約 161,126 件
https://w.atwiki.jp/ginzanlnwcalla/pages/6.html
更新履歴 @wikiのwikiモードでは #recent(数字) と入力することで、wikiのページ更新履歴を表示することができます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_117_ja.html たとえば、#recent(20)と入力すると以下のように表示されます。 取得中です。
https://w.atwiki.jp/ginzanlnwcalla/pages/3.html
更新履歴 取得中です。 ここを編集
https://w.atwiki.jp/ginzanlnwcalla/pages/13.html
口コミサイト等でもあまり悪い評判は聞きませんし、 すぎるところはやめた方がいいと思います。ただ私の場合はさぼりがちなのでまだまだ終わっ 一般的に照射する前に冷却ジェルを塗るのですが、ビーエスはジェルではなく氷で冷やし 費用 安全性 時間などで大きく劣りますよ 以前私はアー○ズサロンさんの方を考えていたんですけど、 す。。結構ひどいですよね。あとはしきりに全身脱毛もしないかと勧誘されたらしいですによ でまだまだ終わってません(笑)箇所にもよりますが1-2回でかなり毛量が減り、定期的に不 通っています。脇はほとんどありませんがまだはえてきます。元々多ミュゼってどれぐらい安いですか? かる。銀座カラーも格安で質が高いです。 やるなら12回にしようと思うのですが、何回も通うという点と、他の口コミサイトでの評 ここに行って綺麗に脱毛できた!! 親切ですよ。少し予約がとりづらいことはありましたがそれはどこもそうかなぁと カウンセリングの際に「肘下だと一回の脱毛で一回分消費、手などのスモールパーツだと 銀座カラーでは、わきだけでなく、全身脱毛をしています。 しっかりと脱毛したいのであれば、クリニックをオススメします。 ので私的には銀座カラーがオススメですね。全身脱毛は銀座カラーが6回13万円、ミュゼが に通ってるのですが全身脱毛も12万ちょいですし、一部位3000円ちょいで脱毛できますよ。特 でも保湿液とかは毎回しっかり営業してきます。5000以内であんまり高くないので、お気 でも他の方の体験談とか見てて思ったのは、毛が生えてくるサイクルは長いので何年かた 品を買わされ金がないと言えば高額ローンを組まされました。知り合いいわく体験に行っ高い
https://w.atwiki.jp/ginzanlnwcalla/pages/18.html
産毛の方が、脱毛するのに時間がかかるし、マシンの出力も高くしないと抜けません。 銀座カラーでは今まで培ってきた信頼と実績、スタッフの技術と真心でお客様のツルツル素肌美人のサポートをしています。 また、二の腕のブツブツの表面は厚い角質で覆われていますのでケミカルピーリングでこの角質を取り除くと、 個人差はありますけど、6回だとまた生えてくると思います。 でも十分かな、と自分では思ってます。なので、完璧さを求めるのであれば8~12回が妥当かと思います。 これは安いほう?料金の違い、なくなる早さの違いも知りたいです。 すごく昔から営業されているサロンなので広告とか見たことがなく、 部分脱毛が安いエステで他の部位もとても安いですから乳輪も他と比べれば安いと思いますよ。 ワキとか脚は以前脱毛したことがあるので、デリケートゾーンの脱毛だけで大丈夫です。 痛みなら医療レーザーよりエステのほうが痛くないし、安いですね。 ちなみに私の友達はミュゼに通っていますが新規の人が多くて予約が3~4ヵ月先まで取れないとよく言っています。 1年6回より2年12回コースを選んだほうがいいかもです。 突然お店がなくなり連絡も取れなくなって泣き寝入りです……。
https://w.atwiki.jp/wikipedia2/pages/299.html
最新のオール電化セット!! Panasonic・HITACHIの最新オール電化セットを展示!! 販売は・・・なんと!!限定3セット!! 最新最強の太陽光発電!! KYOSERAからは、効率のよいレイアウトで、屋根に調和する薄型・軽量タイプ。SAMURAI 今年注目!!SUNTECHは単結晶によるクオリティ「BLACK LABEL」高性能で高品質!! 25年長期出力保証!! そして!今回このページを見てる方に・・・広告を印刷して会場に持って来てくださいますと、来場記念品と交換させて頂きます!
https://w.atwiki.jp/kkrkki/pages/77.html
滋賀 琵琶子 名前 滋賀 琵琶子 種族 土着神 能力 水道水や運河に使われる程度の能力 二つ名 淡海の湖(あふみのうみ) 性格・特徴 水質保護にご協力ください 外来魚の放流ダメ、絶対。
https://w.atwiki.jp/chapati4it/pages/386.html
問25 RFIを説明したものはどれか。 ア サービス提供者と顧客との間で、提供するサービスの内容、品質などに関する保証範囲やペナルティについてあらかじめ契約としてまとめた文書 イ システムの調達に際して、調達側から技術的要件やサービスレベル要件を提示し、ベンダに対して、指定した期限内で効果的な実現策の提案を依頼する文書 ウ ユーザ要件を実現するために、現在の状況において利用可能な技術・製品、ベンダにおける導入実績など実現手段に関する情報提供をベンダに依頼する文書 エ 要件定義との整合性を図り、ユーザと開発要員及び運用要因の共有物とするために、業務処理の概要、入出力情報の一覧、データフローなどをまとめた文書 回答 次の問題
https://w.atwiki.jp/reiyonshousetsu/pages/158.html
2001年9月11日。アメリカ同時多発テロ事件が起きた。2993人が亡くなり6291人以上の人が負傷し24人が行方不明となった史上最悪のテロ事件。 しかしあの事件はテロではなかったのでは?という考えが増えてきたのだ。アメリカの自作自演…という可能性があるという考えだ。 そこで自分が本やインターネットで知った、9.11の不可解な部分をまとめたいと思う。 ここでまとめるものの一部には完全な証拠はない。そしてこれが真実とは限らない、だが「このような考えもある」ということを思ってほしい。 1962年、このとき政府に「キューバへの軍事介入の口実のために、テロ攻撃を偽装する」という内容のノースウッズ作戦を提案した人がいた。 工場や船を破壊しそして旅客機を爆破しそれをテロだということにし、それを理由に軍事介入するというものだった。もちろん旅客機は遠隔操作され人が死ぬことは無い。 結局この作戦は却下された。 ついでに旅客機の遠隔操作はNASAが何度もしているため可能。無人飛行機も偵察機でグローバルホークというものがある。 このような作戦に似ているものといえば1941年12月8日に起きた「真珠湾攻撃」がある。アメリカはわざと攻撃を受けそれを理由に日本に攻撃したという説がある。 2001年後からテロ対策は大きな課題となった。しかし9.11以前にもテロ対策のマニュアルや訓練はあった。 ワールドトレードセンター(WTC)に旅客機が突入するときにどうすればいいかのマニュアル… ペンタゴンにボーイング757型機が突入したときの訓練 旅客機がツインタワーとペンタゴンに突入するということを考えた訓練 ハイジャックされた旅客機が建物に突入するという仮定のテロ対策マニュアル そして更新されるテロ対策マニュアルの表紙が毎回ワールドトレードセンター… 9.11後、政府の重要な位置にいる人物はこう語った。「9.11は予測できなかった」 オサマ・ビンラディンがドバイのアメリカン病院に入院。アメリカCIAの長官がお見舞いに行く。ついでにこのときビンラディンはアメリカに指名手配されている。 2001年9月6日。ユナイテッド航空株のプットオプション出来高が、同社の1日平均株高の4倍を超えた。 ワールドトレードセンターから、爆弾探知犬が引き上げられ、2週間前から行なっていた12時間制だった警備が終了する。 9月7日。ボーイング社株のプットオプションの成立数が1日平均出来高の5倍以上になる。 9月10日。アメリカン航空株のプットオプションの成立数が1日平均出来高のほぼ11倍になる。 プットオプションの仕組みは難しく、簡単に説明すると株券を売る権利を買うということになる。事故後に大きく株の価値は大きく変動するという。 そして多数のペンタゴン幹部が翌日のフライトを急遽キャンセル。フランシスコ市長が「翌朝の飛行機に乗るな」と国家安全保障担当補佐官・ライスから警告を受ける。 そして2001年9月11日。あの日なにが起きたかまとめるとしよう。 午前7時59分 アメリカン航空11便がボストン・ローガン国際空港を離陸。 午前8時13分 アメリカン航空11便がテロリスト5人により機体がハイジャックされる。 午前8時14分 ユナイテッド航空175便がボストン・ローガン国際空港を離陸。 午前8時20分 アメリカン航空77便がワシントン・ダレス国際空港を離陸。 午前8時42分 ユナイテッド航空93便がニューアーク国際空港を離陸。 午前8時42‐46分 ユナイテッド航空175便がテロリスト5人によってハイジャックされる。 午前8時46分 アメリカン航空11便がWTC第1ビルに衝突。 午前8時51‐56分 アメリカン航空77便がテロリスト5人によってハイジャックされる。 午前9時03分 ユナイテッド航空175便がWTC第2ビルに衝突。 午前9時26分 連邦航空局は全米に飛行禁止令を発令。 午前9時27分 ユナイテッド航空93便が4人のテロリストによりハイジャックされる。 午前9時38分 アメリカン航空77便がペンタゴンに衝突。 午前9時57分 ユナイテッド航空93便の乗客達がテロリストから機体を奪え返そうと行動に出る。 午前9時59分 WTC第2ビルが崩壊。WTC第4ビルが全壊。 午前10時03分 ユナイテッド航空93便が、ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外シャンクスヴィルに墜落。 午前10時28分 WTC第1ビルが崩壊。WTC第3ビルが全壊。WTC第5ビルの3-9階が全壊。WTC第6ビルが全壊。 午後5時20分 WTC第7ビルが全壊。 それでは今から9.11の不可解なところをまとめることにしよう。 ~~アメリカン航空77便とペンタゴン~~ 9.11後のインタビューで国防長官ドナルド・ラムズフェルドはこう言った。「つまりカッターナイフと多数の市民が乗ったアメリカン航空の旅客機とそしてミサイルとでペンタゴンを壊ししそして貿易センタービルも壊したんだ」 午前8時38分アメリカン航空77便。ボーイング757型機がペンタゴンに突入した。 フライトを記録するフライトデータリコーダーによると77便は高度2500mでペンタゴン上空を通過し、そこから旋回しながら急降下し超低空飛行でペンタゴンに突入した。 しかしこれは力学的に不可能である、2500mから高速でさらに旋回しながら急降下するのは不可能だとボーイング757を操縦したことのあるパイロットは言った。確実に失速する。 77便は外灯5本をなぎ倒している。以前に起きた事故で、外灯1本に翼が接触し、墜落した、という事故があった。この際、外灯に触れた衝撃で翼は引きちぎれ、残骸は100m四方に散乱した。 しかし77便の翼の残骸は散っていないし残ってもいない。さらに外灯に傷は無く、地面から引っこ抜かれたようにしか見えない。 次の疑問、ペンタゴン手前の芝生が一切はげていない。77便は芝生をかすりもしなかったということだ。 そして77便の痕跡が何一つないのはなぜだろう。通常の事故なら、尾翼、胴体、エンジン、翼、コックピット、座席、死体…といろいろなものが発見されるはずだ。 しかし公式発表では「機体も乗客も蒸発した」ということになっている。エンジンはチタン合金でできていて、チタンが溶ける温度は1688度。ジェット燃料のケロシンは40分間燃えれば1120度で一定になる。ただし燃料補給が続く場合のみである。 燃料は衝突した瞬間、火柱となり燃焼してなくなる。だから、1つ6トンのチタン製のエンジンが2つ、灯油に近いケロシンによって蒸発したということは科学的に有り得ない。 人間もそうだ、何百人もの人が一度に消えたという出来事は歴史上2回しかおきていない。1946年8月6日と9日の二度だけだ。 しかし「機体も乗客も蒸発した」と言っておきながらなぜペンタゴンにいた189人中184人の犠牲者の身元確認が出来たのだろうか? もし仮に77便の機体を乗客が蒸発したのならそれは歴史上初のことである。航空事故によって今までそのようなことは起きていない。もちろん2010年現在もだ。 次にペンタゴンの崩壊前の写真だ。実際の写真はないが、衝突後の写真を見ると直径5mにも満たない小さな穴のみがペンタゴンの壁にある。 この穴にあの大きな757がすっぽり入り、翼は一切穴を空けず、この中で蒸発して消えた、と信じろとでもいうのだろうか。 翼や尾翼はどこにぶつかったのか。また、穴の周りのペンタゴンの窓も、穴の手前にあった巻きケーブルも無傷だったのは何故だろう。衝突したところのすぐそばにあった、本やコンピュータに傷がないのは何故。 衝突した77便は757‐200型機で、全長47.3 m、全幅38 m、全高13.6 m、機体重量57,180kg…これがあの直径5mにも満たない穴に突入したことになる。 目撃者の衝撃もバラバラだ。100トンの巨大な航空機を見たものもいれば、数十人乗りのコミュータ機を見たものもいれば、ヘリコプターを見たものもいれば、4発プロペラの軍用機を見たものもいる。 ペンタゴン内にいた者の1人は、直後に、何度も出入りする、身分を明かさない者たちを見たという。彼らは「補償金をもらって黙っていた方がいい」などと言ってきたという。 彼らはまた、ペンタゴンに突っ込んだのは飛行機だと言い張った。しかしそのペンタゴン関係者は飛行機など見ていないと証言した。 次の疑問。なぜペンタゴンでコルダイトの匂いがしたのだろうか?コルダイトは爆発物に使われるものでケロシンとはまったく違う匂いだ。 軍事関係者多数がこの匂いを間違えたということは、考えにくい。つまりペンタゴンの中で爆発物が爆発したことになる。 また、飛行機の大破では見る事が出来るはずのない、銀色の閃光が多数目撃されているのはなぜだろう。 9時26分、連邦航空局は全米に飛行禁止令を発令した。離陸を禁止し、飛行中の航空機全てに着陸を求めた。 しかし軍用機2機だけが飛行を許可されていた。これについての連邦航空局の説明はない。何故だろう。 ペンタゴン上空を飛行していた「真っ白な飛行機」も含まれているがこれも説明がない。 ペンタゴン近くのガソリンスタンドやホテルには、この衝突の全容が記録されていた。これはペンタゴンになにが衝突したかを証明する物だが、 FBIが数分のうちにテープを押収し、更にカメラを確認したガソリンスタンド店員に、何も見てなかった事にしろ、と警告をした。 なにが衝突したかを証明するテープは公開されていない、何故だろう?結局公開されたのは画質が悪い監視カメラ映像の5コマだけ。 それにかすかに「飛行物体」が映っているが、5コマを見ると。 「ペンタゴン」→「ペンタゴンへ近づくなにか」→「ペンタゴン炎上」 のように、衝突する直前のコマがない。確かに時速800kmの物体を捕らえる事が出来なかったのかもしれないが、じゃあ何故画質のよい映像を公開しないのだろうか。 さらに監視カメラの日付が2001年9月12日になっている。 9.11の数日前の航空写真。ペンタゴン前の芝生に白いラインが引かれていた。これは、テロ後、飛行機が突っ込んだとされるものとほぼ同じライン。これは何を意味するのだろう。 また、飛行機が突っ込んだとされる部分は、飛行機が突っ込んでも壊れないぐらい頑丈に改修された唯一の部分である。これは単なる偶然か。 77便はペンタゴンから見て北側から上空を通過、もし来た方向からペンタゴンに突っ込んだ場合、政府に関わる資料を破壊することも出来たし、軍事関係者や政府関係者を殺せたはず。 なぜわざわざ回り込んでから改修工事がされたペンタゴンでもっとも頑丈な部分に衝突したのだろうか? ペンタゴンが攻撃されたあと、助けを求める生存者を横目でペンタゴンから青いビニールシートに包まれた大きな箱を運ぶ15人程の男達。 この箱も発表はない。普通は生存者の手当てやペンタゴンの中に取り残された人達を助けるはずだが… そしてペンタゴンへの被害。確かに穴は小さいがペンタゴンの分厚い壁を5枚も突き破っている。それももっとも頑丈な部分のだ。 旅客機の先端は、やわらかい素材で出来ている。着陸後の事故だと、先端部分だけが破壊されるなどの事故がある。車でいうバンパーだ。 じゃあなぜやわらかい素材がペンタゴンの頑丈な壁を壊せたか…これも謎である。不可能だ。 それにペンタゴンから発見されたジェットエンジン…写真にも残っているこのエンジンを77便衝突の証拠にする人もいる。 しかし逆にこれは77便が衝突しなかった証拠にもなる。なぜならそのエンジンが757のエンジンの半分の大きさもないからだ。 一体なんのエンジンなのだろうか?スカイウォリアーという戦闘機のエンジンと断言した軍事関係者もいた。 それでは77便はどこへ消えた?翌日このような記事が出た「ペンタゴン近くにアメリカン航空機が墜落。テロに使われた飛行機ではない」と… しかしその翌日、その記事は消えなぜか「なかったこと」にされた。 ペンタゴンに衝突したのは旅客機ではないという可能性が非常に大きい。じゃあ一体何が衝突したのか? 「旅客機よりも速度が速い」「旅客機よりも破壊力が大きい」「衝突の際銀色の光を発生させる」「旅客機よりも小さい」「残骸が残らない」「爆薬の匂いを残す」 という条件が揃う物体だ。確実に旅客機ではない。ミサイルのようなもの… ~~ワールドトレードセンター~ 旅客機の衝突によりWTC第1ビル第2ビルが崩壊そしてそれが原因で第3ビル第4ビル第6ビル第7ビルが全壊。第5ビルが半壊した。 しかしこのWTCにもいろいろと疑問がある。 まずなぜ第7ビルは崩壊したのだろうか。第7ビルはWTCのビルの中で最もツインタワーより遠い。しかし第1ビル崩壊から7時間後に突然全壊した。 しかし第7ビルへのダメージはまったくなかった。さらに第7ビルの周りのビルはほとんど無傷。ツインタワーは真下に崩壊したためWTC以外へのビルへの直接ダメージを与えなかった。 それなのに第7ビルは突然崩壊した。公式発表によると「ツインタワーから落下する破片で内部が火事になり、建物内にあった燃料タンクに引火し、その火事が原因で崩壊した」 となっている。これが本当なら第7ビルは歴史上3番目に「火災によって倒壊したビル」ということになる。1番目と2番目はまたあとで… それではツインタワーを見てみよう。 午前8時46分。アメリカン航空11便が第1ビルに衝突。衝突から1時間42分で倒壊。 午前9時03分。ユナイテッド航空175便が第2ビルに衝突。衝突から56分で倒壊。崩壊までの時間があまりにも短いということが分かるだろうか? 1945年7月28日、着陸進入中のB-25がエンパイア・ステート・ビルディングに衝突したが1931年にできたビルは崩壊しなかった。 2001年まで、15時間、17時間、20時間燃えたビルがあった。しかし何れもWTC以上の火災だったが崩壊はしなかった。 なぜツインタワーはこんなのにも早く倒壊したのだろうか。確かに「旅客機が衝突した」や「ジェット燃料が爆発した」など通常のビル火災よりも状況はひどかった。 しかしツインタワーの燃えた階は4階分のみ…20時間燃えたビルは10階分が燃えたが倒壊しなかった。 そしてツインタワーの崩壊理由は火災。そう歴史上初めて火災によって倒壊したビルは、WTC第2ビル。2番目はWTC第1ビルなのだ。 なぜこの日突然、歴史上初の出来事が連続で3回も起きたのだろうか… では、建築構造上耐えられなかったのだろうか。いやそんなことはない。まずWTCは「完成当時最大のボーイング707が突入しても倒壊しない設計」だった。 確かに、突入したのは2001年最新鋭のボーイング767で大きさも2-3倍はあり、時速800kmで衝突したが…それでも「旅客機が突入する」ということに対して対策はされていた。 ちょっとでもダメージは抑えられたはずだ。 そしてユナイテッド航空175便の突入はビルの中央ではなく角だった。そのためか、燃料の多くはビルの外で爆発し、火の玉となった。しかし、こちらのビルが先に崩壊する。 第1ビルは正面から衝突されダメージが大きく、しかも火災が続いていた。それをさしおいて、第2ビルが先に、火災により倒壊したのだ。しかも56分で。 次の疑問。WTCの崩壊時間が異常に早いということ。ガリレオの落体の法則は、距離=16.08×時間の2乗。 ツインタワーの高さは1362フィート、1362=16.08×84.7の1乗は9.2。約10秒である。 ツインタワーの崩壊は地震として記録されている。約10秒の地震として。つまりツインタワーは自由落下とほぼ同じ速度で崩壊していることになる。 崩壊までの時間も早いし、崩壊する時間も早く、そして崩壊の原因は歴史上初のもの… じゃあツインタワーの崩壊理由はなんだろう。 専門家の1人はこう語る。「ツインタワーの原因は爆破装置です。崩壊はあまりに整然としすぎです。飛行機の突入が原因ではありません。」彼は鉱山技術研究所副所長だったが、この発言が問題となり、10日後、突然意見を180度ひっくり返した。 土木工学教授の1人はこう語った。彼はWTCビルの建設管理者でもあった。「このビルは、飛行機突入を含め、いかなる衝撃にも耐えうるが、1090度で燃えるジェット燃料が鋼鉄を弱めた。」と… しかしジェット燃料は、ペンタゴンのときに説明したように一瞬にして燃焼し消えるものだ。175便が衝突したとき、燃料はほとんどビルの外で爆発したのも説明した。 WTCビルに使われた鋼鉄の品質保証をした人物はこう話す。「この鋼鉄は品質基準を合格している。」 試験というのは、炎の温度である1000度で数時間晒して平気かどうか、というものである。おまけにこれらの鋼鉄は、非耐火性のものであっても、およそ1650度という超高温に達するまでは溶けない。 この事実から、土木工学教授の発言の信憑性はきわめて薄くなった。ちなみにこの人物はこの数日後、解雇された。 ツインタワーの鉄は溶けなかったはずなのに、多数のカメラ映像に「ビルから解け落ちる鉄」が映ったのは何故だろう…それと崩壊後に柱に溶けた鉄のようなものが付着していたのも何故。 目撃者や現場にいた人の多くは、ツインタワーから数回爆発音が聞こえたと話している。テレビのインタビューとかにもだ。 それとツインタワーの中から非難した人でこう語った人がいた。「爆弾が仕掛けてあって何回も爆発したんだ」 内部にいた消防士も無線でこう語った「そこらじゅうでなにかが爆発しています」 脱出した消防士達だって口々にこういう。「仕掛けられていた爆発物が爆発した。」「パチパチという音が何度も聞こえた。」 非難をした警察官や消防士の数人はこう語った 「上からボン、ボン、ボン、ボンと爆発があってビルが倒壊したんだ」 「まるで解体作業のように」 「そう、奴らはビルを爆破解体しようとしてたんだ」 「そうさ俺達はそれを見ながら逃げたんだ」 そう飛行機突入による爆発ではない爆発が何度も起きたということになる。 ツインタワー近くのビルにいた人物は、ツインタワーの10-15階の間でいくつもの光源を見たという。パチパチという音と共に。 また、78階に到達した消防士がいる。彼は無線でこう喋っている。「孤立して燃えている2つの火を発見。ホースで消火できると思います。」 政府の報告どおりに78階が旅客機の突入を受け火の海だったなら、彼は何故78階に辿り着けたのだろう。そしてそこにあったのは、孤立した2つの火、それもホースで消火できるほどの火だ。 そしてこの13分後第2ビルは突然崩壊した。 それとなぜビルが崩壊する直前にビルの1-5階付近で白い煙が発生しているのだろうか。 そして崩壊するビルの何十階も下で爆発が起きているのは何故だろう。崩壊する前からなんらかの爆発があったことになる、壁を突き破っていることから大きな爆発だ。 この煙と爆発はなんだろう。 そして9.11の数週間前にツインタワーでそして第7ビルで異例の、予告無しの、安全のための避難訓練があった。 9月6日に爆弾探知犬を撤収させ、12時間制だった警備をやめたのは何故だろう。そして避難訓練のときに警備員までも外へ出したのは何故。 それと9.11の前に突然、大きな音を立て大きな振動を起こす工事が始まったが、なんの工事かは発表されていない。 WTCの崩壊に怪しい部分がある。じゃあ何故ビルを崩壊させる必要があったのか。 WTCは1970年代に完成したが、時間と共にこのビルを利用する企業は減った。そして維持費が非常に高く、WTCは必要のない存在になろうとしていた。 そしてツインタワーの持ち主ラリー・シルバースタインはテロ2週間前に2つのビルに「テロ特約保険」をかけたその金額は30億ドルと非常に高額なものであった。そして事件後、自分のビルが倒壊したのにもかかわらず 「ビルは2つともテロの被害にあった金額は2倍の60億ドル貰えるんだろうな?」と発言した。結局持ち主は保険として莫大な金を手に入れた。 崩壊後のビル近辺には立ち入りが誰も許可されなかった。残骸を持ち去る事も不可能だった。しかも調査も断った、何故だろう。 そこに立ち入る事の出来たのは、ビルを爆破解体する会社だった。この会社は、テロ2ヶ月前の2001年7月15日に突然、第二次世界大戦中に使われていた燃料タンクを次々に爆破解体した。 予告なしの出来事に苦情が殺到したが、爆破理由は発表されていないし現場は空き地のままである。 そして移動された金塊。あの日第4ビルの中に保管されている約1600億ドル分の金塊が第2ビル崩壊直前にダンプカーによって第2ビルから遠い第4ビルの地下へと移動された。崩壊を知っていたかのように。 最後にビルの爆破の証拠になるような者がある。実際の写真はないが、ネット上ですぐ見られる写真だ。 そこに映っているWTCの残骸の鉄骨。これはWTCを支えていた鉄骨なのだが、綺麗に切れている。ビルの崩壊ではこうはならない、折れるか潰れるかなのだが 鉄骨は綺麗に切れているのだ、これは金属疲労の傷や爆破解体後のビルの柱に似ている。 そして第7ビルの崩壊の仕方…最初にも言ったのだが、その周りのビルへのダメージはない。第7ビルだけぐずれたのだ、しかも残骸はたたまれたように内側に重なっている。 そして第7ビルは中心から崩れている、中心が沈むように。ビルの爆破解体と状況がまったく同じである。 ツインタワーの崩壊も変な崩れ方である。「パンケーキクラッシュ」という崩壊の仕方と発表されたがそのような崩壊の仕方には見えない。 パンケーキクラッシュが起きたビルは柱が潰れ、床と天井が重なり「サンドウィッチ」のようになるのだが、ツインタワーはまるで戦争が起きた後のように瓦礫が粉々に散乱している。 パンケーキクラッシュが起きたようには見えない。 WTCの崩壊の理由…それは火災ではないはずだ ~~ユナイテッド航空93便~~ ユナイテッド航空93便はハイジャックされた4機目の旅客機だった。国会議事堂へと向かっていたが直前で突然墜落。 公式発表では乗客たちがテロリストから旅客機を奪え返そうとした結果とされた。この話は有名になり多くの人の心に残り映画化もされた。 しかし9.11で最も謎を作ったのはこの93便だ。まず93便の墜落現場を見てみよう。 93便は時速933kmという驚異的なスピードで墜落した。墜落現場には残骸とクレーターが残った。しかしその穴の大きさはあまりも小さい。 まず757の幅は38mもあるのだがその穴の大きさはそれほど大きくはない。残骸が埋まったという報告もない。 それと93便の墜落を目撃したものがいない。そしてこの証言。「数台のダンプカーが小さな金属片を捨てていったようだった。」「上空からなにかを落としていった。」これは何を意味するのだろう。 そして検死官はこう話した「20分でお役御免だった。だって、死体が1つもなかったのだから。」墜落現場から死体も一滴の血液も発見されないのは何故。 それと墜落時間とされた直後に作業員が現場いたのは何故、それもほんの数人だけ。墜落直後、煙が上がっただけで火災が発生しなかったのは何故。 つまり93便の大部分の残骸と乗員乗客は消えたことになる。つまり歴史上2度目の出来事が起きたのだ。しかも1度目は同じ日に起こっている。 そして残骸の散り方もおかしい。93便の残骸は墜落現場付近の湖にも浮いていた。しかし湖があるのは墜落現場から13km離れたところ。 さらに残骸の落ちたところを結ぶと、直線13kmとなる。これは異常だ。通常飛行機が墜落すると残骸は直径1kmに散るのだがなぜ13kmもそして直線状。 これはつまり「機体は分解しながら墜落した」ということになる。じゃあ93便は分解したのだろうか?しかし公式記録ではテロリストが犯行を諦め墜落させたということになっている。 93便が墜落した近くをF-16戦闘機が飛んでいたのは何故?しかも午前10:03頃もいたのだ。これは地震計が証拠になっているし目撃証言もあり新聞にも出ている。 そしてその戦闘機を操縦していたとされるパイロットは2002年9月11日なんの発表もないが国から表彰された。何故?。戦闘機のミサイルが1つでもあれば旅客機など簡単に撃墜できるだろう… 93便からの電話。乗客達の最期の言葉だったがこれも結局は嘘のだろう。まず高度9600mでは携帯電話なんて繋がらない。これは実験で証明されているしアメリカン航空などの多数の航空会社が認めている。 それとアメリカン航空は多額の資金を投資して、2004年に機内からでも携帯電話が使える技術を開発した。ユナイテッド航空も2001年までにそのような装置を開発していない。じゃあ何故2001年に携帯電話が繋がったのか。 それと旅客機の巡航高度での携帯電話の繋がる確率は0.6%…100回に1回もできないということだが、何故乗客達は簡単に繋げることが出来たのか。 乗客のマーク・ビンガムの母親への最期の言葉。 「お母さん、マーク・ビンガムです。愛してるよ。今ニューアークからサンフランシスコに向かう便なんだけど乗客3人が飛行機を乗っ取ったんだ。爆弾を持っていると言っている。今機内電話からだ。お母さん信じてくれるだろう?」 「ええ、マーク信じるわ。その人たち誰なの?」 ここで低い声の男性にさえぎられる 30秒続く 「機内電話からかけているんだよ」 母親がもう一度質問する 「その人たち誰なの?」 間が開く 「お母さん信じてくれるだろう?」 ここで電話が切れる。会話が成り立たないのは何故?そして突然電話を切ったのは何故? それと93便に乗っていた妻を亡くした男性はこう語った。 「妻の悲鳴だったか突然数人の悲鳴が聞こえたんだ。爆発音と風の音も聞こえたんだ」 なぜ飛行中の旅客機で爆発音と風の音が聞こえる?これは撃墜の証拠になるのではないか?すると残骸の散り方は説明できる。乗員乗客と機体が消えたことは説明できないが… ついでに公開されている通話記録はマーク・ビンガムのみ。他の通話記録は抹消された。 実はアメリカだけでなく日本、世界中に音声合成システムがあり、声を10分間録音するとその人の声を作り上げ自由にものを言わせることができるという装置がある。 政府関係者にコピーがほしいと言った人もいる。 ブラックボックスが公開されないのも何故だろう。コックピットでの会話を記録するCVRは遺族のみにそして遺族は他言しないという条件の下誓約書を書かされた。そしてメモも許されなかった。 そして最後の3分は「不明」とされた。CVRのデータはほとんどの場合は修復できる。「不明」ということはアメリカでも極僅かの例しかない。それでは何故調査委員会は「ドアを開ける音が聞こえる」と言ったのか… しかし結局こんなことはどうでもいい。なぜなら93便は着陸していたのだから。 クリーブランドホプキンス空港に2機の旅客機が爆弾が仕掛けられている恐れがあるとして緊急着陸した。1機目はデルタ航空1989便。この航空機はあの日実際に「ハイジャックされた」といわれた便だ。しかし誤報で1989便はハイジャックはされていない。 そしてその次に着陸したのはユナイテッド航空93便。ユナイテッド航空が確認しため、93便であることは確実だ。 1989便は10時10分に着陸、12時30分に60人の乗員乗客は全員非難し連邦航空局の本部へ移動した。家へ帰ることは許されたが、徒歩で帰るということになった。 93便は10時45分に着陸、30分以内に200人の乗員乗客が空のNASAリサーチセンターへ素早く避難した。なぜ60人の非難に2時間20分かかって、200人の非難に30分しかかからなかったのだろう。 彼らの安否は不明だ。無事に解放され家に帰ったとは到底考えにくい。しかし墜落した93便の乗員乗客数はテロリストを含み44人。着陸した93便は200人乗っていた…謎だらけだ。 たった1つ言える事がある。政府が発表した「真実」が真実のように思えないのだ。なぜなら93便の最後は「飛行していない」「着陸した」「撃墜された」「墜落された」と4つもの可能性があるからだ。 ~~アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便~~ アメリカン航空11便は1番目にハイジャックされた旅客機で午前8時46分に第1ビルに衝突した。 ユナイテッド航空175便は2番目にハイジャックされた旅客機で午前9時03分に第2ビルに衝突した。 まず最初にアメリカン航空11便の客室乗務員のベティ・オングの連絡。ベティ・オングは8時23分アメリカン航空予約席係にハイジャックされたことを伝えた。 「客室乗務員です。たったいま飛行機がハイジャックされました」と…そしてハイジャック犯の人数や座席番号などを伝えた。しかし 「ビジネスクラスで誰か刺されました。CAも刺されました。パーサーも刺されました。たった今CAが刺されました、それともう1人…あと乗客も1人今まさに。調理室にいる乗務員も」 言葉だけでは伝えにくいが、まるで台本を読んでいるかのように冷静。そして棒読み。人が目の前で刺された人の喋り方ではない、そして叫び声が聞こえないのは何故だろう。人が目の前で殺されているのにもかかわらず冷静なのはおかしい。 それに23分続いた会話が4分しか録音されなかったのは何故。 客室乗務員のマレニー・スイーニーの連絡もどうだろう。彼女が伝えたハイジャック犯の人数は4人。しかし実際は5人。座席番号も9,10列目と伝えたが実際8列目で一致しなかったのは何故。 彼女の最期の言葉は「ビルが見える…海が見える…ああ神様!」となっているが、このフライトに搭乗することが多い彼女は何故「そこはどこだい?何が見える?」に対して場所が言えなかったのか… ユナイテッド航空175便の疑問は多い。 2001年ユナイテッド航空の塗装は旧塗装で、灰色のボディに裏側(お腹)と側面に青いストライプという塗装でどの機体も同じ塗装がされている。しかし衝突した175便の機体の青い線が特徴的で、胴体の裏のストライプが途中で切れている。 その切れている部分になにかが装着されているように見える。 175便が衝突する直前そして直後の眩しい閃光は何だろう。 衝突する直前、第2ビルに正体不明の動く赤い光の点が現われた。位置的に175便の左翼部分から出ているレーザーのようだ。いくつかのカメラに映ったこの光の正体は何だろう。 そして衝突時、175便の先端で衝突した瞬間に小さな爆発が起きている。衝突した瞬間に爆発は起きないし燃料タンクは翼にある。この爆発も別々の場所にあったカメラ数台に映っている。 この爆発の正体は何だろう。発表はない。 そもそもなぜ11便と175便はツインタワーに衝突できたのだろう。テロリストで操縦訓練を受けた4人は、何れも実機ではセスナ程度の単発プロペラ機。訓練でボーイング737の操縦を少ししかしていない。 そのテロリストがなぜその日始めて操縦するボーイング757、ボーイング767を操縦できそして標的に正確にそして高速で衝突できたのだろうか? ツインタワーは大きいビルだが素人が時速800kmで当日初めて操縦する機体をそのビルに正確に衝突させることなどできるだろうか? さらに175便は回り込みながら衝突するというベテランパイロットでも無理のような衝突の仕方をしている。先程紹介した77便の高速急降下旋回そして高速低空飛行も素人には無理に決まっている。 それではなぜ衝突できたか、このような説がある。遠隔操作だ。旅客機を遠隔操作するというのは1960年からできるとされている技術だ。2001年なら簡単なものだろう。 ここで1999年に起きた事故を紹介したい。1999年10月31日、エジプト航空990便、ボーイング767は離陸直後突然墜落した。機体にはなんの問題はなかった。なぜ墜落したか、アメリカの事故調査委員会は副操縦士の自殺とした。 確かに証拠もあるし事故原因はエジプト側の主張を無視し「副操縦士の自殺行為」とされた。しかし1999年10月31日990便を担当していた管制官と2001年9月11日に11便と175便を担当していた管制官が同一人物なのだ。 990便は突然墜落した、11便と175便はベテランパイロットでも無理のような動きを見せ正確にツインタワーに衝突した。990便11便175便の機種はボーイング767。それらを担当した管制官は同一人物。 これが意味することは何だろう。 そして最大の謎。何故ブラックボックスが見つからなかったのか… 旅客機のコックピットの会話を記録するCVRとフライトを記録するFDR、をブラックボックスという。先程は紹介しなかったが、ブラックボックスは衝撃に対し最も強い金属で作られている墜落の衝撃を耐え抜くためである。 「ブラックボックスは衝突の衝撃で、崩壊の衝撃で破壊されただろう」ということで発見されなかった。これはありえない。まずブラックボックスが壊れた、発見されなかったなどの事例は少なくともアメリカにない。世界を見てもそのような出来事はおそろく無に近いだろう。 国家運輸安全委員会も認めている。ブラックボックスは簡単には破壊されない。そもそも「見つけないといけない」ものなのだ。CDも何枚か割れずにあの崩壊を耐え抜いている。 さらに2機合わせて4つのブラックボックスのうち、消防士が3つ回収し、FBIに渡した。しかし報告では発見されなかったことになっている。 「はい、確かに私が2つ仲間が1つ見つけました。その後FBIのような人に渡したんです」彼はそう話した。 そして最大の疑問、FBIは175便に乗っていたテロリストのパスポートがポケットから飛び出し、爆発を逃れて、マンハッタンの地面に落ちていたものを発見した、としている。 つまりこういう事だ。最も壊れにくいボイスレコーダーが破壊され、非常に壊れやすい紙はどうにか残っていた、という事だ。 ~~ 存在するもの ~~ あの日破壊された旅客機は4機。テロリストは19人。しかし破壊された4機のうち2機は存在し、亡くなったはずのテロリスト19人のうち少なくとも9人が生きているのは何故だろう。 機体にはそれぞれ機体記号がある。同じものはないため人間の指紋のようなものだ。11便として飛行した機体の機体記号は「N334AA」175便は「N612UA」77便は「N644AA」93便は「N591UA」 連邦航空局は、N334AA、N644AAを破壊されたとした。しかし、N612UA、N591UAは有効とした。つまり175便と93便の機体は残っている。確かにN591UAを目撃したユナイテッド航空社員がいる。 それにN334AAとN664AA、つまり11便と77便に使われた機体はあの日飛ぶ予定の航空機ではなかった。なぜ突然… テロリストは19人。そのうち現在も生きているのは少なくとも9人。何故こんなことが起きた。 9月14日にテロリストの名前が発表されたが 9月12日 11便搭乗のモハメド・アタの父親が息子から連絡を受ける。生きていることが判明。 9月21日 77便搭乗のサレム・アル・ハズミが生きていることが判明。 9月21日 11便搭乗のワイル・M・アル・シェフリが生きていることが判明。 9月23日 11便搭乗のワリード・アル・シェフリがモロッコのカサブランカで元気に生きていることが判明。 9月23日 11便搭乗のアブドュラジズ・アロマリが生きていることが判明。「FBIが自分をハイジャック犯リストに入れたなんて信じられなかった。確かに名前と誕生日は合っているが、私は自爆テロリストではないしいまここで生きている」と発言。 9月23日 93便搭乗のサイード・サルガムディが生きていることが判明。「FBIは証拠を何も持っていません何もしていないのに死んだテロリストだと言われてどんな気持ちか想像できます?」と発言。 9月23日 93便搭乗のアフメド・アルナミが生きているころが判明。「生きていますよペンシルバニアなんて聞いたことありません」と発言。 10月4日 77便登場のカリド・アルミドハルが生きていることが判明。友人に「テレビにお前の写真が出てる」と連絡を受けた。 10月12日 175便搭乗のモハンド・アル・シェフリが生きていることが判明。サウジアラビア大使館は彼と9.11は関係ないことを確認。 9月20日24日にミュラーFBI長官はこのテロリストが実際のテロリストだったという証拠はないと発言。 さらに77便にテロリスト5人が乗った証拠がない。 さらにテロリストがアルカイダと関係があるという証拠もないし9月11日にアメリカにいたという証拠もないし飛行機に乗った証拠もない。 ~~ ビン・ラディン ~~ ビン・ラディンの告白テープ。これは「9.11テロは私が実行した」という内容のテープだが。その画質は非常に荒い。 さらにそのテープに映っている者は「誰?」と思うほど、ビンラディンに似てない。つまり偽者ということになる。 さらに左利きのはずの彼だが、テープでは右手で物を持ったり食事をしていたり文字を書いている。さらにイスラム教では禁止されている金の指輪までしている。 これを証拠にアメリカはアフガニスタンを攻撃、そして危険な国としてイラクを攻撃した。 それにビン・ラディンは声明で、自分はアメリカ政府に名前を使われた、自分は9.11には関与していない、皆さんに分かってほしい私を信じてほしいと述べている。極めて重要な声明なのにほとんど知られていない。 「ウソつけ」と一言で片付けられて相手にされてこなかったのかもしれない。 ~~ まとめ ~~ 2001年9月11日起きたあの悲劇。結局真実はなんなのだろう。テロではないという可能性が出てきたすると誰が仕組んだことなのだろう。 ビルから発見されたHDの中からの情報。何人かは飛行機が衝突する時間を知っていて1億ドル以上の金を引き上げている。 1600億ドル分の金塊がビルから逃げている…消防士でさえビルの崩壊を知らなかった。 ブッシュ大統領はそのあとやりたい放題だった。アフガニスタンを攻撃し、イラクを攻撃した。しかしイラクは9.11とまったく関係ない。 アフガニスタンでさえ、関係ないかもしれない。ビン・ラディンは9.11は自分と関係ないと言っている… テロリストはなにかを訴えるため行動を起こす。1985年に起きたエアインディア185便の爆破事件では、事件を起こしてもない4つものテロリストが犯行声明を出した。 テロとはそういうものなのだがビン・ラディンはやってないと言っているのだ。これは信じてもいいことなのではないか。 しかし9.11が自作自演だとしたら?アメリカは北朝鮮なんかより恐ろしい国だ。国民を3000人近く殺せる国なのだから。 結局得をした人もいるのだ。株価の上下で儲けた人。テロ保険で莫大な金を手に入れた人。2つの国を攻撃し国の強さを見せ付けた人… 日本は関係ないのだろうか?いやそうでもない。小泉元総理はなにをした?そう自衛隊を派遣したのだ… 世界の問題になっているのだ。遺族はもちろんアメリカ国民、アフガニスタンの人々、イラク国民そして世界の人々が9.11の真実を知る必要がある。 ~~ 感想 ~~ ここまで書いてくるの長かったです。読んでくれてありがとうございます。 どうでしたか?こんな説もあるんですよ。しかし全てに完全な証拠はないので100%信じるのも危ないかもしれません。 しかし9.11になにか絶対あると思います。それを知る権利はあると思います。
https://w.atwiki.jp/sysd/pages/1190.html
岡野バルブ製造 本店:北九州市門司区中町1番14号 【商号履歴】 岡野バルブ製造株式会社(1936年2月21日~) 【株式上場履歴】 <東証2部>1962年4月16日~ <福証>1962年4月16日~ 【沿革】 大正15年11月 元会長岡野満が、門司市小森江(現北九州市門司区)に岡野商会を創設し、動力用高温高圧バルブの製作を開始した。 昭和10年3月 現本社所在地に新工場を建設し移転した。 昭和11年2月 資本金30万円をもって、岡野バルブ製造株式会社を設立した。 昭和18年12月 福岡県行橋市に行橋工場を新設し、素材から完成品までの一貫生産を確立した。 昭和25年8月 門司工場を機械加工・組立・試験の専門工場に改編し、行橋工場を素材生産専門工場に編成替えを行った。 昭和37年4月 東京証券取引所市場第2部及び福岡証券取引所に株式を上場した。 昭和39年9月 福岡県行橋市にスペロ機械工業株式会社を設立した(現・関連会社)。 昭和42年3月 福岡県北九州市に岡野工事株式会社を設立した(現・関連会社)。 昭和43年6月 BWR用バルブを日本原子力発電所敦賀1号に納入し、原子力用バルブの本格的生産を開始した。 昭和54年3月 米国機械学会(ASME)による原子力用一般弁の品質を保証するNスタンプの認定を取得した。 昭和54年9月 福岡県北九州市に岡野サービス株式会社を設立した(現・連結子会社)。 昭和55年7月 米国機械学会(ASME)による火力及び圧力容器用安全弁の品質を保証するU及びUVスタンプの認定を取得した。 昭和60年12月 大連高圧閥門廠(中華人民共和国)と合弁会社大連岡野閥門廠を設立した(現・関連会社)。 平成元年3月 福岡県北九州市に岡野メンテナンス株式会社を設立した(現・連結子会社)。 平成元年4月 福岡県行橋市に岡野工業株式会社を設立した。 平成元年10月 山武ハネウエル株式会社と業務協力に関する基本契約を締結した。 平成6年10月 国際標準化機構によるISO9001認証を取得した。 平成12年10月 子会社岡野サービス株式会社は、子会社岡野工業株式会社を吸収合併した。 平成12年10月 国際標準化機構による環境管理システムに関するISO14001認証を取得した。 平成19年6月 福島県双葉郡の福島第一事業所内にメンテナンス技能研修センターを建設した。 平成19年11月 福岡県行橋市の行橋工場内にメンテナンス技能研修センターを建設した。
https://w.atwiki.jp/acnh_islandopening/pages/32.html
ここではおすすめの企画者・島開放者を紹介します。 複数の情報源より入手した情報を利用した公正・公平な記事作成をしております。 企画者・島開放者の選び方 HirotonTV(X公式アカウント)氏が運営する企画・島開放および、同氏が公認している「どくさいじんみん島公認企画者・島開放者」は比較的安全性が高く、品質の高い企画・島開放の運営が保証されています。 初心者の方はそちらの島開放を利用されることをおすすめしております。 おすすめの公認企画者・島開放者 Coming Soon 注意事項 危険な島開放者もあります。関係を持つと皆様の不利益となりますので必ずご確認いただくことをおすすめします。