に渡って負け続けてきたエルフとルイズが戦わなければ ならないですって!? 悪い冗談にもほどがありますわ。姫さま、まさか貴女はルイズを旗手に聖地奪還の 戦を再開なさろうとしているのでありませんでしょうね? もし、そんな愚考をしておられるようなら!」 「落ち着いてください! まだ、そうなると決まったわけではありませんわ。ルイズの意思は確認しましたし、 わたくしも彼女に聖地を奪還させようなどと考えてはおりませぬ」 つかみ掛かってきそうなくらいいきり立つエレオノールを、アンリエッタはたじたじになりながらも必死に抑えた。 ルイズとともに、ヴァリエール家との付き合いは長く、エレオノールとも小さいころから何度も会っているが、 この気性の強さと迫力はいまだになかなか慣れない。 「はあ、はあ……申し訳ありませぬ。わたくしといたしたことが取り乱してしまいました」 「いえ、ご家族の人生に関わることです。怒られて当然ですわ。ともかく、この事実を知っているのは、 ルイズの友人数人とわたくしと、お姉さまのほかにはおりませぬ。しかし、虚無の存在を知れば、 今おっしゃられたとおりに悪用しようともくろむ輩も出てくるでしょう。実際に……」 シェフィールドと名乗る謎の人物に狙われていることを語ると、エレオノールは再び怒りをあらわにした。 けれど、アンリエッタから「ことがことだけに、わたくしも表立って助けることができません」と、苦悩を 告げられ、敵からルイズを守るためには虚無の謎を解き明かさねばならず、信用できて且つそれができるのは 貴女しかおりませんと頼まれると、自分の肩にかけられた荷の重大さを悟った。 「わかりました。微力ながらお引き受けいたしましょう」 「ありがとうございます、エレオノールさま」 「いえ、いくら出来の悪いとはいえ、妹のことを他人にはまかせられませんわ。わたくしを頼っていただけたことに、 こちらこそ感謝いたします」 二人は手を取り合って、それぞれ感謝の言葉を述べ合った。 「さあ、では具体的な話に入りましょう。指令をいただけても、今のままでは自由に動けませんわ」 それから二人は、これからのエレオノールの権限などについて話を進めていった。現在、アカデミーの研究員、 学院の臨時教諭と掛け持ちをしているが、これに虚無の調査も加えたらとてもではないが身が持たない。 だが、話がまとまらないうちに、突然謁見の間の扉があいさつもなしに開かれた。 「何事です?」 あらかじめ、ここには呼ぶまで誰も入れるなと人払いをしていたはず。なのに何か? まさか、今の話を 盗み聞きされたのではと二人が振り向くと、なんとずぶ濡れの騎士が蒼白の表情で駆け込んできた。 「ほ、報告……トリスタニア東方、三十リーグの森林地帯に……あ、赤い怪獣が出現。迎え撃ったウルトラマンを 倒して、トリスタニア方面に進行中」 「なんですって! ウルトラマンを、倒して!?」 想像もしていなかった報告に、アンリエッタは愕然とした。彼は、ミイラを追っていた魔法アカデミーの騎士の 一人だった。あのときミイラに撃ち込まれた『ライトニング・クラウド』によってバニラが復活し、その猛威から 命からがら逃げ延びた彼は、すべてを見た後でここまで駆けてきたのだった。 「怪獣は、あと数時間でトリスタニアまで到達するでしょう。は、早く手を……うぁ」 騎士は、息も絶え絶えの状態で、絞り出すようにそう報告すると倒れた。 「しっかり! 誰か、誰か!」 気を失った騎士にアンリエッタが駆け寄り、呼び起こしながら侍従を呼んで医者を手配させた。すぐに 宮廷の従医が呼ばれ、彼を担架に乗せて運んでいく。さらに、怪獣が接近していることが明らかになったので、 直ちに迎撃の準備を命ずる。今のトリスタニアは、結婚式典のために大勢の人間がやってきている。 市街地への侵入を許したら大惨事になるのは必然だ。 そしてエレオノールは、報告を持って来たのが魔法アカデミーの雇い騎士だったこと。現れたのが、 赤い怪獣だという内容から、一つの仮説を導き出し、全身の血が引いていく音を聞いていた。 「しまった……ヴァレリー!」 様々な思惑と錯誤、謎と現実が交差しながら、時の流れは残酷にその歩みを止めない。 場所を戻し、激しい戦いのおこなわれたあの森に舞台は返る。 一時は天にも届くほどの勢いで燃え盛っていた山火事も、天からの恵みには屈服し、炭と化した木々が 薄い煙のみを吐いている。その一隅の、雨を避けられるある場所に、才人とルイズは並べて寝かされていた。 「う、ぅぅ……」 かすかなうめきと、吐息が二人がまだ生きていることを如実に示している。しかし、怪獣バニラとの戦いで 大きなダメージを受けた二人は、いまだ無意識の世界……暗く、生暖かい不思議な空間の中をさまよっていた。 ”おれは……いったいどうしたんだろう” 浮いているような脱力感と、激しい疲労から襲ってくる眠気に耐えながら、才人の意識はただよいながら考えていた。 そこは、ぼんやりとものを考えることはできるけれども、体を動かすことはできない。例えて言うならば、 春の日差しの中でうたたねしているみたいな、夢と現実のはざまのような世界。そこで、夏の波打ち際に 体を預けているような心地よい感覚に、才人は身を任せていた。 「おれは……いったいどうしたんだろう」 もう一度、才人は同じことを思った。いや、もしかしたら一度だけでなく何度も同じことを考えていたのかもしれない。 現実感のない世界で、才人にできるのは考えることだけだった。いや、起きようと頭では思うのだけれども、 意識が現実に覚醒することがない。疲労で深い眠りについているというよりも、なにかの力で夢の世界に 閉じ込められているような、そんな気さえする。 ここは、強いて言うなら変身している際に、三人で意識を共有している精神世界と似ているような気もする。 しかし、エースなら不必要に二人の心に干渉するわけはない。ならば何故? と思っても、それを考えるだけの 思考力は得られない。 ふと、才人はこの精神世界の中に自分以外の誰かがいる気配を感じた。とはいえ、すぐに相手のほうから 呼びかけてきたから、確認する手間ははぶけた。 「サイト?」 「ルイズか?」 不思議なことに、二人とも意識がはっきりとしていないのに、相手の存在だけははっきりと理解することができた。 それが、自分たちが肉体と意識を共有しているかはわからないけれど、二人にとってはどうでもよかった。 寄り添うように手と手を重ねると、二人は安心したように力を抜いた。 互いのことを感じあえるところにいることで、緊張を失った二人の心は無意識のさらに深くへと沈んでいく。 ところが、閉じ行く意識の中で、才人とルイズの目の前に突如現れたものがあった。 「あれ、は……?」 ぽつりと、唐突に現れたそれを、二人は閉じかけた心のまぶたを開いて見た。沈んでいく水底のような世界の中で、 海底に沈んだ一粒の真珠のように、小さな、しかしはっきりとした光がはげますように二人の前に現れていた。 「なにかしら、きれい……」 消えかけた意識の中で、ルイズは自然に光に手を伸ばしていた。あの光からは、どこか懐かしいような、 どこかで見たようなそんな不思議な感覚がする。さらに、才人の意識もルイズにひきずられるように、二人は 手を握り合い、いっしょになって落ちていった。 「深い……サイト、わたしたちどこまで沈んでいくの」 「心配するな。どこまでだって、おれがお前についていってやる」 自分たち以外に誰もいない世界で、才人ははげますようにルイズの手を握った。 ひたすら、深く、深く。二人の心は沈んでいく。 光は、どれほどの深さがあるのか知れない深淵の底から、しだいに輝きを強めていく。 もうすぐ見える……期待と不安とが入り混じる。二人は、まもなく到達するであろう精神世界の最深部で、 何かの正体を見極めようと目を凝らす。そして、輝きを放っていたものがなんであるかに気がついたとき、 同時にそれの名前をつぶやいていた。 「始祖の……祈祷書?」 見間違えるはずもなく、それは始祖の祈祷書そのものだった。表紙の汚れも、破れ具合もすべて見覚えがある。 そして、祈祷書が間近にまで見えるようになったとき、ルイズの脳裏に不思議な声が響いた。 「呼んでる……」 「ルイズどうした? 呼んでるって、誰が?」 「わからない。けど、祈祷書がわたしを呼んでるの」 自分でも不可思議なことを言っているとはわかっている。夢の中だとしても、おかしいといわざるをえない。 でも、聞こえたことを否定する気にはならなかった。低い、おちついた大人の声で「来い」と言われた。 聞き覚えはないけれど、どこか懐かしいようなそんな声……わからないけれど、祈祷書を持てば、その答えが わかるような気がする。 「サイト……」 「お前の好きにしろ。どうしようと、おれはそれでいい」 わずかなためらいを、才人の言葉でぬぐい払うと、ルイズは祈祷書に手を伸ばした。触れたとたん、指先から まばゆい光があふれて二人を包み込んでいく。 「わあっ!?」 あまりのまぶしさに、二人は思わず目をつぶろうとした。しかし、ここは精神世界であるから、まぶたはあるようで 実は存在しない。光はさえぎるものなく二人の世界を白一色に染め上げ、やがて唐突に消えるとともに、 二人の目の前がさあっと開けた。 「これは……砂漠?」 突然現れた風景に、二人は周囲を見渡しながらつぶやいた。 今、二人は広大な砂漠地帯を見渡す空の上に浮かんでいた。 しかし、吹きすさぶ風も照りつける熱射の熱さも感じることはない。どうやら、自分たちはこの場所では幽霊の ようなものであるらしいと当たりをつけると、才人はルイズに尋ねた。 「ルイズ、ハルケギニアにこんな砂漠があるのか?」 「いえ、ハルケギニアに砂漠なんてないわ……いいえ、正確にはハルケギニアにはないけれど、そのはるかな 東方の世界には、サハラと呼ばれる大砂漠地帯があるはず。ここは、多分」 タバサまではいなかくても、様々な史書を読み漁ったルイズの知識の中でも、このような光景は他には 考えられなかった。サハラ……聖地に通じる、エルフの住まう場所。数千年の長きに渡って、聖地を奪還 せんものとする人間とエルフの果てしない抗争の続いた地。 はてしなく広がる砂の地には、人の影ひとつ、虫一匹の姿すら存在せず、ただ砂丘と吹き荒れる砂嵐のみが 擬似的な生命のように動き回っている。まさにこれは死の世界と呼ぶにふさわしい光景。 無の世界に戦慄する二人の見ている中で、景色は急速に流れ出した。砂漠をどんどん超え、地平線の かなたへと景色が進んでいく。まるでジェット機から地上を見下ろしているかのようだ。 やがて、砂漠が途切れて緑の山や平原が見えてくる。ここがサハラだったとすると、あれが恐らくは ハルケギニアか? ルイズはハルケギニア全土の地図を思い出し、サハラに隣接する場所に当たりをつけた。 「きっと、あれはガリアのどこかよ。人間とエルフは、ガリアの東端を国境線にしているの」 ルイズの説明に、才人もなるほどとうなづいた。二人の見下ろす先で景色はさらに流れ、砂漠から 草原や山岳地帯へと入っていく。このまま進めば、どこかの町も見えてくるだろう。そう二人は考えた。 しかし、結果からすれば、二人の思ったとおりに町……人の住んでいるところはすぐに見えてきた。 ただし、それは二人の想像していたものとは似ても似つかない形で現れたのである。 「サイト! ま、町が」 「怪獣に襲われている!?」 凄惨としかいえない光景が二人の前に広がった。 町が……いや、町だったと思われるところが怪獣によって破壊されていた。それも、一匹や二匹ではない。 少なく見ても五匹以上の怪獣が、せいぜい人口千人くらいの町を蹂躙している。 火炎や熱線が建物を炎上させ、元の町の姿はもう見受けることはできない。当然、人間の姿もどこにも見えない。 「ひどい……」 「くっ! こんなことになってるのに、この国はなにをやってるんだ!」 思わず怒鳴った才人の声も虚しく、二人の体はどんどんと流されていく。山を、川を飛び越えて山麓に 広がる次の町が見えてくる。赤い炎と黒い煙とともに。 「ここでもっ!? 怪獣が」 その町も、同じように怪獣によって蹂躙されていた。ざっと見るところ、街を破壊しているのは二匹、 全身が岩のようになっているのは透明怪獣ゴルバゴス。口から火炎弾を吐いて街を焼いている。 ドリルのような鋭い鼻先を持っているのは噴煙怪獣ボルケラー。口から爆発性イエローガスを吐き、 街の建物をけり壊している。 町は先程の町と同じように業火に覆われ、元の姿をうかがい知ることはできない。 けれど、ここでは先の町とは明らかに違う点があった。町は無人ではなく、まだ大勢の人間がいた。 ただし彼らは炎や怪獣から逃げるでもなく、その手には槍や剣、それに杖があった。彼らは二つの陣営に 分かれて、それぞれが相手に武器を向け合っている。 「戦争をしてやがる……」 それしか考えられる答えはなかった。そこにいる人間たちは、全身を覆う分厚い鉄の鎧に身を固め、 武器をふるい、魔法をぶつけあって互いを倒して炎の中へと放り込んでいく。目を覆いたくなるような、 大規模な凄惨な殺し合いの風景。それは、戦争と呼ぶ以外に表現する術はない。 だが、怪獣が暴れているというのに人々はそれには目もくれずに、ひたすら戦い続けている。そういえば、 ゴルバゴスやボルケラーは町は壊すものの、地上で戦う人間たちには目もくれていない。いや、そうではない と才人は二匹の行動を見て思った。 「怪獣たちも戦っている、のか」 町の惨状に幻惑されていたが、両者は確かに戦っていた。火炎弾やイエローガスの撃ち合いだけでなく、 ゴルバゴスの岩のような腕がボルケラーを打ち据え、負けじとボルケラーも風の音のような鳴き声をあげて、 巨大なハサミ状になった腕でゴルバゴスを締め付ける。 その怪獣同士の激闘は、町をさらに無残な状況へと変えていく。 「あいつら、やりたい放題じゃない」 「ああ……だけどなんであの二匹が……ハルケギニアだとはいえ、あれらは戦うようなやつらじゃないのに」 才人は、普通なら戦うことになるはずのない二匹が戦っていることに、大きな違和感を感じていた。 ゴルバゴスは山中に潜み、体を擬態して獲物を待つ怪獣。対してボルケラーは火山地帯に生息し、 大半は地底にいる怪獣、生息地が大きく違う上に、どちらも人里に下りてくるような怪獣ではないのだ。 「ねえサイト、あの怪獣たちの後ろにいるやつら、何かしら?」 「え? なんだ……あいつら」 ルイズに言われて目を凝らした才人は困惑した。二匹の怪獣の、それぞれ後ろに一人ずつ人間が立っていた。 そいつらは、戦っている人間たちが鎧兜などの重装備をしているのに対して、まるで休日の街中を散歩する ような軽装で、怪獣に向かってなにやら手振りしているように見える。 「もしかして、怪獣を操っているのか……?」 「まさか! 人間にそんなことができるわけが……」 ない! と言い切れない事例をこれまでに二人は嫌というほど目にしてきていた。よくよく見てみれば、 声は聞こえないものの、軽装の人間は兵士たちに向かってなにやら指示をしているようにも観察できる。 ならばあれが指揮官かということは容易に連想することができた。 しかし、怪獣を操って戦争の道具にするなどと、そんな恐ろしいことを……いや、宇宙人が地球を攻撃する ための手段として怪獣を使うのは、誰もが知っている常套手段である。ならば当然、兵器としての怪獣同士での 戦争などは、地球以外の星からしてみれば当たり前のことなのかもしれない。 ただ、状況は奇異につきた。あの、怪獣を操っているものが人間であれ宇宙人かなにかであるにせよ、 人間の軍隊までも率いて戦争している理由がわからない。怪獣どうしの戦闘のすぐ横で、槍や剣を使った ”普通”の戦争がおこなわれているアンバランスさ。それに、ルイズも確認してみたのだが、兵士たちは トリステインはおろか、アルビオン、ガリア、ゲルマニアのどの軍隊とも装備が違っていた。少なくとも、 今のハルケギニアの兵士は竜騎士など一部の例外を除いて、全身鎧などという化け物じみた装備を使わない。 目の前で起きていることの答えを見つけられぬまま、二人はさらに空を流されていった。飛びゆく先の空は、 夕焼けを悪意の色で塗りなおしたかのような、凶悪な赤で染まっている。それを見下ろせる空にたどり着いたとき、 不安と恐怖を編みこんだ予測の刺繍絵は、現実と極めて近い形で眼前に姿を現したのである。 「ここでも、あそこでも……なんなのよこれ。どうしてどこでもここでも殺し合いをしてるのよ!」 「暴れまわってる怪獣の数も尋常じゃねえ。それに、あれは人間じゃないな」 信じられないことに、戦いは人間や怪獣ばかりではなかった。 ある場所では、翼人の一団とコボルドの群れが。またある場所ではミノタウロスとオークの群れが斧を ぶつけあい、火竜がワイバーンや風竜と空戦をおこなっているところもある。 「自然の秩序にしたがって生きているはずの亜人まで……でたらめじゃない」 しかし、二人がこれが序の口に過ぎないことを知るのはこれからだった。 空を飛び、ゆく先々の町や村はすべて怪獣に襲われるか、襲われた後の廃墟として二人の目の前に現れた。 それだけではなく、移動する先々の山々や森林も焼き払われ、ひどいところでは砂漠化しているところまである。 そのどこでも、圧倒的な破壊がおこなわれた後……もしくは、それをおこなっている最中の破壊者の姿がある。 人間、エルフ、翼人、獣人、幻獣、怪獣……そして、それらを統率している正体不明の人間たち。 この世界のどこにも、平和はなかった。 「違う……これは、わたしの知ってるハルケギニアじゃないわ」 愕然とするルイズの言うとおり、どこまで飛ぼうとも、いくら戦場後を乗り越えようとも破壊の跡が視界から 消えることはなかった。それどころか、進むほどに戦火は激しくなり、まるで地上すべてがフライパンの上の 肉のように煮えたぎっているかのようにも思える。 空の上には翼人やドラゴンが、地上には人間の軍勢や亜人、そして怪獣たちが無秩序に暴れている。 いったいなんのために戦っているのか、それすらもわからない。 唖然とする二人。と、そのとき二人の耳に聞きなれた低い声が響いた。 「やれやれ……とうとう見ちまったか」 「その声は!」 「デルフか! お前、どこにいるんだ!?」 唐突に響いたデルフリンガーの声に、反射的に周りを見渡す二人。しかし、あの無骨な大剣の姿はなく、声だけが どこからともなく聞こえてくる。 「落ち着け、お前ら。いいか、今お前らは祈祷書に記録されているビジョンを見せられてるんだ。そこは、 かつて俺が生まれた世界……六千年前のハルケギニアだ」 「な……なんだって」 「この荒廃した世界が」 続く声もなかった。この、破壊と混沌にあふれた世界が、あの平和で美しいハルケギニアだとは。 絶句する二人の耳に、重く沈んだ様子のデルフの声が少しずつ入ってくる。 「ふぅ……嫌なこと、思い出しちまったなあ。ブリミルのやつめ、遺品にいろいろ細工してたのは知ってたけど、 よもやこんな仕掛けを祈祷書に残してたとは気づかなかったぜ」 「デルフ、もっとわかるように説明してくれよ」 「ああ、すまねえな。要するに、これは祈祷書に記録されていた過去のビジョンが、お前らの頭の中に投影 されてる光景らしい。六千年前、この世界は見ての通りに、いくつもの勢力が戦争を繰り広げていた。 今でも、エルフとかのあいだではシャイターンとかヴァリヤーグとか、そのときの勢力の名前のいくつかが 語り継がれているらしい。いや、これはもう戦争と呼べる代物じゃなかったな。人間にエルフ……世界中の、 あらゆる生き物を巻き込んだ、際限のないつぶしあいだった」 「いったい、なんでそんな無茶苦茶なことに……」 愕然とする才人の質問に、デルフはすぐに答えなかった。 「すまねえ、まだそこまで記憶が戻ってねえんだ」 いつになく沈んだデルフの答えに、才人とルイズは頭に血を登らせかけたものを押し下げた。六千年分の 記憶と一言にいえば簡単だけれど、それは地層の奥深くに沈んだ化石を掘り返すようなものだろう。 一気に掘り返そうとすれば、デルフが持たないかもしれない。発掘は、赤子の肌を拭くように慎重に 時間をかけなくてはならない。 「わかった。じゃあ、あの怪獣を操ってる連中はなんなんだ?」 いっぺんに聞くのをあきらめた才人は、とりあえず一番気になっていることを尋ねた。 「あれが、この戦いの元凶さ。エルフに悪魔と呼ばれてるのは、あの連中のことだ。あいつらは、この世界に 元々いた怪獣や、どっかから探してきた怪獣なんかを武器にして戦争やってたんだ。ちょうど、今のメイジが 戦争で使い魔を利用するみたいにな」 「怪獣を、兵器に……」 恐ろしい想像が当たっていたことを、才人は喜ぶ気にはもちろんならなかった。 地球人も、怪獣を兵器にという構想はすでにマケット怪獣で実用化の域にある。しかしそれを人間どうしの 戦争に利用しようなどとは考えられもしない。そんな愚かな時代は、かつて核兵器の脅威によって人類絶滅の 危機におびえた前世紀で充分すぎる。 「まあ、コントロールできなくて暴れるにまかせるしかなかったのも少なからずいたらしいが、この混乱の中じゃあ 些細なことだったろうな」 「いったい何者なんだ? 怪獣を操るなんて、並の人間にできるわけないだろう」 「わからねえ……いや、思い出せないんじゃなくて本当に知らねえんだ。俺が作られたのは、連中が現れてから しばらく経ってからのことらしいからな。ただ、なにかしらすさまじい力を誇っていたのだけは確かだ」 デルフの説明は、後半は余計だった。怪獣を操る時点で、手段はともかく常人のそれではない。 現在、二人の見下ろす先にいる怪獣は三匹、いずれも才人の知るところではない姿をしている。 一体は、全身を乾いた岩の色をした二足歩行の恐竜型怪獣。体はごつごつとしていていかついが、 顔つきはどこか柔和なものが感じられる。これは、才人の故郷とは違う地球で岩石怪獣ネルドラントと呼ばれている、 ゴモラなどと同じく古代恐竜の生き残りといわれている怪獣。 もう一体は、同じく二足歩行型で、顔の形がどことなくカンガルーに似ている怪獣。これも、毒ガス怪獣エリガルと 呼ばれてる種類の怪獣で、肩の部分にそのガスの噴出孔がフジツボのようについている。 最後の一体は、ここにキュルケかタバサがいたならば、その姿に記憶のページから同じしおりを選んでいただろう。 古代暴獣ゴルメデ……才人とルイズの知らないところ。エギンハイム村で、翼人たちの伝説に残されていた あの怪獣がそこにいた。 三体の怪獣は、ほかの怪獣たちと同じように、何者かのコントロールを受け、目に付く木々を踏み潰しながら 前進していく。本来ならば彼らにも意思があり、こんな戦いに加わるはずはない。才人とルイズは、道具として 操られている怪獣たちに、一抹の同情を胸に覚えると、デルフに問いかけた。 「なにがしたいのか知らないけど、ひどいことをしやがる」 「わたしは、戦いは名誉や国……なにかを守るためにするものだと教えられてきたわ。けど、この戦いには なにも感じられない。ただ戦うために戦ってるみたい。ねえ、この戦いの結末はどうなったの? いったい 誰が勝ち残ったっていうの?」 「誰も、残らなかったのさ」 「えっ!? うわっ!」 ぽつりと、恐ろしいことをつぶやいたデルフの言葉が終わると同時に、二人の視界をまばゆい光が照らした。 太陽ではない。まして、戦闘の戦火でもない。不可思議な極彩色の光に、二人がおそるおそる目を開けてみると、 そこには幻想的な光景が広がっていた。 「虹……? きれい……」 思わず口から出た言葉のとおり、空には虹色の光が溢れていた。しかし、それは虹などではなく、よく見たら 虹色をした蛍のような小さな光が、雲のような集合体をなしているものだった。 「くるぞ……この戦いを混沌に変えた。本当の悪魔が」 デルフの言ったその瞬間、虹色の雲から光の塊が地上に向かっていくつも降り注いだ。 「なんだっ!?」 それは、虹色の雲から流星が落ちたように地上からは見えたことだろう。流れ星は、まるでそれ自体に 意思があるかのようにネルドラント、エリガル、ゴルメデに吸い込まれていった。 「どうしたっていうのよ……えっ! なに!?」 「ただの戦争だったら、それが一番よかったかもしれねえ。けど、戦いの混沌につけこむように奴らは突然現れた。 そしてこれが、終わりの始まりになったんだ」 淡々と話すデルフの言葉を、才人とルイズは驚愕の眼差しの中で聞いていた。 夢の世界の中で、始祖の祈祷書が語ろうとしている歴史は、まだ先があるようだった。 だが、時を同じくした頃、魔法アカデミーではエレオノールが予感した最悪の事態が起ころうとしていた。 エレオノールに依頼され、ヴァレリーは青い液体の入ったカプセルの開封作業に入った。助手は、先日 アカデミーに入った中ルクシャナという新人研究員。性格的に少々調子のよすぎる感はあるが、入学以来 様々な分野で目覚しい実績を上げている彼女を、ヴァレリーは迷うことなくパートナーにすえた。 「ヴァレリー先輩、私に折り入っての仕事って何ですか? 先輩からご指名されるくらいですから、さぞや 重要な研究なんでしょうね!」 最初から期待に胸を躍らせた様子のルクシャナに、ヴァレリーは苦笑すると同時に頼もしさも覚えた。 彼女は若いくせに、自分やエレオノールに輪をかけた学者バカな気質なようで、男性研究者の誘いも 一つ残らず断って、毎日新しい発見があるたびに目を輝かせている。 「先日、あなたといっしょに遺跡で発掘した青い液体のカプセルがあるでしょう。あれの開封作業に入るわ。 あなたはいっしょに発掘された碑文の修復と解読を急いでちょうだい」 「ええーっ! そんなあ、どうせなら先輩のお手伝いをさせてくださいよ」 「わがまま言わないで、理由は言えないけど急ぐ仕事なのよ。それに、砕けた石碑を修復するには、 根気もそうだけど直観力も大切なの。あれが解読できたら遺跡の秘密にも一気に迫れるわ。一番頼れるのは あなたなの、引き受けてもらえるかしら」 「……わかりました。引き受けましょう」 最後には快く引き受けたルクシャナに、ヴァレリーは内心で素直ないい子だと感心した。彼女はあまり 自分のことを語りたがらないが、わずかに語ったところでは国に婚約者を待たせているらしい。きっと、 その男も彼女のそんなところに魅かれたのだろう。もっとも、それ以外の部分にはさぞ苦労させられているに 違いないが。 ルクシャナに碑文の復元を任せたヴァレリーは、さっそくカプセルの開封作業に移った。これまでの経過から、 物理的な衝撃や、『錬金』による変質も受け付けないとわかっていたので、それ以外の方法を模索する。 今までは内部の破損を恐れて、強行的な手段は避けてきたけれど、非常事態ゆえにヴァレリーは多少 強引な手段を用いてもカプセルを破壊することに決めた。 一方のルクシャナは、碑文の破片の復元作業のおこなわれている部屋にやってきていた。ここでは、 数千ピースに及ぶ石の破片を元通りにする作業が続けられている。これには、さしもの魔法も役には 立たないので、取り組んでいるのは雇われた平民が多数であった。 ルクシャナは、部屋に入るなり彼らに向かって告げた。 「これから、私が復元作業に当たることに決まったわ。あなたたちはご苦労様、ほかのところを手伝ってちょうだい」 命令を受けた平民たちは、ほっとした様子で速やかに部屋を出て行った。彼らとしても、延々と続く石くれとの 格闘には飽き飽きしていたのだ。そして、部屋が無人になったのを確かめると、ルクシャナは復元途中の石碑に 手をかざして、つぶやいた。 「蛮人はだめね。このくらいのことを、何日かかってもできないなんて。でも、私も精霊の力をこんなことに使って、 叔父様に怒られちゃいそうだけど、ね……さて、では石に眠る精霊の力よ……」 いたずらっぽく微笑んだルクシャナが呪文をつぶやくと、バラバラだった石碑の残骸が動き出し、まるで生き物の ように自然に組み合わさっていく。数分もせずに、残骸は一枚の石版の姿を取り戻し、さっそく彼女は書かれている 文字の解読に当たった。 「これは、私たちが使ってた中でも、もっとも古いとされている文字じゃない。これは興味深いわ、なになに……」 好奇心旺盛に、ルクシャナは碑文を読み上げる。 だが、読み進めるうちに彼女の顔からは急速に笑みが消え、読み終えたときには蒼白に変わっていた。 「いけない! そのカプセルを開けてはいけない!」 脱兎のように、ルクシャナは碑文の部屋を飛び出していった。 けれど運命は残酷に、破滅への秒読みを進めつつある。 「おう、ヴァレリー教授、どうやらカプセルが開けられそうですよ」 研究室で、実験台の上に置かれたカプセルに、微細なひびが入りつつあった。加えられているのは、 アカデミーの風のメイジの使用した電撃の魔法である。ヴァレリーはこれまでの実験結果から、高熱や衝撃では このカプセルには通じないと知っていたので、いくつかの可能性を吟味して電撃に賭けたのだ。 「やったわ! 成功のようね」 「おめでとうございます。ヴァレリー教授」 「ええ、これで中身の分析もできるわ。六千年も生きていたミイラの守っていたもの……もしかしたら、 本当に不老不死の妙薬かもしれない。もっとパワーを上げて、一気に砕くのよ」 期待に胸を膨らませて、ヴァレリーはひび割れゆくカプセルを見守った。エレオノールには悪いけれど、 大発見の一番乗りとして自分の名前が歴史に残るかもしれないという、むずがゆい快感もわいてくる。 ところが、ヴァレリーがさらに電撃のパワーをあげるように命令しようとしたとき、ルクシャナがドアを 蹴破らんばかりの勢いで部屋に駆け込んできたのだ。 「待ってください! そのカプセルを開けてはいけません。中のものは、悪魔なのです」 「なんですって!? 悪魔?」 ルクシャナの剣幕に驚いたヴァレリーは思わず聞き返した。そして、意味がわからないという顔をしている 彼女に、ルクシャナは震える声で説明した。 「文字の解読ができたんです。これには、こう書かれていました」 ”未来の人間に警告する。かつてこの地は大いなる災いによって滅ぼされた。 生き残った我々に残された文明も、いずれ消え去るであろう。 しかしその前に、我々は世界を破滅へと導こうとした、巨大なる悪魔たちの一端を捕らえることに成功した。 赤い悪魔の怪獣バニラ。青い悪魔の怪獣アボラス。 我々は彼らを液体に変え、防人とともにはるかなる地底の悪魔の神殿に閉じ込めた。 決してこの封印を破ってはならない。もしこの二体に再び生を与えることがあれば、人類は滅亡するであろう” 語り終わったときには、ヴァレリーもすでに顔色をなくしていた。もはや、どうしてこんなに早く解読が できたのかということなどは思考から消し飛んでいる。 「じゃあ、この液体は青いから……怪獣アボラス!」 愕然とつぶやいた瞬間、ひび割れたカプセルが卵の殻のように割れた。その傷口から、青い液体が どろりと零れ落ちる。 「しまった。遅かった……」 愕然とするヴァレリーとルクシャナの見ている前で、青い液体はどんどん広がっていく。 そして、液体から白煙があがり、流動する液体が何かの形を作りながら巨大化し始めた。 「いけない! みんな逃げてーっ!」 あらんばかりの声で叫び、ヴァレリーは出口へと駆け出した。しかし、怪獣が実体化する速度は彼女たちが 逃げ出すよりも早く、天井を突き破り、床を踏み抜いて研究塔を破壊した。 「間に合わな……きゃぁぁっ!」 ヴァレリーの足元の床が抜け、壁と天井が巨大な瓦礫と化して彼女の上へと降り注いでいった。 アカデミーの研究塔は一瞬のうちに崩れさり、中から青い体をした巨大怪獣が姿を現す。 青色発泡怪獣アボラス……その復活の雄叫びが、廃墟と化した魔法アカデミーに高々と鳴り響いた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔