約 2,283,005 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1260.html
夜。ギアッチョはベランダの手すりに背中を預けて、あおむけに空を見上げていた。 「一つだけの月なんざ、もう長く見てねえ気がするな・・・」 片手に持ったワインを飲み干して、柄にもないことを考える。 グイード・ミスタとジョルノ・ジョバァーナ、あの二人と戦った夜、たった一つの地球の 月は自分を照らしていたのだろうか。ついぞ空など見上げなかったことを思い返して、 ギアッチョは首を振る。 黒い手袋に三角形に覆われた己の右手に、ギアッチョは眼を落とした。この手で 無数の人間を葬って来たことを思い出す。対抗組織の人間を、彼は腐るほど 殺して来た。しかしその一方で、組織の障害となるというだけのやましいところの ない人間をその手にかけたことも一度ならずあった。 罪悪感はない。後悔もない。ギアッチョは、ただ生きたかっただけだ。パッショーネの 庇護なしには生きられない世界に絶望し、殺さなければ生きられない世界に絶望 しても尚、ギアッチョは生きたかった。唯一つの拠り所で、リゾットのチームで、 なんとしても生き抜きたかった。だからギアッチョは、人が牛を、豚を、鶏を 殺すように人を殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――そして最後に殺された。 この世を修羅道と見紛わんばかりの凄絶な人生だった。ギアッチョにとって殺人は、 もはや呼吸と同じほどに当たり前の行為としてその身に染み付いている。まともな 人の心など、とうの昔に消え去ったはずだった。 しかし。 ならばなぜ、自分はルイズに付き従っているのだろう。ルイズを庇い、叱り、助けた のだろう。ギーシュを殺さなかったのは何故だ?キュルケを叱ったのは?タバサを 助けたのは? リゾットチームのほかには、ギアッチョの世界には彼にとってどうでもいい人間か、 そうでなければ殺すべき人間しかいなかった。何故なら彼は暗殺者だったからだ。 イタリアにいてさえ、彼は災禍を振り撒く魔人だった。魔人であらねばならなかった。 別の世界に召喚されようが、使い魔として契約をしようが、彼の思考は、言動は 暗殺者としてのものだった。キュルケが殺されようが、タバサが身代わりに なろうが、ルイズが死んでしまおうがどうでもいいはずだった。なのに、何故自分は 彼女達を助けた? ――・・・贖罪のつもりってわけか? 後悔していないと思っていても、どこか心の奥底でわずかに罪悪感を感じていたの だろうか。彼女達を助け導くことで、無数の犠牲者への罪滅ぼしをしているのだろうか。 しかし、ならば死ねばいいだろう。例え何万人の命を救ったところで、ギアッチョが 殺した人々が蘇るわけではない。彼らが願うものは唯一つ、ギアッチョの死である はずだ。 それもいいかもな、とギアッチョは思う。イタリアに戻ったところで、もうどこにも彼の 居場所はない。そしてイタリアで生きる意味も、もはやありはしない。仇を討つ意味も また、存在しない。彼らはその命と誇りの全てを賭けて戦い、そして負けたのだから。 みっともなく再戦を挑むなどということは、彼らを侮辱する行為でしかないと ギアッチョは思っている。 ブルドンネ街のあの薄汚い裏路地のような場所で、惨めに哀れにのたれ死ぬこと こそが、自分に相応しい末路だ。この手で消した数え切れない命は、もはや ギアッチョが一秒でも早くその命を絶つことを願っているだろう。 ベランダから地面を見下ろして考える。氷の槍を作って飛び降りれば、それだけで 死ぬことが出来るだろう。ギアッチョは虚ろなまなざしで、数秒地面を見つめた。 ゆるゆると、実に緩慢な動作でギアッチョは顔を上げる。引き結ばれていたその 口からは、「・・・クッ」という声が漏れる。 「クックック・・・ どこにでもいるもんだよなァァ 全く度し難い人間ってのはよォォーー」 全然理解が出来ないことだが、自分が死ねばルイズはまた泣くだろう。自分を 友だと言ったギーシュはどうだ?キュルケとタバサは?一体どんな顔をするものか 自分には分からないが、バカみたいに真っ直ぐな奴らだ、また突っ走って危ない目に 遭うだろう。任務の情報が漏れている上に既に刺客が差し向けられていることを 思い出して、ギアッチョはやれやれと呟いた。結局自分は、どこまでも悪人なのだ。 いくら罪悪感を感じようが、いくら良心の呵責に苛まれようが、結局は自分の意思で 己の生死を決定出来る。自分の意思の赴くままに何かをすることに、微塵の躊躇も ありはしない。 ギアッチョは静かに笑いながら、己の左手に眼を向けた。そこに刻まれたルーンは、 使い魔の契約の証だった。 ――オレがこの手で命を救ったんだぜ 笑える冗談じゃあねーか ええ?おめーら・・・ リゾットの奴は責任をまっとうしろと言うだろう。プロシュートの野郎はマンモーニを 鍛え直してやれと言うかもしれない。メローネのバカはオレと代われと言いそうな 気がする。イルーゾォは、ホルマジオは、ペッシは、ソルベは、ジェラートは・・・。 地獄で自分を笑っているであろう仲間達を思い浮かべて、ギアッチョはフンと鼻を 鳴らす。この任務の間だけは、面倒を見てやろう。ギアッチョは今、そう決定した。 コンコンという音に、ギアッチョは部屋の入り口を見る。断続的に続くその音は、 扉から発されていた。 「入りな」 という彼の声で部屋に入ってきたのは、ルイズだった。ギアッチョは彼女を確認すると、 すぐに視線を外してまた手すりにもたれかかった。ルイズはベランダまでやって 来ると、ちょっと心配そうな顔でギアッチョを見る。 「・・・ねぇ どうして負けたの?」 今朝の決闘で、ギアッチョはホワイト・アルバムを使いもせずに敗北した。まさか力が 使えなくなったのだろうか、なんて心配しているルイズである。 「ワルドの野郎を信頼するな」と言いかけて、ギアッチョは口をつぐんだ。ルイズが ワルドに向ける表情は、自分へのそれとどこか似ている。確定もしていないのに 迂闊なことを言うべきではないだろう。 何故そう思ったのか、そこに意識が至らないままギアッチョは言葉を返す。 「剣の練習だ」 「そ、そう・・・」 ルイズは納得したようなしてないような微妙な顔になるが、それ以上は何も 言わなかった。何も言わないまま、ギアッチョの隣で同じように手すりにもたれ かかった。ギアッチョはルイズに、不思議そうに一瞥を向ける。 「・・・何か用でもあんのか」 しかしルイズは答えない。色んな感情の入り混じった、結果としてどこか悲しげに 見える表情で、何も言わずに空を見ている。何か悩んでいるのだということは 容易に察しがついたが、言う気のないことを根掘り葉掘り聞く気はない。そこまで 考えて「根掘り葉掘り」についてブチ切れそうになったが、自制心をフルに活用して 抑え込む。空気を読んだギアッチョにあの世で仲間達は涙を流して喜んでいる かもしれない。 「・・・ギーシュ達は何をやってんだ」 何とはなしにそう尋ねる。ルイズは無理に笑顔を作ってそれに答えた。 「酒盛りしてるわよ 皆アルビオンへ行くのが楽しみみたい」 「遠足気分だな・・・あのガキ共はよォー」 そう言うギアッチョに、ルイズは「全くだわ」と笑う。二人して空を見上げたまま、 また静寂が流れ――、 「・・・・・・・・・私、結婚するの」 やがてぽつりと、ルイズはそう言った。 反応が気になって、ルイズはこっそりギアッチョを見る。いつもの無表情で、 ギアッチョは何も変わらず空を見上げていた。 「よかったじゃあねーか 憧れの子爵様だろうが」 ホントに喜んでいるのならこんな表情はするわけがない。そう分かっては いるが、彼女が一体何に心を囚われているのか全く分からないので彼としても そう言うほかはなかった。しかし何かを期待していたらしいルイズは、更に 悲しげな色を深めた眼を伏せて、一言「そうね」と呟いた。 これだからガキはなどと思いつつも、このままルイズを放置するのは気分が 悪い。仕方なく身体を起こすと、ギアッチョはルイズに向き直った。 「何を迷ってるんだか知らねーがよォォ~~ 言いたいことがあるなら言いな オレじゃあなくていい キュルケでもタバサでもギーシュでも、言いたい奴に ぶちまけろ あいつらなら真摯に聞いてくれるぜ・・・多分な 些細な感情のスレ違いから身を滅ぼしたバカをオレは何人も見てきた おめーがそうなっちまうのは気分のいいことじゃあねーからな」 己の眼を覗き込むようにしてそう言われて、数秒の葛藤の後、 頬を染めながら彼女は恐る恐る口を開いた。 「・・・・・・・・・あの ・・・・・・えっと・・・その ・・・・・・・・・じゃ、じゃあ言うわ・・・」 深夜の静寂に自分の心臓の鼓動が煩いほどに響き、ルイズは大きく 深呼吸をする。そうしてからその真っ赤な顔を怪訝な眼で自分を見ている ギアッチョに向けて、ルイズは怒鳴るような勢いで口を―― ズズンッ!! 開けなかった。素晴らしいタイミングで大地が鳴動し、ベランダの外に 二度と見たくなかった 巨大なシルエットが闇を切り抜いて姿を現した。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1331.html
夕方の暗いタルブ村の近くの森を、十歳にも満たない男の子が泣きながら走っていく。少年はシエスタの弟だった。アルビオンの攻撃から逃れる途中、家族とはぐれてしまったのだ。 「おかーさん! おとーさん! おねーちゃん! どこー?」 村が焼かれ、必死で逃げてきた彼は、既に方向感覚を失っていた。森の木々は空を覆っており、方向の助けになるものは何もなかった。 絶望に打ちひしがれそうになっていたそのとき、行く手にローブを着た女性が現れた。ようやく人に会えた安堵感に、女性に駆け寄ろうとして、少年は思わず短い悲鳴を上げた。 女性の手に杖があったからだ。今しがた貴族に村を焼かれた彼にとって、杖は見るだけで恐怖を抱くアイテムだった。 悲鳴を耳にしたのか、貴族の女性も少年に気づいた。少年は蛇ににらまれた蛙のように動けない。自分の人生はここで終わりなのだと少年は思った。 しかし、貴族の女性は少年の前でかがみこむと、意外にも優しい声で語りかけてきた。 「こんなところでどうしたいんだい、坊や? 迷子かい?」 少年は震えながら頷いた。 女性…フーケは内心で頭を抱えた。こんな子供に関わっている暇はない。とりあえずこの辺は安全のようだし、置いていくべきか。 それとも、リゾットが上空の竜騎士をひきつけるまではまだ時間があるだろうし、それくらいの時間は割いてやるべきか。 フーケは自分が悪党であると認めている。少なくとも、金のためなら大して知らない貴族の命が奪われたところで心は痛まない。 が、同時に理由もないのに犯罪に手を染めるほどの外道でもない。流石に泣いている年端も行かない子供を置き去りにするのは、自分が養っている家族を思い出し、心が痛んだ。 「まあ、いっか」 しばし悩んだ結果、フーケは少年に手を差し伸べた。なるべく安心させるように笑顔を浮かべる。 「おいで。お姉さんが連れて行ってあげる」 少年はまだ少し怯えていたようだが、おずおずとフーケの手を取った。 「よしよし、いい子だ」 (何してんだろ、私。これから戦争しようってのに……) 少年の頭を撫でつつ、思わず苦笑がした。とはいえ、村人たちが避難した場所に見当はついている。フーケはそこへ向かって歩き出した。 第十九章 夕暮れに昇る太陽 タルブの村は無残な姿をさらしていた。火竜によって焼かれた家々は燃え盛り、夕日を受けてその赤をより色深いものにしている。 草原ではアルビオンの部隊が展開し、トリステインの軍と火花を散らしていた。その上空をトリステイン側の竜騎士を追い払ったアルビオンの竜騎士が飛び交い、地上部隊を援護する。 数の上で勝り、制空権を確保しているアルビオン軍だが、けん制程度にしかトリステイン軍には仕掛けない。 その理由は上空で着々と砲撃の準備を進める『レキシントン』号を中心としたアルビオン艦隊にある。真正面から戦えば損害が出るため、まずは艦砲射撃によってトリステインを弱らせ、それから突撃する予定なのだ。 トリステイン側はそれを踏まえ、乱戦に持ち込もうとしているが、アルビオン軍は巧みにトリステイン軍の攻撃をかわし、弾き、いなし続けていた。 そんな時、タルブ村の上空を警戒していた竜騎士隊は自分たちの上空、二千五百メイルほどの高度を飛ぶ一騎の竜騎兵を見つけた。 見慣れない竜だった。その翼は固定されているかのように羽ばたかず、奇妙な轟音のような唸り声をあげている。 一瞬、警戒を強める竜騎士隊だったが、隊長のワルドからは近づいてくる竜騎士は叩き落せ、という指令を受けているため、とりあえず二騎ほどが撃墜へと向かう。 どんな竜であれ、アルビオンに生息する『火竜』のブレスを受ければたちまち燃え尽きる。向かった二人の竜騎士は勝利を信じて疑わなかった。 「前方から二騎、あがってきたぜ」 デルフリンガーが警告に、リゾットは燃えるタルブの村から視線を離した。氷のような冷静さで心を覆い尽くす。機械の操作において必要なものは冷静さであり、激情ではないからだ。 「あいつらのブレスには注意しろよ。一瞬で燃え尽きちまうぜ」 「……だろうな」 リゾットは機体を急降下させる。竜騎士たちは予想以上の速さに慌てて火竜の口を開けさせた。 火竜の喉の下には燃焼性の高い油の入った袋がある。コルベールやアヌビス神とのガソリンの素材選定の過程でそれを知っていたリゾットは火竜の開いた口目掛け、機首に装備された七・七ミリ機銃の弾丸を数発撃ち込む。 打ち込まれた銃弾の熱によって油が引火し、火竜は爆発。隣の騎士は爆発の衝撃で吹っ飛び、乗っていた騎士は、空中で焼失した。ゼロ戦はその炎を掠めるようにして降下すると、再び上昇する。 村の上空を飛んでいた竜騎士たちは、新たに現れた奇妙な竜を撃墜に向かった二騎の同僚が空中で倒されたのを見ていた。 攻撃手段は不明だったため、竜騎士たちは警戒して編隊を組み、上空へと舞い上がった。 「竜の喉の下、または騎士が弱点だな」 シエスタから譲り受けたこのゼロ戦には機首に七・七ミリ機関砲、両翼に二十ミリ機関砲が装備されていた。だが、その各種武装の弾が尽きればゼロ戦はただの空飛ぶ鉄の塊である。なるべく弾は節約したかった。 「さらに左下から十騎」 デルフリンガーの指示にもリゾットはたじろぐことなくゼロ戦を操作する。 初めて扱う機体ではあるが、ガンダールヴの力か、速度を高度に変え、そこから降下することでスピードを引き出すという操縦法も自然と出来た。 「日が沈むまでに決着をつける」 リゾットはそれが可能だと理解していた。ゼロ戦と竜では性能が段違いだからだ。 まず、速度が違う。火竜の飛行速度は地球の単位に換算して時速約150km、対してゼロ戦の最高速度は時速400kmに達する。ゼロ戦から見れば、火竜は止まっているようなものだ。 さらに、射程距離もこちらに利があった。火竜のブレスであろうと、貴族の魔法であろうと、ゼロ戦に装備された機関砲は射程の遥か先から攻撃を仕掛けることが可能である。 その射程を利用し、降下しつつ両翼の二十ミリ機関砲を射ち込み、二騎の火竜を爆発させる。爆発によって編隊が乱れ、ゼロ戦はその隙間を縫うようにして通り抜けた。 追い越された竜騎士たちは慌てて反転しようとするが、追いつけるはずがない。降下した勢いを駆って上昇し、ある程度のところでトンボを切るようにして再び降下。 首だけをこちらに向けている竜騎士たちに、リゾットは容赦なく弾丸を射ち込み、落として行く。 「後ろだけは取られるなよ、相棒。この乗り物、後ろに攻撃できねーだろ」 「下らない策だが、対策はある。取られないことに越したことはないが」 リゾットは自分のコートのポケットに入れた袋を一瞥し、再び機体を上昇させた。 タルブ村の住人は避難した先の森の中で、樹上に広がる光景に呆然としていた。 隠れた彼らを脅かすように低空飛行していた竜騎士たちが次々に空の上を飛ぶ何かに向かっていき、そして消えていくのである。 やがて、村人たちは狂喜し、歓声を上げ始めていた。 だが、シエスタとその家族はそれどころではない。弟の一人がいなくなっていることに気がついたからだ。 「私、探しに行ってきます!」 シエスタが村の方へ戻ろうとした時、森の奥から当の本人がフーケに手を引かれてやってきた。 「お姉ちゃん!」 弟はシエスタをみつけると、半べそを掻きながら駆け寄った。シエスタはそれを抱き寄せて背中をさすりながら、フーケに視線を向ける。 「ミス・ロ……じゃなくて、フーケさん、何で私の弟と一緒に!?」 「おや、シエスタ。この子はあんたの弟かい。迷子になってたからつれてきてあげたんだよ」 フーケは屈んで弟の涙をぬぐってやった。 「良かったね。そら、男の子なんだから、もう泣くんじゃないよ」 「うん……」 「よし、いい子だ。なあに、あの連中ならフーケ姉さんが追っ払ってきてやるさ」 頷くシエスタの弟に微笑みかけ、フーケは立ち上がった。シエスタは不思議そうな顔でフーケを見つめる。 「あの、フーケさん……。追い払うって?」 「言ったろ? 今、私はリゾットと組んでるのさ。で、リゾットがあんた達に恩を返したいって言うから、私もね」 「リゾットさんが!? 今、どこにいるんですか?」 勢い込んで訊くシエスタに、フーケは空を指差した。夕暮れ時の空ではまだ竜騎士が上昇しては消えていく。 「ありゃあ、竜の羽衣だ!」 一人の目のいい村人が、叫んだ。一人が気付くと、周囲の村人たちも次々と気がつき始める。 「そうだ、竜の羽衣だ! 本当に飛んだんだな!」 「しかも竜騎士どもが落とされていく!」 「じゃ、あれを使ってるのはこないだの貴族様方か!」 隠れていることも忘れ、住人たちは興奮して騒ぎ始める。フーケは肩をすくめた。 「ま、そんなわけよ。じゃ、私も行くわ。竜騎士は十分に引き付けられたみたいだし、私が地上の援護をしないとね」 最後にシエスタとその弟に笑いかけると、フーケは燃え盛る村へと走り去った。 地上部隊の指揮を執っていたワルドの所へ、慌てた様子の伝令が入ってきた。 「タルブの村方面より、巨大な土のゴーレムが現れ、我が軍の別働隊を蹂躙しております」 「ゴーレムだと? それくらい自分たちで何とかできないのか?」 「そ、それが、全長30メイルにも及ぶ上、破壊しても破壊しても再生しまして…。術者がどこかに潜んでいるのでしょうが、捕捉出来ません」 「……フーケか? しかし奴が何故トリステインに……」 ワルドは自軍の戦況を見た。今のところ、トリステイン軍は果敢に攻め込んできている。女王自らが指揮をしているためか、士気という点ではむしろこちらより高い。 とはいえ、数で勝る分、そう簡単に突破されることもない。無理に突撃してくれば押しつつんで殲滅できる。 だが、ただでさえ謎の竜騎兵に竜騎士隊を殲滅されつつある現在、別働隊が潰されていくとなると話は別だ。側面から崩された結果突破され、乱戦になっては砲撃もままならない。 結局のところ、地上でも上空でも風のスクウェアクラスのメイジである自分以上に頼れる人間はいない。ワルドはそう結論した。 「よし、私が出よう」 副官に指揮を任せると、ワルドは『フライ』を唱え、タルブの村方面へと向かった。 フーケのゴーレムが拳を振り上げ、叩き付ける。単純なその動作で、アルビオンの小隊は逃げ散っていった。 反撃として、炎や風が飛んできてゴーレムを砕くが、すぐに再生する。青銅や土のゴーレムも襲ってきたが、どれもこれもフーケのゴーレムの敵ではなかった。 (本隊ならともかく、別働隊に配属されてる連中はラインか、せいぜいトライアングルか。なら、このまま押し切れるね……) フーケは戦況をそう判断した。 ドットやラインクラスはもちろん、トライアングルクラスのメイジであってもフーケのゴーレムを破壊するのは困難だ。 最も簡単な突破口は制御している自分を倒すことであるが、フーケは現在、岩陰に身を隠し、遠くからゴーレムを操っている。 平原といっても人が一人隠れるくらいの場所ならば無数にある。ゴーレムの妨害を避けながらフーケを探すのはそうそうできることではない。空から楽に探すことができる竜騎士は今、リゾットと戦っていていない。 何より、今、アルビオン軍はトリステインとも戦っているのだ。空を舞う謎の味方とフーケのゴーレムの動きでトリステイン側は勢いを増しており、結果としてアルビオンは側面のフーケに対応しづらくなっている。 リゾットとフーケの参戦によって、戦況はこう着状態から徐々にトリステインに傾きつつあった。 (このまま、うまい具合にトリステインが勝てばいいんだけど) そう考えていたフーケの眼前で、ゴーレムが転倒する。土煙が立ち上る中を、ワルドが姿を現した。 「そう、上手くはいかないか。まあ、覚悟はしちゃいたよ」 呟くと、フーケはゴーレムを立ち上がらせ、ワルドに攻撃を仕掛けた。 一度戦ったゴーレムの動きは大体掴んでいるらしく、ワルドは体術とレビテーションを併用し、繰り出される攻撃を全て、寸前で見切って回避している。 踊るようにしてゴーレムの周りを回りながら、時折魔法でゴーレムの腕や足を吹き飛ばす。一度に倒さないのはゴーレムの動きからこちらの位置を割り出そうというのだろう。 フーケもスクウェアとトライアングルの間には一段階でも絶対的な壁があることは了解している。その壁を乗り越えてワルドを倒すには一瞬の機会にかけるしかない。 幸い、まだワルドにフーケの居場所は知られていない。チャンスを作り出す機会は必ず訪れるはずだった。フーケはじっとその機会を待った。 ゴーレムが左の拳を地面に抉りながら振りぬく。もちろん、ワルドはそれを回避したが、それと共に舞い上がった土煙に一瞬、視界を奪われた。 「これで潰れな!」 フーケは岩陰から走り出てワルドに向かうとともに、ゴーレムをワルドに向かって倒れこませた。30メイルの巨体がワルドに向かって殺到する。 ワルドにその巨体が触れる寸前、ゴーレムの体が砕け散った。ワルドが連続で唱えた『エア・ハンマー』が、ゴーレムの体を構成していた土を舞い上げる。 「所詮土くれ……。俺を潰せるとでも思ったか?」 フーケを見据え、冷たく告げるワルドに土が降り注ぐ。もちろん、小さな破片になったそれらではワルドはダメージを与えることはできない。 それでもフーケは呪文を唱える。そう、ここまでは計算通り。そのために姿を現し、走り寄ったのだ。距離を縮め、魔法を届きやすくするために。 ありったけの精神力を注ぎ込んだ『錬金』が完成する。土くれが無数の刃物が変わり、降り注いだ。 ワルドの顔が蒼白になる。無数の刃物が迫ってくるというその光景は奇しくもリゾットの使う『メタリカ』の技に似ていたからだ。 「うおおおお!?」 杖と義手で急所を庇うワルドに、容赦なく刃物は降り注ぐ。そして一本の刃がワルドの胸を貫いた。 時は少し戻って、トリステイン魔法学院、太陽の輝きを受けて光り輝く頭を持つ男がアウストリ広場に駆け込んできた。 「大変だ、ミス・ヴァリエール! 君の言った通り、アルビオンはトリステインに宣戦布告したらしい! タルブの村が攻められているそうだ!」 コルベールの情報に、キュルケが眉根を寄せて考え込む。 「じゃあ、やっぱりダーリンはタルブの村へ行ったのね」 「…………」 「ゲルマニアはトリステインと同盟してることだし、あたしが行っても問題ないわね。タバサ、悪いんだけど、シルフィードを貸してくれない?」 こともなげに言うキュルケに、コルベールは慌てた。 「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ツェルプストー。君は確かにゲルマニア人だが、本学院の生徒だ。勝手に戦場へ行ったりは…」 そこにシルフィードがやってくる。キュルケとともに、タバサもその背に跨る。 「私も行く」 「……いいの?」 「一人じゃ危険だから」 キュルケの問いにタバサが誰にともなく答える。キュルケは感極まったようにありがと、と呟き、俯いた。二人の様子を見ていたコルベールは悲鳴に近い声を出す。 「ミス・タバサまで!?」 「…………」 沈黙したままのルイズに、キュルケは声を掛けた。 「ヴァリエール、貴方はどうするの?」 「…………」 ルイズは放心したように座り込んでいた。リゾットに置いていかれたことがショックらしく、先ほどからずっとこの調子だ。 アルビオンがトリステインに宣戦布告したとリゾットが言っていたことさえ、何度も問い詰めてやっと、ぼそぼそと話したくらいなのだ。 キュルケは一度シルフィードの背から降りると、ルイズの前にかがみこむ。 「ヴァリエール、ショックなのは分かるけど、そろそろ動きなさい。私たちと一緒に行くなら立ってもらわなきゃ困るし、そうでないなら部屋に戻りなさい。ここにいても始まらないわ」 「……………」 ルイズは動かない。キュルケはため息をついた。キッと視線に力を込めてルイズをにらむ。 「いい加減にしなさい!」 キュルケは言うなり、ルイズの頬を張った。それほど強くは打っていないが、ルイズは突然のことにびっくりしたようにキュルケを見る。 コルベールも驚いて二人を見ている。タバサはいつものように無表情だ。 自分に焦点があっていることを確認すると、キュルケはルイズの肩を掴んで揺さぶった。 「ルイズ、何を悲劇のお姫様ぶってるの!? 貴方は誰かが迎えに来てくれるまで待つタイプじゃないでしょう!? 使い魔においていかれたなら、追っていって捕まえればいいじゃない!! そうでないなら、さっさと出て行った使い魔のことなんて忘れなさい! 貴方は誇り高きヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでしょう!?」 自分のフルネームを大声で呼ばれ、徐々に虚ろだったルイズの瞳に生気が戻ってきた。杖を持って颯爽と立ち上がる。 「そうよ! 私はルイズ! あの馬鹿イカ墨、ご主人様の私を置いていくなんて許せないわ! 捕まえてきつくお仕置きしなくちゃ!」 「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ヴァリエール! まさか……」 「はい、タルブの村まで外出いたします」 ルイズとキュルケはシルフィードの背に飛び乗った。 「三人とも、考え直したまえ! リゾット君だってそうそう馬鹿な真似はすまい。ここは学院で待って……」 コルベールの言葉に、ルイズは不敵に笑みを返した。 「お言葉ですが、ミスタ・コルベール。使い魔とメイジは一心同体。使い魔だけ戦場に行かせるメイジなど、貴族を名乗るに値しません」 「あたしはダーリンが心配だし、ヴァリエールが手柄を立てる機会をツェルプストーがみすみす見逃しては、家名の恥ですもの」 タバサはただ視線で拒絶する。 三人の譲る様子のない態度に、コルベールはため息をついた。 「仕方ない。私も一緒に行きたいが、ガソリンを作るのに精神力を使い果たしてしまったから、一緒に行っても足手まといになるだけだろう。くれぐれも怪我のないようにね」 「ありがとうございます、ミスタ・コルベール」 ルイズのその感謝の言葉を最後に、タバサはシルフィードの合図を送り、空高く舞い上がった。学院を眼下に臨みながら、ルイズがぽつりと呟いた。 「ありがと、キュルケ」 キュルケはそれを聞いて照れくさそうに顔を背け、タバサをせかした。 「お礼はダーリンを連れ戻してから言ってちょうだい。さ、急ぎましょ」 最初の接触から十二分で竜騎士隊を全滅させたリゾットは、その先の巨大戦艦を見すえた。 「相棒、アレが親玉だ。雑魚をいくら落としたって、あいつをやっつけなきゃお話にならねえ。ならねえが……。まあ、無理だぁね」 デルフリンガーがあっさりと告げる。リゾットもその意味を理解していた。 海の上に浮かぶ船なら底に穴を開ければ浸水させることもできるが、空に浮いているのでは多少、風穴を開けたところで影響はない。 だが、それは船にとって重要でない場所の話である。船にとって最重要部を破壊すれば、浮力が働く海上の船と違い、空飛ぶ船は時をおかずに落ちるはずだ。 「デルフ、あの船の風石はどこにある?」 「どこにって……一概には言えねえが、船の後ろよりか、船底近くじゃねえか? 風が吹かせやすいからな」 「狙うならそれか……」 ゼロ戦を加速させる。狙うは動力。人間だろうと船だろうと、それは変わらない。 そのとき、『レキシントン』号の右舷側が光った。一瞬後、無数の小さな鉛球がゼロ戦を襲った。風防が割れる。機体に小さな穴が穿たれ、機体は揺さぶられた。ついに砲撃が始まったのだ。 「散弾だ! 近づくな!」 デルフリンガーの警告に従い、二射目をゼロ戦を降下させて回避する。『レキシントン』には横にも下にも無数の砲台が並んでいた。これでは近づくことすらできない。 視線を下に移すと、『レキシントン』の向こうに展開していたトリステインの軍勢にも砲弾が打ち込まれ、戦線が崩壊しつつあった。 短く舌打ちし、リゾットは『レキシントン』から一時離脱する。 「近づかないことにはどうにもできないな………」 ほぞを噛むリゾットにデルフリンガーが指示を飛ばす。 「相棒、こいつを船の真上に持って行け。砲撃を向けられねえ、唯一の死角がそこにある。近づくなら、そこしかねえ」 「分かった」 リゾットは機体を上昇させた。十分な高度を確保した後、降下をはじめる。 そのとき、ゼロ戦の背後の雲の切れ間から烈風のように一騎の竜騎士が躍り出た。ワルドだった。 胸の奥から湧き上がる恐怖に、ワルドは唇をかみ締めた。逃げ出しそうな自分に空は自分の領域だ、と言い聞かせ、風竜を駆る。 敵の奇妙な竜騎兵を見た瞬間、ワルドの失われた左腕が激しくうずき、その乗り手を直感した。恐怖が襲ってきたが、今こそ恐怖を打ち払う機会だと思い直した。 リゾットの狙いは分からないが、こちらに仕掛けてくる以上、『レキシントン』を狙って、その死角である真上にやってくる。その読みは当たったようだ。 後はこの風竜の速度をもって、あの竜が攻撃できない背後から接近し、魔法でしとめる。 「ガンダールヴ! 俺は貴様を殺して、この恐怖を拭い去ってみせる!」 一声叫ぶと、急降下するゼロ戦との距離をぐんぐんと縮める。その中で気付いた。自分の前を飛ぶのは竜ではなく、ハルケギニアの論理ではない何かで作られた物だと。 『聖地』。その単語に、ワルドの胸に希望がわきあがった。左の義手で手綱を握り、ワルドは呪文を詠唱する。『エア・スピアー』。固めた空気の槍で、串刺しにしてやる。 「相棒! 後ろから来てる! さっき何か策があるって言ってたけど、本当にいけるのか?」 リゾットはデルフリンガーに答えず、コートから袋を取り出した。風防を開け、外に身を乗り出す。 メタリカをゼロ戦に潜行させ、エアロ・スミスを操った要領で制御する。スロットを最小にし、フルフラップ。ゼロ戦が急速に減速した。 後ろから迫るワルドとの距離があっという間に縮まる。 「何やってるんだ、相棒! スピードはともかく理由を言ってくれーーッ!?」 「人体に含まれる鉄分の量は成人男性で大体3500から5000mg。『メタリカ』はその僅かな量から大量の金属を作り出せる。 鉄分以外の何かを金属に変換しているのか、それとも、鉄そのものを増やしているのか、俺にもわからない。だが、とにかく体積以上のものができる…」 リゾットは袋の中身をぶちまけた。中に入っていた大量の砂鉄が宙を舞う。磁力に制御されたそれらは量を増しながら、後方…つまりワルドと、その飛竜を覆い尽くした。 「たかが目くらまし!」 ワルドは一瞬、視界を奪われたものの、耐える。そう、ワルドは耐えられた。だが、その下の風竜はそうはいかない。目と鼻、そして口に大量の砂鉄を入れられた風竜は混乱し、ワルドの制御を離れて暴れまわった。 「く、くそっ!? 落ち着け!」 ワルドも幻獣の名騎手である。僅かな時間で態勢を立て直す。だが、その僅かな時間は、ゼロ戦がワルドの背後に回りこむのに十分だった。 「惜しかったな……、ワルド」 呟くと、リゾットはワルドに七・七ミリ機関砲を撃ち込んだ。肩に、背中に弾丸を受け、ワルドは苦痛に顔を歪め、消え去る。 「遍在か……。本体はどこか別の場所にいるな……」 一匹で墜ちて行く風竜を眺めて呟くと、リゾットは風防を閉め、メタリカを戻した。 「おでれーたぜ、相棒! もう駄目かと思った」 「下らない小細工だが、効果はあっただろう……」 ゼロ戦は再び降下を始める。下方に浮かぶ『レキシントン』の甲板に、二十ミリ機関砲の掃射が降り注いだ。 フーケは荒い息を吐いていた。ありったけの精神力を使い果たした影響で、立つことすらままならず、膝を突く。 辺りには轟音が鳴り響いている。トリステイン軍が砲撃されているのだろう。そちらはリゾットがどうにかすると思うしかない。 そのとき、夕日が陰った。見上げると、ワルドが立ちふさがっている。先ほどの攻撃で倒せなかったのだ。 「このっ!」 フーケは杖を掲げようとするが、ワルドの杖に弾き飛ばされた。至近距離で『エア・ハンマー』を受けて倒され、腹を踏みつけられる。 「危なかった……。この身体は遍在とはいえ、そう何度も死ぬのは気分が悪いからな……」 「そんな、どうして……」 フーケの言葉に、ワルドは自分の胸からフーケの作った刃を抜き、マントの下から真っ二つになったペンダントを取り出した。 「遍在を作り出すとき、身に着けている物も複製される……。母が私を守ってくれたお陰で致命傷にならなかった。だが……」 ワルドの目が狂気に光った。 「泥臭い盗賊の分際でッ! よくもッ! 母の肖像を破壊したなっ!! 蹴り殺してやる、このアバズレがッ!」 ワルドは完全にプッツンしていた。魔法を使わず、フーケの身体に何度も蹴りを入れる。フーケは抵抗することも出来ず、ただ打たれていた。骨がへし折れる音が耳に響く。 (……こりゃ…まずいね……。ちょっと、見栄、張りすぎたかな……。 ごめん、テファ、皆……、帰れそうにない……。リゾット……私は………ここま…で……) フーケが諦めて意識を失う寸前、突然、蹴りがとまった。 不審に思って目を開けると、ワルドは別の方を見ていた。その手には石が握られている。 「貴様ら……平民が何のつもりだ? 失せろ」 ぎこちない動きで首を回すと、シエスタと、フーケが助けたシエスタの弟が立っていた。 「ふ、フーケさんを放してください……」 「お姉さんを放せ!」 シエスタは震えながら、弟は勇ましく、ワルドに告げる。弟は石を持っている。どうやらそれをワルドに投げつけたようだ。 シエスタたちはずっと物陰からフーケを見ていた。危険なので見ているだけのつもりだったのだが、あまりのワルドの暴行に、二人ともいてもたってもいられずに割って入ったのだ。 「ば、馬鹿……早く、逃げな…」 「お前の知り合いか、マチルダ」 「うるさいね……。あの子らは関係ないだろ。さっさと私を殺して部隊に戻りな…」 ワルドを掴もうと手を伸ばそうとして、フーケは金属質の何かが服に入っていることに気がついた。 「放せって言ってんだろ!」 もう一度、石が投げられた。今度もワルドはかわしたが、その表情に怒りが浮かぶ。 「平民の分際で!」 ワルドが杖を掲げ、呪文を唱える。その魔法には二人をまとめて吹き飛ばすには十分な威力があるだろう。 その時、フーケはワルドに気付かれないよう、リゾットから渡されたものをそっと準備した。 ワルドは油断していた。杖を失い、精神力を枯渇させたメイジにできることなどないと。 ワルドは激怒していた。平民が自分に逆らったことに。 結果、ワルドの意識は完全にシエスタたちに向き、フーケの動きに気づいていない。 (悪いけど、利用させてもらうよ、シエスタ。ワルドがあんたたちに魔法を撃った直後なら、私は安全に反撃できるからね……) フーケは自分が生き残るために、最善の解を導いていた。ちらりと最後にシエスタたちに目をやる。 シエスタは弟を抱きかかえ、背中を向けていた。自分の身を盾にして弟を守ろうというのだ。それを見た瞬間、フーケは反射的にそれをワルドに向け、引き金を引いていた。 FNブローニングM1910。DIOの館の兵器庫から見つかった数少ない使用可能な武器の一つが、フーケの手の中で乾いた音を立てる。 ワルドが仰け反った。遍在のためか、血は出なかったが、生きている。そして、ワルドは既にスペルは唱え終わり、シエスタたちに向けるはずだった魔法を、フーケに放った。 風の刃が肩を切り裂くのを感じながら、フーケは引き金を引き続けた。狙いなどついていないも同然の連射だったが、距離が近いこともあり、銃弾はワルドに次々と命中する。 ワルドは撃たれつつも杖を振る。『錬金』によって銃が土に変わる。だが、同時に放たれた銃弾が、ワルドの額を貫き、遍在はその姿を消した。フーケは土くれを投げ捨て、腕をばたりと投げ出す。 肩から血が流れ出ていくのを感じる。腹を蹴られたせいで内臓もずきずきと痛んだ。骨も二、三本折れているだろう。疲労は極限に達しており、気分は最悪だ。 「フーケさん!」 「お姉さん!」 声に首を回すと、向こうからシエスタと、その弟が走って来ていた。それを見て、フーケは最悪の気分の中に一抹の安堵を感じる。 (……はっ……、悪党に成りきれなかった…ね……。まったく……、馬鹿な真似したもんだ………。でも……この感じ……。悪く……な………) そこまで考えて、フーケは意識と、思考を手放す。暗黒に包まれる直前、何かの生物の羽ばたきを聞いた気がした。 『レキシントン』号の甲板は見るも無残な様相を呈していた。マストはへし折れ、床には無数の穴が開いている。 だが、そこまでだった。真上から下への射撃では戦艦その物の攻撃力を奪うには至らず、現に今も『レキシントン』は砲撃を続けている。 「弾切れだな…、どうする、相棒?」 ゼロ戦を急降下、急上昇を繰り返して『レキシントン』号の上を飛び回らせるリゾットに、デルフリンガーが問う。 何度も繰り返しているうちに、こちらの攻撃手段がなくなったことが分かってきたのか、何人かの貴族が出てきて、弾速の早い『風』系統の魔法でゼロ戦を撃墜しようとしてきた。 「乗り込んで風石を破壊する」 「おいおい、無理だぜ、相棒。あの船、確かに長いし、相棒の射撃で平らになってきちゃいるが、こいつが止まるにゃ距離が足りねえよ」 「やってみなければ分からない。何度も上を飛んで、大体どのくらいの角度でなら突入できるかは掴んだ」 平然と言うリゾットに、デルフリンガーはため息をついた。 「いいぜ、相棒。相棒が言うからには少しは成功する目があるんだろ? 付き合って跳ぼうじゃねえか」 リゾットは一度、『レキシントン』から機体を離すと、散弾が届かないギリギリの角度で再度甲板に突入した。スピードを落とし、ふらふらと船尾へと降下する。 甲板のメイジたちは竜が疲れ果てたと理解し、ここぞとばかり呪文を放つ。元々船を制御するためのメイジのため、『風』が多かった。 リゾットはあえてその魔法の風を避けず、ゼロ戦を突っ込ませた。風の魔法が機体を激しく揺さぶり、プロペラが曲がり、翼の装甲板が何枚か吹き飛んだ。一本、リゾット目掛けて飛んできた魔法の矢をデルフリンガーで吸収する。 「やべぇんじゃねえの、相棒!?」 「いや……、これでいい。この風がいい……」 正面から風の魔法を受け、ゼロ戦がダメージを受けるが、同時に急速なブレーキがかかる。落ちるようにしてゼロ戦が船尾にたどり着く。 同時にメタリカをフルパワーで解放し、甲板の木材に含まれる僅かな鉄分とゼロ戦を引き寄せ、僅かでも減速する。 「ダメだ、相棒! ギリギリで足りねえ!」 「『メタリカ』! こいつを止めろ!」 ロォォォドォォォォ…… 鉄分を集めて何本ものフックを作り出し、ゼロ戦につなげる。装甲板がはげれ落ち、フックが引きちぎれる。艦の縁にタイヤがぶつかり、機体に衝撃が走った。 だが、そこまでだった。ほとんど『レキシントン』から乗り出すようにしてゼロ戦は止まった。 「ふーっ、止まった…な!?」 デルフリンガーが息をつく間もなく、リゾットは風防を開けて飛び出した。突っ込んでくるゼロ戦に伏せていた貴族たちに、襲い掛かる。 貴族たちは慌てて立ち上がるが、その頃には最も近い位置にいた貴族は斬り伏せられていた。 慌てて魔法を撃ち出すが、ある魔法はデルフリンガーが吸収され、ある魔法は斬り伏せられた貴族に誤射することになった。魔法が収まったとき、リゾットの姿は掻き消えている。 「お前たちに恨みはないが……、この艦に乗ったのが運の尽きだ…。死んでもらうッ!」 視線をめぐらす貴族たちに、どこからともなく、リゾットの冷たい声が届き、それを聞いた貴族たちは自分の死を予感した。 「…い……ぶで……? だい………ですか? 大丈夫ですか、フーケさん!」 フーケは自分を呼びかける声で目を開けた。どうやら気を失っていたようだ。シエスタとその弟がフーケを覗き込んでいる。 「…わた…どれ……いた?」 上手く口が回らない。だが、シエスタは何を言ってるか理解したようだった。 「ほんの数分です」 シエスタの答えを聞きながら身体を起こそうするが、力が入らず、諦めた。肩に違和感を感じ、見ると、ワルドに斬られた傷が凍っていた。 「これは………」 「お久しぶりね、フーケ。ラ・ロシェール以来?」 声にゆっくり振り向くと、そこにはキュルケ、タバサ、ルイズがいた。後ろにシルフィードも控えている。 「これは、あんたたちがやったの?」 「そ、タバサがね」 「そう…ありがとう」 「止血と、簡単に治癒をかけただけ」 フーケが礼を言うと、いつもどおりタバサが呟く。 ルイズはその様子を面白くなさそうに眺めていた。 「……私は、ほっとけって言ったんだけど……」 「だから、ルイズ、説明したじゃない。フーケはラ・ロシェールでこっちの味方をしてくれたのよ」 「まあ、それは分かったけど……」 ルイズとしては一度殺されかけた相手をそう簡単に気を許すことは出来ない。その気持ちは分かるので、フーケは苦笑した。ゆっくりと言葉をつむぐ 「信じてくれなくても……いい。私にあんたたちと戦う気はない……よ」 平原の方へ視線を移すと、戦いが本格的に始まったせいか、アルビオンの部隊は全て本隊に合流している。とりあえず地上での戦いの役目は果たせたようだ。 「ねえ、フーケ。リゾットはどこにいるの? シエスタから訊いたわ。貴方、リゾットと組んでるんでしょう?」 キュルケの声に視線を戻す。タバサ、キュルケ、ルイズの視線がフーケに集まっていた。 フーケがシエスタに視線を送ると、シエスタが頭を下げた。まあ、目の前で色々あったから気が動転していたのだろう、とフーケは苦笑する。 口がうまく使えないため、視線を空に送る。全員空に目をやり、首をかしげた。 「あ、それなら、私、見ました。あの一番大きな船の上に、竜の羽衣で飛んで行ったようです」 シエスタが補足する。キュルケはそれを聞いて、整った眉を寄せて考え込んだ。 「参ったわね…。ダーリンを助けに行きたいけど……。タバサ、シルフィードであの戦艦に近づける?」 「無理」 タバサは首を振った。シルフィードといえども大砲の射程内に入れば撃墜されてしまうだろう。 全員、打開策が思いつかず、考え込んでしまう。砲撃音と、兵の喚声だけが辺りに響く。アンリエッタもあそこにいるのだ、と思うとルイズは訳もなく焦燥感に駆られた。 ポケットの中から水のルビーを取り出して嵌め、始祖の祈祷書を開く。 何もできないなら、せめて始祖にアンリエッタと、リゾットの無事を祈ろうと思ったのだ。それに、白紙のページでも見ていれば、何か思いつくかもしれない。 そんな他意のない気持ちで開いた途端、始祖の祈祷書と、ルイズのはめた水のルビーは輝きを放ち始めた。 「敵竜騎兵、本艦の直上に出現! 謎の手段により、攻撃を受けています!」 「敵竜騎兵の速度は尋常ではありません。いかなる魔法も追いつきません!」 「艦長! 敵竜騎兵が本艦に着艦! 騎兵は行方が知れません!」 『レキシントン』艦長、ボーウッドは次々と入ってくる伝令を聞いていた。 「落ち着け。敵はただの一人。『レキシントン』も他の艦も未だ健在。左砲戦を継続し、他の砲の人員を捜索にまわしてくれ。 発見次第、呼子を使って他の人員を呼び、数で敵を押し包むのだ。魔法を使えぬ者には銃の所持を許可する」 落ち着き払って言ったものの、歴戦の軍人であるボーウッドも内心、驚いていた。一騎で二十騎の竜騎士を撃墜し、スクウェアメイジのワルドまで倒してのけた。 個人としてはボーウッドの知る限りでは最大の戦果だ。だが、あくまで個人として、である。仮に侵入者がこの艦を落とそうと、砲撃そのものは止まらない。 全ての艦を落とせるとして、一人では落としきる前にトリステインの兵は全滅していることだろう。 ボーウッドは軍人である。軍人として、自分自身の命をも駒のように考えることが出来た。自分たちがどうなろうと、アルビオンの勝利は動かない。それが間違いないことは、ボーウッドには明白だった。 そこに扉が開き、ワルドが入ってきた。 「子爵、無事だったのかね? さきほど、敵竜騎兵に撃墜されたと報告が入ったが」 今まで戦場でやられたのは全て遍在なのだから本体が無事なのは当然だが、それを一々説明することはせず、ワルドが言葉を続ける。 「ご心配なく。それより、侵入者の件ですが、私に案があります。兵を何人かお貸しください。できれば、艦長にもご一緒していただきたいのですが」 「ほぅ………聞かせてもらおう」 ワルドの提案に、ボーウッドは興味深そうに耳を傾けた。 「いたか?」 「いえ、いません。そっちはどうでしたか?」 「こちらもダメだ」 「よく探せ、黒い服を着た男らしい」 口々に言い交わしながら、艦内の廊下を慌しく何人もの人間が駆け抜けていく。彼らの手には杖が、あるいは銃が握られている。 彼らがいなくなった後、リゾットは再び動き出す。別段、物陰にいたわけでもないリゾットがなぜ発見されないかといえば、彼のスタンド『メタリカ』の力によるものである。 磁力を操作し、その磁力で金属を操るメタリカはその応用で、鉄粉を体の表面に付着させ、身体に周囲の背景を描くことで透明になることができる。 以前、ワルドと戦ったときは念を入れて『サイレント』を使用したが、リゾットは元々音や気配を絶つ技術に長けている。彼が本気で気配や音を絶てば、ほとんど感知されないのだ。 だが、いくら自分の身体を透明にしたとしても、物を動かせば気付かれる。 だからリゾットは人がいなくなるのを待ってから、手近の扉を僅かに開き、中を覗き込んで確認する。 そこは倉庫のようだった。目的の場所とは違うが、リゾットは中に身を滑り込ませた。 「相棒、どしたい? 風石があるのはこの部屋じゃねーぜ」 中に誰もいないことを確認すると、デルフリンガーが囁きに近い小声で話しかけてきた。 リゾットは倉庫の品を一つ一つ改める。 「……火薬はないな」 「ああ、弾薬とか火薬は別に管理されるんじゃねーかな。多分、今は砲撃の真っ最中だし、その辺りには人がたくさんいると思うぜ」 「そうか……。まあ、それはいい……」 リゾットはメタリカを発動し、鉄分を集め始めた。 ルイズは光る祈祷書のページに文字が浮かび上がっているのを見つけた。 古代ルーン文字だったが、ルイズは魔法が出来ない分、知識は人一倍蓄えてきたので、それを読むことが出来た。 ルイズは食い入るようにその文字を追った。キュルケやタバサ、フーケやシエスタの視線も気にならない。 「序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」 「ねえ、ルイズ。その本、光ってるけど、どうしたの? 何か書いてあるの?」 キュルケの声に、ルイズは顔を上げた。祈祷書を広げて見せる。 「この文字、見えないの?」 「文字? その本、白紙じゃない」 怪訝そうなキュルケに、ルイズは水のルビーをキュルケに渡した。途端に始祖の祈祷書とルビーから光が消える。 「それ、嵌めてみて」 「プレゼント? 何よ、今はそれどころじゃ……」 「違うわ。いいから嵌めて」 ルイズの剣幕に押され、渋々とキュルケは指輪を嵌めた。再び始祖の祈祷書を広げ、キュルケにみせる。 「何か見える?」 「いえ? 白紙に見えるけど……」 「そう、ありがとう。指輪、返して」 怪訝さを通り越して心配そうな顔でルイズを見るキュルケを無視して、ルイズは再び水のルビーを指に嵌め、祈祷書に視線を落とした。 信じられないことだが、自分はこの祈祷書の『読み手』として認定されているらしい。 書には続いて「初歩の初歩の初歩」と題して『爆発(エクスプロージョン)』という魔法の呪文が記してあった。 ルイズは『爆発』という単語から、自分が魔法を唱えると爆発していたことを連想した。あれは……ある意味、ここに書かれた『虚無』なのではないだろうか? 思えば、モノが爆発する理由を、誰もいえなかった。いつかワルドが言っていたことを思い出す。通常、魔法は失敗しても何も起きない。あの現象はルイズにだけ起きていたのだ。 すると自分は読み手で、虚無の魔法が扱えるということになる。だったら試してみる価値はあるかもしれない。 「タバサ、シルフィードで私をあの巨大戦艦のなるべく近くまで連れて行って」 「ルイズ、いきなりどうしたの? 何か思いついたの?」 キュルケのもっともな質問に、ルイズは呆然としたように答える。 「いや……、信じられないんだけど……、うまく言えないけど、私、選ばれちゃったかもしれない。いや、なんかの間違いかもしれないけど」 「何のこと?」 「あの戦艦をやっつける方法があるかもしれないのよ。何もしないより、試してみた方がましでしょ? とりあえずやってみるわ。やってみましょう」 ルイズがぶつぶつと独り言のように呟くのをみて、そこにいた全員は唖然とした。気が狂ったようにしか見えないからだ。 「ルイズ、大丈夫? 落ち着いて」 「み、ミス・ヴァリエール。とりあえず深呼吸して下さい」 「大丈夫、私は冷静。……お願い、タバサ。危険がない所まででもいいから、あの戦艦の近くに私を連れて行って」 タバサは困ったような顔でルイズを見つめた。だが、確かにここでぼーっとしていても何の事態の解決にもならない。ルイズが何か試したいというなら、それをやらせてみるのもいいだろう。 祈祷書を食い入るように見つめるルイズと困惑気味のキュルケとタバサを乗せ、シルフィードは空へ飛び上がった。 一方、艦内を探索していたリゾットは、遂に風石が安置されている動力室といえる部屋を探り当てた。 (グレイトフル・デッドならこの船一つくらい、すぐに制圧できるんだろうが……) 扉の前に立って感覚を集中する。中に人のいる気配がした。 (戦いは避けられないな……。無力化させた後、なるべく早く風石を破壊して逃げるか……) リゾットは扉を開け、中へ飛び込む。まず目に飛び込んできたのは銃口だった。 「ようこそ、『レキシントン』号へ。艦長ともども、歓迎するよ」 ワルドの声とともに、青白い雲が現れ、リゾットの頭を包む。 「ヤバイ、『スリープクラウド』だ!」 デルフリンガーが叫ぶが、既に遅く、強烈な眠気がリゾットを襲う。リゾットはそれに耐えたが、眠気によって一瞬、隙ができる。それこそが敵の狙いだった。 銃口が火を吹き、杖が振られ、眠気から脱出したばかりのリゾットに銃弾と魔法が殺到した。 デルフリンガーが魔法を吸収し、銃弾が剣に当たったのか、金属音が響く。だが、残り銃弾は右肩に二発、左腿に一発、胴体に二発と確実にリゾットを貫いた。体が跳ね、血飛沫が舞い、リゾットは仰向けに倒れる。メタリカが解除され、リゾットの姿が現れた。 「勝った…」 感慨深げにワルドが呟く。ついに自分の人生に現れた障害の一つを取り除いたと思うと、歌でも一つ歌いたいようないい気分になる。思わず笑みが漏れた。 「子爵、君の言うとおりの結果になったな」 ボーウッドの言葉に深々と頷く。ワルドはリゾットが艦内の人間を皆殺しにするにしろ、船の動力を破壊するにしろ、確実にここまで来ると読み、ボーウッドとともに待ち伏せていたのだ。 そして魔法を吸収するデルフリンガーの能力を鑑み、銃兵を六人配置した。あとは自分と二人の遍在、水のトライアングルメイジであるボーウッドがいれば事足りる。 「……今度は私の読み勝ちだったな、ガンダールヴ」 銃兵の一人が銃を突きつけながら倒れたリゾットに近づいていく。リゾットは目を閉じ、ぴくりとも動かない。 銃兵は生死の確認のため、脈を探ろうと手を伸ばす。その手がつかまれたと思うと、銃兵は腹部に強烈な一撃を受けて昏倒した。 リゾットが跳ね起きると、同時にその場の銃兵たちの銃はもぎ取られ、リゾットの足元に転がった。ワルドはボーウッドとともに、すぐさま射程距離の外に逃れる。 「生きていたか、ガンダールヴ! 確かに仕留めたと思ったが……」 「…………銃弾対策はしていたからな……」 驚くワルドを感情のない目で見据える。その足元に鉄粉がまとわりついた鉄の板が落ちた。 「なるほど、どうやったか分からんが、その板を身体に仕込んでいたわけか。だが、全て防げたわけではないようだな……」 ワルドの言葉どおり、リゾットの右腕はあがらないようだった。いつもは両手で構えるデルフリンガーも左腕一本で構えている。よく見ると、左足も動きが鈍いようだった。 「そんな状態で私の遍在二人に勝てるかな?」 ワルドの遍在が『エア・ニードル』を唱え、前に出る。本体は決してリゾットに近づきすぎないよう、距離をとった。 「艦長、私が決着をつけますので、ご心配なきよう。銃兵諸君も下がりたまえ」 「そうか。子爵、後は任せた」 「相棒、こいつぁ不利だね。勝ち目はあるか?」 デルフリンガーが焦ったような声を出すが、リゾットは無言で剣を構えるだけだった。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ ルイズは、シルフィードが上昇していく間、ずっと祈祷書のルーン文字を読み上げていた。それはキュルケはもちろん、博識なタバサですら聞いたこともない詠唱だった。 その不思議なルーンの詠唱がルイズの中にリズムを作り出していく。懐かしいようなそのリズムに、ルイズの神経は研ぎ澄まされていった。世界に自分と祈祷書以外の何物も存在しないかのような感覚だった。 それとともに体の中から何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転するような感じがルイズに生まれる。生まれて初めて、自らの系統を唱える感覚に、ルイズは高揚とともに疑問を覚えていた。 いつもゼロと蔑まれていた自分の、本当の姿がこれなのだろうか? オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ 長い詠唱にも緩急が存在する。タバサはルイズの詠唱がクライマックスに近づきつつあるのを感じた。 「行って」 シルフィードに全速を出させ、『レキシントン』へとできるだけ接近する。大砲を避けて上昇するうちに、自然、その高度はあがり、『レキシントン』を見下ろす角度になった。 「タバサ、あれを見て」 キュルケが杖で指し示す方向を見ると、『レキシントン』の甲板に竜の羽衣が引っかかっていた。 ルイズもそれを見つけ、一瞬、心に迷いが生まれる。今から唱えるこの魔法の威力がどんなものであるか、ルイズ自身にも分からないからだ。 だが、体の中に生まれた波は、既に行き先を求めて暴れだしている。ルイズはともかく詠唱を続けた。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… 長い詠唱ののち、呪文が完成する。その瞬間、ルイズは己の魔法の威力と性質を理解した。 自分の魔法は眼下に広がる全てを巻き込み、消滅させることができる。 だが、選択もすることもできる。殺すか、殺さないか、破壊するか、破壊しないか。 ルイズは選んだ。そして、眼下に広がる『レキシントン』を始めとするアルビオン艦隊に向け、杖を振り下ろした。衝動が解放され、夕暮れ時にもう一つの太陽が昇った。 リゾットは追い詰められていた。腕一本と怪我した足では、白兵戦で二人のワルド相手に勝てる道理はない。 頼みの綱のスタンドだが、磁力による直接攻撃は遍在相手には通じにくく、周囲から刃物を生成する攻撃は常に張られた風の魔法で防御された。 本体を攻撃しようとめまぐるしく立ち回るものの、二人の遍在は決して本体に近づかせようとしない。逆に徐々に傷を負わされていった。 今やリゾットの足元には巨大な血溜まりができている。 「殺されるのが先か、失血で死ぬのが先か……。ガンダールヴ、お前はどちらが先だと思う?」 酷薄な笑みを浮かべながら二人のワルドが切り込んでくる。リゾットは一人の杖を受けたものの、その動作で隙が出来た。 「そこだ!」 残ったワルドの遍在が、リゾットのわき腹に杖をつきたてる。だが、リゾットはそれに構わず、二人の遍在をまとめて切り捨てようと大振りにデルフリンガーを振った。 当然、そんな大振りが通じるわけも無く、二人の遍在は軽く引いて避けようとして……足を取られ、首をはね飛ばされた。 「…………メタ……リ…カ………」 消え行く二人のワルドの足元には金属で出来た枷が嵌められていた。リゾットが自分自身の血で作り出したものだ。風の魔法で防御できるのはあくまで飛来するものであって、手のように絡みつくものには効果が無かった。 「後は………お前……だ。……本体」 静かに宣言するリゾットに、ワルドは舌打ちした。 「往生際の悪い奴だ。いや、流石はガンダールヴというところか。お前の能力はまだ俺には理解しきれない。とりあえず射程距離があるようだが……だが、もうそんなことは関係ないな。その有様では反撃どころか歩くことすらできまい」 リゾットの身体の各所は切り刻まれ、今また、深手を負った。メタリカが傷を塞ぐとはいえ、傷そのものが消えるわけではない。現に、リゾットはかろうじて立っているもの、ふらふらと左右に揺れている。 ワルドが魔法を唱え始める。『ライトニング・クラウド』。文字通り電光の速さで迫る魔法を回避する速度も、受けるだけの体力も、今のリゾットにはない。リゾットはそれでも諦めず、剣を構える。 絶体絶命のその瞬間、辺りが輝きに包まれた。 「な、何だ、これは?」 突然の出来事に今まで傍観していたボーウッドが声を上げる。ワルドもリゾットも何が起きたかのか分からない。 光に包まれても、人間には何も影響はない。だが、風石は違った。その光に触れた瞬間、消滅していく。 光の中、デルフリンガーの叫びが響く。 「おでれーた! こりゃ、『虚無』だ! 『虚無』の光だ! 誰かが『虚無』に覚醒しやがった!」 その言葉を最後に、辺りは光に塗りつぶされた。 ワルドは目を開けた。目もくらむような閃光が晴れると、艦内のそこかしこが燃え盛っていた。風石があった位置に目をやると、やはり消えていた。 幻ではなかったのだと思いつつ、周囲を確認する。ボーウッドや兵たちは無事だったが、目をやられている。そして仇敵のリゾットもまた、倒れてはいるが、生きているようだった。 「ガンダールヴ、今、留めをさしてやろう」 燃え盛る炎の中をリゾットに近づいていくが、突如、リゾットは跳ね起きた。身構えるワルドを無視し、リゾットは俊敏な動きで船室から走り去った。 追跡が脳裏をよぎったが、今はそれよりもこの艦から脱出することを考えるべきだと判断し、断念した。リゾットを殺してもトリステインに捕縛されては『聖地』にたどり着けなくなってしまう。 「いずれ決着をつけるぞ、ガンダールヴ……」 ワルドはボーウッドたちを置き去りにして船室を出て行った。 一方、リゾットは混乱する船内を抜け、甲板のゼロ戦の操縦席に座ったところで、ぐったりとした。 「デルフ……、今のは……お前か?」 リゾットが息苦しそうに紡いだ言葉に、デルフリンガーがカタカタとゆれた。 「ああ。“使い手”を動かすなんざ、数千年ぶりだからな。上手く出来るかどうか不安だったが、何とかうまく行ったぜ」 「まるで……内側から別の力を加えられているようだった」 「吸い込んだ魔法の分だけ身体を動かせるからな。だけど、これ、本当はやりたくねえんだよ。とにかく疲れるからな。あーしんど」 言葉とは裏腹に、いつも通りの軽い口調でデルフリンガーは答えた。 「さ、相棒、さっさとこんな船からはずらかろうぜ……と、言いたいが……」 「ああ、無理だな。ここから飛び立つには距離が足らないし、機体の損傷が激しい」 「どうやって脱出するつもりだったんだね?」 「船内のメイジの一人でも脅して脱出するつもりだったが……、この身体では……厳しいな。内臓はメタリカを使って避けたが、血を流しすぎた。少しずつ、メタリカで鉄分を増やして補っているが……意識がなくなりそうだ」 「仕方ない。じゃ、後は運を天に任せるか? うまくすりゃあ、この船も不時着できるだろうよ。それまで殺されなけりゃ、トリステインが保護してくれらあ」 「そうだな……」 しばし、二人は無言になった。リゾットの息遣いと、炎が燃える音だけが辺りに響く。沈黙を破ったのはデルフリンガーだ。 「相棒、さっきの光の話なんだが……」 「『虚無』といってたな。あの伝説の系統、『虚無』か?」 「ああ、それだよ。あれは『虚無』の魔法の初歩だ。で、それの使い手なんだが………」 そこまで言った所で、二人の耳に聞きなれた竜の羽ばたきが届いた。同時にゼロ戦が浮き上がる。 「お待たせ、ダーリン」 「キュルケ、それにタバサか」 シルフィードの背中からキュルケとタバサが二人係りでレビテーションをかけていた。浮き上がったゼロ戦の両翼をシルフィードが掴み、牽引しながら飛ぶ。 一旦、タバサはゼロ戦へのレビテーションを解除し、リゾットにレビテーションをかける。シルフィードの上に運ばれた血まみれのリゾットをみて、キュルケが悲鳴に近い声を上げた。タバサも眉をひそめる。 「ちょっとダーリン、大丈夫!?」 「手当てが必要。竜の羽衣を下ろしたら、学院に急ぐ」 「……俺を助けに来たのか?」 「ええ、ダーリンが一人で行ったって聞いてね。私たちを置いていくなんて酷いわ」 「………俺が一人でやったことだからな……。とはいえ……、助かった。感謝する」 そこでリゾットはシルフィードの上の最後の人物に気がついた。ルイズだ。疲れた表情をしていたが、それを上回る怒気を発している。 「ルイズか……」 リゾットの言葉が終わるのを待たず、ルイズはリゾットの頬をつねり上げた。ルイズの姉、エレオノールから身をもって伝授された技である。 「ねえ、イカ墨。『ルイズか』じゃないでしょう?」 そのままぐいぐいと横に引っ張る。地味に痛いが、この場合、文句をいう権利はルイズにあるので黙ってされるがままになる。 「ルイズ、その話は後でも……」 「黙ってて! 私は今、こいつと話をつけておきたいの」 「はい」 キュルケの抗議はルイズの怒気を含んだ声に封殺された。 「イカ墨、あんたは私の何?」 「使い魔だ」 ルイズのリゾットの頬を抓る手に力がこもった。 「そう、使い魔よね。なのに、あんた、何? 私を置いて、戦場に勝手に行ったわよね? それ、使い魔としてどうなの?」 「…………」 「多少の勝手は私だって大目に見るわ。あんたが自分のお金でキュルケと事業を起こすのも許可してあげたし、フーケを知らない間に味方につけてたことも、ちょっと腹は立つけど、この際だから許してあげる。改心させたみたいだしね。でも……」 ルイズはここで一呼吸置いた。 「ご主人様を蔑ろにするような真似は許さないわ。前に言ったわね? 『私が貴方のご主人様だってことを忘れなければ、それでいい』って。その一番大事なところを忘れるってどういうことなの?」 「俺の個人的な行動にお前を巻き込みたくは……」 ルイズの抓りが最大になった。 「それが蔑ろにしてるっていうのよ! 何? あんたまで、私のこと、無能な足手まといだとでも思ってるわけ? そりゃあ、あんたは強いわよ! 伝説のガンダールヴで、スタンド使いなのかもしれないわ! でもね! 一人で何でもかんでもできるわけないじゃない! 人間なんだから! 大体!」 ルイズの語気と、手の力が急に弱くなる。俯いてぼそぼそと呟く。 「大体……置いていかれるのだって辛いんだから…………その辺のこと、考えなさいよ……。ご主人様に心配かけないで……」 「ルイズ…………」 リゾットはそれだけ言って黙り込む。なんとなく気まずい沈黙がシルフィードの上に降りた。 と、タバサが立ち上がり、黙り込む二人の頭に、杖の先を軽く当てた。まずリゾットに、そしてルイズに。 「……何だ?」 「何よ?」 タバサはリゾットを指差す。 「反省が必要」 ついでルイズを指差した。 「怪我人に無理させない」 そしてこう、最後に付け足し、再びゼロ戦にレビテーションをかけた。 「両成敗」 しばらくして、リゾットが口を開いた。 「………確かにな。ルイズ、すまない。今回は俺が全面的に悪かった」 「うん……。私の方も今いうことじゃなかったかも……」 ルイズもそれだけ呟いた。やれやれ、といった調子でデルフリンガーがため息をつく。 「まあ、ともかく、これでこっちは一件落着じゃねーの? あっちもそろそろ終わるぜ。ほれ、後ろの地上、みなよ」 全員がそちらに目をやると、アルビオンの艦隊が燃え上がりつつも地上に不時着し、それによって士気の低下したアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行したところだった。 トリステイン軍の勢いは数で勝る敵軍を逆に押しつぶさんばかりだ。 「勝ったわね……」 ルイズは安心したように言った。 勝ち戦となった戦場を見るリゾットの脳裏にあの光がよぎる。 「あの艦隊をつぶした光……あれは?」 キュルケとタバサはルイズに視線を投げかける。ルイズは気が抜けたのか、ぼんやりと答えた。 「説明は後でさせて。色々あって、疲れたわ」 「………そうか…………。そうだな。俺も色々と後でお前たちに言うことがある」 リゾットは、自分のスタンドの秘密を話してもいいかもしれない、という気分になり始めていた。 そしてリゾットの耳に、歓声が聞こえてくる。 タルブの村の人々が手を振り、喜びと感謝の声を上げ、地上に降りるシルフィードを出迎えていた。シエスタとフーケもいる。 (とりあえず、彼らを守ることはできたな) 暗殺者がほとんど知らないような他人を守る、というのは奇妙な感覚だった。 (まあ、深く考えるの後でもいいだろう……。今は……血が足りないしな……) そう最後に結論して、リゾットは目を閉じた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2008.html
アルビオン王国の片隅にある、ウエストウッドの村 そこにある家の一つで、ルイズは眠れないまま寝返りを打っていた 考えるのは、先日再会した自分の使い魔のことである 自分を救うために、七万の軍勢に立ち向かった彼は、 死にかけていたのを……いや、一度死んだのを、この村に住む ハーフエルフの少女の力によって、救われたという その生存を絶望視されながらも、彼が死んだなどと、信じたくはなかったから、 ルイズは彼を探しにアルビオンへ出向いた 彼と初めて出会った日のことを思い出す 『使い魔』召喚の儀式で呼び出してしまったのは、 両手両足を拘束され、喉奥まで猿轡を飲み込んでいた平民 猿轡を解いた瞬間に、彼は「殺さないで」と叫んだ 彼はひたすら、幻影と幻聴に怯え、口からは 殺さないで、助けて、許して、という言葉だけが溢れてくる とりあえず、医務室へと運ばれた彼とマトモに会話が出来たのは翌日のことだった 一旦、落ち着いたらしい彼と会話をするが、 ありえないことばかり話す彼に、ルイズは自身が狂人を 召喚してしまったのだ、と激しく落ち込んだ 彼と、コルベールと三人で話し合って出た結論を思い出す 彼は、遠い場所で暗殺業をやっていた 彼は、素性を知られたくない雇用主の素性を探ったため 彼の友人が殺されていく所を目の前で見せ付けられた (この際に、狂ったのだろうとコルベールと結論づけた) 救ってもらった恩があるので、ルイズには従う こうして、彼は彼女の使い魔となったのだ 事実、彼は彼女によく仕えた 「死ぬところだったのを、お前に救われたのは事実だからな。 『恩には恩を、仇には仇を』……俺の、元の仲間の口癖だ」 懐かしそうに、悲しそうに言う彼にルイズは尋ねたことがある 「元の世界へ、帰りたい?」 彼は困ったような顔で、首を横に振った 「今更、どの面下げて帰ればいいんだ? 俺とあいつがやったことで、チームの奴らが、 どんなひどい目に遭ってるか、分からないのに」 彼は何処までも、仲間のことを思い遣っているのだと、 自分のことは、仲間の前では二の次なのだ、とルイズは思わざるを得なかった それでも、どんなに魔法に失敗しても自分を蔑まない彼を、 香水を巡るイザコザから、決闘騒ぎを起こした自分を守ってくれた彼を、 土くれのフーケ討伐任務で、自分を守ってくれた彼を、 自分を裏切った元婚約者のワルドから、自分を守ってくれた彼を、 七万の軍勢から、自分を守ってくれた彼を、 あらゆる敵から、自分を守る『盾』となってくれる彼を、 ルイズは大切な人だと、傍に居て欲しいと思わざるを得なかった 「……決めた」 ルイズは、ある決心を胸に、ベッドからそっと降りると、ある人物の部屋へ向かった コンコン、とドアをノックすると中から声が返る 「こんな夜中に、だぁれ?」 「私……ルイズ」 「え?!」 慌てたように扉を開いたのは、ハーフエルフの少女だった 流れるような金の髪、透き通るような白い肌、……大きすぎる胸 美しいなあ、と妙に場違いなことを一瞬考えて、ルイズは頭を振った 「ティファニア、だったかしら?……あなたに、お願いがあるの」 「え?あ、あの、私に?」 寝起きで頭がぼうっとしているらしい少女は、困惑している 「そう。あなたにしか、できないこと。杖を持って、付いてきて」 彼女の手を引いてやってきたのは、村の外れの方の家屋だった 中からは、うぅ、と苦しそうな呻きが漏れ聞こえてくる 「……あいつは、ここでもずっと、ああなのね?」 ルイズの問いに、テファは困ったような顔で頷いた 「ええ……。うなされてる理由を、どうしても教えてくれないんです。 迷惑になるから、ってこんな村外れの小さな小屋で眠って……」 その言葉に、ルイズも悲しそうな顔をしたあと、 小さくアンロックの呪文を唱え、扉を開ける コモンマジックすら使えなかった自分が、コレを使えるようになったとき、 彼が喜んでくれたことを思い出し、鼻の奥がツンとする 扉が開いた瞬間に、弾けるように飛び起きた彼を、ルイズは見つめる 「……まだ、眠れないのね?」 「ルイズと……テファ?どうしたんだ、こんな夜中に」 目の下に出来た隈は、彼が長いこと深く眠っていないのを如実に示す 「いつも、いつも、いつも、そう」 ルイズは、その場の全員に言い聞かせるように呟く 「あんたってば、いつも眠ることができなくて、うなされてる いつだって、こっちのことも考えずに、一人でうなされてる」 「……すまない。出来るだけ、声はあげないようにしてるんだが」 「そういう問題じゃないわ!!」 声を荒げるルイズの目には、涙が浮かんでいる 「迷惑なのよ、あんたが見る悪夢を、私も何度も見せられた! あんなものを見るのは、もうたくさん!!」 目の前で切り刻まれる彼の親友 輪切りにされた死体は額に入れられ 仲間達の下へと送り届けられていく 親友の死に気づいた仲間達は、彼ももう生きてはいまいと結論づけ、 『ボス』へと復讐を近い、その時を待つ だが、それを果たせないまま、仲間達はその数を減らしていく 体中を撃ち抜かれ、毒のようなもので体を溶かされ、 鉄の箱の乗った車輪に潰され、体をバラバラにされ、 蛇の毒に舌を灼かれ、鉄の彫刻で首を串刺しにされ、 ボスの顔をみることも、相打ちになることも許されず、殺されていった 彼は、毎夜毎夜、その夢を見ているのだと、気づいた うなされる彼の言葉を聞く限り、最初は親友の死だけだった しかし、気がつけば、呼ぶ名前は一人ずつ増えていた その度に、彼の苦しみは、増している 八人から増えなくなったところで、もう誰も居ないのだと悟った 「だから……だから、忘れなさいよ」 ぎゅ、と杖を持たない方の手でテファの腕を握り締める 「彼女の『虚無』で、忘れさせてもらいなさいよ!! あんたの、仲間達の死に様を!!忘れて、ゆっくり眠りなさいよ!!」 その言葉に、彼はハッとして、ルイズを見つめ、いつものように、悲しい笑顔を見せる 「心配してくれているんだな、ありがとう、ご主人様。 でも、俺は、忘れない。俺は、あいつらの死を背負って生きていく。 それが、たった一人、生き延びてしまった『罪』に対して、俺が背負うべき『罰』なんだ」 「……馬鹿……ッ!!あんたの仲間が、そんなこと、望むと思ってるの?! リゾットが、ギアッチョが、メローネがプロシュートがペッシが イルーゾォがホルマジオが……ソルベが!!」 ソルベ、という名を聞いた瞬間、彼の表情が変わる 「それは……」 彼は、目を伏せ、呼び出される直前のことを思い出す 目の前で切り刻まれる親友は、自分が鏡に吸い込まれる瞬間に『生きろ』と言ってくれた その願いを叶えてくれたからこそ、ルイズに仕えている 「それでも、……俺は、忘れない。忘れたくない 俺は、『罰』を負っていきなきゃならないんだ!」 死に様を忘れれば、彼らの死を、誇りを否定することに繋がるのではないかと、 彼は恐怖し、声を振り絞るようにして、叫んだ 「……馬鹿、もう、知らない……ッ!!」 「え、あ、あの、ルイズさん?!」 何が何だか分からないままのテファの手をひいて、 ルイズはその小屋を出て行った その後、やることもなく目を閉じた彼と、泣き疲れて眠ったルイズは、不思議な夢を見た 何処かの部屋で、ルイズと彼は、幾度もあの悪夢に出た仲間達と顔を合わせていた その中で、『リゾット』が、ポツリと告げた 「……お前には、俺達の死を乗り越えて欲しかった」 それに続いて、仲間達が次々と言葉を発していく 「だからこそ、俺達の死に様を見せた」 「けど、お前には、ちょいと重すぎたかもしれねえなあ」 「つーわけで、俺達はもう行くわ」 「そこのシニョリーナを泣かすんじゃねえぞ?」 「すいません、迷惑かけちまって……」 「そいつのこと、よろしく頼むぜ」 そう言いながら、一人ずつ扉の方へと向かう 彼の隣に座っていた親友が、ゆっくりとソファから立ち上がると 彼を挟んで反対側に座っていたルイズに、微笑む 「……お前みたいな優しい奴が、こいつの隣に居てくれて、よかった じゃあな、達者でやれよ?俺達全員の分まで、幸せに」 扉を開き、一人ずつ、光の中へ消えていくのを見送りながら、彼は叫んだ 「……お前達の死にうなされることがなくなっても、 俺は、絶対に忘れない、忘れないからな!!」 彼は、泣いていた。ルイズも、一緒に涙をこぼしながら、叫んだ。 「あなた達のこと、私も忘れない!こいつが生き残ったのが『罪』だというなら、 こいつが、忘れないことが『罰』だというなら、私も、忘れない!! だって……、使い魔とメイジは、一心同体だから……」 最後の一人が、彼の親友が消えていく段になって、彼女は殊更大声で叫んだ 「ジェラートは、私の使い魔だから……ッ!!」 安心したような微笑が、光の中に溶けていくのと同時に、二人の意識は、ゆっくりと覚醒していった 以降、悪夢にうなされることもなくなった彼は、今までより更に、その力を振るうようになった やがて、伝説の虚無のメイジ:ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの傍らには、 常に伝説の使い魔である『ガンダールヴ』:ジェラートが 寄り添っていたと、伝承には残ることとなった あらゆる武器を使いこなし、あらゆる敵から主を守った彼の背後に、 八人の男達の幻が有ったとも、伝えられている……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/390.html
「ふっ。この華麗な僕に相応しい美しく気高い使い魔よ、召喚に応じよ!」 ハルケギニア大陸にあるトリステイン王国、トリステイン魔法学院にて気障な二枚目半の少年が召喚の儀式をしている。 これから起こる最悪の未来を知らず。 ギーシュの『お茶』な使い魔 冒頭に出た彼の名前は、お馴染みのギーシュ。 元帥の父を持つ、グラモン家の四男のギーシュ。 生ハムにぬっ殺されたギーシュ。 DIO様に剣山にされたギーシュ。 二股掛けて逆恨みのギーシュ。 ゼロ魔世界、最高のかませ犬、ギーシュ・ド・グラモンである。 そんなギーシュ君の今の心境を簡単に説明すると、 『キタ――――(゚∀゚)――――ッ!!!!』であった。 ギーシュの彼女のモンモランシーが、カエルを使い魔にしたからだ。 メイジとしての力量が、モンモランシーより明らかに格下のギーシュ。 それでも、彼氏の意地がある。 ギーシュは、モンモランシーよりショボイ使い魔を引きたくなかった。 順当ならギーシュの方が格下になるはずだったが、現実はカエルである。 ぶっちゃけコレより下は中々いない。 ギーシュの勝利は決まったようなものだ。 余裕の表情で、残念がっているモンモランシーを慰める。 「モンモランシー。悲しまないでくれたまえ。君に似てキュートな使い魔じゃないか」 「そうかしら」 「ああ、君にはどんな使い魔でも似合うさ(キラーん)」 「ギーシュ///」 「モンモランシー」 見詰め合う馬鹿ップルを他所に儀式は進み、残るは何回も失敗しているルイズとギーシュのみになる。 二人の世界から帰ってき、儀式に入るギーシュと失敗してもめげずに続けるルイズ。 ルイズの爆発音をBGMにギーシュが呪文を終えた瞬間、一際大きな爆発が起こった。 爆風により飛ばされ、魔法の標準が狂うギーシュ。 それは、偶然にも標準はルイズと重なる。 慣れなのか一人爆発に動じなかったルイズは誰よりも早く、煙の中を確認できた。 (…人間!?なんで平民なんて出てくるのよ。それにもう一方はモグラね) 普通に考え、モグラは土の系統のギーシュの使い魔だ。 必然と残った平民(黒く胸が豪快に開いた服を着た、危険な『お茶』を入れるのが上手そうな男)はルイズの使い魔になる。 諦め恒例のセリフを平民に言おうとしたその時、ルイズを悪魔の囁きが襲った。 (ねえ、ルイズ。本当に、平民なんて使い魔にしたいの?) 平民の使い魔なんて前例がない。 今まで以上にバカにされるのが落ちだ。 (今なら誰も見ていないのよ。モグラと契約しちゃいなさいよ) 甘美な誘惑だった。 現在、使い魔を確認したのはルイズのみ。 後で何を言われようが、知らぬ存ぜぬで通るだろう。 (あんな危険な『お茶』が生きがいっぽい使い魔が欲しかったの?違うでしょルイズ) もう一度平民に目を向けるルイズ、やはりなぜか危険な『お茶』を入れそうだった。 (それに見て。あのモグラの可愛らしい目。ウルウルしながらこっちを見て、使い魔に成りたがってる) モグラにそんな気は全くないのだが、段々ルイズにはモグラが誘っているように見えてきた。 (ほらルイズ。勇気を出してモグラの元へ駆けるのよ!) この間、数秒。 「私が召喚したのはあのモグラよ!間違いないわ!」 ルイズは悪魔に従い、モグラ目掛け駆け出した。 即効で呪文を唱え、問答無用で契約をすませた後、見詰め合うモグラとルイズ。 「あなたの名前は……そうね。『アスワン』よ、気に入ってくれた」 そして、ギーシュ含め、みんなの視界から煙が晴れた先には、モグラと抱き合うルイズと危険な『お茶』を入れるのが上手そうな平民が居た。 「へっ?」 ギーシュの間抜けな声が辺りに響いた。 「ルイズ!これはどういうことだい!」 「あら?どうしたのギーシュ。あなたの使い魔はその平民よ」 気を取り直し詰め寄るギーシュに冷たく言い放つルイズ。 「だが、どうみてもそのモグラは土属性。僕が召喚したはずだ!」 「証拠もないのに失礼なこと言わないでくれる。この『アスワン』は私が召喚したのよ」 モグラを抱きしめ、うっとりした顔で言うルイズ。 「…しかs「さっさと契約したら?平民が待ってるわよw」 ルイズでは埒があかす、今度はコルベールに言い寄る。 「ミスタ・コルベール!平民が使い魔なんて聞いたことありません。やり直s「無理です」 「いいですか。ミスタ・グラモン、この……」 長い説明を受け、平民を使い魔にするしかなくなるギーシュ。 (平民ってことより、男とキスするなんて……) モンモランシーから微妙な視線が飛んでくる。 (ああ、モンモランシー。そんな目で見ないでくれ) モンモランシーから顔を逸らしながら、平民にギーシュが近づく。 どうやら意識がないらしい、何の気休めにもならないが。 周りの特に女子からの興味津々の視線に耐えながらギーシュの唇が平民と重なる。 瞬間、黄色い歓声が上がり、余計ギーシュは泣きたくなった。 かくしてギーシュは平民の使い魔を手に入れることになった。 そして、夜。 謎の平民の名前は、レオーネ・アバッキオ。 かつてギャングとして生きた男である。 ギーシュが気に入らないアバッキオは秘策を思いつく。 「まあ、『お茶』でも飲んでくれや」 「君が?反抗的だったのに、ようやく従う気になったのかい?」 一応、使い魔の入れた『お茶』ギーシュは何の疑いも無く飲んでしまう。 「この味は?少ししょっぱいような……ん?この臭いは!?」 アバッキオを驚愕し見つめるギーシュ。 「温いのはだめだったかw」 飲んだ中身を理解したギーシュは、 「…………!!!!」 言葉にならない悲鳴を学院内に響かせた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/587.html
第七章 双月の輝く夜に 学院に戻った四人は、オスマンに事件の顛末を報告していた。 それを聞いたオスマン曰く。 「いや~、酒場でさ。ついつい尻を撫でちゃったんだけど、彼女、怒らないじゃん。 あれ? これ、わしに脈あり? って思ってさ。秘書にならな~い? って誘ったらOK帰ってきたから。 こりゃもうわしの人生最後の春が来たなって思って舞い上がっちゃったんだよね」(意訳) その場に居た全員が(死ねばいいのに)と思ったが、どうもコルベールも心当たりがあるらしく、最終的にオスマンに同調し始める始末だった。 「…それはもう分かったが…それで?」 見かねたリゾットが先を促すと、オールド・オスマンは照れたように咳払いをし、厳しい顔をしてみせた。どう取り付くっても無理だと思うのだが、とにかく体裁だけは整えた。 「さて、諸君は見事、フーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻した。フーケは腕の治療後、明朝、城の衛士に引き渡される」 リゾットを除く三人が誇らしげに礼をする。 「宝物庫も二度と強盗などが入らぬよう、しっかりと強化する。一件落着じゃ。君たちには『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。 追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」 想像以上の恩賞に、三人の顔がぱあっと輝く。 「ほんとうですか?」 「本当じゃ。いいのじゃ、君たちはそれだけのことをしたんじゃからな」 ふと、ルイズが背後に立つリゾットに見つめた。 「オールド・オスマン。リゾットには何もないのですか?」 「残念ながら、彼は貴族ではない。じゃから、何かを授けるわけにはいかぬ…」 ルイズが落胆した顔をすると、オスマンはにやっと笑った。 「とはいえ、じゃ。彼はこの前のあの剣の時に活躍してもらったこともある。公的に何か授けるわけにはいかんが、多少の報奨金を出そう」 机をあさり出すと、金貨の袋を取り出した。 「そんなにですか?」 「何、経理上はあのアヌビスをマジックアイテムとして買い取ったことにするからわしの腹は痛まんよ」 1,000枚ちょっとは入っていそうな袋に驚いたルイズに悪い大人の笑みを返すオスマン。結構腹黒い。 マジックアイテムの剣ならものによっては2000枚くらいはするはずなので、下手するとオスマンが得をしている。 「………アヌビスは…キュルケが購入したものだ。俺がもらうわけには……」 「元々ダーリンにあげようと思って買ったんだもの。構わないわ」 「貴方はそれを受け取るだけの働きをした」 キュルケとタバサにも勧められ、結局リゾットは受け取ることにした。 全ての連絡がおわると、オスマンはぽんと手を打った。 「さて、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」 「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」 「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。精一杯着飾るのじゃぞ」 三人は礼をするとドアに向かった。その場から動かないリゾットに、ルイズが視線を送る。 「先に行っててくれ…。少し話がある……」 リゾットの言葉に、ルイズは一瞬、オスマンに疑問の視線を投げかけるが、やがて頷いて部屋を出て行った。 「コルベール君、悪いが君も席を外してくれ」 コルベールは何かに期待する面持ちだったが、仕方なく外に出た。 学院長室に二人になると、リゾットは左手を掲げ、切り出した。 「………俺の左手のこれが気になるようだな……」 「むぅ、気づいておったか。侮れん男じゃのう」 「コルベール先生なんかは好奇心丸出しでこれを見ていたからな……。これは何だ?」 「うむ…。それは伝説の使い魔、ガンダールヴの印じゃ。かつて、その印を持った使い魔はあらゆる武器を使いこなしたと言われておる」 「……なるほど……。扱った事のない『破壊の杖』……あれがを使えたのもこれが原因ということか。どうしてこれが俺についている?」 「分からん…」 「……そうか。では……今度はこちらが気になることを尋ねよう。あの『破壊の杖』はどこで手に入れた? あれは俺が前にいた世界の武器だ…」 「前にいた世界? どういうことだね?」 「俺はルイズの『サモン・サーヴァント』で地球のイタリアという国からここに呼び出されて来た」 「本当かの?」 流石にオスマンもにわかには信じがたいようだった。 「嘘を吐くメリットはない」 「う~む、確かにおぬしはトリステイン、いやハルケギニアの人間とは雰囲気が違うが……」 「やはりこの世界の人間にとって向こうの世界は知られていない…。ということは元の世界に戻すこともできない…か」 「力になれずにすまん。……そうそう、あの『破壊の杖』のことじゃったの」 オスマンは語り始めた。自分が若いころ危機に陥っていたところを、助けたのが『破壊の杖』の持ち主だった。 しかしその恩人はそのまま怪我が元でこの世を去り、いまやこの残った『破壊の杖』だけが形見として残っている、と…。 「なるほどな……。分かった。情報提供に感謝する。アヌビスといい、その人物といい、どうにかして向こうからこちらに来ることは可能なようだな…」 「おぬしがこの世界にやってきたことやそのガンダールヴの証は何か関係があるかもしれん。わしなりにおぬしがこちらに来た原因を調べてみよう」 リゾットは頷くと、もう話すことはない、と部屋の扉に向かって歩くが、ふと、思い出したように足を止めた。 「そういえば…フーケは……これからどうなるんだ?」 「うむ?…そうじゃな。裁判にかけられて、縛り首。良くても島流しじゃろう。あれだけ貴族のプライドを傷つけたのじゃからな…」 「そうか……」 それだけ言うと、リゾットは出て行った。 アルヴィーズの食堂の上の階は大きなホールになっており、舞踏会はそこで行われていた。 生徒や教師達が、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。 リゾットもいつものあの服では拙い、とオスマンに言われ、こっちの世界の盛装で出席していた。 デザインがどうこう以前に血やら土で汚れていたのが拙いらしい。 ちなみにキュルケやタバサ、他の生徒や教師も着飾って出席しており、顔ぶれは変わらないにも関わらずなんとなく違う場所のような雰囲気を醸し出している。 その宴席で、リゾットは静かに食事していた。いや、この表現は適当ではないかもしれない。 音を立てないので「静かに」と記したが、リゾットの前にある食べ物が次々と消えていく様は「静かに」とは呼べない。 「よく食うな~」 わずかに鞘から刃を出したデルフリンガーが呆れたような、感心したような声を出す。 何しろ普段の食事は薄いスープと硬いパンである。滋養をつけるには今しかない。 シエスタやマルトーの好意で食事をさせてもらうことがあるにしても、リゾットはそれに頼るのを由としていなかった。 加えてこのとき、リゾットは腹を空かしていた。 朝からパンを二つしか口にしていない上に、フーケのゴーレムと長時間立ち回ったのだから当然だ。 食わなくても倒れはしないものの、今後の状況を鑑みてリゾットはかなり盛大に食事を取っていたのだった。 そんなリゾットを見つめる存在がいる。学院のメイド、シエスタである。 言うまでもなく貴族のパーティにおいてテーブルから食事がなくなるなどという無作法は一卓たりとも許されるわけがなく、彼女たちメイドは常にテーブルの食事の残量を気にしなければならない。 そういう意味でリゾットは注意すべき存在であるが、如何に彼であろうと、パーティの開始早々、一つのテーブルの料理を食い尽くせる訳がない。 厨房から次々と出てくる料理の量は食べる側から見ると明らかな作りすぎであり、とても一夜で貴族たちが食べきれる量ではない。 シエスタはそのように考え、侮っていた。 シュパパパパパッ! 唯一つの誤算はこの時、リゾットが伴っていた腹を空かせた魔人となりうる少女『タバサ』の存在である。 極限の空腹のリゾットとタバサ、二人の間に生じるナイフとフォークの圧倒的捕食空間はまさに歯車的胃袋の小宇宙!! この二人、食べなければ食べないで済ませられるが、食べると決めたときにはすさまじい量を食べるという共通点があった。 (う…うろたえるんじゃあないッ、シエスタ! 学院のメイドはうろたえないッ!) シエスタが脳内でドイツ軍人と化している間に、二人の食欲の魔人の存在によってあっという間に一つのテーブルの料理が壊滅。 その晩、シエスタは生まれて初めて出会った圧倒的な存在により、敗北感を植えつけられるのだった。 ちなみにキュルケはというと、当初はこの二人に付き合って食事をしていたが、二人のあまりの食欲についていけなくなり、今は自分に言い寄る男性たちと談笑している。 会場にはギーシュもいたが、近づくのがはばかられるような毒々しい派手な色合いの格好で、周囲の女性たちの関心をある意味引いている。 各自、それなりにパーティを楽しんでいるようだった。 「けぷっ…」 「あんだけ食って何で外見が変わらねーんだ、てめーらは」 「半分くらいはスタンドが食っているからな……。タバサ……、口の周りが汚れている。拭け」 一通り食事を済ませた二人が口をぬぐっていると、門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」 ルイズは長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、 ホワイトのパーティードレスに身を包んでいた。 肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さを美しく演出し、 胸元の開いたドレスが造りの小さい顔を宝石のように輝かせている。 その豪奢な姿はなかなかに板についており、さすが上流階級出身だ、とリゾットはそれなりに感心した。 主役が全員揃った事を確認した楽士達が、小さく、流れるように音楽を奏で始め、貴族たちは男女対になり、優雅に踊り始めた。 ルイズの周りにはその姿と美貌に驚いた男達が群がり、盛んにダンスを申し込んでいる。 その様子を見ていたリゾットの手が、不意にちょんちょん、とつつかれた。振り向くと、タバサが何やらサラダのようなものを差し出していた。 しかしそのサラダを彩る野菜は見たことがないもので、リゾットは一応タバサに聞いてみた。 「何の……サラダだ…、それは?」 「はしばみ草」 その名前を聞いた途端、リゾットは何か言い知れない違和感に襲われた。 左手の印から「やれやれ、それを食った場合、身の安全は保障できねーぜ」という声が聞こえた気がした。 だが、人が勧めているものを一口もつけずに辞退することはできない。相手が仲間のタバサならなおさらだ。 リゾットは無言で食べ始めた。覚悟していたため、吐き出しはしなかったが、毒物と見紛う苦さと後を引く不味さだった。 衝撃の強さを物語るように体内のメタリカたちも呻きながらのた打ち回っている。 それでも何とか食べ終わると、タバサは驚いた顔をしていた。 といってもリゾットがようやく判別できる程度の変化だが。 (何の嫌がらせだ…) 水を飲んで口内を洗浄していると、いつの間にかルイズが近くに来ていた。 「楽しんでるみたいね」 「………」 リゾットは曖昧に頷いた。 デルフリンガーはルイズに気づくと「おお、馬子にも衣装じゃねえか」と空気を読まない発言をし、ルイズに睨まれた。 「………踊らないのか?」 「相手がいないのよ」 「……」 さきほど見た限りでは男子生徒からたくさん申し込まれていたようだが、何故かルイズの表情に『不機嫌』のサインが見えたため、リゾットは黙っていた。 指摘すればきっとまた怒り出すに違いない。恩人の機嫌をわざわざ損ねるつもりはリゾットにはなかった。 「命令よ。私のダンスの相手をしなさい」 リゾットは頷いた。ダンスなど踊ったことはないが、ルイズが「私に合わせて」といってきたので、それに従った。 「ねえ…」 「……何だ?」 「何で今日、あんなことしたの?」 「…あんなこと?」 「自分から死ぬようなこと……。タバサが言ってたわ。貴方が死ぬつもりだったって」 「ああ……」 なるほど、これが訊きたかったのかと、リゾットは納得した。 「それは……もうやめた」 「何で? そんなに簡単にやめられるものなの?」 「…………」 しばらく重苦しい空気の中、無言でステップを踏む。リゾットはどう伝えるべきか悩んだ。タバサなら短く伝えるだけで何とく察するのだろうが、ルイズにはそうも行かない。だが一から説明するのはどうにも難しかった。 「……夢の中で、かつての仲間にやめろといわれた」 ルイズはその答えを聞くと、リゾットをまじまじと見つめ、やがてクスリと笑った。 「何よ、それ」 ひとしきりクスクスと笑いながら踊る。冗談だと思われたようだ。何故かルイズから不機嫌のサインは消えていた。 「まあ、いいわ。二度とああいうことは許さないからよく覚えておくように」 「…善処する」 「善処じゃなくて……もう」 そのまま二人は曲が終わるまで踊り続けた。無言だったが、そんなにつらい空気ではなくなっていた。 それを見ていたデルフリンガーはしきりに感心したようで「おでれーた」を繰り返していたが、うるさいと思われたのか、タバサに鞘に収められてしまった。 余談だが、ダンスが終わり、リゾットがテーブルに戻ると、またタバサにはしばみ草のサラダを差し出されたという。 「何故……勧める…」 「美味しい」 結局、リゾットはこの夜、二杯目のはしばみ草のサラダを食べた。 鞘から再びわずかに抜かれたデルフリンガーは「やれやれ、相棒も難儀だねえ」とため息をついていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/508.html
対峙するリゾットとロングビル。 「なるほど……。状況はわたくしに圧倒的不利のようですね」 不意に、ロングビルが口を開いた。 「貴方も元は裏社会の人間でしょう。雰囲気で分かります。同業種のよしみで、『破壊の杖』を差し上げる代わり、見逃していただけませんか?」 「それは出来ない……。ルイズが受けた任務は『破壊の杖奪還』、『土くれのフーケ捕獲』だ。個人的には盗まれる方がマヌケだとは思うが……それと任務は別問題だ」 「貴方ほどの人があんな小娘に従っているなんて意外ですね……。噂では彼女は落ちこぼれのようですが」 「……命を助けられた恩がある……。『恩には恩を、仇には仇を』……、それが俺のやり方だ」 「…義理堅いのですね…」 「それに……ルイズは落ちこぼれかもしれないが、努力はしてる。あとは考え方次第だ」 「そうですか…。分かりました。貴方を説得することはあきらめましょう。ですが……わたくしは絶対に捕まるわけにはいきません」 そう言うと、ロングビルは魔法を唱えようともせず、窓へと走り出した! 明らかに修練を積んだ、予想以上に素早い動きだったが、リゾットは冷静にナイフを振るう。 しかし、その刃は止められた。ロングビル自身の左腕によって! 「!!」 ナイフがロングビルの左腕を切り落とす。しかしその隙にロングビルは鎧戸を体当たりで破り、血の尾を引きながら外へと転がり出た。 「しまった!」 リゾットはロングビルの覚悟を見誤った自分を悔やんだ。急ぎ、窓からフーケを追う。 しかし、外に出たリゾットが見たのは目の前で生成されていく巨大な土の巨人と、 その肩に立ち、苦痛に荒い息をつきながら止血するロングビル…すなわち、土くれのフーケだった。 「腕一本、犠牲になったけど…私の勝ちよ」 演技をする必要がなくなったのか、多少蓮っ葉な口調でフーケは言い放った。 外に居たルイズたちは、小屋の向こうで巨大なゴーレムが立ち上がっていく様子を見ていた。 「あれが……フーケのゴーレム」 予想以上の巨大さに、ルイズは思わず呆然とつぶやく。その肩の人影に気づいてタバサが指を差した。 「ミス・ロングビル」 「あら、本当…。でも待って…。と、いうことは……まさか!」 「ミス・ロングビルが…」 「「「土くれのフーケ」!?」」 タバサが待機させていたシルフィードを呼び出す。 「乗って」 自らも風竜にまたがり、二人に促す。三人を乗せると、風竜はゴーレムに向かって羽ばたいた。 すさまじい力だった。 ゴーレムの圧倒的質量と重量を利用した打撃は、攻撃自体は大振りなものの、 巨大さと見た目に反する速度ゆえに回避が困難で、直前で金属に変化するため、仮に受けてもかなりの衝撃を覚悟しなければならない。 リゾットは時に転がり、時に飛びのき、足を止めない事で何とかゴーレムの攻撃を回避し続けていた。 だが、その度に攻撃の余波となって飛び散る石に身体を打たれ、少しずつダメージを蓄積させていく。 また拳が振り下ろされる。リゾットはそれを跳躍して回避すると、着地と同時にゴーレムの腕にデルフリンガーを振り下ろした。 鈍い音がして、ゴーレムの腕が切り落とされる。 「よっし! 相棒、その調子でどんどん行け!」 「……いや、無理なようだな…。さすがトライアングル…というところか。ギーシュのワルキューレとはだいぶ違うな」 「私の腕のようにはいかないわよ」 ゴーレムは切り落とされた腕を地面に擦り付けると、切り落とされた部分があっという間に再生した。 (となると本体であるフーケを狙うしかないが…) 流石に30メイル(メートル)もあるゴーレムの肩に立つフーケを直接斬ることはできない。 「どうする、相棒!? このままじゃ、いずれやられるぜ!」 「……確かに…相性が悪い。一人では倒せないか…。メイジの相手はメイジが適当だな」 その時、ルイズたちを乗せた風竜が到着した。 「ダーリン、待たせたわね!」 キュルケ、タバサがそれぞれ呪文を唱える。炎がゴーレムを包み、それでも倒れないとなると巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムに衝突する。 「これなら……ゴーレムはともかく、メイジは耐えられないでしょう!」 舞い上がった土煙の中でキュルケが勝利を宣言する。 「駄目」 タバサがつぶやいた直後、土煙の中からゴーレムの掌が、突き出される。風の動きから一瞬早くそれを察知したタバサがかろうじて風竜を上空に逃した。 「そんな! どうして…?」 土煙が収まり、ゴーレムが姿を現す。ゴーレムの肩にはちょうど人一人がすっぽり収まるくらいの鉄の瘤が出来ていた。瘤が土に変わり、剥がれ落ちると、中からフーケが姿をあらわす。 「土は堅牢にして自在……。貴方たちが私に魔法を届かせることは絶対にないわね」 フーケが冷たく言い放つ。その足元が小さく爆発した。 「な、何!?」 ルイズが杖を突き出している。ルイズの失敗魔法の最大の利点。それは何かを射出するわけではなく、いきなり爆発するというところにあった。 ルイズは立て続けに呪文を唱える。だが、それらはフーケの周囲を爆発させるだけで、決してフーケには命中しない。命中精度が非常に悪いのだ。 風竜の上からでは決して当たらないのを見切ったフーケはまずは地上のリゾットから攻撃することに決めた。 リゾットに目を移す。リゾットは『破壊の杖』をゴーレムに向けていた。 リゾットは初めて扱う『破壊の杖』をまるで慣れ親しんだ武器のように扱い、正確にゴーレムに狙いをつけた。 使い方は分かっている。これも使い魔の特性なのか、先ほど小屋でこれを手にしたとき、その使い方や性能が瞬時に理解できた。 ゴーレムを倒すための威力は充分、フーケを巻き添えでふっ飛ばしてしまう危険性があったが、生け捕りのため、最小限の余波になる場所に狙いをつける。 「食らえ…っ!」 リゾットは安全装置をはずすと、破壊の杖…すなわち「M72A2ロケットランチャー」のトリガーを押した。 しゅっぽっと栓抜きのような音がして、白煙を引きながら羽をつけた弾がゴーレムに吸い込まれる。 狙いたがわずゴーレムの身体にめり込んだ弾頭は、信管を作動させ爆発する……はずだった。 「お、おいおい、相棒! 何もおきねーぞ? これであのゴーレムを吹っ飛ばせるんじゃなかったのか!?」 「不発……か」 リゾットは呟いた。人の作るものである。稀には不良品は紛れ込む。その稀な不良品が彼がこの異世界で出会った兵器に搭載されていたことは、まさに不運というしかない偶然であろう。 同時にリゾットは悟った。これでフーケに勝利する可能性はほとんどなくなった。 フーケは自分のゴーレムにめり込んだ異物をしばらく不思議そうに眺めていたが、何も起きないと分かると再びリゾットに攻撃を仕掛けた。 舌打ちすると、リゾットは再びデルフリンガーを構えた。 「リゾット!」 ゴーレムが再びリゾットに向かうのを見て、ルイズは風竜の上から飛び降りようとした。だが、タバサがそれを抱きかかえて止める。 「リゾットを助けて!」 タバサは首を振る。 「近寄れない」 近寄ればゴーレムに撃墜されてしまう。 「でも!」 ルイズが抗議するが、タバサは無表情にそれに反論した。 「タイミングが必要」 ルイズは余りに平静なタバサに苛つき、なおも言い返そうとしたが、そこで肩をたたかれた。 「やめなさいよ、ヴァリエール。タバサだってリゾットを見殺しにしようとしてるわけじゃないわ」 キュルケは普段浮かべている人を小馬鹿にしたような笑みを消し、真剣な表情で言った。 「だって……」 改めてタバサを見る。そこでルイズはタバサの杖を持つ手に痛いほど力が篭っていることに気がつき、言葉が出なくなった。 下ではリゾットとゴーレムの戦いが続いている。 そのまましばらく見ていると、リゾットがゴーレムの腕を切り落とした。 「今」 タバサがシルフィードに指示し、急降下する。ゴーレムは切り落とされた腕を再生しつつ、残った腕で風竜を叩き落そうと振り回したが、急旋回してそれをかわす。 「乗って!」 「下だ、タバサ!!」 タバサが叫ぶのとリゾットが警告を発するのは同時だった。 降り立とうとしたシルフィードに地面が盛り上がり、シルフィードを捕獲しようと迫る。 「きゅい!?」 リゾットの言葉でそれに気づいたシルフィードは間一髪、急上昇して回避する。同時にシルフィードの背中に何かが落ちてきた。『破壊の杖』だった。 「『破壊の杖』を持って学院まで戻れ! その杖は今は使えない!」 風竜の上から顔を出した三人に、リゾットは最善策を告げた。『フーケの捕獲』が不可能な以上、もう一つの任務である『破壊の杖奪還』を優先したのだ。 「馬鹿なことをいわないで! 貴族は逃げたりしないわ!」 ルイズがそれに対していち早く反発する。だが、それに対してリゾットはあの有無を言わせぬ迫力を込めた言葉で返した。 「言ったはずだ……。自分の『責任』を果たせ、と……。今、フーケに勝つことはできない……。なら、今はその『破壊の杖』を持ち帰ることが『責任』を果たすことだ…」 「そんな!」 「俺なら大丈夫だ……。行け、タバサ! 今はこいつに勝てない! 『破壊の杖』を取り戻し、学院の連中にフーケの正体を知らせるんだ!」 タバサとリゾットの視線が一瞬、ぶつかる。タバサはリゾットの遺志を読み取った。 「……無事で」 そう言い残し、タバサは風竜を反転させて飛び去った。ルイズが何かわめいていたが、キュルケが抑えているようだ。 「逃がすわけないでしょう?」 フーケが呟くと、ゴーレムが拳を振り回すと、拳が切り離され、巨大な岩石となって風竜に向かって飛ぶ。 しかし、その岩の拳は風竜をはずれ、むなしく宙を裂いた。 拳が発射される直前、リゾットがゴーレムの片足を斬りつけ、バランスが崩れたのだ。 「………死にたいようね」 「……さあな…」 リゾットはデルフリンガーを構え直した。フーケはゴーレムの再生を完了した。 「相棒、来るぞ!」 三度戦いが始まった。 リゾットはゴーレムの平手打ちや拳をぎりぎりで回避していく。 舞い散る破片がリゾットに衝突し、リゾットの体力を削り取る。そのうち一つが額に当たり、リゾットの頬を血が伝った。 「うるさいノミね。そろそろ死になさい」 フーケがゴーレムの拳を打ち下ろす。 「ここだ…」 リゾットは今までの戦いでタイミングを掴んでいた。かわすと同時に拳に飛び乗り、腕伝いにフーケ目掛けて走る。 「近寄るんじゃねー! 私は上! お前は下だ!」 ゴーレムが腕を振り回す。弾き飛ばされたリゾットは空中で一回転し、体勢を立て直した。このとき、リゾットはフーケに限りなく近づいている。 その隙を逃さず、リゾットはフーケにナイフを投擲する! 「ふん…」 しかし、ナイフはあっさりとフーケの杖に叩き落された。 「無駄な足掻きね……。私が自分が倒されなければいい。だから防御に専念してるの。奇襲は通じないわ」 そういうフーケも左腕を失ったためか、顔色が悪い。 だが止血も済み、ただゴーレムの上に立っているだけのフーケと攻撃を回避するために常に動き回るリゾット、どちらが早く倒れるかは明白だった。 (これまでか……) 絶望的な状況にも関わらず、リゾットは不思議と平静だった。 恐怖も、逆境を跳ね返そうとする闘志もどこかに置き忘れてきたかのように、冷静に現状を受け止めていた。 (恩も返せたしな……。彼女たちはもう離れた頃だろう) 勝てないならばこれ以上の抵抗は無意味だ。 そう思うと足も自然と重くなり、ついに止まってしまった。 「お、おい、相棒!? なんで止まるんだよ!? 走れよ!」 デルフリンガーが焦った声を出し、フーケは勝利を確信した笑みを浮かべた。 「覚悟を決めたようね」 ゴーレムの手を横薙ぎに繰り出してくる。 迫りくる土の塊をみながら、リゾットは動かなかった。 体力が切れたわけではない。まだまだ身体は走ることができる。 だが、心が走ることをあきらめていた。 彼は既に心のどこかで走ることをあきらめていたのだ。 仲間を残らず失ったときに。あるいはボスに敗北したときに。 今まではいろいろなことが次々と起きたため、その諦念は心の底に沈んでいたが、 どうしようもない状況に追い込まれた今、それは浮かび上がり、リゾットを支配していた。 ゴーレムの掌が鋼鉄に変わる。 そして、ゴーレムの手が通り過ぎ、衝撃がリゾットを襲った。 身体が宙を舞う。リゾットは仲間たちの声を聞いた気がした。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1526.html
タバサがネズミを倒した店では、報告を受けて出動した衛兵たちは火事場泥棒の防止や現場の保存に努めていた。周囲には物見高い住人が人垣を作っている。 「何があったんだい?」 野次馬たちの一人が声をかけられ、振り向くと、フードを被った女がいた。 「火事があったんだよ。結構激しくてな」 「へぇ、参ったね……。用事があったんだけど。店主はどこか知ってる?」 野次馬は燃えた建物が店と知っていることから、女が同じ裏の人間だとわかり、少し口が軽くなる。 「行方不明だと。逃げ遅れたのか、それとも雲隠れしたのか。それとも……。 まあ、とりあえず捕まっちゃいないようだな」 女はフーケだった。知り合いの店に人垣が出来ていたので、立ち寄ってみたのだが、思ったより大事になっていたらしい。 「やれやれ、心配だね……」 前回、老婆を訪ねたときの『人生最後』という言葉がフーケには引っかかっていた。 「他に何か、知らない?」 「そうだな……。火事があった後、店から出て来た奴がいたぜ。メイジみたいなガキだったが……」 フーケの目が細められた。 「メイジ? どんな奴だい?」 第二十一章 惚れ薬、その傾向と対策 袖を引かれ、リゾットは立ち止まった。袖を引いたのは後ろを歩くルイズではなく、横を歩いていたタバサだ。 「どうした?」 タバサの視線を追うと、そこには露天商が品を広げていた。 「……まさか、何か買って欲しいのか?」 先ほどルイズが買ったペンダントについて自慢していたため、そう言ったが、リゾット自身がそれはないな、と内心で否定していた。タバサが物を欲しがるタイプには見えないからだ。それだけにタバサが頷いた時、リゾットは驚いた。 「……なぜ俺に頼む? お前は金に困っているわけじゃないだろう?」 思わず訊くと、タバサはしばらく黙っていたが、俯いてポツリと答えた。 「貴方に何か買って欲しい」 「……俺に?」 「そう」 タバサなりの冗談なのかとも思い、リゾットは彼女の表情や仕草を注意深く観察する。だが、そこからは嘘や演技は読み取れなかった。 リゾットとルイズが驚きの余りしばらく硬直していると、タバサは首を小さく傾げた。 「……ダメ?」 「いや、構わないが……」 タバサには何度も助けられている。小物一つ買うくらいなんてことはない。 気を取り直して露天商を覗く。主に銀細工を扱っている店のようだった。様々な小物が並んでいるが、タバサの趣味がわからないので選びようがない。 「何か、欲しいものはあるか?」 尋ねられたタバサは顔を赤らめて首を振る。 「貴方が買ってくれるなら、何でもいい」 「……分かった」 体調も悪そうだし、情緒が不安定なのだろう、と無理やりな判断を下し、リゾットは商品に視線を戻す。買うからには無駄にならない物を選びたい。 しばらくして、リゾットは銀細工をあしらったしおりを手に取った。露店で売っているにしては凝った意匠で、中々の逸品に見えた。 店主に金を支払い、そのしおりをタバサに手渡す。 「ありがとう」 タバサはそれを宝物であるかのように両手で受け取ると、そっと本に挟んだ。 「な、な、何でわざわざリゾットに買ってもらうわけ?」 ようやく再起動したルイズが震える声でタバサに訊く。タバサはその質問に小さく首をかしげた。ルイズがペンダントを買ってもらったと聞いて自分も何か買ってもらいたくなったのだ。その感覚自体は今までにも幾度か感じていた。ただ、今ほど激しくなかっただけだ。今、ようやくそれが何か分かった。 「これが……」 何事か、小さく呟くと、タバサは身を翻して雑踏の中に消えた。 それを見送るリゾットの背中に、空気が凍るような冷たい声が掛けられる。 「リゾット……。あんた、タバサに何をしたわけ?」 振り返ると、ルイズはぎろり、と音が出そうな勢いでリゾットを睨んでいた。だが、リゾットの方にもまるで心当たりがない。 「特に何もしていない」 「嘘! あのタバサがあんな風になるなんて、どう考えてもありえないじゃない!」 「同感だが……。デルフ、お前は心当たりあるか?」 「いや、さっぱりだね」 ルイズは困惑するリゾットをしばらく唸りながら睨みつけると、八つ当たり気味に脛を蹴りつけた。リゾットは足を上げてそれをかわす。自分の身に覚えがないことで蹴られる道理はない。 「帰るわよ! しっかりエスコートしなさい!」 「分かった。また後ろをついて来い」 リゾットが先に立って歩き出す。ルイズはその後ろに寄り添うようについていった。 部屋に帰ってきた頃にはもう既に日が落ちていた。ルイズは、ベッドの上に横たわると、始祖の祈祷書を開いた。機嫌は持ち直したらしい。 リゾットは買ってきた服を自分の衣装箱にいれ、床に座り込んだ。特にやることもないので、ハルケギニアの文字の勉強を始めることにする。最近色々とやることが多くてサボりがちだったため、幾らか忘れているかと思ったが、覚えた単語についてはすんなり読めた。 しばらくそうやって勉強していると、視線を感じた。顔をあげると、ルイズがリゾットをじっと見ている。 「何だ?」 「退屈。何か話して」 「どんな話だ?」 「何でもいいわよ。ご主人様が退屈なんだから、お相手しなさい」 突然そんなことを言われても話題を思いつくわけがない。リゾットはしばし考えていたが、やがてルイズの抱えていた始祖の祈祷書に目を留めた。 「お前の『虚無』の呪文は、その本に書かれているんだったな」 「そう。私がこの『水のルビー』を嵌めると、白紙に浮かんで見えるの」 「この間は爆発だったが、他にも使えるのか?」 ルイズは首を振り、杖を取り上げた。 「他には何の呪文も浮かんでこないの。肝心の『エクスプロージョン』にしても……」 「問題があるのか?」 頷くと、ルイズはゆっくりと呪文を唱え始めた。 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」 そこまで唱えて、耐え切れなくなったようにルイズは杖を振る。直後、部屋の隅に置かれていたリゾットの毛布が爆発して飛び散った。 そしてルイズは白目をむいて、ばたりとベッドに崩れ落ちた。 「おい、ルイズ! どうした!?」 リゾットはルイズを抱き起こし、揺さぶりながら頬をぺちぺちと叩いた。しばらく揺さぶると、ルイズをぱちりと目を開けた。 「あうぅぅぅ……」 「起きたか……。大丈夫か?」 頭を振ると、ルイズは自分が抱きかかえられていることに気付き、頬を染めた。 「は、離して。ちょっと気絶しただけだから……」 「ああ……」 リゾットはルイズを床に立たせた。 「今のは?」 「うん……。最後まで『エクスプロージョン』を唱えられたのは、あのときの一回だけで、それから何度唱えようとしても、途中で気絶しちゃうの。一応、爆発は起きるんだけど」 「どういうことだ?」 「多分、精神力が足りないんだと思う。魔法の源が精神力だって言う話はもう知ってるわよね?」 「ああ……」 毎回授業に出ていたリゾットは魔法についての基礎知識は大体把握している。重ねる系統が一つ増えるごとに精神力の消費はおよそ倍になり、クラスが一つ上がるごとにその消費量が半分になる。 威力だけでなく、使える魔法の回数においても、クラス間の差は大きいのだ。 「つまり、お前が今、気絶したのは精神力が切れたからか?」 「そう。無理するとさっきみたいに気絶しちゃうわ。呪文が強力すぎて、私の精神力が足りないんだわ……」 「この間はどうして使えたんだ?」 「そうね……。どうしてなのかしら……。それが疑問なのよね……」 「普通に考えれば、長年溜まっていた精神力が爆発した、ということだと思うが……」 ルイズははっとした顔になった。 「そうかもしれないわ……」 「何か心当たりがあるのか?」 「ええ。スクウェアメイジといえど、スクウェア・スペルはそう何度も唱えられないの。下手すると、一週間に一度、一月に一度だったりするの。例えば、スクウェア・クラスの『錬金』は黄金を生み出せるけど、何度も唱えられないし、造れる量もわずかだから世の中が贋金だらけにならない」 「…………」 「つまり、強力な呪文を使うための精神力が溜まるのには、時間がかかるってことなの。私の場合も、そうなのかもしれないわ」 「大体どれくらいで溜まるんだ?」 「わかんないわ。自分でも……。一月なのか、もしかしたら一年なのか……」 ルイズは考え込んでしまった。 「しかし、呪文を唱えるのが途中でも効果が出るものなのか? 確か、途中で止めた場合は何も起きないと思っていたが……」 「そうね。やっぱり『虚無』は特別なのかも。呪文詠唱が途中でも効力を発揮するんだもの。他にそんな呪文、聞いた事がないわ」 「こういうのもなんだが……使い勝手が悪いな」 いつ、どれほどの威力で使えるか分からない能力というのは、戦術や戦略を立てる側からすると戦力に計上しづらい。そういう意味から言えば、『錬金』や『レビテーション』などの基礎的な魔法の方がまだ使える。 「う……。ま、まあ、これ一つっていうことはないだろうし、もっと使い勝手がいい魔法があるわよ、きっと。それに、簡単なコモン・マジックは成功するようになったの。それでとりあえずは我慢するわ」 ルイズはうんうん、と自分を励ますように頷いた。リゾットはそれを見て、若干安心した。突然、強力な力を手に入れると、その使い手は往々にしてその力を持て余す。虚無の魔法の威力次第だったが、この使い勝手の悪さだとそういった心配は無用のようだ。 「じゃ、そろそろ寝るわ。着替えるから、向こう向いていて」 リゾットはルイズに背を向けると、爆発で布切れになった毛布を片付ける。 「ん、いいわよ」 リゾットが毛布の残骸を部屋の隅に纏め終わった頃、ルイズは着替え終わり、もそもそと布団の中に潜り込んだ。片手だけ外に出してくるので、リゾットはその手を握った。最近、毎晩こうしないとルイズは眠らないのだ。 しばらくそうしていると、ルイズが布団から顔だけ出し、部屋の隅にまとめられた毛布の残骸を見た。 「そういえば、あんたの毛布、ふっ飛ばしちゃったのよね……」 「気にするな。実際に爆発の程度を知ることが出来た」 しばらく間があって、言いにくそうにルイズが言った。 「でも、毛布を台無しにしたのは私よね……。責任を取る必要があるわ。いつまでも、床ってのはあんまりだし。だから、その……ベッドで一緒に寝てもいいわ」 だが、リゾットは首を振った。 「……いや、遠慮しておこう。気遣いは無用だ」 「何で? ご主人様が気を使ってあげてるのに」 むっとしたルイズに、リゾットは淡々と答える。 「狭いし、俺は人が近くにいると眠れない」 それは暗殺者として培った悲しい性質なのだが、ルイズには口実と取られたらしい。ルイズは布団を頭から被り、中から拗ねたような声を上げた。 「……ならいいわ。床で寝てなさい」 それからしばらくして、リゾットは握った手と息使いから、ルイズが眠ったことを確認した。 その後、自分も眠ろうとしていたリゾットは廊下を誰かが歩く気配に目を開いた。誰かがトイレでも行こうとしているのかと思ったが、気配の持ち主は部屋の前で立ち止まっている。 リゾットは音もなく立ち上がると、ナイフの位置を確認し、扉を開ける。暗い廊下にタバサが立っていた。 「タバサか……。どうした、こんな夜中に?」 ルイズが眠っているため、声を潜めて尋ねる。 「相談がある。私の部屋まで来て」 「……今か?」 暗闇の中でタバサが頷いた。 「体調はもういいのか?」 再び頷いた。 「分かった。なら行こう」 タバサについて、廊下を歩く。道中、二人は口を開かなかった。階段を上り、五階のタバサの部屋についた。タバサは中へ入る。 「どうぞ」 リゾットは戸口で立ち止まっていたが、タバサに促され、中に入る。タバサがベッドに腰掛けたので、リゾットは空いている椅子に座った。 そのまましばらく、タバサは何も言い出さなかった。リゾットを何度か見るのだが、結局何も言わず、また俯く。 沈黙が部屋を支配した。お互い、無駄口を叩くタイプではないが、相談があるといわれたのに何も話さないのはどうも居心地が悪い。 「相談と言うのは?」 仕方なく、リゾットから話を振ってみた。タバサはしばらく躊躇するように口を開いたり閉じたりしていたが、やがて俯いて言った。 「一緒にいて欲しい」 「……どういうことだ?」 タバサが顔を上げる。その白い頬がほんのりと色づいていた。 「……会いたいと、思った」 「俺に?」 リゾットの怪訝な声に、タバサは頷く。 「会えばきっと辛くなる。でも、貴方が近くにいなければ、情緒が安定しない」 「……」 リゾットはじっとタバサを見つめた。その表情は熱に浮かされているようではあるが、やはり嘘や演技、企みの類は読み取れない。 「何かがおかしい。でも原因が分からない。このままだともうすぐ取り掛かる任務に支障がでる。解決するまで、一緒にいて欲しい」 タバサはそう言うと、熱っぽい目でリゾットを見つめた。こちらを頼り切ったような、それでいて断られることに対する不安に怯えているような、何ともいえない光がタバサの瞳をよぎる。 「……分かった。出来る範囲で、だが力を貸そう」 こくり、とタバサが頷く。相変わらず無表情なのだが、どことなく嬉しそうに見えるのが印象的だった。 「とりあえずもう遅い。今夜はひとまず帰る。俺も少し眠りたいからな」 席を立って扉へ向かうと、リゾットは袖を引かれた。振り返ると、タバサがコートの袖を掴んで不安そうにリゾットを見上げている。 「……行かないで」 「一緒にいる、というのは今からなのか?」 「貴方がいなければ多分、眠れない」 リゾットは少し考えた。 「……分かった。お前が寝るまでは側にいる。それでいいか?」 「いい」 リゾットがベッドの端に腰掛けると、タバサは布団の中に入った。リゾットはそのままタバサが寝付くのを待つ。ふと、手が伸びてきて、頭巾を取られた。 振り返るとタバサがリゾットの頭巾を抱きしめていた。 「おい……」 取り返そうとすると首を振る。 「これで我慢する」 こうまで態度を豹変させられるとどう扱っていいかわからない。仕方なく頭巾は諦め、タバサがこうなった原因を考える。 そこでふと、モット伯の屋敷を襲ったときにフーケが持ち出した薬のことを思い出した。あのとき、確かに惚れ薬がどうとか言っていた。魔法が存在する世界だ。惚れ薬の一つや二つあってもおかしくない。 (実際にどういう効果があるか、フーケに訊いてみるか……) 考えをまとめているうちに、タバサは安心しきった顔で眠っていた。リゾットはそれを確認すると、足音を消し、部屋から出て行った。 翌朝、ヴェストリ広場でいつも通り訓練を行うリゾットのところへ、タバサがやってきた。特に何をするでもなく、その場で本を広げて読み始める。 「また組み手でもするか?」 一応、聞いてみるがタバサは首を振った。その顔色を見る限り、どうやら一晩たっても症状は改善されたわけではないようだ。 基礎筋力トレーニング、格闘技術訓練、スタンドの操作訓練と、一通りこなして水場で汗を流していると、シエスタがやってきた。タバサに気がつき、少し意外そうな顔をする。 「おはようございます、リゾットさん、ミス・タバサ」 「ああ……」 シエスタから飲み物を受け取る。 「シエスタ、頼みがある」 「はい、何でしょう?」 「暇があるときでいい。これを修理してくれ」 今までの戦闘で破損した衣類を取り出す。 「汚れは自分で落としたんだが……」 「ああ、縫うんですね?」 「面倒掛けてすまない」 シエスタはそれを受け取り、クスッと笑った。 「どうした?」 「いえ、リゾットさんって何でもできるイメージがあったので……」 「……そう見えるだけだ」 「そういえば最初はお洗濯もできませんでしたね。大丈夫ですか? 何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」 デルフリンガーがカタカタと鳴った。 「生活能力のねー兄貴としっかり者の妹か、お前らは」 「あははははは……。私、お兄さんはいませんよ? 弟ならいますけど。 それじゃあ、確かに受け取りました。私はまだ仕事があるので、これで」 シエスタが笑い声をあげ、一礼すると帰って行った。 リゾットが踵を返すと、タバサがじっとこちらを見ている。 「何だ?」 「シエスタが好きなの?」 「いや、そういう関係じゃない。あの家事能力は尊敬しているがな」 「そう……」 本を閉じると、リゾットの後をついてくる。何となくその光景は雛が親鳥の後をついて歩く様を連想させた。 「これからルイズを起こしに行くが……ついてくるのか?」 タバサは頷いた。 「邪魔はしない」 「構わないが……」 ルイズは確実に不機嫌になるだろう、と思うと少し困った。 「一緒に居たい」 何の裏もない、純粋な態度にリゾットは弱い。渋々了承した。 「……分かった」 ルイズの機嫌は悪かった。何故といえば、自分の使い魔のせいだ。リゾットが何か仕事でミスしたわけではない。いつもの時間にルイズを起こしたし、食堂で椅子を引くことも忘れなかったし、授業にもついてきた。問題はそこではない。 その間、何故かずっとタバサが一緒にいたのだ。邪魔をしたりするわけでもないし、本を読んでいるだけなのだが、リゾットとの距離が近いのが気になった。 教室でタバサがリゾットの隣に座ると、ルイズの我慢は遂に限界を迎えた。 「もう、タバサ、貴方、一体何がしたいのよ!?」 「彼と一緒に居たいだけ」 『なっ!?』 ルイズはもちろん、騒ぎを聞きつけて近くに来たキュルケも驚いた顔をしている。 「う、うう~…どうせ本を読んでるだけじゃない! 別にリゾットの近くじゃなくたっていいはずでしょー!?」 「近くであってもいいはず」 「タバサ、貴方、急にどうしたの?」 キュルケが尋ねると、タバサは首をかしげた。 「分からない」 「分からないって……」 困惑した様子のキュルケに、タバサは視線を移した。 「ごめんなさい」 「謝らなくてもいいんだけど……ちょっと驚いちゃって」 ルイズはまだイラついている様子だった。 「う~っ、リゾット、あんたも何か言ってやりなさいよ!」 「実害があるわけじゃないから、いいんじゃないか?」 「良くない! 何だかイライラするのっ!」 リゾットは、タバサに向き直った。 「タバサ、ルイズが気に食わないらしい。出来れば」 「嫌」 言葉の途中で遮られた。仕方ないので、リゾットがタバサに代わって謝る。 「タバサは今、俺の近くにいないと情緒が安定しないらしい……。何かの影響だと思うが、今のところ原因を調査中だ。少し我慢してくれ」 「情緒が安定しないってどういうことよ?」 ルイズがタバサに詰め寄るが、タバサは本から目を離さずに答えた。 「……不安になる」 「何よ、それ~~っ!」 「授業」 タバサの声に教壇を見ると、コルベールが咳払いをしていた。 「ミス・ヴァリエール。授業を始めたいので、静かにしてくれませんか?」 「すいません、ミスタ・コルベール」 ルイズも渋々席につく。リゾットを小さく睨んで、呟いた。 「後で説明しなさいよ」 授業の後、人のまばらなヴェストリの広場にリゾット、ルイズ、キュルケ、タバサが集まった。 「で、タバサは一体どうしちゃったの?」 ルイズはじと目でリゾットを見る。リゾットは首を振った。 「今のところ、原因は分からない。ただ、原因は考えてみた。一つはスタンド攻撃の可能性、もう一つは惚れ薬だ」 「惚れ薬? ご禁制品じゃない」 ルイズの言葉に、リゾットが頷く。 「そうらしいな」 「タバサはそれを飲んじゃったの?」 タバサは首を振った。 「心当たりはない」 タバサの言葉に、キュルケは考え込んだ。 「単純にタバサがダーリンを好きになったって言う可能性もあるけど……」 「それにしても変化が急激過ぎるだろう」 「あら、恋はいつだって唐突なものよ?」 面白そうに笑うキュルケを、ルイズはじろりとにらんだ。 「キュルケ、ふざけないで。真面目な話をしてるのよ」 「ごめんなさい。でも、ダーリンも好かれて悪い気分はしないでしょう?」 「正気と引き換えだからな……。それに、タバサも俺もやらなければならないことがある。今のタバサの状態はその妨げになるな」 「ふーん……。まあ、いいけど、これからどうするの?」 「フーケに連絡を取った。裏の事情に詳しいからな。今夜には来るはずだ。 スタンド使いの攻撃だった場合は……本体を探さなければならないな」 「時間がない」 タバサが呟いた。 「何かあるの?」 ルイズが尋ねると、タバサは頷いて、付け加える。 「明日の昼には実家へ出発する」 「へぇ……。そういえば、タバサの実家ってどこなの?」 タバサは答えない。答えたくないのか、答える必要がないと思っているのか、その表情からはよく分からなかった。だが、全身からそれ以上の質問を拒む、頑なな気配を発していた。 「何か事情がありそうね。嫌なこと聞いて、ごめんなさい」 「いい……」 タバサは片手を本から離すと、テーブルの下にあるリゾットの手を握った。 「一緒に」 「お前の実家へ、か?」 「そう」 タバサはじっとリゾットの目を覗き込んでいた。ルイズはそれを見て不機嫌そうに横を向いていたが、その目に土で出来た小さなゴーレムが映った。 「ねえ、あれ……」 ルイズが指差し、その場の全員がゴーレムに気がついた。 「あれ、フーケのよね?」 ゴーレムの形はフーケがルイズたちと戦ったときのものだ。 「ああ。こんな日が高い時間に来るとは……何か急用があるのか?」 「とりあえず、ついて行ってみたらどうかしら?」 キュルケのその言葉で、全員、ゴーレムについて歩き始めた。ゴーレムは風の搭の入り口で土に戻る。 魔法学院は、本搭を中心として、五芒星の形に搭が配置されている。風の塔はそのうちの一つで、ほとんど授業にしか使われない搭であり、入り口は一つしかない。 四人は搭の扉を開く。中にはフーケが居た。 「おや、大勢だね。こんなに歓迎されてるとは思わなかったよ」 「色々あってな……。それより、こんな時間にどうした?」 「ああ、ちょっとね。確かめておきたいことがあって……」 フーケはタバサに視線を投げかけた。 「昨日の昼過ぎ、トリスタニアのあるもぐりの秘薬屋で火事が起きた。それだけなら大したことじゃないんだけど、そこの店主が消えちゃってね」 フーケの目つきが鋭くなる。 「火事が起きた直後、あんたが出てきたのを見た奴がいる。店主がどこに行ったか、じゃなきゃあ、どうなったか、知らないかい?」 「ちょっとフーケ、何か誤解があるみたいだけど」 「ルイズ、説明はタバサ自身にさせろ。……できるな?」 割って入ろうとしたルイズをリゾットが遮り、タバサに促す。タバサは頷いて、口を開いた。 「……彼女は死んだ」 「どういうことだい?」 タバサはネズミのスタンド使いとの間で起きた戦いの説明を始めた。 「……そう。スタンド使いにね……」 話を聞き終わった後、フーケは長いため息をついた。彼女が生きていないことはある程度、覚悟していた。ただ、殺した犯人がまだ生きているなら、何らかの報いを受けさせるつもりだったが、それも無用だったようだ。 「……納得したよ。あんたを疑って、悪かった」 タバサは頷いた。その無表情を見て、フーケは微笑んだ。 「あんたのことは良く知らないけど、無表情具合はリゾットといい勝負だね」 「リゾットと同じ……?」 「そう、もう少し感情を出した方が人生楽しいよ。リゾットもね」 リゾットは僅かに肩を竦めた。 「練習してみるが、すぐには無理だ」 「はいはい、『長年の癖だ』って言うんだろ? 強制はしないよ」 リゾットとクスクス笑うフーケのやり取りを見て、タバサはほんの少し眉根を寄せた。ただそれだけだが、タバサにしては最大限の感情表現になる。 「フーケが好き……?」 「……嫌いではないが、お前の思ってるような意味じゃない」 「嫌いではない、ねえ……」 フーケが苦笑した。 「そう……」 タバサは俯くと、きゅっとリゾットに抱きついた。ルイズの眉が跳ね上がる。 「ちょっとタバサ、人の使い魔に何をするのよ!」 だが、タバサはルイズに構わず、そのまま囁くように言った。 「私、頑張る」 「何をだ?」 「秘密……」 フーケはそんなタバサを見て、目を丸くした。 「その子、どうしたの? そんな積極的な子だっけ?」 「違うと思うんだけど……」 「惚れ薬よ! それ以外考えられないわ!」 「惚れ薬?」 苦笑するキュルケと、不機嫌そうなルイズに、フーケは反応に困ったような笑みを浮かべた。 それからしばらくして、状況の説明を受けたフーケは頭痛がしたかのように頭を抱えた。彼女の推測通りなら、今回の事件の責任は自分にもある。 「え~と……じゃあ、まずはその……、惚れ薬かどうかを確かめようか」 「できるの?」 ルイズの質問に、リゾットが口を挟んだ。 「『ディテクト・マジック』か?」 「あ」 キュルケとルイズがそろってその手があったか、というような顔をした。フーケは呆れたように首を振る。 「あんたたち、相当頭に血が上ってたんだね……。好きな男が独占された程度で冷静さを失っちゃ、立派なメイジにはなれやしないよ?」 「そうみたいね……。反省するわ」 苦笑してそれを認めたキュルケとは対象的に、ルイズは顔を赤くしながら不機嫌そうにそっぽを向いた。 「ふん、うっかりしただけよ。別に私は使い魔のことなんか何とも思ってないんだから!」 「はいはい。じゃあ、ともかく『ディテクト・マジック』を使うよ」 フーケは杖を掲げ、呪文を唱える。光の粒が舞う。 「やっぱりこの子、何か魔法がかかってるわね」 「惚れ薬とは限らない」 タバサが否定するように言うと、フーケは言いづらそうに切り出した。 「実はその……心当たり、あるんだよ。……惚れ薬に」 「どういうことだ?」 「モット伯から奪い取った惚れ薬があっただろう? あれを売り払ったのがさっき言った秘薬屋でね……。まだ売れてないなら、店にあったはずなんだ」 「飲んでない」 「それが厄介なことに、飲まなくても気化した薬を吸うだけで効果がある奴でね。火事の最中に吸ったんだろうね。 飲んだ場合と比べて、少し効果が落ちるはずなんだけど……」 「効果が落ちる? これでか?」 タバサはリゾットにぴたりと寄り添っている。これで効果が落ちているのだとしたら、本来はどれほどだというのか。 「直接飲んだときの威力はそんなもんじゃないよ。以前、まともに飲んだ人間を見たことがあるけど、もっと病的で盲目的だったよ」 その場の全員はそうなったタバサを想像してみたが、誰も想像できなかった。 「まあ、それはいい。……解除薬は?」 「店内にあったはずだけど、どうなってるかは分からないね。火事場泥棒の一人や二人いただろうし……買った方が早いんじゃない? 少し値が張るけど」 「お金なら大丈夫よ。ダーリンとやってる会社は好調だし」 タルブの戦いでほとんどの船を失ったトリステインは国の内外に船の製造を依頼していた。その恩恵はリゾットとキュルケの事業にも及んでいるため、二人ともかなり所持金に余裕があった。 「そうかい。じゃあ、解除薬を探してみるけど、希少だし、私が使ってたところがなくなったからね……。見つかるかは分からないよ」 「どれくらい持続するんだ? 場合によっては効果切れを待つ方が早そうだが」 「個人差があるからね。一ヶ月後か、一年後か……」 「探して。全力で」 ルイズが即答した。少し目が据わっている。その迫力に、フーケは思わずたじろいだ。 「あ、ああ……分かったよ。でも、そんなに急ぐなら、作った方が早いんじゃない?」 「作れるの?」 フーケは頷いた。 「秘薬作りは私の専門外だからどう作るか分からないけど、水のメイジなら作れると思うよ。まあ、そっちはあんたたちでも探してみて」 「明日の昼までには無理そうだな……」 「無理だね。何か期限があるなら、諦めるしかないんじゃない?」 リゾットは頷くと、自分の主人に話しかけた。 「ルイズ、悪いがタバサと一緒に外出する許可をくれ」 「仕方ないわね……私も行くわ」 「ああ……タバサ、いいか?」 だが、タバサは首を振った。 「駄目」 タバサのはっきりした意思表示に、ルイズは顔を曇らせる。 「何で?」 「駄目」 もう一度、はっきりと拒否する。それを見て、キュルケが口を出した。 「諦めなさいよ、ルイズ。タバサは惚れ薬の効果でこう言ってるんじゃないわ」 「何でキュルケにそんなことが分かるのよ」 「分かるわよ、親友だもの」 きっぱりと言ったキュルケの一言は、理屈を超えた説得力があった。ルイズは仕方なく諦め、リゾットに指を突きつける。 「タバサに何かしたら、お仕置きだからね!」 「……俺はそんなに信用がないのか」 「だって……あんた、肝心なところで命令を聞かないじゃない」 リゾットは今までを振り返る。確かにそういうところもあった。 「それを言われると返す言葉もないな……」 二人の様子を見ていたキュルケが名案を思いついたように声を上げた。 「じゃ、あたしがルイズの代わりにダーリンを見張っていてあげるわ」 「な、何よそれ! 余計な心配が増えるじゃない」 「そう? でも、あたしがどこへ行くかはあたしの勝手でしょう? ねえ、タバサ、あたしも一緒に行っていいかしら?」 タバサは少し考えると、頷いた。 「決まりね。最近暇だったし、旅行なんて楽しみだわ」 「遊びに行くんじゃないんだがな……」 リゾットは呟きつつ、ルイズが不貞腐れたように口を尖らせているのに気がついた。 「ルイズ」 「何よ」 「心配しなくても、俺は薬でおかしくなっている人間を襲ったりはしない。その程度の分別はある。信用しろ」 「……わかったわよ! あんたが帰るまでに解除薬を手に入れておくわ! きちんとその恩を返しなさいよ!」 「了解だ。……フーケも、頼んだ」 「まあ、金は貰ってるし、仕方がないね。任せられておくよ。代わりといってはなんだけど、無事、この件が解決したらどっか飲みに連れてってよ。もちろん、あんたの奢りで」 「分かった」 実は二人の台詞には『ルイズを』という言葉が隠されているのだが、それを言うと間違いなくルイズが不機嫌になるので、二人ともあえて名言を避けた。 大人は言わなくてもいいことは言わないこともできる生き物なのだ。 「それじゃ、私が解除薬の市販品を探すから、ルイズが作れる人間に当たりをつけておくってことで、いいね? 見つかればそれでよし、見つけられなかった場合はその人に頼むってことで」 「あんたと組むのは不本意だけど、仕方ないわね。それでいいわ」 「じゃ、早速調査にとりかかるから、今日はこれで」 フーケは風の搭を昇っていく。どうやら『フライ』を使って屋上から出て行くらしい。ふと、足を止めて、タバサに振り返った。 「そうだ、タバサ……。礼を言うよ」 「何に?」 「古い馴染みの仇を取ってくれて、さ。あの婆さんは食えないけど、嫌いじゃなかったからね」 「……」 タバサは表情を変えない。フーケも反応が欲しかったわけではないらしく、そのまま搭を昇っていった。 フーケがいなくなったので、後に残された四人は順に外へ出て行く。ふと、リゾットが振り返ると、タバサはじっとその場に立ち尽くしていた。 「どうした?」 声を掛けられ、タバサは振り返った。言おうかどうか、迷ったようだが、やがてぼそぼそと呟いた。 「……私は店主を盾にした……」 リゾットはその言葉の意味をしばし考えた。 「ネズミのスタンド攻撃からか?」 タバサは頷いた。 「死体だったんだろう? なら、気にするな。生き残るためにしたことだ。お前が悪いわけじゃない」 「うん……」 そしてしばらくしてから顔を赤らめ、呟いた。 「不思議」 「何がだ?」 「気持ちが少し軽くなった」 「……なんでも抱え込むのは心に悪い。今後も何か気になってることがあるなら、俺にでもキュルケにでも相談すればいい」 タバサは頷いて、リゾットのコートの裾を掴んだ。 「……貴方は?」 「?」 「相談できる人はいるの?」 「俺は……」 リゾットは言いよどんだ。考えてみればリゾットは元の世界にいる頃から、相談をされる立場になったことはあっても持ちかける立場になったことが余りない。それがプライベートな内容のこととなると尚更だ。 黙り込んだリゾットに、タバサは声を掛けた。 「私には相談していい」 「お前……」 「これは薬とは関係ない。私は薬を嗅ぐ前から貴方を信頼している」 「ちょっとリゾット! 何してるのよ! 早く行くわよ!」 外からルイズが呼ぶ声が聞こえ、リゾットは会話を中断した。 「今行く! ……タバサ、行くぞ」 タバサはこくりと頷いた。何かを訴えるような眼差しを向けてくる。 「……そうだな……。相談したいようなことができたら、そのときは頼む」 タバサは無表情に、しかしどことなく嬉しそうに頷くと、リゾットのコートの裾を掴む手に力をこめた。 搭から外へ、二人は連れ立って踏み出した。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/603.html
ギーシュとの決闘から一週間が過ぎた。次第に落ち着いてきたポルナレフの生活は一週間前想定していた最悪のそれとは著しく異なっている物となっていた。 まず食事だが、決闘の日の夕食前に使用した無断貸借のテーブルクロスを律義にも洗濯し、返しに行くと マルトーがポルナレフを『我らの剣』と呼び、無断で持ち出したことを許して貰えたばかりか食事の面倒も見てくれることになった。 次に、ドットとはいえメイジを倒した平民として学園中に噂が広まり、決闘を挑まれるようになってしまったのである。 迷惑この上ないと思い、ルイズに了承を得た上で、見せしめとして 1番最初に挑んできたマリコルヌを容赦無く『針串刺しの刑』に処したのだが、それでもまだ収まらなかった。 ちなみにマリコルヌは今日も医務室で寝ている。(全治二週間) そして、これがポルナレフにとって最も大切な問題なのだが、とうとうルイズに亀の『ミスター・プレジデント』がバレたのである。 初日にルイズの目の前で入ったりしたが、それを見たルイズが混乱したために無視されていた。 (どうやら先住魔法を使ったのだと思っていたらしい。) しかし、決闘でもそれを利用したりしたため、流石に怪しまれ始めた。 それにポルナレフが気付かないわけが無く、ルイズの部屋の一角に藁を持ち込み、 ルイズが寝息をたて始めるまでそこで寝たふりをし、それから亀の中に入り寝るようにしたのだが、それも三日で見破られ、亀に入った瞬間、首根っこを掴まれ尋問されることになった。 そして亀の中の部屋を見て、「使い魔が主人と同等あるいはそれ以上の部屋に住むのは許可しないィィィィ!」と言って亀の鍵は没収してしまった。 その後鍵を取り戻すまで藁の中で寝る事になった。 (お陰で鍵を取り上げられてから寝不足気味である。) 「隙だらけだ!小僧!」 「ゲファッ!」 ドサァッと本日二人目がポルナレフの肘打ちを鳩尾に喰らい悶絶した。 ポルナレフはつかつかと近寄っていき、相手の杖を踏み潰した。 ギャラリーから歓声が上がる。 「惜しかったなぁ~」 「結局またゼロの使い魔の勝ちかよ。」 「ていうかなんでナイフしか持ってないのに勝てんだ?」 「たった一つのシンプルな答えだ。『奴は平民を怒らせた』」 (蛇足であるがギーシュとの決闘でメイジにもスタンドは見えない事ははっきりしている。 だからポルナレフはナイフで戦っている振りをしている。) 一週間もたつと挑んでくる数は少なくなるが、ラインより上が挑んでくるようになったため、睡眠不足も伴って疲労も生傷も絶えなかった。 現に今のは三年生の水のトライアングルだった。 この疲労だと今日はもうきつい。失礼だが今日は止めておこうと考えた。 その時、普通のギャラリーとは明らかに違う視線を二つ感じた。十年以上戦い続けて来ただけあってそういうのには鋭いのだ。 ちらりと数が減り出したギャラリーに目をやると、キュルケの使い魔であるサラマンダー『フレイム』が目に入った。 そういえば最近自分が行く先でよく目にすることを思い出す。 ポルナレフは何だか嫌な気がし、これが一つだな、と確信した。 さてもう片方は…と捜すが見当たらない。気のせいか、と思ったが、視界の端に何か白いものが走り去っていくのが見えた。 よく見えなかったが白鼠だったみたいである。 ポルナレフはどちらも特に何も害が無さそうだと推測すると、その場から立ち去って行った。 ----------- 場所は変わって学院長室。 中では学院長オスマンの他、コルベールと秘書のロングビルが三人共壁に掛かっている鏡を見ていた。 「また勝ちましたね。」 「これで何連勝かのう?ミスタ・コルベール。」 「多分二十ぐらいじゃないかと。」 「ふむう…」 彼等が見ている鏡は『遠見の鏡』と言い、離れた場所を見ることが出来るマジックアイテムだ。 三人はそれを通してポルナレフをギーシュとの決闘の時から決闘の度に監視していた。 その理由は平民がメイジに勝ったなどという安っぽい理由だけではない。 一番重大な理由は別にあった。それは一週間前のギーシュとの決闘の時からしばしば目撃されていた物だった。 ----------- 「オールド・オスマン!!」 オスマンの部屋にU字禿がトレードマークのコルベール駆け込んで来た。 その時オスマンはロングビルと水パイプの是非を討論していた。 「あーえっと…ミスタ・プラント?」 「コルベールですッ!」 「ああ、スマンスマン、ミスタ・ボーンナム」 ダン! コルベールが思いっきり壁を殴り付けた。壁にひびが入る。 「私の名前はコルベールだ…プラントでもボーンナムでも無い…コルベールだ…二度と間違えるな…」 「いや、本当にゴメン。ところで何かね?」 「先日ミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔についてですが…」 ちらりとロングビルの方を見て 「二人だけでお願いできますか?」といった。 「ミス・ロングビル。スマンが少し席を外してくれ。」 オスマンはロングビルを退室させ、コルベールと向かい合った。 「さて話を聞こうか。ミスタ・コルベール。」 「はい。」 コルベールはポルナレフのルーンのスケッチを取り出した。 「このスケッチはあの平民の左手に刻まれた使い魔のルーンですが、 今まで見てきた様々な使い魔のルーンにこれと同じものを見たことが無かったので、気になり調べて見たのですが、このルーンが…」 今度は机の上に『始祖ブリミルの使い魔達』を置き、しおりを挟んでおいたページを開け、そこに描かれている絵を指差した。 「ガンダールヴのものと一緒なのです。」 オスマンは呆れた。何言ってんだ、この禿は。初めて見るルーンや似ている事ぐらいいくらでもあるだろうが。 「……冗談も休み休みにしたまえ。ミスタ・ペイジ」 「いや、大マジですから!あとコルベールです!」 その時コンコンと誰かがドアをノックした。 「すいません、オールド・オスマン。もう入っても宜しいでしょうか?お伝えしたいことが…」 ドアの向こうから聞こえてきたのはロングビルの声だった。 「いいぞ」 「え、ちょ…」 ガチャリとドアが開きロングビルが入って来た。 「ヴェストリ広場でまた決闘が…」 「またか。全く…校則で禁止しておるのに…で、その阿呆共は誰と誰かね?」 「ギーシュ・ド・グラモンとミス・ヴァリエールの使い魔です。」 最後の言葉を聞き、オスマンは意地悪く笑いコルベールの方を向いた。 「お主が言ったガンダールヴ君の実力を見てみようかのぉ?ミスタ・ジョーンズ」 明らかに挑発しつつ、遠見の鏡を使い決闘を観戦しだした。 途中、左手のルーンが光り二体のワルキューレの腕を切り落とした時の動きにも驚いていたが、(この時コルベールは何度も「ガンダールヴだ!」と叫んだ) それ以上に鏡に映った『者』がその場にいた三人を驚かせた。 そしてこれこそがポルナレフを監視する理由となったのだ。 「なんでしょうか?これは?」 「さあ…ゴーレムじゃないのですか?」 「ゴーレムかと思うかね?じゃあなんで透けてるんじゃ?」 鏡に映った『それ』は透けていた。隠れるはずの後ろがうっすらと見えるのである。 「ゴーレムじゃないとすれば一体…」 「ガンダールヴですよ!」コルベールが誇らしげに言った。 「きっとガンダールヴの力で…」 「ガンダールヴにそのような力があると聞いた事が無い。それにわしらには見えておるが、どうも広場にいる者達には見えとらんらしい。」 コルベールの意見を全面否定してオスマンが言った。「いずれにせよ、メイジに平民が勝つとは…。わしらでしばらく監視を続けることにしよう。」 「おかえり、我が使い魔モートスルニル。…ふむふむ。」 「オールド・オスマン、どうだったのですか?」 「やはり『あのゴーレム』は見えんかったらしい。」 ううむ、とオスマンは唸った。 「やはり遠見の鏡を通さないと見えないのですか…。やっぱり本人を呼び出しますか?」 コルベールはどうやらポルナレフがやけに気になるらしい。言葉に力が篭る。 「…しょうがあるまい。あれで宝物庫とかをどうかされても困るしのう…あそこの壁を破れるとは思えんが…」 こうして後日、ポルナレフは学院長室に呼び出されることになった。 なお、コルベール、オスマン両者ともに気付かなかったが、宝物庫という言葉が出た時、ロングビルは少しだけ冷汗をかいていた。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/niconicomugen/pages/8373.html
「父上!母上!俺に力を!」 コロコロコミックにて連載されていた樫本学ヴ氏の漫画『コロッケ!』の登場人物 (登場キャラや技名、果てはタイトルまでほとんどの元ネタが料理名から来ている。 知らない人には料理漫画と間違われやすいが、バリバリの能力系バトルマンガなので誤解なきよう)。 …え?『ジョジョ』5部のスタンド使い?それはこの人です。 緑のバンダナ(実はグランシェフ王国の国旗)、濃い緑色の服とズボンを着用した灰色の髪の少年。 グランシェフ王国の王子であり、主人公コロッケのライバル、後に親友となる。 CVは『戦国BASARA』シリーズの真田幸村などを演じた 保志総一朗 氏。 主に蹴り技を得意としており、得意技は108発の蹴りを高速で叩き込む「108マシンガン」。 ストーリーが進むにつれて、追尾性のあるエネルギー弾、「魂(ソウル)キャノン」、腕から光り輝く剣が生える「王国セイバー」も追加された。 特に魂キャノンはどこかに当たるまで追尾するというとんでもない性能であり、コロッケを苦しめた。 グランシェフ王国はバンカーサバイバルから3年前に占領されており、リゾットは王国の再建を目標にバンカーサバイバルに出場。 そんな経歴もあり、バンカーサバイバル編では非情かつ冷徹な面が多かったが、 裏バンカーサバイバル編ではテトに「前よりも表情が変わるようになった」と言われ照れているシーンもあるなど、 作中の性格は連載に応じてかなり変わっている。 原作では仲間に入ったり離脱したりと忙しかったためか、アニメオリジナルエピソードやゲームにおいても、 ちょくちょくコロッケ達のピンチを救ってはしばらく同行し、去るという展開を繰り返していた。 『3』では途中から終盤まで牢屋に入っていたけど 原作ゲームでの性能 全体的に使いやすい性能。他のキャラが通常攻撃が3回連続で出せるのに対し、リゾットは4回も通常攻撃が出せるという待遇。 「魂キャノン」の追尾性能もきっちりと再現されており、非常に優秀な飛び道具となっている。 その分、リゾットのウリである「108マシンガン」は発動までが非常に遅いという悲しい性能。 幸いにもCPU相手なら何とか当てる事が出来るが、対人では死に技である。 シリーズを通して「魂キャノン」「トリニティバレッド」「∞(アンリミテッド)シューティングスター」 「スナイピングゼロ」「108魂キャノン」などの使いやすいゲージ技を所持しているが、 『2』では強制戦闘でタンタンメンと、『3』ではそこまでレベル上げが出来ない環境でゴーヤ&アンチョビと戦う事になるため、厳しい戦いを強いられる。 (尤も、タンタンメン戦はリゾットを戦闘メンバーに入れなければ三人で戦える上、ゴーヤ戦はコロッケを選択する事も出来る。 ただし、タンタンメン戦の場合は1巡目だとコロッケ、リゾット、キャベツの丁度三人のため、強制的にタイマンになる)。 MUGENにおけるリゾット olt-EDEN氏(旧・ゼータ氏)による『コロッケ!3』の原作再現仕様が存在する。 こちらもは元のゲームが小学生向けだったためか技が少ない。 A:ジャンプ(↑でも可) B:攻撃 B(二回目):攻撃2 B(三回目):攻撃3 B(四回目):攻撃4 (ダッシュ中に)B:ダッシュアタック X:ガード Y:108マシンガン(吹っ飛ばし攻撃、ゲージ1000消費) →Y or ←Y:魂(ソウル)キャノン(ゲージ2000消費) ↓Y:トリニティバレット(ゲージ2000消費) X+Y:∞(アンリミテッド)シューティングスター(体力半分以下で発動可能、ゲージ6000消費) B+Y:108魂キャノン(体力半分以下で発動可能、ゲージ6000消費) (以上、Readmeより引用) タンタンメン、T-ボーンと比べて技は多い方。 「108魂キャノン」「∞(アンリミテッド)シューティングスター」のおかげで弾幕勝負が出来るものの、 体力制限がある上にゲージ消費量が多いので連発出来ない。 残念ながら「魂キャノン」の追尾機能は再現されてないが、高火力&飛び道具のスピードが速い事から主力級の技性能である。 また、ジャンプ強は垂直に蹴りをかまし、その後後退するというもの。 他の格ゲーでは見かけないこの動きは、空中の緊急回避に向いている技である。 同氏の他の『コロッケ!』キャラとは違って12Pカラーは未搭載だが、バンカーランクとゲジマユスイッチは健在。 体力制限が解かれていないため弾幕ゲーは出来ないが、魂キャノン、トリニティバレッドといった高性能の技が使い放題になるだけでも強い。 カオス同盟氏による外部AIも存在する。想定ランクは並~狂下位。 永久スイッチがあり、B1→B2を延々と繰り返してくる。 氏曰く「B4まで同じ距離でAIにやらせたらB3が出ずにすぐにB1から始めて永久が完成していた」そうな。 出場大会 きっと永久vs即死大会2 正義vs侵略者!都道府県陣取りゲーム 【MUGEN大祭】特盛りシングルトーナメント
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/271.html
警告 これは番外編ではなく、亀から見た『白銀と亀な使い魔』を書いたものであり、未読の方は出来れば先にそちらを読んでいただきたい 私はネアポリスのとあるアパートの一室でのろのろ動き回っていた。特に意味はないが、『ボス』と呼ばれた男によって見出だされ調教されて以来、習慣となっているのだ。 そんな時だった。私の目の前に『鏡のような物』が現れたのは。しかし、私は気にせずそのまま入り込んだ。 私なんか中に部屋がある程度しか取り柄はなく、狙われる理由など何もないだろう、と思ったからだ。 大体その時中にいたのは一人の男の『幽霊』のみ。名前は…『ポルナレフ』だったか?確かそんな感じの名前だったと思う。 さて鏡を通り抜けた先にあったのは青く澄んだ空と遠くに見える中世にあった様な巨大な城、そして黒いローブを着た少年少女と禿げた男。 ここは何処だ?奴らは何者だ?そして何で私の方を見て呆けた顔をしているのだ? お前らそんなに亀が珍しいか?お前らの周りにいるドラゴンやらやたらでかい蜥蜴の方が珍しいと思うが?ってドラゴン? そう思っているとピンク色のブロンドの長髪で鳶色の目をした少女が嬉しそうな様子で近寄って来て、私を持ち上げた。 これから私に何をするつもりだ?というか誰だ貴様。 そこでようやく中にいた男も異常に気付いたらしく、喋れない私の気持ちを代弁してくれた。 しかし何か手違いがあったらしく少女はいきなり私を投げ捨て、その衝動で鍵が外れてしまった。 私にとって、鍵が外れようと別にかまわない。むしろ中にいる幽霊を追い出せるのだから、嬉しいことこの上ない。これで私はこの役立たずから解放されるのだからな。 しかし死んだはずの男は天には昇らなかった。 肉体をどういう訳か取り戻したらしい。やれやれ、まだこいつとは暮らしていかねばならないのか。 …こっちには何にもメリットなどないから『共存する』というより『寄生されている』というべきだろうが。 教師らしきハゲに少女が呼ばれ、私はこの隙に逃げようとしたが見事失敗。捕まった、と思うと何か呪文らしき台詞を少女はしゃべり、私にキスをした。 何をしてるんだ、この娘は。イカレているのか?そう思った直後、いきなり私の体を焼くような感覚が襲った。 私はその感覚にじたばたもがいたが隣を見ると中にいた男も苦しんでいた。どうやら感じたのは自分だけではなかったらしい。 その感覚がおさまると例のハゲに見られた後、ハゲは男も見て何か言うと他の少年少女達とどこかへ飛んで行った。 なんなのだここは?私は何故このような所にいる?ていうかあいつらは何者だ?飛んでるぞ!? こうして疑問だらけのまま私(とあの役立たず独身銀髪眼帯男)の異世界における新たな生活は始まったのだった。 To Be Continued...?