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私は早足でレストランに向かった。 乱暴にドアを開けた私に驚いた店員さんに軽く頭を下げて、窓際の席を目指す。 「ちっさー!」 誰もいない席にぼんやりと視線を向けていたちっさーは、私の大声に肩を揺らして顔を上げた。 「かん・・・な」 ちっさーの目に、私が映る。 もう二度と2人では会えないと思っていた。 いっぱい伝えたい言葉があったのに、全部頭からすっぽ抜けてしまって、私は座ったままのちっさーを思いっきり抱きしめた。 「もうダメかと思った・・・。」 「栞菜ったら、そんなに強く抱きしめないで。苦しいわ。」 ちっさーの声の振動がおなかに伝わる。 そっと手を緩めて見つめ合うと、どちらともなく「ふふっ」と笑いが漏れた。 私はこんな単純で優しい関係を、自分の身勝手な思いで壊しかけていたんだ。 「ちっさー、ごめんね。本当にごめんね。」 気を取り直してちっさーの向かいの席に座って、私はすぐ頭を下げた。 「いっぱい嫌な気持ちにさせちゃったよね。私、自分のことばっかり考えて」 「栞菜、頭を上げて。私こそごめんなさい。」 ちっさーはテーブルの上でハンカチを握りながら、ポツポツと話を始めた。 「私は、栞菜がエッグだったからといって、区別していたつもりはなかったの。もちろん今でもそうよ。 でも栞菜がそういう風に感じていたのなら、自覚がないだけで、本当はどこかそういう意識があったのかもしれないって、自分の気持ちがわからなくなって。 それとね・・・・・あの栞菜の言葉で、今もずっとエッグで頑張っている明日菜やみんなの努力まで否定されてしまったように思ってしまったの。 冷静に考えたら、栞菜はそんな人じゃないってちゃんとわかったはずなのに。 それに、そう感じたのならもっと早くそういうことは言って欲しくないってはっきり伝えればよかった。 私の気持ちの弱さが、栞菜を傷つけてしまったのね。」 「ちっさー・・・ありがとう、ちっさーの気持ちを聞かせてくれて。 もう私、二度とあんな言葉は言わない。 本当はちっさーが私をエッグだからって差別してるなんて、思ったことはないの。 ただ、私はちっさーの気持ちを強引にでも私に向けたかったんだ。 私を大切に思ってくれてるって言う、確証が欲しかった。」 乾いた喉を水で湿らせながら、私たちは夢中で話し合った。 私はちっさーが大好きで。 ちっさーも同じように思ってくれていると、今なら信じられる気がした。 「私は栞菜のこと、大好きよ。これからもいっぱい色んな話をしたいわ。」 「うん・・・うん。ありがとう。私多分、ただ一言そう言って欲しかっただけなんだ。」 「遠回りしちゃったわね。」 本当だ。こんなシンプルなことを共有するために、バカみたいに時間をかけてしまった。 「ところで、えりかさんは?私、えりかさんに呼ばれて・・・・もしかして」 「うん、そういうこと。・・・・何かえりかちゃんて、すごいよね。」 「そうね、いろいろと。」 それから私たちはいつもどおりの私たちに戻って、ランチセットを食べながらいろんなことを話しこんだ。 「そろそろ移動する?って言っても、あんまり遊ぶとこないんだけど。」 私が提案すると、なぜかちっさーがモジモジしながら 「あ・・・それなら、私カラオケに行きたいわ。栞菜と練習したい曲があるの。」 と小さな声で言った。 練習といったら、あの曲だねお嬢様。 コンサートでお披露目することも決まっているし、私もその案に大賛成だった。 「うん、行こう行こう!あ、えりかちゃんもう帰っちゃったけど誘う?愛理とか、なっきぃとか」 「・・・今日は、栞菜と2人きりがいいわ。」 なぜそこで赤くなる。 お会計を済ませた私たちは、さっそく駅前のビルのカラオケへ行くことにした。 店を出る直前、何気なくケータイを開くと、愛理から“やったね!×4人より”とメールが入っていた。 「んん?」 ふと私は店内を振り返った。 「あっ」 「え?何?」 「んー・・・・なんでもないっ!本当、私たちは恵まれているね!えりかちゃん最高!キュート最高!」 私は強引にちっさーの腰を抱いて、若干急いでファミレスから遠ざかった。 ちっさーには、私たちのいたところから死角になっていた席に、サラサラの黒髪美少女を筆頭にした4名様がいたことは内緒にしておこう。 今日だけは、ちっさーを独占したい。 私は手早く「ありがとう!×100000000」と打って、4人・・・とえりかちゃんに一斉送信した。 ごめんね、丁寧なお礼はまた明日。 「行こう、ちっさー!」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「栞菜、楽しかったわ。ありがとう。」 スイーツと輝きがリミックスバージョンみたいになって耳から離れない私とは対照的に、カラオケ店を出てからもちっさーはご機嫌だった。 「・・・・ちっさーが楽しかったならいいよ。 で、今からなんだけどさ。良かったら、栞菜の家で夕ご飯食べて行かない?」 私が誘いをかけると、ちっさーは慌てて胸の前で両手を振った。 「そんな、申し訳ないわ。私のためにそんなに気を使わないで。今日は、このまっままっすぐ帰るわ。とても楽しかった。」 「でもちっさー・・・ううん、わかった。じゃあ改札まで送るよ。」 強引に誘うのはもうやめた。 本当に名残惜しいのだけれど、まだ私はちゃんとちっさーとの距離の測り方がわかっていないのだから、引くところは引かないといけない気がした。 「じゃあ、またね。」 「ええ。また。」 ちっさーはにっこり笑って、のんびりした足取りで改札へ向かっていく。 定期入れを片手に改札の順番待ちをする姿を眺めていたら、ふいにちっさーの足が止まった。 「ちっさー?」 急に流れを止めたちっさーを、怪訝そうににらみながら後ろのサラリーマンが追い越していく。 何人もの人が、ちっさーを抜かす。邪魔だと言わんばかりにぶつかられても、ちっさーは少しよろめいただけでその場を動かなかった。 「ちっさー、どうしたの?」 あわてて列の中から引っ張り出して、邪魔にならない柱の影まで連れて行った。 「忘れ物でもしちゃった?」 抱いてた肩を離して、正面に向き直る。 「あ・・・」 ちっさーは、私を見ていなかった。 というよりも、視点がどこにもあっていない。 茫洋としていて、あきらかに心がここにないのがわかった。 “千聖は時々ね、すごく遠い目をして、心が全然違うところに行っちゃってるの” さっきのえりかちゃんの言葉が頭をよぎる。 ど、どうしよう。どうしたらいいの。 慌ててケータイを取り出して、えりかちゃんに電話をつなごうとした。 「うわっ!ちょ、ちょっと!」 その時、いきなりちっさーが抱きついてきた。 今日のちっさーは少し高めのヒールのローファーを履いていたから、私たちはほとんど身長差がない。 耳にちっさーの息がかかる。 熱くて甘ったるくて、背中にゾクゾクが走った。 「・・・・・やっぱり、帰りたくない。」 私の手からケータイが落ちた。 「ちっさー、カレーでいいかな?」 「えぇ・・・・・」 幸というべきか、不幸というべきか。 家に戻ったら、お母さんもお父さんも出かけていた。 私たちは向かい合わせになって、リビングでレトルトのカレーを黙々と食べた。 味なんてよくわからない。 この後の展開を考えたら、身がすくむような思いだった。 「・・・あの、ちっさー。私片付けやってるから、適当にテレビでも見てて。」 「えぇ・・・・・」 ちっさーは相変わらず心ここにあらずといった様子で、私が促すままにソファへ移動してテレビを眺めはじめた。 何だか、最近読んだケータイ小説みたいだなと思った。 寂しさや不安をまぎらわすために、いろんな人と関係を持ったりする主人公がちっさー。 えりかちゃんは・・・あれだ、セフレというやつか。 それで、私は行きずりの男。 紆余曲折あって、結局ちっさー・・・じゃなかった、その主人公は幸せを掴むとかいう話で、私は大いに感動して号泣したんだけれど、こうして自分もキャストの一人に当てはめて考えてみると、ちっとも泣けない。いや、むしろ別の意味で泣けるかもしれない。 でも本当に、これでいいのかな。 えりかちゃんですら、正しいかわかっていないことを、私なんかが代わりにしてあげるなんて。 ていうか、そもそも何をどうすればいいのかわからない。 「栞菜。」 いきなり、背中越しにちっさーが声をかけてきた。 「うひゃ!・・・・あ、待って、もうちょっ・・・・!」 ちっさーはいきなり私の手を取って、強引に胸を触らせてきた。 表情はうつろなまま、でも目線だけは私をはっきり捉えている。 振りほどくことはできなかった。 どうにかして、ちっさーを元の状態に戻したい。 (で・・・できる、かも、しれない) 私はちょっとエッチな雑誌とかで得た知識を必死でよみがえらせて、ちっさーの首筋をやんわりとなで上げてみた。 「・・・っ」 ピクンと反応が返ってくる。 (えっと・・・次はどうだっけ、胸?はもう触ってるから・・・) こんな調子で恐る恐る体に触り続けていたら、何だか私もいやらしい気持ちになってきた。 どうしよう。 もっと触ってみたい。 ギュッてしてみたい。 そんな欲望が心を蝕んで、私の指はちっさーのスカートの中に伸びていった。 その時。 「・・・やっぱり、帰りたい。」 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ? ) 「ごめんなさい、栞菜。」 「ちょっ・・・ちょっとー!ちっさー、最悪なんだけど・・・!」 私はいきなり脱力して、床にへなへなと座り込んだ。 「ごめんなさい・・・」 まだ少しぼんやりしてるけど、ちっさーは概ねいつものちっさーに戻ったみたいで、介抱するように私の背中をさすってくれた。 ああああああ、もう本当に恥ずかしい。 だって、ちっさーは普通じゃない状態だったから仕方ないけれど、私ははっきりとちっさーをどうにかしてやろうと思ったわけで。 「あー!あー!もー!」 恥ずかしすぎる。ちっさーがいなかったら、私は一人で絶叫して、床をゴロゴロ転げまわりたい気分だった。 「栞菜・・・あの、私、本当に、ごめんなさい。」 「・・・いいよ、気にしないで。」 ていうか早く忘れてください。 何だか、馴れないネコを相手にしているようだった。 全身をゆだねているようにみせて、少しでも距離のとり方を間違えたら、腕の中をすり抜けていってしまうような奔放さと臆病さ。 「ちっさーは、犬だけど猫なんだね。」 「え?」 「いや、なんでもない。 それより、一個だけお姉・・・・栞菜のお願い聞いてくれる?さっきのお詫びと思って。 お母さん達が帰ってくるまでは、ここにいて。帰らないで。ちょっと寂しい。」 ちっさーは軽く目を見開いた後、「ええ、もちろん。」と満面の笑顔で承諾してくれた。 「じゃあ、栞菜の部屋で遊ぼう。」 まだ私は、遠くへ飛んでしまうちっさーの心を繋ぎとめる方法を知らない。 心に抱える果てしない孤独感も共有できない。 それでも私はちっさーが大好きだから、ちっさーが自然と痛みを吐き出せるような、そんな存在にいつかはなってあげたいと思った。 ああ、それにしても、本当に危なかった。 ケータイ小説ばっかり読んでるとアホになるっていうお母さんの小言が、今日ばかりは胸に痛かった。 やっぱりこういうのは私には向いていない。 これからはあせらずゆっくりと、ちっさーに「お姉ちゃん」て思ってもらえるような関係を目指そう。 決意を新たに、私はちっさーの手をギュッと握った。 戻る TOP コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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私は昨日までの出来事を包み隠さず話すことにした。 特に、あの言葉・・・ 「私がキッズじゃなくて、エッグだから?」 こんなひどい言葉でちっさーを戸惑わせて縛り付けていたと告白するのは、とても勇気のいる行為だった。 それでも、私のために家にまで来てくれたえりかちゃんには、どうしても打ち明けなければいけないことだと思った。 怒られても、嫌われてしまっても仕方ない。 私なりの誠意をえりかちゃんに示したかった。 「そっか、2人はそのことで昨日ぶつかっちゃったんだ。」 「心配かけてごめんなさい。」 えりかちゃんは私を罵るわけでもなく、ただ優しく髪を撫でながら話を聞いてくれた。 「栞菜・・・ウチの方こそごめんね。」 「えっ・・・どうして?」 「最初に2人が変な空気になったのは、舞美が写真を持ってきたあの日だよね? ウチはとっさに千聖だけかばって連れて行っちゃったけど、もうちょっと突っ込んで2人の話を聞いてあげるべきだった。 いつもそうなんだよね。ウチはお尻をあげるのが遅いから、こうやって誰かが傷ついてからじゃないと何にもできない。一人で悩んで、本当に辛かったでしょ。」 ああ、どうして。 どうして私の周りの人たちは、こうも優しすぎるんだろう。 どうして私じゃなくて自分を責めるんだろう。 また泣いてしまいそうになる。 でも今はまだ冷静に話さなくちゃいけない時だから、私は両手でほっぺたをバチンと叩いて気合を入れなおした。 「もう私、ちっさーに嫌われちゃったよね。あんなに怒った顔、見たことなかった。」 「ううん。それはない。」 それでも謝りたい・・・と続けようとした私を、えりかちゃんが遮った。 「あの日ね・・・栞菜を送った後、舞美から電話があったんだけど。 ちっさーがすごく落ち込んでるけどどうしようって言ってた。 栞菜を傷つけてしまったって、どうしてあんなことを言っちゃったのかって、自分を責めてたみたい。」 「そんな、でも悪いのは私だよ。」 「たしかに、栞菜の言ったことはルール違反だね。 でも、千聖は栞菜のこと嫌いになんてなってない。またいつでも元の関係に戻れるよ。 きっと色々なタイミングが合わなくて、歯車がかみ合わなくなっちゃったんじゃないかな。 いつも穏やかに見えたって、千聖も人間だからね。どうしても虫の居所が悪い事だってあるよ。」 そこまで言った後、いきなりえりかちゃんのおなかが“グーッ”と鳴った。 「・・・もうっ!えりかちゃん!すごいいいこと言ってたのに!」 「あははっごめん!ウチ朝ごはんもまだなんだよー。タピオカじゃ物足りなかった。」 そういうわけで、私たちはお昼を食べるために場所を変えることになった。 商店街のアーケードで日差しを避けながら、肩を並べて歩く。 「私きっと、えりかちゃんみたいになりたかったんだ。えりかちゃんが栞菜にしてくれるように、ちっさーのお姉ちゃんになって、いっぱい可愛がりたかった。 ちっさーは自由な子だから、いつでも一緒にいられないのはわかってた。 だから、いつでも心が通じているっていう証拠が欲しかったのかもしれない。」 「あせっちゃったんだね。」 えりかちゃんは、いつも私の気持ちをわかってくれる。だからこうして、安心して何でも話せるんだ。 私もちっさーにとって、そういう存在になりたかった。 「千聖は、いつも不安でたまらないんだよ。」 「えっ?う、うん。」 何だろう・・・急に話が飛んだ。 「時々ね、すごく遠い目をして、心が全然違うところに行っちゃってるの。 かと思うと、何かに怯えたみたいに必死で甘えてきたり。・・・怖いんだろうね、お嬢様じゃなかった自分のことを自分で認識できてないから、混乱しちゃうことも多いだろうし。」 ちょっと独り言っぽくなってたけれど、えりかちゃんはいきなり私の方を向いて「だからね」と続けた。 「栞菜は栞菜にしかできないことっていうのがきっとあるから、そういうので千聖を助けてあげたらいいんじゃないかな。今はわからなくても、そのうち見つかるよ。」 「・・・・・・じゃあえりかちゃんにしかできないことっていうのは、ちっさーとエッチすることなの?」 バターン! すごい。コテコテのリアクションだ。 えりかちゃんは昔の漫画みたいに、腰を抜かしてしりもちをついた。 「な、な、な、な、なんでそれを、じゃなくて、何言ってんの栞菜!」 「・・・嘘、本当にそうなの!?」 私ももう15歳だし、レズキャラにされちゃうほど、ぶっちゃけそういう知識には長けている。 撮影旅行の温泉以来、えりかちゃんとちっさーが時々妙な視線を絡ませていることには薄々気がついていたけれど、現実だとわかると結構ショックだった。 「も、もしかして付き合ってるの?」 「いや、そういうわけじゃないけど。ていうか、最後まで何かしたわけじゃないし。」 最後って、最後って何!えりかちゃん! 「・・・ウチは、千聖のシェルターになってあげたかったの。 ウチのところにくれば、ほんの少しの時間でも寂しさや不安を忘れて、気持ちよく過ごせるみたいな。 本当はこういうの良くないんだろうけどね。だからウチも栞菜に偉そうなことはいえないよ。」 「いや、そんな。・・・・変なこと言ってごめん。」 何がいいとか悪いとかまだ私には難しすぎてわからないけれど、えりかちゃんがちっさーを思いやる気持ちだけは理解できた気がする。 「みんなには内緒だからね。特に、なっきぃに知られたら八つ裂きにされちゃう。」 「わ、わかってるよ。お姉ちゃんが困ることはしない。」 「よし、安心した。じゃあ、行っておいで、栞菜。」 えりかちゃんはいきなり立ち止まって、私の背中をポンと押した。 「え?だってお昼・・・」 私はえりかちゃんの指差す店をじっと見て、硬直した。 何の変哲もない、よく見かけるファミレス。 でもその窓際の席には、 「ちっさー?」 頬づえをついて、ボーッとしているちっさーの姿があった。 「ウチは行かないね。2人で気が済むまで話して。頑張れ、私の妹!」 「・・・・・ありがとう、お姉ちゃん大好き! 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「・・・・・」 目的の観覧車に乗り込んだ後、あんなにはしゃいでいた舞ちゃんは、急に無口になった。 「綺麗だねー。天気いいから、遠くまで見渡せるかな?」 「ええ、私のおうちも見られるかしら?」 「ちょっと遠すぎない?でも、方角わかるなら探してみようよ。どっち?」 わりと盛り上がっている私たちとは明らかに空気が違う。 両手をガッチリ千聖の腕に絡めて、頭を肩に乗せて、視線はえりかちゃん。ちょこちょこ振られる千聖の話も耳に入っていない様子で、舞ちゃんは生返事しか返さない。 だけど、私たちも長年の付き合いでよくわかっている。舞ちゃんが急に不機嫌になったり、黙り込んでしまった時は、逆にあまり気を使わないほうがいい。 おしゃべりに参加したくなったらそのうち乗ってくるし、乗ってこなくても別に誰かに八つ当たりするようなタイプじゃないから、今も、舞ちゃんの好きなようにしてもらうことにした。 今日一日一緒に過ごしてあらためて思ったけど、どうやら舞ちゃんは千聖のことが本気の本気で好きらしい。子供の独占欲じゃなくて、ちゃんとした意味で。その大好きな人が、今から寝盗られる(と言っていいのか)のだから、そりゃあ穏やかではいられないだろう。 最初の決意どおり、私はどちらに肩入れするつもりもないし、千聖がしばらく答えを出さないのならそれはそれでいいと思う。でも、それぞれの気持ちを思うと、何か本当に難しいな・・・。 学校の友達でも、恋して悩んでいる子は何人かいるけど、相手の一挙一動に振り回されたりして大変そうだ。まあ、私はまだそういうのはちょっとわからないし、当事者じゃないからこんな暢気に構えていられるんだろうけど。 「千聖、舞ちゃんと撮ってあげる。2人、真ん中にずれてくれる?」 観覧車がもうすぐ頂上につくという頃、えりかちゃんはデジカメを取り出した。 「ええ、もちろん。舞さん、いいかしら?」 「うん・・・」 千聖はえりかちゃんのお願いに応じて、体を舞ちゃんにより密着させる。舞ちゃんの腕に、千聖の大きめなおっぱいが乗っかった。 「でっかー・・・」 「え?」 「いえいえ。ケッケッケ」 多分、こんなどうでもいいことを考えているのは私だけだろう。えりかちゃんは写真に夢中になってるように見えるけど、手元のデジカメのシャッターはなかなか押されない。さっきムラムラしてるとか言ってたし、どうみても上の空。 「えりかちゃん、ピント合ってるみたいだけど・・・」 「ん?え?あ、そうだね、ありがと。はい、撮るよー。」 ちょうどてっぺんに到達したその時、えりかちゃんは改めてカメラを構えた。そして、眩いフラッシュが2人を包んだとき、私は信じられないものを目の当たりにすることとなった。 「・・・・・むぐ?」 千聖の肩を抱き寄せて、唇と唇をくっつける舞ちゃん。よっぽど強く押し付けているのか、二人の唇はアヒルみたいにむにゅっとつぶれている。 「・・・・・へぇえ?」 あまりのことに、私は自分が何を見ているのかちゃんと理解できなくて、半笑いで変な声を出してしまった。おそるおそるえりかちゃんの方を見ると、呆然とした顔のまま固まっている。その手から、デジカメがポロッと落ちた。 「わっわっ!」 慌てて手を差し出して、両手でしっかり受け止める。画面を覗くと、バッチリ2人のキスシーンが写ってしまっていた。 光の加減とかで、まるでドラマのワンシーンみたいに綺麗だった。モノクロの絵葉書でよくあるような、小さな子供2人が無邪気にキスしているような。・・・全然、そんなシチュエーションじゃないんだけれど。 「ん・・・」 「むぐ・・・」 目の前の2人はまだ唇をくっつけている。一足先に正気に戻った私は、「舞ちゃん、舞ちゃん!」と慌てて膝をペシペシ叩いた。 「だ、だめだよ、舞ちゃん!もう観覧車下がってるから、人に見られちゃうよ!」 一歩出遅れて、えりかちゃんも舞ちゃんを止めにかかる。ほどなくして、舞ちゃんはやっと千聖の後ろ髪を掴んでいた手を離して、唇も開放した。紅潮したほっぺたもそのままに、横目でえりかちゃんを捕らえてニヤッと笑う。 「ち・・・千聖・・・」 一方の千聖は、未だに何が起こったかよくわからないような呆けた表情で、目をまん丸にしたまま微動だにしない。気まずい空気の車内に、“本日は、ご利用ありがとうございました・・・・”と、タイムリミットを告げる無機質なアナウンスが響く。 「えりかちゃん。」 その時、舞ちゃんが再び体を起こして、千聖の手を握った。 「な、なに、舞ちゃん」 えりかちゃんはいつになく緊張した面持ちで、それでも千聖の空いている方の手を掴んだ。すごい、何てベタすぎる三角関係図! このまま下に着いてしまったら、乗り場にいる人や係員さんの目を引いてしまうかもしれない。どうしよう、また仕切り屋愛理に変身するべきなのかな・・・ ハラハラしながら動向を探っていると、ふいに舞ちゃんの表情が緩んだ。そのまま私の横に移動してきて、えりかちゃんを押し出して千聖の隣に座らせる。 「舞ちゃ・・・」 「・・・・えりかちゃん、今日は貸してあげるから、ちゃんと返してね。ちーは舞のなんだから」 ――かっこいい・・・・ 後光すら差しているように見える、舞ちゃんの堂々とした振る舞いに、私はついつい見入ってしまった。 「あ・・あの・・・・」 「舞ちゃん・・・」 えりかちゃんと千聖がどうしていいかわからないように顔を見合わせているうちに、観覧車は地上に到着した。 「お疲れ様でしたー」 「ありがとうございまーす。・・・ほら、早く降りよ?もう一周しちゃうよ?」 さっきまでのハードな人間ドラマの主役っぷりが嘘のように、舞ちゃんは無邪気な笑顔で私たちを手招きする。 出口でつっかえてコケそうになるえりかちゃんを千聖と2人で支えながら、釈然としないまま私たちも後に続く。数歩歩いたところで、舞ちゃんはくるっと振り返った。 「それじゃ、舞は愛理と帰るから。楽しかった。」 「えっ!」 何か手痛い罵倒の一つもあるのかと思いきや、晴れ晴れした表情で、舞ちゃんは私の腕を引いた。 「愛理・・・舞ちゃん・・・」 「またレッスンでね、バイバイ!」 とまどう2人を残して、舞ちゃんは振り返らずにぐんぐん歩いた。 虚勢を張っているようには見えないけど、こんな時、何て声をかけていいのかよくわからない。 駅まであと少し、というところで、赤信号に引っかかって、舞ちゃんの足が止まる。 「・・・良かったの?」 そのタイミングで私が話しかけると、舞ちゃんは黙って大きくうなずいた。 「・・・舞が千聖にキスしたとき、えりかちゃんが止めに入らなかったら、どんな手を使ってでも千聖を連れて帰るつもりだったんだ。でも、えりかちゃん、愛理と2人でちゃんと私達を引き離したでしょ。だから、いいの」 好きな人を取られちゃったっていうのに、舞ちゃんは満足そうに唇を触って微笑んでいる。 「今日一日ちーとえりかちゃんのこと見てて、2人とも本当に楽しそうだった。えりかちゃんがちーのこと都合のいいように弄んでるってわけじゃないのもわかった。 それならいいんだ、今日だけは譲ってあげる。舞だって、ちーには笑っていてほしいんだよ。イジワルばっかしてるけど」 「・・・・えらいっ!」 舞ちゃんの優しさが胸を打つ。私はたまらなくなって、おどけたふりして舞ちゃんを抱きしめた。 「うわっ何!いきなり!」 信号は青に変わったけれど、私はしばらくそのまま舞ちゃんの髪を撫で続けた。 「もう、わけわかんないよ・・・愛理ってば」 少しだけ顔を赤らめて、ニヒヒと笑う顔がとっても可愛い。 「舞ちゃん、今日、うち泊まる?」 「え・・・・」 「ね、泊まろう!それとも、何か用事ある?」 「ないけど・・・・わかった、そうする!パジャマとか、借りるね。初じゃない?お泊りするの」 このままバイバイするのは、なんとなく名残惜しかった。私のいきなりの申し出を、舞ちゃんは笑って受け入れてくれた。 「今日は、大好きな舞ちゃんのこと、もっと大好きになっちゃった。ケッケッケ」 「・・・・なぁーに言ってんの、愛理ウケるー!」 ちょっぴり顔を赤くした舞ちゃんは、手を飛行機みたいにして、パーッと先に走っていってしまった。 「愛理、早くー!」 「ちょっと待ってよう」 同じようなポーズで、私も舞ちゃんを追いかける。 私たちのお楽しみの時間は、まだまだこれからが本番になりそうだ。 ***** 「・・・・千聖」 「あ・・・は、はい」 遠ざかる舞さんと愛理の背中をぼんやり見つめていると、つないだままのえりかさんの手に力が篭った。 「そろそろ行かないと、チェックインの時間過ぎちゃう」 「はい」 それきり無言で、舞さんたちとは反対の方向へ歩き出した。 えりかさんは表情が豊かな方だから、いつもお顔を見れば、何となく考えていることを察する事ができるのに、今はよくわからない。怒っている、という風には見えないけれど・・・・少し怖くなって、私も手を強く握り返した。 舞さんと口づけするのは、初めてのことではない。 海の洞窟で、舞さんのお部屋で、仕事場の空き室で。 そして今日、今まで何度となく繰り返してきたそれらの行為の罰であるかのように、とうとうえりかさんの前で唇を合わせてしまった。 舞さんに恨み言を言ううつもりは全くない。私からキスをせがんだことはないけれど、舞さんに求められれば応じてきた。それ以上のことも、したことがないわけではない。 私はえりかさんのことが好きなのに、舞さんの真剣な眼差しに捕らえられると、魔法がかかったように拒む事を忘れてしまう。 もう、どうしたらいいのかわからなかった。私がこんな不埒な状態だからいけない。それはわかっている。でも・・・ 「えりかさん」 つぶやいた声は車のクラクションで消されてしまったのか、聞こえないふりをされてしまったのか、えりかさんは前方を見たまま、私のほうを見てはくれなかった。 さっきの私と舞さんを見て、どう思ったのだろう。考えると、胸がギリッと締め付けられるようだ。 これから2人でゆっくり過ごすというのに、こんな気持ちのままでいいのだろうか。 うつむいて歩いていると、しばらくしてえりかさんの足が止まった。 「着いたよ」 「あら・・・」 そこは、駅から程近いところにある、タワー型の大きな建物だった。とても目立つから、存在は何となく知っていたけれど、中に入った事はなかった。ホテルだということも、今初めて知ったぐらいだ。 「入るけど、大丈夫?」 「あ・・・は、はい」 まばゆいシャンデリアに彩られたロビーを抜けて、えりかさんはまっすぐにフロントへ足を運ぶ。 お母様から渡された宿泊許可証を提示して、ボーイさんに連れられるまま、重厚なエレベーターに乗って部屋を目指す。 手をつないでいたら、変に思われないだろうか。ふとそんなことが頭をよぎったけれど、えりかさんは指と指を組み込むようにして、私の手を離さないでいてくれたから、そのままでいいと思い直すことにした。 今は笑顔は少ないけれど、こうして私をそばにおいてくれるのだから、余計なことは考えなくていいのかもしれない。 「ごゆっくりどうぞ」 4階の角部屋。 ボーイさんが戻られたのを確認して、私はキョロキョロと部屋を見渡した。 繊細な模様を編みこんだ絨毯。ガラス張りと言っても過言ではないほど大きな窓が2面。よく磨かれたガラスのテーブルに、2人掛けの大きなソファ。 仕事柄、ホテルに滞在する機会はとても多いけれど、これほど洗練された部屋は使った事がない。ベッドもスプリングの利いたいつものとは違って、とても柔らかく、座っている場所だけ体が沈んだ。 「どう?結構いい部屋でしょ」 ソファに座ったえりかさんが微笑む。 「え・・・えぇ。でも、えりかさん・・・」 お金、の話はしてもいいものだろうか。お母様同士が話し合って、今回はお礼だからと、えりかさんに全額出していただいたのだけれど・・・お部屋のグレードは、私の想像をはるかに超えていた。 「・・宿泊費のことなら、気にしないで」 「えっ」 「実はね、おじいちゃんが、知り合いの人に割引券もらってたんだ。だから、いいお部屋だけどそんなたいした金額じゃないの」 考えている事が顔に出ていたのか、えりかさんは優しい声で説明してくれた。 「それより、こっち来て。チョコ置いてある。食べよう」 手招きされるままにソファへ移動して、思い切って寄り添ってみる。 「なーに、あまえんぼ」 細い指が、私の髪を梳く。えりかさんの好きな、薔薇の香りが鼻をくすぐった。 「千聖」 顔を上げると、ちょうどえりかさんが大ぶりのトリュフをご自分の口に運んでいた。そのしぐさに見惚れていたら、パキッと弾ける音とともに、私の唇に甘くて柔らかい塊が押し付けられた。 「んっ・・・ん・・・!」 それがえりかさんの唇がもたらすものだと気づいた時、無意識に体がビクッと跳ねた。 えりかさんは体に触れてくれることはあっても、あんまり唇を合わせてはくれない。本当に久しぶりの感触。蕩けてしまいそうな錯覚を覚えて、私はされるがままに、えりかさんに身を委ねた。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「ゲキハロが終わったら、千聖と2人で旅行に行って来るから。」 それは、ゲキハロのお稽古真っ最中のことだった。 レッスン終了後、着替え中にえりかちゃんが私に告げた言葉。 「は・・・」 突然の報告に、とっさに言葉が出なかった。 「何・・・で」 やっとしぼり出した声は、私らしくもない弱弱しいもので、ちょっと情けない気持ちになる。 「何でって、これのお礼にね。」 そう言ってえりかちゃんが指で弄んだのは、キュートのメンバー全員でえりかちゃんの誕生日に贈った、ハートのネックレスだった。 「だ・・・だってそれは、舞たち全員からっ」 「うん、もちろんわかってるよ。ウチが千聖にお礼したいのは、ウチと一緒にみんなへのお返しプレゼントを考えてくれたこと。」 えりかちゃんの話は続く。 「ま、旅行って言っても、横浜だけどね。観光して、中華街でご飯食べて、ちょっといいホテルに泊まる。」 「ま、待って。ホテ、ホ、ホテルじゃなくていいじゃん!えりかちゃんちでいいじゃん!」 「えー、いやいや、それはちょっと。ムフフフ」 私の背中を、イヤーな汗が滴り落ちる。 えりかちゃんは、私の千聖に対する気持ちを知っている。知っていて、こういうことをわざわざ言うというのは、つまり、その、なんだ、うん。 「ま、舞の方が、千聖のこと好きだもん」 「・・・だとしても、千聖はウチのお誘いに乗ってくれたよ。すごく嬉しそうに。舞ちゃんは、千聖が望んでいることでも認めたくないの?」 「でも、だって・・・」 こういう時のえりかちゃんは、いつもの天然で優しいお姉ちゃんじゃない。私の知らないことをたくさん知ってる、18歳の大人の顔をしている。ここで私が「嫌だ」といっても、絶対にその予定を白紙にはしてくれないだろう。 「一応、舞ちゃんには言っておいたほうがいいと思ったから。」 「そんな思いやり、嬉しくないよ・・・」 「黙って行ったら、その方が嫌だったんじゃないの?」 悔しい。悔しいけれど、えりかちゃんは舞の気持ちなんてお見通しなんだ。しかも、純粋に私を思いやってる気持ちだけじゃなくて、自慢っていうか、上手くいえないけれど、そういう気持ちも入ってる気がする。 ふと、千聖の方に視線を向ける。 千聖は上半身下着のまま、なっきぃと何か楽しそうに話している。なっきぃが千聖のブラのタグを見ていたから、下着の話でもしてるんだろう。そういえば、今日の2人の下着は色違いだ。仲良しだから、一緒に買いに行ったのかもしれない。 だからって、別になっきぃに嫉妬心は沸かない。2人の関係は信用できる。なっきぃは千聖にすごく優しいし、もちろん変なこともしない。 その点では、愛理はちょっと怪しい(性的な意味で)。舞美ちゃんも危ない(悪気のない暴力的な意味で)。もちろん、えりかちゃんなんて論外だ。もし千聖とえりかちゃんがオソロのブラなんてつけてたら、絶対に剥ぎ取る。 「何がそんなに気に入らないの?」 えりかちゃんの声は相変わらず笑っている。わかってて聞いてるんだ。もー、普段はドMのくせに、こういう時はとことんイジワルなんだから! 「・・・わかってるなら聞かないでよ。」 そういうとこに泊まるっていうのは、つまり、そういうことをするっていうことでしょ。 去年の夏、えりかちゃんと千聖がコテージでしていたことを思い出す。 千聖の上に覆いかぶさる、えりかちゃんの白い背中。 その背中に回された、千聖の小麦色の腕。 2人の唇がくっつく。おっぱいも、大事なとこもくっつく。 えりかちゃんの茶色い髪と、千聖の黒髪が混じる。 聞いたこともないような、甘ったるくて甲高い千聖の声。えりかちゃんの湿った声。 私は悔しくてたまらなかったのに、そのことを思い出すたびに、頭がボーッとして、体がおかしくなっていた。 恥ずかしながら、夜ベッドの中で、えりかちゃんを自分に置き換えて妄想したこともある。 そして、誕生日に、千聖に同じ事をして欲しいとねだった。果たしてその願いは聞き届けられたのだけれど、いろいろ不本意な形に終わった(そもそも失神したのでよく覚えていない件)。 こんなんじゃ、えりかちゃんに全然勝てない。おまけに、こうしてまた差をつけられてしまうのを、指をくわえて眺めているだけなんて。 「事後報告、いる?」 「いらないよっ」 もう聞いてられない。私はえりかちゃんの元を離れて、舞美ちゃんに頭を撫でてもらいにいった。 「お姉ちゃん・・・」 「ん?どうしたの?よしよし」 大きい手にわしわし頭を撫でられて、少し気分が良くなった。 「えりかちゃんにいじめられた。」 「ええ?えり、コラだめじゃないかー!とかいってw」 えりかちゃんは黙って肩をすくめて両手を挙げるジェスチャーをした。欧米か。 再び千聖の方をチラ見する。すると、視線がぶつかった。何となくピースサインを送ると、首をかしげながらピースを返してくれた。三日月目のスマイル付き。あぁ、やっぱり可愛いな・・・ そのまま2人して手遊びゲームをしていたら、ふいに後ろから肩を叩かれた。 「ん?」 そこにいたのはなっきぃ。いつのまに着替えを終えたのか、バッグまで持って、今にも帰れそうな感じだ。 「舞ちゃん・・・今日、一緒に帰れる?」 「?舞と?うん、大丈夫・・・」 突然のなっきぃからのお誘い。ちょっとびっくりしたけど、もちろん嬉しくないわけがない。ちゃきちゃき着替えを済ませて、私は一足先に、なっきぃと一緒にレッスン場を出ることにした。 「今日暑いねー。」 「うん・・・」 「稽古楽しいよねー」 「そうだね・・・」 外に出てからいろいろ話を振ってみるものの、なっきぃは上の空だ。 「ねぇ、なっき・・・」 何か悩んでるなら、と口を開きかけた時、ぴたりとなっきぃの足が止まった。 「舞ちゃん。あのさ、」 「うん。」 いつもの可愛らしい声より、少し低くて真剣な雰囲気。私の背筋も伸びる。けれど、次のなっきぃの一言によって、盛大に脱力させられることになるとは・・・ 「ま、ま、舞ちゃんて、・・・・・エッチビデオとか、み、み見たことある?」 「・・・・・・・・はああ!?」 TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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翌日。 「舞、何か元気ない?」 「え?」 最近はほぼ毎日あるゲキハロの稽古終わりに、私のお姉ちゃんこと舞美ちゃんが声をかけてきた。 「・・・伝わっちゃった?お姉ちゃんいつも鈍いのに」 「なんだとー!一言多いんだから、舞は!お姉ちゃんは悲しいよ!とかいってw」 舞美ちゃんの大きな手が、私の髪を優しく梳く。 「ちっさーとケンカしちゃった?」 ――おお。そんなことまで感づかれてるとは。 「さっき、私とちっさーがふざけっこしてた時、ちっさーが舞に話しかけたのに、聞こえないふりしてたでしょ。いつもの舞なら、ちっさーが話しかけた時すっごい嬉しそうな顔するのに。」 「・・・そう、かな。」 「そうだよー。」 そう言って、舞美ちゃんが視線を上げた先には、隅っこのほうでえりかちゃんと雑誌を見て談笑している千聖の姿があった。 “赤レンガ倉庫が・・・”“中華街が・・・” 漏れ聞こえる声を拾ってみたところ、やっぱり横浜デートのお話をしているところらしい。 ふいに、えりかちゃんが千聖に何か耳打ちする。からかうような内容だったのか、千聖は恥ずかしそうに首を横に振って、眉を寄せた顔でもじもじしている。 ――あ、まずい。昨日の妄想を思い出してしまった。首の後ろが熱くなる。 “そんなことやめて、舞さん。はずかしいわ” 「あー!もう!」 その妄想から意識を逸らすべく大声を出してみる。 「舞、怖ーい!」 「だって・・・」 「えりにちっさーを取られちゃいそうで怖いの?」 まったく、お姉ちゃんは普段はありえないぐらいの天然っぷりをかましてくれる人なのに、時々こうやって人の痛いところをクリーンヒットでえぐってくる。 「もう、お姉ちゃんてさぁ」 「でも、ちっさーは舞のこと大好きだと思うよ。」 舞美ちゃんはくったくのない顔で、ニカッと笑いかけてきた。 「・・・本当に?」 「うん。だから、早く仲直りしちゃいな。2人がケンカしてるとね、キュート全体が暗ーくなっちゃうんだから。」 「でも、何て言ったらいいのかわかんない。舞の逆ギレが悪いんだけど、千聖は舞が何にキレたのかわかってくれないと思う。・・・違う、本当はわかってもらいたくないのかもしれない。せっかく千聖が謝ってくれてるのに、これじゃいつまでたっても仲直りできない」 仲直りはしたいけど、千聖と向き合うことで、千聖の気持ちのありかを再確認したくない。だけどそんな都合のいい話があるはずもない。 「うーん。むずかしいけど・・・・・・とりあえず、謝っちゃえば?難しいことは抜きにしてさ。」 少々難しい顔で黙り込んでいると、お姉ちゃんは私の肩を抱きながらそう言って微笑んだ。 「でも、でもさ」 「だって、ちっさーも舞と仲直りがしたいんでしょ?舞もそうなんでしょ?だったら、難しいことはおいといて、一言“ゴメン!”で。それでもだめなら、ゆっくり話せばいいじゃないか。あんまり頼りないかもしれないけど、私もできることがあれば協力するから」 「お姉ちゃん・・・・」 舞美ちゃんの背中に、後光が射している。なんだかんだ言っても、それこそ千聖がお嬢様化する前から、私たちのケンカを仲裁してくれていたお姉ちゃんなんだ。その一言だけで、私の心はだいぶ軽くなった。 「おねーちゃん、大好き!」 ひざに飛び乗って、猫みたいに体をすりつけて甘えてみる。 「なーに?甘えん坊モード?とかいってw」 本当に、舞美ちゃんの言うとおりだ。 いろいろ理由をつけてみたところで、行き着くのは「仲直りしたい」ただそれだけ。 「ちゃんと仲直りするからね。」 「そうそう、その調子!それにしても、なっきぃも舞ちゃんもどうしてえりがちっさーと仲良くすると怒るのー?仲良きことはすばらしきことって言うじゃないか!」 ――それは、舞の口からはとても。はい。 ともあれ、私はこうして舞美ちゃんに背中を押してもらって、一歩踏み出すことができた。 ドッキリの計画もあり、千聖の身辺が慌しくてなかなか切り出せなかったけれど、バースデーパーティー当日、私は少々ルール違反をして、思い切って千聖に頭を下げた(事実上のプロポーズ付き。) お姉ちゃんの言うとおり、千聖は笑って謝罪を受け入れてくれた。そして、(あくまでも仕事上の話だけど)私を一番に選んでくれると暗に言ってくれた。 嬉しかった。天にも昇るような気持ち。だけど、ワガママな私はそこですべて満足するというわけではなくて。 「千聖。」 千聖のバースデーパーティの最中。 たくさんの人に話しかけられている千聖を、そっと輪の中から連れ出した。 「なぁに?舞さん」 「今日、このあと舞のうちに来て。」 「え・・・」 「お願い。あんまり遅くしないから。帰り、ママの車で送るから。」 実は、明日はゲキハロ初日だ。ゆっくり体を休めるように劇団の皆さんにも言われているけれど、こうなったら私はこのテンションのまま、すべて解決させて明日に望みたかった。 「・・・わかったわ。」 さすが、長年の相方。私の本気が伝わったらしく、ちょっと困った顔をしながらも承諾してくれた。 この時の私は、本当に、少し話し合って終わりにするつもりだった。ええ、本当に、そのつもりだったんです、神様。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「ほら、あの時言ってたでしょ?えりかちゃんはちっさーのシェルターになってあげるために、エッチな関係になってるって。」 もう撮影は始まっているのに、栞菜はサラダ用の野菜を切りながら興奮した様子で喋っている。 うまくカメラマンさんが近くにいないときを見計らっているみたいだ。 愛理は栞菜の脳内妄想を知ってか知らずか、目を丸くしながら黙って話を聞いている。 「お姉ちゃん、ちっさーと付き合ってるわけじゃないって言ってたけど、やっぱりちっさーのことが好きだから、体を使ってまでちっさーを慰めてあげてたんだよね。本当の愛は献身だもん。」 「容疑者梅田えりかの献身だね。ケッケッケ」 栞菜の話は続く。私は牛肉を炒めながら、とりあえずこのすっとんきょうな話のオチを待っていた。 「でね、もう言っちゃうけど、ちっさーも一回私とそういうことになりかけたのね。」 「ええっ!嘘!いつ!何で!」 「あの、みんなのおかげでちっさーと仲直りできた日だよ。何でかはわからないけど、前にえりかちゃんが言ってた、遠くへ行っちゃってる顔になってた。急に不安で寂しくなっちゃったみたい。」 フライパンの中で肉が焦げ付いてるのも厭わず、私は栞菜の話に聞き入っていた。 まさか、千聖が私以外の人にそういうお誘いをかけるとは。何だかもやもやした気持ちになる。 「それで、私もえりかちゃんの代わりになれないかなって思って、ちょっとだけ触ったのね。ちっさーの体に。」 「ちょ、え!」 「えー栞菜すごいことするねー」 「あ、大丈夫。服の上から手でペタペタしただけだから。・・・その時、ちっさー途中で“帰りたい”って言ったの。それでもう、お開き。後は私の部屋で普通に遊んで、家に帰った。」 栞菜はそこまで一気に喋ると、一回軽くため息をついた。 「カメラさん、こっち来てる。」 その呟きをスイッチに、3人して仕事用の顔とテンションに戻った。 939 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2008/11/12(水) 22 42 54.39 0 「はい、私たちのカレー作りも順調に・・・あーっもうえりかちゃん!お肉焦げてる!」 「わーごめんボーッとしてた!」 「珍しいね、えりかちゃんが料理でドジしちゃうなんて。」 ここは完全に素だったけれど。 ちょっと危なっかしい手つきながら、順調に野菜を切る栞菜。それを手伝いつつ鍋の様子を見たり、いらない器具をしまったり、こまごました作業をこなす愛理。隠し味がうんたらかんたら言いながら下ごしらえをする私。 一通りカレー作りの様子を撮影すると、またカメラマンさんは他のグループの方へ行った。 「・・・じゃあ、続きね。それで、その時私わかったの。ちっさーは、誰にでも触られたいんじゃなくて、えりかちゃんがいいんだよ。 それがわからなかったから私のことを誘ってみたんだけど、やっぱりえりかちゃんじゃなきゃだめだって途中で気付いたんだ。 きっと、帰りたいっていうのは、家にじゃなくてえりかちゃんのところにってことだよね。 えりかちゃんも、さっきも言ったけど、ちっさーが相手じゃなきゃきっとエッチはしないと思うの。 愛するちっさーだからこそ、えりかちゃんは触りたくなっちゃうんだよ。それって、完全に恋だと思う。」 「待ってよ。それ、何か根拠があって言ってるの?」 「根拠?」 栞菜は鍋の灰汁抜きをしながら、ちょっと目を細めた。 「まあ、女の勘だよね。」 勘かよ!危なかった。 栞菜は本をたくさん読んでるだけあって、感性が鋭い。しかも話に妙な説得力があるから、今もうっかり引き込まれるところだった。自分の感情なのに。 「あのねぇ栞菜、」 「もう何も言わなくていいよお姉ちゃん!私は味方だから。・・・どうやらなっきぃもちっさーを狙ってるみたいだけど。」 「はっ!?熱っ!」 栞菜の爆弾発言で手元が狂う。肉汁がほっぺたに弾け飛んだ。 940 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2008/11/12(水) 22 44 57.61 0 「だって行きのバスで、何かセクハラしりとりみたいなのやってちっさーの取り合いしてたじゃん。それに、今日のなっきぃはすごいちっさーのこと気にしてるし。 でも、今のところえりかちゃんの方が有利だよ多分。なっきぃ真面目だからね。エッチな関係なんてありえないケロ!って思ってそう。」 あああ、そのせっかくの感受性を、意味のわからない妄想に使わないで妹よ! 愛理はもう傍観者に徹することを決めたのか、なかなか見せない悪大名スマイルで私を眺めている。 「いい、栞菜?まず、私が千聖を好きって話だけど、」 「あれっ舞美ちゃん、舞ちゃん。どうしたの?」 やっと私が説得を始めようとした矢先、手をつないだ舞舞美が仲良くこちらへやってきた。 「はろー。お米炊くの終わっちゃったから、手伝いに来たよ。」 「本当?じゃあテーブルセッティングと、サラダ作り手伝ってほしいな。」 ああもう!舞美たちがいるんじゃ、とても話は続けられない。あれで案外純情乙女な舞美には、まだ私と千聖のことは誤解したままでいてほしかった。事実を知ったらぶっ倒れちゃうかもしれない。 941 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2008/11/12(水) 22 45 49.62 0 「えりかちゃん、舞なんかやることある?」 「あ、ウチは大丈夫だよ。もうあと煮込むだけだから。ありがとうね。・・・舞ちゃん?」 舞ちゃんは黙って私の手元をまじまじと見つめている。 「この手で、千聖をね・・・」 ひぎぃ! 「えりかちゃん、千聖は、舞のものなんだからね。」 「ち、ち、ち、ちさ、ちさとは、も、ももものじゃないからそそっそういう言い方は」 私のヘタレ反論を鼻で笑うと、舞ちゃんは 「でも、現実的に舞のものだから。ライバルだね、私たち。」 と不敵に笑った。 栞菜はアホな恋愛妄想に心を持ってかれてるし、今日の愛理は精神的ドS。舞ちゃんにライバル認定された上に、全力リーダーにはちょっと話せない。 「ひーん・・・ちさとぉ・・・」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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集合場所に戻ると、スタッフさんから今回のDVDマガジンの撮影内容について説明があった。 前半はみんなで自然公園でワイワイと遊ぶ姿を撮影するので、適当にやっていいよとのこと。 後半は、ご飯を作って食べるらしい。よくあるパターンだな。 適当に、と言われても、やっぱりメンバーが固まっててはいけない。 「どうしようか。あっちの・・・牧場行くグループと、芝生のとこでアスレチックとかスポーツやるグループに分かれようか。」 「だね。じゃあとりあえず、牧場がいい人ー!」 そんなわけで、神がかり的な運動神経(ある意味)の私は、早々牧場行きに名乗りをあげた。 他にこっち側に来たのは愛理、舞ちゃん、なっきぃ。 運動大好きなちさまいみとゲキハロでスポーツ少女をやる栞菜は、大型アスレチックに挑戦するみたいだ。ジャージに着替えて、「ドキドキするねー!」と3人ではしゃいでいる。 「えりかちゃん、元気ない?」 横に並んで歩いていた愛理が、ひょこっと顔を覗かせた。 「えっ?そうかな。さっきバドミントンやって疲れちゃったのかも。ウチ、体力ないから。」 「そか。・・・ねえ、えりかちゃん。千聖と一緒の部屋は楽しい?」 「・・・楽しい、けど。」 何だか含みのある言い方だと思った。 続きを促すように黙っていると、愛理はまたポツポツ話し始めた。 「2人は、ほら、何かみんなとはしないことしてるでしょ?今日もするのかなって思って。」 愛理はごくたまに見せる、いたずらっ子みたいな顔でケッケッケと笑った。 ちょっと前、私のすすめ(・・・)でトイレにこもって一人エッチをしてた千聖と、たまたまトイレに入ってきた愛理が鉢合わせになった。 愛理にはその時、軽く私たちのしていることを話しておいた。 結局愛理も好奇心で千聖にいろいろしてもらっちゃったみたいで、私は自分が可愛い可愛いキュートにやらしい遊びを持ち込んだような気がして、それもまた気がかりになっていた。 「愛理はさ、私と千聖の関係、どう思ってるの?」 後ろを歩くなっきぃと舞ちゃんはパンフレットを見ながら喋っていて、こっちには注意が向いていない。小声で話を続けると、愛理はきょとんとした顔になった。 「どうっ、て。それは・・・2人がよければいいんじゃないかと。」 「でも、千聖は何ていうか、その、・・・今の千聖にはよくないのかなって。いや、前の千聖でも決していいとは」 慌てる私を、愛理はちょっと面白そうに見つめる。 「どうして急にそんなこと。結構前からでしょ、えりかちゃんと千聖。」 「そうなんだけどさ」 「・・・・千聖は、そんなに子供じゃないよ。前にえりかちゃんだって、私に言ったじゃない。千聖のこと子ども扱いしすぎって。 確かに、その通りだと思った。ずっと一緒にいると、千聖は前と同じで、ちゃんと強い意思を持って行動してるんだってわかる。 今はすごいおしとやかで控えめなお嬢様だけど、元はあの元気で気の強い千聖なんだから、本当に嫌なことははっきり嫌だって言えると思う。大好きなえりかちゃん相手になら、なおさらそうでしょ。」 「・・・じゃあ、愛理は反対はしてないの?」 「反対も何も、私は千聖の保護者じゃないし、えりかちゃんのことだって信用してるから。・・・まあ、別に、応援もしてないけどねー。」 愛理はそれだけ言うと、クネクネした走り方で先に行ってしまった。 「保護者、か。」 後方をチラッと見る。 相変わらず、なっきぃと舞ちゃんは楽しそうにしている。 なっきぃは3人姉妹の真ん中だけあって、バランスの取り方がとてもうまい。 私や舞美にはしっかりものの妹としていっぱい意見をくれるし、年下組の面倒見もすごくいい。 特に千聖とは、前からプライベートでもたまに遊びに行くぐらいに仲がよくて、本当の妹みたいに可愛がっているのは知っていた。 私が栞菜を見守るように・・・・いや、ある意味それ以上に千聖のことを思っているのだろう。私はどちらかというと放任タイプだ。 私なら、栞菜が例えば舞美と、今の千聖と私みたいな関係になったとしても、まあ別にいいんじゃない?と思う気がする。 ていうか、それだと絶対に舞美より栞菜が積極的だと思う。 定番の ノk|*‘ρ‘)<舞美ちゃんいいにおいするかんな・・・・クンカクンカ というアレを思い出して、一人でニヤニヤしてしまった。 「ねー、愛理ちょっと待ってよー。一緒に歩こうよ。」 とりあえず元気を取り戻した私は、あいかわらずかっぱ走りの愛理の腕を取ってまた横に並んだ。 「愛理は、舞ちゃんと部屋一緒なんでしょ?珍しいよね。」 「うん、ちょっと新鮮。何かまったりするねーって2人で言ってたんだ。勉強の話もできるしね。・・・あ、でも、舞ちゃんもさっきのアレ、えりかちゃんと千聖のこと気にしてたよ。」 「・・・・・・・えっちょ、ちょっと何で?舞ちゃんが何で知ってるの?」 「いやー、わかんないけど。えりかちゃんもう千聖に変なことしてないよね、って言ってた。ケッケッケ、えりかちゃん大変だー」 今日の愛理はプチSモードらしい。ってそんなことはどうでもよくて。 つまり、私たちの関係について なっきぃ→知ってるけど誤解してる 愛理→大体知ってる 栞菜→まあまあ知ってる 舞ちゃん→どこまでかわかんないけど知ってる 舞美→根本的に違う解釈をしてる(从 ・ゥ・从<ペットマッサージをちっさーにしてるんでしょ!) 「って全員知ってるんじゃん!」 私の自己ツッコミを聞いて、愛理がまた楽しそうにケッケッケと笑った。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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そこにあるのは、おもちゃの手錠。 数日前、打ち合わせの席に、「キューティーミニスカポリスガールズってどうかな?ケッケッケ」と愛理が持ってきた物だった。 結局その話は笑って流れたはずなのに、どういうわけか私のカバンの中に入っていた。 返さなきゃと思いつつ、習慣になっている“痴漢のアレ”を妄想する時に使わせてもらったりしていたので、結局私の手元から離れていないという経緯がある。 千聖を押し倒したまま、思いっきり手を伸ばして手錠を掴む。ガチャッと大げさな音がして、千聖の視線がそれに釘付けになった。 「舞ちゃん」 「うるさい」 「ねえ、やだ。やめて」 手首にわっかを通そうとすると、さすがに千聖は身を捩った。 「話があるんじゃなかったの?だから千聖舞ちゃんち来たんだよね?」 そこまでは覚えてるのか。 千聖はお嬢様から前の人格に戻るとき、前後の記憶があいまいになってたりすることがある。そういう時は少し遡って、千聖が把握していることを確認しながらしゃべるのがキュート内でのルールだった。私は千聖のことなら何でもわかってるから、いちいちそんなのしないけど。 「ねえ、明日ゲキハロじゃん。千聖用事ないなら今日は帰りたい。遊ぶなら違う日にしようよ。舞ちゃん・・・ちょっと、やだってば!」 千聖は私のわがままを封じようとする時、こうやってお姉ちゃんの口調になって諭そうとしてくる。でも生憎、今はそれに従ってあげる気分ではなかった。私を説得するのに夢中になってるところを見計らって、もう一度千聖の手首を掴んだ。 今度はうまくいった。丸いわっかのなかに、右の手が収まる。 「最悪・・・」 千聖はそうつぶやいてから、あわててまだ自由な左手を背中に隠した。 こんなことになって困った顔をしているけど、怒ってはいないみたいだ。まだ私が何を考えてるのか、わかってないのかもしれない。 私は私で、なぜか妙に落ち着いていた。ドアの外からは、家族の楽しそうな声が聞こえる。この状況で千聖が大きな声を出したり、ママがうっかり部屋に入ってきたら、大変なことになるというのに。 千聖の目をまっすぐ見つめたまま、私は手錠のもうかたっぽのわっかを引っ張った。繋がれると思ったのか、千聖はまた身を捩った。 「・・・違うから。暴れないで」 私は苦笑して、それを自分の左手首にはめた。冷たい金属を通して、私と千聖がつながる。 「・・・・なにやってんの、舞ちゃん」 「ねえ、千聖はどこまで覚えてるの?」 その声をさえぎるように、私は千聖の耳元に顔をうずめてささやいた。 「ひゃあ」 甲高い声。あのDVDみたいなエロい声ではないけれど、ぞくっとするような興奮が体を突き抜ける。 「どうなの?」 「ちょ、耳くすぐったい。やめて。何が?」 「だから、舞とエッチなことしたの覚えてるの?」 「え」 千聖の動きが止まった。口を半開きにしたまま、私の顔をまじまじと見つめる。 「私、舞ちゃんともそういうことしてたの・・・?」 ――も、って。さっきも“舞ちゃんもなの?”とか言ってたけど・・・きっとえりかちゃん本人に聞いたんだろう。キュートのみんなは、このことを勝手に話したりはしないはず。 でも、いつ?どこで?どうやって?どこまで聞いたの?それで、千聖はどう思ったんだろう? 私はいつでも千聖のことを把握していたいのに、こうやってえりかちゃんに先を越されてしまう。こういうのは不本意だし、悔しい。 「舞と海でキスしたり、舞のこと温泉で触ったりしたの覚えてないの?千聖が触ったんだよ。裸で」 「や、え、嘘。ちが、だってそんな」 千聖は赤くなったり青くなったりしながら、自由になるほうの手で私を押しのけようとした。 「大人しくしてってば。」 その手を自分の指で握りこんで、恋人つなぎにする。千聖の手のひらはひどく湿っていて、ドクンドクンと鼓動が伝わってくるぐらい緊張していた。 「千聖・・・」 本日二回目のキス。 ビクッと跳ねる左手を全力で押さえる。千聖は手錠の方の手は動かさないはず。・・・変に力が入れば、私の手首に傷がついちゃうかもしれないから。 「・・・顔、振らないで。唇切れちゃうよ」 小さくて柔らかい唇に、軽く歯を立てながらそんなことを言ってみる。その一言で千聖が動かなくなったから、今度角度を変えたりして何度も啄ばむ。さすがに舌を入れたりはできなかったけど、さっきのよりはずっと大人のキスができた。頭がくらくらする。 鼻から漏れる息がくすぐったい。チュッと音がするたびに、千聖がもじもじ動くのがたまらない。千聖も私の唇の感触を感じてるんだと思うだけで、私は毎晩“アレ”をする時みたいなそわそわした気持ちになった。 数分間後、やっと唇を離すと、千聖はぼんやり目を開けていた。ずっとくっつけていたからか、いつもより少し唇が濡れてぷっくりしている。呆然とした表情のまま、私の顔を見て、ゆっくり何度か瞬きを繰り返す。 「わ・・わたしに、どうしろっていうの・・・?」 明るい千聖らしくもない、泣き出しそうな声。こんな顔されたら、いつもならごめんと謝り倒していたかもしれないけれど、今の私は完全に悪いスイッチが入ってしまっているみたいだ。 「いいでしょ、キスぐらいしたって。どうせえりかちゃんとだってしてるんでしょ」 「・・・してないよ。たぶん。あんまり。えりかちゃんがそう言ってた。なんか、そういう、ルールだってえりかちゃんが」 千聖は一度言葉を切って私から目を逸らすと、「これ、痛いから外して。」と手錠のついてる手を軽く動かした。 「やだ。」 「ねえ、舞ちゃん!」 「えりかちゃんえりかちゃん、ってうるさい千聖。」 「だって舞ちゃんが聞いたんじゃん!ねー、もうやだってば。本当に。ていうか、何で手錠とか持ってるの?ヘンタイじゃーん」 「うるさいな。愛理のだから、これ」 「でも舞ちゃんが持ってるんだから舞ちゃんがヘンタイでしょ。今使ってるし。ねえ、あと重いから上乗っかるのやめて」 お嬢様の千聖とじゃありえないような、久しぶりのちさまいバトル。こんな状況じゃなかったら私も楽しんでいただろうけど、正直それどころじゃない。 案の定、このやりとりが面白くなってきた千聖は、笑うような場面じゃないのに目が半月になっている。だから、私は声のトーンを変えてみた。 「ねえ千聖、私が千聖にどうしてほしいのかって聞いたよね?」 また笑顔が消えた。 「舞ちゃん、そういうのやだってば・・・」 その乾いた声は無視して、あんまり体重をかけないように馬乗りになる。大好きな千聖のことを支配しているみたいな錯角を覚えて、少し優越感が高まった。 「っ!舞ちゃん!」 私はおもむろに自由な方の手を伸ばすと、千聖の胸を掴んだ。自分のとは全然違う感触。ふにゃっと指が沈む。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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夢の中で、私は籠の中に閉じ込めたちっさーを眺めていた。 ちっさーはちょうちょだった。 あの可愛いリボンのワンピースを着て、レモン色をもっと薄くしたような、綺麗な羽を震わせている。 小さな触覚。小さな手足。小さな羽根。 とても可愛くて思わず手を差し入れたら、私の爪先よりも小さなちっさーの手が、けなげに人差し指を握ってきた。 ここから出して、と言われてるみたいだ。 もうずっと昔、私は幼稚園で捕まえたモンシロチョウを虫かごに入れて家にもって帰ったことがあった。 図鑑を読んで、えさを調べて、一生懸命お世話をしたけれど、モンシロチョウはすぐに弱ってしまった。 泣きながらお母さんに助けを求めると、お母さんは私をなぐさめながらこう言った。 「ちょうちょはね、せまいところでは生きていけないの。お花がたくさん咲いてる広いところに、帰してあげよう。」 お母さんと手を繋いで、ベランダからモンシロチョウを外に出してあげたあの日のことは、なぜか今でもはっきり覚えている。 風に煽られながらどんどん遠ざかる白い羽を眺めて、私はどんなに大切にしていても、ひとりじめはできないものがあるということを学んだ。 そっか、ちっさーは今ちょうちょだから、ちゃんと自由にさせてあげなきゃいけないんだね。 「ごめんね。」 籠の鍵を開けて、人差し指にしがみついたままのちっさーを外に出してあげた。 これでよかったんだ。私は空っぽになった籠を見つめて、不思議と幸せな気持ちになっていた。 “メールだよ!メールだよ!” 着信音で、私の意識は現実に引き戻された。 喉がヒリヒリして、瞼が痛い。 時計を見ると、もうすぐお昼になるぐらいの時間だった。 今日は休日で仕事もない。 普段なら学校の友達や、えりかちゃんや愛理と遊びに出ているところだけれど、今日はとてもそんな気分になれなかった。 ちっさーと私がレッスンの合間に大トラブルを起こしたのは昨日のことだった。 私は大泣きして、自分で立ち上がれないほどに打ちのめされてしまったから、そのままタクシーで自宅に送り届けられた。 私の家につくまでえりかちゃんが側にいて、ずっと手を握ってくれていたけれど、ちっさーはあの後どうしたんだろう。 みんながついていたから、きっと一人ぼっちではなかっただろうけど。 「まだ泣いてるのかな・・・」 私を睨んでいたちっさーの顔が、後悔と悲しみに染まっていくあの瞬間を思い出すだけで、また涙が溜まってくる。 ちっさーが本当に、私のことをエッグだから区別していたのかなんてもうどうでもいい。 そんなことより、優しいちっさーにあんな顔をさせてしまったことが悔しくてしかたがなかった。 さっきの夢の中みたいに、早くちっさーを解放してあげればよかった。 少し時間を置いたら、ちっさーは私のことを許してくれるだろう。 でももう私たちは二度と心から笑い合えないかもしれない。 「ちっさー・・・ちさと・・・」 枯れるほど流したはずの涙が、まだボロボロとほっぺたをすべり落ちていく。 それを乱暴にぬぐいながら、さっき来たメールを見ようと、まだ着信ランプの光っているケータイに手を伸ばした。 「栞菜ー。ちょっと」 その時、ちょうどお母さんが私を呼ぶ声がした。 何だか急いでるみたいだから、とりあえずケータイは置いてリビングに向かった。 「・・・・えりかちゃん。」 リビングのガラス扉に背中を向けて配置されたソファに、お母さんと楽しそうに話しをする見慣れた背の高い後姿があった。 「来ちゃった。ごめんね、連絡もしないで。」 「ううん。・・・栞菜の部屋、行こう。」 こんな私にも、まだこうやって訪ねて来てくれる人がいるんだ。 そんなことを思ったらまた泣きそうになってしまって、私は早足で部屋に戻った。 「タピオカジュース、買ってきたんだよ。栞菜ここの好きだって言ってたでしょ。」 返事ができない。 何か言ったら感情が溢れてしまいそうで、私は必死で歯を食いしばった。 「栞菜。」 えりかちゃんはいつもと変わらない態度で、私の横に座って、髪を撫でてくれた。 気持ちが押さえきれない。 「私、ちっさーにひどいことした・・・もう自分が嫌だ。」 言葉を吐き出すとともに、えりかちゃんの胸に飛び込んだ。 「栞菜、大丈夫。栞菜が思ってるよりずっと、みんな栞菜のことが大好きなんだよ。ちっさーだって同じだよ。」 「でも、私は・・・」 「何があったのかはわからないけど、本当に意地悪な人はそうやって自分以外の誰かのために泣いたりできないよ。ウチは栞菜の優しいとこ、たくさん知ってる。そんなに自分を責めたらウチも悲しくなっちゃうよ。」 えりかちゃんの言葉全てが心に沁みて、悲しいのと嬉しいのがごっちゃになった涙が次から次へと溢れた。 ひとしきり泣いて落着いてから、えりかちゃんの持ってきてくれたタピオカジュースを2人で飲んだ。 丸くて甘いつぶつぶが、疲れた喉を優しく撫でるように通っていくのが気持ちいい。 女の子には時々甘いものが必要だって何かの歌にあったけれど、確かに今の私にのささくれた心も、優しくてとろけるような甘い味を求めていたみたいだ。 少しずつ気持ちが落ち着いていく。 今なら、冷静に話ができそうだと思った。 「えりかちゃん、栞菜の話、聞いてくれる?」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -