約 301,182 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/862.html
186 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 42 02 ID jbjk43y6 3 僕の家は高校からかなり近い。 なんてったって徒歩10分で家から高校に行ける程だ。 家から高校に向かうのに10分という事は、 帰りも当然10分で着いてしまうので、直ぐに家に帰る事が出来る。 幸いにも、通路には繁華街を突っ切るので寄り道にも不自由にはなく、 学生としては破格の立地条件である。 元々、僕はもう少し上の高校に入れたのだけれど、 その高校に通うのには40分を要す。 なので通学時間が4分の1の現在の高校に通っているというわけだ。 レベルが少しとはいえ、自分より低いので授業も普通にやれば問題も起きないだろうし お腹が空いているので、今日は寄り道して帰る事にした。 寄り道する前に、必ず確認しなければいけない事がある。 それは、自分の財力・・・・・・・・・この場合は財布の中身の確認である。 以前、財布の中身を確認せずに飲食店に入り、 財布の中身を見たら、 売っている食べ物の最低金額が、 自分の手持ちの金額を上回っているという事態に陥り、 考えた挙句の果てに水だけ飲んで知らんぷりして店を出るという事をした。 あの時の店員や周りの客の目を自分は一生忘れる事はないだろう。 財布の中身・・・・・・・・・よし、それなりにあるな。 自分の財力を把握出来た所で、 そのまま蕎麦屋(今日は蕎麦の気分だった)に行こうとして、 「けんちゃーん」 それなりの距離からの声が僕の動きを止めた。 今までの人生の中で自分をそう呼ぶ人間は2人、 そのうちの1人はあり得ない事なので、 結果的に声の人物の姿を捉えなくても直ぐに誰かは分かった。 その人物―――田村 夏夢はこちらに向かってきている。 彼女とは5年位の付き合いで、 幼なじみとまではいかないものの、親友の間柄である。 髪は黒でショート、まぁよく居そうな活発な少女、 容姿は親友補正なしでも、美人に入るとは思う。 でも、活発なのでそんな風に感じにくかったりする。 ちなみに背はお世辞にも平均とは言えなく、背の事を言うといきなり殴られる。 中学時代はよく遊んだりしたものだけど、 高校が変わってからはそんな事もなくなるんだろうなと思っていたので、 高校初日から会えたのは正直驚いたりした。 しかし、小学生からの友達、それが親友となれば尚更、 驚きはあるが、喜びは大きかった。 187 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 42 41 ID jbjk43y6 「やあ、久しぶりだね」 とりあえずは普通にお約束の挨拶をした。 「うん、久しぶり・・・・・・・・・・あれ?一週間前に遊ばなかった?」 確かにその通りである。 「まぁ、気にしない気にしない」 「むー・・・・・・・まぁいいや。ところで今からお昼かな?」 「そうだよ、今から蕎麦食べにいくとこ」 「じゃあさ、一緒していいかな?私も今からお昼だしさ」 別に断る理由はない。 「あぁ、いいよ。でも奢りはしないからな」 財布の中身は少なくはないが、奢る程には入ってない。 「期待してないから大丈夫だよ。 けんちゃんにそんな甲斐性があるなんて昔から思ってないし」 その通りだが、奢らさせる様な人に言われる謂われはない。 「少しは言葉遣いとかきちんとすればモテるだろうに……勿体無い」 この台詞を言うのは何度目だろうか? 「別に今のままでもモテてるから安心しなさい。」 「じゃあ、何で未だに彼氏の一人も出来てないの?モテてるってまさか女子からとか?」 「ちが・・・・・・・・女子からもよく告白されたわね・・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・世の中は案外面白く出来ているものだ。 「彼氏が居ないのは単純に私が他に好きな人が居るだけだよ。 もし、仮に居なかったにしても、 容姿やちょっと接しただけの性格だけで告白してくる人はどのみち願い下げだけどね」 どうやらモテるというのも案外羨ましい光景でもないみたいだ。 「ふーん、案外大変そうだね、モテるのって。 まぁ僕には所詮無縁の話だね」 本当に、バレンタインデーに義理チョコを貰った事しかない僕には無縁の話だ。 「そうなんだよ、別に好きでもない人に告白されまくっても良いことなんて一個もないものよ。」 「そういえばさ」 「ん?」 危うく流しそうになったが、流すには惜しい台詞を聞いた。 「夏夢って好きな人居たのだか」 「まぁね、そりゃあ高校生になって好きな人の一人いないなんてレズ位なもんでしょ」 良い人に出会えなかったという事もあるが、今はスルーしよう。 「それでさ、それって誰? 高校で会った人? それとも中学の時からの知り合い? 隠しキャラで皆が知らない幼馴染みとか?」 人は他人の恋愛事には、つくづく野次馬をするのが好きなようだ。 現に、僕がこんなに興味を示した事なんてここ3年位ない気がする。 「んー・・・・・・・・・・幼馴染みではないけど近い、中学からの付き合いではあるわね。」 「告白なんかはするのか?」 そう聞くと彼女はうーんと、数秒悩み、 「分かんない、でも出来れば向こうから告白してほしいな」 「分かんないって事は向こうも、 夏夢の事を好きだと言う事なのか?」 「多分そうだよと思うよ。それに、まだ進展なんかはないと思うけど、 一つだけ確かな事があるよ」 「確かな事?」 聞いた瞬間に背筋がきた。 何が来たのかは分からない。 だけど確かに何かがきた。 188 :溶けない雪 [sage] :2007/09/27(木) 17 43 45 ID jbjk43y6 「私はその人を絶対に手に入れるって事」 そう言い、夏夢は僕に笑っていた。 でも、いつもの笑顔などの類いでは決してない。 その笑みは・・・・・・・そう、初めて見るが狂喜の類いだ。 別にこれが狂喜だとか分かっていたわけではない。 只、本能的にそう思った。 結局、蕎麦屋に入ったはいいが、 メニューを見てるうちにうどんが食べたくなり、うどんを食べた。 その後、少し夏夢とウィンドウショッピングをし、夕方頃に各自帰路についた。 道で別れた後、しばらくして夏夢が振り返り、健二の背中を見ながら 「絶対に手に入れるからね………」 と呟いた。 その呟きを聞いた者は、誰も居ない。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1459.html
礼奈は大変な事を親に言われました キルケのバトルデビューは勝利という嬉しい結果に終わり、二人と二体は山田家に戻った。 「良かったな、勝てて」 「うん!」 「私も正直勝てるとは思ってませんでした」 「キルケちゃんつよーい!」 ・・・タマはマスターは平仮名で言うのにキルケは片仮名だ。なぜだろう・・・それは置いといて。 「もう夕方だな・・・礼奈、そろそろ帰らなくていいのか?実家、遠いだろ」 「うーん・・・今日は泊まってこうかな」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 礼奈の一言に和章は驚いた。物凄く驚いた。 「何?そんなに驚かなくたっていいじゃん」 「だってお前、泊まるって・・・実家には言ってあるのか?」 「これから言うもん」 「これからって・・・」 和章はもうどうでも良くなったようだ。 「わかったよ。好きにしろ」 「わーい!ありがとう!」 「やったー!レナちゃんと一緒にねれるんだー!」 タマは大喜びである。 「はぁ・・・」 キルケは少し呆れていたようだが、やがて「マスターがそう仰るならば、私は止めません」と言って礼奈の肩の上に座った。 そしてその日の夜。 ピッポッパッ・・・礼奈は実家に電話を掛けていた。 「あ、もしもし?母さん?・・・うん。大丈夫。・・・それでね、今日は・・・え?・・・うん、わかった・・・」 ツー、ツー、ツー・・・ しばらくして、礼奈は和章の部屋に行った。 「で、どうだった?泊まりの件」 和章が聞く。 「それが・・・」 しかし礼奈は答えず、俯いてしまう。 「? どうかしたのか?」 「一々通うの大変だろうからそっちに住み込みなさい・・・って」 「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」 和章、本日二度目の絶叫。今度はキルケも一緒に驚いた。タマはますます喜んでいたが・・・ 「そ、それは・・・つまり、これからずっと俺ん家に居る・・・って事か?」 「多分、そう・・・だと思う。」 「マジかよ・・・」和章は頭を抱えて悩みこんでしまった。 「そんな訳でよろしくね、兄さん」 「宜しくお願いします」 「よろしくね、ふたりとも!」 「お前らなぁ・・・」 こうして礼奈は山田家に住み込む事になった。 第四話につづく 第二話後編に戻る ネコのマスターの奮闘日記
https://w.atwiki.jp/aria_matome/pages/61.html
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/743.html
545 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 08 02 ID OltU+Q9A さわさわと道の並木が揺れる。 僕が半歩前にいて。 従妹が半歩後にいる。 繰り返し繰り返し続けられる立ち居地。 前へ出ることも無く。 共に並ぶでもない。 けれど見えぬほど後ろにも無く。 唯、静かにそこに在る。 今は綾緒だけが、そこにいる。 5回。 それだけ春を遡ると、僕と綾緒の傍には、もう一人の少女がいた。 僕らの遠い親戚で、名族・楢柴の分家。 充分高貴と云える家柄なのに、良い意味でお嬢様らしさを感じさせない爛漫な女の子。 加持藤夢(かじ ふじめ)。 それが、彼女の名前。 僕らの傍にいた少女の名前。 僕の――初恋の相手の名前だ。 僕の父は5代前の先祖の名前もわからない、まさに一般人だった。 そんな父が愛したのは、名門・楢柴の長女。 どこで知り合ったのかとか、どうやって仲良くなったのかとか、そんなことを教えてくれたことは 無い。話を聞こうとすると、笑って誤魔化すだけだった。 唯、二人が真剣に愛し合っていることだけは子供心に感じられた。 楢柴は名家だ。 『高貴』な娘と『雑種』の雄の婚姻には、当然反対した。 その反対の『手段』は嫌がらせで済むレベルでは無かったようだ。 それでも結婚にこぎつけたのは本人達の意思と、一握りの協力者があったから。 父の友人達と、母の姉代わりだった分家の女性――加持家の当主の協力が。 『雑種』に娘をさらわれた楢柴本家の人間は父を深く憎んだらしい。けれど子供が生まれると、 次第に両家は打ち解けたようで、ついには挨拶程度ならば出来るようになったという話。 そんな縁があるからだろう。 母方の親戚とはあまり面識が無いが、加持家の人々とは長い付き合いになる。 だから僕と藤夢が出会ったのも、記憶に無いくらい昔の話。 当主の娘・藤夢は母親譲りの温厚な人柄と明るさを備えていた。 同い年というのも手伝って、僕と彼女はすぐに仲良くなった。 否。僕はそう思っていた。 加持の家は他県にあるから滅多に会うことは出来なかったが、それでもたまに会える藤夢の姿を 見ることが僕の楽しみだった。 初恋。 自身の感情をそう判断できたのは、歳も二桁になってからだ。 「藤夢ちゃんのことが好きなんだ」 どうしたものかと悩む僕は、綾緒にそう相談した。 「まあ、にいさまが、藤夢のことを?」 従妹は穏やかに驚く。 綾緒はひとつ年上の藤夢を呼び捨てる。対して藤夢は綾緒にさん付けをする。それは主家と分家の差 だったのだろう。 「どうすれば良いかな」 僕が問うと、綾緒はニッコリと笑った。 「勿論、藤夢に想いを伝えるべきです。“そのままにしておく”ことはありません」 「そうかな?」 「はい。綾緒はにいさまを応援致します」 「そうか、ありがとう。なら早速――」 「駄目ですよ、にいさま」 突然の静止に僕は振り返る。 「“今”は駄目です。明日以降。明日以降にして下さいませ。綾緒にも・・・準備がありますから」 「準備?」 「はい。準備です。ですからにいさま、藤夢に想いを伝えるのは、明日以降に」 従妹に念を押され、僕は翌日、藤夢を呼び出した。 子供とはいえなにか察していたのだろうか。 約束の場所に来た藤夢は、酷く暗い顔をしていた。 546 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 10 01 ID OltU+Q9A 怪我でもしたのだろうか。 彼女は指先に包帯を巻いていた。 僕は一瞬迷う。 なにも云わないほうが良いのではないかと。 「好き」 そう伝えてどうなるかなんて、考えもしない。 交際という概念もない子供だった。 唯、想いを伝えたかったのだ。 僕は意を決して藤夢に想いを告げる。 彼女は僕の言葉を聞くと、目を見開いて泣き出した。 そして消え入るようなこえで、 「・・・・ごめんなさい・・・・」 そう云って泣き崩れた。 ショックだった。 藤夢も僕を好いてくれていると思っていたのだ。 だから勇気を出せたのに。 「藤夢ちゃん、僕のこと・・・嫌いだったのか?」 「ち、違うの!私だって、創ちゃんのことを――」 「にいさまのことを?」 凛とした声が響いた。 「――ひっ」 藤夢は身体を竦ませる。 「綾緒・・・・」 従妹がそこにいた。 綾緒は微笑みながら僕の傍に来る。 「申し訳ありません、にいさま。つい“心配”になって、来てしまいました」 従妹は僕に腰を折り、分家の少女に向き直る。 「ねえ、藤夢、にいさまの想いは聞いたのでしょう?それで、貴女はなんと答えたの?」 「う・・・・ご・・・・ごめん、なさい・・・・って・・・・」 「まあ」 綾緒は口元に手を当てる。 「信じられませんね。にいさまの御心を踏みにじれるなんて」 「・・・・・・」 「どうして?藤夢。にいさまのどこが気に入らないの?」 「そ、それ、は・・・・」 「それは?」 「・・・・・・」 「それは、何?云うのよ、藤夢」 「わ、私・・・・は、創ちゃんのことが・・・・・」 ぎゅうぎゅうと手を握っていた。 包帯の先が赤く滲む。 そして搾り出すように云う。 「創ちゃんのことが・・・・・だいっきらい・・・・・だか・・・ら・・・」 「――」 大嫌い。 そう云われて僕は放心した。 ずっと仲良くしてきた女の子が。 ずっと好きだった女の子が。 こんなに泣き出すほど、僕を嫌っていたなんて。 「藤夢」 綾緒は少女をを睥睨する。 「貴女、最低よ?断るにしても、もっと云い方があるでしょう?こんな人様を傷つけるような云い方を するなんて、失礼だと思わないの?」 「う・・・・だって・・・・!それは、」 「それは?」 「ひっ・・・・」 少女はあとずさる。 「ごめん・・・・・。ごめんね、創ちゃん・・・・」 そう云って立ち去った。 547 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 11 59 ID OltU+Q9A 僕は追いかけることが出来なかった。 大嫌い。 そう云われたショックで、頭の中が真っ白だったのだ。 「にいさまぁ」 綾緒は僕に取りすがる。 「辛かったでしょう?悲しかったでしょう?可哀想なにいさま。でも、安心してください。綾緒は、 綾緒だけは、にいさまの傍におりますから」 「綾緒・・・・だけ、は・・・」 「ええ。綾緒“だけ”です。綾緒だけはにいさまの味方です」 僕は泣いた。 膝を屈して泣いた。 従妹は僕の頭を撫でる。 「にいさま、藤夢はにいさまの良さを理解できなかったのです。でも、綾緒は違います。にいさまの 素晴らしさを理解しています。にいさまには綾緒だけなんです。ですからもう、藤夢には逢わないで 下さいませ。そのかわり、綾緒が傍におりますから」 「・・・・・」 「藤夢には後できつく云っておきます。二度と邪な感情を抱かないように、念を押しておきますから」 撫でながら従妹は云う。 そうして、僕の初恋は終わった。 藤夢と逢うことももう無い。 まわりにいる母方の親族も、今は綾緒だけになった。 「卒爾ながら、にいさま」 半歩後ろを往く従妹は、僕を追憶から呼び覚まして問う。 「先ほど、にいさまの学び舎に制服を着た童女がおりましたが、あれは一体何だったのでしょうか?」 「童女?ああ、一ツ橋のことか」 僕は苦笑する。 「部活の後輩だよ。アレでも一応、お前と同い年なんだよ?」 「まあ・・・・」 綾緒は口元に手を当てる。 「彼女は、綾緒と同学年なのですか。てっきり初等部の学生かと・・・・」 「お前の通ってるとこと違って、うちは初等部とかないよ」 従妹の通う名門私立校は、幼稚舎から大学院までを兼ね備える巨大な教育施設である。 幼少時から社会に出るまでの間を総て光陰館で過ごすものも少なくない。かく云う綾緒もその一人だ。 「彼女は、一ツ橋様と云うのですか」 「うん。一ツ橋朝歌。高校一年生」 そう答えると、従妹は考え込むような仕草をみせる。 「にいさまには、そう云った嗜好はないはず・・・。けれど一応は・・・・」 「綾緒?どうかしたのか?」 「いいえ。何でもありません。それよりもにいさま」 従妹は微笑む。 どこか醒めた瞳で。 「今日はきちんと、朝餉を摂って頂けましたか?」 「――」 僕は言葉に詰まる。 朝。 食べたのは先輩のそれ。 従妹の用意した食材は生ゴミとして処理されたのだから。 「あ、えと・・・」 「どうなされました、にいさま?」 綾緒は小首を傾げる。 薄い笑み。 心底の読めぬ貌。 「ご、ごめん・・・・」 「ごめん?何故にいさまは綾緒に謝罪なさるのですか?」 にこにこと。従妹は笑い続ける。 「その、今朝は・・・綾緒の料理を食べられなかった・・・」 「食べられなかった?寝過ごされたのですか?」 「そうじゃなくて・・・・・」 548 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 14 00 ID OltU+Q9A なんと云えば良いのだろう。 捨てられたとは云いにくいが、嘘を吐くのも躊躇われる。 「そんなに云い難いですか?綾緒ではなく、織倉由良の食事を選んだとは」 「――!」 僕は慌てて振り返る。 綾緒の顔に笑みは無い。 「ど、どうして」 「どうして?綾緒はにいさまをいつでも見ています。にいさまの事で解らぬことはありません」 「う、ぁ・・・・」 怒っている。 従妹は表情に出さぬ怒りを纏っている。 約束を破ったこと。 食事を摂らなかったこと。 先輩に世話にならぬと云えなかったこと。 その、総てに。 「さあ。帰りましょうにいさま。釈明は家で聞かせて頂きますから」 従妹は笑顔に良く似た――酷く歪な表情を作った。 「矢張り和装のほうが落ち着きますね」 目の前に座る従妹は着物姿。 この家には綾緒に着替えや私物も僅かながら置いてある。 今、綾緒の手に握られている『それ』も、そのひとつだ。 家に着いた綾緒は扉を開け、僕の靴を揃え、制服の埃を払い、私室まで荷物を運び、一礼した。 総てが完璧な、淑女としての所作。 その綾緒の前に正座する僕は、従妹の持つ器具に目を奪われ、動くことが出来ない。 従妹の傍らには白い箱が置いてある。 救急箱。 赤十字のシンボルがついたそれは、家の治療用具容れだった。 「さて、にいさま」 目を細めた綾緒は、僕を見据える。 「にいさまは綾緒との約束を破りましたね。それについて、弁解があれば聞いておきますが」 カチ。 カチ。 カチ。 カチ。 綾緒は手に持った『器具』を鳴らす。 ガチ。 ガチ。 ガチ。 ガチ。 僕は口の中を鳴らした。 「ご、ごめんよ、綾緒。僕が悪かった・・・・!!」 頭を下げる。 体裁もなにもない。唯ひたすらに許しを請う。 朝の一件。その総てを偽り無く話しながら。 「にいさま。それほど自らに非があるとお考えならば、何故綾緒との約束を破りましたか?」 「ごめん、ごめんよ・・・・」 何を云っても云い訳になる。だから頭を下げるしかない。 「嘘偽りなく話したことは評価しましょう。ですが罪は罪。罰は罰です。にいさま。お手を上げて 下さいな」 「う・・・・」 カチ。 カチ。 カチ。 カチ。 綾緒は笑顔で器具を鳴らす。 僕は震えながら右手を差し出した。 「左手で結構ですよ。正直に話せたご褒美に、利き手は勘弁してあげます」 「・・・・・」 549 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 16 01 ID OltU+Q9A 云われたとおりに左手を出すと、綾緒は『ペンチのようなもの』を中指の爪に宛がう。 「にいさまは綾緒の大切な方です。ですから、手心を加えて差し上げます」 べきり。 嫌な音と、感触が響いた。 「――い」 そして僕は。 「い゛い゛い゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああ!!!!!!」 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!! 左手を押さえてのた打ち回った。 従妹の手にあったもの――爪剥がし用の『拷問具』。 綾緒は剥げた僕の爪を舐める。 「本来ならば、爪を砕いて割れたものを一つ一つ丁寧に剥がすのですが・・・・・にいさまに そこまでの無道は出来ません。これは綾緒の慈悲と知って下さい」 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・!!」 のた打ち回る僕を押さえつける。 そして、左手を取った。 「にいさま」 爪の剥げた中指に、綾緒は爪を立てる。 「い゛っ――!!!!!!!」 痛みで暴れだすが、身体はピクリとも動かない。 柔術の印可を持つ綾緒には、抵抗しても無駄なのだ。 「綾緒のにいさまは“良い子”ですよね?今回は折檻しましたが、次からは約束の守れる“良い子” になれますよね?」 「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ・・・・・っ」 頷いた。 泣きながら何度も頷いた。 「そう。それで良いのですよ。いつもにいさまは綾緒の思うがままにしてくださいますものね」 僕の傷口を舐める。 繊細な舌遣いは、鈍い痛みとなって脳髄に響いた。 『手心を加えた』 その言葉は、恐らく嘘ではない。 今の綾緒はそれほど怒っていないのだ。 僕が素直に謝ったから、たったこれだけで済んだのだ。 「わかって下さい。綾緒はにいさまが大切なのです。なによりも。誰よりも」 ちゅぱちゅぱと。 ぴちゃぴちゃと。 いつまでも従妹は僕の指をしゃぶり続けた。 朝早く目を覚ます。 左手がジンジンと痛い。 あの後―― あの後綾緒は実に甲斐甲斐しく、僕の指の治療をした。 爪を剥いだ本人だというのに、心底心配そうに手当てする。 「にいさま、あまり綾緒を困らせないで下さいませ」 そう云って、僕ともう一度『約束』をした。 「この家にはもう、織倉由良を入れないようにして下さいな。良いですね?」 僕は頷くしかない。 包帯を見る。 指先には、僅かに血が滲んでいた。 昨日のアレは、綾緒の『お仕置き』としては軽いほうだった。 そのことで僕にもまだ恐怖が残っているのだろう。二日続けて早朝に目が覚めるなんて。 身体はだるいが、眠気は無い。食欲も、ある。 だから、まだかなり早い時間ではあるが、朝食を摂った。 今日こそは綾緒の用意した食べ物を。 550 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 17 59 ID OltU+Q9A 能面・『深井』と目が合う。 「綾緒はにいさまをいつでも見ています」 その言葉を思い出す。 「今日は・・・・今日からは気をつけないと」 身震いしながら後片付けをする。 まだ6時40分。 時間的にはかなりゆとりがある。 ガチャン、バタン。 「え?」 鍵の――そして扉の開く音がした。 家を空けている両親はまだ帰っていない。 従妹ならば呼び鈴を必ず鳴らす。 泥棒ならば、玄関から、しかも音をたてて入るようなことは無いだろう。 「な、なんだ・・・!?」 驚いていると、静かな足音が近づいてくる。 「え?」 音の正体を視認して、僕は目を見開く。 いてはいけない人が。 来てはいけない人が。 入れてはいけない人が、そこにいた。 「ああ、日ノ本くん。もう起きてたんだ」 先輩―― 織倉由良は買い物袋を下げたまま、僕に微笑んだ。 「ど、どうして先輩がここに?」 「やだな。日ノ本くんのご飯を作るのは、お姉さんの役割でしょう?だから来たの。折角だから 起こしてあげようと思ったんだけど、もう起きてたのね」 「え、う、でも、鍵・・・」 混乱で上手く喋れない。 それでも意味が通じたのか、織倉由良は片手を持ち上げて見せた。 「これ」 うちの鍵と良く似たものが摘まれていた。けれどそれには見たことのないキーホルダーが 付いている。 「合鍵。この間作っておいたの。こうすれば、いつでもこの家に入れるでしょう?」 (合鍵って・・・・鍵なんて、渡したこと無いのに・・・・) にこにこ。 にこにこ。 先輩は笑う。 (綾緒はいつでも) まずい。 (見ていますから) まずいぞ。 追い返さなければ。 昨日の今日でこんなことになったら、きっともっときつい『お仕置き』をされてしまう・・・! 「今日はパスタにしようと思うんだけど、どうかな。少し軽めにして――」 僕を無視するように喋っていた先輩は、洗い場を見て言葉を止める。 「あら?」 食器に触る。洗い立てのそれは、当然のごとく湿っていた。 551 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2007/05/26(土) 12 19 13 ID OltU+Q9A 「日ノ本くん、もうご飯食べたの?」 先輩は振り返った。 「そ、そうです。もう食べて、おなか一杯なんで、今日のところは・・・」 「トイレ往って来て」 「え?」 「トイレに往って、全部吐いて来て。おなかの中を空にすれば、充分食べられるでしょう?」 「そ、そんな・・・」 「なぁに?まさか“食べない”なんて云わないわよね?」 先輩が近づいてくる。 (どうしよう・・・。どうしよう・・・・) 「おはようございます」 「「!?」」 突然の声。 ちいさいのに、良く通る澄んだ声がした。 僕らは慌てて振り返る。 「朝歌ちゃん?」 「ひ、一ツ橋?」 僕らは驚く。 こんな場所で会うことの無い人物。 ちいさな後輩がそこにいた。 なんでここに? 僕の疑問を他所に。 「どうも」 一ツ橋はいつもの調子で感情の無い挨拶。 言葉もないまま。 僕と先輩は顔を見合わせた。
https://w.atwiki.jp/ragadoon/pages/1295.html
日程:5/23 時間:10:00~ 場所:ディスコ レギュレーション 使用可能ルール:基本1・2、AF、戦記DB、上級 使用禁止スタイル:なし PCレベル:8 マスコン&国ルール:使用せず たたえよ神を 心を込めて. 光をたたえん 輝く真理を. たたえよ神を 心を込めて. 天にまします我らが母よ 今また、その栄光を 第三話「たたえよ天を」 聖印を、掲げよ。 PC① (PL名:ぎるる) 推奨クラス:ロード 推奨スタイル:メサイア以外 因縁:天使の投影体/関係:敵対/メイン:任意/サブ:任意 あなたはロードだ。 最近、近くに魔境が生まれ、その対処に四苦八苦している。というのも、軍や民が事あるごとに魔境へ向かいかえってこないのだ。 これ以上放っておくわけにもいかない。しかし、こちらの戦力は少々足りない。どこかから救援を求めることはできないだろうか…。 そういえば、隣村のトラネスは、そのトラネス村が従えているロードに二度も反逆を受けながらも、何とか収めたと聞いている。同盟のことを、少し考えてもいいのかもしれない。 PC② (PL名:れみす) 推奨クラス:メイジ 推奨スタイル:任意 因縁:ロジェ・メルカトル/関係:任意/メイン:任意/サブ:任意 あなたはメイジだ。 最近、兵の急減による軍事問題で頭を抱えている。このまま攻められたらすぐに落ちるとまではいかないが、苦戦は免れない。 一刻も早く、同盟をどこかの村と結びたいところだが…そういえば、確かトラネス村のメイジは…。 PC③:ロジェ・メルカトル (PL名:りちょう) クラススタイル:メイジ/プロフェット(表) 因縁:PC②/関係:任意/メイン:任意/サブ:任意 あなたは、対混沌用の軍事同盟の締結を任されたメイジだ。 まずはPC①の村の同盟に向けて使者として向かう。…そういえば、確かあそこの村のメイジとは…。 PC④:アルベール・トラネス (PL名:キンタニ) クラススタイル:アーティスト/アンデット 因縁:ルシア・フィル・トラネス/関係:忠誠/メイン:任意/サブ:任意 あなたは、トラネス村領主、ルシア・フィル・トラネスの指示でロジェとマギラニカの守護を任された。 今回の任務にて危険を伴うことは、領主にもよるがきっとないだろう。しかし任務は任務だ、ヒエンから油断はするなよと一言ももらっている。あなたは張り切って任務へと向かう。 PC⑤:マギラニカ (PL名:景) クラススタイル:投影体/エルフ 因縁:ジョセフ・コンドルセ/関係:同盟者/メイン:憎悪/サブ:任意 あなたは激怒している。オリビア村の領主の手によってエルフの森に多大なる被害を与えたことに。 あなたは今すぐにでも奮起し、報復をしたいところだろう。しかし、トラネス村領主に止められ、二度とこのようなことが起こらないようにしようと、隣村との同盟を持ちかけられた。 森のエルフたちの消えかかった命を救われた恩もある。少し後ろ髪が引かれる思いだが、トラネス村の従者二人と一緒に、隣村へと同盟の持ち込みへと向かった。
https://w.atwiki.jp/shirotocrow/pages/22.html
午前の授業が終わり、お昼休み。妹紅の姿はまだ寺子屋にあった。 「すまないな、慧音。お弁当までわけてもらっちゃって……」 「気にすることはないさ。そもそも忙しいお前をこうして昼食に誘ったのは私だからな」 特別講師としての役目を終えた妹紅は、そのまますぐに竹林へ帰ろうとした。しかしそこを慧音が「昼食くらい一緒にどうだ?」と誘い、子供達もその気になってしまったためこうしてお邪魔させてもらっている次第だった。 ちなみに慧音はいつも子供達のグループに混ぜてもらっているらしく、妹紅も同じグループに入れてもらった。 「ほらほら、これ見てもこー! このおかず全部私が作ったんだよ!」 「ほお、これ全部か。そりゃすごい、大したもんだ」 「えへへー!」 もともと妹紅にも子供っぽいところがあったからであろう、子供たちとはすぐに打ち解けたようで、こうして楽しそうに会話などもしている。そんな姿に内心ほっとしている慧音であったが、 (ん?) その目に、箸の進まない一人の女の子の姿が映った。友達と話しながらも時折悲しげな表情でうつむき、なにかを口に運ぶ様子もない。 「ちょっとすまない」 一言断ってから席を立つと、慧音はその少女の席へ近づく。どうやら向こうも慧音に気づいたようで、自分に近づくその姿を認めるとやはり痛ましい表情でうつむいてしまった。 「どうしたんだ? なにか嫌なことでもあったか?」 優しい口調で語りかける慧音に、しかし少女は答えようとはしない。一緒に食事をしている子供達にも視線を送ってはみるが、皆一様に首を横に振るだけだった。 「困ったな、話してくれないとわからないぞ……」 「なんだなんだ、随分としみったれた空気じゃないか」 口を挟んできたのは訝しげな表情の妹紅。慧音と少女のやりとりが気になり寄ってきたようだ。 「……っ!」 少女は突然体を震わせる。そのタイミングは、まるで妹紅の声に驚いたかのようだった。 「ん。もしかして、妹紅のことが怖いのか?」 再び優しく問いかける慧音。妹紅が失礼だなと怒鳴ろうとしたところで、それは少女の言葉に遮られた。 「妹紅さんは……」 「え、やっぱり私なのか?」 慌てる妹紅であったが、どうにも少女の様子は彼女に怯えているものには見えなかった。 「……私が、どうかしたのか?」 しゃがんで少女に目線を合わせ、真面目な口調で問う妹紅。慧音も彼女に少女の相手を任せたようで、一歩引いた位置から二人を見つめていた。 少女の口は相変わらず重いままであったが、それでもぽつりぽつりと言葉を吐き出す。 「妹紅さんは、迷いの竹林を通りたい人を守る人、なんだよね?」 「あ、ああ。そうだけど……」 「じゃあ、」 少女はそこで口を閉じてしまう。まるで、そこから先を口に出すことをためらっているかのように。 (――あ。だめだ) なんの前触れもなく、妹紅の頭をそんな考えがよぎる。この先は、聞いてはだめな気がする、と。 そんな妹紅の動揺も意に介さず、うつむいていた少女はおもむろに顔を上げ、妹紅と目を合わせる。 その瞳の奥に揺れる感情は――怒りか、哀しみか。 「じゃあ、妹紅さんはどうして私のお母さんを守ってくれなかったの?」 「――――」 予想通りの答え。予想しながらも、違って欲しいと願っていた答え。 「うち、お父さん昔に死んじゃってて。私とお母さん二人っきりで住んでた。でもお母さん、病気に、なっちゃって……」 消え入りそうな少女の声。それでもその声は、妹紅の鼓膜をうるさいほどに震わせた。耳を閉じてしまいたいとも思ったが、それはきっと卑怯な行為だと、妹紅は思った。自分にはこの声を、最後まで聞く義務があると。 「お母さん、お医者さんとこ行くからって……夜には帰るから、いい子にして待ってるんだよ、って……」 途切れ途切れな声に、だんだんと嗚咽が混じる。 「夜になっても、お母さん帰って来なかった。次の日の朝、親戚のおじさんが来て。お母さんが、おかあ、さんが……うぅ、ぅぅぅぁぁぁああん!」 ついに少女は泣き崩れてしまった。それまで黙っていた慧音が少女に近づき、その背中をそっと撫でる。いつの間にか教室内はこの騒動に釘付けになっており、多くの視線が妹紅と涙を流す少女に突き刺さっていた。 子供たちは、はたしてどんな目で自分を見ているのか。振り返ってそれを確かめる勇気は、妹紅にはなかった。 「……ごめんな」 「あ、妹紅! 待て!」 慧音が呼び止めるのも無視し、妹紅はそのまま寺子屋を後にした。少女の席が出口に近かったため子供たちの方を見ずに済んだのは、不幸中の幸いと言えただろう。 寒空の下へ身を投じ、迷いの竹林を目指して無言で歩く。相変わらず里は静寂に包まれていて、雪を踏みしめる妹紅の足音だけが彼女の耳に届いていた。 (自分の手の届く範囲だけ助けて、自己満足して。私がしてきたことに意味なんてあったのか……?) 救えなかった命。それが、今になって妹紅に重くのしかかる。 「誰か教えてくれよ……」 足を止めうなだれる妹紅。静かに降る雪は彼女の頭と両肩を濡らしながらゆっくり積もっていき、じわじわと体温を奪う。その気になれば炎を操り体を温めることも可能だが、妹紅はそれをしようとはしなかった。徐々に体が冷たくなっていくこの感覚が、死なない自分に唯一死に近いものを教えてくれているような気がしたのだ。 「……ん?」 ふと足元を見やると、小さな黒猫が一匹、妹紅の足に擦り寄ってきていた。妹紅の足元を歩きながら、にぁ、と小さく一声。しゃがんでよくよく見てみれば、その姿は随分と薄汚れていて至る所に傷が見えた。 「……お前も、嫌われ者か」 黒猫は凶兆の証。歩く姿を人に見られたならば、忌み嫌われる者として迫害されるのが日常。そんな猫に、妹紅は自分の姿を重ね合わせた。 不老不死の体は、生きとし生けるもの全てを冒涜するものであり、人々から忌み嫌われ迫害される。そんな過去を持つ妹紅は、力なく鳴き声をあげるこの黒猫に同情せざるを得なかった。 しかし。 彼女と黒猫の間には、決定的な違いがひとつ。 「お前、もう死ぬぞ」 どれだけ傷つこうと、どれだけ衰弱しようと、妹紅は決して死ぬことはない。それが不老不死というものだから。 けれども、この猫にはもう限界が近いようだった。 にぁ。弱々しい鳴き声をあげる、終わりゆく命。虚ろな目でその姿を見つめる、終わらない命。 (私が今、できることは) 自分の指を何度も何度も舐める黒猫の頭を優しく撫でながら、妹紅は。 (苦しみながら生きるこの子に、できることは) 猫をそっと、抱き上げて。 (近づく死に怯えるこの子に、できることは――) 優しく、終わりを与えた。 続く
https://w.atwiki.jp/slowlove/pages/2153.html
※ゆっくりを野生動物として扱われるのを不快に感じる方 ※捕食種設定を不快に感じる方 ※ゆっくりの戦闘シーンを不快に感じる方 ※酷い目に遭ってしまうゆっくりがいるのを不快に感じる方 ※素晴らしい小説を求めている方 は、この小説に合いません。 申し訳ありませんが、ゆっくりお引き返しください。 それでも良ければどうぞ 子まりさはミリィの腕の中で怯えていた。 自分もこれから親のようにれみりゃに食べられてしまうのだろうか。 自分が何をしたのだろう。 両親と一緒にゆっくりしたかっただけなのに。 子まりさはこの世の理不尽さを嘆いていた。 ミリィは逃げていた。 あのゆっくり出来ない記憶から。 どこまで飛べばあの記憶から逃げられるのだろうか。 そんなことを考えながら森の中を飛んでいた。 「へぶっ!?」 …顔面から木の枝にぶつかった。 ミリィのゆっくり冒険記 第三話 「ゆぎゃぁ!?」 子まりさは突然の衝撃に驚いた。 そしてその衝撃の後、どんどん地面さんが近づいてくる。 「おそらをとんでるみたいぃ~~~」 地面に近づきながらそんな言葉を叫ぶ子まりさ。 そこには危機感の欠片も感じられなかった。 ピンク色の地面にぶつかった時『ぼよん♪』といい音が聞こえた。 じめんさんってこんなにやわらかかったっけ? 子まりさがそう思った矢先、 「う~、いたいいたいなの~…」 という声が間近から聞こえた。 「う~…いたいいたいなの~…」 ミリィは下ぶくれした顔を抑えながら、仰向けに倒れていた。 顔面から木にぶつかって墜落してしまった。 痛む顔をさすりながら、ミリィは上半身を起こす。 「うぅ!?」 ミリィは腕の中に子まりさを抱えていた事を思い出す。 先程のゆっくりできない光景のせいで子まりさを抱えながら飛んでいた事を忘れていた。 顔と背中に走る痛みのせいで幾分か冷静になれたミリィは子まりさの無事を確認する。 腕の中を見ると、怯えた表情でこちらを見る子まりさの顔が見えた。 「う~♪だいじょうぶだいじょうぶ?」 子まりさは、れみりゃが自分に対して何を言っているのかよくわからなかった。 まりさ種に限らずゆっくりの基本種は、れみりゃ種を初めとする捕食種に対して恐怖を感じる。 彼女達が自分よりも食物連鎖の上位であり、自分達を捕食するということが本能で分かるからだ。 この子まりさも 「おちびちゃん!れみりゃやふらんはゆっくりできないんだぜ!ゆっくりにげるんだぜ!」 と、親から何度も言われた記憶がある。 子まりさは自分にとってれみりゃはゆっくり出来ないものだと考えていた。 しかし、今はどうなのか。 抱かれていると、とても暖かくてゆっくり出来る。 「う~♪ゆっくりしていくんだぞぉ~♪」 極度の緊張と涙を流し続けた結果、子まりさは酷く疲れていた。 子まりさがゆっくり眠り始めるまで時間はかからなかった。 「…ゆっ?」 子まりさが暖かい日差しの中、目を覚ました。 まだ眠いが、お日様の光が見えたら挨拶しなければいけないと親に言いつけられていたので、起きることにした。 「ゆっ!おひさまもゆっくりしていくんだぜ!」 今日もお日様に挨拶する。 お日様に挨拶をしたあとは、今度は親に挨拶しなければいけない。 そう思い周りを見渡すと、親の姿の代わりにピンク色の物体が見えた。 「ゆっ…?おかーしゃん?」 それが何かを確かめようとし、近づいてみると 「う~…まんま~…」 と声が聞こえてきた。 その物体が転がる。 どこかで見た顔が見える。 自分を抱えていた胴付きれみりゃの寝顔だった。 「ゆっ…!!」 その寝顔を見て子れみりゃは戦慄する。 先ほどの温かみなど関係ない。 れみりゃがいつ自分を食べてもおかしくないのだ。 食べられたくない!そう考えた子まりさの取る行動はただ一つ。 「ゆっくりねてるんだぜ、ゆっくりねてるんだぜ…」 子まりさは震えながら、ゆっくりゆっくりとれみりゃの元を離れて行った。 「ゆっ!おはなさんはゆっくりできるんだぜ!」 れみりゃの元から離れた子まりさは御飯を食べていた。 れみりゃの元を離れた安心からか、空腹感が生まれてきたのだ。 さらに、この辺はゆっくりがあまり多くないのか、ゆっくりの基本種であるまりさ種にとっての御飯が豊富にあったのだ。 「しあわせぇ~~!!!」 ご飯を食べている間の子まりさはとてもゆっくりできた。 親が食べられてしまった事も忘れることができ、とてもゆっくりできた。 満足できるまで御飯を食べた後、まだ子供だからなのか先ほどまで寝ていたというのにまたもやゆっくり寝ようとする。 「ゆ~…まりさはおねむなんだじぇ~…」 心地よいまどろみが訪れる。 次に目が覚めた時には、自分の両親が眼の前にいる。 そう願って。 しかし、まりさの願いは思いもよらぬ形で打ち砕かれることになった。 まりさの頭上に一つの小さな影が現れる。 「…ゆっ…?」 なんだろうと思い頭上を見てみる。 そこにいたのは…金色の髪に白いナイトキャップ、後頭部からは虹色の翼が生えている。 「ゆっくりしね!ゆっくりしね!」 胴なしのゆっくりふらんであった。 「ゆっくりしね!ゆっくりしね!」 子まりさの頭上にいるゆっくりふらんは子まりさを見て笑いながら叫ぶ。 この周辺に子まりさの餌が豊富にあった理由…それはこのふらん種のテリトリーだったからだ。 近くにいる野生のゆっくりならば当然のようにこの周辺に近づいてこない。 しかし、自分の意思でこの場に来たわけではない子まりさにとっては関係なかった。 ただ、空中に浮かんでいるそれを見上げながら叫ぶしかなかった。 「ふ、ふりゃんだ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」 ふらんはストレスを感じてきた。 最近、自分のテリトリーに自分の獲物であるゆっくりの基本種が全く近づいてこないのだ。 獲物をいたぶりながらゆっくりを食べることで自身をゆっくりさせられるふらん種にとっては、とてもストレスが溜まる状況だったのだ。 最近は自身のテリトリーから遠出をして御飯を食べているが、あまりゆっくりできる状況ではなかった。 長距離を飛行することはふらん種にとっては向いていないのだ。 ふらん種はれみりゃ種に比べて力や飛行速度で上回るが、飛行距離や体力で劣る。 つまり、遠出をする度にかなりの疲労が付きまとうのだ。 だから、ふらん種はれみりゃ種に比べて頻繁に住処を変える。 (れみりゃ種が自身の住処に『こーまかん』と名付け、なかなか住処を変えないという理由もあるが) しかし、この場には基本種にとっての餌が豊富にあったので、自分が離れた途端にゆっくりがわらわらと群がってくるかもしれないことを考えれば、ここを手放すのも面白くない。 そのようなジレンマを抱えていた時、自分のテリトリーに格好の獲物が飛び込んできたのだ。 今までのストレスを解消させるようにふらんは叫ぶ。 「ゆっくりしね!ゆっくりしね!」 ふらんの動きは素早かった。 叫んだあと、あっという間に子まりさとの距離を詰めようと飛翔する。 「ふ、ふらんはどっかいくんだぜ!まりさになにもしないんだぜ!」 子まりさも逃げようとするが、ふらんのスピードからはとても逃げられるものではなかった。 「しねぇ!」 「ゆびぃ!?」 ふらんの体当たりが容赦なく子まりさに直撃する。 子まりさはまだ小さいということもあり、ものの見事に吹っ飛ばされる。 「ゆっ…ゆっ…やめる…んだぜ…」 子まりさの中身である餡子がシェイクされたような感覚に子まりさは吐き気を覚えた。 「どぼじで…まりさがこんなめに…」 子まりさは自身の境遇の不幸を嘆いていた。 しかし、その時間も長くはなかった。 またもふらんが目の前に迫ってきているのだから。 「ゆっくりしね♪ゆっくりしね♪」 そうして子まりさにとっての地獄が始まった。 ふらん種もれみりゃ種も同じ捕食種なので狩りはするが、そのやり方は異なる。 れみりゃ種は早めに食欲を満たすために、早期に決着をつけようとする。 早くあまあまを食べ、ゆっくりしたいからだ。 逆にふらん種はゆっくりを長い時間をかけて捕食しようとする。 ゆっくりをいたぶることは、ふらん種にとってとてもゆっくり出来ることだったからだ。 だから長い時間を掛けてゆっくりいたぶろうとする。 そして、それはこのふらんも例外ではなかった。 現にこの子まりさをいたぶり始めてから1分以上経つが、この子まりさはまだ 「や、やめ…ほしい…だぜ…」 と喋ることもできる。 何度も体当たりされた為に子まりさは傷だらけではあるが、まだ体から餡子は出ていない。 本来ならばふらん種にとって子供のまりさ種など、簡単に物言わぬ饅頭にすることが出来るのだから。 今回ばかりはそれがいけなかったのだろう。 「だめぇ~~~~~~!!!!!」 ピンク色の丸くて太い物体が叫びながら空から飛び出してきた。 その時の子まりさにはそれが何なのかわからなかった。 ただ、とにかく太くて丸かった。 後書き ふらんは100m走の陸上選手、れみりゃは3000m走の陸上選手と考えていただければわかりやすいと思います。 ゆっくり達は自分がゆっくりする為に必死です。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nicomad_srs_event/pages/717.html
[部分編集] http //www.nicovideo.jp/watch/sm9539234 投稿者コメント1.コメント2.コメント3.コメント この作品のタグ:俺作他薦組 レビュー欄 名前 コメント 俺作他薦組
https://w.atwiki.jp/vip_witches/pages/1716.html
――下原 定子 自室 定子「ふぁぁ……」 ベッドの上で、部屋の主が大きな欠伸と共にぐっと身体を伸ばす。背中が反れて豊満な胸が強調されるが、生憎と見ているものは一人もいない。 窓の外に視線を向ければ、既に太陽が地平線から顔を覗かせていた。 起床時間にはまだまだ早いが、定子には通常の軍勤務とは別の仕事が待っているので、これくらいの時間に起床をするのが調度いい。 元々寝起きがいい性質なのか、眠気を一切感じさせない表情でベットから抜け出した。 テキパキと軍服に着替え、手鏡で髪に寝癖をついていないかを確認すると、よしと洩らして部屋を出る。 彼女に与えられた別の仕事とは、食事の準備である。 定子の作った扶桑料理は隊の皆に、殊更管野に好評であり、週の内何回か腕を振るうことが日常と化していた。 食堂と一つになった厨房へ向かう途中、今日も彼が先にいて準備を始めているのだろう、と笑みをこぼす。 昨夜も就寝前に、朝食の献立を聞いてきたのでそれは間違いない。 廊下を進み食堂の扉を開けると、想像通りの人物が黒いTシャツ姿で厨房に立っている。 定子「おはようございます、俺さん」 俺「ん。おはようさん」 既に気配に気付いていたのだろうか、三角巾を頭に巻きつけた俺は一瞬視線を向けただけで自分の作業に戻っていく。 定子はそんな彼の様子に笑い、自分もエプロンをつけて厨房に立つ。 今日の朝食はアジの開きをメインに、汁物は大根とワカメの味噌汁、更にキノコのポン酢和えとキュウリのごま漬けが脇を彩る。 栄養バランスは兎も角として、純和風で固められたメニューだった。 見れば、既に下拵えを終えており、後は焼くか煮るか味付けをするかだけで、自分の立つ瀬がなくなってしまう。 定子「でも、驚きました。俺さんがお料理が得意なんて」 俺「あー、得意という認識はなかったなぁ。ま、兵站の確保は重要な仕事だし、サバイバルが出来ればとりあえず生きていけるしな」 自分よりも背が高く、かといってクルピンスキーやラルよりかは背が低く、顔立ちが幼い少年を見る。 身長はおおよそ165cmだろうか。確かな年齢は分からないらしいが、だいたい15、6歳とのこと。もしかしたら、隊内では最年少かもしれない。 何度見ても、あの晩襲撃してきた暗兵とは思えない。 正直、あの驚愕と恐怖は簡単に拭いきれるはずもないが、ここ二週間で随分マシになった方だ。 二人きりで食事の準備ができるようになっただけでも、かなりの進歩だと思う。 俺「もう出汁はとってある。味付けの方は頼むよ」 定子「はい。アジの開きとご飯はどうしましょう?」 俺「ああ、そっちはオレにもできるからいいや。後は焼くか炊くかだし」 オレが味付けすると管野がうるせぇ、とうんざりした口調で付け加える。 管野を除いたウィッチ達は全面的な信頼こそ向けていないものの、それなりに信用しているのは定子の態度から明らかである。 それは普段の言動や口こそ悪いものの、彼の行動は概ね牧歌的かつ普遍的な少年のものであったからだろう。 よく働き、よく手伝う少年だ。 ロスマンやサーシャの課した訓練はキッチリこなすし、ジョゼや定子が何か困っていれば手を貸してくれる。 愚痴こそ溢すが、決して見捨てたり、見放したりすることはなかった。 時々、手の開いている時間にふらりといなくなったりはするが、そういう場合は大抵、周辺の自然の中から食べるものを取ってきている。 胸の刺青やずば抜けた身体能力、判断力がなければ、誰も暗兵であると思わないような人間だった。 そのお陰か、基地の人間もラルの私兵、従卒として突然現れた俺を疑う者はいない。 ただ、その中で管野だけが彼に対して敵意を剥き出しにしていた。 彼女は決して疑り深い性格ではないが、一度敵を定めた人間を簡単に容認するような性格でもない。 仮にもラルの命を狙い、あまつさえ自分達のストライカーの命綱である整備班長をも傷つけたのだから、味方だと思える方が異常なのだ。 管野はことある毎に、俺に噛み付いていた。 その中には正論のものが多かったが、感情的になりすぎて難癖としか思えないようなものまであった。 俺もその感情や考えを理解しているらしく、素直に引くのだが彼女はそれが気に食わないようである。 簡単に言ってしまえば、相手にされていないと思っているのだ。 それはかつての襲撃で軽くあしらわれた過去に起因しているのだが、彼は気付いていないようだ。 定子「もう少し、管野さんと仲良くしてもいいんじゃないですか?」 俺「そうは言ってもね、ああいう奴は隊に一人くらいは必要だと思うんだ。お前等はお人好し過ぎる」 定子「はあ、そうですか? でも、隊には結束が必要だと思いますけど……」 俺「そこは大丈夫だろ。あれは仲間の命が係われば、自分を抑えることができる人間だ。それにこの隊は個人のスタンドプレーを生かせる集団だよ」 個人的なものとは言え、俺の管野と502JWFに対する評価は中々に高いらしい。 益体のあるようでない話を続けながら調理を続ける内に、何時の間にか隊員達が集まってくる。 きっちりと起床時間を守って起きてくたサーシャが一番初めに、最後は昨晩深酒をしたクルピンスキーがロスマンに半ば引きずられるように入ってきた。 全員が席に着いたところで始まった食事は、何の滞りなく終了する。 終止、管野が俺を睨みつけていたが、この二週間ですっかり日常になってしまったのでもう気にする人間はいなかった。 管野「おい、お前……」 俺「ん? オレか?」 管野「お前以外に誰がいるんだよ。……まあいいや。お前、本当に暗兵とかなのかよ?」 俺「……はあ?」 食後の緑茶を飲んでいた俺であったが、管野の訳が分からない質問に首を傾げる。 俺「いや、お前も胸の刺青を見ただろ。それとも、オレが暗兵に憧れて胸に刺青をいれる馬鹿とでも思っているのか?」 管野「そうじゃねぇよ!」 クルピンスキー「あー、はいはい。ナオちゃんの言いたいことは分かったよ」 ジョゼ「そうですね。私も気になっていました」 それは全員が思っていることだったのか、クルピンスキーやジョゼのみならずその場に居た全員が視線を向けていた。 ますますもって意味が分からなくなる。果たして、自分のどこに暗兵だと疑われるような要素があるというのか。 ラル「顔立ちだよ、俺。髪こそ黒いが、顔立ちは欧州の人間のそれだ」 サーシャ「そうですね。暗兵の一族、シユウ、キョウコウ、カハクでしたか? 彼等が中国から流れてきた流浪の民なら、東洋系の顔立ちをしていた方が自然でしょう?」 俺「ああ、そういうこと。自分の人種とかすっかり忘れてた」 ニパ「忘れてたって、……要するにシユウって、中国の悪の秘密結社みたいなもんなんでしょ?」 俺「人聞きが悪いなぁ。まあ、仕方ないか」 俺の反応から察するに、実際のシユウと想像上で語られるシユウとは、どうやら大きな違いがあるらしい。 俺「シユウは基本、自給自足で生活している牧歌的な集団だよ」 定子「はあ。……もう、その時点で何だか想像していたものとかなり違いますね」 ラル「ふむ、そうだな。冷酷非常な暗殺集団というのが、我々のイメージだからな」 俺「それもあながち間違っちゃいないがね。今、ヨーロッパに広がってる暗兵のイメージは概ねシユウのものだしな」 クルピンスキー「自給自足ってことは、何処かに村でもあるのかい?」 俺「うん。具体的な場所は明かせないが、山奥の森の中に隠れ里があるんだ。シユウはそこで生活してる」 管野「場所を明かせないって、オレ達が誰かにお前のことを言い触らすと思ってんのかよ?」 俺「違う違う。行っても意味ないから。と言うか、無駄に死人が出る」 彼が言うには、中世の鏖殺令が発令された時点で、シユウはさっさとヨーロッパを脱出し、現在の隠れ里に移り住んだのだとか。 シユウの一族は其処を、中国、ヨーロッパと続く第三の故郷と決め、そこに結界を張り巡らせた。 具体的な理論やどんな魔法技術が使われたのか定かではないのだが、古代中国で培われた魔法体系とヨーロッパの魔法体系を組み合わせて作った結界であると聞きている。 その結界は、上空の視線から村の存在を消失させるものなのだとか。現在でも、何処の国にも属さない人間が存在できている理由はそういうことだ。 更に地上から隠れ里に行こうにも、その結界が磁場と人間の感覚をほんの少しだけ狂わせらしい。 そうなれば、方位磁針も地図を意味をなさず、何の目印もない森の中を狂った感覚で歩き回る羽目になる。 最終的に、森の中に迷い込んだ人間の末路は餓死と相場が決まっている。 ニパ「でも、そんな結界があったら、一旦森から出たら自分達が入れないじゃないか」 俺「だから、この刺青をしてるんだよ。伊達や酔狂でこんな刺青なんてするかよ。 ヨーロッパに出て、この刺青を見られた日にゃ、運が悪いと住民からリンチにされて殺されるぞ」 ロスマン「じゃあ、その刺青は……」 俺「ああ。これが結界を無効化させるらしい。刺青を彫る道具自体に大昔の魔女の魔法力が篭ってるんだ」 クルピンスキー「それだけじゃ、意味がないんじゃないのかい?」 俺「だから、ルーンとかいう今じゃ廃れた魔法体系を使ってるらしいよ。昔は一族の人間を見分ける機能しかない刺青だったみたいだがね」 ルーンという魔法体系は、現在の固有魔法とは違い、ネウロイの封印のような学問、技術として魔法である。 簡潔に説明するなら、魔法力の篭められた道具を用いて、特定の効果を発揮する術式の込められた文字を刻むことで発動する魔法体系だ。 そういった特殊な魔法体系は世界中に点在しているものの、近代化に伴い、 或いは使い魔を要する魔法体系がネウロイとの大戦で広まったためにか、殆どが消失の憂き目にあっている。 俺「そんなこんなで生活を送っているんだが、一つ問題があってな。村や地域特有の特産物がないんだわ」 クルピンスキー「それは村の単位では死活問題だろうね。ボクも育った町が港町だったからよく分かるよ」 俺「そうなんだよ。育てたものを売ろうにも、普遍的過ぎて高値で売れるなんて食糧危機の時だけなんだ」 国からの援助を受けられない村に特産物がないというのは、大問題だ。それは外から金が入ってこないことと同義である。 如何に自給自足と言えど、一定の生活を保つにはどうしたところで金が必要になる。 シユウの例であげれば、医療品や調味料の確保などが一番分かり易い例だろう。 彼等は独自に薬草などを調合し、薬を作ることも不可能ではないが、それではどうにもならない病は当然存在する。 手術が必要な悪性の腫瘍、致死率の極めて高い感染症にかかった場合は成す術がない。 そうなった場合、村を出て専門の医師を探し治療を受けようにも、金がなければ誰も助けてはくれないのだ。 俺「てな訳で、他所から子供を買ってきて、出稼ぎ要員として育てる訳だ。だから、シユウの中で中国の血を引く人間はもう極めて少ない」 サーシャ「じ、人身売買じゃないですか!?」 俺「そんなこと言ってもなあ。国が発展すれば貧富の差が生まれるのは必然だよ。貧しい者の中には、ガキに飯を食わせられない親もいるんだぜ」 定子「それは、そうかもしれませんけど、子供にだって人権が……」 俺「馬鹿言うな。他の人身売買組織に比べれば、シユウなんて天国みたいなもんさ。 親が子を売ることを認めても、ガキが親元から離れたいかちゃんと確認を取るくらいだぞ。孤児を連れてくるにしたって、孤児院に行きたいかもキチンと確認する」 管野「だからって、口先三寸で丸め込まれたら……」 俺「死ぬよかマシだ。オレも危うく家の守護精霊になるくらいだったしな。 お前、ガキが飢えずに、ましてや教育まで受けられる社会ってのが、どれだけありがたいか理解してないだろ」 記憶が正しければ、彼の生家はカールスラントの貧しい家だったという。 両親がどんな職種の人間であったかは憶えていないが、とても親子3人で生活していくことは出来なかったようだ。 俺が自分で喋れるようになった時、現れたのがシユウの人間であった。 もうどんな顔だったかも憶えていないが、随分と優しい声色の男だったような気がする。 暗兵『さて、君に一つだけ聞いておこう。これから辛く苦しい訓練が待っている。それでも、ボクと一緒に来る気はあるかな?』 少年『…………………………いく』 別段、両親が嫌いだった訳でも、腹いっぱいにご飯を食べさせてくれなかった恨んでいた訳でもない。ただ、これ以上両親を困らせたくなかった。 何も知らない子供であったとしても、両親が泣いている理由は何となく理解できた。 子供は、大人が思う以上に賢く聡い。無邪気さ故に気付かないことは多いが、様々な経験を経た大人よりも時に鋭い感性を発揮する。少年も、そんな子供の一人だった。 別れ際、両親が泣いている姿だけを記憶しているが、如何せん10年も前のことだ。自分の本当の名前も、両親の顔も覚えていない。 俺「それにシユウじゃ、生活に役立つ技術も教えてくれるしな」 ラル「例えば何だ?」 俺「えっとぉ、偸盗術、暗殺術、投擲・投毒術、変装術、催眠術、格闘技、サバイバルの知識、あとは世界の主要国家の語学なんかも教えてもらえた」 クルピンスキー「は、ははは、それは凄い……」 自分の学んだことを指折り数えてみたが、身体全ての指を使っても足りない。 面倒なことを止め、後は思い出した順に言っていこうと顔を上げると、部屋の空気が可笑しなことになっていた。 ジョゼと定子はボロボロ泣いているし、ロスマンやサーシャは涙ぐんでいる。 他の皆も、一様に同情の視線を向けていた。あの管野ですら……! 俺(何こいつら、気持ち悪りぃ) だが、彼は自分のために泣いてくれているなどとは思わなかったようだ。 シユウの人間の価値観は“生きているだけで丸儲け”という言葉に集約される。 元来、シビアな歴史を歩んできた一族である。そういった価値観が、女子供にまでも浸透していた。 暗兵として大成するまでの修行の途中で死ぬ者も少なくはない。 同時期に修行を開始した人間にも死人は出たので、彼としては自分は幸運な方だと思っている。 不幸と幸運の境界線は本人が決めるものだというが、これはそれが顕著に現れた例なのだろう。 管野「そ、それで、他の暗兵とかは……」 俺「キョウコウとカハクな。そいつらは……っと、訓練の時間か」 管野「ああ!? おい!」 俺「悪いね、オレとしても無意味に死ぬのはゴメンだ。訓練はできる時にしておきたい。如何せん、射撃と空戦じゃ素人だし」 ラル「いい心掛けだ。曹長、大尉。俺の教育は任せたよ。俺も、二人の言うことはしっかりと聞くように」 俺「分かってる。教官の指示に従わないほど、死にたがりじゃない。暗兵の講釈は時間ができたらまたしてやるよ。別に隠すもんでもないしな」 じゃあな、と後ろ手に振り食堂を後にする。予定では射撃訓練場に向かったはずだ。 チッ、と舌打ちをして、管野はどっかと椅子に座り込んだ。 正直な感想を言えば、暗兵の歴史というものは興味深かった。自分の知っている現実や歴史とは余りにもかけ離れていて、非常に面白い。 勿論、その中で多くの血が流れたことを考えれば、面白いなどと口にするのは憚られたが、それでも元文学少女の血が騒ぐ。 デストロイヤーなどと呼ばれる今になっても、その気質は消え去っていないようだ。 管野(あいつも、結構大変な目にあってるんだな。…………いやいやいや、だからって簡単に許していい訳ねーだろ!) 根の部分が素直は管野は、早くもぐらつきかけた心を補強するように、俺の出て行った扉を睨み付けるのだった。 ――射撃訓練場 俺はカールスラント製の機関銃、MG42を片膝をついた状態で撃っていた。 布を裂くような音が周囲に響き渡る。余りの連射速度に、人間の耳が個々の発射音を聞き取れないのだ。 MG42は独特の発砲音と連射、威力から電動ノコギリとあだ名されている。 サーシャ「だいぶマシになってきましたね」 ロスマン「そうね。二週間前に比べれば、格段の進歩と言えるわ」 一人射撃を続ける俺の姿を見守っていたサーシャとロスマンは感心したように口を開いた。 まだまだ二人の求める射撃精度とは言い難かったが、まともに的に当てられなかったことを思えば十分な成長と言えよう。 彼がMG42を使っているのは、元々の故郷であるカールスラントの武器を使いたい、などという感傷的な気分になったから……では当然ない。 単純に補給の問題にあった。 元々、俺には銃器や武器に対する思い入れは皆無である。 より多く手に入り、より簡単に補給が効くこと。それが、彼の武器を使う上で重要視する部分だ。 その点で言えば、MG42というよりもカールスラント製の兵器は理想的であった。 現在、カールスラントはネウロイに祖国を奪われた状態にある。その為、補給やエースウィッチの統合戦闘航空団加入に積極的なのだ。 また現在、カールスラント奪還を指揮するアドルフィーネ・ガランドも、同国出身であることが、補給を容易にさせていた。 サーシャ「飛行の方は……」 ロスマン「もうちょっと、自分の身を案じてくれないと心配ね」 一週間前の初飛行を思い出し、はあと同時に大きな溜息を吐き出す。 ストライカーユニットはかつてクルピンスキーが破壊したBf109G-2をラルの予備パーツを流用し、何とかリペアしたものを使っていた。 ただ、通常のストライカーよりも装着口が大きく改造されており、男性用の長ズボンを履いたままでも装着可能な仕様である。 二人の脳裏をよぎる初飛行。 一度目は滑走路で問題なく加速は得たものの、離陸できず先にある木に激突。 二度目は離陸こそできたものの、今度は高度が足りずに基地の外壁に激突。 共にストライカーユニットを庇い、自身が怪我を負うという無残な結末であった。 サーシャ『な、なんでストライカーの方を庇うんですか!?』 俺『え? だって、熊さんが困ると思って……』 全身に擦り傷と打撲を負って血塗れになった彼の第一声はそれだった。 それまでの一週間、管野とニパが出撃し、見事にストライカーユニットを破壊したのも原因だろう。 二人の無事を喜びつつも、壊れたストライカーユニットを眺めて、サーシャが増えた頭痛の種に頭を抱えているのを俺は目にしていたのだ。 だからと言って、サーシャとしても機械のために身体を犠牲にされても困ってしまう。 結局、怪我を負うような非常事態においては、自身の安全を言うように説き伏せるという形に落ち着いた。勿論、正座で。 アドラー「そんなことより、ワシの方が問題じゃあ!」 ロスマン「あら。アドラー、居たのね」 サーシャ「まあ……あなたからしたら、大問題でしょうね」 アドラー「そうじゃ! ワシの存在理由は!? 使い魔としての存在意義ががががッッ!!!」 バッサバッサと翼をはためかせて滞空しながら、自らの不満をぶち撒ける。 猛禽類なのによく表情が変わり、その上悔し涙まで流していた。 アドラー「可笑しいじゃろうが!? なんであやつは……くぅぅ!!」 サーシャ「まあ、気持ちは分からないでもないけれど……」 ロスマン「そうね。まさか、使い魔なしでストライカーユニットで飛行できる人がいるなんて、思ってもみなかったわ」 アドラーが悔しがる理由はそこにある。彼は魔法力の制御を使い魔に頼る必要がなかった。 基地にいる誰もが驚いた。使い魔を必要としない魔法体系は、一般に知られている訳ではないのだ。 ストライカーユニットを駆るウィッチも、その異常性に目を丸くした。自らの手足として行使する彼女達だから分かることもある。 飛行魔法の発動、エンジンの回転数、機体バランスの獲得、シールド発動における魔法力配分、その他諸々の問題点。 空戦ユニットは制御に緻密なコントロールが要求される。 更には、空の上で五感から飛び込んでくる情報量の多さに、彼女達自身の脳や精神のみではそれらを捌ききれず、コントロール不能の状態に陥ってしまう。 初めは、サーシャもロスマンも暗兵には独自の魔法体系が構築されている、と考えていた。 俺『いいや、暗兵の中には魔法力を持つ者は少ない。そもそも使わないんだよなぁ』 サーシャ『え? どういうことですか?』 俺『うーん。いや、魔法力の助けがあるとどうしても基本となる身体能力の値が下がるんだ』 ロスマン『そうなのかしら、私達も訓練はしているけど……』 俺『魔法力ってのは常に発せられているものだし、多少ではあるが身体強化も無意識の内にしてしまう。ほら、弾丸なんかの知覚できない攻撃でも防御できてしまう』 サーシャ『確かに、シールドは発動したりしますね』 俺『でしょ? 肉体を追い込むと身体強化が発動する。 そうなれば自然、体力・身体能力を高めるには常人以上の鍛錬が必要になってしまう。常に、魔法力に助けられた状態にある訳だからな。それじゃあ効率が悪い』 ロスマン『……成程、ね』 俺『それに、オレ達は常に限界値が一定ではない魔法力ってのに信を置く気はない。その日の気分次第で、0にも10にも100にもなる不安定なものはいらないよ』 だから、オレの修行は魔法力を完全に抑えることから始まった、と語っていた。 無論、何の特殊な魔法体系を擁しないシユウである。完全な手探り状態からのスタートであった。 まだまだ幼い状態での苛烈な修行と魔法力を抑え、コントロールする修行の両立は困難を極めた。 来る日も来る日も尋常ならざる汗を掻き、死に至ってしまいそうな量の血反吐を吐き、修練終了後に流す排泄物には常に血が混じる生活。 暗兵は安易な精神論に頼らない。気力も、根性も、信仰も物理的限界を覆すことは不可能と考える。 だからこそ、体力の限界を、出力の限界を、持久力の限界を、耐久力の限界を高め、見極める。見慣れ続ける。あたかも道具のように、自らの機能を使い慣れる。 苛烈な訓練によって血反吐を吐かなくなった頃、彼は生まれ持った力を完全に制御化に置いた。他者を必要としない完璧な形で。 酷使による肉体の制御と操作技術が、魔法力にまで及んだのである。 これは言うなれば、新たな魔法体系の獲得だ。精神でも、使い魔でもない。肉体の酷使という側面からの無意識による制御方法の確立。 とても常人では到達できない、魔法力に信を置かない暗兵故に辿り着いた境地と言えるだろう。 アドラー「もう! なんじゃ、ワシと契約する意味なんかなかったじゃろうが!?」 俺「違う。意味ならあったさ。あの場では可能な選択肢を広げる意味がな。実際、効果はあっただろう」 サーシャ「もう今日の分を撃ってしまったんですか!?」 俺「うん。もっと撃てれば、命中力もよくなると思うだが……」 ロスマン「やめてちょうだい、俺。銃も弾丸もタダじゃないのよ?」 俺「だよな。訓練で弾を使いすぎて実戦で弾がないんじゃ、笑い話にもなりゃしない。……やっぱりオレ、武器はナイフとかの方がいいな」 射撃訓練初日、一日一万発撃つと意気込んだ俺が、二人の『やめて!』という叫びに不貞腐れたのは記憶に新しい。 仕方がないこととは言え、使い慣れない武器よりも使い慣れた武器の方が気が楽だ。 だが、小型ならいざ知らず、大型ではナイフで対抗するのは難しい。コアを破壊するどころか、露出させることも難易度は高いのだ。 ロスマン「一応、近接武器でも不可能ではないのだけれどね」 俺「分かってる。メッサーシャルフは一撃離脱用のユニットなんだろ?」 サーシャ「よく勉強してますね」 俺「そりゃまあ、二人とも教え方がいいからな。オレとしても、なるべく生き残る術は身につけて置きたいし」 アドラー「そんなことより! そんなことよりワシを使え! 使えったら使わんかいッ!!」 俺「喧しいわ、この駄鷲が!」 アドラー「うぼあぁぁッ!?」 手にしていたMG42を投げつけ、アドラーと共に吹き飛ばす。酷い扱いである。 サーシャ「もう少し、信頼関係を築いたいいと思いますけど……?」 俺「いやだね。あいつとオレは、そこらのウィッチと使い魔みたいに単純な主従関係じゃない、利害関係だ」 ロスマン「どういうこと?」 俺「さあね。だが、アレが腹に一物抱えていることだけは確かだ。そんな奴に頼る気にはならないよ」 ウィッチにとって、使い魔とは最も信頼の置けるパートナーと言っても過言ではない。 それを信頼していない。彼にしか分からない悪意が介在しているのだろうか。ロスマンとサーシャには分からなかった。 俺「しかし、悔しい……いや、おぞましい話ではあるが、相性だけはいいんだよな」 サーシャ「相性がいい?」 俺「うん。多分、他のウィッチと使い魔とは比べ物にならないくらい相性はいい。本当、難儀な話だよ」 最も相性のいい相手が、最も信頼の置けない相手であるという皮肉に、オレは溜息を吐き出す。 サーシャはますます混乱の度合いを深めていくようであるが、ロスマンは得心がいったらしく一人で頷いていた。 だが、それをわざわざ語る気はないようで、前々から気になっていたことを口にする。 ロスマン「ところで、あなた固有魔法は使えるの?」 俺「ん。一応使える。分類としては、念動系になると思う」 サーシャ「わたしよりも応用性は高そうですね」 俺「そうかなぁ? 応用性は高いは高いんだろうけど、逆に使いどころは難しいというか何というか」 ぽりぽりと頬を掻き、自分の固有魔法が気に入らないのか、嫌そうな顔をした。 どちらかと言えば、彼としては伝え聞いている管野の超硬シールドやサーシャの映像記憶能力の方がよかったのだ。 共に応用できる範囲は狭いが、使いどころは難しくはない上、どんな敵にも一定の効果を発揮するタイプの能力である。 因みに、サーシャの映像記憶能力とは、見たものを正確に思い出せることができる能力だ。 まだ理屈こそ解明されていないが、脳の記憶を司る部分に念動力で働きかけ、自身の望む記憶を引き出すのではないかと推測されている。 言葉で聞いただけでは何てことはなさそうであるが、実際は違う。 一度見たタイプのネウロイにはどのような攻撃が有効であるか、敵の攻撃範囲はどの程度なのかを正確に把握が可能であるし、 不可能としか思えない軌道を行うウィッチであっても、独自に研究が可能と、一度でも戦場で交戦、帰還さえできれば凶悪な能力だ。 対し俺の能力は逆に、応用範囲こそ広いものの、使う敵を選ぶようだ。 ロスマン「教えてくれないのかしら?」 俺「うーん。教えても構わないんだが、使う気はない。当分の間は、単純に空戦と射撃技術の方を成長させたいから」 サーシャ「……まだ、信用してくれていないんですか?」 俺「ち、違うよ! し、信じてるし、感謝もしてる! ただ、なんていうか……その、オレの固有魔法は他人に知られない方が効果を発揮するタイプなんだよ」 悲しげに語るサーシャに、しどろもどろになって応じる。 自分が信用されないのは構わないが、相手のことを信用していないと思われるのは心外だったらしい。 ある意味、年相応の振る舞いにロスマンは一人笑っていた。 戦闘時、いや日常の中でさえ時に冷酷な判断を下す暗兵が、こんな形で動揺するなど笑い話以外の何物でもないだろう。 そして、普段とのギャップが随分と可愛らしかった。何というか、必死で捨てられることを回避しようとしている子犬を見ている気分だ。 自分が如何に信用しているかを素直に伝えていく俺であったが、それが続くに連れてサーシャの顔が真っ赤になっていく。 同年代の男に褒められ慣れていないのだ。打算や欲望なく、純粋な気持ちを伝えてくる人間など、誰もいなかったのだろう。 ロスマン「はいはい、二人ともその辺にして飛行訓練に移りましょうか」 俺「い、いや、先生のことも信じてるし、感謝してるよ。教え方も上手いし、優しいし、それから……」 ぐ、とロスマンも頬が赤くなるのを感じた。 正直、クルピンスキーから日常的にその手のおべんちゃらを聞いていた彼女はある程度耐性があると思っていたが、予想以上の破壊力であった。 語彙力はないものの、純粋に気持ちを伝えられるというのが、ここまで気恥ずかしいものだったとは……! 俺の無自覚な恥ずかしい褒め殺しは、二人が頭から湯気が立ちそうなほど真っ赤になり、アドラーが復活するまで続いたと言う。 次の話へ
https://w.atwiki.jp/otisaito/pages/66.html
「こっちだ」