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ハルヒ「それ、誰?」 キョン「ああ、こいつは俺の……」 佐々木「嫁」 ハルヒ「は?」 佐々木「といっても中学時代の、それも三年のときだけどね」 佐々木、顔を赤らめながらキョンの股間を見て 「そのせいかな、薄情なことに一年間も音沙汰なしだった。これはお互い様だが///」 ハルヒ「・・・」 佐々木、恥ずかしそうに下を向きながら 「でもね、一年ぶりの再開(⇔再会)だったとしても、ほとんど挨拶抜きで(会話を)始められる知り合いというのは、 充分夫婦に値すると思うんだよ。僕にとってはキョン、キミがそうなのさ///」 ハルヒ「・・・」 性的な意味で捉えるとこう続くな
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佐々木の部屋に入ってみるときちんと整理整頓されている。因みに佐々木は黄色のパジャマ姿だ。 しかも、胸のボタンからの隙間からブラをしていないのが解る。おい、偶然見えたんだよ! 決して覗いたわけじゃないからな!いったい誰に言っているのだろうね。 それにしても夜九時頃に男子を入れても良いのだろうか?多分俺は無害だと思われているのだな。 しばらく世間話をしていたら佐々木はポテッと寝てしまったのだ。初めて見るあいつの寝顔 春とはいえ、まだ寒い。そのままだと風邪をひいてしまうと思い布団をかけてやろうとした時 ズボンから、なんと白いパンツがはみ出していたのだった!思わず“ゴクリ“と喉を鳴らしてしまった。 そして今度は寝返りして上着が捲り上がり胸が丸見えになっている。ピンク色したさくらんぼが二つ… こ、こ、これは孔明の罠か?俺は何も見ていない。見ていないぞ。そうさ、何も無かったさ 布団を再びかけて佐々木のお袋さんに挨拶をして帰った。 次の日クラスメイトから色々聞かれたが全て無視をした。佐々木の…あの姿を見てしまって言えるわけないだろ? 国木田だけには、一応白と言ってやった。
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768 この名無しがすごい! sage 2011/02/04(金) 18 28 00 ID 7huxD9kU 今の時間になって聞くのも何ですが、こないだまでの異常に寒かった時期より、ここ数日の暖かい日の方が結露が多いのは何故でしょう佐々木さん 776 この名無しがすごい! sage 2011/02/05(土) 02 38 12 ID 1Qak130w 768 幾分天候については詳しくないので予測になるけれど、暖かいということは温度差が激しいとも言えるのではないかな? 加えて、気温が高い方が空気中の水蒸気量は増える。飽和水蒸気量という言葉は知っているね? 中学で習っただろう?無論、知らなくてま構わないが……くっくっ、何、今は簡単に調べられるからね。 インターネットとは実に便利なものだよ。これもまた興味深くてね、知識の集積という点で……すまない、脱線してしまったね。 話を戻そう。 気温差が激しいこと、空気中の水蒸気量が増えること、この二点から最近の暖かい気候の方が結露が出来易いのかもしれないね。 あぁ、気温差が激しい点については確証はないんだが、多分そんな所じゃないかな? 僕としてはキョンの部屋の結露量に興味があるね。 いやなに、決して不純な意味ではないよ。 ただ、結露は思いの外家屋にダメージを与えるからね。 加えてキョンのことだ。結露を拭かずに放置している可能性は高いんじゃないかな? 結露が原因で家屋崩落だなんて冗談にもならないだろう? ましてキョンが怪我をしようものn(ry 777 この名無しがすごい! sage 2011/02/05(土) 02 52 50 ID 1Qak130w なんだか申し訳ない気分になってきたので佐々木さんに土下座してくる 778 この名無しがすごい! sage 2011/02/05(土) 07 24 15 ID fSfFTeKL 777 いやいやありがとう代々木さん(仮) 確かにあのころは朝の室温が1゚c、昼過ぎ3゚cとかで、全然気温差が無かったです 最近は一日の気温差が10゚cを超えますからね~
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関連ブログ @wikiのwikiモードでは #bf(興味のある単語) と入力することで、あるキーワードに関連するブログ一覧を表示することができます 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_161_ja.html たとえば、#bf(ゲーム)と入力すると以下のように表示されます。 #bf
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ある時佐々木が言った。「病院に行って健康診断を受けるから、君もついて来てくれ」 「それは良いが、平日に学校を休んでか?」 「授業より健康が大切だよ。君は最近、授業中居眠りが多いらしいし、一度調べてもらった方が良いよ。くつくつ」 こうして、俺達は市内の中規模病院に行った。 「大規模病院は最近、紹介状が必要になったからねー」 結論を言うと、俺も佐々木も「悪性貧血」という珍しい病気だった。 今後も半年に一回、注射を受けなければならない。 でも早く見つかって良かった。 「ありがとう、佐々木。恩に着るよ」 「パートナーの健康を気遣うのは当然のことだよ」 「ありがとう、親友。ってどうした?佐々木」 顔色が急に悪くなったぞ 「何でも無い。最近は学校で予防接種してくれないので、個人が受ける必要があるんだよ。 今度は、予防接種を受けよう」 しばらく、俺と佐々木は病院通いが続いた。 佐々木さん語る。 「悪性貧血は、ビタミンB12欠乏による貧血の一種だよ。 ビタミンB12は肉や納豆に多く含まれる、コバルトの入ったビタミンで、胃から分泌される内因子という物質と結合し、腸で吸収される。 だから、ビタミンB12が不足する原因には、菜食主義、胃での内因子を分泌される細胞がやられる悪性貧血、胃の手術、腸の病気などがある。 ちなみに、特に肉を多く食べなくてもビタミンB12は不足しないよ。少量で充分だよ。 そして、ビタミンB12が無くなると貧血が起こるんだけど、末期には神経がやられ、精神異常になるという。怖いよね。 ドイツの総統閣下は菜食主義だったから、ビタミンB12が不足していたのかな? 治療は、僕達みたいに、ビタミンB12の注射をする。昔は治療法が無くて悪性だったけどね。 ビタミンB12は数年分体内にストックできるので、半年に一回の注射で充分なのだよ。」 「ちなみに、最も多い貧血は鉄欠乏性貧血で、潜在例も含めれば、日本女性の1/3は鉄不足なのだよ。くつくつ 外国では、パンや米に鉄を入れて成功しているから、日本でもやれば良いと思うよ。 ビタミンB1は既に入っていて、脚気がほとんど無くなっているよね」 その後 「最近、学校を休んで病院に行っているのはどういう了見?」 団長様は機嫌が悪いみたいですな。 「佐々木に勧められて健康診断をな。おかげで、最近体調が良い。 何度も言ったよな?」 「佐々木さんと同じ病気なのは本当なの?」 「そうだが」 益々、ハルヒに(怒)のオーラが。 「つまり、佐々木さんと一緒に直さないといけない病気で、クラとかリンとかウメとかの名前が付いた病気というわけね?」 「日本語でOK」 ハルヒは泣きながら俺をひっぱたいた。 「この女たらしの性病持ち」パシーン (終わり)
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337 : この名無しがすごい! :2009/05/31(日) 23 04 29 ID 7qlg/BMR 佐々木「キョン。登山中にバンダナを巻いた人とすれ違ったら、目を合わせずに挨拶するんだよ。彼らはかなりの不良(ワル)だからね」 キョン「お前の不良のカテゴリって…」 350 : この名無しがすごい! :2009/06/01(月) 21 08 39 ID qePCb6N2 337 佐々木「実は僕も昔はかなりの不良(ワル)だったからね…学校にお菓子を持ってきたりしてたし」 キョン「お前可愛いな」 佐々木「えっ!?」 キョン「えっ!?」 351 : この名無しがすごい! :2009/06/01(月) 22 29 13 ID uYa/6K80 佐々木「僕も昔は悪(ワル)だったんだ」 佐々木「道路交通法を無視して2人乗りした事もあるよ」
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価値観 キョン、かつて僕はキミに恋愛感情は精神病の一種だと言ったね。 でもあの時の僕の解釈は間違っていたようだ。いや、間違いというよりは変容だろう。正にコペルニクス的転回だよ。くっくっ。 恋愛感情がいかに人類にとって粗悪な遮蔽物だとしても、仮に一度でも、少しでもそれを抱いてしまえば最後。どんな理屈も理論も理性も関係ない。ただ本能のままに、強く深くそれを求めてしまう。正に精神病としか言いようが無いよ。 くっくっ。でもかつての僕は言葉通りの意味で恋愛感情を否定していた。勿論誰に対してもそんなものを求めることもなかった。キミと出会い、共に日々を過ごすまではね。 キョン、キミが変えたんだ。僕の恋愛における価値観をね。
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「なあ親友、そろそろ俺の背中から離れてくれんか」 「くく、お構いなく」 大学生活の拠点、ルームシェアにおける「居間」相当の部屋、 俺の背中にぺたりとはりつき、右肩に顎を預けるようにして佐々木は喉奥で笑っている。 俺と佐々木は親友であり、性差と言うものは無い。だからこそ出来るというお気に入りのポーズらしいのだが 「ん、だからな」 「何かなキョン?」 ここ最近は更に問題行動が増えやがってな。 「佐々木、く、だから、お、俺の耳をくわえるんじゃない!」 「くくく、お構いなく」 「構うわ!」 すると背中に張り付いたまま、佐々木は「解ってないなあキョンは」とでも言いたげな声で電波話を切り出した。 いつもの言葉の弾幕に備え俺はじんわりと身構えたのだが 「僕はね、キミの耳というものをとても好ましく思っているんだ」 さすが佐々木、余裕で俺のガードの上を行きやがった。 「妙な趣味を打ち明けるな。リアクションに困る」 「そうでもないよキョン、キミのこの器官は僕とのコミュニケーションにおいて非常に有益な役割を果たしている」 背中に張りつき、佐々木は俺の耳にやんわりと舌を這わせてくる。 コラ中耳炎になったらどうしてくれる。 「無論、責任を取ろう」 通院費でも払ってくれるのか。 「くふふ、生涯収入の半分ならどうかな?」 「そんな重症まで想定しとらんぞ」 「くく、話を戻そう。僕の声をいの一番に受け取ってくれるのはこの器官だろう? 特に僕は長広舌を振るうことも珍しくはないからね、ここ最近では最も占有し疲労させているとも言えるだろう。 だからこそ、僕の発声器官でキミの受信器官を癒したい、と、こういう訳さ」 「無理やりな理屈もここに極まってきてないか?」 あと手を俺のシャツの中に入れるな。 「くく、ならば振りほどいてくれないか? 今の僕にはこの甘美な行為を留めるだけの余力はないんだ。 僕が常に理性的にありたいと考えているからのだが、この行為は理性を消耗させてしまうからね。 何故なら常に、あー、そうだ、視床下部からの反応に耐える必要があり、故に対立する理性が消耗するのだよ。 なんといっても視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を動員して責めるのだ、この誘惑はまさに甘美なる拷問と言っていい。 全く何故こんな行為に手を染めてしまったのだろうね? しかしいまさら発端を見直す事になど意味はないとも考えているんだ。 それを考え始めれば、そも『キミと出会わなければ良かった』という点まで遡る必要があるように思えるからね。 生憎、僕は何度やり直してもキミと出会いたいし、失いたくないし、分かち合う事すら断じて御免なんだが 実際そのように事が運ぶかなんて保証の限りではない。 そんなランダムで失ってしまいたくないんだ。 これはそうX染色体を2個持つ人体の不思議と言うか あーそうだ、ともかく理性への拷問と言っても差し支えない行為である事だけはキミにも理解して欲しい。 もし理解してくれないなら、身体で解らせるしかないとはさて誰の言葉だっただろうかね? この悪甘い楽しみ、いやおっと拷問だったか、から抜け出す事を考えるよりも、適応する事を考えようと思う。 人間は環境適応能力に優れた生き物だからね、人類の一員として僕は精一杯適応しようと考えている。 これは僕の理性へのちょっとした拷問であり、キミは素敵な刑吏であると言わざるを得ないな。 キョン、キミは理性の権化でありたいこの僕をどれだけ苦しめれば気が済むのかね?」 おい俺が悪役か? 「耳元で長々と妙な理屈を囁くな佐々木」 「くく、僕としては実にまっとうな理屈のつもりだが? それともまさか」 佐々木は俺の耳を軽く唇で甘噛みしつつ、吐息を漏らし、或いは軽く音を立て舌を這わせてくる。 その最中も俺の背から身を乗り出し、戻し、二人の体ごとゆらゆらと揺らして楽しんでいる。なんだ揺り椅子か俺は。 「まさかキョン、キミの理性こそ本能に屈しそうだ何て言わないだろうね? いけない人だなあ。キミが屈してしまっては、僕の理性まで諸共に巻き添えになってしまうじゃないか」 やめろ、変な声が漏れそうだ。 「くっくっく、それもまた僕の胸を満たしてくれる。ぜひお願いしたいね」 「男の変な声なんか聞いて嬉しいのか」 「違うね。キミのだから良いのさ」 僕の唯一の親友だからね、と続けて囁く。 中学時代、いや高校時代とも少し違った甘めな囁き。そういえば佐々木と囁きって何か似てるな。 おそらくこれが違和感を作ってるんだな多分。 「まあ声を受信し処理するのは究極的には脳だ。しかし流石にキミの脳を労わってあげる事は出来ないしね」 「少なくとも今の状態から解放されれば俺の脳は非常に休まるぞ佐々木」 「いやいや、脳を究極的に休める手段といえば睡眠ではないかな?」 こんな有様でも眠れるのはきっと長門くらいだ。 そう言ってやると、空気が変わった。 「ほう……いや、深読みするのはよそう。キミがそういう鈍重な感性である事は誰よりも理解しているつもりだ。 だが中学時代からそうやってキミを甘やかしてきたのも僕である事は否定できない。 しかるに僕はキミに対し責任を取るべき立場でもある訳だ」 「なんだその三段論法」 「そしてキミは、そうやって僕の心に負担をかけた責任を取るべき立場でもある」 四段論法って何で言わないんだろうな? 「別に三段に限定されている訳ではないよ」 左様か。 「まあキミの発声器官が僕を癒してくれているのも事実だが」 こら佐々木、だから俺の耳をな。 「そうだよキョン、もっと僕の名前を呼んでくれ」 俺を抱きしめる両腕に、ほんの少しだけ力が増した気がした。 「キョン、僕はキミの名前を呼ぼう。だから僕の名前を呼んでくれ」 「そんなんで良いならいくらでも呼んでやる。だからな、佐々木」 「そうだよ、もっと呼んで」 俺の背中に張り付いたまま佐々木は言う。 ほんの少しだけ震えた声で。 「ねぇ、キョン」 「キミの名を呼んだら、キミが僕の名前を呼んでくれる」 耳たぶを軽く甘噛みしてくる。 「手を伸ばせば、触れられるところにキミがいる」 ぎゅっという擬音を感じるほど、俺と佐々木が密着する。 「ただキミが傍にいてくれる。それだけで、それだけでいいんだ」 そっと囁き、しばらく黙っていたかと思うと、ゆっくり、くつくつと喉奥を震わせはじめた。 「ふ、くく、キョン、僕は実に単純な感性を持っているのだと痛感するよ。 それだけでどこまでも僕の心は満たされてくれる。自分はとても強い人間だと錯覚できてしまう」 ぽたぽたと右肩辺りに温かいしずくを感じる。 「キミが居なくても平気だと自分を信じられるくらいに、ね。 そうとも、キミと一緒なら僕は最強なのさ。だからキミが居なくても平気だと思えて、けれど実際にキミが居ないと……」 言葉は尻すぼみに消えて、嗚咽に変わってゆく。 やめろ。それはお前に似合わんぞ。 「佐々木」 「言わないでくれ」 首を回そうとした俺を留める。 「解るよ。けどキミの指摘を僕は望まない。その僕の望みをキミは良く知っていてくれるだろう?」 話を続けさせてくれないか、と言い足す。 「あー、そうだね。僕はただそれだけで充分だったんだ。けれどそんなの甘えだって思い決めた頃があった」 「恋愛感情は理性的判断を狂わすノイズ、精神病だ。 けれど中学時代に高校時代も、僕の理性は恋愛感情に決して負けなかったぞ。 例えキミを涼宮さんに取られると思ったって、それでも僕の理性も、気持ちも、ノイズに負けなかった」 「僕は、後悔なんてしなかった」 「そうさ。別に僕は後悔なんてしなかったさ。『僕』はね。『僕は後悔なんてしなかった』」 俺の肩に、佐々木が作った温かい染みが広がってゆく。 「だって僕が自分で決めた事だったんだ」 俺は振り返らない。それを絶対「佐々木」は望まない。 「自分で決めた事だから、だから、どんな甘い言葉にも望みにも絶対に乗ったりしないって決めてた」 代わりに手を握る。それくらいなら頑固なこいつも拒まないだろう。 握った手はやっぱり小さくて、言葉と裏腹すぎるとさえ思える。 「だから二度と手に入らなくても構わないとさえ思った」 だから二度と離してやりたくないとさえ思える。 「けどね、キミは、僕を親友って呼んでくれた」 『僕は特別なんだって言ってくれた』 「キミは同窓会で会おうって言ってくれた。キミは同窓会まで僕に考える時間をくれた」 しずくが止まり、佐々木はふうっと長く息を吐いた。 「だから、僕はここに居るんだ」 『とっくの昔に諦めていた僕に、キミは考える時間をくれたから』 ……へっ、まったく俺の親友は困った奴だぜ。 「そんなご大層な事を言ったつもりはねえよ、佐々木」 強いのはお前自身だ。俺なんかより万倍できた人間だからな。 「そうかい。なら僕が勝手に電波を受信したものだと思っていてくれたまえ」 「電波状況が悪いならアンテナでも増設しろ」 「くく、キミがそれを言うかな?」 なんのことやら。 「ならキミのアンテナを磨いてあげよう」 佐々木の手が再びシャツの中へと伸びてきて、俺の左胸をそうっと撫でた。 こらやめろ佐々木、つうかアンテナってそこなのか佐々木。 「くく、循環する血液を電波に例えてみたまえ、ならばそれを動かす心臓は、人の心を受信するアンテナなのさ。 心が心臓を動かし、心臓は血を走らせ、血はキミの身体を突き動かすだろう? そしてキミのアクションが、止まりかけた僕の心をまた動かす。 そうやってループする、ちょっとした永久機関だね」 笑声が俺の耳を震わせる。 「声を受信するのは耳、心を受信するのは心臓、さて」 くそ振り向かなくても解る、解ってしまう。 こいつは絶対に片頬を歪めて笑っているに違いない。いつもの佐々木スマイルが目に浮かぶ。 「では僕のとある受信、いや次世代への発信器官でもあるね。僕に遺伝子上装備された器官の話なんだが……」 口内でたっぷりと温められた吐息が、そっと俺の耳元をなぞる。 そのまま二人、無言のまま。 やおら乗り出してきた佐々木の頬が、俺の頬をぐりぐりと押しやる。 柔らかいな、つうか熱い。いや俺も熱い。めっちゃ熱い。 俺の背中に張り付いたままで佐々木は笑う。 「何すんだ佐々木。顔面美容体操なら自分の手でやれ」 「嫌だね。せっかく目の前に最高の美容ローラーがあるのだから使わない手はないだろう?」 俺の頬にそんな効果はねえよ。マジで。 「まあアレだね」 どれだ。 「正直これが限界だ。発火しそうだよ」 「人の背中で発火すんな。俺まで燃え上がるだろうが」 「できれば燃え上がって欲しい気もするよ? けど確かにそれは僕らのキャラじゃないね」 燃え上がって炭になるより、当分は陽だまりで十分だ。 「くっくっく」 何だよ。 「それに今回、触れられる距離、キミの声、それだけで満たされると言ってしまったしね。ここは引き下がるとしよう。 ううむ会話の組み立てに失敗してしまったかもしれないな、やはり僕は演技派とは言えない」 「でもな。その判じ物、パズルみてえな会話でこそ佐々木って気もするぜ」 噛みあってるような噛み合ってないようなやり取りの方が俺ららしいさ。 そうだろ親友。 「そうかな? でも僕自身はとてもキミ相手に演技なんか出来ないと思っている」 佐々木は大きく伸び上がり、逆さまに俺の顔を覗き込む。 昔と同じ輝く瞳と、昔よりもずっと甘い微笑みで。 「くく、実に困ったことなのだが」 「キミと一緒に居る時は、僕はどうしても素直になりたくなってしまうからね」 そう言って、佐々木は自分こそが世界で一番幸せなのだ、とでも言いたげな顔で笑ってみせた。 いつも笑顔なくせに、いつもの笑顔すら霞むくらいに幸せそうな笑顔で。 「……キョン?」 と、伸びてきた佐々木の顔、両耳辺りを両手で捕まえてやる。 「あのね、今、その」 「いやな、お前の泣き顔って結構レアだなと思ってな」 見る見るうちに再び茹でタコばりに真っ赤になってゆく。ふははザマをみるがいい佐々木。 じったんばったんやろうとも、そう簡単には離してやらんぞ佐々木。 俺が手を離さなければお前も離れられまい佐々木。 すると佐々木は一旦腰を引き、両手を差し出し、思い切り前へと踏み込む。 反射的に手を離すと、そのまま両手のひらを床につけながら腰を跳ね上げ、見事くるりと回転して見せた。 すたんと見事極まりなさすぎる前転、佐々木的な転回。 思わず俺の拍手がこぼれる。 「体操漫画の主人公か何かかお前は」 呆れたような俺の声、親戚の小学生みたいに得意げな笑顔を浮かべて佐々木は返す。 「そうとも、今度の僕は主役なのさ」 「なんだ前に何かやってたのか?」 「さて何だろうね」 そらっとぼけやがる。 「そうだね、僕は解り易い敵役なんかしたくなかった。だから」 ニッと弦月の微笑を漏らす。 『待っていた。キミの非日常が終わってしまうその時まで、僕の修学が終わるその時まで、ずっと我慢していたのさ』 「だから、今度は僕が主役になれる時を待っていたのさ。それが僕なりのコペルニクス的転回なのだよ」 「物好きな地動説もあったもんだな。イマヌエル・カントも大笑いだぜ」 「くく、解ってくれて嬉しいよ」 座った俺といつもの判じ物めいた言い合いをしつつ、立ったまま佐々木は舞台挨拶でもするように腰を曲げ 俺の耳にそっと唇を添えて囁く。 「さてキョン、今度は僕がキミを巻き込んであげよう」 中学時代とも高校時代とも違う甘い囁きを吹き込み、それから俺を覗き込む。 昔とちっとも変わらない楽しげな瞳で。 「僕とキミとの物語にね」 「さ、行こうじゃないか」 「おいおいどうした」 手を引き、俺を立ち上がらせる。 レポートの束を持ちながら、佐々木はニヤニヤと笑ってみせた。 「せっかくの休みだ、小さな部屋に留まっている事は無い。レポートでも書きに図書館に行こうよ」 「おいおい休みくらい満喫させろ親友」 すると佐々木は喉奥で笑い、いたずらめいた瞳を見せる。 「くく、昔言ったろう? 僕は大学に入ったら死ぬほど楽しんでやるとね。その為に蓄積を重ねてきたのさ」 「それが楽しいのか? 俺とお前で『楽しい』のベクトルにえらい違いがあるな」 「そうだね」 片頬を歪めてニヤリと笑う。 「だから一緒に居たいのさ。違うからこそ新しい世界が見える。世界が広がる快感は、君も知っているだろう?」 「へいへい、察するにレポート書いたら次は俺が楽しませる番って訳だな」 「そういう事さ。僕がキミに、キミが僕に、ってね」 ガチャリを音を立て扉が開いていく。 「……いつか、僕はオリジナルの思考・概念を後世に残したい。それは『僕がここにいた』証であり、僕の夢だ」 ふと間口で立ち止まり、佐々木はこちらを見上げてくる。 「そして今、僕はここにいる」 ただ、まっすぐに見つめてくる。 「急流に揉まれる木の葉のような感情と一緒にね。そうさ『僕がここにいる』と実感している」 佐々木は以前、自分は理性的にありたいのだと言った。 感情、特に恋愛感情は心を乱す。自分は理性的にありたいから、そんなものに価値は見出したくないのだと。 だが理性的にありたいと熱く語るあいつの姿は、傍から見れば感情的な姿そのものだった。 そう、こいつはこれで結構感情的な奴なのだ。 どこまでも理性的にあろうとする奴だから、ならそれを俺は尊重してやりたいと思ってきた。 それが佐々木の為なのだ……そう思ってきたはずだった。 それがいつしか、俺はこいつの心を揺らしてやりたいと思うようになった。 あいつが理性なら、俺は感情だ。俺はこいつの心を、感情を、引っ張り出してやろうと思うようになった。 ま、明確に言うならあの春の事件以降だけどな。 こいつはどこまでも俺の味方でいようとしてくれた。なら俺だってこいつの味方でいようと思った。当然だろ? 例えこいつ本人が嫌がっても、お前の弱さを今度こそ知った以上、俺はお前の味方でいたい。 心の揺れる楽しさをお前に教えて、一緒にそいつを楽しみたい。 中学時代、お前はどこまでも平穏な一年を俺にくれた。 いつでも隣で笑って、平穏な世界に喜びを一つ一つ見つける楽しさを語ってくれた。 高校入学後、俺はドタバタな三年を過ごした。手を引っ張られ、手を引いて 世界に自分たちの手を突っ込んで、引っ掻き回す楽しさを知った。 二つの価値観、二つの視点、俺は「前者であれ」とハルヒを説得しようとして、結局後者にどっぷり浸りきった。 それから年を経て、もう一度穏やかな時間を過ごしたからこそ解るものがある。 それはどちらが上とかそんなもんじゃない、どっちも楽しいんだってな。 いい加減だ? 知るかよ。 価値観に上とか下とかつけたってしょうがねえんだ。心の有り様一つで受け止め方は変わっちまうんだしな。 価値観は人の数より多い、だから今度は説得じゃなくて共有したい。 俺が知った喜びを、お前にも知って欲しい。 喜びってのは、知ったら共有したくなるもんだろ? 人間ってのは人の間で生きてんだ。 俺を世界で唯一だと言ってくれたお前に、報いられる俺でいたい。 お前が「理性」で一人で勝手に結論出したって、俺は感情で「もっと楽しい事があるだろ?」って言ってやりたい。 そうさ。お前にあんなセンチメンタルな顔は似合わない事くらい知ってるんだぜ。 お前の味方でいたいんだ。そうだろ? お前だってそうしてくれた。 お前こそ、俺の味方であろうとしてくれたのだから。 だから、俺だってお前の手を取っていたいのさ。 「……当たり前だろ。お前はここにいる」 ぽんと頭を撫でてやる。 「佐々木、お前は俺と一緒にここにいる」 「うん」 佐々木は満面に笑い、まるで喜びを発散するようにくるりと回った。 だが無理だ。どう見ても発散なんかしきれないぞ。 お前はどこまでも幸せそうだ。 「さあ、キョン」 「おうよ。佐々木」 さて、そんじゃ一緒に行くとするかね。俺と佐々木の物語とやらにな。 <ルームシェア佐々木さんシリーズ 完> ルームシェア佐々木さんシリーズ 66-25 ルームシェア佐々木さんとホワイトデー 66-67 ルームシェア佐々木さんと意思疎通 66-86 ルームシェア佐々木さんとハードル 66-100 ルームシェア佐々木さんが止まらない 66-126 ルームシェア佐々木さんと春 66-332 ルームシェア佐々木さんと毛布 66-387 ルームシェア佐々木さんと桜吹雪の日 66-427 ルームシェア佐々木さんと希薄な欲望 66-545 ルームシェア佐々木さんとキミの耳(完結)。 67-509β「そこが小鍋立ての良いところなのだよβ」(番外編) 「ところでキョン」 「ん?」 居間であぐらをかき、本を読む俺の前まで寄って来て、佐々木はじんわりと笑いながらこちらを見つめる。 なんだ、何かあったか? 「……僕は負けなかったぞ。キミへの感情で、理性的判断を、進路を曲げはしなかった」 得意げに笑う。ああそうだ、まるで妹が「よく頑張ったでしょ?」とにっこり笑う時に似ている。 「そうやって遠回りしたって、涼宮さんに先行を許したって、散々くじけそうになったって、僕は決して僕に負けなかった」 「着地地点はちゃんと決めていたからね。……僕は、僕に負けなかったぞ。キョン」 「……そうだな。お前は負けなかった」 「ん」 ぐいぐいと頭を撫でてやると、佐々木の顔が悪ガキの笑みへと変わった。 まったく笑顔のストックが多い奴だ。 「……キミをこの大学まで導いてくれた涼宮さんには感謝しているよ。だから勝負の二文字を以ってお礼をさせてもらうさ」 物騒な奴だな。 「くく、だって僕は涼宮さんの対面なのだよ?」 「そうだったな」 「けどね。今は少しだけこうさせて」 「おいこら」 あぐらをかく俺の背後に回り、佐々木はとん、と自分の小さなあごを俺の頭上に乗せる。 痛いぞ佐々木。 「いいだろ、このくらいの役得は許しておくれよ」 言ってあごをぐりぐりとやりつつ、ぎゅっと両腕を俺の首に回す。ああ、まったく、またこの格好か。 俺の背中にぺたりと張り付き、くつくつと佐々木は笑う。 「佐々木、お前な」 「いいだろ」 「だって僕はご褒美をもらう権利があるのだからね。そうだろキョン?」 )終わり
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1.おやつの後はゲームでも 中学時代の、ある日曜日のことだ。 「……ふう」 週末に出された宿題に対して消極的サボタージュを実施していた所、塾帰りの四方山話の中で佐々木にあっさりと看破されてしまった。 それでも俺は俺の寄って立つ道理による熱弁を奮ったのだが、まぁ佐々木の言わんとする、世間的、学校的、家庭的価値観に対して俺の孤立状況はいかんともしがたく、結局の所、あいつの部分的支援策を受け入れることによる全面的妥協に至ったというわけだ。 そんな訳で俺ん家で今、二人で宿題を片付けている。 「……ん、さすがに根を詰めすぎてしまったかな」 佐々木の眼が、長い睫毛越しに俺を見た。 俺は手元のノートを指し示し、 「いや、でもお陰でそろそろ終わりそうだ。ありがとな、佐々木」 お礼を言う。 「どういたしまして、だ。……それにしてもキョン、キミはやればできるのにどうして勉強を忌避するんだい? こんなのは単純な努力の単調な積み重ねだよ?」 口元を綻ばせる佐々木の表情は、説教のそれとはほど遠い。 俺は喜んでその話題に飛びついた。 「単純で単調なのはつまらんからだ。むしろ飽きずにやれる方が信じられん」 「努力した軌跡がそのまま結果に繋がるんだ。面白いと思うけどね」 「見解の相違だな」 「だけどね、キョン……」 佐々木が笑みを深めたタイミングで、 ノックもせずに、いきなり部屋の扉が開いた。 「キョンくん、おやつだよ~~」 ノックをしなさい、といつもの如く叱り付けるのだが、やはりいつもの如く、妹の笑みに翳り一つ生むことが出来ない。……まぁ、無駄と分かっていてもやらなきゃいけないことがあるのさ。馬の耳よりはマシだろ? 「やれやれ、じゃあ休憩ってことでいいか?」 目を向けると、 「ああ」 佐々木が笑った。 リビングへ入ると、すでに女の子が1人座っていた。 「おぉ、キミも来てたのか」 慌ててその子が立ち上がる。 「おじゃましてます、お兄さん。あ……」 「おや、初めまして。キョン、誰だい? この愛らしいお嬢さんは」 そうか。初対面になるんだな、この2人。 「ミヨキチ……あー、妹の友達の吉村さんだ。吉村さん、コイツは……」 「こんにちは。佐々木です。どうぞ宜しく」 「……あ、こちらこそ……」 戸惑いながらも差し出された手を握るミヨキチ。 しかし佐々木、握手とはまたずいぶん洋風な挨拶だな。なんかの冗談かと思ったぜ。 そんな俺の思いをよそに、佐々木が目を針のようにして微笑んだ。……針? 「学校では見かけないけど、2年生でいいのかな? それとも1年生? ふふ、大人びて綺麗ね。だからちょっと見当もつかないな。もしかして私立?」 「……えっと……」 手を握ったままこちらを見るミヨキチ。 なんとなく庇護欲的義侠心に駆られて、俺は半歩踏み出した。 「佐々木、吉村さんは……」 「ミヨちゃんはあたしのクラスメイトだよ!」 “ミヨちゃん”に抱きついて、妹がニカッと笑う。 「あ……」 「えー……、そう、そうなんだ。ごめんね、吉村さん。大人びて見えたから見えたから勘違いしてしまったの。でも、いくらなんでも間違えすぎよね。ごめんなさい」 「いいんです。慣れてますから」 妹を両手で抱き返しながら、柔らかく微笑むミヨキチ。 「ミヨちゃん、今日はミニシューだよ! 1人3個だって! 一緒に食べよっ?」 「うん」 2人がミニシューの入った箱をリビングの机に持っていく。 (キョン?) 俺も続こうとしたけれど、佐々木の目に射止められた。 (そんな顔するな。ホントに妹の同級生なんだって) (そうなのかい?) まだ納得できないような、教科書を前にした時は決して見せないような顔つきを佐々木はしている。 (しかし……発育の早い子は早いんだね) (ああ。とても妹と同い年には見えん。5年後にはどうなってしまうのやら) 俺は万感の思いを込めて呟く。例えば身長、例えば肩のライン、その同位置エネルギーやや下の曲線、くびれから太ももに至る柔らかな道のりやその足首と指の細さときたら……。 (キョン、鼻が膨らんでる) 佐々木が眼を眇めて俺を見上げた。 何か言いたいようだが俺は美術的芸術品を拝見する心持ちでいただけだぞ。 だからそんな顔をされても何ら疚しくはならないんだ。本当だぞ。ちょっと怖いがな。 「キョンくんササにゃん食べないのぉ? いらないなら4コめ、いただいちゃうよぉ?」 おっと、油断も隙も……って、こらこら全く、どこに乗ってハシャいどるんだお前は。 「意地汚い真似はやめなさい。机の上から降りなさい!」 「はーい」 お袋も居るんならちゃんと躾けて欲しいぜ。俺がコイツくらいの時よりずっと甘やかしてないか? 「「ふふっ」」 何がおかしいんだか、ミヨキチと佐々木が笑った。 「ん?」 佐々木がそれに気付き、 「……」 ミヨキチは俯く。 ……なんなんだろうね、この空気は。 おやつを食べ終えて。 そしたら妹が俺の後へやってきて、肩に手を付きホッピングしながら唄うように笑った。 「キョンくん、いっしょにゲームやろ?」 ゲームやるって、それはつまり俺の部屋に来るということか? 俺が勉強中だっていまいち解ってないみたいだな。 俺は再び説教しようと口を開いたが、 「あ、わたしも……ゴイッショシタイデス」 ミヨキチにまで言われては仕方がない。 「おお、まぁ少しくらいなら……」 「キョン」 「……と思ったが、やっぱり受験生なんでな。まぁまた今度だ」 「えーっ!」 「……ソウデスカ」 「受験終わったらたっぷり遊んでやるから。だからそんな顔するな。ほら、ミヨキチも」 なでり、なでり。 「……えへへ、キョンくん手ぇおおきいね」 「……アタタカイデス」 二人がソワソワと喜んでくれるもんだから、俺の眦が下がっても不思議はないだろう? 「キョン」 なのに佐々木ときたら、検事の答弁に異議を申し立てる弁護士のような目付きをした。 「っと。……ああ、分かってるよ佐々木」 塾の課題や予習もある、時間はないって言うんだろ? 解ってるから睨むなよ。怖いから。 「じゃあ悪いなお前ら。お兄ちゃん達これから勉強だから。静かに遊ぶんだぞ」 「はーい!」 「はい、お兄さん」 リビングを後にした俺達は、階段を上っていた。 「若い娘に大人気だね、キョン。羨ましい限りだよ」 「変な言い方すんなよ。親戚にガキが多いから慣れてるだけさ。お前だって笑いながら一緒に遊んでやればすぐに仲良くなれるぞ。簡単なもんさ」 「……そうだね。検討しておく」 ~ その頃リビングでは ~ 「心配ないよミヨちゃん。ササにゃんはいつもあんな感じだし、恋人なんてことぜんぜんないんだから」 「そっかな……」 「応援するからさ。がんばろ? ササにゃんのマの手からキョンくんを救い出して、いっしょに遊ぶんだ!」 「オオッ……」 「声がちいさい!」 「……おお……!」 2.遊びタイムはごいっしょに(1/13) また別の日。 「キョンくん今日も遊べない~?」 「……だから扉を開ける前にノックをしなさい。マナーを身に付けないと大人になってから困るぞ」 「はぁい」 そして、コン、コン、とドアを叩く。 「……これでいい?」 「開けたドアにノックしても意味がないんだがな」 やれやれと溜息ひとつ。 「まぁいい。それで何だ、遊ぶだと?」 「うん、ミヨちゃんもいっしょだよ?」 「……あの、お邪魔してます。お兄さん」 髪を一つに結い上げたミヨキチがそこにいた。 赤いスウェットのパーカーに、デニムのスカート。胸元にはレースの刺繍が覗いている。 そしてさらに、ミヨキチはポニーテールであった。 「……なるほど。今日は塾もないし、たまにはいいか。よし遊ぶぞ!」 「わぁい!」 「あは、うれしいです」 歓声を上げる二人の小学生。 こんなに喜んでくれると俺まで嬉しくなってくるじゃないか。 「よし、じゃあ『ムジュラの仮面』の続きをやるからお前たちは攻略本を解読してくれ。 俺が詰まったら質問するから速やかに答えるんだぞ」 「わかりました、お兄さん」 笑顔で頷くミヨキチ。 なのに妹ときたら仏頂面になりやがった。 「えーー!!キョンくんまだそのゲームやってたのー?」 ※(『涼宮ハルヒの憂鬱』初版が2003年発行なので、中三時、2002年を想定してます) 「うむ独りだと中々やる気が出なくてな。こういう機会に少しでも進めておきたいと――」 俺の懇切丁寧な説明を、妹が遮った。 「見てるだけなんてやだー! スマブラやろスマブラっ!」 「だがこの描写の芸術的美しさを鑑賞する事で感受性がだな」 「やだ! スマブラっ!」 「……く、仕方ない。次は手伝えよ?」 「うんっ!」 「返事はいいんだよな全く」 「クスクス」 「――なるほど。それで宿題を忘れたという訳かい?」 笑顔のまま嘆息するという器用な真似をして、佐々木は俺を見た。 「まぁ、なんだ。途中まではやったんだぞ」 「で、足りない分は写させてほしい。……そう言うんだね?」 円弧を描く眼差しのまま、俺を覗き込んでくる。 「……うむ。まぁ概ねその通りだ」 なんとか頷く俺。 「構わないよ」 あっさりと応えて席へ向き直り、 「ただしココとココの証明文は表現を変えてくれよ」 佐々木はノートを取り出して、俺の机に広げた。 「わかってるって! サンキュー佐々木っ!」 早速自分のノートを取り出し、俺は模写に取り掛かった。 「それでだ、キョン」 「お、なんだ?」 残された時間は少ない。 眼と手はノートへ走らせたまま、口と耳だけで会話に応じる。 「その、吉村さんは、そんなに遅くまで君の家にいたのかい? 宿題に手がつかなくなるほど?」 変なこと訊くんだな? 「いいや、すぐ帰ったぞ。実はそん時『ムジュラの仮面』をやれなかったのが引っ掛かってな。晩飯の後ちょっとやり始めて――」 「ああ、そう」 「――気付いたら11時でな。それほど夢中になったのはやはり――」 「ノートを写さなくていいのかい? 放課の時間は有限だよ」 心持ち、声の温度が低下したようだ。やれやれ佐々木、お前もか。あの面白さをどうして理解できないのだ? 「……お前も妹と一緒で冷たいな。俺の味方はミヨキチだけだ」 「そうか。僕がキミの敵になっていたとは知らなかった。幸い数学は4時間目だし塩を送るほどの窮状でもなさそうだね。ノートは返してもらうとしよう」 「待って佐々木大明神!」 遠ざかるノートを押さえ込む。 「僕を横浜所属のフォークボールピッチャーみたいに呼ばないでくれ」 佐々木が眉根を寄せる。 「なに言ってんだ。俺にとってはそんな面識もない大魔神より目の前の美しい女神さまの方がずっとありがたい存在だぞ。もう何度でも拝伏したいくらいだ。だからノート見せて」 「……全く、キミというやつは。ほら」 嘆願の成果が俺の目の前に戻ってきた。 「ありがとう、ありがとう」 さてさて、また何の拍子で怒るか解らん。早めに終わらせなければな。 俺の目も手も複写を終わらせる事を焦眉と見定め加速する。 「……キミが、そんなにゲーム好きとは知らなかったな」 ポツリと零れた言葉が聞こえた。 「いや中毒ってほどじゃないぞ。でもほら、たまにやると止まらなくなるんだ。それが面白いゲームなら尚更な」 その素晴らしさへの共感が得られないのが、かなりもどかしい。 「なるほどね」 「ちなみに面白いといってもやはり“至高の名作”ともいえる『時のオカリナ』には及ばないがな。なんといっても自由を感じる広がりというか――」 「キョン、手が止まってる」 「おっと。じゃあ詳しい話はまた後でな」 「……やれやれ、だよ」 ~帰り道、小学校から~ 「キョンくんミヨちゃんには優しいよね」 「そっ……かな」 「だからさ、きっとおねだりすればイヤっていわないと思うんだ」 「な、なにをおねだりするの?」 「それはほら、一日デートとかさ」 「えぇえええっ?」 ~帰り道、中学校から~ 「……というわけでゲーデルの不完全性定理は数多く誤用されているというわけさ」 「いやはや。お前そんな難しい本まで読んでるのか」 「内容の難しさと、それを理解し活用できた時の喜びは得てして比例するものだからね。つい手を出してしまう。だけどキミは、どうやら違う見解のようだね」 「まぁな。必要なものは手の届く範囲、まぁ少しくらいは手を伸ばして届く範囲にあるくらいでいい。脂汗流してまで高い所にある物に手は伸ばさんよ」 「だけどソレは、踏み台を活用するだけで届く物かもしれないし、一年後には背が伸びて、容易に取れる物かもしれないよ?」 「なるほど。ゼルダでも届かない場所に見えるハートの欠片が、フックを手に入れた後では難なく辿り着けるってのがよくあるからな。まあフックを手に入れた時に、その場所を思い出せるかどうかが鍵になるが」 「キミは本当に、そのゲームが好きなんだねぇ」 そう嘆息する佐々木に、だけど非難の色は感じられない。今度は自分が聞き役と思っているのかもな。 じゃあと意気込みかけて、ふと思いつく。 「佐々木、お前ゲームってやった事あるのか?」 「TVゲームに限定するなら、うん、ないね」 「なるほど、それで名作たるゼルダを知らんのか。しかし今どき珍しいやつだな」 「そうかい?」 俺は心底驚いたというのに、佐々木は平然としたものだ。 「まぁ環境の違いというやつだろうさ。『TVゲーム』なんて、普通は男子が熱中するものだろう?」 いやでも、うちの妹は結構はまってるぞ。 「僕にも男兄弟がいたならそうなっていたかもね。だからさっきも言った通り、『環境の違い』という訳さ」 なるほどな。 「で、興味はあるのか?」 「キミがそれほど熱中するものに、無関心でいるのは難しいね」 「そうだろーそうだろう」 「嬉しそうだね。別に僕を無理に誘わなくても、一緒にゲームをやる友達くらい他にいるだろう?」 「ゼルダは一人用のゲームだからな。対戦格闘とかと違って不評なんだ」 「“タイセン格闘”?」 「ああ。今を去ること1991年に出回ったストⅡに始まるゲームの流れでな……」 ニコニコ笑って、佐々木が俺の話しを聞いている。 そうして、週末に勉強がてら『お勧めゲームをプレイ』するという約束をして、俺たちは二人乗りで塾へと向かった。 でも何でこんなに必死だったんだろうね? 我ながらよう解らん心境だ。 ~一方その頃~ 「……あーやって火曜と木曜は『二人乗り』で塾へいくんだよ。学校が休みの土曜日はぁ、違うみたいだけど」 「そ、そうなんだ……」 「でも時間の問題かも」 「え、ど、どうゆうこと?」 「仲良くなったら土曜日でも待ち合わせ。それどころか『塾へ』なんて理由も必要なくなって――」 「な、なくなっちゃうの? なくなっちゃったらどうなっちゃうの?」 「デートするんだよミヨちゃん! デートして、キスとかして遊ぶんだよ!」 「で、デート? き、き、キス? あ、あああ、遊ぶ?」 「そうなったらキョンくんの空いた時間全部、ササにゃんにとられちゃう! ミヨちゃんそれでもいいの?」 「よくない!」 「なら作戦決行だよ、ミヨちゃん……!」 「わ、わかった……」 んでもって土曜日。 学校が休みのために塾も午前から始まり、そして午後には終わっていた。 つまり時間が出来たわけで、そして俺は約束を覚えていた。佐々木はどうかな? 「さて、行こうか」 隣に立つ佐々木が俺に笑顔を向けてくる。俺は小さく「ああ」なんて答えてから、どうして土曜日は連れ立って帰らないのかを思い出していた。つまるところ塾の終わる時間は同じなのだから火曜や木曜みたいに自転車を押しながら、お喋りをして帰っても構わないはずなのだ。なのに何故それをしないのか? 答えが知りたければ、周囲を見渡してみればいい。 佐々木の肩を叩き「じゃね!」なんて去っていった女子は俺にも見覚えがある、すなわち同じ学校の女生徒だった。 その声、態度、表情、佐々木の返事を総合して鑑みるに、おそらく友達なのだろう。そして俺は振り向かなかったけど、彼女から送られる視線を頬だったり首筋だったりに感じていた。俺になんか笑みを向けなかったか? 何かを含めて寄越すような目つきで。 そして恐ろしい事に、この塾で同じ学校の生徒は他にもいる。 そして尚さらに恐ろしい事に、あちこちそちこちからの視線を感じるのだ。 気のせいか? 気のせいだと良いのだが。 「どうしたんだい? キョン」 並んで歩き出してから、佐々木が俺を見上げた。 「別にどうもしないさ」 とりあえず強がってみる。 平日の夕闇の中なら『ただ帰る方向が同じだけ』と装えるが、この時間のこれはまさに『今から一緒に遊びます』といった体で、そしてそんな2人を俺たち自身は『友達』と思っていても周りの目や言葉が明らかに違う何かを指すのなら俺は何か反論すべきなのか? ただモヤモヤとそんな思考が渦巻く俺に、 「……キミはキミだし、僕は僕だ。そうだろう?」 佐々木が囁いた。 「自分たちの事は自分たちが一番よく解ってるのだから、周りが誤解する可能性を気に病む必要はないんじゃないかな。疑心が暗鬼を生むだけだよ」 俺の煩悶は、どうやら顔に出ていたようだ。頬を撫でて佐々木の言を考える。 「そうだな」 佐々木の言う事は正しい。周りがどう思おうと、俺たちは俺たちじゃないか。 だけどまだ沸騰しきらないヤカンから漏れるような、吐息が一つ空に零れた。 「受験が近い。誰もが神経過敏になる時期さ。だからこそ、今日の気分転換じゃないか」 肩の辺りをポンと叩かれる。 「キミが教えてくれるゲーム、名作だって言ってただろう? ジャンル種別を問わず、名作という存在は心を打ち震わせてくれるものだ」 いつか見た夏の星空みたいな眼差しで、 「僕はすごく楽しみにしてるよ、キョン」 佐々木は笑った。 「きたよきたよ帰ってきたよ! ミヨちゃん準備はいい?」 「ほ、ほんとにやるの?」 「作戦はかんぺき! 迷うことないよ、ミヨちゃん!」 「う、う~……ん」 「ただいまぁ」 「おじゃまします」 「おかえりキョンくん!」 「お、おかえりなさいお兄さん、その、お、おじゃましてます」 「あれ、ミヨキチ来てたのか」 おお、しかもポニーテールじゃないか。人形みたいに白い顔立ちのミヨキチにとても良く似合うなぁ。 「は、はい。お兄さんお久しぶりです」 なんて眺めていたら、みるみるミヨキチの顔が赤らんでいく。 恐縮したように頭を下げるミヨキチ。テールがぴょこんと垂れ下がり、起き上がった。 「お久しぶりね吉村さん。――と、私もキョンに倣ってミヨキチちゃんと呼んでいいかしら?」 ニッコリ微笑んだ佐々木が、剣道家のような静けさで進み出る。 「あ、え」 小さく単語をもらすミヨキチ。 そんなの勢いで言っちまえばいいのに。変に礼儀正しいのも場合によりけりだぞ佐々木。ミヨキチが戸惑ってるじゃないか。 まぁいい。フォローしとこう。 「構わないだろ。なぁミヨキチ」 「あ、はい。どうぞお好きなように……」 そう答えるミヨキチの目は、俺を見たり佐々木を見たり俯いたりと忙しない。何だ? 「良かった。じゃあこれからもよろしくね、ミヨキチちゃん」 「は、はい。よろしくお願いします」 佐々木が差し出した手を握り、二人が握手をする。 「で」 俺はジロリと妹を見て、頭を掴む。 「こんな所でお出迎えなんて、用でもあるのか?」 「んふふ~」 ふにゃふにゃと笑った後ビシっと俺を指差し、 「キョンくん勝負!」 と叫んだ。 「は?」 なに言ってんだバカ顔洗って眼ぇ覚ませというニュアンスを込めた単音節の返事を投げ返す。が、妹は全く動じない。 「キョンくんが負けたら明日は一緒に遊ぶからね! というか勝った人と2人きりで!」 妹よ、お前が何を言ってるのかお兄ちゃん解らないよ。 「でキョンくんが勝ったらぁ、あたし、キョンくんのこと『お兄ちゃん』って呼んでー、毎朝やさしく起こしてあげる」 「それは等価の条件になっているのかい?」 くつくつと笑いながら、佐々木が俺を見る。 む、確かに寸毫心が動いたが甘く見るなよ佐々木。こんな安い挑発に、俺が乗ると思うのか? 「お、お兄さん。私からもお願いします」 ミヨキチが頭を下げてポニーテールがピョコンと垂れた。そして垂れ下がった髪に隠れていた項がキラリと白い輝きを放ち、俺の目に鮮烈な感動を焼き付ける。瞬きしてる間に姿勢を正したミヨキチの項は隠れてしまったけれど、俺が受けた衝撃は余韻を残すに充分なわけで―― 「キョン」 脇腹に佐々木が指を刺してきた。驚きと痛みが脳天へと駆け上る。 何をすると振り向いた俺の視線は、2ミリに細まった佐々木の眼光に打ち返されて戻ってきた。 若干後退って動悸息切れを抑え込み、今一度左右首振りで状況を確認。 「……悪いな、二人とも。今日は、いや今日も佐々木と約束してるんだ。うん。だからその勝負を受けることは出来ないのさ」 非常に心苦しいが、佐々木とは事前の約束であり、妹やミヨキチとはそれがない。だから論理的に考えて妥当な結論を、謝罪会見を開く社長のような面持ちで二人に告げる。 「そうなんだ」 妹は満面の笑みでそれを受け止める。何故だ? 「じゃあ今日もお勉強なんだね」 嘘をつくべきか、刹那思考する。 その俺の顔を妹はジッと覗きこんでいた。 「実はね、今日はキョンと2人で遊ぶ約束をしていたのよ。何をするのかは、まだ聞いてないのだけれど」 思わぬところからフォローが入った。佐々木だ。でもあれ? 『何をするか』は言ったよな? 「受験の合間にも息抜きが必要だと、誘われるままにここへ来てしまったの。キョン、そこで提案なんだけど」 ニコリと微笑み、佐々木が言った。 「どうせだから、その勝負とやらを受けようじゃないか」 「え?」 意外すぎる申し出に、俺はビックリして硬直する。 「せっかくの申し出だしね。これまでなんだかんだとキミの妹と顔を合わせることはあっても、一緒に遊んだことはなかった。それにミヨキチちゃんまでいるしね。きっと皆で遊んでも楽しくなると思う。それに」 弦月型に唇を曲げて、 「“勝負”という響きには抗いがたい魅力を感じるんだよ、キョン」 佐々木はそんなことを言った。細めた瞳からは真意を読み取ることが出来ない。 「……まぁ、お前がいいって言うんなら……」 「お、キョンくんノリ気になったね!? じゃあさっそく部屋にイドウだよ!!」 俺が断言する前に妹はミヨキチの手を取って走り出した。 「あ」とか「わ」などの単音節を残しつつ、ポニーテールの美少女が階上へと駆けてゆく。うむ、何かこう微笑ましいというか是非うちの妹になって欲しい―― 「キョンっ」 耳元の声に驚き仰け反ると、満面の笑みなのに目が笑っていないという不可思議な表情で佐々木が俺を見ていた。 「上がらないのかい? もう彼女達はやる気満々のようだよ」 「あ、ああ。もちろん上がるさ」 おっかなびっくりで俺は靴を脱ぎ、廊下に上る。 佐々木も後に続き、振り向きしゃがんで靴をたたきに揃えていた。何となく座りが悪いので俺も同じようにしゃがんで靴を並べる。隣で佐々木が笑みを浮かべたようだったが、俺は気付かない振りをした。 ……さて。 何を思いつきやがったんだ? あいつは。 俺たちが部屋に入った途端、 「では第一回、キョンくん杯スマブラ大会を始めます!!」 妹がそんな宣言をした。 俺はその頭を掴み、 「なぁ、何をおっぱじめる気だ?」 と優しく語り掛けて左右に揺さぶる。 「うぁー、うぁー」 意味のない声を上げて笑顔で揺さぶられる妹。 「あのねあのね、キョンくん最近遊んでくれないからね? 色々考えたのあたし」 「下手な考え休むに似たりって言葉を知ってるか? 知らなかったら――」 「そんなに切って捨てることないじゃないかキョン」 軽く背中を叩かれる。 「それで? どんなルールで決着を付けるの?」 「スマブラはねぇ~~なんと! 4人対戦ができるんだよっ!? だからいっせーのでゲームして、勝った人が明日キョンくんとデートするの!」 「ちょ、ちょっとデートなんて……」 あっけらかんと言い放つ妹。そして慌ててその肩を引くミヨキチ。 「あっそうか。ゴメンね言い間違い! 『2人でお出かけ』なんだよキョンくん!」 「その言い直しに意味はあるのかオイ」 無粋を承知でツッコミを入れる俺。そして動揺著しいミヨキチに焦点を合わせる。 ……ビックリするほど赤面していた。 「モテモテだね? キョン」 「うるせ」 肩口から掛かる笑い含みの声に、俺は短く言い返す。 そりゃまぁ確かに? ミヨキチは大人の香り漂わせる美少女だし並んで出歩いたら注目の的となり妬視の矢が集まることだろう。だけど彼女は妹の同級生であり、まだ小学生なのだ。 「……まぁ、お出かけ、ね」 「可愛らしい思い付きじゃないか、キョン」 そう言ってまた満面の笑みを浮かべる佐々木。 「だけど私はそのゲームをやったことがないの。勝負の前に少しだけ、練習させてもらえないかな?」 「うん、いいよ!」 そのまま妹に話しかけ、幼い発案者が大きく首肯する。 「十回くらい練習したら勝負はじめよ? そだなー、本番は五回くらいで!」 なんともアバウトな大会規定だなオイ。 とかなんとか呆れつつも、購入者である俺がこのゲームを嫌いなはずもない訳で。やれやれと肩を竦めると佐々木の横に腰を下ろした。 「お兄さんは見学です」 「え? なんで?」 「持ち主だから、『練習なしでいきなり本番』というハンデです」 「え、……まぁ、いいけど」 「それでもし宜しければ、私のプレイを見て改善点などをアドバイスしてください」 「おお? ミヨちゃん積極的~!」 「それはそれでハンデのような気がするわミヨキチちゃん。キョン、僕にもアドバイスをくれよ? なにせ正真正銘の初心者なんだからね」 「解ってるよ。平等になるようにすればいいんだろ?」 「おお! 『ビョウドウにマンゾクさせれば3人いっしょに相手できる』ということですなキョンくん?」 「……お前は何を言ってるんだ」 そんなことを言いながら、練習が始まった。 意外だったのは佐々木のゲーム適性が高かったことだ。緒戦はむろん惨敗だったが表情一つ変えず、にこやかな笑顔のまま説明書を速読し、一戦ごとに飛躍的な上達を見せていた。いや、ほんと驚くほどに。 『勝った人が明日キョンくんとデートするの!』 妹の宣言がふと脳裏を過る。 もし、相手が佐々木になったら? それでもし今日の塾の帰りみたいに、知り合いの誰かにそれを見られたら? 土日連続で『2人で遊ぶ』俺たちをどう見て、どんな噂が立つことだろう。 気が付けばミヨキチもみるみる腕を上げている。俺のアドバイスを瞬時に咀嚼し、反映させる理解―実行力は相当なものだった。 それでも、佐々木の上達の方が速い。どんどん2人の実力は拮抗してゆく。 もしミヨキチが勝ったら? いや別に出かけるのは嫌ではない。男どもが発する羨望の眼差しも心地よく感じられるかもしれん。 でもなんだろう、友人の誰かにもし出会った時、それがひどく厄介な何かを誘発する危い予感がするのは? 紹介してくれ? 別に構わんさ。 馴れ馴れしく触ろうとしたら? そこは颯爽と庇ってやるだけの事。でもなぁ、なんか指摘されたくない何かを笑いながら言われそうな……。 あ、妹? 笑いながら負けてるようじゃ話にならんね。 そうしてアドバイスを飛ばしながらも色々考えを巡らせて、しかし結論は降りても湧き出しても来てくれないままに。 俺も参加しての、本番勝負が始まった。 3.一日デートは誰のもの?(1/10) まあ俺が勝ったわけだが。 そもそも持ち主であり最もプレイ時間の長い俺が勝つのは自然な流れであり展開であり、合理的でもある。 にも拘らず、対戦相手の女3人は姦しく俺に抗議を申し立ててきた。 ……なるほど、『姦しい』という文字の通り、女3人が集結したことによる自然発火みたいなものか。 「また変なことを考えて妄想に入り込もうとしているね?」 佐々木にしては的外れな指摘だな。俺はこの上なく現状を把握しているぞ。 「なるほど耳には届いているようだ。ならばより公平な手段による再勝負という提案には賛同してもらえるね?」 「そうだよ! なんかズルいよキョンくん!」 「私も……もう一度チャンスがほしいです」 何か趣旨が変わってないか? というツッコミは言うだけ無駄なのだろう。 そうは言ってもなぁ……。考える事しばし。 「……なあ、元々は勝負に勝った人物と俺が一日お出かけする、という条件なんだよな」 「そうです」 今日はアグレッシブだなミヨキチ。顔が近いぞ。 「だから、つまりだ……」 言いたくないなぁ。 「なになにキョンくん?」 お前はただ遊びたいだけだろ妹よ。 「……勝者である俺が、この中から誰かを誘えばいいんだろ?」 「「「!」」」 いそいそと佐々木が髪を撫で付け、妹が上目遣いにニヤリと笑い、ミヨキチが手を腿に挟んで親指を交差させ始める。 「キミが……そうしたいなら是非もない」 「それなら、うん。恨みっこなしだね!」 「はい。……あの、わたしもそれで構いません……」 まあそういう訳であるのなら、だ。 俺は微笑んで、その名前を告げた。 「なあ……キョン」 「なんだ佐々木?」 俺は手を引かれながら佐々木を見やる。 「キミの決断は尊重する。……うん。その気持ちに偽りはない。元々そういう条件の勝負だった訳だしね」 「おお、そうか?」 俺が口で勝てないのは佐々木だからな。お前が同意してくれるならそれだけで一安心だ。 「ただね」 佐々木は握った手を見下ろす。 「……あまりにも予想外だったよ」 佐々木も俺も妹に手を引かれている。 両手を使って俺たちを牽引する妹はまるで機関車だ。そして大井川鉄道的な蒸気音を擬声しながら先を行くこいつは、きっと古式ゆかしい黒光りする煙突を生やした牽引車の気分なのだろう。 その息が白く凝結して、空へと上り消えてゆく。 「おい、今からそんなに走ってどうする。水族館は逃げやしないぞ」 「へへー、ふふー。走りたい気分なんだよー!」 振り向いた妹の顔は満面の笑みだった。 まぁ、それ自体は悪い事ではないのだが。 「ミヨキチだっているんだ。もうちょっとペース落とせ」 「ミヨちゃんあたしより足はやいんだよ。平気だよ!」 「あれ、そうなの?」 俺は振り向いて、もう片方の手が握る先を見た。 「は、はいぃ?」 ミヨキチは顔を真っ赤にして足をもつれさせ、いかにも精一杯といった風情である。 「だ、大丈夫かミヨキチ!?」 俺は慌ててスピードを落とした。自然、残り3人の足も止まる。 「は、はい……ご心配なく……」 「ほんとに――」 「ええもう、ホントに何ともないですからっ」 俺が手を解いて額に触れようとすると、ミヨキチは早口で返事をして俺の手を遮った。 どうやら元気ではあるらしい。……となれば……。 「……妹よ、嘘をつくなんてお兄ちゃん悲しいぞ」 「えー、ウソじゃないよぉ~~。……あ」 何を思いついたのかエヘヘと妹は笑い出し、 「じゃあさ、ミヨちゃんは佐々にゃんと二人でゆっくり歩いてくればいんだよ! んで、キョンくんはぁ、あたしと駅まで二ニン三キャクっ!」 とびっきりのイタズラ笑顔で振り向いた。 やれやれ、何を言い出すかと思えば―― 「ダメです!」 「それは話が違う!」 吃驚した。俺以外の二人が猛然と反論したのだ。 「えー、でもー。ミヨちゃんは走りにくそうだし佐々にゃんはゆっくり歩きたそうだし。 これが公平だと思うなー。そう、コウセイムシな大岡さばきだよ!」 あのなー……。 「「嘘だっ!」」 またもや俺の反論は先んじら―― 「公正無私というのなら僕こそが次はキョンと手を繋ぐべきだ! 僕だけが彼と手を繋げていない今の状況は決して公平とはいえないっ。むしろ悪意ある思惑を感じるくらいだっ! キョン、キミもそう思うだろうっ?」 え? 俺? 「いいえ、お兄さんはペースを落とせと仰いました『わたしのために』! ですからわたしと2人で手を繋いでゆっくり歩くというのがお兄さんの意思、本音なんです!」 どうしたんだミヨキチ、いつもはもっとおしとや……。 「よく言ったものねミヨキチちゃん。お顔が真っ赤よ? 大方興奮しすぎて熱でも出したんじゃないかしら。お家に帰って安静にするべきね」 佐々木、それは心配しての―― 「大きなお世話です! 佐々木さんこそブツブツ文句ばっかり言って! 嫌ならどうぞお帰りください!」 おいミヨ……。 「私は帰らないわ。体調も万全だしね。 でも“子供”はちょっとした事で発熱したりするものよ。家へ帰って静養する事を勧めるわ」 「わたしだって平気のへっちゃらです! 佐々木さんこそ帰っていいですよ!」 「あなたこそ……!」 「そっちこそ……!」 「あー、そこまでだ2人とも」 俺は繋いでいた両手を放して、 「あっ……?」 「えっ……」 「キョン……?」 言い争っていた2人の手を取った。 「『佐々木、ミヨキチと妹も含めて4人みんなで』ってのが俺の指定だった。お前らの条件である『手を繋いで』ってのにも従った」 まぁ『遊びに行く』という条件だけを守り、『2人で』という項目を無視した訳だが。 「でも喧嘩ばかりして仲良く出来ないってんなら、ここで終わりにするぞ」 「「それは……」」 2人は顔を見合わせて、うつむいた。 もう一押しかな。 「出来るのか、出来ないのか?」 俺が問い詰めると、 「し、しょうがない……」 「し、仕方ないです……」 しぶしぶといった感じで頷いた。 そんな2人に握手をさせて、 「じゃ、しばらくは2人で手繋ぎだな」 「うう……」 「むぅ……」 ミヨキチが呻き、佐々木が息をついて、二人は手を繋いだ。 さて、俺は誰と手を繋ぐか……。 と見回せば、妹がニコニコして俺を見上げている。 「お前はミヨキチとだ」 「えー」 「えーじゃありません。ほら」 押しやって、手を繋がせる。まぁあの顔を見た脊髄反射的な判断だったが……。 あれ? さて、こうなると……。 「佐々木、手、いいか?」 まぁ、こうなっちまうよな。 「え、あ、うん」 チョコレートと間違えて碁石を口に入れたような顔をして、佐々木が小さく頷く。 まぁ……なんだ。こういうのは躊躇すると余計恥ずかしくなるからな。 「そ、そうだね」 俺は佐々木の手を握った。 さて、人は歩く時その方角へと視線を向けるのが当然であり、そして俺はわざわざそれに背くほど天邪鬼な人間ではない。だから俺は自然と前方に目を向けて、しかるべくしてその景色以外の情景は目に入らなかった。妙に無口になった3人娘がどんな顔をしていたのかは、つまり俺の知るところではないわけで、まぁ知りたくないと言えば嘘にならなくもないが、しかし『見る』ということはすなわち『見られる』ということであり、つまり俺はそんな事態を避けたかったらしい。 そして避けたいといえばもう一つ。 「ちょ、ちょっと急ごうか」 「う、うん」 「……はい」 「あ、走る? 走るの?」 俺たちは小走りに駅へと向かった。 知り合いに見られるのだけは、なんとしても避けないとな。 そんな一日が終わり、夕暮れの帰り道にて。 佐々木が喉を鳴らすように笑った。 「中々、うん。定番の……コースというのも悪くないものだね。 むしろ定番足り得るのは、それだけの根拠があるということをしみじみと実感したよ。キョン、キミはどうだい?」 「ああ、楽しかったよ」 お前がはしゃぐ声なんてのも聞けたしな。 「そ、それは言わないでくれたまえよ。僕も少々忘我が過ぎたと反省してるんだ」 なんでだ。可愛かったぞ。 「な、な」 小っちゃい子みたいで。 「……キョン、キミは少し女性の遇し方というものを知るべきだと思う」 冗談だ。そんなに怒るなよ。 「……キョンくん」 なんだ起きてたのか? じゃあそろそろ降りてくれ。お前を背負いながら二人と手を繋ぐってのも結構大変なんだ。 「……えへへ、キョンく~ん……」 なんだ、寝言か? ったく。これじゃもうしばらくこの過重労働を続けるしかないじゃないか。 「ふふっ」 お、どうしたミヨキチ。 「いえ。お兄さん、やっぱり優しいなぁって思って」 そうか? だけど君や佐々木に背負わせるわけにもいかんだろ。 「そうじゃないです。ふふっ」 なんだ? 思わせぶりだな。 「いえ。……その、お兄さんさえ良ければ、またこうしてお出かけしたいです」 「そうだね。こうしてみんなで遊びに行くのも悪くはない。いい息抜きになるよ」 そうだな。佐々木の言う通りだ。 また時間の都合がつけば、この4人で出掛けるか。 「そうですね」 「楽しみだよ」 出掛けの険悪さはどこへやら。すっかり打ち解けた雰囲気で二人が笑っている。 「キョンくん……ニブちん……」 だというのにこの妹ときたら。 「すっかり甘えてますね」 くすくす笑うミヨキチ。 「頼りきった寝顔だよ、キョン。お兄ちゃん冥利に尽きるじゃないか」 そんな風に呼んでくれないけどな。ここ3、4年。 「恥ずかしがってるんですよ」 「捻た事をしたがる年頃なのさ」 ホントかね? 今度妹に聞いてみるとしよう。 「優しく聞いてあげてくださいよ?」 「一人の女性として、尊重してね?」 はいはい解りましたよ。って、もうこんな時間か。 どうせだ。うちで夕飯も食ってくだろ? 「お兄さんさえ宜しければ」 「ああ。キミが構わないなら」 ついでだ。『優しく』『尊重した』事情の聞き方とやらも教えてくれ。食事をしながらゆっくりとな。 「「ふふっ」」 「いいですよ。お兄さん」 そう言ってミヨキチが笑った。夕日の照り返しで輝く雲のような、綺麗な笑顔で。 「では骨を折るとしようか」 夕日を隠した雲のように、輪郭が強い光芒を放って、佐々木が笑みを浮かべている。 「ああ」 俺は答えて、帰り着いた我が家の扉を開けた。 「ではディナーへようこそ! お嬢さま方」 慇懃なお辞儀を交えてね。 オマケ)自転車を止めて小銭を払い、中学時代の四方山話(『分裂』のp.69) 喉の奥を響かせるような音。 「なんだよ急に笑ったりして」 「思い出し笑いさ。キョン、妹さんは元気かい?」 「ああ、ウンザリするくらいにな。時々耳栓がほしくなる」 「甘えたい盛りなのさ。どんと構えて、受け入れて上げなよ。それが兄たる者の矜持ってものじゃないのかい?」 「言うは易く、行うは難しさ。実際まともに付き合ってたら次の日寝込んじまうに決まってる。 精根尽き果てたミイラになっちまうわ」 「それは大げさというものだろう? キョン。 以前一緒に水族館へ行ったときは、帰り道に彼女を背負って帰るくらい余力があったじゃないか」 「あん時よりはでかくなってるよチンチクリンなりにな。今なら引っ叩いてでも起こして、自分で歩かせるね。 帰り道ずっと背負い続けるなんてとてもとても……なんだよ佐々木」 「くっくっく、出来もしない冗談では誰も騙せやしないよ?」 「そうか?」 「そうさ。キミの順法精神は先刻、自転車置き場で充分に拝見させてもらったからね」 「やれやれ。とっとと声を掛けてくれればいいものを」 「少し見とれてしまってね」 「……は?」 「キミがあまりに変わっていないから」 「……少しは身長が伸びたんだがな」 「そうかい? でもそれは僕も同じだから、きっと身長差は変わっていないんじゃないかな。 ……くっく、あの時は手を繋いでいたから、歩幅を合わせるのも大変だったけどね」 「ん? ……ああ、まぁ手繋ぎってのはなぁ」 「キミも僕も妹さんも、それに……吉村さんだっけ? みんな見事にコンパスがバラバラだったからね」 「そうだな。あー、ミヨキチといえば、あの子ますます背が伸びてな。今や高校生でも通じそうなくらいだ。 きっと見たら佐々木もビックリするぞ」 「そうかな」 「そうさ。もう雑誌に掲載されても違和感ないくらいの美少女に成長してるからな。 きっと同じクラスの男子連中は全員ヤキモキさせられてるに違いないぜ」 「……今でも、会ったりするのかい?」 「ん? ああ、まぁたまにな。遊びに来て、帰りに送ってやったり」 「夕飯を食べたりも?」 「する時もあるが……。それがどうかしたのか?」 「いや、なんだか懐かしくてね。水族館の後お邪魔したとき、賑やかに食べる夕食は格別の味だったから」 「なんか誤解がある気もするが、いつもがいつもあんなんじゃねーぞ? あん時はゲストが2人も居たからお袋が張り切っちまっただけだ」 「そうかい?」 「そうさ」 「なら今晩にでも僕がお邪魔すれば、またあの格別な晩餐を味わえるというわけだね?」 「……まぁ、そうなる、かな?」 「くっくっく、冗談だよキョン。いくらなんでも再会したその日の夜に押しかけるほど僕は厚かましくない」 「ならいいんだが」 「それよりショックだね」 「なにが?」 「キミが一瞬にしろ、僕が『再会してすぐ家まで押しかける厚かましい人間』だと疑わなかったことさ。そんな風に思われていたとは、ね」 「やー、すまんな。最近その手の厚かましい人間ばかり相手にしてるから、疑問の余地なく信じちまった。 佐々木は良識と常識を兼ね備えた人間だというのにな」 そう言葉を伝えると。 喉を鳴らす、独特の音がする。 「……でも、そうだな」 「ん?」 「厚かましくなるつもりはないけれど、それでも、あんなに楽しい時間を期待するのに否やはない。 もしキミが構わなければ……そんな機会を、もう一度設けてはもらえないかな」 「晩飯を食いに来たいってことか? 別に構わんが。 ……そうだな、妹やミヨキチの予定も訊いて、時間が合いそうな時にまた集まるか。きっとミヨキチも喜びそうだ」 「……そうだね」 「なら早速。佐々木の電話番号、教えてもらってもいいか?」 「え? あ、……うん」 チョコレートと間違えて碁石を口に入れたような、素っ頓狂な声がした。 オシマイ) ※作者注『驚愕』発売前にプロットを考えたため、キョン妹が佐々木を呼ぶとき『佐々木お姉さん』 ではありません。パロディという事で大目に見てやってください。 というか『お姉さん』って、ちょっと他人行儀すぎますよね? 作者さん:ken ◆AEiPDPXrnI pixiv掲載作品 ttp //www.pixiv.net/novel/show.php?id=272953
https://w.atwiki.jp/sasaki_ss/pages/806.html
自慢にならない自慢とは、誰しも1つくらいは持っているのでは無かろうか? 例えば俺の昆虫博士の称号なんかは特にそうだろう。 大体何々博士という言葉には妙な胡散臭さがあって、本当のDr.の称号を持っている人の場合は何々博士とは呼びはしない。 斯く云う俺には「昆虫博士」以外にも称号を持っており、それは「天体博士」という称号だ。 およそ何ともない称号で、一時は忘れ去りたい時があったが、いまはそれを懐かしく感じられる。 そんなどうでもいいエピソードを紹介しよう。 塾の帰りの時だった。 その日の俺は塾のテストでひどい間違いをしてしまい、塾の教師…この場合は講師だろうか?色々なパターンで皮肉と小言を拝領し、 少しは落ち込んだ気分で足早に自転車を押し、佐々木と二人してすっかり暗くなった夜道を歩いてた。 その日の佐々木は少し薄手のジャケットを羽織り、スリムなジーンズで冬らしからぬ軽やかさを演出してはいたが、少しその格好では 寒いだろうと話し掛けると、これでも充分に暖かさを感じるよと返してきた。 どうも男と女では体のつくりが違うようだ。 そんな会話をしつつ、両手を後ろに組んで歩く佐々木の姿を追いながら自転車を押して歩いていると、不意に視界の上から前方へと またたく光りがすぅっと駆け抜けた。 ・・・・今のは流星だな。 光量が変化するのは流星の元の物体がいびつな形をしていて回転しながら落下するからであり、光の色調が変化するのは花火と同じで その中に含まれている元素が大気と反応して色めくせいだ。 「キョン、今の流れ星を見た?」 ・・・・ああ、しっかりと見たよ。 「あんなに大きいのは僕も初めて見るが、君はあんな大きなのに出会った事があるかい?」 ・・・・あんな大きなのは俺も初めて見るよ。 振り返った佐々木と俺はそんな事を話していたと思うが、実のところ内容はあまり覚えてはいなかった。 その時、俺の心は過去へ跳んでいた。 俺がまだまだ小さかった時だ、帰省した俺は祖母ちゃんの家でテレビを見ていた。 夜はテレビを見る為にあるような時間だと思っていた俺は、思いがけずに俺を呼び出したいとこの姉ちゃんにいったい何だと思った。 姉ちゃんは寒い夜空の下で俺の手を引き小高い丘に連れて行くと、こんな夜空を見た事あるかとを一杯に拡げた手の平で夜空を指し示 して今まで見た事がない大きな世界を垣間見せた。 それは大きく雄大さを心に刻むには充分な気配を持っており、ガキな俺はそんな世界に心を奪われた。 姉ちゃんは眩しく光る点を細く長い指で繋げてゆき、身に覚えのある色んな形象へ変えていった。 「キョン、キョンってば。何をぼんやりしているんだい?」 ・・・すまないな、星を見ると感傷的になってしまうんだ。 「君は意外にロマンチストかも知れないよ」 ・・・お前は流れ星に何か願いでもかけたのか? 「人並みの願いをかけたつもりだが、残念ながら君には教えられないよ。僕にもプライバシーがあるからね」 中学生だった姉ちゃんは天文部に所属しており、星や星座に関する事はとても詳しく、ガキの俺にも判るような面白げなエピソード と共に俺に嬉しそうに語ってくれた。その時初めて知ったのだが星々にも春夏秋冬の流れがあって、季節によって違う表情を見せてく れるそうだ。流れ星への願掛けや織姫と彦星が年に一度だけしか出会えない事もそんな遣り取りの中で憶えていった。 「流れ星を見ていると、少し寂しげに感じてしまうのは僕だけだろうか」 ・・・どうした。なぜ寂しげな感じがするのか? 「流れ星の元は星の屑だと知ってるけど、誰にも知られずにずっとずっと孤独で誰にも顧みられぬ旅を続け、はじめてその存在が明ら かになる時はその身がついえる時だ。そんな星を思うと寂しげな感じがするんだよ」 佐々木はとても明るい奴だ。 性格がアレだから人に誤解を受けやすい奴なのだが、あいつのいう言葉や態度の端々には前向きに物事を考える姿勢がありありと感じ させ、そんな事に俺は元気を貰ったりしていたのは事実なのだが、今の言葉には佐々木らしからぬ後ろ向きの感じがして、俺は普段の お返しをしなければいけないなと思い、何の役にも立たない知識を披露してその表情に明るさを取り戻そうと考えた。 ・・・・最近の学説では流星が生命の元を運んだ可能性が指摘されているし、流星のエネルギーで大気の反応が促進されるという話もある。 そう考えると流星は命の世界での大きな可能性の1つとも考えられるぞ。 「そうか、そうなんだね。ありがとう、キョン」 俺が星々への絶望感を伝えた時、高校生になっていた姉ちゃんは悲しそうな顔をした。 星々の世界が実は絶望的にまで遠い世界にあって、見ている星の瞬きは実は何千・何万・何億年も前の姿だと知った時、何だか俺は裏 切られた様な気がしたからだ。俺の言葉に姉ちゃんは「そうね、確かにそうね」と言葉を返し、俺に背を向けずっとと遠くを見ていた。 気まずい時間が俺達二人を包み込み、気まずさに耐えきれなくなった俺は姉ちゃんの顔をのぞき込んだ。 頬を一筋の涙が流れていた。 ―――そうか、こんな近くにも星があったんだ。もっと星を見たいと思った俺は姉ちゃんを抱き締めてた。 目の前には大きな瞳に星々をたたえた佐々木が居た。 もう手放したくないと思った俺は小さな体を抱き締めた。 ―――俺は生涯で2度目となる体験をした。