約 800 件
https://w.atwiki.jp/dunpoo/pages/831.html
●天皇制05Ⅱから ●天皇制06Ⅱへ 皇太子さま著書、英訳本に 留学時代の思い出 [共同] 皇室典範 女系天皇容認が柱の報告書 首相、改正に意欲 [毎日] 皇室典範改正に反対決議 超党派の保守系議員 [共同] 皇室典範改正案、首相が採決時の「党議拘束」言明 [読売] 三笠宮寛仁さま発言、宮内庁が懸念表明…女性天皇問題 [読売] 皇室典範改正案:自民内に女性・女系天皇反対広がる [毎日] 女性女系天皇容認の答申「重く受け止め法案」 安倍長官 [朝日] 皇室典範、改正後直ちに適用 愛子さま、継承順2位に [朝日] 会見で関連質問さえぎる 記者会が宮内庁に抗議 [共同] 名前 コメント ↑ご自由にコメントをお書き下さい。 皇太子さま著書、英訳本に 留学時代の思い出 [共同] 宮内庁の林田英樹東宮大夫は26日の定例記者会見で、皇太子さまが1993年に英国留学時代の思い出をまとめた著書「テムズとともに」の英訳本が今年1月から英国で発売されていることを明らかにした。 英国の元駐日大使コータッチ氏が翻訳。序文で、皇太子さまは「オックスフォード大を離れ20年がたつが、当時のことを昨日のことのように思い出します」などとする英文を寄せている。 皇太子さまは83年6月から2年4カ月間、オックスフォード大に留学。「テムズとともに」はその間の研究や日常生活をエッセー風にまとめ、初めて訪れたディスコでのエピソードなども盛り込んでいる。 URL http //flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM PG=STORY NGID=home NWID=2006012601003185 皇室典範 女系天皇容認が柱の報告書 首相、改正に意欲 [毎日] 小泉純一郎首相は26日夜、首相公邸で女性・女系天皇容認が柱の報告書をまとめた「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーと会食し、「典範改正案を今国会に提出し、成立を期す」と述べ、改めて典範改正に意欲を示した。反対論の広がりに対しては「郵政の方が大変だった。国会で議論すれば国民の理解は深まる」と語った。 一方、女性・女系容認に反対する民間研究者でつくる「皇室典範問題研究会」(代表・小堀桂一郎東京大名誉教授)は同日、男系継承維持のために皇籍離脱した旧宮家の男子を皇籍復帰させる特別法を定めるべきだとの提言を発表。自民党からは、伊吹文明元労相が伊吹派総会で「皇室そのもののご意見もまとまっていない。少し落ち着いてやったらいい」と指摘するなど慎重意見が相次ぎ、久間章生総務会長も記者団に「改正が今国会でないといけないという必然性はない」と語った。【野口武則】 毎日新聞 2006年1月26日 22時26分 URL http //www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060127k0000m010118000c.html 皇室典範改正に反対決議 超党派の保守系議員 [共同] 超党派の保守系議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」(会長・平沼赳夫元経産相)は26日、国会内で総会を開き、政府が今国会に提出予定の女性・女系天皇を容認する皇室典範改正案への対応を協議、「拙速な改定に断固反対する」との決議を採択した。 決議は「女系天皇がいったん誕生してしまえば、取り返しのつかないことになる」として男系天皇の維持の必要性を強調。「法案を強引に上程すれば、国論は分裂し、結果として日本国と日本国民の統合の象徴である天皇の存在の意義を損なう恐れがある」と指摘している。 URL http //flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM PG=STORY NGID=poli NWID=2006012601000966 皇室典範改正案、首相が採決時の「党議拘束」言明 [読売] 小泉首相は13日、首相官邸で記者団に、女性・女系天皇を容認する皇室典範改正案を20日からの通常国会に提出する方針について、「変わりない」と述べた。 記者団が「自民党は採決で党議拘束をかけるべきか」と質問したのに対し、「それはそうだ」と答えた。 一方、自民党の久間総務会長は13日、党本部で記者団に、「通常国会で提案しないといけない緊迫性はない」と、通常国会提出に慎重な姿勢を示した。 党議拘束については、「政府・与党一体で決めた場合は、党議拘束に従って行動することは当然だ」と語った。 (2006年1月13日22時17分 読売新聞) URL http //www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060113ia22.htm 三笠宮寛仁さま発言、宮内庁が懸念表明…女性天皇問題 [読売] 宮内庁の風岡典之次長は10日の定例会見で、三笠宮寛仁さまが月刊誌などの対談で女性・女系天皇の容認を打ち出した「皇室典範に関する有識者会議」の結論に繰り返し反対を表明されていることについて、「天皇陛下や皇族方は憲法上発言すべき立場になく、陛下は発言を控えられている。結果として政治的な意味合いを持つことにならないか心配」との懸念を表明した。 寛仁さまの対談は、今月になって一部の月刊誌や新聞に相次いで掲載され、羽毛田信吾長官らが寛仁さまに「心配」を伝えたという。 (2006年1月10日23時37分 読売新聞) URL http //www.yomiuri.co.jp/national/news/20060110ic21.htm 皇室典範改正案:自民内に女性・女系天皇反対広がる [毎日] 小泉純一郎首相が通常国会で成立を目指す女性・女系天皇容認のための皇室典範改正案に対し、自民党内に「男系で続いた皇室の歴史を変えるな」という強固な反対論が広がりつつある。政府案の提出阻止、一部修正、対案提出などあの手この手で「男系継承維持」を目指しており、「党議拘束になじまない」との意見も強い。展開によっては郵政民営化以上の党内亀裂を生みかねず、波乱含みだ。 首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は昨年11月、(1)女性・女系天皇の容認(2)皇位継承順位は生まれた順の長子優先--を打ち出した。千数百年も男系を維持してきた天皇制に、母方の血を引く女系を初めて認めたのがポイント。政府は2月中に改正案をまとめる方針で、成立すれば「日本の歴史上最大の改革」(研究者)とも指摘される。 小泉首相は95年、初めて自民党総裁選に立候補した時から「女性が天皇になるのは悪くない。必ずしも男子直系にはこだわらない」と発言。一貫して女性天皇容認論で、通常国会での成立に自信を見せている。毎日新聞が昨年12月に実施した世論調査では「女系天皇容認」が71%に上るなど、「世論は味方だ」との読みもあるようだ。 ところが同月15日、超党派の保守系議員で作る日本会議国会議員懇談会の会合で、会長の平沼赳夫元経産相は男系継承のための議員立法を表明。「小泉VS平沼」の対立は郵政民営化と同じ構図だが、懇談会は自民党を中心に約240人が参加、安倍晋三官房長官も役員で、「抵抗勢力」とひとくくりにしにくい。 自民党新人議員の「小泉チルドレン」で作る「83会」でも「男系を変えたら天皇制が壊れる」といった意見が続出。弁護士の稲田朋美議員は、現行典範の「皇族」に旧宮家を類推適用し、男系男子を維持する私案を提唱するなど、男系維持派が勢いづいている。小泉首相に逆らう動きが続くと、党総裁選の行方にも影を落としかねない。 主な反対意見は(1)女性女系天皇は認めるが、継承順位は男子優先(2)女性天皇は認めるが、女系は反対(3)現行の男系男子を維持--の三つ。継承者がいない現状を踏まえ、皇太子ご夫妻の長女敬宮愛子さまの即位だけは認める考えが大勢だ。ある男系維持派は「国民の多くは女性天皇と女系天皇の違いが分かっていない。事態の深刻さを知れば世論は変わる」と意気込む。【野口武則】 毎日新聞 2006年1月10日 19時45分 (最終更新時間 1月10日 21時25分) URL http //www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060111k0000m010085000c.html 女性女系天皇容認の答申「重く受け止め法案」 安倍長官 [朝日] 2006年01月10日19時10分 安倍官房長官は10日の記者会見で、政府が通常国会に提出する皇室典範改正案について「基本的に有識者会議の答申を重く受け止め、法案を作成していく」と述べ、女性・女系天皇を認めた小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」の報告書を尊重する考えを改めて示した。 三笠宮寛仁さまが月刊誌「文芸春秋」2月号のインタビューで、報告書を「あまりに拙速」「皇室の伝統を破壊するような女系天皇という結論」と批判。安倍氏の発言はこれを踏まえた。 また安倍氏は、改正案採決に対する自民党の党議拘束については「基本的に内閣提出法案についてはすべて党議拘束がかかっていた」と説明。自民党の片山虎之助参院幹事長も同日、「憲法に位置づけられた天皇制の根幹にかかわる法案に党議拘束をかけないのはおかしい」と語った。 URL http //www.asahi.com/politics/update/0110/004.html 皇室典範、改正後直ちに適用 愛子さま、継承順2位に [朝日] 2006年01月05日09時56分 政府が今月から始まる通常国会に提出する皇室典範改正案の概要が明らかになった。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」がまとめた報告書を踏襲し、「女性・女系天皇」を認め、天皇直系の「第1子優先」で皇位を継承する。複数の政府関係者によると、改正案には、成立後、直ちに皇室に適用するとの規定が盛り込まれる。現状では敬宮愛子さまが父親の皇太子さまに次いで皇位継承順位2位になる。 政府は改正案を3月中旬にも国会に提出する。これまで男系男子に限定してきた皇位継承資格を、「女性天皇」や、その血筋を引いた「女系天皇」にも拡大。天皇直系で、最初に生まれた「第1子」を優先する。女性天皇は歴代8人存在するが、女系天皇は過去に例がない。 「皇籍離脱制度」を改め、女性皇族は結婚後も皇室にとどまる。皇族以外の男性も女性皇族との結婚で皇族入りする。「皇后」「皇太子妃」に相当する男性皇族の呼称を新たに定める。政府は「皇配(こうはい)」「皇婿(こうせい)」など複数の案を検討している。 このほか、皇室に対する政府の経費負担について、原則として女性皇族は男性の半額と定めた皇室経済法を改正、男女同額に改める。 URL http //www.asahi.com/politics/update/0105/002.html 会見で関連質問さえぎる 記者会が宮内庁に抗議 [共同] 天皇陛下の誕生日に先立つ宮内記者会との会見で、宮内庁の高橋美佐男総務課長が「時間の都合」を理由に記者の関連質問をさえぎり、記者会は22日までに「会見を一方的に終了させた」などとする抗議文を総務課長に手渡した。 会見は記者会が事前に質問を提出し、19日午後に皇居・宮殿で約20分間行われた。天皇陛下が事前質問に答えた後、2人の記者が関連質問を求めたところ、高橋課長が会見を打ち切った。 宮内庁は総務課長名で「記者会との意思疎通を十分に図らず、思い違いをした。混乱を招いた」として謝罪し、関連質問を受けなかったことを前例としないなどとする文書を出した。羽毛田信吾長官も22日の定例会見で「行き違いがあったとはいえ、申し訳ないこと」と話した。 URL http //flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM PG=STORY NGID=soci NWID=2005122301000039
https://w.atwiki.jp/otogay_inmu/pages/15.html
(黒字部分のみを使用してくれよなー頼むよー) 1 要AA(毎スレごとに違うAAが貼られます。最近ではイベントに合わせたものが多い) 例(初めて 1でAAが使用されたPart2のモノです) / ̄ ̄\ _v- _ ,_ ヽ / , .、/ ,_> / ヽi__,,.」──────、 / i / !  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | / i V | | ! ヽ ! | | ! ! , | | ワッチャワッチャワッチャワッチャワッチャ(迫真) ! ヽ 、 | | 〉 ヽ ヽ______| | / - ,,_ \_____| | ! , |ロロロ ‐-ミミ,⊃・⊃ /| | ヽ / | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(/| | ゝ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | | ヽ | | | |. ! | . | | | ! | | | // ,i ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/\ .// / / / / /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 次スレ http // 2 テンプレとして初めて使われたのはPart7。以降ホモの手によって増え続けている。ホモの手からはああ逃れらない! 言いがかり?なんのこったよ(すっとぼけ) djTAKA→Lion MUSASHI→ライオンは野獣→よってホモ Ryu☆→クッキー☆を意識している。更にI m So Happyはホモの曲になってしまった。よってホモ (補足:sakura reflectionもホモ曲になった。) kors k→Ryu☆とThe 4thというユニットを組む。ホモとホモは惹かれあうのでkors kもホモ(Ryu☆との相性は65%) DJ Yoshitaka→Survival Gamesのジャケットがが明らかにホモを意識している。よってホモ Sota Fujimori→同上。さらにアメリカで掘られてる筈なのでホモなのは明らか。(DJ YOSHITAKAとの相性は75%) L.E.D.→肉体改造でダンディーになる→ノンケ「L.E.D.さんには抱かれてもいい」→ホモ wac→野獣の着ぐるみを着ている→ホモ PON→ポンッ→ホモでスカトロ 村井聖夜→オラオラチンポチンポセイヤセイヤ→ホモ TOMOSUKE→HUNAKI TOMOSUKE→KETU SUKI NA HOMO(ケツ好きなホモ)のアナグラム→ホモ Des-ROW→へんたいトリロジー→まごうことなきホモ 星野奏子→Medicine of love→愛の薬→サッー!(迫真)→ホモ sana→真夏の花、真夏の夜の夢→薔薇(初夏の花)と淫夢を連想させる→ホモ 小野秀幸→金管楽器奏者→フェラがうまい→ホモ 96→ヒトリアソビ→公開オナニー→ホモ 劇団レコード→バビロニアのムービーに淫夢君らしき生物→よってホモ Qrispy→掃除好き→女の子は掃除好き→野獣先輩と同一人物である可能性が極めて高い→ホモ Dr.Honda→医者はホモ AIKO OI姉貴→りみぽ→○んぽ→ホモ 肥塚兄貴→アペトラのうたで不良&女の子を熱演→ネコもタチもいけます ショッチョー→con↑con↓ あさき→全てがホモ TAG→屹立する男根(SABER)と膨らんだ陰嚢(WING)を象徴する「SABER WING」という曲を提供→ホモ ナヤ~ン→ナヤ~ンfeat.野獣王国→ホモ 猫叉Master→どことなくHTNっぽい 泉陸奥彦→DRAGONKILLERで96との熱いギターバトル(意味深)→ホモ Jimmy兄貴→存在がホモ Kozo兄貴→Jailbreak→入獄経験有り→刑務所はホモのすくつ 千本松兄貴→AXIS(枢軸国)→ヘタリア→腐女子のすくつ→本人もそのケ有り 俺が突いてるだろ→朱雀はホモ どう見てもRyu☆→青龍はホモ 腰痛に悩まされる→白虎はホモ 淫獣の着ぐるみ→玄武はホモ 3 SLAKE→Laughin やCLOUDY MUSICでオッサンのサンプリングボイス多用、更に「SODAよ(便乗)」という言い逃れできない曲の存在→ホモ 山岡晃→iFUTURELISTのムービーの服装で察しろ 高田雅史→山岡を自分の会社に誘う→同類であることは明らか dj nagureo→tiger YAMATO→虎も野獣→よってホモ SLAKE→イケメンかつKKT兄貴・norvo兄貴と仲良し、そしてGAMBOL→ガン掘る→ホモ もとあき兄貴→YOU CAN T DO IT→できないの?そんなんじゃ甘いよ(意訳)→ホモ Mr.T→良い譜面を作る→職人→職人にはホモが多い→ホモ Tatsh→ヘルニアを患っている→腰痛(意味深)→ホモ 佐々木博史→たまゆら(意味深)→ホモ Togoシェフ→料理人はホモ 中田ヤスタカ→ポップンへの提供曲プラスチックポップのキャラがショタ→ひで→ホモ DJ Mass→ワッチャの野獣目線→ホモ RAM→homo Party? ピンクターボ(右)→Fellowの冒頭『I rub fellow』(男を舐める)→ホモ ピンクターボ(左)→将来的にうま味紳士っぽくなりそう→ホモ Y Co.→EMPの楽曲冒頭『Y Co. is お手洗い』→ハッテン中→ホモ Remo-con→Voxアッー ヌッ!→ホモ 上野圭市→ふしぎなくすり→サッー!(迫真)→ホモ Dirty Androids→Golden Palms→金の球体→金玉→ホモ PRASTIK DANCEFLOOR→Sessionシリーズ→セッション=体と体のぶつかり合い→ホモ Ax→アッー!(セッ)クスとも取れる、どう見てもonokenなのに姿を隠す→ホモは偽名を使う→ホモ nc→Malacca→マラか→ホモ sanodg→名義が既に淫夢リスペクト NISH→Space Homo 小林信一→ゲイ夢より愛をこめて Uraken→Welcome→いいよ、来いよ!胸に(ry→ホモ ASLETICS→ヌッruhachi、ウ ォーGAMEなど、更にPLEASE DON T GO is GOD→ホモ DJ HIROWATA→クルルァDRA名義のDeep クルルァ Eyes、LIFE SクルルァRINGなど明らかにTNOKをリスペクトしている→ホモ kobo→本名は小堀→掘る→ホモ good-cool→バッチェ冷えてますよ→ホモ フレディ波多江→禁じられた契約(意味深)→ホモ すわひでお→「ぼくひでお」→ホモ 片岡兄貴→「お前らみんな豚だぁ!」→ヒゲクマ調教師→ホモ ブタパンチ兄貴→野獣ワイルド→無論ホモ ふじの姉貴→声質がホモ 742→左脳スパーク→左脳こわれる→ホモ manzo兄貴→鉄男を生み出した時点でホモ AKINO→担当キャラがロキ→虐待おばさん→ホモ m@sumi→アナグラムでmus@i m→「ムサいM」→淫乱テディベア→ホモ TaQ→見た目で察しがつくレベルのホモ PINKPONG→HIGH SCHOOL DREAM→どう見てもホモビのタイトル→ホモ nouvo nude→ダイウ ォー nude→ホモ Atsuki兄貴→別名義に「D.B Studio」→言い逃れ出来ない SADA→sotaと一緒に作った曲がThe Story Begins(意味深)→ホモ くりむ姉貴→Cookie☆Bouquets→ホモ Starving Tracer→あのRyu☆兄貴とコンビを組む時点でノンケの訳が無い(確信) DJ Command→チュリースユーロ→関西チャラ男→ホモ 佐野兄貴→胸キュンマラット→ジャンルからしてホモ 達見姉貴→その佐野兄貴の曲を歌いこなす→ホモ 4 GOLI→tantのムービー担当→そのムービーの残念だよの人物が阿部さんに似ている→ホモ ちっひ姉貴→MGTR兄貴にヒップロックを聴かされ「あ~いいですね~」→さらにホモであるMGTR兄貴と結婚したので明らかにホモ eimy姉貴→むぎばたけほんとすき→ホモ ふかせ→「ランカーを落とすつもりで譜面作った」→虐待譜面おじさん→ホモ cosMo→エヴァンスリミが低評価→neuリミを無難にまとめる→日和る奴はホモ ラマーズ→セカ天リミ訴訟不可避→ホモ 源屋兄貴→Rayという曲を作る→「レイ♂」→ゲイ kamome sano→FLOOR採用のみで4曲も収録される→ホモはクリエイティブ 黒魔→Space ダイウ ォー 金Tama→当然ホモ BlackY→妹がいる→妹がいる奴はホモ siromaru→BMS出身→BMS作家はホモ REDALiCE→レッドアッー!リス→ホモ Hommarju→Homoarju?(難聴)→Homo→ホモ IOSYS→はたてのバッコイにホモネタを使う→ホモ GUHROOVY→L.E.D.とのタッグが多い→穴兄弟→ホモ Masayoshi Minoshima→「私は変わることが出来るはずよ」→ホモに変わることが出来る→ホモ MACHO ROBOT→マッチョな時点でホモ臭い→ホモ OSTER project→TDN表記っぽい→ホモ DJ Genki→下半身が元気→ホモ アフロ兄貴→とりあえずホモ EMI姉貴→帽子を被っている→被っている(意味深)→ホモ トラン姉貴→度 胸 兄 弟→ホモ 強欲のホモのおっさん→ホモ ミミニャミ姉貴→元ネタはPUFFY→PUFFYはホモ MZD兄貴 is GOD→ホモ T-BONE兄貴→怠惰なホモガキがバトルのキャラクターで使用→ホモ B-BONE姉貴→上に同じ コンシェルジュ→ヒゲ面がホモ ユビ子→はホモ パステル兄貴くんさん様→ホモは欲張り レイシス姉貴→乳首が敏感→ホモ 音ベア兄貴→顔面オナホ→ホモ スミス氏→出されたメニュー(意味深)をなんでも食べる→雑食ホモ 馬場原論平→バビロンがステージで踊る→COAT社員 ヤンクルとオリーブ→「フレンドとマッチングは出来ましたか……?」→虐待おじさんリスペクトのホモコンビ コタロー→犬→TDN→ホモ なぎさ→絶壁→実は男→L.E.D.はホモ 烈→紅焔→公園→ハッテン場→ホモ 風雅→腐女子姉貴に大人気→ホモ 氷海→PSTLくんが好き→淫獣が好き→ホモ 鈴花→かわいい→ホモ DJ TECHNORCH→「L.E.D.さんには抱かれてもいい」→ホモ 5 鈴木友里恵→ヒーローの男の子がプリケツ→誘っていることは明らか→ホモ 久保田祥平→「いま君のホモへ、走り出した」→ホモ Akhuta→虹色の花→虹色はホモの象徴(事実)→ホモ TIME CAPSULE Lab.→photオォン、Leptオォン、Gravitオォン→三人はどういう集まりだっけ?→ホモ DJ TOTTO→佐賀県出身→ホモ Yuei→Tom-F@ckなど野性のホモを次々にスカウト→ホモとホモは惹かれ合うので当然ホモ vivian→LegendaryDragon田中→ホモ U1-ASAMi→普段着の柄は薔薇柄→薔薇族愛読者の可能性が微レ存→ホモ MAD CHILD→狂気の子供→ひで→ホモ 月刊ミズタニ→ホモ hirayasu matsudo→みーつまテクニック(意味深)→ホモ ねちっこく堂→乳首壊れちゃ~う↑→ホモ TEK-A-RHYTHM→KEN、盤譜面→ホモ レッドホットスクリューズ→KEN、盤譜面→ホモ mao→Duca→ホモ NU-KO→ワンワンコア→ただのホモ mami→ホモガキ 秋成→勿論ホモ 常盤ゆう→ゾディアックオラオラ来いよオラァ!クル1→ホモ 夏川陽子→「みんな歌え~!(防人恋歌)」→ホモ *spiLa*→名前の両端にアナル→ホモ TLION69→no where now hereのジャケットが完全にホモ 石阪久美子姉貴→マン(男)コイノチカラ→ホモ Nanako→Foo~↑フローツ→ホモ 林ももこ→Flying sodaよ(便乗)→ホモ 吉河順央→「大声で叫ぶんだ」「高く高く舞い上がれ」→「イキすぎイクイク……ンアッー!」→ホモ 工藤吉三→ベイシスケイプ所属→崎元仁は恐らくホモなので彼もホモ 桜庭統→Crazy blooms→菊門のことであるためホモ 伊藤賢治→Shake and Shout!!(意味深)→ホモ 永谷喬夫→サーフィス→サーッ(迫真)フィス→ホモ 矢鴇つかさ→「輝きナス!」→ホモ HNBT! MRK→恋とキングコング→野獣→ホモ IB→「完璧すぎてヤバイ」→つまりはGO→ホモ MUMU→ホモ SKK→棒読み→2章リスペクト→ホモ RN→中二病具合がどう見てもモーツァルト→ホモ HNCくん→ひなびた商店街でちくわ(意味深)を頬張るクッソ情けないマスコット 6 ニデルルァのホモバージョン。part28より登場。初めはサブタイのみだったがpart30あたりでstyle時代も追加された 01 第一章 sub sandstorm 02 第二章 03 第三章 04 第四章 05 GO IS GOD 06 何?俺とsixしたいって? 07 ホモ(虹色) 08 エイシャア 09 (バグは)ないんです 10 10thまひろ 11 西寺赤豚 12 クッキー☆スカイ 13 ディストォデッオォン! 14 金! 15 暴力! 16 SEX! 17 尻ウッス! 18 屋上ンアッー!セム 19 ホモホルンリンクル 20 tadocoro 21 SPADAからね(意味深) (ここまでテンプレ、はい!よろしくぅ!)
https://w.atwiki.jp/newsop/pages/96.html
1974年10月1日-1978年3月? カラーリング:CBC ニュースワイド ブラックバックにCBCのロゴが奥から現れるとニュースワイドと矢印らしき模様がロゴの後ろを川のように8回回ると CBCも右上へ消える。そしてニュースワイドの文字が徐々に表示されるとCBCが右上から左上へ移動して静止するもの。音楽が終わると タイトルごと変形しリング状の物体が回転するものに変化するスキャニメイトアニメ。タイトルの色は黄色。 1978年4月?-1980年3月? 日本地図から中部地方が拡大された画面を背景に航空機等で使用されるPPIスコープが表示され、ヘリコプターの映像を初めに放射状に掃引されると共に色々なニュース映像が表示される。 一通り出終わった後レーダー画面も閉じられその後に奥からCBCニュースワイドのテロップを表示。 その後地図からブルーバック画面に移行するとともにタイトルがリング状になり消え提供画面へ。 タイトルの色は白色。 1980年4月?-1982年3月 不明。恐らくテロップアニメ。 1982年4月?-1984年? 1984年?-1987年9月 カラーリング:CBC ニュースワイド / CBC 日曜ニュースワイド NEWSの文字が一文字ずつサイコロ状に集まり回転すると上へ消滅しCBCが上から降り注ぐと「ニュースワイド」の文字が放射ブラー状に 現れ発光するCGアニメ。タイトルの色はCBCがオレンジ色でニュースワイドは水色。 1987年10月-1989年3月 カラーリング:CBC ニュースワイド / CBC 日曜ニュースワイド ブルーバックに薄紫の四角形が大量にある空間を通り途中でCBCのロゴが通過すると空間が「ニュースワイド」の文字になり CBCが中央上から左上へ浮遊しながら現れて静止するとタイトルが完成するCGアニメ。タイトルの色はCBCがオレンジ色でニュースワイドは薄紫。 1989年4月-1993年3月 カラーリング:CBC ニュースワイド / CBC 日曜ニュースワイド 雫が落ちるとアナログ時計が浮き上がって放送開始時刻を示すと侵入する球体の中にはニュースワイドの文字があってその中を侵入すると タイトルがズームアップダウンしてCBCの文字が左から移動し停止する3DCGアニメ。色は共に金色。なお使用当初は全部6時を示していたが、1990年4月からJNNニュースの森が放送開始したのに伴い、放送時間を移動したため、6時30分を示すようになった。なおCBC日曜ニュースワイドは6時を示していた。 「CBCニュース通り」が放送されていた1989年10月 - 1990年3月は平日のみ「CBC」ロゴが省略され、『ニュースワイド』となっていた(エンドカードでは『CBCニュース通り ニュースワイド』)。 この代まではオープニングの後にお天気カメラ・スタジオの映像あるいはニュース映像をバックに提供クレジットが挿入されていた。 1993年4月-1995年9月 カラーリング:CBC ニュースワイド 水色の日本列島に東海3県が紫色になっていてそこからいくつもの光が放射され海の中をCBCのロゴが移動し水玉が上へ移動してそれがタイトルロゴになって 「CBC ニュースワイド」が完成する3DCGアニメ。この頃から放送開始から使われてきた「こんばんはー」は廃止された。タイトルの色はCBCが薄い水色で ニュースワイドは立体文字で銀色。 1993年10月1日・2日に放送された「CBCニュースワイド20年・24時間ニュースへの挑戦」では「20年スペシャル」の文字が追加されていた。 この代からはオープニングの後の提供クレジットが分離され、最初のCM前に挿入されるようになった。 1995年10月-1998年10月(社屋移転前) 地球儀のようなCGがベース。中心の核でCBCのロゴが形成されると、灯台のように回転しながら光り続ける。画面が引いていき、その核(地球儀の地球の部分)を包むように電光掲示板(「NEWSWIDE」「CHUBU NIPPON BROAD CASTING SISTEM」と表記されていた)でできた支えを通り抜け、全体を映す。中心で回転するCBCロゴの光が画面の手前に来ると、ロゴが出てくるもの。その後、ヘッドラインを3項目(なぜか16 9画面になっていた。)紹介しスタジオに移る。このCGは年末年始で番組が休止になった際も代替で放送された夕方のCBCニュースで使用していた。 1998年10月(社屋移転後)-1999年3月 スタジオの映像をバックにタイトルが作成されていくCGアニメ。音楽が終わるとバラバラに散る。 挨拶時のBGMは当初はジャンクションと同じ物を使用していたが、のちに別のBGMに変更されている。 エンディング 1974年10月1日-1990年? ブルーバックに黄色文字で「CBCニュースワイド 終」と表記したフリップを表示。日曜日は「CBC日曜ニュースワイド 終」となっていた。 「CBCニュース通り」が放送されていた1989年10月 - 1990年3月は平日のみ「CBCニュース通り ニュースワイド 終」となっていた。 1990年?-1993年 平日版:スタジオバックに「CBCニュースワイド おわり また明日…」のテロップを表示(ブルーバックの場合もあった) 日曜版:オープニングとほぼ同じ静止画で「CBC日曜ニュースワイド 終」と表示。 BGMはオープニングのBGMの後半部分を使用。 1993年-1995年9月 土曜版:オープニングとほぼ同じ静止画で「CBCニュースワイド おわり」と表示。BGMは提供読みで流れる物のロングバージョン。 1995年10月-1998年10月 平日版:お天気カメラバックに「CBCニュースワイド(左上) おわり(改行)また明日…(右下)」のテロップを表示。 BGMは月替わりor週替わりの楽曲を使用。 土曜版:地球儀の一部を映したCG(大型モニターに表示されるタイトル画面と同様)をバックに左上に「CBCニュースワイド」、右下に「おわり」と表記した静止画。 BGMはヘッドラインのBGMをアレンジした物。 スタジオセット 1974年10月 - グリーンバック(ニュース本編ではバックがお天気カメラの映像になる)。机にはネームプレートが掲げられていた。 1980年代 - 1987年12月13日 クロマキーを使ったセット。 1987年12月14日 - 1989年10月 CBC会館3階にニュースセンターが完成されたことに伴い全面リニューアル。オフィス風のセットで、上部には「CBC NEWS STUDIO」と描かれた電飾があった。また、左奥には定時ニュース用のセットがあり大型モニターには定時ニュースではお天気カメラが映されていた。 1989年10月 - 1993年 「CBCニュース通り(のちのミックスパイください)」開始に伴い、ここからCBC会館1階フロントスタジオからの放送。 茶色系のセット。背後にはブラインドがあり、ニュースワイド放送時のみ開けられ、「NEWSWIDE」と描かれた壁面が見られた。「CBC TELEVISION」や宇宙坊やが掲げられていた。広小路通り側から見えないセットの横には天気予報用のクロマキーがあった。 女性キャスターが座る席の横(広小路通り沿いのガラスから見て右側、外側に近い場所)には1990年3月まで「CBCニュース通り・ひとみ・ゆかりのSHINSEN通信」(「CBCニュース通り・小堀勝啓の時代塾」は名古屋市内からの生中継で放送する為スタジオセットは持たない。)のセットがあった。リビング調のセットで、右側には階段があるニュースワイドと共通の意匠をもったセット。テーブルも共用となっており、「SHINSEN通信」側にはカレンダーも置いてあった。(セット右側は「ミックスパイ」になった後も残されたが、階段などが撤去されて小改装された。)カレンダーなどの小物も「ミックスパイ」に引き継がれた。1990年4月以降はニュースワイドのセット向かい(広小路通り沿いから見て左側、正面玄関寄り)に「ミックスパイください」のセットが設置されていた。当初は「SHINSEN通信」で使用していたらせん階段式のセットと照明をそのまま利用していたが、スタジオ外にいる多くの通行人が立ち止まってふざけるため、次第に大掛かりなセットで外の景色を覆ってしまう事になる。 1993年 - 1994年 先代のマイナーチェンジ。セットの背景が変更された。 1993年10月1日・2日に放送された「CBCニュースワイド20年・24時間ニュースへの挑戦」ではCBC会館第7スタジオから生放送していた。 1994年 - 1995年9月 青緑色基調のセット。右側にはモニターと立席スペースがあった。 ここまでCBC会館1階フロントスタジオからの放送。 1995年10月 - 1998年10月 レンガ調の部屋風のデザインのセット。キャスター席の横にはソファと大型モニターがあった。 この代のセットのみフロントスタジオに入りきらない大掛かりなセットのため、公開番組に使用するCBCホール(CBC会館第8スタジオ)に置いて生放送していた。参考画像。当時CBCホールの照明器具を納入した丸茂電機のライティングデータシート(納入レポート)から。 1998年10月(社屋移転後)-1999年3月 この代のみCBC放送センターからの生放送。 緑色・灰色を基調としたもの。この期間は立ってニュースを読む形であった。 後継番組の『ユーガッタ!CBC』でも一部手直しして使用。 タイトルロゴなど 初代(1974年10月 - 1995年9月) 左上に「CBC」、中央に太字の「ニュースワイド」。「ニュースワイド」の下半分には2本の直線が入る。 1983年10月-1991年9月の日曜版は右上に赤枠に白抜きの「日曜」が入った。 カラーリングは歴代オープニングで異なる。 2代目(1995年10月 - 1998年10月) カラーリング:CBC ニュースワイド 21年間使用されたロゴを全面刷新。3行表記で左上に「CBC」、中央に「ニュース」「ワイド」と配列されたロゴ。 「ニュース」「ワイド」部分は一部文字が接続している。「ド」の横棒は●3つの円と)3本の曲線で構成。 タイトルの色は「CBC」がシルバーで「ニュース」「ワイド」は青色(縁取りは■橙色)。 3代目(1998年11月 - 1999年3月) カラーリング:CBC NEWS WIDE CBC新放送センター稼動による番組リニューアルに伴い、タイトルロゴも全て英字となる(上にCBCのロゴ、中央に「NEWS」、下に「WIDE」)。 土曜日の後継番組「CBC土曜ニュースワイド」ではカタカナ表記に戻った。 その他 提供読みは一貫して「この番組は、ご覧の各社の提供でお送りします(しました)」という言い回しが使用された。但し中部電力の一社提供だった日曜版は使用されなかった。 歴代のオープニングテーマの中に、印象的な「こんばんは〜」のコーラスを入れたことがある。1993年のリニューアルまで使用された。 1994年の一時期、右上に局ロゴのウォーターマークを表示していた。 放送センターに移転した最末期は時刻表示を実施していた。 1990年4月以降は平日版のみ「JNNニュースの森」終了後にジャンクションを設置していた。 1993年地点ではニュースの森のエンドタイトルに続いてキャスターが登場し(画面下に「つぎは6時半から ニュースワイド」のテロップを表示)女性キャスターが「この後はニュースワイドです。」とアナウンスし、石塚がこの日のニュースの告知を行っていた。 最末期は全国ニュース終了のジングルの後にキャスターが登場し(画面下に「このあと NEWS WIDE」のロゴとニュース項目のテロップを表示)大園が「この後はニュースワイドです」とアナウンスした後、続けて大園・丹野が当日の内容2項目を紹介した後に大園が「(この後)60秒後です」と告知していた。
https://w.atwiki.jp/show/pages/161.html
久々の肉離れ(7月19日) このところ筋力が付いてきたので、肉離れから遠ざかっていた。 始めた頃は、全力で走るたびに軽い肉離れを起こしていた。 日曜は、角田陸協主催の記録会が有った。 高校生のレベルアップを図るもので、種目は限定されていたが何回かのトライアルをするというユニークな構成だった。 100mは3回行われ、自分で選択し全部でも、絞ってでも出場できる。 100の1回目は9:30。 1・2回目はそれぞれの組でレベルの違うメンバーの組み合わせ。 3回目は、同じレベルのメンバーで構成されている、 経験の浅い生徒も、予選・準勝・決勝を経験できる。 その中で、記録がどのように変化するかを体験できるすばらしい企画だった。 一般は自分一人。 1回目を走ったら終わりにしようと思っていたが、朝早かったことでアップ不足。 タイムが13秒5と今一だったので、2回目にも出場した。 スタートはまだまだ課題があるものの、トップスピードに乗ってから後半へ向けての加速は、走っていても調子よく感じた。 70mを過ぎたところで、左ハムがプチンと鳴った。 痛みを感じて走るのを止めた。 すぐに帰宅し、氷でアイシング。 肉離れは、 1)安静 2)アイシング 3)サポーターで圧迫 4)足を少し高くして これで1ヶ月は補助運動で我慢しなければならない。 やってしまったのですか? 新居田さんのおっしゃるように時間がまだありますのであわてずに完治するまでご辛抱下さい。 そして、さらに強くなって復帰することを心待ちにしております。 中嶋様、この場をお借りさせて頂きお二方にご挨拶を! 新居田様、大江様、こぼりと申します。よろしくお願い致します。 いつも先輩方の活躍を刺激に走っております。 新居田様、世界大会楽しんできてください。私もいつの日かチャレンジしたいと思います。 大江様、名古屋でお話できることを楽しみにしております。 中嶋さん、この場をお借りしたことに感謝申し上げます。 くれぐれもお大事にどうぞ。 -- (こぼり) 2009-07-21 15 27 06 こぼりさん、わざわざの挨拶ありがとうございます。お会いしたことはありませんが、こぼりさんのお名前は存じ上げております。 今年M50になられたようですが、長年たくさんの方が挑戦しても誰も破れない貝原さんの100mの日本記録に一番近いところに おられると思います。記録更新のチャンスはあると思いますので、挑戦してください。100mの日本記録保持者にこぼりさんの 名前が加わることを楽しみにしています。 私は去年の体調不良と相次ぐ故障で以前のような走りはできませんが、名古屋での全日本にも参加しますので、お会いできることを 楽しみにしています。 -- (新居田) 2009-07-21 22 23 33 新居田さん、 ご無沙汰しています。 アドバイスありがとうございます。 いつも新居田さんからのコメントは、私が窮地に陥っているときなので、大変助かります。 鍼は早速試してみます。 筋肉の断裂があり、内出血が発生していたので鍼は止めておいた方が良いかと思っていましたが、早く治すためには良いのですね。 また、暫くの練習の休みはよく自分に言い聞かせます。 大丈夫、我慢できると思います。 キネシオは、福岡で新居田さんの指南を受けたのでマスターしています。 フィンランドでは、競技を充分楽しんできてください。 本当に、いつかみんなで世界戦に参加できれば嬉しいですね。 まずは、新居田さんのご活躍を祈っています。 ところで、こぼりさんには7月5日の東北マスターズでお会いしました。 いろんな意味ですばらしいアスリートだと感じました。 名古屋で、新居田さん、大江さんと一緒に、こぼりさんとも食事の機会でもあると良いですね。 -- (中嶋) 2009-07-21 23 24 16 こぼりさん、 やってしまいました。 ご心配、ありがとうございます。 今回は少し手ごたえがあったので、完走できなかったのは残念ですが、楽しみが増えました。 これも、少し休みなさいという天の声だと理解し、休養をしたいと思います。 私も、こぼりさんには、新居田さんの記録を塗り替えられた後は、貝原さんの日本記録を是非更新していただきたいと思っています。 名古屋では、多くの短距離の方とゆっくり話が出来る機会があれば良いですね。 新居田さんも、大江さんも、陸上競技の話となると何時間でも楽しく話が続きます。 是非、一度機会を作りたいと思います。 -- (中嶋) 2009-07-21 23 31 57 大江さん、 大江さんにコメントを書かれる前に迎え撃ちです。 肉離れは、現時点ではひどいのか軽いのか分かりません。 内出血もしていますので、断裂です。 確かに、自分の中で、プチンという音が聞こえました。 ゆっくり休養し、練習はお預けにしますので、ご安心ください。 大江さんは、こぼりさんをご存知と思います。 大変すばらしいアスリートです。 名古屋では、タイミングが合えば、一献いきたいですね。 こぼりさんが飲まれるかどうかは分かりませんが。 -- (中嶋) 2009-07-21 23 38 34 誰でも三本、というアイディアは樋口先生@蔵王高校と佐藤善典さんのものです。素晴らしい企画ですね。 で、肉離れでしたか・・・。痛いですね・・・。 松村先生に相談されるといいですよ。ウチのバカ息子の「やっちまった」ハムが見る見るゆるんで回復してしまう「超常現象」を私は目の辺りにしています。是非。 キネシオのセオリーはご存知とのことですが、使うテープはクレーマージャパンの「デニバン」がお勧めです。これも、是非。 -- (二日酔い主義者) 2009-07-21 23 46 29 先に書かれちゃった(笑) でも私が書こうと思っていたのは肉離れの部位のことです。 同じところなら新居田さんのように走る前にキネシオ貼ることも考えられますね。 こぼりさん、お会いしたことはありませんがよく存じております。 私こそとても強く刺激をもらってますよ。 -- (大江) 2009-07-22 00 06 22 二日酔い主義者さん、記録会の企画は大変すばらしいですね。 参加してみて、特にこのシステムを有効に活用すべき低学年の生徒たちが目的を理解していませんでした。 各校の先生たちは、目的の説明をして欲しいものです。 こんなことを考えると、日々の練習自体も、目的が説明されているか疑問です。 自分で考えるアスリートを育成して欲しいものです。 松村先生には、すでに相談していて、アドバイスをいただいております。来週早々に診ていただけることになっています。 ハムの肉離れは初めてなので、キネシオの貼りかたは調べてみます。 ありがとうございました。 -- (中嶋) 2009-07-24 07 16 12 大江さん、 先回り、失礼しました。 アスリートで、今回の肉離れは軽いですよねと聞いたら、練習は我慢しなさいと言われてしまいました。 しばらくは、自重しますが、回復は順調のようです。 -- (中嶋) 2009-07-24 07 18 23 もしかして、タオルを噛んで絶叫を堪えるという、見方によっては「いかがなものか」状態のケアを体験されましたか? 定期的に血液検査をしている某実業団チームでは、そういったケアの後にあり得ない疲労物質の数値が出て、以来お呼びがかからなくなったそうです。 バカですねえ。回復を早めるには歓迎すべき数値だ、と読めないのですから。日本記録保持者を抱えるチームでそのありさまです。 残念です。 -- (二日酔い主義者) 2009-07-29 22 55 36 二日酔い主義者さん、ご察しの通りです。 施術をしていただいているときは、あまりの痛さに、もうどうにでもしてくれ状態でした。 下肢の裏の後、大腿四頭筋に移ったときは、松村先生が鬼に見えました。 その後、我慢をした甲斐が有りました。 指先から骨盤まで繋がったり、足の裏の忘れていた感覚がよみがえったり。 感激でした。 詳細は、別途。 -- (中嶋) 2009-07-31 23 06 00 ローマ時間で過ごしております。水泳世界選手権を毎晩。ヨーロッパやアメリカ大陸で世界選手権やらオリンピックが開催されると、国内にいながら時差ボケ。 隠居するまではそれこそ大変な日々ではありました。今回は堂々とローマ時間で生活しています、と申し上げることが出来る! でも、日本はまさにfar eastなのがわかります。 さて、松村さんの指導、ケアは、受ける本人にとっては行きつ戻りつが当たり前ですので、どうか焦らず・・・。わかったようでわからない、しばらく経つとあれ、何を教わったんだっけ? となる可能性が大変高い。奥が深すぎるのです。にっこり笑って四頭筋をゴリゴリ踏んで。普通の人は「ふざけるな!」ですよね。 あの部屋での出来事を再現することは非常に重要なことです。行きつ戻りつをどうか味わっていただきたいと思っています。 感覚が共有出来ればいいな、と。 -- (二日酔い主義者) 2009-08-01 02 26 02 二日酔い主義者さん、 そうなんです。 松村先生は、すごいことをさらっと言われるので、その時に本質に気付かないことが多いです。 たまたま、指導の何回かの録音をさせていただきました。(さすがに自分の悲鳴は録音していませんが) それを何度も聞いています。 そうすると、あれっ!こんな事言われてたんだということが沢山ありました。 この前の施術で新しい体の感覚が出来ましたので、今歩くときは、胸から下が足だと意識して歩いています。 私は不器用で一度に一緒のことを出来ませんが、この歩きと重心移動が同時に出来れば、また面白い発見があるのではないかと、密かに楽しみにしております。 -- (中嶋) 2009-08-02 07 55 00 中嶋さん、こんにちは! 今月の21日に松村先生にご指導して頂くことになりました。 中身の濃いメニューを組んで頂いたので、 指導の日までが楽しみです。 今回、松村先生のブログにて中嶋さんのコメントより「腕は腰から生えている。足は胸からついている。」 という興味のあるキーワードを見つけました。 足が胸からついているというものは古武術の本でよく載っていますが、 腕は腰から生えているというものは初めてききました。 腰というのは、もしかすると仙骨もしくは仙腸関節のことですか?? -- (新井) 2009-08-03 00 36 03 新井さん、とうとう決心されたのですね。 本当に良かったです。 私は、古武術の本での記述は読んだことが有りませんが、実感です。 筋肉が緩むと、手から腰まで繋がっている実感を感じました。 腰とは、骨盤ですが、歩いていても楽しいです。 -- (中嶋) 2009-08-05 16 44 19 なるほど、 腕が腰からついているというような感覚ですか。 その感覚は走る際の上半身の使い方に必要なのでしょうか?? 松村先生は上半身をどのように使いなさいと指導されていますか?? -- (新井) 2009-08-06 22 09 48 乱入をお許し下さい。 新井様。 センサーが敏感な方なら仙骨からのつながりを実感してはいるのでしょうが、我等「一般人」としては、腕を色々な方向に突き出した時に肩胛骨を巻き込んで広背筋をメインに背中全体がギューッとストレッチされる感覚、と言いましょうか・・・。 走る際には、必要があればいわゆる腕は動くでしょうし、なければただブラブラしているでしょう。 上半身と下半身を分けて動きを捉えようとする発想そのものを否定される可能性が高いです。 腕は、運動神経が脚よりも発達しているので動かしやすいのですが、それに寄りかかってばかりいると、次のステージにはなかなか手がかかりません。 実感を込めて申し上げます。 失礼しました。 -- (二日酔い主義者) 2009-08-07 01 29 44 新井さん、 二日酔い主義者さんの方が、松村先生をご存知の様ですね。 二日酔い主義者さん、 本日、角田のグランドに椿さんが来られました。 松村先生や二日酔い主義者さんの話題で持ちきりでした。 -- (中嶋) 2009-08-08 19 49 32 >二日良い主義者さん ご返答ありがとうございます。 上半身と下半身を別々のパーツとして動かすのではなく、 全身を1つとして捉えるということなのですね。 身体の自然な動きを再度確認して、練習に取り組んでみます。 大変参考になりました、 ありがとうございます。 -- (新井) 2009-08-11 07 25 28 >中嶋さん いつも皆さんからこのような貴重なお話を聞くことができて、 本当に感謝しています; -- (新井) 2009-08-11 07 29 55 名前 コメント すべてのコメントを見る プリウスがやってきた(7月13日) 病院へ行って足を診てもらった。 もう大丈夫だと先生が言う。 確かに、新しい皮膚ができている。 先生に、何か薬をつけないのでしょうかと聞くと、もう治ったの一言。 結局、何もなし。 皮膚がちょっと突っ張る。 ちょうど一週間。 赤い、新しい皮膚が出来た。 3月から、車を買い換えようか悩んでいた。 不況で給料は下がるし、今まで乗っていたシャリオグランディスの調子は悪くないので、もう一回車検を通そうか悩んでいた。 2400ccなんだけど10.5km/l走る。 価格が下がったことや、補助金が出ることなどでプリウスを発注した。 同僚には、車も見ないでよく買ったねと言われたが、以前から買い替えの候補の一つだった。 発注は4月11日。 今日納車された。 最初の記念写真は、グランドの見えるところで。 ちょっと失敗だが、道路で慌てて撮影。カシャッ。 中嶋さん、擦り傷はひどいと結構厄介ですよね。ところで今日の100mレース、凄い事になりました。決して顔面を蹴り込まないで下さい。 -- (よう) 2009-07-18 18 22 12 ようさん、楽しいレースが出来て、しかも電気時計。 やはり、神様は見ていてくれましたね。 擦り傷ですが、画期的な治療法でした。 1週間ちょっとで、完治しました。 -- (中嶋) 2009-07-20 10 49 06 名前 コメント すべてのコメントを見る 今週は休養(7月11日) 足のすり傷は良くはなってきたが、まだ治療のシートが外せないので、今週は休養日。 いつもなら午前中にグランドへ行くのだが、行かないとなんだか落ち着かない。 この前のレースでいろいろ考えるべきところがある。 松村先生に教えていただいたことが、ほとんど消化できていない。 グランドへ行かなくてもできることで、勘を磨きたいのがスタート。 スタートの瞬間に、重心移動が分かるようにしたい。 この練習は、ゆくりやった方が良いような気がする。 東北マスターズ分析(7月6日) 膝の擦り傷は、結構痛々しくて、自分が感じるよりも見た目はひどい。 擦り傷なんて、本当に子供の頃から久しぶり。 医者に行ったが、どうですかと聞かれても、よく分からない。 痛いわけでもないし。 でも、見た目はひどい。 まず、ハードル。 3種目目で、疲れていたのだろう。 風も、向かい風1m。 一歩一歩が大股になり、ハードルも高く跳んでしまった。 着地の足への負担が大きくなり、9台目を跳んだ時、持ちこたえられなかったのだろう。 3種目は、無理なんだろう。(もう少し練習が出来る体力が必要か) 60は、スタートで完全に焦ってしまった。 100は、トップスピードになったときに、従来の走りをしながら重心を前に出そうとしていた。 これでは、いけない。 従来の走りと、新しい走りが喧嘩していた。 今思い出すと、トップスピードでスピードが上がらなかったのはこのためだろう。 スタートでは、一歩目に重心を移動できていない。 松村先生の1cm前へ出すことを、実際に出来るよう、毎日少しでも練習を重ねなければ。 足は大丈夫ですか? タータンでこけるとやけどのように結構ひどくなってしまいます。 そうですか。小堀さんの隣ではあせるでしょうね。 やはり走り方というのはそう簡単に返られませんよね。特にフルで走るときはですね。 松村先生に教えてもらったことを体感しながら自分のものにできるよう頑張っていきましょう。 あくまでやり過ぎないようにね。 -- (大江) 2009-07-07 00 01 38 大江さん、こぼりさんの隣で、本当に焦りました。 付け焼刃では、いけないことも分かりました。 ところで、今回二つの驚きが有りました。 1)擦り傷の処置が変わっていました。 暫く、擦り傷を負ったことが有りませんでした。 昔は、消毒をして黄色いガーゼと油紙のようなものをし、包帯でした。 今は、傷口の消毒はせず洗浄し、デュオアクチブというシートを貼って、その上は透明のシート。 2)体液 傷口から体液が出てきますが、結構多いです。 痛くは無いのですが、見た目は相当ひどいです。 ところで、今日九州マスターズの案内が来ました。 行けますか? -- (中嶋) 2009-07-08 21 48 32 白石の椿さんを尊敬する者です。 先日、椿さんの真似をして走ってアキレス腱の部分断裂をしてしまいました。 今も走れません。腱の中に爪楊枝というか焼き鳥の串が入っているような感覚です。 松村先生には本当にお世話になった一人です。どうか、松村ファンでいてほしいと思います。 今日も白石の河川敷グランドで椿さんとお話する機会がありました。 私は隠居の身でありますのでいつでもヒマ。いつかお目に懸かることが出来れば、と思っております。 -- (二日酔い主義者) 2009-07-09 01 48 57 二日酔い主義者さん、初のコメントありがとうございます。 最近、いろんなところで二日酔い主義者さんのお名前を見かけ気になっておりました。 ここへお寄りいただいたのは、何かのご縁があるのだと思います。 よろしくお願いいたします。 椿さんは、私が高校以来の本格的陸上競技へ復活した初戦からお付き合いをさせていただいております。今年で四年目になります。 松村先生には、昨年12月からご指導をしていただいています。 二日酔い主義者さんのご子息の、先日の日本選手権でのご活躍は素晴らしかったですね。 角田のグランドへも、お越しください。 -- (中嶋) 2009-07-11 13 05 12 名前 コメント すべてのコメントを見る 東北マスターズ(7月5日) どんよりした空の下、6時に家を出てた。 福島を過ぎると空が明るくなって、太陽が見えてきた。 気合を入れてアクセルを踏み、7時45分には開成山に到着した。 受付を済ませアップと骨整体をし、流しをする。 アキレス腱が気になるが、体調はまずまず。 白石の椿さんに最初に会って、次に涌谷の三浦さんに会った。 三浦さんは、アキレス腱が痛くて出場を迷っていたが、60に出て100は棄権。 最初の60は隣が栃木の小堀さん。 1歩踏み出したときは、既に2mくらい先だった。 7秒44の日本新。 あまりの差に、焦ってしまい練習の走りが出来なかった。 話は前後するが、60のスタート地点で福島の八子(ヤゴ)さんと挨拶をした。 八子さんは、宮城マスターズに来てくれたのだが、本日も快調で7秒95で優勝。 100は焦らないようにと考えながらスタートしたが、3レーンに離されてしまった。 自分は6レーン。 後半追い込んだつもりだったが、タイムは今一。 スタートに課題がある。 最後のハードルは、泣きっ面に蜂。 向かい風1mに負けないよう、3歩で進んでいったが、9台目を越えたところで転倒。 一瞬のことで、なぜ転倒したのかが分からない。 あと1台と気を抜いたのがいけなかったのだろうか。 起き上がって、10台目をまたいで、ゴール。 隣のコースの大西さんも、律儀に10台目で止まってくれた。 両膝をすりむいて、悲惨な足になってしまった。 【記録】 60m 8秒49 100m 13秒69 100mH 22秒50 また、ハードな練習するっきゃないでしょ!!って気持ち。 東北マスターズ陸上大変ご苦労様でした。最後のハードルは惜しかったですね、つまずいた瞬間思わず私も声を出してしまいました。 足の怪我早く治して次の名古屋大会も頑張って下さい。 -- (三浦) 2009-07-05 19 57 33 本日はお疲れさまでした。 お世話になりました。 また、お怪我のほう、大丈夫でしょうか? 本日は楽しくお話させていただき有難うございました。 運良く記録も出せて、思い出のレースとなりました。 名古屋での再会楽しみにしております。 -- (こぼり) 2009-07-06 00 19 33 本日はお疲れ様でした。 中嶋さんの60m、100m、100mHの3レース、全て見させて頂きました。 私の目から見てですが、100mはスタートからの流れはよかったと思います。 後半60m以降の減速をいかに最小限に食い止めるかによって12秒台が見えてくるように感じました。 100mHは、大事に至らなかったようで安心しました。 60mと100mを走った後でのレースで、少しバネ切れだったのではないでしょうか。 8代目まではスムーズな流れでしたね。 私のほうは、M30,M35と一緒のM40の400mでしたが、あまりにもレベルの違う人とのレースで、完全にオーバーペースでした。 M30の日本記録51秒04が出ましたね。 離されること約10秒。 61秒17でのゴールで、とりあえずの自己ベストではありますが、もう少し上手く走らなくてはいけない課題の残るレースとなりました。 今年は、名古屋に頑張って参加する予定です。 今年の目標は60秒切り。 頑張ってみます。 -- (川村) 2009-07-06 02 39 57 三浦さん、最後まで見ていただきありがとうございます。 次の大会までにはアキレス腱を完治し、がんばってっください。 身近にマスターズ仲間ができて、本当に嬉しいです。 仙台にも、マドリッド帰りのマスターズメンバーが居ます。 マスターズの輪を広げましょう。 年末に、飲み会できるように。 -- (中嶋) 2009-07-06 21 16 46 こぼりさん、声をかけていただきありがとうございます。 楽しい話をさせていただきました。 近いうちに、飲み会なんかが出来ると嬉しいですね。 M50の記録を次々に塗り替えられることを楽しみにしています。 関東マスターズでの、幡田さんとの勝負、応戦しています。 名古屋でも宜しくお願いします。 -- (中嶋) 2009-07-06 21 20 32 川村さん、そういえば、朝一番長くお話をさせたいただいたのに、書くのを忘れてしまいました。 すいません。 M30の方の日本新でしたね。 あまりの速さに、見ている方は感動しましたが、一緒に走るのはたまりませんね。 その中でも、川村さんの自己新はすばらしいと思いました。 瑞穂では、いよいよ50秒台突入、がんばってください。 全日本では、いつも滋賀マメンバーと懇親会に参加しています。 今年も有れば、一緒に参加しませんか。 今回、私の3レースを見ていただき、ありがとうございました。 -- (中嶋) 2009-07-06 21 30 56 名前 コメント すべてのコメントを見る 雨上がり(7月4日) 朝上がったと思っていた雨は、また降り始めてきて、今日は体育館での体慣らしかと諦めていた。 9時過ぎには小雨になって、そらも明るくなってきたので、思い切ってグランドへ行った。 角高と北角中の生徒が練習をしていた。 明日は東北マスターズなので、今日はスタートの確認のみ。 その後、床屋へ行って、会社へ行って少し仕事をしてきた。 今日のビニールバレーボルは、休み。 明日は、6時には家を出なければならない。 明日の郡山・開成山の天気は、12時過ぎまでは晴れ。 その後は雨。 なんとか持ってほしい。 メニュー:アップ、骨整体、100流しx2、70テンポx2、SDx3、ダウン。 - - -
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/59.html
◇目次 1.自虐史観が生まれた背景 2.世論の「保守化(健全化)」の原因は「左翼の嘘」 3.GHQの洗脳工作について ■コメント欄 1.自虐史観が生まれた背景 ◆外国に侵食された日本 憲法/教育に組み込まれた洗脳工作が戦後続いている 東大法学部が洗脳工作のターゲットになってきた スパイ防止法規は、東大法学部出の有力政治家/弁護士/学者の猛反対で潰されてきた 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」1/6 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」2/6 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」3/6 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」4/6 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」5/6 討論「日本と国際インテリジェンス戦争」6/6 ◆なぜ日本人には歴史の真相が届かないのか (草莽崛起-PRIDE OF JAPAN 原文は『諸君!』中西-小堀対談) 戦後の日本人が大変歪んだ歴史観をもってしまい、いまだに歴史の真実を大変知りにくくなっている要因として、次の四点があると思います。 ① 一つは、戦後半世紀の間、歴史資料の公開が、きわめて一方的で大変偏っていた、という構造があったということです。日本側の資料は敗戦の時に押収されていますし、連合国、戦勝国の資料のうち、まともな資料は五十年経たなきゃ出てきません。また、戦後も日本人の歴史観を歪めるため、数々の意図的な、謀略のようなことが行われてきたことです。「慰安婦問題」の吉田清治のように、やってないことまでもやったという人たちが次々と出てくる。それによって歴史が歪曲される構造があった。 ② 二つ目は、「歴史利権」と私は言っているんですが、学者、マスコミ、出版界という知識人社会が一つになって、特定の解釈をする出版物しか出版させない、或いは学説として流布させないという利権構造があり、強い「タブーの世界」がそこに出来上がっているということがあります。 ③ それから、三つ目は、これは日本人として決して卑下すべきことじゃないんですが、日本文明の特質と言っていいほど「誠」、つまり真実というものに対する素直な姿勢ですね。疑うことを知らない、そういう独特の国民精神の在り方みたいなものが、戦後の日本では国をおとしめるような解釈をする勢力に逆用されてしまった。 ④ 四つ目は、旧連合国の政治意思ですね。戦後の日本の歴史学界というものは、聞きしに勝る売国というか裏切りの精神で、自分の国の事は百パーセント以上に悪く言いたい。いってみれば「吉田清治症候群」といってもよいような風潮が蔓延した。しかし、そこから抜け出そうとすると、日本周辺のいまだに戦勝国と称している国々が、日本の台頭、特に安全保障面、或いは憲法問題等で日本が普通の当たり前の国になろうとする思考を押さえる 為に歴史問題をカードとして多用してきた。 日本だけでなく戦前の米国も共産勢力の謀略に踊らされて日米開戦に突入したとすると、結局は日米両国が陰謀工作の被害者なのであるが、米国のほうはより力が強いために、戦勝国としての名誉と利権にあずかり、より力の弱い日本は、現代に及ぶまで事実に基づかない中傷と不利益を被っていることになる。(なお、台湾に追い払われた蒋介石の国民党も、1949年秋以降1970年代半ばまで国際社会から切り離されて共産党独裁下で塗炭の苦しみを味わった中国"国"民も被害者と言える)我々は、もういい加減に自虐的な史観を我々に押し付けてきた構造に気付き、そこから解放されるべきである。 ◆中国共産党の「対日政治工作」 このような文章は、私でも数年前には一笑に付していたであろう。 しかし豪で約1万人の中共工作員がいる事を亡命中国人が告白した。 韓国は北朝鮮スパイの浸透で10年に渡って親北政権が続き、おかしな方向に国が進んでしまった。 日本でも元公安調査長トップや日弁連元会長が北朝鮮に取り込まれていた 事が明らかになった。 現在の日本の政治状況から見て、多数の政治家・マスコミ等が中国等の謀略に組み込まれている と考える方が理に適っている。 ※南京大虐殺の正体 、中国はなぜ反日か? も参照 ※しかしネットの発達により、状況は変化しつつあります。(以下参照) 2.世論の「保守化(健全化)」の原因は「左翼の嘘」 (原投稿:日本海2006氏) http //www.nicovideo.jp/watch/sm1771094 ◆高森アイズ世論の「保守化」の原因は左翼の嘘コメントを消す場合は場面右下のヒヨコをクリック 『学者のウソ』の中で、著者の掛谷英紀氏が世論の右傾化の原因について指摘したこと。 左翼は、右傾化の原因が 1. 時代の変化に対する若者の「不安」 2. インターネットの登場 3. メディアの「右傾化」 の3点にあるとするが、しかし 1. 若者の不安などというものはいつの時代にもある 2. なぜインターネット空間が右傾化するのかその説明が無い。インターネットは単に情報をやり取りする場所でしかない 3. 左翼が公共の電波や新聞を散々利用しながら、右傾化をメディアの責任にするのはおかしい このような論理は実態からかけ離れた見方だ。 むしろ、世論の動向をつかめないメディアのほうが遅れている。 それでは、世論の右傾化の本当の原因は何なのか 世論の右傾化の進んでいる原因は、ずばり『左翼のウソ』にある。 この数年左翼がついてきたウソが次々と明らかになってきた。 そのウソに対して左翼が全く謝罪していないことなどが、世論が左翼に背を向ける最大の原因となっている。 ◇左翼のウソの具体例 (1) 「男女共同参画で少子化は解決」すると言った・・・統計の綿密な調査では、逆に男女共同参画が少子化を促進していた (2) 北朝鮮を「地上の楽園」と礼賛 (3) 北朝鮮は核開発をしていないと言った (4) 「従軍」慰安婦は軍や官憲によって「強制連行」された (5) 日本軍は南京で「大虐殺」を行った (6) 満洲事変、支那事変はすべて日本の一方的な「侵略戦争」だった (7) 大虐殺を伴った中国の文化革命を礼賛 (8) 沖縄戦で住民は軍命令によって集団自決した (9) 日本人は自国の侵略戦争を「反省」して「憲法第9条」を定めた 等々 このような姿を見れば、世論が左翼にそっぽを向くのは当然だ。 それでは、左翼は世論の右傾化を食い止めるにはどうしたらよいのだろうか。 情報化が進んだ現在、中国のような言論統制国家にでもならない限り、メディアを掌握したからといって、ウソを隠し続けることは出来なくなっているのだから、左翼は今までの過ちを認めて謝罪するほかはない。 しかし、左翼の謝罪が世論の「右傾化を食い止める」ことにはつながらず、むしろ逆に右傾化をさらに促進するだろう。 (いまさら、手遅れだ) つまり、左翼はウソをつけばつくほど「右傾化の原因」となり、その「過ちを認めて謝罪」すれば更に「右傾化の原因」 となるという板ばさみの状態に陥っている。 しかも、ウソをウソと認めてしまえば、左翼の存在意義がなくなってしまう。 左翼はウソに立脚することでしか左翼であり続けることが出来ない。 「インターネットの登場」が何故「右傾化の原因」になったかというと、「左翼メディア」による情報の独占体制を打ち 破り、ウソがウソであることを暴く武器として機能してきたからに他ならない。 インターネットの発展と成熟は世論の保守(健全)化に大きな貢献をするだろう。 もちろん「左翼メディア」の影響力はまだまだ絶大で、世論の保守化もまだまだ微弱だが、しかし、ウソはどれほど強大に見えても結局は弱い。真実はどれほど弱小に見えても、最後には勝利する。 そのことを左翼の諸氏はよく肝に銘じておくべきだ。 ネットで左翼や在日や中国人や朝鮮人が嫌われている理由 彼等が謝罪しない理由 彼等が必死になって工作すればするほど、普通の日本人が嫌韓・反中・右傾化することが良く分かります。 3.GHQの洗脳工作について GHQの実施したWGIPについては、GHQの占領政策と影響、大東亜戦争への経緯で扱います。該当ページを参照願います。 ここで注意すべきは、特亜の反日・洗脳工作が現在も進行中であるのに較べて、米国の工作は基本的にはサンフランシスコ講和条約発効時に終了しており、それ以降は、むしろ日本人自身がWGIPの呪縛から抜け出せないことが、日本を痛めつけているだけでなく、同盟国である米国の足をも引っ張っている、という事です。 保守派には、①反米保守 と②親米保守 があり、①反米保守は、戦後に米国の実施した占領政策をより強く批判し、②親米保守は、現状における特亜の反日・洗脳工作をより強く批判します。 米国に対する不信不満は当然多々有りますが、現在日本が置かれている国際情勢、および日本国内で進行中の事態を考慮すれば、①反米保守の立場には全く展望がないことは明らかであり、私の編集内容も、この立場を採りません。 ※参考サイト:反米保守と親米保守 ランドパワーとシーパワー 米国二大政党の異なる対日関係史 ■コメント欄 元ページ「自虐史観の正体」 「日本人の自虐史観(東京裁判史観)からの完全脱却を応援します」とあるが、これをやると「東京裁判」主導した米国への批判論に繋がって日米安保体制に亀裂を生んでしまうのではないか? - 名無しさん 2016-09-03 09 54 50 憲法学者の井上達夫が日本国憲法と同じくGHQから押し付けられた「農地改革」を改憲論者達が非難しないことをダブル・スタンダードだと批判している。曰く、そうして生まれた自作農が保守の支持基盤になっているからで、都合が良ければ押しつけと言わない欺瞞だと。誤解のないように言っておくと、氏は「専守防衛の範囲内ならば自衛隊を戦力ではない」と主張する護憲論者達もダブル・スタンダードだと批判している。 - 名無しさん 2016-12-04 13 25 00 自虐史観とはどのような史観なのか、まず説明・定義して貰いたい。 - 書人不詳 2017-03-14 17 05 47 名前 全てのコメントを見る ■自虐史観から完全に目覚めるために!セットで読む歴史問題・解説ページ 中国の歴史・中国文明 辛亥革命~中国近代化運動の実際 中国はなぜ反日か? 自虐史観の正体 GHQの占領政策と影響 大東亜戦争への経緯 南京大虐殺の正体 沖縄戦集団自決命令問題 韓国はなぜ反日か? 日韓併合の真実 偏向教科書の正体 NHKの正体 靖國神社と英霊の御心 教育勅語とその精神 右翼・左翼の歴史 戦後レジームの正体 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 政治の基礎知識 歴史問題の基礎知識 ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ 当サイトは、日本人の自虐史観(東京裁判史観)からの完全脱却を応援します。 【関連】 日本国憲法改正問題 世界から見た日本 当サイトは日本唯一の愛国放送・チャンネル桜を応援しています!
https://w.atwiki.jp/show/pages/478.html
大姪(1月30日) 今日は家内の誕生日でプレゼントを考えていましたが、朝早くに妹から「孫が生まれた」とメールが来ました。 どちらか聞いていないのですが、男の子なら大甥で女の子なら大姪です。 家内と同じ誕生日なので、我が家では必ず思い出すことになります。 それで家内へのプレゼントは、仙台駅地下で買った弁当と花束にしました。 花束は閉店直前に駆け込みセーフ。 宮城マスターズ総会(1月26日) 今日は10時の気温は11℃でしたが、午後から風が強くなり気温も下がってきました。 4時には4℃になって、ウォーキングに行ってきましたが、とっても寒く感じました。 今日は宮城マスターズの総会が有りましたが、以下の予定が発表されました。 正式には東北マスターズの理事会で承認後となります。 宮城マスターズ陸上競技選手権大会 6月8日 宮城マスターズ陸上競技秋季大会 9月7日 選手権は、福島市で行われる日本選手権とかぶっています。 残念です。 東北選手権は、福島か岩手かで検討中とのことです。 トレーナーが届きました(1月26日) 金曜にトレーナーが届きました。 昨日は気温が12℃まで上がりました。 天気予報の予想通りでしたが、朝起きたときは部屋の中は寒くて予想が外れたかと思い、いつもと同じ完全防寒でグランドへ向かいました。 少しのアップで汗が出てきました。 夕方福島で、チーム川本の新年会が有り、3時台の電車で行かなけらばならなかったので少し少なめの練習にしました。 ハードルも跳んでみました。 300mは51秒54で少し上がってきました。 メニュー:骨ストレッチ、アップ、ウォークドリル、100芝x2、100流しx2、100テンポx5、SD20x5、ハードルドリル3x3 300m、ダウン、骨ストレッチ。 練習の後家内とウォーキングをしました。 家内はノルディックというストックを使って歩く横で、自分は鎖骨を意識して歩いています。 歩くときは鎖骨の動きが分かるようになったのですが、走ると難しいです。 肩が上がると鎖骨の間隔が消えてしまいますので、鎖骨を意識することは、今の課題解決に良い方法だと思っています。 3時16分の阿武隈急行で福島へ向かいました。 今年は日本選手権が福島であることもあり、この新年会がだんだん政治色が強くなってきました。 自分が居ても良いのかなという疑問はありますが、川本先生や東邦銀行のトップアスリートのエネルギーがもらえるので、来年も行きたいと思います。 それぞれのテーブルに選手が一人と学生が一人居てくれますが、私の席には千葉麻美(旧制丹野)さんが居て、合宿の話や出産からの復帰の話を聞くことが出来ました。 この会に来ることができるのも、千葉さんから話が聞けたのも、すべて八子さんのおかげです。 ありがとうございます。 レモン牛乳(1月22日) 昨日は宇都宮に出張で、レモン牛乳を絶対買って帰ろうと思っていました。 去年の埼玉マスターズの時に、oyajiが小堀さんからお土産でもらったのを少し飲ませてもらって、なんと美味しいんだろうと思っていました。 レモン牛乳は、知る人ぞ知る栃木県の名物。 しっかり買いました。 イチゴもおまけ。 チャーリー先輩、今日は頂いたパラシュートで練習、FBにも投稿しました。 津山競技場が改修のため春まで使用できないので、ちょっと勇気を出して人目の少ない道で・・・(笑) トレーナー、届くの楽しみですね♪ -- (andy) 2014-01-23 21 27 30 Andy、 それはかなり勇気ありますね。 私はグランドで使うときも、少しためらいが有ります。 トレーナーは、金曜に到着しました。 素晴らしい出来です。 oyajiさん ありがとうございます。 -- (中嶋) 2014-01-26 07 53 57 トレーナー、なかなかの出来でしたねぇ。 三面プリントしたんで、判代が高くついちゃいましたが・・・(笑) 競技場では赤が映えそうですね! -- (oyaji_sprinter) 2014-01-26 11 16 05 名前 コメント すべてのコメントを見る 今日のテーマは鎖骨を意識すること(1月19日) 今日は朝から仕事をきっちりしていましたが、昼前にレポートが出来上がったので12時にグランドへ出かけました。 おやつを食べながら仕事をしていたので、満腹で遅い昼食でも問題なしです。 気温は4℃だったのですが、蔵王からの風が強くてとっても寒く感じました。 歩くときに気を付けていることは、右足を接地する前に右の鎖骨(肩)を先に動かしていくイメージです。 最初は肩で地面を押すようなイメージでやっていましたが、だんだん細かい動きができるようになり、最近は鎖骨が意識できるようになってきました。 そこで今日は走るときも同じ意識ができるのか試してみたかったので、寒さを押しての練習です。 Oyaji推奨のメダリストクラブのインナーの上に、ユニクロのヒートテックを着てのウインドブレーカーはすぐに汗が出てきました。 風が強いと涙が止まらないのでサングラスをして、手袋。 完ぺきでした。 前半のテンポ走から飛ばしたので、かなりばてましたが、先週は沖縄で休みだったので良い練習ができました。 最後の300mのスタートに行ったら、突然空が真っ黒になり、強い風に吹かれて雪が舞ってきました。 ゴールにたどり着くのがやっとでした。 メニュー:アップ、骨ストレッチ、100芝x2、100流しx2、100テンポx5、SD20mx6、ミニハードル8mx5 x5、100テンポx5、300x1、ダウン、骨ストレッチ かなり走ってますね(^^) 300mが習慣になったら肩の力は抜けると思いますよ! -- (oyaji_sprinter) 2014-01-20 18 00 02 oyajiさん、 肩の力が入ると、鎖骨が動かないのが分かりました。 すこしずつ自分の体が分かってきました。 -- (中嶋) 2014-01-20 22 30 33 名前 コメント すべてのコメントを見る 沖縄に来ました(1月12日) 私の誕生日が今日で、家内が30日なので、二人のお祝いとして沖縄に来ました。 とっても楽しい時間を過ごしています。 昨日は到着すぐに満座毛に行ったのですが天気がよくなかったので、今日ももう一度行ってきました。 天気予報は雨だったのですが、よい天気で楽しめました。 私の一番の楽しみは、いろいろなところへ行ってのスーパーなので、今日もスーパーへ行きました。 その地方の珍しい食材をゲットしました。 朝は、美ら海水族館で甚平鮫やマンタを見て、イルカショーで心を洗われました。 お目当ての店は長い行列だったので、別の店でソーキそばを頂きました。 テビチそばって、昔は食べられなかったのですが、今は美味しく頂ました。 今夜は、ライブを聞きながら泡盛を頂きました。 ありがとうございました。 全日本マスターズのアジア大会HPのハードル、載ってますが決まってますね。頑張って下さい。ハードリングが全然違いますね。全国の方が見ています。この時はたしか銀メダルでしたよね。 -- (MM) 2014-01-18 08 59 41 MMさん、 ありがとうございます。 昨年1年このハードリングの再現をしたいといろいろ試みましたができませんでした。 いろんな方のアドバイスで少し方向が見えてきました。 M55の最後の年ですが頑張りたいと思います。 -- (中嶋) 2014-01-19 19 53 11 名前 コメント すべてのコメントを見る 一人練習始め「2014」(1月5日) 昨日は風のため体調不十分でしたが、今日は回復。 とは言え、自分の心の中では病み上がりなのでゆっくり行こうと決めていました。 グランドへ行くと高校生がバリバリ走っていて、だんだん気持ちが高揚していきました。 Pandy練習会でのAndyの頑張りにも刺激されていたこともあり、やるかーという気持ちになりました。 アップ、骨ストレッチ、芝流しx2の後スパイクで走りました。 100mx2 流し 200m 100mx6 テンポ 600m SD20mx5 100m 100x1 流し 100m ミニハードル(8m5台)50mx6 300m 100m ⇒ 300m ⇒ 200m ⇒ 114m 714m ちょっと姑息ですが合計 2014m 300m 54秒14 200m 32秒21 114m 18秒03 一人だと、心の中で言い訳が先に立ってしまい、あまり追い込めませんでした。 鎖骨から動かすことを意識し、肩に力を入れない、肩を持ち上げない、首の重さを感じるを意識して走りました。 今日は親しくしていた方の告別式で、1500mレースは欠場しました。突然の事で気持ちの整理も付いていませんが、恩人とも言うべきこの方の分も頑張って生きていこうと思います。 -- (よう) 2014-01-05 22 12 45 これはなかなか良いメニューですねぇ! 追い込んで走れたら昇天しますよ(笑) -- (oyaji_sprinter) 2014-01-08 22 50 04 ようさん、 それは残念でしたね。 ご冥福をお祈りします。 -- (中嶋) 2014-01-09 22 07 28 oyajiさん、 一人では追い込めないのが、課題です。 ところでoyajiさんのブログで、階段の幅と股関節の動作の話がありましたが、普段歩くときも同じですね。 幅広の階段は意識して使っていきたいと思います。 目の付け所が素晴らしい。 -- (中嶋) 2014-01-09 22 09 44 名前 コメント すべてのコメントを見る 縄跳び(1月4日) 3日に子供たちが帰りました。 すっかり静かになってしまった我が家に残ったのは、風邪。 昨日から喉が痛くなって、今日はなんとなく調子が悪く、おとなしくしていました。 午後に、これではいけないと家内を誘ってウォーキングに出かけました。 年末から続けている縄跳びですが、なんとか100回はクリアできるようになりました。 二重飛びはまだ始めていませんが、200回が普通飛びでコンスタントになったら始めるつもりです。 明日は天気が良ければ、グランドが使えると期待しています。 今日のPandy2014はどうなったのでしょうか。 気になります。 暖かな追い風のおかげでなんとか無事終了! 見事な逝きっぷりでした(笑) -- (oyaji_sprinter) 2014-01-04 22 25 50 oyajiさん、 お疲れ様でした。 ゆっくり休養してください。 -- (中嶋) 2014-01-05 14 40 01 名前 コメント すべてのコメントを見る 新年(1月2日) 新年明けましておめでとうございます。 子供が孫を連れて帰ってきてとっても賑やかになりました。 公園へ行こうとせがまれて、近くの台山公園まで行ってきました。 昨夜降った雪が芝生の上に残っていたので、雪だるまを作りました。 明日から走ろうかなと思っています。 本年もよろしくお願いいたします。
https://w.atwiki.jp/sakura398/pages/284.html
<目次> ■はじめに ■ステップ1■国史を通して日本の保守思想のアウトラインを掴む ■ステップ2■保守思想を貶める捏造・歪曲を一掃する《1》歴史分野以上に酷い思想分野でのリベラル左翼の歪曲・捏造 《2》「天皇制ファシズム論」の嘘を見破る 《3》「保守」と「右翼」を区別し正しい認識を得る ■ステップ3■更に深く知るために《1》皇室に関する正しい知識を得る 《2》日本の保守思想の核心に触れる ■まとめ■日本の保守思想の再評価の動き ■はじめに 先日、最速!理論派保守☆養成プログラムを作成したところ 西洋思想ばかりで肝心の日本の思想がない(西洋カブレだ)というご批判や 逆に日本の保守思想もちゃんと知りたい|というご要望をいただきました。 実のところ、西洋思想は、所詮は外国の思想だという割り切りもあって、大胆に「これだ」という風に提示できる一種の気軽さがあったのですが、日本の保守思想については、私達の幾多の先達が大切に守り育て、私達に伝えられた価値観に関することであり、西洋思想のように躊躇なく論じるのは憚る気持ちが強くあります。 しかしながら、不要な誤解も受けたくなく、かつ、これを参考に知識を増やしていただける方が現れるのならば、という気持ちで、浅薄ながら日本の保守思想について、簡便なまとめページを作成しました。 願わくば、このサイトを訪問される有識者の方々、あるいは同学の士の方々からの有意義なコメントを通じて、このページがより適切かつ充実した内容にならんことを。 ■ステップ1■国史を通して日本の保守思想のアウトラインを掴む 名画にみる國史の歩み 小堀 桂一郎 (監修), 所 功 (編集)昭和8年(1933年)今上陛下ご生誕を記念して当代最高の日本画家達により10年の歳月をかけて製作された国史(日本の歴史)を辿る78点の名画集に、平成11年(1999年)今上陛下ご即位満10年の佳節を期して、小堀桂一郎・平泉隆房・新田均各氏を初めとする現代の一流史学者・研究家による解説を付した名品。amazonでページの一部を拝見できる。 物語日本史(上) (中) (下) 平泉澄(著) 講談社学術文庫『物語日本史』の序文(抜粋)(全文は「人権擁護法案マガジン・ブログ版」物語日本史(平泉澄)を読む 第1回 、 第2回 、 第3回 )(略)昭和二十七年四月、占領は解除せられ、日本は独立しました。長い間、口を封ぜられ、きびしく監視せられていた私も、ようやく追放解除になりました。一年たって昭和二十八年五月二日、先賢の八十年祭に福井へ参りましたところ、出て来たついでに成和中学校で講話を頼まれました。その中学校を私は知らず、中学生は私を知らず、知らぬ者と知らぬ者とが、予期せざる対面で、いわば遭遇戦でありました。講話は極めて短時間で、要旨は簡単明瞭でありました。「皆さん!皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下に在って、事実を事実として教えられることが許されていなかった。今や占領は終わった。重要な史実は、正しくこれを知らねばならぬ。」と説き起して、二、三の重要なる歴史事実を説きました。その時の生徒の顔、感動に輝く瞳、それを私は永久に忘れないでしょう。生徒一千、瞳は二千、その二千の瞳は、私が壇上に在れば壇上の私に集中し、話し終って壇を下りれば壇下の私に集中しました。見るというようなものではなく、射るという感じでした。帰ろうとして外へ出た時、生徒は一斉に外へ出て私を取巻き、私がタクシーに乗れば、タクシーを取巻いて、タクシーの屋根の上へまで這い上って釆ました。彼らは黙って何一ついわず、何一つ乱暴はしない。ただ私を見つめ、私から離れまいとするようでした。ようやくにして別れて帰った私は、二、三日後、その生徒たちから、真情流露する手紙を、男の子からも、女の子からも、数通もらいました。私の一生を通じて、最も感動の深い講演でありました。成和中学の感動の忘れがたさに、それより十数年後の昭和四十五年、時事通信社より一貫せる日本歴史を書くよう求められた時、純真なる少年に呼び掛ける形を取りました。当時すでに七十六歳の私は、余命計り知るべからず、これを児孫への最後の贈り物、つまり遺書として書こうとし、したがって学者らしく事実を羅列して博学を誇るがごとき形式を好まず、ただ歴史の精粋を抜いて、誠実に父祖の辛苦と功業とを子孫に伝え、子孫もまたこの精神を継承して進むことを期待しつつ、しみじみと誠実に語ろうとして筆を執ったのでありました。(中略)願わくはこの小さき贈り物を満載せる帆船の行手、風穏やかにして波静かなれ。昭和五十三年十二月十日朝 白山寒林の中にて 平泉 澄----上中下3巻本。著者 故・平泉澄博士は、昭和5-6年(1930-31年)欧州に留学しマイネッケのドイツ歴史哲学とフランス革命の思想及びこれに反対するエドマンド・バークの保守思想等を研究、帰国後に抜擢されて秩父宮殿下(昭和天皇の弟君)の日本政治史の侍講を務め、更に昭和13-20年(1938-45年)に渡って東大国史学科にて国体学講座・日本思想史を教授した一代の碩学であり、終戦直後に辞官、その後GHQにより昭和27年(1952年)春まで公職追放され、追放解除後も、左翼マスコミやマルクス主義学者から「平泉史学=狂信的な皇国史観」として異常な誹謗中傷を受けながらも、戦後長くに渡って在野の国史家として保守陣営において重きを為した。この「物語日本史」は、晩年の平泉博士が、日本の未来を担う少年達のために精魂込めて書き記した名著「 少年日本史 」の文庫版である。 ※(参考) 千早鍛錬会パンフレット ↑「物語日本史」の事前読破を推薦していることに注目。 ■ステップ2■保守思想を貶める捏造・歪曲を一掃する 《1》歴史分野以上に酷い思想分野でのリベラル左翼の歪曲・捏造 ~丸山眞男の絶大な影響、「皇国史観」の歪曲 戦後日本の政治思想は、“戦後民主主義の代表”、“岩波文化人のエース”と称され、「国民主権を貫徹するために天皇制廃棄・共和制樹立を最大の政治目標とした」“日本を代表する政治学者・思想家”、 故・丸山眞男 の絶大な影響下にあり、今も丸山を絶賛する政治学者・思想家たちによって、ほぼ占拠されていることを最初に知っておこう。 丸山眞男の政治思想の中核は、明治以降~戦前・戦中の日本を「天皇制ファシズム」と捉え、昭和20年8月15日をもって、日本の国体は「国民主権」の民主主義国家に変更された、とする所謂「八月革命」論にあり、彼及び彼の信奉者は、この架空の「八月革命」を未来において実現すべく(つまり天皇の廃止による日本の共和国化を究極の目標として)戦後長くプロパガンダ活動を続けてきた。 「理論派保守」を目指す者は、この丸山眞男に代表されるリベラル左翼の思想的欺瞞を正しく見抜き、これを論破する理論的根拠を確立しなければいけない。 丸山眞男と平泉澄昭和期日本の政治主義 植村 和秀 (著) 柏書房 (2004/10)単行本この本は、最速!理論派保守☆養成プログラムでも「西洋の保守思想に留まらず、日本の保守思想の扉を開く貴重な一冊」として紹介したが、丸山眞男の政治思想の欺瞞を打ち破る理論武装のツールとしてやはり最重要である。なお著者 植村和秀氏は、「筆者には丸山眞男も平泉澄も、その支持者の多くのように、無条件に支持することはできない。 丸山には心情的には共感できるが、しかし論理的には納得できない。平泉に論理的には共感できるが、しかし心情的には納得できない。 それにもかかわらず、丸山と平泉の思想史的な意義の重さと、人間的な偉大さとは、素直に承認したい。」と総括しており、厳密な実証的研究を通じて丸山・平泉両者に代表される戦前から戦後にかけての日本の思想対立を対比している為に、返って一層本書の価値が高まっていると思われる。また植村氏が「丸山には心情的には共感できる」「平泉に・・・心情的には納得できない 」としていること自体は、その思想的感化を受けた年代を考慮すれば止むを得ないことである。 (参考)歴史問題の基礎知識 ↑「皇国史観」について正しい認識を得る上で重要 ※一部引用 「皇国史観」( 赤旗 )という用語は、「早くても昭和17(1942)年6月頃から、大体は昭和18(1943)年頃から文部省周辺の人々によって使われだしたもの」(昆野伸幸『近代日本の国体論』より引用)であり、戦前/戦中の史学者自身が使った用語ではない(戦後にマルクス主義史家が「レッテル」として普及させた用語である)。 そして、その内容としては、 1.国史学者・平泉澄博士に代表される「あくまで歴史の範囲で思考する」流れと、2.アジア主義者/国家改造運動家・大川周明に代表される「日本を盟主とするアジア解放を主張する」流れ( 昆野氏論文 ) の2つがあったが、戦後に史学界を占拠したマルクス主義史家は、皇室や日本国を貶めんがために、日本の伝統的な歴史観/国家観に根ざした1.と、大東亜共栄圏を包摂せんとする新しい思想を示した2.をワザと混用して「戦前/戦中の史学=皇国史観=軍国主義、アジア侵略、全体主義」という刷り込みを行った。 これに関して平泉澄博士門下の田中卓博士は、「 一概に皇国史観といってもそれは、・・・1.平泉史学による「皇国護持史観」と、2.戦争末期という時代に迎合して浅薄な国体賛美に努めた「皇国美化史観」と呼ばれるべきもの(の2つ)がある と述べ、平泉博士や自らの史観は、日本の伝統を正しく受け継ぐ「正統史観」であると述べている。 なお、ソ連が崩壊した1991年以降は、史学界(主流は、未だ隠れマルクス主義者と思われる)も、従来のように(彼らの言う)「皇国史観」に対して実証研究もせずレッテルだけ貼って一方的に批判することは許されなくなってきており、リンク先にある赤旗や長谷川氏・昆野氏のように戦前/戦中の資料を実際に読んで「実は皇国史観にも多様な内容があった」「実は皇国史観は1940年代に作られた用語だった」などと軌道修正を図っているが、そんな姑息な事をする位ならば、 1 彼らが戦後一貫して貶めようとしてきた1.平泉博士・田中博士らの史観(皇室や日本国を常に善いものと見る正統史観)は実は全体主義とも侵略思想とも無関係だった、 2 国家改造とアジア解放を唱えた2.は実はマルクス主義(具体的にはコミンテルン)の脅威への対抗イデオロギーとして生まれた(実際に、全体主義であり侵略思想であったのはマルクス主義の方だった)、と素直に認めればよいのである。 《2》「天皇制ファシズム論」の嘘を見破る ~明治維新の歪曲、「現人神」「国家神道」という幻想 「皇国史観」(上記)「現人神」「国家神道」といったキーワードで、戦後にマルクス主義歴史家・思想家によって不当に歪曲された諸概念の実際を知り、自虐史観から完全に脱却する。 「現人神」「国家神道」という幻想 新田 均 (著) amazonで一部ページを拝見できます。豊富な実証的研究により、「明治以降の日本は北朝鮮のような異常な絶対主義君主国家だった」という立花隆など左翼の大嘘を完全に打ち破る名著※amazonの内容紹介より一部引用「現人神」「国家神道」??これらの言葉から、現代の日本人はどんなイメージを連想するだろうか。おそらく、狂信的な「天皇崇拝思想」と、それを支えた「国教制度」といったとこだろう。そして、この「日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度」は「明治政府が日本の近代化のために考え出した」などとされている。だが著者は、「そのような認識は思い込みに基づく幻想にすぎない」と喝破する。それは最近の実証的歴史研究の成果に照らしても明らかなのだが、これが意外と世間では知られておらず、歴史の専門家でさえ、少し分野が違っただけで知らない者が大多数なのだという。世間で知られていないことがそれほど大きな意味を持たないなら、それでもかまわないのかもしれないが、この「幻想」はわが国の首相の靖国神社参拝問題や政教関係訴訟、さらには教科書問題や外交関係にまで影を落としている。“虚像”が誰によって、いかにして創られたかを検証する。「「現人神」「国家神道」とは、日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度である」との嘘八百の言説に異議あり! こういったイメージが幻想に過ぎないことを、実証的歴史研究の成果に照らして明かす。 (参考)右翼・左翼の歴史 ※一部引用 宗教系(仏教系)右翼の登場~右翼思想の過激化 (1) 井上日召(日蓮宗僧侶)と血盟団事件(1932) 群馬県出身の日蓮宗の僧侶。血盟団を組織し、国家革新(昭和維新)実現のため「一人一殺」を合言葉に1932年、井上準之助(前蔵相)・団琢磨(三井財閥重鎮)を暗殺。無期懲役となるが後に特赦を受けた。なお後の日本赤軍のリーダー重信房子の父親は血盟団員であり、井上日召は赤ん坊の重信を膝に抱いたことがあるといわれる。 (2) 田中智学(日蓮宗系新興教団)と「八紘一宇」論 田中は日蓮宗の在家信者組織として国柱会を組織し、日蓮主義と国家主義の統合を目指した。1903年には、日蓮を中心にして「日本國はまさしく宇内を靈的に統一すべき天職を有す」という意味の「八紘一宇」なる新語『日本書紀』巻第三神武天皇の条の「掩八紘而爲宇」の記述から造り、日本は世界を道義的に統一する使命がある、とする思想を唱えた。のちにこの言葉が人口に膾炙して大東亜戦争のスローガンにまでなった。 (3) 加藤玄智(浄土真宗在家信者)と天皇絶対神論・国家的神道論 加藤は新仏教同志会の創立者の一人であり、東京帝国大学で宗教学を教えた浄土真宗の信者であるが、同僚の外国人教授の天皇論に刺激を受けて、1912年に『我が国体思想の本義』を刊行し、古来からある天皇「神裔」論を超えて天皇「現人神」論を提唱して「日本に於いては臣民は天皇に絶対服従する」とする天皇絶対神論を主張した。1925年には更に「国家的神道(State Shinto)」なる新語を造り外国に日本人の信仰の在り方として積極的に紹介したために、欧米諸国に、この天皇絶対神論と国家神道論が日本の宗教の実態だと誤解され、後にGHQによる神道指令と天皇の所謂人間宣言を招き、今に至るまで戦前の宗教的制度についての広範な誤解を招いている。 http //d.hatena.ne.jp/jinkenvip/20070312/1173709974 《3》「保守」と「右翼」を区別し正しい認識を得る ~戦前・戦中(昭和10年代)の「右翼」は実は2種類あることを知る。 「革新右翼(アジア主義を志向し、国家改造を目指した国家社会主義者)」と「観念右翼(アジア問題への介入に慎重または無関心の伝統保守・日本主義者)」を区別する。 日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 井上 義和 (著) こちらも豊富な資料に基づく実証的研究により、戦後にマルクス主義者やリベラル左翼によって「右翼」と一括して糾弾され貶められてきた保守思想の実際を教えてくれる一冊。※革新右翼と観念右翼の理念型(一部内容を引用)1.革新右翼…国家改造/高度国防国家/解釈改憲/指導者原理/統制経済/親ソ・親独/世界史的な使命/陸軍統制派/革新官僚/無産政党/国家社会主義2.観念右翼…国体明徴/国民精神総動員/護憲(不磨の大典)/臣道実践/資本制擁護/反共・反独裁/日本史的な道統/陸軍皇道派/財界/既成政党(現状維持派)/自由主義者 (参考) 日本会議ホームページ ↑「観念右翼(伝統保守)」の代表として上記の本で紹介されている故・小田村寅二郎氏の弟・ 小田村四郎氏(元拓殖大学学長、日本李登輝友の会会長) が副会長を務めている、日本最大の保守系団体。チャンネル桜と共同で保守活動を行うことも多い。 なお日本会議の前身の一つである「日本を守る会」は、建国記念の日(旧紀元節)実現運動、元号法制化運動、教育正常化運動などに地道に取り組み成果を上げてきた。 このうち建国記念の日を旧紀元節(2月11日)とすることに理論的根拠を与えたのが、平泉澄博士の高弟である田中卓博士である。 ■ステップ3■更に深く知るために 《1》皇室に関する正しい知識を得る 宮中見聞録―昭和天皇にお仕えして 木下 道雄 (著) 皇太子時代から終戦前後、更に戦後にかけて昭和天皇に近侍し、侍従次官を勤めた木下道雄氏による著作。親しみやすく読みやすいだけでなく、皇統無私の伝統の背景や、昭和21年元旦の所謂「人間宣言」の実際の持つ意味まで解説してくれる好著。 《2》日本の保守思想の核心に触れる 先哲を仰ぐ 平泉 澄 (著) 大正15年(1926年)から昭和42年(1967年)までに発表された平泉博士の数多くの著作から15編を抜粋したアンソロジーであり、戦前・戦中・戦後を通じて、平泉博士の思想に全くといっていいほどブレがなく一貫していることに注意したい。昭和7年(1932年)のエドマンド・バーク批評、昭和29年(1954年)に吉田茂(首相)・岸信介(憲法調査会会長)に招聘されて首相官邸で行った「国体と憲法」講義(マッカーサー憲法の廃棄と明治憲法の復活を自由党議員に訴えた内容です)、更に吉田松陰・橋本景岳・真木和泉守・山崎闇斎・山鹿素行など日本史上の重要思想家についての論述を含み、平泉博士の解説を通じて日本の保守思想の最重要部分に触れることができる一冊。※ステップ1の物語日本史の内容を更に詳しく、本格的に説明している。 ■まとめ■日本の保守思想の再評価の動き 以上、日本の保守思想を論じる上は、その本命である平泉澄博士の所謂「皇国史観」(正しくは皇国護持史観)および、その国体論の再評価を避けることは出来ない(ここを避けているような解説は解説の用を成さない)。 マルクス主義者やリベラル左翼が長く主流を占める戦後日本の言論界・教育界においては、一代の碩学である平泉博士の業績は不当に貶められ、また無視されてきたが、ソ連崩壊を経て、西暦2000年代に入って漸く、東大閥の強い関東ではなく、京大閥が主流の関西で主に再評価の動きが顕在化してきた。 またそれと軌を一にして、平泉博士もその一翼を担った戦前・戦中の日本主義者(当時の用語で「観念右翼」と呼ばれた伝統保守)の再評価も始まっている。 上で紹介した植村和秀氏の『丸山眞男と平泉澄』、井上義和氏の『日本主義と東京大学』はその主要な成果である。 しかしながら、こうした再評価に対して、旧来のリベラル左翼やマルクス主義者の側からヒステリックで感情的な反発が噴出しており、日本思想の一般的な解説書は、近刊のものでも相変わらず「皇国史観=軍国主義」という刷り込みに終始しているものが見受けられるので注意したい(例えば 日本思想史ハンドブック(苅部直・片岡龍) ・・・苅部氏は丸山眞男の直弟子)。 ※参考:2009年5月に放映されたNHK特集JAPANデビュー第二回「天皇と憲法」 “神風特攻隊や一億玉砕を扇動した極悪非道な人物”として平泉澄博士を糾弾しているNHK※なお動画に大きく出てくる立花 隆(たちばな たかし、本名:橘 隆志 1940年5月28日 - )は、2002年秋に拉致事件が大きく報道されるまでは「戦前の日本は今の北朝鮮のような異常な国家だった」とする持論を盛んに展開していた代表的な左翼言論人であるが、実は戦前に右翼団体愛郷塾を率いて五・一五事件の襲撃犯となった橘孝三郎を父のいとこに持つ人物である。橘孝三郎は、一家一族のほとんどを率いて兄弟村農場を経営し、愛郷塾という集団農業を実践する社会主義的結社を創設、血盟団の井上日召と思想的に共鳴し、更に大川周明の影響を受けた海軍下士官と組んで、5.15事件では塾生7人を率いて東京の変電所を襲撃 した。→つまり今は左翼言論人の代表格の立花隆のルーツは、戦前の右翼過激派であることに注目。 (詳しくはNHKの正体・上級編へ) いずれにせよその抜群の学問的実績、そして戦前~戦後を通じて保守陣営に対して保持した影響力の大きさから考えて平泉博士の保守思想の一層の再評価は不可避であり、今後に注目したい。 ここでの再評価の進展が、日本の保守思想全体の再評価に直結するはずである。 (参考図書) 『昭和の思想』(植村和秀:著) ★評価2010年11月に出版された好著。戦前から戦後及ぶ昭和期日本の思想状況が、要点を絞って明瞭かつ簡潔にまとめられている。非常にお勧め。(以下amazonより引用)・内容説明昭和の思想を総体的に俯瞰する画期的論考。思想弾圧と戦争の暗さ。世界に挑戦する日本という明るさ。奇妙な時代=戦前昭和期を中心に、丸山眞男・平泉澄・西田幾多郎・簑田胸喜の思想から時代の本質を剔る・内容(「BOOK」データベースより)「戦前=戦後」だけでなく、昭和はつねに「二つの貌」を持っていた。皇国史観から安保・学生運動まで、相反する気分が対立しつつ同居する昭和の奇妙な精神風土の本質を、丸山眞男・平泉澄・西田幾多郎・蓑田胸喜らの思想を元に解読する。・目次第1章 日本思想は二つ以上ある第2章 思想史からの靖国神社問題―松平永芳・平泉澄第3章 思想史からの安保闘争・学生反乱―丸山眞男第4章 思想史からの終戦と昭和天皇―阿南惟幾・平泉澄第5章 思想史からの世界新秩序構想―西田幾多郎・京都学派6章 思想史からの言論迫害―蓑田胸喜第7章 二〇世紀思想史としての昭和思想史 【このページの続き】 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/yuumeijin/
テンプレ 有名人の妊娠、出産、育児について語るスレです。 一般人の自分語りは禁止です。 次スレ立てるのは 950ゲッターのお仕事でお願いします。 有名人の妊娠 育児 出産 総合スレ@育児 テンプレ置場 http //www34.atwiki.jp/yuumeijin/ (スレ内で新情報が出た時点で加筆・修正してください) ※前スレ 【自分語り禁止】有名人の妊娠出産育児○ https //mevius.5ch.net/test/read.cgi/baby/○○○/ 2015年出産・上半期 01/中 西尾由佳理(元日本テレビ) 第一子 01/27 植村花菜 第一子男児 2695g 01/27 エハラマサヒロ 第三子女児 音羽(おとは)ちゃん 02/02 アントキの猪木 第一子女児 1384g 02/03 虻川美穂子(北陽) 第一子男児 2834g 02/06 益子卓郎(U字工事) 第三子男児 02/中 ファンキー加藤 第一子男児 02/16 石井慧&林明日香 第一子男児 孟沙孜(むさし)くん 02/17 ゆうこ(FLIP-FLAP) 第三子男児 2902g 03/02 湯江健幸 第三子女児 2900g 03/08 杉上佐智枝(日本テレビ) 第二子女児 03/10 寺島進 第二子男児 03/17 東貴博(Take2)&安めぐみ 第一子女児 3158g 詩歌(うた)ちゃん 03/19 三田村邦彦 第四子女児 3708g 03/19 小原正子(クワバタオハラ)&マック鈴木 第一子男児 3342g 誠希千(せいきち)くん 03/26 金山一彦&大渕愛子 第一子男児 侑生(ゆうせい)くん 03/29 藤谷美紀 第二子女児 3030g 03/? 松たか子&佐橋佳幸 第一子女児 3466g 03/? ジュード・ロウ 第五子女児 04/03 中田浩二&長澤奈央 第一子男児 2861g 04/上 谷原章介 第六子女児 04/22 ゴー☆ジャス 第一子女児 2600g 04/30 藤沢とおる&藤沢あやの 第二子女児 2750g 05/02 ウィリアム王子&キャサリン妃(英王室) 第ニ子女児 シャーロット・エリザベス・ダイアナ王女 05/05 あびる優&才賀紀左衛門 第一子女児 3038g 05/07 中澤裕子 第二子男児 05/12 山根良顕(アンガールズ) 第一子女児 2808g 05/? 松尾英里子(元日本テレビ) 第二子女児 05/24 竹下佳江&江草仁貴(広島東洋カープ) 第一子男児 3260g 05/30 ゲッターズ飯田 第二子男児 06/05 くわばたりえ(クワバタオハラ) 第三子女児 3158g 06/06 福田薫(U字工事) 第一子男児 06/09 富澤たけし(サンドウィッチマン) 第二子男児 06/09 仁科仁美 第一子男児 06/上 ナオト・インティライミ 第三子男児 06/12 三浦奈保子 第一子女児 2900g 06/15 関町知弘(ライス) 第二子女児 06/17 後藤理沙 第一子男児 2762g 06/19 水嶋ヒロ&絢香 第一子女児 06/22 大島美幸(森三中)&鈴木おさむ 第一子男児 3885g 笑福(えふ)くん 06/23 伊東美咲 第二子男児 06/24 川島章良(はんにゃ) 第一子女児 2786g 06/24 後藤輝基(フットボールアワー) 第一子男児 3336g 06/30 ロッシー(野性爆弾) 第二子女児 3050g 2015年出産・下半期 07/01 井上康生&東原亜希 第三・四双子女児 2938g 2786g 07/03 宇多田ヒカル 第一子男児 2015年出産予定 佐藤江梨子 第一子(6~7月) 菊地あやか(元AKB48) 第一子(夏) ダルビッシュ有&山本聖子 第一子(夏) 星野真里 第一子(夏) ユージ 第三子(夏) 広末涼子 第三子(夏) おかもとまり 第一子(夏) 杉山愛 第一子(7月) 井上和香 第一子(7月) 藤本美貴&庄司智春 第二子(7月30日) ファンファン(くるり) 第一子(秋) AI 第一子(秋) 小橋建太&みずき舞 第一子(秋) 向井理&国仲涼子 第一子(秋) 堺雅人&菅野美穂 第一子(秋) 一青窈 第一子(秋) 舞坂ゆき子 第一子(秋) 大和田美帆 第一子(秋) 蛯原友里&ILMARI(RIP SLYME) 第一子(秋) ビビる大木&AKINA 第一子(9月) 大竹一樹(さまぁ~ず)&中村仁美(フジテレビ) 第二子(9月) 六車奈々 第一子(9月) 野波麻帆&水上剣星 第二子(9月下旬) 潮田玲子&増嶋竜也 第一子(9月末) 熊田曜子 第二子(9~10月) 堂林翔太(広島東洋カープ)&枡田絵理奈(元TBS) 第一子(10月) 大竹七未 第一子(10月) ビビアン・スー 第一子(10月) はしのえみ&綱島郷太郎 第一子(10月) 中山エミリ 第一子(10月末) HIRO(EXILE)&上戸彩 第一子(11月) 藤本敏史(FUJIWARA)&木下優樹菜 第二子(11月) いとうまゆ 第一子(11月21日) 後藤真希 第一子(12月) 関根麻里 第一子(12月末) 2014年出産・上半期 01/06 スザンヌ&斉藤和巳(元福岡ソフトバンクホークス) 第一子男児 3072g 01/13 永井聖一(相対性理論)&山口尚美 第一子女児 2650g 01/13 大沢樹生 第二子女児 3575g 01/20 落合福嗣 第一子女児 2770g 01/23 槙尾ユウスケ(かもめんたる) 第一子男児 3058g 01/27 川村陽介 第二子男児 3284g 01/31 堂真理子(テレビ朝日) 第二子女児 02/05 ダンディ坂野 第二子男児 02/? 松井大輔(ジュビロ磐田)&加藤ローサ 第二子男児 02/11 竹内香苗(元TBS) 第一子男児 3045g 02/14 大林健二(モンスターエンジン) 第一子男児 3606g 02/17 北川悠仁(ゆず)&高島彩(元フジテレビ) 第一子女児 3128g 02/17 タイガー福田(超新塾・ZEN) 第一子男児 2626g 02/21 甘糟記子 第二子女児 3260g 02/21 三浦茉莉(元東海テレビ) 第一子男児 02/21 前田真理子(テレビ東京) 第一子女児 3200g 02/22 野村忠宏(ミキハウス) 第二子男児 02/24 ダンテ・カーヴァー 第二子男児 02/? TOC(Hilcrhyme) 第一子女児 3740g 02/28 グウェン・ステファニー 第三子男児 アポロくん 02/末 堂珍嘉邦(CHEMISTRY)&堂珍敦子 第五子 02/? 花田虎上 第六子女児 百果(ももか)ちゃん 03/05 小堀裕之(2丁拳銃) 第四子男児 3375g 03/14 佐藤哲夫(パンクブーブー) 第三子女児 3380g 03/17 二宮悠嘉(元SDN48) 第二子男児 3786g 03/17 村上知子(森三中) 第一子女児 2954g 03/19 矢部浩之(ナインティナイン)&青木裕子(元TBS) 第一子男児 3438g 稜(りょう)くん 03/23 福永祐一(JRA)&松尾翠(元フジテレビ) 第一子女児 2752g 03/23 海保知里(元TBS) 第二子男児 3150g 03/23 藤本景子(関西テレビ) 第一子男児 3836g 03/30 八木真澄(サバンナ) 第一子男児 3900g 春真(はるま)くん 04/01 鈴木一真 第一子男児 3000g 04/04 稲葉篤紀(北海道日本ハムファイターズ) 第一子男児 3036g 04/04 優木まおみ 第一子女児 2426g 04/10 高須光聖&増田みのり(ニッポン放送) 第一子女児 04/16 上宮菜々子(テレビ朝日) 第一子男児 2984g 04/17 岡あゆみ 第一子男児 04/? オダギリジョー&香椎由宇 第二子男児 04/23 やまもとまさみ 第二子男児 04/28 滝藤賢一 第四子女児 05/05 ブルース・ウィリス 第五子女児 エヴリンちゃん 05/08 スギ。(インスタントジョンソン) 第一子男児 駿輔(しゅんすけ)くん 05/09 北島康介(日本コカ・コーラ)&千紗(girl next door) 第一子女児 05/12 宮本笑里 第一子女児 2604g 05/14 澤部佑(ハライチ) 第一子女児 2908g 05/20 諸岡なほ子 第一子男児 3116g 05/20 ユージ 第一子女児 2650g 05/27 大村朋宏(トータルテンボス) 第二子女児 2936g 06/03 戸田菜穂 第二子女児 3436g 06/上 三谷幸喜 第一子男児 3058g 06/11 中西モナ 第二子男児 3778g 06/12 白鳥松竹梅(氣志團)&沖樹莉亜 第一子女児 2930g 06/12 吉川正洋(ダーリンハニー) 第二子男児 2872g 06/12 小森純 第一子男児 2980g 06/13 伴都美子(Do As Infinity) 第一子男児 3450g 06/16 大堀恵(元AKB48・SDN48) 第一子女児 2956g 06/18 浜野謙太(SAKEROCK、在日ファンク)&Agatha 第二子女児 2400g 06/23 郷ひろみ 第三・四双子男児 兄(けい)くん・陸(りく)くん 2014年出産・下半期 07/02 横粂勝仁 第一子男児 3082g 皆人(みなと)くん 07/02 友利新 第一子男児 07/07 木下あゆ美 第一子 07/15 萩野志保子(テレビ朝日) 第一子男児 3250g 07/16 田中順也(スポルティング・リスボン)&宇井愛美 第一子女児 3140g 07/17 山本舞衣子(元日本テレビ) 第一子女児 2910g 07/26 森本稀哲(埼玉西武ライオンズ)&悠美 第一子女児 3276g 07/30 田村裕(麒麟) 第一子女児 3132g 07/? 佐藤隆太 第二子女児 08/06 蛯原英里 第一子女児 2678g 08/09 小谷野栄一(北海道日本ハムファイターズ)&亜咲美 第一子女児 2915g 08/13 田丸麻紀 第一子男児 2614g 08/14 加藤歩(ザブングル) 第二子男児 08/15 西原亜希 第一子女児 2885g 08/18 岡田茉奈 第一子男児 3364g 08/18 EMI&肥野竜也 第一子女児 3196g 08/18 佐分千恵(テレビ朝日) 第三子女児 3338g 08/18 篠田歩(東レアローズ)&伊藤さおり(北陽) 第一子女児 08/25 武田双雲 第三子男児 大生(たいき)くん 08/25 千葉真子 第二子女児 3204g 08/28 小沢真珠 第一子女児 08/? tetsuya(L Arc~en~Ciel)&酒井彩名 第一子男児 09/01 相島一之 第二子女児 3000g 09/07 後藤淳平(ジャルジャル) 第二子男児 3244g 09/? 坂口憲二 第一子男児 09/22 横山智佐 第一子女児 2754g 09/24 寺川綾(ミズノ)&細川大輔 第一子女児 09/26 長谷川潤 第二子男児 09/27 魔裟斗&矢沢心 第二子女児 2640g 09/下 小栗旬&山田優 第一子女児 10/09 大迫勇也(FCケルン)&三輪麻未 第一子女児 10/14 三倉佳奈 第一子女児 3076g 10/14 浜島直子 第一子男児 3258g 10/24 落合真理 第一子男児 3500g 10/27 島田彩夏(フジテレビ) 第一子男児 3280g 10/末 織田裕二 第一子男児 11/04 ロバート・ダウニー・Jr 第二子女児 アブリ・ロエルちゃん 11/05 SHOCK EYE(湘南乃風) 第二子男児 11/05 今宿麻美 第一子男児 11/05 長岡杏子(TBS) 第一子男児 11/06 荒川静香 第一子女児 2860g 11/07 加藤貴子 第一子男児 2711g 11/14 佐藤良子(日本テレビ) 第一子男児 11/21 萩原智子 第一子男児 3680g 11/22 hitomi 第二子男児 3062g 11/下 市原隼人&向山志穂 第一子女児 12/16 浅尾美和 第一子男児 3612g 12/19 篠宮暁(オジンオズボーン) 第一子男児 12/20 山本梓 第一子 12/21 石本沙織(フジテレビ) 第一子女児 3024g 12/? 松浦亜弥&橘慶太(w-inds.) 第一子女児 2014年出産予定 桐谷健太 第一子(未発表)
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/1261.html
■はじめに ■ステップ1■国史を通して日本の保守思想のアウトラインを掴む ■ステップ2■保守思想を貶める捏造・歪曲を一掃する《1》歴史分野以上に酷い思想分野でのリベラル左翼の歪曲・捏造 《2》「天皇制ファシズム論」の嘘を見破る 《3》「保守」と「右翼」を区別し正しい認識を得る ■ステップ3■更に深く知るために《1》皇室に関する正しい知識を得る 《2》日本の保守思想の核心に触れる ■まとめ■日本の保守思想の再評価の動き ■はじめに 先日、理論派保守を目指そう!を作成したところ 西洋思想ばかりで肝心の日本の思想がない(西洋カブレだ)というご批判や 逆に日本の保守思想もちゃんと知りたい|というご要望をいただきました。 実のところ、西洋思想は、所詮は外国の思想だという割り切りもあって、大胆に「これだ」という風に提示できる一種の気軽さがあったのですが、日本の保守思想については、私達の幾多の先達が大切に守り育て、私達に伝えられた価値観に関することであり、西洋思想のように躊躇なく論じるのは憚る気持ちが強くあります。 しかしながら、不要な誤解も受けたくなく、かつ、これを参考に知識を増やしていただける方が現れるのならば、という気持ちで、浅薄ながら日本の保守思想について、簡便なまとめページを作成しました。 願わくば、このサイトを訪問される有識者の方々、あるいは同学の士の方々からの有意義なコメントを通じて、このページがより適切かつ充実した内容にならんことを。 ■ステップ1■国史を通して日本の保守思想のアウトラインを掴む 名画にみる國史の歩み 小堀 桂一郎 (監修), 所 功 (編集)昭和8年(1933年)今上陛下ご生誕を記念して当代最高の日本画家達により10年の歳月をかけて製作された国史(日本の歴史)を辿る78点の名画集に、平成11年(1999年)今上陛下ご即位満10年の佳節を期して、小堀桂一郎・平泉隆房・新田均各氏を初めとする現代の一流史学者・研究家による解説を付した名品。amazonでページの一部を拝見できる。 物語日本史(上) (中) (下) 平泉澄(著) 講談社学術文庫『物語日本史』の序文(抜粋)(全文は「人権擁護法案マガジン・ブログ版」物語日本史(平泉澄)を読む 第1回 、第2回 、第3回 )(略)昭和二十七年四月、占領は解除せられ、日本は独立しました。長い間、口を封ぜられ、きびしく監視せられていた私も、ようやく追放解除になりました。一年たって昭和二十八年五月二日、先賢の八十年祭に福井へ参りましたところ、出て来たついでに成和中学校で講話を頼まれました。その中学校を私は知らず、中学生は私を知らず、知らぬ者と知らぬ者とが、予期せざる対面で、いわば遭遇戦でありました。講話は極めて短時間で、要旨は簡単明瞭でありました。「皆さん!皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下に在って、事実を事実として教えられることが許されていなかった。今や占領は終わった。重要な史実は、正しくこれを知らねばならぬ。」と説き起して、二、三の重要なる歴史事実を説きました。その時の生徒の顔、感動に輝く瞳、それを私は永久に忘れないでしょう。生徒一千、瞳は二千、その二千の瞳は、私が壇上に在れば壇上の私に集中し、話し終って壇を下りれば壇下の私に集中しました。見るというようなものではなく、射るという感じでした。帰ろうとして外へ出た時、生徒は一斉に外へ出て私を取巻き、私がタクシーに乗れば、タクシーを取巻いて、タクシーの屋根の上へまで這い上って釆ました。彼らは黙って何一ついわず、何一つ乱暴はしない。ただ私を見つめ、私から離れまいとするようでした。ようやくにして別れて帰った私は、二、三日後、その生徒たちから、真情流露する手紙を、男の子からも、女の子からも、数通もらいました。私の一生を通じて、最も感動の深い講演でありました。成和中学の感動の忘れがたさに、それより十数年後の昭和四十五年、時事通信社より一貫せる日本歴史を書くよう求められた時、純真なる少年に呼び掛ける形を取りました。当時すでに七十六歳の私は、余命計り知るべからず、これを児孫への最後の贈り物、つまり遺書として書こうとし、したがって学者らしく事実を羅列して博学を誇るがごとき形式を好まず、ただ歴史の精粋を抜いて、誠実に父祖の辛苦と功業とを子孫に伝え、子孫もまたこの精神を継承して進むことを期待しつつ、しみじみと誠実に語ろうとして筆を執ったのでありました。(中略)願わくはこの小さき贈り物を満載せる帆船の行手、風穏やかにして波静かなれ。昭和五十三年十二月十日朝 白山寒林の中にて 平泉 澄----上中下3巻本。著者 故・平泉澄博士は、昭和5-6年(1930-31年)欧州に留学しマイネッケのドイツ歴史哲学とフランス革命の思想及びこれに反対するエドマンド・バークの保守思想等を研究、帰国後に抜擢されて秩父宮殿下(昭和天皇の弟君)の日本政治史の侍講を務め、更に昭和13-20年(1938-45年)に渡って東大国史学科にて国体学講座・日本思想史を教授した一代の碩学であり、終戦直後に辞官、その後GHQにより昭和27年(1952年)春まで公職追放され、追放解除後も、左翼マスコミやマルクス主義学者から「平泉史学=狂信的な皇国史観」として異常な誹謗中傷を受けながらも、戦後長くに渡って在野の国史家として保守陣営において重きを為した。この「物語日本史」は、晩年の平泉博士が、日本の未来を担う少年達のために精魂込めて書き記した名著「少年日本史 」の文庫版である。 ※(参考)千早鍛錬会パンフレット ↑「物語日本史」の事前読破を推薦していることに注目。 ■ステップ2■保守思想を貶める捏造・歪曲を一掃する 《1》歴史分野以上に酷い思想分野でのリベラル左翼の歪曲・捏造 ~丸山眞男の絶大な影響、「皇国史観」の歪曲 戦後日本の政治思想は、“戦後民主主義の代表”、“岩波文化人のエース”と称され、「国民主権を貫徹するために天皇制廃棄・共和制樹立を最大の政治目標とした」“日本を代表する政治学者・思想家”、故・丸山眞男 の絶大な影響下にあり、今も丸山を絶賛する政治学者・思想家たちによって、ほぼ占拠されていることを最初に知っておこう。 丸山眞男の政治思想の中核は、明治以降~戦前・戦中の日本を「天皇制ファシズム」と捉え、昭和20年8月15日をもって、日本の国体は「国民主権」の民主主義国家に変更された、とする所謂「八月革命」論にあり、彼及び彼の信奉者は、この架空の「八月革命」を未来において実現すべく(つまり天皇の廃止による日本の共和国化を究極の目標として)戦後長くプロパガンダ活動を続けてきた。 「理論派保守」を目指す者は、この丸山眞男に代表されるリベラル左翼の思想的欺瞞を正しく見抜き、これを論破する理論的根拠を確立しなければいけない。 丸山眞男と平泉澄昭和期日本の政治主義 植村 和秀 (著) 柏書房 (2004/10)単行本この本は、理論派保守を目指そう!でも「西洋の保守思想に留まらず、日本の保守思想の扉を開く貴重な一冊」として紹介したが、丸山眞男の政治思想の欺瞞を打ち破る理論武装のツールとしてやはり最重要である。なお著者 植村和秀氏は、「筆者には丸山眞男も平泉澄も、その支持者の多くのように、無条件に支持することはできない。 丸山には心情的には共感できるが、しかし論理的には納得できない。平泉に論理的には共感できるが、しかし心情的には納得できない。 それにもかかわらず、丸山と平泉の思想史的な意義の重さと、人間的な偉大さとは、素直に承認したい。」と総括しており、厳密な実証的研究を通じて丸山・平泉両者に代表される戦前から戦後にかけての日本の思想対立を対比している為に、返って一層本書の価値が高まっていると思われる。また植村氏が「丸山には心情的には共感できる」「平泉に・・・心情的には納得できない 」としていること自体は、その思想的感化を受けた年代を考慮すれば止むを得ないことである。 (参考)歴史問題の基礎知識 ↑「皇国史観」について正しい認識を得る上で重要 ※一部引用 「皇国史観」(赤旗 )という用語は、「早くても昭和17(1942)年6月頃から、大体は昭和18(1943)年頃から文部省周辺の人々によって使われだしたもの」(昆野伸幸『近代日本の国体論』より引用)であり、戦前/戦中の史学者自身が使った用語ではない(戦後にマルクス主義史家が「レッテル」として普及させた用語である)。 そして、その内容としては、 1.国史学者・平泉澄博士に代表される「あくまで歴史の範囲で思考する」流れと、2.アジア主義者/国家改造運動家・大川周明に代表される「日本を盟主とするアジア解放を主張する」流れ(昆野氏論文 ) の2つがあったが、戦後に史学界を占拠したマルクス主義史家は、皇室や日本国を貶めんがために、日本の伝統的な歴史観/国家観に根ざした1.と、大東亜共栄圏を包摂せんとする新しい思想を示した2.をワザと混用して「戦前/戦中の史学=皇国史観=軍国主義、アジア侵略、全体主義」という刷り込みを行った。 これに関して平泉澄博士門下の田中卓博士は、「一概に皇国史観といってもそれは、・・・1.平泉史学による「皇国護持史観」と、2.戦争末期という時代に迎合して浅薄な国体賛美に努めた「皇国美化史観」と呼ばれるべきもの(の2つ)がある と述べ、平泉博士や自らの史観は、日本の伝統を正しく受け継ぐ「正統史観」であると述べている。 なお、ソ連が崩壊した1991年以降は、史学界(主流は、未だ隠れマルクス主義者と思われる)も、従来のように(彼らの言う)「皇国史観」に対して実証研究もせずレッテルだけ貼って一方的に批判することは許されなくなってきており、リンク先にある赤旗や長谷川氏・昆野氏のように戦前/戦中の資料を実際に読んで「実は皇国史観にも多様な内容があった」「実は皇国史観は1940年代に作られた用語だった」などと軌道修正を図っているが、そんな姑息な事をする位ならば、 1 彼らが戦後一貫して貶めようとしてきた1.平泉博士・田中博士らの史観(皇室や日本国を常に善いものと見る正統史観)は実は全体主義とも侵略思想とも無関係だった、 2 国家改造とアジア解放を唱えた2.は実はマルクス主義(具体的にはコミンテルン)の脅威への対抗イデオロギーとして生まれた(実際に、全体主義であり侵略思想であったのはマルクス主義の方だった)、と素直に認めればよいのである。 《2》「天皇制ファシズム論」の嘘を見破る ~明治維新の歪曲、「現人神」「国家神道」という幻想 「皇国史観」(上記)「現人神」「国家神道」といったキーワードで、戦後にマルクス主義歴史家・思想家によって不当に歪曲された諸概念の実際を知り、自虐史観から完全に脱却する。 「現人神」「国家神道」という幻想 新田 均 (著) amazonで一部ページを拝見できます。豊富な実証的研究により、「明治以降の日本は北朝鮮のような異常な絶対主義君主国家だった」という立花隆など左翼の大嘘を完全に打ち破る名著※amazonの内容紹介より一部引用「現人神」「国家神道」——これらの言葉から、現代の日本人はどんなイメージを連想するだろうか。おそらく、狂信的な「天皇崇拝思想」と、それを支えた「国教制度」といったとこだろう。そして、この「日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度」は「明治政府が日本の近代化のために考え出した」などとされている。だが著者は、「そのような認識は思い込みに基づく幻想にすぎない」と喝破する。それは最近の実証的歴史研究の成果に照らしても明らかなのだが、これが意外と世間では知られておらず、歴史の専門家でさえ、少し分野が違っただけで知らない者が大多数なのだという。世間で知られていないことがそれほど大きな意味を持たないなら、それでもかまわないのかもしれないが、この「幻想」はわが国の首相の靖国神社参拝問題や政教関係訴訟、さらには教科書問題や外交関係にまで影を落としている。“虚像”が誰によって、いかにして創られたかを検証する。「「現人神」「国家神道」とは、日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度である」との嘘八百の言説に異議あり! こういったイメージが幻想に過ぎないことを、実証的歴史研究の成果に照らして明かす。 (参考)右翼・左翼の歴史 ※一部引用 宗教系(仏教系)右翼の登場~右翼思想の過激化 (1) 井上日召(日蓮宗僧侶)と血盟団事件(1932) 群馬県出身の日蓮宗の僧侶。血盟団を組織し、国家革新(昭和維新)実現のため「一人一殺」を合言葉に1932年、井上準之助(前蔵相)・団琢磨(三井財閥重鎮)を暗殺。無期懲役となるが後に特赦を受けた。なお後の日本赤軍のリーダー重信房子の父親は血盟団員であり、井上日召は赤ん坊の重信を膝に抱いたことがあるといわれる。 (2) 田中智学(日蓮宗系新興教団)と「八紘一宇」論 田中は日蓮宗の在家信者組織として国柱会を組織し、日蓮主義と国家主義の統合を目指した。1903年には、日蓮を中心にして「日本國はまさしく宇内を靈的に統一すべき天職を有す」という意味の「八紘一宇」なる新語『日本書紀』巻第三神武天皇の条の「掩八紘而爲宇」の記述から造り、日本は世界を道義的に統一する使命がある、とする思想を唱えた。のちにこの言葉が人口に膾炙して大東亜戦争のスローガンにまでなった。 (3) 加藤玄智(浄土真宗在家信者)と天皇絶対神論・国家的神道論 加藤は新仏教同志会の創立者の一人であり、東京帝国大学で宗教学を教えた浄土真宗の信者であるが、同僚の外国人教授の天皇論に刺激を受けて、1912年に『我が国体思想の本義』を刊行し、古来からある天皇「神裔」論を超えて天皇「現人神」論を提唱して「日本に於いては臣民は天皇に絶対服従する」とする天皇絶対神論を主張した。1925年には更に「国家的神道(State Shinto)」なる新語を造り外国に日本人の信仰の在り方として積極的に紹介したために、欧米諸国に、この天皇絶対神論と国家神道論が日本の宗教の実態だと誤解され、後にGHQによる神道指令と天皇の所謂人間宣言を招き、今に至るまで戦前の宗教的制度についての広範な誤解を招いている。 http //d.hatena.ne.jp/jinkenvip/20070312/1173709974 《3》「保守」と「右翼」を区別し正しい認識を得る ~戦前・戦中(昭和10年代)の「右翼」は実は2種類あることを知る。 「革新右翼(アジア主義を志向し、国家改造を目指した国家社会主義者)」と「観念右翼(アジア問題への介入に慎重または無関心の伝統保守・日本主義者)」を区別する。 日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 井上 義和 (著) こちらも豊富な資料に基づく実証的研究により、戦後にマルクス主義者やリベラル左翼によって「右翼」と一括して糾弾され貶められてきた保守思想の実際を教えてくれる一冊。※革新右翼と観念右翼の理念型(一部内容を引用)1.革新右翼…国家改造/高度国防国家/解釈改憲/指導者原理/統制経済/親ソ・親独/世界史的な使命/陸軍統制派/革新官僚/無産政党/国家社会主義2.観念右翼…国体明徴/国民精神総動員/護憲(不磨の大典)/臣道実践/資本制擁護/反共・反独裁/日本史的な道統/陸軍皇道派/財界/既成政党(現状維持派)/自由主義者 (参考)日本会議ホームページ ↑「観念右翼(伝統保守)」の代表として上記の本で紹介されている故・小田村寅二郎氏の弟・小田村四郎氏(元拓殖大学学長、日本李登輝友の会会長) が副会長を務めている、日本最大の保守系団体。チャンネル桜と共同で保守活動を行うことも多い。 なお日本会議の前身の一つである「日本を守る会」は、建国記念の日(旧紀元節)実現運動、元号法制化運動、教育正常化運動などに地道に取り組み成果を上げてきた。 このうち建国記念の日を旧紀元節(2月11日)とすることに理論的根拠を与えたのが、平泉澄博士の高弟である田中卓博士である。 ■ステップ3■更に深く知るために 《1》皇室に関する正しい知識を得る 宮中見聞録―昭和天皇にお仕えして 木下 道雄 (著) 皇太子時代から終戦前後、更に戦後にかけて昭和天皇に近侍し、侍従次官を勤めた木下道雄氏による著作。親しみやすく読みやすいだけでなく、皇統無私の伝統の背景や、昭和21年元旦の所謂「人間宣言」の実際の持つ意味まで解説してくれる好著。 《2》日本の保守思想の核心に触れる 先哲を仰ぐ 平泉 澄 (著) 大正15年(1926年)から昭和42年(1967年)までに発表された平泉博士の数多くの著作から15編を抜粋したアンソロジーであり、戦前・戦中・戦後を通じて、平泉博士の思想に全くといっていいほどブレがなく一貫していることに注意したい。昭和7年(1932年)のエドマンド・バーク批評、昭和29年(1954年)に吉田茂(首相)・岸信介(憲法調査会会長)に招聘されて首相官邸で行った「国体と憲法」講義(マッカーサー憲法の廃棄と明治憲法の復活を自由党議員に訴えた内容です)、更に吉田松陰・橋本景岳・真木和泉守・山崎闇斎・山鹿素行など日本史上の重要思想家についての論述を含み、平泉博士の解説を通じて日本の保守思想の最重要部分に触れることができる一冊。※ステップ1の物語日本史の内容を更に詳しく、本格的に説明している。 ■まとめ■日本の保守思想の再評価の動き 以上、日本の保守思想を論じる上は、その本命である平泉澄博士の所謂「皇国史観」(正しくは皇国護持史観)および、その国体論の再評価を避けることは出来ない(ここを避けているような解説は解説の用を成さない)。 マルクス主義者やリベラル左翼が長く主流を占める戦後日本の言論界・教育界においては、一代の碩学である平泉博士の業績は不当に貶められ、また無視されてきたが、ソ連崩壊を経て、西暦2000年代に入って漸く、東大閥の強い関東ではなく、京大閥が主流の関西で主に再評価の動きが顕在化してきた。 またそれと軌を一にして、平泉博士もその一翼を担った戦前・戦中の日本主義者(当時の用語で「観念右翼」と呼ばれた伝統保守)の再評価も始まっている。 上で紹介した植村和秀氏の『丸山眞男と平泉澄』、井上義和氏の『日本主義と東京大学』はその主要な成果である。 しかしながら、こうした再評価に対して、旧来のリベラル左翼やマルクス主義者の側からヒステリックで感情的な反発が噴出しており、日本思想の一般的な解説書は、近刊のものでも相変わらず「皇国史観=軍国主義」という刷り込みに終始しているものが見受けられるので注意したい(例えば日本思想史ハンドブック(苅部直・片岡龍) ・・・苅部氏は丸山眞男の直弟子)。 ※参考:2009年5月に放映されたNHK特集JAPANデビュー第二回「天皇と憲法」 “神風特攻隊や一億玉砕を扇動した極悪非道な人物”として平泉澄博士を糾弾しているNHK※なお動画に大きく出てくる立花 隆(たちばな たかし、本名:橘 隆志 1940年5月28日 - )は、2002年秋に拉致事件が大きく報道されるまでは「戦前の日本は今の北朝鮮のような異常な国家だった」とする持論を盛んに展開していた代表的な左翼言論人であるが、実は戦前に右翼団体愛郷塾を率いて五・一五事件の襲撃犯となった橘孝三郎を父のいとこに持つ人物である。橘孝三郎は、一家一族のほとんどを率いて兄弟村農場を経営し、愛郷塾という集団農業を実践する社会主義的結社を創設、血盟団の井上日召と思想的に共鳴し、更に大川周明の影響を受けた海軍下士官と組んで、5.15事件では塾生7人を率いて東京の変電所を襲撃 した。→つまり今は左翼言論人の代表格の立花隆のルーツは、戦前の右翼過激派であることに注目。 (詳しくはNHKの正体・上級編へ) いずれにせよその抜群の学問的実績、そして戦前~戦後を通じて保守陣営に対して保持した影響力の大きさから考えて平泉博士の保守思想の一層の再評価は不可避であり、今後に注目したい。 ここでの再評価の進展が、日本の保守思想全体の再評価に直結するはずである。 (参考図書) 『昭和の思想』(植村和秀:著) ★評価2010年11月に出版された好著。戦前から戦後及ぶ昭和期日本の思想状況が、要点を絞って明瞭かつ簡潔にまとめられている。非常にお勧め。(以下amazonより引用)・内容説明昭和の思想を総体的に俯瞰する画期的論考。思想弾圧と戦争の暗さ。世界に挑戦する日本という明るさ。奇妙な時代=戦前昭和期を中心に、丸山眞男・平泉澄・西田幾多郎・簑田胸喜の思想から時代の本質を剔る・内容(「BOOK」データベースより)「戦前=戦後」だけでなく、昭和はつねに「二つの貌」を持っていた。皇国史観から安保・学生運動まで、相反する気分が対立しつつ同居する昭和の奇妙な精神風土の本質を、丸山眞男・平泉澄・西田幾多郎・蓑田胸喜らの思想を元に解読する。・目次第1章 日本思想は二つ以上ある第2章 思想史からの靖国神社問題―松平永芳・平泉澄第3章 思想史からの安保闘争・学生反乱―丸山眞男第4章 思想史からの終戦と昭和天皇―阿南惟幾・平泉澄第5章 思想史からの世界新秩序構想―西田幾多郎・京都学派6章 思想史からの言論迫害―蓑田胸喜第7章 二〇世紀思想史としての昭和思想史 『ハンドブック近代日本政治思想史』(長妻三佐雄・植村和秀・昆野伸幸・望月詩史 編著) 【内容説明】西洋の脅威に直面した日本人は、いかなる政治思想を生み出してきたのか。そしてその思想はどのような人々が担ってきたのか。本書では、幕末から昭和にかけての約150年間における思想と思想家について、それぞれの背景、思想、研究動向を詳述し、近代日本政治思想史の全貌を明らかにする。いわゆる「左」だけでなく「右」の政治思想も網羅した有用な一冊。【評価】近代以降の日本思想の概説書。従来型の左派政治思想の概説ではなく、右翼や保守とみなされる人物にも焦点が当たっている良書。 【このページの続き】 日本主義とは何か ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/dunpoo/pages/45.html
●天皇制05Ⅱへ 女性・女系天皇容認で一致 皇室典範改正案を提出へ [朝日] 皇室典範改正、慎重審議求め声明 女系天皇反対の学者ら [朝日] 皇位継承は第1子優先 有識者会議 [朝日] 皇室典範有識者会議に学者らが反発 緊急声明を発表 [朝日] 女性天皇容認なら、女性皇族も宮家創設…皇室典範会議 [読売] 皇位継承順位、集中的に議論 有識者会議 [朝日] 警察・マスコミ・右翼への抗議声明 [ウェブより] 皇室典範会議:論点整理を決定 女性天皇案など提示 [毎日] 「海の日」の由来 [ウェブより] 皇室典範:女性天皇念頭に皇位継承資格を拡大 有識者会議 [毎日] 天皇、皇后両陛下 戦没殉職船員遺族の集いに出席 皇室典範に関する有識者会議(第8回)議事次第(H17.6.30) 天皇、皇后両陛下 サイパン訪問、体験談に耳を傾ける 「昭和の日」成立に抗議し、その廃止を求める 天皇のサイパン「慰霊の旅」を許すな! 昭和天皇 「米軍駐留継続が必要」米公文書で判明 名前 コメント ↑ご自由にコメントをお書き下さい。 女性・女系天皇容認で一致 皇室典範改正案を提出へ [朝日] 2005年10月26日00時03分 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は25日、女性が天皇になることや、母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認することを全会一致で決めた。皇位継承順位は男女を問わない「第1子優先」の方向で集約し、11月末に報告書を首相に答申する。小泉首相は25日、天皇を「男系男子」に限る皇室典範の改正案を来年の通常国会に提出する考えを表明した。女性・女系天皇が認められれば、皇太子さまの長女の敬宮愛子さまも皇位継承資格を得ることになる。 小泉首相は25日夜、皇室典範改正案の来年の通常国会への提出について「その方向で準備を進めています」と、首相官邸で記者団に答えた。自民党の武部勤幹事長も同日、「皇位継承問題についての結論が得られたことを歓迎したい」とするコメントを発表。「次期通常国会で皇室典範の改正がなされる見通しとのことであり、全会一致での成立を目指したい」とした。 同会議後に記者会見した吉川弘之座長は、皇位継承問題について「女子・女系への拡大という結論でまとまった」と説明。その理由について「(天皇の)後継者が現実に少なく、現行の典範では必ず将来後継者不足が生じる」としたうえで、「男系男子が守れなくなったときに女性の登場を待つしかない」と語った。 同会議は、後継者を拡大するため、旧皇族からの復帰や養子を取ることも検討した。だが、吉川座長は「皇室制度の歴史から見て、現代でどう受け入れられるかを議論したが、ほとんど可能性がないとの結論に達した」と述べた。 同会議は、今後皇位継承順位と皇族の範囲について意見を集約する。会見で吉川座長は継承順位について「第1子優先」と「兄弟姉妹の中で男子優先」の2案のどちらかを選択する考えを表明したが、会議は既に皇位継承順位の変動が少なく、国民の理解が得られやすい第1子優先案で集約する方針を固めている。 女性の皇族が結婚すると皇族の身分を離れる現行制度の見直しも検討する。結婚後も皇室にとどまるようにするほか、夫や子供も皇族とするための皇室典範改正を認める方針だ。 吉川座長は、最終報告について「まとめるまで1カ月くらいかかる。内容は全員一致で決める」と説明。11月7日に会議を開くほか、座長が各委員を個別に回って意見を集約するという。 URL http //www.asahi.com/politics/update/1025/018.html 皇室典範改正、慎重審議求め声明 女系天皇反対の学者ら [朝日] 2005年10月21日19時18分 首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、母方だけ天皇の血筋に属する女系天皇も容認する方針を固めたと伝えられるなか、これに反対する学者、文化人が21日、「皇室典範を考える会」(代表=渡部昇一・上智大名誉教授)を結成し、慎重審議を求める声明を発表した。6日に会見した小堀桂一郎・東大名誉教授らの「皇室典範問題研究会」とも連携して、今後、集会を開き関係方面に働きかけていくという。 声明は「(男系継承という)有史以来の皇室の伝統を継承し守っていく姿勢こそが大前提」とし、国民の理解が深まるまで慎重に審議するよう求めている。 会に名を連ねたのは渡部氏のほか国語学者萩野貞樹、評論家屋山太郎、元労働団体役員宇佐美忠信、評論家岡崎久彦、作家工藤美代子、評論家田久保忠衛、国際政治学者中西輝政、埼玉大教授長谷川三千子、数学者藤原正彦の各氏。 URL http //www.asahi.com/politics/update/1021/009.html 皇位継承は第1子優先 有識者会議 [朝日] 2005年10月21日08時02分 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、皇位継承順位について、男女を問わない「第1子優先」とし、女性が天皇になることや母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認するとの方針を固めた。こうした方針をとれば、皇位継承の資格者が増え、順位の変動が少ないことを考慮した。25日から意見集約に入り、11月末に報告書をまとめ、首相に答申する。政府は世論の動向を見極めながら、皇室典範の改正を目指す。 5日の前回会議までの協議では、女性・女系天皇を認めたうえで、継承順位を巡って(1)第1子優先(2)兄弟姉妹の中で男子優先――の2案が選択肢として浮上した。このうち、最初に子どもが生まれた時点で皇位継承者が決まる第1子優先案の方が安定性が高く、国民にわかりやすいと判断した。 第1子優先案が採用されると、現状にあてはめれば、皇太子さまの長女の敬宮愛子さまが皇位継承者になる。しかし、6日に学者グループが、敗戦直後に皇籍離脱した旧皇族の復帰を求める「緊急声明」を出すなど、世論には「男系男子」の維持を求める声もある。 有識者会議は25日から始まる意見集約で、こうした世論の動向も慎重に見極める方針だ。委員の間では「男子が生まれれば世論も変わるかもしれない」との議論もある。 吉川弘之座長は5日の記者会見で「国民の代表という意識で議論してきた。改めて国民の意見を聴くことは考えていない」と発言。政府も改めて世論調査などは行わない予定だ。ただ、政府高官の一人は「歴史的に重い、大変難しい問題」と話しており、今後の世論の動向次第では、皇室典範の改正案の提出時期は当初予定の来年の通常国会より遅れる可能性もある。 有識者会議は、皇室に40年間男子が誕生せず、天皇制維持が難しくなってきた状況を背景に今年1月に発足。男系男子維持、女性・女系天皇容認の二つの考え方を柱に検討を重ねてきた。女性・女系天皇を容認しながら、継承順位では男子を優先する「男子優先」「男系男子優先」などの案も検討してきた。 URL http //www.asahi.com/politics/update/1021/004.html 皇室典範有識者会議に学者らが反発 緊急声明を発表 [朝日] 2005年10月06日23時39分 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(吉川弘之座長)の議論が女性・女系天皇を容認する方向で進んでいることに反発する学者らが6日記者会見し、敗戦直後に皇籍離脱した旧皇族の復帰によって男系継承を守るよう求める「緊急声明」を発表した。 会見したのは小堀桂一郎・東大名誉教授、小田村四郎・前拓殖大総長、八木秀次・高崎経済大助教授ら。声明は、男系男子による皇位継承を「有史以来の不動の伝統」と強調。「有識者会議が旧皇族の復籍案について十分に検討することなく『国民の理解が得られにくい』などの判断のもとに排除することは暴挙というほかない」としている。 また、有識者会議の吉川座長が会見で、「皇族の意向を聴いたり国民の意見を改めて聴く考えはない」と語ったことや、政府関係者が「政治家に介入させない」などと述べたと伝えられていることについて「このような傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な姿勢は速やかに正されなければならない」と批判した。 小堀氏らは、「男系継承という至高の皇室伝統の大転換が安易に行われようとしていることは黙過できない」として「皇室典範問題研究会」を結成し、各方面に働きかけていくとしている。 URL http //www.asahi.com/national/update/1006/TKY200510060327.html 女性天皇容認なら、女性皇族も宮家創設…皇室典範会議 [読売] 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長=吉川弘之・元東大学長)は5日の第13回会合で、女性天皇を容認した場合の女性の皇族について、結婚後も皇室にとどまり、宮家の創設を認めることで一致した。 皇位継承資格者を安定的に確保するには、天皇の直系か傍系かに関係なく、すべての女性皇族が皇室に残る必要があると判断した。女性皇族と結婚した男性と、その子孫も皇族に加える方針だ。 会議はテーマ別の検討を終え、次回25日から意見集約に入る。11月末をめどに報告書をまとめる予定だ。 現行の皇室典範は、皇族の子孫はすべて皇族とする「永世皇族制」を原則とする一方、女性皇族が一般男性と結婚した場合、皇室を離れることを定めている。宮家は男性皇族のみが創設する。 女性皇族が結婚後も皇室にとどまる場合、皇族の増加に伴う予算増が懸念される。この点については、本人の意思による皇籍離脱を認めるとともに、皇族や首相らで作る皇室会議で皇族数を抑制することも可能とする方向だ。 現在の天皇・皇族は23人で、うち女性は16人を占めている。 (2005年10月6日0時54分 読売新聞) URL http //www.yomiuri.co.jp/national/news/20051005it15.htm 皇位継承順位、集中的に議論 有識者会議 [朝日] 2005年09月29日21時26分 皇室典範に関する有識者会議は29日、首相官邸で12回目の会合を開き、女性天皇や母方だけに天皇家の血筋をひく女系天皇を容認する案と、現行の男系男子を維持する案の双方の「皇位継承順位」を集中的に議論した。吉川弘之座長は会合後の記者会見で次回10月5日に「皇族の範囲」を議論した後、最終的な意見集約に入る考えを示した。 女性天皇や女系天皇を容認する場合の継承順位は(1)長子優先(2)兄弟姉妹間で男子優先(3)男子優先(4)男系男子優先――の四類型に分けて議論した。 このうち「男子優先」「男系男子優先」には、傍系男子の継承順位が直系女子よりも上になるため、「親子の世襲が自然だ」「順位が逆転する」などの指摘が出た。「兄弟姉妹間で男子優先」には「男子が後から誕生すると順位が逆転する」「皇位継承者が定まらず不安定」との指摘があった。吉川氏は会見で「長子優先」について「男性の天皇の方が国民になじむという点をどう考えるか」との課題を挙げた。 一方、男系男子を維持し、旧皇族やその子孫を復帰させる案については「恣意的(しいてき)に継承順位が決まる」との問題点を確認した。 URL http //www.asahi.com/politics/update/0929/008.html 警察・マスコミ・右翼への抗議声明 [ウェブより] 侵略戦争を「聖戦」と美化し、戦死者を「英霊」として賛美している「侵略神社」である靖国神社。8月15日、この靖国神社への議員や都知事による参拝などの「追悼」儀礼に抗議活動した人々の中から逮捕者が出た。私たちはまずこの弾圧に抗議する。また、逮捕された4名の仲間たちの拘留が延長されるという事態も決して許されない暴挙である。 『毎日新聞』(8月16日)の「靖国周辺などで活動家ら8人逮捕」の見出し記事は、こう書いている。 「警視庁は15日、靖国神社(千代田区)周辺などで、過激派活動家6人と右翼構成員2人の計8人を、公務執行妨害などの疑いで現行犯逮捕した」 「また、右翼構成員2人は午後2時ごろ、文京区内で開かれた反天皇制を主張する過激派らの集会に対して街宣した際、警備中の機動隊員の左足を殴るなどした疑い」 ここでいう「反天皇制を主張する過激派らの集会」とは私たちの「敗戦60年の靖国と天皇制を問う8・15集会」のことである。なんという記事であろう。 『読売新聞』(8月16日)の方は、こうである。 「警視庁は警察官を殴るなどした計8人(極左活動家6人、右翼団体構成員2人)を公務執行妨害などの現行犯で逮捕した」 「また、文京区本郷で開かれた参拝反対の市民集会会場近くで、集会に抗議する街宣活動をしていた右翼団体の構成員2人が、機動隊員の左足を鉄パイプで殴るなどした」 私たちの集会をこちらは「市民集会」と呼んでいるからよい、などと主張したいわけではない。 両方に共通する「反天皇制を主張する者、靖国参拝に抗議する者=過激派、極左」というレッテル。このレッテルを根拠とした国家権力による民衆の権利(抗議行動)を踏みにじる行いを正当化し、あたりまえの抗議行動(集会やデモなど)に暴力的に介入してくる右翼と私たちを同列にならべて、取り締まられて当然といった感じのトーン。このことが問題なのである。 公安(政治)警察が常用する言葉を、そのままたれ流して恥じないマスコミのこの姿勢に私たちは強い怒りを感ずる。 政府への批判や行動は、憲法で保障された私たちのあたりまえの権利行使である。だいたいマスコミは、権力の横暴を広く人々に知らせ、チェックするというのが本来の任務ではないか。抗議を力で押さえこもうという警察の弾圧体制への批判はまったくなく、批判している私たちに剥き出しの暴力を行使し脅迫している右翼と、あたりまえの抗議行動をしている人々の行動を同じ性格のものと断ずるマスコミ。 私たちは、警察による弾圧、そしてそれを正当化するマスコミ報道、さらに右翼の暴力的介入、これらにまとめて強く抗議する。 8月22日 敗戦60年の靖国と天皇制を問う8・15集会実行委員会 皇室典範会議:論点整理を決定 女性天皇案など提示 [毎日] 「女性天皇」の是非などを検討している小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東京大学長)は26日、首相官邸で第10回会合を開き、皇位継承問題に関する論点整理を決定した。現行の皇位継承資格者の要件のうち、「男系男子」が今後の議論の焦点と明記。具体的には「天皇の近親の皇族による継承が自然」として女性天皇を容認する考え方のほか、男系男子による継承を維持しつつ、養子縁組などで資格者を増やす方策を検討課題にあげた。 論点整理は「安定的な皇位継承は国家の基本にかかわる。現行の皇室典範を前提にすると、早晩、資格者が不在となるおそれがある」と指摘、資格者拡大の必要性を示した。そのうえで(1)国民の理解と支持を得られる(2)伝統を踏まえる(3)制度として安定している--の3条件が検討の「基本的視点」と定めた。 皇位継承順位については資格者拡大の方策を定めたうえで検討する方針を明記。女性天皇容認の場合には(1)天皇直系の長子を優先(2)天皇直系で兄弟姉妹間では男子優先(3)直系よりも男子を優先--の3案をあげ、男系男子による継承の場合は、基本的に現行の継承順位が維持される、との見方を示した。 同会議は8月31日の次回会合から今秋の最終報告に向けた議論を本格化させる。吉川座長は会合後の記者会見で「いろいろな要素を慎重に議論していきたい」と述べた。【中田卓二】 ◆「皇室典範に関する有識者会議」の論点整理の骨子 ・国民の理解と支持、伝統、制度としての安定の3条件が基本的視点 ・皇位継承資格者の要件は「皇統に属する」「皇族の身分を有する」は当然の要請。「嫡出」は維持が適当。「男系男子」をどう考えるかが論点 ・女性天皇・女系天皇を認める場合、長子優先、兄弟姉妹間で男子優先、男子優先が考えられる ・皇族の範囲は、皇位継承資格者、皇位継承順位の検討結果に応じ、具体的内容や皇族の規模を適正に保つための仕組みをどうするかが主な論点 毎日新聞 2005年7月26日 21時09分 (最終更新時間 7月27日 1時30分) TITLE MSN-Mainichi INTERACTIVE その他 DATE 2005/07/27 09 42 URL http //www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20050727k0000m010123000c.html 「海の日」の由来 [ウェブより] 昭和16年07月20日第1回「海の記念日」「7月20日」は、明治天皇が明治9年東北ご巡幸の帰途、灯台視察船 明治丸 で、青森から函館を経て横浜にご安着された日に由来。 TITLE 財団法人 日本海事広報協会 [海の日] DATE 2005/07/20 00 30 URL http //www.kaijipr.or.jp/day/index.html 皇室典範:女性天皇念頭に皇位継承資格を拡大 有識者会議 [毎日] 女性天皇の是非など皇位継承問題を議論している小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東京大学長)が、近く取りまとめる論点整理の概要が19日、明らかになった。今秋に作成する最終報告のたたき台となるもので、「皇位継承資格者を将来も確保するためには資格者の拡大が必要」との前提に立ち、継承資格に関して見直しを行う必要があるとの立場を打ち出している。そのうえで、女性天皇を念頭に天皇との血縁が近い皇族による継承を優先するか、男系男子による継承を維持しつつ、養子縁組なども用いて資格者を拡大するかを、今後の議論の焦点として提示している。 論点整理はこれまで8回の会合での議論や、8人の有識者からのヒアリングを踏まえ、吉川座長を中心にまとめた。20日の第9回会合で調整し、26日に正式に決定する。 論点整理はまず「象徴天皇制は日本の最も基本的な制度で、安定的な皇位の継承は国家の基本にかかわる」と規定。現行の皇室典範のままでは皇位継承資格者が不在になることが懸念されると指摘しつつ、安定的な皇位の継承を可能にする皇位継承制度の検討が、同会議の責務としている。 さらに、最終報告に向け「安定的な制度確立」の観点に加え、(1)国民の理解と支持が得られる制度(2)古来の伝統を踏まえた制度--の2点にも留意し、議論を進める考えを示した。 焦点の皇位継承資格の見直しをめぐっては、現行制度の(1)皇統に属する(2)嫡出である(3)男系男子である(4)皇族である--の4要件のうち、事実上「男系男子」のみが議論の対象になると指摘。皇統に属する皇族女子や女系皇族、あるいは一般国民の中の「皇統に属する嫡出の男系男子」の該当者を養子縁組や、婚姻などで新たに皇位継承資格者に加える考え方を列挙した。 これにより、女性天皇容認か、男系男子による継承を維持し、1947年に皇籍離脱した旧11宮家の「皇室復帰」に道を開くか、大別すると2パターンの可能性に正式に言及したことになる。しかし、それぞれの論拠を並べるにとどめ、ヒアリングで取り上げられた問題点も挙げ、方向性を示すには至らなかった。 一方、皇位継承順位については継承資格者に関する議論を踏まえ、(1)直系優先(2)男子優先(3)長子優先--などの検討を行う方針を示した。皇族の範囲をめぐっては、継承資格者、継承順位を決めたうえで検討する考えを示した。 ◇ことば…皇室典範 皇位継承、皇族の範囲など皇室に関する事項を定めた法律。大日本帝国憲法下の旧皇室典範の廃止にともない、1947年に施行された。憲法の「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」(第2条)との規定を踏まえ、第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定め、女性天皇を認めていない。ほかにも、「天皇及び皇族は、養子をすることができない」(第9条)「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」(第12条)などの規定で皇位継承資格を限定している。 ◇主な論点 皇室典範に関する有識者会議のこれまでの会合に基づき19日明らかになった主な論点は次の通り。 皇位継承資格者を拡大するために、現在の制度を見直すべきかどうかは、男系男子に限定している要件をどうするかという判断に帰着される。そのために考えられる方法としては、「男系男子を維持しつつ、1947年に皇籍を離れた旧皇族の男系男子を対象に現在の皇族との養子縁組や婚姻を認める」か「男系男子を見直し皇族女子や女系皇族も認める」との問題になる。 「男系男子維持」を主張する考えの主な理由としては、皇位は男系で継承されてきた伝統を重んじることや、かつて皇族の身分を持っていた人たちの養子縁組は不自然ではないことなどが挙げられる。しかし、この考え方には、皇籍を離れて約60年もたつ人たちを皇族とすることに国民の理解が得られ難いといった意見や、非嫡出子の継承がなければいずれ男系男子維持では困難になるとの問題点が指摘された。 一方、「女性皇族を認める」考えの主な理由としては、天皇が象徴としての役割を果たすためには女性であっても問題はないことや、国民の意識で男系男子に限る考え方は薄くなっていることなどがあった。しかし、この考えにも、女性天皇については体力面で公務遂行の負担が大きすぎないかといった問題点や、女性では国民統合の力が足りないのではとの意見があった。 皇位継承順位の見直しについては、皇位継承資格をどうするかによって前提が異なるが、継承資格を皇族女子や女系の皇族に拡大する場合、長子優先、兄弟姉妹間での男子優先、男子優先の考え方がある。一方、男系男子維持とした場合には、基本的には現行の継承順位を維持する。 いずれにしても、継承順位の決定は、▽制度的に決まるものであって恣意(しい)的な判断が加わらない▽なるべく早い時期に確定する▽頻繁に皇位継承がなく、在位期間が長くなるもの▽分かりやすいもので、子が親よりも上位になったりしないもの--を前提に今後、議論していく。 ◇解説◇ 19日明らかになった「皇室典範に関する有識者会議」の論点整理の概要は、今年1月下旬に始まった議論やヒアリングの内容を「中立的な立場」(政府筋)でまとめたものだけに、焦点の女性天皇容認に向けた方向性を具体的に示したものではない。ただ、検討の前提として「現在の皇室の構成では皇位継承資格者が不在になる可能性がある」と指摘している。今回の論点整理は「女性天皇容認」に向け論議の土俵を整えたと言え、地ならし的性格を持つのは間違いなさそうだ。 有識者会議は当初、7~8月は会合を開かず、吉川弘之座長以下10人のメンバーがそれぞれ「独自の勉強・研究、考え方の整理」をしたうえで、9月から今秋の最終報告取りまとめに向け、最終調整に入る日程を描いていた。しかし、政府内からも「国家の基本にかかわる事柄の議論が『密室化』するのは好ましくない」といった指摘が出たことから、今月20日と26日の議論を経て論点整理を公表する方針に転換した。 政府筋は「論点整理は最終報告に向けたたたき台であり、色はついていない。各メンバーがこれをもとに議論を深めるとともに、文書として公表することで、国民的な議論が盛り上がることを期待している」と語り、オープンな議論を演出したい狙いがうかがえる。 会議はさらに、来月も中下旬に2回の会合を検討しており、別の政府関係者は「秋口に最終報告を出す際に『いきなり結論を出してきた』などという批判が起きないような手続きを踏む必要がある」とも指摘する。郵政民営化関連法案の参院採決など政治日程に波乱要因もはらむ中で、首相官邸サイドは結論を集約するタイミングを計っているようだ。 毎日新聞 2005年7月20日 3時00分 TITLE MSN-Mainichi INTERACTIVE 話題 DATE 2005/07/19 19 19 URL http //www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050720k0000m040171000c.html 天皇、皇后両陛下 戦没殉職船員遺族の集いに出席 戦没殉職船員遺族の集い(日本殉職船員顕彰会主催)が4日、天皇、皇后両陛下を招いて、東京都内で開かれた。戦後60年を機に開かれた集いには、約300人の遺族が参加。両陛下は式典後に、遺族と懇談した。 同顕彰会によると、太平洋戦争中、徴用された民間の商船や漁船約7000隻が米軍の攻撃などで沈没、約6万人が死亡している。顕彰会は毎年、慰霊祭を行ってきたが、今年初めて遺族の集いを開催した。遺族会会長の堀田明道さん(77)=横浜市=は44年11月に商船の機関士だった兄を失った。堀田さんは「戦後60年が経過し、関係者も高齢化し戦没船員のことも記憶が薄れつつある。悲惨な歴史をどう継承していくかが大きな課題です」と話した。【遠山和彦】 毎日新聞 2005年7月4日 11時37分 TITLE MSN-Mainichi INTERACTIVE 皇室 DATE 2005/07/04 11 54 URL http //www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/20050704k0000e040046000c.html 皇室典範に関する有識者会議(第8回)議事次第(H17.6.30) http //www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai8/8gijisidai.html 天皇、皇后両陛下 サイパン訪問、体験談に耳を傾ける 【サイパン大久保和夫】天皇、皇后両陛下は27日午後(日本時間同)、太平洋戦争の激戦地で、米国自治領北マリアナ連邦のサイパン島に到着した。宿泊先のホテルで、先に現地入りした日本の戦友会や遺族会のメンバー41人から戦闘当時の話などを聞いた。 予定を20分オーバーし30分に及んだ懇談の最後に、天皇陛下は「明日はこの地域の戦闘で亡くなられた人々や遺族をしのびつつ、世界の平和を祈り、慰霊碑に心してお参りしたいと思います」と出席者らに語りかけた。 羽田空港を出発する際の行事で、天皇陛下は「海外の地において、改めて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」とあいさつし、今回の訪問への思いを述べた。 28日は日本政府が建てた慰霊碑のほか、米国や現地住民の慰霊碑にも花を手向ける。多くの日本人が身を投げた断がい「バンザイ・クリフ」と「スーサイド・クリフ」も訪れる。敬老センターで現地のお年寄りと懇談した後、同日夜、帰国する。 ◇住民たち「訪問楽しみに」 日本政府サイドから「慰霊目的の訪問なので歓迎は質素に」との意向が伝えられたため、現地では大がかりな歓迎セレモニーは自粛された。住民からは両陛下の訪問を好意的に受け止める声が多く聞かれた。両陛下が宿泊するホテルから訪問先となる島北部への幹線道路は27日夜から立ち入り禁止となるなど厳重な警戒体制が敷かれた。 日系人と結婚しサイパンに住んで19年というトモエ・タカイさん(62)は「81歳の夫はサイパンで日本語の教育を受け、今でも教育勅語を覚えています。夫にとっては天皇陛下は神様の存在です」と語った。サイパンのビーチで観光案内をしているヌルハク・ムラさん(39)は「天皇訪問を楽しみにしていた。これが呼び水になって日本の観光客も、よりたくさん来てほしい」と話した。 ◇予定をオーバーし懇談 両陛下が宿泊するホテルで行われた懇談には、訪問に合わせて島を訪れた遺族会や戦友会メンバーら41人が出席した。会場に入ってきた時に軽くほほ笑んでいた両陛下は、時折うなずき、次第にやや緊張した表情になって遺族らの話に聴き入った。 「日本遺族会」理事の勝間周作さん(67)=さいたま市=は、陸軍1等兵だった父(当時33歳)を失った。6歳の時だった。父の手がかりを求めて、73、75年の政府の遺骨収集に同行。「集めた遺骨は、どれも父親のように思えてなりませんでした」と振り返る。 勝間さんは28日、91歳になる母親の写真を持って両陛下の慰霊に立ち会う。懇談後「『全国の夫を戦争で亡くした妻は頑張っております』とお伝えしたところ、皇后さまは『よろしくお伝えください』とおっしゃいました」と感激した様子だった。 「愛知マリアナ献水会」からは、村瀬範晃会長(68)=名古屋市=が出席した。団体は、水に苦しんで死亡した兵士が多かったことから、戦地に故郷の水を供えようと名付けられた。日本兵だった父親を失った村瀬さんは「水が欲しいと言いながら死んでいった人を慰霊し、そうした体験を後世に伝えたいと活動している、と両陛下に話すと『本当にご苦労様です』と言っていただいた」と話した。 懇談の最後に、天皇陛下は「サイパンの地で皆さんの話やさまざまな体験談を聞かせていただいてうれしく思います」と述べた後、28日の慰霊について「心してお参りしたいと思います」と語った。 毎日新聞 2005年6月27日 21時48分 TITLE MSN-Mainichi INTERACTIVE 皇室 DATE 2005/06/27 08 52 URL http //www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/20050628k0000m040103000c.html 「昭和の日」成立に抗議し、その廃止を求める 昭和天皇の誕生日である四月二九日を「みどりの日」から「昭和の日」に、五月四日の「国民の休日」を「みどりの日」にそれぞれ変更する改「正」祝日法が、五月一三日、賛成多数で可決、二〇〇七年から施行されることになった。 この「昭和の日」制定に私たちは抗議する。日本政府はこの半世紀の間に、天皇神話に基づいた紀元節復活を意味する「建国記念の日」を制定し、天皇の在位期間を一つの時代として命名する「元号法」、戦争と天皇賛美のシンボルである「日の丸・君が代」を「国旗・国歌」とする「国旗及び国歌に関する法律」、そして今回の「昭和の日」を制定した。日本が天皇制の国であることを日常的に認識させ、天皇制を押しつけるための装置を、政府は一つひとつ積み上げてきているのだ。 この「昭和の日」は、廃案となった過去二回の法案と同じ「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」がその意義であるという。 私たちは、この法案が国会に上程されるたびに少なくない数の個人や団体と共同で反対の声をあげてきた。「激動の日々」と称される侵略戦争と植民地支配の時代の最高責任者であった「昭和天皇」はもちろん、「復興」の象徴すなわち、戦争責任をまったくとらずに延命し、アメリカの意向に沿った戦後国家(日米安保体制)づくりや今日の戦争国家日本への道を準備した象徴天皇制下の「昭和天皇」をも、賛美しその誕生日を祝う気などはないと。 昭和天皇裕仁が、60年前に敗戦を迎えたあの侵略戦争とアジアへの植民地および占領支配の最高責任者であったことは歴史的事実である。そして戦後、その戦争責任をとらないまま、「象徴天皇」として延命し、朝鮮戦争やベトナム戦争に便乗して、多くの人々の死と生活破壊の上になされた「復興」の象徴となったのだ。 いま日本政府がなすべきことは、「昭和」を記念することではまったくなく、アジア諸国に対する近代日本の侵略の歴史と真摯に向き合い、隠していた歴史の真相をあますことなく明らかにし、その事実の重さを深く認識し、戦争被害者に謝罪と補償を行うことであり、その最高責任者、すなわち天皇に責任をとらせ、天皇制という制度を廃止することである。私たちのこういった主張はまったく無視され、「昭和の日」は賛成多数で成立した。それどころが事態は「昭和天皇記念館」がつくられるところまで来ている。 私たちはこれからも繰り返し抗議し、主張する。侵略戦争と植民地支配、「高度成長」という名の経済侵略を全面展開した天皇裕仁の年号「昭和」を冠した祝日はまっぴらである。アジアの人々と連帯し、共に生きる努力とは対極にある、この「昭和の日」の廃止を求める。 2005年5月 反「昭和の日」プロジェクトアジア平和連合(APA)ジャパン、アジア連帯講座、新しい反安保行動をつくる実行委第9期、海老名解放教育研究協議会、押しつけないで!「日の丸・君が代」おびひろ・とかち親の集い、改憲と天皇制の戦争責任を問う4.29集会実行委員会、神奈川教育労働問題研究会、かながわ平和憲法を守る会、関西共同行動、京都「天皇制を問う」講座実行委員会、北九州がっこうユニオン・うい、北九州ココロ裁判原告団、憲法勉強会ベアテの会、国連・憲法問題研究会、「心に刻む集会」.四国、参戦と天皇制に反対する連続行動、山谷労働者福祉会館活動委員会、市民運動ネットワーク長崎、市民自治を創る会(札幌)、市民の意見30の会・東京、自由大好き!市民の会(佐賀)、「昭和天皇記念館」建設阻止団、女性と天皇制研究会、人権平和浜松、セルフ・エスティーム・リンケージ、戦争への道に反対する真宗者の会、戦争への道を許さない女たちの会(札幌)、戦争なんて認めない!市民運動大集会(札幌)、超ぴんち!福岡、天皇制に問題あり!福岡連絡会、天皇制を考える広島ネットワーク、日韓民衆連帯全国ネットワーク、日本基督教団九州教区伝道センター平和・人権部門、日本基督教団兵庫教区天皇制問題特設委員会、派兵チェック編集委員会、反戦反天皇制労働者ネットワーク、反天皇制運動連絡会、はんてんの会(反天皇制連続講座実行委員会)神戸、ピースサイクル全国ネットワーク、ピース・チェーン・リアクション、ピープルズ・プラン研究所、広島瀬戸内新聞、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン(大阪)、「日の丸・君が代」の強制に反対する市民運動ネットワーク、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、「日の丸・君が代」はいらない! くにたち・一橋ネット、福岡地区合同労働組合、不戦へのネットワーク、仏教徒非戦の会・福岡、プライバシーアクション札幌、へいわとふくしを見つめる会、平和をあきらめない人々のネットワーク・福岡、明治大学駿台文学会、靖国解体企画、靖国参拝違憲「福岡判決」を活かす会、有事法制反対ピースアクション、許すな!憲法改悪・市民連絡会、「ゆるすな戦争!香川の会」、「歴史は消せない!」みんなの会(香川)、VAWW-NETジャパン【62団体】 および反天皇制運動全国交流会(第35回)参加者・団体一同 天皇のサイパン「慰霊の旅」を許すな! 天皇・皇后は6月27、28日にサイパン(米国自治領北マリアナ諸島)を訪問する。 天皇アキヒトは皇太子時代から「日本人が忘れてはならない日」として、広島、長崎への原爆投下の日、沖縄戦終結の日、終戦記念日をあげていたという。戦後50年に当たる95年夏、天皇は広島、長崎、沖縄に「慰霊の旅」をおこなったが、そのしめくくりは東京で、大空襲による犠牲者を慰霊した。今回のサイパン訪問にあたって、天皇は「今日わが国が享受している平和と繁栄が、多くの人々の犠牲の上に築かれていることを深く心に刻み」「この戦いに連なる全ての死者の冥福を祈り、遺族の悲しみを忘れることなく」、「これら四地域にとどまらず、広く日本各地、また遠い異郷にあって」倒れた日本人とその遺族への思いを表すことが平和の原点であると述べた。 1914年以来の日本のサイパンを含む太平洋諸国占領と植民地支配への謝罪はどこにもなく、あくまで異郷に倒れた日本人将兵・殖民者への「慰霊」である。 天皇アキヒトが「忘れてはならない」とする4つの日はすべて、戦前の天皇制日本国家の侵略戦争責任(加害性)を隠蔽し、被害性のみを押し出すとともに、天皇制存続の合理化をはかるという歴史の偽造に貫かれている。 1945年2月14日、元首相の近衛文麿はもはや敗戦は必至であり、最も憂うペきことは敗戦にともなって共産主義革命が起こることであるから、速やかに戦争を終結した方がよいとする「上奏文」を提出した。しかし、天皇ヒロヒトは「もう一度戦果をあげてからでないと中々話は難しいと思ふ」として、近衛の進言を退けた。 45年3月下旬から始まる沖縄戦は米軍に「出血」を強いることによって「天皇制護持」の和平条件を獲得するために強要された戦闘であり、8月の広島・長崎への原爆投下は政府がポツダム宣言では「天皇制護持」が明確でないとして「黙殺」した結果であった。沖縄人民15万人、広島・長崎市民(強制連行された朝鮮人・中国人らを含む)43万人の生命は、単なる戦争犠牲ではなく日本支配階級の「天皇制護持」のためにまったく無駄に奪われたのだ。天皇アキヒトはこうした犠牲を謝罪するどころか、むしろ「天皇制護持のためによくぞ死んでくれた」とばかりに賞賛する。その上に立って、8月15日の「終戦」は天皇ヒロヒトのポツダム宣言受諾の「聖断」によってなしとげられたという。「日本人が忘れてはならない日」とは、日本人民が天皇制護持のために自ら進んで犠牲となり、ヒロヒトによって戦争の悲惨から救われ、こぞって戦後の象徴天皇制を受け入れたという歴史の偽造であり、アキヒトは傲慢にも「天皇制への感謝を忘れてはならない日」として人民に強要している。 天皇ヒロヒトが死に追いやったアジア人民2000万人への戦争・戦後責任を取ることなく、日本人戦没者への慰霊が平和の原点だという天皇アキヒトの認識と、歴代日本政府の戦争・戦後責任への居直りの上に立って、靖国神社参拝は平和への決意を新たにするためだという首相・小泉の認識はまったく同じである。中国・韓国・アジア人民の激しい日本批判はこのような歴史認識に向けられており、その批判はそれらを許している日本人民にも向けられている。現在の日本政府・独占資本のアジア・太平洋諸国侵略に反対する闘いとともに、その根底に改めて天皇制日本国家の戦争・戦後責任追及を据え、天皇のサイパン「慰霊の旅」に反対しよう。それは、侵略戦争国家化・改憲攻撃と闘うための、反天皇制と反戦を結合した闘いである。 反戦反天皇制労働者ネットワーク 昭和天皇 「米軍駐留継続が必要」米公文書で判明 朝日新聞 http //www.asahi.com/politics/update/0601/004.html