約 47,110 件
https://w.atwiki.jp/imaska/pages/157.html
■天海無用! 三国志~春香さんが中国統一~-『三国志11PK』登場キャラについて 登場キャラ・アイマスキャラ編天海春香 如月千早 星井美希 秋月律子 萩原雪歩 水瀬伊織 双海亜美 双海真美 三浦あずさ 菊地真 登場キャラ・天地無用! キャラ編朱螺凪耶〔あから なじゃ〕 九羅密美兎跳〔くらみつ みとと〕 柾木天女〔まさき てんにょ〕 登場キャラ・オリジナルキャラ編神月 秀〔かみつき しゅう〕 登場キャラ・三国武将編蔡瑁 用語マスク狩り ■天海無用! 三国志~春香さんが中国統一~-『三国志11PK』 事務所にいたアイドル達は、気付くと中華風の建物の中に飛ばされた。 ドッキリか? 話し合う皆の前に現われたのは、凪耶(なじゃ)と名乗る女性だった。 登場キャラについて アイドルマスター以外にも、複数の作品(アイマス・天地+5作品+α)が登場するが、詳細は不明。 現時点で確認されている作品は、アイドルマスター、天地無用!、ローゼンメイデン、東方project、Fate の5作品。 また、戦闘力不足のため、お助けキャラとしてオリジナル武将「神月秀」が登場している。 登場キャラ・アイマスキャラ編 天海春香 リーダー(君主)に立候補。立候補多数だったため、立候補同士でジャンケンを行ったら一発勝ちして見事リーダーに。 しかし、方針のすべてを凪耶が勝手に決めており、自分が空気のような存在になっているため不満気味。 如月千早 配下武将として内政。 防衛戦で神月とともに戦場に立つも、神月の奇天烈な作戦行動に頭を痛めている様子。 星井美希 配下武将として内政従事。 主にあずささんの補佐(方向音痴的な意味で)として活動。 秋月律子 配下武将として内政従事。自ら事務官を希望する。 凪耶とともに作成した悪徳商人リストをもとに、悪徳商人を取り締まってお金を搾り取っている様子。 萩原雪歩 配下武将として内政従事。 農地開拓でがんばっている様子。 水瀬伊織 配下武将として活動。 防衛戦では高見の見物と称して真と一緒に部隊を率いて出撃。サイボウと連携して敵を撃退する。 双海亜美 配下武将として活動。 侵入者を真美とのコンビプレイで捕縛するという活躍を見せる。 マスク超人(兜をかぶっている武将)を対象に真美とともにマスク(兜)狩りを行う 双海真美 配下武将として活動。 侵入者を亜美とのコンビプレイで捕縛するという活躍を見せる。 マスク超人(兜をかぶっている武将)を対象に亜美とともにマスク(兜)狩りを行う 三浦あずさ 配下武将として内政従事。 おもに徴兵を担当。彼女のおかげで天海軍は周辺勢力に負けない大兵力を蓄えることになる。 胸囲の魅力がなすべき業か。 菊地真 配下武将として活動。 アイドルの中では唯一三国志に詳しいため、勢力・人物の情報を凪耶に説明している様子。 防衛戦では伊織にうまくだまされて出撃。サイボウと協力して敵を撃退する。 登場キャラ・天地無用! キャラ編 現段階で確認できているキャラクターは以下のとおり。 なお、天地無用! シリーズには「梶島版(オリジナル)」「長谷川版天地」「ねぎし版天地」「奥田版天地」と製作者ごとに区別されており、それぞれ登場キャラや配役が微妙に異なっている。 天海無用! で登場するキャラは「梶島版(オリジナル)」である。(第01話オマケより) 朱螺凪耶〔あから なじゃ〕 アイドルたちと同じ上傭に飛ばされた女性。銀河アカデミーでは数々の伝説を残した哲学教授。 アイドルたちより若干早く飛ばされたようで、すでに状況を把握していた。 天海軍の参謀(ナンバー2)として活動。状況に不慣れなアイドルに変わって、あれこれと活動する。 しかし、君主そっちのけでリーダーシップを取り巻くっている。 九羅密美兎跳〔くらみつ みとと〕 アイドルたちと同じ上傭に飛ばされた女性だが、彼女の場合は自ら「迷い込んだ」可能性のほうが高い。 大の掃除好きで、天海軍の配下になっても、暇があったら城内の掃除をしている・・・が。気がつけば、ぜんぜん違う城の掃除をやっていることが多い。(番外志その1) あずささんは「天性の方向音痴」だが、彼女の場合は「天性の迷子」の持ち主である。 柾木天女〔まさき てんにょ〕 天地無用!魎皇鬼の主役であるところの柾木天地の姉に当たる人物。 天地の母親の清音にそっくりで、美兎跳は最初彼女を清音と勘違いしていた。 登場キャラ・オリジナルキャラ編 神月 秀〔かみつき しゅう〕 開始拠点である上庸に在野として登場。 美希に引き抜かれて(?)以降は、天海軍の軍事面で活動する。 三国志については、漫画およびゲームで把握している。特にゲームはやりこんでいたようで、三国志で登場した各拠点(都市)と、拠点と拠点を結ぶルートをほぼソラで書ける。この知識を元に、真と一緒に三国志時代の地図を完成させる。(信頼度は不明) ひょんなことから異世界(not三国志世界)へと飛ばされた日本人のようで、それからしばらくは、その異世界で暮らしていた模様。その後、日本(地球)に戻るためにいろんな異世界を旅してまわり、春香達のいる三国志の世界へとやってきた。 世界ごとの時間の長さや流れが違うらしく、異世界に飛ばされて何年たったのかは把握していないらしい。 異世界で軍隊を率いた経験があるものの、後方撹乱(遊撃?)が主であり、まともな戦闘は余り経験していない。そのためか、戦闘が始まる前から撹乱に必要な道具を用意するなどの下準備を始めている。 天海軍初の戦いでは千早とともに出撃(千早は主に見学)。 異世界で後方撹乱ばかりしていたというだけあって、戦場でも敵の撹乱を第一として行動し、まともな戦いはほとんどしない。しかも撹乱の方法が余りにバカバカしいため、敵だけでなく味方をも巻き込みかける。しかし、一定の効果は確かに出ており、味方を勝利に導く一端をになう。 ……が、やはり方法に問題があったようで、それ以来、伊織に「バカ」呼ばわりされることになる。 マイリスのコメントで「バカを演じている馬鹿」と言っているが、「馬鹿」とどう違うのだろうか? ゲーム・アニメ好きなのか、亜美真美のネタによく反応し、ノリがいい面もある。 ちなみに、普段の格好だが。 青い装束に青いマントを羽織り、両腰に1本ずつ刀を帯びている。 髪は腰まで伸びていて、それを黄色いリボンで一本に縛っている(チョウチョ結び)。 端から見なくてもヘンテコな格好である。 なお、撹乱作戦「プランA」において「魔法剣士」と名乗っているが、本当かどうかは推して知るべし。(格好だけならまさにそれっぽいが) 登場キャラ・三国武将編 蔡瑁 亜美真美によるマスク狩りの犠牲者第一号。 流言を仕掛けようとしていたところを双海姉妹と美兎跳に発見され、クロスボンバーを喰らい捕獲される。 用語 マスク狩り 亜美真美が、覆面超人(兜をかぶっている武将)に対して行う行為。 彼女たちに敗れた覆面超人はそのマスク(兜)を剥ぎ取られ、コレクションの一つにされてしまう。 そのときに使われる技、クロスボンバーは大変危険ですので、軽々しく人様にやっちゃいけません。 綺麗に入るとマジ悶絶します。 ちなみに最初の犠牲者は蔡瑁。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/qmaborschtqma/pages/76.html
Q 問題文 → エフェクト A 回答 Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A Q → A
https://w.atwiki.jp/soutoku/pages/21.html
264年 (景元五年→咸煕元年(魏) 元興元年(呉)) 皇帝 曹奐(魏) 孫休(呉) 三公 司徒: 司空: 太尉: 九卿 主な事件 正月十五日、魏の鍾会は成都に入った《三国志鍾会伝》 誕生者 死没者 鍾会(魏の相国鍾ヨウの子・戦死・享年40歳) 姜維(蜀の大将軍・戦死)
https://w.atwiki.jp/sangokushi_jiseki/pages/10.html
于禁[文則] 衛瓘[伯玉] 袁渙[曜卿] 袁紹[本初] 閻圃 王允[子師] 王渾[玄沖] 王脩[叔治] 王戎[濬沖] 王濬[士治] 王祥[休徴] 王沈[処道] 王淩[彦雲] 応瑒[徳璉] 王朗[景興] 温恢[曼基] 于禁[文則] ?~221 最高官位:左将軍 『三国志』立伝 鮑信の募集に応じ、黄巾討伐に従軍した 「武」 将軍王朗に「大将軍を任せられる才能」と評価された (統) 兵を率いて徐州の広威を攻撃し、勝利した 「統・武」 濮陽の呂布討伐に参加、別軍として城の南の二陣営を破った 「統・武」 別軍を率いて、須昌で高雅を破った 「統・武」 寿張、定陶、離狐の攻撃、雍丘の張超包囲に従い、それら全てを破った 「統・武」 劉辟、黄邵らの討伐に従った。黄邵らが曹操の軍営に夜襲をかけると、麾下の兵士を率いて黄邵らを斬り、その軍勢を降伏させた 「統・武」 苦における橋ズイ包囲に参加し、橋ズイら四将を斬った 「統・武」 曹操が張繍に敗れても部隊が乱れることがなかった 「統」青州兵が混乱の中で略奪を働くとその罪を責めた。青州兵は曹操のもとに逃げ込み于禁を訴えたが、于禁は張繍に備えるのを先決として塹壕を掘り、陣営を固めた 「統・武・知」 曹操に従い、穰で張繍を征伐した 「武」 下ヒでの呂布包囲に参加した 「武」 曹仁らと共に射犬でスイ固を破った 「統・武」 歩兵二千で延津を守り、袁紹を防いだ 「統・武」 曹操が劉備討伐に赴いた際、袁紹が攻め寄せたが堅守した 「統・武」 楽進らと、袁紹の別陣営を攻撃。汲、獲嘉の二県の三十余の屯営を焼き払った。首級数千を挙げ、兵士数千と何茂ら二十余人を降伏させた 「統・武」 別軍を率いて杜氏津にある袁紹の別陣を攻撃、これを破った 「統・武」 曹操は陣営を連ね土山を築いて、袁紹と相対していた。土山の守備を任された于禁が力戦したため、士気が高まった 「統・武」 臧覇らと共に梅成を討伐した 「統・武」 陳蘭と対峙する張遼らへの兵糧輸送を担当した 「統」 厳格な態度で軍を保持した 「統」 兵士や民衆の心を掴めなかった 「-政」 七軍を率いて曹仁救援に向かったが、漢水の氾濫のため関羽に敗れ、降伏した 「-統?-武?」 昌豨を攻撃したが勝利できず、夏侯淵の協力を得て勝利した [夏侯淵伝] 博望で夏侯惇に従って劉備を追撃したが、伏兵に遭い敗れた 「-統・-武」 [先主伝] 衛瓘[伯玉] 220~291 最高官位:太保、録尚書事 『晋書』立伝 10歳で父を亡くしたが、孝に優れた。穏やかで論理的、見識のある性質を称えられた 「政」 中書郎として在官10年、権臣とは程良い距離を保ち、仕事ぶりを称えられた 「政」 廷尉卿として法理に明るく、常に訴訟に立ち会い、刑罰の大小は妥当性があった 「政」 鄧艾の部下に、詔と称して鄧艾を捕らえる命を下した。諸将は皆それに従い、眠っている間に鄧艾父子は捕縛された 「知」 鍾会が反乱を企てると、病気と偽って油断させた後、諸将に反抗を呼びかけて鍾会を撃ち破った 「統・武・知」 青州を統治し、治績を挙げた 「政」 鮮卑の幹部を離間し、降伏あるいは死に追いやった 「知」 尚書令となると、厳正に法を用いて部下を統御した 「政」 学問を広く深く修め、文芸を習い、草書を得意とした 「政」 司空となっても政治は清らかかつ簡潔で、称賛を得た 「政」 九品官人法の廃止を上奏した 「政」 鄧艾を殺害したことで杜預からは非難を浴びた 「-政?」 牽秀を引き立てた 「政」 [牽招伝] 袁渙[曜卿] ?~? 最高官位:郎中令 『三国志』立伝 清潔で落ち着きがあり、必ず礼に従って行動した 「政」 袁術に諮問を受ける度、正論を吐いた 「政」 人民に道義を弁えさせるよう進言した 「政」 曹操に身を寄せると対等の挨拶をして、彼の尊敬を受けた。曹操が呂布の物資を好きなように取らせても、書籍を貰っただけだった 「政?」 屯田を人民に強制しないよう進言した。曹操がその進言に従うと人民は喜んだ 「政」 政治に際して教化訓戒を第一とし、思いやりを示して実行した 「政」 多くの下賜を受けたが全てそれらを消費し、家に貯えず、土地財産など眼中になかった。不足すれば他人から取り立てを行ったが、それでも人々は彼の清潔さに感服した 「政」 自分の登用を受けなかった友人を処刑した呂岐を弾劾しなかった 「政?」 「書籍を収集し、聖人の教えを明らかにし、人民の耳目を一新すべし」と進言した 「政」 袁紹[本初] ?~202 最高官位:大将軍、冀州牧 『三国志』立伝 四代続いて三公を輩出した名家の出で、天下の人々に多大な影響力を持っていた 「政」 身分にこだわらず士人に対して下手に出たため、大勢の人々に身を寄せられた 「政」 何進にすぐさま宦官を誅殺するよう進言した。何進は従わず、逆に宦官に殺された 「知」 兵を指揮して宦官を捕らえ、虐殺した。品行正しい者や、或いは宦官でない者まで殺されてしまった 「統・-政」 渤海で挙兵し、反董卓連合を主宰した 「統」 界橋で公孫瓚と対戦し、先鋒の麹義の活躍で勝利した 「統」 蒼厳山で于毒らを破った。さらに北へ向かい、左髭丈八らを破って数万の首級を挙げた 「統・武」 献帝をギョウに迎えるべきという郭図の進言を退けた。曹操が献帝を擁護すると後悔した 「-知」 沮授の諌言を退け、袁譚に青州を治めさせた 「-知」 沮授らの諌言を退け、大軍で許昌へ遠征した 「-知」 曹操が沛の劉備を征伐に向かった際、曹操の背後を襲うべきとした田豊の進言を、息子の病気を理由に退けた 「-知」 沮授の諌言を退け、顔良に白馬の劉延を攻撃させた。顔良は敗れ、死亡した 「-知」 沮授の諌言を退けて官渡の曹操を攻撃したが、砦に篭られ、逆に奇襲部隊によって輸送車を襲撃された 「-知」 淳于瓊に輸送車を迎えに行かせた際、別軍を派遣して曹操の略奪を断つべきとした沮授の進言を退けた。曹操が淳于瓊を攻撃すると、それを救援するべきとした張コウの進言を退け、曹操の本陣を攻撃させた。結果、曹操の本陣を陥落させることはできず、淳于瓊も敗れた 「-知」 沮授の諌言を退け、全軍を官渡に進めた 「-知」 田豊を処刑した 「-政?」 冀州の反乱を平定した 「統・武」 庶子の袁尚を後継者にしたいと思いながらも、それを公表する前に病死し、後継者争いを招いた 「-知」 曹操と協力して、公孫瓚が派遣した劉備らを破った 「統」 [武帝紀] 曹操にその人柄を酷評された (-全) 献帝の元に向かうべきとした許攸の進言を退け、曹操との対決に固執した 「-知」 洛陽に上ったばかりの董卓を捕らえるべきとした鮑信の進言を退けた 「-知」 [董卓伝] 反董卓連合の盟主になると驕り、張バクの責めを受けた 「-政?」 [呂布伝] 劉勳を殺害し、臧洪と公孫瓚に非難された 「-政?」 [臧洪伝] 東郡で臧洪の城を陥落させた 「統・武」 臧洪と、彼の処刑に反対した陳容を処刑した 「-政?」 高焉らから理不尽に金を取り立てた、と公孫瓚から非難された (-政?) [公孫瓚伝] 易京で公孫瓚を包囲した。公孫瓚が張燕に救援を求めたことを知ると、救援と偽って公孫瓚を誘い出し、伏兵を設けて破った。更に地下道を掘って、城郭を打ち崩した 「統・武・知」 張燕が派遣した杜長らを破った 「統・武」 [張燕伝] 荀彧は、曹操は袁紹と比べて、度量・計略・武力・徳義で勝っていると評した (-全) [荀彧伝] 荀攸は「袁紹は寛大さと厚情によって人々の気持ちを把握していた」と述べた (政) [荀攸伝] 賈クは、曹操は袁紹と比べて、聡明さ・勇敢さ・人の使い方・決断力で勝っていると評した (-全) [賈ク伝] 士卒が乱暴を行い、崔エンに諌言された 「-統・-政」 [崔エン伝] 毛カイに「将来を見通す思慮を持たず、基礎を固めていない」と評された (-知) [毛カイ伝] 鮑信に「権力を利用して利益を独占している」と評された (-政) [鮑勛伝] 程昱に「知力は不十分」と評された (-知) [程昱伝] 郭嘉に「人物を使う機微を知らず、決断力がない」と評された (-知) [郭嘉伝] 郭嘉は、曹操は袁紹と比べて、十個の面で勝っていると評した (-全) 郭嘉は「袁紹は人民・蛮人に恩を施していた」と述べた (政) 延津の于禁を攻撃したが、陥落させることができなかった 「-統・-武」 [于禁伝] 李通に「任命使用がでたらめ」と評された (-政) [李通伝] 楊阜に「法を守れず決断力がない」と評された (-知・-政) [楊阜伝] 三郡烏丸を手なずけ、精鋭の騎兵を自分の軍に加えた 「統・政」 [烏丸伝] 閻圃 ?~? 最高官位:建節将軍 張魯が漢寧王を名乗ることを諌めた 「知」 [張魯伝] 曹操に降伏しようとした張魯に対し、抵抗してから降った方が評価が高くなると進言した 「知」 王允[子師] 137~192 最高官位:司徒、尚書令 『後漢書』立伝 郭泰に「王佐の才を持つ」と評された (政) 貪欲横暴に振る舞っていた小黄門の趙津を殺害した 「政」 太原太守の王球が名声も品行もない路仏を登用した際、それを固く諌めた 「政」 経伝を繰り返し読み、朝夕に騎射を練習した 「武・政」 黄巾の別将を破り、皇甫嵩、朱儁と共に数十万人を降伏させた 「統・武」 張譲の賓客が黄巾賊と交わしていた書簡を手に入れると、それを告発した 「政」 董卓の意見に従って信頼を得たため、朝政の全てを委ねられ、皇室を支えた 「政」 呂布と手を結び、董卓を殺害させた 「知」 董卓を殲滅すると最早敵なしと思い、正道を頑なに守るだけの一点張りで、群臣の心は離れた 「-政」 蔡ヨウを処刑した 「-政」 董卓の配下を放免せず軍を解散させようとしたために疑心を招き、長安を攻められて殺害された 「-知」 孫資を評価した 「政」 [劉放伝] 王渾[玄沖] 223~297 最高官位:司徒、録尚書事 『晋書』立伝 沈着、典雅にして器量があった 「知?政?」 飢餓に苦しむ民を配給で救った 「政」 国の損益を述べて政策を献じ、その多くが採用された 「政」 豫州刺史として威信を発揚し、呉からの降伏者を招き寄せた 「統」 薛瑩らの大軍に対し、寡兵で淮水を密かに渡って奇襲し、勝利を収めた 「統・武・知」 応綽に呉の皖城を攻撃させ、撃ち破った 「統」 呉の地形や城を観察し、攻め取る機を窺った 「知」 陳慎らに尋陽の瀬郷、孔忠を攻撃させ、呉将の周興らを捕虜にした 「統・武」李純に俞恭を攻撃させて勝利を収め、多数の呉兵を斬首または捕虜とした 「統・武」 呉の丞相張悌らが数万の兵を率いて城陽に向かうと、周浚らを派遣して攻撃させ、撃ち破った。敵兵7800を斬首または捕虜とし、呉を震撼させた 「統・武」 孫皓を降伏させる功を王濬に取られたのを恨み、讒言した 「-政」 刑罰を課す際は形式にこだわらず、明解な判断を下した 「政」 戦乱のため他郷に逃れた人々を労い、虚心をもって迎え入れた。江東の士人は喜んで晋に降った 「政」 司馬攸を藩国に赴任させることに反対し、司馬炎に腹心とするよう勧めたが、退けられた 「政」 司徒に任じられても、配下の服は小役人の物を着用させ、その謙虚さを称えられた 「政」 地方の風俗に関する司馬衷の諮問に応えた 「政」 歴任した数々の官職で名声を博したが、司徒となってからは声望が衰えていった 「-政」 王脩[叔治] ?~? 最高官位:奉常 『三国志』立伝 豪族の孫氏の子分や客人が法律を犯すと、官民を率いて彼の家を取り囲み、悪人を差し出させた 「政」 租税の取り立てを拒否していた公孫廬のもとに、数騎の供を連れて向かい、彼らを斬って他の者を慰撫した 「武・政」 孔融に「身の清潔さを保ち、幾つもの困難に対策を立てて間違わず、人民に愛情と訓戒を注いでいる」と評された (政) 自分を貶していた劉献が死刑に処されそうになった時、彼を弁護した。人々は王脩の立派さに感心した 「政」 管統が袁譚の救援に訪れると予測した 「知」 袁尚と争わず、奸臣を斬って防戦に努めるよう、袁譚に進言した 「知」 楽安に兵糧を輸送した 「統」 楽安に立てこもった管統を出頭させた 「政」 袁氏の重臣は多くの蓄積をしていたが、王脩の家の穀物は十石に満たず、書物が数百巻あった。曹操は「士人はみだりに名声があるのではない」と感嘆した 「政」 魏郡太守に就任すると、強者を抑え弱者を助け賞罰をはっきりさせた行政を行い、郡民に称えられた 「政」 肉刑の施行に反対した 「政」 高柔と王基を若年の内に評価した 「政」 王戎[濬沖] 234~305 最高官位:司徒 『晋書』立伝 幼くして才智と、風貌に優れていた 「知」 道端の木にすももが残っているのを見て、それが苦い実と見抜いた 「知?」 阮籍に「清らかで優秀」と評価された (政) 父の喪に際し香典を受け取らず、名声が高まった (政) 自然体で威儀は飾らず、話し好きでその要点を良く抑えていた 「政」 張良や季札について論じ、王済に称えられた (政) 鍾会が蜀を討伐する時「功績を成すことが難しいのではなく、これを保つことが難しい」と述べ、知言と称えられた 「知?政?」 大軍をもって武昌を攻め、長江に臨み、呉の劉朗、孟泰らを降伏させた 「統・武」 呉から晋に降伏した者たちを慰撫し、威恵を広めた 「統?政?」 孫皓の治世を良しとせず隠遁していた石偉の節義を評価し、推薦した 「政」 南郡太守の劉肇は王戎に賄賂を贈ろうとし、糾弾された。王戎はまだそれを受領していなかったので刑は免れたが、名声は損なわれた 「-政」 官職にあって特別な能力はなかったが、及第点の事績を修めた 政権を握った司馬繇を「大事の後ですから権力を専らにしないように」と諌めた。これに従わなかった司馬繇は失脚した 「知?政?」 人事制度『甲午の制』を創設したが、傅咸から「地方官の在職期間が短すぎる上に不正が生じている」と非難された。それでも外戚と親しい仲にある王戎は処罰を免れた 「-政」 時の権力者に媚を売り、皇太子廃位の際も口を挟むことはなかった 「-政」 司馬冏が支持を失っていることを糾弾し、斉王として私邸に帰るよう勧めたが、退けられた 「政?」 賢者の人となりを慕いながら、時局に沿って進退を図ることも、直言するほどの節義もなかった 「-政」 人事の官にあっては寒門の士を推挙することも、虚名の持ち主を退けることもなかった 「-政」 桃を売る時には、人々が種を手に入れることを恐れ、それを抜いてから売るほどの吝嗇ぶりを非難された 「-政」 人物眼を有し、山濤、王衍、荀勗らを評価した。名声高い王敦は嫌っていたが、後に反乱を起こした 「政」 従弟の王衍に、孫秀への便宜を図るよう勧めた。後に孫秀が権力を握るに及び、多くの者が粛清されたが、王戎と王衍はそれを免れた 「知?」 鍾会に「淡白で要を得ている」と推挙された (政) [裴潜伝] 軍法に羊祜に処刑されそうなり、後に羊祜を讒言した 「-政」 [晋書 羊祜伝] 荊州刺史の時、羅尚らの文才を評価し、あらゆる仕事を一任した [晋書 羅憲伝] 王濬[士治] 206~285 最高官位:撫軍大将軍、後軍将軍、散騎常侍 『晋書』立伝 容貌美しく、古典を広く学んだが、品行を修めなかったため当初は名声はなかった。後年になりその節操を改めた 羊祜に厚遇された。羊祜の甥は「王濬は野心が過大で、奢侈を好みます」と注進したが、王濬の才能を買う羊祜はこれを退けた 民が苦しんでいた徭役を緩和し、育児を推進した 「政」王濬の善政によって救われた子らが成長すると、その一家は呉討伐に進んで協力した 「政?」 広漢太守となると政令を敷き、民に恩恵を施した 「政」 益州刺史となると、前任の刺史を殺害した賊を計略でもって鎮圧した 「統・武・知」 異民族を厚遇し、多くの者を帰服させた 「政」 王濬が中央に召還されると、その才略を買っていた羊祜は、王濬を益州に留めるよう上奏した (知) 呉討伐のために盛大な戦艦を築造した 「統」 呉の討伐を上奏した 「知」丹楊を攻め、盛紀を捕虜にした 「統・武」 呉は長江に鎖を設置して船の侵入を防いでいたが、事前にその情報を得ていた王濬は筏を流してそれを排除した 「知」 西陵を攻め、留憲、成據、虞忠を捕虜にした 「統・武」 荊門城、夷道城の二城を落とし、陸晏を捕虜にした 「統・武」 楽郷を攻めて陸景を捕らえ、施洪を降伏させた 「統・武」 呉を降伏させると国庫を封印し、兵は略奪を働くことはなかった 「統」 呉討伐の功を誇り、王渾らから圧力をかけられたことに憤り、司馬炎に謁見する度に自らの功を訴えた。高官に昇ると奢侈に耽った 「-政」 王祥[休徴] 185~269 最高官位:太保 『晋書』立伝 継母に嫌われたが親孝行に努めた 「政」 徐州には盗賊が蔓延っていたが、兵を率いてそれを撃ち破った 「統・武」 徐州の政治改革を行い、民に善政を歌われた 「政」 曹髦に帝のあり方や、君臣の関係について講義した 「政」 老齢になり参内を控えても、司馬炎から政治の得失について諮問された 「政」 王戎は王祥について「言葉が巧みとは思われていなかったが、話してみると非常に理に適っていた。徳が言葉を覆い隠していたのだ」と語った (政) 徐州刺史の呂虔に民政の一切を任せられた 「政」 [呂虔伝] 誠実さと純粋さによって尊敬を集めた 「政」 王沈[処道] ?~266 最高官位:驃騎将軍、録尚書事、散騎常侍、城外諸軍事 『晋書』立伝 叔父の王昶に父のように仕え、その寡婦にも孝行を尽くし、称えられた 「政」 書を好み、文を綴るのを得意とした 「政」 荀顗、阮籍と共に『魏書』を編纂したが、その内容は時勢に配慮したもので、陳寿の著作には劣った 「-政?」 裴秀らと共に曹髦に招かれ、幾度も議論や著述を行った 「政」 曹髦に司馬昭襲撃の計画を明かされると、それを司馬昭に告白し、不忠の非難を浴びた 「-政?」 豫州に着任すると直言を求めたが、安易に報酬を出せば佞言が増えるだけという配下の戒めに従い、命令の布告は取りやめた 賈逵が豫州刺史だった時以来の法制を調べ、その中で良いものに従い、善政を追求した 「政」 学問を推奨し、教化を行き渡らせた 「政」 蜀制圧後、呉がそこへ攻め入ろうとして発生した混乱を鎮めた 「統」 才能と名声に溢れ、賈充や裴秀らは建国の事業について、全て王沈に相談した 「政」 羊祜とは異なり、曹爽の招聘に応じた。後に曹爽が失脚するに及び、王沈は羊祜の先見の明を称えた 「-知」 [晋書 羊祜伝] 王淩[彦雲] 172~251 最高官位:太尉 『三国志』立伝 発干県長、次いで中山太守となり、各任地で治績を挙げた 「政」 張遼らと共に呉を征伐。風で流された呂範らの船が着岸するとこれを迎撃し、戦功を挙げた 「統・武」 青州刺史に就任すると行政を行き渡らせ、善を賞して悪を罰し、綱紀を引き締め、住民から称えられた 「政」 曹休に従って呉を征伐した時は敗戦を喫したが、王淩が力戦して包囲を破ったため、曹休は難を逃れた 「統・武」 揚州刺史、豫州刺史を歴任し、どちらの州でも軍民の称賛を受けた 「政」 豫州刺史に着任すると、過去の賢人の子孫を称賛し、まだ見ぬ在野の士を探し求めた 「政」 条令を設け、その意義は大きなものがあった 「政」 親交のあった兗州刺史の司馬朗、豫州刺史の賈逵の後任となり、彼らの業績を継いだ 「政」 全琮を芍陂で迎撃。堤防を争い連日力戦した後、これを撃退した 「統・武」(※) 子の王広の諫言も退け、曹彪を擁立してクーデターを企てたが、司馬懿に密告され逮捕、自害を遂げた 「-知」 蔣済は「王淩は文武を兼ね備え、古今無双の存在だが、息子たちの志と力は父に勝るものがある」と評した 兵士の蔡方らが反乱すると、任福らと協力しこれを討伐した 「統・武」 [文帝紀] 呉の孫布の降伏に際し、満寵の諫言を退けて迎えの兵を出したが、降伏は偽りで襲撃を受け、損害を出した 「-知」 [満寵伝] 若年にして王昶と共に名を知られた (「政」) [王昶伝] 青州刺史となると王基を別駕とし、その補佐を得て、治績を挙げた 「政」 [王基伝] 芍陂の戦いで勝利は収めたが、張休、顧承の奮戦は打ち崩せず、全緒、全端らの攻撃を受け退却した [顧雍伝](※) 応瑒[徳璉] ?~217 最高官位:五官中郎将文学 『三国志』付伝 文学を愛好する曹丕から親愛を受けた (「政」) 曹丕は著書の中で、現代の文学者の7人(建安七子)として名を挙げたが「調和は取れているが力強さに欠く」と欠点も指摘した。呉質への手紙の中では「常に優れた文才を発揮して著述の意志を抱き、その才と学は書を著すに足るものだったが、立派な志は遂げられなかった」と記し、その死を悼んだ (政) 王朗[景興] ?~228 最高官位:司徒 『三国志』立伝 経書に通じていることから、郎中に任じられた 「政」 陶謙に、朝廷に使者を派遣するよう進言した 「政」 会稽を保持しようと孫策と戦い、敗れた 「-統・-武」 儒学の教養ある正しい人間であることから、孫策に殺されなかった 「政?」 会稽太守に就任すると、始皇帝の祭祀を取り除き、郡民を慈しんだ 「政」 大理に就任すると寛容に努め、罪に疑義があれば軽い方に従い、裁きの見事さを称えられた 「政」 曹操の排除を図った劉陽の遺子を擁護した 「政?」 曹操が節約しないことを咎めた 「政」 民を育み、刑を減らすよう上奏した 「政」 曹丕の狩猟を咎めた 「政」 節約削減について上奏した 「政」 二人の上官を助けた張登の道義を顕彰するよう上奏した 「政」 呉と協力して蜀を攻めることに反対した 「知」 独行の君子として楊彪を推薦し、自分の地位を譲ろうとした 「政」 孫登を参内させない孫権を征伐することに反対した。軍は進発したが、結局長江を前に引き返した 「知」 曹叡の宮殿造営を諫めた 「政」 曹叡が子宝に恵まれないことを憂い、また皇子を過保護に育てないよう進言した 「政」 『易』『春秋』『孝経』『周官』の注釈を著した 「政」 高い才能と広い学識を持ち、性格は厳格で礼儀正しく、謙虚で慎ましかった。贈り物を受け取らず、財物を施して貧窮者を救った 「政」 肉刑の復活に反対した 「政」 [鍾繇伝] 張昭や趙昱と並んで名声を馳せた (政) [張昭伝] 陳琳は張紘への手紙で、王朗の文章を称えた (政) [張紘伝] 温恢[曼基] ?~? 最高官位:揚州刺史 『三国志』立伝 家は富裕だったが、「富なんか持ってもどうしようもない」と財産を一族の者に分け与えた。郷里はそれを立派な行為と称えた 「政」 県令や国相を歴任し、全ての任地で評判を取った 「政」 揚州刺史に就任すると、曹操は張遼らに「揚州の刺史は軍事に通達している。一緒に相談して行動せよ」と述べた (知) 曹仁が樊城で危機に陥ることを予測した 「知」 裴潜が召し寄せられ、ゆっくり来るように言いつけられた際、近日中に早く来るよう急き立てられると予測し、急いで向かうよう勧めた 「知」 コメント欄 名前
https://w.atwiki.jp/solwiki/pages/82.html
水鏡先生(すいきょうせんせい) 水鏡先生とは、名高い司馬徽徳操のこと。 襄陽の名士龐徳公に師事し、水鏡の号を与えられた。 高名な龐統の才能を見出し徐庶や向朗などを門下生とした。また、軍師を求めていた劉備に対して「臥龍・鳳雛は諸葛亮と龐統のことだ」と教えたといわれる。 水鏡村の村長で、三国志オンラインに降り立ったプレイヤーに対して最初のクエスト(依頼)を出してくる。 「よいぞよいぞ」が口癖。
https://w.atwiki.jp/soutoku/pages/50.html
198年 建安三年(漢) 皇帝 劉協(漢献帝) 袁術(仲皇帝) 皇后 伏寿(琅邪郡東武県・父の伏完は不其侯、桓帝の娘陽安公主を娶る) 皇太子 (空位) 三公(漢) 太傅:(空席) 太尉:(空席) 司徒:趙温(前衛尉・194~208) 司空:曹操(196~209) その他の要職(漢) 太常: 光禄勳:→ 衛尉:→ 太僕: 廷尉:→ 大鴻臚:→ 宗正:→ 大司農:→ 少府:→ 大司馬:張楊(前安国将軍・196~198)→(死亡)→(空位) 大将軍:袁紹(自称・197~202) 驃騎将軍: 車騎将軍:楊奉 行車騎将軍:曹操 衛将軍:董承 地方官 司隸校尉:曹操(行車騎将軍) 豫州刺史:郭貢? 河南尹:駱業? 徐州牧:劉備? 冀州牧:袁紹(191~202) 兗州牧:曹操? 荊州牧:劉表(192~208) 主な事件 三年春正月、曹操は許に帰還する。初めて軍師祭酒を置く。《三国志魏書武帝紀操》 三月、曹操は張繡を穰に囲む。《三国志魏書武帝紀操》 建安三年夏四月、謁者の裴茂は中郎将の段[火畏]を率いて、李傕を討ち、三族皆殺す。《後漢書孝献帝紀》李傕の首は許に送られ、詔が有って高く懸けられた。《後漢書孝献帝紀に引く献帝起居注》 呂布叛く。《後漢書孝献帝紀》 冬十一月、大司馬の張楊を盗み殺す。《後漢書孝献帝紀》 十二月癸酉、曹操は呂布を徐州に於いて撃ち、之を斬る。《後漢書孝献帝紀》 三年、長沙太守の張羨が零陵、桂陽の三郡を率いて劉表に離反する。劉表は兵を遣わして攻め圍み、破り平定する。《後漢書袁紹劉表列傳》張羨は南陽人。先作零陵、桂陽守,甚得江湘閒心.然性屈彊不順,表薄其為人,不甚禮也.羨因是懷恨,遂畔表《後漢書袁紹劉表列傳に引く英雄記》 誕生者 死没者 李確* 張楊:大司馬・盗殺 ▲PAGE TOP 197年<< >>199年
https://w.atwiki.jp/nicosangokushi/pages/881.html
[部分編集] +チラシの裏 チラシの裏 本項が「オリジナル武将作成について」の最後の項目になりますが、 ここまでご覧になるとは、きっと貴方は三国志の世界と「俺とお前らと三国志11」がとても大好きなのでしょう。 『もし呂布があそこで処刑されなかったら…』 『もし龐統があの場面で死ななかったら…』 『もし関索が天下無双の働きをしていたら…』 三国志の世界には、いくつもの『もしも』があります。そしてそれを考えれば考えるほど、さらなる三国志の世界が広がっていくのだと思います。 『もしこんな武将がいたら…』 それを考え、実際にオリジナル武将をゲームに登場させたとき、 貴方はその武将を通じて、1800年前の古代中国、三国志の世界に思いを馳せるのでしょう。 このような機会を与えてくれたKoeiの「三国志11」というゲームと「俺とお前らと三国志11」が、私はとても大好きです。 これからも頑張ってね。うp主殿。 いち三国志ファンより。 +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、士邦の場合 あの日、私は酔っ払っていた。そして、酔った勢いで、武将を投稿する事に決めたのだ。 まず、思ったのは「俺に似た武将を投稿してやろう」という事だった。 私は学生時代、スキンヘッドでフェンダーのベースをかき鳴らしていた。= 顔グラ決まり! 私は腕力は人並み以下であるが、見た目の柄の悪さと、眼力(めぢから)と、口先で部下をまとめて仕事をしている。 誰にも文句は言わせない。弱いけど。それに相応しい特技は??? = 「言毒」でしょう 魅力は自由につけられても、君主より高いのには違和感を感じる = 魅力は涼真より低くしよう = 酔っ払ってて1話を見誤り、魅力70(涼真-1を狙ったつもりだけど) 言毒持ちだけど、知力No1は面白くない。誰か真実の理解者がいてもいい = 張芳にしよう = 酔っ払ってて1話を見誤り、知力77(張芳-1を狙ったつもりだけど) 実はすごく弱いので、武力は最下限にしよう = 武力30に決定 元、水商売の人間です。893は政治力も大事なんです。兄貴なら統率力も必要です = 240-77-30=133 133/2=66.5 統率と政治力どちらにウェイトを置くか。兄貴だったら、対外的なやりとりが必要だ。でもどちらも重要 = 統率65 政治68 名前どうしよう、、、 = そもそも侠客は本名名乗らないから、「邦(アニキ)」でいいや。 姓どうしよう = 「○○し」という名前なので、「し」を姓にしよう。「士」か「史」か。「士」のほうが、なんか好き。 そんな感じで士邦完成。動画で登場するたび、酔っ払いながらニヤニヤ。 うp主ありがとう。 結論を言うと、好きなよう"楽しみながら"に作ればいいと思う。 +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、姫戈の場合 あの日、私は酔っ払っていた。そして、酔った勢いで、武将を投稿する事に決めたのだ。 まず、思ったのは「うp主が使いにくい武将を投稿してやろう」という事だった。 私は三国志11をやる時は、史実武将以外は使わない。 新武将で、槍神やら闘神やらを作って、螺旋突を連発してればまず負けないもん。面白くない。 自分でプレイしてて、使えない割に好きな特技が「親○」や「威圧」だった。 その特技がついてる武将も好きな武将が多い。今、涼真軍は涼州に手を伸ばそうとしている。 = 特技「親羌」 そういえば、安定で出現するくせに、長安に攻め込んでくる馬鹿な羌武将がいるな。 そうだ!あの部族の族長とか、その後継者にしてしまえ! = 設定できた 知力・政治が低くするのがケテーイ 知力38、政治43に決めた。魅力は涼真-2としよう = 魅力73 若き日の馬超を半殺しにした閻行の武力が84だった = 武力83にしとこう 基準値240-武力83-知力38-政治43=76 = 240ぴったり使うといやらしいので、-1して75にしよう = 統率75 羌族の姓ってどんなんだったけ? = 太公望は実は姫姓で羌族出身だった = 姓決定 名前どうしよう = 演義に登場する俄何焼戈から拝借。 中国風の発音を考慮してないよ、、、 = もう時間ないので諦めた\(^o^)/ そんな感じで姫戈完成。今動画で採用されてるのを見て、酔っ払てるのでニヤニヤ。 うp主ありがとう。 結論を言うと、好きなように"楽しみながら"作ればいいと思う。 +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、張架の場合 あの日、私は別に酔ってないしお酒飲んでないけど、武将を投稿する事に決めたらしい。 “もし、三国志の時代に歴史には出てないけれど、実はこんな武将が居れば?”というコンセプトらしいので、 じゃあその時代に"無かったもの"でいいじゃん!とか変な解釈して"三國志でまず出てこないもの"が基礎になりました。 丁度その頃、「うはww私掠タノシスwww」な事(game)をしててヒントを得たわけです。 はい、お察しのとおり"私掠船"です。大航海時代に実際にあった歴史を、改変して三國志に持ち出したわけです。 当時の技術なども考えて海賊はありえないので山賊っぽいものに変更。(そのため張架は水軍Cになってますね) このような時代背景を調整してキャラクターが立つ足場を作り上げたわけであります。 それ以外って実は(正しい意味で)適当だったりします。 私は元々弩兵戦術(東方多いんで…)を主としてプレイしていたので愛着のある弩の適正をSに。 名前は張遼が好きだから「張」を取り、遠くの物に届かせるという意味で、橋を架ける⇒「架」に。ね、簡単でしょ? 字の子苓も「子苓」⇒「しれい」⇒「司隷」となってます。そして張架の登用された場所は…となるのかな。 その後は上記で自分で作り上げた設定から妄想を始めて、イメージで能力を決めちゃうだけです。 私掠賊…武力は高いよね。船長カッコヨス…じゃあ党首に。脳筋に私掠党首は無理…じゃあいぢらず50のままで。 名前からして女…女頭領!姐御さん!←キャラが決まる。そこから話し方と性格を設定。ほら楽々。 特技は「困難でも的に当てる」ということで、森林で弓などまず当たらないという幻想をぶち壊す「射手」。 しかし戦法面では弓将みたいに必中にならないので、失敗続きでヘタレっぽく見える⇒いぢられてオイシイ。 ……でも姐さん怒ると怖いから、いぢりすぎないでね!(ゲフン こんな感じで、キャラクター「張架」が完成しました。 手間かけてるのか、いい加減なのか分からない。でもそのぐらいが丁度いいと思う。 何事にも順序や基礎が大事なんだねっていうのを実感させられた。 闇雲に妄想してキャラ作るのも楽しいけど、カオスになったりつまずいたら試してみてね! +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、翔季玉の場合 あの日、私は別に酔って無い(というか、お酒は飲めない)けど、武将投稿する事を決めた。 実は第四次武将募集時にも能吏持ちの武将を投稿したが、キャラの練りこみが足りなかった為か、敢え無く落選。 しかしながら、この動画の舞台にあがる事を諦められなかった私は、これをバネに再び武将を投稿する事に決めたのだ。 さて、コンセプトはどうするかと思いながら第四次採用武将の所を見ていた時、ふと姫戈と馬仁の所を見ている時に 馬仁の特技は連戦→連戦と相性が良い特技は→駆逐や白馬(神将は禁止特技なのでスルー)→白馬=騎射と言えば騎馬民族→ 今涼真軍は、羌族と繋がりがある→彼らと繋がりが有った童卓は騎射が得意だった→彼ら(羌族)に出来たとしても何ら不思議では無い→ よし、羌族の武将にしよう→特技は白馬で→しかし、男だと姫戈ともろにカブるので女性に。 こうして、キャラのコンセプトと性別・顔グラが決まりました。 名前はどうしようか→翔という漢字が好きなのでこれを姓に→確かいにしえ武将に秦良玉ってのがいたな→じゃあ、~玉という名前にしよう。 色々考えた結果、季節の季を入れよう→姓名が決定。 能力は、キャラの設定上(及び特技の面で)騎馬Sは外せない。とはいえ部族の有力者じゃ無いので、統率は据え置きに=50。 後、きりの良い数字の方がどれだけ成長したのかが分かりやすいよね→最終的に統50武80知20政30魅70に決定。 適性は弓関係は得意だけど、他はからっきしというかんじで→槍C戟C弓A騎S兵器C水軍Cに決定。 キャラ設定はとても大事なので、どういうキャラにしようか。 このキャラの場合、特技の関係上弓・特に騎射が得意という設定にしよう。後、羌族は漢民族に余り良いイメージを持っていない。 更に分かりやすい暗い過去があればキャラが立つよね。可哀そうだけど。 そんな感じで、武将紹介に記載されているキャラ設定が完成。 最後に涼真軍に参加するきっかけ・・・というかこの中華に来るきっかけはどうしようか・・・。 そういえばこのキャラ作るきっかけとなった武将の一人、姫戈は羌族の有力な一部族である族長の後継者 →でも涼真軍に加入した事を一族に知らせていない→普通というか間違いなく大騒ぎになる→じゃあ、彼を探しに来たという事にしよう。 参戦理由決定。 こんな感じでキャラクター「翔季玉」が完成。キャラ設定には、様々なきっかけと諦めない気持ちが大切だなと実感した次第。 こんな感じですが、武将作成の際に参考になれば幸いです。 追記 最近「季玉ちゃんマジ羌族」とか「かあいい」等とコメントが付くようになり、それらのコメをニヤニヤしながら見ている今日この頃。 うp主殿、本当に有難う。 +とある投稿者の武将作成記 とある(動画)投稿者の武将作成記 あの日、私は暇だった。そして、なんか勢いで、動画を投稿する事に決めたのだ。 というわけで、私の武将能力値の設定の仕方をお話しようかと思います。 涼真だと普通すぎて説明がしにくいので、張芳を例に設定していこうと思います。 まず、能力値はすべて50として武将の設定を始めていきます。(統50武50知50政50魅50) この能力値50を基準として、その項目に対してどの程度の才能と鍛錬があったかで増減していきます。 ちなみに、能力値50は一般的な訓練を受けた状態で、向き不向きを考慮しない状態で普通の人が辿り着く能力値としています。 で、張芳はお嬢様ですが軍隊を率いる経験は今まで無かったものの兵法をある程度知っているということで41に下げ。 武力に関しては一切鍛錬を行っておらず、また体格が良いわけでもなく、更に女性なので下げに下げて7。(今思うと下げすぎたと思っています) 知力は良家のお嬢様なので、よい教育を受ける機会があったと考えられ更に本人の才能も相当なものがあるとして83に。 政治は知力に引きずられる形で、本人の才能と合わせて74に上昇。 魅力は本当に各人の好きに設定して良いと思われます、ここでは「傾国」を持つことに説得力を出すために80としましたが 今思えば、89ぐらいにしてもよかったなぁと思っています。君主でなければ徴兵以外ではほとんど死んでいる能力値ですし。 そうして、最終的に能力値が決定し(統41武7知83政74魅80)となりました。 このように基準値50から上下させる方法を選んだ理由は、平均的な一般武将に比べて何に優れ、何に劣っているのかを明確化するためです。 私の基準では、能力値70は一生懸命努力して届く能力値であると考えています。 能力値80は、それに付け加えて持って生まれた才能とあるいは長い鍛錬があったと考えて、能力値90より上は天才と呼ばれる人間の住むところであると考えています。 投稿武将に最初から高い能力値を設定出来ないようにした理由は、多くの投稿武将は何の功績も残していないからという所が大きいです。 ゲーム内では張飛の武力は98とされていますが、これは後世の人間が彼の生涯の活躍を元につけた能力値ですよね。 分かりやすく言えば、黄巾の乱に参戦した時点で既に彼の武力が98であったかどうか、ですね。 勿論、高い武力であることには間違いないですが、彼のこの頃の能力値は80の後半か91程度がせいぜいじゃあないかなと思うのです。 ゲーム内の武将が彼らの打ち立てた功績に応じた能力値を割り振られているのに対して(劉備はもっと強くて良いと思うけど)投稿武将にはそれらの功績がありません。 さて、私が採用している武将は能力値に高いものがある武将ほど年齢が高い傾向にあるのはお気づきでしょうか? 勿論、楽豊や孟威のように若くても統率と武力が高い武将は少なからず居ますが、彼らには同じだけのデメリットが存在してるはずです。(つまり脳筋) 素の状態での武力TOPは王礼、知力TOPは貢師、政治TOPは呂白と爺が三人揃い踏みしていますね。 能力値90にしたかったら爺にしろと言いたい訳ではありませんが、彼らは三人ともその分野において生涯の大半を使い、それを磨いてきた武将達です。 故に、高い能力値を有していても、その資格ありとして採用をしたというわけですね。 まあ私のように堅苦しいことを考えながら能力値を設定していただくのも結構ですし、すこしずるい言い方になりますが。 ~とセットで動かすことを前提とした武将なんていう効率重視の武将も嫌いではありませんよ。(笑) 馬仁を前線で使いたくても少し持て余していたときに、翔季玉を加入させたお陰で馬仁が大化けしたのは記憶に新しいですし。 もっとも古いものでは、高泉が最前線で戦えるのは貢師が加入してからという例もございます。 うちの筆頭将軍の丁賓は、彼一人で十分戦えます。 彼はとても重宝しましたし、これからも内政に戦闘に活躍してくれるでしょう。 ただ、付け足すものがないというのも部隊をあれこれ考えるときに寂しい部分がありますよね。(笑) さあ、なんだかごちゃごちゃしちゃったのですが、この辺で終わりにしたいと思います。 毎回、様々な方達から武将の投稿をして頂けるようになりとても嬉しく思っております。 大百科にも、こんなに立派な記事を書いてくれる視聴者様方には、ただただ頭を下げてお礼を言うばかりでございます。 拙い作品ではございますが、これからも当動画の応援をよろしくお願い致します。 +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、呂白の場合 ある日、私は酔っていたか酔っていなかったかは全く覚えてないが、とにかくヒマだったのだ。 そして何となく『俺とお前らと三国志11』を見ようと思ったのだ。 『ニコニコ歴戦ゲー』界隈に新しい刺激を求めていた自分にとって、この動画はかなり斬新であった。 part0から最新話まで一気に見たが、その最新話がちょうど第二次武将募集だったのである。 おぉ、これはなんという偶然!こいつぁ早速武将を投稿しようじゃないかと思い立ったのである。 折しもこのとき、動画内では劉備、鍾会、何進の3勢力から攻められており、武官フラグが立ちまくっていた。 そこで私は思った。「どうせほかの投稿主たちは武官を投稿するだろう・・・ならば自分は文官だ!内政にしか使えない武将を投稿してやろう!!」 このとき私は確信していたのだ。第一次募集で採用されている3名は全て武官。 ここで武官を投稿しても、自分の投稿武将など彼らの強すぎる個性に容易く飲み込まれてしまうだろう・・・と。 それに戦後はどうあっても文官が必要になる。この場をうまく凌いでも、都市を落とすわけではないから今のうちに優秀な文官を投稿しておけば必ず長期にわたって役立つハズ! (この考えがこの後のうp主の嘆きにつながるとは全く予想していなかった・・・) ちなみに投稿武将のキャラ設定はこの時決めた。 優秀な文官なんだからこの土地の豪族で名士にしよう→名士ならやっぱ爺さんだろう! 漢中を落としたんだから五斗米道と何かしら関係があることにしよう。でも信者にするのは嫌だ。 よし、それなら入信を嫌がって隠匿したことにしよう。んで、私塾を開いていることにしよう→やっぱ爺さんにするしかないだろう!! それから人格者にしよう→爺さん以外の何にしろと!!! そんな感じでキャラ付け決定。 名前は三国志でもおなじみで、かつほかの投稿武将と被っていない『呂』を姓とし、字に『雲』をつけることを前提として名は関連付けで『白』、 立派な字にするため『徳』の文字をいれて字は『徳雲』。 まぁ、思い切った文字を扱えなかったので、三国武将の名前で使われてる文字からそれっぽくなるように組み合わせたわけですね。 『内政』に特化するのだから特技も選べるものは限られる。何気に長期で役立つものとして『富豪』と『発明(だったと思う)』を選択。 あと、うp主がどうしても戦で使用したいという場合に備えて第三希望は3つ目一応『指導』とした。 能力値は特技に合わせて設定。『富豪』を取得するために政治は85以上必要なので政治力から決めた。 あからさまに能力値が高いのは敬遠されると思い、無難に86に設定。 『内政特化』なので統率と武力は低くていい。かといって極端な能力値にはしたくなかったし、呂白はいわゆる『知略家』ではないが、そこそこ賢そうにするために知力は70台前半にすることに。 結果、統率28、武力25、知力72とした。魅力は高すぎると面白くないので、高くもなく低くもない70。 投稿当初は優秀な官僚というイメージで送った。イメージとしては糜竺や孫乾といった武将の立ち位置を想定していた・・・ それがなぜか今では涼真軍の筆頭文官にww いや~、何がどうなるか分からないものです。 自分は呂白に加えて後日、第四次武将募集で張清も採用していただきましたが、まだまだ武将を投稿していきます。 すでに2人も採用されていますが、それでもうp主が使いたくなるような武将を作ってやろうと毎回躍起になっています(笑) これから武将を投稿しようと考えておられる方も、すでに採用されているがまだまだ投稿しようと考えておられる方も、お互いに魅力的な武将をどんどん投稿していきましょう! +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、秦登の場合 あの日、私は別に酔ってはいないけど、新たな武将を作成・投稿する事を決めた。 前回は女性の武官だったので、今回は男性の文官にしよう。→大まかな方針が決定。 その様な事を思いながら、ネタ探しも兼ねてメディアファクトリー刊「うまなみ三国志」を読んでいた。 そして、紙の精製法の確立に大きく貢献した蔡倫という宦官がいた事、馬についてのトリビアの所を見ている時に、唐突に 「今でいう所の、馬の調教師みたいな事に打ち込む宦官とかいたら面白いんじゃないか」 という毒電波を受信s・・・じゃなかった、設定を思い付いたのだ。 こうして、キャラの大まかな設定と特技、顔グラ(宦官なので、髭の無い文官グラ)が決定。 さて、名前はどうしようか。 色々考えた結果、被りにくい「秦」を姓に、名は「鄧」にしよう。それと、前回は作らなかった字も付けよう。 字の付け方のルールを守りつつ考えた結果、最終的に「叔苞」にしよう。 キャラクターの姓名及び字が決定。余談ながら、私が武将を作成する際テンプレをツールのメモ帳に移して作成しているのだが、 まさか、「鄧」の字が入らないとは思わなかったorz。 能力値はどうしようか。 一応史実武将に、某憂鬱なネコミミ軍師や、本当は宦官じゃないのに演義では宦官にされてしまった呉の土建屋がいるが、 どちらもコーエー逆補正が掛かっている事も有り、全く参考にならないので、キャラの背景設定に無理の無い数値にする事に。 有る程度馬を纏める事が出来て、なおかつ騎乗時に振り落とされない程度の能力は必要。 最終的に統率30・武力20に決定(たぶん最低限これぐらいは必要と思う)。 馬の研究をしているから知力は高めに、また研究を続けていく以上政治力もそれなりに必要。人柄の関係上魅力もやや高めに。 最終的に統30武20知80政60魅71に決定。 キャラの生い立ちをどうするか・・・ 聞く所によると、宦官は職にあぶれた人にとって一発逆転を狙う職でも有ったと、どこかで見た記憶が有る。 なら、実家は貧しい農村で多くの兄弟の一人という事にしよう。後、子孫を残す事が出来ないので ム○ゴロウさんみたく、馬を我が子同然に可愛がっているという事にしよう。 こうして、キャラ設定が完成。 とまぁ、こんな感じで秦登が完成。このようにオリジナル武将を考え、作る機会を与えてくれたうp主殿に 心から感謝します。 さて、チラシの裏という事なので、うp主殿に送った馬の設定もここに合わせて(興味ねーよという人は、回れ右を(汗)) 「桜蘭」 大宛馬の血筋を引いている雄馬。産まれたばかりの時は極度の虚弱体質だったが、同じ時期に産まれた他の馬よりも眼力が 鋭く、「きっとこの馬は、鍛え上げれば素晴らしい馬に育つ」と感じた秦鄧が直々に育成を行う。粘り強く育て上げた結果か 元々の素質か、地元では有名な名馬として育った。因みに、過去に秦鄧と共に盗賊の襲撃に逢い、矢を多数浴びながらも 追撃を見事に振り切って見せた。その事から「傷だらけの殊桜(しゅおう)」と呼ばれている。 ちなみに、過去に何進や董卓等といった君主達が、是非に譲って欲しいと頼みに来た事があるが、馬を道具としてしか 見ていないのを見抜き、断固として引き渡さなかった。 長々と有難うございました。今後もお互いに魅力的な武将を投稿して、本動画を盛り上げていきましょう。 +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、文忠の場合 あの日、私は酔っ払ってはいなかった。むしろ現実の課題に追われ逃避行動を起こしていた。 そんな時、ふと歴史ゲー動画のコトを思い出し検索をしていた。 大好きだった動画は相変わらずうp主失踪シリーズタグがついていて更新されてなく 現在更新されているモノは正直目新しいモノはなく、見たいと思わなかった。 しかしそんな中、投稿されたオリジナル武将だけでプレイするという斬新な動画を発見。 私は胸をおどらせた。課題そっちのけで1話から一気に見てしまった。 残念なコトにその時はもう募集を締め切っていたが、 次は絶対に投稿しようと思い、それまでにいくつかストックしておこうと武将の設定を考え始めた。 まず、自分は若い世代がカッコイイ大人たちの社会でもまれて 成長する姿が好きなので、世代は若手。 次に、成長させるならどのパターンがいいだろう? 弱々しいのが勇気を出す。本来の力を出せないけど~、天狗が会心する。等 色々考えた結果、涼真軍にはあまり見ない判りやすい天狗を作ろうと思いました。 さて生い立ちや性格はどうしよう? 天狗になってるというからには相当な自信家。 自信を身につける為の環境が必要。 →名家で育てられた。周囲に適う者はいなかった わかりやすく天狗になってると視聴者様に思ってもらう為に他のキャラを馬鹿にしよう →学のない者を馬鹿にする 能力はどうしよう? こういうタイプの若手は思いつくのは沈覇、韓封がいる。 →この二人は武官だから文官にしよう。 そして若手ゆえ、あまり強すぎてもダメだし、天狗になるだけの才能はもっている能力値を考えなければ。 性格的に反計は絶対につけたい。 と、そんなコトを考えて史実武将と見比べながら決めますた。 名前、ここが一番適当。 パッと思いついた漢字を当てはめただけです。本当に意味とかありませんw こうして出来上がった武将が文忠でした。 こういう毒のあるキャラをうp主様が採用してくれるかは不安でしたが 動画内でこういうキャラを待っていたと言ってくれたので、安心いたしましたw こういう風に武将を考えるのって楽しいですし、 それで考えた武将がうp主様の動画内で活躍してるのを見てるだけでも2828が止まらないですよね。 さて、新参者が長々と申し訳ない。自分の作り方が参考になれば幸いです。 最後に、こういう機会を生み出してくれたうp主様と、この動画を盛り上げている視聴者様に感謝! +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、貢師の場合 あの日、特に変わることなく仕事を終え寝る前のネット巡回をしているときに、この動画に出会った。 視聴者参加型という動画投稿時に知っていないと参加できないという貴重なチャンスに出会い、これは参加せねばと即断。 すでに第1回の募集は締め切られ、part1前編しか投稿されておらず次の募集はいつになるかも分からない時であったが、募集まで待ちきれずに即キャラを作成して投稿したのが貢師である。 なので、2次募集時の阿鼻叫喚な状況に関しては全くその時予期してはいなかった! さてキャラ作成なのだが、初期武将全員を見渡しても奥方以外は脳筋よりの武官ばかり。となると必要となるのはやはり知恵者だろう!ということでタイプはあっさり決まった。ここら辺はまだ武将が全くいない状況なのでタイプは選び放題だったので、現状とはあまり比較することはできませんね。 武将タイプが決まったら後は連想ゲームのように設定が浮かんできました。 頭いい=先生=私塾=特技指導=じじい=口やかましい なんということでしょう!何も無かったところからキャラが出来てしまいました。まさに匠の技(Na.加○みどり) さぁ残るは能力値。この時自分的に魅力を含まず240の割り振りだと平均しても4項目60の数値はちと高いと思い、魅力も含めて5項目を240で割り振りという制限をさらに設けた。 やはり一番は知力に高い数字を割り振り、先生という職業柄、生徒を統率し惹きつける力も無ければならないということで、統率・魅力を平均値以上に設定。さらにじじいだし武力は低くてもいいということで低く、でも政治もある程度欲しいよなとか考えると、魅力を含めての240制限はキツイキツイ。これらのことが合わさって、武力1という極端な数値となったのでした。 ネーミングに関しては、コメント欄でも色々と推測されてますので、ここでは伏せてみなさんの想像にお任せします。 かなりあっさり風にできた貢師ですが、up主の手腕によって魅力的なキャラとなったのは望外の喜び。感謝しております。上で書かれてるように細かい設定まで詰めてなくともキャラは出来るという例として書かせていただきました。 細かい背景は無くとも、キラリと光る一芸を強調するような武将でも十分採用される可能性はあると思うので、ドンドン投稿してはいかがでしょうか。 とりあえず自分は他に孫信も採用されてますので、武将投稿は長安防衛時のような緊急追加募集などが無い限り投稿は控えようと思っています。その代わり動画内コメで盛り上げていくつもりです! やはり同じ人が投稿した武将が数多く居るよりも、数多くの投稿者の武将が一杯居るほうがタイトルの「お前ら」が反映されて面白いし、こういう参加できるチャンスを数多くの人に手にしてもらいたいと思っていますので。 落選された方もまだ投稿を躊躇ってる方も、こんなチャンスは滅多に無いと思うのでドンドン応募して動画を盛り上げていきましょう! +とある投稿者の武将作成記 とある投稿者の武将作成記、白華の場合 あの日、私は動画の作成を完了し、upし終えた達成感に酔っていた。 休憩がてらニコニコ動画の歴戦ゲータグ巡りをしていると、不思議なタイトルに出くわしました。 それがこの動画との最初の出会いでありました。 実の所、初回の動画を見た時から投稿しようと思っていた訳ではありませんでした。 しかし元来読者参加ゲームやTRPGが好きな私にとって、 皆が登録したキャラクターが元気に動画内で頑張っている姿を見て感化されないはずがない(笑) かくて、私は投稿することに決めたのでした。 第一回で武官が、第二回で文官が集まったものの、今だ武将数が少ない状態。 つまり、何を送ってもキャラクター次第で採用される可能性が今以上に高いという恵まれた時期だったのです。 私はどのようなゲームでもキャラを作る時、先ずは職業及びキャラクターの性格を決めていきます。 無論数値から決めなければならないときはその限りではありませんが。 さて、白華はどのようにして作られたかと言うと・・・ 何を隠そう、実は私はネタ系のキャラが好きだ・・・いや、作った動画を見れば丸わかりな気もしますが。 丁度この時期・・・というより今もですが『高飛車なお嬢様』タイプがお気に入りでした。 ただ、金持ちの家的な「良家のお嬢様」は誰かが送ってくるような気がしたので(事実「星明」さんが送られてきた) 武官の娘ということに決めました。いわゆる「戦うお嬢様」ですね。 ですが、○将では芸が無い。きっと他に真面目に送ってくる方で○将を付ける方もいるでしょう。 なら白華は何か他に珍しい一芸に秀でるような能力をつけよう・・・ そう思った時に「攻城兵特化の将なら珍しいのではないか」という考えに至りました。 その当時、涼真軍は防戦一方であり今すぐには使えない、しかしいぶし銀の能力。 既に一人兵器Sクラスの将である「荀静」さんが居ましたので、 その人を超える能力・・・ではなく、引き立てる能力である「射程」を選択しました。 能力は殆ど直感で決めた印象が強いです。 武官の父と修行しているとはいえ、やはり女性、それもお嬢様なので武力は控えめの60。 頭はそこそこ良いけど文官を喰わない程度になるよう70切って69に。 箱入り娘なので政は絶望的、ということで思い切って30を切らせて・・・ けど、全部が70以下だと仕事を干される可能性大だから統率くらいは得意とさせてもらって・・・と、いった感じに決めて行きました。 兵科適正は兵器はS確定、後は兵器でなくても戦に出せるようAとBを1つずつ付けました。 TRPGにおいてキャラを考えるとき、自分が活躍するように能力を決めるのは勿論必要ですが、 他人と絡む能力、若しくは性格や設定にするとコミュニケーションが成り立ち話が潤滑になる傾向があります。 この動画でもそういうキャラクターはきっと採用され易いと思います。 後は・・・あえて自分のロマンを突き進むキャラクターとかも強いかもしれません(笑) ただし、あくまで独りよがりな設定にならないことが重要です。 例えば無敵に近い能力の持ち主ですとか、一匹狼を気取っているニヒルなキャラクター等は、 イメージ的には格好良くても物語的には絡み難く、採用はされ難いでしょう。 まぁ、私のようにロマンを求める余りネタに走り過ぎるのは採用され難いとは思います。 (現にこの後2回ほど応募していますが採用されていません(笑)) しかし「物語をより楽しくしたい」・・・そう思ってキャラを作っていくのなら、いつかは採用されるのではないかと思います。 何かこんなことを書いてたらまた投稿したくなっちゃいましたね。久しぶりにひとつ送ってみようかな。 最後に一言。生み出したキャラクターを愛でるのは勿論のこと、他人への思いやりが大切ですよ。
https://w.atwiki.jp/qmaborschtqma/pages/79.html
Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - - Q A - - -
https://w.atwiki.jp/cells/pages/30.html
武田軍 武田信玄 真田幸隆 真田昌幸 真田信之 真田幸村 上杉軍 上杉謙信 上杉景勝 直江兼続 上杉景虎 前田慶次 北条軍 北条氏康 北条氏政 北条氏邦 甲斐姫 風魔小太郎
https://w.atwiki.jp/sangokushi-taisen/pages/710.html
←Ver1.2.0A Ver1.2.0C→ Ver1.2.0B情報 Ver1.2.0B情報 2018/4/18稼働開始 公式サイト告知 http //www.sangokushi-taisen.com/news/20180416.html 桃園の誓いの不具合修正 総合戦績表示の不具合修正 三国志大戦.NETの統計情報に武将肖像表示を追加