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コルベールが中庭で戦っている頃、食堂でも戦いが繰り広げられていた。 不覚にも銃士達は、斬りつけても怯まない、突き刺しても死なない、得体の知れぬメイジを相手にして、混乱の一歩手前だった。 ゾンビを相手したことなど、あるはずが無いのだ、仕方がないのかもしれない。 既に二人の銃士が、ゾンビメイジの捨て身の攻撃で銃士がやられ、床に倒れている。 腹や手足に受けた傷からは、血が流れ続けている…このままでは死んでしまう。 「おああああッ!」 アニエスは、渾身の力を込めて、ゾンビメイジの腕を切り払った。 が、相手も手練らしく、『ブレイド』の魔法を纏った杖でいなされてしまう。 手強い…!アニエスがそう思った瞬間、頭上から六人がけのテーブルが落下してきた。オスマンが投げ落としたのだ。 メイジは咄嗟にそれを避けたが、床が濡れていたために足を滑らせ、一瞬の隙が出来た。 「うおおおあああっ!!」 アニエスは渾身の力を込めて切り払い、メイジの杖をはじき飛ばした、そのまま腰溜めに剣を構え、心臓目がけて突き立てる。 「くっ!」 ドコッ!と鈍い音を立てて、メイジの体を剣が貫く。剣は胸板を貫き骨ごと心臓を貫いた、しかし、剣が抜けない。 そこにもう一人のメイジが、アニエスに向けてマジックアローを放った。 アニエスは剣を捨て、後ろに転がってマジックアローをかわしていく、一発目、二発目、三発目……このままでは回避しきれない。 タバサにもそれを防ぐ手段は無かった、もう一人のメイジは、タバサの魔法で全身を貫かれ、首を半分まで切り裂いたというのに、傷口が瞬く間に塞がってしまう。 この場にキュルケが居てくれれば…! タバサはそう考えて、すぐにそれを否定した。 今まで、ずっと困難な任務を受け続けてたタバサは、他人に頼ることを良しとしない。 巻き添えを作らないために、迷惑をかけないために、タバサは一人で戦い続けてきた。 けが人であるキュルケの復帰を期待するなど、あってはならないことだ…そう思い直して奥歯を強く噛みしめた。 「ラグー・ウォータル…!」 タバサは、氷の壁でメイジの動きを封じるべく、詠唱を開始する。 しかし途中で、空気が異常に乾いていることに気が付く。 原因は、氷の矢の使いすぎだった、空気中の水蒸気を使いすぎてしまったのだ、床に零れた水や氷では、すぐに魔法に利用することはできない。 このままでは相手の動きを封じるどころか、必殺の『ウインディ・アイシクル』も使えない。 六回目! アニエスがテーブルを盾にして、六発目の『マジック・アロー』をやり過ごした頃、胸から剣を生やしたメイジが、落ちた杖を手にしていた。 メイジがアニエスに杖を向け、詠唱を開始する…アニエスは鳥肌を立てた、回避しきれない。 「あ」 奇妙な光景だ…アニエスは頭のどこかでそう考えていた。 メイジの放ったマジック・アローが、ヤケに緩慢な動きで自分へと飛んでくるのだ。 マジック・アローだけでなく、自分の体さえもゆっくりと動いている。 避け、られない。 ジュバッ!と音を立てて、マジック・アローが炎に包まれる。 炎の弾が、アニエスに届くはずだったマジック・アローを消滅させたのだ。 矢次に飛ばされる火の玉は、杖を構えていたメイジの腕に当たり腕を焼き尽くす、すると腕がぼろりと崩れ落ち、剣状の杖が床に落ちた。 「グア…」 見ると、キュルケが杖を構えて、食堂の入り口に立っていた。 キュルケはタバサと相対していたメイジにも炎の弾を飛ばし、タバサを後ろに下がらせる。 「遅れてご免なさい」 そう言って、キュルケがタバサの肩に手を乗せる。 「怪我は」とタバサが聞くと、キュルケはウインクをして答えた。 「私は平気よ、シエスタとモンモランシーが怪我人を治して、すぐにこっちに来るわ。…さっきは情けないところを見せたけど、この”微熱”だって負けていられないのよ」 キュルケはタバサの前に出ると、メイジに向けて杖を向ける。 燃えさかる炎の中で、そのメイジは、にやりと笑みを見せた。 「来なさい、化け物」 ◆◆◆◆◆◆ 「んんぅーっ!」 連れ去られた生徒が、傭兵メイジの腕の中でもがく、口には即席の猿ぐつわを噛まされていて声が出せない。 「くそガキ!じたばたするな!この高さから落ちたい訳じゃあないだろう」 生徒は、自分を抱えているメイジにそう忠告され、下を見た。 メンヌヴィルに先に脱出しろと指示された二人のメイジは、『フライ』を詠唱して空を飛んでいる、下は草原だが30メイル以上の高さがあった。 生徒は息をのみ、黙った。 「ジョヴァンニ、船はまだ見えないのか」 生徒を抱えていたメイジ…ギースがそう呟くと、ジョヴァンニと呼ばれた男は、林の奥を指さした。 「見えたぞギース、あれだ」 林の奥には、黒塗りのフリゲート艦が碇を降ろし、超低空で停泊していた。 ハルケギニアでは、フリゲートという呼称は小型高速の軍艦に用いられるのだが、この船は余計な装備を廃した特別製のもので、軍艦としては格別に小さい。 『ライン』以上のメイジであれば十分に浮かせることが出来る…という訳で、もっぱら特殊条件下での人員高速輸送に使われていた。 本塔を占拠した時、傭兵メイジが出した合図は、フリゲート艦を魔法学院に近い林の中へ下ろす合図だった。 十人ほど人質を取り、船で逃げる手はずだったが、手痛い反撃に遭い生徒を一人抱えるのがやっとだった。 しかし、今回の仕事は『誘拐』ではないので、人質をいつまでも連れて逃げるわけではない、彼らの目的は別にあったのだ。 二人は船に乗り込むと、中で待機しているはずのメイジを探した。 この船で帰還することはできない、せいぜい目立つところを飛んで貰って、トリステインの哨戒の目を引きつけて貰うしかない…。 「おい!船を出せ!仕事は果たしたぞ!注文通り『トリステインの逆鱗に触れてやった』ぞ!」 ジョヴァンニが叫びながら、船室の扉を開けていく、だがメイジの姿は見えない。 貨物室に入って中を見渡す…しかし、誰も居ない。 「おい!何処へ行った!…くそ、なんてこった、あの気味の悪いヤロウ、逃げやがったか」 そう悪態を付くと、ギースが人質を抱えて中に入ってくる。 抱えていた人質を貨物室へ放り込むと、その足に杖を向け短くルーンを唱える、鉄の足かせを『練金』したのだ。 「よし…恨むなよ嬢ちゃん」 「んむーーっ!」 生徒は、身をよじらせて何とか動こうとするが、足かせが重くて自由に動けない、その上腕までも封じられていては、為す術が無かった。 「おい、どうするんだ」 事を見守っていたもうジョヴァンニが、焦りを隠さずに聞く。 「予備に風石があったはずだ、そいつで船を浮かせる。どうせ二時間しか浮けないだろうが十分だ、風任せで動けば囮にはなる」 「このガキはどうする」 「風石が尽きれば、船ごと落ちて死ぬだろうが、万が一救出されたら厄介だ…そうだ、船室を燃やしておけばいい、二時間ばかりこの船が囮にないいんだからな」 「よし、それでいこう」ジョヴァンニが頷いた。 ギースは、貨物室から外に出ると、後部甲板下の船室に入った。 ランプを二つ手に取ると、床に投げ捨てる。 二つのランプはガラス片と油を飛び散らせて散らばった。 杖を振り、油に『着火』すると、燃焼時間を調節するため扉を閉じる。 すぐさま甲板に戻り、ジョヴァンニの姿を探す…甲板には居ない。 碇を上げる余裕はない。碇の根本にあるフックを魔法で外すと、ジャラジャラジャラと鎖が落ちる音が聞こえ、がくんと船が揺れた。 船は静かに上昇を始める…… 「ジョヴァンニ!行くぞ!」 船が浮き始めれば、あとは逃げるだけだ。ギースは姿の見えぬ よく見ると、人質を閉じこめた船室が開いていた。 「あいつめ…また悪い癖か」 ジョヴァンニという男は、メンヌヴィル率いる傭兵団の中でも古株だが、悪い癖を持っている。 メンヌヴィルが人間の…いや、生き物の焼ける臭いが好きでたまらないように、ジョヴァンニは女を陵辱したくてたまらぬといった口だ。 一刻も早く逃げなければならないのに、こんな時まで悪い癖が出たのか…そう考えてギースは声を荒げた。 「おい!ジョヴァンニ、早くしろ」 船室の中では、ジョヴァンニが人質の上着を引きちぎっていた。生徒は胸を露出させ、恐怖のあまり震えている。 「まあ待てよ、男を知らないうちに死ぬなんて可哀想じゃないか」 そう言って下卑た笑みを見せる、が、そんなことをしている余裕は無い。 「時間はない。先に行くぞ」 「…ちっ。まあいいさ。餞別に膜だけは破ってやるよ」 ジョヴァンニは、太さ2サント長さ30サントほどの、鉄で出来た杖を持っている。 それを生徒の眼前にちらつかせ、パジャマのズボンに手を伸ばした。 「んむっ!んむううー!」 自由を奪われた体でありながら、必死で逃げようとする生徒。 それを見てジョヴァンニは舌なめずりをした。 「反吐が出るわ」 と、突然、どこからか女の声が聞こえた。 ジョヴァンニは咄嗟に、誰だ!と叫んだが、その声は床がぶち破れる音でかき消された。 床を破ったのは、銀色に輝く二本の剣であった、それは一瞬で円を描き、床に穴を開けた。 と次の瞬間には糸のようにバラけ、ジョヴァンニの足を掴む。 「うわ、うわああ!」ギースが叫んだ。 奈落の底、と表現すべきだろうか。直径わずか20サントの穴に、ジョヴァンニの体が引きずり込まれていく。 ベキベキベキと不快な音を立てて…それは床板の音か骨の音か、どう考えても後者しか思いつかなかった。 ほんの数秒で、ジョヴァンニの体は消えてしまった。 当たりに飛び散る血飛沫を残して。 「………」 人質となっていた生徒は、その異常な光景に驚く暇もなかった、何が起こったのかを理解することが出来ず気絶したのだ。 「う、うわ、わあああああああああああああああああッ!?」 今度は、ジョヴァンニが叫ぶ番だった、そして、なりふり構わずに逃げた。 一歩、二歩、三…! 三歩目を踏み出したとき、左足の動きが止まった…いや、留められた。 振り向くと、銀色の糸が何本もブーツに絡みつき、まるで大蛇のような力で足を締め付けていた。 「うわっ!ああ、ああわああああ!」 慌てながらも、何とか『ブレイド』を詠唱し杖を刃にした。糸を切断しようと足掻くが、糸は鋼のように硬い上、切っても切っても再生し、足へと絡みつく。 そうこうしているうちに糸は太く絡まり、荒縄のように…そして蛇のように足を登ろうとした。 「ちくしょおおおおっ!」 ギースは雄叫びを上げて、自分の足を切断した。 千分の一秒だけ躊躇したが、それ以上はジョヴァンニと同じ最期を辿ることになる、決断は早かった。 すぐさま、『フライ』を詠唱しようと、したが、糸はもう片方の足へと絡みついていた、中を浮いた体が、ぐいぐいと船室へと引きずり込まれようとしている。 「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」 「往生際が悪いわよ」 船室の中に引きずり込まれると…そこには、暗くて良くわからないが、女の形をした『何か』が居た。 その『何か』は、背中に長剣を背負い、腕から銀色の糸を生やしていた。 着ている服は血に塗れ、所々を切り裂かれたローブは、もはや服としての機能を成していない。 「ひっ…」 「聞きたいことがあるわ…貴方の依頼主についてね」 「ひっ、ひっ、ひ…」 ギースの頭が急速に冷めていく。 目の前の『何か』は、化け物のような力を持っていても、見た目は『女』だった。 こいつは女だ!どんな化け物であっても、女に違いない!そう自分に言い聞かせて、気を落ち着かせる。 「な、なななななんでもしゃしゃしゃ喋る、だかかかから助けてててててくへ!」 「そう、じゃあ場所を移しましょう?ここじゃあ目立つわ…」 ギースは、必死で声を震わせた、恐怖で震わせるのではなく、詠唱を誤魔化すために声を震わせた。 「(ウル)わわわか(カーノ)った!(ジエー…)ひ、は、おれは(……)」 ぴくりと女の眉が上がる、詠唱に気づかれた?だが俺の方が早い! 「うおおおおおっ!」 杖の先端から、ありったけの精神力を込めた炎が迸る。 炎は、自分の足をも焦がしてしまうだろうが、そんなことはどうでもいい。 とにかく今は逃げるために、生き延びるために、こいつを焼き殺さなければならない。 「うおああああああ!」 叫んだ、そして、力を振り絞った。 だが、その悪あがきは、女が背負っていた長剣によって切り裂かれた。 ごぉうという風の巻き上がる音を立てて、炎が消える。 女は長剣を…片刃の長剣を、ギースの顔に突きつけていた。 「…ひどい炎ね、人質も一緒に焼く気?」 その言葉と共に、剣が首へと差し込まれ…ギースの首は胴体と永遠の別れを告げた。 女は…、いや、ルイズはデルフリンガーを手にしたまま、人質となっていた生徒を抱きかかえる。 そして甲板の縁に立ち、高さを知るために下を見下ろした。 「まずいわね、私、レビテーションも使えないのに…」 すでに高度は百メイルに近い、自分が飛び降りる分には問題ないが、生徒を無事に下ろすことはできない。 ルイズは、後ろめたさからデルフリンガーに話しかけるのを躊躇ったが、生徒の命を助けるためには仕方ないと自分に言い聞かせ、静かに話しかけた。 「…デルフ。私の杖は確か『風のタクト』って言うんでしょう?これを使えば平民でも空を飛べるって言ったわよね、使い方を知らない?」 デルフリンガーは拍子抜けするほどいつもの調子で、かちゃかちゃと鍔を鳴らして答える。 『あー、どうっだったかなー。えーと…そうそう、イミテーションの宝石を回すんだ』 「イミテーション?……ああ、これ」 ルイズはデルフリンガーを口にくわえ、杖のグリップに埋め込まれている宝石を回した。 すると体が軽くなり、ふわり…と浮き始める。 ルイズは宝石を元に戻すと、甲板から地面に向かって飛び降りた。 空中で一度、二度と杖の中に仕込まれている『風石』を発動させ、落下速度を殺していく。 数秒後、どすん、と音を立てて地面に着地した。 衝撃はそれほど強くない…人質となっていた生徒も大丈夫だろう。 ルイズは生徒を適当なところに寝かせ、足かせを引きちぎった。 ちらりと脇を見ると……フリゲート艦で待機していたゾンビメイジの『残骸』が目に入る。 アンドバリの指輪の力でも再生できぬよう、三十六分割されたそれは、文字通りの残骸であった。 目が覚めたときこれを見つけたら、また気絶してしまうだろう…そう考えて、ルイズはクスッと笑みを漏らした。 「!…近づいてくるわね」 遠くから聞こえてきた音に、ルイズは敏感に反応する。 耳を地面に当てると、馬の蹄の音と、人の足音が聞こえてくる…間もなくこの生徒も発見されるだろう。 ルイズはデルフリンガーを鞘に収めると、木々の間をすり抜けて、その場から離れていった。 ◆◆◆◆◆◆ 「厄介ね!」 キュルケはそう叫びながら、宙に浮いた炎の弾を操り、ゾンビメイジの『マジック・アロー』を相殺していく。 シエスタから『波紋』を注ぎ込まれたキュルケは、一時的に精神が研ぎ澄まされているが、それでもコルベールの技を真似することは出来なかった。 コルベールが巨大な蛇状の炎を操るのに比べ、キュルケは直径50サント程の火球を一個操るのがやっと。 アニエスと戦っていたメイジが、炎で焼かれた腕を再生できないことから、ゾンビの弱点が炎であることは理解できた。 水系統の力で動いている以上、水分が必要だと証明されたのだが、それはかえってアンドバリの指輪が持つ人知を超えた力を見せつけているようでもあった。 「ほんとに!厄介、ねっ!」 キュルケの相手は、風系統の高位のメイジらしい、風の障壁を貼りつつ『マジック・アロー』を飛ばしてくるのだ。 キュルケの炎では障壁を越えにくい、超えたとしても、多少の炎ではゾンビを行動不能にできない。 タバサは、オールド・オスマンを連れて待避している。 オスマンの波紋は、リサリサの直系であるシエスタに比べて、はるかに弱い。 メイジの足止めをしたのが一回、ロフトの教師用テーブルを投げ落とす際に肉体を強化したのが二回……それだけでオスマンの呼吸は乱れ始めていた。 そのため、タバサに頼んでオスマンと怪我人を下がらせたのだが…アニエスとキュルケだけでゾンビを相手するのは辛い。 キュルケが攻めあぐねている時、アニエスは激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。 ゾンビは杖を燃やされたので、胸に突き刺さっている剣を引き抜いて使っている。 …アニエスの旗色が悪い。 「く!……なんて馬鹿力だっ」 吸血鬼ほどデタラメではないが、ゾンビは人間が備えているリミッターの外れた状態で戦っている。如何に歴戦のアニエスでも限界がある。 「アニエスさん!」 と、背後から誰かが叫んだ。 アニエスはその声が誰なのか解らなかった、ゾンビの剣に絡まったツタを見て…そしてツタに流れる『ライトニング・クラウド』のような閃光を見て、それが『魔法とは違う何か』だと直感的に理解した。 「山 吹 色 の 波 紋 疾 走 !」 シエスタが放った波紋は、剣を握る手に麻痺を起こさせた、その隙にアニエスがゾンビの体を蹴って距離を取る。 ゾンビは、剣を落とし…ふらり、ふらりとした足で少しずつ後ろに下がっていった。 「アニエスさん、大丈夫ですか!」 「礼は言う!だが非戦闘員は下がっていろ!」 「そういうわけには行きません!」 シエスタは半身に構えて両腕を前に出し、腕に絡めたツタを垂らす。 アニエスは何か言おうとしたが…そんな余裕がないと気付き、無言で剣を構えなおした。 だが、ゾンビは襲いかかってくる気配もない。 それどころか、自分の手を見て、周囲を見渡して……まるで迷子の子供のような顔をしてあたりを見回している。 「…様子が変だ」 アニエスが呟いた、その時。 「う、うおおおおおおっ!」 ゾンビが、キュルケが相手しているゾンビに向かって体当たりをした。 ごろん、と床に倒れ込むと、もがくゾンビを取り押さえて、叫ぶ。 「燃やせーっ!早く!俺ごと、やれーっ!」 キュルケはその言葉に、一瞬だけ躊躇いを見せた。 だが、それは本塔に一瞬のこと…杖を二人のゾンビに向かって振り下ろす。 ごうごうと音を立てて二人のゾンビが燃えていく、あたりに焦げ臭い、人間の焼ける嫌な臭いが立ちこめていく……しかし、誰もその場から離れようとしなかった。 皆、じっと燃えていく様子を見つめていた。 しばらくすると、炎が消えて、黒こげになったゾンビ二体が床に残る。 「…………」 もう、どちらがどっちなのか判別できないが、片方のゾンビが声にならぬ声を呟いていた。 皆、自然と耳を澄まし、その言葉を聞いた。 「と りす て いん の とも よ しょう き に も どし て くれた あ り が と……」 その言葉を聞いて…キュルケとは、床に膝をついた。 アニエスは祈るように両手を重ね、握りしめる。 シエスタは、水の精霊に会い、リサリサの記憶の一部を受け継いだことを思い出していた。 曖昧な記憶なので、はっきりと思い出すことは出来なかったが、正気を取り戻したゾンビを見て、ある一つの記憶が鮮明になった。 曰く『波紋は精霊に干渉できる』 ◆◆◆◆◆◆ 人質となっていた少女が衛兵に発見され、魔法学院に運ばれたのを確認してから、ルイズはトリスタニアへと足を向けた。 兵士達の会話の中から、魔法学院に潜んでいた賊が殲滅されたことを知ったので、もはや自分の用は無いと判断したのだ。 ルイズは、いつものように街道を避け、街道沿いの林の中を歩いていた。 「ねえ、デルフ」 『ん?』 デルフがいつものように背中から返事をする。その声はいつもと変わらなくて…変わらなすぎて、かえってルイズを不安にさせた。 「あなた、心を読めるんでしょう」 『前にも言ったけど、多少ならなあ』 「私の心、読んだ?」 『………あー、もしかして、見ず知らずの親子を殺したのを気にしてるのか?』 ルイズが、足を止めた。 背中の鞘からデルフリンガーを引き抜き、銀色に輝く刀身を見つめる。 「…軽蔑した?」 『いんや、別に』 驚くほど軽く、デルフリンガーが呟く。 それでは納得できないのか、ルイズはその場に座り込んで、足下にデルフリンガーを突き刺した。 「どうしてよ、だって、貴方は、武器屋で見つけたとき、私をずいぶん嫌ってたじゃない」 『いや、そうだけどさあ……』 デルフリンガーは言いにくそうに、鍔をカチャカチャと数度鳴らして…ぽつぽつと語り出した。 『俺っちは剣だ。悪いものばかりじゃなくて、いろんな奴に使われて人間も沢山切ってきた。おれは誰に使われるかを選べねー。 でもよう、嬢ちゃんはずっと後悔しっぱなしじゃねーか。俺っちは元から剣として生まれたから、自分じゃ戦うのは嫌だなーと思ってるけど、人を切るのに抵抗もないんだわ。 嬢ちゃんはずっと我慢してるじゃねーか。できるだけ相手を選んで殺してるし、希に我慢できなくなるのも仕方ねーと思うよ。 それに俺、嬢ちゃんはもっと食欲に流されると思ってたんだぜ。でも人間を襲わないようにすげー努力してるのは解る。 親子のことは可愛そうだと思うけどよ、貴族の横暴で似たような死に方してるヤツなんて、数え切れないほど見てきたぜ。 俺はよ、後悔し続けるそんな嬢ちゃんを嫌いになれねえ』 ほんの数分、沈黙が流れた。 ルイズは、そっとデルフリンガーを引き抜くと、その刀身を優しく抱きしめる。 「あんたが、人間だったら良かったのに」 『よせやい』 空を見上げる……月は雲に隠れているが、所々から綺麗な光線が漏れていた。 「この戦争を、終わらせましょう」 誰に言うでもなく…いや、自分に言い聞かせるように呟く。 月を見上げたルイズは、憑き物が落ちたように、穏やかな微笑みを浮かべていた。 To Be Continued→ 70後半< 目次 >72
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 例えばの話だが、ある所に命を懸けた戦いをしている戦士がいるとしよう。 限られた武器と足手纏いとも言える者たちが周りにいる中、戦士の相手は凶悪な怪物。 明確な殺意をもって戦士の命を仕留めようとする、無慈悲な殺人マシーンだ。 戦士は足手纏いな者たちを守りつつ怪物を倒すことになるが、それはとても大変な事である。 戦う必要のない者たちは自分たちも戦える豪語しつつ、各々が勝手に行動しようとするからだ。 そうすれば戦士はいつものペースで動くことができないが、一方の怪物は戦いを有利に進めることができる。 例え向こうが多人数であっても、足並みを揃える事が出来なけれ文字通り単なる烏合の衆と化す。 結果向かってくる奴だけを順々に片付ければ良いし、運が良ければ思い通りの戦いができない戦士をも殺せる。 しかし、足手まといな者たちが一致団結して戦う事が出来るとすれば話は変わる。 訓練された軍隊のように足並み揃えて一斉に襲ってくると、さしもの怪物も対処しづらくなるのだ。 更にその隙を縫って戦士が強力な一撃仕掛けてくるとなれば、もはや勝ち目などない。 一見すれば怪物側が有利な戦いは、実際のところたった一つの駆け引きで勝敗が左右する大接戦。 相手の腹を探りつつどう動くべきかと考えあぐねるその時間は、当人たちにとっては命を懸けた大博打である。 しかしそれを空の上から眺めてみれば、とても面白いゲームだとも思えるだろう。 そう、自分たちが傷つくことのない場所から見れば、命を懸けた勝負すら単なるゲームになる。 「ふーん―――何だか見ないうちに、随分とややこしい事になってるじゃないか」 旧市街地に並ぶ廃屋の屋上に佇む金髪の青年が、やけに楽しそうな調子で一人呟く。 左右別々の色を持つ眼には、この廃墟群の出入り口で大騒ぎを繰り広げ始めた五人の少女達が映っている。 彼が今いる位置ではやや遠すぎるかもしれないが、そんな事を気にもせず彼女たちの姿を見つめていた。 旧市街地の入り口から少し進んだ先で、まるで決闘の場で対峙するかのように向かい合っている紅白の少女が二人。 青年から見て旧市街地側に佇む紅白の少女の傍に、腰を抜かしているピンクブロンドが目立つ少女。 そして少し離れた場所には、まるで野次馬の様に三人の様子を眺めている黒白の少女と燃えるような赤い髪の少女がいた。 日も暮れ始めて来た為か肌の色までは良くわからなかったが、青年にとってそれは些細な事に過ぎない。 今の彼にとって最も重要なのは、『三人』の姿が見れた事だけであった。 五人いる内の中ですぐに安否が確認できるのは二人。黒白の金髪少女とピンクブロンドの少女だけ。 三人目となる紅白の少女は二人いるせいで、どちらを見ればいいのか未だにわからない。 「一体どういう経緯で二人になったのかは知らないけど困るよなぁ~、あんな事勝手にされちゃあ…」 僕の目が回っちゃうじゃないか、最後にそう付け加えた彼は軽く口笛を吹く。 まるで観戦中の決闘に予期せぬ乱入者が現れた時の様に、興醒めするどころか楽しんでいるようだ。 それは正に、安全かつ他人同士の殺し合いをしっかりと見届けられる場所で歓声を上げる観客そのものである。 「しっかし何でだろうな…一人しかいない筈の彼女に二人目がいるだなんて」 落下防止にと付けられた鉄柵の上に両肘をつけた青年は、またもや呟く。 彼以外にその疑問を聞く者はいないし、当然返事が来ることも無い。 生まれた時代が違えば、目の色だけで見世物小屋にいたかもしれない青年にとって、単なる独り言であった。 そう…単なる独り言だったのだ。 「私も良くは知らないが、アレに関してはお前たちの方は心当たりがあるんじゃないか?」 気づかぬうちに、自分の後ろにいた゛者゛の言葉を聞くまでは。 「――は?」 突然背後から耳に入ってきた声に、青年はその目を見開かせてしまう。 しかし驚きはしたものの、数時間前に似たような事を経験をした彼は声が誰のものなのかを分析しようとする。 良く透き通るうえに大人びた女性の声は、想像の範囲だがきっと二十代後半なのだろう。 あるいはマジックアイテムが魔法で細工しているかもしれないが、実際のところは良くわからない。 それよりも今の青年が気になる所はたった一つだけ。それは、どうやって自分の背後に近づいたのかという事だ。 青年が経験した「数時間前に似たような事」というのは、正にそれであった。 ◆ 時間をさかのぼり今日のお昼頃であったか。 彼はちょっとした用事でブルドンネ街で買い物を楽しんでいた三人の少女を、旧市街地の教会から観察していた。 その三人こそ、今の彼が屋上から眺めている「ピンクブロンドの貴族少女」と「黒白の金髪少女」。そして何故か二人いる「紅白の黒髪少女」である。 望遠鏡を使ってわざわざ遠くから見ていた青年の姿は、他人から見れば通報されても仕方がないであろう。 そのリスクを避ける為に人気のない旧市街地から覗いていたのだが、そこで変な事が起こった。 何と誰もいなかった筈だというのに、突如自分の後ろから女の声が聞こえてきたのである。 その後は色々とありその場は置き土産を置いて後にしたが、青年は観察事態を諦めてはいなかった。 そもそも彼が三人を覗いてた理由である「ちょっとした用事」というのは、彼にとって「仕事の内の一つ」なのだ。 だからその場を去った後は、三人の動きをしっかりと見張れる所に移動していたのである。 そして三人が導かれるようにブルドンネ街からチクトンネ街へ行くところはバッチリと見ていた。 不幸か否かチクトンネ街へ行った際に一時的に見失ってしまったが、数分前にこうして再開すことができた。 偶然にも自分が昼頃にいた旧市街地へ舞い戻る事になったのは、一種の皮肉と言えるかもしれない。 ◆ そうこうして、良からぬ展開に巻き込まれた三人の様子を観察していて、今に至る。 (一瞬聞き間違いかと思ったが…どうやら僕の予想は正しかったようだ) 彼は先程聞こえたものと、昼に聞いた声がそれぞれ別々のモノであると既に理解していた。 今聞こえた声からは、昼頃に聞いたものとは違う゛凛々しさ゛を感じていた。 昼の声は「貴婦人さ」というものが漂っていたが、今の声にはそれとは逆の…俗にいう「働く女性」というイメージがぴったりと合う。 しっかりとした性格の持ち主で、上司に対しちゃんとした敬意を払うキャリアウーマンだ。 自分とは正反対だな。月目の青年は一人そう思いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。 彼は予想していた。振り返った先には誰もいないし、それが当然なのだと。 ただ見えるのは、落ちていく夕日と共に影に蝕まれる寂れた床だけなのだと。 昼頃の体験もそうであったし、それと似通った部分が多い今の事も同じような結末を辿るのだと、勝手に決めつけていた。 しかし、現実というのは時に奇妙で刺激的な事を不特定多数の人間に体感させる。 一人から数十人、下手すれば数百から千単位に万単位、もっともっと大きければ国家単位の人口が奇妙な体験をするのだ。 今回、現実という日常的な神様は月目の青年に奇妙な「存在」を目にする機会を与えてくれた。 そう…国を傾けかねない美貌と、この世界に不釣り合いな衣服を纏う「存在」と、彼は出会ったのである。 「君が口にしたややこしいという言葉は…残念だが私たち側も吐露したいんだがね」 距離にして四メイル程離れた所に、明らかに場違いな金髪の美女が、腰を手を当ててそう呟いた。 明らかにハルケギニア大陸の文明から作りえない青と白を基調にした衣装を身に纏った体は、まだ二十代前半といったところか。 これまで生きてきた中で数々の女性と付き合ってきた彼が直感的に思いつつも、次いでその視線を美女の衣装に注いでいく。 一目見ただけでもハルケギニアの民族衣装とも異なるが、蛮族領域に住む亜人たちや砂漠に住まうエルフたちの衣装とも印象が違う。 どちらかと言えば東方の地から時折流れてくる衣服のカタログで、似たようなものを見たことがあったと彼は思い出す。 白い服の上に着ている青い前掛けには、大した意味が無さそうに見えてその実難解そうな記号が踊っている。 もしかするとあれが東方の地で用いられる言葉なのかもしれないが、今の青年にはそれよりも気がかりな事が二つほど合った。 「――――コイツは驚いたね。さっきまで誰もいなかった場所に、僕好みの美人さんが立っているとは」 見開いていた月目をスッと細めた彼は、両腕をすっと横に伸ばし冗談めいた言葉を放つ。 大げさすぎるその動作を見た異国情緒漂う女性もまた目を細め、その口から小さな吐息を漏らす。 反応だけ見ても呆れているのかこちらの動きを読んでいるのか、それすらハッキリとしない。 こういう相手は綺麗でも付き合うのはちょっと遠慮したいな。彼がそう思おうとした直前、女性の口が開いた。 「良く言うよ…君は知っているんだろう?―――私がそこら辺にいる゛ニンゲン゛とは違うって事を」 「……?それは一体―――――!」 夕闇の中、金色の瞳を光らせた彼女がそう言ったのに対し、ジュリオは怪訝な表情を浮かべようとする。 だがその瞬間。目の前の女性を中心に、この場所ではやや不釣り合いと思える程度の匂いが突如漂い始めた。 その匂いはこの建物を降りて適当な路地裏を歩けば出会いそうな連中が放っているモノと似通っている所がある。 青年は仕事上そういう連中と接する機会が多いため、唐突に自分の鼻を刺激した匂いの正体を断定できる自信もあった。 群れを成して路地裏に屯し、時として真夜中の街へ繰り出し生ごみを漁る大都市の掃除屋。 おおよそ武器を持たなければ人間でも太刀打ちできない゛奴ら゛と似たような匂いを放つ金髪の女。 それが意味するものはたった一つ――――――文字通りの意味で、女は人間ではないという事だ。 「もしかして君、常に体を清潔にしないタイプの人かい?」 匂いの根源と、その理由を何となく把握できた青年は、ふと冗談を放つ。 プロポーズどころかデートのお誘いですらない言葉に不快なものを感じたか、目を瞑った女はこう返す。 「生憎ですが私は主人と違い、そういうお話にはあまりお付き合いできませんよ?」 「そいつは残念だ。――――…おっと、ここまで話し合ったんだから名前ぐらい教えておこうか」 女性の辛辣な返事に青年も素っ気ない言葉で対応したかと思えば、笑顔を崩さぬまま唐突な名乗りを上げた。 「僕はジュリオ…ジュリオ・チェザーレ。気軽に呼んでくれてもいいし様づけしたっていいよ?」 青年、ジュリオの名前を知った女性は呆れた風なため息をつきつつ、その口を開ける。 「―――――八雲藍だ。別にどんな風に呼んでくれたって構いはしない」 憂鬱気味な吐息を漏らした口から出た言葉は、今の彼女を作り上げた主からの贈り物。 遠い昔の時代に、東の大陸で跳梁跋扈した妖獣の一族である彼女の今が、八雲藍という存在であった。 ★ 「おぉ…。さっきとは打って変わって、奴さん積極的じゃないか」 明らかに先程とは動きの違う偽レイムの後姿を眺めつつ、魔理沙が気楽そうに言った。 先程までこちらに背を向けている相手に殺されかけたというのに、その言葉から緊張感というものを殆ど感じられない。 流石に物凄い勢いでナイフを放り投げ、口論を続けていた霊夢とルイズに急接近した時は軽く驚いたが、今はその顔にうっすらと笑みを浮かべている。 箒を右手に持ち、キュルケの隣に佇むその姿はすぐに戦えるという気配が全く見えない。 自分に危害が及ぶ事が無いと分かっているのか、それとも知り合いである巫女が勝つことを予想しているのだろう。 とにもかくにも、この場には不釣り合いと言えるくらいに、魔理沙は霊夢達の動きを傍観していた。 「さて、この似た者同士の勝負。どちらが最後まで立ってられるかな」 「三人して同じ部屋で暮らしているというのに、観客様の気分で見ているのね貴女は…」 すっかり回復し、楽しげな言葉を放つ魔理沙とは対照的に、その隣にいるキュルケは安堵することができなかった。 下手すれば死んでいたかもしれない黒白がどんな態度を見せようとも、彼女とって今の状況は゛非日常的な危機゛であることに変わりはない。 急な動きを見せた偽レイムの傍には抜かした腰に力を入れて立とうとするルイズがおり、そんな二人から少し離れた所に本物の霊夢がいる。 もし立ち上がったルイズが下手に動こうとすれば、突然殴り掛かってくるような相手に何をそれるのかわからない。 その事をキュルケ自身が察する前に霊夢も気づいているのだろうか、ナイフを片手に身構えた状態からその場を一歩も動いていない。 一方の偽レイムも先程まで霊夢達がいた場所から動いてはいないものの、いつでも仕掛けられるよう腰を低くしている。 正に先に動いたら負けという状況の中にいる三人を不安そうな目で見つめているのが、今のキュルケであった。 (本当に参ったわね…いつもとは全く違う刺激があるのは良い事だけど…あぁでもこういうのは良くないわ) 少しだけ似合っていない魔理沙の微笑を横目でチラチラ見つめつつ、手に持った杖をゆっくりと頭上に掲げていく。 それと同時に多くの男を虜にする艶やかな声でもって素早くかつ正確に、呪文の詠唱を始める。 別にあの三人の戦いの輪に巻き込まれたいという、自殺願望に近い何かを胸中に抱いているワケでは無い。 ただキュルケ本人としてはどうしてこんな事になっているのか知りたいし、その目的を達成するためにはルイズの存在が必要だ。 恐らく、自分が巻き込まれたであろう刺激に満ちた今の事態の発端を詳しく話せるのは彼女しかいないであろう。 なら彼女の使い魔と居候となっている黒白でもいいかもしれないが、部外者である自分に話してくれる可能性はかなり低い。 そこでワザと彼女らが直面している事態に首を突っ込み、彼女らと同じ場所に立つ。そんな計画がキュルケの脳内で出来上がっていた。 故に彼女は決断していた。この刺激的な一日の最後を飾るであろう魔法を、偽レイムにお見舞いしてやろうと。 幼少の頃に覚えたスペルの発言は数秒で済み、短くとも今この場で最適と思える魔法の発動が準備できた時、魔理沙が声を上げた。 「あ、お前も混じるのか。何だか随分と賑やかになってきたじゃないか」 まるでこれから起ころうとしている事を知っているのか、彼女の顔にはその場にそぐわない喜色が浮かんでいる。 実際、この世界へ来て数週間ほどしか立ってない魔理沙にとってキュルケの魔法を見るのはこれが初めてなのだ。 しかしそんな彼女にとうとう嫌気がさしたのか、嬉しそうな黒白に向けてゲルマニアの留学生魔理沙の方へ顔を向け、目を細めて言う。 「本当に呆れるわね貴女。…こんな状況でそんな表情と態度を出せるのは一種の才能なの?」 「私から見れば、これから死出の行軍に出ようとしているようなアンタの顔が、ちょっと見てられないぜ」 遠まわしに空気を読めという解釈にも取れるキュルケの言葉を聞いても、魔理沙の態度は変わりはしない。 それどころか、緊張しすぎている彼女を笑わせようと灰色の冗談を飛ばしてくる始末であった。 もはや怒るどころか呆れるしかないキュルケは、ため息つく気にもなれず相手を見下すかのような表情を浮かべる。 「そう…じゃあそこでずっと見ていなさいよ?何が起こっても私は助けないけどね」 私にとって貴女は、まだ得体の知れない相手なんだから。最後にそう付け加え、キュルケは偽レイムの方へ顔を向ける。 「生憎だがアレは不意打ちだったんだぜ。それにお前が手を出すと霊夢が嫌がるかもよ?」 まぁそれはそれで見ものだけどね。魔理沙もまたそんな言葉を付け加え、キュルケに助言を送る。 しかし魔法使いからの言葉を聞き流したキュルケは、今か今かと攻撃のタイミングを伺っている時であった。 日常からやや抜けた刺激を活性化させる為に、常人では考えもしない異世界の事件に首を突っ込もうとしている。 その結果に何が待ち受けているのかは知らないが、キュルケ自身は後悔しない筈だろう。 後戻りができそうにない、非日常的な刺激こそ……彼女が求めてやまぬ心身の特効薬なのだから。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第六十二話 新造探検船オストラント号 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ 登場! 六千年の間、国家間のいさかいやエルフへの遠征はあれど、平和と秩序を保ち続けてきた世界・ハルケギニア。 だがその平和は、突如この世界に襲来した異次元人ヤプールの侵略によって、無残にも砕け散った。 才人とルイズは、ウルトラマンAの力を借り、ヤプールの侵略を食い止め続けてきたが、時が経つにつれて予想も しなかった事態が起きてきた。ヤプールの侵略による混乱につけいるかのように、この世界の人間たちの中にも 不穏な動きを見せ始める者も現れたのだ。 虚無の力を狙い、何度も卑劣な攻撃を仕掛けてきたガリアの王ジョゼフ。かつて地球で、怪獣頻出期の混乱に つけいって多くの宇宙人が侵略をかけてきたように、彼の存在を皮切りにロマリアも動き出した。 ワルドを傀儡とした何者かの陰謀は撃破したものの、同時に多くの謎も残した。 誰が、何の目的を持って人間の怪物化をはかったのか? すべては闇の中に消えた。 代わりに残ったのはルイズの新たなる虚無の魔法の覚醒。瞬時に別空間への転移を可能にする呪文・テレポート。 完全に成功すると思われたワルドの計画を頓挫させたこの魔法は、さすがに伝説の系統にふさわしい驚異的な 効果を発揮した。だがその反面、連続する虚無の覚醒はこの世界に迫り来る暗雲の厚さをも想像させた。 地下に潜んで強大化の一途をたどる数々の悪の勢力、もはや躊躇している時ではないとアンリエッタは決断した。 ジョゼフや、まだ影もつかめない謎の勢力も確かに脅威だ。しかし彼らの暗躍する土壌となり、この世界を狙う 最大の敵はヤプールにほかならない。生物の邪悪な思念・マイナスエネルギーを糧とするヤプールのパワーアップを 止めるには、この世界で六千年間続いてきたエルフとの不毛な争いに終止符を打つしかないのだ。 アンリエッタは、現在唯一エルフとのつながりを持ち、なおかつエルフが潜在的に恐れている虚無への敵対心を 消し去れる可能性を持つルイズに白羽の矢を立てた。 しかし前途は険しい。エルフの大多数は人間を蛮人と呼んでさげすんでおり、その強力な武力を持って、ためらう ことなく攻撃を仕掛けてくるだろう。しかもエルフの国、いまだ人間が到達したことのないはるか東の果てに向かうためには、 通常の手段では不可能だ。 だがその不可能を可能にするため、現れたエレオノールとコルベールは希望の名を告げた。 「行かせてあげるよ君たちを、私たちの作った新型高速探検船『東方(オストラント)号』でね!」 エレオノールとコルベールの語る『東方号』とは何か? ハルケギニアを狙う、飽くなき邪悪の増長に反旗を掲げるために、人間側の逆襲が始まろうとしていた。 戦いの夜が明けて、ラ・ロシュールの街は最大最後の熱狂の渦の中にあった。この一ヶ月、トリステインで盛大かつ 華麗な婚礼の儀をあげてきたアンリエッタとウェールズ夫妻が、今日いよいよもうひとつの母国であるアルビオンへと旅立つのだ。 昨夜のウルフファイヤーとの戦闘はかん口令が敷かれ、一般大衆はほとんど知らない。豪奢に飾られたお召し艦が 桟橋を離れ、夫妻はその脇をカリーヌとアニエスに護衛されながら、見送りの人々へと感謝の手を振る。 「みなさまありがとう。アルビオンとトリステインの変わらぬ友好を築き上げるため、わたしたちは行ってまいります」 陽光を受けてきらびやかな輝きを放っているかのような夫妻の門出だった。見送る人々もそれを受けて、喉も 枯れんばかりの大歓声とともに見送る。桟橋の上には国に残る重臣や各国の大使、世界樹のほかの枝にも 一目見ようと多くの人々があふれ、世界樹の根元やラ・ロシュールの建物の屋上などにも手を振る人は尽きない。 しかし、その中にルイズたちの姿はなかった。そのころ才人、ルイズ、ティファニア、ルクシャナの四人はすでに街を 離れて、銃士隊の一個小隊とともに南へ向かっていたのである。目的地はラグドリアン湖の東方にある分湖の 対岸にある造船所街。ラグドリアン湖そのものは、ガリアとトリステインの関係を良好に保つためと、水の精霊への 敬意を込めて軍事施設等の建設は条約で禁止されているが、その奥にある河川や小さな湖は両国共に存分に 利用していた。 「着いたぞ、降りろ」 街の入り口のある馬車駅で、四人は乗ってきた馬車から降ろされた。ここでは軍備増強中のトリステイン空軍の 軍艦が続々と建造されているので、木材や鉄鋼を搬送する荷車や人夫でとてもにぎやかだ。最近では、先日の 観艦式でお披露目された巡洋艦なども、ここで建造されたものが数隻混じっている。 才人は、船台上でマストを立てられている軍艦や、道を荷車に載せていかれる大砲を見て感嘆の吐息を漏らした。 軍備は理想的な平和主義者からしたら悪の象徴と言われる。確かにそれは一端の真実であるのだが、この世には 他者のものを奪い取って恥じず、むしろそれを誇るような人間や国がいるのも事実だ。人間という生物の目を 逸らしてはいけない愚かしい一面だが、この世が完璧な理想世界とは程遠い以上、一定以上の軍事力は国家に とって必要とされる。 もちろん、戦力の拡充のしすぎは財政の悪化を呼び、守るべき国を戦争に駆り立てるという本末転倒な事態を 招く。なにせ軍隊とは一粒の米も、一滴の酒も生み出さない、いるだけで金食い虫となる存在なのだ。それを 防ぐためには、為政者の拡大の限界を見極めて手を引く冷静な判断力が必要となる。来年早々に女王となる アンリエッタの重要な課題となるだろう。 「やあ諸君、よく来たね。歓迎するよ」 「全員無事到着した。案内を頼む」 才人たちの降り立った馬車駅には、コルベールとエレオノールが先に来て待っていた。二人はラ・ロシュールで 才人たちにおおまかな説明をした後に、出迎える準備をすると言って竜籠で一足早く帰っていたのだ。 こちらの人員は、才人たち四人のほかは「ルイズたちの手助けをしてやってください」と、アンリエッタ直々に 命令を受けた銃士隊の一個小隊三十名で、指揮官にはミシェル。本来ならば近衛部隊である銃士隊の副長が 残るなどは考えられなかったが、アニエスとアンリエッタの二人の同時指名で決定されたのである。 なお、この人事を後で耳にしたとき、当初ルイズが渋い顔をしていたが、主君からの命令とあっては言いだてもできなかった。 そんな娘の様子を見て、母カリーヌは無表情の仮面の下で嘆息していたが、娘はむろん知る由もない。 コルベールとエレオノールの出迎えを受けた一行は、そのまま二人の案内で造船所内を進んでいった。 ここはトリステイン軍の直轄の施設なので、許可のない者は立ち入りできないために、さすがに奥に行くほど 物々しくなっていく。 ここで、例の『東方号』という船を建造しているのだろうか? 才人は立ち並ぶ数々の軍艦や輸送船を眺めながら 思った。王宮ではコルベールは「ここではどこで誰が聞き耳を立ててるかわからないからね」と、才人たちは『東方号』に ついてほとんど具体的な説明を受けていなかった。わかっていることは船名と、それが高速探検船という聞きなれない 別名を持つということだけ。 ルイズも、コルベール先生とエレオノール姉さまとは、なんとも珍妙な組み合わせだと不思議に思った。二人に接点が あるとすれば教鞭をとっていることと、アカデミーのつながりが思いつくけれど、二人が揃って仕事をしているとは知らなかった。 まさか、この二人できてるってことは……ないわねと、ルイズは姉に向かってけっこうひどいことを思うのだった。 さらに疑問を深めているのがルクシャナである。知識の虫である彼女は、サハラを越える能力があるという新型船とやらに 大いに興味をよせていたが、ここに来て尋ねても、コルベールは後のお楽しみだと教えてくれない。コルベールは自信満々な 様子だが、ルクシャナも人間への蔑視を完全に捨てたわけではない。これまで何百回、思いつく限りの方法を使って 攻めてきたくせに、一度もサハラを踏めなかった蛮人が作った船に、何十という障害と妨害を突破してサハラを越える という、前人未到の偉業をおこなえる力があるのか? 自然に才人やルクシャナは、表情に疑問の色が浮かんでくるのを抑えらなくなっていった。すると、教師としての 面目躍如か、敏感に彼らの不満を感じ取ったコルベールはようやく口を開いた。 「いや、もったいぶってしまってすまないね。どうも物事にいらない前置きをつけてしまうのは私の悪い癖だ。そのせいで 授業がつまらないと常々言われるのにねえ。サイトくん、私がいろいろな未知なるものを見たいと思っているということを 前に言ったね。だから私は手当たりしだい、あらゆる手段を使って未知を求め、さらなる未知へ挑戦しようと試みてきた。 その答えのひとつが、君の見せてくれた、あの”ひこうき”だ。あれほどのものは、我々の技術では到底つくれない。 しかし、私はあきらめたくなかった。そのとき、興味を示してくださったのがミス・エレオノールだった」 「ええ、私も正直あんなものは見たこともなかったわ。でも、一時は興奮したけど私はすぐにあれは再現不可能だと 結論を出したわ。それをこのハゲ頭ったら本気で自分でも作ろうなんて考えて……バカとしか言いようがないじゃない」 「はは、でもあなたが協力してくれなければ、私の夢はおもちゃで終わっていたでしょう。学者の本能というですかな?」 「勘違いしないで。婚約がふいになって、たまたま式の費用が浮いてただけよ」 エレオノールは、ぷいっと横を向いてしまった。こういうところはさすがルイズの姉だけあって、よく似ている。しかし、 まだ疑問の核心にコルベールは答えていない。東方号とは結局なんなのか? 知りたいのはそれだ。じらされて いらだつ才人たちに、コルベールははげ頭にわずかに残った髪をばつが悪そうにかいた。 「いやいやすまん。またまた悪い癖が出てしまった。しかし、もう一言だけ言わせてもらうとしたら、私はサイトくんの おかげでハルケギニアの外の世界をどうしても見てみたくなったのだ。そして、もう待ってもらう必要はないよ。なぜなら、 ここが目的地だからね!」 コルベールは足を止め、手を高く掲げて見せた。そこには、才人たちがまるで小人に見えるような巨大な建物が、 威圧するようにそびえていた。 しかし、それは単に大きな建物ではない。船を建造するための、造船施設の見せる氷山の一角に過ぎないのだ。 この中に『東方号』が……才人たちはごくりとつばを飲み込むと、コルベールに続いて施設に足を踏み入れていった。 天幕で覆われた、全長二百メイルほどの船台。他の軍艦や商船が建造されている船台とは明らかに様相が異なり、 外からは内部が一切うかがい知れないようになっている。しかも入り口にはラ・ヴァリエールのものと思われる私兵が、 入場者を厳しくチェックしており、軍艦並みの警戒厳重さを見せていた。 入り口で誰かが化けていないか、魔法で催眠にかけられていないかを検査されると、ようやく分厚い鉄ごしらえの 門が開いて一同を受け入れた。内部はまるで東京ドームのように広大で、一同はここでなにが作られているのだと 息を呑む。しかし内部は天幕のおかげで薄暗く、なにやら巨大なものが鎮座しているのはわかるけれど、全体像を 把握することはできなかった。 コルベールは一同にそこで待つように言い残すと、エレオノールとともに壁に取り付けられたなにかの装置の前に立った。 「待たせてすまなかったね。すでに艤装は九割五分完了している。本来ならば、一〇〇パーセントパーフェクトに なってから動かしたかったが、現在でも航行・戦闘ともに支障はないはずだ。さあ見てくれ、これが私の夢の第一歩であり、 君たちを運ぶハルケギニア最速の船、『東方号』だ!」 スイッチとともに天幕の中に白い明かりが満ち満ちる。一般に使われている魔法のランプの仕組みを大規模に したものであるらしいが、悪いけれどエレオノールのそんな説明は耳に入らない。才人たちの目の前には、想像を 一歩も二歩も超えた異形の船が鎮座していたからだ。 「こ、これは……船、なの?」 全容を眺めたルクシャナが思わずつぶやいた。彼女の知識層には、専門外の事例ながらエルフの艦船について おおまかに記録されており、人間たちが使う船についても文献で見てきたが、このような形式の船は初めて見る。 いや、正確に言えば船の形はしている。船首から船尾までの設計様式はハルケギニアでポピュラーな形式の 帆走木造船で、それだけ見ればなんの変哲もない。しかし異彩を放っているのは、舷側から大きく側面に張り出した 翼にあった。 通常、風石で浮力を得るハルケギニアの空中船は、地球の木造帆船に似た船体に鳥のような翼を取り付ける。 そのため地球育ちの才人などからすれば船と白鳥が合わさったような印象が持て、さすがファンタジーだと妙な 感想が出る優美な姿をしている。 だが、この船に取り付けられている翼は優美さとは無縁なものだった。地球の航空機のような直線と曲線でできた、 強いて言うならジャンボジェット機のそれに似た金属製の翼が取り付けられていた。差し渡しは一三〇メイルはあろうか、 エルフの世界にも鋼鉄軍艦は存在するけれど、こんな形の翼はどこにもない。 それだけではなく、その翼には後ろむきに明らかにプロペラとわかる巨大な装置が取り付けられていた。この翼に、 あのプロペラの形……才人の中にあった予想が、一瞬で確信に変わって口からこぼれ出る。 「先生! こいつは、おれのゼロ戦を!」 「ああ、そのとおりだ。この船は君が持ってきてくれた”ひこうき”を研究して、私なりに再現したものだ。従来の船では 風任せで、翼は姿勢制御くらいの役目しか果たせていなかったが、この船は違う。風石で浮遊するところは同じだが、 あの翼が巨大な浮力を発生させて風石の消費を抑えてくれる。そして、なによりも目玉があの両翼に一基ずつ 配置された”えんじん”から突き出た風車が、この船に圧倒的な加速を与えてくれるはずだ」 「すげえ……先生、すごすぎるぜ!」 才人はまさしく天才を見る目でコルベールに熱い視線を送った。あのゼロ戦一機から、こんな巨大な船を作り上げて しまうとは常人のなせる業ではない。 「いやあ、そうしてほめられるとむずがゆいというか……はは」 得意そうに笑うコルベール、そこへのけ者にされていたエレオノールが不満そうに割り込んできた。 「ちょっと、あなただけの功績みたいに言わないでちょうだい。この船の建造費に私がいくら出したと思ってるの? それに、 この船の翼を支えるための百メイル以上の鋼材の製作、私をはじめアカデミーのトライアングル以上のメイジが 何人がかり必要になったとおもってるの?」 「もちろん感謝しているさ。私はえんじんは作れても、船にはてんで無知だからね。設計図の製作から実際の建造まで、 下げる頭が万あっても足りない思いだ」 「ふん、あんたの頭を見てありがたがる人間がいたらお目にかかってみたいわ。まあ、アカデミーが全壊して、施設が 再建できるまで研究員たちを遊ばせておくこともないし、メカギラスやナースの装甲を研究した成果も試したかったから、 いい機会ではあったけどね」 なるほどと、ルクシャナは納得した。トリステインの冶金技術では、百メイルを超えて、なおかつ強度のある鋼棒の 製作はメイジの技術を持ってしても不可能だが、宇宙人のロボット兵器に使われていた超金属を研究して、それに 対抗できる金属の作成を前々から図っていたのか。 しかし、研究者であるルクシャナは二人の説明と東方号の外観から、すでにいくつかの疑問点を抱いていた。 「ところで、えんじんだっけ? あのでかぶつをどうやって動かすの? 見るところ、羽根の直径だけでも十メイルは ゆうにあるわ。あんなものを、推力を生み出せるほど回すには相当な力が必要なはずよ」 するとコルベールは、よくぞ聞いてくれたとばかりに満面の笑みを浮かべた。 「よい質問です。あのえんじんの中には、石炭を燃やす炉と、その熱量を使って水を沸かし、発生する水蒸気を閉じ込めて 強力な圧力を生み出す釜が入っています。羽根を動かす動力は、その圧力を利用します」 「水蒸気……そんなものを利用するの!?」 「なめたものではありませんよ。水を入れてふたをがっちりした鍋を火にかけると、やがて鍋をバラバラにするくらいの 爆発を起こす力が出るのです。本当は、ひこうきのえんじんに使われていた、油をえんじんの中で爆発させて圧力を得る 仕掛けのほうが小さくて済むのですが、機構が複雑で精密すぎて現在の私の技術では再現は無理でした。しかし、 この水蒸気式のえんじんでも、相当な力は発揮できるはずです。私はこれを、水蒸気機関と名づけました」 自信満面でコルベールは言った。しかし、ルクシャナはまだこの船には、どうしても聞かねばならない難点があることを見抜いていた。 「たいした自信ですね。でも、さっきから聞いていれば、あなたの説明はすべて”はずだ”ばかり。もしかして、この船は まだ一度も飛んだことがないんではないですか?」 「見抜かれたか、さすがアカデミーの逸材と言われるだけの方だ。ご明察どおり、この『東方号』はまだ飛行テストも おこなっていない未完成品だ。いや、本来ならば『東方号』と名づけるのは、この後の船になるはずだったのだ」 「つまりこれは、本来は新型機関を試すための実験船だった?」 「そのとおりだ。私たちはこの船を使って、あらゆる実験をおこない、そのデータを元にして完成品の東方号を建造する 予定だったのだ」 自信から一転して、苦渋を顔に浮かべてコルベールは言った。するとエレオノールも気難しそうな顔で東方号を見上げる。 「軍から先の内戦で姫さまをアルビオンにまで運んだ、高速戦艦エクレールの実戦データももらってるけど、それでも この船からすれば旧式に入るわ。なによりこの船は、建造期間の短縮をはかるために、船体は建造中だった高速商船の ものを流用してあるから、高速飛行をしたときに船体がもつかは未知数よ。それに、エルフの艦隊に迎撃を受けたとしたら、 当たり所によっては一発で沈没する危険もはらんでるわ」 ぞっとすることを言うエレオノールに、才人たちは思わず顔を見合わせた。しかしそれでもコルベールは言う。 「しかし現在、エルフの国に到達できる可能性が少しでもあるのはこの船しかない。姫さまは、その可能性を信じて 我々に指名をくださった。研究者としては失格かもしれんが、私も万全を待っていては手遅れになると思う。だから私は、 暖めていた『東方号』の名をこの船につけたのだ!」 断固として言い放ったコルベールの迫力に、才人たちはのまれた。研究者として、不完全な代物に教え子たちを 乗せるには相当な苦渋があったはずだ。恐らく、出撃を命じたアンリエッタとの間にも激論があったことだろう。 それでも動かすことを決めたからには、尋常な覚悟ではない。 「僭越ながら、私は船長としてこの船に乗り込む。その大役ゆえに、船が沈むときは運命を共にする覚悟で望むつもりだ。 ん? サイトくん、そんな顔をするな。それくらいの覚悟で望むということだよ」 からからとコルベールは笑って見せた。才人やルイズはほっとしたものの、いざとなったら殴り飛ばしてでもコルベールを 船から降ろす必要があるなと、別の覚悟を決めた。 新造探検船オストラント号……それはコルベールがハルケギニアの外にある、あらゆる未知への好奇心を形にした 鋼鉄のうぶ鳥。早産を余儀なくされたこの鳥が、見かけだけ派手で飛べない孔雀で終わるか、それとも大空を支配する フェニックスとなるかは誰にもわからない。 それにまだ、この船には飛び立つためにもっとも重要なものが欠けている。それをミシェルは指摘した。 「ミスタ・コルベール、あなたの決意のほどはわかった。しかし、これほど大規模な仕掛けを施された船を誰が動かすのだ? 機密保持のために空軍の水兵や一般の水夫は借りられない。ただ動かすだけなら、我ら銃士隊一個小隊三十名いれば 可能だろうが、未完成な船で戦闘航行しながら進むのはさすがに不可能だぞ」 強靭な心臓があって類まれな翼を持つ鳥も、体の中を流れる血液がなくては羽ばたくことはできない。そう言うミシェルに、 コルベールはそのとおりだとうなづいた。船は巨大で精密な機械だ。帆を操り、舵をとり、周囲を見張り、風を読み、 この船の場合は機関制御の複雑な工程も加わるので、三十人ではどうやりくりしてもギリギリだ。それだけではなく、 厨房で働く者もいるし、戦闘を不可避とすれば兵装を操り、魔法をぶっ放す戦闘要員がいる。しかもまだ終わらない、 負傷者を治療する者や損傷箇所を応急修理する要員も大勢必要だし、それらの人員が負傷したときに交代する要員もいる。 つまり、戦闘艦とはまともに運用しようと思ったら膨大な人間を必要とするのだ。たとえば百メートルをわずかに超える 程度の駆逐艦でも、乗員は二百名を軽く超える。この東方号はどう見積もっても、六十名から七十名の船員が必須となる。 銃士隊と才人たちでは半分しかいない。むろん、片道だけで生還を帰さないのなら別だが、これは特攻ではなく無事 到達して帰ってくることが絶対条件の作戦だ。 ところがそれをコルベールに問いかけようと思ったとき、コルベールはにんまりと笑った。そして、船に向かって手を上げると叫んだ。 「おーいみんな! もういいだろう、そろそろ出てきたまえ!」 「あっ! 先生、もう少しじらしてから出ようと思ってたのに。しょうがない……やあサイト、待っていたよ!」 「あっ、お、お前!」 聞きなれた声と、タラップからきざったらしくポーズをとって降りてきた金髪の少年を見て、才人は叫んだ。 「ギーシュ! それに、お前らも」 薔薇の杖をかざして現れた三枚目に続いて、船内から続々と現れた面々を見て才人やルイズは目を疑った。 レイナールにギムリ、水精霊騎士隊のメンバーたち。それだけではなく、モンモランシーや少年たちと懇意の少女たちもいる。 これはどういうことかと仰天する才人たち。ギーシュはその顔がよほど見たかったのだろう、得意満面で説明をはじめた。 「なぁに、簡単なことだよサイト。ぼくらも、姫さまから密命をいただいてここに参上していたのさ。事情はすでに聞いているよ。 ぼくら水精霊騎士隊の総力をあげて、君たちに協力しようじゃないか」 「姫さまが……てことはお前ら、この船がどこに行くのかも知ってるのかよ?」 「むろんさ。目指すははるかな東方、エルフの国。そちらの麗しいお嬢さん方がエルフだということも聞いているさ。 それにしても、エルフとはもっと恐ろしげなものだと聞いていたが、これはなんと美しい! お嬢さん、昨日は話す時間も なかったが、よろしければお名前など……」 「教えてもいいけど、あなた死ぬわよ」 「へ?」 ルクシャナの視線の先を追ったギーシュは、そこに大きな水の球を作り上げて、引きつった笑いを浮かべているモンモランシーを見た。 「ギーシュ、さっそくバラの務めとはご苦労なことね。し、しかも相手がエルフでもなんて、節操なしにもほどがあるわよ!」 「ま、待っ!」 言い訳は言葉にならなかった。魔法の水の球に頭を呑みこまれ、ギーシュはおぼれてがぼがぼともがいている。 いったいなにがしたかったんだあいつはと、彼の仲間たちはおろか、才人とルイズや銃士隊も呆れて助ける気も起きない。 しかしこのままでは話が進まないので、隊の参謀役のレイナールがあとを継いだ。 「やれやれ、隊長がお見苦しいところをお見せしてすいません。ま、サイトももうだいたい見当がついていると思うけど、 見てのとおり東方号にはぼくらがクルーとして乗船するよ。そのために、姫さまはぼくらに正式に水精霊騎士隊の称号を 与えてくれた。つまりぼくらは今やトリステインの正式な騎士だ。これで頭数は銃士隊の皆さんと合わせて七十人を超える。 定数は十分満たすはずだ」 「お前ら、だが!」 これは今までとは危険の度合いが違う。それがわかっているのかと才人は叫びかけた。だがレイナールは才人の 言葉を手をかざして防ぎ、ギムリとともに言った。 「おっとサイト、やぼは言わないでくれよ。世界が消えるって瀬戸際だ。それにぼくらは元々貴族、いざというときの覚悟は できている。それに第一、もしも君がぼくらの立場でも同じ事をしたはずさ。友達だものね」 「危ない橋だったら、もういっしょに何度もわたってきたじゃんか。二度も三度でもピンチには杖を持って参上するのが、 貴族の責務であり名誉だぜ。な、戦友」 「っ! お前ら」 才人は騎士隊のみんなの友情に、才人は感動のあまり目じりをぬぐった。困ったときに助けに来てくれる奴らこそ、 真の友だというけれど、こいつらはまさに真の友だ。 涙を流す才人に、三途の川を渡りかけているギーシュ以外は誇らしげな笑みを送った。 が、ここまでであれば美しい友情物語でしめられたものを、ギムリが余計な口をすべらせた。 「うむ、サイトにだけいい思いをさせ続けるのは不公平だし、それに我々水精霊騎士隊にはギーシュ隊長のほかは まだまだ独り身が多い。この機会を逃すわけにはいかないからな」 「は?」 涙が一瞬で枯れて、後悔が怒涛のようにやってきた。なるほど、騎士隊の男たちの視線を注意深く追っていくと、 かっこつけている端で銃士隊のうら若い肢体に向いている。熱血展開で忘れていたが、青春とは思春期のことでもあった。 「なるほどな。お前らの本音がよーくわかった。人をだしに使いやがって、なーにが友情だ、この野郎ども」 「うっ! し、しまった。つい口が!」 「ギムリ! ご、誤解しないでくれよサイト。姫さまから命令があってぼくたちが参上したのは本当さ。それに、 君たちの助けになりたいのも嘘じゃない。ぼくらが何度も肩を並べて戦った、あの思い出を忘れたかい?」 必死に弁明するレイナールや、その後ろでかっこよさを失っている騎士隊の連中を、才人たちは白い目で見つめた。 銃士隊の子女たちはさっそく身の危険を感じて敵意のこもった視線を返しているし、特にルイズはゴミを見る目つきで、 睨まれている男たちのプレッシャーはハンパなものではない。 「まったくもう、あなたたちの頭の中身は全員ギーシュと同レベルね。それでここまで来るとは恐れいるわ。でも わかってるの? 銃士隊は平民の部隊なのよ。あなたたち貴族の自覚あるの?」 「なにを言ってるんだい、サイトは平民だけどルイズやおれたちとずっと前から対等だったろう。君はいまさら昔の事を むしかえすつもりかい?」 「そうそう、美しい婦女子に身分の差など……もとい、それに姫さまはぼくらに対して、貴族と平民のかきねを壊してくれと お命じになられたのだ。魔法衛士隊の中にはすでに彼女たちと交際を持ち始めている者もいるそうだ。よってぼくらが 銃士隊と対等に肩を並べても、なんら問題はない」 「視線が泳いでるわよ、お題目は立派だけどごまかそうとしてるのが見え見えじゃないの」 女の勘はごまかせなかった。少年たちを見る目がさらに冷たくなり、射殺されそうなくらい痛くなる。 それでもレイナールやギムリはまだましなほうだったかもしれない。さらに不幸なのは、ギーシュのほか数名いる 彼女を連れてきた少年たちだ。彼氏と危険を共にするロマンチックな夢を抱いていた彼女たちは、殺意すらこもった 目つきで、震える手で杖を握っている。 まさに四面楚歌、このままほっておけば水精霊騎士隊の少年たちは視線の圧力で押しつぶされて消えたかもしれない。 そこへ、ミシェルがため息混じりに告げた。 「ふぅ……だが猫の手も借りたい今、貴重な頭数であることに違いはないか。お前たち、半端な覚悟ではつとまらんぞ。いいか!」 「は、はい!」 よどんだ空気を吹き払う一喝に、少年たちは本能的に従った。この威圧感はさすがアニエスの右腕を勤めるだけのことはある。 ミシェルはさらに部下たちに、「せいぜい小間使いができたと思ってしごいてやれ」と、命じた。そのとき彼女たちが「了解」 という一言と共に浮かべた冷徹な笑みに、浮ついた気持ちでいたギムリたちは背筋が凍りついた。 それを見て才人は、こいつらこれから大変だなと、同情的な視線を送った。銃士隊はそこらの女性とわけが違う。なめて かかれば並の男など食い殺してしまう強さを持っている。きれいな花にはとげがあるぞ、まあ自分たちで選んだ道だから、 誰を恨みようもないことだが。 ただ、才人はそう思いながらも、ギーシュたちを悪く思ってはいなかった。 ”お前らはほんと昔から少しも変わってないな。そういえば、トリスタニアの王宮で寄せ合い騎士ごっこの水精霊騎士隊が できて戦ったときも、銃士隊といっしょだったっけ。あんときも中途半端にかっこつけて、けっきょく決まらなかったんだよなあ” 戦友たちとの思い出は、才人にとってもかけがえのないものだった。 王宮でバム星人と戦ったとき、ラグドリアン湖でスコーピスと戦ったとき、学院がヒマラとスチール星人に盗まれてしまったとき。 どれも今思い返せば懐かしい。死闘だったこともあれば、バカバカしかったこともある。けれど、どのときもギーシュたちは 自分を身分の違いなど関係なく、仲間として向き合ってくれた。そして今回も、動機の半分は不純ながらも危険を顧みずに 駆けつけてきてくれた。 こいつらとなら、またおもしろい冒険ができるかもしれない。そう思った才人は、笑いをこらえながらギムリたちに言った。 「よかったなお前ら、トリステイン有数の騎士のみなさんにしごいてもらえる機会なんてそうはねえぞ」 「サイト! 君せっかく来てやったのにそれはないんじゃないか」 「むしろおれがついでのくせによく言うよ……けどま、考えてみりゃずいぶん久しぶりじゃねえか? 水精霊騎士隊が 全員集合するなんてよ」 不敵に笑った才人に、ギムリやレイナールははっとしたように思い返した。 「そうか、言われてみればおれたちが全員そろってなんて随分なかったな」 「おいおい、それもこれもサイトが自分ばっかりで冒険に行ってるからだろ。おかげでこっちは平和でいいが、退屈で 仕方がなかったんだぜ。でも、今回はおいてけぼりはなしだよ」 「わかってるって、しかも今回は世界の命運がかかった大仕事だ。頼りにしてるぜ、戦友たち!」 ぐっと、握りこぶしから親指を突き出すポーズをしてみせた才人に、ギムリとレイナール、それに水精霊騎士隊の 仲間たちはそれぞれ同じポーズをとった。 「おう! まかせとけって」 死線をさまよっているギーシュ以外の全員が、才人に応えて叫んだ。 その熱血な光景に、ルイズやモンモランシーはこれだから男ってのは暑苦しくていやねと思い、ティファニアは 男の子ってみんなこうなのかなと、間違った認識を持ち始めていた。 でも彼らは真剣だ。真剣におちゃらけて、ふざけて、世界を救いに行くつもりなのだ。 そんな規格外のむちゃくちゃな騎士隊がほかにあるだろうか? 銃士隊の隊員たちは、自分たちも常識外れの 軍隊だけど、それ以上がいるとは思わなかったと呆れた。だが同時に、トリステイン王宮以来となる彼らとの共同戦線が なかなか面白いものになりそうだと、悲壮な決意の中に楽しさの予感を覚え始めていた。 とてもこれから、一パーセントの生還率も認められない死地に赴こうとしている者たちには見えない。ルイズたちは 呆れるが、男同士の友情は暑苦しさがあってなんぼなのだ。その熱気は伝染し、コルベールやエレオノールも苦笑を 浮かべ、ミシェルはこれも才人の人を変える力なのかなと思った。 「サイトには関わった人間をよい方向に変えていく力があるのかもしれないな。お前の前では、貴族だとかなんとか、 いろんなかきねがどんどんどいていく」 どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ……ウルトラマンAの残した精神が才人の中で 息づいているのを彼女は知らない。けれど、その優しさがあるからこそミシェルは才人のことが好きであり、そのおかげで 自分以外の人を救い、愛することを思い出すことができた。 そして今、自分はそれらを与えてくれた人を助けるために共に旅立とうとしている。本来ならば許されないことのはずだが、 それを命じたときにアニエスとアンリエッタはこう言ったのだ。 「ミシェル、これはトリステインはおろかハルケギニアの命運を左右する重要な任務だ。私や烈風どのが姫さまから 離れるわけにはいかん以上、指揮官の適任はお前しかいない……というのは建前だが、いいかげんサイトといっしょに 冒険する特権をミス・ヴァリエールだけに独占させておくことはあるまい。お前はもう充分すぎるほど働いた。そろそろ 自分の幸せに貪欲になっても誰も文句は言わんころだ。対等な立場で、思いっきり勝負して来い!」 「そうですわよ。ルイズがわたしの親友だからって遠慮することはありません。誰が誰を好きになろうと、それは 自由ですもの。いってらっしゃいなさいな、でないと一生悔いが残りますわよ」 はてさて、世界の危機も利用する姉バカと、小悪魔根性を発揮するアンリエッタにも困ったものである。けれども、 こうでもしなければ才人の気持ちを思うあまり、ルイズに遠慮して一歩引いてしまうミシェルはいつまでたっても 幸せをつかめないだろう。不謹慎にも思えるアニエスとアンリエッタの胸中には、それぞれ妹を思うが故と、自分と 同じ愛に生きる者への激励が込められていた。 だが、それでもミシェルは逡巡した。 「でも、サイトはミス・ヴァリエールのことが好きです。私の思いはもう伝えました、今さらあの二人の間に余計な 亀裂を入れたら、恩を仇で返すことになってしまいます。私は今のままで、十分幸福ですから……」 恋に臆病というよりも、愛してしまった人の幸せを思うがゆえの苦渋、しかしアンリエッタは言う。 「ミシェルさん、サイトさんの幸せを第一に思うあなたの心は、とても純粋で尊いものですわ。でも、待ってるだけでは 恋は実りませんわ。サイトさんがルイズのことを好きなら、あなたはサイトさんの”大好き”をもぎとってみなさい。 明日の幸せは、自分の力で勝ち取るものですよ」 ウェールズとの、障害に埋め尽くされた恋路を一心不乱に駆け抜けてきたアンリエッタの言葉は虚言ではなく重かった。 それに、これはルイズのためでもある。恋人はゴールではなく通過点に過ぎない。恋が恋のままで終わるか、 愛に昇華するかはこれからの二人次第。それに気づかないままでは、いつか取り返しのつかない破局を招くだろう。 だからこそ、悔いを残さぬように思い切りぶつかってこい……誰がなんと言おうと、人生は一度きりしかないのだから。 けれどミシェルは、命令は受諾したものの、最後まで二人の応援に「はい」とは言わなかった。しかし彼女の胸中には、 アンリエッタの言葉によって、新しい胸のうずきも生まれ始めていた。 ”サイトはミス・ヴァリエールが好き……でも、わたしがもっと好きになってもらう。そんなこと、考えたこともなかった” できるのか? そんなこと、怖くて今は考えることはできない。けれど、才人が好きだという自分のこの気持ちは消せない。 だったら、才人とともに旅することでその答えを見つけに行こう。 ミシェルは、自分についてきてくれた三十人の仲間を振り返った。自分は彼女たちの命も預かっている。けれど同時に 彼女たちも自分の思いは知っている。きっと、困ったら手助けするようにとアニエスから密命もくだっていることであろう。 まったく、おせっかいな姉や仲間を持ったものだとつくづく思う……でもそれが心地よい。 およそ二十年の人生の中で、半分の十年は暗闇のふちにいた。そこから光の中に引き上げてくれたあの人に わたしは恋をして、ずっとそばにいたいと願っている……偽らざる思いを胸にして、ミシェルは才人から送られた ペンダントのロケットをぐっと握り締めた。 ”サイト、お前と歩む未来をわたしも欲しい。もしも、これに肖像画を入れることがあるとしたら、それはわたしとお前、そして……” 目をつぶり、未来にミシェルは夢をはせる。からっぽのロケットを満たす絵に描かれているであろう、幸福に満ちた笑みを 浮かべた自分と才人と、顔も知らないもうひとり。へその上から腹をなで、ミシェルはこの旅に必ず生きて帰ろうと誓った。 若者たちの思いはつながり、彼らを乗せてはばたく翼はついに全容を現した。 新造探検船オストラント号……その翼はいまだ未熟であり、乗り込むクルーたちも未経験の若者ばかりだ。 しかし彼らの士気は旺盛で、死を覚悟しても生還をあきらめている者はひとりもいない。むしろお祭り気分でちょっと 行ってくるかという気軽さの者たちが半分だ。 エルフとの和解、それがどんなに困難でもヤプールの邪念からハルケギニアを救う方法はほかにないのだ。 だが、ヤプールの先を超して行動しようとする彼らの思惑に反して、ヤプールは次段の作戦を着々と進めていた。 時空を超えて位置するもうひとつの宇宙。才人の故郷、地球。 このころ怪獣軍団による全世界同時攻撃による混乱も収まって、世界は一応の平穏を取り戻していた。けれど いつまた襲ってくるかわからない敵に対し、各国GUYSは油断なく警戒を続けていた。 そして、場所は中部太平洋ビキニ環礁。その海底深くにおいて、世界の海を守るGUYSオーシャンは、数日に渡って 捜し求めていた獲物をとうとう追い詰めていた。 「隊長、ソナーに感あり。でかい……ターゲットに間違いありません。現在北東に向かって速力十二ノットで移動中」 「ついに姿を現しやがったか。ここのところ世界中の海で船舶消失事件を起こした犯人が」 GUYSオーシャンの移動司令部である、大型潜水艦ブルーウェイルのブリッジで、隊長の勇魚洋は獲物を見つけた サメのように笑みを浮かべた。 怪獣軍団の攻撃が終わって間もなく、大西洋、地中海、インド洋、太平洋を問わずに大型船舶が突如SOSとともに 消息を絶つという事件をGUYSオーシャンは調査していた。事故現場の位置と時間から規則性を割り出し、次は このビキニ環礁に現れるだろうと網を張り、見事補足に成功したのだ。 「隊長、攻撃しましょう!」 「待て、まだ敵の正体がわからん。全センサーを使って敵の正体の解明につとめろ、アーカイブドキュメントへの検索も 忘れるなよ」 深海は地上よりもはるかに過酷な世界だ。慎重に慎重を重ねて悪いことはない。勇魚の指示で、海のフェニックスネストとも いうべきブルーウェイルの機能が働き、結論が勇魚のもとに示された。 「敵からMK合金のものと思われる磁場が放出されています。同時に数百万トン規模の金属反応も、これはドキュメントUGMに 記録にあるバラックシップと同じものと思われます」 「バラックシップ……あの強力な磁力で船を引き付けるやつか。ならシーウィンガーでの接近戦は危険すぎるな。ならば、 魚雷発射用意だ!」 ブルーウェイルの魚雷発射管が開き、対怪獣用の大型魚雷が放たれる。敵は強力な磁力を発する怪物だ。その 特性上、金属でできた魚雷は絶対に当たる。魚雷は一直線にバラックシップへ向けて吸い込まれていく。 全弾命中! 勇魚たちがそう確信した瞬間だった。 「これは! て、敵の反応消失……魚雷、すべて通過しました」 「なに! どういうことだ?」 「わかりません。突然、突然ソナーから消えたんです」 GUYSオーシャンの戸惑いをよそに、海底は何事もなかったかのような穏やかさを取り戻した。 しかし、この事件がやがてもうひとつの世界に大変な災厄をもたらすことを、このときは誰も知らない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~ 逃亡成功 さて、九死に一生を得て沸き返るニューカッスル城。 正直言ってこれからの戦いは王子たちにとって辛く、長いものになるだろう。 アンリエッタ姫はゲルマニア皇帝と結婚してしまうだろうから、あのニューカッスルで死んでたほうが辛いものを見ることもなかったかもしれない。 王子は気丈にもそんな苦悩を見せず、アルビオン奪還の折には、必ず私たちに礼をすると約束してくださった。 勲章とシュバリエをくれるそうだ。アルビオン貴族になるなら子爵位くらい用意するそうだ。太っ腹だ。 グランパが使い魔でももらえる勲章を作るように頼んでいた。グランパとモグラ分だ。了承する王子。 そっか、そういやアンタ私の使い魔だったのよね。玉に忘れがちになる。BALLSなだ(ry シエスタはしばらくここでニューカッスル城の操縦しつつ、操縦も教えるらしい。 今のニューカッスル城はタキガワ一族以外には操縦できそうもない作りをしているので、 ある程度自動化して最低でも落ちない仕組みにしないといけないらしい。 城なんて航空力学も重量バランスも取れてないですからね、とのこと。 しばらく操縦していればデータがたまってBALLSも学習し、オートマティック化の足がかりが出来てくるだろう。 そういいながらも手や足でレバーやペダルをがっちゃがっちゃ微調整するメイド。 スイッチを切り替えながら頻繁にエンジンやパイプの不具合を報告している。安定しないようだ。 給料は奮発して普通のメイドの10倍出してもらえるらしい。下級貴族の2倍だ。専門職は強いな。 高給にビビッて手足が止まるメイド。たちまち大きく揺れて傾くニューカッスル。 エンジン圧力上昇の報告が飛び、慌ててレバーを回しスイッチを連射するシエスタ。 自動化が必要で、安定しない作りと言うのはマジなようだ。 数年後、資本主義が崩壊することを、私たちはまだ知らなかった。 ポ~~ン シエスタがニューカッスル城に出張しました。 BALLSに頼んで、たとえ残飯であってもご飯にしてくれる調理機械を設置してあげた。 廃棄食材を放り込むことによってでてくる死神定食。 腐ったようなにおいと味の死神定食。 食料の補給を怠ると、餓死を防ぐためにこれを食べることになるので、補給がんばってくださいね。と激励した。 私たちは補給を怠ったので、これを食べつつアルビオンに来ました、と言った。 ボッピキで盛り下がった。 さて、そろそろおいとましよう。 ヴァリエール1号はニューカッスル城から離れていく。 貴族たちが大勢集まり、一斉に敬礼しながら見送ってくれた。 ちょっと胸が熱くなる。答礼。 そうか、ゼロの私でも誰かのためになれたのだ……………。 帰り道、食料を補給することを怠って死神定食が出てきた。 凱旋帰還 町から見えない場所にヴァリエール1号を置くと、私たちは城へ向かった。 任務は無事完了した。 手紙は取り返し、ウェールズ王子も無事落ち延びることに成功した。 姫様は王子が亡命しなかったことに不満そうだが、今は埋伏してアルビオン奪還を狙っていると聞くと少しだけ微笑った。悲しい笑いだった。 褒美として水のルビーを賜った。なんだか気力に満ちてきたような気がする。 次に、トリステインの状況はというと、ラ・ロシェーヌの港の大木は倒れずにすんだそうだ。 なんでも速攻で駆けつけたワルド様が遍在を使って複数個所の固定や保持を指揮するという獅子奮迅の働きをしたという。 近隣にいる傭兵たちを自費で雇って、人足がわりにこき使うことまでされたそうだ。 そして、ニューカッスル城浮上の報告を聞き、ぐったりがっくりしながら王城へ帰ってきたそうだ。 大活躍ではないか、さすがはワルド様。 ところで、それだけの貴族っぷりなのに、どうしてワルド様は部屋の隅で小さくなっているんだろう? 姫様の視線もワルド様にはかなり冷たい。何したんだろう? 学園から少しはなれたところにヴァリエール1号を着陸させ、ギーシュだけ先に帰らせた。 一緒に帰ると何かと勘ぐられることになるだろうから。 後、念入りに今回の件を口止めをしておいた。うかつに口を滑らせると同盟破棄につながりかねないからね。 さて、邪魔者が去ったところでアレをするとしますか。 着替えを用意して、お湯を入れて、服を脱ぎ捨てる。 私は甲板の露天風呂に入って疲れを癒した。 道中はとてもじゃないが、風呂に入れる状況ではなかった。行きは飛んでて寒いし、城では常に人の目があった。 このヴァリエール1号は不具合の修正と破損箇所の修理を兼ねて改装されるらしい。 アルビオンでの脱出行で散々見られているので、普通の軍艦に見えるように外見だけをいじるらしい。 そうなると、この甲板風呂も使えなくなる。つまりはそういうことだ。 名前もヴァリエール壱号に変わるそうだ。 トリステイン人にはあまり変わったようには聞こえない。 くつろぎついでにグランパになんでここまでしてくれるのか聞いてみた。 私も馬鹿じゃない。グランパが、BALLSたちがここまでして尽くしてくれる理由を知りたかった。 それが我々の生まれた理由だから。全ての知類を愛している。 我々が何をしたいのかはキミが理解ってくれるまで待つとのこと。 やたらと難しい言葉を使っていて私には何のことやらわからなかった。 コイツゴーレムなのにすごい詩人だ。 ただ、グランパが人を愛してくれていることはわかった。 私のことはどう思う?とは恥ずかしくて聞けなかった。 一っ風呂浴びて学園に帰ってくると、なぜかモンモランシーの視線と態度が痛かった。 ギーシュと1週間ほど二人旅していたことで仲を疑われているらしい。風呂上りみたいな感じなのと、ギーシュと別々に帰ってきたことも怪しいと疑われた。 しまった、キュルケやタバサぐらい連れて行くべきだったか? それにしてもあんたたち別れたんじゃなかったの? そのキュルケとタバサは、レズと見まがうぐらい仲良しこよしになっていたし、なぜかコルベール先生が靴下に愛を囁いていた。 私たちがいない間に何があったのだろう? BALLSが私たちがいない間の記録を見ますか?と聞いてきたのだが、 『トリステインレズビアン地獄~微熱と雪風の媚薬~』 『同時上映 ソックスハンター異世界伝~ハルケギニア炎蛇の変~』 『同時上映 マチルダちゃんラ・ロシェーヌほうちプレイ』 という題名からして私のSAN値を減らしそうな気がしたので丁重にお断りした。 次の日 料理長のマルトーさんにシエスタは専門技術を請われて、ちょっと私の領地に出張していると説明しておいた。 マルトーさんは、友達が死ぬのがこんなに嬉しかったことはない、と言って泣かれた。ヤバイ、何故かバレテル。コイツも詩人だ。熱血漢だ。 キュルケの夜這い組みの男たちが敗北と感動の涙を流しながら退却していくのは、ちょっと近所迷惑だ。 モンモランシーが目の下にクマを作りながら薬品臭くなっていく。いったいどうしたんだろう? コルベール先生も靴下臭くなっていく。こっち見んな。靴下見んな。 ……………どうすればいいんだろう? 次の日 キュルケとタバサが百合っぽくなくなっていた。倦怠期だろうか? そしてモンモランシーが二人に平謝りしていた。三角関係だったのだろうか? ギーシュが私たちの留守中の記録ディスクをうっかり落として、3人からボコボコにされていた。やっぱりギーシュはギーシュだ。 洗濯して干してた靴下が無くなっていた。 部屋の隅においていたアタッシュケースもいつの間にか無くなっていた。 コルベール先生にシエスタの行方を頻繁に聞かれた。私は口を濁した。ニューカッスルのことは秘密だ。 すると、シエスタの靴下と竜の血の交換を持ちかけられた。いえ、靴下なんて持ってませんよ。先生はがっかりして去っていった。 その後、グランパがパリーの靴下と竜の血を交換しているのを見かけてしまった。 ……………本当にどうすればいいんだろう? 次の日 あ~~気持ちいい。 何もする気が起こらない~~~ ~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~ はっ コレはヤバイ。マジでヤバイ。ヤバすぎたので投げ捨てる。 何もしたくない気がおきる機械はいらんわ。 努力することを忘れたルイズはゼロ以下だ。マイナスだ。 そんなわけでグランパにはこの耳かきをしてくれるBALLSをレコン・キスタにはやらせるように命令した。 結婚前夜 姫様はゲルマニア皇帝と結婚なさるそうだ。 あまりめでたくない。だが、同盟のため仕方がない。 本当に同盟が必要なのだろうか?という気がしないでもない。BALLSの物量と技術は強い。 私は結婚式の巫女として、始祖の祈祷書と詔を読み上げないといけないらしい。詩心の無い私には正直向いてない。 グランパが4属性の感謝に対する例文をざっと40枚ぐらい印刷してくれた。 あと、タバサが何故か協力して、いい文を厳選してくれた。何か狙っているらしい。 これらを組み合わせとけば良いだろう。 それにしてもこの『いちたろう』というのはスゴイ。文章の訂正や添削が非常に楽だ。 前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~
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ひぐらしリレーSS① くすくす。気づいたかしら? ここは舞台。あなたは役者。 いい物語を期待しているわ。 参加者 秋香
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「アンリエッタ。お前は大きくなったらどんな王様になりたい?」 遠く祖先は始祖の直系に連なる、伝統あるトリステイン王国の国王であるヘンリーは、目に入れても痛くない愛娘にそんなことを聞いた。 城の内にこさえられた庭園。かのガリア王国のグラントロワにあるものにこそ劣るけれども、子供が遊ぶには十分な広さのあるそこ。 呼びかけられ、足を折り曲げ座していた幼い少女が振り返った。 あどけない、可愛らしい、天真爛漫、そんな言葉は彼女のためにあるのではないかと、父王が常々半ば以上本気に思っている彼の娘は、周囲に咲いた花が霞んでしまうほどの笑顔を浮かべて、元気に言った。 「みんなをしあわせにするおうさま!」 その答えを聞いて、国王はそうかそうかと満足そうに目を細めた。 「そうか。アンリエッタはみんなを幸せにする王様になりたいか。それはとても素晴らしいことだ。アンリエッタは良い子だね」 アンリエッタは、父親のことが大好きだった。 けだかく、そうめいで、ほこりたかい、それらの言葉の意味はさっぱりわからなかったが、父親が世界一の王様だというのはしっかりとわかっていた。だから、世界一の王様にそう言われて、アンリエッタはみるみうちに頬をリンゴのように紅潮させた。 「あのね! わたし、わるいひとたちをみんなやっつける、せいぎのおうさまになりたい!」 それを聞いてそうかそうかと父王が笑った。 娘のことが可愛くて仕方がない、そんなどこにでもいる父親の笑いだ。 けれどアンリエッタはそんな王様に誉められたのが、心の底から嬉しかった。 彼女はその場からぴょんと飛び跳ねると、先ほどまで作っていた花冠を頭に被った。 「みてみてとうさま! これであんりえったもおうさまだよ! わるいやつを、ばったばったとたいじする、せいぎのおうさま!」 そう言って彼女は、目に見えない剣でも握っているのかのように、手をぶんぶん振って「あくにん」を退治している様を父親に披露した。 そんな愛しい娘の様子に、王はますますそうかそうかとニコニコ笑った。 王道の先駆者として、最近おてんばと評判の娘をたしなめるのも必要かと頭の隅っこ方でちょろっと思ったが、娘の笑顔を見たらそんなことはどうでも良くなった。 「いいぞ、アンリエッタ。立派な王様になるんだ、私よりも偉大な王様にな」 そう、父は本音からのことを正直に言ったのだが、それを聞いた途に端、アンリエッタの顔がたちまち曇った。 「おお可愛い私のアンリエッタよ、一体どうしたんだい?」 「ちがうの、とうさまみたいなおうさまになるの」 「なるほど、私のような王になりたいか。とても嬉しいよアンリエッタ。だが、私はお前に、わしよりももっともっと立派な王様になって欲しいのだよ」 「どうして?」 「どうしてかなぁ……そうか、きっと私がアンリエッタのことを大好きだからだ!」 大好きと言われて、アンリエッタの顔に、再び天使の笑顔に戻ってきた。 彼女は父親に『大好き』と言われるのがとても好きだった。 「アンリエッタはどうだ? 父さんのこと好きかい?」 「だいすき!」 そして、『大好き』と言われた父親が喜ぶ顔がとても好きだった。 「そうかぁ……アンリエッタは父さんが好きかぁ」 「うん! おおきくなったらとうさまとけっこんする!」 「そうかぁ……結婚するかあ」 「ちゅーもする!」 「そうかぁ……ちゅーもしちゃうかあ……」 その言葉に、子煩悩な国王は、軽くトリップしかけたのであるが、アンリエッタはそんなことは露とも知らずに、元気良く言葉を続けた。 「とうさまがいうなら、とうさまよりすごい、すごーいおうさまになる! あくをたおすりっぱなせいぎのおうさまに!」 「ははは。いいぞ、アンリエッタ、その調子だ。勉強もお稽古もいっぱいして、私を超える偉大なる王になるんだ」 アンリエッタ五歳。 彼女がうろ覚えの呪文を適当に唱えて、その後の人生を大きく変えることになる者たちを呼び出してしまう前日。 そんな、春の頃の出来事であった。 ◇◇◇ ひょんなことから見知らぬ世界ハルケギニアに迷い込んだ少年。そしてちょっぴり(?)感情がストレートなご主人様の下僕というか、ペットというかな立場になってしまった、そんな彼。 つまるところ、現在の平民の使い魔を呼び出したことで絶賛物笑いの種になっているルイズ・フランソワーズの使い魔、平賀才人。 彼はふつふつとわき上がる怒りを抑えながら、授業が行われる魔法学院の講堂がある本塔の中にある、生徒たちの胃袋を一手に賄っている食堂から出てきた。 「なんだい、貴族貴族って威張り散らしやがって」 彼がそう思ってしまうのも無理はない。 貴族などとはとんと縁のない現代日本。生まれてこの方ずっとそこで生きてきた才人には、何となく『貴族』というものが悪いものだという認識が少なからずあったのだ。 『平民』をいじめる悪い奴、『貴族』。それは根拠も論拠もない、何となくの思い込みであったのだが、それを冷静に幼稚と思わないのが我らが平賀才人である。 「くそっ! こうなったら革命だ! または下克上! 天は人の上に人を作らず! 人間はみんな平等! 共産主義万歳! コルホーズソホーズレニングラードフルシチョフ!」 途中からは何となくそれっぽい単語を並べただけであるが、そういう具合に才人はとても怒っていた。 ことの起こりは今朝のこと。 実のところ、才人を呼び出したつるぺた桃色魔法少女ルイズは、魔法少女ではなかった。では何だったか? そう、彼女は魔法を使えない魔法使い『ゼロのルイズ』であったのだ。 魔法が使えないのに魔法使いというのもおかしな話なのだが、その辺は昨日、教室で起こしたルイズの失敗魔法の爆発に巻き込まれた苦い経験から、才人は身をもって知っている。 使えない言うよりは失敗する、彼女は落ちこぼれ魔法使いだったのだ。 折角の弱みである。それを知った才人は今朝、早速ささやかな仕返しを試みた。 『ルイズお嬢様。この使い魔、歌を作りました』 『う、歌ってごらんなさい』 『ルイズルイズルイズはダメルイズ。魔法ができない魔法使い。でも平気! 女の子だもん… …』 『………』 『ぶわっはっはっは!』 ……とまあ、そんなことを言ったばっかりに、今日のお昼はヌキである。 「はぁ、腹減ったなぁ……」 腹を抱えて、ふらふらと壁に手をついた。 「どうなさいました?」 そんな声が聞こえて振り返ってみると、そこには大きな銀色のトレイを持った、現実世界の方でもおなじみとなりつつある格好をした少女が二人立っていた。 服の色調は黒と白、頭にヘッドドレス、着ているのは俗に言うエプロンドレス。もっと端的に言うとメイドさんである。 冥土にあらず。 「体の具合でも悪いんですか?」 黒髪とそばかすが可愛らしい少女が、心配そうに聞いてきた。 「なんでもないよ……」 才人は左手を振って彼女たちを追い払おうと思った。 ご主人様のお仕置きされててごはんヌキ中だなんて、恥ずかしくて言えない! 「あら……あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 もう一人の少女がそう口にした。振った左手にあったルーンに気付いたらしい。 「あれ? 俺のこと知ってるの?」 「はい。ミス・ヴァリエールが平民の使い魔を呼んでしまったって、学院中噂になっていますもの」 そう言って女の子は笑う。その笑顔だけで周囲が一気に華やいだ気がした。 「君たちも魔法使い?」 「いいえ。私たちは平民です。貴族の皆さんたちのお世話をするのがお仕事なんです」 「へぇ、そうなんだ。俺は平賀才人。才人でいいよ」 「ヒラガサイト……なんだか変わったお名前ですね。わたしのことはアンリとお呼びください」 そう言ったのは髪の色は紫で、青い目をした少女。だが、何よりも目を引いたのは、その真っ白な肌。 加えて、彼女からは一種の気品のようなものが溢れており、見ているだけで人を清廉にさせる、そんなイメージがある少女だった。 そしてその横で、黒髪の少女も頭を下げて自己紹介をした。 「私はシエスタです。よろしくお願いしますね、サイトさん」 二人から自己紹介を受けた才人だったが、そこで彼のお腹がきゅうっと鳴った。 それを聞いてアンリがきょとんとした顔をして、シエスタが小首を傾げた。 「もしかしてサイトさん、お腹が減っているんですか?」 一方事情を察したのかそう聞いてきたシエスタに、才人は、 「……うん」 そう答えていた。 だって仕方がない。背に腹はかえられない。腹が減っては戦はできぬ。 武士でも貴族でもない才人には、食わねど高ようじなんて言ってられないのだ。 「でしたら、こちらにいらしてください」 言って、シエスタは才人の手を取って歩き出した。 才人が連れてこられたのは食堂の裏にある厨房だった。様々な調理器具が並んでおり、コックやシエスタたちと同じような格好をしたメイドたちが、忙しそうに働いている。 「じゃあアンリはお水とスプーンを用意してあげてください」 「はい。だそうですから。サイトさんは座ってちょっと待っててくださいね」 そう言って才人をテーブルにつかせると、二人は忙しそうに働いている他の人たちの輪に入っていった。 一人残された才人は、食堂の中をぼんやりと見回した。 みんな忙しそうに働いているが、切羽詰まっているような感じはない。 どうやら昼食も終わって、今は一段落がついたところらしい。 それにしても、と才人は思う。 食堂は広かった。育ち盛りの学生たちが共同生活をしているのだから当たり前だが、その『食』を支えているのがここなのだ。 そう考えると立派なのも大きいのも納得がいった。 つらつら思いを巡らしていた、そんなときだった。そこで突如としてガチャという乱暴な音を立てて、才人の前に皿が置かれていた。 「え、はえ?」 驚いた才人が見上げると、そこには……メイドというにはちょっと目つきの悪い、金髪をショートボブくらいの長さに切り揃えた少女が立っていた。 彼女の服も、シエスタやアンリたちと同じメイド服。だが、その目の鋭さは尋常ではない。 彼女は開口一番、 「食え」 そう言った。 そこで初めて皿の上に目が行った才人は、ぽつんとパンが置かれていることに気がついた。 「……え?」 「察しの悪い奴だ。腹が減っているのだろう? 食えと言っているんだ」 皿に置かれたパンから、彼女が本気なのはわかる。 だが、なんでそんなに凄まれなきゃならんのか見当が付かなかった。 「アニス!」 彼女の名と思われるものを呼んで近づいてきたのは、スプーンとカップを持ったアンリだった。 「何をしているのですか! わたくしはパンをサイトさんにお持ちして頂戴とお願いしただけです。それをあなたは何を威嚇しているのですか!」 「しかし姫さ……」 言いかけた口を、アンリの手が恐るべき速さで塞いでいた。 「と、と、とっ!?」 アンリが手を放したことでフリーフォールを始めたスプーンとカップを、才人は手を伸ばして慌て掴んだ。 「すみません才人さん。ちょっと手が滑ってしまって」 滑ったって言うのか今の。 唖然とした才人が、ゆっくりとスプーンとカップをテーブルの上に置くと、その横から、音もなく湯気を立てたスープが入った皿がすっと置かれた。 「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。良かったら食べてください」 シエスタだった。 「い、いいの?」 とは言ったものの、アニスと呼ばれた少女の口を塞ぎながら、笑顔で物陰に引っ込んだアンリのことがすごく気にかかる才人であった。 「ええ。賄い食ですけど……」 「……それじゃ遠慮なく」 気にはかかるが、それよりも空腹を何とかしたかった。 出されたシチューをスプーンで口に運ぶ。 うまかった。泣けてくるほどに、うまかった。 「美味しい、美味しいよ。これ」 「良かった。お代わりもありますから。ごゆっくりどうぞ」 才人は夢中になってシチューを食べた。シエスタは才人の向かいに座って、その様子をニコニコ見ている。 「随分とお腹が減っていたんですね。ごはん、もらなかったんですか?」 「ゼロのルイズって言ったら、ごはんヌキって言われた」 「まあ! 貴族にそんなこと言ったら大変ですわ!」 「なーにが貴族だよ。たかが魔法を使えるぐらいで威張りやがって」 「その通りですわ」 気付くと、いつの間にやら隣の席にアンリが座っていた。 「魔法が使えるから偉いわけでも、貴族だから偉いわけでもありません」 「アンリ、あなたまで! そんなことを言っているのを貴族の方々に聞かれでもしたら……」 「でも事実です。貴族はたくさんの人を幸せにする責任があるのです。それを全うするために努力しているものが、貴族と名乗れるのです」 稟として言った彼女の言葉を聞いて、才人はポロポロと泣き出していた。 「うん、そうだよな。そうなんだよアンリ。貴族だから偉いんじゃなくて、立派な人だからみんなに尊敬されるんだよ」 思えばこっち、この世界に飛ばされてから、そんなことを言ってくれる人はいなかった。 だがどうだろう。目の前のメイドさんはその辺のことがきっちりわかってらっしゃる。なんとも立派なメイドさんであった。 「いやですわサイトさん。当然のことを言ったまでです」 才人と同じ目線でアンリが微笑む。 その笑顔が、才人には何とも言えず魅力的に見えた。 勢い、思わずその手を握ってしまう。 「さ、サイトさん?」 「そうだよなぁ。俺だってルイズが尊敬できるような立派な人間だったら、喜んで尽くしてるよ」 「あらでもサイトさん。ミス・ヴァリエールは立派な方ですよ」 「どこが? あんな高飛車高慢ちきで人を人とも思ってないような女が」 「それは人の一側面でしかありません。あれで彼女、強い責任感と高い志を持った立派な貴族なんですよ」 「えぇー?」 「ふふふ。きっと暫く一緒にいれば、サイトさんにも彼女の素晴らしさがわかってきますよ」 シチューを二回、パンを一回お代わりして、才人は心底満ち足りた顔でスプーンを置いた。 「ふう、ごちそうさま」 『『どういたしまして』』 「美味しかった。ホント、生き返りました、はい」 「良かった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいね。私たちが食べているものでよろしければいつでもお出ししますから」 言ったのはシエスタである。 才人はその言葉が有り難かった。あんなご主人様の元では、またいつ何時こんな目に遭うかわからない、そういう意味では彼女の申し出は渡りに船だった。 けれど、その厚意に簡単に甘えてしまうほどに、才人も厚かましくはない。 「いやでもそんなの……悪いよ」 「いいんです。料理は美味しいと言ってくれる人に食べて貰えるのが、一番なんですよ」 嬉しいことを言ってくれるじゃないの。 才人はアンリに続いてシエスタにもホロリとしてしまった。 どうやらこっちに来てから涙腺が緩くなってしまったようだ。 「ど、どうしたんですか?」 「いや……。俺、こっちに来てこんなに優しくされたの初めてで……思わず泣きが入りました」 「そ、そんな、大げさな……」 「おし決めた。受けた恩は返さなきゃ人間じゃないよな。俺に何かできることがあったら言ってくれ。手伝うよ」 ルイズの下着の洗濯なんかはまっぴら御免だったが、彼女たちの手伝いならしたかった。 「なら、デザートを運ぶのを手伝ってもらってはどうでしょう」 アンリが微笑んで言った。 「おうっ、任せとけ!」 才人は大きく頷いた。 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並べられている。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ貴族たちに配ってまわる。 その中に、金髪の巻き髪にフリルのついたシャツを着た、気障なメイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。絵に描いたようなお貴族さまであった。 そんな彼の周りを友人たちが取り囲み、口々に彼を冷やかしていた。 「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? 教えろよギーシュ!」 中心に座る気障なメイジは、ギーシュというらしい。 「つきあう? 僕にはそのような特定の女性はいないのだよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 自分を薔薇に例えてやがる。気障の上にナルシスト、救いようがない。いっぺん死ねと思いながら、才人は彼を見つめた。 そのとき、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスの小壜である。中では紫色の液体が揺れている。 気に入らない奴だが、落とし物は落とし物。教えてやろう。 「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」 しかし、教えてやったというのにギーシュは振り向かない。 無視かよ。才人はムッとして銀のトレイをシエスタに渡し、床に転がった小壜を拾った。 「落としもんだよ、色男」 壜をテーブルの上にどんと置く。するとギーシュは憎々しげに才人を見つめると、それを手に持ち才人に押しつけた。 「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね」 そこでその小壜の出所に気付いたギーシュの友人たちが、大声を出した。 「おお!? その香水は、もしやモンモランシーの香水じゃあないのかな?」 「まさしくそうだ! その鮮やかな紫は、彼女が自分のためだけに調合している香水だ!」 「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちたってことは、お前はモンモランシーとつきあっているということだな!?」 「ち、違う! 彼女の名誉のために言っておくが……」 否定しようとしたギーシュであったが、 「ギーシュさま、ひどい!」 そこで新たなる第三者の登場である。 少し離れた席で立ち上がったのは、ギーシュやルイズとは違う色のマントをつけた、栗色の髪をした可愛らしい少女だった。 マントの色からすると、一年生だろうか。 「やはり、ミス・モンモランシーと……」 「落ち着くんだケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だ……」 「聞きたくありません!」 ケティと呼ばれた少女は、その場でポロポロ泣き出してしまう。 そしてそのまま棒立ちをしているギーシュにつかつかと近づいてくると、彼女は思いっきりギーシュの頬をひっぱたいた。 強烈にスナップを効いている。これは痛い。 「さようなら!」 そう言い放つと、ケティは踵を返して食堂を出て行ってしまった。 ギーシュはその間、呆気にとられた表情で張られた頬をさすっていた。 すると、少し離れた席で、また一人、別の少女が立ち上がった。 今度は金髪を縦巻きロールにした少女だ。ベルサイユのなんちゃらみたいな、見事な巻きっぷりである。 彼女はいかめしい顔つきで、かつかつかつとギーシュの席までやって来た。 「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」 「モンモランシー、君は誤解している。彼女とは一緒にラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」 「うそつき!」 そう言うと、彼女もまたギーシュの頬を強烈に張った。 今度はケティとは逆の頬だ。 これがあれか、『右の頬をぶたれたら、左の頬を』って奴か、怖えなぁ。対岸の大火事を眺めながら才人はそんなことを思う。 「最低!」 モンモランシーはそう怒鳴ると、ケティと同じように食堂の外へと去っていってしまった。 何とも言えぬ、気まずい沈黙が周囲に流れる。 ギーシュはひとしきり両方の頬をさすると、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。 「は、はは。あのレディたちは、薔薇の存在理由を理解していないようだ」 精一杯虚勢を張っているが、その声はどうしようもなく震えていた。 一生やってろ、才人はそう思い、シエスタからトレイを受け取って再び歩き始めた。 と、そんな才人を、ギーシュが呼び止めた。 「待ちたまえ」 「なんだよ」 ギーシュは椅子の上で体を回転させると、すさっ! と足を組んだ。その一々キメを作るあたりに頭痛を感じる。 「君が軽率に壜を拾ったりなんかするから、二人のレディの名誉に傷がついてしまった。どうしてくれるんだね?」 「八つ当たりかよ」 どこをどう聞いてもそうとしか聞こえなかった。 「二股かけてたお前が悪いだろ、明らかに」 才人はギーシュのまねをして、わざと大仰に肩を竦めて見せた。 その仕草と言いぐさがツボに入ったのか、ギーシュの友人たちがどっと笑う。 「彼の言う通りだギーシュ! お前が悪い!」 「まったくもってその通りだ!」 笑いものにされたギーシュの顔に、赤みがサッと差す。 「いいかい? 給仕君。僕は君が香水の壜を置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いだろう?」 「んな機転できるか! 俺はお前のママじぁねえ! どっちにしろ二股なんてそのうちバレるっつの。あと俺は給仕じゃない」 「ふん、言ってくれるじゃないか。……ん? ああ、よく見れば君は……」 そうしてギーシュは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「君はそうか、確かあのゼロのルイズが呼び出した平民じゃないか。なるほど、平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。今回の件は特別に許してあげよう、行きたまえ」 青筋を立てながら言うギーシュの言葉に、今度は才人がかちんときた。 「うるせえキザ野郎。一生薔薇とママのおっぱいでもしゃぶってろ」 これを聞いてギーシュの目が残忍に光る。 「どうやら君は貴族に対する礼がなっていないようだ」 「あいにく、貴族なんか一人もいない世界から来たんでね」 我慢の限界が近いのか、ギーシュのこめかみがぴくぴくと動いている。 「どうやら君には、主人に代わって躾をしてやる必要があるようだ」 「はっ、うるせえ。ごたごた言ってねえでさっさと始めろよ。やるんだろ? いいぜ、『ママ~』って泣かしてやんよ」 その一言によって、ギーシュの堪忍袋の緒がブチィッ!と切れた。 「よせギーシュっ! ここはまずい!」 「せめてやるなら広場で!」 そんなふうに周囲が制止するのも聞かず、ギーシュは手にした杖を振りかぶり、 「ワルキューレ!」 そう叫んだ。 気がついたとき、才人は固い床の上に転がっていた。 「……ってぇ」 顔の右側が異様に熱い。それに口の中も鉄臭い。 「いい加減にして! 大体、決闘は禁止じゃない!」 「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の決闘なんか、誰も禁止していない」 「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」 「ルイズ、君はそこの平民に惚れているのかい?」 「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔がみすみす怪我するのが放っておけないだけよ!」 そんな声が聞こえて来て、才人はガクガク震える足をなんとか手で押さえて立ち上がった。 「サイト!」 そうやって立ち上がった才人の姿を見て、ギーシュと口論していた誰かが、悲鳴のように名前を呼んだ。 顔を上げて、その声の主を見る。 それは、これまで見たこともないような顔をしたルイズであった。 「へ、へへ……やっと俺のこと、名前で呼んだな」 後半へと進む
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 悪鬼のごとき形相で迫るカメバズーカ。 「ぐっ!?」 それを迎え撃とうとするV3の全身に走る、高圧電流のような激痛。 思わず腰が砕けそうになるが、こんな状況で、膝を屈するわけにはいかない。懸命に大地を踏みしめる。 そんな隙だらけのV3の懐に、カメバズーカは一気に飛び込み、その勢いを殺さぬままに、二本の剛腕で、V3の首根っこを、握り潰さんばかりに引っ掴む。 「ちぃっ!」 しかしV3は、カメバズーカの勢いを利用して、柔道の巴投げの形で、怪人を後方に放り投げる。 大地にのけぞって倒れたV3。その彼によって、大地に転がされたカメバズーカ。 だが、そのままむくりと身を起こすカメバズーカを、予期せぬ攻撃が襲う。――彼の足元の地面が、いきなり爆発したのだ。 「がはっ!?」 衝撃波をまともに食らって、カメバズーカがすぐ傍の樹に叩き付けられる。 ルイズが、怪人の足元に転がっていた石に、『練金』をかけたのだ。 「くっ……、何をしやがったズ~カ~!?」 勿論、デストロンの改造人間からすれば、そんな程度の爆発など、物の数ではない。 だが、ルイズの放った、二発の『失敗魔法』の結果は、恐慌状態に陥っていた、キュルケ、タバサ、そしてフーケの、3人のトライアングル・メイジの精神に平衡をもたらすには充分だった。 (魔法が効いてる……? この化物には、魔法が通用する!?) いかに人に畏怖を撒き散らす“ばけもの”といえど、それと戦おうとする者がいる限り、人の心はいつまでも凍てついたままではいられない。『ともに戦う』という選択肢を投げ捨てて逃亡するには、この世界のメイジたちの気位は高すぎるのだ。 フーケが、怪人の足元に『練金』をかけ、両足を大地に埋め込ませる形で動きを封じ、 「今だよっ!!」 そのフーケの声に呼応するように、キュルケが『フレイムボール』を放ち、カメバズーカの甲羅を、紅蓮の炎に包み込む。 だが、それでも、怪人の表情が変わったのは一瞬だけだった。 「ズ~~カ~~、悪いがお嬢ちゃん、こんなヌルい火じゃあ、水ぶくれ一つ作れねえぜぇ」 ――が、その時、フーケが自分に残った最後の魔力で、キュルケの炎に巻き上げられた木の葉を“油”に錬成し、同時にタバサが、特大の『エアハンマー』をお見舞いする。 「なぁっ!?」 急激に、大量の油と酸素を補給された炎は、それこそ爆発的なまでの燃焼を引き起こし、カメバズーカの全身を覆い隠すほどの勢いを見せる。それは普通の人間なら、一瞬で気化してしまうほどの高熱だった。 「やるじゃないか、お嬢ちゃんたち」 「あんたもね、おばさん」 だが、そのキュルケの余計な一言に、フーケがブチ切れる暇さえなかった。 「よし、今のうちだ。全員、早くここから逃げるんだ! アイツは俺が引き受ける!!」 「なっ、何言ってるのよアンタっ!? ここまで来て、手柄を独り占めする気なのっ!?」 そのV3の台詞に、やはりと言うべきか、真っ先に反応したのは、ルイズだった。 さっきの二発の失敗魔法こそが、怪人への反撃の先鞭だったと思っている彼女にとっては、眼前の怪物を追い詰めているとおぼしき今の情況で、敵前逃亡する事は考えられない事だったからだ。 永年、『ゼロ』のレッテルを貼られ続けた彼女は、――無理からぬ事だが――それほどまでに、自らの汚名をすすぐ栄誉に貪欲だった。 「そうよカザミ、悪いけど、いまさらあの獲物を、あんたに譲る気は無いわ」 キュルケも調子に乗って、ルイズの尻馬に乗る。 「人を散々ビビらせておいて、蓋を開けりゃあ、とんだ張子の虎じゃないの」 このキュルケという少女は、こと虚栄心の一事に関しては、ルイズをさらに凌ぐ。 そして何より、自分をこれほど怯えさせた存在が、戦闘を開始してみれば、案外恐れるに足ら無かったという事実が、悔しくて仕方が無いのだ。 その思いは、何もキュルケだけではない。 「まったくね。これじゃあ、私としても、何で腰まで抜かして、こいつから逃げたのか分からないよ」 フーケもぼやくように呟く。 フーケにしても、眼前で、あっさり火だるまになっているカメバズーカを見て、拍子抜けした事は間違いないのだ。 タバサだけが、いまだ鋭い眼差しを怪人に注いでいたが、それでも、油断していないだけで、勝負はついたと判断しているようだった。 ――だが、それでもV3には分かっていた。 自分たち改造人間は、この程度のことで死ぬような、ヤワな存在ではない事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァ!!」 推定一千度以上の高熱で炙られ、完全に活動を停止したかに見えたカメバズーカが、突如、広大な森林に響き渡るような声を轟かせた。 「なっ……!?」 彼女たちは、先程までの余裕はどこへやら、その咆哮を聞いた瞬間に、顔色を失ってしまう。 そしてカメバズーカは、自らを包む巨大な炎球を、内側から弾き飛ばしたのだ。……かつてV3が、コルベール相手にそうしたように。 ――これほどの炎ですら、改造人間カメバズーカを焼き尽くす熱量には、至らなかったのだ。 「危ない!!」 カメバズーカが弾き飛ばした炎球は、一千度に及ぶ高熱を含んだ弾丸となり、四方八方に、放射状に撒き散らされる。 もしV3が、とっさに盾にならなければ、彼女たちは、その炎球破裂の余熱だけで、黒コゲになって即死していただろう。 「きゅいっ!!!?」 数cm大の小さな炎が、仰向けにひっくり返って気絶していたシルフィードを、叩き起こす。だが、その程度の火傷で済んだのは、この風竜にとっても、果てしない幸運だったと言えるかも知れない。 カメバズーカが撒き散らした、高熱の火炎弾は、周囲の木々を一瞬にして火だるまにし、その炎は瞬く間に、燃え広がっていったからだ。 それほどの高熱をまともに浴びたV3である。 いま、怪人から攻撃を喰らえば、例え彼といえど、無事には済まなかったであろう。 だが、カメバズーカとしても、全くの無傷というわけではない。 鱗状の人工強化皮膚は、ところどころ焦げ付き、焼けただれ、ぞっとするような傷痕を晒している。 「ズ~~~カ~~~」 口から、ごほっと黒煙を吐くと、カメバズーカはガクリとよろめいた。 (いま……だ……!!) V3は、怪人と同じく、焦げ痕の残る自らの肉体を引きずりながら、渾身の鉄拳を、硬い皮膚によろわれた、そのほおげたにめり込ませる。 カメバズーカは、悲鳴すら上げられず、暗い森の奥に殴り飛ばされていった。 (くぅぅ……っ) 膝を着きそうになるのを、かろうじてこらえ、V3は振り返る。 「もう一度言うぞ……お前らでは、あいつと戦えない。ここは俺に任せて……逃げろ!!」 「カザミ……」 「――聞け」 V3は、言葉を続けた。 「あの怪人――カメバズーカの体内には、爆弾が仕込まれている。――それも、ただの爆弾じゃない。核爆弾だ」 「かく……爆弾……?」 タバサが未知の単語に反応し、眼鏡を嵌め直すが、フーケはその言葉に思い当たっていた。 「それって、まさか、ガンダールヴの坊やが言っていた――ゲンシ爆弾とかいう……?」 「そうだ。爆発すれば、半径数十リーグ以内の物は、何もかも吹き飛ぶ。何もかも、だ」 「うそ……でしょ……?」 キュルケが呟くように訊き返すが、V3が冗談を言っていないことは、その語調の空気からして、歴然であった。 「今すぐ魔法学院へ飛んで、Mr.オスマンに伝えるんだ。大至急、学院にいる全ての人間を退避させろ、と。分かったな?」 顔面蒼白になりながらも、タバサは頷く。 それを確認すると、V3は彼女たちに背を向けるが、 「待ちなよっ!!」 フーケが、その背中を、怒鳴るように呼び止めた。 「私たちはドラゴンで逃げる。それはいい。でも、アンタは……どうする気なんだい?」 「あいつは俺の――“仮面ライダー”の敵だ。お前らの手を煩わせるわけにはいかない」 その場にいた全員が、その言葉の正確な意味を理解できなかったであろう。だが、この異形の両者の間には、余人には計りがたい深き因縁が存在するのだろう。それだけは分かった。 「ヴァリエール」 「えっ――?」 「平賀に、……優しくしてやってくれ」 目だけで振り向いて、そう答えると、V3は、カメバズーカを殴り飛ばし、転がっていった方向に走り出し、姿を消した。――ルイズには、その背中が僅かだが、寂しく微笑んだような気がした。 「カザミィィィッ!!」 ルイズの叫びを合図としたように、紅蓮の炎に染まる森の奥から、バズーカ砲弾の爆音が響く。 それは、人間には介入できない、改造人間同士の戦闘開始の号砲であった。 ――ズキンっ!! カメバズーカに、地面に放り投げられ、脳震盪を起こしかけていた才人は、ようやく眼を開けた。手首から走る鋭い痛みが、気付け薬代わりになったようだ。 指は――動く。かなりの痛みを伴う事に変わりは無いが、それでも、骨は折れていないようだ。 その事実を、才人は暗澹たるショックとともに受け止める。 改造人間のパワーを以ってすれば、カルシウムの足らない現代人の骨など、文字通りひとひねりだったはずだ。にもかかわらず、おれの右手は無事なままだ。 何故だ。 ――考えるまでも無い。疑問の余地すらない。余りに単純明快な、その答え。 「風見……さん……」 体を起こす。 それに気付いたルイズが、こっちに駆け寄ってくる。 「サイト! 無事だった!? ケガは無い!?」 そんなわきゃねえだろ、と思いながらも、脂汗を流しながら、かろうじて笑って見せる。 「良かった……!」 「ルイズ」 「取り敢えず……取り敢えず、撤退するわよ。こんなところでグズグズして、カザミの志を、無下にするわけにはいかないわ」 「ルイズ」 「急いで! カザミは言っていたわ! あの“ばけもの”が自爆したら、魔法学院さえ巻き込むほどの大爆発を起こすって!! だから――」 「見捨てるのか? ――風見さんを」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズのからだは凍りついた。 「風見さんは、お前にとっても“使い魔”の一人だろう?」 「……」 「そんなあの人を、見捨てるのか?」 そう問い掛ける才人の、射抜くような瞳をルイズは、真っ直ぐに正視することは出来なかった。 「……かっ、カザミは……カザミは死なないわっ!! サイトだって知っているでしょっ!? アイツはただの人間じゃない。それに……」 「だからって見捨てるのかっ!?」 「ただ見殺しにするんじゃないわっ!! 今こうしている間にも、あの“ばけもの”が自爆するかも知れないのよっ!! 一秒でも早く私たちは、学院に帰って、みんなを避難させなきゃならないのっ!! それに――」 「いま、ここにいても、私たちに出来ることはない、――か?」 才人に台詞を奪われて、ようやくルイズは彼に向き直った。――駄々をこねるな、と言わんばかりの目で、少年を睨み返す。 「――そうよ。悔しいけど、あの“ばけもの”を相手に戦えるのは、カザミだけ。私たちじゃない。だから私たちは、私たちに出来ることをするしかないの」 「きゅいきゅいっ!!」 むこうで、シルフィードが呼んでいる。 「なにやってるの二人ともっ!! 早く来なさいっ!!」 キュルケが焦れたように叫んでいる。 そう、こんな無意味な口論をしている暇は無い。 一刻も早く、ここから脱出しなければ、純粋に命が危ないのだ。 そんな事ぐらい、才人にも分かっている。 核爆発の威力の凄まじさは、世界唯一の被爆国民たる平賀才人が、この場にいる誰よりも承知しているからだ。 だが、それでも、……釈然としない。あの二人を置いて、自分たちだけおめおめと逃げるなんて出来るわけが無い。特に、彼の“記憶”を知ってしまった以上は。 「ルイズ、確かにお前の言う事は正しい。でも……やっぱり納得できねえ」 「何言ってるのよサイトっ!? 私たちに、他に出来ることがあるわけ――」 「戦いを止めさせる」 「なっ……!?」 「おれが二人を止めて見せる。そうすれば、何も起こらず、誰も死なずに済む」 ルイズには、この使い魔の少年が、もはや何を言っているのか分からなかった。 普通の人間が、まさに怪物同士というべき、あの二人の間に入って、どうやって戦闘を止めさせることが出来るというのだ。 「何ふざけたこと言ってるのっ!! あの“ばけもの”が説得の効く相手だと、本気で思ってるの!? 巻き込まれて、犬死にするのが関の山じゃないのっ!!」 「“ばけもの”って言うなっ!!」 そう叫んだ才人の目は、純粋なまでに真っ直ぐな目をしていた。 ギーシュのゴーレムに、瀕死の重傷を負わされても立ち上がり、カメバズーカ相手にナタ一本で立ち向かおうとした時の、――あくまでも退く事を知らない眼差し。 ルイズは知っていた。 この眼をした才人には、もはや一切の理屈は通用しないという事を。 「あの人は……好きでバズーカや甲羅を背負ってるわけじゃねえんだ。――あの人は」 「サイト……」 「あの人は……人間だ」 言い切るように言うと、才人はそのまま、少女を置いて駆け出した。 二人の改造人間が戦う――いまや炎が逆巻く、紅蓮の森に。 カメバズーカが撒き散らした炎は、いまや瞬くうちに延焼を重ね、月下に森厳と静かにあるはずだった森林は、まるで昼間のように明るかった。しかし、樹木を照らすのは日輪ではない。さながら煉獄のような白熱の炎である。 才人は、ハンカチで口元を覆い、煙を吸い込まないようにして、走った。 もし、こんな山火事の中、方向を見失ったら最後、確実に自分は死ぬだろう。カメバズーカの自爆や、森の延焼に巻き込まれるまでもない。一酸化炭素中毒で、あっさり窒息してしまうはずだ。 だが、それでも、才人には確信があった。 自分が、間違いなく風見の――V3のいる方向に向かっている事を。 そして、自分が話せば、二人が戦うことの無意味さを、必ず理解してくれるであろう事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 カメバズーカがV3を、燃え盛る大木に叩きつける。 その衝撃で、稲妻に打たれたように、巨木が縦に真っ二つになるが、そんな程度の攻撃で仮面ライダーが動けなくなるとは、怪人も思ってはいない。――当然V3本人も。 ダメージが残る重い身体を、意地だけで動かし、迫り来るカメバズーカのみぞおちに、前蹴りを返す。 よろめくカメバズーカに、さらにジャンプからのキックを見舞うが、一瞬走った激痛が、半呼吸ほど隙を作ってしまう。怪人は身を翻し、躱されたV3の蹴り足が大地を抉る。 「くっ!」 ――正直、このコンディションでは、格闘戦はキツイ。 V3は、そう思わざるを得ない。 だが、殺意だけで活動しているような、今のカメバズーカを相手に時間を稼ぐためには、近接戦闘が一番確実なのだ。 こいつに考える間を与えてはならない! もし、こいつが通常の“怪人”としての思考を取り戻す余裕を与えれば最後、いつ自爆という確実な手段に出るか分からないからだ。 その時だった。 「――やめろぉぉっ!! 風見さんも平田さんも、もう止めてくれぇぇっ!!」 パーカーのあちこちから、いや頭髪からも白い煙がくすぶらせ、才人が血を吐くような叫びを上げていた。 「ひ、らが……!?」 「小僧……!?」 次の瞬間、V3は反射的に動いていた。カメバズーカから才人を庇う位置に。 「馬鹿なっ!? 何故お前がここにいる!? 俺の戦いを無意味なものにする気かっ!!」 「……ええ、無意味な戦いです。だから、おれはここに来たんです」 そう言うと、才人は、V3の背からすり抜けて、二人の中間地点にに立った。 V3もカメバズーカも、眼前の少年の意図がまるで分からず、呆気に取られている。 「平田拓馬……昭和XX年X月X日生まれ。アマチュアレスリング・フリースタイル、全日本選手権優勝二回。世界選手権優勝一回、準優勝二回」 「おい……小僧……!!」 カメバズーカの顔から表情が消える。 「その後、靭帯を傷めて現役引退。平成XX年、XX大学レスリング部に顧問として招聘を受ける」 「――何のつもりだ……小僧……!!」 カメバズーカの背が震える。 「その3年後、同大学非常勤講師の某女性と結婚。同年、妻との間に長男・拓也誕生。その翌年現住所に自宅購入。その翌年……」 「小僧ぉぉぉっ!!」 もはや、カメバズーカの声は、絶叫と化していた。しかし才人は、いささかもたじろぐ事無く、そんな彼を真っ直ぐ見つめたまま、最後の一言を発する。 「――デストロンに誘拐、身柄を拘禁され、第一次改造人間計画候補素体とされる」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 カメバズーカは膝を着き、耳を塞ぎ、まるで本物のカメのように小さくなってしまっている。 V3は、そんな“敵”の姿を見て、呆気に取られていた。 「平賀……お前がいま言ったのは……?」 「風見さん」 「……本当なのか。洗脳が……?」 才人が、頷く。 「ここにいる方は、もう“怪人”ではありません。人の記憶と意志をもった人間です。デストロンという秘密結社が、このハルケギニアに無い以上、お二方がこれ以上争う必要はないはずです」 「……」 V3には信じられなかった。 ショッカーやデストロンといった暗黒組織の科学力はダテではない。 やつらが施した“脳改造”という名の洗脳固定は、改造人間本人の生存本能よりも更に上位に、組織の価値を置く。つまり脳改造を受けた者は、いわば、組織という名の宗教の殉教者になるということだ。 それほどの洗脳が、そう簡単に解除されるはずが無い。それになにより、このカメバズーカは自分の存在を確認した瞬間、問答無用で襲い掛かってきたではないか。 だが、そう思う一方で、やはり才人の言う事も一考の余地はあると思っている。 自分とて、召喚される前は半壊していたはずのダブルタイフーンが、復元していたではないか。洗脳によって破壊された、改造人間の自我も復元しないとは、誰が言い切れる? 「確かに……」 カメバズーカは、顔を上げた。 「俺の名は、平田拓馬……俺自身、ほとんど忘れかけていた名だがな……」 「じゃあ、やっぱり、――洗脳は解けていたんですね?」 「ああ。お前が、俺の前で意地を張っているのを見て、その時ようやく気付いたんだ。……自分の記憶が戻っている事にな」 それを聞いて、才人は、顔をほころばせた。 あの時、自分を嬲るように、右腕を捻り上げたカメバズーカが、そのまま才人の手首をへし折らなかったのは、やはり、人としての意識が回復していたからだ。 「だったら、……だったら、もう止めましょうよ! これ以上二人が戦う意味なんて無いじゃないですか!?」 「悪いが……それだけは無理だ」 カメバズーカは、そう言うと、さっきまでと同じ、殺意にまみれた目で、V3を睨んだ。 「コイツは、俺を殺した……俺自身の仇の片割れなんだ。絶対に、許せねえ……!!」 才人は失望しなかった。 カメバズーカの、その答えは、半ば予想できるものだったからだ。 しかし、それでも確認は取れた。もはやここには、組織に狂信的な忠誠を尽くす、“怪人”はいない、と。それが分かっただけでも、充分だった。 だから才人は、この場を静める最後の賭けに出た。 ポケットから、さきほど砕け散ったナタの一部――といっても、かなり大きな破片だったが――を取り出し、自分の首筋に当てた。 「平賀……?」 「――おい、小僧……何の真似だそりゃあ?」 「見た通りの眺めですよ」 才人は、緊張で、頬を引きつらせながら、 「平田さん……あなたの恨みや怒りはもっともだと思います。……でも、でも、それでも敢えてお願いします。――おれの首に免じて、この場は矛を収めてください!!」 「小僧……!!」 「おれに、あんたたち改造人間を腕ずくで止める力は無い。でも、せめて……覚悟ぐらいは……あんたらにも……!!」 そう呟くと、少年は唇をかんだ。 「くっ……」 「ふふっ……」 「くははははははっ!!」 「くっくっくっ……!!」 才人がぽかんと口をあける。 それはそうだろう。いくら何でも、仮面ライダーと怪人が、並んで笑い合っている光景は、視聴者として育った少年には、シュールすぎる“絵”だったからだ。 ひとしきり笑い終えると、カメバズーカは全身から煙を噴出し、見る見るうちに、――人間の姿になった。 筋骨隆々の、体格のいい、五十代の男に。 「まったく、度胸だけは一人前だな、小僧」 「平田さん、――あんた……!!」 V3は驚かない。 ハンマークラゲやテレビバエ、マシンガンスネークといった怪人たちも、人間形態への変身機能を備えていた。ならば、このカメバズーカに同じことが出来たところで、驚くには値しない。 おそらく、この男こそが、改造人間カメバズーカの、世に在るべき、本当の姿なのだろう。 しかし、同じく変身を解いた風見志郎に、男――平田が向けた眼差しは、先程と変わらぬ鋭いものであった。 「今日のところは、小僧に免じて見逃してやる。――だがV3、いつか必ず、俺は貴様と決着をつける。それだけは覚えておけ……!!」 そう言い捨てると、男は才人に、優しい、だがそれ以上に寂しい目で笑いかけ、そのまま森の奥に姿を消した。 燃え盛る炎が渦巻く、金色の森の中へ。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第三十三話「マグマ星人の復讐」 サーベル暴君マグマ星人 銀河星人ミステラー星人(悪) 緑色宇宙人テロリスト星人 登場 『現れやがったなぁ、ウルトラマンゼロぉッ!』 才人から変身したゼロに、巨大化したマグマ星人は大きく歯ぎしりをして、憎々しげな 視線を浴びせた。 『何度も何度も俺様たちの侵略を邪魔しやがって! 今日という今日は勘弁ならんッ! バラバラに切り裂いて地獄に送ってやるッ!』 マグマ星人の恫喝に、ゼロは下唇をぬぐいながら返した。 『勘弁ならねぇってのは、こっちの台詞だぜ! テメェら全員、ハルケギニアから叩き出してやる!』 『抜かせッ! この間の復讐だ! 今からぶっ殺してやらぁッ!』 マグマ星人がサーベルを振り上げたのを合図とするかのように、侵略者三人が一斉にゼロへ 飛び掛かっていく。 「ギョロロロロロ! ガアオオオオオオ!」 『ふんッ!』 ミステラー星人が腕を広げて飛び掛かってくるのを、ゼロが横拳を入れて押し返した。 それから素早くゼロスラッガーを両手に取り、マグマ星人のサーベルとテロリスト星人の 剣を受け止める。 「シャッ!」 『ぬおッ!?』 右手でサーベルを弾き、のけ反らせたマグマ星人に一発キックを入れて蹴飛ばした。同様に テロリストソードも弾いたが、テロリスト星人はのけ反らず、右手のスラッガーの水平切りも 上半身を引いてかわす。 テロリスト星人が剣を引き戻して、ゼロへ斬りかかっていく。それに対してゼロもスラッガーを 振るい、相手の斬撃を弾き返した。そのままソードとスラッガーが繰り返しぶつかり合い、激しく 火花を散らす。 『ちッ……やるじゃねぇか。剣の腕だけは認めてやるぜ』 テロリスト星人は、マグマ星人と異なり、剣の腕前は一流で鍛え抜かれたゼロと張り合うほどであった。 さすがは、ガス田を守りながらであったので全力が出せない状態だったとはいえ、ウルトラマンタロウを ギリギリまで追い詰めたことのある星人だ。 『食らえぃッ!』 「ギョロロロロロ!」 しかし敵はテロリスト星人だけではないのだ。剣戟を行っていて手が離せないゼロに、 マグマ星人のサーベルビームとミステラー星人の突き出た口吻から発射されるロケット弾が 襲い掛かる。 『あッ! ぐぅッ!』 ビームとロケット弾をまともに食らい、悶絶するゼロ。しかし隙を見せようものならテロリスト星人が ここぞとばかりに剣を差し向けるので、そちらを回避ないしは防御する暇はない。ゼロは三人の宇宙人の 攻撃に晒され、早くもピンチになる。 「あぁッ! ウルトラマンゼロが危ないです!」 王宮の廊下からは、春奈とシエスタが窓からゼロの苦戦を見ていた。シエスタは一旦春奈から 離れると、メイド服の袖をまくって、ジャンボットのブレスレットを露出した。 「ジャンボットさん、ゼロを助けてあげて下さい!」 『了解した! すぐに向かう!』 シエスタの要請に、ジャンボットはすぐに応じた。 ハルケギニアの衛星軌道上に待機していたジャンバードは、直ちにトリスタニアに向けて 一直線に急降下していく。 『ジャンファイト!』 降下の途中でジャンボットに変形し、地上に迫ると、ゼロへと剣を振りかざしているテロリスト星人を 睨みつける。 『ジャンナックル!』 『!?』 テロリストソードが振り下ろされるのを制して、ロケットパンチで横から殴り飛ばした。 テロリスト星人はトリスタニアの、怪獣に破壊されてからまだ手つかずになっている無人の 区域の上に倒れ込む。 『ゼロ、あの星人は私が引き受けた! 残る二人は頼む!』 『助かるぜ、ジャンボット!』 左腕を戻したジャンボットはゼロにひと声掛けてから、すぐに起き上がったテロリスト星人へと 駆けていく。 『ジャンブレード!』 右腕からジャンブレードを出すと、テロリストソードとの切り結びを始めた。 「シェアッ!」 ジャンボットに助けられたゼロは、構えを取り直してミステラー星人とマグマ星人のタッグと 対峙した。 『ウルトラマンゼロめ、我がミステラー星の誇る兵器、MTファイヤーを受けてみろ!』 叫んだミステラー星人の口から、またロケット弾が連射された。だがゼロはふた振りの スラッガーで、相手の弾を全て切り落とした。 『やめろ! そんな腕で俺を狙っても無駄だぜ!』 ロケット弾を凌いだゼロはスラッガーを投擲する。ふた振りの宇宙ブーメランはそれぞれ マグマ星人とミステラー星人へ、宙を切って飛んでいく。 『うがぁぁッ!!』 「ガアオオオオオオ!」 一方はマグマ星人の顔面に命中して大きく吹っ飛ばし、もう一方はミステラー星人の口吻を 切り落とした。MTファイヤーの発射口を失ったミステラー星人は口のあった箇所に手を当てて狼狽する。 『ミステラー星人! もうこんな戦いはよせ! 俺は知ってるぜ。宇宙一の戦争好きと呼ばれる お前の種族にも、平和を愛する心があることをな!』 ゼロはウルトラ兄弟の四男、ウルトラマンジャックから、地球にひっそりと暮らすミステラー星人の 亡命者の話を聞いたことがあった。その個体は、かつてミステラー星で最も射撃の腕が立つ戦闘部隊の エースであったが、30年以上も続くアテリア星との戦争に心身ともに疲れ果て、地球に亡命した。そして 地球と地球人を愛し、争いを捨てて平和に生きることを選んだのだ。 『お前も、不毛な戦いはやめて、平和に生きる道を選んだらどうだ!』 とゼロは勧告したが、ミステラー星人はそれを一笑に付す。 『馬鹿なことを言うな! 俺は誇り高きミステラー星の戦士! そんな戦争に怖気づいた 腰抜けと同じ、無様な生き様など真っ平だ!』 更にはゼロに向かって言い放つ。 『俺はこの星の征服の暁には、人間どもを捕獲し、宇宙戦士としてミステラー星に送るのだ! そして、泥沼の消耗戦に入ったアテリア星との戦争の駒になってもらう!』 『何! またアテリア星との戦争を始めたのか! 分からず屋め!』 説得に応じないミステラー星人に、ゼロが拳法の構えを取り直す。 『そんなことは許さねぇ! テメェらの自分勝手な野望は、全部打ち砕いてやるぜ!』 一見すると、まだ余力を残すゼロに対して、一番の武器を失ったミステラー星人が圧倒的不利に 見えるが、ミステラー星人は隠し玉を残していた。 『果たして出来るかな!? ウルトラマンゼロ、見ろ! 宇宙戦士の、攻撃を!』 ミステラー星人が空の彼方を見上げて叫ぶと、王宮の方角から、竜騎士の一団が戦場へと飛んでくる。 トリステインの魔法衛士隊だ。 だが、竜騎士たちは見るからに様子がおかしかった。騎士も飛竜も身体に霜が降りていて、 青い顔をしている。そしてゼロに纏わりつくと、彼に魔法で攻撃し始めた! 『うおッ!? こいつは……!』 ゼロはすぐに、魔法衛士隊の身に起こっていることを見破った。 『ミステラー星人め……既にこの人たちを捕らえて、操ってるのか!』 かつて地球に、先述の平和的なミステラー星人の他にもう一人侵入した者がいた。その者は 亡命したミステラー星人の所属していた戦闘部隊の隊長で、長期に亘る戦争で消耗し切った戦力を 補うために、地球を守っていたジャックと防衛隊MATの隊員を宇宙戦士として拉致、利用しようと 画策していた。そのミステラー星人は生物を氷漬けにして操作するという不可思議な術を使っていた。 今回も同じ手段で、騎士たちをいいように操っているのだろう。 『くッ……!』 ゼロは、正気を失ってミステラー星人の言いなりになっている竜騎士たちに手を出すことが出来ない。 魔法攻撃を前に、身を固めて防ぐことしか出来ないでいると、そんなゼロをミステラー星人とマグマ星人が嘲る。 『フハハハハハ! 無様な姿だな、ウルトラマンゼロ! 反撃して身を守ればいいだろうに、 所詮それが、偽善者の貴様の限界なのだ!』 『ハァーッハッハァッ! こいつはいいぜ! 守るべき対象に追い詰められるなんて、皮肉なもんだなぁ!』 『ぐぅッ……!』 圧倒的優位に立ったのをいいことに、好き勝手にのたまう星人たちに歯ぎしりするゼロだが、 騎士たちが邪魔で攻撃することは出来ない。そうしている間に、カラータイマーが鳴り出す。 『フハハハハ、いっそのこと、もっと苦しむがいい! 見ろぉッ!』 ミステラー星人は、ゼロに攻撃を加えようとせず、代わりに近くの建物を踏み潰し、蹴り飛ばして 破壊し始めた。マグマ星人もサーベルを振るい、次々と切断していく。 「きゃああああああッ!」 「うわああああああああ!」 二人の破壊行為で、街からは避難する人々の悲鳴が大きくなる。 『なッ、やめろ! そいつらは関係ねぇだろうがッ!』 狼狽したゼロが叫ぶが、ミステラー星人は冷笑を浴びせた。 『無関係ではない。貴様が守ろうとする者は、全て我々の敵だ! この哀れな人間どもを 苦しめるのは、貴様自身なのだよ、ウルトラマンゼロ!』 『外道どもが……!』 卑劣な手段を平気な顔で取る星人たちに、ゼロは一層怒りを深めた。 『ふッ! はぁッ!』 『ぬぐぅ……!』 ジャンボットとテロリスト星人は、剣と剣の斬り合いを続けていたが、だんだんとテロリスト星人が 追い詰められていった。生身のテロリスト星人に対し、ジャンボットはロボットなので疲労を知らない。 それ以上に、正義に燃えるジャンボットの気迫は、所詮浅い欲で動くだけのテロリスト星人のそれを 大きく上回っているのだ。テロリスト星人はジャンボットに押され、剣の切れが鈍っていた。 『降参しろ! 侵略を諦め、大人しくこの星から退散するのなら、命までは取らない!』 優勢のジャンボットはジャンブレードの切っ先を突きつけ、降服を勧告した。それにたじろぐ テロリスト星人だが、諦めた訳ではなかった。 『ぐぬぬ……こうなれば、こうだぁッ!』 テロリスト星人は急に、テロファイヤーを横に向ける。その銃口の先にはトリスタニアの街並みと、 逃げ遅れている人たち。 『何!? まさかッ!』 一気に焦ったジャンボットはテロリスト星人の左側に回り込む。そして、テロファイヤーの 砲火から人々の盾になった。 『ぐおおおぉぉぉぉッ!』 炸裂弾の雨を浴びては、鋼鉄のボディのジャンボットとはいえただでは済まなかった。 激しくうめくと、テロリスト星人は一瞬で勢いをぶり返して更に弾丸を浴びせる。 『ふははは! 形勢逆転だぁッ! 食らえぇ!』 『ぐぅぅぅ……!』 背後に大勢の人がいるので、ジャンボットは逃げることが出来ない。苦しまぎれに、テロリスト星人を 罵倒する。 『狼藉者め……! 市民を巻き添えにしようなど、貴様には戦士の誇りがないのか……!』 その言葉を、テロリスト星人は鼻で笑った。 『誇りに何の価値があるものか! 戦いは勝った方の勝ちなんだよ! それが全てだッ!』 『下衆め……! ぐぅッ!』 弾丸を食らい続けたジャンボットは、耐え切れなくなったか片膝を突いてうなだれた。 それでテロリスト星人は勝利を確信する。 『見捨てればいいものを、馬鹿めが! とどめは、この剣で刺してやる!』 テロリストソードを振り上げ、動かなくなったジャンボットににじり寄る。間合いを十分に詰めると、 一段と剣を掲げて一気に振り下ろそうとする。 『今だッ!』 その瞬間に、ジャンボットは黄色い目を強く輝かせて、電光石火の速さで起き上がった。 そしてジャンブレードを切り上げて、テロリストソードを弾き飛ばす。 剣を失ったテロリスト星人は瞬時に狼狽した。 『な、何ぃッ!? 騙したのかッ!? 卑怯者ぉッ!』 『貴様が言うなッ!』 ジャンボットはもうテロリスト星人を許さず、ブレードを薙ぎ払って、真っ二つに切り裂いた。 『がぁッ……! こ、このテロリスト星人が、こんな奴に敗れるとはぁ……!』 『貴様は私にだけ負けたのではない。驕り高ぶった己の心にも負けたのだ』 ジャンボットのひと言を最後に、テロリスト星人は爆散した。 「ゼロ! ゼロのピンチだわ!」 地上から、竜騎士たちに襲われるゼロを見上げたルイズは、杖を取り出して助けようとする。 竜騎士たちはミステラー星人の術で操られている。だが魔法ではないので、『ディスペル』は 効かないだろう。ならば、『爆発』を使うか? 上手く行くかどうかは分からないが、『爆発』なら 騎士たちの縛めだけを消し飛ばせるかもしれない。 と、考えるルイズだが、彼女の行動を察したゼロは、テレパシーで呼びかけた。 『ルイズ、援護はいらないぜ!』 「えッ!?」 『コスモスとダイナから授かった力は、侵略者の姑息なたくらみよりもずっと偉大なんだよ!』 そんなことを告げたゼロは、魔法攻撃を受けながらも胸を張って立ち上がり、身体を青く輝かせる。 『ルナミラクルゼロ!』 青く変身したゼロは、周囲を飛び回る騎士たちに、手の平から発せられる光の粒子を浴びせ始めた。 『フルムーンウェーブ!』 フルムーンウェーブ。それは、荒ぶる魂を鎮める癒しの力を持つコスモスのルナモードの 特性を最も色濃く引き継いだ、ルナミラクルゼロの浄化光線。これを浴びた竜騎士たちは一斉に 動きを止め、凍りついた身体が解凍されていった。 「あ、あれ……? 俺たちは一体何をして……?」 「確か、目の前に奇妙な亜人が出てきて、それからどうなった?」 同時に正気を取り戻して、頭を振った。 『な、何ぃッ!?』 『おいおいおいおい!? 解放されちまったじゃねぇかぁ!』 一瞬で術が破られたミステラー星人と、マグマ星人が破壊活動の手を止めてうろたえた。 するとそれに目をつけた騎士たちが、状況を把握する。 「侵略者だ! 攻撃開始!」 魔法衛士隊は直ちに星人たちの方へ飛んでいき、炎や氷の槍を振るい出した。マグマ星人も ミステラー星人も集中攻撃を浴び、頭を抱える。 『うぎゃあッ! いてぇーッ! 何が宇宙戦士だ、この阿呆がッ!』 『き、貴様、このミステラー星の戦士を侮辱するか――はッ!?』 『戦士が聞いて呆れるぜ! 戦士だったら姑息な手を使わないで、正々堂々勝負しろってんだッ!』 ミステラー星人が気配を感じて振り返ると、ストロングコロナに再変身していたゼロが、 その身体をむんずと掴んでいた。そして超怪力で、頭上高く投げ飛ばす。 『ウルトラハリケーンッ!』 「ギョロロロロロ! ガアオオオオオオ!」 きりきり舞いして空高く飛んでいったミステラー星人に、ゼロが拳を振り上げてとどめの一撃を見舞う。 『ガルネイトバスター!!』 燃え上がる光線を食らったミステラー星人は、空中で木端微塵に爆裂した。 ミステラー星人がトリスタニアの空に散ったのと、テロリスト星人が撃破されたのはほぼ同時であった。 『うおおぉぉッ!? お、おのれぇウルトラマンゼロ! この借り、その内に必ず返してやるぞぉ! あいたたッ!』 連れてきた仲間を全て失ったマグマ星人は、魔法攻撃に追い立てられながら、瞬く間に 尻尾を巻いて逃げていく。背後に跳ぶと、稲光とともに黒雲の中に紛れて姿を消した。 『ちッ。逃げ足だけは速い野郎だ』 あまりの逃走の早さに、手出しできなかったゼロが舌打ちする。その脇に、ジャンボットが 近寄ってきた。 『ジャンボット、助かったぜ。ありがとうな!』 『私の力が必要な時は、いつでも呼んでくれ』 短く言葉をかわしたジャンボットは空に飛び上がり、ジャンバードに変形して宇宙へと 帰っていった。 「ジュワッ!」 それを追いかけるように、ゼロも飛び立ってトリスタニアから去っていった。 ゼロから戻った才人は、ルイズの下へと駆け戻っていく。 「ルイズ! 無事だったか?」 「うん、わたしは何ともないけど……」 久しぶりに才人に心配されたような気がして、やや赤くなるルイズ。しかし、すぐに辺りを 見回して顔を曇らせる。 「でも、街の被害が広がっちゃったわね……」 「そうだな……。くッ、宇宙人どもめ、やってくれるぜ……!」 マグマ星人とミステラー星人が暴れたことで、トリスタニアの被害は拡大し、壊滅した地域が 広がってしまっていた。より痛ましくなった街の光景を目の当たりにして、才人は歯ぎしりして悔しがった。 だがここで、ルイズが疑問を口にする。 「でもあの宇宙人たち、本当に何が目的なのかしら? 戦闘の最中にわざわざ敵から目を離してまで、 街を壊して何の利益があるの?」 「確かに……」 マグマ星人たちはゼロへの攻撃のチャンスを捨てて、街を蹂躙した。挑発行為とも取れるが、 それよりゼロに直接ダメージを与えた方が早いだろう。ルイズと才人はマグマ星人たちが街の破壊に こだわる理由を掴めず、首を傾げた。 だがいくら考えても、答えは出てこない。そこで才人がため息を吐いて、ひと言提言した。 「とにかく、敵はとりあえず退けたんだし、城へ戻ってお姫さまに報告しよう」 「うん、そうね」 「どうやら無事に帰れそうだなぁ。相棒も、娘っ子も、もう一人の相棒もご苦労さん」 二人が足を王宮へと向けると、デルフリンガーが彼らの奮闘を労った。 王宮のアンリエッタの下へと戻ってきたルイズたちは、彼女に爆弾魔の正体がやはり侵略者で あること、爆発の現場で交戦したことなどを報告した。 「そうでしたか。ルイズも使い魔さんも、よく戦ってくれましたね。市民に成り代わり、 お礼を言わせて下さい」 「そんな、もったいないお言葉です。結局は、ウルトラマンゼロに助けられましたし」 感謝の気持ちを寄せるアンリエッタに、ルイズが謙遜した。才人がゼロであることは、 アンリエッタにも秘密のことだ。 「それでもです。被害を最小限に食い止められたのは、あなたたちの活躍もあってのことだと わたくしは思っています。本当にありがとう」 「いやぁ、そんなぁ」 「こら、はしたないわよ!」 あまり褒められるので才人が頬を緩ませると、ルイズに咎められた。 「もう日も暮れます。今宵はこの王宮に留まって、疲れをゆっくりと癒して下さい」 「ありがとうございます、お姫さま」 アンリエッタの申し出に感謝の言葉を言う才人。それに続いて、ルイズも礼を口に出す。 「ありがとうございます、女王陛下」 「そんな、いいのですよルイズ。大切な友人までも、危険に晒そうとするような愚かなわたくしに、 せめてもの償いをさせてちょうだい」 アンリエッタは、まだルイズに危険な任務を任せていることに引け目を感じているようだった。 そのため、ルイズが反論する。 「わたしたちは、この前申し上げた通り、自分の意思で行動しています。姫さまが悪いことなど、 一つもありません」 「うん……。ありがとう、ルイズ」 ルイズの言葉に、アンリエッタは一瞬、親しい友人としての顔を見せた。しかしすぐに、女王の顔つきに戻る。 「では、わたくしは色々と後始末をせねばなりませんので。これで失礼します」 アンリエッタが謁見の間から退出すると、ルイズと才人も二人を待っているシエスタたちの下へと移動していった。 王宮の客室に移ると、待っていたシエスタと春奈がすぐに席から立ち上がった。 「サイトさんッ!」 「平賀くんッ!」 「やぁ、二人とも無事だったか?」 才人が一番に聞くと、シエスタがうなずき返した。 「はい。お城の兵士さんがちゃんと避難させてくれましたから」 「平賀くんは大丈夫だった?」 「大丈夫。あってもかすり傷くらいだから」 春奈に才人が答えると、ルイズが春奈に声を掛ける。 「姫さまのお話、ハルナのことじゃなくてよかったわね」 「ありがとうございます、ルイズさん。お礼だけでも言わせて下さい」 学院でも王宮でも弁護しようとしてくれたルイズに感謝の念を寄せる春奈。 「別にいいわよ、気にしてないから。これで、ハルナのことに関して魔法学院と王宮は解決した訳だけど。 でも、まだ、問題は残ってるわ」 「はぁ? まだ、何かあるのかよ?」 唐突なルイズの言葉に、才人が怪訝な顔を作る。 「ええ、そうよ。これは極めて重大な問題よ」 「それは一体何なんですか?」 シエスタが尋ね返すと、ルイズはキッパリと言った。 「それはお金よ。平民とはいえ、女の子が一人増えたのよ? 今の生活費だけじゃとても足りないわ」 「へぇ~。ボクとはえらい待遇の違いですねぇ、ご主人様」 才人が嫌味を唱えたが、ルイズは何食わぬ顔。 「あら、何か思い違いをしてるようね? あなたは使い魔でしょ。そんなの、当たり前じゃないの」 「……」 憮然とする才人だった。 「使い魔を養っていくのは飼い主の務めだから。それはいいんだけど。でも、ハルナは……」 「そうですね。早く私の問題が解決すればいいんですけど……」 「ホント、そうだよなぁ……」 才人が心から同意したが、現実はそう行かないのだから仕方ない。春奈の生活費で困っていると、 シエスタがこんな提案をした。 「あッ、そうですよ! ハルナさん、わたしたちと一緒に魔法学院で給仕の仕事を手伝いませんか?」 「おおッ……。そうか、その手があったじゃないか!」 妙案だと才人が賛同したが、春奈自身は逡巡する。 「う~ん。でも私、身の回りのことは、全て親に任せっきりだったから。本当に、何か出来るかどうか……」 「そんなこと、心配いりませんよ。みんな優しくて親切な方ばかりですから。一つずつ、 丁寧に教えてくれます」 自信のなさそうな春奈を、シエスタが励ました。 「ハルナさんがもしその気になったら、いつでも声を掛けて下さいね」 「はい……。ありがとうございます」 最後の問題もひとまずは片づいたようなので、ルイズたちはその日はもう休むことにした。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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ゼロの番鳥外伝『ルイズ最強伝説』 Q.ペットショップとギーシュが決闘してる間、逃げたキュルケとそれを追い駆けたルイズは何をしていたんですか? A.こんな事をやっていました ドカーン!バゴーン!ドカーン!バゴーン! 学院に爆発音が響き渡る。勿論、その原因は私の魔法だ 「あはははははははははは!!!!!」 口から溢れる笑いを止める事が出来ない。得体の知れない恍惚感が体を震わせる!何かカ・イ・カ・ン!最高にハイ!ってやつよ! 脳が破壊と破壊と破壊を求めて矢継ぎ早に指示を出す。 私の笑いに反応したのか、逃げているキュルケが振り返ってこっちを見た。ん?何で脅えたような顔をするんだろ? 悪鬼を見たような顔をするなんて、私の繊細な神経が酷く傷ついたわ! 「大人しく吹っ飛ばされなさい!」 魔力を注ぎ呪を紡ぎ、発動の引き鉄となる杖を振って、私が唯一使える大得意な魔法を放つ! ドン! やった!ドンピシャのタイミングで爆発が起こった! キュルケが予期したように回避行動を取ったが、私の狙いはキュルケでは無く、その頭上! ガラガラガラガラ・・・・・・・・・「うひゃぁっ!?」 みっとも無い叫び声を出しながら天井の崩落に巻き込まれるキュルケ キュルケの生き埋めの出来あがり♪と小躍りしそうになったが、下半身しか埋もれてないのに気付いた。チッ。 瓦礫の下から何とか抜け出そうと足掻いてる。くふふふ、無様ね。トドメをさしてあげるわ。 「んふふふふふ・・・・・・」 わざとらしく足音と笑い声を立てながらキュルケの前に立つ。 キュルケは慌てて床に転がった杖を取ろうとしたが、その手が届くより先に、私の足が廊下の彼方に杖を蹴り飛ばす。 顔面が蒼白になるキュルケ、私の狙いに気付いたようだ。 「ル、ルイズ、もう冗談は止めましょ?ね?杖なんか掲げてると危ないわよ?私達友達でしょ?」 先程までとは一変して哀願口調になる。ふん、それで男は騙せるとは思うけどこのルイズ様にはそんなの通用しないわよ 死刑を執行しようと、杖を振って呪文を唱え―――そこで私は気付いた!キュルケの目が私では無く、私の後ろを見ている事に! 「エアハンマー!」 刹那、転がって回避した私の横を空気の槌が通過――――そして ドゴン!「ふげっ!」 私が回避した事により、直線状に並んでいたキュルケに当たった。身動きできないんだからどうやっても避ける事は出来ないわよね。 潰れた蛙のよう声を出して気絶するキュルケ。ああ、何て可哀想なの!とても嬉しいわ私!うふふふふふ 大声で笑いたかったが。それよりも私に攻撃しようとした不埒者にお仕置きするのが先。 「ミス・ヴァリエール!杖を捨てろ!!」 下手人は魔法学院の先生の一人だった。生徒に魔法を使うなんて野蛮にも程があるわよ。 「杖を早く捨てて!頭の上で手を組んで床に跪け!早く!」 私は声を聞き流して、その先生に近づく。 どうせ教師の職権を乱用して、世界三大美少女に入るほど可憐な私に性的な悪戯をする気満々だろうし!命令を聞く気は無いのよ! 「ヴァリエール!指示に従え!!」 焦れたように叫ぶが私はそんなのを聞く気は一切無い。 距離が5メイルを切ってから―――私は一気に走り出した。 「くそっ!どうなっても知らんぞ!?エアハンマー!」 先生が杖を振り空気の槌が私の腹部に直撃―――する寸前! 私は滑るような足捌きで突如体を平行移動させる。ドガッ!「ひげぇ!」 後ろからキュルケの声が聞こえた、どうやらまた私が回避したことにより外れた弾の直撃をくらったらしい。 いい気味ね 「はぁぁぁ!?」 回避するとは思わなかったのか、化物を見るような眼で私を見つめる先生。 あんなんで倒せると思うとは甘い甘い。ココアにミルクと砂糖をたっぷり入れて生クリームを乗っけたより甘いわよ! 時が止まって見えるほど集中した私には、服の下の筋肉の微細な動きまで見えたんだから! 「おおおお!?」 魔法を放つ余裕が無いのか無我夢中に杖を振って私を殴り付けようとするが。 私は身を屈めてそれを回避!その動きのままに先生の懐に潜りこんだ!顔に驚愕の表情を張り付けているのが良く見える。 そして―――その身を屈めた運動による腰と足の力は腕に伝えられ!突き出される拳! 当たる寸前にその拳を柔らかく開き!粘りつくような掌を目標に捻り込む!狙いは先生の鳩尾! ドン! 破壊的な音が私の腕を通じて脳に聞こえた!カ・イ・カ・ン! 強烈な一撃をくらった先生は息を吐いてその場に崩れ落―――駄目押しぃぃ! 捻りを加えた足が顎を真上に蹴り飛ばす、上体が浮いて無防備な体を一瞬硬直させた。 私はその場でくるりと回ると、持っている杖を胴体に突き付け!即座に魔法を使い爆発を起こす! ドゴォォォン! 零距離で起きた爆発をまともにくらい、吹っ飛ばされて壁にめり込む先生。白目を向いて気絶してる。んん?泡まで吹いてる。軟いわね と言うか、ほぼ至近距離で爆発起こしたから私も煤塗れになっちゃった。後でペットショップに洗濯させないといけないわね なんて事を私が考えていると。 「ヴァリエール!!!!」 叫び声が聞こえた方向を見ると新手の先生の姿が!敵が増えた! モタモタしてられないわ! 「それぇ!」 倒した敵の杖を拾って思いきり投げ付ける。自分でも100点満点と思う程に洗練された投球フォームだ。 メイジにとって杖は命の次に大事な物。魔法学院の先生方がそれを知らないわけがない。 凄いスピードで一直線に飛ぶ凶器となった杖を、他人の物だからと言って魔法で撃ち落すわけにもいかず、私の目論見通りにしゃがんで回避する。 それを見てほくそ笑む私。その判断は、この戦いにおいて致命傷となる隙を作り出すわよ! 「!?」 飛ぶ杖に続いて突進していた私に気付いた先生が慌てた動作で杖を振り上げる。 だけど遅い遅い。気付くのが数秒遅いわね! ゴガッ! 私の頭突きが先生の顔面にクリーンヒット!噴水のように鼻血を噴出した!・・・うひゃっ!鼻血が頭にかかった!許せない! 反射的に顔を押さえる先生に、私の渾身の体当りが決まる。 倒れた先生の上に馬乗りになる私。俗に言うマウントポジションってやつだ。 鼻を押さえる先生の顔が恐怖に歪む。私が何をするか理解したようだ・・・・・・それも哀れに思うほど遅いんだけどね。 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!! 顔面に拳の連打をおみまいする。先生は狂ったように暴れるが、重心をピンポイントで押える私から逃れる事は出来ない。 それから十数秒後、ピクリとも動かなくなった先生の体の上から立ち上がる私。 目の端に又人影が見えた。敵ね!?敵は皆殺しの全殺しでズタズタのグチャグチャのミンチの刑よ!あははははははははは! 振り向くと、腰が抜けたような格好で後退りする女教師の姿を発見。補足して全速突進! 私が走ってくるに気付いたのか、泣きそうな顔が更に泣きそうになって持っている杖を振り、火を飛ばす。 「遅い!」 走りを止めずに首を曲げてその攻撃を回避。遅い遅い遅すぎる!集中している私にはスローすぎて欠伸が出るわよ! 絶望的な表情でそれを見た先生は悲鳴を上げながら、再度杖を振り巨大な火球を発射した。 それは『火』と『火』を使った攻撃呪文『フレイム・ボール』!小型の太陽が私を襲う! その火球が、体に当たって私を炭にするだろう一瞬前――――床を蹴り、壁を蹴って天井に届くほど高く跳躍しスーパーにビューティフルな形で回避。 それにしても『フレイム・ボール』なんて・・・・・・・生徒に向けて使うものじゃないわよ!危ないわね!これはお仕置きね! 「天誅!」 そのまま天井を蹴った勢いと重力加速を加えた私の蹴りが女教師の腹に決まった。 まあ、肋骨が粉砕して、内臓が破裂しかける程度に手加減しちゃったけど。私も甘いわね 甘美な勝利の感覚が脳に伝わり、知らず知らずの内に顔の表情が笑みを形作る。 「私が最強よぉぉぉぉぉっ!!!!」 ガッツポーズをとって叫び声を上げようとした所で、何かが鳴る音が聞こえて・・・・・・ 私の・・・・・・意識は・・・闇に落ちて・・行った・・・・・・zzzzz 倒れたルイズを見てやっと安心するコルベール、その手には秘宝の一つである『眠りの鐘』が。 コルベールは滅茶苦茶になった廊下や、打倒された教師達を見回すと、魂も吐き出すかのような溜息を突いた。頭髪が更に少なくなった。 この後、ちょっとばかり洒落にならない額の弁償金をルイズが払う事となったのは、物語とは更に関係無い話である。
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「わあ…綺麗ですね、キラキラしてる」 シエスタがラグドリアン湖を見下ろして呟いた。 丘の上から見たラグドリアン湖は、陽光を反射し、ガラス粉をまいたようにきらりきらりと輝いている。 以前シルフィードの背から見た時よりも、ずっと綺麗な気がした。 シエスタ達は竜車を使ってラグドリアン湖にまでやってきた。 竜の力は凄まじい物で、今までシエスタが操った馬とは比べものにならないパワーとスピードを出して、籠を引いていた。 それなのに、道中は音も振動もあまり気にならない、よほど質の高い籠なのだろう。 モンモランシーとシエスタは、つくづくラ・ヴァリエール家の力を思い知らされた気分だった。 水辺に近づくと、竜車はゆっくりと動きを止めた。 少し間をおいて御者が扉をノックし、静かに車の扉を開かれた。 カリーヌが「行きましょう」と呟いて馬車を降り、モンモランシーが降り、シエスタが最後に降りた。 ちらりと御者の顔を覗くと、なるほどゴーレムというのも納得がいく、近くでみるとその顔は「肌色」ではなく「陶器に塗りつけたような肌色」をしているのだ。 ゴーレムはシエスタが降りたのを確認すると、扉を閉めて御者の席に戻る。 シエスタは「へー」と呟いて一人感心していた。 「間近で見ると、本当に綺麗な湖ですね……青く、深く澄んでいる湖なんて、見るのは初めてです」 シエスタが湖面に手を当てて、水を手ですくい取る。 手に絡みつく水の感触は、何か神秘的な力が籠もっているように思えた。 「この湖に来るのは何年ぶりかしら、園遊会以来だから…三年前…ですわね」 カリーヌは湖面を見つめ、懐かしそうに目を細める。 三年前、ラグドリアン湖で園遊会が開かれた、それは太后マリアンヌの誕生日を祝うためのもので、各国の重鎮、高名な貴族達が招かれた盛大なものだった。 噂では、女王アンリエッタとウェールズ皇太子が出会ったのも、その園遊会だったと囁かれている。 あの時、ルイズが何をしていたのか、カリーヌはよく覚えていた。 園遊会の夜アンリエッタに呼ばれ、遊び相手を務めていたルイズ。 実際にはアンリエッタが羽を伸ばすため、影武者として呼ばれていたのだと何となく気づいていた。 魔法が使えないと言われていたルイズが、唯一心を開いていた遊び相手、それが当時のアンリエッタだった。 以前、太后マリアンヌはカリーヌ・デジレに、個人的に礼を言われたことがある。 ルイズは、王女として生まれ、「お飾り」と「カリスマ」の板挟みにあっていたアンリエッタの心の支えになってくれたと。 あの園遊会の日、何年ぶりかで再開したルイズとアンリエッタの、子供の頃と変わらぬ微笑みが思い浮かぶ。 カリーヌは過去に思いを馳せ、静かに湖面を見つめていた。 無言で湖面を見つめているカリーヌの隣で、モンモランシーもまた、じっと湖面を見つめていた。 だが、なにか気になることがあるのか、首をひねって「うーん…」と小さく唸る。 「どうしたんですか?」 シエスタが訪ねると、モンモランシーは湖面を見つめたまま答える。 「ヘンね…。 ラグドリアン湖の水位があがってるわ。岸辺はもっと、ずっと向こうだったはずよ」 「ほんとですか?」 「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が飲まれてしまったみたいね」 モンモランシーが指差す先には、藁葺きの屋根が見えた。 シエスタが湖の中をまじまじと見つめる、すると澄んだ水面の下に家らしき建物が沈んでいることに気づいた。 モンモランシーは波打ち際に近づき、指先で水面に触れた。 目を閉じてしばらくしすると、不意に立ち上がり、困ったように首をかしげた。 「あの噂通りよ、水の精霊はずいぶん怒っているみたい」 「今のは?」 シエスタが問うと、モンモランシーは右手の人差し指をピンと立ててシエスタに見せつけた。 「わたしは『水』の使い手。香水のモンモランシーよ。前にも言ったとおり、古い盟約で結ばれているトリステイン王家と水の精霊……その交渉役をモンモランシ家が代々努めてたの。水に触れれば感情が流れ込んでくるわ」 「へえー…」 シエスタが身をかがめて、水面に手を触れる。 「あ、波紋は止めておいた方がいいわ、水の精霊にどんな影響があるかわからないもの」 「あっ。そうですね。すみません…」 シエスタが慌てて手を引っ込めて謝る、モンモランシーはシエスタの仕草にくすりと笑って、再度湖面を見つめた。 不意に、湖面を見つめていたカリーヌが後ろを振り向く。 木の陰から三人を見つめている者が、カリーヌの視線に射竦められびくりと体を震わせた。 だが、カリーヌも殺気を感じたわけではないので、興味なさそうに湖面へと視線を戻した。 それに安堵したのか、木の陰にいた初老の農夫は、意を決して三人に声をかけた。 「もし、貴族のご婦人様方でございますか」 シエスタとモンモランシーが振り向くと、初老の農夫は、困ったような顔で一行を見つめていた。 「そうだけど…何かしら?」 モンモランシーが尋ねると、農夫は地面に膝を突いて、手に持った帽子を足下に置いた。 「水の精霊との交渉に参られたかたがたで? でしたら、はやいとこ、この水をなんとかして欲しいもんで…」 一行が顔を見合わせる。 困ったような口ぶりからすると、この農夫は湖に沈んでしまった村の住人だと想像できる。 「わたしたちは、その……」 この大変な時期に、秘薬の元となる、水の精霊の涙を取りに来たとは言いづらい。 モンモランシーが口ごもりそうになったところで、カリーヌがすっと前に出た。 「残念ながら王宮からの命を受けた者ではありません。水の精霊を怒らせた者がいると聞きましたが、知っていることを離して頂けますか」 カリーヌの言葉は丁寧さの中にも、威圧感を感じる。 農夫はカクカクと首を縦に振り、ラグドリアン湖で起こったことを話した。 農夫の話では、ラグドリアン湖の増水が始まったのは二年前だという。 船着き場が沈んでから、湖面に近かった寺院、畑、住居が沈むのはすぐだったと言う。 「領主はこのことを知ってるの?」 モンモランシーが聞くと、涙ながらに農夫が答える。 「領主さまも女王さまも、今はアルビオンとの戦争にかかりっきりでごぜえます。こんな辺境の村など相手にもしてくれませんわい。畑を取られたわしらが、どんなに苦しいのか想像もつかんのでしょうな……」 よよよと農夫が泣き崩れたが、涙を流しているようには見えない。 どちらかというと愚痴をこぼすようなしゃべり方で、今度は水の精霊への恨み言を言い始めた。 「水の精霊が人間に悪さをしてるんですわ。湖の底に沈んでおればいいものを……。どうして今になって陸に興味を示すのか聞いてみたいもんでさ!水辺からこっちは人間さまの土地だって…の…に………」 農夫の声が切れ切れになる。 シエスタとモンモランシーは、頭に?を浮かべた。 農夫の顔から血の気が引いていき、手がプルプルと震え出す。 「言いたいことはそれだけですか」 カリーヌが静かに呟いた。 カリーヌの刺すような視線に射竦められた農夫は、「へへぇ」と平伏すると、まるで逃げるように立ち去っていった。 モンモランシーは、改めてカリーヌの恐ろしさを知った気がした。 懇願ならともかく、愚痴を聞かされて気分の良い物ではないが、愚痴を言っただけでカリーヌの鋭い視線に晒されると思うと、冷や汗が吹き出そうになる。 シエスタはカリーヌを怖いと思わなかったが、とっつきにくそうな人だなと、改めて感じた。 モンモランシーが気を取り直し、腰にさげた袋からなにかを取り出した。 「…カエル、ですか?」 手のひらをのぞき込んだシエスタが呟く。 シエスタの見たとおり、モンモランシーの左手に乗っているのは一匹の小さなカエル。 鮮やかな黄色に、黒い斑点がいくつも散っている。 「ロビンって言うの、私の大事な使い魔よ」 ロビンと呼ばれたカエルは、モンモランシーの手のひらの上で、まっすぐにモンモランシーを見つめていた。 モンモランシーは右手の人差し指を立てて、ロビンに命令する。 「いいこと? ロビン。あなたたちの古いおともだちと、連絡が取りたいの」 モンモランシーはポケットから針を取り出し、片手で器用に指の先を突く。 指先に赤い血の玉が膨れ上がると、その血を一滴ロビンに垂らした。 小声でルーンを唱え指先の傷を治すと、残った血をぺろっと舐めて、再びカエルに顔を近づけた。 「私の臭いを覚えていれば、これで解ると思うわ。ロビン、偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだいね。わかった?」 ロビンはぴょこんと頷くような仕草をすると、ぴょんと大きく飛び跳ねて、水の中へと消えていった。 モンモランシーがシエスタとカリーヌの方に向き直り、口を開く。 「今、ロビンが水の精霊を呼びに行ったわ。見つかったら、連れてきてくれるでしょう」 シエスタがモンモランシーの隣に立ち、湖面を見つめる。 「この中に水の精霊がいるんですよね…どんな姿をしてるのか、ちょっとドキドキしますね」 「水の精霊は人間よりもずっと、ずーっと長く生きている存在よ。六千年前に始祖ブリミルがハルケギニアに光臨した際には、すでに存在していたというわ。その体は、まるで水のように自在にかたちを変えて、陽光を受けるとキラキラと七色に輝き…」 と、そこまで口にした瞬間、30メイルほど離れた水面がぼんやりと光り輝き始めた。 岸辺からそれを見つめていると、輝きはどんどんと増していき、まばゆい光が水面から放たれる。 水面はまるで意志を持ったかのように蠢き、巨大な水滴が空に向かって落ちるような、幻想的な光景となっていった。 シエスタはあっけにとられ、口を半開きにしたままその様子を見つめていた。 盛り上がった水は、うねうねと様々な形に変わっていく、巨大な粘菌とでも呼ぶべきだろうか、陽光を取り込み七色に光るその姿は確かに綺麗だが、形そのものは怖い気もした。 湖面から顔を出したロビンが、ぴょんぴょんと跳ねてモンモランシーの元に戻る。 しゃがんで手をかざしロビンを迎え、指で頭を撫でてやると、ロビンは嬉しそうにゲコッと鳴いた。 「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」 モンモランシーは立ち上がり、水の精霊に向けて両手を広げ、声をかけた。 「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系。 カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」 水の固まりのような、水の精霊がぐねぐねと蠢き、人間のような形を取り始める。 その動きをじっと見ていたシエスタは、驚きのあまり目を丸くした。 水の塊は、モンモランシーにそっくりな姿を取ったのだ。 モンモランシーそっくりな水の固まりは、表情をころころと変えていく。 笑顔、怒り、泣き顔……それはまるで表情を試すような動きだった。 表情が一巡すると、水の固まりは無表情になって、体全体を奮わせて声を出した。 「覚えている。単なる者よ。覚えている。太陽よ。貴様の体を流れる液体を、貴様の体を流れる太陽の波を、我は覚えている……」 「太陽? と、とにかく、私のことは覚えていてくれたのよね?」 モンモランシーが内心の焦りを隠しきれず、ついつい強い調子で質問してしまう。 だが水の精霊は無表情のまま「覚えている。単なる者よ」と繰り返しただけだった。 「……コホン。…水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部をわけて欲しいの」 水の精霊は、表情を変えずに声を出した。 「断る、単なる者よ」 「そんな!」 モンモランシーが思わず声を上げた、心なしかカリーヌの眉がぴくりと動いた気もする。 シエスタはモンモランシーの隣に並んで、胸の前で両手を合わせて握りしめ、水の精霊に向かって叫んだ。 「お願いです… ある人を助けるために必要なんです!」 「ちょっ…!やめなさいよ! 怒らせたらまずいわよ!」 モンモランシーはシエスタを後ろに下がらせようとしたが、シエスタはひるまず真っ直ぐに水の精霊を見つめている。 「お願いします!何でも言うことを聞きます。だから『水の精霊の涙』をわけて頂けませんか? どうか、どうかお願いします……」 モンモランシーの姿をした水の精霊は、なにも返事をしなかった。 シエスタは膝をつくと、地面に頭をこすりつけるほど下げて、まるで土下座のような格好で水の精霊に言った。 「お願いです…! 私は恩人に報いたいんです! ルイズ様にとって大切な人は、私にとっても大事な人なんです…、『水の精霊の涙』がどうしても必要なんです! だから…」 シエスタの必死の懇願を見て、モンモランシーはシエスタを制止しようとしていた手を止めた。 シエスタにとって、ルイズはそんなに大事な人だったのか? モンモランシーにも、ルイズをバカにしている気持ちはあった、だがフーケを追って死んだ級友は、ある意味で誇り高いとも言える。 だが、ルイズを茶化す気持ちは、ゼロのルイズをバカにする気持ちは、心の何処かに残っていた。 シエスタは、ルイズを恩人だと言っていたが、これ程までにルイズに心酔しているとは思わなかった。 カトレアを治すために土下座までするとは思っても居なかった。 もしかしたら、ラ・ヴァリエールからの援助を受けるため、オールド・オスマンが指示した行動かも知れない。 シエスタの行動は芝居かも知れない…… けれども、今この場で、水の精霊を恐れず懇願するシエスタの姿に、少なからず衝撃を受けた。 モンモランシーは水の精霊に向き直り、自分からももう一度頼んでみようと意を決した。 だが水の精霊は、突然ふるふると震えだし、姿かたちを何度も変えた。 うねうねと形を変え、モンモランシーの姿から、見たこともない女性の姿に変わった。 それはとても美しく、凛々しい女性の姿であったが、シエスタにとっては何処か懐かしい女性のような気がしてならなかった。 「よかろう……しかし、条件がある。世の理を知らぬ単なる者よ。何でもすると申したな?」 「はい、いいました」 いつの間にか顔を上げていたシエスタが、水の精霊を見上げて返事をする。 「ならば条件を出そう。我に仇なす貴様らの同胞を退治してみせよ。」 シエスタとモンモランシーは顔を見合わせ、呟いた。 「「退治?」」 「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ…。そのもの共を退治すれば、望みどおり我の一部を渡そう」 要は、水の精霊を相手にするようなメイジと戦って、勝てと言っているのだ。 モンモランシーの額に冷や汗が浮かんだ。 「…………やるしかない、わよね」 「そうです、ね」 二人は顔を見合わせて、苦笑した。 水の精霊が住む場所は、はるか湖底の奥深くだと言われている。 襲撃者は夜になるとやって来て、魔法を使い水の中に侵入、水の精霊を襲撃する。 水の精霊によれば、襲撃者が来るのはガリア側の岸辺だという。 シエスタとモンモランシーの二人はガリア側の岸辺に隠れて、襲撃者を待つはずだった。 だが二人は、トリステイン側の岸辺に停められた竜車の中で、寂しく夕食を取っていた。 カリーヌは客人を危険な目に遭わせられないと言って、単独でガリア側の岸辺に向かったのだ。 どこからか調達したバスケット一杯のサンドイッチを渡されたが、食欲が湧かないのか中身はほとんど減っていない。 この竜車は、緊急時の外泊を考えられており、椅子を引き出すとシエスタとモンモランシーが寝るには十分な広さのベッドになる。 貴族の馬車という寄り、軍人の馬車と言うべき設備だった。 「…大丈夫なんでしょうか」 「あんなに強く『一人で行きます』なんて言われたら断れないわよ」 シエスタは、一人でガリア側の岸部に向かったカリーヌを案じて、車の窓から外を見渡した。 ルイズが魔法で爆発を起こし、土くれのフーケごと木っ端微塵に吹き飛んだと言われているあの日も、こんな夜だったかもしれない… シエスタの胸に、ルイズへの憧れと、石仮面への恐れが去来した。 カリーヌ・デジレは、持参した軍服に着替え、木の上に座り瞑想していた。 マンティコア隊の服ではなく、それよりもっと昔、まだ魔法衛士隊に入隊する前の服だった。 ルイズと同じぐらいの年代、16の頃だっただろうか、その頃から魔法衛士への憧れがあった。 カリーヌは静かに過去を思い出し、静かに微笑んだ。 それから一時間ほど経った頃だろうか、岸辺に近づく人の気配に気づき、薄目を空けてそれを視認した。 人数は二人、漆黒のローブを身にまとい深くフードをかぶっている。 男か女かもわからないが、その二人は水辺に立つと杖を抜きルーンを唱えていたので、襲撃者には間違いなさそうだった。 カリーヌは小声でレビテーションを唱え、ゆっくり着地する。 ローブを身に纏った二人組は、硬直したように動きを止めた。 「!」 襲撃者の一人が杖を掲げる、と同時に空中に作られた炎がカリーヌを襲う。 同時に、もう一人の襲撃者が距離を取りつつルーンを詠唱し、地面に『エア・ハンマー』が打ち込まれた。 土が跳ね上がり、カリーヌの視界が塞がれる。 無数の炎の玉が作り出され、雨のようにカリーヌの頭上を覆う。 氷の刃が竜巻のようにカリーヌを包み、その肉を引きちぎり骨を砕く。 ……はずだった。 ギュン!と音がして周囲の空気が圧縮され、土煙と氷と炎は一つの固まりとなった。 無数の魔法に晒されたはずのカリーヌはまったくの無傷であり、土埃の汚れ一つとして無い。 カリーヌは直立不動のまま、右手に持った杖に力を込め、ルーンを詠唱する。 ただ「風を起こせ」という意味のルーンであり、風系統ではもっとも初歩のもの。 それはまるで、鉄砲水のような粘りを持った風となり、遠く上空で待機していた風竜を巻き込んで、襲撃者二人の体を巻き上げた。 空中で竜巻に飲まれた二人の手から、杖が離れる。 150サントはありそうな大きな杖と、20サント程度の小さな杖が風に乗ってカリーヌの手元に届けられた。 カリーヌは、腰から下げたロープを空中に放り投げると、風に乗せて宙に舞わせた。 ロープは風に乗って襲撃者の両手両足に絡みつき、その動きを封じる。 そして襲撃者の二人はゆっくりと地面に降ろされ、風竜は目を回して地面に倒れ込んだ。 『烈風』の異名を持つ彼女は、感情の読めぬ冷たい瞳で、襲撃者を見下ろしていた… To Be Continued→ 戻る 目次へ