約 3,071,701 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5687.html
月曜の朝はいつにも増してうだるい朝だった。俺は基本的に冬より夏のほうが好みの人間だが、こんなじめじめした日本の夏となると、どちらが好きか十秒程度考え直す可能性も否定できないくらいに微妙である。途中で出くわした谷口や国木田とともにハイキングコースを登頂したが、校門に辿り着く頃にはシャツが既に汗ばんでいた。ハルヒの判断は懸命である。長門がいない上にこの暑さでは、映画撮影などやってられん。 二年の教室に入って自分の席に着くと、後ろでスタンバっていたハルヒが肩を叩いてきた。 「ねえキョン、夏休みにやらなきゃいけないことって何だと思う?」 「ああ、そういや、もうそんな季節だな。俺にとってはどーでもいいことだけどよ」 「何よそれ」 「失言だ。忘れてくれ。それで何だって?」 俺は教室内を見回しながら訊いた。今日もとりあえず危険人物はいないが、このままいったら夏休み中の俺はブルー一色に染まること間違いなしだ。 「夏休みにやらなきゃいけないことよ。時間は刻一刻と過ぎていくんだから、常に次のことを考えてないと生きていけないわ」 「次のことまで考える余裕があるなんてうらやましいね。そんなもん、夏休みが来たときに考えればいい」 ハルヒは俺の意見を無視して一人で目を輝かせ、 「とにかく合宿は不可欠よね。てか、決まっちゃったし。そしてプールと花火大会とバイトと……」 「あと宿題な」 「何よそれ、夏だってのにシケてるわねえ」 そんなこともない。永遠に終わらない夏とどっちがいいかって言われたら俺は迷わず宿題を選択するぜ。 「やっぱ夏よ、夏! 高校に入るまでこんなに夏休みを待ち遠しく思ったことなんてないわ」 「へえ。高校の夏休みってのはそんなに面白いもんだったか?」 ハルヒは俺の問いに自然に――本当にごく自然に――答えた。 「SOS団で騒げるんだもん。楽しいに決まってるじゃん!」 俺は一瞬言葉を失って、妙な空白があった後にああそうだよなと相槌を打った。俺の笑顔は引きつっていたことだろう。 古泉の言っていたことはそんなに的外れではないのかもしれなかった。 楽しさの対象が宇宙人でも未来人でも超能力者でもないことを、ハルヒは自ら断言したのだ。悪いことじゃない。俺の目の前でハルヒが屈託なく笑ってやがるのも一年前にはありえなかった光景だと思えば、ハルヒの状態は確実によくなりつつあるということになる。 そこで俺ははたと考え込む。 しかしそれは、いったい誰にとってなんだろうか。ハルヒの精神が落ち着いてきていい状態だというが、それは誰にとっていいんだ? 俺にとってか。それともバイトが減る『機関』にとってなのか。 ハルヒがどこにでもいるフツーの女子高生になっちまうことを俺は本当に望んでいるか? 俺だけではない。朝比奈さんも古泉も、本当にそう望んでいるのだろうか。もし個人個人の持つ雑多な事情から解放されたとしたら、その答えは変わるかもしれん。少なくとも古泉はそう言っていた。 SOS団という謎の団体に俺は何かを感じていたのだった。もちろんそのSOS団は休日に遊ぶ仲間の集まりなんかではない。宇宙人の長門と未来人の朝比奈さんと超能力者の古泉と、ハルヒと、そして俺がいる団体こそがSOS団なのだ。いつの間にヒマな高校生の集まりに成り下がっちまったんだ。 そう思ってから、俺はまた頭をかきむしった。たった今、俺は、成り下がるという言葉を無意識に用いて、休日に遊ぶ仲間の集まりという意味でのSOS団を否定してしまっていたのだった。肩書きはどうあれ朝比奈さんと長門と古泉がいればいいという、そのきれい事のような考えだけでは割り切れないような感情が俺の奥底に、確かにあった。 ハルヒは何の迷いもない顔をしている。ただ、その銀河群が入っていそうな瞳の輝きが少し薄れているだけだ。惜しみなく部室専用スマイルをふりかけるハルヒを、俺はただぼんやり眺めていた。 * ハルヒの一年時のメランコリーをリアルな感じで悟りつつある俺は、結局昼休みまで動く気力が出なかった。 一年前の春、何で宇宙人に固執するんだと訊いた俺に、そっちのほうが面白いじゃないのと当然のように答えたハルヒはどこへ行っちまったのか。窓の外を眺めているとなぜか思考が巡りに巡ってしまうようなので、俺はシャーペンをつかんで黒板に焦点を合わせ、授業を受けるべくしていた。 昼休み、俺が後ろを振り向くとハルヒはすでにおらず、おそらく学食か購買へ行ったものと思われる。 俺もそろそろ部室に行かねばならんだろうと思っていると、谷口と国木田が近づいてきた。 国木田は俺の顔をまじまじ見て、 「キョンさあ、最近疲れてるのかなあ」 唐突な指摘の質問に俺は多少びっくりしながら、 「そうかもしれんな。ハルヒといれば誰だってこうなるぜ」 もっとも昨日今日の疲れはハルヒパワーが全開であるための疲れではないというのは胸の内に収めておく。むしろハルヒが騒ぎ立ててくれていたら俺の疲れも多少は癒されていたというか、俺の心のわだかまりも忘れることができたのかもしれん。 谷口が俺の頭をポンポンと叩いてきた。 「まったく、うらやましい野郎だ。たとえ相手が涼宮だとしても、女と一緒にいて遊び疲れたってのは贅沢の極みをいく悩みだぜ。ああくそ、俺、もういっそのこと涼宮でもいいから狙っちまおうかなあ。おめーら、まだ付き合ってねえんだろ?」 何を血迷ってるんだ。他の女なら俺が紹介できる限りでしてやるから、ハルヒだけはやめておけ。あの狂気にやられて、生活を狂わされちまった実例がお前の目の前にいるんだよ。ハルヒは常人が相手にできるような奴ではない。奴と同じくらい狂ってる人間か、あるいは釈迦並の寛大さを持ち合わせた奴じゃないと無理だ。 「いいや、そんなことはない。あいつだって一応は女だ。ひっくり返せばけっこう常識的な人間だぜ。これはなあキョン、涼宮と五年間も一緒のクラスでいる俺の境地に達したから解ることなんだ。あいつは、けっこうまともな人間だ」 まともな人間ね。谷口の言葉すら煩わしく感じた。そんなことは俺だって知ってるんだよ。 そりゃよかったなと適当に返事をして、俺は弁当箱を持って立ち上がった。 「あれキョン、教室で食べないのかい?」 「部室で食うよ。悪いな」 とにかく今はハルヒのことで頭を悩ませている場合ではない。いや、そういうと何か変わりつつあるハルヒに後ろめたいのだが、俺の頭のデキは誰もが知るとおりである。そんなたくさんのことに気を回していたらパンクしちまう。 チープでありきたりな描写で申し訳ないのだが、俺にはこの時すでに予感があった。 窓の外の世界が、二年五組の風景が、ハルヒが、もっと言うと俺の目に入るすべてのものが妙な嘘っぽさを纏っていた。平べったい風景となって不協和音を奏でていた。嵐の前の静けさというアレである。 そしてまた、その静けさは嵐によって吹き飛ばされるのである。空虚な時間は現実のどんな出来事によってでも、軽く夢世界のものになり得る。 俺は弁当を持って部室に向かった。心臓が知らぬ間に激しく鼓動していた。理由は解らん。 長門のクラスをのぞいてみたが、やはりというか、長門の姿は発見できなかった。 最初は歩いていたのがやがて早足になり、小走りになったところで部室に到着した。部室棟二階コンピ研の横、木製の扉。 そこで、地獄を見た。 * 俺は愕然とした。発する言葉もない。口をあんぐりと開けて首を回し、最後には頭を抱えて床に崩れ落ちた。 予感は当たった。当たってしまった。 ハルヒの精神が変わりつつあるという俺の憂鬱の発生源は瞬く間に消え去って、代わりに暗い未来予知が的中してしまった予言者のような沈黙が俺の心を支配した。 俺に否はないと断言できるが、それでどうしたという話である。現実は淡々と、ただし深く突き刺さる。 部室から、朝比奈さんのコスプレ一式がハンガーラックごと消え失せていた。 誰かが動かしたのだろうか。まとめてクリーニングに出したとしてもハンガーラックまでなくなることはないだろうし、俺はそんなのが楽観論にすぎないことを知っている。もしそのクリーニング説が本当だったのだとしたら、俺はそのクリーニングに出した奴をすぐさま訴えてやろう。精神衛生上よろしくないにも程があるぜ。 何をするともなしにゆらゆらと部屋の中を徘徊する。 ハードカバーがどっさり入っていたはずの本棚はがら空きである。遠い昔の記憶のような錯覚を受ける先週の金曜日、長門がいたときにやった七夕の竹だけはいまだに部室の窓にもたれかかっているが、長門と、そして朝比奈さんの願い事が書かれた短冊だけはなくなっていた。朝比奈さんが長門と同様の現象に見まわれたという証拠だった。 さらに、横の棚には急須がない。ポットだけはあるものの、よく見ると棚に乗っているのは茶葉ではなくてインスタントコーヒーである。普段は誰が淹れているのか知らんが、朝比奈製のお茶よりもおいしいようなことはないだろうね。ハルヒでも俺でも古泉でも、朝比奈さんのスキルはそう簡単に獲得できるものではない……。古泉? ハッとして振り向いた。そこには古泉が持ち込んだ古典的ボードゲームの数々が―― あった。 俺は深く息を吐いた。消えた長門の例からすると、そいつにまつわる物体がなくなっていると本人も消えているらしいから、古泉がこよなく愛するボードゲームがあるということは、古泉はまだ消えていない可能性が高い。 カチャリ。 突如、ドアノブを回す音がして部室の扉が開いた。 「やあどうも」 軽快を気取るような声をして入ってきたそいつには、いつものハンサムスマイルに少し苦笑が混じっている。すべてを知り合った仲間に自らの失態を告げるときのような、自嘲めいた微笑みである。 「よほどあなたに連絡を取ろうかと思っていましたよ。もうその必要もないでしょうが。さて、お気づきですか?」 ああ。嫌なことにたった今気づいてしまったところだ。 「ええ、そうです。とうとう二人だけになってしまいました」 その言葉はどう解釈すればいいんだろうかね。場合によっては殴るぜ。 「冗談です」 古泉は肩をすくめるお決まりのポーズを取り、団長机に置かれているデスクトップパソコンに歩み寄った。 俺は古泉にうさんくさい視線を投げかけながら、 「何が起こってるんだ。朝比奈さんもいなくなっちまったのか?」 「ええ、どうやらね。それに朝比奈さんだけではないようです。僕の組織が監視していた何人かの未来人が、今朝を持って一度にいなくなりました。ついでに橘京子の組織からも連絡を受けました。藤原という未来人もいなくなったらしいですよ。情報統合思念体製のインターフェースが消えたときとまったく同じ状態です」 しかしそこは未来人だから、未来に帰ったとかそういうことはないのかな。 「あなたは朝比奈さんから何を聞いたんでしょうか。時間平面がねじ曲がっていてTPDDの使用は不可能、と朝比奈さんは言っていたように思いますが。未来にも過去にも逃げることはできません。朝比奈さんも、まず間違いなく誰かに消されたんですよ。おそらく、周防九曜にね」 そんくらい俺も解ってる。 「じゃあ仮に犯人を九曜だとしても、あいつはいったい何を企んでるんだ。宇宙人を消し、未来人を消してさ。世界征服か?」 古泉はデスクトップパソコンを操作して立ち上げてから俺に目を戻すと、さあどうでしょうと首を傾げた。 「周防九曜が犯人であるということに異論はありませんが、目的がそんな単純なものだとは信じがたいですね。そうだったら、長門さんが以前やったように世界改変を行えばいいだけの話です。重ねて言いますけど、今回のこれは世界改変ではありませんよ。元の世界から宇宙人や未来人を引き抜いただけです」 じゃあ何のためにやったんだ。目的もなしに行動するような奴は少ないぜ。あいや、九曜ならその少ないの中に入るかもしれんが。 「目的は僕には解りませんね。涼宮さんに近づこうとしているのか、SOS団を崩壊させようとしているのか、あるいは邪魔者を排除してから何かをするつもりなのか。どちらにしろ、どうせ僕たちには対抗策などありません。長門さんや朝比奈さんを活殺自在にできるような存在にはね」 「お前にしては珍しく悲観的な意見だな」 「そうでしょうか。これも一種の作戦だと思いますけど。僕だったら無駄な対抗策を打って時間稼ぎをするよりも、残されたヒントを使って謎を解き明かし、新たな可能性を模索するほうを選択しますよ」 そう言って古泉がワイシャツのポケットから取り出したのは紛れもない喜緑メッセージである。生徒会議事録の最終ページで見つけたその文章には何かのパスワードが書かれているが、それはとうとう答えが解らなかったんじゃないのか? 土曜日に貸してやったのに解らないって言ってきやがったじゃねえか。 「そんなことはありません。この世にはね、深く考えてみれば解ける問題と絶対に解けない問題があるんですよ。たとえば宇宙の真理を一般人に答えろと言ってもまず無理でしょうが、この地球上で証明されている簡単な計算なら一般人でも……」 いいから解答が出たのか出ないのか答えやがれ。お前と話していると無駄な思考能力ばっかりついていって、肝心の答えが見つからないような気がしてならん。 「申し訳ありません。答えというか予測ですが、たぶん正しいというものなら出ましたよ。もちろん、このパスワードの在処がね。」 古泉が黙ってデスクトップパソコンを指さしているので、俺は近づいてのぞき込んでみた。 画面の真ん中にキテレツなマークがあって、ページにはメールアドレスとカウンタだけが取り付けられている。モニタが嫌々表示しているように見えるそれは、SOS団のサイトページだった。 「これか?」 と俺。 「そうです。ここのページは過去にも疑似情報操作のようなものを受けていますからね、もしやと思っていましたが、当たってしまいましたよ。長門さんが消される直前か消された後か、どちらにしろ仕掛けを作りやすかったんでしょう。ほら、カーソルをここに当てると」 古泉はカーソルをハルヒ作のSOS団エンブレムに乗せた。すると矢印のカーソルが手の形のカーソルに変わる。なんと、いつの間にかクリックできるようになっていた。ハルヒが俺にやらせずにこんな芸当ができるとは思いがたいし俺はこんな仕様にはしていないし、第三者の仕業で間違いない。 クリックすると案の定パスワード入力ページが現れた。password? と書かれているだけの、質素なページ。 「とまあ、この画面までは昨日までに『機関』のメンバーで考えて判明していたんですが。ただしこのパスワードというのがどうにも解らなくてね。このコピーには『password・すべての始まりを記せ』と書いてあるもので、ビッグバンやら宇宙やら、そのままこの文を入力してみたりもしたんですが、どれもダメでした。ちょっとこれは僕にはお手上げですね」 よくここまで辿り着いたもんだと感心していたが、それを聞いて呆れ返ったね。 すべての始まり? そんなもんは最初っから解っている。 それはビッグバンなんかじゃない。宇宙意識があったことでも、未来から人間がやってきたことでも、赤玉に変身する超能力者が現れたことでもない。少なくとも、俺にとってはな。 喜緑さんのこのメッセージは他の誰に宛てられたものではないのだ。生徒会長でも長門でも朝比奈さんでも古泉でもなく、そしてハルヒにでもない。俺が見つけたのだから、おそらく、俺が読むことを想定して書かれたものだ。 そうとなったら答えは一つである。すべての始まりは、こいつと出会ってからさ。 俺は古泉をどかしてキーボードに手を伸ばすと、その名前をタイプした。 つまり、『涼宮ハルヒ』と。 エンターキーを押すと、ロックが解除されたというメッセージが流れて別のページにジャンプした。 「ほう、さすがですねえ。なるほどあなたにとっての始まりは涼宮さんですか。なるほど、周防九曜や他の宇宙意識には抽象的で理解できない質問と解答です」 古泉がほざいているが、無視して液晶を食い入るように見つめる。ロードの時間がもどかしい。マウスを指でカチカチ叩く。とっととしろ。 出た。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる』 それだけだった。ページのほとんどが白で埋め尽くされており、その真ん中あたりにかのような文字が活字体で羅列されていた。何だこれは。 わたしはここにいる。 ハルヒ(実際には俺)が四年前、東中のグラウンドにラインカーで白線引いて書いたアレだ。どっかの宇宙に宛てた奇妙な絵文字の意味がこれだったらしい。 俺は長く息を吐いた。間違いない。このメッセージは長門が作成したものだ。わたしはここにいる、と書かれていると教えてくれたのは他ならぬ長門だったのだ。 しかし、どういうことだ。 わたしはここにいる。 そして、橘京子。古泉とは異なる力を持つ超能力者。今回は共闘宣言をしてきたが、信用しきれない部分もある。そいつを連れてこの部室に来いと言うのか。意味が解らん。 もう少しヒントが欲しかった。そうでなけりゃ、パスワードなんかいちいちかける必要もなかろうに。スクロールしてみたが隠し文字はなかった。 「これだけですか?」 俺に訊くな。 「しかし、これだけでも取るべき行動の情報は得られましたね。長門さんらしいと言うべきか、最低限でも必要なことだけは明記してくれています。二文目はオマケのようなものですよ」 「橘京子をここに連れてくるってか」 あまり気分のいいことではなかった。当然気乗りもしないし、疑心暗鬼にさえ陥るかもしれない。 なにしろ、橘京子はついこの間まで敵対していたのだ。古泉の組織とは平行線で交わることはないなどと抜かしてやがったが、今になって急に考えを変えてきた。 しかし、さすがにほいほい信用できるものではないね。SOS団の命運がかかっているのだから、ついこの間までの敵を味方としてアジトに連れ込むのはどうかと思うぜ。 「あなたはそう言いますけど」 古泉が反論した。 「昔の立場関係というのは現在になってみればまったくどうでもいいことなんですよ。大切なのは現状です。特にこの場合はね。橘京子が味方になってくれる。客観事実だけを受け止めるのなら歓迎すべきことじゃないですか」 「確かにそうだけどな。けど俺が言いたいのはそこんとこじゃないんだ。土曜日に橘京子と会って話して、SOS団側につくって言われた。そんでもって今日はこのメッセージを見つけたんだ。橘京子を連れてこいってな。まるであいつが味方なのが前提みたいに書かれてるじゃないか」 「なるほど。それで」 言わなくても解るだろう。都合がよすぎるんだ。 古泉は数秒だけ首を捻っていたが、やがて微笑に戻るとどうでしょうねと言った。 「都合がいいのはあなたの仰るとおりですが、それはあくまで都合という観点で見たらの話です。あなたは、その都合というのは低確率が連続する問題だと信じているようですが、そうでなかったらどうでしょう。確率など関係なく、誰かの手によってそうなるように仕組まれていたとしたら」 「何が言いたい」 「これは僕の予想に過ぎませんが、橘京子の一派は何かをつかんでいると思うんですよ。もちろん彼女のつかんでいる情報はこちらには回ってきませんし、それはあくまで敵対組織同士だからです。ただ、彼女はそれをつかんだ上で合理的に行動している。SOS団に味方するというのも何か意味があるからです。おそらく、彼女はこのメッセージがなくとも、真相を知っていたんですよ。この事件を解決するためには自分の存在が必要不可欠だとね。たぶん土曜日、あなたと会って話す前から」 俺は土曜日の橘京子を思い出していた。 そういえば奴は佐々木に謝罪していたな。俺たちと会うために時間とルートを調整させてもらっていた、とか。さらにあの日の目的は俺たちに共闘を宣言することにあったといっても過言ではないだろう。 それもすべてを見越しての行動だったのか。ということは、あいつは長門がどんな目に遭っているかの詳細を知っていたということなのか。土曜日の時点で。 「いえ、これはあくまでも僕の推測に過ぎませんから。あまり深く考えないで下さいよ」 「そりゃいいが、どっちにしろやることは決まったな。橘京子に連絡を取るんだ」 「それが……」 古泉は困ったような顔になった。 「できないんですよ」 「…………何っ?」 できない。橘京子と連絡を取れないってのか。おいおい、どういうこった。 「彼女たちの組織に実体はありません。ですから正確に言えば組織ですらないんですけどね。いつも、ばらばらなんですよ。僕たちの『機関』に情報を提供してくれる場合でも匿名性のある手段しか使いませんからね。もちろん、自慢ではありませんが僕や『機関』は彼女の携帯電話の番号は知りませんし、どこに住んでいるかも知りません」 そんな……。じゃあ、あいつをメッセージ通りここに連れてくることなんか不可能じゃないか。 俺が顔面蒼白なのに比べ、古泉はずいぶんと落ち着き払っていた。おかしいくらいに。 「ですから、彼女たちからやって来るのを待つだけです。彼女は長門さんが作ったと思われるこのメッセージは知らないでしょうが、もっと核心に近いことをつかんでいるはずです。おそらく、土曜日にあなたの前に現れたように、何か必要があったらここにも現れるでしょう。自分が僕たちにとって必要不可欠の存在であるということも見通しているでしょうから。ただし、それがいつかは解りません。ですから、僕たちはひたすら待つわけです」 何をお前、そんなすがすがしい顔してやがる。いつかも解らねえ救助を待ってたら、大抵はのたれ死ぬぜ。そんなのは、白骨死体となって発見されたあまたの冒険者が証明してくれてるだろうが。それでもいいのかよ。俺は嫌だね。 「ふふ。どうしてだろう、不思議と怖くはないんですね。こういうスリルに憧れていたのかもしれません。――あなたは『二年間の休暇』を知っていますよね」 「いきなり何を言い出しやがる」 「本のタイトルですよ。『十五少年漂流記』とも呼ばれますが」 「それがどうかしたか?」 「分析してみると、僕の感情はあれに近いものなのかもしれないと思いましてね。彼らが辿り着いたのは孤島ですから、まっとうな手段では脱出不可能です。最終的には外部の人間に発見されて助けられるわけですが、僕のおかれた状況もちょうどそんな感じだと思ったんですよ。推察を巡らして手を尽くし、自分の力ではどうしようもないと悟ったとき、僕は、以前は、絶望するに違いないと思っていました。しかし意外でしたね。違いました。全然そんなことはない。むしろ気が晴れましたよ」 気でも狂ってるんじゃないかと言いかけてその言葉を呑み込んだ。マジで気が狂ってるんだろう。俺か古泉か、どっちかがな。 古泉はしばらく部室の窓の外を眺めていたが、やがて振り返ると真面目な表情に戻っていた。 「長門さんが突然消えて、その原因がはっきりしないまま朝比奈さんまで同様の現象に見まわれてしまったらしい。いや、宇宙人と未来人が、と言ったほうがいいでしょうね。そこまでいったら次に何がくるか、あなたなら解りますよね」 「超能力者か」 「あるいは、あなたです」 古泉のいつになく刺々しい声が冷酷に響いた。俺が目を逸らすと、古泉は真面目な話ですよと言った。 「土曜日にお話しした僕の最後の仮説――覚えてますね。僕たちは何者かに消されるのを待つ身なのかもしれない。それが、もしかすると真相なのかもしれません。時間の差はあっても、僕もあなたもやがては消されます」 古泉の複雑そうな横顔を、俺はぼーっと眺めていた。 超能力者が消えるなら橘京子も一緒に消されちまうんじゃないかと言おうかと思ったがやめた。そんな仮説に意味はないし、そういう仮定をする必要もない。古泉の言うとおり、橘京子が現れるのをただ待っているしかないのだ。先方が事情を承知しているなら、後は奴の慈悲深さに期待するだけである。しかしきっと、いるかも解らん神様よりはアテにできるだろうよ。いや微妙なところか。 「じゃあ」 俺がしばらくだんまりをやっていると、古泉がドアに向かって歩き出した。ドアノブに手をかける。 俺は咄嗟に口を開いた。 「古泉、てめえ明日もここにいろよ。消え失せたりするなよ」 一瞬古泉の手が静止したが、それでも特に答えることなく扉を開けて出ていった。その背中を見送って、しばらくSOS団サイトを表示しているパソコンを眺めていた。やがてチャイムが鳴ったので帰ろうかと思ったところで、弁当を食っていないのに気づいた。 * 「遅かったじゃないの。あんた昼休み中何やってたのよ」 授業開始直前にスライディングセーフを果たした俺は、特に何もすることなくそのまま五時限目六時限目をやり過ごした。もう少ししたら授業も夏休み前モードに切り替わって楽になるのだが、今のところは追い込み漁的な授業が続いていてちっとも心が安まらん。俺の場合、課外活動とその他の時間が一番疲れるのだから、授業中は睡眠学習を許可するよう教師も取りはからうべきである。 疲れという概念を本気で知らなさそうなのはハルヒくらいであって、俺の苦労も知らないハルヒの問いに、俺はだれた声で部室とだけ答えた。 「お前は何やってたんだ、昼休み中」 何となく訊いてみる。 「学食から帰ってきたら、ずっと窓の外眺めてたわ。気分で」 「何考えてたんだ。明日の天気か?」 「合宿のことよ。何して遊ぼっかなーと思って」 明日の天気と答えられても困るが、合宿のことと答えられても俺はなんだかため息を吐きたい気分だった。UFO召喚の儀式について、と答えられたら反応が違っていたかもしれない俺を一瞬思って、何を血迷っているのだと頭を振った。 「話は変わるけどさ」 俺はそう切り出し、 「去年の文化祭のときの映画撮影を覚えているよな。朝比奈さ……じゃない、どんな映画だったか言ってみてくれないか?」 「映画撮影?」 俺の予想が正しければ、ハルヒは間違ってもみくるちゃん主演の、とは言い出さないはずである。古泉の仮説通りなら、朝比奈さんはもとからこの世界にいなかったことになっているのだ。いないはずの人物が映画の主演をできるわけがない。というか、朝比奈さんがいなかったらハルヒは映画撮影なぞをやる気はなかったかもしれん。 やはり、ハルヒはいぶかしげな顔をした。 「何よそれ。そんなのはやった覚えがないわね。あ、でも面白そうじゃない。映画撮影かあ。なあにキョン、今年の文化祭か何かで映画を発表でもするつもりなの?」 「別に」 適当に受け流す。 どうやら古泉の仮説は正しかったらしい。朝比奈さんは長門と同じように消えちまっているという証明である。 俺は質問を変えた。 「じゃあ、SOS団の団員は最初っから三人だけだったかな。俺とお前と古泉。違うか?」 「何なのよ、キョン。そんな当たり前なことを訊いて。机の角に頭をぶつけて記憶喪失にでもなってるんじゃないの? あるいは頭がおかしくなってるのかしら」 ああ、その可能性は今回はまったく考慮してなかった。しかし古泉たちも記憶が俺と同じなのだから、黙殺でいいと思うね。 「なあハルヒ。俺さあ、金曜日の朝もこんなことを訊いてなかったっけ? あの時は長門有希って女子のことについてだった気がするが」 「どうだったかしらね。そうねえ……言われてみればそういう気がしないでもないけど……ところでキョンあんたいったい何なのよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。遠回しな訊き方されるとすっごく気持ち悪いんだから」 一瞬、いっそのことすべてを率直にゲロってしまおうかと考えてから放棄し、ため息とともに何でもないと常套句を吐いて前に向き直った。 不意に、恐ろしいまでの虚無感が押し寄せてきた。感覚はそろそろ麻痺しちまっているが、時々、思い出し笑い並の唐突さでやってくるこれは吐き気を伴うまでになっている。 ホームルームが終わったら朝比奈さんと仲のいいはずだった鶴屋さんのところに行ってみようかとも思ったが、面倒になってやめた。 ホームルーム中、俺は机に伏せて微動だにしなかった。 * この日の放課後は特に何もなかった。 もっとも、長門や朝比奈さんがいなくなる以上に何かあってもらっては困るのだが。 この日は本当に、朝比奈さんがいないと部室で腹に入るものがとたんにまずくなることを実感したね。物理的にも、精神的にも。インスタントコーヒーだってたまにはいいだろうが、朝比奈さんのいないこのSOS団では、コーヒーは欲しかったら自分で淹れろという規律が存在しているようであり、自分で淹れたコーヒーを自分で飲んだところで味も素っ気もない。 無論そう感じるのは俺のコーヒースキルが劣っているからということにとどまらず、部室にいる人員にも問題があった。やっぱりこの部屋にいるのがハルヒと男二人だけってのは寂しいものなのだ。長門の読書姿でも、朝比奈さんのお茶汲み姿でも、それがSOS団の象徴になっていたということを改めて思い知らされた。 結局この日は喪失感が大きすぎて何もやる気がしなかった。古泉がヤケ気味に囲碁対戦を申し入れてきやがったが、今日ばかりは断らせてもらうぜ。 そんなこんなで、ハルヒはパソコンに向かっていたり雑誌を読んでいたりで、古泉は完全に持て余して詰め将棋状態、俺はパイプ椅子で半分以上茫然自失としているという、ある種異常とも言える本日の部活動は、うだうだの暑さが引いてきた頃に校内に響きわたったチャイムをもって終了した。 そうとなればもうこの部室にいるわけにもいかず、やがてして俺らは大量の生徒とともに校門から吐き出されることになった。俺はハルヒの後をセンサーで感知して動くロボットみたいに追い続ける。三人で、今の俺にとってはくそどうでもいいようなことを会話しながら、いつもの駅前に着くと、そこでまた明日と言って二人と別れた。 古泉もハルヒも、やがて街の雑踏の一部と化す。 * 家に戻った俺は、それでもまだ茫然としていた。ショックが大きすぎたのだろうか。 そんなのは言うまでもなく当たり前である。ただでさえ長門と朝比奈さんが消えてしまったショックはひどいのに、さらにこれ以上誰かを失う可能性が示唆されているというのだ。古泉はそう言っていたし、それは俺も納得せざるを得ない。明日仮に古泉が消えていたとしても、それはもはや、俺にとって驚愕すべき事態ではなくなっているのだ。 ではそうならないために俺は何ができるか。それはただ、待つことである。橘京子が助けに来るのを待つだけである。今日、それを自覚されられてしまった。 正直言って、俺は参っていた。 だだっ広い暗闇の中に置き去りにされて、それでも俺はそこから一つの希望を見いだした。その糸をたどっていって、ようやくはっきりした光明が差したのだ。SOS団のウェブページに現れた文章がそれである。橘京子を連れてこい。 それが俺たちの力では不可能だと悟ってしまった。橘京子の連絡先も所在も一切不明なのだ。どうしようもない。ただ俺たちは、橘京子が早く現れてくれることに運命を託したのだ。橘京子がライオンで俺たちは狙われたシマウマといったところか。別に橘京子が俺を殺そうと思っているわけではないだろうし立場関係的には間違っているだろうが、それでも活殺自在という根本において大差はない。手を下すのが自分か別の誰かかという違いがあるだけである。 だがシマウマというのは決して気分のいいものではない。俺は人間であるが故に知性というものに持ち合わせがあり、いいんだか悪いんだか知らないが、無抵抗に殺されるような真似はできるだけ回避するようにできちまっている。 そこで俺は思いついた。人智の発想さ。 誰か、橘京子の連絡先を知っていそうな奴はいないか、と。 思いついたね。そんときはおおいに笑みがこぼれた。 俺はそんなことを夕食を食べながら、風呂につかりながらずっと考え倒していた。おかげで、食事中はひたすら黙し続けて体調を心配されたり、風呂から出たときは全身がゆでダコのように真っ赤になっちまった。 風呂上がりですぐさまコードレスフォンを手にして自室にこもった。妹がふとどきにも俺の部屋でシャミセンと戯れてやがったがエサで釣って追い出してやった。たやすいもんだ。 電話は何回かコールした後、繋がった。 『もしもし』 「もしもし。ああ、俺だ」 とか言ってからナントカ詐欺を思い出したが、相手には無事に伝わったようだった。 『ああ、キョンか。こんな時間に、しかも僕に電話してくるとは珍しいね。何か急な用件でもあるのかな』 「まあな」 物わかりがよくて助かる。 俺が電話をかけたのは土曜日に再開を果たした人物の一人――つまり佐々木だった。 当然である。橘京子と俺の共通の知り合いで、しかも俺が絶対的な信用をおける奴など佐々木をおいて他にいないのだ。 「佐々木、お前にも用件の心当たりはあるだろ」 佐々木はしばし考えるふうな沈黙をおいて、 『そうだな、未来人が突如として消え去ってしまったことについて、かい? 橘さんから聞かされたよ。いやあ驚いたね。みんながみんなこういうののジャンルはファンタジーだと言うが、僕にしてみればホラー以外の何者でもない』 「ああそうだ。そのことについてだ。お前に訊きたいことがあってな」 『ほう、何だい。僕はそんな重要情報は持っていないと思うけどね』 それでも佐々木は好態度を示してくれるので俺は話しやすかった。こういうのがコミュニケーションスキルにおいて佐々木と他の連中との違いなんだろうね。 とはいえ、いくら佐々木でもパスワードの内容とか詳しいことまで喋るわけにはいかなかった。そこらへんは適当にごまかして、いろいろ手を尽くした末という表現に変換し、長門のものらしいメッセージを発見したこと、それによると長門を救うには橘京子が必要不可欠であるらしいことを話した。そして肝心の橘京子の連絡先を俺たちの誰もが知らないという、一見コメディである。 「ということでだ佐々木。率直に訊くがお前、橘京子の連絡先を知らないか?」 『それが用件というわけかい』 「その通りだ。知ってたら教えてくれ、頼む」 『いや、知らないんだ。お役に立てなくて申し訳ないが』 ちくしょう。 頼みの綱がまた一本切れた。残ったのはもはや、ただの恐怖でしかない。 「橘京子から教えられてないってのか」 『まあそういうことになるだろう』 「電話番号とかそういうのじゃなくていい。住所とか地名とか、名前でもいい。何か知らないのか?」 『申し訳ないが』 佐々木は同じ言葉を繰り返し、俺が黙り込んでいると電話の向こうで少し笑った。 『驚いたことに、僕から橘さんに連絡したことは一度もないんだ。さすがは橘さんと言うべきかな。味方にも連絡先を教えずに警戒するとは周到だよ』 暗い心のまま佐々木の言葉を聞いていたら何だか呆れてきた。 「お前は、そんな奴を信用してつるんでたのか。自分の連絡先も教えないようなヤツを」 『それはしょうがないことだ。誰にも、これは譲れないというものはあるからね。人はみんな、そういうことを承知した上で他人と付き合っている。承知できないか、承知できる範囲が狭い人間はどうしても他人と距離が開いてしまう。だから僕は橘さんのそういう考え方をできるだけ理解しようと努めているんだ。仲間としてね。キョン、たぶんそれはキミにも言えることなんじゃないかな』 俺は半分頭を素通りする情報を捉えようと電話機を握り直した。 「俺があの超能力者と一緒にされるのはあまり気分がいいもんじゃねえな」 『キョンが橘さんだと言っているわけではない。キミは橘さんの立場にも僕の立場にもなりうるだろうね。SOS団という団体の中で』 だったら俺は間違いなく佐々木よりのスタンスである。三者三様の理屈と考えを噛み砕いた上で俺の考えというものを構築していかねばならんのだから大変極まりない。さらに俺にはハルヒの理屈と考えまでもがのしかかるのだ。もちろんあいつにはあいつなりの理屈があってその上で理論ができているのだから、黙殺するわけにはいかない。 『だからさ、キョン。SOS団の人員と同じように橘さんにも事情がある。もちろん僕や僕の仲間の未来人、周防九曜さんにもね。個人の理屈や考えという観点から考えるのなら、彼女が連絡先を教えてくれないというのに許せないという感情を抱くのは彼女がかわいそうだ』 しかしそうは言ってもな、佐々木。事実は事実だし義務というものもある。俺にとって橘京子は信用をおけない存在で、SOS団のメンツは仲間なのだ。 『言っておくが、キミにとって橘さんは敵だろうが僕にとっては仲間だ。それに僕からすればキミたちの団体のメンバーは信用のおけない存在かもしれない。キョン、常に条件は対等なんだ』 俺がどう反論を試みようかと思っていると、佐々木は急に声を詰まらせた。次に発せられた声が涙声のように聞こえたのは、さすがに俺の耳がおかしいのだと思う。 『橘さんを信じてやって欲しい。これは橘さんの仲間であって、キミが信用してくれている僕からの願いだ。だからキミは今日、僕に電話をかけたんだろう。……頼むよ、彼女はきっとすぐに現れる。だから彼女を責めないでくれ』 「しかし……じゃあ、お前は完全に橘京子を信用してるんだな。すぐに現れると言い切れるんだな?」 『それは少々語弊があるけどもね。ここで人生論を持ち出すほど僕はえらい人間じゃないが、しかし僕には僕の人生があって、僕は仲間についていくことしかできない人間だ。彼女の思っていることを全部見通せる気はしない。だけれど、僕にはそう信じる義務があるのだと思うよ』 俺は嘆息した。これで俺は佐々木を信用する気になった。橘京子を頼る決心ができちまった。 それからしばらく、佐々木と人生論について語り合った後電話を切った。何となく、これから先も佐々木には到底かないそうにない気がしたね。あいつはとんでもない人間だ。 ついでに古泉にも電話してやろうかと思ったが、突如津波が押し寄せるように睡魔がやって来たのでやめた。携帯電話をしまってから部屋の電気を消すと、部屋には静寂がおとずれた。俺はだるい暑さに抱かれて暗い天井を見ながら、さっきの電話のことをしきりに考えていた。 人の事情を承知できる範囲が狭い奴は、どうしても他人と距離が開いちまう。 橘京子と連絡を取るのが不可能だと思い知った後しばらくして熱が冷めたら、その言葉だけがまだ、いやに熱を持ち続けていると気づいた。ハルヒのことが真っ先に頭に浮かぶのはどうしてだろうね。ハルヒにももちろん事情はあるのだ。あいつにはあいつなりの考えがあるし、それは常に変化している。一年前と同じことを考えているわけもない。どこぞのペットの猫よりも気まぐれに、妙な情にほだされることもある。それがいっそう俺をいらだたせるのだ。 考えるべきは消えてしまった長門と朝比奈さんの謎についてであるべきが、なぜかそのことに頭が取られているうちに眠りに落ちた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4686.html
涼宮ハルヒのユカイなハンバーガー(前編) 涼宮ハルヒのユカイなハンバーガー(後編)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4449.html
「…私キョンが好き。好きなのよ!」 涼宮はいきなり抱きついてきた。 俺はいきなりのことに驚きそのまま後ろに倒れてしまった。 まずい、かなり動揺している。それに頭痛が酷い。 告白された瞬間なにかが頭に流れ込むような。 しかし、この状況はどうだろう。 涼宮は俺の眼からみても十分に可愛い。 いや滅茶苦茶美少女だ。そんな子に告白されて、押し倒されてみろ。 佐々木、すまん。 「…よく解らんが、なんで俺なんだ?」 と俺は混乱する頭を少しでも、落ち着かせようと涼宮を離した。 「あんたじゃなきゃ駄目なの…」 俯いた顔を見ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。 だけど、今の俺にはどうしてやることも出来ない。 「すまん…。俺には涼宮を想ってやることは出来ないんだ。 俺には今彼女がいるんだ。だから、すまん。」 俺の目の前にいる女の子は、この世に絶望したかのような顔をしていた。 震える口を無理矢理開き、消え入りそうな声で喋り始めた。 「…か…彼女って…、もしかして佐々木さん…?」 あぁ、そうだがなんで知っているんだ?高校も違うし、面識はないはずだが。 俺がそういうと、涼宮はいきなり立ち上がり、部屋を飛び出していった。 俺が唖然としていると。 「キョンくん、ハルにゃん泣いてたよ?喧嘩したの?」 妹がやってきたが、俺は妹にお前にはまだはやい!といって部屋から追い出した。 しかし、どうしたもんだろうね。 学校に行きづらいじゃないか。 翌日、涼宮ハルヒは休んでいた。 ほっと胸を撫で下ろし俺は席に着いた。明日は土曜日、佐々木とデートだ。 何か最近は色々ありすぎたが、まぁ明日は忘れて楽しもう。 この日、特に変わったことはなかったが。 帰り際、古泉が遠めから俺を見ていた気がする。 体に包帯をかなり巻いていたのは気のせいだろうね。 そして、土曜日になった。俺はいつもより早く起きれた為、 久しぶりの朝食とコーヒーを堪能していた。 妹が眠そうな目を擦りながら、 「キョンくんが早起きするなんてめずらしいー」 といっていたのは聞き間違いではない。 俺はこいつに毎朝叩きおこされているのである。 でも、そんな妹がなついてくれていることは兄にとっては悪い気はしないのである。 俺はいつものように自転車で駅前に向かった。あれ、いつものように? あぁ、いつもの待ち合わせ場所に。ってあれ…違和感があるな。 そんな変な違和感を抱きつつ、待ち合わせである喫茶店に入った俺は。 佐々木を見つけるや、適当に挨拶を交わし。また俺の奢りか、と言った。 佐々木は苦笑いをしていたがいつもは100Wの笑顔と怒った顔で、 「遅い!罰金!」 と言っていたような気がするのは気のせいだろう。そう気のせいだ。 俺が考え事をしていると、佐々木が隣に座ってきて手を握ってきた。 「せっかくのデートなのに難しい顔をしているなんて失礼だぞ」 と佐々木は微笑んでいた。思わずニヤケてしまうね。 ニヤケていた俺の顔が引きつるのには時間も掛からなかった。 何故なら、俺の視界の端にSOS団の4人が映ったからだ。 「よ、よぅ」 少し驚いた俺は適当な挨拶をいった。 俺がここに来たことに驚いていたようだが、一人だけ無表情な奴がいた。 涼宮ハルヒだ。 気まずい雰囲気を崩したのは、この男の一声だった。 「こんなところで会うとは、奇遇ですね」 古泉だ、ところどころ体に傷が見受けられるのは気のせいじゃないだろう。 俺が相槌を打つと古泉は佐々木のほうを見て、 「彼を少々お借りしてもよろしいですか?」 何故か佐々木も驚いた顔をしていたが、いいですよ。 と答えていた。 こうして俺はせっかくのデートの日に男二人で散歩を始めたのである。 「で、なんだ用があるじゃないのか?」 と古泉に話を振った。 「それなんですが、実は今日はいつもSOS団の活動の日でしてね。 いつもこの駅前に集合して、あの喫茶店に行くんですよ。 今日はですね、あなたもご覧になられたかと思うのですが。 彼女、いや涼宮さんを元気づけようとしていたのですよ。」 まぁ俺にも原因はあるみたいだし、いや俺が原因だろうね。 だから少しは話を聞いてやってもいいと思っていたんだ。 「そうですか、助かります。実は…彼女は心を閉ざそうとしています」 そりゃまたどうしてそんなことに? 「やはりあなたはお気付きにはならなかったのですか。 確か、先日あなたの家に彼女が伺ったはずです。 そこでなにがあったか詳しくは僕は知りませんが、 あの時から彼女はあのような状態になっています」 あぁ、俺が振ったからそうなったんだなぁと思ったが口には出さなかった。 黙って聞いていると古泉が続けて話し始めた。 「そうですか、いやまさかそんなことになっているとは思っていなかったので。 失礼ですがあなたは本当に全てをお忘れですか?」 あぁ、お前たちのことはなに一つ覚えてない。 そういった俺は肩を竦めて答えた。 「そうですか、それなら僕達以外のことは覚えているのでしょうか」 そういわれてみると、確かに他に解らない、知らないってことはないな。っておい、 なんでお前たちの事だけすっぽりとなくなったかのように俺の記憶からないんだ。 「それです。先日長門さんからお話があったと思いますが、 あなたは記憶を書き換えられた可能性が高いです。 いや、書き換えられたといっていいでしょう。」 そりゃまたなんで俺なんかの記憶を弄る必要があったのか聞いてみたいね。 古泉は更に真剣さを増した顔つきになった。 「それは、あなたが涼宮さんの鍵となる存在故です。 涼宮さんにはあなたという存在が必要不可欠になってしまっているようです」 そうか、そう言われればあの態度も、言葉も、現状も納得できるが。 高々恋愛にここまで大げさになる必要があるのか? 「それがあるんです。涼宮さんには…そう、世界を変えることができる力があるのです。 それも望んだだけでね」 へぇ…そりゃすごい。いや凄すぎるというか度を越えている。 「僕も嘘であると思いたいのですが、残念ながら事実なのです。 実は僕も、彼女の願いのおかげで力を得た人間なんです。 それを望んでない人間でもね。 これまで幾度も彼女が作り出す閉鎖空間に入って我々が呼ぶ神人…失礼、 僕はある機関に所属していましてね。 御察しの通り僕と同じ能力を持った方々を軸としていますが。 その神人というのは機関が付けた名称なのですが、 破壊を繰り返す涼宮さんのストレス発散の為に生み出される巨人です。 僕らはそこでその巨人を倒して閉鎖空間を消滅させなければいけない、 という使命を与えられてしまったのです。 ですが、あなたが記憶を失うまでは彼女の精神は安定していたのです。 今までの彼女からすれば驚くほどに。それも一重にあなたのおかげなんです。 あなたのおかげで僕達も、世界も救われていたのです。」 俺がそんな大役を勤めていたのか、だが俺はごく普通の平凡な一般人だ。 それは間違いない。俺はお前みたいに変な属性なんぞもっていないはずだ。 「そうです、確かにあなたは一般人です。だがしかし、涼宮さんにとっては あなたは一般人ではない」 なんでそうなるんだ?今の俺にはどうしてやることもできないぞ。 記憶を弄られているんじゃしょうがないだろ、と俺は投げやりに返した。 「しかし、事態はそうもいってられない状態なのです。涼宮さんはあなたのいない 世界などいらないと強く願ってしまうかもしれない。そうなったら最後です。 もう、誰にもこの世界は救えません。僕達もお手上げですね」 そういうと古泉は両手を広げ方を竦め、微笑を浮かべた。 「少し考えさせてくれ」 そういうと俺は、喫茶店に戻った。 後ろで古泉が携帯でなにか話していたが、俺には関係ないだろう。 喫茶店に戻るとなにやら険悪なムードが漂っていたのである。 佐々木を睨みつけるような視線を浴びせている長門有季と、 もう一人の愛らしい女性が朝比奈さんだろうか。 涼宮ハルヒはぼーと俯いているだけだった。 佐々木のほうに眼をやると、佐々木は困った表情を浮かべていた。 俺は佐々木の手を取り、料金を支払い店を後にした。 涼宮ハルヒが俺を眼で追っておいたのは気のせいだろう。 「いいのかい、彼女達と話さなくて」 佐々木は俺の表情を伺いながら話しかけているようだった。 別に構わないさ、なにやら俺のことを知っているみたいだったが。 佐々木は、実は私もなんだと言い始めた。 「彼女達のことを知っているようで知らない。おかしいだろ?」 俺とまったく一緒だな。世の中不思議なことがあるもんだな。 俺は佐々木の手を強く握り、歩きを早めた。 その後、適当に買い物をしたり、食事をしたりした。 佐々木は幸せそうな顔をしていた。 俺はどんな顔をしていたんだろうね、 たまに佐々木が心配そうな顔をして覗き込んできた。 辺りも暗くなってきた頃、俺達は駅前まで戻ってきていた。 佐々木に、気をつけてと一言声をかけそこから離れようとしたその時、 後ろから抱きしめられていた。 おい、佐々木。これじゃ帰れないぞ。 「…キョン。今日は一人でいたくないんだ。 こんなこと私がいうのも変だと思うかもしれない。 だけど、不安なんだ。君がいなくなりそうで」 佐々木の顔を見ると、瞳が潤んでいた。 しかし、何故か俺は言葉を失っていた。なにも言うことが出来なかった。 「今からキョンの家にお邪魔してもいいかな」 佐々木が上眼使いで俺を見上げた。やめろ、それは反則だ。 俺は断ることができなく、あぁと答えていた。 でも、彼女の頼みをむざむざ断る必要もないだろうと自分に 言い聞かせていた。 佐々木を自転車の後ろに乗せ、俺は家を目指し自転車をこぎ始めた。 家につくまでの間、佐々木は終始無言で俺の背中に顔を埋めていた。 家に着くと、妹と久しぶりに会う佐々木だったが、妹は大喜びだった。 両親にも久しぶりに会ったことで、会話もはずみ一緒に夕食を取る事になった。 食卓での会話で、おふくろが佐々木さん今日泊まっていったら? 夜も遅いし、などと言い出した。佐々木は笑顔でお邪魔でなければと答えていた。 やれやれ。 風呂から出て部屋にいくと、佐々木が俺の部屋にいた。 少し湿った髪が妙に色っぽい。こんな可愛い子が俺の彼女とは。 別に惚気ているわけじゃないぞ。 「遅かったね、キョン」 微笑む佐々木を見ていると、何故か切なくなるのは何でだろう。 佐々木に、もう時間も遅いから寝たらどうだ?というと。 「君は彼女が目の前にいるのに、なにもしないつもりかい?」 佐々木さんいつからそんなに大胆になったんですか。 「ふふっ私は昔から変わらないよ。 そうだね、変わったといえばキョンには素直になんでも言えるようになったかな。」 そういうと、向日葵のような笑顔で笑いかけてきた、頬をほのかの赤く染めて。 気付いたら俺は佐々木を抱きしめていた。 「…キョン」 甘い声を耳元に囁かれた俺は少し見つめ合った後、佐々木に口付けをした。 断言しよう、それ以上はしてない。する気になれなかった。 何故だろう。古泉の話を聞いたからか、いや涼宮ハルヒの姿を見たからだろうか。 胸を締め付けるこの何かが俺を苦しめる。 隣に寝ていた佐々木が、 「…苦しいのかい、キョン。大丈夫私が側にいるから」 そういうと俺の手を握って体を寄せてきた。 今の俺はそれだけで十分だった。安心したのか、意識が薄れてきた。 意識が途絶える前に佐々木が、 「ごめんね」 と言っていた気がした。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1942.html
第二章 涼宮ハルヒの選択 1 長門の部屋でカレーを食べて、少しだけ話した。といっても、俺が長門に話しかけていただけだ。それを長門は頷くなり、首を振るなり、ボディーランゲージで答えていた。たまにそれだけでは伝えきれないのか、ぽつりと言葉を使った。サラダは長門が「得意」だというレタスに、トマトの二つだけしか盛られていなかった。別にそこまでの料理でもないのに、長門は水色のシンプルなエプロンを着ていた。カレーを混ぜるのに使っていたおたまとエプロン姿の長門は、熊と熊に咥えられた鮭ぐらいにはまっていた。いつでも木彫りにできるくらいに。サラダには、和風ごまドレッシング――俺が一番好きなドレッシングだ――をかけて食べた。缶カレーを長門の食いっぷりを見ながら食べた。テレビもコンポもない無機質な部屋で――テレビもコンポも無機質なのだが――、俺たちは二人だけの時間を過ごした。ハルヒも朝比奈さんも古泉もいない、長門の任務なんかとは関係ない時間だった。 俺は長門と緩やかな時間を過ごして、長門のマンションを出る頃には午後十一時を過ぎていた。エントランスから自動ドアを抜けて、耳が痛くなるような寒さが俺を襲ったが、やはり寒さというのはゆっくりと身体を侵食していくらしい。街灯だけが頼りの帰り道を足早に歩いていて、長門の部屋のこたつで暖まった身体が少しずつ冷えていった。それだけじゃなく、長門と一緒にいたことで高まっていた言葉にしがたい高揚感も、少しずつ冷めていった。冷静になっていく思考は俺を激しく混乱させた。なぜ長門にあんなことをしてしまったのだろう、なぜ俺はあんな恥ずかしいことを言っていたんだ、なんて取り返しのつかないことを振り帰ることになったからだ。それから、俺は長門とは別のことを考えた。それは、部室で古泉と朝比奈さんが言っていたことだった。「あなたの好きな人が変えられている」、古泉はそう言っていた。それじゃあ、と俺は思う。もし変えられていたとしてだ、俺の「変えられる前の」好きな人は誰だったんだ? 俺は誰が好きだったんだ? 長門じゃないとしたら誰が考えられるのだろう? 最初に思い浮かんだのは、朝比奈さんだった。今日の俺の朝比奈さんを見る目を考えれば猿でも分かるだろう。涙する姿に心を動かされ、髪をかきあげる仕草に興奮する、ありえないことじゃない。次に思い浮かんだのは、鶴屋さんだった。階段でのあのちょっとした時間で鶴屋さんの魅力に引っ張られていたし、あの台風が近づいてきて手前でコースを変えたときのような去り際の寂しさはそう考えるのに十分な根拠だった。三番目に思い当たったのは古泉だった。あのスマイル野郎と抱き合って、愛を語り合っている場面が一瞬フラッシュバックしたが、きっと何かの強迫観念――もしくはPTSDかもしれない――だということで結論づけた。というのは冗談で、本当に三番目に思い浮かんだのはハルヒだった。それにしても、今日のハルヒの様子は異常すぎた。俺が下駄箱で話し掛ければ動揺していたし、それじゃあと教室で話し掛ければやたらと憤慨していた。憂鬱そうな顔で、溜息をつき、今にも消失してしまいそうな覇気の無さだった。いつもの暴走超特急はどこにいったのか不安になったが、退屈な様子ではなかったので、恐らく何らかの陰謀があるかもしれなかった。俺はその陰謀に対して、受身で待つだけだ。 俺は記憶の確認のために、ターニングポイントとなったところだけでも正確に辿ってみることにした。俺が積極的に――ハルヒにばれないように――行動を起こしたのは数えるほどしかない。一年の時に三回、二年の時に二回だ。最初は神人たちが暴走する学校で、キスをしたときだ。キスに関しては夢だったということになっているが。次はちょうど今日、長門の世界改変によって変わった世界で、俺は元の世界に戻る選択をした。俺がこの世界、つまり、神様、宇宙人、未来人、超能力者――実は異世界人もいるかもしれない――なんてのが交錯するふざけた世界を選んだんだ。その次は、未来人との戦いだった。八日前から来た朝比奈さんを守りつつ、怪しげなチップを確保したり、亀を投げ込んだり、訳の分からないことをさんざんやった。二年が始まってすぐに起こった事件が四つ目だ。俺とハルヒが誘拐されたのだ。誘拐したのは古泉の所属している機関とやらの敵対組織だった。俺たちは鉄格子の窓が一つあるだけの完全に閉じられた牢獄で、ハルヒと手錠で繋がれ、どうしようもない状況の中で、必死に脱出を試みた。片手はハルヒと繋がっているし、自由に身動きできない状態で、俺たちは突破口を探した。徐々に体力は失われていき、水分補給もできずに、死に物狂いで探した。なんとか脱出に成功して外に出ると――その経緯についてはここで話すには長すぎる――、そこは山の中だった。俺たちは絶望した。それでも、俺たちは生きなければならなかった。小川の音が聞こえると、朦朧とする意識の中で、ハルヒを背負い、必死に音の鳴るほうに向かった。そこで水分補給を済ませ、俺たちは川を辿って降りていった。三日歩き続けて、俺たちは小さな集落に出ることができた。俺とハルヒは声なき声で叫ぶと、自然に抱き合っていた。まるでB級映画のラストのような、何の意味もない、歓喜のための抱擁だった。その後、そこのおばあちゃんに介抱して貰い、俺たちは一命を取り留めた。考えるだけで、腹が立ってくるできごとだ。最後はヨーロッパ旅行の時だった。鶴屋さんの別荘だという白亜の城は、時間を経て持ちえる威厳と荘厳さに満ちていた。到着して最初の夜に、ハルヒの「雰囲気を味わいましょう」なんて一言で俺たちは全員服を着替える羽目になった。どこかの姫のようなドレスで着飾っていたハルヒと長門、それに朝比奈さん。本物のティアラまで付けてたからな。タキシード姿の正装というなんとも堅苦しい服装を強いられた俺と古泉。古泉はタキシード姿がやたらと似合っていた記憶がある。全ては鶴屋さんによって、俺たちが出国する前から手配されていたと言うから恐ろしい。 ここで俺の思考は止まってしまった。引っかかることがあったのだ。俺とハルヒが誘拐された牢獄の中で、ハルヒは何かを言っていた気がした。だが、虫食いされた記憶を埋めるには周辺の情報が足りなかった。確かに記憶というものは曖昧で、不確実なものだ。だが、そのハルヒの記憶は「忘れてはいけない記憶」に感じた。 記憶の確認をし、長門のことを思い、ハルヒのこと考え、再び長門のことを思い始めたところで、俺は家に着いた。家の玄関から光が漏れていて、まだ寝ていないようだった。俺は小さく息を吐いて、ドアに手を掛け開けた。 「キョンくーん! ……うぅ」 俺がドアを開け、玄関に入った途端、妹が抱きついてきた。顔は涙で一杯だった。いつから玄関にいたのかは分からないが、寒そうに身体を震わせているのを見ると、相当な時間が経っているようだった。 「どうして泣いてるんだ?」 妹を落ち着かせるために、抱きついている妹の頭を撫でながら尋ねた。 「あのねぇー……お母さんが帰ってこないの。それにお父さんも。だから、あたしずっとキョン君が帰ってくるのを待ってたのぉー」 「ちょっと待て」 俺はポケットから携帯を取り出すと、母親に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。俺がなぜ家にいないのか問い詰めると、母親は「言うの忘れてたわ」とあっけらかんと伝えてきた。十年ぶりに催された同窓会に参加しているそうだ。新幹線で向かったので、泊りがけの予定だそうだ。携帯の受話口からは周囲の人の騒ぐ声が漏れていて、母親の話す声も携帯を離さないと耳が痛いほどだった。俺は両親が高校生から付き合いだということを知っていて、高校はこの街ではなく都会出身だということも知っていた。電気、ガスを消し忘れるな、鍵を閉めろだのお決まりの忠告を聞き流し、俺は電話を切った。 「今日はお母さんは帰ってこないらしい」 電話中もしっかりと抱きついたままだった妹に言った。 「うん。それより、おなかすいたぁー」 「何も食べてないのか。そうだな、何が食べたい?」 「チャーハン!」 妹はなんの躊躇もなく言った。 「分かった」 俺は玄関の鍵を回しながら言った。 「よし久し振りに作ってやるか。だから抱きつくのはやめろ。このままだとリビングにもいけない」 「うん!」 妹は俺から離れると、笑顔を見せて、ぱたぱたとリビングに走っていった。 「せわしないやつだな」 俺はやれやれと溜息をついたが、もう数年もしたら甘えてくることも無くなるのかと思うと、少しだけだが寂しい気持ちになった。 「まだぁー?」 ダイニングキッチンで騒ぎ立てる妹を無視して、俺は仕上げの作業に入っていた。既に十二時を過ぎているというのに、妹は眠くならないのだろうか? 「キョン君のチャーハン大好きなのぉ、だから早くぅ!」 「だから、少しは待て」 「うぅー!」 確かに妹は俺の炒飯が大好きだった。中学の時はよく作ってやってたし、その度に大げさなまでに俺の炒飯を賞賛していた。炒飯をおいしくする方法は簡単だ。ネギをたくさん入れれば良い。入れ過ぎても駄目なのだが、初心者にはそれで十分だ。他にも隠し味に醤油を入れたり、うまみを少しだけ入れたりすれば良い。 俺はガスを止めて、大皿に炒飯を盛り付けた。それを妹の前に置くと、妹はもの凄い勢いで食べ始めた。 「もう少し落ち着いて食べろ」 俺は向かいの椅子に座ると、頬杖をつきながら、忠告した。 「うん!」 妹はいつも返事だけいい。そして、返事をして無視をするのだ。無視つもりはないんだろうがな。妹の食いっぷりをぼんやりと眺めていると、妹は1.5人前をすぐに食べ終わった。 「おいしかったぁー」 妹は本当においしそうな笑顔を浮かべて言った。 「それは良かった」 俺は妹の空になった皿を取って、立ち上がりながら言った。 「キョン君、ありがとぉー」 「もう食ったんだし、遅いから寝ろ。小学生は寝る時間だ」 「うん!」 本当に返事はいい。俺はなかなか温まらない水道水に腹を立てながら思った。妹は俺が皿を洗っている間にリビングからいなくなっていた。本当にちょっと目を離すといなくなる。別にいなくなっても構わないのだがな。俺の妹はいつ兄離れするのだろうか、ということを、石鹸で熱心に洗っても消える気配を見せないネギの匂いに腹を立てながら、俺は思っていた。 俺が消灯を済ませて、自分の部屋に入ると、俺のベッドには妹が寝ていた。俺がベッドの横に立ち、毛布を引き剥がすと、 「あ、キョン君」 まだ、寝ていなかった。二つ結びにしていた髪を解いて、身体を丸め、横になっていた。 「自分の部屋で寝ろ」 「えぇー、お母さんいないからやだぁー」 確かに妹は母親と一緒に寝ていた。 「お前、来年は中学生になるんだぞ? 一人で寝れないと駄目だろ?」 「今日はやだぁー」 「わがままだな」 「今日はキョン君と寝るの!」 幼い顔で怒ってるのを表現するのは難しいみたいだ。怒ってるのにかわいい顔のままだ。 「今日だけだぞ」 俺は折れることにした。こんな深夜に泣かれても困るし、それに俺は早く寝たかった。 「ほら詰めろ。一人用なんだから狭いんだ」 「うん!」 妹が落ちないように、壁側のほうに妹を行かせた。俺が妹に背を向けるように布団に入ると、妹は俺の背中を突付いてきた。 「なんだ」 「キョン君、なんかお話してぇー。ねむれないー」 「俺は眠れるから問題ない」 俺はそう言って、毛布を深く被った。 「いじわるー」 確かに、俺も眠れそうになかった。今日は色々とありすぎた。そのことを考えると、今日は眠れないだろうと思った。俺は妹が寝ているほうに身体を捻ると、 「分かったよ。どんな話がいい? 童話か? ミステリーか? サイコか? 哲学でもいいぞ。それに……そうだな、宇宙人や未来人や超能力者の話もできるぞ。あと、神様もな」 「かわいい話がいいー」 「かわいい話か……難しいお題だ」 俺は全力でかわいいものについて考えた。 「そうだなぁ……パンダの話なんてどうだ?」 「パンダかわいいー」 妹は頬を緩めた。パンダなら良いようだった。 「昔々――」 「なんかそれっぽいねぇー」 「それがいいんだ」 俺は妹は諭した。物語は始まりが一番肝心だからな。 「昔々、といっても最近のことだ。山奥の、そのまた奥に雌のジャイアントパンダがいたんだ。そのパンダは少し変わっていて、皆と違い、白黒じゃなかったんだ。全身真っ白。まるでホッキョクグマみたいな真っ白パンダだった。名前はリンリンっていう。リンリンは他のパンダと変わっていることで皆と馴染めなかった。リンリンも一緒にいようとはしなかったんだけどな。だから、リンリンはいつも孤独だった。ここまではいいか?」 「うん」 「リンリンはとても美しいパンダだった。それに、真っ白なパンダということで希少価値が高かったから、人間がリンリンをわざわざ山奥まで捕まえに来たんだ」 「リンリンかわいそう」 「かわいそうだけれども、やっぱりパンダじゃ人間に勝てない。だからリンリンは簡単に捕まってしまって、動物園に送られてしまった。普通のパンダだったら嫌がるんだけど、リンリンはむしろ嬉しかったんだ。動物園に行ったら、ライオンやら象やら今まで見たこともない動物と会えるから。リンリンは白黒のパンダを見飽きていたんだ。でも、リンリンの思いとは裏腹にリンリンは他の動物とは会うことができなかった。いつも同じ顔にしか見えない人間だけが相手だった。飼育員さんは優しかったし、問題なかったんだけど、リンリンはどんどんストレスを溜めていったんだ」 「ストレス社会、だね。テレビでもやってた」 「その様子を見た飼育員さんはもう一匹のパンダを一緒に飼うことにしたんだ。そのパンダが動物園にやってきたとき、リンリンは驚いた。そのやってきた雄のパンダはなんと真っ黒だったんだ。リンリンは驚いた後、とても嬉しくなった。ああ、あたしの寂しさを理解してくれるはずだってね。真っ黒のパンダも一緒で真っ白のリンリンを見たとき、とても驚いた。すごく綺麗なパンダだ、だけどどうして真っ白なのってね」 「真っ黒なパンダはなんて名前なの?」 「ユウユウ。リンリンと違って平均的なパンダだった。次第にリンリンとユウユウは仲良くなっていった。それに伴って、リンリンのストレスも解消していった。でもリンリンの問題は根本的には解決していなかったんだ。リンリンはこの柵を越えて、ライオンやら象やらに会うことを望んでいたからな」 「リンリンかわいそうだね。みんなからは嫌われて、ライオンさんにも会えないなんて」 妹は悲しそうな顔をして言った。 「リンリンはどうしたらこの柵を越えることができるのか、一生懸命考えた。考えて、考えて、一つの答えを見つけた。ユウユウと力を合わせれば逃げ出すことができる。でも、それを実行することはならなかった。リンリンの元いた国がリンリンを返せって文句を言ってきたんだ。だから、リンリンはあの山奥に戻らなければならなくなった。リンリンはもの凄く悲しくなった。ユウユウと別れるのが嫌だってのもあったし、ライオンやら象やらに会いたかったんだ」 「あたしは会いたくないな。だって、ライオンさんに食べられちゃうかもしれないし、象さんに踏み潰されちゃうかもしれないよ」 「でもリンリンは会いたかったんだ。別れる最後の日、ユウユウはリンリンに聞いた、そう、ちょうど同じ事を聞いたんだ。『どうしてライオンやら象に会いたいんだ? ライオンは凶暴だから食べられちゃうかもしれないぞ』ってね。リンリンは答えた。『だって、面白いじゃない』。リンリンの答えは単純だった。白と黒しかないパンダの模様、みんな同じ形、全てに飽き飽きしていて、もっと面白いものが見たかっただけだったんだ」 「ちょっと分かりにくいなぁー」 妹は少し眠そうな声で言った。眠らせる話には国会答弁のような単調さが必要だということは分かっていた。 「そうだな、例えで表現してみようか。海って普通は塩辛いだろ?」 「うん」 「リンリンが望んでいたのはイチゴシロップのような甘い海だったんだ」 「そしたらかき氷をいっぱい作れるね」 「でも、そんなものは物語の中にしかないだろ?」 「どこかにあるかもしれないよ?」 「あるかもしれない」 俺は少し考えた後、しっかりと答えた。 「ねぇー、キョン君。もう少し近づいていい? 寒くなってきちゃった」 妹はそう言うと、俺の許可を取ることもなく、俺の胸の中で小さな身体を丸めた。 「寒いならちゃんと布団を掛けろよ」 俺は妹に深く毛布を掛けながら言った。 「キョン君、もうお話はいい」 胸のほうから小さな声が聞こえた。 「どうしてだ?」 「だって、キョン君リンリンのお話してる時、悲しそうな顔してるもん」 「そうか」 物語の終わりは、もう少し先だった。でも、終わりについて俺は何も浮かばなかった。 「もう寝るね。キョン君温かいし、早く眠れそう」 「もう寝ろ」 俺は妹と向かい合っていた身体を仰向けにし、そのまま脱力した。妹は俺の脇に抱きつくような格好で、眠りに入った。まだ痛んでいない髪をベッドに広げて、しっかりと目を瞑っていた。俺は妹の柔らかい髪を指で弄びながら、捕らえがたい安心を感じていた。それをもっと明確にしたくて、ゆっくりと目を閉じた。しかし、明確になる事はなく、妹のぬるい体温とともに漠然とした安心が流れてくるだけだった。 俺は眠くならなかった。むしろ、徐々に意識ははっきりとしていった。動いて妹を起こすわけにはいかないし、やることもないので、さっきの物語の終わりについて考えた。リンリンはあの後どうなるんだろうか? しかし、俺はすぐに考えることができなくなった。オチは考えていたのだが、物語を終わらせることができなかったのだ。次に俺は長門のことを考えようとした。だが、長門のことも考える事はできなかった。あまりにも鮮明すぎたのだ。暗い場所が見えないのは当然なのだけれど、同様に明るすぎる場所もぼんやりとして見ることはできないのだ。 結局、俺はハルヒのことを考えることにした。考えると、ハルヒの笑顔がフラッシュバックして、ハルヒの怒った顔が目の前に浮かんだ。偉そうに指を振る姿も浮かんだし、あの傘を渡した時の気恥ずかしそうな表情も明確に思い出すことができた。古泉は言った『俺の好きな人が変えられている』。俺は『本当の好きな人』が目の前まで来ているような気がした。違う、来ているんじゃない。俺の『本当の好きな人』は俺の中にいた。そう思うと、またハルヒの笑顔が俺の前に浮かんで、俺はその笑顔に触ろうと、懸命に手を伸ばした。でも、それに触る事はできなかった。 「ハルヒ」 ハルヒの笑顔は深夜に走るバイクの音とともに、音の無い部屋に溶けていった。俺はそれを防ぐことはできなかったし、する必要も無いように思われた。もう説明の必要はないだろ? 俺の好きな人がハルヒではないからだ。 「長門」 俺はその名前が持つ安心感に抱かれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。抱きつく妹の体温を感じながら。いつか見た長門の笑顔が、遠ざかるバイクのエンジン音のように、尾を引いていった。 俺は妹に起こされることもなく、目覚めた。目覚めると、いつもより早く起きたのは全身に感じた寒さによるものだと分かった。俺の身体に一枚も毛布がかかっていなかったからだ。妹は毛布を巻き込むようにして占有していた。俺は震える身体を両腕で押さえながら、上半身を起こすと、ガラス窓にあたる水の音に気付いた。 「雨か」 寒さで完全に覚醒してしまった意識の中、小さく呟いた。俺は妹を起こさないように、丁寧にベッドから降りると、机の上に置いてある正方形の小さな置き時計で時間を確認した。余裕があることが分かると、一つ大きく伸びをして、部屋を出た。 リビングでヒーターのスイッチを入れ、朝飯の用意をするためにキッチンに入った。雨音はだんだんと強くなっていた。冷蔵庫から材料を取り出し、調理に取り掛かった。朝食を作り終えると、自分の部屋に戻って、妹を揺すり起こした。 「あ、……キョン君」 妹は焦点の定まらない瞳を、俺の半分くらいしかない手で擦りながら言った。 「ご飯だ。もうできてる」 「う、うん」 妹はぼさぼさになった髪をほぐしつつ、ふらふらとしながらベッドから降りた。 「キョン君があたしより早く起きるなんて珍しいね。眠れなかったの?」 俺が階段を下りているときに後ろから妹が言った。 「お前が毛布を占有してたからな」 「そんなことないもん!」 「ま、そんなことはいいよ」 リビングに入ると、妹は長方形のダイニングキッチンに、俺は冷蔵庫に向かった。 「何飲む?」 「オレンジジュース!」 「オケ」 妹専用のプラスチックコップに並々とオレンジジュースを注いで、妹の向かいに座った。 「今日ねぇー、キョン君の夢見たの」 「忘れろ」 俺は焼きすぎてしまったウインナーを頬張りながら言った。 「それが、なんか忘れられそうにないタイプの夢だったのぉ」 「たまにあるな」 「ハルにゃんとキョン君が一緒に遊んでた。キョン君たまにハルにゃんに叩かれてたよ」 「ハルヒも出てきたのか」 「うん。でも、ハルにゃん楽しそうだった。すごく綺麗で、あたしもあんな風になりたいなぁって思ったの」 「ハルヒを目標にするのは人生を棒に振ることになるぞ。朝比奈さんにしておけ」 「それから場面が急に変わっちゃったの。今度はキョン君もハルにゃんもすごく恥ずかしそうにしてた。なにをしてたかは分からなかったけど、あたしとても嫌だった。何かキョン君を取られちゃいそうで」 「何でハルヒに俺を取られるんだ?」 「うぅー。もういい、キョン君嫌い!」 妹はたいそうご立腹のようで、皿の上に残っていた醤油をかけすぎた玉子焼きを一口で平らげた。 「一つだけ言っておくが、ハルヒを目標にするのはやめて、朝比奈さんにしろ。そうすれば将来は約束されたもんだ」 「それじゃだめなのぉ!」 「分かったよ」 俺は諦めて、残っていた牛乳を一気に飲み干し、立ち上がった。すぐに皿を片付け、二階に行って制服に着替えた。十二月に入って朝比奈さんから貰った白のマフラーを使おうかと迷ったが、それが朝比奈さんの手製であることがばれた時に大惨事になることは目に見えていたのでやめた。谷口にばれたら、盗まれるか、焼却処分されるに違いなかった。学校の覇権を握っているという、朝比奈後援会の方々にもひどい嫌がらせを受けるかもしれなかった。俺はこのマフラーを朝比奈さんがどんな思いで縫ってくれたのか一通り妄想した後、リビングに戻った。妹も既に着替えていて、俺はリビングテーブルの上に置きっぱなしになっていた家鍵を取って、家を出ることにした。 霧雨になっていた雨を傘で遮って、登校した。かじかむ手を腹からの息で温めつつ、歩を進めた。教室に入ると、ハルヒが俺の顔を見て、ニッと笑った。昨日の不機嫌さはどこにいったのかというほどの笑顔だった。 「どうした、不満は解消したのか?」 俺は鞄を机に掛けながら話しかけた。 「なんだか馬鹿らしくなっちゃったのよ」 「馬鹿らしくなった?」 「そう。なんかあたしらしくないなって思ったのよ。ウジウジして、イライラして、一人で抱え込んで」 「イライラしてるのはいつもだろ」 「それはつまんないことしかないからよ。でも、今回のイライラは全然別物なの。元はと言えばあんたが悪いんだからね!」 「俺が原因なのか? ぜひ説明してほしいな。俺がイライラする事はあっても、お前がイライラする事はないはずだ」 「あんたとぼけるつもり? それとも頭悪い? あ、それは元からか」 ハルヒは納得したように手を打った。 「すまんな。頭が悪いのは生まれつきだ。そんなことは恐らく俺が生まれる前から決まっていたことだろうよ。それより問題なのは、どうして俺が原因なんだってことだ。それを教えてくれ」 「あたしからは言えないわよ! あんたがもう一回言ってみれば?」 ハルヒの声は語尾にいくにつれて小さくなっていった。 「俺が何か言ったのか」 「そうよ!」 しかし、俺が何を言ったかは見当がつかなかった。この記憶は消されてしまっているのだろうか? 「そうか。何を言ったかは覚えてないが、思い出したら後でもう一回言うよ。それでハルヒに確認を取るようにする」 俺がそう言うと、ハルヒは「えっ」と大きな目をさらに大きくしてあからさまに驚いた。 「あんたが覚えてないならいいわよ!」 ハルヒの声は震えていた。もう少し俺が何を言ったのか情報を得ようとハルヒと話そうとしたが、運悪く担任の岡部がジャージ姿で入ってきた。暖房も完備してない馬小屋のような校舎にジャージ姿は寒すぎるだろうと心底思った。俺たちの会話が途切れてしまって、ハルヒは後ろで寝始めた。俺もやることもないし、蛇足の一週間の二日目であることも考慮して、体力温存のために寝ることにした。机に突っ伏しながら、俺がハルヒに何を言ったのか必死に思い出そうとした。ハルヒを一日鬱状態にさせるほどの言葉を俺が発したってことは確かだ。俺は何を言ったんだ? 根っこのない木のような不安定な記憶はどこを辿れば見つかるのだろうか? 今日も俺は昼飯をかきこみ、部室に向かった。もちろん長門に会うためだ。廊下の窓ガラスに大粒の雨がぶつかって、けたたましい音を鳴らしていた。湿った廊下に上靴の足跡を残しながら、俺は長門の元へと急いだ。 部室のドアを開けると、やはり長門はパイプ椅子に座って本を読んでいた。そのいつも通りの姿に安堵しつつ、長門にゆっくりと近づいて、本棚に寄り掛けてあったパイプ椅子を広げた。どかっと座り、何も話すこともないのに長門に話しかけた。 「長門」 「何」 「いや、別に話すことはないんだがな」 「そう」 俺はそこで話す話題を思いついて、長門に訊くしかない話題だと確信した。 「えーっと、今日の朝、ハルヒが言ってたんだけどさ、俺がハルヒのやつに何かイライラするようなことを言ったらしいんだ。長門は分かるか? 俺の記憶がいじられてるみたいで、俺には分からないんだ」 「……」 長門は何も答えなかったが、本をめくる手の動きを止め、何かを考えているようだった。 「禁則事項なんてことはないよな?」 「ない」 「それじゃあ教えてくれないか?」 「あなたは何も言っていない」 「そうか。ってことは、あれはハルヒの妄想だってことだな?」 「……そう」 長門はやけに間を置いて言った。といっても、長門にとっては普通なのだがな。 「ま、どうでもいいか。ところで何を読んでるんだ?」 俺が尋ねると、長門は本を胸の前まで上げて、表紙を見せてくれた。『Nesnesitelnalehkostbyti』。タイトルが英語でもなかったので、全く見当もつかなかった。 「日本語にするとなんて読むんだ?」 「存在の耐えられない軽さ」 「それなら知ってる。有名だしな。長門でも恋愛小説を読むんだな」 「たまに」 長門はそう言うと、本を膝の上に戻し、再びページをめくり始めた。じゃまをするのも悪いと思ったので、立ち上がり、パソコンを起動した。ネットサーフィンをしていると、頭に入ってこないゴシック文字に戸惑った。隣で本を読んでいる長門がどうしても気になってしまった。昨日の手を繋いで帰った光景が思い出されるのだ。長門はどう思っているんだろうか? そもそも手を繋いで帰ろうと誘ったのは長門のほうからだ。 俺たちが教室よりかは幾分暖かい部室で、それぞれの時間を過ごしていると、ドアが開いて、俺はディスプレイから目を外した。 「あ、キョン、こんなところで何してるの?」 ハルヒが部室の入り口で立っていた。ハルヒはそのまま部室にずかずかと入ってくると、俺の後ろからディスプレイを覗いた。 「何だつまんない。エロ画像でも漁ってるのかと思ったのに」 ハルヒは心底残念そうに呟いた。 「長門がいる前でそんなことするか」 俺はブラウザを閉じながら言った。 「ちょっと貸しなさいよ」 ハルヒは俺の肩に寄りかかるようにして、マウスを奪おうとした。取られるのも癪だったので、とりあえず抵抗してみた。 「早く貸しなさいよ! このパソコンはあたしのなの!」 「このパソコンは朝比奈さんの涙の結晶だ」 俺は肩に押し付けられるハルヒの形の良い胸に気付いていたが、ここで反応すると、逆に冷やかされる可能性があったので何も言わなかった。俺が諦めて立ち上がると、ハルヒは俺を突き飛ばして、団長専用椅子に勢いよく座り、その長く直線的な足を組んだ。 「たく、突き飛ばす必要も無いだろ」 俺はズボンについた砂を払いながら立ち上がった。 「つまんなかったからよ。それに、有希と二人で何してるのよ? 昨日もここに来てたでしょ」 「暇つぶしだ。それに、教室よりこっちのが暖かいからな」 ハルヒは「ふーん」と何か企んでいるような顔をすると、 「有希に会いに来てたんでしょ? あんた有希のこと大好きだからね」 「さあな」 俺はハルヒの考え通りにいくのが気に食わなかった。 「どうだかね」 ハルヒはやれやれといった感じに、古泉の仕草を真似た。そして、立ち上がると、 「やっぱいい。あたし教室に戻る」 「人からパソコンを奪っといて使わないのかよ」 「あんたも有希と二人のが嬉しいでしょ?」 「そうだな。平穏な昼休みを過ごせる。昼休みくらいゆっくりさせてくれ」 「バカキョン! 死んじゃえ!」 ハルヒは一メートルも幅がないところで完璧な回し蹴りを俺の腕にクリーンヒットさせた。その勢いはすさまじく、俺が壁に叩きつけられるほどだった。ハルヒはそのまま走って部室を飛び出していった。長門が近づいてきてしゃがむと、俺の様子を伺っていた。 「問題ない」 長門の真似をした俺は、問題大ありの左腕を押さえながら立ち上がった。長門も立ち上がると、俺を気遣うような瞳で――少なくとも俺にはそう見えた――じっと見つめた。 「気にするな。ハルヒのやつも気が立ってたんだろう」 「……そう」 俺は気遣ってくれた長門の頭を優しく撫でた。 「ごめんな、本読むの邪魔しちゃって」 長門は首を横に振った。 「俺もそろそろ戻らないと」 「わたしのこと好きじゃない?」 「えっ?」 「さっき涼宮ハルヒがあなたのわたしに対する好意について訊いたとき、あなたは何も答えなかった」 「なんだ、そんなことか。昨日も言ったが、俺は長門のことが好きだ。変わらないよ」 「本当?」 長門は小首を傾げた。俺の好きな仕草だった。 「もちろん」 俺ははっきりと言った。 「そう」 長門はほとんど唇を動かさずに言って、またパイプ椅子に座り、本を読むことに戻った。 「俺、教室に戻るわ」 俺がそう言うと、長門は俺をじっと見つめて、見送ってくれた。部室から出ようとしたときだった。開けっ放しになっていたドア、その横で、ハルヒが立っていた。俺と目が合うと、ハルヒは走って逃げてしまった。何か思い詰めた瞳だった。追いかけようにも、俺程度の足の速さじゃ追いつくこともできない。ハルヒが視界から消えて、冷静になって初めて、俺と長門の会話がハルヒに訊かれていたことに気付いた。なぜだか俺は取り返しのつかないことをしてしまった気がした。 教室に戻ると、ハルヒは机に突っ伏していた。話すのも気まずいので、俺は何もなかったふりをして、椅子に座り、時間が過ぎるのを待った。一番近い席にいるはずのハルヒがいない気がするほどの距離を感じていた。振り返ればハルヒは確かにいるだろう。俺にはそれができなかったし、怖かった。ここで話したら、俺とハルヒの距離は永遠に埋まらない気がしたからだ。何も話さない、何も言い訳をしない。それが今俺にできる全てだった。 心にわだかまりを感じながら授業をこなし、帰りのホームルームが終わると同時に教室を飛び出た。一刻も早くハルヒから離れたかった。あのままずっと一緒にいたら、俺は何か言い訳をしてしまいそうで、気が狂いそうだった。 部室に行くと、長門と朝比奈さんがいた。冬用のメイド服に身を包んだ朝比奈さんは白の毛糸で編み物をしていた。 「涼宮さんは変わりありませんか?」 朝比奈さんは器用に動かしていた指を止めて、言った。 「あいつはいつも変わってますよ」 「そうですよね」 朝比奈さんは溢れる笑みを浮かべて、頷いた。さっきあったことを朝比奈さんに言ったらどうなるだろう? 怒られるだろうか? それとも泣かれるだろうか? どちらにしろ、俺には先ほどあったことは朝比奈さんに言うべきではないように思われた。これ以上問題を複雑化する必要はない。 騒ぎを起こす奴がいない部室は、ひどく静まり返っていた。雨音だけが激しさを増していった。この雨で道端に留まっていた落ち葉は全て洗い流されるだろう。今日はサッカー部や野球部の声も聞こえなかった。世界があの時の閉鎖空間のような灰色に移り変っていた。どうすれば、俺はこの世界から抜け出せるのだろうか? 長門との会話を聞かれただけで、この喪失感はなんだ? あれは俺の本当の気持ちを言っただけだ。ハルヒに聞かれたからといって何が問題だ。確かに、俺が長門と付き合うようなことがあれば、SOS団は今のままではいられなくなるだろう。そしたら、どうなる? 俺は堂々巡りの思考を続けた。 その日、ハルヒと古泉は部室にこなかった。 長門と二人で帰った後、俺はベッドで横になっていた。すでに両親も帰ってきていた。夕飯を少しだけ食べた。ぼんやりと天井を見上げて、ハルヒがなぜ俺と長門の会話を聞こうとしたのか考えていると、一つの答えが出て、すぐにそれを否定した。ハルヒは俺と長門の関係を疑っていた。しかも、それは今に始まったことじゃない。一年くらい前から、ちょうど世界改変された後からだ。確かに、俺はその時から長門のことを気にかけていた。再び長門が世界を改変しないように。 俺が、ハルヒと長門について考えて、眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。 *** 目覚めると、俺は部室にいた。長机で制服を着て寝ていた。こういう時の俺の落ち着きようは異常と言うほかなく、とりあえず周囲を見回した。予想通り、窓の外は灰色で、部室の様子は今日の放課後と全く変わっていなかった。ハルヒはどこにいったのだろうか? ハルヒがいるという確証は無かったが、過去の経験から、そしてなんとなくこの世界にハルヒがいるだろうと思った。 俺がパイプ椅子から立ち上がると、石をぶつけたような音が鳴って、窓の方を見ると、赤い玉が浮いていた。 「古泉!」 俺は窓まで駆け寄って、勢いよく窓を開けた。風は入ってこなかったが、じわりと冷気が入り込んできて、肩が震えるような寒さを感じた。 「古泉、またなのか?」 古泉と思われる赤い玉はぐにゃぐにゃと形を変え、人の形になっていった。嫌味なほどの笑みをたたえた顔が形成されると、古泉は俺に話しかけた。 「またです」 「というか古泉、久し振りだな」 「そうですね。あの僕が怒って出て行った日以来です」 「あれについては今言及してる時間はない。後でゆっくり話そう」 「そうしてくれると嬉しいです」 「それじゃあ、今の状況について説明してくれるか?」 「今回の閉鎖空間は非常に特殊です。まず、『神人』がいません」 「あの化け物がいないってことは時間制限がないってことか」 「そうですね。それで一番重要な点なんですが、今回の脱出方法は長門さんも朝比奈さんも、もちろん僕も知りません。あなた自身に見つけてもらうしかなさそうです」 「俺が見つける、か。ところで、この世界にハルヒはいるんだよな?」 「涼宮さんはこの世界にいます。この世界で、あなたを待ち続けています」 「それなら良かった。俺だけこの世界に残されてるんだったら、脱出方法はないだろうからな。ハルヒの場所が分かるなら教えてくれないか?」 「涼宮さんは教室にいますよ」 「俺たちのクラスで良いんだな?」 「そうです」 「古泉、そろそろいなくなるな」 古泉の身体は徐々に原型を留めず、再び赤い玉へと戻りつつあった。 「前回、一年の時と比べても、この世界に他者が介在することを拒んでいるようですね、涼宮さんは。もうそろそろ時間です」 「俺はまたそっちの世界に戻るよ。安心してくれ。ハルヒの奴も絶対に戻してみせる」 「期待しておきます」 赤い玉は一瞬揺らいだかと思うと、灰色の世界に消えていった。 「ごめん、古泉。俺、自信ないわ」 古泉がいなくなった後、窓を閉めながら呟いた。今、ハルヒと会って話すことができるだろうか? 長門との関係を訊かれたら俺はどう答える? 古泉が言っていた通り、俺は教室に向かった。太陽も月もないこの空間で、どこから光が入ってくるのだろうか、廊下の窓からは月明かり程度の光が漏れていた。夜の学校というのは心地良いものだ。誰の声も聞こえない、埃も舞っていない。だから、空気が清潔なのだ。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。普段使っていない肺胞まで染み渡るような充足感が俺を追い込んだ。本館までの長い廊下と階段は、死刑台の道のりより遠く感じた。 教室のドアを開けると、ハルヒは自分の机――一番後ろの窓際だ――で寝ているようだった。俺は自分の席に座り、うつぶせたままのハルヒが起きるのを待った。薄い窓ガラスごしにグラウンドを見ながら、いつかのハルヒとの思い出を思い起こした。俺の目の前には、制服姿のハルヒがいた。繊細な髪に黄色のカチューシャを付けていた。髪の間からは白くて小さな耳が覗いて見えた。細くてこれ以上ないくらい洗練された指はしっとりと机の上に置かれていた。ぼんやりとした薄暗いこの空間が、空間とハルヒとの境界を曖昧にして、ハルヒは抽象的な美しさを誇った。 どのくらい待ったのだろうか? ハルヒはゆっくりと顔を上げた。顔を赤くして、ばつの悪そうな様子だった。 「キョン」 「何だ?」 「また来たわね」 「そうだな」 「これ夢なのよね?」 「もちろん」 「嫌な夢ね」 「ああ、最悪だ」 俺とハルヒは目を離すことなく話した。 「あたし、さっきまで長い夢を見てたの。キョンが出てきたわ」 「忘れろ」 「それが忘れられそうにないような夢だったのよ」 「たまにあるな」 どこかで聞いたことのある台詞に感じたが、何かは分からなかった。 「キョンとあたしが一緒に遊んでた。すんごく楽しそうで、ああ、あたしもあんなに楽しそうにキョンと遊びたいなって思って、少しだけ嫉妬した。その後、場面が変わってあたしとキョンは向かい合って、恥ずかしそうにしてた。どっちも何か言いたそうな感じなのに、何も言わないの」 俺はハルヒの夢が妹の夢と同じだということに気付いた。 「夢の中で見る夢か。どちらが夢なんだろうな」 「どっちでもいいのよ」 「そうかもな」 「そうよ。夢は夢でしかないわ」 「夢は夢でしかない」 俺はハルヒの言葉を繰り返した。 「ねえ、キョン」 ハルヒは似合わないほどに甘い声で呼びかけた。 「何だ?」 「あたし、キョンに言っておかなきゃならないことがあるの」 「どうしても今言わなければならないことなのか?」 「夢の中でしか言えないわ」 「言ってみろ」 ハルヒはグラウンドのほうを見た後、俺をしっかりと見据えた。 「キョンはあたしのこと、好き?」 「好きではないと思う」 俺は自惚れでなく、ハルヒの言ってくることが分かっていた。だから、解答も用意できていた。 「そう。あたしは夢の中でもキョンに振られるのね。でも、よく考えたら当然よね。ここにいるキョンは『あたしの中の』キョンなんだもんね。せめて夢の中だけでもって思ったんだけど」 俺は勘違いをしていた。ここにいる俺は「ハルヒの中で作られた」キョンなんだ。俺がどう言おうと、現実にはならない。 「じゃあ、俺も訊いていいか?」 「いいわよ」 「ハルヒは俺のこと、好きなのか?」 「分からないの」 ハルヒは首を横に振った。肩まで伸びた髪が、一本一本明らかに揺れた。 「そっか、じゃあ訊かないことにするよ」 「キョンにしては優しいわね。やっぱり、『あたしの中の』キョンだからかしら?」 「もう一つ訊いて良いか?」 ハルヒはくすっと笑うと、「どうぞ」と言った。今まで見たハルヒの笑顔の中で、一番優しい笑顔だった。 「今日ハルヒが言ってたことなんだ。俺がハルヒに何かを言ったって。俺はハルヒに何を言ったんだ?」 俺が疑問に思っていることだった。 「それはね――」 「それはね?」 「キョンとあたしが指輪を買いに行ったときのことよ。二日前、夢の中だから三日前になるのかしら、とにかく十二月十七日よ。日曜日にあたしたち二人で街中に出かけたときのこと。あたしがわがままを言って、キョンに指輪を買ってっていったの。もちろん、キョンは嫌がるわよね。だからあたしは言っちゃったの。無意識だったわ。『あんた、あたしのこと好きじゃないの?』。そしたらキョンはなんていったと思う? 『好きだが、指輪とは関係ない』。きっとキョンも無意識で言っちゃったのよね。あからさまにしまったって顔をして、その後、『何も聞いてないよな?』って言った。あたしはキョンに合わせてあげた。『何も聞いてないわよ。早く指輪を買いなさい』。合わせてあげた、なんて言ってるけどあたしも恥ずかしかったのよ。その後、キョンはしぶしぶ指輪を買ってくれたわ。安物だったけど、初めてキョンに貰ったものなのよ」 ハルヒは楽しそうに話していた。俺はナゾナゾが解けた気がした。 「そうだったのか」 「これよ」 ハルヒが俺の前に左手を出すと、ハルヒの指には指輪がついていた。ハルヒの言う通り、デザインもシンプルというより陳腐なもので、露店で売っていそうなほどの安物に見えた。 「安物だな」 「あんたのことを気遣って安物にしたのよ」 ハルヒは俺をじっととした目で見つめ、 「でも、大切なものなのよ」 ハルヒは左手をしっかりと右手で包み込んだ。 「現実の俺に会ったら殴っといてくれ。お前はハルヒが好きなんじゃないのかって」 「そうするわ。キョンごときで生意気よ」 ハルヒは笑った。つられて、俺も笑った。 「さて、そろそろ夢の中にいるのも飽きてきたな」 「そうね」 「何をするか分かってるか?」 「もちろん。『あたしの夢の中の』キョンとキスをする、でしょ?」 そう言うとハルヒはゆっくりと目を瞑った。薄明かりの中、長いまつげで顔に陰が落ちていた。俺も目を瞑ると、ハルヒにキスをした。直後に世界がハルヒを中心に収束していった。 *** ひどく混沌とした意識の中、俺は目を覚ました。ベッドで横になっていた。俺は身体を起こし、ベッドから降りると、机の引き出しを開けた。そこにはハルヒが見せた指輪と同じものがあった。俺はその指輪をはめなければいけないことに気付いていた。理由は分からなかったが、俺はその指輪が全ての問題を解決してくれる気がしていた。 左手の薬指にはめると、タイムジャンプした時のような眩暈と不安と嘔吐感が襲って、俺はその場にしゃがみこんでしまった。そして、俺は全ての混乱の始まりを知った。 頭の中を暴走する膨大な情報の中で、妹に話したリンリンの話が執拗に誇張された。リンリンはあの後どうなるのだろうか? 落ちは考えてあった。真っ白の身体のリンリンと真っ黒な身体のユウユウ、それは表面に覆われてる体毛は違うが、その中に隠されている皮膚の色は同じだ。リンリンはそれをライオンに教わるんだ。だから、寂しくない。それで、どうなるんだ? リンリンの抱えている問題の本質はそこじゃない。 それでも、リンリンの物語は終わるだろう。全てに満たされた、暖かい春の日のような穏やかな終わりを願った。
https://w.atwiki.jp/gununu/pages/3157.html
涼宮ハルヒ〔すずみや はるひ〕 作品名:涼宮ハルヒの憂鬱 作者名:本家アナあき 投稿日:年月日 画像情報:640×480px サイズ:41,554 byte ジャンル:[[]] キャラ情報 このぐぬコラについて コメント 名前 コメント 登録タグ 個別す 本家アナあき 涼宮ハルヒの憂鬱
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4870.html
時は進んで翌日、土曜日の午前。 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて………… 「本題に入る前にお聞きしたいのですが」 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、 「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、 「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、 「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」 「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、 「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」 「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」 「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」 そう言い切るとピッと前髪を弾き、 「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」 どういうことかと聞けば、 「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」 「それがどうしたんだ?」 「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、 「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。 「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」 「は?」 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、 「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」 「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」 「あたりです」 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、 「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、 「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。 「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」 「………?」 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、 「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」 「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、 「――長門、」 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、 「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、 「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、 「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」 長門は目をパチクリさせると、 「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、 「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、 「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。 「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。 「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」 ………………。 静寂が広がった。 「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、 「そうではない」 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、 「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」 「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」 「説明しましょう」 古泉はどこか若干嬉しそうに、 「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」 「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」 「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」 「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」 「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。 そして……俺は考える。 「じゃあ、俺のやるべきことは……」 「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」 「…………」 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。 「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。 それは、他の奴らにやらされることじゃない。 俺が自主的に、そう望んでやることだ。 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ? 「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、 「わたしはしない」 と言われた。目が点になった。 「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。 「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、 「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。 「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。 『雪、無音、窓辺にて。』 そして今回の長門の詩の題名は……。 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。 「…………」 と、回想はここまでで十分だろう。 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。 「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」 ――ハルヒがやってきた。 「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」 「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」 「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」 鮮明に、かつ明確に覚えている。 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。 「まあいいわ」 とハルヒは周囲を見回し、 「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」 「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。 「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、 「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」 「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、 「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」 「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」 「いいけど、なんだかこれって……」 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。 「…………」 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。 やがて顔を上げると、 「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」 「なんでだ?」 「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、 「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」 「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、 「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、 「……これ、誰に言ってるの?」 「誰とはなんだ」 「う……」 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。 「ハルヒ?」 「な、なによ……」 「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」 「………?」 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。 さて。 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。 「……キョン?」 「なんだ?」 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。 「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、 「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、 「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、 「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。 「ちょっと待ってくれ」 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、 「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。 「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/741.html
キョン「なぁ、しょっぱなの自己紹介のアレ、どのあたりまで本気だったんだ?」 ハルヒ「『しょっぱなのアレ』って何?」 キョン「いや、だから宇宙人がどうとか」 ハルヒ「あんた宇宙人なの?」 キョン「んなわけねえだろ!!お前のその自己紹介のせいで誰一人俺の自己紹介を覚えてねえんだよ! 俺より目立ちやがって!絶対ゆるさん!」 いきなり怒鳴られた、後から聞いた話によると。 キョンは目立ちたがり屋で、しかも極度の負けず嫌いらしい。 それからというものの、キョンはアタシのすることにいちいち突っかかってくるようになった。 こうしてアタシとキョンは出会ってしまった。 ある日、次の時間は体育で着替えなければならないというのにクラスの男子はなかなか教室から出て行かなかった。 アタシはかまわず男子達の目の前でセーラー服を脱いでやった、すると女子の「キャー」悲鳴と供に一目散に教室から出て行った。 だけどキョンはそこに居た。「俺にもできるぜ?」みたいな顔をして女子の目の前でパンツ一丁になったのだ。 「キャー」という悲鳴と供に女子は一目散に教室から出て行った。 アタシは無視してスカートを脱いだ、 するとキョンは得意気な顔をしてパンツを脱いだ。 キョン「どうよ?」 ハルヒ「どうって…体操着に着替えるのにパンツを脱ぐ必要は無いんじゃないの?」 キョン「お、俺はいつもこうなんだよ!」 そういってキョンは下着をつけずに短パンを履いた。 谷口「おい、キョン。横チン出てるぞ」 キョン「お、俺はいつもこうなんだよ!」 その日の体育で女子の注目の的になったのはブッチギリでキョンとその息子だった。 アタシは何かおもしろいものでも無いかと全ての部活に仮入部してみた。 どうやらキョンも負けじと全ての部活に仮入部していたらしい。 キョン「どうだ?どこか楽しそうな部活はあったか?」 ハルヒ「全然無い。これだけあれば少しは変なクラブがあると思ったのに」 キョン「無いものはしょうがないだろ、結局の所、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ。言うなれば…」 なんかうんちくを語りだした、知的なところをアピールしてるんだろうか。 次の瞬間アタシはひらめいた。 ハルヒ「そうだ!無いなら作ればいいのよ!どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら」 キョン「まぁ俺は最初から気付いてたけどね」 そんなこんなでなぜかアタシとキョンは一緒に新しい部活を作ることになった、 そして潰れかけの文芸部室を乗っ取ることに決めた。 放課後。アタシは2年の教室でぼんやりしていた娘を捕まえて部室へ向かった。 ハルヒ「ごめんごめん遅れちゃって、紹介するわ!朝比奈みくるちゃんよ!」 アタシは得意げにみくるちゃんを紹介した。 しかし、キョンも新入部員を連れてきていた。 古泉「はじめまして、古泉一樹です」 キョン「どうやら俺の連れてきた部員のほうが優秀そうだな」 キョンは勝ち誇った顔で言う、アタシはちょっとムッした、 ハルヒ「見なさいよ!メチャメチャ可愛いでしょ!?萌えって結構重要な要素だと思うわ」 キョン「なんの!古泉もイケメンじゃないか!これだけのいい男はなかなか居ないぜ?」 ハルヒ「それだけじゃないわ!ほら!アタシより胸でかいのよ!ロリで巨乳!完璧じゃない!」 アタシはみくるちゃんの胸をモミながらそう言った みくる「ひぇ~っやめてくださぁ~いっ」 キョン「なんの!どうだ古泉の奴けっこうでかいんだぜ?ほら」 なんとキョンは古泉のイチモツをモミだした 古泉「な、なにをするんですか!?」 キョン「ほ~らドンドン大きくなってきた、まだまだでかくなるぞ~」 古泉「ああっ!はうっ!ううっ!」 キョン「どうだすごいだろうハルヒも触ってみるか?」 古泉「あぁぁっ!」 ハルヒ「わかったわ!アタシの負けよ!やめなさい!」 アタシは暴走するキョンを必死で止めた。 古泉「ハァハァ、ありがとうございます、涼宮さん」 変な声を出すな、息を荒げるな、頬が赤いんだよ気持ち悪い。 こうしてアタシ達の部活はできあがった。 ハルヒ「みんなー!野球大会に出るわよ!」 部活を新設して以来なんのイベントもなく退屈だったので アタシは草野球大会の申し込みをしてきた。 キョン「出るからには優勝するぞ!」 ハルヒ「あたりまえじゃない!」 嫌そうな顔をする他の部員を他所に、アタシとキョンは大乗り気。 野球大会の参加が決定した。 試合当日、初戦の相手は上ヶ原パイレーツ、どうやら優勝候補らしい。 でも楽勝ね。今日はキョンも味方だし。 キョンはどうしても4番サードがいいらしくアタシは1番でピッチャーになった 「プレイボール」 試合が始まった、先攻はSOS団 アタシは初球を2塁打にした、ちょろいもんね。 だけど続くみくるちゃんとユキは見逃し三球三振、そしてキョンの打順がきた。 ハルヒ「キョーン!あんたは打たなきゃ死刑だからね!!」 キョン「誰に言ってるんだ?お前が2塁打なら俺はホームランだ!」 結果は…三球三振。どうやら負けず嫌いだけど実力は無いらしい。 キョンは今までに見たこと無いくらいに悔しがっていた。 すると古泉君がアタシに言ってきた。 古泉「まずいですね、今までに無い大規模な閉鎖空間が現れました」 どうやら古泉君の話によるとキョンは負け始めると閉鎖空間とやらを生み出し そこで暴れまわるらしい、しかもその閉鎖空間が広がりきると世界が終わるとか何とか。 なんて迷惑で自分勝手な…。超常現象マニアのアタシはあっさりその話を信じた。 結局アタシ以外ヒットを打つこともなく打者が一巡した。 その間、マリーンズにはバカスカ点を取られる始末。このままじゃ世界が… 古泉「大丈夫、僕と長門さんに彼にホームランを打たす秘策があります」 古泉君には何か作戦があるらしい。私も秘策を出すことにした。 アタシとみくるちゃんとユキはチアガール姿になって打席に立った。 マリーンズ投手はその姿に動揺してすっぽぬけた球を投げてきた。 結果は三塁打!みくるちゃん、ユキは四球で出塁、満塁の大チャンスとなった。 チアガール作戦は効果テキメンね!!そして2アウト満塁でキョンの打順となった。 古泉「ここで秘策の出番ですね、長門さん」 ユキはバットに何か呪文を唱えてキョンに渡そうとした。 だけどキョンは真っ直ぐ打席には向かわなかった。 キョン「そうか…!おもいついたぞ!ちょっとタイム!」 なんとキョンは例のノーパン体操着に着替えて打席に立った。 隙間から2本目の肉バットをぶら下げて…。 こうしてアタシ達は1回戦で出場停止処分となった。 試合後、キョンはマリーンズの主将と何か話していた。 主将「いい試合だったな、ところでそのバットだが…」 主将は頬を染めながらキョンの2本目のバットを見た。 そして2人は奥へと消えて言った。 「アーッ!アーッ!」 奥から主将の声がいつまでも響いていた。 キョンは帰りにファミレスを奢ってくれた。思わぬ臨時収入があったらしい。 閉鎖空間もキョンの何らか征服感により消滅したらしい。 なにはともあれメデタシメデタシね! キョン「おい!ハルヒ!起きろ!起きろったら!」 キョンの声で目が覚めたアタシは目を疑った。 一面灰色の世界の学校にアタシは居た、たしか家でベットで寝てたはず。 一体何があったの??? キョン「わからない、起きたらなぜかここにいて、隣にお前が寝てたんだ」 学校の周りを調べたがどうやら学校の外には出れないらしい、 とりあえず部室に行くことにした。 キョン「俺が先だ!」 キョンは走って部室に向かった、こんな時まで負けず嫌いな奴ね…。 1人で部室にまで歩いていると、そこへ人型の光が現れた 「やぁ涼宮さん、僕です古泉です。」 ハルヒ「古泉君!一体これはどういうことなの?」 古泉「どうやらここは彼の閉鎖空間の中のようです。どうやら涼宮さんには敵わないと思い始めたことにより作り出されたものでしょう」 ハルヒ「どうすればいいのよ!このままキョンと2人でここで暮らさなきゃいけないわけ!?」 古泉「白雪姫という物語を知ってますか?アレを思い出してください 僕はこれ以上ここにいることは出来ないようですね。では…」 そういって古泉君は消えていった。 白雪姫…ってあの童話の?キスでもすれば戻れるとでもいうのかしら… アタシはキョンの待つ部室へ行った。 キョン「遅かったな」 ハルヒ「キョン…アタシ実は巨根萌えなの」 キョン「はぁ?」 ハルヒ「いつだったか、あんたの短パンからハミ出した肉棒 反則的なほど大きかったわ」 そういってアタシはキョンにそっとキスをした。 キョンは負けじと舌を入れてきた、なんて負けず嫌い、 アタシはキョンの上着を剥ぎ取り体に舌を這わせた。 キョンは負けじとアタシを押し倒し挿入動作に入った。 ハルヒ「あいたたたたっ!無理無理そんな大きいの入らないって 痛いっ!わかったアタシの負け!やめてやめて!」 キョンはふと勝ち誇った顔をした。 …次の瞬間、アタシは自分の部屋のベットに居た。 我ながらなんていう夢を…。 次の日、寝不足の目を擦って学校へいくと キョンはノーパン短パンで席に座ってた。 自慢の息子をはみ出しながら キョン「俺の勝ちだな」 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1084.html
第三章 ハルヒを家まで送り、新川さんに駅まで戻っていただいた。 空は暗く、星が出始める。 忘れてた愛車にまたがり、家路を急いでいた時、道の端に人が倒れていた。 俺は善人ではないので無視した。今日も星が綺麗だ。 「待て。怪我人を無視とはいい度胸だ。」 そんな言葉をほざく元気があるなら、大丈夫なのだろうが、優しい俺は親切に反応してあげた。 「おぉ、大丈夫か?酷い怪我だ。救急車呼ぶか?」 よく見ると、本当に酷い怪我だった。ズボンが擦り切れて、足も擦り傷で真っ赤だ。 顔を見ると、額から血も出てる。しかしこの顔どこかで見た。 「お前は!?俺と朝比奈さんの邪魔をし、今日も朝に戯言をほざいた奴ッ!!」 「今頃気付くな。早速だがお前にこれを渡す。大事にしろ。」 そいつは俺に銀色のギザギザを渡した。 「何コレ。もしや『禁則事項です』か?」 「残念。それに見せ掛けた御守りだ。」 紛らわしい。何の為に渡したのだろうか。 「これは、お前が『禁則事項』の時『禁則事項』な事をする有り難い『禁則事項』な品だ。」 よくわからないです。 「とりあえず救急車呼ぶぞ。」 「いや、大丈夫だ。1人でなんとかする。呼ばなくていい。」 「だが断る。」 俺は救急車を呼び、そいつを殴って気絶させ、病院送りにした。 そういえば、何であいつ怪我してたんだろうな。どうでもいっか。 家に帰り、御守りを開けた。罰当たり?知るか。これが御守りなワケない。 中には基盤みたいな物が入っていた。どうやら携帯のminiSDにぴったりなので、入れてみた。 当然、使用出来なかった。 翌々日 谷口は学校に来なかった。ハルヒは何事もないかのように普通だった。 放課後古泉が、「谷口君は精神状態が昔から不安定だったそうです。」などと言っていた。 ハルヒは、「そうなの?今まで気付かなかったわ。」と素っ気なかった。 今日は全員で帰る。ハルヒは先頭で朝比奈さんと談笑。 長門はその脇で黙々と歩く。俺と古泉はその後ろだ。不意に古泉が耳打ちする。 「現在、谷口君は機関で預かってます。会いに行きますか?」 「いや、いい。」 今はまだ適切ではない。事が収まってからの方が良いかも知れん。 「そうですか。」 「そういえばナイフはどうした?あの時は逆上して忘れてたが。」 「それがですね………無くしました。」 俺はてっきり機関で回収してるものだと思っていたので驚いた。 「あの後丹念に探したのですが、見つかりませんでした。」 「……ってことは?」 「誰かが拾った可能性があります。」 これ以上ハルヒのせいで死人が出るのも本当に申し訳ない。 「急げ古泉。機関を総動員させろ。」 「言われなくともやってます。あなたこそ、彼女を落ち着かせる行動をとって頂ければいいのですがね。」 古泉は軽蔑と呆れが混じった目つきで睨んできた。そんな目で見るな。 一週間後 ハルヒはめっきり大人しくなった。俺はもう安心だろうと思う。 古泉も「最近の死亡者の中に、例のナイフ関連の被害者はいませんでした。」と言っていた。 そういえば、古泉がかなりやつれていたけど、どうしたんだろうね。 ハルヒは呪いのナイフなんか忘れてる。 いや、もしかしたら谷口の一件で、ナイフ恐怖症になったのかも知れない。 実に愉快。谷口には感謝しなくてはいけないな。 しかし、まだ谷口は学校に来ていない。そろそろ会いに行きますか。 鼻歌混じりで帰る自分に気付き、かなり恥ずかしかった。 翌日 終わった。 母さん、俺は今日が人生ラストデーになるかも知れません。いままで有難う。 朝、げた箱に手紙が入っていた。 生憎、俺は手紙と相性が悪く、高校に入り手紙で良い思いをした事は無い。 内容は、『午後5時あなたの教室で待ちます。』だとさ。 綺麗な文字だというより、はっきりとした読みやすい文字だった。達筆には変わりない。 どこかで見た字体。行くべきか、行かぬべきか。少し悩む。 教室に入り、自分の席に着くと既にハルヒがいたので挨拶をした。 「よう。」 ハルヒは外を見たままだった。思わず目の前で手をひらつかせた。 「あら、いたの?」 「どうした。不眠症で朝ボケか?」 「あぁー今日ねー、部活、休みね。」 「悩み事でもあるのか?あるなら言ってもいいんだぞ。」 「まーそのうち言うんじゃない?」 ハルヒは一日中こんな感じだった。 放課後部室に行くと長門がいた。 「今日は部活無しだとよ。」 「知っている。」 「じゃあ、何でいるんだ?」 「あなたは?」 「俺か………ヤボ用だ。」 「……わたしもヤボ用。彼女も。」 「彼女?」 「キョン君。」 「朝比奈さん……」 朝比奈さんはいつもと様子が違っていた。何故かは知らんが、俺は少し恐怖を感じる。 「これからこの世界の左右を分ける大きな別れ道が生じます。 キョン君なら既に分かっているかもしれません。」 俺の死神が笑っているらしいな。もうすぐ魂が手に入ると。 「どうでしょう?涼宮さんを制御出来るのはキョン君だけです。 これまで未来の固定化が出来たのもキョン君のおかげです。」 「だけど、俺の死は規定事項なんですよね。」 朝比奈さんは一瞬、意を突かれた表情になるが、直ぐに首をふるふると振った。 「それが規定事項であろうが無かろうが『鍵』であるキョン君は『扉』である涼宮さんの開閉が出来ます。 つまり涼宮さんをコントロール出来るのは、キョン君だけなの。 悪く言えば、キョン君はこの世界の支配者です。動かして下さい。未来を在るべき姿へ。 わたしは一時的に未来に避難します。 次に会う時は、あなたと涼宮さんが作った未来の朝比奈みくるです。 規定事項なんて夢幻に過ぎないの。それだけ未来が在るから。 本来なら未来人が現代人に関わるべきではなかった。知らなければ良かったの。全て。」 朝比奈さんは言い尽くしたようにふぅっと息を吐く。 「そろそろ時間です。行って下さい。」 逃げちゃだめ? 「ここで逃げでも、必ずその時は来る。逃避不可能。あなたに賭ける。」 「長門……分かった頑張って行ってくる。」 俺は教室へ向かう。決着をつける為に。 着いた。携帯を見ると時間ピッタシだった。 俺はゆっくりとドアを開ける。 「遅い。罰金ね。」 夕日がそいつを明るく照らし、俺は冷や汗を流す。 手元にはナイフ。全てはシナリオ通りという事か。 「どうしたの?そんなに恐い顔して。」 それはお互い様だろ お前だって顔が強張ってるぞ。せっかくの笑顔が台無しだな…… 「そうね…」 偽りの笑顔が解け、うつむく。かなり可愛い顔だが、俺は気にくわん。 ハルヒらしくない。俺はお前の笑顔が……あれ?何言ってんだ俺。 「今から独り言を言うわ。軽く聞きなさい。」 「どうぞ、お気に召すままに。」 「前に言ったでしょ。信頼出来る人を殺すのはどんな気持ちかって。 やっぱり苦しいよ。そんな気持ち。殺るよりなら自分がやられた方がマシ。 でも………もう遅い。だから逃げて!!」 「ふざけんな。独り言だろ。俺に振るな。」 「ふざけてるのはどっちよ!!あんた死にたいの!?」 死にたい訳ない。 「じゃあ早く逃げなさいよ!!」 「だが断る。」 「なんで………なんでなのよ。」 ハルヒの目が潤んでいるのが分かる。今にも溢れそうだ。 まぁこいつの気持ちが分からんでもないが、俺はここで逃げ出す訳にもいかない。 「この俺が最も好きな事のひとつは、自分が強いと思っている奴に「NO」と断ってやる事だ。 それに、前に言ったろ、好きな奴の隣で死ねるなら幸せ者だって。」 「……っバカ!!」 ハルヒが走って来る。ナイフを持ちながら、俺の心臓めがけ。 避けきれない。死を覚悟した。 人間は死を覚悟したり、極限状態に陥ると、スローモーションに世界が見えるという話は本当である。 反射的に携帯を持った手が動く。 ナイフは俺の携帯とキーホルダーに当たる。 しかし、ハルヒの力は思いの外強く、携帯は弾かれる。今度こそ終わりだ。 「ごふっ……うぐぅぅ。」 鈍い音と共にうめき声が聴こえる。俺じゃない。俺はここに立っている。ってことはハルヒしかいない。 ハルヒは目の前でうずくまっている。 「な、長門!?」 無情な瞳が俺を見る。 「何故この様な事を?」 ナイフが手に刺さってるぞ。 「質問に答えて欲しい。あなたは私の助けがなかったら約98.801%の確率で死亡していた。 あなたは逃げるべきだった。逃げていたらあなたの死亡していた確率は、約23.333%」 逃げても意外と高い。某野球ゲームでは、危険域である。 「あなた達有機生命体は生への執着が異常に強い。だが、あなたは逃げなかった。何故?」 心のどっかで分かってたような気がした。もしかしたら助かるのかもしれない。 いつものようにお前が来て助けてくれると思ってたのかもしれん。 「それは?」 無表情が少し緩む気がした。 「信用?」 「……信頼かな。」 「どう違うの?」 「さぁ、どう違うんだろうか。」 「………あまり頼らない方が良い。わたしは、常にあなたの期待には添えれない。」 「そうだな。俺は今まで長門に甘えすぎた。感謝しなきゃな。なんか礼でもするよ。」 長門は手に刺さったナイフを抜き、血が流れる手をもう片方の手で抑える。 「……それなら今度、晩御飯を御馳走して欲しい。」 長門にしては、何と人間くさい言葉だろうと、驚いた。 「いいのか?そんなもんで。」 「いい。」 「そうか。」 「そう。」 ハルヒはすやすやと眠って(気絶して?)いた。 「わたしの拳からナノマシンを注入した。暫くは起きない。」 これは酷い。 「これで全て終わったのか?」 「根本的な解決には至ってない。」 長門は俺がこの言葉を発することを知っていたかのように即答した。 「今からあなたと涼宮ハルヒの脳波を利用し、精神を同期させ、仮想現実空間でのメンタルケアを行う。」 言ってることがよく分からないのですが。 長門はしばらく黙り、ふと思いついたような目つきで俺を見直した。 「夢。あなたは彼女の夢に入る。そこであなたは彼女の精神を安定させる。」 つまり、俺がハルヒの精神科医になるという話らしい。 「事態は一刻を争う。 現在彼女は錯乱状態。瞬時に時空間を改変してもおかしくない状況。今すぐ行って欲しい。」 俺にそんなテレパシー能力が有るはず無い。 「出来る。あなたは手段を持っている。」 どこに? 「携帯電話。」 はっとした。もしかしたら、あの未来人が渡した変な基盤じゃないか?俺は急いでそれを取り出す。 「そう。それはあなた達有機生命体が将来、意思疎通をするための基本理念。それを利用する。」 よく分からないから早くやってくれ。 「ひとつ注意する。今回は、あなたの脳波を彼女に送る。 それは彼女の脳に伝わるり、仮想現実空間へ入るが。 あなたは閉鎖空間のように感じるが、危険性が極めて高い。そこは、彼女の願望が暴走する場所。 そこは、涼宮ハルヒの思念を反映し易い状況である。 もし、そこであなたが閉じ込められたり、死亡すると、あなたの精神自体が幽閉、もしくは、死亡する。 タイムリミットは通常約2時間。しかし、ナノマシンの効果で3時間の延長が可能。 それを過ぎたら、私が直接抑えるが長続きはしない。せいぜい、30分程度。」 何やら相当危険そうだ。俺が困惑していると、 「大丈夫。頃合を見計らってわたしも行く。」 「分かった。じゃあ行こうか。」 俺は基盤を長門に渡したら、長門は拳を握り、 「あなたにも眠ってもらう。」 なんですと!?なんでいつもの咬むタイプにしないの? 「その方が効果的と聞いた。」 誰だよ。 「古泉一樹。」 次会ったら必ず殺す。 「彼から伝言を預k」 「要らない。」 「だが断る。『あなた達の体は僕が責任を持って預かります。ぼ く が。』」 次の瞬間。長門の拳が飛んでくる。 「ちょ、おまっ………アッー!!」 腹に痛みが走り、薄れゆく意識の中で走馬灯が駆ける事は一切なく、ふと思う。 ナノマシンじゃない。コークスクリューだ。 第四章へ
https://w.atwiki.jp/tanigawa/pages/12.html
1章 涼宮ハルヒの期待1・2・3・4・5 4章 キョンの消失、ハルヒの悪夢1・2 10章 ~if story~ キョンの告白 /~if story~目覚めと……変化 /~if story~ 変わった世界で…… I want to be here01/02/03/04/05 俺とハルヒのXXX01/02/03 /『イレカワリLOVER』 11章 『パパは高校1年生』01/02/03/04/05/06 『JOHNNY GOT HIS GUN』 『涼宮ハルヒの白日』01/02 /『涼宮ハルヒの黒日』01/02/03 12章 涼宮ハルヒの思付01/02 13章 Junebride01/02/03 がんばれキョン01/02 14章 涼宮ハルヒの透過01/02/03 16章 『お泊り会』 17章 『晩夏の夜の夢』 還元 18章 『風邪とお見舞い』01/02 /『風邪とお見舞い・サイドH』『さぷらいず・ぱーてぃ サイドK』 /『さぷらいず・ぱーてぃ サイドH』『ドリーミング・ドリーマー サイドK』 /『ドリーミング・ドリーマー サイドH』 21章 『脱環/檻オンザデイ』 25章 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの憂鬱――』 (R指定) /『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』 /『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』 (X指定) /『ループ・タイム――涼宮ハルヒの陰謀――』 /『ループ・タイム番外編――雪山症候群――』 (R指定) /『ループ・タイム番外編――エンドレス・エイト――』 (X指定・長門×キョン) 31章 『ハルヒと、雨の密室で』 /『ユキと、雨の密室で』 『二度目の選択』 32章 『密室』 33章 『高速暴走三人乗りーズ』 35章 『ハルヒ、吼えないのか? ~涼宮ハルヒの犬~』 /『犬はどこだ ~涼宮ハルヒの犬2~』 37章 『二涼辺三角関係』 /『佐涼辺四角関係』 『ハルヒの野望・戦国群雄伝』 42章 『ハルヒ最大の敵、その名はミヨキチ』 /『エクスカリバーは突然に』 43章 『涼宮ハルヒの再会』01/02/03/04 46章 『夢で逢えて素直になれたら』 58章 『各段階の涼宮ハルヒを検証してみた。』01/02 60章 『誰にも優しく愛に生きる女』 /『誰にも優しく愛に生きる女・翌日』 62章 『おおよそタテマエ以上、ホンネ未満』ハルキョン 65章 『傘がない』 67章 『スプリングデイ・フロム・ザ・パスト』
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3115.html
事件が起きたのは、高校3年生の春だった。 SOS団に引きずりこまれて約2年が経過し、もうすっかり身体のリズムがSOS団に順応してしまった。 そして俺は、1つの決心をした。ハルヒに告白をすることを。 なあなあで来た俺達の関係を、1つの形にしようと思い立ったってわけさ。 部活終了後、俺は他の3人を先に帰らせてハルヒと二人きりになった。 「なによあたしだけ残して。言っておくけど、くだらない用事だったら死刑だからね。」 「ハルヒ……俺と付き合ってくれ。」 「……え!?」 「お前が、好きなんだ。」 「……このバカキョン!!言うのが遅いのよ!あたしだってアンタのこと好きだったんだからっ!」 と、まあこうして俺とハルヒはめでたく付き合うことになったわけだが、 翌日、部室でとんでもない事実を告げられた。 「よう。ハルヒは掃除当番で遅れるんだとさ。」 「あなたに伝えたいことがある。」 いきなりなんだ。またハルヒ絡みか? 「そう。……涼宮ハルヒの能力が、完全に消失した。」 「な、なんだって!?」 いきなりだなオイ!そんなに突然消えるもんなのか!? 「いきなりでは無い。徐々に減少傾向にあった。おそらく昨日の出来事がトリガーになったと思われる。」 ああ、昨日の……って、確かまだみんなには話して無かったと思うが? 「終わった後二人で残ったことを考えれば、想像はつきますよぉ。 ようやく、って感じでしたもん♪」 なるほどね。朝比奈さんですら予想できていたならば、長門や古泉にとっちゃ確信的なものだったんだろう。 ん?そういや、さっきから静かなヤツが一人いるな。 今までの言動を考えたら、こういう時こそ多弁になる男のはずだが。 「古泉、やけに静かだな。悪いもんでも食ったのか?」 「いえ……そういうわけではありませんよ。」 と言って古泉は笑顔を作る。だがその笑顔は、いつもより30%減って感じだ。 「よくわからんが、お前もようやく閉鎖空間から解放されたんだろ?もっと喜べばいいんじゃないか?」 「ええ……そうですね。あの……」 古泉が何かを切り出そうとしたその時 「やっほー!!遅れてごっめーん!!」 けたましくハルヒが入ってきた!相変わらずのテンションだな。 能力を失ってもハルヒはハルヒだ。俺はそんなハルヒを好きになったんだからな。 「あ、そうそう。あたしキョンと付き合うことになったから!」 まるでいつも通りイベントを持ってきた時のように軽く発表した。 おいおい、もっとムード的なものが……まあバレバレだったんだけどさ。 「おめでとうございますぅ!お似合いだと思いますよぉ!」 全力で祝福してくれる朝比奈さん。 あなたに祝福されれば嬉しさ120%というものですよ。 「……おめでとう。」 淡々とつぶやくように祝福してくれる長門。まあここまではいつものテンションだ。だが…… 「おめでとうございます。心から祝福させて頂きますよ。」 その古泉の笑顔は、やはりどこか陰りがあった。 散々俺達をくっつけようとしてたくせにどうにも元気が無い。 まさかハルヒのことが好きだったのか?……それは無いだろうな。 と、柄にも無く古泉の心配をしているうちに、部活は終了となった。 明日は土曜日。不思議探索は無い。 代わりにハルヒと二人きりで約束をしてある。つまりハルヒとの初デートの日ってことだ。 「エスコートはアンタに全部任せるわ!光栄に思いなさい! あたしを楽しませないと死刑だから!じゃあね!」 そしてハルヒと俺は別れた。まさか、これが生きたハルヒを見る最後の姿だと思いもせずに…… その夜。俺達は病院に集まっていた。 「なんで……なんでこんなことに……」 朝比奈さんは泣いている。長門もどことなく沈んだ雰囲気だし、古泉にも笑顔は無い。 そう、ハルヒは、死んでしまったのだ。 ハルヒは俺と別れた後、突然通り魔に襲われたらしい。 胸を刺されて、病院に運ばれたが既に息は無かったそうだ。 家でのんびりくつろいでた俺は、突然長門からの連絡を受け、病院までやってきたってわけだ。 「……ウソだよな。なんの冗談だよ。面白いジョークだよな。はははは……」 ほんと笑えてくるよ。くだらなすぎてな。タチの悪いドッキリだぜ。 「なあ?みんなもそう思うだろ?一緒に笑おうぜ?ははは……」 笑うヤツは、誰もいない。 「みんなも笑えよ……笑えよ!ほら!!」 「落ちついて。」 「落ちついてられるか!!こんな状況で!!ハルヒが死ぬわけないだろ!あの団長がよ!!」 「落ちついて!」 長門が珍しく声を荒げ、俺の肩をつかむ。 「……これは、事実。」 はは……マジかよ。 俺の笑いは、涙へと変わっていった。 「……お話があります。」 今まで黙っていた古泉が口を開いた。なんなんだ。今はお前なんかの話を聞く気分じゃねぇんだよ。 「彼女を殺した通り魔は恐らく機か……」 古泉が言い終わる前に、俺は古泉を殴っていた。 「キョン君!」 朝比奈さんが悲鳴をあげる。だが知ったことじゃない コイツは今何を言おうとした!?機関の人間がハルヒを殺しただと!? 俺は倒れた古泉に駆け寄り、二発目を当てようとする。 ……!!長門!離せ! 「お願い。落ちついて。」 「落ちついていられるか!ハルヒは機関に殺された!そうだろ!?」 「古泉一樹は悪くない!」 「いえ……僕が悪いんですよ、長門さん。」 古泉が起きあがった。 「通り魔は恐らく機関の人間です。知っての通り涼宮さんは閉鎖空間を作り、僕等がその処理にあたる。 僕はSOS団の団員であるということに誇りを持っていますから、彼女を恨んではいません。 しかし、そうでない人間も確実にいるのです。彼女を恨んでいる人間も…… それでも彼女には能力があり、手出しは禁じられていました。世界がどうなるかわかりませんからね。 でもその能力が消えたことで、彼女に手を出す人間が出ることは不思議じゃありません。」 古泉は長々と話す。だが弁明という感じでは無い。ひたすら自分を責めているような感じだ。 「その可能性に気付いていながらこのような結果になってしまったのは全て僕の責任です。 僕を責めるなり殴るなり好きにして貰って構いません。なんなら、殺しても……。」 「もういい。お前を責めたところでハルヒは戻っては来ないからな。」 そうだ。古泉を責めたところでしょうがないんだ。 重要なのは、俺はこれからどういう行動を起こすべきか。 「ハルヒを取り戻すには、自分で行動を起こすしかないんだ。」 「取り……戻す?」 朝比奈さんが尋ねる。だが今は、それに答えるわけにはいかない。 俺は1つの決意をした。したからにはもう、1分の時間も惜しいんだ。 「みんな、もう俺はSOS団には来ない。 あいつがいないSOS団なんて意味無いし、なによりやることが出来たんだ。 悪いけど、もう帰らせてもらう。」 そう言い残し俺は去った。そうだ、俺がやらなきゃいけないんだ……! ~~~15年後~~~ 俺はあの後ハルヒの通夜にも出ずに、ひたすら勉強を続けた。 寝る間も惜しんでの受験勉強により、赤点スレスレから校内トップクラスにまで成績を押し上げた。 そして国内でも1,2を争う大学に入学。そのまま大学院に進み、異例の若さで教授にまでなった。 俺は今コンピュータサイエンスを専門としている。あの時からこの分野だと決めていたからな。 そしてつい先日、ようやく俺は研究を完成させたのだ。 さて、そんな中街を歩いていると、懐かしい人物に出会った。 「お前……古泉じゃないか?」 「あなたは……。お久しぶりです。」 「元気でやってるか?」 「ええ、それなりにやらせて頂いてます。あなたの方は凄い活躍ですね。 コンピュータサイエンスの権威として名前を聞きますよ。」 「そうかい。……あっ、もうこんな時間じゃないか。悪いけどここで失礼するよ。」 「お急ぎなのですか?」 「ああ。」 俺は古泉に喫茶店の金を渡して、こう言った。 「ハルヒが待ってるんだ。」 「え?」 古泉が素っ頓狂な声をあげる。 「今、なんと?」 「だから、家でハルヒが待ってるんだよ。遅れるとうるさいんだ。アイツは。じゃあな。」 呆然と立ち尽くす古泉を尻目に、俺は家へと急いだ。 「ただいま!」 俺は家のドアを開ける。やべぇな。遅れちまった。 『遅い!!罰金よ罰金!!』 やれやれ、予想通りのセリフだな。意味は無いと思うが一応弁明しておくか。 「いやさっき古泉と会ってな。つい話し込んでしまって遅くなった。」 『古泉くん?懐かしいわね。あたしも会いたいわ。……でもそれとこれとは話は別よ!』 「へいへい」 相変わらずあの時と変わらないな。 そうだ、「変わらない」のさ。研究室となった部屋にある、一台の大きなパソコン。 そのディスプレイ一杯に映し出されるのは、高校の時そのままのハルヒの姿。 そして左右に設置されたスピーカーからは、高校の時そのままのハルヒの声。 そう、これが俺の十年以上の研究の成果。 コンピュータ人格プログラム『涼宮ハルヒ』だ。 続く