約 2,472,042 件
https://w.atwiki.jp/anipicbook/pages/1386.html
全てのカレンダーはこちら
https://w.atwiki.jp/fushimi_eroparo/pages/622.html
http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1330012485/572-597 桐乃が事故に遭った。 俺がお袋からそう聞いたのは、リビングで呑気に漫画雑誌を読んでいた時だった。 「ど、どういう事だよ、お袋!?」 電話の向こう側に居るお袋に向かって、つい問い詰めてしまう。 桐乃が、事故に遭っただって? あいつが? おいおい冗談だろ? 嫌な汗が背中から滲み出ている。 じょ、冗談じゃねえ。……嘘だろ? 「わたしもまだ詳しくは分からないんだけど――」 お袋の話を聞くと、こうだ。 今現在、桐乃は強化合宿中であり、事故に遭ったのは合宿先である事。 桐乃はどうもスランプを迎えているらしくて、無理をしている様子だったとの事。 そしてある時、桐乃が道路の脇を歩いていると、そこで何かを見つけて飛び出して。 そして車に轢かれたというのだ。 「ざっ――けんなっ! 引率の先生とかいんだろーが! そいつらは何やってんだよ、ええ? スランプ迎えてる奴を放ってんじゃねえよっ!!!」 「わ、わたしに怒んないでよ。それに、直ぐに救急車とか呼んでくれたりしたみたいだし、そう悪く言うものじゃないわよ」 くっ、確かに。 お袋の言い分で少し頭が冷えた俺は、冷静に状況を把握する事にする。 「……悪い。で、桐乃は今どこに? 容態は?」 「今、病院で検査してるみたいなんだけど、結果はまだ出てないって。 取り敢えずお母さん、その病院に行くつもり。もしかしたら入院とかになるかも知れないし……」 「…………俺が行く」 「え?」 「俺が行く。その病院を教えろ」 この時、俺は全然冷静じゃなかった。 こうやってお袋と悠長に話している事自体にも苛々してきていて、あまつさえお袋に対してキレそうにすらなっていた。 「……あんた」 「……んだよ」 「ふふっ、なんでもない。分かったわ、あんたに任せる。……お兄ちゃんだもんね」 「はん、うるせえ……当たり前だろ」 そう、俺は兄貴だ。であれば、妹が困っているならどうするか、なんて決まってるだろ? 俺はお袋から桐乃が居る病院を聞き、必要なものを鞄に突っ込み、慌ただしくも家を後にした。 桐乃が居るらしい病院は、俺の家から電車で2時間程掛かった先にある、山の中にある病院だった。 決して軽くはない荷物を背負いながら、山を登っていく。 どうせ、桐乃の事だ。やってきた俺の顔を見て、うんざりする事だろうよ。 だが今の俺はその顔が見たくて、仕方ない。あいつの悪態が、聞きたくて仕方がない。 俺ってもしかするとドMなんじゃねえのか。 ……シスコンでドMってどんだけだよ。 山を登りながら、俺はそんな事を考えていた。 ……分かってる。どこかで最悪の可能性を想定してしまっている自分が居る。 少しでも油断すると想像してしまうのだ、悪態すら付けないような状況の妹を。 だから、悪態をつく桐乃の姿を脳裏に焼き付けながら、俺は山を登っていく。 1時間程、歩いただろうか。 どうやら目的地の病院に辿り着いたようだ。 空は赤く染まっている。 考えなしにここまで来たが、面会時間とか大丈夫なんだよな? 最悪、忍び込むしかねえな。 病院の構造を外見でひと通り観察し、非常階段の位置、下水パイプの位置、などを記憶しながら、病院内へ向かう。 「高坂、桐乃さんですね。はい、念の為、何か身分を証明出来るものを提示できますか?」 「が、学生証でいいっすか?」 「はい、大丈夫です。……はい、確認が出来ました。家族の方であれば、特に面会時間に制限はありません。必要があれば、毛布を貸し出しますので言ってくださいね」 それは泊まっていっても大丈夫という事なのだろうか。 ……まあ、そこまで長居はしないだろう。 それにこうやって面会が許される辺り、どうやら最悪の事態では無さそうで、俺の目的の大部分は果たされたとも言える。 つか、一応あいつの着替えとか適当に突っ込んできたけど、そこまで大事じゃなかったんじゃね? ちょっと突き指とかのレベルだったら俺、超恥ずかしくね? 大体、これを用意したのが俺だってバレたら、あいつ絶対キレるし。 何勝手に部屋漁ってんの、つかなにこれ、あたしの下着じゃん。な、何考えてんの! と台詞まで想定出来る。 うっせえ、こっちも慌ててたんだよ。 想像の妹とのバトルを繰り広げながら、俺は教えられた病室へと向かう。 病室の扉を軽くノックして開ける。 そこには、幾つものチューブが繋がれた姿があった。 「…………」 え? なにこれ。え、これ、桐乃なのか? う、嘘だろ? こちらからだとよく顔が見えない。 しかし確認をしたくない。 俺がそんな葛藤をしていると、俺の気配に気付いたのだろう。 チューブに繋がれた女の子が、俺の方へと振り向いた。 「あなた……、誰?」 ……。 あれ、俺誰だっけ? つか、目の前に居るこの女の子は……桐乃、じゃない。 入ってきた扉を、数歩下がり、改めて病室を見る。 306号室。 俺が受付で教えて貰った番号は、305号室。 ……。やっべ、部屋間違えた。 「す、すみません! 部屋、間違えました!」 っかしーな、ちゃんと数えたんだけどな。 「……ふふ。なーんだ、残念」 その女の子は、小さく笑う。何処と無く儚げな雰囲気を持つ女の子だった。 桐乃より、年下だろうか。容姿だけで見ると、とても若い。けど、雰囲気は大人びていた。 なんだか凄く恥ずかしくなってきたので、俺はもう一度謝罪を述べると慌てて部屋を出ていった。 305号室。次はしっかりと目視して、部屋に入る。 「…………」 部屋に入ってきた俺を、初っ端から睨みつけている桐乃。 「よ、よう」 俺が呼びかけても、ガン無視で俺を睨みつけている。 ……あ、あれ、なんでこいつイキナリ切れてんの? つか俺が部屋に入る前から切れてたよね? 「……部屋間違えるなんて、最ッ低!」 いかん、バレてる!? 「いや、あれな、そのわざとじゃ、ないんだぜ? ちゃんと部屋を数えて入ったし?」 「あんた、こういう病院だと不吉な番号を敢えて抜いている事があるって知ってる?」 「…………」 そういう事スか。 つか、考えてみればそうだよな。おいおい、高校生しっかりしろよ、中学生に指摘されてどうする。 「……フン、どんだけあたしに会いたかったってのよ」 どうやら妹の中では、俺が妹に会いたい余りに部屋番号の確認を怠った、と解釈されているらしい。 「けっ、言ってろ。ちょっと荷物が重くて疲れてただけだっての」 正直の所、妹の解釈が当たっている気がしなくもないが、それを認めるの癪だったので、適当に誤魔化して、本題へと入る。 「で、……症状はどうなんだ?」 そう言いながら、桐乃の姿を一瞥する。特にチューブとかには繋がられていない。 一見して分かるのが、片腕を覆っている包帯。 「……別に、大したこと無いし」 桐乃は何処か不貞腐れたように、唇を尖らせてそう返す。 「それ、……痛いのか?」 視線で包帯を示して、桐乃に問いかける。 「んー。今はそうでもない、カナ。ちょっと挫いただけだし」 ふむ、特に嘘をついているようにも思えない。別に入院とかそういうレベルの話じゃない、のかね? だとすると俺が必死こいて持ってきたこの荷物が無駄になる訳だが……。 「ただちょっと頭とかも打ったから、一日入院する感じ」 なるほど。詳しくは知らないが検査入院とか言う奴なんかね。 「ま、元気そうで良かったよ」 それは嘘偽りない本心からそう思った。 「元気じゃないっての。この怪我のせいで合宿無駄にしちゃったし、怪我治るまで、モデルの仕事も出来ないし、ホント、最悪……」 桐乃が不満げに足をバタバタさせる。 元気はありあまってるようだ。だが、スランプ気味だとも聞いていたし、ここで数日とはいえ大人しくさせておくのもいい機会かも知れない。 「……てかさ」 「あん?」 「なんで、あんたなワケ? てっきりお母さんが来ると思ってたんだけど」 何故俺なのか。 …………。 特に理由はないな。 「別に俺でもいいだろ。なんだよ、不満なのか?」 「不満だっての」 ……は、はっきり言い切りやがって。 少し傷ついたぞ。 「あ……べ、別にあんたが来た事が不満なんじゃなくて、その……」 俺の表情に気付いたのか桐乃が少し慌てたようにそう言い繕おうとする。 「へっ、別にいいっての。不満で悪かったな」 おまえが俺の事を嫌ってるのは分かってるしな。不満なのは分かる。 事故って心細い時に、嫌いな奴に来られてもそりゃ嫌だよな。 不満だって言いたくなるだろう。 「ち、違うって言ってんのに。ふんっ……、で、どうするワケ?」 「どうするって?」 「これから。あたし、別に重症って程でもないし、正直一人でご飯とか食べれるし、大丈夫なワケ。 一応服とか持ってきてくれたみたいだけど、それを置いていけばもう用無いじゃん? だから……どうすんの?」 なるほど。桐乃は検査入院で一日泊まる。とはいえ検査であり、何か重症な訳ではない。 身の回りの事は出来そうだし、もう帰って大丈夫なんじゃないの、という意味だろう。 ……そんなに俺を早く帰らせたいのか。 どんだけ俺を嫌ってるんだ、こいつは。 俺だってな、貴重な夏休みをこんな事に使いたくねえよ。さっさと帰って、雑誌の続きを読みてえさ。 「……どうせ、あんたは……帰るんでしょ?」 「いや、帰らない。ここに泊まってく」 「えっ……?」 桐乃が意外そうに目を見開く。 うるせえな、俺も自分の答えにびっくりだよ。 でもさ、何の役に立たなくてもさ、妹に帰れって遠回しに言われてもさ。 検査入院ってのは、何かがあるかも知れねえから受けるんだろ? これで帰ってから実は何か見つかったなんて聞かされたら、俺は絶対自分を許せねえから。 結果を聞くまでは帰らねえ、っての。 あくまで自分の健やかなる夏休みの為にな。 「と、泊まるっていってもさ。ここ、ベッド一つしかないし、あああたし、あんたと寝るのはちょっと……」 「おまえは何を想像してんだっ!? 一緒に寝るなんて考えてねえよ! さっき、受付で毛布貸してくれるって話だったし、適当に椅子にでも座りながら寝るよ。 この季節だし風邪も引かねえだろうしよ」 相変わらずぶっ飛んだ発想する奴だな。 おまえの脳内ではドラマでよくある家族が泊まっていくシーンはどうなってんだと言いたいわ。 「あ、ああ。そう。……で、でも椅子で寝るのも辛くない?」 「大丈夫だ、慣れてる。勉強しながら寝るなんてしょっちゅうだしな」 おまえに借りたエロゲーをしながら寝ててノーパソの一部をよだれだらけにした事もあるぐらいだ。 ……無論、内緒だけどな。 つか、どんだけ俺を帰らせたいんだこいつは。お兄ちゃん泣くぞ。 そんな俺の回答にそれなりに納得したのか、「あっそう」と簡単に言葉を切ると桐乃は俺から視線を外した。 「じゃあ……、なんかする? ここでぼーっとしてるのも何でしょ。 あたしも暇つぶしの相手欲しかったんだよね。ここ、ケータイも繋がらないしさ」 ん? と思い、ポケットから携帯を取り出してみる。 確かにアンテナが立ってない。 「げ、マジだ。道理でお袋からの連絡が来ねえわけだ。悪い、ちょっとお袋に電話してくるわ。 その間に何するか考えておいてくれ」 「あ、お母さんに心配かけてごめんね、って言っておいて」 「へいへい」 お袋には素直なんね。ったく俺だって心配したんだっての。 心の中で溜息をつきながら、部屋を出る。 確か、受付の所に公衆電話あったよな……。 お袋に報告を終えて、再度桐乃の居る病室の前まで戻ってきた。 ドアをノックしようとした所で、視線を感じた。 視線は、右の方から……さっき俺が間違えて入った部屋の方からする。 視線の方へと向くと、その部屋から女の子が一人顔を出していた。 さっきの女の子だった。 「…………」 「…………」 無言で見つめ合う俺と少女。 一向に何かを切り出す素振りを見せない少女。 俺は頬をぽりぽりと掻いて、少女の方へと歩く。 そして少女の視線の高さまで頭を下げて、聞く。 「どうした? 何か困りごとか?」 「…………」 少女は何か言いたげな表情を浮かべるが、直ぐに首を振る。 そうして、部屋の中へと戻っていってしまう。 一瞬、後を追おうかと考えたが、しかし赤の他人がそうそう部屋に入っていいものじゃないだろう。 やれやれ、年下の女ってのは何を考えてるのか分からねえな。 桐乃が居る病室の前まで戻り、ノックをしながらふと思った。 あれ、さっきの女の子、さっきまでチューブに繋がってなかったっけ? 歩きまわって大丈夫なのか? 「遅い! いつまであたしを待たせるわけ? さっさと入って来なさいよ」 そんな思考は、妹の文句によって打ち消された。 はいはい、ったくうちの妹様はワガママなんだからよ。 // ふと、外を見るともう暗くなっていた。 ……山の中の夜って何だか、少し怖いよな。 夏だっていうのに、少し背筋が寒くなる。 「ちょっと、あんた、ちゃんと聞いてるワケ?」 よそ見をしている俺に対し、妹の不満が飛んでくる。 「へいへい。聞いてるっての」 あれから、部屋に戻ってきた妹が提案した、二人でやる暇つぶしとは何だったか。 なんと、妹の合宿話を延々と聞かされる事だった。 というか初めはエロゲートークを始めようとしてきて、流石に病院でそんなトークはやめろ、公衆の場だぞと必死で窘めた。 そんで無難な話として合宿話になった訳だが。 「でね、リカがー、こう地元の彼氏に――」 自分と面識がない人物の話を聞かされても、全く面白くない訳で。 せめて、あやせとか加奈子が出てくるならもっと聞く気になれるんだけどな。 そんな訳で適当に相槌を打ってやってるのが今だ。 「そういえばさ」 「ケータイで夜中に話してて……なによ、せっかく良い所なのに」 話の腰を折られた事に眉を顰めながら、俺を軽く睨んでくる。 「おまえ、スランプなんだってな」 どうせ、合宿話を聞くなら、知っている奴、つまりは妹の話を聞こうと思ったのだ。 直接、スランプの当人にスランプなのかって聞いていいことなのか分からなかったが、このまま退屈な話を聞かされるのも苦痛だしな。 「べ、別にスランプじゃ……」 「じゃあ絶好調だったのか? 今は満足の行く結果を出せてると?」 「それは……違うけど」 結果を思い出したのだろう。悔しそうな表情を浮かべている。 しかし、こいつがスランプねえ。何があったんだか。 「原因は分かってるのか?」 まあ、原因が分かってたらスランプとは言わないだろうが、一応聞いてみる。 そして予想通りに首を横に振る桐乃。 だよなあ。原因が分かってれば、とっくに自分で解決してるよな。 「……なに、あんた。なにかできないかって考えてるわけ?」 「ん? ……そうだな」 お節介だとは分かっている。だが、妹が困っていて兄が何もしないのは違うだろう。 ……昔なら、こうやって素直に考えなかっただろうな、と思う。 こう、桐乃がスランプだと俺に八つ当たりされたりで被害を被るから仕方なくやっているんだ、とか言い訳してたかもな。 今だってそういう考えもある。だが、俺は妹と仲良くしたいと思った。 こうやって、物を解決して、少しでも仲良くなれるのであれば、それは悪くない事だと思ったんだ。 だから、相手が迷惑顔をしてようと、俺は何かを手伝おうと決めた。 「俺、おまえが走ってる姿見るの、結構好きだからな。だから、なにか出来ることがあったら協力するわ」 そしてそれも俺の本心だ。 口で言うほど走ってる姿を見ている訳ではないが、リアとの闘いの時とか、純粋に魅せられた。 走る姿を見て、綺麗だと思ったぐらいだ。 ……絶対言ってやらないけどな。 「ふ、ふーん。そ、そうなんだ」 俺から目を逸らして、そう返してくる桐乃。 兄からそう言われても不快なだけか。 仕方ない、いつかはこういう事を言って喜んで貰えるようになれればいいんだがな。 「そうなんだよ。で、原因が分からないまでも、こう心当たりっていうかそういうのはないのか?」 「心当たり……って訳じゃないケド。こう……もやもやしてるのは、あるかな」 お、それじゃね? そりゃもやもやしてるものがあったら、練習にも集中出来ないだろうしよ。 これは案外早く解決できそうだしな。 「よしっ、そんじゃそれを言ってみろよ」 「い、言えるワケないでしょっ!」 桐乃が顔を真赤にして俺を怒鳴ってくる。 ええ、理不尽じゃね!? 何、そんな恥ずかしいもやもやなの? …………。 「そうだな、お兄ちゃんが悪かった」 「あ、あんた今なに想像した!?」 いや、だってねえ。こう恥ずかしいもやもやって。 こういう発想になってしまうのは男だけかも知れないけどさ。 「あ、あたしがもやもやしてんのは、そういう変なのじゃないからっ!」 「んじゃ何故言えねえんだよ」 「そ、それは……」 桐乃は、顔を横に背けて、チラとこちらを見やる。 ん? もしかして、……俺が原因なのか? 俺が気付かない内に、桐乃の邪魔をしちまってるのか。 「悪い、桐乃」 「え?」 「俺が原因だってなら、出来る限り治すからよ。ちゃんと言ってくれよ」 「…………」 俺なりに誠意を込めた台詞だったが、桐乃は俺の言葉に何か呆れたようなそういう表情で俺を見ている。 なんだよ、何か間違えたってのか? 実は俺、まるっきり関係なかったとか? ただの自意識過剰? …………うわ、恥っず。 自分では見れないが、俺、今顔赤くなってね? うわうわ、そうだよな、妹のもやもやの原因が兄なワケねえよな。 あー、やっちまった。 桐乃の顔を真っ直ぐ見れず、つい顔を背けてしまう。 「あ、あんたさあ」 「……な、なんだよ」 罵声っすかね? 分かってます、今の俺はキモかった。 「察しがいいんだか、悪いんだか……分かんないよね」 「ご、ごもっともです」 遠回しに察しが悪いのよあんたは、と言われてるんだろうか。 桐乃は、そういって窓から外を見やる。 俺もその視線を追って、外を見る。 外はもう真っ暗だ。 そう言えば、夕飯はどうするんだろう。 桐乃の分は出てくるとして、俺の分は無いんじゃね? この辺、コンビニとか無いだろうしな。 最悪、飯抜きか……。 「高坂さーん」 部屋のドアがノックされ、女性の声がドア越しに聞こえた。 看護士だろう。 入っていいですよ、と返事をすると二十代半ば程の看護士姿の女性が入ってきた。 こういう格好の女性を見ると何故か胸がときめくのは俺だけじゃない筈だ。 「お風呂空きましたが、入りますか?」 「あ、はーい。入ります」 桐乃が余所行きボイスでそう答える。 へえ、病院って風呂あるんだ。 俺も入れんのかな? 山登ってきて、こう汗だくなんだよね。 「なあ、風呂って俺も入れんの?」 「ちょ、あんた、何いってんの?」 俺の純粋が疑問を、桐乃が慌てて返す。 何か不味いことを言っているんだろうか。 「あら、お兄さんもお風呂に入りたいんですか?」 「そ、それなりには。こう、汗を掻いてしまいまして」 「ふふっ、それは助かりますね」 え? 助かるって? 俺が汗かいてるとこの看護士さん的に助かる事があるのか? ……極度の匂いフェチとか? 「じゃあ、お兄さんもお風呂に入ったらいかがです?」 「え、いいんすか?」 「ちょ、ちょっと――!」 何か桐乃が慌てている。なんだって言うんだろう。 「ええ。それでは、妹さんはお任せしますね」 何か含み笑いを浮かべて、看護士さんがそのまま部屋を出ていく。 「ま、待ってください、看護婦さん!」 桐乃がその背に呼びかけるが、気付かなかったようだ。 「おい、桐乃。今は看護婦じゃなく、看護士って言うんだぜ?」 「そんなのどうだっていいっての! あ、あんたね、何とんでもない事してくれちゃってるワケ?」 「んだよ、俺が何をしたってんだ?」 さっきから桐乃が慌てている理由が全く分からない。 俺が風呂に入ると不味いのだろうか。 「ここの風呂は、一つだけなのっ! つ、つまり、あんたが風呂はいってあたしも風呂入るってのは……そういう事なワケ……!」 …………。 今、こいつ、なんつった? 「は、ははは、何言ってんだよ、そうだったら看護婦さんが許すワケねえだろ。幾ら兄妹だって言ってもよ」 「看護婦さんじゃなくて、看護士さんだって」 いや、どうでもいいだろ、それ。つかさっき俺が指摘したことじゃん。 「だ、大体、もしそうだとしてもよ、別々の時間帯で入れば良くね?」 別に一緒に入らなくちゃいけない理由なんてない。 入浴時間が決まっているのであれば、一人頭の入浴時間が減ってしまうが、俺としては汗を流せればいいので、3分もあれば充分だし。 「あ、あんた。このあたしを一人でお風呂に入れる気?」 「いや、一人で風呂ぐらい……あ」 そこでようやく気付いた。 そうだ、今の桐乃は片腕が包帯で巻かれている状態。 一人でお風呂に入るってのは中々どうして大変な事なのだろう。 ――ふふっ、それは助かりますね。 あ、あの看護士、だからあんな事を言っていたのか。 つまり、自分の代わりに俺が、片手が使えない妹の風呂の手伝いをしてくれるから。 ってそれって問題じゃね? いや色んな意味で! 職務放棄じゃねえか! 「わ、悪い。今から看護士さん呼び戻してくるからよ」 慌てて椅子から立ち上がり、看護士さんを追おうとした所で、桐乃に裾を掴まれた。 「……いい」 「いいって……んなワケあるか!」 「いいって言ってんでしょ!」 な……なんだと? こいつ、今自分で何言ってるか分かってんのか? 俺と一緒に風呂はいる事に対して、いいって言ってんだぜ? 「……あんた、言ったでしょ。なにか出来る事があったら協力するって」 「それは言ったけどさ、これとは話が別だろ」 「ふーん……、嘘つくんだ」 そういう問題じゃ、と桐乃に言い返そうとしてようやく気付いた。 桐乃の奴、目が据わってやがる。 もうどうにでもなれと覚悟を決めちまった目だ。 こうなった桐乃は、頑固だ。 俺の中に絶望が生まれる。 おいおい、嘘だろ? なんで高校3年にもなって、中学3年の妹を風呂に入れなきゃならねえんだよ……。 // 脱衣室。 沢山の人が入る事を想定はされてない為か、銭湯ほど広くはない。 しかし、看護士と二人で入ることを考えてか、一般的な家庭よりは広い脱衣所。 そこに、俺と桐乃は居た。 「な、なあ、今ならまだ引き返せると思うぞ?」 「……うっさい。やるって決めたの。ほら、さっさとやる」 さっさとやるって言ってもな……。 今、何をやる事を強要されてるのかって? 妹の服を脱がす事を強要されてんの。 はは、笑えちまうよな。 ……はあ。なんでこんな事に。 言っておくが全然嬉しくないぞ。ただひたすらに気まずいだけだ。 やれやれだぜ。 「……んじゃ、手を上げろよ」 「う、上から脱がすんだ」 「し、下からの方が抵抗あんだろうが……!」 上だけ着たまま下だけ脱がすなんて……いやそういう趣味はあるけどな? 恐らく世の中の男性の多くが共感してくれる筈だ。 だが、だからこそここでそんな選択肢を選ぶ訳にはいかないんだよ! 「ん」 そういって手を上げる桐乃。 ……合宿に来てただけあって、脱がしやすい服を着ている。 上着の裾に手を掛けて、上に持ちあげていく。 当たり前の事だが持ち上げればそれだけ、服の下から桐乃の肌が覗く。 …………。 はっ! だ、駄目だ。肌なんて見ている場合じゃねえ。 俺はただ黙々と任務を遂行してればいいんだよ。 心を無にして、ゆっくりと上着を脱がしていく。 途中でブラジャーとかが見えて激しく動揺したが、表向きは非常にクールだった筈だ。 包帯に当たらないように上着を抜いていく時が中々スリリングだったが無事クリア。 一仕事終えた気分だが、その結果、上半身がブラと包帯だけになった妹が目の前にあった。 「…………」 「…………」 背中ごしとはいえ、こう、なんていうか、……なんていうかだよな。 何だかもどかしい気分になってくる。 「つ、次は下を脱がすからな」 「う、うん」 桐乃が履いているのは、ホットパンツ。 この時点でもう下着みたいなもんだ。今度はそう抵抗が無いだろう。 ホットパンツのボタンを、背中から抱きつくような形で外してやる。 ……嘘、全然抵抗あるわ。 なんだかさっきより脱がしてる感覚が艶かしい。 それに背中から手を回しているせいで、こう背中が目の前にあって。 あ、コイツ、肌綺麗だな、とか思ったりしちゃったりして。 何度か格闘しながら、ホットパンツのボタンを外し、チャックを下げて。 ようやく下ろす段階になる。 ゴクリ。知らずに喉が鳴る。 緊張で喉がカラカラだ。 よし、や、やるぞ……! 決意を固めて、ホットパンツを下げていく。 そしてすぐに現れるのはピンク色の下着。 …………。 色々と思考がパニックになりそうなのを我慢しつつも、ホットパンツを下げていく。 無事、足元まで下げた時は目を瞑ってたぐらいだ。 「ほ、ほら、足上げろ。取るから」 「う、うん」 最後は足首から抜き取って……よし、終了。 「よ、よし、じゃあ入るか」 「え……ま、まだ下着があるんですけど?」 下着まで脱がせって言うのかよっ!? 勘弁してくれ。 「し、下着のままじゃ、風呂入れないか?」 水着みたいな感じでさ。 「は、入れるケドさ」 じゃあ、それでいいじゃねえか……! つかこの台詞は俺から言うもんじゃねえだろ! 内心、そんな事を叫びつつ、俺は自分の服を脱ぐ事にする。 ……あれ、俺はどうしよう。 桐乃が入院するかもと服は持ってきているから濡らしてもいいとして。 俺、自分の服は持ってきてねえぞ。 さっき、患者用の服を貸して貰えたからパジャマとしては大丈夫だが……。 下着までは貸してもらってない。 …………。 「き、桐乃、こっち見んなよ?」 「え、う、うん」 「ってさっそく見てんじゃねえか!」 油断も隙もない奴だな。なんでうんと言いながらこっちに振り返るかな。 桐乃の姿を監視しながら、俺は服を脱いでいく。 無論、下着もだ。 下着まで脱ぎ捨てて、貸して貰っていた手拭いを腰に巻く。 これで完璧だ。 いや、超恥ずいけどね。これでも。 「も、もう見てもいい?」 「駄目に決まってんだろ、つか、風呂入ってる間はずっと見んな!」 どんだけ見たがってんだよ、こいつは! 双方の準備が揃ったので、早速風呂場に入る。 予想していた通り、湯船もそこまで広くはなく、ただ二人が入れる程度には広めにとられている。 患者によっては、横になった状態でしか入れない人も居るだろうからな。 ……言っておくが、別に、桐乃と一緒に湯船に浸かろうなんては考えてないからな。 「よ、よし、ちゃっちゃと済ませるぞ」 「……ちゃんと優しくしてよね」 ……こいつはなんていちいち紛らわしい台詞を吐くんだ。 周りに聞いている人が居たら誤解すんだろうが。 まあ、誰も聞いてないとは思うけどさ。 「へいへい。んじゃ、早速だが、……ええと髪から洗えばいいか?」 桐乃が普段、どういう順番で身体を洗ってるかなんて知らない。 というか知っていたら問題だ。 なので、桐乃に順番を聞く。 「うん。いつも髪から洗ってるかな。そっから上半身、下半身って感じ」 なるほど。……なんだか徐々に難易度が上がっていく感じがするな。 因みに今、桐乃の包帯はビニール袋で覆ってある。 当然、濡らさないようにする配慮だぜ。 「冷たっ! ……うわ、次は熱ッ!」 俺はシャワーの温度を手で確かめつつ調整していく。 しばらく格闘しようやく納得の行く温度になった。 よし、こんなもんだろう。 若干温い気もするが、熱いよりはマシだろう。 軽く桐乃の背中にシャワーを浴びせながら確認する。 「どうだ、湯加減?」 「ん、悪くないかも」 妹様から湯かげんのお許しを貰ったので、次は頭から浴びせる事にする。 こうやってると何だか昔を思い出す。 本当に小さい頃、こうやって妹を風呂に入れた気がする。 ……懐かしいな。あれから、随分と身体が成長したんだな、こいつも。 そんな感じでしみじみと思い出を噛み締めていたら、気付いた。 というか、気付いてしまった、というのが正しいか。 ……下着、透けてんじゃん! 考えてみれば当然だった。水着と下着は違うのだ。 水に濡れれば下着は肌に張り付いて、透けてしまう。 つまり、全身を今こうやって濡らしている以上、桐乃の下着が透けてしまっている訳で。 何だかこう扇情的な感じをもたらしていた。 「……どしたの?」 俺の動きが止まっている事に気付いたのだろう。 桐乃からそんな声を投げかけられる。 ……桐乃は今、頭から濡らされていて、まだ気付いてないんだろう。 「い、いや、なんでもナイヨ」 「…………?」 めっちゃ訝しんでる。 「い、いいから、ホラ、このまま髪洗うからな。病院のシャンプーで良いよな?」 「……しかたないっしょ。そんかわり、丁寧に洗ってよね。デリケードなんだから」 「へいへい、任せろって」 備え付けのシャンプーから適量を手に垂らすと、手で泡を立ててから、桐乃の髪を洗いに掛かる。 ……こいつの髪、すげえ柔らかいな。 泡立ちも凄くいい。これはシャンプーが良いからというより、髪がいいんだろうな。 「…………」 「…………」 お互い無言で、俺は髪を洗い続ける。 今のところ、不満は出てないからこの洗い方でいいんだろう。 「……あんたさあ」 「あん?」 「意外と、髪洗うのうまいじゃん」 「マジで? 美容師になろっかな」 「調子にのんなっての。あんたのセンスで髪切ったら大変な事になるっしょ」 そんな他愛もない会話を続けながら、ひと通り髪を洗い終える。 そろそろ洗い流すか、とシャワーに手を掛けたところで、桐乃が話しかけてきた。 「……ねえ?」 「ん、なんだ? まだ洗い足りないところあるか?」 「違くて。……あんたにとってさ、あたしって……」 こちらに背を向けているから、桐乃の表情は見えない。 「あたしって……なんなのかな」 …………。 質問が漠然としすぎて、何を意図しているのかは分からなかった。 俺にとって、桐乃が何なのか。 すぐに回答は出た。だが、その答えを果たして求めているのだろうか。 「俺にとって、おまえは……」 ザァアアアアア、シャワーを桐乃の頭から掛ける。 「――だぜ」 丁寧に、髪から泡を流してやりながら、俺は答えた。 「ちょ、聞こえ、し、シャワー、止め」 何か不満が聞こえるが、俺はシャワーを止めない。 俺が止めないという事が分かったのだろう。 大人しくシャワーを浴び続ける桐乃。 綺麗に洗い流し終わりシャワーを止めると、それを待ってたのか桐乃が口を開く。 「……あとで、もっかい聞くから。聞こえなかったし」 「聞こえない方が悪い。何度も言わねえよ」 「あんたがシャワー浴びせるからでしょ……!」 おまえが変な質問をしてくるからだよ。 桐乃の文句を聞きながら、次の段階として身体を洗う。 と言っても、洗ってやるのは背中ぐらいで、前なら片手で充分洗えるだろう。 備え付けのスポンジに石鹸を擦りつけ、泡を立たせて、桐乃の背中にあてがう。 「ひゃん! ちょ、なに?!」 「変な声を出すんじゃねえ! ただ背中洗うだけだっての!」 こっちが「なに?」って聞きたいわっ! 髪と同じように優しくやろうとしたのが裏目に出たか。 無造作に力を込めて、ごしごしと洗う事にする。 何やら桐乃から、もう少し優しくだの要望が来たが無視。 ひと通り洗ってやり、シャワーで洗い流してやり、そしてスポンジを桐乃に渡す。 「……なに?」 「スポンジだよ、見りゃ分かんだろ」 「じゃなくて、なんであたしに渡すワケ?」 「まだ前洗ってないだろ。前なら自分で洗えるだろうから、渡しただけだ」 ったく察しが悪いやつだな。なんでこっちが気遣ってやらねえとならねえんだ。 背中ならまだしも前は色々と不味いだろうに。 と脳内で悪態をついていると、予想外の桐乃からの返しがあった。 「……洗って」 「…………はあ?」 「洗って、って言ってんの」 あ、あのなあ……。 「桐乃、よーく考えろ。前を洗うってのはな、こうなんだ」 「なによ」 あーもう、ホント察しが悪い奴だな……ッ! 「……おまえのおっぱいとかそんなのも洗う事になっちまうだろうが!」 「……ッ!」 桐乃は俺の言葉に息を飲む。 ったく、直接的に言わないと分からねえのか、想像力ねえんじゃねえのこいつ。 「だから、前は自分で洗えって言ってんだよ」 「……知ってるし」 「あん?」 「それでもいいから洗えって言ってんのよ、馬鹿兄貴ッ!」 ………………へ? 気付けば桐乃は、こっちに振り返っていた。 「あーもう何意識しちゃってるワケ!? いいから妹の胸ぐらい洗いなさいよ、男でしょ?」 …………。 「な、何黙っちゃってるワケ? つーか、何処見てんの?」 …………。 「…………」 お、俺は悪くないからな? 振り向いたのは桐乃だし? 急に振り向くもんだから、こっちだって対応出来ねえし? だから桐乃の透けてるブラに目が釘付けになっちまったとしても、俺は悪くないハズだ。 「…………見たいワケ?」 俺が脳内で必死に言い訳をしていると、桐乃からそんな提案がなされた。 「み、見たくて見てるワケじゃねえよ?」 なんて言うか男の性っていうか。つい、目が行っちゃうんだって、ホ、ホントだよ? 「……確かに透けちゃってるケドさ。肝心なところとかは全然透けてないワケだし? それでも釘付けになっちゃうワケ?」 確かに、肝心の胸のところは厚い生地なのか、まるで透けてない。 だが、そこ以外は容赦なく透けていて、なんて言うか実にエロい。 それが妹であっても同じ事だ。 「というか、これじゃおっぱい洗えないよね……?」 そう言いながら、桐乃が手を後ろに掛ける。 お、女の子がおっぱいなんて口にするんじゃねえよ、と突っ込もうとして桐乃の行動における意味を察する。 「ま、待て、桐乃、おま、何をするつもりだ……ッ!」 俺の質問に、桐乃は顔を赤くしながらも、不敵に微笑む。 「なにって? ……こうするに決まってるでしょ!」 そう言って、桐乃は自分の背にある何かを外した。 はらりと、背中に回っていたブラの紐が前に降りてくる。 ブラ自体は、桐乃の胸に吸い付いているのか、落ちる事は無かった。 実際、先ほどと見えている場所はそう変わらない。 だが、状況はまるで違った。 「……お、俺、そろそろ上がるな?」 ヘタレと言われても構わない。 つーか妹とこんな雰囲気なんてオカシイだろ。 「……逃げるんだ?」 桐乃は目の前のブラを手で抑えるようにして、そう言ってくる。 逃げるに決まってんだろ。 「お、おまえな、そういう冗談は俺だけにしておけよ?」 そう言いながら、去ろうとする俺の足を桐乃が掴む。 「おわっ、あ、危ねえだろっ!」 「逃げんなっ!」 ブラを抑えていた手で俺の足を掴んでる訳だから、当然ブラがゆっくりと肌を滑るように落ちていく。 「お、おい、ブラ落ちんぞ?」 「そんなのどうだっていい! いいから、あんたは逃げんな! あたしを置いていくな!」 「……桐乃?」 俺の足を掴む手が、強い。そして桐乃の言動も何故か必死だった。 「あんたにとって、あたしが妹だってなら、変に意識しなければいいでしょっ!? 妹の裸なんて見たって、あんたは何とも思わないんでしょ? だったら逃げないでちゃんとあたしを見て」 ……それは、そうだけど。 妹の身体なんて見ても、別に何とも思わない。それは、確かに俺の中の回答だ。 実際、今にも落ちそうなブラを見たところで、俺の海綿体は起き上がろうともしていない。 俺は去ろうとする足を止めて、真っ直ぐと桐乃と向き直った。 その態度を見て、桐乃も俺の足から手を離す。 俺の足から離れた手は、それでもブラを抑えようとはしない。 「……分かった」 「え?」 「見てやる。おまえの事をちゃんと。……それが俺の答えだ」 俺の言葉に、桐乃は目を少し見開いた。 それが傷付いたような表情に見えたのは俺の気のせいだろうか。 桐乃はそのまま僅かに俯いて、手で拳とキュッと作る。 「……じゃあ、見なさいよ」 落ちきらず、ただ桐乃の胸に乗っているような状態だったブラに手を掛けて、一瞬だけ躊躇した後、あっさりと桐乃はブラを取った。 「……っ」 ブラの下には、まだまだ成長途中の、それでも確かに存在を主張している胸があった。 穏やかでなだらかな膨らみ。そして、その頂上でつんとしたピンク色の乳首。 俺はその姿をじっ、と見やる。 桐乃はただ俺の視線を受け止める。 「……なんか、感想とか……無いワケ?」 俯いたまま、桐乃は俺にそう声を掛ける。 「成長したな、桐乃。俺が前に見た裸はもっともっと餓鬼っぽかったよ」 「……それだけ?」 がっかりしたような声音で、桐乃はそう呟く。 全く、どんな回答をおまえは俺に求めてるのか。 「……綺麗だ、と思った」 「…………」 「まだまだ成長は足りねえけど、女神のようだと思ったよ」 それは俺の偽りのない感想だ。 ただまだ女神と形容するには成長が足りないけど。 言うなれば、まだ子どもの女神を見ているようだった。 「……そう」 喜んでるのか落ち込んでるのか、複雑そうな声音。 まだ桐乃にとって満足の行く回答では無いらしい。 俺を目を閉じて、そして、一番初めに感じた感想を言う事にする。 「あぶねえ、と思った」 「え?」 「後、数年経った時のおまえの裸じゃなくて良かったと思った」 「……なんで?」 そこでなんでって聞くかね。 「餓鬼の頃より、ずっとずっと色気があって。正直さ、少し興奮しちまった。 あと数年後のおまえの身体だったら、きっと欲情してた。 おまえを襲っちまってたかも知れねえぐらいに」 これは兄として失格なのだろうか。 どうなんだろうな。成長した妹の身体に欲情しちまうのはやっぱアウトか。 仮に親父がそんな事言い出した日には通報しちまいそうだもんな。 俺は桐乃を女として意識している部分が、確かにあるという事だ。 兄にも、関わらず。 そういう気持ちに気付きたくないから、俺は早くここから逃げたかったってのに。 うちの妹は酷な事をしてくれる。 「……そっか」 妹は、端的に俺の感想に対してそう返す。 まだ俯いた侭。 「じゃあさ、……改めて、あたしの身体を洗ってよ。こうして兄貴に身体を洗って貰えるのは……今だから出来る事なんでしょ」 兄妹として、こうやって風呂場で居られるのは今だから。 将来的にはこうやって風呂場で居られる事は出来ない。 それでも二人、風呂に居るのであればそれはもう、兄妹としてではなく。 「……分かった」 これが、最後だ。俺と桐乃が一緒に風呂に入るのは。 兄貴として妹の身体を洗ってやれるのは。 断る理由なんてなかった。 だから、俺は頷く。 桐乃は俺の返事に、こくりと頷く。 「そんじゃ、手で洗ってよ」 「おう……ってなんでだよっ!?」 超ハードルあがってんですけど!? 少ししんみりした空気を変えたかったのも知れねえけど、それちょっと方向性間違えてるから! 「妹の成長した身体、触りたくないの?」 「そういう問題じゃねえ! つかそこではいって言ったらそいつ兄貴超失格だから!」 「少し欲情した時点で、兄貴として失格だと思うんですケド」 グサッ。 今の桐乃の言葉、すげえ胸に刺さった。 だよな、俺、兄貴失格だよな……。 せっかくいい兄妹になろうと決意した矢先に……。 「ちょ、マジで凹まないでよ。じょ、冗談だってば。ほら、顔あげなっての」 がっくり項垂れている俺の髪を掴んで、くいっと持ち上げる。 「ちょ、てめえ! 男のデリケートな髪になんてことをしてくれてんだっ!」 「あんたが項垂れてんのが悪いんでしょ。ほらほら、ちゃっちゃか洗いなさいっての」 「あー、もうヤケだ! わーったよ、洗ってやんよ!」 石鹸で手をぐしぐしと泡立てて、準備OK。 よし、と桐乃を向き直ったところで目が合う。 「……おい、背中向けよ?」 「はぁ? なんで。背中はもう洗ったでしょ」 「そ、それはそうだけどよ」 こう背中から洗った方がなんて言うか健全かなあ、って思ったんだが。 いや、寧ろその方が嫌らしいか? 「それにあんたの反応見てたいし」 「…………」 ぜってえ動じねえと俺は心に誓った。 「ようし、やったろうじゃねえか!」 スイッチが入ってる俺は、そんぐらいじゃ怯まねえぜ。 早速俺は、桐乃の……腕から洗い始めた。 ヘタレっていうな、畜生。 腕、腹、脇腹、脇、肩……と黙々と洗っていく。 その間、桐乃はニヤニヤと性格の悪そうな笑みで俺を観察していた。 けっ、頬を真っ赤にしながらそんな表情したって無駄だっての。 「そろそろじゃん?」 「…………」 なんでこいつはこんなに乗り気なんだ? おかしいだろ、いつも俺が裸みたらマジギレすんじゃん? 理不尽に家を追いだそうとすんじゃん? くそ、ここで躊躇したら現時点でもガンガン意識しちゃってるって思われちゃう訳で。 そうだ、目の前に居るのはただの妹。それ以上でもそれ以下でもない。 おっぱいぐらい、洗っても何の問題もない。 全然意識なんてしてねえよ、という感じで無造作に桐乃の胸に手を伸ばす。 「な、なんか嫌らしい手つきしてるんですケド」 「気のせいだ」 そして、桐乃のおっぱいに手が触れた。 ピクッ、と震える桐乃の身体。 ビクッ、と震える俺の身体。 「わ、悪い、なんか変だったか!?」 「……あんた、びびりすぎ。少しぴくってしただけっしょ」 「…………」 確かにどんだけビビってんだ俺は。 恐る恐る犬に触っている赤ん坊みたいなリアクションしてしまった。 コホン、胸の内で咳払いを一つし、冷静さを取り戻しながら再チャレンジ。 …………ぷに。 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! や、やわらけえ! なにこのやわらかさ! マシュマロ? 神のマシュマロ? でもこの肌触り、しっとりとして温かい、なんなのこれ。 こんなのが地球上に存在してるなんて信じられん。 「ね、ねえ?」 やべええ、超やべえええ、なにこれ! 信じらんねえ! 押したら返ってくるぞ、これ! ぷるんってしてんの、マジぷるん。 よく効果音でぷるんって使われてるけどマジぷるん。半端ねえ! 「ちょ、ちょっと……ん、……あ、あんた」 女ってすげえ、こんな神秘を胸に備えてるなんてマジやべえ! 想像以上のぷにぷにだわ、一日中触っててえぐれえだ……! 「す、すとーーーっぷ!」 「――ハッ!」 桐乃に声を張り上げられ、ようやく俺は我に返った。 「あ、あんたねえ、なに妹の胸を夢中でもみくだいちゃってるワケ?」 ぷにぷに。 「って揉むな! いったんあたしのおっぱいから手を離しなさいっての!」 桐乃に手を叩かれて、名残惜しくも俺は妹のおっぱいから手を離した。 「すまん、余りの柔らかさにちょっと我を失ってた」 「そ、そんなに柔らかいっけ?」 「いや、ただ柔らかいワケじゃないんだ。こう適度に弾力があるっていうか、なんつうか凄かった。正直感動した」 「……あんたの言動に正直引くんですけど」 おっぱいの素晴らしさを語ったら妹に引かれてしまった。 当然ですよね。 俺も桐乃にちんこの素晴らしさを語られたら引くもん。 「…………」 「……ん?」 気付いたら桐乃が俯いている。 もしかして俺の余りのキモさに身体を洗って貰ってる事に後悔してるのか? ……いや、これは俯いてるんじゃない。 下を……俺の下を見てる! 「……げっ!」 俺の下、別にそそり立ってはない、すこし、ほんのすこーしだけ大きくなってる気がするが少しだけだ。 問題はそこじゃない。 こう手拭いが微妙にはだけて、その隙間からこんにちわしているという事が大きな問題だ。 知らない内に、俺の海綿体と桐乃は顔合わせをすませてしまったらしい。 「ね、ねえ。あんたも触ったんだからさ、あた」 「却下!」 おまえにちんこの素晴らしさなんて語られても困る! いや、語らないと思うけどさ。 「なんでよ、ズルくない? 散々触っておいて」 言っておくが触らせたのはおまえだからな。 「俺が触ったのはおまえの胸だ。だから俺の胸なら幾らでも触っていいぞ」 「んじゃ触る」 男の胸なんて触りたくないと突っ張られるかと思ったが、予想に反して桐乃は乗り気だった。 「へえ、やっぱ男の胸にも乳首あるんだ」 そりゃあるよ。何を言って――ああ、確かにエロゲの野郎には基本乳首描かれてねえな。 つか現実で男の水着とかで上半身ぐらい見てんだろ、なんでエロゲのが優先されてんだよ。 ていうか、俺の乳首をそう興味津々で弄り回さないで頂きたい。 別に乳首で感じるような事はないか、なんか擽ったいっていうかもどかしい気分になってくる。 ……あれ、もしかしてこれが感じてるって事なのか? 「すとーーーっぷ!」 「ちょ、なによ!」 「うっせえ! 終了、ここまで!」 危うく妹に乳首を開発されちまうところだったぜ……。 そ、そろそろ次の箇所に行くとしよう。 上半身は終わったし、次は下半身だな。 あー、下半身な。 下半身か……。 チラ、とこれから洗おうとしている箇所を見やる。 …………ッ! ばっちし透けてるよ! うわ、マジ勘弁してくれ! 確かに肝心の部分は二重構造なのか丸見えって訳じゃねえけどさ! さっきのブラより比較にならねえぐらい透けてんだよ! 分かるかな、分かるよな!? 「つか、今思ったんだけどさ、あたしの胸を触ったからあんたの胸を触らせるって事はさ。 あんたのその、ち、ちん」 「言わんとしている事は分かったから今直ぐ口を閉じろ女子中学生」 ちんこなんて女の子が口に出すんじゃねえよ。 つか、俺のちんこがどうしたって? ちんこを触るならおまえのなんかを触らせればいいとかそんな話か? だが断る。 正直に言おう。 さっきのおっぱい触りからおっぱい触られで、俺の海綿体が目を醒ましかけている。 後少しでもスイッチが入ったら一気に覚醒してしまうだろう。 いいかね、あくまで今回は兄妹最後の入浴なのだよ。 そういうしんみりとして切ないシチュエーションな訳だ。 ここで、俺の海綿体がパオーンしてみろ、台無しだ。 「っておまえはなんで脱ごうとしているワケ!?」 そういう俺の深遠なる配慮を無視して、あろう事か桐乃は自分の下着を脱ごうとしていた。 「え、だってあんたの見ちゃったし。あたしも見せた方が良いのかなーって」 あっけらかんとそんな事を言い出す桐乃。 こ、こいつ、羞恥心とか麻痺してんじゃねえだろうな。 「み、見せなくていい、大丈夫だ」 「でもパンツ越しじゃ洗えなくない?」 「洗える、マジ洗える、こう布越しに洗うから! つかやっぱそこも洗うの?」 俺の主張そっちのけで、桐乃は脱ごうとしていたが、流石に片手で濡れた下着を脱がすのは難しかったらしい。 じーっと俺を見る。 「ねえ」 「いやだ」 どうせ、脱がして、とか言うんだろ? 分かってんだよ。 「いやだって言われても……、あんたのそれ、お、おっきくなってない?」 …………。 ソウデスネ。 終わった……、俺の人生、終わった。 そうか、あれか、そうだよな。女が下着を脱ごうとしているシーンってこう、なあ。 そうだよなあ……。 さようなら、兄としての俺。 はじめまして、変態としての俺。 「……ふーん、欲情しちゃったんだ」 「…………」 「妹に対して、欲情しちゃうなんて、マジありえなくない?」 侮蔑の言葉を俺に向けながら、しかし妙に嬉しそうに俺を見やる桐乃。 「う、うっせえな! 仕方ねえだろ、妹は妹でもな……、……ッ!」 しまった、何か言ってはいけない事を言いかけた気がする。 「……妹は、妹でも?」 ふざけていた声音から、一気に真剣な声音まで下がる。 「妹は、妹でも……なに?」 ジリジリ、と桐乃は俺に近づいてくる。 眼は真っ直ぐと俺の目を射竦めている。 俺はそんな桐乃から逃げようとジリジリと後ずさる。 「なんで逃げるワケ?」 そんな俺の行動を非難しながらも、桐乃は容赦なく俺に近づいてくる。 対して俺は背後がもう壁になってしまいこれ以上逃げる事が出来ない。 「そ、それはな……」 桐乃の動きを止めたくて何かを言おうとするが頭がまわらない。 確実に俺との距離を縮めていく桐乃。 俺を追い詰めておいて、尚も近づいてくる桐乃。 こ、これ以上近づいたら――。 桐乃の眼は、少し潤んでいる。 その瞳に吸い込まれそうになりながらも、俺は必死で何か縋る物を探す。 何か、この展開を脱出する方法は無いか――。 ―――あった。 「桐乃」 「…………」 桐乃は答えない。ただ俺に近づいて。鼻と鼻が触れ合うような距離。 俺は言った。 「ここは、病院だ」 ピタ、と桐乃は動きを止める。 「ここは患者とかが入る場所だろ……、そういうのは良くない」 ホテルとかとは違うのだ。 それに監視カメラはないにしても音声ぐらい聞かれている可能性もある。 桐乃は超至近距離で俺を睨む。 俺はただ真っ直ぐと桐乃を見やる。 やがて、桐乃は俺から離れた。 チッ、という舌打ちと共に。 「……まだ終わりじゃないから」 桐乃はそう宣告する。 「今日はもう聞かない。でも、家に帰ったら、続き、するから」 決して忘れたワケじゃないと。 俺が漏らしてしまった失言。 それを家に戻ったら改めて聞き出すと。 やれやれ、と俺は思う。 実のところ、俺も何を言おうとしていたのかは分からない。 単純に考えれば、……なのだろうけど。 そう言おうとしたのだろうか。 けど、今はこうして結論までの時間を稼げたのでよしとする。 そして、俺もまた聞かなくてはならないだろう。 その聞かれたタイミングで、同じように。 俺が止めなければ、おまえは俺に何をしようとしていたのかと。
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/1626.html
143 :Monolith兵:2013/03/30(土) 05 51 55 ネタSS「俺の妹が○○○なわけがない!」その4 ちょっとしたイベントが終わったある日の事。京介は桐乃から相談を受けていた。 「というわけで、あなたに着いてきて欲しいんですよ。」 彼女の相談というものは、ネットで知り合った女友人とオフ会をするので着いてきて欲しいというものであった。確かに、ディスプレイの向こう側の相手は性別を偽っているかもしれないし、そうでなくても危険な人かもしれない。それを考えると、妹から依頼はもっともな事であった。しかし、 「…別に必要ないんじゃないんですか?」 兄はそっけなかった。彼は自分の妹の中身が腹黒銭ゲバ爺辻正信であることを知ってるので、必要性があるとは思えなかったのだ。 「酷いですね。今の私はか弱い女子中学生ですよ。可愛い妹を一人で危険があるかもしれないところに送るのですか?」 「うっ……。」 そういわれると痛い。中身はともかく肉体は確かに女子中学生なのだ。中の人も社会規範に沿って行動しようとしているのだ。14歳でエロゲしているが。 「はぁ、分かりました。ただし、私は面子の確認をしたらすぐに引っ込みますからね。」 彼もさすがに折れた。それに、休日に秋葉原に行くのだ。オフ会の面子を確認したらその後は町で遊べばいいと思っていた。 「それではお願いしますね。」 それから暫くして、オフ会の当日になった。 「何というか、…浮いてる気がする。」 とあるメイドカフェで行われているオフ会を離れた席から確認しながら京介は呟いた。ちなみに彼は一人でカフェに入っている。前世ではこんな場所はなかったし、前々世ではオタ友と数回入った程度であった。約100年ぶりのメイドカフェ体験であった。ただし、精神年齢が爺のためにあまり楽しめてはいないが、 それはともかく、彼は妹の桐乃が周りから浮いているのが気にかかっていた。傍目から見たらリア充が一人オタクを笑いに来たのではないか、という服装をしていたのが原因ではないかと思ってしまう。 結局、彼女は周りと余り溶け込めずにオフ会は終わってしまうのだった。 「まあ、お疲れ様でした。」 オフ会が終わっても一人席に座っていた妹のところに来た京介は、ねぎらいの言葉をかけた。 「一体どうしたんですか?念願のオタクっ娘のオフ会でしたのに。」 疑問を投げかけたが反応は鈍かった。これが年齢どうりの少女なら溶け込めなかった事を慰めるのだが、中身が辻正信である目の前の少女にそんなことは必要ないように思えた。コミュ力は十分以上あるし、オタ娘と会うことをあれほど楽しみにしていた彼女がなぜこのような状況になってしまったのか彼には理解できなかった。 「……腐り方が酷かったんです。まさか8割がた腐ってるなんて。」 そう呟いて顔を手で覆った。それを聞いた京介は顔を引きつらせて言葉をかけた。 「ええと、オタク娘の腐敗率って分かっていましたよね?」 「ええ。でも、チャットではそんな会話はありませんでしたから大丈夫だと思ってたんです。それなのに!ほとんど全員が腐女子だったなんて!!」 確かに、中身が爺の彼女では腐女子の群れに萌える事はできなかった様だ。 144 :Monolith兵:2013/03/30(土) 05 53 44 「とりあえず、秋葉原で遊んで帰りませんか?」 「ええ…そうしましょう。」 ようやく重い腰を上げて桐乃達は店から出て行った。そしてしばらく歩いていると、突然後ろから声をかけられた。振り向いてみると、オフ会の幹事をしていた女性であった。身長180cmほどの大柄な女性で、ビン底眼鏡とケミカルジーンズにポスターを入れたリュックといういかにもという姿をしたオタ娘である。 立ち止まって話を聞いてみると、これから二次会を行うので参加しないか、というものであった。更に詳しく聞いてみると、彼女も腐女子があんなに来るとは思っていなかった口らしく、腐でない人を集めて二次会を行いたいというものであった。 それを話し終えた後、彼女は京介に気づいたので桐乃の兄と自己紹介した。 「私がオフ会に参加するといったら、心配だからってついて来たのよ。ああシスコンってやだやだ。」 人の目があるために、桐乃は京介の前で見せる姿ではなく余所行きのキャラをかぶっていた。兄のことを少しは気にしてる思春期の女の子を演じていると妹から聞いていたが、目の前でその切り替えを見てしまうと顔が引きつってしまうのを堪えられなかった。 「おお、それはよいお兄さんですね。」 褒められても嬉しくはない。だって中身爺だもの。 それはともかく、二次会会場となるとあるファストフード店に入った。席について面子を見てみると、幹事役をしていた女性と妹、そして何かのコスプレか猫耳をつけたゴスロリ姿の少女がいた。なるほど、腐女子でないということはあの場では残念な面子だったということなのだろうか。その方がうれしく思えてしまうが。 「では、改めてに次回をはじめたいと思います。」 その言葉を境に始まった二次会であったが思うように進まなかった。桐乃は前世補正があるのでいいが、問題は黒猫と名乗った少女であった。彼女は腐女子ではなかった。そう腐女子では。 「私は黒猫。世界を覆う闇を振り払う勇者たちを探す富永の血を引くものよ。」 などとのたまう邪気眼系中二病患者だったのだ。これではあのオフ会で孤立するのも理解できる。そして理解した。この二次会は腐女子ではない人のみで行うといっているが、実際は残念会だということを。 「あんたそんな事言ってて恥ずかしくないわけ?」 「ふっ、ただの人間には私の血族の高尚な目的は理解できないしょうね。」 余りにも痛々しい言動に桐乃は突っ込むが、黒猫は馬鹿にしたようにひとつ息を吐いた後言葉を紡いだ。だが、ここにいる人間は中二的な言葉を額面どうりには受け取れなかった。なんせ、黒猫は顔を赤らめながら話していたのだから。明らかに無理をしているのがばればれであった。 「ええと、大丈夫かく、黒猫さん?」 京介が声をかけたが、黒猫は大丈夫と赤い顔で答えていた。明らかに大丈夫でない。しかもよく見ると目元に何か光るものがあった。ここまで来ると、なぜオフ会に参加したのかさえ疑問に思うほどである。 「ちょ!なにをするの!!」 京介はその姿に思わず身を乗り出して頭をなでていた。このメンバーの中で最も子育てスキルが高いのは実は京介であった。桐乃(辻ーん)は子供はいなかったし、他の二人はただの中学生であった。一方京介(嶋田)は前世で孫の面倒までを見ることがあったので、泣いた子をあやす事は多々あったのだ。 「大丈夫だ。少なくとも俺は君を笑ったりしないし、傷つけたりもしない。他の二人もそうだ。俺たちは君の味方だよ。」 前世の経験から発した言葉は黒猫の心を溶かし、堰を切ったように泣き出した。沙織・バジーナといった少女はおろおろし、桐乃は口の端を曲げて興味深そうに二人の様子を見ていた。 暫くして、黒猫は落ち着いたのか顔を上げて涙を指でぬぐい始めた。沙織が気を利かせてハンカチを差し出すと、礼を言ってそれを受け取り涙を拭き始めた。 「改めて、俺の紹介をしようか。おれは高坂京介。こいつの兄で、初めてオフ会に参加するから怖いと泣きついてきたのでここにいる。」 「はぁー?あんたが泣きながら『お前のことが心配だから連れて行ってくれ!』っていったんでしょう?」 京介が少しふざけて自己紹介すると、桐乃が茶々を入れてきた。それは妹の中身が辻であると分かる前と同じ態度であり、もう二度と戻ることのないあの頃を懐かしく思ってしまった。 「仲のいい兄弟でござるな…」 沙織が二人に茶々を入れるが、京介はそれを聞いて胃がきりきりと痛むのを感じた。桐乃のほうを見ると少しいやそうな顔をして「そんなわけない!」と反論していた。 145 :Monolith兵:2013/03/30(土) 05 54 19 「…本題からずれているな。黒猫さん、もう大丈夫?」 とりあえず彼女の頭を撫でていた手をのけて尋ねた。彼女は赤い顔でこくんと頷いて小さな声で礼を言った。 「それで、一体どうしてあんなことになったのでござる?」 沙織の質問に黒猫は少し沈黙した後話し始めた。 「私の家系は、…富永の家系はみんな邪気眼使いで。私が物心ついた頃には私も邪気眼にかかっていたの。小学生の高学年になる頃には私の家が異常だと気づいたけれど、長年染み付いた習慣は変えることはできなくて…。」 それからかたり始めた彼女の話は想像を絶する話であった。幼少の頃から邪気眼使いとして教育され、小学校低学年はともかく高学年になるとその痛々しい言動に友達はどんどんと減っていき、中学に入る頃には誰もいなくなってしまったのだという。しかし、邪気眼を治そうにもどうすればいいか相談する相手もおらず、どうすることもできないまま時を過ごしていたというのだ。 そして、このコミュニティをネットで知り、同世代のオタク娘なら相談相手になるのではないかと思いオフ会に参加したのだという。藁にもすがる思いだったのだろう。ただし、すがった藁は腐っていたが。 「せ、拙者たちが相談に乗るでござるよ。ね、二人とも。」 沙織の言葉に京介と桐乃は頷いた。あまりな話に同情したこともあるが、黒猫の話に出てきた”富永”という言葉が気になったのが最大の要因であった。もし、あの富永であるのなら他人事にしたいが無視もできない。特に桐乃にとっては新生夢幻会に富永の一族を筆頭とする軍部の派閥”邪気眼派”の取り込みをしたいという事情もあった。 「確認したいことがるんだが、富永というのはあの富永大将か?カナリア軍司令だった。」 「そうよ。」 確認すると本当に富永恭次の曾孫であるという。これで確定だ。そして、あまりの事態に二人は頭を抱えた。 (*1) 彼女をどうにかしたいが、それは邪気眼派の中核である富永一族に喧嘩を売る行為に他ならない。それはあまりにも危険ではないかと桐乃は考えていたが、京介は反対の意見であった。 先ほど黒猫は「世界を覆う闇を振り払う勇者たちを探す」と言っていた。それはもしかして夢幻会のメンバーのことではないかと考えたのだ。 「一度君の両親と話がしたい。案内を頼めるか?」 京介が尋ねると黒猫はわずかに頷いた。 それから千葉へと電車で戻り、黒猫の家へと一同で向かった。そこはごく普通の日本家屋のようであったが、そこが富永の巣窟であると思うと自然と足が震えてしまうのが分かった。 「今日はご両親はいるんだよね?」 京介が確認すると、いるという返事が返ってきた。京介は顔を両手で叩き気合を入れた。 「よし!行こうか黒猫!」 そう言って、黒猫の先導で玄関の扉をくぐった。 そう、これから戦いが始まるのだ。黒猫の未来を書けた戦いが。 我々はあまりにも劣勢だが、戦い未来を切り開くしか他に道はないのだ! 戦え京介!負けるな京介!君たちの戦いは今始まったばかりだ!」 「お前もくるんだよ!!」 後ろでへんなナレーションをしていた桐乃の手をつかみ、黒猫の家へと連れ込んだ。さあ、これで蜜連れはできた。これで少しは心に余裕ができるだろう。 「やめてー!(私が)死んでしまいます!」 「大丈夫だ!(富永一族は)こんなことで死ぬほどやわじゃない!」 二人の絶叫は扉が閉まるとともにやんだ。 「あのー、拙者のこと忘れていませんか?」 一人残された沙織がさびしそうに呟いた。暫く待つという選択肢もあったが、家の中から奇怪な声が聞こえてきたので冷や汗をかきながら彼女は黒猫の家を後にするのであった。 おわり これまでご愛読ありがとうございました。 Monolith兵先生の次回作にご期待ください! 146 :Monolith兵:2013/03/30(土) 05 59 32 とりあえず黒猫さんは富永の呪縛から解放されたとさ。 富永一族VS高坂兄妹の描写は想像もできなかったので都合によりカットさせていただきます。 そして、たった黒猫フラグ。もっとも京介から見るとかわいそうな女の子程度にしか思ってないけれど。 ちなみに、今までの原作ヒロインでのルート一覧。 桐乃ー辻ーんと恋仲になれと?(ヾノ・∀・`)ムリムリ あやせー前世の曾孫と恋仲に!京介の胃がねじ切れる。 黒猫ー富永一族との末永いお付き合いが始まります! なんだろうこの悲しい気持ちは・・・。
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/1747.html
218 :Monolith兵:2013/07/08(月) 12 21 32 ※このSSにはTS表現があります。ご注意ください。 ネタSS「俺の妹が○○○なわけがない!」 その17 京介と母との3人の奇妙な共同生活は、あやせにとって至福の時間であった。 これまで母との間には多くのすれ違いがあり、心の中には反発とともに慕う気持ちもあった。だが、母との心の距離は少しずつ開いていき、あやせは母の期待に答えることで母の関心を引こうとしていた。父は家にいることは少なく、愛されている実感はあるのだが気持ち悪いくらいベタベタしてくるので苦手だった。 そんな母との捩れた関係を一瞬にして修復してくれたのが、親友である桐乃でありその兄の京介であった。しかも、信じられないことに京介は前世の記憶があり、自分の高祖父だったというのだ。にわかには信じられないことであったが、両親と嶋田本家の人々に肯定され本当なのだと信じた。そして、あやせは自分のみならず母をも救ってくれた京介に恋心を持つことになった。 その後、桐乃があの魔王だということを知ったり、京介が黒猫と付き合って別れたということもあったが、何とか自分を持ち直しここまで来れた。時々、桐乃の顔が辻政信になるという悪夢を見ることがあり、その度に寝不足に陥ることもあったが。 京介に恋心を抱き、黒猫と付き合っていた時は嫉妬に身を焦がしそうになったほどだったあやせは、今の生活がとてつもなくすばらしいと思っていた。大好きな母と京介と一緒に食卓を囲み、毎日京介の身の回りの世話をして、まるで通い妻や新婚夫婦のような生活に酔いしれていた。 しかし、始まりあれば終わりあるように、この奇妙な共同生活も終わりを迎えつつあった。 「さて、忘れ物は無いな。」 京介は今まで世話になったアパートを見回して忘れ物は無いかチェックした。チリひとつ無い部屋を見て、微かな哀愁を感じたがすぐさま振り払った。 (大学に入ったら一人暮らしするのも良いな。) 前々世では社会人になるまで実家暮らしだったので、一人暮らしの大学生活を言うものに少し憧れを持っていた。何の因果か、3回目の人生を送ることになったが、今回は前世と前々世で出来なかったことをやり遂げようと思っていたのだ。 そんなことを考えながら、扉を閉め鍵をかけようとした時、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。ふとそちらの方を見るとあやせだった。 「何で今日も・・・。」 あやせは昨日まで部屋に通って引越しまで手伝ってくれたのだった。しかし、今日は先ほど引越し屋のトラックに載せた家具や家電しか残っていなかったので、来なくてもいいと断っていた。なお、新垣母子は1月前に改装が終わった家に戻っていった。それでもあやせは毎日足しげく京介の部屋へと通い、世話を焼いてくれていたのだ。 「今日はお兄さんに、京介さんに言いたいことがあって来ました。・・・多分今日を逃したら・・・。」 あやせは顔を俯かせ言ったが、語尾は聞き取れないほど小さかった。平静ではないその様子に、京介は扉を開けて何も無い部屋の中へと誘った。何も無い部屋と入っても、寒風の吹く外よりは幾分かマシだ。 「それで、今日はどうしたんだ?」 「・・・私、昨日までとても楽しかったです。きょ京介さんと一緒の部屋にいれるなんて、夢なんじゃないかって。夢じゃなかったですけど、・・・もう終わっちゃうんですよね。」 京介はあやせが何を言いに来たのか大体察しがついていた。だが、それに対する答えは決まっていた。いつかは通らなければならない道だと思い、答えを以前から考えていたのだ。 「本家で京介さんに言った言葉・・・今も同じ気持ちです。私を助けてくれて、お母さんを助けてくれて、私の気持ちを知ってるくせにいつもはぐらかして、なのにいつも私に優しくして・・・。」 あやせは言おうと思っていたことを上手く言葉に出来ず、思い浮かんだことを口にしていた。 「私、京介さんのことが好きです!前世だとか、玄孫だとか、そんな事を抜きにして貴方のことが好きなんです!!」 あやせは泣いていた。泣きながら京介が好きだと叫んでいた。これまで何度のアピールしてきたのに、全てはぐらかされてきていた。京介の心が誰にあるか解っているというのに、言わずにはいられない事が辛かった。 219 :Monolith兵:2013/07/08(月) 12 22 36 「あやせの気持ちはわかっていたよ。前世とはいえ玄孫から親愛の情以上の気持ちをを持っている事は。ああ、迷惑なわけじゃないぞ?むしろ嬉しい。だがな、私ではあやせを幸せにすることは出来ないと思っていたんだ。だから、いつもはぐらかしてしまっていたんだ。それについては申し訳なく思っている。」 京介は頭を下げ謝った。そして、これからが本題だった。 「あやせは黒猫、瑠璃との顛末については知ってるな?」 「はい。カリフォルニアまで行って五更さんを振ったんですよね?」 「ぐ・・・。それはともかく、私が瑠璃と付き合っていた時、ずっと私たちの間には温度差があったんだ。瑠璃は私を男性として愛していたが、私は彼女を女性として愛することは出来なかった。私は今は18歳の高校生だが、前世では90歳を超えてから死んだ。精神年齢は高校生のそれを大きく超えている。私からしたら瑠璃は、・・・子供でしかなかった・・・。」 京介の言葉をあやせは静かに聞いていた。前世云々の話しを知っているあやせとしては納得できる事だ。京介からするとあやせも子供に見えるだろう。だが、あやせと瑠璃の間には決定的な違いがあった。あやせは京介の前世を知りそれを受け入れていたのだ。 「今思えば日向が瑠璃と付き合えばいいと言ったのは、こういう事なのだろうな。本当あいつには頭が上がらないよ。私はあれでこちらでの同世代の女性とは付き合うことが難しい事を理解した。瑠璃は男女の仲がどういうものなのか学んだ。結局瑠璃を傷つけることになったが、それを込みで進めたんだろうな・・・。」 京介の言葉は残酷だった。同世代の女性とは付き合えない。ならば、黒猫よりも年下のあやせもまた付き合うことが出来ない、と言われたも同然であったのだ。 「あやせ。お前の気持ちは嬉しいよ。多分、私に前世の記憶が無く、普通の高校生だったら喜んでお前と付き合っただろうな。だが、私はあやせを幸せにすることは出来ない。お前を女性としてみることは出来ないんだ。すまない。」 あやせはそれを聞いて本格的に泣き始めた。京介はそれを見て一瞬近づこうとしたが、すぐさま思い直した。自分を男性として見ているあやせを、子供として玄孫として見ている自分が抱きしめたとしても、あやせを更に傷つけるだけなのだ。 だから、「あやせのことは愛しているよ。女性として見ることは出来ないし、付き合うことは出来ない。でも、間違いなく愛している。」という言葉は胸の奥底にしまった。それがどれほどあやせを傷つけるかは火を見るよりか明らかだったからだ。 「わた、私。解ってたんです。京介さんが日向ちゃんしか見ていないって。でも、見た目が小学生に負けるなんて・・・。子供は私のほうだったんですね。」 泣きながらも一生懸命話すあやせを、京介は静かに見ていた。あやせは同世代の子達、高校生と比べても遥に大人だ。だが、前世で天寿を全うした自分たちから見れば子供にしか見えないのだ。 京介は黒猫に続いてあやせを泣かせてしまった事が辛かった。だが、彼女と付き合ってしまったら今以上に彼女に辛い目に遭わせてしまうだろう。なまじ黒猫との経験があるために、破局を先送りにしてしまいその時間だけあやせは傷ついてしまうだろう事は明らかだった。 「好きなのに・・・。頑張ってきたのに!」 (私を憎べばいい。だが、自分を傷つけないでくれ。) あやせの慟哭を見て、京介はあやせの心が傷つかないようにと願った。なんとも身勝手な願いであったが、京介にはあやせと共に泣く事もあやせを抱きしめる事もできないのだ。 そんな京介の願いを知らないあやせは、涙を手で拭いスクッと立ち上がった。京介は無言で彼女を見上げた。 「京介さんの馬鹿!あれだけ私を惑わせておいて!こうなったら・・・こうなったら・・・。」 あやせが何を言おうとしているのかは解らなかったが、彼女の怒りが自分に向いているのはわかった。京介にはあやせをどうこうする資格はもう無い。あとは、桐乃やあやせの母親の仕事だ。 あやせは玄関の扉を開け、こちらを振り向いたかと思ったら捨て台詞を言って走り出した。 「こうなったら!私も中身爺になってやるー!」 「ちょっと待て!どうしてそうなるんだ!!」 京介は先ほどまでの思考を一瞬にして捨て去り、あわててあやせを追いかけた。 あやせ√BADEND②
https://w.atwiki.jp/roadshow/pages/162.html
http //www.nicovideo.jp/watch/1284646073
https://w.atwiki.jp/anipicbook/pages/1395.html
全ての主題歌はこちら
https://w.atwiki.jp/fushimi_eroparo/pages/73.html
放課後、家に帰りつくとリビングから騒がしい声が聞こえてくる。 「ね、ねえ。桐乃やめようよ! 桐乃があんな企画参加することないよ!」 「仕方ないじゃん。編集部からあそこまで頼まれちゃったらサ」 「で、でも、だからって桐乃がやる必要はないと思う」 「それも仕方ないの。あたし以外、めぼしいコはみんな事務所所属だしィ。 あやせだって、事務所の許可下りないって言ってたじゃない」 ふむ。何か揉めてるみたいだが……なんだ? 桐乃の奴が仕方なく何かを引き受けるって話か? 困ってる……わけでもなさそうだし。 つーか、たとえ困っててもまあ、俺には関係ないけどな。 向こうから頼られたわけでも無いのに、勝手に首突っ込んで、 こないだみたいなしんどくて、おまけにみじめな想いをするのは、もうまっぴらだってえの。 「それにあたし、こないだも病気して迷惑かけたし、今度もまた迷惑かけるんだから……」 「で、でも! それとこれとは別じゃないの?」 …………ったく。 いつまでも聞き耳立てていても仕方ねえ。 とりあえず挨拶だけして、すぐに自分の部屋に上がろう。うん、それがいい。 やっかいごとに巻きこまれねえうちにな。 「……ただいま。いらっしゃい」 俺はリビングの扉を半開きにして顔を少しのぞかせて形だけの挨拶を述べた。 そこには、制服姿の女子中学生が二人。タイプは違うがどちらもとびぬけた美少女だ。 その美少女のうち、我が家の美少女……つまりは俺の妹であるところの桐乃は ちらりと俺の方を一瞥しただけで、すぐに目をそらす。まあ、いつもの事だ。 「あ! お兄さんっ!」 しかし、もう一人の他所ん家の美少女、桐乃の親友でありモデル仲間のあやせの方は 俺をみつけるなり、腰掛けていたソファからこちらめがけて飛び出して来た。 「お兄さん! お兄さんからも言ってあげてください。お願いします!」 「へ? い、いったい何の話だよ?」 突然、懇願してくるあやせの様子に腰がひけていると、桐乃が激しくそんなあやせを叱咤する。 「ちょ……! あやせ! なに、そんなバカに話してんの。そいつ全然、関係ないじゃん!」 激しく声を張り上げる桐乃。しかし、あやせはそんな桐乃にひるむこともなく俺に訴えを続けた。 「聞いてくださいっ! き、桐乃ったら、い、いかがわしい本にモデルとして出るなんて言ってるんです!」 「……は?」 いかがわしい……なんだって? 「だ……だから、いかがわしい本に、そ、その、自分のエッチな写真のっけるって言ってるんです!」 「な……っ!」 遅まきながら、あやせの言葉の意味を理解した俺は、桐乃に視線を向ける。 すると、桐乃はいつもの調子で顔を紅潮させながら、俺に向かって罵るように言葉を吐く。 「あ……あんたには関係ないでしょ。ふん、何も知らないくせに、勝手にクビつっこまないでくれる?」 そう言って、ぷいと顔を背けだ。 ああ、そうかい。確かに関係ないわな。 おまえのいやらしい写真が雑誌に掲載されて日本中にばらまかれようが 俺にとっちゃどうでもいいことだ。 ただな、残念ながら俺はおまえの兄貴なんだよ……! 「お、お兄さん……!?」 俺の顔を見つめながら、あやせが青ざめた顔で一歩、後ずさる。 近づいてくる俺にそっぽ向いてた桐乃を気がつき、そして俺の顔を見て目を見張った。 ん? 俺、そんなに変な顔しているか? ……いや、そんなことは今はどうでもいい。 このバカな妹の兄としてきちんと教育する義務と責任と権利が俺にはあるはずだ。 俺は今回だけはビシっと言ってやらないと気がすまなかった。 「……こ、この、バカっ! まだ中学生のくせに、雑誌で素っ裸さらすとか何考えてるんだ、おまえはっ!」 バチーン! 「だ……だ、誰が素っ裸になるなんて言ったのよっ!」 うう……ビシっと言ったらバシっと殴られた…… 「だ、だって。あやせの奴が……」 我ながら情けない声でそう言いながらあやせの方を親指で差す。 「わ、わたしは裸になるなんて言ってませんよっ!?」 責任を転嫁されそうになり、手をぶんぶんと振りながら慌てて弁明するあやせ。 「じゃ、じゃあどんな写真なんだよ……」 服を脱ぐわけじゃない、いかがわしいエッチな写真って…… はっ! まさか…… 「だっ! そんなの駄目に決まってるだろうがああああぁぁあああぁぁぁあああ──っ!?」 思わず大声を発してしまった俺を冷たい目でにらむ桐乃と目を白黒させているあやせ。 冷たい目で桐乃が俺に問いかける。 「……ねえ、今度は何を想像したわけ? 言ってみ?」 「い、いえ。なんでもないっス……」 正直に言ったら、どんな目に合わされることか…… 「も、もう、ほんとにィ……。あんた大騒ぎしすぎ。まったくシスコンはこれだから困っちゃうよねぇ~~」 腕を組み、口元にひきつった笑みを浮かべつつも、尊大な態度で呆れてみせる桐乃。 なんだよ、おまえらがまぎらわしい会話してるからじゃねえか。 それにシスコンだからじゃねえ。こんなの曲がりなりにも実の兄なら当然の反応だろ。 親父ならこれくらいじゃ済まねえぞ! 「ふん……で、結局なんなんだよ。その……いかがわしい写真ってのはよ……」 裸になるわけじゃないと聞いて、少し安堵し興味は薄れたものの、 やはり殴られ損は嫌なので、一応、真相くらいは知っておきたい。 桐乃に聞いても、関係ないでしょっと一蹴されそうなので、あやせの方に言葉を投げる。 「それが、その……ええと……」 あやせはなんだか言いにくそうだ。なんだ、なんだ? やっぱ、エロイ写真なのか? 「ふん……ただのパンチラ。微エロって奴?」 桐乃がそっぽを向いたまま、つまらなさそうにつぶやく。 「ぱ、パン…チラ? 微エロ?」 桐乃の言葉と俺の復唱を聞いて顔を赤らめるあやせ。あやせが言い淀んだ事をなんとなく納得した。 いかがわしさって意味では、「パンチラ」って言葉は、なかなか卑猥な響きがあるからな。 「……って、十分、駄目じゃねえか! た、他人にパンツ見せるとか…… しかもそれを雑誌にのっけるとか、おまえ何考えてんだよ!」 「そうですよね! でも、桐乃ったら、それくらいなんでもないとか言って……」 同調者を得て言葉を弾ませるあやせ。なるほど、そういうわけで、口論してたってわけか。 「いいじゃん、パンツくらい。水着とたいしてかわんないしさ~」 「変わるだろ!? 水着で海にいる人はいても、下着で海にいる奴はいねえ──!」 俺の横ではあやせがうんうん、と大きく頷いている。 いつもはおっかない娘だが、こうして同盟組むとなんだか可愛い奴に思えるから不思議だ。 「バッカじゃん? それは時と場所によるでしょ? たとえば住宅街でビキニの女の子がいたら変じゃん?」 おお、それはエロイ! ……じゃなくて。 「そ、そんなのあたりまえだろ。それとこれとどういう関係があんだよ」 しかし、桐乃は自信満々に言葉を紡ぎ続ける。 「だからさあ。たとえば、本の中ではヌードになったりしてるモデルの人がいるわけじゃない?」 「……あん?」 正直、俺にはこいつの言わんとしている事がよくわからん。相変わらずの説明下手だな、俺の妹は。「も、もう……鈍いなあ。だからさ、街中で水着は変でも、海なら変って事はない。それと同じで、 普段パンツ見せてたら変だし恥ずかしいけど、本の中でならおかしくないって事をいいたいワケ。 そりゃ、あたしだってヌードとかなら断るけどさ。ちょっとくらいのチラ見せくらいなら別にいいじゃん?」 平気そうな顔でそう言う桐乃。しかし、逆に、こいつが平気そうに言えば言うほど、俺のかイライラはとまらない。 「な、何言ってんだよ。それとこれとは話が違……」 「違わない。それともあんた、なに? あんたがコレクションしてるような本の女の子は、 みんな、恥ずかしい事をしているって思ったりしちゃってるワケ? じゃあ、それを鼻の下伸ばして見てるあんたは何よ」 「な……!」 「それにね、遊びじゃ無いの。そもそもあんた、ちょっと仕事ってものを甘くみてない?」 「ぐぅ……!」 そういう言い方をされると、バイトなんて田村屋の手伝いくらいしかしたことのない俺には何も言い返せない。 し、しかし……やっぱ、どうしても、なんか納得いかないんだが……。 ……っていうか、なんで俺のコレクションの事知ってやがるんだよ!? 怖いから追及しないけど! 「お兄さんが説得されちゃってどうするんです! いいんですか? 会ったことも無い他人に、桐乃のエッチな写真を見られちゃうんですよ!?」 押され気味の俺を鼓舞しようと、あやせがそんなことを言ってくる。 いや、いいのかって言われてもよ……本人がこう言っている以上、どうしろってんだよ……クソッ……! そうこうしているうちに、桐乃はすっと立ち上がり、俺たちにこう宣言した。 「どっちにしても、もう決めたことなんだから。二人ともこれ以上、ごちゃごちゃ言うのやめて。いい?」 「あっ! 桐乃っ!」 そんな捨て台詞を残し、桐乃の奴は、あやせをもほったらかしにしてリビングを出て行ってしまった。 ダダダと階段を上る足音が聞こえる。自分の部屋に戻ったのだろう。 「「ふう……」」 俺とあやせは二人そろってため息をついた。 「……桐乃はああいう風に言ってましたけど、決して、望んでやりたいわけじゃないんです」 あやせが桐乃の消えて行ったリビングの出入り口を見つめながら、呟くように言った。 「そうなのか?」 「も、もちろんです! あ、あたりまえじゃないですか! ただ、桐乃、責任感が強いから……」 「……詳しく事情を聞かせてくれよ」 「はい……」 あやせの話はこうだった。 桐乃が読者モデルをやってる雑誌の編集部が世話になってる大手広告代理店が 各誌イチオシのティーンの女の子のセクシーな写真…… つまりはパンチラ写真を集めた小部数のイベント用小冊子を出すんだとよ。 一般販売はせず配布先はスポンサーとなってくれるような大企業の担当者。これは大きなプロモーションになる。 だから、編集部としても力を入れているってことだ。 で、桐乃やあやせが読者モデルをつとめる雑誌の代表モデルとして、桐乃が頼まれた……ってことらしい。 編集の人にはずっとお世話になってるし、最近も風邪などで迷惑かけたばかりだから断れない…… 桐乃はそう言ってるそうだ。一応、その場では返事を保留し、明後日、返事をするって事らしいのだが……。 うむ。だいたい、どういう事情なのかはわかった。しかし……。 「な、なんでパンチラ写真じゃないと駄目なんだよ。その企画なら、普通の写真でもいいじゃねーか!?」 単なるプロモーション用の小冊子ってことだろ? 「そ、そんなこと、私に言われたって知りませんよっ!」 くそ。絶対、その本を企画した奴が変態なのに決まってる。 自分が若くて綺麗で可愛い女の子のパンチラみたいだけなんだろうが……こ、この……下衆野郎がっ! 「……お、お兄さん?」 「……え?」 怯えるような声を出すあやせの方をふと目をやる。するとあやせは、今度は安堵の表情を浮かべて言った。 「あー、びっくりした。今、すっごく怖い顔してましたよ? ……ああ、さっきもですけど」 「え? お、俺が?」 「はい……お兄さん、それって桐乃のために怒ってくれてるんですよねっ!?」 「い、いや。そういうわけでは……」 断じてないよ? この俺があいつのために怒るとか……そんな義理ねえし! そもそも、なんでおまえはそんなに嬉しそうなんだ? 俺の──例の芝居で演じた──シスコン具合が気持ち悪くてしょうがなかったんじゃねえのかよ? 「そうだ。実は、去年の企画分の冊子があるんですが……ご覧になります?」 「え?」 「本当は……こんな汚らわしいもの、持っていたくなかったんですが……参考になるかと思って」 参考……ね。どうやら、あやせのやつ、はなから俺を巻き込むつもりだったみたいだな。 普通に信頼感から頼ってくれるなら嬉しいんだが……多分、違うんだろうなあ。 「あ、言っときますけど、あくまで桐乃を説得するための参考になるかと思って、見せるんですからね。 いやらしい目で見たりしたら怒りますよ?」 おう、なんて無理を言う奴だ。健全な高校生がパンチラ写真みていやらしい目でみないとか無理だろ? 「わ、わかってるって」 が、そんなこと正直に言っても話がまたややこしくなるだけなので、適当に応じておく。 「じゃあ、はい。これです」 「……ふむ。なんだ? パンチラキング? また偉く直球な名前だなあ!」 「いえ……一応、パンチ・ランキングです。まあ、その読み方でも間違いじゃないかもですが……」 「な、なるほど」 一応、ごまかしてるわけか。しかし、頭の悪いごまかし方だな、おい! あやせの視線を気にしつつ、パラパラとめくってみる。 おお、見事にパンチラの嵐。さすがパンチラキング……もとい、パンチ・ランキング。 ただ正直に言って、ごく一部を除いて、それほど過激ってものではなかった。俺のコレクションの方がよほど過激だ。 なんだろう。おっさんになると、むしろこういうチラリズムにより興奮するってわけなのかね? それと、この写真…… 「……なあ、この写真ってプロが取ったのか? なんか普通のデジカメで素人がとったスナップ写真って感じなんだが」 あきらかに、グラビア写真とかにくらべると画質が悪い。そこらへん、あやせに尋ねて見る。 「はい。プロの方が撮ってるはずです。ただ、一応、モデルの子が自分たちで友達とかと撮ったって事になってます」 「は? なんだそりゃ?」 「実は、そこが私的に一番、この本のいかがわしいところだと思ってます。ほんと、大人って汚い……!」 あやせはまるで、以前、桐乃のオタク趣味をおぞましいと言ってた時と同じような表情と口調で糾弾した。 「児童ポルノ法で、18歳未満の児童のわいせつな写真などが取り締まられてるのは知ってますよね?」 「あ、ああ」 でた! 児童ポルノ法……っ! 思わず俺は腰がひけてしまう。 しかし、そんな俺の様子に気づく事無くあやせは話を続ける。 「で、こういう下着の見えてる写真とかはグレーゾーンなんです。グレーっていうか、もうアウトですね。 だからあくまでモデルが自分たちで撮った写真ってことにするようです」 「ふうん、なるほど……」 下着が駄目ってのは知らなかった。あまり思い出したくない思い出だが、以前、エロ動画検索したとき、 中学生とか小学生がパンツみせてるDVDとかも普通に売られてる感じだったがなあ……? っていうか、下着よりもっと過激な紐水着とかもあったと思うんだが、アレは裏モノかなんかだったのだろうか。 「でも、モデルが自分で撮ったとして、そんなんで出版の責任が回避できるのか?」 「さあ……多分、無理だと思うんですけど……まあ、カメラマンの責任逃れくらいには使えるかもですが」 「ふうん……まあよくわからない部分あるにはあるが、とりあえず把握した。把握はしたが……」 どうやって桐乃を説得できるかは、さっぱりわからん。 あいつが自分で考えて自分で決めた事なんて うちの親父でさえひっくり返すのは無理なんじゃねえか? 「じゃあ、わたしは今日はこれで……」 俺は一人、玄関であやせを見送る。桐乃にも一応、声をかけたのだが、妹の部屋から反応はなかった。 「とにかく、後はお兄さんだけが頼りです。がんばって、桐乃を説得してくださいね」 「まあ、できる限りやってみるが……」 「お願いします」 ぺこりと頭を下げると、あやせはそのまま背を向けて去ろうとしたのだが、二、三歩踏み出した後、 何かを思い出したらしく再び俺の方を向き直った。 「……そうだ。この間はありがとうございました」 「え?」 「桐乃へのプレゼント。すっごく喜んでくれましたよ」 花のような微笑みを浮かべるあやせ。こっちまで嬉しくなる。 「そっか、そりゃよかった。でも、俺はなんにもしてないぜ」 頑張ったのは、おまえや加奈子だろう。まあ、加奈子の場合は、なんというか、ちょっとアレだが。 「いえ、本当に……でも、せっかく仲直りできたのに、また喧嘩しちゃいました……」 苦笑いしながら指でポリポリと頬をかくあやせ。俺は微笑ましい思いでその姿を見ながら励ます。 「大丈夫だよ。桐乃だって、おまえがあいつの事を考えて言ってるって事、ちゃんとわかってるさ」 あやせは、その俺の言葉に小さく頷いた。 「じゃあ、また」 そう言って、あやせは駆け足で大通りの方に向かって駆けていく。 後姿を目で追ってると何やら焦っている様子で、キョロキョロと左右を見回してタクシーを拾っていた。 ……もしかしたら他に用事があったんじゃないのか? あいつ。 おっかねえとこもある奴だけど、いつも桐乃のために一生懸命になってくれることに関しては、感謝……かな。 まったく、あの妹は……黒猫や沙織といい、才能だけでなく友達にまで恵まれやがってよ! 「さて……どうすっかなあ」 あやせの気持ちに報いようと、やる気になってはいたのだが、相変わらず俺の頭に妙案は浮かばない。 「……とにかく、あたって砕けてみるか」 俺は若干、やけっぱち気味に二階の妹の部屋へと向かった。 「おい、桐乃。いるんだろ」 コンコンと扉をノックするも返事はない。まあ、予想通り。 「おい! 桐乃、開けろ。話があんだよ!」 そしてドンドンと扉を連打、連打、連打! (来る……!) その瞬間、ガチャリと鍵が開いた音と同時に扉のノブが回転した。 俺はすばやく身を翻し桐乃の扉攻撃に備えたのだが…… 「何の用? ……って、あんたそんなトコで何やってんの?」 ガチャリとごく普通に開いた扉の隙間から顔を覗かせた桐乃が 怪訝そうな顔で、壁に張り付くようにしている俺を見ていた。 「いや……別に……」 俺はばつの悪さをごまかすための咳払いをひとつして、本題に入る。 「あ──、おまえに話があんだよ」 「……入れば?」 思いの他、桐乃は素直に俺を部屋に招き入れてくれた。 俺は拍子抜けした気分で桐乃の後について部屋に入る。 ふと、ベッドの上に高価そうなヘッドフォンが転がっているのが目についた。 「……音楽、聴いてたのか?」 「うん。だからノックとかよく聞こえなかった。大分、待った?」 「い、いや別に……」 うーむ。なんか妙な感じだ。 「座れば?」 そう言って桐乃が指差したのは、床ではなくベッドの上だった。 「……いいのか?」 「ん? 何が?」 桐乃は本当に分からないと言った様子で、眉を少しひそめつつ、自分は椅子に腰を下ろした。 「いや……」 俺は、おっかなびっくり、桐乃のベッドに腰を下ろす。 ボフっと言う音とともに、シーツと掛け布団から漏れた空気からは、なんだか桐乃の匂いがする気がした。 俺が待遇の改善に戸惑っているうちに、都合の良い事に桐乃の方が先に口を開いてきてくれた。 「用事って、さっきの話でしょ……?」 「ん? ああ」 俺は首肯して応じる。 「……あやせは?」 「後は俺に任せるって言って帰ったよ。なんか、用事あったみたいだったな」 その俺の言葉に桐乃が目を見張る。 「あ……! そういえば、あやせ、今日は別件の撮影があったはず……」 間に合ったのかな、と心配する桐乃に、タクシー拾ってたみたいだぞと伝える。 すると桐乃は安堵したような表情を浮かべた。 「あやせから、大体の事情は聞いた。でも、どうせ、俺が何言ったって、聞かねえんだろ?」 桐乃は静かに頷いた。 「もう決めた事だから」 ……と。 しかし、今日の俺はここで引く気はない。あやせに頼まれたって事ももちろんあるが、 俺自身、この話はとうてい納得できそうになかった。もしかするとあやせの潔癖症がうつったのかね。 「でも、言わせてもらう。やめとけ」 「無理」 俺の決意を込めた言葉も、桐乃に軽くいなされる。しかしそれでも俺はこう続けた。 「無理でもだ。絶対にやめさせる」 「……」 桐乃は、俺に怒りの目を向ける時の常として、頬を紅潮させながら眉間に皺を寄せて 俺の目をじっと見据える。俺も負けじと、睨み返す。果たして、先に目をそらしたのは桐乃だった。 「絶対にやめさせる……って、どうやってやめさせるつもり?」 桐乃は、顔を少し背けながらも、視線だけはこちらに流して、そう言った。 俺はゴクリと唾を飲み込む。 桐乃を強引にやめさせるのは簡単と言えば簡単だ。 大人に相談する事だ。もっとも確実なのは、親父やおふくろに相談する事だろう。 娘が不特定多数にパンチラ写真を晒すなんてこと素直に許す親はいない。 しかし、そんな方法を持ち出して桐乃を無理やり従わせるという事は、何か間違いのような気がする。 とはいえ、他に良い考えは今のところ出てこない……。 「ぜ、絶対は絶対にだよっ!」 だから、せめて虚勢だけでも張ろうと、俺は力強くそう言った。 我ながら、ガキみたいな言い草。わかっちゃいるが他にどうにも言いようがないのだから仕方ない。 桐乃はそんな俺の言い様に目をパチクリさせたあと、呆れたようにため息を吐き出す。 「ハァ……何で、そこまで必死なの? あやせの点数かせぎでもしたいワケ?」 妹からジト目でそんな風に言われる。 「そりゃ、俺を頼ってくれたわけだし……あやせのためってのはあるが、別に点数とか考えてねえよ」 桐乃はそんな俺の返答に、明らかに不機嫌な顔をして見せる。 「そ。残念だったね。点数、稼げなくって」 そう言うと、ぷいと顔を背け、そのまま体ごと椅子を回転させ完全に俺に背を向けてしまう。 「だから、そんなんじゃねえって言ってるだろ!」 くそ……こっちが、これだけ真剣なのによ……なんて腹の立つ言い草だよ……。 「そっちこそ、なんでそんなに意地になってんだよ。おまえだって本当はやりたくねえんだろ?」 あやせの言葉を思い出し、そう言ってみる。とにかく今のままじゃ埒が明かない。アプローチの方向を変えてみないと。 すると桐乃は、わずかにこちらを振り返って言った。 「そんなこと、誰が言った?」 あやせ。……とは、さすがに答えたりはしない。 「そんなこと……あたりまえだろ。どこの女子中学生が、自分のパンチラ、 他人に見せて喜ぶってんだよ。わかってるよ、なんか事情があるんだろ?」 本当におまえが自分でやりたいんだったら、俺だって、 こんなにイライラしたり、こんなに腹立たしい思いをする必要なんてねえんだよ。 でも、そんな事、ありえねえだろ? こないだの盗作騒ぎのように、こいつはまた、トラブルに巻き込まれている。 それもまた、狡猾な大人連中の手によってだ。ならばどうにかしてやりたいと思って当然なんだ。 いくら、こいつがウザくてどうしようもない、やな妹だとしても、こればかりは兄としてしょうがない。 いつか黒猫が言ってたように、好きや嫌いって感情を超越したものなんだよ。 これで、俺のこのイライラは……十分、説明がつく。 しかし、桐乃は椅子をくるりと回転さえ、身体ごとまっすぐに俺の方を向き、 冷ややかな笑みを浮かべて言った。 「あのさ。ほんっと、いつも頭に来るんだけど。その勝手な思い込み」 「な、なんだよ……」 思い込みだ? そんなわけ無いだろが? それとも俺の知らないうちに、おまえは露出狂の変態にでもなっちまったのか? 「あたし、言わなかったっけ? パンチラくらいなんでもないってさ」 「だ、だから、んなわけないだろ? そんな話、信じられっかよ!」 「ハァ……」 俺の言葉に桐乃はわざとらしくため息をつく。 そして再び、パソコンに向き直り、カタカタとキーを弾き始めた。画面があわただしく切り替わる。 「見て」 「ん? これって、陸上の……?」 画面に映っているのは女子の陸上大会の写真のようだ。正直、陸上にはあまり興味がない。 桐乃の奴がやってると聞いてからは、むしろ避けているくらいだった。 だから、全くといって良いほど知識がなかった俺は、その画面を見てちょっと驚いた。 まるで、セパレートの水着のような格好でみんな走っている。 「陸上って、こんな水着みたいな格好で走ってるのか?」 俺は思わず、思った事をそのまま口に出してしまった。 「そうよ。さすがに中学とかだと、みんながみんなそうじゃないけどね」 桐乃が写真のひとつをクリックすると拡大された。そこに写っていたのは、まさに 今、目の前にいる人物ど同一人物だった。 妹の桐乃が、例の水着のようなウェアで、トラックのスタートラインに立っている。 「ゴク……」 俺はなんとも言えない気分になって、おもわず唾を飲み込んだ。すかさずその音に桐乃が反応する。 「ちょっと。いやらしい目で見るのやめてよね」 「み、見てねえよ!」 誤解だってーの! しかし、もしこれが自分の妹じゃなければ、ちょっとそういう目で 見てしまったかもしれない。そんな感じの写真ではあった。 見慣れてればどうってことないのかもしれんが、陸上のトラックにへそ出しで 水着もどきの格好をした美少女ってのが、もう、エロすぎる。 ……って、待てよ。 「おい、これ、インターネットだよな?」 「ハァ? あたりまえでしょ」 「じゃあ、この写真って……世界中の人に見られてるわけ?」 「外国の人がわざわざ見てるかどうかは知らないけど、まあ、そういうこと」 桐乃は平然と答える。 「おまえ……それで平気なのか?」 言ってしまってから、しまったと思ったが遅かった。あまりにもバカな質問である。 平気じゃなかったとして、どうしようもないのだから。 しかし、俺の心配を他所に、桐乃はさらりと答えを返す。 「まあね。今の時代、人前に出るってそういう事だから」 「う、ううむ……」 しかし……なんだか複雑な気分である。 「それに、これなんて全然マシな方」 そう言いながら、桐乃は再びキーを叩く。 検索ワード欄には「高坂桐乃」……え? すると検索結果には4万件ほどがヒットする。何? これ、全部、こいつに関する記事なわけ? そして桐乃が検索結果のひとつをクリックすると、ページタイトルにこいつの名前。 そして掲載されてる写真も、全てこいつの陸上大会の時の写真のようなのだが、さっきのサイトとは、明らかに趣きが違う。 顔のアップはまだしも、胸や尻、太もものアップや、へそ丸出しの腹部のアップ、 ブルマを指でなおしてるところなど、明らかに、邪な視線を感じる写真がいっぱいである。 そして、それぞれの写真につけられたキャプションも、「桐乃たんハァハァ」だとか、 「桐乃たんのお尻~~」とか、ふざけた内容のものばかり。 ……っていうか! ホントにふざけんなよ、テメェッ! 「おい! なんなんだよ、このサイトはっ!」 思わず語気を荒げる俺。しかし桐乃は受け流すような静かさで答える。 「あたしのファンのサイト。なんか、あたしが出てる大会、全部見に来てるみたい」 「み、……み、見に来てるっていうより、コイツ、盗撮しにきてるだけじゃねえか!」 画面を指さしながら、激しく桐乃に向かって訴える。すると桐乃もさすがに渋い表情になって言った。 「まあ……ね。確かにあまり嬉しくない写真が多いケド……」 「まあねじゃねえよ! これって、アレじゃねえのか? 肖像権の侵害だろ! いや、それ以前に児童ポルノ法違反だろうが!」 俺の妹は、まだ中学生なんだぞ、この野郎っ! 「ポ……ポルノって! ちょっと、スポーツを変な目で見ないでくれる!?」 「変な目で見てるのは、こいつだろっ!」 人様の妹を、いやらしい目で撮影とか、何してくれやがんだ、ド畜生めっ! 「……あんた、何、ひとりで興奮してるワケ? 落ち着けっての」 「い、いや、そうは言うけどよ……」 むしろ、おまえこそ、なんでそんなに落ち着いてんの? ──かぁぁああっ、イライラするっ! 「親父に言えば、摘発してくれんじゃねえの? このサイト!?」 「やめてよ。あたしの方が陸上をやめさせられかねないじゃん」 「うぐ……」 それもそうか……じゃあ、どうすれば……。 俺が思案顔になったのを見て、桐乃がすかさず釘を刺す。 「あのね、こういうの見せたのは、別にあんたにこれをどうこうしてくれって意味じゃないの。 まあ、してくれって言ったって、こないだ盗作された時と同様、あんたにはどうしようも無いでしょうけどね。 例え、このサイトをどうにかしたところで、一度、ネットに上がった写真は、とっくにいろんな人に保存されて 全部消しちゃうなんて不可能なんだし、こういう趣味の人はこの人ひとりじゃないしね」 何!? そういや、さっき、検索結果四万近くあったっけ……まさか、 似たような奴がそれくらい居るって事じゃないよな……? 「言っとくけど、学校のサル共なんてもっと酷いし。うちの学校の裏サイトで、 雑誌に掲載されたあたしの写真で裸のコラ作ったりしてるの見つけちゃった事あるし。 まあ、クオリティ低すぎて怒るというより笑っちゃったケド」 う……うちの学校でもやってる奴いたな、それ…… 考えたら、こいつ、学校のアイドル的存在なんだっけ? 少なくともかなりモテるって事らしいし…… 「つまり、何が言いたいかっていうと、あたしはあたしの知らないとこで、あたしの写真が 誰にどう見られてようが気にならないって事を言いたかったワケ。気にしだしたら、きりがないって」 ある意味それは、とてもモデルらしい、そしていかにもコイツらしい台詞だった。 「わかった? だから、あんたやあやせが心配してるような事は考えすぎ。あたしは全然、平気なんだから」 そう言い切ると、桐乃は腕と足を組んで、ムスっとした表情でふんぞり返る。 ……まあ、確かにそうなんだろうよ。 あの陸上競技の写真だって、とっくにいろんなスケベ野郎やロリコンに さんざんオカズにされてるんだろうし……。いちいち、そんなこと想像して腹立ててたら参っちまう。 だけど……違う。そうじゃねえんだよ。俺にも何がどう違うのかわからないけど、違うんだよ。 この盗撮野郎のサイトは確かに腹が立つが、まあ、桐乃の話ももっともだと納得は出来る。 しかし、桐乃がパンチラ小冊子に出るってのは、まったく納得できない。 まだ、俺自身、気づいていない違いが絶対にある。そこさえつけば、この頑固な妹を説得できる気がするんだが……。 「お、おまえはそう言うけど、ここの写真は全部、おまえの意思で撮られた奴じゃねえだろ? でも、今度はおまえの意思で撮られるわけじゃねえか。そこに違いはあるんじゃねえの?」 俺は、半分は自問する形で、そう桐乃に疑問を投げかける。 このサイトの写真と、今回の話。違う点といえば、まずそこが挙げられるはずだからだ。 しかし、桐乃はあっさりと俺の考えを否定した。 「何言ってるのよ。まだ、自分の意思で撮られる方がマシじゃん。嫌なアングルとかは拒否できるし」 「いや、そうじゃなくってさ……わっかんねえかなあ!?」 確かにその通りだが……論点はそこじゃねえんだってば。 「……んもう! あんたが何言いたいかなんて、全然わかんない!」 桐乃は椅子から立ち上がり、両の手にこぶしを作って我慢の限界とばかりに訴える。 「いったい、何が気に入らないわけ!?」 「だ……だから、おまえがパンチラ写真を撮る事がだよ!」 俺は、自分を見下ろすようにして立ち、迫ってくるような迫力の桐乃にたじろぎながらも、なんとかそう言い返す。 「し、仕方ないじゃない! そういう企画なんだから!」 「仕方なくても、嫌なもんは嫌なんだよ!」 「だから、別に嫌じゃないって言ってるでしょっ!?」 「だから、俺が嫌なんだって言ってんだろうがっ!!」 「だから、あたしは──って……え?」 「え?」 あれ? 「……」 桐乃は中途半端なポーズで静止し、ポカンと口を開け、ちょっと呆けたような表情で俺を見つめる。 俺は俺で、自分の言った言葉の意味を再確認しつつ、緊張に身を固くしつつ桐乃の反応をうかがう。 すると、桐乃の顔がどんどんと険しくなる。眉が激しくつりあがり、頬はまるでひきつったように痙攣している。 そして、顔は紅潮し、耳まで燃え上がるように赤くなっている。こ、これは……爆発寸前っ!? しかし桐乃は怒りを爆発させる前に、堪えられないとばかりに、バッと勢いよく俺に背を向ける。 左手のこぶしはしっかりと握り締められ、右手は呼吸を整えるかのごとく胸を押さえている。 どうも、怒りを静めて下さっているらしい。ううむ、もしかしてコイツ、ちょっとは大人になってきたのだろうか? 「ふ……ふ~ん」 桐乃は、変わらず背中は俺に向けたまま、首だけ軽く捻って、わずかにこちらに視線をよこす。 「そ、そう。……あ、あんたが嫌だったんだ。なるほどね~。だからあんなに必死だったワケ?」 「ちっ! 違っ……!」 いつもシスコンと俺をからかう時と同様の桐乃の口調に、反射的に否定しようとしたが、その前に桐乃が言った。 「考えてあげてもいいよ」 「へ?」 「あ、あ、あ……あんたがどうしてもって言うなら、理由によっちゃ考えてあげるって言ってんのっ!」 「ま、マジかよ……?」 桐乃はゆっくりと俺の方に向き直り、まだ、顔に赤味を残したまま、コクリと頷く。 これは怪我の功名と言っていいのだろうか。 どうも、俺は「当たり」を引いてしまったらしい。 つまりはこういう事なのだろう。こいつは、自分の感情を理由に責任を放棄することは 絶対しないってことなのだ。自分さえ我慢すれば済む事ならば我慢し、自らの責任や義務をまっとうする。 それはおそらく、コイツのポリシーと言ってもいいようなものなのだろう。 しかし、他の人間を理由にできるなら話が別……ってことなのかな。 いや、果たしてそうなのだろうか……? なんだかそれもこいつらしく無いような気がするのだが……。 「ただし、理由次第だから」 「え?」 「なんであんたはそんなに嫌なワケ?」 桐乃はビシっと指を俺につきつけて質問してきた。 「そ、そんなの決まってるだろ!?」 「だから、決まってるって何が?」 「そりゃ、何がって……」 あれ? 何がだ……? っていうか、なんで俺、こんなに一生懸命やめさせようとしてるんだよ? こいつ自身は、いまさらパンチラ写真くらいで動じないって言ってる。 実際、すでにこいつの微エロ写真はネットに出回っちまってる。 なのになぜ、納得いかないのか? パンツだからか? やはりパンチラと、きわどいユニフォームでは価値が違うからか? いや、でもそれは本人が恥ずかしがってこそというか……ああああ、もう、わけわかんねえっ! 「じゃあ聞くけど! お、おまえこそ、なんで俺が嫌って言うのなら、やめてもいいんだよ!?」 「はあ!?」 俺は、桐乃に提示できる理由を見つけられず、とっさに別の疑問で返した。 「だから、あれだけやめるの嫌がってたくせに、なんで俺が嫌だって理由で 再考するとか言い出したのかって聞いてんだよ!」 「そ、それは……」 半ば逆切れ気味の俺の言葉に、意外にも桐乃はたじろいだ様子を見せる。 一瞬、泡を食ったような顔をし、言葉を探すようにしばらく目をキョロキョロさせた後、 気を取り直したように俺を睨み付けながら言った。 「べ、別にあたし、やめるのを嫌がってたわけじゃないし! ただ、あんたがあたしに嫌ならやめろって言うからでしょ!? あたしは別に嫌じゃないんだから、やめる必要ないじゃん!?」 正論だった。正論だったが、俺はその言葉の中に突破口を見つけた。 「じゃ、じゃあ、おまえもやめるのが嫌なわけじゃない、そうなんだな?」 「え?」 「今、言ったじゃねえか。やめるのを嫌がってたわけじゃないって。やめてもいいって事なんだろ?」 「だ、だから言ってるでしょ。あんたが、そこまで嫌なんだったら理由によっちゃ考えてもいいって! でも、理由なくはやめられないから。だって、あたしが出ないと編集部の人とか困るし……」 確信した。こいつはあくまで義務感でやろうとしているだけなんだ。 理由さえあればやっぱりやめたいんだ。あやせが言ったとおり。 やっぱりもくそも、最初からわかってた事なんだけどな。ただ、俺の追及の仕方が悪かっただけで。 「オーケイ、わかった。ちょっと落ち着いて考えようぜ」 「あ、……あたしは最初から落ち着いてるっての!」 「わかったよ……。じゃあ、俺が落ち着くのに協力してくれよ」 ここはとにかく下手に出る作戦でいく。 「ふ、ふん。まあ、いいケド……」 よし、作戦成功だ。 やっとスムーズに事が運びそうなのに、ここでヘソ曲げられたら元も子もないからな……。 「で、話を戻すとだな……。俺が嫌な理由をおまえが納得できれば、やめるんだよな?」 「本当に納得できればだけどね。……さあ、り、理由をとっとと言いなさいよ」 桐乃は椅子に座り込み、両の手で制服のミニスカートの裾をしっかり掴み、 上目遣いでねめつけるようにして俺を見る。 俺はその視線に、内心緊張しながらも、平静を装い答える。 「お、俺としてはだな。盗撮されたりしたものは仕方ないとして、やっぱりおまえが 自分の意思でそういう写真を撮られるってのが納得できねえんだよ」 「だーかーら、言ったじゃん。盗撮されるよりは、ちゃんと撮られる方が……」 「そう言う意味じゃないんだって!」 先ほどと同じ返答を繰り返す桐乃の言葉をさえぎりながら俺は言った。 「出来上がった写真云々じゃなく、おまえが自分の意思で、そういう写真を撮られるって事自体を問題にしてんだよ」 「何? あたしがあたしの意思でやる事に文句あるわけ?」 「いや、そうじゃなくてだな……」 ううむ。やっぱり上手く伝えるのは難しいな……。 なんとか具体的な例をでわかりやすく説明を……。 「ええと……たとえばだな、俺がお前の胸を触っちまったとする」 「──っ!」 桐乃が目を丸くし、顔を真っ赤に火照らせる。 「キモッ! な、なに堂々と妹にいやらしい事する妄想語ってんのよっ! この変態っ!」 瞬時に怒りを沸騰させ、いまにも掴みかかってきそうな勢い。 「ち、違う! た、たとえ話だろ!? 最後までちゃんと話を聞けっつーの!」 俺は身体を丸めて腕でガードしながら言葉を続ける。 「い……いいわよ。続けないさいよ……」 「お、おう」 俺はそう答えながらも、ベッドの上を一番壁際までずり下がり、桐乃からなるべく間合いを取った。 一日に何度も、理不尽にぶん殴られるのはゴメンだ。 「で、だな。もしその時、俺が『わざと』おまえの、む、胸を触ったんだとしたらどうする?」 「な……っ!」 再び桐乃が目を丸くし、口をあんぐり開けて頬を紅潮させる。そして右の手の拳がしっかりと握りしめられて……。 「待て──いっ!? たとえ話だって言ってるだろうがっ!」 身の危険を感じ、あわてて抑止の声を上げる。 「あ、あんた、いつかのはやっぱり、わざと触ったんでしょう! え、エッチっ!」 「いつかのって……ち、違──う!」 いつかのってのは、夏頃、桐乃の友達が来てた時に沙織が送ってきた同人誌入りの箱を巡って とっくみあいになった時の事だろうけど……とんだ冤罪だよ!? しかも、エッチって! なんかいつもの変態呼ばわりよりショックなんだが……おまえ、本気で誤解してるんじゃねえだろうな!? 「何度も言うがたとえ話だからな! で、もしだ。実際には絶対そんなことまったくもってありえないけれど、 か、仮に、俺が……わ、わざと触ったりしたんだったらどうするよ?」 ここまで言っても、桐乃は連想と、それに伴う怒りの感情を抑えられないらしく、 顔を真っ赤にし眉と目を吊り上げたまま答えた。 「そ、そんなのっ……! ぶ、ぶっ殺すに決まってんじゃん!」 こええっ! 目がマジっぽいんだが……。 しかし、ビビってばかりはいられない。話を進めなければ……! 「よ、よし、わかった。じゃあ、逆に、あくまで事故だった場合は? 悪気の無い全くの事故」 「それでもブッ殺す!」 「なんでだよっ!?」 それじゃ、話がすすまないだろうがっ!? おまえはもっと、人を許す心を持ちやがれ! 「も、もうっ! そのキモイ話が、どう関係あるのよっ!?」 桐乃はバタバタと地団駄を踏みながら全身を使って不快感を訴える。こいつめ、一体どこが冷静なんだか……。 「だ、だからだなあ。同じことでも、ワザとなのとワザとでないのとでは、違うって事が言いたいんだよ」 「何? じゃあ、あたしが自分で写真のモデルになるのと、あんたが……そ、その…… あ、あたっ、あたしの胸を触るのは同じことだって言いたいワケ!?」 「ち、違うって! そこじゃなくて、同じ事でも自発的かどうかが問題だって言いたいんだよ、俺は!」 ところでなんだよ、その両腕で胸を隠すような仕草……。こないだのあやせを思い出しちまった……。 くそ、こいつらは親友同士揃って、この俺をそんなに変態に仕立て上げたいのかよっ? 「ンもう……っ! もうちょっとマシな理由が出てくるかと思ったら、全然、話にもなんないじゃん!」 そう言って桐乃は、プイっと横を向いてしまう。 「なんだよ。じゃあ、どんな理由なら納得したんだよ、テメェはよ!?」 なかなか上手く話が通じないので、俺も次第に苛立ちが怒りに変わりはじめていた。 「ハァ? なんでそんな事、あたしがイチイチ教えてやんなきゃならないワケ? 自分で考えろっての!」 「考えてもわかんないから聞いてるんだろ!?」 「わかんないって事は、あんたには、そんな理由ないってことじゃないの? ばっかじゃん?」 「無いわけねえだろ! 無かったら、テメエの事なんかでこんなに必死になるかよ!」 「はっ! 必死になってたんだ。何を必死になってんだか、このシスコン! キモすぎぃ~」 「そうかよ。俺がバカだったよ! もう知るかっ!」 俺はそういい捨てて、桐乃のベッドから飛び降りる。 そして扉を開けて出て行こうとすると、背中から桐乃の声が飛んできた。 「な、なによ! もう諦めるワケ? ダサッ!」 ……諦める……だと? 俺は妹のあまりに勝手な物言いに、振り向きざま、キレ気味に答える。 「諦めたんじゃねえよ! 呆れたんだよ! 何、勝手な事ばっかり言ってやがる!? もう好きにしやがれ!」 「な、何よ。やっぱ、あたしの事なんてどうでもいいんじゃん。 なら最初から中途半端に兄貴面してちょっかいかけてくんなっ!」 「ふざけんな! 大事な妹のこと、どうでもいいわけなんてねえだろっ! でも、おまえがそんなに非協力的だったらどうしようもねえじゃねえか!」 「っ……!」 ……この時俺は、微妙なバランスで頭に血が上っていたらしい。 妹に対し、完全に怒りでブチ切れるほど頭に血が上りきっていたわけでもなく、 しかし自らの『スタンス』を忘れてしまえるくらいには血が上っていたのだった。 「あんたたちー、何騒いでるの? 今日は早めに夕飯するからいるなら降りてきなさい」 不意に下からおふくろの声がした。 どうも、いつの間にか習い事から帰って来ていたらしい。 ちょっとやそっとじゃ下まで声は聞こえないはんずなんだが……よほどエキサイトしちまってたようだ。 「……っ」 桐乃に目を戻すと桐乃は視線を俺からずらし、歯軋りするような表情で自分の足元を睨み付けていた。 「……先、降りるぞ」 俺はそう言って、桐乃の部屋を後にした。 夕食時、また喧嘩でもしていたのかとおふくろに突っ込まれたが俺も桐乃も無言だった。 親父は今日は遅いらしい。だから夕飯はスーパーの惣菜に手を加えた、おふくろ得意の手抜き料理だった。 「ごちそうさま」 桐乃はいつも通りの小食で、一番に食事を済ませると食器を流しに持って行き、そのままリビングを出て行った。 すると再びおふくろは、俺に質問を投げかけて来る。 「あの子、何かあったの?」 「……知らねえよ」 「ちょっとぉ、京介!」 「……ごちそうさま」 俺は残った飯を一気にかっ込むと挨拶と食事の後始末をして、まるで桐乃を追いかけるようにリビングを出た。 もちろん、俺にそんなつもりがあったわけではない。 しかし、階段を上っていくと、桐乃が自分の部屋の扉の前に立っていた。 「……!」 正直、かなり驚いたが、平静を装いその前を素通りしようとする。 なんなんだ、こいつ……。俺を待ってた……のか? いや、そんなわけは無いか。でも、じゃあ、ここで何してる? そんな思考を渦巻かせながら、俺は桐乃の前を抜け、自分の部屋の扉に手をかける。 「あ、兄貴っ……!」 背中からかけられた声に全身で反応する。なぜか鼓動が高くなる。 俺はゆっくりと妹の方を振り向く。 すると桐乃は、ミニスカートの裾を手でしっかりと握り、全身を硬直させるようにして立っていた。 そして、震える声で何かを言おうとしている。 「あのさ……さ、さっきは、ご……ごめ……っ」 ごごめ? 何が言いたいんだ、こいつ? 俺は何やらただならぬ妹の様子に、さっきの怒りは半ば忘れて、その様子に目を惹き付けられていた。 すると桐乃は、くちびるをぎりっと噛み締め、顔を上げ、いつもの居丈高な様子で俺にこう言った。 「きょ……協力って、何すればいいのよっ!?」 「あん?」 「ハァ? なにすっとぼけてんの? あんたが言ったんでしょ。あたしが非協力的だって!」 そんなこと、言ったっけ? ……言った気もする……が。 俺もさっきは頭に血が上ってたから、どういうやりとりしたか、イマイチ思い出せない。 頭の中を思考がこんがらがったまま、俺は妹の顔を見る。 相変わらず、怒りを露にした表情ではあるが、一応、さっきの話を続けたいとは思ってるのだろう。 「どうする? 今度は俺の部屋に来るか?」 そう聞くと、桐乃は首を振って自分の部屋の扉を開いた。 そうだっけな。俺の部屋は汚いから入りたくないんだっけ、おまえ。 桐乃の部屋に入ると、俺と桐乃は先ほどと同じポジションに腰を下ろす。 すると早速桐乃が口を開いた。 「で、協力って何しろってわけ?」 「……」 正直、俺にもわからなかった。そもそもこの会話の目的さえも、俺は見失いかけていた。 桐乃の写真がパンチラ写真集に掲載されるって聞いて、やめさせないと……と俺は思った。 あやせにも頼まれた。 そこで俺は、この妹を説得しようと試みた。 しかし、こいつは、俺やあやせの心配を他所に、パンチラくらいなんでもないと言い放った。 すでにネットに、自分の微エロ写真なんていくらでも散らばってしまっていると言って。 もういいんじゃないのか? それで。こいつも納得してんだし、それでこいつがお世話になってる 編集の人も喜ぶ。万々歳じゃねえか。なのに──。 「……別に、具体的にこれをして欲しいってのがあるわけじゃねえよ」 「……」 こういうとまた罵倒されると思ったが、桐乃は何も言わなかった。まるで俺の次の言葉を待ってるように、 じっと俺の方に耳を傾けているようだった。だから、俺は無理やり次の言葉を自分の中から引き出した。 「おまえが、そんな写真を撮られるべきじゃないって事だけはわかってる。 が、どうすればおまえを説得できるのかわからない。だから、それを一緒に考えてくれ。 ……もし、協力してくれる気があるんならよ」 我ながら、むちゃくちゃ言ってる気がする。相手を説得する方法をその当人に聞くとかありえねえ。 しかし、予想に反して桐乃は言った。 「……わかった」 「え?」 「わかったって言ってんの。一緒に考えてやりゃいいんでしょ! ただし、今夜だけ。 で、それでも無理だったら大人しく諦めてくれる? ウザイから」 「あ、ああ……わかった」 そう答えたものの、俺にはこいつの真意がさっぱりわからなかった。 いや、なんとなくはわかっていた。わかった気になっていた。 こいつも、本心ではそんな冊子に出たくない。だから自分自身への言い訳を探しているんだろうと、 そんな風に決め付けていたのだから。 しかし、それがまったく的外れだと気付いたのは、こいつが俺の目の前からいなくなった後の事だった。 「で、あんたはどうして、そんなにあたしの……その……写真を撮らせたくないわけ? あ、あたしのため?」 「ま……まあな」 「ふ、ふうん」 桐乃は何の感銘を受けた様子もなく、そう呟くように頷いた。そして俺の言葉をしばらく待っていたが、 なかなか俺から言葉が出ないと、しびれを切らしたように自分から再び口を開いた。 「あのさ。何度も言ったけど、あたしは別にかまわないんだから、あたしのためって言われても困るんですケド?」 そう、唇をとがらせつつ、半分呆れ口調で言う桐乃。 そうだ。そこでかならず行き止まるんだよなあ。 が、桐乃の言葉はそこで終わらなかった。 「……で、でもさ。もしかしたら……とにかく、あ、あんたが……『あんた自身』が嫌だから、 出ないでくれって、土下座して頼んだら……その、出ないかもしれなくない?」 そう言った後、桐乃は妙に落ち着きが無くなった様子で手足をピコピコさせていた。 おれはその様子をしばらく眺めながら、桐乃の言葉を咀嚼する。 「しれなくない……って、どういう意味だよ。土下座したら出ないでやるってわけじゃねえのかよ?」 もし、そうしてくれるんなら、この際、土下座してやったっていいよ。それくらいの気持ちにその時俺はなっていた。 「だ、だって。それは実際にされてみないと判らないしィ」 「ううむ……」 どうする? とりあず頭を下げるだけならタダだからと割り切ってやって見るか? 一瞬だけそんな考えもよぎった。しかし、すぐさま俺はその自分の考えを打ち消した。 「ふん、そんなことしても無駄だろ。おまえは、おまえなりに考えて、出るって結論を出したんだろ? 自分で考えて決めた事を、誰かが自分の都合で反対したからって翻意するようなおまえじゃねえだろが」 俺のその言葉を桐乃は目を丸くして受け止めた。 そして、何かを言いたそうに唇がふるえた……気がしたが、それは声にはならなかった。 しかし、一瞬、間を置いて、桐乃はいつもの調子でこう言い放った。 「ま、まあね。あったりまえじゃん? ふふん。あんたも、あたしの事、少しはわかるようになって来たんじゃない?」 ……だとよ。ちっ。この後に及んでまだからかおうとしてたのかよ。 「だから、お前が考慮に入れてないポイントがあるんじゃないのか、そういう事なんだよ。うまく説明できなかったけど、 必ず、そういうポイントがあるんだって。それは間違いねえんだよ」 「ふぅん。でも、それってさあ、あんたの思い込みって可能性もあるんじゃない?」 「……まあな」 俺はその点は素直に認めた。確かにそういう可能性はある。 「もし、そうならそうで、俺は自分を納得させたいんだよ」 「なに、それ。随分、自分勝手な話ね」 く……普段、自分勝手なことはかり言ってるテメェにだけは言われたくない台詞だぜ、それは! 「ま、いいわ。そのかわり、あんたが納得したら、あやせの事も説得してよね」 「え?」 「当然でしょ。あんたは、あやせに言われてあたしを説得してるんだから、あんたが納得したら ちゃんとあやせも納得させてよ」 「べ、別に俺はあやせに言われたからってわけじゃあ……」 「どっちにしても。あたしだって、あんたに協力するんだから、あんたもあたしに協力しなさいよ。 あたし、今はあやせと喧嘩したくないの」 「ちっ……わかったよ。その代わり、おまえももう一度、俺と一緒に出るべきかどうか考えるんだぞ」 「わかってるって」 ふん。なるほど、俺の話に乗ってきたのは、そういう魂胆もあってのことか。 あやせを説得するより俺を説得する方が楽とふんだわけね。 「さあ、じゃあどうすんの?」 「だ、だからおまえが本当にそういう撮影されるのが平気なのかどうかの再確認をだな」 「わかってる。だから、どうやってそれを確認するってワケ?」 桐乃は畳み掛けるようにおれに質問を浴びせる。 「……そうせかすなよ。今、考えてるんだからよ。お、おまえも考えろよ、そういう約束だろ?」 「はいはい……あ、あたし、もう思いついちゃったんだけど?」 「なに!?」 俺は思わず、驚きの声を上げた。その俺の様子に桐乃は満足げな表情で、自分のこめかみを指で指す。 「ま、あんたとは色々、デキが違うからね~」 「ちっ……で、なんだよ。その思いついた事を、とっとと言ってみろよ」 「なあに、その態度……まあ、いいわ」 桐乃はそう言って、机の引き出しをごそごそ探りはじめた。 そして、ひとつのデジカメを取り出す。 「はい、これ」 そしてそのデジカメを俺に手渡してきた。 「な、なんだよ……これ?」 すると桐乃は顔を紅らめながら、恥ずかしそうに視線をそらす。 な、なんだよ、その態度……こっちまでドギマギするじゃねえか……。 「だ、だからさ。試しに、撮ってみれば……いいじゃん?」 「は?」 俺は妹の言ってる意味を全く把握できないまま、問い返した。 「だ、だから! あんたが、試しにあたしの写真とってみたらどうかって言ってんの!」 今度は態度を一転。急に怒り出す桐乃。なんなんだよ、まったく……。 「俺がおまえの写真撮って、どんな意味があるんだよ?」 た、たしかに被写体としちゃ魅力的なことは認めるけどよ……いきなり脈絡なさすぎるだろ。 「も、もう。あんた、わざとすっとぼけてるんじゃないでしょうね? でなければ、ちょっと鈍すぎ! もう少し、頭使ったらどうなの?」 「あん? いきなりカメラ渡されて、撮ってみればって言われてもわけわかんねえって」 「も、もぉ~~~ああぁぁぁぁ」 桐乃は激しく苛立ちを表す。 「だから、あんたがあたしのパンチラを実際に撮ってみればいいんじゃない? って言ってるの! っていうか、こんなことはっきりと言わせんな! 変態っ!」 「え……ええっ!?」 お、俺がおまえの……その……パンチラを撮る……のか? 「バ、ババババ、バ……バカ野郎っ!? そ、そんな事できるわけないだろっ!」 「な、ななな、なんでよっ? あ、あんたが実際に撮ってみるのが、一番手っ取り早いでしょ?」 「何が、どう手っ取り早いんだよ!?」 「あ、あたしがそのくらいの写真、撮られるのなんて全然平気だってことがわかるじゃん!」 ……な、なるほど。で、でもなあ。 「……あ」 その時、俺はようやく自分がひっかかっていた部分に気がついた。 「わかった……俺が、納得できなかった理由がよ」 「え?」 桐乃の提案がヒントをくれたのだ。 「盗撮されたりしたのは、おまえの責任じゃないからいいよ。でも、やっぱ、自分からそういう事するのは…… そ、その……す、好きな男相手にするべきなんじゃないか……って、そう思うんだよ」 「ハァ?」 今度は桐乃の方が意味がわからないと言った顔でつっ立っている。 「だ、だからよ。ファーストキスとか……初めての……とか、そういうのって女の子にとっちゃ大事なものだろうよ?」 「……」 桐乃は苦虫を噛んだような顔で、俺をにらみつける。 「な、なあに。それ……マジで言ってる?」 「あ、ああ。もちろんだ」 「はあ……じゃあなに、初めてのパンチラは好きな男に見てもらえ、そう言いたいわけ? 何よ、それ」 「見てもらえっていうか……自分から見せるのは、やっぱり好きな男相手にするべきだって言ってんだよ」 「ばっかみたい。じゃあ、ヌード写真出したりしてる女優さんはどうなのよ」 「あ、ああいう人たちは、一応、ちゃんと恋愛して……ちゃんと経験積んでからああいう写真撮ってるんだろ?」 知らねえけどさ。たぶん、そうだと思うぞ。 「ふぅ……」 桐乃は話にならないと言った風にため息をつく。 「な、なんだよ」 「あんたが言いたいのは、つまりこういう事でしょ? 女の子なんだから初めては大切にしろ……って」 「あ、ああ」 なんか、そういう言い方されると陳腐に聞こえるが、まあそういう事だ。 「あんた、女を馬鹿にしすぎ」 「な、なんでだよ!」 むしろ、そういうのを大切にしたがるのは女の方じゃねえのかよ!? 「あんたのその考え方ってね、処女厨って言って、エロゲファンの中じゃ嫌われるのよ?」 「あん?」 なんで、いきなりエロゲ? 「何か、初めてってのを特別に思うのって、女を馬鹿にしてるって言ってるの……! なあに? じゃあ女は初恋の相手以外、好きになっちゃいけないってワケ?」 「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!?」 俺、そんなことこれっぽっちも思ってねえし! 「言ってるも同じ。じゃあさ、誰かと付き合ってキスして……エ……エッチまでしちゃった子はどうしたらいいの? あ、あんたが言うように、初めてがそんなに大事だとしたら、その子が次に恋をした時に どうすればいいのよ? その子はもう、大事なものを新しい彼氏にはあげられないってワケ?」 「え?」 「初めてとかに特別な意味なんて無いよ。そんなのに価値つけたがるのは、ただの男の勝手な独占欲でしょ?」 俺は軽いショックを受けていた。確かにこいつの言う通りかもしれない……と。 その時俺は、こいつの書いた携帯小説の主人公、「理乃」を思い出していた。 数々の男性遍歴を経て、売春までやって、しかし最後には純愛を貫く。 最初に聞いた時は、こんなヒロインありえねえと思ってが……その点は確かに俺が間違ってたかもしれない。 ただ、俺にもまだ言い分はあった。 「で、でもよ」 「なに?」 「おまえの言う事はわかるよ。で、でもよ。好きな子に独占欲持つのってそんなに悪い事か?」 「そ……そりゃ、そうじゃん。女はモノじゃないんだから! それを、処女じゃないからって中古とか言ったりするのって最低だと思う」 「そういう意味じゃねえよ! その中古だなんだって言い方は確かに酷いかもだけどよ……俺が言いたいのはそんな事じゃなくて…… す、好きならその相手の全てを独占したいって思うのは、男なら当然なんだよ。それだけ愛してるって事なんだから」 「それは男の勝手な理屈でしょ?」 「違うよ。女だってそうだろ? 男が浮気したら怒るじゃねえか!」 「そ、それとこれとは違うじゃん!?」 「違わねえよ。好きなら出来る限り、その全てを自分のものにしておきてえんだよ! 好きな子の裸とか、エッチな姿とか、 他の男には見せたくない……そういうのは、全部、自分ひとりで独占したいと思って、何が悪いんだよ!?」 「やっぱり同じじゃん! 経験ある子は、あんた以外の男に、そういう姿全部見られてるんだよ? そういう子は あんたにとっちゃ、独占できない無価値な子なんじゃないの?」 「違うだろ! 独占できるから好きになるわけじゃねえんだから! 好きだから独占したいって思うんだよ! 独占できないからって価値が無いとか、嫌いになるとか……そんなのありえねえって!」 「……!」 激しい言葉の応酬の後、桐乃はそこで突然口をつぐんだ。 沈黙がしばらく続くと、俺はどうしようもなく恥ずかしくなってきた。 妹相手に恋愛論を熱く語るとか……ありえねえだろ……。 俺が、自らの発言を後悔し、羞恥に打ち震えていると、桐乃はようやく口を開いた。 「好きな子のエッチな姿は他人には見せたくないんだ……?」 「あ、ああ。それが男としちゃ普通だよ」 「ふ、ふうん」 「?」 予想に反して、どこか納得したような……満足したような様子を桐乃は見せる。 「ま、まあ……あんたの言う事も、全然わからなくはないけどね……。女の子にだって、好きな相手を独占したい、 好きな相手に独占されたいって気持ちは当然あると思うし……初めては好きな人とって思うのも普通の事だし」 なんだよ、こいつ。ちゃんと俺が言いたい事、わかってくれてるじゃねえか。 「俺が言いたいのもそういう事だよ。で、以前好きだった奴に……その……だったら、まだ納得もいくだろうけどよ、 もしおまえが誰かを好きになった時、その……初めてを……無駄に使っちゃってたら、きっと後悔するぞ?」 俺は非常に恥ずかしい思いをしながら語った。 同時に、ようやく自分が言いたかった事を上手く伝える事が出来て、満足もしていた。 ただ、わからないのは、こんな事をどうしてすぐに思いつけなかったのかと言う事だ。 『初めては大切にしろ』なんて、これまで何度も、ドラマや漫画で繰り返されてきた陳腐な台詞、おなじみの決まり文句のはずだ。 そこだけが疑問だが……。 まあ、いい。桐乃も納得したし、これで問題は片付いたんんだから。 「あんたの言いたい事はわかった。でも、あたし、写真撮るから」 「ああ、わかってくれたならそれでい……イイッ?」 今、こいつ写真撮るって言ったか? 「な、なんでだよ! 俺の言う事、わかったんじゃねえのかよ!?」 しかし、桐乃はしれっとした顔で答える。 「あんたの言いたい事はわかったよ。パンチラ見せるなら、好きな男に最初に見せろってんでしょ?」 あ、いや、その……まあ、そんな感じだけどさ。なんか、ストレートにパンチラって言われるとなんか馬鹿っぽいなあ……。 「でも、あたし、好きな男なんていないし。彼氏なんてそれこそしばらく作る予定ないし。 だから、初パンチラを大事にとっとけって言われても困る」 「いや、だからいつかのために……だよ!」 「こっちは、もうせっぱつまってるんだって。それに無駄に初パンチラ、他人に見せるわけじゃないし。 あたしはあたしがお世話になった人たちのためにパンチラするんだから」 「で、でもよ……!」 なんで、こうなるんだよ! くそっ……! そんな風に、俺が思考の奈落に落ちていこうとしていた時── 「だっ……だけどねっ!?」 と、桐乃が突然上ずった声を出しした。な、なんだ? 「あ、あんたの言う事もわかるの。あ、あたしだって、初めて見せるのはやっぱ、好きな男の方がいいなって思うし……」 桐乃は明らかに挙動不審な様子でそんな言葉を続けた。 いったい、何が言いたいんだよ? 「だ、だからさ! ……あんた、預かってくんないかな?」 「あずか……る?」 何をだ? 「だから……あたしの『初めて』……預かって欲しいんだって!」 なんとなく、こいつが一生懸命俺に何かを訴えてることはわかる。 だからその意を汲んでやろうとしているのだが…… 正直、まったく何を言いたいかはわからない。 「も、もっと具体的に言ってくれねえか?」 そういうと桐乃は不満げな声を上げる。 「ハァ? ここまで言ってもわかんないワケ!? も、もう……し、仕方ないなあ……」 そう言って桐乃は、ベッドの脇にうっちゃられていたデジカメを指で指す。 「だからさ。やっぱり、あんたが撮ってよ。あたしのパンチラ」 「なんでそうなるんだよっ!」 思わず思い切り突っ込みを入れてしまう俺。 「なんで、またそこに戻ってきちまったんだよ!」 「だ、だから! あんたが悪いんでしょ!?」 「俺が!?」 「あ、あたしは気にしてなかったのに、あんな風に言われたら、やっぱり気になってくるじゃん!」 「気になるって何がだよ……!」 「だから……初めてがどうのって奴……!」 ああ、なるほど。 つまりだ。最初はあまり気にしてなかった桐乃も、俺の説得に耳を傾け、それを受け入れた事で、、 自分の初めてのパンチラを誰彼かまわず見せる事に抵抗が生まれたと。 で、そこで俺にパンチラを撮って欲しい……と。ふむふむ。いたって自然な話の流れ…… 「……じゃねえ! だ、だから、なんで、そこでそうなるんだよっ!?」 全然、その事と俺が写真撮る事と、まったく話がつなってねーじゃんか! 「だ、だって! あたし、他に好きな男なんていないし! と、とりあえずあんたが最初だったら、ノーカウントじゃん?」 「どんな理屈だよ……それ……」 ノーカウントなら見ても意味無いんじゃないのか? 「そ、それにね? ……正直、写真みられる分にはまだいいけど、カメラマンには直接見られちゃうわけで…… そこらへんは、最初から全然抵抗なかったってわけじゃないしィ……」 そ、そうか。そういやそうなんだよな……。カメラマンってこういう時いやらしいんだよな。 あの手この手でモデルをその気にさせて、予定より過激な写真とったりよ…… え? なんでそんな事知ってるのかって? い、いいじゃねえか。推測だよ、推測! 「でもよ……俺が撮った写真なんて採用されねえだろ?」 プロの写真ってそんなに甘いもんじゃねえってことくらい、俺でもわかるぞ? 「それが、そこそこちゃんと撮れるなら、自分らで撮ってもいいって話なんだよね、これ」 「は? なんだよ、それ。本当にちゃんとした雑誌なのか?」 「うーん、あんまりちゃんとしてないかな。一種のお遊びみたいな本だし。ただ、プロモーション効果は大きいんだよね」 ああ、そういえば、あやせに去年の奴を見せてもらった時、俺も思ったんだっけ。 これ、プロが撮ったのか? ……って。あやせはプロが撮るって言ってたが、もしかしたら そうやって素人撮りした作品も混じってたのかもしれねえな。 「……まあ、あんたがどうしても嫌ってんなら、プロの人に撮ってもらうけどサ…… なんか、エッチすぎる写真を撮られちゃわないかちょっと不安だけど……」 そう言いつつ、俺の方をチラ見する桐乃。くそ……こいつ、完全に俺を煽ってやがるだろ!? 「わ、わかったよ! お、俺が撮ればいいんだろ?」 「あ、ほんと。じゃあ決まりね。どうする? 早速撮る?」 「と、撮るってここでか?」 「他に、どこで撮るの?」 「いや、まあ、……そうだな」 俺は単に、時間を稼ぎたくてそう言ったにすぎなかった。 正直、心の準備が出来てない。ここに来てちょっと話の展開が早すぎねえか? 「はい、これ。使い方わかる?」 俺は桐乃にデジカメを手渡され、使い方のレクチャーを受ける。 解像度の設定などは手早く桐乃がやってしまったので、なんのことはない、 俺はただ、シャッターを切るだけみたいなものである。 「いいよ。ポーズどうする?」 桐乃は椅子に軽く手をかけ、俺の真正面につっ立っている。 正直、ポーズと言われてもな…… 「じゃ、じゃあ適当に取ってみてくれよ」 なんか、以前、カメラマンがそんな事言ってるのをテレビで見たことがある。 自由にポーズとってみてとかなんとか。 が、桐乃はそれを許してくれない。 「は? 手抜きしないでちゃんと指示しなさいよ」 だとよ。そんな事言われても、こっちはズブの素人なんだぞ? 「……じゃ、じゃあ、右手で髪をかきあげてみてくれよ」 「こう?」 桐乃がふぁさっと長い髪をかきあげる。相変わらずこういうポーズは決まってやがる。 ……と、写真、写真。 「ワリィ。タイミング逃した。もう一度たのむ」 「いいよ」 心なしか、桐乃はいつもより素直に俺の言う事を聞いてくれる。 モデルとしてのプロ意識が出ちゃってるのかね? 再び桐乃が髪をかきあげて見せる。 今度はその瞬間を上手くとらえる事が出来た。 デジカメの液晶画面に俺がとった写真が映っている。 バストショットで構図も申し分ない。 「お、これ、なかなかいいんじゃねえか?」 そう言って桐乃に画面を見せる。 「……へ、へえ。あんた、なかなかやるじゃん」 「そ、そうか? へへ」 思わぬお褒めの言葉を妹からもらって俺は上機嫌になる。我ながら単純だな、まったくよ。 しかし、そんな風に俺が浮かれていると、 「……ま、モデルがいいからね。これくらいの写真は撮ってもらわないと」 桐乃がそんな事を言って水を指す。 「へえへえ。そうだろうよ。どうせ俺は素人ですからねえ」 「わかってんなら、いちいち拗ねないでよね。……でもまあ、この写真はいいと思うよ」 はん。それならいちいち下らない事言うんじゃねえよ。モデルがどうのとか…… そんなこと、あらためて言われなくてもわかってんだからよ。 「じゃあ、これは一応、保存……と」 俺は自分の初作品を誇らしげな気分でSDメモリに保存した。 「で、次はどういうポーズすればいい?」 「ええと……じゃあ、後ろむいて、髪をなびかせながら、さっとこっちを振りむく感じでどうだ?」 「髪を?」 「ああ。ほら、シャンプーのCMとかであるじゃん? あんな感じ」 俺の中ではすでに写真のイメージが完成していた。髪をふわりとなびかせる幻想的な妹の姿。 「ちょ! それは無理だってば」 「え?」 「あの髪がたなびくのは、風起こしたりしてやってんだから。普通にふりむいたくらいじゃ、あんな風にはなんないの」 「……え、そうなのか」 ちぇ、やっぱプロはいろいろやってんだな。 「じゃ、じゃあ、普通に振り返ってみてくれよ」 「……いいけど」 桐乃は俺が言ったとおり、まず俺に背中を向けて振り向く。単にふと振り向くだけでなく、 かなり大きなアクションをしてくれる。さすがプロ、こっちがやって欲しい事に出来る範囲で答えようってわけか。 カシャ! 「お──、これもなかなかのデキだぜ! 俺って、わりと才能あるんじゃね?」 な、なんか写真って楽しいな! 「なあに? 調子にのっちゃってさ」 桐乃がクスリと笑う。 「お!」 俺はすかさずそこをシャッター切る。桐乃の物だけあってなかなかいいデジカメらしく、 手ぶれ補正も強力なようで、見事に桐乃の笑顔が液晶画面の中に納まっていた。 「ちょ! ちょっと、不意打ちやめてくんない!?」 「いや、でも見ろよこれ! めっちゃ可愛いだろ! すげ──!」 俺は一瞬のシャッターチャンスを捉えた自らの傑作に有頂天になって桐乃に見せびらかす。 「か、かわ……!」 桐乃は目を見張って頬を紅らめる。 「ば、ばかじゃん……な、何言ってんだか……シスコン、キモすぎ!」 罵倒しつつも、そのまま恥ずかしそうな顔をしてうつむいてしまう。な、なんだよその反応はよ……。 その様子にこっちも恥ずかしくなり、思わず必死に否定する。 「ち、違うぞ! 俺が可愛いって言ったのは、あくまで写真の事でだな……」 「で、でも、それあたしの写真じゃん!」 「そ、それはそうだけど!」 うう……き、気まずい……。 まあ、こいつと気まずい感じになるのは今に始まったことじゃないんだけどさ。 ただ、今回はいつものとは違って……ま、参ったな……。 「……で! 練習はそれくらいでいいでしょ。そろそろ本番はじめたら!?」 妙な空気をかきけすかのごとく、激しい、怒るような口調で桐乃がそう言う。 「練習……本番?」 俺がキョトンとした顔をしてると、続けて桐乃が言う。 「……ちょっと、あんた、いったい自分が撮るべき写真がどういうものかわかってんの?」 「あ……」 思い出した。俺、こいつのパンチラ写真撮ることになってたんだっけ。 ……もっとも、どういう流れでそうなっちまったかは、さっぱり覚えてないけどな! と、言うわけで実兄による妹のパンチラ撮影会開始である。 ほ、ほんと、なぜこんな事になってしまったのだろう……。 「で、どういうポーズを取ればいい? 立ちポーズ? それとも座る?」 「え? じゃ、じゃあ座ってくれ」 俺は適当に答える。だって、どういう風に撮ればいいかなんてさっぱりだからな。 「床に? それとも椅子? ベッド?」 「え……と、じゃあ、椅子で」 桐乃はストンと椅子に腰を下ろす。そしてじっと俺の方を見つめる。次の指示を待っているかのように。 さ、さて……これからどうすればいいんだ? 初めてだから、やり方なんてさっぱりわかんねえし……参った。 「で、これからどうしたらいいワケ? さ……さっさと指示して欲しいんだけど!」 しびれを切らした桐乃がせっついてくる。 「いや、指示って言ってもよ……」 どういう指示出せばいいんだよ。 パンツみせろって指示か? 実の妹にパンツ見せろって指示しろってのか? ありえねーだろ……。 「お、おい。やっぱ俺には無理かも……」 思わず弱音を吐いてしまう。 「じゃ、じゃあ、あたしがイヤらしいカメラマンに恥ずかしいポーズとか要求されまくってもいいってわけ?」 「そ、そんな事言ってねえだろ!?」 っていうか、おまえさっきまでそんな心配してなかったじゃねえかよ!? 「じゃあ、ちゃんと責任もってあんたが撮りなさいよ」 「わかったよ……」 くそう。こうなりゃヤケだ! 「よ、よし。桐乃、そのままパンツ見せろ」 「いきなり何言ってんのよ変態っ!」 バチーン! 「痛ェっ──!?」 「あ……」 桐乃はしまったという顔で自分の手を見つめる。 「な、何すんだよ!? おまえが指示しろって言ったから指示したんじゃねえかっ!」 そんな俺の正当な抗議にも桐乃は悪びれずに反論する。 「だ、だって言い方ってもんがあるでしょ! 妹にいきなりパンツ見せろとかいくらシスコンでも変態すぎ! もっと、オブラートに包んでいいなさいよ! デリカシーってもんは無いの?」 怒ってるのか恥ずかしがってるのか、顔を真っ赤にして訴える桐乃。 「くぅ……! お、俺だって確かに変態だと思ったけどさ、他にどう言えばよかったってんだよ!」 くそ、思いっきりひっぱたきやがって……! 思わず涙目で訴える俺に桐乃も珍しく反省の弁を述べる。 「ま……まあ、今のはあたしも、少しは悪かったカモ……でも、やっぱ言い方考えてよ。 そうしたら、その……あたしのコト……あ、あんたの思い通りにしていいからさ」 「……! お、思い通りって……」 恥ずかしそうな顔でそんな事を言われて思わず俺の鼓動も早くなる。 ま、まるで初エッチするカップルみたいじゃねえか……って、やめろ俺のバカ! よりにもよってなんて気色の悪い連想しやがるんだ……! 妹の顔、まともに見れなくなっちまったじゃねえか!? 「と、とにかく! は、恥ずかしいのはあたしの方なんだからさ……そこらへん、少しは考えてよね」 「わ、わかったよ」 確かに言われて見ればそうだ。いや、でもそうならやめればいいんじゃねえのか? って、それじゃまた振り出しにもどっちまうか……。 とりあえず今、俺がすべきことはただ妹のパンチラ写真を撮るのみ。そう男らしく割り切っていくことにする。 いや、何も言わないでくれ……いろいろ間違ってるのは俺が一番わかってるんだ……! 「じゃ、じゃあ……少しだけ、足を……その……開いてくれるか?」 ああ、ドキドキする。なんだ、この激しい動悸は……人として道を踏み外そうとしている事への恐怖感なのだろうか。 「こ、こう……?」 桐乃は恥ずかしそうに顔をそむけつつも、少しだけ足を左右に開く。 しかし制服のミニスカートのプリーツが、足の間に落ちてしまい、下着が見える事はなかった。 「どう……かな」 桐乃はチラリと俺に視線をよこして尋ねる。 「いや……もうちょっと開いてもらっていいか?」 現状では、まったく見えていないので、俺としては不本意ながら、そういう指示を出さざるを得ない。 「え……もっと?」 桐乃はさらに足を開く。う……! か、かなりエロイポーズになっちまった。 「こ……これ以上はちょっと……恥ずかしいカモ」 珍しく弱音を吐くような言い方をする桐乃。 まあ、そりゃそうだろう。見てるこっちもかなり恥ずかしい。 っていうか、桐乃、おまえその表情どうにかならないか? な、なんていうか……もうちょっと自然体にして欲しいっていうか…… な、なんでそんなに上気した感じの顔になってんだよ……こ、こっちの身にもなってくれ……! 「ちょ、ちょっとそのままな……」 俺は姿勢を低くしてカメラを構える。直視する勇気は無いのでファインダーごしに確認する。 ぐいっと広げられた太ももにひっぱられて、股間部分を隠していたスカートのプリーツは浮き上がっていたが、 暗くてやはり下着は見えていない。 こ、こいつは弱ったな……どうすればいい? 「ちょっと……そ、そんなに覗き込むように見ないでよ……や、やだもう」 やだって! やだって言われても仕方ねえじゃん! 「暗くて見えないんだよ……その……スカート、少しだけ上にずらしてもらっていいか?」 「う……うん」 つつ……と、桐乃は制服のマイクロミニのスカートを引き上げる。 「どう?」 「も、もう少し……」 「……んっ」 さらに桐乃はスカートを引き上げる。 「み、見えた?」 「み……えない……」 もう少しなんだけどなあ……・。 「ふう……」 桐乃は、いままでまるで息をとめてたかのような大きなため息を吐き出す。 そして俺の方に目をやるととんでも無い事を言い出す。 「自分じゃやっぱ恥ずかしいから、あんたが調節してよ」 「ば、ばか! で、出来るわけねえだろ!?」 ほんとに、こいつはいつもとんでも無い事ばかり言い出しやがるなあ! 「だ、だって! あんまりガバって見えるのはいやだし……でも自分じゃギリギリに調節するの無理だし……」 「で、でもよう……」 妹のスカートをまくり上げるとか……それはやっぱマズいだろう……。 「あ、あんたにだったら、そういうい事されても……へ、平気だからさ! だ、だってノーカウントだし!」 なんだそりゃ。貴族のお嬢様が召使に裸見られても平気ってのと同じってわけか? くそ……っ。こっちはそういう風にはなかなか割り切れないんだっつーの。 そ、それとも割り切れない俺がおかしいのか……? 「は、早く……このポーズし続けてるのだって、ちょっとは恥ずかしいんだから……それともなに? あんた、あたしにこの格好を続けさせたくて焦らしてる?」 「ん、んなわけ無いだろ! ……わ、わかったよ。や、やればいいんだろ?」 俺は桐乃の元に近づき、その足元にひざまづく。妹の真っ白な太ももが視界いっぱいに広がる。 なんだか、すべすべしてて、触ったら気持ちよさそう……そんな邪念が思わず湧き上がったところで我に返る。 「く……!」 どうやら、この異常な状態が俺の頭をおかしくしているらしい…… いくら見た目が良くても、この小憎らしい妹なんかにそんな事を思うなんてよ……! こ、これじゃまるで、妹に欲情する変態兄貴じゃねえか……! 「ちょ、ちょっと! じっと見てないで、早くしてよ!」 桐乃が真っ赤な顔で注文をつける。わかってる。わかってるから、せかすんじゃねえよ! 「じゃ、じゃあちょっとスカートに触るな?」 「い、いいよ」 俺は妹の制服のスカートに手を触れる。女子の制服のスカートなんて考えたら今まで触った事ってあっただろうか。 教室ですれ違ったり、麻奈美と一緒に歩いてるときたまたまぶつかって手が触れたって事はあっても、 こうして裾を掴むなんてのは間違いなく人生初体験だぜ……。 「ず、ずり上げるぞ」 「い、いちいち断らなくていいから!」 「わ、わかった」 俺はツツ……と桐乃のスカートを引き上げる。ほんの少し引き上げたところで桐乃の顔をみると、横を向いて目をつぶっている。 まるで羞恥に耐えているかのような表情に、なんか自分が酷い事をしている気分になってくる。 しかし、もうここでやめるわけにはいかない。っていうかやめられない。俺は息をするのも忘れてさらにスカートを引き上げ続けた。 「……!」 見えた! 俺は言葉にならない叫びを上げる。 ついに、スカートの影から桐乃の下着が露になった。ほんの小さな白い三角形だが……。 「ゴク…ッ」 思わず喉を鳴らしてツバを飲み込む。その音に桐乃が反応する。 「あ、あまりジロジロみないでよ……」 いつものコイツらしくない、懇願するような声。 「お、俺にみられる分には平気だって言ったじゃねえか」 そ、そんな風に恥ずかしがられたら、俺だって変な気持ちになっちまうぞ! 「そ、そうだけど……ん……!」 「も、もうちょっとめくるぞ」 これくらいじゃ遠くに離れたらまた影になって見えないかもいしれない。俺は単純にそう思っただけだったのだが……。 「え……? ま、まだめくり上げるの……?」 桐乃の悲哀に満ちた声に再び罪の意識が湧き上がる。ただ、そこにはなぜか高揚感も存在していた。 「も、もう少しだから……我慢してくれ」 つつっとスカートを捲り上げる。もはや蛍光灯の光の元に、はっきりと白く輝くパンツ。 中学生にしては、細工の凝ったデザインなのが桐乃らしいといえば桐乃らしい。 まるでいわゆる、勝負パンツって奴みたいだ。……そんな風に俺は余計な事を考えつつ頭を紛らわせる。 そうでもしないと、なんだかおかしくなってしまいそうな予感がしたからだ。 「……ね、ねえ。は、恥ずかしいんだから、早く写真とってよ」 意識の外側から聞こえてきた妹の声に、我に返る。 「あ、ああ、わかった」 まいったな。余計な事考えすぎて、やるべき事を忘れてしまっていたぜ……。 俺はファインダーを覗き込む。うわ、やべえ。エロすぎるだろ、これ……。 ファインダーの中では、妹が、脚をガニ股に広げて、スカートをまくりあげ パンツというか股間を見せ付けるようなポーズを取っている。 顔は紅潮し羞恥に悶えているようだ。い、いいのかよ、こんな写真撮って……。 カシャ。 気持ちとは裏腹に、俺は速攻でシャッターを切っていた。 「と、撮った?」 シャッター音に気づいた桐乃が尋ねてくる。 液晶のプレビュー画面にはさっきと同じ、エロすぎる妹の姿。 「い、いや……ちょっと待ってくれ」 「ええっ……? 時間かかりすぎ! あ、あんた自分が見て楽しんでるだけじゃないでしょうね?」 「ば、バカ! 妹のパンツ見て楽しむとかどこの変態だよ!」 むしろ、こんなもの見せられて困ってるんだよ! ホント! 少なくとも困ってるってのは本当! しかし、この写真、どうしよう。桐乃のこんなエロイ写真、死んでも掲載させるわけいかねえぞ……。 「き、桐乃、脚を内股にしてみろ」 「え?」 「いま、ちょっとガニ股っぽくなってるから、内股に」 「こ、こう?」 桐乃はくるっと足首を回転させる。それに合わせて、膝もひっくり返り、内股になった。 よし……まるで大股開きのAVのパッケージ写真のようだったポーズが修整された。 うまいことに、さっきは心持ち露出しすぎだった下着も、いい感じにのチラリ具合になっている。 あとは……そうだ、この表情がいやらしいんだよ……そそる表情しやがって……まだ中学生のくせによ! そんな風に俺が悩んでいると、 「ちょ、ちょっと! まだなの?」 と、しびれを切らしまくってる桐乃が再び文句をつけてくる。 「あ、そ、それだ!」 「え?」 「その表情! なんか睨みつけるような感じで!」 桐乃はおなじみの眉をつりあげて、俺をねめつける。お、いい感じになった……気がする。 「よ、よし。撮るぞ」 カシャ。 うん、睨みつけながらも少し照れてるあたりが、いい感じになってる。 「よし、いいぞ、桐乃」 「ど、どんな感じになった?」 動悸を抑えるように手を胸に当てながら桐乃が聞いてくる。 「こ、こんな感じだが……」 デジカメのプレビュー画面を見せる。 「ふ、ふうん。わ、悪くないんじゃない?」 「そ、そうか」 ふう。やっと終わった、もう、たまんねえよ、これ。もう少し長引いたら、俺、おかしくなってたかもしんね──! 「じゃ、じゃあ次行こうか」 「へ? ま、まだ撮るの?」 「あ……あたりまえじゃん! こういうのは、いろいろ撮ってみて、後から選ぶの!」 桐乃は声たからかにそう宣言した。 く……! こ、こいつ俺をおかしくするつもりなんじゃないだろうな……!? 「で、でもさ。あ、あんたに撮ってもらって……良かった……カモ」 ポーズ変えをしようと、椅子から降りた桐乃が不意にそんな事を言った。 「え?」 「結構、き、綺麗に撮ってくれてるしさ。そ、それに……」 桐乃は視線を少しさまよわせ、そしてバツが悪そうに言った。 「思った以上に、恥ずかしかったしさ……カメラマンに撮られるの、やっぱり嫌だったカモ……」 「そ、そうか。そりゃ、良かった……な?」 「うん」 ニコリと笑う桐乃。つられて俺も笑みをもらしちまう。 ああ、しまった。今のも写真に撮っておきたかったぜ……。 「じゃ、次はどうするの?」 「そ、そうだな……」 珍しく妹に褒められて、ちょっと浮かれ気味の俺は、創作意欲を発揮して次々と桐乃のパンチラを撮影していった。 ※※※※※※※※※※※※※ 「こう、ベッドにうつ伏せになって、右足を軽く上げてみてくれ」 「こう?」 「そうそう。で、これ咥えてくれ……さっき下から持ってきたポテチな」 「……パリッ。あ、この味、美味しいじゃん。ほら、あーん」 「あん? ああ、美味い……って、食ってんじゃねーよ! 咥えるだけ!」 「わかってるって。こんな感じでしょ?」 「おう、リラックスしたいい感じ。日常でリラックスしてて自然に見えちゃってるって感じにしてえんだよ」 「……まさか、普段、あたしってあんたにパンツ見られ放題だったりする?」 「見てねえよ! そもそもおまえ、俺の前でリラックスしたとこなんて見せねえし」 「ふ、ふん……。も、もう、御託はいいから、ちゃっちゃっと撮りなさいよ」 「わかったよ。じゃ、じゃあ……ス、スカートめくるな?」 「う、うん……あん! ちょ、ちょっと!今、太もも撫でたでしょ!?」 「な、撫でてなんかねーよ!」 「ウソ! なんか、手が直接触れた感触だった!」 「た、たまたま触れちゃっただけだって!」 「ホントにぃ? ま、いいケド……」 ※※※※※※※※※※※※※ 「ねえ……さすがに、その……真下から撮られるのはちょっと恥ずかしいんですケド~」 「大丈夫、意外にあまり見えねえもんだぞ?」 「そんなわけ無いじゃん! ……も、もう、調子にのっちゃってサ」 「ほら、もうちょっとこっちに来てくれないと見えねえって」 「だから、嫌だってば。真下からはイヤ!」 「何いってんだよ、おまえ自由に撮らせてやるって言ったじゃねえか!」 「だって! あんたが、そこまで悪ノリするって思わなかったし!」 「わ、悪ノリなんてしてねえよ! 俺は純粋に良い作品を撮ろうと思ってだな……」 「何が良い作品よ……真下からスカートの中撮るとか、まるで盗撮じゃん」 「そこがいいんだろ。チラっとしか見えて無くてもエロく見えるんだよ」 「真下からじゃ、チラっじゃ済まないでしょ!?」 「大丈夫だって言ってんのに……じゃあ、スカート手で押さえていいからさ」 「もう、仕方ないなあ……」 「ほら、俺の顔を跨ぐようにして」 「こ、こう?」 「おう。い、いいぞ。そのままじっとしてろ」 「あ、コラ! 手で押さえて無いお尻の方は狙うな! あん、今度は前……も、もう変態死ねっ!」 ムギュ! 「痛ェ! か、顔を踏みつけるんじゃねえよ!」 ※※※※※※※※※※※※※ 「な、なあ、それだともはや、パンチラっていうよりパンモロにならねえか?」 「ふん。もう、さんざん見られた後だしィ。真下から覗いたりもしたくせにさ」 「い、いや。スマン……あれはちょっと調子にのりすぎた……」 「それに、かなりエロ可愛くない? このたくし上げって」 「そ、そりゃエロイし可愛いけどよ……それ撮ったとして、掲載する気あんの?」 「ん──まずしないけど、せっかくだから撮ってよ」 「なんだよそりゃ! 意味ねえだろ!?」 「だから、ついでって言ってんじゃん。一度、やってみたかったんだよね」 「わ、わかったよ……」 「あ、でも一瞬だけしかしないからね。さすがにちょっと恥ずかしいし……」 「恥ずかしいのかよ! じゃあ、やめりゃいいじゃん!?」 「で、でも! その……と、撮って欲しいんだもん……」 「わ、わかったよ……よ、よしどんと来い!」 「い、いくよ。……はいっ! はいっ! おしまい!」 「早すぎるわ! 黒猫じゃねえんだから、そんなの一瞬で撮る動体視力なんてもってねえっつの!」 「つ、つかえないなあ~~じゃあ、もっかい行くからね?」 ※※※※※※※※※※※※※ と、まあ、こんな感じで、俺は次々に妹のパンチラをカメラに収めていった。 しかし、何が悲しくて一晩中、妹のパンチラ写真を撮影し続けねばならんのか。 ……よもや、俺の状況を羨ましいとか思うやつは、いるまいな? 「さ……さすがに、もう、これだけ撮ればいいんじゃないか?」 俺は妹のベッドの上で壁にもたれかかったままそう呟いた。 これ以上、シチュエーションも思いつかないし。俺の方も色々な意味で限界だし! 「ま、まあね。こんなもんかな」 すぐ横で同じように壁にもたれかかってベッドの上でくつろいでる妹が答える。 時計を見ると夜中の2時を回っている。途中、入浴で一時間休憩したのを省くと 約5時間、妹のパンチラをひたすら撮り続けていた計算だ。 (ちなみに、その休憩時を俺はイロイロ有効活用させてもらった。でないと色々ヤバいとこだった……!) 正直、どんな写真を撮ったのかはっきりと覚えてない。半ば、頭の中は真っ白になりつつシャッターを 押し続けていたような気がする。 「ね、ねえ。あともう少しだけ、撮ってくれない?」 心身共に、疲労困憊して気が抜けてる俺に、桐乃がそんな事を言ってくる。 「まだ撮るのかよ……」 まあ、いいけどさ。こうなったらとことん、付き合ってやるって。俺も楽しく無い事はないしな……。 ……あ、いや、あくまでカメラマンの真似事するのが楽しいだけであって、 決して妹のパンチラ見るのが楽しいわけじゃないからな!? そ、そこらへん、くれぐれも誤解が無いように頼むぞ? 「じゃ、じゃあ、あんた後ろ向いててくんない?」 「あん?」 「そ、その、ちょっと着替えたいから」 桐乃が恥ずかしそうな顔でそう言う。するとちょっと麻痺していた俺の感覚も一瞬で元に戻る。 「そ、そっか。じゃあ、部屋から出てるな」 俺はバタバタと部屋を出て行こうとする。が、 「あ、いいよ。そっち向いててくれれば。すぐ終わるから」 「そ、そうか?」 「う、うん。だからそこに居て?」 「わ……わかった」 いや、どうせなら外に出てた方が、俺としてはずっと気が楽なんですがね……。 この状態で、妹が着替える衣擦れの音をすぐ背後に聞いていないといけないとか、拷問にも程があるぜ……! 「い、いいよ」 桐乃の声が背中から聞こえる。 「よし、じゃあ撮るか……って、おい!」 そこには桐乃が脱ぎ捨てた制服がおちていた。 そして、その代わりに桐乃が身に着けていたものは、薄いベットシーツだ。 そのシーツから、桐乃の下着と素肌が透けて見えている。 「な、何よ……! いまさらそんな驚く事ないじゃん? あんだけ人のパンツ見まくったくせに……」 桐乃はムスっとしたふくれっ面でそう言う。 「い、いやだけどよ! それとはちょっと違くないか!?」 「どこが?」 「だ……だって、パンチラはあくまで服を着た状態だけど、下着だけってのはどちらかというと 裸に近いイメージじゃないか? セミヌードって言うくらいだし!」 そんな俺の訴えに桐乃は渋々ながらも応じる姿勢を見せた。 「もう……わかったわよ。じゃあ、服着るから」 「そ、そっか」 すると桐乃は手近にあった制服の白いブラウスを軽く羽織る。 ただし、本当に軽く羽織っただけ。 前のボタンは開きっぱなしでブラにつつまれた胸は完全にはだけてる。 「これでいい?」 「変わらねーじゃんか!」 むしろ、余計エロくなっちゃったよ! 桐乃は俺の文句など無視して、ベッド脇にすっと立ち上がり、俺が一番初めに要求したのと同じ、 髪をかきあげるポーズを取ってみせる。ハイレグ気味の下着からのびる眩しい太もも、白くて長い脚。 形の整った中学生にしてはボリュームのある胸。明るいブラウンに染められたサラサラの髪。 少女らしさと大人っぽさがないまぜになった端正な顔立ちの、絵に描いたような美少女が半裸でこちらを見つめている。 俺は気が付いた時には、シャッターを切っていた。 桐乃は俺に一から十まで指示を要求していた先ほどまでとは違い、自らさまざまなポーズを取る。 どのポーズもばっちりと決まっていて、下着姿だと言うのにいやらしさはあまり感じない。 ファインダーの中の桐乃は様々な表情を見せつつ、時折、明るく無邪気な笑顔を俺に向けてくる。 それは俺に向けられた笑顔というわけではない。あくまでカメラに向けられた笑顔だと言う事はわかっている。 しかし、それがわかっててもなお、俺は妙な錯覚を覚えずに入られなかった。 もしかしたら、俺たち兄妹は、決して不仲などではなく── 「ねえ、あんたもして欲しいポーズとかある?」 「え? ……い、いや。俺はいいわ」 はあ。やっぱおまえはプロのモデルなんだなあ。全部決まってたじゃねえか、ポーズ。 調子にのってカメラマン気取りだったのが恥ずかしいぜ。 「そ? じゃあ、次行こうか」 「次?」 「う、うん……」 桐乃はそれまでのノリノリの様子から急に視線を落とし、もじもじとしはじめた。 しかし、わずかの後、ふっきりような顔を見せ、宣言した。 「じゃ、じゃあ……次はブラとるかんね?」 「なっ!?」 そう言って、本当にブラジャーを外そうとし始める桐乃。俺は顔を背けつつ大慌てでそれを制止する。 「ば、バカ! 冗談でもやめろ、そういうの!」 「バ……! だ、誰が、バカよ!? あ、あんたこそ、なんで今更慌ててるワケ?」 「あ、慌てるだろ!? おまえこそ、何、ごく自然な流れで下着取ろうとしてるんだよ!?」 「言ったじゃん! あ、あんた、あたしの初めて……預かってくれるって!」 「そ、それはパンチラの話だろ?」 「ハァ? だ、誰がそれでおしまいなんて言った?」 「い、いや、言って無いけど……普通はおしまいと思わねえか?」 そもそもがパンチラ写真を撮る必要に迫られたからそういう話になったわけで。 「こ、こんな事に普通がどうとか言われても困るんですケド?」 「俺も困ってるよ!」 「くっ……!」 すると桐乃は悔しそうな顔で視線を落とし、なにやらごにょごにょと呟いている。 そして、二度、三度と逡巡するようなそぶりを見せた後、ようやく俺に向かって話し始めた。 「あ、あんた、言ったじゃん? だ……だい……な……うと……だって……」 しかし、やはりそれははっきりと聞き取れない。 「な、なんだって?」 「だ、だから! ……あ……あたしの事、ど、どう思ってるワケ!?」 「え!?」 また、脈絡の無い突然の質問に俺は軽いパニックを起こしかけていた。 半裸の妹と向き合ってるだけでもパニクるには十分だと言うのに……。 「あ……あたしの事、可愛いって言ったじゃん!」 桐乃は目を食いしばって突然、そんな事を叫んだ。 「あ、あれは写真の事で……」 思わずしどろもどろになる俺。い、いきなり何なんだ? 「じゃ、じゃあ……あた……あたっ……あたっ」 あたあた? 「おまえはどこの北斗神拳伝承者だ?」 パニクりすぎて、一周まわって妙に冷静になった俺はそんな突っ込みを入れてしまう。 「ば、バカ! あ、あたしはどうなのか? って聞いてんの!」 「ど、どうって何がだよ!?」 「だから……! も、もう! ホント、あんたってば使えない!」 そんな風に小さく叫び声を上げながら、あろうことか桐乃はおもむろに俺の胸に飛び込んできた。 「え!? ええっ!?」 その勢いで俺は後頭部を壁にうちつけ、そのまま横にぶったおれる。 気付くとベッドの上で押し倒された格好になっていた。 俺は硬直したまま、自分に覆いかぶさっている半裸の妹の白い肩や腕をじっと見ていた。 こいつ運動部の癖に、日焼けしてないなあ……とか、なんでこういう時って、 人間、まったく関係ない事を考えちまうのかな? 一種の逃避行動なのだろうか? どちらにしても俺は言葉ひとつ発する事も出来ず、桐乃が何かアクションを起こすのを、ただじっと待っていた。 どれくらいの時が流れたのだろう。数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。 どちらにしろ俺にはやけに長く感じた時が経過し、桐乃が俺の胸にうずめたままの顔をそっと上げた。 そしてちょうど、こいつが始めて俺の部屋を夜中に訪ねて来たように、四つん這いで俺の上に重なる形になる。 真っ赤に染まった上気した顔、潤んだ瞳、艶やかな唇……俺の鼓動は否が応でも高鳴る。 「……あたしの初めて、預かってくれるって言ったよね?」 「い、言ったけど、それは……」 「ちゃんと……全部預かってよ……」 そう言いながら、桐乃はすっとブラを外した。美しい双丘の先には艶やかな乳首が硬くなってツンと立っている。 そして、桐乃は俺の右手をぐっと掴み、無理やり自分の胸に当てる。 俺は心では抵抗しようとしたが、身体はそれに反応することはなく、なんなく俺の手の平は桐乃の左の乳房を 覆い隠すような形で押し付けられていた。 ……手のひらに固くなった桐乃の乳首の感触が伝わる。 俺は軽く手の平を動かして、その感触を確かめる誘惑に勝てなかった。 「あん……っ!」 その動きに呼応して桐乃が艶っぽい声を上げる。心なしか呼吸が荒い。そしてそれは俺も同じだった。 「あたし……嫌なの」 突如桐乃が語りかけてくる。 「あ、あたし……他の男なんて誰も特別にはしたくないんだもん……」 桐乃言う『特別』とは、俺が最初に説いた「初めての相手」の事を指しているのだろう。 「他人なんて……誰も、あたしの特別にはなれないし……」 なんなんだ? こいつ、もしかして男嫌いなのか? だからモテるのに彼氏作らないのか? それとも……最初からたくさんの男と恋愛するつもりなんだろうか。 だから、初めての相手とかはいらないとか……? この妹の考えてる事は本当に俺にはわからない。 ……しかし、なんだな。さっきも思ったけど、こんな状態なのにおかしいほど冷静だ。 そしてそんな風に冷静になりながらも、右手は妹の乳房を揉みしだきながら乳首を手の平の真ん中で転がす。 初めて知るその感覚に、俺は半ば、夢中になっていた。 おかしいほど……じゃなく、もしかしたら、既におかしくなってんじゃねえのか? 俺……。 そんな風に思考の波に飲まれながらも、俺は桐乃の言葉も反応もしっかり認識していた。 「だ、だから……あんっ! ……あ、あんたが預かってよ……あたしの初めてを全部……んんっ」 「ぜ、全部って……」 俺の脳裏には大きな不安と、そして同じくらいの期待感がよぎる。 しかし、俺は必死になって期待の方を打ち消した。 「な、何言ってんだ、バカ! や、やめようぜこんなこと……だめだって!」 「は……! 人の胸……んっ! ハァ……そんなに揉みながらそんなこと言っても……はぁん!」 説得力無いってか? そ、そりゃそうだけど……! 「それに、あ、あ、あたし、もう限界……あ、あんたがエッチな事ばかり要求するから……んんんっ!」 喘ぎ声を混ぜながら、そんな事を言うと、桐乃は今度は俺の左手を掴み、自らの股間へ持っていく。 桐乃の言う理屈はわかるようなわからないような……しかし、そんな事と関係なく、 桐乃の股間に当てられた手は、俺の意思とは半ば無関係に、桐乃の下着の感触をむさぼろうとする。 化学繊維のなめらかな手触りにレースのアクセントが手に心地いい。 そして、より「奥」の感触を得ようと手を伸ばす。すると手にひんやりとした感触が伝わる。と、同時に ぬるっとした感触が……。 「お、おい桐乃、これ……」 「ば、バカ! あ、あんたのせいだから! あ、あんたがイヤらしい目であたしを見るからそんなになっちゃったんだかんねっ!」 「お、俺のせいって……」 再び、湿り気のある部分を指で触れる。指先にぬるりとした感触。 「イヤッ……!」 桐乃が小さく悲鳴を上げる。俺はさらに、その濡れ湿った部分をまさぐる。すると乳首よりはかなり小さいが、 それだけにぷっくりとした固さの豆粒のような突起を弾いてしまう。 「ひゃんっ!?」 するとひときわ、桐乃が強い反応を見せる。俺は同じ反応を引き出そうと、何度も突起を下着の上からまさぐる。 「はぁん! い、いやっ! ああんっ!」 桐乃の反応が激しくなる。それに伴い、俺の理性は決壊していく。俺に残っていたのは激しい性衝動と、 この、可愛いはずなんてない、俺の、嫌いなはずの、嫌ってるはずの、妹を……、 ただ気持ちよくさせたい、快感に震える声をあげさせたいという欲求だけだった。 俺は桐乃の下着の中に手をつっこみ、桐乃の股間を直接まさぐる。あっという間に手が桐乃の分泌した液でぬるぬるになる。 ためしに肛門の方も触れて見る。桐乃は一瞬、嫌がったが、ツンツンと刺激してやると気持ちよさそうな声をあげた。 調子に乗った俺は、そのまま人差し指を肛門に滑り込ませようとしたが…… 「や! や、やだ! そ、そこはダメッ!」 と、桐乃が激しく嫌がったので途中でやめた。 しばらくそんな風に愛撫を続けていると、桐乃が不意に言った。 「ね、ねえ……あ、あたし、もう限界……」 荒く息継ぎをしながら桐乃が言う。一瞬それを、これでおしまいにしようという意味かと思ったが すぐにそれが見当はずれだとわかる。 「ハァ……兄貴、お願い……もう、入れて……」 その桐乃の言葉に俺の股間は痛いほどに反応する。 俺は、一もにもなくチャックをずらして、イチモツを取り出す。我ながら初めて見るほどの興奮状態である。 「い、いくぞ」 俺は桐乃の股間を覆っている部分の布を横にずらし、桐乃の秘部を露出させる。 陰毛はほとんど生えていない。おかげで挿入箇所もわかりやすくはあったのだが、いかんせん俺も経験がない。 ……上手く挿入することが出来るだろうか? しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わった。 準備万端だった桐乃は、膣口に亀頭をあてがわれると、あっさりと俺のモノを受け入れる。 途中抵抗を感じた。それがいわゆる処女膜だったのかどうか俺には判断する術はない。 どちらにしても桐乃は自分で体重をかけて一気にそれを貫かせた。 ズルリという感触が俺の陰茎を襲う。 「あ……あ……はあぁぁぁんっ!?」 それに伴い、悲鳴とも歓喜ともつかない声を桐乃が上げる。 ロマンチックな言葉も優しい言葉も、何もかけてやる事も出来ず、 俺はただ欲望のまま、一瞬で桐乃の処女を──初めてを──奪ってしまった。 愛液に混じってしたたってくる赤いモノが痛々しく妹を可哀想に思う。 しかし同時に俺は生まれて初めての快感を味わっていた。 挿入してすぐは、さすがに桐乃も軽い痛みを感じていたようだが、十分な量の愛液が分泌されていたため、 ほどなくして痛みは楽になったようだった。桐乃が自分で腰を浮かし始めたのを合図に俺も自分で腰を動かしはじめる。 「アッ……アン……ンン……ッ」 俺が下から桐乃を突き上げるたびに、懸命に声を押し殺そうとする桐乃のくぐもった嬌声が上がり、 ビチャビチャとイヤらしい音が俺と桐乃の結合部から漏れる。 まだ挿入してから五分と立っていないのに、早くも射精感が高まってくる。 実のところ俺も、桐乃同様、撮影をしてた時からある程度準備が出来ていたのだ。 実際、途中の休憩の時にも、桐乃が風呂に入っていいる間に、こっそり一度ヌイといたくらいなのだから……。 「桐乃、おれ……もう……!」 「う、うん……!」 桐乃が自らも激しく腰を振る。そしてまたしてもとんでも無い事を言い出す。 「ハァ、ハァ……ね、ねえ。そ、そのまま……出して……くれる……?」 「出す?」 「な、中で……出して」 「な……っ!」 俺は俺で呑気な事に、その時に初めて、自分が避妊具も何もつけてない事に気付いた。 「だ、だめだって、う……そ、そんな事して……こ、子供できたら……どうすんだよ」 たとえ兄妹でも子供は出来る。そして兄妹では万一の時に『責任を取る』という選択肢もありえない。 俺は桐乃の腰を掴んで、桐乃の中から自分自身を引き抜こうとする。しかし桐乃が抵抗した。 「だ、だって! ハァ……な、中に出されるのも……初めては……あ、兄貴のが……ああんっ……」 「ば、ばか! に、妊娠したら……どうすんだ……よっ!」 「も、もし妊娠したら、そ、その時は……その時は、あたし、今度こそ……ほんとに……あ、ダメ……も、もうあたし……!」 桐乃の膣がキュッと閉まる。それに呼応して俺も限界を迎える。 この時、その気になれば無理やりにでも桐乃を引き離せたはずだった。しかし俺がそれをすることは無かった。 「だ、出すぞ! ほ、ほんとに出すぞ!」 そう言って俺は桐乃の両乳房をぎゅっと握り、指で乳首に刺激を与えた。 「ああっ! あああっ! ン~~~~ッ!」 達した桐乃は、肩にかけていたブラウスの裾を口に含み、声をあげないように歯を食いしばる。 「き、桐乃……っ!」 俺も、それと同時に妹の膣内に精液をドクドクと流し込んだ。 ちょっと前に、一度自分でヌイたばかりなのに……バカみたいな量だ。 「ン……んっ……ハァ、ハァ……な、中で、出てる……ああんっ!」 桐乃はまるで全てを吸い取ろうとするかのように、膣をキュンキュンと何度も収縮させる。 そうやって最後の一滴まで桐乃の中に注ぎ込んだ後、俺は桐乃に声をかけた。 「だ、大丈夫か……?」 もう少し気の利いた事が言えないのかと自嘲的な気分に浸る。 しかし桐乃は、憔悴しながらも、うっすらと笑顔を浮かべ答える。 「う、うん。……どう? き、気持ちよかった?」 「え? ……そ、そりゃ、うん」 「……な、何よ、それ」 桐乃は恥ずかしそうな表情で拗ねてみせる。そして自分の膣から俺のものを引き抜きながら言う。 「こ、こんなにたくさん出しておいて……ふ、不満でもあるの?」 「い、いや、そうじゃなくて……」 き、気まずい……。とてつもなく気まずい。 こいつはエロゲでもエッチシーンはまったく気にしてないって言うけど、 現実のそういうことにも無頓着なのだろうか? そうとでも考えないと、こんな事するとかありえねえよな……。 大嫌いな兄貴とセックスするとか……さ。 それにしても俺は何やってんだ? 妹が好きでもない相手にパンチラ見せるってのを咎めた結果、 自分が妹の処女を奪っちまうとか、ありえないだろ? 一体、何がどうしてこうなったんだ? しかも、中学生に中だしとかとんでもねえ鬼畜じゃねえか!? 桐乃が本当に妊娠とかしちまったら、俺、どうすりゃいいんだよ……。くそっ! たとえ死んだって、親父やおふくろに詫びきれねえよ……! 「ね、ねえ」 俺がそんな具合に、罪の意識に苛まれていると、桐乃が心なしかいつもより柔らかい口調で語りかけてきた。 下着や服はまだ着ておらず、素肌にシーツだけをまとっている。 「あ、あんた何か落ち込んでるみたいだけどさ──。あのね? あ、あたしは……ね?」 桐乃は顔を真っ赤にしながらささやくような声で呟く。 「あたしは、その、き……気持ち良かった。その、全然、痛くなかったし。そ、そりゃ最初の瞬間は ちょっとは痛かったけど……すぐに動かないでくれたから……その……」 そこまでしゃべると桐乃は恥ずかしそうに視線を外す。今夜、もう、何度目かに見る仕草だ。 「こ、こんなの初めてだった。ゲ、ゲームの中でしか知らなかったけど……実際は あんなに綺麗なもんじゃないって思ってたけど……そ、その……」 そして桐乃は、何度も口を開いては閉じを繰り返したあげく、ようやく言葉を搾り出す。 「あ、あんたが初めてで良かったと思ってるから!」 その言葉に俺の濁りきった頭が覚醒する。 桐乃は俺の様子を伺い、そしてさらに言葉を紡ぐ。 「そ、それに……あ、あたしの方から誘ったんだから、そ、そんなに暗くなんなくっていいって言ってるの! そんな風に暗くなられちゃ、じ、自分だけ気持ちよくなったみたいで、な、なんか気が咎めるじゃん……?」 「き、桐乃……」 な、なんだよ、コイツ……何? このめちゃくちゃ優しい言葉……。おまえ、本当にあの桐乃なのか? くそ……ほんと、俺、何やってんだろう。兄貴の癖に、自制も出来ずに、妹とエッチして、 そのあげく一人でいじけて、妹に気を使わせて……情けねえ……情けなくって泣けてくる。 「グス……」 ヤベ、そう思ったら、マジで泣けてきた。 「ちょ、だ、だから気にしなくていいって言ってんじゃん! な、泣くとかやめてよ……ウ、ウザイから!」 涙目で鼻をすする俺に桐乃が困り顔であれこれ言っている。 違うんだよ。情けないってのもあるけど、それだけじゃねえんだ。それだけじゃねえんだって。 自分でもわかんねえけど……。 俺は、涙目ながらも精一杯明るい顔を作って言った。 「お、俺も、スゲー気持ちよかった! おまえの中、めちゃくちゃ具合良かったぜ!」 俺は妹に、最大限の賛辞を送った──つもりだったのだが……。 「…………」 「あ、あれ? ……桐乃?」 「…………゛」 ズゴンッ! 「プギャッ!」 俺の顔面に桐乃のげんこつがめり込む。 「な、なんで……」 「も、もう、デリカシー無さすぎ! ふん! 最低っ──!」 さ、最低って……お、おまえも同じような事を言ってたじゃん……? うう、理不尽だっ……! ほどなくして、桐乃は服を着始めた。俺はというと、着衣のまま騎乗位でやったものだから、 ジーンズに桐乃の中から逆流した精液やら、桐乃の……血……なんかが染み付いている。 これ、おふくろに見つからないようにこっそり洗濯しないとな……。 うう、初めて夢精した時の悪夢がよみがえるぜ。あんときゃ、おふくろに見つかって さんざん、からかわれたんだっけ……。 もっとも、今回は、バレたらからかわれるどころじゃすまねえだろうけどな……。 と、俺はそんなやくたいもない事を、衣服を整える桐乃をボーっと見ながら考えていた。。 「な、何、妹の着替え、じっと凝視してんのよ!へ、変態!」 それに気付いた桐乃が罵声を浴びかけてくる。 いや、いまさらその程度で変態と言われても……。 「なあ……もし、本当に妊娠しちゃったらどうすんだよ?」 「え?」 今はこの話題はタブーだったかもしれない。しかし俺は聞かずにはいられなかった。 エロゲとかじゃ、みんな平気でばんばん中出ししてるけど、実際はそんなわけにはいかない。 いや、実際でもそういう奴はいるかもしれんが、そんな奴は相手の事なんて全然考えてやがらねえんだ。 ……って、俺にそんな事、言えた義理じゃねえけどな。 「どうするって……もちろん生むケド?」 「そうか……って、う、生む!?」 あまりにサラっと答えられたので、思わず流しそうになっちまったぞ!? 「ハァ? 何、いちいち驚いてるワケ? 生むよ。当然じゃん」 「い、いやだってよ……」 桐乃は少し冷ややかな視線で俺を見る。 「ふん。心配しなくても、あんたに手間かけさせる事しないから、安心していいよ」 「な、なんだよ、それ……」 その桐乃の言い分に、俺は安心するどころか、逆にショックを受けていた。 「あんたの事なんて話せるわけないじゃん。お父さんとお母さん、ショックで倒れちゃうっての」 「そりゃそうだが……」 っていうか、中学生の娘がどこの誰とも知れない男の子を身篭ったってだけでも、十分卒倒すると思うがね! いや、卒倒するだけじゃすまねえな。親父とかどこまでも犯人を探して追い詰めていきそうだ。 もっとも、その場合、追い詰められるのはこの俺なわけだが。 「ほ、本気で生むのかよ? おまえまだ中学生だぞ……?」 「あたしの事情なんてこの子には関係ないし」 そう言って桐乃は自分のおなかに手を這わす。まるで、まだ見ぬ我が子を愛おしむように……。 「き、近親相姦で出来た子供は異常が出やすいとも言うぞ?」 「異常が出やすいって事は知ってるけど……だとしてもそれは仕方ないと思う」 「仕方ない?」 「うん。この子はそういう子だから。もし、本当に障害があったりしたら…… もしかしたら申し訳なく思う事はあるかもしれないけど……でも、だからって生まないとかありえない。 だって、それ以外にこの子が存在する方法はありえないんだし。もし他人との間に出来た子は、この子じゃないじゃん」 まだ出来たとも決まっていない、出来るとしてもまだ細胞分裂も始まっていないであろう我が子の事を まるで母親のような顔で真剣に語る妹に、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。 そもそも、おまえはまだ中学生だろとか、近親相姦がどうとか、どの口でしゃべってんだよ俺……ってなもんだ。 「でも……子供出来たとか言ったら、やっぱお父さん怒るかな……? 勘当とかされちゃったりして」 ふと桐乃が弱気な顔をする。なぜかその表情にほっとする俺。 「そりゃあ、まあな。勘当とまではいかねえだろうけどよ」 これが俺なら、間違いなく追い出されるだろうが。 「ま、どっちにしても家は出ないとだろうけどね。あたしこのあたりじゃ有名人だからさ。 出産なんかしたらあっという間に噂広がっちゃうし」 「そうだな……その時は……」 俺は小さな決意を胸に言葉を続ける。 「三人で、どっか静かなところで暮らすか?」 そんな俺の言葉に桐乃は目を丸くする。 「……な、何? あんたついてくる気?」 「なんだよ。ワリィかよ。そんなの、あたりまえだろ?」 俺は頭を掻きながら言った。 「し、シスコンの俺が、大事な妹を一人でどこかに行かせると思うか? お、俺の子供まで一緒だってんならなおさらだろ?」 自分でも顔が赤くなってるのが判る。正直、死ぬほど恥ずかしい。 が、これは俺が絶対に伝えておかねばならない事だった。 「だから──ひとりで悩んだり、急にいなくなったりはするなよ?」 桐乃は小さく頷いて、「うん」と答えた。 「……じゃあ、そろそろ寝るか」 正直眠気はまったく無いが、単純に時計を見てそんな言葉が条件反射的に口をつく。 「あ、ちょっと待って」 桐乃はデジカメを机の上に置いたままファインダーを覗き込んだりしつつ、 デジカメの位置を微妙に調整したりしている。 「記念写真……いい?」 「き、記念写真?」 な、なんの記念だよ……って、わかってるけどさ……。 そういや、今、初めて気が付いたが、俺も童貞卒業記念なんだっけ……。 「あんた、そこ動かないでよ?」 そういうとセルフタイマーのボタンを押し、桐乃は俺の横へとやってくる。 妹と二人並んで写真に収まるとか、何年ぶりだ? いったい。 しかも、あんな事があった夜の記念とか……色んな意味でたまんねえよ……。 「ねえ、最後に後もうひとつだけ、あたしの『初めて』……預かってもらっていい?」 妹が恥ずかしそうにそう言う。 「……え?」 ま、まさか……お、お尻の穴……? そんな事を考えて、一瞬呆けた俺の頭を、桐乃は自分の方へ引き寄せる。 そして自分の唇を俺の唇にそっと合わせて来た。 カシャ その瞬間、デジカメのシャッター音が鳴り、フラッシュが寄り添う二人の影を壁に作った。 後日──結局、あの夜の苦労は無駄になった事が判った。 昨今の児童保護強化による風当たりの厳しさと、パンチランキングという冊子の存在が 一般に広く知られ始めた事から、方針が変更されたらしい。 件の小冊子には以前、雑誌に掲載された、桐乃の水着写真が転載されることになった。 この件についちゃ、例の桐乃のファンサイトの管理人が非情に憤慨していた。 桐乃のパンチラ写真が掲載されるという話をどこからか聞きつけ、ヤフオクで 高値で入手したにも関わらず、掲載されてるのが既出の水着写真と知ってブログで怒りまくっていた。 まあ、正直、気持ちはわかる。もしこれがあやせの写真で、俺が同じ目に合っていたら、俺も怒り心頭だったに違いない。 しかし、今回に限っては言わせてもらう。へへっ、ざまあ見やがれ! あまりに愉快だったので(俺が桐乃のパンチラを撮った事はもちろん伏せて)この事を黒猫たちに話したら、 いつの間にかそのサイト自体が消滅していた。 サーバーのデータと、PCのローカルデータが同時にふっとんだとかなんとか、サイト消滅の経緯が管理者のブログに 掲載されていた。確率的にこんなことはありえないとかなんとか……。 「あのビッチの写真が晒されて辱めを受けるのは愉快ではあるけど、やはりこういう輩には天罰が下って然るべきよ」 って言うのが、黒猫の弁である。まるで自分が天罰を下したかのような物言いが、少しおかしかった。 一方、俺と桐乃の関係は、あんな事があったにも関わらず、以前とさほど変わりは無かった。 多少、微妙な感じにはなっていたが、基本的には何も変わっていなかった。 呼び方が「あんた」から「お兄ちゃん」に変わる事もなければ、妹が朝、俺のためにはちみつトーストを焼いてくれるなんてこともなく。 毎日のように妹の事を憎らしく思い、ごくまれに妹が可愛く見えたりする、いままでと変わらぬそんな日々が ずっと続いていくと思っていた、いつもと何も変わらないその日── 桐乃は突然、俺の目の前からいなくなった。 妊娠……したわけではない。 あの夜からしばらく立ったある朝、洗面所ですれ違った妹は朝の挨拶を交わすような気軽さで俺に言ったのだ。 「あ、生理、ちゃんと来たから」 それを聞いた俺はなんと答えていいかわからないながらも、とりあえず 「そ、そうか。そいつはよかったな」 と無難な返事を返した。 「……うん」 そう答えた桐乃の笑顔は、なぜか寂しそうに見えた。 だから、桐乃がいなくなったのは、あの夜の事が原因ではなかった。 あいつは、陸上の選手としての才能を海外の有名なコーチに見出され、留学した……らしい。 「らしい」というのは、あいつが俺には何も告げずに突然消えてしまったからだ。俺は直接何も聞いていない。 俺が桐乃の留学の事を知ったのはあいつが家からいなくなった後──両親から聞いて知ったのだった。 一人で自分の道を進んでいく妹。俺なんかが追いつけない所に、どんどん一人で歩いていく。 決して共に歩いて行くことなどない存在。 それはずっと俺が妹に持っていたイメージそのままだ。いまさら何の感慨もわかないくらい、それは当然の事だった。 ただ、あの夜から、ほんのわずかの間は──俺の中にも、あいつと共に生きていく未来のイメージが確かにあった。 妹と、子供と、三人で暮らしていくイメージ。そこにはリアリティなんてかけらもなかったし、漠然としたものではあったが── それでも確かにその未来のイメージは存在したのだ。 ふと魔が差して、桐乃の部屋の扉を開く。鍵はかかっていなかった。 少しガランとした部屋。置き去りにされたデスクトップパソコン。そしてあの日のデジカメも、机の隅に転がっていた。 あの日撮影した写真は、まだあのカメラの中に入ってるのだろうか──。 俺は確認する気にはなれず、そのまま部屋を後にした。 自分の部屋のベッドに横たわり、今は遠く異国の空の下にいる妹の事を想う。 もしかしたら、共に歩む人生もありえたかもしれない妹。 しかし実際には、そんな事はありえない妹。一人、自分だけで、どんどん進んでいってしまう妹。 そんな妹に、心の中で小さなエールを贈り、俺はまどろみの中へと落ちていった。 新学期を間近に控えた春休みのある日。桐乃がいなくなってしばらく立ったその日。 我が家のリビングには、黒猫、沙織、そしてあやせが集まっていた。 黒猫たちとあやせは、あの夏コミ以来の顔合わせである。 「も、もう! どうしてそんな意地悪な言い方するんですか? お兄さんや桐乃が言っていたのとは大違い!」 「……っふ。そこのお人よしや、あのビッチが私の事をどう言っていたかなんて、知った事ではないわ。 あなたのようなリア充と私たちは決して相容れぬ存在……光と闇、法と混沌の世界の住人同士のようなものよ」 「ま、またワケが分からない言い方で私を馬鹿にするんですね……どうして、ちゃんと普通の言葉でしゃべってくれないんですか!?」 「まあまあ、あやせ殿。黒猫氏も決して悪気があるわけではござらんのですよ。ここは拙者に免じて許してくださらぬか」 「あ、あなたもです! なんでそんな人を馬鹿にしたような話し方ばかり……」 「ま、参りましたなあ。決してそのようなつもりは……」 ふう。まあ、概ね予想通りの光景だな。 で、どうして桐乃もいないのに、こいつらが揃って家に集まってるかっていうと── 「おい、おまえらそろそろ時間だぜ」 「あ、ああそうでしたな。ではそろそろきりりん氏のパソコンを借りにお部屋へ伺いましょう」 「そうね。あの女、こちらが遅れようものなら鬼の首をとったように文句言ってくるでしょうからね」 「き、桐乃はそんな事しません!」 なんか、沙織の奴が持ってる最新型のテレビ会議システムとかで、 留学中の桐乃とわいわいしゃべろうって企画らしい。 本来は、ちょっとパソコンに詳しければそれぞれが自宅のパソコンを使ってでもテレビ会議くらい出来るらしいが…… 「京介氏がきりりん氏がいなくなって落ち込んでるんじゃないかと思いましてその慰問も兼ねてお伺いした次第でござる」 沙織がそんな、どこまで本当かわからない理由を言ったりしていた。 で、誰からでた話かわからないが、パソコンに明るく無いあやせとかも一緒にってことでこの状況が出来上がったとか。 「……あれ? お兄さんはこないんですか?」 リビングのソファーにくつろいだまま、動こうとしない俺にあやせが尋ねる。 「ああ……俺はいいよ」 俺はあれ以来、桐乃とは一度も連絡を取っていない。連絡を取る理由もないし、何を話していいのかもわからない。 それに、せんない事と判ってはいても、どうしたって色々と聞きたくなるしな。 どうして俺に何も言わずに行ったのか。 ……あの夜の事をどう思っているのか。 そして俺の事はどう考えているのか。 もう、どうでもいい事だ。どうでもいい事だけど、そこらへんをうやむやのままあいつと何かを話す気にもなれない。 そもそもどう話していいかもわからないしな……。 俺はただひとり、リビングでテレビとにらめっこしながら午後の時間を過ごした。 自分の部屋に戻ろうかとも思ったが、薄い壁をへだてて、すぐ隣で海の向こうの桐乃と ワイワイやってる連中の声が漏れ聞こえてくるような部屋に戻る気にはなれなかった。 ま、今日はおふくろも親戚ん家にでかけてるし。はあ、一人でリビングを独占ってのも、なかなかいいもんだな。 これまでは桐乃の奴がこういう日は独占してやがったからなあ……。 そうして一、二時間が過ぎた頃、にわかに上が騒がしくなり、それと同時にドンドンと階段を駆け下りてくる音が聞こえる。 「お、お、お、お兄さん……っ!!」 リビングのとびらを勢いよく開き、あやせが飛び込んでくる。黒猫や沙織もすぐ後に続く。 「な、なんだよ……?」 俺は突然の大騒ぎと、尋常じゃないあやせの様子に飲まれて硬直する。 「こ、こ、これは一体なんですか……?」 光彩を失った瞳のあやせがつきつけて来たものは例の桐乃のデジカメだった。 そしてその液晶画面には、桐乃の例のパンチラ写真が映っていた。 「いっ……!」 そういえば、パソコンの脇に置きっぱなしになってたんだっけ……。 「その驚きよう……しっかり心当たりがあるようね」 「思いっきり動揺しておりますなあ」 あやせの背後で、黒猫と沙織がそんな会話をしている。 お、おまえらも敵なのか? 「じゃあ、や、やっぱり、ここに入ってる桐乃の写真……お兄さんが撮った奴なんですね……!?」 「い、いや……それには深いワケがあってだなあ……」 っていうか、なんでおまえら友達とは言え、他人のデジカメ勝手にいじってんだよ!? 「フフッ……フフフ。以前、おっしゃってましたよね? 妹にいやらしい格好させて喜んでる兄がいたら、 ほかならぬお兄さんご自身がブチ殺してくださるとか……」 「ま、まってくれ……ち、違うんだって。そもそもそれを俺が撮ったという証拠がどこに?」 そうだ。あの時、俺はカメラマンに徹していたのだから、俺がこの写真を撮った証拠なんか残っていないハズ……! ここは、とにかく否認しまくって凌ぐしかない! 「じゃ、じゃあ誰が桐乃のこんな写真を撮ったとでも?」 「とてもセルフで取れる写真ではないわね」 「お、俺が知るわけねーだろ!? ほ、ほら例えば彼氏とかじゃねえのか?」 俺が苦し紛れにそんな事を言うと黒猫がニヤリと笑う。 そしてあやせの手からデジカメを引き取ると、ささっと操作をし、再び液晶画面を俺に突きつける。 「……っふ。あの女の彼氏というのは、この男の事かしら?」 くぁwセdrftgyふじこlp;@:*************っ! そこに映っていたのは、俺と桐乃がキスをしている時の写真だった。 「ああっ! ま、まさか、桐乃が留学した本当の原因は……!」 「ち、違う! 誤解だ! 全部誤解なんだって!」 「なんという見苦しい言い逃れ……酷いですなあ……京介氏。きりりん殿が可哀想でござる」 「最低な男ね……」 沙織、黒猫、お、おまえらまでそんな……! 桐乃抜きでも、もう、俺たちは友達だったんじゃなかったのかよ……っ!? 「こ、これには、いろいろ事情があるんだって! き、桐乃に聞いてくれればわかるから!」 そう俺が訴えると、黒猫と沙織が苦笑いを浮かべる。 「うーん、それはおそらく無理かもしれませんなあ」 「まったくね……」 え? な、なんで? 「問答無用死ねェェエェェェエェェェェェェエェェ──!」 バシィッ!! あやせの蹴りが見事に俺の顔面にヒットし、俺はぶったおれる。 「まあまあ、あやせ殿。それぐらいにしておきませんか」 「フ……。あなたも、薄々は、いろいろ気付いていたのでしょう?」 「そ、それはそうですけど……」 気が遠くなる一瞬、そんな声が遠くに聞こえてきた。まったく……! おまえらなんか誤解してねえか? それにしても……あいつはいなけりゃいないで、俺をトラブルに巻き込むのな! 高坂桐乃。成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗、近所でも評判だった俺の妹。 その実態は、エロゲーやアニメをこよなく愛する超ド級のオタク娘。現在はアメリカに一年間のスポーツ留学中。 桐乃が俺の前からいなくなっても、俺の周りにはあいつの残り香が満ちている。 もしかするとそれも時と共に薄れていくのかもしれない。 しかし、この香りが完全に消え去ってしまう前には、きっと──。 『預かりモノ』 (終)
https://w.atwiki.jp/fushimi_eroparo/pages/437.html
http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1299681223/445-458 とても爽やかな朝だった。 部屋の中はかなり蒸し暑かったが珍しく寝覚めはよく、少し開いたカーテンからは真っ青な空が見えた。 「ふわぁ~あ…何だかよく寝たな」 開口一番、一人ごちてむにゃむにゃとする俺。ともすると目覚めたばかりの腹から飯の催促が聞こえてきた。 腹減ったなあ…。さっさと着替えて朝飯でも頂くかね。 寝間着を着替えて階段を降りきると、洗面所ではパーフェクト超人妹 桐乃が一生懸命ドライヤーとコームを駆使していた。 今日は桐乃…特に寝癖がヒドイ…また不機嫌モード入ってんだろーな。 触らぬ神に祟りなし…俺は朝の挨拶をするだけして(ウチは挨拶には厳しいから仕方無いんだ…)トイレのドアノブに手をかけた。 ドライヤーの音で挨拶が聞こえづらかったのか、桐乃は訝しげに振り替えって俺の顔を見るや否や、キャッ!と短い悲鳴をあげてヒドイ寝癖を両手で隠した。 急いで両手を頭に回したもんだから、勢い余ってドライヤーが俺の顔目掛けて一直線に---ガツン! 「いってぇー!な、なな何しやがる!朝っぱらからオマエは…」 「ゴ、ゴメン!…なさい…だ、大丈夫…??」 「へ?あ…あぁ、大丈…夫…」 俺は耳を疑ったね!あの妹の口からこんなに素直な言葉が出てくるとは…しかし桐乃は相変わらず両手を頭に回したまま、こちらを心配そうな瞳で見つめている。 な、何だ、何か企んでやがるのか… 「ま、まぁ気を付けろよ…ほら。」 意外な言葉で毒気を抜かれた俺は、ドライヤーを拾い上げて真っ赤な顔の桐乃に素直に渡してやった。 「あ、ありがと。…ゴメンね、き…兄貴」 何だ?何なんだよこの違和感は!? 得体のしれない不安を背中に感じながら、気にすんなと捨て台詞を残してトイレへと逃げ込んだ。 便座に座って落ち着いたら、左目の辺りから痛みがジンワリ拡がってきた。 めちゃくちゃ痛てぇ!うぅ…最低な朝だぜ。しかし…桐乃のやつ、何だか様子が変だな。いつもだったら、 『急に声掛けんな!』とか 『馴れ馴れしくすんな!』とか 『あ、居たんだ。早くドライヤー拾いなさいよ』だの言うに違いない。 それが『大丈夫…??』だと…? 小まめに妹イベントをこなしてたせいで、好感度が上がって妹フラグが…? と、いかんいかん。どーもここ最近頭がエロゲチックに染まりつつある。 そもそも妹フラグなんて、気持ちわりぃだけだっての!ぺっぺっ! アホな妄想で気分も最悪になってきた… 早く朝飯を食おう。 トイレから出ると、洗面所にもう誰も居なかったのでようやく顔を洗うことができた。 リビングに入ると親父がテーブルに座って新聞を広げていた。 「おはよう」 「ああ、おはよう」 「おはよう、京介」 「…おはょ」 朝の挨拶を交わすと、香ばしい香りがリビングに広がっていることに気付く。 俺の食欲センサーは働きっぱなしだ。 テーブルには、正に日本の朝食といった体で食器が並んでいた。 俺はそのままの足で椅子に座ると、お袋が俺の茶碗を持ってきてくれた。 「はい、京介」 「サンキュー」 丁度全ての食器が揃ったのを見計らったかのように、親父が新聞を畳み、そのドスの効いた厳かな声色で呟いた。 「…頂こう」 家族全員で手を合わせ、 「「いただきます」」 親父が挨拶や作法などに厳格なため、ウチはこういった感じの挨拶はきちんとやるんだ。 ウチの家族は、食事中は誰もあまり喋らない。特に話題が無い時は、誰も一言も喋らないで食事が終わるほど、ウチの家族は寡黙だったのであった。しかし、今日は違ったらしい。 「京介」 対面に座っていた親父が珍しくぽそりと呟いた。 「な、なに?」 いきなり悪党声で呟かれるこっちの身としては、もう少し心臓を気遣ってほしい今日この頃だ。 「お前、誰とケンカしたんだ?」 「??」 質問の意味が分からない。 お袋は俺の顔をすがめみると、今気付いたらしく、ぷっと吹き出した。 「京介、左目がパンダになってるわよ。」 「左目…?てまさか。」 隣に座る桐乃も俺の異変に気付いたらしく、笑いを堪えているみたいなリアクション。 何?何なの?て考える暇も要らねーやチクショウ! さっきの桐乃のドライヤーだぁぁあああ! 朝食を終えた俺は自室に戻り、充電中だった俺の携帯からある人物に電話を掛けた。 俺の幼馴染み、田村 麻奈実に、である。 今日は図書館で勉強会をする予定だったのだが、こんな目で外を練り歩くのはさすがの恥知らずな俺でも恥ずかしい。 勉強会は中止にしてもらおう。 ---プルルル…プルルル…ピッ 「おう、麻奈実か?」 「どうしたの?きょうちゃん」 電話口の向こうからは相変わらずののんびりした口調の声が聞こえてきた。 「今日の勉強会なんだけど…中止にしてもらっていいか?」 「うん、いーよ。きょうちゃん、風邪でも引いたの?お見舞いに行こうか?」 「い、いや、病気じゃないんだが…ちょっと用事が出来てな…悪りぃ、この埋め合わせは今度必ずする」 「いーよぉ、気にしないで~。じゃあまた学校でねぇ」 「おう、悪いな」 ---ピッ 俺は8時20分と書いてある携帯のディスプレイを見つめる。 ディスプレイには片目に氷のうを当てた冴えないツラの男が写っていた。 こりゃ今日は1日外に出られないな… 大人しく家で勉強でもしてるか。 外は晴れ晴れとした青空が広がっていて、子供の笑い声が時折、聞こえてくる。 まぁ、たまにはこんなのんびりとした休みも悪くないな。 ベッドに寝そべった俺は、そのままウトウトして寝入ってしまった---。 ---再び意識を取り戻したのは、寝入ってから暫く時間が経ってからだった。 何やら俺のそばで人の気配がする。 ゴソゴソゴソゴソうるせーなぁ… ったく、こっちはゆっくり寝てんだから静かにしてくれよ… 「んん…」 俺は牽制の意味で目を閉じたまま咳払いをした。すると、 「あぅ…」 ---桐乃の声?? 俺は意外な声の主によって微睡みからたたき起こされることになった。 「オマエ…何してんだ?」 デジカメ片手の妹に突っ込む。 「べ…別に。目、様子見に来ただけだから…」 「嘘つけ!思いっきり貶める気マンマンじゃねーか!何だそのデジカメは!」 「!…こ、これは…」 デジカメを後ろの方に回す桐乃。 「おおかた俺の今の愉快なツラを黒猫や沙織にでも見せて笑い物にするつもりだったんだろ」 「ち、ちが…!」 「じゃあ他に何があんだよ!俺の寝顔でも盗撮してオマエの携帯の壁紙にでもするってのかぁ?」 いつもならここで『はぁ!?んな訳無いでしょ!キモッ』とでも返ってくるはずなんだけど… 「…」 言い返さないんだ!?てか否定しないんだ!?どゆこと?今日は本格的におかしいぞ。 「お、おい。なんか言えよ」 「…」 しばらく沈黙が訪れたが、 その沈黙は、桐乃のよく分からない質問で破られた。 「アンタさぁ…もし…もしもだよ。もし妹なんか居なくて---アタシを街中で見かけたらどうしてる?どう思う?」 「---何言ってんだ?」 「いいから、答えてよ」 「簡単だ。見た目的にチャラチャラしてそーで俺のだいっきらいなタイプだからな。無視もしくは目も合わさずにスルーだな。」 「---そう。そっか…」 「お、おう」 桐乃はそのあと何も言わずに俺の部屋を出ていった。 何だったんだ?あいつ。変なこと聞いてきやがって。 ちょっと言い過ぎたかな。でも、俺の顔を笑い物にしようとした罰だ。少しは堪えただろう。うは、俺TUEEEE。 大体、正直に言えるわけ無いだろ! 本物の実妹前にして、普通に可愛いと思います、とか、付き合いたいくらいだーとか。 まぁ、これに懲りたらまた暫くはイタズラなんかしないだろう。 次の日の朝--- よし、1日寝てたら目も治ったな。 良かったぜ。さすがにあんな理由で学校まで休む訳にはいかないからな。 「おはよー」 「ああ、おはよう」 「おはよう、京介」 欠伸を噛み殺しながらリビングに入って挨拶をした俺は、いつもと違う風景に気がついた。 「…あれ、桐乃はまた朝練か」 一人ごちて呟くと、お袋が残念そうに答えた。 「あの子、今日具合悪いみたいなのよ。さっき聞いたら、何も食べたくない、学校休むって---部屋に閉じ籠ってるの」 「ふーん」 完璧そうに見えてそうでもないんだな。 体調管理ができてないんじゃねーの? それとも、よっぽど体調悪いんだろうか。 まぁ、俺には関係ねーか、と。 俺はさっさと朝飯を平らげて、学校に行った。 普段通りの日常…なんて心が休まるんだ。 でも…何だろうな。何か物足りないような。モヤモヤするぜ。 自分の謎の感情に答えが出せないまま、放課後を迎えた俺は、麻奈実と帰り道を共にして歩いていた。 「きょうちゃん、何だか今日は元気ないね。何かあったの~?」 「別に?何でもねーよ」 「そっかぁ。何でもないんだねぇ。」 「そうだ。何でもない…」 「きょうちゃん。きょうちゃんは、私が元気なかったら、理由を聞かずに通り過ごせるの??」 「?過ごすわけないだろ。理由を聞くまで帰さねーよ」 「そーゆうことだよ、きょうちゃん。ね、何かあったの?」 改めて聞き直してくる幼馴染み。その顔は先程までとは打って変わって、真剣な表情だった。 あーもー、俺にだってわかんねーよ。 まぁ、麻奈実もたまに鋭いとこあるし、俺のモヤモヤも見抜いてくれるのかもしれんな。 俺は昨日起こった一部始終を麻奈実に話した。 「なるほどぉ。きょうちゃんは、桐乃ちゃんに謝りたいんだね」 「…何をどう聞いたらそういう解釈が生まれるんだ」 俺は呆れ顔でため息を着いた。 「どう聞いても、『言い過ぎた上に、体調も悪いから可哀想だ、ちょっと謝っておきたいな』って言う風に聞こえるよ~」 「あのなぁ、そんなこと…」 あるかもしれねえ。 このモヤモヤ、もしかしたら罪悪感の塊だったのか? そりゃああの時は気が昂っててちょっと---いや、かなりヒドイ事言っちまった気がする。 「それに---」 麻奈実は訳知り顔で続ける。 「私だったら、ショックで寝込んじゃうかな。学校も休んじゃいたくなっちゃうかも」 「オマエ、桐乃は俺のせいで寝込んでるって言いたいのか?」 「んーん。私だったら、って言ったでしょ。桐乃ちゃんは…どうかな?」 麻奈実は上目遣いで俺の顔を覗きこんだ。 まぁ、俺のせいで寝込んだって言うのは全く想像つかないが(てかそうだったら怖ぇよ!)俺のこのモヤモヤの正体ってのがわかった気がする。 「ありがとな、麻奈実」 「んーん。どういたしまして~。がんばってねぇ、おにぃ~ちゃん♪」 「それは止めてくれぇ…」 帰ったら、差し入れでも入れて謝っとくか。 まぁ…しょうがねぇな。 俺は麻奈実と別れると、コンビニで具合が悪くても食べれそうな物を買ってやった。 家に帰り着き、玄関を開ける。 我が家は静寂に包まれていた。 そういえば、今日は親父もお袋も家に居ないんだったっけ。 …桐乃のやつ、寝てんのかな。 俺は、早速桐乃の部屋の前まで行って、昨日の非礼を詫びることにした。 ドアにノックをすると、意外にも返事が返ってきた。 「…何?」 「あー…桐乃。体調は大丈夫か?」 「別に…。関係ないでしょ。」 ズズッと鼻をすする音。 何だ、ホントは風邪引いてるだけじゃねーの? 「昨日はさ、悪かった。ちょっと寝起きで機嫌が悪かったのもあったんだ」 「…もーいぃよ。べ、別にあん時の事がショックで寝込んでた訳じゃないし」 「そーだよな。ほら、差し入れ、買ってきたぞ。カロリーそんなに無いから、食べても大丈夫だろ?ちょっとドア開けるぞ」 「!やだ、待っ…!」 ガチャ。 慌てて鍵を閉めようとしたのか、ドアの前まで走ってきた桐乃は急にドアが開いたのでバランスを崩して俺に倒れ掛けてきた。 「キャッ!」 「あっあぶねぇ!」 危うく俺もろとも倒れそうになったが、何とか桐乃を受け止めて踏ん張り、二次災害を避けた。 俺の買ってきた差し入れは床に音をたてて落ちた。 「大丈夫か?桐乃」 「う…うん。大丈夫」 ほっとしたのも束の間、ふと気づいたのだが…なんと言うか…この状況はだな… 有り体に言うと、カップル同士の熱い抱擁みたいな形になってしまってるんだ、これが。 「す、すまん!」 「…」 バッと飛び退き身体を引き離す俺。 沈黙が怖ぇよ!三次災害の予感!? 桐乃の顔が怖くて見れない…て、あれ? 「…桐乃、オマエ…泣いてたのか?」 よく見ると目のまわりと鼻が真っ赤で、スンスン鼻をすすっている。 風邪にしてはおかしな症状だ。 まさか、本気で昨日の俺の言葉に傷付いて? 「な、泣いてないし!意味わかんない!なんでアタシが泣かないと…いけないのよ…」 言ってるそばから涙がこぼれそうだ。 …しょうがねぇなぁ。 「…桐乃、昨日の俺の言葉はな。ありゃ嘘だ。」 「はぁ!?何言って…関係無いって言ってんじゃん!」 「もし俺に妹が居なくて、オマエみたいな女の子を街で見かけたらどう思う、って質問な」 「…」 桐乃は急に黙りこんで俺の話しに耳を傾けている。 「すげー可愛いと思うし、付き合いたいって思うよ。それぐらいオマエは可愛い」 これでいいのか?麻奈実。 「…ホントに?」 「あぁ、ホントだ。この期に及んで嘘は吐かねーよ」 鼻をズッとすする桐乃。 その瞳は何か決意したかのような色に染まっていた。 「ちょっと、私の部屋に来て」 俺の買ってきた差し入れを拾って、桐乃は自分の部屋に入って行ってしまった。 この状況でなんで俺が誘われたかわからないが、促されるがままに桐乃の部屋に入った。 桐乃の部屋のテーブルにはあの時の---そう、最後の人生相談の時に見なかったアルバムが、あった。 「お母さんたちには口止めされてたんだけど…そのアルバム、見て 」 「アルバムが…どうかしたのか?」 「いいから」 俺はかつて見ることのなかったあのアルバムに、訝しげな表情で手を伸ばした。 パラパラとアルバムをめくる。特に…おかしな点はない。普通に桐乃のアルバムだ。というか桐乃の写真集かってほど、桐乃で埋め尽くされている。 「なぁ、これがどうしたってんだ?」 何が言いたいか分からないと言った顔をして桐乃を見ると、桐乃はため息をついた。 「最後のページ、見て」 俺は言われるがままにアルバムの最後のページを開いた。 そこには--- ウチの親父とお袋ではない、二人の大人と並んで立っているかなり幼い桐乃がいた。 「それが、あたしのお父さんとお母さん」 俺は、桐乃が何を言っているか、理解できなかった。 「今…何つった?」 「アンタどんだけ鈍いの…だから、アタシとアンタは本当の兄妹じゃないってことよ」 「そう…か」 そう言われると、妙に納得してしまった。兄妹でこんなに容姿も内容も何もかも違う事に。 そりゃそうだ。他人だってんだもんな。 そりゃ違って当然だ。 桐乃は少し声のトーンを落とした。 「やっぱり…ショック?」 「…」 俺は呆然としたまま桐乃の問いには答えなかったが、桐乃は構わず続けた。 「アタシは…ショックは少しはあったけど。嬉しかった」 「…そりゃそうだよな。こんな出来の悪い兄貴とホントの兄妹じゃなくて、良かったろ」 「違うよ…だって兄妹って…結婚、できないじゃん」 俺は桐乃の顔を見返した。 桐乃は真っ直ぐに俺を見据えている。 「き、桐乃…」 「アタシは、ずっと兄貴を…京介を見てきた。なんでこんなに近くにいるのに好きって言えないんだろうって…もどかしかった。今まではそんな気持ちから京介にはヒドイ事いっぱいして…ホントにゴメン」 「なんで、兄妹なんだろうって…ずっと思ってた。でも、この写真をこの押し入れで見付けた時…お母さんから真実を聞いた時…私の気持ちは止まらなかった。止まれなかったんだよ」 俺の手を優しく包み込みながら桐乃は俺の顔を見つめている。 「京介…私…京介の事が好き。どうしようもないくらい…」 「きり」 俺の口はそのまま桐乃の口で塞がれた。 そして、すぐに離れた。 「ゴメン…いきなり…すぎるよね」 伏し目がちに、照れ臭そうに呟く桐乃の顔は今までにない位真っ赤だった。 そんな桐乃を見て…俺はたまらなくいとおしくなり、桐乃を抱き寄せた。 俺は今まで、桐乃に嫌われていると思ってた。そんな状況をどうにかしたいって思ってた。 だから、ついつい憎まれ口を叩きつつも、邪険に扱いつつも、心の中では桐乃と仲良くしたい一心で--- でも、桐乃は俺のことを好きで居てくれた。本当の兄貴としてじゃなく、一人の男として。 俺は、兄貴として桐乃と仲良くしたかったのか--- 男として桐乃と仲良くなりたかったのか---今ではよく分からなくなってしまった。 でも、目の前の桐乃は、こんな俺を好きでいてくれている。 今は、それだけで---自分の気持ちに正直になるには充分だった。 「桐乃…俺も…オマエの事が好きだ」 「京介…」 先程の事故みたいな抱擁じゃない。 本当の恋人のように俺達は抱き合っていた。 桐乃は瞳を閉じて、唇を委ねてきた。 俺は…その唇を受け入れた。 おわり
https://w.atwiki.jp/vip_oreimo/pages/98.html
422 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 53 50.95 ID zZuVFrAs0 「兄貴、寒い」 「……ホッカイロはもうねーぞ」 「今、使ってるのがあるでしょ!」 「お前! 俺に凍え死ねってのか!? じろりと回りに見られてハッと我に返って頭を下げた。 桐乃は、ふん! とふんぞり返ってるけどな。やれやれ。 12月24日。世間ではクリスマスイなんとかって日に、俺と桐乃が何をしているのかって言うと、 秋葉原で先着限定の特典付きアニメDVDを買うため徹夜で並んでいるのだった。 時刻は6時。東の空が白んできてもうすぐ夜が明けそうなのだが 実は日の出の前後1時間くらいが一番寒い事を今知った。 このためにコートとセーターを着こんで、カイロをしこたま持ってきたのだが 桐乃は見た目を気にして、ダウンジャケットにホットパンツという 馬鹿丸出しの格好のためか、日付が変わったくらいからカイロの消費が異常に速い。 「だから温かい格好してこいっつったろ……」 「……だって……」 流石に失敗したと思っているようだ。全く。 「あと1時間くらいで整理券配布だろ? もうちょい頑張れ」 「……うん」 カイロを1つ渡して、頭をぽんぽんと叩いてやった。 あー、全く。なんでこんな事になったのかねえ。 423 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 54 36.12 ID zZuVFrAs0 「……メルルの劇場版?」 「そう! あの神作がとうとうブルーレイで発売されんのよ!」 メルルと言えば、桐乃がハマりまくっている魔法少女もののアニメ。 3期が終わった後も根強く残った人気とファンの声により、劇場版が制作・公開された。 時系列的には1期と2期の間を補完するようなストーリーで、 作画・ストーリー・音楽、とどれを取っても『アニメ史上最高』だったらしいが まぁそれはファンによる色眼鏡的な評価があっての事と思う。話半分。 「で、それがどうかしのたか?」 「だーかーらー、ココ! 耳の穴かっぽじって、よっく見てみなさい!」 耳掃除しても目には関係ねぇだろう……。 「……ソフ○ップ特別協賛、先着限定特典?」 「そう! それなのよ!」 今回の新商品発売にあたり、店頭で購入した客に先着順で特典をつける、と。 某ネット通販サイトに対抗しての策なのかね。 「……それで?」 「アンタの目は節穴!? よく見るの!」 「んー……?」 ああ、なるほど。そういう事かと合点がいった。 424 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 55 26.68 ID zZuVFrAs0 「メルルとアルファ。2種類特典があるのか」 「そう! けどこれは一限なのよ」 「? いちげん? 大学の講義の1コマ目ってこと?」 「アンタバカァ!?」 ひっでえな! そこまで言われる事かよ!? 「お一人様限定1つまでってこと。1人で買いに行ってもコンプできないってことなのよ」 「なるほど。なかなかアコギな商売だな」 「うっさい」 とまぁ、ここまで来れば先は読めたよな。 1人1つ限定。しかし2種類ある特典は両方ほしい。 「なるほどな。つまりこの発売日に、予定空いてる? って聞きたい訳だ」 「はぁ? 違うし。24日、行くからねっていう確認」 ……既に決定事項なのかよ……。 「どうせアンタ、クリスマスイヴなんて予定ないでしょ? じゃあ問題ないわよね」 「確かに予定が入る予定もないけどさ……」 いい年こいてイヴに妹とアニメのDVD買いに行くのか……胸が苦しくなるな。 「あ、ちなみに、前日の終電で現地入りして徹夜だから」 「殺す気か!」 そんな訳で、予定通り予定の入らなかった今日。 こうしてメルルの劇場版ブルーレイを購入する為、桐乃と並んでいるという訳だった。 425 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 56 22.48 ID zZuVFrAs0 陽の光が少しずつ大きくなっていく。 こうやって日の出を見るのは、あれ? もしかして人生初かもしんねえ。 初日の出とかそういうのはあんまし興味なかったし、富士山登ってご来光を拝む、 みたいな崇高な趣味も持ってないしなあ。 ……人生初の日の出は、妹と秋葉原でアニメのDVDを買うために並ぶ最中見ました。 割と素で泣けてくるな、これ。 街は少しずつ起き始め、行きかう車や人も増え始めた。 こんな時間からスーツ着たサラリーマンが歩いてるのを見ると ああ、こういう人たちがいるから社会は機能するんだなとか思っちまう。 「あ、兄貴」 「ん?」 「あれ」 必要最低限しか喋らなくなったな、こいつ。 ダウンジャケットの裾から指だけ出して差した先を見ると ソフ○ップのロゴ入りナイロンジャケットを着たオニーチャンが出てきていた。 「本日はー『星くず☆うぃっちメルル劇場版DVD/BD』にお並び頂きまして誠にありがとうございます」 うわー、そんな風に言われちゃうとなんだか公開処刑されてるみたいだぜ。 街行くサラリーマンやキャリアウーマンの皆さんの視線が痛い痛い。 426 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 57 04.12 ID zZuVFrAs0 「予想以上に大勢のお客様がいらっしゃっておりますので、予定を繰り上げ、整理券の配布を 始めさせて頂きたいと思います。お受け取りになられたお客様は周辺のお店、一般の歩行者の方々の ご迷惑になりませんよう、よろしくお願いいたします」 「ら、らっきー……」 「助かったな、桐乃」 「ん」 先頭から順番に1人1枚ずつ券が配られていく。 終電で来た俺たちが並ぶ頃には既に50人くらい前にいたのには恐れ入った。 無事整理券を2人分もらうと、俺たちはその場を離れた。 「行くアテあんのか?」 「……ネカフェ」 あぁ、なるほど。24時間営業のネットカフェや漫画喫茶なら 座れるし温かい飲み物もあるし、個室では人目を気にせず休憩できそうだ。 黙々と歩く桐乃の後ろからついていき、とあるビルに入る。 エレベーターで4階に上がると受付があった。 「2名様ですか?」 「あ、はい。そうですけど、席は」 「カップルシートで」 なに? 427 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 57 46.75 ID zZuVFrAs0 「かしこまりました。お煙草はお吸いになられますか?」 「いえ。禁煙席で」 「はい。それではこちら、3番のシートをどうぞ。ドリンクはセルフサービスになっております」 「どうも。いくよ」 「あ、お、おい」 ポケットに両手をつっこんで足早に進む桐乃に 声を掛けられるような雰囲気は皆無だ。 俺はまぁ、別に一緒の席でも構わんが、お前は構うんじゃないのか? 全く。わっかんねーヤツだな。相変わらず。 428 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 58 31.43 ID zZuVFrAs0 「ここ」 そう言って3と書かれた扉を開いて俺は驚いた。 「意外と広いんだな」 ゆったりとしたソファークッションに、足をゆったり伸ばせるスペース。 大きな液晶画面のデスクトップPCと大きなヘッドフォンが2つ。 なるほど。これなら確かに、普通の個室に入るよりゆっくり休めそうだ。 桐乃はブーツを脱いで端っこに置くとジャケットを脱いでクッションに横になる。 自分の上に、着ていたジャケットをかけて、完全に寝る態勢に入っている。 「開店まで寝るから」 「あいよ」 「変な事しないでよね」 「あいよ」 疲れていたんだろう。桐乃は目を瞑って動かなくなった。 1人でクッション独占しやがって。 これが本当のカップルなら添い寝でもするんだろうけどね。 ははは。まだ死にたかねーや。 429 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17 59 13.15 ID zZuVFrAs0 実は、昨日の夜。お袋とこんな話をした。 「アンタ、最近桐乃と一緒に行動する事多くない?」 「ん? そうか? そんな事ねーと思うけどな」 「うーん」 お袋は難しい顔して唸っている。 「なんだあれか? 桐乃に手を出すなーってヤツか? 心配しなくても……」 「いやー、最近分かんなくなってきちゃったわよ」 「は?」 だからね、と。お袋は前置きして続ける。 「最近分かんなくなっちゃったのよ。アンタたち、昔から仲悪いし、 今も仲良さそうには見えないけど、アンタはアンタでたまに良いお兄ちゃんしてるし 桐乃もなんだかんだでアンタの事頼りにしてるみたいだし。 そんでアンタたち、彼氏も彼女も作らないでしょ? もしかしてこのまま2人で生きていくつもりなのかしら、とか」 俺はお袋のトンデモ発言に身震いした。 実の母が実の子どもが結婚しないとか、しかも兄妹で生きていくとか想像していやがる。 430 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18 01 14.12 ID zZuVFrAs0 「ねーよ。ありえん。俺が彼女いないのは仕方ないとして、アイツはムカつくけどモテるんだろ? だったらその内、自分に合うやつ見つけて連れてくんじゃねーの?」 「そう、ねえ。そうだと良いんだけどねえ」 まぁ、そんなヤツは良いヤツだろうと何だろうと一発殴るとは思うが。 「んだよ。随分疑うじゃん」 「なんていうか、女の勘ってヤツ? あの子、あたしたちが思ってる以上にアンタに懐いているのかもって」 「桐乃が? 俺に? ねーわ。ねーよ。ていうか懐くって何だよ。犬か?」 「もし、もしよ? 京介」 ちょっとお袋はマジだ。いつもおちゃらけてるから、こっちまでちょっとマジになる。 「アンタが桐乃に手を出すのは許さないけど、 もし、桐乃がアンタについてくって言うなら、アンタ、ちゃんと受け止めてやんなさいよ」 それこそ一番ありえない事だと思うけどな。 つーかホント桐乃贔屓な母親だな。長男の俺がちょっと凹むくらい。 まぁデキが違うから仕方ないんだろうけどさ。 433 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18 04 47.65 ID zZuVFrAs0 こちらに背を向けて寝ている桐乃を盗み見る。 綺麗に染めたライトブラウンの髪も、両耳のピアスも、 艶やかにマニキュアを塗られた綺麗な爪も、端整な顔も、すらりと伸びた手足も、 今はダウンジャケットの掛け布団に隠されちまっているが。 コイツが、俺を慕うとか、懐くとか。 「……ありえねーだろ」 小声で、誰にも聞こえない声で呟く。 自分の着ていたコートを桐乃の下半身に掛けてやり、 俺はブランケットを取りに行こうと個室を出ようとした。 「……ありがと……」 そんな声が、か細い、糸みてーな声。 だけど確かに、聞き間違うはずのない桐乃の声がした。 「桐乃?」 桐乃は動かない。ぴくりとも反応しない。 でも、残念な事に片耳は隠れていなかった。 赤くなった耳は、寒さのためか、それとも――。 おかしいな。 俺の妹が、こんなに可愛い訳がないのに。 437 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18 14 58.78 ID zZuVFrAs0 おまけ。 「あ、兄貴……もういない? いない? いっちゃった? ああああああああああ兄貴いいいいい兄貴のコートコートコート!! くんくん……あぁぁ兄貴の汗の匂い凄いよお!兄貴が添い寝してるみたい。 もしかしてアタシ今、兄貴と添い寝してるの? やだもう幸せ過ぎるんですけど? ば、バカ兄貴ったらアタシと添い寝したいなんて何言っちゃってんの? ホント変態すぎるんですけどー超キモイ。ありえないから。 そんな兄貴の事、好きでいてあげられるのなんてアタシくらいしかいないんじゃない? もうホントどうしようもない兄貴だけどー、アタシぐらいの心の広さがあれば許してあげちゃっても良いよ? え? 許してほしい? 仕方ないなー。そんなに妹のアタシにベタぼれしてるなんて、でへへ。 キモ過ぎて婿の貰い手もいないでしょー。地味子とか完全に引いちゃってるし。 仕方ないから、兄貴の事はアタシが養ってあげるわよ。もうバカ変態兄貴。 今度は何? アタシのジャケット貸してくれって? この変態、何する気? ちょ、ちょっと、何ジャケット嗅いでんの!? 変態すぎるんですけど! い、良い匂いがするって……バカ、バカ兄貴。もう。最悪。最低。 仕方ないから兄貴のコートにアタシの匂いつけといてあげるわよ。 こうすればいつでもアタシの匂い嗅げるでしょ? あーもうこんな変態兄貴持ってホント不幸。あたしってホント不幸! アタシを不幸な目にあわせた責任、ちゃんと取らないと許さないんだからねっ!」 終わり
https://w.atwiki.jp/neetgyaruge/pages/26.html
ゲーム仕様について 画面サイズ: 800×600 メッセージ表示: 画面下部ウィンドウタイプ ゲーム進行 選択肢を選んでストーリーが分岐するよくあるギャルゲ仕様 タイトル画面 タイトルロゴとメニューボタンがある普通のタイトル画面。メニュー項目はスタート・ロード・コンフィグ・スペシャル・ゲームエンド。+スタッフルームへの入り口 ADV画面での機能: ウィンドウ閉じる・セーブ・ロード・オート・スキップ・ログ・コンフィグ コンフィグ画面での機能 画面サイズ・音量・メッセージ速度・オート速度・既読/未読スキップ・演出オン/オフ スペシャル画面の機能 クリアすると選択可能になる。CGが見れたり音楽が聴けたりするよくあるアレ スタッフルーム画面 クリアすると選択可能になる。入り口はタイトル画面に変なアイコンを出してそれを押すと移動。説明画像 演出について 基本的にスクにまかせる。仮素材はフリー素材から適当に持ってこよう ムービー 時間があまったらお願いよ。オープニングムービー、エンディングムービー、起動時のサークルロゴみたいなやつ。さらに余裕があったらおっぱい揺らしたりとか . . . . . . .