約 1,225,112 件
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/33.html
「どうしたの。」 テレビを消して、パパとママは私が喋りだすのを待ってくれた。 「お姉ちゃんのことなんだけど。」 「うん。」 「あの、お姉ちゃんは・・・・・・頭が変になったの?心の病気とか。これから、そういう病院に通ったりしなきゃいけないの?」 声が震えた。 こういうことは簡単に言ってはいけないことだと、前に学校の先生が言っていた。 「明日菜。」 「私、お姉ちゃんをバカにしてるわけじゃないよ。でも、絶対に今お姉ちゃんはおかしい。パパもママも何にも言わないけど、そのこともおかしいと思う。」 瞼の裏がじわっと熱くなってきた。怒られるかもしれない。でも私は下を向かないでパパとママをまっすぐ見つめた。 ママが席を立って、私の隣に移動してきた。 「・・・・明日菜。言いづらいことを言わせてしまってごめんね。明日菜はお姉ちゃんが心配なんだって、ちゃんとパパもママもわかってるよ。」 「うん。」 緊張が解けて、じわっと涙がこみあげてきたから、慌てて思いっきり鼻をかんだ。 「お姉ちゃんのことだけど、パパと相談してしばらく様子を見ようってことになったの。 学校もそうだし仕事もこれから忙しくなるらしいから、病院へ行く時間を増やすよりも家でゆっくりできる時間を作ってあげたいと思ってる。」 パパがうなずいて、話を続ける。 「性格は変わったけど記憶には問題ないみたいだし、どっちみちしばらくは傷の手当てで通院はするから、何かあったらすぐ見てもらえるよ。」 「でも、でもさ。お姉ちゃんのファンの人はお姉ちゃんを嫌いになっちゃうかもしれないよ。今までと違いすぎるもん。」 お姉ちゃんは「少年」なんてあだながついてるぐらいボーイッシュなキャラだったから、全然違うお嬢様っぽいキャラになってしまったらきっとがっかりする人もたくさんいると思う。 キュートのメンバーだってあんなに戸惑っていたんだ。これって結構大変なことなんじゃないかな。 「そうだね。その話は、さっきお姉ちゃんともした。でもやっぱり、お姉ちゃんは自分の性格が変わったことがわからないみたいなんだ。 部屋が汚いとか、自分なりにいろいろ違和感はあるみたいなんだけど。 ファンの人と接する時はなるべく元の性格に近いように振舞いたいから、もともとどういう性格だったのか教えて欲しいって言ってた。 だから明日菜にも、お姉ちゃんのこといろいろ助けてあげて欲しいな。」 「うん・・・・・。わかった。でもやっぱり私は、元のお姉ちゃんがいいな。パパとママはそう思わないの?」 「思わないよ。ママにとっては、どんな千聖でも千聖に変わりないから。千聖が元に戻りたいっていうなら、いくらでも協力するけどね。」 パパもうなずいている。 そういうものなのか。私はまだ子供すぎて、ちょっとよくわからない。 「さあ、そろそろママ達寝るよ。明日菜も明日学校あるんだから、眠くなくてもゴロゴロしてなさい。」 「うん。お休み。」 抜き足差し足で寝る部屋に戻ると、相変わらずお姉ちゃんは幼虫みたいに小さく丸まって眠っていた。 「もっとこっち寄っていいのにな。」 私はタオルケットを体に巻きつけて、こっそりお姉ちゃんの背中に引っ付いた。 お姉ちゃんは体温が高くて、赤ちゃんのミルクみたいなちょっといいにおいがするから、 今までも内緒でくっついて寝たことが何度かあった。 今日のお姉ちゃんにも同じ事して大丈夫かな・・・としばらく様子を伺っていたら、 「明日菜。」 「うっわ」 もそもそと体の位置を動かして、お姉ちゃんが振り向いた。 「ごめん。あっち戻るから。」 「いいのよ。ここにいてちょうだい。」 お姉ちゃんは私の髪を何度か撫でて、優しく笑った。 ちょっとドキドキする。ずっと私より子供っぽいと思ってたのに、年齢よりずっと大人の女の人みたいに感じた。 「明日菜、もし私が何か不愉快なことをしたら、すぐに言って頂戴ね。 なるべく家族に迷惑をかけないように気をつけるから。」 「何で。迷惑って。別にいいよ今までどおりで。だって」 家族でしょ。 そう言いかけて、私はママがいってた「どんな千聖でも千聖に変わりない」という意味がちょっとだけわかった気がした。 「明日菜?」 「とにかく、これからもいつもと同じだよ。お休み!」 全部言葉にするのは恥ずかしかったから、強引に遮って自分のスペースに逃げ込んだ。 「・・・・ありがとう。」 ちょっとだけ涙声でお姉ちゃんが呟いた。もう。泣かれると困っちゃうよ。 これからお姉ちゃんがどうなっていくのかわからないけれど、私がいっぱい守ってあげなきゃ。 「じゃあ今度こそお休み。」 「おやすみなさい。」 手を差し出すと、お姉ちゃんは笑って握ってくれた。いっぱい疲れて、いっぱい悩んだ一日だったけれど、どうやらいい夢が見られそうな気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/69.html
もやもやを吹き飛ばすように、鏡を睨みつけてひたすら踊る。 小学生でキッズオーディションを受けて、キュートを結成してからというもの、私は一日もダンスレッスンを欠かしたことがない。 キュートでセンターに立ちたくて、それはひたすら頑張ればかなうものだと思っていた。 でも、私の前にはいつも愛理や舞美ちゃん、そしてめぐがいた。 めぐはダンスのセンスが圧倒的だったし、とても同い年とは思えないような色香を身に纏っていた。 舞美ちゃんは明るく嫌味のない美人で、さわやかな容姿と抜群の運動神経でファンの人達をとりこにしている。 愛理は歌が上手で声がいい。作ったキャラじゃなく、もともとガツガツしていない楚々としたたたずまいは誰にも真似できない。 私はこの三人に、何をしても超えられない「天性の才能」というものを突きつけられた。 センターになるという夢をあきらめたわけではなかったのだけれど、そこで完全に行き詰ってしまったのは確かだった。 そんなある日、マネージャーからめぐが脱退するという話を突然聞いた。 一緒に頑張ってきた仲間だから、いなくなってしまうことは本当に辛くて悲しかった。 でも、これが私にとってのチャンスだという気持ちもなかったわけじゃない。 暫定とはいえキュートの三番手になることが確定したのだから。 のほほんとした穏やかな雰囲気のキュートの中で、ギラギラとオーラを放っていためぐ。 これだ!という才能を持ち合わせていない私がめぐの位置に食い込んでいくためには、どんなに望みが薄くても、やっぱりひたすら努力し続けるしかなかった。 負けん気と粘り強さでのし上がっていくつもりだった。 「なっきー、ダンス上手いよね。」 そんなある日、久しぶりに千聖が話しかけてきた。 いつも舞ちゃんと一緒にふざけているからなかなか2人で話すこともなかったけれど、私は屈託のない千聖と話していると心が落ち着いていた。 舞美ちゃんも愛理も好きだけれど、どこかでライバル視することをやめられず、楽しく話していても緊張感が取れなかったから。 「本当?ありがとう。」 「私全然立ち位置とか覚えらんなくて。なっきーはどうやって覚えるの?千聖ね、なっきーのダンスが一番好き。」 「え・・・」 嬉しかった。 どんなに頑張っていても結局年下組や栞菜が頼るのはえりかちゃんや舞美ちゃんだったから。千聖が見ていてくれて、私は少し努力が報われたような気がした。 「わっわっ、ごめんなっきー!泣いちゃったの?千聖悪いこと言った?」 知らないうちに泣いていたらしい。心配そうに顔を覗き込んだ千聖も泣きそうな顔になっている。 「ううん、なんでもない。ダンス褒めてくれて嬉しかったの。私でよければいつでも教えるから。」 千聖はそれ以上何も聞かないで、デヘヘと笑ってくれた。 それから私と千聖は、たまにプライベートで会って遊ぶぐらい親しくなった。 「千聖のライバルは、舞ちゃんじゃなくて愛理なの。」 そんな千聖の思いを聞かせてもらえるようになったのも、この頃だった。 もう千聖はこのまま元に戻らないのかな。今は愛理とすっかり打ち解けて、愛理に負けたくないって言っていた千聖はもういないのかな。 鏡にもたれてそんなことを考えていたその時、急にどこからか歌声が聞こえてきた。 もうみんな帰ったはずだったのに。 レッスン場を出て廊下を歩くと、段々声が近づいてくる。ロッカーの方だ。 何となく早足になって、思いっきりドアを開く。 「ごきげんよう、早貴さん。」 そこにいたのは、千聖だった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/46.html
「あ・・・おかえり、千聖。」 はしたないところを見られてしまった。正気に戻った私は恥ずかしくなって、すぐに椅子から降りようとした。 「ふ、ふふ」 「千聖?」 「グフフフッ愛理ぃ、何やってんの?ウケるぅ!」 千聖が私の椅子に飛び乗って、右手をかざして一緒に宣誓してきた。 「これぇ、何の誓い?」 私の顔を覗きこむその顔は、長年見知った半月眼のクシャクシャ笑顔だった。ちょ、ちょっとまさか元に戻ったの? 「よ、よかったね?ちっさー。うん、これでいいんだよ、ね?」 ・・・栞菜。 「私も元に戻ると思ってました」 ・・・えりかちゃん! 「ほら、これでよかったじゃないか!これで愛理と舞も仲直り・・・ってちっさー!?ちょっと!」 いきなり、肩にミシッと重い感触。 視線を向けると、千聖が腕にしがみついて体を持たれかけさせてきていた。 「ご、ごめんなさい、愛理。これが限界みたい。」 「へぇぇ?」 またお嬢様千聖の、わたあめみたいにふわふわした喋り方に戻った。 「・・・もしかして、今の全部」 「そう、千聖の演技。すごくない?女優になれるよ。舞もびっくりした。」 舞ちゃんが無理矢理栞菜側の椅子によじのぼって、私の手から千聖をもぎとろうとした。 させるか! 千聖の小さい体を抱え込んで遠ざけると、舞ちゃんはムッとした顔になった。 「何だー演技か!でも本当すごいよ!舞もちっさーも頑張ったじゃないか!」 「へへへ。今は短かったけど、3分ぐらいならずっとあのテンション維持できるんだよ!ね、千聖?」 3分て。ウルトラマンか。 「でも、こんなにぐったりしちゃうんじゃ千聖が可哀想。千聖の心はオモチャじゃないのに。」 「オモチャだなんて思ってないよ。大体、こっちが本来の千聖なんだよ。それを愛理がさぁ」 「待って、舞さん、愛理も。」 口論になりかけたところで、千聖が口を開いた。 「ありがとう、2人とも私のことを思ってくれているのよね?とても嬉しい。」 そんな風にニッコリされてしまうと、何も言えなくなる。 「あんまり無理しないように気をつけるから、このまま訓練を続けたいわ。でも、できれば今の私のことも好きになって欲しいの。」 前半は私の顔を、後半は舞ちゃんの顔を見つめながら千聖は腕に力を込めてきた。 「なっ、そ、と、とにかく、千聖の訓練は今までどおりしゅいこうしましゅから!舞の話はここまで!」 あ、今のちょっと可愛い。 舞ちゃんは今までみたくお嬢様千聖にあたれなくなって、照れて体をあちこちぶつけながら床に下りた。 「愛理ぃ。」 「・・・わかったって。さっき言ったとおり、キャラ作りには協力する。」 あんな天使みたいな笑顔で頼まれたら、しょうがないなあなんて甘くもなってしまう。 「よし、じゃあキュート集合!残り時間は特訓に使うよ!ちっさー、まずはノートの86ページを・・・」 コンコン 「誰かいますかー?」 コンコン 「愛理、いる?梨沙子だよー」 げっ 「梨沙子と、桃子だ。どうする?忙しいって言う?」 「いいよ。逃げることない。これはいい実戦になるよ。千聖、さっきの桃ちゃぁん!て言い方思い出して。」 ちょっとこめかみに青筋を立てながら、みんなのとまどいをまるっと無視して舞ちゃんがドアを開けた。 舞ちゃん、アグレッシブ! 「いらっしゃい。」 こうしてお嬢様千聖をめぐる、ベリVSキュートの第1ラウンドが幕を開けた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/48.html
遠慮がちに私の顔を伺い見る表情は、もうあの天真爛漫な千聖のそれではなくなっていた。 何かに怯えるように潤んだ瞳。女らしく、柔らかそうな胸の前で組まれた手が小刻みに震えている。 「ちさ・・・とも、ももちゃんが、好きだよ。」 もう演技なんかできなくなっているのに、必死に微笑みを作る表情が健気すぎて、私はもう一度千聖をギュッと抱きしめた。 「ももちゃん、」 柔らかい吐息が耳にかかる。 こんな小さい体の中に、大きすぎる秘密を抱えて奮闘していたと思うだけで、胸が締め付けられた。 「・・・千聖、もものことお姉ちゃんみたいな存在だって言ってくれたよね。私も、千聖のこと本当の妹だって思ってる。だから、」 「ごめん、もも。そろそろ準備しなきゃならないんだ。」 ポンと肩を叩かれて、振り向くと舞美が泣き笑いみたいな表情で立っていた。 「千聖も疲れてるみたいだから、この辺にしといてあげて。」 「そっか、忙しいのにごめんね。千聖の顔見れてよかった。」 よかった。舞美が止めに入らなかったら、私は千聖が必死で守ろうとしているものを、みんなの前で暴いてしまうところだった。 千聖はまだ何か言い足りなさそうな顔をしていたけれど、私が体を離すと、ももちゃんまたね、といつもどおりの顔で笑ってくれた。 「さ、梨沙子ぉ。ベリーズの楽屋戻ろう。」 「え~、もうちょっといる~」 すっかりくつろいでる梨沙子とは対照的に、栞菜と愛理はなんともいえない表情で私を凝視している。 ありゃ、さすがに怪しまれたか。ここは墓穴をほらないうちに退散しよう。 「ほらぁ、梨沙子。」 「ん~~~ちょっと待って~」 無理矢理両腕を引っ張ると、梨沙子はぴょんと跳ね起きて、私のいる方とは逆へ歩いていった。 「りーちゃん?」 「でえええいっ!!」 梨沙子はいきなり千聖の頭を小脇に抱え込んで、そのまま後ろに倒れこんだ。 ゴーン! じゅうたんが敷いてあるとはいえ、なかなかすごい音がした。 千聖はびっくりしたように目を見開いたまま、硬直している。 「こっこのヤロー!!」 すぐに舞ちゃんと栞菜が梨沙子と千聖を引き離すと、2対1で取っ組み合い・・・もとい、プロレスを始めた。 「千聖、大丈夫?」 「え、ええ・・・ありがとう、桃子さん。」 あ。 まあいいや、聞かなかったことにしよう。 千聖は涙目で頭をさすっているけれど、表情は案外ケロッとしている。 私は全然プロレスのことはわからないけれど、どうやら見た目ほど痛い技でもないらしい。 「ギブ!ギブ!ごめんなさーい!」 「まだまだぁ!」 どうやらあちらのプロレスも佳境に入ってきたらしく、栞菜が梨沙子の腕に足を絡めてねじったり、舞ちゃんが顎を掴んでぎりぎり締め付けたりしている。 「ストーーーーップ!!!!」 さすがにしびれをきらしたなっきぃが、白いバスタオルを投げて3人の動きを封じた。 「あのね!もう準備しなきゃいけないってみぃたんが言ってるわけ!今日は何しに来たの!仕事しに来たんでしょ!」 独特の高い声でキャンキャン怒られると、妙に堪えるらしい。3人とも一気にしょんぼりしてしまった。 「だってぇ。確認したかったんだもん。」 「確認?」 ヤバい。 「じゃ、じゃあね!今度こそ、お邪魔しましたー!」 梨沙子の口をガッとふさぐと、何とか楽屋の外に連れ出した。 「何でー・・・ももだって、千聖に本当のこと聞こうとしてたじゃん。」 何だ、知ってたんだ。梨沙子は見てないようで見てるから怖い。 「いい?梨沙子。今の千聖にプロレスごっこは禁止。それから、梨沙子は嘘がつけないんだから、愛理たちに千聖の話を自分から振るのはダメ。」 「わかった。」 「あーあと、」 「もー!まだあるの?」 唇を尖らせる梨沙子をまぁまぁとなだめて、話を続ける。 「あと、梨沙子には重要な任務があります。 あとでスタジオでベリキュー鉢合わせになるから、その時ちゃんと千聖のこと守ってあげるの。」 「任務だって。かっこいい。」 「でも、梨沙子が今の千聖の状態を知ってるってことをキュートに知られちゃだめ。」 梨沙子のクリンクリンの瞳に、クエスチョンマークがいっぱい並んだ。 「ももぉ。わかんなくなった。」 「・・・・まあいいか。ももとの内緒ごとを守ってってこと。それと、あと1個。」 もーやだ!と露骨に目で訴えてくるのを宥めて、ベリーズの楽屋の前で最後の任務を言い渡した。 「・・・今から、ももは千奈美と仲直りをするから。梨沙子にはその手伝いをしてほしいな。」 梨沙子はちょっと目を見開いたあと、思い切りニカッと笑った。 「いーよ。それは面白そう。」 「ありがと。」 2人で一緒に、「せーの」で楽屋のドアを開ける。 キュートとの再会まで、あと何時間ぐらいかな。 とりあえず、私と梨沙子はミッションクリアのために、仏頂面の千奈美の方へ歩み寄っていった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/47.html
「ようこそ、フルーティーズ2名様!」 怖。 キュートの楽屋に入ると、超不自然な笑顔の舞美が出迎えてくれた。目が笑ってない舞美スマイルは恐ろしい。 無意識なんだろうけど、左手をバタバタさせて、奥にいる千聖を私達の視界から遠ざけているようだ。 「桃ちゃん、久しぶり!舞、桃ちゃんに話したいことがあるんだ!」 「えー?珍しいねぇ。何の話?」 「・・・なんだろう。別にないかも。」 「・・・」 キュート、嘘つけなさすぎ! 私はともかく、梨沙子はもうおなかを抱えて笑い出しそうになっている。 あわててお尻をペチンと叩くと、うらめしそうにこっちを見ながら、なんとかこらえてくれたみたいだ。 「こっちおいでよ梨沙子。この雑誌、梨沙子の好きそうな魔女グッズが載っててさあ」 「うん!」 こちらは自然な感じで、愛理と栞菜が梨沙子を呼び寄せた。 さてと。 千聖は年長組と舞ちゃん、なっきぃに挟まれている。 全員でさりげな・・・くないけど、身を挺して千聖を守っているようだ。 何だろうこれ。ミーアキャットの群れみたい。もしくは、カバディ。 こんなに仲良しで結託しているキュートを見ていると、ちょっとだけ意地悪してやりたくなってきた。 「千聖、ももと2人で話そう。ちょっと相談に乗ってほしいの。」 「ももちゃんが私に?全然役に立たないかもしれないよぉ?」 きょとんとした顔で、千聖が小首をかしげた。 へー・・・。 全然、前の千聖と変わらないじゃない。梨沙子から情報がなければ、こんなふうに千聖の態度をいぶかしむこともなかっただろう。 もし本当に人格が変わっているのだとしたら、かなりの役者だな、千聖は。 ただし。 「あーちょっちょっ待って.。むしろその相談にはウチがのりたいなあ。」 「いやいや、ももち!普段まったくかかわりのない私の客観的な意見こそ参考になるよ!キュフフ!」 「いや、ここはお姉さんズで話すべき!小娘はひっこんでな!とかいってw」 「みぃたんひどい!なっきぃのことハブんなよ!」 千聖じゃなく、周りの演技力がヒドすぎる。 愛理はもはや天を仰いでいるし、栞菜はオロオロしている。 梨沙子はもういいでしょももー。と目で訴えかけてきていた。 「ももちゃん。あっちで話す?」 その時、千聖がスッと前に出てきて、ごく自然な仕草で私の腕に手を絡めてきた。 「へへ。久しぶりだねー」 屈託のない表情。キュートのメンバーの保護をあえて辞してまで、私のところに来てくれたと思ったら、ちょっと嬉しくなった。 「ちょっと、千聖ぉ。」 「ももちゃんと2人で話すんだから。絶対誰も聞いちゃだめだよ!」 千聖、結構チャレンジャーだね。 奥のソファまで移動すると、千聖はさっそく「相談って、なに?」と少し表情を改めた。 「うーん・・・ないっ!」 「えっ!」 「千聖と2人になりたかっただけ。だから、相談は、ないっ!」 ふはっ えりかちゃんが噴出した後、一瞬間をおいて、千聖が抱きついてきた。 「ももちゃぁ~ん!何だーびっくりしたぁ!」 「ごめんごめん!だって今日なんかキュートみんな怖い顔してるからぁ~ちょっと嘘ついちゃった!」 まっすぐ私を見つめていた深い茶色の瞳が、長いまつげに縁取られた瞼の中にキュッと仕舞いこまれた。 私はこの笑顔が大好きだった。 たとえ全てが演技だったとしても、この笑顔は邪悪な人間ができるものじゃない。 「ねえ、千聖。ももは、千聖が好きだよ。昔も、今も、これから先の千聖のこともずっと好き。どんな千聖でも、ももは大好き。」 「ももちゃ・・・・」 私の名前を呼びかけた唇が、とまどいに震えて、静かに閉じられた。 私の知らない表情をした千聖が、そこにいた。 千聖の被った仮面が、壊れかけた瞬間だった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/15.html
ちっさーって、美人なんだ・・・ 小鳥のさえずりのような「僕らの輝き」を聞いたえりかちゃんがヒーヒー言いながら去っていくのを見届ける横顔を見て、私はそんなことを考えていた。 マスカラののりがとても良さそうな長くて濃い睫の下で、少し茶色がかった瞳が不安げに揺れている。 「えりかさん、体調を崩されてしまったのかしら。」 目が大きいとか、くっきり二重とかいうわけではないけれど、ちっさーの目は切れ長で黒目がちでとても神秘的だ。困ったような表情で見つめられて、少しドキドキしてしまった。 私とちっさーが一緒にいる時は、大抵一緒にバカなことをやって大笑いしていたから、ちっさーと言えば笑顔、元気、明るい、という印象が強かった。 そのギャップの大きさもあるのか、こうして間近で見つめるおしとやかなちっさーはとても可憐で、守ってあげたくなるようなオーラを纏っている。 「大丈夫だよ。なんかテンション上がりすぎちゃっただけだって。ちっさーが気にすることないよ。」 私が明るく返すと、ちっさーは胸の前で握った手を少し緩めて 「ありがとう、栞菜さん。」 とにっこり笑った。 ・・・千聖はふざけてるわけじゃないよ。 昨日の夜、電話で愛理から真面目なトーンでそう言われたことを思い出す。ちっさーが変わってしまったあの日から、私は何となくちっさーと二人きりになることを避けていた。 元気キャラじゃないちっさーとどうやって話したらいいのかわからなかったし、もしこれが全部ちっさーのわるふざけだったら、私はちっさーを嫌いになってしまいそうで怖かったのだ。 そしてそんな風に考える自分のことも何だかイヤになってしまって、ここ数日、かなり落ち込んでいた。 そんな時、私を気遣ってくれたのか愛理が電話をくれた。私はちっさーに関して自分が思っていることを全部打ち明けた。 感情が高ぶって途中でボロボロ泣いてしまったけれど、愛理は優しい声であいづちを打ちながら、私の話を聞いてくれた。 「そうだよね、千聖が急に違う人になったら怖いよね。」 愛理の声はとても落ちついていて、しゃくりあげる背中をさすってもらっているような気持ちになった。 「でも、あの千聖もちゃんと千聖だよ。 変わっちゃったように見えるかもしれないけど、前と同じで優しくてみんなのことを大好きって思ってくれてる千聖のままだ。 だから私は今の千聖と一緒にいるの。」 何か気が合うっていうのもあるんだけどね、なんて照れ笑いしながら愛理は言った。 「明日、栞菜も千聖と話してみたら?何にも心配することないよ。」 そんな愛理からのアドバイスで、今日はずっと千聖と話す機会を伺っていたのだけれど、結局今に至るまでずっと話しかけられなかった。 「栞菜さん、あまり私とはお話したくないでしょうか?」 「へえっ!?」 悶々と考えこんでいると、いきなり千聖に話しかけられた。 「家族にも、友達にも、千聖は変わってしまったと言われます。でも私には、以前の私がわからなくて。大好きな方たちを困らせてしまうのは嫌なのですが・・・」 「ちっさー・・・」 そっとハンカチで目じりを押さえるちっさーを見ていたら何だかとても悲しくなってしまって、私はちっさーの頭を抱え込むように抱いて一緒に泣いた。 「不安にさせてごめんね、ちっさー。でもキュートはちっさーの家族だから。話したくないなんてありえないから。本当にごめんね。」 そして、いつまでも戻ってこない私たちをなっきーが呼びに来てくれるまで、ずっと抱きしめあって泣いた。(なぜかなっきーも号泣した。) 「どーしたの!?瞼腫れてるじゃん!」 鼻をグズグズさせながら休憩室に戻ると、舞美ちゃんが慌ててかけよってきた。 「喧嘩?殴り合いとか?仲直りは?」 「違うよぅ。」 慌てる舞美ちゃんがちょっと面白くて、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 「私たちは仲良しでっす!さて、顔洗ってくるね!いこ、ちっさー」 「あ、栞菜さん。」 「・・・栞菜でいいよ」 「はい。・・・・・栞菜。」 ちょっと!私だってまだ愛理さんなのに!と愛理が後ろで叫んでいるのを尻目に、私とちっさーは手をつないで水道まで走った。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/373.html
「あ・・・」 着信画面に目を落とした千聖は、困惑した顔で私の様子を伺った。 「誰から?」 隣まで移動して画面を覗くと、そこには“桃ねぇちゃん”の文字。 うーん。 桃子かぁ。難しい。 もちろん、全然嫌いってわけじゃないんだけど、桃子はイマイチつかめない子だと思う。 千聖がものすごく懐いていて、舞美と仲がいい。 そのデータだけだと、2人と同じく明るくてちょいドジな体育会系のようだけれど、まったくそんな感じではない。 天然・・・じゃあないと思うけど、かといってさほど計算高いわけでもなさそう。 私と千聖がこんな関係になっているなんて知ったら、桃子はどんな反応をするんだろう。それは興味深い。 同い年つながりの佐紀だったら、「そういうのはあんまりよくないと思う」とか言いつつ根掘り葉掘りして、最終的には応援してくれそうだけれど。 「あの、そういえば、明日のレッスンは何時からか覚えていらっしゃいますか?」 「え?明日は夕方のミーティングだけだよ。・・・そんなことより、出ないの?」 「うぅ・・」 どうやら千聖は、着信が止まるまで、時間を稼ぐつもりだったらしい。でも、桃子はなかなかしつこい性分らしく、一向に着信音が鳴り止む気配はない。 「いいじゃん、出てみてよ。何か問題ある?」 「・・・わかりました」 千聖は私から若干体を離しながら、通話ボタンを押した。 「はい、もしも・・・」 “おーそーいおーそーいおーそーいー!!!もう寝ちゃったのかと思ったー!!” スピーカーにして、とお願いするまでもない。受話部分からは、異様にテンションの高い桃子のキンキン声。少し耳を離しつつ、千聖は「ごめんなさい、出るのが遅くて」と楽しそうに目を細めた。 「桃子さん、ご自宅ですか?」 “ううん、今ねー、ちょっと遠くでお仕事。ベリーズみんなで泊まってるんだけどぉ、みんないい子だからもう寝ちゃってぇ” “うっそ起きてるし!誰!?誰と電話?” “ずるーい!誰誰?愛理?” “キャー!” いきなり受話器の向こうでドッタンバッタンが始まった。音割れに若干眉を寄せながらも、千聖はかなり楽しそうだ。 何だよー。せっかく二人っきりなのに、ウチより桃子を取るの? 自分で電話に出ろと言ったくせに、私は理不尽な嫉妬心を覚えた。 “千聖げんきー?” “あっちょっと私にも代わって!千聖、ゆりだよー!うちとももと梨沙子以外寝ちゃったから、起きてる組でももの部屋にいるのー。でさー、この前さー、いきなり弟がねー、” “ちょっと、くまいちょー!もぉが喋ってるんだから!” ――うるさい。何てハイテンションなんだ、この子たちは!せっかくいいムードだったのに、千聖はすっかり電話の方に夢中になってしまった。 スピーカーに切り替えた後はうつぶせにごろんと寝転がって、何も映っていない画面を楽しそうに眺めている。 「ウフフ。それで、私にお電話を?嬉しいわ」 “千聖は今何してるの?” 「あ・・・えと、私は・・・」 梨沙子からの問いかけに、千聖はチラッと私の方を見た。 私の心に悪魔が降りてくる。とりあえず、人差し指を唇の前で立てて“言っちゃダメ”と指示をしてみる。 「えと・・・特に、何もしてなくて・・・キャッ!」 ころんと横たわる千聖の太ももをやわやわと撫でると、ビクンと体全体で反応が返ってきた。 “千聖?” 「ご・・・ごめんなさい、犬が」 ――私は犬か。 「わぅんっ♪」 千聖の上に飛び乗って、うなじにカプッと噛み付く。痕は着かないように、ゆっくり背中に沿って唇を下ろしていくと、千聖は小刻みに震えだした。 “・・・千聖、今どこにいるの?犬って?家?何かいつももっとにぎやかじゃない?” 「っん・・・・え、えと、今、家族が出かけっ・・・んぅ」 今度は腰に指を躍らせて責めてみる。私が非力とはいえ、さすがに体全体で乗っかっているとなると、体制を変えて逃げる事はできないみたいだ。涙目で見つめられるのがたまらない。 “千聖?” 「やっ・・ちが、あの、違うんです、・・うぅ」 シーツの上でぺたんこにつぶれてる胸に手を伸ばす。大分塗りこんだからか、さっきの練り香水の香りが広がる。 「だめ・・・」 鼻にかかった吐息が甘ったるくて、ますます悪戯心を煽られる。下から掬い上げるようにゆっくり揉んでいくと、柔らかくてプルンとした感触が手のひらで踊る。 “ねぇ・・・ちょっと” 「ぁんっ・・・ちがうの、今、ほ、ホテルにいるんですっ」 げっ!ち、ちしゃと! 千聖が何を言ったのかよくわからなかったのか、受話器の向こうも、一瞬静まり返る。 “・・・ホテルって、え?だってさっき家にいるって” “何でホテル?ディズニーランド?いいなあ。シー?ランド?何乗ったの?” 「え・・・?あの、あら?でぃずにー・・」 どうしてディズニー限定なのか知らないけれど、熊井ちゃんの中でどんどん話が進んで、千聖の困惑と動揺はさらに深まる。 “やめてください” 口パクでそう告げられても、私のイタズラはまだまだ治まらない。 「んくっ・・ぅ!」 猫をあやすように、喉の皮膚を摘んでぐにぐに動かす。声帯を刺激されたせいか、思いのほか大きな声が唇をついて出て、千聖は慌てて両手で口を塞いだ。 “・・・・・・え、ちょっと待って・・・千聖、ホテルって・・まままさかラブホtあばばばばば” 中3トリオの中では早熟な梨沙子は、さっきからの千聖の挙動不審な態度や今の喘ぎ声から、ある結論に至ってしまったらしい。・・・でも、それ微妙に違うけど。 よっぽど動転してしまったのか、熊井ちゃんがテンパッた感じで梨沙子ー!?と呼びかけるのが聞こえてくる。 “あばっあばばばばbbbbb” “千聖。ちょっと、座りなさい。一緒にいる男も” もはや言葉にならない梨沙子に変わって、今度は桃子の声が飛び込んできた。いつもよりシリアスめな声。しかも、男って!思わずぴょんと千聖の上から飛びのいて、2人して正座する。 千聖は全裸、私はめちゃくちゃバスローブ。シュールな光景だけど、とても笑えない空気が、受話器の向こうの桃子によって作り出されている。 「あの・・・桃子さん」 “あのね、千聖。千聖は今お年頃なんだから、そりゃあ恋ぐらいすることはあると思うの。でもね、千聖はまだ中学生なの。アイドルなの。誰かの千聖じゃなくて、みんなの千聖なの。こんなことで背伸びしちゃだめ。桃ねぇの言ってる意味、わかる?” 「はぁ・・・」 さすが、嗣永プロ。思わず真剣に聞き入っていると、“あんたもだよ、千聖の隣の人!”と呼びつけられてしまった。 ――うぅ、ちょっと怖い。エッチで気が大きくなっているとき以外はヘタレキングな私、梅田えりか。叱り付けられて、ちょっと泣きそうになってしまった。 “今すぐ別れなさいとは言わないけど、こういうことは真面目に考えて、真面目に向き合わなきゃだめ。ちょっと、聞いてるの?千聖の隣の人!何とか言いなさい!もぉの可愛い妹に手出して、ただで済むと思ってンの!” 「そ、そんなに怒んないでよー・・・ぐすっ」 「まぁ、えりかさん・・」 あまりの剣幕に、S仕様のえりかはどこかへ飛んでいってしまった。いつもの打たれ弱いえりかにもどった私は、ついにグスグス泣き出してしまった。 “え?は?えりかさん?え・・・何で何で何で?えりかちゃんなの?一緒にいるの” 「うぅ・・・そ、そうですぅ・・・ぐすんっ」 「一体、どうなさったの。えりかさんたら」 千聖にティッシュで顔を拭いてもらってる間に、電話の向こう側にも“えりかちゃんだってー”“なーんだ”と情報がめぐっていく。 “もう、心配したでしょ、千聖ぉ。梨沙子てっきり千聖があばばばばば” “いいなあー、今度はうちも連れてってよー。スペースマウンテン乗った?” とりあえず、誤解(じゃない部分も多々あるけど)が解けたところで、スピーカーのまま5人でお喋りをした。 今度はベリキュー全員で社会見学とかやろうよ!という熊井ちゃんの提案で盛り上がった後、明日早いしそろそろ寝るね、と電話を切るタイミングになった。 “じゃあまたね、千聖とえりかちゃん” 「おやすみなさい」 千聖の指が電源ボタンに触れかけた時、“あ・・・”と桃子の声が入った。 “言い忘れてたけど、二人とも。っていうかえりかちゃん。 ほ ど ほ ど に ね ” 「ほどほど?ですか?」 “じゃーねぃ♪” まるで某舞様のように、言葉を区切ってアクセントをつけて。顔は見えないのに、私にはいつものアイドルスマイル但し目は笑ってないバージョンの桃子が、具体的に想像できたのだった。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/63.html
「ちょっと待ちなさい!舞!」 ママの怒った声を遮るように部屋のドアを閉めて、私はベッドに潜り込んで泣いた。 こんな情けない涙は誰にも見せたくない。 夕食を食べている時、急にママから 「最近千聖ちゃんの話しないのね。喧嘩でもした?」 と聞かれて、一番聞きたくないその名前を出された私はムカッとしてこんなことを言ってしまった。 「知らない!千聖はもういないの。消えたんだよ。」 「舞、何てこというの。友達だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ」 事情を知らないママは、私が千聖と喧嘩をしてひどい言葉を言ったのだと思ったみたいだ。 「だって本当にいないんだよ!」 「いないって?キュートを辞めたってこと?」 「…違うよ。もういいでしょ。ママには舞の気持ちなんかわからないよ!」 もう誰とも口をききたくない。千聖と私のことについて誰からも触れられたくなかった。 あの事故の数時間前、私と千聖は小さなことで喧嘩になった。 多分悪いのは私。 背が伸びないことを気にしている千聖に背比べをしかけた。 千聖が悔しそうに苦笑するのが嬉しくて、何度もしつこく 「千聖が一番小さいね!」 とか言っていたら、千聖はうつむいて 「もういいでしょ。」 と泣きそうな声でつぶやいた。 しまったと思った私はすぐに話題を変えてみたけれど、千聖は黙って早貴ちゃんの方に行ってしまった。 撮影中も目を合わせてくれない。 二人きりのショットでも私を見ようともしない。 何だよ身長ぐらい、と正直思ったけれど、千聖にとってはかなり地雷だったのかもしれない。 何とか仲直りのきっかけを見つけようとしていたら、階段を降りて行く途中で前を歩く舞美ちゃんと千聖がくすぐり合ってはしゃぎ始めた。 この輪に混ざれば自然に元に戻れるかもしれない。 舞美ちゃんは笑っていたけど千聖はその場を離れようとした。 「待っ…」 千聖の肩を掴む。びっくりした顔で振り向いた千聖は、そのまま足を滑らせて… 「私のせいだ。」 もう何百回呟いただろう。 誰も私を責めなかったけれど、私のしたことで千聖は千聖じゃなくなってしまった。 「どうしたら言いのかな」 みんなが新しい千聖を少しずつ受け入れ始めている。 私と二人でそれを眺めていたはずの舞美ちゃんも、この頃はあの千聖と笑い合うようになっている。 でもあんな子は千聖じゃない。私が謝りたい千聖はもういなくなってしまった。 私はどうしようもなく辛くて、だんだんとこの苦しみはあの新しい千聖のせいだと考えるようになっていた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/81.html
私はどうしようもなく切ない気持ちになって、そっと愛理を抱きしめた。 「ごめんね、愛理。梨沙子こういう時、何て言ったらいいのかわかんないよ。愛理の力にもなりたいし、千聖のことも助けてあげたいのに。」 ギュってした愛理の体は何だか骨っぽくて、私は何だか悲しくなった。 「また痩せちゃった?ちゃんと食べなきゃだめだよ。」 「うん、ありがとう。」 愛理が力を抜いて私にもたれかかってきた。 背中をポンポンしてあげながらふと顔を上げると、横になったまま千聖がこっちを見ていた。 「あ・・・」 私が声を出す前に、千聖はひとさし指を唇に当てて「シーッ」のポーズをした。 “なんで” 口パクで聞いてみたけれど、千聖は辛そうな顔で首を振るだけだった。 おかしい。 こんなのおかしい。絶対おかしい。 「絶対間違ってる!」 自分でもびっくりするぐらい、大きな声が出た。 「えっ」 愛理は私の目線を追って、そのまま千聖と目があったみたいだ。 「あ・・・・起きてたの?」 「ええ・・・」 2人は気まずそうに黙っている。よくわかんないけど、多分千聖はさっきの愛理の告白を聞いていたんだと思う。それで、こんな悲しそうな顔をしてるんだ。 「・・・・どうして、2人はお互いに思っていることを言わないの?私は愛理のことも千聖のことも大好きだから、梨沙子にできることがあるなら何だってするよ。話だって聞く。 でも、愛理は今の話、本当は私じゃなくて千聖にしたかったんだよね?」 全部私の勝手な決めつけかもしれないけど、心に湧き出てくる思いがどんどん口からあふれ出してくる。 「きっとね、こういう時ね、ベリーズだったら遠慮しないでお互いに言いたいこと全部言うもん。 それでケンカになったって、みんなでフォローしあってちゃんと仲直りもできるし、気持ちを伝えることができるんだよ。 そりゃあキュートの方がみんな仲良くて家族っぽいのかもしれないけど、ベリーズだってね ・・・・・・ ごめん、なんの話してるかわからなくなっちゃった。」 「・・・・・うん」 恥ずかしい。愛理と千聖が目を丸くして私を見てるのがわかる。 カーッと顔が真っ赤になっていく。もう、逃げちゃいたい。 「梨沙子さん。・・・ありがとう。」 自分のアホさが恥ずかしすぎて下を向いていたら、急に後ろから柔らかい感触に包まれた。 「わっわっ!」 「梨沙子さんの言うとおりね。私も愛理も、変な遠慮でちゃんと気持ちを伝え合うのを避けていたのかもしれないわ。さっき愛理が梨沙子さんに言ってたことが、私への本心だったのね。」 もう千聖は、私に対しても前のキャラで振舞うのをやめてくれたみたいだ。 明るくて元気でちょっと子供っぽかった千聖の外見のまま、とても大人っぽいことを喋る姿は、何だかちょっと不思議な感じだった。 「千聖ぉ。ごめんね。私、仲良くしてたくせに肝心なことは言えなくて」 「いいえ。私こそ、優しくしてくれる愛理に甘えていたのよ。梨沙子さん、私たちに大切なことを教えてくれてありがとう。」 お嬢様千聖はストレートに人を褒めすぎる。私はさっきのことの照れもあって、軽くあばばば状態に陥ってしまった。 「え、や、えと、ま、まあまあ。とにかく、これからも助け合って行こうよ。あのさ、だって私たち、中2トリオでしょ?」 「うん。そうだね。」 「ええ。」 くっさいドラマみたいな会話に、3人同時で吹き出した。 知らないうちに、もうお腹のチクチクは消えていた。 千聖もすっかり元気になっているみたいで、愛理と目を合わせて楽しそうに笑っている。 2人と同じ学年に生まれて、中2トリオといえる仲になれてよかった。グループは違うけれど、私と愛理と千聖はこうやって、特別な絆で結ばれているんだって思えた。 恥ずかしいからそこまでは絶対に言わないけど、私の心は暖かい気持ちに満ち溢れていた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/13.html
これは一体どういうことだろう。 階段落下事件から3日後、ダンスレッスンに現れた千聖は何と日傘を差していた。 「ごきげんよう、愛理さん。」 「あ、はい、ごき、げんよう。」 えりかちゃんが視界の隅でマックシェイクを噴射した。 「私、もっとお肌のお手入れに気を使おうと思いまして。良いお化粧品に心当たりがあったら教えてくださいね。」 「あ、はい、よろ、こんで。」 千聖はにっこり笑うと、着替えのためにロッカー室に入っていった。 緊張の糸が解け、私は床に座り込んだ。 「愛理、大丈夫?」 「うん・・・えりかちゃんも口の周り拭いてね。」 正直、今までのやんちゃで明るい千聖のことは、同い年なのにちょっと子供っぽいと思っていた。 一緒にふざけたりすることはあっても、真面目に語り合ったりできるのかな?とそういう場面では千聖を遠ざけていたかもしれない。 でも今日の千聖ときたら、見慣れたショートパンツでもTシャツでもない。 淡いピンクのシフォンブラウスに細かいフリルのついたスカートという、ファッションまで変わっていた。 本当に、変わってしまったんだなぁ。思わずため息を漏らす。 「やっぱショックだよね。もうまるで別人じゃない?千聖。」 「う、うん。」 心底悲しそうに呟くメンバーを尻目に、私は少しわくわくしてきていた。 新しい千聖はどんな子なのだろう。 ファッションの話やお化粧の話にも乗ってきてくれるのだろうか。 もっといろんな話ができるようになるだろうか。 元に戻らなかったからっていつまでも嘆いていたくはない。 私は今の千聖を受け入れることに決めた。 男の子っぽくてもお嬢様になっちゃっても、私は結局千聖が好きだから。 「お待たせいたしました。」 「千聖、こっちでいっしょにストレッチいたしましょう?」 私は丁寧にお辞儀をしてレッスン室に戻ってきた千聖の手を取って、あっけにとられる皆の前を通り過ぎた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -