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Story 酔いman 氏 私は唄う、全ての想いと感謝を、弾けるリズムの波に乗せて……私は唄う。 その日の真紅はドームの天井から差し込むライトの明かりを浴びていた。 人気ロックバンド、ローゼンメイデンのボーカルである彼女にとってスポットライトの中で数万の視線を受けるのは当たり前のことであり、これと言って特別なものではなかった。 しかし今夜の彼女は歌を唄いながら溢れてこようとする涙を抑えることができなかった。 * 「はぁ~」 とある市営の集合団地の一部屋でため息を吐く女性は年齢の割には苦労を重ねているのか、目の下には薄っすらとくまができ、華奢な手には似合わない苦労が見て取れる。 娘が通う高校から送られてきた集金用紙を見つめ、もう一度ため息を吐くと、娘の部屋から漏れている音楽を耳にしながら静かに電気を消し、深夜の眠りについた。 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ 朝5時に鳴り出す目覚まし時計のデジタル音。 薄い布団にいかにも安物の毛布に包まった真紅は、その布団の中から手だけをニュッと出して耳障りな時計のアラームを消す。 「ふぅ~、寒いわ」 早春の明け方はまだ真冬の気配が色濃く残り、暖房を入れていない部屋は寝起きのあくびすら白い息に変えていく。 真紅は枕元にある近所の大型安売り店で購入したフリースジャケットを着ると、キッチンで簡単な食事と昼間に食べる弁当のおかずを作り始めた。 母親が買ってきたスーパーの特売品であるソーセージなどを焼き、ひき肉に味付けをしてそぼろご飯などを作る。 さいわい、ご飯は母親が朝早くからパートに出かける時に用意してあるので真紅はおかずだけを作ればよかった。 しかし蛇口から出る冷たい水で食器を洗う真紅の口からは、やや乱暴な言葉が漏れる。 「まったく、貧乏はイヤだわ」 真紅が物心つく頃に父親は失踪、その後は母が女手一つで真紅を育てていた。 そのため収入源の乏しい彼女の家庭では徹底した節約でなんとかもっているのが現状であった。 そのため真紅は高校に入学すると部活などせずにバイトに明け暮れる日々を続けていた。 ただ、1年生の時に同じクラスになった水銀燈、金糸雀、雛苺、翠星石、蒼星石、薔薇水晶の6人とは親交を深め、いつしかバンドを組むようになっていく。 当然バンドを組むということは楽器などでお金が必要になるのだが、真紅は生まれついての歌唱力があったため、バンドでのパートはボーカルになった。 「おはようですぅ~」 「おはよう、真紅」 朝も8時近くになると明け方の冷え込みは無く、新緑の季節を感じさせる陽気な日差しと柔らかい風が貧困に対する彼女のコンプレックスをひと時ほど忘れさせてくれた。 そして登校すると、いつもの顔なじみが笑顔で挨拶をする。 「おはよぉ~、もうすっかり春ねぇ~」 「来年はカナたちが卒業する番かしら~」 「……それは…寂しいね」 「また1年あるの~、もっともっと楽しむのぉ~~」 校門を抜けると第52回薔薇女子高校卒業式の立て看板が目に付いた。 その文字を声に出さずに目で読んだ真紅は彼女達の会話に小さな声で答えた。 「えぇ、そうね」 そう呟いた真紅はチャイムが鳴り出す音を聞きながら教室に駆け込んだ。 黒板にチョークの音が聞こえる静かな教室で真紅はノートに視線を落として今朝の会話を思い出していた。 来年になったら卒業だわ、みんなは進学するって言ってるけど、私は…… できればみんなと一緒の大学でバンドを続けていきたいのだわ、でも…… ノートの端に立てたシャープペンシルに力が入り、ペキッと小さな音を立てて芯が折れた。 彼女は奥歯をギリッと噛むとイヤな事を忘れるために黒板の文字に神経を集中させ出した。 「ただいま」 学校が終わり、いつものように遅くまでバイトをした真紅は疲れた足取りで家に帰る。 「おかえり、疲れたでしょ、ご飯できてるわよ」 朝早くからパートに出ていた母親が笑顔でテーブルに真紅を誘う。 取り立てて豪華とは言えないが美味しそうに食事を口に運ぶ真紅を見つめ、幸せそうな笑みをこぼす。 「どう、美味しい?」 「この里芋、美味しいのだわ」 「よかったぁ」 何気ない親子の会話が貧しいながらも食卓を豪華に見せる。 しかし突然、真紅は進めていたハシを止める。 「どうしたの真紅、もうお腹一杯なの?」 少し心配そうに真紅の顔付きを確かめる母親に、真紅は言いにくそうに言葉を切り出した。 「来年の今頃は、卒業なのだわ……私は、みんなと同じ大学に行きたいわ」 「どこの大学なの?」 「有栖川芸大学だわ」 「有栖川、それって東京の大学ねッ」 「えぇ、そうよ……」 娘が高校を卒業したら大学に進学したいと言う、それ自体は珍しい事でもなく、親としては喜ばしいことでもある。 特に真紅の歌唱力と音楽に対する信念は自他共に認める才能が母親にも解っていた。 だが今の生活で精一杯の家庭では娘の進学費用など捻出できるはずもない。 真紅の言葉に笑顔で肯けない情けなさが胸を締め付けた。 「真紅……」 娘の名前をポツリと零すだけで後は何も言えない。 そんな母親にその日の真紅は不思議と声を荒げてしまい、とうとう親子喧嘩の様相にまで発展した。 「娘の進学資金すら出せないなんて、あきれた親だわッ!」 つい口をついで出てしまったセリフに真紅はハッと我に帰る。 そこには涙をためてギュッと唇を噛み締め、何も言わない母親の姿があった。 それを見た真紅は思いもしなかった自身の言葉の重さと乱暴さに気付くが、やり場のない悔しさが邪魔をして涙ぐむ母親に謝ることができずに、そのままキッチンを後にして部屋に入った。 明日、きちんとお母さんに謝るのだわ……… 明かりを落とした部屋で布団に篭った真紅はそう思いながら眠りについた。 そして次の日の朝、いつもと変わらない目覚ましの音と共に1日が始まる。 お弁当のおかずを作り、身支度を整え、登校し、放課後はバイト。 そんな1日だが、その日から母親の帰りが深夜近くになった。 そのため、昨夜は謝ろうとしていた真紅だが、バイトの疲れもあってか、いつの間にか眠ってしまっていた。 そして母親は休みの日もパートに行き出し、じょじょに親子の時間が無くなっていった。 そんなある日、学校に1本の電話が入る。それは警察からだった。 それは掛け持ちで行っていた朝のパートと夕方からのパートへの移動中に起こった不幸な事故であった。 すぐに病院に向かった真紅が見たのは、無言のままベッドに横たわる母の姿だった。 「あぁ……」 言葉にならずにその場で座り込む真紅。 そして静かな霊安室に真紅の悲鳴と嗚咽だけが聞こえだした。 しばらくは深い悲しみに落ちていた真紅も母親の49日法要も終わりを告げる頃、ようやく母の遺品などを集めることができた。 こうして狭い部屋の中で生前の母の記憶を辿っていくと、1冊のノートが目に付いた。 ビッシリと細かく書かれた数字と文字は日記とも家計簿とも取れるものであった。 その内容を見てみると本当にギリギリの内容であるのが高校生の目からも理解できた。 母親が無理をして増やした仕事から得た金銭は全て真紅に当てた貯金であった。 それはあの日、真紅が進学したいと言い出した時から、どんな小額のお金でも貯金に回していた。 そんなノートには幼い頃の真紅の写真が大切にはさまれていた。 「あぁ、お母さんッ!!」 まさに胸の奥から出た言葉は激しい後悔と感謝が入り混じった深い絶句。 そして人はこんなにも涙が出るものなのかと思えるほど声を出した真紅はいつしか泣きつかれて眠ってしまった。 そんな真紅は夢を見た。 キッチンでくたびれたエプロンをしてご飯を作っている母親がいる。 それを見た真紅は溢れる涙を堪えきれずに母の胸に顔を埋め、涙声を上げた。 「何も知らずに、何もできなくてゴメンなさい!!」 子供のように泣く真紅に母親は優しく頭をなでる。 その手はとても暖かく、そして溢れんばかりの優しさを感じる。 「あやまるのはお母さんのほうだよ、真紅には辛い思いばかりさせて本当にゴメンなさいね」 「お母さん、お母さん」 真紅は自分の泣き声で目を覚ます。 頬にいく筋も流れている涙はまくらを濡らしていた。 そして、1年後。 真紅は母親が残してくれた貯金で大学に通う。 もちろん学校側も奨学金などで援助し、真紅は大学で大好きな音楽の世界を深め、そして在学中に行ったローゼンメイデンのライブが話題となり一躍日本のミュージックシーンに躍り出ることになった。 濃厚で重圧なサウンド、時には鳥肌が立つほどの神秘的な曲、どれもが完成度が高く、彼女立ちの曲は瞬く間にヒットチャートを上り詰めていった。 そして数度目の東京ドームでのライブ、その日は真紅の母親の命日でもある。 翠星石のドラムと蒼星石のベースが絶妙のリズムを作り、そこに薔薇水晶のキーボードがメロディーを展開させていく。 そして水銀燈と金糸雀のツインギターが圧倒的なパフォーマンスを見せると、雛苺のコーラスから真紅の流れるような美声がこだまする。 それに数万の観客は酔いしれ、一斉に腕をステージに向ける。 真紅はその観衆を前にしてステージから大声でこう叫んだ。 「いつまでも愛してるわ、サンキューーッ!!」 その言葉は天国からこのライブを見ているであろう母親に捧げたのは言うまでもなかった……………… 完 短編SS保管庫へ
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