約 1,225,105 件
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/32.html
明日菜、明日の準備はできていて?忘れ物をしてはだめよ。」 返事ができない。いろんなことが頭の中で整理しきれなくて、自分がおかしいのかお姉ちゃんがおかしいのかわからなくなってきた。 「明日菜。こっちおいで。」 タイミング良くパパが呼んでくれたから、お姉ちゃんの手から逃れるように体を離した。 「パパ。」 「うん、大丈夫だ。何にも心配ない。」 私はまだ何にも言っていないのに、全てを見透かしたかのようにパパは笑って頭を撫でてくれた。 「明日菜も疲れただろ。お姉ちゃんが無事で本当に良かったな。」 「・・・うん。」 部屋に戻ってぼんやりしていると、お姉ちゃんが「まあ。」とか言ってる声が聞こえた。 ちょっと気になって廊下に出たら、ゴミ袋を両手に持ったお姉ちゃんにぶつかりそうになった。 「何やってんの。」 「整理整頓を。私ったら、どうしてこんなに散らかしていたのかしら。恥ずかしいわ。」 「・・・手伝う。」 ゴミ袋を奪い取って、玄関に運ぶ。 お姉ちゃんの部屋を覗いたら、ママにゴミルームとまで言われていた空間が、すっかり綺麗になっていた。 そして、やっとこのキャラがお姉ちゃんのいたずらじゃないことを理解した。いつも部屋の片付けから逃げまくっているお姉ちゃんが、悪ふざけのために大嫌いな掃除までするはずがない。 「手伝ってくれてありがとう。」 「別にいいよ。布団敷いてくるから、どいて。」 お姉ちゃんを押しのけるようにして寝室に入って、乱暴に布団を敷き始めた。 こんなことが、現実にあるんだ。頭打って性格が変わっちゃうなんて。まるでマンガみたいだ。心臓がドキドキする。 「明日菜ねーちゃんこえー。布団ぐっちゃぐちゃじゃん。」 「うっさいよ。早く寝るよ。」 絡んでこようとする弟を上掛けで押さえつける。ギャーギャー騒いで、全然言うことを聞かない。 「どうしたの、2人とも。お布団が乱れてしまってるわ。」 そこに、お姉ちゃんがひょっこり現われた。弟は標的を私からお姉ちゃんに変えたのか、腰をかがめて突進していく。 ちょ、ちょっと待って。その人は今までのお姉ちゃんとは- 「もう、暴れては駄目でしょう?」 押し倒されてベソかくかと思っていたら、お姉ちゃんはまた弟をギュッと抱いて止めてしまった。 「もう寝ないと駄目よ。また明日遊びましょう。お布団直してあげるわね。」 私達は逆らえずに、お姉ちゃんが手際よく整えた布団にねっころがった。 「お休みなさい。」 部屋の明かりをちっちゃい電球1個だけにして、お姉ちゃんが出て行った。 「ねえねえ、お姉ちゃんのことなんだけどさ。」 隣で寝そべってる弟に小さい声で話しかけた。 「今日のお姉ちゃん、どう思う?キモいよね?もっと男っぽかったよね?」 「それより、さっきちさと姉ちゃんにギューッてされた時顔におっぱいが当たってさあ。やっべー」 「あっそ。」 だめだ。男子って本当頼りにならない。バーカ。 中学生のおっぱいやべーとかずっと言ってる弟を無視して、お姉ちゃんが後で寝るスペースに視線を移した。 枕元に、薄いピンクの可愛いパジャマが綺麗に畳んで置いてある。 昨日まで着ていたTシャツ短パンが恥ずかしいと急に言い出して、ずっと前にママが買ってきたっきり一度も着てなかった女の子っぽいやつを、クローゼットから出してきたらしい。 あのよくわからないお姉ちゃんが、今日は隣で練るのか。いや、それどころかこれからずっと一緒に暮らしていくのかと思うと、なんかげんなりしてしまった。 変わってしまったお姉ちゃんが嫌だというより、自分がこれからどうしたらいいのかわからない。 リビングからはパパとママ、お姉ちゃんの笑い声が聞こえる。 ドアの隙間から覗くと、リップとパインを膝に抱いて微笑んでる姿が見えた。 うちのわんこたちは、結構人見知りだ。ああやって大人しく抱っこされているんだから、犬達から見たら今までどおり、優しくて可愛がってくれるお姉ちゃんなんだろう。 普段と何も変わらない風景の中に、性格だけ別人なお姉ちゃんがすっぽりと入り込んでいる。 あのまま家族になじんでしまうのかな。 パパとママはあんな調子で、弟はアホで、私だけがこうやってグズグズ悩んでいるみたいだ。 「もうそろそろ寝ますね。本当に今日は心配をかけてしまって、ごめんなさい。」 ヤバいな。そろそろお姉ちゃんがこっちに来そうだ。もうとっくに寝息を立ててる弟の方に体を詰めて、寝てるふりをした。 しばらくして、細く開いたドアの隙間から、お姉ちゃんがそっと入ってきた。 「もう、寝崩しちゃって。お腹が冷えてしまうわ。」 私と弟の夏がけを直してから、手早くパジャマに着替えたお姉ちゃんは、すぐに横になって眠ってしまった。 私や弟のスペースが狭くならないように、端っこの方で丸まっている。 それを見ていたら何か切なくなってきて、私は2人を起こさないように静かに部屋を出た。 「パパ。ママ。」 「明日菜。まだ起きてたの?寝られない?」 「ちょっと、話がしたいんだけど。」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/31.html
車で家に帰る途中、いつもみたいにお姉ちゃんのわき腹をつっついてみた。 ク゛フク゛フ笑いながら反撃してくると思ったけれど、「きゃんっ」ってリップみたいな声を出してのけぞった。 バカじゃないの。バカじゃないの。バカじゃないの。 心配したのに。ふざけつづけるお姉ちゃんに私は自分の気持ちを馬鹿にされてしまったみたいで、悔しかった。 「明日菜ったら、どうしたの?」 甘ったるい舌たらずな喋り方がむかつく。思わず髪に触れた手を振り払ってしまった。 「もう、その寒いキャラやめないと口きいてあげないから。絶交だよ。」 姉妹で絶交って。でもお姉ちゃんには効果があったみたいで、泣きそうな顔してオロオロしている。 「明日菜。何か気に障ることをしたのならごめんなさい。でも、私思い当たることがなくて・・・・」 「何っゞ∫Σ&#!!!!!」 今度こそ掴みかかろうとしたら、またママが止めに入った。 「明日菜、お姉ちゃん疲れてるの。あんまりちょっかい出さないで。」 ああもう、本当嫌だ。疲れてるとか関係ない。お姉ちゃんがイタズラ好きなのは知ってるけど、今そんな空気じゃないって言ってるだけなのに。 「明日菜」 「もう話しかけないで。」 私はお姉ちゃんに背中を向けて、フテ寝することにした。 “家に帰ったら、数学の予習をしないと” “ええ、お母様のおっしゃる通りね” “うふふ” 断片的に耳に入ってくる言葉が勘に触る。ママもママだと思う。いつもお姉ちゃんばかり甘やかすんだから。ずるい。 そもそも私達姉妹がハロプロのお仕事を始めたのだって、私が大好きなモーニング娘。になりたいと言ったのが始まりだったはずだ。 なのにママは、キッズオーディションを受けるのに年齢が足りてなかった私には我慢しなさいと言って、お姉ちゃんだけ受けさせた。 私のことを待って、また別のオーディションを一緒に受けるんでもよかったはずなのに。 あの時はお姉ちゃんが「千聖どうしてもこれ受けたい!なんでも言うこと聞くからお願い!」 とママに食い下がったんだっけ。 お姉ちゃんは基本的に優しいけれど、どうしてもやると決めたことに関しては絶対に譲ってくれない。 私の一番の夢を私より先に掴んで、お姉ちゃんはキッズになってしまった。 結局私もその後エッグになれたから、もうそのことは恨んでないし今更うじうじ言うつもりはない。 でも今日みたいなことがあると、やっぱり自分ばかり損しているような気持ちになる。 ケガがたいしたことなくて、ふざけているんだったら早く怒ればいいのに。 こんなキャラで家に帰ったら、弟だって心配してしまうだろう。 「お帰りー!ちさと姉ちゃんケガ大丈夫?」 家に着いたら、よっぽど心配していたのか弟が玄関の前に立っていた。 「ありがとう。たいしたことなかったのよ。ずっと待っててくれたのね。」 お姉ちゃんはとても優しい顔で微笑んで、弟をやんわりと抱きしめた。 「え」 普段はやんちゃな弟が、お姉ちゃんの腕の中で目をパチクリさせておとなしくしている。 パパもママも、「千聖は優しいお姉ちゃんだね」とか言っている。 私はこのとき初めて、怒りではなく恐怖を覚えた。 もしかして、私がおかしいの?もともとお姉ちゃんはこういうキャラで、私が今日突然そのことがわからなくなってしまった? 「遅くなってしまったわね。お布団しいて、寝ましょう。」 お姉ちゃんの手が私の背中に添えられる。拒めない。 妙にあたたかくて、優しい手がとても重く感じた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/120.html
そこは真っ暗だったけれど、とても暖かくて、甘いお菓子みたいな匂いがただよっていた。 私は一人ぼっちでうずくまっていた。不思議と寂しくはない。 柔らかい綿みたいなものに包まれながら、ウトウト目を閉じたり開いたりしてまどろんでいた。 どこだろう、ここ。 長い時間ここにいたような気もするし、さっき来たばっかりのような気もする。時間の感覚がよくわからない。 たしか私、舞ちゃんと喧嘩してたんじゃなかったっけ?その後舞美ちゃんとふざけっこしてて・・・・ 「・・・眠い・・・・」 いろいろ考えようとしても、頭がボーッとしてうまくいかない。 体に力が入らない。 私、もしかして死んじゃうの? 嫌だ、まだやりたいこといっぱいあるのに。 キュートでいっぱい活動して、学校の友達といっぱい遊んで、パパやママや妹弟たちとももっとたくさんの時間を過ごしたいのに。 フラフラする体を無理矢理起こすと、なんと私の目の前に私がいた。 「うわっ。」 完全に真っ暗な空間だったのに、私の姿だけはなぜか見えた。 「ねえ、あのさ、千聖だよね?ていうか私も千聖なんだけど」 とりあえず話しかけてみるけれど、私はにっこり笑ってるだけで、何にも言わない。 よく見てみると、今私が見ている私は、私自身とは少し違うような気がした。 私、こんな大人っぽい顔してたかな?服も、私じゃ絶対選ばないようなお嬢様っぽいスカートなんて履いてるし。 「ねえ、」 もう一度話しかけようとしたら、目の前の私はいきなり手を伸ばして私を抱きしめてきた。 私はどうしていいのかわからなくて、とりあえず私を抱き返してみた。 その瞬間、2人の体が、ピッタリと一つにつながったような気がした。 「あぁ・・・・」 唇から大きなため息があふれ出た。 頭の中に、たくさんの映像が流れ込んでくる。 私の手を抱いて、みんなの輪の中に引き入れてくれる愛理。 私と一緒に、笑いながらグラウンドを走る舞美ちゃん。 私の名前を叫びながら、傘もささずに夜の街を駆けるなっきぃ。 目に涙をいっぱいためながら、どこにも行かないでと私を引き止める栞ちゃん。 暗い部屋の中で、黄色いリボンで指をつないだまま、私と寄り添っている舞ちゃん。 どんなシーンでも、優しい顔で私を後ろから見守ってくれているえりかちゃん。 桃ちゃん、りーちゃん、ベリーズのみんな、パパ、ママ、妹に弟。みんなが私に向かって笑いかけている。 長い長い映画を観ているような感覚だった。 なぜだかわからないけれど、すごく胸が痛くて、私はボロボロと涙をこぼしていた。 みんなに会いたくてしかたがなかった。早くここを飛び出したくてたまらない。 「みんなのとこ、戻らなきゃ。」 私がそういうと、もう一人の私は、肩越しにしっかりとうなずいた。 暗闇の中でぼんやりと光っていた目の前の私の体が、だんだんとさらに強い光を放っていく。 「まぶしっ・・・・」 目を開けていられない。 私は光の洪水の中で、しばらくの間きつく目を閉じていた。 たくさんの人の気配で目が覚めた。 ちょっと黄ばんだ天井。薬くさい空間。 レッスンで使うスタジオの、医務室のベッドに私は寝ていた。 右手が熱を持ったようにジンジン痛い。強い力で握り締められているみたいだった。 「茉麻ちゃん・・・?」 舌が引きつれてうまく喋れなかったけれど、私の声を聞いた茉麻ちゃんは、うつむいていた顔をガバッと上げた。 大きな丸い目が、裂けちゃいそうなぐらい大きく見開かれている。 「手、痛いよ茉麻ちゃん・・・・」 「千聖・・・・!」 茉麻ちゃんの顔が歪んで、私のほっぺたに涙が落ちた。 「千聖、千聖!ごめんね、私のせいで」 茉麻ちゃんは放っておいたら土下座でもしそうな勢いだった。何が何だかよくわからなかったけど、私はあわてて「私、大丈夫だよ。」と背中をさすった。 「・・・ちっさー」 今度は後ろから名前を呼ばれた。 振り返ると、至近距離に舞美ちゃんの顔。まるでお化けでも見るような顔で、私を見つめている。 よく見たら、狭い部屋の中にたくさんの人が集まっていた。 キュートのみんなだけじゃなくて、ベリーズも。マネージャーさんやスタッフさんも端っこの方にいた。 「えっ、これ何っ・・・私、どうしたの?何かあった?」 「千聖・・・喋り方」 「え?何か変?ごめんわかんないけど」 「元に戻ったんだ・・・・・」 めったに泣かない愛理が表情を崩したのを合図にしたように、キュートもベリーズも、皆が泣き出してしまった。あのももちゃんまで。 「え・・・ええっ・・・・!ちょ、ちょっと、やだなあ。舞美ちゃん?えりかちゃん?アハハ、やめてよぅ」 ドッキリでもしかけられてるのかと思って笑いかけるけれど、誰も「なんちゃって!冗談冗談ー♪」と言ってくれない。 りーちゃんや栞ちゃんなんて、吐いちゃうんじゃないかってぐらいヒーヒー言いながら泣いている。 「っ痛・・・・!」 何気なくおでこに手をやると、包帯が巻かれていた。右のほっぺたも湿布で覆われている。 なんだろう、この感じ。前にもこういうことがあったような気がする。 「あ、あのごめん、私なんで怪我してるの?」 キュートのみんなはもうまともに喋れるような感じじゃなかったから、どうにか話を聞いてもらえそうなキャプテンと雅ちゃんに声をかけてみた。 「・・・覚えてないの?千聖今、階段から滑って落ちちゃったんだよ。」 「それで、キャラが変わ・・・違う、元に戻って・・・・・でも良かった、本当に」 2人はそこで声を詰まらせて、また泣いてしまった。 「キャラって・・・」 いったい何のことを言ってるのかわからない。 階段から落っこちたっていうのは、多分舞美ちゃんとくすぐり合いっこしてたからだと思うけど。 でもそれなら何でベリーズの皆がいるんだろう?ていうか、そもそも何でみんなこんなに泣いてるんだろう。 「ねえ、みんなそんなに泣かないでよー・・・」 私は何だか悲しくなってきて、つられて泣き出してしまいそうになった。 「・・・・・・・・・・・・・千聖。」 その時、泣き続けるみんなをうまく避けながら、舞ちゃんが私のところに近づいてきた。 「あっ舞ちゃん。ねーこれっ何で・・・・」 質問しようとした私の唇を、舞ちゃんの手が覆った。 ひんやり冷たい手が、ほっぺたを辿って鼻、まつげ、髪の毛に触れた。 どうしてだろう。 こうやって舞ちゃんが私の顔に触れるのは、初めてじゃない気がする。 “くすぐったいわ、舞さん” 頭の中に、そんな不思議な声が聞こえた。 「ちさと・・・・ちさと・・・・」 舞ちゃんは私の名前を何度も呼んで、細い腕で私を抱きしめた。 「舞ちゃぁん・・・」 壊れやすいガラス細工を扱うように、とても優しく包まれて、私もついに泣き出してしまった。 どうしてなのかわからないけれど、胸が締め付けられるようにズキズキ痛んだ。 思いっきり泣いてみんな落ち着いた頃、舞美ちゃんからいろいろ教えてもらった。 それによると、私は3週間ぐらい前にも階段から落ちて、頭を打ったらしい。 「舞美ちゃんとふざけてて、落ちた?」 「それは3週間前。・・・ちっさー、今日何日だかわかる?」 私が答えると、みんなが落胆のため息をついた。どうやら3週間分の記憶がすっぽり抜けているらしい。 「本当に覚えてないの?」 「うーん・・・」 何かが引っかかっているけれど、思い出すことができない。 「ちっさー、お嬢様になってたんだよ。」 ――お嬢様。 その単語を耳にした途端、私の心臓がドクンと波打った。 すっかり忘れかけていた、さっきの夢のことを急に思い出した。 もう一人の私が見せてくれたあの光景が、頭をいっぱいに満たしていく。 「千聖?大丈夫?」 思わずこめかみを押さえてキツく目をつむる。 「思い・・・・出した、かも」 「ええっ!」 「まだ全然、ざっとだけど。自分がお嬢様キャラとか全然わかんないし。」 それでもみんなにとっては嬉しい報告だったらしく、安心したようなおだやかに笑ってくれた。 「お帰り、千聖。」 困ったようないつもの笑顔で、愛理が手を差し出した。 「ただいま。」 握った愛理の手は、何だかいつもより暖かくて頼もしかった。 その後。 キュートのみんなは元に戻った(らしい)私をすぐに受け入れてくれて、いつも通りのキュートになった。 舞ちゃんは最初すごく優しくしてくれたけど、今はもうすっかりもとどおりになった。私とつまんない喧嘩をしながら毎日キャーキャー騒いでる。 パパやママなんて、3週間の間いい子だった私と今の私を比べて、「また部屋汚くして!勉強は?お嬢様千聖を見習いなさい!」なんて言ってくる。 明日菜は「キモかった」「変だった」を連発した後、「おかえりなさい。」と呟いた。可愛い奴め。 結局私は、全ての記憶を取り戻すことはできなかった。 あの時夢で見たみたいに、ダイジェストみたいな形で、大まかな出来事は思い出せる。でも細かいことや、自分がお嬢様言葉で喋っていたり、可愛い服装をしていたことなんかは実感がない。 そういわれればそう・・・なのかな?という程度。 「ちっさー、本当に可愛かったんだよ。」なんて時々栞ちゃんが私をからかう。みんなは真顔でうなずいたりする。 「やめてよ恥ずかしいよ」 照れ隠しに変顔やったりしてごまかすけれど、お嬢様の話をされると、なぜかいつも胸の奥が甘くざわめく。 「まだここに、お嬢様の千聖はいるのかな。いたら面白いなあ。おーい。ごきげんよう。」 独り言をつぶやいて、胸をノックしてみても、当然何の反応も返ってこない。 それはみんなが知ってて、私だけが知らない、ひと夏の不思議な出来事だった。 戻る TOP コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/44.html
楽屋の雰囲気が悪い。 メンバー間で何があったわけでもない。 でも、流れている空気はかなり張り詰めている。 「はぁ~あーもう。ムカつくんだけど。」 さっきから何度目かの大きな独り言が、千奈美の口を突いて出た。 「ちぃ、どうした?」 すぐにみやとキャプテンが、千奈美の機嫌をとり始めた。 千奈美は時々、私生活であった嫌なことを引きずって仕事場に来る。 いつもはムードメーカーで元気に振舞っているから、千奈美がこうなるとベリーズ全体に影響が出てくる。 根っからワガママな子じゃないし、ああして誰かがなだめればすぐに解決するのだけれど、正直私はそのことを快く思ってはいない。だから、ご機嫌とりの役はずいぶん前に放棄してしまった。 ここにいても仕方ないか。今日はキュートもいるらしいし、あっちの楽屋でも覗いてこようかな。 久しぶりに千聖の「桃ちゃぁーん」が聞きたいし。 「えー何?ももどっか行っちゃうの?ここは空気が悪いって?とぅいまてーんねー。」 扉の前で振り返ると、頬づえをついた千奈美が目を細めて私を眺めていた。 もー。絡まないでよ。 ちょっとちぃ、とキャプテンが宥めようとしているけれど、こういう時に強く言い切れないタイプなのはわかりきっている。 私がニコニコしてごめぇんとか言えば済むのかもしれない。実際それで切り抜けたことも、あるといえばある。 でも、今日はあいにく私もそんな気分ではないのだった。 「仕事とプライベートぐらい分けたら?高校生にもなって、一番子供じゃんそういうとこ。」 思わず毒づくと、千奈美の顔色が変わった。 「もも!今のはないよ。ちぃに謝りなって。」 「あーいとぅいまてーん」 「ちょっと!!マジむかつく!何あの顔!てかみんな笑うとこじゃないんだけど!」 思いつく限りで一番憎たらしい変顔を披露して、千奈美の怒号を背にさっさと楽屋を出た。 別に私と千奈美は、取り返しがつかないほど険悪なわけじゃない。 仲いい時はいいし、千奈美のくったくのなさには救われることも多い。 ただ、根本的な考え方や価値観が違い過ぎるから、こうやってたまにひどくぶつかることも結構ある。 まぁでも、今のは私も悪かったかな。大人げなかった。頭冷えたら、軽く謝っておこう。 「あれ・・・梨沙子?」 キュートの楽屋の前まで行くと、梨沙子が所在なさげに扉の前をウロウロしていた。 ベリーズの方にいなかったから、てっきりこっちに入り浸ってるのかと思っていたんだけれど・・・ 「入らないの?」 「あ、うん。あー、うー・・・」 梨沙子はモゴモゴ言いながら、私の様子を伺うようにじっと見つめてきた。 「どうかしたの?」 「もも・・・ちょっと、こっち。」 歩き出した梨沙子の横に並ぶ。 「どこ行くの?」 聞いても生返事しか帰ってこない。 しばらく歩いて、誰も使わないような古い自販機の前で梨沙子が足を止めた。 「何だ、もういない。」 残念そうに呟くと、また何か言いたげに私を見た。 「ももはさぁ、千聖と仲がいいよね?」 「うん、仲良しだよ。」 「うーん。あのね、これは例えばの話なんだけど、最近千聖がお嬢様キャラに変わったって聞いたことある?あ、例えばだからね?それで、前の明るい系の千聖に戻る練習を舞ちゃんとしてるとか。全部例えばなんだけど・・・・」 うん、梨沙子。それはたとえになってないよ。 「ようするに、千聖が何かの理由でお嬢様キャラになっちゃって、元に戻るように舞ちゃんとここで特訓してたのを梨沙子が見ちゃったってこと?」 「あばばばばばば」 「なるほど。」 梨沙子の言うことが本当なら、すごい話だ。あの千聖がお嬢様キャラって。 ドラマや漫画じゃあるまいし、まだ半信半疑だけれど。 「梨沙子この話、他の誰かにした?」 「う、ううんまだ。何かももすごいね。探偵みたい。」 「・・・。じゃあ、約束ね。これはももと梨沙子だけの秘密。愛理に知ってるか聞くのもだめ。OK?」 梨沙子はちょっと不満そうだったけれど、しぶしぶうなずいた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/71.html
電車のドアが開くと同時に猛ダッシュで階段を駆け上がり、PASMOを叩き付けて改札を飛び出した。 なっきぃから涙声の電話をもらってから約30分で、私はレッスンスタジオの最寄り駅に到着した。 …なっきぃ、何があったの。 今日はなっきぃと栞菜がちょっと言い争いになった。 私は揉め事や喧嘩が苦手だから、いつもみたいにすぐに割って入った。 なっきぃが引き下がってくれてその場は収まったけど、もしかしたら私の強引な仲介が泣くほど辛かったのかもしれない。 あるいは栞菜と鉢合わせになって第2ラウンドが…そっちか!栞菜か! 「開けるよ、なっきぃ!栞菜!」唯一電気が点けっ放しだったロッカールームに直行して、ドアを開ける。 「…………あれ?」 なっきぃはいたけど、栞菜はいなかった。 栞菜はいなかったけど、ちっさーと舞がいた。 「みぃだん…」目を真っ赤にしたなっきぃがしがみついてきた。 一体これはどういう状況なんだろう。 ドアに近いベンチでなっきぃが顔を覆っていて、一番奥のロッカーの前でちっさーがぼんやりと空を見つめていて、そのちっさーの肩に指を食い込ませながら舞が何かを呟いている。 「どどどうしたの、なっきぃ。栞菜は?」 「…?栞菜?いないけど」 「そっか。」 だとしたら、なっきぃは一体何で泣いてるんだろう。 いや、なっきーだけじゃなくて、あの二人も。 「何があったか聞いてもいい?」 「いいけど、うまく答えられないと思う。」 「そっか。」 とりあえずなっきぃは落ち着いたみたいなので、私はちっさーと舞のほうに向かった。 「大丈夫?二人とも。」 「舞、美さん」 ちっさーは相変わらず、夢でも見てるような顔でこっちを見た。 「やだ!舞美ちゃんに話しかけないでよ!」 突然、舞が起き上がってちっさーを突き飛ばした。 「ちょっと!舞!」 お嬢様化したちっさーのことが気に入らないのは知っていたけど、こんなことを許すわけにはいかない。 「もうやだよ、舞美ちゃん・・・舞どうしたらいいのかわかんないよ」 「舞・・・・」 舞も泣きながら私の腰にすがり付いてきた。 右になっきぃ、左に舞。 ちっさーは相変わらず表情のない顔で私たちを眺めていた。 「あの、さ、とりあえず今日は帰ろう?タクシー呼んで四人で帰ろうよ。もうけっこう遅い時間だし。また今週中にレッスンあるから、そのとき話そうよ。うん。今日は落ち着いたほうがいい。」 「・・・そだね。」 力なく立ち上がったなっきぃが、荷物をまとめ始めた。 「・・・・舞美さん。私、父が迎えに来てくれるので。早貴さんと舞さんとご一緒にお帰りになって。」 「でもちっさー」 「舞さんって呼ばないでよぉ・・・・!バカ!」 ずっと黙っていたちっさーがやっと喋ってくれたけれど、何か言うたびに舞が過剰反応してしまって、あまり会話にならない。 こんなに情緒不安定な舞を見たのは初めてだった。 「大丈夫です。私のことはお気になさらないで。」 「ほら気にするなって言ってる。もう帰ろう。」 ど、どうしよう。こんなことになるとは思ってなかった。 いくら鈍い私でも、今ちっさーと舞を一緒にしておくわけにいかないのはわかった。 舞もちっさーも、私の決断を待つように黙り込んだ。 「千聖。お父さんはいつ来るの?」 沈黙を破って、なっきぃがちっさーに話しかけた。 「きりがないから、私たちは三人でタクシー乗って帰るよ。でも、千聖のお父さんが来るまでは待つ。それでいいよね、みぃたん。」 「あ・・・うん、うん!それがいいよ!なっきぃの言うとおり。ちっさー、パパは今どのへんかな?」 すると急に、ちっさーの顔がこわばった。 「え、どうしたの?パパ遅くなりそうなの?」 ちっさーは何も答えない。 「・・・千聖。本当はお父さん、来ないんじゃないの。」 「え」 なっきぃが聞くとほぼ同時に、ちっさーは私たちの横をすり抜けるようにして、ロッカー室を飛び出していった。 「ちっさー!」 「嫌!二人とも行かないで!舞と一緒に帰るんでしょう!?」 必死にしがみつく舞の手を離すことはどうしてもできなかった。 リーダーなら・・・・こんな時どうするべき?私じゃなくて、佐紀だったらどうしてる?先輩達なら・・・ 「私、追いかけてくる。」 私がもたついてる間に、なっきぃが走り出した。 再び泣き出した舞の頭を撫でながら、私は今までの人生最大ともいえる挫折感をじわじわと味わっていた。 私、ちっさーを見捨てちゃったことになるの? 本当にこれで良かったの? キュートは問題のないグループだと言われていた。 でもそれは、皆がお互いを温かく守りあっていたから。 私の力なんかじゃ絶対にない。 むしろ、こういうときに決断もできないような私がリーダーだなんて。 「ご、ごめん。見失っちゃった。どうしよう・・・・。」 しばらくしてなっきぃが戻ってきた。 必死で追いかけたんだろう、呼吸がすごく乱れている。 「ありがとうなっきぃ。じゃあ、まずちっさーのパパとママに連絡してみよう。」 携帯を開いてアドレスを確認していると、いきなり画面が着信通知画面に変わった。 「ちっさーだ!」 急いで電話に出た。 「もしもし、ちっさー戻っておいで!」 “舞美さん・・・・・私、ごめんなさい。大丈夫ですから。一人でも平気です。” 「何言ってんの。ダメだよ。一緒に帰らないならちっさーの家に連絡するよ。」 “両親には、今連絡を取りました。私のことなんかより、舞さ・・・・・ま、舞ちゃん・・・をお願いします。” それだけ言うと、ちっさーは電話を切ってしまった。 「ねぇ、舞。ちっさーが舞のこと、舞ちゃんって言ったよ。良かったね。」 「・・・・その人に言われても嬉しくない。」そっか。難しいね。 「みぃたん。そしたら、本当に千聖が連絡とってるのか確認とって、OKだったら私たちもここ出よう。もう本当に時間やばいから。」 あぁ、なっきぃは冷静だ。順序を考えて行動している。 それに比べて私は何て。 「連絡取れた。千聖から迎えにきてほしいって電話あったって。」 「そか。じゃあ、私達も出よう。」 三人とも無言で、ビルの出口を目指す。 突然呼び出されて、突然の事態に対応できず、しまいには助けを呼んだひとに助けられてしまった。 私、バカじゃなかろうか。 タクシーは既に入口に止まっていた。これもなっきぃが手配してくれたのかもしれない。 凹んだ気持ちのまま乗り込むと、疲れ切っていた舞が寄りかかってきて、そのまま寝込んでしまった。 本当はこんなになる前に、私が気づいてあげるべきだったのに。つくづく鈍感な自分が嫌になった。 「みぃたん。」 「ん?」 「来てくれて、ありがとう。みぃたんがキュートのリーダーで良かった。」 キュフフと照れたように笑うと、なっきぃも寝る姿勢に入った。 単純な私はこんな一言だけで十分浮上できるみたいだ。 結局、何があったのかはわからなかった。でも話すべき時が来たら、いつかは教えてくれるだろう。 こんなリーダーでも、頼ってくれる人がいるんだ。もっともっと頑張っていかないと。 ・・・ちゃんと、舞とも話をしないとね。 両肩に二人分のぬくもりを感じながら、私はちっさーへのメールを打ち始めた。 *************** どこをどう走ったのかもうわからない。 レッスン着に室内履きのまま、私はにぎやかな街の中を一人で彷徨った。 いつの間にか大粒の雨が降り出して、体中を打ち付けられた。 もう涙は出なかった。 頭がぼんやりして、何か考えようとしても何も思いつかない。 私のせいで、私が存在することで、大切な人が傷ついてしまう。 もうあの場所にはいられない。濡れて帰るにはちょうどいい気分だった。 狭い路地を何度か曲がった辺りで、私はバッグの中で携帯が振動していることに気づいた。 「あぁ・・・・」 早貴さんや舞美さんから、たくさんの着信。メール。 こんな私をまだ心配してくれるなんて、本当に優しい。 画面をスクロールしていくと、早貴さんの前に、もう一通メールが届いていた。 「栞菜。」 たわいもない、雑談のメールだった。 それが何故か今は心にしみてくる。 栞菜に会いたい。 もう何も考えられないぐらいに疲れ果ててていたけれど、私は力を振り絞って返信を打った。 《栞菜にお話ししたいことがあるの》 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/125.html
前へ どれぐらいの間、こうやって一人でいたんだろう。 物音一つしない部屋では時間の感覚はどんどん奪われて、全く見当がつかない。 私はこのままずっと、ここに閉じこもっていた方がいいのかもしれない。それがベリーズとキュートのためだと思った。 “千聖の気持ちはどうでもいいの?” さっきの愛理の言葉がずっと胸に突き刺さっている。 元に戻ることこそが、千聖にも私たちにとっても一番いいことだと信じていた。 みんなで力を合わせれば、必ず元の千聖になってくれると思っていた。 千聖の今の状態が永遠に続くなんて考えたくなかった。 必死だった。 舞美ちゃんと一緒に千聖に関するマニュアルを作ったり、マンツーマンで元の千聖の振る舞いを教えたり、どうにかして私の千聖を取り戻したかった。 そこに今の千聖への思いやりは存在していなかった。 どんなひどい仕打ちも微笑んで許してくれていたのに、私は。 前の千聖と同一人物だって認められなくても、例えば新しいメンバーを迎えるような気持ちで、もっと優しく接してあげることぐらいはできたはずだ。 そうすれば、ゆっくりでも私はあの千聖と自分なりにしっかり向き合えたかもしれない。 「何でこんなことになっちゃったんだろう。」 今頃みんなは千聖を囲んで、これからのことなんかを話し合ってるかもしれない。 キャプテンはもちろん、面白い好きもののちぃや意外と面倒見のいいみやも、すぐに新しい千聖になじんでいくだろう。熊井ちゃんも、茉麻も、梨沙子も、ももちゃんも、千聖にとって一番いいことをキュートのみんなと一緒に考えてくれるはずだ。 自分の気持ちを優先していたのは、私だけ。 そんな私に、千聖のことを偉そうに主張する権利はない。 「千聖・・・・」 手を見つめれば、さっきの千聖の体温がよみがえる。 もう一度千聖に触れたい。 前の千聖に戻らなくても、千聖が千聖であることを確認させてほしい。 忘れることなんてできないけれど、私に前へ進む勇気を与えて欲しい。 その時、うつむいていた私の視界が急に翳った。 顔を上げる。 「嘘・・・・・・・」 どうして。 どうして、私の居場所がわかってしまうんだろう。 どうして、私が今一番望んでいることがわかってしまうんだろう。 あんなにたくさん傷つけたのに、どうして。 「舞さん。」 いつもと変わらない、穏やかな顔をした千聖が立っていた。 半月型の優しい瞳が、私を見つめる。 先の丸っこい可愛い指が、私の前髪をいたわるように撫でる。 「何でここがわかったの?」 「・・・自分でもわからないわ。でも、わかったのよ。舞さんの居場所が。不思議ね。」 千聖は上品な仕草で、私の横にそっと腰をおろした。 「もうみんなに話したの?」 「いいえ。私からは何も。皆さんとお話するよりも、私は舞さんを探したかったから。ベリーズのみなさんには、舞美さんたちがご説明をしてくださるみたい。」 「千聖・・・・・」 一人になりたい。でも誰かそばにいてほしい。 そんな私の矛盾した気持ちに、千聖だけは気づいてくれたんだ。 私はまた、無意識に千聖の手首を掴んでいた。 「ここにいて。」 「ええ。」 「舞のそばにいて。」 「ええ。」 千聖は手首を握る私の手の上にそっと手を重ねた。私はまだ空いている方の手で、ゆっくりと千聖の顔に触れた。 「くすぐったいわ。」 長いまつげ、あったかいほっぺた、丸い鼻、形のいい唇。 私の指先が私の心に、この人は岡井千聖なんだと伝えてくる。 “舞ちゃん。” “舞さん。” 前の千聖と、今の千聖の笑顔が、頭の中でゆっくりと重なっていく。 私は千聖の手を取った。 そのまま、2人の手を千聖の胸に押し当てた。 「ごめんね。千聖、ごめんね。前の千聖の心も、ちゃんとここに入っているのに。私はわかっていたのに、認めたくなかった。・・・・いなくならないで、千聖。」 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/78.html
「りーさん。じゃなくて、りぃちゃあん!・・・・ちょっと違うわね。りーちゃん♪りーちゃ・・・」 しばらくぼんやり窓の外を眺めたあと、いきなり千聖は私の名前を呼ぶ練習を始めた。 り、りーさんだって。ププッ 真面目な顔で名前を連発されるのがおかしくて思わずフンッと鼻息を漏らしてしまった。 「ん?」 千聖が顔を近づけてくる。私は慌てて寝返りを打つふりでごまかした。 「暑いのかしら・・・」 目を閉じていても、至近距離で見つめられているのが気配でわかる。 何だか甘い匂いがする。とっても甘い、バニラみたいな。 多分これは私の好きな魔女っぽいブランドの香水だ。 そういえばさっき頭をゴーンとやってやった時も、ふわっと香っていたかも。 ちょっと高いし大人っぽいアイテムだから、まだ買おうか検討中だったのに、まさか千聖に先を越されてしまうなんて。 プロレスやスポーツじゃ千聖に負けていたけど、オシャレ関係は絶対私の方が詳しいし気を使っていたはず。 何か悔しいな。千聖、前はシャンプーの匂いぐらいしかしなかったもん。 「ずるい。」 「ひゃっ!な、なんだーりーちゃん起きてたの?びっくりしたぁ。」 ブランケットから目と鼻だけチョコンと出して、千聖を睨んでやった。 「りーちゃん倒れたって聞いて、心配だからあいりんと様子みにきたんだよ。・・・で、ずるいって何が?千聖が?」 「知らないもん。」 「何だよぅそれ~」 さっきとは表情も喋り方も全然違う。今は、私が一番よく知ってる千聖だ。 「今あいりんが飲み物会に行ってるからね。何かやってほしいこととかあったら言って?」 あぁ、でも笑い方とかはやっぱりちょっと違うな。何かお姉さんぽい。 「千聖、何でもしてくれるの?・・・・じゃあさ、悩み相談に乗ってくれる?ももと違って、本当に相談したいことがあるの。」 「悩みかあ。うん、私でよければ!」 私はゆっくりと起き上がって、ベッドに腰掛けている千聖の手を握り締めた。 「あのね、私、友達の内緒話を偶然聞いちゃって。」 「うん。」 「でもち・・・その子は私がまだそのことを知らないって思ってて、全然話してくれないのね。他の子は知ってることなのに。」 あれ・・・・。何か目がじわじわ熱くなってきた。 「でね、わ、私にだって、ちゃんと教えてほしいの。ずっと前からの仲間だし、できることがあったら手伝いたいのに。知らないふりするの、辛いよ。」 「りーちゃん。」 繋ぎあった私と千聖の手の上に、私の涙がポツポツと落ちた。 泣いたりするつもりなんかなかったのに、いちどあふれ出したら止まらなくなってしまった。 まともに顔を見たらもっとワンワン泣いてしまいそうだったから、おでこをゴチッとぶつけて歯を食いしばった。 「りーちゃんは・・・・その人のこと、すごく大切なんだね。」 「うん。私千聖のこと、大切だと思ってるよ。」 「・・・・・えっ・・」 あっ 千聖の手がピクッと反応した。 うつむいた私の目線の先で、柔らかそうな唇が、何かを言おうとしてるように閉じたり開いたりを繰り返している。 「あっ、と、えと、今、のは、あっ、ちがくてっ」 ど、どうしよう。 ゆっくりおでこを離すと、千聖と思いっきり目が合った。 千聖の目は不思議な色をしている。 黒目がとても大きくて、いつもきらきらしていて、私の憧れている魔女みたいに、全部を見通してしまうような魔力があるような気がする。 この目に見つめられたまま何か聞かれたら、きっともうごまかせない。 千聖の口が開く。 お願い、何も言わないで。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/72.html
駅ビルの中にあるカフェの隅っこで、私は千聖から舞ちゃんとの事件のことを聞いた。 「知らなかった・・・舞ちゃんここ最近はちゃんとちっさーに挨拶してたから、もう大丈夫なのかと思ってた。」 私がなっきーとちょっと喧嘩になった日の出来事だったらしい。 その場に居合わせたというなっきーのことが気になった。 いつも明るく楽しいキュートでありたい。 そう思う私は、ついレッスン中も近くにいるメンバーにちょっかいを出してしまう。 なっきーはレッスンの時は真面目にやりたいタイプだとわかっていたのに、あの日は何だか浮かれていて、振りの確認をしているなっきーに頭突きを食らわしてしまった。 しかも最悪なことに、怒られた私はつい逆ギレをかましてしまった。 愛理にも後から注意されて、あわててなっきーにメールを送ると、そっけない返事が来てそれっきりだった。 単純に、まだ怒ってるのかなと思っていた。まさかそんな修羅場になっきーが立ち会っていたとは。 「早貴さんは、スタジオに戻ってきてくださった舞美さんと一緒にお帰りになったわ。舞さんもご一緒に。」 「え・・・じゃあちっさーは?」 「父に連絡をして、迎えに来てもらったの。」 私は瞬間的に頭がカッとなった。乱暴にバッグの中に手を突っ込んでケータイを探す。 「栞菜?」 「舞美ちゃんに連絡する。それは変だよ。何でちっさーだけ」 「いいのよ、栞菜。」 「やだよ。良くない。」 「栞菜!」 千聖が珍しくお腹に力を入れて声を出した。 「・・・・ごめん。」 「ありがとう、栞菜。一緒に帰らないと言ったのは私だから。舞美さんは私を誘ってくださったわ。」 千聖は微笑んで、注文したままおきっぱなしになっていたティーサーバーから、私の陶器に紅茶を入れてくれた。ほのかなジャスミンの香りで、昂ぶった気持ちが落着いてきた。 「でもちっさー。キュートをやめた方がいいなんてことは絶対ないから。 舞ちゃんはプロレスごっことか一緒にふざける相手がいなくなって寂しいだけだよ。 今のちっさーにだってだんだんと慣れていくって。みんなそうだったでしょ。 舞ちゃんは年下だし頑固なところもあるから、時間はかかるかもしれないけど。 そうだ、じゃあさ愛理にも頼んで今度4人で遊びに行こうよ。私ちゃんとフォローもするし。 舞美ちゃんやえりかちゃんだって協力してくれるよ。なっきーも。だってさキュートは家族だもん。」 私は興奮すると、やたら早口でおしゃべりになるらしい。考えが追いつかないうちに、言葉だけがぽんぽん口を突いて出てくる。 ちっさーを引き止めたくて必死だった。 「栞菜。・・・舞さんは、私のせいで何度も泣いているの。」 「舞ちゃんが?」 知らなかった。舞ちゃんはまだ中1なのにしっかりしていて、何があっても気丈に前を睨みつけていられるような強い子だ。私は舞ちゃんの泣き顔なんて、ほとんど記憶にない。千聖や私の方がよっぽど泣き虫だと思う。 「昨日も泣いていたわ。舞さんは私のことを考えるたびに胸を痛めている。 今もそうなのかもしれない。私の前で泣いていなくても、わかるの。・・・大好きな人のことだから。」 ちっさーの眉間にしわが寄って、声が震えた。泣くのかと思ったけれど、少し潤んだ瞳から涙は落ちなかった。 「ちっさー・・・・・それでも私はちっさーがいなくなるなんてやだよ。もうキュートにいるのは辛い?嫌になっちゃった?」 ちっさーの腕を掴む。体に触れていないと、どこか遠くへ行ってしまいそうで怖かった。 「いいえ。私も栞菜と同じ。キュートを家族のように思っているわ。 だけど・・・・・ううん、だからこそ、私がいることで傷つく人がいるなら、私は去らなければいけないと思うの。」 「やだ。お願い。どこにも行かないでよ。 舞ちゃんはちっさーがいて辛いかもしれないけど、私はちっさーがいないと辛いんだよ。 そしたらちっさーどうすんだよ。みんなだって辛いに決まってる。 ちっさーがいないと傷つく人の気持ちはどうなるんだよ」 もう自分でも何を言ってるのかわからない。周りの人が驚いた顔で私とちっさーを見比べているけれど、もうそんなことはどうでもよかった。 「栞菜ったら。何も今すぐに決めるというわけではないのよ。」 ちっさーはそろそろ出ましょうかと言うと、私のバッグを一緒に持って店の外へ出た。 知らないうちにかなり時間が経っていたらしい。もう夕暮れが近づいていた。 興奮して喋りすぎたことがいまさら恥ずかしくて、私はちっさーの顔を見ることができず、ひたすら繋いだ手に力を入れ続けた。 「・・・私から誘ったのに、楽しいお話じゃなくてごめんなさいね。でも話を聞いてもらえて嬉しかったわ。」 それきり無言で歩いているうちに駅に着き、改札の前で私達は向き合う。 「では、またね。」 「うん。」 「ごきげんよう。」 ちっさーはつないだ手を離して、私の方を一度も振り返らずに改札の向こう側へ消えていった。 取り残された私は家に帰る気にもなれず、駅のターミナルを抜け、線路沿いの小路を黙々と歩いた。 ちょうど踏み切りの前まで来ると、ホームの端にちっさーが立っているのが見えた。 声が届くかもしれない。 「ちっさ・・・・」 叫びかけた私の声は、途中で止まった。ちっさーは、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた。その顔がふいに歪んで泣き顔へと変わる瞬間、ホームに電車が入り、私達の間を遮った。 そうだよね、ちっさー泣きたかったんだ。あんなに泣き虫なのに、私が困らないようにこらえていたんだ。 私は友達なのに、仲間なのに、家族なのに、何もしてあげられない。 ちっさーが乗った電車が遠ざかっていくのを見つめて、ただ途方にくれるしかなかった。 「私に何ができるかな・・・・」 明日は新曲の衣装合わせがあった。私は舞ちゃんと話す時間を作ろうと決心した。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/70.html
「どうしたの。もう帰ったのかと思ってたよ。」 「私も自主練習をしようと思って。早貴さんがいらっしゃるまで、ロッカー室を使わせていただいてたの。」 お邪魔だったかしら?と言われたので、首を横に振る。 「ちょっと休憩しようと思って来ただけだから。千聖こそ、私のことは気にしないで歌続けてて。」 結局考え事に耽っていた私は、別に休憩を取るほど疲れてなんてなかったのだけれど。千聖に気を使わせたくなくてとりあえずそんなことを言ってみた。 手持ち無沙汰なので、ロッカーを開けてケータイを取り出す。 メールが着ているみたいで、ピンクのランプが点滅している。 「・・・栞菜だ」 急いで作った文章なのか、今日はふざけすぎてごめんねとか、なっきーが悪いみたいな言い方して私が子供だったとか、私への謝罪がところどころ二重の内容になりながらびっしりと書かれている。 だから私も、“なっきーも言い過ぎてごめんね。”とだけ返した。 完全解決とまではいかないけれど、とりあえず今日の分の仲直りはできそうだ。 少し気が楽になったので、端っこで歌を練習する千聖の方に意識を向けてみた。 今は都会っ子純情を歌っているみたいだ。可愛い声だな、と思った。 えりかちゃんいわく、お嬢様化が始まった当初の僕らの輝きは本当にひどかったらしい(いまだにその話を振るとえりかちゃんは死にそうになる)。 千聖特有の子供っぽい柔らかい声から、元気をポーンと抜いたような感じだったそうだ。・・・それはちょっと聞いてみたかった。 今歌っている声も、確かに以前に比べたら声量が落ちているようにも聞こえる。でもやけに甘く可憐な味があって、これはこれで結構いいんじゃないかなと思った。 しばらく目を閉じて聞いていると、何か違和感を覚えた。 「千聖さ、何基準で歌ってるの?千聖のパートだけ練習してるんじゃないよね。他の人の・・・」 私はそこまで言って、はっと気づいた。 千聖が練習しているのは、自分のパートと愛理のパートだった。 「・・・千聖。」 何て言ったらいいんだろう。私は結構人の地雷を踏みやすいから、余計なことを口走りそうで怖かった。 少しの間沈黙が訪れる。 「早貴さんには以前お話ししたことかもしれませんが」 やがて千聖が口を開いた。 「愛理は私の目標・・・・いえ、私のライバルなのです。」 そう言い切る千聖の瞳はあまりにもまっすぐで、私は思わず息を飲んだ。 舞美ちゃんと2人、キュートの楽曲のメインパートをまかされているセンターの愛理。 ソロパート自体ないことも珍しくない、後列組の千聖。 身の丈に合わない目標だと一笑したり、あるいは簡単に頑張ってなんて言えない真剣さがそこにあった。 「うん、覚えてるよ。千聖前にも私に話してくれたもんね。 愛理がライバルだって。でも、ほら、あのことがあってから、千聖はいきなり愛理と仲良くなったじゃない。だからもう、ライバルとかじゃなくなったのかと思ってた。 なっきーに言ってくれた気持ちはしぼんじゃったのかと思ったよ。」 嫌な言い方かもしれない。でも、私に思いをぶつけてくれた千聖には、自分の気持ちを自分の言葉で伝えたかった。 「ええ。私は確かに、愛理ととても親しくなりました。」 千聖は怯むことなく、少し考えてからまた言葉をつないだ。 「変わってしまった私を一番最初に受け止めてくれて、孤立しないように側にいてくれたのは愛理ですから。私は愛理の優しさにいつも救われています。 だからこそ、大好きな愛理に負けたくないのです。」 「うん。」 私は千聖の手を握った。 「よかった、千聖の気持ちを教えてくれてありがとうね。やっぱり千聖は変わってな・・・」 その時、ものすごい音を立ててロッカールームのドアが開かれた。 「舞さん。」 「舞ちゃん。」 目を吊り上げた舞ちゃんが立っていた。 「なっきーの嘘つき。元の千聖に戻って欲しいって言ってたじゃん。嘘つき!」 大きな目から涙が零れ落ちていた。 「なっきーは舞の気持ちわかってくれてるって信じてたのに。」 「舞ちゃん、待って」 すごい力で私の手を振り切って、舞ちゃんは一直線に千聖に向かって行く。その勢いのまま、千聖を壁際まで追い詰めた。 「もう嫌だ。全部あんたのせいだよ。千聖を返して。私からキュートのみんなを取り上げないでよ!!」 私は呆然と、胸倉を掴まれてガンガンとロッカーに押し付けられる千聖を見つめた。 どうしよう。 どうしたらいいの。 舞美ちゃん、えりかちゃん。 言うことだけは一丁前で、こんなときにどうすることもできない自分が悔しかった。 「お願いだから元に戻ってよ千聖ぉ・・・」 舞ちゃんが千聖の胸に崩れ落ちる。 舞ちゃんに泣いてるのを悟られないように、千聖が口を押さえて嗚咽をこらえている。 もう私にはどうすることもできない。 にぎりしめたままの携帯を開いて、震える指で履歴をたどる。 【もしもし?】 「・・・っ・・ちゃ・・・・」 電話口に聞こえた声に返事をしようとしたけれど、嗚咽でまともに喋ることができない。 【なっきー?何、なんかあったの?】 舞ちゃんの泣き声が耳に響く。あんなに強気な子を、私のせいで追い詰めてしまった。 「助けて・・・舞美ちゃ・・・みーたん、助けて・・・・」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/64.html
仕事に行く。 私の知らない千聖がみんなと楽しそうに話している。 前の千聖みたいに大口開けて笑ったりしないで、口元を押さえておしとやかに微笑んでいる。 千聖が私に気づく。 「おはようございます。舞さん。」 千聖の声だけど、千聖の声じゃない。 私の大好きだった千聖の声は、鼻にかかってふにふにしてるとても優しいものだったのに。 こんな上品ぶった挨拶なんか聞きたくなかった。 ちゃんと目が合ってたけど、バッチリ無視してやった。 「舞ちゃん、千聖がおはようって」 「愛理、栞菜おはよう。舞美ちゃんえりかちゃんなっきーおはよう。」 「・・・舞。」 さすがに舞美ちゃんの声のトーンが変わる。 でも私は注意されたら即言い返してやるつもりだった。 自分は悪くない、こんなイジメみたいなことをしなきゃいけないのは千聖のせいだ。 そう思っていないと、心がバラバラになってしまいそうだったから。 「舞ちゃん、私トイレ行きたくなってきちゃった。一緒に行こう?」 いきなり、なっきーがいつも通りの口調で話しかけてきた。 「うん。」 別にトイレなんて行きたくなかったけれど、重すぎる空気に耐えられそうになかった。 控え室のドアを閉める瞬間、千聖が顔を覆っているのが見えた。しかも舞美ちゃんが頭をなでている。 何で。泣きたいのは私なのに。舞美ちゃんは私のお姉ちゃんになってくれるって言ったのに。 私から本物の千聖を奪って、今度は大好きなメンバーまで取っちゃうつもりなの。 「舞ちゃん。」 私はよっぽど怖い顔をしていたみたいで、なっきーが少し強めに手を握ってくれた。 でも私はもう、返事をしたら涙があふれ出てしまいそうになっていたから、ただうつむいているしかなかった。 そうして手をつないだまま、私たちはしばらく黙って歩いた。 トイレなんてとっくに通り過ぎていたけど、お互いに何も言わなかった。 「・・・千聖に会いたい。」 突然、私の口から無意識にそんな言葉が出た。 「うん。」 「謝らなきゃいけないことがたくさんあるのに」 「千聖はちゃんといるじゃない。」 「違う。本物の千聖だよ。」 なっきーの顔を見上げると同時に、ついに涙がこぼれてしまった。 「舞ちゃん。」 なっきーは歩くのをやめて、人通りのない階段の脇に腰を下ろした。 「ごめんね、舞ちゃん。千聖のことばっかり心配して、舞ちゃんのこと助けてあげられなかった。 舞ちゃんだって辛いのにね。本当にごめんね。」 なっきーは眉間にシワを寄せて、声を震わせながらそう言ってくれた。 「私は舞ちゃんのこと絶対に責めたりしないから。・・・私も本当は元の千聖に戻って欲しいの。」 「そう、なの?」 なっきーは今の千聖とも普通に話をしていたから、そんな風には見えなかった。 「うん。それが千聖にとっても一番いいことだと思うし。だからね、私たちは千聖のためにできることを考えよう? とりあえず、舞ちゃんは挨拶ぐらいは返してあげなきゃね。」 「・・・うん。わかった。」 「それじゃ、そろそろ戻ろうか。今日のレッスン始まっちゃう。」 なっきーは、何事もなかったような顔で立ち上がる。 「明日はちゃんと千聖に挨拶する。」 「明日?今日はしないの?」 「しないの。」 そこは譲らないんだ、となっきーは独特のキュフフって声で笑った。 まだ私の心は晴れていない。 でも、ちゃんとわかってくれる人がいた。 なっきーがこうして手をつないでいてくれるなら、もう少しだけがんばれそうな気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -