約 72,278 件
https://w.atwiki.jp/bakaetano-ru/pages/15.html
資格一覧(A~Z、五十音順) 検索 ~A~ ACT AFP・CFP ファイナンシャルプランナー BATIC(国際会計検定) BPT検定 CAD利用技術者試験 CFP・AFP ファイナンシャルプランナー CGエンジニア検定 CGクリエイター検定 CIA(公認内部監査人) CPA(米国公認会計士) C.TEST C.TEST会話試験 DCプランナー(企業年金総合プランナー) DELE(スペイン文部省認定証) DIYアドバイザー DTP検定 EA(米国税理士) EBアドバイザー eco検定 Excel表計算処理技能認定試験 FASS検定(経理・財務スキル検定) GMAT GRE IBC検定 IC3(アイシースリー) ICTプロフィシエンシー検定試験(P検) IELTS Illustratorクリエイター能力認定試験 ITサービスマネージャ試験 ITストラテジスト試験 ITパスポート試験 JAPEC児童英検 JTA公認翻訳専門職資格試験 LSAT MBA(経営学修士) MCAT MOS MOT MOUS P検(パソコン検定試験) Photoshopクリエイター能力認定試験 POP広告クリエイター SAT SOHOビジネススキル検定 SST・TSST TEP TEST TOEFL TOEIC TOEIC Bridge VBAエキスパート Webクリエイター能力認定試験 Web検定 Webデザイナー検定 Word文書処理技能認定試験 Yahoo!インターネット検定 ~あ~ 会津ものしり検定 IC3(アイシースリー) ITコーディネーター ITサービスマネージャ試験 ITストラテジスト試験 ITパスポート試験 IBC検定 明石・タコ検定 秋田ふるさと検定 アクチュアリー 編物技能検定(機械編み・手編み) 編物技能検定(毛糸・レース) アロマテラピー検定 暗算検定 アンチエイジング・マスター あん摩マッサージ指圧師 ~い~ EBアドバイザー 伊賀学検定 生きがい情報士 医業経営コンサルタント 医師 医事オペレータ技能認定試験(メディカルオペレータ) 石川理紀之助翁検定 医事コンピュータ技能検定試験 いたみ学検定(清酒検定) 一級建築士 移動式クレーン運転士 イベント業務管理者 イベント検定 Illustratorクリエイター能力認定試験 衣料管理士 医療事務管理士技能認定試験 医療事務技能審査試験 医療情報実務能力検定試験 医療秘書技能検定試験 医療秘書技能認定試験 医療秘書情報実務能力検定試験 医療保険士 医療保険請求事務者認定試験 医療保険調剤報酬事務士 インターネットユーザー能力認定試験 インテリアコーディネーター インテリアデコレーター資格試験 インテリアプランナー インドネシア語技能検定試験 ~う~ Webクリエイター能力認定試験 Webデザイナー検定 ウェブデザイン技能検定 宇和島「通」歴史・文化検定 ~え~ 英会話検定 英検 衛生管理者 英単語検定 栄養士 液化石油ガス設備士 Excel表計算処理技能認定試験 エスペラント学力検定試験 エックス線作業主任者 江戸文化歴史検定 エンベデッドシステムスペシャリスト試験 ~お~ おいでませ!山口観光案内人検定 応用情報技術者試験 大江山鬼検定 大阪検定 オートレーサー 沖縄大好き検定 おたる案内人検定 小田原まちあるき検定 オラクルマスター 音楽検定 ~か~ 介護支援専門員(ケアマネジャー) 介護福祉士 海事代理士 海上保安学校学生 海上保安大学校学生 外務省専門職員 カイロプラクター 鍵師 学芸員・学芸員補 家具検定 かこがわ検定 かごしま検定~鹿児島観光・文化検定~ 貸金業務取扱主任者 ガス主任技術者 香住!カニ検定 ガス溶接技能者 ガス溶接作業主任者 画像処理エンジニア検定 学校図書館司書教諭 家庭裁判所調査官 家庭動物販売士 家庭料理技能検定 かながわ検定 神奈川ライセンス かながわ検定 横浜ライセンス 金沢検定 カフェプランナー 鎌倉検定 火薬類保安責任者 カラーコーディネーター 唐津・呼子イカ検定 環境カウンセラー 観光英語検定試験 看護師 漢字検定 漢字習熟度検定(漢熟検) 漢熟検(漢字習熟度検定) ガンマ線透過写真撮影作業主任者 管理栄養士 管理業務主任者 ~き~ キータッチ2000 きき酒師 企業情報管理士認定試験 危険物取扱者 義肢装具士 気象大学校学生 気象予報士 きのこアドバイザー きのこマイスター 岐阜市まちなか博士初級・上級認定試験 基本情報技術者試験 CAD利用技術者試験 キャリア・コンサルティング技能検定 救急救命士 きゅう師 九州観光マスター検定 行政書士 競艇選手 京都検定(京都・観光文化検定試験) 京野菜検定 魚食スペシャリスト検定 金融窓口サービス技能士 ~く~ 空気ソムリエ 熊本・観光文化検定 クリーニング師 グリーンセイバー ~け~ ケアクラーク技能認定試験 ケアマネジャー(介護支援専門員) 経営学修士(MBA) 経営士 経営者検定試験 警察官 計算実務能力検定試験 計算力・思考力検定 警備業務検定 刑務官 競輪選手 健康気象アドバイザー 健康検定協会認定試験 言語聴覚士 原子炉主任技術者 建設業経理検定 建設業経理士 建設業経理事務士 建築士 検定お伊勢さん ~こ~ 高圧ガス製造保安責任者 高圧ガス販売主任者 高圧室内作業主任者 公害防止管理者 工業英語能力検定試験 航空管制官 皇宮護衛官 航空保安大学校学生 校正技能検定 校正士 高等学校卒業程度認定試験(高認・旧大検) 公認会計士 公認内部監査人(CIA) 公認ホームインスペクター(住宅診断士)資格試験 硬筆書写検定 神戸学検定 国際会計検定(BATIC) 国税専門官 国内旅行業務取扱管理者 国立国会図書館職員 一般職試験(高卒程度) 国立国会図書館職員 一般職試験(大卒程度) 国立国会図書館職員 総合職試験 国連英検(国際連合公用語・英語検定) 国連英検ジュニアテスト 越中富山ふるさとチャレンジ 個人情報保護士認定試験 子育てパパ力検定 国家公務員一般職(高卒者試験) 国家公務員一般職(大卒程度) 国家公務員総合職 国家公務員Ⅰ種 国家公務員Ⅱ種 国家公務員Ⅲ種 コミュニケーション能力2級認定 コンタクトセンター検定(コン検) ~さ~ サービス接遇検定 採石業務管理者 裁判所職員採用一般職試験(高卒者試験) 裁判所職員採用一般職試験(大卒程度試験) 裁判所職員採用総合職試験(人間科学区分) 裁判所職員採用総合職試験(法律・経済区分) 財務専門官 境港妖怪検定 作業環境測定士 作業療法士 佐世保検定・佐世保こども検定 サッカー公認審判員 札幌シティガイド検定 さは~さん 参議院事務局職員(一般職) 参議院事務局職員(総合職) 産業カウンセラー 山菜アドバイザー SUN JAVA認定資格 ~し~ CGエンジニア検定 CGクリエイター検定 JTA公認翻訳専門職資格試験 歯科医師 歯科衛生士 歯科技工士 視覚障害生活訓練専門職 色彩技能パーソナルカラー検定 色彩検定 四国観光検定 時刻表検定試験 司書・司書補 シスコ技術者認定 システムアーキテクト試験 システム監査技術者試験 実用イタリア語検定 実用英語技能検定(英検) 実用タイ語検定試験 実用フランス語技能検定試験 児童英検 自動車運転免許 自動車整備士 自動ドア施工技能士 シニアライフコーディネーター 司法試験(裁判官 弁護士 検事) 司法試験予備試験 司法書士 社会常識能力検定試験 社会福祉士 社会保険労務士 砂利採取業務主任者 獣医師 衆議院事務局職員Ⅰ種 衆議院事務局職員Ⅱ種 衆議院事務局職員Ⅲ種 臭気判定士 住宅建築コーディネーター 柔道整復師 シューフィッター 珠算能力検定 ジュニアかなざわ検定 樹木医 手話技能検定 手話通訳士 小学校教員資格認定試験 小学校教師 将棋の棋士 証券アナリスト 賞状技法士 焼酎アドバイザー 消費生活アドバイザー 消費生活コンサルタント 消費生活専門相談員 消防官 情報セキュリティスペシャリスト試験 消防設備士 情報配線施工技能検定 食育コミュニケーター 職業訓練指導員 食生活アドバイザー 食品衛生監視員 食品衛生責任者 助産師 初生ひな鑑別師 女流棋士(将棋) 白山センター試験 新漢検(漢字習熟度検定) 信州観光文化検定 診療報酬請求事務能力認定試験 森林インストラクター ~す~ 数学検定(数検) 珠洲検定 スペイン語技能検定 3R検定 ~せ~ 製菓衛生師 精神保健福祉士 生物分類技能検定 声優検定 声優能力検定 西洋料理テーブルマナー講師認定試験 税理士 世界遺産検定 潜水士 全養協日本語教師検定 ~そ~ 総合旅行業務取扱管理者 葬祭ディレクター技能審査 測量士 測量士補 ソムリエ ~た~ ターンアラウンドマネージャー(TAM) 第一種電気工事士 ダイエット検定 大検(大学入学資格検定試験) タイ語検定試験 第二種電気工事士 高崎山サル博士検定 宅建(宅地建物取引主任者) 太宰府検定 ~ち~ 知を楽しむOKAYAMA検定 知的財産管理技能検定 知的財産翻訳検定 ちは~ちん チャイルドマインダー 中央区観光検定 中国語検定 駐車監視員 中小企業診断士 調剤事務管理士技能認定試験 調剤報酬請求事務専門士検定試験 調理師 ~つ~ 通関士 通訳案内士(通訳ガイド) 津軽ひろさき検定 ~て~ ティーインストラクター DCプランナー(企業年金総合プランナー) DTP検定 定年力検定 データベーススペシャリスト試験 テープライター 電気CADインストラクター 電気CADエキスパート 電気CADオペレーター 電気CAD資格 天気検定 電気主任技術者 電気通信主任技術者 電子化ファイリング検定 電卓技能検定 電卓計算能力検定試験 ~と~ TOEIC TOEIC Bridge ドイツ語技能検定 東京シティガイド検定 東大生 動物葬祭ディレクター検定試験 登録販売者 とかち検定(十勝の観光文化検定) 十勝ワインバイザー認定試験 特別ボイラー溶接士 土地家屋調査士 ドットコムマスター TOEFL 土木施工管理技士 トリマー ~な~ 長崎歴史文化観光検定 なにわなんでも大阪検定 ナマハゲ伝導士認定試験 奈良まほろばソムリエ検定 ~に~ 新潟市観光・文化検定(ニイガタ検定) 二級建築士 日商ビジネス英語検定 日商マスター 日本漢字能力検定 日本語教育能力検定試験 日本語能力試験 日本語ワープロ検定試験 日本実践話力検定 日本茶アドバイザー 日本茶インストラクター 入国警備官 ニュース時事能力検定試験 認定ファンドレイザー ~ぬ~ ~ね~ ネイリスト技能検定試験 ネイルスペシャリスト技能検定試験 ネットワークスペシャリスト試験 ~の~ ~は~ パーソナルカラー検定 ハーブ検定 はい作業主任者 博多っ子検定 萩ものしり博士検定 函館歴史文化観光検定(はこだて検定) 発破技士 話しことば検定 はり師 バレーボール検定 ハングル能力検定試験 パンコーディネーター ハンドメイドコスメティックスアドバイザー 販売士 ~ひ~ ビアテイスター P検P検(ICTプロフィシエンシー検定試験) 彦根城下町検定 ビジネスキーボード認定試験 ビジネスコンプライアンス検定 ビジネス実務法務検定試験 ビジネス著作権検定 ビジネス能力検定(B検) ビジネス文書検定 美術検定 秘書検定 姫路観光文化検定 美容師 ビル経営管理士 「ひろしま通」認定試験 ~ふ~ ファイナンシャルプランナー AFP・CFP ファイナンシャルプランニング技能検定 ファイリング・デザイナー検定 ファンドレイザー(FR)技能検定 VBAエキスパート フードアナリスト検定試験 フードコーディネーター フォークリフト運転者 Photoshopクリエイター能力認定試験 福祉住環境コーディネーター 富士山検定 普通ボイラー溶接士 不動産鑑定士 フランス語能力認定試験(TEF) ふるさと小松検定 プロジェクトマネージャ試験 プロボクサー ~へ~ 米国公認会計士(CPA) 米国税理士(EA) 米国弁護士 ヘルスケアプランナー検定 弁理士 ~ほ~ 保育士 ボイラー技士 ボイラー整備士 防衛省職員Ⅰ種 防衛省職員Ⅱ種 防衛省職員Ⅲ種 法学既修者試験(法科大学院既修者試験) 法学検定試験 法科大学院 法科大学院全国統一適性試験 防災士 房総(千葉)学検定 防犯設備士 法務教官 法務省専門職員(人間科学)採用試験 訪問介護員 ホームページ制作能力認定試験 ホームヘルパー 簿記(日商簿記検定) 簿記能力検定 保健師 保険請求事務技能検定試験 保護司 北海道観光マスター検定 北海道フードマイスター検定 ほんやく検定(JTF) ~ま~ マーケティング・ビジネス実務検定 マイクロソフトオフィシャルトレーナー(MOT) マイクロソフトオフィススペシャリスト(MOS) 枕崎カツオマイスター検定 松江・観光文化検定 松本検定 松山観光文化コンシェルジェ検定 マネーと生活設計力検定 マルチメディア検定 マンション管理士 ~み~ 港まち気仙沼おもてなし検定 みまもり福祉相談員 みやざき観光・文化検定 宮島検定 宮っ子検定 ~む~ ~め~ メイクアップ技術検定 メンタルヘルス・マネジメント検定試験 ~も~ 毛筆書写検定 木材接着士 木造建築士 MOS MOT 盛岡もの識り検定 ~や~ 薬剤師 夜景検定・夜景鑑賞士検定 大和郡山・金魚検定 ~ゆ~ ~よ~ 揚貨装置運転士 幼稚園教員資格認定試験 与信管理実務検定試験 米沢観光文化検定 ~ら~ ~り~ 理学療法士 リゾート管理士 リビングスタイリスト 理容師 料検(家庭料理技能検定) 林業架線作業主任者 臨床検査技師 臨床心理士 ~る~ ~れ~ レストランサービス技能検定 レタリング技能検定 ~ろ~ 労働安全コンサルタント 労働衛生コンサルタント 労働基準監督官 労務管理士 ロシア語能力検定試験 六甲・まや学検定 ~わ~ Word文書処理技能認定試験 ワープロ実務検定 和光市検定 笑い療法士
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/1025.html
『1565年向けの暦』(Almanach Povr L'An M. D. LXV.)は、1565年にリヨンのブノワ・オドによって出版されたノストラダムスの暦書。 【画像】『1565年向けの暦』の扉(*1) 正式名 Almanach Povr L'An M. D. LXV. Avecques ses tresamples significations presages d'vn chacun moys, Composé par M. Michel Nostradame, Docteur en medecine, Medecin du Roy, Astrophile à Salon de Craux en Prouence.A Lyon, Par Benoist Odo, M. D. LXV. Auec Priuilege. プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士にして王附侍医、愛星家のミシェル・ノストラダーム師により構成され、各月ごとの非常に多くの意味づけと予兆を付記した1565年向けの暦。リヨンにて、ブノワ・オドによる。1565年 特認付。 刊行年 扉に M. D. LXV. (1565)と刊行年が記載されているが、ロベール・ブナズラやダニエル・ルソは実際の刊行年を1564年としている。これは、献辞の日付(1564年4月14日)や奥付(1564年5月1日作成)が理由と思われる。 ただし、タイトルに「王附侍医」とあるのは目を引く。ノストラダムスがこの称号を手に入れたのは1564年11月以降だったからである。このことから、この暦書の出版はそれ以降のことだったと考えることが出来る。あるいは1565年初めの大市に向けて1564年末に印刷されたものだったのかもしれない。 内容 160ページからなる。 まず冒頭に「敬虔なキリスト教徒の王シャルル9世へ。ミカエル・ノストラダムス」(A Treschrestien Roy Charles ix, de ce nom Michael Nostradamus S.)と題された1564年4月14日付の献辞が掲載されている。 続いてカレンダーが掲載されているが、各月には予兆詩はない。代わりに、その後の散文による各月の概要の冒頭に、予兆詩が収録されている。予兆詩は全般向けのものもあるので、全部で13篇である。この年向けの予兆詩から従来の1行10音節にかわり1行12音節が採用されている。 各月の散文はジャン=エメ・ド・シャヴィニーが転記した『散文予兆集成』第10巻全体(第1番~第740番)に対応している。 末尾には「1565年向けに1564年5月1日に、サロン・ペトラのミカエル・ノストラダムスによって作成された」(Faciebat Michael Nostradamus Salonae Petreae Prouinciae, prima mensis Maij 1564. pro anno 1565.)とある。 所蔵先 ペルージャ(イタリア)のアウグスタ公立図書館に唯一所蔵されている。 ラテン語訳版 ウィーンのオーストリア国立図書館には、この暦書をラテン語訳した手稿が現存している。 その手稿は神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世のために、ミヒャエル・フォン・アイツィンガー(Michael von Aitzinger)がラテン語訳した私家版らしい(*2)。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/912.html
『1558年向けの新たなる占筮』(Pronostication nouvelle, pour l'an mil cinq cens cinquante et huict.) は1557年にリヨンで出されたとされるノストラダムスの暦書。リヨンのジャン・ブロトーとアントワーヌ・ヴォランが出版した。 【画像】扉(*1) 正式名 PRONOSTICATION Nouuelle, pour l'An Mil cinq cens cinquante huict.Composee par maistre Michel Nostradamus, Docteur en medicine de Salon de Craux en Prouence. A LYON, Par Iean Brotot, Antoine Volant. Auec Priuilege. 1558年向けの新たなる占筮プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士ミシェル・ノストラダムス師により構成された。 リヨンにて、 ジャン・ブロトーとアントワーヌ・ヴォランによる。 特認とともに。 この題名は、上に示した画像(2010年のオークション目録に掲載されたもの)で初めて完全に判明したが、ミシェル・ショマラがアンリ・ボードリエの手稿の孫引きとして紹介したものは、細かな綴りの揺れなどを除けばほぼ忠実な転記といえたので、実質的に伝わっていたといえる。ロベール・ブナズラの書誌では、ジャン・ブロトーとジャン・ヴォランが出版したことになっていたが、何らかの誤伝か転記ミスと思われる。 内容 24ページ分で、冒頭にはギヨーム・ド・ガダーニュに宛てた1557年5月1日付の献辞が、末尾には同年7月5日付でブロトーとヴォランに与えられた特認の文面が、それぞれ収録されていたという。 2010年のオークション目録によれば、この占筮の構成はその年の全般向けの散文の予言のあと、四季ごとの予言が続き、月の暦と移動祝日の一覧があるというので、『1558年向けの新たなる占筮』パリ版とほぼ同じ内容と考えて差し支えないだろう。実際、同目録に掲載された全般向けの予言の1ページ目の写真を見る限り、パリ版と実質的に同じである。 画像にあるとおり、扉に採用されていた木版画は、ブロトーが前後の時期に出版した暦書に使われていたのと同じ木版画である。 所蔵先 かつてはエクトール・リゴーの蔵書に含まれていたが、1931年のオークションを経て、書肆で民俗学者のエミール・ヌリの手に渡った。ヌリは1935年に歿し、後継者に当たる書肆ジュール・チエボーに引き継がれたらしい。そのあと所在不明となっていたが、2010年のオークションに出現した。 その伝本はノストラダムスの『1560年向けの大いなる新占筮』、エルキュール・ル・フランソワ(未作成)の『モンストラダムスへの最初の反論』リヨン版、ジャン・スコンネル(未作成)の『1558年向けの占筮』、ギヨーム・ドリュー(未作成)の『1560年向けの新たなる占筮』とともに製本されていた非常に貴重な文献であり、2010年に出現した時にも一切の破損なく出品された。 再版 前述のように、この占筮はパリでコピーされた。『1558年向けの新たなる占筮』パリ版を参照のこと。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/849.html
『1563年向けの暦』(Almanach povr L'An M. D. LXIII.)は、ノストラダムスの暦書のひとつ。1562年にアヴィニョンのピエール・ルーが出版した。 【画像】『1563年向けの暦』の扉(1905年の復刻版)(*1) 正式名 Almanach povr L'An M. D. LXIII. Auec les presages, calculé expliqué par M. Michel Nostradamus, Docteur en medecine, Astrophile de Salon de Craux en Prouuence. Dédié au tres ill. Seign. et tres excellent capitaine, le S. Françoys Fabrice de Serbellon, General pour N. S. Pere aux choses de la guerre, en la Côté de Veuaisein. Quatrain de l'an vniuersel. Le ver sain, sang, mais esmeu, rien d'accord./ Infinis meurdres, captifz, mortz, preuenus./ Tant d'eau peste, peu de tout sonnes cors/ Prins, mortz, fuys, grand devenir, uenus. プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士・愛星家ミシェル・ノストラダムス師により算定され、解釈された1563年向けの予兆付き暦非常に高名な領主であり非常に優秀な指揮官で、かつまたヴナスク伯領における教皇聖下の将軍たるフランチェスコ・ファブリツィオ・セルベロニ殿に捧げられた版。 この年全般の四行詩「健やかな春、血、しかし動揺させられ、合意は何もない。/途切れることのない殺人、捕囚、死体、被疑者。/沢山の水とペスト、全体の中のごく僅か、角笛が鳴る。/捕虜、死体、逃走者、到着する大物、来た者。」 内容 160ページからなる。 「最も高名な領主たるフランチェスコ・ファブリツィオ・セルベロニ殿へ」(Allo illustrissimo Signore, il S. Franc. Fabritio de Serbelloni)とイタリア語で題された1562年7月20日付の献辞が収録されている。ファブリツィオ・セルベロニは当時のローマ教皇ピウス4世の縁者である。 扉に掲載された予兆詩も含めて全部で13篇の予兆詩が収録されている。 散文の予兆は、ジャン=エメ・ド・シャヴィニーの『散文予兆集成』第8巻(第1番~第591番)の全体に対応している。 この暦書にはシャヴィニーが寄せた詩篇が含まれている。当時、シャヴィニーはノストラダムスの秘書をしていた。 奥付には1562年5月7日作成とあり、献辞の日付よりも早くなっている。 所蔵先 ポール・アルボー博物館にのみ現存している。 その他 出版地がアヴィニョンなのは、1561年にアヴィニョンへの引越しを検討していたことと無関係ではないだろう。そのときに何らかの繋がりができたものか。 この暦書は、『ミシェル・ド・ノートルダムの1563年向けの暦書の再版』というタイトルで1905年に復刻された。オリジナルを公開しているサイトは無いが、復刻版のほうならばマリオ・グレゴリオが公開している。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/1370.html
『化粧品とジャム論』は、1556年にもリヨンのアントワーヌ・ヴォランによって再版された。 【画像】初版ないし1556年版の扉。説明は後述(*1)。 正式名 Excellent moult utile Opuscule à touts necessaire, qui desirent auoir cognoissance de plusieurs exquises Receptes, diuisé en deux parties.La premiere traicte de diuerses façon de Fardemens Senteurs pour illustrer embellir la face. La seconde nous monstre la façon maniere, de faire confitures de plusieurs sortes, tant en miel, que succre, vin cuict, le tout mis par chapitres, comme est fait ample mention en la Table. Nouuellement composé par maistre Michel de Nostredame docteur en Medicine de la ville de Salon de Craux en Prouence, de nouueau mis en lumiere. A LYON PAR ANTOINE VOLANT M.D.LXVI 多くの至妙の製法についての知識を得たいと思う全ての人々にとって優良かつ大変有益な二部構成の小論集第一論文は顔を麗々しく、一層美しいものにするための美顔料や香料の作り方 第二論文は目次で多く言及されている通り、蜂蜜、砂糖、濃縮ワインなどをたっぷり使ったいくつかのジャムの作り方の手ほどきを示すもの プロヴァンス州サロン・ド・クローに住む医学博士ミシェル・ド・ノートルダム師が新たに編纂し、新たに公刊されたもの リヨンにて アントワーヌ・ヴォランによる。 1556年 内容 1555年リヨン版と全く同じで、第一部の第19章が第20章、第二部の第11章が第12章と、誤って書かれていることも一致している。ただし、この比較は後述のリヨン市立図書館の伝本を1556年版と見なしたものなので、仮にそれが1555年版なのだとすれば、この比較は意味をなさない。 所蔵先 大英図書館、リヨン市立図書館 リヨン市立図書館のものは Gallica で公開されているが、Gallica で1555年版として公開されているように、扱いに揺れがある。これは、年号のところに手書きの修正跡があり、本来の数字が見えなくなっているためである。 復刻 ピーター・ラメジャラーの『書物占い師ノストラダムス』の付録CDには、全ページ分の画像データが収められている。ただし、Gallica で公開されている版と同じものである。 ピュロン版 ロベール・ブナズラはブリュネの書誌に基づき、1556年にアントワーヌ・ヴォランが出した1556年版とは別に、リヨンのジャン・ピュロンが出した1556年版に触れている(*2)。 しかし、ブリュネの書誌では、あくまでもヴォランが出した版の印刷業者がピュロンだったと示してあるにすぎず、ピュロン単独版への言及はない(*3)。ブナズラは1556年版ヴォラン版に触れた際にブリュネには言及していないことからいっても、ヴォラン版の書誌情報を見間違えて、ピュロン単独版を想定してしまったものと思われる。
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/790.html
『1562、1563、1564年向けの暦書の予言』(Les Praedictions de l almanach de l an 1562, 1563 et 1564)は、当時出版されることがなかったノストラダムスの暦書の原稿である。 【画像】手稿の題扉と一部のページ(*1) 正式名 Les Praedictions de l almanach de l an 1562, 1563 et 1564 par M. Michel de nostre Dame, Docteur en medecine.Faciebat M. Nostradamus Salonae petrae provinciae XX Aprilis 1561. 医学博士ミシェル・ド・ノートルダム師による1562、1563、1564年向けの暦書の予言プロヴァンス州サロン・ド・クローのノストラダムスが1561年4月20日に完成させた ただし、上の画像を見れば分かるように、タイトルとそれ以外のページの字体が若干異なっているようにも見える。このため、タイトルは後の時代に追加された可能性もあるだろう。 内容 222ページあり、教皇ピウス4世に宛てた献辞に続いて、1562年の各月に関する散文の予言が収録されている。手稿のタイトルには「1562、1563、1564年向け」とあるが、1563年、1564年向けの予言は一切収録されていなかったようである(*2)。 コメント この手稿のうち、ピウス4世(未作成)に宛てられた献呈文のみは、エリック・ヴィジエ(未作成)がまとめた資料集『16世紀のノストラダムス(未作成)』にファクシミリ復刻版が収められている。 実際に刊行された『1562年向けの新たなる暦』の献辞もピウス4世に宛てられたものだが、印刷版は1561年3月17日、手稿は1561年4月20日で日付が1ヶ月以上ずれている。ただし、それらの原文を見比べてみると、基本的なモチーフは共通している。 ジャック・アルブロンは、これについて、ジャン・ブロトーとの往復書簡などからはノストラダムスが毎年似たような内容の複数の手稿を作成していた可能性が高く、現存する手稿はそうした印刷されることのなかった異本のひとつであろうと推測している(*3)。 所蔵先 現存は不明である。 この手稿は18世紀にはドイツのマッティオイ・シュモル(Matthieu Schmoll)という人物が所蔵していた。現存するものの装丁は18世紀のものだというので、おそらくはシュモルによるものだろう。20世紀はじめにはエクトール・リゴーが所蔵していた。 リゴーの死後、1931年のオークションで売りに出され、その後「ある人文主義者」(un humaniste)の手に渡った。その人物の死後、1966年12月に蔵書一掃オークションが行われた際に売りに出されたが(*4)、誰が落札したのかもどこに行ったのかも分からなくなっている。 ただし、リゴーの手にあった1906年に、その知人アンリ・ドゥーシェ(未作成)が復刻版『ノストラダムスの未公刊の手稿の忠実な再版』を出版しており、一応ではあるが内容は伝わっている。とはいえ、現在ではその復刻版自体が参照困難な状況である。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/851.html
『1563年向けの暦』(Almanach pour l'An 1563.)は、1562年頃にパリのバルブ・ルニョーが出版したノストラダムスの暦書。既存の題材のつぎはぎと捏造された予言からなる粗悪な偽版である。 【画像】『1563年向けの暦』の扉(*1) 正式名 Almanach pour l'An 1563. Composé par M. Michel Nostradamus, docteur en Medecine, de Salon de Craux en Prouence. Quant le deffault du Soleil lors sera./ Sur le plain jour le monstre sera veu,/ Tout autrement on l'interpretera,/ Cherté n'a garde,nul n'y aura pourueu. プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士ミシェル・ノストラダムス師により構成された1563年向けの暦「日蝕になるとき/白昼に怪異が現れるだろう/それへは全く異なる解釈がなされる/騰貴が起こり、誰もそれに備えられない」 内容 16ページからなる文書で、最初にカレンダーが収録されている。そこには、オリジナルに似せて四行詩が掲載されているが、それらは正規の1555年、1557年、1562年向けの予兆詩を流用したものである。具体的には、1月向けは1557年10月向け、2月向けは1562年6月向け、3月向けは1555年4月向け、4月向けは1557年3月向け、5月向けは1557年8月向け、6月向けは1557年12月向けと1555年11月向けの合成、7月向けは1562年2月向け、8月向けは1555年6月向け、9月向けは1555年9月向け、10月向けは1555年10月向け、11月向けは1562年10月向け、12月向けは1555年12月向けからの転用である(*2)。 続いて「非常に高貴にして力ある領主ギーズ公フランソワ・ド・ロレーヌ閣下へ、その賤しくも非常に忠実なる従僕ミシェル・ノストラダムスが喜び、健康、幸福を祈ります」(A Tres-Noble et Tres-Pvissant Seigneur, Monseigneur Françoys de Lorraine, duc de Guise, Michel Nostradamus son humble tres-obeissant seruiteur, desire ioye, salut felicité)と題された献辞が収録されている。ピエール・ブランダムールらからは、この献辞について、「アンリ2世への手紙」の様式を模倣したものと指摘されている。 最後に、1563年全般と月ごとの予言が散文で綴られている。 所蔵先 リール市立図書館(未作成)に現存している。 その他 この年向けの正規の暦書の英訳は確認されていないにもかかわらず、この偽版の英訳は現存している。『1563年向けの暦』英訳版がそれである。当時のノストラダムスの暦書人気をうかがわせる一例だろう。 外部リンク http //www.propheties.it/全ページ分のダウンロードが可能。 Un faux almanach pour l'an 1563献辞部分についての詳しい解説(フランス語)。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/promasys_study/pages/4.html
Promasys研究会の目的 データマネジメントソフトウエアPromasysをツールとして用いているユーザーのネットワークを構築し、情報交換や相互支援等を行うことで、アカデミアにおいてより効果的・効率的なデータマネジメントの方法を検討する。 Promasysユーザーにより集約された意見をもとに、ユーザーのニーズに直結したデータマネジメントソフトウエアの開発を目指す。 日本のアカデミアにおけるデータマネジメントの普及及び発展を支援する。 Promasys研究会 会長挨拶 臨床研究のデータマネジメントに関係するアカデミアの方々が情報交換できる機会を作るために、Promasys研究会を立ち上げさせていただきました。ご存知のように、臨床研究は企画・実施・解析・報告の段階を踏むもので、それぞれの段階に多くの人が関係し多様のノウハウが必要になります。日本では、1998年にGCPが完全施行されてから、治験の領域では医師だけでなく協力者が配置されるようなり「実施」の一部段階での効率化が図られてきました。企業治験では、「企画・解析・報告」の段階にも資源を投資し、資金や人の面ではアカデミアとは比べようもありません。日本政府は「臨床研究・治験 活性化5カ年計画 2012」を発表し、それ以前の9年間の計画を引き継ぎ、アカデミアにおいての治験・臨床研究の活性化を諮っています。そんな状況下で問題になったのが、いわゆるディオバン事件に象徴される、「データの信頼性確保」の方法です。ここに至って、やっと我が国ではデータマネジメントの重要性が認知されてきたように思います。しかしながら。アカデミアでデータマネジメントに従事する人はまだまだ限られており、各施設で少数の人が頑張っている現状と思います。データマネジメントは、データベースの設計から、クエリー対応、データ固定、解析データアウトプットなど、企画・実施・解析・報告まで全ての段階に関係してきます。そのため色々な場面に遭遇することになり、自分だけでの対応では自信が持てないことも出てくるかと思います。各施設のデータマネジメントの方々の知識と情報の共有および疑問点の解決などに、この集まりが少しでも寄与することができたら幸いです。日本における適正な臨床研究を数多く実施するためには、データマネジメントに関与する人をさらに多く育てることが必要です。そのためにはアカデミアに限らず、企業を含めた人たちとの交流も視野に置いて行きたいと思います。この会を育てるのは皆さんのお力によるものですので、是非多くの方に参加してもらえるよう尽力する次第です。堅苦しくない気軽な会を目指して頑張ります。 内田英二 略歴:1980年昭和大学医学部卒業、1981-1983年米国ペンシルヴァニア大学医学部フェロー、1989-1990年オランダ国ライデン大学客員講師を務めCentre for Human Drug Research(CHDR)にて複数の臨床試験を実施、1992-1998年ICH-E5ワーキンググループメンバーとして“外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因について”のガイドライン作成に関与する。数多くの製薬企業のメディカルコンサルタントとして、プロトコル作成・実施・総括報告書作成等に関与する。2005-2010年、2012~現在 日本臨床薬理学会理事。2005年より危機管理システム研究学会常任理事、2011-2013年同会長。2013年第34回日本臨床薬理学会学術総会長。現在、昭和大学研究推進室室長・教授、医学博士。専門は臨床薬理、医療安全、危機管理。
https://w.atwiki.jp/japanese-company/pages/106.html
学長プロフィール・略歴 プロフィール 1952年8月6日生まれ。 愛媛県今治市出身 専門は膝関節外科。 広島大学医学部卒業後、整形外科に入局し手の外科の世界的な権威、津下健哉教授に指導を受ける。1983年からヨーロッパに留学。43歳で島根医科大学教授に就任した。2002年に広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授に就任。膝軟骨損傷の患者から採取した細胞を培養し、患部に移植する三次元自家培養軟骨移植を開発した。この治療法は2013年4月、日本発の再生医療で初めて保険適用になった。こうした功績により2004年に内閣府の産学官連携功労者表彰「日本学術会議会長賞」、2010年に文部科学大臣表彰「科学技術賞」、2014年に産学官連携功労者表彰「厚生労働大臣賞」を受賞。カープやサン フレッチェの選手の治療やけが予防にも取り組む。2012年には中国文化賞を受賞。2015年には「自家培養軟骨の開発」の研究成果が評価され、紫綬褒章を受章した。 略歴 昭和52年3月 広島大学医学部卒業 同年5月 広島大学医学部附属病院 医員(研修医) 昭和59年10月 医学博士(広島大学) 昭和60年4月 広島大学医学部附属病院 助手 平成3年4月 広島大学医学部附属病院 講師 平成6年4月 広島大学医学部 助教授 平成7年9月 島根医科大学医学部 教授(平成14年3月31日まで) 平成13年4月 島根医科大学地域医学共同研究センター長(初代) 平成14年4月 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 教授 平成16年4月 広島大学病院副病院長 平成18年1月 University of Perugia Visiting Professor 同年3月 広島大学病院がん治療センター長(併任)(平成19年3月31日まで) 平成19年4月 広島大学病院長(平成23年3月31日まで) 平成20年4月 広島大学理事(医療担当)(平成23年4月30日まで) 平成21年5月 Thorndike Visiting Professor, Massachusetts General Hospital, Department of Orthopedic Surgery, Harvard Medical School 平成22年6月 University of Ioannina Visiting Professor 平成23年5月 広島大学理事・副学長(医療担当)(平成24年3月31日まで) 平成24年4月 広島大学大学院医歯薬保健学研究院 教授 広島大学学長特命補佐(北口開発担当) 平成25年7月 University of California, Irvine School of Medicine Visiting Professor 同年9月 広島大学病院スポーツ医科学センター長(併任)(平成27年3月31日まで) 平成26年3月 Hasanuddin University, Visiting Professor(平成28年3月まで) 平成27年4月 国立大学法人広島大学長 広島大学長からのメッセージ 平成27年4月1日より浅原利正前学長の後任として、第12代広島大学長に就任しました。よろしくお願いします。 広島大学は「自由で平和な一つの大学」という建学の精神を継承し、「平和を希求する精神」「新たなる知の創造」「豊かな人間性を培う教育」「地域社会・国際社会との共存」「絶えざる自己変革」の5つの理念の下、11学部11研究科を擁する日本でも有数の総合研究大学として、大きく発展を遂げています。 平成26年度スーパーグローバル大学創成支援のタイプA(トップ型)13大学の1つに、中国四国地方で唯一採択されました。今後10年以内に教育力・研究力を両輪とした大学改革を推進しながら、グローバル人材を持続的に輩出し、知を創造する世界トップ100の大学を目指します。 現代社会は科学技術が目覚ましく進歩する一方で、自然災害の多発、貧富の差の拡大、頻発する地域紛争やテロなど多くの困難に直面しています。未知の問題に自ら立ち向かう「平和を希求する国際的教養人」の育成に全力を挙げて取り組みます。
https://w.atwiki.jp/monosepia/pages/10781.html
新型コロナの対応と対策 / パンデミック帝国 ■ グレートバリントン宣言 グレートバリントン宣言 ― 私たちは感染症疫学者および公衆衛生科学者として、現行の新型コロナウイルス政策により人々の身体的および精神的健康が害されることを深刻に懸念している。ここに、「集中的保護 (Focused Protection)」という手法を提言する。 様々な場所、そして世界中で、私たちは人々を守るために専門性を捧げてきた。現行のロックダウン政策は、短期的および長期的公衆衛生に破滅的影響を与える。その結果として(ごく一部の例を挙げれば)、子供の予防接種率の低下、心疾患アウトカムの悪化、がん検診の減少、および精神衛生の悪化などがあり、以後何年にもわたり超過死亡率が上昇し、労働者階級や社会の若者たちが最も重い負担を負うことになる。学生たちを学校に行かせないのは重大な不正義である。 ワクチンが利用できるようになるまでこれらの政策を実施し続ければ、修復不能な損害となり、貧しい人々が不平等に被害を受ける。 幸い、私たちはウイルスに対する理解を深めている。新型コロナウイルスによる死亡に対する脆弱性は、若者に比べ高齢者で1000倍高い。事実、子供にとっては、新型コロナウイルスはインフルエンザなどの他の多くの脅威に比べ危険度が低い。 人々の間で免疫がつくにつれ、ウイルスに対する弱者も含め社会全体の感染リスクは下がる。すべての集団において、最終的には集団免疫を獲得する(つまり新規感染率が安定する時期に到る)ことは周知のことであり、これはワクチンにより補うことができる(ワクチンに頼るのではない)。したがって、集団免疫を獲得するまでの間、死亡率と社会的損害を最小限にすることを目標にすべきだ。 集団免疫を獲得する利点と欠点のバランスをとる最も思慮深い方法としては、死亡リスクが低い人々には普段の生活を許し、自然感染を通してウイルスに対する免疫を獲得するようにし、一方リスクが最も高い人々は保護するのがよい。私たちは、これを「集中的保護」と呼ぶ。 ウイルスに対する弱者を保護する対策をとることは、新型コロナウイルスの公衆衛生対策の重点項目であるべきである。例として、老人ホームでは獲得免疫をつけたスタッフを雇い、その他のスタッフや訪問者には頻繁に検査を実施する。また、スタッフの入れ替わりは最小限にする。自宅に住む退職者は食料品やその他の生活必需品を配達してもらう。可能であれば、家族との面会も室内より屋外で行うようにする。などが挙げられる。包括的で詳細な(複数の世代からなる家庭での対策を含む)対策方法リストを実行するのもよく、それは公衆衛生専門家の監修のもとで行うのが望ましい。 ウイルスに対する弱者ではない人々は即急に普段の生活に戻るべきである。手洗いや風邪をひいたときの自宅待機などの簡易的な衛生対策を社会全体で行うことで、集団免疫閾値を下げることがでる。学校や大学は開校して対面授業をすべきである。スポーツなどの課外活動も再開すべきである。若くてリスクが低い大人は自宅からでなく通常通り働くべきである。レストランやその他の商売も開けるべきである。美術、音楽、スポーツなどの文化活動も再開すべきである。リスクが高い人々も希望すればこれらの活動に参加してもよいが、社会全体としては、集団免疫を獲得することによりウイルスに対する弱者を保護するのがよい。 本宣言は2020年10月4日に米国グレートバリントンにて以下の3名により記述、署名された。 マーティン・クールドルフ博士、ハーバード大学医学部教授、生物統計学者および感染症疫学者(専門は、伝染病流行に関する発見と観察およびワクチンの安全性の評価) スネトラ・グプタ博士、オックスフォード大学教授、感染症疫学者(専門は免疫学、ワクチン開発および伝染病の数理モデル作成) ジェイ・バタチャリャ医学博士、博士(経済学)、スタンフォード大学医学部教授、医師、感染症疫学者、医療経済学者および公衆衛生政策専門家(専門は伝染病および脆弱な人口集団) .