約 4,200 件
https://w.atwiki.jp/imoyoukan/pages/85.html
高徳線 駅名 臨 日付 昭和町 - 2004/07/19 栗林公園北口 - 2004/07/19 栗林 - 2004/07/19 木太町 - 2004/07/19 屋島 - 2004/07/19 古高松南 - 2004/07/19 八栗口 - 2004/07/19 讃岐牟礼 - 2004/07/19 志度 - 2004/07/19 オレンジタウン - 2004/07/19 造田 - 2004/07/19 神前 - 2004/07/19 讃岐津田 - 2004/07/19 鶴羽 - 2004/07/19 丹生 - 2004/07/19 三本松 - 2004/07/19 讃岐白鳥 - 2004/07/19 引田 - 2004/07/19 讃岐相生 - 2004/07/19 阿波大宮 - 2004/07/19 板野 - 2004/07/19 阿波川端 - 2004/07/19 板東 - 2004/07/19 池谷 - 2004/07/17 勝瑞 - 2004/07/17 吉成 - 2004/07/17 徳島 - 1996/03/23
https://w.atwiki.jp/asaahingaeaw/pages/589.html
芸備鉄道会社の列車の種別で無料急行。広島駅-三次駅間を結ぶ陰陽連絡線急行の一つ。急行「みよし」と快速「みよしライナー」を統合した種別。 停車駅 広島駅 安芸矢口駅 狩留家駅 志和口駅 上川立駅 三次駅
https://w.atwiki.jp/bokuserve/pages/493.html
【元ネタ】平家物語 【CLASS】アーチャー 【マスター】 【真名】那須与一(なす の よいち) 【性別】男性 【身長・体重】155cm・51kg 【属性】秩序・中庸 【ステータス】筋力B 耐久E 敏捷C 魔力E 幸運B 宝具C 【クラス別スキル】 対魔力:D 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。 単独行動:C マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。 ランクCならば、マスターを失っても一日間現界可能。 【固有スキル】 千里眼:C 視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。 さらに高いランクでは、透視・未来視さえ可能とする。 透化:C 精神面への干渉を無効化する精神防御。 暗殺者ではないので、アサシン能力「気配遮断」を使えないが、 武芸者の無想の域としての気配遮断を行うことができる。 【宝具】 『真扇一箭(しんおういっせん)』 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:5~60 最大捕捉:1人 波間に揺れる船に立てられた扇を射落とした逸話の具現。 与一が弓を構え、矢を引き絞ることによって、 目標地点と矢との間に、僅かに次元のずれた空間を通したパスを繋げる。 射った矢は、パスを通じて飛翔するため、目標までの道筋に存在する、 あらゆる障害や防御に干渉されることなく、目標に命中する。 この宝具は、発動するまでに大いに集中力を要するため、連射することはできない。 【Weapon】 『無銘・弓』 与一が愛用した弓矢。 船上の扇を射る際にも使用した。 【解説】 寿永4年(1185年)2月、讃岐屋島へ逃れた平家を追って、義経は海路阿波に上陸、陸路屋島に迫り、背後から平家を急襲した。 驚いた平家軍は、船に乗って海へ逃げたが、源氏軍が案外少数と知って応戦し激しい攻防が繰り返された。 日が暮れて両軍が兵を引きかけている時、沖の平家軍から年若い美女を乗せた小舟が一艘漕ぎ寄せてきた。 美女は、紅地に金の日輪が描かれた扇を竿の先にはさんで船べりに立て、陸の源氏に向かって手招きをしている。 これを見た、義経は、弓の名手・那須与一宗高に扇を射抜くよう命令した。 与一は、馬を海に乗り入れたが、扇の的までは、まだ40間余り(約70メートル)もあり、しかも北風が激しく吹いて扇の的は小舟と共に揺れている。 「南無八幡」と心に念じた与一が渾身の力で鏑矢を放つと、矢はうなりを立てて飛び放たれ見事に扇の要近くに命中。扇は空へ舞い上がり、ひらひらと海へ落ちた。 この様子を固唾を飲んで見守っていた源平両軍は、どっと歓声を上げて与一を褒め讃えたのであった。
https://w.atwiki.jp/akasi/pages/123.html
阿波エクスプレス大阪号は、西日本JRバス・JR四国バス・本四海峡バスの高速バス系統である。 路線概要 大阪と徳島を結ぶ高速バスである。大阪側では一部がUSJ・JR奈良駅発着で、またターミナルがJR大阪駅・JRなんば駅である点、徳島マリンピアに乗り入れる便もある点で、並行する南海バス・徳島バスの路線と異なる。 運行形態 基本は、JRなんば駅~徳島マリンピアの運行。本数は毎時1本で、徳島行4本・大阪行11本が高速舞子に停車する。 大阪側では、3往復がUSJ発着となる。このうち、早朝の徳島駅→USJ行1本のみが高速舞子に停車する。また、休日のみ2往復がJR奈良駅~徳島マリンピア間の運行となる。徳島行1本・奈良行2本が高速舞子にも停車する。 徳島側では、2往復が小松島港発着となる。うち、大阪行の1本が小松島港に停車。 停留所一覧 停留所名 接続鉄道・船路線(鉄道会社名) 接続バス路線(停留所名) JR奈良駅 ▼ USJ ▼ JR大阪駅 ▼ ▼ ▼ JRなんば ▼ ▼ ▼ 高速舞子 ▽ ▽ ▽ 高砂・霞ヶ丘方面(山陽電鉄)大阪・大久保方面(JR) 垂水体育館・神戸商業高校・明舞団地・多聞台・学園都市方面 鳴門公園口 ▲ ▲ ▲ 高速鳴門 ▲ ▲ ▲ 松茂 ▲ ▲ ▲ 徳島駅 ▲ ▲ ▲ 高松・阿波池田・阿南・牟岐方面(JR) 徳島マリンピア ▲ ▲ 新浜 ▲ 論田中 ▲ 徳島赤十字病院 ▲ 小松島港 ▲ 大阪方面行は、全便鳴門公園口を通過。小松島港行は、全便高速舞子を通過。 ▼▽は徳島行のみ乗車可、大阪行のみ降車可。▲△は大阪行のみ乗車可、徳島行のみ降車可。▽△は一部のみ停車。 歴史 1998年(平成10年)開業。当時大阪発と舞子発に分かれていた。大阪発は全便高速舞子通過、舞子発は高速舞子~鳴門撫養~徳島駅のみに停車。 2000年(平成12年)鳴門公園口に新規停車。鳴門撫養を「高速鳴門」に改称。 2002年(平成14年)舞子発の系統を、JR大阪駅まで延伸。大阪発の系統と統合される。ただし、高速舞子停車便はJRなんば通過。 2003年(平成15年)松茂に新規停車。 2004年(平成16年)一部便のみ、徳島駅~徳島マリンピア間延伸。 2006年(平成18年)休日の一部便のみ、JR大阪駅~JR奈良駅間延伸。 2007年(平成19年)JRなんばに全便停車。 2009年(平成21年)一部便のみ、徳島駅~小松島港間延伸。
https://w.atwiki.jp/wiki-journey/pages/990.html
七尾市 石川県 のと鉄道の七尾線にある駅やな。ニックネームは『小牧風駅』なんやなー 隣 能登中島駅←◎→能登鹿島駅 構造 2面2線 情報 『花咲くいろは』ちゅーアニメのロケ地なんやって。 どうも、ホンマどーでもいー情報でした。
https://w.atwiki.jp/kanakyu/pages/18.html
東西線は西の麻生駅から東の昭和島駅間を運行する路線である。 駅は22駅で昭和島駅から先は房総地下鉄成羽線に直通運転をしている。 この路線には各駅停車、快速、急行、特急がある。 駅一覧 正式路線番号 駅番号 駅名 各停 快速 急行 特急 接続路線 直通運転区間 八麻線八王子駅まで直通運転 3号線 Z-01 麻生駅 ● ● ● 神奈川環状線 南北線 早渕線 鶴見川線 麻生線 八麻線 Z-02 東麻生駅 ● - - 神奈川環状線 南北線 早渕線 鶴見川線 麻生線 Z-03 東百合丘駅 ● - - 神奈川環状線 南北線 早渕線 Z-04 潮見台駅 ● ● - 神奈川環状線 南北線 早渕線 Z-05 水沢駅 ● - - 神奈川環状線 Z-06 鷺沼駅 ● ● - 神奈川環状線 東急田園都市線 Z-07 小台駅 ● - - 神奈川環状線 Z-08 馬衣駅 ● - - 神奈川環状線 Z-09 野川中里駅 ● - - 神奈川環状線 Z-10 野川駅 ● ● - 神奈川環状線 早渕線 海蛍線 Z-11 千年駅 ● - - Z-12 下新城駅 ● - - Z-13 今井駅 ● - - Z-14 武蔵小杉駅 ● ● ● ● 東急東横線 東急目黒線 JR南武線 Z-15 下丸子駅 ● ● - - 東急多摩川線 Z-16 千鳥町駅 ● - - - 東急池上線 Z-17 池上駅 ● ● - - 東急池上線 Z-18 西蒲田駅 ● - - - Z-19 大森西駅 ● - - - Z-20 大森中駅 ● ● - - Z-21 大森東駅 ● - - - Z-22 昭和島駅 ● ● ● - 房総地下鉄成羽線 直通運転区間 房総地下鉄成羽線羽田空港第1ターミナル駅まで直通運転
https://w.atwiki.jp/daisei-18/pages/75.html
鹿児島県 鹿児島県 地域・観光情報鹿児島市 桜島 知覧武家屋敷跡 特攻会館 食べ物・特産品 地域・観光情報 鹿児島市 鹿児島駅周辺より鹿児島中央駅周辺のほうが栄えています。 街の中心部は天文館地区。路面電車で天文館下車。 桜島 活火山。常に噴煙を上げています。これ見なきゃ鹿児島来た意味なし。 フェリーは鹿児島駅から徒歩10分程度のフェリー乗り場から。 指宿枕崎線の喜入駅から郡元駅、日豊本線鹿児島駅から重富駅にかけてとても綺麗に見えます。 知覧 鹿児島県南部の町。かつて特攻隊が飛び立った地。 武家屋敷跡 多くの武家屋敷が見れます。 小規模ですが綺麗です。入場料500円。 鹿児島中央駅からバスで1時間 特攻会館 特攻隊として旅立った人の遺書、遺品、飛行機があります。 かなり泣けます。かつて小泉首相もここで泣いた。 鹿児島中央駅からバスで1時間(途中の五位野駅前から乗れば節約になります)、指宿枕崎線喜入駅からバスで30分。 食べ物・特産品 さつまいも 知覧茶
https://w.atwiki.jp/otmgstory/pages/58.html
393 遙か3 梶原景時 2006/09/20(水) 19 45 40 ID ??? [692回発言] 遙か3景時投下~ 洗濯してたり、軽い性格だったり、四章熊野で花火を打ち上げてくれたりと、あまり武士らしくない景時。 三章三草山 平家の陣が偽物だったことを見抜いた景時。 源氏の兵達は、そんな景時をほめるが、元々平家にいて裏切り、頼朝を助け源氏についた景時のことを、 よく思ってない兵もいる様子。 望美は、頼朝を助けた時の事を、景時に聞きます。 景時は、逃げる頼朝に追いついたが、ただそれだけで、一緒に追っていた仲間が倒れるのを見ているしかなく、 それほどに力の差は歴然だった。そして、自分も死ぬか?と思ったが、頼朝は「景時いくぞ」と。 取引でも脅しでも、命令でもない。頼朝に逆らうことはできなかった。だから源氏に来たんだ。と、話してくれます。 五章福原 望美が景時の様子を見ようと、景時を探すと、深刻そうな顔の景時に出会う。 望美は景時に、平家との和平は結ばないつもりなんですか?と聞くと、しょうがない、頼朝の命令には逆らえない。という景時。 そんなに頼朝が怖いのか?と問うと、頼朝は確かに怖いし、自分はダメな武士だから… 昔から何やってもダメだった。ちゃんとした陰陽師にもなれなかった。 今までもきっとこれからも、何やっても最後までやり遂げることができない。悔しがってもどうにもならないから、 せめて笑ってる方がいいよね?という景時。 望美は励ますが、ごめん。オレはオレでしかないから。といい、九郎達とは別の場所に攻める為に出かけていってしまいます。 そんな景時を見ていられない望美は景時についていきます。 奇襲を仕掛ける側だし、勝てるだろうと、景時は言っていましたが、平家の反撃により、皆散り散りになってしまいます。 望美も平家の兵に発見され、体力もつきた望美はもうだめだ…と思いますが、景時が華麗に参上。華麗に救出。 そんな景時に、望美は、だめなんかじゃないですよ!といい、 景時も、オレも意外とやればできるって思ってもいいのかな?と言ってくれます。 その後もう一度平家の陣を攻め、勝利。平家の人たちは逃げて行きます。 六章鎌倉 平家により鎌倉へ放たれた怨霊と穢れをすべて鎮めた一行。京に帰ろうとする一行へ、頼朝から景時宛へ書状が届きます。 何だったのか皆が聞くと、景時は、京のお土産を頼まれたと話し、皆は先へいきますが、望美は景時の様子がおかしいのに気づき、 景時にさっきの話は作り話ではないのか?と問うと、隠せないかぁ。とつぶやく景時。 でも望美は、景時さんは意味のない嘘はつかないから、私たちが知ってはいけないことなんですね。といい、深く追求しませんでした。 394 遙か3 梶原景時 2006/09/20(水) 19 46 19 ID ??? [692回発言] 七章屋島 戦への準備のちょっとした見解の違いから、言い争ってしまった九郎と景時。 準備に手間取る景時に対し、今回の戦は迅速性が大事と、先に出発する九郎。望みは景時と共に残り、半日遅れで出発。 苦戦していた九郎達を助け、九郎から、頼朝の信頼を得ているのは景時ではないかと思い、焦っていた事を謝罪され、和解。隊列を整えるため、一旦引き返すことに。 そして、戦を一旦仕切りなおすために、逃げた方がいいのではないか?という景時の案を受け入れ、皆で逃げることに。 船を沖にだそうとした時、平家の追手に襲撃され、一行はピンチにたたされるも、一人ひそかに浜に残っていた景時は、 逃げるのは得意だし、捕まっても元々平氏だし、何とかなるんじゃないかな?だから、オレなんて放って逃げ延びてくれ… と言い、単騎で平家の大将に一騎打ちを挑みます。 景時がまだあそこにいるから引き返して!という望美の悲痛な叫びも 弁慶の、景時の覚悟を踏みにじるわけにはいかない。との言葉にかきけされ、一行は京へ帰るが、景時は帰ってこなかった。 そして、一人で源氏を救った英雄として、景時は理想の武士に祀り上げられる。 その後、望美と朔は源氏を離れ、京郊外の尼寺へ身を寄せていた。 朔は、兄上は満足していたんじゃないか。最後の笑みはいつもの作り笑いとちがい、穏やかに笑っていた。 弓も剣も馬も人並み以下でしかこなせなかった兄上が、武名を残した。悔いはなかったと思う。そう思いたい…。といいますが 望美は、本当に悔いがなかったかどうかはわからないけど、こんな終わり方でいいはずない。もう一度やり直せるなら… と、時空を超えます。 再び七章屋島 今度は一緒に逃げると言った景時の嘘を見破り、望美は景時が残るなら自分も残る!と言い、その話を聞いていた九郎達も景時一人見殺しにはできない、他の方法を考えます。 そして景時の陰陽術で軍隊の幻覚を作り出し、それに気をとられた平家の兵達を後ろから襲撃。撃破。 だが、残りの兵は皆逃げていた。けれど、九郎は戦の流れは源氏に傾いてる、後一戦で片をつけられる!といきまきますが、 景時は浮かない顔をします、なんだか様子のおかしい景時を気にかける望美。 395 遙か3 梶原景時 2006/09/20(水) 19 47 07 ID ??? [692回発言] 八章壇ノ浦 敵はもう目の前だというのに、まるで戦を避けるような慎重論を唱える景時。戦の決着をつけたくないような態度に、九郎たちはいぶかしみます。 その夜、景時は望美に 鎌倉で受けとったあの書状、本当は暗殺の命令が書いてあった。頼朝に従うようになってから、何度も暗殺の命令を遂行してきた。 この手は血にまみれている。けれど、これ以上手を汚したくない。楽になりたい。だから、お願いだ、一緒に逃げてくれないか。一緒にいてくれるって言ってくれただろう? と打ち明けますが、望美は、 逃げちゃだめだよ!あきらめちゃだめ。景時ならどんなことがあっても、知恵と勇気で乗り越えられる。屋島の時もそうだったじゃないですか!と叱咤。 けれど景時は買いかぶりすぎだ。自分は自分のことを信じられない。といったきり、口をつぐんでしまいます。 そして次の日。平家を攻める段取りの最中に、鎌倉から援軍がくるという話に。弁慶は、今になって政子が出てくることを怪しみますが、 九郎はあっさり戦のためだろう?と信じて疑いません。 平知盛も倒し、逃げていく還内府たちを追撃しようとした時、政子が現れ、 あの船は自分達が抑えるから、景時に鎌倉でのあの書状の命令を遂行しろと強要し、逆らえない景時は オレはこうするしかないんだ…と、望美に銃口を向けます。どういう事ですか?との望美の問いに あの書状には戦の勝敗が決した後、白龍の神子を亡き者にしろ…と書いてあったという景時。 さらに鎌倉の自宅は常に見張られ、母親が人質にされている。 裏切り者の自分が家族を守る方法なんて、他になかった。わかってくれとはいわないけれど…といい、涙ながらに望美を撃ち、胸から血を流し倒れる望美。 それを見て満足した政子は、他の皆は鎌倉殿への反逆の疑いで鎌倉へ送ると告げ、 景時は政子に、望美は大切な人だったから、せめて、オレの手で弔わせて下さいと頼み、了承をえます。 終章 一人壇ノ浦の側のお寺に来ていた景時は間違ってないはずだよね…?と一人つぶやきます。 そして息を吹き返す望美。実は景時は気絶させるだけの魔弾を撃ち、血は幻術で、政子の目をごまかそうとしたのでした。 そして息を吹き返した望美に、還内府と他の皆が捕まった事を話し、自分の母親も含め、皆を助けるために力を貸して欲しいと望美に頼みます。 そして鎌倉で朔と合流した二人。朔から皆は江ノ島に捕まってると聞き、助けに行こうとしますが、景時は、頼朝に呼び出されていて、 白龍の逆鱗をもってこいと言われてるといい、景時を信じている望美は逆鱗を渡し、望美達は江ノ島へ、景時は頼朝の下へ二手に分かれることに。 江ノ島で九郎と弁慶以外の面子を救出。弁慶達がドコにいるかわからないため、先に景時の母親を助けることにする一行。 一方、頼朝の前では九郎の謀反についての詮議が行われていて、他の御家人は頼朝の言いなり。九郎をかばうのは景時只一人。 そんな景時を気に入らない頼朝は、母親の命を盾に景時を脅しますが、望美が助けてくれると信じ、頼朝に屈しない景時。 一方望美達は、梶原邸の周りの見張りを倒しますが、中にも兵がいて、頼朝にばれる!!と思った直後、 中で捕らえられていた九郎や、還内府として捕らえられていた将臣達の加勢もあり、無事全員捕縛。 そこで景時の母親からダキニテンの話を聞き、きっとこの騒ぎもばれているだろうと言われ、皆は景時の安否を気遣いますが、 望美は、景時の頼朝は任せろとの言葉を信じて皆で鎌倉を出よう!と言います。 一方頼朝は景時の屋敷での騒ぎを察知。が、ダキニテンに皆食われるだけだ。今態度を改めれば家族だけは助けてやる。と景時を脅します。 鎌倉からの出口に差し掛かった望美達の前に政子が立ちはだかる。以前命乞いした景時だから、今回もまた同じことしてるでしょうね。 という政子に、今は違うよ!と否定する望美。 一方政子の力を盾に景時をさらに脅す頼朝。景時は白龍の逆鱗を頼朝に見せ、黒龍の逆鱗も自分の手にあると嘘をつき、 自分は逆鱗の力は操れないが、二つの逆鱗を干渉させれば強大な力が生まれるはず。何が起こるか試してみましょうか?と、一世一代の大博打を打つ。 ダキニテンに変貌し、襲い掛かってきた政子を撃退した一行。 望美は前の時空で一人全部抱え込んだ景時の姿を思い出し、あきらめないで!と願う。 頼朝は、そんな事をしたら、お前も巻き添えを食うぞ。と言いますが、景時は他の皆はもう鎌倉の出口付近にいるのだから、 自分がどうなろうと、仲間は助かる。と言い放ちます。そんな景時を見て頼朝は折れ、九郎達や、景時の母皆を逃がし景時の望むようにさせます。 そしてまったり京で二人で過ごすのでした。 396 遙か3 梶原景時 2006/09/20(水) 19 52 01 ID ??? [692回発言] あぁ追記。京EDです。 バッドEDで、八章での景時の逃げよう!の言葉に肯定すると、 二人で延々逃亡するEDがあります。 397 遙か3 有川譲 2006/09/21(木) 00 33 10 ID ??? [692回発言] 二章春の京 望美を励ます為に料理を作ったり(ドリア、天ぷら、オムレツ)意外と器用な譲。 だが、京にきてから夢見が悪い様子。 望美の気分転換にと、京の梶原邸に望美の好きな花を植えている譲とあい、その様子を見た白龍は、星の一族は庭を整えるの好き?と譲に話しかけます。 星の一族とか何もわからない二人は、景時に聞き、今も京に住んでることを知ります。 そして、八葉の宝玉は、普段は白い一つの石で、しかも譲がもってた事を白龍が話します。 それは譲の祖母の形見の石でした。なぜ譲の祖母がそんな石を… 不思議に思った望美は、星の一族の居場所を突き止めそこへ行くことにします。 そこでは、宝玉を持つ当主が三年前に行方知れずになってから、星の一族としての力を持つものがいないので、神子の力になれない。 と謝られます。そして、その当主の名前は菫姫。譲の祖母の名前もスミレ。白龍も、譲は星の一族の血を引いているといい、 ひょっとしたら、その菫姫は、神子を探すために時空を超え有川兄弟の祖母になったのではないだろうか。 そして宝玉を託された譲が、星の一族として、神子を助けてくれ。と星の一族の人に頼まれます。 三章三草山 ずっと夢見が悪くて寝れず、調子の悪い譲。 それでも偵察に来てくれて、暗い中で矢を当てた彼に驚くと、京に飛ばされてから、那須与一に弓を習っていることを聞く。 那須与一といえば、屋島での扇落としが有名なのだが、屋島の戦いで…と口にしたとたん、様子がおかしくなる譲。 どうも夢見が悪いことと関係があるようだけど、その夢が何なのか教えてもらえず、気になる望美。 四章熊野 将臣と譲と三人で子供の頃の話をしたり、星の一族は星で占いをしてたという話をしたり。 五章福原 平家が逃げた後、平家の暗躍をとめるため、鎌倉に行くことにする一行。 だが、望美は譲の元気がないことに気がつき、彼を探す。見つけた彼は、師である那須与一が重傷を負ったことに心を痛めていた。 そして唐突にパンドラの箱の話をする。もう一つのバージョンで、箱の底に残っていたのは、希望ではなく、未来視で、 その力は、この世のあらゆる災いより恐ろしいものだった。そんな話をする譲。 自分の努力で未来を変えられるならまだしも、どんな努力をしても恐ろしい未来が変わらなかったら、人は絶望するしかない。 そしてついに自身の悪夢を話してくれます。 この世界に来てから繰り返し繰り返し自分が死ぬ夢を見る。星の一族には未来を見る力があるという。 この夢はいつか本当になるかもしれない。死ぬことが恐ろしいのではなく、望美を一人この世界に残して死にたくない。 戦場では簡単に人は死ぬ。でも自分は死にたくなんてない! だったら死なないって約束して?という望美に、最後まであきらめないことを約束する譲。 398 遙か3 有川譲 2006/09/21(木) 00 33 41 ID ??? [692回発言] 六章鎌倉 那須与一さんは命をとりとめたらしい。 鎌倉の怪異を探ってる合間に、譲の元気がないために、すこしは安心してもらおうと、お守りをもらってこようとする望美。 望美が一人で出かけるところに遭遇したヒノエが心配して付き合ってくれることに。 ずいぶん遅くに帰宅した望美に詰め寄る譲。望美に自分の事をどう思ってるかを聞き、望美が大切な人だよ?と答えるやいなや、 望美を壁に追いつめ、 「俺のことが大切だというなら、なぜ他の奴に微笑みかけるんですか。俺がこれまでどんな想いで貴方を見ていたと思うんですか。 ほんの子供の頃から貴方のことが好きだった。ずっとあなたの姿を目で追っていた。」 と、ついに今までの想い爆発。 「ずっと隠しておくつもりだった、この関係を壊したくなかった。けど、いつまで生きていられるかわからない。 この世界に来たことも、死ぬことも恐ろしくはないけども、貴方が他の誰かのものになるのが怖い。俺がいなくなったら、貴方は誰に微笑みかけるのでしょうね」 と自嘲気味に笑う譲に望美は、あきらめないって約束したでしょ?と一喝。 そして譲は、死んだりしない。すみませんおかしなことを言って、忘れてくださいと、望美に謝罪。 平惟盛の暗躍をとめた一行。次なる戦へ 七章屋島 鎌倉での一件いらい、望美を避ける譲。そんな譲に食い下がり、お守りを渡す望美。そして屋島の戦いを迎える 船で逃げた平家を追って、海岸までいく一行。知盛が望美を狙って放った矢から庇う譲。 矢は望美があげたお守りにつきささり、譲は無事だった。ひょっとして、譲の悪夢とはこの夢かも?助かったんだね!と喜ぶ二人。 平家を皆で追い詰めるが、清盛が現れる。そして余興にと、扇を掲げた小船を出し、之を射よと挑戦をする(那須与一が射る有名なアレですね) 那須与一は怪我をしているため、弟子の譲がすることに。見事譲は扇を射落とすが、清盛は側で見ていた望美を狙い、黒龍の逆鱗の力を放つ。 それを庇った譲。覚悟はしていたが、貴方の側を離れたくないのに…といい還らぬ人となってしまう。 譲の亡骸を抱えて呆然とする望美。譲を怨霊にするわけにはいかないと、強引に弁慶に亡骸を埋葬される。 望美を心配した朔に、譲はこの事を夢に見ていたんだよ。と話す望美。朔は、譲のことは定められていたのね…とつぶやくが、 一週目の京の事を思い出した望美は、この運命に変えたのは私だ。運命を上書きして歴史を変えて…私が譲君を殺してしまったんだ。 と嘆く。だが、黒龍の逆鱗の力のせいで、白龍の逆鱗は砕けてしまった。もう時空を飛ぶことはできない。もう運命を変える事はできない… 399 遙か3 有川譲 2006/09/21(木) 00 35 19 ID ??? [692回発言] 八章 京の梶原邸にいると、どこでも譲の事を思い出してしまう望美。 やってきたヒノエと敦盛は、景時を呼び出し、白龍の逆鱗を戻す方法があるという情報が入ったが、いまさらになって現れた情報だから、 どう考えてもおかしいよな。と話す。これは望美の耳には入れないほうが…と言っていたら、望美はそれを聞きつけ、少しでも望みがあるなら行く! と、うさんくさいが皆でその場所へ出かける事に。 だがやはりこれは平家の罠だった。待ち構えていた知盛に戦いを挑まれる一行。撃退するが、元に戻すなんて嘘だったことに落胆する望美。 そんな望美をみて白龍が自身の逆鱗を渡そうとしますが、逆鱗をはずすと白龍は死んでしまう。 誰かに犠牲になってほしいんじゃない。私が願うのはもう一度…本物の譲君に会いたい…っ。 望美の流した涙で逆鱗が復活。でも以前持っていたものかどうかわからない。でも一度でいい、時空を超えさせて!と時空跳躍をし、 六章の鎌倉まで戻る。 再び六章鎌倉。 鎌倉の景時の屋敷に来たことに気が付いた望美。台所へ駆けつけ譲の姿を確認すると、いきなり抱きつき泣く。 びっくりする譲に好きだよ。と告白する望美。さらにびっくりし、戸惑う譲。けど、子供の頃から望んでいたことだから、幸せです。といい笑顔になる。 その後、将臣と譲に先の屋島で起こったこと、扇の的あては白龍の神子である自分を殺すための罠だということを打ち明け、 譲に庇わないで、と告げる望美。何が起こるか知っていれば大丈夫だから、私を信じて!と譲を説得。将臣も信じ、次の日に屋敷を出て行った。 平家の陣に戻った将臣は、清盛から余興の話を聞き、望美の話の確信を得る。 終章 屋島での戦の前に、どうしても不安がきえない望美。譲は、望美を庇わない約束は守るけれども、自分なりに貴方を守る。と言います。 一方先の時空とはちがい、屋島についてきた将臣。怨霊に頼りすぎて正気を失いかけている清盛と言い争いをしてしまう。 そして運命の場所。どうしても不安が消えない望美。そんな望美を励ます譲。 そして再び扇の的当て。将臣にも助けられ、今度は清盛のもつ黒龍の逆鱗を射抜く。 裏切った将臣に激しく怒る清盛。将臣は大切な三つの物を守るために清盛を倒してでもとめる!と清盛に剣を向けます。 それをみてなお怒り一行に襲い掛かる清盛。清盛を浄化したことで白龍は元の姿に戻り、元の世界に帰れることに。 将臣は平家の為にここに残ると言い出し、両親と望美の事を頼むと譲に言います。 皆との別れを惜しみつつ、二人は元の世界へ。
https://w.atwiki.jp/trainmelody/pages/97.html
京阪電気鉄道は大阪市に本社を置き、大阪府、京都府、滋賀県を中心に事業を手がける鉄道会社である。 運行路線のうち、京阪線(京阪本線・鴨東線・中之島線・交野線・宇治線の総称)では向谷実氏の手がける発車メロディが採用されている。これらのメロディの特徴は、各駅のメロディを繋げると一つの楽曲になる点である。上り(京都方面)と下り(大阪方面)それぞれに、特急用、快速特急洛楽用、その他の列車用が存在する。発車メロディ採用駅は、出町柳駅、三条駅、龍谷大前深草駅、丹波橋駅、中書島駅、淀駅、石清水八幡宮駅、樟葉駅、枚方市駅、香里園駅、萱島駅、守口市駅、京橋駅、天満橋駅、淀屋橋駅、中之島駅、私市駅、宇治駅。基本的に、終端駅および複数番線の存在する駅にのみ発車メロディが採用されている。 方向 列車種別 曲名 上り 特急 MIYABI 上り 快速特急 KIRAYAKA 上り その他 KIRAMEKI 下り 特急 GENKI 下り 快速特急 HANAYAKA 下り その他 AKOGARE
https://w.atwiki.jp/purkinje/
香川県三木町の北境界を定める、西山頂と東山頂の2つのピークがある山。麓の赤獅子の貯水タンクが目立つ。三木町民は小野ヶ原山(小野が原山、おのがはらやま)と認識しているが、なにかの手違いで立石山と地図に登録されてしまったらしい。三木町立平井小学校の校歌にあるように、この山の名前は小野ヶ原山である。 登山時期は冬、12月落葉から5月連休までが良いだろう。夏は草木が生い茂って、道を見失いやすい。 いくつか頂上までのルートがあるので西から東の順で紹介する。 風呂谷(ふろんたに)ルート 難易度★★★★☆ 高速道路高松道の高松東ICを降りて、国道11号線の「香川大学医学部北」信号から北に行く。つきあたりを東に県道147号線(つきあたりを西に行くと、うどん屋「あづま」がある)の五分一池に面している北側に、黒い鉄柵が目印の北東に分岐する狭い道路がある。道路のはじめには「三木町」と市町界を表す標識がある。風呂谷集落に向かう生活道路である。途中、風呂谷中池があり棚田があり、街の喧騒から離れた、のどかな日本の原風景が広がっている。舗装道路の終端に風呂谷橋がある。風呂谷橋の北側が広くなっており、車を方向転換できるスペースが十分ある。風呂谷橋の北から先はY字の分岐になっている。 Y字の北西側の道は、風呂谷上池を経由して屋島ゴルフ場の南端に行く、四国電力の鉄塔の保線路になる。この保線路は小野ヶ原山の頂上には向かわず、小野ヶ原山を西回りに迂回する。また、途中で西に馬床谷経由で前田山に繋がる分岐があったと思う。 Y字の北東側の道は、しばらく行ったあと竹林で一見行き止まりになっているように見える。しかし、竹林の「銃猟禁止区域」の茶色の標識あたりを探すと、実は奥に道が続いている。小野ヶ原山を北に廻る、風呂谷立石道である。文字通り、風呂谷集落と立石集落をつなぐ古道。風呂谷立石道の途中のピークに、十字路がある。北は北立石山山頂、西は風呂谷、東は立石、南は小野ヶ原山西山頂。小さな標識が立っているが見逃しやすい。ここから南に裏尾根伝いに西山頂に行ける。このルートは言わば裏道。先に深谷ルートと戸敷ルートを攻略して土地勘を養ってから挑戦する方が良い。 深谷(ふかたに)ルート 難易度★★★☆☆ 小野ヶ原山の赤獅子の貯水タンクのあたりが深谷集落である。貯水タンクの真南に、県道147号線の工場群から深谷集落に入る道路がある。その道路を北に曲がって深谷集落に入る。2023年に開店した居酒屋「R」がある。「R」の西隣に鉄塔の保線路がある。「屋島61」の鉄塔までは保線路と登山道は共通。それからは保線路と登山道が分かれている。保線路は北西の風呂谷につながっているらしい。登山道の赤テープを辿って見通しの悪い森の中を登って、西山頂へ。この道が傾斜が緩やかで体力的にはお勧めだが、赤テープを見失って迷いやすいので引き返す勇気が必要。途中に祠や鳥居があるので、昔からの頂上への参拝道はこの深谷ルートだったのだろう。なお、深谷集落には明治三老農である奈良専二の生家があったり、武道(ぶどう)峠があったり、歴史のある所のようだ。 貯水タンクルート 深谷集落にある赤獅子の絵が描いてある巨大な貯水タンクあたりから道がないか探したが、まともな道は無い。結局、道無き道を探して、西にある尾根道に取りつこうとすると、その尾根道が深谷ルートだった。 戸敷(とじき)ルート 難易度★★☆☆☆ 高速道路高松道の高松東ICとさぬき三木ICの間に、国道11号線と県道147号線が交わる「戸敷」信号がある。そこから国道でも県道でもない狭い生活道路を北に向かうと、登山用の駐車場がある。駐車場にはまっすぐ北の道路はあるが車では通れない狭さなので、いったん西→北→東→北と迂回する必要がある。ただ迂回路も狭い。幸い、車通りは少ないので、「戸敷」信号から北に入ったら、車を降りて周りの道を調べるなどして、ゆっくり駐車場への道を探せば良い。駐車場は10年前は「三木ランド」という看板があったが今は無い。駐車場は広い。駐車場からY字の分岐があり、北西が民家、北東が登山口。登山口から重機で均した登山道を進むと5分で展望台がある。展望台の裏に山頂への尾根道があるが、かなり急登で落ち葉で滑りやすい。勾配はきついが、迷うことは少ない。東山頂へ行く。 小野ヶ原山登山道と中腹の観望施設 眼前に聳(そび)える「小野ヶ原山」は、平井小学校の校歌に謳われている名峰であり、登山道が整備され、中腹には観望施設・休憩施設が設置されています。 この登山道の入り口付近の東側一体は、棚田景観保全地域に登録され、休耕田にはコスモスの播種が、遊休地・道路脇には桜の植樹が進められています。春や秋になると、桃源郷(とうげんきょう)を彷彿(ほうふつ)させる、絶景が見られます。 山麓一帯には、弥生時代の古墳群をはじめ、山の呼称の由来となる小野左大弁・小野小町の墓所、屋島合戦に因んだ伝承地、由緒ある神社・無念道などが集積しており、名所旧跡の宝庫となっています。 登山道入り口(標高79m)から観望施設(標高128m)までは、坂道で約300m・徒歩で約15分の距離があります。 観望施設からは、三木町東南部・阿讃山脈が一望できます。 NPO法人三木町北部地区の生活環境を良くする会 香川県棚田地域等保全活動支援事業(県費補助事業) 「小野ヶ原山」と棚田・古墳群 小野ヶ原山は、平井小学校の校歌に謳われている名峰(標高272.5メートル、別称は立石山)で、この付近に小野左大弁(平安時代後期に京都から讃岐に配流)が蟄居(ちっきょ)していたことから名付けられたと言われています。 山頂には龍紋の刻まれた注連石(しめいし)と龍神の祠があります。山頂から中央付近を南下すれば、展望の開けた「採石場跡」や岸壁に掘られた「磨崖仏=採色された不動明王像」に出会い、これらは中央部から山頂に向かう道標(みちしるべ)になっています。 県道百四十七号線(太田上町志度線)の北側のエリアは、棚田景観保全地域に登録され、休耕田にはコスモスの播種が、遊休地・道路脇には桜の植樹が進められています。春や秋になると、「桃源郷」を彷彿(ほうふつ)させる、絶景が見られます。 小野ヶ原山の山麓には、弥生時代の古墳群をはじめ、小野左大弁や小野小町の墓所、屋島合戦に因んだ伝承地、由緒ある神社・無念道などが集積しており、名所旧跡の宝庫となっています。 NPO法人三木町北部地区の生活環境を良くする会 香川県棚田地域等保全活動支援事業(県費補助事業) 柿谷(かきたに)ルート 難易度★★★☆☆ さぬき三木ICから北にある県道38号線の西側に、新しくコンクリートで舗装された小さな登山駐車場がある。交通量が多く坂道で曲がり道で周りの車がスピードを出しているため、ゆっくり車を走らせて駐車場を探すには難しい。駐車場から展望台に行く道はあるのだが、分岐が多く迷いやすい。見晴らしが悪いので展望台を見つけて近づくことは不可能で、今自分の歩いている道が展望台に向かっていることを祈るしか無い。実際やってみたが、尾根道の赤テープを辿っていくと展望台を見ることなく東山頂まで登ってしまった。運良く展望台までたどり着けば、展望台からは戸敷ルートと同一。 小野ヶ原山登山道と中腹の観望施設 眼前に聳(そび)える「小野ヶ原山」は、平井小学校の校歌に謳われている名峰であり、登山道が整備され、中腹には観望施設・休憩施設が設置されています。 この登山道の入り口付近の東側一体は、棚田景観保全地域に登録され、休耕田にはコスモスの播種が、遊休地・道路脇には桜の植樹が進められています。春や秋になると、桃源郷(とうげんきょう)を彷彿(ほうふつ)させる、絶景が見られます。 山麓一帯には、弥生時代の古墳群をはじめ、山の呼称の由来となる小野左大弁・小野小町の墓所、屋島合戦に因んだ伝承地、由緒ある神社・無念道などが集積しており、名所旧跡の宝庫となっています。 登山道入り口(標高85m)から観望施設(標高128m)までは、ゆるい坂道で約350m・徒歩で約20分の距離があります。尾根に達すると、坂を30m下れば到着します。観望施設からは、三木町東南部・阿讃山脈が一望できます。 NPO法人三木町北部地区の生活環境を良くする会 香川県棚田地域等保全活動支援事業(県費補助事業) 新立石(たていし)トンネル南ルート 難易度★★★★☆ 新立石トンネルの南口の西側に熊野神社とスクールバス転回用駐車場がある。トンネルの南口の東側の飼料タンクを目印に、トンネルの上を東から西に乗り越える道がある。風呂谷立石道の東端となる。なお、風呂谷立石道の北側に、屋島ゴルフ場の南端を通る道はあるが、荒れていて藪漕ぎになるのでお勧めできない。 小野ヶ原山は、平井小学校の校歌の1番が「あけそむる 小野が原山」から始まる。また、平井小学校の集団下校の歌の歌詞の最初が「小野ケ原山~♪(おー!おー!)」だった気がする。 ちなみに、三木町北東部広域を井上と言うが、発音は「いのえ」。