約 1,012,686 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1475.html
シエスタがギトーと共にトリステイン魔法学院に向けて馬を走らせている頃。 ルイズは、トリステインの王宮で、一人で待たされていた。 デルフリンガーは武器なので王宮には持ち込めない。 そのため、吸血馬と共に馬舎に預けてある。 ルイズが待たされているこの部屋は、言わば従者を待たせるための部屋なのだが、王宮だけあって間取りは広く、調度品も美事な物ばかりだった。 実家にも同じような部屋があったのを思い出したが、それと比べても広く、そして堅牢な作りをしている。 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 トリステインの王宮に来るまでの間、ウェールズにブルリンのことを覚えていないのかと何度も質問した。 だが、ブルリンのことなど覚えていないという。 念のためデルフリンガーを握らせて質問したが、デルフは『嘘つているとは思えねー』と言っていた。 本来なら、王宮にウェールズを送り届けたらオサラバしようと思っていたのだが、王宮を見てルイズの考えは変わった。 アンリエッタは、ルイズのことを覚えているだろうか、存在そのものを忘れ去られていたら、自分はどうするべきなのだろうかと、悩んでいた。 それを確かめるため、あえてウェールズの従者として城に入り込んだのだ。 従者である自分がアンリエッタと面会できるとは限らない、だが、いざとなれば夜の闇に紛れて会いに行くつもりだった。 右手には、報酬として渡された『風のルビー』が輝いている。 身元が確認されたウェールズから、せめてもの礼だと言って渡されたものだ。 ルイズはつまらなそうにため息をつき、ソファに背を預けた。 コンコン、と扉がノックされ、一人のメイドらしき女性が何かを運んできた。 運んできたのはクックベリーパイと、紅茶。 メイドが部屋を出たのを確認すると、ルイズはフードを外し、居住まいを正した。 クックベリーパイはルイズの大好物。 久々に食べるので、緊張しつつも笑みを浮かべてしまう、なかなか異様な光景だ。 一口食べてみると、甘みと酸味の絶妙なバランスがルイズの舌を刺激し、ルイズを喜ばせた。 吸血鬼になってからというもの、食べ物といえばトロル、オーク、牛馬の血、場末の酒場で注文した肉料理、ドラゴンの血…… ほとんど血ばかりで、人間だった頃好んでいたものは食べていない。 血は吸血鬼としての喜びを満たしてくれるが、お菓子の好みはまた別だ。 甘いものは別腹、という言葉があるが、まさにその通りだと実感する。 パイの上には、ハルケギニアで採れる苺を、クックベリーのジャム漬けにしたものが乗せられている。 パイを食べ終わった後、これを舌の上に乗せ、レロレロと転がして遊ぶのがルイズの癖だった。 子供のころ、親からも、教育係からも、姉からも怒られたのをよく覚えている。 魔法学院ではこの癖は見せないように我慢していたが、今は誰も見ていない。 ルイズは小指の先ほどの苺を唇で挟み、右手の人差し指の上に乗せ、もう一度キスをしてから口の中に放り込み、その感触を味わった。 懐かしい。 そういえば、アンリエッタが真似をして、従者の……ラ・ポルトに怒られていたっけ。 昔を思い出すと、思わず顔がほころんでしまう。 けど……吸血鬼になった私は、人間の敵。 私がルイズだと知っていても、アンリエッタは私を切って捨てるに違いない。 喜んだり悩んだりを繰り返していたルイズ。 その思考は、突然開かれたドアの音と、自分に飛びついてきた少女によって中断された。 バタン、とノックの音もなく扉が開かれる。 ルイズは臨戦態勢を取ろうとしたが、扉を開いたのが衛兵ではなく、室内用のドレスを着た少女だと気づき、ルイズは硬直した。 「ルイズ! ルイズ!ルイズなんでしょう!」 ルイズの名を叫び、涙を流しながら抱きついてきた少女の姿を見て、ルイズは戦意を完全に喪失してしまった。 「あ…いえ、私はルイズじゃ……」 ルイズはなんとか誤魔化そうとしたが、抱きついた少女がそれを遮った。 「嘘!パイを食べたあの仕草、覚えてるわ!一緒にラ・ポルトに怒られたじゃない!なんで、なんで死んだなんて嘘をついたの!?ルイズ……うっ……ぐすっ……」 ルイズは、完全に油断していた。 この部屋が『遠見の鏡』で監視されていた可能性は十分にあったのに、それを失念していたのだ。 だが今のルイズにとって、そんなことはどうでも良かった。 アンリエッタが自分のことを覚えていてくれた、それだけがルイズにとって嬉しかった。でも、嬉しいという感情を表に出してはいけない。 今はアンリエッタを自分から引きはがすのが先だ。 なにせ、アンリエッタの後を追ってきたウェールズが、顔を真っ青にしているのだから。 「姫様、離れて、私に触れちゃ駄目よ、王子様が困ってらっしゃるわ」 「ルイズ、ルイズ、貴方なのでしょう?そんな言い方は止めて!昔みたいに、友達として接してはくれないの?」 ルイズはアンリエッタを軽々と引きはがした。 アンリエッタはなおもルイズに抱きつこうとするので、ウェールズがアンリエッタの手を握り、落ち着かせた。 アンリエッタはルイズを連れて部屋を移動する、今度は従者の待機室ではなく、上等な調度品が置かれた応接間だった。 テーブルを挟み、ルイズと向かい合わせの形でアンリエッタとウェールズが座る。 アンリエッタが人払いをし、ディティクトマジックで遠見の鏡が使われていないかを確認すると、改めてルイズに語りかけた。 「わたくし、ウェールズ様が傭兵に助けられたと聞いて驚いたわ、貴方に直接礼を言おうと思ったけど、従者が『傭兵に会うのは危険です』なんて言ったの」 「それで、遠見の鏡を使って覗き見したの?」 「いいえ、先ほどの部屋は『疑いのある者』を一時的に隔離する部屋なの、遠見の鏡でずっと監視されている部屋なのよ」 「なるほどね…迂闊だったわ」 「でも驚いたわ、顔も髪の毛の色も、思い出の中のルイズそのままだった…その人がクックベリーパイをあんな風に食べる人なんて、もう、だから私、気が動転して…ごめんなさいね、いきなり抱きついてしまって」 「もう、私がルイズだと、確信を持ってるのね?」 「ええ!あんな美味しそうにパイを食べる人、貴方だけよ!ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタの笑顔が、ルイズにはとても懐かしかった。 それがルイズの心に罪悪感を募らせる。 「…………姫様、ごめんなさい、もう、私はルイズ・フランソワーズではありません、私は…」 「ルイズ……あなたの身に何が起こったの? 私、あの日のことをよく覚えているわ。後日あなたが死んだと聞いて…本当に、私、どうしたらいいか分からなかったわ」 「姫様のせいではありませんわ」 「衛兵のいない隙を狙って現れた、『土くれのフーケ』をルイズが追いかけて、相打ちしたと聞いたときは…………ううん、生きていてくれたから、この話は止めましょう。」 一呼吸置いて、アンリエッタが真剣な表情で、ルイズの顔を見た。 「ルイズ、どうして生きていると教えてくれなかったの?それに、貴方が単独でウェールズ様をここまで連れてきたなんて、とても信じられなかったわ。貴方の身に何が起こったの?」 「……ごめんなさい、ごめんなさい姫様、ルイズはもう死んだの、ここにいる私は人間じゃないの」 「ルイズ」 「私は、吸血鬼よ、日の光を浴びても平気な、吸血鬼なの」 「ルイズ、何を言ってるの?」 困惑するアンリエッタに、ウェールズが言った。 「アンリエッタ、彼女の言っていることは、本当だ」 驚いたアンリエッタはウェールズを見る、ちらりと首元を見ても、ウェールズの首には傷痕は無い。 ルイズに向き直り、うつむいたルイズの首をのぞきこむように見ても、吸血鬼に噛まれた傷痕どころか、傷一つ見えない。 「……ルイズ、ウェールズ様、そんな、冗談でしょう?」 だが、アンリエッタの希望は、ルイズがその正体を見せることで、完全に砕け散った。 「姫様、この部屋に『目』と『耳』は?」 「この部屋にはありませんわ」 「その言葉、信じます」 ルイズは口を大きく開いた、すると犬歯がカタカタと震え、瞬く間に凶悪な『牙』へと変化した。 「…………ルイ……ズ……?」 「姫様、私は、もう人間じゃないの、どう? 怖くなったでしょう?」 ルイズは思った。 アンリエッタに嫌われれば、自分は人間など吹っ切ることが出来る。 ここから逃げ出して、顔を変えて、フーケと手を組んで、盗賊や傭兵でもやって生きた方が幸せかも知れない。 ルイズは、アンリエッタに嫌われるつもりで、牙を見せた。 だが、アンリエッタは怖がるどころか、どこか寂しそうな顔でルイズを見つめていた。 そして、多少芝居がかった仕草で顔を覆い、涙を拭いた。 「ルイズ、あなたはルイズよ、私はカゴの中の鳥…王宮で私はひとりぼっち…他人と混ざることの出来ない苦しさは私が一番よく知っているつもりです」 「姫様」 「アンリエッタ」 ルイズとウェールズが驚く。 「ねえ、ルイズ、あるとき、私はこんなことを言われたの、『王族は国民の血を吸って生きる花です』って。私はあなたよりずっと沢山の税を、血を吸っているの……」 そう言うとアンリエッタは、突然立ち上がり部屋を出た。 廊下で待機している従者に何かを告げ、しばらくすると従者が絹で包まれた何かを持ってきた。 「ルイズ、ね、昔宮廷ごっこをして、遊んだのを覚えている?」 「ええ、何度目かで、私がお姫様役になった時、従者のラ・ポルトに怒られて……仕返しに服まで交換して、ラ・ポルトを騙そうとしたわ」 「その後、宮廷中がニセモノ騒ぎで大変なことになったのよね」 「姫様、どこからかカツラまで持ってきたんですよね、懐かしい……本当に懐かしい…です」 二人は笑い合った、本当に久しぶりの笑いだった。 ウェールズもまた、アンリエッタとの出会いの話をして、三人で笑い合った。 そして、一通り談笑が済むと、アンリエッタは包みを開け、中から一冊の本を取り出した。 「ねえ、ルイズ、おままごとのつもりでいいの、この本を使って、アンとウェールズの結婚を祝う祝詞を……」 「アンリエッタ!君は何を」 「ウェールズ様、私をはしたない女だとお笑い下さい、ゲルマニアに嫁ぐ前に、一度だけ、一度だけ夢を見たいのです」 『結婚』という単語を耳にし、ルイズの笑顔が一転した。 「姫様、では、本当にゲルマニアの皇帝と……」 アンリエッタは無表情で、静かに頷いた。 「アンリエッタ、これは『始祖の祈祷書』じゃないか、いくらおままごとと理由を付けても、こんな事をしては…」 「でも……せめて、ウェールズ様、私に勇気を下さい……」 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 アンリエッタが『お姫様』なのだと、否応なしに理解してしまった。 政略結婚のために育てられた『お姫様』は、せめて結婚前に思い出を作りたいと思っているのだろう。 ルイズは、この申し出を受けるべく、『始祖の祈祷書』を開いた。 「これは……古いルーン文字かしら」 『序文、これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。』 「この世のすべての物質は……小さな粒より……四つの系統は……」 ぶつぶつと呟き始めたルイズを、アンリエッタは何故か訝しげな目で見ていた。 「ルイズ、何を呟いてるの?」 「え? ああ、ごめんなさい、ところで、この本のどこからどこまでが祝詞なの?」 「『始祖の祈祷書』は白紙のはずよ、代々の王家はその本を読む形で祝詞を唱えるの、祝詞は毎回違うはずよ」 「……でも、書いてあるわよ」 ルイズはそう言ってページをめくり、適当なところを指で指した。 書かれている文字を指でなぞりつつ、アンリエッタとウェールズに聞かせるよう、音読していった。 「異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ」 「詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る」 「我はこの書の読み手を選ぶ、資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれ……選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ」 心なしか、ルイズの声は震えていた。 「されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 』」 ルイズの指にはめられた『風のルビー』が、きらりと輝いた。 To Be Continued → 24< 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/982.html
いつもと変わらぬ朝食。 いつもと変わらぬ授業風景。 いつもと変わらぬトリスティン魔法学院。 多くの生徒達にとっては、いつもと変わらぬ日常だった。 ギーシュは疲れていた。 魔法衛士隊隊長、ワルドの裏切りを知り、ギーシュは自分の人を見る目のなさを恥じた。 半裸のミス・ロングビルを連れて帰ってきたので、モンモランシーに問いつめられ、右の頬に紅い紅葉を作った。 更に、数日間の不在は浮気旅行じゃないのかと詰め寄られ、左の頬にこれまた見事な紅葉を作った。 そして傷の癒えたロングビルに礼を言われたのをケティに目撃され、その情報はモンモランシーに伝わり、年増ババァのどこがいいのかと詰め寄られて頭に大きなたんこぶを作っていた。 タバサは不在だった。 実家からの手紙に何が書かれていたのか知らないが、しばらく学校を休むそうだ。 キュルケの話では、こうしてたびたび実家に呼び出されるのだとか。 シルフィードに乗って実家に帰る前、タバサはルイズを心配していた。 キュルケは少し不機嫌だった。 普段通り授業を受けてはいるものの、タバサがいないと調子が出ない。 その上、ゼロとあだ名される生徒の席が、ここ一週間ばかりずっと空席だった。 その席を見ては、時折ため息をつき、つまらなそうにしていた。 シエスタはどこか落ち着かなかった。 いつものように食堂のテーブルクロスを洗濯する。 いつものように食器を洗う、いつものように配膳をする。 しかし、いつもより一人分足りない。 ルイズの姿を探しては、今日も居ないとため息をつく。 ギーシュやキュルケから、ルイズは今実家に帰っていると聞かされたが、それは嘘だと、なんとなく理解できた。 オスマンは相変わらずだった。 職務に復帰したミス・ロングビルの下着の色を、使い魔のネズミを使って調べるだけでは飽き足らない。 復帰祝いと称してロングビルに過激なビキニをプレゼントしたが、練金で瞬時に土くれに変えられてしまったため、いじけていた。 トリスティンの城、そのゲストルームに置かれた豪華なベッドの上に、一人の少女が眠っていた。 眠る少女の体中には包帯が巻かれており、その姿を同じ年頃の少女が見守っていた。 トリスティンの王女アンリエッタである、彼女はベッドの上に眠るルイズに治癒の魔法をかけていた。 「く…」 アンリエッタから苦しそうな息が漏れる。 キュルケ達がシルフィードでトリスティン城に降り立った時、アンリエッタがすぐに駆けつけなければ、ルイズは失血死していたかもしれない。 傷が塞がらないのだ。 出血はかろうじて止まったが、傷口は開いたまま、どんなに治癒の魔法をかけても、治癒の秘薬を用いても効果がなかった。 しかも秘薬の代金は国庫から出すことは出来ない、これはあくまでもアンリエッタが個人的に頼んだ依頼だからだ。 「アンリエッタ、私が代わろう」 「ウェールズ様…」 「アンリエッタ、君には公務がある、王女としての勤めを果たさなければ、ミス・ヴァリエールに笑われてしまうよ」 「………はい」 部屋に入ってきたウェールズは、アンリエッタの隣に座ると、慣れない治癒の呪文を唱え始めた。 一通り魔力が伝わるが、ルイズの身体に反応はない。 「マザリーニ枢機卿は、なかなかの切れ者だね」 「えっ?」 「僕はここでも身を隠すことになるようだ、当分は地下で過ごすことになる」 「そんな!」 「気にすることはない、本来なら私は死んでいたはずだ、ニューカッスル城と秘密港の崩壊で私は死んだと思われているので、 今の私を外交のカードとして利用させて欲しいととハッキリ言ってくれたよ。だが、その方がありがたい」 「………トリスティンの民から、私とマザリーニ枢機卿がなんと呼ばれているか、ご存じでしょうか」 「知っているよ、だが、王とはそうしたものだよ、王の立場にある者が、不用意に不快感をあらわにすると、王の権威を保つため不快感の原因となる要素は排除される。 平民は浴場で、風呂が熱い、ぬるいだのと文句を言えるそうだね、王族がそれをしたら浴室付きの侍女は皆、お役御免になってしまう、王族とは難儀なものだよ」 「私は、自分は操り人形ではないと意地になっておりました、ですから、私はマザリーニに気づかれぬよう、ルイズを利用したのです。私に…私に王女の資格などありませんわ…」 「アンリエッタ、いいかね、ミス・ヴァリエールは最後まで諦めなかった、最後まで…だ、ワルド子爵の裏切りを一番つらく感じていたのは彼女だろう、それでも彼女は君に与えられた任務を諦めなかった、それどころか、逸脱しようとした」 「逸脱…とは?」 「昨日までは、私は仲間達を残して一人生き残ってしまったと、後悔したよ。しかし、生き残ってしまったからには生きている者の勤めを果たさなければならない、ミス・ヴァリエールを恨もうとも思ったが、今で感謝しようと思っている」 「ウェールズ様、死ぬおつもりだったのですか…?」 「私は、皆の前で共に戦おうと宣言したのだよ、おめおめと生き残っている私を見て、天国の彼らはどう思っているのだろうね」 「そんな!ウェールズ様、どうか、もう死ぬなどとおっしゃらないで下さい!」 アンリエッタがウェールズの腕に、しがみつくようにして叫ぶ。 するとウェールズは微笑み、アンリエッタ手に手を重ねて言った。 「私はもう死ぬつもりはないよ、無様でも、部下を裏切ってでも、私は生きてアルビオンの魂を伝えねばならない。でなければ、私は彼女に顔向けできないからね…アンリエッタ、君はどうなのだ?」 「わたくし…ですか?わたくしは…」 アンリエッタはルイズの姿を見た。 包帯だらけで、呼吸も消えてしまいそうなほど細い、このまま治癒を続けても無駄だと王家の侍医は言っていた。つまり絶望的な状態なのだ。 「わたくしは…」 言葉を続けることの出来ないアンリエッタの肩を抱き、ウェールズはアンリエッタを自分へと向き直らせた。 「私は仲間を見殺しにした罪悪感にさいなまれた、だが助けられた以上は生きた王族としての使命を果たさねばならぬ、 彼女を使わせたアンリエッタ、君も彼女を傷つけた罪悪感に苛まれるのであれば、なおさら彼女のためにも君は王女として威厳を示さねばならないだろう… でなければ、私は彼女の決意を、無碍にすることになると思う」 「ウェールズ様…」 アンリエッタが何か言いかけたとき、扉を軽く叩く音が聞こえた。 「姫殿下、マザリーニでございます」 「入りなさい」 マザリーニは部屋にはいると、アンリエッタに一礼した。 「殿下、どうか公務にも顔をお出し下さい、それと、もはやミス・ヴァリエールを治癒して七日が過ぎました、どうかお考えを…」 「…わかりました、すぐにそちらに戻ります、下がりなさい」 アンリエッタはルイズの顔を見る、ルイズは相変わらず死んだように眠っていた。 マザリーニの言った『お考えを』というのは、ルイズへの治癒を打ち切るという事だ。 アンリエッタは、心の中でルイズに謝った。 「ウェールズ様、ルイズに、最後に、治癒をかけてあげたいのです、どうか、一緒に…」 「喜んで」 そう言うと二人は息を合わせ、同時に呪文を唱え始めた。 水のトライアングルメイジと、風のトライアングルメイジが、二つの魔法を一つにするという強力な秘術、王家にしか伝わらないこの技術をヘキサゴンスペルという。 本来ならヘキサゴンスペルは攻撃に利用するのだが、今回は慣れない治癒の魔法を二人で唱えた。 奇跡を願って、最後の可能性にかけたのだ。 そのころルイズは、暗闇の中にいた。 暗闇の中で、ルイズは承太郎に詰め寄られていた。 ウェールズを連れて帰る決意は、アルビオン貴族派の矛先をトリスティンに向けさせるという大きな代償を払う事となる。 それを知っておきながら、なぜルイズがウェールズを助けようとしたのかを、問いつめていたのだ。 「…難しいから、何なのよ、これで戦争が始まっっても、私には責任なんか取りようがないわよ、でも、でも! あんなところで死んでいい人じゃないわ!」 ルイズの声が、漆黒の闇に響く。 『”覚悟”…いや、ワガママだな』 「何とでも言いなさいよ、それに、ウェールズ殿下が誇り高きアルビオンの魂を伝えたいと言うのなら、死ぬべきじゃないわ」 聴きようによっては、自暴自棄になった人間の台詞にも聞こえた。 『俺のいた世界には、”武士道”という本がある』 「ブシド-?」 『この世界風に言えば、貴族道とでも言ったところか…その本には、確かこんなことが書かれていた』 『武士道という花が散っても その香りは残り 人々の人生を豊かにし続けるだろう』 『ウェールズはその”残り香”になろうとした、それを邪魔するのは、ウェールズに対する冒涜じゃないのか』 「ち、違うわよ!」 『どう違う!』 「………わ、私は…私は!」 言葉を続けることが出来ず、ルイズは黙ってしまった。 『ルイズ、俺は”正しい答え”なんか期待しちゃいない、”お前の答え”が聴きたい』 しばらくルイズは黙っていたが、意を決して、口を開いた。 「アンの…アンリエッタの恋人を助けられないなんて、友達失格じゃない。私は王女から密命を受けたんじゃないわ、友達の頼みを聞いたのよ、だから、よけいなお節介をしたのよ!」 承太郎は笑みを浮かべた。 『やれやれ、やっと言ったか』 「へ?」 『貴族としてとか、貴族らしいとか、そんなのは言い訳に過ぎない、ルイズ、お前は『友達の頼みに応じた』それこそ命がけでな、それを覚悟して自覚しているのなら、俺が言うことも無い』 「フン!何よ分かったような口聞いて、使い魔のくせに…偉そうに…」 『俺はもうアドバイスできなくなる…だから、その覚悟だけは聞いておきたかった』 「………えっ?」 承太郎の背後からスタープラチナが現れる、すると、周囲の暗闇がはれ、足下にルイズが見えた。 すぐ傍らにはアンリエッタとウェールズが、二人で治癒の魔法を詠唱している。 「これ、私? え、私、どうなってるの?」 驚いているルイズを無視して、スタープラチナの手がルイズの頭に入り、そして、銀色の円盤をゆっくりと引き出し始めた。 「これ…貴方の、ディスクって奴よね」 『ああ』 「どうして取り出すの?」 『ワルドとの戦いで受けた傷は、俺が引き受けると言ったはずだ』 「でも、秘薬とか魔法で治せばいいじゃない」 『それは無理だな、幽霊のような状態で見ていたが、俺がいると魔法がかからないようだな』 話していくうちにも、円盤がゆっくりと引き出されていく、半分ほど姿を見せたところで、ビシッ、と音を立てて円盤にひびが入った。 『水の魔法でも、魂までは直せないようだ』 ビシビシと音を立てて円盤に日々が広がっていく、それと同時に、承太郎の姿にもヒビが入っていった。 「ちょっと!ねえ、やめてよ 郎!… ? あれ…?」 『これからお前は目が覚める、目が覚めたら俺のことは忘れてしまうだろう』 「待って!そんな、こんな急に、駄目よ!私はまだ、貴方が居ないと、戦えない!」 『俺はお前の記憶を操作した覚えはない、ただ、夢を見せただけだ。ルイズ、お前は俺の記憶を見ただけであれだけの『覚悟』を決めて、成長した、自分に自信を持て』 「イヤだ!忘れたくない!わすれたく…」 ルイズの魂が肉体に引き寄せられると、承太郎の姿はそれにあわせてゆっくり消えていく。 『………もし、娘に会ったら、その時は助けてやってくれ』 そうして、ルイズの意識は闇に落ちた。 「げほっ」 アンリエッタの目の前で、ルイズが咳き込む。 「ルイズ…!」 アンリエッタは詠唱を止めて、ルイズの顔をのぞき込んだ。 「げほっ…はぁ…あ、アンリエッタ姫さま…おはようございます」 「ルイズ…ルイズ!」 「ま、待ちたまえ!」 ルイズに飛びつこうとしたアンリエッタを、ウェールズは慌てて押さえた。 「ウェールズ殿下、私なら、大丈夫です、ほら」 そう言ってルイズが頭の包帯を取ると、顔や頬につけられていた傷は綺麗に治っているのが見えた。 それを見たウェールズはアンリエッタの肩から手を離した、アンリエッタはルイズに抱きつくと、まるで子供のように泣きじゃくった。 ルイズは、アンリエッタを抱きしめながら、何か大事な夢を見ていたはずだと考えたが、とりあえず今はアンリエッタに抱きしめ返すことが先だ。 外した包帯の中から、ヒビの入った円盤が、きらりと輝いた。 To Be Contined → 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2136.html
「…ルイズ」 アンリエッタが謁見の間で呟いたルイズの名は、誰にも聞かれることなく、虚空に消えていく。 玉座に座り、目を閉じて心を落ち着かせる……そんなアンリエッタを見たマザリーニは、いつになくアンリエッタが緊張しているのを見抜いていた。 百人以上入れそうな謁見の間は、見事に磨かれた石の床に、真っ赤な絨毯が敷かれている。 マザリーニはこれから来るであろう、ある人物の姿を絨毯の上に幻視した。 先代の陛下に跪き、陛下から直々にお言葉を賜っていたある人物は、トリステインの貴族達の間で知らぬ者は居ないと言われるほど誉れの高いメイジだった。 烈風カリンと呼ばれたその人物が、実はルイズの母カリーヌ・デジレだったと知られたのは、皮肉にもルイズの死を聞いたその日であった。 土くれのフーケを追って、フーケ共々魔法の失敗により爆死したと聞き、カリーヌ・デジレは唯一の目撃者ロングビルを直々に尋問したのだ。 カリーヌ・デジレは自身が隊長を務めていたマンティコア隊から、水系統に優れたメイジを一人借り受けて、魔法学院に赴いたらしい。 公式な記録には残されていないが、水系統のメイジを使って、ロングビルに洗いざらい吐かせたであろうことは想像に難くない。 誰よりも規律を重んじていた英雄が、規律を破ってまで娘の死の真実を知ろうとしたのだ。 その事実はオールド・オスマンからアンリエッタの耳にだけ届けられるよう、マザリーニが手を回した。 マザリーニは、その他の貴族に情報が漏れぬよう徹底させた。特にオールド・オスマンは烈風カリンがカリーヌ・デジレであるという噂を拡散させぬよう、ヴァリエール家の権力をちらつかせて『説得』したおかげで、魔法学院の外にその情報が漏れることは無かった。 噂の火消しに勤めたマザリーニだからこそ、ラグドリアン湖近くの国境警備隊から届けられた一通の手紙に驚いた。 この手紙を王宮に届けるよう指図したのは、カリーヌ・デジレだとしたら問題がある、いくらヴァリエール家が大貴族だとしても、国家の直轄である国境警備隊の竜騎兵を私用で使うなどあってはならない。 しかし、手紙にはマンティコア隊の紋章と、ヴァリエール家の家紋の両方が並び描かれていた、これは暗に『烈風カリン』からの手紙であると言っているようなもので、すぐさま手紙はアンリエッタの下に届けられた。 手紙の内容は、『水の精霊とルイズに関する重大な話をしたい』…という至極簡単なものだったが、アンリエッタとマザリーニの背筋を寒くさせるには十分なものだった。 「カリーヌ・デジレ様がお見えになりました」 魔法衛士がマザリーニの脇にそっと近づき、耳打ちする。 「急ぎ陛下の御前に」 「はっ」 マザリーニは答えると、魔法衛士はすぐに踵を返し、音もなく謁見の間を出て行った。 玉座から少し離れた位置で、マザリーニがアンリエッタの表情を伺うと、アンリエッタはこくりと頷いてまっすぐ扉を見据えた。 ほんの数秒にも、十分にも感じられる奇妙な緊張感の中、謁見の間の扉が静かに開かれた。 「……………」 アンリエッタの影武者がルイズだと知る二人、アンリエッタとマザリーニが謁見の間にいる頃、ルイズは鏡の前に立ち、自分の顔つきを入念に調べていた。 ほお骨やアゴの形を調整し、髪の毛を切って髪型を変え、アンリエッタと瓜二つの顔をしているが、どうしてもウェールズには気付かれてしまう。 体型の調節も完璧だ、スリーサイズだってアンリエッタと同じになっている、姉と同じで劣等感を感じていた胸の大きさも、今は自由に変えられる。 それなのに、ウェールズには気付かれてしまう。 なぜルイズとアンリエッタの区別が付くのか、そう質問してもウェールズは「何となく、かな」と、はにかみながら答えるばかりだった。 ルイズは「愛の力かしら?」と言ってからかうのだが、二人はそれを真に受けて、頬を赤く染めてしまう。 ツェルプストーとは違って、とても初々しい二人に、ルイズはほんの少しの嫉妬と、大きな癒しを感じていた。 ルイズは鏡に映るアンリエッタを見る、どこからどう見てもアンリエッタの姿、これがルイズだと解る人間は居ないはずだ。 例外があるとすれば水系統のメイジだろう、ルイズの身体を流れる『水』の流れはルイズだけのものだ。 ヴァリエール家の主治医が今のルイズを調べたら、その正体がルイズであると気付かれてしまうだろう。 だが、ウェールズは『風』『風』『風』のトライアングルだ、ルイズを一目で見破るほど水系統の力に優れているとは思えない。 冗談で言った「愛の力」だが、今のルイズにとって、それは冗談でも何でもない。 カリーヌ・デジレが火急の用で謁見を望んでいると聞いた時から、ルイズは母に見破られるのを恐れ、アンリエッタの居室に引きこもっていたのだ。 鏡の前で全裸になって、顔も、体つきも、髪の毛も、アンダーヘアも、すべてアンリエッタと同じ形になっているのを確かめていく。 それでもルイズは不安だった。 (お母様に会いたい…) (…でも、会ってどうするの?) (もう会わないと決めたのに、死を偽装してまで決別したのに、今更どうやって会おうと言うの?) (お姉様にも、お父様にも会いたい) (虚無の使い手だと言えば、それをアンが保証してくれれば、私は胸を張ってみんなに会いに行ける) (学院の皆を見返してやることもできる) (みんなが私を認めてくれる) (……吸血鬼で、なければ) 謁見の間では、アンリエッタを始め警護の任についている数名の魔法衛士までもが驚きに目を見開いていた。 カリーヌ・デジレがアンリエッタ女王陛下に献上したいと言って持ち込んできたのは、子供がすっぽりと収まるほどの革袋だった。 中には何か液体らしきものが入っているのか、重そうに揺れている。 それを運んできたのは、ついこの間シュヴァリエを賜った、シエスタとモンモランシーの二人。 革袋より一回り大きい水桶を用意させると、シエスタが水桶の上に革袋を乗せて、ゆっくりと革袋の口を開いていった。 「水の精霊から渡された、水の秘薬にございます」 カリーヌ・デジレの言葉に驚き、謁見の間は奇妙な沈黙に包まれた。 一番最初に気を取り直したのはマザリーニだった、背後に立つ魔法衛士に「…検査を」と一言呟くと、魔法衛士は水の秘薬に近づいてディティクト・マジックを唱えるなどして、本物であるかどうかを調査し始めた。 そして指先で直接水の秘薬に触れると、驚きのあまり手を震えさせて、後ずさった。 「確かに、確かにこれは水の秘薬でございます」 さすがの魔法衛士も驚きを隠しきれず、語尾が震えていた。 「このような大量の水の秘薬、目の当たりにしたことなどありませんわ、いえ、これからも目の当たりにすることができるか解りませんわ。いったいどうしてこのような量の秘薬を? 」 アンリエッタがそう質問すると、カリーヌは跪いたまま、静かに、しかしはっきりと聞こえることで呟いた。 「ルイズの姉に当たります、ヴァリエール家次女のカトレア、その病状改善のためにどうしても水の秘薬が必要だったのです」 「しかし、あの時はタルブ戦のすぐ後でしたわね…確か水の精霊を怒らせた者が居ると聞いて、ラグドリアン湖には不用意に近づかぬようおふれを出した覚えがありますが」 「はい、来るべき戦に備え、無用の混乱を避けようとする陛下のご深慮を、私はこの身勝手で蔑ろにしたも同然です。一縷の望みで、後ろに控える両名をラグドリアン湖まで連れて行ったのです」 「ミス・モンモランシーとミス・シエスタですね。顔をお上げなさい」 二人はおそるおそる顔を上げ、アンリエッタの顔を見た、その表情には怒りは見えなかったが、女王陛下という肩書きに、シエスタは無視できない畏怖を感じていた。 ぽつりと、マザリーニが呟く。 「あなた方は、ラグドリアン湖に近づくことで、水の精霊を刺激するとは思いませんでしたか」 「「…!」」 予想していた言葉だが、マザリーニの言葉には予想外の重みがあった、マザリーニの口調は静かなものだったが、そこに含まれる冷徹さが二人を貫いた。 「それについては私からの発言をお許し下さい」 「申しなさい。……面を上げて結構ですよ、カリーヌ・デジレ」 アンリエッタが発言を許すと、カリーヌは顔を上げ、まっすぐにアンリエッタを見据えた。 鋭い眼光を予想していたアンリエッタは、カリーヌの瞳からまるで慈しむような雰囲気を感じ、心の中で驚きの声を上げた。 カリーヌの瞳は、ゲルマニアに嫁ごうとする自分を案じてくれる、太后マリアンヌの瞳にそっくりだったのだ。 「カトレアの治癒に必要な水の秘薬を得るため、ミス・モンモランシーとミス・シエスタを連れて、独断でラグドリアン湖に赴きました私の、不徳の致すところでございます。 二人の協力の元、水の精霊はミス・モンモランシーと改めて盟約を結ぶことはできましたが、一歩間違えれば私は水の精霊とトリステインの間に修復不可能な亀裂を産むことになったでしょう」 「ミス・モンモランシー、新たに盟約を結んだとは…それは本当ですか?」 「はい」 「ならばそのときのことをお聞かせ願えるかしら」 「は、はい、光栄の至りですわ」 モンモランシーは緊張のあまり、声が少し上ずってしまった。 何とか緊張に耐えて、ラグドリアン湖で起こった出来事を話しだした…だが、タバサとキュルケの名前は口にはしなかった。 あくまでもモンモランシーの血と、シエスタの波紋の力で、水の精霊が自分たちを信用してくれたのだと話したのだ。 「なるほど…そのようなことがありましたのね。ではカリーヌ…いえ、トリステインの誉れたる『烈風カリン』に全幅の信頼を置き、この件は不問と致します。このように大量の水の秘薬、並びにトリステインとの信頼改善、よくぞやってくれました」 「勿体なきお言葉です」 「ミス・モンモランシー。ミス・シエスタ。お二人もまた大儀です。しばらく別室で休憩を取らせましょう…よろしいですね?」 「「はい」」 二人は、緊張のせいか、勢いよく返事をした。 王宮内、マザリーニの執務室。 ぎゅうぎゅうに押し込めば、大人が五十人は入れるであろうこの部屋に、今は四人の人間しかいない。 一人はこの部屋の主マザリーニ、もう一人は烈風カリン、そしてもう一人はアンリエッタ、最後にアンリエッタの警護を務めるアニエスであった。 アンリエッタはソファに座り、マザリーニはその斜め後ろに立っている、アニエスは扉の側で剣に手をかけてじっと黙っていた。 テーブルには紅茶も何も置かれていない、強いて言えば、対面に座るカリーヌ・デジレの姿が重厚な茶褐色のテーブルに映っているぐらいだろうか。 「…先ほどは話せなかったこと、ここでなら存分に語り合えますわ。あの手紙に書かれていたルイズに関することとは、いったい何なのですか?」 アンリエッタがそう口を開くと、カリーヌは静かに、しかし鋭い眼光でアンリエッタを見据えた。 「私の娘、ルイズが、生きているかもしれません」 「……ルイズが、生きている?」 アンリエッタは呆然とした様子を隠すことなく、呟いた。 「確証があった訳ではありません、ですが、許されるならばラグドリアン湖方面に捜索隊を派遣するつもりでした」 冷静なカリーヌの言葉に引き戻されたのか、アンリエッタは少し深く息を吸って、呼吸を整えた。 そもそもの始まりは、ラグドリアン湖に近いある貴族の別邸に、カリーヌが赴いたことにある。 ヴァリエール家とはとても比べられない小さな貴族だが、ラグドリアン湖近くに領地を構えるだけあって、この地に赴く水系統のメイジと積極的な交流をしている。 カトレアの治癒のため、その人脈から何人かのメイジを斡旋して貰ったこともあるのだ。 そのおかげでカトレアは今まで生きながらえてきた、カリーヌはその恩返しのため、時々その貴族が保有する騎士団に手ほどきをしていた。 タルブ戦が終わって間もない頃、ヴァリエール家は戦争に参加しないと決めていたので、いつものように騎士団に手ほどきをしていた。 帰り道、ガリアとの国境近くにある森林で、大きな火事が起こっていると聞いたカリーヌは、騎士団を引き連れて火事を鎮火する見本を見せようとしていた。 それはルイズ達がミノタウロスと戦った時に起こした火事であった。 カリーヌは『風』『風』『風』『風』のスクェアとしても規格外なその力で、火事の起こっている森林に巨大な渦巻き状の風を作り出した。 それはまるで、ろうそくの火を消すかのように、一瞬で燃えさかる木々を薙ぎ倒して炎を吹き消した。 呆気にとられる騎士団に指示を飛ばし、生存者の有無と原因の究明を徹底させる、これでカリーヌの仕事は終わるはずだった。 だが、カリーヌが従者として連れてきたメイジが、煤だらけになった男から、驚くべき証言を聞き出してしまった。 火事は、怪我を負い正気を失ったミノタウロスが、二人のメイジと戦った事で起こったと言う。 その上そのメイジは、ピンク色の頭髪を持ち、顔に大きな火傷のある女性で、しかももう一人のメイジらしき男から『ルイズ』と呼ばれていた……。 「火事の原因を目撃した男は、ミノタウロスに襲われる二人を目撃していたそうです。そのうち一人が顔に火傷を負った女性で…ルイズと呼ばれていたと証言しております」 「っ……ルイズが生きていると言うのですか?」 「あの爆発痕を見れば、生存が絶望的だとするのは当然です、しかし…しかし私には、ヴァリエール家はルイズを諦めることはできません」 「そうですか…。もしや、ラグドリアン湖に赴いたのは、ルイズを探すために?」 「…愚かな望みかもしれませんが、それを期待して居ないと言えば嘘になります。私は、烈風カリンでありつづけることはできませんでした、公私をはき違えた私は…私はただの愚かな母でしかありません」 マザリーニは、ううむと唸って、考え込んだ。 ルイズという少女は、ルイズが思っている以上に愛されている。魔法の才能など関係なく、いや、この様子では身を守る為に魔法を覚えさせようと、必要以上に厳しくルイズに接してきたのだと想像できる。 わざわざ手紙にマンティコア隊の刻印を用いてまで、謁見を望むなど、鋼鉄の規律とまで呼ばれた烈風カリンの伝説からは考えられない、公私混同を当然だと思う風潮はトリステインにも蔓延しているが、烈風カリンだけは違うという思いこみがあった。 だが、マザリーニは逆にそれを感心していた、カリーヌは公私混同を悔やみながらも、その手段に出た。 悔やんでいるという点が重要なのだ、悔やむことを止めてしまった人間は歯止めがきかない、歯止めがきかぬ欲で身を滅ぼしたリッシュモンという前例もある、 しかしカリーヌは失脚など恐れては居ない、罰を受けることも恐れては居ない、寂しく死んだ娘に会えるなら……と、淡い期待を抱いているに過ぎないのだ。 ちくり、と胸の奥が痛む気がした。 雲はいつの間にか太陽を遮り、窓から入り込む日差しがほんの少し柔らかくなった。 「これからもルイズを探すおつもりですか?」 マザリーニが呟く、カリーヌはそれを聞いて、こくりと頷いた。 「……ルイズのことは諦めたつもりでした。ですがミス・シエスタが魔法学院で、ルイズから貴族の振るまいをルイズから学んだと聞いた時、涙が溢れました。あの子は自慢の娘です。だから私は手段を問わず…ルイズを探し出したいのです」 「手段を問わず、とは?」 「ルイズが生きているのなら盗賊・土くれのフーケも生きているかもしれません。それを口実にヴァリエール家からメイジを各地に派遣します。ガリア・ゲルマニア・アルビオン・ロマリアにも派遣するつもりです」 マザリーニは表情には出さなかったものの、大胆なカリーヌの発言に唖然とした。 アンリエッタも同じ気持ちなのか、こちらは目を見開いて驚いている、心の中ではどうやってルイズを庇うのかを考えているに違いない。 アンリエッタはふと視線を逸らした、わざとらしく窓の外を見て、必死でルイズ達を庇う手段を考えた。 ふぅ…とため息をついてから、改めてカリーヌと向き合う。 「どのような形であれ、ルイズが生きているというのなら、友人として力を貸したいと思います…が」 アンリエッタが答えに窮していると、マザリーニが口を開いた。 「陛下、よろしいですか」 「申しなさい」 「フーケそのものではなく、フーケの足取りと、盗品売買の経路を探りましょう。土くれのフーケの件を今更掘り返すのは得策ではありません。フーケを名乗るニセモノも多数いると聞いておりますから、かえってそれらを調子づかせる事になります」 マザリーニの言葉を聞き、カリーヌが視線をマザリーニに移した。 「ヴァリエール家からメイジを派遣するにしても…ゲルマニア方面は避けた方が得策でしょうな。表向きはフーケの足取りを調査するということにすれば…」 マザリーニが言い終わると、アンリエッタはホッとした表情で、こう纏めた。 「では改めて…そうですわね。五日のうちに勅使をヴァリエール家に派遣し子細を纏めましょう。マザリーニ」 「はい、五日あれば人員の確保もできるでしょう」 マザリーニの言葉に、アンリエッタも満足げに頷いた。 アンリエッタはすっくと立ち上がると、カリーヌの前に手を差し出した。 カリーヌはその意図が分からなかったが、アンリエッタと同じように手を前に出すと、アンリエッタはその手を掴んで優しく包み込んだ。 「……烈風カリンといえば、私は子供の頃、まるでおとぎ話のように聞かされておりました。ですが今、母として私に相対した貴方は、やはり誰よりも優しく誇りに満ちていますわ…貴方がルイズの母で、良かったと、私は思います」 その言葉に、カリーヌは含みがあるのを感じていた。 ルイズが生きていると信じているような、淀みのないアンリエッタの態度。 それは王家の人間が備えている威厳なのだろうか、それともルイズの友達としてだろうか? それとも両方なのろうか? ここ数ヶ月間で、劇的に風格を備え始めているアンリエッタの姿に、カリーヌはどこか懐かしい貴族のにおいを感じていた。 夜。 既にカリーヌ・デジレはヴァリエール家に帰っている。 シエスタとモンモランシーも、今頃は久しぶりに魔法学院のベッドで寝ている頃だろう。 数日間間を置いて、改めてカトレアを治療するらしい。 アンリエッタの居室で過ごしていたルイズが、アンリエッタからそんな話を聞いていた。 窓際で椅子を並べて座り、とりとめのない話をする、アンリエッタにとってもルイズにとっても、心の安まるひとときだった。 ルイズは変装を解き、元の姿に戻っている、平民の着るような野暮ったい厚手のズボン姿が、アンリエッタとは対照的だが、月明かりに照らされた二人は、姉妹のようにも見えていた。 「ねえ、ルイズ。貴方のお母様ってとっても素晴らしい人ね」 「そうよ、だって、烈風カリンだもの、生きた伝説よ」 「違うわ、母としてよ。今でもまだルイズのことを諦めてないんですもの」 「まさかミノタウロスに襲われた時、あの男に名前を聞かれているとは思わなかったわ…失敗したわね」 「失敗だとは思わないわ。だって、貴方がどれだけ家族から想われているのか解ったんですもの」 「………私、ゼロよ? 魔法の才能ゼロってずっと言われてきたのに、今更私のことを探してるなんて言われても…駄目よ、実感がわかないわ」 「ねえ、ルイズ。貴方のおかげでウェールズ様と会うこともできたし、トリステインだって貴方のおかげで助かったのよ。今度は貴方が幸せになるべきよ」 「やめてよ、アン…私に釣り合う男なんて居るわけ無いじゃない。いつか、いつか寿命が来るのよ」 「まあ! 私、殿方のことだとは言ってないわよ、やっぱりルイズにも自覚はあるのね」 「………」 「ごめんなさい、冗談よ、でも、ルイズに幸せになって欲しいのは…本当よ」 「気が向いたら考えるわよ。そろそろ行くわね。今度会う時は…そうね、クロムウェルの首をお土産にするわ」 「……無茶、しないで」 「うん、わかってるわ」 王宮から少し離れた場所に、トリステインで最も大きな練兵場がある。 そこでは、人間を軽く五人は乗せられる成体の火竜が一頭、たたずんでいた。 その傍らで手綱を握るワルドは、練兵場の塀を跳び越えて入ってきたルイズを見ると、既に火竜の背に乗っているマチルダの前に飛び乗った。 のしのしと火竜が歩き、ルイズの元へと移動する。 「ルイズ」 ワルドがそう言って手をさしのべると、火竜はそれに会わせて身体をかがめた。 さしのべられた手を握り、ルイズが火竜の背に乗ると、火竜は大きな翼を広げて力強く空気をかき分けた。 ふわりと上昇する火竜の背から、少しずつ遠ざかるトリスタニアの風景、灯の点る窓の明かりを見て、ルイズはそこに人間の息吹を感じた。 思い出すのは、アルビオンのサウスゴータ。アンドバリの指輪により自我を奪われ、奴隷となった人間の住んでいた町。 トリステインを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。 ルイズは月を見上げた。 「ねえ、フーケの足取りを調べるんだって?」 不意に、後ろから声がかかった。 ルイズはワルドに抱きかかえられるようにして火竜に乗っているので、最後尾に座るマチルダの顔はよく見えない。 「ヴァリエール家からも派遣するそうよ、本音は私の捜索、フーケの足取りは建前らしいわね」 「愛されてるねえ」 「やめてよ、愛されていると言えば聞こえは良いけど、ちょっとタイミングが悪いわよ」 「いいじゃないか、あたしなんて怖い人しか探してくれないんだ、家族に探して貰えるなんて、羨ましいよ」 「あら、私を探そうとしているのは、ハルケギニアで一番怖いメイジよ…そう、一番ね」 アルビオンには、驚くほどすんなりと到着することができた。 ワルドとマチルダが交代でレビテーションやフライを唱え、火竜の負担を最小限に抑えたため、二度目の日の出を見る頃にはアルビオンが見えていたのだ。 心配されていた竜騎兵による哨戒だが、それもルイズが『イリュージョン』を使えば誤魔化すことができる。 そもそも現在のアルビオンは、タルブ戦で多くの竜騎兵を失っており、以前と比べてその防御網も穴だらけと言っていい。 アルビオンに到着したルイズ達は、森林地帯から潜入し、ウェストウッド村へと進むことにした。 アルビオンから降り注ぐ川の水が雲になり、ルイズ達の姿を隠してくれたが、火竜はそれを嫌がったのかあまり乗り気ではなかった。 途中、ルイズが『イリュージョン』を用いて森を作り出し、火竜をその中に隠してアルビオンに着陸した。 マチルダの案内で、三人はウェストウッド村に徒歩で移動していた、鬱蒼と茂る森の中は薄暗く、トリステインと比べて背も高い気がした。 『なあ嬢ちゃん、そっちの男にもあの娘を見せちまうのかい?』 ルイズは、背中の剣から声をかけられて、少しだけ考えた後ワルドに向き直った。 「ええ。…そういえばワルドは、会うのは初めてよね」 「ティファニアという女性のことか? ウェールズ皇太子からハーフエルフだと聞いているが…正直なところ、不安はあるな」 『不安になることなんかねえよなあ』 デルフリンガーの軽口にマチルダが答える。 「まったくだね。裏で何やってたのか知らないけど、そっちの子爵サマの方がよっぽど怖いさ。正直言って、エルフが怖いだなんて思われてるのは信じられないね」 「そうなのか?まあ、僕は軍人だからな、エルフといえば戦力として驚異だとしか教えられていない」 ルイズは歩きながら、アゴに手を当てて考え込んだ。 「……確かにあれは驚異ね」 『ありゃ確かに胸囲だなあ』 ウェストウッド村に到着したのは、日が沈みかけた頃だった。 途中、疲れたと愚痴を漏らすマチルダをルイズが背負うなどのハプニングはあったが、特に問題もなく到着することができた。 「マチルダ姉さん!」 マチルダの姿を見て走り寄ってきたのは、ティファニアであった、フードを被り耳を隠してはいるが、その驚異的な身体的特徴は服の上からでも十分に確認することができる。 「みんな無事だったかい? アルビオンがひどいことになっているって、トリステインで噂になっててさ、ここまで来る間気が気じゃなかったよ」 「大丈夫、みなさんのおかげで何とか無事に暮らしていられるわ。でも、今いろんな村で人が駆り出されてるって噂になってるとか…あ、石仮面さん!」 「お久しぶり、ティファニア。元気だった?」 「はい、おかげさまで…あれ? 石仮面さん…ですよね?」 ティファニアは、ルイズの姿をまじまじと見た、茶色く染められた上着に、ズボン姿のルイズは、以前見た時と比べて背が低いように思えたのだ。 「?」 「身長ぐらい増えたり減ったりするわよ、気にしない気にしない」 誤魔化すようにルイズが呟くと、背後からデルフリンガーが呆れたような声を出した。 『そりゃー無理があるぜ』 「うるさい」 無慈悲にもルイズは、デルフリンガーを鞘ごと投げ捨てた。 ワルドはとりあえずデルフリンガーを拾うと、ベルトを肩にかけた。 ティファニアはワルドの姿を見ると、ルイズの袖を軽く引っ張って、小声で呟いた。 「こちらの人は?」 「紹介するわ、彼はワルド。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドよ」 「はじめましてお嬢さん。僕は彼女の…石仮面の部下を務めている。以後お見知りおきを」 「はい、よろしくお願いします」 ティファニアは両手を腰の前で重ねて、お辞儀をした。 その仕草でたわわに実った果実が腕に圧迫され、驚異的な柔らかさを見せつけた。 「ルイズの言うとおり、確かにこれは胸囲だ」 『やっぱ驚異だろ?』 ワルドの側頭部にルイズの蹴りが炸裂するのは、この一瞬後である。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/369.html
ルイズ、タバサ、モンモランシー、ギーシュ。 この四名は学院長室で『土くれのフーケ襲撃事件』について、事細かに質問された。 暗くじめじめとした場所で涼んでいたカエル、モンモランシーの使い魔ロビンが、不審な人物を発見したのが事件の切っ掛けだった。 主人に異変を知らせたロビンは主人の到着を待ったが、ここで困ったことが起きた。 使い魔は主人の目となり耳となる。しかし、それはメイジが実力で使い魔を従えている場合と、メイジと使い魔がお互いを信頼している場合である。 使い魔品評会の日、モンモランシーは気が気ではなかった。 香水のモンモランシーの名の通り、彼女は水系統のマジックアイテムを調合する技術に優れたメイジだが、使い魔にさせる芸はとんと思いつかない。 ロビンが異変を伝えたのは、使い魔品評会が始まって間もない時だった。 使い魔のロビンが姿を見せないので、不機嫌だったモンモランシーには「ロビンが何かを伝えようとしている」程度にしか分からなかったのだ。 急いで宝物庫周辺にいるロビンを探しに行ったが、そこに居たのはフードを被った怪しい男。 モンモランシーはロビンを探していたので、不審な男に気づきはしたが気には止めなかった。 だが、男は、自分が盗賊であると気付かれた、と思いこみ、モンモランシーを拘束したのだ。 男は小型のゴーレムでモンモランシーを殴って気絶させ、手足を錬金した鉛で拘束した。いざという時の人質になると考え、ゴーレムでモンモランシーを運ぼうとしたときに、モンモランシーを追ってきたギーシュに発見されたのだ。 ギーシュは焦っていた。 何せ下級生女子のメイジに声を掛けられ、少し話し込んでいただけなのに、偶然横を通りかかったモンモランシーが血相を変えてで走り去って行ったからだ。 モンモランシーは使い魔のロビンを探しに行っただけだが、ギーシュは『また嫌われた』と思いこみ、慌ててモンモランシーを追いかけた。 そして、後はルイズの知るとおりである。 大怪我した者もおらず、一件落着かと思われたが、オールド・オスマンは神妙な面持ちを崩さなかった。 「だいたいの事情はわかった。しかし災難じゃったのう」 「いえ、このギーシュ・ド・グラモン、薔薇の刺が花を守るように、当然のことをしたまでです」 キザったらしい態度を、隣に立つモンモランシーに見せつけつつ、ギーシュが答える。 「………」 隣に立つモンモランシーは赤面し、目をウルウルさせている。キザったらしい態度は逆効果な気がしたが、どうやらモンモランシーにはストライクだったらしい。 ルイズはモンモランシーの隣で、心底嫌そうな表情をした。 オスマン氏は、ほっほっほと笑い、話を続けた。 「ミス・ヴァリエール、そしてミス・タバサ、君たちもご苦労じゃった。 危険を顧みずに立ち向かう行為は、誇り高い行為と言えるじゃろう。 しかし、貴族は魔法で領民を守るだけでなく、領地を治めることも意識せねばならん。 死を覚悟するのはかまわんが、無謀と勇気をはき違え、領民を混乱させるようなことがあってはならんのじゃぞ」 「「「「はい」」」」 四人は同時に答えた。 「さて、もう一つ、土くれのフーケが処刑されたという話じゃが…あれは偽物じゃ」 モンモランシーは驚いたが、他三人は特に驚きもしなかった。 土くれのフーケ操る巨大ゴーレムを破壊したのは、他ならぬ”本物の”土くれのフーケだ。 土くれのフーケは有名になりすぎ、既に二名の偽物が逮捕されている。 オスマン氏の話によると、今回の事件で逮捕された男は『鉛のゴーゾ』という男らしい。 その男が『土くれのフーケ』という名前を使い、一連の盗難事件を起こしたとして、処刑されたというのだ。 偽物を本物として処刑する。何かの作戦なのか、貴族達の面子からなのか、おそらく両方の思惑が絡んでいるのだろう。 不意に、オスマン氏が杖を振った。 バタン!と扉が開かれ、聞き耳を立てていたキュルケが、ごろんと転がり込んできた。 「ミス・ツェルプストー、盗み聞きはいかんぞ」 オスマン氏は呆れたように言った。 キュルケはばつが悪そうにしていたが、開き直って、オスマン氏に詰め寄る。 「このまま本物の土くれのフーケを放っておいて良いとは思えませんわ」 「…ほう?この部屋はサイレントの魔法で包まれておる。ミス・ツェルプストーはそれを打ち消せると言うのかね?」 オスマン氏の疑問に答えるかのように、タバサが「私がもう一体のゴーレムの話をしました」と言った。 オスマン氏は「なるほど」と言って頷くと、ここに集まった五人意外には口外無用だと伝えた。 「それにしても喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったものじゃのう。持つべき者は親友じゃわい」 そう言ってルイズとキュルケを見比べるオールド・オスマン、それに気付いた二人が 「誰がこんな奴と!」「誰がこんな奴に!」 と同時に叫んだ。 その様子を見たモンモランシーとタバサが「仲が良いじゃない」「類は友を呼ぶ」などと言って、 ゼロ(爆発)vs微熱の、学院史に残る戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。 オスマン氏が「うまく誤魔化せた」とほくそ笑んでいたのは秘密だ。 かくして、土くれのフーケ事件も終え、一応の平穏が戻ったトリスティン魔法学院だが。 とても『魔法』学院とは思えないような奇妙な噂に、教師は頭を抱えていた。 幽霊騒ぎである。 事の起こりはこうだ。ある日の夜、お手洗いに行こうとした女生徒が、廊下を歩く幽霊を見たのだ。 最初は誰も相手にしなかったが、目撃者が増えるにつれ、その噂は信憑性を増していった。 もう一つは、謎の『小物紛失事件』である。 夜眠っている間に、部屋にある道具が移動している。 最初は使い魔の悪戯かと思われていたが、 魔法も唱えていないのに宙に小物が動いたとか。 魔法の気配もないのに扉が開いたとか。 誰もいないはずの廊下で何かにぶつかったとか。 そんな体験談を話す生徒が増え、ついに幽霊退治の話が持ち上がった。 「で、何で私が手伝わなきゃいけないのよ」 ルイズの部屋には二人の客が居た、キュルケとタバサである。 「得体の知れない相手には得体の知れない魔法が聞くかもしれないじゃない」 「な、何よその言いぐさはぁ!」 タバサは喧嘩の始まりそうな二人を制止してから、ルイズに頼んだ。 「貴方の力を借りたい」 タバサの言い分ではこうだ。キュルケのファイヤーボールは相手に向かって飛んでいく。自分の風の魔法は小型の竜巻も起こせるが、発生の予兆を関知されるおそれがある。 それに比べてルイズの魔法は、杖を持って呪文を唱えるだけで、突然爆発する。 爆発の予兆は他の魔法に比べて判別しづらい…らしい。 「それにこの子、幽霊とか苦手なのよ」 キュルケが言うと、普段感情を見せないタバサにしては珍しく、キュルケを恨めしそうに見つめた。 黙っていて欲しかったらしい。 ルイズにしても幽霊には良い思い出はない。 アンリエッタ姫と遊んでいた頃、姫を驚かそうとシーツを被り、幽霊のフリをしたことがある、 困ったことに姫も同じ事を考えており、シーツを被った二人は廊下で鉢合わせして、仲良く気絶してしまったのだ。 そんな負い目もあるので、ルイズは幽霊退治を引き受けることにした。 「で、どうするのよ」 ルイズが質問すると、体より大きい杖をカツッと地面に突き立て、タバサが答えた。 「三人で行動、幽霊を発見したら全力で殲滅」 「ちょ、ちょっと…」 さすがのキュルケも焦る。こんな過激なことを言うとは思わなかったからだ。 それにタバサの実力もある程度は知っている。覚悟を決めたタバサと、ルイズが全力を出したら、建物が半壊、いや全壊してしまうのではないかと危惧した。 「そ、その前に、本当にそれが幽霊なのか確かめてからにしなさいよ」 ルイズも冷や汗をかきながら提案する。それぐらいタバサの覚悟には迫力があった。 タバサはしばらく考えてから、渋々頷いた。 そんなわけで、その日の夜から、ルイズ・タバサ・キュルケによる見回りが始まった。 タバサは風の魔法で周囲を探知、キュルケは日の魔法で暗がりを照らし、ルイズはその後をついていくだけだった。 見回りの最中、半裸の女生徒と男子生徒、頬を染めて抱き合う女子生徒二人、頬を染めて抱き合う男(略等々、余計な者を発見してしまうことも多かった。 ただ、見回りが功を奏したのか、見回りを始めてから幽霊を目撃したという話は出なかった。 一週間目のことだ。ルイズは半ば呆れていたが、キュルケとタバサは至って真面目に幽霊を探していた。 タバサは幽霊が苦手なだけでなく、幽霊を見たと言っていたので、意地になるのは分かる。 しかしキュルケが毎晩タバサと行動を共にするのを見て、少しばかり羨ましく感じていたのも事実なのだ。 呆れながらも行動を共にしてくれるルイズに、言葉にはしなかったものの、キュルケとタバサは感謝していた。 「ふわ……」 最後尾で欠伸したルイズに、キュルケが気づき、今日は終わりにしようと提案した。 タバサは無言で頷くと、部屋に戻るための最短距離を選び、歩いていった。 ルイズは廊下から外を見た。空には月が二つ浮かんでいる。 月を見ると思い出す。加速した世界の中で闘っている自分…いや、自分ではない誰かを。 不意に、頭を真っ二つに切り裂かれる瞬間が思い浮かぶ。 その時は、自分の精神エネルギーも一緒に切り裂かれていたはずだ。 真っ二つに切り裂かれたそのエネルギーの名前は、確か『スタープラチナ』 ギーシュとモンモランシーが潰されそうになった時、不意に叫んだ名前と一緒だ。 ルイズは背筋が寒くなり、歩みを止めた。 「ルイズ?」 ルイズが歩みを止めたのに気付き、キュルケが後ろを振り向く。 タバサもそれにつられて振り向いた。 「…あ、何でもない。ちょっと考え事してただけよ」 そう言ってキュルケとタバサに近づこうとしたが、どうも二人の様子がおかしい。 キュルケは褐色の肌が黒く見えるほど顔を青ざめ、 タバサは白い肌が真っ白になるほど呆然としている。 そして、二人とも、ルイズではなく…ルイズの後ろを見ていた。 ルイズが後ろを振り向いてカンテラを掲げると… 顔を真っ二つに切り裂かれた大男が ルイズの持ったカンテラに照らされて 半透明でぼやけた姿を漂わせていた ドカン! 突然の爆音と共に、使用人部屋の扉が吹き飛ばされ、シエスタは飛び起きた。 それと同時にシエスタの体に、何かがぶつかってきた。 「 ! ? !!!! ??? !?」 突然体を拘束されてパニックに陥りそうになるたシエスタだが、 月明かりによって、ルイズと他二人の貴族に抱きつかれているとすぐに気が付いた。 ガクガク、ブルブルと震えてた三人に抱きつかれたまま、シエスタは朝を迎えることになる。 翌日 厨房付きのメイド、シエスタは ルイズ・タバサ・キュルケ三人の貴族の極秘命令により 三人の下着を洗濯することになったとか。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1282.html
彼の名は色丞狂介、ごく普通の刑事です。 彼はごく普通のM属性な刑事を父に持ち、 ごく普通のS属性なSM女王様を母に持ち、 ごく普通に変態的な血を受け継ぎ、 ごく普通に女性物のパンティを被って変態し、 ごく普通に悪人を男性物のパンツの中に放り込んでお仕置きしていました。 でも、彼は、変態仮面だったのです。 『でも』の接続詞の意味がまったくありません。 しばらく天井で回りながら歌っているとルイズが悶絶するように就寝しました。 変態秘奥義の威力はすさまじいのです。 ちなみに今の技はベビーベットと、赤ちゃんの上に吊るして回転させて楽しませるおもちゃにヒントを得て繰り出された技でした。 変態仮面はソレを見届けると、魔法学園の治安を守るために夜の寮内をパトロールに出かけましたのでした。 そう、彼は変態仮面に変態すると、大抵はそのままパトロールに出かけてしまうのです。 どう見てもあなたが一番の不審者です本当にありがとうございました。 さて、そんな風に変態仮面がブラブラと歩いていると、当然ソレを目撃してしまう困ったちゃんが出てきます。 ちなみにここは女子寮ですから。 ◆ ◆ ◆ みんなのロリッ娘タバサは、今、非常に緊急を要する事態に陥っていた。 こんなことになるならイーヴァルディの勇者~鬼隠し編~など読まなければ良かった。 無料配布でラッキーと思っていたが、こんなにコワイコワーイお話とは思わなかった。 ぷにぷにとかわいらしい絵柄に騙された。 序盤の穏やかな雰囲気に騙された。 でも良く考えてみればヒロインが血まみれのナタを持ってる時点で怪しいと思うべきだった。 だが、もう限界だ。このままトイレに行かずに朝を迎えることは出来そうにない。 急がなければ恐るべき事態を引き起こすことになる。 ぺたぺたぺたぺた ぺたぺたぺたぺた、ぺた 今、足音が、一つ多かったような……? ぺたぺたぺたぺた ぺたぺたぺたぺた、ぺたぺた な、なにかいる!? いや気のせい気のせい ぺたぺたぺたぺた ぺたぺたぺたぺた、ジャキィーンシュバッ!フォォォォ! 何かがいるなんてモンじゃない!? 得体が知れないものがいる!! とりあえず私は視界の隅に移る雄たけぶ影に対して不意打ちでエアハンマーを撃ち込んだ。 が、ダメ!その奇怪な人影は仰向けになり倒れこむようにして空気のかたまりを避けると、 ビシッ カランッ 「あ」 後ろから伸びてきたムチのようなものに絡めとられ杖を落としてしまった。 どうやら私の死角を縫うようにしてムチを伸ばし杖を弾き飛ばしたようだ。 変態的に仰向けに回避したのはムチを操る手を見せないためか!? と、私は動揺していた。後日、彼は何をするにも変態的な人だと気づくのに1年近い時間を要した。 なんという強敵!なんという戦闘経験!!! こうなったらシルフィードを呼…… と、思ったところでまたも機先を制された。 「お嬢さん、落としましたよ」 ぬ、とパンツを頭にかぶった猛禽のような目をした男が杖を差し出していた。 しかもなぜかちまきパンツ一丁で、網タイツまで常備していた。 私はあまりの恐怖のあまり声もあげられませんでした。ついでにリミット突破 「む、トイレに行くところだったのか、驚かせて失礼した」 思わぬ反応とアクシンデンツ、それに小さい少女だったことで変態は変態なりに少し気まずそうだった。私の方が気まずいに決まっている。 ◆ ◆ ◆ 「これはベビーパウダーだ。つけるとかぶれずにすむ。 こっちは替えのパンツだ。おわびとしてプレゼントしよう。 いや、正直驚かせてすまなかった。ここは私が誰にも見つからないうちに掃除しておく」 などと言いながら股間のパンツの中から、缶やらパンツやら雑巾やらを取り出していきました。 ロープやムチやロウソクや手錠をうっかり出して仕舞い込んでいたりもしました。 さっさかさっとてきぱきと床をぬぐっていくパンツ男をタバサは魂を半ばまで抜けさせながら見つめていました。 股間からナニを取り出しているの、とかあなたは誰とか、こんなときどんな顔したらいいのかわからないとか、何一つ気の利いたツッコミを入れることができませんでした。 いや、人に出くわしたので気配を消して隠れたら、感づかれてしまったのでつい興が乗ってポージングして雄たけびを上げるもんじゃないな、とか変態仮面は思ってました。 「では、この下着は私が責任を持って洗濯しておこう。さらばだ!」 そういうとパンツ男は一礼してシュッとそのまま窓から飛び出して去っていきました。ちなみにここは4階です。 夢か幻か。 しかし夢でないことはちょっとスースーすることと、いつのまにか湿気ッたパンツを持っていかれたこと、手に渡されたちょっとぬくもってるパンツが教えてくれました。嫌な教え方です。 とりあえず記憶にロックで鍵をかけて布団を被って寝る事にしました。 誰かが仰天してあげる叫び声の合唱も、ベッドの下にいるような気がする誰かも無視して寝ました。 ギーシュ・ド・グラモンは愛しのモンモランシーとの逢引を終え、人目を忍んで男子寮に戻る途中でした。 すると、洗い場の噴水の方で、男が一人パンツを洗っているのを見つけました。 ギーシュの立ち位置は真横からだったのでほとんど裸(ら)に見えて、すわ変態かと驚きました。 どうやら下着を引き伸ばして肩のところで止め、頭からは女のパンツを被っているという独特のファッションセンスをしている男のようでした。 なんだ、全裸の変態じゃないんだ、とギーシュは胸をなでおろし構えていた杖を下ろしました。 モグラを世界一美しい使い魔と自称するギーシュ・ド・グラモン。 彼にとって全裸はエラーですが、パンツ男はセーフラインだったようです。 彼は聞きました。失礼。あなたはどうしてパンツを肩の所でクロスして履いているのですか? すると変態仮面は答えました。身が引き締まるからだ。 彼は悟りました。なるほど、僕も今夜からはそうしよう。そして引き締まった薔薇になろう。と 変態仮面は驚かれなかったことに対して少しさびしそうでした。 ただただ、双つの月が生暖かく見つめていました。それ以外にどうしろというのでしょうか。 さて、変態仮面はパンツを洗い終えると変態的に大回転し、パンツの水気を切ると物干し竿に干しました。 「それにしても月が二つか…… 本当に異世界なのだな」 普通の使い魔なら、ここでなんとか元の世界に戻らねばとか置いて来た家族のことを思って月に誓ったり誓わなかったりするのですが、どっこいコイツは変態仮面。 そんな普通の感性は先ほど服と理性と共にルイズの部屋に置いてきてました。 今、ここにいるのは一匹の変態仮面、往年のジャンプ漫画にその名と姿を轟かせた正義のヒーローなのです。 そんな風に夜空を眺めていると、女子寮の2階の窓から忍び込もうとしている影があることに気づきました。 「む!?痴漢か!」 変態仮面はさっそく気配を消し、音もなく壁に張り付き、レンガのわずかな凹凸を手がかりにしてスルスルと登っていきました。 痴漢の鏡のような男です。 どうやらこのままこっそり忍び寄り、タイミングを見計らって股間を掴ませる→おいなりさんコンボを目論んでいるようです。 しかし、窓の外で出待ちをしていると、どうやら痴漢とかではないことがわかりました。 話を聞いていると、どうも夜の逢引をしていたのだけどトリプルブッキングしてしまったらしい。 女一人と男3人で言い争っています。 「ペリッソンあなたは2時間後に」 「マニカンあなたは4時間後に」 「ギムリ今はアナタのターン」 「なんてこったまるでシフト表みたいな扱いじゃないか」 「それじゃあ僕たちは収まりがつかないよ!!」 「そう思うだろ!あんたも!!」 「そうだな」 いつの間にやらもう1人増えてましたが。 「「「「ウワアァァァアァァァァァァ!!!」」」」 いつの間にか窓の外にパンツ男が!パンツ一丁でしかもパンツまで被ってやる気満々のようです。 それにしてもこの変態仮面ノリノリである。 一体どういう魂胆か、ちまき状の股間を強調するような姿勢で、つまりは股間から部屋に入ってきました。 視覚的にキツイです。 「それにしても、痴漢と思いきや不純異性交遊の真っ最中であったとは。 異世界の性は乱れているな」 よりにもよって変態仮面に乱れてる呼ばわりをされたキュルケは涙目です。 「不純異性交遊は計画的にしたまえ。 さもなくば出来ちゃった婚になり、ブルマを選ぶつもりがうっかりチチを選ぶことになるぞ。 さらば!!」 そう忠告すると彼は窓から飛び出し、ヤモリのように外壁をシャッカシャッカと登っていきました。 そのままポカ~~ンとあっけにとられて見上げてると、見上げたせいでまるだしのケツが見えました最低です。 当然のことながらムードも空気もぶち壊しで、その場はソレでお開きになりました。 学園内を壮絶に引っ掻き回した挙句、変態仮面は女子寮の屋根にまでたどり着きました。 「なるほど……これでこの学園の大まかな地理は把握できた」 女子寮の屋根の上で腕組みをして仁王立ち、標準的なヒーローの立ちポーズです。変態仮面でさえなければ。 「む!悪の気配っ!!とうっ」 変態仮面はその身体に流れる刑事の血のおかげで悪の気配に敏感なのです。 この特技を利用してさまざまな悪人---軽犯罪者から重犯罪者まで---をお仕置きしまくっていました。 謎の正義の味方、変態仮面として恐れられていたのは皆さんご存知のとおり。 股間からもぞもぞとロープを取り出し、向こう側の塔の窓の所のでっぱりに投げつけて引っ掛けます。 「変体秘奥義!地獄のタイトロープ!!」 そしてそのままの勢いでロープをまたぐとそのまま股間でロープを滑って去っていきました。 身体をピシッと気をつけのポーズの状態で。もちろんパンツはピチピチで。 スパイダーマンもビックリして手を滑らせかねないほどの変態的移動方法です。 「オールド・オスマン、これで今日召喚された使い魔の書類は全部です」 「ご苦労、ミス・ロングビル」 「あと、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔の平民ですが・・・ ミスタ・コルベールはルーンの写しを持ったまま書庫に駆け込んだまま出てきません」 「コルベールがのう・・・まああやつが知的好奇心に負けるのはいつものことじゃわい。 使い魔の平民の調査は任せておけばいいじゃろ」 「わかりました。夜食の届けついでに調査状況を聞いておきます」 「なんと!コルベールはロングビルの夜食が食えるんかいの!」 「いえ、厨房で夕食の残りを包んでもらったものです」 ミス・ロングビルもといフーケは露骨にコルベール先生の好感度を稼ごうとしています。 それもそのはず、そうして仲良くなっておけば、宝物庫の情報を聞き出しやすかろうという魂胆です。 正直このセクハラ爺よりは騙しやすそうで口も軽そうですからペラペラと喋ってくれるでしょう。 「ところでオールド・オスマン」 「業務連絡の間中、私のお尻を触っているのはどういう了見でしょうか・・・!」 「いいではないかっいいではないかっ!」 「ちょ!やめてください!!」 「我触る、故に尻有りじゃ」 バシンッ! 「最低っ!!」 「ホッホッホッ眼福眼福。 お尻を撫でれておまけに平手打ちもしてくれるとは!一粒で二度オイシイわい。 これだからこの年になってもセクハラはやめられん」 そんな少しアブノーマルなことをつぶやきつつ、ほっぺたに赤いもみじをつけながら先ほどの感触を反芻していました。 立派なダメ老人です。 「それにしてもええ感触じゃった。この手はまミス・ロングビルの乳を触るまでは洗うまい」 さらに犯罪的で少し不潔なことを呟いています。 この学園の風紀はいったいどうなっているのでしょうか!? ヒュゥゥゥ 風に吹かれてロングビルが持ってきた書類が飛んでいきました。 いつのまにか窓が開いていたようです。 「その感触というのはこんな感じか?」 「そうそう、こんな感じの手触りで、 柔らかくてむちっとしててそしてほんのりあったかく・・・て・・・・・?」 そこにいたのは 女物の下着を被り!網タイツを履き!皮手袋を身につけ! 筋肉ムキムキで変態的にポージングしている肩クロスブリーフ一丁の男が!! そして今現在オスマンが触っているむちっとしているモ…ノ……は………… 「 そ れ は 貴 様 の 秘 書 で は な い 。 私 の 秘 所 だ ! ! ! ! 」 「グッ!!ワァァァァァァァ!!!!!」 深夜のトリステイン学園にオスマン学園長のしわがれた悲鳴が響きました。 その声は噴死寸前の大魔王によく似ていたといい伝えられています。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1758.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 今日は虚無の曜日。 ルイズは今日という日を待っていた。 どうしてもやりたいことがあるのだ。 朝の魔法の練習はいつもより気合いを入れる。 今日のためにはその方がいいからだ。 それが終わったら学院に戻って朝食を摂る。 少し少なめにしておいた。 特にデザートは絶対に摂らないようにしておく。 食事を終えて外に出たルイズは念話でユーノを呼ぶ。 (ユーノ。今日は出かけるわよ) (え?授業は?) (今日は虚無の曜日。だから授業はおやすみなのよ) (わかったよ。すぐ行く) 念話を切って早足で歩き出す。 部屋に戻って準備をしないといけない。 はやる心は抑えきれず、すたかーんすたかーんとスキップをしていた。 すぐ行く、とは言ったもののユーノが合流したのはルイズが準備をすませて寮から出た後だった。 こう言うときには念話は役にたつ。 待ち合わせ場所でずーっと待っておかなくてもいいからだ。 「遅かったわね。なにしてたのよ」 「ごめん。ちょっと、捕まってて……」 「だれによ」 「誰の使い魔かはわからないけど、竜に捕まってたんだ」 今この学院で竜を使い魔にしているメイジは1人しかいない。 同級生のタバサだ。 「だったら誰かに喋ってるところを見つかったりして捕まってたわけじゃないのね」 「うん、それは大丈夫。人と話してないから」 肩に駆け上がるユーノをなでて、ルイズは馬小屋に向かった。 昼前に目を冷ましたキュルケはむっくり体を起こした。 床に放りっぱなしの服と下着を部屋の隅に寄せて、タンスとクローゼットから新しい服と下着を取り出す。 服を着たら鏡に向かって化粧をしながらまだ寝ぼけている頭で考える。 今日は虚無の曜日。 授業はない。 「何をしましょうか」 閃いた。 まずは朝一番──すでに昼前ではあるが──にしなければならないことがある。 思い立ったらすぐに行動。 枕元に置いてある杖を取って部屋を出る。 目指すのはルイズの部屋。 これから奇襲をかけるのだ。 なぜそんなことをするのかというと、 虚無の曜日の前日の夜ならルイズはあの男の子を部屋に連れ込んでいるに違いない!! 自分もそうしてたから可能性は高い。 などと、キュルケは考えていたからだ。 そうしているうちにルイズの部屋の前に着く。 ノックはしない。 そんなことをしたら奇襲にならない。 さらにいきなりアンロック。 校則違反だが気にしない。 ルイズの男の正体を暴く重大性に比べれば遙かに些細なことだ。 だがルイズの部屋には誰もいなかった。 ぐるり物色しても誰も見つからない。 床に散らばっていた羊皮紙がなくなって前に来たときよりも部屋を広く感じる。 だからといって隠れる場所が増えたわけではない。 「ルイズー」 念のために呼んでみる。 やはり返事はない。 もう一度見回してみる。 誰もいない。 その代わり鞄が見つからない。 どこにもないのだ。 ということは…… 「何よー、出かけてるの?」 不満を口にした瞬間に今日2回目の閃きが訪れる。 出かける、ということは……間違いない!! 「チャンスよ!」 キュルケはルイズの部屋を飛び出した。 今日のタバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 視線を集中させて文字の海に心を浮かべていると窓をコンコン叩くものいた。 次いで外からきゅいきゅい声がする。 なにか催促をしているみたいだが、今は読書を続けたいので無視。 静寂を得たかったのでついでにサイレントをかけておく。 これで静かになった。 再び読書を再開。 何ページか呼んだところで今度はドアが開かれる。 音もなく壁にたたきつけられたドアから入ってきたのはキュルケだった。 魔法で音が聞こえなくなっているのにドアを力いっぱい連打したのだろう。 手の甲が赤くなっている。 入ってきたキュルケはタバサに大股で歩いて近づくと本を取り上げてなにやらわめき立てた。 それでも静寂は乱れない。 あたりまえだ。 サイレントをかけているのだ。 仕方なくタバサは魔法を解く。 「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度をしてちょうだい!」 他の人間ならただではおかないところだが、友人のキュルケにはそんなことはしたくない。 「虚無の曜日」 なので、静かに過ごしたいと伝えるがキュルケは止まらない。 「虚無の曜日!わかってるわ。でも、そんな場合じゃないのよ!!男よ!男!」 それがどうしたとタバサは首をかしげる。 キュルケと男の組み合わせは珍しいものではない。 「いい?あのヴァリエールが出かけたの!近頃、部屋に男を連れ込んでいるヴァリエールが虚無の曜日に出かけたのよ!もう解るでしょ?きっとその男と会いに出かけたに違いないわ!!!」 タバサはもう一度首をかしげる。 キュルケはそれを気にせずに喋り続ける。 「ヴァリエールの男!間違いなく、あの塔を壊したゴーレムを止めてた1年の男の子に違いないわ!!あなたは興味ないの?」 言われてみれば興味がある。 塔を壊すくらいの一撃を防ぐような強力な防御魔法の使い手。 それから……。 タバサにしては珍しいことだが、自覚したら興味が大きくなってきた。 ならば追いつくには自分の使い魔が最適だろう。 それにキュルケの頼みなら引き受けてもいい。 ついでにキュルケと同じようなことをしたいと言っているのが一匹いる。 そっちの頼みも聞くことにした。 タバサはとんとん音を立て続ける窓に向かう。 サイレントの魔法で聞こえなくなっていた音が聞こえ始めたのだ。 「そういえば、さっきから窓から音がするわね。窓の外に誰かいるの?」 タバサは1つうなずいてから窓を開いた。 「わぁっ」 思わずキュルケは声を上げてしまう。 外には鼻先で窓を叩き損ねたタバサの使い魔の風竜が顔を部屋の中に勢いよく入れてきたからだ。 バランスを崩した風竜は羽をばたつかせてようやく安定を得る。 「ねえ、タバサ。あなた、いつも窓の外に風竜を飛ばせてるの?」 タバサは首を横に振って、風竜を指さす。 「一緒に出かけたい」 つまり、風竜がお出かけをしたいらしい。 「一緒にって、あなたと?」 タバサはまた首を横に振る。 「私と友達と」 タバサが近頃友達と呼ぶのは1人……いや、1匹しかいない。 「友達って……ルイズの使い魔のユーノ?」 タバサは今度は縦に首を振る。 「あなたの使い魔ってユーノが気に入っちゃったの?」 縦に首を振るタバサ。 「はぁ……竜の感性ってわからないわね。フェレットのどこがいいのかしら」 タバサが竜になにか話しかけている。 使い魔とメイジが話し合うのは珍しいことではない。 風竜がなにかをタバサに伝えたのだろう。 うなずいたタバサが振り返った。 「知的な瞳が魅力的」 確かに知的さで言えばユーノは群を抜いている。 そういえば、この前はけっこう難しい本を単語帳無しで読んでいた。 ユーノは同級生のメイジたちより知的かも知れない……。 そんなことを考えていると窓の外からタバサの声がした。 「乗って」 「ええ、そうね」 キュルケが背中に乗った途端、風流は飛びはじめる。 いつもより早く飛んでいる。 「ちょ、ちょっと待って。どこに行けばいいのかわかってるの?」 「探してる」 タバサの使い魔の風竜、シルフィードは空を旋回しながら遠くの友達を探す。 そして翼を広げ、力いっぱい羽ばたいた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/403.html
アンリエッタ王女は、薄暗い私室のカーテンを開けようと杖を手に持ったが、カーテンを開けぬまま杖を下ろした。 まだ日は高いというのに薄暗い部屋は、彼女の心そのものだった。 十七歳の少女としての自分は、ルイズを友達だと思っている。 しかし王女としての自分は、これからルイズに困難な任務を押しつけようとしている。 水晶のついた杖をいじりつつ、子供の頃のことを思い出す。 『杖を手持ち無沙汰に扱うのはみっともない行為です!』 ルイズと一緒に怒られた、懐かしい思い出だった。 昨日、隣国のゲルマニアに向けて送り出された使者は、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約を正式な物とする手紙を携えている。 水面下ではアンリエッタとゲルマニア皇帝の婚約、そしてトリスティンとゲルマニアの軍事的な同盟がほぼ決定している。 それをわざとらしく手紙で知らせることで、”感動的な婚約”とやらを演出しようと言うのだろうか。 アンリエッタがゲルマニアに嫁げば、ルイズと友人の関係を維持したまま顔を会わせることは不可能になってしまうだろう。 アンリエッタは、本日何度目か分からないため息をつきながら考える。 ルイズなら主従の関係であっても、私の本心に気づいてくれるはず… しばらくしてメイドの一人が、アンリエッタに何かを伝える。 アンリエッタは無言で頷くと、メイドは廊下に待機していたもう一人のメイドと入れ替わり出て行った。 「姫様!」 「ルイズ!ああ、ルイズ。貴方には本当に苦労をかけてしまったわ。私のわがままでこんな格好をさせてしまって!」 二人きりになった途端、アンリエッタはメイドに抱きついた。 メイドの正体は言わずとも分かるだろうが、変装したルイズである。 「どうかお顔を上げてください。私は、姫殿下のいやしきしもべに過ぎませ…」 「そんな言い方はしないで!」 アンリエッタが今までとは違う。何か別の悲しみを含んだ声を上げた。 姫は、涙を流していた。 アンリエッタの部屋の奥、寝室のベッドの上で、二人は子供の頃の思い出と同じように並んで座った。 「ルイズ…わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのです」 「ゲルマニアですって!」 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声をあげた。 「…しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」 アンリエッタは、ルイズにハルケギニアを取り巻く情勢を話し始めた。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、王室打倒が画策されているということ。 反乱軍は次にトリステインを、その次にはゲルマニアの王室を打倒しようと目論んでいること。 アンリエッタがゲルマニア皇帝に嫁ぐことで、トリスティンとゲルマニアの同盟を結び、アルビオンの反乱に対抗しようとしていること。 アンリエッタは口には出さなかったが、ゲルマニアとの結婚を望んでいないのは明らかだった。だからこそ、ルイズは何も言えなかった。 「姫さま……」 「王族が、好きな相手と結婚するなんて、夢の中ですら許されないのですから」 寝言で使用人を呼んだ婦人に腹を立て、使用人を罰する貴族もいるのだ。 それを揶揄しているのだろうかと考えたが、アンリエッタの話は揶揄どころの話ではなかった。 「ゲルマニアの貴族はわたくしの婚姻をさまたげるための、ある材料を捜しています…おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」 アンリエッタは、顔を両手で覆うと、肩を振るわせた。いつもならその仕草に驚き、アンリエッタを心配するはずのルイズは、自分の内心が冷めているのを感じていた。 「姫さま。姫さまのご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」 ルイズは静かに、真剣に話しかけた。アンリエッタは両手で顔を覆ったまま呟く。 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ってしまったら、それをゲルマニアの皇室に届けることでしょう」 「それは、どんな内容の手紙なのですか」 「ごめんなさい、ルイズ。それは貴方に言うことは出来ないのです。もしその手紙がゲルマニアの皇室に渡れば、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟も崩れ…いえ、ゲルマニアやガリアの手で、トリスティンはアルビオンを消耗させる材料にされてしまうかもしれないのです…」 ルイズは、静かに、しかし力強く、アンリエッタの手を握った。 「姫さま…私への密命は、その手紙のことなのでしょう?」 顔を覆っていた手をルイズに握られ、泣き顔を隠せなくなったアンリエッタはルイズを見た。 そこには、いつになく真剣な表情の、アンリエッタの初めて見るルイズが居た。 一瞬の驚きの後、ルイズのまなざしに、アンリエッタは恐怖を感じ、ルイズの手をふりほどいた。 「あ…! わたくしは、なんてことを、なんてことを…わたしは、おともだちに、こんな、ああ、ルイズ、許して!」 アンリエッタはベッドのカーテンにしがみつき、ルイズへの謝罪を続けた。 カーテンが締め切られ、灯りと言えば窓枠周辺から反射して入り込む日の光。 そんな薄暗い部屋の中で見たルイズの瞳は、まるで白金でできた鏡のようにアンリエッタを映した気がした。 それに驚いたアンリエッタは、矛盾に気付いてしまったのだ。 友達としてルイズを頼ろうとしていたアンリエッタは、自分のしぐさが、芝居がかかったモノだと気付いてしまった。まるで同情を買うかのような仕草をした自分が急に恥ずかしく、そして後ろめたくなったのだ。 生まれてから17年、王族としての威厳を備えた祖父王と父王の姿は目に焼き付いている。 それと同時に、華美な言葉を並べ立てて、王族に取り入ろうとする貴族達と、王族の権威を利用しようとする者達を見てきたのだ。 いつの間にか自分にまで染みついていた『謀略』の知識を、ルイズにまで向けてしまった。 アンリエッタはそれが悔しかった。 ルイズは薄暗い部屋の中でも、アンリエッタが悲しみ、そして苦しんでいることが理解出来た。 友達だからこそ理解出来る。いや、友達だからこそ理解出来なくてもいい。 アンリエッタは、貴族達の謀略にまみれて育った、貴族の誇りや責任感を利用して人を扇動する技術も、自然と身につけてしまったのだろう。 だからルイズはアンリエッタの仕草が演技だったとしても悔しくはない。 『騙されても良い』と考えたのだ。 「ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、貴族として申し上げます」 アンリエッタは、今までに聞いたことのない程の、凛々しいとも言えるルイズの言葉に驚いた。 「始祖ブリミルより血を分けしトリスティンに仕える貴族は、決して失望致しません」 「貴族は、貴族にとって都合の良い猊下(げいか)を祭り上げるものでは決してありません。姫殿下の行為が、トリスティンに危機を招くものだとしても、貴族はその誇りをもって始祖ブリミルに仕え、王家を守護し、領民を守るものだと断言致します」 そして今度は、呆然とするアンリエッタの手を強く握り、語りかけた。 凛々しい表情から一変して、笑顔を見せるルイズ。 「でも今は、アンの友達として、私に出来る限りのことをするわ。だって、私にしか頼めないと思ったから私を呼んでしょう?」 「小さかった頃、魔法を使えない私に、壊れかけた小舟を動かさせて、沈みそうになって、お父様と教育係に叱られたこと、覚えてるでしょ?」 「アンは、実は無茶なことをするお姫様だって知ってるわ!知ってるから、だから泣かないで!」 ルイズの笑顔にアンリエッタは涙を流した。 小さい頃から慣れ親しんだ『おともだちのルイズ』が、そこにいたのだ。 彼女は悲しみではなく、喜びを涙した。 その夜、アンリエッタは子供の頃の夢を見た。 このところの執務と心労が、彼女の眠りを妨げていたが、今日ばかりは違った。 遊び疲れて眠ってしまった子供のように、枕を抱きしめて、つかのまの幸せな夢を見ていた。 ルイズは、憧れの人との再会して抱擁を受けたことと、友達としてアンリエッタと語らうことが出来たことと、覚悟を決めたアンリエッタから重大な密命を受けたことに興奮し、なかなか眠れなかった。 あんまりにも眠れないのでトイレに行った。 キュルケとタバサが居た。 翌日から三人一緒にトイレに行くことになった。 幽霊騒ぎは三人の絆を深めたのかもしれない。 『…やれやれだぜ』 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8195.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 「アルビオンか……」 空に向かって昇り始めた朝日を全身で受けながら、柊は切り立った崖の端に立っていた。 眼下に広がっているのは霧のように立ち込めた雲と、その隙間に垣間見える青色。 この崖の底は存在しない。 あるのは今彼の天上を覆っているのと同じ空であり、そこから更に数千メートル下にある海面が底と言えば底なのだろう。 浮遊大陸アルビオン。 ファンタジー世界ここに極まれりといったそれを実際眼にしそこにたっている事に、柊は少なからずの感動と興奮を覚えていた。 「凄えな――」 嘆息交じりに柊はそう呟き、 「――シルフィードは」 振り返って少し離れた場所にぶっ倒れているシルフィードを見やった。 結局あれからシルフィードは何かに取り憑かれたように空を走り続け、ついには柊達の駆る箒の後塵を拝する事なくアルビオンまで到達したのだ。 ……もっともそれは柊の方が一旦性能の差を見せ付けて溜飲を下げたので、あえて抜こうともしなかっただけなのだが。 ともかく箒との勝負に勝利を収めたシルフィードではあったが、その代償は大きかった。 一時も速度を緩める事なくアルビオンまでの距離・高度を一気に飛んできたため疲労の困憊具合が著しく、柊が遠目から見てもそれとわかるくらい激しく身体が上下している。 ひゅうひゅうと掠れた呼吸音まで聞こえる始末だ。 「スピードの向こう側にあるゼロの領域を垣間見たのね、きゅいぎゅっ……ダメ、吐きそう……」 「……馬鹿」 息も絶え絶えに小さく漏らすシルフィードに、すぐ傍に腰を下ろしていたタバサは嘆息しつつもどこか嬉しそうに言って頭を軽く撫でる。 くすぐったそうに眼を細めて主人の労りを受けるシルフィードの下に、柊がゆっくりと歩み寄ってきた。 「大丈夫か?」 「……!」 するとシルフィードは途端に牙を向き出し、威嚇するように尻尾を振り回して柊を睨みつけた。 そして彼女は小さく唸りを上げた後、柊に向かって言った。 「……あんたなんかにお姉様は渡さないのね」 「いや、取りゃしねえって……」 嘆息交じりに柊は返したが、シルフィードはそれでも収まりがつかないらしく翼を手足のようにばさばさとバタつかせて叫んだ。 「あんな棒っきれよりシルフィードの方がずっと速いんだから! お姉様の使い魔はシルフィードなのね! お姉様が乗っていいのはシルフィードだけなんだから!!」 「わかったわかった、俺が悪かったよ……!」 頭をかきながら柊がそう言うと、シルフィードは満足気にふんと鼻を鳴らして再び身体を大地に横たえた。 そんな彼女を見ながら、柊がぽつりと漏らす。 「なあシルフィード、一つだけ言っていいか?」 「きゅい?」 「……お前、喋れたのな」 「……………………あっ」 シルフィードがはっとして呻いた。 沈黙がしばし場を支配し、ややあってシルフィードは厳かに口を開いた。 「……あ、あっしはお姉様に作られたガーゴイルなのでやんす」 「なんで三下口調になるんだよっ!?」 柊が思わず突っ込んだが、次の瞬間シルフィードから視線を反らしてうっと息をのんで黙り込んだ。 それにつられてシルフィードもそちらに眼を向ける。 そこには、 「……」 恐ろしいまでの無表情でシルフィードを睨みつけるタバサがいた。 「ヒぃっ、ひぃ!? あ、お、お姉様っ、これは違うのね! やむにやまれぬ事情というか、言っておかなきゃいけないというか!! とにかくそんな感じで……!!」 「……」 「お、落ち着いてお姉様!! あっしの話を聞いて欲しいでやんすのね!!!」 「混ざってる混ざってる、三下口調が混ざってる!」 柊の突っ込みも聞こえないらしくシルフィードはガタガタと震えながらタバサに擦り寄った。 タバサはそんなシルフィードを今までにないほどの完璧な無表情で見据えた後、杖を手にゆらりと立ち上がる。 シルフィードの顔が恐怖に染まった。 ※ ※ ※ きゅおぉーーーーーーーーん…… シルフィードの悲痛な叫びを背後に受けながら柊とタバサは箒でアルビオンの上空を走っていた。 「いいのか、置いてきて……」 「構わない。回復すれば勝手に来るだろうから」 タバサはシルフィードに何もしなかった。何もせずに完全放置して柊を促し出発したのだ。 シルフィードはタバサにかなりご執心のようだったので恐らく一番キツい仕打ちだともいえよう。 主がそうするといった以上柊としてはそれ以上何も言えなかった。 ともかく、柊達はそうして哀れな風竜を置き去りにしてその場を離れ、辿り着いた現在地を知るために近隣の村なり町なりを探し始めた。 「……シルフィードが喋れること、他の人には言わないで欲しい」 眼下に広がる山野を眺めていると、タバサが柊に向かって声をかけた。 「喋る竜は珍しいのか?」 使い魔になった犬やら猫やらは人語を解し一部は喋れるようになるらしいという事は柊も知っている。 アルビオンに行くまでと違いさほど速度を必要としないため、今は柊の後ろに同乗しているタバサは小さく頷いてから言葉を続ける。 「絶滅した、とされているくらいに珍しい。だから、知られれば面倒な事になる」 「なるほどな。わかったよ」 「ありがとう」 ぽつりと呟いた彼女に軽く頷いて答えると、柊は改めて周囲を見渡した。 この場所はアルビオンの完全に端であり、流石に空に浮かぶ断崖絶壁の周辺で生活を営む村落などはないようで見渡す限り緑ばかりだ。 内陸に入ってしまった後で岸壁沿いに行けば港に辿り着いただろうことに気付き、柊は小さく舌打ちした。 「引き返すか……」 箒なら引き返して改めて岸壁沿いに向かうのもそう手間ではない。 するとタバサが背中を軽く叩いて遠目に見える大きな山を指差した。 「あの山沿いに北に向かって。そうしたらおそらく北西に向かう街道にあたる。後は道なりに進めば主街道に合流する」 「わかるのか?」 「地図でしか見たことないけど、多分合ってる。かなり南の方に着いてる……と思う」 「了解」 言って柊は機首を回して少し速度を上げると、タバサの指示通りの進路へと向かう。 やがて彼女の言った通りの街道を遠くに見つけると、なるべくそちらに寄らないようにして道に沿うように箒を走らせる。 人がさほどいない山野ならばともかく街道ではそれなりに人が通るため、自分達の立場を考えるとあまり人目につかない方がいい。 まして飛んでいるのが竜などといった騎獣ではなく箒ならなおさらだ。 更にもう少し進んで今までのそれより更に広い主街道が確認できる場所まで行くと、柊は一旦箒を止めて上空で浮遊したままタバサを振り返った。 声をかけるまでもなく柊の意図を察したタバサが遠目の主街道をなぞるように指を動かす。 「西に行くと工廠の港町ロサイス。北に行けばシティ・オブ・サウスゴータ。そこから北東に首都のロンディニウムがあって、ニューカッスルはその更に北」 「てことはこのまま真っ直ぐ北に行けばニューカッスルには行けるか……?」 アンリエッタから依頼を受けた際に、王党派は現在ニューカッスルに追い詰められているという情報を得ている。 だが、この世界の情報伝達とその誤差がどの程度あるのか定かではない。 戦地を移しているのかもしれないし――あるいは既に敗北し戦争が終結してしまっている可能性もゼロではないだろう。 ならばまずやるべきは現地での情報収集だ。 「……そのシティ・オブ・サウスゴータ辺りか?」 戦地直近のニューカッスルと王都だけに現状ではレコン・キスタの本拠地となっているだろうロンディニウムは色々調べ回るにはかなり危険度が高い。 適度に離れているシティ・オブ・サウスゴータならばいくらか動きやすいはずだ。 柊が尋ねるとタバサはさほど間をおくでもなく「妥当」と頷いた。 やはり彼女はルイズやキュルケと毛色が違って『現場』向きであるらしく、柊としても非常にやりやすい。 二人を乗せた箒は光の尾を引いてアルビオンの空を北に駆けていった。 ※ ※ ※ 「もうだめだっ!!」 陽が中天を過ぎた頃、サウスゴータの中央広場にある噴水を臨むベンチに座り込んで柊は頭を抱えた。 数時間前にこの街に辿り着いた二人は、街の手前で箒から降りると別々の入り口から街へ入り手分けして情報収集をすることにしたのである。 そして柊が得た情報は要約すると二つ。 戦況はレコン・キスタ――国内では貴族派と呼ばれている――が圧倒的に優勢なこと。 王党派はニューカッスルに追い詰められていること。 ……つまり、学院でアンリエッタから得た情報以外は何もわからなかった。 「やっぱシティアドベンチャーにはシーフ職なりエクスプローラー職が必須だったか………」 などと意味不明な事をぶつぶつ呟きながら地面を見つめていると、ふとそこに影が差した。 見上げればそこにタバサが立っていた。 眠たいのか呆れているのか半眼で見つめてくる彼女に、柊はおずおずと尋ねる。 「ど、どうだった?」 「……それなりに」 タバサが言うと柊は歓喜の表情を浮かべて立ち上がり彼女の諸手を取ってぶんぶんと振り回した。 「よくやった! 助かった、ありがとう! お前がいてくれてよかった、マジで!」 「……」 今度こそ呆れた表情を浮かべたタバサは小さく嘆息すると、彼の隣に腰を下ろして得てきた情報を話し始めた。 話が進むにつれようやく柊も本来の表情を取り戻し、彼女が報告を終えると少しの間沈黙してから呟いた。 「……それはおかしいな」 「おかしい」 柊の呟きにタバサも首肯する。 仕入れた情報によると王党派は一週間ほど前にニューカッスルの外れ、大陸の端にある城にまで追い詰められたという事だ。 一週間も持ちこたえているのだから存外に王党派が食い下がっている――と言いたいところなのだが。 情報を仕入れていくほどに明らかにこの状況はおかしい事がわかったのだ。 追い詰められた王党派の戦力は現在恐らく五百は上回らないだろうという話だ。 一方追い詰めている側のレコン・キスタ――貴族派は反乱を起こして以来国の内外から無節操に戦力を取り入れ、今では三万とも四万とも言われている。 ……もはや趨勢を語るのが馬鹿々々しいほどの戦力差だ。 極端な話突撃命令を下しさえすれば、後は指揮官が寝ていても勝利が転がってくるレベルの話である。 にも関わらず依然として王党派は今だ残存しており戦況が膠着している。 「万単位の軍隊なんて維持するだけでも馬鹿にならねえってのにな……」 タバサが話を聞いた傭兵達などは何もしないで食い扶持が稼げると深く考えもせずに喜んでいたそうだが、生憎彼女と柊にとっては喜べる状況ではない。 「……つまり、そんな馬鹿にならない事をやってでも王党派を残しておく意味がある、ということ」 彼女の言葉を否定する材料がないため柊は嘆息を返す他になかった。 自分達が今ここにいる理由を鑑みればその意味は簡単に行き当たってしまうからだ。 このアルビオンでの勝利はもはや覆ることはない。ゆえに彼等の視線はその先――対トリステインを見据えているのだろう。 ゲルマニアとの同盟を阻止するために必要とされる、アンリエッタの手紙。 ものがものだけに王党派を攻め落としてその残骸から探し出すのは極めて不確かで効率が悪い。 よってあえて攻めることをせず、潜入なり何なりをやってどうにか入手しようと策を練っているといった所だろうか。 「そうなるとこっちとしても急がないといけねえんだけど……」 こちらには入手そのものに関してはアドバンテージがあるとはいえ、向こうは既に状況を構築して約一週間が経過している。 できる限り急いで王党派に接触するべきなのだろうが、柊が調べた限り彼等の尻尾すら見出すことができなかった。 期待交じりにタバサをちらりと見たが、やはりというべきか彼女も首を左右に振った。 「……陣中突破しかねえか」 ある意味依頼を受けた時点でほぼ唯一の方法ではあるのだが、正直情報を仕入れた今では更に気が進まない手法だ。 箒の機動性があれば戦陣を抜くことも追っ手を振り切ることもさほど難しい事ではない。 問題はそれによって自分達――外部の者が王党派に接触したことがレコン・キスタに知れてしまうという点である。 この状況でそんな事態が起こればその接触の意味は悟るに十分だろうし、そうなると下手をすれば敵の攻勢を招く恐れすらあるのだ。 「夜になって?」 「いや、飛ぶ時の魔力光は隠せねえから逆にバレる。もうちょっと経って夕陽に紛れて行くのが一番いいだろ。まあ遅かれ早かれってレベルだけどな……」 嘆息交じりに言って柊はベンチから立ち上がり噴水で軽く手を洗った後、タバサを振り返った。 見やれば彼女はベンチに座ったまま、僅かに表情を硬くしてじっと柊を見やっている。 ――いや、正確には柊を見ているのではない。 柊の後ろにある噴水、その更に向こうにある露天の雑踏を見据えていた。 「どうした?」 「……」 柊が尋ねるとタバサは音もなく立ち上がり、その露天通りの方へと歩き出した。 付いて来い、とでも言う風に袖を引かれて柊も彼女の後に続く。 この大陸で起きている戦争ももはや終結に近いというだけに街の露天はさほど重たい空気はなく多くの街人達が賑わっていた。 中には傭兵然とした者達やフードを被り素性を隠している者も少なくない。 どうやらタバサはそんな素性の知れない何者かの後を追っているようだった。 尾行を始めて間もなくタバサが追っている相手がほぼ特定できた。 フードを目深に被って顔を隠し、ローブを着込んでいる人間。 その動きや所作からして、おそらく女。 先を行く彼女は向こうから歩いてきたガタイのいい傭兵と肩がぶつかり、僅かによろめく。 ぶつかった事にも気付かずに歩いていくその傭兵に、彼女は振り返りざまに睨みつけて小さく舌打ちした。 「……!」 その時に僅かに覗いた女の顔を垣間見て、柊はタバサが彼女を追っていた理由を理解した。 その女は眼鏡をかけていた。振り返るときにちらりと、翡翠色の髪が覗いた。 改めてみれば、確かにその動作には見覚えがある。 と、女は不意に脇道にそれて路地裏の方に入っていった。 「バレた」 「だな」 言って二人は頷きあい、歩を速めて路地裏へと足を踏み入れた。 路地裏の常というべきか、表の喧騒が別世界のように静まり返ったその道の奥。 待ち受けるように女がそこに立っていた。 彼女はかけていた眼鏡を外すと、猛禽のような鋭い視線を柊達に向け―― 「あ?」 少し間の抜けた声を出した。 次いで彼女は見るからに動揺を露にし、信じられないものを見るような表情で口をぱくぱくさせた。 「な、なんでお前がここに……!」 「それはこっちの台詞だ。なんであんたがここにいるんだよ、ロングビル先生……いや、フーケって言った方がいいのか?」 深く息を吐きながら言った柊に、彼女――フーケは忌々しそうに顔を歪めた。 ※ ※ ※ 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/684.html
ルイズ達が目指しているのは、港町ラ・ロシェール。 トリステインから馬を走らせれば二日、空に浮かぶ大陸『アルビオン』への玄関口として知られている。 港町とは言っても海に面しているわけではない、いや、空を海に例えれば間違いではないが。 そのラ・ロシェールの酒場で、アルビオンへ行こうとする傭兵達が集まり、前祝いをしていた。 「アルビオンの王さまはもう終わりだね!」 「ガハハ!『共和制』ってヤツの始まりなのか!」 「では、『共和制』に乾杯!」 そう言って乾杯しあう傭兵達、彼らは元はアルビオンの王党派についていた傭兵達だが、王党派よりも良い待遇で貴族派が雇ってくれると知って、王党派を裏切った。 彼らは王党派を離脱すると、貴族派に付いて各地の傭兵達を集めた、この酒場に残っている傭兵達は、言わば連絡役なのだ。 ひとしきり乾杯が済んだとき、酒場に仮面を付けた男が現れた。 男は傭兵達に近づき、料理の並ぶテーブルの上に重そうな袋を置く、すると重みで口が開き、金貨が顔を見せた。 「働いて貰うぞ」 傭兵達はその男を不審に思ったが、袋に書かれているマークがアルビオン貴族派のものだったので、にやりと笑って頷いた。 一方、魔法学院を出発したルイズ達は、ワルドの乗るグリフォンの早さに驚いていた。 ロングビルとギーシュの乗る馬は、途中で二回も交換した、しかしワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続ける。 長時間馬を駆るのは乗り手にとっても大きな負担だが、ワルドとグリフォンはまったく疲れた様子を見せない。 「ちょっと、ペースが速くない?」 ワルドの前に跨ったルイズが言った。 ルイズはワルドと雑談を交わすうちに、学院で見せるようなくだけた口調に変わっていった、ワルドがそれを望んだためでもある。 「ギーシュもミス・ロングビルも、へばってるわ」 ワルドが後ろを向くと、ギーシュはまるで倒れるような格好でへばっている、ロングビルは明らかに表情に疲れが出ている 「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」 「普通は馬で二日かかる距離なのよ、無理があるわ」 「へばったら、置いていけばいい」 「そういうわけにはいかないわ」 「ほう、どうしてだい?」 ルイズは、困ったように言った。 「だって、仲間じゃない。それに……」 何かを思い出そうとして、結局そこで口をつぐんだ。 ルイズの頭に、古い宮殿での記憶が引き出される。 ある目的を持って二手に分かれたが、それが二人を見た最後だった。 三人いるはずの別チームが、再会したときは一人に減っていた。 炎の使い手と、砂の使い手、その二人を助けられなかったことをずっと悔やんでいる。 その記憶に引きずられたルイズもまた、仲間と離れるのは怖いのだ。 「やけにあの二人の肩を持つね。もしかして、彼はきみの恋人かい?」 「あ、あれが…? 冗談じゃないわよ」 ルイズは苦虫をかみつぶしたような顔をした。 「ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」 「お、親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ!僕の小さなルイズ!きみは僕のことが嫌いになったのかい?」 過去の記憶と同じおどけた口調で、ワルドが言った。 「何よ、もう、私、小さくないもの。失礼ね」 ルイズは頬が熱くなるのを誤魔化すように、頬を膨らませた。 グリフォンの上でワルドに抱きかかえられながら、ルイズは先日見た夢を思い出していた。 生まれ故郷の、ラ・ヴァリエールの屋敷で、困っているときは、いつもワルドが迎えにきてくれた。 だが、そこに現れる白金の光、光は徐々に人型をして、屈強な戦士を思わせる姿に変わる。 薄いブルーの色をしたその戦士に抱きかかえられ、ワルドと対峙するルイズ。 その夢が何を意味するのか、今のルイズには分からなかった。 途中、何度か馬を替えたので、ルイズ達はその日の夜中にラ・ロシェール付近にまでたどり着くことができた。 町の灯りが見えたので、ギーシュとロングビルは安堵のため息をついた。 「待って!」 不意にルイズがワルドを制止した。 「どうしたんだい?」 「誰かいるわ…2……3人…」 そのとき、不意にルイズ達めがけて、崖の上から松明が投げこまれ一行を照らした。 「な、なんだ!」 「馬から下りなさい!」 慌てて怒鳴ったギーシュに、ロングビルは指示を飛ばす。 突然の事に驚いた馬が前足を上げたので、ギーシュは馬から落ちてしまう、そこに何本かの矢が飛んできた。 もの矢が夜風を裂いて飛んでくる。 「奇襲だ!」 「伏せなさい!」 ギーシュがわめくと同時に、ロングビルは地面を練金して泥の壁を作った、スカッと軽い音を立てて矢が突き刺さる。 ワルドは風の魔法を唱えて身の回りにつむじ風を起こし、矢を防いてでいたが、攻撃に転じようとしたときに別方向から一陣の風が吹いた。 同時に、ばっさばっさと羽音が聞こえた、その音に聞き覚えのあったルイズが崖の上に目をこらすと、六人ほどの男達が風の魔法に巻かれて崖から転がり落ちてきた。 「ほう」 感心したようにワルドが呟くと、がけの上から落ちた男達は地面に体を打ち付けてうめき声を上げた。 そして空には見慣れた幻獣…タバサの乗るシルフィードが姿を見せていた。 「シルフィード!」 ルイズが驚いて声を上げると、シルフィードは地面に降り、その上からキュルケが地面に飛び降り髪をかきあげた。 「お待たせ」 ルイズもグリフォンから飛び降りキュルケに怒鳴る。 「お待たせじゃないわよ! 何しにきたのよあんたたち!」 「あーら、助けにきてあげたんじゃないの。朝がた、あんたとギーシュが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」 キュルケはシルフィードの上に乗ったままのタバサを指差した。 寝込みを叩き起こされたとは言え、パジャマ姿は何か面妖だ。 「キュルケ、あのねえ、これはお忍びなのよ?」 「お忍び? …まさかギーシュと駆け落ち?」 ルイズは笑顔になりながら杖を抜いた、その仕草にキュルケが冷や汗を流す、やばい、怒ってる。 こんな場所で爆発を起こされてはたまったものではない、これにはキュルケも謝った。 「ま、まあ冗談よ!勘違いしないで。あなたを助けにきたわけじゃないの」 キュルケはグリフォンに跨ったままのワルドににじり寄り、しなを作った。 「おひげが素敵なお方ね、あなた情熱はご存知?」 ワルドは、側に寄ろうとするキュルケを手で押しやる。 「あらん?」 「助けは嬉しいが、婚約者に誤解を受けると困るのでね、これ以上近づかないでくれたまえ」 そう言ってルイズを見つめる。 「こ、婚約者?…ふーん、ルイズにねぇ…」 キュルケはルイズを冷やかしてやろうかと考えたが、気が乗らない。 ルイズに微妙な戸惑いがある、と感じたからだ。 しばらくしてから、男達を練金の手かせで拘束し、尋問していたロングビルとギーシュが戻ってきた。 「子爵、あいつらは物取りだと言っていましたが」 「ふむ……、なら捨て置こう」 ギーシュの報告を受けて 先を急ごうとグリフォンに跨るワルドをルイズが制止する。 「ルイズ、どうしたんだ?」 「あいつら、グリフォンに乗ったワルドを見ていたはずだわ。それなのにたった三人で襲ってくるなんて…ねえ、キュルケ、上空から見ても三人だった?」 「あたしが見た限りじゃ三人よ、ね、タバサ」 タバサは無言で頷く。 「何か気になることでも?」 ロングビルの質問に、メイジ4人をたった3人で襲う野党がいるだろうか?と、ルイズが答える。 「貴族派に嗅ぎつかれているのかもしれんな…どちらにせよ、ラ・ロシェールに一泊するしか無い、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」 ワルドは一行にそう告げた。 ルイズは腑に落ちないものを感じながらワルドに手を引かれ、グリフォンに跨った。 キュルケはシルフィードの上に乗り、本を読んでいたタバサの頬を突っつく、出発の合図らしい。 目の前の峡谷には、ラ・ロシェールの街の灯が怪しく輝いていた。 そしてルイズの中にいる『誰か』が、ワルドに対する警戒心を強めていた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-17]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-19]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1702.html
デルフリンガーにお仕置きをして数時間後。 ルイズは、ティファニアの家に泊まることになった。 ティファニアは、マチルダから送られてくる仕送りでウエストウッド村の孤児院を運営している。 だが、マチルダが現在「ロングビル」と名を変えていることや、「土くれのフーケ」と呼ばれていた事も知らないようだった。 ルイズを案内してくれた男は、既にシティオブサウスゴータへと帰っている。 マチルダからの信頼を得ているという事で、神聖アルビオン帝国の動向を、可能な限り探ってくれるとか。 子供達も寝静まった夜、ルイズはティファニアの部屋にお邪魔していた。 ベッドに座ったティファニアは、膝の上にデルフリンガーを乗せて、心配そうにデルフリンガーを見ていた。 ルイズはティファニアに向かい合うように椅子を動かし、そこに座る。 「デルフ、もう、やりすぎたのは謝るから拗ねないでよ」 『俺もうダンスなんて嫌だ…嫌だ…』 「デルフリンガーさん、すごく怖がってますけど…ダンスって、あの、踊ることですよね?」 「一般的にはね」 『な、なあ、もうその話は止めてくれねえか』 「ご、ごめんなさい」 ティファニアはデルフリンガーに謝ると、ベッドから立ち上がり、デルフリンガーをルイズに手渡した。 ルイズは受け取ったデルフをテーブルの上に置きつつ、隣の部屋から持ってきたオルゴールをティファニアに渡した。 ティファニアはどこか懐かしそうにオルゴールを見つめつつ、オルゴールの蓋を開けた。 「聞こえますか?」 ルイズの耳に、どこか懐かしく感じられる調べが聞こてきた。 「ちゃんと聞こえるわ。ねえ…そのオルゴール、もしかして音を聞くためには、何か別の物が必要じゃない?」 ルイズの言葉に、ティファニアははっとなった。 そしてしばらくの沈黙の後、ティファニアはこのオルゴールと自分との関係を話し出した。 「わたしの父は、アルビオンの財務監督官だったの。家には父が管理していた財宝が沢山あって……私は小さい頃、それでよく遊んでたの」 喋りながらも、ティファニアはオルゴールを懐かしそうに見つめている。 おそらくこのオルゴールには、ティファニアの思い出が詰まっているのだろう。 「このオルゴールは、王家に伝わる秘宝だって父は言っていたけど、でもね、あけても鳴らなかったの。だけど、わたしはある日気づいたの」 「指輪を嵌めると音が聞こえる…」 ルイズが呟く。その手には、いつ取りだしたのか、風のルビーが嵌められていた。 「やっぱり、指輪を持っていたんですか……あの、その指輪は」 「この間、ウェールズ皇太子を亡命させたとき、報酬として貰ったのがこの『風のルビー』よ」 「…………」 ティファニアが俯いたまま、視線だけ上げてルイズを見る。 何処か怖がっているのか、不審がっているのかしているのだろうか。 「マチルダに喋ったら『余計なことを…』って怒ってたわよ」 マチルダの名前が出たことで、ティファニアは少し驚いた。 「マチルダ姉さんも知ってるんですか?」 「ええ」 「じゃあ、マチルダ姉さん、王家への復讐を諦めてくれたのかな……」 ルイズはこの時、ティファニアが本当に争いを嫌っているのだと感じた。 ウェールズに味方した話をしたのだ、ルイズがジェームズ一世寄りの人間だと思われてもおかしくない。 だがそんな事よりも、マチルダの復讐を止めて欲しいと、彼女は願っているのだ。 「……驚いたわね、本当に争いが嫌いなのね」 「うん、わたし、もう誰かが傷つくのは見たくない」 「だから”忘却”の魔法を最初に覚えたのね、私とは大違いだわ…ふふっ」 ルイズはどこか自虐的な笑みをこぼした。 二人は、オルゴールについて、現時点で判っていることを話し合った。 このオルゴールは、マチルダからの仕送りと一緒に届けられたものらしい。 ガラクタとして、古美術商に安く売られていたものを買い取り、ティファニアに送ったそうだ。 ティファニアは子供の頃、父の管理する財宝で遊んでいたが、その時のことをマチルダが覚えていたらしい。 このオルゴールを覚えていてくれたのが、ティファニアにはとても嬉しかった。 ルイズはそれを聞いて、少し心が痛くなった。 マチルダから送られてくる仕送りは、マチルダが得意とする練金で稼いだものだと思われている。 彼女が『土くれのフーケ』と呼ばれ、貴族の財宝を盗んでいるのだと、ティファニアは知らないのだろう。 そもそもこのオルゴールは、ニューカッスル城から脱出する際、報酬の代わりに貰ってきたものだ。 金目の物、珍しそうな物を見繕って袋に入れ、それを体中にくくりつけて脱出したのだが……その中にこんな重要なアイテムがあるとは思っても見なかった。 このオルゴールは、報酬としてマチルダに渡したものの一つ。 巡り巡ってティファニアの元に届いたのは運命の悪戯とでも言うべきなのだろうか。 そしてこのオルゴールの音についてだが、聞こえると解ったのは偶然らしい。 ティファニアの耳はエルフと同じように尖っており、人目に付くようなことは許されなかった。 遊び相手になってくれたのはマチルダと、父の管理する宝物類だったそうだ。 ある日、秘宝とされている『指輪』を嵌めた時、どこからか懐かしいメロディが聞こえてきた。 音の出所を探して戸棚を開けていくと、壊れていると思われていたオルゴールから音が鳴っているのに気づいたのだ。 だが、その音はティファニアにだけ聞こえており、マチルダの耳には決して届かなかった。 『指輪』をマチルダに嵌めさせて、音が聞こえるか確認したこともあったが、それでも音は聞こえなかった。 ティファニアだけに聞こえるオルゴール、それが何を意味するのか、子供の頃はまったく解らなかった。 だが、王家から差し向けられた兵士に殺されそうになった時……突然、オルゴールから聞こえてきたメロディと、何かの魔法のルーンが浮かんだ。 父から与えられた杖を手に、そのルーンを唱えたところ、兵士達の記憶からティファニアのことがすっぽりと抜け落ちてしまったらしい。 「なるほど…デルフ、あんた、何か知ってるんじゃないの?」 ルイズがデルフリンガーに聞くと、デルフはカタカタと鍔を動かして答えた。 『間違いねーな、始祖のオルゴールから聞こえてきたのは、”虚無”の魔法だ』 「虚無って言うんだ、知らなかった。私のことを知ってる人は『先住魔法』だって言うんだけど、違ったのね」 「そのことは、あまり人に言わないほうがいいわね」 「どうして?」 「〝虚無〟は伝説扱いされてるの。始祖ブリミルから6000年…使い手がいないままだとされてきたわ。もしそれを知られたら、貴方の力を利用しようとする奴が現れるわよ」 「伝説? 大げさね!」 ティファニアが笑う、ルイズはその様子を見て、太ももに隠していた杖を取り出した。 「こんなできそこないのわたしが、伝説? おかしくなっちゃうわ!」 「本当よ、先住魔法だとしても、虚無だとしても、貴方は危険に巻き込まれることになるわ」 「でも、大したことはできないのよ、記憶を奪うだけだもの」 「……虚無は、記憶を奪うだけじゃないのよ」 「えっ?」 ふとルイズの手を見ると、いつの間にかルイズの手には杖が握られていた。 ティファニアは突然のことに驚いた、『石仮面』が傭兵とは聞いていたがメイジだとは聞いていなかったからだ。 「これから…貴方とは別の”虚無”を見せるわ、『イリュージョン』といって、簡単に言えば幻を作り出す魔法よ」 「あ、あなたも、その、魔法を使えるの?」 ティファニアはルイズの記憶を奪うべきだろうかと考え、杖に手を伸ばしたが、その考えはすぐに消えてしまった。 「……………………………………………」 ルイズが、虚無独特の長い詠唱を開始する、すると小声にもかかわらず、その声に聞き入ってしまうのだ。 ティファニアが聞いたことのないルーン、だが、なぜか懐かしい。 オルゴールから聞こえてきた歌のように、どこか懐かしく、そして心が安らぐのだ。 イリュージョンの詠唱が完了し、ルイズが杖を降ると、ティファニアの目の前の空間がゆらぎ、雲が集まるかのように何かが形作られていく。 間もなく、その雲は人の形を取り、色が付き……ルイズの知るミス・ロングビルの姿が作り出された。 「マチルダ姉さ…えっ?」 ティファニアがマチルダに触れようとしたが、触れられない。 驚きつつも再度触れようとするが、やはり触れることは出来なかった。 「これが”虚無”の一つ、『イリュージョン』よ。やろうと思えば空だって、闇夜だって作り出せるわ」 しばらくの間、不思議そうにマチルダの姿を確認していたティファニアだったが、ルイズの言葉を聞いて現実に引き戻された。 「ティファニア、よく聞いて。虚無の魔法は強力過ぎるの…だから、絶対に人に知られては駄目よ」 「わかったわ。石仮面さんがそうまで言うなら、誰にも言わない。というか話す人なんか元からいないし、バレたところで記憶を奪えばいいだけの話だし……」 世間から外れた場所で育ってきたティファニアには、事の重大さがイマイチよく判らないのか、ルイズが思っていたよりも軽い調子で話した。 「解ってくれればいいけど…ちょっと心配ね。ところで私、ティファニアに聞いておきたいことがあるの」 「どんなこと?」 「私を是に案内してくれた彼、王家に伝わる『アンドバリの指輪』の使い道を、貴方の母が知っていたと言っていたわ。でも貴方は『母の形見だ』と言った…ちょっと変だと思わない?」 「おかしくはないわ、」 くだけていた雰囲気が、急速に冷めていく。 ティファニアの表情から笑みが消え、どこか落ち着きなさそうに虚空に眼を泳がせていた。 「些細な食い違いよ…でも、どうしても気になるのよ」 「………」 ティファニアは、気まずそうに俯いた。 「わたし、一度、人間が怖くなったの。それで、あの人にも…」 「記憶を奪ったのね」 「うん、それを諫めてくれたのはマチルダ姉さんだった。『味方してくれる人まで疑ったら、あなたは独りぼっちになってしまう』……って」 「そんなことがあったんだ……マチルダの奴、格好いいこと言うじゃない」 ルイズは少しだけ、ティファニアに同情した。 自分は吸血鬼、ティファニアはエルフ。 人間から見れば、討伐対象には違いはない。 自分は何人もの人間を殺した、だが、ティファニアは人を殺すどころか、争いそのものをを嫌っている。 なのに、人間は『エルフ』という理由だけでティファニアを殺そうとするだろう。 以前のルイズには考えられない事だったが、今のルイズには、その疎外感と孤独感、そして不安感がよく理解できた。 ティファニアは両親を亡くした、だがマチルダと子供達がいる。 私は、両親に会えなくなり、学院にも行けなくなったが、アンリエッタとマチルダがいてくれる。 半ば脅迫のようにマチルダを仲間に引き込んだが、それは寂しさを紛らわすためだと、ルイズ自身よく自覚していた。 ふとティファニアを見ると、眠そうに目をこすっている。 「今日はもう休みましょう、ごめんね夜中までつきあわせて」 「ううん…久しぶりの話し相手で、嬉しかったわ。おやすみなさい、石仮面さん」 「ええ、おやすみ」 静かにティファニアの部屋の扉を閉めると、ルイズはティファニアから指示された部屋に入り、ローブを脱いだ。 デルフリンガーをベッドの脇に置き、余計な服を脱いで、簡素な下着とシャツのみの姿でベッドに入る。 お世辞にも上質なベッドとは言えなかったが、野宿に比べれば十分すぎるほど快適だ。 「神の左手ガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる…か」 ルイズはベッドの脇に置いたデルフリンガーを鞘から抜き、刀身に足を絡め、鍔を胸で抱きしめた。 『おいおい、危ねーよ』 「あたしの身体は切れても平気だって知ってるでしょう?それとも何、女は斬りたくないとか?」 『まあ、そんなもんかなあ』 「デルフ……あなたも、もう少し丁度よい大きさなら、私の身体を鞘にできたのにね」 『!? いきなり何言い出すんだ、おめーは!』 「……この身体になってから、性別とか、あまり気にならなくなったわ。男女関係なく、食欲とは別の意味で、『欲しい』と思うのよ……」 『だからって、おめえ、俺は剣だぜ』 「解ってるわよ、でも、何かを受け入れたいと思う気持ちが止まないの、私にとって必要な人がいない…そんな感じ」 『必要な人、ねえ』 「……神の左手ガンダールヴ、左に握った大剣…デルフ、これ貴方の事じゃないの」 『………』 「あなた、6000年生きているって言ったわね、眉唾物だと思っていたけど、違うわ…貴方は本物、生きた伝説よ」 『そーだっけ?』 「とぼけないで、虚無の担い手が私とティファニア以外にもいて、それぞれに使い魔がいる…それを知っていたんでしょう?」 『思い出したのはつい最近だ、それに確実じゃねえ。なら言う必要もねえだろ」 デルフリンガーはぶっきらぼうに言い放つ、ルイズはそれに少しむっとしたが、怒りはしなかった。 「教えて」 『何をだい?』 「私やティファニアが虚無に目覚めたのは、偶然じゃない。何か理由とか、あるんでしょう」 『さあね。おりゃあ所詮剣に過ぎねえ。深いことまではわからん』 「ガンダールヴって何?あなたを使っていたのなら、それは人間か、亜人?」 『よく思い出せねえよ』 「はぐらかさないでよ、私の、私の足りないものが、そこにある気がするんだから」 『そうは言ってもよ、6000年だぜ、細かいところまでいちいち覚えちゃいねえよ』 デルフが言う 「本当に、そう?」 『…………』 「…………」 室内に沈黙が流れる。 どれくらいそうしていただろうか、気が付くとデルフリンガーの冷たい刀身が、ルイズの体温で少し暖まっていた。 それを自覚したデルフリンガーは、ルイズの寝息が聞こえてきた頃を見計らって、カチャカチャと鍔を鳴らした。 『戦って欲しくねえのさ、特に、嬢ちゃんにはな』 ルイズからの返事は無かった。 翌朝早く、ルイズはティファニアを起こした。 ティファニアや子供達に情が移ると思うと、どこか後ろめたい気持ちが心を支配するのだ。 だから、子供達が起きる前に、ウエストウッドを離れようとした。 「もっと、ゆっくりしていっても……」 「ごめんなさいね、私にもやることがあるの。洗脳された人たちを正気に戻さないといけないし…そうそう、これ、貴方に渡しておくわ」 ルイズは自分の指から『風のルビー』を外し、ティファニアへと渡した。 指輪をフィットさせるルーンを教えて、唱えさせる、すると指輪の輪がティファニアの指に丁度よい大きさとなった。 「これ、石仮面さんにとっても大切な物じゃないの?」 「いいのよ、オルゴールと指輪は貴方のもの、これから先…記憶を消す”忘却”の魔法だけでは手に負えない危機が迫ったとき、必要になるかもしれないもの」 「……じゃあ、もう、いってしまうんですね。あの…マチルダ姉さんに、危険なことはしないでって、伝えて下さい」 「わかったわ、ちゃんと伝えておくから心配しないで」 ルイズは、ティファニアに背を向け、森の中へと歩いていった。 ティファニアはルイズの姿が見えなくなっても、じっとルイズの去っていった方角を見つめていた。 ウエストウッド村から適度に離れたところで、森の茂みの中から吸血馬が姿を見せた。 よく見ると背中の辺りに大きなこぶができている。 別の世界で『ラクダ』と呼ばれる、砂漠の生物によく似たこぶが、吸血馬の背中にできていた。 「どうしたの?」 ルイズが吸血馬に問いかけると、吸血馬はルイズの肩を軽く噛み、そのまま自分の背中に放り投げた。 どすん、と音を立てて吸血馬の背中に着地したルイズは、吸血馬のこぶに手を当てた。 「これ……血?もしかして、これ、私の分?」 「ブフッ、グルルルルルル……」 並の馬よりも遙かに逞しく、グリフォンをもしのぐ吸血馬の声は、まるで怪物のようだ。 だがルイズにはその声の意図がよくわかる、おそらく吸血馬は、ルイズのために何かをしたいと思ったのだろう。 背中にあるこぶは、きっとそのために作ったものだ。 「ありがとう、あなたって本当に優秀ね、執事みたいじゃない」 そう言いながらルイズは吸血馬のこぶに右の手を突き刺した。 こぶの中には、昨日野党から吸い取ったであろう新鮮な血液が沢山ため込まれているようだった。 ズキュン、ズキュンとルイズにしか聞こえない音を立てて血液をすする。 乾いた身体、疲れた細胞がみるみる蘇っていくのが実感できた。 「WRYYYYYYYYYYYYYY……」 細胞が喜び、脳が快楽を味わう。 ルイズの口は半開きになり、舌は緊張して尖るような形を見せていた。 剥き出しになった牙、高揚して紅くなる頬。 今のルイズがフードを被っていなければ、どこから見ても、誰が見ても立派な『吸血鬼』だと思われただろう。 吸血馬のこぶに溜められた血を吸い尽くすと、ルイズは吸血馬の背中にぐったりと寝そべった。 「はあ……生き返った気がするわ……」 ぎゅっ、と吸血馬に抱きつくと、それが合図だったかのように、吸血馬は駆けだした。 目的地、シティオブサウスゴータに到着するまでの数時間、ルイズは『この世界で唯一の同類』の、逞しい背中に身を預けていた。 シティオブサウスゴータの中央通りは、幅も狭ければ空も狭い。 昼間なのに薄暗い気がするのは、建物が日陰を作っているだけでなく、そこに済む住民達の眼に生気が見られないからだろう。 ルイズは表通りを避け、裏通りを歩いて、共同住宅の建ち並ぶ一角を探した。 共同住宅の近くには井戸が作られているだろうと踏んだのだ。 なるべく人気のなさそうな場所を探し、井戸を見つけると、ルイズはそこから水をくみ上げた。 背中のデルフリンガーを鞘から抜き、刀身を水に触れさせると、デルフリンガーは違和感を感じてカチャカチャと鍔を動かした。 『…こりゃあ先住の力だ、間違いねえ、ティファニアの嬢ちゃんが持っていた指輪とそっくりだ』 「じゃあ、この井戸に『ディスペルマジック』をかければ、この街の人たちは正気に戻るかしら」 『どうかな、街の人間を全員正気に戻すのは酷だぜ、この街全域をカバーする『ディスペルマジック』なんて、難しいんじゃねえか』 「そりゃ、自信はないけど、やるしかないでしょう」 『それによ、住民が正気に戻ったとレコン・キスタに知られたら、いろいろ面倒なことになるんじゃねえかなあ』 「じゃあどうしろって言うのよ」 『惚れ薬や毒と一緒さ、時間が経てば効果が切れる。地下水脈に『ディスペルマジック』をかければ……この濃さなら、一ヶ月ぐらいで街の人間は正気に戻るだろうぜ』 「なるほど」 ルイズは頷くと、デルフリンガーを地面に突き立てた。 「デルフ、辺りに気を配っていて。ディスペルマジック……やるわよ」 『気張りすぎて気絶するなよ』 「…………………………………」 ルイズは腕の中に仕込んだ杖を、掌まで押し出し、小声でルーンの詠唱を開始した。 精神を集中させ、井戸の中を思い浮かべる。 井戸に続く魔力の流れ、水脈に沿って流れる魔力の流れが、なぜかルイズの頭の中に入ってくる。 ルイズは杖を掲げて振り下ろすのではなく、掌を井戸の中に向かって突き飛ばすように振った。 「……かふっ はぁ はぁ…はぁ……」 『大丈夫か?』 「大丈夫よ…ちょっと目眩がしただけ。それより誰かに見られてなかった?」 『誰も見てねえよ、通りがかる奴もみんな目がうつろ、嬢ちゃんには誰も気づいてねーさ』 「それなら、いいんだけど」 ルイズは呼吸を乱しながらも、井戸から水をくみ上げて、再度デルフリンガーを水に浸した。 『もう大丈夫だと思うぜ、これなら飲んでも平気だ。街の人間も徐々に元に戻っていくんじゃねーかな』 「そう、なら、バレるまえに次の場所に行きましょう」 『慌ただしいねえ』 「レコン・キスタは、アンの結婚式に先だって親善訪問を行うそうよ。その親善訪問の真意を確かめるわ」 『親善訪問ねえ』 「ロンディニウムで見たでしょう、レコン・キスタは、王党派の船をわざと市街地に墜落させていたわ。親善訪問と言いながらトリステインを砲撃するかもね」 『やりかねねぇなあ』 「でしょう?」 デルフリンガーを鞘にしまうと、ルイズはフードを深く被りなおし、街はずれの住宅街から森の中へと駆けていった。 そしてその頃、親善訪問の予定を一週間繰り上げた『神聖アルビオン帝国』の特使達は、艤装の完了した『レキシントン』号へと資材の積み込みを開始していた。 それに合わせ、慌ただしく僚艦にも慌ただしく弾薬などが補給されていく。 ただ、不思議なことに…ある一隻の船には、食料も弾薬も積まれてることはなかった。 戦争は、近い。 To Be Continued→ 戻る 目次へ