約 3,071,547 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/18.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「――伏せてっ!」 最初に叫んだのはハルヒだった。しかし、教室にいる誰もその意味を悟ることができず、それに従ったのは俺だけだった。 次の瞬間、教室の窓ガラスが吹き飛び、多数の赤い光球が教室中に撃ち込まれる。悲鳴すら上げる暇もなく、 呆然と突如教室目の前に現れたヘリに呆然としていたクラスメイトたちにそれが浴びせられた。 しかし、俺は床に伏せたままそれを避けるべくダンゴムシのように縮まっていたため、その先教室内がどうなったのか、 激しい判別しようのない轟音と熱気の篭もった爆風でしか俺は知ることができなかった。時折、鉄を砕いたような臭いが 鼻から肺や胃に流れ込み、猛烈な嘔吐感を誘ってくる。 「キョン!」 誰かが俺の襟首をつかみ、俺の身体を引きずり始めた。俺は轟音の中、何がどうなっているのか確認しようと 目を開けようとして、 「目は閉じて! いい!? 絶対に開けるんじゃないわよ!」 耳元に届いたのはハルヒの声だった。どうやら俺を引きずっているのはこいつらしい。目をつむった状態だったが、 今俺が引きずられている方向を推測すると、どうやら教室の外に出るつもりのようだ。 「何だ、どうなんているんだハルヒ! 教えてくれ!」 「良いから黙ってなさい! 教室から出るのが先決よ!」 ぴしゃりとハルヒの声が飛ぶ。 ほどなくして教室外に引っ張り出されたのか、手を付けている床のさわり心地が変わったのを感じた。 この時、俺のすぐそばを何かが高速で飛び去ったのに驚き、思わず軽く目を開けて―― 「…………っ!」 またすぐに閉じた。一瞬見えたのは、ガラスを失った窓ガラス、そして教室の床が赤く染まりその上には、 机や椅子の破片が散らばっていた。だが、その中には見たこともない物体も多数混じっていて…… 戻す寸前だった。その正体不明の物体がなんなのか悟ったとたん、俺の胃が溶けてなくなりそうになる。 一瞬だったというのに、まるで根性焼きか入れ墨を脳に刻まれたように、はっきりと鮮明な一枚の惨劇の写真が ずっと目を閉じても視界に焼き付き続けた。 俺はたまらず教室の方ではない方向へ顔を背けて目を開ける。別の視覚情報を脳内に新規導入しなければ、 ずっとスプラッタ映像が俺の目を支配し続けるからだ。 目を開けた先には、ハルヒのドアップがあった。それも全身血まみれで、セーラー服も半分近く血で赤く染め上げられている。 そして、すぐに俺の顔をつかむと、 「いい!? 誰だかわからないけど恐らく狙いはあたし、あるいはあんた! このままだと生徒を巻き込むだけだから、 とっととここから逃げるわよ!」 「あ、ああ……いや、あ、なんだ、そうなのか……そうなんだ。いや! それよりお前その血は……!」 「あたしのじゃない! 巻き添えになった人のものよ! あたしは何ともない――そんなことより早く移動しないと 攻撃が続けられるだけだわ!」 ハルヒは一方的に話を進めると、俺の手を取って走り始めた。一目散に教室から離れるように走り始める。 そうか。 今俺たちは襲われたんだ。 前に朝倉の襲撃を受けたのと同じように、誰かが俺かハルヒの命を狙って。 そして、その牙は俺たちだけでは収まらず、周囲にいたクラスメイトたち全てを飲み込んだ。 ………… なんてこった。昨日の古泉・朝倉のカミングアウトからハルヒの好印象まで良い感じに進んでいると思った矢先に、 信じたくないような大惨劇が起きた。俺が狙われるのなら、正直まだ救われたかも知れない。すでに経験済みだしな。 だが今回は違う。宇宙人の変態パワーによる襲撃ではなく、現代的な手法による無差別攻撃。これがショックでない奴がいるなら、 今すぐお前に全責任を押しつけてやるから出てきてくれ。 ふと俺は――何となく身を引かれるような視線を感じて、振り返った。そこには、教室の出入り口からこちらをのぞき込むように 見ている朝倉の姿があった。しかも、あのいつもの微笑みまで浮かべてやがる。 あの野郎。無事ならどうして助けてくれなかったんだ。あいつの力ならあんな攻撃楽々受け止められただろう。 いや、それは違う。長門があの15000回以上繰り返された夏の日をなぜ止めなかったのかその理由を思い出せ。 情報統合思念体――その配下にいるインターフェースの役割はハルヒの観察だ。朝倉暴走のように情報統合思念体身内の問題なら 何らかの対処を取るかも知れないが、今俺たちを襲ってきたのはどうみてもただの人間が使う攻撃ヘリである。 だったら連中は手を出さないだろう。ただの人間同士の殺し合いだと判断して。 ふと、隣の六組の前を通りかかったとき、出入り口から中が見えた。そこでは攻撃こそ受けていないが、 目の前を飛び交っている一機の攻撃ヘリの前に悲鳴を上げて右往左往する生徒たちの中で、ぽつんと読書を続ける長門の姿が。 俺は必死に心の中で叫ぶ。助けてくれ長門。お前は誰の好きにもさせないと言ってくれたじゃないか。 だから、せめて俺とハルヒ以外の無関係な人を守ってやってくれ―― しかし、その思いは届くことなく六組の中にも苛烈な銃弾が撃ち込まれ始めた。飛び散る壁や窓ガラスの破片に 俺はただひたすら目を閉じて現実逃避に努めることしかできない。 「降りるわよ!」 俺は激しい脱力感の中、階段を下りていくハルヒの手に引かれて走ることしかできなかった。 ◇◇◇◇ しばらく校舎内を走り回ったあと、俺たちは一階の校舎の隅に一旦身を隠すことにした。いい加減、俺とハルヒの息も 上がりつつあったからだ。 「一体っ……なんだってんだっ……!」 「知らないわよ、そんなことっ!」 俺はひどく動揺していた。一方のハルヒも状況がつかめないせいか、強い苛立ちを見せている。 さっきの攻撃ヘリは俺たちの姿を見失ったのか、学校周辺を飛び回っているだけで攻撃は控えているみたいだった。 四方八方からあのヘリのローターから発せられるバタバタ音だけが校舎の廊下に響き渡っている。 学校内は収拾のつかない混乱状態になっていた。正気を失って逃げまどう生徒、負傷しておぼつかない足で歩く生徒、 動かなくなった生徒を抱きかかえて助けて!と叫ぶ生徒……。中には校舎外に逃げ出そうとする生徒たちもいたが、 攻撃ヘリがそれを阻止するように飛び回っているせいか、誰も外へ逃げ出せていない。見通しの良い場所に ホイホイと出てしまえば狙い撃ちされてしまうかも知れないという恐れがある以上、うかつに出れないのだ。 俺はふと思いつく。ハルヒの能力なら、あの殺人ヘリをなんとかできるんじゃないかと。 だが、それを口にする前にハルヒは苦渋に満ちた表情で壁に拳を叩きつけた。まるで、俺の心の中を読んで、 できるならとっくにやっていると言いたげに。 そうだ。ここでハルヒが反撃なんかできるわけないんだ。この学校には沢山のインターフェースや機関のエージェントが 潜んでいる。万一、ハルヒが自らの力を使ってあの殺人ヘリと戦えば、即座にハルヒは自分の能力を自覚していると ばれてしまうだろう。そうなれば、機関はどう動くかは不明だが、情報統合思念体は即刻全人類ごと抹殺してしまう。 それでは本末転倒だ。 ハルヒの強い苛立ちは、できるのにそれを行えない矛盾の袋小路に対してのものなんだろう。ちっ、となると、 長門や朝倉は助けてくれない、ハルヒは動きを封じられたも同然になるから、一体誰に助けを求めれば良いんだ…… って、一つしかいねぇじゃねーか。この事態を未然に防ぐべき組織がある。機関だ。それを怠って古泉たちは 一体何をやっている!? 俺はすぐに携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。しかし、コールはするもののいつまで経ってもつながる気配はない。 こんな時に何やってんだ。いや、ひょっとして最初の攻撃に巻き込まれたんじゃないだろうな? 何度もかけてみるが、やはりつながらず。どうすりゃいいんだよ。 と、ハルヒが何かに気が付いたのは突然走り出した。あわてて俺もそれ続く。 ちょうど校舎の真ん中当たりでハルヒは立ち止まり、もう一つの校舎の前でホバリングを続けている攻撃ヘリを見つめた。 それはしばらくそのまま停止を続けていたが―― 「やめてっ!」 ハルヒの悲痛な叫びが俺の耳を貫く。その瞬間、ヘリの両サイドからミサイルのような物が発射されて、 もう一つの校舎の二階にある教室に撃ち込まれた。 強烈な爆音・爆風で俺たちのいた廊下の窓ガラスも一気に割れて飛び散り、俺たちの身体にバラバラと降り注ぐ。 襲撃者は俺たちがいない場所、つまり無関係な人間のいる場所に向かって攻撃を加えたのだ。 あまりに残酷で冷酷な敵のやり方に、俺は怒りよりも恐怖を感じる。 と、ここで俺の携帯に着信が入った。発信者は――古泉一樹となっている。 俺は即座に通話ボタンを入れ、向こうの言葉も聞かずに状況の説明を求めた。 「一体全体どうなってやがる! 襲ってきたのは何だ!? お前ら今まで何をやってきたんだよ! とっとと何とかしてくれ! このままじゃ、被害や犠牲者が増える一方だぞ!」 こっちの一方的な物言いに、古泉はしばらく黙って聞いているだけだったが、やがて、 『とにかく落ち着いてください。焦る気持ちもわかりますが、それでは有効な対策も取れません』 「落ち着けだって――うおっ!」 今度は俺たちのいる校舎三階に向けてミサイルが発射された。上階で発生した爆発の衝撃で、校舎全体が地震に 襲われたようにぐらぐらと激しく揺れる。 ええい、確かに焦っても攻撃が続くばかりか。 「どうすりゃいい!?」 『今、機関の方で対処を行っています。時期にあなたたちを襲っている者たちの排除に移る予定です。 あなたたちはしばらく見つからないように隠れていてください』 「そんなこと言っても、奴らは無差別攻撃を始めているんだぞ! 悠長なことを言っている場合じゃないんだ!」 『わかっています! しかし、それしか方法が――』 「キョン」 俺と古泉の会話に割り込む声。見れば、ハルヒがうつむいたまま肩を振わせていた。そして、俺が聞くべきかどうか 迷っていることについて古泉に確認するように指示を出す。 『何かありましたか? 問題があれば言ってください』 どうやら古泉にはハルヒの声は聞こえなかったらしい。何かあったのかと珍しく焦りの声をこちらにかけてきている。 俺は躊躇していた。 ハルヒが聞けと言うことは確かに確認しておかなければならないことだ。 だが……もし予想通りだったら。 その時、ハルヒはどう思うだろう。そして、それはどうすればいいのだろうか。 ………… また一発のミサイルがどこかに着弾したらしい。激しく校舎が揺さぶられた。ええい、迷っている場合ではない。 俺は意を決してその確認を行う。 「古泉。一つ確認したい」 『なんでしょうか?』 「襲ってきたのは機関の人間か?」 その指摘に古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてこう言った。短く、か細い声で。 『……そうです。機関の強硬派によるものです』 古泉から言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。機関――ハルヒが作り上げたに等しい組織がこんな無差別殺戮を行っている。 そして、それをそそのかしたのは俺だ。なら――この惨劇の責任は俺にあることになる。 ハルヒは耳では聞き取れないはずだから、何らかの超パワーで俺と古泉の通話を聞き取っていたのだろう。 機関強硬派によるものだとわかったと同時に走り出し、階段を駆け上がる。 「待てハルヒ! 待ってくれ!」 俺はすがるようにそれを追った。ハルヒがやろうとしていることはすぐにわかった。襲ってきた奴らを排除すること。 もちろん、それは自分が力を持っていることを情報統合思念体や機関に後悔することと同義であるから、 つまりはハルヒは機関――超能力者を作ることに見切りを付けたってことだ。 ――排除後に、ハルヒはこの世界をリセットする。 走りながら必死に俺は考えた。 何だ。 何を間違えたんだ。 確かに俺の世界とは多くの点で異なることがあった。 だが、それでも朝倉が暴走する可能性はあっても、機関強硬派がこんな行動に打って出る理由は何だ? ……それとも、俺の世界でもこういった事例はあってただ表面化していなかっただけなのか。 そんなわけねえ。 そんな分け合ってたまるか! だってそうだろ? 強硬派が望むように、ハルヒに強い衝撃を与えようとするならいつでもできたはずだ。 そのチャンスは多々にあった。 それが実行されなかったと言うことは、俺のいた世界と今ここの世界では大きく何かが異なっているはずだ。 何だ? それは……なんなんだ? 俺は結局ハルヒに追いつくことができず、そのまま校舎屋上に飛び出した。すでにハルヒは屋上の中心で空を見上げている。 さあ自分はここだと言っているように。 すぐに俺もハルヒの元に近づこうとするが、その前にハルヒの真正面にあの殺戮ヘリが現れる。 ローターから激しく発生する風に煽られ、俺の足は止められた。 だが、ハルヒはセーラー服と髪は激しくなびくものの、全くそれに動じていない。 やがてあの多数の生徒を殺戮した回転式の機関砲がハルヒに向けられる。ちょうどハルヒは俺に背を向ける格好になっているため どんな表情をしているのか見えない。 もうすぐハルヒは何かの力でこの攻撃ヘリと戦うのだろう。止めるしかないのだ。 どんなハリウッド的アクションが展開されるのかと思っていたが、予想に反して戦いは静かに進行した。 攻撃ヘリはハルヒに回転式機関砲を向けたまま微動だにせず、ただ浮かんでいるだけ。 ――いや違う。ハルヒは指一つ動かす気配がなかったが、攻撃ヘリの方が勝手に異音を発し始めていた。 それもエンジン音がおかしいとかではなく、金属が軋んでいくような脳髄をくすぐる嫌な音を鳴らしている。 やがて攻撃ヘリはブラックホールに吸い込まれていくように、次第に機体がつぶれ始めた。 めりめりと嫌な音とともに圧縮されていき、破片一つ飛ばすことなく、火花一つ飛ばすことなく小さくなっていく。 そのまま圧縮が続き、最後には野球のボール程度の球体までになってしまった。そこでハルヒはようやく腕を動かす。 すっと横に振った手を合図に、圧縮された攻撃ヘリは散り一つなく拡散するように消失した。 ………… さっきまで俺を覆っていたヘリの轟音が完全に消え失せ、辺りには校舎から聞こえてくる生徒たちの悲鳴・怒号が支配する。 遠くからは警察か消防かわからないが、けたたましいサイレンが鳴り響き、こちらに近づいてきていた。 終わった。何もかもが。 ハルヒはすっとうつむき加減のまま、俺のそばを通り校舎の中に戻っていく。 ちょうどその際にこう言い残して。 「……昨日言ったことは全部撤回するわ。あたしはこんなことをする連中を作りたくないし、一緒にいたくもないから。 この世界はここで終わりよ。情報統合思念体が動く前に、リセットの準備に入るわ」 ちくしょう――何でこんな事になったんだよ……! ◇◇◇◇ 「一体これはどういう事なのか説明しろ。お前のわかりにくいたとえ話は全て却下だ。簡潔にわかりやすくに言え。 でなきゃ、俺がどんな行動を取るか保証しねぇ。今は頭の血管がぶち切れる寸前なんだからな」 この惨劇後、校庭の隅で呆然としていた俺の前に現れた古泉に、俺は食って掛かっていた。 こんな状況でもいつものあのニヤケスマイルを浮かべて現れたら、即刻ぶん殴っていたが、さすがに事態は深刻らしく 表情は硬いままだったので握った拳はそのままにしておいてやる。お前の返答次第でどう動くがわからんがな。 校舎の状況は最悪だった。目で確認は俺自身が拒否しているため、喧噪の中で流れてきた話を拾った限りじゃ、 死傷者は百人単位に上っているらしく、特に俺の五組は生存している人間がほとんどいない惨状だそうだ。 朝倉は無事だったのを確認しているから全員死亡ではないだろうが、谷口や国木田もダメと見て良いだろう。 現在では警察や消防がひっきりなしに動き回り、状況把握に努めている。負傷者は多すぎるため重傷者のみ救急車で 運び出し、まだ何とかなる人間は校庭にテントを張って治療を行っている。 まさに地獄絵図だった。 あの後、ハルヒはどこかに姿を消してしまい、俺は何もできない無力感に浸りつつ校庭への避難誘導に従って 校庭に出てきていた。そこへ古泉の野郎が現れたって訳だ。 俺に胸ぐらをつかみ上げられたまま、古泉はしばらく黙っていたが、 「今回の件については申し訳ないとしかいいようがありません。強硬派の存在は機関内部では周知の事実でしたが、 このような行動を取るとは予想もしていませんでした」 「甘すぎるだろ! 危険な目的を持っているならもっと早い段階で手を打っておけばいいじゃないか!」 「状況は複雑にして微妙なんです。例えそう言った目的を持っていたとしても、うかつに動けません。 なぜなら、僕たち機関の他に情報統合思念体――TFEI端末の主流派も涼宮さんに対して観察という意味で 傍観を決め込んでいるからです。機関強硬派が例え目的を果たそうと行動を起こすと言うことは 情報統合思念体主流派と敵対の道を歩むということでもあります。そうなれば、強硬派はただでは済みません。 彼らの能力は僕らの存在などいともあっさり消せます。涼宮さんの観察の支障となると判断されればあっさりと抹消されて 終わりでしょう。そう言った考えで、強硬派もうかつに手を出すことはないと判断していました」 そうか。だから俺の世界では機関の危ない連中は手を出してこなかったってわけか。だが、ここではいともあっさり ハルヒにちょっかいを出してきた。何だ? 何が違っている? 俺はしばらく考え込んでいたが、途中で別の事に気が付く。 「待てよ。ならお前らの危険思想を持った連中が動いたって事は、情報統合思念体――朝倉たちと敵対する道を 選んだってことでいいんだよな? だが、何の保証もなく動くってのはおかしくねぇか? 何か動くきっかけがあるはずだ」 「それなんですが……」 ここで古泉は俺が冷静になりつつあると判断したのか、俺の手をふりほどき制服を整える。 そして続ける。 「まだ結論は出ていませんが、どうも情報統合思念体の一部と結託したようなんです。きっかけはわかりませんが、 何らかの情報を得て機関強硬派は動かざるを得なくなった。その理由についてはまだわかっていません。 現在、情報を精査中です」 古泉の淡々とした説明に、俺はどっと疲れを感じて地面に座り込む。校庭の方が騒がしくなったのを見ると、 どうやら保護者たちが次々と駆けつけ始めたようだ。怒号・叫び・悲鳴……この世の負の感情が怨念のように校庭を支配する。 俺の家族にはさっき無事を知らせる電話を入れているのでこれ以上の心配をかけてはいないが。 古泉は俺に視線を合わせるようにしゃがみ、 「僕が言うのもなんですが、起こってしまったことについてとやかく議論をしている余裕がない事態です。 今回の一件で機関も対応しなければならないことが発生していますので」 「ああ、とっとと危険人物どもを牢屋にでも放り込んでおいてくれ」 「それはとっくに完了済みですよ。それ以外のことです」 「……なんだと?」 嫌な予感がする。事後対処が終わっていて、次にやることと言えば……やはりハルヒのことか? 古泉は続ける。 「今回の襲撃では、TFEI端末、機関ともにその対応が行えませんでした――おっと、TFEI端末はもともと介入する気は なかったようですが。それはさておき、そんな状況でありながら誰かが機関強硬派の襲撃を撃退しています。 あなたは何か知りませんか?」 「…………」 俺は答えるべきかどうか迷ってしまう。ハルヒはもうリセットをかけるべく準備を開始すると言っていた。 なら今ここでばらしてもどっちみちかわらないだろう。だが、何の違いで今回の惨劇が発生したのかわからない状態で うかつな行動を取って取り返しの付かないことになったら…… 結局俺は首を振って、 「逃げるので精一杯だったから、よくわからん。気が付いたらいなくなっていた」 「そう……ですか」 古泉の表情はなぜか残念そうに見えた。まるでどうして本当のことを言ってくれないのかと言いたげなように。 言った方が良かったのか? それとも何かたくらんでいるのか。 俺はたまらず聞き返す。 「なんなんだ、一体。言いたいことのがあるならはっきりと言ってくれ」 「……涼宮さんのことですよ」 やっぱりそうか。 「あの状況下で、事故以外に強硬派を撃退する能力を有しているのは涼宮さん以外にいません。 そうなると、彼女が突然追いつめられた状況にショックを受け自分の力を自覚してしまったか、あるいは――」 ――古泉は憂鬱そうに目を細め、 「元から涼宮さんは自分の力を認識していたということですね」 ちっ、やっぱりそう言う結論になるわな。そうなると、すでに情報統合思念体も同じ認識を持っていて――うん? だったらとっくに地球ごと抹殺されていてもおかしくないか? あるいはハルヒがリセットするか。 俺は念のために追求しておくことにする。 「万一だ、ハルヒが力を認識するなり、元からそうだったりした場合、何の不都合が発生するんだ? おっと昨日朝倉と一緒に聞かされた話は一応理解しているつもりだ。それをふまえた上でお前らがどう動くかってことを 確認しておきたいんだが」 「その点についてですが、はっきり言って機関の方ではこのままでも一向に構いません。実際に涼宮さんが力を認識しても、 不都合のない今まで通りの世界が続いてくれればいいんですから」 「なら別に問題ないだろ」 「ですが、情報統合思念体――TFEI端末から得られた情報によれば、彼らはそれでは困るようですね。 何らかの動きを見せるようですが、僕のような末端の人間まではその内容について聞かされていません」 動きってのは、ハルヒごとこの星を吹っ飛ばすことだろうな。だが、なぜ実行に移していないのだろうか。 古泉は続ける。 「同僚からの情報によれば、どうやらその情報統合思念体の動きは機関にとって大変都合の悪いことのようでして。 僕にもその件について非常招集がかかっています」 そりゃ地球ごと抹殺しますよと言われればとんでもない騒ぎになるのは確実だからな。 古泉はすっと立ち上がると、 「では、僕は機関の方に行かなければならないので」 そう言って俺の元を立ち去ろうとする。 「ちょっと待て!」 と、俺は思わず古泉を呼び止めてしまう。どうしても言っておきたいことがある。 古泉はなんでしょうかと振り返った。 「なあ古泉。頼みがある」 「言ってください」 俺は立ち上がり、古泉の目をじっと見て、 「……ハルヒを見捨てないでくれ。頼む」 俺の言葉に、古泉はさわやかなスマイルを浮かべるだけだった。 ◇◇◇◇ 「ちょっといいかな?」 古泉と入れ替えにやってきたのは朝倉だった。俺は思わず身構えてしまった。この状況で襲われればひとたまりもないからな。 だが、朝倉はいつもの柔らかな笑みのまま、 「そんなに警戒しなくても良いよ。あなたに何かしようとは思っていないから」 「だが、ハルヒが力を自覚した、あるいは元々自覚していたかも知れないということが不都合なんだろ?」 「それはそうなんだけどね……」 ちょっと困ったようなような表情になる朝倉。 だが、次にその口から飛び出たのは予想外――いや、俺の脳みその血管をぶち切るのに十分な言葉だった。 「元々涼宮さんが認識している可能性は、情報統合思念体内部でも検討されていた事よ。でも、大勢を占める主流派は そんなことを一々確認する必要はないとして放置という選択を取っていたのよね。これに関しては他の勢力も大差ないわ。 でね、かといってそのままだと何も起こらずなぁんにも観測できないのよ。そんなのつまらないと思わない? あたしたちの目的は涼宮さんの情報創造能力を観測すること。ただ見ているだけじゃ何も変わらない。 だからね、上の人たちなんて無視して動くことにしたのよ」 あの時――ナイフで朝倉に斬りつけられたときの記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時もそんなことを言っていた……まずい。 今すぐ走って逃げ出すべきか? 朝倉はこっちの動揺もお構いなしに続ける。 「でも残念なことに情報統合思念体の主流派はそれを許さない。そこであたし考えたのよ。昨日、機関っていう組織も 一枚岩ではないってことを言っていたじゃない。だから、その人たちに代わりに涼宮さんを襲ってもらうことにしたの」 唐突すぎる告白。俺の視界が真っ赤に染まるんじゃないかと思うほどに、頭に血が上る。 「お前が……お前がこの事態を引き起こしたってのか?」 「そうよ。でも彼らも独自の目的を持っていたのよね。あたしはあなたを殺すようにけしかけたつもりだったんだけど、 直接涼宮さんを襲うとは思っていなかったわ。そんなことをしたら涼宮さんが力を自覚しちゃうじゃない。 そうなったら観測できなくなっちゃう。まさに本末転倒よね。全く勝手なことをしてくれたおかげで大迷惑よ」 朝倉はいつもの笑みを崩さない。 この野郎。昨日偶然聞きつけた機関強硬派を利用することにしたってのか。主流派の目をごまかすために。 またそれなら長門も行動できないと考えたのだろう。 この惨劇の元凶は、昨日のたった一度の会話が原因。まさか、あれだけでここまで事態が変化するなんて思ってもいなかった。 結局は朝倉の暴走なんだが、それによって思わぬ副産物を朝倉――情報統合思念体は得てしまったことが最大の問題だ。 「今回の一件で涼宮さんは確実に自分の能力について自覚したわ。敵を倒したのは他ならぬ彼女だもの。 この時点で情報統合思念体の観測作業は終了して、強制措置に入る。これは情報統合思念体全てにおける共通意識」 「その強制措置ってのを教えてもらおうか」 知ってはいるが、念のために確認してみる。朝倉は表情一つ変えず、 「この惑星全ての知的有機生命体の排除。涼宮さんを含めてね」 やっぱりそうか。だが、なぜ俺にこんな話をしてくるんだ? とっとと実行すりゃいいだろ。 そこでさっき古泉が言っていたことを思い出す。情報統合思念体の動きは機関にとって不都合なことであると。 「あ、気が付いたかな? そう、機関がどうも情報統合思念体主流派と接触して交渉しているみたいなのよ。 彼らにとって抹殺措置は避けたいみたいだから。わたしには有機生命体の死の概念がよくわからないから、 何でそんなに必死になっているのか理解できないけどね」 「お前らと違って、俺たちは死んだら終わりなんだよ。情報なんたらで無敵の存在であるお前らとは違ってな」 俺は悪態を付く一方で希望が胸に渦巻き始める。機関の主流派はまだ諦めていない。何とかハルヒを守ろうとしているんだ。 きっとそうに違いない。ハルヒを守ることが自分たちの命を守ることにつながるって事だからな。 ふと、ここまで来て思う。朝倉は何でこんな話を俺にしているんだ? この問いかけに、朝倉はぐっと俺に顔を近づけてきて、 「実はちょっとあなたに興味があったのよ。いろいろ調べてみたんだけど、あなたはただの有機生命体に過ぎない。 でも、涼宮さんという特別な存在に見初められている。それはなぜ? どうせこれが最期になるだろうから 確認しておきたかったの」 「知らねえよ。俺は俺だとしか言いようがない」 実は異世界人だとは言わなかった。情報統合思念体が地球ごと破滅させるかどうかは、まだわからなくなってきたからな。 切り札になるかもわからないが、余計な不確定要素を作るべきではない。 と、朝倉は俺から離れ、 「そっか。残念。実はあなたが涼宮さんに何かの力を与える存在かも知れないとちょっと期待したんだけどな」 「あいにく俺はミジンコ並みに普通なんでね。残念だったな」 ここで朝倉は何かの情報をキャッチしたような顔を浮かべ、 「あ、どうやら交渉がまとまったみたい。わたしに任務終了の通達が来たわ」 そう言うのと同時に、朝倉の身体が以前長門がやった情報連結解除と同じようにさらさらと消滅していく。 俺はせめてこれからどうなるのか確認しておきたかったので、 「おい! これからどうなるのか、冥土のみやげかどうかは知らんが教えてくれても良いだろ!?」 「もうすぐわかるわよ。もうすぐね♪」 朝倉はいつもの笑みのまま消えていってしまった。 ちっ、これ以上の情報を得るのは無理だったか。しかし、機関が情報統合思念体にストップをかけているという事実は かなり大きな収穫だ。 俺はすぐに携帯電話を取り出し、ハルヒへつなぐ。 ……ハルヒ。まだ機関に絶望するのは早いぞ。古泉たちは思った以上にやってくれるかも知れないんだ。 ◇◇◇◇ ハルヒは旧館の一つの部室から呆然と外の様子を眺めていた。 外はマスコミも駆けつけてきたのか、報道のヘリを含めてますます喧噪に包まれている。 俺は携帯でここにいることを知らされ、ここにやって来た。もちろん、ハルヒにリセット中止――最悪でも様子見に してくれというために。 「で、そんなにあわててどうしたってのよ」 「中止しろ!」 「は?」 息が切れているせいで端的な発言しかできん。とにかく何でも良いから止めさせないと。 俺はぐっとハルヒの肩をつかみ、顔を寄せて、 「リセットだ! もうちょっと待ってくれ!」 「……理由は?」 半目でうさんくさそうなハルヒの表情だったが、俺は構わず続ける。 「朝倉と接触した。どうやら、情報統合思念体と機関が何かの交渉を行っているみたいなんだよ! 旨くすれば、お前が力を自覚していることがばれてもどうにかなるかもしれないぞ!」 「だから、この惨状を受け入れろって言うわけ?」 ハルヒがばっと窓から校舎の惨状を示すように指を向けた。そこには未だ回収されない動かない生徒の姿や 血まみれの廊下・教室、粉砕された校舎の一部……爆撃を受けた後の状態の学校が広がっている。 俺は手を振りながら、 「それはわかっている。こんな状態で放っておけるわけがないからな。だが、せめて機関が情報統合思念体にどういう影響を 与えるのか、その確認をした後でも十分だろ? もう少し待ってくれ、頼む!」 必死の説得。このままこの状態を続けるのは俺もはっきり言って嫌だし、リセットはむしろ望むところだ。 しかし――しかしだ。このまま終わりにしても何の成果もないのは事実。だったら、せめて機関がどう動くのかだけは 見極めておきたい。機関の主流はハルヒの平穏無事な一生にある。ならば、きっと力の自覚後も同様の状態を 維持しようとするはずなんだ。そうに決まっている。 それであれば、確認後にリセットをして今度はこの惨劇が起きないようにすれば良いだけ。答えは目の前にあると言っていい。 だが、ハルヒはなぜか納得しようとしなかった。じっと疑惑の目を俺に向け続けている。そして言う。 「まあ、あんたに言われなくてもリセットはしばらくするつもりはなかったわよ。あたしのことを知ったはずの情報統合思念体が 動きを見せないから。何でかと思えば、機関って連中が何かたくらんでいるって訳ね」 「古泉も呼び出しを受けていたし、もうすぐ何かの動きがあると思うぞ。それから――」 「……あのさ、キョン」 ハルヒはいつになく真剣――いや、まるで子供に説教するかのような目つきで俺を見つめた。 俺はその視線に自分の口が完全に塞がれた気分になる。 そして、ハルヒは言った。 「あんた、一体誰を見てそう思っているの?」 「誰って……そりゃ機関、いや古泉だな。あいつらの目的は昨日話したとおり俺の世界と同じだったから違いはないはずだ」 「でも違うわ。ここはあんたの世界とは違う」 ――ハルヒはすっと目を瞑り、俺を諭すように、 「あんたは今を見ていない。キョンが見ているのは、自分の脳内にいる古泉くんよ。その姿を見てきっとこう考えている、 こうしてくれる、そう思っている――いや、思いこんでいるだけじゃないの?」 「それは……」 ……反論できなかった。 俺は本当に古泉一樹という人間を把握しているのか? 元の世界では少なくともあいつの言動から見ても、 機関よりもSOS団を優先させるはずだ。 だが、この世界の古泉はどうだ? まだあってから数週間しか経っていないんだ―― ―――― ―――― 一瞬だっただろう。俺は何かが起こったことだけ理解できたが、それがなんなのかはさっぱりわからないまま、 床に突っ伏していた。辺りにはガラスが大量に飛び散り、部屋の中の備品はめちゃくちゃに散らかっている。 何だ? 何が起こった? すぐに俺の身体が誰かによって引き寄せられた。目の前にはハルヒのドアップが浮かぶ。 必死に何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には何も届かなかった。それどころか、激しい頭痛とめまいが 視界を揺さぶり続け、意識を保つだけで精一杯の状況である。 ハルヒはすっと俺の額に指をつけ、眉間にしわを寄せた。何かのおまじない――いや情報操作か。 俺に対してそれを行おうとしているのか? ほどなくして、俺のめまい・頭痛が停止し聴覚も復活した。同時に、多数の花火のような爆発音が辺りに広がっていることに 気が付く。激しい断続的に続く地鳴りと揺れを感じることに、聴覚どころか感覚すら狂っていたことに気が付かされた。 俺の身体異常を一瞬にして直したのか。とんでもない奴だよ、ハルヒは。とりあえずありがとうと礼を言っておく…… 「そんなものいらない! それどころじゃない!」 ハルヒのつばが俺の顔にかかった。同時に背後の校舎の屋上が吹っ飛び、破片と爆風が俺のいる部屋に流れ込んできた。 ハルヒは俺をかばうように抱きかかえてそれから守ってくれる。 ここでようやく事態に気が付いた。また北高は何かからの攻撃を受けている。いや、爆発音の大小から考えて、 北高だけじゃない。もっと遠くも同様の爆発が起きているに違いない。 なんだってんだ! 「屋上に上がるわよ!」 そう言ってハルヒは俺の手を引いて走り出した。 旧館から校舎へ渡る途中、校舎二つのうち一つはさっきの爆発で完膚無きまで破壊されていたのが見える。 ハルヒはもう一つの校舎の屋上に向かっているのだろう。 途中通りかかった校庭では、大パニックが起きていた。逃げまどう生徒・保護者・マスコミ関係者を 警察や消防の人間が必死に逃げるように誘導していた。 だが、すでに校庭でも爆発が起きたらしく、ところどころクレーターができあがっていた。その周辺には 傷ついた人たちの姿もある。北高はこの地域では高台に位置するため、広がる街並みをある程度一望できたが、 やはりさっき感じていたとおり次々と爆発が発生して煙が立ち上っている。まるで戦争状態だった。 ハルヒはそんなことお構いなしに、校舎の階段を駆け上がった。俺はその引かれる手のままに走りながら 混乱を越えて錯乱の域に達していた。 古泉は機関の強硬派はすでに押さえ込んだかのようなことを言っていた。だったら今度の攻撃はないんだ? まだ機関強硬派の残党がいたのか? いや、いくらなんでも機関がそこまで無能だとは思わないし、 さっきの襲撃とは桁違いの規模の攻撃であることから、残党の仕業とは思えない。こんな事ができるなら 最初の攻撃時にやっているだろうからな。 屋上の扉を開け、ハルヒはそこの中心に飛び出した。体育系部活の運動もびっくりな無酸素無呼吸階段いっき登りに いい加減息の切れた俺は膝をついて肺をフル稼働させて酸素補給に努める。 一方のハルヒは少し肩で呼吸はしているが、休む気配は見せない。それどころか、すっと両手を広げて、 「全部食い止める!」 ハルヒの叫び。同時に俺から見える360度全方位の青空で無数の爆発が起きた。 もう展開について行けない。誰でも良いから今すぐ俺に状況を教えてくれ。 すぐハルヒは再度空に向かってにらみをきかせる。すると、また同じようにそこら中の空で爆発が起きる。 どうやら、ハルヒが攻撃を阻止しているらしい。ってことは、さっきからの大爆発は空から何かが飛んできているのか? 「砲撃よ! バカみたいに大量の砲弾が雨あられと降ってきているわ! 狙い先は北高だけじゃない、もうめちゃくちゃに 周辺の町全体に撃ち込まれているの!」 ハルヒの怒鳴り声と同時に、また空中爆発が大量発生した。なんてこった。本当に戦争じゃねぇか。 そんな国際法無視上等なことをやらかしているバカ野郎はどこのどいつなんだよ。 しばらくハルヒVS無差別砲撃戦が続く。俺はただオロオロするばかりで何もできない。 だが、この事態に対処できている人間なんてハルヒ以外にはいないだろう、校庭や学校周辺の人たちもパニックになって もう誰の誘導も指示も無視して四方八方に逃げている。逃げ場がどこなのかわからないのに、走らずにいられないみたいだ。 また空一面に爆発による火球が無数にできる。いかんいかん! どうすりゃいいんだ? そうだ、とにかくこの攻撃の意図はわからないが、これ以上人を巻き込むわけにはいかん。安全地帯を探して、 そこに誘導しないと。 「ハルヒ! 取り込み中だと思うが、安全な場所を探すことはできないのか!? 俺がここにいても仕方ないから、 教えてくれれば下の人たちをそっちに誘導するぞ!」 「今やっているわよ! ぎりぎりだから話しかけないで!」 また空に無数の爆発の花が開く。くそったれ、いい加減にしやがれ! どれだけの人の命を奪う気だ!? と、ここでハルヒは一瞬落胆するように、顔を下に向けた。だが、また砲弾が空に現れたのか、キッと顔をゆがめて それらを破壊する。 そして、絶望の色に染まった声で言った。 「安全地帯は……ないわ!」 「……なんだと!?」 どういうことだよ。 「北高を中心にして不可視遮断フィールドが展開されているのよ! 簡単に入ってこれるけど絶対に出れない空間、 あと外側から見ても別になにも変わっていないように見える状態になっている! 攻撃はその範囲内にくまなく加えられているわ! どこに逃げても無駄よ!」 そんな。じゃあただ黙って死ぬのを待つしかできないってのかよ。 いや待て。そんな芸当はいくら機関の超能力者でもできないはずだぞ。ならやっているのは情報統合思念体か? しかし、それにしては随分地球人類的手段を取っているように感じるが。 待て待て。そんなことを詮索している場合ではないんだ。今は何とか攻撃を避ける方法を見つけなければならない。 「だったら、攻撃の元を削げば良いんじゃないか!? 砲撃を受けているって言うなら、どこかに発射している奴らが いるって事だろ!? ならそっちを叩けばいい!」 「ええ、確かにいるわね。でも、それがどこだか教えてあげようか?」 俺の方に疲れ切った自虐的な笑みを浮かべるハルヒ。相当の疲労があるのか、顔中汗だくになり、 頬には髪の毛がまとわりついている。 「ここから数千キロ離れた砂漠地帯よ。恐らく演習場か何かでしょうね。きっと砲撃している連中もここに撃ち込んでいるとは 思っていないはずよ。SF映画のワープみたいに、砲弾だけが北高上空に転送されてきているんだから」 俺が愕然となった。数千キロ? 攻撃している連中はこの惨状を全く理解していない? 何を言っているんだ? もう訳がわからんぞ。それなら、ひたすら攻撃を防いでいることしかできねぇじゃねえか。 どうしようもなくなった俺だったが、それでも黙って指をくわえていることはできず、当てもなく周囲を見回した。 ハルヒのおかげで砲撃の着弾はなくなったが、パニックは収まらず逃げまどう群衆が見える。 ふと――完全に偶然だったが、もう一つの破壊された校舎の残骸を見ているときに、俺は人影を見た。 遠くだったのと日陰だったためただのシェルエットにしか見えなかったが、長細い筒のようなものをこちらに向けている。 とっさだった。それがなんなのかきっと普段映画の見過ぎだったのに加えて、辺り一面戦争映画モードだったのが 俺の判断を導いてくれたのだろう。ハルヒに体当たりしていた。 「――ちょっと何するのよキョ――!」 ハルヒの声の抗議は途中中断を余儀なくされた。なぜなら、体当たりのショックでハルヒの立っていた位置に 入れ替わった俺の右の二の腕辺りがちぎれ飛んだからだ。 自分の腕がなくなった瞬間、俺は痛みは全く感じなかった。全神経が麻痺し、腕に当たった猛烈な衝撃だけが身体を震わせる、 飛んでいく右腕はやたらとゆっくりと俺の後方に飛んでいった。野球の試合のウルトラスーパースロー映像みたいになめらかに。 「キョン!」 次の瞬間ハルヒが俺を抱きかかえた。同時に俺の右腕が元に戻っていることに気が付く。当然痛みも何もない。 またハルヒが治癒してくれたのか? 全く医者にでもなれば全世界の人間が救えるぞ。人口爆発は必死だけどな。 ってそんなのんきなことを考えている場合じゃねえ。 俺を助けるために、砲撃阻止を一旦中止したためか、北高一帯に無数の砲弾が降り注ぎ大地震のように校舎が揺さぶられた。 だが、憎らしいことに今やるべき事はそっちの阻止ではない。 「ハルヒ! 早く――!」 「わかってる!」 ハルヒは俺を抱えると、校舎の上を飛びはね回った。言っておくがただの喜劇でも運動でもないぞ。 俺の感覚が正しいなら、ハルヒが飛び跳ねた後1秒以内にそこに何か鋭利で高速なものが飛んで行っている。 つまり俺たちは今何者から銃撃を受けているって訳だ。 俺の体重なんて無視するかのようにハルヒは華麗にその銃撃を避け続けた。ただし、避けられているのは ハルヒの身体・洞察能力が素晴らしいだけであって、相手も的確に俺たちに銃弾を飛ばしてきている。 こいつじゃなければ全段命中は確実だろうな。 やがてハルヒは校舎と屋上の出入り口の前に移動した。続けて三発の銃弾が出入り口の壁に突き刺さりコンクリート片を 飛び散らせるが、ハルヒは動かない。どうやらここだと相手の位置から死角にはいるようだ。続いた三発の銃弾は ここから焦りを誘い移動させるための威嚇射撃だろう。相手は完璧なプロだな。それを見破るハルヒも大した奴だが。 ハルヒはさすがに体力の疲弊が激しいのか、しばらく胸を上下させて酸素補給に努めている。 その間にもまた砲撃がそこら中に加えられまくっているが、これではどうしようもない。 「とにかく、狙撃している奴の始末が先決ね……」 一旦大きく深呼吸をして、酸素補給を強制終了させたハルヒは死角からでないように辺りの様子を探る。 相手は何者なんだ? この状況でハルヒを狙って攻撃してくる以上、砲撃を行っている奴と同じ連中だろうが。 ふとハルヒはぱんと手を叩く。同時に周囲に空中モニターっぽいものが映し出された。それらには黒ずくめ――特殊部隊とか ああいう格好をした連中が10人くらい映し出されている。全員、手に銃を持ち何かの指示を出し合っていた。 手際よく無駄のないその動きは、やはりプロそのものだ。 「あっ……!」 その中の一人の顔を見て、俺は思わず声を上げてしまった。年齢の読みづらい美人女性。格好は軍隊でもあの顔だけは 変わるわけがない。森さんだった。 ハルヒはそんな俺を見逃さない。すぐに問いつめてきた。 「どうやら知っている人がいるみたいね。今はあんたの主張なんて聞いている暇はないからとっとと教えて」 「ああ、古泉の同僚って言っていた人だよ……俺の世界での話だがな。ちくしょう!」 俺は屋上の床を拳で殴りつける。 森さんは古泉と同僚、そして古泉は機関の主流派に属しているはずだ。ってことは森さんも主流派であると考えていいわけで、 彼女が襲撃に荷担していると言うことは、今無差別大規模攻撃+狙撃を行っているのは機関主流派ってことになる。 どういうわけだ。あれだけハルヒの平穏を望んでいたのに、何でこんな事をしている……! 「全部片づけてくるわ。あんなのがうろちょろしているとこっちもやりづらいから」 「…………」 俺はハルヒがその超人的な力で屋上から襲撃者に向かって飛びかかっていくのを止めるどころか、言葉一つ吐けなかった。 主流派の攻撃。機関はハルヒの排除を決断した。この事実は確定した。 ……なぜだ? なんでだ? ほどなくして、銃撃戦が階下で始まる。激しい銃声と小さな爆発音があちこちで起こり、ハルヒと機関の激しい戦いが 容易に想像できた。 砲撃は相変わらず激しく続き、街の大半が廃墟に変わろうとしている。 俺はもうするべき事も、したいことも思いつかず呆然としているだけだった。 十分程度立ったぐらいだろうか。軽い足取りで誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ハルヒか? だが、屋上の入り口に現れたのは、黒ずくめの襲撃者一人だった。すぐに俺の姿を見つけると、手にした短銃を俺に向け 立つように声をかけてきた。 その声にも聞き覚えがある。 「新川……さんですか?」 少し老いているが力強く威圧感のある声。あの執事を演じていた新川さんのものだ。 だが、初めてあったはずの俺の問いかけに動揺一つ見せることなく、さらに立て!と叫ぶ。俺はどうすることもできず、 両手を上げて立ち上がり…… 次の瞬間、新川さんは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その背後からハルヒの姿が現れる。 その手には一人の北高制服の人間が抱えられていた。 ハルヒは新川さんをまるで粗大ゴミでも投げ捨てるように、蹴り飛ばし離れたところに追いやった。 さらに脇に抱えていた人間を俺の方にぞんざいに投げつけてくる。 「邪魔者は全部排除してきたわよ。ついでにこいつもいたから拾ってきた。言いたいことがあるなら今の内に言っておきなさい。 ついでに使えそうな情報を持っていれば聞き出しておいて。あたしはまた砲撃阻止に入るから」 「……やあどうも」 それは古泉だった。俺は自分の意思よりも先に感情でそいつの頬を思いっきりぶん殴る。 その勢いそのままに胸ぐらをつかみ上げ、 「おい! これは一体どういう事だ! 今すぐわかりやすく説明しろ! でなきゃ屋上から突き落としてやる!」 「…………」 俺の脅迫に古泉は黙ったままなぜか腕に付けている時計をちらりと見た。俺はその態度に苛立ちを募らせ、 さらに数回同じ言葉とともに、古泉の身体を揺さぶる。今更何を隠し事しようってんだ。 やがて古泉は観念したようなため息を吐いて、 「……機関は決断しました。涼宮さんの排除をね」 「なんでだ? お前らはハルヒが何の変哲もなく一生を過ごすことを望んでいたんじゃないのかよ!」 「そうです。その通りです。しかし、それは手段であって目的ではありません。目的を達成するための条件が変化した場合、 手段は変化します。当然のことだと思いますが」 「目的? ならお前らにとってハルヒは手段に過ぎない――」 俺は自分で言っていて気が付いた。そうだ。その通りだ。機関にとってはハルヒは手段でしかない。 俺の世界でもここの世界でも、機関の目的は世界の安定 ハルヒが明るい笑顔で過ごせる毎日を作ることはそのために必要だった――これは目的を実現するための手段だ。 だが、目的は変わらなかったが、ハルヒの力の自覚という状況が変化した。これにより、情報統合思念体はハルヒの排除に動く。 おっとハルヒだけではなく、この地球そのものを滅ぼすって事が重要だ。つまりハルヒの存在は、世界の安定には貢献しない。 むしろ害をなすものへと変わってしまった。なら手段は変わる。 「情報統合思念体――TFEI端末はこう言いました。涼宮さんが力を自覚した。だからこの星ごと抹消すると。 ですが、そんなことをされるのは勘弁願いたい。機関の主流派――いえ、機関全ての人間の意識は固まりました。 涼宮さんを排除して、情報統合思念体にはそれでこの星の破壊だけはやめてもらう。機関は情報統合思念体の役割の肩代わりを 申し出たんですよ」 その方法ってのがこの無差別砲撃とハルヒの暗殺か。 「ええ、その通りです。この星の抹消だけはどんな手段を使っても阻止しなければなりません。だから、機関が代わりに 涼宮さんとその影響下にある人間を抹殺するんです。幸い情報統合思念体はそれでも構わないと言ってくれたようですね。 ならば迷う必要なんてありません」 「影響のある人間……だと?」 「そうです。涼宮さんは無自覚かどうかは知りませんが、周辺の人に何らかの影響を与え続けています。 身近な例を挙げるなら、ほらちょうどここにいいサンプルがいるじゃありませんか」 古泉は両手を上げて自分をアピールした。ああ、なるほどな。ハルヒの影響を受けた人間――つまり超能力者もそれに 含まれるって訳だ。もちろん、俺の世界でいたあの中河のように、何だかしらんうちに影響を受けていた例もあるだろう。 情報統合思念体はハルヒだけに飽きたらず、そう言った人たちまで消さなきゃ気がすまんのか。 ……まさかそのために地球ごと抹殺しようとしているのか? 古泉はやれやれと手を振って、 「その通りです。もともと彼らにとって僕たち地球人類なんて大した価値を持っていないのでしょう。 逆に危険性が認められれば、一律削除が容易に可能と言うことです。そこまでする必要があるかどうかなんて考えずに、 全ての危険性を排除するために全人類の抹消を行うんです」 呆れてものも言えん。情報統合思念体ってのはそこまで冷酷非道なバカ野郎どもだったのか。 で、地球全滅だけは避けたいから、せめてハルヒ+その周辺の一般市民丸ごと虐殺で手を打ちませんか?って機関が 提案したんだな? ……もう一発ぶん殴って良いか? 「それは勘弁していただきたいですね。それにあなたは機関の決断に反発しているようですが、他に選択肢があったとでも いうつもりでしょうか? 機関は最悪の事態をさけるために、必死の思いでこの苦行を行っているんですよ?」 「こんな行為を受けいれられるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね……!」 古泉と俺のやり取りの間も、ハルヒは必死に砲撃を全て食い止めていた。だが、北高周辺から出れないのであれば、 こんな水際阻止を続けていても何の意味もない。ハルヒの体力もどこまで持つかわからないしな。 だが。 古泉――機関の決断とやらに、俺は反論できる材料は持っていない。あるのは世界のリセットだけだが、 それをばらすわけにも行かないのだ。そもそもそれは機関の世界の安定という目的とは明らかに乖離しているわけだし。 なら……どうすればいい? ………… ………… くそっ…… くそ、ちくしょうっ! 俺の無力さと頭の悪さを今ほど嘆いた時はない。 何も思いつかない。 逆に俺がハルヒとは何にも関わっていなかった場合、迷った上で人類全滅よりかは限定的大虐殺の方がマシだと 判断しちまいそうだ。 古泉は胸ぐらをつかんだままだった俺の腕を引き離すと、その場に力なく座り込む。 「いい加減、諦めたらどうですか? ここで仮に機関の攻撃をなんとかできたとしても、次に待っているのは 情報統合思念体による人類抹殺ですよ? どうやっても無駄なんです……何をやっても防ぎようがありません……」 完全に諦めモードか。ん、ちょっと待った。 「おい古泉。さっきハルヒの影響を受けた人間は全て抹殺って言っていたよな? それってお前も含まれるんじゃないか? それでいいのかよっ!?」 俺の指摘に古泉はすっと顔を下に向けて、 「機関からはあとで回収するって言われていたんですけどねぇ……。予定時刻はとっくに過ぎているんですが、 全くその気配はありません。これは担がれたと見るべきでしょう。僕もその抹殺対象リストにきっちり含まれていたと」 「お前……」 こいつも結局巻き込まれただけって事かよ。どっちかというと被害者か。そして―― 「あんたのやったことはいたずらに他人を巻き込んだだけだったってことよ」 ハルヒから図星を付かれる。 俺は全力で否定したくなったが、何も口が動かなかった。内心ではそうだと受け入れているからだろう。 疲れ切った足の重みに耐えきれず、俺も古泉の横に座り、 「すまねぇ……お前を巻き込じまって」 そんな俺の謝罪に古泉はその意味を理解できないようで、 「なぜあなたが謝るのでしょうか? どちらかというと僕の方があなたを巻き込んだようなものですよ?」 「違うんだ……それは違うんだよ、古泉……」 酷い脱力感。もう何もやる気がしない……なにも…… 「キョンっ!」 それを打ち破ったのはハルヒの一喝だった。見上げれば、ハルヒは仁王立ちで必死に砲撃の阻止に努めている。 そうだ。俺は何を諦めているんだ? まだ俺にはやれることがある。いや、こうなった以上、やることは一つしかない。 ハルヒによるこの時間平面のリセット。 「そうよっ! でもそれにはちょっと時間と準備がかかるわ! とてもじゃないけどこの状況じゃできそうにない。 だから一旦落ち着かせる必要があるの! だから協力して!」 「だが、何をすりゃいいんだ!?」 俺の問いかけにハルヒは、古泉の方を指差し、 「確認するけど、この攻撃は情報統合思念体と機関が協力して行っている、でいいのよね!?」 「え、ええ……そうですが……それが……?」 古泉はきょとんとした表情で答える。何をしようとしているのかわからないのだろう。当然だが。 「でもまだ何か隠している。そうよね!」 この指摘に古泉の表情が一変した。何だと? この状況下で一体古泉は何を隠しているってんだ。 ハルヒは続ける。 「こんな攻撃を続けていても、効率が悪い上に住民全部を抹殺なんて不可能だわ! だったら、これには別の意図があるってことよ! あたしの勘では、ただの陽動! 本当の攻撃手段は別にあるはずだわ! それにわざわざ外部と遮断して、さらに外側からはこの惨状が見えないようにしている! これには絶対に意図があるはず!」 「……どういうことだ、古泉!」 俺は再び古泉の胸ぐらをつかみ上げる。 もう俺の腹は決まった。ハルヒの時間平面のリセットを実行する。そのためには、これ以上の邪魔を入れるわけにはいかない。 古泉の顔は答えるべきか迷っているように見える。とにかく吐かせるしかない。 俺は何度も答えを求めて古泉に問いつめるが、一向に口を割ろうとしない。そんな中、ふと気が付く。 古泉がまだ時計を気にしていることに。迎えの予定時間は過ぎたって言うのに、今更何を…… 「そうか。この先に何かが起きるんだな? それも一瞬にしてお前らの手段を実現できる方法ってやつが!」 「……くっ」 これを指摘して、古泉はようやく勘弁したらしい。苦渋のうめきを漏らしつつ、 「考えてみてください。突然、街一つが消滅するような事態が起きれば、世界の人たちはその原因を知りたいと思いますよね?」 「ああ、そうだな」 「だから、納得できる理由が必要なんですよ。なぜこの惨劇が起きたのか、少なくても表面的な理由が」 俺は回りくどい古泉の説明に苛立ち、一発頬をぶん殴ると、 「それは何だと聞いているんだ! とっとと答えやがれ!」 「核ですよ」 古泉の回答は俺の脳内に激しくこだました。 核。核って核兵器のことだろ? あの大量破壊兵器。あれを使って町ごと吹っ飛ばす気か!? だが、ハルヒは意外と落ち着いた様子で、 「そんなことだろうと思ったわ。この砲撃はあたしを誘い出すための補強策って訳ね。この攻撃の阻止に夢中になっている間に どかんとやってしまおうと。危うく引っかかるところだったわ」 「その……通りです。冷戦崩壊に伴って行方不明になっていた核弾頭を機関の方で保管していたんですよ。 こういった事態がいつ起こっても良いように。事前砲撃は周辺から見えるわけにはいきませんからね。 そのためにTFEI端末の力を借りています。そして、核でこの周囲を一掃後、全世界には核によるテロが発生したと 発表して――それで終わりです。ああ、起爆予定時刻はあと五分後、いまさら解除は不可能ですよ? 僕はどこに仕掛けられているのかも知りませんから聞き出そうとしても無駄です。例え解除できたとしても、 次に待っているのは人類滅亡ですから余り推奨もできません。ハハハハ……」 古泉の表情は自暴自棄になっていることを伺わせた。そりゃそうだ。もうすぐ自分は死ぬんだからな。 もう何もかもぶちまけてやけくそになってしまいたいのだろう。 だが、礼を言うぞ。これでリセットのチャンスができた。 「ハルヒ! 五分でできるのか!?」 「十分よ!」 ハルヒは目を閉じて意識の集中に入る。情報操作――時間平面のリセット。現状、俺たちができることはこれしかなくなった。 古泉は状況が変わったことに感づいたのか、 「な、何をする気なんですか!? さっきも言いましたが、万一これを乗り切ったとしてもさっき言ったとおり……」 「古泉」 俺はうろたえる古泉の肩をつかんで顔を寄せる。 「まず謝る。巻き込んで済まなかった。お前をこんな目に遭わせたのは、ハルヒじゃなくて俺だ。 俺がそうハルヒにやれっていったんだからな。だから憎むなら俺を憎んでくれ」 「何を言って……」 時間がない。古泉の言葉なんて聞いている暇はないので一方的に続ける。 「その上で確認したい。お前はハルヒや俺と出会って過ごした日々はどうだった? 嫌々続けていたのか、それとも 機関の仕事だからと言う理由で無機質に付き合っていただけか?」 「……いえ。この際だから本音でしゃべらせてもらいますが――その間は自分の仕事も忘れるぐらいに楽しかったです。 いっそそのまま何も考えることなく、あなたや涼宮さんと一緒に楽しく過ごせたらなと思ったほどでした」 それだ、それが確認したかった。 同時に俺はハルヒの方へ振り返り、 「おい、ハルヒ! お前はどうだった? この数週間楽しかったか!?」 ハルヒはしばし考えたのかワンテンポ遅れて、眉をひそめたまま、 「ええ! そうよ! 久しぶりに楽しく過ごせたわ!」 そう言い返してきた。不満が篭もったようないいっぷりだったが、こないだ聞いた話から考えて本音と見て良いだろう。 俺もそうさ。SOS団のある元の世界に比べれば、1割にも満たない満足度だが、決してつまらない日々じゃなかったぞ。 再度古泉を向かって、 「約束させてくれ。絶対にこの罪滅ぼしはさせてもらう。俺の世界じゃ、お前――機関とも仲良くやっていたからな。 この世界も絶対にお前やその他もろもろがハルヒを一緒に笑って過ごせるものにしてやる。絶対の約束だ!」 俺の断言に、古泉は唖然と口を開いたまま言う。 「あなたは……一体誰なんですか?」 俺か? 俺はな…… 「俺はお前や宇宙人――情報統合思念体や未来人が一緒に仲良く共存している世界からやって来た異世界人さ」 そう宣言したとたん、ハルヒを中心に猛烈な強風が吹き始める。 いったんはさよならだ、古泉…… 世界が暗転し、俺の意識も闇へと落ちていった―― ◇◇◇◇ どのくらいの時間が経ったのだろうか。俺はひんやりとした床が方に当たっていることに気が付く。 目を開けてみれば視界に広がるのは、あの灰色の部屋、そしてどこに出もあるような教室の床。 そうか。リセットをかけてここに戻ってきたのか。ハルヒが潜伏場所にしている時間平面の狭間とやらに。 俺はゆっくりと起き上がった。 ふと気が付く。ハルヒが団長席――俺の世界ではだ――に突っ伏して眠っていることに。俺が起きたことに全く気が付かず、 可愛らしい寝息を立て眠りこけていた。あれだけの大仕事を一人でこなしていたんだから、疲れて当然か。 風邪を引くのかどうかわからんが、念のため制服の上着をハルヒの上に掛けてやった。 俺はパイプ椅子に座り考える。 結局の所、機関を作った世界は失敗に終わってしまった。これは認めなければならない。 しかし、古泉を俺たちの仲間内に引き込んだことは間違いじゃなかった。ただ時間がなかっただけで、 もっと時をかけて信頼を醸成していけば、必ず良い関係が築ける。 ――待っていろ古泉。絶対に楽しい日常が続く世界を作り上げてお前を仲間に引き入れてやるからな。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1629.html
ハルヒ「明日は個人的な理由によりSOS団恒例の不思議探しは中止とします! その代わりに各自日常の不思議を探してきて。どんな些細なことでも構わないわ!その些細な不思議がやがてとんでもない不思議になるかもしれないしねっ!というわけで以上っ解散!」 キョン「そんな無茶な…」 古泉「ツチノコを探して来いと言われるよりはましですよ。それに僕は日常の不思議に心当たりがありますしね…あなたには無いのですか?日常の不思議」 キョン「お前らみたいな奴らがいるのが一番の不思議だよ」 古泉「おやおやこれは手厳しい」 キョン「朝比奈さんはどうするんですか?よかったら一緒に探しませんか?」 みくる「ごめんなさいキョンくん。私も心当たりがあるんです」 キョン「そうですか…長門は?」 長門「ないこともない」 キョン「どっちだよ?」 長門「心当たりはある。ただしそれをあなた達が不思議と思うかは別の問題」 キョン「そっか、あるのか…しゃあねぇ一人で探すか…」 ハルヒ「みんなー!何してんのー?早く来ないと先帰っちゃうわよー!?」 キョン「やれやれ…」 ~発表日~ キョン「結局見つけられなかった…つか要求が曖昧すぎなんだよ!」 長門「………」 ツンツン キョン「なんだよ?」 長門「私の見つけた不思議にはあなたの協力が必要。援助を要請する」 キョン「マジか!?いや、願ったり叶ったりだよ!サンキュー長門!」 長門「お礼を言うのはこちらの方」 ガチャ ハルヒ「みんなー!不思議探してきたっ!?それじゃあ順番に発表してもらうわよ!まずは古泉くんから!」 古泉「コホン、では見てぐたさいみなさん!僕のこの天を突く勢いのテトドンを!これって不思議ですよね?」 ハルヒ「はあ?自意識過剰なんじゃないの?」 みくる「なんですかこの可愛いの?」 クスクス 長門「粗チン」 キョン「ダウトッ!!貴様の粗末な物で朝比奈さんの目を汚すな!」 ベキッ 古泉「ナアアアアアウ!!ぼ、僕のテドドンが直角に折れたっ!!」 ピクピク 古泉一樹 再起不能 ハルヒ「ふん!とんだ期待外れねっ!じゃあ次はみくるちゃんよ!」 古泉「ぼ、僕のツチノコが…ツチノコなのに…」 ピクピク ハルヒ「そこうるさいっ!負け犬はおとなしく死んでなさい!!次はみくるちゃんよ!すんごいの期待してるわ!」 みくる「ひゃい!で、では涼宮さん近くに来てください…あの、みなさんの前では少し恥ずかしいことなので…」 ハルヒ「ふーん、どれどれ?」 スタスタ みくる「じゃあそのままオッパイを直に揉んでください!」 キョン「なんですとー!」 長門「………」 ムカッ ハルヒ「な、なにあんたそういう趣味なの?」 みくる「違いますよー!これが不思議なんですぅ!いいから揉んでくだしゃい!」 ハルヒ「仕方ないわね」 モミモミ ハルヒ「あ、なんかにじんできた…」 みくる「そうです!妊娠してないのに母乳が出ちゃうんでしゅ!それが私の不思議!」 キョン「マニアック!?」 ハナヂブー ハルヒ「ふーん。で、どんなからくりなわけ?」 みくる「牛の遺伝子をインプリティングした、はっ!い、いえそれは禁則事項ですぅ」 ハルヒ「よくわからないけどイカサマなのね?ダウトッ!!有希、足腰立たなくなるくらい揉んでしまいなさい!今日は無礼講よっ!」 長門「了解した」 みくる「ひっ!」 長門「妬ましい…嫉ましい…疎ましい……」 ジリジリ みくり「い、いやあああああああ!!」 朝比奈むくる・キョン 再起不能 ハルヒ「じゃあ次は有希の番よ!」 古泉「ツチノコ…僕のツチノコ…」 みくる「もうミルク出ないでしゅぅ…そんなに強く揉んたら痛いですよぅ…」 キョン「百合…百合の花咲き乱れ…」 ハルヒ「てかなんであんたまで延びてんのよ!起きろバカキョン!」 ゴツン キョン「あいてっ」 長門「私の不思議は彼との合作」 ハルヒ「うっ、すごいマイペースね…てか二人で一つの不思議なの?それはちょっとやそっとの不思議じゃ許されないわよ?」 長門「問題ない」 ハルヒ「ふーん?凄い自信ね?で、肝心の不思議は何よ?」 長門「もう言った。私の不思議は彼との合作」 ハルヒ「どういうこと?」 キョン「さあ?」 長門「生命の神秘。処女妊娠。それが私。父親は彼」 ハルヒ「はあっ!?ど、どどどどどどういうことよ!!」 キョン「し、知らん!どういうことだ長門!?」 長門「心配無い。既に籍は入れてきたわ。あなた」 キョン「俺が聞いてるはそういうことじゃねぇ!」 ハルヒ「そうよそうよ!ちゃんと説明なさいよ!」 長門「チッ…昨夜彼の部屋に忍び込み彼の精子を確保。それを元に構成した」 キョン「ダウトッ!!」 長門「却下。あなたの子供にはかわりない」 キョン「そ、そんなこの年で所帯持ちかよ…」 キョン 再起不能 ハルヒ「そんなの納得いかないわ!」 長門「納得とは?」 ハルヒ「駄目よ…そんなの絶対駄目!」 長門「この子を降ろせと?」 ハルヒ「違うっ!そんなこと言ってるんじゃ…」 キョン「長門…いや、有希。不束か者ですがよろしくお願いします」 ハルヒ「あんたまで何言ってるのよ!そんなの絶対認めないんだからねっ!」 長門「何故?」 ハルヒ「だって…だって…私だってキョンと(夢の中で)キスしてから生理来てないんだからっ!!」 長門「!?」 キョン「な、なんだってー!…それは想像妊娠じゃないか?」 ハルヒ「違うわよ!あ、今お腹蹴った!これはもう確実に孕んでるわ!だから私もキョンと結婚する権利はあるのっ!!」 キョン「でももう籍入れちゃったみたいだし…」 ハルヒ「とにかく駄目なものは駄目ー!!」 長門「問題ない」 ハルヒ「へ?」 長門「多重婚が認められている国で籍を入れまたこの国に戻ってくればいい万事解決」 ハルヒ「え?いいの有希?」 長門「いい。私という個体はあなたにも好意を抱いている」 ハルヒ「マジで?」 長門「マジで」 ハルヒ「本当に?」 長門「本当に」 ハルヒ「指切り?」 長門「嘘ついたら針千本飲む。比喩ではなく」 ハルヒ「じゃ、じゃあ…」 こうして俺はなかば強制的にオーストラリアに連行され籍を入れさせられてしまったわけだ… ハルヒ「あなたー!早くしないと置いて行くわよー!」 キョン「うーい、今行くー」 ハルヒ「さっさとしなさいよ!今日は有希の出産予定日なんだから。遅れたらあの子に殺されるわよ?」 キョン「やれやれ…」 まぁ、優柔不断な俺にはこんな結末がお似合いなのかもな。とか思ったりして…しかし子持ちなのに未だに童貞とはどういう了見なんだ? ハルヒ「うるさいわね!特にオチも無いし締めるわよ。いい?」 キョン「どうぞ。好きにしてくれ」 谷口「はっ!ドリームか…」 谷口「長門有希や涼宮が妊娠に朝比奈先輩からは母乳か…我ながら凄い夢見ちまったな… そらユング先生もフロイト先生とケンカするわな………」 谷口「授業中に夢精しちゃった……」 クスン 国木田「谷口チャック、ってイカ臭っ!?」 キョン「お前授業中になにしてんだよ!?」 ハルヒ「なーに?谷口ったらまた授業中にナニしちゃったの?」 女子A「うわー最低…」 阪中「谷口くんは変態なのね」 女子B「いやー!今こっち見た!」 女子C「大変!B子が犯されちゃう!」 谷口「ち、違うって!これはそういうんじゃなくて…」 女子ブス「イヤアアアアアア!谷口がしゃべったわあ!」 女子デブ「妊娠しちゃううう!」 キムリン「ФжЯёнмЧЗψφДКИИ」 谷口「…………ちくしょう…」 完 注:作者さんの中では、谷口の夢の内容はエンドレスエイトの連続する夏休みの15497回目だそうです。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4973.html
※ 涼宮ハルヒの鬱憤のアナザーストーリーです 季節はもう秋。 空模様は冬支度を始めるように首を垂れ、 風はキンモクセイの香りと共に鼻をそっとくすぐる。 彼は人との出会いが自分の心の内を乱し、 少しずつ緩んできている事に時の流れを感じている。 夏休みから学園祭まで一気に進んでいた時計の針は 息切れをしたかのように歩を緩めていたが、 周りが熱を冷ましていくのとは相反するように 彼の日常は慌ただしく、動き出していく―――― 夢をつんざく音が聞こえる… 渇いた喉にイライラしながら鬱陶しい音に手を伸ばす。 無意識に一つ溜息が漏れた。 朝も寝起きから閉鎖空間か… ここの所、涼宮ハルヒの精神は安定していたが。 それは最近、暇と鬱憤を紛らわせてくれるイベント続きだったからか? 僕は安穏とした日々が続く事に満足し過ぎているのかもしれない。 何にせよ、発生してしまったものは仕方がない… 発生場所に到着するとスーツ姿の森園生が腕組みをしながら立っていた。 「森さん、今の状況は?」 森の鋭い目線が突き刺さる。 「古泉、遅い…連絡は行ってたでしょう? 朝だからと言って寝惚けている暇があったら もっと迅速に行動出来るよう心掛けなさい」 手厳しい、と言うか怖い。 いつも閉鎖空間に飛び込み神人と相対する度に感じる。 これは涼宮ハルヒの純粋な想いから溢れてくる水のようなもの。 綺麗だけど、切なくて、苦しくて、柔らかくて、暴力的で… これは本当に僕らが力ずくでも抑えるべき代物なのだろうか? 誰にだってある感情、僕自身にもある。 日常はつまらない、下らないと思い、溜息を漏らしては 幸せをまた一つどこかへ落としてくる事が…。 僕らは本当に世界の安定に一役買っているのだろうか、と。 「ご苦労様」 森は笑顔で皆を出迎えた。 「今日のはそれほど大事にならずに済みました。 以前の報告通り涼宮ハルヒは最近、彼の成績等、色々と思う所があるようですから 機関としても何らかの対策を打たないといけないかもしれませんね」 森は首を傾げた。 「そうね。私にも経験あるけれど女の子にはそういう時がままあるものよ」 女の子って歳じゃ… その時の頭の中を見透かしたような森の視線に一旦、思考を停止させた。 「何の大事件も起こらずに安定していてくれないものかしら…」 腕時計を見ると10時を回っている。 「また遅刻か…今日、学校サボろうかな?」 ふと漏れた愚痴にもならないような言葉に森が噛み付いてきた。 「古泉、またあなたは機関の仕事にかこつけてすぐにサボろうとする! もうちょっと機関の人間としての自覚を持ちなさい。 あなたは機関の人間の中では涼宮ハルヒに最も近しい人間。 彼女を監視し、彼女により安定した日常を過ごしてもらうのに 機関にとってあなたの存在が重要な鍵である事は重々、承知しているでしょう? それに機関はあなたに学業まで疎かにしろとは言っていない。 新川に車を用意させたから、時間のある時はちゃんと学校に行きなさい」 また森さんに説教された… 車は朝の街の喧噪の中を学校へ向かって滑り出した。 僕がサボらず学校に行くように森さんの監視付きで。 1年半この学校に通ってきたがSOS団の部室以外では この時間限定で、この人のいない学校までの坂道は結構、気に入っている。 「古泉、今日は夜の9時から定例会議がありますから 涼宮ハルヒの監視後にちゃんとサボらないように顔出しなさいよ」 はい、了解です。僕の作り笑顔はこの人に鍛えられたといっても過言ではない。 キンモクセイの香りが鼻をくすぐる坂道は秋になり涼しく寝そべっている。 昼休み、SOS団の部室に足を運ぶと部屋の中から 廊下まで響く涼宮ハルヒの上機嫌な声が聞こえてきた。 どうやら朝までの不安定な精神は落ち着きを取り戻したようだ。 「ふっふっふっ…ハロウィンよ!!小さい頃、読んだ絵本には 魔人、ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女、黒猫、コウモリ、ゾンビ、 黒魔術なんかが出てきて、事件と謎の匂いがプンプンする話だったわ。 という訳で今週はハロウィン調査を開始するの。 ハロウィンってまずはコスプレから始まるのよね。 だからまずは全員どんなコスプレにするかパソコンで調べないと!!」 なるほど、また新しい『遊び場』を見つけた訳ですか。 そっと部室に入ると何やら話し込んでいるようだった。 「へぇ~、ハロウィンではお菓子を配るのね。 ついでに秋の味覚も集めちゃおうかしら?」 長門有希も珍しく強い興味を示したようですね。 僕も秋の味覚には興味あります。 「ハロウィンパーティーですか、面白いアイデアですね」 彼に話し掛けると驚いたような顔をこちらに向けてきた。 まるでくり抜かれたハロウィンのカボチャのような顔ですよ? 「じゃあ、決定ね。古泉君、みくるちゃんと?あとせっかくのパーティーだから 鶴屋さんにも伝えといてくれる?受験勉強の邪魔でなければって」 思い付いたら即行動、涼宮ハルヒの精神にここまでのエネルギーが 満ち溢れていれば、余程の事が無い限りは大丈夫でしょう。 「わかりました」 「じゃあ行くわよ、キョン」 ケルト民族のハロウィン祭ではひとつの大きな篝(かがり)火から 村の家々に火を分け合う事でお互いを 共通の絆を持つ一つに繋がった輪としている。 SOS団にとってその絆は涼宮ハルヒという 大きな篝火を中心にして出来たものだろう。 時々、全てを燃やし尽くすように暴れるその大きな篝火を鎮める為、 彼は水になりたいと願っている。 ただ、今の彼に出来るのは彼女に向かって欺瞞の笑顔を差し出す事だけ。 いつか素直な気持ちで友として笑い合いたいと願っている―――― 涼宮ハルヒが形式的な連絡網と称して交換した為、 一応、SOS団に関わる面々の連絡先は入手している。 メールは時々、素の人間性が引き出される事があって苦手です…。 まずは森さんに報告ですね。 あと、涼宮ハルヒの為と称して機関に秋の味覚も要求しちゃいましょう。 To:森園生 タイトル:報告 本文:お疲れ様です。古泉一樹です。 涼宮ハルヒの急遽の発案により、 ハロウィンパーティーを開催する事になりました。 彼女の精神は朝とは違い、非常に安定したものと見受けられます。 彼女はお菓子や秋の味覚なども所望している様子です。 機関でも多少、用意して頂けると幸いです。 ふぅ~…機関や森さんへの報告はお決まりの文章で楽なのですが、 次は朝比奈みくるへのメールか…文面が難しいですね…。 朝比奈みくるは僕を含め、機関に対して強い不信感を持ってますからね。 あまり強い刺激を与える事で警戒心を抱かせ、今後の活動に 悪影響を及ぼしたくはありませんね。 文面を少し明るめにしておいた方が宜しいのでしょうか? To:朝比奈みくる タイトル:無題 本文:どうも!!古泉一樹ですアヒャヒャヘ(゚∀゚*)ノヽ(*゚∀゚)ノアヒャヒャ 涼宮さんの発案により今週のSOS団の活動はハロウィン調査を行うそうです。 お菓子と秋の味覚を集めたハロウィンコスプレパーティーも開くそうなので 時間の都合が付くようならば鶴屋さんもお誘い下さいとの事です(m。_。)m では、宜しくお願いしますo( ▽▽ )oキャハハ 頑張って絵文字を使ってみたのですが、 皆さんが僕に対して抱いているイメージより 多少、メールのテンションが高過ぎたでしょうか…? 送信ボタンを押してから少し後悔しています。 おや?もう森さんから返信がありましたね。 From:森園生 タイトル:Re 報告 本文:ハロウィンの件に関しては了解致しました。 速やかに上に掛け合い、準備に入ります。 恐らく何の問題も無く、通過すると思われます。 ただあくまで涼宮ハルヒの監視と精神の安定の為という目的を忘れずに。 あなたは時々、遊び心が過ぎますからね。 色々とバレているのでしょうか?怖いですね…。 そうだ。絵文字の使い方に関して森さんに絵文字を使ってみて 使用法などに問題が無いか、確かめてみる必要がありますね。 森さんからなら的確なアドバイスが得られそうな気がします。 To:森園生 タイトル:Re Re 報告 本文:了解ですO(≧▽≦)O ワーイ♪ お手数お掛け致します!!アリガタビーム!!(ノ・_・)‥‥…━━━━━☆ピーー 機関からの支援の事をハロウィンパーティーの発案者でもある 彼ら2人にも伝えておきますか… そういえば携帯電話に入っている彼のメモリーを見るといつも思うのですが、 彼の本名ってなんでしたっけ?キョンとばかり呼ばれているので ついつい忘れてしまいますね。 涼宮さんと仲良くやっていてくれると良いのですが。 To:Kyon タイトル:無題 本文:今朝まで発生していた閉鎖空間も消えてくれて、 機関も僕もあなたにはいつも感謝しきりです。 お礼といっては何ですが、僕と機関から 今回のハロウィンパーティーに幾分かの差し入れを出します。 涼宮さんの事はあなたにお任せします。 では、頑張って下さいねp|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!! お?森さんは仕事だけでなく、いつもメールを返すのも早いですね。 さすが機関の中枢を担うお方だ。 From:森園生 タイトル:Re Re Re 報告 本文:もう一度言いますが、ちゃんと気を引き締めなさい。 あと、あなたが絵文字を使うのは気持ちが悪いから止めなさい。 森さん…的確なアドバイス、ありがとうございます………。 秋の空というものはどうにもうつろいやすいもので それを人の心に例えたりもしますが、 雨には気持ちもしょげるもの。 夕方になり降り出した雨は雨脚を強め、 街をオレンジ色から灰色に変えていく。 朝比奈みくると鶴屋さんが持ってきたスモークチーズの香り漂う SOS団の部室では3人が三者三様の時間を過ごしています。 朝比奈みくるは妙な沈黙に耐えられなかったのであろう… お茶を2人に差し出しながら話し掛けてきました。 彼らがいない時にこうやって会話を交わすのは慣れないものです。 「涼宮さんとキョンくんのいない部室って静かですね。」 「そうですね。こういう部室も嫌いではありませんが、やはり物足りないですね。 ところで鶴屋さんはどこへ?」 「チーズに合う飲み物が必要とかでどこかへ行ってしまいました。」 「それは危険な香りがしますね。」 その時、大きな足音が聞こえたと思うと勢いを付けて扉が開きました。 「お待った~!!」 鶴屋さんでしたか。 「おっや~、あの2人はまっだ帰ってきてないっかな~?? ま~たどっかでイチャついてんのかね~?」 「鶴屋さん、それ…」 「あぁ、ワインっさ!」 「だ、大丈夫なんですか~?受験前に。」 「めがっさ美味しいにょろ!まっ息抜き♪息抜き♪まずは軽く一杯。」 息抜きの範疇を超えてますね。? 「遅いですね~涼宮さんとキョンくん…」 と、音も立てずに静かに扉が開くと雨でずぶ濡れの彼が1人で立っていました。 非常に嫌な予感がしますね。 「あれ?涼宮さんは?」 「分からん…」 「私は付き合いだけで無理して皆とここにいる訳じゃありません!!」 朝比奈みくるが珍しく、怒りを露にしている。 「ごめんなさい…」 「なんでキョンくん、そんな事言ったんですか!? いい加減、涼宮さんの気持ちに気付いてあげて下さい!! 涼宮さんは私達の為というよりもキョンくんの為に きっとこのハロウィンパーティーをやろうって言ったんですよ!」 涼宮ハルヒはここ最近、部室で色々と計画を練っていたが… ハロウィンパーティーにはやはりそのような意味があったのですね。 「涼宮さん、キョンくんが最近、成績の事とかで悩んでるってずっと気にしてたんです。 だから涼宮さん、部室にいる時に一人でキョンくんの為に解説用のノートや 一緒に期末テストの勉強する為のスケジュール作ったりして、 来週からはスパルタで行くから今週くらいはキョンくんと 何か息抜き出来る事して気持ちを晴らして羽を伸ばしておこうって言ってたんです!」 「あ~ぁ、今回はやっちゃったね~!キョンくん。」 今の鶴屋さんの意見には実に同感です。 事の顛末を簡潔に申し上げますと、 涼宮ハルヒは彼が最近、学業の成績などで悩んでいる事に危惧し、 期末テストで彼の手助けをしようとしていました。 その前に溜まっている彼のストレスをパーッとガス抜きさせる為に SOS団でハロウィンパーティーの企画を立ち上げたのだが、 その事に対し彼は涼宮ハルヒに受験生の朝比奈みくるや鶴屋さんまで こんな下らない事に巻き込んで計画性が無さ過ぎる、自分は帰って勉強がしたい と、涼宮さんに責め立て街中でそのまま喧嘩別れしてきたという… 最近は彼とも打ち解けてきて僕も彼との友人関係を継続したいと 願ってはいますが、今だけは彼の事を『この男』と呼ばせて頂きたい。 この男は時々、とても無神経になるのが癇に障る。 涼宮ハルヒの想いに気が付いていない訳がないとは思うのだが… 涼宮ハルヒを監視し、安定に導く為の鍵としてこの男の存在は欠かせない。 それがここまで鈍感だとさすがにイライラしてくる。 機関で拘束して拷問にでも掛けてやろうかという気さえしてくる。 あぁ~…やはり案の定、機関からの連絡が入ってきた。 「ふぅ~…すみません、どうやら急なバイトが入ってしまったようです。」 この男を睨みつけて恨み節を放った所で何も解決しないのは百も承知なのだが…。 「まぁ正確には涼宮さんらしく、団長の責務として団員の世話まで しっかりやらないといけないから大変だ、とおっしゃってましたが。 あなたの悩みは彼女の悩みでもあるんですよ。」 しれっとまるで分からないという顔をしているのが非常に癪だ…。 さすがに鼻につきますよ、その態度には。 「まだ分からないんですか?彼女からすれば何故、自分に相談してくれないのか? 悩みがあるなら共有してくれないのか?とね。 あなたに涼宮さんをお任せしたのは失敗でしたかね…では、失礼。」 少しばかり感情的になり過ぎたようだ…。 ただこの男に一言でも言わないと気が済まなかったのも事実。 しかし、一日で2回目ともなるとさすがにうんざりだ…。 森さんに一度、連絡を取っておこう。 「もしもし、古泉です」 森さんの携帯からノイズ混じりの声が聞こえる。 「緊急事態なので私が車を回します。話はそこで伺います」 と言われ、一方的に電話は切られた。 坂道を下ると猛スピードで黒塗りの車が目の前に滑り込んできた。 「乗りなさい、古泉」 助手席に乗り込み、事情を説明していると 森さんの表情は見る見る険しくなっていった。 隣にいる僕でさえ、緊張してしまう程だ。 「…という事だそうです」 その話を聞いた森さんは両拳をハンドルに一度、思いっきり叩き付けた。 「あんの鈍感男!!何、考えてんのよ!?」 …も、森さん? 「あれは本当に女心の欠片も理解していないわね!! それとも知っててわざとそんな真似してんの!? ただの度胸が無いヘタレ!?それともゲイか何か!? 少なくとも男の風上にも置けない奴だわ!!」 さすがの僕でもここまで怒り狂っている森さんは見た事がありません… 「大体、何よ!?のらりくらり逃げてばかりで、 涼宮ハルヒにキスするなり、押し倒すなり、さっさとヤっちゃえば良いのよ!!」 いや、さすがにそれは… 「か、彼にも彼の想いというものがありますから。そこまで強制させる訳には…」 森さんの勢いに気圧されて僕が逆になだめる立場になってしまった… 「分かってるわよ、そんな事!!でも、それならそれで真摯な応え方というものが あるでしょうが!?一言、言ってやんないと気が済まないわ!!」 そういえば、ちょっと前に森さん、男と別れたとかで 酒に溺れて愚痴をこぼしながら暴れ回ってたな…女は怖い…。 現場に付くと落雷と豪雨が入り混じった暗闇のような閉鎖空間が ぽっかり口を開けていた。 「これは非常に危険な状態ですね。このような閉鎖空間は初めてです」 冷静さを取り戻した森さんが話し始めた。 「どうやらこれまでのものとは形も歪で性質も全く異なるもののようね。 今、機関の人間を総員配置して解決に当たっています」 「世界が呑み込まれてしまう危険性もありますね。とにかく空間内に入ってみます」 閉鎖空間の入り口に手を伸ばした瞬間、雷に打たれたような衝撃が走り、 弾き飛ばされてしまった…空間内に侵入出来ない…?何故? その時、空間内より機関の仲間である能力者達が投げ出されてきた。 「皆さん、どうなさったのです!?」 能力者達は怪我を負っている。機関の能力者の中でリーダー格の男が語り始めた。 「分からん…閉鎖空間より追い出されてしまった。 空間内に涼宮ハルヒが存在している感覚は掴める。 しかし、どうやら涼宮ハルヒはこの世にある全ての存在を拒絶し始めたようだ。 私達の能力も上手くコントロール出来なくなっている」 「新川!!」 森さんは新川さんを呼び寄せながら僕の肩に手を置いた。 「とにかく彼らの治療は新川に任せましょう。 機関でも最も能力の高い部類に入る古泉の能力を持ってしても 駄目だというのならもう手は一つしかありません」 今は不本意だが、機関の人間が手を打てないとならば やはり涼宮ハルヒに対しては鍵としての彼の力に頼り、協力を仰ぐしかない。 新川さんと怪我をしている他の能力者達は治療に向かい、僕はこの場で待機。 彼を捜し、迎えに行く役は森さん自らが有無を言わさずに自分がやると申し出た。 きっと彼に対して森さんはどうしても『一言』言わないと気が済まないのだろう。 精神的に潰されなければ良いのですが…。 待機と言っても駅前の広場で一人立ち尽くしているだけだから 特にこれと言ってやる事も出来る事もない。 閉鎖空間には相変わらず、拒絶されたままだ。 雨脚が強くなってきた。傘に打たれる水の音が激しさを増していく。 「古泉君…」 ふいに声を掛けられた。振り返るとそこには朝比奈みくると長門有希の姿があった。 「朝比奈さん…長門さん…どうなさったのです?」 傘を差している二人の髪は秋雨に濡れていた。 「キョンくんと古泉君が飛び出していってから私達、 いてもたってもいられなくて…力になる事は出来ないかもしれませんけど、 キョンくんと涼宮さんの事、放っておく訳にもいかないんです」 それでとりあえず彼ら二人が喧嘩別れしたこの駅前の広場にやって来た訳ですか。 「僕も同じ想いです。どうも彼ら二人は素直じゃないと言いますか、 最近は友人として見て見ぬ振りが出来なくなってきました」 これは率直な想いだ。 以前の僕なら現状維持で見過ごすべき所は見過ごしていただろう。 「…そう」 3人、広場で雨に打たれながら無言で彼を待っていた。 結局、僕らはなんだかんだ言いながらも お互いを信頼し合っているのかもしれない。 その時、黒塗りの車が水しぶきを立てながらブレーキを掛けた。 「お待ちしていましたよ。」 涼宮ハルヒという暴走したアクセルに対してブレーキとなれるのはあなただけ。 これでも僕らはあなたのやる時はやるという一本、芯の通った所が好きでもあり、信じてもいます。 「情報統合思念体は混乱している。 現在の涼宮ハルヒは有機生命体の持つ全ての感情を?強い力で衝突させ、爆発を起こしかけている。 本来、情報統合思念体にとって感情とはエラーと認識されるもの。 それが処理出来ないほどの量と質で埋め尽くされている。 情報統合思念体にとって自らの存在を消去し得る 触れる事は危険且つ、不可能な領域として認識した。 だから、あなたに任せる。」 最後の一言こそ、複雑な想いを抱えながらも長門有希の本音なのだろう。 「キョンくん…さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい… でも、キョンくんにしか涼宮さんを助ける事は出来ないと思うの。 キョンくんの素直な気持ちをちゃんと伝えて、お願い。」 今回ばかりはのらりくらりと逃げる事は許されませんよ。 きちっと責任を取るつもりで覚悟を決めて下さい。 「では、ここからが閉鎖空間の入り口です。?僕らはこれより先には進めません。 ですが、あなたならきっと大丈夫です。 いえ、あなたにしか出来ません。」 涼宮ハルヒはきっとあなただけは拒絶する事はないはずです。 何故なら、彼女はいつもあなたの傍にいてあなたと共に行動する事が 何よりも好きなのだから。 彼が一人で閉鎖空間に飛び込むのを見送るともうやれる事はない。 やはり全てを拒絶するあの空間も彼だけは受け入れてくれたようだ。 あと僕らに出来るのはただ待つのみ。 僕ら3人と森さんは激しくなった雨に打たれながら雷の音を聞いていた。 「皆さん、お車の中で待機なさってはいかがでしょう?」 森さんが愛くるしい笑顔を僕らに向けた。 あぁ~…僕だけの時にもこれくらいの柔らかい態度で接してくれたなら どれだけ機関の仕事が楽になるだろう… 朝比奈みくるは頑なに車に乗るのを拒否していた。苦い思い出があるからだろう。 まぁ、僕らも車の中で安穏と過ごすつもりは毛頭ない。 「大丈夫ですよ、森さん。僕らはここで待ちます」 「そうですか」 さっきから気になっている事を2人には聞こえないように森さんに訊ねてみた。 「…ところで森さん。彼にはなんとおっしゃったんですか?」 森さんの目が鋭く光った。 「飴と鞭、というところでしょうか。 私は訓練により精神破壊系の拷問テクニックも身に付けているから」 その時の森さんの笑顔ほど僕を凍り付かせ、震え上がらせたものはなかった。 ニッコリと微笑む悪魔のようにただただ怖かった… この人だけには悪戯心の冗談でも逆らわないでおこう。 そう心に誓った。 雷鳴が遠のき、雨脚が弱まったかと思うと街の喧噪が騒がしくなった。 さっきまで分厚い雲に覆われていた空は風と共に流れ、 雲の隙間から眩しい夕陽が顔を出している。 「どうやら彼ら二人は無事、仲直りしてくれたようですね」 今、気が付いたのだが僕はいつもの笑顔を忘れていた。 僕もそれなりに緊張していたのだろうか? 「良かったです~、キョンくんはちゃんと涼宮さんに 素直に想いを伝えたのでしょうか?」 「きっとそうでしょうね。彼は普段は鈍感極まり無い方ですが、 やる時はやる方ですから」 「…そう」 今、彼ら二人がどこにいるのかは分かりませんが、 二人の時間を邪魔するような無粋は止めておきましょう。 「さて、僕ら3人は部室にでも戻りますか?」 「そうですね~♪」 その時、森さんが僕の耳元でそっと囁いた。 「ハロウィンの件は許可がおりましたが、鶴屋家との相互不干渉の取り決めより どちらか一方が、という事になりました」 なるほど、そうですか…。 「では、きっと鶴屋家で準備して頂けると思います。 決まり次第、また連絡を入れます」 「了解致しました。あと、あなたも分かっている事だとは思いますが、 私へ報告のメールをする際、もう決して二度と絵文字は使わないように」 ハハ…そんなに気持ち悪かったのだろうか…? 嵐来りて大暴れ。 上へ下への大騒ぎ。 嵐は去りて一番星。 誓いを立てて笑い顔、 夢か現か幻か。 「ではこれより!SOS団ハロウィンパーティーを始めます!!」 結局、部室では時間が遅いと言う事で急遽、鶴屋家で お菓子と秋の味覚を取り揃えた あまりにも豪華なパーティーを催す事になった。 涼宮ハルヒと鶴屋さんはタッグを組んで朝比奈みくるに セクハラまがいの行為を繰り返している。 長門有希は相変わらず、物凄い食欲だ。 僕自身も涼宮ハルヒに渡されたドラキュラの格好をさせられている。 僕にとってSOS団のメンバーと過ごすこういう時間は かけがえの無い大切な時間となってきている。 機関の命令により、仕方無しに参加していたかつてなら 考えられなかったくらいの心境の変化だと自分でも実感している。 涼宮ハルヒはミニスカートの妖精、鶴屋さんは幽霊、朝比奈みくるは黒猫、 長門有希は魔女、そして彼はカボチャ…。 涼宮ハルヒは一体、このカボチャのコスプレをどこから持ってきたのでしょうか? 「今回もあなたに助けられましたね」 「まぁ、今回は俺が原因でもあるからな。色々すまんかったな、古泉」 「いえ。初めに話を聞いた時は機関で拘束して?拷問にでも掛けようかと思いましたがね」 本気で手配しようかと考えたくらいです…。 「で、涼宮さんとは付き合う事になったんですか?」 おやおや…せっかくの秋の味覚を吹き出してしまうなんて実に勿体ない。 「ば、馬鹿言うなよ!」 「おや?今回もキスしたんじゃないんですか?」 「しとらん!」 全く…なかなか彼ら二人は先に進んでくれませんね。 ここは一つ… 「それは……また森さんが怒りますよ」 脅しをかけておきましょう。 「キョ~ン!」 「なんだ?」 「あんた、美味しそうなもん食べてんじゃないのよ」 「やらんぞ。自分で取れ」 「ケチ!うりゃ!」 「おい、取るなよ」 「だって私、この付け合わせの甘い人参、好きなんだも~ん」 まぁ、でも今回は元の関係に修復出来ただけでも良しとしましょう。 「じゃあ、お世話になりました~!」 「良いって事さ~!今度はクリスマスだね!」 「おやすみなさ~い!」 宴もたけなわ、ですね。 来週からはしばらく期末テストに向けての試験対策。 しっかりやらないとまた森さんや機関の上層部にどやされる…。 「では、僕もこのへんで」 「…同じく」 「わたひもおうひにかえりまひゅ~」 お二人のお邪魔になるでしょうから 泥酔している朝比奈みくると長門有希は僕が送り届けますよ。 「では、涼宮さんを家まで送り届けて下さいね」 二人っきりの時間はチャンスですよ、勇気を振り絞って下さい。 「キョン!」 「はいはい。」 「はい、は一回。」 「はぁ~い。」 彼は一つ決めました。 これからはあの二人を見守っていこう。 自分が入り込めるような隙間は無い。 時には譲れず、手を出す事はあったとしても 友人として接していこう。 冬も間近な秋の夜。 空に浮かぶ星達は遠い遠い所から 優しく光を落としています。 彼は待ち望んでいます。 まだまだ遠い将来にいつか彼らと心を開き、 ただただ笑い合える日を―――― The End
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/869.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
https://w.atwiki.jp/nenrei/pages/889.html
【作品名】涼宮ハルヒの分裂 【ジャンル】小説 【名前】涼宮ハルヒ 【属性】SOS団団長 【年齢】16歳 【長所】本人の望んだ通りのことが起きる 【短所】でもその自覚がない 【備考】『分裂』より高校2年生になったので最低でも16歳 vol.2
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6137.html
第六章 虹色に輝くオーパーツ。その光がやみ終える。 「変な気分だ」 「ええ、無理も無いでしょう」 部室を出て、二人は長門の住むマンションにと向かった。ここ数日分のの記憶が二つ存在している。むこうの世界の俺がそう判断したんだからしょうがない。こうなることが分かっていたら、俺はどうしていただろう。くだらないことしか思いつかない。同時刻にチェスと将棋で古泉を打ち負かしてやるってのはどうだ。 こっちの世界・・・正規の世界では俺は無様にも何もすることが出来なかった。長門が倒れている中で古泉や喜緑さんに頼りっぱなしだった。しかし向こうの世界では少しは貢献できただろう。しかも今回は長門と古泉が毎度のように奔走する中、あの朝比奈さんが許可なしでは禁止されている時間移動をしてみんなを助けに来た。そしてSOS団に対する俺の気持ちが分かったような気がする。そう考えると同じ記憶を持つってのも悪くない。 オートロックを開けてもらい、長門の部屋の前に着いた。玄関のドアを開けると、奥から話し声が聞こえる。どうやらいつも通りの会話が聞こえる。にぎやかな話し声だ。 部屋に行こうとすると向こうからハルヒがやってきた。 「ちょっと遅いわよ。それよりも早く・・・」 分かっている。それ以上は言わなくてもいいんだ。俺は体験して確認できているんだからな。 扉を開けると、寝ていたそいつはこう言った。おいおい逆じゃないか?お前は俺の妹みたいなことを言うな。 「・・・ただいま」 長門は体を半分起こしている。 「ちょっと有希、まだ無理しちゃダメよ。まだ治ってないでしょ」 ハルヒは言葉では心配しているが、心では安心しているのだろう。長門の顔をみる限り寝込んでいたのが嘘だったようにケロッとしている。それを見れば気づくのだろう。もう無事だと。古泉と朝比奈さんも良かったとつぶやいている。 長門が無事と分かればハルヒはあれやこれやと話し始める。 「本当に心配してたんだから」 とか、 「体調を崩し始めたらすぐあたしに言いなさい。団長命令よ」 とか。長門はそれをただ聞いている。ハルヒは早速作ったおかゆをたべさせようとする。普通の病人ならそう簡単に食えやしないだろうが。がっつきすぎだぞ、長門。 喜緑さんは長門の無事を確認できたからなのか、 「少し用事がありますのでお暇させていただきます。今晩の看病は引き続きお任せください」 と言って出て行った。情報統合思念体に報告でもするのだろう。 その後俺たちはしばらく長門の部屋にいた。何をしていたかと言うと、珍しくハルヒと長門が会話をしていた。とはいってもハルヒが長門に一方的に話しかけているだけで、数分おきに長門が 「・・・そう」 「・・・分かった」 とつぶやき、はたまた、 「・・・・・・・・・」 無言で会話をしているように見えた。心なしか長門は嬉しそうだった。古泉や朝比奈さん、喜緑さんは黙ってそれを見守っている。 俺はというと・・・これからやることを整理していた。まだまだやらなくちゃいけないことがある。だけど少しくらい先延ばしてもいいよな。今日くらい久しぶりのSOS団を満喫してもいいじゃないか。 「やばい、忘れてた」 「何言ってるの、キョン」 「ちょっとレンタルDVDを返し忘れてた。悪い、今日は先に帰る」 ハルヒのギャーギャーいう声が聞こえる中、部屋を出た。早くオーパーツを鶴屋さんに返さないとな。またどこかに忘れたりなどしたらまずい。玄関に行くと喜緑さんが立っていた。 「お薬をお持ちいたしました。特効薬です」 いかん。こいつも忘れてたな。そのフォロー助かります。 さっそく鶴屋家へと走る。ほんと走ってばっかりだな。 何度見ても荘厳といえる家だ。インターホンを鳴らす。鶴屋さんが門まで来てくれた。 「やあ、それはもう必要ないのかいっ」 「ええ、助かりました。ありがとうございます」 今回はこの人だけでなく、鶴屋家のご先祖様にまで助けられたな。 「じゃあこれはまたうちで保管させていただくよっ。それよりもキョンくん。答えは分かったのかなっ」 このお方は何かが起きたって分かっているんだな。 「まあキミの顔を見れば分かるっさっ。少年、大使を持つにょろよ~」 ええ。既に大使は身につけてきましたよ。 家に帰ると妹が玄関にやってきた。 「ただいまー」 おう、おかえり。今日は間違えずにすんだな。 夕飯を食べ、自分の部屋へいった。ベットに寝ころがりながら考える。明日やるべきことを・・・ 翌日、水曜日。 自分のクラスに入るとハルヒがすでに来ていたようだ。 「昨日は悪かったな」 「悪いも何も、あんたはもっと部員を心配しなさいよ」 「分かってるって」 どうも昨日俺が帰った事で不機嫌らしい。 「有希、今日は学校に来ているわ。熱も下がってすっかり治ったみたい」 「会って来たのか」 「そうよ。きっと喜緑さんの特効薬が効いたんだわ」 まあそれだけではないだろう。お前が昨日ずっと居座って長門と話をしてたんだからな。長門も安心したんだろう、自分の居場所を確認できて。 昼休み。弁当を即効で食い終え、部室へと行く。そろそろこの不摂生が何かの病気にならなければいいが。 「どうぞ」 「お待ちしておりましたよ」 部室には古泉と朝比奈さんががいた。珍しく長門がいない。 「あなたはどこまでご存知ですか」 「さあな、さっぱりだ」 「それでは僕が」 またこいつの仮説を聞かなくちゃいかんのか。できれば長門に聞きたかったんだが。いや、二人いた方が分かりやすいか。 「僕が二つの記憶を持ち合わせていること、またあなたや長門さん、朝比奈さんの話を思い出すと、先週の土曜夜に世界は分裂してしまいました」 ああ、そうだったな。 「我々の記憶上で残っている世界をα、結果として存在していた世界をβとします。長門さんや喜緑さんが分裂した事を気づけなかったのは、九曜と言う宇宙人の仕業でしょう。α、βの両世界において妨害していたようです」 結局、九曜というやつのもよく分からなかったな。 「ええ。いくつかの能力において、長門さんよりも上位にあるようです。ただし意思というものがないのでしょうね。今後なにをするのか予想がつかないのは脅威ですが、恐らく単独で行動することは無いと思います。涼宮さんの能力に興味を持っているのですが、どうしたらよいか分からないといった感じでないでしょうか」 現に長門は倒れてしまったんだ。脅威だろ。 「そうとも限りません。喜緑さんがいますでしょう。今回のことで喜緑さんはよりいっそう警戒しているようです。僕が直接聞きました。二人がそれぞれ補っている限り、攻撃してもその時は回避できるはずです。九曜さんが長門さんに直接攻撃してきたのはβの世界です」 「じゃあαの世界の敵は藤原ってやつなんだな」 「その通り。彼があなたを利用して涼宮さんから佐々木さんへ能力を移し変えようとしたようです。もっとも移し変えようとしたのではなく、涼宮さんの能力をもともとなくそうとしたのではないかと。朝比奈さんの未来とβ世界の長門さんを人質にとって」 そこで朝比奈さん、あなたのおかげで助かったんです。 「またいつかお願いしたいものですね」 古泉ちゃかすな。朝比奈さんが困っているだろ。そういや勝手に時間移動してよかったんですか? 「あのう、わたしどちらの世界でも未来と連絡を取れなくて。古泉くんの言うβっていう世界ではあきらめてたんです。でもαって世界ではダメもとでやってみたんです。そしたらできちゃって・・・今は、禁則なんですけど未来と連絡取れるんです。そしたら禁則ですけど・・・処分待ちだって・・・」 やっぱりいけないことだったのか。どうしたらいいんだ。すると部室のドアが開いた。長門がやってきた。 「心配する必要は無い」 その言い草は何だ。俺たちの会話はお前に筒抜けだったのか。それにしてもやけにおそかったな。どこいってたんだ? 「涼宮ハルヒの作成した弁当を共に摂取していた」 そこまでハルヒは面倒見ているのか。で、朝比奈さんはどうなるんだ?しばらく黙った後、長門はこう言った。 「大丈夫。いずれ分かる」 だからどう大丈夫なのか言ってくれよ。それとも言わなくてもすぐ分かるってことなのか?朝比奈さんが縮こまっているじゃないか。それでもその怪訝を気にする必要はないと言わんばかりに違う説明をした。 「世界を分裂させたのは涼宮ハルヒ。九曜と呼称される個体により、発見が遅れた。彼女は我々情報統合思念体と発祥が異なるため、攻撃方法も分析できなかった。また分裂の原因はあなたの友人である佐々木と呼称される人物。涼宮ハルヒは嫉妬と呼称される感情を持ち、佐々木と呼称される人物を消去した」 そういえばハルヒがやったんだよな。よりによって俺の友人に手を出すなんて。 「それは気になりますね。今後涼宮さんが同じようなことを起こすかもしれません。もちろん、あなたと涼宮さんが結ばれてしまえば気にかけることはないでしょうが」 だから古泉、その発言はよせよ。 しかし俺はハルヒがまた同じ事をするなんて思っていなかった。今朝ハルヒとした会話の続きを思い出す。 「長門が俺たちに寝込んでいることを言わなかったのは、長門なりに心配かけたくないってことだったんじゃないか。長門にも言いにくいことはあるだろうさ」 「まあ・・・それも分からなくもないわ」 「誰にだって言い難いことはある。そういうお前も俺たちに言えないでいることはあるんじゃないのか?」 そう言うと、しばらく窓の外を見てハルヒはこう返答した。 「そうかもね」 そして口ごもるようにこう続けた。 「・・・・・・あんたあたしに隠し事していない?例えば誰かと付き合っているとか。この前会った佐々木さんとか怪しいわね。例えばの話よ」 「お前、残念ながら俺がどれだけもてないのか分かるだろ。いる訳ない。佐々木と俺との間に恋愛感情などない。異性同士でも親友という関係が成り立つってのが俺の持論だ。仮に少しでも気になる異性がいたらだ。真っ先にお前に相談するよ」 同性の国木田とかに相談するより、異性のお前たちに聞いたほうが少しはためになるだろう。ましてナンパ成功率0.00・・・1%の谷口に相談するなんぞもっての外だ。 「それもそうね」 何か勝ち誇ったようにハルヒは俺に笑顔を見せている。 「そういうお前はどうなんだ。入学して一年たつんだ。彼氏を作る気はないのか」 「あんたには関係ないわよ」 「おいおい、お前は俺に隠し事するのかよ」 「・・・・・・あたしはそんなことよりSOS団のみんなと遊んでいる方が楽しいわ」 「それには俺も同意見だ」 はっきりと遊んでると言い切ったな。本来の活動内容はどこへいったんだ。 「ならハルヒ、悩み事があるなら俺たちに相談しろよ。もっともいえる範囲での内容でいい。俺だったら何でも言うさ。まして恋愛ごとに関していったら、SOS団には女性が三人もいるんだから。悔しいがこの学校ではトップクラスで異性にモテている古泉もいるんだ。俺たちに隠し事などない方がいいだろ」 「当たり前よ。SOS団に隠し事なんて不必要だわ」 もっとも、隠しておかなければならないことは隠し通すべきだ。いきなりあの三人が本性を語り始めたりすることはないだろう。それ以外のことだったら何でもいい。幸か不幸か、SOS団のみんなは一年間毎日同じ時間を過ごしてそんな間柄になっているに違いない。担任の岡部が教室に入ってきたところで、会話はそこで終了した。 回想終了。俺は確かめるべく、まず古泉に聞いた。 「そういうお前はどうなんだ。新学期になって早速下駄箱にラブレターなんてもの入ってたりしないのか?」 「いきなりどうしたんですか?・・・新一年生から何通かそのようなものを受け取りましたよ。でも今の僕にはそんなことをしている時間はないんです」 うまく紛らわそうとする古泉に、拍車をかけるように質問を続ける。 「じゃあ逆に気になる子とかいないのか?告白を断り続けているのも、既に意中の人がいるとかはないのか」 「・・・・・・そうですね、僕は機関の仕事で忙しいのでそのようなことを気にする時間はないんですよ。もっともプライベートの時間はこの部室や週末の野外活動で、あなたたちと過ごすことで満足してしまっているようです」 古泉はシロか。そう思いながら今度は女性に目を向ける。 「朝比奈さんはどうですか?あなたもたくさん告白を受けているのでしょう。この時代で恋愛してはいけないんでしたっけ?でも一つ禁則事項を破っているんですからもう一つくらいかまわないでしょう」 「いきなりなんてこというんですかぁ~。あっキョンくん、その顔はだまそうとしたんですね。いじわるです。好きな人がいるかどうかは・・・、禁則事項です」 やはりこの人は分かりやすい。残念そうな顔をしている朝比奈さんを見れば、そのようなことはないだろう。 「長門、お前はどうなんだ」 目を見開いてこちらを見ているように見える。なんてことを聞くんだって顔か? 「・・・・・・ヒ・ミ・ツ」 そりゃないだろう。少しくらいお前のプライベートを聞きたいもんだ。お前も中河以外から告白を受けたりしなかったのか? 「・・・・・・そのようなものを受けた場合、今の私だけで判断することは出来ない。情報統合思念体の見解が必要。またあなたたちにも見解を求める可能性もある」 ようするに親や俺たちに相談するって事か。 「お前たちのことは分かったよ。ハルヒにも今朝同じ事を聞いた。釘刺しておいたよ。あいつは俺に遠慮していたみたいだな。嫉妬かどうか分からないが、俺なんかを心配していたんだろう。これからはお互い隠し事はなしだって約束したさ」 俺はそのとき一つ見過ごしていた。さっきの俺の発言に対して反撃してくる可能性があるということを。よりによって古泉ではなく、朝比奈さんが反撃してきた。 「それで、キョンくんはなんて告白したんですかぁ?それとも涼宮さんに告白されたのかな。教えてくださぁ~い」 どう答えていいか考えているうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。助かった、と思いきや三人が近づいてくる。くそっ、教室までダッシュだ。 「おや、逃げ足だけは速いんですね」 そう言う古泉を後ろにして、何とか教室へと戻ってこれた。 放課後、部室へと向かった。既に一人部室にいた。二日ぶりに、休みを入れると三日ぶりに五人揃って部室で活動できるんだな。長門が椅子に座り本を読んでいた。そういえばこいつに聞きたいことがまだあったな。 「そういや、俺が電話をかけただのかけてないだのってこと分かった気がするぜ」 「そう」 俺は確かに一方の世界では長門に電話をし、もう一方の世界ではしなかった。こいつの言ってたことと同じだな。しかし何だってそんなことになったと思っていると、それを見かねたのか、長門が説明してくれた。 「あの時間、あなたからの電話の電波情報が別の世界の私に発せられた。その原因も恐らく九曜と推定される」 「だから俺はお前が倒れていることに気づけなかったんだな。ひょっとして九曜は、言いにくいんだが、お前より強かったりするのか?」 「・・・情報統合思念体は未だ解析できていない。しかし今回のことからその可能性は否定できない。もしくは我々と九曜が持つ能力が別々に存在している可能性もある。お互い意思伝達が出来ないのもそれが原因とも思える」 後者の方がいいんだがな。また襲ってくるなんてこともあるだろ。 「私がさせない」 「私たちが、だろ。お前も今回のことで分かっただろ。一人で解決できなくともみんなの力で解決できることがあるって。少しは俺たちのことも信用しろよな。古泉の機関や朝比奈さんの未来勢力にとっかかりはあるかもしれないが、お前個人が危ないって分かったらみんな助けに来ただろ。古泉や朝比奈さん、それにハルヒのことも信頼してくれよ」 長門は沈黙の後、何かを確信したかのように言った。 「・・・・・・分かった」 残りの三人がやってきていつものように放課後を過ごした。いや、いつも通りではなかったな。俺と古泉がボードゲームをし、ハルヒはパソコンをいじり、長門が窓辺で本を読み、朝比奈さんがそれらを見守るようにお茶を汲んだりしていた訳ではなかった。古泉が持ってきた人生ゲームを五人みんなでやっていた。しかしまたしても奇妙なことが起きた。それぞれの職業が、ハルヒは総理大臣、古泉はマジック芸人、長門はNASA、朝比奈さんはタイムマシーン製造業なんてのにつきやがった。こんなゲームどこで作ったんだ。かくいう俺は、言わずとも分かるだろ、雑務係の万年平社員だった。 ゲームをしながらハルヒは不満げに呟いていた。 「なんで入団希望者が来ないのかしら。今年の一年はみんな腰抜けばかりね。もっと歯ごたえのあるのが来ると思ってたのに」 「まあまあそうあせるなって。そう簡単にお前の目にかなうやつは見つからないだろ」 「やっぱり去年のうちに目ぼしいのを探しておくべきだったわ」 下校の時間になり、五人は早々と部室を出た。 「あのゲームはなんだ、お前らの機関が作ったものか?」 「いえ、新発売の人生ゲームですよ。あの手この手やりつくして、奇抜な内容になってしまったようですね。まさかあんな結果になるとは思っていませんでしたよ」 古泉と下らん会話をしながら前を見ると、長門はハルヒと朝比奈さんに挟まれながら歩いていた。ハルヒと朝比奈さんだけ会話をしているように思えたが、時折、 「・・・・・・そう」 「・・・・・・うかつ」 という長門の声が聞こえた。よかったな、長門。 五人が解散した後、俺は一人喫茶店に来ていた。数分後、もう一人やってきた。 「待たせたね。宿題を先に済ませておこうと思ってね」 向こうの世界で顔をあわせた後、一度もあっていない佐々木が来た。昨日のうちに待ち合わせをしておいたのだ。 「キョン、すまなかった。先に謝らせてくれないか」 「謝るのはこっちだ。お前は散々な目に会っただけだ」 「一時の迷いがあったとはいえ、本当に悪かった。橘さんたちとはもう会わないことにするよ。少なくとも僕から会うことはない」 佐々木が席に着くなり、二人とも頭を上げ下げしていた。こうしてはおれん。コーヒーを注文してひとまず落ち着くことにした。 「ハルヒがあんなことをしないように確認しておいたから。安心して大丈夫だ。あいつに謝らせることはできなかったから、俺の方から謝るよ。本当にすまなかった。今後、九曜や藤原がお前襲ってきてもSOS団で助ける。だから心配するな」 「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう。それにしても藤原さんがあんなことをするとは君も思わなかったんじゃないかな。さぞかし意表をつかれただろう。今回の作戦を提案したのは橘さんさ。彼女もなかなか策士だね」 やけに絡んでこないと思ったら、考えたのは橘だって訳か。確かに彼女の能力は佐々木の閉鎖空間に入ることだから、襲ってくるとは思わなかったが。 「僕が思うに、九曜さんは能力を移し変えることなんてできないんじゃないかな。もしくはやりたくないとか。彼女は最後まで理解できなかったよ。だから橘さんは藤原くんにお願いしたと言うわけだ。彼が未来人なら世界が分裂したことなどあらかじめ知っていてもおかしくはないだろうし」 確かに何も知らない向こうの世界で、いきなり藤原が襲ってきたときはビックリした。あの七夕に連れ去られるとは。かろうじて長門が反応して一緒に来れたことが救いだった。あそこに一人連れ去られていたら、朝比奈さんがくる前に精神が参っていただろう。 「一つだけ謎を推理したんだが聞いてくれないか」 「おや、めずらしいね。君の論説も久しぶりに聞いてみたいよ」 「佐々木、お前にも閉鎖空間があるって言っていたが、それは橘の嘘なんじゃないか?日曜お前の閉鎖空間に入ったんだが、十秒くらいで出てこれただろ。ハルヒのそれに入った経験からすると、閉鎖空間の時間は実際の時間と共に進行するか、それか時間はたたずに出てこれるんじゃないかって思って。あの時のは九曜に魅せられた幻なんじゃないか。だからお前にはハルヒの持つような力は存在しないと思う。でないと藤原のやつがした行動も矛盾することになる」 「なるほど、そうだとありがたい。君の推理も一理ある。何しろ僕がそのような力を持っていたくはないんだ。平穏な生活を望むよ」 「俺だってそうさ。それにハルヒはお前を消そうとだけしてたとは思えない。向こうの世界にだけ、SOS団にお前を含め入団希望者がやってきただろ。いくら藤原の時間移動で来れたとしても、それだけじゃハルヒによって拒まれるんじゃないか。お前を消そうとしたことに罪悪感を持ったんじゃないかって。だからお前は向こうの世界に異世界人としてくることができた。どうだ?」 「くっくっ、涼宮さんにおける君の信頼は厚いね。うらやましいよ。まあ君がそういってくれるだけでも僕は安心することができる」 ああ、そうに違いない。ハルヒが一時の迷いで人を消してしまおうなんざするはずがない。 「何はともあれ、今後ともあいつの行動には気をつけるよ。この前話してた同窓会の件だが、俺と佐々木で決めちまわないか。二人をお互い窓口にして。会うことはハルヒにも言っておくさ」 「そうしてくれると助かる。早く決めてしまいたいしね。何より息抜きになりそうだ。相変わらず僕の学校はみんな勉学に気を張り詰めてばかりだからね」 その後、俺は佐々木の話に耳を傾けつつ相槌をつくように会話した。久しぶりだなこの感覚。 「では同窓会の件は僕からみんなに連絡しておく。展開があったらこちらから連絡するよ。君の学校の人たちにも伝えておいてくれないか」 「ああ分かった。じゃあばた今度な」 二人は喫茶店をでて別れようとしている時だった。俺たちの背後にいやな気配がする。授業中にも感じる、あの刺々しい気配だ。 「あらキョン、こんなところで何してるの?」 なんだってんだ。この状況をこいつに見られたら、振り出しに戻ってしまうじゃないか。どうする俺。最悪だ。修羅場だ。女の修羅場が始まるぞ・・・こんな時に発せられる男の第一声ってのはなんとも情けなく聞こえるのだろう。 「あのな・・・お前なんか誤解していること言っただろ。この前佐々木と俺たちが会った時、お前つれない態度だったじゃないか。だから佐々木も気にしているみたいでな。だから今しがた、その誤解を解いてこいつにも理由を話していたわけだ。はははっ・・・」 ああ、俺の人生はここで終焉を迎えようとしている。せっかくあの場から戻ってこれたって言うのに。しかしその時、神の声が降り注いだ。 「なんだってキョン、君ってやつは。今日のことを説明してなかったのかい?涼宮さん、これを機に新たな誤解を生む必要はないよ。先日あなたに対してあまり良くない印象を与えてしまったみたいで気になっていたんだ。せっかくの出会いも第一印象が悪かったら人生を損すると思える。僕はあなたに対してそのような印象を持っていないんだ。しかもこれがいい出会いになることを望んでいる。それに彼と会うことは、中学の同窓会のことで話そうと僕から提案したことなんだ。どうか、気にかけないで頂きたい」 佐々木よ、お前に力がないなんて言って悪かった。お前は神だ。 「ふうん・・・・・・そう・・・・・・。ならいいけど」 「そうなんだよ。ハルヒ。じゃ、じゃあまた明日な」 ここ一週間で最も早く俺の脚が動いたのが、まさかこの時だなんて。情けないったらありゃしない。一刻も早くあの場を立ち去りたかったからだ。しかし、俺が逃げるようにその場を立ち去った後、二人が何か話していることに気づくべきだった。 そんなこんなで家に着き、夕飯を食った後、また外へ出た。 「どこに行くのー?お散歩?それとも彼女?」 「そんなんじゃありません。ちょっとコンビニにな」 「えー、いいなあ。キョンくんおみやげ買ってきてねー」 今日はやることが多いな。しかしそれを見逃すわけにも行かなかった。今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。 『今日の夜九時、いつもの公園で待っています 朝比奈みくる』 そうだ、今回の事件で何も絡んでこなかった、しかも小さい朝比奈さんに対しても何も連絡しなかったのであろう、もっと未来にいる朝比奈さんの呼び出しがあったのだ。 公園に着くと、朝比奈みくる(大)がベンチに座って待っていた。 「急に呼び出したりしてごめんなさい」 いや、いいんです。俺も聞きたいことが山ほどあるんです。あなたがどこまで話してくれるかどうかは分かりませんが。まず一番聞きたいことはこれだ。 「今回のことも規定事項だったんですか?」 そう尋ねると、言葉が詰まっているように見える。目に涙も浮かべているようだ。 「いえ・・・今回のことは私たちもあなたに委ねようとしていました。あの時、あなたがどの未来を選択しても納得するようにしました。それまでは干渉しないように決めていたのです。あなたにとって酷な選択でした。でもあなたのおかげで今、私や長門さんがこうして生きていられるのです。そしてこれだけは分かって欲しいです。そうすることしかできなかったの・・・」 酷だ、酷過ぎたさ。でもあなたはヒントをくれた。 「では今俺たちと時間を共にしている朝比奈さんについてはどうなんです?それにあのオーパーツはあなたのヒントだったのでしょう?」 「・・・禁則に関わってしまいますが、あの時の私に判断させることしかできなかったの。おかげで今私がいる未来では飛躍的に変わったことがあるの。時間平面移動について・・・それまでは許可なしにすることは禁止されていたけど、身の危険が迫った時はやむを得ず移動してもいいと決められました。他にも色んな制約はありますが、おかげで緩和されるきっかけになったの。あのオーパーツに関しては今回の事項においてどんな形であれあなたが思いだすことが必要でした。あの後すぐに発見するとは思いませんでしたが・・・」 朝比奈さんがあの場で時間移動したことが、この朝比奈さん(大)にとっての規定事項だったのだろう。ともすれば、これがきっかけで朝比奈さんの地位が上がるってことになるんだな。早く伝えてあげないと。・・・これも恐らく禁則事項なんでしょうね。そう言って彼女を見ると、頷いている。 「それで、藤原というあの未来人のことなんですが・・・」 「それ以上は禁則事項なのです。・・・ごめんなさい」 そう言って彼女は立ち上がり、 「そろそろ時間なの。でも最後にこれだけ言わせて。キョンくん、あなたのおかげでみんな助かることができたの。本当に感謝しています」 そして草薮の方へ消えていった。 俺の頭に二つの懸念がよぎる。恐らくあの藤原と言うやつは朝比奈さんのおかげで自由に時間移動することができたのだろう。それができなければ朝比奈さん(大)たちの手によって囚われの身になってしまう。そしてオーパーツ。あれは朝比奈さん(大)たちが作り出したものなのであろう。宇宙人が作ったとも考えられるが、長門や九曜を見る限り、わざわざ三百年前の人に渡して、それをこの時代まで見つからないようにするなんて手の込んだ事しないだろう。未来人が置き忘れたか、この時のために埋めさせたと考える方が納得いく。ともすると、朝比奈さん(大)のいる時代は四年前の時間振動など消滅しているのだろう。あなたのいる未来はすでにハルヒの力がなんなのか分かっているのですか? →「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがきへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3023.html
四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3476.html
1.落下物 早朝サイクリングは第2中継点、つまり光陽園駅前にて終わりを告げる。 実はここまでも結構な上り坂で、ハルヒを乗せて自転車を漕ぐ俺はかなり必死だ。 ハルヒは俺を馬くらいに思ってるのか、「もっと早く漕ぎなさい!」なんて命令しやがる。 それでも毎日律儀に迎えに行っている俺って何なんだろうね。 駅前駐輪場に自転車を停め、そこからはハイキングだ。 いつも通り、ハルヒと他愛もない話をしながら坂を上る。 話題もいつも通りだ。 朝比奈さんのコスプレ衣装、週末の探索の話、SOS団の今後の活動予定、 何故宇宙人が現れないのか、未来人はタイムマシンを発明したのか、超能力ってのは具体的にどういう能力か。 そんなハルヒの話をもっぱら聞き役時々突っ込み役に徹して朝の時間を過ごす。 後半の3つの問題については、むしろ俺の方が語れることが多ってことはもちろん秘密だ。 朝比奈さんの卒業が控えているにもかかわらず、その話題は出さない。 おそらく、不安とか悲しみとかを意識的に避けているのだろう。 いつかは直面しなくてはならないんだけどな。 話はいつも文芸部室まで持ち込んで、教室に移動して朝のHRが始まるまで続く。 同じテーマの話題なのに、毎回違う話が出来るってのは一種の才能だな。 芸人にでもなればいい。俺は笑えんが。 まあでも、そんなハルヒを眺めながら過ごす朝の時間ってのも悪くはないさ。 今日もそんないつも通りの朝だと思っていたのだが── とんでもないことが起こりやがった。 学校に到着して、中庭を歩いているときだった。 正面に見えるのは隣接した中学校で、その向こうは山だ。 住宅開発もここまでだったらしい。つくづくなんて学校に通っているんだ。 その正面に見える山の上に、なにやら光る物体が見えた。 いくら早朝だからって、もう7時にもなるので外はそれなりに明るい。 星が見えるって時間帯ではない。この季節は明けの明星が見えるのか? 何だ? 超新星爆発か!? そう思っている間に、その物体は輝度を増し、あっという間に山の中に姿を消した。 ドォーーーーーン 遠くの方でそんな音が響いた気がした。 突然、しかもあっという間のことにしばらく呆気にとられていた俺は、ハルヒの声で正気に戻った。 「キョン!! 今の見た!? 何なのかしら!!」 100Wの笑顔を俺に向けて聞いてくる。まだ頭が回らずにいた俺は 「わからん」としか言いようがない。 「そうよ、UFOよ!! それしかないわ!! きっと裏山に墜落したのよ!!」 ちょっと待て! UFOだって? そんなわけあるか!! 「キョンも見たでしょ! 間違いないわよ! きっと侵略者ね。運転誤って墜落したのよ!」 UFOの操縦を運転と言うのかどうかという突っ込みはおいといて、とりあえず落ち着け! 「探しに行くわよ!! こんなチャンスは滅多にないんだから!!」 「おい、学校だろ!」 「そんなのどうでもいいわよ! いいからキョンも行く!!」 俺の手を強引に引いて歩き出すハルヒを、俺は何とかとどめた。 「あんな山に行くなら鞄が邪魔だ。登山道もないんだぞ。とりあえず部室に行こう」 果たしてあれがUFOだったのか何だったのか、俺にはさっぱり分からない。 UFOの可能性もある。いや、高い。なんせハルヒだからな。 ハルヒがそろそろ普通の毎日に飽きて何かしやがった可能性がある。 でなきゃあんな近くに落ちるか? しかも、運良く人家のないところだ。出来すぎてる。 何とか長門に連絡できないか? しかしハルヒの目の前では出来ない。 俺が思案していると、ハルヒに怒鳴られた。 「こらぁ! ボサッとしてない! 宇宙人が逃げて行くかもしれないじゃない!」 UFOだったとして、あの速度で落下して宇宙人が無事だとは思えないのだが。 「宇宙人なんだから助かる技術くらいあるでしょ! いいからサッサと行く!!」 部室に行くことだけは何とか同意してくれたハルヒは、俺のネクタイを掴むと走り出した。 何とか鞄を部室に置くことが出来た俺たちは、裏山探検隊を結成することになった。 隊長:涼宮ハルヒ 隊員:俺 以上。 ……無事に帰ることを祈っていてくれ。 「バカ言ってないで、張り切って行くわよ!!!」 ハルヒは部室でご丁寧にも「隊長」と書いた腕章を用意すると直ぐに飛び出して行った。 せめてSOS団が揃ってからにして欲しかったよ。やれやれ。 俺たちが見たのは『山に落ちた』という事実だけだ。 むやみに山に入って見つけられる訳もない。 歩き回っても見つからずそのうち諦めるさ、と思っていた。 いや、見つからないでくれと祈ってさえいた。 しかし、あれだけ派手に落ちたのに誰も騒いでないのは何故だろう。 これこそ、ハルヒの力かもしれない。 自分が第一発見者じゃなきゃ気が済まないだろうからな。 足場の悪い山道──いや、道ですらないな──を上っていく。 下草も刈っておらず、木の枝を避けながら歩くのは非常に骨が折れた。 そんな道を、ハルヒは物ともせずにずんずん進んでいく。 いつぞやの朝比奈さん(みちる)との登山とは大違いだな。 ハルヒなら、ずり落ちて俺が支えてやる何てことは逆立ちして登ったってないだろう。 いや、さすがのハルヒも逆立ちして登山なんて無理か。 「おっかしいわね。UFOが墜落したなら煙くらい上がってても良さそうなんだけど……」 そんなことをブツブツ言いながらも、ハルヒの表情は生き生きとしている。 爛々と輝かせた瞳には、全宇宙の星を内包しているかというくらいだ。 そんなハルヒの横顔を見ながら登山していると 「うわっ」 見事に足を滑らせた。 「あんたなにやってんのよ!」 ハルヒは俺をどやしつけながらもケラケラと笑っていた。 俺の醜態を見てそんないい笑顔するなよ。 あー 制服が泥だらけだぜ、畜生。 しかし、そんなハルヒを見ていると、さっきからの疑念が膨らんで行く。 本当にUFOなのか? お前がやったのか? ハルヒ。 しばらく歩いた後、ありがたいことに前半の疑念は晴れることとなった。 目の前が少し開けた。そんなに広くはない。 その真ん中に、直径2m程のくぼみが出来ていた。木の枝が散乱している。 掘り返されたような土肌は新しい。 そして、そのくぼみの真ん中に、明らかに周りの地質とは異なる黒い石が落ちていた。 「何これ?」 不思議そうな顔をしてハルヒが呟いた。 「おそらく、隕石だ」 果たして、人間が隕石の落下を目撃し、それを発見してしまう確率ってのは一体どれくらいのもんだろう。 宝くじ1等当たるより低い気がするぞ。 UFOの墜落を見る確率よりは高いだろうが。 俺は1つ溜息をつく。ここでいきなり第三種接近遭遇なんてことにならなくて良かった。 どっちが捕獲されるかはわからんが、下手すりゃ第四種だ。ハルヒなら捕獲しそうだな。 俺はすでに第三種接近遭遇は済ましてるけどな。 UFOは見ていないが。 宇宙人に殺されかけたのは、さて第何種と言っていいんだろうな。 ハルヒはクレーターの真ん中に近づくと、地面に半分埋まった黒い石を眺めた。 「隕石かぁ。実は小さいUFOってことはないかしら?」 しかしどう見ても石だった。 「でもこれも凄い発見よね! もしかしたら石じゃなくて地球外生命体の秘密の道具か何かかもよ!」 ドラ○もんかよ、じゃなくてしまった! そっちの可能性があったか! 普通なら寝言は寝て言えと片づけられる発言も、ハルヒが言うとシャレにならん。 やはり長門に連絡を取ってみるかと考えていると、ハルヒは無防備にその石を手に取った。 「おい! むやみに触るな!」 声をかけるのが遅かった。 ハルヒがその石を拾って立ち上がったとたん── その場に倒れた。 「おい! ハルヒ!! しっかりしろ!!!!」 何があった? いくら呼んでも目を開けない。 ハルヒを抱き起こして揺さぶってみる。 さっきまであんなに元気だったのに? ハルヒに何が起こった? 頼む、目を開けてくれ! すまん。先に気付くべきだった。 今回のことはハルヒ絡みか、さもなければ宇宙人絡みか。 何かある、とうすうす気がついていたのに、俺はハルヒを止めなかった。 「ハルヒ……!」 気がつくと、俺はハルヒを抱きしめていた。 畜生、本当に何が起こった。 いや、落ち着け。 原因は十中八九あれだ。あの隕石。 だったら俺にはどうしようもない。助けを呼ばなくては。 ようやく長門に電話することを思い出した。 『……』 いつもの無言で出てくれた。 「もしもし! 長門! 助けてくれ!」 相変わらず無言だが、構わずに続ける。 「今学校の裏山にいる。隕石が落ちたらしくてハルヒと捜していた」 『午前7時4分、地球の重力にとらえられた落下物を確認』 「その隕石をハルヒが触ったとたんに倒れちまった。意識が戻らねぇ」 『……そちらに行って確認する。待っていて』 電話は一方的に切れた。 と思ったら、長門がいた。 「長門!? どうやって来た!?」 聞いても俺に分かる答えが返ってくるはずもないのだが、一種の瞬間移動らしい。 量子変換がどうたらと言っていた気がするが、すまん。さっぱりわからん。 本当に何でもありだな。時間も凍結出来るこいつだ、空間移動なんて朝飯前だろう。 その長門はしばらくハルヒをじっと眺めた後、ハルヒの手にある隕石を眺めていた。 何とかその表情を読み取ろうとして、俺は不安になった。長門が1ミリほど顔をしかめた気がした。 「緊急事態」 その一言で、俺は目の前が真っ暗になった気がした。 「しっかりして」 長門の声で我に返る。 「涼宮ハルヒを学校へ。部室に行く」 いつになく緊迫した声で──と言っても俺にしか解らないだろうが──俺に言った。 「わかった」 どのみち俺に出来ることはない。 ハルヒを背負うと歩きにくい山道をそろそろと下りていった。 今思うと長門に任せた方が早く下りられたのだが、俺はハルヒを誰かに任す気にはなれなかった。 長門は誰かに電話をしていた。おそらく古泉と朝比奈さんだろう。 学校に着くと、校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 登校中の生徒も多く見られるが、気にしちゃいられない。 「直ぐに救急車とタクシーが来ます。部室ではなく病院に行きましょう」 そう言ったとたん、救急車とタクシーが現れた。どこかで待機していたのかもしれない。 ストレッチャーにハルヒを乗せ、俺も付き添いで救急車に乗り込んだ。 救急隊員は、やはりというか多丸兄弟だった。 「ハルヒ……」 手を握っても、握り返されることはない。 早く長門の説明を聞きたかったが、ハルヒの側を離れたくなかった。 おそらく古泉と朝比奈さんは、タクシーの中で状況を説明されているだろう。 やがて救急車は見覚えのある病院に着いた。これは予想の内だった。 『機関』なら、ハルヒに対しては出来る限りのことをするだろう。 驚いたことに、ハルヒは医師の診察を受けず、直ぐに病室へと運ばれた。 「診察はしないんですか?」 側にいた多丸(兄)さんに聞くと、そういう指示だと言う。 不思議に思っていると、長門が来て言った。 「診察は無意味。涼宮ハルヒは病気ではない」 2.レトロウイルスへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5815.html
「…ルヒ…ハ…」 …… 「ハルヒ!!」 …… 俺は、気がつくと自分の部屋のベッドにいた。 「一体これはどういうことだ…?」 冷静に辺りを見渡してみる。確かにここは俺の部屋だ。 はて、部屋とか以前に俺の家は地震によって倒壊したはずなのだが。 …… 着ている服も確認してみる…どうやらこれは私服ではなく寝間着らしい。 携帯も確認してみた。何々、今日は11月29日、時刻は午前7時10分。 「…夢?あれは全部夢…?」 …よくよく考えてりゃ、おかしなことだらけだった気はする。 冬にもかかわらずの酷暑、大地震、暗黒、そして大寒波…まるで世界の終わりを告げるかのごとき夢。 ここまで支離滅裂では、さすがに夢だと考えたほうが合理的なのは誰もが納得するところだろう。 何より、人が死にすぎて… …… …死? 「妹…妹は…?!」 俺は思い出してしまった。全身から血を流し、倒れている妹の姿を…! そして、ついに帰らぬ人となってしまったことを。 考えるよりも先に体が動いていた。気付くと、俺は自分の部屋を出て廊下へと立っていた。 目的はもちろん…妹の安否の確認である。 「あ、キョン君だ!」 ふと、後ろから声をかけられた。 「今日は私が起こしに来なくても自分から起きたんだね!偉い偉い!」 …妹である。確かに妹である。 「お前…生きてたんだな…。」 「?キョン君何言ってるの?」 「ああ、すまんすまん、なんでもないぜ。」 「?とりあえず私は先行ってるね。お母さんがもう朝ごはんできたって言ってたよ!」 階段を下りてリビングへと走っていく妹。ったく、家の中で走るなっての。転ぶぞ。 …… 「よかった…本当によかった。」 妹の話しぶりからして、どうやら親父もオフクロも健在のようである。 …… 当たり前のようで気付かなかったが、家族がいるということがどれほど幸福なことなのか… 今更ながらそれを実感する。真に大切なものは無くして初めて気づくとは…まさにこのことか。 俺は部屋へと戻った。とりあえず、学校へ行くための準備をするためだ。 「しまった…宿題やってくんの忘れた。」 さすが、俺である。いつもいつも期待を裏切らない。 …… 今から忌まわしき【それ】をやり遂げようと、一瞬考えた俺であったが… どうやら時間的にそれは不可能のようである。 「学校行ってハルヒか国木田に見させてもらう他ないな…。」 頼るべきは友である。あ、いや、前者が果たして言葉通りの友なのかどうかは承服しかねるが… しかも冷静に考えてみれば、ハルヒが俺に宿題を見せてくれるなど、とてもではないがありそうにない。 おそらく、『あたしに頼るくらいなら自分でやれ!』の一蹴りでこの会話は終了だろう。 「…そういやハルヒ、随分と消沈してたな…。」 再び夢のことを思い出す俺。おかしなことと言えば、 ハルヒの様子も十二分にそれに該当するものであったからだ。 …俺は回想していた。ハルヒによって、閉鎖空間に呼ばれたあのときを。 ハルヒは新世界を構築する際に俺を閉鎖空間に呼び出した。なぜ俺が呼ばれたのかは古泉曰く、 『あなたが涼宮さんに選ばれた人だからです。』だそうだが。そこで俺が…まあ、あまり 思い出したくはないが…。とにかく、結果的に世界は元に戻り、事なきを得たわけだ。 まさか、今回俺が見たあの夢も、実はハルヒの能力に関したものだったのだろうか…? もしそうであるなら、夢の中でのハルヒの様子がおかしかった理由も説明がつくが…。 しかし、それではどうも俺には腑に落ちない点が多い。仮に、あれがハルヒによって 引き起こされたものだとしよう。ならば、あの世界はまず閉鎖空間のはずである。ご存じの通り、 この空間には本来古泉のような超能力者しか出入りができないはずだが、あの夢の中で 確かに俺は見たのである…この現実世界とほぼ差し支えのない、いや、現実世界そのものと言っても 過言ではないくらいの数の人間を。デパートで買い物をする客、地震で死んでいった住民、 校舎の瓦礫の下敷きとなって死んでいった生徒たち等…。 確かに、超能力者と全く関係のない第三者が閉鎖空間に呼びだされるという稀なケースもあるにはある。 俺が世界改変時ハルヒによって閉鎖空間に呼ばれたあのときのように。しかし、あれはあくまでハルヒに 呼ばれたがゆえの結果。閉鎖空間に一般人が呼び出される場合、まずハルヒ本人がそれを願ったかどうか、 それが最も重要なのである。 しかし、今回の夢に出てきた多くの一般人をハルヒ自ら願って呼び出したとは…俺にはとても思えない。 なぜか? ハルヒが人を死ぬことを望むはずないからだ。 承知の通り、あの夢の中では多くの人が命を落とした。 あの世界で起こる事象は無意識ながらもハルヒの深層心理と深く結び付いており、 つまりその理屈でいくと、ハルヒは天変地異による人間の大量死を願望として抱いていたことになる。 しかし、それがありえないことを俺は知っている。ハルヒ自身が自分の周りにいる宇宙人、未来人、超能力者に 気づかないことが何よりの証拠だ。ご察しの通り、これら3者はハルヒの願望によって出現したものであり、 にもかかわらず、ハルヒはそれらの存在を認知していないという矛盾した二重構造を成している。 これは一体どういうことか?ハルヒは願望としてはいてほしいと願っていても、それらが現実に 存在しうるわけがないという、いわゆる常識的かつ理性的な感情を密かに抱いている… というのが事の真相だ。分かりやすくいえば、ハルヒは【常識人】なのである。 例えば去年の夏、孤島での出来事。ハルヒが何かしらの事件が起こることを熱望していた最中に 起こった殺人事件。結果として古泉ら機関による自作自演劇だったわけだが、つまりはハルヒは、 事件は事件でも人が死ぬといった常軌を逸したものは望んではいなかったというわけである。 さて、いい加減納得してもらえただろうか。つまりハルヒは根本からして破壊願望など 抱くことはありえず、よって今回の事態もハルヒ本人が引き起こした可能性はゼロに近いのである。 …… 問題は解決したはずなのに、喉に何かがひっかかったかのようなモヤモヤ感…これは一体何だろう? …… 単なる夢…ハルヒのせいでないのなら、あれは単なる夢だったということになるが、 それにしては妙に感覚が生々しかったのはなぜだろうか? そもそも夢の中というのは本来痛みを伴わないはずである。漫画やアニメ等で 夢か否かを判断するために頬をつねったりする光景はもはや誰もが知るところであるだろうし、 まあ別に、漫画アニメに限らずともそれが通説であることはまず間違いない。 だが、俺は地震によって体を地面に強打している際 確かに痛みを感じているのである。 そうでなければ…夢の中で数時間にわたって気絶することなどありえない。 さらに言うべきは、俺が夢の内容を一部始終はっきりと…まるで本当に体験したのではないか? と言っても差支えないくらい鮮明に覚えているということ。たいてい、夢というのは見ていても 忘れる場合がほとんどだし、仮に覚えていたってそれを事細かに記憶しているケースはまずない。 そして、極めつけはハルヒの尋常ではない様子。 『助けて!』『あたし自身が怖い』『あたしを守って…』等の言動 …… どう客観的に捉えたって、あれは俺に助けを求めていたとしか考えられない。 もしかしたら、ハルヒはそれを伝えるために俺の夢に何らかの干渉を… いや、さすがにこれは考えすぎか。痛みはともかくとして、この場合は【単なる夢】でも説明がつく話だろうし…。 …… いかん、考えれば考えるほどわけがわからんくなってきた。 もうこの夢に関しては考えるのはよそう、いくら考えたって明確な結論など出やしないさ。 ただ、念のために一応話しとく必要はあるかもな…。 「もしもし、俺だ。」 「何か…用?」 俺は電話をかけた。ありとあらゆる方法でこれまで異常事態解決に尽力してきてくれた… そう、長門有希に。SOS団員に助けを求めるとなれば、思いつくのはまずこのお方であろう。 「昨日の夜、ハルヒに何かおかしなことはなかったか?」 「…通常の閉鎖空間に限っては昨日は発生していない。」 「通常のって…それはどういうことだ?」 「昨日の夜から深夜にかけてごく小規模な閉鎖空間が発生するのを一度だけ観測した。ただし、 それは通常の閉鎖空間とは異なり、空間形成を司る中核体が脆弱だったため内部組織を維持できず、 発生してわずか2.63秒で消滅した。ただそれだけのこと。」 「そうなのか…でも、小規模でも閉鎖空間ってのは、やっぱハルヒはストレスか何かを貯め込んでるってことか?」 「そのへんについては深く考える必要はない。そもそも昨日の閉鎖空間のレベルではストレス、 いわゆる欲求不満自体があったかどうかすら判別不可。単に涼宮ハルヒが無意識下に引き起こした、 あくまで誤差の範囲内での反応と見なすのが現状では一番。」 …? 「わかりやすく例えるならば、ある人間が喉が渇いたという理由で、 自身の一日における平均水分補給量にプラスしてコップ一杯分、その日は多く水分を摂取したようなもの。」 これは長門にしてはわかりやすい例え…なのか? 「ということはあれか、昨日の閉鎖空間はあってもなくてもどうでもいいくらい、 気にしなくてもいいものだったってことか?」 「端的に言えばそういうこと。」 なるほど、ならハルヒに何かあったわけじゃなさそうだな。俺の考えすぎか…。 「ありがとう長門!いつもいつもすまないな。」 「別にいい。しかし、なぜこのような質問を?」 「いや、なんでもないんだ。俺の気のせいってやつだな。」 「そう。」 「じゃ、また学校でな!」 「また、学校で。」 そう言って俺は長門との電話を終えた。あの万物万能の長門先生から太鼓判を押されたんだ、 ハルヒのことは特に気にする必要はなかろう。 …まだ時間はあるな。一応閉鎖空間の専門家古泉にも電話しておくとするか。もちろん、長門の言ったことは 信じてるさ。ただ、実際あの空間に出入りするやつが…昨日のあの空間をどう認識したかってのが 気になってるだけで、ようは単に感想を聞きたいだけだ。それだけのために電話をかけるのもアホみたいだが… まあ相手が古泉だし別にいいだろう。あ、いや、決して古泉をバカにしてるわけではないぞ?たぶん。 …… 「もしもし、俺だ。」 「おやおや、あなたですか。おはようございます。朝っぱらから 僕なんかに電話をかけてくださるとは、一体どういう風の吹きまわしでしょう?」 「いちいち長文句を言うな、電話きるぞ。」 「ははは、すみません。で、どういうご要件で?」 「長門から聞いたんだ。昨日小規模だが閉鎖空間が出たんだってな。」 「その通りです。まあ、現れてから数秒もしないうちに消滅してしまわれたので、 僕たち超能力者が入る余地などありませんでしたけどね。もちろんそんなわけですから、 神人も一切現れておりません。あなたが心配するようなことはないと思いますよ。」 やっぱ古泉からみても、あの閉鎖空間はほとんど害をなすもんじゃなかったんだな。 「そうか。ところであーいう現象は頻繁に起こってたりするのか?」 「いいえ、滅多に起こりませんね。とはいえ、現在の涼宮さんの精神状態には ほとんど問題はないわけですから、特に考えるべき事態でもないことだけは確かでしょう。」 そうか、それだけ聞けりゃ満足だ。 「ご丁寧に説明どうもな。じゃ電話きるぞ。」 「お役に立てて光栄です。しかしこのような質問をなさるとは、 何か涼宮さんの異変に心当たりがあるようなことでもお有りですか?」 おお、古泉なかなかお前も鋭いじゃないか。まあ、別に語らずともいいだろう…俺の杞憂で終わりっぽいしな。 「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。」 「そうですか。それではまた学校で会いましょう。」 「おう、じゃあな。」 電話終了っと。これで悩みはほぼ解消したってわけだ。一件落着だな。とはいえ内容が内容なだけに、 夢の中での凄惨な光景はしばらく忘れられないだろうとは思うが…。そんなことより、 今は目の前にある宿題だ…むしろ、こっちのが死活問題だッ!!早く朝飯食って学校行くとするか。 この段階では俺にはまだ気付きようがなかった。 あの夢が、これから起こる恐ろしい事件の序章でしかなかったということに。 飯を食い終わり、学校へと向かう俺。 「しっかし…。」 いっつもいっつも登校時に立ちふさがるこのなっがい坂は、いい加減どうにかならないのかね? 今日はまだいい。遅刻を免れるため走っていく日などは、もはやただの死神コースへと成り果てるのだから、 正直たまったものではない。学校側も学校側だ、こんな丘の上に学校を建てるなど 一体何を考えているのだろう?生徒の身にもなってほしいもんだね。切実にそう思う。 「あ、キョン君!おはようございます!」 ふと声をかけられる。この可愛らしいスイートボイスは…もはやあの方しかいないであろう。 「朝比奈さんじゃないですか。おはようございます!」 そう、まごうことなき、我らがSOS団随一のマスコットキャラクター、朝比奈みくるさんである。 「こんな所で会うなんて奇遇ですね。」 「ふふ、私もちょうど今来たところなの。…どうせだから学校まで一緒に歩いて行きませんか?」 「もちろん構いませんよ。」 いやはや、まさか登校途中に朝比奈さんに会えるとは夢にも思わなかった。さっきまで 坂がどうのこうの愚痴を吐いていた自分がきれいさっぱり消滅してしまっていたのは言うまでもないだろう。 それにしてもラッキーな日である…朝比奈さん効果で、今日も一日なんとか乗り切れそうな自分がいる。 …… そういや昨晩の夢のことをまだ朝比奈さんには伝えてなかったっけ。いや、夢の話に限っては まだ長門や古泉にも話してはいないか…あくまでハルヒの容態を確認しただけだったなそういえば。 俺が今朝、ハルヒを除くSOS団の中で朝比奈さんにだけ電話をかけなかったのには理由がある。 まず、朝比奈さんには長門や古泉のようにハルヒの様子を確認すべく技術を持ち合わせていない。 よって、ハルヒのことを尋ねたとしてもそれは野暮というものだろう。 まあ、実際は【変に情報を与えて朝比奈さんを混乱させたくない】ってのが 俺の最もなところの理由であるわけだが。いくらあの夢に異変性・特殊性を感じたところで、 所詮客観視すればただの夢にすぎないのである。あくまで夢である。そんな曖昧かつ抽象的不確定情報を べらべらしゃべってみようなどとは、俺は思わない。特に朝比奈さんのようなタイプなら尚更である… 状況を把握できずオロオロし、必要以上に心配した挙句、疲弊してしまう彼女の姿を… 俺は容易に想像できる。そういうわけで、俺は朝比奈さんには電話をかけなかった…というわけである。 「キョン君、今日は私いつもとは違うお茶の葉をもってきてるんですよ♪」 「そうなんですか。一体どんな味のお茶なんです?」 「ふふふ、それは秘密です♪放課後つくってあげるからそのときまで楽しみにしていてね。」 「それはそれは、楽しみにしときますとも!」 朝比奈さんのお茶を飲めるというだけでも幸福そのものだというのに、ましてや俺たちSOS団のために 粉骨砕身して新たなお茶を作ってくださるとは、いやはや、もはや感謝しても足りないくらいですよ朝比奈さん。 これでまた、今日一日頑張れそうな俺がいる。 …さっきから朝比奈さんに元気づけてもらってばっかだな俺。 こんなお方に例の夢のような重苦しい話など 本当お門違いというものであろう。 皆も知るように朝比奈さんは未来人なわけであるが、時々そのことを忘れかけてしまう自分がいる。 まあ、仕方ないであろう。未来人にもかかわらず、禁則事項とやらで未来のことは一切話ができないようだし 普通に接していれば、彼女がこの時代の人間ではないなどと… 一体誰がどうやって判別できようか。 未来か… 未来という言葉に何かがひっかかる。俺は何か大事なことを見落としているような… …… そうだ…俺ははっきりと覚えている。あの惨劇が起こった日は… 12月23日 夢の中に俺が身を置いていた世界での日付である。そして、あの世界の俺には【自分が高校二年生だ】 という確かな自覚をもっていた。今の俺も同じく二年生である。そして今日は11月28日。 つまりこれはどういうことか? いや、まあ考えすぎだよな。長門や古泉が異常ないと言ってるんだ、別に俺が憂慮すべき事態でも何でもない。 うん、そうだ、あれはただの夢なんだ。そうに決まってる…!とりあえず俺は、そう強く言い聞かせることにした。 「どうしたのキョン君?何か元気がないみたいだけど…大丈夫?」 おっと、いけない…思ってることが顔に出ちまったか。 まあ、あれだけ深刻に長考してりゃ、そう思われても仕方ないよな。 …ふと思ったんだが。朝比奈さんは未来についての情報をある程度把握しているはずである。 未来人なのだから当然と言えば当然なのであるが。どうする、朝比奈さんに何か聞いてみるか? 仮に何か知っていたところで、『禁則事項です。』と返されるのがオチかもしれないが… しかし何らかのヒントは得られるかもしれない。俺は当初の理念を貫き、あくまで 朝比奈さんを混乱させることだけはないよう、質問に変化球をつけて尋ねてみた。 「朝比奈さん、突然こんなことを聞くのもあれですが、何か最近変わったことは起きませんでしたか? 例えば、未来のほうから何らかの報告を受けたりとか。」 ちょっと足を踏み入れすぎた発言だっただろうか。しかし、今の俺にはこの表現が限界である。 「み、未来からですか?」 突然の思わぬ質問に動揺する朝比奈さん。 「いえ、特に何もないですよ♪」 かと思えば明るくお答えなさる朝比奈さん。内容を問うのではなく、あるかないかという類の質問なら 禁則事項とやらにもひっかからないのではないか…?という俺の読みは当たった。 「最近は何々しろみたいな指令もあまり送られてこないから私としては助かってるんですよ。 その分、時間をおいしいお茶を作ったりとか他のことに回せるわけですから♪」 いやー、なんとも幸せそうな顔をしてらっしゃる。これでは、 さっきまで長考していた自分がまるでバカに感じられる。もはや杞憂の一言に尽きるのであった。 さて、では事態がややこしくならないためにも先手を打っておくとするか。 「それを聞けてよかったです。最近の朝比奈さんは特に明るいんで、 きっとそういう面倒な指令とやらもないのかな…と思ってちょっと確認してみたんですよ。」 「あら、そういうわけだったんですね。そんなに私明るく見えますかぁ?」 「ええ、それはもう。」 「もー、キョン君ったら♪」 よし、うまく話をはぐらかすことができた。なぜ俺がこういう質問をしたのかに対して、朝比奈さんの場合は 長門や古泉のように『ああ、そうなんですか。』のごとく簡単には納得してくれそうにないと思ったのだ。 彼女のことだから、心残りになって引きずることもおおいに有り得る。ならば、先手を打って俺からそのワケを 説明したほうが、彼女もすんなり納得してくれると思ったのである。そして、それは見事に成功した。 …操行しているうちに、俺たちはいつのまにか学校へと着いていた。 これでしばし彼女ともお別れである。なんとも、貴重な時間でしたよ朝比奈さん。 「じゃあ私教室あっちだから、また放課後ねーキョン君!」 「はい、ではまた!」 名残惜しいが、朝比奈さんと別れ教室へと入る俺。そういえば、俺はかばんの中に入っている 忌々しい宿題という名の悪魔を処理しなければならないのであった。早速国木田を探そうとする。 …… 「いねーな…。」 もうすぐ朝のHRの時間だというのにあいつはまだ来ていなかった。 優等生なだけあってあいつが遅刻することなど考えられないのだが…。 「よーキョン!なんだ、国木田のやつ探してんのか?あいつなら今日休みだぜ。」 俺は体を硬直させた。 「ん?どうしたキョン?もしかしてお前も体調悪いのかよ?まあ、こんな季節だし仕方ねーっちゃ仕方ねーけど。」 確かに11月末なだけに気候は寒く、風邪をひきやすい時期というのは間違ってはいないだろう。 ただ、俺がさきほど体を硬直させた理由は…それとは別にある。 「そういうお前は元気そうだな谷口。バカは風邪ひかないってのは本当なのかもな。」 「て、てめー!人が心配してりゃいい気になりやがって!」 妹を今朝見たときも同じセリフを言ったが、また敢えて言わせてもらおう。『生きていてくれて本当によかった』と。 夢の中での谷口の死に様が、鮮明に記憶されているだけに…尚更である。 …… っと、そんな感傷に浸っている場合ではない。例の宿題をなんとかしないといけないんだったな。 いつものように、俺の後ろ席に座ってるやつに声をかける俺。 「よっハルヒ。おはよ。」 「あ、キョン、おっはよー。相変わらず間抜け面ねー。」 朝っぱらからなんてひどいことを言い出すんだこいつは。まあ、いつものハルヒだし、別に驚くことでもない。 それにしても夢の中で意気消沈してたお前は一体何だったんだろうな。やっぱ単なる夢だったんだな。 もう知ったこっちゃねーや。 「ところでな、ハルヒ…数学の宿題のことなんだが…。」 「へえ~今日は国木田が休みだからあたしのノートを写させてもらおうって、そういう魂胆なのかしら?」 う…!?まずい、ハルヒ様には全てお見通しってわけか… 「ダメに決まってるでしょ。こういうのは自分でやらないと力つかないってのは、あんたもわかってるでしょ。」 うむ、正論である。涼宮ハルヒにしては珍しくまともなことを言ったではないか。 よしよし…と感心している場合ではない。 「頼むハルヒ!これが今日中に提出だってのは知ってるだろ? 俺の学力じゃどう考えたって間に合いそうにないんだ…頼む!力を貸してくれ!」 俺は必死に嘆願してみた。…まあ、徒労に終わりそうだが。 「そうね…ま、考えてやらないこともないわ。」 マジですかハルヒさん。こりゃ意外な返答だ。 「その代わり、それ相応の条件は飲んでもらうけど。」 …… 世間は甘くない…しみじみとそれを痛感する。 「わかった…飲めばいいんだろう。で、その条件とやらは一体何なんだ?」 「それはね…。」 ハルヒの言葉に耳を傾ける俺。 「あたしに曲を作って提供することよ!!」 ザ・ワールド、そして時は動き出す …え? 曲?作る?提供? 「というわけで、頼んだわよキョン!!じゃ、これ、あたしの数学のノート。大切に使いなさいよ。」 ハルヒからノートを手渡される俺。これで宿題という不安材料は解決したわけだが… どうやら、それと引き換えに大変な問題を背負っちまったらしい。俺は。 「ハルヒ…とりあえず説明を要求するぜ。曲作りってどういうことだ??」 「イチイチそんなことも説明しなきゃいけないわけ?団員なら黙ってても 団長の心を察せられるくらいの力量はもつべきよ。」 いや、これはあきらかに何の脈絡もなしに作曲の話をだしてきたお前に問題があるだろう。 もしこの状況でハルヒの心中を見抜けたやつがいたのなら、今すぐ俺のところに来い。 洞察力のスーパーエキスパートとして、俺が称えてやる! 「…仕方ないわね。とはいえ、もうすぐ授業も始まるし話す時間はないわ。1時間目が終わったら話してあげる。」 ハルヒにしては珍しく良心的な回答だな。常識人の俺がきちんと理解・納得できるような説明を どうかそんときは頼みますぜハルヒさんよ。そう切実に思いながら、俺は宿題に手をつけるのであった。 さてさて、人間の時間概念というものは随分とまた環境に左右されるものである。TVで延々と バラエティー番組を観ていたり、はたまたファミレス等で親しい知人と会話をしていたりしたら、気付かない間に 自分の思った以上もの時間が経過していたというのはよくある話だ。人間というのは心理学上、自身が楽しい と感じている状況においては前述通りの事象が成立する傾向にあるようである。これを逆説的に捉えれば、 つまり自身が嫌だと感じる状況下では、時間の経過は非常に遅く感じてしまうのである。 ま、要は授業が俺には苦痛ってことだ。といっても俺にかかわらず大多数の万人はそう思っているに違いないが。 とりあえず朝の朝比奈さんスマイルを活力にし、俺はこの長々しい時間を乗り越えた。 「さあ、聞かせてもらうぞハルヒ。」 「あんたねえ…そんな急がなくてもあたしは逃げも隠れもしないわよ。」 おいおい、逃走でもされたら 俺はこのモヤモヤとした感情を一日中抱えたまま過ごすことになっちまうぞ。 とりあえず、説明してくれる様子で助かった。何しろ、いきなり『作曲しろ』である。こんな要求を突きつけられ、 作曲の『さ』の字も知らない人間が、一体どうやって平静を装ってられようか?いや、できるわけがないだろう…。 「今年の文化祭、あたしがギターもって歌ってたのは覚えてるわよね?」 覚えてるも何も、忘れられるわけがない。 未だにバニーガール姿のお前が目に焼き付いて離れないぜ。いろんな意味で。 「その後、あたしはENOZのメンバーから彼女たちの作った曲のデモテープとか いろいろ聞かせてもらったんだけど…改めて思ったんだけど、彼女たち凄いのよ! とても高校生が作ったとは思えない出来ばかりだったわ!!」 だろうな。音楽的素養のない俺でも、あのときは凄さを感じずにはいられなかったぜ。言うまでもないが、 この『凄さ』とは、ハルヒや長門が纏っていた変な衣装による視覚的衝動を取り除いた、あくまで 曲そのものの純粋な感想だ。メジャーなロックバンドのだす曲と比べても遜色ない出来だったと思う。 あー、ハルヒの言いたいことがわかってきたような気がする…。 「だからさ、あたし感動して!SOS団もそんなふうにオリジナルな曲を作って演奏できたらな~と思ったのよ!!」 やっぱりそうか。要はSOS団もバンドを組んでENOZみたく頑張りましょうってことか…まあ、バンド自体は 面白そうだし 別に反対しようとも思わない。長門みたいな高度なテクを求められるのなら、話は別だがな! 「ハルヒよ、大体の概要はわかった。自作曲をやるのは良いとしてだな、 なぜそれを作るのが俺なのか…そこんとこキチンと説明してもらおうか。」 もはや俺の言いたいことはそれだけだ。オリジナルをやるにしても、なぜよりにもよってこの俺が 作らにゃならんのだ??本来なら言いだしっぺのハルヒ、あるいは何でもこなす万能長門さんが 遂行するお仕事であるはずだろうに。まさかあれか、俺がSOS団の中で雑用係だからとかいう むちゃくちゃな理由じゃねーだろーな? 「だってあんた雑用でしょ。そのくらい頑張ってもらわなきゃ。」 やっぱりそうですか。団長さんよ、あんたはホント期待を裏切らないな。 悪い意味で。できれば、そういう期待ははずれてほしかった…。 「とは言ったって、別にコード進行から全楽器パートのフレーズまで、みたいな全てを考えてこいって 言ってるんじゃないわ。あんたはボーカルのメロディーライン考えてくるだけでいいの。」 ?とりあえず俺の負担は減ったとみていいのだろうか。 「メロディーラインだけ…ってのはどういうことだ?」 「あんた、まさかその意味すらわからないって言うんじゃないんでしょうね!? そこまでアホキョンだったとは思わなかったわ…心底がっかりね。」 待て待て待て待て、勝手に失望するんじゃない!さすがに意味ぐらいわかるっての! 「そういうことじゃなくてだな、それ以外の作業…例えばお前がさっき言ってた… コード進行とかいうやつか。それは一体誰がやるんだ?」 「あー、そういうことね。それはあたしがやるから、あんたが出る幕じゃないわ。」 いや、むしろ出なくてホッとしましたよハルヒさん。 …… まあ、こいつがコード進行を担当するっていう理由はなんとなくわかる。ハルヒのことだ、 このSOS団バンドにおいても、ENOZ同様ギターボーカルでコードバッキングに徹するつもりなのだろう。 最もコードが絡む役柄なだけに、本人がそれをやったほうが良いっていうのはあるんだろうな。 「他作業の分担具合はどうなってるんだ?」 「他はそうね、有希はギターフレーズ、みくるちゃんはキーボードフレーズ、 古泉君にはドラムとベースのフレーズを作ってもらうつもりよっ!そうそう、歌詞はあたしが作る予定。」 おお古泉よ、お前は二つも楽器フレーズを作らにゃならんのか。どういうわけかは知らんが、 これも副団長の務めと思ってせいぜい頑張ってくれ。 …ん?待てよ 「今のフレーズ担当を聞いてまさかとは思ったんだが、 誰がどの楽器を担当するかってのはもう決まってたりするのか?」 「あったりまえじゃない!あたしはギタボ、有希はギター、みくるちゃんはキーボード、古泉君はドラム。 …そしてキョン!あんたはベースよ!」 どうやら俺はベースをマスターせにゃならんらしい。 「それはどうやって決めたんだ?」 「イメージよ!」 「……」 まあ、正直ベースでよかったと密かに思ってはいる。少なくともギターだけは絶対嫌だったからな… こいつが求めてそうな高等テクは長門にしかできそうにないし。ベースならそこまで目立つわけでもないし、 何より俺自身が低音好きな人種だからな。他メンバーの楽器具合にも大体納得だ。 特に長門がギターなのは…もはや誰もが賛同するところであろう。 「最初みくるちゃんにはタンバリンでもやらせようかって思ってたんだけどねー、 実際それするとドラムの音にかき消されちゃうじゃない?同じ打楽器だから役割かぶっちゃうし。」 いや、それ以前の問題だろう…そもそもバンドでタンバリンなんて聞いたことないのだが… まあ、ハルヒのその判断は適切だろうよ。ギターやベースの横で必死にタンバリンを叩く不憫な朝比奈さんなど 見たくないからな。光景自体には萌えたりするかもしれんが、それとこれとは別問題だ。 「大体のところはわかった。で、俺はメロディーに専念するわけだが、まずは曲作りの土台ともなる コードを知る必要があるぜ。長調なのか短調なのか、みたいに曲調がわからなけりゃ作りようがないからな。 というわけで、そこは任せたぞハルヒ。」 「何言ってんの?あんたがまずメロディーを作るのよ!」 何やらハルヒは意味不明なことを言ってきた。 「ちょっと待て。そりゃ一体どういうことだ?」 「だから、あんたのメロディーをもとにあたしがコードを作るってことよ。」 …とりあえず、俺はこの言葉を言わせてもらおう。 「順序が逆じゃないか?」 「つべこべ言わない!とにかく作ってくること!いいわね!?特に期間は設けないけど、 あんたが作らなきゃこっちも作りようがないんだから!なるべく早くお願いね!!」 もうここまで来ると手のつけようがない。わけがわからないが、 とりあえずここは同意しておこう…それが賢明ってもんだ。 さてさて、操行するうちに2時間目が始まってしまった。 とりあえずさっきからのモヤモヤ感が解消したって点でさっきよりは快適な授業を送れそうだ。 まあ、それでも、俺にとって授業が苦痛であることには変わりないわけだが。 午前の部を経て、時は昼休み。ところで、ここで俺はある深刻なことに気付いたんだが…。 「どうやってメロディー作りゃいいんだ…??」 やり方がわかっていても、そのために必要な設備を俺は持ち合わせてはいないではないか。 ピアノやギター等の楽器で音を鳴らさない限りメロディーが把握できないのは自明であるが、 残念ながらこれらは家にない。つまり実行不可というわけである。 「詰んだな…。」 とりあえずハルヒに話してみるか。もしかしたら何か貸してくれるかもしれん…という淡い期待を抱き、 教室を見渡すが、すでにハルヒの姿は見当たらなかった。もう食堂へ向かったというのか…相変わらず 行動の速い奴だ。とはいえ、別に焦る必要もないだろう。どうせ放課後になれば否応にも例の部室で ハルヒと顔を合わせにゃならんくなるんだし、そのときにまた事のあらましを聞けばいいだけだ。 ってなわけで、ひとまず落ち着いた俺は用を足しにトイレへと向かった。 …… 「おや?こんなところで会うとは奇遇ですね。」 学校のトイレで他クラスのやつと対面する、この状況の一体どこが奇遇だと言うんだ?? 完璧に奇遇の使い方間違ってるぞ。 「それもそうですね、失礼しました。ところでどうされたのです?何か浮かない顔をしてますが。」 どうやら古泉から見て、俺は浮かない顔とやらをしていたらしい。ハルヒの例の命令で、俺は無意識のうちに 若干鬱ってたのか、それとも古泉の洞察力が鋭かったのか?まあそんなことはどうでもいい。 「実はだな…」 俺は事の詳細を簡潔に説明した。 「なるほど、そういうことですか。実はその話については僕も聞き及んではいましたよ。」 何、そうなのか。 「それについてもっと込み合った話をしたいところですが、さすがにここで立ち話はなんですね…。」 確かに、トイレの手洗い場で長話を延々とするわけにもいくまい。 「どうせですし、部室へでも行って話をしませんか?昼ごはんもそこで食べればいいでしょう。 もしかしたら長門さんもいるかもしれませんし、悪い提案ではないと思うのですが。」 長門か…あいつならいろいろ知ってそうだな。というか、あいつが知らないことなんて ほとんどないような気もするが。とりあえず俺達はトイレを後にし、部室へと向かった。 「あ、キョン君に古泉君!どうしたんです?」 なんと、朝比奈さんまで部室にいらっしゃった。ちなみに隣には長門が顕在である。 「いえ、ハルヒの思いつきで始まった作曲云々の話でも古泉としようと思って ここに来たわけですね。朝比奈さんはどうしてここに?」 「私も同じなんです。どうしたらいいかわからずに…とりあえず、長門さんに聞けば何かわかるかなあと思って。」 そりゃそうだ。いきなり曲を作れと言われ取り乱さない人間などどこにもいない。 つくづくSOS団員はハルヒに振り回されてんだなと実感する。 「まあ、とりあえずご飯でも食べながら会話といきませんか?」 古泉が言う。言われなくてもそうするさ。 …… さて、一体何から話せばいいのやら。 「あなたは確かメロディーラインの作成でしたよね?それについて何かわからないことでもお有りですか?」 なんだ、俺の役割もすでに把握してんのか。 「いや、別にそれ自体には問題ないんだが…作曲の手順というかな、メロディーの後に ハルヒがそれにコードをつけると言ってたんだが、順序が逆のように思えてな。 コードとかで曲の雰囲気がわからなけりゃ、普通メロディーも作れねーんじゃねえかと思ってな。」 「なるほど、確かにメロディーは曲の中核なだけに、材料もなしにゼロから作り出すというのは かなり難しい作業ですね。しかし、逆もありですよ。涼宮さんの立場になったとして、 いきなりゼロからコードを作りだすことも難しいとは思いませんか?」 「それはそうなんだろうが…少なくとも前者よりは容易いだろう?コードは基本CDEFGABの 7通りとその派生しかないが、メロディーなんか無限大に作れるじゃねーか…。」 「おっしゃる通りです。コード進行にはパターンが限られてますからね…現に最近の邦楽がその証拠ですよ。 有線やラジオから流れてくる音楽を聴いて、どこかで聴いた覚えがあるようだと錯覚したことはないですか?」 確かに…あるな。もしかして俺が最近の音楽をあまり聴かない理由はそれか? まあ、単に俺が流行に疎いって可能性もあるが、90年代のJ-POPで満足してる感はあるような気はする。 「あの山下達郎さんや坂本龍一さんですら、そのことについては言及していますからね。 今の曲が過去曲の焼き直しのように感じるのは決して気のせいではないでしょう。」 「おいおい…なら、なおさらメロディーから作り出すってのは理不尽すぎんじゃねーのか? やっぱこれに関してはハルヒを説得する必要があるように思えるぜ。」 「それが好ましいやり方だとは僕は思いませんね…。」 好ましくないってのはどういうことだ古泉?お前は、俺が苦しむ姿を見たいってか? 「まさか、滅相もないです。そうではなく、もしこれが涼宮さんが望んでいることなのだとしたら、 あなたはそれを叶えてあげなくてはいけないのではないですか?」 …いや、何を当たり前のことを言っとるんだお前は。 ハルヒが俺に命令してる時点で、つまり望んでるってことじゃねーか。 「そういうことではなく、涼宮さんはあなたが何事にも縛られず、 純粋に感じたままのメロディーを一から作り出してくれることに期待しているのですよ。 簡潔に言えば、涼宮さんはあなたのメロディーをもとにコードや歌詞を付けたいと思っているわけです。」 「俺に期待されてもな…そもそもなぜそれが俺なんだ。」 「まさか、あなたはそんなことも理解していなかったのですか?涼宮さんはあなたのことが… いいえ、言うのはよしておきましょう。正直あなたがここまで鈍感だったとは思いませんでした。」 「涼宮さんが可哀相です…。」 「…鈍感。」 な、何だ何だ??先程まで二人っきりで会話を交えていた長門や朝比奈さんまでもが いきなり古泉との会話に割って入ってきたぞ??しかも全員そろって俺を非難ときた。 いや、いくら俺でも言わんとしていることはわかる。わかるが…ハルヒがそういった感情を俺に抱くとは、 正直考えられねーんだけどな…この3人の考えすぎなのではないかと思う。 「落ち着いてくれ3人とも。とりあえず、メロディーから作らにゃならんって状況だけは理解したさ。」 しかしゼロからの出発…か。ハルヒも酷なことを求めるものだ…。 「まあまあ、気を落とさないでください。」 気を落とさないで一体どうしろと言うんだ古泉よ。 「あなたからすれば、【メロディーからコード】の順番は、いつもの涼宮さんのごとく 荒唐無稽な手法に思えるのかもしれませんが、実はそうでもないんですよ。 この作成法はプロの作曲家やアーティストも普通にやっていることなんですから。」 何、そうなのか?? 「本当です。というのも、そっちのほうが想像が膨らみやすいという方も世の中にはいるらしく。 つまり、メロディーから作るのかコードから作るのかは本人の資質しだいだということですよ。」 そりゃ驚いた。もっとも、俺がどっちの資質かはわかりようもないが…とりあえず安心はした。 ハルヒの勅令から来る特例的なやり方ではないとわかっただけでも、不安材料が一つ解消したようなもんだ。 「しかし古泉、お前妙に音楽に詳しいな。」 「実は自分、中学時代バンドをしていた経験があるんですよ。そういうわけで、知ってるところもある、 といった感じでしょうか。もっとも、僕の場合は一時的なものでしたので、継続的にライブ活動している 人達からすれば、僕の知識や経験など取るに足らないものでしょうけどね。」 そうだったのか…そりゃ初耳だ。まあ、こいつが自分の過去を語るなど 今までほとんどなかったからな。今度機会あったらいろいろ聞いてみるとしよう。 「つまり、お前はそのときドラムをやっていたというわけだ。」 「おやおや、バンドパートのこともすでに涼宮さんから聞いていたというわけですね。ご明察です。」 「俺はベースみたいなんだが…果たして大丈夫なんだろうか。やったこともいらったこともないんだが。」 「大丈夫ですよ、楽器は慣れですから。今度僕が教えてあげます。」 こいつはベースもわかるのか。万能だな。 「いえいえ、単に【ベースがドラムと同じリズム隊だから】に過ぎませんよ。バンドにおける この二つの楽器は役割が似てるんです…ゆえに詳しくなるのも必然といったところでしょうか。 リズムは演奏する上での絶対条件ですからね。極論を言えば リズムさえ合っていれば ギターやキーボードがどうであれ、グダグダには聴こえないというわけです。」 ベースは地味なもんだと思ってたが、結構重要な役割担ってんだな…まあ、よくよく考えてみりゃ 重要じゃない楽器なんてあるはずない…か。そんな楽器は、そもそもバンドポジションとして定着していない はずだしな。しかしあれか、もしかして楽器初心者は俺だけという構図か?それなら、尚更プレッシャーも かかるというものだが…。隣にいる女子二人の会話も落ち着いてきたみたいなんで、ちょっと尋ねてみるとする。 「朝比奈さんはキーボードやったことはあるんですか?」 「キーボードはないんですけど、ピアノなら何年か習っていたんですよ。」 朝比奈さんにピアノ…可憐な彼女にはなんとも相応しい楽器だ。 「それなら何を長門に聞いていたんです?弾けるのなら特に問題はないように感じますが。」 「えっとですね…私が言ってるのはそういう技術的な問題じゃなくて機能的な問題なんです。」 機能?キーボードのことか。そういやあれってボタンがたくさんあるよな… やっぱいろいろと多彩な機能がついているんだろうか。 「ひとえに鍵盤楽器といっても、キーボードはピアノと違ってストリングス、シンセリードみたいな 独特な音を使い分けなきゃいけないの。エフェクトのかけ方だって知らなきゃいけないみたいで…。」 なるほど…キーボードもいろいろと大変のようだ。 「つまり、そのあたりを長門に聞いたり確認していたというわけですね。」 「その通りです♪あと、長門さんに聞いていたのはそれだけじゃないの。 さっき古泉君がキョン君に【ベースとドラムのバンド的役割は似ている】って言ってましたよね?」 ええ、言ってましたね。 「同じように実はキーボードとギターも役割が似ているの。音をリードしていったり 飾り気をつけていくようなところがね。そのへんの調節具合を彼女と話していたの。」 「ギターとキーボードの関係上、どちらかが目立ちすぎると片方の音を殺してしまったりといった あまり好ましくない事態に発展しますからね。いつ、どちらがメインになるかやサポートに回るかなど、 そのへんの折り合いをつけていたというわけですね。」 「古泉君の言うとおりです。」 なるほど、なかなか的確でわかりやすい説明だったぞ古泉。やっぱ経験者は違うな。 「もっとも、そのへんもまずは曲のメロディーやコードがわからないことには何もできませんから… 曲調によって使う音やメインな楽器も違ってきますからね。というわけで、頑張ってね!キョン君!」 朝比奈さんに頑張れと言われて頑張らない男などまずいるのだろうか? いたら今すぐ俺のところに連れてこい!俺が一刀両断してやろう! …… さてさて、ところで俺は何か根本的なことを忘れているような気がするんだが… そもそも俺は当初ハルヒに何を聞こうとしてたんだっけ…。 そうだ、思い出した。なぜこんな大切なことを今まで忘れていた? 「古泉よ、俺がメロディーを作るってのはさっき言ったが、それをするための楽器や設備を 俺は持ち合わせていないんだ。そのへんハルヒは何か言ってなかったか?」 こればかりはいくらやる気があってもどうしようもない。 「そのへんは心配無用です。ENOZさん達との縁もあってか、軽音楽部の皆さんが楽器や作曲用ソフトを 貸してくれるみたいですよ。ここでいう楽器とは、あなたで言うならベースのことですね。」 マジか、なんて親切な人たちなんだ…ベースに作曲用ソフトか…ありがたく使わせてもらおう。 これでひとまず問題は全て片付いたというわけだ。まさか放課後までに解決できるとは思ってもいなかった… これもSOS団みんなのおかげだな。感謝するぜ古泉、朝比奈さん、長門。 キリのいいところで昼休み終了を告げるチャイムが聞こえる。弁当も食べ終わった俺たちは それぞれの教室へと戻り、再び忌々しい午後の授業へと励むのであった。 時は放課後。ようやく今日の授業から解放された俺は、後ろの席に座っている団長様に声をかけた。 「ハルヒ、今日は数学の宿題見せてくれて本当にありがとな。なんとか放課後の提出までに間に合ったぜ。」 「お礼は別にいいわ。それにしたってねえ…あたしだって本当はこんなことしたくなかったのよ。 他人のノートを写すだけなんて、朝にも言ったと思うけど一時しのぎにしかならないのよ! テストの時とか困るのはあんたなんだからね。次はないと思いなさいよ!」 「お前の言うとおりだ。以後気を付けるさ。」 「その代わり例のバンドのやつ、頑張ってよね!!あたしに合った最高のメロディーを考えてくるのよ!!」 「おいおい、俺はお前じゃないんだからさ…お前に合った最高のメロディーとか言われてもな、 抽象的すぎて把握しかねるぞ。」 「頭を捻りだしてでも考えるのが団員の務めってものでしょう!? 大体、音楽に具体性なんかないわ。あんた、そのへんわかってないみたいね。」 むむむ…確かにこいつの言ってることも一理ありそうだ。 「否定はしない。だがな、ならせめて曲調だけでも言ってはもらえないか。 お前に合った音楽をやりたいのなら、まず俺はお前の感性を問う必要があるぞ。」 「じゃ逆に聞くわ。あんたから見たら、あたしはどんな感じの曲が合ってそうに見えるの?」 そうくるとはな。ここはバカ正直に言っておくか。 「ありえないほど明るい曲だ。」 …… ん、なぜ黙るんだ?何か俺変なことでも言ったか?? 「あ、いや、あんたにしては珍しくストレートに言い切ったなあ…って感心してたのよ。 いつも何かと回りくどい言い方をするしね。」 回りくどくて悪かったな。 「それに、さっき音楽に具体性がないって言ってたのはお前だろ? なら、俺も理屈だの何だのそういうものは要らないと思ったんだよ。」 「ふーん…なかなか飲みこみが早いじゃないの!」 笑顔を輝かせるハルヒ。ようやく俺も臨機応変な対応をとれるまでに成長できたってことか… いや、慢心はいけないな。これからも気をぬかず頑張るとするか。 「で、結局俺がさっき言った曲調はお前的にどうなんだ?」 「いいんじゃない?あたしそういうの好きだし。にしても、どうしてあんたはそう思ったわけ?」 「単刀直入に言おう。イメージだ。それ以上でもそれ以下でもない。」 本当に単刀直入に言ってしまった。まあ、別にいいだろう。ちょうどお前が俺をイメージという理由で ベースを割り当てたのと同じ理由さ。理屈じゃないってのはまさにそういうことなんだなと、しみじみ感じる。 「イメージか…あたしってあんたにそこまでプラスに思われてたのね。」 プラス?ああ、そうか、こいつは明るいってのを良い意味でとっているというわけか。どちらかというと、お前の 【明るい】ってのはクレイジーに近いんだが…もっとも、それを言うのはやめておく。大惨事を引き起こしかねん。 「じゃあ、そういう曲調で作ってきてよね!これで話はオシマイね。」 「おいおいちょっと待て。他に何か追加注文とかはないのか?Aメロやサビはこんな感じにしたいとか。」 「そのくらい自分で考えなさい!それに、あたしのイメージ像を捉えられたあんたならきっと作れるわよ!」 おや、ハルヒに太鼓判を押されたようだぞ。その言葉、ありがたく受け取っておくとしますよ団長様。 「あ、いや、一応伝えておくべきことはあったわね。あたしの音域についてよ。」 音域…そうか、すっかり忘れていた。どこまで高い声や低い声が出るかというのは、人間それぞれ 十人十色のはずである。危ないところだった…もし俺がハルヒが歌えないキーの低さや高さで作っていたら、 一体何と言われたことか。特に前者においては注意せねばなるまい。男と女で音域が違うのは当たり前、 ゆえに、男の俺が無自覚のまま作っていたらキーが低音によりがちという事態になりかねない。 「高さの限界は高いD♯、低音は低いB…と言ったところかしら。」 …D♯だと??確かDでも女性にしては高いほうだったはずだが。 それからさらに半音上げとはな…歌手レベルじゃねーか。すげえなお前。 「わかった、把握したぜ。その枠内に収まったメロディーラインを作ってくるとしよう。」 「お願いね!ちなみに、特にこれといった期限は設けないわ。今のところバンドで何かに出れるような イベントもないしね。でも、早いのに越したことはないから、そのへんは胆に命じときなさいよ!」 へいへい、命じておきますとも団長様。 さてさて、いつもの通り部室へと向かった後、俺たちSOS団員は団長ハルヒによる一連の音楽活動の 布告を正式に受け…かといってそこから何か具体的な活動ができるかというとそうでもなく、とりあえず俺は 古泉とボードゲームを、朝比奈さんは編み物を、長門は読書を、ハルヒはネットサーフィンをという 毎度お馴染みの団活を過ごした後、今日のところは解散となった。 玄関へと着いた俺は自分の下駄箱を開けてみたわけだが、なんと中に手紙が入っているではないか。 …今回は一体誰からのどういう要件なのだろうか。ごく普通の男子高校生なら、下駄箱に手紙という シチュエーションにトキメキを隠さずにはいられないのであろうが…残念ながら、俺はごく普通の男子高校生 などではない。ハルヒと出会ってからというもの、俺はあまりに非日常的経験をしすぎてしまった。ゆえに、 俺はこういう手紙に対し、一般認識を持ち出すことができない思考回路へと変質してしまっているのである…。 手紙をもらって朝比奈さん大(ここで言う朝比奈さん大とは、未来からやって来た大人朝比奈さんのことである) に会ったこともあったし、今は亡き朝倉涼子に呼び出され殺されかけたこともあった。 せめて面倒ごとだけにでも巻き込んでほしくはないものである…そう願いながら、俺はその手紙を開封した。 その内容は以下のようなものだった。 『こんにちは!お元気にしていますでしょうか?いきなりこういう突然の手紙をよこしたことをお許しください。 キョン君の身の回りで近いうちに不穏な動きがあります。どうか、未来にはお気をつけください。 では、幸運を祈ってます 朝比奈みくるより』 …… なるほど、差出人は朝比奈さん大のようだ。しかも先ほどの願いも虚しく、 どうやらこれは…俺にとって良い知らせとは言えないようである。 「不穏な動き…ねえ…。」 朝倉の俺への殺人未遂、ハルヒや長門による世界改変、藤原&橘一派による朝比奈みちる誘拐事件、 天涯領域による雪山遭難事件に匹敵するような何かでも…これから起きるということなのだろうか? そして気になるべき点は、この『未来にはお気をつけください。』の文章である。 『未来』というのが一体何を指しているのか…? …ええい、考えていても一向にわからない。とりあえず、『未来』というワードを 心の奥底にしまっておくとしよう。何か、事態を打開できる重要なヒントなのかもしれない。 しかし… 「変だな…。」 こういう重大な案件ともなると、手紙よりも本人が出向いて直接口頭で説明してくれたほうが 効率的なのではないか?一応周りを見渡してみるが、人の気配はない。 っ!足音がする…誰か来る…! …… 「部室のカギ返してきたわよー、ってキョン何つったんてんの?」 かと思えばハルヒだった。いかん、少し朝比奈さんの手紙で過敏になりすぎてたな。 「あ、いや、ちょっとぼーっとしてしまってな。」 「もう、しっかりしなさいよね。そんなんじゃ年寄りになっちゃう前に痴呆になっちゃうわよ。」 相変わらずひどい言い草だな…まあ、ハルヒは置いとくとして、この件については長門に相談するのが 一番だろう。もっとも、今日はすでに帰っちまってるようだが。…よく見りゃ古泉と朝比奈さんもいないのな。 「何してんのキョン、帰るわよー。」 考えてもラチがあかないのでハルヒと一緒に帰ることにした。 「ところでキョン、何か最近変なこととか起こったりした?」 一瞬ビクンとなる。変なことと言われさっきの手紙のことを思い出す俺。 まさか、ハルヒに何か心当たりでもあったりするのか…? 「特にねえな…ハルヒは何かあったりしたのか?」 「無いからあんたに聞いてんじゃない!SOS団が発足してからというもの、あたしたちは力の限り 不思議探索に努めてきたわ!けどね、いまだ何かしらそういう大それたものは見つかってないじゃない!? そんな状況にあたしは憤りさえ感じてるのよ!!こんなに懸命に探してるっていうのに!!」 いつものハルヒだ。心清いほどにいつものハルヒだった。 そんなこんなで奴とも別れ、自宅へと着こうとしていたとき…玄関の前に誰かがいることに気がついた。 あれは…もしかして大人朝比奈さんか?? 「あ、キョン君!お久しぶりです!」 やはり朝比奈さん大であった。まあ、あのグラマーすぎる体型に 栗色に輝いた髪を見れば…遠くからでも認識可能というものであろう。 「ど、どうしたんです?こんな場所で?」 「えっと、キョン君に伝えたいことがあって…落ち着いて聞いてください。 これからキョン君は大変なことに巻き込まれていくんですけど…」 嗚呼…やはり、また何かの渦中に俺は置かれてしまうというわけなんですね… まあ覚悟はしていたんで、別にそこまでのショックはないというものです。あきらめる的な意味で。 「特に藤原くん達の勢力には気を付けてください。それを心得ていれば、きっと未来は良い方向へと 好転するはずです…じゃあ時間がないんでもう行きますね。どうか気をつけてねキョン君!」 「え、あの、ちょっと…!?」 …… 颯爽と立ち去っていく朝比奈さん大。もう少し話がしたかったところだが、 何か彼女も急いでいたようだったし…仕方がないというものだろう。それにしても 「あの手紙の『未来』ってのは藤原のことだったんだな…。」 藤原は以前朝比奈みちる誘拐事件に関わっていたメンバーの一人である。 そしてヤツは朝比奈さんと同じ未来人でもある。『未来』ってのが藤原一派の未来人集団だと考えれば、 確かに合点もいく。…なるほど、これで不安は解消したというわけだ。後は藤原たちの動向に気を付ける… それさえ徹していればOKということだろう。 俺は帰宅し、疲れた体を風呂で癒した後、夕食を食べた。 明日の準備をし終えてベッドに横になった。これで後は、明日に備えて寝るだけである。 …それにしても、何か違和感があるのは気のせいだろうか…? …… そうだ…あの手紙は一体何だったのだろうか? 朝比奈さん大が直接俺に出向いて『藤原』という特定の個人名を出してきた時点で、 あの手紙に意義はなくなった。言うまでもないが、あの手紙の差出人は朝比奈さん大である。 (執筆的に以前のと字体が似ていたことから、あれを書いたのは朝比奈さん大で間違いないとは思うのだが…) にもかかわらず、なぜ彼女は手紙で未来に注意を促すよう喚起した後、再び俺に会って 直接伝えるといった二重行為をしてしまっているのか…俺に会うつもりでいたのなら、 そもそもあの手紙自体に意味はなかったはずなのであるが…。 まあ、とりあえずは藤原たちの動向を警戒するに越したことはないだろう。そう結論を下すことにする。 いろんなことを一日中考えすぎてしまっていたせいか、睡魔が予想より早く襲ってきた。 今日はもう寝るとするか…俺は静かに目を閉じた。 まさか、このとき下した結論がどれだけ迂闊で軽率なものだったか …近いうちに、俺はそれを痛感させられることになる
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2702.html
『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―2日目― くそっ、昨日は古泉のせいでえらい目にあったぜ。 ま、まぁ二人でデートみたいな感じになって楽しくなかったことはないんだが。 が、それとこれとは話が別だ。俺をハメた罰は受けてもらわないとな。 授業が終わり、周りを見回すと、ハルヒの姿はすでになかった。 もう部室に行ったのか?まぁいい。俺もとりあえず行くとするか。 いつものようにおそらくはハルヒがすでにいるであろう部室のドアをノックすると、 「はぁぁい、どうぞぉ」 可愛らしい朝比奈さんのボイスが部屋の中と俺の頭の中に響き渡ったが、部室にハルヒの姿はなかった。 「あれ?ハルヒまだ来てませんか?」 「え、まだ来てませんよぉ?」 あいつ、一体どこ行ったんだ?また変なことやってんじゃないだろうな。 「ところで朝比奈さん、今日はメイド服じゃないんですね?」 「え、あ、えぇ、そうなんですよぉ」 今日の朝比奈さんは何故だかメイド服ではなく、制服のままだった。 「着替えます?なら外に出てますけど」 「あ、いいんです。今日はこのままで」 ん?どういうことだ?すぐ帰ったりでもするのか? 「ところでキョンくん、これ作ってきたんですけど、食べてもらえますかぁ?」 そういって差し出されたのは、これまた可愛らしくデコレーションされた手作りプリンだった。 って、まさか、朝比奈さんが俺のためにわざわざ作ってきてくれたってのか!? なんということだ。頂きますよ。もちろん頂きます。朝比奈さんありがとうございます! 「どうですかぁ?美味しいですか?」 「ええ、そりゃもう。めちゃめちゃ美味しいですよ!さすが朝比奈さんですね」 「え、あ、う、ああありがとうございますぅ。……えっと、……苦労して作ってきたかいがありま――」 バタンッ!! 今日も激しい音をたててドアが開かれる。だから優しく開けろっての。 「あら、みくるちゃん、もう来てたのね?……って!」 ん?なんだ?どうしたハルヒよ。この朝比奈さんプリンが羨ましいのか? 「あんた!それあたしが作ってきたプリン、なに勝手に食べてんのよ!」 「え、これ!?朝比奈さんが作ってきてくれたんじゃ――」 「なに言ってんのよ!それは昨日あたしが、あ、あ……ために……作ってきたのに!!」 なんだって?ちょっとよく聞き取れなかったんだが?何て言った? 「な、なんでもないわよ!それよりみくるちゃん?これどういうこと?」 「あ、えと、さぁ……?私が部屋に来たらキョンくんがプリンを美味しそうに食べてて」 ってなんで!?朝比奈さん、そんな。嘘言わないでくださいよ。 「あんた、か、隠してたのに何でわかったのよ!……あ、えっと、……おいしかった?」 「あ、ああ。そりゃかなりうまかったぞ」 「……ひょっとして、あれも読んだ?」 「ん?あれ?って何のことだ?」 「あれれぇ?こんなところに何か落ちてますぅ」 と、朝比奈さんがテーブルの下から紙の様な物を拾い上げる。 「ええっと、『キョンへ。いつもありがとう。いつもお世話になっているキョンのため――』」 「みくるちゃん!!!」 ハルヒの凄まじい声が部室内に響き渡る。 なんて音量だ。……鼓膜が破れそうだぜ。朝比奈さんなんか涙目になってるし。 「みくるちゃん、渡しなさい」 「キョンくんにです――」 「あたしにに決まってるでしょ!!」 ハルヒの剣幕に圧されて、おどおどと紙を渡す。 「キョン……あんた、今の聞いた?」 「ん?ああ、でもほとんど聴こえなか――」 「全部忘れなさい!」 「まぁ、それは構わんが。……ハルヒ、プリンうまかったぜ。ありがとよ」 「べ、別にあんたのために作ったんじゃないわよ。……ほんとよ!」 そうかい。なんかすごい照れてるように見えるんだが。 「それより、あたしのプリン勝手に食べたんだから今日もプリンおごってもらうわよ」 「はいはい、わかってるよ。それじゃ朝比奈さん、あとお願いしますね」 「はぁい、楽しんできてくださいね」 そうして昨日と同じようにケーキ屋へと向かう。 後ろで「うまくいきましたぁ」と微かに聴こえた気がするが気のせいだろう。 ◇◇◇◇◇ 『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―2日目(裏)― 「ど、どうでしたかぁ……?」 「少し危ないところもありましたが、まぁ問題はなかったと思いますよ。ご苦労さまでした」 「……グッジョブ」 「ふぇぇ、とりあえず無事に終わってよかったです。疲れましたぁ」 「おっと、お二人がお店に入ってきましたよ?」 『あんた、早く来なさいよ!』 『わかってるっての。そんなに引っ張るなよ……』 『今日はどれにしよっかな……。あんたはどれにするの?』 『お、今日は食べていいんだな。……じゃあ俺は、これかな?』 『ふーん、あたしもそれもいいかな、と思ってたのよね。じゃああたしはこっちのにするわ』 『じゃあ持ってくから席とっといてくれ』 『わかったわ』 「……ちょっとなれてきたみたいな感じですねぇ」 「そうですね。これじゃあ見ててドキドキがありませんね」 「……山場はこれから」 「ほほう、これから盛り上がってくるってことですか?それは楽しみです」 「あ、また二人が話し始めたみたいですよぉ」 『これもおいしいわね。そっちはどう?』 『ああ、これもうまいぞ。それにしてもこの値段でこれとはたいしたものだな』 『そうね。近頃はこんな良心的なお店あんまりないもんね。……あ、それちょっとちょうだい』 『ん、ほらよ。何かおかしいよな。こんな店ならもうちょっと話題になってもいいのにな』 『できたばっかだからじゃない?こんな穴場を見つけてきた古泉くんはさすがね』 『古泉か。……まさか機関?……ありえるな』 「ばれた」 「ばれましたねぇ」 「まぁしょうがないですよ。それにばれてもたいして問題ありませんしね」 『何?変な顔して?古泉くんのこと褒めたから嫉妬してるの?』 『そんなわけあるか。……それ返してくれよ』 『いいじゃない。あんたこのあたしの作ったプリン食べたんだから。おいしかったでしょ?』 『ああ、すごくうまかったぜ。ここのプリンよりも遥かにうまかった』 『べ、別にあんたのために作ってきてあげたわけじゃないのよ。……そんなにおいしかった?』 『ああ、凄まじくうまかった。できればまた食べたいものだ』 『そ、そう。……じゃあ次は、あんたのために作ってきてあげるわ』 『まじか!?じゃあ楽しみに待ってるよ』 「……普通にラブラブみたいになっちゃいましたねぇ」 「……面白くない」 「同感です。これは少し邪魔をしないといけませんね」 「次の手を打つべき」 「……二人とも当初の目的ちゃんとわかってますよね?よね?」 「当初から目的は二人で遊ぶこと」 「そうですよ。何もおかしいところなどありません」「そ、そうですね。おかしいのは二人の頭の中みたいですぅ」 「とりあえずこのままくっつくという最悪な事態を避けなければなりません」 「そのとおり」 「最悪かどうかはわからないですけど、確かにこのままじゃちょっとおもしろくないですよねぇ」 「長門さん。今からこの空気を全てぶち壊しにする手はありませんか?」 「ぶち壊しって、ちょっと古泉くん?」 「ないことはない。ただし推奨はしない」 「と、言いますと?」 「これからの計画もぶち壊しになる危険性がある」 「それはまずいですね。色々と。……仕方ないです。明日に任せましょう」 「あ、そういえば明日ってどういう予定なんですかぁ?」 「それが最善だと思われる」 「それにしても今日は完敗ですね。口惜しいかぎりです」 「あ、あれ?やっぱり私の疑問はスルーなんですねぇ……」 「仕方ない」 「そうですね。それじゃあ今日はここで解散にしましょうか」 「また明日」 「え、あ、あれ?もう帰るんですかぁ?そ、それじゃあまた明日」 プリン騒動2日目 ―完― ―0日目―へ