約 1,012,692 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1151.html
「あ ウ アァァァァァーーーーッ!」 ロングビル、いや『土くれのフーケ』は、恐怖のあまり叫んだ。 バックステップしつつ地面に向かって練金を詠唱し、地面を盛り上がらせる。 巨大なナメクジのように地面がうごめき、侵入者をあっけなく包み込んだが、フーケの心臓の鼓動は今までにないほど激しくなっていた。 フーケは今まで、数々の貴族の館に侵入し、お宝を頂戴してきた。 極力殺人はしないように努めていたが、それは身の安全を図るためのもの。 土くれのフーケが『貴族をギャフンと言わせるニクイ奴』だと平民に思わせるためには、貴族の悔しがる姿を平民に想像させなければならないのだ。 殺人を犯してしまえば、義賊でも、盗賊でもなくなる、ただの『凶賊』に成り下がり、各地にいる支援者からの支援を受けられなくなってしまう。 だから今まではピンチに陥っても、相手を殺さずに済ませてきた。 それをたった今破ったのだ。 フーケは慌てて、土の塊を鉄に練金する。 鉄の棺桶に潰されて、ゼロのルイズと呼ばれたメイジは死んだはずだ。 しかし、心臓の鼓動は激しいまま、本能がフーケに『逃げろ!』と警鐘を鳴らし続ける。 「あ、ああ、あああ」 盗み出した本にも目もくれず、壁に穴を開けて逃げようとしたところで、金属の割れる音が響いた。 ビキッ… ゴリッ… 「NNBAAAAAAAAAAAAAA!」 全身を血で真っ赤に染めたルイズが、力づくで鉄の塊を割って現れる。 血で染まった髪の毛が、その血を吸収し、瞬く間に色が綺麗なピンク色に戻っていく。 斜めに歪んだ顔面が、ゴキッ、ベキッと音を立てて、元の形に戻る。 練金の巻き添えを食らい、金属と同化した服が破れ、ルイズは全裸になっていた。 鉄の卵から『生まれた』と表現すべきその姿は、ピンク色の髪の毛が妖しく逆立つ光景に相まって、まるで蝶々の脱皮のように見えた。 「ーーーーーーーー!!」 声にならない叫びを上げたフーケは、練金で壁を崩し、あばら屋の外に出た。 外に出てすぐに地面に向かって詠唱し、ゴーレムを作り出す、身の丈30メイルはありそうな巨大なゴーレムだ。 「ひいいぃぃっ!」 涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、フーケは杖を振る。 のこのことあばら屋から出てきたルイズは、巨大なゴーレムの肩に乗ったフーケを見上げた。 これほどのゴーレムを作り出せる魔力は、トライアングル以上、スクエア未満と言ったところだろう。 ルイズは笑みを浮かべ、地面を蹴って跳躍した。 地面は、その衝撃を吸収しきれず、ボゴン! と音を立ててえぐれる。 瞬く間にフーケと同じ高さにまで跳躍したルイズは、口を半開きにしたフーケの表情を見た。 フーケもルイズの規格外の跳躍力に驚いていたが、ゴーレムを操り、直径5メイル程もある腕をぶつけた。 顔にハエがたかるぐらいなら、軽く手を振るぐらいで済むだろう。 しかし今のフーケの心境は、殺傷能力の高い毒蜂を目の前にしたようなものだった。 ルイズは、ゴーレムの腕に吹き飛ばされるどころか、ゴーレムの腕に自分の足を突きさし、一歩一歩確実にフーケの元へと近づいてくるのだ。 フーケは慌てて魔力を解除し、ゴーレムの腕を土くれに戻した、それに併せてルイズも地面へと落下したが、空中で体制を整えて綺麗に着地した。 「ばっ、化け物!化け物!」 フーケが叫ぶ、それを聞いてルイズは笑う。 ここに獲物と捕食者の関係が成立した。 だが、土くれのフーケも修羅場をくぐった身、ルイズの体に土が付着しているのを見逃さなかった。 フーケが杖を振ると、ルイズの体についた土が油に練金される、そしてその油に向けて着火の呪文が放たれた。 ルイズが炎に包まれる、いくら化け物とはいえど、炎に身を包まれればやがて燃え尽きるはずだと思っていた。 しかし、その期待は、炎の中で笑みを浮かべるルイズを見て、裏切られてしまった。 「ばっ、ばかな、そんな!」 「ねえ、熱いわ、そろそろ終わりにしましょう?」 余裕綽々といったルイズの言葉が、フーケを正気に戻らせた。 この化け物は規格外だという事実を、やっと受け止められるようになったのだ。 フーケは覚悟を決めると、ゴーレムを維持していた魔力を解除し、ゴーレムを丸ごと油に練金した。 フーケはゴーレムの肩からジャンプすると、小さいゴーレムをてクッションの代わりにして地面に着地した。 着地の衝撃で呼吸が乱れるが、すぐさまルイズの周囲に金属の棘を練金し、ルイズを炎の中に固定する。 「あああ…熱いわ!ねえ、そろそろ止めて頂戴!」 「駄目よ!そのまま焼け死ね化け物!」 熱い、熱いと言いながらも、ルイズは笑顔を崩していない。 フーケはそれが『強がり』なのか『余裕』なのか分からなかった。 いや、それが『余裕』だと認めたくなかったので、悩んでいるフリをしていたのだ。 「仕方ないわね」 ルイズがそう呟くと、一瞬で周囲の炎が消えた。 ジュウジュウと音を立てて地面から煙が立ち上る。 唖然としているフーケが地面を見ると、ルイズを中心に地面が凍り、フーケの足下まで霜が降りていた。 「…あら?地面の水分を使って消火するつもりだったのに、そっか、汗腺から水を出すと体温が氷点下にまで下がるのね、面白いわ」 そう言いながら、凍った地面をベキベキと突き破り、ルイズがフーケに近づく。 焼けただれた体も、無惨に焦げた髪の毛も、一歩歩くごとに再生されていった。 フーケの目の前にたどり着いたときには、その肉体のすべては完璧に再生されていた。 ぽたぽたと、足下に水の落ちる音がする。 体中から力の抜けたフーケは失禁し、地面にへたり込んだ。 「…ねえ、あなた、欲しいものは何?」 ルイズの言葉が、頭に響く。 「王には王の、平民には平民の、貴族には貴族の生き方があるわ」 地面に腰をつき、ルイズを見上げているフーケの顔に手を伸ばし、両手でフーケの顔を包む。 「盗賊には盗賊の生き方があるけれど、あなたは生まれつきの盗賊ではないでしょう?」フーケの体はひょいと持ち上げられたが、視線はルイズから外れなかった。 「盗賊になって貴方は何が欲しかったの?意地だけではないでしょう、『趣味』でもない…『実益』を兼ねて盗賊をしている…違うかしら?」 フーケの体から力が抜け、握っていた杖すら落としてしまう。 言葉を出す力すら出てこない。 「緊張しているの?それとも、怖がっているのかしら」 そう言ってルイズは笑みを浮かべた。 ルイズの口内で、牙が妖しく光る。 その牙で無惨に顔面を噛み砕かれる様を想像して、フーケは嘔吐した。 「げぇえっ、げほっ、げほっ」 地面にビチャビチャと吐瀉物が落ちる、既に胃の中は空になっているが、極度の恐怖と緊張がフーケの横隔膜を痙攣させ、嘔吐を続けさせていた。 ルイズは吐瀉物で汚れたフーケの顎に手を添えて、顔を上げさせる。 「ゲロを吐くほど怖がらなくてもいいじゃない…ね、友達になりましょう」 フーケは、吐瀉物と共に、体の中からわだかまりが出て行ったような錯覚に陥った。 先ほどまで感じていた恐怖も、殺気も無い、あるのはただそこにある『諦め』だけだった。 「わ、わたしの、血を、吸うの?」 フーケの質問に、ルイズは首を振った、NOのサインだ。 「ど、どうして?」 「私は友達が欲しいの、奴隷なんて欲しくないわ。ねえ…貴方は自分を人間だと思っているかもしれないけれど、 貴族に刃向かった貴方が捕らえられたら、人間以下の扱いを受けて処刑されると思うわ」 フーケはルイズの言葉を聞きながら、今までに行った盗みを思い返した。 「人間を人間たらしめているのは何かしら?私は『自覚』と『覚悟』こそが人間を人間にしていると思うの、私はもちろん『吸血鬼としての自覚』がある」 「自覚…」 「そうよ…ねえ、フーケ、貴方は何になりたいの?」 しばらくの沈黙の後、フーケは答えた。 「故郷で…平穏に暮らせれば…それでいいわ」 ルイズは、にやりと笑った。 「平穏に暮らしたいと思うでしょう?私もそう思うわ、でも、貴方は故郷と言ったわね、故郷を故郷としているものは何かしら、土地?環境?それとも………家族」 家族という言葉に反応し、ロングビルの肩が震える、ルイズはそれを見逃さなかった。 「家族が居るのね…羨ましいわ、私はもう家族として認められない者になったのだから。ねえフーケ…いいえ、ミス・ロングビル、貴方は魔法学院に戻って、 宝物をフーケから取り返したと伝えてくれないかしら、貴方はこれから『仲間を作る』覚悟が必要よ、ヒトは一人では生きられないもの」 フーケはルイズの言葉を黙って聞いていたが、仲間という言葉には異を唱えた。 「仲間なんて、そんなもの不要よ、私は一匹狼の盗賊よ、それに貴族に尻尾を振る気は無いわ」 「強情なのね。でも、貴方はきっとお友達を作るわ、だって、貴方が言った『平穏』は『家族と過ごす平穏』でしょう? 貴方は寂しがりや…私と同じ…」 そう言ってフーケを見つめるルイズの瞳が、どこか寂しげに見えた。 (私が、吸血鬼に同情するなんて…) そう考えたところで、ふと故郷に住むハーフエルフの少女を思い出す。 (どうやら、私は亜人と縁があるのかねえ) 「分かったわよ、言うとおりにするわ、学院に戻って宝物を取り返したと言えばいいんでしょう?まったく私もお人好しだねえ」 「ええ、そうしてくれると助かるわ…それと、一応私は死んだことにしてくれないかしら、私は今日明日を境にして行方不明になるつもりだったの」 「それは構わないけれど…いいのかい?」 「ええ、それともう一つ約束するわ、人間から少し血を貰うかもしれないけれど、食屍鬼(グール)にはしない。奴隷なんて欲しくないし、人間とは仲良くしたいもの」 「よく言うわ」 「…あ、それと、体を再生してちょっと疲れたから、一口分だけ血を飲ませてくれないかしら」 「………」 先ほどまでルイズを怖がっていたと思えない程、嫌そうな顔をするフーケ。 「大丈夫よ、グールにはしないって言ったでしょう、ちょっと腕を出して」 フーケが左手を出すと、ルイズはフーケの袖を捲り、二の腕のあたりに爪で切り込みを入れた。 「…つぅ」 「いただきまぁす」 そう言ってルイズが腕に吸い付く、全裸の少女に抱きつかれているようで、フーケはどこか落ち着かなかった。 そして、違う意味でも落ち着かなくなっていった。 痺れにも似た快感が襲ってくるのだ、傷口が性器にでもなったかのように、じわりじわりと快感の波が広がる。 ルイズの舌が傷口を舐める度に、敏感な部分を舐められたかのような刺激が伝わり、自然と呼吸が荒くなる。 ちゅぽ、と音を立ててルイズが口を離すと、フーケは「もう終わり?」とでも言いたそうな顔でルイズを見た。 「えへへ…ごめんなさい、二口分吸っちゃった」 「え、ああ、なんならもっと吸…いやいや、何考えてるんだアタシったら」 「じゃあ、後かたづけをするから、盗んだ本を持って離れてくれないかしら」 「分かったわ」 。 100歩以上離れた所で、地面を掘って身を隠したルイズは、フーケも一緒に避難したのを確認し、ファイヤーボールの魔法を詠唱した。 「あれ?アンタって魔法が使えないはずじゃ…」 ルイズは今悪戯っ子のような笑顔でフーケにウインクしつつ、今までにないほどの集中力でファイヤーボールを詠唱する。 そして、あばら屋を中心にして半径30m、ゴーレムの破片も何もかもを吹き飛ばす、巨大な爆発が発動した。 「どう?『ゼロのルイズ』唯一の特技、堪能したかしら」 「え、ええ…」 フーケは引きつった笑みを浮かべた。 To Be Continued …… 5< 目次
https://w.atwiki.jp/mangaroyale/pages/95.html
覚悟とルイズと大男 ◆1qmjaShGfE 覚悟はルイズに肩を借りながら歩く。 何度も断ったのだが、意外に強情なルイズに押し切られてしまったのだ。 確かに、おかげで歩くのは少し楽であったが、この状態をいつまでも続ける事も出来ない。 「ありがとう、そろそろ体力も回復した」 そう言ってルイズの肩から腕を離す。 ルイズは疑わしげな目で覚悟を見ている。 「本当に? ……嘘だったら承知しないわよ」 「無論だ。この程度の痛みで動けなくなるような鍛え方はしていない」 「やっぱり痛いんじゃない!」 返答に窮する覚悟。 ルイズはふいっとそっぽを向く。 「ふんだ。どうして男ってこう痩せ我慢ばっかするのよ。痛いなら素直にそう言えばいいのに」 拗ねたルイズに覚悟は真顔で答える。 「男に限らない。戦士とはそういうものだ」 ちらっと振り返って覚悟を見るルイズ。 覚悟は終始真顔である。 「……変な人ね、あなた」 そう言われた覚悟は、またしても返答に困る。 口元に手を当てて少し考えた後、覚悟はルイズに訊ねた。 「もしかして、私は君の機嫌を損ねるような事を言ったか? 私にその意図は無かったが、そうだったのなら謝る。すまない」 今度はまじまじと覚悟を見つめるルイズ。 やはり覚悟は真顔であった。 ルイズは何やら納得したようだ。 「うん、やっぱりあなたは変な人よ。さっ、早く病院に行きましょう」 あっさりと機嫌を直してすたすたと歩き出すルイズ。 今度は覚悟が悩む番であった。 『……零よ、やはり女人は謎だ』 「ねえカクゴ、貴方は学校とか行ってるの?」 不意にルイズがそんな事を聞いてきた。 「うむ、逆十字学園に通っている」 「ふ~ん、じゃあもしかしてあなたも魔法使えるの?」 「いや、私は魔法は使えない」 「そっか~、じゃあやっぱり庶民なんだ」 聞き慣れない言葉に、覚悟は怪訝そうな顔をするが、ルイズは気にもせずに話し続ける。 「でも私は庶民だからって、貴方を馬鹿になんてしないわ。だって貴方はあんなに強いんですもの」 覚悟の脳内で等号が二つ繋がる。 魔法が使えない=庶民=馬鹿にする対象 「それは、魔法が使えなく、かつ弱い人間は馬鹿にするに足るという事か?」 「そ、そんな意味で言ったんじゃないわよ。ただ、ほら、やっぱりこういう事は最初に言っておかないと……」 ルイズなりに気を遣った結果なのだろうが、覚悟はまるで理解していない。 不思議そうな顔をする覚悟。 「もういいわよ! カクゴなんて知らない!」 ルイズは突然癇癪を起こして早足に林の中へ入っていってしまった。 そしてその場に取り残され呆然としている覚悟。 いくら考えても、何がどう彼女の気に障ったのか全くわからない。 しかし、このまま彼女を一人にするわけにもいかない。 覚悟もルイズを追って林の中へと入っていく。 「待ってくれルイズさん、一人で居ては危険だ」 「うるさいっ! ついてくるなバカカクゴ!」 絶好調に理不尽なルイズだが、覚悟は馬鹿正直に自分の非を探してみる。 先ほどの会話で、彼女の意図しない受け取り方をしてしまったのだろうか? 「俺が何か間違ったのなら謝る。だから止まってくれルイズさん」 「うるさいうるさいうるさーい! ついてくるなって言ってるでしょ!」 そう言われても、放っておく事も出来ず追いかけ続ける覚悟。 ルイズもルイズでそんな覚悟を無視してずんずん歩いていく。 不機嫌マキシマムのルイズは、ロクに前方の注意もせずに歩いていた。 そのため、木の根に足を引っ掛けてしまう。 「きゃっ」 小さい悲鳴と共にバランスを崩す。 それを見てとった覚悟が走り寄ってルイズの腕を掴もうとするが、そのルイズの姿が覚悟の眼前から消え失せる。 理由はすぐにわかった。 躓いたルイズがバランスを取ろうと伸ばした足の先、ちょうどその場所から少し急な勾配になっていたのだ。 「ちょ、きゃっ、何、これ、なんなのよーーーー!!」 うまい事木々の枝が折り重なってその先が見えないようになっていたらしい。 現に今覚悟からも転がり落ちるルイズの姿はよくみえなかった。 ルイズの悲鳴から、転がり落ちるスピード自体は大した事は無さそうだと判断出来たが、やはり怪我でもしては大変と思い、覚悟も彼女の後を追った。 埃まみれになって起き上がったルイズが悪態をつきながら顔を起こし、最初に目に入ったのは見上げんばかりの巨漢であった。 「……」 その巨漢は食事中であったらしく、手に明らかにサイズの合っていないサンドイッチを持っている。 彼はルイズに一瞥をくれた後、それ以上ひっくり返っているルイズに興味は無いとばかりに目線を外し、サンドイッチを一口に頬張った。 そんな態度がルイズの癇に障る。 「な、何よ貴方! か弱いレディが倒れてるのよ! 手ぐらい貸したらどうなのよ!」 鍛え抜かれた肉体を持つ巨漢を相手に厚顔不遜なこの態度、貴族の生まれは伊達ではないと言わんばかりである。 詰られた巨漢、ラオウはこんな女なぞ心の底からどうでも良かったが、こう近くで騒々しくされるのも何やら鬱陶しいので、黙らせようと考えた矢先、もう一人の乱入者が駆け寄ってきた。 「待てルイズさん」 ぎゃーぎゃー喚くルイズを片手で制してその男、葉隠覚悟はラオウと相対する。 覚悟は、第一声をあげるまえに、まずその頭を下げた。 「すまない、貴殿の食事を邪魔するつもりは無かった。彼女もこのような場所に来て少し興奮した故の発言だ。どうか、気を悪くしないで欲しい」 先ほどの戦いもそうだったが、やはりこの男は気骨のある男らしい。 そんな男の潔い態度は見ていて快い。 ラオウはルイズの時と同じように覚悟を一瞥した後、何も言わずに食事を続けた。 覚悟にはそれだけで意が通じたのか、再度一礼する。 「かたじけない」 そして蚊帳の外のルイズ。 「全然どういう話かわからないんだけど。カクゴ! 説明しなさいよ! 大体そこのおっきい貴方も、こんな危険な場所で食事なんて危機感が無さすぎなんじゃ……」 ぐ~~~。 ラオウも覚悟も一流の戦士である。 そんな二人が、音の出所を聞き逃すはずもない。 しかし、そんな事にまで思考の回らないルイズは全力で誤魔化しにかかった。 「だ、だだだ誰よ一体! わ、私が今危機感の話をしたばっかなのにお腹なんて鳴らして!」 ラオウは覚悟の方に首を向ける。 「故人曰く、女人と小人は御しがたし。だそうだ」 覚悟が彼女をどう捌くのか見てやろうというつもりらしい。 ラオウにとって女なぞどうでも良いし、覚悟にはその傷が治るまでは無理に手を出すつもりは無かったので、銀時の時とは少々違う対応となった。 覚悟はラオウの視線を受け、ルイズに言う。 「済まないルイズさん、ここに来てまだ一度も食事を取っていなかった。もし良ければここで食事を取りたいと思うが如何か?」 そう言われたルイズは良いとっかかりを見つけたとばかりに喰い付いた。 「や、やあね~カクゴだったの。しょ、しょうがないわねまったく、べ、べべべべつに私はお腹なんて空いて無いんだけど、カクゴがどうしてもって言うんなら……」 覚悟はラオウにも訊ねる。 「我々もご一緒させていただいてよろしいか?」 余りラオウ好みの捌き方ではなかったので、ラオウはつまらなそうに答えた。 「好きにしろ」 三人は円形に座りながら黙々と食事を取る。 覚悟は握り飯を既に三つ平らげている。 巨漢の男もバスケットに入ったサンドイッチをほとんど食べきってしまったようだ。 ルイズは何とも居たたまれない空気を感じていた。 『なんだってこんな無口な奴ばっかりなのよ~。もうちょっと場を盛り上げるとか、そういう配慮しなさい二人共!』 しかし、二人が全くそういう配慮をしない中、自分が率先してそうしてしまうのはちょっと悔しい。 結果、やはり無言のまま食事は続いていく。 巨漢はデイバックから飲料を取り出す。 それはガラスの瓶に入っているようで、蓋の部分が金属で覆われている。 『あれって、どうやって空けるのかしら?』 そんな事をルイズが考えていると、巨漢はその瓶の胴回りの部分を片手に持ち、残った手で蓋の部分に手刀を放つ。 ガラスで出来ていると思われたそれは、まるで紙か何かのように簡単に切り落とされた。 驚きに目を大きく見開くルイズ。 「ちょ、ちょっとちょっと! そこの貴方! 今何やったのよ!?」 それには隣で見ていた覚悟が答えた。 「手刀で切って落とした。修行を積めば誰でも出来る事だ」 「どんな修行よそれ! カクゴだって出来ないでしょあんな事!」 「可能だ。必要が無ければやらないが」 事も無げにそう言う覚悟に、別に大した事はしていないといわんばかりに平然としている巨漢。 少しだけ巨漢の事を見直したルイズは彼を改めて見てみた。 確かに鍛え上げられた肉体であるし、彼の持つ雰囲気は独特でえもいわれぬ迫力があった。 その巨漢の彼は、飲料を口に流し込むとほんの少しだけ眉をひそめてみせた。 「この飲み物は何だ?」 そう問うた巨漢に、覚悟が表情を変える。 「毒か!?」 その鋭い表情は巨漢の身を案じての事であり、それを察したラオウも過剰とも思える覚悟の態度にも大きく反応したりはしなかった。 「いや、毒ならばわかる。だが、これは何とも形容しずらい……貴様も飲んでみるか?」 そう言って覚悟に瓶を差し出す巨漢。 覚悟はそれを受け取り、すぐにそれを試そうとする。 「待ちなさいよカクゴ! もしかしたらそいつが私達を騙そうとしてるのかも……」 「断じてそれは無い。我が身を案じてくれるのは嬉しいが、戦士を貶めるような言動は控えていただきたい」 ルイズの台詞をみなまで言わせずぴしゃっと言い放つ覚悟。 何を持って覚悟がこの巨漢を戦士と認めたのかは知らないが、そう言った時の覚悟の言葉がいつもより強い物であったので、ルイズはそれ以上は言わなかった。 巨漢の勧めに従って、覚悟もその飲み物を口にする。 覚悟は、巨漢と全く同じリアクションをした。 「……確かに、これは……何と言ったものか」 難しい顔になる覚悟に、ルイズも少し興味を引かれたらしい。 覚悟からその瓶を受け取って自分も飲んでみる。 まず最初に、口の中に広がる泡に驚いた。 しかも、その泡は甘いのだ。 ルイズもやはり二人と同じように難しい顔になる。 「マズイって事じゃないけど、こんな飲み物飲んだ事無いわ」 難しい顔のまま、ルイズは瓶を巨漢に返す。 巨漢はそれを受け取ると、残った分を一息に飲み干し、ラベルを読んでみた。 「うむ、後味も悪く無い。こか・こーらというのかこれは?」 何故か鷹揚に頷く覚悟。 「ふむ、こかこーらか」 巨漢はデイバックから同じものをもう一本取り出し、また手刀で蓋を開けると、こかこーらを飲みだした。 そんな巨漢の様を見て、ルイズは初めてこの巨漢に親しみを覚えた。 『気に入ったんだ、コレ』 ふと、ルイズの目に開きっぱなしになっている巨漢のデイバックの中身が見える。 そこには、ランダム支給品の紙が入りっぱなしになっていた。 「あら? 貴方支給品はまだ見ていないの?」 巨漢はちらっとルイズの方を見ると、デイバックに手を伸ばし、二本の指で一枚の紙を拾い上げる。 そしてその指を軽く振ると、紙は折りたたまれた状態でまっすぐにルイズに向かって飛んでいった。 「わっ」 慌てて受け取るルイズ。 「俺には必要無い」 覚悟はその巨漢の何気ない動作に驚嘆していた。 折り畳まれていたとはいえ、あのように薄く柔らかい物を狙った場所に正確に投げる技術。 腕力だけの男ではないと思っていたが、その巨大な体にどれほどの技を秘めているのか。 そんな覚悟の思いを他所に、ルイズは紙の書かれた文字を見て歓喜の声をあげる。 「嘘っ! これキュルケの杖じゃない!」 ルイズがすぐに紙を開くと、書かれていた通り、小ぶりの杖が一本出てきた。 「これさえあれば、私も魔法が使えるわ!」 メイジと杖は不可分な存在である。どんなに優秀なメイジといえど、杖が無くば魔法を操る事は出来ないのだから。 それ故、杖が手元に無い不安感は大きい。そしてそれが解消されたルイズの喜びようといったら無かった。 「ねえ、本当にこれ私がもらっちゃっていいの!?」 「かまわん」 即答する巨漢に、ルイズは満面の笑みになる。 「ありがとう!」 覚悟はそれを微笑ましい顔で見ていた。 彼女がこんなに嬉しそうにしているのを見るのは初めてだ。 自分はこの笑顔を守る為に戦っているのだ。そう実感出来る、そんなルイズの笑みであった。 「これさえあれば、私だって活躍出来るわよ! カクゴだけに良い格好させないんだから!」 目を細めてそれを見ている覚悟。 「それは頼もしい。確か魔法うんぬんと言っていたが、それを使えば魔法が使えたりするのか?」 覚悟の言葉に、ルイズの表情が凍りついた。 「え? ああ、うん、そうね。ま、魔法はもちろん使えるわよ。なんたって私は貴族なんですから」 ルイズの表情の変化に覚悟は気付かない。 「なるほど、ルイズさんは魔法使いなのか。それで、その魔法というのはどんな事が出来るのだ? 一度見てみたいものだ」 どんどん窮地に追い込まれていくルイズ。 『あからさまに嫌がってるのがわかんないのこのバカクゴ! 本当に空気読まない人ね貴方は!』 助けを求めるように巨漢の方を向く。 「ねえ、貴方は魔法なんて別に見たくないわよね?」 巨漢は、まるで地を這う害虫か何かを見るような見下した目で、ルイズを見ていた。 沸点の低いルイズにこれに耐えろというのは無理な話であった。 「いっ、いいわよ! 見せてあげようじゃない! 私の魔法見て腰抜かしたって知らないんだからね!」 流石に怪我人である覚悟を巻き込んでは悪いと思い、少し離れた場所に立つルイズ。 「い、いくわよっ!」 静かに呪文を唱え始める。 それが中々に堂に入った唱え方だったので、覚悟も巨漢もそんなルイズの姿に見入ってしまう。 ルイズの前方に光が集まる。 そして、爆発した。 「おおっ!」 思わず声をあげる覚悟。 巨漢もほう、と息を漏らす。 そして爆煙に咳き込むルイズ。髪は爆風でぼさぼさである。 「も、もう一回よ! 今のはキュルケの杖だから失敗したのよ! 次は絶対うまくいくんだから!」 再度詠唱に入るルイズ。 巨漢は覚悟に聞いた。 「見たか?」 「見た。いや、見えなかったと言うべきか。何も無い空間に突然爆発が発生した」 「爆薬も火も無い。不可思議な事よ」 今度はより集中していたせいか、少しだけさっきより大きな爆発が起きた。 ルイズは乱れた髪を直す事すらせずにその場に座り込んでしまう。 大見得をきっただけに、二度の失敗は流石に恥ずかしいようだ。 覚悟はそんなルイズに拍手を送った。 「お見事。天晴れな魔法なり」 ルイズは覚悟の言葉にきょとんとした顔になる。 「え?」 「二度も見せてもらいながら、私にはどうやったのか見当もつかなかった。何も無い場所に爆発を起こす奇跡、いやお見事であった」 驚いて巨漢の方を見ると、彼もさっきの見下すような視線はしていなかった。 「そ、そう? 私そんなに凄かった?」 「もちろん。この覚悟、感服しました」 覚悟の馬鹿丁寧な賛辞に、ルイズは少しだけ自信を取り戻した。 「あ、ありがとう。そっか、二人共魔法を見た事が無いんだ」 少し照れながらそう言うルイズを見て、覚悟は彼女がまた気分良くなったと思い、安心する。 「しかしルイズさん、一つ気になる事があるのだが」 「ん? 何?」 「魔法が凄いのはわかったが、爆発の中心に居てルイズさんは痛くないのか?」 「痛いに決まってるでしょバカ!!」 もう何度目になるか、またまた機嫌の悪くなったルイズを他所に覚悟は巨漢の男と別れを告げる。 巨漢は最後に妙な事を訊ねた。 天に輝く北斗七星の脇に星は見えるかと。 覚悟もルイズもそんな星は見えないと言うと、彼はそれ以上何も言わずに去っていった。 一緒に行動しよう、そう声をかけられない雰囲気が彼にはあったのだ。 一目見た時からわかった、彼は生粋の武人であり、数多の戦場を戦い抜いた猛者であると。 それ故、極度の馴れ合いは彼の好む所ではないと考えたのだ。 しかし、覚悟は彼がルイズに笑顔をもたらした事を忘れるつもりは無い。 いずれ彼に助けが必要な時が来たのなら、全力で力になろう。 そう、心に決めたのだった。 【H-3 西部 林 1日目 早朝】 【葉隠覚悟@覚悟のススメ】 [状態]:全身に重度の火傷 胴体部分に銃撃による重度のダメージ 全身に打撲(どれも致命傷ではない) 強い決意 [装備]:滝のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS [道具]:ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾、残弾5発、劣化ウラン弾、残弾6発)@HELLSING [思考] 基本 牙無き人の剣となる。 この戦いの首謀者を必ず倒す。 1 病院に向かいルイズの言うとおり治療を受ける。 2 ルイズを守り、スギムラを弔う。 3:いずれ巨漢の男(ラオウ)の力になりたい 【ルイズ@ゼロの使い魔】 [状態]:右足に銃創 中程度の疲労 両手に軽度の痺れ 強い決意 [装備]:折れた軍刀 [道具]:支給品一式×3 超光戦士シャンゼリオン DVDBOX@ハヤテのごとく? キュルケの杖 [思考] 基本 スギムラの正義を継ぎ、多くの人を助け首謀者を倒す。 1 病院に向かいカクゴを治療する。 2 スギムラを弔う 3:才人と合流 【ラオウ@北斗の拳】 {状態}健康 {装備}無し {道具}支給品一式 {思考・状況} 1 ケンシロウ、勇次郎と決着をつけたい 2 坂田銀時に対するわずかな執着心 3 強敵を倒しながら優勝を目指す 4 先ほどの短髪の男(覚悟)が万全の状態になれば戦いたい 069 ハッキング 投下順 071 風を切る感覚 069 ハッキング 時系列順 071 風を切る感覚 030 A forbidden battlefield 葉隠覚悟 080 奥行きの操作は真正面から見てはいけません 030 A forbidden battlefield ルイズ 080 奥行きの操作は真正面から見てはいけません 030 A forbidden battlefield ラオウ 079 Blue sky
https://w.atwiki.jp/pfm_ase/pages/41.html
ルイズ・スフォルツア 所属: 池袋店 誕生日: 12月19日 血液型: 0 身長: 159cm 長所: 褒められて伸びる、ポジティブ 趣味: ゲーム、アニメ鑑賞、プラモデル作り、ツイッター 特技: 早起き、メールのタイピングが早い、洋服作り 好きな食べ物: 生野菜、辛いもの、しょっぱいもの、たこわさ 自分を漢字1文字で言うと: 類 好きな顔文字: (*´_ゝ`) 自己アピール: アフィリア・サーガの委員長、ルイズです☆チャームポイントはどや顔☆くびれには自信あり!!!メンバーをしっかりまとめます! アヤミ・チェルシー・スノウ アリア・M・ミルヴァーナ カレン・クラシュカ クルミ・ラーラ・ミルク コヒメ・リト・プッチ マホ・ソット・ボーチェ ミク・ドール・シャルロット ミィナ・M・フラーチェ メイリ・マロンフィール ユカフィン・ドール ルイズ・スフォルツア ロゼ・ガーデンフェアリー ローラ・シュクレーヌ エミュウ・ヴァイルシュミット
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/377.html
ルイズはベッドの中で夢を見ていた。 トリステイン魔法学院から馬で三日ほどの距離、生まれ故郷での夢だった。 幼い頃のいルイズは屋敷の中庭を逃げ周り、植え込みの陰に隠れて、追っ手をやり過ごす。 ルイズは出来のいい姉たちと比較されては、物覚えが悪いと叱られていたのだ。 「まったく、ルイズお嬢様にも困ったものだねえ」 「上の二人はあんなに素晴らしいメイジなのに……」 幼い頃のルイズは、いつもこうやって屈辱を受けていた。 召使いたちですら、自分が聞いていないと思って、こんな事を言う。 魔法が使えないのは事実だが、召使いにまで馬鹿にされるのが悔しくて仕方がなかった。 ルイズは植え込みの中を移動し、あまり人の寄りつかない中庭に移動した。 中庭には池があり、そこには小舟が浮かんでいる。ルイズは小舟に乗り込んで池の真ん中まで移動した。 叱られたルイズはいつもここに逃げ込む。そして、誰かがルイズの元を訪れるのだ。 「泣いているのかい? ルイズ」 「子爵さま…」 幼いルイズは慌てて顔を上げたが、すぐに顔を隠した。ルイズの元にやってきたのは、憧れの人なのだ。 泣き顔を見られてしまうのはいくら何でも恥ずかしい。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ」 憧れの人は、幼いルイズを抱き上げようとする。が、突然憧れの人との距離が離れた。 「子爵さま!」 驚いて声を上げるルイズ。 夢の中でルイズは、他の誰かに抱き上げられてしまったのだ。 夢の中で子爵は、ルイズが誰かに抱き上げられているのに、何も言わない。 笑顔一つ崩れることがなかった。ルイズはその表情に、一抹の不安を覚えた。 ルイズが自分を抱きかかえている人は誰なのか見上げる ルイズを抱き上げているのは、どこかで見たことのある銀色… いや、白金に輝く筋骨隆々とした男だった。 ルイズを抱き上げた彼は、まるで、迫り来る敵を警戒するかのように、ルイズの憧れの人を見ていた。 さて、ルイズが不可解な夢から目覚めて、欠伸をしている頃、オールド・オスマンの秘書であるミス・ロングビルは、宝物庫の状態を調査していた。 宝物庫は、壁も扉もスクウェアメイジによる『固定化』の魔法がかけられており、トライアングルクラスのメイジではまったく歯が立たない。 それどころか、中にあるもう一枚の扉は、スクウェアメイジでも一人では破ることも出来ないだろう。 この宝物庫は国家の宝物もいくつか預かっているため、最重要の宝物が収納された奥の扉は、スクウェアメイジが複数人…おそらく五人以上で固定化の魔法を掛けられている。 教師のコルベールは、物理的な力を使えば破壊することも不可能ではないと言っていたが、『土くれのフーケ』が作り出すゴーレムが力づくで殴っても、破ることが不可能なのは明らかだった。 ふう、とため息をついたロングビルは、宝物庫の扉を小突く。 この中には、国中の貴族が驚くようなお宝が沢山眠っている。 それを盗み出すことが出来れば、国中の貴族はおろか王族にも一泡吹かせられるだろう。 オールド・オスマンの秘書にしては、危険すぎる思考を巡らせるロングビル。 「おい」 そこに、突然声を掛けられた。 驚いて振り向くと、そこには黒マントをまとった長身の人物が立っていた。 薄暗い宝物庫の中で、白い仮面に覆われて顔の見えぬ男に、突然声を掛けられたのだから驚く。 その上マントの中から、メイジの証である魔法の杖が突き出ているのが見えた。 「だ、誰かしら?仮面を被ったお客さんなんて、珍しいですわね」 仮面を被った男、声の調子からして男だろう。そいつはわざとらしくサイレントの魔法を唱えると、こう言った。 「『土くれ』だな?」 「………」 警戒するロングビルに、その男は両手を開き、敵意がないことを示した。 「話をしにきた」 「は、話? 何の用でしょうか。私はただの秘書ですわ」 「マチルダ・オブ・サウスゴータ」 ロングビルの顔が真っ青になる。焦りを顔に出してはいけない。そう言い聞かせたが、体が言うことを聞かない。 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。 しばらくの静寂の後、男は小声で 「再びアルビオンに仕える気はないかね?」 と言った。 ルイズは、怖いと評判の教師、ミスタ・ギトーの授業を受けていた。 シュヴルーズ先生やコルベール先生が教室に入ってきても、すぐには静かにならない。 しかしこの先生は別だ。オスマン氏にも『君は怒りっぽくていかん』と言われる程である。 疾風のギトーという二つ名を持つその教師は、長い黒髪と黒いマントを特徴とする。 ハッキリ言って不気味だ。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」 このように、いちいち引っかかる言い方をする。 生徒からの人気がないのも仕方がない。特にキュルケはこの教師を嫌っていた。 「火に決まってますわ。すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱…」 キュルケの言葉を遮るかのように、ギトーは杖を抜いて言い放つ。 「残念ながらそうではない。この私にきみの得意な魔法をぶつけてきたまえ」 ギトーはキュルケを挑発するように言う。そこまでされて黙っていられるキュルケではない。全力でぶつけるのつもりでキュルケは呪文を詠唱する。 掌の上に現れた小さな炎が、直径一メイル(m)ほどの大きさになるのに時間はかからなかった。 それを見た生徒達は慌てて机の下に批難し、それを合図にしてキュルケは魔法を放った。 しかしギトーは剣を振るかのように杖を振り、風邪の魔法を放ち炎の玉を霧散させ、キュルケをも吹き飛ばした。 「諸君、風が最強たる理由を教えよう。風は偏在し、すべてを薙ぎ払う。試したことはないが、『虚無』の魔法でも吹き飛ばすことが可能だろう。それが風の魔法だ」 生徒達は机の下から出て、席に座り直す。キュルケも立ち上がり、不満そうにしながらも席に着いた。 「でも、ゼロのルイズなら…」 少々太り気味の生徒、風上のマルコリヌが、ぼそっと呟いた。 それを聞いたギトーは眉をひそめる。 マルコリヌはギョっとしたが、ギトーは眉をひそめたままルイズを見たので、マルコリヌはほっと胸をなで下ろした。 しかし、ルイズの方を見ると、ルイズは明らかな殺意を持った目でマルコリヌを見ていた。 その目つきに驚いたマルコリヌは、ルイズからの『爆破予告』を受けた気がして、失神した。 ギトーの視線がルイズから外れ、教室の扉に向けられると、ギトーは軽く杖を振った。 開かれた扉の向こうで、オールド・オスマンの秘書である、ミス・ロングビルが少し驚いたような表情で立っていた。 ロングビルが「失礼します」と言いながら教室に入ろうとすると、ギトーが「授業中です」と言って咎めた。 「学院長からの伝言をお伝えします。ミス・ヴァリエール、この間の件について、至急事情を聞きたいとの事です。 至急学院長室に来てくださるようお願いします」 「は、はい」 ルイズは内心で、助かったと思いつつ、急いで教室を離れるのだった。 「失礼します」 「おお、ミス・ヴァリエール、待っておったぞ。早速じゃが…」 オールド・オスマンは、ルイズが学院長室に入り扉を閉めると、すぐに扉の鍵を閉める呪文を唱え、次に部屋の音を外に漏らさない呪文、最後にルイズの体にマジックアイテムが仕掛けられていないか探知する呪文を唱えた。 その真剣さにルイズは驚き、硬直していたが、すぐに気を取り直して姿勢を正した。 「ミス・ヴァリエール、まずは謝らせてもらう。事情を聞くというのは嘘じゃ」 ルイズは黙ってそれを聞いた。 「火急の用、それも密命じゃ。今すぐに厨房脇の倉庫から馬車に乗り込んでもらう。食材を調達する馬車なので窮屈じゃが我慢してくれ。馬車には使用人の服が準備されておるので移動中に着替えて、その後は指示を待つんじゃ」 ルイズは驚いた。平民に変装して移動するなんて、まるで命を狙われた没落貴族だ。 しかし、更に驚いたのは、オールド・オスマンの机の上にある一枚の書状だった。 「アンリエッタ姫殿下直々の花押じゃ。この密命は確かに伝えたぞい」 オールド・オスマンは、火の呪文を唱え、そのばで書状を燃やした。 書状を燃やすという行為は、恐るべき不敬であるが、オスマン氏の真剣な表情が『なりふり構わない状態』であることを告げていた。 ルイズはオスマン氏に一礼すると、学院長室を出て、急いで厨房に向かった。 オスマン氏は、学院の生徒が王宮の都合で使われることが好きではない。ふぅ、とため息をつくと立ち上がり、神妙な面持ちで窓の外を見上げた。 ガタガタ、ガタガタと、揺れる馬車の中。 馬車は幌が被さり外から見ることは出来ない。 トリスティン魔法学院の所属であることを示す紋章すら、この馬車には一つも描かれていなかった。 馬車の外で手綱を握っているのは、料理長のマルトーで、中にはルイズとシエスタが乗っていた。 シエスタはルイズの着替えを手伝っていた。マルトーの耳にはルイズとシエスタが楽しそうに着替える声が聞こえてくる。 マルトーはそれを訝しく思っていたが、ルイズの着替が終わりシエスタと手綱を交換すると、いつもシエスタが話す『一風変わった貴族』ルイズのいる馬車の中に入っていった。 ルイズはシエスタが手綱を扱えることに驚いていた。馬に乗るのならまだしも、二頭の馬を操って馬車を引く経験もあるとは思わなかったからだ。 「シエスタって、何でも出来るのかな」 そう呟くルイズに、マルトーが言った。 「貴族様は魔法をお使いになるじゃありませんか」 マルトーは貴族に対してあまり良い印象を持っていない。それどころか毛嫌いしている節もあった。 しかし、シエスタから話を聞いている『ルイズ』の存在は、マルトーにとっても気になる存在だったのだ。 万能の魔法を使い、平民を動物と同列に扱うのが貴族だと思っていたマルトーは、メイジとは思えないルイズの発言に驚いたのだ。 マルトーはルイズのあだ名を思い出し、あっ、と小さな声を上げた。 『ゼロのルイズ』に対して、今の発言は喧嘩を売っているようなモノだ。 マルトーは貴族嫌いではあるが、正面から喧嘩を売るようなマネをして殺されるのは、いくら何でも遠慮しておきたかった。 だが、ルイズの言葉は、自分を責めるモノではなかった。それがマルトーを更に驚かせる。 「塩を錬金できるメイジは沢山居るわ。でも、美味しい食事は錬金できないもの」 この言葉はカトレアからの受け売りだった。 体が弱く、外に出られなかったカトレアに、母親は旅先で作らせたドレスや調度品を土産として渡し、寂しさを紛らわせようとしていた。 しかし、ある日ルイズにこんな事を言ったのだ。 錬金によって、精巧な黄金のオブジェを作り出すメイジもこの世には存在する。 しかし、黄金を加工して糸を作り、見事なカーテンやドレスを縫える職人技は、その微細さ故にスクウェアクラスのメイジでもなかなか再現できない。 どんなに魔法が優れていても、私は外でルイズのように遊ぶことができない。 本当に魔法は、メイジは、貴族は優れているのだろうか…と。 馬車を走らせるシエスタの後ろ姿を見て、カトレアが一番欲しいはずの『健康』を備えたその姿が、とてもまぶしく感じれた。 マルトーは、驚き、感動し、少し疑った。 ルイズの言葉が、いつも自分が言っている言葉に似ていたからだ。 『料理は食材を美味しくする魔法なんだ』 マルトーはそう言って、自分の料理を自慢していた。 しかし、貴族に心を許せないのは事実。シエスタがルイズに利用されるのではないかと危惧していたのも事実だ。 マルトーは、目の前にいる貴族、『ルイズ』を信用して良いのか、判断できなかった。 馬車が予定の場所に到着すると、そこには王宮の雑務その他をこなすメイド達が使う、小さな馬車が待っていた。 その馬車の手綱を引くメイドは、ルイズにこちらに乗り換えるように告げた。 シエスタに「ありがと」と小声で礼を言って、馬車を乗り換えたルイズ。 馬車の中で彼女を待っていたのは、懐かしい人の抱擁だった。 「久しぶりだ、ルイズ! 僕のルイズ!」 「…ワ、ワルド様…ワルド様!?」 憧れの人に抱きかかえられたルイズは、夢のような再開の喜びに酔いしれていた。 今朝見た夢を忘れてしまうほどに。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/572.html
手を使わずに、ペンを動かす。 これは別に何ら奇妙なことではない。 メイジは、ある程度なら簡単に自動書記が可能であり、あらかじめ鍛錬した動作であれば、軽く杖を振っただけでそれをトレースすることが出来る。 貴族は、その格式の高さから、封書を閉じる封蝋(ふうろう)と、その上に判子を押すという一連の動作を魔法で行う。 王族に近いヴァリエール家の者であれば、嗜みとして当然のことであったが、ルイズにはそれが出来なかった。 魔法成功率0%と呼ばれるだけあって、呪文を用いる魔法はほとんど爆発してしまう、呪文を用いないごく簡単な魔法は、発動すらしない。 そんなわけで、授業では必ず自分の指を使ってノートを取るルイズだったが、今日は違った。 最初に異変に気づいたのは『風上のマリコルヌ』だった。 トリスティン魔法学院では、様々な魔法薬の講義も行っているが、魔法薬の材料となる薬草、秘薬、その他の材料をいちいち消費するわけにはいかない。 黒板の前で大きな巻物が宙に浮き、そこには様々な素材のイラストが描かれている。 さながら写真のような精密さだ。 メイジは得意とする属性とは関係なく、魔法に関わる全般に詳しくなければいけない。 しかし彼らは自分の得意分野以外にはあまり興味がない、魔法薬を専門に学ばない限り、微細な特徴まで知る必要はないと考えているのだ。 ルイズはその中でも異端の異端、得意とする属性すら分からない状態なので、どんな種類の講義でも真面目に受けてようと努力していた。 この『イラスト』に関してもだ。 マリコルヌは、ふとルイズの席を見た。 さっきからペンを走らせる音が妙に大きいからだ。 ルイズの席は列の一番奥だが、その周囲2席分には誰もいない、何度も爆発騒ぎを起こしたルイズのそばに座る者は皆無なのだ。 間を2席開けて座っていたマリコルヌは、音の招待に気づいて驚いた。 シャシャシャシャ、ではなく、シャァァーーー、と音を立ててペンが紙の上を走っている。 ルイズも魔法が使えるようになったのか! と驚いたマルコリヌは、好奇心からルイズの席に近づくことにした。 席を一つ詰め、二つ詰め、ルイズの隣に座り、ノートをのぞき込んだ。 そこに描かれているのは教材のイラストと同じイラストだった、そのあまりの見事さに、風上のマリコルヌは思わず声を上げた。 「すごい…」 それに驚いたのはルイズだった、ぼーっと授業を受けていた彼女は、隣にマリコルヌが座っていることに気づいていなかった。 しかもノートをのぞき込んでいるのだ、声に驚いたルイズはマリコルヌを見、マリコルヌはルイズを見た。 その距離5cm。 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 バッキョォォォォォォォン! 「タコスッ!?」 およそ貴族らしからぬ悲鳴を上げたルイズは、ノーモーションからのアッパーカットをマリコルヌに放った。 まるで分厚い鉄板に銃弾が当たったような音が響き、マリコルヌの体は宙に浮いた。 風上から風下に風がながれるが如く、上流から下流に水が流れるが如く、宙に浮いたマルコリヌの体は回転しながら床へと落下した。 「な、なんだっ!?土くれのフーケか!?」 驚いたギーシュは杖を手に取り臨戦態勢を取った。 キュルケもまた杖を構えて周囲を見渡す、よだれの跡を誤魔化しながら。 タバサは今日の授業も終わりかやれやれと言った表情で、ノートを片づけ始めた。 ルイズとマルコリヌを後ろから見ていたモンモランシーは、マリコルヌが授業中突然ルイズにキスしようとしたと説明し、マリコルヌは不名誉な烙印を押されてしまった。 そしてルイズは、モット伯の館で紛失してしまった杖を新調するためには、時間と手間のかかる『契約の儀式』を行わなければいけないと思いだし、ため息をついた。 放課後、杖を新調し、さて魔法を使うぞと意気込んだルイズは、魔法学院の外に直径20m程のクレーターを作ってしまった。 意気消沈するルイズに、見物に来ていたギーシュは「もう君を馬鹿にする者はいない、君は今日から爆発のルイズだ!」と言ったため、レビテーションもフライも使うことなく爆風によって宙を舞った。 それを見ていたキュルケは破壊力に驚き 「凄いわねえ、あれならトライアングルクラスのメイジでもイチコロよ」 と感心していた。 そしてタバサは、いつか役に立つかもしれないと思い、あの魔法の出し方をルイズに教えてもらおうなどと考えていた。 その晩。 思い通りに魔法が使えないルイズを慰めようとして、キュルケはルイズを馬鹿にし、タバサはかなり真面目に爆発魔法を教えてもらおうとしていた。 「あーもう、あたしに言われたって分かんないわよ!どうして爆発するのかこっちが聞きたいわよ…」 「ルイズったら短気ねぇ」 「あ ん た に 言 わ れ た く な い !」 キュルケとルイズの漫才が終わり、キュルケが部屋に戻ろうとした。 その時タバサが突然立ち上がり、こう言ったのだ。 「一蓮托生」 何のことはない、3人でトイレに行くという事だ。 キュルケが部屋の扉を開けようとしてドアノブを回すと、扉の脇に置かれたハンガーからマントが浮いて、ルイズの肩にかかった。 ハンガーは部屋の入り口。 ベッドは部屋の奥。 キュルケもタバサも、何が変なのか気づかなかった、魔法が使えればこれぐらい当然なのだ。 しかし、続いてルイズの杖が宙に浮き、主人の手に収まったのを目撃して、二人は声にならない悲鳴を上げた。 口を半開きにして驚いているキュルケ、実に珍しい光景である。 タバサはいつもの無表情だったが、ちょっとだけ漏れていた。 「…な、なによ、そんな顔して」 「あ、あんた今どうやって杖を持ったの?」 「手で取ったわよ」 「テーブルの上に置いた杖って、そこから手を伸ばして届く?」 「何言ってるのよキュル…」 そこまで言ってふと気づいた、そういえば、マントはどこに掛けてあったのかと。 ルイズはマントを取ろうとしたときと同じように、テーブルの上に置かれたタバサの本を取ろうとして、手を伸ばした。 いや、正確には『手を伸ばすイメージをした』だ。 タバサの本を掴む感触が伝わり、本が宙に浮く。 本の感触は確かにルイズに伝わっているが、ルイズの手が感じているわけではない。 もう一本の手がタバサの本を掴んでいる、そんな感覚だった。 じわり、じわりと何かが見えてくる。 よーく見ると、ルイズの腕から半透明の腕が伸び、タバサの本を掴んでいた。 「「「……………!!!」」」 そのころルイズの部屋の前で、顔に包帯を巻いた一人の男が立っていた。 風上のマリコルヌ、彼はルイズに誤解を解いてもらおうと思い、ルイズの部屋までやってきたのだ。 ルイズの顔をのぞき込んだ自分も悪いとはいえ、脳内にシーザァーと響きそうなアッパーカットを食らったのは納得できない。 でも爆発は怖い。 誤解だけでも解いて貰わなければ、授業中にルイズを襲ったという不名誉な噂がついて回る、それだけは勘弁して欲しかったのだ。 ルイズの部屋をノックしたマリコルヌは、その扉が微妙に開いているのに気づき、部屋の中をのぞき込んだ。 ノックの音に気づいた三人は扉を見た。 先ほどキュルケが開きかけた扉の、わずかな隙間がゆっくりと開かれ、包帯まみれの風上のマリコルヌが姿を見せた。 「るいぐぅ~ごうのことはおがいなんらおぉ~」 (ルイズー、きょうのことはごかいなんだよー) 「「「…………!!!!」」」 翌日、風上のマリコルヌがよく座る席に、一輪の花が手向けられていたという。 おまけ マリコルヌ「おぐはまらいんれらーい!」(僕はまだ死んでなーい!) シエスタ「あのー、マリコルヌさん、シビンはこちらに置いておきますから」 マリコルヌ「からががうごかららいんら…てつらっれふれらい?」(体が動かないんだ…手伝ってくれない?) シエスタ「うわ…最低」 マリコルヌ「あ…ほどめ、そんはへでみらへはら、ほぐ…」(あ…その目、そんな目で見られたら、僕…) シエスタ「なにこの人…気持ち悪い」 マリコルヌ「はあ!もっほ、もっほのろひっへ!」(ああ!もっと、もっと罵って!) マリコルヌは後に「まんざらでもなかった」と語ったそうな。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-14]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-16]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1417.html
コンコン、と学院長室の扉が叩かれる。 「オールド・オスマン、ご注文の品物が届きました」 オールド・オスマンが目配せすると、秘書のロングビルが扉を開け、使用人から品物を受け取った。 受け取った箱には『猛獣調教用』と書かれており、それを見たロングビルが訝しげに呟く。 「猛獣…調教用?」 「おお、やっと届いたか」 オスマンは手招きをして、箱を机の上に置くよう指示する。 「ミス・ロングビル、昼休みになったらミス・シエスタを呼んでくれんか」 「分かりました……あの、その箱の中身は?」 「知りたいかね?」 にこやかな笑顔のオールド・オスマンだが、その箱の中身を想像すると、どうも下卑た笑みにしか見えない。 「猛獣調教用…まさか、電撃の流れるベルトですか」 「そうじゃ、これは特注品でのぉ、シエスタに…………」 1・猛獣調教用 2・特注品 3・シエスタに オールド・オスマンの言葉から抽出された三つのキーワードが、ロングビルの脳内で重なり、ある結論を導き出す。 『オールド・オスマンは、猛獣調教用のベルトでシエスタを調教するつもりだ』 「…呼吸が乱れに反応して、微弱なショックを与えるんじゃ、寝ていても波紋の呼吸が出来るように身体で覚えないといかんからのう」 「…この」 「ん?何じゃね?」 「このクソジジイイーーーー!!」 「ヒャーー!?ま、待て、何を誤解しとるのかしらんが、ロングビル、待ちたまえって!何を詠唱しとるんじゃ、何を」 その日の昼。 教師達は、昼食の時間なのに食堂に来ないオールド・オスマンを心配したが、すぐに忘れた。 同時刻、学院長室の掃除をしに来た使用人が、鉄の十字架で磔(はりつけ)にされているオールド・オスマンを発見したそうな。 アルビオンの誇る宮殿、ニューカッスル城。 決戦前の宴も終わり、しんと静まりかえった城内は、嵐の前の静けさといった感じだ。 あれほど飲み食いしていた兵達は皆、元通りの配置についていた。 地下の隠し港では脱出の準備が始まっており、船員達が慌ただしく動いている。 そんな中、あてがわれた部屋で待機していたルイズの耳に、誰かの声が聞こえてきた。 「何だろ…喧嘩?」 ルイズはその声の雰囲気が妙だと気づき、声の聞こえる裏庭へと足を運んだ。 裏庭に近づくと、裏庭が見える物陰にブルリンが隠れているのが見える、その視線の先には一組の男女。 「私も、私も戦います!」 「馬鹿を言うな!」 ルイズは男女から見えぬよう、細心の注意を払い、植え込みの影にいるブルリンへと接近した。 「…姉御?」 「あの二人、どうしたの?」 「あのメイドさんは、城に残るとか言ってるんだよ、もう一人の貴族はそれを咎めてるみたいだ」 「ふぅん…」 ルイズが植え込みの隙間から二人を見る。 その瞬間、貴族の男が、メイドの頬を叩いた。 「薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!」 「あうっ…あ、ああ…っ」 メイドの少女は、顔を両手で覆い、泣きながらどこかへ走っていった。 貴族の男は少女を叩いた方の手をじっと見つめると、しばらく立ちつくし、そして重たい足取りで城内へと入っていった。 二人が居なくなったのを確認すると、ブルリンはルイズに言った。 「あのメイド、妊娠してるそうですぜ」 「もしかして、あの貴族の子供を妊娠してるの?」 「途中から聞いたから、そうだとは言えないけど、たぶん」 しばらくの沈黙の後、ルイズが呟く。 「…ホント、男って馬鹿ね」 しばらく後、ルイズはいつものように見張り台へと歩いていた。 つい先ほどまで続いていた宴の喧噪を思い返すと、薄暗い廊下が、いっそう暗く見える。 ふと、顔を上げると、廊下の奥にワルドの姿が見えた気がした。 彼は非戦闘員と共に脱出するのだろうか? それとも、魔法衛士隊の駆るグリフォンか何かで、ラ・ロシェールまで滑空していくのだろうか。 どちらにしろ、今の自分には関係ない。 彼とはもう二度と会うこともないだろう。 …いや、かりに自分が、傭兵としてではなく吸血鬼として名を馳せたならどうだろうか? 私を討伐しに来るだろうか… 想像の中で、ルイズはワルドに胸を突き刺された。 鮮血が飛び散る…が、それだけでは自分は死なない。 そこに、ルイズの母が得意としている魔法『カッター・トルネード』が放たれ、ルイズの身体は切り刻まれ、それこそ粉微塵に切断され、炎で燃やされ… ルイズは頭を振って、思考を中断させた。 こんな事を考えていても仕方がない、今は5万の兵を相手にどう戦うかを考えるべきだ。 「姉御ー!」 どたばた、ガチャガチャと足音を立てて、誰かが近づいてくる。 自分のことを姉御と呼ぶのはブルリンしか居ないが、声のする方にはブルリンは居ない。 ずんぐりとした銀色の甲冑が、ガチャガチャと走って近づいて来ている。 まさかアレがブルリンか? 「姉御、そろそろ船の準備が終わるぜ、メイド達はもう乗り込む準備をしてらあ」 「……ちょっと待って、その甲冑、何?」 「これ?へへ、いいだろ、あの食器は俺が貰うより、避難する連中に持たせた方が良いと思ってさ、代わりにこの鎧を貰ってきたんだ」 「どこから貰ってきたのよ、こんなの」 「いや、あのパリーってメイジに相談したらさ、あの食器の代わりになる報酬は、この鎧ぐらいしかないって言うからよ、こっちの方が気に入ったんで交換して貰ったんだ」 「あんたねぇ……でも、価値があるって言えばあるかもね、私は専門家じゃないから分からないけど、これは金…グローブの紋章はルビーかしら?肩当てのこれはエメラルドね」 「ホントかよ!これ、あの食器よりいいもの貰っちまったかな」 「そうでもないわ、あの食器は銀と金の”むく”で、相当な重さがあるもの、その鎧と同じぐらい重かったでしょう?」 「そういや、そんな気もしたな」 「それより、これから戦いが始まるのに、ずんぐりむっくりした鎧なんか着てたら、動きづらくていい的よ、着替えなさい」 「えぇ~、でも、強そうに見えるだろ? これなら爆弾魔と戦ったってへっちゃらだと思わねえか?」 「バクダンマ? 何それ」 「え?…何だろ」 ルイズはハァ、とため息をつく。 たまにブルリンは訳の分からない単語を持ち出してくる、それがどんな意味なのか、本人ですらよく分かっていない。 「あ、そう言えば」 「何よ、また下らないこと?」 「違うよ、トリステインから来たメイジが、一足先に隠し港から飛んでいったんだよ、どうせなら手伝ってくれても良いのによぉ」 「………なんですって」 ルイズは、廊下の奥に向かって走り出した。 さっき見かけたのは、たぶんワルド…いや、間違いなくワルドだ。 なぜ足音がしなかった? この綺麗に磨かれた石の廊下で、足音がしないのはサイレントの魔法意外考えられない。 こんな所でサイレントの魔法を使う必要があるか? しかも、しかもだ。 日が昇り始め、空が青みがかかってはいるが、何故かこの廊下には一つも明かりが付けられていない。 メイジは杖に明かりを灯すことが出来るが、ワルドの周囲には明かりはなかったはずだ。 人間よりはるかに夜目が利く自分だからこそ、ワルドの姿が見えた…。 ワルドは、人目を忍んで『何か』をしようとしている。 ルイズが廊下の角を一つ曲がる、この廊下の奥は武器庫があるはずだ、そこには火の秘薬も貯蔵されているはず。 歩みを薦めようとしたルイズの目に、胸から血を流し倒れている衛士の姿が映る。 ルイズの疑念は、確信に変わった。 「ワルド!」 ルイズが走る、40メイルはある廊下の奥には、重い鋼鉄製の扉があった。 扉を開け、ワルドの名を叫んだその時、爆発が起こった。 ドォン…という、爆発の音が、ロンディニウムに響き渡る。 この音は、空を飛ぶ『レキシントン』まで聞こえたとしてもおかしくない。 それぐらいの大爆発だった。 「あねごおおおおおおおおおおお!」 ブルリンはルイズを追いかけたが、足の遅さが幸いし、廊下の角を曲がるには至らなかった。 廊下の角を曲がっていたら、倉庫の扉と、城の一部を破壊する爆風に巻き込まれ、鎧ごと身体をバラバラにされていただろう。 ブルリンは叫んだ。 「あねご!あねごお!」 『こっちだ!おい!こっちだって!』 「デルフ、デルフか!姉御はどこだ、煙で見えねえ!」 『とりあえず俺を拾えよ、ルイ…石仮面は瓦礫の中だ』 「何だって、すぐ助けなきゃ!姉御!しっかりしてくだせえ!」 『落ち着けって、それより後ろ、誰か来るぞ!』 「なに?」 デルフリンガーの言うとおり、ブルリンが後ろを向くと、ブルリンが走ってきた廊下から一人の男が姿を見せた。 「あ、あんた、グリフォンに乗って帰ったんじゃ…」 『馬鹿ヤロウ!俺を構えろ!そいつがこの爆発の犯人だよ!』 「………! てめえ、本当か!てめぇ、てめえ!姉御を、よくも姉御を!」 ブルリンは慌ててデルフリンガーを拾い、ワルドに向かって構えた。 「石仮面君には、伝えたはずだがね…死に急ぐなと」 「何を言ってやがる、てめえええええええ!」 ブルリンが叫び、デルフリンガーを振り下ろすが避けられてしまう。 追撃しようとしたブルリンに向けて、ワルドはバックステップをしつつ、ひとつの呪文を唱えた。 『「ライトニング・クラウド!』 ワルドの持つ杖の先端から、青い白い電撃が放たれる。 ブルリンの身体は、無数の蛇が絡みつくかのような青白い光に包まれた。 「ギャアッ!?」 電撃は、ブルリンの着ている鎧に当たり、ブルリンの身体にダメージを与える。 「あ…………」 電撃に撃たれながらも、ブルリンはデルフリンガーを振り上げ。 「あね ご」 そのまま、倒れた。 ワルドはブルリンが倒れたのを確認してから、武器倉庫とは反対側の廊下を見る。 武器庫の扉さえもバラバラに砕け、廊下を覆い尽くしている。 そして、今度は城の各所から爆音と火の手が上がった。 ずしん、ずしんと、何度か城が揺れ、兵士達の叫び声が聞こえてくる。 ワルドは懐に手を当て、ウェールズから渡された手紙の存在を確認した。 「もう一つの目的を果たさねばな」 ワルドがウェールズの居室に向けて歩き出す。 廊下を進むと、あわてふためく衛士が何名かこちらに気づき、驚きの声を上げた。 「ワルド子爵!?…ま、まさか!」 「裏切り者は貴様か!」 「おのれ!」 ワルドが杖を構えるよりも早く、衛士が呪文を詠唱しようとしたが、別方向からの突風が栄士を巻き込み、凄まじい勢いで壁へと叩きつけた。 受け身もとれずに壁に叩きつけられ、皆死んだかのように見えたが、衛士の一人はまだ意識を保っていた。 乱れた呼吸で呪文を詠唱し、ワルドに向けて『エア・ハンマー』を詠唱しようと、杖を振り上げる。 しかし、彼らの背後からやってきたもう一人のワルドが、その衛士の胸を『エア・ニードル』で貫いた。 「ワルド…貴様…」 かろうじて絞り出した声に、ワルドが答えた。 「風は遍在する…訓練では習わなかったか?」 衛士が絶命したのを確認すると、ワルドはウェールズ王太子の部屋へと向かい、もう一人のワルドは玉座へと向かう。 それからの城内は、悲惨なものだった。 突如起こった爆発により、城内は未曾有の大混乱となった。 「戦力を礼拝堂に集中させよ!港への入り口は封鎖するのだ!」 礼拝堂にウェールズの声が響いた。 玉座の間と、礼拝堂、そして城壁へと戦力を分断され、ウェールズを守る親衛隊はごく僅かとなってしまった。 ウェールズは礼拝堂での礼拝中だったため、礼拝堂から指揮を飛ばしていたが、そこに一人の兵士が現れ、報告をした。 「殿下!ワルド子爵が殿下の私室から」 ドン!と大きな音と共に、兵士は風に吹き飛ばされる。 それを見た親衛隊がウェールズの周囲を囲んだ。 そして、礼拝堂の入り口に姿を見せた男を見て、ウェールズだけでなく親衛隊までもが、息を呑んだ。 「ウェールズ・テューダー殿下…いや、王はもう討ち死にされた。ここは陛下とお呼びすべきかな」 カツン、カツンと、堅く威圧感のある足音が響き、ワルドがウェールズへと近づく。 「ワルド子爵…君は裏切り者だったか!」 「裏切りではない、元から、私の目的は三つあった」 「一つはアンリエッタの手紙、一つはジェームズ一世の命、もう一つは…」 親衛隊はワルドに杖を向け、呪文を詠唱した。 しかし、風の魔法が放たれようとした瞬間、ワルドの背後からもう一人のワルドが飛び込み、『ウインド・ブレイク』を放つ。 慌ててそれを相殺した親衛隊の目に、更にもう一人のワルドが現れる。 「風の遍在か!」 ウェールズの声がワルドの魔法を見破る。 「もう一つの目的は、ウェールズ・テューダー殿下の死体だ」 ワルドの声と共に、更に二人のワルドが礼拝堂に現れた。 親衛隊が「遍在が五つ!?」と、驚きの声を上げる。 それと同時に遍在のワルドから、『ウインド・ブレイク』や『ライトニング・クラウド』が放たれ、瞬く間に親衛隊は吹き飛ばされ、倒されてしまった。 「観念して頂けますかな」 「おのれ…」 ウェールズはワルドを睨み付けるが、ワルドは偏在を含めて七つ、ウェールズは一人。 ワルドが魔法衛士隊の隊長だとは聞かされていたが、こうやって目の当たりにするまで、これほどの実力者だとは思っていなかった。 「…むっ」 突然、ワルドが顔をしかめる。 ワルドは遍在を二人、礼拝堂の外に向かわせた。 「一筋縄ではいかんか…あの老メイジも相当な者だな」 「我が国きっての智恵者だ、そうそう遅れはとらんよ」 「でしょうな。…では、私は役目を果たすとしよう」 ワルドがウェールズに杖を向け呪文を詠唱すると、杖が青白く発光し始めた。 杖が魔力を帯び、剣となってウェールズを襲う。 ウェールズはそれを避け、呪文を詠唱して反撃しようとした。 しかし、遍在の放つウインド・カッターがウェールズの身体を切り刻み、続いてエア・ハンマーがウェールズの腕を砕いた。 「ぐあっ!」 衝撃と風圧で杖を手放したウェールズは、あえなく地面に倒れてしまう。 ワルドがエア・ニードルの切っ先をウェールズの胸元に向け、最後の宣告をした。 「終わりだ」 「まだ よ」 だが、その宣告を邪魔する物が現れる。 ワルドの遍在二人が後ろを振り向くと、そこには裸の『石仮面』が、全身を血に染めて、ワルドを見ていたのだ。 遍在の伝える情報がワルドを驚かせ、ワルドの本体までもが思わず後ろを振り向いた。 「……君は石かめ…ん?」 ルイズの頭髪は、爆発に巻き込まれ燃え尽きたため、ピンク色に再生していた。 胴体に比べて少し不自然なぐらい手足が長いように見えたが、ワルドはそこまで気にする余裕が無かった。 『石仮面』の顔が、記憶の中のルイズに似すぎているのだ。 「…………!」 ルイズ!と叫びそうになったワルドは、一瞬動きが止まる。 その隙にウェールズは己の杖を拾い上げ、『エア・ハンマー』を詠唱した。 「エア・ハンマー!」 「往生際が悪いですぞ、殿下!」 しかし、ワルドの遍在に阻まれてしまう。 エア・ハンマーを相殺した遍在の背後から、もう一人の遍在が調薬してウェールズの胸にエア・ニードルを向けた。 だが、それがウェールズの胸を貫くことはなかった。 眼前に迫ったエア・ニードルを見て、もう駄目かと思ったその時、本体のワルドが「うぐっ」っとくぐもった声を上げたのだ。 見ると、ワルドの右腕には骨らしきものが突き刺さっていた。 礼拝堂の入り口に立った『石仮面』が、腕の中に仕込んだ骨を射出したのだ。 ワルドにはそれが何なのか分からなかったが、すぐに骨だと分かり、慌ててそれを引き抜こうとした。 「こんな小細工を…な、なんだ、これは!」 ワルドが驚く、ウェールズも、それを見て動きが止まる。 ワルドに突き刺さった骨が、びくんびくんと独りでに動いたかと思うと、ボコボコと泡を立てて、その骨がワルドから血を吸っているのだ。 「うわああああああああああああああああ!」 みるみるうちに掌が作られ、指が形作られていくのを見て、ワルドが叫んだ。 スクエアのメイジと戦うより、はるかにおぞましく不気味なその光景に、ウェールズは息を呑んだ。 「ヒイィィィィィイイイッ!!」 今までに体験したことのない恐怖、それがワルドを混乱させていた。 ハッと我を取り戻したワルドは、エア・ニードルで自身の腕を切断し『ライトニング・クラウド』をウェールズに向けようとする。 だが、一瞬早くルイズが間に入り、ワルドの放つ電撃を受けた。 バリバリバリ、と音を立て、ルイズの身体がスパークする。 「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!燃えろ!燃え尽きろ!」 不快な音と臭い、ルイズの身体が焦げていく。 ワルドは必死だった、容姿に惑わされたが、これは化け物だ、このまま焼け死んでしまえと思っていた。 だが驚くべき事に、ルイズの手は電撃をものともせずワルドの杖を握る。 「燃え尽きろなんて、酷いわね!」 ワルドは驚く間も与えられず、ルイズの平手打ちを脇腹に食らった。 バン!と音がして、なすすべもなく吹き飛んだワルドは、そのまま壁に叩きつけられ、地面に倒れた。 ルイズはワルドに近づくと、ワルドの懐をまさぐり、ウェールズとアンリエッタの手紙を取り出した。 「…これ、あんたが、直接、アンリエッタに渡しなさい」 そう言って二通の手紙をウェールズに渡した。 ルイズの身体は、ボロボロに焼けこげていたはずなのに、いつのまにかほとんど元通りになっている。 ウェールズはそれを見て呆気にとられていた。 目の前にいるこの女性は何だ? いや、そもそも人間なのか? 人間じゃないとすれば、これはいったい何だ? 「姉御ー!」 ウェールズの思考を中断したのはブルリンの声。 非戦闘員と一緒に脱出しろと言ったはずなのに、なぜ残っているのだろうかと考える余裕もなかった。 あの男もこの女と同類なのだろうか? 今のウェールズは、恐怖にも近い感情で、ブルリンとルイズを見ていた。 「ブルリン、無事だったの!」 「うわああ姉御!裸で何やってるんだよ!」 「アタシのことはいいでしょ! それより、怪我は?」 「ああ、何とか、ちょっと火傷したけど大丈夫さ、へへっ」 「良かった…そうだ、城内の状況は?」 「武器庫と城壁の一部をやられたぐらいで、あとワルドが四人、パリーっていうメイジが倒したんだってよ!」 「四人…敵はワルドだけ?」 「ああ、ワルドだけだけど、すげえなあ、俺五つ子なんて初めて見たよ」 「五つ子じゃ無いわよ…他に敵はいないなら、ウェールズと親衛隊が怪我をしてるって伝えてきて」 「わかった!」 どたどた、がちゃがちゃがちゃと、足音と鎧の音を立ててブルリンが走っていく。 それを確認すると、ルイズは床に落ちているワルドの腕を拾った。 ワルドの腕はまるでミイラのようになっていたが、ワルドの腕から生えたもう一本の腕は、まるで生きている人間から切断したばかりのようなみずみずしさを保っていた。 ルイズは自分の左腕に、切り込みを入れ、再生した腕を無理矢理押し込んだ。 メリメリメリ…と音を立ててルイズの腕に吸収され、左右非対称になっていたルイズの腕は、瞬く間に均等になっていった。 「き、君は、一体、何者、なんだ」 ウェールズは震えながらルイズに質問した。 「吸血鬼よ」 「そんな、なぜだ、なぜ吸血鬼が、私を助けた?私を使役するつもりか」 「興味ないわ」 一瞬の沈黙が、何時間にも感じられた。 ウェールズは考える、この傭兵…いや『石仮面』と名乗る吸血鬼に、おそらく敵意はない。 だが、その意図が掴めない。 ウェールズは知らぬうちに、蛇に睨まれたカエルのように萎縮していた。 「なぜだ、なぜだ?」 かろうじて絞り出せた言葉だった。 「私は貴族派は下品だと言ったわ、あいつらは、友達のフリをして、人を裏切る、それが私には許せない」 「馬鹿な、そんな、吸血鬼がそう思うのか」 「吸血鬼だからよ…私は、吸血鬼だから」 「ブルリンとか言ったな、じゃあ、彼は人間なのか」 「仲間が欲しいなら、血を吸って食屍鬼(グール)を作るんじゃないのか?」 ルイズの目が、少し寂しそうに伏せられ、ウェールズを見つめる。 じっと見据えられたウェールズは、ルイズの迫力に完全に飲み込まれていた。 朝焼けの空から、紅い光が窓に差し込む。 光がルイズを照らすと、髪の毛は黄金色に輝いて見えた。 「……食屍鬼は『奴隷』よ、私の意のままに動く道具。道具なんかいらないわよ。私は喧嘩したり、一緒にご飯を食べたり、お互いにからかって遊べるような友達が欲しいの」 「…なんという事だ、私は夢でも見ているのか?吸血鬼からそんな台詞を聞けるなんて」「失礼ね、まあ私が変わり者なのは認めるわよ」 ゼロのルイズと呼ばれていたからね、と言おうとして、ルイズは口をつぐむ。 「ところで、君に、怪我はないか…と聞いても無駄なのかな」 「まあね、でもお気遣いは嬉しいわよ?」 実際はかなり疲れているが、余裕の表情を見せる。 自分に『余裕だ』と言い聞かせ、血を吸いたくなるのを我慢しているのだ。 「しかし…凄いな生命力だな…」 「骨だけになっても再生できるわよ、試してみる?」 「いや、いいよ、そんな余力はない」 「フフ」 「はは」 「「ハハハハハハハ」」 二人は笑い合った。 奇妙なことだが、極度の緊張から介抱されたウェールズは、なぜか無性に笑いたくなったのだ だが、そこにガラスの割れる音が響いた。 二人が笑い合ったところで、突然、礼拝堂の窓が割れた。 ガシャン、と音を立てて何者かが侵入してくる、朝焼けの光をバックに飛び込んできたそれは、ワルドが使役していたグリフォンだった。 「グリフォンだと!?」 ウェールズが杖を手にして呪文を唱えようとしたが、ルイズは一足早ウェールズに飛びついた。 次の瞬間、ウェールズのいた場所を風の刃が襲う。 ルイズはすぐに立ち上がり、ワルドの倒れている方を睨んだ、しかしそこにワルドはいない。 クエーーーッ、とグリフォンが叫ぶ。 いつの間にかグリフォンの背にはワルドが乗っており、こちらに杖を向けていた。 「失礼!」 ルイズがウェールズを抱えて飛び上がる。 一瞬遅れて、二人のいた場所に『エア・ハンマー』が打ち込まれた。 ルイズが着地した頃には、既にワルドの姿は無く… 後には、アンリエッタの手紙二枚だけが、礼拝堂の床に残されていた。 そして時は進み、決戦まで残り一時間。 現在の状況を確認したウェールズは、玉座で瞑想をしている。 その周囲には、戦力として残った者達が、決戦を前に散っていった者達へ黙祷を捧げていた。 ジェームズ一世はワルドの手で殺されている。 老メイジパリーは、決戦前にワルドと戦ったため、すでに魔力はほとんど残っていない。 戦力として数えられるのは、せいぜい80人。 火の秘薬も半分以下に減ってしまい、勝ち目どころか、貴族派に打撃を与えることすら難しい状況だった。 だが、ここに居る人間は誰も諦めていない。 一人として絶望に捕らわれては居なかった。 決戦の時刻に向け、静かに、ひたすら静かに、心を落ち着けていたのだ。 ルイズとブルリンは、地下の隠し港を見ていた。 ブルリンはあの甲冑に身を包み、ルイズはアルビオン魔法衛士の服に身を包み、背中にデルフリンガーを背負っている。 隠し港を一通り見て回ったが、ここを利用した案など、とても思いつかなかった。 戻ろうとしたところで、ブルリンが呟いた。 「ひぇー、姉御、これすげえな、下は雲しか見えねえ」 「ちょっと、落ちたら私だって助けられないわよ」 「わかってるよ…って、そうだ、姉御ってメイジだったんだよな」 がちゃがちゃと音を立てながら、階段を上ろうとしていたルイズに近づく。 「元メイジよ、今はただの傭兵」 「こんなの見つけてきたんだ」 ルイズの言葉を気にせず、ブルリンは腰からぶら下げていたバッグに手を入れ、杖を差し出した。 「…何、これ」 「風のタクトって書いてあったぜ」 『風のタクト?珍しいもん持ってきたなー』 「デルフ、あんた知ってるの?」 『武器屋で何度か見たぜ、風石を使ったマジックアイテムよ、それがあれば平民でも空を飛べらあ』 それは長さ30サンチ程の杖で、中に風石の仕組まれているマジックアイテムだった。 レビテーションもフライも使えないルイズは、依然そのアイテムを家庭教師から勧められたことがある。 だが、父と、母と、大姉が「がそんな道具に頼るな」と怒ったため、使う機会もなかったのだ。 まさか実物を手にする日が来るとは思っても見なかった。 「…杖としても使えそうね」 『使えるんじゃねーの、まあちゃんと自分になじませないと魔法は行使できないと思うけどな』 デルフの言葉に、ルイズは安心してしまった。 どうせこれを使っても魔法なんて起きない、と思ったのだ。 気分の良くなったルイズは、杖を虚空に向かって振り上げ、こう唱えた。 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ…」 (どこかにいる、私の求める使い魔…) 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ」 (私をどんな所にも連れて行ってくれる、私と友達になってくれる使い魔よ) 「私は心より求め、訴える…我が導きに応えなさい」 驚いたことに、階段の中段あたりに、直径2メイルほどの鏡のようなもの…使い魔を召喚するためのゲートが出現した。 デルフリンガーが呟く。 『おでれーた、今持ったばかりの杖で、サモン・サーヴァントが成功しちまうなんざ、いやー、おでれーたよ!』 「あ、え、あ、そうね、うん、そうね」 ルイズも驚いているのか、言葉がたどたどしい。 しかし、一人だけその驚きの内容が違っていた。 「おおお…」 ブルリンがゲートに近づく。 「ブルリン、そんなに近づいたら危な…」 「うおおおおおおお~~~~~~ッ!!!!!」 「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!」 「ニューヨークだあァ~~~~~~~ッ!これが!これが俺の街だあーーーッ!」 ブルリンは光り輝くゲートに入ろうとした、それをルイズが引き留める。 「待ちなさいっ、この先はどうなってるか、私にも分からないのよ!何があるのか分からないじゃない、行っては駄目よ!」 「そうだっ、俺は、俺はこれを潜ってここに着たんだ!姉御!見てくれ、これが俺の街なんだよ!」 そう言ってブルリンはルイズを引き込もうと、逆にルイズの手を掴む。 その時、ルイズは一つのことを思い出した。 ブルリン、自分は記憶喪失だと言っていたし、時折不思議なことを言い出す。 私の知らない単語を使うことから、とても辺鄙な田舎から来たのかと思っていた。 しかし、もしかして、ゲートを潜ってやって来たとしたら…どうする? このまま、ブルリンをゲートの向こうに帰した方が、ブルリンにとっては幸せなのではないだろうか。 力の緩んだルイズを、ブルリンは強引に引っ張った。 そしてルイズの手がゲートを潜った瞬間、ルイズの手に灼熱の衝撃が走った。 「GYAAAAAAAAAAAAAアアアアッ!あああああ…ああああ…」 慌てて引き抜いた手は、まるで石膏細工をハンマーで砕いたかのように粉々になり、風化していく。 「姉御っ!どうしたんだ、どうしたんだよ姉御!」 ルイズは手を押さえながら、今の衝撃が何だったのかを考えた。 吸血鬼の身体は痛みを殆ど感じない、触覚はあるし痛覚もあるが、それを何とも思わない。 だが今のは違う、明らかに『生命の危機を感じる痛み』が走った。 そして、自分はゲートの向こうには行けないのだと、確信する。 「…っ、ブルリン、そこ、そこがあんたの故郷なのね」 「それより、姉御の手が」 「これぐらいすぐ治るわ…」 「そうだ…そうだ!銃だ、あと爆弾だ、それさえあれば勝てるかもしれねえ!」 ブルリンは興奮気味に喋る、だが、その言葉はだんだんと別の言葉に変わっていった。 「パラシュートだ!パr■○◎があれば、+○ズだって、こここから逃□●=〇Z▼る!」 「ブルリン、あんた何言ってるのか分からないわよ、分からないわ」 意味不明な発音が、やがて小さくなり、ゲートの狭間にいるブルリンの声が聞こえなくなっていった。 「………!……!…!!」 ブルリンが、必死に何かを訴えかけるが、ルイズには届かない。 ルイズには分かっていた、彼は自分の世界から、こちらに何かを持ち込もうとしているのだろう、それでウェールズを助けようと言うのだ。 ブルリンはらちが開かないと悟ったのか、再度こちらに身体を乗り出した。 「姉御!すぐ戻るから待っ」 だが、ブルリンの口を押さえると、ルイズはブルリンを殺さぬ程度に手加減して、ゲートへと突き飛ばした。 足下に落ちたブルリンのバッグを拾い上げると、それをゲートの向こう側に向かって投げる。 「アンタは優しすぎるわよ!保身も考えなさいって言ったでしょう、いい機会よ、あんたの役目は終わったの!」 「帰る場所があるなら、帰りなさいよ!」 そして、ゲートの向こうに見えたブルリンの姿が、陽炎のように揺らめき、消えた。 「……………………デルフ」 『ああ』 「見た?召喚魔法ならぬ、召還魔法、始祖ブリミルだって、こんな魔法知らないわよ」 『嬢ちゃん……』 「ははは…私は、きっと特別なの、こんな魔法が使えるの私だけ、私だけよ」 『嬢ちゃん』 「ねえ!驚いたでしょう?足手まといがいなくなって清々したわ、これで思う存分戦えるわよ」 『もう止せやい、笑おうとしないで、泣いちまえ』 「泣く?誰が泣くのよ」 『おめーだよ、もう、おめえ泣いてるじゃねーか』 「え…」 いつの間にか涙が流れていた。 おおおお、と、絞り出すように泣いた。 デルフリンガーは昨日のことを思い出した、貴族の男と、メイドの少女のやりとりを思い出していた。 『薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!』 あのメイドは、貴族の男と一緒に戦って、死ぬつもりだったのだろう。 貴族の男は、メイドに生きて欲しかったからこそ、酷い言葉を使ったのだ。 『なあ、嬢ちゃん、嬢ちゃんはやっぱり人間だよ』 「何よ…何よ何よ何よ…わかったような口をきかないでよ…」 この日、本当の意味で、ルイズはデルフリンガーを友人だと思えたのだ。 デルフリンガーも、ルイズを自分の主人として認めた。 二人だけの優しい時間が流れ……唐突に、それは終わる。 『おい、嬢ちゃん』 「何?」 『ゲートが閉じてねえ、なんか来るぞ、嫌な予感がする』 デルフリンガーの忠告を受け、ルイズはデルフリンガーを抜いて、構える。 泣いていて気づかなかったが、ゲートの奥から何かが近づいてくるのが、はっきりと分かる。 嫌な気配、嫌な臭い。 その気配の主は、ゲートから顔をのぞかせた途端ルイズに襲いかかってきた。 私は、私はこれを知っている。 黒い毛並み、強靱すぎる肉体。 見た目は馬でも、それは馬と言うにはあまりにもおぞましい。 自分と同じ臭いのする馬…吸血馬だ。 To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/pmvision/pages/1821.html
《ルイズ》 No.1134 Character <第十三弾> GRAZE(1)/NODE(3)/COST(1) 種族:魔界人 (自動α): 〔このキャラクター〕は「戦闘修正+X/±0」を得る。Xは相手プレイヤーの手札の枚数の半分(端数切り下げ)に等しい。 攻撃力(2)/耐久力(4) 「まぁ、魔界はいいとこな。んで、ゆっくり観光でもしてくといいわ☆」 Illustration:三日月沙羅 コメント リメイクされた魔界の住人A。 今回は相手の手札を制限するのではなく、相手の手札によって戦闘修正を得る。 攻撃力アップは相手の手札に依存するのでこちらのターン中は通常+3が限界である。 その場合は戦闘力5/4になるのだが、基本的に手札消費の激しいゲームなので+2もされればいい方である。 仮により大きい修正を得られたとしても相手の手札が多いということはそれだけこのカードに対処できる可能性も高いということなのでいまひとつ安定しない。 また耐久力は4のままであり、戦術も一切持たないためキャラクターとの戦闘は少し苦手。 このカードと同様に相手プレイヤーの手札の枚数によって攻撃力が変動するキャラクターに河城 にとり/7弾があり、彼女のスペルカードである河童「お化けキューカンバー」や河童「のびーるアーム」とシナジーがある。 収録 第十三弾 関連 「ルイズ」 ルイズ/7弾 ルイズ/13弾 ルイズ/16弾
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1811.html
ルイズとワルドの二人は、朽ちた村の小屋で一晩を過ごした。 翌日、昼頃に目を覚ますと、ルイズがどこからか取ってきた野ウサギを解体していた。 ルイズの細腕がウサギの毛と皮をむしり取る姿は、どこか年期のいったものに見えるほどだった。 あらかじめ血抜きをしておいたのか、それとも血を吸ったのか、ウサギの肉は思ったよりもあっさりとした味だった。 ワルドはルイズに『手慣れているね』と軽い気持ちで言おうとしたが、今の自分がどんな立場なのか思い出して、結局何も言わずにいた。 料理などしたこともない公爵令嬢が、吸血鬼となって家名を捨て、傭兵に混じり生きてきたのだ。 太陽の下を歩く吸血鬼!ディティクト・マジックですら吸血鬼と人間は判別できないのに、太陽の下を歩けるとなれば、いよいよその区別はつけれられなくなる。 昨日、ルイズが自分の身に起こった出来事を語ってくれたが、それが本当ならばルイズは家名を捨てる必要など無かったはずだ。 しかしルイズは家名を捨てる道を選んだ、そこにどんな思惑があったのか、そこにどんな葛藤があったのかワルドには解らない。 だが、少なくとも自分よりも先を見ている気がするのだ。 聖地、聖地、聖地、いつか聖地へとたどり着きたい、その願いがワルドをレコン・キスタへと走らせた。 そこに何があるのか解らない、けれども、何か納得できるかもしれない。 ワルドの考えはせいぜいそこまでだった。 ルイズは違う、自分の思うように生きている、自分で自分に制約を課して生きている。 小さな小さなルイズは、いつの間にか自分よりも大きな、揺るぎのない存在へと成長している気がした。 食事を終えた後、ルイズは小屋の裏手で、地面を掘った。 驚異的な腕力で指を突き立て、重いタンスをひっくり返すように地面を持ち上げる。 地面に突き刺した腕を中心にヒビが広がっていき、スコップを用いることなく地面に手頃な穴ができあがる。 そこにたき火の灰や、ウサギの骨などを埋め、この村に滞在した証拠を念入りに隠した。 ルイズが小屋に戻ると、ワルドの手を取った。 「あなたの足じゃ時間がかかり過ぎるわ、私が貴方を背負う、いいわね」 「拒否権は、無いのだろう?」 「ええ」 ワルドはルイズに手を引かれて立ち上がると、背を向けたルイズに寄りかかった。 吸血馬の骨が埋まっているので、ルイズの身長は普段より大きい、それでもワルドよりは小さいので、少々不格好な背負い姿になる。 ルイズが両手を後ろに回し、ワルドの尻を持ち上げると、ワルドはルイズの首に手を回した。 「首を絞めるつもりでつかまないと、落ちるわよ」 ルイズは一言呟いてから、ゆっくりと第一歩を踏み出した。 一歩、また一歩と、大地の感触を確かめるようにして足を進めていく。 最初歩くよりも遅かったが、次第に速度を増し、空に星が見える頃には馬以上の速度に到達していた。 ひゅん、と音を立てて、顔のすぐ側を木の枝が通り過ぎていく。 まるで風になったようだと、ワルドは思った。 一方、ルイズも自分の体が妙に走りやすくなっているのに気づいた、足の感触が今までと違うのだ。 以前よりも繊細に大地の感触が伝わってくる上に、地面を蹴る足の力が以前よりも上がっている気がする。 吸血馬が力を貸してくれているのだろうか?と思えるほどだった。 ルイズは気づいていなかったが、地面に残る足跡はU字をしており、馬蹄の跡にしか見えなかった。 ルイズは森の中を走り、時には街道を横切り、ワルドの元領地へと走っていった。 ラ・ヴァリエールの領地のどこに街道があるのか、どこに旅籠があるのか、どこに集落があるのか、ルイズはすべて記憶している。 人に見つからない、それでいて最短のルートを想像し、ルイズは走った。 不意に、トリステイン魔法学院に入学する時のことを思い出す、ラ・ヴァリエール邸を馬車で出発したルイズは、丸一日近い時間をかけて魔法学院にたどり着いた。 それが今はどうだ、ラ・ロシェールから離れた名もない村から走り出し、そこから夜が明けぬうちにワルドの領地に差し掛かっている。 自分はいったいどれぐらいの速度で走っていたのだろう? 少なくとも、馬が全力で走るのと同じだけの速度はあるはずだ、しかし物足りない。 吸血馬は圧倒的なパワーを持っていたが、驚異的な速さで走ることはできなかった。 しかし全力を丸一日以上出し続けられる体力があり、結果として吸血馬は馬よりもグリフォンよりも早く地上を駆けることができた。 吸血馬の姿を思い出すと、手首と足首に埋め込んだ骨がうずく。 肉腫を脳に埋め込み、吸血馬を操り、挙げ句の果てに骨になってもまだ利用する自分が、とても浅ましい存在に思えた。 それなのに、これからワルドの母を食屍鬼として蘇らせようとしている。 ただ蘇らせるのではない、ワルドを操るために蘇らせるのだ。 木々の隙間から見られる空が、白みがかったと思われる頃、背負われていたワルドが声を上げた。 「止めてくれ」 ルイズは無言のまま速度を落とし、50メイルほど足踏みをしてから止まった。 「…ふう」 ため息をつきつつ、ルイズはワルドを降ろし、地面に膝をついた。 「けっこう疲れるわね。あの子みたいにはいかないか……」 吸血馬の体力を思い出しつつ、自分の体を見た。 夜目の利く目で自分の足を見ると、細い足に筋肉の筋が浮かんでいるのが解った、それは屈強なドラゴンの足を思わせるほどの堅さと、グリフォンの翼のようなしなやかさを兼ねていた。 筋肉の緊張を解くと、浮き出た筋は溶けるように消えていき、柔らかい少女の足へと変わっていった。 「さっき横切った街道から見て…西側に館があるはずなんだ。今はもう封鎖されているか、人の手に渡っているかもしれない」 そう言ってワルドが空を指さす、月と星の位置から西がどちらかを割り出したのだ。 「……私もそのあたりのことは聞いてないわね。お母様の遺骸はどこにあるの?」 「墓地は離れた場所にある、西に丘があるんだ、母はそこに眠っている」 ルイズは再度身をかがめようとする、ワルドを背負うためだ。 だが、ワルドはそれを断った。 「歩かせてくれ、ここを、歩きたい」 「…いいわよ」 ルイズは立ち上がると、ワルドの手をって歩き出した。 ワルドは足にまだ違和感が残っているためか、ひょこひょこと足を引きずるように歩いた。 ぽつりと、ルイズの頬に冷たいものが落ちた。 見上げると白みがかった空には、黒い雲が浮かんでおり、この時期には珍しい雨が降り出そうとしていた。 「好都合ね」 ルイズはそう呟くと、ワルドと二人で歩いていった。 二人が墓地に着いた頃には、空は黒い雲に覆われていた。 ザァザァという雨の音が、二人の足音と臭いを消している。 薄暗い墓地を歩く二人の姿はとても異様だった、半裸の少女と、ボロボロの魔法衛士隊が並んで歩いているのだから、人が見たら何事かと思うだろう。 小高い丘に作られた墓地の、一番高いところに、白い塀と茨のツタで囲まれた一角があった、扉には紋章が刻まれており、それを見ればここがワルドゆかりの地であると解る。 高さ2メイルほどの塀に囲まれたそれは、貴族の墓地としては小さい方だが、名前の刻まれた石の並ぶだけの石と比べて、遙かにその規模は大きい。 平民の墓地は石が並ぶだけだが、ワルドの両親の眠る墓は、魔法学院でルイズが暮らしていた部屋よりもはるかに大きい。 平民の墓地と比べ、明らかな雲泥の差、死後も彼らとは立場が違うのだ。 ルイズが目をこらして周囲を見回す、周囲に人の姿は見られない。 仮に鳥やモグラなどの使い魔がいたとしても、ルイズの目はそれを容易に捕らえる、誰にも見られていないと判断して、ルイズはワルドの腰に手を回した。 ルイズはワルドを軽々と持ち上げ、槍状の棘が並ぶ塀へと飛び上がった。 太さ1サント、長さ15サントほどの棘がルイズの足に突き刺さる、だがルイズはこともなげに足を持ち上げ、塀の内側へと跳躍した。 着地の瞬間、膝を折り曲げて衝撃を逃がしたので、石畳はひび割れることなくワルドとルイズの重量を受け止めた。 ワルドを降ろしてから、墓地の入り口を見る。 鋼鉄の扉から続く石畳が、墓地の中央から奥の廟へいざなう、両脇には薔薇が植えられていたが、誰にも手入れされていないせいか、乱雑に枝が伸び、一部は塀の裂け目から外へと飛び出ているようだ。 奥の廟はトリステインでは珍しい形式で、遺体を安置する館と言えるだろう、観音開きの扉は大人二人が並んで入れるほどの大きさがあり、中は魔法学院の寮と同じぐらいの広さがあるだろうと容易に想像できた。 「杖が無いな」 ワルドの呟きを聞き、ルイズは何のことかと首をかしげた。 「いや、”アンロック”だよ」 「アンロック?そんな時間無いわ、力づくで開けるわよ」 廟の扉には鍵がかかっているのだろう、ワルドはそれを心配していたのだ。 ルイズはずかずかと廟の扉に手をかけると、鍵がかかっているかを確かめるために、軽く取っ手を引っ張った。 ギィ、と音を立てて扉が開く。 「……改めて見ると、すごい力だな」 感心したようなワルドの呟きに、ルイズはふと疑問を感じた。 扉を開いたとき、まったく抵抗を感じなかったのだ。 「ワルド、鍵は壊れてないわ…何の抵抗も感じなかったもの」 「なに?」 ワルドが扉の裏側をのぞき込むと、確かに鍵にはなんの損傷も見られなかった。 「この扉を最後に閉じたのはいつ?そのとき、ロックはかけた?」 「父が戦死して、母が死んで……埋葬した後には誰もここには来ていないはずだ」 「平民の盗賊だったら鍵なんて壊すでしょうね、でも見て…なんの傷跡もない、アンロックで開けられた扉よ、これは」 ワルドはルイズを押しのけるようにして廟の中に入っていく。 廟の内側には、壁に歴代当主の名前が刻まれていた、よく見ると遺品なども飾られている 。 その中央に、ひときわ高い大理石の棚がもうけられ、上には漆黒の棺桶…ではなく、炭のようなものが置かれていた。 それを見たワルドの目が、大きく見開かれた。 「そんな!…そんな…馬鹿な…馬鹿なッ! そんな!誰が、誰がこんな!こんな事を!」 炭を手に取り、ワルドが叫ぶ。 手の隙間から風化した炭がボロボロと崩れ落ちていく、それをかき集めるように、ワルドは炭に手を入れた。 「ワルド!落ち着いて。説明してよ、どういう事なの?」 ルイズがワルドの左腕をつかむ、狼狽えていたワルドの体が、ルイズの腕力で静止した。 ルイズの握力に顔をしかめつつ、ワルドは興奮を押さえようと、右手で自分の胸を押さえ、呼吸を整えた。 「僕は、母の遺骸をここに安置した、白い棺桶の中に眠る母に、花を沢山添えて、固定化の魔法までかけたんだ」 ワルドの声に、焦りから怒りが見え始める。 「遺骸がミイラ化することはあっても、誰かが手を加えなければ、こんな、こんな炭になるはずはない、そうだろう。そうだろう!?」 ワルドは怒りと怯えの混じる目でルイズを見た、ルイズはワルドの腕から手を離すと、ワルドを押しのけ、炭の中から頭蓋骨を探した。 「ワルド…ねえ、おばさまを生き返らせる前に、言っておきたいことがあるの。よく聞いて…」 「生き返るのか?骨でも?」 ルイズが無言で頷くと、ワルドはつばを飲み込み、ごくりと喉を鳴らした。 「もし、おばさまが吸血鬼の本能に負けたら、手当たり次第に食屍鬼を増やす化け物になるわ。吸血鬼の本能に勝てる自信はある?」 少しの沈黙の後、ワルドは「母は誰よりも誇り高い人だ」とだけ言った。 「もし、本人に生きる意志が無ければ、すぐに体が崩れていくわ。二~三言の会話しかできないと思う……」 「かまわない、やってくれ」 ルイズは頭蓋骨を棚の上に置き、その上に左手を掲げ、右手の爪で左腕を切り裂いた。 ぽたっ、ぽたっ、と音を立てて、ワルドの母の頭蓋骨に血が落ちる。 およそ一分間、ルイズは頭蓋骨に血を垂らしていった。 ガタッ、と音がして、頭蓋骨が独りでに揺れる。 ボコボコボコボコと音を立て、まるで泡立つように頭蓋骨の中から血がしみ出し、しばらくすると頭蓋骨の焦げ跡は消えてしまった。 更に血を垂らし続けると、今度は頭蓋骨の表面に少しずつ皮のようなものが浮き出て来る、そこでルイズは血を止め、再生されていく頭蓋骨をじっと見つめた。 (私は今、ワルドを騙そうとしている) ルイズは、ワルドの母を生かすつもりは無かった。 なぜこんな依頼を引き受けたのか、なぜ食屍鬼を作る気になったのか、はっきりとした理由が思いつかないのだ。 あえて理由を見つけるとしたら、二つのものが思い浮かぶ。 一つは、ワルドの母がなぜ自殺したのか、その理由を知りたいと思ってのこと。 もう一つは、母への依存心が気に入らないという理由だ。 もしかしたら、ルイズはワルドの母に嫉妬してしまったのかもしれない。 今のワルドは、まるで母に呪縛されているようではないか、それがルイズには気に入らない。 ワルドは自分だ、ワルドはルイズと同じように母に呪縛されている。 いつの頃からだろうか、ルイズは、母を恐れ、母を尊敬し、母のようなメイジになりたいと思っていた。 ゼロと呼ばれていた自分が虚無の使い手だった!それを母に言ってやりたい、姉たちも父も私を見返してくれる! でも、それはもう、できない。 自分の代わりに、ワルドを使って、母との決別をさせようとしているのかもしれない。 私は、いつからこんな考えをするようになってしまったんだろう…… びくん、びくんと動く頭蓋骨は、いつの間にか髪の毛が生え、眼球ができあがり、口をぱくぱくと動かしていた。 「ウ……」 生首がうめき声を上げ、目を開けた。 「オ……オオォォォォー……ジャン……わたしの…ジャン……」 「あ、あああ!!母さん!」 「ワタシノオオオオオオ ジャンンンンンンン!」 くわっ、と生首の口が開かれ、牙となった犬歯をむき出しにした、次の瞬間髪の毛がバネのように動き、生首が宙を舞った。 「!!」 ルイズは咄嗟に手を出し、生首の動きを遮った。 しかし、ずぶりと牙がルイズの手首にかみつき、そのままゴキゴキと音を立ててルイズの骨を砕き始めたのだ。 「くっ…」 ルイズは髪の毛を伸ばし、生首の顎を掴んで無理矢理開かせ、腕から引きはがした。 同時に一部の髪の毛を後頭部から脳髄へと差し込んでいく。 「乾ク…乾クノオオオォォォォ」 「か、かあさん!僕の血を、僕の血を使ってくれ!ルイズ、母は苦しんで居るんだ、血を…」 「駄目よ!これを乗り越えられなければ、理性のない吸血鬼になるわ!母親を信じなさい!」 ルイズは、驚くほど自然に嘘をついた。 乗り越えられるはずがないのだ、五体満足で吸血鬼になったルイズと違い、食屍鬼となったワルドの母が理性を保てるはずがない。 ただ、一つだけ理性を取り戻させる方法があった、それもルイズが作り出した理性のようなものであり、本人の人格とは遠いかも知れない。 ルイズは髪の毛を肉腫として脳内に仕込み、忠誠心を呼び起こす応用で、『乾き』を麻痺させようとしていた。 「ウウウオオオオオオアアアアアア」 「アアアア…オオオオ」 「………オ…ォ…」 次第に凶暴な顔つきは、穏やかな顔になって、ワルドの覚えている母の顔に近くなっていった。 ワルドと同じ灰色の髪の毛と、整った顔立ち、そして優しそうな眼。 ワルドの母は、美女と呼ぶに相応しい雰囲気を漂わせていた。 「母さん…」 「おお…ジャン…私の…ジャン…わたしは、わたしは…」 「かあさん、もうすぐ体も元通りになれるんだよ、母さん」 ワルドは、ルイズに抱かれている生首の頬を、愛おしそうに撫でた。 ワルドの母は慈しむような眼差しを返したが、その表情はだんだんと曇っていった。 「かあさん、どうしたんだい?なぜ泣いているのさ」 「ああ…なぜ、なぜわたしは生きているの、辱めを受けた私をそのまま死なせてくれなかったの」 「…え」 「リッシュモンが…ああ、にくい、あのおとこが、あのおとこが、あのひとをヲヲヲオオオオオオ」 ガタガタと生首が震え出し、表情がまた険しくなっていく。 ルイズの埋め込んだ髪の毛でも、ワルドの母を制御することはできなかった。 ルイズは少しずつワルドの母から血を吸い取っていく、みるみるうちに顔にはしわが刻まれ、目は落ちくぼんでいった。 「か、母さん!どういうことなんだ、リッシュモンが、どうしたって言うんだ!教えてくれ母さん!」 「アアアァ……アノヒトハ…戦死ジャナイ……リッシュモンニ…殺サレ……私ヲ手ニイレルタメニ……ゴメンナサイ アナ タ」 ボロボロと崩れ落ちる頭蓋骨、その粉をワルドは必死で拾い集めた。 ルイズはただ、呆然と、腕の中で崩れていくワルドの母の姿を見ていた。 「ああああ…母さん…母さん…」 もう涙も出ないのだろうか、ワルドは地面に落ちた母の骨…の粉を握りしめていた。 「……」 ルイズも、ワルドと同じように、どうしていいのか解らなかった。 髪の毛で作り出した肉腫は、生物の脳から感情を引き出したり、押さえることが出来るはずだった。 しかし今回は、リッシュモンへの恨みと、死にたいという感情がルイズのコントロールを上回り、落ち着かせる事ができなかった。 そして、アンリエッタの信頼厚いリッシュモンの悪行。 アノヒト、というのはワルドの父のことだろう、戦死したと聞いている。 そしてワルドの母も、リッシュモンにいいようにされていたのだとすれば、なぜ死体が焼かれていたのか、その理由が想像できる気がした。 「…レコン・キスタ」 「………何?」 ルイズの呟きを聞き、ワルドが顔を上げた。 「アンドバリの指輪は、水の先住魔法が込められた指輪、それこそ死者をも蘇生する力を持つわ。でも遺骸が無ければ蘇らせることも出来ない」 「どういうことだ」 「あなたの母は、あなたに知られては困る情報を持っていた。だから死後念入りに焼かれた…もっとも、頭蓋骨は半分形をとどめていたけれど…」 「じゃあ、まさか、僕は、リッシュモンは」 「十中八九、レコン・キスタと繋がっているでしょうね。貴方はまんまとハメられたのよ」 ゆらりと、ワルドが立ち上がった。 「はは…そうか、そうか」 おぼつかない足取りで、ワルドは廟の外へ出ていく。 一歩、また一歩と、歩いていった。 出遅れたルイズが廟の扉を閉め、急いでワルドの隣に並ぶ。 「いっそ、殺してくれ」 「だめよ」 「生き恥を晒したくない、母と一緒に、僕を葬ってくれ……いや、レコン・キスタに関する情報を根こそぎ喋ってから、拷問されて殺されてもいい」 「それも駄目よ」 「なぜだい?ルイズ、僕を哀れんでいるのか」 「違うわ、違う。拷問よりも、死ぬよりも、先にやることがあるでしょう?」 「…やること、とは」 「一緒にリッシュモンを殺しましょう?」 ルイズの犬歯がきらめき、吸血鬼独特の牙に変化した。 それを見たワルドは、明らかに恐怖とは違う何かが、背筋に走るのを感じた。 ルイズの手を取り、その指にキスをする。 遠くどこかの世界、画集に収録されたモナリザの手を見て、勃起した男がいた。 ワルドもそれに似ていたのかもしれない、欲しいものを見つけたのだ。 空虚なワルドの心に、ルイズの狂気に満ちた笑みが入り込んだ。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/touhouvision/pages/731.html
《ルイズ》 No.483 Character <第七弾> GRAZE(1)/NODE(3)/COST(1) 種族:魔界人 (自動α): 〔相手プレイヤー〕の手札の上限枚数は-2される。 攻撃力(3)/耐久力(4) 「あら、何者かしら?」 Illustration:ヒラサト コメント 魔界に住む住民の一人。 相手の手札の上限枚数を減らす効果を持つ。 (自動α)により場にいるだけで相手の手札にロックを掛ける。また記述が無い為この効果は重複が可能。 基本的に手札消耗が激しいこのゲームで1枚ではそれほどでも無いが、2枚(手札上限3枚)、3枚(手札上限1枚)と場に揃うと洒落にならない影響力を与える。 またこのカード自体もノード3のキャラクターにしてはそこそこの戦闘力でグレイズも低いバランスの取れたスペックを持つ。耐久力が4あり人界剣『悟入幻想』や春乞いの儀式といった小型用の除去で処理されにくいのは上記の効果を発揮する上でも役に立つ。 特に他の小型アタッカーがユキ/7弾やマイ/7弾といったグレイズが高く序盤に使い辛いキャラクターしかいない魔界絡みの種族:魔界人統一デッキでは、序盤を繋ぐ優秀なアタッカー兼上記の効果によって相手の動きを縛るソフトロック要員として地味ながらも重宝するだろう。 他にも、河城 にとり関連のカードのドローによるデッキアウトを狙う場合などで、このカードを組み合わせる事で相手にカードを引かせるリスクを抑えるといった使い方も出来なくは無い。 特に友邦の科学チームと一緒に場にいると、上限以上の手札を直ちに無作為に捨てさせる為、運次第では相手の手札を壊滅状態に出来る可能性もあり強力である。 関連 第七弾 ルイズ/13弾
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6909.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (57)シュペー卿の剣 メンヌヴィルという人間は、酷く簡単な価値観の中に生きている。 目を盲いた彼に感じられる世界とは、熱量にのみ左右される世界。 燃える熱、凍える熱、人の熱、石の熱、怒りの熱、喜びの熱。 全ては熱でできている。 そんな彼は、自身ら火のメイジを、他系統のメイジとは一線を画する存在だと考えている。 土のメイジは土と、水のメイジは水と、風のメイジは風と親しむ。 それは自然本来の摂理からすれば、至極当然の形だ。 生命とは元来そういうふうに作られている。 しかし、火だけは違う。 火と生命は本来相容れない。動物は本能的に火を恐怖するものだ。 だが、火のメイジは火を恐れたりはしない。火への恐怖心の克服は、火のメイジの基礎の基礎である。 相容れぬはずの火と親しむ、その一点でもって、火のメイジは他のメイジに比べてどこかが壊れている存在なのだと彼は考えている。 そして、そんな火のメイジの中でも更に一握り。 火に愛されている、そんな風にしか思えない人間がいるのだ。 熱にうかされ、火に魅せられ、精神を薪にして炎にくべてしまった人間がいるのだ。 たとえばこの少女のように、 たとえばあの背中のように、 ――たとえばこの自分のように。 キュルケが驚愕に目を見開く。 これ以上ない全力。間違いなく敵を葬るはずだった、必殺の一撃。 たが、メンヌヴィルはその絶攻を受けてなお、巌のように両の足で立っていた。 「かっ、かっ、はっ」 そしてメンヌヴィルの口から漏れる、呻きのようなかすれた笑い声。 男は倒れるどころか、途切れ途切れだが笑声を出す余裕すら見せたのである。 「心地よい温度だ、体が芯から温まる……その温度操作、今の炎。なるほど、軽くスクウェアクラスには達していると見える」 確かに魔法は直撃した。手応えもあった。だと言うのに、なぜこの男は笑っていられるのか。 疑問の答えを悠長に探している暇はない。 キュルケは接敵し続けている愚に気が付いて、一足飛びに距離をとった。 一方メンヌヴィルはというと、まだ低い笑い声を漏らし続けていた。 「貴様の魔法を扱う才は、この俺よりもよほど上のようだ。ならばここで一つ、戦いはクラスでは計れぬということを教えてやらねばならないな」 それを聞いた次の瞬間、キュルケの目にはメンヌヴィルの姿が掻き消えたように見えた。 「こっちだ」 不意に背後から響いた言葉。驚く余裕も与えられず、続けて彼女を襲ったのは重たい衝撃。 何事が起こったのかを理解する前に、キュルケは体をくの字に曲げて宙を舞っていた。 そうして軽く十メイル近くも吹き飛ばされて、彼女はその身を床に叩き付けた。 なにが起こったのかの理解が追いつかない。ただ痛みだけがいやに鮮烈だ。 「がっ、は、あ……っ!?」 腕に走った激痛と地面に全身を打った衝撃で、キュルケは思わず肺の中の空気を絞り出した。 体中を痛みが支配する中で、男の声だけがはっきりと意味をなした。 「ほう、あの一瞬で腕を折り曲げてガードしたのか。なるほど、悪くない反射神経だ」 憎い男の声を聞いて、キュルケは必死にメンヌヴィルを睨み付ける。 そして己の心に灯った火が、未だ燃えているのを確認する。 〝たかが一撃、まだやれる……〟 心の中でそれだけを繰り返し、彼女は無事なほうの腕を使って、笑う膝を支えながら立ち上がった。 「よし、それでいい。では続きといこう、簡単に死んでくれるなよ?」 メンヌヴィルはキュルケから数メイルは離れた距離で鉄杖を振りかぶった。 「……そらっ!」 裂帛の気合いと共に、鉄の塊であるそれを思い切り地面へと叩き付ける。 そしてメイスが地面と衝突するインパクトの瞬間に叫ばれる、火を意味するルーン。 「カーノ!」 轟音。 直後襲いかかってきたものを見て、キュルケは知らず、体中の毛が逆立つのを感じた。 恐るべき速度で向かってきたのは、赤熱したあまたの石片。 無論、それ自体がメンヌヴィルの魔法で生み出されたものではない。 床を砕いてできた無数つぶてを、魔法によって高熱の散弾化にしたのである。 「!?」 キュルケは咄嗟に攻撃のために唱えておいた呪文を、迎撃に切り替えて解き放つ。 ルーンの導きに応えてキュルケの前にごうと立ち上がったのは炎の竜巻。生み出されたそれが、紅蓮の盾となって飛び来た赤弾を悉く遮る。 まさに炎の壁。並の攻撃ならまず通すことのない強固な防護だ。 故に、キュルケは炎の嵐をそよ風を抜けるようにくぐり抜けて飛び込んできた男の姿に、反応することができなかった。 炎の壁を踏み越えて飛び込んできたメンヌヴィルは、キュルケの思考を置き去りにしたまま、見事なアッパーカットを彼女の顎に叩き込んだ。 再び、キュルケの体が宙を舞う。 「かっ……っ!?」 「なかなかいい腕だ。状況判断も悪くない。ただ、惜しむらくは炎の使い手との戦闘経験が、圧倒的に不足していたと言うことだな」 メンヌヴィルは軽く四メイルは吹き飛ばされたキュルケを見下ろしてそう言った。 キュルケは二度目のダウンから立ち上がろうとするが、脳震盪の起こした体は、手足に全く力を伝えてくれない。 それを見たメンヌヴィルは、仕切り直しを求めるように、キュルケに背をむけて距離を離していった。 「同系統のメイジ……特に火のメイジが火のメイジと戦う際には、ちょっとしたコツがいる」 地に伏したキュルケは、メンヌヴィルを殺意の籠もった視線で見つめていた。 視界に入るその姿は殆ど無傷。あれだけの炎に突っ込んだというのに軽い火傷一つ確認できない。 「特に炎の効きが悪い場合は、こうして物理的な攻撃を織り交ぜたほうが効率がよい」 キュルケは黙って男の言葉を聞いている。 「また、クラスが格上の者と相対する場合、距離を離した戦いよりも肉薄した接近戦が効果的だ」 そうして回復を待ちつつ、勝利のための糸口を必死に探す。 幸いにして、ハンデのつもりなのかメンヌヴィルが背を向けて離れてくれていったおかげで、彼我の距離はかなり開いていた。 これなら先ほどのように、一足飛びに懐に潜られることもない。 始めに接近戦に持ち込んだのは自分だというのは、実に皮肉的であったが。 「もちろん、お行儀のいい貴族の戦い方ではないがな……。さて、そろそろ十分だろう。休憩は終わりだ」 その言葉を聞くと同時、キュルケはかろうじて回復した手足を使い、体に鞭打ってその場から跳ね起きた。 そうやって立ち上がりながら一声叫ぶ。 「ファイアー・ボール!」 今日が始まってから、何度唱えたかもわからぬ魔法を放つ。 まずはあの異常な早さの正体を知らねば勝ち目はない。 それを見定めるための牽制攻撃である。 それを知ってか知らずか、 「無駄だ」 メンヌヴィルの姿が、またも忽然とかき消えた。 キュルケはわかっていながら目で追えないもどかしさに、きつく歯を噛みしめる。 だが、視覚ではない感覚的なもので、キュルケはメンヌヴィルが消えた場所に、輝く残滓を捕らえていた。 微かに残るそれは熱の残り香、炎の軌跡。 その意味するところはなにか。 いくつかの可能性がキュルケの頭を過ぎるが、直感的にその中の一つに当たりをつける。そしてその可能性に基づいて彼女は上を見上げた。 そして、見上げた先にはメイスを振りかぶって落ちてくる巨漢の姿。 キュルケが即座に転がってそこを離れる。 直後、派手に火の粉を爆ぜ散らしながら、肉弾がその場所を襲った。 「ちょこまかとよく逃げる……」 ゆっくりと立ち上がった男がくつくつと嗤う。 だが、体をふらふらとさせながら、キュルケはそんなことなど気にも留めない。 彼女が注視しているのはただ一点。 その足元。 無骨なブーツ。 「まさか、あなた……」 「……頭のめぐりも悪くない。たったこれだけの時間で大道芸のカラクリに気付いてくれるとは嬉しい限りだ」 また男が笑う。何処までも深い、暗く淀んだ笑いを漏らす。 「ならば今更出し惜しむ必要もない」 そう言ってメンヌヴィルが右足を一歩踏み出す。 その途端、 そのブーツの足元が爆ぜた。 足裏から噴出した炎。その直後に起こった爆発を、踏み蹴るようにして男は跳ぶ。 勢いに乗って、砲弾のように飛び込んでくる。 「くっ!」 恐るべき速さで迫る敵に対して、反射的な防御としてキュルケは杖を振って前方に向けて炎弾を撃つ。 咄嗟に放たれた炎の数は三、それぞれがメンヌヴィルの足元、胴体、頭を狙って飛ぶ。 「甘い!」 しかしそれと接触する直前、男は二歩目を地面に叩き付けるように踏み込んだ。 男の足裏、またしても爆発する白い炎。 一足目で一直線に飛んできたメンヌヴィル。それがなんと二足目で、上へとその指向を上へと変えた。 白光を迸らせながら、軽やかに宙へと駆け上がる巨体。炎弾はその変則的過ぎる動きを追随できずに、虚しく空で爆ぜて散る。 無論、それで終わるはずがない。 「はあああああああああっ!」 叫びと共に三歩目。なんとメンヌヴィルは、空中にあって三歩目を踏み込んだのである。 高さ五メイル。身を捻りながらオーバーヘッド気味に回転した男は、その高さで後方斜め上に白い炎を出現させた。 そしてその爆発を蹴る。 三度の進路変更。 今度こそは敵を仕留める一撃を見舞うためのもの。 引き絞った弓から放たれる、鋭き矢の如き蹴撃。それがキュルケを狙う。 「パイルパイルパイルパイル!」 「ゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブ!」 「キョーッキョキョキョキョキョッ! ファナティーック!」 「俺のパイを食ったやつはどこだー!」 土煙を上げて、猛然と快走する赤い肌をした亜人達――ゴブリンの一団。 気のせいか先ほどまでよりも一回りほども規模が大きくなっている気がする集団の先、百メイルの距離を走る少年の姿があった。 「うわあああああああああああああああああああああっ!!」 逃げる、逃げる、逃げる。 おとぎ話の笛吹きよろしく、ゴブリン軍団を引き連れたギーシュ・ド・グラモンは自前の足で走って逃げる。 二本の腕を必死に振って、二本の足をせかせか動かし、それはもう力の限り全力で走る。 「ヒャッハー!」 と、追いかける集団からぽーんと一つ飛び出した影。 それはソリだ、 ゴブリンを乗せたソリが、ギーシュを追いかけて空を飛んだのだ。 ソリの踏み台にされたゴブリンが後続のゴブリン集団に踏みつぶされたのも気に留めず、宙を舞うソリ乗りゴブリン。 その一匹はサーファーのように空中で華麗にポーズをキメて、真っ逆さまにギーシュへ向かって落ちていく。 「うわわわわわわっ!」 と、たまたま後ろを振り返って気付いたギーシュが、慌てて体を横にずらす。 「ムギャア!」 目標を失って地面に激突したゴブリンは、ソリごと地面に衝突し、あまつさえそのまま地面に突き刺ささった。 そしてその少しあと、地面に刺さったままのソリとゴブリンは、やっぱり後続のゴブリン集団に巻き込まれて踏みつぶされた。 『ゴブ』 『ゴブ』『ゴブ』 『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』…… 振り返ったときにちらりと見えたゴブリンの集団は、先ほどよりも更に数が増しているように思えた。 ここまでくればギーシュにもわかる。彼らは時が経つにつれどんどんと増えているのだ。 「ひいいいいいいいいいいいい!!」 激走。産まれてこの方こんなに真剣に走ったことはないという勢いでギーシュは駆ける。 だが、次の瞬間、 「ひでぶっ!」 ギーシュは窪地に足を取られ、豪快に顔面から地面に激突した。 激突して、それでも勢い止まらず、そのまま体が一回転。 「はぎっ! うぶぉらっ! ぎゃああああああ!!」 ぐるんぐるんと更に一回りと半分も縦回転をして、地面に二度目のキスをしたギーシュは、そのままずざざと顔で地面を滑り、 『なんで僕がこんな目に……』 そんなことを思いながら気を失った。 ◇◇◇ ふと気付いたら真っ白な世界にいた。 なんだかふわふわして暖かい、ぬくぬく気持ちいい世界にギーシュはいた。 〝こ、ここは……〟 そんな風に呟いてみても答えは出ない。こんな光景を見るのは初めてだった。 「何処だっていいじゃない」 そんな声が聞こえて、ギーシュはぎょっとして声がしたほうを見た。 目をやったそちらも漂白の世界。ただ、そこに人の姿が在ることだけが先ほどまでと違う。 純白の世界に立っていたのは、裸に白い薄布を巻いてイケナイ部分だけ申し訳程度に隠した、世にも美しい女性だった。 そう、彼女は美しい。 とても美しくて……なんだかとっても見覚えがあった。 〝モ、モンモランシー?〟 美の化身の如き彼女の姿は、どこをどう見ても幼なじみのモンモランシーであった。 「いいえ、私は苺妖精のイチゴちゃんよ」 〝い、イチゴちゃん?〟 「ええ。私はあなたをイチゴの園に導くためにここに来たの」 〝……イチゴの、園?〟 頭がどうにかなりそうだった。 さっきまで戦場にいたというのに、どうして自分はこんなところに立っているのか。 そもそもここはどこだろうか? もしかしてここは天ご―― あまり考えたくない方向に思考が振れかける。 だが、そんな考えは瞬時に霧散霧消。泡となって吹っ飛んでいった。 「イチゴは嫌い?」 そう言って前屈みになった彼女の胸元が、ちらりと見えたからだ。 自然、ギーシュの視線と思考はモンモランシーそっくりの妖精さんのボディに引き寄せられていた。 彼女は同級生のキュルケを含めた一部の女性達のような、肉感的な体つきをしていない。むしろスレンダーと称して誤りはない。だが、それでも彼女の体はギーシュの目を捕らえて放さない。 だって彼女はあまりに薄着で、とても無防備で、ともすればいろいろ見えてしまいそうなのだ。 そんな状況で刮目せずにいられようか、いや、できない。 むしろ目を逸らすのは失礼にあたるに違いない。 そんな想いを抱いて、手に汗握ってもんもんとしているギーシュに、イチゴの妖精は妖しく微笑みかけた。 「私はね、あなたにイチゴを食べてもらいに来たの」 〝い、イチゴとな〟 「そう、イチゴをね。あなたは欲しくない? イ・チ・ゴ」 塗れた唇が動いて、彼女が悩ましげに体をくねらせると、体に巻いた薄布がわずかにずれた。 薄布一枚隔てた彼女の胸元に、一瞬肌とは違う色が透けて見える。 〝い、いいいいい、イチゴちゃん!?〟 「わたしのイチゴ、食べてみない?」 〝た、たべ、たべっ!?〟 イチゴちゃんが肩を震わせた。すると、肩に掛かっていた薄布がずり落ちる。 その姿がどんどん扇情的になる。 〝た、たたたた、食べたいっ!〟 ギーシュは煩悩とかいろいろなものの連合軍に白旗を振って、堪らず叫んだ。 「うふふっ、だったら私を捕まえて頂戴」 悪戯っぽく笑いかけたイチゴちゃんは、そう言って軽い足取りで白一面の世界を駆け出した。 〝に、逃がさないぞぅ!〟 続いてギーシュも彼女を追いかけ始める。 「捕まえてごーらーんーなーさーいー♪」 〝まーてーよー♪〟 あはは、うふふと笑い声。 それは幸せな ……とても幸せな夢であった。 ◇◇◇ 慣性に引きずられて数秒。 顔面で地を耕すように滑った末、崩れ落ちて動かなくなったギーシュの周りを取り囲む人影があった。 「見たか! 俺たちゴブリン穴掘り部隊!」 「掘って埋めるだけの作業は誰にも負けねぇ、ゴブリン穴掘り部隊!」 「む、無敵のゴブリン穴掘り部隊なんだなっ!」 取り囲んだ三体のゴブリン達が歓声を上げる。 ギーシュが足を取られた窪地、それは彼らが掘った落とし穴だったのである。 「よしっ、それじゃあ早速ゴブリンロードの貢ぎ物にするぞ!」 「きっと新しいスコップ貰えちまうぜぇ!」 「う、嬉しいんだな、だな」 と、ゴブリン達がギーシュを縛るために引きずり起こそうとしたときだった。 それまでぴくりとも動かなかったギーシュが、バネ仕掛けの人形のように飛び起きたのである。 そしてゴブリンに目もくれず、彼は天に届けと声を張り上げた。 「バナナくんイチゴちゃんとミルクまぜまぜしたいにゃん!」 戦場の中心で彼は叫んだ。 おお、人よ見よこの屹立を。 この瞬間、確かにギーシュ・ド・グラモンは漢となった。 跳ね起き、意識を覚醒させた彼が目にしたもの。 青い空、白い雲、目の前の亜人達。 耳に届くのは周囲の喧噪とゴブリン達のわめき声。 それで嫌でも全てが察せられる。 先ほどのアレは、ただの夢。 泡沫の幻。 だが、大切なものに気付かされる一時であった。 「嗚呼モンモランシー、僕は大切な物を見失うところだったよ」 天を仰いだまま目をつぶり、彼はそんなことを呟いた。 その頬を涙が一滴零れ落ちる。 何故こんな目に? 彼女のために自分が選んだからに決まっている。 他の誰でもない、自分で望んだからここに立っているのだ。 そのことに後悔があるのか? いや、有るはずがない。 だったら形ばかりの臆病者はもう終わりにしよう。 背筋を伸ばせ、前を向け、歯を食いしばれ。 今こそギーシュ・ド・グラモンの男を示すときだ。 彼は掴んだ。 人はなんのために戦うのかを。 男は誰のために戦うのかを。 「モンモランシー……」 ――瞳の裏に焼き付いいているのは彼女の姿。 全ては愛のために。 愛を勝ち取るため。愛を守るため。 その単純な理由のために男は戦うのだ。 そう、全ては愛ゆえに! 「……モンモランシー!」 ギーシュが視線を下に降ろすと、そこには先ほどまで抱えて走っていた大剣が転がっている。 彼はそれをゆっくりとした動作で拾い上げた。 引き離していた敵は、既に衝突が避けられぬ距離に迫っている。 しかし、それでももう彼に立ち向かうことへの迷いはない。 戦って、戦って、戦い抜いて彼女の元に帰る。 誰のためでもない。自分と彼女の物語のために、少年は剣を取る。 「僕は……戦う!」 決意と共に、ギーシュは鞘から剣を抜き放つ。 その瞬間、周囲のマナが爆発する。 そして少年の左手の甲から、目映い光が発せられた。 「来た! 上から来た! ええと、火の玉が一つ二つ三つ……たくさん!」 「た、たくさんじゃわからないのねっ!」 「いいから! 早く避けて!」 「りょ、了解!」 急速旋回。失速ギリギリまで減速してのターン。 そしてヒュゥッと音を立てて、先ほどまでの進路に降り注ぐ無数の火の玉。 シルフィードは何度目かになる危機を今度もなんとかやり過ごす。 モンモランシーはその背で息を吐いて、胸をなで下した。 空中の激突は続いていた。一方的な展開で。 それは勿論、モンモランシー達の圧倒的な不利という形である。 「カカッ。カカカッ」 竜はさもおもしろそうに笑う。 本来ならば彼はこのような嬲り殺しに近い展開に、愉悦を覚えたりはしない。 だが、この戦いは彼にとって、とても意義あるものであった。 彼にしてみれば、この戦いは試薬を入れた試験管を振っているのと一緒。結果がわからぬ実験であるのだ。 爪先を弾いて炎弾を飛ばす、氷弾を弾く、雷撃を走らせる。 その一つ一つが、未知なる結果を導くための行程。 元来彼が受けていた指示は、速やかに彼女達を抹殺して〝虚無の巫女〟の眼前にその屍を放り出してやることだった。 だが、竜はそれを無視する形で、こうして彼女達と戦っている。 それは好奇心による行動であった。 彼は見てみたいのだ。 己の手によって、生命が純化するその瞬間を。 命の限界。その果ての果て、選ばれた一握りのものだけがたどり着くことが許される極限。 そこに至る究極の一瞬。 彼はその〝転化〟の瞬間を、無邪気なまでの好奇心でもって、待ち望んでいるのだ。 「タバサ! 準備はいい!?」 風音にかき消されないようにするために、怒鳴りつけるようになってしまったモンモランシーの問いかけに、タバサは小さくコクンと頷いてみせる。 彼女のその動作は、反抗の機会が巡ってきたことを示していた。 彼女達はこれまで炎の雨を三度、氷の雨を二度、石の雨・雷撃・猛吹雪をそれぞれ一度ずつ、全てギリギリで回避している。 一撃でも貰えば非力な彼女達などひとたまりもないが、それでも彼女達は未だ健在である。 そこに、勝機があった。 正直、ドラゴンの攻撃は狙いが甘い。 派手さや威力に対して、精度や効果に関して非常にムラがある。 そこからはまるで本気が感じられない。 むしろ一連の攻撃からは、子供が遊んでいるかのような稚気すら感じられる。 ならばこそ、その油断が必殺を牙を隠した彼女達の勝機であった。 「それじゃ、手はず通りにいくわよ!」 「モンモンこそヘマしたら、丸かじりなんだからね!」 「……ごー」 モンモランシー、シルフィード、タバサ。 二人と一匹はそれぞれに気合いを込めて、命を預け合う仲間達に声をかけた。 なにせ、お互いの連携こそがこの反撃作戦の要なのである。 「ほう、仕掛けてくるか」 先ほどから機会を伺っていた様子の相手が動いたことで、竜がますます機嫌良く笑った。 その度、口元の牙の隙間からはチロチロと火の粉が舞い散る。 彼の視線の先には、氷の弾幕を張りながら上昇していく仔竜の姿。 太陽を背に急降下攻撃を仕掛けてくるつもりであることが容易に知れる。 だが、竜はあえてそれを許した。 「被験体No.11923号に対する、『絶望による心的影響による効果実験』を継続する」 彼は最初から、それがどのような形であれ、タバサ達の策略に乗るつもりであったのだ。そして、その上で叩きつぶすつもりなのである。 それは慢心と言えば慢心だ。だが、人が蟻を踏みつぶすという行為に、慢心があるだろうか? あまりに存在としての格が違う場合、そこには慢心すらも存在しないのだ。 タバサが渾身の力を込めて作り出した氷の弾雨が、竜の吐き出した赤い炎に相殺されて消える。 けれども、タバサ達に動揺はない。彼女達とて馬鹿ではない。これまでの短い交戦で、その程度の力の差が有ることは十分承知しているのだ。 間髪入れずに、第二第三の魔法が放たれる。 「無駄な足掻きを!」 最初に襲ったのは、周囲の大気を急激に撹拌させる恐るべき乱気流。 「ふんっ」 普通の竜ならば飛行不能に陥るその中を、竜は涼しい顔をして飛び続ける。風の流れを読むことなど。彼の知識と経験を持ってすれば造作もない。 続いて発生したのは氷刃を巻き込んだ巨大な竜巻。 竜は一瞬の思考を巡らせて、それから赤いマナを集めて翼に集中させた。そうして炎を纏わせた翼を羽ばたき、火炎迸る風を発生させて氷刃を次々打ち落とす。 続けざまに魔法が防がれるが、それでもタバサの攻撃は続く。 四度目。今度は頭上の死角から、真空の刃がいくつも奔る。 すると竜はそれを予期していたように首をそちらに向けると、遠く何リーグ先までも聞こえるような音量の咆吼を上げた。 そして豪吼によって生じた空気の振動とぶつかって、真空の刃は消滅してしまう。 「ふん、この程度で終わりか?」 最初の氷撃から始まった一連の波状攻撃を難なく防ぎ、期待と失望が入り交じった声で竜は言った。 彼が見ている方角には、目映い昼天の太陽が光を放っている。 流石の竜といえども、太陽光を相手にしては目を眇めるほかにない。 タバサ達がとった一連の行動から彼が読み取ったのは、彼女達が距離を縮めようとしていることだった。 逃げるつもりならば適度に距離を離して戦えばいい。だが、彼女達は今や陽光を背に急降下を仕掛けてようとしている。 これは明らかに接近戦、あるいは肉弾戦を仕掛けてくるつもりの動きである。 さしもの彼にも、タバサ達がどのような切り札を隠しているのかまではわからない。 けれど彼女達の行動から、近寄って放つその切り札に全てを賭けているであろうことは伺えた。 ならばこそ、竜はそれをおもしろいと思う。 先ほどまでの攻撃を自分が凌いだように、自分の攻撃を彼らは凌ぐつもりでいるのだ。 実に、不遜である。 不遜ではあるが、竜はそれを許すつもりでいた。 困難を突破した末に放つ切り札。それが破られたときの絶望はどれほどのものであろうか。 全身全霊を込めて放った切り札を、ジョーカーによって力任せにねじ伏せられた絶望は、如何ほどであろうか。 その絶望がもたらすかも知れない〝転化〟、彼はそれを心待ちにしているのだ。 かつて『始祖』と呼ばれるプレインズウォーカーがこの世界に施した魔法。彼が行った血統実験、竜はその結実を彼は見てみたいのだ。 『始祖』の直系に連なるもの、色濃く『始祖』の血を受け継いだ者の中に時折発現するという、虚無の系統。 だが虚無の系統の発現は副次的効果に過ぎないと、竜は確信している。副次効果として、プレーンとの高い親和を持つに過ぎない。 その本来の形は、偶然でしか世界に生まれ落ちることのない、久遠の闇と繋がる火花を持つ者を培養するという、数千年をかけた『始祖』の恐るべき血統実験の結果だ。 その成果を見届けた時に浴するであろう、探求の悦楽こそが、この竜の真の目的なのである。 そして、竜にとって幸いなことに、今やワルドはプレインズウォーカーが孕む狂気のために、一人の少女の虜となっている。 かのプレインズウォーカーの目には、既に他の王家に連なる者のことなど目に入っていまい。 それはつまり、彼女の近くにいて、強く彼女の影響を受けた王族の娘、「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」に注意が向けられていないということを意味している。 竜にとってタバサは、最初に出会ったそのときから格好の実験対象であったのだ。 加えて、二人のプレインズウォーカーの気配がこの世界から消失していることも好都合だった。 なにもかもが都合のいいほうに転がっている。 今こそは、内に秘めたる欲望を解放する絶好の機会であった。 白炎を纏わせた魔人の蹴撃。 結局それがキュルケに届くことはなかった。 旋風を纏い、突如割り込んできた何者かが、手にした棒状のものでメンヌヴィルの跳び蹴りを受け止めたのである。 そして受け止めた杖を斜めにずらし、何者かはメンヌヴィルの力を受け流す。 すると、狙いがそれたメンヌヴィルが体勢を崩した。 だが、メンヌヴィルは空中でバランスを崩されたというのに、その驚異的な身体能力を使って体を捻り、豪腕を振るって反撃に移ろうとする。 けれどそれよりも速く、男が棒に伝わった力をてこの原理で利用し、コマのようにその場でくるりと一回転。そして遠心力まで加えた杖の一撃が、メンヌヴィルの攻撃が届くよりコンマ先に、その横頭部をしたたかに狙い打った。 流石のメンヌヴィルも、空中で追撃を受けて躱せない。頭部に受けた一撃によって勢いよく弾き飛ばされた。 けれど吹き飛ばされて、それでつけ入る隙を与えたりはしない。 彼は着地と同時に転がって、勢いそのまま跳ねるようにして飛び起きた。 そうやって立ち上がった、その顔に浮かぶは、 「おお、ついに……ついに……俺の前に立ちはだかるか」 歓喜。 一方、助けられたキュルケは呆然として、突如現れた者の姿を凝視した。 現れたのはマントを羽織った長身の男。 杖を手にした彼の顔には見覚えがある。 いや、少し前までは日常的に目にしていた。 彼の名は―― 「ミスタ・コルベール……」 そうして炎の熱に炙られる戦場に、教師コルベールはただ静かに立っていた。 英雄は、いつだって遅れてやってくる。 ―――ギーシュ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む