約 2,283,108 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/247.html
几帳面な性格をしているために、先に聞いてきた向こうの質問に答えた形兆だったが、 こっちが答えたのだからあっちの方も答えるだろう。という彼の期待はあっさり破られた。 「ニジムラ ケイチョウ? 変な名前」 そう言ってはげ頭の中年の男の方に振り向き、何か話し始めた。 召喚のやり直しやらこれは神聖な儀式であるのでそれは出来ないなど、よく分からない事を話している。 まだ少し混乱している頭で自分はどうなっているのか、お前も自分の名前くらい言え、 などと言ってみたが無視された。 それにさっきから周りの奴らの笑い声が聞こえてくる。 どうなっているのか分からなくなり頭を抱える形兆だったが、そこであることに気づいた。 自分は生きている。 確かに自分はあの時死んだはずだ。それは確かなことだった。 だが自分は今生きている。これも確かなことである。 自分が生きているのか分からない、こんな状況は初めてだ。 「バッド・カンパニー!」 警戒してスタンドを出そうとする、だが何も起こらない。 自慢の軍隊が出て来ないのだ。アパッチや戦車はおろか、歩兵の一人も出て来ない。 やはり自分は死んだのだろうか?そうするとここは地獄か?だが地獄にしては綺麗な所だ。 不審に思いさっきよりも目を凝らして周りを見渡し事態を把握しようとする。が、 「あの平民なにを叫んだんだ?」 「イカレてるんじゃあないか?」 「ゼロのルイズの使い魔だしな」 不審に思われているのは自分だった。 周りを観察しながらこれがどういうことなのか考えているうちに 自分名前を聞いてきた桃色の髪の女がこっちにやってきた。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 そういって手に持っていた杖を振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「それがお前の名前か?」 「五つの力を司るペンタゴン」 「ペンタゴン?アメリカ国防総省のことか?」 「この者に祝福を与え」 「祝福?ありがとう、と言えばいいのか?」 「我の使い魔となせ」 「使い魔?魔法使いみたいなことを言うな?」 几帳面にルイズの言葉に反応を示す形兆。偶然だが半分は正解を言い当てている。 次は何を言われるんだ?そもそも何を言っているんだ? 少々混乱しながらも形兆がそんなことを考えていた次の瞬間! キスをされた。 完全に不意打ちをくらった形兆は驚き、ルイズから顔を離しさらに距離をとって身構える。 「何のつもりだ?ルイズ」 当然の疑問。だが、 「呼び捨てにするんじゃないわよ!ご主人様でしょ!」 (どうしてコイツはおれの話を全く聞かないんだ?そもそもご主人様って何だ?) 几帳面な分突発的な出来事に強くない形兆は混乱の度合いを強くする。 そして形兆が次のことを考えようとして、急にきた体の熱さに邪魔された。 「なにィ~~~スタンド攻撃かッ!?」 「騒がないで、『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」 「『使い魔のルーン』だと!?」 それで自分に何をしたのかを聞き出そうとした時、熱は無くなった。 (一体何なんだ?分からない事が多すぎるぞッ!?) 混乱だけが強くなっていく形兆に追い討ちを掛けたのは責任者らしき中年の男だった。 「フーム……珍しいルーンだな。 よしじゃあ今日は解散!みんな良くやった!」 そういってその男は『飛び』去っていく。周りにいた者もみな飛んで城のような建物の方へ行く。 それをみて形兆は 「一体どういうことだ?」 としか言えなかった。 もう何がなんだか分からなかったが、 あの中年の男の態度や使い魔という単語から自分に危害を加えることは無いだろうと判断し、 何故か未だに残っている自分の唇を奪った女に話しかけた。 説明しろ。と To Be Continued ↓↓
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/601.html
『フリッグの舞踏会』が開催された夜、酔った人々が寝静まった頃。 リゾットは中庭に一人、佇んでいた。 右手でナイフを抜くと、左手のルーンが輝きを発する。その状態でメタリカを発現してみた。 磁力で地中の鉄分を操作すると、地中から無数のメスが出現した。そのうち一つを自分の手前まで引き寄せると、今度は磁力の反発でメスを飛ばす。 メスは弾かれたように飛び去り、石の壁に深々と刺さった。その状態でさらに磁力を使い、メスを鉄分に戻す。 「………メタリカは身体の一部として扱われているらしいな」 スタンド使いがこのルーンを宿せばみなそうなるのか、それともメタリカが普段、リゾットの肉体に潜んでいるからか、 他にガンダールヴのスタンド使いがいないため不明だが、ルーンによる能力向上はメタリカとそれが発する磁力にも及ぶことが分かった。 肉体ほど飛躍的なパワーアップではないが、それでもリゾットは今後の戦術の幅が大幅に広がったことに満足した。 「……試してみるか」 そう呟くと、リゾットはナイフを握ったまま本塔の壁に手を置き、メタリカを発現した。 ミス・ロングビルこと土くれのフーケは冷たいベッドに横たわっていた。 ここは魔法学院の一室。禁固を目的に作られたわけではないが、手には手枷をはめられ、杖はない。 窓はあるものの、高さから言って魔法を使わなければ届かない。 届いたとしてもオールド・オスマン自らが『固定化』した鉄格子が嵌っている。杖もない以上、脱出はまず不可能だ。 左腕がかゆくなったが、そこらにすりつけて掻くのは我慢する。左腕は既についていた。 オスマン曰く「退職金の代わり」らしい。有難くて涙が出る。 どうせ明日、監獄に送られれば裁判を通して極刑にされることはまず間違いない。 今更左腕の一本あったところでなんだというのだ。だがそれでも掻くのは我慢する。 膿んだら辛い。気を紛らわすために考え事をしてみた。 「大したもんじゃないか…。あいつらは」 考えるのは今日、自分を捕まえた連中のこと。特にあのリゾットという男は只者ではなかった。 途中は優勢だったものの、後は最初から最後まで負けっぱなしだった。 正体を見破られ、途中、追い詰めたときも、あのまま学生たちに逃げられていたらいずれは追い詰められたはずだ。 加えてフーケのゴーレムと剣一本で渡り合う技量、ルイズの魔法をいち早く利用する機転。 どれをとっても卒がなかった。 「何だったのかね…結局」 まあ、どうせもう二度と会わないだろうし、あまり考えても分からないだろう、と結論した。 考えることがなくなると、自分が死ぬことで残される人々のことが浮かんできた。 彼女たちは元気でやっていけるだろうか。 そんなことを考えていると、窓の外から声がした。 「フーケか?」 声に聞き覚えがあった。昼間、散々戦い、さっきまで考えていた男だ。窓に眼をやると、鉄格子の向こうにリゾットが居た。 「何かしら? 女性の部屋に夜更けに来るなんて無粋な男だね」 からかい半分にいってやるが、リゾットは取り合わない。 「お前に聞きたいことがあって来た」 「内容によるけど、言ってみれば? 聞いてあげないこともないよ。茶は出せないけどね」 ふと、フーケは気が付いた。ここは塔の十階で、足場もないはず。 なのに平民のこの男はどうやって窓の外にいるのだろうか。 「お前は……マジックアイテムを集めているそうだが……『破壊の杖』のような雰囲気の用途不明のマジックアイテムを…他にも……持っているのか?」 「いや、見たことないね…」 「そうか……」 声に落胆したような様子はなかった。 「……次の質問だ。フーケ、ここから逃げたくはないか?」 「はぁ?」 予想外の質問に思わず聞き返してしまう。誰が捕まえた人間が逃がしてくれると思うだろうか。 「そりゃあ、できることなら逃げたいけどね。このままだと死刑なんだから。何だい? 逃がしてくれるのかい?」 「条件次第では……な…」 「変な奴だね。今更逃がしてくれるんなら、あの小屋で逃がしてくれりゃ良かったんじゃないか」 「あの時は捕まえる任務があったからな…」 「……ふ~ん…」 今だ目的を計りかね、フーケはリゾットを値踏みするようにみた。 「………まあ、逃がすことになっても、…任務の趣旨は守られる。 条件の一つは……『逃がす代わりに二度とトリステインで盗みを働かないこと』だ」 「……それを約束したとして、私が守るって保証はあるの?」 「いや、ない……。だが……この条件を反故にするなら『覚悟』を以って破ることだ。俺はお前が盗みを働いたと知った瞬間、自分の責任において、お前を地の果てまででも追いかけて始末する」 フーケはその言葉にやるといったらやる『凄み』を感じた。基本的にフーケのやり方は目立つ。貴族が慌てふためく様を見るのは、趣味でもあるからだ。 目立たない方法でやることもできなくはないが、いずれは土くれのフーケの犯行と広まるだろう。 そして、フーケは二度リゾットと渡り合って勝てる自信はまったくなかった。今のリゾットは昼間のときよりさらに強くなったように見えたのだ。 「……他の条件は?」 「こっちは任意だが…雇われないか?」 「ごめんだね。ヴァリエール家の我侭三女なんぞに使われるのは真っ平だ」 貴族は嫌いだし、『ゼロ』なんて二つ名をもらう無能に使われるのはもっとごめんだった。 まあ、その無能の魔法に負けたのだからあまり大口はたたけないが。 「いや……雇い主はルイズじゃない……。俺個人だ」 「アンタに? …ふざけないで欲しいね。私にこんな風にしたあんたを私は許さない…。 この土くれのフーケのプライドが、アンタに協力するとでも思ってるの!?」 実のところ、二人とも仕事のために戦っただけなので、お互い、そんなに恨みはない。腕を拾ってきてもらったことに関しては感謝すらしている。 だが、即答すると自分を安売りしてるみたいで嫌なので、フーケは渋って見せた。 「やはり…ノーか。無駄だとは思っていたがな…。仕方ない」 なので、あっさりとリゾットは引き下がり、窓枠から姿を消したので、フーケは焦った。 「えっ、あれ!? そうあっさり引き下がるの? ま、待ってよ。……ねえ! もうちょっと駆け引きしてよ…。 わかったわよ。前向きに考えるからもうちょっと話を聞かせてよ!」 慌てて引き止める。リゾットが再び姿を現すのを確認し、フーケは溜息をついた。 「立場ないわね…。まあ、いいわ…。人を雇おうって言うんだから、金はあるんだろうね?」 「ある」 窓枠に金貨の袋が置かれた。音からすると悪くない金額が入っているようだ。 「それに雇うといっても仕事は情報収集だ。お前自身の稼ぎの傍らでやってくれればいい」 「自分でやらないのかい? アンタだって裏社会の水には慣れてるだろ?」 「俺はルイズに恩を返すために学院にいるからな……。情報収集する暇はない」 「なるほどね…」 「それに……」 「?」 「『人脈』は一朝一夕では作れないからな」 「ははん、確かにね」 フーケはリゾットの抜け目のなさに舌を巻いた。 情報を得るための人間関係というのはすぐには形成できない。確かなものにするにはそれぞれの信頼が必要なのだ。 フーケを雇い、それを丸ごと使用できるようにするというのは、悪くない手だった。特に嘘を見抜くことができるリゾットならば。 「ま、その辺りの事情は理解したよ。で、どんな情報を集めればいいんだい?」 「一つ目は、『破壊の杖』のような使用法や出所が不明なアイテムに関する情報だ…」 「ふぅん。あれと同じようなアイテムね…。一応、理由を聞いていい?」 「あれは、こことは別の世界……俺が居た世界で作られた品物だ」 言った途端、フーケは胡散臭そうにリゾットを見た。 「はぁ? 別の世界? 頭、大丈夫?」 「……信じようと信じまいと…お前の勝手だ。だが、あれらのアイテムに俺が元の世界に帰るための手がかりがあるかもしれない」 リゾットはこれまでと変わらない、淡々とした調子で告げる。嘘なのか本当なのか判断しかねた。 「ふぅん…。まあ、この場でアンタが嘘をつくメリットはないわね…。真偽はさておき、ああいうアイテムの情報ね。任せといて。職業柄、そういう胡散臭い情報を集めるのは得意よ。で、他には?」 「市井の情報なら何でもいい…。この学院は情報が遅れているし、雰囲気を肌で感じることが出来ない。例えば、近々戦争がありそうな雰囲気だが、それが俺たちに関係あるかどうかも分からない……」 「戦争? ああ、アルビオンの内乱のことだね。…貴族が王に対して反乱を起こしたのさ」 フーケの表情に影のようなものがよぎったが、リゾットはあえて追求しなかった。 「………ところでアルビオンというのは国だったな?」 「そうだよ。大陸でもある。それくらい常識だと思うんだけど……異世界じゃなくても遠くから来たんだね、あんたは」 「異世界から来た。そう言っている」 「じゃ、そういうことにしておくよ。その程度なら本当に片手間で集められるよ」 「……で…返事は?」 この瞬間、フーケの頭の中では損益計算が始まった。 メリット ・命が助かる。 →これは何事にも変え難い魅力の一つ。 ・雇用契約さえ終われば自由の身 →トリステインでの盗みは控えるにしても、後は勝手にやれる。 ・金が手に入る。 →当座の資金は魅力的。とりあえずの金づるにはなりそうだ。 ・リゾットには好奇心が湧く。身近で調べることができるのはそこそこ面白い。 →人は、どの生命よりも、好奇心が強いから進化したのだッ!(byチョコラータ) デメリット ・今後、トリステインで盗みの仕事ができない。 →正体を知られた以上、逃げてもしばらくほとぼりを冷まさなきゃならないし、仕事をするならゲルマニアでもガリアでも行けばいい。 ・雇い主に報告を入れるため、行動範囲が制限される →おそらくお尋ね者になるだろうが、変装にはそれなりに自信があるし、遠方に逃げたふりをすれば、お膝元にいた方が見付からないかも知れない。 ・面倒くさい →生活のついででいいと言ってるし、適当にまた酒場のウェイトレスでもすれば勝手に情報は集まるだろう。 …計算完了。 「…悪くない話ね……。引き受けるわ」 「そうか……」 話がまとまったところで、フーケが身を乗り出した。 「それで、どうやって逃がしてくれるんだい?」 そして翌朝…朝もやの中を檻車が通る。その車を遠くに見ながらフーケとリゾットは木立のなかに立っていた。 「簡単なもんだね」 「お前が魔法が使えないと思って油断していたからな……。一応……外からの奇襲には神経を張っていたようだが…、中に入り込まれると弱い…」 実際、計画はあっさりと成功した。メタリカで姿を消して檻車の来る道の脇で待機し、通って来たところで接近する。 そして磁力を使って鍵を物理的に開けたのだ。後はフーケがタイミングを見計らって外に出た。 フーケからみると突然、鍵が開いたのだ。わけが分からなかっただろう。 「ところで、これもはずしてくれると有難いんだけど」 フーケが手枷のはまった両手を掲げた。リゾットは手枷に手を当て、メタリカを使って手枷を鉄分に分解した。 (流石に既存の鉄を解体するのは時間がかかるな……。戦闘ではあまり当にできない…か) 「さっきのといい……。どうやったんだい、アンタ、平民だろ?」 「さあな…」 「やれやれ……。仕方ないね。もっと仲良くなるまで我慢か…。前金はもらうよ」 「ああ……」 リゾットから幾らか金貨を受け取ると、フーケは突然、妙なシナを作った。 「では、これからよろしくお願いしますね、ご主人様」 「その呼び方は止めろ。リゾットでいい」 リゾットがそっけなく返すと、途端にフーケは素に戻った。 「詰まんない奴。少しは機嫌をとってやろうと思ってたのに」 「機嫌を取ろうが取るまいが……、結果さえ出せば文句はいわない…」 「ま、自由でいいけどね。何もなくても週一くらいで定期報告入れに来るから」 さらりというと、フーケは霧の中に消えていった。 「……役に立てばいいんだがな…」 呟いて、リゾットも学院へと歩いていった。 暗殺者と盗賊、二人の結託が何を生むか、あるいは何も生まないのか。この時点では誰もわからない…。 ----
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2489.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 ルイズは元々勤勉な学生だった。 やんごとなき大貴族ヴァリエール家の三女。期待もされた。期待に答えたいとも思った。 だからルイズは基本的に努力家である。 そんなルイズの努力は、決して実ることがなかった。 一度は絶望し、諦めかけたこともあった。 しかし今、ルイズは再び燃えている。焦りではない。まるで小さな頃、初めて自分の杖を手にしたときのような、希望と情熱が彼女の胸に灯っている。 すっかり夜も更けてしまった学院外の草原で、一向に成功する気配をも見せないコモンルーンに挑戦している。 だから、彼女がこの夜、あの場所で起こったことを見つけたのは決して偶然ではなく、小さなご主人様の隣に、同じくらい小さな使い魔の少年がランタンを持って立っていたのも、また偶然ではない。 「ふわあああぁぁぁ・・・」 暗闇の中、地面に座り込んだ少年が大きなあくびをした。 「ねぇ・・・もうそろそろ寝ようよぉ」 康一は試しにご主人様にお願いしてみた。 「だめよ。まだ今日のぶんが済んでないもの。」 ルイズは使い魔の懇願を振り向きもせずに却下した。 小石が真鍮になるイメージを浮かべる。ゆっくりと呪文を唱える。母親が子どもに絵本を読み聞かせるように。正確に。確実に。そして、数歩先の小石に向けて杖を振った。 ボンッ! 一瞬白い光を放ち、小石が爆発した。 爆風に巻き上げられた砂がぱらぱらと落ちる。 魔力を抑えているので、大した被害にはならないのだが。 「し、失敗ね。それじゃあ今度は抑揚を変えてやってみるわ。」 まだまだやる気のルイズに、哀れな使い魔は溜息をついた。 連日この調子である。 『100回失敗したら10000回練習するわ。10000回失敗したら100万回練習すればいいわ!』 ルイズはもう一度自分を信じることにしたのだ。この努力は無駄ではない。 きっといつか私にもコーイチに起こったような「運命」がやってくる。わたしがみんなに認められるようになる。そのときのために。 しかし、その結果残されたのはおびただしい数の爆発と爆音とクレーターである。 真夜中だろうとボンボン爆発させているので、ついに教師から学院の外で練習するようにと言われて追い出された。 それでもルイズはあきらめない。このくらいで諦めたらいつか「運命」がやってきたときに申し訳が立たないわ。なんて、よく分からないことを言っている。 そして康一は泣き言をいいながらも、なんだかんだで毎夜ルイズの練習に付き合っているのだった。 特にやることもないので、ぼーっとルイズを見ている。 よく意外に思われるが、康一はコツコツ努力を積み重ねていくタイプでもない。剣の練習もあれからそんなにしていなかった。 デルフリンガーは、自分の大きさに比べて相棒が小さすぎることに危機感を覚えたのか、最近は「食べろ!食べてでっかくなれ!」と事あるごとに言っている。 それがうるさいので、今は剣を持ってきていない。 「食べて横に大きくなってもしょうがないだろーに。」と思う。 ふと何か違和感を感じた。 妙な音がするわけでもない。ルイズは疲れてへろへろだが特に変わった様子もない。 そして気づいた。ここから遠目に見える学院の、中央塔のあたりで何かがうごめいている。 しかし縮尺がおかしい。中央本塔は相当な高さのはずだ。それと比べるなら、『それ』は10m以上の高さがある。 「ね、ねぇ。あれ、何?」 康一が指を指すと、ルイズが肩で息をしながら不審げに振り向いた。 「なによ・・・。今いっぱいいっぱいなんだから話しかけないで・・・って、なにあれ。」 ようやくルイズも気づいたらしい。 「ゴーレム・・・かしら。でもなんでこんな時間に、あんなところで?」 そこでハッと気がついた。 「まさか、賊!?」 「賊って、泥棒ってこと?」 「きっとそうよ!最近このあたりを、『土くれ』のフーケっていう土のメイジがが荒らして回ってるって聞いたわ!」 きた!と思った。 あれがわたしの「運命」だわ! あれに気づいているのはまだきっと自分達だけ。フーケをわたしが見つけたんだわ! フーケを捕らえれば、大手柄だ。千載一遇のチャンスが転がり込んできた! 思わす走り出したが、ちょうどルイズは消耗しきってふらふらのところだった。 足が絡まり、躓いて危うく倒れそうなところを康一が支える。 「急に走ったら危ないよ!肩を貸してあげるから捕まって!」 思いがけず胸に飛び込んでしまったルイズは慌てて康一を突き放そうとした。 「あ、汗かいてるから・・・」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」 康一はルイズの腋に肩を入れ、腰に手を回してルイズを支えた。 もうルイズは康一に体を預けるしかない。 康一はあわあわと動揺するルイズを連れて、学院に向かった。 見上げるほどの巨大なゴーレムがゆっくりと拳を振り上げ、全体重をかけて壁に打ち付ける。 ゴン! と小さな音がする。普通なら爆音といっていいほどの衝撃音がするはずだが、それがほとんどしない。 フーケがゴーレムの操作と平行して、『サイレント』をかけているのだ。 盗賊として経験を積んでいるフーケにしてみれば、そう難しいことではない。 「それにしても、硬いッたらないね!」 フーケは先ほど殴りつけた壁に顔を寄せると舌打ちした。 もう自慢のゴーレムで10回は殴りつけているというのに、傷がつく様子すらほとんどない。 巡回はないはずだ。ここのメイジ共は平和ボケしていて当番をサボるのが当然になっているのは事前に調べがついている。 だからそうそう気づかれない自信はあるが、あまり時間をかけたくはない。 「せめて、ヒビでも入ってくれればそこから崩せるんだけどねぇ。」 後5分は挑戦してみよう。フーケは殴りつけるのを再開するため、ゴーレムの肩口に飛んだ。 ちょうどそのタイミング。 フーケが先ほどまでいた場所が突然爆発した。 「何っ!?」 もう見つかったというのだろうか。慌ててあたりを見回すと、ゴーレムの足元に誰かがいる。 あれは・・・ルイズ・フランソワーズと、彼女に捕まった平民の使い魔、コーイチだ。 「何でこんなところにあいつらがいるんだい!」 壁はやぶれそうにない。しかも人に見つかってしまった。 目撃者を消せば多少の時間は稼げる。しかし、落ちこぼれのルイズはともかく、コーイチの実力は未知数だ。できるだけ相手をしたくはない。 それに、コーイチは貴族に使役されているだけの気のいい少年だった。彼を殺したくはない。 「コーイチ・・・。なんでよりによってあんたなんだい!」 逃げたいところだが、一度失敗すれば警備は強化されるだろう。多分こんなチャンスはもうめぐってこない。 今まで掃ってきた労力と自分の身の安全を天秤にかける。 天秤は、自分の身の安全に傾いた。 口惜しいが逃げるしかない。 だがしかし、そこでフーケは気づいた。 先ほど爆発(恐らくルイズの失敗魔法だろう)が起こった場所から放射状にヒビが入っている。 どういう理屈だかはわからない。しかしこれぞまさしく天の助け! フーケは覚悟を決めた。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/219.html
「つまりこういう訳か?『俺は亀の中にいたため亀と一緒にこの世界に来てしまった。』」 「あんたのその元の世界とやらが本当ならね。でも何であんたまで使い魔になっちゃったのかはさっぱりだわ」 「蘇れたことや帰る方法の方がよっぽど重要だと思うが…」 ポルナレフは空に浮かぶ二つの月を見て溜め息をついた。 今は夜、学生寮のルイズの部屋で二人は今後の事について話していた。 ポルナレフにとってかつての世界に執着はあまりないとは言えない。それどころか他人には言えない大事な用事があったのだ。 それはSPW財団に矢の追跡調査の報告である。彼は承太郎達にレクイエムという新たな力を知らせなければならなかった。 そのため一刻も早く元の世界に戻らなければならなかった。 「しかし、呼び出せたんだから元の世界に戻る道もあるだろう。入口だけで出口の無い家は無いからな。」 「それまではどうするの?」 「分かりきったことを言うんじゃないッ!当分その使い魔とやらをしながら世話になるしか無いだろッ! ああ、なんて厄介な事をしてくれたんだ貴様は…」 ポルナレフは頭を抱え込んでしまった。帰らなければならないが方法が分からない以上どうしようもないのだ。 (しかしなんて暢気な亀だ…同じ境遇のくせに…) すぐ傍で寝ている亀を羨ましそうに見た。 一方ルイズは使い魔である一人と一匹を見て、おそらくこんな事を出来たのは空前絶後私だけだろうと自負していた。 (まさか一度に二匹なんて…!それほど特別なのかしら!?) 自分が『ゼロ』である時点で十分特別だと思われるのだが、そんな事は頭の中に無かった。 しかし、あることに気付いた。 「あんた結構筋肉はついてるけど、ただの平民よね?」 「平民と呼ぶな。貴様達の世界ならそうかもしれんがあいにく俺はここの人間では無いからな。」 「ということは…大して役に立たないわね…」 ルイズはうなだれた。最もな事である。彼女達メイジにとって使い魔とは主人の目となり耳となり、また主人を守る存在であるからだ。 他の使い魔、たとえ犬でさえ平民よりずっとマシに思えた。 「役に立たないとは酷いな。何かの役には立つさ。まあ、ドラゴンやらグリフォンなんかと比べられてもあれだがな。」 ポルナレフは苦笑した。チャリオッツが使えれば並の使い魔ごときに負けない自信はあったが、そのチャリオッツはローマで殺してしまっているため、今はいない。蘇ったことを理解した直後、試してみたがやっぱり無理だった。 「全くよ!…しょうがないわ。あんたには掃除洗濯その他雑用でもしてもらおうかしら」 「別にかまわんぞ。それぐらいしか今の俺には出来んだろうしな。」 案外すんなり受け入れたポルナレフにルイズは多少驚いた。てっきり抵抗するものだと思っていたからだ。 しかし一方のポルナレフは心の内で (誰がそんな面倒な事するかッ!いきなりこんな場所に呼び出されてしかも高慢な態度取られてよく思う奴なんかいるわけあるまいッ!) とキレていた。 「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」 ルイズはそんなポルナレフの胸の内も知らず暢気に欠伸をした。 「そうか。それじゃおやすみ…」 ポルナレフはそう言うと亀の甲羅に鍵を嵌め、甲羅の上に足を載せようとした。 「あんた何しようとしてんのッ!?」 ルイズは自分の使い魔がもう片方の使い魔を殺そうとしている様にしか見えない光景に、思わずそう叫んだのだが、 「寝るんだろ?ここには俺が寝るベットやソファは無い。だったらここで寝るしかあるまい。」 とポルナレフは落ち着いて言うと『中に入って』行った。 「…はぁ?」 ルイズはそのあまりに異常な光景に今度は開いた口が塞がらなかった。 「あんた…どこ行ったの?」 「ここだが?」 「キャッ!?」 昼間と同じ様にポルナレフの首だけが甲羅からニュッと出ていた。 「ななな、何が起こっているの!?あたしの頭がおかしくなったの?それとも何かの魔法!?平民が!?ありえない!」 「だから亀の中が…」 「何故なの!?全く意味が分からないわッ!」 そういうとポルナレフの首から逃れるようにベットにダイブし、毛布を頭から被るとガタガタ震えだした。 「一日に二回も男の生首がいきなり目の前に現れたんだ。怯えて取り乱すのも無理はあるまい。しかし、『これ』を理解させるにはもっと時間が必要かもしれんな…」 と呟くとポルナレフはそのまま亀の中のソファで何日ぶりかの睡眠を楽しんだ。 …ルイズが震えていた本当の理由も知らずに… To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2560.html
たいへんだ! 大統領が隣の世界からたくさんルイズを連れてきちゃったぞ! ヒロインがいなくちゃ話は続けられない! 彼女たちの話を聞いて元の世界へ帰してあげよう! (問題)次のルイズはどこの作品のルイズか答えなさい。 ルイズA「私の悩み? そうね、こうしていると時々、ひどく寂しくなるの。前はもう少し賑やかだったもの。 でもデルフもワルドもマチルダもいるから孤独とは思わないけれどね」 ルイズB「ねえ聞いて! 才人ともっと一緒にいたいのに、ううん、もっと身体も心も一緒になりたいのに、 ギーシュもエレオノールお姉さまも邪魔するの! 愛してる、私が欲しいって才人も言ってるのに!」 ルイズC「べ、別に大した事じゃないんだけど、最近、なんだかあいつタバサと仲良くしてるみたいなの。 惚れ薬のせいだけじゃなくて、それにタバサの方も少し変わったような気がするわ。 タバサの他にキュルケとも会社を興したり、シエスタとも楽しげに話しているし……ああ、思い出したら腹が立ってきた! 忘れないでよね! わたしがご主人様なんだからね! ないがしろにしたら許さないわよ!」 ルイズD「ちいねえさまも(弾け過ぎな気はするけれど)元気になったから悩みなんてないわ。 ただキュルケの様子がおかしいのよ、ブツブツと体液だの触手だの呟いて変な目で見てくるし」 ルイズE「……色々あるわね。たとえば使い魔が私よりデルフと親しそうだったり、 元婚約者が変な性癖の持ち主でソムリエ呼ばわりされたり、ギーシュは……もういいわ、諦めたから」 正解はWEBで! (正解) ルイズA:『仮面のルイズ』(第一部より石仮面) ルイズB:『ギーシュの奇妙な決闘』(第七部SBRよりリンゴォその他) ルイズC:『ゼロと奇妙な鉄の使い魔』(第五部よりリゾット) ルイズD:『ゼロの来訪者』(バオー来訪者より橋沢育郎) ルイズE:『アヌビス神・妖刀流舞』(第三部よりアヌビス神)
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/719.html
ギーシュの奇妙な決闘 第五話 『灯(ともしび)の悪魔』 トリステイン魔法学院から徒歩で一時間ほどの位置にある、一軒の屋敷。昨日までは『モット伯の屋敷』だと表現できた屋敷なのだが今では過去形で表現しなければならないだろう。 主が死亡し、使用人が全員行方不明という状態では、屋敷と呼ぶのもおこがましいだろう。モット伯の死に様の壮絶さを考えると、たと領地の整理が終わったとしても、この屋敷に住もうなどと考える貴族はいないに違いない。 今は内装が豪奢で綺麗なだけの、『空き家』。 数日もすれば内装品の全てが処分され、後数年もすれば、立派な廃屋になる事だろう。 貴族がここまで凄惨に殺害された上に、使用人全員行方不明。 前代未聞の大惨事に王室は揺れに揺れた。是が非でも犯人を捕らえなければ、王室の権威に傷が付くとして、捜索に少なくない数の騎士達が借り出されたのだが。 なにせ、事情を知る使用人達が根こそぎ行方不明なのだ。男は殺され女達は通報した後に暗殺者達の手で逃がされたのだが、そこまで把握しろというのは神ならぬ身には酷というものであった。 情報が全くなかったために、捜査は開始直後にいきなり頓挫してしまった。精鋭たる騎士団の諸君は、数少ない情報の前で云々唸る事となる。 ……さて、そんな中にもかかわらず、騎士団諸氏からその存在を黙殺されたひとつの情報がある。 何という事はない、あまりにちっぽけ過ぎて無関係だと思われたという、そういう類の情報。騎士団たちは有能であるが故に情報の取捨選択を正確に行った結果、跳ね除けられた情報だった。 モット伯が面白半分で買ったアンティークの一つが、消えたというものだ。 大方行方不明になった連中が、行きがけの駄賃代わりに持っていったのだろう。それが貴重この上ない代物だというのなら、行方不明の連中を探索する証拠にもなるだろうが……騎士団が途方にくれている間に時は過ぎ、この事件は迷宮入りする事になる だってそうだろう? 悪魔が入っているなどといういわくだけの骨董品など、どう捜索しろというのだ! 「おい! 『我等の剣』!!」 「?」 一方。 怪我も治り、日課であるシエスタとの洗濯に精を出していた才人は、後ろからかけられた声に振り向き、驚いた。 声をかけてきたのはマルトーであり……豪快で知られる彼が、珍しい事に狼狽して、こちらに走りよってきているのである。 只それだけで、尋常ならざる事態だと理解したシエスタは、思わず体を強張らせた。 「ど、どうしたんですか、マルトーさん!」 「おお、シエスタも一緒か。ちょうどいい!」 「丁度いいって……」 「いやな。今さっき、貴族連中が話してる事を聞いたんだが……」 思わず洗濯の手を止める才人に、マルトーは一語一語かみ締めるように告げる。 「お前らが前に乗り込んだ、モット伯って奴は覚えてるか?」 「え、ええ」 才人は無意識のうちに頬を引きつらせ、記憶のそこから浮かび上がろうとした惨劇の記憶を必死に思い出すまいと努力した。 あの事件は、才人にとっても様々な意味で忘れられない事件だった。そのモット伯が殺されたと聞いたとき、彼はそれなりにショックを受けた。 何せ死んだのがギーシュ達が突撃したその日だ。疑われては敵わないと、一連の事件は他言無用と口裏を合わせたのだが…… 「その事で騎士団が、とうとうお前らの事に気付いたらしい」 「!」 「ええ!?」 才人は音もなく顔をこわばらせ、シエスタは悲鳴を上げる。 そりゃあそうだ、彼らはモット伯を殺していないが、目撃者が一人もいない以上、犯人だと言われたとしても言い逃れが出来るはずがない。 「詳しい事はわからねぇが、今オールド・オスマンのところに騎士団の連中が来てる。そして騎士団の用件はモット伯の殺害事件についてだ。 ……まだ、確定したわけじゃねえが、耳に入れておくに越した事はねぇと思ってな。来てるのは憲兵騎士団の中でも凄腕の連中だって事だしな」 「わかりました。ありがとうございます……」 礼を言いながら、才人はシエスタの手を握り締めて、表情も引き締める。 いざとなればシエスタを連れて逃げよう……そういう意思が、才人の中に確かにあった。そしてこうとも思う、ギーシュ達なら自分達で何とかして今うだろうと。 ルイズやモンモランシーはともかくとして自分と共にあの地獄を行きぬいたあの戦友は、『何をやっても』死にそうになかったので。 場所は移り変わって、学長室。 結論から言うと、才人の心配は全くといっていいほど的外れなものであった。なにせ…… 「とまあ、コレがモット伯と我が生徒が起こした諍いです」 呆然とする騎士団員達の前で、オールド・オスマンはえへんと胸を張って見せた。 『しゃらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』 彼らの目の前においてある姿見の鏡の中では、ギーシュがワルキューレによる一成攻撃を指揮している姿が映し出されており、騎士団員達の度肝を抜いている。 種を明かせば何という事はないのだ。 このじい様、あの夜ギーシュと才人が抜け出したのを知覚で感じ取ってすぐに鏡を発動させて、悪趣味にも彼らの行動を観賞していたのである。自分の生徒を疑う騎士団員達にそのときの映像を見せているのだ。 ……ギーシュ達は夜中に出て朝帰ってきたという醜態を晒したにもかかわらず、何のお咎めも無い矛盾に気付くべきだった。 オスマン自身もシエスタを無理やり連れ去ったモット伯の行動には鶏冠にきていたので、いざとなったら鏡越しの魔法でモット伯を攻撃するつもりだったし、実際に手助けもした。 そう、才人のルーン発動……アレが実は、オスマンの魔法による後押しの結果だったのである。しかし、後押ししたのはほんの少しだけで、ガンダールヴを扱いきったのは間違いなく才人のセンスのなせる業だった。 今画面に展開している光景においては、正真正銘なにもしていない! (グラモンのところの馬鹿息子がメイドのために動いたのも驚きじゃが、モット伯に勝つとはのぉ) ドットメイジがトライアングルメイジに勝利する。 常識では考えられない事をやってのけたギーシュに対して、オスマンはにわかに興味を抱いたのだ。 「そして、この後。この者達は伯爵を治癒してから帰途についております……残念ながら、わしがわかるのはそこまでですが…… 只ひとつだけ確実に言えるのは、我が学院の生徒達はモット伯殺害について何一つ関与していない事です」 「し、しかし!」 騎士団員の中で一際若い男が、物言わんとばかりに立ち上がって、オスマンに食って掛かった。 オスマンは知らなかったが、ギーシュ達が事件当日にモット伯の屋敷を訪れていた事を調べ上げたのは、この若い団員であった。 血気にはやった若者らしく、是が非でも手柄が欲しいという欲求が、若者を立ち上がらせた。 「今この映像の中で! ギーシュ・ド・グラモンは禁止されている貴族同士の決闘を行いました! コレは重大な規約違反……」 「お若いの」 ゆっくりとして、落ち着いた口調で、オスマンはその若者に話しかけた……が、オスマンの両目から放たれるただならぬ眼光に、動けなくなる。 「君は、ここに何をしに来たのかのぉ。わしが覚えておる限りでは、君達は『モット伯の殺害』を調べにきたのであって、『決闘規約違反者』を摘発しに着たのではなかったはずじゃ。 それとも……決闘規約違反で引っ張ったら、後から殺害容疑を自供したとか、そういう筋書きなのかのぉ」 「……っ!」 暗にフレームアップの可能性を示唆され……そのつもりだっただけに、若い騎士は激昂しそうになるも、しなかった。 耐え切ったとかそういう理由じゃあない。単純に、オスマンの視線を恐れたのである。 彼は極一般的な貴族らしく、自分は偉大でありそのなす事は全て正しく、他人は無条件でそれに迎合すべきだという傲慢な思想を持っていた。それゆえに、人格的な威圧感で圧倒され、論破されたという事実は、彼の自尊心を強かに傷つけた。 「……事情はわかった。今のはこちらの無礼だった……すまない」 更に追い討ちをかけたのは、彼が常日頃から軽蔑の意思を隠そうともしない、平民出(しかも前歴がわからず得体の知れない)の自分の上官が自分の意見を間違ったものとして、勝手に謝罪した事だった。 その上、その男から放たれた無言の威圧感に押され、怯えてしまい……結局、若い騎士はその場に着席する事となった。 「わかってもらえればえーんじゃよ。ミスタ・ジョシュジョ」 「…………無理やり約すのはやめてくれ」 変わった帽子を被ったその男は、明らかに意図的にへんな呼び方をしているオスマンに対し、眉を顰めた。 そして周りの部下達を見回して、 「お前達は先に帰れ……俺は、オスマン氏と話がある」 「ミス・ロングビル。君も少し席を外してくれんかの」 隊長とオスマン二人に言われてこの室内に残ろうとするものはいない。まずは騎士団たちが敬礼と共に部屋を辞して、それに続くようにミス・ロングビルが一礼をし……ふと、何かを思い出したように、口を開いた。 「オールド・オスマン。それでは、本日就任予定のメイジとの面会はいかがいたしましょう?」 「む!? そういえばそんな用件があったの……むー……そうじゃ、ミスロングビル。 手続きその他は君が受け持ってもらえるかな」 本来ならば第一優先すべき用件を彼方に追いやってまでシュヴァリエである隊長との会話を優先したいらいい。 (余程、重要な事なのかしら?) 「かしこまりました。では、『イカシュミ・ズォースイ』氏との顔合わせは、明日の早朝にしておきます」 「うむ。よろしく頼むぞ、ミス・ロングビル」 思うところは多々あったが、ここは有能な秘書としての仮面を捨てるわけには行かない。ロングビルは優雅に一礼して見せた後、学長室を辞した。 聞き耳を立てたい欲求がないわけではないが、彼女はオールド・オスマンのセクハラ爺を過剰評価も過小評価もしておらず、盗み聞きなどすれば致命的なミスを生みかねない事を承知していた。 (セクハラにかこつけて私のことをちょくちょく監視してるぐらいだものね……まぁ、そこはあんたに任せるわ) 傍に立てかけてあった鏡に向かい、髪を直すようなしぐさをしながら、彼女は方目を閉じる……鏡の奥でサムズアップをした不気味な人影に気付いたものは、ミス・ロングビル只一人だった。 「さて。『イカシュミ』先生を迎えに行かなきゃ」 そして、くすくすと笑いながら、歩き出す。まるで、自分が口に出したその男の名前が、可笑しくてたまらないとでも言うかのように。 「……イカスミ雑炊?」 「明日からこの学院に赴任してくるメイジでな」 この世界で耳にするはずのない単語に眉をひそめる隊長に、オスマンは杖をかざして、あたりの物体に『ディテクト・マジック』を仕掛けながら説明した。 「なんでも、ゲルマニアの貴族だった祖父が発掘した書物に書かれていた文字からつけた偽名らしい」 「偽名だとわかっているのに雇うのか?」 「貴族位を剥奪されて野に下ったメイジが、本名で動けるはずもないじゃろう。ミス・ロングビルも保険医の爺さんも偽名じゃよ。 しばらくは監視つきじゃし、本人もそれは覚悟の上じゃ。 ミス・ロングビルとて、未だに監視付じゃしな……わし自身の手で♪」 「……やれやれだぜ」 いささかセクハラ気味の発言だったが、隊長はそれについては何も言わなかった。 貴族の師弟が多く学びに繰るこの学院は、犯罪者達にとっては文字通り金のなる木だ。貴族に関わるもの云々の前に、そこらに転がる調度品一つちょろまかして売っただけで、平民が遊んで暮らせる程度の金は手に入るだろう……故に学園に勤めるメイドや料理人を雇う場合は、厳格な試験でふるいにかけるのだが。 ミス・ロングビルや保健室の老医のように、『貴族位を剥奪されたメイジ』の扱いはいささか厄介だった。 落ちぶれた貴族の行き先は対外が盗賊や強盗のなどの犯罪者か、傭兵のように犯罪者に片足突っ込んだ仕事しかない。マトモな職に付こうにも、貴族の職業につけるはずもなく、平民の職業は様々な問題があり、はっきり言えば犯罪者か犯罪者予備軍かの二者択一なのだ。 装飾品ぐらいならともかく、王室から預かった秘法が数多く眠る宝物庫の存在を踏まえると、偽名を使って侵入してくる泥棒の可能性を常に疑ってかからねばならなかった。 ならば、最初から没落貴族など雇わなければいいのだし、事実騎士団の人間達は事あるごとに没落貴族を首にしろ、あるいは権威のない地位につけろなどと言ってくる。 だが、オスマンは二つの理由から彼らを軽々しく扱うつもりはなかった。 ひとつは、教職員役のメイジの少なさだ。 そもそもからして、メイジという役職は全員が貴族であり、働かなくても食っていける連中である。加えて、学院の仕事は基本的に安月給。コルベールのような研究熱心な人間やシュヴルーズのように教育熱心な人物ならともかく、疲れる上に時間の縛られるのを受け入れ、なおかつ指導者たるにふさわしい実力を持つメイジとなると、滅多にいないのが現状だった。 片方だけ重視してスカウトしても、生徒と教師双方の不幸を呼ぶだけである。 第二の理由、これはオスマンの精神的な理由なのだが……彼はそもそも、平民だの貴族だのを気にするような人間ではない。 『没落貴族』というだけで犯罪者扱いは『悲しい』。そう思ったから、彼はミス・ロングビルのような人間を、登用するのである。 登用される没落貴族の側も自分達がいかに怪しいか自覚しているため、監視つきの生活に特に反感は抱かない。ようやく得る事ができた正当な仕事を前に、馬鹿な事をするものがいるはずもなく……爆弾を意図的に胸元に引き寄せるようなこのシステムは、実のところ上手く回っていた。 「それで? あんたは俺にセクハラ談義をするために状況を整えたのか?」 「まさか――ふむ。盗み聞きをするような悪い子はおらんようじゃの」 一通りあたりを調べ終わると、オスマンは改めて目元を細めて隊長を見た。 その体から発せられる威圧感は、先ほど若い騎士に放ったとは性質が違っていた。先ほどは若い騎士を沈黙させるのが目的であり、これは気を引き締めたがゆえに滲み出る自然の産物……! 「単刀直入に聞こう……この一件、君が、『星屑騎士団』(スターダストクルセイダーズ)が担当すべき事件……すなわち、『傍らに立つ使い魔』が関わっているのではないかな?」 才人がシエスタと駆け落ち(?)の覚悟をし、オスマンと隊長が緊迫した会話を交わした翌日。 学院長に呼ばれる事もなく、騎士団にとっつかまる事もなく、ギーシュ達は屋外で行われる実習授業に参加していた。 「ねえねえ聞いた? 今日新任の先生が授業するんですって!」 「えー! どんな人かしら?」 隣に並んだ女生徒達の噂話を聞きながら、ギーシュは手元にある薔薇の花びらを弄び、思考をここではない彼方へ押し遣っていく。 思い出されるのは、自分がモット伯を『ぶっ飛ばした』時の光景だ。 モット伯殺害容疑でいつつかまるかとビクビクオドオドしていた最中にようやく気が付いたのだが、あの時の自分はテンションもさることながら、『何か』がおかしかった。 最たるものが…… ひらり、と手で弄んでいた花びらを、吹きすさぶ風にゆだねるギーシュ。彼はその花びらが、自分の間合いの外である空に舞い上がったのを確認した後、ぽつりとつぶやいた。 「……『錬金』」 間合いの外。自分の魔力が支配する外にあるはずの花びらに向かって、呪をつむいで…… ひゅっ…… 影響を受けないはずの花びらは、空中で小石にその姿を変じて地面に…… 「あだっ」 ……否、生徒達の中でボーっとしていたマリコルヌの頭上に落ちた。 友に心の中で詫びつつも、ギーシュは思考の海から出ようとは思わなかった。 (明らかに、僕は魔力があがっている……不自然なくらいに。 それでいて、メイジのランクは上がっていないし) そもそも、可笑しいと思うべきだったのだ。 モット伯をぶちのめした、ワルキューレ……あれ程の遠距離にある対象をワルキューレのような複雑なものに錬金するなど、以前の自分では考えられない事なのだから。 (……一体、僕はどうしたっていうんだ? リンゴォに呪われているのか?) 明らかに異常な魔力の成長は、ギーシュにとって決しての望ましい物ではなかった。むしろ、自分の体が自分のものでなくなったかのような感覚がして、寒気がする。 『使い魔品評会』という、学院において大きなイベントを控えた身なので、どーせなら使い魔のヴェルダンデがパワーアップして欲しいと思う。 「――はい。みなさんこちらに注目してください!」 思考に没頭している間に、時間は過ぎていたらしい。 ロングビルの声に我を取り戻した時には、草原に座る生徒達の半円の中央に、二人の人影が立っていた。 その人影を見て……ギーシュはぎょっと目をひん剥いた。 「こちらが、今日より皆さんに『基礎魔術』の授業を教えることになる先生です!」 「…………」 傍らの男を紹介するミス・ロングビルはいい。いつもどおり眼鏡の似合う知的で美しいレディだ。 それはいいのだ。問題は……傍らに立つ男のほうだった。 ……黒かった。 何が黒いって、全身が。変な飾りの付いた帽子から身に羽織ったマントから、全部が全部。いや、格好だけなら良く見れば、普通の格好なのだが……目が、白目黒目が逆転したかのように、黒かったのだ。 (???? 何で僕はあの人を黒いと思ったんだ? 確かに黒っぽいがそこまでじゃあないというのに) 「? ? ?」 ギーシュと才人、二人はその男に関して全く同じ感想を抱いたらしく、二人して必死に目元をこすっていた。生徒の群れの中の二人に気付かず、男はポツリと己の名を告げた。 「『イカシュミ・ズォースイ』だ。二つ名は『砂鉄』」 ぽつりと。言葉少なに、だが要点を抽出してつぶやくその姿は、何処となくタバサを連想させた。まあ、アレほど無愛想で無口ではなかろうが…… 「イカ墨雑炊????」 ヴェルダンデとリンクした知覚から、才人のささやきが聞こえたが、ギーシュは後回しにした。 貴族階級を示す『ド』が名前についていない事と、明らかに偽名らしい変わった名前から、没落貴族だとすぐに看破できた。生徒達の中から嘲笑と侮蔑が僅かに立ち上ったのを、イカシュミは丁重にスルーした。 その姿にある男を重ねて、ギーシュはおやと思って眉をひそめる。 この男の貴族に対する反応……どこかが、リンゴォに似通っていた。 「まず最初に言っておくと、俺はドットであり、一つのことしか出来ない、レビテーションすら出来ない欠陥メイジだ。だが、君達には俺と同じ事は出来ないと、断言しておこう」 言うと、量を増した侮蔑の気配など存在しないかのように、足元においてあった箱を手に取った。中には、山盛りの砂があり、イカシュミはそこに向かって杖を振った――瞬間! ジャキンッ! 『……!』 その場にいた全員が、息を呑む。 一瞬。 杖を振るという実に単純かつ安易な行動たった一つで、イカシュミは砂山を『鉄のナイフ』に錬金してのけたのだ! コレが岩塊だというのならばわかるのだが……イカシュミはほぼ無詠唱で砂粒を集中させての錬金するという、スクウェアクラスでも出来ない技をやってのけた。 同じことをやろうと思えば、魔法で砂を集め、魔法で砂を固めて、魔法で錬金すると言う、3つの魔法を使用する必要があるだろう。 錬金というものを知る人間なら、驚かないはずがない代物だったが……その中で唯一、一歩引いた目線をもっていたタバサが、首をかしげた。 確か、今日この授業は、基礎魔法の授業ではなかったか? 錬金なら屋内で行うはず。 「……言い忘れたが、コレは錬金じゃない」 驚愕で息を呑む生徒達に、イカシュミは更なる壁を彼らの前に提示した! 「魔力で砂鉄を固めてナイフの形にしているだけだ。ついでに言うと魔力を極端に抑えているから、ディテクトマジックでも反応しない」 ――いや、もっと無理です。 一同を代表して心の中で突っ込んだのは誰だったか。 単純に砂を固めるのならば普通のコモンマジックで十分出来るが、砂鉄だけを抽出して固める、しかもそれを無詠唱で行うなどオールド・オスマンでも出来るかどうか。 『一芸しか出来ないのに教師なんて出来るのか?』という生徒達の感想は、いまや『この一芸ならば教師になれる』というものに逆転していた。それでもドットメイジの没落貴族に対する侮蔑感を捨てきれない生徒はいたが、ほんの一握りだった。 現金にもいきなり尊敬のまなざしを向けてくる生徒達をイカシュミは又もスルーした……どうやら、相手にどう思われようと気にしたい性質らしい。 「いきなりコレが出来る様になれとは言わない。出来るようになるとも思わない。 だが、こういう技術が存在する事を知る事は、君達にとって決してマイナスにはならないはずだ……そう請われたからこそ、俺はこの学園で教師をすることにした。 ミス・ロングビル。お願いできますか?」 「はい」 イカシュミの求めに応え、ロングビルは己の杖を振るった。呪文を詠唱し、その杖の先を生徒達のほうにかざすと、傍らに詰まれた袋の中から飛び出した砂が、生徒達一人ひとりの前で山を作った。 「どんなに時間をかけてもいい、どんなに小さな形でもいい。一瞬しか形が保てなくてもかまわない。ディテクトマジックで感知されるなとも勿論言わない。 まずは、その砂の中から『鉄の塊』を作って見せてくれ。それが今日の俺の授業だ……ヒントはあえて出さない……ああ、勿論錬金は禁止だ。 『成功』ではなく、『成功をするための失敗をつむ』事が今回の授業の目的だ」 おごったところを何一つ見せず、簡潔に。イカシュミは一同に告げる。 「これは、全ての魔術の基礎、魔力の操作と、自由な発想で魔法を使う応用力の授業だ。 コレを極める事ができれば、君達の魔術の手腕は少なからず上がるはずだ。大切なのは、基礎なのだから。コレが出来るのと出来ないのとでは、ランクが同じでも大分違う。 その事を肝に銘じておいてくれ。俺からは、以上だ」 「さーみなさん!」 イカシュミの言葉が終わるのと同時に、ミス・ロングビルが両手を叩き、 「成功しなければ帰れないというわけではありませんので、安心してください。 落ち着いてやりましょう」 その声に、ドットに授業を受ける事にプライドを傷つけられたらしい一部の生徒は、しぶしぶ目の前の砂の山に杖を向ける……ここでようやく、ギーシュはこの場にミス・ロングビルがいる理由に気が付いた。 基礎魔法が出来ないリゾットのフォローと、プライドばかり高い連中を抑えるために、彼女はここにいるのだ。 ……周りからは、『う、うろたえなぁぁぁぁい! トリスティンのメイジはうろたえなぁぁぁぁい!』だの『錬金すると思った時! 既に錬金は終わっているはずなんだ!』だのという情けない悲鳴が上がっていて。 だから錬金じゃないって…… 「やれやれ。じゃあ僕も始めるとしようか」 キザったらしい仕草で薔薇の杖を振りかざしながら、ギーシュは薔薇の杖を振りかざす。 何故か。 今の彼には、『この授業が終わるまでは小さな塊ぐらいは作れているはず』という妙な確信があった。 (ど、どうしろって言うのよこの私に!) ギーシュが奇妙な確信と共に杖を振りかざしていた頃。 我らがツンデレヒロインルイズは、目の前に詰まれた砂の山を見つめプルプル震えていた。当たり前である。 彼女は知る人ぞ知る『ゼロのルイズ』であり、魔法学院で唯一魔法成功率0の女だった。レビテーションや錬金すら出来ない彼女に、魔力の操作など出来るわけがなく。 結局、周りの人間から密やかに笑われ蔑まれる事役30分。使い魔品評会を前に、自分の使い魔が思いのほか役に立たない事で苛立っていた彼女は、とうとう追い詰められた末に決断した! (ええい! 駄目で元々よ!) 自分の決断がどれだけ周りに被害をもたらすかを忘却の彼方にふっとばし、ルイズは覚悟を決めた。杖を構え…… 「お、おわああああああっ!? ルイズッ! お前何してんだ! 爆発すんだろ!」 「わきゃっ!?」 ……使えない駄使い魔が、思いっきり人の恥をぶちまけてくれました。 使い魔が戯れている後方からの声に悲鳴を上げて思いっきりのけぞるルイズ。その滑稽な有様に、周りの生徒からは失笑と嘲りがダイレクトに彼女にぶつけられた。 恥ずかしさと屈辱で顔を真紅に染めながら、ルイズは振り返って才人を怒鳴りつける! 「こ、この犬ぅぅぅっ!!!! ご主人様の邪魔するなんて何考えてんのよぉーーーーーーーー!!」 「い、いやだって……邪魔っつーか! お前今呪文唱えようとしてただろ! そんな密集地帯でお前が爆発起こしたら、死人が出るだろーがっ!」 「ぬぁぁぁぁんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」 売り言葉に買い言葉。どっちかってーと、ルイズのほうが過剰に売り込んでる気がするが、気にしない。 その光景に大半の人間は失笑を浮かべ、キュルケとモンモランシーは嘆息し、タバサは無反応。ギーシュにいたっては、余程作業に没頭しているらしく、反応すらしない。 うるさくは思っても、誰も珍しくは感じていなかった。 というのも、ルイズと才人の衝突は、ここの所日常茶飯事になりつつあるのだ。 モット伯から才人をルイズがかばった事で、才人の中のルイズに対する深刻すぎる軽蔑の念は消えて、ルイズのほうにも才人のほうに歩み寄ろうとする姿勢を見せ始めていたのだ。 が、ルイズも才人も肝心な事をまだしていなかった。モット伯の一軒のときお互いがお互いにした行動――ルイズの『あの女~』発言や、才人の『見殺し~』発言の弁明や謝罪を、一切行っていないのである。 正確には……看病や看護などで二人きりになった時に、謝罪しようとはしたのだが。その度にツンが発動したり、誰かの邪魔が入ったりで、ずるずるとタイミングを逃す結果になった。 こういうタイミングというものは、一度逃すと極端に言いにくくなるものなのに、それが何度も続いてはもはや絶望的で。 結果、二人の中に漂う空気は、微妙な低気圧を描く事になり、小さな衝突が絶えないのだ。 「あんたっ! 飯抜き! 絶対抜き! メイドからまかない料理でも何でももらってなさい!」 「望むところだよっ! お前にもらうやつよりかシエスタにもらったほうが旨いし栄養価もあるんだからなっ! ……って、おいルイズ! 後ろ……!」 「あんたっ! ご主人様を敬う気持ちってもんが……?」 口論の真っ最中にいきなり自分の後ろを指差した才人の行動に眉をひそめ、ルイズはちらりと後ろを振り向き……ぎょっと目をひん剥いた。 「…………」 「……ず、ズォースイ先生!」 新任教師イカシュミ・ズォースイが、無言でルイズを見下ろし、たたずんでいたのである。 彼は無言で砂山とルイズを見比べ、次に才人とルイズを見比べ……叱責を覚悟するルイズの手を取ると、その上に黒い磁石を乗せた。 「へ!?」 「……君の事は聞いている。昔の俺と同じように、魔法が得意ではないらしいな」 あまりに唐突に手を取られ、反応できないルイズに、イカシュミは淡々と、 「だが、気にする事はない。俺や君は、人より少しスタート地点が違うだけだ。 俺も昔は何一つ出来ない落ちこぼれだったが、今はオールド・オスマンに見出されるほどにまで成長できた。 ……その磁石で砂鉄を集めて、その集まる様をつぶさに観察しておくといい。いつか君が魔法が使えるようになったとき、役に立つ。 出来なかったとしても……全ては発想の転換だ」 「発想の、転換……」 「君は魔法を使うと爆発するそうだな。なら、まずはその爆発を完全に使いこなす事を考えるといい。俺も、『物を集める』しか出来なかったからこそ、それを磨き上げた」 今まで嘲笑の対象でしかなかった自分の失敗魔法に対し、真摯に答えてくれるイカシュミの双眸に、ルイズは息を呑んだ。単に爆発を使いこなせといわれたなら反感も抱いただろうが……目の前の男は自分と同じような立場にあり、それを実践した『先達』なのだ。 「だが、君はまだ俺のような欠陥メイジだと決まったわけでもない……まだ、諦める必要はないだろう」 いい終わると、イカシュミはすたすたとロングビルの元へと戻っていった。その背中を、ルイズは只呆然と見送っていた。 結局、授業時間内に鉄の塊を生成できたものは一人もおらず、それをあっさり成し遂げるイカシュミの凄さを、生徒達はまざまざと体感する事になる。 余談だが、奇妙な自信を持って砂の山に挑んだギーシュは、結局砂鉄一つ回収できずに、夕日に向かって体育座りして、ヴェルダンデと一緒に黄昏たそーな。 夜、二重の月を見上げ、ミス・ロングビルは髪をすく。湯上りで火照った体を、開け放った窓から流れ込んでくる風が、心地よく愛撫してくれる……この季節の夜風を風呂上りに浴びる事は、ロングビルの密かな楽しみの一つだった。 「…………ふぅ」 まだ水分の残る髪を櫛ですきながら、ミス・ロングビルは嘆息した。鏡に映る自分の美貌には、いささかのかげりもないが…… 『……いやー、湯上りは色っぽくてディモールト・イイ! な』 否。 自分の美貌を防ぐものはいなくとも、自分の気分を最悪にする『変態』が鏡の中に移りこんでいた。 場所はミス・ロングビルがオールド・オスマンに貸し与えられた『没落貴族』用の部屋の一つ。ごくごく普通の室内インテリアからは想像も付かないが、第三者が侵入できないように、また脱出も出来ないようにと特別に学院内に作られた、『牢獄』のような場所だ。 彼女はその部屋に『一人』でいる。にもかかわらず、鏡の中には男が二人、しっかりと映りこんでいた。 「……イルーゾォ」 『悪ぃ。止め切れなかった』 別の場所で仕事に取り掛かっているはずの男の存在を説明しろとばかりに、鏡の世界の支配者をジト目で睨むロングビル。 『おいおいおい。そう怒るなよ……『仕事』はきっちり済ませてきたぜ。 今頃、ターゲットの成れの果ては粗大ごみとして焼却処分されてるはずだ。お前さんの色っぽい風呂上りを見るために、頑張ってきたんだぜぇ~』 「それならいいけど……」 『そっちの首尾はどうだ?』 「私がこうやって普通に話してるのを見ればわかるでしょう? オスマンの鼠は今リゾットに張り付いてるわ……今のところ、私は完全にフリーよ。まずは、第一段階成功ってとこね」 変態ではないもう一人の男の問いに、ロングビルは答え、にやりと笑った。学院の関係者が今の彼女の笑みを見たら、驚愕する事だろう。日常の彼女が浮かべている笑みとは全く違う、凄味のある笑顔だった。 ミス・ロングビルのもうひとつの顔……『土くれ』のフーケとしての、笑みだった。 「そっちはどう? 宝物庫の中には入れた?」 『……いや、駄目だった。確かに鏡の世界なら見張りを無視できるが、あそこまできっちり隙間なく守られてちゃあ無理だ。鏡の世界でもの動かすと、現実でも動いちまうしな。 大体、ホルマジオが入れる隙間すらねぇーってのは、どういうこった……ペッシのビーチボーイならまだ手があるんだろーがよ』 「魔法って言うのは、あなた達が思ってるよりずっといろいろ出来るから。対策立てようとするとそうならざるをえないのよ。学院長みたいに鼠を使い魔にする奴もいるから、穴なんて開けられるはずもないし」 『ペッシは他の仕事だし、隙間がないとなるとどうしようもない。 ギアッチョのホワイトアルバムなら何とかできそうだけどなぁ』 「無理よ。少なくとも魔法であれ、なんであれ『四属』の攻撃だと歯が立たないわ」 『俺の息子の能力も、生物相手じゃないとからっきしだしな。と、なると……あの作戦しかねぇってわけか』 「出来れば使いたくなかったけどね」 予め教えられていた『作戦』を脳裏で反芻し、フーケは嘆息する。 自分が基礎を提案し、鏡の中にいる連中が仲間と共に鬼畜外道に固めていった作戦……下手をすれば、学院の人間の4分の1を虐殺する事になるであろう、とてつもない作戦だった。 確かに彼女は貴族が嫌いだが、何も一方的に虐殺されろなんて思っているわけではない。 ――だからといって、己の目的を諦められるほど大切だというわけでもなく。 作戦発動によって出る犠牲者達の事を屠所の豚を見るような感覚で割り切って、フーケは実務的な話を再開した。 「で? 例のものは?」 『ああ……さっき、ホルマジオから受け取ってきた』 鏡の中の支配者は、手にした箱をかざすと、フーケ……鏡の『外』に向かって放り投げた。すると……その箱は、鏡面をそのまますり抜けて、フーケの手に収まる。 それは、フーケが部屋においてある化粧箱にそっくりの箱であり、実際中身も新品の化粧品で満たされていた……只一つ、二重底の底に隠されたあるものを除いて。 それと引き換えとばかりに、フーケの目の前で鏡台の上の化粧箱が消失し、イルーゾォの手の中に納まる。 『繰り返し言うが、慎重に扱えよ? 間違って自分で使ったら、命の保障はできねーんだからな』 「わかってるわよ……と、そういえばホルマジオは?」 『先に帰った……メローネの依頼の報酬の受け取り役だからな。 おっと、肝心な事を忘れてた。 昼間、ジジイとあの隊長の会話を聞いてたんだが……案の定、俺達の目当てのものに近い会話をしてやがったぜ』 「――本当!?」 『ああ。『破壊の杖』を保存している箱に、折り曲げて入れてあるらしい』 「破壊の杖!? ラッキー! ちょっとしたお宝よ! それ! ……そうだ!」 『?』 「箱ごと盗んで『領収書』に破壊の杖の名前だけ書けば、オスマンをかく乱できるかもしれない!」 『……! 成る程。知ると知らないのとじゃあ、あっちの対応も変わってくるからな』 「そういう事……っ!」 言いかけて、フーケは表情を、『フーケ』から『ミス・ロングビル』に改めた。そして、鏡の端をコンコンと指先で叩く。 その合図を見た鏡の中の男達の反応は、早かった。すぐさま鏡の世界の中を走り、風を入れるために開けておいた窓から飛び降りる。 鏡の世界とはいえ、高さの概念まで歪むわけではない。彼女の部屋の高さを考えると、飛び降りたりすれば死んでも可笑しくないのだが、彼らならなんとかしてしまうだろうと、ロングビルは確信する。 ちゅぅっ! 間一髪のタイミングだった事を示す『泣き声』が、部屋の隅からロングビルの耳朶を叩いた。オールド・オスマンの使い魔、鼠のモートソグニルである。 リゾットの方に貼り付けてあるはずが、異様に戻ってくるのが早い。 どうやら、二人の監視はオスマン一人で完璧にやり遂げるつもりらしい。 彼女の表立った『秘書』という、学院の機密に根深く携わる立場から言えば、仕方のない扱いである。むしろ、リゾットのほうの見張りをオスマンが続けているのが、うれしい誤算であった。 (リゾットの堅気じゃない気配を警戒してるのね。 これ以上の打ち合わせは、手紙でするか) 「あらオールド・オスマン。こんな夜中に使い魔越しで何の御用でしょうか?」 内心でオスマンの行動を警戒しつつ、ロングビルはにっこりと鼠に微笑んだ。さも、着替えを覗かれて怒ってますというニュアンスを込めて。 内に秘めた野心の事など、おくびにも出さずに…… 使い魔の鼠が遠ざかったのを感じ取り、イカシュミ……リゾット・ネェロはようやく一息ついた。 コキコキと肩をならしながら、彼は冷静に己に割り当てられた役割を再確認する。 (俺は、囮だ) トリスティンの姫君が行幸する直前のこの時期に『没落貴族』のメイジとして学院に就任する事で、普段ロングビルに貼り付けられている監視の目を引き付ける。そうして、『土くれ』のフーケの盗みをフォローするのが役割だった。 いざ実際に見張られてみると、人権侵害するレベルではないくせに、犯罪者として自由に行動しようとするとなると、途端に不自由になるという、絶妙なレベルの監視である。恐ろしい事にリゾットでさえ自由には動けない。 リゾットでなくとも誰でも良かったのだが……能力的に『メイジ』になりきるのに自分が一番適していた、只それだけの事である。 (怪しまれる事は、していないはずだ) 事前にロングビルから言われたとおりの『設定』を口にし、その『設定』ならばするであろう行動を、忠実になぞったつもりだ。魔法でもなんでもない現象を魔法でやらせるという、無意味な事をさせたことに罪悪感を感じないではなかったが…… 考えながら、リゾットは砂鉄を一山、慎重に鏡の前にこぼした。 ――予定の変更がなければ、この砂粒は明日まで残っているはずである。予定が変更するのなら、イルーゾォが鏡の世界に引き込むのだ。 (見張りのせいで昼は話せなかったが……まあ、いい) 直接作戦の内容を確認できないというのが一抹の不安ではあるが、作戦通りにいくのならば自分の出番はそうそう多くはないはずだった。この世界において自分の能力は、『暗殺』には有効だが、『盗み』では役に立たないだろう。 (透明になる魔法薬が、禁忌扱いとはいえ存在する以上、重要な宝物には対策が練られていると見ていいだろう。ここの宝物庫ならば、なおさらだ……ん?) 思考に没頭していると、扉の向こうに気配が二つ、並んで現れた。通路の突き当たりにあるこの部屋に、誰かが向かってきている……? (こんな深夜に、か?) ドットメイジを軽く見た連中がリンチにかけてくるかもしれない……フーケの忠告が脳裏をよぎり、リゾットは気を引き締めた。怪しまれない程度に迎撃して、お帰り願うのが一番いい。元傭兵と言う『設定』だから、完膚なきまでに倒しても怪しまれないだろうが、実力を隠しておくに越した事はない。 それに。 昨日今日と授業で見た限りでは、貴族連中はどいつもこいつも筋金入りの『甘ちゃん』ぞろいだ。マンモーニ時代のペッシにすら勝てないというレベルでしかない。 例外は何人かいたが、そういう奴らは闇討ちなどしないだろう。他の甘ちゃん連中だったら、苦もなく撃退できる自信がある。否……自信がないのは、『相手を殺さずにお引取り願う』事にだった。 気配が扉の前まで来たところで、リゾットは身構え…… こんこん 「イカシュミ・ズォースイ先生。いらっしゃいますか?」 「……空いている。入りたまえ」 律儀にノックしてから声を出した気配の主達に許可を出す。 扉が開かれると、そこにいたのは意外な顔ぶれだった。 一礼してから並んで部屋に入ってきたのは…… 「ミス・ヴァリエール……と、君は……」 「……えっと、その使い魔の、平賀才人です」 桃色の髪の少女の横でジト目で睨んでくる彼女に辟易しながら、才人は再び礼をした。 (ひらがさいと? この少年……まさかジャポーネか?) 「イカシュミ先生。昼間の授業はありがとうございました」 才人の自己紹介に目をむくリゾットに対して、口火を切ったのはルイズだった。ぺこりと頭を下げる彼女に、リゾットはあくまで淡々と返す。余計な感情を入れて、教師の演技がばれては事だった。 「誰もが馬鹿にする私の魔法を、あんな風に言ってくださったのは、先生が初めてです」 「いや……気にする事はない。私は当然のことをしただけだ」 それに、ルイズに言ったリゾットの言葉は、大半が実際の自分の体験であった。彼も自分の能力に目覚めたばかりの頃は、今のような使い方を思いつく事ができず、何故こんな弱い能力なのだと苦悩したものだ。 「諦めずに、一つの事を追求すれば、積み重ねた努力はきっと君の力になる……どんな力もようは使い方だ」 言いながら、リゾットの意識は平賀才人から離れる事はなかった。 ヒラガサイト。 ハルキゲニアの人間としては明らかに異質な名前であり、リゾットの故郷でもかなり変わった名前だった……ただ、海ひとつを越えれば普通の名前だという事を、リゾットは知っている。 すなわち、この少年は…… 「あ、あの!」 「ちょ、ちょっと才人!?」 「ルイズは少しだまっててくれ! ……イカシュミ先生って、ひょっとして異世界から来たんじゃないんですか?」 主人の制止を押し切って踏み出して才人が口にした問いを聞き、リゾットは納得したかのように首肯した。 やはり、この少年も自分達と同じようにあっち側から来た人間なのだ。 自分と同じ『能力者』なのだろうか? 自分達と全く同じとは行かないようだが……疑問は尽きなかったが、とりあえずリゾットは彼の疑問に答えることにした。 故郷の存在がうれしいのが、テンパっている才人を眺めながら、 「……何故、そう思う?」 「だって、先生の名前がイカスミ雑炊って……それ! 俺の世界にある料理なんです! 国は違いますけど……! あ、俺異世界から来たんです! ルイズの召還で呼ばれて、それで……!!」 「成る程」 ――『設定』の範囲内でだが。 「まず、最初に言っておくと……確かに偽名の由来は君の言う料理で間違いないが、正真正銘ハルキゲニアのメイジだ」 「……え?」 「……もう少し、話そうか。 俺の祖父は、異世界から召還された品を熱心に研究していてな」 才人の落胆をスルーし、リゾットはどこか懐かしく思っているような演技をしながら、才人の質問に答えていく。 別に話す必要はなかったが、相手がスタンド使いかどうかを図るために、もう少し話をしても損はない。落胆する彼をこのまま放置するのも、多少気がとがめた。 「世界各地を回って、異世界から来た書物や、異世界に来た人間などをたずねて回って、その情報を調べていたんだ。祖父は酒を飲んでは自分の孫達にその研究成果を話した。 だから、君が異世界から来たという話しを、俺は疑おうとは思わない。異世界の存在を疑おうとは思わない。事実、祖父が集めてきた品々は、ハルキゲニアの技術で作れないものだったし、召還に酷似した現象と共に現れたものが多かったからな。 現に君の名前は、祖父が持っていた書物に記載されていた人名のパターンに酷似しているからな。 俺の名前は……傭兵から足を洗うときに、今いった書物からつけた偽名だ。君の話からすると、あれは料理のレシピ集かなにかなのかもな」 「そ、そう……なんですか」 「君の聞きたいことは想像が付く。祖父が会った異世界の人間達も、同じ事を聞いてきたそうだから、恐らく君もそうなんだろう。 自分の世界に返りたいのだろうが……正直、そんな方法は想像も付かないし、帰れた人がいるという話も聞かない。全員が、この世界に骨を埋めたそうだ。 すまないな。どうやら、君をぬか喜びさせてしまったようだ」 「い、いえ……いいんです」 落胆の度合いを深めて、肩を落とす才人。あまりの落胆具合に気の毒になったが、同時にうらやましくもあった。 帰りたがるという事は、この少年には元居た場所に帰りを待つ人が居るのだろう。自分達にはいない、暖かい家があるのだろう。ギャングの、『暗殺チーム』などに居た自分達とは、大違いである。 使い魔、などという不自由な立場では、ホームシックも一入だろう。 ふと、先ほどから使い魔の言動に何も言わないルイズのことが気になり、リゾットは視線をそちらにずらした。ルイズは、心配そうに落胆する才人を見ていて、何か話し掛けようとしては黙る、という行為を繰り返している。 (? 仲が悪いんじゃないのか) 昼間の喧嘩から、てっきり二人の相性が悪いのかと思ったが、そうではないらしい。この場にリゾットの仲間の一人が居たら、『人、それをツンデレと呼ぶ!』とでも説明してくれたのだろーが、朴念仁のリゾットにわかるはずもなく。 結局、そのことに関するフォローは一切せず、微妙な空気を引きずる二人の背中を、淡々と見送る事となった。 使い魔発表会。 それは、トリスティン学園において毎年行われる、由緒正しきイベントである。 毎年、二年生が己の使い魔を同級生の前で発表し、その優劣を競い合い……まぁ、要するに使い魔による一発芸のお披露目会だと思って間違いはないだろう。優勝者には、褒美と名誉が与えられる。これに、貴族の子弟達が夢中にならないはずがなかった。 日の出から日の入りに至るまで、学院にある広場では、今年度の二年生達が己の使い魔と共に、芸の練習にいそしむ事となる。 サラマンダーが炎を吐いて、風竜が空を舞う。梟が宙で一回転してから主の手に戻り、一つ目のバケモノが目から怪光線を放つ。 うかつに踏み込んだら大怪我確実の混沌ゾーンを前に――片隅の木陰で、不釣合いなくらいに和やか~な空気で、それを眺めている集団があった。 ギーシュと才人、モンモランシーとルイズである。 いや、正確には……モンモランシーは己の使い魔、蛙のロビンの見栄えを良くしようとリボンを結んだりしてうんうん唸っているし、ルイズはルイズで苛立ちを隠さずに頬を膨らませているので、実際に和んでるのはギーシュと才人の二人組みだけである。 「――ギーシュ、お前はなにかやらないのかー?」 「うん?」 「いや、だから、品評会の練習」 ぽへーっと目を横棒にしながら、才人の言葉に答えたギーシュは、ふっと薔薇を咥え、 「この僕と僕のヴェルダンデに練習など必要ないのだよ才人」 何度も唇刺してるのによくこりねーなーと思いながら、才人はそんなギーシュを眺めた。目は横線のまんまである。イカシュミにあってから三日、ずっとこうだ。明らかに無気力すぎなのだが、ようやく掴んだ故郷の手がかりがスカだった事は彼の知り合いなら誰でも知っているため、シエスタやマルトーはおろか、ルイズですらこの無気力ぶりに何も言わなかった。 何が愉しいのかと首をかしげたヴェルダンデが才人の真似をして目を線にする。 「僕のヴェルダンデの美しさなら、優勝なんて一発さ! ああ! 僕のヴェルダンデ! その美しさでアンリエッタ姫を虜にしておくれ!」 (ああこいつの優勝はなくなったな) 傍らのヴェルダンデを愛おしそうに撫で回すギーシュの姿を見て、才人は確信する。 「そういう君は、何をするつもりなんだい? 才人」 ヴェルダンデのふもふもした毛皮に背中を預け、ギーシュは薔薇を口元にキープしたまま逆に問うた。ヴェルダンデは体重をかけられるのが気持ちいいらしく(コリが解れるらしい)、もふーと体を伸ばしている。 「ん? ああ、俺は……スピーチでもと思ってるんだが」 「? あの『能力』は使わないのかい?」 「まあ……ちょっとなぁ」 才人とて、それは考えないでもなかった。 現に発表会の練習のため、先日夜中にこっそりデルフリンガー片手にルーンを発動させてみたら……思わぬところから待ったが入った。 学院長直々に呼び出され、『滅多な事では使うな』と念を押されてしまったのである。 「学院長の話だと……なんか、使うと厄介な事が起きるらしくてさ」 「成る程……」 『っつーわけで、相棒は今回見物ってこった』 才人の説明を補足するように、その背中に収まったデルフリンガーは刀身を震わせてカカと笑った。 諦めると言うか、状況を好転させるために努力する気配の見られないその姿は、いつもならルイズの雷が飛んでくるような代物だったが……彼女は何故か、不機嫌そうな顔をするだけで何も言わなかった。 今でこそただ、だれているだけに見える才人だが――イカシュミから話を聞いた直後は、それこそ死人かゾンビかと言う落ち込みようだった。聞きに行く直前までは故郷に帰れる手がかりなのかもと希望に満ち溢れていたためのに、たった十数分の会話で逆転してしまったのだ。 このまま普通に『故郷には帰れないものだ』と思っていればここまで落ち込むこともなかったのだろうが、中途半端に与えられた希望が、彼の絶望をより根深いものにしていた。イカシュミから『帰る方法はない』と半ば断言されたような形だったのも、大きいだろう。 何より、才人は気付いてしまったのだ。希望を絶望に切り替えられたことで、改めて……己は、一人なのだと。 右を見回しても、左を見回しても、自分と同じ存在は何処にも居ない。正真正銘の孤独だ。それに気付いてしまうと、シエスタのやさしさも何もかも、焼け石に水だった。 真の孤独を前に、言葉は無力なのだ。 さしものルイズも、そんな状態の才人にあれしろこれしろなどと厳しく言うわけにもいかない。彼の絶望が自分のせいだという実感も確かにあるのだから。 ……だからと言って、使い魔品評会に対する意気込みが全く無いというわけではないのだ。『能力』を持つ才人を品評会に出場させれば、自分の実力をあたりに証明できるし、ましてや今回の品評会には……! 活は入れたい。けど今の才人にそこまで言いたくない。 そんなジレンマが、彼女を苛立たせていた。 (こんな状況で使い魔品評会に出たら、どうなるのかしら) ルイズが木陰で歯噛みしていたちょうどその頃。 「…………品評会に、アンリエッタ姫が来るそうですね」 学長室にオスマンを訪ねたリゾットは単刀直入に切り出した。 「俺を、姫の警護に回してもらいたいのですが」 「駄目」 即答だった。 「君が就職する時にも話した通り、学園での没落貴族の扱いは、よくて監視、悪くすれば犯罪者予備軍扱いじゃ。 心苦しい事じゃがなぁ……そこに居るロングビル君ですら、いまだ監視はとけておらん。品評会の当日などは、全員に厳重な監視をつける予定じゃよ。 そこの所は君も納得しておったじゃろう?」 机の上で書類にサインしていたオスマンは、書類から目を離すことすらせず、リゾットの言葉を聴いていた。そう、次に続くであろう言葉を聴いていた。 オスマンはリゾットの事を頭の悪い男だとは思っていなかった。だからこそ、こう言い出したのには何か理由があると想い、待っているのである。 オスマンの意思を了解したリゾットは、ゆっくりと口を開いた……台本どおりに。 「……先日も話しましたとおり、俺が学院に職を求めたのは、祖父の悲願を果たすためです」 「ふむ……フォン・ブラウンシュバイク男爵じゃったの」 ちなみに、リゾットの祖父と言う人物は、縁もゆかりも無いものの、実在の人物の名前を使っている。 異世界の研究を熱心に行っていた人物で、熱心すぎて『調査』のために他の貴族達の領地を平然と踏み荒らし、とうとう他国の王家の禁領地にまで踏み込んでしまったために、領地および爵位を剥奪された人物だった。 都合のいい事に家族の消息が不明であり、一族の人数が多すぎて王室ですら把握し切れてない事から、騙るには丁度いい家系であった。 「このトリスティンにも『竜の羽衣』と呼ばれる異世界の産物と思われるものがあります。そして、王家の宝の中にも……『破壊の杖』と呼ばれるものがあると」 「――念のために聞くが、破壊の杖の事は誰に聞いたんじゃ?」 破壊の杖。 その名前が出た途端に、威圧感をますオスマン。それに対して傍らのロングビルは『怯えるフリ』をし、リゾットは欠片も揺るがずに応えた。 「昔取った杵柄です」 「ふむ……」 傭兵時代の情報網というあいまいなものを示す事で、リゾットはオスマンの追求を封じる。 さて、ここからが正念場である。というか、今までよりも今からする演技のほうが、リゾットが学園に就職した『本題』なのだ。 「譲ってくれ、だのと祖父のような事を言うつもりはありません……俺は只、一目見たいだけなのです」 常日頃の自分より、心持必死に、オスマンに詰め寄るリゾット。 ここで、是が非でも……『普段はクールだが、祖父から受け継いだ夢の事になると暴走しかねない男』というイメージを、オスマンに植えつけなければならないのである。 「それをわしに言われてものぉ……」 「ですから、姫様に直訴をと思いまして」 「それで、直属を申し出たのか……無謀じゃのぉ、君らしくも無い」 「……百も承知しております」 「ふむ」 オスマンは己の長い髭を押さえると、目を閉じ黙考して…… 「まぁ、まずは落ち着きなさい……気持ちはわからんでもないが、没落貴族を姫様の直属にするとなると、ワシはともかく王室側が承知せんよ」 「……っ」 予測できていた答えだったが、リゾットは歯噛みして見せた。演技に夢中になりすぎて怪しまれないように、淡々と、淡々と。 「わかりました……失礼いたしました」 脱力したように頭を下げ、リゾットは踵を返して学長室を辞そうとする。 ――失敗したか。 焦りも悔しさも無い、単純な諦観が脳裏をよぎった時、その背中に声がかかった。 「イカシュミ君」 「……?」 「くれぐれも、浅慮はせんようにな」 (――第二段階、成功) オスマンの言葉は、自分の中に暴発しかねない危険なものを見出した証拠……内心の諦観を成功の確信に摩り替えて。 無言で首肯し、リゾットは学長室を後にした。 (後は、使い魔品評会を待つだけか) ――ルイズと才人の寝泊りする部屋に、その来客があったのは、品評会の前日。 アンリエッタ姫の行幸におけるイベントの疲れをとるため、依然ギスギスしたままの空気を漂わせて横になっている時だった。 こん……こん……こんこんこん…… 初めに長く二回。次に短く三回という、規則正しいリズムで扉が叩かれる。 「……はいはい!」 ルイズとの間に漂う空気に辟易していた才人は、渡りに船とばかりに跳ね起きて、扉に駆け寄り、その客を出迎えた。 入ってきた人影は……二人。 頭巾を被った少女と、騎士団の服を改造したらしき、ラフな服装の女性だった。肩口から覗く星のあざが印象に残る。 頭巾を被った少女のほうが人差し指を唇に当て、声を上げようとすルイズを制する。 騎士団の女性は、その少女を『やれやれ』と言わんばかりの目で見据えている。 女性の様子に舌をぺろりと出して詫びた少女は手にした杖を発光させ、あたりを照らした。 「――ディテクトマジック?」 探知の魔法。 何故、そんなものを使う必要があるのか。 「何処に目が光っているか、わかりませんから」 「――!?」 少女の声を聞いたルイズの顔が驚愕に歪み。 もしや、という疑問は、少女がフードを脱ぐと同時に確信に変わった! 「――姫殿下!」 「お久しぶり! ルイズ、ルイズ・フランソワーズ!」 そこに居たのは……ルイズの親友であり、忠誠心の対象である、この国の姫アンリエッタその人であった。 「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」 「姫様。私は扉の外に居るから」 感激してルイズに抱きつくアンリエッタに、女性が声をかけるが…… 「い、いけません姫殿下! こんな場所に来られるなんて……!」 「そんな事言わないで! 私達お友達じゃないの!」 聞いちゃ居ないらしい。 苦笑して、女性は呆然としていた才人の襟首を掴んだ。 「! うえええ!?」 「はいはいおかえりはこちら~。ここに居ていいのは、あの二人だけだ」 「ちょ、ま……!」 「ミス・ヴァリエール」 暴れる才人を片手でいなしながら、女性はルイズに視線を向けて、 「その子は、今色んな意味でボロボロなんだ……今日だけは友達として扱ってやってくれないか?」 「――え?」 「さあ、行くよボウヤ」 「お、俺は坊やじゃないっ!」 恐ろしい事に、人並みのやわらかさを持つであろう細腕で才人を引きずって、そのまま扉の外へ出て行く女性。 その背中に向けて、アンリエッタは小さく礼を言った。 「ありがとう……ジョリーン」 一体何処に連れて行かれるのか? 才人は引きずられながら戦々恐々としたが、それは極短い時間で終わった。 なぜなら……ジョリーンと呼ばれた女性は、扉から出てすぐに才人を自由にしたのである。 そして、後ろ手で扉を閉めて、そのまま背中を預ける。 「さて……二人の話が終わるまで、あたし達はここで待ちぼうけだ」 「っ!」 しゃあしゃあと言ってのける女に、才人は食って掛かろうとしたが……すぐ思いとどまった。 ――なんで、俺は部屋からつまみ出された事を怒ろうとしてるんだ? 才人からすれば、あのギスギスした空間から助け出してもらって、感謝こそすれ迷惑に思う事などないはずなのに。なのに、才人の心は怒りで煮え立っている。 「……」 自分の感情は理不尽だ。おk、納得しよう。 深呼吸をして己の感情を制御すると、改めて目の前の女を見た。 「おいおいガンたれんなよぉ~。あたしだって別段あんたに喧嘩売ろうとしたわけじゃないんだから……へぇ、あんたあの娘の使い魔なんだ」 ……訂正、いつの間にか睨みつけていたらしい。室内の会話に耳を立てていたらしい女性は、才人を見てさも面白そうに笑った。 ……人を惹きつける、それでいて野性味にあふれたいい笑顔だった。思わず見ほれる才人に、女性は一言。 「なに? あたしに惚れた?」 「なっ!? 違っ……!」 「ぎゃははははははははっ! じょうーだんだって冗談!」 「…………」 いきなり下品に笑い出した女性に、才人は文字通り止まった。その時見せた『気高さ』にあふれる笑みとは真反対の笑い方を見て、本当に同一人物かと疑わしくなった。 「あ、アンタ誰なんだ一体!?」 何を言っていいかわからず、とにかく叫ぶ才人。結果、えらく月並みな質問になってしまったが…… 「あたし? あたしはジョリーン。 ジョリーン・シュヴァリエ・ド・クージョーよ」 「空条??」 なにやら聞き覚えのある単語を反芻し、日本人かと疑う才人。日本人にしちゃ奇妙な名前だという事と、先にリゾットに思いっきり期待を裏切られたのとで、口にするのは憚られた。 「アンリエッタ姫殿下直属の『星屑騎士団(スターダストクルセイダーズ)』の団員兼彼女のお友達ってとこかしら。 アンリエッタ姫殿下とルイズ・フフランソワーズは昔からの幼馴染なのよ……あたしは、親友に会いたいってわがまま言うお嬢様の子守役ってわけ。 で、そういうアンタは何者? あー、立場についてはわかってるから、名前だけ」 「――平賀才人」 「平賀? ……ひょっとして日本人??」 「――!? あんた、俺と同じ世界の人間なのか!」 諦めかけていた希望が再び目の前にぶら下げられるのを見て、才人は再び飛びついた。日本人なんて表現は、こっちの世界の人間では普通はしないはず……! 「ええ。アンタと違って、ちょいと訳有りでこっちに来た口だけどね――」 「は? 訳有り? 使い魔召還でこっちに来るのがか????」 「使い魔召還で……へえぇぇぇぇぇ、そりゃ珍しいわね。 けど、あたし達に比べりゃなんて事はないわよ」 「達って事は……他にも何人か居るのか!?」 自分と同じ境遇の人間たちが、他にも何人か居る……! その事実に、才人は歓喜せずにはいられなかった! そのことに比べれば『世界に来る方法の差』など矮小な事でしかない! (やった! やったやった! 俺には仲間が居た! 俺は一人じゃない!) 先ほどまでとは一転して、歓喜に包まれる才人。孤独と言う無味無臭の毒は、リゾットとの一件以来じわりじわりと才人の精神を冒していたのである。 それが今! 完全に! 完膚なきまでに吹っ飛んだ! 「ええ。あたし達『星屑騎士団』は、全員がそう」 「そうか――そうか! はははっ……俺だけじゃ、なかったんだ!」 余りの事に、才人は笑いが止まらなかった。 孤独ではない。一人ではない。それが、コレほどまでにうれしいとは。 うれしそうに笑う才人の様子を見て、ジョリーンはあえて何も言わなかった。彼の笑いの衝動が収まるのを確認してから、口を開く。 「……もとの世界に帰る方法とか、聞こうとしないんだな」 「ははっ……ふぅ…… いや、その点はあんた達がまだこの世界に居る時点で、期待してないし。帰ってないってことは、帰れないってことだろ?」 「まーね」 正確には、彼女も彼女の仲間も、ある目的を果たすまでは帰るつもりが無いのだが。 「それに――すぐ帰るつもりも無いし」 「何か遣り残した事でもあるわけ?」 「あるっていえばある」 気が付けば。 才人は、普段なら絶対口にしないような言葉の羅列を口走っていた。才人の中を蝕んでいた孤独がその姿を消した事で、一時的にハイになっていたのだろう。ルイズが不在である事で、素直になっているという事があるのかもしれない。 「恩返しがしたいんだよ」 「恩返し?」 「ん。いや、この間ちょっとしたごたごたがあったんだけど、俺、その時ルイズにかばわれちゃってさ。男が女にかばわれるなんて、情けない話さ」 「……あたしとしては、そういう決め付けはどーかとおもうけど」 「俺はそー思うの! ……でさ、俺、その時に怪我してあいつに看病されたんだ。その時使った薬も安くないって話だし……そしたら、なんかかわいーなーって」 「何? 惚れたわけ??」 「なの、かな……よくわかんねーけどさ。 少なくとも、かばってもらった恩や薬使ってもらった恩くらいは、かえしたいんだよな」 「ふーーーーーーーーん」 にやにやするジョリーンに、才人は気付かなかった。自分の発言に照れて床を見てしまい、相手を見ていなかったのである。 ジョリーンは、感触で知っている……今、部屋の中に居る二人が、息を殺して聞き耳を立てていることを。でもって、想像できる。そのうちの一人、ルイズ・フランソワーズがその顔を耳まで真っ赤にしているであろう光景が。 「その時に、スッゲー誤解しちゃってひっでー事言っちゃったし。少なくとも、いつになるかはわからないけど……ルイズに貸しを返すまでは、帰るに帰れないなって気はします」 それは、平賀才人の中で形にすらなっていない、漠然とした思いの結晶だった。霞のようなイメージがジョリーンと言う話し相手に出会い吐露した事で、その思いは明確な形を成し、才人の心に刻み込まれた。 ルイズに貸を返す。 その芽生えた思いは、瞬時に成長して明日行われる品評会に向かって、才人の心情を明確に変化させていた。 才人の想い、ギーシュの願望、ルイズの願い、フーケ達の野望。 陰陽様々な数多の人間の望みがない交ぜになって――使い魔品評会の、当日がやってきた。 魔法で作られたステージの前には生徒達が並び、傍らに設けられた明らかにステージより高い台には、騎士団の清栄たちに囲まれて、件の姫様が笑顔を振りまいている。 その姿を見上げ、リゾットはふむと感心した。 姫の動きが、人を挽きつけるように計算しつくされたものであることを、彼は見抜いたのだ。 本人が意図しているかどうか、好んでいるかどうかはともかく、それをアレだけ自然に使いこなす事ができるのは、一種の才能だろう。 (第三段階は……終了している、か) 自分にぴったり張り付くように離れない鼠の気配を感じ、リゾットはふむと顎を撫でた。彼の目的は……品評会中にフーケに向けられるオスマンの監視の目を減らす事にあった。 ここまでオスマンを自分に引き付ければ、フーケの見張りは別人がしているだろう……だが。そいつが何者であれ、これから起きる騒ぎに見張りの手を緩ませずにすむだろうか? 否。そんな精神力を持っているのは、オールド・オスマン只一人だ。あの恩情家とリアリストの相反する仮面を整合させてしまっている老獪以外なら、どうにでもなる。 ただ、姫の傍らに居る女が気にはなったが……今から連絡を取るすべは無い。 (なんにせよ、俺がすることはもうないな) スイッチが入れられる瞬間に、旨い事この場から消えるだけでいいのだ。 これから仲間が散々苦労するであろうというのに、自分だけが楽な事のこの上ない立ち居地に居るのに気づいて、リゾットは眉をひそめた。 (くそっ! くそっ! くそっ! 畜生っ!) 本来なら、騎士団員は全員姫殿下の警護を担当し、その場を離れる事などありえない。 ありえないにもかかわらず……その若い騎士は、『見回り』と称して姫殿下の直轄から外されてしまっていた。 苛立ちを隠そうともせずに歩く若い騎士の脳裏は、己にこの任務を押し付けた小娘の事で一杯だった。 先日、自分が手に入れようとした手柄を、校長と一緒になってつぶした憎たらしい男の娘……自分と同い年にもかかわらず、小生意気にもシュヴァリエの階級を持つ、あの小娘! (あの女、俺の中の輝ける貴族としての血に嫉妬してこんな任務を押し付けたに決まってる! よりにもよって、姫殿下の目の前で恥をかかせやがって!) 実際には実戦経験が無かったので邪魔だし襲撃があったから確実に死ぬと考えたジョリーンの温情による処置なのだが、知る由も無い。 だからと言って、この男無能と言うわけではないのだ。事実、手がかりなど皆無の中でギーシュ達の存在を調べ上げたのだし、現在もスキ無くあたりを哨戒し、その態度には一部のすきも無い。 ジョリーンの父親もそこは認めていて、長い目で性根を鍛えなおしていけばいいと考えていたのだが……その有能さが、この日仇になった。 「っ!」 辺りにある小石や草に八つ当たりしなかったのは貴族としての最後の節度か。 と……その時だった。 視界の端で、何かが動いた。 「……ん?」 普通の騎士ならば見逃してしまいそうな些細な変化を、甘ったれながら有能なその騎士は見逃さなかった。 見逃せなかった。見逃したほうが、幸せだった。 「……なんだ?」 この騎士はこの日、行方不明となり……二度と人の前に現れる事はなかった。 ――SHIT! メローネ、気付かれました。騎士のドグサレ野郎が俺に近づいてきます! 『周りに人はいるのか?』 ――いません、この野郎一人みたいです。 『なら話は簡単だ……解体(バラ)せ』 ――OKメローネ。解体完了です。野郎は砂利に変えてばら撒きました! 『よしよしよし。いい子だ息子よ……打ち合わせは覚えてるなベイビィフェイス。フーケからブツは受け取ったか?』 ――YES! こいつをステージの上でぶちまけてKAMIKAZEすればいーんですね! 『その通りだ……GPO的に言うとHAYAKAZEだ。タイミングは最後の演目、ゼロのお嬢ちゃんの時だ。間違えるなよ』 ――OKメローネ。 「ふぅ……流石に、自分から『母親』になってくれた女の息子だけはあるな。神風命令にも素直に応じてくれるとは……こいつが居なきゃ、作戦がかなり面倒になってたからなぁ」 水面下で…… 邪悪ではない、だが冷酷非情な計略は、ゆっくりと動き始めていた。 さて。その使い魔品評会。 発表の終わったメイジたちが待機するテントに……負け犬の遠吠えが響いていた。 「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」 頭を抱え、地面に手をつく負け犬ギーシュに、モンモランシーはふっとため息をついた。『哀れすぎてなにもいえねえ』という奴である。 彼女の発表は……バイオリンに合わせて歌う、蛙の使い魔ロビン。好評だった。 「何故僕のヴェルダンデに姫様はあんなリアクションをされたんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」 「そりゃあ、ねえ?」 キュルケが困った顔で目線をそらす。彼女の発表は、自分の踊りに合わせて火を噴き、踊るサラマンダーの使い魔フレイム。 ダイナミックな動きが大好評だった。 そもそも頬に汗を浮かべるだけでなんともコメントをしていない賢いマリコルヌ君。梟の使い魔クヴァーシルを空に飛ばせて、そこそこ受けた。 今演目をしているタバサ嬢。 風竜シルフィードに載って縦横無尽に空を舞う……結果を見なくてもわかる。今の時点で超絶大好評だ! そして……そこでモグラに慰められている負け犬野郎ギーシュの演目は。 タイトル『薔薇と僕と美しきヴェルダンデ!』 モグラと一緒に薔薇を敷き詰めて寝そべる……『 だ け 』!!!! 他に何もしない。寝そべるだけだ。正真正銘それだけだ。何一つ芸はしない。 ……受けない。受ける筈が無いのだ。会場は、今までで一番の白け振りを見せたし、姫様は頬を引きつらせて笑っていた。無理やりに笑っていた。 それを目にしてしまった為の、負け犬の遠吠えと言うわけである……先述したギーシュの願望と言う表現を変更しよう! 妄想のほうが正しかった! 「ごめんよぉヴェルダンデぇぇぇぇぇぇっ! 僕が、僕が未熟なばっかりに君の美しさを皆に認めてもらえないなんて~~~~!」 自分に抱きついて泣き喚く主を困った顔でぽんぽん慰めるヴェルダンデ……もはや、どっちが主だかわかりゃあしない。 モグラに抱きついて泣き喚くメイジっつーのもこの上なく不気味だし、そのメイジが下手に美形なだけに、反応にも困っていた。 そんな彼に話しかける勇気があったのは……たった一人の少女だけだった。いや、話しかけると言うより、接触を持とうとしたと言うほうが正確だろうか。 ぽんっ。 泣きじゃくるギーシュの肩に手を置いて、彼女……演目を終えたタバサは一言…… 「 邪 魔 」 その後――生徒達の席の中で音も無くひざを抱えて泣きじゃくる負け犬が出現したと言う。 (そろそろか) 時間とスケジュールを見合わせて、リゾットは予定通りに行動を開始する。 あえて誰にも声をかけず、宝物庫の方へ足を向け……後は、迷っているようなそぶりを見せ付けてオスマンをひきつけ時間を潰し、適当なところで戻るだけだった。 (彼女には気の毒だが……誘蛾灯の役目、勤めてもらおう) 使い魔品評会。 親友であり忠誠の対象である、姫様の前で行われる由緒正しき式典で……ルイズは、全く緊張していなかった。そう、緊張はしていなかった。ただ…… (眠い……) あくびをかみ殺すのに精一杯で、とてもじゃあないが緊張している余裕など無い。 というのも……あの後ろくすっぽ眠れなかったのである。才人のあのジョリーンに対する告白が思いっきりルイズの心臓を刺激したのだ。震えるハートが燃え尽きるほどにヒートし、血液の刻むビートが彼女を決して寝かせてくれなかった。 まぁよーするに、恥ずかしすぎてベッドでもだえていたわけだが。 今こうやって才人と並んで歩いているだけでも、頬が赤くなってしまう始末だ。 犬の癖に! などと怒鳴ろうと思うともう駄目だ。先日の自分の非礼を詫びる潔い姿が必要以上に美化されてしまい、全身が灼熱してしまうのである。 「やれやれだわ」 あくびをこらえるルイズの様子をオペラグラスで眺めていたジョリーンは、そう言って肩を竦めた。隣で座っていたアンリエッタも、親友の様子にくすくす笑みを浮かべる。 自分が姫やその従者から笑われている事など露知らず、ルイズは才人と並んでステージに立った。 何をするのか? それすら決まっていなかったが……となりに立つ才人の目は自信に満ち溢れていた。疑うのすら野暮だ、と言う目つきである…… (何する気か知らないけど……しっかりやりなさいよ、才人) 些細な変化だったが……昨日ならば犬と呼ぶような状況で、彼女は確かに、しっかりと彼の名前を呼んだ。 型どおりの自己紹介のために、ルイズが一歩前に出て――その時だった。 ――メローネ。ルイズのマントに潜りました! 『よし! 今だベイビィフェイス!』 ルイズの肩口にあるマントから、一本の手が『生えて来た』のは。 それは、全てが和やかに終わるはずだった品評会を阿鼻叫喚の地獄絵図へと書き換える、悪魔の手だった。 ルイズの役目は正しく誘蛾灯……人の目をひきつけ、そこに灯るであろう『灯』に集中させるためだけの飾り。 「ッ!」 「――ルイズッ!」 「きゃっ!?」 体育座りしていじけていたギーシュが気配に立ち上がり、才人はルイズの名を呼んだ。タバサやキュルケも杖を片手に立ち上がり、その生えて来た『手』を注視した。 普通ならばこのような反応はしなかっただろうが……今、この場にはアンリエッタ姫殿下が居るのである。 「アンリエッタ! 下がれ!」 「! ジョリーン……!」 壇上では、ジョリーンがアンリエッタを背後にし、手の存在を注視する。姫と並んで壇上に居たオールドオスマンは、何も言わずに杖を構え、静かに戦う決意をした。 だが、攻撃しようにもそれが存在するのはルイズの肩……下手をすればルイズを巻き込む以上、手を出す事ができなかった。 メイジだからこそ、『わかる』事がある。感じ取れるからこそ、『理解できる』事がある―ルイズの肩に芽生えたそれは、間違いなくこの場に居るメイジたち全員の闘争反応を刺激するだけの、異様な気配を放っていた。 正確には……その手が握っているモノが。 リゾット達がやろうとしていることは、至極単純な事なのだ。 すなわち、『陽動』……それも、学院中の戦力の9割以上を長時間釘付けにするほどの、ド派手な陽動が、『宝物庫』を破るためには必要だった。 騒ぎを大きくするにはどうすればいいのか? 巻き込まれる人間の数を増やせばいいのだ。そういう意味で、一学年丸々が一箇所に固まるこのイベントは、最適であった。 騒ぎを長時間持続するにはどうすればいいのか? 簡単だ。騒ぎの原因が一寸やそっと出は取り除けないものであればいい。死人やけが人が出れば、更に都合がいい。 それらの条件を満たせる便利なものを、リゾットたちは知っていた。その上で使い捨てに出来る素敵なアイテムを! (始まった、か) 宝物庫に至る道を睨みつけながら、リゾットは心の中でつぶやく。 それは昔々の御伽噺。 あるところに悪魔が居てありきたりの悪事とありきたりの英雄の登場にて、小さな『筒』の中に封じ込められた、真っ黒な悪魔のお話。 その悪魔は火がとてもとても嫌いで、自分の封じられている筒に火がつくととても怒る。 ――メローネ! 準備完了しました! 『よし! ディ・モールトよしだ息子よ! 後は着火――いや『再点火』するだけだっ!』 怒りすぎて……その悪魔は、封印を突き破って『火をつけた者』や『火をつけるのを見ていた者』を無差別に殺しつくすのだ。その、槍のように鋭利な『舌』で突き刺して。 故にその名を、『灯の悪魔』…… どこにでもある御伽噺だった。誰も信じることの無い物語だった。 だが、しかし。 この場に居並ぶ人間の中で――リゾット達にも計算外なことに――オールド・オスマンだけが知っていたのだ。 その悪魔の存在が伝説などではなく、実在する事を! 彼は知っている! その悪魔が解き放たれればどのような惨劇が引き起こされるのか! 100年前その悪魔を封じたのは、ほかならぬ彼なのだから。 『手』が動き、覆い隠されていた掌の内容物が白日の下に晒され。 オスマンの脳内の記憶からで『それ』が悪魔に関わる品である事が即座に引き出され……気が付けばオスマンは人目を憚らず叫んでいた。 「 そ れ に 火 を 着 け さ せ る な ぁ ー っ ! ! ! !」 絶叫だった。学院内の誰もが始めて聞くオスマンの絶叫だったが……それはあまりに遠く、遅すぎたのである。 オスマンは知らない。それが異世界から流れてきたものだという事も、誰の持ち物だったのかという事も、現れる悪魔の名も。 だが、火をつけさせてはまずいという事だけを、確信していた。 『これ』の正式名称は『ライター』。異世界の着火道具。 『これ』のかつて持ち主は『ポルポ』。異世界のギャング。 シ ュ ボ ォ ッ ! 煌々とあたりを照らす灯に照らされた者の影に、現れる『灯の悪魔』は。 『貴様……『再点火』シタナッ!?』 『灯の悪魔』の名は――『ブラックサバス』。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/198.html
トリステイン魔法学院。トリステイン王国のメイジ達のための全寮制の学校である。 そして今、第二学年に進級するために生徒一人一人によるサモン・サーヴァントの儀式が行われていた。 その過程で『ゼロ』のルイズが呪文を咏唱した直後いつも通り爆発が起こり、誰もがまた失敗か、と思った。が、何人かがその砂塵の中に何かが在るのに気付いた。 そしてそれは使い魔としては平凡な様に見えたが、その場にいた、呼び出した本人を含め、全員の予想を遥かに超越していたッ! 「何かいるぞッ!」「まさか成功だとォッ!?あの『ゼロ』のルイズが!?」「あ、あれは…」 「『亀』?」 ルイズが召喚したもの。それは人間でも吸血鬼でも究極生物でもなく意外ッ!それは平凡そうな亀ッ! 場にいる全員が信じられないという顔付きで硬直しているッ!そんな連中を尻目にルイズはようやく成功させたことを大いに喜んだ。 (あたしはもう『ゼロ』なんかじゃあない、これからはそう呼ばせない!) 彼女は喜びを隠し切れない様子で亀に近づいていった。 近くで見るとヨボヨボだが、何故か装飾を施された鍵が甲羅に埋め込んであるようだ。そんな所に何かしらの魔力を感じる気もする。 ますますウキウキして自分の使い魔となるであろう亀を持ち上げ、契約の呪文を唱えようとしたその時だった。 『何をしようとしてるんだ?小娘?』 どこからか男の声がした。それもすぐ近くからである。 「え…?だ、誰…?」 辺りを見渡すが、近くにいる男性といえばコルベールだが、それとも違う声。 『何をしようとしているのか聞いているのだ。答えろ小娘。』 流石に二度目で気付いた。声がしている所は… 『どうしたのだ?早く答えろ。』 ルイズはこの時 (しゃべっているのは亀だったァ~。しゃべるわけないのにィ~) と思ったがそれも違った。しかし、次の瞬間、目の前の異常な光景に暢気に構えていた他の生徒たちも流石にビビったッ! 亀の甲羅、いや、鍵の装飾から『男の生首』が出ていたのだった。 「……」 まるで蜘蛛頭の男に止められたかのごとく場が固まる。 男は不思議そうに顔をかしげた。 「どうした?」 「「「「ギャアアアァァァァァァ!!!」」」」 男以外、全員が悲鳴をあげた。パニック状態だ。教師であるコルベールですら慌て、生徒を宥める所ではないッ!ルイズに至っては男ごと亀を投げ捨てたッ! 「ぬおッ!」 今度は男が慌てた。 亀から鍵が外れてしまったのだ! 何故慌てるか? それは男が亀の中に住む幽霊だったからだ。亀の甲羅から出たらどこかに飛んでいってしまうのだ。 だから慌てたのだが、幽霊の彼にはどうしようもなかった。 「ま、待ってくれェェ」 亀から引きずり出されてしまった。流石に勘忍して (ああ、最期にジョースターさん達に会いたかったな。) そう思ったが、彼の体は天に昇らなかった。逆だった。地に落ちたのだ。 落ちた衝撃に一瞬思考が止まったが、すぐに気付いた。死んだはずの肉体があることに。しかもそれどころか『立てた』。 「こ、これは一体…?」 一応ベタだが頬を抓る。幽霊だった頃には無かった、『痛み』を感じた。 「まさか…『蘇った』とでもいうのか?」 (信じられない、死んだはずなのに肉体が戻るなんて…そんなこと、どんなスタンド…たとえレクイエムでも不可能のはずだ。) 男はそこまで考えると、悲鳴をあげるのをやめ茫然としてへたりこんでいるルイズを見た。 (この娘が俺を生き返らせたのか?どうやって…てか、ここは何処だ?) 茫然としていたルイズだが、何とか気を取り直し、目の前の男に話し掛けた。 「あああ、あんた何?な、何で亀の中にいたの?てかどうやって!?」 「人に何か尋ねるならまず自ら名乗るのが礼儀じゃないのか?小娘。」 当然彼女はそんな答えにムッとした。 「あんた…貴族を何だと思ってるの?平民のくせに。そっちこそ礼儀がなっちゃいないわ。」 「…フン。貴族といえば友人にその末裔がいたが、お前みたいな高慢な態度はとらなかったな。貴族イコール紳士だと思うがな。」 「何ですってェェ!?」 物凄い剣幕で睨み付けるルイズ。 会話している内に周りも落ち着きはじめ、コルベールがルイズを呼び出した。 「何ですかミスタ・コルベール?」 「また君は他と違うことをやってくれた…ただ成功には変わりないとは思うがね…で、どっちにするのかね?」 「言っていることがいまいちよくわかりませんが…?」 「亀かあの男か。どっちを使い魔にするのかと聞いておるのだが?」 ルイズは事に気付き、頭を抱えこんだ。どっちが私の使い魔になるの?両方?否! 「ミスタ・コルベール!もう一度させてくださいッ!」 しばらくして諦めた様子で亀と男の前に戻ったルイズは両者を見比べた。 ここで普通のメイジだったら亀を選択する。誰だってそうする。ルイズだってそうした。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 すっと亀を杖でつき、そのまま亀にキスをした。 もしも普通の使い魔だったらこの後使い魔のルーンが刻まれて終了だった。 しかし、彼女は例外過ぎた。 「ぐぉぉぉぉ!?」 突如隣にいた男が左手の甲を右手で押さえたのだ。そして右手を外すとそこには契約もしてないのにルーンが刻まれていたッ! あまりの出来事に場にいる全員が「理解不能理解不能理解不能ッ!」といった感じだった。 「お前は一体俺に何をした!?」 男は怒りつつルイズを問い詰めた。ルイズとしても何が起こったのか分からず混乱していた。言えることはただ一つしかなかった。 「コントラクト・サーヴァント…」 「はあ?」 「私はその亀と使い魔としての契約をしただけ。なのに何故かあんたにも契約が適用されたのよ」 「…全く訳が分からん」 男はこれ以上尋ねるのをやめた。 コルベールが近づいて来たからだ。そして亀を見た後、男に刻まれたルーンを見た。 「珍しいルーンだな」 それだけ言うと他の連中を連れて飛んで行った。 「…飛んだ?何だあれは…?新手のスタンド使いか?」 男はポカンとしている。 「そりゃ飛ぶわよ。メイジなんだから。」 さも当たり前の様に返答し、さて私たちも行くわよ、と言おうとしたが、その前に聞いておかねばならないことがあった。 「そういえばあんた名前は何て言うの?あと亀も。」 男は答えたくなかったが、ここがどこか分からないし、世話になるかもしれないと考え一応名乗ることにした。 「俺はJ・P・ポルナレフ。亀の名前は…確かあいつらはテキトーにココ・ジャンボと呼んでいたが…ちゃんとした名前は知らん。」 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1310.html
フーケ「リゾット先生今日飲みに行きませんか?」 リゾット「・・・いいだろう」 居酒屋『フィレンツェ超特急』に来た二人 フーケ「ここの焼き鳥は絶品なんですよ。ほら、レバーとか美味しいですよ」 リゾット「レバー・・・肝臓か。そう言えば中~遠距離からの狙撃は肝臓を狙うといいぞ」 フーケ「あの・・・」 リゾット「人体急所の上に外しても体のどこかに当たり標的の動きを鈍らせられる。実に合理的だ」 フーケ「・・・リゾット先生?」 リゾット「狙うは出血多量によるショック死だ」 フーケ「・・・・・・」 フーケ「あの場で話すかフツー・・・」 タバ茶 『さっぱりロオォォドォォ味』でたッ!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/942.html
アルビオンから脱出した一行は直接、トリステインの王宮へと飛んだ。 トリステインはレコン・キスタ侵攻の噂に殺気立っており、王宮へ突然やってきたルイズたちもあわや捕縛されるところだったが、そこにアンリエッタ王女が通りがかり、一行を招きいれた。 「そうですか……。ウェールズ様はやはり、父王に殉じたのですね…」 王宮内の王女の居室。キュルケとタバサ、それにギーシュは謁見待合室に残し、ルイズとリゾットは疲労に耐えながらもアンリエッタに事の次第を説明した。 キュルケたちの合流や空賊に化けたウェールズとの出会い。亡命の拒絶。ワルドとの結婚式の最中におきたワルドの豹変。 そしてウェールズの最期。 ルイズが主に説明し、足りない部分はリゾットが付け加えた。 話している間、アンリエッタの顔をどんどん曇っていく。ルイズは王女の心中を思い、身を切られるような思いを味わった。 任務は達成され、手紙は取り戻され、ゲルマニアとの同盟は守られるとわかっても、アンリエッタの心は晴れなかった。 「あの子爵が裏切り者だったなんて……。まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……」 アンリエッタは手元に戻った恋文を見つめ、はらはらと涙をこぼした。自らの選んだ護衛が恋人の命を狙ったことがショックだった。 「あの方は、私の手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら? ねえ、ルイズ」 「はい、姫様…。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」 「ならば、ウェールズ様はわたくしを愛しておられなかったのね」 アンリエッタは寂しげに首を振った。 「では、やはり……、皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」 「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ、わたくし」 溜息をつき、放心したように呟く。 「…………わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」 「ウェールズも王女を愛していただろう。表現が違うだけだ……」 のろのろと、アンリエッタがリゾットに視線を移した。 「『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』。皇太子からの伝言だ」 そしてポケットから風のルビーを出す。フーケにでも渡そうかと思ったが、やはりアンリエッタが持つのが一番いい気がした。 「形見だ。最後に渡された」 「これは…風のルビーではありませんか。ウェールズ皇太子から、預かってきたのですか?」 「ああ………」 詳しく話せば自分が五万の敵を足止めしたことを話さなければならなくなるため、リゾットは頷いた。 アンリエッタはそのルビーを嵌め、呪文を呟く。リングが縮み、ちょうどいい大きさになった。 「勇敢に戦い、勇敢に死ぬ。殿方の特権ですわね。残された女は、どうすればよいのでしょうか」 風のルビーを愛しそうに撫でると、アンリエッタは寂しそうに微笑んだ。 「死んでいった者たちから何を受け継ぐかは残された者次第だ。ウェールズの死が無駄になるかどうか、それで決まる……」 「まるでご自分も残されたことのあるようなことを仰るのね……」 一瞬、アンリエッタの視線が射るような光を帯びた。 「………」 リゾットは答えない。ただ、視線を受け止めた。事実、リゾットは死に引きずられ、仲間の死を無駄にしかけた。 引き止めてくれたのは昔の、そして今の仲間たちだ。 リゾットにとっての仲間のような存在は、アンリエッタにはおそらく、ルイズしかいない。 「私がもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」 あまりに落胆した様子のアンリエッタに、ルイズがうつむく。アンリエッタはそんなルイズの手を取った。 「いいのよ、ルイズ。貴方は立派にやってくれました。 お役目の通り、手紙を取り戻した以上、貴方が気にする必要はどこにもないのよ。亡命をお勧めしたのは、私の一存なのですから」 ルイズを元気付けるようににっこりと微笑み、努めて明るい声で語りかける。 「わが国とゲルマニアは無事同盟を結ぶことが出来るでしょう。そうなればアルビオンも簡単には攻めてはこれません。 危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」 ルイズはポケットから、水のルビーを取り出した。 「姫様、これ、お返しします」 「それは持っておきなさいな。せめてものお礼です」 「こんな高価な品を頂くわけにはいきませんわ」 「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」 二人が退出しようとすると、アンリエッタがリゾットに声をかけた。 「あの人を、最後に送り出したと、仰いましたね?」 リゾットは頷いた。 「何故あの人を……。いえ、何でもありません」 一瞬、アンリエッタが憎しみの宿った目でリゾットを見た。 (俺が人を信用するように助言したようなものだからな……) リゾットはそれに気付いたが、胸にしまっておいた。恨まれるのは慣れている。 『恩には恩を、仇には仇を』。アンリエッタがリゾットを憎むなら、リゾットにはその憎しみを受ける義務がある。 王宮から魔法学院へ向かう空の上、キュルケはしきりに任務について尋ねてきたが、二人は何も喋らなかった。 キュルケは酷く残念がってギーシュにも尋ねていたが、ギーシュも中身を知るわけがない。 悔しがったキュルケが暴れたせいで風竜がバランスを崩し、ギーシュが落ちたりしたが、それは本編には関係ないので割愛する。 第十四章 土くれと鉄Ⅱ ~ 誉れなき戦い ~ 魔法学院に着く頃には既に夕方だった。風竜から降りた四人は、黙ったまま部屋へ戻る。 この数日の旅は移動と戦闘の繰り返しだったため、誰も彼もを激しく疲労させていた。 タバサなどは学院につく少し前からうつらうつらし始め、ほとんど眠ったまま夢遊病のようだ。 キュルケに掴まり、なんとか部屋へ戻っていく。部屋に入り際、半眼のまま手をぷらぷらと振った。意識はあるらしい。 「じゃあね…」 キュルケもあくびをかみ殺しながら自分の部屋に入る。 この中でもっとも体力に優れるリゾットも最後にガンダールヴとスタンドの力を全開にしたせいか、疲労が身体に蓄積し、体中に鉛を入れられているように重かった。 「しかし相棒、寝る前に怪我の手当てしたほうがいいんじゃねーか?」 一人疲労を感じないデルフリンガーに指摘され、身体を確認する。 ニューカッスルで最後に『治癒』をかけられたものの、術者が疲労していたこともあり、完治にはほど遠かった。 特に一定期間放置していた右腕の火傷はまだ少しひりひりと痛い。 治癒をかけてもらうほどのこともないので、厨房で常備薬を都合してもらうことにした。 「確かに……包帯くらいは替えたほうがいいな…。ルイズ、俺は少し厨房に行く」 「ん……分かった……。あ、でも、待って……」 ルイズに呼び止められ、招きよせられる。近づくと、手を握られた。 「何だ?」 「何となくよ……」 呟いて、ルイズは布団を頭から被る。赤くなった顔を、リゾットにそれを見られたくはなかった。 「あんたも、早く寝なさいよ……。仕事は…明日からで……いい…か…ら…」 ルイズは手を握ったまま告げ、次の瞬間には疲れによって眠りの世界へと旅立った。 リゾットは完全にルイズが眠るまで、そこに立っていた。 厨房に行くと、夕飯を出し終わったところらしく、マルトーたちが隣接する控え室で一時の休憩を取っていた。 リゾットに気付いて、気軽に声をかけてくる。 「よう、我らが剣よ! 久しぶりだな。どこ行ってた?」 何がそんなに愉快なのか、笑いながらバシバシと背中を叩いて来る。悪気はないのだろうが、そこそこ痛い。 「ああ。少し…ルイズのお伴でな……」 「あの我が侭嬢ちゃんのお付か。そいつぁ大変だったな。今日はどうした? 飯でも食っていくか?」 「いや……包帯を貰おうと思ってきたんだが……持ってないか?」 「包帯…? 何だ。怪我でもしたのか? よし、待ってな。……あれ? シエスタならどこにおいてあるか知ってたんだろうが…」 控え室に入り、そこら中をひっくり返しながらマルトーがぶつぶつ言う。そういわれてみれば、シエスタを見かけない。 「シエスタはどうした? 休んでるのか…?」 途端に控え室が静かになった。ただならぬ気配に、いやな予感が胸をよぎる。 「どうした…?」 「シエスタは……辞めたよ。モット伯って貴族に、急遽仕えることになってな。本人は、嫌がってたんだがな……。 ちょうど今朝早く、馬車で連れて行かれちまったよ」 マルトーがそれがシエスタにとって良くないことであるかのように言った。 (貴族に召抱えられるならば別に悪い話ではないと思うが……!) リゾットはそこである可能性に思い当たった。 「それは…………妾として、ということか…?」 マルトーが気まずそうに眼をそらす。その表情に浮かぶ罪悪感と恐怖でリゾットは自分の考えが正しいことを知った。 貴族が嫌いのマルトーではあるが、それでも貴族を恐れている。逆らうことは出来ないのだろう。 「所詮、平民は貴族の言いなりってことさ……」 そういって、リゾットに包帯を渡す。軽いはずの包帯が、酷く重く感じた。 日没後、包帯を巻き直したリゾットは、武装を整えて部屋の外に出る。 ルイズはあれから死んだように眠っており、とても起こすことができなかった。 念のため、タバサ、キュルケの扉もノックしたが、やはり出てこない。 ギーシュも戻ってこないので、後は足の着かなさそうな情報源というと一人しかいない。 「モット伯ぅ?」 やってきたフーケはその名を聞くと、露骨に顔をしかめた。 「あまり……いい印象はないようだな」 「そりゃね。ここでオスマンの秘書やってたときに王宮の勅使として何回か来たけど、私の身体を嘗め回すように見るんだよ。 怖気が走ったね」 その視線を思い出したのか、フーケは嫌悪感に身体を大きく震わせる。 「で、何でモット伯なの?」 「シエスタが連れて行かれた……」 フーケは頭の中で盗賊時代に調べたこの学院勤務の人間たちのリストを検索する。学院勤めのメイドだったはずだ。 「あの子ね……。そういえばモット伯はとっかえひっかえ平民の女を連れ込んじゃ手篭めにしてるって聞いたよ。本当だったみたいだね」 リゾットはその言葉にしばらく考えるような仕草をした。 「モット伯の屋敷はどこにある?」 「それなら知ってるけど。まさか、行くつもり?」 「……モット伯との交渉は可能だと思うか?」 「無理だね。奴に限ったことじゃないけど、モット伯は平民を見下してる。あんたが行っても会えるかどうかも分からないよ。 ましてシエスタって子を連れて行ったのは一応、手続きは合法だろうし。抗議したところで聞く耳なんて持たないだろうね」 リゾットはこの瞬間、穏便に済ませる選択肢を削除した。そこにデルフリンガーが口を挟む。 「なぁ、相棒よぉ。俺は相棒が好きだから忠告するぜ。モット伯のところに乗り込むなんてやめときな」 「なぜだ…?」 「相棒の今の状態じゃあ、強力なメイジには勝てねえよ。まだ疲れが尾を引いてるだろ?」 「モット伯は水のトライアングルメイジだよ。クラスとしては私と同じさ」 だが、それを聞いてもリゾットは首を振った。 「彼女にも恩がある…。苦しいときに受けた恩は他の恩よりもさらに価値がある」 「はぁ…。相変わらず義理堅いねえ」 フーケが溜息をついた。既に諦めているようだ。だが、デルフリンガーはなおも言葉を紡ぐ。 「せめて明日でいいじゃねえか。一晩ゆっくり寝りゃあ、あの貴族の娘っ子だって起きてくるし、相棒だって回復する」 「遅すぎる……。シエスタが心に傷を負うには一晩あれば充分だ」 シエスタの屈託のない笑顔を思い出す。リゾットはその笑顔が苦手だった。だが、苦手であることと嫌いであることは違う。 あの笑顔を汚したくはなかった。 「……貴族の妾になるのだって悪くないぜ? 食うには困らないしな。家族にだってそれなりに手当てが出る。 俺らの価値観で図るのはどうかと思うのよ」 「それをシエスタが望んでいるのならばな……」 デルフリンガーは何とかリゾットを思いとどまらせようと、ありとあらゆる理由を並べる。だが、一方で無理だということも分かっていた。この鋼鉄のような意志こそ、デルフリンガーがリゾットを見込んでいるところの一つなのだから。 見かねたフーケが口を出す。 「あんたが行くなら止めないけど、貴族の屋敷に乗り込んで剣を抜いたなんて知れたら、あんたのご主人様にも累が及ぶんじゃないの?」 それはリゾットも最初に考えたことだった。ルイズに迷惑をかけることだけは、あってはならない。 「問題ない……。変装する」 「だけどよぉ……」 さらに言い募ろうとするデルフリンガーの柄に、リゾットは手をおいた。 「『敵が強い』、『体調が万全じゃない』……。それはただの言い訳だ。 俺がいたチームの奴なら、与えられた状況で最善を尽くす。……諦めが悪いんだよ、俺たちは……」 もっと困難な任務など幾らでもあった。だが、リゾットたちのチームは常にそれを果たしてきたのだ。 リーダーたる自分がどうしてここで尻込み出来よう。 フーケはその言葉に、リゾットの、今はいないチームへの絶大な信頼を感じ取った。 そして近くにいる自分はまだそれほどには信頼されていないということも。 「状況が万全でなければやれない、なんて奴は………『覚悟』のないマンモーニだ」 「やれやれ……うすうす感づいちゃいたけど、相棒は馬鹿だね。しかもかなり重度の馬鹿だ」 「そうだね……。私、何でこんな馬鹿に付いてるんだろ……」 デルフリンガーが溜息混じりにいった言葉にフーケはぼんやりと同調する。 馬を出すため、厩舎へ向かうリゾットの背を、フーケはじっと見つめていた。 リゾットは馬に鞭を入れ、街道を疾駆する。 スタンドを利用すれば馬よりも速く移動できるが、スタンドパワーは向こうに着くまで温存したかった。 途中、もう一頭の馬が併走してきた。乗っているのはフーケだった。 「一緒に行くよ。そのシエスタって子を助けるのを手伝おうじゃないか」 「何故だ?」 「……言っとくけど、金は要らない。私は貴族が嫌いなのさ。モット伯みたいに権力で平民を好き勝手するような貴族はね。 一緒に行ってもいいだろ?」 「馬鹿なこと……なんじゃなかったのか?」 その言葉に照れたように、フーケは月へと顔をそらした。 「まあ、たまには馬鹿になってみるのも悪くない、と思ってね」 二頭の馬が暗い夜道を駆け抜ける。フーケは自分で思う以上に心が躍っているのに驚きながら、馬を走らせた。 モット伯の館から少し離れた森の中に、二人は馬をつないだ。ハルケギニア製の服(厨房からのお下がり)に着替えたリゾットは遠くから館を見て呟く。 「……犬がいるな」 背中に蝙蝠の翼を生やした犬を連れた衛兵が何組か邸内を巡回していた。犬は厄介だ。メタリカによる隠密も匂いは誤魔化せない。 「庭は広く、遮蔽物は…噴水くらいか……。準備に時間があればともかく、現状では気付かれずに潜入するのは困難だな……」 「どうする?」 フーケの問いに、リゾットはしばらく考える。 「二手に分かれる。俺が正面から乗り込む。お前はその隙に警備を掻い潜って中へ入り、シエスタを連れ出せ」 「待ってよ。それなら、私のゴーレムを使って正面から殴りこんだほうが目立つし、陽動効果が高いよ」 だが、リゾットはそれを否定した。 「だめだ。官憲に、取り逃がした土くれのフーケがこの辺りにいることを教えることになる。ラ・ロシェールに現れたことで、アルビオンに向いている捜査の眼を内側に向けさせるわけにはいかない」 「おや、気を使ってくれてるわけだ?」 「………」 いたずらっぽく笑うフーケを、リゾットは無表情に見返す。 「分かったよ。そういうことなら、潜入の方は任せて。あの屋敷の中ならよく知ってるから」 「よく……?」 不思議そうに尋ねるリゾットを見て、フーケは愉快そうに笑う。 「あはは、私が誰だか忘れたの? 貴族専門の怪盗、土くれのフーケだよ? モット伯の屋敷もターゲットとして調べてたのさ。ゴーレムで壊すにしたって、お宝の位置に見当つけないと壊しようがないからね」 「なるほどな……」 納得するリゾットに、フーケはもう一つ質問をしてみる。 「ところで、仮に私がメイドの子を連れ出したとして……そこからの宛はあるのかい?」 「路銀を持たせて田舎にでも返そうかと思っていた…。俺が騒ぎを起こせばメイドどころではなくなるしな……」 最悪の場合はモット伯を暗殺する、それでなくても脅すという手は考えていた。しかしそれも状況を見てだ。 「そうかい。まあ、あまりヤバイようだったら、私に任せて。一応、匿う場所に心当たりがないわけじゃない」 「……何から何まで、すまない」 自分の独断に仕事抜きで手伝ってくれるフーケに、リゾットは心から感謝した。長年鍛えられた無表情のせいで伝わったかどうか怪しいが。 「気にしないでいいよ。何しろあんたには会った時から優位に立ったことがないからね。偶には私が頼りになるところを見せないと」 「お前は頼りになるさ……」 「う……あ、そう? そう思ってくれてるなら、いいんだけど…」 言いながら、フードを深く被って顔を隠し、リゾットに背を向けた。 「じゃ、頼んだよ」 去っていくフーケを見送りながら、リゾットは貰った包帯を左手に巻いてルーンを隠す。 「デルフ、ここからは喋るな。インテリジェンスソードを使うという証拠も残したくはない」 「はいよ。……って、相棒、顔変わってねえ?」 「変装する、と言っただろう」 そういうリゾットの輪郭は骨ばったものに変わり、目の色も普通の人間の色に戻っている。 メタリカの磁力によって体内の鉄分を顔に凝縮し、骨格の整形を行ったのだ。 眼の色は元々メタリカの影響なので、スタンドを使えば一時的に元に戻すことは容易い。 (ただでさえ残り少ないスタンドのパワーを使ってしまうことになるが、仕方ない……) リゾットはデルフリンガーを抜き、屋敷へと進み始めた。 モット伯の屋敷前の門を預かる二人は、その夜も無聊を囲って雑談していた。 「そういや、モット伯はまた新しい女を連れ込んだらしいな」 「へぇ? そうなのか。初めて聞いたが」 「ああ、ちらっと見たけど、黒髪の、メイドっぽい服着た女だったぜ?」 「け、別にメイドとして雇ったわけじゃないんだろ。どーせ」 「まあな……今夜はお楽しみってわけじゃないか? あのスケベ……ん? おい! 止まれ、何だ貴様は!」 門番の一人が門に男が一人、近づいてくるのに気が付いて誰何の声を上げる。闇の中から姿を表した男は右手に剣を携えていた。 「何奴!? 武器を捨てろ!」 槍を構え、二人の門番はじりじりと距離をつめる。あと少しで槍の穂先が触れる、というところで、男は忽然と姿を消し、門番のすぐ横に現れる。門番の一人が膝から崩れ落ちた。気絶している。 「く、曲者! 曲者だー!」 残った一人は笛を鳴らし、屋敷中の衛兵を呼び集め始めた。 (始まったようだね……) フーケは笛が鳴り響き、大勢の衛兵が門へと駆けつけるのを森の樹の上から見ていた。もっとも、全ての兵がいなくなったわけではなく、裏口には翼を生やした犬を連れた兵が一人残っている。 (…あの一人と一頭は私が何とかするしかないか……) フーケは杖を構えると、人の腰ほどしかない小さな土のゴーレムを相手の死角になる場所に作る。それが終わると、『サイレント』の呪文を詠唱し始めた。 『サイレント』は『風』系統なので得意ではないが、比較的簡単で泥棒稼業には有用なため、フーケも覚えている。 呪文が発動し、音がなくなると同時に樹から飛び降り、加重と加速をつけた膝を入れる。秘書時代、オスマンがセクハラをする度に試してきた体術は見事に決まり、衛兵は声もなく倒れた。 気付いた犬が襲い掛かってくるが、間一髪かわし、その首につながれている手綱を取り、ゴーレムに渡す。ゴーレムは近くの樹にそれを括り付けた。その上でゴーレムに犬を締め落とさせ、ゴーレムを元の土に戻しておく。 (さて…さっさとシエスタを助けなきゃ……) 衛兵を音もなく倒したフーケはそそくさと裏口から中へと入った。 足音を殺しつつ、扉を一つ一つ開けていく。宝の場所は検討が着くが、どこにシエスタがいるか分からないからだ。 (モット伯の手の早さなら奴の寝室かな………) そう考えながら進むと、ある部屋の前にいることに気がつく。以前、フーケがこの屋敷を調べた際、謎の部屋が一つだけあった。それがこの部屋なのだ。 早く行かねばと思いつつも、盗賊の血がうずいた。決心すると、フーケは杖を取り出し、素早く『アンロック』を唱える。鍵をはずして中に入り……フーケは目を丸くした。 リゾットは衛兵たちに取り囲まれていた。もともと陽動を目的としているのだから、計算どおりの結果ともいえる。ただ、思ったより人数が多い。 先ほど、一人をあっという間に気絶させた手際を警戒してか、衛兵たちは遠巻きに見るだけでなかなか前に出てこない。 まずは犬がけしかけられた。一頭が翼を羽ばたかせて空から、他二頭が地上から襲ってくる。 先頭の一頭が襲ってくるところをかわし、デルフリンガーで胴を斬る。ほぼ間をおかずに空を飛んでいた一匹がさながら猛禽のようにリゾットの首に喰らいつこうと降下する。 リゾットはデルフリンガーを手放すと、右手の拳を犬の大口に叩き込み、左手で下あごをつかむと、顎を上下に思い切り引き裂く。いやな音がして、絶命した犬が地に落ちた。 だが、このとき既に、残った一匹はすでにリゾットの腕に迫りつつあった。牙が肉に食い込む。だが、その力はすぐになくなった。地面から突如現れた無数のメスに串刺しにされたからである。 「な、何だ……あれは…?」 「魔法……?」 「いや、しかし杖を持っていない……」 突然の出来事に騒然となる衛兵たちに、あえてリゾットは嘘をついた。 「先住魔法だ」 「な、何!?」 衛兵たちはとたんに弱腰になり始める。 「まさか、あいつ、エルフなのか?」 「いや、エルフにしては耳が普通だ」 「だが、アレを見ただろう? 先住魔法の使い手が相手ではとても我々では…」 「モット伯をお呼びしろ!」 (やはり、一般の人間は先住魔法を恐れているのか……) 先日戦ったワルドはスタンドを見て、先住魔法といった。その時の表情からして、ハルケギニアの人間にとってそれが忌まわしいものであるということを悟ったのだ。 (このまま、時間を稼げば作戦は半ば成功だな……) そう考えつつも、リゾットは疲労を実感していた。先ほど、最後の犬への対応が、普段よりもほんの少し遅れたのだ。もしもこの場の人間に一斉にかかってこられたら、少々分が悪い。 (急げよ……、フーケ) じりじりと遠巻きにしている包囲の輪を見ながら、リゾットはデルフリンガーを拾った。 モット伯の館の奥深く、モット伯の寝室の扉の前に、シエスタは立っていた。 湯浴みが済んだらモット伯の寝室に来いといわれ、諦めていた筈がやはり躊躇ってしまう。 だが、ここで断れば下手すれば故郷の家族にまで罪が及ぶ。貴族というのはそれだけの力があり、ましてモット伯は王宮とつながりがあるのだ。 (父様、母様、許して。私は、あんな好きでもない変な眉毛に奪われてしまいます…!) 心の中で血涙を流しながら父母に侘び、意を決して扉を開ける。 「遅かったな」 ゆり椅子に腰掛け、本を読んでいたモット伯がいらいらとした口調で話しかける。 「は、はい…。申し訳ございません」 その手にある杖を見て、シエスタは萎縮してしまう。貴族というのは平民にとって支配者であり、恐怖の対象なのだ。怒らせれば命がない。 そんなシエスタを見て、モット伯は一転していやらしい笑みを浮かべた。 「まあ、良いだろう。夜は長いのだ。私がゆっくりと教育してあげよう。ゆっくりとね……」 そういいながら分厚い本を閉じ、書棚にしまい始める。シエスタは自分の運命を呪った。しかし、そこでふとある人物を思い出す。 その人物とは何週間か前のこと、ヴェストリ広場で素手でメイジと決闘し、そして勝利を収めた平民である。 (彼は……リゾットさんはミスタ・グラモンの理不尽な言い掛かりにも決して引かなかった…) その一件はシエスタも含め、学院勤めの平民たち皆が希望を抱いた。『貴族の理不尽に何の手もなく従うだけが道ではない』。その希望をリゾットの中に見たのだ。 それを思い出したとき、シエスタは反射的に飾ってあった花瓶を手に取り、眼を閉じると、モット伯の後頭部に向けて渾身の力で振り下ろした! 派手な音が響き、花瓶が割れる。シエスタがおそるおそる眼を開けると、モット伯は床に倒れ伏していた。 (やってしまった……。これから……どうしよう…) とにかく、ここに留まっては命がない。逃げるのだ。 そう決断すると、扉を開けて外に出る。と、扉の外で中をうかがっていた人物にぶつかった。 「きゃっ!?」 「ひゃっ!?」 悲鳴が二つ重なり、両者は尻餅をつく。だが、シエスタは必死だ。この館にいる以上、今ぶつかった人物もモット伯の配下なのだろう。すぐさま立ち上がって、走ろうとする。そこで、腕を掴まれた。 「ちょっと待ちなよ! あんた、シエスタだろ?」 振り返ると、目深にローブを被った女性がシエスタの腕を掴んでいる。 「だ、誰ですか…? 貴方…?」 なんとなく声に聞き覚えがあるような気もしたが、訊いてみる。 「私はリゾットの…あー…部下さ。あんたを助けに来た」 「リゾットさんの!?」 女性はシエスタの言葉に反応せず、部屋の中を覗き、倒れているモット伯を発見し、クスクスと笑い始めた。 「貴族には何も出来ないお嬢さんだと思ったら……結構やるね、あんたも」 「は、はあ……。貴方、もしかしてミス・ロ…」 シエスタがフーケの正体に気づき、声を上げようとしたが、フーケに人差し指を口元に立てられ、遮られた。 「それは言いっこなし。今はあんたの味方さ。さ、警備を彼が引き付けてくれているうちに、逃げるよ。リゾットも助けに来てる」 『リゾットが助けに来ている』。その言葉に、シエスタは脱出の希望を見出した。リゾットなら何とかしてくれそうな気がしたのだ。 「はい!」 シエスタが元気よく返事をした直後、地獄の底から響くような声がした。 「……許さん……」 二人が恐る恐る振り返ると……額から血を流したモット伯が起き上がり、憤怒の形相でこちらに杖を向けていた。 花瓶からこぼれた水が浮き上がり、鞭のように宙を旋回し始める。 「貴族の私を傷つけた罪、絶対に許さん…。平民が! なぶり殺しにしてくれる!」 水の鞭が蛇のように素早く伸びる。だが、その一撃はシエスタには届かなかった。フーケがシエスタの手を引いて駆け出したからだ。 フーケもまたトライアングルメイジ。戦えば互角以上の戦いを繰り広げられる自信があったが、ここは屋内で、自分の得意な土がない。 さらに自分の正体を知られるわけには行かない以上、さっさと逃げるに限ると判断したのだ。 (あっちが冷静なら、さっきのアレで説得できるのだけど……) どうみても後ろから追ってくる男はキレている。聞く耳持つとは思えない。 と、廊下を曲がったところで、ここの衛兵らしき男にぶつかった。リゾットの先住魔法に見せかけたスタンドに恐れをなし、主人を呼びにきた男だった。 「何だ、お前たちは!?」 説明する暇すら惜しいと横を通り抜けようとしたところで、また水の鞭が襲ってくる。 「シエスタ、伏せな!」 間一髪、水の鞭は頭上を通り過ぎ、哀れな衛兵はもろに顔面に水の鞭を受け、血を吹きながら倒れた。 「危ない……。まだ走れるね?」 「は、はい! 頑張ります」 「ん、良い返事。もう少しよ」 再び二人は駆け出す。出口を目指して。 リゾットは先住魔法を警戒して遠巻きしている衛兵たちと戦っていた。 先ほどの脅しが功を奏したのか、敵はたまに2~3人及び腰で向かってくるだけだった。 もうすぐモット伯が呼ばれてくるという。リゾットにとって、これはむしろ好都合だった。 モット伯に直接、接触できるなら脅し、交渉、殺害、どれを取るにしてもやりやすくなる。 そのとき、正面玄関の扉が開き、フーケとシエスタが飛び出してきた。それに続いてモット伯が走ってくる。 リゾットはモット伯の顔を知らないが、杖を持っていることと、魔法で作り出したらしき鞭状の水を浮かべていることでモット伯だと検討をつけた。 その瞬間、リゾットは走り出していた。瞬時に距離をつめ、包囲していた衛兵の一人を蹴り倒す。 隙を突かれた兵士たちだが、すぐさまリゾットに向けて槍を突き出すが、その穂先は不自然な軌道を描いてリゾットを逸れた。 「メタリカ……」 反発磁力によって槍を回避したリゾットは減速せずにモット伯へと迫る。 「何だ、貴様は!」 モット伯は呪文を唱え、鞭にしていた水を凍らせると、矢のようにリゾットへと射ち出した。 リゾットはそれを回避しようとして……眩暈に襲われた。 無理やりガンダールヴを発動させ、スタンドまで使ったつけがここに来たのだ。 (しまった!) ダメージを覚悟したリゾットだったが、氷の矢は突如盛り上がった土の壁によって防がれる。フーケが杖を構えていた。 「何と!?」 驚くモット伯の前で土の壁が崩れ、その向こうにいた男が再び駆ける。 だが、まだ距離がある。これならば近くの噴水からもう一度水を巻き上げ、攻撃可能だ。 「メタリカ、力を振り絞れ!!」 ロォォォォドォォォォオォォ……。 男が何か叫んだが、モット伯は気にせず呪文を唱え、迎撃しようとして……口の中に鋭い痛みを感じた。 何か鋭い、硬い物が口の中に入っている。 (いつの間に?) 思考がよぎるのもつかの間、反射的に口の中のものを吐き出す。舌と頬の内側を傷つけながら、無数の刃物が出てきた。 「ひっ!?」 恐怖と痛みで怯むモット伯だったが、正しく事態を把握する前に接近したリゾットに殴り飛ばされる。 「うぉっ!?」 気がつくと、杖をフーケに奪われていた。 「お、おい…やばいぜ……。モット伯が……」 「勝ち目ねえな…」 「冗談じゃねえ……。これ以上、メイジや先住魔法の使い手の相手なんてやってられるか!」 衛兵たちの決断は早かった。主を残して逃げ出したのである。 もともと金で雇われているせいか、得体の知れない先住魔法らしき魔法の使い手とメイジに戦いを挑む気概はなかったようだ。 「ふぉ、ふぉい、ふぉまえひゃち!」 モット伯は逃げ散る衛兵たちを引きとめようとしたが、舌を傷つけられたため発音がままならず、喉に剣の切っ先を突きつけられているため、追うこともできない。 「さて……こいつをどうするかな……」 「ああ、こいつに関しちゃ、私に任してくれないか?」 「何か名案が?」 リゾットの問いにフーケは口元に微笑を浮かべて答える。 「き、きひゃまら、このわらしにひょんな真似をしてひゃびゃでしゅむとふぉもうなよ!(訳:き、貴様ら、この私にこんな真似をしてただで済むと思うなよ!)」 わめくモット伯を安心させるようにぽんぽんと肩をたたくと、フーケは懐からいくつかの小瓶を取り出した。 「ねえ、ジュール・ド・モット伯爵様。お屋敷の中で、こんなの見つけたんだけど」 それらを見た途端、モット伯の顔が蒼白になる。 「惚れ薬に媚薬、痛みを快楽に変える薬、その他色々……。 よくもまあ、シモ関係のご禁制の薬ばかりこれだけそろえたものだね。感心するよ」 フーケが開けた謎の部屋。そこはさまざまな薬品が調合・保管されている部屋だった。 その中にはご禁制のものも多くあったため、脅すネタとして持ってきていたのだ。 「自分で作ったのか買ったのかは知らないけど、これを持ってることが王宮にバレたらどうなるか、賢い伯爵様はわかるよね…?」 「わらしのもにょなどというひょうこはらい!(訳:私の物などという証拠はない!)」 「そんなこと言っていいのかい? きちんと調べればこれらの原材料や、薬そのものの入手ルートを洗って、特定できると思うけどね…。まあ、別に提出してもいいって言うなら提出しようかな……」 「ま、待ひぇ! ひゃらしを聞こうじゃらいか! 目的は金か? わらしのからびゃか!?(訳:ま、待て! 話を聞こうじゃないか! 目的は金か? 私の身体か?)」 直後、モット伯の杖が持ち主の股間を強打した。モット伯は口から血の泡を吹いて悶絶する。フーケは思わずロングビル時代のノリでツッコミを入れてしまった。 「誰がお前の身体なんかを狙うんだい!? 自分を知りな!」 そこから一転、声を落ち着かせて語る。 「何、別に大したことじゃあないんだよ。ただ、これからはもう心根を入れ替えて、女遊びはやめるんだね。あのメイドも学院へ戻すよ? あと、私たちについてはもちろん、詮索しない。いいね?」 「わ、わらった(訳:わ、分かった)」 「はい、交渉成立。とはいえ、証拠の品は押収しておくよ。あんたが妙な動きをしたら、即座に届けるから、そのつもりで」 モット伯は何度も頷いた。フーケはそれを確認して、モット伯の股間にもう一撃入れる。モット伯は低く呻き、気絶した。モット伯の杖は邪魔なため、へし折って捨てておく。 フーケは薬をしまいかけ、ふと、リゾットと以前交わした『トリステイン内で盗みをしない』という約束を思い出した。 「…この薬、貰うよ。あんたと交わした約束の違約になる?」 「……いや、好きにしろ。行こう、シエスタ」 不安そうに見ていたシエスタを促し、馬をつないである所まで歩いていく。 「あ、あの……貴方…ひょっとして……」 シエスタがリゾットにおそるおそる話しかける。 「ん……ああ、そうか……。まだ変装したままだったな……」 能力を解除し、元の顔に戻ると、シエスタにいきなり抱きつかれた。 「やっぱり、リゾットさん!」 「ちょっと待て……」 疲れていたのと不意をうたれたので支えきれず、リゾットはそのままばたりと倒れた。 「す、すいません!」 リゾットはシエスタに押し倒される格好になり、シエスタは顔を真っ赤にして退く。 「はっはっはっ、相棒、モテモテだね」 「本当、何で私、こんなのについてるんだろ」 デルフリンガーが冷やかすと、フーケはため息交じりにぼやいた。 フーケとは途中で別れ、学院へと戻る。フーケの存在とリゾットのスタンド能力については、シエスタに簡単に説明した上、口止めをする。 「それにしてもすごいですね、リゾットさん。ミス・ロングビルを改心させるなんて!」 ますます憧れと尊敬の目で見られ、リゾットは非常に居心地が悪い。 「ああ……。そうかな…」 などと曖昧な返事をしている。 そうこうしているうちに、学院へついた。学院へ戻るころには明け方になっていた。 馬を厩舎に返し、シエスタを水汲み場で別れる。別れ際、呼び止められた。 「リゾットさん! あの、その……」 もじもじしている。何かいう気はあるようなので、リゾットはその場で足を止めて待った。 「今はお疲れのようですから、後で! また今度、改めてお礼をさせてください!」 だが、それにリゾットは首を振る。 「気にするな。俺はお前から受けた恩を返しただけだ」 「いえ、でも、お礼したいので! お願いします!」 「お礼なのにお願いされるのか」 「え、ええ!? そうですね。えええっと、じゃ、じゃあ…」 何気なくしたツッコミに、シエスタはあたふたとあわてた。 「いいじゃねえかよ、相棒。ああまで言ってんだぜ? お礼の一つや二つ受け取ったって罰当たらねえよ」 「そうか……。分かった。では楽しみにしている…」 デルフリンガーの助言に、リゾットが頷くと、シエスタは屈託のない笑顔を浮かべてお礼を言い、帰っていった。 別れ際の笑顔に、リゾットは自分のしたことに間違いはないと、再認識するのだった。 部屋に戻ると、ルイズはもう起きていた。窓の外を見ながら、ぼそりと呟く。 「見てたわよ」 「……? 何をだ」 リゾットが問い返すと、ぐるりとリゾットの方を見た。 「ご主人様が疲れてお休みのときに、自分はメイドと朝帰りってわけ……? いいわねー、元気で……」 顔は笑っているが、目は笑っていない。リゾットはその表情に『不機嫌』を通り越して『怒り』のサインを見つけた。 内心、ため息をつく。どうせ報告するつもりではあったが、この状態のルイズを落ち着かせて説明するのは骨が折れそうだ。 「覚悟はいい?」 「信じないだろうが、言っておく。誤解だ」 「問答無用! このっ、馬鹿犬ーっ!!」 薄暗い朝の学院に、ルイズの魔法が炸裂した。 リゾット →二時間かけてルイズを落ち着かせ、事の次第を説明した。その後、疲労とダメージで倒れる。 ルイズ →一瞬、デレ期が到来するも、今回の事件で頭に血が上り、再びツンに戻りかけた。勝手に動いたことが気に入らなかったが罰だけは下さなかった。 土くれのフーケ →証拠のご禁制品を一部、裏で流して一儲けする。儲けはある場所に送金された。 シエスタ →学院つきのメイドに戻った。リゾットの世話を前にもまして熱心に焼くようになる。 デルフリンガー →魔法吸収機能覚醒で、リゾットにより扱ってもらえるようになり、ご機嫌な毎日。 モット伯 →玉が潰れた。以来、清廉潔白な貴族として知られるようになる。 ギーシュ →この日の朝、学院に到着。数日間留守にしたうえ、朝帰りとあって、またモンモランシーから誤解を受け、殴られた。 その後、周囲の証言で誤解は解け、モンモランシーに看護してもらう。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/466.html
「ボスに『娘』がいるという情報が入った」 その言葉とともに、暗殺チームがアジトとしていたあるアパートの一室はそれまでの喧騒が嘘のように静まり返った。 張り詰めたような空気の中、それぞれに動きを止めてリゾットに注目していた。 ただ一人、ペッシだけが戸惑ったように辺りを見回している。 「俺は組織に反逆する。ボスの娘を手に入れ、奴の正体を掴み、組織を乗っ取るつもりだ」 「……勝算は?」 長い沈黙の後、口を開いたのは壁にもたれ掛っていたイルーゾォだった。 「ない。反逆はすぐに知れるだろう。ボスは二年前から俺たちを警戒しているからな…」 『二年前』。誰も口に出さなかったが、誰もが、いなくなってしまった二人のメンバーを思い出していた。 次に口を開いたのはメローネだった。 「らしくないな、リーダー。計算高いあんたが勝算のない戦いに挑むなんて。 ボスはすぐにあんたに追手を向けるだろう。娘にもスタンド使いの護衛をつけるはずだ。 あんたの強さは知ってるが、死にに行くようなものじゃないか?」 「かも知れない。だが、この機会を逃せば俺は永遠にボスに届くことはできない。 このまま、俺たちはゆっくりと飼い殺されるだろう。これまでと同じようにな…」 リゾットはこの二年間の屈辱を思い出し、知らず、拳を握り締めていた。 リゾットたち暗殺チームは大した縄張りを持たない。暗殺の報酬が主な収入だ。 それでも当初の待遇はよかった。勢力を拡大する組織には暗殺者が必要だったのだ。 リゾットが暗殺者になったのも拾ってくれた組織に少しでも恩を返したかったからだ。 だが、リゾットたちのお陰でパッショーネが急成長し、皮肉にも彼らのような暗殺チームは不要になった。 掌を返すように待遇は悪くなり、後にはほんの僅かな金と、他のチームからの侮蔑、そして制裁によって無惨に殺された二人の仲間の死体が残った。 「殺されるかもしれない。だが、俺は『誇り』と『信頼』を踏みにじられたまま生きようとは思わない」 リゾットはポケットから組織の構成員バッジを取り出した。肌身離さず持っていたそれを決別の証としてテーブルの上に置く。 「付いて来るというなら止めはしない。 残るなら、このまま俺が出て行くと同時に上に密告すれば、お前たちにまで処分が及ぶことはないだろう」 それがリーダーとしてできる最後の行動だった。 来いと命令すればあるいはみんな来るかもしれないが、死の公算が高い戦いに覚悟のない者を連れて行くことはできない。 「待てよ、リゾット。俺も行くぜ。二年前、飛び出そうとした俺を止めたのはお前なんだからよォ。反逆に関しては俺が先輩だぜ」 真っ先にギアッチョが構成員バッジをテーブルに投げ捨て、立ち上がった。 そこにもう一つバッジが置かれる。メローネだ。 「ボスの娘を手に入れたってボスのスタンド能力や居場所がわかるとは限らない。 だが、俺の『ベイビィ・フェイス』なら近い遺伝子を持つ人間の追跡が可能だ。俺が必要だろ?」 「しょおおがねーなああああ~、古い付き合いだ。一緒に行ってやるよ。うまく行きゃあ、俺たちは一躍のしあがれる。 それに、ボスの娘を追うったって追手もかかるんだからよぉ。隠れるのは俺の得意技だぜぇ?」 自慢の剃り込みを整えると、ホルマジオは構成員バッジをテーブルに置いた。 「けっ、てめーのくらだねー能力なんか無くたって俺が連中を返り討ちにしてやる」 「相変わらずオメーはしょおおがねーなああああ~。くだるくだらねーは頭の使い方だって言ってんだろぉ?」 ギアッチョの悪態にホルマジオはいつもの様に返す。だが、二人とも口元には笑みがあった。 「リゾット、お前の悪い癖だ。最後は自分一人で背負おうとする。だが、ボスに『誇り』と『信頼』を踏み躙られたのはお前一人じゃない」 今まで黙っていたプロシュートがバッジを指で弾く。バッジは宙を舞い、テーブルに落ちた。 いつの間にか歩み寄っていたイルーゾォがバッジをテーブルの上に滑らせた。 「俺はとっくの昔に『覚悟』を決めている。ボスに俺たちの信頼を裏切った代償を払わせてやる」 おろおろしていたペッシが口を開いた。 「お、俺は……」 「ペッシ、お前は残れ。まだお前は暗殺チームとしては見習いだ。連れて行くことはできない……。俺たちとは縁を切って、できればギャングからも足を洗うんだ」 「そんな……」 リゾットの言葉にペッシは泣きそうな顔を見せる。そこにプロシュートが割って入った。 「俺が連れて行く。ペッシはまだマンモーニだが、俺たちの舎弟だ。俺たちと『栄光』を掴む権利がある」 「あ、兄貴!」 「……分かった。いいだろう」 「そういうわけだ、ペッシ。その代わり、二度と今みたいな情けねー面をするんじゃねえ。心の弱さを顔に出すような面はな…」 「ハイッ!」 「……結局、全員か…。お前たちの『命』と『覚悟』、確かに預かった…」 「俺は最初からわかってたぜぇ? 『誇り』を貫く『覚悟』のねー腰抜けなんぞ、俺たちのチームには一人もいねえ」 ギアッチョの言葉に、リゾットは頷いた。 「では行くぞ! この部屋を出たときから俺たちは『裏切り者』となる!」 リゾットを先頭に、七人の暗殺者が部屋を出て行く。テーブルには、彼らが属した組織のバッジが七つ、窓から差し込む光を受けて輝いていた。 反逆したチームに対し、組織の追求は執拗を極めた。 スタンド使いの追手はもちろん、武装した非スタンド使いをも動員をかけ、尽きることなく攻撃を仕掛けてきた。 そして情報力。パッショーネはその堅気の中にまで及ぶ情報網を使ってリゾットたちを狩り出した。 当初、固まって行動していた暗殺チームは、陽動や迎撃と共に情報収集をこなすため、各自で動かざるを得なくなった。 その過程で仲間は一人、また一人と倒れていった。 ボスにたどり着くための切り札だったメローネが殺され、怒りに燃えるギアッチョはリゾットの合流を待たずに戦い、死んだ。 一人残されたリゾットも、サルディニア島でトリッシュ、そしてボスにたどり着き、ボスを追い詰めたものの、敗北を喫した。 反乱したことに後悔はない。だがそれでも、リゾットは思う。 あるいは自分が抑えに回り、機会を伺っていればもっといい機会があったのではないかと。 あるいは自分がもっと上手く指揮できれば、仲間たちは死なずに済んだのではないかと。 「もしも」など有り得ないと知りながら、一人生き延びたリゾットは考えるのだった。 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~