約 3,071,688 件
https://w.atwiki.jp/sinkyara/pages/264.html
【作品名】涼宮ハルヒシリーズ 【ジャンル】ライトノベル 【名前】涼宮ハルヒ 【属性】世界の中心 【大きさ】女子高生並 【攻撃力】運動神経が非常にいい金属バットを持った一般的な体育会系女子高生並み 【防御力】運動神経が非常にいい一般的な女子高生並み 【素早さ】運動神経が非常にいい一般的な体育会系女子高生並み 【特殊能力】 新しい時空を生み出し、その時空に移動したり出来る・・・・・・が 作中で意識的に使用してないし、出来たとしても自爆なので考慮外 【長所】とりあえず運動能力は人並み以上。 【短所】たとえ目の前に宇宙人や未来人や異世界人や超能力者がいても気づかない可能性がある。 この能力で世界を破滅させた実績が無い。(能力を使った時点で逃亡負け) 【戦法】バットで殴りかかる 参戦:vol.2 300 名前:格無しさん[sage] 投稿日:2012/07/24(火) 12 36 20.63 ID qr06aHCD [3/3] 涼宮ハルヒ 運動神経が非常にいいバット持ちと空手初段以上の運動神経+約50cmのドリル持ちは多分同レベルだろう 天海春香=涼宮ハルヒ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/546.html
キョン(今日はSOS団市内不思議探索パトロールの日だ。) ハルヒ「」くじ引きで分けるから引いて。」 キョン(そして俺はハルヒと当たっちまった。) ハルヒ「行くわよ。キョン。絶対不思議探してね皆。」 探索中 キョン「ハルヒ。不思議って言ってもどうやって探すんだ」 ハルヒ「普通に探すの。こんな事もわからないの?」 キョン(御前としての普通って何だよ。) 6時間後 キョン(やっと終わったぜ。) ハルヒ「今日の市内不思議探索パトロールはこれにて終了!!」 キョン(ようやく帰宅できるぜ。この事が待ちどうしかったよ。) ハルヒ「あれ?雷落ちてるじゃない。早めに帰らないとね。」 キョン「おい、ハルヒ。ちょっと涙目になってるけど雷怖いのか?」 ハルヒ「当たり前じゃない・・・あっさっきの無しね。忘れなきゃ死刑だから。」 キョン「忘れられるか。ハルヒも可愛い所あるな。」 ハルヒ「忘れてよ。じゃあ元々可愛くないわけ?デパート寄るからキョンも付いて来て。」 キョン「はいはい。(断ったらどうなるかわからないからな)」 ハルヒ「おいしそうな物があれば絶対買うからね。勿論あんたのお金で。」 キョン「俺の金でかよ。」 ハルヒ「当たり前じゃない。あんたも神聖な団長様にお金を使わない賢い人になりなさい。」 キョン「はいはい。で?何を買えばいいんだ?」 ハルヒ「ノートパソコン買ってくれたらうれしいけど。食材でいいわ。」 1時間後 キョン(疲れた。重い。買いすぎだ、あいつ。) ハルヒ「向こうのソフトクリームでも買ってきて。」 キョン「俺もほとんど金残ってないぞ。買うなら自分で買えよ。」 ハルヒ「しょうがないわね。」サッ キョン「待てハルヒ。俺の財布を返せ。」 ハルヒ「はい。返すわよ。でももう買っちゃったけどね。それよりあんたも食べなさい。」 キョン「ハァ?何で俺も食わないといけないんだ?自分で食えよ。」 ハルヒ「団長の言ってる事が聞けないの?聞かないと死刑だからね。」 キョン「分かったよ。食えばいいんだろ?食えば。」 帰り道 ハルヒ「感謝しなさいよ。団長様が付いて来てあげたんだから。」 キョン(御前が勝手に連れてきたんだろうが。俺の金がなくなったじゃねえか。) ハルヒ「なんか頭がクラクラするわね。昨日から調子悪かったし。」 キョン「おいおい、大丈夫か?ハルヒ。」 ハルヒ「大丈夫よ・・・朝少し熱あった・・だけ・よ・・・」バタッ キョン「おいハルヒ、大丈夫か。(なんとかキャッチには成功できた。)」 ハルヒ「大丈夫・・・」 キョン(ひとまずコイツの家に連れて行かないとな。) ハルヒの家 ハルヒ「何勝手に人の家入ってんのよ・・・出て行きなさい・・・」 キョン「何強がってるんだよ、熱あるじゃねえか。」 ハルヒ「熱なんてないわよ・・でも少しだけ一緒にいて・・」 キョン(正直コイツの家に行きたくなかったがまあ38度もあればしょうがないな。) ハルヒ「ああ、しんどすぎて死んじゃうわ・・・」 キョン「ハルヒ、寝るなよ(俺どうすればいいんだろ。)」 1時間後 ハルヒ「ううん・・あれ?キョン、人の布団で勝手に寝ないで。殴ってやる」 キョン「いてぇ、何すんだよ。そうか、俺寝てたのか」 ハルヒ「ちょっとキョン、あたしの日記み、見た?」 キョン「日記って何の事だ?ああ、これね。見たけど何か文句あんのか?」 ハルヒ「ううっ、勝手に人の日記を見るんじゃないわよ。」 キョン「ハ・・ハルヒ、何泣いてんだよ。俺が何かしたか?」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4455.html
「覚えてないのも当たり前ですよね、だって私が記憶をけさせたんですから」 俺はこの一言に、愕然とした。なんだって? 内から込み上げる怒りという衝動を抑えつつ問いただすことにした。 「何故、俺が記憶を消されなくてはならないんだ?」 なんとか抑えたものの、表情までは抑えれなかったかもしれん。 少しの沈黙が、俺を不愉快にさせる。自然に拳に力がはいってしまっていた。 俺の目の前の少女は不適な笑みを浮かべ、 「あなたは、涼宮ハルヒの鍵であり、佐々木さんの鍵でもあるからです」 俺は自分の耳を疑った、佐々木?なんで佐々木が? それに鍵だって?なんの事かさっぱりだが、古泉もそんなことを言っていたような気がする。 少女は続けて、 「私は佐々木さんの友達、いや。佐々木さんとの契約者とでもいったほうがいいでしょう」 契約?なんのことか解らないが、どうやらこいつは佐々木と少なからず縁がある者らしい。 「あなたはね、私の計画とは違う動きをされてもらっては困るのですよ」 さてね、俺がなにしようがお前には関係ないし、指図されるのはごめんだね。 俺は皮肉を込めて言ったつもりだが、少女は気にすることなく続けた。 「あなたが佐々木さんを裏切るような事をするからいけないのです。 あなたは佐々木さんだけを見ていればよかった。そうしたら、世界は幸せになれたのに。 涼宮ハルヒにあの能力を持たせていればいずれは世界は滅んでしまう。 彼女は感情を露にしすぎですし、なによりコントロールできていませんから」 と饒舌に語りはじめるそいつを俺は黙ってみていた。 それもそうだ、ここ数日で俺の周りが目まぐるしく変化しているからだ。 これで混乱しないほうが普通ではない。 「佐々木さんはいいました、あなたを手に入れられるなら。 他はなにもいらないと、だから私は彼女にあなたを与える計画を企てたってところです。 それでも、私一人じゃ出来ないことなので彼女に協力していただきました。」 少女が指を指した方向に目をやった、しかし最初はそこに何が在るか解らなかった。 目を凝らしてみると、確かにそれはいた。俺はこいつを知っている。 だが記憶に靄がかかり、鮮明に思い出すことは不可能だった。 俺が呆気に取られた表情を浮かべていたのか、少女はクスッと笑った。 「あなたの側に未来人の子が一人いますよね。実は私の側にも一人います。 彼が言うには涼宮ハルヒが能力を持ち続けるのは規定事項だ。というんですよ。 でも、それが事実であれば私達はただの脇役でしかなくなっちゃいますよね。 私はね、未来は与えられるものじゃなく造るものだと思っているんです。 これは私達の組織の創意でもあるんですが。 そう、与えられなかったが為にそれを欲するのは至極当然の事だと思うんですよ。 それに、彼ら未来人は過去を固定する為だけに暗躍するんですよ。 可笑しいですよね、未来から来てるならその未来が確立されているはずのに、 だから私達の考えでは、「過去」つまり現在に当たるのですが、 実にあやふやなものなのじゃないでしょうか。あなたもそうだったはずです。 なにも告げられずにただ言われたままに動いて未来を確立させられていた。 とはいっても、今のあなたは覚えていないでしょうけど」 俺は自分の知識以上の事を言われ、更に混乱しはじめていた。 それに、頭も割れそうに痛み出してきた。くそ、なんだってんだ。 少女は笑顔を殺し、俺の側に歩みよってきた。 「だから、私は未来を変えたいと思うんですよ。だからそれにはあなたが必要なんです」 というと、少女は足を翻し背を向けた。遠くに佇む得体の知れないものになにか話しかけているようだが。 ここで逃げ出せばよかったものの、強張る体と痛む頭の所為で俺は身動きできなかった。 少女はこちらを振り返り話を続けた。 「あなたを助けにくる人は誰もいません。彼女に結界を張って頂いているので、 長門さんも気付いていないはずです」 長門だって?俺は痛む頭を支えながら少女に問いかけた。 「あら、今のあなたは聞いていないんですか?まぁいいでしょう、教えてあげます。 彼女は対ヒューマノイドインターフェイス、情報統合思念体が派遣したアンドロイドです。 アンドロイドといっても、体を構築しているものは私達と一緒らしいんですが。」 なんですか、そのなんたら思念体っていうのは。くそっ訳がわからなくなってきた。 俺が困惑の表情を浮かべると、少女の顔付が変わった。 「そろそろ始めましょう。これからあなたにはただの人形になって頂きます。勿論、 これから喋ることも出来なくなると思います。本当はすぐ死んで頂きたいんですが、 そうするとかなりの確立で情報爆発が起こる可能性があるので、 無駄な事は私達は望んでいないのです。情報爆発のタイミングが必要なんですよ。 だから、あなたにはそれまで生きた屍になって頂きます。」 はは、何を言い始めるんでしょうこの人は。 と笑っている場合ではない、はやくここから逃げないと。 「無駄ですよ、周防さんお願いします」 少女がソレの名前を読んだその瞬間、一瞬で俺の目の前にきたソレは無機質な表情をしていた。 その曇ったガラスみたいな瞳に俺が映りこんでいた。 あぁ、俺は今恐怖に駆られているんだ。それは絶望でもあった。 ソレの手が俺の頭を掴み、何かを高速でつぶやき始めた。 その瞬間俺の頭の中が掻き乱されるような激痛が走った。 「やめ、やめろ…うがぁが…」 俺は声を張り上げることすら不可能になっていた。 さっきまであんなに幸せな時間を過ごしていたのに、脳裏に浮かんだ映像が全て消えていく。 だんだんと意識が薄れ、俺は気を失った。 どれくらい眠っていたんだろう、ピッピッっという電子音で気が付いた。 俺の目の前には真っ白い天井があった。ここはどこなんだ。 少し考えにふけっていると、唐突にそれは訪れた。 俺は、誰だ。 言い知れぬ恐怖と、絶望が俺を襲った。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5284.html
引き続き、市内パトロール後半戦である。 「どこに行きましょうかね」 俺と朝比奈さんはファーストフードを出た後、どこへともなく歩を進めている。はたから見ればじらしい男女カップルのはずであり、まさか夢世界の存在を探してさまよい歩いているとはそれこそ夢にも思わないだろう。 「そうですねえ。お買い物は午前中に古泉くんとしちゃいましたしねえ」 古泉で思い出した。 「そういえば古泉は何か言ってましたかね。あいつに昨日生徒会室で見つけたメッセージのコピーを渡したんですけど」 「いろいろ訊かれましたよ。昨日の学校の様子とか、未来がどうなっているかについても。未来のほうは解りませんとしか答えられなかったけど。まだねじれが元に戻る気配がまったくなくて先が見渡せないんです」 そりゃ、長門が戻ってこない限り時空間のねじれも収まることはないだろう。というより、戻ってもらっては困る。それはようするに長門がいない未来が俺たちの未来だと決定されちまったってことだからな。分岐の選択を誤ってはならん。 「パスワードのことは何か言ってましたか? 何か解ったとか」 「うん。どこかのパソコンやデータにかかってるロックをはずすためのものだろうって言ってましたけど」 そんくらいは俺でも見当がつく。 「他に何か言ってなかったんですか? 具体的にどこのロックを解除するとか、どんな意味を持ってるのか、とか」 「ううん。それ以上は解りません、って古泉くんは言ってました。……でも、もしかしたら本当は解ってるのかもしれませんね」 「あー。……えーと、どういう意味ですか?」 朝比奈さんの口からこぼれた一言に付け入ってみると、朝比奈さんはうつむき加減になった。 「あたしたち、というよりは未来人と超能力者っていう区切りで言ったほうがいいと思うんだけど、この二つの勢力は完全な同盟関係にあるわけじゃないんです。今もお互いの動きを見張ってて、ふとしたことから関係が激化することもありえるって感じ。だから、たとえTPDDが使えなくて未来とコンタクト不可能な状態のあたしでも、古泉くんの組織が不用意にそんな貴重な情報を渡してくれるとは思えないんです。あ、もちろん古泉くんに悪気はないんですよ。ただ、どうしてもそうなっちゃってるだけで」 俺はいつだったか、朝比奈さんと古泉がお互いの考えを信用するなと言ってきたことを思い出していた。映画撮影のときだっただろうか。朝比奈さんや古泉が言っているのは、あくまで一つの考え方を言っているいるだけだとお互い非難し合っていた。 あれからずいぶんと経ったものだが、未来人と超能力者はいまだに信用しきれる関係までにはいたっていないらしい。 「それじゃ、古泉は朝比奈さんに何も教えてくれなかったんですか? ちょっとしたことでも」 「そうなんだけど……でもキョンくん、誤解しないで下さいね。古泉くんが本当に何も解らないこともありえるから」 さあどうだろうね。あの説明好き古泉なら、正答でなくとも可能性のある考えぐらいは提示してくれそうだが。 皮肉なものだ。 目を伏せている朝比奈さんを見たらよけいそんな思いに駆られた。 朝比奈さんが、未来人という立場からではなく独立した存在として俺たちを助けたいと決意してくれているのに、古泉の組織はそれを信用してくれない。朝比奈さんはあくまで未来人の一端であるという考え方を捨てないのだ。よって、朝比奈さんは行動を起こしたくても起こせない状況にある。 古泉を非難しなければならないだろう。 そうでなければ、未来に影響されることなく自分の思うように行動したいと言ってくれた朝比奈さんがあまりにも報われん。愛らしいからとかそういう感情を抜きにしても、こんな哀しそうな表情をしている朝比奈さんを放っておけるやつはいないぜ。 「あれ、もしかしてキョンかい? これは、なんと珍しいこともあるものだね」 俺は不意に背後から投げられたひょうきんな声によって現実回帰を果たした。 「ひゃっ……」 横で驚いたような声を出して俺の腕にしがみついてくる朝比奈さんを感じながら振り向くと、そこには見覚えのある顔が三つ。 「お前ら――」 ヒントを出すと、男一人で女二人だ。 「同じ市内に住んでいるのだからさほど珍しくはないかもしれないが、こうしてかつての同級生と街中で再会するという偶然は何ともロマンチックなものだとは思わないかい? それとも、キミにとっての僕というのはかつての同級生扱いしてくれるうちには入らないのかな」 こういう喋り方をするのは、俺の知り合いには古泉以外ではあと一人くらいしかいない。 ただの昔の同級生だったはずが、今年の春になって妙な連中を引き連れ、ご丁寧に自分のプロフィールまで書き換えて俺の前に再登場したやつである。神様アンド九曜騒動以来ご無沙汰かと思っていたら、こんなときにひょっこりと現れてくれた。 そしてその横に伴われているのは微笑を浮かべる女とふてくされたようなツラをする男であり、嫌なことに両方とも顔見知りである。男のほうはいつでも不機嫌オーラ全開のために第一印象も最悪に近いものだが、女のほうは気だてもよさそうだし顔とスタイルだけ見ればもう少し惹かれるものがあったかもしれんな。どっちにしろ俺はそうではない出会い方をしちまったもんだから、この誘拐女に魅力を感じるとか感じないとかいう予測がシロウトのトランプ占い以上に何の役にも立たないことは知れているのだが。 わざわざ引っ張る必要もないか。答えを言っちまおう。 そこには、ハルヒ的パワーを持つ佐々木、朝比奈さん誘拐犯の橘京子、いけ好かない未来人野郎の藤原が、三者三様の表情をして立っていたのだった。 * 「ごめんね佐々木さん、この人に会うように少しだけ時間と歩くルートを調整させてもらってたんです。偶然ではないの」 驚くべきことに、最初に橘京子の口から発せられたのは俺に対するものではなく佐々木に対する謝罪の言葉だった。 俺は不快感を隠すことなく橘京子に向かって、 「何の用だ」 「ふふ。用があることは確かなんですけどね。そうだな……あの川沿いの公園に行きましょうか。お互い訊きたいことはいろいろあるでしょうけど、お話しするのはそこで腰を落ち着けてからにしましょう」 いいですよね、というふうに佐々木と未来人(男)に目を向ける。佐々木は無言でうなずき、未来人野郎はふんと鼻を鳴らした。最後に俺と朝比奈さんに目をやる。 俺は朝比奈さんに確認を取って首肯させてから、 「こちとらハルヒと集まって街探索の途中なんだ。変に時間を使うようなこととか、そういうのはなしにしてくれ」 「大丈夫です。せいぜい事実確認とこちらの方針をお伝えする程度ですから。時間をそんなにいただくつもりはありません」 そう言うなり橘京子は先頭切って歩き出し、佐々木も藤原も後に続いたため俺たちも歩き出すほかなかった。 約一名、つまり周防九曜の姿が相手方に見えないのは仕様だろうと片づけることにした。 おかげでより確信が強まったね。誰か――それも九曜か、あるいはそれにかなり近い存在がどこかで采配を振っているに違いない。そうでなければ九曜がこの場にいない理由がないのだ。そして、そいつは間違いなく長門を消した張本人だ。そいつは長門の敵、ひいてはSOS団の敵である。 何となく頼りなかったので、いったんは古泉も呼ぼうかと思っていた。しかし考えればあいつは運がいいのか悪いのかハルヒと二人で不思議探索中であり、古泉を呼んだつもりがオプションとしてハルヒまでついてこられては文字通り話にならないので俺は一度出しかけた携帯を上着ポケットにしまいなおした。 「キョンくん、この人たちって」 俺とともに隊列の最後尾を構成する朝比奈さんが小声で不安げに尋ねてくる。 「ええ、春の時の連中です。約一名姿が見えませんけど」 「大丈夫かなあ……」 朝比奈さんが呟きともとれるほど小さな声で呟いた。俺は反応するべきかしばし考えてから、 「大丈夫だと思いますよ。相手も九曜がいないらしいですし、何の話もなしにいきなり危害を加えてくることはないでしょう。それに、いざとなったらこっちには古泉もハルヒもいるんですからね。何のことはない、あいつらを頼ればいいんです」 朝比奈さんははっとしたような感じで顔を上げ哀愁とも怒りともつかぬ微妙な表情をしていたが、やがて「そうですね」と言って顔を伏せてしまった。あれ、何か悪いことを言っただろうか、俺。 * 休日であるために公園内の人口密度はそれなりに高かったが、いるのはせいぜい何も知らないガキとそれを引き連れる親だけであり、スパイやエージェントはおろか普通の高校生の姿もなかった。当然と言えば当然か。 超能力者と未来人と一般人という取り合わせの俺たちは、なるべく人気のない公園の隅に寄り集まった。周りはほのぼのした雰囲気だが、俺たちの間に流れる空気はそんなに柔らかいものではない。 「えっと、どう切り出していいか解らないんだけど」 口火を切った橘京子はそう前置きし、 「とりあえず謝っておきます。ごめんなさい。二月の誘拐未遂といい春とといい、いろいろ迷惑をかけました。怒りたい気持ちは解るけど少し我慢してくれませんか? 今のあたしに敵意はありませんから。けど、そちらの未来人さん、もしあたしたちといて気分が悪いようなら席をはずしてもらってもいいですよ」 誘拐女の目線が朝比奈さんを捉えると朝比奈さんはびくっとした感じで俺の腕にすがってきた。しかし動くつもりはないらしく、そのままの姿勢で固まっている。 橘京子はそれを見てこほんとわざとらしく咳払いした。 「涼宮ハルヒさんを監視している宇宙人、つまり長門有希さんのような存在ですね。彼女たちや他の宇宙人さんが、二日前の金曜日からこの世界にいなくなっているのは気づいてるよね?」 そうでなかったら橘京子と話す義務など皆無である。プライベートで会おうと言われたら二秒だけ考えてから断るね。 「そうですね。じゃあプライベートの誘いは控えるようにします。ふふ、ちょっと残念かしら」 どうでもいい。俺に色目使ったって、せいぜい喫茶店代くらいしか出てこないぜ。 「ごめんなさい。では話を戻しますが、実は最近いなくなってしまったのは、あなたがたが情報統合思念体と呼んでいる存在のインターフェースだけではなかったの。見たら何となく解るかもしれないけど、こちらでも九曜さんがいなくなってるのです。どのくらい経つかしら、先週の休日に集まったときはもういなかったわよね?」 「そうだね。彼女のことだから超能力的な力を使って透明人間になっているだけかもしれないが、少なくとも僕の目はここ一週間彼女を捉えてないよ」 佐々木の反応に、藤原も面倒くさそうに首肯した。 「単純に休日の集まりに参加してないだけとか、そういうことはないのか?」 「それはないな、キョン」 俺の説を佐々木はあっさりと否定し、 「彼女はね、なんだかんだ言って休日に僕たちが集まるときには必ず来るのさ。僕たちを観察しているつもりなのか知らないが、何も喋らないからよけいに興味を惹かれるんだ。稀に来ないのは藤原さんぐらいなものさ」 「僕には毎度毎度律儀に集まるほうの気が知れないね。僕は無意味に動くようなことはしないんだ」 佐々木は苦笑して肩をすくめた。 まあ、そうか。実は俺もそうじゃないかと思ってたんだが、ただ聞いてみただけさ。 なるほど長門から聞いたエピソードそのままである。一週間ほど前に周防九曜が地球から出ていって、そのために天蓋領域の位置も特定できなくなっているという。日数的にも橘京子が言ったことと長門が教えてくれたことは一致している。 俺は驚く代わりに疑問をぶつけた。 「それが、長門たちが消えたことに関係してるって言うんだな?」 橘京子は言いにくそうにして、 「あまり考えたくはないですけど、その通りだと思います。偶然にしては都合がよすぎるもの。九曜さんが消えた後にすぐ長門さんたちが消えていますし、彼女たちが敵対関係にあることを考えても何か関係がある可能性は高いです」 「関係とかそんなんじゃなくて、単純に九曜が長門の目の届かないところから攻撃しようとしたとかいうことなんじゃないのか?」 俺は古泉に話してやった論説を橘京子たちにもう一度説明してやった。 九曜が突然姿を消したのは長門たちの目をくらますためであり、敵に自分たちがどこにいるかを解らなくさせておいてから不意打ちをしかけるためだった。事実、長門は天蓋領域の位置特定ができていないと言っていたしな。そんでもってその作戦は見事に成功し、敵の居場所が解らなくて防御できなかった長門たちは消し去られてしまったのだ。古泉によると九曜には肝心の存在を消す力はないらしいが、面倒な話になりそうなのでここでは披露しなかった。 橘京子と佐々木は興味深そうに、藤原はつまらなさそうに、朝比奈さんは驚きを交えながら俺の話を聞いていた。 「と、いうのが俺の推理だ」 俺が言葉を切ると、真っ先に佐々木が反応した。 「いやあ、すごいなキョン。キミにこんなにも事実を鋭く捉える力があったとはね。それだけの材料が集まっていたとはいえ、なかなかできるものじゃないよ。たぶんいい線を行っているんじゃないのかな?」 「あたしもそう思います」 橘京子が続く。 「最初はもしかしたら二人とも宇宙にある強大な力に消し去られてしまったんじゃないかと思っていたんですけど、確かに不意打ちという解釈ができますね。そう言われてみるとそんな気がしてきます」 お世辞だか本気で言っているのか知らんが、そんなのは時間の無駄だからいい。藤原が俺の話を聞く気がなさそうなのも無視だ。 「それで、お前らはどうするつもりなんだ。仮に俺の言った推理――九曜が長門やSOS団を攻撃しようとしているってのが正しいとしたら、お前らの組織はどう動くつもりなんだ。お前も九曜の仲間だから、やっぱり加勢してSOS団を攻撃するつもりなのか?」 「冗談じゃない」 ひねくれた声を出したのは橘京子ではなく藤原だった。この未来人野郎は眉間に皺を寄せて俺を睨みながら、 「これはあの広域帯宇宙存在の手前勝手な行動だ。独断もいいところさ。時空間をさんざんねじまげたあげく、僕の未来にまで手を出してやがる。規定事項も変数乱数の状態だし、TPDDによる時間移動もあらゆる時間修正も不可能。たぶんあんたの未来もそうだろう?」 藤原は朝比奈さんに目をやった。 「えっ、は、そうです。TPDDは使えないし、分岐が時間平面上に大量発生してて未来が確定されてません」 「もしかしたら意図してやってるのかも知れないが、わざわざ僕の邪魔までしてくれた。この時間平面上の時空間をこじらせるのならともかく、僕の未来まで改変するような奴を手助けするつもりはないね」 俺には少なからずザマミロという感情が芽生えていたが、藤原は卑屈に笑って続けた。 「ただし、それがなかったら僕の判断は違っていたかもしれない。ある意味では、これは目障りな組織どもを一掃するチャンスさ。あの宇宙人が消えれば涼宮の力はほぼ無防備に晒されることになる。九曜の連中をどうにかして総攻撃をかければ、僕の未来がその力を抽出することも、それを使って何かをすることも可能になるわけだ。あいにく、その未来が封じられてしまった今はどうしようもないが」 とんでもない妄想語りだ。 ハルヒの力を手に入れられるだと? ふざけるな。あいつは無機質の物体ではなく有機移動物体だし、その頭ん中と行動力にかけては常識をはるかに超越している。だからまともな手段でハルヒに近づこうったってハルヒは大規模な閉鎖空間でも作って知らせてくれるだろうし、力尽くでってんならSOS団サイドが黙ってないぜ。藤原には到底無理な話だ。九曜なら、あるいはできるかもしれんが。 ん? 待てよ。何だこの感覚は。 ハルヒの力を手に入れて、それを使って何かをすることができる。ハルヒの情報改変能力。強大な力。九曜ならば……? ダメだ。解らん。 一回押し寄せた波が退いていくように、一瞬だけ俺の頭に現れた感覚もすうっと醒めていった。 はたして、俺たちの間には沈黙が訪れた。周りのガキと晴天の空の雲だけが動き続ける、嘘っぽいほどのどかで暖かい風景。 俺が考え疲れて、気晴らしに缶コーヒーでも買ってこようかと自販機に向かって踏み出そうとしたとき、 「あたしたちのこれからの動きについてなんだけど」 橘京子が沈黙を破った。仕方ないので俺も橘京子に向き直る。 「実は、あたしたちの組織も混乱しているのです。古泉さんのところもそうだと思うけど、こんな事態は想定外です。九曜さんが独断を強行するなんて考えてもみませんでした。それに、たぶん未来人さんにも予測は不可能だったんじゃないかしら。彼らの言う、規定事項じゃない、ってことでいいのかな?」 「そうなんですか朝比奈さん」 朝比奈さんはうつむいたまま、 「そうです。今みたいに未来がたくさんできちゃってるってことは、規定外のことが起こったってことなんです。あたしが知らされてないんじゃなくて本質的に予測不能のことだと思います」 「未来からすればこれはノイズみたいなものさ。九曜がやったのか九曜の上の立場の奴がやったのか、どっちにしろ余計なチャチャを入れてくれたもんだ」 藤原の声が付け足した。 「未来人にも解らない突発的なものなんですね。うん、ノイズって言うのが正しいかもしれないわ。誰にも予測ができなかったのだから相当無理やりな行動です。はっきり言うと、あたしの組織はこの事態を歓迎していません。誰にどんな影響を及ぼすのか、その結果世界がどうなるのかまったく解らないもの。下手をしたら涼宮ハルヒさんも佐々木さんも、それを取り巻く人間もすべてこれを招いた人――九曜さんの可能性が高いけど――の手中に収まってしまいます。それだけは回避しないといけません」 しかし、回避するったってどうするつもりなんだ。九曜じゃなくても長門の類の宇宙人を一夜にして地球上から抹消できるような奴なら、橘京子の一派や『機関』だけでは太刀打ちできそうにない。ハルヒの不思議パワーを使えばどうにかなるかもしれんが操縦しようとしたところで暴発するのが関の山だな。それに、悪いが未来と接続を絶たれた状態では未来人がそれほどの役に立ってくれるとは思いがたい。って、一番何もできない俺が言うのもアレだが。 俺が何か他の可能性を模索していると、この超能力娘が古泉見習いのような微笑を称えてさらりととんでもないことを口にした。 「場合によっては、あたしやあたしの組織はあなた方に加勢します」 笑ってやろうかと思ったが冗談ではない雰囲気なので放棄して、次に俺は耳を疑い、耳も安泰らしいと解ると俺はいよいよ絶句した。 橘京子の組織がSOS団の味方になる? ありえん。 SOS団には古泉もいるんだ。こいつの一派は古泉の組織とはどこまで行っても平行線で対立してるんじゃなかったのか。決して交わることはない、と古泉は言っていた。 まさかとは思うが、そんな大組織がコロッと寝返りでもしたのか。だったらやめといたほうがいい。俺はとてもじゃないが昨日の敵を信用する気にはなれん。昨日の敵は往々にして今日もまた敵なのだ。いきなり友になったりするもんじゃない。眉唾モノの極みである。 「そう言われるとは解ってましたけどね」 橘京子は微笑のまま表情を固定して眉一つ動かさない。 「でも言ってみるしかなかったんです。あたしだって間接的に古泉さんのところと手を組むのはあまり嬉しいことではありません。けれど、共通の敵となりうる存在が現れたからそれに対処するために仕方なくです。でも、嬉しいことじゃないけどそんなに悪いことでもないと思うな。あなたはあたしたちの力を借りるのをよく思ってないみたいだけど、これはあなたたちだけでどうにかなる問題ではありませんよ?」 「何だそりゃ。まるで何が起こってるのか知ってるみたいな口振りじゃねえか」 「ふふ。いろいろ調査させてもらってますから。でもあなたたちだけで対処できる問題じゃないってのは本当よ。想像してみて。古泉さんの組織やここにいる朝比奈みくるさん、あなたが全力を注いだとして、九曜さんやそれに類似する宇宙人にかなうと思いますか?」 思わんね。残念なことに。戦国時代の馬に乗った将軍が何十人いたところで、現代の戦車一台に太刀打ちできないのと同じ理屈だ。情報改変なんて技を使いこなすような九曜に勝てるとは思わん。 しかしな、こちらには涼宮ハルヒと名付けられた最終破滅兵器があることを忘れてもらっちゃ困るぜ。九曜よりももっとタチの悪い爆弾だ。 「忘れてたわけじゃないんだけどね。これは古泉さんも同意見だと思いますけど、外部からの圧迫から逃れるために涼宮ハルヒさんの力を使うのは危険極まりないことなのですよ。彼女の持つ力はあくまで最終手段、八方ふさがりで地球の人間の力だけではどうしようもならなくなったときにのみ、相当のリスクを背負って使わないといけません。あたしたちで何かできるのならそれをしないといけないのです。それがあたしの場合はあなた方と手を結ぶことだったという、ただそれだけです」 どうでもいいが、ハルヒのことをまるで無機質の核兵器みたいに言うのはやめてもらいたい。あながち間違いでもないのがさらにイラつくわけだが、そんなふうに言われると俺の心証が悪くなるのでね。 俺は超能力娘から聞き役に従事しているひねくれ野郎へと視点を移動させた。 「お前はどうなんだ。仲間の超能力者がこんなことを言ってるが、お前も同意見でSOS団に味方するつもりなのか?」 「さあね」 藤原は今度こそ嫌気がさしたように鼻を鳴らすと、すっくと立ち上がった。 「帰らせてもらう。どちらにしろあの宇宙意識が抜けた以上、僕にとっての仲間などというのは何の意味も持たない概念でしかない。ついでに言うと、僕はこの件に関わるつもりはないから安心するといい。面倒事には巻き込まれたくないのでね。そのうちどこかの未来と通信経路が復旧するまで大人しく待っていることにするよ。せいぜい愛しの宇宙人探しをがんばるといいだろう」 後ろから奇襲を仕掛けたくなるような口調で言ってのけ、藤原はこちらを振り返ることなくさっさと公園から出ていった。俺が少なからず疑念のようなものを抱いてその後ろ姿を見送っていると、 「彼は放っておきましょう」 橘京子が珍しくも醒めた声で言った。 「無理に首をつっこませる必要はありません。事態が悪化するのはお互い嫌ですからね」 そのお互いってのはお前と誰を指して言ってるんだ。 「さあ、誰でもいいんじゃないかしら。……あっ、と。そろそろ時間が厳しくなってきましたね。佐々木さん、休日に時間をとらせてしまってごめんなさい」 「いや、僕は構わないよ。実に面白い会話だったからね。むしろ、たいしている意味もないのにこんなところに誘ってくれたお礼を述べたいくらいだ」 俺にとってはずいぶん気分の悪い会話だったのだが。 そんな俺の様子を察したのか、佐々木は困り顔になって言った。 「すまないねキョン、僕はキミに悪意を持っているわけじゃないんだ。逆に憧れはする。一般人の傍観者の立場から入って今まで、キミはどんな葛藤を背負って生きてきたのだろうか、とね。僕のような無理やり与えられた当事者の立場ではないってところが重要なんだ」 「…………」 俺は答えなかった。というよりか、答えたくなかったのかもしれん。理由なら訊くな。何となくだ。 「ますます気分を悪くさせてしまったかな。重ねて申し訳ない。申し訳ないついでに忠告しておくと、そろそろ駅前に帰ったほうがいいんじゃないだろうか。涼宮さんが怒ったところはずいぶん怖そうだからね」 「ああ」 俺は腕時計に目をやった。もう約束の四時が差し迫っている。俺は帰るキッカケを得たなと思って立ち上がると、 「じゃ、俺たちも帰らせてもらうぜ。ほら朝比奈さん行きましょう。少し急がないとやばいですね」 「あ、は、はい」 ぼうっとしていた朝比奈さんは俺の声で我に返ったようになり、佐々木と橘京子に向かってちょこんと頭を下げると俺の後についてきた。 「じゃあな、佐々木。あとそっちの超能力者、妙なことだけはするなよ」 俺は釘を刺すと、それとなく朝比奈さんの手を引いて小走りに川沿いの公園を出た。 * 指定された駅前に戻ると、二分待ったと言ってしかめ面をするハルヒ、そしてその横でどっかのホストクラブから間引いてきたような顔をして立っている古泉がいた。 夏が近づき、それに比例して日も長くなっているために外はまだ真っ昼間の様相を呈していたが、他に行くところもないので今日はこれにて解散ということになった。 「明日も九時に駅前集合だからね!」 というのがハルヒから俺に向けられた唯一の言葉であり、あとは朝比奈さんに近づいて栗色の髪をいじったりしている。いつものことさ。今日はその横に伴われて黙々と歩く少女が足りていないだけだ。 「あなたからお借りしたパスワードのことについてですが」 俺がそんな女子部員二人を見るともなしに眺めていると、俺の隣を歩く男がささやいてきた。古泉は困り笑顔になって、 「すみません、解りかねます。まったくわけが解りません。どこのロックを解除するためにあるのか、そもそもすべての始まりとは何なのか、いろいろ考えてみましたが全然ダメですね」 俺はそんな言葉を吐く古泉に軽薄な目線を寄せ、 「何か可能性のある考えとか仮説は?」 「いえ、そんなものを立てようにも皆目見当がつかないんです。ただ、どこかのロックを解除するためのものだとしか」 ちっ。 と、俺は内心舌打ちした。昼間に朝比奈さんが解らないそうですと言ってきたのは本当に解らなかったのか。考えも仮説もなし。何だ、せっかく古泉に考えるチャンスをくれてやろうと思ったのにな。いや、俺がここで残念がっても仕方ないのだが。 「参りましたね。おそらく僕が考えていても到底解りそうにありませんから、今日にでも『機関』のメンバーに助力を頼むこととします。ご安心下さい、僕が信頼を置いている確かな人物にしか見せませんから。ですから、このコピーはそれまでお借りしていてもよろしいですよね?」 「別に構わん」 しかし、ということは昼間のは朝比奈さんの思い違いだったのか。超能力者はそんなに未来人を避けているわけではなく、朝比奈さんが被害妄想を抱いていたということなのか? いや、もしかすると今回のは偶然だったのかもしれん。もし古泉が午前の時点で解答を得ていたとして、その答えを朝比奈さんに教えるという保証はないのだ。とするとやはり超能力者と未来人の間にあるわだかまりはもう解消されていると考えるのは早計か、ううむ。 「何か懸案があるようですね」 どきりとするようなことを言いやがる。勘が鋭いというか、まさかお前には人の心を読む能力でもあるんじゃないのか。 「ありませんよ。時々あったらいいなとは思いますが、やはりないほうが楽しいに決まってますね」 相変わらず微笑みを崩さない古泉に、俺は仕方なく朝比奈さんと話したことをうち明けた。 ようするに、超能力者と未来人はお互いを信用して助け合うほどの間柄ではないのではないか、と。重要な情報は相手には握られたくないのではないか、と。俺はついでに昼に朝比奈さんが唱えていた超能力者と未来人に関する説も話してやった。 古泉は俺の話を興味深そうに聞いていたが、俺が一種の居心地の悪さを感じて言葉を切ると見事なまでに苦笑した。何だよお前は。 「それは考えすぎですよ。確かに我々超能力者と未来人との間には乗り越えられない壁もありますが、一方で共通理解が可能な部分も非常に多いです。それに、以前あなたにお話ししたように、朝比奈さんは護ってあげるべき愛らしい上級生ですからね。これは本心ですよ。あと誤解されないために釈明しておきますが、僕はパスワードについては本当に何も解りませんでした。先ほどあなたにお話しした通りです。それに朝比奈さんがそんなことを考えているなど思ってもみませんでした。まだまだ精進が足りませんね」 古泉の様子に嘘をついている素振りは一切ない。もっとも、ここまで来てまだ嘘をついているようだったら俺は心底古泉を見損なわなければならないのだが、よかったな。 「つうことは、去年の映画撮影のときからお前の組織や朝比奈さん派の未来人は多少なり考えを変えたってことか?」 「どうしてです?」 「いやお前、映画撮影のときに朝比奈さんの言っていることを否定しやがるようなことを言ってたからな。朝比奈さんもまたお前を信じるなって言ってきたが」 古泉はわざとらしく驚いたような顔をして、 「よく覚えてらっしゃるんですね。忘れかけていました。その通りです。我々の『機関』と未来人は今やお互いに歩み寄って、間にある溝を少しでも減らそうと努力しあっている状態にあるんですよ。それの発端というのが面白いことに、このSOS団に僕と朝比奈さんという超能力者と未来人がちょうど居合わせたからなんです。そのおかげでずいぶんと変わりましたよ。朝比奈さんも長門さんもあなたも、そしておそらく僕もね。一年前とは比較のしようがありません」 そんなことは言うまでもない。 朝比奈さんは昔も今も変わらず可愛らしいし、長門にいたってはちっぽけな感情のかけらのようなものを獲得することに成功している。俺はともかくとして古泉だって何か変わっているはずなのだ。こいつはただそれを表に出さないだけでな。 それはいいがお前、肝心の誰かを忘れてないか? 「やはり気づきましたか。わざとですよ。彼女、涼宮さんについては深くお話しようかと思いましてね。SOS団の中で一番変わったのが彼女ではないでしょうか」 変わった変わったうるさい奴だ。終わる前からそういうことは言うべきでないし、ましてや順位づけするなんてもってのほかだ。ハルヒと朝比奈さんと長門に失礼である。 「夏休みのことなんですがね」 古泉はそう言い出した。 「このまま順調に行けば、もうすぐ夏休みがやって来ますね。無論長門さんのいない今が順調に行っているなどと不謹慎なことを言うつもりはありませんが、彼女が見つかろうが見つからなかろうが夏休みはやって来ますから。それで、今日の不思議探索で涼宮さんが合宿のことを話題にあげたものですから、僕は提案してみたんです。せっかくだから今回も殺人劇のようなものを用意いたしましょうか、とね」 余計なことを言うな。 「安心して下さい、あなたが望むとおり彼女の返答は否定形でしたよ。つまり、殺人劇はいらないと言われたわけです。合宿中はSOS団のメンバーや鶴屋さん、あなたの妹さんと一緒に遊び倒すから劇も推理ゲームも今回はいらない、とね。驚きです」 「何がだ」 「涼宮さんが合宿の期間中だけでもファンタジーの世界から手を引こうとしていることに、ですよ。あなたも御存知の通り、彼女は三年前――もう四年前ですね――からずっと宇宙人や未来人、超能力者と邂逅を望んできました。あなたは詳しくは知らないでしょうが、それはもう、ずいぶんといろいろなものを犠牲にしてまで彼女はそういったものを追い続けてきたんですよ。だから僕がここにいる。しかし、今回彼女はそれを夏合宿の間は封印するという心意気でいるんです。考えてもみて下さい、なんだかんだ言って涼宮さんはどんなことでも謎的存在と絡めたがっていたでしょう? 本当は興味が薄れていたのかもしれませんが、表向きだけでも、彼女は今まで不思議を探索するということにしていたんです。それが今回はどうでしょうか。驚くべきことに、彼女は仲間と遊び倒すと言っているのです。つまり、今回の合宿の目的は不思議探しではありません。仲間と友好を深めることなんです。どうです、こんなことは初めてでしょう?」 「そんなことはないだろ」 俺は反論した。 ハルヒの行動の裏付けに全部謎探しが入っていると思ったら大間違いだ。ハルヒが今日不思議探しなんて称してやってるのは周りの人間から見ればただのヒマな高校生が遊び回っているようにしか見えないだろうし、事実そうである。今日の午前中に俺とハルヒはデパートに行ったが、あれは不思議を探すためなんかじゃないと今なら断言できるね。不思議を探すことなんかじゃなく、SOS団のメンバーとぶらぶらすることに意味があるんだ。そんなことは、俺たちの前で悩み事など一つもないような顔して朝比奈さんをいじってるあいつの顔を見ればすぐに解る。 そこらへんで、俺は形容しがたいムズ痒い感覚に襲われて黙りこくった。 古泉はその様子を見て軽く笑い、 「あなたも解っているのか解っていないのか、僕からすれば謎のような人間ですよ。ええ、そうです。どのくらい前からかは知りませんが、彼女は本気で宇宙人やその他の存在と巡り会いたいとは思わないようになってきているんですよ。しかし彼女はそれを決して肯定しようとはしなかった。その葛藤も、時として閉鎖空間になって現れるわけです。あくまで市内の不思議探しの目的は不思議探しのままですし、涼宮さんには何をするにあたっても不思議というのが大前提でした。しかしそれを今回、彼女はあっさりとくつがえしたんですよ。自分の意識にある、仲間と一緒に遊びたいという思いに対して肯定的になったんです。そして逆に、不思議との邂逅ということはだんだんと価値を失っている」 別に悪いことじゃないだろうよ。ハルヒがそんな妙なことに気を取られないよう、まっとうな女子高生として生きてもらうのがお前らの目標じゃなかったのか。あいつがただの何の変哲もない人間になることを、お前らの組織は願ったんだろ。 「あなたはそれで割り切れるのですか」 古泉が俺に真面目な顔を向けた。古泉にしては強引ではっきりした切り口に、俺は少し動揺した。 「このまま、勢いを失ったろうそくの火がぽっと消えてしまうように、彼女が不思議を探さなくなったりしたら。もしそうなったとしたら、彼女が望まない以上、僕や僕の仲間は涼宮さんに与えられた能力を失うでしょうね。《神人》ともお別れです。確かに、それがいいことなのは解っているんです。彼女の精神は安定して、彼女の周りにいるあなたのような人間も静かに過ごすことができますから。しかしね、もしそうなったときに、そんな表面の理性だけでは割り切れない、何とも言えない虚脱感がこみ上げてくるのを僕はリアルに想像できるんです」 そんな未来予知が何の役に立つのか知らないが、俺もたぶんそうなるだろうことは容易に想像できた。あえて口には出さないが。 そんなん、非日常の世界に未練が残らないほうがおかしいのだ。よほど恐ろしい世界であるのなら別として、俺はSOS団での日常をそれなりにエンジョイしているつもりだし、これからもそうするつもりだ。 まあ、これから何が起こるのかは考えたくもないけどな。 しかし何が起ころうと、それを俺の死ぬ直前になればあああれは楽しい思い出だったなあと思い返す自信はある。というより、そうなるように今の俺は努力しなければならんのだ。 「同感です」 古泉が同調した。 「こんな終わり方は嫌だと思いながらも断ち切られることほど屈辱的なことも数少ないですからね。それが嫌だったら、今から後悔しないための努力をしなければならないでしょうね」 そこで会話はとぎれ、俺と古泉はしばらくハルヒと朝比奈さんを観察する作業に徹した。 俺がああこいつも変わったもんだなとか意識外で思っていると、再度古泉が口を開いた。 少し現実的な話につなげますが、と前置きして、 「たとえば今の状況です。見えざる何者か、もう周防九曜と断定してしまってもいいと思いますが、その力によって僕の能力が奪われたり、ポジションを追われたりするのは耐え難いことですよ。少なくとも、僕にとってはね。季節フォルダの話ではありませんが、僕はこのSOS団そのものやその活動にそれなりの愛着を抱いているんです。自分の精神を分析するのはあまり好きではないのですが、おそらくここまで来たらという思いが強いのでしょう。察するに朝比奈さんや長門さんも同じですよ」 外部の力に屈する気がないのは俺も同じである。何より、SOS団には心強い人材がたくさんついてくれている。ハルヒ、朝比奈さん(小)……は微妙だが、他にも古泉、鶴屋さん、『機関』のメンバー、そして共闘宣言をしてきた橘京子。これだけ人材が集まれば周防九曜にも対抗しうる力があるだろう。 俺が橘京子について訊くと、古泉は簡単に答えた。 「橘京子が味方すると言ってきたことについては、既に上から連絡をもらっています。そんなに危惧すべきことでもないでしょう。周防九曜の攻撃の標的がSOS団だけにとどまらないことから、動機も読みやすいですしね。裏はありませんよ」 なぜ解る。奴は朝比奈さん誘拐犯だぞ。 「その事実にばかりにやたら固執するのもいかがなものかと思いますが」 軽い冗談だ。気にするな。 「じゃあ未来人はどうなんだ。あの藤原とかいう、朝比奈さんとは別の未来から来た奴だ。あいつは橘京子とは違う考えのようで、俺たちに加勢するつもりはないらしいぜ」 「それは彼の任務外だからです」 古泉はあっさり答えを出した。 「本来、過去の争いに未来人が手を出す必要はありませんからね。まあ、彼の任務はその余計な手を出して過去を自分の未来にとって都合のいいように変えてしまうことなのですが。しかし今回の場合は彼に命令を出す未来自体がねじれてしまっていますから。未来が無数に存在するために、どれが規定の未来か解らなくなってしまっているわけですね。どれが自分の正しい未来なのか解らないのですから、したがって彼は未来からのいかなる命令に従う必要もないわけです。一種の開き直りでしょうかね。放っておいて、現れた未来をそのまま受け入れるつもりなんでしょう」 そういえば長門も以前同じようなことを言っていた覚えがある。自分は観測者の位置でしかないから、ここの人間を助けるために手出しはしない、と。どうせ昔の話さ。 だがしかし、そう言われると朝比奈さんがこの状況を自分の未来に束縛されることがなくなって自由に行動できるようになったと捉えるのは素晴らしいことのように思えてくる。わざわざ自分で行動を起こす必要などないのに、朝比奈さんはSOS団の、過去の人間のために動く覚悟でいるわけだ。そう考えるとこっちが申し訳ないくらいに思えてくる。 「それが、SOS団に所属している未来人と、そうでない未来人の違いでしょうね。僕はそう考えます」 古泉は達観したような口調でそう言い、晴れ晴れしたような顔で言った。 「SOS団にいれば誰しも変わってしまうものなんでしょう。下地がどんな人間だったとしてもね」 * 次の日曜日である。 どうせ今日も俺が奢りになることは最初から決まり切っているのでハルヒを怒らせるくらい遅刻してやってもよかったのだが、こんな時に限って早く起きてしまう自分が恨めしい。妹は二日間連続で自分で起きた俺が病気にでもなってるんじゃないかと疑いをかける目で見てくるが、そんなもんは無視だ。シャミセンだってたまには運動するような素振りを見せるのと同じで、俺もたまにはそんなことがあるさ。 結論から言うと、この日は本当に何にもなかった。あると言えば長門が消えた時点からあるのでそこの解釈は微妙だが、少なくとも再び佐々木連中と鉢合わせしたり、朝倉が蘇ってナイフを振りかざしたり、九曜が突如として俺の目の前に現れることもなかった。その代わり、長門が現れることもなかったが。 古泉の論説はどうやら真実味を増してきたようだった。 今日のハルヒは不思議探しという言葉を忘れてしまったかのように、朝比奈さん以下二名を引き連れて延々とウインドウショッピングに従事していた。朝比奈さんは買い物どころではないような心なしか青い顔をしていたように見えたが、その心情は理解できないこともない。 また、古泉が途中で、 「涼宮さんは今、不思議探しではなくSOS団の団員といることを楽しんでいるのですよ」 などと知ったような口を叩いてきたが、それは面倒なので流しておいた。そんなことはいちいち口に出して確認するもんじゃない。知らぬ間に、嫌でも自然に精神の中に植え付けられるものなのさ。 昼食は適当に探した中華料理店で食った。ハルヒにおいしいからと言われるがままに注文したら、やたら赤い食い物が出てきやがり、夏も近いために運動もしていないのに大汗をかくはめになったが、それも含めて昨日や一昨日よりは羽を伸ばせた一日だった。 もっとも、そんなもんを伸ばしている暇はない。進展がない場合、それは往々にして水面下で事態が進行しており、気付いたときには手遅れになっていたりする。ガンにしたって、末期で発見されるよりは水面下で進行している状態で見つかったほうが手がほどこせるし助かる可能性も高いだろう。それと同じだ。 そう解っていたのに。 俺も朝比奈さんも古泉も、油断することこそが最大の危険だと解っていながら、この日ばかりは何もすることがなかった。朝比奈さんは未来が封印されているし、古泉も閉鎖空間がなければ業務はない。俺にしたって、向こうからアクションがなければ俺から動くことはできない。誰かに文句をつけられたとして、そんな謂われはないと言い返す自信はある。 しかし、この時ばかりは何か少しでもできることをしておくべきだったと悔やまれてならんのだ。何もできなくても、せめて心持ちをしっかりしておくぐらいのことはしておくべきだったのだ。 明けた月曜日、事態は急転した。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1601.html
おいおい、何なんだこれは…………… やれやれ、非常識な事に慣れたとは言えこれはパニックになるぞ。 俺は額に手をやり、ため息をついた。 朝、今日は妹のうるさい攻撃が無いなと思い。 やっとあいつも大人しくなったかと思って体を起こすと、毎朝見慣れている俺の部屋ではなかった。 かといって閉鎖空間っぽい雰囲気の学校に飛ばされたわけでもなく、 時間を越えたわけでもないし、別世界に行ったわけでもなさそうだった。 上の3つはまぁ、俺の希望的観測であるだけな訳だが。 目の前には見る限り生活感のない殺風景な部屋、俺が知る限りでは長門の部屋以外には考えられなかった。 なんで俺がこう皮肉臭く言っているのかというのであれば、体がどうもその部屋の主の姿になっているようだったからだ。 そう、俺は長門になってしまったらしい。 俺が長門になっているなら、俺はどうなっている。 そう思った俺は、学校に登校することにした。 どうやら長門は制服のまま寝ていたようで、着替える手間がかからなくてありがたかった。 学校に着いた俺はすぐさま、俺がいるはずの自分のクラスへ足を向けた。 教室をのぞくと、その席は空席のままだった。 教室で話しているやつを捕まえて、聞いてみたが 「まだ来ていない」との事だ。 ついでにハルヒも来ていないかと聞いたが、同様の返事が返ってきた。 とりあえず、この状況を打破したい俺は教室から背を向け。 その足をいけ好かない笑顔の超能力者のいるクラスへ向けた。 1年9組に足を運んだ俺は、古泉がいるかと教室の入り口側に立っていたやつに聞いた。 「あー、古泉君?いるよ、ちょっと待っててね」 そういうとそいつは、古泉くーん女の子が呼んでるよーと叫びながら 古泉の場所へ向かっていった。 目の前に来た人物は、いつものへつら笑いをせず無表情のままであった。 それをみて俺はこの非常識な現象をあと3回見るのであろうなと盛大にため息をついた。 「お前は長門か」 「……………」 しばし沈黙の後、ある意味もう見ることのできないであろう 無表情の古泉はこくんと頷きこう言った。 「…………そう」 「とりあえず、昼に部室に行こう ほかのやつらもどうなっているかわからないしな」 「……………」 古泉の姿をした長門は、もう一度頷きおそらく古泉の席であろう場所へ戻っていった。 それを見届けた俺も長門の教室へ行き、教えてもらった席へ座り一通り授業を受けた。 幸か不幸か、普段から無口な長門の振りをしたまま授業を受けるのはそう難しくなかった。 授業の合間の休憩時間にもクラスメートから話しかけられる事は皆無だ。 休憩時間中に自分のクラスに行きたい衝動に駆られたが。 時間が短いこの時間ではやれる事も少ないので、昼休みまで俺はじっと我慢をした。 4時間目のチャイムが鳴り終わったあと、席を立ってすぐさま部室へと足を向けた。 長門ととりあえず話をするためだ。 まぁ他のメンツにも異常が起こっているなら、部室へ来るだろうと思ったのもあるわけだが。 部室を開けようとドアノブに手を触れようとした時こちらに向かって走ってくる人物がいた。 朝比奈さんだが、何かが違う。 「有希~~~~~!大変よ大変!!」 大変と言いつつもその目はキラキラと輝いている、この顔をする人物を知っている。 「あたし、みくるちゃんになっちゃったみたい!! もしかして、有希も違う誰かになったりしているの!?」 息を弾ませながら、こちらを見る。 たしかに、朝比奈さんはこんなハイテンションにならないからな。 こんな朝比奈さんを見るのも、おもしろいがそれではダメだ。 俺の朝比奈さんはおっとりしてて、ちょっとドジで、ほんわかとした笑顔を振りまいてくれる朝比奈さんじゃないといかん。 ハルヒ……………、お前は朝比奈さんになったんだな。 「って、キョン~~~~~!?」 朝比奈さんの姿で絶叫した声は、外で歩いている人物がビックリするほどの大きなものだった。 「なんでこうなっちゃったのかしらね!!」 「キョンと私と有希が入れ替わったって事は、古泉君とみくるちゃんも変わったかもしれないわね!」 「そうだ!みくるちゃんの格好だし、コスプレしてみようかしら!」 etc、etc……… 弾丸のように朝比奈さんの声で、俺の耳に入ってくる。 長門は姿が変わっても、部屋の隅で本を読んでいる。 古泉の姿でやられるのは、不気味とも思えた。 やれやれとため息をついていると、ガチャと扉が開いた。 入ってきたのは妙におどおどしてなみだ目のハルヒと、いけ好かない笑顔をしている俺だった。 「ふぇぇ………、一体どうなっているんでしょう」 泣きそうなハルヒ、いや朝比奈さんか。 一生で見られるか見られないか判らないような珍しい光景を今日一日で一生分見たような気がしてきた。 「いやはや、これは5人が入れ替わってしまったみたいですね」 俺の姿をした、古泉は笑顔を崩さずにそう言った。 どうでもいいが、俺の顔でそんな顔をすると気持ち悪いからやめてくれ。 「おやおや、と言われてましても困りましたね」 「そんな事どうでもいいじゃない!! いまはどうやって元に戻るのかが大事よ! みくるちゃんの体もいいけど、やっぱ自分の体が一番だしね!」 と会話しているところに、ハルヒが大きな声でみんなを制す。 「おい、これは一体どういうことなんだ」 俺は小声で古泉に話しかける。 「さぁ、僕にはわかりかねますが。 おそらく何か外因的な要素の所為で入れ替わってしまったんだと思います」 俺はその外因的な何かが何なのかと聞いているんだが。 「詳しい事はわかりません、涼宮さんが願ってしまってこうなったのかもしれませんし。 精神を入れかえてしまって、涼宮さんの能力を無効化してしまおうと情報思念体の急進派が行ったことかもしれません」 俺は本を読んでいる、長門の方に体を向けた。 「お前はこの現象はどうなのか説明できるか?」 「……原因不明。 情報思念体とコンタクトも取れない」 じゃあ俺が取れるってか? 「おそらくそれも不可能………。 長門有希としての個体能力は、一般人並になっている。 そのため情報思念体としての能力は使えない」 「なるほど、長門さんの精神を別の固体に入れることで能力を封印させているわけですね」 古泉がそれに返答をする。 長門なら何とかしてくれると思っていたんだが、この分だと古泉の超能力にも朝比奈さんの力も使えないんだろう。 その事実に俺は愕然とした。 「何こそこそ話してんの!! とりあえず、ここでグダグダやっていても仕方ないし放課後にもう一回集合しましょ!! じゃあ授業終わったら、みんなここに集合ね!」 わくわくした様子のハルヒがそう言って、みんな部室を後にした。 とりあえず午後の授業を受けて、今後のことを相談するんだそうだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2499.html
まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/736.html
「俺、今日で辞めるから」 ”退部届け”とヘッタクソな文字が書かれたノートの切れ端を団長席に叩きつけて、皆が唖然としている間に俺は部室を出た。 勢い良く扉を閉める。 中からぎゃーすかとんでもない騒ぎ声が聞こえるが、無視して俺は帰路に着いた。 家路が終わるまでの間携帯が鳴りっぱなしだったが、着信は全部クソッタレSOS団員ばかりのものだ。その中でもハルヒからの物が圧倒的に多い。八割がたといったところだろうか。 あの無機質宇宙人モドキの長門からも複数回の着信があったことには少し驚いたが、俺は全てに着信拒否を――途中でめんどくさくなって、携帯を川に投げ捨てた。 残しておきたいメモリーなんて無いしな。 家に帰ると何度か固定電話が鳴っていた。 だが、流石に家族に迷惑がかかるかと思ったのか、十回ほど無視してやった後は、電話が鳴ることはなかった。 そんな下らない所では気遣いしやがって……! 腹が立ったのでシャミセンの夕食をにぼしからうめぼしに変更してやった。くやしかったらまた喋ってみろ。 「キョンくん、猫ってうめぼし食べるの?」 「さぁな」 「ギニャース」 「なんだかシャミ嫌がってない?」 「美味しさに感動してるんだろ」 「テラヒドース」 「あれー、今シャミの鳴声変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ギニャース」 すまんなシャミセン。でも怨むならアイツらを怨め。 その日は久々に快眠することが出来た。 次の日の朝、また何度か電話が鳴った。 母さんが俺に取り次いできたが、受話器を渡されると同時に叩きつけて切ってやった。 何か怒声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。 教室に入る。 案の定、アイツに行き成り絡まれた。 「ちょっとキョン! 昨日のあれ何!? それとどうして電話でないのよ!」 「携帯は川に棄てたからな。無いものには出られんだろ」 「どうしてそんな事……。そ、そんなことより退部って」 「退部は退部。辞めるんだよ、日本語くらい分らんのか」 「分るわよ! 私はどうしてそんな事するのかって聞いてるの! ……ねぇ、退部なんて冗談でしょ? ちょっとしたドッキリ、冗談よね?」 怒鳴りだしたと思ったら、困惑したり、縋るような顔したり、朝から忙しいうえにウザイ奴だな。 制服の裾握るんじゃねーよ、皺になったらどうすんだ。 そう言葉にして伝えてやったら、泣きそうな顔をして黙り込んだ。 やっと静かになったか。やれやれ。 授業中、ずっと背中に視線が刺さっていた。 初めは無視していたが、いい加減にウザくなってきたので、三時限目終わりの休み時間にこっち見んなと言ってやった。 「何よ何よ何よ……!」 途端、猛烈な勢いでヒステリックに喋りだす。 触るなと言ったのをもう忘れたのか、制服を掴んで意味不明な言葉を吐き散らした。 あぁウぜェウぜェ。クソウぜェ。 「勉強の出来る誰かさんは授業に集中しなくて良いから余所見ばっかりできていいなぁ。出来の悪い俺は授業に集中したいんだけどなぁ!」 頭を掴んで耳元で怒鳴ってやった。 クラスメイトから奇異や驚きの視線が集まるが、知ったことか。 怒鳴られたアイツは、勉強ならあたしが教えてあげるから退部なんてどうのこうのぬかしてやったが、俺が睨みつけるとびくっと肩を震わせて静かになった。 本当に忙しい奴だ。 昼休みになると同時に、弁当を片手に教室を出た。 アイツがずっと視線で追ってきたが、とくに何も言ったりはしなかったので無視した。 中庭。自販機横のテーブルで弁当を喰っていると、ニヤケ面の野郎が真剣な顔で近づいてきた。そのまま無言でイスに座る。 「……どういうつもりですか?」 主語無しに喋るな。あと飯が不味くなるからとっとと失せろや、チンカス。 「……昨日発生した閉鎖空間は」 「おいおいおい、まだ居たのか。耳あるかお前。人の話聞いてたか? あ? とっとと失せろっつーの」 「話を聞いてください! 涼宮さんはあなたの事を……」 とっても、すんごーく、メチャクチャ腹の立つ単語を口にしやがった上に、どうやら立ち去る気が無いらしいんで思い切りぶん殴った。 「ま!? ガっ、reーッ!?」 ニヤケ野郎は吹っ飛んで隣のテーブルに激突した。 化物とは一丁前に戦えるくせに、人間同士の喧嘩には疎いらしい。素人パンチを諸にくらったニヤケはうちどころでも悪かったのかうぅうぅ呻いてそのまま地面に蹲って立ち上がってくる気配すらない。 気持悪いので、俺の方が場所を変えてやった。 五時限目以降、五月蝿いあいつは教室を抜け出してどこかに消えていた。 あぁ、アイツ一人居ないだけで教室はこんなにもすがすがしい空間になるのか。 などと気分が良かったのに、アイツは放課後になるやいなや教室にドタドタと駆け込んで来た。 不快指数が一気に上昇する。そのまま俺の前までやって来たアイツをニヤケのようにぶん殴ってやろうかとも思ったが、クラスメイトの目がある手前、それは出来なかった。 それに毎度毎度それじゃ俺の方が疲れてしまう。もう充分疲れてるけどな。 せめてもと、思い切り不機嫌な顔で睨んでやる。 すると、アイツは肩を震わせながら喋りだした。 「……ねぇ、私たちが何したって言うの?」 「身に覚えがありすぎて答えられないな」 「……どうして古泉君にあんなことしたの?」 「アイツのことが嫌いだからだよ」 「じゃあ古泉く……ううん。古泉はすぐに辞めさせるわ。今日付けで退部にする! 私もアイツのこと嫌いだったし、ちょうどいいわ!」 沈んでいたと思ったら、何を元気に頓珍漢な事を言っているんだろうか。 まぁ良い。少しからかってやろう。 「そうだな。古泉だけじゃなくてお前以外の二人も退部にしたら俺の退部は考えても良いぞ」 「本当!? 約束よ!」 今度こそ本気で元気になったコイツは、目を爛々と輝かせながら「絶対だからね!?」と何度も言った後「ここで待ってて!」と残し、勢いよく教室から飛び出して行った。 ここまで単純だと逆にすがすがしいね。 それからしばらく。 俺以外のクラスメイトは全員部活に行くか下校してしまってから少し。 息を切らせながら、けれど元気に満ちた顔でアイツが教室に飛び込んできた。 これ以上待たせたら帰ろうと思っていたところだ。変にタイミングが良いな。 「っ、はぁ……や、辞めさせてきたわよ!」 「そうか。ご苦労」 「これでアンタが戻ってきてくれるならお安い御用よ! だから、約束……」 「あぁ。ちゃんと考えてやるよ。……そして考えた結果、俺は戻らない。じゃあな」 ひらひらと手を振りながら歩き出す。 笑い出しそうになるのを堪えていると、制服を強く掴まれた。 何だよいったい。 「な、なによそれ! ふざけないでよ! 戻ってくれるって言ったじゃない! 約束したじゃない! アンタが戻ってくれるって言うから皆辞めさせた! アンタが居てくれたらそれで良いから、それだけで良いから……私にはアンタしか居ないんだからっ!」 怒りつつ泣くという器用なことをしながら、なにやらとても愉快なことをぬかしやがる。 泣きそうな顔なら見たことあるが、実際に泣いた顔というのは初めて見たな。感慨なんて物は無いが、流石に少し驚いた。コイツも人間並みの感情はあったのか。泣いている理由はよく分らないが。 「戻るじゃなく、考えるって言っただろ。俺は」 「知らない知らない知らない! わかんない! もう! 昨日からキョンが何言ってるのか全然わからないっ!」 顔を真っ赤にして大粒の涙をぼろぼろと零し、イヤイヤと頭を左右にぶんぶんと振りながらヒステリックに叫ぶ。 「だから言ってるだろ。俺はお前の変な団体を抜けるって――」 「嫌よ! 嫌! 聞きたくないっ!」 「いい加減にしろよ! 聞けよっ! 俺は、」 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌あああっ!! そんなのっ、絶対に、いやぁあああああああっっ!!!」 「……っ」 俺の言葉を聞こうとしない。両手で自分の耳を塞ぎ、壊れた玩具のように嫌と繰り返す。 元々可笑しかった頭を辛うじて堰き止めていた取っ掛かりが取れちまったようだ。 俺は大きく息を吸い込んで、 「何度も言わせるなよ! 辞めるんだよ! ていうかもう辞め――」 怒鳴るのを止めたと思ったら、ブツブツと呟きだしたコイツを見て血の気が引いた。 「キョンが居ないと意味ないの。キョンが居ないと嫌なの。キョンが居ないと面白くないの。キョンが居ないと悲しいの。キョンが居ないと辛いの。 キョンが居ないと寂しいの。キョンが居ないと退屈なの。 キョンが居ないと嫌なの。キョンが、キョンが。キョンキョン、キョン……」 「……たん、だよ」 うわぁ。流石にこりゃ不味い。ヤバイ。いっちまってる。 からかってたつもりが、どうやら良い感じにぶっ壊してたらしい。 とりあえず何とかしないと。後ろから刺されるのもゴメンだし、自殺されるのも気分が悪い。退部は決定だが、この場を納めるくらいには折れよう。 「落ち着けよ。落ち着けって! おい!」 両手首を掴んで、真正面から怒鳴りつける。 「ハルヒ!」 名前を呼びながら、身体を揺さぶってみる。 しかしコイツ……ハルヒは、小声で「キョンキョンキョン」と不気味に俺の名前を呟き続けるだけだ。 「ハルヒ! ハルヒ! ハルヒっ!!」 何度か繰り返すが、まったく効果が無い。 糸の切れた操り人形のように体はぐったりとしてるものの、呟きは相変わらすだ。 涙と鼻水を垂れ流し、虚ろな瞳で俺の名前を呼び続けている。 マジカヨ。手遅れか? 死人が出るのか? バカ。バカハルヒ。俺はお前の眼の前に居るだろうが! ――白雪姫 ――Sleeping Beauty 「……」 それは天啓というか、悪魔の囁きというか。 突如閃いた……というか、脳裏に過ぎったその二つの言葉は、確かに現状を打破できる天国への扉の鍵かもしれないが、同時に俺を奈落の底に叩き落す地獄の門を開く鍵でもあるだろう。 あぁ、だけど、やらない後悔よりやる後悔。 今のハルヒに負けず劣らずイカれていた女の言葉を自分を誤魔化すための免罪符にして、俺は自分の唇をハルヒの唇に押し付けた。 「あ……、キョン?」 「クソバカ野郎。やっと落ち着いたか」 僅かの逢瀬。あのときの、まだ楽しかった頃の記憶が完全に蘇らないうちに、俺は唇を離した。溢れていたハルヒの涎が俺の唇にも付着して、二人の間に橋をかけていたのが気持悪かった。 「……」 「……」 図らずとして、見詰め合う。 何が悲しくてまたコイツとキスなどせにゃならんのだろう。 コイツや、何があっても涼宮主義な狂信者に耐え切れなくなって退部したと言うのに。クソクソクソ……どうして上手く行かないんだよ。 「……はぁ」 溜息を吐き出す。まぁ、退部することには変わりない。こんな事があったからと言って、考えを変える気もない。しかし……少しコイツらとの接し方は見直すか。今回のような事が何度もあったなら堪らない。クソッタレの古泉にもやりすぎたと……いや、アイツはどうでも良いか。 そんなことを考えていたら、宇宙言語よりも意味不明な言葉が聞こえてきた。 「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ、エロキョン!」 「――は?」 「誰も居ない教室に連れ込んで、ご、強引にキスするなんてアンタ変態よ! この後は何するつもりだったのよ!?」 先ほどとは違うだろう意味で頬を赤くし、そっぽを向きながら巻くし立ててくる。 涙と鼻水と涎をはっつかせた顔のままでだが、虚ろだった瞳には生気が戻ってきている。だが、何となくだが濁っていた。 「まったく。油断も隙もあったもんじゃないわね」 「……」 あー。 なるほど。 手遅れだったのか。 「……アンタ、このまま襲うつもりなんでしょ」 ちらちらと此方を見ながら、可哀想なことを言うハルヒ。 「……別にアンタとするのは嫌じゃないけど。もっとムードとか、順序とか色々大切なものがあるでしょうに」 お前は大切なもんが壊れてるんだよ。 「……アンタ私のことどう思ってるのよ。それくらい言いなさいよ」 嫌いだ。大嫌いだ。 「私はアンタの事が大好きよ……。ねぇ、体目当てでも何でも良いから、傍に置いてよ。捨てないでよ。約束してよ。そうしたら、何しても良いから。何でもしてあげるから」 「もう喋るな」 言って、おもむろに抱きしめた。このままコイツの言葉を聞いているとこっちまで頭がおかしくなりそうだった。力に任せて、思い切り抱きすくめた。 「ちょっと! 痛い……って、あぁ、ふーん……なぁーんだ。キョンも私のことが好きなんだ。そうなんだ。よかったぁ、あはは」 そっと俺の背中に手が回される。歪な笑い声が蟲のように俺の頭の中をカサカサと這い回っていた。 「ねぇ、しないのぉ?」 しないよ。するわけないだろ。 「どうして?」 どうしてもだ。 「私はキョンが好き。キョンも私が好き。何の問題もないじゃない」 「少し静かにしてろよ。拭きにくいだろ」 このまま帰らせるわけにはいかないということで、俺はハルヒの顔を拭いてやっている。 その間中ハルヒは俺のどんなところが好きだとか好きだとか好きだとか、そんなことばかりを喋っていた。頭がどうにかなりそうだった。 「あ……ぁ、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 俺が少しキツく言えばすぐにコレだ。この世の終わりみたいな顔をして、嫌いにならないでだの、捨てないでだの、傍に置いてだの、一緒に居てだの、何度も何度も何度もごめんなさいを繰り返す。 「捨てないよ。嫌いにならない。だから今すぐ止めろ」 「……うん。やっぱりキョンは優しいのねぇ。よかったぁ。うふふ」 濁った目でえへへと笑うハルヒ。桜色の唇を小さく開閉させて、ちゅ、ちゅ、と音を立てるのがキスをせがんでいるのだと気がついたけれど――そんなこと出来ない。したくない。 気づかない振りをして、制服の乱れも直してやった。 「むぅー」 そんな顔されても、キスなんかしない。 それよりそんな目で俺を見るな。何度も言うけどさっきから頭がおかしくなりそうなんだ。 「……恥しいじゃない」 なら自分でやれよ……などと言うものなら、また泣き出してややこしいことになるので黙っていた。 「くすぐったいわよ。何処触ってるのよ、エロキョン」 「動くなって……ちゃんとしないと恥しいだろ」 「だから恥しいって言ってるじゃない」 「そういう意味じゃないって……ほら、終わったぞ」 最後にスカーフを整えてやった。ぽん、と軽く肩を叩く。 俺が制服を直している間じっとしていたハルヒは、はにかみながら笑い、 「やっぱりやっぱりキョンは優しいわぁ」 重量がありそうなほどの大きな吐息を吐くと、頬にふんだんに朱を散らして目を細めた。 背筋がぞくりときたね。色んな意味で。ストーカーにつけ狙われるってこういう気持なんだろうな。 分りたくもなかったが。 「ほら、立てよ」 冷や汗をかきつつ、手をとって立たせてやった。 やおらしおらしいハルヒは「ありがと……」と、もじもじと指を絡ませている。 はっきり言って不気味だ。奇奇怪怪だ。もっとお前らしくしろよ。俺の嫌いなお前で居ろよ。それじゃないと、俺はお前を悪者に出来ないだろ。 「……帰るぞ」 「うん。キョンがそうしたいんなら、良いわよ」 にこりと微笑んで、俺の左腕に腕を絡ませてくるハルヒ。振り払おうとして……止めた。また泣き出されたら堪らない。ハルヒに見えないところで、俺は顔を歪ませ歯軋りした。 感情を昂らせないように気をつけつつ、何で俺がこんな目に遭わないといけないんだろうと恨めしく想いつつ、腕に感じるハルヒの柔らかさや温かさに劣情を感じぬよう、なるべく早足で歩いた。 ……しかし歩きにくい。周囲からの視線も痛い。 「おい、ハルヒ」 「んー? なぁに、キョン」 ご満悦なのか、生まれたての小鳥の羽毛のようにへらへら笑いながら上目遣いで猫なで声を吐くハルヒ。 止めろ気持悪い。そう言えないのに腹が立ち、ストレスが溜まる。 「歩きにくくないか」 「全然」 「なら暑いだろ。こんなにくっついてたら」 「そうね。でも平気。キョンが近くに居るって感じがして、嬉しい」 何を言っても無駄なようだ。 正直にキツく言えば離すだろうが、泣き出すだろう。……まいった。だから頬を染めるな。 「ねぇ、キョン」 「何だよ」 「このまま帰っちゃうの? 何処か行きましょうよ」 「課題が溜まってるんだ。勘弁してくれ」 本当に課題が溜まってるし、こんなハルヒと何処かに行くなんて考えられない。 ハルヒは「うー……」と唸っているが、俺の成績が芳しくないのを覚えているんだろう。駄々をこねるようなことは無かった。 その成績が下がっている理由の半分はオマエラの所為だという事には……気がついている訳無いか。 ていうか幼児退行してないか、コイツ。俺の気のせいか? 「分ったわ! じゃあ、私が手伝ってあげる!」 「……は?」 と、俺がメノウなブルーに浸っていると、また宇宙言語並に意味不明なことを言い出した。 「何だって?」 「だから。私が課題をするの手伝ってあげるって言ってるのよ」 名案でしょ? と絡ませてきている腕に力が入る。 嫌な記憶が蘇る。昔にもこういう事があったぞ。 「そうと決まったらこのままキョンの家に――」 「駄目だ。来るな。決まってない」 「良いじゃない。キョンの意地悪。……せっかく二人きりになりたかったのに」 「二人きりって……お前、変なこと考えてるだろ」 頭痛がしてきた。 本当にコイツは何なんだ。 「何よ何よ。先にキスしてきたのはキョンじゃない。しかも強引に」 「それはお前が……いや、でも、順序が大切とか言ったのはお前だろ」 「何よ何よ何よ。しても良いって言ったでしょ。好きって言ったじゃない。キョンは私としたくないの?」 その通りだこの馬鹿野郎。 そう怒鳴りつけてやれたらどんなにすっきりしただろうか。 「……ねぇ、キョン」 畜生。声を震わせるな。目尻に涙を溜めるな。ぎゅっと腕にしがみ付くな。 何でこう、変なところで妙に同情的なんだ、俺は。憐憫でも感じてるのか、コイツに。――そうかもしれない。あぁ、最悪だ。最低最悪だ。畜生。 「……したくなくはない」 「本当……?」 「あぁ。ウソついてどうする」 「……へへぇ。そうよね! 私達、好きあってるんだもんね……うん。よかったぁ。やっぱりキョンは優しいなぁ」 今日何度目だよ、それ。 またもや俺はハルヒの見えないところで顔を歪ませた。見る人が見たら、俺から黒い瘴気が噴出しているのが見えただろう。 「じゃあな」 「うん。また明日ね、キョン!」 申し訳程度に手を振ってやる。ハルヒは「さよならのキス」がどうのこうの騒いでいたが、どうやって嗜めたは覚えてない。覚えたくもない。 腕がちぎれるくらいにブンブンと腕を振るその姿は、俺が曲がり角に消えるまでずっと其処に在った。 「最低だ……」 溜息を吐き出して、自転車に乗ったまま道端の空き缶を思い切り蹴飛ばしてやった。 もっとも、それくらいで晴れる苛々のモヤモヤでも無い。カランコロンという音にすら苛つくほどだ。 明日から俺はどうすれば良いんだ? おかしな団体にはもう参加しなくて良いだろう。 だが、ハルヒ……アイツには毎日顔を会わす。そのたびにさっきみたいな事をするのか? 冗談。最低。最悪。 「毀しちまったのは俺だけどさ」 そもそも悪いのはアイツ等なのに。結局俺はこういう星の下でした生きられないってことなのか? えぇ、おい。クソッタレな神様よ。 「……はぁ」 ……勿論神からの返答なんてものは無く。 誰かさんの言うところでは神かもしれないハルヒはあんな状態。 こんなところで無宗教を悔やむとはな。 何でも良いから、縋れるものが欲しかった。 誰か俺と入れ替わってくれないか。全財産なげうっても良い。 溜息のバーゲンセールだ。欲しい奴は俺の所に来い。ただで売ってやる。 こういうときに相談できる奴が居ない。何て俺は寂しい奴なんだろう。 ――いっその事遊ぶだけ遊んで捨ててやろうか。今のアイツなら俺の言う事なら何でも聞きそうだ。 そんな益体も無い事を考えつつ自転車を漕ぐ。 最後のだけは少しだけ考えてみようか。……馬鹿か。 「……ん?」 もう直ぐ家だというところで、俺の家の前に夕陽の中、北高の制服が突っ立っているのに気がついた。 「……お前か。接触してくるとは思ってた」 自転車を止める。 長門は微動だにせずに、何の感情も表情も無く口を開いた。 「今回の件に関して、情報統合思念体――特に急進派は高い興味を示している」 「……」 相槌を打つ義理も、聞いてやる義理も無い。 けれど俺は言葉に耳を貸さざるを得なかった。急進派という単語には、未だに感じるものがある。 「今回、我々は完全に観察に徹する。ほかの派閥も同意見。これは未だかつてない事態」 ただ、と続け。 珍しく長門は――ほんの数ミリだけ、眉をしかませた。 「私という個体は……」 続きを聞かないように、俺は家に入り大きな音をたてて戸を閉めた。 また朝倉のような奴が襲ってくることは無い、とそれだけ知れば充分だ。 「……あんな顔しやがって」 玄関の戸にもたれかかり、俺は呟いた。 馬鹿。馬鹿野郎。 俯いて前髪を掴む。こんなはずじゃなかったと、今更ながら俺の心は悲鳴をあげた。 「ねーえ、キョン君。猫なのにどうしてドッグフードなの?」 「あぁ。買うとき間違えちゃってな。でも捨てたら勿体無いだろ」 「ワンワン」 「あれれー? シャミの鳴声なんか変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ニャンニャン」 シャミセンを苛めても気分は晴れなかった。 バリバリ引掻かれた。 殴り返した。 妹に怒られた。 風呂に浸かって、ぼうっと天井を眺める。 天井にぶつかった湯気が集まって水滴になり、自重が表面張力を上回って、湯船に落ちてきた。 ぽちゃんという情けない音がヤケに浴室に響く。どうしてか、溜息が出た。湯気越しに見える灯りがキラキラと輝いてまったく綺麗だ。 「何やってんだかな、俺」 色んなことに耐え切れなくなって、可笑しな部活を辞めた。 アイツ等に冷たく当たって、キツくあしらって。そうしていれば、向こうから絡んでこなくなる……と、そういうはずだったのに。普通の高校生に戻れるとそう思っていたのに。 「ハルヒの奴、」 大丈夫かな、という言葉を飲み込んだ。 それだけは吐いてはいけない。この気持だけは持ってはいけないんだ。 ――だったらどうして放課後の教室で俺はあんなことをしたのだろう? 「……本当に、何やってんだか」 ハルヒの濁った目が、長門の――悲しそうな表情が、脳裏にこびり付いている。 俺の問いに答えてくれそうな奴は、非常に残念なことに見当たりそうになかった。 俺は優しくなんかない。 浅い眠りを何度も繰り返した。 当然寝不足だ。目の下にはうっすらとクマが出来ていた。 ……憂鬱な気分を引き摺って登校する。 心なしか自転車のペダルも重い気がした。天気も曇りだ。 通いなれた筈の坂道が今更だが絞首台へ続く階段に見える。軽い眩暈。はぁ。 しかし、そんな事より何よりも、 「キョン? 大丈夫? 顔色悪いわよ?」 俺が家を出たときからずっと付いてくるコイツの声が一番鬱陶しい。 玄関の戸を開けるなり、吃驚して尻餅をつくところだった。喜色満面の笑みをはっつけて「おはよ!」とのたまったコイツは、一緒に登校しようと思ってだとか何だとかで、三十分は俺の家の前で待っていたと言うのだ。 その手に手作りの弁当まで引っさげて。 ……また寒気を感じたね。それもおぞましい寒気。お前はストーカーかよ、という台詞を飲み込むのに苦労した。 「……寝不足なんだ。そういうお前は何時も元気だな」 「私の辞書に不調なんて言葉は無いのよ! ……そんなことより。駄目よ、夜更かししたら。風邪引いたらどうするのよ。まぁ、その時は私がつきっきりで看病するから大丈夫だけど……」 嫌味だったんだが気がつかなかったようだ。 それと看病なんか要らない。いや、出来るなら欲しいけど、お前だけはお断りだ。 「……頭に響くからもうちょい静かにしてくれ。割れそう、マジ」 頭痛を堪えるような仕草をして、呻くように言った。 そんな俺を見たコイツは、 「っ。その……う、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」 案の定……俺の制服の裾を掴み、泣きそうな顔をしてごめんなさいを繰り返すのだ。 大丈夫? 大丈夫? と俺の顔を覗き込んでくる。って良く見たら少し泣いてるじゃねーか。 更に救急車を呼ぶだのと騒ぎだしたので、この辺で止めることにした。 「馬鹿、冗談だよ」 言って、ポンと頭を叩いてやる。 俺の顔は笑っているはずだが心の方はくすりとも笑っちゃいない。 ハルヒはころりと表情を変え、うっとりとした声でやっぱりキョンは何だとか言い出した。幸せそうな顔だな、と思った。とても不幸せそうな顔だ。 二人で歩く坂道は、叩き潰した糞みたいに地獄だった。 谷口やら国木田の能天気な顔が、髪の毛ほどの細い残像だけを残して、俺の記憶から消えた。 ハルヒのことで何かからかわれたりしたような気がするが、覚えてない。 俺の海馬には下らないことを刻む余剰スペースは生憎皆無なのだ。 ハルヒが休み時間になるたびに何か喋りかけていたような気がするが、右の耳から入って左の耳から抜けていった、という事くらいしかこちらも覚えていない。 あぁ、とか、うん、とか、そうか、と相槌くらいは打っただろうか。 一度授業中にシャーペンで背中を突っついてきやがったが、睨みつけて「止めろ」と言うとお決まりのごめんなさいと共に大人しくなった。 「……やれやれ」 漸く昼休みなった。漸くというのはおかしいかもしれない。ぼんやりとしていて、余り時間が流れていた実感が無い。 だというのに、陰鬱で酷くよくない物が、俺の心の中に溜まっていくのは明確に感じ取れていた。 そこに新たによくない物が追加される。 朝、ハルヒが作ってきていた弁当だ。 ……要らん、と突っぱねたら大泣きしたのでしょうがなく受け取ったが、喰わねばならんのか。 鞄の中に鎮座する女の子した包みと、お袋が持たせてくれた御馴染みの包みを見比べて、溜息を吐いた。 キンキンと癪に触る声がする。 「さぁキョン! 一緒に食べましょう!」 「……あぁ」 料理の腕は何故か良かったからな、コイツ。と無理矢理に自分を納得させて、俺は鞄からピンクと白のチェック模様を取り出した。 愛妻弁当じゃないのか、それ!? と騒いでいる馬鹿は誰だろう。良かったら変わってやろうか。寧ろ変われ。 「腕によりをかけたのよ!」 ……蓋を開けて嘆息する。これだけ手の込んだ物、三十分やそこらでは作れないだろう。朝何時に起きたのだろう、コイツは。まぁ、そんなこと考えるだけ無意味だけど。 機械的に箸を動かして、機械的に咀嚼した。 悲しいことに美味かった。 「まぁまぁだな」 「そ、そう? よかったぁ。ありがと。えへへぇ」 俺が食べている間は熊と対面したウサギのようだった顔に、向日葵が咲いた。 腹ごなしの散歩は日課だ。 これから夕食までの間にお袋の弁当も片付けないといけないので、体育の授業が無いのが恨めしい。 「腕組みも、手を繋ぐのも駄目だからな」 「分かってるわよ。学校だもんね。TPOは弁えないとね」 ……当然のように、ハルヒはくっ付いて来ていた。 俺が弁当を喰ったのがよほど嬉しかったのか、スティックスの『Come sail away』のサビを繰り返し口ずさんでいる。鬱陶しいことこの上ない。 着いてくるなと言うのは簡単だったが、泣いたコイツを嗜めるのは簡単じゃない。 人目のない所、例えば体育館裏などでガツンと言ってやろうか――家の前で待つな、弁当作ってくるな、喋りかけるな――とも思ったが、そんな所につれて行けば、頭の回路が全部ショートしたコイツは、 「……良いのよ? ここでしても」 濁った瞳を濡らして、そんなふざけた事を言い出しそうで。 連日コイツの”女”の顔を見るなんて気持の悪いことをしたくない俺は、ストレスやフラストレーションを溜め込むしかできないのだった。どの口がTPOだなんて高尚なもんを吐き出してんだ、馬鹿。 「明日は土曜日ね」 「……」 「キョン? どうしたの、また気分悪くなった? 保健室行く?」 一度無視しただけでこれか。 どうやら覚えていない休み時間の俺は、相槌だけはきちんと返していたらしい。 「ぼうっとしてて聞こえなかっただけだ。心配すんな」 「そう? それなら良いんだけど」 「で、何だって」 不思議探索だとか抜かしたらどうしてやろうか。 「あ、うん……あ、明日の事なんだけど。キョン、暇かなぁ、って」 頬を染めて、胸の前で指を絡ませたり、離したり。俯いて自分のつま先を見ていただろう瞳が、「って」の所で上目遣いに俺を見た。 悪寒が背筋を走るのを感じながら、俺は即答していた。シークタイム一ミリ秒以下。 「用事がる。大事な」 「……大事な、用事?」 「あぁ。メチャクチャ大事な用事だ」 もしも俺が暇だと返答すれば、その次にデートとかそういう類の台詞が飛び出すに決まっていた。 大事な用事など無いが、ここで突っぱねておかないといけない。傷口が広がる前に。 だとういうのに、 「……あたしよりも、大事?」 自分の制服の裾をぎゅっと握り締めて、ハルヒは上目遣いの瞳をふるふると震わせている。 マスカラで縁取りした安物の黒曜石にはありありと恐怖が浮かんでいた。 ――こいつ、化粧してるのか。 意味の無い思考が頭を駆け巡った。どうしてお前は自分で自分の傷口に塩を塗るんだ。 そんなこと聞かずに「そうなんだ」で済ませば良いじゃないか。また暇が出来たら教えてね、と当たり障り無いことを言って、話題を変えれば良いじゃないか。 あぁ、お前よりもな。 と言われるかもしれない事を自分でも予期しているから。だからそんな目をしているんだろう? この糞馬鹿野郎。 自分に自信が無いから。いつも根拠のない自信と傲慢に溢れていたお前が、紋章めいてすらいたそれらをどこかに落としてしまっていたから。 「……ねぇ、キョン」 蚊細い声。 俺はお前なんか大嫌いなのに、お前がぶっ壊れているから、 「馬鹿。そんな訳あるか。それに、明後日なら空いてる」 反吐を吐く気持でそんな事を言ってしまうんだ。 「本当!? よかったぁ!」 大好きよ、キョン! と。 抱きついてくるハルヒを、俺は無感動に抱きとめた。 午後の授業時間は、午前中に輪をかけてぼんやりと流れていった。 背後からは如何にも「私しあわせです」というオーラが漂ってきている。クラスの皆からは、微笑ましい視線や恨めしい視線が集まってきている。 首元には、生暖かい吐息の温もりが残っている。 もうどうにでもなれ、と全部投げ出せたらどんなに楽だろう。 でもそれでは負けだ。完敗だ。だから、俺は踏ん張らないといけない。 弱い俺をたたき出して、冷徹で冷酷な俺に生まれ変わって、可笑しなヤツ等と決別しないといけない。 そう決めた。そして退部した。……だというのに、俺は一番嫌いだった――だった?――奴と、今は格別にぶっ壊れてしまったソイツと、日曜日にデートする約束なんかをしてしまっている。 「――」 脳裏に過ぎるその考えは、滑るような自然さで俺に降って来たものだ。 ……この状況は、アイツの能力によるものなんじゃないか。 その考えは、ていのいい逃げ道のようであり、それでいて気を抜けばストンと腑に落ち納得してしまうようなシロモノだ。 天高く張られたロープの上を命綱無しで歩くような危うさがあり、一度足を踏み外せば、奈落の底に落ちて行く。 その考えを――この今の俺の状況が、本当にアイツの力の所為だとすれば、まさしくこの世は地獄だ。 俺がどんなに抗おうと、結局はアイツの望む状況と結果にしかならないのだから。 どんなに誇り高い決意で臨もうと、俺の目的が果たされることが無い世界。ただひたすらに、アイツが”しあわせ”になるよう成っている世界。 「……はぁ」 答えは出ない。俺が弱いのか、あいつの力の所為なのか。分らない。 こんな事になるなら、ニヤケ野郎を殴るんじゃなかった。それともヒューマノイドに聞けば分かるだろうか。ただ、アイツは観察に徹すると言った。それに、もうあんな顔は見たくない。 溢れそうになる陰鬱に何とか蓋をしながら、俺は机の中に入っていた一枚の便箋に視線を落とした。 『放課後、部室に来て下さい。お話があります。朝比奈みくる』 ――今起こっている出来事は全て既定事項です。 そう言われたら、俺の頭も狂うだろうか。 終わりのホームルームが終わる。 岡部が昨日学校の近くに不審者が出たから気をつけろ、と真面目な顔で。 なんでも例のお嬢様学校の生徒が被害にあったらしい。 いつにない岡部の態度だったからか、何故か耳に残った。背筋の裏にぞくりという嫌な予感は、気のせいだろう。不審者も何が悲しくて俺のような男を襲うんだ。……男を襲うから不審者なのかもしれないが。 「キョン! 一緒に帰りましょ!」 「帰らない。少し用事がある」 100ワットから、一気にブレーカーダウンへ。 あたしよりも大事なとか抜かす前に、俺はハルヒの頭にぽんと手を置いた。 「中庭かどっかでジュースでも飲んで待ってろ」 「う、うん……」 ころりと変わる表情や態度に、単純なやつだと心内で失笑する。 ――俺の気もしらないで。 このまま頭を掴んで机に叩き付けたやりたいという衝動は、理性がおさえ込んだ。 うっとりとした顔で自分の頭を摩るハルヒを残し、手を洗ってから、俺は部室に向った。 「……っと」 ノックをしかけた手を慌てて引っ込める。 何で気を遣わないといけないんだ。それに、アイツの言う分には退部になったのだから着替えてるわけであるまいし。 チッ。舌打ちする。それを習慣としてまだ覚えている俺の頭や身体に。忌々しい。 「入りますよ」 一応の上級生に対する礼儀でそれだけ言いつつ、返事もないうちに扉を開けた。はじめから返事を聞くつもりはないが。 ……それにしても。 話ならどこでも出来るだろうに、わざわざこの部屋を指定したのは俺に対するあてつけか嫌がらせだろうか。天然役立たず未来人のことだから、そこまで考えてるとは思わないが。 アンタの無能ぶりに嫌気がさしたんだよ! とでも言ってやろうかと考えていた俺の目に飛び込んできたのが、 「え、あ、キョンくん、やぁ、だめぇ」 なかなか扇情的な下着姿だった。 「……」 ――しばしの間、唖然。なんともいえない空気。 「……はぁ」 沈黙の天使を溜息で吹き飛ばして起動再開する。 思わず「すいませんでした!」と叫んで部室から飛び出しそうになる軟弱な俺を追い出して、無言で俺はパイプ椅子に腰掛けた。 「うみゅうぅ……」 下着姿のまま固まって、真っ赤な顔で意味不明言語を呻く未来人さん。 瞳を潤ませて俺を見つめているが、誘っているんだろうか。んなわけない。出てって欲しいんだろう。生憎だがそうしてやるつもりはもう無いが。 「固まってないでさっさとして下さいよ」 呼び出したのはそっちだろ、と。机の上に置かれていたメイド服に目をやりながら、呟いた。 コイツもさっきの俺のように「習慣」に囚われているんだろう。この部屋にきたら着替えて給仕活動しなければならないとかそんなのに。まったく律儀というか馬鹿というか単純というか。 「あうぅ……」 やたら白くて柔らかそうな肌までほんのり朱に染めつつ、のろのろと動く未来人さん。 素早く動くことは出来ないんだろうか。着替えるのかと思ったら、メイド服で身体を隠しはじめるし。 「で、でてってぇ」 俯いて、耳まで真っ赤にして、クリオネが水をかく音のように小さく。 少し前までの俺ならパブロフの犬の如く言われたとおりにしただろうが、今は苛々するだけだ。早くしてくれと言っただろう。 「どうして俺がアンタの言うことを聞かないといけないんですか」 言いつつ、上から下まで舐めるように見てやった。視姦とでも言おうか。そんな趣味は無いと想いたいが――しかしまぁ、劣情を抑えるのが困難な体だった。性犯罪者にはなりたくないが。 「――犯されたくなかったら、さっさと着替えて下さい」 なんなら手伝いましょうか? と笑顔で言ってやったら、かたかたと震えながらも物凄い速さで着替え始めた。途中何度か転んだりしたが。 ……出来るんなら最初からしろよ。まったく。 やれやれ、と肩をすくめた。一応言っておくが、犯す云々は冗談だからな。 「……ご、ごごめんなさいぃ」 着替え終わるやいなや、縮こまってぺこぺこと頭を下げてくる。 何がごめんなのか。今までの俺を巻き込んだ騒動の全部か、それとも着替えが遅かったことに対してか。知るヨシもないが、その程度で許しが降りる訳が無いのだけは確実だ。 「ふひゅっ!」 目を合わせただけで気持悪い悲鳴と共に後じさる。 俺を見る半べその目には、羞恥と恐怖がごっちゃになっている。だから冗談だってのに……扱いづらいというか、面倒な。 さっさと話だけ聞いてこの場を後にしたいと言う俺の願いはこのままでは確実に達せられそうにない。 ――その話の内容如何によっては、頭が狂って本当に犯してしまうかもしれないが、とにかく冗談だと言ってやることにした。 「一応言っておきますけど……」 びくん、と肩を震わせて俯く未来人さん。 「犯すとか冗談ですから。当たり前じゃないですか」 「ふぇ?」 意味不明の呻きとともに、頭をゆっくりと上げる。 あからさまにほっとしたような顔。 そして「で、ですよねぇ」と小さな笑い、胸に手を置いてはふぅと息を吐いた。天然もここまで来ると脳に欠損があるんじゃないかと思えてくる。 そんな可哀想な天然さんは俺が呆れているのにも気がつかず、 「あ、お茶淹れますね」 てとてととコンロの方へ駆けて行き、がたごとと急須やら茶缶やらを弄りだす。 「この前買ったのは……あれぇ?」 ふりふりと左右に揺れる形の良いお尻を眺めながら、溜息を吐いた。 どうやらさっさと話をする気は毛頭ないらしい。 暫くして「はい、どうぞ」と出されてきた湯のみを手に取り――そのまま投げつけてやろうと思ったが、これで最後だと一口だけ飲んだ。 「すご。まず。店で出されたら店長呼んで怒鳴りつけますね」 本当は悲しいことに美味かったが。 「飲めたもんじゃないです。俺のこと馬鹿にしてるんですか」 また半べそをかきだした未来人さんは、俺が茶の残りを床にぶちまけると本気で泣き出した。これ以上此処に居る気は無い。付き合ってられない。詰め寄って、俺は不機嫌な声を絞り出した。 「話ってなんですか。いや、一つ教えてくれるだけで良いです。これは”既定事項”なんですか?」 口ではさらりと言ったが、内心は戦々恐々としていた。 違うと言ってくれと懇願している俺とそれでも別に良いという投げやりな俺が混在している。 「どし、てぇ……ひどぃ、え、ぐぅ、ひっく、うぅ……ひっく、うぅ」 恐かった。本当は答えなど聞きたくなかった。むき出しの心臓にナイフを突きつけられているような恐怖感。膝が震えるのを我慢しなかった。 「ひっく、ふぅ、うっく、うひゅぅ……」 俺は今正常と狂気の境界線に立っている。どちらに一歩を踏み出せば良いのか。 ぶっ壊れたハルヒの相手などしたくもない。 それでも俺はしてしまっている。 その原因は何なのか。俺が弱いだけなのか。それともそうなるように成っているのか。 「ひゅっく、うぇ、えぐ、ううぅ……」 言ってくれ、早く。アンタの顔も見たくないんだ。泣いてる場合じゃないだろ、えぇ、おい。 「どうなんだよ! おい!」 怒鳴りつつ服を掴んで前後に揺さぶった。 小さな頭の真っ赤な顔がぐわんぐわんと揺れ、零れる大粒の涙が散らばって、はじける。 メイド未来人は嗚咽を大きくするだけで、俺の問いには答えようとしない。くるしぃと呟くだけだ。 ……苦しい? 違う。違う違う違う。苦しいのは俺だ。アンタじゃない。何時も何時も苦しいのは俺だった! 「腹を刺されたのも、車にはねられそうになったのも、全部俺だろ!」 ……どうしてか泣きそうだった。 一時は楽しかったかもしれない思い出が、今は忌々しい単なる記憶でしかない。 「あ、ぐぅ、えふっ、ごめん、なざいぃ……」 「ごめんなさいで――」 済むのかよっ! という、言葉を飲み込んだ。 今はそのことはどうでも良い。今はこれが既定事項かそうでないのか、それだけ知れれば良い。 それに―― 「けふっ、うぐっ、う、けほっ」 手を離す。青白くなったコイツ……朝比奈さんの顔を見て、少しだけ罪悪感。何も首を絞めるような真似はしなくてよかった。泣き喚かせる必要も無い。ただ、答えだけ聞けば良い。 それなのにこんな事をしてしまったのは、昨日からハルヒがらみでストレスが溜まっていたからだろう。 ――つまるところ、俺も既にどうにかしているのだ。 「すいません。俺、どうかしてるみたいです……」 反吐を吐く気持で謝罪の言葉をひねり出す。 解放されるや床に蹲った朝比奈さんの肩をそっと抱いて、背中をさすってやった。 こんなことをした手前だ。嫌がれるかと思ったがそんな事は無かった。 「ううん。ごめんね。ごめんなさい、キョンくん……」 それどころか、俺に謝る朝比奈さん。分らない。謝られる筋合いはふんだんにあるが、この状況でどうしてそんな台詞が出てくるだろうか。 「私、何も知らない、出来ない……だから、今までいっぱい迷惑かけたもんね。キョンくん怒ってもしょうがないもんね……」 今日だって、私が呼び出したのにぐずぐずしてたから。お茶淹れるのも下手糞だから。 と、泣きながらごめんなさいを繰り返す。俺の服をやんわりと掴み、鼻にかかった声で連呼する。 ハルヒといい、朝比奈さんといい、昨日今日はこんなのばかりだ。 「――」 何も言うことは無い。朝比奈さんの言うその通りだったし、今更謝られてもどうしようもない。 ……まぁ、お茶をぶちまけたのと首を絞めた形になってしまったのは俺が悪かったが。 だからと言ってもう一度謝る気にもなれず、俺は無言で背中を摩るのを続けた。 本当に、どうしようもない。 「んしょ」 時間にすれば五分も無かったかもしれない。けれど、酷く長い時間が流れたような気分だった。落ち着いたらしい朝比奈さんは、俺の腕の中からよろよろと立ち上がると、メイド服の裾で顔を拭った。 俺もならって立ち上がる。とつとつと朝比奈さんが語りだす。 「お話っていうのはね、キョンくんの退部のことと涼宮さんに辞めなさいって言われたことだったの。どっちもいきなりで吃驚しちゃって……」 あぁ、なるほど。それだけで理解する。 「――つまり、これは既定事項では無いんですね」 「はい。少なくとも私達の歴史とは違います……ついでに言っちゃうと、涼宮さんの力も関係ありません。古泉君がそう言ってました」 「そうですか。良かった」 ほっと息をつく。そんな俺を見て、朝比奈さんはぷりぷりと怒り出した。 「良くないです。このままじゃ私たちの未来が……あっ」 言ってからしまったという顔をする。強張った俺の顔を見てびくんと肩を震わせる。やれやれ。分かっているんだったら言わなければ良いのに。 「――俺の未来は俺が作るもんですから」 聞きたいことは聞いた。これ以上どうにかなる前に、俺は部室を出た。 その間際に――本当にごめんなさい――悲しそうな声が聞こえた気がしたが、気にしなかった。 中庭にも何処にもハルヒの姿はなかった。 そんなに長い時間が経ったとは思わないが、待ちくたびれて帰ったのだろうか。 そんなことを思いつつ、下駄箱まで来て俺は鼻から息を吐いた。そうだよな。帰ってるわけないな。 「……ふん」 俺の靴箱の前でハルヒが体育座りをしていた。 片手にオレンジジュースのパックを握り締めて。 「あ、キョン! 用事はもう終わったの?」 俺を見つけるやいなや、立ち上がって飛びついてくる。 新しい玩具を買って貰った幼児のように嬉しそうだ。相変わらず瞳の濁りはあったが、本当にしあわせそうな顔をしている。 ……あぁ。どうしてだろう。ハルヒの笑顔につられて、俺の顔も僅かだけ綻んでしまった。 俺の頭もハルヒと同じくらいに壊れてしまっただろうか? それとも既定事項ではないと聞いて気分が良かったのか。分らない。けれど、嬉しそうな奴の機嫌を損ねてやろうという気分にはならなかった。 「待ったんじゃないか? 悪かったな」 「う、ううん。良いの。ちゃんと来てくれたから」 「来ないかも、って心配だったのか」 だから下駄箱で待っていたんだろうな。靴を履き替えないと帰れない。 ハルヒは困ったような顔をしながら、少しだけ、と呟いた。 「心外だぜ。俺は約束は守る男だぞ」 「そう、そうよね。ごめんなさい。キョンは優しいもんね」 約束を守るのと優しいのは関係ないと思うが、まぁ良いか。 「喫茶店にでも寄って日曜日のこと話すか」 「う、うん……」 「……?」 おかしいな。喜ぶかと思ったが、何故か歯切れが悪い。おまけに怪訝な顔をしている。 不思議に思っていると、ハルヒは俺の身体に鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。 何してるんだ? と今度は俺がいぶかしむ。 俺から離れたハルヒはそれまで怪訝だった顔を――眉を顰め、目を吊り上げ、不機嫌にしたと思ったいなや、 「……この香水の匂い、用事って、あの女と会ってたのね!」 地獄の底から響く怨嗟のような声で、そう叫んだ。 「え?」 何を言っているのか一瞬分らなかった。理解できなかった。 豹変したハルヒの表情と剣幕に思わず一歩二歩と無意識に後ずさる。 「何を――」 言っているんだ、と続けられなかった。 ハルヒは呆然としている俺に詰め寄ってきて、物凄い力でネクタイを引っ張った。急激に首を絞めた苦しさよりも、恐怖の方が大きく沸き起る。 俺の顔に自分の顔を近づけ、ハルヒはまた叫ぶ。 「どういうことなのよっ!?」 耳を劈く怒声。 「……い、いや、朝比奈さんに、呼び出されて」 それに対し、俺は反射的に答えていた。 「部室に、行ってた」 「キョンの方から誘ったんじゃないのね……?」 「あ、あぁ」 かくんと首を折るようにして頷く。 言い訳をしたり、とぼけるといった選択肢は浮かばなかった。浮かぶ筈がなかった。 鬼気迫るとはこういう事を言うのだろう。 あの頃のハルヒでも見せたことの無いような、激怒も憤慨も通り越した感情の爆発だった。 本能的に悟る。 ヤバイ。ヤバイバイ。下手を打つな。恐い。誤魔化さず本当の事を言え。 「昼休みの間に、机に、手紙が入って、たんだ。その、退部のことで話が、って……」 息苦しさに耐えて、声を絞り出す。 「……」 ハルヒは濁った瞳を見開き、俺の瞳を覗きこんだ。 決して視線を逸らしてはいけないと警鐘が鳴る。気持悪さと恐怖に負けそうになる。だが、逸らしてはいけない。その瞬間、咽喉元に噛み付かれてもおかしくないのだから。それほど――そう思うほど、今のハルヒは異常だった。 「――」 心臓の鼓動する音が、早く、そしてやけに大きく聞こえた。 ――ドクン、ドクン。 耳の内に心臓があるかのような錯覚を覚える。締められ、渇いた咽喉。けれど唾液を飲み込むことすら出来ない。 「……そうよね。うん、そうに決まってる」 ――時間が流れるのが遅かった。 永遠にも感じた数秒間の後、ハルヒはぼそりと呟いて、何度も頷いた。 何かに酷く納得したようだった。俺の言い分を聞き入れたのだろうか? 般若のような形相が、元の表情に戻っていく。ネクタイを握る力をふわっと緩まった。いや、離した。 「げ、ほっ、ごほっ、……けほっ、つはっ、はぁ――」 首が解放され、スムーズに呼吸できるようになる。 足に力が入らなかった。よろめき、方膝をついて、咽喉に手を当てて思わず咳き込んだ。 ドクンドクンと、心臓はまだ高鳴っている。恐怖も消えず、鼓動も暫く治まりそうに無かった。 「……キョンは誰にでも優しいから、勘違いしてるんだわ、あの女」 ふと、よく分らないことをつぶやき出す。 怪訝に思う。いったい、何を言っている……? 気味の悪いことに、声音には何の感情も含まれていなかった。 目線だけをゆっくりと上げて、ハルヒの顔を見る。 「キョンは私の物なのに、あの体で誑かして……」 顎に手をあてて、ぶつぶつと。 言っていることはオカシイが、その姿は一見落ち着いたように見える。 「……嫌がるキョンに無理矢理せまったのね」 ――見えただけだった。 「ムカツクわね。ムカツクムカツクムカつく……ッ!」 忘れてはいけない。 コイツはとっくにぶっ壊れているのだ。 「……意地汚い雌豚、殺してやる」 濁り澱んだ黒く昏い瞳。焦点をあわせず、ただ虚ろに何かを見ている。 ――能面のような顔には、狂喜があった。 「うん。そうよ。それが良いわ。名案だわ」 ――ねぇ、キョン? 貴方もそう思うでしょ? 「……」 ハルヒは虚ろだった焦点を俺に合わせて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。 背筋を何かとても嫌なものが這い上がるのを感じた。その問いに、俺はなんと答えたのだろうか。 馬鹿、そんなこと止めろ――? 思わない。何考えてるんだ、お前――? そうだな。それが良いな――? 分らない。分りたくもない。ただ、血の気が引く音が聞こえたのだけを覚えている。酷く昔の記憶が瞬間だけ、脳裏を掠めていった。涼宮ハルヒはあれでいてとても常識的だと。人が死ぬことなんて望んでいないと。誰が言ったのか。知らない。でも、俺も同調していた気がする。 でも、今は。 世界が反転した。俺は何も言っていなかった。口は間抜けに半開きになったままで、言葉を発していなかった。呆然とハルヒを眺めている。正視していない。ただ、視界の中に入っていたのがソイツだっただけ。あやふやだった。 でも、今のコイツは。 本気でやりかねない。いや、コイツは本気で朝比奈さんを殺すつもりだ。本気で名案だと思い込んで、本気で俺に同意を求めている。いやがるのだ、狂気の渦に、俺を巻き込もうとしている。 「……っ!」 俺は辺りを見回した。――灰色になっていないか? 立ち上がり素早く視線を巡らせた。けれど、世界は正しいままだった。 グラウンドの方からは運動部の掛け声が聞こえ、下校せんと脱靴場を出て行こうとする後姿、笑い声。 「何してるの、キョン? ねぇ、どう思う?」 ハルヒが近づいてくる。能面に歪な笑みをはっつけて、三日月に吊りあがる口は骨で作った釣り針のよう。くすくすくすと笑いがなら、俺に手を伸ばしてくる。 「……来るな」 本当に俺の物なのかと思うほど、低い声だった。 ……気持が悪い。恐い。 ……気味が悪い。逃げろ。 本能も理性も、満場一致で同意見……本気でコイツには拘わってはいけない。 「……キョ、ン?」 ハルヒが何を言われたのか分らないと、怪訝な顔をしている。 何だ、聞こえなかったのか? 何度でも言ってやる。そして、いい加減にしろ。本当に手遅れになる前に。いや、そんなことはどうでもいい。そんな顔で俺に近づくんじゃない! 「何言ってるんだよ、お前。殺すとか意味わかんねぇよ、冗談にしちゃあ趣味が悪すぎるぞ!」 俺はハルヒの手を思い切り叩いて払いのけ、大声で叫んでいた。 「じょ、冗談なんかじゃ……」 「……なぁ、止めろよ。そんな顔するなよ。そんな声出すなよ! 止めろよっ! 来るな、寄るな、触るな、馬鹿野郎っ!!」 すがり付いてこようとするハルヒを避ける。 伸ばされてきた手を、再び思い切り払う。痛いよキョン、という妄言。止めろ。 「止めろ、止めろ、止めろぉぉぉおおおっ!!!」 叫んで、咽喉の震えるままにありったけの感情を吐き出して、俺は駆け出していた。 上靴のまま外に飛び出して――すれ違う間際のハルヒの顔は死人のようで――全速力で走った。 自転車に跨って漕いで漕いで家に着き扉に鍵を閉めるまで、一度も後ろを振り向かなかった。 振り向けばそこにアイツが立っていて、にこりと微笑み、または泣きながら、 ――私の物にならないキョンなんか、死んじゃえ。 狂気に任せ、凶器を突き出してきそうで。 そんなものは幻覚だと言い聞かせても、夕飯も咽喉を通らず、まともに眠ることすらできなかった。電話は、鳴らなかった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4218.html
九章 まどろむ朝。今日もまたSOS団雑用係としてのハルヒに振り回される一日が始まるのか、という北高に入学して以来、 ずっと抱いている憂鬱ながらまんざらでもない感傷に浸り、 その直後、現在自分の身体に起こっている異変を思い起こし、絶望する。 それが俺のここ一日二日の朝だった。 それだけでも俺は今すぐ自分の首を締め上げたい衝動にかられるのに、今日はさらに最悪だ。 俺は昨日ハルヒにお別れを………… 何だ、もう学校に行く必要もないじゃないか。 お袋、親父、それに妹よ。悪いな、俺は今日この家を出て行く。お前達は無事生き延びて帰ってきたら、今まで通りの日常を過ごしてくれ。 やったな、これで一人分の食費、生活費、その他諸々が浮くぞ。 何だ。最悪だと思ってたが案外清々しいじゃないか。昨日はいい夢も見れたしな。 ハルヒが抱き締めてくれる夢…………を?ん?あれは本当に夢だったのか? 布団の中で、そこまで思考を展開していると………… 「コラーーー!!あんたいつまで寝てるのよ!いい加減起きな!!!さい!!!」 その声とともに俺を覆っていた布団が舞い上がり、俺の体は外気に触れブルッとなる。 妹か?なんて思考を巡らす暇もなく、俺はそこにいる人物が誰かを理解した。 「えー、あー……ハルヒ…なのか?学校……は?」 「あんたまだ寝ぼけてるの?今日は日曜でしょ!それに明日からは冬休みじゃない!ほら、朝ご飯出来てるわよ!さっさと顔洗って来ちゃいなさい!」 何だ、その休日なんだからいて当然!みたいな言い方は。 何故こいつがここにいる?夢か、これも夢なのか?いやだが妙にリアルに感じるな。 まるで昨日の夢みたいな……いや、そもそもあれは夢なのか?夢であってほしい。 というか、そうでないと困る。だって夢の中のハルヒは俺の今の状態を………… 「ぶつぶつ夢だなんだ…うるさいわね。」 しまった、混乱しすぎて口に出していたか。いや、でもこれも夢なら別に問題は………… 「はぁ…………夢じゃないわよ。昨日も、今もね。」 ハルヒは妙に説得力のある声で言った。 「じゃあもしかして……お前……………」 「ええ、あんたが何をしていたのか……全部……………知ってるわ……そう……全部ね…」 ――ずっとあんたと一緒にいるから―― 夢と思っていた記憶の奥底にある、その言葉を思い出した。 「帰れ!!!」 突如、俺の心に羞恥にも似た不快な感情が溢れだし、それはその言葉を発するまでに至った。 「俺を見るな!お前は俺と関わるべきじゃないんだ!!お前のためなんだよ!!帰れよ!ほら早く!!!」 叫び始めた寝起きの俺を前にしても、ハルヒはその目を少しも泳がせたりせず、じっと見ている。 「何ヤケクソになってんのよ!あんた今のまんまじゃどうなるか分かってんの?!」 「ああ、分かってるさ!!こんな命……ましてお前の世話になって得る命なんて願い下げだ!」 ハルヒの表情がみるみる怒りの感情をあらわしていく。 「はぁ~、ダメ、我慢しようと思ってたけど…やっぱ感情のコントロールって難しいわね。」 その言葉を聞き終わらないうちに俺の部屋に『パン!!』という心地よい音が響き渡った。 ほっぺた、いてぇ…… 「ふ…ざけんじゃないわよ!!許さない……死ぬなんて絶対許さないんだからね! 言いなさい!何であんたは覚せい剤なんてバカなことやったの!!」 ……何でだ…クソ!何でだよ!何で思った通りに動いてくれないんだ!ちくしょう!ちくしょう!………………そうかよ…………なら……… 「こっちにだって考えがある。」 俺はそう言うと台所に駆けていった。大丈夫、理性はある。脅すだけ……ギリギリの所で止められるはずだ。 お前のせいだからな。もし万が一が起こってもお前の責任だ。お前が俺の思い通りにならないのが……悪いんだからな。 台所には味噌汁のいい香りがしたが、そんなのに構ってられる程の余裕は今の俺にはない。 調理に使ったであろうその包丁を手に取る。 ドクン!! それを持った途端、心臓の鼓動が、鼓膜にダイレクトに聞こえてきた。 一瞬、朝倉がそこにいるような感覚がしたが、すぐに消える。 だ、大丈夫だ。落ち着け、俺。早まるなよ。脅すだけ、そうだ脅すだけだ… 俺は急いで部屋に戻るため階段を駈け登り、扉を強引に開く。 ……とハルヒは部屋を出て行く前と同じポーズでそこにいた。 「ったく!あんた何しに行ってたのよ!悪いけど、あれはもうこの…い……」 ハルヒの目がわずかに下に下がり、 俺の両手で前に突き出すように握っている包丁を捕らえると、その顔は一気に蒼白くなっていった。 大丈夫…忘れるな。理性を忘れるな。 「悪いが本気だ!これ以上俺の家に居座るならどうなるか…こいつを見りゃわかるだろ。 今の俺は正気じゃないからなぁ!!何するか分からないぞ!」 自ら作り出した狂気じみた演技に飲み込まれそうになる。落ち着け…落ち着け! 「キョン…あんた…」 ハルヒがみるみる恐怖に染められていく……はずだった。 何でだ…何でお前はこの状況でそんな顔が出来る… 俺の前には、もう何十年ぶりになるのではないかと思うくらい、久々に感じる、 大胆不適で強気な笑みがあった。 ズン!と音がするくらいしっかりとした足取りで、ハルヒが一歩ずつ近付いてくる。 一歩、また一歩。ついには俺とハルヒの距離は、俺が突き出した包丁一本分しか無くなってしまった。 あと一歩踏み込んだら、確実に包丁はハルヒに突き刺さる。 後ろに下がろうにも、部屋の壁がそれを許さない。 完璧に追い詰められてしまった。ちくしょう…こんなときまで俺はハルヒに…… !!!!! 俺の思考はそこで中断してしまった。ハルヒが前に踏み出すかのように右足を僅かに浮かせたからだ。 「バッ!!!」 咄嗟に包丁を横に投げた瞬間、ハルヒは俺にのしかかってきた。 仰向けの俺に覆いかぶさっているハルヒの顔は俺の胸に押しつけているため、確認出来ない。 そうか、こいつはこれを狙っていたのか。だけど、もし俺が動揺せず包丁を構えたままだったら、こいつは…… 「はあ……はあ……」 ハルヒの超高速で鳴っている心臓の鼓動が伝わってくる。それと同時にハルヒの肩が小刻みに震えているのも確認出来た。 「ハルヒ…………」 「黙ってなさい。」 その言葉と同時にハルヒは顔をこちらに向けた。 なんつーか……俺は何てことをしてしまったんだろう。ハルヒの顔は冷や汗でびしょびしょだった。 「………から……」 「え???」 「負けないから。絶対にあんたを治すまで……もう…決めたんだから……!」 俺は何て声をかけたらいいか分からなかった。俺がずっと黙っていると、ハルヒは、 俺の上からどき、素早く包丁を取り上げると言った。 「さっさと顔洗って来ちゃいなさい。」 俺はハルヒに言われた通り、顔を洗うため洗面所にいる。やれやれ、結局ハルヒに言いくるめられちまった。 …………あいつ、あんなに震えてた。当たり前だ。一歩間違えれば死んでいた、その恐怖は計り知れない あの時、あいつは信じたのだろうか。ドラッグに侵され、おかしくなっちまった俺を。 命をかけるだけの価値、俺にはもうねえだろうが……俺は…お前を裏切ったんだぞ? ふと俺は顔を上げ、鏡を見た。 「何だよ、こりゃ……」 お前はバカな奴だよ、ハルヒ。こんな目の下にクマがあって、 肌は土気色で表情筋が暴走したように引きつってる奴が包丁持って目の前にいたら、普通逃げ出すだろ………… リビングに戻ると、何とも豪華な朝食と、エプロンを脱いでる途中のハルヒが俺を出迎えた。 献立は……魚の塩焼きに味噌汁、厚焼き玉子、肉じゃが、これ以上ないってくらい純粋な日本の朝食だ。 ハルヒがこういう純和風なメニューを作るのは新鮮だな。何となく、サンドイッチとか洋風なイメージがあった。 「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。」 「あ、ああ…………」 そういや昨日は何も食ってなかったな。一気に空腹感が増してきた。 急いでイスに座り、味噌汁を一口飲む。途端、俺に衝撃が走った。 「…………!!!」 声にならないとはこのことだろうな。この世のものとは思えないくらいうまい、冷えきった心身が温まってくる。 魚を箸でほぐしもせずかぶりつく、うまい、うまい……幸せだ……… こんな当たり前のことが、今の俺にはどうしようもなく嬉しかった。 「ハ……ルヒ……」 涙が止まらない。俺は…人間に戻れる…… 「なあに?」 にじむ視界の先にはハルヒが微笑んでいる。 「俺……生きたい………」 この時のハルヒの顔は忘れられないね。どうしたらあんなにも喜びを表情で表せられるのだろう。 「当たり前よ!!」 「それから、もう一つお願いがあるんだ。」 もっと生きてる喜びをかみ締めたい。 「ポニーテール……してくれないか?」 機関運営の葬式場。そこでオレは河村から衝撃の告白を受けた。 「神を……殺す?それって涼宮さんのことを言ってるのか?」 目の前の男は狂気に顔を歪ませ、続ける。 「他に誰がいるんだよ。お前なら奴を呼び出すくらい簡単だろ?センパイの苦しみを味合わせてやるのさ。」 思考がまとまらない。こいつは今何と言った? 確かに今までにも河村は涼宮さんへの不満をよくオレに漏らしていたが、これは明らかに別物だ。明確な悪意と殺意。 「い、言ってる意味が分からない。」 「お前だって嫌気が差してたんじゃないか?俺達の進む人生は奴によって180度ねじ曲げられたんだぜ? 神様ごっこはここいらでやめにしようじゃないか。」 冗談じゃない、確かに涼宮さんを恨んだ事がないと言えば嘘になるし、 もし自分がこの力を与えられなかったらどれだけ平和な毎日を送れていただろうと考えることもあった。 それは嘘じゃない。 だけど、この力のお陰でオレはSOS団に出会えた。何もない、平凡な暮らしから脱却出来たんだ。 オレはいつの間にか、涼宮さんに感謝していた。殺すなんて有り得ない。 「少し、考えさせてくれ。」 思考とは裏腹に、オレの口から出たのは臆病で怠惰な先送りの言葉だった。 「ああ、分かった。いい返事期待してるぜ。それから美那にこのことは言わないでくれ。余計な心配かけたくない。」 「田丸さん、少しいいですか?」 場面は変わってオレは田丸さん(兄)と話している 「実は………」 この時オレは親友を売った。 「そうか、河村が…いつかはこんな時が来るかもしれんと思っていた。…………古泉。」 田丸さん(兄)は真剣な表情でオレを見つめている。 「私はこのことをたまたま耳に入れた。お前達の会話を盗み聞きしてな。 お前は誰にも、このことを漏らしていないし、これから私がやろうとしていることも何も聞かされていない。いいな。」 オレは数人の機関の面々に取り押さえられている河村を目の当たりにしている。 「大人しくしろ!!」 田丸さんや荒川さんが激をとばす。 「古泉!お前……裏切ったな!何故だ!答えろ!!古泉ぃ!!!」 「タックン!タックン!!やめて!タックンを放してよぉ!」 オレはその時河村を見捨てた。涼宮さんを守るために。 それから河村は自らを捕縛しようとする仲間達を何とか振りほどき市内を駆け回った。 最後にたどり着いたのは春日さんの家だ。家の周りを包囲されると抵抗する気力もなくしたのか、大人しく捕まった。 その時は夢にも思わなかった。河村が春日さんの家で押収され残した覚せい剤を手に入れていたなんて。 河村は、機関本部の地下に幽閉された。人権無視も甚しい話だが、何せ世界の破滅がかかっている。 だから、この決定に疑問を抱く者はいなかった。あの春日さんですら。 「春日さん……オレ……」 「気にしなくていいよ。機関にいる以上、涼宮さんに害を及ぼす存在は抹消しなければならない。 古泉くんにはあれ意外の選択肢はなかったもんね…」 正直、かける言葉が見つからなかったオレは、 「ごめん……」 という謝罪の言葉が精一杯だった。 「あれ~?古泉くんは告げ口してないって話じゃなかったの~?」 いじわるそうに聞いてくる春日さんの笑顔は、今にも壊れそうで。 「別に恨んでないよ。全ては……涼宮ハルヒが悪いんだから……」 だからこそ、その言葉を聞いた時はゾッとした。 それから日がかなりたったある日、河村は食事を持ってきた見張りの一瞬のスキをついて、屋上に脱走した。 その時、河村は見るもの全てに自殺願望を与えるような表情をしながら言った。 「なあ、古泉、美那……」 地獄から響いてくるようなその声を、オレは忘れられそうもない。きっと春日さんも同じだろう。 「俺は今、とても清々しい気分なんだ……」 その言葉を最後に、河村は人間とは思えない程の跳躍でフェンスを飛び越え………落ちた。 授業が終わり、HRが終わり、いつものようにオレはSOS団部室にその足を運ぶ。 「古泉くん!!」 春日さんが走ってきた。あんなことがあったから休んでいるとばかり思っていた。強い人だ。 「どうしたんです?」 「え?ちょ、敬語……ううん、別にいいや…今日もあの部室に行くの?」 「そうですが。」 オレが行かない事で涼宮さんがイライラを積もらして閉鎖空間を作ったら大変だからな。……なんて、自惚れすぎか。 「何で?だって…だって涼宮さんは…!」 「聞きたくない。」 オレは咄嗟に言葉を遮った。 「僕だって何かにすがりついてなきゃやっていけない気分なんです。」 その言葉の持つ残酷さを知っていたが、自分のことだけで精一杯だった。 春日さんは呆然と立ちすくしていた。それをOKの合図と無理矢理解釈して、オレは歩き出した。 ノックを数回。無言が自己主張しているのを確認すると、オレは扉を開けた。 部室に入ると一番に目に入ったのは長門さんだった。いつもの指定席で本を読んでいる。 「他の皆さんはまだ来てませんか。」 ゆっくりと長門さんが目を合わす。 「休まなくていいの?」 ああ、やっぱりこの人は気付いているのか。彼女なりの気遣いが嬉しい。 「おや、僕の心配をしてくれるのですか?」 「……………」 ドガン!! 突然の爆音だ。それと同時に残りの三人がなだれ込んでくる。 「さぁ~みくるちゃん!さっさとこれに着替えるのよ!!」 変わらない。 「ふぇ~、やめてください~」 あんなことがあっても関係なく回り続けている。 「おい、ハルヒ!朝比奈さんがいやがってるじゃないか!何だっていきなりこんな服を着せようとしてるんだ。」 オレはこっちの居場所を選んだ。 「何でって、みくるちゃんもあと半年後には卒業じゃない!今のうちに出来る格好は全てやっておくべきよ!!」 楽しいな。 「だからってだなぁ。もう少し朝比奈さんの心労やその他諸々も考えてやって……」 「っだーー!うっさいわね!あたしはみくるちゃんの為を思ってやってるんだから!うれしいわよね!みくるちゃん!」 あの場所を霞ませてくれる程に。 「ふぇ、あの、あたし………」 「ほら!これとーっても可愛いでしょ!こんなのみくるちゃんに着せちゃったら男共は失禁モノよ!ね!有希!」 「……………そう」 次はオレにくるな。もう既に答えは用意してある。 「ね!古泉くん!!」 何も知らない、だからこそ明るい笑顔で涼宮さんは尋ねてくる。さて、オレもとびきりの笑顔を作ってと…… 「誠に結構かと。」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/254.html
暖かいまどろみの中 聞き慣れない目覚ましの音が鳴り響く キョン「ん・・・う、うるせ・・・」 ジリリリリリリ キョン「・・・・ん?クソ・・・この」 毎朝の習慣。右手を軽く伸ばす。しかし、いつもあるはずの場所に目覚まし時計がない キョン 「な、なんだ?・・・」 軽く目を開ける。目覚まし時計は、枕元の見慣れない小棚の上にあった カチッ キョン「んー?・・・・・・ぁ?」 違和感。おかしい。あきらかに。ベッドがデカいし・・・部屋も見慣れない・・・枕も2つある キョン「ここどこだ・・・」 少なくとも俺の部屋ではないことはわかる。いや、俺はいま起きるまでは何をしてたんだっけか いや、いま起きたんだから寝たんだよな・・・どこで?たしかに俺の部屋で寝たよな・・・キャトルミューティレーション? ガチャ キョン「・・・!」 ハルヒ「あ、起きた?キョン」 キョン「・・・誰ですかあなたは・・・」 いや、みりゃわかる。ハルヒだ。どう見てもハルヒ。・・・しかし、ハルヒではない。 ハルヒは・・・こんなに胸もないし・・・エプロンなんて・・・ キョン「おわわわ・・・近づくな」 ハルヒ「?」 俺の知ってるハルヒの目だ。ちょっと吊り目がちな目で見つめてくる・・・て、おい、こいつはハルヒだぞ。 ちょっとドキドキしてしまう キョン「なにを俺は」 ハルヒ「なーにぶつぶつ言ってんのよ。仕事遅れるでしょーが」 キョン「ほあ?」 ハルヒ「ほあ?じゃないでしょ。さっさと朝ごはん食べて会社行きなさい!」 か・・・かいしゃ?・・・学校じゃねーのか・・・てか、・・・これは ハルヒ「・・・・・・」 キョン「な・・・んだよ」 ハルヒ「・・・・・んー」 んんーーーーーーーーーー??これは!これはあああ!見たことあるぞ!漫画で!ドラマで!映画で!そう!キスのおねだりだ!! キョン「お、おい・・・!おまえな・・・悪ふざけも大概に」 ハルヒ「あ!パン焦げちゃう!」 ドタドタドタ ハルヒ似の人妻は、ハルヒそっくりな騒音を立てながら階段を降りていった いや、わかった。あれは、ハルヒ似でも人妻でもない。いや・・・現実を見ようか・・・あれはたしかに『人妻』のハルヒだ 暑苦しい部室だ・・・もうこれが高校時代最後の夏か・・・ キョン「・・・ふー」 古泉「キョンさん。いままで僕たちは防戦一方でした」 キョン「なんだいきなり。俺は疲れてるんだ・・・そっとしておいて・・・許可なく隣に座るな」 古泉「ははは、キョンさんの隣は涼宮さん専用でしたね失敬」 キョン「もうなにもいわん」 古泉「そうですか、助かります。では、本題に入ります」 思えば三年間。こいつはずっとこうゆう話の展開の仕方だったな 古泉「話は簡単です。キョンさんに涼宮さんの『願望』の中に入ってもらうんです」 キョン「・・・大丈夫。驚かない。」 古泉「もう、慣れたものですね。ははは」 キョン「まず、言おう。俺をハルヒの願望の中。つまり宇宙人や未来人、超能力者。いや、それだけじゃないだろ。恐竜や怪獣。スーパーヒーローにスーパーロボット はたまた・・・・とにかく、そんな中に俺をぶちこんで」 古泉「ええ・・・・それなんですがね。どうやら、最近の涼宮さんの願望に大きな変化があるようなのです」 キョン「変化・・・それ3年前も言ってただろ・・・悪い風に変化してるって」 古泉「違うみたいなんですよ、それが。涼宮さんを変えた決定的なのが」 キョン「おまえがなんでそれを知っている」 古泉「やだなぁ。僕はまだなにも言ってませんよ」 俺とハルヒが去年の冬に・・・あの日からハルヒが俺にあまり突っかかってこなくなった 古泉「で、ですね。その変化を見に行ってもらいたいんです。あ、キョンさんは、いつもどおり夜に自室で寝てるだけでいいんです 私たちが飛ばしますから」 キョン「超能力も便利になったものだな」 古泉「ははは。ええ、我々も進化してますからね」 キョン「進化じゃなくて、進歩といえ。おまえに進化されるとなんか怖い」 古泉「ははは」 ハルヒ「はい、それじゃ鞄持ったわね」 キョン「ん、ああ」 ハルヒの作った朝食は、ごく一般的とはいえ、俺には十分満足できるものだった 鞄を持ち、玄関まで行く。ハルヒは・・・マンションより一軒家がいいのか・・・それに結構大きめだな。ハルヒらしといえばハルヒらしいか 俺は心の中で笑ってしまう ハルヒ「はい、お弁当」 キョン「おう、あんがとな」 靴を履き終え、玄関のドアに手をかける ハルヒ「・・・・・」 例といえば例のごとくだが・・・ キョン「・・・・・・」 ハルヒが軽く俺のスーツを掴む キョン「・・・・・・ん」 ハルヒ「・・・ん・・あ」 長いキスだ。こんな長いキスを毎朝すんのか ハルヒ「・・・・ん・・・ん」 いや、まあ・・・決して悪い気分では・・・ キョン「・・・・んあ・・・・ん」 俺はやっぱハルヒが好きなのか ハルヒ「はい!終わりね!いつまでキスしてんの!」 キョン「う・・・」 いきなり口を離され、なんだか不憫な気持ちになってしまう ハルヒ「本当にキョンはスケベな 結婚したら少しは落ち着くかと思ったんだけどね」 キョン「あ・・・あのなぁ」 俺は玄関のドアを開け、外に足を出す ここどこなんだろうなぁ・・・ 玄関の外も見慣れない景色だ キョン「じゃ、行って来る」 ハルヒ「さっさと行きなさい!」 いってらっしゃいませご主人様とか言え・・・いや、普通はないか キョン「・・・ふー、これがハルヒの『願望』なのか」 しばらく歩くと後ろからタタタタと足音が聞こえる キョン「あ・・・弁当」 キスして忘れたよ・・・ ハルヒが弁当片手に駆けてくる 右手の人差し指を下まぶたにつけて 舌を出して・・・ベーっとしながら ハルヒ「キョン!あんたってほんとーにあたしがいなきゃダメね!アハハハ」 それは本当に楽しそうなハルヒの笑顔。無垢な子供のような、それでいて女性の優しさが溢れている この笑顔を俺は・・・叶えたい。いや、叶えられる・・・俺は、そう確信を持ったんだ 暑い・・・寝苦しい・・・ ジリリリリリリリリリリリジリリリリリリリリリリリ キョン「・・・あ・・つい・・・う、うるせ」 カチッ 俺はいつもどおりの部屋で、いつもどおりの位置の目覚ましを止めた キョン「・・・今日から夏休みだ」 プルルルルルルルルルル ピッ キョン「んあ」 ハルヒ「キョン!おきてるー!?SOS団発進よ!すぐに学校に来るように!以上」 おわり
https://w.atwiki.jp/niko2/pages/118.html
涼宮ハルヒ 【元ネタ】 涼宮ハルヒの憂鬱 【中の人】平野綾(他の役では泉こなたなど) 【参考動画】 愛しの彼が振り向かない~キョンデレハルヒver~ http //www.nicovideo.jp/watch/sm890821 他、晴れハレユカイ系動画 【関連人物への呼称】 一人称→私 二人称→あんた キョン→キョン 長門有希→有希 古泉一樹→古泉くん 朝倉涼子→朝倉さん 【キャラ紹介】 涼宮ハルヒシリーズの主人公、またはヒロイン。 典型的なツンデレであり、キョンに好意を抱いている。 自分勝手で常に面白い事(超常現象)を探しているが、常識が無いというわけではないらしい。 神様なので世界を自由に構築できる。 かつてはコンピ研の部長に痴漢冤罪まがいの事をして脅しパソコンを強奪するというDQNどころではない悪行を働いた事もあったが、 これもキョンの影響かそういった悪行はなりを潜めて来てはいる。 【能力】 神様としての能力は全て封じられております。 しかし身体能力、頭脳ともに女子高生ではトップクラスの天才肌。 涼宮ハルヒのこれまでの移動経路 対応するregion、endregionプラグインが不足しています。対になるようプラグインを配置してください。 (一日目)A-4川岸→A-5森→A-5大樹→(B-4→)C-4道路→D-4→E-3薬局内部・台所→D-3橋の手前 →(二日目)D-2橋の下→D-3草原→D-3橋の近く