約 2,283,002 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1484.html
早朝のヴェストリ広場、朝の霧の中を二つの影が目まぐるしく動き回る。 リゾットは土中から相手を取り囲むように刃物を出現させ、一斉に相手に向けて放つ。それに対して相手は跳躍すると同時に『レビテーション』を使って浮き上がり、刃物の囲みから抜け出した。 宙に浮いた相手に駆け寄りつつ、リゾットがなおも刃物を射出するが、出現した無数の刃物はその一つ一つが相手が飛ばした氷の矢によって撃ち落された。 朝の薄い光の中で砕けた金属と氷の欠片が乱反射し、煙幕のようにお互いの視界を遮る。 視界が晴れた時、リゾットの姿は消えていた。 きょろきょろとリゾットを探すが、その間もなく砕かれた刃物が空中で再構成され、容赦なく襲い掛かる。それらをマントや杖で叩き落し、身のこなしで回避しつつ、口元を隠し、素早く呪文を詠唱し、杖を振る。 途端に周囲の温度が下がっていく。だが、人間にすぐに害になる温度ではない。リゾットは気にせず、攻撃を続けようとした。 だが次の瞬間、そのリゾットの位置に正確に『ウィンディ・アイシクル』が叩き込まれる。 「!?」 驚愕しつつ、氷の矢をある程度、デルフリンガーで吸収し、残りを自らの剣技で切り払う。 その僅かな驚愕が作った隙に相手はリゾットの側面に回りこみ、『エア・ハンマー』を打ち込む。 「相棒、横だ!」 デルフリンガーが警告を発するが間に合わず、氷の矢の対処に気をとられたリゾットはそれを直に受け、吹っ飛んだ。倒れた拍子に霜柱が折れる音が聞こえ、リゾットは相手がどうやってこちらの位置を掴んだのかを理解した。 跳ね起きたリゾットの目に、喉元に向けてすさまじい勢いで迫る杖の先端が映る。 相手は『エア・ハンマー』を撃った直後に『フライ』を唱え、その加速を突きに利用したのだ。ただの木の杖といえど、急所に打ち込まれれば致命傷を負いかねない。 避けるのは間に合わないと判断し、リゾットは杖の先端を手で受ける。杖の先端がリゾットの手を抉るが、その勢いに逆らわず自分自身の上体を回転させ、蹴りを放つ。 小柄な身体が宙を舞った。相手は大地に打ち付けられる所で受身を取り、転がりながら立ち上がる。見ると、リゾットもデルフリンガーを構えなおしていた。 再び二人は向かい合い、視線が交錯する。が、突然、リゾットが剣を下げた。 「こんなところでいいだろう。これ以上やるとどちらかが死にかねない」 その言葉に、相手は無言で頷き、杖を収めた。 第二十章 タバサと小さなスタンド使い 「……満足したか?」 リゾットの問いに、今までリゾットと戦っていたタバサは頷いた。 何故二人がこんなところで実戦さながらの組み手をしたのかといえば、朝の訓練をするリゾットへ、タバサが組み手を申し込んだからだ。 リゾットも一人でトレーニングをするよりは、相手がいた方が訓練としての質があがるので引き受けたのだが、その理由は計りかねていた。 「よければ聞かせてくれ。なぜ俺と戦おうと思った?」 タバサは無表情にリゾットをみつめている。答えないと思ってリゾットが諦めかけたその時、不意にぽつりと呟いた。 「貴方はスタンド使い」 「……スタンド使いと戦ってみたかったのか?」 タバサは頷いた。受けてくれたのだから、一応、理由くらいは教えてもいいと思ったらしい。 「経験が必要」 DIOの館でタバサは自分自身も所属している北花壇騎士団を脱走したケニー・Gに敗北した。幸い、命は助かったが、あそこで終わっていてもおかしくなかった。 タバサは母を守るため、復讐のため、強くならねばならない。そのために知識を蓄え、魔力を得、様々なタイプの敵と戦って力を得る必要がある。 スタンド使いが叔父王の配下にいるというならば、スタンド使いとも戦わなければならない。そして手近にいたサンプルがリゾットだった、というわけだ。 リゾットはDIOの館の経験を通して、自らの母親の仇を討つ、というタバサの目的を何となく察している。自分も相手は違うものの復讐が目的であり、タバサの力になれることなら力になりたかった。 「スタンドに興味があるのか?」 タバサは頷く。リゾットはしばらく考えていたが、この機会にスタンドについては話すことに決めた。 「分かった。確かに、敵として出会う可能性も高い。今度、キュルケやルイズやフーケも交えてスタンドについてきちんと話そう」 リゾットの言葉に、タバサは頷いた。 「ところでタバサ……、髪とマントが乱れている。授業に行く前に直した方がいい」 タバサはまた頷いた。 トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念パレードが行われていた。 聖獣ユニコーンに引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族たちの馬車が後に続く。その周りを魔法衛士隊が警護をつとめている。 狭い街路だけでなく、通り沿いの窓から、屋上から、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げ掛けた。 「アンリエッタ王女万歳! トリステイン万歳!」 数で勝るアルビオン軍をタルブ草原で討ち破った王女アンリエッタは『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂である。 民の人気だけに留まらず、タルブ草原での戦いは政治状況を一変させていた。 この戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である大后マリアンヌから王冠を受け渡されるのだ。 当然、王になるのだから、ゲルマニアとの婚約は解消である。ゲルマニアはそれを渋々承知した。一国でアルビオンの侵攻軍を破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。 同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインは今やなくてはならぬ強国となっていた。 賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅で捕虜となったサー・ヘンリー・ボーウッドはぼんやりと見つめていた。彼は炎上したレキシントン号を不時着させるため、最後まで艦に残ったため、トリステインの捕虜となったのだった。 捕虜といっても、杖を取り上げられるだけで、縛られているわけではない。見張りこそ置かれているものの、ボーウッドを含めた貴族の捕虜たちは、広場の片隅で思い思いに突っ立っている。 貴族は捕虜となる際に捕虜宣誓を行う。その誓いを破ることは貴族として最大級の汚名であるとされ、名誉を重んじる貴族たちにとって、それを破ることは死んだも同然なのだ。 「見ろよ、ホレイショ。僕たちを負かした『聖女』のお通りだぜ」 ホレイショと呼ばれた貴族は太った身体を揺らしながら答えた。 「ふむ……、女王の即位はハルケギニアでは前例が無い。それに戦争はまだ継続中だ。大丈夫なのかね。あの年若い女王は」 「ホレイショ、君は歴史を勉強すべきだよ。かつてガリアで一例、トリステインでは二例、女王の即位があったはずだ」 ホレイショは照れ隠しに頭をかいた。 「ふむ、歴史か。してみると、我々はあの『聖女』アンリエッタの輝かしき歴史の一ページを飾るに過ぎない、リボンの一つというべきかな? 我々の艦隊を殲滅したあの光! 驚いたね」 ボーウッドは頷いた。 「奇跡の光だね。まったく……。あんな魔法は見たことも聞いたことも無い。いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ」 呟きつつも、考える。あの光、そしてレキシントンに乗り込んできた謎の竜騎兵は、本当にトリステインが使用したのだろうか。 ボーウッドは捕虜として捕まった後、トリステイン側にその二つについて根掘り葉掘り聞かれていた。ボーウッドはありのままに話したが、トリステイン側が意図的に使ったなら質問されることもないはずだ。 ワルドは竜騎兵に心当たりがあったようだが、彼は行方をくらましていた。もう会うことはないだろう。 ボーウッドは手近に立っていた兵士に部下の安全と処遇を確認した。兵の捕虜は軍役、もしくは強制労働が課されるという。 それだけ確認して兵士に金貨を握らせる。兵士が一杯飲むために立ち去るのを見届けて、ボーウッドは口を開いた。 「もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする? ホレイショ」 「もう軍人は廃業するよ。何なら杖を捨てたって構わない。あんな光を見てしまったあとではね」 ボーウッドは大声で笑った。 「気が合うな! 僕も同じ気持ちだよ!」 現王女、そして数時間後には女王となるアンリエッタはパレードの馬車の中でため息をついた。勝利によって自由を掴んだはずの彼女だが、その心は晴れない。 自分を玉座に持ち上げることになった勝利はアンリエッタのものではない。彼女の左の薬指に光る風のルビーの本来の持ち主であるウェールズ、経験豊かな将軍やマザリーニの機知によるものだ。自分はただ率いていたに過ぎない。 憂鬱そうなアンリエッタに、枢機卿マザリーニは口ひげをいじった後、問うた。ちなみに彼はアンリエッタの戴冠以後、相談役に退く予定である。 「ご気分が優れぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとしたお顔をこの馬車の中で拝見したことがございませんわい」 「マザリーニ、私も母のように父の喪に伏し、王座を空位にすることはできないのですか?」 マザリーニは途端に顔をしかめた。 「またわがままを申される! 殿下の戴冠は御母君、臣下一同、そして民が望んだ戴冠ですぞ! 殿下のお体はもう、殿下御自身のものではありませぬ!」 マザリーニが戴冠式の手順の確認を始めた。長い儀式の最後に始祖と神に対して誓約を述べ、大后から王冠を授かるのである。 アンリエッタは心から誓約する気にはとてもなれない。 過去、アンリエッタが心から誓ったのは、ラグドリアンの湖畔で恋人のウェールズとした誓いだけだ。 もう一つあげるならば、アルビオンに赴くルイズの前で行った誓いである。 そんな風に考え始めると、偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしないのだった。 アンリエッタは手元の報告書に目を落とす。 それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士で、ゼロ戦に撃墜された竜騎士や、『レキシントン』号の乗組員だった者たちの話が纏めてあった。 その報告書にはタルブ村に突然現れたゴーレムや、竜騎士を全滅させ、『レキシントン』号を襲った竜騎兵の存在が記されている。 ゴーレムの方は詳細は不明。捕虜たちは全くその正体を把握しておらず、タルブの村の人々からも、フードを目深に被ったメイジだった、としか証言を得られなかった。 一方、竜騎兵は敏捷に飛びまわり、竜騎士隊を全滅させた後、『レキシントン』号内で奇妙な魔法を使い、あと少しで船を落とすところだったという。当然、そのような竜騎兵はトリステインには存在しない。 調査の結果、その竜はタルブの村に伝わる『竜の羽衣』と呼ばれるマジックアイテムであることが分かった。それがマジックアイテムではなく、未知の飛行機械だったということも判明している。 タルブ村の住人の証言によると、それを引き取ったのはトリステイン魔法学院の生徒らしい。さらに、『レキシントン』号の艦長、ボーウッド他の証言により、『竜の羽衣』を操っていた者の外見特徴なども分かった。 導き出されるのはルイズの使い魔である。リゾットに関して、アンリエッタは努めて感情を殺して判断するように心がけていた。嫌悪が先に立つからだ。 使い魔がいたということは主人もどこかにいたと考えるのが自然で、実際、アルビオン艦隊を薙ぎ払った光が発生する直前、複数人の乗った所属不明の風竜が目撃されている。そしてその一人がルイズらしい、とも。 尋問に当たった衛士はあの光を発生させたのはラ・ヴァリエール嬢か、その周囲の人間ではないか? という仮説を立てていた。だが、衛士は直接の接触を彼女にしてよいものかどうか迷い、報告書はアンリエッタの裁可を待つ形で締められていた。 「あなたなの? ルイズ」 アンリエッタは呟いた。 戦勝パレードに湧くブルドンネ通りから、いくつも路地を入った裏通り、そこは社会からはじき出されたような連中の吹き溜まりだった。 狭い通りにはいつもは怪しげな露天商や盗品売り、ゴロツキ同然の傭兵が溜まる酒場などが立ち並ぶのだが、今日に限ってはパレードの警備を警戒して、人通りが多くない。 その閑散とした通りを、フーケは歩いていく。普通、フーケのような美女がこの通りを歩いていたらただではすまないのだが、杖を持つメイジとなれば話は別だ。 フーケもまたこの通りに慣れているようで、迷いのない足取りで一軒の建物の戸を開いた。 「……どちらさんだい?」 「私だよ。婆さん」 奥から聞こえたしわがれた声に答えながら、フーケは暗く、埃の臭いが店内を進んでいく。 店内は素人では何を使うか分からないような薬品や器具、鉱物などが陳列されている。見るものが見ればそれらが秘薬の材料だと理解できただろう。 ここは秘薬屋だった。といっても表通りに看板が出ているわけではない。いわゆる非合法の闇店舗というわけだ。もちろん、ご禁制の品々も扱っている。 「おや、フーケかい」 フーケの前に、ローブをまとった老人が姿を現した。腰が曲がっており、杖を突いている。この店の店主である。 「また何か盗んできたのかい?」 「婆さん、私はもう盗賊からは足を洗ったって言っただろ? ちょっとご機嫌を伺いにきただけだよ」 「おおっと、そうじゃったそうじゃった。惚れた男のために足を洗ったんじゃったな」 ひひひ、と笑いながら老婆がからかいを口にする。フーケは顔をしかめた。 「別に男のためじゃないさ。盗まなくても金が手に入るようになっただけでね」 否定の言葉を口にしつつ、フーケは自分の頬が紅潮しているのを感じた。それを自覚したことに余計に照れてしまう。 それをみて、また老婆がひひひ、と笑った。ほとんど皺と垂れ下がった眉毛に隠れているのに、目は見えているらしい。 フーケはこの老婆にどうも頭が上がらなかった。フーケ同様、貴族の身分を剥奪された者の先輩だと言うこともあるかもしれない。 メイジとしての格がフーケよりも一段階上だということもあるかもしれない。この年老いた老婆には戦う身体能力は無いだろうが、それでも秘薬を作らせればまだ天下一品だった。 フーケはため息をついて、話題を変えるべく店内を見回した。 「景気はどうだい?」 「かなりいいのぅ。何しろ最近、大きい仕事があったから」 「へぇ、誰から……って聞くのは野暮か」 「そういうことじゃな。わしの人生最後の大仕事と思って、やらせてもらったがの」 『人生最後』、という言葉に引っかかってフーケは怪訝な顔をした。 「婆さん、どこか悪いのかい?」 「いや、最近、この辺も物騒じゃてな…。……おお、そうじゃ。フーケよ、お主に餞別をやろう」 名案を思いついたように呟くと、老婆は足元にある棚の鍵を開けた。フーケはその厳重な棚にこの店でも最高価の薬品がしまわれていると知っている。が、でてきたものを見て眉をひそめた。 「何だい、私が売った惚れ薬じゃないか。そんなもん貰ってもねえ……」 「いらんのかい?」 「……いや、そんなもので相手を落としてもね。第一、相手が素直に飲んでくれるわけ無いじゃないか」 「その割には間があったのぅ。それに、わしは別に誰かに飲ませろなんていった覚えは無いがね。また売ったっていいわけじゃから」 「う……」 やられた、という顔をするフーケを見て、老婆はにたりと笑い、言葉を続ける。 「まあ、そこまで自分に夢中にさせるのがためらいがあるなら、香みたいに吸わせても若干弱いが効果はでるぞ」 「嗅がせるのかい? でもそれじゃ、自分まで影響がでるじゃないか」 何だかんだいって興味があるのか、フーケは詳しい話を聞いている。 「至近距離じゃなけりゃ大丈夫…心配なら予め解毒剤を飲んでおけばいい話じゃ。お主が欲しいなら解毒剤もつけるが……どうじゃ?」 フーケの心は揺れた。うまくやれば相手に悟られずに仕掛けられるかもしれない。あの堅物というか鉄面皮を落とすにはそれこそあらゆる努力が必要だろう。 「……本当に、ただでくれるのかい?」 「ああ、ただ。わしとお前の間柄じゃしな」 フーケは心を決め、次の言葉を言った。 「でも断る」 「なんと!?」 驚く老婆に、フーケは髪をいじりながら言葉を続ける。 「あのね、婆さん。私にだってプライドがあるのよ。そんなものに頼るのは自分自身に魅力がないと断言するようなものじゃないか。 それに、私は別にあいつに尽くしてもらいたいわけじゃないからね」 「要するに自分で飲んで素直な気持ちで相手に尽くす、と?」 フーケは頭を痛くなってきた。少しだけ老婆をにらむ。 「何でそうなるんだい。いいかい? 私は雇われちゃいるが、本質的にはあいつと対等でいたいんだよ。薬の力なんか使ったら、そのときは良くても後で対等になれないじゃないか」 それから横を向いて、もしもあいつが弱ってたら助けるけど、と付け加える。老婆は感心したように息をついた。 「なるほどのぅ……。まあ、お主がそう思うならこの話はなしにしておこうかのぅ」 「そうしてくれて構わないよ」 そこでフーケは店にある時計を見た。 「それじゃ、私はもう行くよ」 「おや、デートかの? 妙に声が弾んでおるが」 「はは、そんなんじゃないよ。ちょっと雇い主の仲間と顔合わせするだけさ」 笑ってフーケは店を出て、魔法学院を目指して移動する。それが老婆とフーケの最後の出会いだった。 さて、一方、魔法学院では戦勝に湧く城下町とは対象的に、いつもと変わらぬ日常が続いていた。 戦争といっても学び舎である学院には一応、関わりのない事件であるし、学院長のオスマンが大騒ぎすることを嫌ったからでもある。 そもそもハルケギニアは始終どこかが小競り合いを行っており、始まれば騒ぐものの、戦況が落ち着けばいつものごとくである。 ルイズたちが戦場に行ったことは彼女たちに怪我もなかったこともあり、コルベールは秘密にしていた。 リゾットが怪我をして帰ってきたことでギーシュなどは気づいたようだが、見舞いには来たものの、特に騒ぎ立てず、平穏な暮らしに戻ることが出来た。 そんな平穏な魔法学院の夜、人も少なくなった寮塔の廊下を、一つの人影が人目を忍ぶように歩いていく。 人影はローブを着込み、フードを目深に被っており、その人相は知れないが、その裾から時折のぞく白く、細い指はどうやら女のようだった。 女は音もなくある部屋の前に来ると、扉を一定のリズムにしたがって叩く。開いた扉から中へ入り、フーケはフードを取った。 「まったく、お尋ね者は辛いね。魔法学院に来るのにも一苦労だよ」 やれやれ、といった感じでフーケはため息をつくが、扉を開けたリゾットはあくまで冷静に返す。 「お前の前科は本物だからな……仕方ない。それより、もう傷はいいのか?」 「タルブの村で匿ってもらったお陰でゆっくり出来たから、それは心配しなくていいよ。治療費は高くついたけど、あんたに出してもらったしね」 「そうか…」 「そうそう、それと、さっき見たとき、ミスタ・コルベールが広場でゼロ戦をバラバラにしてたようだけど、いいのかい?」 「ああ。先生に構造の研究がてら、整備をお願いしてるところだからな」 「ちょっと、いつまで話し込んでるのよ……」 不機嫌そうな声が二人の間に割って入った。ルイズだ。 「おっと、そうだね。お待たせしちゃ悪い」 フーケは一つ咳払いをすると、柔らかな微笑を浮かべた。 「お待たせしました。皆様、そろっていらっしゃるようですので、始めましょうか」 「いきなり、ミス・ロングビルにならないで!」 いらいらとルイズは叫ぶ。 一応、リゾットから事情を聞いて納得はしたもの(『納得』までにかなりの時間を要したことは書くまでもない)の、ルイズはフーケを好きになれなかった。 殺されかけたということもあるが、それ以上に、リゾットと親しげなのが気に食わない。要するに、ルイズはフーケに嫉妬しているのだ。 そんな思いを見透かすように、キュルケがルイズをたしなめた。 「嫉妬はみっともないわよ、ルイズ」 「し、ししし嫉妬って何よ!? 誰が嫉妬してるのよ!?」 怒りと照れで顔が真っ赤になるルイズに、キュルケは指を突きつけた。 「貴方よ、貴方。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「嫉妬なんかしてないわ! 私は使い魔が盗賊といちゃいちゃしてるのが気に入らないだけで」 「それを嫉妬って言うのよ、ルイズ」 「違うもん! 色ボケのあんたと一緒にしないで!」 「何ですって!?」 言い合いを始めた二人を見て、フーケがクスクスと笑い出す。 「あんた達、仲良いねえ」 「「どこが!?」」 同時に同じ返事をした二人は顔を見合わせ、フーケは再び笑い始めた。傍観していたリゾットが呆れて口を出す。 「……そろそろ始めよう。この調子だと夜が明ける」 「同感」 本をめくるタバサにまで言われ、ルイズもキュルケもとりあえず矛を収める。タバサが本を閉じ、全員の視線が集まったところで、リゾットが口火を切った。 「それじゃあ、スタンドについて詳しく説明する」 まずはスタンドの基本的な能力である、一人一体の生命の像を持つ、スタンドと本体のどちらかが傷つけば一方も傷つく、像はスタンド使い以外には見えない、といったことを説明する。 そして次にリゾット自身のスタンド『メタリカ』の能力について話し始めた。 リゾットの手の中で、空中から粒子が集まるようにしてナイフが作られていく。 「これが俺のスタンド『メタリカ』だ。能力は磁力による鉄分の操作」 「ねえ、リゾット、鉄分って何? それに磁力を操るって…どうやって?」 ルイズが質問を挟んできた。一緒に聞いていた一同もイマイチ要領を得ない顔をしている。 ハルケギニアでも磁力という概念はあるものの、その特性に関してはほとんど未知の領域らしい。 「鉄分は…目に見えないくらい小さな鉄の粒だ。それがいろんな物にくっついてると思えば大体間違いない。土にも湧き水にも空気中に含まれる僅かな土埃にも人体にも含まれている」 「人間の身体にも?」 ルイズは自分の手をしげしげと見た。その中に鉄が含まれてるとは信じられないらしい。 「人体では血液に多く含まれている。血の味が錆びた鉄のような味なのは鉄が含まれているからだ。俺のスタンドはそれらの鉄分を自在に操り、増やして固めることで鉄を作ることができる」 「『錬金』の魔法みたいなもの?」 キュルケが分かりやすいように自分たちの既知の手段に置き換えて言う。 「それに近い。それだけなら汎用性の無い『錬金』だが、そこでもう一つ、磁力が関わってくる。 磁力というのは……そうだな。鉄同士を引き寄せたり弾いたりする、見えない力だと思えば大体間違いない。これを自在に操ることで、俺は金属を飛ばしたり引き寄せたりすることができる」 ナイフを宙に浮かべつつ、リゾットが簡単に解説する。 「俺の能力は以上だが、スタンド使いはそれぞれ固有の能力を持っている。幻覚を見せる、炎を操る、未来を予知する、などなどだな。 凄いのになると時間を止めたりするスタンド使いもいる。どんな能力であれ、基本的にスタンドは一人一能力だ」 例外はいつでもいるのだが、とリゾットは付け加える。現にリゾットが地球で最後に戦ったボスは、予知に加えてさらに何かの能力を持っていた。 「一つしかないんじゃ、不便だと思うんだけど、そうでもないのよね?」 「そうだな。これは地球での俺の仲間がよく言っていたことだが、どんなくだらない能力も頭の使いようだ。たった一つの能力でも発想一つで様々に変わる」 リゾットのメタリカとて、最初から様々なことが出来たわけではない。最初は使いにくいかったが、時間をかけて試行錯誤し、技を磨いてきたのだ。 そういう意味で、ホルマジオの苦労は身にしみて分かっている部分がある。 「…『治す』スタンド使いはいるの?」 今まで黙っていたタバサが急に口を開いた。 「いや、俺は知らない。だが、そういうのがいても不思議じゃないな」 「そう……」 母を救うことができるスタンド使いもいるかもしれない、という希望がタバサにはあった。異世界を行き来する目処は立っていないので、単なる可能性の一つ、程度で考えているが。 「この世界にスタンド使いはどれくらいいると思う?」 「予想もつかないが、この数ヶ月で二人に出会った。他にいるなら、また出会うことになるだろうな」 「あら? どうして?」 キュルケが不思議そうな顔をする。経験則からの仮説になるが、と前置きしてリゾットは説明を続けた。 「『スタンド使いは惹かれあう』という法則があるからな……。俺たちスタンド使いは、必ずどこかで出会う。それこそ、磁石みたいに引き合うんだ」 「ふ~ん……。しかし、みずくせえや、相棒。もっと早く話してくれりゃあ良かったのに」 不平をもらすデルフリンガーに、フーケも思い当たる点があった。 「そういえば、前に私が聞いてときも答えてくれなかったね。どういう心境の変化だい?」 「魔法と違って、汎用性がないスタンドは、自分の手の内を知られることは弱点を知られることに繋がる。だから、信頼した相手にしか明かせない」 それを聞いてルイズが不満そうに漏らした。 「ふん。もっと早く教えなさいよね。私はあんたのご主人様なんだから信頼して当然でしょ?」 「お前は気分屋だからな……」 「何よ、それ…」 ルイズはむすっとして横を向いた。秘密を明かしてくれたこと自体は嬉しいのだが、キュルケやフーケと一緒というのが気に食わないのだ。 進歩のないルイズを見てリゾットは内心、ため息をついた。こういう気難しいところがリゾットに話すのをためらわせたのだ。 「私が言うことじゃないかもしれないけど……ダーリン、フーケにまで明かしてよかったの? 一度は私たちを騙した女よ?」 キュルケはそんなことを言ってしまう。キュルケとて、嫉妬を感じないわけではないのだ。あまり表に出さないだけで。 だが指摘された当のフーケはニヤニヤしている。からかう気満点だ。 「まあ、確かに。私は金次第で転ぶかもしれないけどね」 「お前はそんな裏切りはしない。そのくらいの節度はある」 あっさり即答され、フーケは下を向いた。ぼそぼそと呟く。 「…………まったく、面白くない男だね…」 それから顔を上げた。辺りさわりのない話題に変えてみる。 「あー、と……その……そういえば、だ。今回、シエスタには教えないんだね。ちょっと意外だよ」 「彼女は戦うわけじゃないからな……。スタンド使いの存在と危険性は教えてある。それで十分だろう。むしろ詳しく知ると却って危険な可能性もある」 「じゃあ、ギーシュは?」 「あいつは……人間的に信頼はできても、口が軽いからな……。酔っ払った拍子とかで喋りそうだ…」 ああ、とキュルケは納得する。キュルケもギーシュと飲んだことがあるが、ギーシュは酒に酔うと羽目を外すタイプなのだ。 酔っ払ったところに美女が言い寄れば、簡単に口を割る可能性はある。酔ってなくてもモンモランシー辺りに乗せられれば簡単に話しそうだ。 「他には?」 タバサが続きを促す。 「後は……スタンドには射程距離というものがある。スタンドの像やその能力が有効な距離だな。 スタンドによって数メイルから数リーグまで幅広いが、本体からの距離が近いほうがパワーが強い。どのくらいの射程かはスタンド像と本体の動きで大体わかる。 近距離型は本体が姿を見せて挑まざるを得ない。つまり近づいてくるスタンド使いは大体、近距離型だ。パワーがあるから近づかれずに戦うようにすることが必要だ。 中距離型、つまり距離が10メイルから100メイル前後の場合は本体が付かず離れずの距離を保って攻撃を仕掛けてくる。俺のメタリカもこのタイプだが、像での攻撃より、能力を使ってくることが多い。 遠距離型は別名遠隔操作型。かなり遠くまでスタンド像を動かせるから、本体は姿を見せないのが一般的だ。ただ、パワーは大抵の場合、弱い。 例外として自動追跡型というのがいる。これは本体から遠く離れていても強いパワーを持っているが、特定条件に当てはまる者に近づいて攻撃、といった単純な行動しか出来ない。このタイプは像が傷ついても本体に影響がないことが多い」 「それなんだけど、スタンドってのは、本当にスタンド使い以外には見えないのかい? 遠隔操作型や自動追跡型に狙われたらほとんど対処できないんだけど」 フーケの危惧はもっともだ。遠隔操作型でも大体は、人間一人を始末するくらいの能力はある。 「……スタンド使いでなくても、才能がある人間なら見える場合もある。同じ精神力を使うメイジが該当するかどうかだな。スタンドは幽霊と同じだ。見える奴は見えるし、見えない奴は見えない……」 その瞬間、タバサの体がぴくりとゆれた。 「? どうした?」 「……何でもない」 「? そうか……」 まさかタバサが幽霊が苦手とは思わないので、リゾットは気にせず、自分のスタンドを身体の外に出す。 「今、俺のスタンドをここに出した。よく見てみろ」 全員の視線がリゾットの指先に集まる。 「何もないじゃない」 「見えないわね」 「見えないねえ……」 「………何かコツは?」 「『感覚の目』だ……。光の反射を捉えるのではなく、もっと本質的なものを捉える。言葉で言えばそういうことになる。そういうつもりで見ろ」 スタンドの中には同じスタンド使いでも気付きにくいタイプもいる。そういうスタンドを見る時のつもりでリゾットはアドバイスをした。 「気のせいっていえば気のせいのような感じだけど……」 「そういわれると…何かいるような気もするわね……」 「う~ん……像としては見えないねえ……」 「………」 どうやら『何かいる』程度には感じるものの、はっきりと像としてみたり、声を聞いたりはできないようだ。 スタンドの外見から能力をつかめるケースもあるので不利といえば不利だが、まったく感知できないよりはマシだろう。 「大体そんなところだな……。万が一スタンド使いと戦うことがあったら、パニックを起こさないことだ。一見異常な攻撃でも、何かの法則に基づいて攻撃しているはずだ。それを見極めろ」 ルイズがメタリカから顔を上げて、リゾットに視線を向けた。 「ねえ、リゾット。さっきから戦うことを前提にして話しているけど、スタンド使いってそんなに凶暴なの?」 「そういや、確かにそうだな。今まであった二人も好戦的だったし、その辺、どうなんだ、相棒?」 ルイズとデルフリンガーがそういうのも無理はない。リゾットは主にタバサに向けて話したため、どうしても戦闘が前提になってしまったのだ。 「……絶対とはいえないが、スタンド使いにはどこか社会から外れた人間が多い。何だかんだ言って自分の能力に自信を持っている連中ばかりだからな……」 実際、スタンドに目覚めた者で犯罪に一切手を出さないでいる人間というのは稀だ。 特に貧しい生まれで生まれながらのスタンド使いの場合、親も周囲も警察も恐れず、どんどん犯罪に手を出した挙句、ギャングやもっと性質の悪い組織の一員になるといったケースは珍しくない。 「まあ、貴族社会から追放されたメイジが傭兵や犯罪者になるみたいなものか」 自身を省みて、色々思うところがあるのか、フーケが少し遠い目で呟く。その目でキュルケは以前の疑問を思い出した。 「そういえば、前にも聞こうと思ったけど、貴方って何をして貴族から追放されたの?」 「ちょっと、キュルケ……」 ルイズが止めようとするが、キュルケは好奇心を抑えられない。 「別にいいじゃない。無理に話せとは言ってないし」 そういいつつ、好奇心に目を輝かせているキュルケに、フーケは呆れた。黙秘しようとも思ったが、考え直す。 「ん~……まあ、確かに一応、仲間になったことだしね。少しは教えてもいいか。王家に『あるもの』を差し出さなかったせいさ」 「『ある物』って? それに、王家ってどこの王家?」 「そいつは言えないね。……まあ、リゾットになら条件次第でもっと詳しく話してやってもいいよ」 途端にルイズがむっとする。 「何であのイカ墨に教えてそのご主人様には教えられないのよ」 「そりゃ、リゾットは私の直接の雇い主だからね。その主人様のあんたにゃ、別に雇ってもらった覚えもないし」 ルイズは悔しさのあまり、う~、と唸り始めた。タバサはそんなフーケとルイズを無表情にじっと見ている。 「フーケ……。俺をあまりルイズをからかうダシにするな……」 リゾットが口を挟むと、フーケは苦笑してリゾットに向き直った。 「別に、ダシにしてるわけじゃないよ。で、どうだい? あんたの過去を話してくれるなら、私も私の過去を話すけど、興味ない?」 口調は茶化しているが、目は真剣だった。しかし、リゾットは首を振る。 「……いや、遠慮しておこう」 リゾットとて、ある程度話しても構わないとは思うのだが、それを交換条件などの材料にはしたくなかった。お互い、教えたいなら話せばいいし、知りたいなら訊けばいいのだ。 「そうかい……。ま、仕方ないね」 フーケは落胆を隠して明るくいった。 「ふん、ご主人様にだって話さないのに、アンタになんか話すわけないでしょ!」 何故かルイズが勝ち誇って言う。実際には勝ってはいないのだが。 そんなルイズとフーケを見て、キュルケが微笑んだ。 「ダーリンを思うのって、大変ね。ライバル多くって」 「? 普通、そこは笑わねーと思うんだけど……」 不思議そうにデルフリンガーが呟く。キュルケは前髪をかきあげながら、妖艶に笑った。 「あら? だって好きな男が他人からも好かれてるなんて素敵じゃない? むしろ誇らしいし、燃えるわ」 「お、おでれーた…。すげープラス思考……」 デルフリンガーが感心していると、途端にルイズが噛み付いた。 「ちょっとキュルケ! 私はこんなイカ墨、好きじゃないわよ! 変な想像しないで!」 「あら、そうなの?」 「そうよ! ……まあ、それなりによく仕えてくれてるから、決して嫌いではないけど……」 「何だかねえ……」 フーケはこの日、何度目かになる苦笑をもらした。そこで自分の目的を思い出す。 「ところでリゾット、ついでにルイズ。話しておきたいことがあるんだけど……いいかい?」 「何だ?」 「ついでにってのがひっかかるけど……何よ?」 改まったフーケに、リゾットとルイズだけでなく、キュルケも注目する。タバサは本を読み始めた。 「タルブの村にかくまわれてる間、王宮から来たらしい連中を何度かみたよ。多分、あの竜の羽衣の出所を探ってたんじゃないか?」 「姫様かしら……」 「多分ね。あの様子だとあんたたちに辿り着くのもそんなに時間はかからないんじゃないかな。 あの『奇跡の光』のこと……詳しくは聞かないけど、誤魔化したいなら何か考えておいた方がいいよ」 フーケの言っている『奇跡の光』とはもちろん、ルイズが放ったあの『爆発』の魔法だ。それを間近で見ていたキュルケが心配げにルイズをみつめる。 「ねえ、ルイズ……。あの魔法って……?」 「ん、ごめん……。まだ、自信がないの。はっきりするまで、もう少し時間をちょうだい」 キュルケは息をついた。 「ふぅ……。まあ、いいわ。でも、あんまり溜め込まないで。せめてダーリンには相談しなさいよ」 「うん、ありがとう、キュルケ…」 何だ、素直になれるじゃないか、とフーケは妙な驚きをしてルイズを見ていたが、やがて席を立つ。 「さて、じゃあ、私はそろそろ帰るよ。連絡したいときは例の方法で」 「ああ……」 「あっと……そうそう、シエスタだけど………。まあ、これは私が言うことじゃないか」 「?」 「ま、女ってのは強いようでいて弱いものさ。弱いようで強いものでもあるがね。その辺、あんたは覚えておきなよ?」 意味深に笑って、フーケは部屋から出て行った。 「夜も遅いし、私たちも帰りましょうか、タバサ?」 タバサは頷く。二人は連れ立って廊下に出た。 自室の前で、キュルケはタバサを振り返った。 「さっきもちょっと話題に出たけど、ダーリンって元の世界で何をしてたのかしら。タバサ、知ってる?」 「……どうして私に?」 「いや、何かタバサって、ダーリンから特別に思われてるようなところがあるから」 「そう?」 タバサは2、3回瞬きを繰り返した。それから付け加える。 「彼は彼なりに私たちを信頼している。その証拠にスタンド能力についても教えてくれた。私はそれで十分」 タバサだって過去のことはどうしても知られたくないわけではないが、積極的には話したくはない。リゾットも似たようなものなのだろう、と思っていた。 「そうね……。どうしても知りたくなったら訊いてみましょうか。お休み、タバサ」 タバサは頷いて、キュルケが部屋に入るのを見届けると、自分も部屋に戻る。DIOの館以来、時折感じる奇妙な感覚に襲われながら。 ワルドがアルビオンのロンディニウムに帰還すると、早速、皇帝クロムウェルに呼び出された。 久しぶりに見るクロムウェルは、相変わらずシェフィールドを従え、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。あれだけの敗戦の後にこんな笑みを浮かべられるというのは、大物なのか、馬鹿なのか、どちらか判断が付きかねた。 「トリステイン侵攻に失敗いたしました。申し訳ございません」 「おお、子爵。そのようなことは気にせずとも良い。君が今回の失敗の原因ではないのだからな。いや、君だけではない。誰の責任でもない。 あえて言えば、あのような未知の魔法の使用を予見できなかった我ら指導部にこそ、罪はある。だから、そのようにかしこまらずともよい」 クロムウェルはワルドに手を差し出した。ワルドはそこに口をつける。 「は、閣下の慈悲のお心に感謝いたします」 そういいつつ、今のワルドの心は晴れ晴れとしていた。ガンダールヴとの二度目の戦いを制し、恐怖を乗り越えたことで、ワルドは自分が成長した実感を得ていたのだ。 しかし、あのときの光は気になった。クロムウェルが言うには『虚無』は命を操るという。ならばあの光は一体なんだというのか。 「あの未知の魔法の光は『虚無』なのでございましょうか? あの光は四系統とは相容れませぬ。しかし、閣下の仰る『虚無』とも相容れませぬ」 「余とて、『虚無』の全てを理解しているとは言い切れぬ。『虚無』には謎が多すぎるのだ。歴史の闇に包まれておるからな」 「歴史。そう、余は歴史に深い興味を抱いておる。たまに書を紐解くのだ。始祖の盾、と呼ばれた聖者エイジスの伝記の一章に、次のような言葉がある。数少ない『虚無』に関する記述だ」 クロムウェルは詩を吟じるような口調で、次の言葉を口にした。 「 始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らし出した ……。まるであの未知の光だ。しかし謎が謎のままでは、気分がわるい。目覚めも悪い。そうだな、子爵」 「仰るとおりです」 「トリステイン軍はアンリエッタ自らが率いていたという。ひょっとするとあの姫君は『始祖の祈祷書』を用い、王室に眠る秘密をかぎ当てたのかも知れぬ」 「王室に眠りし秘密とは?」 「アルビオン、トリステイン、ガリア、それぞれの王家は元々一つ。そしてそのそれぞれに始祖の秘密が分けられた。そうだな? ミス・シェフィールド」 クロムウェルが傍らの女性を促した。 「閣下の仰るとおりですわ。アルビオン王家に残された秘法は二つ。『風のルビー』は行方知れずに、もう一つは調査が済んでおりません」 ワルドはシェフィールドを見た。深いローブで顔を隠しているが、表情は伺えない。魔力は感じないが、博識さといい、何か特殊な能力なり技能を持っているのだろう。 「今やアンリエッタは、『聖女』とあがめられ、なんと女王に即位するとか。彼女を手に入れれば、国も、王家の秘密も手に入ろうな……」 クロムウェルは笑みを浮かべた。 「ウェールズ君」 廊下から、クロムウェルによって蘇ったウェールズが、部屋に入ってきた。 「余は君の恋人……、『聖女』どのに戴冠のお祝いを言上したいと思う。我がロンディニウムの城までお越し願ってな。なに、道中、退屈だろうが、君がいれば退屈も紛れるだろう」 ウェールズは抑揚のない声で、 「かしこまりました」とだけ呟いた。 「では、子爵。ゆっくりと休養を取りたまえ。『聖女』をこのウェールズ君の手引きで無事晩餐会に招待する事ができたら、君にも出席願おう」 ワルドは頭を下げた。死人に仕事を取られるのは業腹だったが、ここはクロムウェルの手並みをみることにした。 リゾットのことをワルドは報告していない。あくまで決着は自分でつけるつもりなのだ。ウェールズ相手に倒されるなら、それも仕方ない、とは思いつつ、ワルドは退室した。 ワルドが退出した後、シェフィールドも自室に下がった。扉を閉め、周囲を見渡す。誰もいないことを確認し、椅子に腰掛けると、急に部屋の隅から声がした。 「ウェールズの同伴にスタンド使いをつけなくていいのか? ミス・シェフィールド」 先ほどまで誰もいなかったはずの部屋の中に、いつの間にか男がいた。その男を認めると、シェフィールドが不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「ふん、お前か……。ノックくらいはしたらどう?」 「したさ。お前が気付かなかっただけだろう?」 男は平然と答える。その言葉にはどこかシェフィールドを嘲るような調子があった。 「口の利き方に気をつけるんだね。戻されたいの?」 「これは失礼を。だが、私を戻すと貴方様も困るのでは?」 シェフィールドは舌打ちした。この男、拾った当初は従順だったが、日が経つにつれ、次第に傲慢な本性をあらわし始めた。 だが、スタンド使いを束ねるのはスタンド使いでなければ勤まらない。この男ほど強力なスタンド使いは今のところ、いなかった。 「……スタンド使いね。一人でいいわ。今のところ、トリステインにスタンド使いは確認されていないからね」 「了解した。そうそう………事後承諾になるが、使えぬスタンド使いを1名、野に放った。害にならないところにな。トリステイン側にスタンド使いがいるなら、つぶしあってくれるだろう」 シェフィールドは男をにらみつけた。 「勝手な真似を!」 「そうかね? 陛下はお気になさらないと思うが。それに、アレは置いておくと、悪戯に被害が増える……」 その言葉でシェフィールドはピンと来た。 「分かったわ……。陛下には私から申し上げておく。これからは事前に報告を上げなさい、いいわね」 「仰せのままに。ミス・シェフィールド」 一礼すると、男は再び姿を消した。 その後、案の定、王宮からの使いがやってきて、ルイズはアンリエッタの元へと召しだされた。 謁見の間に通されたルイズは恭しく頭を下げた。 「ルイズ、ああ、ルイズ!」 アンリエッタは駆け寄り、ルイズを抱きしめた。頭をあげず、ルイズは呟いた。 「姫様…、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。貴方はわたくしから、最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 「ならばいつものように、姫様とお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」 アンリエッタはつまらなそうに呟いた。気を使う客ばかりでうんざりしていたのだ。 (リゾットが聞いたら怒るでしょうね) アンリエッタの台詞に心の中で苦笑しつつ、友人の愚痴を受け止める。 わざわざ授業のある平日に自分を呼び寄せた理由はなんだろう。やはり『虚無』のことだろうか? 一応、リゾットと相談して、あの『虚無』と思しき魔法のことはリゾットがガンダールヴであることと同様、秘密にする予定ではあるが、アンリエッタがどこまで調べているか分からない。 何より、ルイズはアンリエッタに嘘をつきたくなかった。最近になるまで、アンリエッタはルイズのただ一人の友人だったからだ。 ルイズは次の言葉を待った。だがアンリエッタは自分の目を覗き込んだまま、話さない。仕方なくルイズは今回の戦の勝利の祝いをのべはじめた。 「あの勝利は貴女のおかげだものね、ルイズ」 ルイズははっとしてとぼけようとしたが、アンリエッタは微笑んで、ルイズに羊皮紙の報告書を手渡した。それを読んだ後、ルイズはため息をついた。隠し通せないと悟ったのだ。 「ここまでお調べなんですか」 「あれだけ派手な戦果をあげておいて、隠し通せるわけがないじゃないの」 「今まで隠していたこと、お許しください」 「いいのよ。でも、わたくしにまで隠し事はしなくても結構よ、ルイズ」 アンリエッタはふぅ、とため息をついた。 「多大な……、本当に大きな戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ。貴方と、その使い魔が成し遂げた戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。 本来なら、ルイズ、貴方には領地どころか小国を与え、大公の位を与えてもいいくらい。そして使い魔にも特例で爵位を授けることくらいできましょう」 「わ、私は何も……、手柄を立てたのは使い魔で……」 ルイズはぼそぼそといいにくそうに呟いた。 「あの光は、貴方なのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れあがった場所に、貴方たちが乗った風竜は飛んでいた。あれは貴方なのでしょ?」 ルイズはアンリエッタに見つめられ、それ以上隠し通すことができなくなった。 こうなったら仕方ない。リゾットには口止めされていたが、ルイズは「実は…」と切り出すと、始祖の祈祷書のことを語り始めた。 「始祖の祈祷書には、『虚無』の系統と書かれておりました。姫様、それは本当なのでしょうか?」 アンリエッタは目を瞑った後、ルイズの肩に手をおいた。 「ご存知、ルイズ? 始祖ブリミルは、その三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したのです。トリステインに伝わるのが貴方の嵌めている『水のルビー』と始祖の祈祷書」 「ええ…」 「王家の間では、始祖の力を受け継ぐ者は王家にあらわれると言い伝えられてきました」 「私は王族ではありませんわ」 「ルイズ、何をおっしゃるの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこその、公爵家なのではありませんか」 ルイズははっとした顔になった。 「あなたも、このトリステイン王家の血をひいているのですよ。資格は十分にあるのです。それに、貴方の使い魔は『ガンダールヴ』なのでしょう?」 ルイズは頷く。オールド・オスマンやワルド、それにデルフリンガーもそのようなことを言っていた。 「では……、間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが、正しいようね」 ルイズはため息をついた。それを見ながら、アンリエッタは言葉を続ける。 「これで貴方に、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」 ルイズはこわばった顔で頷いた。ルイズの『虚無』が本物だった場合、下手をすればトリステインからさえ狙われる、とリゾットは指摘していた。 「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしと、貴方の秘密よ」 それからルイズはしばらく考え込んでいたが……、やおら決心したように、口を開いた。 「おそれながら姫様に、私の『虚無』を捧げたいと思います」 「いえ……、いいのです。貴方はその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 「神は……、姫様をお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!」 しかし、アンリエッタは首を振る。 「母が申しておりました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」 ルイズは昂然と顔を持ち上げた。自分の使命に気付いたような、そんな顔であった。しかし、その顔はどこか危うい。 リゾットがいればルイズを止めようとしただろう。秘密裏に動く特殊な能力者、などリゾットたち暗殺チームとほとんど同じ立場だからだ。だが、彼女の使い魔は今、別の部屋で待たされている。 「わたしは、姫様と祖国のために、この力と身体を捧げたいと常々考えておりました。そうしつけられ、そう信じて育って参りました。しかしながら、わたしの魔法は常に失敗しておりました。 ご存知のように、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 ルイズはきっぱりと言い切った。 「しかし、そんな私に神は力を与えてくださいました。私は自分が信じるもののために、この力を使いとう存じます。それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら、杖を陛下にお返しせねばなりません」 アンリエッタはルイズのその口上に心打たれた。 「わかったわ、ルイズ。貴方は今でも……、一番の私のおともだち。ラグドリアンの湖畔でも、あなたはわたくしを助けてくれたわね。わたしくの身代わりに、ベッドに入ってくださって……」 「姫様」 ルイズとアンリエッタは、ひし、と抱き合った。完全に二人の世界である。 「これからも、わたしくの力になってくれるというのね、ルイズ」 「当然ですわ、姫様」 「ならば、あの『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」 「かしこまりました」 「これから、貴方はわたくし直属の女官ということに致します」 アンリエッタは羽ペンをとると、さらさらと羊皮紙に何かしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押がついた。 「これをお持ちなさい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む、国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ、仕事もしにくいでしょうから」 ルイズは恭しく礼をすると、その許可証を受け取った。アンリエッタのお墨付きである。ルイズはある意味、女王の権利を行使する許可を与えられたのだった。 「あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒として振舞ってちょうだい。まあ、言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」 「はい、きっと!」 ルイズは勢い込んで答えた。 一方その頃、リゾットは特別に用意された部屋で一人、なかなか戻ってこない主人の帰りを待っていた。 リゾットは丸腰だった。デルフリンガーを含む武装の一切は城に入るときに預けている。 「…………」 敵など出ようはずもない状況なのであるが、部屋の中はまるで立会い中のように張り詰めた空気に満たされていた。 原因はリゾットではなく、柱の影から放たれる敵意にある。 「おい……、いい加減に出て来い。そんなに敵意をむき出しにして、隠れるも何もないだろう」 潜んでいた人物が無言で姿を現す。 短く切った金髪の下、青い目が覗く女性だった。本来なら澄み切っているのだろうが、今は敵意に満ちている。所々板金で保護された鎖帷子に身を包み、その腰には杖ではなく剣が下げている。 「何だ、お前は?」 リゾットの問いに答えず、女はつかつかと歩み寄ってきた。じろじろと値踏みするようにリゾットを見る。 その立ち居振る舞いには隙がない。リゾットはこの人物がスタンドを使えばともかく、丸腰で勝てる相手ではないと瞬時に悟った。 (武装は剣だけじゃないな……。銃も携帯している) 「どうやらただの馬の骨ではないようだな。私に気付かないようなら城からたたき出してやろうと思っていたが」 「…………」 女は何かの証明書らしきものを取り出してリゾットに突きつけた。断片的しか読めないが、アルビオンの時に見たアンリエッタの花押が押されている。 「女王陛下の、か?」 リゾットの呟きに、女は頷いた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔、リゾットだな? お前に知らせることがある。ついて来い」 言うなり身を翻して部屋を出て行こうとする。女の態度に嘘は見つけられなかったが、リゾットは動かなかった。 「……お前の主人はまだ戻ってこない。さっさとしろ」 「お前の名は? 名前も分からない不審人物についていくつもりはない」 「さっきの証明書に書いてあっただろう?」 「俺はまだ人名は読めない。読み方の法則は習ってないからな」 女は舌打ちした後、名乗った。 「アニエスだ。納得したらついて来い」 頷くと、リゾットはアニエスについていった。 戻る< 目次 >続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/159.html
「見事だリゾット・ネエロ…。『誇り』は失わずに命を絶った…」 ボスの声が遠く聞こえる。 だが、リゾットには立ち上がることができなかった。手も足もスタンドも、もう動かすことはできない。 (すまない。俺は結局、お前たちの仇を討つ事も、ボスの打倒も果たせなかった) 激痛の中、薄れ行く意識で、リゾットは死んだ仲間たちを思い出していた。 ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イルーゾォ、プロシュート、ペッシ、メローネ、ギアッチョ。 みんな、死んだ。みんな死んでしまった。 (結局、俺は何一つなし得ず、ただ世界に死を振りまきながら死んでいくのか…) 覚悟はしていた。だが、寂しいような、悔しいような思いが胸の内に駆け巡る。 どこかへ落ちていくような感覚がした。 (死後の世界があるならば地獄へ、仲間たちの所へ行くんだろう) 懐かしい仲間たちに会うことを期待しながら、リゾットは意識を手放した。 第一章 死と再生 明るい光を感じ、彼はゆっくりと目を開けた。 まず目に入ったのはこちらに注目する大勢の群衆、そして屹立する塔に城。 サルディニア島とはまったく違う景色だった。 (生きている…?) 負傷の感覚がなく、身体の傷が消えていた。 それどころか、ボスに切り飛ばされたはずの右足も元通り身体についている。 (まさか、夢だったのか?) とっさにそう思ったが、なぜこんなところに横たわっているのか説明ができない。 全身を覆う疲労、そして何より全身を銃弾で貫かれる記憶の生々しさが夢の可能性を否定していた。 (一体、何が…?) 呆然とするリゾットを他所に、突然群集から笑いが巻き起こった。 「流石『ゼロ』! 平民を呼び出すとはな!」 「まったく、ここまで失敗しかしないと逆に尊敬するよ!」 その笑いには嘲笑がたぶんに含まれていたが、それは正確にはリゾットに向けられたものではない。 「うるさいわね! ちょっと間違っただけよ!」 「間違いって、ルイズはいっつもじゃん!」 「『ゼロ』のルイズは失敗が当然だからな!」 背後からの怒声と、それに向けられた嘲笑にリゾットはのろのろと振り向いた。 唐突に指が突きつけられる。 桃色がかったブロンドに鳶色の眼という見慣れない配色の少女がいた。 リゾットの眼を見ると一瞬ぎょっとしたようだが、それでも気を取り直して質問してくる。 「あんた、誰!?」 何を聞かれたか、気だるい今のリゾットの思考では理解できなかったが、ともかくリゾットは質問した。 「ここはイタリアではないのか?」 「質問を質問で返すとテストで0点になるって知ってる? 私が『誰?』と聞いてるのよ!」 「俺は生きているのか?」 「生きてるに決まってるじゃない。っていうか、名前を聞いてるのよ!」 「これはなんだ? 新手のスタンド使いの攻撃か?」 「……もう喋らなくていいわ。会話がかみ合わない…。ミスタ・コルベール、儀式の再挑戦を希望します!」 ため息をついて、少女はリゾットから近くにいた年嵩の男に会話の対象を移し、何事か抗議し始めた。 良く見るとここにいる人間はほとんどマントを着用している。 どうやら制服のようなものらしく、ここにいる人間はみな同じ所属ということらしい。 リゾットは周囲の観察を続けながら考える。 (新手のスタンド使いの攻撃を受けているのか?) しかし、リゾットはその可能性は少ないと考えた。周囲の人々からは殺気は感じ取れない。 それに攻撃するつもりならば、今まで寝ていたリゾットをいくらでも殺すことができただろう。 (もっとも、今の俺に殺すほどの価値があるかどうかも疑わしいがな…。仲間を失い、ボスにも負けた俺に…) そこまで考えると、リゾットは考えるのをやめた。 仲間を一人残らず失った喪失感が、ボスに敗北したという事実を再認識すると共に押し寄せてきたのだ。 暗殺を生業にしていた彼にとって、敵味方問わず、死は身近にあるものだ。 だから彼は最後の一人になっても行動をやめることなかった。 だが、その原動力は仲間の仇を討つという目的、 あるいはボスを倒し、パッショーネを乗っ取ると言う希望があったからだ。 しかし、今、組織を離反し、ボスに敗れた。 今のリゾットを戦いに向かわせる物は何もないのだ。 どうにでもなれという捨て鉢な気持ちがリゾットを支配していた。 漫然と成り行きに任せていると、先ほどの少女が寄ってきた。 そのせいか、少女は憮然とした顔でツカツカとリゾットに歩み寄ってくる。 先ほどからの侮辱に怒っているのか、顔がやけに赤い。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 「……?」 リゾットが黙っていると、彼女は予想外の行動に出た。 手に持っていた杖を構え、何事か呪文のようなものを呟くと、突然リゾットの唇を奪ったのだ。 「………」 だが、リゾットは動かない。 空虚な瞳で他人事のように成り行きを見つめている。 しかし次の瞬間、左手を中心に全身が燃え上がるように熱くなった。 (毒か!?) リゾットは左手を抑えたまま、その場にうずくまりそうになったが、何とか耐える。 押し寄せる痛みの波は唐突に引いていき、左手の甲に文字のような印が浮かんでいた。 一方、少女は痛みに耐えるリゾットに突き飛ばされ、地面にしりもちをついていた。 「いった~~い! 何するのよ、使い魔の癖に!」 「何をするか、だと? それはこちらの台詞だ!」 「何って…『コントラクト・サーヴァント』の儀式よ。あんたは私に召喚されたんだから当然でしょう?」 「召喚? 何を言ってる。イカレてるのか…?」 「な、なんて口の利き方…! ご主人様に向かって!!」 言い争いをしていると、先ほどルイズが抗議していた 年嵩の男が近寄ってきて、リゾットの左手に刻まれた印を確認した。 「ふむ、珍しいルーンですね…。まあ、ともかく無事終わったようですね、ミス・ヴァリエール。おめでとう」 「ありがとうございます、ミスタ・コルベール」 「相手が平民だからなぁ!」 「そいつが幻獣だったら契約なんかできないって」 何人かの生徒がまた野次を飛ばす。 「馬鹿にしないで!私だってたまにはうまく行くわよ!現に使い魔だって呼んでみせたじゃない!」 「平民だけどな!」 またげらげら笑いはじめる生徒たちに、コルベールという教師(?)が嗜める。 「こらこら、貴族はお互いに尊重しあうものだ。ともかく、契約も無事済んだことだし、皆、教室に戻るぞ」 その声と共に周囲の群集…どうやら学生らしい…が空を飛んで散っていく。 (これが地獄というわけか?) リゾットは混乱しながらそれを見ていた。 「がんばれよ、ゼロ」 「貴方にはお似合いの使い魔よ」 言葉だけは優しい、嫌味を言って去っていく者たちをにらみ付けると、少女はこちらに向き直った。 また何かまくし立てられそうだったので、リゾットは機先を制してみた。 わけの分からないことだらけだが、一つ一つ確認していく以外にない。 「お前は誰だ?」 自分の言を取られたことが不快なのか、少女はちょっと顔をしかめたが、 目の前の男の有無を言わせぬ口調に、しぶしぶ名乗った。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあなたのご主人様よ。覚えておきなさい!」 「ご主人様はさておき…さっきの質問に答えてもらおう。ここは…どこだ?」 「ここはトリステインよ。ここはかの高名なトリステイン魔法学院。服装も変だし、田舎から来たのね、貴方」 「トリステインなんて名前は聞いたこともないな。次の質問だ。今、俺に何をした?」 「『コントラクト・サーヴァント』の儀式よ」 「それは聞いた。さっきのキスがそれなのか?」 リゾットの質問にルイズの顔が真っ赤になった。 「そうよ。あれはその儀式の一環で契約の証よ。感謝しなさいよね。その……私の……ファーストキス…だったんだから!」 「…………」 反応に困ったリゾットが黙っているとルイズはびしっ! と指を突き出し、命令した。 「さあ、今度は貴方の名前をご主人様たる私に教えなさい!」 名前を問われ、リゾットはしばらく考えた後、名乗った。 「リゾットだ。リゾット・ネエロ……」 「とても信じがたいが、お前の言うことは理解した」 「平民で使い魔で、おまけに田舎者の癖に、ご主人様をお前呼ばわり?口の利き方に気をつけなさい!」 それからしばらく後、ルイズの自室に連れて行かれたリゾットは自分が置かれた状況に愕然とした。 魔法使いが支配する世界に突然呼び出され、自分はこの小娘に使役されることになるというのだ。 リゾットは会話中、注意深くルイズを見ていたが、そこに嘘や演技を汲み取ることはできなかった。 (こいつはマジでいっている。少なくともこいつにとっては今の話は本当だ) 確かに、言われてみれば夜空には月が二つある。地球でないことは確かなようだ。 「とにかく、これから貴方は使い魔として私に誠心誠意、尽くすのよ。この私の使い魔になれることを光栄に思いなさい!」 「お前が俺のボスになるということか?」 「そうね。私に付き従い、命令には絶対服従してればまず間違いないわ」 「だが断る」 「何ですって!?」 ルイズは予想外の、しかしリゾットにとっては当然の反応に色をなす。 「助けてくれたことには礼を言おう。いずれ必ず命の恩は返す。だが、俺はもう誰かの犬に成り下がるつもりはない」 言うなり、リゾットは扉に向かって歩き出した。 「こら、ご主人様を無視してどこへ行くのよ!」 後ろから掛けられたルイズの声で、リゾットは思わず足を止めた。 どこへ行くのか? もしも彼が異世界に飛ばされていなかったとしても、彼はこの問いに答えることはできなかっただろう。 一般社会からもギャング組織からもはじき出され、戦いに敗れた彼はもう、どこへも行く所はないのだ。 「イタリアに帰る」 それでも何とかそれらしい目的をひねり出し、リゾットは答える。 「無理よ。召喚した生物を帰す方法はないもの」 なければ探せばいい。だが、戻ってどうなる? 戻ってどうする? 元の世界に帰ってもボスに勝てる可能性は限りなく低い。 何より、仲間たちが残らず死んだ今となっては組織を乗っ取る事さえ虚しいように思えた。 「何よ、そんなに落ち込まなくたっていいじゃない」 「……わかった」 「え?」 「お前は命の恩人だ。受けた恩は返そう。返すまでの間、お前に雇われてやる」 『恩には恩を、仇には仇を』、それがリゾットの流儀だ。 やることがない以上、相手に雇われるのもいいだろう。 そして恩を返す間に今後のことを考えればいい。 少なくとも、この異世界にまでは追手はこない。 リゾットはそう結論していた。 「とりあえず、あんたの仕事は掃除洗濯雑用だから。平民は秘薬探しや戦いなんて出来ないだろうしね」 「わかった」 ルイズにはスタンドのことも自分が暗殺者であることも教えていない。 戦えないとルイズが思うならそれでもいい。 相手に自分を使いこなす器量があれば勝手に見抜くことだろう。 「いろいろあったから疲れちゃった。もう寝るわ。これ、明日になったら洗濯しときなさいよ」 ルイズはいうなりリゾットの目の前で着替え始め、着衣を放ってくる。 リゾットが黙っていると「いいわね?」と念を押した後、指を弾いて明かりを消し、さっさと寝入ってしまった。 残されたリゾットはため息をつく。 この雇い主はずいぶん我侭な子供のようだ。 (恩を返したらさっさと出て行くとしよう) そう考えながら壁にもたれて座り込み、毛布をかけ、眼を閉じた。 (それからどうするか、が問題だな…) 答えのない自問自答を繰り返すうち、眠りに落ちたのだった…。 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/648.html
馬に乗ること3時間、ルイズとギアッチョはトリステインの城下町に到着した。ここ ハルケギニアに召喚されてから初めて見る学院外の景色だったが、ギアッチョは 今それどころではなかった。生まれて初めて乗馬を経験した彼は腰が痛くて仕方が なかったのだ。 「そっちの世界に馬はいないの?」 ルイズが不思議そうに尋ねる。 「いねーこたねーが・・・都市部で馬を乗り物にしてたのは遥か昔の話だ」 ギアッチョが腰を揉みほぐしながら答えるが、ルイズはますます不思議な顔を するだけだった。 「まぁ覚えてりゃあそのうち話してやる それよりよォォ~~ 剣ってなどこに 売ってんだ?」 「ちょっと待って・・・ええと こっちだわ」 ルイズが地図を片手に先導し、ようやく周囲に眼を向ける余裕が出てきたギアッチョは その後ろを観光気分でついて行く。何しろ見れば見るほどメルヘンやファンタジー以外の 何物でもない世界である。幅の狭い石敷きの道や路傍で物を声を張り上げて売る商人達、そして彼らの服装などはまるで中世にワープしたかのようだ。しかし中世欧州と似て 非なるその建築様式が、ここがヨーロッパではないことを物語っていた。 「魔法といい使い魔といい、メローネあたりは大喜びしそうだな」などと考えたところで、 ギアッチョは自分が既にこの世界に馴染んでしまっていることに気付いた。 リゾットはどうしているのだろう。見事ボスを倒し、自分達の仇を取ってくれたのだろうか。 それとも――考えたくないことだが、先に散った仲間達の元へ行ってしまったのだろうか。 このハルケギニアと同じように時間が流れているのならば、きっともうどちらかの結果が 出ているだろう。 ホルマジオからギアッチョに至る犠牲で、彼らが得る事の出来たボスの情報はほぼ 皆無だった。いくらリゾットでも、そんな状態でボスを見つけ出して殺せるものだろうか。 相当分の悪い賭けであることを、ギアッチョは認めざるを得なかった。 ――どの道・・・ ギアッチョは考える。どの道、もう結果は出ているのだ。自分はそれを知らされていない だけ・・・。 「クソッ!!」 眼に映るものを手当たり次第ブチ壊してやりたい気分だった。当面はイタリアに戻る 方法が見つからない以上、こんなことは考えるべきではなかったのだろう。だがもう遅い。 一度考えてしまえば、その思考を抹消することなどなかなか出来はしない。特に―― 激情に火が点いてしまった場合は。 ――結末も知らされないままによォォーーー・・・ どうしてオレだけがこんな異世界で のうのうと生き長らえているってんだッ!ああ!?どうしてだ!!どうしてオレは生きて いる!?手を伸ばすことも叶わねぇ、行く末を見届けることすら出来やしねえッ!! 何故オレがッ!!ええッ!?どうしてオレだけがッ!!何の為に!!何の意味が あってオレは惨めに生きている!?誰か答えろよッ!!ええオイッ!! 一体何に怒りをぶつければいいのか、それすらも解らないまま――、ギアッチョは 溢れ出しそうな怒りを必死に押しとどめていた。 「・・・ギアッチョ ・・・・・・どうしたの?」 その声にハッと我を取り戻したギアッチョが顔を上げると、ルイズが僅かな戸惑いをその 顔に浮かべて自分を見ていた。 「・・・・・・なんでもねぇ」 思わずルイズに当たりそうになったが、彼女とて意図して自分を呼び出したわけでは ない。数秒の沈黙の後――ギアッチョは何とかそれだけ言葉を絞り出した。 いつもと様子が違うギアッチョに、ルイズは当惑していた。ギアッチョを召喚してまだ 数日だが、この男がキレた所はもう嫌というほど眼にしていた。そしてその全く 嬉しくない経験から理解していたことだが、ギアッチョはブチキレる時にTPOを わきまえることはない。食堂だろうが教室だろうが、キレると思ったらその時スデに 行動は終わっているのがギアッチョなのである。シエスタから聞くところによると、 既に厨房でも一度爆発したらしい。傍若無人を地で行く男であった。 そのギアッチョが怒りをこらえている。ルイズでなくても戸惑いは当然だろう。 レンズの奥に隠れてギアッチョの表情は判らなかったが、ルイズには彼が無言の うちに発している悲壮な怒りが痛々しいほどに伝わってきた。 ――・・・ギアッチョ 私のただ一人の使い魔 ただ一人の味方・・・ ルイズはギアッチョの力になってやりたかった。圧勝とは言え体を張って自分を 助けてくれたギアッチョに、せめて心で報いたかった。しかしルイズの心の盾は 堅固不壊を極めている。自分の為に本気で怒ってくれたギアッチョに、ルイズは ただ一言の礼を言うことすら出来なかった。そして今もまた、ルイズの盾は 忠実に職務を果たしている。ギアッチョに報いたいというルイズの思いは、自らの 盾に阻まれて――彼女の心の内に、ただ虚しく跳ね返った。 こうして、怒りを内に溜め込んでいるギアッチョと自己嫌悪に陥っているルイズは 二人して陰鬱な空気を纏ったまま武器屋へと到着した。 貴族が入店したと見るやドスの効いた声で潔白の主張を始める店主に「客よ」と 告げて、ルイズは剣の物色を始める。 「・・・ギアッチョ、あんたはどれがいいの?」 使用者であるギアッチョの意向無しに話は進まないので、ルイズは意を決して 話しかけた。 「・・・剣なんぞに馴染みはねーんだ どれがいいかと聞かれてもよォォ」 同じ事を考えているであろうギアッチョは、そう答えて適当な剣を手に取る。 「――リゾットの野郎がいりゃあ・・・いいアドバイスをくれただろうな」 刀身に視線を落とすと彼はそう呟いた。 リゾット・・・何度かギアッチョが話した彼のリーダー。怒りや悲しみがないまぜに なった声でその名を呟くギアッチョに、ルイズは何かを言ってやりたくて・・・ だけど言葉すらも浮かんではこなかった。 「帰りな素人さんどもよ!」 ルイズの代わりに静寂を破ったのは、人ではなかった。二人が声の主を 探していると、再び聞えたその声はギアッチョの目の前から発されていた。 「剣なんぞに馴染みはねーだァ?そんな野郎が一人前に剣を担ごうなんざ 100年はえェ!とっとと帰って棒っ切れでも振ってな!」 「・・・何? どこにいるのよ」 ルイズがキョロキョロとあたりを見回していると、ギアッチョがグィッ!と一本の 剣を持ち上げた。 「・・・インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうに持ち上げられた剣を眺めている。 「は、いかにもそいつは意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ こらデル公!お客様に失礼な口叩いてんじゃあねえ!」 店主の怒声をデル公と呼ばれた剣は軽く受け流す。 「おうおう兄ちゃんよ!トーシロが気安く俺に触ってんじゃあねーぜ!放しな!」 なおも続く魔剣の罵声もどこ吹く風で、ギアッチョは感情をなくした眼で「彼」を じっと見つめている。 「聞いてんのか兄ちゃん!放せっつってんだよ!ナマスにされてーかッ!」 なんという口の悪さだろう。ルイズは呆れて剣を見ている。そしてギアッチョも 感情の伺えない眼でデル公を見ている。 「・・・おい、てめー口が利けねーのかぁ!?黙ってねーで何とか言いな!!」 ギアッチョは見ている。死神のような眼で、喋る魔剣を。 「・・・・・・ちょ、ちょっと何で黙ってんだよ・・・喋ってくれよ頼むから ねぇ」 ギアッチョは不気味に見つめている。彼の寡黙さにビビりだした剣を。 「・・・あのー・・・ 丁度いいストレスの発散相手が出来たって眼に見えるんですが ・・・僕の気のせいでしょーかねぇ・・・アハハハハ・・・」 そして完全に萎縮してしまったインテリジェンスソードを見つめる男の唇が、 初めて動きを見せ―― トリステイン城下ブルドンネ街の裏路地に、デル公の悲鳴が響き渡った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1147.html
アルビオン空軍工廠の街ロサイス。 そこに元レコン・キスタ総司令にして現アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは側近とともに来訪していた。 目的はアルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号の改装の視察である。 『レキシントン』はアルビオンが革命戦争(と、レコン・キスタでは先ほど終結した内戦を呼んでいる)の際に、反旗を翻した船で、元の名を『ロイヤル・ソヴリン』という。 「何とも大きく、頼もしい艦ではないか。このような艦が与えられたら、世界を自由に出来るような、そんな気分にならんかね? 艤装主任」 「わが身に余りある光栄ですな」 『レキシントン』号の艤装主任にしいて、艤装終了後は艦長となるサー・ヘンリー・ボーウッドが気のない返事を返した。 ボーウッドはクロムウェルを快く思っていない。彼は軍人であり、上官の命令に服従するが故にレコン・キスタに組したが、心情的にはアルビオン王国側だったのだ。 「見たまえ、あの大砲を! 余の君への信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ! 設計士の計算では……」 「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程のおおよそ一・五倍の射程を有します」 「そうだな、ミス・シェフィールド」 ボーウッドは途中でクロムウェルの言葉を引き継いだ長髪の女性を見つめた。冷たい雰囲気のする、二十台半ばくらいの女性だった。 細い、ぴったりとした黒いコートを身に纏っている。見たことのない、奇妙ななりだった。マントもつけていないため、メイジでもないらしい。 クロムウェルは満足げに頷くと、ボーウッドの肩を叩いた。 「彼女は、東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術で、この大砲を設計した。彼女は我々の魔法の体系に沿わない新技術をたくさん知っておる」 「なるほど。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為ととられますぞ?」 この『レキシントン』は国賓としてクロムウェルを始めとする神聖アルビオン共和国(新たなアルビオンの国名だ)の重鎮の御召艦としてトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に参加する予定である。 親善訪問に新型の武器を積んでいくなど、相手国への遠まわしな脅迫であり、砲艦外交ここに極まれり、である。 アルビオンの伝統、ノブレッス・オブリージュ…高貴なる者の義務を信奉する彼にとって、そのような下品な真似は虫が好かないのだった。 「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明していなかったな」 何気ない風を装って呟くと、クロムウェルはボーウッドを二言、三言耳打ちした。それを聞いたボーウッドの顔色が変わる。目に見えて蒼白になった。 「馬鹿な! トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか! このアルビオンの長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はない!」 激昂するボーウッドに、クロムウェルは静かに言い聞かせた。 「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、議会が決定し、余が承認した事項なのだ。いつから君は政治家になった?」 ボーウッドは軍人であり、彼にとっての軍人とは命令を忠実に執行する物言わぬ番犬である。こういわれては黙るほかにない。 「……アルビオンは、ハルケギニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名をとどろかすことになりますぞ」 ボーウッドが苦しげにいうと、クロムウェルは鼻で笑った。 「ハルケギニアは我らレコン・キスタに統一されるのだ。聖地をエルフから取り戻した暁には、そんな些細な外交上のいきさつなど、誰も気に留めまい」 「条約破りが些細な外交上のいきさつですと? 貴方は祖国を裏切るつもりか!?」 ボーウッドがクロムウェルに詰め寄ると、その脇に控えていた男がすっと杖を突き出し、ボーウッドを制した。その男の顔を見て、ボーウッドが声を上げる。 「で、殿下?」 果たしてそれは、討ち死にしたと伝えられる、ウェールズ皇太子であった。咄嗟に膝をつき、ウェールズの差し出した手に接吻する。その手は氷のように冷たかった。 クロムウェルは満足そうに頷くと、周囲に促し、歩き出した。ウェールズもその後に続く。 ボーウッドは呆然と立ち尽くしていた。 クロムウェルは傍らを歩く貴族に話しかける。ワルドだった。羽帽子を被り、失われたはずの左手は義手が取り付けられている。 「子爵、君は竜騎兵隊の隊長として、『レキシントン』に乗り組みたまえ」 ワルドは密かに安堵した。空の上でなら、あの男…リゾットと出会うことはあるまい。 「目付け、というわけですか?」 クロムウェルは首を振ってワルドの憶測を否定した。 「あの男は決して裏切ったりはしない。頑固で融通が効かないが、だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、君の能力を買っているだけだ。竜に乗ったことはあるかね?」 「ありませぬ。しかし、私に乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアに存在しないと存じます」 だろうな、と言ってクロムウェルは微笑んだ。それから、不意にワルドの方を向いた。 「子爵、君の目的は何だ? 君の忠誠を疑うわけではない。が、トリステインにいても栄華は極められただろうに、何故こちらに裏切った?」 「『聖地』です。私の探すものはそこにあると思いますゆえ」 「信仰か。欲がないのだな」 元聖職者でありながら信仰心の欠片も持たないクロムウェルは笑った。 ワルドは首から提げたペンダントを開き、その中の肖像画を見る。綺麗な女性の肖像だった。それを見ていると、ワルドの心が……リゾットによって恐怖に打ちのめされた胸の奥が、再生されていくのだった。 しばし極小の肖像を見つめた後、ワルドは呟いた。 「いえ、閣下。わたしは世界で一番、欲深い男です」 第十七章 真実を探す者、真実を待つ者 キュルケたち一行は焚き火を取り囲み、リゾットの話す異世界の話を聞いていた。 自分が魔法のない異世界から来たこと、スタンドと呼ばれる異能力を持つこと、そしてスタンド使いがこちらの世界に召喚されていること。 タバサとキュルケは既に聞いていたので、ギーシュとシエスタに対する説明が主なものだったが、四人とも興味深げに耳を傾けていた。 「う~ん……。突飛もない話だなあ」 「月が一つしかなくて、貴族のいない世界っていわれても、想像できませんね……」 「でも、事実。そう考えたほうが色々なことが筋が通る」 半信半疑といった二人に、タバサが淡々と付け加える。 「まあね、僕もあの館でいろんな変な道具を見てなければ笑い飛ばしていたところだったけど……」 「信じられなければ、信じる必要はない。今までどおり、東方から来たと思ってくれていても一向に構わない」 「い、いえ、信じます! リゾットさんは意味もなく嘘をつく人じゃないって、分かってますから!」 慌ててシエスタが取り繕うが、リゾットに嘘は通じない。半信半疑レベルであることは表情や仕草から分かっていた。 「無理しなくていい。信じられないのが当然だからな」 「……はい」 内心を読み取られたことが恥ずかしいのか、シエスタは顔を赤くしてうつむいた。 「ま、相棒はどこから来たって相棒ってことよ!」 「そうですね。……あ、私、ご飯の様子見てきますね!」 「次はどこへ?」 リゾットの話は終わったと判断して、タバサが次の行き先を尋ねる。 「そろそろ、学院へ一旦戻ったほうが良いと思うんだが。学院を勝手に抜け出してしまったことだし。キュルケ、君はどう思う?」 DIOの館で財宝探しの目的を達成したギーシュはさっきから黙っているキュルケに話題を振ってみた。キュルケは答えず、爪の手入れをしていた。 無視されたことにギーシュは少し苛立つ。 「聞いているのかね?」 ギーシュが多少、声を荒げると、やっとキュルケは顔を上げた。 「……え? ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていて、聞いてなかったわ」 「だから、僕はそろそろ学院へ戻るべきだと思うんだが、君はどうかね?」 「そうね…」 そういったきり、心ここに在らずと言った風情でまた押し黙ってしまう。ここ数日、夕飯などの自由な時間になるとキュルケはこんな調子だった。流石にリゾットも心配になる。 「大丈夫か? 疲れてるなら、今日はもう寝た方が……」 「大丈夫。ダーリンに気遣ってもらえて嬉しいわ」 頬を染めて笑うが、その笑顔にも妙に影があった。横で見ていたギーシュはそれを見てどきりとする。 今のキュルケは酷く儚げで、普段とは全く雰囲気が違っていたからだ。要するに、今までとは違う意味で色気がある。 (いかんいかん、僕にはモンモランシーがいるじゃないか) 頭を振って、ギーシュは今の感覚を振り払う。 「キュルケの体調も良くないようだし、リゾットには悪いがもう帰ろうじゃないか」 「そうだな……」 リゾットも同意する。しかし当のキュルケが顔をあげて反対した。 「大丈夫よ! 少し考え事をしていただけ! いつもどおりよ」 「……本当に体調は悪くないんだな?」 「ええ」 リゾットが真偽を確かめるため、キュルケの顔を覗き込む。キュルケは心臓の鼓動を抑えるのに苦労した。 「……嘘はついてないな。分かった。信じよう」 タバサは読んでいた本越しに二人を見て、首を傾げた。 実際、キュルケは体調が悪いわけではない。ただ、彼女は悩んでいただけだ。 手がかりが見つかればリゾットが喜ぶと思うが、それは同時にリゾットが元の世界へ帰る日が近づくことを意味する。それは嫌だった。 昼間はやることがあるので考えないようにしているのだが、こういった空いた時間になるとそれらが浮かび上がり、キュルケの思考はそこに流れるのだった。 「確かにギーシュの言うことにも理がある。もう一ヶ所回ったら一度戻ろう」 「あの貴族の娘っ子もそろそろ機嫌を直してるかもしれないしな」 リゾットがデルフリンガー、タバサと最後の一箇所を選び始めると、シエスタが明るい声を上げた。 「みなさーん、お食事ができましたよー!」 シエスタは、火にかけた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。いい匂いが鼻を刺激する。 「こりゃ旨そうだ! と思ったら本当に旨いじゃないかね! 一体何の肉だい?」 ギーシュがシチューを頬張りながら呟いた。皆も口にシチューを運んで、旨い! と騒ぎ始めた。シエスタが微笑んでいった。 「オーク鬼の肉ですわ」 途端、全員シチューを吹き出した。今日の昼間、オーク鬼を倒したところなのでまさか……という気分になる。 「じょ、冗談です! 本当は野うさぎです! 罠を仕掛けて捕まえたんです!」 予想以上のリアクションにシエスタは焦って撤回する。キュルケなどは思いっきり咳き込んでいた。 「お、驚かせないでよね。でも、あなた器用ね。こうやって森にあるもので、おいしいものを作っちゃうんだから」 「田舎育ちですから。これは私の村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」 シエスタは褒められたのが嬉しいのか、鍋をかき混ぜ、自分の皿にもよそいながら嬉しそうに説明する。 (ちなみに当初、シエスタは貴族の面々に遠慮して最後に一人で食事していたが、リゾットの「チームを組んで行動しているのに平民も貴族もない」という意見で、全員で食べるようになった。) 「父から作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根とかを入れて、煮る。父はひいおじいちゃんから教わったそうです。私の村の名物なんですよ」 安心したのか、タバサがお代わりを要求し、シエスタはシチューをよそった。 おいしい食事を食べれば当然、みんな和む。リゾットは学院を出発してから一週間ほどたった今までの成果を振り返った。 あれからいくつかの場所を回ってみたが、いずれもハズレで、DIOの館以上の成果はなかった。 ケニー・Gを倒し、タバサが目覚めた後、館を探索したところ、黄金を始めとする大量の財宝・美術品の他に書物や電化製品、そしれそれに増して危険な品々が発見された。 財宝・美術品についてはギーシュとキュルケがしかるべきルートで換金し、書物に関しては好きなときに閲覧させてもらえるという条件で学院へ寄贈する予定だった。 美術品はいずれも地球ならば数十万から数千万ドルの値がつく品々だったが、美術品の値段は周囲の評価で決まる。 そのため、ハルケギニアでは売れないのでは、とリゾットは思ったが、キュルケに言わせるとそれならそれで売り方があるらしい。 残りの様々な物については使えそうな物、売れそうな物は持ち出し、使えそうにない物に関しては館に残した。 売却額がいくらになるか知らないが、DIOという人物は相当な資産家だったらしい。財宝だけでも大貴族が目を剥くような財産になる、とキュルケは断言していた。 (ルイズはどうしているだろうか……) 自分の恩人のことを考え、夜空を見上げる。月は変わらず二つ、そこにあった。と、そのリゾットの前に、新たな皿が出された。 見ると、シエスタが申し訳なさそうにはしばみ草のサラダが入った器をリゾットの前においている。 「ええと、ミス・タバサがどうしてもリゾットさんにこれをって……」 リゾットはタバサを見る。同志に対する親愛の視線が返ってきた。もちろん、その手にははしばみ草のサラダを持ち、黙々と食べている。 もはや抵抗する意思をなくし、リゾットは覚悟を決めてはしばみ草を食べた。 「……?」 想像した衝撃は襲ってこない。苦いことは苦いが、耐えられる苦さだった。 「シエスタ、これに何か特別の調理をしたか?」 「いいえ、何も?」 となると、考えられるのは自分がはしばみ草に慣れつつあるという可能性だけだ。人間の適応能力の高さに驚きながら、リゾットははしばみ草を食べ続けた。 食事の後、再び最後の一件を選ぶ。 「やはりここか……」 リゾットは一枚の地図を選んだ。 「なんというお宝だね?」 地図を突き出す。タルブ村の位置が示してあった。 「『竜の羽衣』だ。これで終わりにしよう」 シエスタがぎくりと身体を震わす。 「い、行くんですか? 本当に大した事ないものなんですよ?」 「何よ、貴方。知ってるの? タルブってどこらへんなの?」 キュルケの質問にキュルケは焦った声で呟いた。 「ラ・ロシェールの向こうです。広い草原があって……、私の故郷なんです」 翌朝、一向は風竜の上でシエスタの説明を受けていた。 しかしやはりどこか要領を得ない。とにかく、村の近くに寺院があり、そこに『竜の羽衣』と呼ばれるモノが存在しているという。 空を飛べるらしいが、マジックアイテムでもないインチキのものらしい。妙に恥ずかしそうなので、問いただしてみる。 「実は……、それの持ち主、私のひいおじいちゃんだったんです。ある日、ふらりと村に現れて、その『竜の羽衣』で東の地から私の村にやってきたって、皆に言ったそうです」 「すごいじゃない」 キュルケは素直に感心したようだ。シエスタは言葉を続ける。 「でも、誰も信じなかったんです。ひいおじいちゃんは、頭がおかしかったんだって、皆言ってます」 「どうして?」 「誰もその『竜の羽衣』で飛んでいるところを見たことがないんです。ひいおじいちゃんは『もう飛べない』といって住み着いちゃって。でも、大事なものだったらしくて、お金をためて貴族に『固定化』の呪文までかけてもらってました」 「変わり者だったのね。さぞかし家族は苦労したでしょうね」 「いえ、『竜の羽衣』以外ではいい人だったので、皆には好かれていたそうです」 「インチキじゃあなあ…」 ギーシュはため息をつく。だが、黙って聞いていたリゾットは、逆に『竜の羽衣』に興味が湧いた。 「俺の世界から来たものは大抵、使い方を知らなければインチキにしか見えないものばかりだ。知らべる価値はある」 「『破壊の杖』もそう」 タバサが同意する。 「問題はそれが村の名物ってことだな。仮に何かの手がかりでも、持ち出すわけにはいかない……」 リゾットの呟きに、シエスタは悩みながら答えた。 「でも……、私の家の私物みたいなものだし、リゾットさんがもし、欲しいなら、父に掛け合ってみます」 「まー、実物をみてみねーとなんともいえねーわな」 デルフリンガーが締めくくりを言って、風竜はタルブの村へと羽ばたいた。 さて、一方その頃、魔法学院。 未だにルイズは授業にも出ず、部屋、食堂、浴場、トイレの四箇所をローテーションする生活を続けていた。 リゾットがヴェストリ広場にテントを張っているとの話を聞いて訪れたが、そこはもぬけの殻だった。モンモランシーによると、リゾットはギーシュ、キュルケと授業をサボって宝探しに出かけたという。 何だか楽しそうで、余計に泣けてきた。自分は仲間はずれなのか、とますます落ち込み、今日もベッドの中で泣いていた。 リゾットが使っていた毛布を頭から被る。それを見ているとますます泣けてくるのだが、手放すこともできないのだった。 そんなある日、学院長のオスマンがルイズの部屋を訪れた。ルイズは慌ててガウンをまとい、ベッドから降りる。 オスマンは身体の具合を尋ねると、次に詔の出来具合を尋ねた。ルイズはうつむいて首を振った。 「その顔を見ると、まだのようじゃの」 「申し訳ありません」 「まだ式までは、三週間ほどある。ゆっくりと考えるがいい。そなたの大事な友達の式じゃ。念入りに、言葉を選び、祝福してあげなさい」 ルイズは頷いた。自分のことで手一杯で、詔を考えるのを忘れていたことを恥じた。 (ダメね、私。姫殿下は私との友情を思ってくださって、巫女の大役をくださったというのに……) オスマンはルイズをしばらく眺め、立ち上がった。 「ところで使い魔のリゾット君はどうしたね? ケンカでもしたのかね?」 きゅっとルイズは唇をかむ。そんなルイズを見て、オスマンは優しい微笑を浮かべた。 「若い時分は些細なことでケンカをするものじゃ。時には素直に気持ちをぶつけてもいいんじゃないかの。リゾット君は大人じゃし、聞いてくれると思うがのぅ。ともかく、ちゃんと話し合わんことには、始まらんぞ」 そういって立ち去る。ドアが閉まった後、ルイズは呟いた。 「些細なことじゃないもん」 それからルイズは机に向かって始祖の祈祷書を開き、目を閉じると詔の作成に精神を集中させる。 目を開くと、ぼやけた視界に映る白紙のページに、何か文字のようなものを見えた。驚いて目をこするともう消えていた。 気のせいかとおもって再び精神を集中する。だが、なかなか集中できない。 これじゃダメだ、とおもって祈祷書を閉じた。落ち着いて、自分の今するべきことを考える。オスマンやキュルケの言っていたことが頭の中をぐるぐると回る。自分は何をすべきか、それを考えると、リゾットと話し合うことから始めるべき気がした。 「……そうよね。今のままじゃ、私は逃げてるだけだもんね…」 何故逃げていたのか? 要するに『覚悟』がないからだ。自分の使い魔と向き合うのを恐れていたからだ。 自分の使い魔を恐れるメイジがどこにいよう? ルイズは椅子から立ち上がった。着替えて外へ向かう。自分の使い魔を追うために。 リゾットたちはタルブ村の寺院を訪れ、『竜の羽衣』を見ていた。木で出来た奇妙な寺院の中に安置された、その濃緑の塗装を施された『竜の羽衣』は『固定化』の呪文のお陰で作られたそのままの姿でそこに存在していた。 キュルケやギーシュは、気のなさそうにそれを見ていた。タバサだけは好奇心を刺激されたのか、興味深そうに見つめている。 やがてリゾットがポツリと呟いた。 「珍しいな……」 「珍しい?」 リゾットの隣にいたシエスタが不思議そうに問い返した。 「どこの博物館だったかな……? 一度見たことがある。日本がまだ帝国だった頃に作成された戦闘機だ」 「あの…リゾットさん?」 シエスタはよく分からない単語を呟くリゾットを心配そうに伺う。リゾットはシエスタを見た。 「お前の曽祖父はインチキなどではない。これは空を飛ぶ。お茶を飲んだときに話しただろう? 飛行機だ」 「アレなんですか!?」 シエスタは目を輝かせる。タバサも目を見張って驚いていた。だが、横で聞いていたギーシュは吹き出した。 「冗談は止めてくれよ、リゾット。これはカヌーか何かだろう? それに翼をくっつけただけのインチキさ。大体、こんな翼じゃ羽ばたけない。羽ばたかないで空に浮かべるもんか」 「あたしもそう思うんだけど……違うの?」 キュルケさえも否定的だった。それほどそれはハルケギニアの技術からはかけ離れていた。説明するのが難しいので、リゾットは答えない。 「シエスタ。すまないが、曽祖父の残したものは、他にないか? 日記とかは?」 「えっと、あとは大したものは……、お墓と、遺品が少しですけど」 「それを見せてくれ」 シエスタの曽祖父の墓は、村の共同墓地の一角にあった。白い石で出来た幅広の墓石の中、一つだけ黒い石で作られ、その趣を異にしている。 「ひいおじいちゃんが死ぬ前に作ったものだそうです。異国の文字でかいてあるので、誰も読めなくって…。なんて書いてあるんでしょうね」 「やはり日本式の墓だな……。生憎、日本語は読めないが、シエスタの曽祖父は日本人だったんだろう」 「相棒、日本って何だい?」 デルフリンガーが興味深げに聞いた。 「日本は…トリステインとか、ゲルマニアとか、そういうのと同じ国名だ。そういえば…」 シエスタの黒い髪と瞳をまじまじと見る。リゾットに見つめられ、シエスタは頬を染めた。 「な、何でしょうか? そんなに見つめないでください……」 「その髪と瞳の色は、曽祖父から受け継いだのか?」 「は、はい! どうしてそれを?」 再び寺院に戻り、リゾットは『竜の羽衣』に触れた。すると兵器に反応して左手の甲に刻まれたルーンが光り、中の構造や操縦法が流れ込んでくる。 『竜の羽衣』の周りを一周しながらメタリカを展開し、各機関の隅々まで潜行させる。飛ばない原因は燃料切れと判明した。 「この世界にもガソリンがあるのか…? コルベール辺りに相談してみるか……」 見ると、タバサはプロペラを杖でくるくると回していた。ギーシュは胡散臭げに『竜の羽衣』を見ている。キュルケはまた何か考え事をしていた。時折リゾットを見て、ため息を吐いている。 キュルケの様子がおかしいので話しかけようとした丁度その時、シエスタが生家から帰ってきた。 「ふわ、予定より、三週間も早く帰ってきてしまったから、皆に驚かれました」 学院勤めの平民の大半は王女の結婚祝いに特別休暇を出される予定だったことを、リゾットは思い出した。 「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです」 シエスタは古ぼけたゴーグルをリゾットに手渡した。 「日記とか、あればよかったんですけど、残さなかったみたいで。ただ、父が言っていたんですけど、遺言を遺したそうです。 何でも、あの墓石の銘を読めるものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡して、『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです。陛下っていうのはやっぱり、日本という国の陛下なんでしょうか?」 リゾットは頷いた。 「確か今も日本には皇帝がいたはずだ」 「そうなんですか…。ええと、実は私、お父さんにリゾットさんがひいおじいちゃんの国を知っているみたいだって言ったら、お渡ししてもいい、と言われました」 「いいのか? 俺に日本語は読めないが…」 「ええ…。その、陛下という方にお会いしたときに『竜の羽衣』をお返ししてくれるなら、構わないと思います。それに……」 シエスタは声を潜めた。 「管理も面倒だし……、大きいし、拝んでる人もいますけど、村のお荷物らしいんです」 少し考えて、リゾットは貰うことにした。これを動かせれば相当な機動力を確保できるからだ。 「分かった。ありがたく貰おう。もしも飛ばせるようになったら、一度、この村に見せに来ないとな……。お前の曽祖父の汚名を晴らすことで、恩を返すことにしよう」 「はい……。天国のひいおじいちゃんも竜の羽衣が飛ぶ姿を見れば、喜ぶと思います」 「ああ。そうだ。こいつの本当の名前を教えておこう。『ゼロ戦』だ」 「『ゼロ』? ミス・ヴァリエールと同じですね」 シエスタがそういって微笑むと、リゾットは頷いた。 「そうだな。『ゼロ』の使い魔の俺に相応しいかもしれない」 その日、リゾットたちはシエスタの生家に泊まることになった。貴族の客をお泊めすると言うので、村長までが挨拶にくる騒ぎになった。 リゾットはシエスタの家族を紹介された。父母に兄弟姉妹。八人もいる兄弟の一番上の姉がシエスタだった。 その不気味な目が恐ろしいのか、リゾットはあまり近寄られなかったが、シエスタは家族に囲まれて楽しそうだった。 その様子を眺めていて、唐突に十八のときに捨てた家族を思い出し、リゾットは戸惑った。 リゾットはゼロ戦の置かれた寺院…つまり神社の前で剣を振っていた。シエスタたち家族を見ていると、どう対処すればいいのか分からない、奇妙な感覚に襲われるからだ。 暗殺のときはこういった感傷を殺すこともできるが、今、この場で暗殺者の思考になるのは流石にためらわれた。 それでもゼロ戦の近くに来ているのは、やはり自分の世界へ戻ることを渇望しているからかもしれなかった。 どちらにせよ、剣を振るときはそれに集中し、雑念を捨てられた。 気がつくと、タバサが境内の階段に座ってこちらを見ていた。本を抱えているが、読んではいない。 「……どうした?」 剣を振りながら問いかける。タバサはしばらく沈黙を貫いた後、口を開いた。 「寂しいの?」 「!!」 リゾットは虚を突かれ、剣をとめた。 「どうしてそう思う?」 「分からない。だけど、貴方を見ていてそう思った」 リゾットは考えた。自分は寂しいのか、と。そうかもしれないが、よく分からなかった。 「よく分からない」 「そう……」 しばらく沈黙が流れる。 「……お前が俺を寂しいと感じるのは……自分自身が寂しいからか?」 「!!」 今度はタバサが虚を突かれる番だった。やはりしばらく考える。 「…よく、分からない」 「そうか……」 また沈黙が流れた。いつの間にか辺りには西日が射していた。 次に口を開いたのはタバサだった。 「貴方が私を信じるように、私も貴方を信じている。貴方は一人じゃない」 「お前も一人じゃない」 二人は同時に、お互いにしか分からないほど、かすかに笑った。 「私はもう行く。貴方に会いたい人が別にいるから…」 後半部に少し今までと違う感情を含ませ、タバサは去っていった。 見送るリゾットの後ろから、声がかかる。 「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ。皆で食べましょう」 シエスタだった。家に帰ってきたせいか、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツといった私服を着ていた。 「ミス・タバサを知りませんか? どこかに行っちゃって」 「いや、もう戻った…」 「そうですか。じゃあ、行きましょう」 神社からシエスタの生家へと歩いていく。途中で、一面に草原が広がっていた。夕日が草原の向こうの山に沈んでいく。 リゾットは故郷のシシリー島を思い出した。シシリー島でも海の向こうの山へ太陽が落ちていくのだ。 「……まるで草原が海みたいに見えるな」 「そういえば、リゾットさんは海の近くで生まれたんですよね」 リゾットが頷くと、シエスタは草原に向かって両手を広げた。沈む夕日が辺りを幻想的に染め上げる。 「この草原、とっても綺麗でしょう? 私、小さい頃から好きなんです」 「そうだな……」 シエスタは両手を広げたまま、草原の中へ分け入っていく。くるくると回ったかと思うと、草原の中に倒れ、見えなくなった。 「おい…?」 声をかけるが、返事がない。仕方なく、リゾットもシエスタが消えた辺りに分け入って行く。と、手をつかまれた。リゾットもそれがシエスタだと分かっているので、掴ませてやる。 「捕まえた……」 シエスタにいつもの純粋な笑みを浮かべられ、リゾットはどうしていいか分からなくなった。特に今日はその度合いが大きかった。 しばらくそのまま、シエスタはリゾットの手を握っていた。だが、やがて離す。その顔は寂しげに曇っていた。 「なんて…ね。無理ですよね。リゾットさんは私なんかじゃ捕まえられません。どうしても、元の世界へ帰るつもりなんでしょう?」 「ああ……」 リゾットは頷いた。 「帰って、何をするんですか? 誰か、待っている人でもいるんですか?」 リゾットはどう答えようか迷った。いつものように拒絶で返すことも出来る。だが、シエスタは真剣に、彼女なりに『覚悟』を決めて訊いている。だからリゾットも答えることにした。 「いない…。家族とは皆、別れた。仲間たちは皆、死んだ」 「それなら、どうして帰るんですか? ずっとこの世界にいても…」 「仲間はただ死んだんじゃない。裏切られて、殺された」 シエスタを怯えさせないように、なるべく感情を込めず、平坦に言う。それでもシエスタはびっくりしたようだった。 「だから俺は裏切った奴に復讐しなければならない。殺された仲間はそうなることも『覚悟』して戦った。だから、これは敵討ちじゃない。俺自身の納得の問題なんだ。 『恩には恩を、仇には仇を』。恩を受けたら必ず返すように、俺たちの『誇り』と『信頼』を踏み躙った奴に、俺は報いを受けさせなければならない。そうしなくては次に進めない。 少なくとも今、俺はそう思ってる」 「……それでリゾットさんは幸せになれるんですか?」 気がつくと、シエスタは涙を流していた。それを見てもリゾットは淡々と答える。 「俺は幸せという結果を求めてはいない。納得のいく、俺の中の真実を求めているだけだ。その真実を、俺はまだ見つけてはいない」 「分かりました……」 シエスタは涙をぬぐった。 「じゃあ、待ってます。貴方が真実を見つけるまで。その真実が、帰らなくてもいいっていう結論であることも、あるんですよね? なら、私はそれを待ちます。私は何の取り柄もないけど、待つことは出来ます」 「待っても、期待に答えられるかどうかは、分からない」 「いいんです。勝手に待つだけですから。でも、偶にでいいから、少しは私を見てください。一緒にお茶を飲んだり、一緒に働いたりしてください。それだけでいいんです」 「分かった……」 シエスタが歩き出す。リゾットはその後について歩いた。暗い気分だった。仕事以外で他人に涙など流させたくはない。 不意に、シエスタが振り向いた。もう涙を流してもいない。それどころか微笑んでいた。 「さっき、伝書フクロウが学院から届いたんです。サボりまくったものだから、先生方はカンカンだそうですよ? ミスタ・グラモンは顔を真っ青にしてました」 クスクスと笑う。だが、その内側がまるで戻ったわけではないのはリゾットには分かる。他人の感情を察せると言うのも問題だ、とリゾットは思った。 「あ、そうそう。私のことも書いてありました。学院に戻らず、そのまま休暇をとっていいですって。そろそろ、姫様の結婚式ですから。だから、休暇が終わるまで、私はここに居ます」 リゾットは頷いた。 「ねえ、リゾットさん。あのゼロ戦、もしも飛ばすことが出来たら、一度でいいから、私も乗せてくださいね」 「…ああ。もちろんだ」 翌朝、リゾットたちはゼロ戦をロープで作った巨大な網に乗せた。ギーシュの父のコネで、竜騎士隊とドラゴンを借り受け、それで学院までゼロ戦を運ぶことになった。 ギーシュは「どうしてこんなものを運ぶんだ?」と怪訝な顔をしていたが、リゾットの頼みについに折れた。竜騎士隊を呼んだり、網を作ったりの諸経費がかかったが、DIOの財宝を売った金からすればそんなものは何の問題にもならないという。 事件は、学院への帰途で起きた。 「…………?」 シルフィードの上のリゾットは左目に違和感があることに気がついた。しきりに目を擦るが、違和感は取れない。 「どうしたの、ダーリン?」 「左目がおかしい…。目が霞む」 「疲れてるんじゃないか? 君はいつも一番負担がかかるところで戦ってたしな。疲れて当然だよ」 「寝る?」 仲間が心配そうに声を掛けてくる。大したことはない、と言おうと思った途端、左目が像を結ぶ。 「!?」 どこかの森の中だった。オーク鬼が見える。この視点を持つ人間は必死に逃げている。オーク鬼の向こうに、倒れた馬と、廃墟らしき礼拝堂が見えた。 「何だ…、これは?」 「ちょっと、ダーリン。どうしたの?」 キュルケが焦ったようにリゾットの肩をゆする。 「ルイズの視界か?」 『使い魔は主人の目となり、耳となる』という言葉を思い出し、呟いた。だが、これでは逆だ。 「おい、相棒、左手を見ろ!」 デルフリンガーの声に右目の視界を落とすと、左手のルーンが武器を握ってもいないのに光り輝いてた。 だが、そんなことは問題ではなかった。今、問題なのは、この視界の持ち主であるルイズがオーク鬼に襲われているということだ。 辺りを見回すと、森の木の陰にまぎれて見えにくいが、打ち捨てられたらしき礼拝堂が見えた。 「タバサ、あの礼拝堂の門から50メイルほど離れた場所の上を飛んでくれ」 タバサは理由も聞かずに頷いた。リゾットがそうしろというのだから何か理由がある、と信じた上での行動だった。 その上にシルフィードが到達する。 「レビテーションを!」 叫ぶと同時に、リゾットはデルフリンガーを抜き、シルフィードから飛び降りた。 「ちょっと、ダーリン!?」 キュルケは慌ててレビテーションをかけながら、リゾットを見送った。 ルイズは逃げていた。 厨房のマルトーからどうやらリゾットたちがタルブ村に回るつもりらしいと聞き出し(マルトーは貴族嫌いだったが、ルイズの真剣な様子に渋々教えた)、タルブ村へと馬で駆けた。 だが、ちょっと近道をしようと思って普通の人間が通らない封鎖された道を通ったのが運の尽きだった。 捨てられたその開拓村は、オーク鬼の住処になっていたのだ。 オーク鬼は身の丈2メイルほどもあり、体重は標準の人間の優に五倍はある。突き出た鼻を持つ顔は豚そっくりで、二本足で立つ豚、という表現がしっくり来る姿をしていた。 数はおおよそ十数匹もおり、人間の子供が大好物というこの怪物は、自分から飛び込んできたこの餌に狂喜して襲い掛かった。 それでもルイズは杖を振って爆発を起こし、何匹かのオーク鬼に軽くない怪我を負わせた。 だが、多勢に無勢、逃げるしかなくなり、追い詰められていった。 ルイズとオーク鬼では体力が段違いの上、歩幅にも相当の開きがある。あっという間に追いつかれた。 「……な、何よ。あんたたち! 無礼よ! さっさと私に道をあけなさい!」 精一杯の虚勢を張るが、オーク鬼はにやにやと笑うだけである。 「この…っ! 道をあけないと…!」 杖を振り上げる。オーク鬼たちは少しひるんだようだが、自分たちの多勢を信じ、すぐに持ち直した。 獲物をなぶるように、一匹のオーク鬼が前に出、振られようとするルイズの杖を弾き飛ばした。その衝撃でルイズは転んでしまう。 ルイズは自分の死が避けられないことを感じた。恐怖が心の奥から湧いてくる。だが、それでも立ち上がった。杖はもう飛んでいってしまったため、両手に石を持って立ち上がる。 「私に触るな! 汚らわしいオーク鬼め!」 こんな連中に流す涙などない。自分は貴族なのだ。フーケにもワルドにも決して屈さなかった自分が、この程度の敵にどうして屈することができよう。その矜持がルイズを支えた。 だが、身体はどうしようもなく震える。知らず、自分の使い魔の名を呼んでいた。 「リゾット……」 来ないことは分かっている。だが、その名前はルイズの身体から勇気を呼び起こしてくれる気がした。 「リゾット…!」 再び名を呼び、石を握りなおす。オーク鬼たちはそんなルイズを眺めるのに飽きたのか、巨大な棍棒を振り上げた。ルイズも石を振り上げた。 「(リゾット、ごめん……)」 最後に心の中で謝罪した。石が届くより早く、棍棒はルイズの頭を砕く。それがはっきり分かった。だが、現実はそうならなかった。 オーク鬼が悲鳴を上げると、背中から無数のナイフを吹き出した。そのナイフは後ろに控えていたオーク鬼たちの顔面に突き刺さり、オーク鬼は次々と倒れていく。ルイズの眼前のオークもナイフに引っ張られるように仰向けに倒れた。 戸惑うオーク鬼たちの真ん中に、黒い影が落ち、光が一閃した。その一撃で、オーク鬼たちは首をはね飛ばされ、地面に倒れていく。 黒い影は攻撃の手を休めず、残ったオーク鬼を切り裂いていき、ものの十数秒で残らず倒してしまった。 「ルイズ、呼んだか?」 黒い影がルイズの前で止まり、名を呼ぶ。リゾットだった。いつもと同じ、何事もないかのような無表情だった。 その顔に安心すると同時にそんな自分が憎らしく、駆けつけてくれたことに喜ぶと同時に今まで不在だったことが腹立たしく。 緊張が解け、とにかくいろんな感情が吹き出たことで、ルイズは泣き出した。しゃくりあげながら、目頭から真珠のような大粒の涙をボロボロとこぼし、泣いた。 「一週間以上も、どこ行ってたのよ! もう、馬鹿使い魔! 馬鹿リゾット! 馬鹿イカ墨!」 「すまない……」 「宝探しとかいって、ご主人様に無断で行くんじゃないわよ!」 「……クビじゃなかったのか?」 「使い魔をクビにできる主人がいるわけないでしょ! 使い魔が主人を変えることも出来ないのと同じよ! もう、馬鹿! あんたが悪くないことくらい、私だって分かってるわよ。あんたと違って馬鹿じゃないんだから!」 理論は滅茶苦茶で筋も何もないが、とにかくこうなってしまえばルイズの方が強い。何しろリゾットは恩を返す身であり、基本的にルイズには下手に出ざるを得ないのだから。 そこに、シルフィードに乗ったキュルケたちが追いついてきた。 ギーシュは泣いているルイズと、それを見ているリゾットを見て、にやにや笑いを浮かべた。 「きみ、ご主人様を泣かせたら、いかんのじゃないかね?」 キュルケは複雑そうな顔をしていた。ルイズが元に戻るのは嬉しいのだが、リゾットがまたルイズにかかりっきりになってしまうと思うと実に寂しい。 (まあ、でも、とりあえずはいいか。ルイズがあのままじゃ、私も色々つまらないし) こう思ってしまう辺りが、キュルケの人の好い所である。 タバサは首をかしげ、不思議そうな顔をしていた。でもとりあえず、二人を指差して思いついた言葉を言っておく。 「雨降って地固まる」 三者三様の視線を送られながら、ルイズは大いに泣き続けた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/294.html
「ルイズ、使い魔とその主人は……視覚を共有できるのだったな?」 夕食後、ルイズの部屋に戻ったリゾットはふと監視のことを思い出してルイズに質問してみた。 「何よ、いきなり……。ええ、そうよ。使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるの」 とすると用があるのはフレイムの主人のキュルケなのだろうか? 一体何の用があるのか検討が付かない。 「俺の……視覚や…聴覚も共有できるのか?」 「ううん、ダメみたい。何度か試してみたんだけど、何にも見えないもん。他の使い魔はそんなことないみたいなんだけど…」 自分の『ゼロ』を証明したような気がしてルイズは肩を落とした。 「そうか……」 となると、監視しているのは主人のキュルケなのだろうか。 (明日にでもキュルケに問い正すか……) そう考えていると、不審に思ったのか、ルイズが聞いてくる。 「何よ、急に…。私に見られて困るものでもあるの?」 「いや、ない。……あったとしても………そこまで言う必要はないな…」 そっけなく答えたのがルイズは気に食わないらしく、整った眉が若干あがった。 「あるわよ、あんたは私の使い魔なんだから。主人が使い魔のことを知っておくのは当然でしょ?」 「恩を返すまでの使い魔だがな……」 その発言がますます気に食わなかったらしい。見る見るうちにルイズの顔に『不機嫌』のサインが現れる。 「じゃあ、さっさとどこかに行けば!? 私だってお情けで居てもらうほど落ちぶれちゃいないもの!」 「何を怒っている……? 最初からそう言っている筈だ」 うう~、とうなった後、ルイズは癇癪を破裂させた。 「出ていってよ! しばらく顔を見せないで!」 リゾットはルイズが何を怒っているのか分からなかった。 そもそも今のリゾットはルイズに恩で雇われているのだから、恩を返し終わったら出て行くのは当然のことだ。 (そのくらいのことはこいつも理解していると思ったんだが…) とはいえ、ここはルイズの部屋である。出て行けといわれれば出て行かざるを得ない。 仕方なくリゾットは毛布を持って外に出た。背後で扉と鍵が閉まる。 どこか眠れそうな場所を探しに行こうとすると、廊下の角から例のサラマンダーが出てきた。 今までのように偵察だけかと思ったら、今度はリゾットの前に立ちふさがるようにしている。 「何の用だ?」 一応訊いてみた。案の定、フレイムが喋ることはなく、きゅるきゅると鳴くだけである。 リゾットのコートの端を噛んでくいくいと引っ張る。どうやらついて来いということらしい。 少し思案したが、結局はついていくことにした。主人がいるなら何の用か聞く手間が省けるからである。 そのまま歩いてきたのは、キュルケの部屋の前だった。扉は開いていて、中は暗かった。 のそのそと入っていくフレイムの周りだけがほんのりと明るくなる。 入れという意味だと理解して、中に足を踏み入れた。奥に人の気配がある。 「何の用だ? 俺を呼んだのだろう?」 暗がりに向かって問いかけると、かすかに笑うような気配があった。 「ええ……。扉を閉めて? 風が入って寒いわ…」 扉を閉める。確かに廊下は冷え込んでいた。 「ようこそ。こちらにいらっしゃい」 プロシュートほどの勘はないリゾットだが、なんとなく厄介ごとの予感がした。 「用件は? 話ならこの距離で十分だ」 「立ち話も何でしょう? こっちに来てから話すわ」 再度の問いかけもはぐらかされた。どうあっても来させたいらしい。 声の方向に踏み出す。リゾットは夜目が利くので、足元くらいは見えた。 かすかに甘い香りがした。どうやら部屋のどこかで香が焚かれているらしい。 進んでいくと、明かりがついた。 ぼんやりと淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けたキュルケの悩ましい姿があった。 ベビードールだけを着けた彼女はなかなかに艶かしい。 「フレイムに俺を監視させていたのはお前だな?」 「ええ、そうよ。気づいてたのね。やっぱり鋭いのね」 「目的は?」 「貴方に恋したから、じゃあいけない? 恋はまったく突然ね」 リゾットにとってあまり予想しなかった答えが返ってきた。 色事自体はギャングの世界にいくらでも転がっているが、「恋」だなんて単語には縁遠い世界だ。 「貴方はあたしをはしたない女だと思われるでしょうね。あたしの二つ名は『微熱』。すぐに燃え上がって『情熱』に変わってしまうの」 「要するに惚れっぽいといいたいのか」 図星を指されたようで、キュルケが少し顔を赤らめた。 「そうね…人よりちょっと、気が多いかもしれないわ。 でも、仕方ないじゃない。恋は突然だし、すぐにあたしの体を燃やしてしまうんだもの」 語りながら、手をとって来る。指の一本一本を確かめるようになぞられる。 「貴方がギーシュに勝った時の姿……。かっこよかったわ。クールで知的で、でも勇敢で。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ。 その日から、あたしはぼんやりして、マドリガルを綴ったわ。恋歌よ。貴方の所為なのよ、リゾット。 貴方が気になって、フレイムを使って様子を探らせたり…本当に、みっともない女だわ」 だんだん語り口が熱を帯びてきた。どうも自分で自分のテンションをあげていくタイプらしい。 なるほど、確かにキュルケは魅力的である。並みの男ならあっという間に転ぶだろう。 「お誘いはありがたいが……断らせてもらう」 だが、リゾットは丁重に、しかし断固として手を振り払った。 大体、誘惑程度で屈していたら暗殺チームは勤まらないのだ。 ギャングの世界で組織を裏切らせるのに金や権力や色を使うのは常套手段である。 リゾット自身、そうやって裏切った構成員を何人も『始末』してきた。 それらを見ていればすぐに悟る。一時の欲望に身を任せるのがどれだけ危険かを。 「あら、どうして?」 自分の求愛が拒まれるとは思っていなかったらしく、キュルケが不思議そうな顔をする。 答えを返そうとして、リゾットは気配を感知した。 「誰か来る…」 「え?」 窓がたたかれた。そこには部屋をのぞく少年の姿がいる。 三階の部屋で窓をたたくということは魔法で浮いているのだろう。 「キュルケ……。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」 「ペリッソン! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 どうやら先に予約があったようだ。キュルケはうるさそうに胸元から杖を取り出すと男に見向きもしなまま杖を振る。 蝋燭から炎が蛇のように伸び、ベリッソンという少年を窓ごと吹き飛ばした。 「まったく、無粋なフクロウね」 「約束がある…といっていたが…?」 「いえ、ないわ。彼の勘違いよ。あたしが一番恋してるのはあなたよ、リゾット」 (この女、本気でないと思っている…。一つに夢中になると他を忘れるタイプだな…) リゾットは呆れた。どうやらキュルケは惚れっぽいのと同じくらい冷めやすいらしい。 すると、また気配を感じた。直後、窓枠をたたく音。 また別の男がいた。どうも別の約束をしていたらしい。だがまた同じように炎で階下に落とされた。 「…普通は被らない様に約束しないか?」 「彼も勘違いよ。友達っていうか、ただの知人だし。 ねえ、いかないで、リゾット。あなた、部屋から追い出されたんでしょう? 外は寒いわ」 また手を握られた。が、リゾットは話の後半を聞いていなかった。 気配を感知するまでもなく、窓の方から悲鳴が聞こえてきたからだ。 今度は三人の男がひしめき合っている。 「フレイムー」 面倒になったのか、自分の使い魔に命じてたたき出した。リゾットは自分がキュルケの使い魔でなくてよかった、と心底思った。 今たたき出した連中にもそれなりに本気で恋をしていたのだろう。だが、それが長く続かないだけなのだ。 「……お前が恋愛にいそしむのは勝手だが…それに俺を巻き込むな……」 そういってするりと手を抜き、さっさと部屋を出る。キュルケは悲しそうに見つめてきたが、リゾットは取り合わなかった。 部屋を出たところで、ちょうど自分の部屋から出てきたルイズと鉢合わせした。誰がどう見ても誤解される状況だろう。 ルイズはつかつかとやってくると、リゾットの手を引っ張り、自分の部屋に引き入れた。扉を閉めると、何故かわなわな震え出した。 「リゾット……、今、キュルケの部屋で何をしてたの……」 「何もしていない……」 実際に何もしていないのだから、リゾットは落ち着いたものだ。 「う、ううう嘘を言わないで! ここここの、サカリのついた犬!」 声が震えてきた。これは本気で怒っている証拠だ。部屋に入れたのは廊下で大声出すわけにはいかないという最後の理性が働いたらしい。 (『洗濯板』以来だな) リゾットはどこか他人事のようにそう考えていた。 キュルケはルイズとは色々な意味で対極的だ。含むところがあるのだろう。 「そこにはいつくばりなさい。わたし、間違ってたわ。あんたを一応、人間扱いしてたみたいね。 ツェルプストーの女に尻尾を振るなんてーーーぇッ! この…イカ墨犬ーーーーーーーッ!」 ひとしきりわめくと、机から鞭を取り出した。床をピシリとたたく。 「ののの、野良犬ならそれらしく扱わなきゃね! 今まで甘かったわ…!」 鞭を振り回し始める。リゾットはそれを全て避けていたが、ルイズはますます興奮する一方だった。 仕方なく、鞭を掴んで止める。 「は、離しなさい!」 「話を聞け……。俺は確かにキュルケの部屋にいた。……だが、それはここしばらく監視していた理由を問い正しただけだ」 「そそそんな、そんな都合のいい言い訳を!」 「事実だ……。大体……お前が想像するようなことをして帰ってくるには時間が短すぎる……。違うか?」 噛んで含めるように言い聞かせる。 今のルイズはぶちきれたギアッチョや何かに熱中しているメローネ並みに話を聞かない。 何度も激昂して鞭を振り回そうとするルイズを押さえつつ説得を続けること約一時間。ようやく納得させることができた。 なぜそんなに激怒したのか事情を聞いてみると、キュルケの一族は隣国ゲルマニアに属し、領地を隣り合うトリステイン所属のルイズの一族と長年にわたり、領地や恋人を巡って殺したり殺されたりした仲らしい。 どうやらそういう家庭環境と子供らしい独占欲が絡み合ってプッツンしたらしい。 「つまり……お前は使い魔をキュルケにとられたくなかったということか…」 「そうよ! あのキュルケには、水一滴、砂一粒だって取られてたまるもんですか! ご先祖様に申し訳がたたないわ!」 リゾットは納得した。ギャング同士の抗争でも長く続けば相手を滅ぼすまで終わらなくなるものだからだ。 もっとも、リゾットの所属していたパッショーネではそういう場合、リゾットたち暗殺チームが相手組織の主要な幹部を次々と片付けてしまっていたため、どんどん勢力を拡大できたのだが。 「お前が過去の遺恨からキュルケを嫌っていることは分かった……。今後、気をつけよう」 「何よ、物分りいいわね」 「俺がキュルケに興味あるわけじゃないからな……」 「そう? まあ、そうしたほうがいいわ。平民がキュルケの恋人になった、なんて噂になったら無事じゃすまないもの」 「問題は……あちらが俺に興味を持っていること…だな……」 問答は終わったと判断し、リゾットは廊下に毛布を持って出ようとする。 「どこに行くのよ」 「この部屋で睡眠を取ることはまだ許可されていない…」 「いいわよ。またキュルケに襲われたら大変でしょ」 「そうか………。温情に感謝する」 「そうやって素直にしてればいいのよ、使い魔なんだから」 いつもの場所に座り込むと毛布をかけ、眠りに就く。 とはいえ、あの様子ではキュルケの熱が下がるまではまだかかりそうだ。 その度に雇い主は機嫌が悪くなり、あるいは自分に火の粉がかかるかもしれない。 リゾットはまどろみの中、やっと安定してきた平穏の終わりを悟った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/409.html
デルフリンガーを買った日の夜中、リゾットは眼を覚ました。 物音がしたわけではない。明かりがついたわけでもない。だが、何か感じた。 まるで自分が他組織の暗殺者に狙われている時のような、冷たい空気だ。 部屋を見渡すが、ルイズが寝ているだけだ。 「…………」 壁に立てかけたデルフリンガーを手に取り、そっと部屋を出る。 静まり返った廊下をひたひたと歩き、廊下の角を曲がろうとしたその時、曲がり角の向こうから刃が振り下ろされた。 「!?」 咄嗟に横に跳躍しつつデルフリンガーを抜くが、凶刃はリゾットの腿を浅く掠めた。傷口に血がにじむ。 「おいおい、闇討ちとは穏やかじゃねーな、相棒。お前さん、何したよ?」 「………心当たりはないな……」 少なくともこの世界では、と心の中で付け足しつつ、リゾットは曲がり角の向こうに警戒する。 「……惜しいわね。やっぱりブランクが長いと鈍るのかしら? だけど、その動きは『覚えた』わ」 どこかで聞いた声がして人影が姿を現す。リゾットの眼がその顔を捉えた。 「…キュルケ……か」 「おでれーたな! 女かよ!」 炎のような色の髪の女がそこに立っていた。顔は妖艶に笑っているが、その眼は殺意に満ち、その手には剣が握られている。 「ふふふ……私のものにならないなら…リゾット、死んでくださる?」 「何だ、相棒の痴話喧嘩かよ。やるねー、この色男」 リゾットはデルフリンガーの緊張感のない声を無視した。そしてキュルケの剣に気付く。 「あの剣は……」 「おお、ありゃ武器屋で相棒が買わなかった奴じゃねーか。やばいぜ。あれはよく斬れる」 「……心配は要らない……。キュルケは剣に関しては素人だ…」 リゾットが不意を打たれたにも関わらず、先の一撃を避けられたのは大した太刀筋ではなかったからだ。 リゾットとて、剣を使うのは初めてだが、刃物の扱いなら長けている。 その上、デルフリンガーを握った途端、身体が羽のように軽くなった。 見ると、左手のルーンが淡く光っているが、そのことについて考察している暇はない。 「そこまで分かっているなら、素直に斬られてくださる?」 「いや……それもお断りしよう。逆恨み……なんてくだらない理由で殺されてやるほど、俺の命は安くはない……」 「そうかしら? 貴方、死にたがってるんじゃなくって?」 「何……だと?」 リゾットが聞き返すと同時に袈裟斬りに斬り込んで来た。二合、三合と刃を交える。 (少しは本気を出したようだが、この程度か……) 剣の勝負ではリゾットに分があった。問題は魔法である。まだキュルケは杖を抜いていない。 (杖を抜いた瞬間、剣を弾き飛ばして当身を入れれば終わりだな……。 まさか袖にされたからといって殺しにかかるようなキレた女には見えなかったが…) そう考えていると、キュルケが胸元に手をやる。杖を取り出す気だ。 デルフリンガーで剣を弾きつつ、一歩踏み込もうとする。が、途端にデルフリンガーが警告を発した。 「相棒、とまれ!」 踏み込みを止めた直後、身体を冷たい刃が通り抜ける感触があった。肩から胸にかけて血が吹き出す。 「バカなッ!」 後ろに跳躍して距離をとる。が、キュルケはすかさず杖を抜き放ち、炎を放った。 着地点が火に包まれ、リゾットの身を炙る。 「クソッ!」 地面を転がって鎮火する。 「後一歩踏み込んでくれば、真っ二つにしてあげたのに……」 「お、おい、相棒、大丈夫かよ!」 「ああ……。警告…されなかったら……死んでいたな……」 リゾットは傷口を探る。胸の傷は何とか致命傷というほどではないものにとどまっていた。 火炎による火傷も速度を重視した魔法だったためか火力が少なく、軽度の火傷で済んでいる。 「そして、キュルケ……、お前…『物体を透過させる能力』を持っているな……。 でなければ弾いたはずの剣が俺を斬るはずがないし…今の一撃で服が斬れていない説明がつかない………」 にいっと唇を持ち上げ、キュルケが笑う。それは酷く似合わない笑みだった。 「そうよ。種明かしをすると剣の能力なんだけど…。貴方を斬るなら少しは業物を使わないとね」 「…確かに……驚いた。だが、剣が透過することを知ってさえいれば、何とかならないわけじゃあないな」 再び両者の剣が火花を散らす。 キュルケはリゾットの攻撃を受けられるが、リゾットはキュルケの透過剣を受けることはできない。 その上、リゾットは魔法を唱えさせないために、間を置かずキュルケに攻撃を仕掛ける必要があった。 自然、動きはリゾットの方が激しくなるものの、身体能力はリゾットが数段上のため、何とか有利に運びつつあった。 だが、位置を変えながら切り結ぶうちに、リゾットは奇妙なことに気がつく。 (何だ…? だんだん速く、鋭く、強くなっていく!) 「今さら気がついたの? そうよ。貴方と戦っている間、私は貴方の強さ、速度、剣筋、それを全て覚えているの」 そして一度『覚えた』攻撃には!絶対に!負けない!!」」 「ぐっ!?」 予想外の強力な一撃にデルフリンガーが弾かれ、態勢が外に流れる。衝撃で腕に痺れが走る。 同時に突き出されるキュルケの杖。瞬く間に詠唱が完成し、杖から炎の球が打ち出された。 「消し炭になりな……」 回避不能な、必殺のタイミング! まさに絶体絶命! だが、眼前まで迫った火球は反転し、掻き消えた。 リゾットの背後から突如として吹き付けた突風が、火球を押し返したからだ。 突風は同時にキュルケの身体をも吹っ飛ばし、壁に叩きつける。 「うおおお!?」 次いで空中に無数の氷柱が浮かび、キュルケの服とマントを壁に縫いとめる。 剣にも無数の氷柱が襲い掛かったものの、全てを透過する剣は弾かれることもなかった。 「これは…魔法……。邪魔はされたけど…確かに『覚えた』わ…」 呟きながらキュルケは透過能力で刺さった氷柱のみを切り払い始める。 いつの間にかリゾットの後ろに青い髪の少女がいた。 「お前は……図書室の……」 青い髪の少女……タバサは無言で頷いた。 あの後、町から帰ってきたキュルケは体調が悪いといって部屋に引っ込んでしまった。 不安が捨て切れなかったタバサは、シルフィードに通じてキュルケを空から監視していたのだ。 すると案の定、キュルケは剣を持って夜中に抜け出した。 何もなければよし、何かあった場合のため、急いでやってきたというわけだ。 「…多分、あの剣がキュルケを操ってる……」 「所持者を支配するタイプのインテリジェンスソードか! おでれーた! でもよー、さっき触れたときは何も感じなかったぞ?」 デルフリンガーの呟きを聞きながら、タバサは後悔と、自分自身への怒りを感じていた。 予兆はあったのだ。あの時、彼女に警告していれば、こんなことにはならなかった。 今、自分の前にいるのはキュルケであってキュルケではない。 その顔は殺意と内面の邪悪さを表した醜悪な笑みを浮かべている。 あんなものを彼女は決して浮かべまい。彼女に対する大いなる侮辱だ。 ふと、口の中に血の味が広がる。知らず知らずのうちに唇をかみ締めていたらしい。 タバサの指摘を聞いたキュルケの口調が変わる。 「魔法じゃあない。スタンドだ……。俺は冥界の神『アヌビス』のカードを暗示とし…所持者を本体とするスタンド。 リゾット・ネエロ、お前の命…貰い受ける」 「『アヌビス』? 『スタンド』…だと…? まさかお前は…地球から?」 「そうらしいな~…。いつごろ、どうやって移ったのか…覚えていないが… 世界は変わってもやることは同じ……。より多くの血を吸うだけよ!」 「……地球から来たものに会うのは初めてだ…。興味が湧く…。どうやってこちらに来たのかという興味はな…。 だが……手加減して勝てるわけではなさそうだ…。これ以上覚える前に、その身体ごと再起不能になってもらう」 剣を構えるリゾットだが、タバサがそれを遮った。 「ダメ」 「……キュルケの知り合いか?」 「友達」 少し考える。だが、まるで表情に感情を出さないタバサが真剣な表情を読んで納得した。 少なくとも彼女にとってはキュルケはかけがえのない存在なのだ。 「分かった……。全力で助けよう」 早くもキュルケ……いや、アヌビスは立ち上がりつつあった。 「とはいえ、どうするかな…中途半端に仕掛ければまた『覚え』られるだろうしな…」 「耳を」 「何か…考えがあるのか?」 頷くタバサに、リゾットは耳を寄せる。ぼそぼそと二人が小声で話し合う。 「……なるほど……。分かった。任されたからには必ず果そう。だが、お前はできるのか?」 「大丈夫」 「何をしようと無駄だ。魔法と剣…この組み合わせに死角はない!」 立ち上がり、右手に本体、左手に杖を持ち、にじり寄るアヌビス。 「行って」 タバサはリゾットに指示を出すと再び『ウィンド・ブレイク』を唱える。 発生した突風に続き、リゾットも片手に剣を携え、風のようにアヌビスへと走る。 魔法と剣撃の二段構えでアヌビスに迫る! それに対し、アヌビスは半身に構え、キュルケの赤い髪を躍らせながら、自ら突風に身を投じた! 「『覚えた』といったはずだ……。一度覚えた攻撃には絶っっっっっっっっ対に!」 一瞬で風の流れを読みきり、半身に飛び込むことで風からの影響を受ける面積を最小限に減少! 突風の中でアヌビスの刃が逆袈裟に振られると、風が急速に勢いを失う。 「負けんのだぁぁ!!」 リゾットの剣は杖で受けようとする。しかし、デルフリンガーの刃は杖の寸前で止まった。 「ナヌッ!?」 一瞬の後、リゾットは隠し持っていたナイフで杖を横薙ぎに飛ばす。 「……所持者を本体にする、とはいえ……透過できるのはあくまで剣だけのようだな……」 「ぬぅ!?」 アヌビスはリゾットを斬り殺そうと剣を振り下ろす。 その次の瞬間、続けざまに二回、柄に強烈な衝撃を感じ……アヌビス本体が宙を舞った。 「大した腕だ…。俺の攻撃タイミングを完全に読みきるとはな……」 仕掛けたのはタバサだった。 アヌビスの気がリゾットに向いた瞬間を狙い、風の刃を作り出す『エア・カッター』を連続で唱え、アヌビス本体を弾いたのだ。 相手の先を読み、その上で詠唱をはじめなければ成功しない離れ業だった。 「杖を取られればどうしても注意がこちらに向く……。元々見えない刃だ…。気づきもしなかっただろう……」 アヌビスは廊下を音を立てて転がっていく。 「不覚…。だが、その攻撃…確かに、『覚えた』…ぞ………」 その言葉を最後にアヌビスの制御を離れ、崩れ落ちるキュルケの身体をリゾットが支える。 「……これ以上、能力を取り込まれていたら対処できなくなるところだった…な……」 う~ん、と唸ってキュルケが眼を覚ます。 「……あら? リゾット? ……ずいぶん情熱的ね。でもいいわ、答えてあげる」 キュルケに抱きつかれた。 気を失って眼を覚ましたらリゾットの腕の中にいたのだからそう勘違いするのも無理はない。 しかし、リゾットの方はそれどころではない。キュルケを引っぺがす。 「離れろ……。説明は後だ。……まだ終わってないんでな…」 「そうだぜ、相棒。あの剣を回収しねーと!」 「鞘を」 短く告げると、タバサは剣の転がっていった方向に走る。 リゾットと、事情を把握できないキュルケは転がっていた鞘を拾い、タバサに続くのだった。 一方、その少し前、ルイズは目を覚ましていた。何だか外で物音がした気がしたのだ。 リゾットがいつも寝ている床を見るとリゾットも、壁に立てかけてあったデルフリンガーもいない。 (あいつ……どこ行ったのかしら。こんな夜中に) 剣がないのが気になる。と、そこに廊下から金属音が響いてきた。やはり何か起きているのだ。 「ご主人様に心配かけるんじゃないわよ、あの馬鹿…」 ぶつぶつ言いながら起き上がり、部屋を出る。 部屋を出たところで、何か足元に転がって来た。抜き身の剣だ。 (なんでこんなところに剣が? 危ないじゃない) そう考えたのも束の間、ルイズはその剣の美しさに魅入っていた。 心の中で何かが警鐘を鳴らすが、それを無視して、剣を拾い上げる。 「ダメ」 「ルイズ、それに触るな!」 タバサとリゾットの制止の声が響くのと、ルイズが剣を握るのは同時だった。 「あちゃ~~…」 デルフリンガーが溜息をついた。 「早い再会だったな、二人とも……」 ネグリジェ姿のルイズがすさまじい殺気を放ちつつ歩み寄る。 「…どうするべきかな……」 横の青髪の少女は、立て続けに魔法を放ったせいか、多少、疲労が見られる。 (確か魔法も無制限に撃てるわけではなかったな…) 一方、事態をまだ理解できていないキュルケはルイズの持った剣に気がついた。 「ちょっと、ヴァリエール! その剣、返…」 キュルケは言葉に詰まった。 ルイズから…正確にはルイズを乗っ取ったアヌビスから放たれた殺気に触れたからだ。 リゾットは暗殺者として多くの殺し合いを経験してきた。 タバサは命がけの任務にいくつも従事してきた。 しかしキュルケは違う。世間の風評はどうあれ、本気で殺し合いをしたことなどない。 アヌビスが向ける掛け値なしの殺気に、キュルケは全身が凍らされたような感覚に陥った。 「おい、夜中にうるさいじゃないか、君たち!」 そしてここにも空気を読まないキャラが一人。風上のマルコリヌである。 ルイズ同様、騒音でおきだしたのだ。 「何だ、ゼロか! まったく君は常識もゼロなんだな!」 異常な殺気を放っているのにまるで気付かないでルイズに話しかける。 「ゼロゼロって…うるせー奴だ。てめーの命をゼロにしてやるぜ!」 アヌビスがマリコルヌに斬りかかるが、その前にタバサの『エア・ハンマー』がマリコルヌを吹き飛ばした。 壁に叩きつけられたマリコルヌはそのまま失神した。タバサがぼそっと呟く。 「マリコルヌ、空気読め」 「「撤退」する」 異口同音に呟くと、蛇に睨まれた蛙のように凍りついたキュルケの手を引っ張り、反転する。 「逃げるか……。しかし逃さん! 既に俺はあの二人を上回っているのだ!」 アヌビスもすぐに後を追って走り始める。 アヌビスが走りつつ、魔法を唱えると、リゾットの真横で爆発が起きた。 「……命中精度はよくないようだが、やはりルイズの爆発魔法が使えるのか…」 「な、何なの? 何でヴァリエールが…」 「あの剣に操られてる」 三人はそのまま角を曲がる。 アヌビスも続けて曲がるが、角を曲がったところでリゾットのナイフがアヌビスめがけて飛んだ。 「シャッ!」 しかしアヌビスは神業的反応を見せ、ナイフを叩き落す。 「……持ち主が変わっても取り込んだ能力は忘れないようだな……」 「どうする、相棒? 今のあの貴族の娘っ子は手加減して勝てる相手じゃねーぜ」 「………」 しばらく思考した後、不意にリゾットが口を開いた。 「キュルケ、図書室の女、奴の狙いは俺だ……。俺が囮になる、どこかで分かれるぞ」 「そんな! ダメよ、リゾット。ヴァリエールは本気よ。殺されてしまうわ」 「危険」 「危険はどの道同じだ…。それに気づいているか…? 奴は攻撃ほどのスピードじゃないが…速度も『覚えて』いる。 このまま三人で逃げれば追いつかれる。お前たちは……ギーシュを呼んできてくれ」 「「ギーシュ?」」 思わず二人の声が被る。よりによって何故ギーシュなのか? 「ギーシュだ。ワルキューレを使う…。作戦はこうだ…」 「!」 タバサは途中で気がついたようだが、リゾットは手短に作戦を説明する。 「出来るか?」 「可能」 「……あたしたちは問題ないわ。でも、それじゃ貴方は…」 「では、頼んだ。次の通路を俺は左、お前たちは右だ」 返事を待たず、T字路で三人は分かれた。 「分かれたか…。だが、まずはあの男からだ。あの男の秘めている『力』。まだ底がありそうだからな…」 リゾットは人の少ない場所を選んで走る。無関係な人間に見られたら拙いからだ。 まあ、仮に誰かに見られたとしても、『メイジが使い魔を追い掛け回している』ということで放っておいてくれただろう。 アヌビスはリゾットを追うのに集中しているため、目撃者の始末まではしなかった。 これはリゾットにとっては幸いだった。ルイズの身体を操るアヌビスに人殺しをさせた時点で、リゾットの負けなのだから。 リゾットとルイズでは体力と歩幅に圧倒的な差がある。 それに加えて左手のルーンが光り輝いている影響か、身体は羽のように軽く、アヌビスを容易に追いつかせない。 (一体、これは何だ…? ) 攻撃と違い、その身に受けるわけではない走力はアヌビスも覚えにくいようだった。 近づいては離れる追走劇の中で、リゾットの中にふと、異質な思考が浮かぶ。 (斬られるのも悪くない……) 「おい、相棒! 追いつかれるぞ!」 「!?」 気が付くとすぐ後ろにアヌビスを大上段に構えたルイズが迫っていた。 振り下ろされる斬撃を転がって回避し、追い討ちの爆発の威力を利用し、跳ねるようにして立ち上がると、再び加速する。 「惜しいな…。だが、また『覚えた』ぞ…」 「頼むぜ、相棒! ぼーっとして斬られるなよ!」 「ああ……分かってる。少し、血が流れすぎただけだ…」 確かに胸の傷の出血は続いているが、それだけではない。 リゾットは頭を振って、浮かび上がった思考を振り落とした。 中庭に着くと、既にギーシュが待っていた。 「やあ、リゾット。ご主人様に追い掛け回されてるらしいね。僕の力が必要だって?」 「ああ……」 「というかだね。剣が人を操るなんて俄かには信じられないんだが…うひぃッ!?」 「どうやら…説明は不要のようだな…」 後ろからやってきた鬼気迫る表情のルイズを見て、ギーシュは奇妙な声を上げてしまう。 とっさに後悔した。逃げ出して部屋に篭って布団被って寝ようという考えが全身を支配する。 しかし逃げてもどうみても追ってきそうだ。というか、多分、魔法学院中を殺して回るまで止まらない。 ルイズの表情はそう思わせるだけの殺気があった。 (なんてこったぁー!? 戦うしかない! チクショー!) テンパった頭で結論に達するまで0.005秒。慌ててワルキューレを七体呼び出す。 「わ、ワルキューレ! ミス・ヴァリエールから剣を奪い取るんだ!」 七体のワルキューレがアヌビスに向かって駆け出す。 「お前は戦った相手の行動を覚える…。だが、逆に新しい敵には対応できない……。ならばこれでどうだ?」 「馬鹿め……俺は貴様の攻撃を『覚えた』のだぞ? 今更この程度の人形など…」 一列になって突っ込んでくるワルキューレたちを、切り裂き、爆破していく。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」 一体、二体、三体、四体、五体、六体…砕けた青銅人形の残骸がごろごろと中庭を転がる。 「無駄ァ! ムッ!?」 七体目を切り裂いた瞬間、その背後からリゾットが現れた。 体重、強化された身体能力、助走による加速、それら全てを乗せた一撃をルイズの頭めがけて振り下ろす! 「速い! だがっ!」 火花が散り、ルイズの額の直前で剣はとまっていた。鍔迫り合いが始まる。 「今のはやばかったぞ……。このゴーレムどもを隠れ蓑に、この娘を殺しに来るとはな……。だが、これも『覚えた』」 「……外れだ」 「何?」 「カムフラージュ……などではない……。ゴーレムが本命だ。頼むぞ……ギーシュ!」 その声とともに、ルイズのアヌビスを持つ右腕に無数の腕が絡みついた。 破壊されたワルキューレが変形し、薔薇の茨のような形の青銅が幾重にもルイズの右手を絡め取る。 同時にギーシュは魔法の行使と、恐怖で精神力を使い果たし、気絶した。 「馬鹿め! この程度の捕縛など、すぐに抜け出してくれるわ!」 自由な左手で杖を振る。途端にリゾットの至近距離で小規模な爆発が起きた。 「!!」 衝撃が脳を揺らし、デルフリンガーを投げ出して膝を突く。 だが、次にリゾットの口から漏れ出したのは苦痛の悲鳴でも絶望の喘ぎでもない。 「これで…できた……。俺たちの『勝ち方』が」 「てめー頭脳が間抜けか! 殺される分際で何を言いやがる!」 そのとき、二つの月の光が陰った。 「はっ!?」 アヌビスの見上げた先には月を背負って飛ぶ一匹の風竜と、その背に乗る二人のメイジ。 キュルケが完成させた『火球』を放つ。 「確かにお前は攻撃を覚えた…だが、動けなければ……かわせるか?」 リゾット自身も最後の力でルイズを押さえつける。 振りほどこうとするアヌビスの刀身に、巨大な火球が迫る。 「あああ! まさか! 嘘だろぉぉぉぉ!?」 火球は刀身に接触すると爆発四散した。 そのタイミングにあわせ、タバサが魔法を完成させ、爆風を制御する。 タバサの魔法により加速された爆風がルイズの手からアヌビス神を吹き飛ばした! 「おいおい、相棒、大丈夫かよ。会ったばっかりで死ぬなんてなしだぜ?」 片腕を上げて健在を示す。とはいえ、リゾットは重傷だった。 アヌビスとの戦いによる負傷に加え、キュルケの火球の爆発を至近距離で食らったのだ。 タバサはリゾットの方向への爆風は抑えたようだったが、それでもリゾットのダメージは深刻だった。 シルフィードが降りてくる。 「すぐに先生の所で治癒を!」 「動かすのは駄目」 「じゃあ、あたしが先生を!」 「先生を呼びに行くなら…ルイズを連れて行ってくれ。右手が心配だ」 リゾットがごろりと転がると、下からは気絶したルイズが姿を表した。 右腕に火傷を負った他は、リゾットが盾になったおかげで怪我はほとんどない。 その右腕も、ギーシュの青銅がまだ覆っていたお陰でほとんど被害を免れた。 「……何度か見たあの風竜は……お前の使い魔だったんだな……」 キュルケが教師を呼びに行った後の中庭で、アヌビスを鞘に収めたタバサが頷く。 「今回の件では助けられた…。恩に着る」 タバサは首を振った。 「お互い様」 そして自分を指差し、呟いた。 「タバサ」 「リゾットだ」 両者、感情のない表情で名乗りあう。 しばらくの沈黙の後、タバサがほんの少しだけ表情を緩めた。 「リゾット、お疲れ様……」 (……表情があまり変わらないだけで一応、感情はあるのだな…) 奇妙な感心をしながら、リゾットは意識を失った。 リゾット―――胸部裂傷、背部および脚部に重度の火傷、全身打撲(再起可能) スタンド『メタリカ』、以前使用不能 アヌビス―――妖刀として極秘裏に宝物庫に封印される(再起可能?) ルイズ――――右手に火傷。翌日、地獄の筋肉痛を味わう(再起可能) キュルケ―――二人の治癒の秘薬代を支払った。ルイズほどではないが、筋肉痛に悩まされる タバサ――――この後、部屋に戻って寝た ギーシュ―――後で思い出してもらって保健室に運ばれ、朝まで気絶。モンモランシーにあらぬ疑いをかけられ、また殴られた マリコルヌ――翌朝、廊下に転がっているところを発見される
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1102.html
夜、ヴェストリ広場の片隅に、リゾットは座っていた。じっと眼を閉じ、考える。 自分に一方的に責任があるわけではないが、恩人へ恩を返すどころか傷つけたという事実は、やはり気がとがめた。 「相棒、落ち込むのは分かるが、元気出せよ。いつかわかってくれらぁな。それより明日から、どうするつもりだい?」 リゾットの傍らの剣が元気付けるためか、努めて明るく問いかけた。 「さあな……。とりあえず明日、ルイズにもう一度謝罪しにいくつもりだが……」 「あの様子だとどうかな……。許されなかったら、どうするね?」 「……そのときは仕方ない。少し時間を置くしかないだろう。そうだな……。この情報の真偽を確かめにいくか」 リゾットは紐で束ねた資料の山に視線を落とした。 「行こうぜ、相棒。何、俺はいつだって相棒の味方さね。相棒が行くというなら火の中水の中ってなもんさ」 デルフリンガーの言葉に励まされ、リゾットは思考を切り替える。 (俺には果たすべき目的がある。地球に戻り、復讐を果たすという目的が。そのためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない……) 第十六章 過去を映す館 その日の夕方、自らの使い魔を探していたギーシュは、様々な動物の鳴き声を聞きつけ、ヴェストリ広場に足を運んだ。何故かいい匂いもする。 果たして、そこにはジャイアントモールのヴェルダンデがいた。ヴェルダンデだけではなく、タバサのシルフィード、キュルケのフレイム、マリコルヌのクヴァーシル、他様々な使い魔が一堂に会している。 「ヴェルダンデ、ここにいたのか!」 ギーシュは膝を突くと、巨大モグラに頬擦りした。モグラも嬉しそうに鼻を引くつかせる。 「よしよし……。こんなところで何をしているんだね?」 巨大モグラに尋ねると、ヴェルダンデは鼻をひくひくさせて、奥を指し示す。ギーシュはその示す先に煙が立ち昇っているのに気付いた。 使い魔を掻き分けて火元に近づくと、簡素なテントとその前の焚き火、それに壁に向かって伸びたロープにつるされた肉が視界に入った。干し肉を作っているらしい。 火の回りには革を剥いだ兎や鹿が炙られており、先ほどからのいい臭いの元はこれだと気付いた。 「何をしているんだね、君は?」 ギーシュに背を向け、薪を火にくべていたリゾットが振り返らずに返事をする。 「見ての通り、夕食の準備だ」 「おぅ、貴族の坊主。久しぶりだな! 元気でやってるか?」 「ああ、まあ、何とかね。……この使い魔たちはどうしたのだね?」 「肉を焼いてたら、寄って来た。余った分を食べたそうだったからな」 「そ、そうか…。ヴェルダンデ、ダメだよ。勝手につまみ食いなどしては」 巨大モグラは悲しそうな顔をする。肉が美味かったらしい。確かに旨そうな肉だが、と考えて、ギーシュはふと疑問に思い至った。 「というか、だね。君はどこからこの肉を持ってきたんだい?」 「学院の外の森で罠を仕掛けて獲ってきた。この辺りは獲物が豊富だな」 「? ご主人様から食事を抜かれたのかい?」 「いや……部屋から追い出された」 ルイズが主人ではそういうこともあるだろうな、とギーシュは納得した。 「最近、彼女を授業で見ないのはその辺が関係してるのかな?」 「多分、な…」 リゾットは薪を火にくべる。あれからもう一度、ルイズに謝罪に行ったが、部屋から顔を出すどころか返事もされなかった。 「……君もなかなか大変なようだね」 ギーシュがしみじみと呟く。そんな二人の所へシルフィードがやってきて、リゾットの前の肉をじっと見つめ、鳴いた。 「きゅい! きゅい!」 「……まだ待て。もう少し火を通したほうが美味い」 「きゅい…」 言葉が通じているはずはないから適当に返事をしたのだろうが、シルフィードはそれを聞いて待ち遠しいように火を眺める。 「う~む……、使い魔同士、交流を深めてるのは悪くないが、学院の美観を著しく損ねているような……」 「それはすまないな…。明日か明後日には出て行くから我慢してくれ」 「何、君は出て行くのか? 何をしに?」 「まあ、野暮用だ……。いずれ戻ってくるつもりだが、ルイズの機嫌が戻らないことには何ともならないからな……。ん、そろそろいいな」 リゾットが鹿の肉をいくつか火から外すと、後ろで待ち焦がれている使い魔たちに声を掛けた。 「食っていいぞ」 「きゅいきゅい!」 「きゅるきゅる」 「もがー!」 リゾットの許可と同時に、使い魔たちが争いながら肉に貪りつく。 「こ、こら、ヴェルダンデ、やめたまえ!」 ヴェルダンデを引きとめようとするが、小熊ほどもあるモグラの突進を止められるわけもなく、ギーシュは20サントほど引きずられて手を離してしまった。 「相棒もそろそろ時間だな」 デルフリンガーが呟いたちょうどその時、厨房からシエスタが小走りでやってきた。 「リゾットさん、遅くなってすいません。お夕飯の分です!」 パンとワインの瓶が入った籠をテントの前に置く。 「忙しいところ、悪いな……」 「いえ、昼間、色々手伝ってもらっている御礼ですから」 「いやー、平民の娘っ子は気立てがいいねえ! いい嫁さんになるよ!」 「も、もう、デルフさん、からかわないでください!」 照れたシエスタがデルフリンガーを突き飛ばし、剣は地面に転がった。 「またかい! なんか最近、俺が地面に転がること、多くない?」 「からかうからだろう。……悪気はないんだ、許してやってくれ」 リゾットがデルフリンガーを拾い上げながら、シエスタに謝罪する。 「い、いえ! 私は別に……。あ、でもリゾットさんのお嫁さんならいいかなあ、なんて……。あ、あはは……。あ! もう行かなきゃ、じゃ、また来ますから!」 一人で言って顔を赤くすると、来たときと同じように小走りでシエスタは去っていった。 ギーシュはそんな様子を見ていたが、造花の薔薇を加えて悩ましげに言った。 「ルイズに追い出された理由は二股かい?」 「いや、シエスタやルイズとはそんな関係じゃない……。お前も知っているだろう」 「うむ、しかしアルビオン以来、君とルイズは仲が良かったようだからね」 「そうか? まあ、それはいいさ…」 リゾットは籠からワイン瓶とパンを取り出す。これに自分で採った兎の肉が付く。まさにささやかな糧といった感じだが、自分で用意したものなので不満はなかった。 「これから俺は夕飯だが、良かったら飲んでいくか? 朝から厨房を手伝った代わりにパンとワインを譲ってもらっているからな」 リゾットとギーシュと使い魔たちが酒盛りに入る一方、ルイズの部屋。リゾットを追い出してから三日が過ぎている。 その間、ルイズは授業を休み、ベッドに潜り込んで悶々としていた。食欲もあまり湧かず、ろくに食べていない。 考えるのは追い出した使い魔のこと。キュルケが抱きついているのを見た瞬間、全ての理屈を飛び越えて『許せない』と思った。 今まで忠実だった使い魔に、信頼を裏切られたと思ったのかもしれない。自分のものだと思っていた使い魔に他人が触れるのが嫌だったのかもしれない。 だが、一方で自分を理解してくれた使い魔に見捨てられたくないという不安もあるのだ。 それらの気持ちがぐるぐると胸の中を回って、ルイズはベッドから出ることができなかった。 そんな風にしていると、ドアがノックされた。リゾットかと思うと、今すぐ開けたい気持ちと無視したい気持ちが葛藤する。締め出した翌日、リゾットが来たときもそうだった。 (今更戻ってきたって入れてあげない…) 結局、無視したい気持ちにプライドが後押しし、ルイズはベッドの中で丸まっていた。 だが、決定に反してドアが開く。ルイズは跳ね起きて、怒鳴った。 「馬鹿! 今更何を……、え?」 入ってきたのはキュルケだった。手にはお盆を持っている。赤毛を揺らし、にやりと笑う。 「あたしでごめんなさいね」 「な、何しに来たのよ!」 ルイズは再び布団を被るが、キュルケはそれを剥ぎ取った。ルイズはネグリジェ姿のまま、すねたように丸まっている。 「貴方が三日も休んでいるから、見に来てあげたんじゃないの。ほら、ご飯、持ってきてあげたんだから、食べなさい」 そういってお盆を差し出す。 「いらない……。あんたの顔も見たくないの。出てって……。元はといえばあんたのせいじゃない……」 また涙がこみ上げてきたのか、ルイズはぐしぐしと涙をぬぐった。 「あのことなら、謝らないわよ。本気でやったことを謝るほど、あたしは卑屈じゃないわ」 「何が本気よ。いつも男をとっかえひっかえしてるくせに…」 「そうね。過去についてはあたしも反省する所があるわ。でも、彼に関しては本気。燃え上がるような感情じゃなくて、胸の中が暖かくなるような感じだけど、案外、これが恋なのかもね」 キュルケが胸に手を置いて、うっとりと呟く。ルイズは面白くない。 「そ、そんなに好きなら勝手にすれば? もう私は関係ないもん」 ルイズは下から伺うような眼でキュルケを見た。キュルケはため息をついた。冷たい眼でルイズを見据える。 「あなたって、馬鹿で嫉妬深くて、高慢ちきなのは知ってたけど、そこまで冷たいとは思わなかったわ。 いい? ダーリンがあの時、あたしの部屋にいたのは、あたしの家が異世界から召喚されたっていう本を持ってたからよ。 残念だけど、あんたが勘繰っているようなことは何もないの。どう? 満足した?」 「何をしたかなんて関係ないもん。ただ、自分の使い魔がツェルプストーの女に近づくのが許せないだけだもん」 駄々っ子のように言うルイズに、呆れたようにキュルケが訊く。 「貴方、ダーリンとキスでもしたの? でなくても忠誠を誓われたとか、最低でも好きと伝えたとか伝えられたとか?」 ルイズは黙ったまま枕を抱き寄せた。 「何にもないの? 呆れた。じゃあ、前みたいに注意するだけでいいじゃない。いい? 前にも言ったけど、ダーリンは貴方の使い魔だけど、人間なのよ。貴方の奴隷でも玩具でもないの。そこまで束縛する権利はなくってよ?」 ルイズは言い返せず、俯いてうーうー唸っている。 「まあ、いいわ。ダーリンはあたしが連れて行くから。貴方はそこで枕を恋人に抱き合ってなさい」 キュルケは部屋から出た。ルイズは悔しくて、切なくて、ベッドに潜り込んだ。そして、幼い頃のように、うずくまって泣いた。 一方、廊下を歩きながら、キュルケも思わず呟いた。 「ああ、もう! あそこまで言われてどうして黙ってるのよ、ヴァリエール! ……張り合いがないじゃない」 フレイムの目を通してリゾットの居場所は把握していた。ヴェストリ広場に訪れる。 たくさんの使い魔とリゾット、それに何故かギーシュとタバサが焚き火を囲んでいた。 リゾットとギーシュはグラスを片手にワインを飲んでいる。ギーシュの方はかなりへべれけになっているようで、何かの愚痴をリゾットに零し、リゾットはそれを相槌を打ちながら静かに聞いていた。 タバサはいつものように本を読んでいる。近くに皿が置いてあり、その上に骨がおいてあるところを見ると、シルフィードを連れ戻しにきて食欲に負けたのだろう。 シルフィードは主にかまってほしいようで、しきりにきゅいきゅい鳴いているが、タバサは本から目を離さない。 「ダーリン、こんばんは」 「キュルケか。こんばんは」 いつものように挨拶代わりに抱きつきたくなったが、リゾットから「安売りするな」といわれたことを思い出した。見ているだけでも胸が高鳴って心地よいので我慢する。 (相手のことを考えるのも、なかなか大変よね……) はぁ、とため息をついていると、ギーシュがキュルケに気がついた。 「キュルケ? 何のようら!」 呂律の回っていない上に、目も据わっている。完全にただの酔っ払いだ。 「ダーリンとお話したいのだけど、今、いいかしら?」 「かへりたまえ! 今は男だけの話し合い中なのだ!」 「タバサがいるじゃない」 「いいんら。彼女はころもだから。胸もないし」 ギーシュがわめいた途端、突風が吹いてギーシュが空中に舞い上がる。 「パス」 タバサの言葉に、にっこり笑って応えると、キュルケは杖を取り出して振る。ヴェストリ広場の上空にギーシュの花火が咲いた。 「まったく……飲むのはいいけど、酔うのはほどほどにしなさいよ?」 「はい。申し訳ありません……」 黒焦げになって落ちてきたギーシュはすっかり素面に戻っていた。ヴェルダンデが慰めるつもりなのか、近くによって鼻面をこすりつける。 「ああ、ヴェルダンデ。君とリゾットだけが僕の話をきいてくれるよ」 がしぃ! とヴェルダンデを抱きしめて涙をするギーシュ。ちょっと異様な光景である。苦笑しながらそれを見ていたキュルケは、リゾットの脇にある地図に気がついた。 「あら、ダーリン。どこか行くの?」 「ルイズがあの調子だからな…。明日から、しばらく帰るための手がかり探しに出ようと思う」 何枚か手にとってめくってみた。復活したギーシュも横合いから覗き込んでくる。 「随分、胡散臭い宝の地図だけど……どこから持ってきたんだい?」 「オールド・オスマンからもらった報酬で、人を使って集めてもらった」 それを聞いてギーシュが顔をしかめた。 「どうせまがい物に決まってるよ。こうやって『宝の地図』と称して、適当な地図を売りつける商人を何人も知ってるぜ? 騙されて破産した貴族だっているんだ」 「一応、調べる価値がありそうなものを、タバサに選んでもらった」 「タバサに?」 ギーシュがちらりと眼をやると、本から眼を離さないで、タバサが頷いた。 「そもそも召喚されたところへ戻る方法を探す、というのが胡散臭い話なんだ。一つくらいは本物があるかもしれないだろう?」 「むむ……確かに」 ギーシュは顎に手をやって、唸った。タバサが一枚かんでいるとなると、なんとなく真実味がある。そこにデルフリンガーが茶々を入れる。 「それに、帰る手がかりでなくても、何か金目のものがあれば、相棒は一躍大金持ちだな」 「大金持ちか………」 ギーシュが地図を何枚もめくっては唸る。「いや、そんなまさか…でも…」とか呟いている辺り、かなり心が揺らいでいるようだ。 実はこのギーシュの実家、グラモン家は元帥職を務める家柄でありながら、あまり裕福な貴族ではない。 名誉を何より尊ぶグラモン家は、戦があると見栄を張って金をかけるため、一向に金がたまらないのだ。 「……まあ、金があればそれを元にさらに手がかりの情報を集められる。期待はできないが、宝探しくらいしかできることがない」 キュルケは内心ほっとして微笑んだ。リゾットがこのまま野外生活でくすぶるつもりではないと分かったからだ。 だが、聞き逃せないところもある。帰る手がかりを見つけに行く、ということは、下手するとそのまま帰ってしまうかもしれないということだ。 「夢があっていいわね。ねえ、ダーリン、あたしも宝探しについていっていい?」 「お前が…? 授業はどうする?」 「ダーリンが帰っちゃうかもしれないのに、授業なんて出ていられないわ。ね、いいでしょう?」 リゾットの手を取って頼み込む。口調は茶化しているが、表情に、不安の影が見て取れた。 「…分かった。おまえ自身がその責任を果たす覚悟をするなら、俺は止めない」 「ありがとう!」 途端、キュルケに抱きつかれた。 「暑苦しいから、離れろ……」 いつも通り引き剥がすが、何故かキュルケは満面の笑みだった。純粋で無防備なその笑顔に、リゾットは対処に困った。 タバサは本を読むのをやめて、そんな二人を見ていた。その視線に気付いて、キュルケが声をかける。 「タバサ、貴方も来なさいよ」 「分かった」 一方、ギーシュは先ほどから何かぶつぶつ呟いている。 「お宝…大金持ち…」 デルフリンガーは心配になった。一応、別方面の可能性も提示してみる。 「あんまいい方にばかりに考えるなよ。宝も手がかりも見つからない可能性だってあるんだから。そしたら、相棒なんぞ、また文無しだぜ?」 「う~ん、それもそうだね…」 ギーシュはそれでも名残惜しそうに地図を見ている。リゾットもそれについては考えないでもなかった。 「確かにな……。仮に今回、何か見つかったとしても、不定期収入ではいずれは破綻する。増やす方法を考えたほうがいいかもしれない……」 事実、オスマンから報酬として得た金貨の殆どは、調査費用および報酬として、フーケに払ってしまっていた。 リゾットがルイズに恩を返すために使い魔を続ける意思がある以上、代わりに情報を集めてくれる人間を雇い入れる活動資金は必須である。 考え込むリゾットに、キュルケが身を乗り出した。 「あら? ダーリン、お金が必要ならあたしに言ってくれれば多少は出すわよ?」 「いや、遠慮しておく…。金銭の貸し借りは人間関係のトラブルの元だ」 「真面目なのね、ダーリン」 「そういうわけじゃない……」 利権絡みの他組織との抗争や、組織の金に手を出した構成員の粛清、遺産を巡っての殺し合い。 リゾットは金が原因で血が流れる所をうんざりするほど見て、気軽に他人から金を借りるべきではないと考えていた。 「それじゃ、貴族になるのはどうかしら? 領地を経営すれば、定期収入が入るわよ?」 それを聞くなり、ギーシュが眼を吊り上げた。 「キュルケ、彼は平民だぞ? 法律できっちり平民の『領地の購入』と『公職に就くこと』の禁止がうたわれているじゃないか」 「トリステインではそうだけど、ゲルマニアだったら話は別よ? お金さえあれば、平民だろうがなんだろうが土地を買って貴族の姓を名乗れるし、公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだってできるのよ」 「だからゲルマニアは野蛮だって言うんだ」 ギーシュが吐き捨てるように言った。 「あら、『メイジでなければ貴族にあらず』なんつって、伝統やしきたりにこだわって、どんどん国力を弱めているお国の人に言われたくない台詞だわ。 おかげでトリステインは、一国じゃまるっきしアルビオンに対抗できなくて、ゲルマニアに同盟を持ちかけたって話じゃないの」 「まあ、確かに。実力があればのし上がれるっていうのはいいことだな。金だって集めるには色々と才覚が必要だ」 「そうよね、ダーリンは流石、分かってるわ」 リゾットの所属した組織、パッショーネでも幹部になるために必要なのは上納金だった。パッショーネでは上納金とは才覚とそれを得るための信頼の証だったのだ。 反逆した組織ではあるが、そういった年齢や性別を考慮しない実利主義な評価を下すところは、リゾットは悪くないと思っていた。最も、暗殺チームは大金を稼ぐチャンスすら与えられなかったのだが。 「ねえ、もしも宝が手に入ったら、それを売ったお金で、貴族になりましょうよ」 キュルケは熱っぽい口調で話しかけてくる。だが、リゾットは首を振った。 「……今はダメだ」 「あら? どうして?」 「俺はまだルイズに恩を返しきっていないからな……。それに、俺はいつか帰らなきゃならない」 「そう……。ダーリンって、相変わらず義理堅いのね。でも、いいわ。ルイズに恩を返して、それでもまだ帰る方法が見つからないなら、考えてみて」 キュルケも流石にリゾットの生き方は絶対に変えられないと分かってきているので、一旦は諦める。 「ああ……。まあ、宝が見つかるとは限らないがな」 「ダーリンなら大丈夫よ。宝が見つからなくなっていずれは『栄光』を掴み取るわ。ダーリンにはどんな困難も弾き返す『誇り』と『覚悟』があるもの」 きゅっとリゾットの手を握り、瞳を輝かせていうキュルケに、リゾットは頷いた。 「まあ、評価は貰っておく。………何にせよ、まずは手がかり探しだな」 「ええ。明日、早速出発しましょう」 ギーシュは未だ地図を抱えてぶつぶつ言っている。 「う~ん……僕は…どうしようかなあ?」 「あら、ギーシュ。素敵なお宝を見つけてプレゼントしたら、姫様も見直すかもよ? もちろん、モンモランシーも」 「そ、そうかい?」 「当然よ。自分のために困難を越えて見つけてきたプレゼントを喜ばない女の子なんていないわ」 ギーシュは颯爽と立ち上がった。いまだに黒焦げだったが、精一杯凛々しく決める。 「よし、僕も行くぞ!」 その時、その場に誰かが飛び出してきた。シエスタだった。 「わ、私も連れて行ってください!」 「シエスタ…どこにいたんだ?」 「え? ええと……偶然、そこを通りかかったらお話が聞こえてきたんです」 こほん、と咳払いするシエスタに、キュルケがじと眼で言う。 「ダメよ。平民なんか連れて行ったら、足手まといじゃない」 「ば、馬鹿にしないでください! わ、私、こうみえても……」 シエスタは、拳を握り締め、わなわなと震えた。どんな驚きの技能が飛び出すか、全員の目がシエスタに集中する。 「料理ができるんです!」 「「「「知ってる」」よ!」」 思わず全員、突っ込んだ。 「でも! でもでも、お食事は大事ですよ? 宝探しって、野宿したりするんでしょう? 保存食料だけじゃ、物足りないに決まってます! 私がいれば、どこでもいつでもおいしいお料理を提供できますわ」 「確かに、一理あるな」 リゾットやタバサはともかく、ギーシュやキュルケはまず拙い食事に耐えられない。士気の低下は集団行動で大きな問題だった。 「それに、タルブ村にも行くんでしょう? 私の故郷だから、案内できます!」 「だが、シエスタ、お前の仕事はどうするんだ?」 「マルトーさんに『リゾットさんのお手伝いをする』って言えば、いつでもお暇は頂けますわ」 マルトーはリゾットを買っている。多分、そうなるのだろう。キュルケは肩をすくめた。 「分かったわ。勝手にしなさい。でも、言っておくけど、危険よ? 廃墟は遺跡や森、洞窟には何がいるかわからないんだから」 「へ、平気です! リゾットさんが守ってくれるもの!」 そういって、シエスタがリゾットの腕を掴んだ。 「食事の代わりか…。まあ、いいだろう」 キュルケは僅かにむっとした顔でシエスタとリゾットを見たが、やがて頷くと、一同を見回した。 「じゃあ、今日はもう遅いし、明日朝一番で出発よ!」 キュルケが宣言したその時、闇夜の向こうから羽音が響き、一羽の梟がやってきた。梟はタバサの頭の上に留まる。 怪訝な顔をする一同をよそに、タバサは梟の足に結び付けられていた筒から一枚の紙を取り出し、その文を見つめた。 その顔から一切の感情が消えていくのを、リゾットは見てとった。 「どうした?」 「行けなくなった」 「え、何で?」 キュルケの質問にも答えず、タバサはさっさとシルフィードに跨る。 「きゅい、きゅい!」 「飛んで」 シルフィードは抗議の声を上げていたが、タバサの言に従い、飛び去る。 後に残された四人と無数の使い魔は、ある者は呆気にとられ、ある者はなんとなく察して無言でタバサを見送った。 「ふーん、なんだ。大所帯で行くんじゃないか。一人で行くんじゃないかと心配して損したよ」 その晩、ヴェストリ広場に現れたフーケは井戸の淵に座って素足をぶらぶらさせながら呟いた。 「何でぇ、盗賊の娘っ子。相棒についてきたかったのか?」 フーケはぎろりとデルフリンガーをにらむ。 「盗賊呼ばわりはやめな。もう廃業したし、私にはフーケって名前があるんだ。 ……別にリゾットがどこへ行こうと知ったことじゃない。けど、金づるだからね。いなくなったら困ると思って多少は心配しただけさ」 「心配する必要はない。もうすぐ雇用契約も終わる」 リゾットのその言葉に、フーケは呆気を取られてリゾットを見た。心当たりを探るが、何もない。 「何で終わるんだい? な、何か私がミスをしたっけ?」 慌てて尋ねるフーケに、リゾットは首を振って否定する。 「いや、単純に金がなくなった……」 淡々と告げるリゾットに、フーケは顔をしかめた。 「ああ……、金欠かい。そりゃ、仕方ないね…」 「今まで、よく働いてくれた」 「仕事だからね。金が入ったらまた雇われてやってもいいよ。モット伯の件とかで結構、甘い汁も吸えたし、あんたは組んでて不快な奴じゃない。欲を言えばもうちょっと感情を表現してくれれば言うことないんだけどね」 「……感情を悟られるのは不利だからな」 わざと唇の端を持ち上げて笑うが、フーケはそれを見て不機嫌そうに息をついた。 「ふん、作り笑いして欲しい、なんて頼んじゃいないよ」 「……悪かった」 「ま、気を使ってくれるのはありがたいけどね」 フーケは肩をすくめ、しばらく考えるような顔をした。そして指を一本立てて、リゾットに突き出す。 「サービス」 「? 何がだ?」 「今まで雇ってくれた礼と、また次もよろしくって意味を込めて、一つだけサービスで仕事をしてあげる。何か、調べて欲しいことはあるかい?」 「いいのか?」 リゾットの呟きに、フーケがニヤッと笑う。 「おや、遠慮かい? ま、あんた風に言えば、助けてもらった恩もあるしね」 今度はリゾットが考える番だった。今の状況をよく整理し、必要な情報を探る。 「……アルビオンのレコン・キスタの動向が知りたい」 「レコン・キスタの? なんでまた?」 「奴らの目的は知っている。今はトリステインとゲルマニアの同盟に大人しくしたようだが、必ず仕掛けてくる、と俺は踏んでいる。 主人のルイズが貴族である以上、戦争があれば俺も無関係ではいられないからな……。調べられるか?」 「なるほどね……。分かった。どこまでやれるかは分からないけど、情勢くらいは探ってみるよ」 「頼んだ」 「頼まれたよ」 フーケは夜の闇に姿を消した。 翌日、リゾット、キュルケ、ギーシュ、シエスタの四人とその使い魔、フレイムとヴェルダンデは、朝一で学院をエスケープし、地図に記された館へと向かった。 ちなみに馬に乗れないシエスタが馬に乗るかで多少もめたが、結局、シエスタが押し切り、リゾットの馬に乗っている。 「リゾット、これから向かう場所は一体どんな場所なんだね?」 隣を行くギーシュに、リゾットは説明し始めた。 「これから行く館は数年前の嵐の夜に突然、その場所に現れたらしい。その中には多数の財宝が眠っている、という噂だ」 「でも、本当にあるなら、もう誰か調べてるんじゃあ…」 シエスタの当然の発言に、リゾットも頷く。 「その館には当初、何人も調査しに立ち入ったらしいが……、誰も帰ってこなかったらしい。ただ一人を除いて、な」 「まあ、じゃあ、帰ってきたその人が中を?」 「ああ。正気を失っていたらしいが、その手には黄金と、誰にも読めない言葉で書かれた本を持っていたそうだ」 ギーシュが唾を飲む。 「そ、それって危ないんじゃないか?」 「いや、……黄金の噂が広まって以来、その噂を頼りにたくさんの人間がその館を訪れたが、帰還した一人を最後に、普通に戻ってこれるようになったらしい。 もちろん、中で黄金や書物を見つけることはできなかったらしいが」 「誰かが持ち出したか、隠されてるのかしら」 キュルケが呟いた。 「そういう噂は根強いな。それに建物自体も変わっているらしい。それでタバサも調べる価値があると判断したんだろう」 やがて、館に到着した。 塀に囲まれたその館は石造りで、長い間風雨にさらされてきたせいか所々、建材の表面に皹が入っていた。窓は少なく、どれも小さい。また、どうして出来たのかわからないが、二階の外壁の一部が破壊されていた。 「まるで日の光を避けているみたいね。吸血鬼が自分だけのために館をデザインしたらこうなるんじゃないかしら」 「ハルケギニアの吸血鬼も太陽の光を避けるのか?」 「ええ。ダーリンのいたところにも吸血鬼っているの?」 「伝説上の存在だがな…」 実は伝説ではないのだが、リゾットはその存在に出会ったことがないので、そう答えた。 「相棒のいたところはあんまり人間以外の知性のある生き物がいない、寂しい世界みたいだね」 「東方って言うのは変わっているんだな。だからいろんな技術が発達するんだろうか?」 一人、事情を知らないギーシュはちょっと的の外れた感想を漏らした。 リゾットは建物を見上げる。窓の小ささだけではなく、この建物は全体的な雰囲気がハルケギニアの建物とは一線を画していた。 (まるでもっと暑い地方で過ごすための作りのような……) そんなことを考えていると、敷地内を一周して門の所へ戻ってきた。リゾットは警戒していたが、感覚に引っかかってくるものは特になかった。 「どうやらこの敷地内には危険はないようだな……。シエスタは、ここで待っていた方がいいだろう」 「ギーシュ、ヴェルダンデを残していきなさいよ。建物の中じゃ役に立たないし、感覚をつないでおけば、何かあってもすぐ駆けつけられるでしょ?」 「うむ、女性を危険な目にあわせるわけには行かないからね。任せたよ、ヴェルダンデ」 ヴェルダンデはもぐもぐと鼻をひくつかせ、シエスタの横に着いた。そんな姿に思わずシエスタが笑う。 「ありがとうございます。じゃあ、お夕飯の準備をして待ってますね」 「火は俺たちが戻ってくるまで使うなよ?」 「大丈夫です、火を使わないでもやれることはありますから! 無事に戻ってきてくださいね」 シエスタの声援を背に、三人と一人振りと一匹は館の扉を開き、中へと足を踏み入れた。 『七号』。それがタバサの北花壇騎士団もおける呼び名である。 王族に生まれながら、現王ジョゼフによって父親を殺され、エルフの毒によって母親をも狂わされた彼女は、母親を守るため、そして復讐のため、命がけの指令を無感情にこなしていく。 今回も宝探しの出発直前に呼び出され、彼女は指令を受けた。 受けた指令は以下のようなものだった。 「北花壇騎士団五号、本名ケニー・Gが脱走した。潜伏場所に急行し、連行せよ。抵抗する場合は殺害も許可する」 つまり、離反した同僚の始末である。もっとも、同僚といってもタバサのいる北花壇騎士団は公的組織ではなく、横のつながりもないので、お互いの顔も知らない。 だが、タバサは五号の潜伏先を知って驚いた。リゾットに渡された資料の一つにあった館だったからだ。 「竜使いが荒い」と嘆くシルフィードを急がせ、ガリアからこの館へ飛ぶ。リゾットたちが来る前に、任務を片付けてしまうつもりだった。 二階から中へ入ると同時に、思考を任務のものに切り替える。一瞬にして『雪風』の名にふさわしい精神状態へと自分自身を切り替えた。 静まり返った館を油断なく進んでいくと、通路の奥から全身に銀色の甲冑を着込んだ男が出てきた。手には鎧の物々しさとは対照的なレイピアをもっている。 タバサが誰何するより早く、男は滑るような速さで突撃してくる。タバサが杖を振る。『エア・ハンマー』。空気が弾け、銀色の剣士を弾き飛ばした。 直後、真後ろに気配を感じ、タバサは前方へ飛んだ。自分が今までいた場所に斧が振り下ろされる。髪を頭の両脇へ盛り上げ、そこからいくつも鈴を垂らした男がいた。 「ふ~ん、避けたんだ。偉いねぇ~」 場違いな程のんきな口調の男は、次の瞬間、血を吹いて倒れた。回避と同時にタバサが放った風の刃に切り裂かれたのだ。それにかまうことなく、タバサは背後に視線を向ける。銀色の甲冑の剣士は逃げたのか、いなかった。 「………」 タバサは剣士の倒れた場所に屈み込み、確かめる。 「!」 その首が背後から伸びてきた手に締められる。同時に背中が熱を持ち、次に激痛が襲った。背中から肺を刺されたらしく、どんどん息が苦しくなっていく。 (私はまだ……死ぬ、わけには…) タバサは燃えるような痛みに耐え、杖だけは離すまいと力を込めながら、もがき続けた。 動かなくなったタバサに、男が近寄る。異様に背の低い中年の男だった。プロテクターのようなものがついた服を着ている。その手にはナイフが光っていた。 男は無言のまま、倒れた青い髪の少女に向かってナイフを振り上げる。その瞬間、少女の体が回転し、男の顔を杖が強打した。 「うげぇ!?」 うめき声をもらして男は後退した。その隙に少女が跳ね起きる。確かに目の前の少女は背中を刺され、痛みと窒息のショックで意識を失ったと思っていた男は息を呑んだ。 「貴方が五号?」 青い髪の少女、タバサは何事もなかったように目の前の小男に尋ねた。しばらく無言を通していたが、ついに『五号』ケニー・Gが口を開いた。 「ガリアからの追手か……。俺はこの館から離れるわけには行かない」 タバサは首を振った。 「貴方を連れて行く」 「無理だ…。なぜなら…」 タバサの宣言を聞くと、ケニー・Gは薄く笑って額を突き出した。そこにあるものを見て、タバサは僅かに目を見開く。髪の間に見たこともない腫瘍のようなものが蠢いていたからだ。 「こいつが……囁くんだよ。『DIOを守れ、DIOを守れ』ってな……。DIO様はもういないのに……。この世界に来た当時はどうってことなかったけど、もうだめだ。 『肉の芽』はどんどん大きくなって、俺の脳を殆ど支配してる。もう命令に逆らうことはできない。この館で、館とDIO様の財宝を守り続けるしかない……。これ以上俺に関わるなら…」 タバサにはまったく理解できないことをつぶやきながら、ケニー・Gの瞳が徐々に狂気に染まっていく。 「殺す」 ケニー・Gの狂気の熱を帯びた恫喝にも、タバサの心は動かない。どんな熱も溶かせないような凍りついた心のまま、もう一度繰り返した。 「貴方を連れて行く。その幻覚はもう見切った」 タバサは銀色の剣士を倒したときにはもう、不自然さに気付いていた。いくら達人とはいえ、あんな鎧を着込んだ男が音を立てずに移動することはできない。 『サイレント』の存在も疑ったが、他の音は変わらず聞こえていたし、何より奇襲するのでもないのにサイレントを使う意味はない。 (もっとも、これはタバサの思い違いで、ケニー・Gが知る『本物の』銀の騎士は音を立てずに動くことができた) そして先ほどの一撃。激痛が走り、ショック死しそうになったが、タバサは最後まで意識を失わなかった。 こんなところで死ぬわけには行かない。その想いが痛みに打ち勝ったのだが、背後からつかんでいた男に放されると同時に痛みが消滅したところで、相手の能力が幻覚だと理解した。 ケニー・Gは自分の能力をこんな短期間で言い当てられたことに驚いた様子だったが、不敵に笑う。そしてケニー・Gはタバサの髪を指差した。 「その髪の毛……お前、シャルロット・エレーヌ・オルレアンだな?」 突然、本名を言い当てられた。だからといってタバサの心が乱れることはないが。 「俺のスタンド、『ティナー・サックス』を見切っただと? 大口は俺を捕まえてから言え。断言する。お前は決して俺には勝てない」 その言葉と共に、ケニー・Gの姿が消えた。どういう仕組みか分からないが、存在しないはずの物を存在するように見せることができるのだ。逆だってできるのだろう。 そう納得したタバサは、感覚を研ぎ澄まして周囲を伺い、同時に氷の冷静さで状況を分析する。 まず相手の正体。 相手はこちらが理解できないと思って呟いたのだろうが、ケニー・Gは「スタンド」と言った。それはリゾットが使うという能力の総称だと、タバサは覚えていた。 (リゾット個人の能力は『メタリカ』というらしい。ケニー・Gは『ティナー・サックス』だろう) 先ほど呟いていた『この世界』という言い方から推測するに、ケニー・Gはリゾットと同じような異世界人だ。 リゾットの話ではリゾットたちの世界にメイジはいない。つまり、今対峙している男も魔法を使うことが出来る確率は低い。魔法は血統だからだ。 また、『肉の芽』の詳細は不明だが、目的はこの館を守ることだと考えられる。『この世界に来た当事は』という台詞から、この館が姿を現した当時はここにいたのだろう。 次に、相手の能力『ティナー・サックス』。 幻覚を操り、あるものをないように、ないものをあるように見せかけることができる。具体的には不明だが、視覚だけでなく、聴覚、触覚(痛覚)にもその効果が及ぶ。 姿を隠した財宝や書物も幻覚で消えたように見せかけたと推測できる。静止したものはいくらでも作り出せるようだが、動かせる『敵』はそんなに多く作れないようだった。 そうでなければ最初からもっと沢山敵を配置し、タバサを始末していただろう。 また、タバサは館に入ったときから、僅かに空気や音に違和感を感じていた。 おそらく、この幻覚能力は、使い手であるケニー・Gが感じたり、イメージすることができるものしか再現できないのだ。 だからこそ、『風』のトライアングルクラスのメイジのタバサの感覚とはズレが生じている。 その違和感を手繰れば、見えない敵だろうと勝機がある。 警戒しながら考察を続けるタバサの耳が、聞きなれた親友の声を捉えた。 罠の可能性を考える。だが、時間的に不自然はないし、横の繋がりがない北花壇騎士の五号がタバサの交友関係を知っているとは思えない。 自分の行動の遅さに内心で舌打ちしつつ、確認のためにタバサは油断なく入り口へと移動し始めた。 建物の中に進入したリゾットたち三人は一階を探索していた。 「ふむ、結構いい屋敷じゃないか。少し飾り気が足りないと思うが」 「いや、足りないというより、取り払われた感じだな……。絵がかかっていた形跡はある」 リゾットは壁の微妙な色合いの違いからそう判断した。近くにあった扉を一つ開いてみる。 (………どうやら、この建物は俺の故郷から来たことは間違いないな……) そこにあったトイレを見て考える。トイレの洗面台に蛇口がついている。ハルケギニアはこれらのものはない。何に使う物なのかもわからないだろう。 「ダーリン、ギーシュ、ちょっと来てくれない!? これ、何だと思う?」 キュルケが天井を指差す。その先にはまるでコルク栓を抜いたような綺麗な円の穴が開いていた。穴は貫通しており、二階まで続いている。 「後から開けた穴のようだな……」 「開けるって…どうやったらこんな穴が出来るんだね?」 その時、リゾットは物音を聞いて部屋の奥を見た。鳥の頭部を持つ2メイル程の大男がそこに立っていた。 ギーシュとキュルケも気付き、杖を抜く。 「何だい、ありゃあ?」 デルフリンガーが呟くと同時に、鳥頭はリゾットに向けて炎を吐いた。デルフリンガーを抜きざま、間一髪で避けるが、熱気が皮膚を炙った。炎はそのまま、後ろにいたギーシュのワルキューレの一体に命中し、ワルキューレは燃え上がり、どろどろと溶けていく。 「ぼ、僕のワルキューレが…」 「この……ッ! フレイム!」 「きゅるきゅる!」 キュルケとフレイムが同時に炎を放つ。鳥頭に命中し、炎上する。だが、鳥頭は平然としたまま炎を撒き散らした。 「火はダメだ!」 炎を回避しつつ、リゾットが接近し、斬りかかる。素手でデルフリンガーをいなすと、鳥頭は口を開いた。だが、その口に氷柱が突き立ち、頭を吹っ飛ばす。 「タバサ!」 二階へと貫通した穴の淵に、杖を構えたタバサが立っていた。 タバサはキュルケの呼びかけにも反応を見せず、尋ねる。 「……リゾット、貴方のスタンド能力の名前は?」 「いきなりなんだ?」 「答えて」 有無を言わせぬ、冷たい口調だった。リゾットは意図を考えかけたが、無駄だと思い直し、答える。 「メタリカ……だ」 その返事を聞くと、安心したように息をつき、二階から飛び降りる。 「追いかけてきてくれたの?」 キュルケの問いに、降りてきたタバサは首を振った。 「この館には敵がいる。名前はケニー・G。スタンド使いで、能力は幻覚」 「え?」 「スタンド?」 キュルケとギーシュは突然の言葉に困惑した。 「幻覚のスタンド使いか……。どうして分かる?」 リゾットの言葉に、タバサは溶けたワルキューレを指差す。 「動かして」 「あんな風になっちゃもう動かせないよ」 「動かして」 繰り返すタバサに根負けし、ギーシュは溶けたワルキューレにこちらへ歩いてくるように命令を送った。金属音がして、ワルキューレが動き出す。その姿が元の姿に戻った。 「攻撃されれば痛みも感じるけど、ゴーレムには通じない。多分、精神とか感覚がないから」 タバサは淡々と説明を続ける。リゾットは自分の腕を見た。わずかに火傷による火ぶくれができている。おそらくはこれも炎によるダメージを受け取った体がそれにふさわしい防御反応を起こした結果なのだろう。 「自分の姿を消すことも出来る。相手の感覚を騙すことができるけど、ケニー・Gがイメージできないことは多分、再現できない」 それを聞いて、デルフリンガーが震えた。 「おでれーた! 相棒の世界のスタンドってのは幻覚までつくれる奴がいるのか。そんなことが出来るのはハルケギニアじゃ伝説の虚無くらいだぜ?」 「そうなのか?」 「ああ。話を聞いてるうちに思い出した」 「確かに、普通の系統魔法じゃ、こんなことできないわね。遠見の鏡とかは今どこかで起こっていることを映し出すだけだし」 キュルケが同意した。そんな周囲との温度差に、ギーシュはたまらず声を上げた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっきからスタンドとか、リゾットの世界とか、何のことだ?」 全員の視線がギーシュに集中する。リゾットはギーシュには話していなかった事を思い出し、しばらく考える。話しても問題はないと判断した。 「俺はハルケギニアとは別の世界からルイズに召喚された。スタンドって言うのは俺の世界の人間が使う能力のことだ。魔法みたいに器用じゃないが、その分、強力な様だな」 「別の世界って…」 「ギーシュ、今はそれを問い詰めてる場合じゃないわ。とにかく幻覚を作り出せる敵が潜んでいて、姿を消して潜んでいる。そうよね、タバサ?」 タバサは頷いたが、ギーシュはまだ戸惑っていた。 「そ、そんな事いっても……」 「信じなくても構わない。後できちんと説明する。納得できないなら、外に出てもいっても構わない……。だが、出来れば協力してくれ。幻覚が通じない以上、お前のゴーレムは切り札になるかもしれないんだ」 リゾットが珍しく感情を込めて、ギーシュに頼んだ。実際、ゴーレムがなければ次々と幻覚の敵を繰り出されて追い詰められる可能性が濃厚だった。ギーシュはリゾットの真剣さに思わず頷く。 「わ、分かった。やってみるよ。『危機の時ほど、冷静に』、だったね」 「そうだ……。それでいい…」 ギーシュが納得したところに、タバサが口を挟んだ。 「出来れば、貴方たちには外で待っていて欲しい。これは私がやるべきことだから」 「そういうわけにはいかない……。敵がスタンド使いなら、元の世界に戻る手がかりを持っているかもしれない。それに……、お前にも色々助けてもらっているからな」 「ダーリンもこう言ってるし、逃げるなら一緒に、よ。あたしが貴方を危険な場所に置き去りにするわけないじゃないの」 「グラモン家の男が女性を置き去りにして逃げたとあっては恥だよ。大丈夫、頼りない僕だけど、役に立って見せるさ」 三者三様の言葉で、タバサの提案を却下する。タバサの凍りついた心に、嬉しいような悲しいような複雑な感情が走った。 「…………」 何か言おうと思ったが、結局、タバサは何もいえず、俯いた。 「俺はお前を信頼してる。お前も俺を信頼しろ。俺はお前の足を引っ張るようなことはしない」 リゾットの言葉に、タバサは頷いた。キュルケは笑ってタバサを抱き寄せる。 「いつも貴方は頼られてるんだから、たまには素直に頼っていいのよ」 「………」 二人の言葉にまた心の中に複雑な感情が走るのを感じながら、タバサはもう一度頷いた。 その時、奥、玄関方面、近くの階段、隣の部屋、トイレから、頭に無数の触手を生やした人間型の生物が一人ずつ現れた。ゾンビのようだな、とリゾットは昔見た映画に照らして思う。 「おぞましい幻覚め…。僕のワルキューレの拳に砕かれるがいいさ!」 ギーシュは5体のワルキューレを展開し、それぞれに襲い掛からせる。ゾンビたちはワルキューレを怪力で畳んで行くが、それが幻覚だと知っているギーシュは命令を続けるため、ゴーレムは一瞬で元に戻る。 さらにワルキューレの拳がゾンビに命中すると、幻覚を見ているリゾットたちがそうなるだろうな、と思っているせいか、ダメージがある。やがてゾンビたちは消えた。 「いいぞ、ギーシュ。……その調子だ」 「凄いじゃない、ギーシュ」 「意外な活躍」 「おでれーた!」 「きゅるきゅる!」 三人と一振りと一匹にほめられ、ギーシュは舞い上がる。 「ふふふ、任せてくれたまえ! さあ、この不埒な幻覚使いを見つけ出そうじゃないか!」 高らかに言うと、胸を張って奥へと歩き出す。その襟首に、タバサは杖を引っ掛けた。ギーシュがのけぞる。 「な、何をするんだね、タバサ!」 タバサに文句を言うギーシュに、リゾットはため息をついた。 「姿を消した敵に襲われたらどうする。ピンチと同じくらい、チャンスでも冷静になれ、といったはずだが……?」 「せっかく見直したのに……。やっぱりギーシュね…」 「調子に乗りすぎ」 「……まあ、らしいっつーか」 「きゅるきゅる……」 今度は三人と一振りと一匹に呆れられ、ギーシュは激しく落ち込んだ。 「どこに潜んでいるか分からない。警戒を怠るな。何もない場所に少しでも違和感を感じたら攻撃しろ」 (プロシュートやペッシがいれば攻撃できるんだが……) 場所が分からなくてもメタリカならば半径10mに無差別に磁力を発生させるという手段で攻撃できるのだが、仲間がいる以上、それはできない。 仲間から離れて使えばそちらを突かれる可能性もある。メタリカの防御不能の攻撃力がこの場面では逆に枷になっていた。 結局、四人はそれぞれの感覚を研ぎながら固まって移動する。奥の部屋を抜け、『図書室』と英語で書かれた扉を開けた。 中にあったのは、幾重にも連なる本棚でも、幻覚によって作られた敵でもなかった。 どこか王宮のような荘厳な空間がそこにはあった。たくさんの兵士がいる中で、この空間の主らしき王冠を戴いた青い髪の男に、一人の女性が何事か訴えかけている。 女性の側には王と同じく青い髪をした小さな女の子が居た。二人は親子なのだろう。口元がよく似ていた。三人の前には食事が用意されている。晩餐会のようだ。 何もかも現実としか思えないリアルな世界で、唯一つ音だけは遮断されているかのように聞こえなかった。 「何だね、これは?」 「……あの子、タバサ?」 なるほど、あの女の子が大きくなれば、タバサになるかもしれない。キュルケの指摘に、リゾットは隣のタバサを見た。タバサはその白い顔をますます蒼白にして、ぶるぶると震えていた。 「おい…?」 リゾットが声をかけるが、タバサは答えない。 無音で展開される抗議に対し、王が何事か答える。そのうち、女性は女の子の席にあった食べ物を取り、口に運んだ。その途端、タバサが弾けるように叫んだ。 「母様! それを食べちゃダメ!」 魂が切り裂かれるような、悲鳴じみた叫びだった。そして杖を投げ出して走り出す。その剣幕に、他の三人は反応すら出来なかった。 タバサは今しも食べたものを飲み込もうとする女性に飛び掛る。しかしその身体はタバサをすり抜けた。幻影だったのだ。 「かかったな……」 ぼそり、とタバサの耳元で誰かが呟き、その直後、タバサの意識は暗転した。 女性の幻影に駆け寄ったタバサは、突如として空中から現れた小男によって当身を入れられ、気絶した。 「タバサ!」 キュルケが叫ぶと同時にリゾットは走り出す。 「メタリカ!」 ケニー・Gはタバサにトドメを刺そうとナイフを振り上げるが、その腕にメスが突き立った。メタリカによって空中からメスを作り、磁力の反発によって弾くことでメスを射ち出したのだ。 「うっぎゃあーーッ!?」 悲鳴を上げて後退し、ケニー・Gは再び消えた。射程距離外に逃げたらしく。それ以上の追撃は出来なかった。 キュルケとギーシュが駆け寄ってくる。リゾットはタバサに傷がないことを確認した。 「ダーリン、タバサは?」 「肉体のほうは問題ない。死にはしないだろう…」 「そう…」 安心したようにキュルケが息をつく。ギーシュはいつの間にか幻影が消え、暗い部屋に戻った辺りを見回して呟いた。 「しかし、今のは一体なんだろう…?」 「分からないわ…。普段、静かなこの子があんな声を出すなんて……」 「……タバサの傷に触れるものだったんだろう……」 「許さない……」 キュルケは怒気を込めて呟いた。その表情もどこか飄々としたものではなく、燃え盛る火のような怒りが浮かんでいる。 「相棒、ちょっと待った! 落ち着けって!」 「! ……すまない」 デルフリンガーの柄を握りつぶさんばかりの勢いで握り締めていたことに気付き、リゾットは力を緩めた。 「相棒も、そっちの貴族の娘っ子も、落ち着けよ。ワルドと違ってこの手の敵は力押しじゃ倒せねーぜ」 「分かってるわ…」 「そうだな……」 リゾットは暗殺の時のように気持ちを切り替えた。怒りが心の中へ沈み、冷静さが残る。冷静さを取り戻すと、リゾットはタバサを背負った。 「ギーシュ、キュルケ……、一旦退却するぞ」 「何ですって?」 「本気かい、リゾット?」 「ああ……」 キュルケは反対しかけたが、リゾットの目を見て口を噤む。リゾットが逃げる者の目ではなく、戦う者の目をしていたからだ。如何なる困難にも怯む事のない目だった。 「移動を始めたら一気に館の外を目指す。ギーシュ、あの扉を土に錬金してくれ」 「何で土なんだい?」 「使いやすいからな」 「? まあ、君の指示には従うよ」 ギーシュが杖を振ると、扉が土に変わって崩れる。 「よし、行くぞ!」 いって、三人と一匹は走り始めた。ワルキューレが左右と後方を固め、リゾットが前方にメタリカの磁力を放ちながら進む。 『DIO様の館を汚すお前たちを逃がしはしない……』 後ろからケニー・Gらしき男の声が聞こえてくる。その言葉の意味はすぐに分かった。入り口まで走った三人だが、そこで足が止まる。 「い、入り口が…ない!?」 ギーシュが叫んだ。入り口があったはずの場所は壁になっていた。急いで隣の部屋を調べるが、窓があるはずの場所も同様になっていた。 「ワルキューレ!」 ワルキューレが入り口のあった場所に移動すると、壁をすり抜けて通過する。だが、ギーシュ自身は幻覚が邪魔して通ることができない。 「ど、どうするんだ、リゾット!?」 「ワルキューレを展開してまずは自分の身を守れ」 リゾットは指示を出すと、タバサを自分の背後に横たえ、じっと館の奥に目を凝らしている。 突然、リゾットの体から血が吹きでた。次の瞬間、幻覚で透明にされていた投げナイフが姿を現す。 「ダーリン!」 支えようとするキュルケを、リゾットは手で制した。ナイフを抜き、メタリカで傷口を止血する。 「違うぞ、キュルケ。見るのは俺じゃない……。ナイフが飛んで来た方向を見るんだ…ッ!」 「飛んで来た…方向?」 キュルケが目を凝らす。その目が何かに気付いた。 「やれ…。お前が……奴を倒すんだ…」 「分かったわ。見ていて、ダーリン」 艶然と微笑むとキュルケは杖を構えた。堂々と宣言する。 「ケニー・G、貴方にどんな理由があって、貴方が何故あたしたちを襲うのか。DIOとやらが何者なのか、あたしは全く知らないわ。だけど……」 「貴方はあたしの大切な人たちを傷つけた。その罪、償ってもらうわ」 杖を振り、呪文を唱える。『火』の二乗。『フレイム・ボール』が完成し、炎の塊が飛び出す。 ケニー・Gは自分の方へ向かってくる炎を見て、横にとんだ。『フレイム・ボール』は対象を追跡する炎の魔法だが、居場所が分かっていない限り、当たらないはずだった。 だが、その時、リゾットの冷たい瞳と眼が合った。自分の位置が見つかったのかと慌てたが、そんなはずはないと考え直す。 そう思ったのも束の間、リゾットがぼそぼそと呟いた。 「無駄だ…。既に…お前は『出来上がっている』のだからな……」 キュルケの『フレイム・ボール』が空中で軌道を変える。まるでケニー・Gに糸がつけられているようにその動きを正確に追尾した。 「タバサの心と、ダーリンの身体を傷つけた報い、その身に刻み込みなさい……」 「な、何ィ……っ!? うっぎゃあーーッ!?」 ケニー・Gは火球に直撃し、悲鳴を上げながら転げまわった。同時にスタンドが解除され、幻覚が消える。 全ての幻覚が解除された玄関に、黒焦げになったケニー・Gが転がっている。 「な、何故……俺の場所が分かった?」 ケニー・Gの質問に、リゾットは答えない。 「何故だ…。教えてくれ…。もうすぐ俺は肉の芽で死ぬ。その前に負けた理由が知りたい。前は臭いで負けた。今回は何だ?」 「……『磁化』という現象を……知っているか? 元々磁力を持たない金属に強力な磁力をかけると、一時的に磁力を持つようになるという現象だ」 リゾットは淡々と語る。 「俺はギーシュの土から鉄の粒をつくり、その鉄を磁化させた。その砂の上をお前が移動する。すると、どうなるか?」 ケニー・Gの手からナイフを奪い取った。その表面は黒く、塗りつぶされている。さらに、ネックレス状のプロテクター部分にも砂鉄は付着していた。 「お前の能力はお前が認識していないものには及ばない……。だから、想定外のものが気付かずに付着すれば、その位置を特定できる」 「あとはあたしの『フレイム・ボール』を撃てば、貴方に向かって飛んでいく、というわけよ」 「………」 納得したように頷くと、ケニー・Gは息絶えた。 「……死んだか……」 異世界から召喚され、孤独に死んでいく。リゾットもまた、いつそうなるか分からない。 そう考えると、敵のはずのケニー・Gにも僅かに憐憫が湧いた。 「一度、外に出て、タバサとリゾットの手当てをしないかね? この館の中の調査は後にしようじゃないか」 ギーシュの提案に、リゾットとキュルケは頷き、外へと歩き出す。キュルケは心配そうにリゾットの背中のタバサを覗き込んだ。 タバサは未だ、苦しそうな顔で眠っている。そして時折呟いた。 「食べちゃ……だめ。母様……」 タバサは夢を見ていた。母親が自分を庇い、心を狂わす毒を飲んだ日の夢だ。 目の前では母が毒の入った食事を口にしようとしている。それをやめさせようと思っても、夢の中の自分は決して触れることができない。 思えば、母親はこの日からタバサを娘だとわからなくなった。かつて娘の持ち物だった人形を抱きかかえ、それを娘だと思う毎日をすごしている。 思えば、タバサはこの日から技を磨き、任務をこなし、ただ一人生きてきた。母を守り、いつか叔父王に復讐するために。 ずっと一人、戦ってきた。その日々がこれからも続くのだと、奇妙な確信すらしていた。まるで悪い夢のような現実を、ずっと一人で過ごしてきたのだ。 そこで、タバサは夢から覚めた。誰かに背負われている。リゾットだった。ぼんやりとした頭で辺りを見渡すと、キュルケとギーシュも居た。 リゾットは自分がそうするように、タバサにもリゾットを信頼するように言ってくれた。キュルケは頼ってもいいと許してくれた。一人だった自分に出来た仲間たち。 ガリア王の命を狙い、逆に命を狙われてもいる自分は、いつか彼らと別れなければならないだろう。だけど、それまでの間は、助け合える人たちがいる。 その安心感が、タバサを再び眠りに就かせた。今度はもう夢を見ない。それは一時的とはいえ、彼女が感じる、久々の安心だった。 リゾット、キュルケ、ギーシュ……この後、DIOの館を探索。財宝と美術品を発見する タバサ……目を覚ました後、一旦、任務報告に戻り、リゾットたちに合流 シエスタ……夕飯を作った ケニー・G/スタンド『ティナー・サックス』……死亡
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1020.html
第十五章 この醜くも美しい世界 リゾットがアルビオンから戻り、シエスタをモット伯の手から助け出して、数日が過ぎた。 たった数日であるが、ハルケギニアの政治には大きな変化が起きていた。 正式にトリステイン王国と帝政ゲルマニアの軍事同盟が締結されたのである。 同時に一ヶ月後に控えたリステイン王国王女アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の婚姻が発表された。 誰が見ても新たに立ち上がったアルビオン新政府への対抗手段であり、事実、アルビオン新政府はトリステイン、ゲルマニア両国に不可侵条約を持ちかけた。 かくて、アルビオンの内乱によって緊張状態にあったハルケギニアは、一時的な平和を迎えたのである。 その間、リゾットを取り巻く環境に、また多少の変化があった。 一つには、ルイズからの待遇が改善されたことがある。 朝の洗顔や着替えをルイズが自らするようになり、授業でも他の生徒と同じく、空いている椅子に座ることが許された。 同様に食事のとき、テーブルで貴族の食事を取ることも許可された。 同じ食卓につく平民、というのは貴族にとっては不快なようで、何人かの生徒が顔をしかめたが、どことなく不気味な印象を与えるリゾットに、皆口を噤んでいた。 あまりに急に変化したことを不思議に思い、リゾットはルイズに訳を尋ねた。 「べ、別に……。ただ、あんたも結構、優秀な使い魔ってことが分かったからね。働きにはちゃんと報いないと…」 顔を赤くしながらルイズは答える。言葉どおりの意味ではないことは表情から分かったが、だからといって真相がわかるわけでもない。 (最近はルイズも周囲に評価され始めたからな……。機嫌がいいのか) 実際、ルイズが学校を休んで大手柄を立てたらしいことは噂になっており、今まで『ゼロ』と馬鹿にしていた周囲も、ルイズを違った目で見るようになっていた。 ルイズは気分屋でわがままだ。機嫌がよければ、使い魔にも寛大になるのだろう。リゾットはそう結論した。 もう一つは、リゾットが学院の教師の中でも一目置く、コルベールとの親交を築けたことがある。 きっかけは彼が授業で自作の機械を開陳したことにある。ふいごで油を気化させ、それに魔法で火をつけることで爆発させ、その力で車輪を回すその装置は、地球でいうエンジンだった。 コルベールはこれがあれば、そのうち魔法に頼らなくても馬のない荷車や風に頼らない船が作れる、と熱弁した。 だが、その偉大な発明の真価は生徒の誰にも理解されない。生徒の誰もが、魔法でできることを何故機械でやらなければならないのかと不思議そうだった。 その反応にコルベールは気落ちしていた。 その時、静まり返った教室を拍手が乱す。拍手したのはリゾットだ。熱心に聴いていたリゾットはコルベールの才能にある種、感動すらしていた。 「大したものだ。自力でエンジンを開発する人間がいるとは思わなかった」 「エンジン?」 きょとんとするコルベールに、リゾットは頷いた。 「それを改良したものを使って、言っていた通りのものを作ることが出来る。現に俺がいた場所ではそういった機械が大量に走っている」 「なんと! やはり、気付く人は気付いておる! おお、君は確かミス・ヴァリエールの使い魔の青年だったな」 「リゾットだ」 「リゾット君、君はどこの生まれだね?」 「…………」 眼を輝かせて近寄るコルベールに、リゾットは正直に答えていいものかどうかルイズへ視線を送る。 異世界から来たことを言い立てると、無用な波が立つから黙っているように、とあらかじめルイズに言われているからだ。 今、そのことを知っているのはルイズ、タバサ、キュルケ、デルフリンガー、フーケ、オスマンの六人(?)だけだ。 リゾットの視線を受けて、ルイズが代わりに答えた。 「ミスタ・コルベール。彼はその、東方の……、ロバ・アル・カリイエからやってきたんです」 「なんと! あの恐るべきエルフの住まう地より召喚されたのか! やはり東方の地の文化は進んでいるのだな…。なるほど…」 「他にも、こういう発明をしているのか?」 リゾットが質問すると、コルベールは嬉しそうに笑った。自分の研究に興味を持ってもらえるのは研究者冥利につきる。 「興味があるのかね? なら、今度、是非とも私の研究室に来なさい! 今は授業中なので無理だが、色々と見せてあげよう」 こうして、コルベールとリゾットの交流が始まった。ちなみにこの授業で公開された初代エンジンは、生徒の実習時、ルイズの『発火』の失敗によって爆発し、粉々になったことを明記しておく。 さて、そんなある日、リゾットはコルベールに呼び出された。見せたいものがあるらしい。 使い魔が何をしてるのか知る義務がある、というルイズを伴い、本搭と火の搭に挟まれた一画にある、コルベールの研究室を訪れた。 まあ、研究室といってもただの掘っ立て小屋なのだが。 「ミスタ・コルベール、いらっしゃいますか?」 「ああ、来てくれたか! 鍵は開いている。入ってくれ!」 招きに応じ、二人が中にはいる。まず二人の目に入ったのは薬品のビンや試験管、さまざまな実験器具だった。壁は書物の詰まった本棚に覆われ、蛇や蜥蜴や得体の知れない生物が檻に入れられている。 「何、この臭い……」 中に漂う埃ともカビとも着かない異臭に、ルイズが顔をしかめ、鼻をつまむ。雑然とした部屋の奥から見慣れた輝く頭が現れた。 「やあ、リゾット君。ミス・ヴァリエールも一緒か! 我がむくつけき研究室へようこそ!」 「ミスタ・コルベール…。この臭いは一体……」 「なあに、臭いはすぐに慣れる。しかし、ご婦人方には慣れるということはないらしく、私はこの通りまだ独身だ。さ、座りたまえ」 椅子を進められ、二人は座る。奇怪な研究室だが、リゾットはその中の一角に鎮座しているある物に眼を奪われていた。 「……その剣は…」 「え……あ!」 リゾットの指摘にルイズも気付いたのか、驚愕の表情を浮かべた。 「そう、君に来てもらったのはこの剣とのコンタクトに立ち会って欲しかったからなんだ」 そこにはアヌビス神の剣が鞘に収められ、安置されていた。 「コンタクトってどうするつもりだ? 誰かに持たせるとかはやめてくれよ。もうあいつと戦うのは俺も相棒もこりごりだぜ」 鞘から僅かに刃を覗かせたデルフリンガーが愚痴をこぼすと、コルベールは重々しく頷いた。 「うむ、君たちからあの剣の脅威についてはよく聞いているからね。だが、ディテクトマジックをかけても反応がない以上、やはりその中に宿っているという意思とコンタクトしてみないことには始まらない。そこで、私なりに考えた。見たまえ!」 得意げに言って、隣にあった布を取り去る。布の下から胸像が現れた。 「私なりに色々調べたんだが、この剣は人間でなくてもある程度の自律意思と、動く構造を備えたものならば触れただけで乗っ取れるらしい。ネズミや野鳥を使って何度か脱走されそうになってね…。だから、これでも大丈夫だろう、と」 「もしかして、ガーゴイルですか?」 ルイズの質問に、コルベールは得意げに笑う。ガーゴイルとは貴族が作り出す、擬似生命である。その形は千差万別で、よく出来たものになると生物と見分けがつかない。もっとも、このガーゴイルは胸像なのでガーゴイルにしか見えなかったが。 「そう、彼はガーゴイルだ。視覚と聴覚を持ち、口以外動かない、ね。彼を乗っ取らせ、会話を行う」 「どうやって持たせるんだ…? 腕もないようだが……」 「ああ、ここにはめ込むんだ。別に手で持たなくてもいいようだからね。では、早速始めようか」 コルベールは胸像の台座部分を示すと、確かにちょうど剣の形のくぼみがある。コルベールは『レビテーション』を唱え、アヌビス神を浮かせると、杖を使って刃を押し出し、くぼみにはめ込んだ。 「ククク…リゾット・ネエロ……。俺に斬られる気になったか? って、この身体、手さえじゃねえか!?」 突然、ガーゴイルが口を開き、自らの状態に気付いて悲鳴を上げる。その口ぶりから、中身がアヌビス神のスタンドに変わったことが分かった。 「生憎、斬られるつもりはない……。こちらの先生が質問があるらしい」 「あー?」 リゾットの指し示した先にいるコルベールを、ガーゴイルがぎろりと睨む。 「やあ、始めまして、アヌビス君。私はコルベール。このトリステイン魔法学院の教師をしている」 「何だ、このU字禿は? 人に質問したいなら、まずまともな身体を与えろ。具体的に言うと、少し斬らせろ!」 「すまないが、それは出来ない。君は酷く凶暴らしいのでね」 「ふん、こっちは剣だぜ? 触れるもの全てを斬るのは当然だろう」 そうアヌビス神が嘯くと、突然、デルフリンガーが反論し始めた。 「そいつは聞き捨てならねーな、アヌ公! 俺たち剣は確かに斬るためにいるが、誰を斬り、誰を守るのか決定するのは使い手だ。俺たち剣じゃねえ」 「誰がアヌ公だ、この鈍ら野郎! 甘っちょろいこといいやがって! 剣ってのはなあ、殺すか殺されるか。そんな雰囲気がいいんじゃねーか。人に使われるしかできねえ鈍らは黙ってろ!」 この後、二振りの剣による、『知性を持つ剣は如何あるべきか?』をテーマに三十分ほど喧嘩腰の議論が続いたが、コルベールによってさえぎられた。 「あのー、だね! 白熱してるところ、すまないんだが!」 「何だ、U字禿。まだいたのか。そういえば、何か質問があるとか言ってたな。何だ? この鈍らデル公との会話はやってられねえ。お前の話の方がマシそうだ」 「けっ、殺人狂が!」 デルフリンガーはまだ何か言いたそうだったが、口を閉じた。ルイズは初めて見る剣同士の口喧嘩に呆気を取られ、リゾットはいつもの無表情で事態を眺めている。 「うむ……。すまない。では質問させてもらおう。君は……誰に作られたんだね?」 「俺は俺が作ったんだよ。正確には人間だった頃の俺が作った剣に、俺のスタンドが乗り移ったんだ」 「スタ…ンド? 何だね、それは?」 「ああ、こっちの世界にはスタンドがないんだったな。スタンドってのは力ある生命のビジョンだ。そっちのリゾットも多分それが使えるだろうな」 「こっちの世界?」 コルベールは次々出てくる未知の単語に鸚鵡返しに訊き返すしかない。 「……俺や、そのアヌビス神は別の世界から来たんだ」 リゾットの言葉にコルベールが振り向く。 「多分、本当です…。あの『破壊の杖』もリゾットの世界から来た武器だそうです」 ルイズが口ぞえすると、コルベールはリゾットと剣をまじまじと見て、「なるほど」と頷いた。 「驚かないのか。これを聞いた奴はよくて半信半疑なことが多いんだが……」 「うむ、驚いたとも。しかし、そう考えると、つじつまが合う。君の言動や行動やその服、それにこのアヌビス神の剣が魔法以外の動力で動いていることなど、さまざまなことがハルケギニアの常識とは一線を画している。うむ、面白い」 「流石に魔法のさまざまな技術への転用を考えているだけあるな。思考が柔軟だ」 「悪かったわね。頭が固くて」 リゾットの言葉に、ルイズが不貞腐れたように呟いた。 「ははは、まあまあ、普通は直ぐには信じられなくても当然だろう。それより、出来れば私に別の世界のことを聞かせてくれないかね?」 熱心な様子でコルベールがリゾットとアヌビスに頼む。その表情からは純粋な学究心が見て取れる。少なくとも今のコルベールは根っからの研究者なのだと、リゾットは理解した。 「構わない…」 「まあ、俺も黙って倉庫に封じられているのは暇だからな」 「そうか。じゃあ、ぜひ頼むよ!」 「分かった…。まず、先の授業で紹介していたエンジンだが……。俺たちの世界ではあれを使って鋼鉄で出来た荷車を動かすことができる」 「自動車だな。もっと大きい物には電車とかもある」 アヌビスとリゾットはもとの世界の技術体系について、コルベールの促すままに話し始めた。懐かしいのか、いつも淡々としたリゾットの声も、多少、感情の色が見える。 ルイズはそんな様子を少し離れた場所からじっと見ていた。まるで自分がこの世界から切り取られたような、奇妙な感覚に襲われる。 同じく話に加われないデルフリンガーがそれに気付いた。 「おい、貴族の娘っ子、どしたね? まるで世界が終わるような顔してるぜ?」 「………何だか私、リゾットのこと、何にも知らないんだなって思って……」 「寂しいってのか?」 ルイズの顔が赤くなり、デルフリンガーを蹴飛ばした。たまらずデルフリンガーが床に転がる。 「だ、誰が寂しいって!? ただ、主人が使い魔のことを何も知らないなんて問題だなって思っただけよ!」 「あー……そーかい。しかし人、じゃない剣を蹴飛ばすのはやめて欲しいね」 転がったデルフリンガーは白けたような声を出した後、口調を改めて続ける。 「まあ、相棒は秘密主義だからな……」 「そうよ。大体あの男、自分のことはほとんど喋らないんだから…」 「そうなるだけの人生を送ってきたんだろうし、仕方ないんじゃねーか」 デルフリンガーの口調に、ルイズがデルフをまじまじと見る。 「何よ。あんた、リゾットの過去を知ってるの?」 「いや、直接聞いた事はほとんどないよ。だが、相棒と俺はいつも一緒にいるしな。なんとなく察せるのよ」 「やんなきゃいけないことがあるって言ってたよね…」 ルイズはラ・ロシェールの夜を思い出しながら呟く。 「言ってたなあ」 「何なのかな、それ」 「わからんねえ…」 「結局あんた、役に立たないじゃない…」 「そりゃ俺は伝説とはいえ、剣だしね。変な期待をして貰っても困る」 ルイズはため息をついた。二人と一振りの談話はまだ続いている。 ふと、コルベールの実験室に設えられた時計を見ると、結構な時間が経っていた。 「ほら、リゾット、そろそろ行くわよ」 「そんな時間か……。分かった」 「残念だな。まあ、また次の機会に話してくれたまえ」 リゾットはコルベールに一つ頷くと、ルイズに従って外へ歩き出す。と、戸口で振り返った。アヌビスを見据える。 「アヌビス、最後に一つ訊いておきたい。……お前はどうやってこの世界に来た?」 「前にも言っただろー? よく分からねえと。俺は河に沈んでからお前があの店に来るまで、ほとんど意識を失ってたんだよ」 「……そうか…。手がかりにはならないな……」 それを聞くと、アヌビスが小馬鹿にしたように鼻で笑った。 「はっ、そんな悠長なことを言っていていいのか? いいか、よく考えろ! 俺とお前、それにロケットランチャーを持ってきた男! 三人もの人間が地球から、このハルケギニアとかいう土地の近い地点に現れているんだぜ?」 「………表ざたになっていないだけで、実は結構な数の地球人が召喚されている、と言いたいのか?」 「そーだよ! そしてその中にはきっといるぜー? 俺やお前と同じ、スタンド使いがな。そいつらが友好的だ、なんて甘い観測はもたねーことだな!」 歌うような口調でアヌビスが喋る。何故かニヤニヤしている犬の頭を持つ男の姿が想像できた。 「………何故俺にそんなことを教える?」 その途端、ガーゴイルの…正確にはアヌビスの忍び笑いが部屋に響いた。 「お前の身体とスタンドと左手の力、必ず俺が貰い受ける。それまで死なずにせいぜい生き残るんだな……」 「………」 それには答えず、リゾットは外に出た。慌ててルイズが後を追う。 誰もまだ知らない。アヌビスの指摘が当たっていることを。 誰もまだ知らない。スタンド使いが他にもいることを。 誰もまだ知らない。その中には、リゾットの因縁の敵がいることを。 彼がそれらを思い知るのは、まだ少し先のことである。 コルベールの研究室から出たルイズは、デルフリンガーとの会話を思い返していた。 確かに自分はリゾットのことを知らない。 どこで何をしていたのかも、彼がとても大事にしているらしい『昔の仲間』のことも知らない。 彼が持っているという『スタンド』という奇妙な能力についても知らない。 それに、彼が何をしに戻りたがっているのかすらも。 「おい、どうした?」 気がつくと、リゾットが腰を屈め、間近でルイズの顔を覗き込んでいた。考え事に没頭するあまり、立ち止まっていたらしい。 特徴のある、しかし見慣れてきたその目で見つめられ、ルイズの顔に血が上って行く。 「な、何でもないわ!」 すぐさま答えるが、取り繕った発言による嘘は表情に表れ、すぐにリゾットに見破られる。 「何でもないことはないだろう……。まさか熱でもあるのか?」 額に手を当てられる。ルイズの動揺は頂点に達した。思わずリゾットから飛びのく。 「な、なななななななな何でもないったら!」 「そうか…。分かった」 それ以上追求するとまた怒り始める可能性があったため、リゾットはそれ以上は言わないことにした。 「は、早く行くわよ。ついてらっしゃい!」 ルイズの声に従い、リゾットも歩いていく。 その二人の上空に浮かぶ影があった。シルフィードである。 リゾットの索敵範囲は広いが基本的に地上に集中しているため、空高くから覗いていたのだ。 二人を見ていた背の赤い髪の少女が詰まらなさそうに呟いた。キュルケだ。 「何だか、あの二人、いつの間にか仲良くなったわね…。やっぱりアルビオンで何かあったのかしら」 もう一人、タバサは相変わらず本を読んでいる。 「まったく、あたしだって、そりゃ、本気じゃないわよ? でもねー、あそこまであたしのアプローチを拒まれると、ついつい気になっちゃうのよね」 聞き様によっては言い訳がましいことを言う。今まで、自分のアプローチを拒んだ男はいない、というのがキュルケの自慢である。 まあ、本当はそんなことはないのだが、前向きな彼女は都合の悪いことは忘れてしまうのだ。 そんな誇りを持っている彼女なので、自分が袖にしたリゾットが、ルイズや、シエスタとかいう平民に近づかれるのは気分が悪い。どうにも落ち着かない。 「う~ん、陰謀は得意じゃないけど、少し作戦を練ろうかしら、ねえタバサ」 タバサは本を閉じて、首を振った。 「あら、反対なの? どうして?」 「陰謀は無駄」 「やってみなきゃわからないじゃない。それとも、他に何か案があるの?」 かくん、とタバサが首を傾げる。しばらくその態勢でいた後、ぽつりともらした。 「…………正攻法?」 「正攻法ね…。う~ん…そういってもね……」 考え始めたキュルケを見て、タバサは逆に首を傾げた。 「嫉妬?」 キュルケは珍しく頬を染めた。それからタバサの首を締めてがしがしと振る。 「あたしが嫉妬なんかするわけないじゃない! これはゲーム! 恋のゲームよ! ゲームには必ず勝つわ! それがツェルプストーの家に生まれた者の義務だもの!」 自分で言い聞かせるようにいい、息を吸い込んで冷静になる。心の中は素数を数えられるくらい冷静だ。 タバサは同じ呟きを繰り返した。ただし、イントネーションを変えて。 「嫉妬」 「違う!」 キュルケはまたタバサの首を揺さ振った。 翌日、ルイズは学院長のオスマンに呼ばれ、学院長室を訪れた。 「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」 ノックの後に入室を促され、ルイズは中へ入る。 「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」 やや緊張気味に尋ねるルイズに、オスマンは安心させるように両手を広げ、この小さな来訪者を歓迎した。 「おお、ミス・ヴァリエール。すまんな。迎えもよこさず。どうも秘書がいなくなってから不便でいかん。また雇わねばな。出来れば若い娘がよいんじゃがのぅ」 ほっほっほっと笑うオスマンに、ルイズも苦笑した。緊張が解けたのを見て、オスマンが続ける。 「旅の疲れは癒せたかな? 思い返すだけで辛かろう。だがしかし、お主達の活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ。 そして、来月にはゲルマニアで無事、姫様とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる事が決定した。君達のおかげじゃ。胸を張りなさい」 その言葉に頭を下げつつ、ルイズは少し悲しくなった。敬愛する主にして友であるアンリエッタが政治の道具として、ゲルマニア皇帝と結婚するのだ。それが王族の使命とはいえ、胸が締め付けられるような思いになる。 気落ちするルイズに、もう一度オスマンは下ネタを振って場を和ませようかと思ったが、これからする話の内容を考え、思い直した。 「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には、貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔(みことのり)を詠みあげるのが習わしになっておる」 「は、はぁ」 ルイズは突然、薀蓄を語られ、生返事をした。その手に、一冊の古びた本が差し出される。 「そして姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫様が?」 「その通りじゃ。巫女は、式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、読み上げる詔を考えねばならん」 「えええ!? 詔を私が考えるんですか?」 ルイズは慌てた。そんな神聖かつ格調高い場で読み上げるような詩を作る自信はとてもない。 「そうじゃ。もちろん、草案は宮廷の連中が推敲するじゃろうが……。伝統と言うものは、面倒なもんじゃのう。じゃがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉な事じゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 ルイズはまず断ろうと思った。しかし、思い直す。アンリエッタは、幼い頃、共にすごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ならば臣下として、友として全力で望むべきだろう。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズはその『始祖の祈祷書』を手に取った。中を見る。オスマンは生徒の成長を喜ぶように、ルイズを見ていた。 「快く引き受けてくれるか。うむ、姫様も喜ぶじゃろうて」 「…ところで、オールド・オスマン。この祈祷書、何も書かれていませんが」 「そうじゃな」 「これを基に詔を考えるのでは?」 「そうじゃな」 「白紙ですが」 「頑張るんじゃぞ。何、始祖様も見守ってくれるじゃろうて」 ぽんぽん、と優しく肩を叩かれる。ルイズは泣きそうになった。 タバサとリゾットはヴェストリの広場で額をつき合わせていた。ついでに近くに立てかけられた剣も唸っている。二人と一振りの間には大量の地図と紙がある。 それらはフーケが集めてきた「異世界産と思われるアイテム」の場所や、その出所を示したもので、口でとても説明しきれないため、資料として渡したのだ。 一応、自分でもそれらを読もうとしたが、未だに名詞と、動詞の一部しか読めないリゾットにとって難易度が高すぎる。 「文字が読めないのは知ってるけど、あんた一人で帰れるわけがないんだ。誰か手伝ってもらいなよ」 といって渡されたそれらの解読を、リゾットはタバサに頼んだ。こういう事柄について一番詳しそうだし、口が堅そうだと思ったからだ。 案の定、タバサは情報の出所を訊く事もなく、引き受けた。 タバサは地図と、それに記された備考を読み、自分の知識や伝承と照らし合わせて「調査する価値のある場所」と「調査する価値のない場所」と「判別できない場所」を選定していく。 「……本を読む時間を奪って、すまない…」 リゾットがそういうと、タバサは首を振った。リゾットを指差す。 「生徒」 ついで自分を指差し、呟く。 「教師」 「教師が生徒の面倒を見るのは当然だ、ということか…?」 こくり、とタバサは頷いた。そして付け加える。 「それに面白い」 元々タバサは本をえり好みしない。こういった資料に書かれている文字でも、構わないのだ。 「しっかし量が多いなー…。そんだけ世の中、与太話が多いってことか」 デルフリンガーがより分けられた地図を見て感心する。 「一つでも当たりがあればいいさ」 「そうかい? だが、貴族の娘っ子、そんなに外出を許してくれるかね?」 「あまりルイズから離れるわけにも行かないしな…。夏季休暇の間に誘ってはみるが……許可が出されない場合、どうするかな」 デルフリンガーとリゾットが会話している間にも、タバサは次々と資料をより分けていく。 そこへシエスタがやってきた。リゾットを見つけると、小走りによってくる。 「リゾットさん!」 「シエスタか…。どうした?」 「こないだ言っていたお礼なんですけど、良かったら今からどうですか? とっても珍しい品が入ったので、ご馳走したいんですが」 「構わない……。珍しい品というのは?」 「ええ、リゾットさんの故郷の品です。東方のロバ・アル・カリイエから運ばれた『お茶』っていうんです」 「お茶? ……珍しい紅茶か?」 「いえ、紅茶とはまた違うものらしいんです。面白い色なんですよ?」 「……興味が湧くな……。一口に故郷といってもあそこは広いからな…。俺の知らないものかも知れない」 実際、地球には紅茶以外にもさまざまな茶があるし、ひょっとしたらこちらの世界特有のものかも知れない。リゾットは誘いを受ける気になっていた。 「何で相棒が東方から来たなんてことを知ってるんだ?」 リゾットが東方から来たというのはコルベールの授業ででっち上げた作り話だ。いかに噂が広まるのが早い学院とはいえ、貴族と平民に交流はあまりないし、シエスタが授業の内容を知っているのは奇妙だった。 「ええと、それは……その、食堂で、そういう話を聞きまして……」 シエスタが顔を赤くして答える。どうやらこの娘、リゾットに関する情報に網を張っているらしい。 良くも悪くも有名になってしまったリゾットに関する話題を、食堂で聞いていたのだろう。 「ふ~ん、そりゃ熱心なことだね。頭が下がる思いだよ。俺、剣だから頭ないけど」 デルフリンガーがカタカタ震える。どうやら笑っているようだ。見かねたリゾットが助け舟を出す。 「それで…そのお茶をご馳走してくれるのか?」 「あ、はい! お時間がないなら、また今度でいいのですが……」 「いや……頂こう。タバサ、悪いが、今日はこれで」 資料を片付け、リゾットが席を立とうとすると、コートが引っ張られた。振り返ると、タバサがコートの裾を掴んでいる。 「………一緒に行きたいのか?」 タバサが頷く。その顔からはわずかに好奇心が見て取れる。 「『お茶』に興味がある」 「シエスタ…、悪いが、タバサも一緒でいいか?」 一瞬、シエスタは残念そうな顔をしたが、明るく言った。 「かまいません。ミス・タバサもどうぞ」 厨房の裏の庭で、リゾットたちの『お茶』試飲会は始まった。 シエスタが白いテーブルクロスがかかったテーブルの上にティーポットとティーカップ、それにお皿を並べる。 「さあ、どうぞ。席にお着き下さい」 シエスタがタバサの椅子を引いて座らせる。だが、リゾットは座らない。 「どうしましたか、リゾットさん?」 「俺が座るとお前の席がなくならないか……?」 テーブルには椅子が向かい合わせに二つ出されていた。タバサが来る予定がなかったということは、シエスタとリゾットが座ると想定されていたことは明白だ。 「いえ、私が貴族の方と一緒にテーブルに着くなんてできません。だから、いいんです」 笑顔でいうが、その表情に寂しさの影が差しているのをリゾットは見て取った。 「俺は貴族じゃないし、タバサもそんなことは気にしないだろう」 タバサを見ると、相変わらずぽーっと座っていたが、かくんと頷いた。 「で、でも……私は平民で、この学院付きのメイドですから……」 シエスタは重ねて遠慮しようとした。 「分かった…」 呟くと、リゾットは無言で厨房へと入っていった。すぐに出てくる。片手にティーカップと皿、フォークなどの乗ったお盆、もう片手には椅子を持っていた。 テーブルに椅子を入れると、カップその他を手早く並べる。 「お前の席だ。座れ」 「……リゾットさん…」 シエスタはなんだか感動したような顔でぽーっとリゾットを見ている。 「すまないが、ケーキの取り分けはやってくれ。俺はうまく切れる自信がない…」 「はい!」 今度は陰りのない笑顔で、シエスタは返事をした。 「これが『お茶』か……。緑茶だな…」 「緑茶?」 「俺の住んでる地方ではそれほどでもないが、別の地方ではよく飲まれるお茶の種類だ。健康にいいらしい…。以前、イルーゾォが持ってきていたことがある」 口にすると、紅茶とは違う独特の味がした。シエスタが伺うようにこちらを見ている。 「美味しいですか?」 「ああ。悪くないな…。タバサはどうだ?」 タバサはこくこくと喉を鳴らして飲んでいた。間違った飲み方の気もするが、礼儀作法をうるさく言う場面でもないので放っておく。 「お代わり。濃い目で」 飲み干すと、二杯目を要求した。しかも微妙に注文が細かい。 しばらく、お茶の味を楽しみつつ、話をする。タバサも二杯目からはゆっくり飲むことにしたらしい。 よほど気に入ったのか、目を閉じてため息などつきながら味わっている。 「リゾットさんは東方からいらっしゃったんですよね?」 不意に、シエスタがそういった。正確には違うのだが、遠い場所という意味では大体合っているので曖昧に頷く。 「どんなところなんですか? 聞かせて下さい、リゾットさんの故郷の話」 「俺の故郷か……? そんなに面白いことはないぞ…」 「それでもいいです。聞かせてください」 「俺もぜひとも相棒の故郷話をききてーなー」 「興味がある」 タバサまで本を読むのをやめてこちらを見ている。タバサとデルフリンガーはリゾットが異世界から来たことについて知っているのでそれもあるだろう。 「分かった。じゃあ、話そう。そうだな……まず…」 リゾットは話しても問題のはない範囲で話し始めた。十八で人を殺し、ギャングになってからの記憶はかなりヤバイことが多いので、必然的に少年時代をすごしたシシリー島の話になる。 魔法がないこと以外はハルケギニアと大して変わらないのではないかと思ったが、それでも面白いらしく、二人とも聞き入っていた。 「それじゃあ、その親戚の子は、心配してるでしょうね。仲良かったみたいですし」 一通り話した後、シエスタがそういった。リゾットの脳裏に目の前で彼女が轢かれた光景が蘇り、胸に痛みが走るのを感じながら首を振る。 「いや、それはない。死んだんだ……。さっき言った、自動車っていう鉄の荷車に撥ねられてな……」 「あ、ごめんなさい……」 「いや……もう十四年も前だ。どうってことはない」 「…………」 気がつくと、タバサがリゾットをじっと見ていた。察しがいい彼女は気付いたかもしれないが、何も言わなかった。 シエスタが話題を変えようと思ったのか、きょろきょろと辺りを見回すと、リゾットが脇においていた資料を見た。 「あれ? リゾットさん、それ、何ですか?」 「……これか? ……まあ、宝の地図だ……」 言ってから、確かに宝の地図そのものだと気がついた。求める価値が金銭にあるか、帰還への手段にあるかだけの違いで、宝には違いない。 「へー…宝の地図ですか」 シエスタが興味津々と言った感じで一番上にあったものを手に取る。タバサがより分けた「調べてみる価値がある」地図の一枚だった。 しばらくそれを眺めて、声を上げた。 「あれ? この地図、私の村に印がついてますけど、どうしたんですか?」 「何?」 「ほら、この『タルブ村』っていう場所です。ここは私の故郷なんです」 シエスタから地図を受け取って、改める。『竜の羽衣』という用途不明のアイテムのある場所として書かれていた。 「じゃあ、お前はこの『竜の羽衣』という品に心当たりはあるのか?」 「え、ええ……」 何かそれについて話すことに乗り気でないような雰囲気で返事をする。 「おでれーたな。調査に行く手間が省けるかな、こりゃ」 「そんな……調べるようなものでもないですよ」 「どういうもの?」 シエスタの態度をタバサも疑問に思ったらしい。 「それをまとうと空が飛べるっていうんです」 「『風』のマジックアイテム?」 「そんな大した物じゃないです」 要領を得ない。もう少し深く話を聞こうとすると、マルトーがシエスタを呼びに来た。 「おい、シエスタ。デートもいいが、そろそろ夕食の仕込がある。手伝ってくれ」 「え? あ、はい! 今すぐ!」 「デートって所は否定しねーのな」 「え? えええ! そ、そんなことはないですよ!? お茶会ですし!」 デルフリンガーのツッコミにシエスタが赤面して慌てまくる。 そしてタバサはそんなことなど関係ないように一言、呟いた。 「お代わり。濃い目で」 結局、その場はそれでお開きになった。 タバサもお茶のカップを持ったまま、大型使い魔用の厩舎へと歩いていく。シルフィードに何か用があるのだろう。 リゾットとデルフリンガーも一旦、ルイズの部屋に戻ることにした。歩きながら今後の方針を検討する。 「いずれタルブの村にも行こうぜ、相棒。あまり大した物じゃねえと思われてるところが逆に怪しい」 「そうだな。とはいえ、ラ・ロシェールより遠くではすぐには無理だ。手近なものから調べていくのがいいだろう……」 デルフリンガーが少し考え、一番手近なものを思い出す。 「…アレか?」 「アレだな」 「あの娘っ子の部屋に行くなら、遅くなると面倒なことにならねーか?」 「なるだろうな……」 「じゃ、今行く?」 「行こうか…。心がけていれば対処はできる」 リゾットは歩き出した。一番近い手がかり、すなわちキュルケの部屋へ向けて。 「あら、ダーリンが自分から来てくれるなんて珍しいわね。どうしたの?」 キュルケは部屋にいた。突然の来訪に嬉しそうに対応する。 「訊きたい事がある」 「私に興味が出てきた? なんでも聞いて」 「いや、お前のことじゃない……。『召喚されし書物』という本について、知らないか?」 フーケが集めてきた情報の中でもっとも簡単に確認できるアイテムが『召喚されし書物』だった。 誰にも読めない言語で書かれたこの謎の書物は、キュルケの実家、ツェルプストー家が家宝として所有しているというのだ。 「ダーリン、あんなのに興味があるの? ちょっと意外」 「いや……俺が異世界から来た、という話は聞いただろう? 元の世界に帰るには、そういった召喚された物を調べるしかないと思ってな…」 「ふ~ん……、いいわよ。少し待ってて」 奥にあったチェストを開くと、鍵のかかった金属製のカバーに包まれた一冊の本状のものを取り出す。 「これが『召喚されし書物』よ」 「お前が持っていたのか……」 家宝というからにはどこかに安置されていると思っていたリゾットは意外そうに呟いた。 「嫁入り道具として持たされたのよ。まあ、私は興味ないから、鍵を開けたこともないけど」 「どういった由来のものだ?」 「どこかのメイジが偶然召喚した物を私のご先祖様が買い取って以来、家宝になってるのよ」 「そのメイジは今は?」 「さぁ? もう何年も前のことだし、生きてるかどうかも分からないわ」 「手がかりなしか。せつねーな、相棒」 落胆するデルフリンガー。 「でも、召喚された物があった方が色々探しやすいわよね」 「……確かにな。とはいえ、家宝をもらうわけにも行かない…。キュルケ、それを見せてくれないか?」 その瞬間、キュルケの頭に雷光のようにアイデアが浮かんだ。 「んー、ダーリンが欲しいなら、これ、あげてもいいわよ。タバサじゃあるまいし、本に興味ないしね」 「……いいのか?」 「そのかわり……」 腕を取られ、豊満な胸に押し付けられる。 「私と付き合ってみない? 私はいいわよ。美人だし、束縛しないし、後腐れもないし」 「自分に自信があるんだな……」 「もちろん」 くすりと妖艶に笑って抱きついてくる。だが、その眼はかなり真剣だ。 「まだ日が高いが……甘く見すぎたか」 「ええ、愛に時間は関係ないもの」 「…………恋人になるってことが、どういうことか、わかってるのか?」 呟くと、リゾットはキュルケをベッドに押し倒した。 「あ、あら、情熱的ね……。素敵だけど」 「眼を閉じろ……」 今まですげなくあしらわれたリゾットに真剣な眼差しで見つめられ、キュルケは柄にもなく照れた。元々嫌いな相手ではないのだ。身を硬くしながら眼を閉じる。 だが、思っていたような情熱的で衝動的なアプローチはない。その代わり、柔らかく頭に手を置かれた。 「僅かに身体を硬くしたな。緊張の証だ」 キュルケが驚いて眼を開くと、そのままさらさらと赤毛を撫でられる。意外なほどに気持ちがよく、キュルケは猫のように眼を細めた。 「お前は少し自分を安売りしすぎるな……。自信があるのはいいが、もう少し自分を大切に扱え」 今までキュルケが聴いたことのない、優しい声だった。キュルケがうっとりしていると、リゾットはするりと手から抜けた。 「ちょ、ちょっと!」 「いい薬になっただろう? じゃあな……」 いつもの淡々とした調子で別れを告げ、扉を開けて外へ出て行く。 「待って!」 打算も駆け引きもなく、思わずキュルケはリゾットを追いかけた。後ろから抱きしめる。 リゾットはその時、あるものに気をとられていたため、それを避けられなかった。 あるもの、すなわち、この時間まで広場で詩を考えていて、今、自分の部屋へ戻ってきたルイズに。 「あら、ヴァリエール」 「ヤバイね、相棒」 ここまで空気読んで黙っていたデルフリンガーも思わず呟いた。心なしか刀身が震えている。 「………」 ルイズは無表情でリゾットの所へ歩いてくると、思いっきり脛を蹴りつける。リゾットも避けない。 そのまま怒涛の勢いで怒り出すかと思えば、何も言わず、部屋に入っていってしまった。 「おい、ルイズ!?」 リゾットが追いかける。流石にいつもと様子が違うので、キュルケも引き止めなかった。 部屋の窓をむいて、ルイズは肩を落として窓の外を見ていた。身体が震えているところからみると、泣いているらしい。 「また、説明が必要か? それなら、最初から説明するが…」 リゾットの言葉に、首を激しく振った。 「分かってるわよ。ツェルプストーが抱きついてきたんでしょ? でも、私、貴方に言ったわよね? あの女に近づくなって」 「ああ……。だが、彼女が持っている本に興味があったんでな……」 「そんなことは関係ないの。今度という今度は頭に来たわ」 涙をぬぐって振り向くと、リゾットの言葉をさえぎるように言い放つ。 「ご主人様の言いつけを聞けない使い魔なんか、クビよ。顔も見たくないわ。出てって」 ルイズの目にはまた涙がにじんでいた。リゾットが声をかけようとする前に、布団を被ってしまう。 「出てって! あんたなんかもう私の使い魔じゃないわ! どこへでも行って、野垂れ死ねばいいのよ!」 「……すまない」 何を言っても無駄という剣幕に、リゾットは謝罪を述べて部屋を出た。 廊下にはキュルケがいた。流石にバツの悪そうな顔をしてこちらを見ている。 「ごめんなさい。タイミングが悪かったわね……」 「別にお前のせいじゃない……。俺に隙があったってだけのことだ……」 「そう……。でも、あの…私、冗談でやったんじゃないから」 「分かってる」 淡々と答えるリゾットを悲しそうにキュルケは見た。 「あの、部屋、追い出されたんでしょう? あたしの部屋、来る? 大丈夫。もう、何もしないから……」 珍しくしおらしい申し出で、実際、その態度に嘘はなかったが、リゾットは断った。 「いや………そういうわけにもいかない。しばらくは野宿するつもりだ」 「ごめんなさい………」 リゾットはいかなる感情も伺わせない、凍りついた無表情で外へと歩き出す。 キュルケは切ないような、なんともいえない気持ちでリゾットを見送った。 ルイズは泣き続けた。何が悲しいのか良く分からない。だが、とにかく涙が溢れてしょうがなかった。 三者三様、上手くいかないまま、それでも夕日はこの醜くも美しい世界を赤く照らしていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/481.html
朝の光を感じて、ルイズは眼を覚ました。眠い眼をこすりながら身体を起こす。 そこで違和感に気づいた。リゾットはどうしたのだろう? リゾットを使い魔にしてから、彼が寝坊したことは一度もない。 毎朝、最初に見る顔がないと何か落ち着かない。そう思ってルイズが見ると、リゾットは定位置に座り、まだ寝ていた。非常に珍しい。 リゾットがここに来てから、ルイズは彼の寝顔を見たことがないくらいなのだ。 「使い魔がご主人様より遅くまで寝てるなんて…」 ぶつぶつ言いながらベッドから降りようとして、ルイズは顔をしかめた。 だいぶ治ったが、まだアヌビス(という剣らしいと後で聞いた)に操られた時の筋肉痛が残っているのだ。 最初はもっと酷かった。歩くだけで激痛が走り、何度も泣きそうになった。だが、その痛みは仕方ないと受け入れた。 悪くすれば筋肉痛どころか永遠に意識が戻らず、殺人鬼になっていたのだから。記憶はないが、後でキュルケに聞いた話では自分は剣を持ってキュルケやリゾットを追い回したらしい。 そこでリゾットはボロボロになって自分を助けてくれたのだとも。 そこまで思い出して、ルイズはリゾットを起こすのを止めた。考えてみればリゾットはほとんど自分の要求に逆らったことはない。 唯一の例外は掃除をサボったあのときだが、あの時は自分にも非があった。その忠実さに少しは報いてやってもいいだろう。 そう考えて、ルイズはリゾットを起こすのを止めた。 「やさしいご主人様に感謝しなさい…」 つぶやいて、着替えと身支度を済ませる。それでもまだリゾットは起きない。流石にムカッと来た。 肩に手を伸ばそうとしたところで、リゾットは眼を開き、その奇妙な瞳でルイズを見た。 「な、何だ…。起きてたなら言いなさいよ」 「さっきから起きていた……。目を閉じていただけだ」 途端にルイズの顔が朱に染まる。 「なら起しなさいよ!」 「ゆっくりしたい日だってある」 言い争いになろうとしたところで……ルイズの部屋の扉の鍵が開き、キュルケとタバサが入ってきた。 もちろん『アンロック』で他人の部屋の扉をあけることは重大な規則違反なのだが…そんなことは彼女たちには関係ないらしい。 「はーい、ダーリン! おはよう! 今日もクールで素敵ね!」 「……抱きつくのはやめろ…。朝から暑苦しい」 言いながらキュルケをかわす。一瞬前まで座っていたのにいきなり立ったので、まるで座ったまま跳躍したように見えた。 「あん、つれないわね。でもそんなところも素敵よ」 キュルケに取り合わず、鞘から僅かにデルフリンガーを抜いて挨拶をする。管理職だった影響か、この辺はきっちりしている。 「デルフリンガー、今日もよろしく頼む」 「おーぅ、おはよう。相棒は今日も朝からおさかn」 鞘にしまわれた。何も言わなければしばらく喋れたのに一言多い剣である。 「ちょっとツェルプストー! 人の使い魔に勝手に手を出さないで!」 「あら、居たの、ヴァリエール? あんまり小さいから見えなかったわ」 「なんですって!? ちょ、ちょっとばかり大きいからって調子に乗って…」 「あら? 別に私はどこが小さいなんて言ってないけど? まあ、あなたはどこもかしこも小さいけれどね」 「ふ、ふんだ。あんたみたいに無駄に育ってないだけよ! 身体に栄養行き過ぎて、頭にまで回らなかった癖に!」 ルイズはよほど頭に来たらしく、声が震えている。が、そこまで言われてはキュルケも黙っていない。 二人は同時に杖に手をかけるが、二人より早く杖をふったタバサがつむじ風で二人の杖を吹き飛ばした。 「室内」 本から眼も話さず、淡々と告げた。危険だから止めろということらしい。 「何、この子…?」 実はアヌビスに操られている間、出会っているのだが、覚えていないルイズがキュルケに聞く。 「あたしの友達よ」 「こないだの事件の時に協力してくれた一人だ」 リゾットが補足する。 「そ、そうなの…。ええっと…ありがとう」 ルイズが礼を述べたが、タバサは無反応で黙々と本をめくっている。 「………」 あまりに華麗なスルーにルイズも反応に困っている。 「そういえば、何をしに来たんだ? もう朝食の時間じゃないのか…?」 リゾットが問いかけると、タバサの手がとまり、外を指差した。 「大騒ぎ」 「そうなのよ。昨夜、学院の宝物庫に盗賊が入ったらしくって先生たちが大騒ぎしてるの」 その瞬間、全員の頭に先日の妖刀が浮かんだ。 「大変じゃない!」 あれが盗まれていた場合、今度はもう手に負えるかどうかわからない。 「そう。だから二人を呼びに来たのよ。宝物庫の入り口に先生たちが集まってるらしいから、ちょっと話を聞きにいきましょ?」 「わかった…。行こう…。そういえばギーシュはどうした?」 「え? ……ああ、いいんじゃない?」 「そうか…」 四人と一振りが宝物庫に着くと、教師陣が集まり、喧々囂々の言いあいをしていた。 よほど白熱しているようで、生徒が見物に来たことにも気づいていなかった。四人が中を覗くと、宝物庫の壁には大きな穴があいていた。 「SON OF A BITCH! どこのどいつだ! どうやってこの宝物庫に穴を開けたんだッ! 巨人かッ! 犯人はッ!」 「いや、そうではないようです。この書置きを見てください」 「『破壊の杖、確かに領収致しました。 土くれのフーケ』。こ……この犯行声明は………『土くれのフーケ』じゃあないのか…。 たしか、巨大な土のゴーレムを使い、強引に壁を破壊するその手口は、貴族ばかりを狙って行われる…。狙われたら……家や倉庫が破壊され、財宝を盗まれる…。それが昨夜……学院に来ていた…」 「ええい! 衛兵は何をしていたのか! いや、当直の貴族はどうしたのかね!」 「も、申し訳ありません…」 「ミセス・シュヴルーズか! 泣いたってお宝は戻ってこないのですぞ! 『破壊の杖』の弁償ができるのですかな!?」 まさに醜態をさらす、といった様子でわめくばかりで誰も何も動こうとしない。 (普段偉そうにしてるくせに、いざというとき何の役にも立たないとはな…) ギャングの世界では「盗まれる方がマヌケ」という価値観が一般的なため、鼻白んだ気持ちでリゾットはその様子を眺めていた。 「『破壊の杖』か…。あの剣じゃなかったみたいね」 「よかったっていうのはおかしいけど、一安心ね」 が、キュルケもルイズもそこを動こうとはしない。そのまま見物を決め込むつもりらしい。 そうしているうちに、学院長のオールド・オスマンがやってきた。 「まあまあ、そんなに女性を責めるものではない。ミスタ…ええっと、誰じゃったっけか?」 「ギトーです!」 「そうそう、ギトー君。素数でも数えて落ち着きたまえ。『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。君にも勇気を与えてくれるぞ」 そこでオスマンは周囲を見渡した。 「『破壊の杖』が盗まれた責任はこの場の皆にある。誰も魔法学院の宝物庫に賊が入るなどと予想もせず、当直もまじめに勤めなんだ。しかし、それは間違いじゃった」 実はフーケのゴーレムが宝物庫の壁の破壊に成功したのは、ルイズが暴走したときの魔法(第二章参照)で壁に皹が入っていたからなのだが、ここではその話は深く追求しないこととする。 「さて、早速、フーケを追いたいものじゃが…手がかりもないのぉ」 ふと、オスマンはそこで隣にいたU字禿……「火」を得意とする教師のコルベールに尋ねた。 「そういえば、ミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその…朝から姿が見えませんで」 と、噂をしていると、ジャジャーン! とアメリカン・コミックのヒーローのようなタイミングで女性が現れた。 メガネをかけ、理知的な顔立ちの凛々しい、オスマン氏の秘書、ミス・ロングビルである。 「はっ! 君は…朝からいなくなっていたはずの…ミス・ロングビル!?」 「YES, I AM!」 孤島に現れた占い師のように決めると、ロングビルが教師たちの輪の中に進み出た。 「遅くなって申し訳ありませんでした。朝、この惨状を目にしてすぐ、『土くれ』のフーケの調査に出ていたもので」 「仕事が早いの」 「で、結果は?」 コルベールがあせったように続きを促す。 「はい。フーケの居所が分かりました。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に、細長い筒のようなものを抱えた黒ずくめのローブの男が入って行ったそうです」 「ふむ、怪しいのぉ。調べてみる価値はある。そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日。馬で四時間といたところでしょうか」 「すぐに王室に報告しましょう!」 コルベールが叫ぶが、その訴えはオスマンの怒鳴り声にかき消された。 「ばっかもん! 王室なぞに知らせていてはフーケが逃げるわ! 魔法学院の威信に賭けて、わしらの手で解決するのじゃ!」 ロングビルは密かにわが意を得たりと微笑んだ。 「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者、杖を掲げよ」 しかし先ほどまであれほど威勢のよかった教師陣は顔を見合わせ、誰も杖を掲げなかった。ギトーにいたっては素数を数えだしている。 「なんじゃ、お前ら。情けない! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」 オスマンの言葉に、ルイズが物陰から出て、杖を掲げた。 「私がやります!」 教師たちの眼が一斉にルイズたちに向いた。シュヴルーズが声を上げた。 「ミス・ヴァリエール! あなた、聞いていたのですか? 生徒が出る幕ではありません。教師に任せて、お戻りなさい」 「誰も掲げないじゃないですか」 ルイズは毅然とした態度で言い返す。それをリゾットは相変わらずの無表情で見つめていた。喜んでいるのか、怒っているのかすらも伺えない。 ルイズが杖を掲げたのを見て、キュルケも杖を掲げる。 「ヴァリエールが行くなら私も負けるわけには行きませんわ」 「ツェルプストー、君まで…」 コルベールがあきれた声を出す。 最後に、タバサも杖を掲げた。視線を送るキュルケに短く答える。 「心配」 キュルケは感動した面持ちでタバサを見つめた。ルイズも唇をかみ締め、お礼を言う。 「ありがとう…。タバサ…」 「ふむ…。では、頼むとしようか」 オスマンの発言に、何人かの教師が反対する。 「では、諸君に訊くが、何故先ほど、杖を掲げなかったのかね? ただ反対するだけの諸君に、彼女たちを阻む権利はない。代わりに行くというなら話は別じゃが……」 そういってにらみつけるオスマンに、誰も言い返すことはできなかった。 「それに、この三人はなかなか優秀じゃ。まず、ミス・タバサは若くして『シュバリエ』の称号を持つ騎士と訊いておる」 「本当なの? タバサ」 キュルケが驚いている。教師陣もみな、驚いたようにタバサを見ていた。本人はいつも通りの無表情でぼけっとたっている。 リゾットは先日学習した単語から周辺知識を引っ張り出していた。 (シュバリエ…。確か実力者のみに与えられる爵位だったな…。以前見た戦いぶりから、只者じゃあないと思っていたが…) ざわつく教師陣の中、オスマンが次にキュルケを見た。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニアでも優秀な軍人を数多く輩出した名門の出で、彼女自身も相当の炎の使い手と聞いている」 キュルケは得意げに髪をかきあげる。 (場数は踏んでないようだがな……) リゾットは思ったが、しかし、それでも自分の雇い主よりはましだろう、と思い、ルイズを見る。なぜか胸を張っている。 「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で……え~と、その、なんだ…ほら、アレだよ、アレ……えっと…」 リゾットの心配どおり、褒める所が見つからない。オスマンはボケたふりをしたくなった。ふと、隣のリゾットに目が留まる。その時、オスマンにはリゾットが天の助けのようにみえた。 「将来有望なメイジと訊いておる。しかもその使い魔は平民ながらあのグラモン元帥の息子、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」 実はコルベールを通してアヌビスの事件も聞いているのだが、あの件については内密にするということもあり、決闘の話を持ち出した。『ガンダールヴ』という可能性への期待もこめて。 そこに、彼の努力を台無しにするようにコルベールが興奮して喋ろうとする。 「そうですぞ! なにせ、彼はガン…」 オスマンが慌ててコルベールの口を押さえた。 「ガン…?」 オスマンが咳払いをしてごまかす。 「ごほん、とにかく! 彼女たち三人に勝てるものがおるなら、前に一歩でたまえ」 誰もいなかった。オスマンはため息をついた。少しくらい気概があるものはおらんのかと情けなくなったのだ。 気を取り直してリゾットを含む四人に向き合う。 「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」 「「「杖にかけて!」」」 女性三名が同時に唱和し、スカートの裾をつまみ、うやうやしく礼をする。 「では、馬車を用意しよう。目的地まで魔法は温存したまえ。ミス・ロングビル、彼女たちを手伝ってやってくれ」 「もとよりそのつもりですわ」 ミス・ロングビルは頭を下げた。その瞬間、彼女は心臓を鷲掴まれるような感覚に襲われた。 (見られている…?) 振り向くが、そこには既に誰もいなかった。 「なーなー、相棒。アヌビスの確認だけのはずが、ずいぶん妙な話になっちまったなあ」 出発までの僅かな時間、リゾットは人気の無いヴェストリ広場で剣の稽古をしていた。 既に何度かの稽古を通じて、武器を握ると左手のルーンが光り、身体能力があがることを確認している。 ルイズに訊いた所、使い魔としての特殊能力らしい。原理は不明だが、そういうものだとして理解した。 「そういえば何か相棒、熱心に様子を観察していたけど、何かわかったのかぃ?」 「……いや……強いて言えば……あのコルベールという教師はおそらく戦える人間だろう……ということくらいだ。後の教師は言うほどには見えなかったな」 「へー! 相棒はよく見てるねぇ。でも俺が見た感じ、奴はただ慌てまくってるU字禿にしか見えなかったんだけど」 「それも真実だ。あの男の怯えは演技ではないし……、ウソをつくのが苦手な小心者でもあるのだろう。 だが、一方で場数を踏んだような雰囲気と物腰も見え隠れする…。実のところ……ああいう恐怖を知っている人間の方が手強かったりするものだ…」 ボスが最初にまとっていた人格もまた小心者ではあったが、危険さは完全に隠されていた。コルベールのはまだ見て取れるため、人格が乖離しているわけではないのだろう。 「ふーん、そんなもんかね。てことは相棒も何か怖がってるのかね?」 「……さあな…。誇りを失うこと、それだけが恐ろしい気がする……」 「おいおい、死んでもらっちゃあ、俺も困るんだからな。頼むぜ、相棒」 リゾットは答えず、黙々と剣を振っている。 「……他に何か気づいたことはあったかい?」 「そうだな………。もう一つあるが………これはまだ確信がもてない」 「なんだか相棒と付き合ってるといろんなことが見抜かれそうだねえ。俺のことも何かわかるか?」 「剣に表情や態度はない……。無理だ」 「なるほど。でもま、安心してくれ。俺は相棒に嘘ついたりしないよ」 「そう願う……」 「ところで相棒、朝から何も食ってないわけだが、何か食わんのかね?」 「……ああ。忘れていたな」 「相棒相棒相棒~、しっかりしてくれ。相棒は妙に自分に無頓着なところがあるからなぁ。 ほれ、あのシエスタって娘っ子のところでなんかを食わせてもらおうぜ」 「そうだな…」 リゾットはデルフリンガーを鞘に収め、厨房に歩き出す。 移動は馬車らしいので、何か移動しながら食べられる、軽いものを頼むつもりだった。 しばし後、リゾットたち四人は、ロングビルが手綱を取る馬車に揺られ、フーケの隠れ家に向かっていた。 「ミス・ロングビル…、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」 キュルケの言葉に、ロングビルはにっこり笑う。 「いいのです。私は、貴族の名をなくした者ですから」 「? だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」 「ええ。ですが、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らない方なのです」 後ろで資料として請求した『破壊の杖』のイラストを見ていたリゾットが口を挟んだ。 「なるほど……。追放された貴族は傭兵や盗賊に成り下がることが多いと聞いてるが…うまく再就職できたのか…」 「ええ…。オスマン氏には感謝していますわ」 ロングビルが遠い目をする。それまでの苦労でも思い返しているのだろう。 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 ロングビルはやさしい微笑を浮かべ、回答を拒絶した。 (き、聞きたい! 刺激されるわ…。好奇心がツンツン刺激される…。どうしても聞きたくなるじゃあないの! 何かないかしら、言わせる方法が……) 「いいじゃないの。教えてくださいな」 チープトリックにでもとり憑かれそうな旺盛な好奇心でキュルケが聞くが、この場はその肩を掴んだルイズに止められた。 「よしなさいよ。昔のことを根堀り葉掘り聞くなんて」 その言葉にリゾットの耳に「『根掘り葉掘り』…ってよォ~」という幻聴が聞こえたが無視する。 「暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」 「あんたのお国じゃどうか知りませんけども、訊かれてたくないことを、無理やり聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ」 キュルケはそれに答えず、荷台の柵に寄りかかって不機嫌そうに足を組んだ。 「ったく………、あんたがカッコつけたおかげで、とばっちりよ。何が悲しくて、泥棒退治なんか…」 ルイズが何か言い返そうとしたところで、リゾットが割って入った。 「そこまでだ……」 普段、言い争いは無視しているリゾットの介入に、ルイズもキュルケもタバサも驚いたようにリゾットを見た。 「ルイズが何をしようと……、フーケの捕獲に行くことを決めたのはキュルケ…お前自身だ。愚痴を言わずに自分の選択したことの責任を果たせ……」 静かに、呟くようにキュルケを諭す。怒りをにじませているわけではない。だが、その言葉は有無をいわせぬ迫力があった。 「そうね……。ごめんなさい、ヴァリエール」 「え、ええ……。いいのよ、ツェルプストー」 二人ともその迫力に気おされて、仲直りしてしまう。 「…ところで、ロングビルも元貴族ということは…魔法が使えるんだな?」 「ええ、まあ」 「できれば得意の系統とクラスを教えてくれないか…? いざというときの戦力にかかわるからな…」 「そうですね……。土のラインクラスです」 「分かった……。タバサは風、キュルケは火、ロングビルが土。ルイズは爆発を扱えるから、水を除けば全ての系統があるわけだ……」 ルイズはリゾットを見た。自分が戦力として計上されていることに驚いたのだ。 何しろ自分は『ゼロ』なのだ。あてにされたことなど一度もない。 「なんだ? 自信がないとでもいうのか…? 安心しろ。お前の魔法は十分実用レベルだ」 「ふ、ふん、当たり前じゃない! そのうち爆発だけじゃなくていろんな魔法を使いこなして見せるわ!」 口ではそういったが、ルイズは機嫌良さそうだった。 馬車は深い森の中に入っていく。昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。 「ここから先は、徒歩で行きましょう。フーケに気づかれると困るので」 ロングビルがそう提案し、全員が馬車から降りた。暗い小道を進む。 「なんか、暗くて怖いわ…。いやだ…」 キュルケがリゾットの腕に手を回す。 「離せ…。…腕が使えなくなる……」 「だってー、すごく、こわいんだものー」 キュルケがウソくさい調子で言った。いや、もちろん嘘なのだが。 それを見てルイズはムッとする。 「ちょっと、ツェルプストー! 人の使い魔にべたべた触らないで!」 「あら、ヴァリエール。リゾットは使い魔だけど、人間よ? 自由意志があるの。貴方が決めることじゃないんじゃない? 貴方みたいな貧相な身体より、あたしの方がいいに決まってるじゃない」 「……人間扱いはありがたいが……、俺は人間の評価を身体で判断しているわけじゃない」 それを聞くと、一瞬、キュルケはきょとんとしたが、なぜか頬を染めた。 「…嬉しい。そんな風に言ってくれたのって、ダーリンが初めて……。あたしに言い寄ってくる男どもってまず胸ありきって感じだったし」 「………いつ俺が言い寄った? いいから腕を離せ…。戦えないだろう」 リゾットは頭が痛くなりそうだった。これから戦いがあると分かっているのだろうか? タバサはそんなリゾットを指差すと、 「苦労人」 見事に彼の立場を言い当てた。 「あれがフーケの隠れ家か…」 一行は森の中から、開けた場所に立っている一軒の廃屋を見張っていた。 「はい。わたくしの聞いた情報だと、フーケはあの中にいるという話です」 「さて、これから俺たちはどうすべきかな…」 五人は相談を始めた。今、フーケがいるかどうかは分からないが、出来れば奇襲して魔法を使われる前に倒したいところだ。 (こんなとき、仲間がいれば楽なんだがな…) ホルマジオのリトル・フィート、イルーゾォのマン・イン・ザ・ミラー、ペッシのビーチ・ボーイ、メローネのベイビィ・フェイス。 誰か一人でもいればあの中を確実に探りだせるのだが…考えても仕方がないことだ、とリゾットは思考を打ち消した。 しばらく後、タバサが自分の立てた作戦を説明するため、地面に絵を描き始めた。 偵察兼囮が小屋のそばに赴き、中の様子を確認→フーケがいれば挑発→出てきたところを魔法で集中砲火。 「悪くない案だな…。俺が囮兼偵察役をするとして……あまりにフーケに隙がありそうなら、俺が倒してしまっても問題はないな?」 タバサが頷いた。 「……一つだけ頼みがある。ロングビル……一緒に来てくれ」 「え~? 何でラインの彼女なの?」 「私ですか?」 キュルケが不満そうに声を上げ、ロングビルが意外そうに聞き返す。 「そうだ。いざ……というとき魔法を使えるサポートがいた方が助かるからな……」 「……」 タバサが自分を指差した。 「タバサやキュルケ、それにルイズは火力がある。……攻撃に回ってくれ」 タバサはそれで納得したように頷いた。 「じゃあな……。行ってくる……」 リゾットはナイフを柄に入れたまま握り、ルーンを発動させる。 身体能力の向上を確認するとロングビルを抱え、小屋に向けて音もなく走り出した。 廃屋の窓の下まで駆け寄ると、中を覗き込むが、人の存在は確認できなかった。 (いそうにないな…) まるで人がいる気配がしない様子を確認して、リゾットは考える。 「ロングビル……中に入るぞ」 「誰もいないならミス・ヴァリエールたちを呼んだ方がいいのでは?」 「罠を調べる必要もある。それに……俺はルイズの使い魔だ。当然、視覚と聴覚を共有している……。必要と判断すれば勝手に来るだろう」 「そうですか……」 しぶしぶとロングビルが頷く。 リゾットは嘘をついた。普通の使い魔は感覚をリンクしているが、ルイズとリゾットにおいてはそれはない。 しかし、ルイズはそれを取り立てて周囲に言っているわけではないため、もちろんロングビルにはそれを嘘とは見抜けなかった。 事実、外のルイズは声を上げていた。 「何やってるのよ! 打ち合わせと違うじゃない。奇襲する場合でも事前に合図を送ってくれるはずなのに!」 ずかずかと進んで行こうとして、タバサがその手を掴んだ。 「何よ、タバサ」 「彼には考えがある」 「見守っていたほうがいいってこと?」 キュルケの問いに、タバサは頷いた。 一方、リゾットとロングビルは注意深く中を見回し、罠の不存在と誰も潜んでいないことを確かめる。 小屋は一部屋しかなく、中にはテーブルと椅子、そして暖炉と薪、その横にチェストが置かれていた。 テーブルと椅子には埃が降り積もっており、どうみても人が触った形跡がない。 「……人が潜伏していたにしては………妙だな……」 つぶやきながら、リゾットはチェストを開けた。中の筒を引っ張り出す。 「『破壊の杖』だな……。あっさり見つかった」 「何の苦労もなく見つかりましたね……」 ロングビルが安堵したように言った。 「ああ…。となるとフーケが帰ってくるまで待ち伏せか……」 「ミス・ヴァリエールたちももうじき来るでしょう。お迎えしますね」 ロングビルが外に出ようとする。と、そこに声がかかった。 「ところで……フーケは使い方も分からない道具を盗んで……何をしたかったんだろうな?」 ロングビルがぎくりとして振り返ると、リゾットはロングビルに背中を向け、『破壊の杖』を興味深そうに見ていた。 「さあ? 言われてみればそうですね……。使い方を知っていたのでは?」 「知っていたならさっさと使えばいいのにな…。収集癖がある人間って言うのは飾って満足するものなのかな?」 「…私には分かりかねます」 ロングビルは戸惑った。何故この男は今更こんな質問をしてくるのだろうか。 「そうだな。本人以外にはわからない…。だからこそ聞いてるんだよ、ミス・ロングビル。いや、『土くれ』のフーケ」 「!? 何を言って……」 振り返ったリゾットの確信を込めた視線に、ロングビルは自分の正体が見抜かれたことを悟った。 「なぜ…気付いたのですか?」 「疑いは最初から持っていた。情報をもたらすタイミングがよすぎるし、妙に情報も詳細だった。その上、さっき聞いた魔法系統も同じだ。 そして先刻の馬車での会話…。お前の表情や態度、声音からは嘘や演技を微かに感じた」 「それだけで私を疑ったのですか? まあ、結果的に当たっていたとはいえ、いささか軽率なのでは?」 ロングビルが鼻で笑うと、リゾットは頷いた。 「確かに、それらではまだ疑いの域をでない。誰だって秘密があるし、もしかしたらオスマン学院長に関して嘘があったのかもしれない。 詳細な情報が手に入る幸運だってあるかもしれないし、四系統しかない魔法が重なる確率は低くない…。 疑いが確信に変わったのは今、質問を終えてからだ」 そこでいったん、言葉を切って、すっとロングビルを指差す。 「……お前の表情がはっきりと偽りを示していた」 「『表情』…? 馬鹿な、貴方は私に背を向けていたはず……はっ!」 そこでロングビルはリゾットが左手に隠し持っていた小さな手鏡に気がついた。 毎朝、身だしなみをチェックするときに使う鏡である。 「ま、まさか、その鏡で!?」 「そして今の話題の真偽がわかるのはフーケ本人、あるいはその共犯者だけ…。 今までの情報からお前がフーケ本人だと推測するのは難しいことじゃない……」 そういいながら左手で破壊の杖を引っ張り出し、右手でナイフを構える。 「魔法を唱えても無駄だ。……この距離ならこちらの方が早い…」 ごくり、とロングビルの唾を飲み込む音が聞こえた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/286.html
第四章 平穏の終焉 リゾットとギーシュの決闘から一週間が経った。 狭い学院の中である。何の武器も持たない平民がメイジに勝利した話は あっという間に広まり、リゾットは一躍有名人になった。 有名になるということは良かれ悪しかれ注目がされるということで、職業柄、 目立たないように生活していたリゾットにとってはあまり有難くないことだった。 とはいえ、人が生きているということは誰かとつながりを持つという事であり、 リゾットもまたその評価に伴い、いくつか新たな人間関係を形成、もしくは既存の人間関係を変化させていた。 まず、ルイズがいる。 基本的には彼はルイズの従者として雇われているので、一番接触する機会が多い。 朝になれば水を汲んできて起こして顔を洗ってやり、着替えを手伝う。昼は部屋の掃除をしてやり、洗濯する。 とにかく手のかかる雇い主である。 だが、ルイズを世話していると、リゾットが十四才の時に死んだ従兄弟の子を思い出す。 彼女もルイズほどではないが、やはり手のかかる子だった。 妹のようだった彼女の世話を焼いていると思えば、ルイズの横暴もそんなに腹は立たなくなっていた。 ルイズもその辺りを感じているのか、「あんた、最近聞き分けいいわね」と機嫌がいい。 仕事の中では、雑用、掃除はともかく、洗濯についてはかなり苦心した。何しろ貴族様の服である。 無駄に高価で痛みやすい生地が多い上、ルイズの趣味なのか、やたらフリルがついていたりする。 これらのせいで洗いにくいことといったらこの上ないのだ。 (これならギーシュとの決闘の方が楽なくらいだ…) というのがリゾットの正直な感想だった。 事実、当初のリゾットは何枚か衣類を破き、その度に食事を抜かれた。 その苦手な洗濯の方面において、リゾットはずいぶんシエスタに世話になっている。 シエスタはギーシュと決闘した日の夜、一人で逃げたことを侘びに来て以来、何くれとなくリゾットの面倒を見たがる。 朝、夜明け前に起きて淡々とこなす訓練の後に差し入れしてくれたり、洗濯の仕方を懇切丁寧に教えてくれたりするのだ。 最初はそれらを断っていたが、あまりに熱心なので、とうとうリゾットが折れることとなった。 そこまでする理由を尋ねてみたが、「貴方は私に可能性を見せてくれた、憧れなんです!」などと瞳を輝かせて言われた。 リゾットは洞察力に優れ、人の演技や嘘を見抜ける分、底意のない純粋な善意に接すると対処に困る。 これが少しでもリゾットを利用しようという意図が読み取れたら蹴りの一つでもくれて追い払うのだが。 シエスタ以外でも学院勤めの平民にとってリゾットは英雄扱いだった。 何しろ、絶対に勝てないとされている貴族に素手で打ち勝ったのだ。 特に厨房のコック長マルトーは『我らが剣』などとリゾットを呼び、下にもおかない扱いである。 朝の訓練のことをシエスタに聞いたときなどは「達人は努力をひけらかさないものだ」と大層感心していた。 リゾットとしてはどうにもこれらの扱いは居心地が悪い。自分は暗殺者なのだ。 とはいえ、シエスタをはじめとする厨房の人々には、洗濯の仕方の教授や食事を抜かれた時の食事の世話などを受けているため、感謝していた。 もちろんリゾットも世話になりっぱなしではない。皿洗いや薪割りなど、返せることで返す事にしていた。 あとはギーシュがいる。 決闘以来、ギーシュはリゾットに一目置くようになっていた。 ギャング式に言えば、決闘で倒したギーシュは舎弟扱いしてもいいところだが、 そこまでするのも面倒なので、リゾットも普通に付き合っている。 ちなみにあの時に振られた二人との関係はまだまだ修復できそうにないらしい。 それでもまるでめげずに女性に愛想を振り撒く辺り、意外に大物なのかもしれない。 他に特筆すべき人間関係といえば図書室で会う学院の生徒がいた。 なぜ図書室なのか? リゾットはこちらの世界に来たときから会話には不自由していない。 試しにイタリア語からシシリア語や英語に切り替えて喋っても、周囲には違和感なく通じている。 どうやら使い魔としての特性らしく、口語については自動的に翻訳されるらしい。 だが、文字の方はさっぱり読めなかった。文字が読めないということは情報収集量にかなりの差異が出る。 「成功するためには情報が鍵になる」とはベィビィフェイスの子を作る際のメローネの言だが、リゾットもその点には同感だった。 そこでリゾットは情報収集の前段階として、この図書室にハルケギニアの文字の勉強に来ているのである。図書室は平民は立ち入り禁止だったがご主人様たるルイズに頼み込んで、許可を取ってもらった。使い魔と主人は一心同体ということで、何とか許可をもらえたのだ。 図書室で読むのは子供向けの図鑑や絵本で、絵と名称を記した文字と自分の知識をすり合わせて単語の習得をするのである。 載っている絵からこの世界の技術レベルなども測れ、かなり有用な学習だった。 しかし、そもそもリゾットが知らないものが掲載されていることもある。 そういう単語に当たった場合、リゾットは向かいにいる人物に訊く。 「これは?」 向かいの席で本を読んでいた人物はちらりと視線を走らせると答える。 「バジリスク」 二人の間にある交流はただこれだけである。 傍から見ると、最初から挨拶もせず、視線も合わせず、無表情のままの二人がたまに単語の名称について問答をするという、理解に苦しむ光景だろう。 そもそもの始まりはリゾットが初めて図書室で文字を勉強しようと思った時にさかのぼる。 リゾットは本を探そうとして、背表紙にある文字すら読めないという重大な事実に気付いたのだ。 何故かその日に限ってカウンターに司書はいなかったため、誰かいないかと探していると読書スペースで生徒を見つけた。 「すまない。聞きたいことがあるんだが、いいか?」 話しかけてみる。ぱらりとページがめくられた。集中しているのか、まるで無反応である。 「おい…」 試しに肩を叩いてみた。今度はちらりとその手に眼をやった。聞いてはいるようだが、無視しているらしい。 「………仕方ない。ここで…待たせてもらう。聞く気になったら返事をしてくれ」 リゾットは彼女の向かい側に座り、静かに時を過ごすことにした。 偏屈な人間と向き合うのには根気が必要なのは暗殺チームリーダーとして身にしみている。 待つくらいなら自分で片端から探せばいいかもしれないが、図書室の大きさと蔵書量は異常なほどで、 ともすれば迷い込んだら出られない雰囲気を醸し出しているため、リゾットは待つことを選択した。 それに、リゾットにとって、待つのは苦痛ではない。 暗殺という仕事は場合によっては待つことも重要であり、 トイレとベッドしかない狭い部屋で一週間、暗殺のターゲットを待ち続けたこともあるくらいだ。 (待っていれば司書が戻ってくるかもしれないしな…) そう考えて待つこと約二時間。 気が付くと、向かいの女生徒は今まで読んでいた本は読み終わったらしく、こちらに視線を向けていた。 どうやら用件を聞く気になったらしい。 「初心者の言語学習に役立ちそうな本の場所を知らないか? なるべくイラストがついている奴がいい」 それを聞くと無言で席を立ち、杖と本を持って歩き始める。リゾットも黙ってそれについていった。 ある場所で少女が杖を軽く振ると、本棚から一冊の薄い本が抜き出され、リゾットの手元まで飛んで来た。 「感謝する」 少女はリゾットの言葉に軽く頷くと、席に戻る。リゾットもまた席に戻って本を開いた。児童向け図鑑だった。 知らない単語があり、ダメ元で質問すると、数分くらいして返答が帰ってきた。 それからなんとなく流れで二人の関係が構築されるに至る。 リゾットは向かいに座る蒼髪の女生徒の名前すら知らない。 知っていることといえば本をいつも読んでいる事、自分の身の丈より長い杖を持っていることと、 ルイズと同じクラスにいることと、よく図書室にいることくらいである。 興味がないのもあったが、蒼髪の女生徒はある種のギャングの構成員も持つ、自己に関する質問を拒絶するような雰囲気があるのだ。 大抵、彼らの過去には他人には知られたくない種類の傷がある。 リゾットもそれについては触れない方が良いと分かっているため、素性に関しては詮索しなかった。 さて、そんな平穏な暮らしを送るリゾットは最近、キュルケの使い魔フレイムに監視されていた。 ルイズのお付で出る授業で魔法の応用性とその限界について聴講しているときや、厨房で食事をしているとき、 果ては図書室で勉強しているときなど、やたら視線を感じたため、さりげなく確認してみたところ、このサラマンダーの存在が発覚した。 (監視して…いるのか…?) 対象に気づかれるようではあまり上手な監視とはいえない。 また、監視だとしても、目的が皆目検討付かなかった。危険は感じないので気づかないふりをして放置する。 いや、むしろ危険だろうが危険でなかろうが、そこに関してはどうでもいいのだった。 リゾットは自分の保身に関する思考が弱くなっていることをまだ気づいていない。