約 2,283,002 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1215.html
第十八章 束の間の休息、そして開戦 ミスタ・コルベールは当年とって四十二歳。トリステイン魔法学院に奉職して二十年。 『炎蛇』の二つ名を持つメイジであり、ある忌まわしい過去を持つ男でもある。 が、現在の彼はそんな忌まわしい過去からは想像もつかない趣味、いや、生きがいがある。 即ち、研究と発明である。彼は今、人生で最も幸福を感じていた。 二人の異界からの来訪者、リゾットとアヌビス神によって夢想だにしない世界が存在することが分かったからだ。 今日もアヌビス神と話しながら発明を行っていた彼は、研究室の窓からアウストリ広場に見えたあるものに興奮して、慌てて飛び出した。鋼鉄で出来たそれはコルベールの知的好奇心を激しく揺さぶったのだ。 それが地上に降ろされる作業を見守っていた自分の理解者の一人、リゾットに駆け寄る。 「リゾット君、こ、これは、何だね! まさか、まさかこれは!!」 リゾットはコルベールの推測を肯定するように頷いた。 「そう、これが飛行機だ」 「おお…………これが……この眼でみることができるとは……」 コルベールは感動の余り、わなわなと震えていたが、次の瞬間にはゼロ戦へと駆け寄って各部を興味深げに見て回り始めた。 「ほう! もしかしてこれが翼かね? 羽ばたくようにはできておらんな! さて、この風車は何だね?」 「プロペラだ。それを回転させて前へ進む」 「なるほど! これを回転させて、風の力を発生させるわけか! なるほどよく出来ておる!」 リゾットの質問をぶつけつつ、コルベールはため息をついたり、歓声をあげたりしながらゼロ戦を見て回る。 「……子供みたいね」 ルイズはコルベールの勢いに呆気に取られている。ルイズからすれば、ゼロ戦は玩具にしか見えない。デルフリンガーも半信半疑だ。 「相棒、本当にあれは飛ぶんかね?」 「燃料があればな……」 「あれが飛ぶなんて、相棒の元いた世界とやらは、本当に変わった世界だね」 「見方の違いだろう」 ちなみにこの間、何人かの生徒がものめずらしげにゼロ戦を見に来たが、すぐに興味を失い、去っていった。 コルベールのように興味を引かれる貴族は珍しい。 そのコルベールは歓声を上げながらゼロ戦の周りを一周すると、リゾットに詰め寄った。 「これが飛行機ということは飛ぶわけだね? では早速飛ばして見せてくれんかね! ほれ! もう好奇心で手が震えておる!」 「実はそのことで頼みがある」 リゾットはゼロ戦を飛ばすのに特殊な油…つまりガソリンが必要なことを説明した。 ついでにサンプルとして、ゼロ戦の燃料タンクに僅かに残っていたガソリンを渡す。 「嗅いだ事のない臭いだ。温めなくてもこのような臭いを発するとは……、随分と気化しやすいのだな。これは、爆発したときの力は相当なものだろう」 一般的には顔をしかめるような臭いのガソリンをかぐわしいかのように嗅ぐコルベールに、ルイズは思わず言葉を漏らした。 「前から思っていたけど、ミスタ・コルベールって、変わった方ですね」 コルベールは苦笑して頷く。 「私は変わり者だ、変人だ、などと呼ばれることが多くてな。未だに嫁さえ来ない。しかし、私には信念があるのだ。ハルケギニアの貴族は、魔法を使い勝手のよい道具くらいにしか捉えておらぬ。 私はそう思わない。魔法は使いようで顔色を変える。従って伝統に拘らず、様々な使い方を試みるべきだ」 「そうだな。俺もそう思う」 リゾットは心底、同意した。工夫や応用の大切さはスタンド使いならば殆どのものが身にしみているところであろう。 「分かってくれるかね! うむ、君やあのミスタ・アヌビスを見ていると、ますますその信念が固く、強くなるぞ! 君やこの飛行機がやってきた異世界! ハルケギニアの理だけが全てではないと思うと、何とも興味深い! 私はそれを見たい。新たな発見があるだろう! 私の魔法の研究に、新たな一ページを付け加えてくれるだろう! リゾット君、これからも困ったことがあったらこの炎蛇のコルベールに相談したまえ。いつでも力になるぞ!」 コルベールは少年のように瞳を輝かせ、リゾットにそういった。 「事業?」 学院へ戻った日の夜、シーツで身体を隠して着替え終わったルイズは、リゾットの言葉に怪訝そうな顔で振り返った。 リゾットは荒れた部屋の片づけを行いながら答える。 「ああ……。宝探しで金が入ったからな……。事業を始める許可をもらいたい」 「何で?」 「使い魔をやりながら元の世界に帰るための手がかりを探すには金がかかるからな……。まあ、宝を売った金で探しても良いが、増えない金はいつかなくなる。 帰るための方法が欠片も見えない以上、長期的な視野に立って探索をする必要があるだろう? そのためにも事業をして、金が切れないようにしたい」 「お金なら多少は私が出してあげるのに…」 「恩を返すのに余計に恩を受けてどうする」 ルイズは考えるような顔をした。リゾットも手を止める。 「駄目か? お前が反対するなら俺はやらない」 「いいわ」 「いいのか?」 リゾットが意外そうに言うと、ルイズは素直に頷いた。 「だって貴方のお金だし…。そこまで束縛する権利はないもん」 ルイズはベッドで不貞腐れる日々の中で、ご主人様たるもの、多少の寛大さを持たなければならない、と反省していたのだった。 「感謝する」 「ただし!」 礼を述べるリゾットの眼前に、ルイズは指を突き出した。薄い胸を張って精一杯、主人の威厳を保とうとする。 「使い魔としての仕事をおろそかにしないこと! あくまであんたは私の使い魔なんだからね!」 「分かった」 元よりルイズの使い魔を続けるために事業をするのだから、リゾットにも使い魔の仕事をおろそかにするつもりはない。 「よろしい。ところで何の事業をするの?」 「まずは確実に当たる造船だな。空を飛ぶ方だが」 なぜそれが確実なのか、わからない、といった顔のルイズに、リゾットは説明する。 「お前はレコン・キスタがこのまま大人しくすると思うか?」 「いつかは戦争すると思うけど、まだ不可侵条約を結んだばかりじゃない。ゲルマニアとの軍事同盟もあるし、すぐには来ないわよ」 「そうだな。それに、政治上の外交で物を考えれば、今、ルイズが言った通りになるだろう。だが、俺はそうならないと思っている」 フーケからの途中報告によると、アルビオンでは主戦力となる航空戦力を着々と整えているらしい。近いうちに戦争を仕掛ける気があるのは明白だ。 各種のやり方をみていると、レコン・キスタのやり方はギャングに近い。 ギャングの世界でも不戦条約のようなものはあるが、相手が油断しているなら平然と破り捨てる。 レコン・キスタもギャング同様、必ず破ってくる、とリゾットは思っていた。 「だから、造船業を今のうちに買収しておく。今はまだ、トリステインもゲルマニアも大した準備をしていないからな。 アルビオンと戦争になれば必ず必要になるってわけだ……。できれば武器の製造も出来る鉄工業の方も始めたいが、こっちは交渉次第だな」 「いまいち信じられないわね……。大体、そんなに簡単に条約を破り捨てたら、レコン・キスタはハルケギニア中から非難を受けるのよ?」 「そうだな……」 リゾットは頷いたが、レコン・キスタの目的がハルケギニアを統一し、聖地を奪回することなら、それでも必ずやってくるだろう、と踏んでいた。 ルイズは淡々としたリゾットの表情から何を考えているか読み取ろうとするが、まったく分からない。 「ま、いいわ。貴方のお金でやることなんだから。失敗するのもいい勉強になるでしょ。ところで、トリステインで商売をするには許可がいるのよ? あんた、取れるの?」 「ああ、それは問題ない。事業の本拠地はゲルマニアにおく。あっちの方が許可を取りやすい。何しろ金で公職が買えるくらいだからな」 ピシ、と音がして、ルイズが硬直した。ルイズはゲルマニアが大嫌いである。トリステイン人から見たら、下品で野蛮だからだ。 そこには多少の嫉妬が含まれているのであるが、ともかく、ルイズはゲルマニアが嫌いである。 そして、そこからの留学生も、最近はマシになってきたとはいえ、嫌いである。 「あんた、まさか……キュルケの力を借りるんじゃないでしょうね?」 来たか、とリゾットは思った。しかしここをクリアしなければ事業の成功は望めない。 なるべくゆっくりと、落ち着いてルイズに言い聞かせる。 「ああ………。共同経営になると思う。その方が金銭的に余裕が出るし、商売の始めには信用が必要だからな」 「そんなの……!」 ルイズは怒鳴りかけたが、そのキュルケの言葉を思い出して踏み止まる。リゾットは人間であり、ルイズの奴隷でも玩具でもない。 それにここで怒鳴って追い出したりしたら、今度こそ愛想をつかされてしまうかもしれない。 ルイズは人生でもベスト3に入るくらいの忍耐力を駆使し、思いとどまった。 「………いい。分かった。好きにしたら?」 「……本当にいいのか?」 一晩くらいかけて説得するつもりだったリゾットは拍子抜けした。 「いい。私が貴方のご主人様だってことを忘れなければ、それでいい」 そういって、ベッドの中に潜り込む。それから、リゾットをベッドの脇まで招きよせて、その手を握った。 「私が眠るまで手を握ってて」 「……前にもそれをやらせたな。なぜだ?」 「いいから、握っていなさい」 (そういえば彼女も、寂しい時は俺に手を握ってもらいたがったな……) かつて交通事故で死んだ親戚の少女を思い出し、リゾットは頷いた。 「分かった」 しばらく、沈黙が流れた。ルイズは眼を閉じているが、寝てはいないことが息遣いから分かっているため、リゾットはその場にじっとしている。 不意に、ルイズが目を閉じたまま口を開いた。 「ねえ、リゾット」 「何だ?」 「元の世界に……帰りたい?」 「ああ……」 「私が帰るなって命令しても、帰っちゃうの?」 「いや、恩を返すまでは帰らない。だが、そのための準備はしておくべきだ」 目を開き、ルイズはリゾットを見た。 「アヌビスのときで恩を返してないの?」 「あいつが狙っていたのは俺だ。お前たちを巻き込んで、悪いと思ってる」 「フーケのときは?」 「フーケを倒したのは俺じゃない。お前だ。むしろあの時、俺はお前たちに助けられた」 「じゃあ……、ワルドのときは?」 「奴と戦ったのは恩のためじゃない。俺の誇りが奴を許さなかったからだ」 「そうなの……」 ルイズはがっかりした。リゾットはあくまで自分への恩義で仕えてくれているだけなのだ。 「じゃあ、私への恩を返して、帰る方法が分かったら、元の世界へ帰るの?」 「……そうするつもりだ」 リゾットは即答しなかった自分の内心の変化に戸惑っていた。 タルブの村でシエスタに言ったとおり、元の世界へ戻り、ボスに報いを受けさせることは自分が進むために必要なことだと思っている。 とはいえ、復讐さえなければ、この世界での暮らしもそこそこ気に入ってはいるのだ。 永遠に、とは言わなくてもすぐに帰らなくてもいいとは思っている。 だが、復讐への思いは殆ど渇望に近く、決して癒されることはない。 しかし、ルイズと一緒にいると、その思いが微妙に鈍るのを感じるのだ。奇妙な感覚だった。 (俺はルイズをそこまで大切に思っているのか?) 確かに命の恩人である以上、恩を返さなければ元の世界に戻れないという気持ちはある。だが、それ以上の感情はないはずだ。 自分の中にもう一人の自分がいるような感覚に、リゾットは苛立った。 「そうよね……。ここはあんたの世界じゃないもんね。帰りたいわよね」 ルイズは最後にリゾットの手を一度強く握り締めると、眠りに落ちた。 しばらくリゾットはその場に留まり、完全に眠ったのを確認してからルイズの側から離れ、床に座り込んで目を閉じた。 そうしていると、先ほどまで感じていた苛立ちと疑問は徐々に何かに邪魔されるように霧散していった。 次の日からリゾットは忙しくなった。ルイズの使い魔として掃除やら授業のお供やらをこなしつつ、様々なことをしなければならないからだ。 まずはコルベールの研究室を訪れ、ガソリンの作成のためのアドバイスをする。 化石燃料である石油はこの世界にはない。あるかもしれないが、採掘されていない。それに近いものは何か、ということから始まった。 アヌビス神も元刀鍛冶という職業柄、物作りには興味があるようで、相談に加わってきた。 石油を発掘して『錬金』すればいい、という案も出たが、そもそもそのための技術がないだろう、ということで却下された。 火竜の喉にあるブレスを吐く為の油を使おう、という案も出た。 アヌビス神はむしろ乗り気だったが、リスクが高すぎるため、却下された。飛行機を一回飛ばすごとに何匹も火竜退治していたのではとても命が持たない。 結局、似たような性質である木の化石……石炭を元に錬金することになった。 そこまで決めた後は魔法の分野なので、コルベールに任せることにする。 次に商売の開始である。 DIOの財宝や美術品を売った金は分配しても相当な額であり、それを使ってゲルマニアで造船業と鉄工業を開始した。 ゲルマニアを選んだ理由は許可がとりやすいという他にもいくつかある。 まず、アルビオンとの戦争においては地理の関係上、戦火にさらされるのはトリステインが先という予測がある。 せっかく起業しても戦争で灰になっては意味がない。 さらにゲルマニアの治金技術はトリステインを上回っており、平民でも貴族になれるためか、魔法以外による技術も低くないのもゲルマニアを選んだ理由だった。 貧乏貴族や民間の商人から造船および鉄工に関する権利と設備(錬金魔術師含む)を買い上げ、まとめて一つの工場にする。 アヌビス神にも協力を依頼したが、人を斬らせてくれるなら、という条件を提示してきたので断念した。 経営に関しては経営知識の必要性と、自分たちがトリステインから離れるわけには行かない事情から、株式に近い形態をとることにした。 つまり、実際に経営を担う、信頼できる人間を代理として経営を行うのである。 以上の計画はリゾットが立て、キュルケが手配することになった。 商売の許可の取得、身元の証明、信頼できる人間の手配など、キュルケは実にスムーズにこなして見せた。 特に、鉄工業については簡単に許可は降りないと思っていたが、ツェルプストー家が身元を証明しているというのが効いたらしく、あっさりと許可が降りた。 「悪いな……。世話になりっぱなしだ」 アウストリ広場でゼロ戦に積んだ武装にメタリカを潜行させて点検していたリゾットは、キュルケから進捗具合を聞いた後、呟いた。 「いいのよ。ダーリンが考えて、あたしが実行する。よく出来た役割分担でしょう? それにダーリンの予想が正しければ、あたしにも利益が出て、実家に自慢できるわ。もしダメでも、もともと宝が手に入らなかったと思えばいいし」 キュルケは笑顔でそういったが、何かを思いつき、急に語気が弱くなる。急に俯いた。 「でも、そうね……。もしも、お礼してくれるなら……」 「何だ?」 リゾットの問いに、言おうか言うまいか迷った後、キュルケは頬を染め、蚊の鳴くような声で呟いた。 「あの……頭を撫でてくださらない?」 「頭?」 「前にしてくれたみたいに……」 「ああ……。あれか」 リゾットは何でもないように頷いたが、キュルケの方は心臓が爆発しそうだった。 (愛してるって言葉なら今まで平気で言ってきたのに……、あたしらしくないわね) 内心で苦笑していると、リゾットの手がキュルケの頭におかれ、撫でられる。 キュルケは目を閉じてリゾットの手を感じた。鼓動が落ち着いていくのを感じる。自然とほぅ、とため息が漏れる。 「ん……なんか…安心するわ……。ダーリン、頑張りましょうね」 「そうだな……」 こうして、リゾットとキュルケの商売が始まった。 規模は中の上程度。もう少し大きくすることも出来たが、何でも軌道に乗るまではほどほどの規模の方がいい、ということでこの程度になった。 リゾットとキュルケは財宝を売り払った金を事業に使ったが、他の面々は別のことに使った。 ギーシュは半分ほどは実家に収めて家計の足しにし、売り払わなかった装飾品をモンモランシーにプレゼントした。 モンモランシーはギーシュのセンスの悪さに辟易したものの、やはり憎からず思っている男が命を懸けて持ってきたと聞いては悪い気はしないらしく、そこそこ良好な関係に戻った。 もっとも、ギーシュの浮気癖が直ったわけではないので、なかなか思う通りには行かなかったようだが。 タバサは最初、分け前を辞退したが、あとで何かを思いついて受け取った。 何に使ったか明かされることはなかったが、しばらくタバサが街の様々な秘薬屋に出没しているという噂が流れた。 シエスタは分け前を得ることを固辞した。貴族ならともかく、平民がそんな巨額の金を手にすることは命の危険につながるからだ。 話し合いの末、給金の半年分の額を分配することで話がまとまった。彼女は堅実派らしく、将来のために貯めておくらしい。 それから数日後、コルベールの研究室に、静かな寝息が響く。ミスタ・コルベールである。 彼はリゾットとガソリンを作る約束をして以来、授業も休講にし、研究室にこもりきりになっていた。この数日間、接触したのは同室に安置されているアヌビス神だけである。 そのアヌビス神が乗っ取るガーゴイルの前に、アルコールランプに置かれたフラスコがあった。ガラス管が伸び、左に置かれたビーカーの中に、熱せられた触媒が冷えて凝固している。 アヌビスは目視でも完璧に固まったことを確認すると、コルベールに呼びかけた。 「起きろ! 起きろ! 起きろ! ミスタ・コルベール! 出来上がったぞ! あとはお前の『錬金』で仕上げろ!」 「ん……? おお、ミスタ・アヌビス。いつの間にか眠ってしまっていたか。すまないね」 「いや何、気にするな。俺と違ってお前は生身だからな」 コルベールとアヌビス神はこの研究室で居住をともにしているうちに、同志意識のようなものが芽生えていた。 何しろアヌビス神は倉庫の奥やらナイルの川底やら、一人で放置される期間が長かった。それだけに進んで話相手になってくれるコルベールは貴重な相手だった。 ただ、コルベールは殺人に対して強い禁忌を持っているようだったので、アヌビス神も自分の性はなるべく抑えるように接していた。 コルベールは凝固した触媒を確認すると、リゾットから貰ったガソリンを取り出し、臭いを嗅いだ。 イメージを補強し、慎重に『錬金』の呪文を触媒にかける。 ぼんっ! と煙をあげ、ビーカーの中の冷やされた液体が茶褐色の液体に変わる。その臭いを嗅ぎ、コルベールは叫んだ。 「ミスタ・アヌビス! ついに出来たぞ! 調合成功だ!」 「ようやくか。いや、おめでとう、おめでとう」 二人は成功を喜び合う。 「では、早速、リゾット君に報告してくる! ついに飛行機が飛ぶところが見れるぞ!」 コルベールは外に飛び出していった。アヌビスはそれを見送って、ふと気がついた。 「……あれだけの量で、ゼロ戦が飛ぶか? とばんよな……」 「リゾット君! できたぞ! できた! 調合できたぞ!」 朝のアルヴィーズ食堂に、コルベールが駆け込んでくる。途端、コルベールの身体についた様々な異臭が周囲に満ちた。 数名の生徒が顔をしかめて退席する。せめて食事が終わっていたのが幸いだろう。 「み、ミスタ・コルベール、何なんですか、この臭いは?」 ルイズを始め、周囲の生徒は引きまくりだ。 そんな周囲に構わずにコルベールが突き出したワイン瓶の中には、茶褐色の液体があった。 「出来たのか?」 コルベールはリゾットの言葉に大きく頷くと、リゾットに促し、移動し始めた。 余りに急展開に、ルイズたちは呆然とリゾットたちを見送っていた。ただ一人、タバサを除いては。 アウストリ広場に着くと、リゾットはメタリカで作っておいた鍵でゼロ戦の燃料コックの蓋を開き、ワイン瓶二本分のガソリンを流し込む。 「早く、その風車を回してくれたまえ。わくわくして、眠気も吹っ飛んだぞ」 リゾットは操縦席に座る。エンジンの始動方法や飛ばし方が、ルーンを通じて頭に流れ込んできた。 エンジンをかけるにはプロペラを回さなければならない。 リゾットは風防から顔を出し、興味深げにゼロ戦を見守っていたタバサとコルベールに声を掛けた。 「タバサ、コルベール。どっちでもいいが、魔法を使ってこのプロペラを回せないか?」 「ふむ、あの油が燃える力で回るのとは違うのかね?」 「初めはエンジンをかけるために中のクランクを手動でまわす必要があるんだが……、まわし方なんて分からないだろう? だから魔法で回してくれた方がいい」 コルベールがリゾットに説明を受けている間、タバサは杖を掲げてプロペラを回し始める。 リゾットは、ベテランのパイロットのように慣れ親しんだ動きで各操作を行った。ガンダールヴの力か、意識しないでも滑らかに手が動くのだ。 最後に右手の点火スイッチを押し、左手で握ったスロットルレバーを心持ち前に倒して開いてやる。 くすぶった音が聞こえた後、プラグの点火でエンジンが始動し、プロペラが高速で回り始める。機体が振動した。 コルベールは感動の、タバサは驚きの表情でそれを見つめていた。 リゾットは計器類が正常に動作しているのを確認すると、しばらくエンジンを動かして点火スイッチをオフにした。 操縦席から降りると、コルベールが興奮した面持ちで駆け寄ってきた。 「コルベール先生、あんたは偉大なメイジだ。こんな短期間でエンジンをかけられるようになるとは思わなかった」 リゾットも流石に感心したのか、敬称をつけている。 「うむ! やったなぁ! しかし、何故飛ばんのかね?」 「ガソリンが足りないからな。飛ばすなら樽で五本は必要だ」 「そんなに作らねばならんのかね! まあ、乗りかかった舟だ! やろうじゃないか!」 コルベールは意気揚々と研究室へと戻っていった。 リゾットは戻ろうとして、タバサがこちらを見つめているのに気がついた。 「何だ?」 「これは……どうやって飛ぶの?」 「興味があるのか?」 タバサが頷いた。 「分かった……。説明する」 リゾットがゼロ戦に触れて得た情報から一つ一つ説明していくのを、タバサは黙って聞いていた。 表情は変わらないが、その目にはわずかに満足げな光があった。 しばらく説明していると、ルイズがやってきた。 「もう授業の時間よ。何をやってるの?」 「エンジンが動くかどうか確かめていた」 「そう。で、そのえんじんがうごいたら、どうなるの?」 「この『ゼロ戦』が空を飛べる」 「飛べたら、どうするの?」 ルイズが寂しそうに言った。 「そうだな……。東方に行こうと思っている」 「東方? ロバ・アル・カリイエに向かおうというの? 呆れたわ!」 「この飛行機の持ち主はそこから飛んできたらしい。なら、逆も可能だろう。そこに元の世界に帰る手がかりがあるのかもしれない」 リゾットは淡々と答える。ルイズはあまり興味なさそうだったが、表情には不安が見えた。 「心配は要らない」 「え?」 「言っただろう? お前に恩を返すまでは元の世界へ帰らない。だから、東方へ行くのに時間がかかりそうなら、しばらくは行かない」 「本当!?」 嬉しそうに笑う。が、次の瞬間、ルイズは顔を赤くして不機嫌そうな顔をした。 「そ、そんなこと、分かってるわよ! ほら、授業行くんだから、いつものようについて来なさい!」 リゾットはルイズについていこうとして、振り返った。タバサはいつの間にか居なかった。 「ルイズ、今、ここにタバサがいなかったか?」 「どっか行っちゃったわよ。教室に行ったんじゃない?」 「そうか」 リゾットは深く考えずにルイズについていった。 アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号の艦長、ボーウッドは沈んでいくトリステインの船を見つめ、不快そうに鼻を鳴らした。 これでアルビオンはトリステインの歴史に残る不名誉を受けると思うと気持ちが沈んだが、首を振ってその考えを振り払う。 戦闘が始まったからには軍人たるもの、感情も思考も全てこの作戦の達成に向けねばならない。 この作戦、つまり式典に出席するアルビオンの大使を迎えに来た戦艦の答砲を実弾であると偽り、自衛を装ってトリステインに宣戦布告を仕掛ける作戦は始まっているのだ。 いまやトリステインの艦隊はアルビオンの艦隊によって押さえ込まれつつあった。 すぐにこの事態はトリステインの王宮に伝わり、王宮は大混乱に陥るだろう。その隙にこちらは兵を展開し、トリステインを蹂躙することができるわけだ。 制空権が奪い返されることは二度とない。 「やつらは、やっと気付いたようですな」 ゆるゆると動き出したトリステイン艦隊を眺めつつ、ボーウッドの傍らでワルドが呟いた。 司令官はジョンストンという男が別にいるが、名ばかりの政治家であり、実際の上陸作戦の指揮はワルドが執ることになっていた。 「の、ようだな。しかし、既に勝敗は決した」 呟くボーウッドの眼下で、トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号が炎に包まれていく。地上にその船体が着く前に、轟音とともに空中から消えた。 旗艦を失った艦隊は混乱し、バラバラの機動で動き始めた。 まだ戦闘行動中だというのに『レキシントン』の艦上のあちこちから「アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」と叫びが響く。 「艦長、新たな歴史の一ページが始まりましたな」 ワルドの言葉に、苦痛の叫びをあげる間もなく潰えた敵を悼むような声で、ボーウッドは答えた。 「何、戦争が始まっただけさ」 その言葉にワルドは肩をすくめると、上陸作戦の指揮を取るべく、甲板から立ち去った。 生家の庭で、シエスタは幼い兄弟たちを抱きしめ、不安げな表情で空を見つめていた。先ほど、ラ・ロシェールの方から爆発音が聞こえてきた。 驚いて庭から空を見上げると、恐るべき光景が広がっていた。空から何隻もの燃え上がる船が落ちてきて、山肌にぶつかり、森の中へと落ちていった。 村が騒然とする中、雲と見紛う巨大な船が下りてきて、草原に鎖のついた錨を下ろし、上空に停泊した。 その上から何匹ものドラゴンが飛び上がる。 シエスタは不安がる兄弟たちに促して家の中に入る。 中では両親が不安げな表情で窓から様子を伺っていた。 「あれは、アルビオンの艦隊じゃないか? アルビオンとは不可侵条約を結んだってお触れがあったばかりなのに……」 「じゃあ、さっきたくさん落ちてきた船はなんなんだい?」 そう話している間にも、艦から飛び上がったドラゴンが、村めがけて飛んできた。父は母を抱えて窓ガラスから遠ざかる。その直後、騎士を乗せたドラゴンは村の中まで飛んできて、辺りの家々に火を吐きかけた。 ガラスが割れ、室内に飛び散った。村が炎と怒号と悲鳴に彩られていく。平和な村は一瞬にして灼熱の地獄に変わった。 シエスタの父は気を失った母を抱いたまま、震えるシエスタに告げた。 「シエスタ! 弟たちを連れて南の森に逃げるんだ!」 父の言葉に従って逃げつつも、シエスタの胸に悔しさが駆け抜ける。 (また、なの……? なぜ私たちは、いざというときに貴族に踏み躙られるだけなの…?) 一際大きな風竜に乗り込んだワルドは薄い笑みを浮かべ、かつての祖国を蹂躙した。近くを、直接指揮の竜騎士隊の火竜が飛び交っている。ワルドが火力で火竜に劣る風竜を選んだ理由は至極簡単。スピードで勝るからだ。 本体の上陸前の露払いとして、ワルドは容赦なく村に火をかける。振り返らずとも後方では『レキシントン』号の甲板からロープがつるされ、兵が次々と草原に降り立っているのが分かる。なぜならその指揮を執るのはワルドの遍在だからだ。 草原の向こうから、近在の領主のものらしき一団が突撃してくる。ワルドは合図をすると、竜騎士とともに、その小集団を蹴散らすために急行した。 トリステインの王宮に、国賓歓迎のため、ラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊全滅の報がもたらされたのは、それからすぐのことだった。 ほぼ同時に、アルビオン政府からの宣戦布告文が急使によって届いた。不可侵条約を無視するような、親善艦隊への攻撃に対する非難がそこには書かれ、最期に宣戦布告文が添えられていた。 すぐに将軍や大臣が集められ、会議が開かれたが、停戦交渉案、ゲルマニアへの救援要請案などの意見が飛び交い、一向に会議は進まなかった。 だが、この案は二つとも無駄だということは明らかだった。 アルビオンには打診を送っても、まるで無視された。明らかに敵は悪意を持ってこちらを攻め込んでいた。 ゲルマニアへの救援要請にしても、到着まで何日かかるか分からない。待っている間にトリステインは滅ぼされるだろう。 アンリエッタは風のルビーを見つめた。これを遺したウェールズは、各地に残る王家が惰弱でないと見せるために命を懸けたという。 そしてあの男……リゾットは言った。『死んでいった者たちから何を受け継ぐかは残された者次第だ』と。正直なところ、アンリエッタはリゾットが好かない。ウェールズを見殺しにした男だからだ。 だが、言っていることは正しいのは認める。ここでただ無為に時を過ごすことはウェールズに対する侮辱だ。 アンリエッタは指に嵌った風のルビーを見つめると、大きく深呼吸して立ち上がり、自らを注視する群臣に言い放った。 「兵を集めなさい! アルビオンの侵略に対し、抗戦を開始します!」 「しかし、殿下! 誤解から発生した小競り合いですぞ?」 「誤解から始まったのならば相手も返答くらいは遣します。不可侵条約すら、この日のための口実なのでしょう」 「しかし……」 「黙りなさい! 我々がこうしている間にも民の血が流れ、国土が侵されているのです! このような危急の際に民を守れないようでは、我々に貴族たる資格はありません! 責任が恐ろしいというのなら、私が負いましょう。貴方がたはここで会議を続けなさい」 決然と言い放つと、アンリエッタはそのまま会議室から飛び出ていく。宰相マザリーニを初めとして大勢の貴族がそれを押し留めようとする。 「姫殿下! お輿入れの前の大事なお体ですぞ!」 アンリエッタは、結婚のための本縫いが終わったばかりのウェディングドレスの裾を、膝上まで引きちぎり、マザリーニに投げつけた。 「貴方が結婚なさればよろしいですわ!」 そのまま宮廷の中庭に出ると、アンリエッタは自らの馬車と近衛隊を呼び寄せ、馬車につながれていたユニコーンを外し、その上に跨った。 「これより全軍の指揮は私が執ります! 各連隊を集めなさい!」 アンリエッタを先頭に、魔法衛士隊が出撃していく。やがて会議をしていた高級貴族たちも慌てて出撃する。 だが、一連の騒ぎを隈なく観察していた下働きのメイドには、誰一人気付くことはなかった。 「意外にあのお姫様、決断が速かったじゃないか。タルブの村っていや、確かあの娘の故郷か……。もう少し詳しい情報を集めたらリゾットに報告するかね」 フーケはそう呟いて姿を消した。 さて、一方、トリステイン学院では、ルイズは自室で『始祖の祈祷書』を広げていた。 色々あって取り掛かれなかったが、ルイズはアンリエッタ王女の結婚式で詔を読み上げなければならないのである。 その中で四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みながら詠み上げる部分があるのだが、ルイズはその詩を未だに思いつかなかった。 リゾットならどうか、と思って訊いてみたものの、リゾットも詩についての造詣はなく、作業は難航した。 (なお、リゾットはデルフリンガーにも相談してみたが、「剣に変な期待をするなよ」、と一蹴された) 全く出来ないわけではなく、いくつかは作ってみたのだが、詩的でもなかったり、韻を踏んでいなかったり、感謝の辞ですらなかったりと散々な出来だった。 リゾットがいちいちそれを指摘していると、ルイズは徐々に不機嫌になってきた。 「少し、息抜きをしたほうがいいと思うが……」 「姫様の結婚式までもう、日がないのよ!? のんびりはしてられないわ!」 ルイズは再び白紙の祈祷書を広げてああでもない、こうでもない、と悩み始める。 「真面目なことだな……」 「まあ、相棒も真面目さじゃ引けをとらねーと思うぜ」 そんな会話をデルフリンガーとしていると、扉の鍵が勝手に開いた。 学院広しといえども主がいる部屋に『アンロック』で入ってくるメイジはただ一人である。 「ダーリン! 遊びに来たわ!」 キュルケは部屋に入ってくると、抱き着かれると思って身構えていたリゾットに笑いかけた。 「嫌だわ、ダーリン。簡単に抱きついたりするのはもうやめたの。本当に抱きつきたくなったとき以外はしないわ」 「……そうか」 リゾットが警戒を解く。と、そこにルイズの怒声がとんだ。 「ツェルプストー! 『アンロック』で入ってこないでって、言っているでしょう!?」 「それは無理よ、ヴァリエール。あたしはダーリンと会える時間を一秒でも長くしたいの。ノックして返事を待つ時間も惜しいわ」 「ここは私の部屋なの!」 いつもの調子で始まりそうになったため、キュルケは思い出したように身を引く。 「そうそう、でも今日は私が用があってきたんじゃないのよ。この子がダーリンに用があってきたの」 と、今まで後ろで黙っていたタバサを前面に押し出した。 「タバサが? どうした?」 「お茶の誘いに来た」 「お茶?」 「そう、タバサがダーリンのために『お茶』を手に入れてきてくれたんですって」 「……リゾットのためだけじゃない」 「あら、でも貴方がお茶をご馳走するなんて初めてじゃない」 「そう?」 デルフリンガーがカタカタとゆれる。 「茶ってーと東方から来たって言う、このあいだの『緑茶』かい? 何でまた?」 「お礼。一応、ギーシュも呼ぶつもり」 リゾットは一瞬、お礼の意味を考えた。 「…DIOの館での件か?」 タバサは頷く。 「あれはお前がスタンドの性質を調べてくれたから勝てたんだ。礼をされることじゃない」 「勝てたことじゃない」 「?」 リゾットもタバサの内心までは分からないので、その意味を理解することは出来なかった。 「いいじゃないの。お茶を飲む理由なんてどうだって。ねえ、タバサ?」 キュルケの言葉に、タバサは深く頷いた。 「確かにそうだな……」 呟いたリゾットは視線を感じ、振り向いた。ルイズが睨んでいる。 「タバサ、ルイズも一緒でいいか?」 「………いい」 何故か一瞬、間が空いたが許可が下りる。 「ルイズ、一旦、休憩しろ。根つめても思いつかない」 ルイズは考えた。実際、疲れているのである。それに、リゾットが主人を置いてキュルケやタバサと一緒に別行動する、というのも嫌だった。 「いいわ。そこまで言うなら休んであげる。べ、別に詩ができないわけじゃないわよ。使い魔の気遣いを受け取ってあげようっていうご主人様の寛大な処置なんだから」 「………分かった。そういうことにしておく…。ん?」 そのとき、リゾットは部屋の窓にいつの間にか紙切れが挟まっているのに気がついた。 引き抜いて、広げてみる。中を一読すると、リゾットの顔が険しくなった。 「すまん、タバサ、キュルケ、ルイズ。茶はまた今度だ」 言うなり、リゾットは部屋から飛び出した。コルベールの研究室を目指して駆ける。 リゾットが読んだ紙片にはこう書いてあったのだ。名詞と動詞だけで綴られた、単純な文章だった。 『アルビオン、宣戦布告する。タルブ村、占領される』 リゾットはコルベールの研究室の扉を蹴り開け、中へ入った。 「コルベール先生! いるか!」 「おお、リゾット君、どうしたんだね?」 「ガソリンはもう出来たか?」 「ちょうどさっき、言われた量が出来上がったよ。いやはや、流石に疲れた」 コルベールが指し示した先には荷台があり、樽が積んであった。 「悪いが、早速使わせてもらう。運んでくれ」 「もう飛ばすのかね? 少し休んでからにしたいんだが……」 ぶつぶつ言いながら荷台を浮かして外に出て行く。 リゾットもそれに続こうとして、アヌビス神に呼び止められた。 「殺気だってるな。何があった?」 闘争の空気を感じ取ったのか、実に楽しそうだ。 「アルビオンがトリステインに宣戦布告した」 「ほーぉ? 戦争か、いいねえ。俺も出てーな」 「お前みてーな危険な奴を連れて行けるか」 デルフリンガーが嫌悪感も露に呟く。デルフリンガーも剣であるが、アヌビスのように無差別な殺戮を好むわけではなく、この二人(?)はあまり仲が良くなかった。 「そうかい? まあ、今後も戦争があるなら、いつか俺を連れて行ってくれよ。協力してやるからさ。ククク……」 忍び笑いをするアヌビス神を残し、リゾットはアウストリ広場へ向かった。 リゾットがガソリンを注いでいると、ルイズがやってきた。探していたらしく、息を切らせながら走ってくる。 「ようやく見つけたわ! リゾット、突然なんなのよ!」 「アルビオンがトリステインに宣戦布告した。タルブの村が襲撃されている」 ぼそぼそと、機体の観察をしているコルベールに聞こえないようにルイズに教える。 コルベールに知れれば止められるに決まっているからだ。 「嘘!? そんな話、聞いたこともないわ」 ルイズが叫んだ。 「だろうな。俺もさっき、使っている人間からの情報で知ったばかりだ」 「な、何かの間違いよ。確認したの?」 「間違いなら間違いでいい。タルブ村まで行って、こいつが飛んでいるところを見せて帰ってくればいいだけだ」 口ぶりとは裏腹に、リゾットは戦争が起きていることを疑っていないようだった。 リゾットがここまで信じているということは多分、本当なのだろうとルイズも悟った。 「ダメよ! そんな危険なところに勝手に行くなんて、私が許さない! 何であんたがそんなところに行くのよ! 王軍にでも任せておきなさいよ!」 「そうだな……。別の場所なら、俺も放っておくさ。だが、タルブにはシエスタがいる……。あいつと、あいつの家族には恩がある。このゼロ戦を譲ってもらった恩がな」 「シエスタってあのメイド……?」 リゾットは頷く。それからガソリンの注入が終わったゼロ戦に乗り込もうとした。だが、ルイズに腕にしがみつかれる。 「とにかく、駄目よ! これは命令よ!」 「悪いが、その命令は効けない」 「何でよ……。いくらあんたが強くたって、死んじゃうわ!」 「死ぬ……。死ぬか……」 リゾットはルイズの目を見据えた。その目には怒りもない、悲しみもない、ただ『覚悟』が宿っていた。いつものように。 「ここでシエスタを見殺しにしたら、それこそ俺はまた死ぬことになる。肉体じゃなく、『誇り』がな」 ルイズは泣きそうになった。だが、精一杯虚勢を張ってこらえる。泣いたところでリゾットはこの場に残ったりはしない。 いつもこの使い魔はそうなのだ。相手が何者であろうと、障害がなんであろうと、自分の、そして仲間の本当に大切な『誇り』を守るためなら恐れずに向かっていく。 泣いても無駄なため、涙の代わりに言葉を振り絞る。 「何よ! 馬鹿! いっつもいっつも、『覚悟』とか『誇り』とか言って、かっこつけて死にそうになって! 怖くないの!?」 「……怖いさ。死ぬことをやめて以来、いつだって死ぬことは怖い。だが、恐怖を感じることと、それから逃げ出すことは別だ。お前だって分かっているはずだ、ルイズ」 「何をよ!」 「お前はフーケから逃げずに戻ったとき、ウェールズ皇太子の化けた海賊の頭領に啖呵を切ったとき、ワルドに人質をされたとき、死の危険を感じながらも逃げなかっただろう? それと同じだ。お前が貴族の誇りを貫くように、俺も俺の誇りを貫く」 ルイズははっとして手の力を緩めた。その隙にリゾットはゼロ戦に乗り込んだ。デルフリンガーを操縦席に立てかける。 「大丈夫だ。俺は死ぬつもりはない。死が前提の任務になど、俺は挑まない」 「私も一緒に行くわ」 「ダメだ」 遠巻きにしていたコルベールに合図を送る。魔法でプロペラを回り始めた。タイミングを計り、エンジンをかける。 「ち、拙いな」 離陸するための滑走距離が足りないことをガンダールヴのルーンによって理解し、リゾットは舌打ちした。 そこでデルフリンガーが口を開く。 「相棒、あの貴族に頼んで、前から風を吹かせてもらいな。そうすりゃ、こいつはこの距離でも空に浮く」 「分かるのか?」 「こいつは、『武器』だろ? ひっついてりゃあ、大概のことはわかんのよ。俺は一応、『伝説』なんだぜ?」 リゾットはデルフリンガーを軽く叩いた。 「デルフ、お前は頼りになる相棒だよ」 「だろ?」 ジェスチャーで伝えると、コルベールは頷いて、呪文を詠唱し、前から烈風を吹かせた。 シエスタから預かったゴーグルをつける。エンジンの音を聞きつけたのか、向こうからキュルケとタバサが走ってきていた。 軽く手を振る。 ゼロ戦が勢いよく加速し始めた。魔法学院の壁が迫り、ぶち当たるギリギリのところでゼロ戦は浮き上がる。 数十年の時を越え、ゼロ戦は再び戦いのため、空へと駆け登った。 その直後、キュルケとタバサがルイズの下に駆け寄った。 「今の、ダーリン? 一体、どうしたっていうの?」 だが、ルイズは答えない。ただ呆然と、空を飛んでいくゼロ戦を見送った。 「何で……何で肝心な時に限って命令をきかないのよ、あの馬鹿……」 「うおー、飛びやがった! おもれえな!」 デルフリンガーが興奮した声を出した。リゾットが呆れて答える。 「飛ぶように出来てるからな。……信じてなかったのか」 「ははっ、わりーわりー。俺も六千年も生きてるけど、こんなの見るのは初めてだからよ」 デルフリンガーは一通りはしゃいでいたが、やがてぽつりと尋ねた。 「相棒よぉ。あの貴族の娘っ子、残していってよかったのか?」 「……アルビオンの軍隊ってことは空と陸の敵を両方倒す必要がある。向こうの状況は分からないが、俺のメタリカは近くに誰かがいると全開にできないからな」 「そうかい……」 「やれやれ、突っ張ってるねえ、相変わらず」 突然、後ろから聞こえてきた第三者の声に、リゾットは振り返った。 ゼロ戦の後部にある邪魔な通信機類を取り払ったスペースから、見知った女性が顔を出していた。 「しかし本当に飛ぶんだね、これ」 「フーケ!?」 珍しく大声を出したリゾットに、フーケは微笑みかけた。 「久しぶりじゃないか、リゾット。無事、『竜の羽衣』が手に入ったようでよかったよ」 「……最初から乗っていたのか?」 「まあね。タルブの村に向かうなら使うだろう、と思ってね」 リゾットは顔をしかめた。自分が焦っていたことを思い知ったからだ。 「降りろ。情報収集役の出番じゃない」 フーケは手でリゾットの言葉を遮った。悪戯っぽく笑う。 「さっきの手紙じゃ情報を渡しきれなかったからね。ちゃんと伝えておかないと。で、それが終わったらあんたはもう私に命令する立場じゃない。雇い主でもなくなるからね」 「……なら、なおさら俺に付き合う理由はないだろう」 その言葉に、フーケは一転して複雑そうな表情を浮かべた。 「…………本当に、そう思う?」 「何がだ?」 素の反応を返すリゾットに、フーケはため息をついた。 「ああ……、わかんないならいいよ」 「言いたいことがあるならはっきり言え」 「うるさいねえ……。ま、あのシエスタって子も知らないわけじゃないしね。乗りかかった船ってことで、いいだろ?」 リゾットはしばらく考えて、諦めた。 「……好きにしろ」 「そうさせてもらうよ」 フーケは実に楽しそうに言った。抑えても抑えきれないようで、ニヤニヤと笑っている。 「何を笑っている?」 「いや、何。大したことじゃないんだけど、やっとあんたから一本取れたと思ってね」 「ふん……」 リゾットは前を向いた。フーケが上機嫌でアルビオンの兵力やトリステインの動向などを語り始める。 リゾットとデルフリンガー、そしてフーケを乗せたゼロ戦はタルブの村を目指して飛び続ける。 「てわけで、空に竜騎士と戦艦、地上に通常の軍の二面作戦だね」 「トリステイン二千対アルビオン三千か……。制空権を取られているのが辛いな」 「逆にいえば戦艦と竜騎士を何とかできれば勝てると思うよ。ラ・ロシェールに篭城できるし、数は不利だけど、トリステインはメイジが多いからね」 「問題はその間もタルブの村は焼かれるってことか……」 「そっちは私に任せてくれない? 地上の敵の押さえくらいならやってみせようじゃないか」 リゾットはしばらく考えて、頷いた。ゴーレムを使う彼女なら、比較的危険も少ないだろう。 「分かった。それが一番効率がよさそうだな……。念のため、これを持っていけ」 リゾットは後ろのフーケに座席の隙間からある物を渡す。 「何だい? これは…。見たことある感じだけど」 「使い方は今から教える」 使い方を簡単に説明すると、フーケは納得したようにしまい込んだ。 「なるほどね。ありがたくもらっとくよ」 それからしばらく飛び続けると、タルブの草原が見えてきた。 「じゃ、私は行くよ。お互い、武運があることを願おうじゃないか」 「ああ。死ぬなよ、フーケ」 フーケは驚いたような顔でリゾットを見た。 しばらくして、フーケはぽつりと呟いた。 「マチルダ」 「いきなり何だ?」 リゾットは振り返った。フーケは地上を眺めている。その表情は風になびく髪で見えない。 「私の名前さ。マチルダ・オブ・サウスゴータ。フーケってのは昔、貴族を追放された時につけた名前でね」 「………なぜ俺にそれを今教える」 「さあね。何となくね。……何となくあんたには知っておいて欲しい気になったのさ……。それじゃ、行って来るよ」 リゾットが呼び止める間もなく、フーケはゼロ戦から飛び降りた。レビテーションをかけて空中で制動をかける。 それを見送ってしばらくして、デルフリンガーが警告を発した。 「おい、相棒。うじゃうじゃいるぜ。覚悟はいいか?」 ゼロ戦の行く手に十数騎の竜騎士が待ち受けている。何騎かは既にこちらに気づいて向かってきていた。 「当然だ」 リゾットはゼロ戦を加速させ、空高く舞い上がった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/683.html
第九章 獅子身中 朝もやの中、ルイズ、リゾット、ギーシュの三人が馬の用意をしている。 アルビオンへの船が出ているという港町、ラ・ロシェールまでは馬で二日かかるという。 リゾットはまだ馬の扱いになれていないため、少々、憂鬱だった。 馬に自分の荷物(といっても私物はないに等しいのだが)をくくりつけているとギーシュが遠慮がちに声をかけてきた。 「お願いがあるんだが……」 「何だ…?」 「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 「お前の使い魔?」 「ああ…。そういえばルイズやリゾットにはまだ見せたことがなかったね。紹介しよう。僕の使い魔、ヴェルダンデだ」 ギーシュはおもちゃを自慢する子供のように屈託なく笑うと、足で地面をたたく。すると、もぞもぞと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。 ありていにいって、小さい熊ほどもある巨大なモグラである。ギーシュは膝を突いて、そのモグラにひしと抱きついた。 「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!!」 「…………ジャイアントモールか」 リゾットが図鑑で見た生き物の名前を思い出して呟くと、ギーシュが頷く。 「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい? そうか、そりゃ良かった!」 ギーシュは心底嬉しそうに巨大モグラに頬を擦り付けている。傍からはいまいち分からないコミュニケーションが成立しているらしく、モグラも鼻をひくつかせたりして応えている。 「なあ、ヴェルダンデを連れて行ってもいいだろう?」 「ダメよ、ギーシュ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?」 「そうだ。ヴェルダンデは何せ、モグラだからな」 「だが……アルビオンは確か……浮いてるんだろう?」 タバサにアルビオンについて訊いたとき、そう言っていた。 「そうよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ」 ルイズがたしなめるようにいうと、ギーシュはがっくりと膝を突く。 「そんな……お別れなんて辛い。辛すぎるよ、ヴェルダンデ……」 「置いて行きたくないのは分かるけど…。仕方ないのよ。諦めて」 余りの落胆振りに気の毒になったルイズがギーシュに近寄ると、ヴェルダンデが鼻をひくつかせた。 「な、何よ、このモグラ……。ちょ、ちょっと!」 巨大モグラはいきなりルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めた。 リゾットは助けようとしたが、何しろ相手は小熊ほどもあるモグラである。力も結構強い上に、ルイズが暴れているので足やら拳が当たる。手を出しかねた。 「ギーシュ。お前は以前、ルイズが使い魔の躾も出来ないといっていたが……自分の方はどうなんだ?」 リゾットの視線を受けて、ギーシュが顔をそらす。 「えっと……ヴェルダンデがこんな風になるってことは何か宝石を探してるんじゃないかな?」 「宝石?」 「早く助けなさいよ! きゃあ!」 ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をすり寄せた。 「この! 無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」 「なるほど、指輪か…」 『土』系統の魔法の秘薬の材料には宝石が使われる。『土』の使い魔らしく、このモグラにはそういった能力があるのだろう。 リゾットはそう理解し、ルイズから指輪を外そうと近寄る。 その時、一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。 「誰だ!」 ギーシュが激昂してわめいた。薔薇の造花を掲げるが、その杖も風に吹き飛ばされる。 霧の中から、一人の長身の貴族が現れた。その特徴的な羽帽子にリゾットは見覚えがあった。王女の護衛の隊長だ。 ヴェルダンデやギーシュを傷つけずに片付けた手際といい、敵意は感じられないが、用心のため、ルイズとの間に立ってデルフリンガーの柄に手をかけ、僅かに鞘から抜く。 「よう、相棒! 何だか手ごわそうな奴だな」 「待ってくれ。僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊をつけるわけにもいかぬ。そこで、僕が指名されたってわけだ」 長身の貴族は、帽子を取って一礼した。髭のせいで分かりづらいが、リゾットと同年代らしい美男子だった。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ギーシュが相手が悪いと知って黙り込む。魔法衛士隊は実力と人品を備えた者だけが入隊できる、全貴族の憧れである。 「君の使い魔を吹き飛ばしたりしてすまない。だが、婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」 「ほー、なるほど。お前さん、貴族の娘っ子の婚約者なのか。おでれーたな」 「婚約者……?」 親子ほど年の離れた夫婦も世界的にはそこまで珍しくはない。十や二十の差では驚かない。 しかし婚約者という聞き慣れない単語に、リゾットはルイズとワルドを見比べた。 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、立ち上がったルイズに駆け寄り、抱えあげる。 「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ! 相変わらず軽いな、君は! まるで羽のようだね!」 「お久しぶりでございます。……お恥ずかしいですわ」 ルイズは頬を染め、再会を喜ぶ。 リゾットは昨日、ルイズの様子がおかしかったことを思い出した。原因はどうやらワルドにあったらしい。 ひとしきり再会を喜び合った後、ルイズはリゾットとギーシュをワルドに紹介した。 「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな。僕の婚約者がお世話になっているよ」 「………いや…」 最低限の返事しかしないリゾットに、ワルドはにっこり笑うと、ぽんぽんと肩をたたいた。 「どうした? もしかして緊張しているのかい? なあに! 何も心配することはないさ。君はルイズと一緒に使い魔としてあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだろう? その勇気があれば何だってできるとも!」 あっはっはっ、と豪快かつ爽やかに笑う。それに対してリゾットは矢のような視線を返しただけだった。 「うん? 気に障ってしまったかな? 失礼。単に無口なだけみたいだね」 ワルドは口笛を吹いて鷲の頭と上半身と翼、それに獅子の下半身を持つグリフォンを呼び、ひらりと跨る。そしてルイズに手招きをした。 「おいで、ルイズ」 ルイズはもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。ワルドは手綱を握り、号令した。 「では諸君! 出撃だ!」 「仕切ってるねえ、あの髭」 デルフリンガーがつまらなそうにぼそりと呟く。かくて四人と一振りは空中浮遊大陸アルビオンに向かって出発した。 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。眼を閉じ、手を組んで祈りをささげる。 「始祖ブリミルよ。彼女たちにご加護を……」 アンリエッタは昨晩、ルイズの使い魔に言われたことを反復していた。信頼できる部下を作れ、と彼は言っていた。そのためには他人を信じろ、とも。 だからこそアンリエッタは忠臣の呼び声高く、ルイズの婚約者でもあるワルドをつけたのだ。それでも、一抹の不安がよぎる。彼女の周りの貴族は忠誠を謳いながら自分のことしか考えない者で溢れているのだから。 そんなアンリエッタの胸中を知ってか知らずか、隣でオスマンが鼻毛を抜いている。 「見送らないのですか? オールド・オスマン」 「ほほ、見ての通り、このおいぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」 「トリステインの未来がかかっているのですよ? なぜそのような余裕の態度を…」 「既に杖は振られました。なに、彼ならば道中どんな困難に会おうと、やってくれますじゃ」 「彼とは? あのギーシュが? それともワルド子爵のことですか?」 オスマンは意味ありげに首を振る。 「まさか、あのルイズの使い魔が? 彼は平民ではありませんか」 「その平民でありながら、彼は数々の困難を乗り越えてきましたのでな。そう、あの伝説の使い魔『ガンダールヴ』にも匹敵すると、わしは思っておるんですじゃ。何しろ、異世界から来た男ですからのぅ」 「異世界? そのような場所が……」 「姫様、世界は広いですぞ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。そういうものがあるのを頭越しに否定していては、いつまで経っても進歩はありませんわい」 アンリエッタは遠くを見るような眼をした。 「ならば、祈りましょう。異世界から吹く風が、アルビオンに吹く風に負けぬことを」 リゾットたちが出発した後の学院の寮塔の一室。 キュルケはタバサの部屋の扉を叩いていた。しばらく待ったが起きてこない。仕方なく『アンロック』を唱えて鍵を外し、中に入る。タバサはまだ寝ていた。 「タバサ、起きて!」 ゆさゆさと揺するとタバサはゆっくりと眼を開いた。眼をこすりながら小さくあくびをすると、枕元にあった眼鏡をかけ、キュルケの顔を確認した。 「おはよう……」 「おはよう、タバサ! 今から出かけるわよ!」 またか、とタバサは思ったが、キュルケが性急なのはいつものことなので、説得は諦め、眠い頭で話を聞くことにする。 キュルケが説明によると、ルイズとリゾットとギーシュ、それに見慣れない男がグリフォンと馬に乗り、急いだ様子で学院を出て行ったのだという。 「これは絶対何か面白いことがあるに違いないわ! ダーリンも気にかかるし、貴方の風竜で追いかけてちょうだい!」 タバサは頷いた。そして、もそもそとベッドから出るとクローゼットを開け、制服に着替え始める。 「貴方、着替えるの?」 キュルケが驚いて訊くと、タバサは再度頷いた。基本的にタバサは誰にどう見られようと気にしない性格。 こういう急な頼みは前に何度かしたことがあるが、どこにいくのだろうと本だけ持ってそのときの格好――朝ならパジャマ――のまま出かけてしまうのが常だった。 身だしなみを整えるなんてことにはてんで気が回らないはずなのだ。 「ま、まあ、着替えるくらいの時間は待つけど……」 キュルケは親友の変貌(というほどのものでもないが)に驚き、しばらく待つことにした。 数分後、寮搭から背に二人の女性を乗せたシルフィードが飛び上がった。 魔法学院を出発して半日、ワルドは止まることなくグリフォンを疾駆させていた。リゾットたちは途中、駅で馬を好感したりしながらついていく。 「ちょっと、ペースが速くない? リゾットもギーシュもついてこれないわ」 ワルドの前に跨ったルイズが言う。ワルドの頼みもあり、雑談を交わすうちに口調はいつものものに戻っていた。 「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだ。ついてこれないなら置いて行けばいい」 「おいていくなんて駄目よ」 「どうして?」 「だって、仲間じゃない…。それに…使い魔をおいていくなんて、メイジのすることじゃないわ」 いいわけじみた口調でルイズは言う。 「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」 「そ、そんなことはないわ」 「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまう」 「婚約者っていっても……その……親が決めた事じゃない」 「おや? 僕の小さなルイズ、僕の事が嫌いになったのかい?」 「嫌いな訳ないじゃない」 ルイズが照れたように言う。 「良かった。じゃあ、好きなんだね」 ワルドが軽快に笑って、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。ルイズはなおも戸惑ったような顔をする。そんなルイズにワルドは落ち着いて言った。 「旅はいい機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」 昔話に花を咲かせつつもルイズは考える。自分はワルドのことが好きなのか? 嫌いじゃないのは確かだ。強くて優しいワルドは幼いルイズにとって、憧れの象徴だった。しかしそれは記憶が擦り切れるくらい昔だ。 ワルドの両親が亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してから今まで、もう十年も会っていない。 なのにいきなり婚約者だの結婚だのといわれても困る。離れた時間がありすぎて、好きなのかどうか、いまいちわからないのだ。 他人の思考や感情をよく理解し、的確な判断をする自分の使い魔ならこの気持ちが何なのか、わかるだろうか。 そう思ってルイズは後方のリゾットに視線を投げかける。リゾットもこちらを見ていて、ルイズはわけもなく動揺した。 「まったく、魔法衛士隊の連中は化け物か?」 ギーシュが馬の首にぐったりと上半身を預け、隣を行くリゾットに声をかける。 リゾットも体力自体はギーシュよりも数段上だが、乗りなれない馬で駆け続けるのは相当の負担だった。 「相棒、大丈夫か? 馬に乗りなれてねーだろ」 「…大丈夫だ」 しかし、リゾットは疲れを感じさせない声で返事をした。その目はじっと一点に見ている。ギーシュが視線を追うと、空中を行くグリフォンが居た。 「…?」 不思議そうにリゾットを見たが、ある仮説を思いつき、ギーシュはニヤッと笑う。リゾットをからかう格好の種がみつかったと思ったのだ。 「もしかして、君……やきもち焼いてるのかい?」 その言葉にリゾットがギーシュを見た。 「……やきもち? 嫉妬のことか?」 「そう。さっきからずっとあのグリフォンを見てるじゃないか。ご主人様を取られて嫉妬でもしてるのかな、と思ってね。いや! もしそうなら悪いことは言わないよ! 身分違いの恋は不幸の元だ! 諦めるんだね!」 調子に乗ってギーシュはリゾットの背中を二度三度、軽く叩く。リゾットの弱みを握れたのだ。気分は最高に「ハイ!」って奴だ。 だが、リゾットに少しの動揺も見られない。むしろ「何を言ってるんだ? この馬鹿は」という軽蔑の冷たい視線を送ってきた。 「………あ、アレ? 違った? 僕の勘違い?」 流石にギーシュもそれに気づいて口を噤む。 「俺が何か考えていたとして……お前に関係あるのか?」 「いや……だってずっとあっちを見てるからさ……」 言い訳するギーシュに、リゾットは視線を緩めた。 「確かに興味はある……。しかしお前が考えているようなことじゃない…」 「そ、そうか。うん、失礼した」 「おいていかれる。急ごう」 リゾットが再び馬を駆けさせた。慌ててギーシュはそれについていく。 リゾットはルイズではなく、ワルドを見ていた。ワルドを見ているうちに、ある男を思い出したからだ。 その男とは彼が所属していた組織の幹部、ポルポだ。もちろん、横たわっているとベッドのように見えるデブのポルポと、女性なら誰でも憧れる美男子のワルドでは、外見は似ても似つかない。 両者の共通点はその仕草や表情だった。二人のそれは共通して演技に満ちていたのだ。アンリエッタともまた違うそれは、全てが作り物のようで、逆にどれが嘘なのか判別できないくらいだった。 ポルポは常日頃から信頼の大切さを説き、侮辱に対しては命を賭けると口にしていたが、本心は他人を利用し、体と同じように私腹を肥やすことしか頭にない男だった。 ではワルドはどうなのだろうか? 貴族が礼儀やら作法やら体面に拘る以上、常日頃から自分を作っている可能性はある。それだけでは敵と判断することはできない。 だが、仮にも婚約者の前でもその演技を続けるだろうか。そう考えると、リゾットはこの旅の間、ワルドに決して気を許すまいと決心するのだった。 さらに進むこと数時間、日が落ちた頃、リゾットは突然馬を止めた。前方を飛ぶワルドにも合図をして呼び寄せる。 「どうしたんだ?」 不審そうにギーシュが訊いてくる。 「多分、この辺りに敵がいる……」 「敵ですって?」 「ああ。盗賊か、アルビオン貴族派かまでは分からないが…」 「何故そう思うんだい?」 ワルドが興味深げに訊いてくる。 「両側が断崖絶壁で、所々穴が開いているだろう。起伏も多いし、待ち伏せには絶好だ」 リゾットが指し示しながら根拠を述べる。もちろん、それだけでは絶対の根拠ではない。渓谷に入る手前にフーケが作った三つに重なった平らな石を見つけたのだ。何らかの脅威が待ち受けている印だ。 「もちろん、居たとしてもメイジが三人もいる一行を襲ってくるかどうかは分からない。だが、注意だけはしてくれ」 「分かった。なに、何が来ようとも僕がルイズを守るさ」 「飛んでいる分、確かにそちらが安全だろう。頼んだ」 ルイズはリゾットに何か言いたげだったが、その前にワルドのグリフォンが飛び立った。 「やれやれ、もうすぐでラ・ロシェールだっていうのに、敵か。本当にいたら嫌だなあ……」 ギーシュがぐったりしながら愚痴をこぼす。 「ま、今日最後の難関って奴だ。元気よく行こうぜ!」 自分で移動していないため、一人元気なデルフリンガーが励ますように明るい声を出した。 渓谷に入ってしばらくすると、リゾットが突然、馬から飛び降り、同時にギーシュを馬から引き摺り下ろした。 「な、何をするんだね、君は!」 あまりのことに怒鳴り声を上げるギーシュを無視し、リゾットは指示を飛ばす。 「ギーシュ、ワルキューレを出せ」 「へ?」 「出せと言ってるんだ! 出せッ!」 ギーシュが訳も分からずワルキューレを出すと同時に、風を切る音が複数聞こえた。 リゾットはギーシュの襟首をつかんでワルキューレの影にしゃがむ。 次の瞬間、闇を切り裂いて飛来した火矢がワルキューレの喉にめり込んだ。ワルキューレがいなければギーシュに当たっていただろう。 火が辺りを明るく照らし出し、馬が驚いて棒立ちになる。 「わわわわ! な、何だ?」 「敵襲だ! ワルキューレで防げ!」 デルフリンガーを抜き、さらに飛んで来た火矢を打ち落とす。炎を反射してデルフリンガーが鈍く煌いた。 「やばいぜ。照らされた! 今のはでたらめだったが次は当ててくるぞ!」 デルフリンガーが叫ぶ。そこにまた風を切る音。 矢が再び殺到する。今度は正確にこちらを目掛けて射撃してきていた。隣のギーシュは腰を抜かしている。 (俺はともかく、ギーシュが防げない!) その時、一陣の風が舞い起こり、リゾットたちの前の空気がゆがみ、小型の竜巻が現れた。 竜巻は飛んできた矢を巻き込み、あさっての方向へと弾き飛ばす。見上げると、グリフォンに跨ったワルドが杖を掲げている。 「大丈夫か!」 ワルドが二人に声をかける。 「ああ……。俺は…な」 魔法を警戒してか、矢は一旦途切れている。 「何をしている。今のうちに残りのワルキューレを出せ!」 リゾットに叱咤され、ギーシュはあわてて残りのワルキューレを呼び出した。 「夜盗か、山賊の類か?」 「リゾットの言うとおりだったわね……。ひょっとして、アルビオンの貴族の仕業かも…」 ワルド、ルイズがそれぞれ意見を述べるが、ワルドはルイズの言葉を言下に否定した。 「貴族なら、弓はつかわんだろう。魔法で攻撃してくるはずだ」 そのとき、聞き覚えのある羽音が聞こえた。その途端、崖の上の男たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら突然自分たちの頭上に現れたものを見て恐慌を起こしているらしい。 男たちは夜空に向けて矢を放つが、あっけなく風の魔法で逸らされる。その上、巻き起こった小型の竜巻によって、敵は吹き飛ばされ、崖から転がり落ちてきた。よほど体を打ちつけたのか、呻いている。 月光に照らされ、その見慣れた幻獣が姿を現した。ルイズが驚きの声を上げる。 「シルフィード!」 タバサの風竜が地面に降りると、赤い髪の少女がその背から飛び降りた。 「お待たせ!」 髪をかきあげながらキュルケが陽気に挨拶する。それに対して、グリフォンから降りたルイズが怒鳴る。 「お待たせじゃないわよ! 何をしにきたのよ!」 「助けに来てあげたんじゃないの。朝、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起して後をつけたのよ」 キュルケが指差す先には、なるほど、いつもどおり、制服姿で本を読むタバサがいた。 「ツェルプストー、あのねえ、これは遊びじゃないの。お忍びなのよ?」 「だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。とにかく、感謝しなさいよね。あなたたちを襲った連中を、捕まえたんだから」 二人でまた言い合いを始めた。 「タバサ、助かった」 「………」 リゾットが礼を言うと、タバサは無言で頷いた。 一方、ギーシュは捕まえた男たちの尋問に入ろうとしている。 「ギーシュ……、疲れただろう? 少し休め。尋問は俺がやる」 「そ、そうかい? じゃあ、頼むよ。悪いね…」 ギーシュはその場にへたり込んだ。 後ろでは、キュルケがワルドに早速アプローチをかけていた。 尋問はすぐに済んだ。当初、物取りだと主張していた盗賊だったが、嘘を読み取ったリゾットが嘘一つにつき指を一本へし折ると、途端に素直になった。 「酷い奴だ…。指を折るなんて……」 「いいや、慈悲深いぜ……。指を切断しなかっただけな…。それより、お前たちは本当に物取りか?」 男たちはしばらく黙っていたが、嘘が通じそうにないと分かると観念して喋り始めた。 「……俺たちは傭兵だよ。昼間、この先のラ・ロシェールの『金の酒樽亭』って店で、白い仮面をした、いけ好かない貴族に雇われたのさ」 「アルビオンの貴族か?」 念のため、尋ねてみる。 「いや、わからねえな。まあ、相手が誰だろうと、報酬をたっぷりくれるって言うからな。何せ、前金だけでエキュー金貨がいっぱいに入った袋をぽんと出しやがった」 「その白仮面の貴族が俺たちを襲え、と指示したのか?」 「いや、貴族が通ったら襲え、と言われていただけで、誰それを襲えって指示はなかった。現に綺麗なねーちゃんがしばらく前に通ったが、貴族じゃなさそうだったんで素通りさせたしな」 フーケのことだろう。きっちり仕事はしているようだ。 「……分かった。質問はもうない」 リゾットは傭兵たちとの会話を打ち切り、戻る。その頭の中では疑問が渦巻いていた。 (奴らが俺たちを狙っていたのは、間違いないだろう……。 だが、アンリエッタから依頼を受けたのは昨夜だ。その後、朝からここまで駆け通しだった…。 余りにも敵に捕捉されるのが早い……。誰かが情報を流していると考えるのが自然だな……) アンリエッタからの依頼を確実に知っているのは、リゾット、ルイズ、ギーシュ、デルフリンガー、ワルド、アンリエッタ本人。 他にいるかもしれないが、依頼の性質が性質だけに、アンリエッタが何人にも打ち明けているとは思えない。 また、ほぼずっと一緒に居たリゾット、ルイズ、デルフリンガーは除外してもいいだろう。 (残る容疑者はギーシュとワルド………) ギーシュが失神から回復したのは今朝方のことなので、確率としては低い。となると、やはり一番怪しいのはワルドになる。 だが、リゾットはこの時点で追求することは不可能だと判断した。何の証拠もないのだ。アンリエッタが誰に打ち明けたか、確かなことが分からない限り、いくらでも言い逃れようがある。 ここで推論を述べても、一行に疑心暗鬼を植えつけるだけだろう。ワルドが本当に味方だった場合、無用な争いが起きることになる。 (どちらにしても、今の時点では裏切らないだろう……。警戒は必要だが、しばらく様子を見るか……) そう考え、ワルドたちにはただの物取りだと報告する。 「ふむ………、ならば捨て置こう」 ワルドはそう答えると、再びグリフォンに跨り、颯爽とルイズを抱きかかえた。キュルケは面白くなさそうな顔をしている。どうやらワルドにふられたらしい。 「諸君、もう少しだ。今日はラ・ロシェールに一泊して、月の様子にもよるが、明日の朝一番の便でアルビオンに向かうとしよう」 そういうと、グリフォンを飛び立たせる。 リゾットも自分の馬に乗ろうとしたが、コートの裾が引っ張られた。振り向くと、本を読んでいるタバサがコートを掴んでいる。 「何だ…?」 リゾットがたずねると、タバサは自分の横…風竜の背を指差す。一瞬、本から眼を離して、リゾットの方を向く。 「貴方は馬に乗りなれていない。腰への負担は避けるべき」 無表情にそういわれた。要するに乗っていけということだろう。確かに表には出さないが、ほぼ一日馬に乗り続けたリゾットは腰に痛みを感じていた。 「そうね。ダーリンは馬が苦手だし、一緒に行きましょう」 キュルケも同意する。 「分かった。では、乗らせてもらう」 「……」 タバサは無言で頷く。ギーシュも乗りたそうなそぶりを見せたが、馬二頭を放置するわけにもいかないと考えたのか、渋々馬に跨る。 風竜が飛び立つ。キュルケはもう気分を切り替えたのか、空から見える景色について盛んにリゾットに話しかけてきた。タバサは相変わらず本を読んでいる。 ふと見ると、グリフォンに乗ったルイズがリゾットを睨んでいた。何か気に食わないらしい。 前方に明かりが見える。夜中にはラ・ロシェールにつけるようだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/706.html
第十章 探り合い 港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で2日、アルビオンへの玄関口になっており、港町でありながら、狭い谷の間の山道に設けられた、小さな町である。 人口はおよそ300人。しかしアルビオンと行き来する人々で、常に10倍以上の人が街を闊歩している。 狭い山道を挟むようにしてそり立つがけの一枚岩に旅籠や商店が並んでいた。近づいて見れば、建物の一軒一軒が同じ岩から削りだされたものであることがわかる。 「これは……すごいな…」 ラ・ロシェールの町並みを見て、リゾットが感嘆の声を漏らす。 「ひとつの岩を『土』系統のメイジが削って作った」 本から目を離さず、タバサが解説する。リゾットは改めて魔法の使い方の幅広さを認識した。 スタンド能力にもいろいろあるが、ここまで広範かつ精密に岩を削って町を作ることができるものはそうない。 ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた。 『女神の杵』亭は、貴族を相手にするだけあって、豪華なつくりをしている。 テーブルは、床と同じ一枚岩から削り出しで、ピカピカに磨き上げられていて、顔が映るぐらいだ。 しばらくのんびり過ごしていると、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは口を尖らせているが、ギーシュは明日、休めることにほっとしたようだった。 「あたしはアルビオンに行ったことがないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの問いに、ワルドが答える。 「明日の夜は月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく」 「空を旅するのにも潮の満ち引きのようなものがあるわけだ」 「そう、何しろアルビオンは普段、ハルケギニアの外を周回しているからね」 ワルドはそこまで説明すると、いくつかの鍵を取り出した。 「さて、じゃあ今日は疲れているだろうし、もう寝よう。部屋を取った」 一部屋につき二人で、部屋割りは次の通りである。キュルケとタバサ。ギーシュとリゾット。ワルドとルイズ。 ルイズはワルドと相部屋であることに、結婚前であることを理由に抗議したが、ワルドは大事な話があるといって説得した。 貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋は、かなり立派な内装だった。 ベッドを例に取ると、天蓋付きでレースの飾りのついた大きな物だった。ギーシュとリゾットの部屋が簡素なベッドであることと比べると、かなりの待遇差だと分かる。 ワルドはテーブルに座ると、ワインの栓を抜いて、杯に注ぎそれを飲み干した。 「君も腰をかけて1杯やらないか? ルイズ」 ルイズは言われたままに、テーブルにつき、ワインが杯を満たすと、ワルドのそれと合わせる。 「二人に」 陶器が触れ合う音が響く。 「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」 ワルドの言葉に、ルイズはポケットの中の封筒を確認する。手紙の内容を知らされたわけではないが、アンリエッタとルイズは幼馴染だ。 どんな手紙がやり取りされるのか、手紙を書くアンリエッタの表情でなんとなく分かる。 「………ええ」 「心配なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」 「そうね。心配だわ……」 「大丈夫だよ。きっと上手くいく。なにせ、僕がついているんだから」 「そうね、貴方がいれば、きっと大丈夫。貴方は昔から、とても頼もしかったもの。……で、大事な話って?」 ルイズが本題を促すと、ワルドは急に遠くを見るような目になっていった。 「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」 「あの、池に浮かんだ小船?」 ワルドは頷いた。 「きみは、いつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」 「ほんとに、もう、変なことばっかり覚えているのね」 「そりゃ覚えているさ」 ルイズが苦笑すると、ワルドも笑いながら言った。 「きみはいつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていた」 ルイズは恥ずかしそうに俯いた。そうだ。あの頃から自分はずっと、同情と嘲笑の中に居たのだ。 「でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。確かに、きみは不器用で、失敗ばかりしていたけど……」 「意地悪ね」 ルイズは頬を膨らませる。 「違うんだよ、ルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それは君が、他人にはない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃないから、それがわかる」 「まさか」 「信じられないかい? なら、君の魔法を例にあげよう。君の魔法はいかなる魔法であれ、爆発する。でも、普通のメイジが魔法を失敗する場合、どうなるかな?」 「どうなるって……何も起きないわ。精神力だけがなくなって、終わり」 ワルドの目が光る。 「そう、その一例だけを取っても、君の魔法の才能は特異だということが分かる。ありえないことを起こせるんだからね」 「信じられないわ」 ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っていると思った。彼が自分の失敗魔法に価値を見出すなんて、ありえない。今まで唯一、彼女の魔法に価値を見出してくれたのはリゾットだけだ。 「そうかな? 君の使い魔だって、只者じゃあない」 「リゾットのこと?」 ちょうどリゾットのことを考えていた時だったので、ルイズはドキリとしてワルドを見た。 「そうさ。彼の左手のルーンを見て、思い出した。あれは始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔ガンダールヴの印だ」 「嘘でしょう?」 「本当だ。誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」 いくらなんでも話が大きくなり過ぎ、ルイズはワルドの話についていけなかった。 「君は偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」 ワルドは熱い眼差しでルイズを見つめ、その手をとった。 「任務が終わったら、僕と結婚しよう、ルイズ」 「え……」 いきなりのプロポーズに、ルイズは驚いた。 「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」 「で、でも、私……。まだ……」 「もう、子供じゃない。君は16だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかっている。でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「ワルド……」 情熱的なワルドの態度に、ルイズは戸惑った。ワルドのことは嫌いではない。だが、こんな勢いに任せて結婚していいものだろうか? ルイズはリゾットのことを思った。彼は自分の責任は自分で取る覚悟を持てと、いつもルイズに示してきた。 ワルドと結婚したら、リゾットを放り出すことになるだろう。使い魔を放り出すなどということは、メイジ最大の責任放棄ではないか? 結婚することは、それら全ての責任をワルドになすりつけることになりはしないか? さまざまな思いが渦を巻く。 やがて、ルイズは顔を上げ、ワルドを正面から見た。 「私はまだ、自分がするべきことをしてないわ。あなたに釣り合うような立派なメイジでもない。『ゼロ』だもの……。 私を認めてくれた人はまだ一人しかいない……。でも、それじゃダメなの。いつか、皆に認めてもらいたいって…ずっと思ってたから…」 それを聞くと、ワルドはルイズの手を離した。 「君の心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」 「そんなことないの! そんなことないのよ!」 ルイズは慌てて否定した。 「いいさ、僕にはわかる。わかった。取り消そう。今、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、君の気持ちは、僕に傾くはずさ」 ルイズは頷いた。 「それじゃあ、もう寝よう。疲れただろう」 ワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。ルイズの体が一瞬、こわばり、ワルドを押し戻した。 「ルイズ?」 「ごめん。でも、なんか、その……」 ルイズはモジモジとして、ワルドを見つめた。ワルドは苦笑いを浮かべて、首を振った。 「急がないよ。僕は」 ルイズはもやもやする気持ちを抱えながら、再び頷いた。 夜、同室のギーシュが眠ったあと、リゾットはベランダで一人、ワインを飲んでいた。 正確には先ほどまでギーシュと飲んでいたのだが、彼はケティと大したことをしてないのに、モンモランシーが分かってくれないことを一しきり嘆いた後、ベッドに突っ伏してしまったのだ。 残されたリゾットは、重なりかけた二つの月を見ながら杯を傾けていた。と、そのすぐ側に人影が現れた。フーケだ。 「何だい、一人で飲んでるなんて味気ないね。私も付き合うよ」 そう言ってリゾットの向かいに座る。リゾットは三つ目のグラスをテーブルに置き、ワインを注いだ。 「用意がいいね。予測済みってわけ?」 「ああ……」 「ふふっ、まあ、私を人間と見てくれてるようでよかったよ。道具扱いされてたら流石に腹が立つからね」 「道具を雇ったりはしない」 「そうだね……。ははっ、それもそうだ」 妙に嬉しそうにフーケが笑う。それからしばらく、月明かりの中でグラスを傾け合った。一瓶空けたところでリゾットが今日の襲撃について切り出す。 「今日、お前が見つけた敵だが、傭兵らしい……。白い仮面を着けた貴族に『金の酒樽亭』で雇われたといっていたが……心当たりはあるか?」 フーケは一瞬、考えた後、答える。 「アルビオンで王党派についてこの町に逃げてきた傭兵たちを大量に雇い入れた貴族がいるって話は聞いたよ。 かなり羽振りもいいから、相当の大貴族がバックについてることは間違いないね。十中八九はアルビオン貴族派だろうけど」 「詳しく調べられるか? その傭兵の中にメイジが含まれているとかなり手強いことになる」 「まあ、それが仕事だし、お金さえ払ってもらえればやってもいいけどね……」 「けど、何だ?」 「あんた、もう少し愛想よくできないの? 何だかガーゴイルと喋ってるような気分になるよ」 「…染み付いた癖はなかなか取れない……」 リゾットの無表情は暗殺者として、他人に表情を読まれまいとする習慣だった。 「ふ~ん……」 生返事したものの、フーケは目の前の男の過去が気になった。自分は過去を知られているのに相手の過去をまるで知らないのは気分が悪い。 「ところで、あんたって使い魔になる前は何してたの? どうせ表の職業じゃなかったのは見れば分かるけど」 リゾットはその質問にすぐには答えない。どう話すか考えているようだった。やがてポツリと呟くように言う。 「ある犯罪組織のチームを一つ……率いていた」 普段よりもなお暗く、低い呟きだった。それ以上立ち入るな、という無言の圧力を感じ、フーケは黙り込む。 フーケにも人に話したくない過去はある。そこに土足で入らない程度の道義は持ち合わせていた。 「そう…。……じゃあ、私はいくよ。うまくいけば明日の夜までには調査結果を持ってくるから」 「ああ……」 そのまま立ち去る。フーケが去り際、一度振り返ると、リゾットは暗闇の中、一人でじっと座っていた。 翌朝の日の出前、リゾットは中庭で見つけた練兵場で日課の訓練に取り組んでいた。 走りこみから始まり、基礎体力向上を目的とした各種トレーニング、格闘術にナイフを使った投擲術、そしてデルフリンガーを抜いての剣術といった各種技術訓練などを淡々とこなす。 「こういったものは相手がいた方が訓練の幅がでるんだけどな……」 「まあ、話し相手はいるからいいじゃねえか」 デルフリンガーを素振りしていると、誰かが近づいてくる気配を感じ、リゾットは剣を止めた。羽帽子を被った長身の男がやってくる。ワルドだ。 「おはよう、使い魔くん。朝から精が出るじゃないか」 「ああ……。体は使わないと鈍るからな…」 そのまま、練兵場の隅にある井戸に歩いていく。ワルドがついてきた。 厨房の人たちから譲り受けたトレーニング用の服を脱いで上半身裸になり、水を汲んで頭から被る。水は冷たいが、訓練で熱した身体にはちょうどいい熱さましだった。 「………何か……用か?」 リゾットが訊くと、ワルドはまた例の無駄にさわやかな笑顔を浮かべた。 「やはりその左手は『ガンダールヴ』のルーンなんだね」 「何だ? それは…」 リゾットはとぼけつつ、学院の教師陣さえ調べなければ分からなかったルーンを短時間で見破ったワルドに内心警戒を強めた。 「知らなかったのか。『ガンダールヴ』と言うのは、始祖ブリミルが従えていた、全ての武器を使いこなしたという伝説の使い魔のことさ」 「それが……俺だと?」 「僕は歴史と、兵に興味があってね。『ガンダールヴ』の印は記憶に残っていたんだ。それと君のルーンは一致する」 「……それで?」 「手合わせしないか? つまり、これだ」 ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。つまりは決闘だろう。ワルドが敵だとしたら、伝説の力を測っておきたいという目的もあるのかもしれない。 「いいだろう……」 その目的に、敢えてリゾットは乗った。リゾット自身も魔法衛士隊隊長の力を測って起きたかったし、スタンド抜きで戦えば相手にこちらの実力について誤差を与えられる。 「……今からやるか?」 「いや、立会にはそれなりに作法というものがある。介添え人がいなくてはね。介添え人もまだ寝ているだろう。そうだな。朝食の一時間後ということでどうかな?」 「いつでも…」 「では決まりだ」 ワルドが去っていく。その背中を見ながら、デルフリンガーが心配そうな声を出した。 「相棒、あいつ、かなり使うと思うぜ」 「そうだろうな……。隙がない。だが、負けるつもりもない」 「ま、相棒がそういうなら勝てる算段があるんだろうけどね…」 リゾットは再び水を被り、汗を流し始めた。それが終わると、決闘の準備を始める。デルフリンガーに言ったとおり、負けるつもりはなかった。 朝食から一時間後、リゾットが練兵場に着くと、既にワルドが待っていた。 今は物置き場としか使われず、そこかしこに樽や木箱が積み上げられている広場で、二人は二十歩ほど離れて向き合う。 「昔……、といってもきみにはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでは貴族がよく決闘をしたものさ」 リゾットは無言でデルフリンガーの柄を握る。ルーンが光を放ち始めた。 「古きよき時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」 そこまでワルドが言ったところで、物陰からルイズが現れた。 「ワルド、来いって言うから、来てみれば、何をする気なの?」 「何、腕試しさ。君は介添え人だよ。見ていてくれ」 「もう、そんなバカなことやめて。今は、そんなことしているときじゃないでしょ?」 「そうだね。でも、貴族というヤツはやっかいでね、強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」 リゾットたち暗殺者にはそんな思考はない。相手より弱くても殺せばそれで勝利だからだ。 「やめなさい。これは命令よ?」 だからルイズのこの命令にも従うことは何ら問題ないのだが、敢えてリゾットは無視した。 敵かもしれない相手の実力を測っておくことは決して無意味ではない。 「なんなのよ! もう!」 そういったところで、広間に他に三人の人間が現れた。キュルケ、タバサ、ギーシュである。 「ダーリン、居ないと思ったら、何をしてるの?」 「これから立ち合いをする……。子爵の希望だ」 キュルケが驚いた顔をするが、すぐに興味津々になった。 「へー…面白いじゃない」 「こんな立ち合い、無意味だわ! 止めて!」 ルイズの声にギーシュも同意し、リゾットをとめに回る。 「子爵と立ち合いなんて無謀だよ、リゾット。魔法衛士隊は我々がかなうような相手じゃないんだ。彼はその隊長なんだぞ?」 「…………もう引き受けたからな……。それに、命の取り合いをするわけじゃない」 「そう、ちょっとした腕試しさ」 リゾットが淡々と答え、ワルドが同意する。 「しょうがないわね、男って……。いいわ、見ててあげる」 キュルケが苦笑しながら見物人に加わり、ギーシュもはらはらしながらそれに加わった。ルイズも止められないと知ると、仕方なく見ることにする。 リゾットが始めようとすると、いつの間にか近くにタバサが来ていた。 「……がんばって」 小さく呟くと、とことこ歩いてキュルケたちの所へ行き、本を広げて読みふける。 「あら、タバサ、何かダーリンに作戦でもあげたの?」 キュルケの問いに、首を振り、しばらく経ってからタバサは呟いた。 「…おまじない」 「では、介添え人も来たことだし、これ以上の見物人が増える前に、始めよう」 ワルドは腰から杖を引き抜き、フェンシングの構えのようにそれを前方に突き出す。リゾットもデルフリンガーを抜いた。 「そちらも魔法を使うだろうが……、俺は武器を使う。『ガンダールヴ』らしくな」 リゾットの声に、ワルドは薄く笑った。 「いいとも。全力で来い!」 途端にリゾットが弾けるようにに動いた。デルフリンガーでの一撃を、ワルドは杖で受け止める。一瞬、火花が散った。杖は細身に見えてかなり頑丈らしく、傷一つつかない。 加速と体重を乗せた一撃に、ワルドは流石に後退せざるをえない。その勢いを利用して後ろに下がった。かと思うと突如反転し、高速の突きを繰り出す。 リゾットはそれを身をよじってギリギリで回避し、近くまで来たワルドの頭に思いっき頭突きをした。 「ぐぅっ!?」 ワルドはたまらず飛び退り、構えを整える。勢いで羽帽子が落ちた。 「……魔法を使え…。あまり俺をなめるな」 「いや、参ったよ。速さだけじゃなく、機転も利く。頭突きなんて食らったのは初めてだ」 「そちらもな……。この状態の速度についてこれるとは思わなかった…」 ワルドのスピードはガンダールヴのルーンで強化されたリゾットのそれに劣るものではない。 「魔法衛士隊のメイジは、ただ呪文を唱えるわけじゃいけないんだ。詠唱も、戦闘に特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 詠唱中すら隙を見せないということだろう。フーケやギーシュにはなかった技だ。リゾットは相手の実力評価をさらに上方修正した。 リゾットは再びワルドに向けて突進する。それに合わせてワルドが呪文を唱える。 「相棒、魔法だ!」 空気が撥ねた。『エア・ハンマー』、巨大な空気のハンマーがリゾットに向かって飛ぶ。 リゾットはそれを右前方に跳躍して逃れると、壁際に積み上げてあった樽を蹴り、方向を転換する。蹴られた樽が崩れ落ちた。 「三角飛びィ!?」 ギーシュが驚きの声を上げる。宙に舞い上がったリゾットは上空からワルドに襲いかかる。 しかしワルドもそれを読んでいたのか、あらかじめ唱えていた詠唱を完成させ、上空のリゾット目掛けて風の刃を飛ばした。 風の刃が全身を浅く切るが、リゾットは動脈をデルフリンガーで守り、斬られるに任せる。そのまま重力に従って刃を振り下ろすが、風の刃のせいで若干、位置がずれた。そのため、ワルドはサイドステップを踏むだけで回避する。 着地後、リゾットが切り込むが、ワルドはそれらをなんなくかわす。見切り、杖で受け流し、それでいて息一つ乱さない。 「君は確かに素早い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 リゾットの斬撃をかわすと、腹部に杖をめり込ませる。リゾットは肺の空気が吐き出されるのを感じた。 「しかし、剣術においては素人だ。素手などについては慣れてるんだろうが、素手では僕に勝てない。つまり、君ではルイズを守れない」 とどめに後頭部に一撃打ち込もうとするが、リゾットは前転して回避した。起き上がりぎわを狙って、ワルドは次々と攻撃を繰り出す。 威力よりも速度を重視した突きの嵐に、リゾットは裁くので手一杯になった。 閃光のように繰り出す突きと共に、ワルドの呟きが響く。突きには一定のリズムと動きがあった。 「相棒! また魔法だ!」 デルフリンガーの警告も間に合わず、ワルドが呪文の詠唱を終えようとしたとき、リゾットの袖口からワルドの顔目掛け、何かが飛び出した。 「!?」 思わず杖で叩き落したワルドだが、そのせいで魔法の詠唱はふいになってしまう。 「ちっ!」 舌打ちしてワルドが突きを繰り出す。しかし、その突きはリゾットの喉の寸前で止まった。リゾットも同様に動きを止める。 「な、何が起きたの……?」 ルイズが動きを止めた二人の様子を回り込んで見る。 ワルドの杖の先端はリゾットの喉を貫く寸前で止まっていたが、いつの間にか構えられたリゾットのナイフもまたワルドの喉を切り裂く寸前で止まっていた。 「引き分けか?」 「そのようだね」 両者が武器を収める。 「強いね。剣術での劣勢を他で取り返すとは。相当戦いなれてる証拠だ」 「そっちは全力だったわけじゃないだろう」 リゾットの言葉に、ワルドは微笑む。 「まあね。でも、それは君もだろう?」 「………」 リゾットは答えない。 「ダーリン、さっき、何を飛ばしたの?」 始終を見ていたキュルケの疑問に答え、リゾットが地面に突き立ったソレを引き抜く。長さ10サントくらいの針だった。 「指先の微細な動作で撃ち出せる様な器械を袖の中に仕込んでおいて、矢のようにセットしておいた」 「へー、ダーリンって器用なのね。見せてくれない?」 「ダメだ」 実際には、袖に仕込んでおいた針を『メタリカ』によって飛ばしたのだが、袖に暗器を仕込んでいる、とワルドに思わせておく。 「そんなの、卑怯じゃないか?」 説明を聞いて、ギーシュが口を挟んだが、それに関してはワルド自身が答えた。 「平民相手に魔法を使うのが卑怯にあたらないなら、貴族相手に平民が工夫した武器を使うのも卑怯には当たらないな。 それに……これが戦場なら、そんなことを言っても誰も聞きはしない」 「そうですか…」 対戦相手にそういわれては立つ瀬なく、ギーシュも沈黙した。 「と、とにかく! ワルド、もうリゾットの実力は分かったんだから、いいでしょう? これで決闘は終わり!」 ルイズが大声で宣言すると、ワルドは苦笑しながら頷いた。その声を受けてデルフリンガーはのんきに呟く。 「いやー、相棒、引き分けにしろ、負けなくて良かったぜ」 「ほら、リゾット! その傷、手当てするわよ! ついて来なさい!」 リゾットが自分の身体を眺めると、風の刃で切った傷が少しずつついていることに気づく。 「…………これは大した傷じゃない。少し表面が切れたくらいだ」 「いいから! 早く来る!」 大声で怒鳴るルイズに促され、リゾットはその後をついていった。キュルケとギーシュも続く。途中、タバサと合流した。 「お疲れ様」 小さくタバサが呟いた。タバサは結局、一度も本から目を離さなかった。まるで最初からリゾットが負けることなどないと分かっていたように。 「わざと?」 「いや、相手が強かった……」 「そう……」 平気で歩いていくリゾットを見て、一人残されたワルドは首をかしげた。 「おかしいな。もう少し強い威力で撃ったと思うんだが……」 思い当たる節は一つ、デルフリンガーで受けたことだが魔法があの程度で威力を減少させるはずがない。 「あわてていたかな?」 ワルドは違和感を、自分のせいだと解釈したのだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/319.html
第五章 二振りの剣 「リゾット、買い物に行くわよ」 キュルケとの一件があった翌日、雑用を終えてこれまで覚えた単語を復習していたリゾットに、狩りに向かう承太郎並みの唐突さでルイズが宣言した。 そう、宣言である。誘いではない。拒否は許されない一方的な通告である。 普通なら突然すぎて金縛りにあうところだが、リゾットはもう慣れている。 「何を買うんだ………?」 「剣よ。あんた、召喚される前は戦うような立場だったんでしょ? ギーシュと決闘した時の動きとか、素人って感じじゃなかったもの」 戦うどころか殺すのが専門だったのだが、あながち間違っていないので頷く。 ルイズは自分の見解が当たって嬉しいのか、薄い胸を張る。 「だから、ご主人様が使い魔に身を守る武器を買ってあげるのよ。 キュルケなんかに好かれたんじゃ、命が幾つあっても足りないし。降りかかる火の粉は自分で払いなさい」 その火の粉は雇い主からも飛んでくるのだが、とりあえずリゾットは考えた。 (つまり雇い主から装備の配給か) 恩を返さなければいけない身で、これ以上の報酬を受けるのかはどうかと思ったが、その分、役に立てば問題ない。そうリゾットは結論した。 「……どうしたの? 要るの? 要らないの?」 「いや……ありがたく受け取ろう。街はここから馬に乗っていくんだったな…」 「そうよ。何で知ってるの?」 「人づてに聞いた」 「ふ~ん……。ま、いいわ。じゃあ、行くわよ」 この辺りの地形や地理は訓練がてらに確認し、周辺の情報はシエスタに聞いてある。 リゾットに問題があるとすれば、乗ったことのない馬に三時間も乗れるかどうか、だった。 ルイズとリゾットが馬に乗ってトリステイン城下町に向かった数十分後、キュルケは学院のある生徒の部屋に転がり込んだ。 部屋の主の読んでいた本を取り上げ、『サイレンス』の魔法を解除してもらってから勢い込んで言う。 「タバサ。今から出かけるわよ! 早く支度してちょうだい!」 数十分前のルイズのような唐突さである。この二人、実は似てるのかもしれない。 「虚無の曜日」 タバサと呼ばれた青い髪の少女は短く理由を告げ、拒絶の意を表明する。 彼女にとって虚無の曜日は読書に費やす日なのだ。親友であってもそう簡単に邪魔されたくない。 「わかってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのだか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。でも、今はね、そんなこと言ってられないの。恋なのよ! 恋!」 キュルケ曰く、『恋は唐突』。 タバサは常々、唐突なのは恋ではなくキュルケではないかと思っているのだが、親友は感情で動く人間であることを知っているので、後の説明を聞くことにする。 説明を要約するとこうだ。 キュルケが恋した相手がルイズと一緒に街に出かけた。どこに行くのか突き止めたいが、相手は馬なので、タバサの風竜でないと追いつけない。 そこまで聞いて、やっとタバサは頷いた。 「ありがとう! じゃ、追いかけてくれるのね!」 もう一度タバサが頷く。正直面倒だが、親友が自分だけしかできないことを頼ってくれるなら受けるしかない。 寮搭からウィンドドラゴンの幼生が飛び上がった。背中に主人とその親友を乗せて。 一方、ルイズ、リゾットの二人はトリステイン城下町の大通り、ブルドンネ街にいた。 「道が狭いな……」 リゾットは5mほどしか幅のない道を見てつぶやいた。 「狭いって、これでも大通りなんだけど…。それはそうと…なんでそんな変な歩き方なの?」 よく見るとリゾットはわずかに跳ねるようにして歩いている。ルイズはピンと来た。 「ひょっとして腰でも痛いとか?」 「ああ……少し、な…」 リゾットが頷くと、ルイズは思わず吹き出した。 「あんた、苦手なことなんてあったのね」 「誰にでも……最初はある…ってことだ。洗濯も最初はできなかったしな……」 「まあ、それはそうよね。じゃ、迷子にならないようについてきなさい」 ルイズが歩き出す。妙に機嫌がよさそうだ。まあ、雇い主の機嫌がいいのは何よりだ、と気を持ち直してリゾットが続く。 通りは声を張り上げる商人や道端の露店、そしてその客で活気に満ちていた。 「ところで、財布は大丈夫でしょうね? 魔法を使われたら一発なんだから、スリには気をつけてよね」 「…貴族のスリもいるのか………?」 「メイジの全てが貴族ってわけじゃないわ。色々事情があって貴族から放逐されたメイジが傭兵や犯罪者になるのよ」 そう言うルイズ自身はどういう扱いなのか、少しリゾットは気になった。 我侭振りを見るに、溺愛されて育ったという可能性もあるが、貴族の三女で魔法が使えないとくれば、あまりいい扱いはされていそうにない。 こんなマンモーニな主人でも一緒に行動すれば多少は情が移る。プロシュートがペッシに熱心だったのが分かる気がした。 ルイズについて裏路地に入っていく。 世界は変わっても路地裏の汚さは共通のようで、ゴミや汚物が道端に転がっていた。 リゾットにとってはお馴染みの環境だ。 四辻に出ると、ルイズはきょろきょろと辺りを見回した。 「ピエモンの秘薬屋の近くだからこの辺りのはずなんだけど……」 「あれだろう」 リゾットが一枚の銅の看板を指差す。図書室での勉強のおかげで店の標識くらいは見分けが付くようになっていた。 ルイズとリゾットは石段を登って羽扉を開き、店内へ入っていった。 薄暗い店だった。壁や棚にところ狭しと武具が並べられ、店内を歩き回るのも苦労する。 店の奥から出てきた主人は値踏みするようにリゾットとルイズを見つめる。 「剣を買いに来た」 リゾットの言葉とルイズの紐タイ留めの五芒星で貴族の客と分かると急に相好を崩した。 「お客様でしたか。こりゃ失礼しました。貴族の方が剣を使うとは思わなかったもので」 「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」 「ははぁ、なるほど、こりゃ忘れていました。最近は使い魔も剣を振るようで」 商売気を発揮してお愛想を言った後、リゾットをじろじろと見た。 「こちらの方ですか。お使いになるのは」 「そうよ。私は剣のことなんか分からないから、適当に選んでちょうだい」 しばらく引っ込むと、店主は立派な大剣を持ってきた。 「店一番の業物で、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の傑作で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさあ」 確かに見事な剣である。ところどころ宝石がちりばめられ、刀身の光といい、柄拵えといい、見るからに切れそうな、頑丈な大剣だった。 「おいくら?」 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千ってところでさ」 「高すぎるわ。立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」 二人が話している間、リゾットはしばらくそれを手にとって眺め、刀身を数回、軽く指で叩いた後、呟いた。 「……これで鉄まで斬れる? 嘘をつくな…。これでは鉄はおろか、岩も斬れない」 『メタリカ』の使い手であるリゾットは刃物の性能は大体分かる。 自分の手にある剣が鈍らだということはすぐに分かった。 魔法によって切れるものに仕上がっている可能性はあったが、店主の表情にははっきりと嘘が読み取れたため、その可能性もないと判断したのだ。 「お、お客さん、勘弁してくださいよ。うちの品物にケチをつけなさるんですか?」 図星を指された店主は内心慌てつつ、取り繕う。 「別に誇張したことを咎めているわけじゃない。……商売に誇張は付き物だ。だが……、余り落差のある誇張をするってことは、見抜かれたときの『覚悟』もしてるってことだよな?」 「いい加減にしやがれ! そんなにそれが鈍らだって言うんなら証明してもらおうかっ!」 途端にリゾットは剣を一閃。大剣は壁にかけてあったハルバードの刃に当り、あっさりと折れた。ハルバードの刃は欠けてもいない。 「げぇっ!?」 「証明したぞ……。さあ、客を騙そうとした責任…取ってもらおうか!」 「こいつ…私を騙そうとしたの!?」 リゾットの後ろから地獄の底から響くような声がした。振り向くと、ルイズがふつふつと屈辱をたぎらせている。 「待て……。怒るな、ルイズ……。騙される方が悪いんだ」 「ダメよ! 平民が貴族を騙そうとするなんて、打ち首ものよ!」 世間知らずのルイズが交渉に弱いことは大体予想がついている。さらに、ギーシュとの決闘の傷を治した『治癒』の魔法の秘薬がとても高いということはシエスタやギーシュから聞き及んでいた。 今、ルイズの手持ちはあまりないはずだ。だからリゾットは交渉の主導権を握って安く買おうと少々強引に出たのだが、ルイズの方が過剰に反応するのは予想外だった。 「落ち着け。………店主だって故意に騙そうとしたんじゃないかも知れない。……見た目だけなら切れそうだからな」 「そ、そうでさぁ。うちはまっとうな商売で。不良品があったことは謝りますが、貴族の方を騙そうなんてとてもとても」 リゾットが助け舟を出すと、店主も乗ってくる。もちろん嘘なのだが、ここで通報騒ぎなどになったらそれこそ面倒くさい。店主の方は命がかかっているので必死だ。 ルイズはう~う~唸っている。まだ納得いかないらしい。そこでリゾットは機転を効かせた。 「……とはいえ、店主。不良品を掴ませそうになったんだ。お詫びって言うわけじゃないが、値段はまけるということでどうだ?」 「え、ええ! そうしましょう! ですからこの一件は内密に。評判に関わりますので」 「ああ……。それでいいな、ルイズ?」 「…………まあ、別にいいけど……」 不貞腐れたようにルイズが言うのを聞いて、店主はやっと安心したようだ。 「では、今度はこちらで選ぶが……ルイズ、使う剣は俺に選ばせてもらうぞ」 「そうね……。リゾットに任せるのが安心そうだし、いいわよ」 リゾットが奥へ入っていくと、少しでも機嫌を取ろうというのか、店主がルイズに話しかけ始めた。 「いやー、しかし昨今は貴族の方々の間でも下僕に剣を持たせるのが流行りらしくって、景気がいいんですよ」 「貴族の間で、下僕に剣を持たせるのが流行ってる?」 「はい。なんでも最近、土くれのフーケとか言うメイジの盗賊が貴族様方のお屋敷に盗みにはいるらしくって」 「ふ~ん、そうなの………」 「そこ行くとお二方は腕が立ちそうですから、フーケなど恐れることもありませんなぁ!」 一方、リゾットはその会話を横で聞きながら、陳列してある武器を一つ一つ見ていくが、一振りの剣に目が吸い寄せられるように目が止まった。 高価そうな、鞘の形状からすると日本刀のように反りの入った剣だった。 その剣は鞘の上からでもわかる、何ともいえない『凄み』を放っている。その凄みがリゾットを引き付けたのだ。 リゾットはその剣に手を伸ばした。 「おい、そこの男!」 突然低い、男の声がかかった。振り返るが、誰もいない。乱雑に剣が積み上げられているだけだ。 「ここだよ、ここ。お前の目の前だよ!」 声の主は一本の剣だった。どういう仕組みかなのか、剣が喋っている。 「……お前か?」 「おぅ、そのとおりよ。剣を探してんのか? さっきのやりとり、見て、おでれーたぜ! なかなか腕に覚えがあるみたいじゃねえか。なら俺を買いな」 「剣が売り込みか……? 初めて見たぞ」 「いいじゃあねえか。俺は、お前を見込んで言ってるんだぜ?」 「お前が積極的に人に使われるような名剣には見えないが……興味はあるな…」 「てめ、失礼なこというんじゃねえよ! 人間は外見じゃねえ、中身よ! 中身!」 「お前は人間じゃない……剣だ」 一人と一振りの会話を聞きつけたのか、店主の怒声がとんだ。 「やい、デル公! お客様に失礼なこというんじゃねえ!」 「うっせーな! 俺は今、こいつに売込み中なんだから黙ってろ! さあ、いいからこのデルフリンガー様を買え。損はさせねーからよ」 「インテリジェンスソードなんて止めなさいよ、第一その剣、錆だって浮いてるじゃない」 ルイズも気づいて止めに入る。 確かに剣にはところどころ錆が浮いている。だが、錆を除けばそれなりの逸品のようだった。 「これでいい」 「え~~~~? そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 「……なら、あれはいくらする?」 リゾットは先ほどの反りの入った剣を指し示して店主に利いた。 「あれですか? 作者は不明ですが、さる遺跡から見つかったやたら斬れる名剣でしてね。安値で売るってわけにゃ行きませんや。 先ほどの迷惑料を込めましてもエキュー金貨では1500、新金貨なら2200ってところです。ちなみにデル公なら厄介払い込みで新金貨50枚で結構でさ」 値段を聞いてルイズはギクリとした。そんなお金はない。 だが、使い魔の前で「お金がない」なんていうと、リゾットは失望するのではないか。 さっきのはともかく、これは本人が欲しがっているものなのだ。 お金がないなんて言ったらナメられはしないか。貴族が平民にナメられるわけにはいかない。 そんな思考がぐるぐると頭を回ったが、次のリゾットの言葉でそれは杞憂に終わった。 「なら、このデルフリンガーでいい。ついでにナイフを一本もらおうか。剣だけだと取り回しが悪い」 「へっへっへっ、よろしくな、相棒。そういや、相棒の名前はなんてんだ?」 「リゾット・ネエロだ」 「『使い手』に恵まれるなんてついてる。よろしく頼むぜ、リゾット」 結局、ルイズとリゾットはデルフリンガーとナイフ一本を購入して帰っていった。 さて、そんな二人を見つめる二つの影があった。シルフィードで二人を追跡してきたキュルケとタバサである。 キュルケは、悔しさの余りガリガリと爪を噛んでいる。今にも血が出そうだ。そのうち時をぶっ飛ばす能力に目覚めるかも知れない。 「ゼロのルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……。あたしが狙ってるって分かったら、早速プレゼント攻撃? なんなのよ~~ッ!」 実際、キュルケの昨晩の行動が剣を買うのに影響したのだからあながち間違いではない。 キュルケは武器屋の戸をくぐると、得意の色気を使って店主からルイズの買った剣と、リゾットが気にした剣を聞き出し、値段を大幅に減額させてその剣を買い取った。 哀れ、店主は本日一日で首を吊りかねない大損を扱いたのだった。 ちなみにこの間、タバサはずっと本を読んでいる。 いつものことなので気にも留めなかったが…キュルケが買ってきた剣を見た時だけ、微妙に顔が曇った。 なんだか嫌な感じがしたのだ。そう、先日遭遇した「あの剣」のような……。 「貸して」 「いいけど……貴方、興味あるの?」 頷くと、意外そうなキュルケからその剣を借り受け、わずかに抜いてみる。 刃物に興味のないタバサすらぞくぞくするような美しい刀身だったが、それ以外は特段変わったところはない。 念のため、探知の魔法を唱えてみる。しかし魔法の反応はない。 そこまで確認して、タバサはキュルケに剣を返した。 「どうしたの?」 キュルケの問いに、タバサは首を振った。 「変なタバサ」 クスクスとキュルケが笑う。 二人は知らない。 この剣がリゾットのいた世界から流れ着いたものであることを。 戦いに敗れ、絶望の余り長年にわたって眠りについていたことを。 リゾットの接近によりゆっくりと眠りから眼を覚ましつつあることを。 剣の名はアヌビス、冥府の神のカードを暗示するスタンド使い。 そして、今、ようやく完全に目覚めたアヌビスは考える。 (さっきの男……スタンド使いかどうかは分からなかったが、何か特別な力を感じた……。 あの男と戦って覚えれば、俺はさらに強い存在になれるに違いない!) 『スタンド使いはスタンド使いに引かれ合う』 この言葉を証明するかのように、リゾットとアヌビスはその距離を縮めつつあった……。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/823.html
第十二章 白の国アルビオン 「アルビオンが見えたぞ!」 翌朝、鐘楼の見張り台にいる船員が、声を張り上げた。 リゾットは訓練を止め、船員の指差す方向を見た。それきり絶句する。 「ん、どうした相棒?」 デルフリンガーの声に反応することもできない。 雲の切れ間から、黒々と大陸がのぞいていた。大陸ははるか視界の続く限り延びている。地表には山がそびえ、川が流れていた。川は空に落ち込み、そこで白い霧になって大陸の下半分を包んでいた。 「驚いた?」 騒ぎに起きてきたルイズが言った。 「ああ……ここまで巨大だとは思わなかった」 「浮遊大陸アルビオン。ああやって洋上を浮遊しているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほど。通称『白の国』」 「由来は霧か」 ルイズは頷き、説明を加える。 「あの霧が雲になってハルケギニアに雨を降らすの。私たちにとっても重要な大陸なのよ」 しばらくリゾットは大陸の威容に見入っていたが、やがて今日の予定を確認することにした。 「港に着いたらニューカッスル城まで、包囲を突破して一気に行くんだったな……」 「そう。トリステインの貴族にそう表立って手を出すとは思えないけど……捕まったら終わりね」 ルイズが緊張した顔で呟く。リゾットが声をかけようとしたその時、見張りの声が甲板に響き渡った。 「右舷上方、雲中より船が接近中! 旗、なし! 空賊です!」 一斉にそちらに視線が向く。そこには黒塗りの船体が、二十数門にも及ぶ砲門をこちらの船に向けていた。途端に船中は騒然となる。 「逃げろ! 取り舵いっぱい!」 「ダメです。既に射程内! 逃げようとすれば、撃沈されます!」 その言葉を裏付けるように砲門の一つが火を吹き、リゾットたちが乗った船の進路上の雲が吹き散らされる。 こちらの船の砲門は三門。位置も相手が上空を取っている。船長は完全に勝ち目がなくなったことを瞬時に悟った。 唯一の勝機があるとすれば隣にいる『風』のスクウェアメイジだが……。 「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」 「OH MY GOD……」 ワルドの落ち着き払った声に、船長は破産を確信し、停船命令を発した。 ルイズは停船した自船と、不穏な雰囲気を振り撒く黒船に怯え、思わずリゾットの後ろに寄り添った。無意識にリゾットのコートの裾を握り締める。 やがて、警告を発すると、黒船から空賊たちは船の間にロープを張り、それを伝って乗り込んで来た。 船に乗り込もうとしている男たちはおよそ数十人。いずれも手に斧や曲刀などで武装しており、黒船側には弓やフリント・ロック銃を持った男たちがこちらに狙いを定めている。 (抵抗は不可能だな……) 規律正しい男たちの行動をみながら、リゾットは考えた。メタリカを使えば男たちの無力化は可能だろう。しかし、砲弾を防ぐことはできない。撃沈されれば、それで終わりだ。 前甲板に繋ぎ止められていたワルドのグリフォンが空賊たちを威嚇する吼え声を上げると、その頭が青白い雲で覆われ、倒れた。背後に来たワルドが呟く。 「眠りの雲か……。どうやらメイジもいるらしいな」 やがて、甲板に空賊たちが降り立った。無精ひげに左目に眼帯をした、ぼさぼさの長い髪の男…頭領だろう…が声を出す。 「船長はどこでえ?」 「私だが…」 震えつつ、精一杯の威厳を保とうと努力しながら、船長が手を上げる。頭領は船の名前『マリー・ガラント』と積荷を確認すると、船と積荷を自分の支配下におくことを宣言した。 その後、甲板のワルド、ルイズに気がつく。 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」 ルイズに近づき、顎を手で持ち上げる。 「こりゃあ、別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねえか?」 男たちが笑い声をあげた。ルイズはその手をぴしゃりとはねつける。元々侮辱に対しては過敏なこともあり、怒りが恐怖を吹っ飛ばした。 「下がりなさい、下郎!」 「驚いた! 下郎と来たもんだ!」 頭領はひとしきり大声で笑ったあと、ルイズとワルドを指差した。 「てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」 男たちが、ワルドたちから杖を、リゾットから剣とナイフを取り上げ、連行していく。リゾットは抵抗せず、その様子を無言で観察していた。 三人は、船倉に閉じ込められた。『マリー・ガラント』号の船員は自分たちが乗っていた船の曳航を手伝わされているため、ここにはいない。 周囲には酒樽や穀物の詰まった袋や、火薬樽、それに砲弾などが雑然と置かれている。 ワルドは興味深そうにそんな積荷を見て回っている。 リゾットはメタリカを使って脱出することも考えたが、ある可能性を考慮し、まずはおとなしくすることに決め、右腕の包帯を変え始めた。それを見てワルドが呟く。 「君の右腕の仕掛け弓はどうしたんだい? さっきも取り上げられなかったようだが」 「……この腕では装着できない。船室において来た」 答えながら、包帯を解いていく。現れた右腕を見て、ルイズが思わず短い悲鳴を上げた。 『ライトニング・クラウド』によって与えられた火傷は時間経過と共に右腕のいたるところに水ぶくれを作り出し、肩は引きつったように痙攣している。 「酷い火傷じゃないの! どうして昨日、言わなかったの!?」 「問題ない、と言ったはずだ。見た目ほどは酷くない。……応急手当はした。薬品が足りなかっただけだ」 リゾットはあくまで淡々と返したが、ルイズは取り乱し、ドアを叩いて叫び始める。 「誰か! 誰か来て!」 扉の向こうで看守が起き上がった。 「何だ?」 「水を! あと、『水』系統のメイジを呼んで! けが人が居るのよ! 治してちょうだい!」 「いねえよ。そんなもん」 「嘘! いるんでしょう!? さっき、『眠りの雲』を唱えたじゃない!」 ワルドは呆気を取られて、ルイズを見つめている。リゾットはルイズの肩を掴んだ。 「あまり騒ぐな。俺なら大丈夫だ」 「嫌よ、信じられない! だって、あんた、いつも平気そうじゃない! 何で痛いときも苦しいときも平然としてるのよ!」 怒鳴っているうちにルイズは何だか悲しくなってきた。涙が溢れそうになる。しかし、ルイズは唾を飲み込んで、それを耐えた。 「それは確かに俺が悪かった……。だが泣くな…」 「泣いてなんかないもん。使い魔の前で泣く主人なんかいないもん」 リゾットはもう既にルイズが泣いているところを見ているのだが、そこはこの際伏せておくことにした。 「分かった。お前は泣いていない……」 ルイズは壁際まで歩くと、そこにしゃがみこみ、顔を抑えてうずくまった。泣いているのか、体が震えている。 リゾットはそんなルイズを見ながら、女性の扱いの難しさを改めて痛感していた。 やがて、水と食事のスープが運ばれてくる。運んできた太った男はルイズにアルビオンに何の目的で行くのか尋ね、旅行と聞くと馬鹿にしたような顔で去っていった。 リゾットは毒が入っていないことを確認した後、渋るルイズとワルドにスープを譲り、水を使って包帯の交換の続きをする。だが、左手しか使えないため、やはり苦労する事になった。 すると、ルイズがやってきて、リゾットの手から包帯を奪い取る。布を水に浸して患部にあて、包帯をリゾットの右腕に巻き始めた。 「おい…」 「何よ。あんたは私の使い魔なんだから、言うこと聞きなさいよね」 ルイズは泣きはらした目のまま、それ以上、何も言わずに黙々と包帯を巻く。はっきり言って手つきは下手だ。 巻いている途中、また扉が開き、今度は痩せた空賊が入ってきた。楽しそうに三人を見回す。 「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」 三人は黙ったまま、じっと空賊を見つめている。 「おいおい、だんまりじゃわからねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びているのさ」 「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」 「いやいや、俺たちは雇われているわけじゃねえ。あくまで対等な関係で協力し合っているのさ。まあ、おめえらには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」 ルイズの視線が険しくなる。立ち上がると、決然と空賊に言い放った。 「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派の使いよ。 まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」 「………」 ルイズはリゾットの視線に気づき、きっとにらんだ。 「何よ? 文句でもあるの?」 「いや……まさか正直に答えるとは思わなかったからな……」 「うるさいわね! こいつらに嘘ついて頭下げるくらいなら、死んだほうがマシよ!」 そのやり取りを聞いて、空賊は笑う。 「正直なのは、確かに美徳だが、お前たちはただじゃ済まないぞ。頭に報告してくる。その間によく考えるんだな」 男はそういうと、扉を閉めて立ち去った。 部屋に沈黙が訪れる。 「……ほら、腕、貸しなさいよ」 そういうと、ルイズは再び包帯を巻き始めた。やがて、不器用な巻き方ではあるが、包帯が巻かれる。稼動範囲がかなり狭い。それでもリゾットは礼を言った。 「感謝する…」 「別に……。使い魔が怪我をしたら治すくらい、ご主人様として当然よ」 リゾットの礼を聞くと、ルイズは顔を赤くしつつ、顔を背けた。 「一つ訊きたい。今のでここで死ぬことになっても……お前は後悔しないのか?」 「この任務を受けたときから死ぬかもしれないって覚悟は出来てるわ。でも、私は諦めない。だからといって、あそこで嘘を言ったら私の貴族としての『誇り』が消えるのよ! ……そりゃ、平民のあんたを巻き添えにしたのは悪かったけど、主人と使い魔は一心同体なんだから、我慢しなさいよね」 「そうか……」 今まで成り行きを見守っていたワルドが寄ってきて、ルイズの肩をたたく。 「いいぞルイズ。流石は僕の花嫁だ」 ルイズは複雑な表情を浮かべて、うつむいた。 やがて再び扉が開く。先ほどの痩せた空賊が入ってきた。 「頭がお呼びだ」 三人が連れて行かれた部屋は、船長室だった。豪華なディナーテーブルがあり、一番上座には先ほどの頭領が腰掛け、その周囲には空賊たちがニヤニヤ笑いながら、ルイズたちを見ている。 頭領は大きな水晶がついた杖をいじくっていた。メイジのようだ。 「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しな」 ここまでつれてきた痩せた空賊が促すが、ルイズは頭領を睨むばかりだった。頭領はにやりと笑う。 「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」 「大使としての扱いを要求するわ。そうじゃなかったら、一言だってあんたたちになんか口を利く者ですか」 「王党派と言ったな?」 お互いに相手の言うことを無視しているため、まるで会話がかみ合っていない。このままだとラチが開かないと思ったのか、ルイズが答える。 「ええ、言ったわ」 「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」 「あんたたちに言うことじゃないわ」 頭領は、歌うような楽しげな口調でルイズに言った。 「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」 「死んでもイヤよ」 その時、リゾットはルイズの体が震えていることに気がついた。 (まったく、フーケのときといい、今といい……) リゾットはルイズの恐怖に負けない精神力を見直すと共にその強情さに呆れた。この娘は自分の中の大事なもののためなら、決して後には引かないのだ。 誇りのために死を覚悟してボスに反逆した自分たちに、その姿が重なる。 「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」 頭領の言葉にルイズが答えるより早く、リゾットが口を開いた。 「もうそろそろいいだろう……。茶番は終わりにしないか…?」 頭領がリゾットを睨みつける。その眼光は人を睨みつけることに慣れ、普通の人間なら黙ってしまうような苛烈なものだった。だが、リゾットは意に介さない。 「貴様は何だ?」 「この娘の使い魔だ」 「使い魔? ふん、トリステインでは妙な使い魔がいるのだな…。茶番とは何のことだ?」 「お前たちは俺たちを殺すつもりも、身代金を取り立てる気もない。なぜなら、お前たちは王党派だからだ」 『!!』 リゾット以外の全員が驚愕の表情を浮かべた。 「ちょ、ちょっとリゾット、それ、どういうこと?」 「彼らは王党派だ。……つまり、俺たちの味方だ……。目的は空賊に化けることによる撹乱と……敵の補給の妨害および物資調達か?」 その途端、頭領を含めた空賊たちが大声で笑う。頭領は黒髪のカツラを取り、眼帯を外し、付け髭を外す。すると、凛々しい金髪の若者が現れた。 「その通りだよ。名乗りもせず、無礼を働いたこと、許してほしい。私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……。まあ、艦隊は本艦『イーグル』号しか存在しないのだがね…。そちらの肩書きより、こう名乗った方が分かりやすいかな?」 若者は居住まいを但し、威風堂々、名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズはあんぐりと口をあけた。ワルドは興味深そうに皇太子を見つめている。リゾットも皇太子だとは思っていなかったので、多少、驚いた。 「さて、御用の向きを伺う前に、そちらの使い魔殿に是非とも尋ねたい。いつ、どのようにして我々の正体に気づいたんだい?」 リゾットはしばらく黙っていたが、ルイズにせっつかれて口を開いた。 「……最初におかしいと思ったのは、お前たちの動きだ。規律を何より優先する、訓練された動きだった」 「だが、それだけではまだ王党派とは判別できない。内乱に乗じて軍が私的に略奪を行う、というのはありえる話だからね」 ウェールズの言葉に、リゾットは頷き、自分たちを連れて来た痩せた男を示す。 「それはこの男の話で決定した。『王党派を捕まえる密命を帯びているから、貴族派ならば逃がしてやる』。私腹を肥やしている軍ならば、自分たちとのつながりを隠したがる。 さらに、この言い方は俺たちに『貴族派だ』と言うように誘導している。お前たちが貴族派ならば、嘘をつけば助かるような言い方はしない…。俺たちを試すつもりだったんだろうが、不自然になりすぎたな…」 リゾットは続ける。 「最期に……お前たちは品が良すぎた。本物の賊はこんなに紳士的ではない…。騒ぎ立てる娘がいたら、黙らせるために一人、撃ち殺すくらいはする…」 「なるほど。ずいぶん空賊の真似も板についてきたと思っていたんだけどね……。まだまだというところか」 ウェールズは苦笑した。 「いや、大使殿には、大変な失礼をした。本当に味方か、慎重に確かめる必要があったのでね。まさか、外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。許してほしい」 「え、ええ……」 まだ信じられないといったルイズに代わり、ワルドが前へ進み出る。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」 ワルドは優雅に一礼して言う。 「ふむ、姫殿下とな? 君は?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の青年にございます、殿下」 「なるほど! 君たちのような立派な者たちが私の親衛隊に十人もいたなら、このような惨めな今日を迎えることもなかっただろうに! して、その密書とやらは?」 ルイズが慌てて、胸ポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。恭しくウェールズに近づいたが、途中で立ち止まる。それから、ちょっと躊躇うように、口を開いた。 「あ、あの……その、失礼ですが、本当に皇太子殿下でしょうか?」 ウェールズは笑った。 「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。何なら証拠をお見せしよう」 ウェールズは自らの薬指の指輪をはずすと、ルイズの指の水のルビーに近づけた。二つの指輪は虹色の光を発して共鳴する。 「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだろう? 水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変失礼しました」 ルイズは一礼して、手紙をウェールズに渡した。 ウェールズは受け取った手紙の花押に接吻してから、丁重な手つきで手紙を取り出す。真剣な表情でそれを読み進め、顔を上げた。 「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」 ワルドが無言で頭を下げ肯定する。再びウェールズは手紙に視線を下ろした。 最期の一行まで読むと、微笑む。だが、リゾットはその笑顔に隠された悲しみを見出した。 「……私にとってあの手紙は何より大切なもの。しかし、姫の望みとあれば、お返ししよう。だが手紙はニューカッスル城にある。多少面倒だがご足労願いたい」 ウェールズの船『イーグル』号は、貴族派たちの艦隊の目を避け、雲の中にある大陸の下部の抜け穴を通り、ニューカッスルの秘密の港に入港した。 老メイジが出迎えに現れ、戦果を確かめると、喜びの声を出す。 「これは硫黄でございますな! 火の秘薬として使えば、我らの名誉も守られるでしょう!」 硫黄と聞いて、他の兵士たちも歓声を上げる。ウェールズもまた、にっこりと笑った。 「ああ、これだけの硫黄があれば、王家の誇りと名誉を、叛徒に示しつつ、敗北することが出来るだろう」 「栄光ある敗北ですな!」 リゾットは周囲を見渡した。二人の会話によると、明日の正午には最終決戦が行われるらしい。だが、彼らの表情に恐怖はない。そこには純然たる『覚悟』のみがあった。 (彼らはもう……、決めているわけか……) リゾットは苦々しく思った。死中に活路を見出すのと、死ぬために進むのでは、似ているようで違う。彼らは『栄光』に向かって努力し、『成長』するという生の責任を放棄しているように見えた。 パリーと名乗った老メイジは今夜、最後の晩餐を開くことをルイズたちに告げ、立ち去った。 「さ、行こうか」 ウェールズの後に続きながら、リゾットは暗澹とした気持ちが自分の中に広がるのを感じていた。 粗末なベッドと椅子と机、それに壁にタペストリーが飾られただけの質素な部屋が、ウェールズの居室だった。 ウェールズは机の引き出しから、宝石が散りばめられた小箱を出す。粗末な部屋の中で輝くそれは、まるで誇りと名誉だけを残すのみとなった王党派そのものを象徴しているようだった。 鍵のかかった箱を開き、中から何度も読まれてボロボロになったのであろう、手紙を取り出す。 万感の愛おしさを込めて口付けをし、最後にもう一度だけ読み返した後、ウェールズはそれを差し出した。 「さあ、残った君たちの任務はこれを持ち帰るだけだ。明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」 ルイズはその手紙をじっと見詰めていたが、そのうち決心して口を開いた。 「殿下……。さきほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は無いのですか?」 「ないよ。わが軍は三百、敵軍は五万。歴史上、これだけの戦力差で寡兵が勝った事はなくはないが、それは地の利や天候、それに歴史上稀に見る英雄たちの味方があってこそだ。 だが、叛徒たちもこの辺りの地理や天候は熟知している。わが軍にも人はいるが、英雄といえるほどの者はそういない。 我々にできることは、はてさて、勇敢な死に様を連中に見せ、今まで死んで行った部下たちや叛徒に、勇気を示すことだけだ」 しごくあっさり、ウェールズは答える。しかし、その回答にたどり着くまでに幾度も勝利の可能性を探ったであろうことは、城内を通ったときに散見した戦略図やその他、様々な分析を記したであろう紙から見て取れた。 「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 ルイズは俯き、疑問を口にした。 「当然だ。私はまっさきに死ぬつもりだよ」 その言葉に、ルイズはウェールズに深々と頭を下げた。ただ一つ、アンリエッタに誓った友情と忠誠にかけて、言わねばならないことがある。 「殿下……、失礼をお許し下さい。 恐れながら、申し上げたい事がございます」 「なんなりと、申してみよ」 「この任務を仰せつけられた時の姫様のご様子は、尋常ではございませんでした。そう、まるで恋人の身を案じているような……。それに、先ほど殿下の宝箱の内側には姫様の肖像画が描かれていました。 手紙をご覧になっている際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫様とウェールズ皇太子殿下は………」 ウェールズはルイズの言いたい事を察し、微笑みを浮かべた。 「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 「そう考えました。とんだご無礼をお許し下さい。しかし、そうするとこの手紙の内容は……」 ウェールズは、額に手をあて、言おうか言うまいか悩んだようだった。しかし、結局この正直な大使に告げることにする。 「恋文だよ。君の想像しているものさ。それはアンリエッタが始祖ブリミルの名に永遠の愛を誓ったものだ。知っているように、始祖に誓う愛は婚姻のときでなくてはならぬ。 それが貴族派の連中の手に渡り、ゲルマニアの皇帝に知られたら彼女は重婚の罪に問われる。そうなれば、ゲルマニアとトリステインの同盟は白紙となり、トリステインのみであの恐ろしい貴族派連中と戦わねばならぬだろう」 「とにかく、姫様は殿下と恋仲であらせられたのですね?」 「昔の話だ」 遠い笑みを返す。昔を懐かしむと同時に、現在、遠くにいる恋人に向けられた笑みだった。それを見て、ルイズの感情は弾けた。 「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」 ワルドが寄ってきて、ルイズの肩に手を置いた。だが、ルイズの剣幕は収まらない。 「それはできんよ」 ウェールズは笑いながら言った。 「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました! 姫様の気性は大変よく存じております! あの姫様がご自分の愛した人を見捨てる筈がございません! 仰ってくださいな、殿下! 姫様は、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっている筈ですわ!」 首を横に振り、ウェールズは苦しそうに言葉を返す。 「姫と私の名誉に誓って言う。ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」 それは表情を読むまでもなく、ルイズの指摘を裏付けるものだった。 「お願いでございます! ただ一言! 我らと共にトリステインへ行く、と仰って下されば、我ら、一命を賭して殿下をトリステインへ護送いたします!」 「アンリエッタは王女だ。自分の都合を国の大事に優先させる訳が無い。そして、私も滅びかけているとはいえ、この国の皇太子なのだ」 リゾットにはウェールズの気持ちが理解できた。十八歳の時、リゾットは従兄弟の子を轢き殺した犯人に復讐した。『恩には恩を。仇には仇を』、この信条に従う彼にとって目の前で彼女の命を奪った犯人を、懲役四年程度で許すことはできなかったのだ。 だが、殺人者が家族の下に戻ることはできない。罪が明らかになれば、リゾットの家族は皆、殺人者の家族として社会的に抹殺されるだろう。だからその日以来、リゾットは名を変え、裏の世界に入って行ったのだ。 ウェールズがトリステインに逃げ込めば、トリステインはより早く貴族派に攻め込まれるかもしれない。大切だからこそ、その対象から離れなければならないこともあるのだ。 ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いことを理解したのか、うな垂れた。そんなルイズの肩にウェールズは手をおく。 「ラ・ヴァリエール嬢、君は正直な、いい子だ。だが、忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりなさい」 寂しそうに俯くルイズに、ウェールズは微笑んだ。他人に安心を与えるような、限りなく魅力的な笑みだった。 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他には無いのだから」 その名誉ゆえに嘘をついた皇太子は、机に備え付けられた、水の張られた盆の上の針を見つめた。それが時計だということを、リゾットは知識から引っ張り出す。 「そろそろ、パーティーの時間だ。君達は我らの王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」 ルイズとリゾットは部屋を出て行った。一人残ったワルドはウェールズにある願いを申し出で、ウェールズはそれを快諾した。 パーティは城のホールで行われた。玉座には年老いたアルビオン王、ジェームズ一世が腰掛け、皇太子ウェールズがその脇に控える。 老王は残った家臣たちの今までの忠節を労い、逃亡を促すが、家臣たちはそれを笑い話として流した。 そしてパーティが始まる。明日滅びが待ち受けているにも関わらず、底抜けに明るく、和やかなパーティだった。 こんなときにやって来た三人はやはり珍しいらしく、貴族たちが代わる代わるやって来て、明るく料理を勧めたり、酒を勧めたり、冗談などを言ってきた。 そのうち、リゾットのところへウェールズがやってきた。 「やあ、使い魔殿。楽しんでいるかい?」 「ああ……」 「お蔭さんでね」 デルフリンガーが声を出すと、ウェールズは剣に目を移した。 「君の剣はインテリジェンスソードだったのか。客人は四人だったとは、気づかなくて申し訳ない」 「いいってことよ。俺は客扱いされても飯を食ったりするわけじゃないしな」 「ウェールズ皇太子、質問と忠告が一つずつある」 「何だい?」 「何のために死ぬ? お前を含め、この城の者たちが覚悟を決めているのは分かる。だが、『覚悟』とは犠牲の心ではない。お前たちの死は何かに繋がるのか?」 ウェールズは質問の意図を考えるように沈黙した後、やがて口を開いた。 「……我々の敵である『レコン・キスタ』はハルケギニアの統一と、はるか東方にある『聖地』を取り戻すという理想を謳っている。 理想を掲げるのはいいだろう。だが、その理想のため、流される民草の血を考えぬ。国土の荒廃を考えぬ」 ウェールズは手にしたグラスに一度視線を落とした。ワインの赤が民の血であるかのように、悲しそうな視線だった。 「だからだ。我々は勇敢に戦い、ハルケギニアの王家がまだ健在であることを見せ付けねばならない。彼らはそれで理想を捨てることはないだろう……。 だが、そうすることで、他の諸国の王家も我々の名誉と勇気を受け継ぎ、敢然と戦い、民草を守ってくれると思っている」 リゾットは目の前の皇太子が、自らの価値観の中で責務を果たそうとしていることを悟った。 「分かった……。お前がお前なりに責任を果たそうとするなら、俺から何も言うことはない……。だが、アンリエッタ王女に何か言い残すことはあるか?」 その言葉を聴くと、ウェールズは目を瞑る。しばらくそうした後、目を開いた。 「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それだけで十分だ」 「分かった……。確かに伝えよう」 「で、忠告というのは?」 「その前に……皇太子の系統を訊きたい」 「『風』だが……」 「ちょうどいいな。では忠告の前に頼みがある…」 ウェールズに頼みを聞き届けてもらうと、そして、リゾットは話し始めた。 ウェールズが座に戻ると、リゾットはいつの間にかルイズがいなくなっていることに気がついた。 探しに行こうとすると、やっと解放されたのか、ワルドがやってきた。リゾットの前に立ちふさがるように立つ。 「君に言っておかねばならない事がある。明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」 「……そうか。それで?」 リゾットの表情は動かない。 「君は明日の朝、すぐに船で発ちたまえ。僕とルイズはグリフォンで帰る」 「分かった」 「では、君とはここでお別れだな」 「そうだな……」 頷くと、リゾットは立ち去った。 真っ暗な廊下を、蝋燭の燭台を手に、リゾットはルイズを探していた。可能性は低いが、決戦前に暗殺者が入り込んでいることがありえるからだ。 ルイズはテラスで一人、泣いていた。 「ルイズ、一人でいるのは危険だ」 リゾットが声をかけると、ルイズはごしごしと涙をぬぐう。だが、後から後から涙が出てきた。 とりあえずルイズの無事を確認した後、リゾットが油断なく周辺を見渡していると、突然胸に軽い衝撃を感じる。見ると、ルイズが抱きついていた。 「どうした…?」 リゾットは困惑した。どうにかしなければならないのは分かるが、こんなルイズにどうしてやればいいのか分からない。 結果、しばらくそのまま周囲に対する警戒を続けることにした。ルイズはしばらく泣いていたようだが、やがて話し始めた。 「いやだわ……、あの人たち……、どうして、どうして死を選ぶの? 訳わかんない。姫様が逃げてって言っているのに……、恋人が逃げてって言っているのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」 「そうすることが……彼らの責任を果たすことだと信じているからだろう」 「何よそれ……愛する人を生きて守るより、大事な責任がこの世にあるっていうの?」 「大事だと思う相手の望むままにふるまうことが、必ずしも相手のためになるとは限らない…」 「納得できないわ……」 ルイズは思いついたように顔を離し、リゾットを見た。 「あんた、死のうとして、やめたんでしょ? だったら、皇太子を説得して!」 リゾットは首を振った。 「……無理だ」 「どうしてよ!?」 「……俺は逃避するために死のうとしていた。だが、ウェールズ皇太子は違う……。彼は自分が死ぬことで、残された者たちに何かを受け継がせようとしている。 それが受け継がれるのか、俺には分からないが、彼がそう信じている以上、説得に耳を貸すことはないだろう」 自分たち暗殺チームも、死ななければ任務が果たせないなら死を選ぶだろう。最期まであきらめるわけではないが、それだけの覚悟をして任務に挑んでいた。 それが反社会的であろうと、非人道的であろうと、そうすることが正しいと信じて戦っていたのだ。ウェールズもまたそうなのだ。 「そんな……」 「もしもあの男の決意を動かせるとしたら、それは彼の心に深く根を張っているアンリエッタ王女本人の言葉だけだろうな……」 「でも、私が姫様の意思をお伝えしても、皇太子は動かなかったじゃない! 手紙だってあったのに!」 ほとんど叫ぶようにして、ルイズが言う。 「何かに託された言葉では彼に届かない。王女が直接会って、説得すればウェールズも動くかもしれない。だが、それは無理な話だ…」 「でも……」 「もうやめろ、ルイズ。これ以上、彼の覚悟を汚すな。これ以上の説得は、彼自身を苦しめるだけだ…」 淡々というリゾットに、ルイズはついに感情を爆発させた。 「もういいわ! あんたも皇太子もこの国もみんな、大嫌い! 残される人たちのことなんてどうでもいいんだわ! そんなに死にたいなら勝手に死んじゃえばいいのよ!」 走り去るルイズを、リゾットは追わなかった。ふと、地面に落ちた缶が目に止まる。 リゾットはそれを拾い上げ、中を改める。軟膏が入っていた。 「ありゃ、それぁ火傷を治す水の秘薬じゃねえか」 デルフリンガーが呟く。 「…………」 「あの貴族の娘っ子、相棒にそれを渡すつもりだったんじゃねえの?」 「…………」 リゾットはその缶を手にし、じっと見つめ続けた。 深夜、見張りを除いて皆が寝静まったはずの城内で、リゾットは目を開いた。 腰のナイフに手をやって確認した後、傍らに立てかけておいたデルフリンガーを手に取る。 「やめときな、相棒」 歩き出したリゾットに、デルフリンガーが声をかけた。 「……何をだ?」 「相棒が今考えてることをさ」 「……俺が何を考えてるのか、お前に分かるのか?」 「分かるさ。暗殺だろ?」 リゾットの足が止まる。 「驚いたかい? 俺はな、相棒。六千年も前から剣をやってる。 つまんねーことも多かったが、そんな中でもいろんな連中を見てきた。 敵の裏をつく戦法、斬撃の威力よりも相手の急所を狙う攻撃、身のこなし、その他もろもろの戦術。 相棒のそれはまっとうな戦士の戦い方じゃねえ。少なくとも騎士様の戦い方じゃねえ。暗殺者の戦い方だ」 「……暗殺には反対か?」 図星を当てられてなお、リゾットの声は淡々としていた。 「どうしても反対してるわけじゃねえさ。相棒がやると決めたことなら俺ぁ従うよ。何せ俺は剣で、相棒はその使い手だもんな。 だがね、暗殺ってのは自分の心も体も切り刻む。まともな神経で続けられる仕事じゃあない。 人間の心ってのは人を殺し続けられる様にはできてねえんだからな……。 もし暗殺なんていう仕事を平気でずっと続けられる奴がいるとしたら、そいつぁ狂ってるんだろうよ」 「…………」 リゾットは黙って耳を傾けている。デルフリンガーは覚悟を決めて言っている事が、表情が見えずとも分かったからだ。 「まして相棒、お前さんは他人が思ってるより、自分で思ってるより優しい奴だよ。その優しさに流されない冷静さも持ってるがね。 そんなお前さんに、自分の心を傷つけて欲しくねえんだよ」 「相棒がその気になりゃ、連中を暗殺できるのは分かってるさ。だがね、そんなことして、あの皇太子さんの名誉は守られるのかね?」 「暗殺ってのは薄汚ねえ手段さ。少なくとも貴族連中はそう思ってる。そんな手段で生き延びたとして、だ。彼らの誇りは守られんのかねえ? このアルビオンって国は、国体を保てるのかねえ? 名誉より命って考えも俺は分かるよ。だがね、そいつぁ俺やお前の価値観で、彼らの価値観じゃあない」 「……もういい、デルフ」 「…………」 リゾットの声に、デルフは押し黙った。 「依頼もなしに暗殺しようとするのは暗殺者のやることじゃない。気遣いは感謝する……」 「ああ、もう寝ろよ。眠っちまえ。お前さんのやろうとしてるもう一つのこと。そいつぁ、俺も反対しねえよ」 「分かってる」 「ああ、喋りすぎたな。俺もお節介な剣さ…」 翌朝、ルイズはワルドに連れられて、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂に来ていた。 皇太子の礼装に身を包んだウェールズが二人を迎え入れる。他の人間は皆、決戦の準備に駆けずり回っているのだ。 ルイズは昨夜、ウェールズや死を覚悟した人々、それにリゾットの態度がルイズを激しく落ち込ませ、ろくに眠っていなかった。 そして今朝早く、ワルドに突然起こされた。リゾットの行方を尋ねたが、先に帰ったと聞き、ついに見放されたのかとさらに落ち込んだ。 自暴自棄な気持ちと寝不足のまま、ルイズをワルドに連れられ、ここに来たのだった。 「今から結婚式をするんだ」 そう言いながらワルドはルイズの頭に、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をのせる。 続いて、マントもいつも着用している黒いマントを外し、新婦のために用意された純白のマントに取り替える。 ワルドに着せ替えられている間も、ルイズは無反応だった。ワルドはそんなルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。 始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並び、ワルドは一礼をした。 「では、式を始める」 ウェールズの声が礼拝堂に朗と響いても、ルイズはまるで聞いていなかった。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」 「誓います」 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか?」 自分の名が呼ばれたときでさえ、ルイズの心は深い思考の中に沈んでいた。 「新婦?」 ウェールズの声に、ようやくルイズはのろのろと顔を上げた。やっと脳が動き始める。 ルイズは戸惑った。いつの間にか式は進んでいる。どうすればいいのか、まるで検討がつかなかった。 「緊張しているのかい? 仕方が無い。初めての時は事が何であれ緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続ける。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味が有る。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして夫と……」 いまや自分の気持ちを汲み取り、評価し、守ってくれる使い魔はいない。どうすればいいのか、助言を求めることも出来ない。 そう思うと、急に孤独がルイズを包んだ。そして気づく。少なくとも、ワルドといても、孤独は癒されないのだと。 そこまで考えたとき、ルイズはウェールズに首を振った。 「新婦?」 「ルイズ?」 「ワルド、私、貴方とは結婚できない」 怪訝な顔をしているワルドに、ルイズは悲しそうな表情を浮かべながら、そう言った。 ウェールズは首をかしげながらもルイズに問いかける。 「新婦は、この結婚を望まないのか?」 「その通りです。お二方には大変失礼をいたすことになりますが、私はこの結婚を望みません」 ワルドの顔に、さっと朱がさした。ウェールズは困ったように首をかしげると、ワルドに残念そうに告げる。 「子爵、誠に気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」 しかし、ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。 「……緊張しているんだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むわけが無い」 熱っぽいワルドの口調に、ルイズは首を振る。 「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」 するとワルドは、今度はルイズの肩をつかんだ。 「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのために君が必要なんだ!」 その表情もいつもの優しいものではなく、爬虫類を思わせる、冷たいものに変わっていた。 「私……世界なんかいらないもの……」 「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」 その剣幕を見かねたウェールズは、間に入ってとりなそうとする。 「子爵……、君はフラれたのだ。いさぎよく……」 「黙っておれ!」 ウェールズはワルドの暴言に驚き、立ち尽くした。ワルドはルイズの手を乱暴に握る。その手は冷たく、まるで蛇に絡みつかれているようだった。 「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」 「私はそんな、才能あるメイジじゃないわ」 「だから言っている! 自覚がないだけなんだよ、ルイズ!」 ルイズは手を振りほどこうとしたが、物凄い力で握られている為に、振りほどくことが出来ない。ルイズは苦痛に顔をしかめた。 「そんな結婚、死んでもいやよ。今、分かったわ。貴方は私を愛してなんかいない。貴方が愛しているのは貴方の頭の中にだけある、在りもしない私の魔法の才能だけ。 こんな侮辱、他にはないわ。そんな理由で結婚しようなんて、死んでも嫌!」 ルイズが暴れる。見かねたウェールズはワルドの肩に手を置き、二人を引き離そうとした。しかし、ワルドは今度は突き飛ばした。ウェールズの顔に怒りが走る。 「なんという無礼! なんという侮辱! 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、わが魔法の刃が君を切り裂くぞ!」 ウェールズに杖を向けられ、やっとワルドは手を離した。そして、どこまでも優しい笑顔を浮かべる。だが、その笑みは嘘に塗り固められていた。 その顔を見て、ルイズは初めて、『ワルドはいつも仮面を被っている』といっていたリゾットの言葉を理解した。 「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ、僕のルイズ」 ルイズは怒りに震えながら返事をする。 「いやよ、誰が貴方と結婚なんかするものですか!」 ワルドは天を仰いだ。 「この旅で、君の気持ちを掴むために、ずいぶん努力した……。あの男に邪魔されがちだったがね…」 両手を広げ、首を振る。 「こうなっては仕方ない。ならば目的の一つはあきらめよう」 「目的?」 ルイズの疑問に、ワルドは唇を吊り上げ、笑った。 「そうだ。この旅における僕の目的は三つ。そのうち二つは達成できるだけでもよしとしなければ」 「達成? 二つ? どういうこと?」 「まず、一つめ。ルイズ、君を手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 「当たり前じゃないの!」 ルイズは胸のうちに広がるいやな予感を抑えながら叫んだ。 「二つめ。ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 ルイズははっとしてポケットを押さえた。 「三つめ……」 『アンリエッタの手紙』という言葉で全てを理解したウェールズが杖を構えて呪文を詠唱した。 しかし、ワルドは二つ名「閃光」のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させる。杖が青白く発光した。 ウェールズは呪文を唱えつつ後ろに跳ぼうとするが、それよりも早く杖はウェールズの胸へと伸びる。 そして、空中で杖が止まった。金属音が静寂に包まれた礼拝堂に響く。 「………とうとう正体を現したな、ゲス野郎め」 空中から声がした。ワルドの杖の先端から、細かい粒が一つ一つ落ちていくように、デルフリンガーの刃が明らかになる。 その粒子の落下はデルフリンガーを握る人物の姿をも描き出す。ワルドが驚愕の声を漏らした。 「貴様は……!」 「リゾット!」 ルイズは使い魔の名を呼んだ。そこにはリゾット・ネエロがその暗黒の瞳に冷たい怒りをたたえ、剣を構えていた。 リゾットはワルドから視線を離さず、ルイズに言った。 「薬は受け取った……。ありがとう」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/558.html
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 通称、ゼロのルイズ。 彼女は今、部屋の窓から二つの月を眺めていた。 彼女は今一人だった。使い魔もいない。 やっとの事で呼び出した、平民のはずの使い魔。 名を、イルーゾォ。 鏡の中の使い魔 月を眺めていて彼の事を思い出すのは、彼がよく月を眺めていたからだろう。 月が一つしかない異世界から来たと言い張った男。生意気な使い魔。 口論の末に己が使い魔と認めさせても、彼は服従しなかった。 そのくらい未熟な自分でもわかると、いらだち混じりに爪を噛む。 イルーゾォがルイズに仕えた理由は二つ。 死んだ筈のイルーゾォを、召喚という魔法を通じてか生き返らせた事。 そして、彼のチームが全滅したであろう事。 彼が主張する「自分は死んだ」などという戯言をルイズは信じていない。 ルイズの前に、使い魔の証たるルーンをその手に刻んで確固として存在しているのだ。 はたして誰が信じられようか。 また彼のチームの全滅。 本当に異世界から召喚されたというのなら、いかなる手段を持って召喚された世界の事を知りえたというのか。 本人は夢で見たという。 夢? そんな物の何が信じられるというのだ! だがイルーゾォは言うのだ。 「オレの仲間は、もう、誰もいない」と。 「リゾット……プロシュート……ギアッチョ……メローネ…… ホルマジオ……ペッシ……ソルベ……ジェラート……」 彼の仲間達を口に乗せる。彼から直接聞いたわけではない。 ただうなされるイルーゾォの、その呟かれた中に込められた思いにいつしか覚えてしまっていた。 「すまない」と。「生き残ってしまって、すまない」と…… ルイズにはわからない。 肉親であれ友達であれ、離れてしまう事でその身を引き裂くほどに思えるほどの、それほどまで強いの繋がりを感じた事はないから。 「イルーゾォ……」 正直、うらやましいと思う。 それほどまでに思える仲間がいたのだから。 だから―――― 「無事、帰ってきなさいよ。ガリア王の暗殺なんて、できなくてもいいんだから……」 きっと、彼の仲間達は、敗北の中でそれでも誰か一人でも生きていて欲しかったと願って、そして偶然イルーゾォが呼び出されて。 夢を見たのもきっと、いつまでも自分達に縛られて欲しくなくて。 帰るよりも、新天地での新しい生活に専念して欲しくて。 だから吹っ切れさせるために自分達の末路を見せたのではと、ルイズは思っている。 その考えを、ルイズはイルーゾォに告げていない。 あくまでルイズの妄想であり、例え真実そうだとして、それが仲間を失った彼にとってはたしてどれだけの慰めになるものか。 だからルイズは待つ。 いつか傷口から血が止まり、この世界で生きる事を決意してくれる事を。 それが彼をこの世界に召喚したご主人様の務めであり、傷つきながらもなお、自分のために戦ってくれた誇りある使い魔に報いることだと信じているから。 正直な所、ルイズは己の使い魔の強さを知らない。 彼がその力の片鱗を見せたのは三度。 青銅のギーシュ、土くれのフーケ、そして、アルビオン王国に反旗を翻した貴族達。 青銅のギーシュの時はメイドのシェスタを助けるため。 今なお服従せずとも、助けられた恩を返すために惰性的に使い魔をやっていた当時のイルーゾォは、それ故にルイズの怒りをかった。 そのお仕置きとして食事を抜かされたイルーゾォに救いの手を差し伸べたのがメイドのシェスタだった。 食事を恵んでもらったお礼として彼女の手伝いをしていたイルーゾォは、ギーシュに絡まれたシェスタを助けるために決闘を受ける。 それは愚かな事だ。愚かな、筈だった。 気負うこともなく、ただ配膳のために使っていた磨かれた銀のお盆ただ一つを武器として決闘に挑み――勝利した。 いや、はたしてそれを通常の決闘の枠に組み入れていいものか。 ルイズにはいまだ理解できない。あの決闘を見ていた全ての者がそうだろう。 ヴェストリ広場に現れたイルーゾォは、お盆を武器と主張して、それをいぶかしむギーシュにお盆を見せて、そしてギーシュは消えた。 永遠に。ルイズ達の前から。その存在も死体すらも残さず。まるで悪魔にさらわれたかのように。 それ以来、ルイズをゼロと呼ぶ者も、イルーゾォを平民と馬鹿にする者もいなくなった。 何をしたかわからぬが故に、メイジ達のイルーゾォに対する恐怖は膨れ上がるばかりであった。 そしてそれはフーケの消失によって決定的となる。 見事学園の宝物庫より破壊の杖を盗み出したフーケ。 スクウェアクラスのメイジによる固定化の魔法。それを突破した強大なメイジ。 討伐に名乗りを上げたルイズ、キュルケ、タバサの三名をただの一人で手玉に取った彼女もまた、イルーゾォにあっさりと消された。 巨大なゴーレムは何の意味も成さず、ただ無残な土山を後に残すのみ。 戦いともいえぬ戦い。 その実力に目をつけたのはトリステイン王国王女アンリエッタ。 アルビオンに潜入し、ウェールズ皇太子にあてた手紙を取り戻して欲しいとの願いは相手がルイズであったからだとは承知している。 だがしかし、ルイズが強力な使い魔を持っていなければ、流石に敵地へと侵入してこいなどとは言わなかったろう。 その願いを押しとどめたのはイルーゾォ。 「要は、その反乱軍がいなくなりゃあ済む事だろ」 その言葉は、反乱軍の中心人物たちの集団失踪にて現実となる。 イルーゾォのもたらしたアルビオン反乱軍壊滅という圧倒的な戦果に、新たに目をつけたのはタバサであった。 その素性はガリア王国王弟オルレアン公の娘、シャルロット・エレーヌ・オルレアンである。 メイジの軍勢を容易く葬ったイルーゾォの強さに賭け、その素性を明かし協力を懇願したのだ。 ガリア王国国王ジョゼフとその使い魔の暗殺の、協力を。 受けたのはルイズ。彼女にはもはや己が使い魔の実力を疑う余地などなかった。 ならば政治的影響力を高めるためにもタバサの頼みは受けて置いて損はないと考えたのだ。 (今頃はもう、王城の中かな……) イルーゾォの力の正体。知りたくないと言えば嘘になるが、それでもルイズは訊こうとは思わなかった。 その時がくれば、きっと自分から話してくれる。そんな予感があったから。 だから彼女がする事といえば、ただ使い魔の帰還を信じて待ち続ける事だけだった。 ガリア王ジョゼフの使い魔、「神の頭脳」ミョズニトニルンたるシェフィールドは不機嫌だった。 主たるジョゼフがここの所、他の者に目移りしているのが面白くないのだ。 「神の盾」ガンダールヴと思しきとある少女の使い魔。 だが彼はその力を発揮することなく、まったく別の未知の力でもってジョゼフの計画を打ち砕いている。 それに興味を引かれたか、トリステイン王国に潜入させている密偵にはできる限りその男の情報を集めるように厳命する始末。 実に、腹立たしい。 久しぶりに直接顔をあわせたにもかかわらず、碌にかまってももらえずいらいらは頂点に達しようとしていた。 化粧でも落として寝ようと鏡を覗き込み、戦慄した。 そこには奇妙な、いっそ可愛らしいと言ってもよさそうな髪型の男。 だがその瞳は常人の物ではない。 他者の死を貪り喰らい生きてきた悪鬼の物。 それを頭が認識したかしないかの刹那で、シェフィールドは懐に忍ばせていたマジックアイテムを取り出しその力を開放しようとして―― ゴトッ 気付けば落としていた。 「――ッ!!」 男はまだ動かないが、その隣には先ほどは気付かなかったもう一人の人物がいた。 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。おそらくは、このガリアで最も己を恨んでいる人物。 思わぬ相手の登場に動揺を押さえ込みながらも、シェフィールドは別のマジックアイテムを取り出そうとし、取り出せない。 相手はまだ動かない。別のマジックアイテムも試してみる。取り出せない。 仕方なく落ちたマジックアイテムに手を伸ばす。動かない。まるで床の一部であるかのように。固定されたかのように。 そこまでいって、ようようシェフィールドは顔色を変えて逃げ出そうとした。 シャルロット達がいるのは部屋の奥の方。故にドアの方に向けて駆け出す。二人はまだ動かない。 特に邪魔されることもなくドアにたどり着けた事に疑問を感じながらも、ドアを空けて部屋から出ようとする。動かない。 二人の足音が近づく。動かない。 ドアに体当たりをする。ビクともしない。足音が近づく。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 足音が背後で止まった。絶望の色すら滲ませ、シェフィールドが振り向く。 そこにはもう、「神の頭脳」ミョズニトニルンはなく、ただの無力な一人の女がいた。 「貴女には、色々と聞くことがある」 感情を見せずに、静かにタバサが語る。 「大丈夫。誰も助けには来ないから。貴女に聞く時間はいくらでもあるから、安心して」 唇の端だけを歪めて浮かべる笑みは、死刑宣告にも似て―――― 床にへたり込んだシェフィールドは、股間が生温かく濡れていくのをどこか他人事のように自覚した。 その後の事について、特に語るべきことはない。 タバサは母親を癒す事ができたし、ガリア王ジョゼフは使い魔と共に行方不明になった。 次の王位にはタバサが就くかと思われたが若さを理由にこれを辞退。 しかし周囲の熱意もあり数年後の即位で話は纏まり、それまでは彼女の母親が席を暖めることとなる。 無論つい先日まで病人だった人物に政治などできる筈もなくあくまでタバサが就くまでの代理ではあったが、悲劇の女王として民衆の支持はなかなかのものであったという。 またジョゼフが所持していた土のルビーと始祖の香炉はルイズの元に届けられ、彼女の物になった。 これはタバサからの正式な贈り物とされ、ガリア王国の貴族達からも文句の出しようがなかったという。 ルイズはそれらを元に更なる虚無の魔法に目覚め、世界最強の魔法使いとして後世に名を残すことになる。 ――だが、彼女を最強の魔法使いとしたのは彼女自身の能力ではなく、いかなるメイジすらも密かに始末する最強の使い魔の存在であると、全ての歴史書には記されたという。 鏡の中の使い魔―――完―――
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/646.html
(やった!遂にやったんだ!○浪して東大に受かった甲斐があった!毎日何年間も自分のスタンドに馬鹿にされ続けながら勉強を続けてきた甲斐があった!) 彼の名は間田敏和。しがないスタンド使いである。 彼がいるのは聖地秋葉原。 秋葉権現大明神が名前の由来の地だ。 彼は此処に来るために必死で勉強したのである。 彼は考えていた。 さあ、最初は何処に行こう。アニ○イトか、ゲー○ーズか、それとも…以下略…と。 しかし、彼は結局何処にも行けなかった。 なぜならもっと別の、遠い遠い場所に行ってしまうからだ。 ゼロの奇妙な使い魔(うわっ面) 第一部 第一話 うわっ面 -Surface- 彼、間田敏和が歩いていると後ろからパソコンを持った少年がぶつかってきた。 しかもぶつかったことに気が付いていないようだ。 選択 どうしますか? ①首根っこを捕まえる。 ②後ろから足をかける。 ③大人の態度でそのまま流す。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1260.html
夜。ギアッチョはベランダの手すりに背中を預けて、あおむけに空を見上げていた。 「一つだけの月なんざ、もう長く見てねえ気がするな・・・」 片手に持ったワインを飲み干して、柄にもないことを考える。 グイード・ミスタとジョルノ・ジョバァーナ、あの二人と戦った夜、たった一つの地球の 月は自分を照らしていたのだろうか。ついぞ空など見上げなかったことを思い返して、 ギアッチョは首を振る。 黒い手袋に三角形に覆われた己の右手に、ギアッチョは眼を落とした。この手で 無数の人間を葬って来たことを思い出す。対抗組織の人間を、彼は腐るほど 殺して来た。しかしその一方で、組織の障害となるというだけのやましいところの ない人間をその手にかけたことも一度ならずあった。 罪悪感はない。後悔もない。ギアッチョは、ただ生きたかっただけだ。パッショーネの 庇護なしには生きられない世界に絶望し、殺さなければ生きられない世界に絶望 しても尚、ギアッチョは生きたかった。唯一つの拠り所で、リゾットのチームで、 なんとしても生き抜きたかった。だからギアッチョは、人が牛を、豚を、鶏を 殺すように人を殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――そして最後に殺された。 この世を修羅道と見紛わんばかりの凄絶な人生だった。ギアッチョにとって殺人は、 もはや呼吸と同じほどに当たり前の行為としてその身に染み付いている。まともな 人の心など、とうの昔に消え去ったはずだった。 しかし。 ならばなぜ、自分はルイズに付き従っているのだろう。ルイズを庇い、叱り、助けた のだろう。ギーシュを殺さなかったのは何故だ?キュルケを叱ったのは?タバサを 助けたのは? リゾットチームのほかには、ギアッチョの世界には彼にとってどうでもいい人間か、 そうでなければ殺すべき人間しかいなかった。何故なら彼は暗殺者だったからだ。 イタリアにいてさえ、彼は災禍を振り撒く魔人だった。魔人であらねばならなかった。 別の世界に召喚されようが、使い魔として契約をしようが、彼の思考は、言動は 暗殺者としてのものだった。キュルケが殺されようが、タバサが身代わりに なろうが、ルイズが死んでしまおうがどうでもいいはずだった。なのに、何故自分は 彼女達を助けた? ――・・・贖罪のつもりってわけか? 後悔していないと思っていても、どこか心の奥底でわずかに罪悪感を感じていたの だろうか。彼女達を助け導くことで、無数の犠牲者への罪滅ぼしをしているのだろうか。 しかし、ならば死ねばいいだろう。例え何万人の命を救ったところで、ギアッチョが 殺した人々が蘇るわけではない。彼らが願うものは唯一つ、ギアッチョの死である はずだ。 それもいいかもな、とギアッチョは思う。イタリアに戻ったところで、もうどこにも彼の 居場所はない。そしてイタリアで生きる意味も、もはやありはしない。仇を討つ意味も また、存在しない。彼らはその命と誇りの全てを賭けて戦い、そして負けたのだから。 みっともなく再戦を挑むなどということは、彼らを侮辱する行為でしかないと ギアッチョは思っている。 ブルドンネ街のあの薄汚い裏路地のような場所で、惨めに哀れにのたれ死ぬこと こそが、自分に相応しい末路だ。この手で消した数え切れない命は、もはや ギアッチョが一秒でも早くその命を絶つことを願っているだろう。 ベランダから地面を見下ろして考える。氷の槍を作って飛び降りれば、それだけで 死ぬことが出来るだろう。ギアッチョは虚ろなまなざしで、数秒地面を見つめた。 ゆるゆると、実に緩慢な動作でギアッチョは顔を上げる。引き結ばれていたその 口からは、「・・・クッ」という声が漏れる。 「クックック・・・ どこにでもいるもんだよなァァ 全く度し難い人間ってのはよォォーー」 全然理解が出来ないことだが、自分が死ねばルイズはまた泣くだろう。自分を 友だと言ったギーシュはどうだ?キュルケとタバサは?一体どんな顔をするものか 自分には分からないが、バカみたいに真っ直ぐな奴らだ、また突っ走って危ない目に 遭うだろう。任務の情報が漏れている上に既に刺客が差し向けられていることを 思い出して、ギアッチョはやれやれと呟いた。結局自分は、どこまでも悪人なのだ。 いくら罪悪感を感じようが、いくら良心の呵責に苛まれようが、結局は自分の意思で 己の生死を決定出来る。自分の意思の赴くままに何かをすることに、微塵の躊躇も ありはしない。 ギアッチョは静かに笑いながら、己の左手に眼を向けた。そこに刻まれたルーンは、 使い魔の契約の証だった。 ――オレがこの手で命を救ったんだぜ 笑える冗談じゃあねーか ええ?おめーら・・・ リゾットの奴は責任をまっとうしろと言うだろう。プロシュートの野郎はマンモーニを 鍛え直してやれと言うかもしれない。メローネのバカはオレと代われと言いそうな 気がする。イルーゾォは、ホルマジオは、ペッシは、ソルベは、ジェラートは・・・。 地獄で自分を笑っているであろう仲間達を思い浮かべて、ギアッチョはフンと鼻を 鳴らす。この任務の間だけは、面倒を見てやろう。ギアッチョは今、そう決定した。 コンコンという音に、ギアッチョは部屋の入り口を見る。断続的に続くその音は、 扉から発されていた。 「入りな」 という彼の声で部屋に入ってきたのは、ルイズだった。ギアッチョは彼女を確認すると、 すぐに視線を外してまた手すりにもたれかかった。ルイズはベランダまでやって 来ると、ちょっと心配そうな顔でギアッチョを見る。 「・・・ねぇ どうして負けたの?」 今朝の決闘で、ギアッチョはホワイト・アルバムを使いもせずに敗北した。まさか力が 使えなくなったのだろうか、なんて心配しているルイズである。 「ワルドの野郎を信頼するな」と言いかけて、ギアッチョは口をつぐんだ。ルイズが ワルドに向ける表情は、自分へのそれとどこか似ている。確定もしていないのに 迂闊なことを言うべきではないだろう。 何故そう思ったのか、そこに意識が至らないままギアッチョは言葉を返す。 「剣の練習だ」 「そ、そう・・・」 ルイズは納得したようなしてないような微妙な顔になるが、それ以上は何も 言わなかった。何も言わないまま、ギアッチョの隣で同じように手すりにもたれ かかった。ギアッチョはルイズに、不思議そうに一瞥を向ける。 「・・・何か用でもあんのか」 しかしルイズは答えない。色んな感情の入り混じった、結果としてどこか悲しげに 見える表情で、何も言わずに空を見ている。何か悩んでいるのだということは 容易に察しがついたが、言う気のないことを根掘り葉掘り聞く気はない。そこまで 考えて「根掘り葉掘り」についてブチ切れそうになったが、自制心をフルに活用して 抑え込む。空気を読んだギアッチョにあの世で仲間達は涙を流して喜んでいる かもしれない。 「・・・ギーシュ達は何をやってんだ」 何とはなしにそう尋ねる。ルイズは無理に笑顔を作ってそれに答えた。 「酒盛りしてるわよ 皆アルビオンへ行くのが楽しみみたい」 「遠足気分だな・・・あのガキ共はよォー」 そう言うギアッチョに、ルイズは「全くだわ」と笑う。二人して空を見上げたまま、 また静寂が流れ――、 「・・・・・・・・・私、結婚するの」 やがてぽつりと、ルイズはそう言った。 反応が気になって、ルイズはこっそりギアッチョを見る。いつもの無表情で、 ギアッチョは何も変わらず空を見上げていた。 「よかったじゃあねーか 憧れの子爵様だろうが」 ホントに喜んでいるのならこんな表情はするわけがない。そう分かっては いるが、彼女が一体何に心を囚われているのか全く分からないので彼としても そう言うほかはなかった。しかし何かを期待していたらしいルイズは、更に 悲しげな色を深めた眼を伏せて、一言「そうね」と呟いた。 これだからガキはなどと思いつつも、このままルイズを放置するのは気分が 悪い。仕方なく身体を起こすと、ギアッチョはルイズに向き直った。 「何を迷ってるんだか知らねーがよォォ~~ 言いたいことがあるなら言いな オレじゃあなくていい キュルケでもタバサでもギーシュでも、言いたい奴に ぶちまけろ あいつらなら真摯に聞いてくれるぜ・・・多分な 些細な感情のスレ違いから身を滅ぼしたバカをオレは何人も見てきた おめーがそうなっちまうのは気分のいいことじゃあねーからな」 己の眼を覗き込むようにしてそう言われて、数秒の葛藤の後、 頬を染めながら彼女は恐る恐る口を開いた。 「・・・・・・・・・あの ・・・・・・えっと・・・その ・・・・・・・・・じゃ、じゃあ言うわ・・・」 深夜の静寂に自分の心臓の鼓動が煩いほどに響き、ルイズは大きく 深呼吸をする。そうしてからその真っ赤な顔を怪訝な眼で自分を見ている ギアッチョに向けて、ルイズは怒鳴るような勢いで口を―― ズズンッ!! 開けなかった。素晴らしいタイミングで大地が鳴動し、ベランダの外に 二度と見たくなかった 巨大なシルエットが闇を切り抜いて姿を現した。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2456.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 召還の儀式の最後の一人、ルイズが数十回の失敗の後になんと平民を呼び出してしまったとき、トリステイン魔法学園の教師、コルベールは驚いた。なにせ人間を召還するなどというのは今まで前例がない。 しかし、同時に彼は、落ちこぼれで見栄っ張りだが、その実影で涙ぐましい努力をしているルイズのことを、とても心配していたので、形はどうあれ、初めての成功を心の底から喜んだ。 ルイズは不満だ、やりなおしたいと食って掛かってきたが、コルベールはそれを許さなかった。 「(使い魔が何であるか、なんて長い目で見たら大した問題ではないんですよ・・・)」 使い魔によってメイジの才能を見る向きもあるが、それを言えば我が学院の長にして大賢者オスマンの使い魔はハツカネズミではないか。 それよりも、使い魔を従えたという事実こそが大事なのだ。ルイズへの風当たりもきっと弱まるに違いないし、そのほうが彼女に必要なことのはずだ。 だから、コルベールの心配を知ってか知らずか、ルイズがしぶしぶとコントラクト・サーヴァントを成功させたときは肩の荷が下りたような気すらした。 使い魔が人間だということは、後で学長と相談して何らかのフォローを入れよう。使い魔になる平民は少し可哀想な気もするが、なに、気にすることはない。 トリステイン最大の大貴族、ヴァリエール公爵家三女にとって唯一無二の存在になれるのだ。決して粗略にはされまい。 後は使い魔の少年の手に浮かび上がってきた奇妙なルーンを写し取って学院へ帰ろう。 コルベールはルーンを近くで見るために少年の手を取ろうとした。 油断しきっていたコルベールは、さっきまで顔を赤くして混乱していた少年の目に、いつの間にか『覚悟』の光が見えていることに気がつかなかった。 「エコーズACT3!その男を攻撃しろォー!!!」 『ACT3 FREEZE!』 その瞬間コルベールの体は草原にめり込むほどの勢いで前のめりに墜落してしまう。 「な・・・なんだ・・・?」コルベールは何かに躓いたのかと思い立ち上がろうとした。だが、意に反して腕をあげることすらできない。 「コルベール先生、何もないところで転ばないでくださいよ!」遠巻きに見ていた生徒達が笑う。だがコルベールは自らの身に起きたことの異常性に気づき始めていた。 「(う、動けない・・・!これは・・・私の体が『重くなっている』!?この少年の仕業か?そんなはずが・・・!重力制御など、例え土のスクウェアでも出来るものではない・・・!)」 ビキビキと体中の骨が軋む音がする。呼吸すらままならない。 いつまでも起き上がらないコルベールを生徒達が不思議に思い、騒ぎ出す。 「コルベール先生いつまで寝転がっているんだ?」 「ていうか、おい!あれを見ろよ!ゴーレムか?」 「見たことがない形・・・っていうか、微妙に浮いてる気がするんだが・・・」 「まさかメイジ・・・?でも杖は持ってないぞ!?」「マントも着てないしな。」 コルベールは目だけを辛うじて動かして、少年を見上げた。 すでに契約の刻印も済んだのだろう。立ち上がった少年はコルベールを見下ろした。 「それ以上・・・ぼくに近づかないでもらう・・・」 そしてその少年の前に、白い小さな人影が見える。体中に翠色の装飾を施した見たこともない形状のゴーレムだ。 ゴーレムはコルベールを指差して言った。 『射程距離5mニ到達シマシタ。S.H.I.T!』 このゴーレムがやったことなのだろうか。 もしかしてミス・ヴァリエールはとんでもないものを召還してしまったのでは・・・? だが当の本人は事態の深刻さをまるで分かってないようだ 「そのゴーレム、あんたの?コルベール先生に何をしたの?」 「今度はこっちが質問する番だっ!!いったいぼくに何をしたんだ!!」 康一はルイズを睨みつけた。 「なによ。そんな目したって怖くないわよ!あんたはもう私の使い魔になったんだから、私の言うことを聞きなさい!私の質問に答えるのよ!」ルイズは命令した。 ファーストインプレッション(第一印象)が大事なのだ。使い魔に我が侭を許せば後が大変である。イニシアチブを取らなければならない!・・・と本に書いてあったのだ。 「使い魔だって?それはすごく・・・すごく嫌な響きがするぞっ・・・!人間というよりは、まるでペットを呼ぶような・・・」 「ペットじゃないわ。まったく・・・使い魔も知らないなんて、どこの田舎者よ・・・。とにかく、あんたは私が召還したんだから!私の言うことを黙って聞けばいいのよ!平民!」 「じゃあ、ぼくに攻撃してきたのは君・・・?」 そこで康一は気がついた。この女の子はスタンドが見えている。 つまりこの子はスタンド使いだ・・・! 「もう一度聞くよ・・・。ぼくに何をしたんだ・・・?この左手の印は何?」 「それは使い魔のルーンよ!あんたが私のものになった証よ!あんたは一生私に仕えるのよ!」 康一は震えあがった。 「じょ、冗談じゃないぞっ!ぼくはそんなのまっぴらごめんだっ!今すぐ元のところに戻してくれ!」 「知らないわよそんなの!あんたが勝手に来たんでしょ!私だって、あんたみたいなチビの平民が使い魔だなんて嫌よ!」 康一は目の前のルイズと呼ばれる女の子を攻撃するべきか考えていた。 しかし、自分よりも小さな女の子(きっと中学生くらいだろう)を攻撃するにはためらいがある。 それに、なぜかこの口の悪い女の子からは、不思議と『悪意』が感じられないのだ。 自分を拉致し、無理やり使い魔とやらにしようとしているにも関わらず! ルイズはこの生意気な平民をどうしてくれようかと考えていた。 意味の分からないことを喋るし、変なゴーレムは出すし、何よりこっちの質問にまるで答えようとしない!使い魔の癖にご主人様をなんだと思っているんだろう! そしてなにより、やっと手に入れた使い魔に、舐められるのだけは絶対に嫌だった。 二人の間に険悪な空気がただよう。 そこに車に潰されたカエルのように、未だ地面にへばりついたままのコルベールが割って入った。呼吸がほとんどできないので今にも死にそうなか細い声である。 「ちょ、ちょっと待ってください・・・。こんなところで争ってもしょうがありません。ミスタ、何か誤解があるようですから、どうか落ち着いた席で話し合いを・・・。」 「疑問はおありでしょうが、私からちゃんとお答えします。これは我々にとっても前例のないことなのです・・・」 康一は懇願するコルベールを見ながらしばらく考えていた。 自分は被害者のはずだ。でも攻撃したという当人達からはなぜか悪意を感じないのだ。 それどころかまるでこっちが理不尽なことをしているような空気すらある。 それにこの小さな桃色髪の少女はともかくとして、こっちの男性はまだ話が通じそうだ。 「・・・わかりました。ちゃんと説明してくださいよ!ACT3!3 FREEZEを解除しろ!」 康一がそういうとコルベールの目の前からゴーレムが消えた。それと同時に体の自由が戻ってくる。 コルベールは軋む体をなんとか立ち上がらせ、服についた草を掃った。 「えーと、大丈夫ですか?」康一が気遣う。 「ええ、なんとか・・・」コルベールは苦笑いした。 実はあまり大丈夫ではなかった。ものすごい圧力で地面に押さえつけられていたので息をするたびに肋骨が痛む。 骨は折れていないと思うのだが・・・。 コルベールは一つ大きく息をすると、ざわめく生徒達に向き直った。 「さぁ、みなさんはもう学院に戻りなさい!」 「ミスタ・コルベール!ルイズとその平民はどうするので?」人垣の中から手があがる。 「学院長と話しあった上で今後のことを決めます。みなさんは自分の使い魔をしっかり慣らして、しっかり明日の授業の準備をするように!では解散!」 コルベールは手を叩いて帰るように促した。 奇妙な平民や突然現れて突然消えたゴーレムに興味津々な生徒達だったが、彼らも自分の使い魔を召還したばかりである。 二言三言なにやら唱えて杖を振ると、大人しく言いつけにしたがって飛び去っていく。 「さぁそれではとりあえず学院長室までお越しください。そこで話を伺いましょう。ミス・ヴァリエール。当然ですがあなたにも来てもらいますよ。」コルベールも数語の呪文と共に浮かび上がり、生徒達の後を追っていく。 「と、飛んだ・・・」康一は愕然としている。空を飛ぶスタンド使い?しかも全員が? そしてそれを横で見送る桃色の髪の女の子に聞いた。 「君も飛ぶの?」 ルイズはそれを聞くと、きっと康一を睨みつけ、ぷいっとそっぽを向いた。 そして早足で歩き去っていく。 未だに自分の置かれた立場がいまいち分かっていない康一だったが、いつまでもここにいるわけにもいかないので、彼女の後をついていくことにした。 みなが立ち去った後、二人の少女がまだ帰らずに残っていた。 「ねえタバサ。いったい何があるって言うの?」 一人の少女は先ほどルイズにキュルケと呼ばれた少女である。大きく開いた胸元からは褐色の肌が覗き、はっとするような色気がある。その足元には大きなトカゲを従えている。 「ルイズの使い魔が気になるの?きっとマジックアイテムか何かをもっていたのよ。」 と腕を組む。 「たしかに不思議なゴーレムだったけれど、小さいしすごく弱そうだったじゃない?ミスタ・コルベールは不意打ちで転ばされてしまったんだわ。」 いかにも「これだからトリステインの男は」と言わんばかりに鼻を鳴らす。 しかしタバサと呼ばれたもう一人の少女――青いショートヘアーで、グンパツな女性と比べてこちらは背が小さく、なんというか・・・平坦だった――は真剣な表情で先ほどコルベールが倒れていた場所にしゃがみこんだ。 「見て。」 タバサはぼそりと言った。 「何?落し物でもあったわけ? え・・・これって・・・」 キュルケがタバサのそばまで行くと、今まで草で隠れていた『跡地』が見えた。その場所だけ地面が人型にめり込んでいる。 「深さは10サント近くあるわね・・・。でもどうして転んだだけでこんなことになってるのかしら。」キュルケはアゴに指をあて、 「実はミスタ・コルベールの体重が100リーブル(約470kg)くらいあった・・・とか?」冗談めかして笑った。 タバサは笑わずに振り返り、言った。 「只者じゃない。」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/210.html
【ワンポイントギーシュ】 砕けない使い魔(仗助)登場。レビテーションでC・Dを封じるなどギーシュには珍しく頭脳派。でも結構ゲス野郎。 露伴未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 絶頂の使い魔(ディアボロ)登場。杖を折られて殴られただけで被害は少ない。 使い魔は静かに暮したい(デッドマン吉良)登場。手を撃ち抜かれた後、足蹴にされた。その後も顔面を叩き壊されたり、怪我の絶えないギーシュ。 康一未登場。マスターがアンリエッタの為、出られてもチョイ役か? DIOが使い魔!?(DIO)登場。出るキャラみんなブラックの中、全身ハリネズミになって保険室送り。最近ようやっと復帰したらしい。 slave sleep~使い魔が来る(ブチャラティ)登場。ブチャラティに拷問されるが、モンモランシーの励ましもあって、脱・マンモーニ。妙に強い。ブチャラティに完全敗北するものの、ゲスにもならず目覚めた奴隷。……が、十四股をしていたことがばれ、制裁。 ジョセフ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの兄貴(プロシュート)登場。決闘中、ザ・グレイトフル・デッドによりミイラ同然にされた上、首の骨を折られて死亡。歴代ギーシュの中で一番不幸なギーシュ。 スターダストファミリアー(承太郎)登場。歴代ギーシュの中で一番優しく、紳士的なギーシュ。精神的成長を遂げるなど、ルイズ・承太郎に次ぐスタメン級の扱いを受ける。 見えない使い魔(ンドゥール)登場。二回殴られただけで、絶頂と並んで被害が少ない。 L・I・A(仗助)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 偉大なる使い魔(プロシュート)登場。肘打ちから踏みつけという兄貴の黄金説教コンボをくらう。同じ兄貴でもここまで扱いが違うのはすごい。 引力=LOVE?(徐倫)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの番鳥(ペットショップ)登場。肉の芽を植え付けられ、ルイズの忠実な下僕となる。なんかいつもニコニコしている。 ゼロと奇妙な鉄の使い魔(リゾット)登場。リゾットからは何もされることなく、二股相手に平手打ちをくらっただけ。歴代ギーシュの中で最も被害が少ないギーシュ。 フー・ファイターズ 使い魔のことを呼ぶならそう呼べ(FF)登場。のっけから二股を解消しているので、決闘に発展するか疑問視されていた。だが結局勘違いから決闘を申し込んだ。 ハルケギニアのドイツ軍人(シュトロハイム)登場。そこらへんのダメ将軍なんかよりもすごい指揮官っぷりを見せる。時間切れより決着つかず。 アナスイ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 法皇は使い魔(花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 亜空の使い魔(ヴァニラ・アイス)登場。DIOと並んで最も地獄に近いギーシュとされていたが、何と杖を折られただけで済んでしまった。その後、一部でヌケサクのあだ名が定着する。 白銀と亀な使い魔(亀ナレフ)登場。珍しく真面目なポルナレフに説教された。最後は墜落して保健室行き。 使い魔は皇帝<エンペラー>(ホル・ホース)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ACTの使い魔(康一)登場。康一君を無駄に痛めつけるなど最低のゲス野郎。康一から怒りの鉄拳制裁をくらい、舎弟フラグと低身長フラグが立つ。 几帳面な使い魔(虹村形兆)登場。覚醒したバッドカンパニーにワルキューレを吹っ飛ばされて降参。実は全く被害を受けていない。(だが決闘前に平手打ち、ワインのビンで殴られる、右ストレートのコンボを食らっている) ファミリアー・ザ・ギャンブラー(ダニエル・J・ダービー)登場。ダービーの計略によりワルキューレすら出せずにコイーン。 星を見た使い魔(空条徐倫)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 奇妙なルイズ(スタープラチナ)登場。瞬殺。 ゼロのパーティ(サイト、花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロと奇妙な隠者(ジョセフ)登場。他のギーシュ達とは逆に、ジョセフから決闘を申し込まれた。 ゼロの世界(リンゴォ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔波紋疾走(ジョナサン)登場。圧倒的な格の差を見せつけられ敗北。そんなジョナサンを見て成長するだろうか。 メロンの使い魔(花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? マジシャンズ・ゼロ(アヴドゥル)登場。マジシャンズ・レッドに恐れをなしてしまい、ギー茶を作ってしまった。社会的にかなりの被害を受ける。 老兵は死なず(ジョセフ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 凶~運命の使い魔~登場。ローリングストーンズにつぶされた。 微熱のカウボーイ(マウンテン・ティム)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 割れないシャボンとめげないメイジ(シーザー)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔の魂~誇り高き一族~(シーザー)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの予報図(ウェザー・リポート)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ポルポル・ザ・ファミリアー(ポルナレフ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの使い魔への道(ドラゴンズ・ドリーム)登場。はからずも龍の夢が予知した通りの未来になる。食堂に居た人達全てを不幸にしてキュルケから鉄拳制裁を受けた。 エルメェス未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 愚者(ゼロ)の使い魔(イギー)登場。しかし、決闘の場面をキング・クリムゾンされてしまった。 女教皇と青銅の魔術師(ミドラー)待望のギーシュ主役作品。が、いきなり死亡フラグが立った。 サーヴァント・ブルース 繰り返す使い魔(アバッキオ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? サブ・ゼロの使い魔(ギアッチョ)登場。ギアッチョに殺されそうになるが、ルイズの嘆願で一命を取り留める。 逆に考える使い魔(ジョースター卿)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの変態(メローネ)登場。もはや理解不能。 ゼロの究極生命体(カーズ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ディアボロの大冒険Ⅱ(ディアボロ)登場。俺TUEEEEEEEEE状態のディアボロに軽くあしらわれる。経験値要員としか見られていない。 アバッキオ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 鏡の中の使い魔(イルーゾォ)名前のみ登場。鏡の中の世界に引きずり込まれてそこで死亡。 ナランチャ・アバ・ブチャ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? はたらくあくま(デーボ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも。 start ball run(ジャイロ)登場。男の誇りを粉砕されるも、倍になって復活。そのあと男の世界に目覚めた模様。 サンドマン未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 爆炎の使い魔(キラークイーン)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔はゼロのメイジが好き(ストレイキャット)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 本気男(ホルマジオ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 新世界の使い魔(プッチ神父)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 戻る