約 717,952 件
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/146.html
515 名無しさん@ピンキー [sage] 2010/09/18(土) 20 20 10 ID A2YAi/a8 Be もうひとつSSです。乱文ですがどうぞお付き合いください。 「くらげ」 気が付くと真奈美は見慣れない畳の一室に敷かれた寝床に横になっていた。 身体全体が熱を帯びていて、びりびりとした鈍痛が手足の先に感じられていた。全身に濡 れたタオルのようなものが押し当てられていて、それで冷やされているようだった。 「あら、気が付いたのね」 穏やかな中年女性の声がした。 「うっ……うん、ここ、どこ?」 水際で軽く泳いでみようとした矢先になにかに刺された記憶はあったのだが、そこまでだ った。後の記憶は一切残っていない。 「お嬢ちゃん、あなたね、クラゲに刺されてしまって気を失ってしまったのよ」 ああ、そうか、と真奈美は自らの失われた記憶を繋ぎ合わせた。 高校生活での最後の夏休みを過ごそうと、都心から離れたこの海岸へとやってきた真奈美 だったが、楽しい思い出づくりのはずが、とんだハプニングである。 立ち泳ぎをしていた自分の四方から音も無くゆらゆらと近づいてくる半透明の一群に襲わ れて、彼女は意識を失ったのだった。 「ねえ、あなたのお名前、真奈美ちゃんって言うのよね、お友達から聞いたわ」 女性は真奈美の額のタオルを外すと、話しかけていた。 「ええ、それで……ミホたちはどこですか?」 真奈美の視界の中に映っていたのは四十くらいの年齢のやや肥満気味の女性だった。温和 そうな目元に落ち着いた物腰で、見る者に安心感を与える容姿だった。 「うん、彼女たちには先に帰ってもらったわ。あなたの手当には時間がかかると思ったから」 とは言え、日はまだ高いうちにある。 「えっ、でも、まだ昼過ぎごろですよね」 真奈美は少し不審げに尋ねた。 「ええ、そう。だけどあなたが刺されたのから二日後の、ね」 女性はおだやかな口調で諭すように言った。 「そんな……あの、クラゲってそんなにひどく刺すものなんですか?」 真奈美は彼女自身の全身をきっちりと包んでいるガーゼに目を配ってから、女性に尋ねた。 「ええ、そうね。ちょっとこの辺りでも珍しいヤツでね、ギゼンヤコウエボシっていう猛毒 を持った種類なのよ。刺され方によっては死んでしまうことだってあるほどなのよ」 死ぬ、という言葉を突きつけられて、真奈美はびくん、と身を固くしてしまった。すると 女性は表情を少しだけ緩めて、 「ああ、でも大丈夫よ。私、ユウコっていうんだけど、これでも医者の端くれでね、一応の 解毒処理はしておいたから、だからそこまでの心配はいらないわ」 女性が医者だとわかって、真奈美はほっと息を吐く。だが、彼女に向ってさらにユウコが 続けるのは、 「……でもね、あなたにはかなりショックかもしれないけれど、だけど現実は受け入れても らわなければならないわ」 眉間にぎゅっと皺を寄せて、同情の意味を言葉に孕ませながら、ユウコは真奈美の目を見 つめた。 「現実……って、なんですか、それ」 その言葉に直接答えることはなく、ユウコは真奈美の腕を覆っていたガーゼのテープを外 してそれらを露わにした。 「辛いだろうけど、あまり心を揺らさないようにね」 するすると巻き付けられていたガーゼの下から現れたのは、締まりなく弛んだ二の腕と、 そこから繋がるぱんぱんに膨れた手の甲と、そして芋虫のような太い指だった。 真奈美はよく事態が飲み込めずに、少しの間、ぽかんとしてしまった。 その間にもユウコはガーゼを外す作業を続けていた。 肉割れを起こしつつあるむっちりとした足が両方現れ、そして臀部のだらしなく垂れた肉 が、腰部のぼっこりと段を作る弛みが、そして重力に完全に敗北している胸の膨らみが、じ ょじょに現れるうちに真奈美の顔色はさあっ、と真っ青になっていく。 「あわわ、何、何、何、なんで、なんで?」 真奈美が恐慌に陥ったのも無理はないことである。だって、それらは完全に彼女の知って いた彼女自身の、すばらしい肉体とは別物だったから。 ユウコは手鏡を差し出して、真奈美に持たせた。 「さあ、そしてこれが今のあなたの顔なのよ」 おそるおそる視界のうちにずらしていく鏡面には、今まで見たことのない中年女性の緩ん だ顔が映っていた。そしてわずかに、そこに自分の顔の名残りがあることが認められた。 「ひいっ!」 恐ろしさのあまり、真奈美は鏡を投げ出す。そして、それらが本当ではないことだと願っ て頬に沿わせる指先に期待をこめていた。 しかし、それはむなしくかなわないことだった。 彼女の手に触れた頬には指先に余るほどの弛みを生じていて、それらが顎の側面部にまで おちこんでしまっている。顎にしても同様で、首筋にまでも脂肪は付着してしまっていた。 対して眼窩はくぼみ落ち、眉と目の間にはかさかさとした嫌な感触があった。 「これは違うわ、これ……こんなおばさん私じゃない!」 自らにおこった変貌を信じられずに大きくかぶりを振る真奈美。 「そうね、わかっているわ。私のところにあなたが運ばれてきたとき、あなたの姿はとって も素敵な女の子だったもの。とてもスマートで、胸も大きくて、そして顔もとっても端整で 健康的な美人だったもの」 慰めるようにユウコは真奈美の背中を抱きしめる。 「だけどね、あのクラゲの毒は遅効性でじわじわと身体の形質を変異させてしまうのよ、あ なたはみるみるうちにその姿を歪めていって、そしてそうなってしまったわけなの」 「いや、そんなの。戻して、はやく戻してよお」 涙をこんこんと湧かせながらユウコの手にしがみつく真奈美。しかし、ユウコは首を横に 振る。 「それは……すぐにはできないことよ。それこそ何年もかけてゆっくりと治療していくしか ないわ」 「……何年もかけて、なんて、そんな」 今の真奈美の姿はほとんど眼前のユウコと変わらないほどの年代に見える。これから先の 青春をこの姿で生きていけと宣告されるのはもはや死刑宣告と大差ない。 「大丈夫よ、きちんと食事を節制して、運動して、それからコラーゲンやヒアルロン酸注射 なんかを定期的に受けるようにしていけば、元に戻るとまではいかなくても、きっとそれに 近いレベルにまでは回復するはずよ。すぐにとは言えないけど、いつか、また」 真奈美にとって、自らの容姿は唯一にして最大のステータスだった。大多数の男子を魅了 しながら、大多数の女子に羨望の念を植え付けるしなやかな肢体と整った顔と。 勉強にも運動にも才能がない彼女にとって、それだけが彼女の拠り所だったのだ。 しかし、今、彼女の明るい栗色のロングヘアーの下にある顔は、紛れもない中年のもので ある。身体もまた、見苦しいとまでは言わなくとも魅力的とはお世辞にも言えないほどに、 ダウングレードしてしまっていた。 「……私、いやよう、いやだよう」 すんすんとすすり泣く真奈美をきゅっと抱き寄せて、ユウコはしばらくの間、彼女が泣き 疲れて眠るまでの間を支えてやっていた。 「大丈夫よ、ホントにおばさんの私なんかと違って真奈美ちゃんは若いんだもの。新陳代謝 がきちんと働けば、きっとまた、魅力的な姿に戻れるわよ」 小さく震える背中をぱんぱん、と軽く叩いてやりながら、ユウコは何度も何度も励ましの 言葉をかけ続けてやったのだった。 「昨日は本当にすみませんでした」 ようやく回復して帰り支度が終わった段階でようやく真奈美はユウコに迷惑をかけ続けて いたことに気付き、そして謝罪をしていた。しかし、そんなことは構わない、という様子で ユウコも手をぱたぱたと振る。 「いいのよ、あんな辛いことがあったんですもん。誰だって取り乱すのが普通よ」 真奈美は、ユウコからブラウスと丈の長いスカートを借りて着衣していた。元着ていたも のはサイズがあわないということもあったが、それ以上に今の姿を他者の人目に触れさせた くないという理由でそれらを譲り受けていたのだった。その上からつばの広い帽子でもって 完全防護の格好だった。 「ん、大丈夫よ。あなたが思っているほどその格好も悪くないわよ」 ユウコの言葉にお世辞はなかった。その感情を受け取って、ようやく、真奈美の顔にも明 るい表情が戻ってきていた。 「私ですね、これからきちんと勉強して大学に行こうと思うんです」 「んん、そうなの?」 「ええ、ちゃんと勉強して内面を磨いて、それから……この外側もそれまでになんとかして」 くっ、と暗い感情を飲み込んで、 「ちゃんとした美人になろうと思うんです」 そう決意した真奈美の目元には、細かな皺がいくつも浮かんではいたけれども、それでも 彼女の表情には将来今まで以上にいい女になれるだけの片鱗がありありと浮き出ていた。 わずかに揺れ動く下腹の弛みや、内股に擦れる違和感を感じながらも、真奈美は背を伸ば して歩きだしていた。 日差しを纏った真奈美のその眩しさに少しだけ目を伏せながら、ユウコは去りゆく真奈美 にずっと手を振っていた。 舞台はその日の深夜、ユウコの診療所兼一人暮らしの海の家でのことだった。 ユウコはその日の残った仕事を全て片付けると、戸に『しばらく休業します』の札を掛け 付けて、そして奥へと戻っていった。 今かかりつけている患者の全員に、他の医院への紹介も済ませていた。もう、彼女を縛る ものは何もない。 彼女は上下を脱ぎ捨ててバスタオル一枚だけの姿になってシャワー室へとゆっくりと歩い ていく。手には黒い何かの布切れと、コーヒー缶くらいの小さなプラスチックケースに入っ た何かの液体が握られていた。 シャワー室の片隅に置かれている潮干狩りなどで使う程度の小さなバケツの蓋をユウコは 外す。そして、その中に入っているわずかに発光している半透明の生物に視線を落とした。 「偽善……夜光……エボシかぁ、我ながら安直な名前を付けたものね」 桃色に輝きながらひしめきあうそれは、間違いなく真奈美を襲ったクラゲだった。それが どうしてここにあるのかは、仕掛けた本人であるユウコのみが知りうるところである。 苦笑しながらユウコはそこに手にしたケースから薬剤を垂らしていく。 するとクラゲはじゅうっ、と音を立てて溶解していき、どろどろになってゲル状のピンク の液体になってしまっていた。 クラゲはもともと不思議な生命体であるが、その中でもひときわ特異なカツオノエボシと 同様の機構的生命体であるこのクラゲは、ユウコの研究により生み出された産物である。 「……それにしても、はあ、真奈美ちゃんくらいなら、まだマシな方じゃないかな」 手にした布切れとバスタオルとを脱衣場に投げ出したユウコは、姿見に映る自らにこぼし ていた。 「齢取ってるだけじゃないものね、これって」 下腹の弛みは掴めるほどにまで肥大しており、段になることもなく大きく前方にせり出し ている。彼女は別に不摂生というわけではなかったが、もともとが太りやすい体質だったの だ。もちろん、首筋も足も尻も同様に肥満していて中年女性の悲哀を物語っていた。 「……若い頃から、ずっとこうだったもんね。そりゃあ、彼氏の一人もできやしないか」 寂しそうに呟く彼女はもちろん独り身であった。のみならず四十半ばにして生娘だった。 恋愛はもとより見合いにすら上手くいかないこと続きで、詐欺まがいの被害にあったこと さえもある。ユウコはずっとそれらを飲み込んで一人でずっと過ごしてきたのである。 「だから……いいわよね、少しくらい幸せをわけてもらっても」 視線に暗い影をおとしながら呟く彼女の手はバケツにかけられていた。 ユウコはゆっくりとそれを持ち上げ、そして内容されているどろどろの液体を呷るように 飲みはじめた。 ぐぷぐぷっ、とおよそ四リットルほどもあるバケツの中身はユウコの喉へと流し込まれて いく。途中、苦しさのあまりにわずかに吐き戻すことはあってもその気色悪さを押し込めて 涙をにじませながらも、さらにユウコはそれをおのれの中へと流し込む。 口の端からこぼれ出した液体をユウコは左手で自らの首筋に、頬に、乳房にローションの ように塗りたくっていく。すると、それらは全て、砂漠の砂に吸われる水のように、肌の内 へと吸収されていくのだった。 はあはあ、と喘ぎ声を漏らしながら、ユウコは嘔吐感と格闘した。今、これらを吐き出し てしまえば全ての計画が水泡に帰してしまうのだ。顔色を紫に変色させながらも、彼女は手 で口を押さえつけて、必死に口の中に残ったもの全てを胃の腑へと留めようと奮戦した。 ついに、ユウコがそれら全ての障害にうちかったとき、彼女の身には大きな異変がおこっ ていた。 まず、全身から吹きあがるように蒸気が立ちこめて、その次の瞬間には肌の表面に、強い 臭みを伴った、黄褐色の堆肥のようなものをじわじわと生じさせていたのだった。 顔となく、腰となく、足となく、全身をびっしりと覆い隠すその泥は、しばらくの間、ず りずりと湧き出し続けていたが、七、八分ほどの時間を経て、その発生を終了させていた。 全身が泥人形のようになり、目も開けられないほどのユウコだったが、手探りでシャワー のバルブをひねり、熱い湯でそれらを洗い流していく。 と、厚い層となって彼女を覆っていた腐臭のする泥が清められていくユウコの姿には、劇 的な異変がおこっていたのである。どろどろと、まるで蝋人形が熱で溶けていくような変化 の中で、彼女の姿は細く引き締まったものに変化していたのであった。 「ん……ふ、んふふふふふ、やったわぁ」 肌には以前とは比べ物にならないほどのハリと潤いが戻り、まるでハイティーンの輝きで あった。 肥満していた尻は半分ほどに縮小しながら上向きになり、果実のような形の良さに引き締 まっていた。 「この細いウエスト……大きな胸。そしてこの小顔、まさに計算通りかそれ以上ね」 アンダーバストの無用な脂肪が溶け失せた胸元には形良く張り出したバストが再形成され ウエストはぐっと引き締まり、コントラストが絶妙であった。そして、顔に付着していた余 分な弛み、皺、くぼみにてかりが消え失せて、彼女の顔は目鼻立ちのくっきりとした若い娘 のそれになっていた。 「ひい、ふう、みのよ、と……凄いわね、七頭身半もあるわ。やっぱり最近の若いコの身体 ってモデル並なのね」 鏡の前で細まった腰を軽くひねったり、半身に立って細くしなやかな足を組んでみたりと、 ユウコは新しく生まれ変わったおのれの身体を存分に堪能していた。 「うふふ、腰をひねってもお肉がつっかえないだなんて、なんて素敵なのかしら」 もう、読者の皆様にはお分かりだっただろう。かのクラゲが持っているものは強いショッ クと肉体を劣化させる毒だけではなく、相手の形質そのものを剥奪してしまう吸収能力なの だということを。 そして、それらを溶解し、飲み干すことによってユウコは、真奈美の備えていた若く美し い肉体の形質を自らの形質と置き換えてしまったのである。彼女の生来の形質は、今はもう 風呂場の排水から流れていき、今頃は下水を漂っていることだろう。 ユウコは脱衣所に投げ出してあった黒い布切れを手に取った。 「ふふふ、最近の若いコって大胆な水着を着るのね、なんだか恥ずかしいわ」 それは真奈美が忘れていった水着だった。いや、持って帰ったとしても、もはや今の彼女 の身体では着こなすことができないものだったので、故意に置いていったのかもしれない。 棚の上から安全カミソリを取り出して、腋下や下腹部の毛を剃り落とした後、ユウコは面 積の少ないその光沢のある黒い布切れをその起伏に富んだ肉体にまとわせる。 艶やかに輝くスパンコールで飾られた三角水着は彼女の肉体の隆起にあわせてぴったりと フィットしていた。あたかも、彼女が正当なこの水着の持ち主であるかのように。 「まあ、ぴったりね。じゃあ、仕方ないからコレ、貰っちゃいましょっ、と」 嬉々として水着の縁を何度も手でなぞるユウコ。彼女は今までの人生の中で一度として、 こんな水着を着たことも、買ったことも、そしてこんな水着を着る機会を与えられたことも なかったのだった。 「これなら……きっと、手に入れられるわ。愛だって、恋だって、きっと……人並みに…… いいえ、それ以上に……う、ううっ」 鏡の中に美しく佇む若々しいユウコの姿は、やがてその双眸から吹き出すように涙を流し ていた。 ひとしきりの昂奮の後、ユウコは自らを情けなく、そしてあさましく感じてしまったのだ った。何の罪もない少女のたった一度きりの青春を吸血鬼のように奪ってまで、若さや美し さを手に入れた自分自身のザマを、とても醜く感じてしまったのである。 もはや、ユウコは真奈美に謝ることさえもできなかった。それをする資格さえ無いものの ように感じられたのであった。 「……だけど、仕方ないじゃないの」 俯いていた顔を上げ、鏡の中の自分自身にユウコは言った。 「人は誰だって他人から何かを奪いながら生きていくものなんだからね!」 人生は究極のゼロサムゲームである。恋愛ならば誰かが笑う陰で誰かが泣き、競技の中で あれば勝利の栄冠を受ける一人の足元に数多の敗者が暗澹たる気に押しつぶされる。それは 人間として生まれついた全ての命に課せられた業なのである。 それを悟った瞬間に、ユウコの涙は涸れていた。もう、優柔な瞳はそこから消え失せて、 かわりに虚無を知識った深淵のように深く暗い輝きがそこには湛えられていた。 彼女が手に入れられた若さと美しさは、真奈美に語った新陳代謝の話の真逆で、そんなに 長期にわたって保持し続けられるものではなかった。せいぜいが、二、三年ほど。その後は またつまらない、取り柄のないただの肥満気味の中年女に戻ってしまうのだ。 それでもいい、とユウコは嗤った。 たとえ、一瞬の際にでも、花火のように大輪の花を打ち上げることがたった一度の人生の うちにあるのならば、もう、何も悔いはないのだ、と。 一度でも、どんな類いのものであっても、愛を、愛情を己の空虚な身に注いでもらえるの ならば、私はもう他に何もいらないのだ、と。 黒い水着のその上から引っ詰めたスカートと持っている中では一番派手なデザインの白い チュニックだけを羽織り、よそいきのサンダルをつっかけて、安物のポーチを掴み、ユウコ はふらふらと夢遊病者のような足取りで繁華街のネオンの輝きだけを目印に歩き出した。 その後の彼女の消息については、これはもう、この話の中では語るだけの価値もないこと である。 海岸沿い、誘蛾灯に惹かれる虫たちがバチっバチっと小さくかわいた音を時折立てる他に は、ただ波音が湿った響きを持つ韻律を、絶えず刻み続けるだけだった。 おわり
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/149.html
569 :名無しさん@ピンキー:2010/10/09(土) 18 54 56 ID d3GE0t27 とりあえず導入部だけ出来たので上げときます。まだ作品とは言い難いので タイトルはないです。お目汚し失礼します。 「ふっ・・・くっ・・ああぁ・・・」 人通りの少ない通りのさらにその裏路地で、暗がりの中一人の女性―外見から20代前半くらいだろうか―が倒れこむようにして悶えていた。そしてその横でもう一つのいやにニヤついた顔がその様子を伺う。 「ふふっ・・・これで欲しかったパーツは揃った・・・あなたにもう用はないからしばらくそこで楽しんでてね。」 その人影は冷たくそう言い残すと煙のように消え去った。 「ま・・待って!」 倒れていた女性が先ほどまでの気配が消えていたのに気付き、そのあとを追うまいと必死に立ち上がろうとする。 「・・・キャッ!!」 しかし体を起こした途端に崩れおちてしまう。何事かと自身の下半身を見てその顔を驚愕の色に染め上げる。 「イ・・イヤァァァァァッ!!」 彼女が悲鳴を上げた理由・・・それは人間のものとは思えないほど無機質な硬さを持ち、電灯の明かりを浴び光沢を帯びているマネキンのような脚―それが自分の下半身であることに気付いたせいであった。 「・・・というのが一般的に語られてる都市伝説ね。」 とある高校の昼休み。活発そうなショートカットの女子生徒が目の前に座る友人二人に得意げな顔で語る。 「・・・ふーん。マイもそういうオカルトチックな話が好きだったとはねぇ。」 正面に座る友人の一人がそれを胡散臭そうな目でみる。 「えーっ、ユキコだってこういうの好きだったんじゃないのぉ?」 とっておきのネタが思いの外不評だったためか、マイが不満の声を漏らす。 「さすがに高校生にもなると・・・ねぇ?サヤカ。」 ユキコが隣に座っている肩まである長髪の女子に同意の声を求める。 「えっ?う・・・うん・・そうだね」 まるで聞いてなかった、という風な表情を見せるサヤカにあきれる二人。 「・・・まぁサヤカは放っておいて、この話のどこが今までと違うの?化け物に襲われる 類の話だったらよくあるじゃない。」 ユキコがさもどうでもいい、といった感じでマイに疑問を投げかける。するとそれを待ってましたと言わんばかりのしたり顔でマイがそれに答える。 「ふっふーん。確かに今の話だけだとわからないかもね。でもさ、実はこの話・・・最近起きてるあの事件のことらしいんだよね。」 マイの言うあの事件とはひと月ほど前からこの街で起きている連続婦女暴行事件のことである。それほど大きくないこの町は治安も悪くなかったため、 こういった事件が起こるというのは初めてであった。そのため警察も躍起になって捜査を行ってはいるもの犯人はまだ特定できていない。 「あの事件って・・・被害にあった人がみんな錯乱状態になっていて会話もままならないって話じゃなかった?それなのにそんな詳しい状況がどうしてわかるのよ?」 ユキコが聞くとサヤカもそれに合わせるようにして疑問をつぶやく。 「確かにそうだよね。それにそのはなしをどうしてマイちゃんが知ってるの?」 矛盾点を二か所同時に突かれても動じる気配がなく、逆に堂々とした様子のマイを二人はいぶかしむ。そんな二人をよそにマイがその口を開く。 「その「スジ」の知り合いから聞いた話だと今の話はその事件の被害者が警察にその時の状況を語ったのがそのまま一人歩きして都市伝説になったんだって。 つまり・・・この町には人を襲って体を奪っていく正体不明の「何か」がいるってことなんだよ!」 なぜか少し嬉しそうな様子のマイに面食らった様子の二人が顔を見合わせる。そしてユキコがマイに向き直りマイに言う。 「・・・マイのオカルト好きが悪化したってことはわかったわ。」 まるでとりつくしまもない言われようにマイは肩を落とす。 「とりあえずそろそろお昼休みも終わっちゃうから早く食べよ?」 サヤカがそう言ったのをきっかけにマイが教室を見渡すと確かに教室にいる人数が減っている。おそらく次の授業の教室に移動しているのだろう。 事実、マイの次の授業は体育だ。早めに行かなければ着替える時間がない。 「そういえば次の時間体育だったからもう行かないとちょっとマズいかな。それじゃ、またねぇ。」 まだ少し残っている弁当を袋にしまいつつ教室をあとにするマイを見送ると、二人は自分の弁当の残りを口に運びその日の昼休みを終えた。 陽も沈み、あたりを暗闇がすっかり覆い尽くしてしまった頃、マイは部活の友人らと別れ一人家路についていた。 「今日は結構遅くなっちゃたかな。まぁ予選も近いし、みんな気合い入ってるからしょうがないか。私もタイムをもうちょっと縮めたいしね。」 そうつぶやくとマイは水着が入ったエナメルバックを背負い直し、歩を早めた。 マイが今着ているのは学生服ではなく動きやすさを重視した一般的なジャージ姿だ。半ズボンの先から見えるその脚には無駄な脂肪はほとんどついておらず、 競泳をやっている人間特有のなめらかな線を描いている。 自宅へと帰る途中、不意にある考えがマイの中に浮かんできた。 (そう言えば今日の昼休みのあの話、いまいちウケが悪かったなぁ。せっかくから帰りがてらちょっと現場検証とやらをやってみますか) マイがしようとしていることは、この時間帯に加えて犯人が捕まっていないことを考えると明らかに危険なことではあるのだが、このときはその万が一を考慮することよりも、 なにかしらの収穫を得て、あの二人にそれを見せつけて少しでも自分の話に興味を持ってもらいたいという気持ちのほうが強かった。 「たしかこのあたりだったよね・・・」 あたりは先ほどよりも一層闇が濃くなり、足元も注意しなければつまずいてしまいそうな暗さだ。道端の街頭も点いていることには点いているが、 中には切れかかっているものもあり、明かりとしてはいささか心許ない。まいはポケットの中にしまっていた携帯電話を取り出し、現在の時刻を確認する。 液晶画面の右上の時計を確認すると八時半を少し過ぎたところであることをマイに示していた。 「・・・まぁお母さんには部活帰りに友達と寄り道してたって言えばいいか。どうせそんなに遅くなるわけでもないし。」 家に帰った時の言い訳を考えつつ、マイは目的の場所を目指し、その歩みを今よりも濃密な、さらなる暗闇の中へと向けた。 何度か迷いそうになりながらもあれからしばらく歩き、なんとか目的の場所にマイはたどりついた。 一歩足を踏み入れたそこは事件があった裏路地である。あたりに人の気配はなく、静寂がその場を支配していた。 そこは、一見すると特に何もないように感じられた。昼間とは違い夜特有のうまく言い表すことのできない不気味な雰囲気があたりに漂っていたが、ただそれだけだった。 化け物の存在を裏付ける証拠はおろか、この場で事件があったことすらも言われなければわからないほどにごく普通の場所であった。 (まぁ、事件に関するようなものは全部警察の人が持ってっちゃてるだろうってのはわかってたんだけどね) ここに来るまでにそれは分かっていたはずだ、とマイは自分に言い聞かせるが、それでもせっかくここまで来たのだからもう少し何かないか探してみようと思いあたりの探索を始めた。 そして、それから時を置かずしてそれは見つかった。 (なにあれ?) 一見するとそれは何かの木材か何かに見えた。暗がりの中、ごみに埋もれたそれはマイの今いる位置からははっきりと見えなかったが、それでも興味を引くには十分だった。 そしてその正体を特定しようと少し近づいたところで彼女は自分のとった行動を後悔した。 (!?) それはまさしく人の腕だった。黒いビニールの中から突き出しているそれは気味の悪い肉のオブジェとしてそこに存在していた。 (な・・なんで!?) 一瞬パニックに陥りかけたマイであったが一つおかしいことに気がついた。 (よく考えたら人の腕なんかがここに落ちてたら警察の人が必ず気づいてるはず。あれはマネキンか何かの腕に違いない!!。っていうかそうに決まってる!!) 一度冷静さを取り戻すと今度はじっくりとそれを観察した。よくみると肘や手首の部分につなぎ目のようなものが見てとれた。それだけでも自分が見たものは人形だったと容易に判断できた。 (なぁんだ、やっぱりただの人形じゃん。) 一度張りつめた緊張が解けるとマイは心の平静を取り戻した。 所詮はこの程度のものしか見つけられないのだということを改めて感じたマイは収穫もこれ以上は望めないと判断し、足早に立ち去ろうとした。その瞬間、 「ちょうだい・・・」 背後から女の声が聞こえた。 「えっ?」 予期せぬところから不意に声が聞こえたため慌てて周囲に目を向ける。しかし、あたりを見渡しても先ほどと変わらぬ景色があるばかりで人影すら見当たらない。 (空耳かな・・・?) そう結論付けマイが前を向いたその時、 「ちょうだぁい・・・」 目の前に薄気味の悪い笑みを張り付けた女が薄暗い通路を塞ぐようにして立っていた。 「ひっ・・・!!うわっ!!」 マイが振り向きその姿を認めた途端にその女は覆いかぶさるようにしてマイを押し倒した。 「な・・な・・・」 安心した直後の降ってわいた災難にマイは戸惑った。 (だ・・誰?っていうか何なのこれ!?) マイが状況を飲み込めていないのを尻目に謎の女は体をさらにマイに摺り寄せてくる。 そしてついに・・・ 「んっ・・・」 女の唇がマイの口を塞いだ。さらにその舌をマイの口内へと侵入させる。女の唾液とマイの唾液がお互いの口の中で混ざりあい、ピチャピチャ、ネチャネチャとした卑猥なコーラスを奏でる。 その味が舌を通して感じられ、マイに不快感とともに恐怖を植え付けた。 「ンンンー!!!」 声は出せなくとも拒絶の意を女に伝えるべく叫んでみたが一向にやめる気配がない。それどころか己の肢体でしめつけるかのごとく絡みついてくる始末だ。 身をよじって逃げようとしても、その細腕からは考えられないほどの力で抑えつけられている。どうあっても逃げ出すことは不可能だ。もはや、この状況下でマイは完全に女のなすがままになっていた。 ―――ズッ・・・ズブッ・・・グッ・・・ 「んあっ!!・・・や・・・やめ・・・」 ついに女はマイの大事な部分――秘所にまでその手を伸ばし、舐めまわすようにして触ってくる。 (あ・・・あれ?) そうしているうちに少しずつ意識が朦朧としてきた。ともすると自分がどんな体勢になっているかも分からなくなってくる。まるで夢の中を彷徨っているような、 「自分」という存在がだんだんと薄れていくような不思議な感覚に襲われ始めた。 (も・・・もういや・・・誰か助けて・・・) このまま自分はどうなってしまうのか?ひょっとしてこの場で殺されてしまうのではないか?そういった最悪の未来を頭に描き始めていたが、その思考は唐突に中断させられた。 「うふふ・・・いいわねぇ・・・これなら使えそう・・・」 そうつぶやくと女はマイの体から離れ、そのまま起き上がった。このときをもってようやくマイの体は解放された。 (や・・・やっと終わった・・・の?) ようやく体の自由を取り戻したマイはひたすら嬲られ霞がかった頭をなんとか働かせて周囲を確認する。 あの女は何やら自分の腕のあたりをしきりにいじくりまわしている。 (今のうちに早く逃げなきゃ!!) そう思ったマイは急いで起き上がり逃げ出そうとした、が、なぜか両腕はピクリとも動かず、力の抜けたまま肩から垂れ下がったままだった。 試しにもう一度意識をその部分に集中させて動かそうとしてみるも結果はかわらなかった。 それどころか地面に触れているはずなのにその感触すら伝わってこない。 (あの女・・・よっぽど強く押さえつけてたのね・・・) 先ほどの尋常でない力で締め付けられていたことを思い出す。おそらく腕がおかしくなってしまったのは痺れているせいだと判断したマイは腕を使わずに起き上がろうとした。 しかし、 (!?) もはやそれは異常とも呼べる事態だった。足の先から太もも、さらには腹筋にすら力を入れることが出来なくなってしまっていた。 これは血が通わなくなっていたために痺れたなどというレベルを超えてしまっている。 (い・・・一体あの女に何されたっていうの!?) 「心配しなくてもいいわ」 マイが体の不調と悪戦苦闘している間にいつの間にかあの女がマイの横たわっているそばまで歩み寄ってきていた。 「どうせ今から付けかえさせてもらうから。大丈夫、神経をマヒさせているから痛くもないしすぐに終わるから。」 (どういうこと?付けかえる!?) 相変わらずこの女の話すことは理解できないが、何か自分にしてくるということは確かなようだと理解したマイは這ってでもなんとか逃げ出そうとしたが やはり体はマイの意思を拒絶しているかのように言うことを聞いてくれない。 「だからマヒさせてるって言ったのに・・・まぁいいわ。早く私にその「血と肉」をちょうだい・・・。」 そういうと女は相変わらず自由の戻っていないマイに近づくと先ほどとは打って変わって優しい手つきでマイをうつぶせにした。 「な・・・何のつもり・・・?まだいじり足りないっての・・・?」 「ふふ・・・それはもういいわ・・・。今は黙って見てなさい。」 先ほどと同じようにマイの体に重なってくる女。特に変わった様子は見られない。しかし、女の体が上半身に触れた瞬間―――――ゆっくりとマイの体に女が沈みこみ始めた。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/276.html
そういえば、「作品一覧」って、全然更新されてませんね。 -- (名無しさん) 2017-04-07 03 30 31
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/229.html
424 名無しさん@ピンキー [sage] 2013/02/06(水) 02 46 52.55 ID gCJtUhz4 Be コネタ 闇質屋 天野ゆう子編 そこはどんなものでも買取、そして売ってくれると質屋。 記憶と記録の売り買い。 身体の売り買い。 臓器の売り買い。 お金が必要なプロ野球選手がゴールデングラブ賞を質屋に入れ、1000万をもらうケースがある。 だが、一ヶ月以内に返せなければそれは売りに出される。 お客様が買ったらもうその記憶は帰ってこない。 他にも年間ミリオンの歌手が来て、自分の喉を売りにきたケースがある。買取額は2億だった。 だが、幸いにも一ヶ月経つ前に2億もってきてことなきことを得たそうだ。 そんな闇質屋にある一人の女性が訪れる。 公立の高校に通う普通の女子生徒、天野ゆう子。 見た目はどこぞのご令嬢と見まちがうかのような、腰まで長く整った綺麗な黒髪をしている 「あ……あの、すみませーん!」 声もとても美しく、どのくらいかというと彼女が発音する英語は先生よりもとても滑らかなのだ。 身体的な所も、胸もそこそこ大きく友人からはよく「メロンを胸にいれるな」と直揉みされるほど 腰はくびれて、お尻もキュッと引き締まっている。 ちゃんとした部活動はしてなく、片親で妹が二人いて家系が苦しく学校からアルバイトの許可をもらって スーパーでアルバイトをして家系を助けている。 アルバイトをしているからって成績は悪くなくいつも学年でトップ3に入っている。 そんな、天野ゆう子がなぜ、闇質屋に来ることになったのかは、 もう一人の優子、天王寺優子のせいだった。 「あら~私の大切な服に染み付いちゃったわ~。」 それはゆう子がたいして親しくない天王寺の誕生日パーティーに呼ばれた日に服にジュースをかけてしまったのが原因だった。 だが、それは天王寺の悪巧みだった。 そして、彼女は自分の肉体と記録や記憶を少しずつ質屋に売ることとなるのだった。 「あら~天野ゆう子さん、最近どうしたのかしら? テストの成績落ちちゃって? 進級できるのかしら? その頭で?」 今の彼女は小学校レベルの問題しか解くことができない。漢字の読み書きも。 彼女は中学校と高校の授業の記憶を売ってしまったのだ。 それを知ってるのは闇質屋を教えた天王寺だけだった。 そして、天王寺は多額の金でゆう子の記憶を即買いしたのだ。 本来ならアルバイト代が出たら買い戻そうとおもっていたのだが。 買い取り金額の倍の料金を支払えば即買いができるシステムがあることを天王寺はあえて教えなかったのだ。 ゆう子は自分の記憶が買い戻せると思っているのだが…… 『天野ゆう子あんたの全てを奪ってあげるわね。』 天野ゆう子編 完
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/195.html
306 名無しさん@ピンキー [sage] 2011/10/18(火) 22 23 18.05 ID xBifUh49 Be 【おばあちゃんの日】 (さて、これからどうしようかな…) 一番最初の目的は遂げたものの、他にも、行ってみようかと考えていた場所が何ヶ所か。 しかし、先ほど起こったことを思い出すと、二の足を踏んでしまうのも事実。 (でも、このまま帰るのもちょっと勿体ないなあ…一番近くの場所にいってみて…途中で何かあったらそこで帰ればいいか…) ここにきてようやくお年寄りの身体+着物姿にも慣れてきたのか、多少歩きやすくなってきた気もする。 (これなら問題ないかな?) そんなことを考えながら、横の路地に足を向け、本通りから外れる。 裏通りは、一般の家屋の中に紛れて、看板こそでているものの、実際に営業しているかどうかもはっきりしない店がちらほらと… そんな中で、麻由美が向かったのは、風雨にさらされて、どことなく曇りガラスっぽくなった窓を通りに向けた店。 やはり風雨にさらされた古ぼけた看板に喫茶店の文字がなければ、とても、そうとは見えない店だった。 明らかに立て付けが悪くなった扉に苦戦しつつもどうにか開けると、 「いらっしゃいませ。」 「あら、いらっしゃいませ。」 ハリのない、かなり年老いた声×2が麻由美を出迎えた。 かなり年月を経てくたびれた店舗で営業しているのは、それ以上に年月を経てくたびれた老夫婦という喫茶店。 建物も内装をどれだけの間改装どころか修繕したかも怪しいだけに、正直繁盛しているところは滅多にみないが、どのメニューも結構安いと言うことで、一部の学生達が学校帰りなどに利用することも多い店…麻由美もその一人だ。 もっとも、今日は休日ということで学生の姿はみられない…というか、学生が利用していないということで店内には老夫婦のみ…お客は、今入った麻由美のみという有様だった。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/88.html
投稿日:2010/02/27(土) 自分が鈍くさいということは、自覚している。 喋る時はよくつっかえるし、頭をぶつけたり、たまに転ぶ。咄嗟の出来事に弱いのだ。 人見知りする性格だからそうなのか、そういうことが多いから人見知りなのかは、 よく分からない。 友達はいる。わたしは友達だと思っているし、向こうも友達として扱ってくれる。 だから、友達のはずた。 彼女たちは、よくわたしのことを天然だというが、これもよく分からない。そこまで 変ではないつもりだし、向こうがなんでもそういう風に受け取るから、そう見える のじゃないかと思う。でも、口にはしない。 そんな自分を変えたくないかと問われれば、当然『yes』だ。 「“わたしと性格を入れ替えませんか?”」 それは、とあるネット掲示板に書かれていた一文だった。 そこには、中学生くらいからよく出入りをしていた。わたしと同じように、自分を 変えたいと思う人間が集う場所。 色々な趣味や嗜好の人間がいて、どういう風に変わりたいのかを書けば、アドバイスをもらえる。 オフ会なんかもあるらしいけど、わたしはいかない。考える時間や、文を推敲できる 掲示板とは違って、リアルで知らない人間といきなり話せる自信がないからだ。 とはいえ、その書き込みがもし本当なら、初めて勇気を出してでも、食いつくべきかもしれない。 先ほど口にした文を一行目に、自分がどういった人間で、こういう性格に飽き飽き している。まったく別の人間になりたい。しかし、今の家族や友人を捨てるのはしたくない。 だから、性格だけ取り替えてくれる人はいないかと募っている。 それを読んだ他の住民(このスレッドにいつもいる人たち)は、単発のハンドルネームで わけのわからないことを言っている書き込み相手に、とても冷ややかな態度を見せていた。 その書き込みの底抜けの明るさと、その後の周りの態度の違いが、妙なおかしさを もたらしている。 確かに、信じられるような話ではないし、いつもの自分なら無視していただろう。 しかし、今日のわたしは、その書き込みにあった即席と思われるメールアドレスに、 気がついたらメッセージを送っていた。 好きな人ができた。同じ学校の、同じクラス。 そのことを相談したら、友人の一人がはあれこれ世話を焼いてくれたけど、わたしが いつも台無しにしてしまう。 彼女は笑って許してくれるが、内心苛立っているはずだ。もはや、彼といい仲に なれるかどうかよりも、そのことが心配だった。彼女に見切られるのは怖い。 来週、友人が彼を含めて数人のクラスメイトを誘って、遊びに行くことを企画 してくれた。わたしのためだ。 今度こそ、失敗はできない。 「ええ、まったく心配ないですよ。私の性格と合わないなら、別の人間を紹介 してもかまいませんし」 人の良さそうな笑顔で、彼女は入れ替わりの説明をしてくれた。 彼女は何度も入れ替わりを経験しているらしく、その驚くべき感想を聞かせてくれる。 「じゃあ、性格以外も入れ替えることが……?」 「ええ、私はだいたい経験しました。胸の大きさ、身長、視力、記憶、髪の色…… 面白いものでは、恋心なんか」 あれは本当に面白い経験だったと笑うその女性は、とても綺麗な人だった。身長は高く、 スレンダーな体つきをしている。髪はロングの黒。歳は二十代半ばくらいだろう。 彼女の名前は知らない。本名を名乗らなかったからだ。待ち合わせに来た彼女は、 ハンドルネームだった『月夜』だと自分のことを示した。 待ち合わせ場所から十数分歩いて、その間彼女が喋り通しだった。自分は相槌を 打つくらいしかできない。 でも、おかげで入れ替わりの概要は分かった。どういう原理なのかは彼女も知らない らしいが、月夜の知り合いである発明家が作った、妙な機械で行うらしい。 自分の命がかかっているかもしれないのに、妙なはないだろう。そう思ったが、 わたしは言わなかった。 「ねえ、高橋君のどこがいいの?」 そんなの自分でも分からない。でも、答えなければならない。友達なのだから。 「どこって……」 言葉に詰まるわたしを、にやにやとした笑顔で見てくる絵理。その顔が、ちょっと怖い。 「赤くなって、可愛いなあ、優衣は」 なっているのだろうか。でも、真に受けて聞いてもからかわれるだけだろう。 「もう、やめてよ」 すねたように言うと、彼女は笑って返してきた。笑ってくれたのなら、この答えは 正解だったのだろう。わたしは安堵した。 「どうも、神原です」 旧家然としたお屋敷に案内され、その家の奥にあった蔵の中に入ると、そこは 見た目とまるで違った。 色々な機械がおかれ、出てくるのは白衣に身を包んだ男。一見して怪しかった。 「性格の入れ替えですよね、どうぞ」 無駄なことは一切喋らないが、人の良さそうな笑顔を浮かべているため、愛想は 悪くない。でも、どこか軽薄だ。年の頃は、月夜と同じくらいだろう。 彼が示した先には、ある映画で見た転送装置のようなものがあった。不安がよぎる。 「大丈夫ですって。私が何度も経験しているんですから」 そんなわたしの肩に手を置いて、耳元で囁く月夜の声には、置かれた手と同様に、 有無を言わせない力があった。 「は、はぁ」 成り行きに任されるまま、わたしは機械の中に入った。 私の告白は、失敗した。 というより、失敗する以前にしなかった。でも、失敗するとわかってしなかった のだから、同じことだ。 遊びに出かけた帰り、私から結果を聞いた絵理とそのグループは、残念会を開いて くれた。私は、いつものわたしを装ってすべてを受け流した。 会がお開きになり、帰り道が同じ絵理と歩く。彼女はなにも疑っていない。 のん気にあくびをしている。なら、思い知らせてやらなくては。 「高橋君って、絵理のことが好きなんだって?」 帰り道の途中、人気のない道で、何気なく言ったその言葉に、彼女の体は凍った。 「それでみんなで賭けしたんだってね。どう、勝てた?」 信じられない。彼女の顔はそう言っていた。そんな絵理に向ける私の笑顔は、 先週見た月夜と同じはずだ。 人が良さそうなところも。裏に何かが潜んでいることも。 「……だから何よ。別に付き合ってるわけじゃないし、実際応援はしたでしょ」 「私の性格じゃあ、失敗するようなやり方ばかりでね」 ぐっと押し黙ってにらんでくる絵理。こんな女を、信じて感謝してきたなんて。 「それに、色々と私のこと笑ったりしてたみたいだけど」 「それはっ!」 あんたが鈍くさいから悪いのよ。表情がそう言っている――勝手なことを。 「なら、同じ思いをさせてあげる」 疑問符を浮かべる彼女の顔が、少しずつ、とろんとしたものに変わっていった。 彼女の意識が完全になくなる前に、私は懐から取り出した瓶を見せた。 「時間かかったけど、効果はすごいでしょ。私にいつももの取らせて、まったく 警戒しないんだものね」 その言葉が、最後まで彼女の耳に入ったかは疑問だった。 腕を組んでじっと待っていると、明かりが私と絵理を照らし出した。車だ。 「お、お待たせしました」 運転してきた女は、車から降りて、おどおどと言ってきた。確かに、これは他人をいらつかせる。 私はそんな内心を毛ほども見せずに、月夜に笑いかけた。 「じゃあ、お願いします。月夜さん」 「それで、高橋君には告白できたの?」 「ご、ごめん……ダメだった」 心底申し訳なさそうに謝る絵理に、私は笑いかける。 「大丈夫、大丈夫。高橋君は絵理のこと好きなんだし、きっと上手くいくよ」 ――ただし、彼が好きだったのは昔のお前だけどな。 そうとは知らずに、絵理ははにかんだ笑みを返してきた。 「うん、ありがとう、優衣ちゃん。わたし、あんなひどいことしたのに……」 「気にしないで。私がどんな気分だったか、絵理は十分、分かってくれたし。 私はもうそれでいいから」 そんな私の言葉に、絵理は泣きそうだった。笑い転げたくなるのを必死でこらえる。 「じゃあ、次はね――」 この作戦も、絶対に成功はしない。彼は、私と付き合っているのだから。 おまけ 「はぁ……先週は楽しかったのに」 ベッドの上でため息をつく彼に私はかちんときたが、言い返さずに後ろを向いた。 「すっごく初々しくて、可愛かったのになー……今は、なんか黒いし」 あとSっぽいし。ぶちぶち言う彼に、私はついに我慢の限界を迎えた。 今の私は、余裕がなくなると怒りっぽくて困る。 「はいはい、とっととあなた好みの性格探せばいいんでしょ」 これだから、生意気な小娘と入れ替わるのは、嫌だったのよ。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/150.html
//同名のページ「わたくしが貴女で、わたしがアナタ!? 」が存在するので、 //こちらは不要です。権限のある方、削除をお願いします。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/83.html
投稿日:2010/01/30(土) かじかんだ指先に血液を通わせるために、手を何度か握って開くを繰り返し、息を吹きかける。 その、空中を漂った白いもやは、迷うようにたゆたっていたが、すぐに霧散した。 時刻は朝の三時過ぎ。御堂桜は、正直後悔していた。 (追加料金貰わなきゃ……これは) 時間外にも程がある。明日――いや、既に今日は、桜が通っている高校は休みだからいいが。 (まさか、三日続けて朝帰りとは思わなかった……昼間は学校あるし……) 「あっ!」 突如、すぐ近くにいた男が声をあげる。桜は、彼に向かって顔の前で人差し指を立てると、 あからさまに責める視線を向けた。 それから、隠れていた物陰から顔を出し、目標の家を見ると、桜と同じ年頃の女が、 門から入るところだった。 それを確認し、物音をたてずに、そっと塀の間から抜け出る。 向かう家の門にたどり着き、鍵を開けようとしている背中に告げる。 「おかえりなさい。上山唯さん」 大げさな挙動で、こちらに振り向く、桜の高校の上級生――上山唯。 もっとも、桜との面識はまるでないが。 「そんなに驚かなくても。こんな時間に帰ってきて、やましいことでもしてたんなら、 仕方ないかもしれませんが」 「……あんたは?」 「藤堂大輔さんに、あなたを元に戻して欲しいと頼まれたものです」 探るような視線の唯だったが、途端に嘲るように言ってきた。 「はっ!あの粗チンか!じゃあ、あんたは探偵かい?にしちゃ随分若いようだけど」 喋っている姿は紛れもなく――写真で確認もした――上山唯のものだし、声も彼女の肉声に間違いない。 しかし、喋り方や雰囲気は、事前に聞いていたように、彼女のものとは大きく異なっているようだ。 「探偵ではありません。わたしは、御堂桜と言います。唯さんの後輩ですよ」 こちらが名乗ると、相手の表情は一変した。今度は、自らの頭の中を探るものに。 「御堂……桜?……二年の?」 「はい」 一歩、足を門の中に踏み入れる。途端に、唯がありえない跳躍をし、塀を飛び越えようとしたが、 空中で何かに阻まれ、地面に落下した。 「噂の祓い屋か!」 「はい」 背を塀に向け、こちらを睨みつける唯――と、その中にいる悪霊に、唯は笑いかけた。 「はい、完了です」 しかし、その言葉を聞いている人物はいなかった。 「唯!唯ぃ!」 「大……ちゃん」 正気を取り戻した彼女と、それに抱きつく一緒に物陰に隠れていた男。 できればそういうのは後にしてもらいたい。 (早く帰りたいんだけど) あくびをかみ殺せず、口から出て行くままにして、その男――藤堂大輔が落ち着くのを待つ。 「あの――ありがとうございました!」 やっと大輔がこちらに顔を向けた時には、ちょうど一番でかいあくびをしていたところだった。 そのため、とても焦った。表情は取り繕えても、口の前にある大きな白いもやは見られただろう。 「い、いいんですよ、先輩。仕事ですから。それで、後払いなんですけども、 今日はもう遅いので、後日ということで」 とっとと終わらせたい。言葉はつい早口になった。 「あ、あと、これ御守りです。持っててください。それじゃ」 ぼっとして、いまいち状況が把握できているのかどうかわからない唯の手に、 小さな袋を押し付けて、唯はそそくさとその場を後にした。 「ただい、まぁ……」 できるだけ音をたてないように扉を開けつつも、つい言ってしまうのは、習慣だからだろうか。 こんな時間に娘が帰宅すれば、普通の親は心配するのだろうが――あの上山唯のように――、 桜は訳あって親元を離れ、従兄の家に住まわせてもらっている。 ならば、その従兄が心配するのではないかという話だが、事前に話は通してあるから問題はない。 どう歩いても音がなる古臭い階段には辟易するが、どうやら従兄を起こすには いたらなかったようだ。 やっと自室にたどり着き、明かりをつけて、羽織っていたコートを脱ぎ捨ててから一息つく。 そのままベッドに直行し、身体を投げ出して仰向けになった。着替えるのも億劫だが、 このまま寝るわけにはいかない。起きてから泣くのは自分だ。 「よっ」 不思議な浮遊感に襲われる頭が飛んでいかないようにこらえつつ、なんとか寝間着に着替えた。 ボタンの一つも、かけ間違えたかもしれないが。 とにかく着替えを終えて、今度こそと布団に潜り込む。 しかし、眠気は襲ってきているのだが、なかなか寝付けない。仕方ないので、 働かない頭は邪魔でしかないが、つらつらと考えごとに意識をかたむけた。 (あの悪霊、強かったな……完全に滅しきれなかったかも……) 気配は完全に消えたし、結界の中にいたのだから、逃げられるわけはないのだが、 妙に手応えがなかった。それに、 (笑っ……てた……) 自分がそう感じただけかもしれない。滅する直前は、既に唯の身体からはじき出していたのだから。 (そういえば……上山さん……なんか……変……だったな……) 悪霊は祓ったというのに。とり憑かれていた直後だから、ぼっとしていたのかと思ったが、あれは、 (寂し……そう……?残念……そう……だった) 彼氏に抱きしめられている時でさえ。 (もう……だ……め……) 疑問は尽きないが、ついに限界がやってきた。続きは明日でも構わないだろう。 桜は安らかな眠りに身を任せ―― 「あんたの想像通りだよ」 眠っているはずの桜の口が突然言葉を発し、口元が唯が浮かべた嘲笑とよく似た形を作ったが、 深い眠りに落ちた桜は気づかなかった。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/32.html
投稿日:2009/02/24(火) <1> 街中を歩く二人の女性。 一人は170cm超の長身。細い手足に革のロングブーツ。 もう一人は150cm前後、ピンクのアンサンブルが可愛い感じだ。そしてその上からはっきり分かる大きな胸。 「こんな店あったっけ…」 「何の店だろう…」 怪しげな仮面や奇妙な形の壷。二人は吸いこまれるように入っていった。 「いらっしゃい。」 中には白髪の老婆が座っていた。 「これは何のお店なんですか?」 小さな瑠美が甘ったるい声で聞く。 「まぁ、一言で言えば骨董品屋ってところかねぇ。」 二人がそんなやり取りをしている中、コツコツとブーツの音を立てながら、さやかが小さな店の中を見回していると、鈍く光る銀色のオブジェを見つけた。幾何学的なデザインで、なんともいえない形をしている。 「それがお気に入りかい?」 老婆が声を掛ける。瑠美も老婆と一緒についてくる。 「ここにおいてあるものはいろいろ言われがあるんだけどね…」 老婆が続ける。 「これは、どこから来たのかよく分からないのよ。何かと一緒に店に置いたんだろうけど。」 「ふぅん、そうなんだ…」 さやかがつぶやく。 「気に入ったなら持っていきなさい。」 「そんな、価値のあるものじゃないの?」 「どこから来たものか分からないんだから、お代をもらうわけにはいかないよ。」 含み笑いをしながら、老婆が答える。 (そこまで気に入ったわけじゃないけど、タダなら持って帰っちゃおうかな…) 「じゃあこれ、いただけますか?」 さやかより先に、瑠美が言った。 「えぇ、今包むから待っててちょうだい。」 老婆はオブジェを両手で持ち上げると店の奥へと消えていった。 「瑠美も気になってたの?」 「うぅん、ていうかどこから来たかわからないってなんだかミステリアスじゃない?」 白い歯を見せながら瑠美が笑う。 (この歳になってこんな無邪気な感じが似合うのも、瑠美だからよね) さやかがそんなことを考えている間に、老婆が店の奥から出てきた。丁寧に布で包んである。 「出所はわからないけど、大事にしておくれ」 「はい。」 さっきと同じ笑顔で瑠美が品物を受け取った。 499 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 07 37 ID o2135Cb3 <2> 店から出ると、ずいぶん雲行きが怪しい。遠くでは雷鳴が鳴っている。 「早く帰ろうか。」 さやかは瑠美と帰路に着いた。 その途中、雷鳴が轟いた。 「キャァッ!!」 二人が悲鳴を上げた。 「落ちたわよきっと。早く帰ろう。」 さやかが言った途端、大粒のひょうが落ちてくる。 「何なのこの天気。」 「とりあえず、家に行こ。」 二人は走って瑠美の家へ向かった。 アパートの階段を駆け上がり玄関に入った時には二人はびしょ濡れになっていた。 「こんなの言ってなかったじゃない、晴れだって言ってたのに」 瑠美がふくれながら今日の天気予報に文句を言った。 「とりあえず上がって。」 「濡れてるけどいい?」 「しょうがないよ。上がって。」 瑠美がバスタオルを持ってさやかに近づく。瑠美はもう髪を結わいていたゴムを解いてバサバサと髪を拭いている。 「ありがとう」 さやかも部屋に入り、長い髪を乾かし始めた。ブラウンに染めた髪がしっとりと濡れている。 「服着替える?」 「そうね。でも瑠美の服なんて着られるかな。」 「Tシャツなら大丈夫でしょ。」 そう言いながら瑠美はクローゼットから服を探す。 「先に着替えていい?」 ピンク色のニットのアンサンブルは、濡れたために胸の大きさがより露わになっていた。 (中学の頃から大きかった胸、女の子らしい小さな背丈。いいなぁ、瑠美みたいなかわいい感じ) 「いいよ。」 さやかは長い髪を赤いセーターの上に垂らしながら、瑠美に答えた。黒いパンツは濡れたためにヒップから脚へのラインをそのまま描き出している。 (モデルみたいな長い手足、スラリと伸びた背丈。いいなぁ、さやか。) 500 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 09 05 ID o2135Cb3 <3> その時だった。 台所に無造作に置かれていたオブジェが光を放ち出した。 「何だか光ってない?」 先に気づいたのは瑠美の方だった。身震いするような感覚が襲う。 「どうしたの?瑠美」 声を掛けるさやかの目の前で信じられない光景が広がっていく。 袖から出ている手が徐々に細く、そして長く伸びていく。 アンサンブルからあらわになる臍。 グレーのチェックのミニスカートから見える脚は、 むっちりとした太腿とふくらはぎが、 ムチムチとした肉感的なものから細くスラリとした脚に変わっていく。 「い、痛い…」 「瑠美、瑠美!」 「あぅっ!」 声にならない悲鳴を上げる瑠美。 体をよじりながらも一瞬動きが止まる。 少し癖の入った黒いセミロングの髪が さらりとしたブラウンのロングヘアへと変化していく。 胸元で存在を主張していたバストはゆっくりとしぼんでいった。 苦痛にゆがんでいた視点が定まらなくなり、 徐々に瑠美の体は白い光に包まれていく。 「今の、何だったの?」 そうつぶやく瑠美。 目の前の光景に、さやかは目を疑った。 丈の短くなったピンクのアンサンブルに、ショーツが見えてしまうほどのミニスカート。 そこから伸びるモデルのような長い脚。 小さな瑠美の服になんとか身を押し込めたさやかの姿があった。 「どうしたの、さやか。」 目の前に自分がいる… 「なんなの、これ。」 「え、何?」 「瑠美、私になってる。」 「えぇ?」 顔を見合わせる二人のさやか。 鏡の中にも二人のさやか。 一人は、赤いニットに黒いパンツ。 もうひとりは臍出しのアンサンブルにきわどいほどのミニ。 「さやかに、なってる!?」 口を半開きにして驚いた様子の瑠美。 表情の違うさやかが顔を合わせている。 言葉もなく、本物のさやかがうなずく。 思わず瑠美に手を差し伸べるさやか。 右手で左肩をつかむ。 自分で自分の体を抱きしめたような感覚。 (なんなの、これ。なんで瑠美、私になっちゃったの?) 501 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 09 51 ID o2135Cb3 <4> 「!!」 「どうしたの?」 さやかの体にも異変が起きる。 細い脚はパンツの中で生き物のようにうねった後、 むっちりとした丸みを帯びる。 はち切れそうに黒いパンツの生地が密着する。 パンツを破きそうなほど、膨張するヒップ。 細い指はふっくらと丸っこくなり、やがてニットの袖から見えなくなった。 腕も肉感を増していく。赤いニットの上からもわかる、やわらかな二の腕。 ブラウンのストレートの長髪が縮み、癖のある黒髪へと変化していく。 「何?何なの、これ。」 さやかの姿になった瑠美があわてている間にも、変化はゆっくりと続いていく。 わずかに生地を押し上げていたバストがゆっくりと、しかし確実にその膨らみを増していく。 ブチッという鈍い音がした。 大きさに耐えられなくなってAカップのブラジャーが切れる。 ようやくバストの変化が止まったときに、また、 光がさやかを包んだ。 眩んだ目が見えるようになった頃、瑠美の目の前にはさやかの服を着た瑠美がいた。 瑠美の眼に映る自分の顔。袖がだぶだぶの赤いニットとは対照的に、 イヤでも視線がいく胸の膨らみ。裾が床に付いた黒いパンツ。 さやかの服を着た自分。 服の違いで辛うじてさやかであるとわかるが、外見はどこから見ても瑠美だ。 さやかも自分の体が瑠美になってしまったことを実感する。 どちらへ向いても視界に入る大きな胸。下から見上げる自分の姿。 「私、瑠美になってる?」 「うん。」 さやかが恐る恐る鏡を見る。 赤いニット、黒いパンツルックの瑠美。いつもより大人っぽく、背伸びをしているように見える。 「瑠美になっちゃった…」 「何なの、これ?さっきあれが光ってたよ」 瑠美がオブジェの元に駆け寄る。 向きを変えるだけで感じていた胸の感触が全くない。 階段に昇ったまま歩いているような目線。 さやかも後をついていく。 歩くだけで胸に感じる違和感。 「これが原因?」 「でもそれしか考えられなくない?」 「まぁね。」 さやかも瑠美の考えに乗ったが、気になることがあった。 「でも、なんで私たち、お互いに変身しちゃったの?」 「なんでだろう…」 「だってさ、なんでこうなったか分からなかったら、元に戻ったりできないじゃない」 鼻にかかった甘い声で言うさやか。 「そっかぁ。」 口調はいつもの瑠美だが、発せられる声は落ち着いたおだやかな声色だ。 「とりあえず、服着替えようか。」 502 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 11 30 ID o2135Cb3 <5> 互いの服はまだ濡れたままだ。ゆっくりとお互い服を脱いでいく。 まずアンサンブルを脱ぐ瑠美。 袖を出そうとしたが濡れているせいで生地が伸びきらない。 なんとか脱ぐと、わずかな胸のふくらみ。 フリルの付いたピンクの大きすぎるブラジャーが瑠美であったことの証だ。 何をするにも邪魔っ気だった大きな胸はもうそこにはない。 ほっそりとした、二の腕から手首へのライン。 スカートも脱いでしまう。 ピンクのショーツの下から伸びるスレンダーな長い脚。 (腕も脚もほっそいなぁ…) さやかも服を脱いでいく。 赤いニットを押し上げる大きな胸。 胸元のワンポイントは持ち上げられて斜め45度を向いている。 脱ぐと白くふっくらとした大きな胸。 Aカップの黒いブラジャーはちぎれてしまい、 ニットを脱ぐとだらしなく前に垂れた。 ずっしりと肩に胸の重みがのしかかる。 黒いパンツは濡れて脚にまとわりついているのと 脚自体が太くなったせいでなかなか脱げない。 なんとか脱ぐと、露わになるむっちりとしたふくらはぎ、そして太腿。 黒いショーツは大きくなったヒップを覆いきれず、Tバックのようになっている。 (この丸み、私と全然違う…) 目の前には決して自分が着ないフリルをあしらったピンクの下着を着けた自分の体。 「私の体…」 さやかが瑠美の腕をつかむ。 ほっそりとした二の腕。 つかんだ自分の二の腕は丸みを帯びた肉感的なラインを描く。 声はいつものアルトボイスではなく、甘ったるい瑠美の声だ。 つかまれた瑠美も不思議な気持ちだった。 思わずさやかを抱き寄せる。 ブラジャーがはだけ、直接伝わる柔らかな感触。 肩までしかない背丈。 (私の胸ってこんなんなんだ…) 「なんか変な感じ」 「ちょっとお姉さんになったみたいな?」 「何言ってるの、同い年じゃない。」 抱きしめ合った腕をほどくと、さやかは瑠美に言った。 503 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 12 15 ID o2135Cb3 <6> 「とりあえず服着ないと。」 「私の服しかないけど、どうしよう。」 「私は瑠美の服着ればいいけど。」 「そっかぁ。じゃあ私は?」 「私が服取りに行くよ。持ってきてあげる。」 瑠美は自分の服をクローゼットから探し出した。 体が大きくなったせいで、服を探すのも違和感がある。 「こんなんでどう?」 瑠美が出してきたのはピンクのプルオーバーと白のキャミソール そして、白黒チェックのミニスカートと黒のストッキング。 「これ着るの?」 「え、いや?」 「私着ないからこういうの。」 「でも、今はさやかが私なんだから。」 「いつもは瑠美が着ている服だもんね。」 納得するとさやかは服を着ようとしたが大事なことに気がついた。 「瑠美、下着も貸して…」 「そっかぁ…」 瑠美はクローゼットの下の段から下着を探し始めた。 淡いブルーの生地にフリルがあしらわれた上下。 「違うのがいい?」 「大丈夫。あっちで着替えてくるね。」 下着を含めた着替え一式を抱えて、さやかは隣の部屋に入った。 (まぁ、今は私が瑠美なんだからしょうがないよね…) フリフリのかわいい下着にとまどいを感じながらも再び自分を納得させ、 さやかは下着を着け始めた。 ブラジャーを着けると肩にかかっていた重量感がいくらか和らぐ。 黒い自分のショーツを脱ぎ、瑠美のショーツを穿く。 他人の下着を着けているという違和感。 胸にかかる重さも視点も違う。 (これからどうなっちゃうのかな…) さやかは漠然とした不安を抱えずにはいられなかった。 504 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 12 52 ID o2135Cb3 <7> その頃、瑠美も着替えを始めていた。 下着を探すが、ブラジャーはどれも大きすぎて役割を果たしそうにない。 「下だけでいいよね…」 淡い黄色のショーツに穿き変え、ベージュのキャミソールを着る。 (脚長くて穿き変えるの大変…脚冷えて寒いし…) 瑠美はクローゼットからレギンスを取り出し穿き始める。 足首までの10分丈のはずが7分丈くらいになっているが 脚にフィットするだけにそのラインの素晴らしさが際立つ。 シャドーグレーのニットを着てデニムのミニスカートを穿く。 やはりミニスカートは膝上10cm以上になり、 その下からは長い脚が伸びている。 しばらくするとさやかが着替えを終えて出てきた。 「ほんと、自分がもうひとりいるみたい。」 「何言ってるの、お互い変わっちゃったんだから。 もうひとりじゃなくて瑠美は私。」 「そりゃそうだけど…」 もっともなことを言いながらも、 さやかも目の前の自分は自分でないような感覚を覚えていた。 瑠美は瑠美なりにさやかっぽい服を選んだのだろうが、 こんなファッションはしないからだ。 505 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/24(火) 19 22 39 ID o2135Cb3 <8> 「あれが原因だとすると、さっきのお店行かなきゃ。」 「そうだね、すぐ行こっか。」 二人はまた外出の支度を始めた。 さやかは掛けてあったサーモンピンクのコートを取る。 「それ、さやかのコート。私のはこっち。」 瑠美は胸元にファーの付いた白いコートをさやかに渡し、 さやかのコートを自分で着始める。 支度が整うと二人は玄関へ向かった。 さやかが革のロングブーツを手に取る。 「さやか、それさやかのブーツ。」 「そっか。また間違えた。」 「私のそっち。」 白い革のブーツは雨の中を走ってきたために少し汚れていた。 「濡れたし、新しいの出すね。」 「ありがとう。」 瑠美は同じくらいの丈の黒いブーツを取り出した。 さやかが履こうと片足を上げたその時… 「どん」という音がしたと思うと、さやかは バランスを崩して玄関の壁に体を強打していた。 「痛ったぁ…」 「大丈夫? 鈍くさいのもそのまんまなのかな?」 「ううん。まだ瑠美の体に慣れてないからだよ。」 (かがんだらバストが動いてバランスが…大きいと大変なんだな…) エレベーターを待ちながら、さやかは数分前の出来事を思い出していた。 (確かに、胸が大きい人は転びやすいって聞いたことあるけど…) そんなことを思いながらマンションを出る。 道路へ出る小さな階段さえも慎重に降りていく。 (一歩が倍くらいあるみたい。胸がないとなんだか身軽) 瑠美の方は歩きながら、さやかの身体でそんなことを考えていた。 雨は嘘のように上がり虹が出ていたが、 他人の体になって外を歩いている二人には 気づく余裕はまだなかった。
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/132.html
アリサがその疑問を感じたのは、不謹慎にも、彼女の兄――ケイイチの婚約者で、義姉になるはずだった女性(ひと)の葬式の、しかも焼香の真っ最中だった。 (あれ……?) これは誰のお葬式だったかしら?なんて浮かんだけれど、それは一瞬のことで、すぐに我にかえったアリサは、何を馬鹿なことをと自分を責めた。 なんとか持ち直して焼香を済ませ、自分の席に戻ってほっと一息。だがこれも不謹慎か、と出かかった吐息を抑える。 それにしても、なんであんなことを思ったのだろう。 これは長瀬リョウコの葬式で、アリサは彼女と本当の姉妹のように親しかったのに。これが茫然自失というものだろうか。 (リョウコさん……) 彼女とアリサは本当に親しかった。よく買い物に一緒に行って、兄が冗談で嫉妬すると言ってくるくらい仲が良かった。 でも、そのいつもの買い物の行きすがら、二人はバスの事故に合い、リョウコは死んだ。アリサを守るように、覆い被さった姿で。 そんなことがあった自分が、正気でいられるとは思えない。 だからこんなことを思ってしまうのか。リョウコの遺影を見て、なんで自分の写真が?などと馬鹿なこを。 リョウコと自分は、似ても似つかない。 兄の部屋にアリサが泊まって、もう一週間になる。四年も同棲し、結婚を誓い合った恋人に先立たれた兄を不憫に思ってと両親には伝えたが、本当は自分が兄と一緒にいたかったからだ。 それは、リョウコが亡くなった原因が、自分にあるからだとアリサは最初は思っていたのだが、長く兄の部屋に留まれば留まるほど、何か違う気がした。何故か、ここにいるのが……自然なような気がして……ならなかった。自分でも上手く説明できないが。 まあとにかく、兄が実家のすぐ近くに住んでいたのは助かった。ここからならアリサが通う専門学校にもいけるし、アルバイト先も近い。 いっそのこと、このままここに住み込んでしまおうかとも考えていた。 兄はもう普通に出社して、何事もないかのように装い、アリサには帰れと言っているが、本当に普通に戻ったわけではないのは、どう見ても明らかなのだから。誰かが近くで支えるべきだし。 両親には兄なりのプライドがあるのか、実家に帰るつもりはないようだから、自分しかいない。 今こそ兄に恩返しをするのだ。昔いじめられていた時に、唯一同級生の中で―― (あれ……?) まただ。また何かおかしかった。 事故にあってから起きる記憶の錯乱。自分が体験したことのない記憶を思い出したり、以前の自分ではあり得ない思考に至ることがある。医者は事故による後遺症で、一時的なものだと言っていたが―― 「学校いこ……」 アリサはぶるっと身を震わせると、そう呟いて慌ただしく動き始めた。 得体の知れない違和感にいずれ飲み込まれて、自分が変わっていってしまうのではないかと、最近よく不安にかられる。アリサはそれを拭うことがいつもできなかった。 兄のアパートから専門学校に通えるとは、つまり実家と最寄り駅が一緒なのだ。アリサは専門学校には電車で登校している。 アリサが通っているのは、ペット業界の人材を育成するための学校で、トリマーコースに彼女は属していた。八月の現在、学校は夏休みを迎えているが、トリマー学科を受けているものは、希望すれば実習を受けられることになっている。 (結構混んでるな) 駅につき、乗り込んだ電車内は、平日のためかそれなりの乗車率だ。 しかし、女性専用となっている車両のほうに回れば座れそうである。しかし。 (ま、いっか) なんとなく面倒臭くなり、アリサはホームの階段からすぐ近くにあった、若干混んでいる車両に乗った。 (兄さん、昨日も帰り遅かったな……) 吊革に捕まって、がたごと揺られながら考えるのは、兄のことだ。 そういう気分になるのは仕方のないこととはいえ、遅くならいっそ…… (お酒でも飲んでくればいいのに) 兄は真面目が服を着たような人だ。 酒を飲まない。煙草は吸わない。賭け事も一切無関心ときたものだ。 趣味は精々、映画鑑賞や読書か?それも人並みに好きという程度だ。 (ほんと、くそ真面目だからなあ……) 意固地といってもいい。 毎日遅くまで何をしているのやら。思い詰めるだけならまだいい。もし―― (自殺なんて……) ぶるっと頭を振るう。縁起でもない。真面目で優しい兄は、遺された人間のことを考えて、そんなことしないはず――普段なら。 (あーあ) こんなとき、無趣味は困る。現実逃避の手段がない。 (でも兄さん。いつも悩んでる時ってどうしてたんだっけ?) いつも……いつもは―― (そっか、リョウコさんだ) いつもリョウコさんが、家でうんうん唸ってる兄を連れ出してた。 兄は無趣味だったが、リョウコさんは出かけるのが好きだったようで、一緒に旅行なんかにも行っていた。 二人の出かける姿を思い出し、ふっと笑みが漏れる。だけど、目頭は熱い。 (リョウコさん……あなたがいないと兄さんは……兄さんは……あれ?) 思い出の中に出てきた兄の顔が、なんかおかしい。 引いているというか……諦めているというか……なんとも言えない顔だ。 (というか、また、わたしの記憶にないって――ん?) 尻に何かが当たっている感触。ぎしっと身体が固まる。さっと血の気は引いたが、鼓動の音が大きくなった。 (ち……ちか……) 痴漢。 しかし。 いや。なんかおかしいぞ?と尻の感触が伝えてきた。 手の感触ではない。固い。四角い。これは、鞄か? 急に押し付けられたからびっくりしたが、勘違いのようだ。ほっと息を吐く。 (なーんだ) 別に当たっているだけで、さらに押し付けてくるわけでもない。 (ざーんねん) …… 残念? 何が? 自分で自分の考えが分からなかった。 いや違う。本当は分かる。 分からないでいたかった。分かったが理解できないことだった。 痴漢を―― (されたかった……?) ――なんて。 (うそ……) 嘘ではない。そのためにこの車両に乗ったのだ、今にして思えば。 (いや……) 嫌と言っても思考は回る。そういえば、夏休みなのだから、通勤時間に巻き込まれるような、ここまで早起き時間に登校する必要もなかった。 ちょっと期待していた、痴漢されることを。 もし、今日痴漢されたら? もし、抵抗しなかったら? これから、卒業まで一年半、同じ時間に同じ車両に乗れば毎回痴漢されるかもしれない。 段々行為がエスカレートして、エッチなビデオにあるみたいに、最終的には犯されるかもしれない。 もしそれを友達が知ったら?親が知ったら?兄が――ケイイチが知ったら? ぞくぞくとした悪寒が背中を走る。想像上のケイイチが侮蔑の表情で自分を見ていた。 先程下がった血がどんどん頭に上り、全身を駆け巡る。頭が痺れるこの感覚は脳内麻薬でも出ているのか?そして一番、お腹の下辺りが熱い。 (はああああ) びくっと身体が震えた。声には出さなかったから周りは気づかれていないだろうけど、もし自分が発情しているなんて知られたら。 (えへえへへ) おっと危ない。涎が垂れる。口を拭う。 (あーあ) それにしても惜しい。いつの間にか感触が消えた先程の鞄が、もし、前方から当たっていれば…… (こすりつけて、見せつけて――) ふんふんとそんな風に鼻息を鳴らしている中で、下車駅の駅名を聞いたのは奇跡かもしれない。 はっと我に帰り、人混みをかき分ける。なんとかぎりぎり降りることができた。 が。 息つく暇もなくアリサは階段を早足で下った。トイレに入る。 さらに一番奥の個室に入り、急に慎重になって手をスカートの中に入れ、陰部に触れた。果たして。 「濡れてる……」 尿漏れではない。原因は分かっている。当然、先程の…… 「なにこれ」 分かっていても、そう言うしかない。 あんなこと、初めてだ。 痴漢を期待したことも。その妄想に耽ったことも。それが人の大勢いる電車内だったことも。それで、こんなことになったことも。 勿論、アリサだって自慰くらいはする。それが、色々忙しくてここ一週間ほどできなかったけど、溜まっていたと思うほどじゃない。大体、アリサはそこまで性欲は強くはなかった。 なのに。 「なんで、こんな、わたし……」 今日ほど自分が分からなかった日はない。 アリサはただ呆然と呟くことしかできなかった。