約 1,037 件
https://w.atwiki.jp/ulilith-face/pages/41.html
コマンドによるウィンドウサイズの変更方法 uLilithでは特定のコマンドを組み合わせることによって、 ウィンドウの表示サイズや各アイテムの基準位置を変更することができます。 これにより、フェイスの表示後にウィンドウサイズを変更させるスイッチを作成することができます。 ウィンドウサイズの変更 - ChangeWindowAreaコマンド ChangeWindowAreaコマンドを使用すると、 デスクトップ画面端へスナップする(ある程度端に近づくと密着する)ときに確保される領域などに関係する ウィンドウ領域の位置・幅・高さを変更できます。 ウィンドウ領域を変更しても特に見た目は変わりませんが、 ResizeCanvasコマンドでキャンバス(アイテムの描画領域)を変更しただけでは 画面端へスナップするウィンドウ範囲は変わらないので、 このChangeWindowAreaコマンドで変更する必要があります。 Command = ChangeWindowAreaCommandParamType = StringCommandParam = 0, 0, 300, 200 上のように、新しいウィンドウ領域の上下左右の端の座標を、 現在のウィンドウの左上座標を基準にパラメータを指定します。 CommandParamキーに left, top, right, bottomの順で4つの値を半角カンマとスペースで区切って設定して下さい。 leftで「新しいウィンドウ領域の左端位置」、topで「新しいウィンドウ領域の上端位置」、 rightで「新しいウィンドウ領域の右端位置」、bottomで「新しいウィンドウ領域の下端位置」を それぞれ指定します。 左上座標からみてプラス数値なら右・下に、マイナス数値なら左・上になりますが、 基本的には0以上の(プラスの)数値を記入してください。 また、数値は10進数(0・10・20・30…)しか認識されません。 元の値のまま変更しない項目がある場合は、その項目に「-1」を設定して下さい。 「-1」が入力された項目は現在の値が使用されます。 ※ResizeCanvasコマンドでキャンバス(アイテムの描画領域)を拡張する場合 右・下方向にしか拡張できないので、 ChangeWindowAreaコマンドでマイナス数値を指定して ウィンドウ領域を左・上方向へ変更しても特に意味はありません。 (右下方向に拡張するために「ウィンドウサイズ・キャンバスサイズ両方を右下に広げた」場合 フェイス内に表示されているアイテムを右・下に動かしたときは、 新しいキャンバスサイズの範囲内であれば問題なく表示されますが、 左上方向に拡張しようと、「ウィンドウサイズを左上に広げた」場合は キャンバスサイズは左上には広げられないので フェイス内に表示されているアイテムを左・上へ移動したとしても 元のウィンドウ(キャンバス)範囲から左上にはみ出た部分は消えてしまいます。) 例えば CommandParam = 0, 0, 200, 150 なら、 領域の左端は「左上座標から0px右」、領域の上端は「左上座標から0px下」、 領域の右端は「左上座標から200px右」、領域の下端は「左上座標から150px下」までの設定になり、 元の左上座標と同じ位置から『200×150px』の領域が新しいウィンドウ領域に変わります。 パラメータの1つ目・2つ目に0を指定してあれば 新しいウィンドウ領域の左上座標は元と同じ位置になるので、それぞれ 『右端の位置(パラメータ3つ目)』は「新しいウィンドウ領域の幅」の指定と同じ、 『下端の位置(パラメータ4つ目)』は「新しいウィンドウ領域の高さ」の指定と同じ意味になります。 普通にウィンドウ領域のサイズを変更する場合は上記のように指定してください。 CommandParam = 20, 30, 200, 150 なら、 領域の左端は「左上座標から20px右」、領域の上端は「左上座標から30px下」、 領域の右端は「左上座標から200px右」、領域の下端は「左上座標から150px下」までの設定になり、 『元の左上座標から20px右・30px下』の位置から『180×120px』の領域がウィンドウサイズに変わります。 パラメータの1つ目・2つ目が0以外の場合、それぞれ 『右端の位置(パラメータ3つ目)』-『左端の位置(パラメータ1つ目)』=「新しいウィンドウ領域の幅」に、 『下端の位置(パラメータ4つ目)』-『上端の位置(パラメータ2つ目)』=「新しいウィンドウ領域の高さ」に なります。 ウィンドウ領域の左上座標を変更したい場合は上記の例のように指定しますが、 ResizeCanvasコマンドでのキャンバスサイズの変更では キャンバスの左上座標は変更できないので、サイズ変更後のアイテム移動には気をつけてください。 (ウィンドウ領域のサイズ外でも、キャンバスサイズ内であればアイテムが描画されるので 新しいウィンドウ領域の左上にアイテムを移動する場合は、はみ出て表示されてしまいます。) なお、パラメータの指定した数値のそれぞれ 1つ目(left:左端)の数値が3つ目(right:右端)の数値より大きかったり 2つ目(top:上端)の数値が4つ目(bottom:下端)の数値より大きかったりすると 新しいウィンドウサイズとして指定される領域の幅・高さが0以下になってしまうので エラーとなりコマンドは無効になります。 キャンバスサイズの変更 - ResizeCanvasコマンド ResizeCanvasコマンドを使用すると、 フェイスウィンドウ内のアイテムの描画可能領域(キャンバス)のサイズを変更できます。 このコマンドでキャンバスを広げると、 元のサイズよりも広い範囲にアイテムを表示することができます。 逆にキャンバスを小さくすると、表示範囲を元のサイズより狭い範囲に縮めることもできます。 ModifyItemコマンドで元のフェイスのサイズよりも広い範囲で アイテムの位置やサイズを変更する場合に、 このResizeCanvasコマンドを利用してキャンバスを広げてください。 (キャンバスを広げないと、元のサイズからはみ出た部分は表示されなくなってしまいます。) 幅・高さどちらかを元の値のまま変更しない場合は、変更しないほうの数値に「-1」を設定して下さい。 「-1」が入力された項目は現在の値が使用されます。 なお、キャンバスサイズを変更しても フェイスウィンドウが画面端へスナップするウィンドウ範囲は変わらないので、 ChangeWindowAreaコマンドでウィンドウサイズもあわせて変更してください。 Command = ResizeCanvasCommandParamType = StringCommandParam = 200, 100 上のように、パラメータには新しいキャンバスサイズの「幅」・「高さ」の順で 半角カンマとスペースで区切って数値を指定してください。 サイズを変更しても、キャンバスサイズの左上端の位置は変わらないので キャンバスを元のサイズより大きくする場合、右・下方向へ拡張することになります。 グローバルオフセットの変更 - ModifyGlobalOffsetコマンド ModifyGlobalOffsetコマンドを使用すると、 すべてのアイテムの相対座標補正である、『グローバルオフセット』を変更します。 『グローバルオフセット』が変更されると、これにあわせて すべてのアイテムのPosX・PosYの数値が増減します。 つまり、すべてのアイテムの表示位置を同時に上下左右に移動するのと同じことになります。 Command = ModifyGlobalOffsetCommandParamType = StringCommandParam = 20, 30 上のように、パラメータには新しいXオフセット,Yオフセットを 半角カンマとスペースで区切って数値を指定してください。 プラス数値なら初期位置から右・下に、マイナス数値なら左・上に移動します。 なお、パラメータに0以外を設定して上下左右に移動した後で もう一度ModifyGlobalOffsetコマンドを実行し元の位置に戻す場合は パラメータに CommandParam = 0, 0 を設定してください。 最初に動かした分から計算してマイナス(プラス)して0になるような数値を指定しても、 (例えば、「20, 30」で動かしたので元に戻そうと「-20,-30」を指定した場合) 元の位置には戻らず、パラメータに記入したとおりの位置に動いてしまいます。 フェイスのウィンドウサイズを変更するアイテムの作成例 フェイスウィンドウを左上方向に拡張する例を説明します。 ResizeCanvasコマンドでは、キャンバスサイズを右下方向にしか拡張できないので、 フェイス全体を左上に拡張したい場合は、 ChangeWindowAreaコマンド・ResizeCanvasコマンドでウィンドウ・キャンバスサイズを右下に拡張して、 ModifyGlobalOffsetコマンドで全アイテムを右下に移動してから 背景画像アイテムだけを左上に広げることによって 擬似的に左上に拡張することになります。 具体的には以下のような手順になります。 (例:300×140pxのウィンドウを左上に50pxずつ広げる場合) 1:ResizeCanvasコマンドでキャンバスサイズを右と下に50pxずつ広げて、350×190pxにする Command = ResizeCanvasCommandParamType = StringCommandParam = 350, 190 2:ChangeWindowAreaコマンドでウィンドウサイズを以下のように設定して、 新しいウィンドウサイズ・位置を 元の左上座標と同じ位置から、350×190pxのサイズになるように変更する Command = ChangeWindowAreaCommandParamType = StringCommandParam = 0, 0, 350, 190 3:ModifyGlobalOffsetコマンドでグローバルオフセットをX、Yそれぞれ+50pxに変更して 全てのアイテムを50pxずつ右下へ動かす Command = ModifyGlobalOffsetCommandParamType = StringCommandParam = 50, 50 4:背景にあたる画像アイテムのPosX・PosYをそれぞれ-50、 Widthを350、Heightを190に変更して背景画像を左上に50pxずつ広げる [BgImg]というフィールド名で背景の画像アイテムを設定している場合 [BgEnlarge]Category = ParametersTargetItem = BgImgPosX = -50PosY = -50Width = 350Height = 190 上のようなParametersフィールドを作って、以下のModifyItemコマンドを実行する Command = ModifyItemCommandParamType = StringCommandParam = BgEnlarge ※背景の画像アイテムはDynamicImageかStaticImageで作成してください。 BackImageで作成すると、設定の変更ができません。 こうすると、実際にはフェイスウィンドウは右下に拡張されましたが 見た目では背景が左上に広がったようになります。 なお、元のサイズに戻す場合は上の手順の逆の作業を行ってください。 I:背景画像アイテムのサイズを初期サイズに戻す(4:の逆) 「背景画像アイテムのサイズを変更する別のParametersフィールド」を作っておいて、 ModifyItemコマンドを実行してサイズを変更します。 [BgReduce]Category = ParametersTargetItem = BgImgPosX = 0PosY = 0Width = 300Height = 140 Command = ModifyItemCommandParamType = StringCommandParam = BgReduce II:ModifyGlobalOffsetコマンドでグローバルオフセットをX、Y両方とも0にする(3:の逆) Command = ModifyGlobalOffsetCommandParamType = StringCommandParam = 0, 0 ※サイズを拡張するときに+50pxにしたからといって、戻すために-50を指定してしまうと 元の表示位置から上・左50pxの位置まで動いてしまうので、 元の位置に戻す場合は0を指定してください。 III:ResizeCanvasコマンドでキャンバスサイズを元のサイズ(300×140px)に戻す(1:の逆) Command = ResizeCanvasCommandParamType = StringCommandParam = 300, 140 IV:ChangeWindowAreaコマンドでウィンドウサイズを 元の左上座標と同じ位置から、300×140pxのサイズになるように変更する(2:の逆) Command = ChangeWindowAreaCommandParamType = StringCommandParam = 0, 0, 300, 140 ウィンドウを右下に拡張する場合は、グローバルオフセットの変更は必要ありません。 背景画像も表示サイズを変更するだけでいいので、背景画像の左上位置座標の変更も必要ありません。 ini記述例サンプル 最後に、この変更例のサンプルフェイスを添付しておきます。 resizecommand_test.zip このサンプルフェイスに切り替えると、以下のようなフェイスが表示されます。 青いボタンにウィンドウサイズを拡大するコマンドシーケンスを設定してあります。 このボタンをクリックすると、 このようにフェイスのサイズが変更され、青いボタンが緑色のボタンと入れ替わります。 緑色のボタンにはウィンドウサイズを縮小するコマンドシーケンスを設定してあるので このボタンをクリックすると元のサイズに戻ります。 (同時に、サイズを拡大する青いボタンに入れ替わります。) このフェイスの背景画像はStaticImageアイテムで作成し、 画像の表示位置はアイテム領域の右下に配置、背景色も設定しているので 表示サイズが変更されると広がった分(画像のない部分には)背景色が表示されます。 背景画像の表示サイズを変更する場合、 『画像の表示位置が左上・画像の繰り返しや拡大縮小をしない・背景色が透明』のままだと、 単に画像が左上に移動しただけに見えてしまうので、表示サイズを広げても問題ないように 背景色の設定か画像の繰り返し表示や拡大縮小表示をしておくといいでしょう。 画像サイズ・位置を変更するなど元から表示していた画像の設定を変更しなくても、 ウィンドウサイズを拡張するのと同時に、 あらかじめ準備しておいた(IsHidedキーで非表示にしておいた) 別の背景画像アイテムをShowItemコマンドで表示して新しい背景として使用する、 というやり方でもかまいません。
https://w.atwiki.jp/kumicit/pages/106.html
創造論サイド インテリジェントデザイン文献 インテリジェントデザイン:進化論の科学的代案 インテリジェントデザイン:進化論の科学的代案 インテリジェントデザインを支持する証拠 デザイン理論に対する証拠は、デザインを肯定する証拠と、自然主義理論を否定する証拠から構成されます。前述のように、もし2つしか可能な説明方法がないなら、一方に否定的な証拠は、他方に肯定的な証拠となります。 外見のデザイン(Apparent Design) おそらく、もっとも直接かつ無視できないデザインの証拠は、生命システムのデザインの外見です。私たちが矢尻をみつけたり、人間の眼を研究したりするときに直感的にその証拠を存出します。宇宙のデザインについて、アリストテレス、ソクラテス、プラトン、コペルニクス、ガリレオ、ニュートン、ベーコン、ボイル、およびアインシュタインにさえ納得させた証拠です。 つい最近まで、科学の基礎は外見のデザインが構成していて[41]、それはRichard DawkinsやGene Myers(前述)が生物学にデザインを見出したのも、この直感です。 科学において、もっとも明白でもっとも単純な説明は、ふつうまっさきかけて受け入れられますが、新しいデータによって異議を唱えられるかもしれません。そのようなデータ(ヒントでも、示唆でも、希望的観測)によって、実際に元の仮説が反証されるまで、その仮説は破棄されるべきではありません。記録に残っている人類の歴史の最初の4000年では、デザイン仮説は事実上、普遍的に受け入れられていました。そして科学者の仕事は、この世界がどう生まれたかではなく、創造された世界がどう機能するかを発見することでした。18世紀半ばにヒュームはデザイン推論の論理に異論を唱えましたが、代案は提示しませんでした。Darwinは対抗しうる自然主義仮説という代案を提示しました。当時の多くの人々は(彼と同じく生命の新の複雑さをまったく知らなかった)はすぐに受け入れました。しかし、(特に20 世紀後半の)近代科学は、細胞(と宇宙)の構造と機能の度肝をぬくような複雑さを発見しました。これらの発見により、科学者たちはデザイン仮説のメリットを再考するようになりました[42]。 還元不可能な複雑さ(Irreducible Complexity) 生命の起源に対する"法則と偶然"という説明は、細胞の複雑さという本質に関わる観測の観点からはもっともらしくありません。生物化学者 Michael Bahe [訳注 Dr. Dembskiと並ぶインテリジェントデザイン理論家]は、生物の多くの生物学的メカニズムは還元不可能な複雑さを持っていると主張しています。この還元不可能な複雑なシステムとは「ひとつの基本機能をよく調和して相応作用する複数のパーツから構成されたひとつのシステムで、パーツのひとつでも取り去ると、機能しなくなるもの」です[43]。"還元不可能"という形容詞は、より複雑なシステムへと組み上げられる、より単純な機能を持つシステムに分解できないことを意味します。 Dr. Beheは還元不可能な複雑な生物学的システムの例としてバクテリアのべん毛をあげています。この生物機械は高速ロータリーモーターであり、プロペラを回転させて、バクテリアを食物の方へ、あるいは危険を避ける方へ動かします。それの組み立てと動作には少なくとも40個の、とても複雑で、結合されて、動くタンパク質部品が必要であり、一方それは、もっとも原始的な細胞の完全に機能するコンポーネントだと信じられています。全部の部品が同時にそろわない限り、それは動作しません。個々の部品がばらばらではダーウィンの自然淘汰は効かないので、自然淘汰によってこのような機械は作れないとDr. Beheは主張しています(それらの部品には、オリジナルよりもよく機能して自然淘汰で選択されるような生存に有効な機能を持っていません)。Dr. Beheによれば 還元不可能な複雑なシステムは直接的に、変化前の形態から漸進的な変化(すなわち、初期の機能を、継続的に発展させつつ、同じメカニズムが機能し続ける)によって作れません。それは、いかなる、変化前の形態から還元不可能な複雑なシステムへ変化しつつあるとき、欠けた部品があれば定義上、機能しなくなるからです。還元不可能な生物学的システムが、もしあるなら、ダーウィン進化論に対する強力な反証となります。自然淘汰では既に機能しているものだけが淘汰の対象となるので、生物システムがもし部品が徐々に組み上げられて出来上がるわけにはいかない。従って、自然淘汰が影響するためには、一気に組み上げられなければならないでしょう。 自然法則と偶然だけではひとつの細胞にある、高度に複雑で統合された複数のコンポーネントから構成されるマクロ分子機械のひとつのタンパク質部品でさえも組み上げられたことはありません[45]。現象の準備と調整を知覚、決定、計画、支持する意志の機能がなければ、偶然と必然は概念だけであって創造的には無力です。 生物学的情報(Biological Information) 生命システムは膨大な量の情報(DNAなど)によって特徴付けられます。意味のある特質を持つ情報を生成できるような物理および化学法則あるいは過程は知られていません。複雑さなら可能ですが、情報は不可能です。意味のある特徴は物質あるいはエネルギーだけからは発生しません。意味を作り出せるのは、私たちが経験的に知っている限り、意志のみです。たとえば、"SGIDNE"という文字列は意味を持ちません。しかし、同じ文字を並べ替えて、"DESIGN" とすれば、物質ではなく意志に由来する新しい意味と情報を持ちます。これは天文学者 Paul Davisの説明です: 雪の結晶は六角形の特定形状に文法的情報を含んでいるが、これらのパターン、その構造自体の背後には意味のある情報やいかなる意味も持っていない。これに対して、生物学的情報の特徴的な性質は意味を十分持っている。DNAは機能をもつ有機体を作るために必要な命令列を構成している。明示され予め定められたものを作るための青写真なるいはアルゴリズムを。雪の結晶は、何も象徴するコードを持っていないが、遺伝子は明らかに持っている。生命を説明するのに、自由エネルギーや負のエントロピーの源泉を特定するだけでは、生物学的情報を作り出すに不十分だ。我々はまた、いかにして意味ある情報が出現したのか理解する必要がある。それは情報が単に存在するのではなく、情報の質が真のミステリーなのだ[46]。 生物学的システムの人間の創ったシステムの類似性(Similarities in Biological and Human-Made Systems) ダーウィン進化論と"創造"する進化の力を支持する人々は類似性の議論に大きく依存している。生命形態によらず分子は類似しており、異なる動物のボディプラン(形態の設計)は類似しているなど。もちろん、類似性は同様に、共通のデザイナーを示唆し、それによって進化論者は生命の可能性としてデザイン(哲学ではなく証拠に基づく)の可能性を排除できません。科学者は多くの生物学的システムが人間が作ったシステムと同じ特徴を持つことを発見しています。ひとつの例はモールス符号のコンセプトと遺伝子コードの類似です。実際、後者は人間が作ったコード化システムのアナロジーとして発見されました[47]。ファルコン(ハヤブサ)は その名を持つF-16 ファイティングファルコンよりもはるかに複雑であり、バクテリアのべん毛を動かすナノスケールのモーターは人間が作った電動モーターよりもはるかに高性能です。人間の作った複雑なマシンと生体分子機械および情報処理システムの類似性は、デザイン仮説を支持します。もし、"類似性"がダーウィン進化論が認められる証拠であるなら、それはデザイン仮説にとっても同様です。 突然の多種の化石の門の出現(Abrupt Appearance of Fossil Phyla) ダーウィンの自然淘汰は生物の形態の変化が長い時間をかけて徐々に小さな変化を蓄積することで起きると仮定しています。しかしながら、化石の記録はこの推測と矛盾しています。現在の証拠は、最初の生きている細胞は地球の気温が生物が居住可能なレベルになった直後(数百万年)に出現したことを示唆していることから始めましょう[48]。科学者ははじめ、生命の出現には数十億年の時間がかかると推測していましたが、バクテリアの出現は、地球の気温が沸点以族になってから次第にというよりは、直後に突如、生命が出現していました。40種以上の新しく異なった生命が5億5000万年前の「カンブリア紀の爆発」に登場しています[49]。事実上、すべてのボディプランが同時に出現したことはダーウィンの進化論と矛盾します。Stephen J. Gould とNiles Elderidgeは、生命形態の突如の出現を"説明"するために"断続平衡説"を提案しました[50]。残念ながら、それは何も説明したことになりません。誰もみていない間に進化が起こって、動物の変化が急速すぎて化石を残すのに十分な時間がなかったか、化石となるには中間種の個体数が少なすぎるかと仮定しただけです。これは証拠ではなく、希望的観測であり、突如の大きなスケールのゲノムの変化を指示する生物学的メカニズムは知られていません。インテリジェントデザイン理論は変化の速度についてではなく、生命の発展の制御についての理論なので、ゆるやかな生命の出現と突如の生命の出現のいずれのケースに対しても、対応できます。 インテリジェントデザイン理論は、どんな進化論の過程も多様な種の起源に関与していないとは主張しません。インテリジェントデザイン理論は進化が生物の多様性を説明するには不十分であると主張しているだけです。 多くの宇宙物理学者と宇宙論者は、長年、宇宙が「微調整された」ように見えると認めています。「微調整された(これはデザインと同義語)」とは、非常に正確で複雑にバランスした物理法則の基礎をなす数値定数の存在していることを指しています。重力、電子の質量、陽子の電荷などが特定の実現値です。それらがわずかでも違っていたら、生命どころか、いかなるものも存在し得ないでしょう。Martin Reesは観測された「微調整」を満足する解は2つしかないことを認めています。そのひとつはデザインであり、もうひとつは私たちの宇宙が無限の独立した並行宇宙のひとつであるとして、私たちの"微調整"された宇宙の存在確率を上げるというものです。自然主義に傾倒する者として、彼はデザインという結論を避けるために、見ることも存知することもできない証拠のない複数の宇宙の存在に頼っています。数十億あるうちのひとつの平均的な銀河系の裏庭にあるちっぽけな恒星のまわりにあるちっぽけな太陽系のちっぽけな惑星という存在からかけ離れて、宇宙における地球の位置がとてもユニークである[52]という証拠が提示されました。その結果、宇宙の「微調整」と地球の位置に関する証拠はデザインを支持する証拠となります。 インテリジェントデザイン理論についてのこれらの兆候と証拠に加えて、反論を支持しない発見がありました。これらはさらにデザイン理論の立場を強化します。 統計的研究(Statistical Studies) 数学的な分析は、複雑な生物学的システムを偶然を基礎としたダーウィンの進化論で作ることは想像を絶するありえないことだと示しています。(数千の他の生物分子に触れるまでもなく)遺伝子コードの統合はありえないとNoam Lahav, Walter Bradley and Charles Thaxton, and Robert Shapiro[53]も論じています。 誤って伝えられる証拠(Evidence Misrepresented) "Icons of Evolution"と題した最近出版された本には、米国で使われている其科書に見られる、進化についての誤解させるような学説について詳細に記述しています[57]。"Icons of Evolution"は誤報に焦点を合わせていますが、その厳密な分析は進化論に関する多くの重要な問題点を指摘しています。 デザイン理論に対する反論 デザイン検出方法を生命システムに適用すると、それらがデザインされたと結論されますが、誰もが同意するわけではありません。従って、無神論者として、デザインに対する最も有名な批判者である、オックスフォード大学のRichard Dawkins教授はインテリジェントデザイナーが存在する可能性を認めません。生命におけるデザインは見かけだけ、ただの幻想だと言っています [58]。Dawkinsにとっての真の"デザイナー"は、ダーウィン進化論の具全と必然たる盲目の時計職人です。彼の結論は、彼が証拠として選んだデータと同じくらいに彼の哲学的な先入観に依拠しています。 明らかに、インテリジェントデザインに対する最も一般的な批判は進化論を支持するために集められた証拠です。 一般に、それは次のような観測結果です: 化石は存在している。これは地球の歴史において非常多くの種類の形をした生物が存在し、後に出現したものが初期に現れたものより複雑であることを示している。 Darwinの自然淘汰は自然の中で観測できる。種族の中で、病気で弱く老いたものから淘汰され、敏捷なものが生き残る。 ある毒(抗生物質)の中で培養されたバクテリアは、DNA(したがってタンパク質も)を変化させて、毒素に対する耐性を身につけ、生き延びる。 多くの動植物が、人間によって品種改良され、DNA構造と彼らの物理的な形態変えられた。従って、生物の形態は不変のもの(Darwinの時代には広く信じられていた)ではなく、(少なくとも知的な存在の指示のもとで)変化する。 種を超えた体の形状や特に生物分子の類似性は、共通の祖先がいたことを示唆している。 さらに、自然主義者はこのリストに、インテリジェントデザイン理論が示唆するデザイナーを誰も見ていないという事実を加えるでしょう。従って、デザインの証拠はないと。しかし、ストーンヘンジのデザイナーを誰も見ていませんが、誰も南イングランドにあるこの岩石のリングが知的にデザインされたことを疑いません。さらに、最初の生命の誕生とそれに続く多くの変化における意志なき進化過程が機能するのを観察できるわけでもありません。だから、デザイナーを見られないという反論は弱いのです。しかしながら、この反論をするにあたって、ダーウィン進化論者は、科学的に発見に中心的な論理構築の道具を知っています。理論Aを支持するデータは、理論Aと無矛盾でありかつ、競合する理論Bと矛盾するはずだということを。実際、事実上、ダーウィン進化論を実証するのに使われる観測はすべて、インテリジェントデザイン理論も実証するので、どちらが正しいか証明できません(後述)。この事実が一般あるいは学校生徒に公開されておらず、Darwinが正しく実証されており、従って事実であるという間違った印象を与えられたままになっています。話の半分だけしか伝えないのでは教育は教化にしかなりえません。 Darwinは科学界を種の不変性という誤った考えから、きわめてうまく解放しました。それは、彼が動物は(少しは)変化するということを示したからです。これは新しいアイデアではありませんでした。人々は数世紀にわたって品種改良を続けてきたからです。 Darwinのアイデアが新しい点は、変化に限界がなく、ランダムな変化に自然淘汰がはたらくことで、共通の祖先からすべての生物が生まれたという命題を導けることにあります[59]。これらの仮定は、データからかけ離れた途方もない信念の飛躍です。しかしながら、彼の論理は、宗教優位の息苦しい狭窄から解放されるのを切望していた19世紀の聴衆には無視できないものでした。教会の権威は結局は創造主の存在に依拠しており、その存在は生物界自体によって証明されているものでした[60]。もし、Darwinが正しいのであれば、科学は聖書が間違っていることを示したのだから、その証拠による圧制はやみました。 (教科書からテレビまで、日々私たちの文化を満たしている)自然主義仮説を立証する支柱についてさらに説明する必要がありませんが、自然主義が幾つかの重要な"自然"現象を説明できていないことを指摘しておく必要はあるでしょう。たとえば、宇宙の起源、宇宙の法則と定数の起源、生命の起源そして、還元不可能な複雑さの起源。自然主義的科学者は、自然とこれらを一時的に問題とみなします。というのは、科学の歴史は、いったんはミステリーだとされた現象も最後には"自然に"説明がつくという例に満ちているからです。確かにこれは明らかに真実ですが、リアルタイムに、関連変数を完全に制御できる条件で実験ができる実証科学や実験科学などにおける進展であることを忘れてはいけません。それはまた、型破りなことを考えることを推奨するフレームワーク内で実行されています。方法論的自然主義は起源を考える自由を制約します。 インテリジェントデザインは「科学の停止装置」か、"God of the Gaps"理論か? 批判者はそのように非難しています[61]。地球が丸いという発見は「科学を止めた」でしょうか?病気の病原菌病原説や、鉛から金を創れないという発見はどうでしょうか?これらの発見は科学の発展を止めたでしょうか?これらは真理の発見であり、したがって、科学的探究をある意味、止めました。彼は、自動車のキーが見つかれば、キーを捜すのをやめるのと同じ意味で、科学的探求を止めたのです。それ以上の探求の必要がなくなったからです。何故、私たちがポリオ防止方法や自動車の発明に資金を出さないかと言えば、それはもう答えが出ているからです。インテリジェントデザイン理論が正しければ、生命とその多様性は未知の知的存在によるものであり、そうなれば、(重力と同じく)それを所与のもととして、反論を証明するのをやめて、生命がどこからきたかではなく、生命がどう機能するかの発見に研究を努力を費やすのが、知的対応です。たとえば、遺伝学の分野では、ゲノムがどれくらい可塑であるかを探求すればよいのです。自然な変化の限界がどこまでで、遺伝子の知的な操作によって、どこまで限界を拡張できるか?遺伝子の挿入と削除でリスをシマリスに変えられるか?遺伝病を治療できるか?そのような有益な発見につながる問いに、注力すべきなのです。私たちの立場から見れば、貴重なリソース(とお金とキャリア)を、仮定が間違っているかもしれない、進化によっていかに私たちが生まれたかを探求することに振り向けるのは、恥です。 科学を前もって決められた採用可能な説明のセットに限るなら「自然な説明はがなければどうするか?」と自然と問うことになります。実際、DNAは知的存在によるものならどうでしょうか。科学は永遠にこれに気づかず、存在しない自然主義的答えの探求に知的資源と金銭的資源を浪費し続けるでしょう。科学の発展は袋小路の発見と間違った理論の排除に大きく依存しています。これが科学の働き方であり、インテリジェントデザイン理論は科学的探究を抑えるのではなく、推進するものと見るべきです。たとえば、最近公表されたコンピュータシミュレーションは知的入力なしに生命がいかに進化するかを説明するものえあり、これは反対の立場にあるインテリジェントデザイン理論の科学的挑戦に触発されたものです[62]。 インテリジェントデザインは"god of the gaps"理論でしょうか? 自然法則と偶然によって説明できないものは何でもデザインだとインテリジェントデザインは提案したと告発されました。従って、私たちの知識の隙間はすべて神によるデザインだと。それにはあたりません。指導されない自然の過程でそのパターンあるいは物体を創れないかを(想像ではなく)論証して、明らかなデザインや意味がそのパターンに欠けていることを示せば、デザイン推論を反証できます。日々、SETI研究者は電波に隠されたメッセージ(デザイン)がないか検証し、いまだ信号がある例を見つけていません。他方で、競合する仮説としてのデザインではなく、自然主義的説明が"chance of the gaps"あるいは"environment of the gaps"な説明をしています。今日、自然法則と偶然で説明できないことは何でも、(無限の並行宇宙のような)確率のリソースをインフレさせる法則や方法を見つけて、明日には自然法則と偶然で説明できるようなると。それ以外に許されないという理由で、そのような自然法則や偶然による説明があるはずだと。 インテリジェントデザインは科学の停止装置でしょうか。いいえ。真の科学の停止装置はデザインを哲学のようなものとして排除する方法論の自然主義です。 インテリジェントデザインは宗教であって、科学ではない? 起源の問題への科学的研究法を適用すれば、インテリジェントデザインが科学であるが明らかになります。デザイン推論は宗教テキストではなく、本当にデータに基づいています。これはディベートの経緯が証拠です。Richard Dawkinsが説明するように、ダーウィン理論は、彼の時代に支配的だった生命システムがデザインされたように見えるという信念への対論としてつくられました。デザインに反対するのがDarwin(そしてDawkins)にとって科学的だというなら、それに同意しないことが科学的です。デザイン理論は一般真理を探究するという科学の伝統的な定義と矛盾しません[65]。 科学組織やその他の組織はデザイン理論に対する数多くの反論をあげて都合よく進化論に生命の起源の説明を独占させようとしてきました。ひとつの反論はデザイン理論が検証不可能で、予言不可能だとうものです。前述のように、デザイン推論は他の伝統的なすべて科学においてつかわれる検証テクニックによって検証できるかもしれません。よい例がSETIプログラムです。さらに、進化論は競合する理論と対比され、比較検討されねばならず、インテリジェントデザイン理論はその起源科学の部分を担います。 デザイン理論は予測をしないで、科学的でないと主張している者もいます。まず始めに注意すべきは、進化の定義そのものが予測不可能です[66]が、デザイン理論は実際に予測可能なことです。たとえば、ゲノムはある目的のためにデザインされており、ジャンクDNAと呼ばれる部分にも機能があると予言します。そして、この予言は最近実証されました[67]。 インテリジェントデザインは生物学的システムが、偶然と法則によるもではなく、意志によるものだと仮定します。この予言は日々、生化学者が生化学機械の"リーバスエンジニアリング"をしようとするとき使います。すなわち、それらのアーキテクチャに組み込まれたデザインの決定事項をさがすことになるからです。William Harveyはデザイン理論を使って、心臓と静脈および動脈の構造を基に、血液がどう循環するかを発見しました。そのようなデザインに対する反論は、起源についての知識を高めるのではなく、議論からデザインを都合よく排除し、インテリジェントデザイナーの支持するいかなる科学的証拠も抑圧するためにつくられたつじつまの合わない弁解に過ぎません。 インテリジェントデザインは宗教ですか? とんでもない。いかなる宗教テキストからでもなく、単に客観的データから得られた論理的な推論です。おそらく最も重要なことは、試験的仮説(方法論の自然主義のような)であって、信念と承認を必要とする主義ではありません。デザイン仮説はそれが当然のことと思われるのを必要としません。どんな「宗教」(国教禁止条項目的のための)の主要な要件もそれが信念システムであるということです[68]。デザイン理論と進化は、理論あるいは仮説として、宗教に重要な問題を記述しますが、最高裁判所が、組み合わせた結果が特定のあるいはすべての宗教の教義と一致あるいは調和したとしても、材料の組み合わせだけでは宗教を構成しないと判断しました[69]。さらにデザイン推論は、特定の信仰システムを唱えようとはしておらず、知られている宗教の聖職者、倫理とモラルのセット、宗教テキストあるいは装飾を持っていません。 いずれもを支持する証拠は何も証明しない 進化論とインテリジェントデザイン理論のどちらかを立証する証拠だけでなく、多くの証拠はむしろ両方を立証します(従って、どちらも証明しません)。 適応と自然淘汰 環境の影響力によって、種の中で、小さな適応的な変化が起きることについて意見の相違はありません。違いは、ダーウィン進化論者が変化の限界がないと主張するのに対して、インテリジェントデザイン理論は(確実な実験的証拠から、私たちの観点で)事実上の限界があると主張している点です。それに加えて、(新しいタイプの動物につながる目新しくて、複雑な科学システムの出現など)壮大に主張したものは直接観測しえません。インテリジェントデザイン理論家は、これは個々の"デザイン・イベント"が唯一特別なものであって、(ビッグバン理論のように)遥かなる過去に一度だけ起きたものだからと考えます。きわめてゆるやかな変化によって古い種から新しい種が生まれるというダーウィン論者の主張でもまた観測されません。それは、その過程があまりにゆるやかであるために、それが判別できるまでの長い時間を観察者が生きていられない、あるいは変化の本当の理由である生化学をまだ十分に理解していないからだと、ダーウィン論者は考えます。従って、両方の理論ともに間接的な証拠に依拠しています。 インテリジェントデザイン理論家は生化学システムに存在する情報を、過去に知性がデザインしたことの間接的証拠だと指摘します。ダーウィン論者にとっては、ガラパゴス諸島の「ダーウィンのフィンチ(小鳥)」の例が大きく喧伝されました[70]。この話では、渇水期にフィンチのくちばしの平均のサイズが大きくなるのが観測されました。これは環境条件が正しければ、新しい種が約200年以内に出現するだろうという示す注目すべき証拠として、提示されました。読者は進化論と合致する半分だけではなく、話全体を聞けば、これがそれほど注目すべきものではないと思うでしょう。実際、乾季のあとの雨季にはくちばしの平均サイズは「平年」にもどっていきました。 群れ全体の平均のくちばしサイズの振動は、新しい動物が出現したのではなく(新しいくちばしですらなく)、環境要因の変動に体操する過程です。乾季では、(より固い乾いた種をつつける)より短く、よりたくましいくちばしが種を存続させます。雨季には、豊富なやわらかい種があるので、大きなくちばしの方が生き残ります。フィンチのゲノムが組み込まれているのは、環境圧力に対応して変化する能力ですが、しかしそれには限界があります。 ダーウィン論者には、観測された小さな変化(広く受け入れられている小進化)を無批判に受け入れて、(私たちが見るに、広く)外挿して大進化を結論する傾向があるのが問題です。それは、人間が3フィートの小川を飛び越えられるというとても正確で再現可能で定量的科学的観測に基づいて、人間が大西洋を飛び越えて新世界にたどりついたと結論するようなものです。ガラパゴスのフィンチのような話は、学校で何故進化論についてもっと教える必要があるか明らかにしています。すべての証拠は、かれらほども注目すべきでものではありません。 分子レベルと解剖学レベルの種の間の類似 (厳密には生きていないある種のウィルスをのぞけば)すべての生物にDNAがあります。あらゆる生物には(事実上は同じ20の)アミノ酸でできたタンパク質があり、バクテリアと人間のタンパク質はよく似ていることがあります。これは同一の祖先を持つことを立証するでしょうか、それとも共通のデザイナーの存在を示唆するでしょうか? 理論的にはどちらも成り立ちます。自動車、飛行機、エアコン、および大型衣装箪笥にはボルトがついています。これはどれかのものかどれかに進化したからでしょうか、それともデザイナーがよく似た部品をつかってまったく関係のない物の似たような問題を解決したからでしょうか? インテリジェントデザイン理論は、よく似た分子(および解剖学的なもの、たとえば手足目など)から多くの種が形作られていることを、共通のデザイナーを仮定することで、対応します。 "観測された進化"~抗生物質と薬剤耐性 "通常の"固体にとって致命的な環境で生き延びる"新しい"バクテリアや蚊の出現をインテリジェントデザイン理論はどう見るでしょうか?これはダーウィンの理論の決定的な証拠ではないでしょうか?これらの観測例に対するインテリジェントデザイン理論の見解に注目する前に、少なくとも2点を指摘する必要があるでしょう。第1に、毒素に免疫を持つバクテリアや昆虫は元と同じ種のバクテリアや昆虫です。それは新しい生物でも新しい種でもありません。何も新しいものは"創造"されていません。第2にこれらの生物は、抵抗力を"獲得"したのではなく、感受性"を喪失したことです。正常な種類の個体を死なせる有毒化学物質と結合できなくなったか、取り付けなくなったかした変異もしくは破損したタンパク質を持っているのです。従って、どんな新しい能力も獲得しておらず、正常な機能を失っただけなのです。この証拠はデザイン理論の予測である、予期された適応性と生来の耐久性を持つ機械のようにデザインされた免疫システムと矛盾しません。免疫システムの変異率はその他の部分のゲノムの数千倍も速いことが知られており、この高速変異なしには、生命システムへの多種の新しい脅威に対抗できません。このことは、小進化を進める変化の原因がランダムではなくデザインされたものだということを示唆しています。これらは、限定された方法で環境の変化に対応する計画された柔軟性の例です。 起源理論を生命倫理と関係付ける 神は私たちを創造したのでしょうか、それとも私たちが神を創造したのでしょうか? 私たちには本来の目的があるのでしょうか、それとも私たちは自由に私たち自身の目的を定めることができるでしょうか?これらの質問の答えは倫理のどんな議論にもかぎとなるものです。 William Provine教授は、自然主義的、唯物論そしてダーウィン進化論の世界観が深く意味するところを私たちにわかりやすく説明しています。 第 1に、世界は機械論的原理にしたがって厳密に構築されるのだという前提を、近代科学は直接的に内包している。自然にはいかなる目的のある原理はない。合理的な方法で検出可能な神やデザイナーは存在しない。第2に、いかなるモラル、倫理的法則、人間社会の絶対的な指導原理も、近代科学はまったく内包していない。科学と宗教の対立は、宗教的信仰をもったまま、進化論生物学を受け入れるために、教会の扉で自ら脳をチェックしなければならない、というものなのだ。 Provine教授は正しいでしょうか、間違っているでしょうか?自然現象が設計されたものでないと考えるなら、彼は論理的に正しいのです。ある目的のための将来のイベントの準備を整える力を持つ意志のみが、目的の起源たりうるからです。自然法則と偶然には、ゴールを目指し、未来を考える力はありません。従って、ダーウィン論者あるいは進化論の世界観が、有神論の世界観からのそれとは正反対であるという重大な倫理的な意味があります。ある目的のために我々がデザインされたかどうかで、倫理的な判断は大きく異なります。たとえば、合理的で論理的な正当化なしに、他の意志の計画や目的に反した行動をとりたがりません。屋外の石の整列された集まりを見つけて、それが古代の墓地であることがわかれば、土地開発業者は工事を中止して命令を待ちます。古代文明の明確な意志と目的に違反する前に彼は、少なくとも意味を考えるでしょう。しかしもし、石がただ洪水や雪崩などによりばらまかれたものであるなら、彼は考えるまでもなく、ブルドーザーで押しのけてしまうでしょう。 同様に、生命が偶然のものであるなら、なぜそれを私たちの必要に応じて変更しなてはいけないのでしょうか?もしできるなら、何故ヒトクローンを作ってはいけないのでしょうか?何故、望まれぬ子を堕胎してはいけないのでしょうか?何故、もはや働けない老人を安楽死させてはいけないのでしょうか?何故、結婚制度を廃止してはいけないのでしょうか?何故、脱税してはいけなのでしょうか?何故、盗んだり、殺したり、破壊してはいけないのでしょうか?普通の人々は、生命に本来の目的がないなら、心に浮かんだ目的と合致するものならなんでも許容できると直感的に認識します。「神がまったくいなければ、なんでもは許される [72]」しかしながら、もし生命がまったくの偶然のできごとで(少しでも)ないなら、何かデザインされ、作られたものであるなら、生命には本来の目的があるはずです。目的が生命に充ちているなら、私たちはその目的とは逆にあえて危険を冒しても行動します。遺伝子操作による「デザイナー人間」を作ることは、現在は未知の標準目的と衝突していて、想像を絶する災害はもたらされるかもしれません。私たちは本来の目的がわかるまでは生命をどこまで操作してよいでしょうか? インテリジェントデザインにおける生命倫理の意味は個人について文化についても明らかです。ヒトクローンを作るべきか否か、ヒトの臓器を流通してよいか否か、死刑を宣告してよいか否か誰が私たちに教えてくれるでしょうか?誰が文化というテーブルの上座に座るのでしょうか?テーブルの席につくのを許されているのは誰でしょうか?自然主義的な科学は「事実」を提示するものであり、その目的と意味を述べる限り神学者や哲学者も許容されるでしょう。しかし、唯物論的科学が生命に本来の目的がないと既に結論を下した後で、どんな本当の役割が宗教に残されているでしょうか?なぜ生命には目的があるという誤った概念を思い違いをした個人は何かを信じられるでしょうか?それらは、政治的理由でパーティーに招かなければならないカップルのようで、その風変わりで美しい視点が無視されます。生命が本当にデザインされ、目的があればどうでしょうか?科学にとっては?もしそうなら、宗教はテーブルに席を確保するだけでなく、上座につく価値があるかもしれません。 前へ 次へ
https://w.atwiki.jp/83452/pages/13869.html
そして翌日。 全てが新鮮な大学を、りっちゃんと共に憂のフォローで乗り切って。 澪ちゃん達から逃れ、私の家に集合して作戦会議。 りっちゃんの同意も得られ、私には重大な任務が課せられることとなった。っていうか自分で言ったんだけどね。 ともあれ、私の任務は『バンドイベントの主催者に会う』こと。 本当はその先もあるんだけど、今のところはこれでいい。 というわけで翌日。放課後に会いたいと澪ちゃんにメールしておく。朝の下準備はこれだけ。 そして日中は真面目に授業を受ける。これは昨日のりっちゃんとの誓いでもある。違えるわけにはいかない。 そして、待ちに待った放課後。 澪ちゃんに件のバンドイベントの主催者に会いたい旨を伝える。 澪「へぇ……なんでまた急に?」 唯「んー、澪ちゃん達が常連だって聞いて、さ」 澪「常連なんてそんな……大袈裟な。っていうかあんまり答えになってないぞ」 唯「うーんとね、だから常連ならさ、写真とかビデオとか沢山撮られてそうじゃん? そういうの見たいの」 澪「う、確かにあるかもしれないけど……は、恥ずかしいし」 しまった、恥ずかしがりやな澪ちゃんにこの言い方はマズかった…… っていうか恥ずかしがりや克服してなかったんだね、やっぱりというか何と言うか… 唯「えー、見ーたーいー」 澪「あ、そ、そうだ、ビデオは流石に恥ずかしいからダメって伝えてあるんだよ。なんかこう、流出とか怖い時代だろ?」 唯「じゃあ逆に言えば写真はいいってことだね?」 澪「くっ……で、でも…」 唯「お願いだよみおちゃん……写真とかそういうのでしか、私は知ることが出来ないんだから」 澪「あ……」 唯「私が寝てる間、どれだけ澪ちゃん達が頑張ってたか……私が見れなかったもの、少しでいいから見たいんだ」 情に訴えかけるようだけど、これは本心。 実際、二年も何もせず寝ていたなんて勿体なすぎるとは思っているんだから。 せめて、その時を生きていた澪ちゃん達がどんな表情をしているか、それくらいは見たい。 澪「……わかった。主催者の人達の中には雑誌系の編集者を自称する人もいたから写真は残ってるはず。きっと頼めば見せてくれるよ」 音楽イベントは昔、町内会主催でやってたりもしたし、結構いろんな種類、数の人が主催者なんだろう。 というか個人でやるよりそっちの方が楽なんじゃないかな、と思う。 ただ、大前提として音楽が好きであることは必要だとは思うけど。 ……澪ちゃんはそのまま、バンド練習を放り出して私をその人の所に案内してくれた。 リーダー権限だ、とは言っていたけど……それ、またあずにゃんの負担になってると思うよ。 ……ま、言葉にはしないけどね。 ――そして。 男「――あぁどうも、○○という雑誌の編集者してます、△△という者です」ペコリ 唯「あ、どうも、ご丁寧に。……えっと、平沢唯です。名乗る必要があるのかわかりませんが…」 男「秋山さんのお友達でしょう? これから先、会うこともあるかもしれませんし。あ、これ名刺です」スッ 唯「ありがとうございます……すいません、私名刺とか持ってなくて」 澪ちゃんが電話して待ち合わせ場所を決め、時間通りにそこに来た男の人は予想外というか、なんというか、とにかく丁寧で腰の低いオジサンだった。 やっぱり音楽関係者に関する私のイメージはいろいろと間違ってるらしい。 男「ははっ、構いませんよ。それで、写真でしたっけ?」 唯「はい。澪ちゃんがカッコよく写ってるやつとか見たいです!」 男「沢山ありますよ。過去に雑誌に載せた分ばかりになってしまいますけど……」ドサッ 唯「やったぁ!」ガサゴソ なかなかの量である。一枚くらい持って帰ってもバレないかな? なんちゃって。 まぁこれだけあれば結構見るのに時間かかるよね。というわけで探すのに熱中してる『フリ』をする。 そうすればきっと、二人だけで何かしらの会話を始めるはず…… 澪「他のも持ってきてくれてよかったんですけど…」 男「……それほど深い関係のご友人だったんですか? 失礼ながら、よくあるファンかと思って当たり障りのないところにしといたんですが」 澪「…唯は、私の親友です。二年間、事故で昏睡状態で……ようやく目を覚まして、同じ道を歩けるようになった…唯一無二の親友です」 男「そう、ですか……」 澪「彼女がいるから、生きてるから、私は頑張れたんです」 唯「………」 ……私は、写真選びに熱中するフリをしながら聞き耳を立てていた。 澪ちゃんは予想通り、いや予想以上に私のことを印象的に紹介してくれている。これならこの男の人は私の事をそうそう忘れはしないだろう。 自分で言うのも何だけど、事故で昏睡状態とかなかなかの悲劇のヒロイン的な生い立ちみたいで、雑誌のネタにはなるんじゃないかな、と思うし。 そして澪ちゃんは一途な主人公。澪ちゃんの頑張りに応えて私が目覚めてハッピーエンド、ほら携帯小説レベルのありがちな感動の話が一本出来た。 ……そういうのが音楽雑誌に載るとは思えないけどね。 唯「――ありがとうございました! いろいろ見れて嬉しかったです!」 男「いえいえ。秋山さんのお墨付きですし、またいつでもお見せしますよ。あ、そういえば平沢さん」 唯「はい?」 男「あなたは楽器、何かやってないんですか?」 そういえば言ってなかったっけ、当然の疑問でもあるけど。 唯「えっと、ギターを少々……」 男「ほう! ギターですか。秋山さんと一緒に演奏されないのですか?」 ……なんだろう、この食いつき。気のせいか目が輝いてるような。 唯「え、えーっと、一応いつかは一緒にやりたいと思ってますけど、いかんせん病み上がりで」 男「あ、失礼しました……そうですね、では一緒に演奏する時は呼んでください。私の雑誌で特集組みますよ!」 唯「わぁっ、私も雑誌に載れるんですか!?」 男「ええ、勿論です。あ、一応秋山さんの意思も確認しておかないといけませんが」 澪「唯と一緒なら、拒む理由はありませんけど。そろそろいいですか?」 男「あ、失礼しました。それではまたいずれ」 ……腰が低い人だと思ってたけど、終盤はテンション高かった。 なんだろう、と思っていると。 澪「……あまりあの人を喜ばせるようなこと言うな」 唯「ほえ?」 澪「いや、悪い人じゃないんだけどな……あれでも一応、雑誌の編集長として野心はあるようで、さ。いいネタを捜し歩いてることには違いないんだ」 唯「へぇ……って、編集長!?」 澪「名刺に書いてるだろ……」 唯「ホントだ……そういえば「私の雑誌」って言ってたっけ」 澪「私達の事も、目をかけてくれてるといえば聞こえはいいが……無駄に大袈裟に煽られるのは、私は好きじゃない」 唯「澪ちゃんならそうだろうねぇ……ところで目をかけてくれてるってことは、あの人は主催者の中でも権力あるほうなの?」 澪「ん、確かにな。毎年参加してるし、腐っても雑誌編集長だからコネ多いし、ある意味スポンサーとも呼べるけど……なんでそう思ったんだ?」 唯「え、目をかけてくれてるから澪ちゃん達が大トリなんでしょ?」 澪「は? なんだそれ……聞いてないぞ!?」 ……えーっと、どういうこと? ムギちゃんの情報が間違ってるワケないし、でも澪ちゃん達には知らされてなくて…? 澪「くそっ、電話して確かめてやる…!」 ……あぁ、もしかして。というか安直に考えられる理由は、一つ。 澪「は? 本当に…? なんで黙ってたんですか!? ビックリさせたい!? ふざけるなぁぁぁ!!」 うん、やっぱりね。なかなか面白い人のようだ。 ……これは…上手く使えれば、もっと盛り上げることが出来そう。 次の日。ムギちゃんが「サプライズプレゼントがあるの~」とか言うからついて行ったらなんか部屋をプレゼントされました。広かったです。 そしてそのまた次の日。私はみんなを集め、バンドイベントの申し込み…というか殴り込み? まぁ、あの人の所へ行くことにした。 名刺に書いてある番号に電話して、あえて私達から「そちらに行かせてください」と頼み込む。 この時はまだ深い理由はなくて、編集者の仕事場を見てみたかっただけなんだけどね。 律「……思ったより散らかってないんだな」 唯「そうだねぇ」 紬「一般的なイメージが偏見になってるいい例ね」 憂「それでも私達、場違いな気がしますけどね」 いかんせん、多数の人がせわしなく働いている…と言えば聞こえはいいが、ひたすら机かパソコンに向かって黙々と何かを書いている。 そして部屋も狭く、かなりすし詰め状態。誰もが均等に狭いスペースで頑張っている。編集者って言うとカッコよく聞こえるけど、普通にサラリーマンみたい。 編集長であるあの人の机も一人だけ大きいというわけでもなく、威厳らしさを感じる要素と言えば上座にあるということだけ。 と、そこでその机から顔を覗かせたあの人がこちらにやってくる。 男「ああ、すいません。ちょっと立て込んでまして。別室で話しましょうか」 律「いえ、そう長い話でもないので」 男「君は?」 唯「あ、私の友達です。というかここにいる人みんな、私が目を覚ますのをずっと待っててくれた大切な友人です」 男「なるほど。そういうことなら」 律「ええっと――」 とりあえず、リーダーであり部長であるりっちゃんが話を通す作戦になっている。 といってもりっちゃんは台本を読むだけの簡単なお仕事で、憂とムギちゃんが適宜フォローするんだけど。 りっちゃんがバンドとして参加したい旨、そして澪ちゃん達にぶつけて欲しい旨を伝えると、当然あの人は怪訝な顔をする。それをどうにかフォローしようとする二人を尻目に、私はのんびり部屋の中を見て回っていた。 自分でも結構酷いと思います。そしてだいぶ邪魔くさかったと思います。 唯「ふーん……」 会話に熱中しているのをいいことに、あの人の机まで見て回る。 そして、そこでつい見てしまった原稿に書かれていた文字を見て。 唯「へぇ……」 思わず、笑みを浮かべた。 男「――とりあえず、参加はこちらとしても嬉しい事ですが……放課後ティータイムにぶつけて欲しい理由が『ライバル視してるから』では弱い…というか信じられません」 律「そんな!」 男「そうは言いますが、あなた達も秋山さんと同じく平沢さんの目覚めを待った仲間なのでしょう? それでライバルなんて言われても、イマイチ、ね」 律「っ……あんな奴、仲間なんかじゃ――」 紬「ダメよりっちゃん!」 ふと見ると、ムギちゃんがりっちゃんを制してる。 理由はもちろん、私達の抱える『復讐』という理由を語ることは、放課後ティータイムに目をかけてるこの人にとってはマイナスになるからだ。 この人から見れば私達は、自分が気にかけてる存在の敵なのだから。 だから、あくまで『友達』として対立する必要があった。それが『ライバル』という妥協点。そういう作戦だったのだけれど、どうも弱かったらしい。 男「それに生憎、あなた達みたいにライバルとしてぶつけて欲しいと言う人は多いんです。あなた達の実力は知りませんが、よほどの実力でないとぶつけるわけにはいきません」 律「じゃあ、私達の演奏を聴いてくれ!」 紬「ちょ、ちょっとりっちゃん!?」 律「実力があればいいんだろ!? 見せてやるさ!」 憂「律さん、落ち着いてください…! 律さんもですけど、それ以上に今のお姉ちゃんに演奏は酷です…!」 律「あ……っ」 ……さすがに二年も寝ていた私ではみんなの足を引っ張るのは目に見えている。たぶんりっちゃんも同じくらい演奏はしていないと思うけど。 とにかくそういうことだから、私達が『演奏』でこの人の気を変えるのは…残念ながら不可能。 律「くっ……そんな、ここまで来て…」 男「……何か事情があるようですが、申し訳ありません。今年演奏を見せてもらって、充分な実力があると思えれば来年は優先的に――」 律「来年じゃ遅いんだよ…! 畜生、私達が一番、放課後ティータイムに勝ちたいと思ってるのに!」 男「…いえ、そう思ってる人は大勢いますよ。誰だって有名になりたいものです。ですから私共としては実力を見て決めているわけです」 律「クソっ、何でもかんでも実力主義なのかよ…!」 男「…そういうものですよ、世の中は」 皆、黙りこくってしまう。 りっちゃんの熱意も通じず、ムギちゃんや憂のフォローも意味がない。そう思い知らせるに充分な、取り付く島のない態度だった。 あくまで冷静に反論してくるのが私達の歯がゆさを倍増させていた。 ……諦めよう。 みんな、そう思ってしまった。私も例外ではない。本当に、取り付く島もなかった。 唯「……あの、一ついいですか?」 ただ、私には諦める前に打ちたい手がまだあった。 他の皆とは違う方向からの一手が。 唯「……演奏が実力順なのは、強敵であればあるほど記事として盛り上がるからですか?」 憂「お姉ちゃん!? 失礼だよ!」 男「……なぜ急にそんなことを?」 少々不機嫌になったようだ。でも構わない。 なぜなら―― 唯「一昨日の澪ちゃんの話、記事にするんですか? 確かにお涙頂戴にはもってこいのいい話でしたもんね」 男「……!?」 ――勝手に記事のネタにされそうだった私も、そこそこ不機嫌だから。 まぁ、利用できると思った途端、笑っていたんだけどね。なかなか悪役が板についてきたかな? 唯「『目覚めない親友のために、ただ彼女は歌う――放課後ティータイムの悲劇のボーカル、秋山澪』でしたっけ」 男「見たんですか…」 唯「いやぁ、広げてあったんで、つい」 まさか私の妄想シナリオとほぼ一致している煽り文で来るとは思わなかったけど。 どうやら私の中の音楽雑誌のイメージも間違っていたらしい。 唯「別に記事にするなとは言いませんけど、私がもう目覚めちゃってるのが少し問題ですよねー」 男「……『彼女の願いは届いた』とでも締めますよ。こういう話、売れますからね」 紬「貴方ッ……!」 唯「ムギちゃん、待って」 現実に起きて、更にその事でいろいろ苦しんだムギちゃん達からすれば、面白おかしく人の目に触れるカタチで書かれるのはそりゃ腹立つだろう。 ムギちゃんが私のために、私達のために怒ってくれるのは嬉しいけど。 とはいえ、この人にも悪意があるわけではないのだ。仕事だからやっているだけ。仕事だから澪ちゃん達に目をつけているだけ。割り切っている大人なんだ。 正直、こういう人のほうが利用しやすい。そして利用してもあまり良心が痛まない。私もこの人のことなんて考えずに、りっちゃんの為と割り切るだけで済むから。 唯「まぁ、私としては書いてくれて構わないんですよ。ただ、そしたら…その記事の『続き』も欲しくなりません?」 男「……どういう意味です?」 唯「『ライバル』なんて嘘だってコト。私達はもっと大きな存在になる。澪ちゃん達にとって、ね」 男「……一応聞きますが、詳しく話してくれる気はあるんですか?」 一応、とは言うが、この人は既に食いついている。 予想外の一撃を受け、弱った魚は容易に餌に食いつく。 そして今や、餌のついた針ごと既に口の中。あとは―― 唯「貴方が『放課後ティータイム』を捨てる覚悟があるのなら。捨てて、より大きな反響を得られる記事の糧にする非情さがあるのなら」 男「………話を…聞かせてくれますか」 ――あとはその針を、深く深く刺してしまえば、逃げられない。 17
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5419.html
前ページ次ページゼロの工作員 昼のラッシュで忙しい食堂の台所。 トントンと規則正しく野菜を刻む音、フライパンとお玉がぶつかり、肉が焼ける音、 野菜をザルに入れ水を流す、葉を手で千切る、沸騰したやかんが音を立てる、 スープがぐつぐつと煮える、料理をトレーに載せて運ぶ足音がリズムを刻む。 フリーダはルイズと共に片づけを終わらせ、食堂へ来ていた。 彼女とは再び分かれ、賄い飯を食べ、そこでシエスタと出会い談笑している。 今日の天気に街の流行、魔法や外国のこと。 どれもたわいのない話だが、フリーダにはどんな話しも新鮮だった。 ・ ・ ・ 「貴族に頭を下げなくていい国から来たんですね。いいなぁ。ゲルマニアですか?」 シエスタが大皿からサラダを小皿に移しながら訊ねる。 「ゲルマニア?」 「平民でも才覚があれば貴族になれる国ですよ。マルトーさんも お金を貯めたらこの国を出たいって言ってました。知らないんですか?」 フリーダは軽く顎に手を当てる。 「………遠いとこから来たから」 無難な答えを返す。違う世界から来たといっても異常者扱いされるか厄介事に巻き込まれるだろうから。 「フリーダさんは異国から呼ばれた方なんですよね。違う文化があって困ったりはしてませんか」 「ええ。目覚めたら下僕扱いだもの。驚いたわ」 「あはは。大変ですね」 コーンポタージュを口に運ぶ。 フリーダさんはこちらから話しかけないと、全くしゃべらない。 話し好きなシエスタには聞き役になってくれるいい相手だった。 「召還されて、トリステインをどう思いましたか?」 「穏やかで、いいところね。豊かで安全な国よ」 フリーダさんが優雅に紅茶を飲んでいる。 銀髪に近いさらさらとしたプラチナブロンドが綺麗だ。 態度や物腰に気品を感じる。いいところのお嬢様なのだろうか、少し憧れる。 「この国が過疎だなんて残念ですよ。お金のある人はゲルマニア、 打倒貴族の若い男の人たちはアルビオンのレコンキスタ、 魔法の才能がある人はガリアにみんな行っちゃうんです」 フリーダは飲むのを止め考える。あの過疎が酷かった星はどうなっているのだろうかと。 「確かにトリステインは、今は安全で、飢えずに生活できるわね」 溜め息をつき、眼鏡をなおす。 シエスタの話しではトリステインは過疎だとか。 トリステインでは少数のメイジ達による支配が長年続いていて、 魔法を使える彼等は 錬金 を使った金属生産や加工、 水の魔法 を使った医療、 ゴーレムや, 風の魔法 使った輸送など、あらゆる分野に進出し巨万の富を得ている。 魔法の力は絶対で、ほとんどの金は一握りの彼等に使われている。 平民が物を作ってもメイジ達の生産力や労働力の差は絶望的で、芽があっても摘み取られてしまう。 平民が国に工場や機械の援助をしてもらおうとしても、政治は貴族のものであり、 たとえ援助がもらえても貴族の工場で下働きがせいぜいで、手元に金が残らない。 技術があっても、自らの優位が揺らぐのを恐れたメイジは平民を潰す。 頼みの綱の外交も、女王が即位しないせいで機能しない。 政権は傀儡で、マザリーニ(彼女は鳥の骨と苦々しげに呼んだ)が好き勝手やっている。 「こんな国では夢が見られない」と国外脱出する貴族や平民が多いのだとシエスタが言っていた。 世も末ね。 フリーダは明るい世界の暗い一面を見つけられて安心する。 「フリーダさんの故郷も、ここと似てますか?」 「いいえ。こんなとこなら、よかったけど」 頬杖を付き、スプーンをくるくる回す。 異世界だから誰も知らないと油断があったのかもしれない。 フリーダは感情を吐露していた。 「私の故郷…エリオでは50年以上も内戦が続いているわ」 「平和な国を見ると、少し…違和感を感じるの」 「大変なんですね」 フリーダさんは謎めいていて知的で洗練された素敵な人だ。 だからもっと良く知って近づきたいと感じた。 「私の故郷はトリステインの田舎、タルブ村なんですよ」 「ワインが名物で、静かでいい村です。私の家もワイン農家なんですよ」 「………そう、帰る場所を大事にしなさい」 斜陽の国だが、彼女は家があり職がある。逃げるのも出来ない。 それでもフリーダは少し羨ましかった。試験管から産まれた彼女には帰る場所がなかったから。 「このあとどうするの?」 「貴族のみなさんにデザートをお配りするんです」 「私が手伝ってもいいかしら」 シエスタはメイド服を正すと自然な笑みで返す。 「大歓迎ですよ」 フリーダはシエスタと貴族の食堂へ来ていた。 窓にはステンドグラス、2階までぶち抜いた高い天井に、巨大なシャンデリア、 ワックスで磨き上げられた黒く光る床。 席には教員席とそれぞれ色が違うマントを着た生徒達が座るテーブルが3つあって、 どれも100人近くが座っている。 テーブルには一杯になった空の皿、フライドチキンや鮭のムニエル、ポタージュスープなど 多くの食べかけの料理が並んでいた。 昼食を食べ終わった生徒達の横では、給仕たちがワゴンを押す役とデザートを配る役の 二人一組になり、上座からケーキを置いている。 デザートが乗った大きなワゴンをフリーダが押し、シエスタはケーキが乗った皿を置く。 食堂では男子生徒達が集まり自慢話をしていた。 中央に立つのは金髪巻き毛で薔薇を持った白い肌の男子生徒。 青瞳の端正な容姿に、シャギーの入った前髪、胸元が開いた白くノリがきいたシャツ、 真っ白な歯、ズボンも他の生徒達とは違い体にフィットするものを履いていて、 見た目も喋りも気障な印象を受ける。 誰を落とした、好きな子は誰だ、世界が違っても人の色恋に対する興味は変わらない。 その生徒は大げさに身振り手振りを交えて話し、話しに熱中しているのかポケットから 小瓶が転げ落ちたのにも気付かなかった。 フリーダが拾い上げ、 「落としたわよ。あなた」 人の群れの向こうにいる生徒に判るよう小瓶を掲げる。 「いや…これは僕のじゃない。君が貰っておきたまえ」 それを見た生徒達は一斉に騒ぎ出す。 「これはモンモランシーの香水だぞ!」 「ギーシュ、やっぱりモンモランシーと付き合っている噂は本当…」 「おいおい、この香水瓶が僕のものとは」 がたんと椅子が倒れる音の後、二人の女生徒が走り寄り。 「ギーシュの「「うそつき!」」」 左右からの平手打ち。 「待ってくれケティ」「待ってくれモンモランシー」 二人は走り去り、ギーシュの頬には紅葉が残る。 「二股かよギーシュ!」 「天罰だぜ。ギーシュ!」 笑いに湧くギャラリーの中、ギーシュは顔をしかめている。 「君が気を遣わないから、二人のレディの名誉が傷ついたんだ。どうしてくれるんだね?」 フリーダはちょっとした趣向を思いつく。 「…申し訳ありませんギーシュ様。私と付き合っていたのに浮気をするあなたが悪いんですわ」 口元に冷笑を浮かべながら、か弱そうな乙女を演じる。 額から脂汗を流し目に見えてうろたえるギーシュ。 「ぼ、僕はこんな女知らないぞ」 「あら?覚えていらっしゃらなくても仕方ないですわ。 ギーシュ様は華麗な女性遍歴をお持ちですもの。私もその一人」 余裕の笑みを湛え、ギャラリーに礼をする。 盛り上がるギャラリーと取り巻き達。 「3股かよ!盛り上がってきた!」 「ギーシュ!ギーシュ!ギーシュ!ギーシュ!」 熱烈なシュプレヒコールが始まる。 「…お前、ルイズの使い魔の平民じゃないか?」 怒りすぎてかえって冷静になったギーシュが気付き、勢いづく。 「平民如きに僕が惚れるわけないだろう!しかもゼロの使い魔なんかに!」 「私がベッドから目覚めたとき、熱烈に口説いてくれたのは誰だったのかしら。 それに、私が使い魔だとついさっきの授業で知ったのよね?」 もちろん。ベッドで口説いた云々は嘘だ。だが彼は信用がなかった。 既に野次馬の目はベッドに向いている。 「手が速ええ…」 「会って2日でベッドかよ…ギーシュなら…ありだな」 「破廉恥ですわ」 野次馬はひそひそ話し、顔を赤らめる者、メモを取る者、三者三様である。 収集がつかなくなったギーシュは無理やり話題を終わらせた。 「嘘か本当か決闘ではっきりさせようじゃないかっ!ヴェストリの広場で待っている!」 「ちょっと!あんた何考えてるのよ?!」 人波を掻き分けて来たルイズが噛み付く。 「メイジに平民が喧嘩売って勝てると思ってるの?今からでも遅くないから謝ってきなさい!」 「平民は貴族に逆らったら死刑…なのかしら」 ありそうなことだと考える。 奴隷がある国は人の命は安い。 「メイジは魔法が使える。平民は魔法が使えない。そしてメイジは躊躇せずに魔法を使うわ。 例え相手が平民でもね」 「………心配してくれて、ありがとう」 まっすぐな感情にフリーダはぎこちなく笑った。 学園の中央塔最上階、執務室の机で、 「ふふんふふんふん~ふ~ふ~ふふ~ふんふん♪」 オスマンが鼻歌を歌いながら女物のパンツを伸び縮みさせている。 「…オスマン校長、とうとう…そこまで」 剥げ頭のコルベールが部屋へ入ってきて固まる。 「ちょちょちょ、調査じゃょ。ヴァリエールの使い魔の持ちものじゃ」 「…その割りに楽しんでましたね」 眼が冷たいぞ。コルベール君。 机の上にはボロボロになった制服と下着、長方形の箱が置いてある。 フリーダが意識を失いながら重傷で召還された際、 血で汚れ焼け焦げ穴が開いた服を取り替える必要があった。 箱はその際、失敬した。 フリーダとの使い魔交渉の時に所持品全てを返すように言われ 一度返したが、既に服がボロボロで使えなくなっていた。 ゴミとして処分してくれと頼まれたものをとっておいたのである。 「何か判ったかね?ミスタ・コルベール?」 コルベールが鼻の頭を掻く。 人払いの合図だ。 「・・・・・・・・・・」 オスマンは無言でディティクトマジックを掛け盗聴の危険がないか調べ、 部屋にサイレンスをかけて二重に盗聴対策を行い、杖を振って窓を閉め、 ドアにロックを使い魔法で鍵を掛ける。 「続けたまえ」 「はい。フリーダ・ゲーベルの右手のルーン。あれはガンダールヴです」 「ふむ」 オスマンの肩に乗るモーニングソルトが忙しなく動く。 「フリーダ・ゲーベルという女はこの国の人間ではありません。 服の記事に印刷されていた文字は未知の言語で、服も下着も全て未知の物質です。 彼女が持っていた銃らしきもの、下着の生地でさえも、 我々の技術力では部品の一つさえ、同じものを造るのは不可能です。 また、それがどのような原理で動いているかさえ判らないでしょう。 更に恐るべきことに、これらは全て魔法で造られてはいません。平民の手に依るものです」 コルベールは俯いて続ける。 「彼女が我々の校の女生徒達に似た制服、持っていた武器、ミス・ヴァリエールを捕らえた手際、 当たり前である魔法をしらないこと、『この星』と言っていたことから考えて、私の推測ですが」 「ミス・ヴァリエールはトリステインの国力、技術力を遙かに超える平民の国から、 工作員又は暗殺者を召還しました。おそらく、違う星からです。 制服は変装、傷を負っていたのは任務中だったのでしょう」 「これを見てください」 机に置いてある箱を開けると一丁の銃が出て来る。 インテリスコープが付いた旧式の7.5ミリ口径火薬式狙撃銃。 英雄イヴァン・ジュジャとサイモン・ラヴァルを暗殺した銃である。 火薬式であるが故にコルベールとオスマンには技術力の高さと それが現代の銃の延長線にあるものだと理解できた。 重い沈黙 「・・・・・」 「・・・・・」 「ヴァリエールはなんてものを召還してくれたのじゃ!」 「わ、わたしも判っていれば契約させるなどどど」 コルベールはオスマンに襟を力いっぱい掴まれ首がガクガクと揺すられる。 彼の少ない毛髪が更に少なくなってゆく。 オスマンは机にぐったりと突っ伏した。 「さて、どうすればいいかのう」 「判っていると思いますが 不幸な事故 は不可です」 口封じは出来ないと釘を刺された。 「落ちこぼれだったミス・ヴァリエールが初めて成功させた魔法じゃぞ。最初で最後の魔法かもしれん。 たとえ殺してもう一度サモンサーバントさせたところで、もう一度魔法が成功する保証はない。 ワシの首が跳ぶわ」 「アカデミーに身柄を渡すのも殺すのと同じ事じゃし。 奴等なら生きたまま解体するのもやりかねん」 「それに話しが荒唐無稽過ぎて信じてもらえないかものう」 教育者としてのプライドもあるし。胃に穴が開くわい。 「もしも、工作員であると仮定するならどうなるのかのう」 「本国の命令を受けているとすれば、この国の調査か重要人物の暗殺か。 どちらにしてもロクなことないですね」 困った、困ったのう。 そうじゃ。 「知らなかったことにするのが一番か」 「分かりました」 困ったときのことなかれ主義じゃ。 「それとミス・フリーダと話がしたい」 「手配しておきます」 ガンダールヴと謎の超大国からの工作員。 本当、ミス・ヴァリエールは頭を痛くさせるのう。 まったくです。今夜は飲みましょう。 オスマンとコルベールは二人して胃薬を飲むのであった 一方、ロックが掛けられたままのドアの前で立ち往生している秘書のロングビルは 「あんのクソジジイ!またロックとサイレンスかけたままで忘れてやがる!」 悪態をついているのであった。 あの女子には甘いギーシュが逆ギレして浮気相手に喧嘩を売った、更に相手は平民だ。 ゴシップと決闘の噂は瞬く間に広がり、 「風」と「火」の塔の間にあるヴェストリ広場には食堂中の生徒達が集まり、不穏な空気に蝕まれていた。 ギーシュ側に付く男子達、フリーダ側に付くケティ、モンモランシーが率いる女子グループが対立している。 「付き合った子の顔を忘れるなんて」 「一度寝てポイですって」 「女の子を殴るなんて最低よ」 「三股以上かけてたりして」 「平民の子…かわいそうに」 ギーシュは広場の中央に立っていた。 「改めて名乗らせていただこう。僕は『青銅』のギーシュ・ド…」 名乗りを無視し、フリーダはナプキンで包んだ胡椒を包んだ袋をギーシュの顔に向かって投げつける。 「…ラモン」 むせた拍子に、杖を持つ手元が乱れる。 「獲物を前に舌なめずりなんて、ずいぶん余裕ね」 ギーシュが杖で空に描きかけていたルーンは失敗し、 地面から立ち上がりかけている戦乙女の姿をしたゴーレムが消滅した。 胡椒で涙が止まらなくなった目と鼻を押さえている間に、袖口と胸元を取り、 足を後ろから払って頭から地面へ叩き付ける。 「ひ、卑怯だぞ!」 仰向けに倒されたギーシュは立ち上がろうともがく。 フリーダに向けた杖は蹴り飛ばされていた。 「…丸腰の相手に武器を向けて言える言葉じゃないわ」 脇腹を蹴り手を踏みつけながら続ける。 「大方、私を嬲ろうと思って、強力な魔法を準備しておこうと思ってたんでしょ」 「安全装置を掛けたまま、敵の前で弾込めをして余裕ぶるあなたが悪いわ」 昨日コルベールに見せてもらった魔法が役に立った。 魔法は杖を使い図形を刻むことで発動する。強力な魔法ほど刻む時間が長くなる。 ギーシュは話しながら小刻みに手に持った薔薇の造花を動かしていた。 武器を向けて話しをする奴は五流だ。 彼女は武器を持った相手に手加減をするつもりはなかった。 「私も、こんなものを使うとは思わなかったわ」 制服のポケットから食堂から拝借してきた銀食器のナイフを取り出し、喉へ突きつけ、馬乗りになる。 フリーダの手の甲にある文字が輝く。 ギーシュの目が恐怖で開かれた。 「あなたを処刑するの。理由は決闘での敗北。いいわね」 喉を絞められ呻き声を上げる。顔面は蒼白で喉はカラカラに渇いていた。 「怖い?この距離なら、一瞬で喉を裂けるわ。ねえ怖い?」 徐々に喉を締め上げる力を強め、ナイフを持った手でザクザクと耳横の地面を掘る。 「ひっ…」 極度の緊張からギーシュの首ががっくりと落ちる。 瞬間、周囲の生徒全てが杖を向けた。 「はじめまして。メイジらしい歓迎で、嬉しいわ」 殺意の十字砲火を浴びながら、フリーダは満足な吐息を漏らした。 暗闇は濃密で、静かで、笑い声の聞こえないここがフリーダの場所だと落ち着けた。 静まり返った広場の片隅にキュルケと青髪の小さな少女が居る。 「平民なのに大したものね。あっという間に終わっちゃったわ。ねえタバサはどう思う?」 「急所を正確に狙ってる。ナイフを振るうのに躊躇いがない。…たぶん、私と同じ」 前ページ次ページゼロの工作員
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/153.html
前乃絵と比呂美のあいだに2 「ただいま」 朝からショッピングモールに画材を買出しに出掛けていた眞一郎は、昼食に間に合うように家に帰宅した。 玄関には見覚えのあるブーツ……というか、この家でブーツを履く人間は一人しかいない。 いつもは右に曲がる廊下のつき当たりを、左へ曲がって酒売りカウンターの方へ…… パソコンの置いてある所を覗いて見ると、やはり彼女はそこにいた。 「ただいま」 「あ…お帰り、眞一郎くん」 帳簿を打ち込む手を止めて、眞一郎に向き直る比呂美。 春休みになってから、比呂美は仲上酒造の経理を頻繁に手伝うようになっていた。 バスケ部の練習に行く以外は、ほとんど仲上家にいると言ってもいい。 誰に命令された訳でもないのに何故……と思わないでもないが、その事を比呂美には訊かない。 比呂美には比呂美の考えがあるのだろう。 開いてくれた心を受け止めるのが『愛』であって、無理に開かせるのは『束縛』でしかない……そう思う。 「朝からどこ行ってたの?」 「パボーレ。画材を買いに」 ふ~ん、と少し不満げに言って、モニターに向き直る比呂美。 横顔が「なんで誘わないのよ」と訴えている。 (そんな顔されてもなぁ……) 画材店なんか一緒に行ってもつまらないだろうに。 自分だってバッシュ選びに何時間もつき合わされたら…………それはそれで楽しいかもしれない。 「今日は朝早かったからさ……次はふたりで行こう」 パソコンに向いたままの比呂美の口角がすこし上がって、囁くように「うん」と呟いた。 「もうすぐ終わるから、ちょっと待ってて」 「あぁ、先に居間、行ってるから」 昼飯のことだな、と思った眞一郎は自室に戻って荷物を置き、居間へ向かった。 ………… 居間の戸を開くと、上座に父がひとりで座って新聞を読んでいる。 「ただいま」 そう挨拶する自分に一言、「あぁ」とだけ言って、父はまた新聞に視線を戻す。 (話すなら……今かな) 前から父に聞かれていた自分の進路。 学校に提出した進路希望ではなく、父に問われていた自分の進みたい方向。 絶対の自信があるわけでも、その道で食べていく覚悟が出来たわけでもない。 (でも、やっぱり父さんには聞いて欲しい) 眞一郎は座りを胡坐から正座に直し、父のいる方へと、その真剣な眼差しを向けた。 眞一郎の只ならぬ様子に気づいた父は、新聞を畳み訊いてくる。 「どうした?」 鼻から息を吸い込み、吐き出す。心を充分に落ち着けてから、眞一郎は話し始めた。 「父さん。俺、絵の勉強がしたいんだ」 漠然と……なんとなく描き続けていた自分の絵本。 そんな自分の絵本を見て、素敵だと言ってくれた人がいた。 奇麗だと言ってくれた人がいた。……泣いてくれた人がいた。 真剣な『想い』を込めた絵が、話が、誰かの心を感動させる喜び……それを知った。 自分の進む道はこれなんだ、と改めて思った。 自信も、覚悟もまだ完璧とは言えない……でも迷いはない。 絵を描きたい。話を書きたい。 自分にしか描けない絵本を沢山描いて、それで誰かを感動させる……そんな人間に、自分はなりたい。 そのために勉強がしたい。自分の知らない事、気づかない事がいっぱいある。 少しでも吸収したい。ちょっとでも己の物にしたい。……自分は……絵を学びたい。 ………… 「お願いしますっ!!」 思いの丈を語り終えると、眞一郎は畳に手をつき、父に向かって頭を下げる。 眞一郎には見えなかったが、その時父は、めったに見せる事のない笑顔を浮かべていた。 それは若者の蒼さを嘲笑するものでも、諦観しきった大人が子供を羨むものでもない。 自分と同じ土俵に息子が上がってきた……それを見届けた父親の顔だけに浮かぶ、特別な笑みだった。 「顔をあげろ、眞一郎」 畳に額を擦り付けていた眞一郎が、その身体を起こして父に再び向き直る。 「お前のやりたいようにやってみろ。……お前のやりたいように」 「…………父さん」 父がそう言ってくれるのは分かっていた。父は眞一郎自身が見つけ出した道を、絶対に閉ざしたりしない。 だが、父にも聞いて欲しかった。息子が何を決め、何を選び、何に向かって進もうとしているのか。 ………… ………… 「あら珍しい。男ふたりで内緒話?」 居間にやってきた母の姿を見て、眞一郎は重要なことを思い出した。 理解者である父はいいとして、この母をどう説き伏せたものか…… 「心配するな。母さんはもう別の跡継ぎを見つけて、お前を家から叩き出す算段をしている」 先程とは違う、少し意地悪な笑みを見せる父。 「いやだわ。『叩き出す』算段なんてしてませんよ」 「????」 ……何だかよく分からないが、もう母は障害ではない……らしい。 「眞ちゃん。何をするにしても、勉強をおろそかにする事は許しませんから」 「………う、うん」 完全に納得したわけではない、と告げる母の目。別の何かを企んでいる……のか? ……まぁ、とりあえず飯を食って、と思い直す眞一郎だったが、母は自分と父の分しか、お膳を運んでこなかった。 「俺のは?」 「ありませんよ」 …………ハイィィ??? 飯が無い?? なんで? 俺、なんかしたか?? 何て言うか……最近の母さん、俺に対して酷すぎないか?? 母の仕打ちに眞一郎が絶望していると、台所から比呂美が顔を出し、眞一郎に声を掛ける。 「眞一郎くん、行こ」 「?? どこに?」 比呂美は左手に持ったバスケットをチラつかせて、眞一郎を誘うように呟く。 「お・さ・ん・ぽ」 既に食事を始めていた父と母に「行って来ます」と短く告げて、比呂美は玄関へと駆け出す。 「ちょ……待てよ、比呂美!」 居間にいても昼食にはありつけそうもないと悟った眞一郎は、急いで比呂美の後を追いかけた。 坊ちゃん行ってらっしゃい、と声を掛けてくる従業員の少年の横をすり抜け、眞一郎は比呂美の姿を探す。 門を出ると、比呂美の姿はかなり離れたところにあった。 「比呂美!待てって!」 速度を緩める気はないらしい。眞一郎はちょっとだけ走って距離を詰め、比呂美の横に並んだ。 何か嬉しい事でもあったのか、比呂美の足取りは弾むように軽い。 「どこに行くんだよ」 「ん?……公園。天気もいいし、暖かくなってきたし、たまにはいいかな~って」 手にしたバスケットを、また眞一郎の目の前にチラつかせる。 比呂美の事だ。抜かりなく、その中に眞一郎を満足させる、美味い弁当を詰め込んでいるに違いない。 (まだ花見って時期でもないけど……まぁ、いいか) 海岸通りへと続く坂道を並んで歩く。比呂美は終始ご機嫌だった。 と、突然、比呂美が走り出し、眞一郎から数メートル離れた所で振り返る。 「格好良かった、さっき」 眞一郎の頬に、サッと赤味が差す。父との話を聞かれていた。……まぁ台所にいたのなら当然だが……。 「聞いてたのかよ」 「聞こえたの」 眞一郎が追い付くの待って、比呂美はまた横に並び、悪戯な微笑みを眞一郎に向ける。 本格的な絵の勉強…… 志望は美大……それとも専門学校だろうか? 「まだ分からないよ……なるべく通える所って思ってるけど」 「ふ~ん……」 眞一郎は夢を追いながらも、自分の事を気に掛けてくれる…… それは比呂美にとって嬉しいことだったが、やはり彼には、彼の求める勉学を追及して欲しいと思う。 それに、自分たちの関係が物理的距離に負けて壊れるなどとは、比呂美は微塵も考えていなかった。 ………… 「そういえば比呂美は……経営か商学部志望なんだよな」 あからさまに「意外だ」という眼で比呂美を見る眞一郎。 だが、比呂美には比呂美の……眞一郎ほど輪郭のハッキリしたものではないが……ささやかな夢があった。 …………『仲上酒造の役に立つ自分になりたい』………… 今、比呂美はまじめにそう考えている。 おじさんとおばさんへの恩返しとか、眞一郎との将来を考えてとか、……そういう事ではない。 祭りの日、おばさんに付いてお酒を振舞った時に見た、街の人たちの笑顔…… 楽しそうに……本当に楽しそうに『仲上のお酒』を呑んでくれる姿を見て、比呂美は知った。 おじさんとおばさん……いや、仲上酒造で働く人たち全部が、眞一郎と同じなのだと。 誰かの笑顔のために、自分に出来る何かをする……それが喜びとなり、生きる糧になるのだと。 自分もその輪の中に入りたい……他にも道は沢山あるのだろうけれど…… その道を……自分は知ってしまったから………… ………… 「私、早く『涙三景』呑めるようになりたいな」 「??……何だよ突然」 訳がわからない、という顔をしている眞一郎を置いて、比呂美はまた走り出す。 「ちょ…またかよ。お前に追い付くの……結構大変なんだぜ!」 そう愚痴りながらも、眞一郎は比呂美の姿を見失わない様に、公園へつづく道を駆け出していた。 公園のベンチに腰掛け、ふたりで比呂美特製のサンドイッチとおかずを頬張る。 「うん、美味い」 「そう?良かった」 眞一郎は食べ物に関しては、絶対にお世辞を言わない。 不味い物を口にすると、すぐ顔に出るし、変わりばえしない物の感想を聞けば「普通」としか返してこない。 眞一郎は本当に自分が「美味い」と感じた料理しか褒めないのだ。 だから今「美味い」といって自分の料理を口にしてくれる眞一郎を見て、 比呂美は、自分の内側が、何か暖かな物に満たされていくのを感じることが出来た。 (……幸せなんだ……私……) ……そう思う。 時々吹いてくる春風を受けながら、食事と他愛のない話を続ける二人。 その会話の中に織り込む形で、比呂美は自然と眞一郎に告げる。 「あのね、眞一郎くん。……石動さん、行っちゃったって…」 「…………」 地べたに別れを言いに来た乃絵に偶然会った、と連絡してきた朋与の電話。 それを比呂美は苛立ちも、躊躇いもなく、ごく普通に眞一郎に伝える。 「別人みたいだったって。お兄さんのバイクに乗って……笑顔で旅立っていったって」 「そうか……」 ………… 眞一郎には分かる。乃絵が何をしに……そこへ行ったのか。 ……『のえがすきだ』……そう書かれた石の文字…… アイツは自分でそれを消したかったに違いない。 飛ぶのだ、と自分で自分に宣言する為に……最後にアイツはそうしたかったに違いない…… 確かめなくても分かる…… そう……眞一郎は確信していた。 ………… 「お別れ…言わなくて良かったの?」 そう訊いてくる比呂美の顔は和らいでいる。その内側に何もない……透明な笑顔…… 眞一郎もそれと同じ、透き通った笑みを比呂美に見せて……言う。 「いいんだ。アイツは……俺に飛ぶ事を教えてくれた。それだけで……」 朋与が言っていた『乃絵の言葉』が、比呂美の中で眞一郎のそれと重なる。 「改めて別れを告げる必要はない」……二人はそう言いたいのだろう。 眞一郎と乃絵の間にある深い心の繋がり……それを知っても穏やかでいられる自分…… (……変わるんだ……人は……) 変わる……変わっていく……眞一郎も、乃絵も、そして比呂美自身も…… ………… ……でも……そんな自分を自覚すると……少し……少しだけ不安になる…… ……もしも……もしも眞一郎への気持ちが……いつか変わってしまったら………… ………… 比呂美のその不安を、眞一郎は敏感に感じ取った。 スッと立ち上がり、それをキョトンとして見ている比呂美に笑顔を向ける。 そして澄みわたった蒼穹へ誓いを立てるように、眞一郎の口から言葉が紡ぎだされた。 「『疾風をきって走っていこう ずっと前を見て』……」 突然、詩のような幻想的な言葉を口にする眞一郎に驚き、思わず比呂美は訊いてしまう。 「……何?それ……」 そう問われた眞一郎は、自信に満ちた顔で比呂美に告げた。 「あの絵本……俺とお前だけの、あの絵本の最後に入れる……言葉」 それを聞いた比呂美の眼から、僅かに差していた不安の光が消えていく。 眞一郎は再び空に向き直ると、想いを紡ぎ始めた。 『 疾風をきって走っていこう ずっと前を見て もっと走る 走る 走り続ける 君だけを捜して 疾風をきって走っていくよ 遠くなる前に すべて失っても その手で 触れる距離まで…… ありのままの僕を…… 本当の…… 僕を見せたいから…… 』 眞一郎の想いを改めて受け止め、比呂美は思った。 この世界に変わらないモノはない……人の気持ちも、その周りを包む環境も……普遍ではありえない…… ……でも……たった一つだけ……変わらない……変えられないモノがある…… ……それは記憶……あの時……そして今、胸に刻まれた記憶…… ……それがあれば……自分は捜せる。気持ちを見失っても……また眞一郎に辿り着ける…… ……そして……そして眞一郎も………… 蒼穹を見つめる…満ち足りた眞一郎の横顔に向かって、比呂美は手を伸ばした。 ……助けを求めるためではなく……救いを求めるためではなく…… ……素直に……ふたりで手を繋ぎ、同じ様に歩く…………そのために………… ………… 眞一郎の手が差し出された比呂美の手を掴んで、その身体を引き寄せた瞬間、 強い風が二人に吹き掛かり、比呂美の長く美しい髪をサラサラと舞わせた。 眞一郎は咄嗟に庇うが、その努力も空しく、比呂美の髪は乱れてグシャグシャになってしまう。 が、それは眞一郎も同様で、頭髪はまるで爆発でもしたかの様な、酷い有様になった。 「ふふ、フフフフ……」 「はは、ハハハハ……」 髪を手櫛で直しながら笑い合う二人。 「?」 その時、風が比呂美の髪にくっつけた、何か小さな黒い物に、眞一郎は気づいた。 指で摘み上げてみると、どうやら鳥の羽根らしい。種類は……さすがに分からない。 引き込まれる様に、その羽根を見る眞一郎に、比呂美は優しく呟いた。 「雷轟丸」 ハッとなる眞一郎。その彼に向かって、比呂美はもう一度、同じ名前を呟き、そして微笑んだ。 その笑顔を目にして眞一郎は、それをどうすればいいのか理解する。 指で摘んだまま、天高く羽根を掲げて……次の風を待つ。 …………そして………… さっきと同じ…いや、もっと強い風が辺りに吹き渡った時、眞一郎は羽根を大空へと解き放った。 風にのって、見る見る上空へと舞い上がっていく『雷轟丸』。 繋ぐ指先にお互いの存在を感じながら、二人は『雷轟丸』の飛翔を、長いあいだ見送っていた。 ………… ………… TO BE CONTINUED 「ある日の比呂美」へ
https://w.atwiki.jp/terra-credigna/pages/118.html
わたしは、よく泣く娘だった。 王家に連なる古い血筋と、広大な封地をおよそ三百年に渡り代々伝えてきた家の長女として生まれたわたしは、その他のものと同じように受け継がれてきた慣習に従って、赤子の時分から世話係の手によって養育された。 なに不自由なく育ちはしたが、およそ親子の触れあいという意味においては、わたしは父とも母とも疎遠だった。 父公爵は山を隔てた都で国王の補宰として勤めることが常であったし、同じ屋敷に起居してはいても母と会えるのは、いつも昼下がりのお茶の時間と夕食の大広間に限られた。 疎遠ではあったが、父母は子供に対する愛情が薄かったというわけではなく、厳格ながらも善良な人たちであった。 時おり屋敷へと戻る父は、いつも手土産として都で流行りの菓子や、よその国から取り寄せた人形などを手ずから贈ってくれた。そうして、やはりいつもその大きな手でわたしを抱き上げて顎鬚の相好を崩して笑った。 毎夕、勉学の励み具合を問われ、応じれば微笑みと共に少しの賞賛とさらなる期待を寄せられるのが母とのくすぐったくも嬉しいひと時だった。 けれど、それだけ。 物心ついた頃から自室を与えられ、夜には身の回りを世話する者もわたしを夜着へと着替えさせ、髪を梳き終わると部屋を出て行く。再び朝の日が昇るまで、幼な子には広すぎる部屋で一人きりで眠らなければならなかったわたしは、大抵の子供がきっとそうであるように夜の闇が恐ろしく、大抵の子供がきっとそうされるように母から『だいじょうぶよ』と抱きしめられて眠りに落ちたことが無かった。 バルコニーへと続く硝子戸から星明かりも差し込まぬ暗い夜は恐ろしさもひとしおで、昼間に怪物や狼が現れるような物語を読んで聞かせた世話係と、せがんだ己を恨みながら夜具に潜り込んで丸くなり、風が戸を叩く音に怯えてはすすり泣いたものだった。 そんな夜を何度繰り返しても、わたしは闇に慣れることがなく、夜が嫌いだった。 ところで、わたしには四つ年の離れた兄がいた。 父に似て少しくすんだ銀色の髪を受け継いだわたしとは違って、母譲りの眩いような金色の髪と、貴かんらん石のように緑がかった金の瞳をした兄は、嫡子として、またいずれ家を継ぐ者として、わたし以上に父母の期待を背負って厳しい傅育を受けていた。 食事の時間以外は家庭教師が張り付いての勉学に追われていた兄は、妹であるわたしと兄妹らしく過ごすような時間を日中に持つことも無く、最も近しい年齢の存在でありながら共に遊ぶことはおろか、言葉を交わす機会も自然少なかった。 けれど時折、食器の鳴る音以外には静か過ぎる食事の席で目が合うと、その宝石のような金の瞳をきゅっと緩めて見せてくれるのがわたしは好きだった。 そうされるとなんだか、静まる食卓の居心地の悪さに共感されて笑いかけられたような気がして、ほとんど口をきく機会もない兄を存外茶目っ気のある人物だと、そんな風にわたしは勝手に空想し、彼を身近に感じていた。 その日は昼から黒い雲が遠く山の上にかかり、生暖かな風が何かの前触れのように屋敷の木々を揺らしたので、母はお茶の時間をお気に入りの庭を眺めることのできたテラスではなく、自室で過ごした。 一方わたしと兄も、世話係と家庭教師がそれぞれについてはいたものの、珍しく日中を同じ部屋の中で過ごすことになった。 夕刻が迫ると、空は真っ黒に蔭り、生暖かかった風はぐっしょりと不快な湿り気を帯びて窓枠を越えて吹き込んだ。 いつもより刻限は早かったが、明かりを灯す必要を感じた世話係たちが部屋を離れていたとき、突然空が閃いたかと思うとお腹の底をぎゅっとさせる轟音が天も裂けよと鳴り響いて、わたしは悲鳴を上げて椅子から滑り落ちると膝を抱えてうずくまった。 部屋の対角に置かれた別の机から何事か聞こえたような気がしたけれど、雷に怯え世話係の名を呼んで泣き叫ぶわたしにはよく聞きとることができなかった。 やがて降り出した大粒の雨が、屋根と窓とを叩く音で雷の音は幾分まぎれるようになり、燭台に灯された明かりと世話係の背を撫でる手に落ち着きを取り戻した私は、ふと兄が何か声をかけていてくれたような記憶を手繰って視線をやってみたけれど、既に兄は再び家庭教師の背の向こうで何事か書き取りを行わされていて、視線すら交わすことができなくなっていた。 夕食時、縦長の食卓の遥か上座に腰掛けた母から、雷に怯えなかなか泣き止まなかったことについて、やんわりとだが叱責を受けた。 母は物静かで温和な人だったが、不在がちな父に代わって家長であらねばならず、使用人を用いる立場である自分たちが取り乱したり、毅然とした態度を保てないようなことをひどく嫌った。 表情を読み取ることもできないほど遠くに座る母の声音は穏やかではあったが、それは雷に怯えた娘に『怖かったわね』と労うものではなく、立場ある者として己を律しなさいと嗜めるもので、わたしはとても悲しい気持ちで匙の中ですっかりぬるくなったスープを口に運んだ。 わたしの向かいで、母との中間の位置に腰掛けるはずの兄の顔は見なかった。きっと出来の悪い妹にがっかりする顔をしているのだろうと思ったから。母の声に含まれた硬質的で冷ややかな響きと同じように。 寝室に下がる刻限になっても相変わらず雨音は強く、時折激しい風が硝子を嵌めた窓枠を強く打ってガタガタと嫌な音を響かせていた。 寝台へと横たわると、燭台に覆いをかけて灯りを弱めた世話係に、もうしばらく部屋にいてくれとせがんでみたが、彼女は申し訳なさそうに少し表情を曇らせ、謝罪の言葉と共に一つ礼をすると、いつもと同じように寝室を出て行ってしまった。 恐らくは、わたしがそのようにねだるであろうと察した母から止められていたのであろうが、当時のわたしにはそのような事情も、心苦しかったであろう彼女の心中など思いもよらず、世話係の薄情さにひどく傷ついたことをよく覚えている。 不気味な風雨の音から逃れるように、頭まで夜具へと潜り込んでみたが、柔らかな羽毛が詰まった上掛けは暖かくはあっても音までは遮ってはくれず、不規則にガタガタと鳴り、あちこちで悲鳴のように軋む屋敷が立てる音が恐ろしくて、わたしは一人夜具の中ですすり泣いていた。 やがて再び雷が轟きだした。夜具の中だったので夜空を裂く閃光は見ずに済んだものの、閃きの後にやってくる、あのつんざくような轟音に身構えることも出来ずに、ドーンっというあの音が響くたびに私の身体は強張り、なんだかお腹まで痛むような気がして、わたしは心細さに震えていた。 どれくらい身体を丸めていただろうか。 いつ止むとも知れぬ風雨と雷に眠ることなどできず、ただただ夜明けだけを心待ちにしていたわたしだったが、また大きな雷がばりばりと轟音を立てた直後、寝室とテラスを挟む硝子戸が一際大きくガタンと鳴ったかと思うと、寝室にびゅおっと風が吹き込み、私は夜具の中で悲鳴を上げた。 「だいじょうぶだよ。扉はもう閉めたから静かに」 再び硝子戸の鳴る音がしたかと思うと、一瞬吹き込んだ風はすぐに止み、押し殺したような声が夜具越しに聞こえて、わたしはぎょっと身を固くした。 「僕だよ、わかる?」 再び夜具越しに届いた声音はまだ幼い少年のもので、そう……それは、聞きなれたものではなかったけれど、確かに兄の声だった。 深夜の珍客に、嵐への恐怖を一瞬忘れた私は身じろぎ、恐る恐る夜具から顔を出してみると、そこにはやはり兄が裸足に夜着と髪をずぶ濡れにした姿で立っていて、わたしは幻でも見ているのかと瞳をぱちくりと瞬いた。 「……おにい……さま?どうして」 兄の寝室はさらに上の階にあり、深夜の……ましてやこの嵐の中をどうやってわたしの寝室の外のバルコニーに降り立ったのだろう。いや、それよりもなぜ、ろくに口をきいた事もない兄が、こんな真夜中にわたしの部屋に、ずぶ濡れの格好で立っているのかが分からなくて、わたしは問いかけの続きも口に出来ずに、ただただ濡れ鼠の兄を呆けたように見つめた。 「うん、ちょっと……秘密の方法があってね。昼間ずいぶん怖がっていたから、眠れないんじゃないかと気になって……あぁ、でも僕がここに来たのは内緒だよ」 朝までに乾くといいけれど、そう言いながら兄は濡れそぼった髪を絞り、自分から染み移った水気に逆立った絨毯を気にするように足元を所在なげにするのを、わたしはやはり瞳をぱちぱちと瞬いて見つめていた。 その時は気付いていなかったが、突然の珍客の訪問によって、わたしの意識は不気味な嵐が立てる音の恐怖から解き放たれていた。 兄の言葉で、母から叱責された昼間の失態を思い出して恥ずかしくなったわたしは俯いたが、兄の声音は今までわたしが想像の中で思い描いていたものよりずっと柔らかく、ずっと気安いものだった。 「母上のお言葉は気にしなくていいんだよ。あの人は使用人の手前、ああいう風に言わなければいけないだけだから。こんな嵐は僕だって初めてだし、ステラがびっくりしたって何もおかしくはないよ」 兄の言葉にわたしは驚きっぱなしだった。 兄が母を「あの人」と呼んだこともそうだったが、兄がわたしを気遣ってくれたこと、何よりわたしの名前をまるでいつもそう呼び倣わしているかのような気安さで呼んだことが。 それと同時に、昼間に聞こえたような気がした声は、やはり兄のもので、それは雷に怯えるわたしを叱責するものではなく、気遣ってくれたものだったのだと、今更ながらに気付いた。 「そっち、座ってもいい?」 寝台の隣に置かれた椅子を兄が指差すのにコクリと肯くだけで応じてしまったわたしは、寝台から兄を立たせたまま椅子を勧めることも失念していた己の無作法にまた恥ずかしくなったが、兄は別段気にする風でもなく裸足の足でぺたぺたと絨毯の上を進むと椅子に腰を降ろすや、座面に両足ごと引き上げて胡坐をかいてみせた。 母が目にしたら、綺麗に整った眉を逆立てて怒りそうな不調法だったが、兄は慣れた様子でいて、またそれが不思議と絵になっていた。 寝台脇に陣取った兄は、次々とわたしに話しかけてくれた。 本当はもっと前に訪れたかったこと。 けれど、なかなかそんな機会もきっかけもなかったこと。 そもそもなぜ兄妹なのに日中一緒に遊ぶこともできないのかだとか、自分の家庭教師の授業がひどく退屈だ、などと愚痴めいたものまで披露するのを、わたしは新鮮な驚きに包まれながら耳を傾けた。 兄の印象はまるでわたしの想像とは異なっていたが、わたしを気遣い、どのようにしてか、この嵐の中をずぶ濡れになりながら訪れてくれた目の前の兄の姿は、むしろわたしにとって好ましいものに感じられた。 そんな兄の話に耳を傾け、まだ言葉少なに肯くことで意思疎通をしながら会話を成立させていたわたしは、すっかり嵐のことを忘れかけていたが、再び一際大きく窓の外が閃いた。 寸毫置かずに鳴り響いた轟音に、ヒっと声を上げ肩をビクリと震わせたわたしは、思わずぎゅっと瞑った目を恐る恐る開くと、兄は穏やかに笑いかけていた。 それはなんだか「仕方ないなぁ」と苦笑するような感じで、兄という人についての印象をすこしずつ上書きし始めていたわたしは、そこに気恥ずかしさよりも、安心するような気持ちを覚え始めていた。 「ステラは雷が苦手みたいだね」 つんざく轟音など一向に介さぬ様子で笑った兄に、ほんの少し不公平なものを感じながらもわたしは小さく肯いた。 「あの音がするとお腹がきゅっとなるから……それにあの光も、お化けのような怖い影を作るし、音の前触れだから嫌いです」 小さく呟くと、兄は湿り気を帯び夜目にも輝く金の髪を掻きながら、ウーンと少し唸りをあげた。 「音は確かにびっくりはするね。……でも屋敷の中にいれば怖いことなんかないよ。それに光の方はよく見てるとすごく綺麗だよ。僕は夜の景色が一瞬照らされるとことか好きだけど」 あの恐ろしい雷光を綺麗だと言う兄を、まるで不思議なものを見るような目で見てしまっていたのか、少しバツが悪そうに笑った兄だったが、一瞬何事か考えるように瞳を閉じ、再び開いたそこには何やら悪戯めいた輝きが灯されていた。 「……誰にも内緒だよ」 兄は片目を瞑ると、両手を差し出してまるで大き目の鞠を捧げ持つようにわたしの前に掲げてみせた。 何をするつもりなのかと小首を傾げ瞳を瞬かせていると、両手の間に見えない何かが在るかのように視線を送る兄が、ほんの少し瞳を細め、掲げた指先を僅かに震わせたかと思った次の瞬間、わたしは驚きに声を失った。 兄の掲げた両手の間、その中央に爆ぜるように輝く小さな球体が現れ、そこから時折四方八方へと紫に輝く小さな稲妻が出現していたのだ。 紫電は小さくバチバチと唸りを上げて中心の球体から縦横無尽に走っては消え、再び現われを繰り返しながら、兄とわたしを照らし出していた。 「わぁ……綺麗」 「触っちゃダメだよ。ね、綺麗だろう」 思わず手を伸ばしかけたわたしを素早く制止した兄だったけれど、すぐにまた先程までの柔らかな声音で両手を少し高く、わたしによく見えるように掲げて見せてくれた。 「これはなんですか? あの雷と同じものなのですか?」 「うん。小さいけれど同じものだよ、だから触ると危ないけどね。……ね、そんなに怖いだけのものじゃないだろう?」 魅入られるように兄の手の内の不思議を見つめるわたしに、兄がそう応えて、わたしはコクリと肯いた。 どうやってこんなものを兄は作り出したのだろう。もしかしたらあの家庭教師から教わったのだろうか。もしそうなら、もう少ししたらわたしにも同じことが出来るようになったりするのだろうか。 続けざまに問いを投げたわたしに、兄は少し困ったように笑っただけで小さく首を横に振った。 「僕にもよくは分からないけれど、僕はこういう他の人がしない、ちょっと変わった事ができるみたいなんだ。でも誰にも言わないで」 二人だけの内緒だよ。 そう言ってまた片目を瞑ってみせた兄に、なぜ内緒なのかと問いたい気もしたけれど、なんだか『二人だけの秘密』という言葉の方に魅力を感じたわたしは、藤色に輝く光越しに兄に大きく肯いたのだった。 それ以来、わたしは雷をあまり恐ろしく思わなくなり、その夜を境に兄は頻繁にわたしが一人になった寝室を訪れてくれるようになったことで、夜は私にとって楽しみな時間へと変わり、もう怖いとは感じなくなった。 わたしは色んな兄を知るようになり、紫の雷光以外にも兄が不思議な力をいくつも持っていることを、そしてそれが他の人たちが普通に持っているものとは大きく異なるものだということに気付いた。 けれど、わたしにとって兄は他の人と異なってはいても、他の誰も夜を恐れるわたしに言ってはくれなかった「だいじょうぶ」をくれた唯一の人であったから、誰よりも兄を近しく慕った。 兄の持つ異能は、むしろわたしと兄とを結ぶ二人だけの秘密であったから、わたしはそれを好ましいものと捉えていた。 その力が二人だけの秘密ではなくなり、兄がわたしから遠く離れていってしまう原因となる、その日までは。
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/2454.html
前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/クリスマス狂想曲 12月25日 ――― 12 30 第七学区 ショッピングモール インデックス「この手袋、とってもあったかいんだよ!」 美琴「ふふ。よかった」 インデックス「それと、これは凄く助かるんだよ」 そう言って抱えるように持ったランジェリーショップの袋を持ち上げる。 インデックス「さすがに、とうまに買ってもらうわけにはいかないし」 美琴「そ、そ、そ、そうね。ってかアイツに買ってもらう!?そんなの、そんなの駄目駄目駄目!!」 インデックス「…みこと。変なこと考えてる」 美琴「へ、へ、変なことなんて、か、か、考えてにゃい!!」 インデックス「真っ赤になって否定しても説得力無いんだよ」 美琴「あうう…」/// ティーンズ雑誌から『男性が女性に洋服を贈るのは脱がせるため』というアダルトな情報―中学生にしては―を得ていた美琴としては、インデックスの身に着けるものを上条に買わせるわけにはいかないのである。 美琴「そ、そんなことより!お昼御飯にしよっか?」 インデックス「むう。誤魔化そうとしているんだよ」 美琴「なっ!?インデックスがご飯に興味を示さないなんてっ!?」 インデックス「馬鹿にしないでほしいんだよ!」 銀髪の少女はそう言うと、足元に紙袋を置いてから腰に手をやって胸を張る。どうやらそのポーズがお気に召したらしい。 美琴(困った…) ???「御坂さん?」 どうしたものか悩んでいると、後から名前を呼ばれたので、美琴は渡りに舟とばかりに振り返る。 美琴「こんにちは。婚后さん」 婚后「こんにちは。奇遇ですわね。お友達とお買い物かしら?」 美琴「あ、うん。そんな感じ」 婚后「わたくしはてっきり、御坂さんは許婚の方とご一緒だと思ったんですけれども」 婚后は扇子を口にあて、銀髪の少女に聞こえないように言った。 美琴「あー、この子、アイツの家族みたいなもので、アイツが学校行ってる間に買い物に来たってわけ。婚后さんは?」 婚后「わたくしは、湾内さんと泡浮さんに教えていただいたカフェでランチをいただこうと思い立ちまして」 そう言って胸を張る婚后。美琴はその豊満な胸に一瞬目を奪われて、慌てて視線を外す。 美琴「湾内さんたちと一緒に来れば良かったのに」 婚后「湾内さんと泡浮さんは部活動ですわ。ところで御坂さん。確か許婚の方は、上条当麻さんと言いましたわね?」 美琴「う、うん。そうだけど?」/// 婚后「ご家族の方が、どう見ても西洋の方にしか見えないのですが?もしかして上条さんってハーフとか?」 美琴「いや、違うから!当麻は日本人だから!」 銀髪翠眼の上条を想像して、美琴は『それはないな』と、即座に頭を振る。それから上目づかいで婚后を見た。 美琴「えーっと、その、私の妹みたいな『訳アリ』なんだけど、家族みたいな存在、なんだ。だから聞かないないでくれると、助かる」 婚后「わかりましたわ。では、ご一緒にランチでもいかがです?御坂さん」 美琴「婚后さん。…ありがとう」 婚后「なんのことかしら?」 扇子で口元を覆いながら、婚后は小さく微笑んだ。 インデックス「みこと。その子は誰なのかな?」 美琴「あ、ごめん、紹介するね。こちらはわたしと同じ常盤台中学の友達の婚后さん。婚后さん、この子は…」 インデックスを婚后に紹介しようとして美琴は言葉に詰まる。いったいなんと紹介すればいいのだろう。 美琴「………イギリス清教のシスターのインデックス」 少しだけ考え、そう紹介する。まあ不自然ではなかったはずだ。 インデックス「インデックスだよ。よろしくね。…えーと、名前を聞いてもいいかな?」 婚后「わたくし、婚后光子と申します。よしなに。インデックスさん」 優雅な微笑を浮かべて婚后が言うと、インデックスも無邪気な笑顔で応えた。 インデックス「よろしくね。みつこ」 婚后「………インデックスさん、もう一度、仰ってくださいます?」 インデックス「?よろしくね。みつこ」 婚后「っ!!」 両手で自らの肩を抱き、感極まった表情でインデックスを見る婚后。 美琴「こ、婚后さん?」 インデックス「どうしたの!?みつこ!」 婚后「インデックスさん。その、わたくしも貴女のことを呼び捨てにしていいでしょうか?」 インデックス「別に構わないんだよ」 婚后「ああっ!わたくしの長年の夢が今、叶いますわ!」 美琴「夢?」 婚后「ええ。わたくし、その、家族ではない同性の方と名前だけで呼び合うことが夢でしたの!」 美琴「そうなんだ」(言ってくれればわたしも名前で呼んでもらって構わないんだけどなあ。でも今から光子って呼ぶのは変な感じはするけど。うーん…) そんな美琴の葛藤に気付かず、婚后はインデックスと向き合っていた。 婚后「…で、では、いきますわよ…」 ごくりと唾を飲み込んでから、婚后は大きく息を吸い込む。 婚后「…インデックス」 インデックス「みつこ?」 婚后「インデックス!!」 ぎゅむっと音がしそうな勢いで、婚后はインデックスを抱きしめる。 インデックス「みつこ、苦しいんだよ!」 婚后「ご、ごめんなさい。その、嬉しくて」 インデックス「嬉しい?」 婚后「ええ。わたくしを名前だけで呼ぶのって、お父様しかいなかったものですから」 それを聞いたインデックスはきょとんとした表情で婚后を見つめる。 インデックス「ねえみつこ。みことは友達なんだよね?」 婚后「御坂さん?ええ、大切なお友達ですわ」 インデックス「みこと。みつこは友達なんだよね?」 美琴「え?う、うん。友達よ?」 インデックス「じゃあ、お互い名前で呼べばいいと思うんだよ?」 婚后「み、御坂さんを名前で!?」 扇子で口元を隠しながら、婚后は上目づかいで美琴を見る。そんな彼女を見て、美琴は小さく微笑んだ。 美琴「…そうね。婚后さんさえよければ、これからは光子って呼ばせてもらおうかな」 婚后「御坂さん。…ええ、もちろんよろしいですわ」 嬉しそうに言う婚后に、美琴は人差し指を立てて左右に動かしながら片目を瞑って言う。 美琴「そこは美琴、でしょ?」 婚后「…美琴」 インデックス「よかったね。みつこ」 婚后「インデックスのおかげですわ。ありがとう」 インデックス「別にいいんだよ」 婚后「あの、インデックスもわたくしとお友達になってくださったのですよね?」 インデックス「みつこさえ良ければ、私たちは友達なんだよ」 婚后「もちろんですわインデックス。そうですわ。お近づきの印に、ランチをご馳走しますわ」 インデックス「ご飯!?そういえばおなかが空いたんだよ!おなかいっぱい食べさせてくれると嬉しいな」 婚后「ええ。いいですわよ」 インデックス「楽しみなんだよ!」 婚后「ふふ。わたくしもですわ」 美琴「…驚くわよ。間違いなく」 ぼそっと美琴が呟くのを聞いて、婚后は首を傾げる。 婚后「驚くって、なんのことかしら?」 美琴「インデックスのことだけど。満腹になるまでなんていったら、そうね、30人分くらいなら軽く食べるから」 婚后「…冗談ですわよね?」 美琴「ねえ、インデックス。この前レストランでパスタを何皿食べたっけ?」 インデックス「38皿食べたんだよ!美味しかったんだよ!」 その言葉を聞いて呆然としている婚后に、銀髪の少女は満面の笑みを浮かべて言った。 インデックス「早く行くんだよ!みつこ」 ――― 14:00 とある携帯電話の通話 「珍しいな。君から電話がかかってくるのは」 「ご無沙汰してしまったのは謝る。だが、今回はちょっと事情が特殊なんでね。君の力を借りたいんだ」 「君のことだから、悪い話ではないのだろう?で、どうしたんだい?」 「ウチの娘なんだけど、俺に内緒で婚約したって言うのよ。なんで、ちょっと悪戯をしてやろうと思ってね。急で悪いんだけどさ、29日に学園都市の二十三学区のホテルにあるレストランに一部屋と、ツインルームを二部屋、用意してくれない?」 「また急だな。まあでも、他でもない君の頼みだ。何とかしよう」 「悪いな。恩に着る」 「で、上座には誰を?」 「上条刀夜、詩菜夫妻とその息子の当麻君を」 「わかった。ところで、本当にツインルームは二部屋でいいのか?」 「さすがに中学生の娘に男に抱かれろなんて言わねえよ」 「はっはっは。冗談だ、冗談。それはそうと、入場許可は取れているのか?」 「それはまた別のルートで上条さんの分も俺達の分も取得済みだから大丈夫だ」 「そうか。では29日に君は学園都市にいるというわけだな?」 「ああ。そうなるな」 「では、都合が付いたら私も出向くとしよう」 「ああ、楽しみにしてる。じゃあな」 ――― 16:00 とある高校男子学生寮の一室 お土産に美琴が買ってきた缶詰をがっついている三毛猫を眺めながら、インデックスが尋ねる。 インデックス「ねえ、みこと。なんでみつこの寮にお呼ばれされたら、スフィンクスを連れて行っちゃいけないの?」 美琴「…光子が飼っているのは大蛇なのよ。学舎の園のペットショップで餌を買うのに付き合ったことがあるんだけど、それが真空パックのネズミだったのよね…」 袋越しとはいえネズミの死体を手に持ってしまったことを思い出して、ぶるっと肩を震わせる。 美琴「大丈夫だと思うけど、丸呑みされちゃうかもしれないから、さ」 インデックス「大蛇って、どのくらい大きいの?」 美琴「んー。4mくらいあったかしら。頭の大きさがスフィンクスくらいあるし」 インデックス「大きいんだよ!」 美琴「そ。だからスフィンクスは連れて行っちゃ駄目よ」 インデックス「わかったんだよ」 屈託の無い笑顔に微笑み返してから、美琴はスーパーの袋を持って台所へと向かった。入口の端に畳んである布団が視界に入り足が止まる。 美琴(当麻の…布団。いやいやいや、何考えてるの!?わたし!)/// 真っ赤な顔でブンブンと頭を振り、布団の中に飛び込みたい衝動を追い払いながら、冷蔵庫へと歩いていく。 美琴(それにしても光子は意外だったわ。インデックスの食事量を見ても驚いていたのは最初のうちだけで、最後にはむしろ感心していたし、名前で呼ばれるのが本当に嬉しかったみたいだし。部屋に招待するとか、学舎の園のケーキショップに連れて行くとか、インデックスと色々約束してたしね) 婚后のことを思い出しつつ、冷蔵庫の扉を開ける。 美琴(でも、友達と名前で呼び合うのっていいわね。名前で呼び合うと一気に仲が良くなった気がするし。…あれ?そういえばわたし、同じ歳の友達を名前で呼ぶのって初めてだ) 冷蔵庫に食材を入れながら、小さく微笑む。 美琴(美琴、か。ふふ。何かくすぐったい) 婚后が自分を呼ぶ声を思い出し、それから上条が自分を呼ぶ声を思い出して美琴はそっと自分左手の薬指の指輪に触れた。 美琴(…でもやっぱり、当麻に名前を呼んで貰うのが一番嬉しいわね) ――― 21:00 常盤台中学学生寮208号室 ベッドの上で携帯電話を弄りながら、美琴は上条の部屋へ戻ってからのことを思い出していた。ルームメイトは風紀委員の仕事で不在である。 夕食に作った寄せ鍋は大好評だった。 公園まで送ってもらい、自動販売機の陰で抱きしめてもらってから恋人のキスを何回か交わして寮へと戻った。 部屋に戻ってから、メールで取り留めの無いことを送りあい、美琴がメールを送信したところで、携帯電話が振動した。 画面に表示された母親の名前を確認すると、美琴は通話ボタンを押して受話器を耳に当てる。 美鈴「美琴ちゃん…」 いつもと違う、どことなく暗い声。 美琴「ママ?どうしたの?」 美鈴「ちょっと、困ったことになったかも」 美琴「困ったこと?」 美鈴「美琴ちゃん、上条君のことパパに報告してないでしょ?今日パパから電話があったんだけどね…その、上条君のお父さんとウチのパパ、出張先で知り合ったらしくてさ、父親同士で喧嘩になっちゃったみたいなのよ」 美琴「え?ちょっと待って!?その、当麻のお父さんとパパが喧嘩?」 慌てて聞き返す美琴の耳には、わざとらしいくらいに大きな美鈴の溜息が聞こえてきた。 美鈴「うん。それでね。パパが出張から戻ったら、その足で美琴ちゃんを連れ戻しに行くって言ってるのよ」 美琴「…いつ帰ってくるの?」 美鈴「29日。でもね美琴ちゃん。ママも詩菜さんもふたりの味方だから」 美琴「ありがとうママ」 美鈴「いいのよ。私たちはふたりの婚約を認めたんだし。それじゃあ、ふたりで29日、第二十三区のKALロイヤルホテルへ午後1時頃に来てくれる?」 美琴「うん。わかった」 母親が味方になってくれると聞いて、美琴はほっと胸を撫で下ろす。 美鈴「上条君には詩菜さんから連絡が行くと思うけど、ふたりで話しておいた方がいいと思う」 美琴「うん。あと、パパにも電話してみる」 美鈴「あー。パパ、美琴ちゃんからの電話には出ないわよ。拗ねちゃってるから」 美琴「あの馬鹿親父!」 美鈴「まあ父親なんてそんなものよ。でもね美琴ちゃん。報告貰ったママも結構驚いたんだから、寝耳に水状態だったパパの気持ちも少しは考えてあげてね」 美琴「寝耳に水ってことは、もしかしてパパ、当麻のお父さんからわたしの婚約のこと聞いたの?」 美鈴「うん。その、ゴメン。ママが伝えればこんなことにならなかったんだけど」 少し口ごもるように美鈴は言う。 美琴「あー。確かに他人から娘の婚約のこと聞かされればパパなら拗ねるわね。でもそれで連絡取れなくなっちゃうのは考えものだけど」 美鈴「まあそれだけパパも美琴ちゃんのこと愛してるのよ」 美琴「…うん」 美鈴「もちろん、ママも美鈴ちゃんのこと愛してるわよ」 美琴「…うん」 美鈴「それじゃあ、29日に会いましょう。上条君によろしく」 美琴「ちょっ、ちょっと!?よろしくってなによ!?」 美鈴「あらーん?だって美琴ちゃん、この後、上条君と話すでしょう?」 美琴「そ、そりゃ、話す、けどさ」 美琴は反論できずにもごもごと呟く。 美鈴「だから『よろしく』よ。ああ、それと美琴ちゃん、早まったことはしないようにね」 美琴「なによそれ!?」 美鈴「なにって、そりゃ駆け落ちとか、子供作っちゃうとか」 美琴「な、な、な、な、な、なに言ってるのよアンタ!!」/// 美鈴「んー?追い詰められた恋人が行き着く先。でもね美琴ちゃん、パパにはそういうのまるっきり逆効果だからね」 美琴「…子供なんてまだ早いし、そもそも29日までにそうなるのって無理だから!!それに、駆け落ちって言っても、わたし、超能力者だから学園都市から逃げられないわよ」 美鈴「ま、そうね。まあ変に思いつめないでってこと。こと子供のことに関しては母親の方が強いから、母親を味方につけている時点で悪いことにはならないから、どーんと構えてなさい」 美琴「うん。わかった」 美鈴「じゃあね」 美鈴は途中から演技をやめ、普段どおりの隙あらば美琴をからかう調子で会話していたのだが、美琴は気付いていなかった。 美琴(…パパ、か) 電話帳で上条の番号を選択し、通話ボタンを押してから美琴は父親の顔を思い浮かべて小さな溜息をひとつついた。 クリスマス狂想曲 12月25日 了 前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/クリスマス狂想曲
https://w.atwiki.jp/dngss5/pages/93.html
プロローグ(”富嶽”のフジさん) ●東京・赤坂―雨― その日、赤坂は雨だった。 国会議事堂や首相官邸からもほど近く、政財界の大物が夕から夜にかけ集ってくる赤坂の街。 そこはありとあらゆる駆け引きの水しぶきが飛び交い混じり合う、時代と共に様々な流れを作ってきた街でもあった。 最初の一滴では短くとも降り注ぐ小雨は、坂を流れ、やがて一か所に水たまりを作っていく。 その水たまりをぱしゃりと一人のスーツ姿の男が、革靴でいまいましげに踏みつけ、乗り越える。 そして目的の料亭へと入っていった。歴代閣僚御用達の格式ある料亭である。走るような愚は侵さないが―― 確実に急いている様子は誰の目にも見て取れた。 彼は庭前の廊下を横切り奥に進む。そしてボディガードを片手で制すると障子の襖をゆっくりと開けた。 「失礼します。」 襖の先には四人の男たちが鉄(てっぽう)をつついていた。無粋な風音に談笑と酌の手が止まる。スーツの男は構わず上座のライオンヘアーの白髪の男性のもとに進みより耳打ちを始めた。 男は咎めない、周りも同じ。よほどのことでもない限り『この場』に割って入ってなどこれない。 つまりよほどのことが起こったのだ。獅子髪の男は話を聞き終えると顎を軽くかいた。 「モリちゃん、ちょっと。…君の管轄」 モリと呼ばれた男が鮫のような小さな目をぎょろりと動かす。大柄の体躯のわりに小顔の男だった。政界でも利に敏いと有名な男で、なんでも鮫のように喰いつくとの評があった。 彼は末期のがんだった。本来ならこの場どころかこの世にいるはずもない人物だったが、そのダボハゼぶりがその災いに幸をもたらした。 つまりは「霊薬」。その恩恵に授かった第一号。 御相伴後はエプシロン王女歓迎のレセプションを主導し、元首相という肩書を最大活用し、運営に辣腕をふるっている。 「出場予定の選手に欠員がでた―――そのことで、まさかのお言葉が――― ある意味、今回一番の『びっくり箱』かもしれない」 さて、しかし、どう判断したものか… 弁舌で鳴らしたの獅子髪の歯切れは珍しく悪かった。 大山騒動ネズミ一匹、一体何が起こったのか。ここは少し時を遡ることとしよう。 ●東京・墨田区(初場所千秋楽後の夜)―晴れ― ―――――「魔人大相撲(おおずもう)―――――――――――――― 魔人相撲協会が主催する相撲興行。がっぷりと四つに組んだ力士同士のぶつかり合いが魅力の格闘競技。 特に最高位である「横綱」は正面から相手を受け止め、勝ち切る「横綱相撲」が求められる傾向があり、 その是非に関しては議論に上る ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 『3ケ月間の給与返上。』 横綱 砲龍 は協会よりいい渡されたこの処遇に内心にんまりと笑みを浮かべていた。 大甘判定もいいところだ。実質、この争い、自分の完全勝利といっていいだろう。 ことの発端は師走。 彼の派閥の飲み会で彼等は「鷹の富士部屋」の若手十両を呼び出し『指導』を行った。 指導後、のびたそいつを放置して帰ったわけだが、こともあろうに十両の親方である鷹の富士親方が この件に関し、警察に被害届を出したのだ。 全治2か月の診断と警察沙汰に世間とマスコミが飛びつき、彼もまたパッシングの対象となった。 結果は明暗を分ける。重傷を負わせ、その場に居合わせたにもかかわらず放置した自分は減給のみ、 対して訴えた被害者の親方は協会の理事会により『和を乱す。礼がなってない』と常任理事の 退任に追いやられた。 今日の皆での飲みは祝い酒だった。全く、笑みがこぼれるのも無理はないというものだ。 「横綱。ほろ酔い気分のところ、すいません。ちょっといいですかね?」 そして取り巻きたちと飲みに行った帰り、そいつがコートをまとって現れた。 ◆◆◆ 砲龍は呆れたようにそう切り出した男を見返した。 「またあんたか。Mrコロンボ。ほら事件なんか何もなかったろ、あったのは『指導』だけだ。」 「――全くで。それで最後に一つだけ、横綱に聞きたいことあってお邪魔しました。」 そいつの見た目はさえない、たっぱ170もない小男だった。自称『文部省の方から来た』男で、 今回の件、色々と自分やその周りを嗅ぎまわっていた。 そんな胡散臭い存在、そうそうに摘まみだしてしまえばいいのだが、この男、するりと相手の懐に 入り込むのが異常にうまく、いつの間にか話の手綱を掴んで会話の主導権をとってしまっている。 いっそ相撲の参考に見習いたいくらいだった。 着ているコートもよく見れば上質でしっかりしたもの なのだが、妙な矢印が入ってるデザインのせいでヨレヨレにしか見えない。 お国絡みらしいが、画一がちの役人とも空気が違うし、妙になれなれしい、結局”よくわからない男” としか言いようがなかった。 「10年前のあの事件”覚えて”いますか?」 ―時津風部屋力士暴行死事件―っていうんですが― 「関係ない。」 砲龍は思わず視線をそらし、あらぬことを口走った。いやいや誤解だ。 本当に自分はその件には関係ないのだ。やましいところなど何一つない。実際今、言われるまで その存在などすっかり忘れていたくらいだ、あんな『事件』のことなど。 「終わったことだ。そいつとは面識すらなかった。死んだ奴は戻らないし部屋もなくなった。 なんで今更そんなことを。」 「いや個人的なことで申し訳ありません。その事件、私、担当してまして。」 意外な男の台詞に視線と手綱を一瞬で引き戻される。 「そのとき警察の対応、大変まずいモノでした。検視もせず親方にいわれるまま死亡診断書の 書き換えを許したわけですから。挙句、殺された少年を火葬場で親御さんに無許可で燃やそうとした。 親御さんが不審に思い、寸でのところで阻止しなければ事件自体闇に葬り去られていたでしょう。 その反省に立ち、検視体制強化のため検視官を大幅増員、検視官が現場に立ち会う「臨場率」の 上昇をわたし『指導』しました。だけど、仕事はそこまで。 お偉いさんの判断で相撲協会のほうには手を付けず、協会の自浄努力に任せる形になりました。」 男の語る言葉は静かだった。だが、その弾劾は鉛のように相撲取りたちの中に重く沈んでいく。 「横綱さぁ…、関係ないわけないでしょ。今回、一つ間違えれば、その事件の『繰り返し』になったかもしれない。 無関係? ないでしょ、あの時、全員で再発防止を誓ったのだから… 終わったこと? 遺族にしてみれば”今”も続いているんですよ。あの『繰り返し』が」 「お前どうしようっていうんだ。そんな”昔の話”を今更、持ちだして」 何故オレは狼狽している。こんな揺さぶりごときに。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 「そう昔のこと、ただ”今”その少年が生きていれば被害者である鷹の岩関と同い年だったってだけです。 でもね、 もし事件のこと心の片隅にでも残っていれば、いざというとき『楔』になったはずです。 協会も貴方たちも変わらなきゃいけなかった。けど、変われなかった。どうにも――」 そいつはよれよれのコートから片手だけ出すと無造作に手の平を上にしたまま水平に切った。 その何気ない仕草が、横綱の相撲とりとしての矜持を酷く傷つけた。 「揃って『指導』が必要のようなんでね。受けてもらえますか?”三枚目”」 「「横綱!駄目です!」」 ふざけるなッ!! 取り巻きの制止の声もとき既に遅く、気が付いた時にはその無礼者に対し、砲龍は張り手を繰り出していた。 「!?」 しかし吹き飛ばすはずの顔面の感触はなにもなく、押し出した張り手は何の成果もなく元に戻る。 手と相手の顔を見やる。相手は微塵も動いていなかった。かわしたのでない。これは”届かなかった”のだ。 (何が起こった。やはりコイツ魔人か…だが組めば間合いは…関係…ない。) 両者は流れのまま激しく衝突した。 「横綱」には正面から相手をがっちり受け止める「横綱相撲」が常に求められるという。 何故か? 無論、周囲の期待や伝統というのもある。だが、一番の理由は組んだ瞬間に互いに ”わかる”からだ。決して超えることのできない、認めたくない、認めなければいけない。力量の差が。 そしてその『格』の差を格下に感じさせて勝つ。後達に高い山の頂が確かにそこにあることを見せ、 夢を魅せ続ける、それが「横綱」の責務なのだ。 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」 本気の砲龍の投げは大型トラックすら容易に横転させる。 格の差を。そう、見せつけなければいけない。横綱は――間違っても”感じて”などいけない立場なのだ。 超えろ超えろ。大岩だろうと天の岩戸であろうと。転がす転がして見せる。動け、動いてくれ――― ―――――― ――――― ―――― 気づくと誰も自分のことなど見ていなかった。 すべての力士の視線は目の前の男の背中に、コートに、 いや”反対側の”ポケットに吸い取れられていた。 片手。 そのまま。 ポケット。横綱相手に。 尊敬の念はない、あるのは『畏れ』。畏怖と恐怖が入り混じった身も凍るような驚愕だけだった。 「うーん。」 男もまた唸った。 「こりゃ所長へうまい言い訳考えとかないとドヤサれるパターンだ…。とりあえず。」 足払いを受けた。まるで大波に足を取られたような感触だった。その大波にさらわれて身長2m、 体重200kg以上あろう自分の体躯が綺麗に180度、半転する。いや加えてもう一回転。 併せて五百四十。ぐるりぐるりと景色が回る。 「お前さんは幕下からやり直しな。」 そんな言葉と共に砲龍が最後に見た光景、それは大波の中に悠然と映る、逆さ富士の風景だった。 同時にビルの工事のときの基礎用の杭打機を地に打ち込むような、あるいは大花火の打ち上げの ようなドーンという音があたりに響いた。 そして全てが終わった後、その場に残されたのは地面に突き刺さった人柱一柱とそれを囲むように 驚愕の表情を浮かべるスモウトリたちの氷のオブジェだけだった。 〇富嶽VS●砲龍 決まり手『 富嶽三十六景 神奈川沖浪裏。』 ●東京・足立区「織瑠多興信所」事務所・すごいはれ 「ふうううううううううううううううううううううううううううううううがああああああああああああああああああああああああくうううううううううううううううううううううううううううう」 その日、呼び出したをうけたフジさんに織瑠多興信所所長、織瑠多・マリーの特大の雷が落雷した。 つけっぱなしになったTVでは「横綱砲竜 謎の電撃引退!?その理由とは」との文字と軽薄な コメンテーターの意見が躍っている。今日はどこもかしこも、その話題で持ちきりのようだった。 「アンタねぇ、なんで事件のもみ消しに入って、こんな大騒ぎになってんのよ。馬鹿なの? なんなの?きっちり説明しなさい。」 そういって机をドン叩くと、マリーはカップのルイボス茶をぐいっと飲みほす。 対するフジさんの前には熱めの番茶が、今ほどすいっと置かれた。 フジさんは月見ちゃんに目でお礼をいう。お盆をもった彼女もニコッと笑う。 所員、月見そうは全員の趣向嗜好を完全に把握している。温度までも好み通り。流石の才女だ。 「えーあの時は当たってから流れで一つ、みたいな感じだったんで 横綱の得意技『ダブル・ツイン・アーム・ストロング・ダブル・アーム砲』だされてたら、 勝負どうなってたか…いやーホント紙一重でした。」 完成度高そうな技だなオイ。いけしゃーしゃーと言うフジさんだったが、所長に白い目をむけられ、 シリアス顔になってちょっとだけ言葉を改める。 「一番の根源は腐った協会体質ですが、今後の問題は”鷹の富士親方”あの人の動向に集約します。 元々完全ガチンコで八百長嫌い、協会改革と古い体質脱却を常に訴える彼は協会の岩盤体質の目の敵。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 何より、あの人は10年前の事件をきちんと覚えていた。心に痛みがあった。だから今回の件、 あのひとは絶対に引かないし、引けるはずもない。ここで引いたら業界自体が終わりですから。 となると後は完全なガチンコ、多少の追い風はあってもいいんじゃないですかね?」 「…。」 「逆に言うと内部から協会改革できそう親方株は彼一人くらいというお寒い事情なわけです。 現状のパワーバランスだとこちら側からなにも仕掛けられませんよ。”今は”ね。」 所長は資料を読みつつ、言葉を発した。 「一つ聞いていい。鷹の富士は今回の件、怒っていたの?」 「怒って”は”いませんでしたぜ。」 微妙なフジの言い回しをどうくみ取ったのか、その言葉に所長はそうとだけ答えた。 「魔人相撲協会は既に通常に機能していない。そのことが今回で明らかになった。 ただ、独立法人であるあそこに行政も早急には介入できないし、大本の科学文部省自体が かなり腐っているので適切な指導も期待できない。外部からの介入には世間の後押しが必須。 そして社会通念上の『正常』をアピールできる感性を持ってる有力な親方株は彼だけ。 まあ、この状態で現役横綱に既存益の砲竜が居座り続けるってのは確かによろしくないわね。」 「そうそう、そんなこんなで総合的かつ不可逆的な見地から、あうふーべんした結果が 今回の判断なわけです。いやー納得していただいて助かりました。」 適当な相槌が所長のこめかみに青筋を走らせた。絶対意味わかっていってないだろ、コイツ。 そういうことならと、彼女は引き出しから一枚の紙を取り出し、ぴしりと構える。 「では私も”アウフヘーベン”することにするわ。 我『呪』を持って偽りの答えを禁じる。答えなさい”富嶽”。忖度の一番の理由は?」 「…。」「……。」 あらあらマリちゃん大人げないわねーと月見さんがお盆片手に困ったように頬に手を当てた。 フジさんも腰をあげるがこれはもう完全に後の祭りの手遅れ状態だった。 しらなかったのかオルタ・マリーの雷からは逃げられない。。。諦めたように口を開く。 「『判官びいき』です。あっし、あの人の昔からの大ファンなんで」 マリーは深いため息と同時に大きく息を吸うという偉業を見事なしとげた。 「!!!! 減 ~ 給 ~ !!!!!!!」 減給~減給~減給~~興信所に所長の雄たけびが再び、木霊した。 果たしてフジさんの(主に給料明細の)明日はどっちだ。 ●東京・赤坂―戻― 「全くどこでお聞きになられたのかでしたら、あの方はどうでしょう―――と推薦というか水を向けられまして。一応、お伝えすべきことかと」 その話を伝えた関係者は冷や汗を流しながら、そう言葉を結んだという。 これには全員顔を見合わせた。魔人横綱 砲竜は今回のレセプショントーナメントに目玉選手の 一人としてエントリーが確定していた。欠員の穴埋めは当然なされなければいけないが、しかし、 彼らの知るあの方達は、思慮深く、慎み深い方たちだ。各方面への影響も大きい、どころか 場合によっては世の在り方すら変わってしまう。そのようなこと果たして軽々にいうのだろうか… ―ただ― 「…時代か」 「なるほど時代ですもんね。」 「うん、時代の変化。確かにそういう時代になったのかもしれないね。」 妙に納得もしていた。そしてなんだか懐かし気分に彼らはなっていた。これはあの時の空気を 吸ったもの達、独特の感性かもしれなかった。 「じゃそういうことで手配よろしく」 「しかし相撲協会はだらしない。やはり組織改革には痛みが伴わないと駄目なのかね。」 「うむ、鷹乃富士には痛みに耐えて頑張って貰いたい!」 「あー純ちゃんイタミ何気に好きだよね、実はマゾなの。」 「感動した!愉悦。」 (あっS側だこのひと) 本編へとつづく
https://w.atwiki.jp/epicofbattleroyale/pages/384.html
体感時間では数時間ほどだが、特異点では一日の後。 僅かな時間と思っていたが、それは戦時下においては、大きなラグであったようだ。 藤丸立香が小太郎と、新たな援軍を伴い、躑躅ヶ崎館に戻った時には、陣中はまさに激動の渦にあった。 「おお、戻ったか藤丸殿」 「ランスロット! これは……?」 ちょうど通りがかったランスロットに、立香が状況を問いただす。 館のあちらこちらから、聞こえてくるのは忙しない足音。 ある者はがちゃがちゃと具足を鳴らし、ある者は物資を運んでいる。 何かに駆り立てられるようにして、あちこちで怒号が飛び交う様は、まさに戦場のそれだった。 戦いは起きていないようだが、いずれにせよ、ここまでの騒動に至るまでに、一体何が起きていたのか。 「うむ。事は数刻前にな。あのキャスターのサーヴァント――卑弥呼が、交渉の用意があると申し出てきたのだ」 「卑弥呼が、ここに!?」 なんてことだ、と目を見開いた。 リスクに見合うだけの人材は、確かに連れてきたつもりだ。 しかし甘かった。敵はこちらの予想以上に、早く行動を起こしてきた。 よもや自分がいない間に、敵が本陣にまで切り込んできたとは――己の迂闊に、立香は眉根をしかめる。 「案ずることはない。実質の投降勧告ではあったようだが、そこは武田信玄公だ。見事、鼻を明かしてやったと聞いている」 『とはいえ、怒った女王殿下も、退くに退けぬと食い下がり、結果がこの戦闘配備。そういった具合と見ていいね?』 「ああ。詳しい話は信玄公に。……ところで、連れてきたサーヴァントというのは?」 おおよその状況を確認したところで、今度はランスロットが立香に尋ねた。 なるほど確かに、この場には、藤丸立香と小太郎しかいない。カルデアから連れてきたはずの増員の姿が、現状どこにも見当たらないのだ。 少なくとも、彼らの主ではない、はぐれサーヴァント・ランスロットの目には。 「今は、霊体化していただいています。アグラヴェイン卿のおっしゃることもありましたから……」 「……なるほどな。相変わらず、食えぬ奴だ」 誤解が解けたとは言っても、胡散臭さは拭い去れない。 そんな心境もあったのか、複雑な表情でランスロットが言った。 先の作戦会議の折、カルデアに戻りたいと言った立香に、アグラヴェインはこう返したのだ。 『ならば、仔細を問うことはしない。貴様の見出した勝機については、信玄以外への他言は無用とする』――と。 故にこそ、未だ立香と小太郎以外に、援軍の正体を知る者はいない。 そしてそれを黙っている理由は、当の立香達ですら知らずにいるのだ。 『とにかく、今は信玄公のもとへ。アグラヴェイン卿も、今はそちらに?』 「大方そうであろう。それほど猶予があるわけでもない。急げよ、藤丸殿」 マシュの言葉にランスロットが返し、立香は大きく頷いた。 信玄の切り札となるサーヴァントの名は、未だ彼女の耳に入っていない。 それは早く会わせなければ、作戦にも支障をきたすということになるのだ。 場所を尋ねると、立香は急いで、信玄の居場所へと駆け出していった。 ◆ 時は僅かに遡る。 これは立香が再レイシフトを果たす、その数時間前のこと。 正確にはその時の様を、躑躅ヶ崎の主――信玄が、語って聞かせた内容である。 「改めまして、信玄公。キャスターのサーヴァントであります」 使者を送ってから、しばらくの後。 天命の支配者・キャスターは、謁見の間に現れた。 恭しく礼をする姿は、見事に堂に入っている。しかしそれが見せかけに過ぎぬと、既に信玄は理解している。 何故ならば現状の優位は、キャスター・卑弥呼にこそあるからだ。上から力を見せつけて、逃げ惑う信玄を見下ろした彼女に、己を敬う理由などないのだ。 なればこそ武田信玄は、上座に座して頬杖をつきながら、渋い顔でその姿を眺めていた。 「用件から申せ。今さら脳天気な和平などを、考えておるわけでもなかろう」 「ええ、ええ。おっしゃる通り。非礼を承知で赴いたのには、それ相応の理由があります」 下げた頭を持ち上げながら、太古の女帝は静かに笑う。 優雅に取り繕ってこそいるが、あれは紛れもなく牙剥く仕草。修羅場を生き抜いた信玄は、その口裏で煌めく犬歯を、決して見逃しはしなかった。 結局、どれほど飾り立てたとしても、この場で繰り広げられるのは、血なまぐさい謀にほかならないのだ。 「我らの他に残った一人。アーチャーすらもやり込めたという、あのセイバーのサーヴァント。信玄公ともなれば当然、彼女が本陣とする城も、既に把握しているのでしょう」 「無論だ。本来ならば有り得ざる城――徳川めが陣を敷いた山に、突如として姿を現した城。何をしでかしたかは定かではないが、あれこそが奴の根城であろう」 話題に挙がったのはここにはいない、最優のサーヴァントの存在だ。 これは今日に至るまで、あまり話題に挙がらなかったことだが、思えばその居の築き方からして、奴の行動は異常であった。 信玄の誇る軍をもってしても、新生躑躅ヶ崎館を構えるまでには、それなりの時間を要している。 にも関わらず、あのセイバーは、本来城がないはずの場所――桃配山にあっという間に、城を築き上げたというのだ。 本来の関ヶ原においては、かの大将軍・家康が、最初の陣を敷いた場所である。しかし城があったという話は、未来のダ・ヴィンチですらも聞いていないのだそうだ。 「ええ、まさしくそのことです。私が貴方に願うのは、かの不可思議な城の攻略――セイバー打倒のための力を、貸していただきたいということなのです」 「何ゆえに我らが力を欲する。天命を見通す全知の目あらば、奴めがどれほどの策を練ろうと、容易に見透かせるのであろう」 「ただ一点、あの城を除いては。いかなる術かまやかしか、あの魔城の未来ばかりは、私にも、手繰ることが叶わぬのです」 何故かセイバーの居城だけは、どれほど視界を凝らしても、望む未来を見せようとはしない。 まるでブラックアウトのように、何も映らぬ暗闇ばかりが、あの城を覆い尽くしているのだと。 「思えば事の発端は、小早川めが目の当たりにした、石田一派の撫で斬りであった。であれば奴がその時点で、未完の聖杯を手にしておったとしても」 「不自然ではない、ということでしょう。聖杯ほどの奇跡であれば、宝具の無力化も城の建造も、成し遂げたとしても不思議ではない」 「真なる願望器へ至る前から、それか。なるほど、お互い途方もないものを、賭けて争っておるものよな」 カルデアの資料によれば、聖杯戦争とは、器を完成させるための儀式だ。 サーヴァントの魂と魔力をくべて、中身を満たすことによって、聖杯は願望器として大成する。 なればこそ、手にするものを選ぶ儀式に、サーヴァント同士の殺し合いなどという、血生臭いプロセスを要しているのだ。 その賞品がこともあろうに、一人の参加者の手中にあり、しかも未完成の状態ですら、それほどの奇跡を起こしているのだという。 おまけに手にした者が最悪だ。よりにもよって日ノ本武者の、誰もが恐れるあの鬼武者が、それを手にしているというのだ。 鬼に金棒とはよく言ったものだと、認めたくもない仮説に、信玄は内心でため息をつく。 「なればこそ、我らは共に手を取り、かの魔剣士に挑まねばならない。その協定こそを結ぶために、私は貴方を訪ねたのです」 「無論、手綱は貴様が握り、我らを飼い慣らした上で、と」 「そのあたりの解釈は、ご自由に」 ああ、やはり本音はそこだと。 奴は信玄の解釈を、己の意図したものへ導くために、あの襲撃を仕掛けたのだと。 強かに笑う卑弥呼の姿に、武田信玄は確信する。 手を取り結ぶためなど、詭弁だ。奴は降伏を促し、軍門に下らせるためにこそ、信玄のもとを訪れたのだ。 天変地異を自在に予見し、勝利を見据える全能の女王。なるほど確かに信玄達は、その力を痛いほど味わっている。 なればこそ、勝てぬと分かっている相手に、強く出ることなど叶いはしない。 卑弥呼はこの状況こそを読み、そのために信玄達を脅して、交渉の席についたのだ。 「――同盟は断る。どうしてもと乞い願うのであれば、貴様こそ軍門へと下ってもらおう」 しかしその読みは決して――未来視の魔眼によるものなどでは、ない。 「―――」 丸く。 僅かでこそあれど、しかし、確かに。 目を見開いた卑弥呼の間抜け面を、しかと両目に捉えたことで、信玄の仮説は確信へと至った。 「何だ。この未来は読めておらなんだか。全知を気取る邪馬台の女帝が、何ともらしからぬ見落としよな」 「理由を、どうかお聞かせください。この同盟は貴方にとっても、決して悪い話ではないはず」 「貴様の口から申してみせよ。真に未来が見えるのならば、我が舌先も見届けていよう」 くつくつと笑みながら、信玄が煽る。 努めて冷静さを保ってはいるが、たとえ僅かではあっても、卑弥呼の動揺は消し去れはしない。 そしてこの変化こそが、卑弥呼の能力の正体を、信玄に確信させるに至った。 本当に未来が見透かせるなら、予想外の結末なぞは、決して起こるはずもない。 たとえ信玄がへそを曲げて、逆張りをしたつもりであっても、その口ぶりこそを彼女は予見し、冷静に対応できるはずだったのだから。 「私の力を、真名を知って、それでなお手向かうおつもりですか」 「粋がってくれるなよ、老害。戦の粋も知らぬ時代に、眠りについた素人風情が、わしを謀れると思うたか」 なるほど神秘で語るのならば、卑弥呼は最強の魔術師であろう。 彼女が国を栄えさせるために、戦ってきた事実も認めよう。 しかし文明を築いたばかりの、弥生時代の戦略眼など、この信玄には児戯に過ぎぬ。 長らく戦い屍を築き、血で塗り固めたノウハウこそが、戦国武者には呪いのように、されど牙を成して染み付いている。 武田信玄は文字通り、虎だ。闘争を宿命とし生まれ落ちた獣だ。 幾多の研究・研鑽を重ね、本能にまで結びつけた己とは、土台生きている世界が違っているのだ。 であれば、その動揺の真贋一つ、見抜けぬはずもなかろうが。 三下じみた言葉の裏に、付け入る隙があることを、見逃すはずもなかろうが。 「策ならば既に我が手にある。貴様が真に未来を見透かし、未来を決めると言うのであれば、それすらも見通せるはずだが?」 「っ……」 「出来ぬよなぁ。出来ぬのならば、わしの勝ちだ。戦国乱世に並ぶものなし――武田が誇る無双の軍は、必ずや勝利を掴むだろうよ」 肉食獣の金眼を、ぎらりと光らせ虎が笑う。 交渉は完全に決裂した。無血での解決は不可能と消えた。 しかしこの僅かな会話によって、武田信玄は勝利を得たのだ。 卑弥呼は信玄の秘策を知らない。信玄すらも聞かずにおいた、藤丸立香の作戦を知らない。 知らぬ未来を見通す術は、全知ならざる卑弥呼にはなく――まして、敵陣の秘密を盗み見る目も、カルデアには届かないことが立証されたのだ。 であれば、勝てる。人理修復を成し遂げた、あの強い少年の心意気があれば、必ずや勝利することはできると。 「……この日この度の愚考を、貴方は悔やむことでしょう。未来の標を誤ったことを、後悔しながら死んでいくのです」 「そのまま貴様に返してくれるわ。未来の貴様を何が襲うか、何が貴様を取り殺すか――至極当然の恐怖の中で、貴様は震えて死んでゆけ」 立ち上がり、吐き捨てる卑弥呼の背中に、信玄は呪いを投げかけた。 人は未来を見ることができない。九割九分までの予測ができても、十割を知り尽くすことなど叶わない。 故に予期せぬ不測の事態を、人は当たり前に恐れる。 何もかも思い通りになると、全能を気取った天照の女王は、そんな当たり前の恐怖に向き合い、采配を振るった末に敗れるのだと。 そのことを噛みしめるがよい――と信玄は、遠ざかる背中に言い放った。 背中の向こうに浮かぶ顔が、果たしてどんなものであったのか――それだけは千里の瞳が無くとも、容易に読み取れはしたのだが。 ◆ 「そんなことが……」 以上のことを、立香と小太郎は、合戦の準備を進める信玄から聞かされた。 すぐ傍にはアグラヴェインが控えているが、その他の取り巻きの姿はいない。立香が駆け寄ってきたのを見て、彼が人払いをした結果だ。 「奴はセイバーを恐れておる。故にこそこの戦いも、殺生は最小に留めた上で、わし亡き後の武田軍を、取り込みにかかる腹積もりだろう」 なまじ未来を操れるからこそ、見通すことの叶わぬものが、人一倍に恐ろしいのだと。 信玄は卑弥呼をそう評しながら、大太刀を肩に担いで言った。 「何にせよ、これで要の切り札が、奴の目にもそして耳にも、届いておらぬことが証明された」 「そう……それだ。アグラヴェインは何故、あんなことを?」 信玄の言葉を受けた立香は、思い出したようにアグラヴェインに問う。 連れてくるサーヴァントの詳細を話すな――というのは、かなりリスキーな指示であったはずだ。 何しろ今日この瞬間まで、信玄は頼りの切り札が何かを、知らぬまま準備を進めねばならなかった。 ぶっつけ本番などというのは、よほどの見返りがない限りは、避けなければならない悪手だ。 「奴の握っていた情報には、因果律操作の一言だけでは、説明のつかないものがあった。この場にいないカルデアの魔術師――レオナルド・ダ・ヴィンチの真名だ」 「疑り深いこやつのことだ。こう考えてもおったのだろう。わしら武田軍の中に、裏切り者が潜んでおる、とな」 「あっ……!」 言われて、はっと目を見開いた。 初めて会った時、卑弥呼は、武田信玄の協力者として、「歴史に残る天才」の存在を挙げていた。 それはこの関ヶ原の、どのサーヴァントにも当てはまらない特色だ。 にも関わらずあの卑弥呼は、ダ・ヴィンチの存在を認識していた。これを説明する手立ては、二つ。 一つは卑弥呼が本当に、ダ・ヴィンチと会話する未来を見ていた可能性。 もう一つは何者かが、スパイとして武田軍に潜り込み、陣中での通信を盗み聞いていた可能性だ。 つまるところ信玄は、未来視の真贋とスパイの存在、両方を見極めなければならなかったのである。 「結果として、奴の力のからくりは読めた。ならば間者の方と見て、探りを入れることになる」 「この場の人払いもそれが理由よ。して藤丸。次はわしだ。貴様の策を成すもののふの面、そろそろ拝ませてもらおうか」 そう言われて思い出し、立香は霊体化の解除を指示する。 やがてその先に現れたのは、この戦いを切り抜けるために、連れ立った二名のサーヴァントだ。 人理焼却を乗り越えた今、縁を結んだサーヴァント全てが、カルデアに残っているわけではない。 それでも立香は、この二人こそが、現状を打開するための、最高の人選であると見込んでいた。 たとえ彼らの成す策が、どれほど荒唐無稽なものだろうと、だ。 「………」 一瞬、信玄はきょとんとなった。 なるほど確かに考えてみれば、日本の戦国時代の人間にとっては、彼らの纏う装いは、さぞ奇特なものとして映るだろう。 「……悪くはない」 それでも、理解はできたようだ。 どれほど珍奇な風体であっても、彼らが身に纏う風格までは、白けて消えたりはしないのだと。 彼らの気配が、そして視線が、幾多の死線をくぐり抜けた、信頼に足る勇者のそれだと、納得することができたのだろう。 次の瞬間、浮かんだものは、にぃと口角を吊り上げ笑う、鋭い獣の顔であった。 BACK TOP NEXT 完全を見極めろ(1) 天頂統一戦線 関ヶ原 完全を見極めろ(3)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6665.html
前ページ次ページ重攻の使い魔 第11話『沈む王国』 ルイズ一行を乗せたアルビオン軍艦『イーグル』号は浮遊大陸アルビオンの入り組んだ海岸線を、大陸下半分を覆う雲に隠れるようにして航海した。三時間ほどそれを続けると、前方に大陸から突き出した岬が目に入る。そしてその突端には、高い城が聳え立っていた。 イーグル号は直接城への進路は取らず、更に大陸の下に潜り込むように降下した。疑問を顔に浮かべたキュルケたちを見て、皇太子は遥か上空を指差す。雲の狭間から見て取れたのは、城へと降下しつつある巨大な戦艦であった。全長はイーグル号のゆうに二倍はあり、帆を何枚もはためかせている。 巨艦は城と同じ高度に停止したかと思うと、標的としたであろうニューカッスルの城目掛けて、側舷に並べられた砲門を一斉に開いた。片舷54門の斉射は空気を震わせ、重々しい砲撃音は離れているイーグル号すらも揺さぶった。城壁が砕かれ、小規模な火災が発生しているのがここからでも見て取ることができる。おそらく今の砲撃で、戦死者の名簿に新たな数行が書き加えられたのだろう。 「かつて私の乗艦であった本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒共に強奪されてからは『レキシントン』と名を変えているようだがね。我々が奴らに初めて敗北を喫することになった、……忌々しい土地の名さ」 巨大戦艦は一暴れして気が済んだとばかりに再び上昇していく。艦の周囲には竜が飛び交っているのがかろうじて見えた。皇太子はかすかに悔しさを滲ませた口調で告げる。 「現在我々はあの艦が率いる反乱軍に包囲されていてね。時々嫌がらせのように砲撃していく。もはや死に体のこちらを嬲るが如くね。流石にこの艦であの化け物に勝つのは不可能だ。……だから秘密の港を使って城へと入る。大使を迎えるには色々と味気ない港だが、まあそこは容赦願いたいな」 大陸の影になっていることも相まって、一寸先も見通すことのできない雲中を器用にイーグル号は突き進んだ。数十分ほど航行すると、マストに灯された魔法の明かりによって、直径300メイルほどもある巨大な穴が開かれているのが目に入る。イーグル号と曳航されるマリー・ガラント号は、隠された港があるであろう穴へと入っていく。 反乱軍の目を盗んで侵入する様を見て、ぽつりとワルドが呟いた。 「秘密の港……、まるで空賊ですな」 「君の言うとおり正に空賊なのだよ、子爵」 そういう皇太子の表情は少しばかり楽しそうであった。 イーグル号とマリー・ガラント号は巨大な鍾乳洞を利用して造られた秘密港に係留され、一行は待ち構えていた大勢のアルビオン王党派の人々に迎えられた。皇太子にパリーと呼ばれた老メイジと、集まっていた兵隊達は、マリー・ガラント号の積荷が硫黄だと聞くと、鍾乳洞が崩れんばかりの大歓声を上げた。老メイジは感動にむせび泣き、皇太子と自分達の死に様を楽しげに話し合っている。 皇太子からルイズ一行がトリステイン大使であると聞いた老人は朗らかな笑顔で近付いてくる。 「これはこれは大使殿。わたくしは殿下の侍従を仰せつかっておりまするパリーでございます。遠路はるばるアルビオン王国へようこそいらっしゃいました。大したもてなしはできませんが、今夜のささやかな祝宴に是非ともご出席下さいませ」 ルイズ・ワルド・ギーシュの三人は皇太子に導かれ、彼の私室へと向かった。正式な大使ではないキュルケとタバサは、現在パリーに城内の案内をしてもらっている。ニューカッスル城の最上層部、天守の一角に置かれている皇太子の私室は、一国の王子のものとは到底思えない、非常に質素な部屋であった。これならば、まだしも学院の寮の方が洒落ている。 木材で組まれた簡素なベッドに、同じく木製の椅子とテーブルが一組。この部屋で最も手の込んだ物があるとすれば、壁に飾られている、戦の様子を描いたタペストリーぐらいのものだった。 皇太子が椅子に腰掛け机の引き出しを開くと、中には全体に宝石が散りばめられた小箱が収められていた。彼は先端に小さな鍵の付いた首飾りを外すと、その鍵で小箱を開錠する。中から幾度も読み返され、既にぼろぼろとなってしまっている手紙が取り出された。 皇太子は愛おしそうに口付けし、破かないように優しく開き、そして静かに読み始めた。手垢の付いた手紙は、何度もそのように繰り返し読まれたものらしい。一通り読み返すと、同じように丁寧に折り畳み、封筒に入れた。 「これが姫から頂いた手紙だ」 ワルドが一礼して受け取ろうとした時、皇太子は若干迷った表情を見せた。すまなさそうに手で制する。 「すまない子爵。この手紙は、できればヴァリエール嬢に受け取ってもらいたいのだ。……アンリエッタから指輪を預けられた彼女にね」 素直に下がり、ワルドは虚を突かれた顔をしたルイズの背を押した。ルイズは慌てて一礼して皇太子から手紙を受け取る。 「明朝、非戦闘員を乗せたイーグル号がここを出発する。君達はそれに乗ってトリステインに帰りなさい」 一体いつ送られたのか分からない、酷くくたびれた手紙を見つめながらルイズは考えていた。なぜ死を前にしてこれほどまでに落ち着いていられるのだろうかと。この手紙の内容は、きっと自分が考えている通りのものに違いない。そしてアンリエッタから渡された手紙には、おそらくとある一文が書かれているはずなのだ。 黙りこくってしまったルイズに、皇太子は小さく眉をひそめながらどうしたのかと声をかける。 「殿下……。やはり、王軍に勝ち目はないのですか? 本当にアルビオン王家は汚らわしい反乱軍に敗れてしまうのですか?」 ルイズは思わず口をついてしまう。暗い表情をする少女を前にしても、皇太子は何ら気負うことなかった。王軍300に対し、反乱軍5万。彼我戦力差は絶望的だと、至極あっさりと答える。そして自分は誰よりも真っ先に戦死するつもりだとも。容赦のない現実に、少女は思わず歯噛みする。今ここに己の使い魔がいたならば、もしかしたら戦局を覆すことができたかもしれないというのに。 皇太子の言葉を聞き、ワルドとギーシュに少しの間だけ席を外してほしいと伝えると、ルイズはそれまで考え続けていた疑問を口にした。 「殿下、無礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」 「なんなりと申してみよ」 「ただいまお預かりしたこの手紙……、これは姫様からの恋文だったのではありませんか?」 秀麗な片眉を軽く上げると、皇太子はルイズに先を促す。 「この任務をわたしに仰せ付けられた際の姫様のご様子、国を行く末を心配なさっているというよりは、まるで恋人の身を案じるかのようでございました。それに、先ほど殿下が姫様からのお手紙をお読みなさった時のお顔は……、その……」 皇太子は一度は閉じた小箱を再び開けると、内蓋を悲しげな目で眺めた。そしてしばらく眉間にしわを寄せて悩む仕草を見せた後、ぽつりぽつりと話しはじめた。 「君が言うとおり、その手紙は恋文だよ。始祖ブリミルの名において、私に永久の愛を誓っている、ね。この手紙が白日の下に晒された時、ゲルマニアのアルブレヒト三世がどのような選択を取るかは分からない。アンリエッタを重婚の罪だと糾弾して、当然の如く婚約を破棄するかもしれないし、どうでもいいと言って結婚するかもしれない。まあ同盟を考えれば、そのような手紙は処分されるべきだろうね」 「殿下は姫様を今でも愛しておられるのでしょう?」 「……昔の話さ」 皇太子の話を聞く内に、ルイズは徐々に俯いてしまう。自分の中で限りなく確実に近い推測を述べる。 「……トリステインに亡命なさるおつもりはないのですか? 姫様はきっと手紙にそう書いておられるはずです。あの方はご自分の愛した人を見捨てるようなことは絶対になさりません。……わたしは、姫様の人となりをよく知っております」 「そのようなことは一行たりとも書かれてはいないよ」 返された言葉に思わず口を開こうとしたルイズを、皇太子は静かに制する。表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。 「王族は民に嘘はつかぬ。アンリエッタはトリステインの王女だ。己の都合を国の大事に優先させるはずがない。姫と私の名誉に誓う。亡命を薦めるような文はただの一行も書かれていない」 自分の言葉は皇太子の決意を覆すことはできない。目前に迫った皇太子の死と、間違いなく嘆き悲しむであろうアンリエッタの姿を思い浮かべ、ルイズはどうしようもない無力感に苛まれる。自分一人では何もできない卑小な自分がどこまでも憎かった。 俯いてかすかに震えているルイズを前に、皇太子は務めて明るい口調で話す。 「君は本当に正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。ご両親に似て真っ直ぐないい目をしている。だが、そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」 そう言うと、皇太子は机の上に置かれている時計、水が張られた盆を眺める。俯いているルイズに部屋から出るように言う。 「そろそろパーティの時間だ。君達は我が王国が迎える最後の賓客だ。是非とも出席して欲しい」 滅びゆく王国の最後の晩餐は、随分と華やかなものだった。明日の一方的な虐殺になるであろう戦闘のことなど頭にないとでも思えるほど、王党派の貴族達の表情は輝いていた。まるで園遊会のように着飾った老若男女が踊りまわる様は、いささか現実離れしていた。 現アルビオン王、ジェームズ一世の演説と、それを聞いて俄然盛り上がる参加者を眺めながら、キュルケは珍しく沈み込んだ表情をしていた。 「死を目前にした人たちのパーティって惨めね……」 「……仕方がないんじゃないかな。無理にでも笑わないと、……戦えないよ」 賓客として迎えられた一行は、上座の傍に席を与えられていた。そこからはホール全体の人々を眺めることができた。 皆笑っている。勇ましい言葉を叫びながら踊り狂っている。ギーシュとキュルケには、しばしば底抜けの笑顔で語りかけてくる人々がどうしようもなく悲しい存在に見えた。ギーシュはグラスに注がれた赤ワインに写る自分の暗い表情を凝視する。もとより感情というものがあるのか無いのか判断しづらいタバサは、そのような人々を前にしても特に何も言うことなく出された料理をほおばっている。ギーシュはかすかに眉をひそめたが、別段非難することはなかった。あまり喋る気分になれないのだ。 ルイズは気分が優れないのか、早々に席を辞していた。一人ふらふらと会場から出て行くのを、キュルケたちは横目で見ていた。ワルドはというと、なにやら皇太子と話し合っている。距離がある上に、参加者の喧騒で会話の内容を知ることはできない。 「ねぇ、ギーシュ。どういう任務だったの?」 「悪いけど言えないよ。何しろ姫殿下から直々に言い渡された秘密任務だからね」 キュルケが話題を振ってみるも、どうにも先に続かず二人は黙り込んでしまった。明日の早朝に自分達は先に脱出する。その後、虐殺されていくであろう人々を残して。親しい顔見知りがいるわけではなかったが、目の前の人々の命がもう一日もないことを考えると、暗澹たる気分になってしまう。世の不条理を受け入れるには、彼らはまだまだ若すぎた。 ルイズは暗い廊下を、蝋燭を載せた燭台を手に歩いていた。人影の無い廊下には、ホールから漏れ出る笑い声が響いてくる。窓から差し込む月光は、地上に暮らす人々の生き死になどどうでもよいとばかりに、普段と変わらぬ輝きを見せていた。 自分の足音だけが響く廊下を通り抜け、砕かれた城壁の瓦礫を踏み越え、秘密の港へと通じる階段を下りていく。昼間、ここにいた大勢の人々は皆宴会に参加しており、港は鍾乳石から滴り落ちる水音と、小さく響く足音に支配されていた。ルイズは係留されているイーグル号へと乗り込み、皇太子から聞いていた倉庫へと向かう。 蝶番を軋ませながら開かれた扉の先には、赤いゴーレムが力無く座り込んでいた。少女はその隣に座り込むと、膝を抱えて顔をうずめさせた。 「どうして……、どうしてあの人たちは死を選ぶの? 姫様が逃げてって言ってるのに……、どうして……」 少女の呟きに返事をするものはいない。床に置かれた蝋燭の炎がかすかに揺れて、倉庫に映し出された影が震える。 「ねぇ、ライデン、起きてよ……。あんたがいてくれたら、皇太子様たちを助けれるかもしれないのよ……。お願い、起きてよ……、ねぇ……。……うっ……ううぅ……」 沈黙を貫く己が使い魔に、少女は涙を零す。やはり自分はこの使い魔がいないと何も出来ないのだ。お勉強ができるだけの頭でっかちな落ち零れメイジが、今この場でできることは何も無かった。またしても少女は己を糾弾する。なぜこんなにも無力なのか。逃げることしかできない小娘が。自虐の螺旋を留めてくれる人間は、ここにはいない。 イーグル号の倉庫でひとしきり泣いた後、ルイズはふらふらとおぼつかない足取りであてがわれた部屋へと戻ってきた。目の周りは流された涙で腫れぼったくなっている。ベッドに飛び込み、枕に顔をうずめていると、部屋の扉が控えめに叩かれた。しばらく無視していたが、しつこく叩かれるので、よろめきながら扉へと向かう。 扉を押しやると、そこにいたのはワルドであった。 「ルイズ、少しいいかな。余りに君が落ち込んでいて気になってね」 「……少しだけなら」 そう言うと、ルイズはワルドを部屋に入れる。簡素なテーブルに腰掛けると、少女もまた同じように腰を下ろした。ワルドは少女の胸ポケットから覗く手紙の端を見やると、ぽつりと尋ねた。 「……手紙、燃やさないのかい?」 その問いに、しばらくルイズは沈黙していたが、小さな声で呟きはじめる。 「……やっぱり、この手紙は燃やせないわ。……せめて、姫様に届けたいの」 ワルドはそうか、と一言だけ言うと背もたれに身を預け、天井を見上げる。そして顔を戻すと、真剣な表情で語り始める。 「僕はしばらくここに残ろうと思うんだ。……少しでも殿下の力になりたいんだよ」 ルイズははっとした表情で何かを言いかけたが、ワルドは分かっているというように制する。 「死ぬつもりはないよ、本当に少しだけさ。役目を終えたらすぐにグリフォンで脱出する。だから心配はしなくていい。君達は先に脱出してラ・ロシェールで待っていてくれ。すぐに追い付くから」 ワルドの決意に、ルイズは目を伏せる。自分は彼のように立派なメイジではない。たとえ言葉でいずれ素晴らしいメイジになると言われているとしても、今はただの無力な少女にすぎない。 俯いたルイズに、ワルドは優しく声をかける。 「ルイズ、こんな時にこのような話をするのもなんだが……、トリステインに帰ったら僕と結婚して欲しい。もう誰にも君を落ち零れなんて言わせたくないんだ」 少女の心が揺さぶられる。四面楚歌、敵に囲まれた中での晩餐会を目にしたことで弱気になっているルイズにとって、ワルドの求婚は安らぎを感じさせるものだった。ライデンが倒れ、すがりつくものを失ったことも影響していた。 ワルドは立ち上がり、ルイズの額に軽く口づけをする。ルイズがそれを拒むことはなかった。 「皇太子殿下は、姫殿下に勇敢に戦ったと伝えて欲しいとおっしゃっておられたよ。……だから僕もそんな殿下の姿を目に焼き付けようと思う。……それじゃあお休み、僕のルイズ」 ワルドが部屋から出ていった後も、しばらくの間ルイズはテーブルに腰掛けたままだった。 結局、皆死ににいくことを美化している。待つ人や残される人のことなど考えていない。ルイズは男特有の身勝手な、それでいて自己陶酔している一連の行動に、どうしようもないやるせなさを感じていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔