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政党 名前 よみ 住所 TEL FAX Mail HP Blog Tw FB Yt テスト 山田 太郎 やまだ たろう てすとてすとてすとてすとてすとてすとてすとてすと 999-8888-9999 999-8888-9999
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地域情報@宮城 ◆せんだい旅日和 ◆宮城県の文化施設 宮城県内のホール、美術館、博物館等の情報 交通 ◆仙台市交通局 ◆るーぷる仙台 仙台市内を回る循環バス 案内所などでもらえるまちなかバスマップに 仙台中心部のバス停やバス路線が載った結構親切な地図と 仙台発着の高速バスとその運行会社が載っています。 注意事項 ◇気候 宮城(岩手・福島はどうかな?)は、雪はほとんど積もらない。 代わりに風が半端なく強くてそれでかなり寒い。これ結構キツイ。 電車は雪の影響が酷い。ちょっと積もっただけですぐ止まる。 宮城が雪に弱いため、隣県が雪に強くてもそのお陰で その道が遮断される事が頻繁にある。 ショップ ■仙台フォーラス 宮城県仙台市青葉区一番町3-11-15 仙台駅より徒歩15分 地下鉄広瀬通駅西4出口より徒歩1分 ショッピングビル。B2FにJUNK BOXが入っている。 九時くらいには開きます。 ベイビーの支店もあるからフォーラスで聞いたらいいとオモ ■アエル 仙台市青葉区中央1-3-1 022-724-1111 JR仙台駅側のビル。オフィス部分とショッピングゾーンとある。 ■イービーンズ 仙台市青葉区中央4丁目1−1 八階のコミック売り場は 無料な上に座って通して読める ロッカー情報 ◆仙台駅構内図 フォーラスのロッカーは割と奥行きがある感じで小さいキャリーが入るサイズでしたよ もしフォーラスのロッカーが埋まっていたら地下鉄にもロッカーあります アエル1Fに6時間100円のコインロッカー(通常サイズ)があった v場所はオフィスビル入口前のロビーです。丸テーブル+椅子が何個かあり。 たしか24時まではエントランスは開いているとのことでした。 ロッカーのすぐ後ろは丸善入口の自動ドア 6時間100円で大きさは小中あり。 中のほうはコムサのキャリーの中が入るかもしれないけど 試してないのでわからん。 他にロッカーある場所 フォーラス内 地下鉄広瀬通駅通路内(JUNKに一番近い出口付近) 仙台駅東口へ抜ける通路両脇(大中小あり) 仙台駅新幹線のり場の階(レストラン脇等にもあり。多少大きいサイズ有) 仙台駅ペデストリアンデッキ下タクシープール 暇つぶし場所 ■まねきねこ仙台一番町店 宮城県仙台市青葉区一番町4-4-33ブラザートレンドビル4階 朝10時から平日なら一時間10円なのでドリンクバー頼んでも500円で長時間居られる。
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東海カーボン 本店:東京都港区北青山一丁目2番3号 【商号履歴】 東海カーボン株式会社(1975年6月2日~) 東海電極製造株式会社(1918年4月8日~1975年6月2日) 【株式上場履歴】 <東証1部>1949年5月16日~ <大証1部>1949年5月16日~2003年10月13日(上場廃止申請) <名証1部>1949年5月16日~2003年10月13日(上場廃止申請) 【合併履歴】 1992年1月1日 東洋カーボン株式会社 1936年7月 日 第二東海電極株式会社 【沿革】 大正7年4月 人造黒鉛電極をはじめとする炭素製品の国内自給を目的として、東海電極製造株式会社の商号をもって発足。資本金50万円。東京都に本店、名古屋市に工場を設置。 昭和10年3月 第二東海電極㈱(資本金300万円)を設立。東京都に本店、熊本県田浦町に工場を置いて人造黒鉛電極を製造。 昭和11年1月 福岡県北九州市に九州若松工場を建設し、ピッチコークスを製造。 昭和11年2月 耐火煉瓦の製造研究を目的に、東極興業㈱を設立。 昭和11年7月 第二東海電極㈱(資本金300万円)と合併。 昭和13年6月 神奈川県茅ヶ崎市に茅ヶ崎工場を建設し、電機用ブラシ、炭素棒を製造。 昭和16年4月 九州若松工場においてわが国で初めて本格的にカーボンブラックの製造を開始。 昭和24年4月 茅ヶ崎工場においてトーカベイト(不浸透性黒鉛)の製造を開始。 昭和24年5月 東京、大阪、名古屋の各証券取引所に上場。 昭和37年12月 愛知県武豊町に知多工場を建設し、カーボンブラックを製造。 昭和46年6月 山口県防府市に防府工場を建設し、人造黒鉛電極を製造。 昭和50年6月 東海カーボン株式会社に商号を変更。 昭和50年10月 カーボンブラックの研究所として知多研究所を新設。 昭和53年7月 宮城県石巻市に石巻工場を建設し、カーボンブラックを製造。 昭和61年1月 ファインカーボンの研究所として田ノ浦研究所を新設。 昭和61年7月 総合研究所として富士研究所を新設。 昭和62年9月 米国現地法人TOKAI CARBON AMERICA,INC.をニューヨークに設立。 昭和62年10月 名古屋工場を閉鎖。 平成元年10月 タイ国にTHAI OIL CO.,LTD.他との合弁で、THAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.を設立。 平成4年1月 東洋カーボン㈱(資本金38億円)と合併し、茅ヶ崎第二工場、山梨工場、滋賀工場が増加。 平成5年6月 山梨工場を閉鎖。 平成6年7月 イタリア現地法人としてTOKAI CARBON EUROPE S.R.L.をミラノに設立。 平成8年2月 米国現地法人TOKAI CARBON U.S.A.,INC.をオレゴン州に設立し、同年9月TOKAI CARBON AMERICA,INC.の事業を統合。 平成8年8月 韓国の㈱ケイ・シー・テック他との合弁で、韓国東海カーボン㈱を設立。 平成10年3月 人造黒鉛電極の研究所として防府研究所を設立。 平成11年3月 英国現地法人としてTOKAI CARBON EUROPE LTD.を設立し、イタリア現地法人他を傘下におさめる。 平成12年6月 THAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.を子会社とし、同年10月、社名をTHAI TOKAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.に変更。 平成13年4月 神奈川県茅ヶ崎地区の3事業場を統合し、湘南事業所を開設。 平成14年9月 中国上海にドイツのSGL CARBON AGと合弁で、SGL TOKAI CARBON LTD.SHANGHAIを設立。 平成15年6月 千葉県八千代市に摩擦材の製造販売を目的とした子会社東海マテリアル㈱を設立。 平成15年10月 大阪、名古屋の各証券取引所の上場を廃止。 平成16年4月 中国天津に住友商事㈱と合弁で、東海炭素(天津)有限公司を設立。 平成17年7月 ドイツの人造黒鉛電極製造販売会社ERFTCARBON GmbHの出資持分を100%取得。 平成18年2月 東海炭素(天津)有限公司操業開始。 平成18年3月 中国大連市に炭素材加工、販売の合弁会社「大連東海結金藤碳素有限公司」を設立。 平成18年7月 「東海高熱工業株式会社」を完全子会社化。 平成18年12月 ドイツのCARBON INDUSTRIE-PRODUKTE GmbHグループの出資分を80%取得。
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杜の公園ゴルフクラブをお気に入りに追加 楽天GORAで予約する 杜の公園ゴルフクラブ 楽天GORAでゴルフ場を探す 北海道・東北 関東 北陸 中部 近畿 中国 四国 九州・沖縄 海外 杜の公園ゴルフクラブとは 杜の公園ゴルフクラブの69%は華麗さで出来ています。杜の公園ゴルフクラブの30%は食塩で出来ています。杜の公園ゴルフクラブの1%は時間で出来ています。 杜の公園ゴルフクラブの報道 ゴルフ場にコウノトリ 宮城、愛らしい姿が話題 - 産経ニュース 杜の公園ゴルフクラブ@ウィキペディア 杜の公園ゴルフクラブ 掲示板 名前(HN) カキコミ すべてのコメントを見る 杜の公園ゴルフクラブのリンク #bf ページ先頭へ 杜の公園ゴルフクラブ このページについて このページは杜の公園ゴルフクラブのインターネット上の情報を集めたリンク集のようなものです。ブックマークしておけば、日々更新される杜の公園ゴルフクラブに関連する最新情報にアクセスすることができます。 情報収集はプログラムで行っているため、名前が同じであるが異なるカテゴリーの情報が掲載される場合があります。ご了承ください。 リンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。
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アーカイブ @wikiのwikiモードでは #archive_log() と入力することで、特定のウェブページを保存しておくことができます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/25_171_ja.html たとえば、#archive_log()と入力すると以下のように表示されます。 保存したいURLとサイト名を入力して"アーカイブログ"をクリックしてみよう サイト名 URL
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関連ブログ @wikiのwikiモードでは #bf(興味のある単語) と入力することで、あるキーワードに関連するブログ一覧を表示することができます 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_161_ja.html たとえば、#bf(ゲーム)と入力すると以下のように表示されます。 #bf
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お願い 現地の様子は日々変わっているようです。支援活動等を考える場合も、なるべく最新の情報を確認の上で動いていただくようお願いいたします。 石巻のボランティア活動に関して(2011年4月4日) 各種情報の連絡のコメント欄に、OB2期生の山本さんが参加した石巻のボランティアに関する情報提供がありました。 •下記書き込みをしたOB2期生の山本です。 4月2~3日ボランティア活動を行ってきましたので、今後参加される方の参考になればと思い、書き込みします。 【石巻市ボランティアセンター】 ボラセンは9時から受付で16時に閉まります。 9時ボラセン前に集合し受付を行い、そこでボランティア活動の割り振りを行います。 尚、ボランティア活動保険には無料で加入して貰えます。 今回は150名前後(目測)集まっていました。 泊まる方は、テントもしくは車内泊となります。 【ボランティア内容】 各種あるようですが、私は石巻中心部の市民からの要望(泥・家財道具の撤去)に応える形での作業でした。(今回は100名弱位) 現在ボラセンには市民の要望が膨大な数寄せられているようです。 実際の作業は10時~16時迄で、1時間に10分休憩をとる等指示はありますが、現場の裁量に任せてせています。 【実際の作業】 石巻小学校近辺に派遣されましたが、この辺りも2m前後の海水が押し寄せており、建物の倒壊や1階部分の浸水で壊滅状態でした。 作業内容は、沼地の泥をさらうかのような泥の撤去や、畳や家財道具(水を吸って重い)の運び出しが主な作業でした。 現地で6名前後の班に分けられ、経験者がリーダーとなり、仲間と来ていてもランダムに振り分けられます。 現地に向かい、作業依頼主の要望に沿って作業を行いました。 【装備】 レインコート(安物の合羽で可)⇒泥(ヘドロ)が付く。 長靴⇒泥は所によっては20cm以上堆積している。 マスク⇒埃が尋常でなく、作業外でも乾いた土埃が常に舞っている状態。 防水の手袋⇒泥作業なので。 その他あったら良いと思うもの⇒ゴーグル・ヘルメット。 作業経験者は、皆上記の装備で参加しています。 【感想】 作業自体は重労働で、釘やガラス、落下物等危険も伴います。 私の班は6名で、千葉の老人ホームの職員、埼玉の消防隊員(ボランティア)、石巻専修大学生、東京の会社員等々、見ず知らずさまざまな 方々と作業しましたが、同じ目標で動いている為、非常に高い連帯感で作業を行う事が出来ました。 作業が終わると依頼主から感謝の言葉を頂きますが、誰一人笑顔になる事はなかったです。 消防隊の方が言っていた言葉、「我々は今日だけ大変だけど、被災した方々は明日からも大変なんだ」に皆頷いていました。 今回初めて災害ボランティアに参加しましたが、様々な事を経験させて頂きました。 まだまだボランティアが足りない状況です。 参加するにあたり、もし解らない事があればメール下さい。 解る範囲でお答えします。 私もまたボランティアに参加します。 ※各種情報の連絡のコメント欄に、OB2期生の山本さんのメールアドレスが記載されております。 石巻商店街の清掃ボランティア(2011年4月1日) 各種情報の連絡のコメント欄に、石巻商店街清掃ボランティアを募る情報提供がありました。 なお、このコメント欄への書き込みは、下にも情報があります、元経営学部教授の木伏先生からのものです。 •石巻商店街の津波被害は大きいものがあります。 いまだに、泥の排除、流木、店内進入車の撤去ができておりません。 我と思わん学生は、商店街の再建復興のために、泥除去、 清掃のボランテアをして見ませんか。 どうか皆さん、あの商店街の復興のためにⅠ日でも何かをしてみよう。 災害ボランテアセンターへ至急お申し出ください。 -- (きぶしよしあき) 宮城県(石巻他)ボランティア情報(3月24日ツイッター情報より+宮城県災害ボランティアセンターのページ) ご参考まで。宮城県のボランティア募集情報が掲載されていました。 @purunpurun nakamura 【ボランティア募集宮城県】石巻市市災害ボランティアセンター石巻専修大5号館(直接センターへ)・名取市市災害ボランティアセンター(022- 784-3040)・塩釜市市災害ボランティアセンター(080-1679-8989)・松島町町災害ボランティアセンター(022-353-3688) 3月24日 webから お気に入り リツイート 返信 現時点では(2011年3月27日)、電話による連絡も可能なようです。 3月29日より、仙台駅集合で、県外からも含めた日帰りボランティアの受け入れも行われているようです。(2011年4月2日) 宮城県災害ボランティアセンターのページ http //msv3151.c-bosai.jp/ このページによれば、石巻市について以下のような案内になっていました。 ○石巻市災害ボランティアセンター 石巻市南境新水戸1(石巻専修大学 5号館) ※下記電話は、ボランティア受付・ニーズの問い合わせ専用です。その他の内容のお問い合せはご遠慮ください。 TEL.0225-23-6011 TEL.0225-23-6012 TEL.0225-23-6014 TEL.0225-23-6015 FAX.0225-23-6018 FAX.0225-23-6019 午前9時~午後4時 ※県外ボランティア受け入れOKです。 ※ボランティア活動は、食事・移動手段・宿泊等、自分で準備が基本となります。 ※石巻市災害ボランティアセンターではガソリン供給不足を考慮し、当面の間、仙台駅東口~石巻専修大学間の無料シャトルバスを運行します。 ご協力いただける方は、日帰りボランティアとして下記指定乗車場所に集合してください。バスの定員の関係上、先着80名とさせていただき、整理券をお渡ししますので、ご了承願います。 ①期間 3月29日(火)~ 1週間程度 ②乗車場所 仙台駅東口(TBCハウジングステーション前) ③運行 仙台 午前7時45分発→石巻 午前9時15分着 石巻 午後6時発→仙台 午後7時30分着 ④活動 主に家屋の清掃、ドロ出し、避難所支援など ⑤準備物 長靴、カッパ、ゴム手袋、昼食、飲み物など(スコップ、バケツ、一輪車などの資材はこちらで準備します) 元経営学部教授の木伏先生の活動(2011年3月27日) 元経営学部教授の木伏先生が石巻地域への支援活動に参加されているとのことです。支援活動を行っている方のブログに活動の様子が掲載されていました。 「田力ブログ2」というブログの、 http //tarikiblog2.blog22.fc2.com/ 「被災者支援協力」のカテゴリー記事で、石巻地域への支援活動を行っている方の様子がまとめられています。 http //tarikiblog2.blog22.fc2.com/blog-category-35.html この中で「先生」と書かれているのが木伏先生です。 大津幸一教授のUSAToday紙インタビュー動画(2011年3月23日) 石巻専修大学の大津幸一教授がUSAToday紙の記者に震災当日の様子についてインタビューを受け、その動画が以下のサイトに掲載されたという情報がありました。インタビューは英語です。 http //www.clicker.com/web/usa-today-news/koichi-ohtsu-describes-the-disaster-aftermath-1467187/ Webサイト、Webメールの復旧(2011年3月22日) 石巻専修大学のWebページサイトが復活していました。今回の震災関係の情報は、現時点では専修大学の特設ページで公開を継続するとのことです。 石巻専修大学のWebサイト 専修大学Webサイト内の特設ページ また、教員の方から、大学のWebメールシステムが利用できるようになったという連絡がありました。 ボランティアセンターについて(2011年3月22日) 各種情報の連絡のコメント欄に、卒業生の方から大学構内に開設されているボランティアセンターに関する情報提供がありました。一部を抜粋します。 ――――――――抜粋ここから―――――――― 東京在住ですが、ボランティア活動へ参加しようと思い、ISUへ確認しました。 それによると、現在大学構内に石巻市のボランティアセンターが開設されており、ボランティアの受付も行っているそうです。 詳細は直接聞いてほしいとの事で、ボランティアセンターの方の携帯番号(固定電話は近日中に導入との事)を教わり、少し話をしました。 それによると人手は足りていなので歓迎するが、自給自足できる装備で来てほしいとの事。(宿泊も含めて) またHPやブログは、固定電話開設後に始めるとも話していました。 ――――――――抜粋ここまで―――――――― 現地の様子(2011年3月22日) 各種情報の連絡のコメント欄に、在学生のご父兄の方から情報提供がありました。一部を抜粋します。 ――――――――抜粋ここから―――――――― 息子は地震発生当時、大学構内にいて助かりました。そのまま構内に避難者としてお世話になり、ボランティアとしてお手伝いをしております。 息子からの電話、息子がmixiに書き込んだ日記等から、皆様に現地の様子を把握頂ければ幸いです。 なにとぞご支援の程、宜しくお願い致します。 現地では未だに食料・衛生用品(成人用おむつ・生理用品・消毒用アルコール等)・各種燃料が不足しており不自由な状況は続いておるようです。 企業名・団体名でなら石巻専修大学へ直接物資を届けることは可能との事です。 また避難者(主にお年寄り)の対応にカウンセリング経験のない市職員や学生があたり、市職員・学生とも、 精神的な負担が多くなっているようです。息子はカウンセラーも来てほしいと申しておりました。 ――――――――抜粋ここまで――――――――
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緑道 @ wiki へようこそ このwikiは、全国に点在する緑道(または緑道に類するもの)についてまとめる為に開設した、総合wikiです。 掲載されている日本の緑道は、約1431件です(2019年07月10日現在)。 内容がまだまだ不十分ですので、皆さまからの情報を募集しております。詳しくはお問い合わせフォームまで。 急募 緑道に関する情報を受け付けております。情報提供はお問い合わせフォームまで。 このwikiは未完成です。皆さんからの情報をお待ちしております。 このwikiが作成されてからの日数は3198日です。 地図から緑道を探す 北海道 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 茨城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川 新潟 富山 石川 福井 山梨 長野 岐阜 静岡 愛知 三重 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 緑道 @ wiki ご案内 概要 緑道の概要 緑道の種類 緑道の辞書的意味 緑道の歴史 地域別緑道一覧 全国の緑道を地域別に一覧にしております。 概ね20件を超える緑道がある場合、都道府県ごとにページを分割しています。 同一都道府県内で40件を超える場合、さらに細分化しています。 北海道地方 (45) 緑道一覧(北海道札幌市・小樽市・江別市・北広島市) 緑道一覧(北海道函館市・旭川市・釧路市・帯広市・北見市・滝川市・深川市・網走郡美幌町) 東北地方 (121) 緑道一覧(青森県・岩手県) 緑道一覧(宮城県仙台市) 緑道一覧(宮城県石巻市・名取市・多賀城市・岩沼市・東松島市・富谷市・柴田郡川崎町・宮城郡七ヶ浜町・宮城郡利府町・黒川郡大和町) 緑道一覧(秋田県・山形県) 緑道一覧(福島県) 関東北部 (74) 緑道一覧(茨城県水戸市・日立市・結城市・常総市・高萩市・北茨城市・潮来市・筑西市・神栖市) 緑道一覧(茨城県土浦市・石岡市・龍ヶ崎市・取手市・牛久市・つくば市・守谷市・つくばみらい市・稲敷郡阿見町) 緑道一覧(栃木県) 緑道一覧(群馬県) 埼玉県 (108) 緑道一覧(埼玉県さいたま市) 緑道一覧(埼玉県川口市・行田市・加須市・春日部市・鴻巣市・上尾市・草加市・越谷市・蕨市・久喜市・八潮市・幸手市・白岡市・北葛飾郡杉戸町・北葛飾郡松伏町) 緑道一覧(埼玉県川越市・熊谷市・本庄市・東松山市・深谷市・志木市・和光市・新座市・坂戸市・鶴ヶ島市・ふじみ野市・比企郡滑川町・比企郡小川町・比企郡鳩山町・児玉郡神川町) 緑道一覧(埼玉県所沢市・飯能市・狭山市・入間市・日高市) 千葉県 (76) 緑道一覧(千葉県千葉市・茂原市・市原市・君津市・袖ヶ浦市・富里市・大網白里市) 緑道一覧(千葉県市川市・船橋市・野田市・習志野市・柏市・流山市・八千代市・鎌ヶ谷市・浦安市) 緑道一覧(千葉県成田市・佐倉市・四街道市・印西市・白井市・富里市・印旛郡栄町) 東京都23区 (151) 緑道一覧(東京都千代田区・中央区・港区・新宿区・文京区・渋谷区・豊島区) 緑道一覧(東京都台東区・墨田区・江東区・荒川区) 緑道一覧(東京都足立区・葛飾区) 緑道一覧(東京都江戸川区) 緑道一覧(東京都品川区・目黒区・大田区) 緑道一覧(東京都世田谷区) 緑道一覧(東京都中野区・杉並区・北区・板橋区・練馬区) 東京都多摩地域 (127) 緑道一覧(東京都小平市・東村山市・東大和市・東久留米市・武蔵村山市・西東京市) 緑道一覧(東京都立川市・武蔵野市・三鷹市・小金井市・国分寺市・国立市) 緑道一覧(東京都府中市・調布市・狛江市) 緑道一覧(東京都八王子市) 緑道一覧(東京都町田市・日野市・多摩市) 緑道一覧(東京都青梅市・福生市・羽村市・西多摩郡瑞穂町・西多摩郡日の出町) 神奈川県 (169) 緑道一覧(神奈川県横浜市鶴見区・神奈川区・西区・中区・南区・港南区) 緑道一覧(神奈川県横浜市港北区・緑区・青葉区・都筑区) 緑道一覧(神奈川県横浜市保土ヶ谷区・金沢区・戸塚区・旭区・瀬谷区・栄区・泉区) 緑道一覧(神奈川県川崎市) 緑道一覧(神奈川県相模原市・厚木市・大和市・海老名市・座間市・綾瀬市) 緑道一覧(神奈川県横須賀市・平塚市・鎌倉市・藤沢市・小田原市・茅ヶ崎市・逗子市・三浦市・伊勢原市・高座郡寒川町・中郡大磯町・足柄上郡開成町) 愛知県 (88) 緑道一覧(愛知県名古屋市) 緑道一覧(愛知県一宮市・瀬戸市・半田市・春日井市・犬山市・小牧市・東海市・知多市・尾張旭市・豊明市・日進市・長久手市・愛知郡東郷町・丹羽郡大口町・丹羽郡扶桑町・知多郡武豊町) 緑道一覧(愛知県豊橋市・岡崎市・碧南市・刈谷市・豊田市・安城市・知立市・みよし市) 大阪府 (140) 緑道一覧(大阪府大阪市・堺市) 緑道一覧(大阪府豊中市・池田市・吹田市・高槻市・茨木市・箕面市・摂津市・豊能郡豊能町) 緑道一覧(大阪府守口市・枚方市・寝屋川市・大東市・四條畷市・交野市) 緑道一覧(大阪府八尾市・富田林市・河内長野市・羽曳野市・東大阪市・大阪狭山市・南河内郡太子町) 緑道一覧(大阪府岸和田市・泉大津市・貝塚市・泉佐野市・和泉市・泉南市・泉南郡田尻町) 中部地方(愛知県を除く地域) (83) 緑道一覧(新潟県) 緑道一覧(富山県・石川県・福井県) 緑道一覧(山梨県・長野県・岐阜県) 緑道一覧(静岡県) 近畿地方(大阪府を除く地域) (117) 緑道一覧(三重県・滋賀県) 緑道一覧(京都府) 緑道一覧(兵庫県神戸市) 緑道一覧(兵庫県姫路市・尼崎市・明石市・西宮市・芦屋市・伊丹市・加古川市・宝塚市・三木市・高砂市・三田市・川辺郡猪名川町・多可郡多可町・加古郡播磨町) 緑道一覧(奈良県・和歌山県) 中国地方 (32) 緑道一覧(鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県) 四国地方 (8) 緑道一覧(徳島県・香川県・高知県) 九州地方 (92) 緑道一覧(福岡県福岡市・久留米市・大川市・小郡市・筑紫野市・大野城市・宗像市・古賀市・福津市・糸島市・糟屋郡宇美町・糟屋郡志免町・糟屋郡粕屋町) 緑道一覧(福岡県北九州市・飯塚市・中間市) 緑道一覧(佐賀県・長崎県・熊本県・大分県) 緑道一覧(宮崎県・鹿児島県・沖縄県) 海外 (3) 海外の緑道一覧 その他 (8) 計画中の緑道一覧 路線別緑道一覧 緑道一覧(東横線沿線) リンク集 リンク集(自治体) リンク集(民間) その他 緑道を歩くときに便利なもちもの 緑道に関する書籍・刊行物 管理人紹介 メンバーの方へのお願い(メンバー専用) お問い合わせ お問い合わせフォーム ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。(但し当wikiはメンバーにのみ編集を許可しています。) このウィキの閲覧・コメントは自由です。(但し誹謗中傷などがないようにしてください。) このウィキを編集したい場合には、右上の「このウィキに参加」を押し、ユーザーIDを作成してください。
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東日本大震災から2年半経った昨年の9月、ボランティア仲間と岩手、宮城、福島の沿岸部を訪れた。現状をこの目で見たいという気持ちと、遠方の方々に写真をお見せできればとの思いからだった。当時関東では原発以外の報道はほとんどなくなっていて、友人にも「今どうなっているのか想像もつかない」という人が多かった。 しかし帰宅して以来、この内容をネットに上げるかどうか半年ほど迷い続けてきた。写真を見て”被災地の現状を理解”したと思われるのはちょっと違う気がした。写真に写っているのは限られたフレームに”収まりやすい景色”であり、特に自分は車の運転を担当していたのでシャッターを切るタイミングも限られた。写真と写真の間の写っていないところに膨大な空間があり、時間があり、住んでいる方々の生活があり、それぞれの心情がある。自分とて見聞きしたのは一寸にすぎない。東北の出身で、親族や友人がいて、親戚が被害に遭った自分でも、”理解”には到底届かない。 前置きが長くなったが、これがこの報告の”結論”である。3.11が近づくに連れ、マスコミの報道も増えてきた。ここより詳しい情報がたくさんあるだろう。ただ実際に足を運んで得た”結論”は、熱力学の第三法則(絶対零度には到達し得ないという、自分にとっては机上の知識)とは違った形で私の心に居座っている。 岩手県陸前高田市で、約7万本と言われた高田松原の中で唯一津波に耐え残った「奇跡の一本松」。後に枯死し樹脂やレプリカで再生されたのが現在の姿である。2年半経って地元の方々がこの木をどう思っているのか、どれだけ足を運んでいるのか、よそ者の自分にはわからなかった。自分を含めた観光客が車で乗りつけ、木の写真を撮って帰っていく。観光地という以上の感想を持ち得なかった。夜にはライトアップもされるようだ。木よりも気になったのが崩壊したままの近くの建物。どんな施設で、他の場所に再建されたのか、これからもこの状態で放置されるのか。がれき処分の目処が立ったと聞く中、まだまだこのような建物が多いことを目の当たりにした。 岩手県大槌町は2度目の訪問。勤務先の同僚の伝手で科学教室を開催して以来1年半ぶりだった。町役場の時計は依然津波の到達時刻を指したままだった。お供えが多かったのは、ちょうど神社のお祭りの日だったからか。向かいの建物も以前見たまま。津波の威力を物語っている。科学教室を開催した学校はまだ仮設校舎のようだ。前回お世話になった知人宅にお邪魔し、歓待を受けた。名残惜しかったが、他の地域も周りたいためお暇した。 岩手県釜石市は大槌町以上に生々しい震災の爪痕が残っていた。ゲームセンターやオフィス等の建物が惨状のままだった。大観音から見えたのは盛り土用の土砂だったのだろうか。プレハブ建ての商店街でラーメンを食べた。かつて新日鉄釜石のラグビー部は日本選手権7連覇の強豪だった。商店街の隣にまで津波到達の地という石碑があった。 海岸沿いを走っていると、津波に関する石碑をあちこちで見る。海に向かって立つ墓地。盛り土の工事を見守ってくれていることだろう。 宮城県気仙沼市では陸に乗り上げたタンカーの解体が行われていた。ちょうど三連休だったこともあり、我々と同様東北地方を周っている人も多かったようだ。わざわざレンタカーを借りて来たという人が、レンズを変えながらシャッターを切っていた。船の周り、家の基礎だけが残っているところにコスモスの花が静かに咲いていた。 宮城県石巻市は震災以降何度か訪れている場所だが、新しい街並みがどんどんできていて高速道路を下りたところでは震災の面影が感じられなかった。しかし港の近くにはまだまだがれき(と言い放っていいのかわからないが)がうず高く積み上げられていた。高台の日和山公園にはいまだに生花が置かれていた。震災前の写真も掲げられていた。この一帯で一度に数千人の命が奪われたというのはどんなに想像力を巡らせてもイメージがわかない。同時に、この状況を見慣れてしまいたくないという気持ちにもなった。 宮城県仙台市から沿岸部を南下した。ただの草むらに見えるかも知れないが未だに津波のあとの臭いが鼻をついた。おそらく塩害に遭った田畑なのだろう。がれきの搬入場の近くの家を撮らせていただいた。このような家屋が至る所にあったあった。トラックが道路脇に横転していたり、民家に突っ込んだままだったり。この日本において2年半もこの状態で放置されているとは。 そして福島県に入った。カーナビはデータが古くてほとんど役に立たなかった。とりあえず道なりに海岸近くを南下していく。南相馬あたりで道路脇に出動体制のパトカーが何台かあった。呼び止められたら道を聞こうと思ったが、何事もなく通り過ぎた。しばらくして浪江町あたりだっただろうか、ふと人気がなくなっていることに気付いた。一見、普通の道路沿いの風景なのだが、他に走っている車も歩いている人もいない。特に規制がある地域ではないのだが、信号機以外に動くものが全くないゴーストタウン状態だった(少なくとも自分が通った時は)。なんとはなしに、ハンドルを握る手が汗ばんでいた。その後、かなり走ってからようやく検問ありの表示が出てきた。とりあえず検問で道を聞こうと思い走り続けた。これでもかとばかりのbumpを経てようやく到着。警備員がたくさん立っていて怒られるかなと思ったがやさしく道を教えてくれた。写真はとても撮れる状況ではなかったが。来た道をかなり引き返さなくてはならなかったが西に抜ける道を教えていただいて帰途に着いた。 三県を周って、見た目の復興すらここまで進んでいないということにショックを受けた。損壊した建物や車が未だにあちらこちらにある。そのような中に日々の生活があるということは、やはり想像を絶する。インフラ整備にも雇用の創出にもならない自分のボランティア活動は、先回りし過ぎなのかも知れない。それでも時折いただく生徒さんたちの感想を読みながら、いつかそれぞれの想いが一本の松のように重なる夢を見続けている。