約 50,302 件
https://w.atwiki.jp/jyakiganmatome/pages/711.html
1.「天」の双子 前編 それは―――白薔薇が施設から出され、最初の「眼の大戦」と呼ばれる大きな戦いの少し前の話。 ―――とあるJ3実験施設―――― 「籠」のように作られた室内に、金属がぶつかり合う音や悲鳴が響く 「や、やめてっ……!」 壁際に追い詰められた少女は、手に持っていた武器を放し 眼前の『友達』に命乞いをしている 「だーめ。」 その金髪の『友達』は、一言放ってから容赦なくクローガントレットで少女を貫く 部屋から悲鳴が無くなった。 「お兄ちゃん、もう終わり?」 「終わったよ。 5924。」 『お兄ちゃん』と呼ばれた少年は、金髪の少女を「番号」で呼ぶ。 お互いの顔はとても似ており、髪の色以外はほぼ同じ外観をしている。 双子と呼ばれる類のものだ ――ここの子供に名前は無く、全てが番号で呼ばれている そもそも、何故子供達が籠で殺しあっているのか 答えは簡単だ。 『最後まで生きていたら、今日は寝ることができる』 籠の外には研究者のような服を着た男が数人、何やら頷いて二人を見ている 「このケージでは、No.5924とNo.5923が一番ですね」 「二人でコンビを組んで戦う実験体は多くいるが、コレは異常な強さだな…」 科学者風の男達は血の匂いのする籠を見ながら言った 今日も―――生きている そんなことを思いながら、双子の実験体は籠から出された 血のついた服を脱いでお互いの武器を外し合う姿は異様でしかなかった――
https://w.atwiki.jp/ozawarina/pages/26.html
第2話「失踪」 もしくは偽りの小宇宙に秘められた真実の物語 依頼主:ヨネ子 主な登場人物:里奈、なめこ、じぃ、まなみ、ちとせ、ヨネ子、ルゴール、コペル、ミラ ○事件内容 まなみが失踪して、しばらく戻ってこないとヨネ子さんから知らせが入った。 いつものこと・・・と思いつつも、里奈は捜査する。 ■■■前編■■■ ~探偵事務所~ 手に入る物:合い鍵 ヨネ子の話を聞く。 いなくなった時って? まなみについて思うこと→今回の失踪はいつもと違う? →2つとも聞くと証言追加 お部屋は?→合い鍵もらえる。 ~ローゼンハイム夢見崎(アパート)~ ○まなみの部屋 手に入る物:アルバム、予約券、ハンカチ まなみの部屋は何者かに侵入され、荒らされている。 ヨネ子を呼びに行き状況を伝え、部屋の捜索。 床にアルバムとハンカチ、机の上に予約券がある。 ○メロディさん まなみの部屋のとなりに住んでるメロディさんから話を聞く。 なにか変わったことは? +どんなセリフ? +演劇? どんな感じ? なんでもない… ~ショッピングモール~ 手に入る物:まなみの写真、コイン、バナナ、バナナの皮 噴水前にちとせがいる。横には看板と段ボール。 とりあえずちとせと話す。 なにしてんの? まなみの部屋に侵入者が… 看板にはまなみの写真が。これは持ってるアルバムに貼ることが出来る。 ハンカチを見せると、自分のだと言うが、あとで「自分のではない」と訂正する(アヤシイ) 写真を貼ったアルバムを見せると、心なしか動揺する。 段ボールを調べようとすると何かを隠すので、ちとせにタッチしてバナナを奪い取る。 バナナにはまなみの名前が書いてあるので、確認する。 その事実をちとせにつきつけると、バナナを食べて証拠隠滅しようとする。 が、名前が書いてある「バナナの皮」を捨てるので、拾ってまたつきつける。 すると逃げようとするが、バナナの皮でこける。 そのあと話を聞く。 どうして…まなみの部屋に? また、自販機の釣り銭受けにコインが入ってるので拾い、汚れているのでハンカチで磨く。 ○ネイキッドボーンズ デイジーと話す。 まなみ… +なにか気付いたこと +まなみの様子 どれが似合うかな →お菓子屋さんなら何か知ってるのでは? ○スイートマウンテン プラリーネと話す。 まなみについて 今日のオススメ ブラッドにアルバムを見せる →ルゴールが関係してるかも。でもあんなの芸とは言わないよな? うん わかんない ルゴールって? →ルゴールの情報を得る。プラネタリウムへ行けるようになる。 ~午刻星界研究所(プラネタリウム)~ ベンチに座ってるちいさな女の子にアルバムを見せる →この子はマーガレットだと言って、中に入ってしまう。 →ルゴール(看板付近でオルゴールを持ってる人)が、「その子なら知ってる」という。 ○プラネタリウムロビー 手に入る物:フリーパス 入り口にいるコペルの話を聞く。 まなみ ルゴールさん ちいさな女の子→名前は「ミラ」 +星?→星に興味があるのか? +ある→フリーパスをもらう +わかんない +お人形? +チョコ? コペルにフリーパスを見せる→上映アナウンスが入るので中に入る ○プラネタリウム上映室 手に入る物:名刺 占い師がいるので、アルバムを見せると、上映室からいなくなる。 そのあと、床に占い師の名刺が落ちているので拾う(見つけにくいので注意) ※この地点で制御室には入れるが、コペルにすぐ追い出されてしまう。 ~ショッピングモール~ 月華水晶前の人形(?)に、名刺を見せると中に入れてくれる。 ○月華水晶 手に入る物:ポスター 右側に筒状のポスターがあるので入手。 占い師にアルバム見せ、終わったら退室する。 退室後、時間が遅いので里奈が事務所に戻る ~~~前編終了
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/155.html
卒業式前日・前編 【投稿日 2006/02/14】 卒業式シリーズ 「こんばんはーーーーー!!」 突然笑顔で現れた高坂に、斑目は度肝を抜かれた。 最近斑目は昼休みには部室に顔を出さず、会社が終わってから夜に来るようになっていた。 昼間に来れないのには理由があった。 笹原は卒業を目前に控え、あまり大学には来なくなっていたが、たまに部室で顔をあわせると必ず荻上さんと一緒に来る。 二人は付き合っているのだから当然なのだが、そこに自分もいるとどう考えても邪魔者、というか疎外感を感じるので、昼休みに部室に寄りづらくなったのだ。 それで今は会社帰りに寄っているのだった。未だに部室に来るのを止められないのが悲しい。 何故かまっすぐ家に帰る気にはなれないのだった。 (明日は笹原たちの卒業式だ。高坂も、…春日部さんも) これを機に部室に寄るのは終わりにしようと決めた。 …だから、せめて明日までは、ここに来ようと思ったのだ。 何をするわけでもないが、会社では広げられないエロゲー雑誌を読んだり部室にしか置いてないゲームをやったりして、小一時間ほどで帰る。 (俺は何やってんだろな) 自分でももうよく分からなくなっている。 (…なんだか最近心が重い。何をやっていても楽しくない。 でも、それを誰かに吐き出すことも出来ないまま、今日まで来てしまった。 だれも来ない部室で、いったい何がしたいんだろう。 …ま、それも明日までなんだが。) そこへ、高坂がいつもの満面の笑みで現れたので、それはもうびっくりしたのだった。 「…やあ高坂君、久しぶり」 「お久しぶりですー」 言いながら高坂はカバンを下ろし、一番奥の席(会長席)に座っている斑目の右の椅子に座る。 「…今日はどうしたん?あ、荷物取りに来たとか?」 「いえ、荷物はないですけど、なんとなくです」 「ふーん?」 「ちょっと時間があいたし、部室に来てみたくなって」 「そっか。明日で卒業だしな」 「ええ。…やっぱり寂しいもんですね」 「ふむ。まー卒業した後でも来るやつはいるけどな、俺とか(苦笑)」 「僕も来たいんですけどね、ここ居心地いいし。でも、仕事先がけっこう遠いんで。まぁ長期休暇が取れるんで、その時には顔出しに 来ますけど」 「へえ、そんなのあんの?」 「その代わり納期前は数ヶ月休みなしとかですから」 「うわ、キッツイなー。家にも帰れないとか?」 「ええ、実際すでにやりましたしね。夏に仕事入ったときに泊まりこみしたんで」 「あーあー!合宿のときか! …じゃあ仕事始めたら、春日部さんとあんまり会えなくなるんじゃないか?」 「そうですね…」 高坂は言葉を止め、少し考え込んだ。 彼なりに思うところがあるようだ。 「斑目さん」 「うん?」 「咲ちゃんのこと好きですよね?」 「ぶっ!!!」 高坂のあまりに突然な問いかけに、斑目は思わず噴いた。 「え…は?な………………えええええ!?」 「すいません、いきなり聞いたりして」 「は???え??何で知って…じゃなくて!何が?ええ!????」 パニックになり、ごまかすこともできない。 「…なんとなく、そうかなって思ってました」 (他の部員には気づかれてないのに、何で高坂は気づいてんだ!?) 焦った頭で考えてみてもさっぱり分からない。 「実は僕、斑目さんが、咲ちゃんのコスプレしたときの写真を買ったことを知ってたんです」 「ええ!?」 「斑目さんがあの後カメコに写真を頼んでいる所を聞いてしまって。…聞く気はなかったんですが」 「ああ…そうなんだ…」 今まで他の部員が気づいてないのを考えると、高坂は誰にもそれを言ってなかったのだろう。 「でも確信したのは、斑目さんの家にみんなで行ったときです」 「うっ」 …あの時のことか。 「あのとき斑目さんが必死に引き出しを守ろうとしたんで、コスプレ写真が入ってるのかと思って咲ちゃんを止めたんです」 「………………」 『きっと本当に見ないほうがいいと思うんだ』 高坂の言葉を思い出す。 確かに、春日部さんに写真のことがばれたら顔あわせづらくなってたと思うが。 …あのときにはもう、冗談やごまかしで流せる程度の気持ちじゃなかった。 そうか。だからあの時、久我山や田中の家では止めなかった春日部さんの行動を止めに入ったのか。 「でも、出てきたのはSMのDVDだった。 それで咲ちゃんのことが好きなんだってわかったんです。」 「…何で?普通それで結びつかねーじゃん…」 「だってあれ、本当の『最後の砦』じゃないですよね」 「うぐっ!」 「一番隠したいものがあんなに見つけやすいところにあるのは変だし、何より見つかった後の斑目さんの反応が、なんだかホッとし ているように見えたので」 「うーわーバレバレ…」 「だから、そこまでして隠し通したいんだな、って。本当に、咲ちゃんのことが好きなんだろうなあと」 「も、もう…、その辺でヤメテ…」 斑目は顔から火を噴きそうなほど、恥ずかしかった。 (バレてたのか…いや、写真を買ったことを知ってたんなら当然か…) 高坂の率直すぎる言葉に面食らいながら、もう認めざるを得ないと腹をくくる。 「…春日部さんには黙っててくれな。頼むから」 「…それでいいんですか?」 「え?」 「僕は言いません。でも斑目さんは言わなくていいんですか?」 斑目は驚いて高坂を見る。 高坂の顔からは何の表情も読み取れない。 「いや言っても仕方ねーし…だいたい春日部さんは」 「咲ちゃんじゃなくて斑目さんの気持ちですよ」 「そんなこと言って、引かれてもヤだしよ…」 「斑目さん」 高坂は斑目の言葉を遮って言う。 「僕は咲ちゃんを信頼してるんです」 「…………はい?」 高坂の言葉がよく分からずとまどう。 かまわず高坂は言葉を続ける。 「だからこそ、エロゲー会社に就職することを決められたし、咲ちゃんも折れてくれましたしね」 「…でもお前、春日部さんはすごく悩んだと思うぞ」 「…分かってます。でもそれは、咲ちゃんが乗り越える問題ですから」 高坂の言葉に再び驚く斑目。 こんな突き放した言い方をするとは思わなかった。 「僕は咲ちゃんのやり方を否定しないし、咲ちゃんに好きなものを強要しない。 だから咲ちゃんにもそうであって欲しいんです。」 「……それはお前のエゴじゃないか?」 それは高坂の我が儘だ。 さすがにムッとした斑目は、それを隠そうともせずに言った。 「そうですね。でもそれが僕ですから」 「…春日部さんだってそんなに強いわけじゃねぇだろ」 「そうですね。でも僕は咲ちゃんが好きだから、信じたいんです」 高坂はきっぱりと言い切った。 「それが僕の気持ちです」 「…それ、春日部さんにいってやれよ」 「ええ、昨日言いましたから」 「…ああ、そうかい」 斑目はもう苦笑いするしかなかった。春日部さんも大変だな。 「…で?俺にも言えと?春日部さんに」 高坂は黙ってこっちを見ている。表情が読めない。 「…言っていいのか?彼氏としてどうよ?…その、万が一にも…」 絶対にないと自分でもわかってて、こんなことを言ってるのが空しい。 「僕は咲ちゃんを信じてますから」 高坂は再び繰り返した。 「………そうか、わかった」 これ以上何も聞くことはない。 (言うなら明日しかないか…今晩で覚悟決めるか…) 高坂はジーパンのポケットから携帯をとりだして時間を見る。 「もうすぐかなぁ」 「…ん?何が」 「もうすぐ咲ちゃんがここにくるんですよ」 「はいぃ!?」 「あ、メールきた。今、校門の前まで来たそうです」 「えっ、ちょお、待て、え!???」 「今日僕がここ来るって言ったら、咲ちゃんも来たいって言ってたので」 (何コレ?ドッキリ? いやいやいや、高坂はそんな冗談をやる奴じゃねーし。 というかいつも全開で本気だ。 えっじゃあマジ?え?もうすぐ来るって???) 部室の外からかすかに足音が聞こえ、だんだん近づいてドアの前で止まる。 「…咲ちゃんは引いたりしませんよ」 「えっ!?」 聞き返そうとしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。 前編 END 後編予告:斑目と春日部さんが…
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/1133.html
74 三つの鎖 25 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/04(水) 22 05 43 ID wGt7FVol 三つの鎖 25 まどろみの中、誰かが私に触れる。 知っている声。私の好きな人の声。お兄さんの声。 起きてと、私をゆするお兄さん。 困ったように起きてというお兄さん。私の名前を呼ぶお兄さんの声が心地よいい。 その時、ドアが開く気配がした。 誰かが入ってくる。お兄さんを呼んでいる。 聞き覚えのある声。 梓の声。 私は跳ね起きた。 心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。全力で走った後みたいに全身に汗をかいていて、呼吸も乱れている。 ふらつく足取りで私はベッドを下りた。汗に濡れたシャツが張り付いて気持ち悪い。 さっき、お兄さんが私を起こしに来てくれた気がした。 薄暗い部屋には私以外誰もいない。 私は部屋を出てリビングに向かった。 薄暗いリビングの電気をつける。私一人には広すぎるリビング。誰もいない。 もしかしたらキッチンかも。お兄さんは私が寝ている間に料理を作ってくれることが多い。 でも、キッチンにもいない。鍋を開けると、肉じゃががある。昨日お兄さんが来てくれた時に作ってくれた。料理は冷たくなっていた。 洗面所かもしれない。もしかしたらお風呂のお掃除をしてくれているのかもしれない。 でも、洗面所にもいない。お風呂場にもいない。 お父さんとお母さんの部屋も、ベランダにも、お兄さんはいない。 玄関に私の靴だけが乱れて置いてあった。昨日、家に戻った時に脱いだままの靴。 お兄さんは来ていないのを思い知った。もしお兄さんが来てくれたなら、きっと靴の位置をなおしている。 私は肩を落としてキッチンに向かった。お兄さんの作ってくれた料理を食べたかった。 途中の和室のドアの隙間から仏壇が見えた。 それを見たとたん、お母さんの事を思い出した。 お葬式の次の日、もう死んだお父さんを探して家の中を探し回るお母さんの姿。 不安と恐怖が私を包み込む。 今の私、お母さんと同じ事をしていた。 「違う!!」 誰もいない部屋に私の叫びは虚しく響く。頭が痛くなるそうな静寂。 答える人は、誰もいない。 この家には、私しかいないのだから。 朝ごはんを食べて、学校に行く準備をしてから私は家を出た。 学校に行くにははやすぎる時間だけど、この家に一人でいる事に耐えられそうになかった。 お兄さんの作ってくれた料理を食べている時だけが、心安らぐ瞬間だった。 マンションの一階に下りた時、昨日の光景が脳裏に浮かぶ。 お兄さんが私の手を振り払って、梓と帰って行った昨日の光景。 二人を追いかけてマンションを出た時、口づけしてたお兄さんと梓。 思い出すだけで泣きそうになる。私は必死に涙を堪えた。 昨日のあの光景も夢だったのだろうか。 恐怖と不安の生んだ妄想だったのだろうか。 考えてもきりのない事を考えながら私は学校に向かう。 通学路には人はまばらだ。時々散歩やランニングをしている人とすれ違うぐらい。登校には早すぎる時間。 学校の中も誰もいない。教室にも誰もいない。 私は自分の席に座ってため息をついた。 お兄さん、来ないかな。 以前、一度お兄さんがすごく早い時間に登校してきた事があった。 あの時、屋上で抱かれた。 顔が熱くなる。 お兄さんに抱かれたい。乱暴に犯されたい。 乱暴に抱かれると、快感よりも苦痛が大きい。でも、お兄さんに必要とされているような気がして、安心する。 少なくとも私を抱いてくれる間は、私の事を必要としてくれているはず。それが例え私の体だけでも。 不安が霧のように私を包む。 お兄さんは私の事をどう思っているのだろうか。 本当に私の事を好きなのだろうか。 お兄さんが私の事を好きになりたいって言ってくれた事は今でも覚えている。顔を真っ赤にして好きになりたいって言ってくれたお兄さんの事を思い出すと、それだけで嬉しくなる。温かい気持ちになる。 75 三つの鎖 25 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/04(水) 22 07 38 ID wGt7FVol でも、何でお兄さんは私と付き合ってくれるのだろう。 私より魅力的な女の子はお兄さんの周りにいる。 ハル先輩。すごく大人っぽくて美人なのに、子供のように輝く瞳と柔らかい笑みのせいかとても親しみやすい人。艶のある長い髪、柔らかそうな白い肌、モデルの様な身長と体形。お料理が得意で文武両道。 梓。私と同じぐらいの身長だけど、細いせいかそうは見えない。無表情でお人形みたいな整った顔。ハル先輩と同じ艶のある長い髪、眩しいぐらい白い肌、細い体。儚い外見の中で、瞳だけが強烈な意志を放っている。ハル先輩と同じでお料理が得意で文武両道。 百人に聞けば、百人が私より魅力的だと答えるに違いない二人。 私が勝っているのは何もない。 せめて綺麗で長い髪の毛だけでも同じになりたくて伸ばし始めたけど、まだ肩にかかるぐらいだし、二人ほど綺麗でもない。鏡を見るたびに惨めな気持ちになる。 二人はお兄さんにたくさんのものを与えられる。お料理もそうだし、怪我の治療とか、お勉強を教えるとか、家事全般も手伝えるに違いない。特にハル先輩は気がきくし、お兄さんと幼馴染だから何でも知っているに違いない。 私はお兄さんに何も与えられない。与えられるばかり。せいぜい、抱かれるぐらいしかない。 それでもいいと思っていた。お付き合いする中で、お兄さんに見合う女の子になればいいと思っていた。 でも、お兄さんはどう思っているの。 私と一緒にいて楽しいの。面倒くさいとか手がかかるとか思ってないの。 お兄さんは私の事を好きって言ってくれる。嬉しいけど、信じきれない私がいる。 だって、どう考えても私よりハル先輩や梓の方が魅力的。 お兄さんと一緒にいたいのに、一緒にいると不安になる。 楽しんでもらえているのか、面倒くさいって思われていないか。 私はかぶりを振った。こんな事を考えても気分がめいるだけだ。 教室の時計を見る。まだはやい時間。あれだけ考え事をしていたのに、時間はほとんど進んでいない。 最近、時間の進みが不規則に感じる。今みたいに時間の進みが遅いと感じる時もあれば、気が付いたら時間がすごく過ぎている時もある。 疲れているのかもしれない。お父さんが死んで、それほど時間もたっていない。 クラスの女の子の陰口が脳裏に響く。 (悲劇のヒロインを気取っているんじゃないの?) (いくら加原先輩でも、付き合いきれないって思っているんじゃないの?) (そーだよねー。いくらなんでも、お父さんが殺されたとか重過ぎだよねー) 全身が震える。熱くもないのに汗が出る。 お兄さん、私の事を重い女だって思っているのだろうか。 思えば、お父さんが死んでからお兄さんに助けられてばかりだ。 お葬式の時も、私とお母さんを助けてくれた。お父さんとお母さんの親戚はほとんどいないし、私達に冷たいから、お兄さんの手助けは本当にありがたかった。何よりもお兄さんが傍にいてくれるだけで安心できた。 でも、お兄さんはどう思っているのだろう。面倒くさいとか、重いとか、そんな風に思わなかったのだろうか。 そんな事を考えていると、声をかけられた。 「夏美ちゃん」 聞き覚えのある声。 柔らかい声。何度もお世話になった人の声。 顔を上げると、ハル先輩がいた。 「こんな朝早くにどうしたの」 「ハル先輩こそ」 「私は生徒会のお仕事を片付けようと思って。それよりも、どうしたの?何かあったの?」 心配そうに私を見下ろすハル先輩。 「何でもないです」 私はそっぽ向いた。 馬鹿な私。ハル先輩にはあれだけ助けられたのに、何も話せないなんて。 ハル先輩に嫉妬している私がいる。 「幸一くんの事でしょ」 ハル先輩の口からお兄さんの名前を聞くだけで心が乱れる。 「ハル先輩には関係ないです」 「不安なんでしょ。幸一くんの心が梓ちゃんに向いているか」 ハル先輩の言葉が胸に入り込む。 「やめてください」 答える私の声は自分でも信じられないぐらい硬かった。 「色々言われているもんね。悲劇のヒロインを気取っているとか、重いとか。幸一くんがどう思っているのか心配なんでしょ」 「やめてください!!」 「昨日ね、梓ちゃんと幸一くん腕を組んで帰ってきてたよ」 思わず息をのむ。 昨日。お兄さんが私の家に来てくれた日。 梓が来たのは夢でも妄想でもないんだ。 「昨日の夜も幸一くんと梓ちゃんのご両親の帰宅は遅かったよ。ずっと家で二人きりで何をしていたのかな」 お兄さんと梓が寄り添い口づけする光景が脳裏に浮かぶ。 「やめてください!!」 76 三つの鎖 25 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/04(水) 22 09 43 ID wGt7FVol 「昨日ね、梓ちゃんと幸一くん腕を組んで帰ってきてたよ」 思わず息をのむ。 昨日。お兄さんが私の家に来てくれた日。 梓が来たのは夢でも妄想でもないんだ。 「昨日の夜も幸一くんと梓ちゃんのご両親の帰宅は遅かったよ。ずっと家で二人きりで何をしていたのかな」 お兄さんと梓が寄り添い口づけする光景が脳裏に浮かぶ。 「やめてください!!」 私は叫んでいた。立ち上がってハル先輩を睨みつける。 「そんな事、聞きたくないです!!」 ハル先輩がハンカチを手に私の目元をぬぐう。気がつけば私は泣いていた。 涙がとめどなく溢れる。 考えたくない。お兄さんと梓が一緒にいて何をしているなんて。 昨日、梓はお兄さんの手を引いて帰っていった。 路上でキスしていた。 家に帰って何をしていたかなんて、考えたくない。 「教えてあげようか」 「何をですか」 「幸一くんの心をつなぎ止める方法」 心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。 喉がからからに乾いていく。 お兄さんの心をつなぎとめる方法。 「そんな方法、あるのですか」 ハル先輩はにっこりと笑った。 「簡単だよ。幸一くんの子供を身ごもればいいんだよ」 子供。お兄さんの子供。 「そうすれば夏美ちゃんと幸一くんの間に断ち難い絆ができるよ。二人の血を受け継ぐ子供だからね」 私が、お兄さんの子供を妊娠する。 「だ、だめです。私達、まだ高校生です」 「高校生でも子供は産めるよ」 「違います。そんな事をしたら、生まれてくる子供が可哀そうです」 お兄さんの心をつなぎとめるためだけに子供を産むなんて、いくらなんでも酷過ぎる。 「別に産まなくてもいいよ。堕ろしてもいいよ」 私は自分の耳を疑った。ハル先輩は何でもないように笑顔を崩さない。 「そうすれば幸一くんは罪悪感で夏美ちゃんから離れられなくなるよ。妊娠させた挙句、堕ろす事になったら、幸一くん、責任を感じるよ」 ハル先輩の言っている内容は間違いない。お兄さんは誠実で責任感の強い人だ。もし私が妊娠して、堕ろす事になれば、きっと責任を感じる。 でも、生まれてくる命を犠牲にする事が許されるはずない。 「そんなの、そんなのダメです」 「じゃあどうするの。幸一くんの心がどこにあるのか心配しながら生きていくの」 ハル先輩の言葉が胸に突き刺さる。 お兄さんの心は誰に向いているのだろう。 ハル先輩?梓?それとも他の女の人? 「それにね、これは幸一くんと梓ちゃんのためにもなるよ」 「どういう事ですか」 「もし幸一くんの子供ができたら、梓ちゃんも諦めるよ。幸一くんの子供だもん。梓ちゃんも不幸にはしたくないはずだしね。子供ができれば、幸一くんは梓ちゃんから解放されるよ」 ハル先輩はニッコリと笑う。柔らかい微笑み。 「でも、もし梓が納得しなくて、生まれてくる子供に危害を加えるようなことがあったら、どうするのですか」 「その時は幸一くんのお父さんが梓ちゃんを逮捕するだろうね」 事もなげに話すハル先輩。 「幸一くんのお父さん、厳しくて公平な警察官だからね。実の娘でも容赦はしないよ」 「そんなに厳しい人なら、私が妊娠したらお兄さん怒られます」 「だろうね。そして責任を取れって事になると思うよ。その時に夏美ちゃんが産みたいって言えば、結婚になると思うよ。もちろん、夏美ちゃんが了承すればだけど」 結婚。お兄さんと。私が。 頬が熱くなる。胸が高鳴る。 「でも、でも」 「まだ何かある?」 「もし妊娠したら、私もお兄さんも退学になっちゃいます」 「それは仕方がないよ。でもね、幸一くんは成績がいいから高認でも大丈夫だと思うし、幸一くんのご両親も経済的な支援はしてくれるよ。何せ息子の不始末で一人の女の子が妊娠して退学になるんだからね」 淀みなく話すハル先輩。 「そんなに難しく考えなくていいよ。幸一くんと梓ちゃんのためでもあるんだから。私も協力するよ」 ハル先輩が私の両肩に手を置く。白くてほっそりとした女性らしい手。 77 三つの鎖 25 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/04(水) 22 10 47 ID wGt7FVol 「でも、どうやって妊娠するのですか。お兄さん、必ずスキンを使いますし」 「いくらでも方法はあるよ。今日は大丈夫な日だって言うとか、小さく穴をあけたスキンを渡すとか。未開封でも細い針を使えば目立たないように穴をあけられるよ」 私は呆然としてしまった。確かにハル先輩の言う方法なら、妊娠するかもしれないし、もしそうなれば、お兄さんは私に責任を感じるに違いない。 でも、私の胸の中で罪の意識を感じる。 生まれてくる赤ちゃんを、そんな事のために利用するなんて。 「夏美ちゃんが感じる罪の意識を我慢すれば、全てが上手くいくんだよ。梓ちゃんは幸一くんを諦めるし、幸一くんは梓ちゃんから解放される。夏美ちゃんは幸一くんと一緒にいられる」 何が不満なのと不思議そうに私を見つめるハル先輩。 「でも、やっぱり赤ちゃんが可哀そうです」 ハル先輩の目がすっと細くなる。 「さっきから聞いていたら、綺麗事ばかりだね」 軽蔑したようなハル先輩の言葉が胸に突き刺さる。 「他に方法はあるの?」 方法。 「梓ちゃんは幸一くんを諦めて、幸一くんは夏美ちゃんの傍にいて、みんな幸せになる。そんな都合のいい方法はあるの?」 冷めたハル先輩の視線。 「みんなが幸せになる方法があるなら、その方法をとればいいよ。無いでしょ?無いから幸一くんはあんなに苦しんでいるんだよ」 私も梓も納得する方法なんて無い。 だって、私も梓も同じ人が好きだから。 どちらかが諦めないといけない。 「それなのに夏美ちゃんは綺麗事ばかり言うんだ。赤ちゃんが可哀そうとかいうんだ。夏美ちゃんは何もせずに幸一くんに守られるばかりなんだ」 「…違います」 「どこが」 ハル先輩の言葉に何も答えられない。 「どこが違うの。梓ちゃんと幸一くんが仲直りできるように何かしたの」 「私、梓とお話しようと」 「できたの」 ハル先輩の言葉が私の言葉をさえぎる。 「梓ちゃんとお話もできていないのに、どうやって仲直りさせるのかな」 「その、お兄さんに梓と話さない方がいいって」 「結局、幸一くんに守られているだけだね」 何も答えられない。 全部ハル先輩の言うとおり。 「その調子だと、幸一くんに負担をかけるようなことしてそうだね。幸一くんと梓ちゃんの仲がこじれるような事、してないかな?」 昨日の事が脳裏に浮かぶ。 梓がお兄さんを連れて帰ろうとした時に、お兄さんを引きとめた。 あの時、お兄さんは私の腕を振り払った。恋人の私より、梓といる事を選んだ。 でも、あの時お兄さんが私の腕を振り払わなかったら、どうなっていただろう。 梓は私かお兄さんを傷つけたに違いない。 そう考えると、私の行為はお兄さんを苦しめただけ。 「心当たり、あるんだ」 心底軽蔑したように私を見つめるハル先輩。 「実はね、もっと簡単にできて幸一くんと梓ちゃんの仲を改善する方法があるよ」 「…何ですか」 「簡単だよ。夏美ちゃんが幸一くんと別れたら全てが解決するよ」 私とお兄さんが、別れる。 「そうすれば梓ちゃんも大人しくなるよ」 そんなの、そんなのいや。 お兄さんと別れるなんて、絶対にいや。 「嫌なんだ。幸一くんと別れるのが」 私の気持ちを見透かしたようなハル先輩の視線。 はっきりと怒りと侮蔑を感じた。 「私、そろそろ行くね」 おもむろに立ち上がり背を向けるハル先輩。 「あの!」 その背中に思わず声をかけてしまった。 「何かな?」 「私、どうしたら」 「自分で考えたら?」 冷たく言い捨ててハル先輩は去って行った。 私はその背中を追えなかった。 78 三つの鎖 25 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/04(水) 22 11 54 ID wGt7FVol 結局、私は何もしていない。 お兄さんには守られているだけ。それどころか負担になっている。 そしてお兄さんと別れる事も出来ない。お兄さんと恋人でなくなるなんて、想像する事も出来ない。 ハル先輩が怒るのも無理はない。 「…お兄さん」 思わずお兄さんを呼ぶ。 返事は無い。 教室には、私しかいないのだから。 戻る 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/948.html
541 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 01 53 19 ID XOuT2u+2 三つの鎖 9 あの日。兄さんと夏美がキスしたのを見た日。 兄さんは私を追ってこなかった。 あの後、私は部屋に引きこもっていた。兄さんが来るのをずっと待っていた。 春子がいろいろ話しかけてきたが、無視した。うるさいだけだった。 父さんと母さんは春子が説明したようだ。何も話してこなかった。なんて説明したのかは知らないし知りたいとも思わない。家の家事も春子がやってくれたようだ。 頭に浮かぶのは悪夢のような光景。兄さんと夏美のキス。恥ずかしそうに幸せそうに寄り添う二人。私が追い求めてやまない光景。そして絶対に手に入らない光景。 私が背を向ければ兄さんは追いかけてくれた。なのに。何で来てくれないの。私が背を向けるとすぐに追いかけてきてくれたのに。 夏美といる方が兄さんにとって大切なの。 全身が熱い。私はすでに汗だくだった。考えにふけっていると、ドアが控えめにノックされる。 「梓ちゃん?」 春子の声。 「入るよ」 お盆を持って春子が入ってきた。 「朝ご飯食べよ」 もう既に朝なのか。カーテンの奥はすでに明るくなっていた。春子の持つお盆にはサンドイッチと飲み物が乗っていた。 「兄さんは?」 春子は困ったような顔をした。兄さんは来てくれなかったんだ。どうして。 お盆の飲み物を見ると喉がからからなのを今さらになって自覚した。コップを手に口にすると冷たくて微かな苦みが喉を通る。アイスティー。私の好きな飲み物。兄さんはいつも冷蔵庫にアイスティーを入れてくれている。 次にサンドイッチを食べた。鳥の照り焼きが入っている。兄さんの料理と似た味。 「鳥の照り焼きを教えたのは春子だったんだ」 「そうだよ」 私の独り言に春子は答えた。兄さんの得意な料理の一つ。私の好きな兄さんの料理。 何で?何で兄さんは来てくれないの? 私に負い目を感じている兄さんはいつも私を追いかけてくれた。私が冷たくすれば必ずそばに来た。 何で今は来てくれないの? 「梓ちゃん。ちょっといいかな」 春子が話しかけてくる。憂いを含んだ悲しそうな顔で私を見つめてくる。いつもののんびりとした表情は無い。 「幸一君を縛るのはもうやめてあげようよ」 心臓がきしむ。 「何を言ってるの?縛るって何のこと?」 「幸一君の罪悪感に付け込んでいるでしょ?」 「私は何もしていない。兄さんが勝手に引け目を感じているだけよ」 春子が私を見る。表情に浮かぶ悲しみ。不快だ。 「かわいそうな梓ちゃん」 私は春子を睨みつけた。私は数ある選択肢から一番ましな方法を選んだ。その結果に同情などされたくない。 他にどんな方法があるというのか。兄さんも私も幸せになる選択なんて無い。兄さんを不幸にせず、私も不幸にならないぎりぎりの妥協。それが私の選んだ選択。 春子はそんな私を悲しそうに見つめた。春子は腕を伸ばし私の頬に触れる。温かい感触。それが余計に私をいらつかせる。 「幸一君を追っても追い切れないから、幸一君の罪悪感に付け込んで従わせた」 うるさい。 「梓ちゃんを追いかける過程で幸一君は本当に成長したよ。昔のお調子者で思慮の浅い手のかかる男の子は、今の幸一君になった」 梓が私の頬をなでる。その手にはテーピング。昨日私が痛めた手。 「全部梓ちゃんのためだよ」 「私は一度も頼んでない」 私は吐き捨てた。 「春子は関係ないでしょ。私と兄さんの兄妹の関係に口出ししないで」 「関係あるよ」 春子は悲しげに微笑んだ。 「私は幸一君と梓ちゃんのお姉ちゃんだよ」 「血のつながった私の兄弟は兄さんだけよ」 「梓ちゃんも気が付いているでしょ。幸一君は罪悪感で縛るのはもう無理だって」 春子の頬を涙が伝う。 「幸一君も薄々気が付いているよ。梓ちゃんは本当は嫌っても憎んでもいないって。幸一君を縛る罪悪感は幻だって」 「うるさい。黙って」 「かわいそうな梓ちゃん。幸一君が欲しくて、でも手に入らないならせめて傍に置くために幻の罪悪感という鎖で縛りつけて」 私の頬に当てられた春子の手が震える。 「でもね、幸一君は鎖に縛られたままで必死にもがいて、必死に努力したんだよ。梓ちゃんのために。本当に残酷だよ」 春子の涙はとめどなく流れる。涙が床に落ちる。 542 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 01 55 40 ID XOuT2u+2 「幸一君を束縛しても、幸一君の心は手に入らないんだよ」 「春子に私の気持ちの何が分かるの」 私の声はどうしようもなく震えていた。私は最善の方法を選んだはずなのに。 「分かるよ」 春子はまっすぐに私を見た。涙でぬれた瞳。そこに同情も憐憫も無い。あるのは悲しみだけ。 「お姉ちゃんにもよく分かるよ」 私の怒りは急速にしぼんだ。春子の言葉に同情や憐憫があれば私は爆発したに違いない。しかし、春子は同情も憐憫もしてない。悲しみだけがある。 分からない。春子がそこまで悲しむ理由が分からない。 春子は悲しげに私を見た。 「梓ちゃん。昨日幸一君は来るはずだったんだよ」 私は春子の言っていることが分からなかった。 来るはずだった? 「どういう事?」 「私が止めたの」 一瞬で私の頭は沸騰した。 春子の胸倉をつかみ足を払う。倒れた春子に馬乗りになり胸倉をつかみいつでも首を締め上げれるようにする。 「私が幸一君にメールしたの。私が話すって。今は顔を合わせない方がいいって」 春子は淡々と言った。微塵の恐怖も感じさせない落ち着いた声。それが何よりも私をいらつかせた。 「ふざけないで!何でそんな事をしたの?」 春子の胸倉をつかむ手に力がこもる。 「幸一君は梓ちゃんに誠実に話すと思う。そうなったら梓ちゃんは今私にした事と同じことしたでしょ」 私の手を春子の手が包む。テーピングの巻かれた手。私が痛みつけた手。 「弟と妹が傷つけあうのをもう見たくないの」 私は唇をかみしめた。 ふと脳裏に浮かんだ疑問。昨日、兄さんは家に戻ってこなかった。兄さんは昨日の晩どこにいたのだろう。 まさか。 「兄さんは昨日どこにいたの」 春子の顔色がわずかに変わった。 私が最後に見たとき、兄さんは夏美といた。 「夏美なのね」 春子は唇をかみしめた。 兄さんが夏美の家に泊まった。女の家に。 私は部屋を飛び出した。 「梓ちゃん待って!」 春子の声を振り切り、私は家を出た。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 私は夏美のマンションに向かった。何度か遊びに行った事があるから道は分かっている。マンションのカギはかかっていた。 外から回り込む。夏美の部屋は二階だ。私は周囲を見て誰もいないのを確認すると、排水官をつかみ手早く上った。ベランダに侵入する。 カギがかかっているのを、ガラスをたたき割り鍵を開け侵入した。 リビングから夏美の部屋に入る。ベッドはきれいに整理されていた。 ベッドの匂いを嗅ぐ。洗ったシーツの匂いに加え微かに兄さんの匂いがする。 私は風呂場の洗濯機を開けた。女ものの服や下着に加え、シーツが入っていた。 シーツをつかみ匂いを嗅ぐ。女の匂いと兄さんの匂い。シーツを広げる。白い粘り気のある液体がこびりついている。男の匂い。微かに固まった血が混じっている。 私は唇をかみしめた。 夏美。殺してやる。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ お昼休みになった。耕平が食事に誘ってくれたが僕は断った。一人でいたい気分だった。 春子と梓は学校に来ていない。 梓の事が気になる。やはり昨日話に家に戻るべきだったのではと思うけど、すぐにうち消す。今は春子を信じるしかない。 夏美ちゃんの家から直接来たので今日はお弁当は無いし食欲も無い。食事にする気にはなれない。教室はクラスメイトが多い。一人でいたかった。 屋上に行こう。僕はクラスを出た。 廊下を歩いていると、夏美ちゃんがこっちに歩いているのに気がついた。向こうも気がついて控え目に手を振るってパタパタと走ってきた。 「あの、お兄さん。お昼どうしますか?」 夏美ちゃんは恥ずかしそうにもじもじする。可愛いかも。 「お弁当が無いから屋上でのんびりしようと思っている」 覚えのある匂いが鼻孔をくすぐる。断じて言うが、女の子の匂いでは無い。嫌な予感がする。 543 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 01 58 36 ID XOuT2u+2 「あの、ありあわせですけど、その、お弁当を作ったんです」 恥ずかしそうに下を向く夏美ちゃん。うなじまで赤い。 「よかったら、一緒に食べませんか?」 正直に言う。僕は今すぐにでも背を向けて「グッバイ夏美ちゃん!」と言って走り去りたかった。無論、そんな失礼なことはできない。 「僕でよければ喜んで」 断腸の思いで言葉を吐きだした。夏美ちゃんの顔が喜びに輝く。 「あざーっす!さ、屋上に行きましょう」 夏美ちゃんは僕の手を握り走り出した。もう片方の手にはお弁当が揺れる。 僕の手を握る夏美ちゃんの手が温かくて柔らかい。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 屋上のベンチで並んで座る。夏美ちゃんは僕にお弁当を渡した。にこにこと嬉しそうに笑う。僕は礼を言って受け取り、蓋に手をかける。躊躇を押し殺してお弁当の蓋を開けた。 独特の香りが鼻につく。 「ありあわせですけど、どうぞ召し上がってください」 恥ずかしそうに、そして嬉しそうに夏美ちゃんが笑う。なんでそんなに嬉しそうなの。 「ありがとう。いただくね」 僕は微笑んだ。笑顔がひきつってないか心配だ。 スプーンを握る。そう。スプーンを。 僕はお弁当から一口分すくい口にした。 「どうですか?」 不安をにじませ話しかけてくる夏美ちゃん。 「おいしいよ」 嘘ではない。ただ、同じ会話をこれで三回した。昨日の夜と、今日の朝。そして今。 「よかったです」 そう言って夏美ちゃんもお弁当を開きスプーンを握った。 「私、カレーは大好きなのです」 そう。夏美ちゃんのお弁当はカレーだった。ちなみに言うと、今日の朝御飯もカレー、昨日の晩御飯もカレー。 正直つらい。僕自身料理はこるし、教えてくれた人も料理がうまいから舌はそこそこ肥えている。三食同じカレーは味覚的にも栄養的にも拷問に近い。 おいしそうに、実においしそうにカレーを食べる夏美ちゃん。 カレー自体はおいしい。でも朝昼晩カレーはもういい。 それでも僕はカレーを残さず食べた。せっかく用意してくれたのを残すわけにはいかない。 夏美ちゃんは水筒からお茶を入れてくれた。僕は礼を言って受け取った。 そのまま無言。気まずいのではなく、心地よい沈黙。 正直、こんな事をしている場合ではないと思う。梓の事が脳裏に浮かぶ。 「お兄さん」 夏美ちゃんは僕を見た。心配そうな表情。 「梓の事、ですよね」 僕は戸惑った。正直に今の気持ちを告げてもいいのだろうかと思ってしまう。 何か他の話題を。 「あの、夏美ちゃん」 夏美ちゃんは僕を見た。 「その、体は大丈夫?」 顔を赤くする夏美ちゃん。僕は馬鹿か。他の話題があるはずなのに。よりによってなんて話題を。 「えっと、その、心配してくれてありがとうございます」 太ももをもじもじする夏美ちゃん。その動きはやめて欲しい。 「まだ奥に残っている感触がありますけど、痛みはもう無いです」 「良かった」 本当のところは分からない。女の子の最初はすごく痛いって聞く。夏美ちゃんは単に気を使って言ってくれただけかもしれない。 そのまま黙る僕と夏美ちゃん。さっきとは違う気恥しい沈黙。 夏美ちゃんの様子がおかしい。顔を真っ赤にして太ももをこすり合わせる。恥ずかしそうに、切なそうにため息をつく。 「大丈夫?」 問いかけに僕を見る梓ちゃん。切なそうに僕を見上げる。 「わ、わたし、お兄さんとの、その、せ、せ、せ」 夏美ちゃんの声が羞恥に震える。 「いえ、犯されたのが」 食べたカレーを噴き出しそうになった。 「その、すごく、気持ち良かったです」 うつむく夏美ちゃん。太ももをこすり合わせる。スカートからのぞく白く細いが足が艶めかしい。 「お兄さんに犯されるのが、本当に気持ち良くて、私、今日の授業も、全然頭に入らなくて」 544 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 01 23 ID XOuT2u+2 夏美ちゃんは胸の前に両手をあて震える。恥ずかしそうにうつむく。 「私、だめなんです。そんな事考えている場合じゃないと思っても、何度も思い出しちゃって」 太ももをこすり合わせる夏美ちゃん。 「私を犯す、その、お兄さんのお、お、おちんちんの感触が、ずっと残っているんです」 顔を上げる夏美ちゃん。僕を見つめる視線に艶を感じる。 「私の膣をこする感覚が、犯される感覚が、頭を離れないんです」 夏美ちゃんは僕ににじり寄る。思わず僕はのけぞってしまい、結果的に夏美ちゃんが僕を覆いかぶさる形になった。 顔が近い。夏美ちゃんの呼吸を感じるほどに。 「後ろから犯されるのが、すごかったです」 夏美ちゃんの手が僕の頬にふれる。息も荒く震える声で卑猥な言葉を紡ぐ夏美ちゃん。 「腰をがっちりつかむお兄さんの手が、私を逃がしてくれなくて、何度も何度も犯すんです。膣をこすられる度にわたし、わたし」 太ももをすり合わせる夏美ちゃん。 「お兄さんが、私の中に出した時も、すごく熱くて、焼けるようで」 夏美ちゃんの顔が近い。僕は夏美ちゃんの肩を押さえた。 「夏美ちゃん。落ち着いて」 こんな場所でセックスするわけにはいかない。時間もあまりない。 そんなとき、夏美ちゃんの足が僕の股間にふれた。 「あっ」 夏美ちゃんがまじまじと見る。僕の股間は盛り上がっていた。 「嬉しいです。私で興奮してくれるんですね」 熱い吐息が顔にかかる。女の匂い。 「今楽にしてあげますね」 夏美ちゃんは僕のズボンのジッパーを下ろし手を入れた。ってちょっと! 「夏美ちゃん!ちょっと!」 僕の言葉と聞かず夏美ちゃんは僕の剛直を取り出した。白い指が剛直に絡みつく。 「はむ」 夏美ちゃんは僕の剛直を口にした。思わず腰が浮く。夏美ちゃんの口の中は膣とは違う熱さ。 「はむっ、れろっ」 ザラザラした夏美ちゃんの舌が僕の剛直の先端を舐める。膣をこする感覚と違う快感。 いけない。流されている。 「はむっ、ちゅるっ、ちゅっ、れろっ」 「ちょっと夏美ちゃん、うわっ」 夏美ちゃんの舌が剛直の裏筋を舐める。快感に思わず腰が引く。 「ちゅっ、おにいひゃん、はむっ、ほうへふは、ちゅっ」 上目づかいに僕を見つめる夏美ちゃんの視線は濡れていた。 夏美ちゃんの手が動きだした。僕の剛直をこする。 「ちゅっ、ちゅっ、ぺろっ、はむっ」 決して手慣れてはいない。たどたどしく動く夏美ちゃんの舌と手。それがかえって心地いい。 「はむっ、ちゅっ、んっ、おにいひゃん、なにはへへひまひた、ちゅるっ」 先走り液が出てくる。夏美ちゃんは嬉しそうに目を細めた。 ふいに脳裏に浮かぶ。僕の股間をまさぐりながらうっとりする春子。 思わず夏美ちゃんを引きはがした。剛直が空気に触れる。 「あっ」 尻もちをつく夏美ちゃん。 「あ、あの、お兄さん、その、わ、わたし」 震える夏美ちゃん。 「ご、ごめんなさい、わたし、お兄さんが、そ、そんなに嫌がってるって分からなくて、そ、その」 目に涙を浮かべ必死に言葉を紡ぐ夏美ちゃん。痛々しい姿。 僕は愚かだ。夏美ちゃんは悪くないのに。 夏美ちゃんに手を伸ばす。びくっと震える夏美ちゃん。そのまま頭にふれる。 「ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって」 そのまま夏美ちゃんの頭をなでる。 「続きをしてくれる?」 僕はベンチに座りなおす。夏美ちゃんは安堵の息をはき、床に四つん這いになって僕の股間に顔をうずめた。 「あの、いきますね」 夏美ちゃんは硬いままの僕の剛直をつかみ、口にくわえた。再び熱い感触。 「はむっ、れろっ、ちゅっ、ちゅむっ」 舌のざらざらした感触が気持いい。 「気持いいよ」 僕は夏美ちゃんの頭をゆっくりなでた。 545 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 03 55 ID XOuT2u+2 「手も使って」 夏美ちゃんは嬉しそうにうなずく。手で僕の剛直をこする。たどたどしく動く小さい手。 「ちゅっ、じゅるっ、はむっ、じゅるっ、ちゅるっ、れろっ」 夏美ちゃんの唾液と先走り液で滑りがよくなった僕の剛直をこする感覚がすごく気持いい。 僕が夏美ちゃんの髪の毛をゆっくりとく。サラサラで柔らかい。夏美ちゃんが気持ちよさそうに目を細める。 「じゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、んっ、じゅっ、はむっ、んっ、ちゅっ」 一生懸命たどたどしい動きの夏美ちゃん。すごい光景だ。ベンチに座った僕に四つん這いになって僕の股間に顔を埋める夏美ちゃんの頭。スカートから白い足がのぞく。太ももが悩ましげにすりあわされ、小ぶりなお尻が揺れる。 「んっ、ちゅっ、じゅる、れろっ、じゅるっ、んっ、はむ、ちゅっ」 たどたどしく動く舌と手に射精感が高まる。 「夏美ちゃん、でるっ」 剛直を口にしたまま上目ずづかいに僕を見上げる夏美ちゃん。興奮に濡れた視線。 「んっ、ちゅっ、いいでふ、じゅるっ、だひへふだはい、ちゅっ」 夏美ちゃんが動きをはげしくする。 もうだめだ。出る。 僕は思わず夏美ちゃんの頭を押さえた。そのまま射精する。 「んっ!?んんんんん!?」 苦しそうにむせぶ夏美ちゃん。射精の快感に腰が砕けそうになる。何度も精液が飛び出る感覚。 「んっ、んんんんっ、じゅっ、こくっ、んっ、ごくっ、こくっ」 喉を鳴らす夏美ちゃん。射精が終わって僕は夏美ちゃんの頭を押さえていることに気がつく。 「ご、ごめん夏美ちゃん」 手を離すが、夏美ちゃんは剛直の先端を口にしたまま離さない。 「んっ、こくっ、ごくっ」 一生懸命喉を鳴らす夏美ちゃん。 「いいよ夏美ちゃん、飲まなくても」 夏美ちゃんはかすかに首を横に振る。結局最後の一口まで飲み込んだ。夏美ちゃんはゆっくりと口を離した。 「夏美ちゃんありがとう。その、すごく気持ち良かったよ」 夏美ちゃんが嬉しそうに僕を見上げる。僕は夏美ちゃんの髪をすいた。くすぐったそうに笑う夏美ちゃん。 予鈴が鳴る。 僕たちは顔を見合わせた。夏美ちゃんは寂しそうに笑った。僕も寂しかった。 キスをして僕たちは屋上を後にした。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 次は体育だ。 夏美ちゃんと別れた僕はダッシュで着替え体育館に向かう。走りながら夏美ちゃんの事を考えてしまう。 僕は間違いなく夏美ちゃんにおぼれている。そしておぼれてもいいと思ってしまった。いつの間に僕はこんなに自制のきかない昔の自分に戻ってしまったのだろう。いや、自制がきいていないと自覚している分、昔よりもたちが悪い。 梓の事が脳裏に浮かぶ。大丈夫だろうか。 体育館で貴重品袋の口を開けた。この高校は授業中以外なら携帯を使用してもよい。財布を入れ携帯も入れようとしたとき、メールに気がつく。 メールを開く。春子からだ。 『梓ちゃんが家を飛び出しました。今探しています。学校で見たら連絡してください』 不吉な予感。梓は大丈夫だろうか。 僕と夏美ちゃんが一緒にいるのを見て走り去った梓。頭を離れない梓の言葉。 兄さんは結局私を一人にするんだ。ゆるさない。死んでしまえ。 梓。信じて欲しい。僕は二度と梓を一人にしない。 僕は自嘲した。今の僕は夏美ちゃんに夢中になっている。説得力が全く無い。 「危ない」 顔をあげた瞬間、バスケットボールが目の前にあった。 反射的に顔をひねり避ける。頬をボールがこする感覚。 「大丈夫かいな」 耕平が寄ってくる。いけない。授業中にぼんやりしている。 「大丈夫だ。すまない」 他のクラスメイトも寄ってくる。 「大丈夫か?血が出てるぞ」 体育の教師が言う。 頬を何かが伝わる感触。手の甲で拭うと、微かに血が付いていた。避けきれなかったのか。 「大した傷じゃないが一応保健室に行ってこい」 僕は大人しく頷いた。今の僕だと迷惑をかけるだけだ。 保健室に向かいながら深呼吸する。心の雑音を消す作業。自制をきかせる。 ノックをして保健室に入る。誰もいない。席を外しているようだ。僕は治療道具を勝手に拝借することにした。薬品の入っている棚に近づく。棚を調べていると、ドアが開く音がした。保健室の先生が帰ってきたのだろう。 「兄さん」 546 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 06 25 ID XOuT2u+2 僕を呼ぶ声に素早く振り向いた。聞き覚えのある声。僕を兄さんと呼ぶのは一人だけ。 梓。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 梓は幽鬼のように立ち尽くしていた。保健室のドアを閉め鍵を閉める。鍵の閉まる小さな音が耳を穿つ。 立ち尽くす梓の髪はぼさぼさだった。そういえば今日も髪をといていない。 僕は体の力を抜き重心を落とす。 梓が踏み込んでくる。僕の胸倉に伸びてくる手を払う。霞んで見える速さ。 僕は一歩下がって間合いを取る。 梓は本気だ。 無言で間合いを詰める梓。 制服をつかめば破れるかもしれない。のばしてきた手をつかんで倒すしかない。 僕は梓の手をつかんだ。はずだった。 つかんだと思った瞬間、僕の手は空を切った。次の瞬間、梓は僕の胸倉を掴んでいた。 視界が反転する。背中から叩きつけられた衝撃に息が詰まる。かろうじて受け身をとった僕に梓が馬乗りになる。 梓の膝が僕の腕を抑える。はねのけようとした瞬間、梓の肘が僕の喉を突く。体重の乗った一撃。 息が詰まる。むせる僕の腕をつかむ梓。何かを僕の腕に巻きつける。 「暴れないで兄さん」 僕の肘を容赦なくねじる梓。はねのけようとすると腕に何かが引っかかる。ロープが僕の両腕を背中で巻き付けられている。 既視感。春子。 「兄さん、ほっぺた大丈夫?」 梓が僕の顔を覗き込む。梓の顔には何の感情も浮かんでいない。ただ双眸が暗い光を放つ。白い指が僕の頬の傷をなぞる。微かな痛み。 「痛そうね」 梓の指が傷口に爪を立てる。傷口を広げる白い指。 「痛い?」 そう言いながらも梓はさらに傷を抉る。頬に文字通り抉られる痛みが走る。執拗に僕の傷口を抉る白い指。あまりの痛みに額に汗が浮かぶ。 梓は無表情に僕を見下ろしていた。 「ねえ。どうなの?痛いの?」 さらに傷口を梓の指が抉る。神経を直接削られるような痛み。 僕は痛みをこらえて梓を見上げた。 「兄さんすごいわね。微動だにしないなんて」 梓は飽きたように傷口から手を離す。梓の手は僕の血にまみれていた。血に濡れた白い指をなめる梓。その仕草が妙に艶めかしい。 顔を近づけてくる梓。僕は顔をそむけた。梓は犬の様に僕の傷を舐めた。 「ぺろっ、ちゅっ、んっ」 傷口に梓の舌が這う。熱い。さらに顔をそむけようとすると、梓の両手が僕の頭をつかむ。熱い両手。 「ちゅっ、兄さん、動かないで、んっ、ぺろっ」 熱心に僕の傷を舐める梓。その姿がお昼休みの夏美ちゃんにかぶる。 「んっ、兄さん、ちゅっ、いま、ちゅっ、夏美の事、れろっ、考えたでしょ」 梓が囁く。背筋に悪寒が走る。 顔をあげ僕を見下ろす梓。強い感情を放つ瞳。 「夏美と寝たんでしょ」 梓の顔がゆがむ。 「私を追わないで」 僕は梓を下から見上げる。まっすぐに睨む梓の視線を受け止めた。 「そうだ。僕は夏美ちゃんといた」 梓が青ざめる。 「そう。本当なんだ」 「梓。何であんな事を」 梓の唇を見る。僕を押し倒しキスした唇。 「あの女が私の兄さんに手を出すからよ」 頬に痛みが走る。梓が僕の頬を力いっぱい叩いた。 「兄さんは私のものなのに」 僕は首を横にふった。 見下ろす梓の顔色が変わる。 「僕は誰のものでもない」 「兄さんは私のものよ。誰にも渡さない」 梓の指が僕の唇にふれる。そのまま僕の唇をなぞる梓の指先。ふれる白い指が熱い。 「兄さんはまた私を一人にするんだ」 「梓を一人にしない」 547 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 08 18 ID XOuT2u+2 「嘘」 梓は僕の唇から指を離す。その指をかみしめる。 「兄さんは夏美に夢中になって私を一人にする。だってそうでしょ?兄さんは夏美が好きなんだもの」 梓の目尻に涙がたまる。 「どうなの。夏美が好きなんでしょう」 涙が梓の頬を伝う。 「そうしたら私なんてどうでもいいんでしょ」 梓の涙が僕の顔に落ちる。傷口にしみる。 「確かに僕は夏美ちゃんに惹かれている。夢中になっているといってもいい」 僕の正直な気持ち。 「でも、それと梓を大切に思う事は全く別の事だ」 梓を見上げる。涙でぐちゃぐちゃになった表情は読み取れない。 「僕の妹は梓だけだ」 僕の本心。梓は涙でぐちゃぐちゃの顔を近づける。 そのままお互いの唇が触れる。 子供の時を思い出す。梓はよくキスをねだった。 梓は顔をあげた。何を考えているのか分からない無表情。悲しいのか、怒っているのか。僕には分からない。 「思い知らせてあげる」 立ち上がり梓は背を向けて走り出した。保健室のカギを開け出て行った。 僕はその背中に声をかけなかった。かける言葉が無かった。 何でこんな事をするのだろう。また家事を押し付けられるとでも思っているのだろうか。それとも、僕が梓に構う事が無くなるのを恐れているのだろうか。 昨日思いついた考えが脳裏に浮かぶ。梓は僕を独占したいと思っているのだろうか。 考えるだけでもおぞましい発想。妹が兄に懸想しているなど。 夏美ちゃんは大切な恋人で、梓は大切な妹。 梓はそれを分かってくれない。 「ロープぐらい外して欲しいな」 僕は立ち上がり、刃物を探し始めた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 私は分かってしまった。兄さんは私のものでなくなった。 兄さんは私の鎖を抜けたのだ。 ついこの前まで私を追いかけてくれたのに。私のそばにいてくれたのに。 元凶の女の顔が脳裏に浮かぶ。 思い知らせてやる。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 帰りのホームルーム。 私はぼんやりとお兄さんの事を考えていた。 お昼休みの事を思い出す。顔が熱くなる。私は何て事をしてしまたんだ。 お兄さんのを…。 唇にふれる。この口でお兄さんに…。 最後は全部飲みこんで。 あまりの事に頭が爆発しそうになる。 私はため息をついた。私ってこんなにスケベだっけ。ていうかあれだ。お兄さんと寝たときのがすご過ぎたんだ。 あの夜、お兄さんは私を抱いた。思い出すだけで体が熱くなる。 お兄さんの逞しい腕に組み伏せられ、犯される感覚。 お兄さんの腰の動きが、痛いのに快感に変わる。 お兄さんが私の中に放ち、染められる感触。 私、初めてなのに、何度もイって。イかされて。 ちょっと乱暴にされるのが良くて。 いけない。私は頭を振る。今の私はどう考えても変態です。本当にありがとうと言ってしまいたい。 「なつみー」 クラスメイトの声にびくりと体が震える。いつの間にかホームルームは終わっていた。 「梓のおにーさんが呼んでるよー」 私は飛び上るように立ち上がった。教室の入り口でお兄さんが控えめに手を挙げた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 548 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 11 54 ID XOuT2u+2 お兄さんが迎えに来てくれたという青春ヒャッホーというシチュエーションとは裏腹に、話は重かった。 帰り道を歩きながらいろいろ話をした。 梓がお兄さんに襲いかかった事、ハル先輩と話しあいの結果、私を家まで送る事にしたなどと、お兄さんは淡々と語った。 なぜ、お兄さんが私を送る理由は口にしなかったが、聞かなくても分かった。 梓が私を襲う可能性があるからだ。 信じられないという気持ちと、やっぱりという気持ちが半々だった。 「お兄さんはこの後どうするんですか?」 「梓を探す」 お兄さんは静かに答えた。お昼までは無かった頬の白いガーゼが痛々しい。 「あの、私もついていっていいですか」 私は無駄だと分かっていても尋ねずにいられなかった。 「ありがとう。でも僕と春子だけで大丈夫だよ」 お兄さんは微笑んだ。この笑顔を見ると何でもいいから力になりたいと思ってしまう。 「あの、もし梓が私に襲いかかっても、別にいいです。守って欲しいなんて言いません。足手まといなら見捨ててもらってもいいです」 私は頼みこんだ。せめて傍にいたい。 「夏美ちゃん」 お兄さんが私の頭にポンっと手を置いた。大きくて温かい手。 「夏美ちゃんに怪我をしてほしくないし、梓が夏美ちゃんを怪我させるのも望まないよ」 私は顔を赤くした。恥ずかしい。私はお兄さんの事どころか自分の事しか考えていないのに、お兄さんは私と梓の事も考えている。 恥ずかしいという気持ちと、醜い感情が私の心を渦巻く。 梓はお兄さんの妹で、私はお兄さんの恋人なのに。比べる意味なんて無いのに嫉妬してしまう。 私の頭を優しくなでるお兄さんの手。梓はずっとこの手を一人占めしてきたんだ。 お兄さんは梓の事をどう思っているのかな。梓はお兄さんの事をどう思っているのかな。 梓はお兄さんの事を嫌っていると思っていた。でも今回の事を見る限り、実はお兄さんの事を大好きなのではないだろうか。というかそれ以外考えられない。 それにそう考えるとつじつまが合う事がたくさんある。 梓はお兄さんの事をシスコンといつも罵倒していた。それなのにいつもお昼にお弁当を持ってこさせていた。そんな姿を見ているから、私たちはお兄さんの事をシスコンと思っていた。お兄さんも強く否定することはなかった。ただ苦笑するだけだ。 だからお兄さんはあまりもてない。背は高いし、細身に見えて引き締まっているし、料理もできて優しい。顔もけっこう格好いい。 それでもシスコンという評判は大きなマイナスだ。 梓はわざとそういう評判が立つように仕向けていたのではないか。お兄さんを独占するために。 私はその仮定に背筋が寒くなった。今回の梓の行動を見るに、仮定ではすまない気がする。 もしかしたら、梓はお兄さんを兄として好きなのではなくて、お兄さんの事を一人の男性として愛しているのではないだろうか。 特に昨日の梓の行動はブラコンの域をはるかに超えている。そう考えると梓に恋人がいないのも納得する。 梓はもてる。美人で、抱きしめると折れそうな細い体。何というか、見た目だけは征服欲を喚起させるような女の子だ。本人にそんな気は一切ないらしいが。 私は単にお兄さんを見て男に幻滅しているのかと思っていた。でも、もし梓がお兄さんを愛しているなら、恋人など作るはずが無い。 そして私は恐ろしい考えに行きついた。お兄さんは、梓の気持ちに気が付いているのだろうか? 今回の梓の行動は、高校からの付き合いの私でもこんな推測をしてしまうぐらいわかりやすい行動だ。ずっと一緒にいたお兄さんが気がつかないはずが無い。 「あの、お兄さん」 聞いてはいけない。 「質問したいことが、あるんです」 足を止める私たち。まだ間に合う。別の質問を。 でも、そんな事は無理だ。 「お兄さんは、梓がお兄さんの事をどう思っていると思いますか」 お兄さんは無言。 「その、梓ってもしかしたら、お兄さんの事」 一人の男性として愛しているんじゃ。 私がその言葉を紡ぐ前にお兄さんは口を開いた。 「梓は昔から寂しがり屋だった」 お兄さんの言葉が独白のよう。 「だから今回も僕がそばにいなくなると思っているんだと思う」 私を見るお兄さん。強い視線。 「僕は梓の兄で、梓は僕の大切な妹だ」 やっぱり聞くんじゃなかった。 お兄さんの言葉は、自分に言い聞かせるように聞こえた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「ここで大丈夫です」 私たちはマンションの入り口で足を止めた。 「送ってくれてありがとうございます」 549 三つの鎖 9 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/19(土) 02 13 51 ID XOuT2u+2 私はお兄さんに微笑んだ。笑顔がひきつってないか心配だ。 「夏美ちゃん」 お兄さんが私を見る。誠実な瞳。 「今回は迷惑をかけて本当にごめん」 私は目をそらしたくなった。 「夏美ちゃんが知りたい事もたくさんあると思う。申し訳ないけど、もう少しだけ時間が欲しい。僕のわがままで本当にごめん」 お兄さんは全部分かっていた。 私はバカだ。誰だって隠したいことの一つや二つある。それなのに、私のわがままで聞いても仕方が無い事を聞いて。 今、一番お兄さんを信じないといけないのは私なのに。 「お兄さん」 私はうつむきながら言った。お兄さんの顔を見られない。 「わがまま言ってすいません。私、お兄さんの事を信じています」 お兄さんは今どんな表情をしているのかな。 「ありがとう」 私は顔をあげた。お兄さんは微笑んでいた。嬉しそうでちょっと恥ずかしそうな笑顔。 見ているだけで顔が熱くなる。 「そ、それじゃさよならです!」 私は背を向けてマンションに入った。私のばか。 一気に階段を駆け上り、ドアの鍵を開ける。家に入り鍵をかけた。そのままドアを見つめる。もちろんお兄さんは見えずに、ドアが見えるだけ。 会いたいな。別れたばかりなのにそう思ってしまう。 「お兄さん。会いたいです」 ため息をついて振り向いた。 そこに梓がいた。冷めた表情で、瞳だけは激情を湛えて私を見ていた。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/rikku0805/pages/174.html
カセドリア連合王国軍アマテラス~精錬の書~ 第11話 光と闇の狭間 前編 ~エスセティア大陸・始まりの大地近郊~ 張文遠と名乗った兵士が斬りかかってきた。 鈍重そうな見かけとは違い、意外と俊敏な動きだった。 しかしそれは、他の奴らが見たらの話だ。 俺達から見れば、まるでスローモーションの様にしか見えなかった。 迫ってくるヴァルディッシュの柄を掴むと、そのまま押し返した。 軽く押したつもりだったが、かなりの距離を飛んでいった。 そしてそのまま、山の岩壁にぶつかった。 岩壁にぶつかる事によって、ようやく止まったという感じだ。 張文遠は岩壁にぶつかったまま頭を垂れている。 俺は手に残っているヴァルディッシュを奴の頭の横に向かって投げた。 ヴァルディッシュは狙い違わず、奴の顔のすぐ横に突き刺さった。 これだけ力の差を見せれば、どんな馬鹿でも逃げていくだろう。 俺はそう思い、奴に背を向けた。 しかし少し歩いた所で、信じられない言葉を耳にした。 張「…待て。」 振り返ると、奴はヴァルディッシュを持って立っていた。 ……こいつは馬鹿か、それとも死にたがりなのか? ヒ「あれだけ力の差を見せ付けたのに、何故お前は立ち向かってくる? …何故だ?」 張「…俺は、スモーと約束した。 スモーが悪の道に走ろうとしたなら、俺がスモーを止めると。 スモーは魔物を統べる者、ブルーヘクサとなって世界に恐怖と闇を齎している。 俺はスモーとの約束を果たす為に、このまま退く訳にはいかんのだ!」 スモー、スモーと言うから誰かと思ったが、ブルーヘクサの名が出てようやく誰の事かわかった。 だがこの計画を止めさせるわけには行かない。 この計画に込めた俺達の思いの為にも。 ヒ「計画を止めさせるわけには行かない。 いや、例えお前がブルーの所に行っても止められない。 あいつはお前を泣きながら斬る事になるだろう。 それによってブルーに迷いが生じてもらっちゃ困る。 だからお前は、今ここで俺が倒す!」 俺は脚に力を溜め、張文遠目掛けて思い切り突進した。 張文遠も俺に対しストライクスマッシュを仕掛けてきた。 俺と張文遠は空中でぶつかった。 そして俺の勢いの方が勝っていたらしく、張文遠は弾かれた。 張「まだまだッ!」 しかし張文遠は、着地と同時に再度俺にストライクスマッシュを仕掛けてきた。 ヒ「弾けろ、インテンスファイッ!」 俺は両手に気を集中させ、それを張文遠に向けて放った。 張文遠は俺に触れる事無く弾き返され、地面に仰向けに倒れた。 再度立ち上がって俺に攻撃を仕掛けようとするが、足元がふらついている。 さすがにダメージが蓄積している様だ。 ヒ「おいおい、俺はまだ半分も力をだしてないぞ?」 張「……ッ!」 俺の言葉が気に入らないのか、張文遠は俺を睨みつけて来た。 張「武人の勝負に手加減は無用。全力で来いッ!」 ……よっぽど死にたいらしいな。 ヒ「…良いだろう。御望み通り本気を出してやろう。」 言い終わると同時に、俺は自分の気を全て右手に集中させた。 張文遠もヴァルディッシュを構えた。 しかしその構えは、今までの構えとはまったく違っていた。 あれはブルーの…。 張「のーくんでぃ…俺に力を。」 俺は右手に気を集中させたまま、張文遠に向かっていった。 張文遠はあの構えのまま、微動だにしなかった。 俺の体がヴァルディッシュの射程圏内に入った瞬間、張文遠が動いた。 それと同時に、俺も気を張文遠に向けて放った。 張「スモーキー槍術奥義・破槍ッ!」 ヒ「我気の前に平伏せ、プラナスマッシュッ!」 俺の気と張文遠のヴァルディッシュがぶつかった。 しかしぶつかると同時に、張文遠のヴァルディッシュは粉々に砕けてしまった。 そしてそのまま俺の気が張文遠を直撃した。 手応えは十分。 張文遠の体の中に俺の気が入り込んでいく。 ヒ「それなりに楽しかったぜ。安らかに……眠れ。」 言い終わると同時に、俺の気が張文遠の体の中で爆発した。 張「武に生きた我人生に一片の悔い無しッ!」 それだけ言うと、張文遠は力無くその場に倒れた。 アト「やっぱり我慢できずに殺しちゃったのかしら?」 振り返ると、アトラクナクアが立っていた。 相変わらず気配を掴みにくい奴だ。 ヒ「計画の邪魔をしなければこうなる事も無かった。 全てはこいつが招いた事だ。」 アト「…そうね。もしもここで倒さなかったら、ブルーは計画を止めていたかもね。」 アトラクナクアは俺を見て話していない。 不審に思い振り向くと、張文遠が立っていた。 そんな…馬鹿な?! アト「安心しなさい。…もう死んでるわ。」 近づいてみると、アトラクナクアの言うとおりだった。 張文遠は立ったまま息絶えていた。 ヒ「死して尚、立ち上がってくるか…。 やはりここで倒しておいて正解だったな。 もしもブルーだったら、計画の中止を言いかねない状況だ。」 ブ「たかが戦友一人の死で、この俺が計画を辞める訳がないだろう。」 何時の間にか、ブルーは俺の横に立っていた。 ヒ「本当にそうか?」 ブ「当たり前だ。それにこいつも理解していただろう。 今の俺を止められるのは…、あいつしか居ないってな。」 本拠地に戻ろうとしたが、ブルーは動かなかった。 俺がブルーを呼ぼうとするのを、アトラクナクアが制止した。 ああは言っていたが、ブルーも俺達も一人の人間に変わりはない。 俺はアトラクナクアと二人で本拠地へ戻っていった。 後編は年末までかかるかも byスモーキー
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/707.html
昨日の夜、明日の予定についてハルヒから電話があり、それによるとどうやら今日は午後三時に駅前集合らしいのだが、 昨日と同じ轍は踏むまいと一人意気込んだ俺は、二時間も前に目的地へたどり着きはや二時間近くが経過していた。 なんなんだろうね。 やることなすこと全て裏目に回っちまうのは俺がそう望んでるからなのか? だとしたら俺は相当なMだな。 いやそんなことは決してないが。 と、一人黙々と頭の中で自問自答を繰り返していると、何やらけったいなリュックを背負った団長様がようやくご登場なすった。 時計を見ると時刻はぴったり三時。 ギリギリ遅刻ではないようだが、今日はやけに時間通りだなハルヒ。 「遅刻じゃないんだからどうでもいいでしょそんなこと。それよりちゃんと昨日言った通りにしてきたの?」 「ああ、昼は抜いてきたし、ゴザも持ってきた。ほれ」 そう言って俺は手にさげてた袋を見せた。まあ昼は多少入れてきたんだがな。 「うん、いい感じね。それじゃ行くわよ」 「行くって何処に?」 「いいから。ついてくればわかるわ」 そう言ってハルヒは俺の手をとり走り出した。 多少腹に入れてきたとは言っても俺はまだ全然空腹なんだ。 そんなに早く走られたら今にも倒れちまう。 などとは口にせず、結局俺はハルヒとともにバスに乗って目的及び目的地不明の旅に出ていた。 バスの中でリュックの中身は何なんだ? とハルヒに訊いてみたものの、 「着いたらわかるわ」 と、一蹴された。一体何なんだろうね。 宇宙人を呼び出すためとか時間旅行するためとか超能力を目覚めさせるためとかそういった装置でないことを切に願う。 そんなことしなくても十分間に合ってるからな。 それに宇宙人にも時間旅行にも超能力者にももう飽き飽きしてきたところだ。 これ以上新規メンバーが増えても俺は覚えてやらんぞ。 そう思うのも俺は最近またもやけったいな問題に巻き込まれつつあるからであった。 そういった諸事情も含めて、これから目的も目的地も依然として定かでない旅をしなければならないのかと思うと俺は自然と憂鬱気分になっていた。 それが顔に出ちまったのか、ハルヒが不安そうな面もちで訊いてきた。 「もしかして今日都合悪かった?」 「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと考え事をな」 「……そう」 納得したのか、ハルヒはそれだけ聞いてまた窓の外を眺め始めた。 バスにゆられること十分。ようやく目的地付近のバス停にたどり着いたようだ。 俺たちがたどり着いたそこは、なんというか普段はめったに来ない郊外であり、 ここいらにある高校生の男女二人が遊べるようなスポットと言えば小高い丘の上に造られた公園くらいなもんで、 その公園もだだっ広いだけでこれといったアトラクションは何一つないといった有り様だ。 だが、どうやらハルヒはその公園に行くつもりらしく、俺の憂鬱な気分は空腹という燃料も加わり最早どうしようもなく加速の一歩を辿るのみであった。 「ほら! もっとシャキッとしなさいよ。公園についたらすんごくおいしいご飯にありつけるわよ!」 俺が知らない内にあそこの公園の近くに何か飲食店でもできたのだろうか。 ハルヒがこんだけ絶賛しているのだからさぞかしおいしいに違いない。昼を抜いてこいという指示にも合点がいく。 少しだけ楽しみになってきた。 徒歩で移動すること約二十分、ようやく俺たちは丘の頂上である公園にたどり着いた。 そこはやはりと言っていいか、人の姿はまばらだった。 そんなことより俺はもう腹が減ってどうにかなりそうだ、さっさと飯にしようぜハルヒ。 「そうね、あたしももうお腹ペコペコだわ。それじゃ……あそこがいいわね」 と、言ってハルヒはデカデカと公園の隅に陣取っている一本の松の木まで駆けていった。 「うん、ここでいいわね……ちょっと、何ボサっと突っ立ってんの? 早くこっちに来てゴザ広げてちょうだい」 とりあえず言われるがままにした俺だが……何が何だかさっぱり分からん。 俺の昼飯は一体どこにいっちまったんだ? 「何言ってんのよ。目の前にあるでしょ」 目の前ったって……そこいらに転がってる松ぼっくりでも喰えってのか? 「もう、あんた真性のアホね。頭のネジどっかでなくしちゃったんじゃないの?」 こいつに言われると無性に腹が立つが、さっぱりなのも事実だ。俺はおとなしく教えを乞うことにした。 「ああもうアホでも何でも構わん。俺は腹が減って死にそうなんだ。早いとこ何するつもりなのか教えてくれ」 そう聞くとハルヒはニヤリと不適な笑みを浮かべながら背負ってあったリュックの中身を、 「じゃじゃーん!」 という幼稚なかけ声とともに取り出した。 なるほど、そういうことか。 確かに、『敷物』『公園』『木の下』などとこれらのキーワードから導き出される最もありきたりな解答はこれだな。 だがな、相手はあのイレギュラーの申し子ハルヒだ。 よもやこいつがそんなありきたりなことを望んではいるまいと思っていたから、 多少の予測はあったもののそれらの全ては俺の頭の中で五秒も経たないうちに虚しくなっていたのだ。 でもまあ起こっちまったもんは仕方ない。 俺は従順にもハルヒ特製手ずから弁当とやらで腹を満たすことにした。 万事に於いて万能であるこいつが作ったんだ。おそらく本当にすんごくおいしいに違いない。 ああもう御託はいいからさっさと喰おう。 俺はとりあえず俺に喰ってくれと言わんばかりにいい感じの色をかもし出している唐揚げを箸でつまみ上げ自分の口に持っていこうとした。 パクッ 「うん、自分で言うのも何だけどやっぱりおいしいわ!」 唐揚げ君は俺の口に触れることすらできずにハルヒの胃袋へと消えていった。 俺は唐揚げ君のそんな無念を晴らすべく、ハルヒに徹底的に抗議してやるつもりだったのだが……何だこいつ? ハルヒは「私を食べてはぁと」とばかりの食べごろ完熟トマトよろしく顔を真っ赤にしていた。 自分でやっといて何恥ずかしがってんだかなとは思ったものの、トマトさながらに顔を真っ赤にするハルヒは目眩がするほど可愛かった。 「な、なにジロジロ見てんのよ! あんたもさっさと食べたら? すんごくおいしいわよ」 食べようとはしたものの誰かさんによって見事に阻止されちまったんだがな。 とは言わず、空腹の絶頂にあった俺は今度こそ唐揚げ君を俺のお口に導くことに成功した。 「……」 うますぎて声も出なかった。いや、マジで。 そんな俺の沈黙に見かねたハルヒは、 「……どう? もしかして口に合わn」 俺はハルヒの言葉を遮り、 「いやそんなことはない。ハルヒ、お前この唐揚げで店開けるぞ。間違いない」 俺のオーバーなリアクションにハルヒはまた顔を赤くしながら、 「な、なにそんなに大げさに言ってんのよ! ……まあでも嬉しいわ。ほらもっと食べなさいよ。たくさん作ってきたんだから」 と、まあそんな感じの会話を混ぜつつ俺は海原雄三も舌を鳴らすであろうハルヒ弁当で腹を十分に満たした。 弁当を食べ終えた後、不思議探索か何かでもやるのかと思っていたがそうではなかった。 俺とハルヒは他愛もない世間話を繰り返すだけで、ハルヒはそれで満足しているようだった。 ただ、ときたまハルヒがもがもがしていたのは一体何だったんだろうな。 前編4
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/728.html
昨日の夜、明日の予定についてハルヒから電話があり、それによるとどうやら今日は午後三時に駅前集合らしいのだが、 昨日と同じ轍は踏むまいと一人意気込んだ俺は、二時間も前に目的地へたどり着きはや二時間近くが経過していた。 なんなんだろうね。 やることなすこと全て裏目に回っちまうのは俺がそう望んでるからなのか? だとしたら俺は相当なMだな。 いやそんなことは決してないが。 と、一人黙々と頭の中で自問自答を繰り返していると、何やらけったいなリュックを背負った団長様がようやくご登場なすった。 時計を見ると時刻はぴったり三時。 ギリギリ遅刻ではないようだが、今日はやけに時間通りだなハルヒ。 「遅刻じゃないんだからどうでもいいでしょそんなこと。それよりちゃんと昨日言った通りにしてきたの?」 「ああ、昼は抜いてきたし、ゴザも持ってきた。ほれ」 そう言って俺は手にさげてた袋を見せた。まあ昼は多少入れてきたんだがな。 「うん、いい感じね。それじゃ行くわよ」 「行くって何処に?」 「いいから。ついてくればわかるわ」 そう言ってハルヒは俺の手をとり走り出した。 多少腹に入れてきたとは言っても俺はまだ全然空腹なんだ。 そんなに早く走られたら今にも倒れちまう。 などとは口にせず、結局俺はハルヒとともにバスに乗って目的及び目的地不明の旅に出ていた。 バスの中でリュックの中身は何なんだ? とハルヒに訊いてみたものの、 「着いたらわかるわ」 と、一蹴された。一体何なんだろうね。 宇宙人を呼び出すためとか時間旅行するためとか超能力を目覚めさせるためとかそういった装置でないことを切に願う。 そんなことしなくても十分間に合ってるからな。 それに宇宙人にも時間旅行にも超能力者にももう飽き飽きしてきたところだ。 これ以上新規メンバーが増えても俺は覚えてやらんぞ。 そう思うのも俺は最近またもやけったいな問題に巻き込まれつつあるからであった。 そういった諸事情も含めて、これから目的も目的地も依然として定かでない旅をしなければならないのかと思うと俺は自然と憂鬱気分になっていた。 それが顔に出ちまったのか、ハルヒが不安そうな面もちで訊いてきた。 「もしかして今日都合悪かった?」 「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと考え事をな」 「……そう」 納得したのか、ハルヒはそれだけ聞いてまた窓の外を眺め始めた。 バスにゆられること十分。ようやく目的地付近のバス停にたどり着いたようだ。 俺たちがたどり着いたそこは、なんというか普段はめったに来ない郊外であり、 ここいらにある高校生の男女二人が遊べるようなスポットと言えば小高い丘の上に造られた公園くらいなもんで、 その公園もだだっ広いだけでこれといったアトラクションは何一つないといった有り様だ。 だが、どうやらハルヒはその公園に行くつもりらしく、俺の憂鬱な気分は空腹という燃料も加わり最早どうしようもなく加速の一歩を辿るのみであった。 「ほら! もっとシャキッとしなさいよ。公園についたらすんごくおいしいご飯にありつけるわよ!」 俺が知らない内にあそこの公園の近くに何か飲食店でもできたのだろうか。 ハルヒがこんだけ絶賛しているのだからさぞかしおいしいに違いない。昼を抜いてこいという指示にも合点がいく。 少しだけ楽しみになってきた。 徒歩で移動すること約二十分、ようやく俺たちは丘の頂上である公園にたどり着いた。 そこはやはりと言っていいか、人の姿はまばらだった。 そんなことより俺はもう腹が減ってどうにかなりそうだ、さっさと飯にしようぜハルヒ。 「そうね、あたしももうお腹ペコペコだわ。それじゃ……あそこがいいわね」 と、言ってハルヒはデカデカと公園の隅に陣取っている一本の松の木まで駆けていった。 「うん、ここでいいわね……ちょっと、何ボサっと突っ立ってんの? 早くこっちに来てゴザ広げてちょうだい」 とりあえず言われるがままにした俺だが……何が何だかさっぱり分からん。 俺の昼飯は一体どこにいっちまったんだ? 「何言ってんのよ。目の前にあるでしょ」 目の前ったって……そこいらに転がってる松ぼっくりでも喰えってのか? 「もう、あんた真性のアホね。頭のネジどっかでなくしちゃったんじゃないの?」 こいつに言われると無性に腹が立つが、さっぱりなのも事実だ。俺はおとなしく教えを乞うことにした。 「ああもうアホでも何でも構わん。俺は腹が減って死にそうなんだ。早いとこ何するつもりなのか教えてくれ」 そう聞くとハルヒはニヤリと不適な笑みを浮かべながら背負ってあったリュックの中身を、 「じゃじゃーん!」 という幼稚なかけ声とともに取り出した。 なるほど、そういうことか。 確かに、『敷物』『公園』『木の下』などとこれらのキーワードから導き出される最もありきたりな解答はこれだな。 だがな、相手はあのイレギュラーの申し子ハルヒだ。 よもやこいつがそんなありきたりなことを望んではいるまいと思っていたから、 多少の予測はあったもののそれらの全ては俺の頭の中で五秒も経たないうちに虚しくなっていたのだ。 でもまあ起こっちまったもんは仕方ない。 俺は従順にもハルヒ特製手ずから弁当とやらで腹を満たすことにした。 万事に於いて万能であるこいつが作ったんだ。おそらく本当にすんごくおいしいに違いない。 ああもう御託はいいからさっさと喰おう。 俺はとりあえず俺に喰ってくれと言わんばかりにいい感じの色をかもし出している唐揚げを箸でつまみ上げ自分の口に持っていこうとした。 パクッ 「うん、自分で言うのも何だけどやっぱりおいしいわ!」 唐揚げ君は俺の口に触れることすらできずにハルヒの胃袋へと消えていった。 俺は唐揚げ君のそんな無念を晴らすべく、ハルヒに徹底的に抗議してやるつもりだったのだが……何だこいつ? ハルヒは「私を食べてはぁと」とばかりの食べごろ完熟トマトよろしく顔を真っ赤にしていた。 自分でやっといて何恥ずかしがってんだかなとは思ったものの、トマトさながらに顔を真っ赤にするハルヒは目眩がするほど可愛かった。 「な、なにジロジロ見てんのよ! あんたもさっさと食べたら? すんごくおいしいわよ」 食べようとはしたものの誰かさんによって見事に阻止されちまったんだがな。 とは言わず、空腹の絶頂にあった俺は今度こそ唐揚げ君を俺のお口に導くことに成功した。 「……」 うますぎて声も出なかった。いや、マジで。 そんな俺の沈黙に見かねたハルヒは、 「……どう? もしかして口に合わn」 俺はハルヒの言葉を遮り、 「いやそんなことはない。ハルヒ、お前この唐揚げで店開けるぞ。間違いない」 俺のオーバーなリアクションにハルヒはまた顔を赤くしながら、 「な、なにそんなに大げさに言ってんのよ! ……まあでも嬉しいわ。ほらもっと食べなさいよ。たくさん作ってきたんだから」 と、まあそんな感じの会話を混ぜつつ俺は海原雄三も舌を鳴らすであろうハルヒ弁当で腹を十分に満たした。 弁当を食べ終えた後、不思議探索か何かでもやるのかと思っていたがそうではなかった。 俺とハルヒは他愛もない世間話を繰り返すだけで、ハルヒはそれで満足しているようだった。 ただ、ときたまハルヒがもがもがしていたのは一体何だったんだろうな。 前編4
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/955.html
74 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 37 39 ID JHfL/wMO 三つの鎖 10 人でごった返す廊下を私は小走りに進む。 目指すはお兄さんの教室。 さっき梓と一緒に帰ろうとすると蹴飛ばされた。 「私に変な遠慮しないで。兄さんに今日は私が晩御飯作るって伝えて」 そっぽを向く梓が可愛すぎた。 梓。ありがとう。 私はお兄さんの教室をのぞいた。いた。お兄さんは友達としゃべっている。確か耕平さんだっけ。 深呼吸をして教室に入ろうとしたそのとき。 「夏美ちゃん」 絶妙のタイミングで背後から声をかけられ、私は文字通り飛び跳ねた。 「ハハハハハハハル先輩!?」 「こーいちくーん!彼女が来てるよー!」 えええ。 「なんやて!」 驚愕する耕平さん。クラス中の視線がお兄さんに突き刺さる。 お兄さんは苦笑した。 耕平さんは我に帰るとお兄さんの肩をポンとたたいた。 「OKや。幸一。女を待たしたらアカン」 「耕平。すまない」 「落ち着いた時にでも紹介して。明日は遅刻したアカンで」 お兄さんは耕平さんに手を振って私に近づいた。 まずい。恥ずかしすぎてお兄さんを見れない。 「春子」 「あれれ?耕平君にまで隠してたんですか?」 ハル先輩がにやにやする。 「行こう夏美ちゃん」 お兄さんは私の手をつかんで歩きだした。 私の手をつかむお兄さんの手が熱い。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「夏美ちゃん。ごめんね」 帰り道。お兄さんが申し訳なさそうに言う。 私はいまだにうつむいてお兄さんの顔を見れない。 「いえ、恥ずかしいですけど大丈夫です」 いまだに私の手はお兄さんに握られたまま。恥ずかしいけど嬉しい。 お兄さんが手を離そうとするたびに、私は手をつかんでしまう。お兄さんは離さずにいてくれた。 「夏美ちゃん?」 私は顔をあげてお兄さんを見た。お兄さんの顔は無表情だけど微かに赤い。お兄さんも恥ずかしいんだ。 ちょっと悪いことしたかな。 「お兄さん。ちょっと待っててください」 私はお兄さんの手を放しソフトクリーム屋に走った。 「ソフトクリーム二つください!」 私は受け取ったソフトクリームを持ってお兄さんに駆け寄った。 「手をつないでくれたお礼です。どうぞ」 「ありがとう」 二人でベンチに並んで座ってソフトクリームを舐める。 気恥しい沈黙。 「お兄さん。怪我は大丈夫なんですか?」 昨日入院したばかりなのに。 「心配掛けてごめんね。もう大丈夫だよ」 「お兄さんって頑丈ですね」 やっぱり鍛えているからかな。 「梓も手加減してくれていたから」 お兄さんはぽつりと言った。私には分からない。でもお兄さんが言うならそうなんだろう。それに梓はお兄さんの事を嫌っていない。 「あのですね」 お兄さんを横目に見る。 「梓に叱られちゃいました。お弁当にカレーはありえないって」 75 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 40 54 ID JHfL/wMO お兄さんはわずかに微笑んだ気がした。 「お兄さんにカレー弁当を食べさせたら承知しないって」 これは梓なりの応援なんだろう。お兄さんにお弁当を持っていってもいいと。 「夏美ちゃん。ありがとう」 お兄さんは私の方を向いた。 「夏美ちゃんのおかげで梓と仲直りできた」 「そんな事ないです」 これは私の本心だ。 「もともと嫌っていなかったんですから」 私はコーンをかじった。お兄さんもコーンをかじった。かりかりという音。 なんだか少し面白かった。 お兄さんは立ち上がり私に手を差し伸べた。 私はびっくりしてしまった。お兄さんは顔を少し赤くしてそのままの姿勢。 すごく嬉しい。 私はお兄さんの手をつかんで立ち上がった。 お兄さんの手は温かかった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 夜、僕は春子の家のチャイムを押した。 「はーい」 聞き覚えのある声がして扉が開く。 「あら幸一君」 村田のおばさんが出てきた。春子のお母さん。 「夜分遅くに失礼します」 「春子から聞いているわ。遠慮しないで上がって」 にこにこしながら手招きする。僕は目礼してお邪魔した。 「はるこー。幸一君が来たわよ」 とたとたという階段を下りる音と共に春子が階段を降りてきた。 「幸一君いらっしゃい」 春子は笑った。いつもより嬉しそうな笑顔。 「幸一君が来るのも久しぶりだね」 そうかもしれない。最後に来たのはいつだろうか。 「お母さんもお父さんも寂しがっているから、たまには来てね」 僕は村田の家には昔からお世話になっている。特におばさんには本当にお世話になった。 「はいはい。春子。あんまり幸一君を困らせちゃだめよ」 おばさんがお盆を片手に声をかける。お茶とせんべい。僕の好きな茶菓子。 「ありがとうございます」 僕はおばさんからお盆を受け取った。 「ゆっくりしていってね」 おばさんは笑った。少し歳ととったけど、明るい笑顔は変わらない。春子によく似た笑顔。 僕と春子は二階の春子の部屋に入った。 「適当に座って」 部屋は少し散らかっている。相変わらず変なものが多い。一番目につくのはでっかいコンピューターの乗った机だろう。横長のディスプレイが三枚もある。 昔から春子は変なものを通販で購入するのが好きだった。手首に鈍い痛みが走る。もう傷は完治して跡もない。あの時の手錠も戯れに購入したのだろうか。 春子のお父さんはソフトウェアの会社を経営している。おじさんも現役のSE兼プログラマーで、経営は他の人にまかして今でもソフトウェア作成にかかわっている。春子もその影響を受け、コンピューターには詳しい。 「すごいでしょ?」 僕の視線の先に気がついたか、春子は誇らしげに言う。 「けっこう最新のパーツで組んでいるよ」 僕はお盆をちゃぶ台に置いた。 「それで」 僕はそっけなく言った。夜もけっこう遅い。思い出したくもないが、聞かないわけにはいかない。 あの夜、何で僕を襲ったのか。 「私は幸一君が好き」 春子の言葉。 「何度も聞いた」 昔から耳にたこができるほど言われた言葉。 「私ね、梓ちゃんが羨ましかったんだ」 僕は耳を疑った。 「梓ちゃんが幸一君を手に入れたのが羨ましかった」 76 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 43 34 ID JHfL/wMO 春子は。 「私も幸一君が好きなのに」 何を言っている。 「だからね、私も梓ちゃんと同じことをしようと思ったんだ」 春子は笑う。嬉しそうに。 「春子。僕が好きというのはどういう意味だ」 弟としてなのか。男としてなのか。 春子は首をかしげた。 「それね、お姉ちゃんにもよく分からないんだ」 そう言って春子は立ち上がった。 「男として好きなのか、ずっと面倒を見てきた弟として好きなのか。お姉ちゃんにもよく分からないよ」 目を閉じて胸に手を当てる春子。 「ただね、一緒にいたい。どんな形でもいい」 そう言って笑う。いつもの笑顔。 「本当はね、恋人同士が一番いいと思うよ。何の問題もなく一緒にいられるもん」 「だったら何で」 僕にのしかかる裸の春子が脳裏によみがえる。何であんな事を。 「だって幸一君は私の事を女として見てないもん。ずっと一緒にいたから分かるよ」 春子は僕を見て悲しそうに笑った。 「私ね、梓ちゃんの気持ちがよく分かるんだ」 梓。僕の大切な哀れな妹。 「梓ちゃんと私も同じだよ。どれだけ好きでも、その気持ちは絶対に報われない。だって」 春子は寂しそうに笑った。 「梓ちゃんは妹で、私はお姉ちゃん。幸一君はずっとそう思っているもん」 「それでも」 僕は口をはさんだ。 「それでもあんな事をする必要は無い。好きなら、振り向いて欲しいなら、他の方法があるはずだ」 夏美ちゃんが脳裏に浮かぶ。等身大の姿で僕に接してくれた大切な人。 「そんなの無理だよ」 春子は悲しげに首を横に振る。 「だって今の私が何をしても幸一君にとってはいつもの事でしょ。どうしたらいいかなんて分からないよ。幸一君もひどいよ。ずっと私にそっけなくて。梓ちゃんにべったりで」 胸が痛む。僕のせいなのか。 「ずるいよね。私も幸一君と一緒にいたいのに。梓ちゃんは妹なのに。いつも一緒なのに。それなのに幸一君を従わせて」 「春子」 「分かってるよ。ううん。むしろ感謝している。梓ちゃんのおかげで幸一君は立派になったもん」 春子は寂しそうに僕を見た。 「幸一君。好き」 突然の告白。 「恋人でなくてもいい。愛人でもいい。幸一君の都合のいい女でいい。だから私をそばにいさせて」 僕は姿勢を正して春子の顔を見た。 「僕を好きと言ってくれるのは嬉しい。でも、春子の気持ちにはこたえられない。僕には好きな人がいるから」 夏美ちゃんの笑顔が脳裏によぎる。春子は寂しそうに笑った。 「あの夜の事は、僕は忘れる」 「幸一君。一つだけ教えて」 春子が僕を見つめる。悲しさと寂しさがごちゃ混ぜになった表情。 胸が痛い。 「もしだよ、幸一君が夏美ちゃんと付き合っていなくて、あの夜の事が無かったら、お姉ちゃんの告白を受け入れてくれた?」 僕は即答できなかった。 「もしもの話には答えられない」 分かっていた。きっと僕は断っただろう。春子とはずっと一緒にいた。今さら恋人という関係は想像つかない。 今なら春子が僕を振ったのもわかる。結局、僕たちは血がつながっていなくても姉と弟。男と女の関係にはなれない。 「そうだよね」 春子は寂しそうに笑った。 僕は立ち上がった。もう用事はない。寂しかった。春子とはもう今まで通りの関係ではいられない。 昔から僕と梓の世話を焼いてくれた女の子。一番身近にいた幼馴染。何度も助けてくれた大切な人。 血はつながっていなくても、春子は僕にとって姉だった。その関係がこんな風に終わるなんて思わなかった。 「待って」 春子が僕を呼びとめた。 「幸一君の言葉で決意できたよ。私が幸一君を手に入れるにはやっぱりこの方法しかないって」 春子はパソコンに向かった。キーボードを押すとディスプレイがつく。 77 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 48 52 ID JHfL/wMO 「お姉ちゃんね、梓ちゃんと同じことをするって言ったでしょ?」 キーボードを操作する春子。メディアプレイヤーを起動する。 「これを見て」 ディスプレイに目を移す。 僕は戦慄した。 全身の血液が沸騰した。 ベッドの上で絡み合う男女。 『ひうっ、ひゃあっ、あんっ、あうっ、んあっ、おにいさっ、ひうっ』 スピーカーから喘ぎ声が漏れる。 映像は鮮明だった。誰が何をしているか、はっきり分かるほどに。 「ふふふっ、幸一君もすごいよね。夏美ちゃんも初めてだったのにあんなに気持ちよさそうにしてるよ」 春子の声が近いのに遠い。 「でも夏美ちゃんを気持ちよくできたのはお姉ちゃんで練習できたからかな」 信じられない。何が何だか分からない。 「ふふふ。すごく大変だったよ。普通のビデオカメラだと画像が粗いからね。覚えてる?昔高性能なカメラを購入したのを。試合とかいっぱい撮影したよね。いちばん大変だったのは設置かな。でも良く撮れているでしょ?」 春子の言うとおり映像は鮮明だった。誰なのかはっきり分かる。僕と夏美ちゃんが一糸まとわぬ姿でベッドで抱き合っている姿。 「春子」 僕は春子を見た。嬉しそうな顔。とっておきの悪戯を仕掛けたような笑顔。 「なんで?なんでこんなことを?」 春子は立ち上がった。 「ふふふ。茫然としている顔も可愛いよ」 春子の白い手が僕に伸びるのを僕は無意識に後ずさり避けた。 「言ったでしょ?お姉ちゃんね、梓ちゃんが羨ましかったんだ。だって梓ちゃんは幸一君を従えてそばに縛り付けたから」 春子は俯いた。唇をかみしめている。 「あれからお姉ちゃんね、すごく寂しかったよ。幸一君はずっと梓ちゃんにつきっきりで、梓ちゃんしか見てなかったから。お姉ちゃんを見てくれなくなったから」 自分を抱きしめ震える春子。切なげなため息。 「どうしたら昔みたいに戻れるかお姉ちゃんね、いっぱい考えたよ。幸一君に女の子を紹介したら幸一君も梓ちゃんから離れるかと思ったけど、幸一君にそんな意志はなかった」 自分んの体を抱きしめ震えながら春子は憑かれたように喋り続けた。 「ただね、幸一君が女の子と話しているのを見た梓ちゃんがすごく苛々しているのは分かったから、もしかしたら何か変化するかもしれないって思っていた。夏美ちゃんを手伝ったのも何か変化を期待してだよ」 夏美ちゃんの太陽のような明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。 「夏美ちゃんは梓ちゃんと一番仲がいいお友達だし、梓ちゃんも動揺するかと思っていたよ」 春子は自分を抱きしめて震えた。 「でもね、まさか幸一君が夏美ちゃんと付き合うなんて夢にも思わなかったよ。お姉ちゃん本当にびっくりしたし、すごく焦ったよ」 大きなため息をつく春子。 「でね、お姉ちゃん考えたよ。リビングで幸一君が夏美ちゃんの髪をといている間一生懸命考えた。そして思いついたんだ。幸一君の弱みを握れるって」 春子は嬉しそうにディスプレイを撫でた。 「幸一君は優しくて賢いから。こうすれば幸一君はお姉ちゃんに逆らえないでしょ?」 僕は歯を食いしばった。荒れ狂う感情を抑え春子を睨みつける。 「もし、もし逆らえばどうするつもりだ?」 「分かっているでしょ?これを学校に送れば夏美ちゃんと幸一君は退学だよ。ネットにばらまいてもいいかな。哀れな世界中の童貞君が二人の情事を見て自分を慰めるようになるよ」 想像するだけでおぞましい。僕は体の震えを必死に抑えた。 「ふふっ、ふふふっ。幸一君のその表情可愛いよ。お姉ちゃんぞくぞくするよ」 春子はうっとりと僕を見た。その視線に背筋が寒くなる。 「僕と梓の和解を手伝ってくれたのはこれが目的なのか?」 「もちろんそれもあるよ。でもね、お姉ちゃんは梓ちゃんも好きなんだよ。可愛い妹だもん。だから幸一君と仲良くしてほしかったのも本当だよ」 春子はにっこりと笑った。いつもの明るい笑顔。僕と梓を見守ってくれた笑顔。 知りたくないことを知るなかで、一つ疑問が残った。 「あの日、なんで僕を犯した」 春子の言うことがすべて正しいなら、あの日無理に僕に迫る必要はない。僕を犯す必要も。脅迫の材料を手に入れてからで全てがすむ。 なのに春子は何で。 「分からないの?」 春子は僕を見て恥ずかしそうに微笑んだ。 「幸一君の初めての相手が他の女の子なんて我慢できないよ」 手を伸ばす春子の白い腕を僕は払った。春子は悲しそうに笑った。 「それにね、もしかしたらお姉ちゃんの魅力に幸一君が我慢できなくなるかなって思っていたんだよ」 寂しそうに春子は笑った。 78 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 51 59 ID JHfL/wMO 「駄目だったけどね」 春子はそう言って椅子に座った。 「明日この時間に来て。明日はお父さんもお母さんも家にいないから」 僕は何も言わずに春子の部屋を出た。これ以上何も言いたくなかった。口を開けば叫んでしまいそうだった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 下でおばさんに会った。 「夜遅くまですいません」 「いいのよ。遠慮しないでね」 おばさんは明るく笑った。 「幸一君。彼女ができたって本当なの?」 「はい」 春子から聞いたのだろう。 「春子が寂しがっていたわ。彼女が嫉妬しない程度にはかまってあげてね。春子は一人っ子だから梓ちゃんと幸一君が可愛くて仕方ないのよ」 面白そうにおばさんは笑った。 「はい」 僕はそう返事するだけで精いっぱいだった。 言えない。僕と春子に何があったのか。春子が何をしたのか。何をしようとしているのか。絶対に言えない。 僕の様子に何か感じたのか、おばさんは心配そうに僕を見た。 「春子と何かあったの?」 「いえ、何も」 「そう。何か困ったことがあったらいつでも相談してね」 できない。絶対に。 「梓ちゃんとご両親によろしくね」 僕は礼を言って家を出た。 村田のおばさん。僕の事を昔から大切にしてくれた。僕にとっては京子さんと同じもう一人の母。春子の事を知るとどれだけ悲しむだろうか。 絶対に気がつかれてはならない。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ あ…ありのままに今起こった事を話すで! 梓ちゃんは兄を毛嫌いしているかと思っていたらいつの間にかブラコンになっていた。 何を言っとるのか分からへんかもしれへん。俺も分からんわ。 自己紹介がまだやったな。 俺は田中耕平。加原幸一のクラスメイトや。親友と言っても過言でない関係やと俺は思っとる。影が薄いのは仕方がないわ。勘弁してな。 話の始まりは今日の朝や。そっから順に説明するわ。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 朝、幸一はなんか元気が無さそうにみえた。 見た目はいつもどおりや。せやけど俺みたいに付き合いが長い人間は何となくわかる。 せやけど幸一が何も言わへん以上、こっちからは何も尋ねへん。俺と幸一はそういう関係や。 こいつは昨日珍しく遅刻して昼前から登校した。それも関係あるかもしれへん。 そんな事を思いながらもお昼休み。 俺はいろんな奴と飯を食う。学食んときもあるし、コンビニのパンの事もある。 幸一はいっつも妹さんにお弁当を届けに行く。どう考えてもシスコンの行動やけど、幸一は梓ちゃんが朝早く弁当を受け取らずに出て行くからと言っとる。中学の時、幸一が柔道部辞めてからもそうやった。 これは俺が昔から疑問に思ってた事や。梓ちゃんはどう考えても兄貴である幸一をきらっとる。せやのに弁当を届けさせるのは納得いかん。まあそれは置いとこ。 今日の幸一は座ったままやった。 「今日はどないしたん」 俺は幸一に声をかけた。いつも妹さんの教室に届けに行くやろ。 「梓がお弁当を届けてくれるから待っている」 正直言うで。俺は耳を疑ったわ。 別に変ちゃうやろ?って思った奴は幸一の妹がどんな奴か知らへんからや。 こいつの妹の梓ちゃんは見た目は細くて長い髪をポニーテールにした美人や。すごく大人しそうで抱きしめたら折れそうな感じ。胸はぺっちゃんこやけど。 せやけど幸一にはめっちゃきつい。口を開けば変態シスコンと罵声が飛ぶ。一時期、俺は幸一が妹に罵倒されて喜ぶ変態かと真剣に考えとった。まあ詳しくは知らへんけど、何か事情があるんやと思っとるわ。 そんな梓ちゃんが兄貴に弁当を持ってくる。わっつ? 「今日はお前が弁当作ったんやないんか」 「今日は梓が作ってくれた」 いっつもお前が梓ちゃんの分も作ってるやろ。 79 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 55 00 ID JHfL/wMO 幸一が元気ないように見えるんも、この異変が関係しとるのか。 俺はついとるで。今日はコンビニのパンや。親友として梓ちゃんのお弁当を見るチャンスや。 待つこと数分。パタパタと廊下を走る足音。 「兄さん!」 梓ちゃんが教室に飛び込んできた。 何て言うか、初めて見る梓ちゃんや。いっつもはめっちゃ不機嫌そうやけど、今は輝くような笑顔や。なんて言うか恋する乙女って感じやで。 幸一は立ち上がって梓ちゃんに近づいた。 梓ちゃんは二つの弁当を机に置いて幸一に抱きついた。 そう、梓ちゃんは幸一に抱きついた。ハグ。 俺は目を閉じて天を仰いだ。疲れとるんかな。幻覚が見えるで。 目を開けてクラスを見まわした。クラスメイトは驚愕しとる。幻覚やないみたい。 他の奴らも梓の事は知っとる。一度教室で幸一の事をめっちゃ罵倒したからや。怖かったで。梓ちゃんに声をかけた時は恐怖にちびりそうやったわ。あの日以来、俺のあだ名は勇者や。 その梓ちゃんは嬉しそうに幸一に頬ずりしてる。幸一は固まっていた。驚愕の表情。いつも冷静な幸一にしては珍しいわ。 「にーさん。うきゅー」 梓ちゃんは幸一に頬ずりしながら甘えた声を出す。めっちゃ幸せそう。 「梓。離れて」 我に帰った幸一が声を出した。 「あ。ごめんね兄さん」 梓ちゃん素直に従った。弁当を幸一に渡す。 「はい兄さん。味わって食べてね」 恥ずかしそうにはにかみながら弁当を渡す梓ちゃん。あかん。めっちゃ可愛い。 「ありがとう」 幸一は素直に礼を言って受け取った。 「兄さん!嬉しい!」 梓ちゃんは幸一に抱きついた。固まる幸一。 あかん。ちょっと眼科に行ってくる。 再びパタパタと廊下を走る音が。 「おにーさん!一緒にお昼御飯食べましょう!」 女の子が入ってきた。そして絶句する。 確か夏美ちゃんやな。梓ちゃんと同じクラスの。何度か見たことあるわ。この子はまあ元気系な女の子や。結構可愛い。胸は普通。 昨日、村田が幸一の彼女とか言ってたわ。詳しくは聞いてへんけど。 いや待て。これってまずい状況ちゃう? 「こらー!お兄さんに何してるの!」 顔を真っ赤にして叫ぶ夏美ちゃん。 梓ちゃんは無視して幸一に頬ずりを続ける。 「兄さんあったかい」 訂正。聞いてないみたいや。てかその行動が村田にそっくりやで。 「あーずーさー!」 顔を真っ赤にしてぷりぷり怒る夏美ちゃん。お、可愛いかも。 「梓。お願いだから離れて」 困り果てたように言う幸一。 「あ。ごめんね兄さん」 梓ちゃんは素直に離れた。 「もう梓ったら」 「あ。夏美。ごめんね」 夏美ちゃんに気がついた梓ちゃんが素直に謝る。 「梓ちゃん。人前でべたべたしちゃだめだよ。幸一君も困ってるよ」 村田が梓に注意した。 こいつは村田春子っていうて、幸一の幼馴染やわ。なんでも一日だけ早く生まれたらしく、いっつもお姉さんぶって幸一に接する。 まあ今回の村田の言う事は最もやけど、お前が言える言葉かいな。最近は無いが、村田も幸一にべったりやった。 「ささ。お昼御飯にしよ」 村田が促す。 男一人に女三人。せやけど俺は羨ましくないわ。いや、これはマジで。 俺はクラスを後にしようと思った。事情は気になるけど、あの場はヤバイ。 「耕平。一緒にご飯を食べようよ」 せやのにうちの親友は余計な事をしよる。 断ろうと幸一の方を見ると、アイコンタクト。幸一の眼が切実に訴える。タスケテ。 しゃーない。 「じゃあハーレムにお邪魔するで」 どっちか言うたら牢獄っぽいけど。 80 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 21 59 12 ID JHfL/wMO 机を囲んで五人で座る。 「おにーさん。あの、お弁当作ったんです」 恥ずかしそうにもじもじする夏美ちゃん。初々しい感じがめっちゃ可愛い。 「よかったらどうぞ」 夏美ちゃんはそう言って弁当を幸一に差し出す。 おっと。幸一どないするんや。もう梓ちゃんの弁当あるやろ。 「ありがとう」 受け取るんかい。そういやこいつデカイしな。身長は190近くある。それぐらい食えるか。せやけど気のせいか、幸一が切実そうだ。やっぱ弁当二つはきついんか? 幸一はまず梓ちゃんの弁当を広げた。梓ちゃんの弁当はスタンダートな和風弁当。魚の塩焼きなどのおかずが入っている。普通にうまそうや。 俺は寂しくパンの袋を開けた。 「いただきます」 すごい勢いで食べる幸一。二つあるしな。 「幸一君。のどを詰まらせないでね」 村田が注意するほど。 女子三人も弁当を開いた。 いい匂いが。弁当を開いた時に決してしてはいけないおいしそうな匂い。 クラス中の視線が突き刺さる。 夏美ちゃんの弁当からその匂いは漂う。 「いただきまーす」 夏美ちゃんはスプーンをつかんだ。スプーン? 突っ込みたいがスルーした。この場を乗り切るにはスルーしかない。 無言でお昼が進む。誰一人突っ込まない。あかん。めっちゃ突っ込みたい。 「梓。ごちそうさま」 梓ちゃんの弁当をたいらげた幸一が梓ちゃんに弁当の箱を渡した。 「おいしかったよ」 嬉しそうに梓ちゃんは微笑んだ。すごく素敵な笑顔や。梓ちゃんは綺麗やけど険のある美人やった。今は本当に可愛い輝くような笑顔や。 続いて幸一は夏美ちゃんの弁当を開く。再びいい匂い。 「いただきます」 スプーンをつかみ食べ始める。 「お兄さん。味はどうですか?」 夏美ちゃんは恐る恐る尋ねた。 「おいしいよ夏美ちゃん」 微笑む幸一。いつも通りの笑顔やけど、付き合いの長い俺には心の中で幸一がひきつっているのがはっきり分かる。 「お兄さんお魚が好物って聞いてシーフードカレーにしました」 嬉しそうに夏美ちゃんは言った。 そう。夏美ちゃんの弁当はカレーやねん。弁当にカレーはないやろ。 「夏美。カレー弁当を兄さんに作ったら怒るって言ったでしょ」 「だからお兄さんの好きな魚を入れたシーフードカレーだよ」 思った以上に変な子かもしれへん。幸一も大変やろな。 勇者のあだ名は譲ったるわ。勇者の名は幸一にこそふさわしい。いや、まじで。 昼食が終わってとりとめのない事を話す。 「なあ幸一。夏美ちゃんと付き合ってるんか?」 夏美ちゃんは顔を真っ赤にした。分かりやす過ぎるでこの子。 「うん。耕平には伝えてなかった。僕の恋人だ」 男らしくはっきり言う幸一。 俺は正直驚いた。こいつは昔からそこそこもてたし、村田が何度か紹介してたのも知ってる(村田に女が頼んだらしい)。せやけど男女の関係に発展したことはない。 「そっか。夏美ちゃん」 「はひっ」 どんな返事やねん。 「こいつの事よろしく頼むで。こいつはええ奴やけど、アホな奴やからしっかり見張ってな」 「はい」 澄んだ声。意志の強さを感じさせる。最初は不安定そうに見えたけど、幸一の恋人だけあって芯は強いみたいや。 「幸一。お前には勿体ない子やな」 「耕平の言うとおり」 幸一は苦笑した。 「夏美ちゃん。こいつに関して心配事があったらいつでも言ってな。相談に乗るで」 頷く夏美ちゃん。俺は妙に饒舌やった。幸一に彼女ができたのが素直に嬉しかった。 「梓ちゃんもあんまし幸一に迷惑掛けたらあかんで」 「わかってます」 少し不服そうに答える梓ちゃん。 81 三つの鎖 10 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/22(火) 22 02 36 ID JHfL/wMO 村田には何も言わなかった。以前みたいに幸一にべたべたするなら問題やけど、今はそんな事もないし注意するこた無いと思ったんや。 ずっと後になって思えば、それは勘違いやった。ホンマに後悔してる。 でもそん時の俺は何も知らなかった。お昼時間は和気あいあいと楽しく終わった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「まったく。梓にはびっくりです」 放課後、私はお兄さんと二人で帰っていた。私の言葉にお兄さんは苦笑した。 「僕も驚いたよ」 確かに今日のお兄さんは梓に抱きつかれ珍しく固まっていた。なんかちょっと腹が立つ。 「でも、小さい時の梓はあんな感じだったから」 うーん。梓は昔からブラコンだったのか。 「でも梓の気持ちもちょっと分かります。お兄さんみたいな素敵な人が小さい時からそばにいたら、私でもブラコンになります」 私の言葉にお兄さんは苦笑した。 「ほめてくれるのは嬉しいけど、昔の僕は最低な男だったよ」 「私は昔のお兄さんを知りませんけど、今のお兄さんは知っています」 私はお兄さんを見た。きれいな瞳。 「今のお兄さんは誠実で、素敵な人です」 お兄さんは苦笑した。あれ?何でだろう。一瞬だけど違和感を感じた。 「ありがとう夏美ちゃん」 私の頭を兄さんの手が優しくなでる。温かくて大きな手。 「むー。高校生の女の子の頭をなでるってなんか子供扱いされているみたいです」 「え。ごめん」 慌ててお兄さんが手を離そうとするのを私は押さえた。 「でもお兄さんなら許しちゃいます」 だって気持ちいいんだもん。 私を見つめるお兄さん。ちょっと恥ずかしい。 やっぱりだ。気のせいかと思ったけど、お兄さん何か悩んでいるのかな。見た目は全然いつも通りだけど、なんとなくそんな気がする。 うーむ。どうしよう。私の勘違いかもしれないし、お兄さんが私に何も言わない以上、私も何も言わない方がいいのかな。 「お兄さん」 でもこれだけは伝えたい。 「私はお兄さんをいつでも信じています」 私の気持ち。 「お兄さんも自分を信じてください」 お兄さんは微笑んだ。 「夏美ちゃん。ありがとう」 私にはその笑顔の裏で何を考えているのか分からなかった。お兄さんを少し遠く感じる。 でもいいや。私たちはまだ付き合い始めて数日だもん。お兄さんとの距離は少しずつ縮めていけばいい。 わたしたち二人の時間はこれからなのだから。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/hachinai_nanj/pages/2046.html
マウンド焦がす熱投 前編 最終更新日時 2024/05/23 00 24 41 このページを編集 【恒常化】2021/03/01(月) 12 00 ~ 【ボーナス期間】2021/03/01(月) 12 00 ~ 2021/04/08(木) 12 59 2022/02/21(月) 12 00 ~ 2022/03/08(火) 16 59 2022/08/09(火) 17 00 ~ 2022/08/23(火) 12 59 2023/07/01(土) 00 00 ~ 2023/07/18(火) 12 59 2024/05/22(水) 17 00 ~ 2024/06/07(金) 12 59 チャプターの時期 2年生編 7月下旬 チャプター開放条件 『?』 メイン報酬 画像 アイテム名 備考 おこづかい 【恒常】累積報酬で3000獲得できる【期間限定】累積報酬で7000獲得できるおこづかいがどんなアイテムかについては「部費・おこづかい」を参照。 絆の記憶(極) 【期間限定】累積報酬で3個獲得できる絆の結晶(極)の交換には15個必要 + 2021年3月開催時のメイン報酬 2021年3月開催時のメイン報酬 画像 アイテム名 備考 球春祭コイン【2021前半】 【期間限定】累積報酬で400枚獲得できる購買部で各種アイテムに変換できる 絆の結晶(極) 【期間限定】球春祭コイン【2021前半】の変換で2個獲得できる※このイベントだけで必要量の球春祭コインを集めることは不可能 初心者の方の優先度 【難易度】C5~B5(恒常ステージ)、E5~B1(期間限定ステージ) 【オススメ度】オススメ ボーナス期間中はおこづかいを大量に手に入れるチャンス イベント概要 本イベントのStage1~Stage4と累計報酬(~140万pt)は恒常開催。 Bonus1~Bonus4と累計報酬(150万pt~400万pt)は開催期間が限られている。 + 球春祭コイン【2021前半】について(現在は入手不可) 球春祭コイン【2021前半】について(現在は入手不可) ①本イベントを含む以下のイベントにて球春祭コイン【2021前半】:を入手 期間 入手方法 獲得枚数 3/1~4/8 メインマッチ『マウンド焦がす熱投 前編』(本イベント) 400枚 3/1~3/22 イベントマッチ『狙えホームラン!球春祭チャレンジ花&蝶』 ドロップ 3/5~4/8 メインマッチ『マウンド焦がす熱投 後編』 400枚 3/12~3/24 メインマッチ『先駆ける夏の球友』 400枚 3/15~3/29 メインマッチ『そしてまた走り出す』 400枚 3/18~4/1 メインマッチ『勇気を拾う時』 400枚 ↓ ②球春祭コイン【2021前半】:を購買部 アイテム変換で絆の結晶(極):などに変換 + 交換ラインナップ 交換ラインナップ 画像 アイテム・選手 必要数量 交換可能回数 絆の結晶(極) ×1 890 2回 絆の結晶(超) ×2 89 1回 絆の結晶(大) ×3 39 3回 絆の結晶(中) ×5 9 10回 絆の結晶(小) ×10 9 15回 ソウルストーン(花) ×3 39 5回 ソウルストーン(芽) ×15 9 10回 ソウルストーン(種) ×30 9 10回 ベアマックス(大)【各属性】 ×1 9 99回 部費 ×1000 1 ∞ イベント構成 恒常部分 ステージ名 相手評価 初回報酬 消費元気 対戦ボーナス ドロップアイテム Stage1 C5 ×1 7 +***.0% × × Stage2 B1 ×1 10 +***.0% × × Stage3 B3 ×1 +***.0% × × Stage4 B5 ×1 +***.0% × × × 期間限定部分(4/8まで) ステージ名 相手評価 初回報酬 消費元気 対戦ボーナス ドロップアイテム Bonus1 E5 ×1 5 +115.0% ×3 Bonus2 D3 ×1 7 +220.0% ×2 × × Bonus3 C3 ×1 +270.0% × ×1 Bonus4 B1 ×1 10 +460.0% ×1 × 獲得評価pt計算式 試合内容(恒常ステージ・ボーナスステージ) 評価pt 単打 二塁打 三塁打 HR 四球 盗塁 打点 猛打賞 奪三振 失点 三振 エラー 被安打 被HR 勝利 引き分け 敗北 50 100 150 300 10 50 300 300 50 -500 -25 -100 -50 -300 7000 6000 5000 (評価pt)=(試合内容の合計)×(1+対戦相手ボーナス) Q.彡(゚)(゚)「んで、どのステージがおすすめなんや?」 A.(´・ω・`)「 BonusステージがあるうちはBonusステージの8割程度は勝てるステージを繰り返し挑戦すると良いよ。 」 累積報酬 画像 名前 恒常時個数 Bonus個数 ベアマックス(大)【花】 0→11 おこづかい 3000 7000 球春祭コイン【2021前半】 400→0 絆の記憶(極) 3 コメント 名前