約 233,548 件
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/576.html
太陽と月と星がある 第十話 外もだいぶ暖かくなり、早咲きのたんぽぽが綿毛になる頃。 「おかえりなさい…御主人様?」 「ん~…」 ある雨の日、出掛けた筈の御主人様が早々の帰宅しました。 半ドンです。お昼用意してませんよ。 「どこか、具合が悪いんですか?御飯は召し上がれますか?」 「…食う」 どうも目の焦点が合っていない雰囲気です。 ヘビって、雨の日も雪の日みたいになっちゃうものなんでしょうか…。 気だるそうな御主人様というのも、それなりにそれなりな感じで…まぁ…役得ですが…。 因みに私は「雨の日はネコ来ないからお休み」との事でエセナース休業です。 チェルもサフも遊びに行っちゃったみたいだし…。 きっと二人とも全身泥塗れで帰ってくるんだろうなぁ…、 ヒトなら雨の日に遊ぶなんで考えないのですが、こちらの子供は元気が有り余っている分、天候に左右されていません。 左右されるのは、洗濯物だけです。 洗濯物を綺麗に乾かす魔法…って無いのかなぁ…。 あっても使えないから一緒ですけど。 先日やっと手に入れたお米…期待よりもだいぶパサパサで長めのヤツ…の冷凍御飯を解凍しつつ、フライパンに油を敷き、溶き卵を流し込み、火を通してから解凍した御飯を入れて薄めに塩胡椒、あり合せの野菜のミンチを追加、最後にニャバラ黄金のタレという胡散臭さ満載のソースを入れて、手抜きチャーハンの完成です。 御主人様も居るので、野菜のミンチを流用した中華風スープもつけてみたりして。 チャーハンだからそんなに熱くないし、スープも温くしたからバッチリなわけですよ。ヘビなのに猫舌な御主人様にも! 妙にぺったりしている御主人様を椅子につかせ、作り置きの惣菜とスープとチャーハンを並べ、私もその向かいに座ったりして。 よく考えたら、御主人様と二人で食事って、初めてじゃないだろうか? いつもはサフやチェル、もしくはジャックさんが居るわけだし…折角だからじっくり観察しておこうと思い食べながら様子を見ていると、御主人様と目が合いました。 「お味、どうです?」 「コレが美味いな」 「それは良かったです」 御主人様がフォークで刺した紫色の物体…。 それは先日とうとう巡り合えた狐の雑貨屋さんで買った柴漬けです。 ちなみに雑貨屋さんでは注文すれば、本国から仕入れてくれるそうなので色々入荷待ち状態です。 和食にあうお米とか、大豆とか、醤油とか味噌とか小豆とか…納豆とか。 楽しみ過ぎて最近不眠気味です。どうしよう。 「御主人様?」 「ん~…」 コレは発見です。 雨の日は気温が低いので、御主人様も動きが鈍いようです。 寒いのか、やけに距離が近いです。湯たんぽ代わりですか?全然構いません。 ご飯も食べ終わり、夕食の下ごしらえも終わると後はできる事も無く…暇です。 御主人様も暇なのかだらりとしています。訊ねても生返事です。 というわけで、私は字の勉強と称した読書です。 英語が苦手だった私が、こんなに早く文章を読めるようになるとは思いませんでしたが…ジャックさんて教え方上手なんですね。 本は、ジャックさんお勧めのペーパーバックです。 「これ、なんだ?」 「闘(トウ)・愛(ラブ)ル という本です」 猫少年が犬の国で格闘修行をしつつ女の子にモテまくりという…ご都合主義小説です。 犬国の風俗が書き込まれつつ、様々な種族の女の子が出てくるのが人気の秘訣らしいです。 マッド科学者な幼馴染猫少女とか。 ライバルの犬マダラ少年とか。 剛毅でスレンダーな虎少女とか。 ツンデレヘビ少女とか。 剣の師匠のカモシカ姉妹とか。 巨乳でストイックな狼娘とか。 兎の美熟女とか。 ミステリアスな狐巫女とか。 …ダンディーな犬主人とラブラブなヒト女性とかが出てきます。 べ、ラブラブなんか羨ましくないもん。 本当に、全然。私だって、優しくされてるし、御飯食べられるし無理強いされないし。 これで幸せじゃなかったら、相当な我侭だ。だからラブラブなんか全然羨ましくないもん。 …字だって教えてもらえるもん。 「ここ読み方が判らないので、読んで頂けますか?」 御主人様今凄い嫌な顔しました。 肩に顎載せられているので確認できませんが、間違いありません。 指したのは、ダンディーだけど脳味噌ピンクな犬主人がヒト女性を口説いている箇所です。 指したのは、読めない単語があるからで、別に深い意図はありません。 「人差し指を頬に…」 「いえ、その隣の」 あ、溜息つきました。 首筋が気になります。 髪留めを取られ、髪の毛が解けている所為です。 取りあえず、スカートの裾直しておこう…。 「君は薔薇のように香しく、百合の様に清らかだ」 棒読みです。 エライ勢いで棒読みです。 おまけに尻尾で首筋ざりざりされました。冷たいです。 「かぐわしい、ですね。わかりました。ありがとうございます」 たかが台詞なのに凄い反応です。 そんなに言うの嫌ですか。 本当はもっと長いのにはしょりましたよね。 ジャックさんと違って、御主人様は好みの女性にしかそういう事を言わないんだろうなぁ…あ、それが普通か。 落胆しつつ、ページを捲ると情事シーンでした。 若年層向けライトなノベルだと思ったのに。 ジャックさんお勧めだからか、そうなのか。 凄い汁ダクです。ヌルヌルエロエロです。 凄いなぁ…フィクション…男は穴があればいいわけだからあるかもしれないけど、女側はほぼ演技ですよね。あんなの痛いだけだし。 あー…でも隣の部屋の子は…まぁ、どうでもいいです。 「ページ飛ばすな」 読んでたんですか。 耳元でそんなどうでもいい事を囁かないで下さい。困ります。 ページを戻して、ちらりと文章に目を落すと相変わらず凄いラブラブでした。 しかも子供がどうのとか嫁がどうのといってます。 どうやら結婚するらしいです。 本の中だからヒトと人の間でも子供が出来る薬とかあるみたいです。 …正直、作者の顔を見てみたい。夢見すぎ。いいのか、創作だから。 その後は、主人公と幼馴染ネコ少女と延々いちゃついてます。 いつまで続くのピンクページ。 正直、ちょっと苦痛。 御主人様は普通に読んでるみたいだし…。 …御主人様、こういうの好きなんだ。 …ヘェ…もっと堅い人だと思ってましたけど……ふぅん… 「官能的ですよね、発情します?もし宜しければ抜きますけど」 視線を落したまま訊ねると(肩に顎載せられているので振り返れないのです)重さが引き、振り向くと至近距離の美貌が固まってました。 目が大きく開かれ、瞳ははいつもと違う鬱金色…キケンなサインです。 攻撃色です。絡んでいる指が痛いです。 尻尾がうねり肌に鱗の感触が伝います。 色々な意味で鳥肌が立ち…堪りかねて、私はその場をフォローするために口を開きました。 「…なんちゃってーうっそぴょーん」 ジャックさんの嘘つき…こう言えば御主人様怒らないって言ったのに…。 いや、御主人様の許容範囲外の分際で下世話な事を聞いた私が悪いワケですが…。 前職がアレだし、ジャックさんがアレだからつい同じノリで…すみません言い訳です。 痛むこめかみを撫でつつ、御機嫌をとる為に御主人様好みの超濃い目のコーヒーを用意し、私はそれに大量のミルクと砂糖を入れたものを用意しました。 おやつはどうしよう。 生クリーム塗って「デザートはワタシ(はぁと)」ってバカ。 久しぶりに読んだ娯楽小説のせいで気持ちが高揚しているようです。 だって、エロシーン多いけど、他は普通に面白いし。 けどさっきの今でこんな事言ったら張り倒されるの請け合いです。痛いのは避けたいです。 ちょっと落ち着こう、自分。 アレです。御主人様がいつもと違ってぺったりしてるからです。 素直に湯たんぽとしての役得だと思っとけばいいものを、なんとなく期待してしまうから不興を買うわけで。 御主人様の様子を伺うと、御主人様はソファーを占領し本を読み耽っています。私が読んでたのに…。 そういえば、何で今日に限って早かったのか聞いて無いや。 見るだけで胃が痛くなりそうなコーヒーを手渡すと御主人様がこちらを向きました。 目が普通になってます。 もう怒っていないようです。 「今日、どうかなさったんですか?」 「今日?」 御主人様って、なんでこう美形なんでしょうね。 美形じゃないマダラの人が居るかどうかは知りませんが。 「普段よりもお帰りが早いようなので」 私が休みだったからいいものの…下手するとまたカエル料理の可能性がありました。 自分が早いときにまた作ると宣告をされた恐怖はまだ生々しいです。 危険です。全力で避けたい所です。 その辺はジャックさんの同意を得ています。サフも全面協力してくれるそうです。 持つべきものは同じ感性の持ち主です。 御主人様はコーヒーを一口飲んでから目を細め、ネコは雨が嫌いだからな、と言いました。 「清清しいほど学生が居なくてな、留学生と講師だけじゃ授業にならんので臨時休講になった」 …休講、留学生… 「御主人様って、学生だったんですね」 「逆だ」 「え、先生?」 うわー!知らなかった。 御主人様が教壇に?授業にならないでしょう、容姿的な意味で。 見蕩れてノートとか書けませんよ! あー…だからトカゲ男で外うろついてるのかな? そのままじゃ動く誘蛾灯ですもんね。大変です。 「どうしてまたネコの国に…」 ヘビならヘビの国やもっと南の方が過しやすいと思うのですが。 …あ、どうやら聞いてはいけない事柄だったらしく、御主人様が無言です。 ヘビの国って、紛争が絶えないんだっけ…色々あるんだろうな。 「やっぱりなんでもないです。お菓子持ってきますね」 先生かぁ…、道理でサフやチェルに色々教えてると思った。 いいなぁ学校。 せっかく先輩と同じ高校受けたのになぁ…。 先輩、元気かなぁ…恋人とか、出来たんだろうなぁ… 今日のお菓子は近所でも有名なお店のリンゴパイです。 美味しいです。 嬉しいので大事に食べていると、御主人様がぼそりと。 「俺の分も食え」 「いいんですか!?」 二倍です。美味しいです。太るなーコレは。でも仕方ありません、別腹ですから。 御主人様は、相変わらずぼーっとした様子で本を捲っています。 ときどきこちらを見るのはなんなんでしょうか。やっぱり食べたいのかな。 でも残念ながらコレが最後の一口です。 名残惜しく指についたジャムを舐めると何故か頭を撫でられました。 「そういえば、御主人様は学校で生徒さんになんて呼ばれているんですか?がっくん?やっぱりガエスタル先生?」 ヘビよりもネコの方が数倍寿命が長いわけですから、生徒の方が年上というのはありそうです。 口調とか、大変そうですよね。 返事が無いので顔色を確認したら、また無言で固まっていました。 「御主人様?」 あ、動いた。 「もう一回言ってくれ」 「生徒さんからの呼ばれ方って、ガエスタル先生なんですか?」 目線が横を向いています。 「そっちじゃない方だな」 「がっくん?」 愛称呼びの先生かぁ…学校ではフレンドリーなんでしょうか。 御主人様は妙な雰囲気になっています。 余計な事を聞いてしまったかな?もしかして、…私が便宜上でもがっくん呼びしたから怒ったのかな。 いや、そんな体育会系じゃないはずだけど、一体何が。 「キヨカ」 「はい?」 御主人様、無表情に眉間に皺が刻まれています。尻尾が床を叩いているのが不穏です。 相当な沈黙の後、やっと御主人様が口を開きました。 重い空気にじっとりとイヤな汗が背中を伝います。 なんとなくソファーの背に凭れようとしたら尻尾に当たりました。 正直、長過ぎじゃないでしょうか。 持て余してますよね。 進化の法則的に淘汰される側ですよ。これは。 「俺の事、どう思ってる?」 「御主人様」 眉間の皺が深くなりました。求めていた回答じゃないようです。 「マダラのヘビ…カエル好き…おもったより鮫肌…変温…兎の友を持つ懐の深い人…」 尻尾が元気なく垂れてます。肩ががくりと下がりました。 な、何が違うのでしょうか! 「面倒見いいですよね!あと器用だし!子供の扱い上手だし!」 無言です。項垂れてます。 褒めてますよね?これ以上言うの?手が綺麗とか?優しいとか?尻尾が素敵とか?私の性癖バレるから言いたくないですよ。ドン引きですよ。 あと客観的な言い方は… 「美少年。オリエンタルエキゾチック美形」 あ、反応した。 「しょうねん?」 訝しげな表情です。反応するのそっちですか。 美形呼びは当然過ぎてて効果無しですか。そうですか。 「オマエよりかなり長く生きてるが」 「ヒトの倍の寿命だそうですね」 サフなんか三倍ですから、私よりも年上だけど三で割れば小学生程度です。 そういうと、御主人様は凄く微妙な表情になりました。 何故頭を撫でるのですか。全然構いませんが。 「俺の事呼んでくれ」 「御主人様?」 「そうじゃなくて」 「ガエスタル様」 あ、また皺が。 「両方禁止にしたらどうなる?」 …オティスさん、はマズイから… 「が…ガエス様?ガエスタル…さん?君?スタル様?」 うわ、言いにく。 御主人様は溜息をつきコーヒー飲みだしました。 さっきまでの妙な空気は霧散しています。 何故、背中を尻尾で叩くんでしょう?痛くないけど。 「あの…本の続き、読んでも宜しいでしょうか?」 差し出された本にはしおりが二つ。 勝手に読みつつもちゃんと私が読んだ部分をキープしていたようです。 やっぱり優しい…。 しかし読んでいる最中に尻尾巻きつけてきたり髪の毛触るのはどうにかならないものでしょうか。 サフやチェルが居るときはこんな事しないのに。
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/540.html
太陽と月と星がある 第十六話 ある雨の晩、 バケツをひっくり返したような、という表現がぴったりの豪雨を窓からぼんやりと眺めていると、全身ずぶ濡れになった御主人様(トカゲ男)が帰宅しました。 タオルを持って玄関へ急ぐと、御主人様の肌に張り付いた服の中で蠢くものがひとつ。 思わず御主人様の顔と蠢いている部分を交互に見ていると、鱗フェイスが非常に気まずそうな表情を浮かべているという事がわかりました。 沈黙に耐え切れず、私は御主人様にタオルを渡し、代わりにぐっしょりと濡れた鞄を受け取ります。 …うわ、なんか物凄い勢いで蠢いていますけど……。 「なんか、文句あるか」 低く威嚇するような声の御主人様。 「ありませんが…取り合えず、着替えられた方が宜しいかと」 ……あ、なんか今、御主人様の懐からすごい形容し難い鳴き声がしました。 「ずるーいっ!!がっくん前だめだって言ったのに!」 「雨に濡れて震えていたんだから仕方ないだろうが!」 二人が言い争う声がして、チェルがキッチンに駆け込んできました。 手に抱えているのは…一つ目のトトロもどき……。 色や細部が違いますが、春先にチェルが拾ってきたのとだいたい…同じような形態です。 「キヨカー!みて!がっくんずるいよね!!」 幼女に力いっぱい抱き締められたトトロもどきが奇妙な声を発しています。 喜んでいるのか苦しんでいるのか、微妙な所です。 少し遅れて、御主人様が姿を現しました。 美形なのにヘビっぽい何を考えているのかわからない胡乱な眼差しでチェルと怪生物と私を見つめます。 「雨に濡れて震えていたんですか」 一瞬、御主人様の眉間に皺が寄りました。 見れば、怪生物の毛皮がしっとりと濡れ、抱き締めるチェルの服もじんわりと湿っていくのが判ります。 「とりあえず、ちゃんと拭いてあげて下さいね」 近くにあった手拭を渡すと、御主人様はじっとこちらを見て恐る恐るといった様子で受け取りました。 「怒ってないのか」 何を言われたのか判らず首を傾げると、御主人様は……驚いた事にひどく後ろめたそうな表情です。 ……雨が降るわけです。 今日の晩御飯は、白い御飯にキノコのお味噌汁、いわし(らしきもの)の一夜干し、カボチャの煮つけ、お浸しと大変和食的です。 ぎこちない手付きで箸を握り、微妙な表情でいわしをつつくサフ。 半熟卵を御飯にかけて口の周りを黄色く染めるチェル。 無表情で漬物をつつく御主人様…猫舌だから仕方ありません。 ジャックさんは、献立を聞くと用事を思い出したそうなので今夜は不在です。 「ところで、とりあえずパンの耳を与えてみたんですが何でも食べますね、この子」 試しに菜っ葉のきれっぱしも与えたら、食べたし。 雑食なのか食欲旺盛なのかわかりませんが、飼うのが楽なのは間違いないようです。 つついたら、高級タオルのような手触りでした。 さらさわふわふわです。 正直、嫌いではありません。 触っていたら、御主人様に食事を催促されたのであまり触れませんでしたが……。 「ねぇじゃあ、この魚やっちゃだめ?これ骨多くて食べにくいよ」 サフが脱力しきった声で降参したので、私はお皿ごと受け取り、身をほぐし白身を箸でつまみました。 「はい、あーん」 残りをお皿ごと返し、ついでに魚を手付かずのまま放置している御主人様の方を見ました。 一応、お箸ちゃんと使えるみたいなんですけどね。 「やりましょうか?」 「ん」 魚の骨がいやで食べないなんて、人生を損しているとしか思えません。 チェルのように頭から食べるくらいの気概は見せて欲しいものです。 つらつらとそんなことを思いながら骨を外し、お皿を返すと何故か睨まれました。 「何か」 「差別か」 意味がわからないのでお皿と御主人様を見比べ、ふと思いついて白身を箸で摘み 「あー……!」 ばっくりと テーブルの下でうろついてた筈の怪生物が突然飛び上がり、なんとお魚どころか手まで食べられました。 一瞬驚いたものの、しつけされていないであろう生物の前で御飯を見せびらかすのは問題があります。 こちらのミスです。 私は冷静に口から手を引き剥がし手を洗ってから、食事を続けようとしたのですが、何故か御主人様の機嫌が非常に悪くなっていました。 ……謎です。 お皿を洗っている私の足元をピョコピョコと跳び回る怪生物。 どうやら魚の骨が気に入ったらしく、奇妙な鳴き声を上げています。 そして、驚いた事に一通りお洗い終え手を拭く私に低音を発しながら体を摺り寄せてきました。 異形に腰を引きつつ、なんとなく頭部の辺りを撫でると、目を閉じて一層体を寄せてきました。 もふもふさらさわふわふわです。 もう一度言います。 もふもふのさらさらのふわふわです。 本当に中に皮と肉があるんだろうかと疑うほどに柔らかな感触に驚愕しつつ、とりあえず撫でます。 もしかしてトリートメントでもしているのだろうかと思うほどに柔らかで羨ましくなるくらい艶めいた体毛です。 もふもふです。 サフもモフモフですが、こちらの方が数段柔らかく、ふわふわなジャックさんより数倍トリートメントが効いています。 さらさらでふわふわです……。 もふもふ……… 「おい」 耳元で囁かれ、我に帰る私。 「いつまでやってるんだ」 膝の上で寝そべっていた怪生物が突然声をかけてきた御主人様に驚いたのか、ジタバタと暴れます。 まるで何かに怯えているようです。 逃げないように抱き締めたのですが、一瞬大人しくなったかと思うと突然体を震わせ柔らかな体を捻って飛び出してしまいました。 何故か開いていた窓から……雨のやんだ夜の闇の中へ。 「もふもふが……」 愕然として呟く私に御主人様は咳払いをして、私の背を叩きました。 「別に、アレくらいどうって事はないだろう」 全然どうって事あります。ありまくりです。 「自分で拾ってきたのに……見捨てるなんて……」 私の言葉に眼をそらす御主人様。 膝どうとか販促が難だとか意味不明の言葉を呟き、何故か尻尾を足に絡めてきました。 そして何故か私の首に顔を押し付けてきます。 ……どうして背中を触る必要があるんでしょうか。 「もふもふが……震えてたのに…」 「安心しろ、雨がやんだから、家に帰っただけだ」 ……そういう問題ではありません。 「もふもふ気持ちよかったのに……」 床に爪を立て、開いた窓を見つめて呟く私に御主人様が噛み付きそうな勢いで口を開きました。 「鱗で我慢しろ!」 御主人様、無茶過ぎます。
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/523.html
太陽と月と星がある 第九話 最近、御主人様の様子がちょっとばかり怪しい。 なんだか妙に落ち着きがないし、私を避けている気配がする。 好きな人でも出来たのかなー、それでその人に「ヒト飼ってるの?やだ卑猥ッ」とか言われたとか…。 ありそうな話です。 好きな人がマニアックな性処理道具持ってると言えば、潔癖な人なら引きます。 ドン引き。 それとも脱皮が近いのでしょうか? でもこの前終わった所だし、あとは発情k……まぁ、どうでもいい事です。 「御主人様ー御飯です」 書斎でとぐろを巻き、紙を見ながら呟く御主人様の背後から声をかけると、 御主人様は物凄く動揺した様子で持っていた紙切れを落としました。 取り合えずつまむと、うわっとか、妙な声を上げて慌てて奪い返され…。 記事と、私を交互に睨む御主人様。 私は記事を取り返された際に爪で裂けた指先を見て、首を傾げました。 結構、痛い。 「御飯ですが」 御主人様は私の言葉を聞くと、記事を仕舞い込みながらあとで行くと答えました。 あー…血がでちゃった。 早くしないと冷めますよーとだけ言って部屋を出て、壁に凭れて指先を舐めると鉄錆の味がしました。 これのどこが甘くて美味しいと思えるのか謎なのですが、ヒトには一生わからなくていい味覚ではあります。 結構深かったのか、中々血が止まりません。 限りなくどうでもいいことですが、私の数少ない特技の一つに速読があります。 だから、一瞥しただけでも大まかには把握するくらいはできます。 ヒトの権利を求めてヒト少年が単独餓死ショー開催中in博物館。 「餓死するのは、大変ですよー水だけで一週間位持ちますからねー」 そこは暑いのでしょうか、それとも、ここと同じくらい寒いのでしょうか? 君は、今まで幸せだったでしょうか? 私に出来るのは、…真似をさせる人が居ない事を祈る事ぐらいです。 そうじゃなければ、たとえば、奇跡が起きて… 目の前が暗くなったので、見上げると御主人様と目が合いました。 美少年の癖に何でこんなに威圧感があるんでしょうね、御主人様は。 「どうかしたのか」 「いえ、別に」 立ち上がり、キッチンに向かおうとしたら後ろから引っ張られ、倒れ込みそうになったので咄嗟に壁に手をつき、 何とか踏みとどまります。 …痛い。 壁を見るとうっすらと血の線がついています。指のせいか…後で拭かなくては。 「何か御用ですか?」 訊ねてみても返事はなく、そのまま後ろへ引っ張られました。 そしてそのまま書斎へ逆戻り。 扉を超えたあたりで放され、私は背中から床へ。 御主人様はひっくり返っている私を睨んで戸棚をあさり、引き出しから得体の知れない小瓶と布を取り出しました。 「さっさと起きてここに座れ」 指された机の上に腰掛ると、御主人様は小瓶の蓋を開け、水色の軟膏を掬い私の指先に塗り始めました。 「そんなだからヒトだと軽んじられるんだ」 私は意味不明の叱咤を流しつつ、神妙な顔をつくりました。 これ、結構しみる…。 「嫌なら嫌だと言えばいいんだ。間違っている事はいつか必ず正される。なのに、死んだら終わりだろうが馬鹿め」 独り言…なのかなぁ…、返事した方がいいのでしょうか。 間近に御主人様の顔があるので視線を離し、手持ち無沙汰なので空いてる方の手で首を触ると妙な感触がする部分があります。 ずっと前、首輪を引かれ擦れて皮膚が剥けて膿んだ所です。 あの時は掻き毟って涙が出るほど痛くて痒かったのが、今では何も感じません。 檻の中で、他のヒトが言っていた通りです。 だんだん、何をされたって感じなくなるんです。 「天網恢恢疎にして漏らさずという言葉があります」 私がそう言うと御主人様はきょとんとした表情を浮かべました。かわいい。 「悪い事をしたら、報いが来るという意味ですが」 少なくともあっちでは。 神は死んだかもしれないけど、殺したのは、私達かもしれないけど。 あっちだって、別に凄く良い世界なんかじゃない。 私だってあっちでも今と大差ない待遇の可能性があったし、今でもたくさんの人が不幸な目にあっているんだろう。 でも、色々あってもきっと昔よりは良い方向に行っていると思う。 少なくとも、私は何とかしようとしている人達がいた事を覚えてる。 義理とか欲とか様々なモノに挟まれて、それでもそれが捨てられない人達。 まるで、セイギノミカタみたいな人が、確かに居たんです。 今の私達には、…夢にも見れないけど。 「つまり御主人様は、きっといい事がありますよ。という意味です。ヒトにもこんなに優しいんですから」 包帯で巻かれた指を振ってそういうと、残っていた包帯をぶつけられた。 「何バカ言ってるんだ。バカのせいでメシが冷めるところだった。ほらはやくしろっ」 口とは裏腹に、優しい手つきで机から下され書斎から引っ張り出されました。 ヒトに似た手と体に絡む鱗肌は、室温のおかげで少しだけ暖かい。 「何がヒトの権利拡張だ、ふざけるな」 あの時、御主人様が泣きそうな声で言った独り言は、聞こえなかったことにしておく。 ねぇ、君の御主人様はどんな人でしたか? 私の御主人様は――― fin
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/524.html
太陽と月と星がある 第十話 外もだいぶ暖かくなり、早咲きのたんぽぽが綿毛になる頃。 「おかえりなさい…御主人様?」 「ん~…」 ある雨の日、出掛けた筈の御主人様が早々の帰宅しました。 半ドンです。お昼用意してませんよ。 「どこか、具合が悪いんですか?御飯は召し上がれますか?」 「…食う」 どうも目の焦点が合っていない雰囲気です。 ヘビって、雨の日も雪の日みたいになっちゃうものなんでしょうか…。 気だるそうな御主人様というのも、それなりにそれなりな感じで…まぁ…役得ですが…。 因みに私は「雨の日はネコ来ないからお休み」との事でエセナース休業です。 チェルもサフも遊びに行っちゃったみたいだし…。 きっと二人とも全身泥塗れで帰ってくるんだろうなぁ…、 ヒトなら雨の日に遊ぶなんで考えないのですが、こちらの子供は元気が有り余っている分、天候に左右されていません。 左右されるのは、洗濯物だけです。 洗濯物を綺麗に乾かす魔法…って無いのかなぁ…。 あっても使えないから一緒ですけど。 先日やっと手に入れたお米…期待よりもだいぶパサパサで長めのヤツ…の冷凍御飯を解凍しつつ、フライパンに油を敷き、溶き卵を流し込み、火を通してから解凍した御飯を入れて薄めに塩胡椒、あり合せの野菜のミンチを追加、最後にニャバラ黄金のタレという胡散臭さ満載のソースを入れて、手抜きチャーハンの完成です。 御主人様も居るので、野菜のミンチを流用した中華風スープもつけてみたりして。 チャーハンだからそんなに熱くないし、スープも温くしたからバッチリなわけですよ。ヘビなのに猫舌な御主人様にも! 妙にぺったりしている御主人様を椅子につかせ、作り置きの惣菜とスープとチャーハンを並べ、私もその向かいに座ったりして。 よく考えたら、御主人様と二人で食事って、初めてじゃないだろうか? いつもはサフやチェル、もしくはジャックさんが居るわけだし…折角だからじっくり観察しておこうと思い食べながら様子を見ていると、御主人様と目が合いました。 「お味、どうです?」 「コレが美味いな」 「それは良かったです」 御主人様がフォークで刺した紫色の物体…。 それは先日とうとう巡り合えた狐の雑貨屋さんで買った柴漬けです。 ちなみに雑貨屋さんでは注文すれば、本国から仕入れてくれるそうなので色々入荷待ち状態です。 和食にあうお米とか、大豆とか、醤油とか味噌とか小豆とか…納豆とか。 楽しみ過ぎて最近不眠気味です。どうしよう。 *** 「御主人様?」 「ん~…」 コレは発見です。 雨の日は気温が低いので、御主人様も動きが鈍いようです。 寒いのか、やけに距離が近いです。湯たんぽ代わりですか?全然構いません。 ご飯も食べ終わり、夕食の下ごしらえも終わると後はできる事も無く…暇です。 御主人様も暇なのかだらりとしています。訊ねても生返事です。 というわけで、私は字の勉強と称した読書です。 英語が苦手だった私が、こんなに早く文章を読めるようになるとは思いませんでしたが…ジャックさんて教え方上手なんですね。 本は、ジャックさんお勧めのペーパーバックです。 「これ、なんだ?」 「闘(トウ)・愛(ラブ)ル という本です」 猫少年が犬の国で格闘修行をしつつ女の子にモテまくりという…ご都合主義小説です。 犬国の風俗が書き込まれつつ、様々な種族の女の子が出てくるのが人気の秘訣らしいです。 マッド科学者な幼馴染猫少女とか。 ライバルの犬マダラ少年とか。 剛毅でスレンダーな虎少女とか。 ツンデレヘビ少女とか。 剣の師匠のカモシカ姉妹とか。 巨乳でストイックな狼娘とか。 兎の美熟女とか。 ミステリアスな狐巫女とか。 …ダンディーな犬主人とラブラブなヒト女性とかが出てきます。 べ、ラブラブなんか羨ましくないもん。 本当に、全然。私だって、優しくされてるし、御飯食べられるし無理強いされないし。 これで幸せじゃなかったら、相当な我侭だ。だからラブラブなんか全然羨ましくないもん。 …字だって教えてもらえるもん。 「ここ読み方が判らないので、読んで頂けますか?」 御主人様今凄い嫌な顔しました。 肩に顎載せられているので確認できませんが、間違いありません。 指したのは、ダンディーだけど脳味噌ピンクな犬主人がヒト女性を口説いている箇所です。 指したのは、読めない単語があるからで、別に深い意図はありません。 「人差し指を頬に…」 「いえ、その隣の」 あ、溜息つきました。 首筋が気になります。 髪留めを取られ、髪の毛が解けている所為です。 取りあえず、スカートの裾直しておこう…。 「君は薔薇のように香しく、百合の様に清らかだ」 棒読みです。 エライ勢いで棒読みです。 おまけに尻尾で首筋ざりざりされました。冷たいです。 「かぐわしい、ですね。わかりました。ありがとうございます」 たかが台詞なのに凄い反応です。 そんなに言うの嫌ですか。 本当はもっと長いのにはしょりましたよね。 ジャックさんと違って、御主人様は好みの女性にしかそういう事を言わないんだろうなぁ…あ、それが普通か。 落胆しつつ、ページを捲ると情事シーンでした。 若年層向けライトなノベルだと思ったのに。 ジャックさんお勧めだからか、そうなのか。 凄い汁ダクです。ヌルヌルエロエロです。 凄いなぁ…フィクション…男は穴があればいいわけだからあるかもしれないけど、女側はほぼ演技ですよね。あんなの薬とか使わなきゃ……痛いだけだし。 あー…でも隣の部屋の子は…まぁ、どうでもいいです。 「ページ飛ばすな」 読んでたんですか。 耳元でそんなどうでもいい事を囁かないで下さい。困ります。 ページを戻して、ちらりと文章に目を落すと相変わらず凄いラブラブでした。 しかも子供がどうのとか嫁がどうのといってます。 どうやら結婚するらしいです。 本の中だからヒトと人の間でも子供が出来る薬とかあるみたいです。 …正直、作者の顔を見てみたい。夢見すぎ。いいのか、創作だから。 その後は、主人公と幼馴染ネコ少女と延々いちゃついてます。 いつまで続くのピンクページ。 正直、ちょっと苦痛。 御主人様は普通に読んでるみたいだし…。 …御主人様、こういうの好きなんだ。 …ヘェ…もっと堅い人だと思ってましたけど……ふぅん… 「官能的ですよね、発情します?もし宜しければ抜きますけど」 視線を落したまま訊ねると(肩に顎載せられているので振り返れないのです)重さが引き、振り向くと至近距離の美貌が固まってました。 目が大きく開かれ、瞳ははいつもと違う鬱金色…キケンなサインです。 攻撃色です。絡んでいる指が痛いです。 尻尾がうねり肌に鱗の感触が伝います。 色々な意味で鳥肌が立ち…堪りかねて、私はその場をフォローするために口を開きました。 「…なんちゃってーうっそぴょーん」 ジャックさんの嘘つき…こう言えば御主人様怒らないって言ったのに……。 いや、御主人様の許容範囲外の分際で下世話な事を聞いた私が悪いワケですが……。 前職がアレだし、ジャックさんがアレだからつい同じノリで…すみません言い訳です。 痛むこめかみを撫でつつ、御機嫌をとる為に御主人様好みの超濃い目のコーヒーを用意し、私はそれに大量のミルクと砂糖を入れたものを用意しました。 おやつはどうしよう。 生クリーム塗って「デザートはワタシ(はぁと)」ってバカ。 久しぶりに読んだ娯楽小説のせいで気持ちが高揚しているようです。 だって、エロシーン多いけど、他は普通に面白いし。 けどさっきの今でこんな事言ったら張り倒されるの請け合いです。痛いのは避けたいです。 ちょっと落ち着こう、自分。 アレです。御主人様がいつもと違ってぺったりしてるからです。 素直に湯たんぽとしての役得だと思っとけばいいものを、なんとなく期待してしまうから不興を買うわけで。 御主人様の様子を伺うと、御主人様はソファーを占領し本を読み耽っています。 私が読んでたのに……。 そういえば、何で今日に限って早かったのか聞いて無いや。 見るだけで胃が痛くなりそうなコーヒーを手渡すと御主人様がこちらを向きました。 目が普通になってます。 もう怒っていないようです。 「今日、どうかなさったんですか?」 「今日?」 御主人様って、なんでこう美形なんでしょうね。 美形じゃないマダラの人が居るかどうかは知りませんが。 「普段よりもお帰りが早いようなので」 私が休みだったからいいものの…下手するとまたカエル料理の可能性がありました。 自分が早いときにまた作ると宣告をされた恐怖はまだ生々しいです。 危険です。全力で避けたい所です。 その辺はジャックさんの同意を得ています。サフも全面協力してくれるそうです。 持つべきものは同じ感性の持ち主です。 御主人様はコーヒーを一口飲んでから目を細め、ネコは雨が嫌いだからな、と言いました。 「清清しいほど学生が居なくてな、留学生と講師だけじゃ授業にならんので臨時休講になった」 …休講、留学生… 「御主人様って、学生だったんですね」 「逆だ」 「え、先生?」 うわー!知らなかった。 御主人様が教壇に?授業にならないでしょう、容姿的な意味で。 見蕩れてノートとか書けませんよ! あー…だからトカゲ男で外うろついてるのかな? そのままじゃ動く誘蛾灯ですもんね。大変です。 「どうしてまたネコの国に…」 ヘビならヘビの国やもっと南の方が過しやすいと思うのですが。 …あ、どうやら聞いてはいけない事柄だったらしく、御主人様が無言です。 ヘビの国って、紛争が絶えないんだっけ…色々あるんだろうな。 「やっぱりなんでもないです。お菓子持ってきますね」 先生かぁ…、道理でサフやチェルに色々教えてると思った。 いいなぁ学校。 せっかく先輩と同じ高校受けたのになぁ…。 先輩、元気かなぁ…恋人とか、出来たんだろうなぁ… 今日のお菓子は近所でも有名なお店のリンゴパイです。 美味しいです。 嬉しいので大事に食べていると、御主人様がぼそりと。 「俺の分も食え」 「いいんですか!?」 二倍です。美味しいです。太るなーコレは。でも仕方ありません、別腹ですから。 御主人様は、相変わらずぼーっとした様子で本を捲っています。 ときどきこちらを見るのはなんなんでしょうか。やっぱり食べたいのかな。 でも残念ながらコレが最後の一口です。 名残惜しく指についたジャムを舐めると、何故か頭を撫でられました。 「そういえば、御主人様は学校で生徒さんになんて呼ばれているんですか?がっくん?やっぱりガエスタル先生?」 ヘビよりもネコの方が数倍寿命が長いわけですから、生徒の方が年上というのはありそうです。 口調とか、大変そうですよね。 返事が無いので顔色を確認したら、また無言で固まっていました。 「御主人様?」 あ、動いた。 「もう一回言ってくれ」 「生徒さんからの呼ばれ方って、ガエスタル先生なんですか?」 目線が横を向いています。 「そっちじゃない方だな」 「がっくん?」 愛称呼びの先生かぁ…学校ではフレンドリーなんでしょうか。 御主人様は妙な雰囲気になっています。 余計な事を聞いてしまったかな?もしかして、…私が便宜上でもがっくん呼びしたから怒ったのかな。 いや、そんな体育会系じゃないはずだけど、一体何が。 「キヨカ」 「はい?」 御主人様、無表情に眉間に皺が刻まれています。尻尾が床を叩いているのが不穏です。 相当な沈黙の後、やっと御主人様が口を開きました。 重い空気にじっとりとイヤな汗が背中を伝います。 なんとなくソファーの背に凭れようとしたら尻尾に当たりました。 正直、長過ぎじゃないでしょうか。 持て余してますよね。 進化の法則的に淘汰される側ですよ。これは。 「俺の事、どう思ってる?」 「御主人様」 眉間の皺が深くなりました。求めていた回答じゃないようです。 「マダラのヘビ…カエル好き…おもったより鮫肌…変温…兎の友を持つ懐の深い人…」 尻尾が元気なく垂れてます。肩ががくりと下がりました。 な、何が違うのでしょうか! 「面倒見いいですよね!あと器用だし!子供の扱い上手だし!」 無言です。項垂れてます。 褒めてますよね?これ以上言うの?手が綺麗とか?優しいとか?尻尾が素敵とか?私の性癖バレるから言いたくないですよ。ドン引きですよ。 あと客観的な言い方は… 「美少年。オリエンタルエキゾチック美形」 あ、反応した。 「しょうねん?」 訝しげな表情です。反応するのそっちですか。 美形呼びは当然過ぎてて効果無しですか。そうですか。 「オマエよりかなり長く生きてるが」 「ヒトの倍の寿命だそうですね」 サフなんか三倍ですから、私よりも年上だけど三で割れば小学生程度です。 そういうと、御主人様は凄く微妙な表情になりました。 何故頭を撫でるのですか。全然構いませんが。 「俺の事呼んでくれ」 「御主人様?」 「そうじゃなくて」 「ガエスタル様」 あ、また皺が。 「両方禁止にしたらどうなる?」 …オティスさん、はマズイから… 「が…ガエス様?ガエスタル…さん?君?スタル様?」 うわ、言いにく。 御主人様は溜息をつきコーヒー飲みだしました。 さっきまでの妙な空気は霧散しています。 何故、背中を尻尾で叩くんでしょう?痛くないけど。 「あの…本の続き、読んでも宜しいでしょうか?」 差し出された本にはしおりが二つ。 勝手に読みつつもちゃんと私が読んだ部分をキープしていたようです。 やっぱり優しい……。 しかし読んでいる最中に尻尾巻きつけてきたり髪の毛触るのはどうにかならないものでしょうか。 サフやチェルが居るときは、こんな事しないのに。
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/575.html
太陽と月と星がある 第九話 最近、御主人様の様子がちょっとばかり怪しい。 なんだか妙に落ち着きがないし、私を避けている気配がする。 好きな人でも出来たのかなー、それでその人に「ヒト飼ってるの?やだ卑猥ッ」とか言われたとか…。 ありそうな話です。 好きな人がマニアックな性処理道具持ってると言えば、潔癖な人なら引きます。 ドン引き。 それとも脱皮が近いのでしょうか? でもこの前終わった所だし、あとは発情k……まぁ、どうでもいい事です。 「御主人様ー御飯です」 書斎でとぐろを巻き、紙を見ながら呟く御主人様の背後から声をかけると、 御主人様は物凄く動揺した様子で持っていた紙切れを落としました。 取り合えずつまむと、うわっとか、妙な声を上げて慌てて奪い返され…。 記事と、私を交互に睨む御主人様。 私は記事を取り返された際に爪で裂けた指先を見て、首を傾げました。 結構、痛い。 「御飯ですが」 御主人様は私の言葉を聞くと、記事を仕舞い込みながらあとで行くと答えました。 あー…血がでちゃった。 早くしないと冷めますよーとだけ言って部屋を出て、壁に凭れて指先を舐めると鉄錆の味がしました。 これのどこが甘くて美味しいと思えるのか謎なのですが、ヒトには一生わからなくていい味覚ではあります。 結構深かったのか、中々血が止まりません。 限りなくどうでもいいことですが、私の数少ない特技の一つに速読があります。 だから、一瞥しただけでも大まかには把握するくらいはできます。 ヒトの権利を求めてヒト少年が単独餓死ショー開催中in博物館。 「餓死するのは、大変ですよー水だけで一週間位持ちますからねー」 そこは暑いのでしょうか、それとも、ここと同じくらい寒いのでしょうか? 君は、今まで幸せだったでしょうか? 私に出来るのは、…真似をさせる人が居ない事を祈る事ぐらいです。 そうじゃなければ、たとえば、奇跡が起きて… 目の前が暗くなったので、見上げると御主人様と目が合いました。 美少年の癖に何でこんなに威圧感があるんでしょうね、御主人様は。 「どうかしたのか」 「いえ、別に」 立ち上がり、キッチンに向かおうとしたら後ろから引っ張られ、倒れ込みそうになったので咄嗟に壁に手をつき、 何とか踏みとどまります。 …痛い。 壁を見るとうっすらと血の線がついています。指のせいか…後で拭かなくては。 「何か御用ですか?」 訊ねてみても返事はなく、そのまま後ろへ引っ張られました。 そしてそのまま書斎へ逆戻り。 扉を超えたあたりで放され、私は背中から床へ。 御主人様はひっくり返っている私を睨んで戸棚をあさり、引き出しから得体の知れない小瓶と布を取り出しました。 「さっさと起きてここに座れ」 指された机の上に腰掛ると、御主人様は小瓶の蓋を開け、水色の軟膏を掬い私の指先に塗り始めました。 「そんなだからヒトだと軽んじられるんだ」 私は意味不明の叱咤を流しつつ、神妙な顔をつくりました。 これ、結構しみる…。 「嫌なら嫌だと言えばいいんだ。間違っている事はいつか必ず正される。なのに、死んだら終わりだろうが馬鹿め」 独り言…なのかなぁ…、返事した方がいいのでしょうか。 間近に御主人様の顔があるので視線を離し、手持ち無沙汰なので空いてる方の手で首を触ると妙な感触がする部分があります。 ずっと前、首輪を引かれ擦れて皮膚が剥けて膿んだ所です。 あの時は掻き毟って涙が出るほど痛くて痒かったのが、今では何も感じません。 檻の中で、他のヒトが言っていた通りです。 だんだん、何をされたって感じなくなるんです。 「天網恢恢疎にして漏らさずという言葉があります」 私がそう言うと御主人様はきょとんとした表情を浮かべました。かわいい。 「悪い事をしたら、報いが来るという意味ですが」 少なくともあっちでは。 神は死んだかもしれないけど、殺したのは、私達かもしれないけど。 あっちだって、別に凄く良い世界なんかじゃない。 私だってあっちでも今と大差ない待遇の可能性があったし、今でもたくさんの人が不幸な目にあっているんだろう。 でも、色々あってもきっと昔よりは良い方向に行っていると思う。 少なくとも、私は何とかしようとしている人達がいた事を覚えてる。 義理とか欲とか様々なモノに挟まれて、それでもそれが捨てられない人達。 まるで、セイギノミカタみたいな人が、確かに居たんです。 今の私達には、…夢にも見れないけど。 「つまり御主人様は、きっといい事がありますよ。という意味です。ヒトにもこんなに優しいんですから」 包帯で巻かれた指を振ってそういうと、残っていた包帯をぶつけられた。 「何バカ言ってるんだ。バカのせいでメシが冷めるところだった。ほらはやくしろっ」 口とは裏腹に、優しい手つきで机から下され書斎から引っ張り出されました。 ヒトに似た手と体に絡む鱗肌は、室温のおかげで少しだけ暖かい。 「何がヒトの権利拡張だ、ふざけるな」 あの時、御主人様が泣きそうな声で言った独り言は、聞こえなかったことにしておく。 ねぇ、君の御主人様はどんな人でしたか? 私の御主人様は――― fin
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/582.html
太陽と月と星がある 第十六話 ある雨の晩、 バケツをひっくり返したような、という表現がぴったりの豪雨を窓からぼんやりと眺めていると、全身ずぶ濡れになった御主人様(トカゲ男)が帰宅しました。 タオルを持って玄関へ急ぐと、御主人様の肌に張り付いた服の中で蠢くものがひとつ。 思わず御主人様の顔と蠢いている部分を交互に見ていると、鱗フェイスが非常に気まずそうな表情を浮かべているという事がわかりました。 沈黙に耐え切れず、私は御主人様にタオルを渡し、代わりにぐっしょりと濡れた鞄を受け取ります。 …うわ、なんか物凄い勢いで蠢いていますけど……。 「なんか、文句あるか」 低く威嚇するような声の御主人様。 「ありませんが…取り合えず、着替えられた方が宜しいかと」 ……あ、なんか今、御主人様の懐からすごい形容し難い鳴き声がしました。 「ずるーいっ!!がっくん前だめだって言ったのに!」 「雨に濡れて震えていたんだから仕方ないだろうが!」 二人が言い争う声がして、チェルがキッチンに駆け込んできました。 手に抱えているのは…一つ目のトトロもどき……。 色や細部が違いますが、春先にチェルが拾ってきたのとだいたい…同じような形態です。 「キヨカー!みて!がっくんずるいよね!!」 幼女に力いっぱい抱き締められたトトロもどきが奇妙な声を発しています。 喜んでいるのか苦しんでいるのか、微妙な所です。 少し遅れて、御主人様が姿を現しました。 美形なのにヘビっぽい何を考えているのかわからない胡乱な眼差しでチェルと怪生物と私を見つめます。 「雨に濡れて震えていたんですか」 一瞬、御主人様の眉間に皺が寄りました。 見れば、怪生物の毛皮がしっとりと濡れ、抱き締めるチェルの服もじんわりと湿っていくのが判ります。 「とりあえず、ちゃんと拭いてあげて下さいね」 近くにあった手拭を渡すと、御主人様はじっとこちらを見て恐る恐るといった様子で受け取りました。 「怒ってないのか」 何を言われたのか判らず首を傾げると、御主人様は……驚いた事にひどく後ろめたそうな表情です。 ……雨が降るわけです。 今日の晩御飯は、白い御飯にキノコのお味噌汁、いわし(らしきもの)の一夜干し、カボチャの煮つけ、お浸しと大変和食的です。 ぎこちない手付きで箸を握り、微妙な表情でいわしをつつくサフ。 半熟卵を御飯にかけて口の周りを黄色く染めるチェル。 無表情で漬物をつつく御主人様…猫舌だから仕方ありません。 ジャックさんは、献立を聞くと用事を思い出したそうなので今夜は不在です。 「ところで、とりあえずパンの耳を与えてみたんですが何でも食べますね、この子」 試しに菜っ葉のきれっぱしも与えたら、食べたし。 雑食なのか食欲旺盛なのかわかりませんが、飼うのが楽なのは間違いないようです。 つついたら、高級タオルのような手触りでした。 さらさわふわふわです。 正直、嫌いではありません。 触っていたら、御主人様に食事を催促されたのであまり触れませんでしたが……。 「ねぇじゃあ、この魚やっちゃだめ?これ骨多くて食べにくいよ」 サフが脱力しきった声で降参したので、私はお皿ごと受け取り、身をほぐし白身を箸でつまみました。 「はい、あーん」 残りをお皿ごと返し、ついでに魚を手付かずのまま放置している御主人様の方を見ました。 一応、お箸ちゃんと使えるみたいなんですけどね。 「やりましょうか?」 「ん」 魚の骨がいやで食べないなんて、人生を損しているとしか思えません。 チェルのように頭から食べるくらいの気概は見せて欲しいものです。 つらつらとそんなことを思いながら骨を外し、お皿を返すと何故か睨まれました。 「何か」 「差別か」 意味がわからないのでお皿と御主人様を見比べ、ふと思いついて白身を箸で摘み 「あー……!」 ばっくりと テーブルの下でうろついてた筈の怪生物が突然飛び上がり、なんとお魚どころか手まで食べられました。 一瞬驚いたものの、しつけされていないであろう生物の前で御飯を見せびらかすのは問題があります。 こちらのミスです。 私は冷静に口から手を引き剥がし手を洗ってから、食事を続けようとしたのですが、何故か御主人様の機嫌が非常に悪くなっていました。 ……謎です。 お皿を洗っている私の足元をピョコピョコと跳び回る怪生物。 どうやら魚の骨が気に入ったらしく、奇妙な鳴き声を上げています。 そして、驚いた事に一通りお洗い終え手を拭く私に低音を発しながら体を摺り寄せてきました。 異形に腰を引きつつ、なんとなく頭部の辺りを撫でると、目を閉じて一層体を寄せてきました。 もふもふさらさわふわふわです。 もう一度言います。 もふもふのさらさらのふわふわです。 本当に中に皮と肉があるんだろうかと疑うほどに柔らかな感触に驚愕しつつ、とりあえず撫でます。 もしかしてトリートメントでもしているのだろうかと思うほどに柔らかで羨ましくなるくらい艶めいた体毛です。 もふもふです。 サフもモフモフですが、こちらの方が数段柔らかく、ふわふわなジャックさんより数倍トリートメントが効いています。 さらさらでふわふわです……。 もふもふ……… 「おい」 耳元で囁かれ、我に帰る私。 「いつまでやってるんだ」 膝の上で寝そべっていた怪生物が突然声をかけてきた御主人様に驚いたのか、ジタバタと暴れます。 まるで何かに怯えているようです。 逃げないように抱き締めたのですが、一瞬大人しくなったかと思うと突然体を震わせ柔らかな体を捻って飛び出してしまいました。 何故か開いていた窓から……雨のやんだ夜の闇の中へ。 「もふもふが……」 愕然として呟く私に御主人様は咳払いをして、私の背を叩きました。 「別に、アレくらいどうって事はないだろう」 全然どうって事あります。ありまくりです。 「自分で拾ってきたのに……見捨てるなんて……」 私の言葉に眼をそらす御主人様。 膝どうとか販促が難だとか意味不明の言葉を呟き、何故か尻尾を足に絡めてきました。 そして何故か私の首に顔を押し付けてきます。 ……どうして背中を触る必要があるんでしょうか。 「もふもふが……震えてたのに…」 「安心しろ、雨がやんだから、家に帰っただけだ」 ……そういう問題ではありません。 「もふもふ気持ちよかったのに……」 床に爪を立て、開いた窓を見つめて呟く私に御主人様が噛み付きそうな勢いで口を開きました。 「鱗で我慢しろ!」 御主人様、無茶過ぎます。
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/539.html
「なんだコレは」 紙で作った飾りで彩られ、風に煽られパタパタサカカサと音を立てるソレに警戒の眼差しを向ける御主人様。 近づこうともせず、尻尾の先をパタパタさせ厳戒態勢です。 そして眉間に皺を寄せ、拳でこめかみをぐりぐりと抉っています…私の。 「七夕ですー…ご存知ありませんか?」 御主人様が近いです。 しかもこめかみが痛いです。 「こういう行事は、子供に積極的に体験させるべきだと思いましたので、独断で購入しました…もしかして笹アレルギーですか?」 ぐりぐりが停止しました。 速攻逃走しようとしたら今度はヘッドロックです。 重いです絞めすぎです。 顔が近過ぎます。 「あっちの行事か?」 あっちとはいうまでもなく日本の事です。 「普通に花屋さんで七夕用として売っていましたが…」 正直、コレは笹や竹とも何か違うように見えますが… なんか…変な笹というか…でも七夕用だし…。 でもなんというか…やけに葉が大きいというか緑緑というか…おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているというか…いや、七夕用って書いてあったからきっとこれは笹です。 あえていうならアマゾン産笹のはとこの子供の友達ぐらいの近さの。 御主人様が物凄く不審そうな表情のままガン見しています。 御主人様はヘビですので恐らく砂漠出身です。 砂漠に笹があるとも思えませんので、知らなくても仕方ないかもしれません。 御主人様は考え込んでいる様子でしたので、こっそりと腕から首を抜こうとしたら更に強力に絞められ動けません。 髪留め取るのはやめて欲しいです……。 「タナバタってなんだ」 顔近いです御主人様。 「えーっと、七夕というのはですね……」 私はなんとなく人差し指を立て、おぼろげな記憶を叩き起こしました。 「そもそも織姫と牽牛という男女が居たのですが、結婚したらバカップルになって働かなくなったので……」 そういえば、学校で七夕祭りとかしたなぁ…友達と一緒にセール行ったり途中で先輩見つけて追いかけたり……楽しかったなぁ。 「で、御両親が怒って二人は引き離さ ぁっ…ん……っ … 」 いつもの事ながら、御主人様は唐突過ぎると思います。 説明聞きましょうよ。 「お前が何を考えてるのか、さっぱりわからん」 そういいつつ、指に噛みついてくる御主人様。何故か不満そうです。 私にも御主人様が何を考えているのかサッパリです。 ぺったりと床に座り込んでいる私と、それに巻きついている御主人様って、どっちの方がサッパリなのか私には推し量りかねます。 唇を噛むのが最近のブームなんでしょうか。感触が残って困ります。 「で、話を戻しますと、その天の川を渡るのが七夕の日なんです。 幸せ一杯の二人を祝いつつ、ついでに願いを叶えて貰えるかもしれないステキデーですね」 やけに力の篭った御主人様の腕を意図的に無視し、目を閉じて風に吹かれる七夕飾りの音に耳をすませているとひどく懐かしい気分になります。 眼を開ければ台無しですけど。 ヨーロッパっぽい煉瓦造り建物に笹の葉サラサラは違和感バリバリです。 やったの私ですけど。 折り紙まで用意しまして…ええ、短冊も用意しました。 チェルとサフが結構喜んでくれたので私としても大満足…。 花屋さん曰く、巨大な木に短冊をつける地方もあるとか…クリスマスと混ざったんでしょうか…? 他にもしていそうな所は…似合いそうなのはー…予想では狐の国とか、猪の国とかでしょうか。和風らしいし。 中華という意味では獅子の国もするのかな?どうだろう。 少なくともイヌはしてなかったなぁー…私が知らないだけかな。 その確立は凄く高そう。 でもあそこ寒いしなぁー…笹って寒くても生えるのかな…。 …ていうか、御主人様…なんというか……腕掴まなくても逃げないのに、念押しのように上乗られると重いです。 顔が近いです。 飽きたらしく指は開放されましたが、ヒトなのにヘビらしくもある整った顔が何を考えているのかサッパリ判りません。 「短冊、用意してありますので、良かったら試してみてはいかがでしょう?」 願いが叶った覚えが無いのは伏せておきます。 私の言葉に御主人様はしばらく沈黙した後、 「矛盾するからやめておく」 あー…? 「宗教的にアウトでしたか」 御主人様無言です。 なんでしょうか、なんか怒られるような事、言ったのかな。 えーと確か、ヘビはなんか戒律がめんどくさそうなの…って世界の種族辞典とやらに書いてあったような。 御主人様はそれらしい事は普段言いませんが…。 「お前は何を願ったんだ」 頭に顎載せるのやめてもらえないかなぁ…。 なにやら背中にも腕を回され、まるで抱き締められているような雰囲気です。絞め、じゃないというのが重要です。 …役得だと思っておこう。 でも足触るのやめましょう。スカートの中はグロ指定ですよ。 「世界平和、で」 サフは『背が高くなりますように』でチェルは『空が飛べるようになりますように』でした。 かわいい。 そして御主人様は、力を込めてきました。密着しています酸欠です。 「普通、元の世界に帰れますようにだろうが!」 怒られてます。 無茶苦茶です。腕キツイ尻尾きつい、尻尾重い、尻尾冷たい。 傍から見たら絞め殺す寸前ですよたぶん。 「いえ、ソレよりは世界平和かなぁ、と」 一人だけ戻れても後味悪いし…。 きっとこれからもヒトは落ちてくるのに。 「ヘビの国の内戦とかカモシカの国の内紛だとか、色々あるじゃないですか、イヌなんか特に…御飯マズいしじめっぽいし御飯マズイし臭いし性格悪いし御飯マズいし…」 自重。 もしかしたらヒト用のエサっていうのだけクソマズイだけかもしれないし…。 「とりあえず世界平和願えばみんなハッピーな感じで間違いないかなーと」 そうすれば、弱くて魔力も常識も知識も無い役立たずでも、もうちょっとマシな扱いしてもらえるんじゃないかな、と。ズルイ考えです。 確かに不法侵入だから仕方ない気もしますが、不可抗力なわけなんだし…せめて子供ぐらいは、なんとかしてあげたい。 けど、現状ではこちらの人間ですら結構悲惨だったりするし…。 せめてヒト同士で何とかしあえれば………。 あー…でも御主人様的には、私が帰れた方が色々と面倒事が無くなって、良かったかな? なら失敗したかなー…。 色々考えつつ肝心の御主人様を見上げれば、御主人様もこちらを見下ろしていました。 作り物のように整った表情の中で眼だけ動きます。 ぱっと見はヒトなんだけどなぁ…温度低いし、舌の形とか……。 … …・・・ …… 御主人様が無毒になりますように、に変更しとこうかな…。 そしたら……いや、どうでもいいか、今更…… 古代帝国語?とかいうなんかミミズがのた…模様のような印象的な字で何枚も短冊を書きそれを笹に縛り付け、非常に満足げな御主人様。 折り紙を手に取り、妙に感心したような声を漏らしたりしています。 お風呂から出たサフやチェルの話を聞きながらうんうんと頷く様子は本気でお父さんです。 「今日は、ジャックは来ないんだよな?」 「はい、今日は来ません。リーィエさんの試合を見に行くそうなので」 お洒落な格好をしてプレゼントも用意していましたが…どうなる事か。 「で、コレは全部朝捨てるんだな」 「え?」 「なんで?」 「ジャックはまだしてないよ?」 御主人様の言葉に思わず問い返す二人と…私。 コレ、意外と高かったんですよね…。 「捨てるんだよな?」 どうも挙動不審です。 氷のような無表情の中に焦りのようなモノが見受けられます。 お子様二人にも若干呆れたような眼で見られていますが。 「正確に言うと七夕はまだ先です。売ってたのでフライングで購入しましたが」 御主人様が無言で短冊を毟りはじめました。 突然の凶行に私はなすすべも無く、私達はただ見守る事しかできません。 そしてさっさとその場を去る御主人様。 「何、アレ」 あっけにとられたままのサフ。口が半開きです。 「恥ずかしい事でも書いたんですかね…」 「はずかしい事したの?」 きょとんとした表情のチェル。かわいい。 私もこれぐらいの時は、大人になれば失敗しなくなるとか思ったりしてたっけなぁ…。 「宝くじが当たりますように、とか書いたとか」 「それはジャックが見たら笑うね」 私の勝手な推測に頷くサフ。 「それ、はずかしいの?」 「がっくん普段カッコつけだから」 御主人様はそういうのを鼻で笑うタイプですから、あながちありえないとも言い切れません。 「あとはなんだろ」 「あとは…あ、が… どうかなさいましたか?」 無表情のまま短冊を押し付けられました。おまけに頬を引っ張られました。 サフが右手で私が左手でです。サフがひゃんひゃん言っていますよ。 …チェル、コレ遊んでるんじゃなくて怒られてるんだけど…。 いや、ズルイじゃなくて…。 一人だけ引っ張られてないのはイヤ?えー… あぁっ幼女のほっぺたありえないほど柔らかいです!餅です餅が居ます!! あとで確認すると短冊には、御主人様らしいキッチリした書体で「家内安全」と書いてありました。 まぁ、…自由ですけどね。 P・S ジャックさん 七夕にカップルの破滅願うのはどうかと思います……。
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/518.html
太陽と月と星がある 第四話 今日も今日とて雪が降るネコの国のとある地方都市。 窓の外はこんもりと雪が積もり、イヌもネコもネズミも子供は外を駆け回り、 大人は無言で帰宅を急ぐ。 そんな姿を窓から眺め、ああ、部屋の中っていいなぁとしみじみ思う今日この頃です。 ヘビな御主人様は、冬眠したいと言いながら日々を過ごしています。 あまりに朝辛そうなので、湯たんぽになりましょうか?と訊ねたら返事をしてくれませんでした。 失敗。 御主人様曰く、「居候一号」のサフは雑種らしいのですが、毛色は黒銀と灰白の毛皮をした狼顔のわんこです。 今は冬毛で覆われ、まるでぬいぐるみのようです。 小さな体に不釣合いな太い手足。 しかも肉球ピンク。 尖った耳の内側もほんのりピンク。 鼻先もまだらピンク。 眼だけが薄い蒼で、将来の姿をいやおうなく期待させます。 そんなナリで私の服の裾を掴み、きらきらした目で 「キヨカ、耳かきしてくれる?」 「ぜひ」 世の中に神様っているんだなー、と思う瞬間です。 現金だなぁ、私。 「サフずるい。ちーも」 「喜んで」 ふにふに幼女とふわふわワンコの両手に花状態です。楽しいです。 背後から凄い目線を感じるのですが、きっと気のせいだと思う事にします。 ジャックさん、そろそろ帰らないと夜道は危険ですよ。 ですから帰りましょうよ。明日に響きますよ。 居候とペットではどちらが格上か微妙なラインだからなのか、 外見上は私の方が年上だからなのか、二人ともまだ子供だからなのか、 サフもチェルも私がヒトだということをあまり気にせず接してきます。 というか、まだ二人は親元にいるべき年代だと思うのですが…ペット風情が何か言える立場でもありませんけど…。 サフの頭を膝に乗せていると、隣に座っていたジャックさんがテレビを見ながら口を開きました。 「キヨちゃん、なんか欲しいものある?」 不意にそんな事を言われ、一瞬ピンク色の扉を連想してしまいました。もちろん大竹のぶ代ボイス。 今は綿棒で耳をいじっているんだから、…動揺、させないで欲しい。 「そうですね、明日食べたいものありますか?」 「んーとね、ちーはねー、シチューがいいな」 ジャックさんの膝の上に座ったチェルからテレビから目を離さずに返事が来ました。 「なら、肉とパンとキノコが欲しいです」 「じゃーオレは豆も入れて欲しいなー」 「善処します」 闇鍋シチューか、そういえばカレーがあると知った時、御主人様に「マジで!?」とか言っちゃったんですよね…。 ジャックさん曰く『王都の方には専門店もある』そうなんですが、 なにせここはネコの国でも地方の方なので山の幸に恵まれていても、手に入らないものが多いのが…。 御主人様は流通がどうとか、大手企業の市場寡占がなんとか言っていましたが、結局カレーのルゥは手に入らず。 私は香辛料から作る技能は持っていませんので。 ああ、あつあつのねぎたっぷりカレーうどん。 福神漬けたっぷりの大盛りカレーライス…。 思わず遠い目になってしまった自分に叱咤し耳かきを再開しようとした所、 膝がぬるりとしたので見下ろすと、サフがよだれを垂らして寝ていました。 子供だから仕方ないとはいえ…。 ぬるぬる…。 悪戯心で耳に息を吹き込んだら、ひゃうんとか言われました。かわいい。 「起きました?」 「どきどきした」 口元を拭ってあげお風呂に入るというのを見送り、次のチェルを探すと何故かジャックさんがスタンバってました。 いや、ぐって、親指立てられても…。 チェルは食卓にノートを広げ、鉛筆を握り眉間に皺を寄せています。 ああ、お勉強タイム突入でしたか。 御主人様が隣に座り、何事か教えているのが微笑ましいというか、なんというか、なんというか…。 いいなぁ…勉強…。 「さあさあ、キユちゃん!初えっちみたいに優しくしてね!」 成人ウサギの頭、重いです。 いきなり足が痺れて来ました。 ああ、触られると余計に痺れがっ 「めいどさんのひざまくらーひざーふっともー …また甘いもの買って来るから、もうちょっと柔らかくなろうね」 この人、ホントなんでネコの国にいるんでしょうか。 足の痺れが治まったので耳をひっくり返し観察。 あ、汚れてる。 さすがに自分でするのは限界があるのか、非常にやりがいのある事になっています。 いやいや、別にわくわくだなんてしてませんけど! していませんよ?ホント、気のせいです。 深呼吸して、意識を集中し ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「あっ いたいっ もっとっ 優しくっ あぁっんっ やぁっ」 騒音が気になるものの、気に留めずに集中。 凄いです。大きな耳だけに凄いことになっています。 手持ちの綿棒が使い物にならなくなったので選手交代を考えていたところ、 ふと手元が暗くなり、照明の方を振り返ると御主人様が無言で佇んでいました。 逆光で表情は分かりませんが、手には雑巾を持っています。 「これから拭き掃除されるんですか?」 手を止め訊ねると、御主人様は尻尾をうねらせ、重々しく頷きました。 「 ぎゃあっ ちょっ きよちゃっ!?つつめた!つめた!!! だっ がっくん!!! ああああああああああっ え? あ そこはやめっ 耳はっ耳はっ アーッ 」 いつも口数が少なくて表情の分からない御主人様ですが、ジャックさんとはよくじゃれています。 じゃれるときはいつもある眉間の皺がとれ、ほんの少し口元が吊上がり笑顔らしきものが浮いているように見えます。 美少年は笑顔もいいなぁ、と心の中で感嘆したり。 ジャックさんが私で遊んでいると、御主人様が乱入というのがパターンなようです。 仲いいなぁ。 あ、ちなみに私は遠くからお二人を見守っています。 ノートを広げ、悪戯を増やしているチェルを見ると、不満げに唇を尖らせていました。 「いいなーたのしそうーちーもあそびたいなー」 「もうちょっと頑張ってから加わってください」 ところで、いつの間にかお風呂から出たサフが物凄い勢いで落ち込んでいるのですが、何があったんだろう。 声をかけたら物凄く気まずそうな表情を浮かべられました。 なんでだろう…嫌われるようなこと、したかな…。 *** 「おい、」 チェルのノートを見せてもらっていると、御主人様からお呼びが掛かりました。 妙に満足げな雰囲気を漂わせています。 その後ろではジャックさんが女の子座りで耳を撫でながらなにかブツブツ言っているのがホラー過ぎます。 なんか、……事後っぽくて凄くイヤ。 いえ、御主人様の行動に口を出す気はありませんが、……なんとなく。 「なんか、欲しいものないのか」 流行ってんでしょうか、その質問。 「明後日の晩御飯のおかず ですね。あと小麦粉が切れそうです」 御主人様の眉間がぴくっとなりました。 何が失言だったのか……。 「あ、入浴剤もそろそろ空になりそうです」 「そんなもの、自分で買いに行け」 さっきと打って変わって固い口調です。 もしやお怒りですか。 確かに御主人様かサフしか買い物にはいけないとはいえ、御主人様をパシらせるのは問題です。 まぁ私もここで飼われる様になってずいぶんと体力戻ったし、買い物ぐらいは行けるかもしれません。 その前に問題がありますが。 「それなら、必要なものがあるんですが」 子供の前で言うのはちょっと触りがある気がします。 いえ、私がヒトだって言うのは二人だって分かりきっていることなんですが、そういう配慮って子供には必要な気がするので。 多分、……まだ。 席を立って御主人様の横に立ち、お耳を拝借。 ターバンの裾が頬をくすぐるのがちょっとこそばゆい感じです。 「外に出るなら、首輪が必要なんですが」 御主人様の目が見開かれ、ウサギだけにやっぱり聞こえたのか、いつの間にか復活したジャックさんが眼を瞬かせました。 「ほら、無いとノラだと思われますし」 御主人様はヒトを飼うことに関して疎い部分が多いようです。 というか、普通はこういう知識が必要ないんでしょうから仕方ないことなんでしょうが。 そういえば、首輪っていくらぐらいするんだろう? あまり高くなければいいのですが…。 初めて着けられた時はあんなに必死で抵抗したのに……皮肉な話です。 「キラちゃん、ちょっとここ座って」 ジャックさんが床を指したので取り合えず正座。 また名前違うけど、もう訂正するのも面倒です。 足に御主人様の長い尻尾がちょっと当たるのは多分役得。 ひんやりざらすべ。 出来ればいつか触らせてもらいたいなぁ……。 そして、ジャックさんは無言で懐をまさぐり、出てきたのは太い皮製の首輪、鎖つき。 準備万端ですね。 買う手間が省けたというか、常備しているジャックさんはいったい何者なんだろう…… ……ホントに、医者なんだろうか。 ジャックさんはソレを私の前に差し出し、真面目な顔になり 「これ付けてちょっと上目遣いでオレの事、御主人様っ(はぁと)て呼んでみ゛っ!!」 御主人様の尻尾がジャックさんの頭に見事ヒット。 凄く痛そうな音が響きました。 「ジャックさん、大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないのは、お前の頭だ―――ッ!!」 御主人様、ご乱心。 肩を捕まれ、かくかく揺すぶられました。 目が回る目が。 御主人様、指に圧力掛かりすぎです。 「キヨカーもうねるから、お話して」 動きが止まりました。意図的かどうか分かりませんが、チェルに感謝です。 しかし手は放されたものの、頭の中がくるくる……。 ううチェル更に肩揺すぶるのやめて下さい……。 「お話、今日どんなのがいいですか?」 御主人様、また怒っているみたいで、無表情です。あー……。 「あのね、この前のゾウの話がいいな」 *** チェルのリクエストに応え、更に町のネズミと田舎のネズミまで語って疲労困憊です。 途中からもぐりこんで来たサフもついでに寝かしつけ、気分はお母さんです。 いえ、自分がヒトだとは自覚していますが、やっている事は大体そんな感じなので……。 あんなパワフルなお子さんを育てるんだから、この世界のお母さんて最強なんじゃないでしょうか。 起こさないようにそっと部屋を出ると、キッチンに御主人様がいらっしゃいました。 ジャックさんはもう帰ってしまったのか、気配がありません。 まだ怒ってるのかなー…と様子を伺ってみれば。 一人晩酌。 御主人様、侘しいです。 尻尾も心なしか元気がありません。 せっかくの美形台無しです。これはいけません。 試しに作ってみた味付け卵と自作漬物…もといピクルスを小皿に盛って空いている椅子へ。 先日からお酒禁止を言い渡されてるので私は飲みませんが。 言われなくても言われなければ飲みませんけど。未成年だし。 「御主人様」 睨まれました。その上、溜息です。ここは機嫌をとりたい所です。 取り合えず、おつまみを差し出してみました。 御主人様が卵好きと言うのは把握済みです。 「宜しかったら」 無言でつまむ御主人様。指先が綺麗です。 ええ、手フェチですが、なにか? ちなみに御主人様の口元がちょっとだけ緩んだのも見逃していませんよ。 役得です。 「いかがでしょうか?塩足りていますか?」 あっという間に無くなってしまったのが返事だと思うことにします。 「あのですね、御主人様」 あれ、微妙に眉間に皺が寄ってしまった。 無言でグラスを傾けています。 「先程の首輪の件なのですが」 こちらを見る御主人様。 御主人様の瞳はヒトと違う虹彩で思わず見入ってしまいます。 ああ、もしやこれがヘビに睨まれたカエル状態…ちょっと違うかな。 「良く考えたら、首輪はマズいので撤回させて頂こうかと思いまして」 グラスが空のようなのでお代わりを注いで、 「ヒトが居るって思われたら、強盗とか来ますから」 多いみたいですよ。ヒト=落ちモノ=高価=お金持ちですからね、普通。 「みなさんに何かあったら大変ですし」 …なんで眉間の皺が深くなってしまうのでしょうか。 何か言いたげでしたが、結局何も言わず…この無言に凄く緊張するんですけど…。 不意に手を伸ばされシャツの襟を捲られました。 まさか、ここでするんですか、あ、まだお風呂入ってないんですけどーいいのかなー第一回目ここで… 「おまえなぁ」 御主人様、いきなり脱力しています。何か萎えるようなことしましたか、私。 もしや内心を発言しましたか。それは相当恥ずかしい。 「痛いならいえ、痣になってるじゃないか」 顔近いです。 「どこですか?」 「ここだここ、さっき掴んだときだな、早く言えバカモノ」 ああ、かっくんかっくんされた時ですか。角度的に見えないのですが、…後で見ておこう。 「気がつきませんでした」 アレくらい、痛いの内に入りませんし。 「いや、俺が悪いんだが、お前も… なんでもない」 そう言って、鎖骨の辺りをまじまじと見つめ、 私の顔を見て―――手を放し、早く服を戻せとぶっきらぼうに言われました。 言われたとおりボタンを嵌め、見上げると何故か苛立った表情で指先で顎骨を触られました。 「お前、もうちょっと食え痩せ過ぎだ」 「御主人様、デブ専でしたか。これは意外」 あ。 でこぴん一回で済みました。 痛かったです。
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/579.html
「なんだコレは」 紙で作った飾りで彩られ、風に煽られパタパタサカカサと音を立てるソレに警戒の眼差しを向ける御主人様。 近づこうともせず、尻尾の先をパタパタさせ厳戒態勢です。 そして眉間に皺を寄せ、拳でこめかみをぐりぐりと抉っています…私の。 「七夕ですー…ご存知ありませんか?」 御主人様が近いです。 しかもこめかみが痛いです。 「こういう行事は、子供に積極的に体験させるべきだと思いましたので、独断で購入しました…もしかして笹アレルギーですか?」 ぐりぐりが停止しました。 速攻逃走しようとしたら今度はヘッドロックです。 重いです絞めすぎです。 顔が近過ぎます。 「あっちの行事か?」 あっちとはいうまでもなく日本の事です。 「普通に花屋さんで七夕用として売っていましたが…」 正直、コレは笹や竹とも何か違うように見えますが… なんか…変な笹というか…でも七夕用だし…。 でもなんというか…やけに葉が大きいというか緑緑というか…おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているというか…いや、七夕用って書いてあったからきっとこれは笹です。 あえていうならアマゾン産笹のはとこの子供の友達ぐらいの近さの。 御主人様が物凄く不審そうな表情のままガン見しています。 御主人様はヘビですので恐らく砂漠出身です。 砂漠に笹があるとも思えませんので、知らなくても仕方ないかもしれません。 御主人様は考え込んでいる様子でしたので、こっそりと腕から首を抜こうとしたら更に強力に絞められ動けません。 髪留め取るのはやめて欲しいです……。 「タナバタってなんだ」 顔近いです御主人様。 「えーっと、七夕というのはですね……」 私はなんとなく人差し指を立て、おぼろげな記憶を叩き起こしました。 「そもそも織姫と牽牛という男女が居たのですが、結婚したらバカップルになって働かなくなったので……」 そういえば、学校で七夕祭りとかしたなぁ…友達と一緒にセール行ったり途中で先輩見つけて追いかけたり……楽しかったなぁ。 「で、御両親が怒って二人は引き離さ ぁっ…ん……っ … 」 いつもの事ながら、御主人様は唐突過ぎると思います。 説明聞きましょうよ。 「お前が何を考えてるのか、さっぱりわからん」 そういいつつ、指に噛みついてくる御主人様。何故か不満そうです。 私にも御主人様が何を考えているのかサッパリです。 ぺったりと床に座り込んでいる私と、それに巻きついている御主人様って、どっちの方がサッパリなのか私には推し量りかねます。 唇を噛むのが最近のブームなんでしょうか。感触が残って困ります。 「で、話を戻しますと、その天の川を渡るのが七夕の日なんです。 幸せ一杯の二人を祝いつつ、ついでに願いを叶えて貰えるかもしれないステキデーですね」 やけに力の篭った御主人様の腕を意図的に無視し、目を閉じて風に吹かれる七夕飾りの音に耳をすませているとひどく懐かしい気分になります。 眼を開ければ台無しですけど。 ヨーロッパっぽい煉瓦造り建物に笹の葉サラサラは違和感バリバリです。 やったの私ですけど。 折り紙まで用意しまして…ええ、短冊も用意しました。 チェルとサフが結構喜んでくれたので私としても大満足…。 花屋さん曰く、巨大な木に短冊をつける地方もあるとか…クリスマスと混ざったんでしょうか…? 他にもしていそうな所は…似合いそうなのはー…予想では狐の国とか、猪の国とかでしょうか。和風らしいし。 中華という意味では獅子の国もするのかな?どうだろう。 少なくともイヌはしてなかったなぁー…私が知らないだけかな。 その確立は凄く高そう。 でもあそこ寒いしなぁー…笹って寒くても生えるのかな…。 …ていうか、御主人様…なんというか……腕掴まなくても逃げないのに、念押しのように上乗られると重いです。 顔が近いです。 飽きたらしく指は開放されましたが、ヒトなのにヘビらしくもある整った顔が何を考えているのかサッパリ判りません。 「短冊、用意してありますので、良かったら試してみてはいかがでしょう?」 願いが叶った覚えが無いのは伏せておきます。 私の言葉に御主人様はしばらく沈黙した後、 「矛盾するからやめておく」 あー…? 「宗教的にアウトでしたか」 御主人様無言です。 なんでしょうか、なんか怒られるような事、言ったのかな。 えーと確か、ヘビはなんか戒律がめんどくさそうなの…って世界の種族辞典とやらに書いてあったような。 御主人様はそれらしい事は普段言いませんが…。 「お前は何を願ったんだ」 頭に顎載せるのやめてもらえないかなぁ…。 なにやら背中にも腕を回され、まるで抱き締められているような雰囲気です。絞め、じゃないというのが重要です。 …役得だと思っておこう。 でも足触るのやめましょう。スカートの中はグロ指定ですよ。 「世界平和、で」 サフは『背が高くなりますように』でチェルは『空が飛べるようになりますように』でした。 かわいい。 そして御主人様は、力を込めてきました。密着しています酸欠です。 「普通、元の世界に帰れますようにだろうが!」 怒られてます。 無茶苦茶です。腕キツイ尻尾きつい、尻尾重い、尻尾冷たい。 傍から見たら絞め殺す寸前ですよたぶん。 「いえ、ソレよりは世界平和かなぁ、と」 一人だけ戻れても後味悪いし…。 きっとこれからもヒトは落ちてくるのに。 「ヘビの国の内戦とかカモシカの国の内紛だとか、色々あるじゃないですか、イヌなんか特に…御飯マズいしじめっぽいし御飯マズイし臭いし性格悪いし御飯マズいし…」 自重。 もしかしたらヒト用のエサっていうのだけクソマズイだけかもしれないし…。 「とりあえず世界平和願えばみんなハッピーな感じで間違いないかなーと」 そうすれば、弱くて魔力も常識も知識も無い役立たずでも、もうちょっとマシな扱いしてもらえるんじゃないかな、と。ズルイ考えです。 確かに不法侵入だから仕方ない気もしますが、不可抗力なわけなんだし…せめて子供ぐらいは、なんとかしてあげたい。 けど、現状ではこちらの人間ですら結構悲惨だったりするし…。 せめてヒト同士で何とかしあえれば………。 あー…でも御主人様的には、私が帰れた方が色々と面倒事が無くなって、良かったかな? なら失敗したかなー…。 色々考えつつ肝心の御主人様を見上げれば、御主人様もこちらを見下ろしていました。 作り物のように整った表情の中で眼だけ動きます。 ぱっと見はヒトなんだけどなぁ…温度低いし、舌の形とか……。 … …・・・ …… 御主人様が無毒になりますように、に変更しとこうかな…。 そしたら……いや、どうでもいいか、今更…… 古代帝国語?とかいうなんかミミズがのた…模様のような印象的な字で何枚も短冊を書きそれを笹に縛り付け、非常に満足げな御主人様。 折り紙を手に取り、妙に感心したような声を漏らしたりしています。 お風呂から出たサフやチェルの話を聞きながらうんうんと頷く様子は本気でお父さんです。 「今日は、ジャックは来ないんだよな?」 「はい、今日は来ません。リーィエさんの試合を見に行くそうなので」 お洒落な格好をしてプレゼントも用意していましたが…どうなる事か。 「で、コレは全部朝捨てるんだな」 「え?」 「なんで?」 「ジャックはまだしてないよ?」 御主人様の言葉に思わず問い返す二人と…私。 コレ、意外と高かったんですよね…。 「捨てるんだよな?」 どうも挙動不審です。 氷のような無表情の中に焦りのようなモノが見受けられます。 お子様二人にも若干呆れたような眼で見られていますが。 「正確に言うと七夕はまだ先です。売ってたのでフライングで購入しましたが」 御主人様が無言で短冊を毟りはじめました。 突然の凶行に私はなすすべも無く、私達はただ見守る事しかできません。 そしてさっさとその場を去る御主人様。 「何、アレ」 あっけにとられたままのサフ。口が半開きです。 「恥ずかしい事でも書いたんですかね…」 「はずかしい事したの?」 きょとんとした表情のチェル。かわいい。 私もこれぐらいの時は、大人になれば失敗しなくなるとか思ったりしてたっけなぁ…。 「宝くじが当たりますように、とか書いたとか」 「それはジャックが見たら笑うね」 私の勝手な推測に頷くサフ。 「それ、はずかしいの?」 「がっくん普段カッコつけだから」 御主人様はそういうのを鼻で笑うタイプですから、あながちありえないとも言い切れません。 「あとはなんだろ」 「あとは…あ、が… どうかなさいましたか?」 無表情のまま短冊を押し付けられました。おまけに頬を引っ張られました。 サフが右手で私が左手でです。サフがひゃんひゃん言っていますよ。 …チェル、コレ遊んでるんじゃなくて怒られてるんだけど…。 いや、ズルイじゃなくて…。 一人だけ引っ張られてないのはイヤ?えー… あぁっ幼女のほっぺたありえないほど柔らかいです!餅です餅が居ます!! あとで確認すると短冊には、御主人様らしいキッチリした書体で「家内安全」と書いてありました。 まぁ、…自由ですけどね。 P・S ジャックさん 七夕にカップルの破滅願うのはどうかと思います……。
https://w.atwiki.jp/910moe/pages/1981.html
羽毛布団×電気毛布 「あーあ。…寝ちゃった?」 御主人様の呟きとともに、その日の夜、やわらかく憧れの人が降ってきた。 その人は基本的に年に2、3度しかお目見えしない。御主人様が大切な客人をもてなす時のみ、クローゼットの最奥から仰々しく真空パックのカバーに包まれた状態で顔を出す。 近づきにくい外装の高級然とした姿に反して、とても軽くて優しい肌触り、そして何よりご主人様が絶大の信用を寄せている温もり。オマケに天然モノである。 元々貧相で非天然モノ、かつ常日頃のヘビーローテーションで伸びきってしまった俺は憧れざるを得なかった。 勿論そこには、羨望という都合の良い言葉に隠された、少々の嫉妬という醜い感情もあったのかもしれないが。 『あれ、また会ったねえ。この客人が来るようになってから、君とはよく一緒になるなあ。』 『そうですね。すみません、俺なんかと一緒じゃ居心地悪いでしょうに…。』 『ううん、ううん。なぜ、なぜ?オレはとても嬉しい。こうして君と沢山会えるようになったことも、御主人の想い人を温めることが出来ることも。』 『え!?この客人…そうだったんですか、俺…全然気付かなくて…。』 情けない、強烈にそう思った。俺がこの人に唯一勝てるところと言えば、御主人様と一緒にいる時間が長いこと位なのに。 年に数回しか顔を出さない、しかも御主人様とはさほど触れ合うことも無いこの人の方が、御主人様の変化に的確に気付いていた。 『ああ、ああ。そんなに悲しい顔をしないで。ごめんね、どうしてだろう。オレはいつも君に悲しい顔をさせてしまうね。』 『ち、違うんです…!凄いなって思って…あなたは見た目も中身も素晴らしくて、その上御主人様の気持ちまで悟れて…完璧で…。 俺みたいな全然駄目な奴とこうして一緒になってもらうことが申し訳なくて、それで…。』 『落ち着いて落ち着いて。ねえ、オレは完璧じゃないよ。今だってそう。一番大切な人に何も伝えられなくて…。』 え、と俺が言いかけた瞬間、御主人様が俺達越しに客人へと覆いかぶさってきた。 「好き、なんだ…。どうしようもない、くらい。」 優しく悲しいその声色に思わず顔を上げた俺の目に、御主人様と憧れの人の表情が重なって見えた気がした。客人は未だ安寧の眠りの中にいる。 DT×女たらし