約 1,487,587 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2136.html
「…ルイズ」 アンリエッタが謁見の間で呟いたルイズの名は、誰にも聞かれることなく、虚空に消えていく。 玉座に座り、目を閉じて心を落ち着かせる……そんなアンリエッタを見たマザリーニは、いつになくアンリエッタが緊張しているのを見抜いていた。 百人以上入れそうな謁見の間は、見事に磨かれた石の床に、真っ赤な絨毯が敷かれている。 マザリーニはこれから来るであろう、ある人物の姿を絨毯の上に幻視した。 先代の陛下に跪き、陛下から直々にお言葉を賜っていたある人物は、トリステインの貴族達の間で知らぬ者は居ないと言われるほど誉れの高いメイジだった。 烈風カリンと呼ばれたその人物が、実はルイズの母カリーヌ・デジレだったと知られたのは、皮肉にもルイズの死を聞いたその日であった。 土くれのフーケを追って、フーケ共々魔法の失敗により爆死したと聞き、カリーヌ・デジレは唯一の目撃者ロングビルを直々に尋問したのだ。 カリーヌ・デジレは自身が隊長を務めていたマンティコア隊から、水系統に優れたメイジを一人借り受けて、魔法学院に赴いたらしい。 公式な記録には残されていないが、水系統のメイジを使って、ロングビルに洗いざらい吐かせたであろうことは想像に難くない。 誰よりも規律を重んじていた英雄が、規律を破ってまで娘の死の真実を知ろうとしたのだ。 その事実はオールド・オスマンからアンリエッタの耳にだけ届けられるよう、マザリーニが手を回した。 マザリーニは、その他の貴族に情報が漏れぬよう徹底させた。特にオールド・オスマンは烈風カリンがカリーヌ・デジレであるという噂を拡散させぬよう、ヴァリエール家の権力をちらつかせて『説得』したおかげで、魔法学院の外にその情報が漏れることは無かった。 噂の火消しに勤めたマザリーニだからこそ、ラグドリアン湖近くの国境警備隊から届けられた一通の手紙に驚いた。 この手紙を王宮に届けるよう指図したのは、カリーヌ・デジレだとしたら問題がある、いくらヴァリエール家が大貴族だとしても、国家の直轄である国境警備隊の竜騎兵を私用で使うなどあってはならない。 しかし、手紙にはマンティコア隊の紋章と、ヴァリエール家の家紋の両方が並び描かれていた、これは暗に『烈風カリン』からの手紙であると言っているようなもので、すぐさま手紙はアンリエッタの下に届けられた。 手紙の内容は、『水の精霊とルイズに関する重大な話をしたい』…という至極簡単なものだったが、アンリエッタとマザリーニの背筋を寒くさせるには十分なものだった。 「カリーヌ・デジレ様がお見えになりました」 魔法衛士がマザリーニの脇にそっと近づき、耳打ちする。 「急ぎ陛下の御前に」 「はっ」 マザリーニは答えると、魔法衛士はすぐに踵を返し、音もなく謁見の間を出て行った。 玉座から少し離れた位置で、マザリーニがアンリエッタの表情を伺うと、アンリエッタはこくりと頷いてまっすぐ扉を見据えた。 ほんの数秒にも、十分にも感じられる奇妙な緊張感の中、謁見の間の扉が静かに開かれた。 「……………」 アンリエッタの影武者がルイズだと知る二人、アンリエッタとマザリーニが謁見の間にいる頃、ルイズは鏡の前に立ち、自分の顔つきを入念に調べていた。 ほお骨やアゴの形を調整し、髪の毛を切って髪型を変え、アンリエッタと瓜二つの顔をしているが、どうしてもウェールズには気付かれてしまう。 体型の調節も完璧だ、スリーサイズだってアンリエッタと同じになっている、姉と同じで劣等感を感じていた胸の大きさも、今は自由に変えられる。 それなのに、ウェールズには気付かれてしまう。 なぜルイズとアンリエッタの区別が付くのか、そう質問してもウェールズは「何となく、かな」と、はにかみながら答えるばかりだった。 ルイズは「愛の力かしら?」と言ってからかうのだが、二人はそれを真に受けて、頬を赤く染めてしまう。 ツェルプストーとは違って、とても初々しい二人に、ルイズはほんの少しの嫉妬と、大きな癒しを感じていた。 ルイズは鏡に映るアンリエッタを見る、どこからどう見てもアンリエッタの姿、これがルイズだと解る人間は居ないはずだ。 例外があるとすれば水系統のメイジだろう、ルイズの身体を流れる『水』の流れはルイズだけのものだ。 ヴァリエール家の主治医が今のルイズを調べたら、その正体がルイズであると気付かれてしまうだろう。 だが、ウェールズは『風』『風』『風』のトライアングルだ、ルイズを一目で見破るほど水系統の力に優れているとは思えない。 冗談で言った「愛の力」だが、今のルイズにとって、それは冗談でも何でもない。 カリーヌ・デジレが火急の用で謁見を望んでいると聞いた時から、ルイズは母に見破られるのを恐れ、アンリエッタの居室に引きこもっていたのだ。 鏡の前で全裸になって、顔も、体つきも、髪の毛も、アンダーヘアも、すべてアンリエッタと同じ形になっているのを確かめていく。 それでもルイズは不安だった。 (お母様に会いたい…) (…でも、会ってどうするの?) (もう会わないと決めたのに、死を偽装してまで決別したのに、今更どうやって会おうと言うの?) (お姉様にも、お父様にも会いたい) (虚無の使い手だと言えば、それをアンが保証してくれれば、私は胸を張ってみんなに会いに行ける) (学院の皆を見返してやることもできる) (みんなが私を認めてくれる) (……吸血鬼で、なければ) 謁見の間では、アンリエッタを始め警護の任についている数名の魔法衛士までもが驚きに目を見開いていた。 カリーヌ・デジレがアンリエッタ女王陛下に献上したいと言って持ち込んできたのは、子供がすっぽりと収まるほどの革袋だった。 中には何か液体らしきものが入っているのか、重そうに揺れている。 それを運んできたのは、ついこの間シュヴァリエを賜った、シエスタとモンモランシーの二人。 革袋より一回り大きい水桶を用意させると、シエスタが水桶の上に革袋を乗せて、ゆっくりと革袋の口を開いていった。 「水の精霊から渡された、水の秘薬にございます」 カリーヌ・デジレの言葉に驚き、謁見の間は奇妙な沈黙に包まれた。 一番最初に気を取り直したのはマザリーニだった、背後に立つ魔法衛士に「…検査を」と一言呟くと、魔法衛士は水の秘薬に近づいてディティクト・マジックを唱えるなどして、本物であるかどうかを調査し始めた。 そして指先で直接水の秘薬に触れると、驚きのあまり手を震えさせて、後ずさった。 「確かに、確かにこれは水の秘薬でございます」 さすがの魔法衛士も驚きを隠しきれず、語尾が震えていた。 「このような大量の水の秘薬、目の当たりにしたことなどありませんわ、いえ、これからも目の当たりにすることができるか解りませんわ。いったいどうしてこのような量の秘薬を? 」 アンリエッタがそう質問すると、カリーヌは跪いたまま、静かに、しかしはっきりと聞こえることで呟いた。 「ルイズの姉に当たります、ヴァリエール家次女のカトレア、その病状改善のためにどうしても水の秘薬が必要だったのです」 「しかし、あの時はタルブ戦のすぐ後でしたわね…確か水の精霊を怒らせた者が居ると聞いて、ラグドリアン湖には不用意に近づかぬようおふれを出した覚えがありますが」 「はい、来るべき戦に備え、無用の混乱を避けようとする陛下のご深慮を、私はこの身勝手で蔑ろにしたも同然です。一縷の望みで、後ろに控える両名をラグドリアン湖まで連れて行ったのです」 「ミス・モンモランシーとミス・シエスタですね。顔をお上げなさい」 二人はおそるおそる顔を上げ、アンリエッタの顔を見た、その表情には怒りは見えなかったが、女王陛下という肩書きに、シエスタは無視できない畏怖を感じていた。 ぽつりと、マザリーニが呟く。 「あなた方は、ラグドリアン湖に近づくことで、水の精霊を刺激するとは思いませんでしたか」 「「…!」」 予想していた言葉だが、マザリーニの言葉には予想外の重みがあった、マザリーニの口調は静かなものだったが、そこに含まれる冷徹さが二人を貫いた。 「それについては私からの発言をお許し下さい」 「申しなさい。……面を上げて結構ですよ、カリーヌ・デジレ」 アンリエッタが発言を許すと、カリーヌは顔を上げ、まっすぐにアンリエッタを見据えた。 鋭い眼光を予想していたアンリエッタは、カリーヌの瞳からまるで慈しむような雰囲気を感じ、心の中で驚きの声を上げた。 カリーヌの瞳は、ゲルマニアに嫁ごうとする自分を案じてくれる、太后マリアンヌの瞳にそっくりだったのだ。 「カトレアの治癒に必要な水の秘薬を得るため、ミス・モンモランシーとミス・シエスタを連れて、独断でラグドリアン湖に赴きました私の、不徳の致すところでございます。 二人の協力の元、水の精霊はミス・モンモランシーと改めて盟約を結ぶことはできましたが、一歩間違えれば私は水の精霊とトリステインの間に修復不可能な亀裂を産むことになったでしょう」 「ミス・モンモランシー、新たに盟約を結んだとは…それは本当ですか?」 「はい」 「ならばそのときのことをお聞かせ願えるかしら」 「は、はい、光栄の至りですわ」 モンモランシーは緊張のあまり、声が少し上ずってしまった。 何とか緊張に耐えて、ラグドリアン湖で起こった出来事を話しだした…だが、タバサとキュルケの名前は口にはしなかった。 あくまでもモンモランシーの血と、シエスタの波紋の力で、水の精霊が自分たちを信用してくれたのだと話したのだ。 「なるほど…そのようなことがありましたのね。ではカリーヌ…いえ、トリステインの誉れたる『烈風カリン』に全幅の信頼を置き、この件は不問と致します。このように大量の水の秘薬、並びにトリステインとの信頼改善、よくぞやってくれました」 「勿体なきお言葉です」 「ミス・モンモランシー。ミス・シエスタ。お二人もまた大儀です。しばらく別室で休憩を取らせましょう…よろしいですね?」 「「はい」」 二人は、緊張のせいか、勢いよく返事をした。 王宮内、マザリーニの執務室。 ぎゅうぎゅうに押し込めば、大人が五十人は入れるであろうこの部屋に、今は四人の人間しかいない。 一人はこの部屋の主マザリーニ、もう一人は烈風カリン、そしてもう一人はアンリエッタ、最後にアンリエッタの警護を務めるアニエスであった。 アンリエッタはソファに座り、マザリーニはその斜め後ろに立っている、アニエスは扉の側で剣に手をかけてじっと黙っていた。 テーブルには紅茶も何も置かれていない、強いて言えば、対面に座るカリーヌ・デジレの姿が重厚な茶褐色のテーブルに映っているぐらいだろうか。 「…先ほどは話せなかったこと、ここでなら存分に語り合えますわ。あの手紙に書かれていたルイズに関することとは、いったい何なのですか?」 アンリエッタがそう口を開くと、カリーヌは静かに、しかし鋭い眼光でアンリエッタを見据えた。 「私の娘、ルイズが、生きているかもしれません」 「……ルイズが、生きている?」 アンリエッタは呆然とした様子を隠すことなく、呟いた。 「確証があった訳ではありません、ですが、許されるならばラグドリアン湖方面に捜索隊を派遣するつもりでした」 冷静なカリーヌの言葉に引き戻されたのか、アンリエッタは少し深く息を吸って、呼吸を整えた。 そもそもの始まりは、ラグドリアン湖に近いある貴族の別邸に、カリーヌが赴いたことにある。 ヴァリエール家とはとても比べられない小さな貴族だが、ラグドリアン湖近くに領地を構えるだけあって、この地に赴く水系統のメイジと積極的な交流をしている。 カトレアの治癒のため、その人脈から何人かのメイジを斡旋して貰ったこともあるのだ。 そのおかげでカトレアは今まで生きながらえてきた、カリーヌはその恩返しのため、時々その貴族が保有する騎士団に手ほどきをしていた。 タルブ戦が終わって間もない頃、ヴァリエール家は戦争に参加しないと決めていたので、いつものように騎士団に手ほどきをしていた。 帰り道、ガリアとの国境近くにある森林で、大きな火事が起こっていると聞いたカリーヌは、騎士団を引き連れて火事を鎮火する見本を見せようとしていた。 それはルイズ達がミノタウロスと戦った時に起こした火事であった。 カリーヌは『風』『風』『風』『風』のスクェアとしても規格外なその力で、火事の起こっている森林に巨大な渦巻き状の風を作り出した。 それはまるで、ろうそくの火を消すかのように、一瞬で燃えさかる木々を薙ぎ倒して炎を吹き消した。 呆気にとられる騎士団に指示を飛ばし、生存者の有無と原因の究明を徹底させる、これでカリーヌの仕事は終わるはずだった。 だが、カリーヌが従者として連れてきたメイジが、煤だらけになった男から、驚くべき証言を聞き出してしまった。 火事は、怪我を負い正気を失ったミノタウロスが、二人のメイジと戦った事で起こったと言う。 その上そのメイジは、ピンク色の頭髪を持ち、顔に大きな火傷のある女性で、しかももう一人のメイジらしき男から『ルイズ』と呼ばれていた……。 「火事の原因を目撃した男は、ミノタウロスに襲われる二人を目撃していたそうです。そのうち一人が顔に火傷を負った女性で…ルイズと呼ばれていたと証言しております」 「っ……ルイズが生きていると言うのですか?」 「あの爆発痕を見れば、生存が絶望的だとするのは当然です、しかし…しかし私には、ヴァリエール家はルイズを諦めることはできません」 「そうですか…。もしや、ラグドリアン湖に赴いたのは、ルイズを探すために?」 「…愚かな望みかもしれませんが、それを期待して居ないと言えば嘘になります。私は、烈風カリンでありつづけることはできませんでした、公私をはき違えた私は…私はただの愚かな母でしかありません」 マザリーニは、ううむと唸って、考え込んだ。 ルイズという少女は、ルイズが思っている以上に愛されている。魔法の才能など関係なく、いや、この様子では身を守る為に魔法を覚えさせようと、必要以上に厳しくルイズに接してきたのだと想像できる。 わざわざ手紙にマンティコア隊の刻印を用いてまで、謁見を望むなど、鋼鉄の規律とまで呼ばれた烈風カリンの伝説からは考えられない、公私混同を当然だと思う風潮はトリステインにも蔓延しているが、烈風カリンだけは違うという思いこみがあった。 だが、マザリーニは逆にそれを感心していた、カリーヌは公私混同を悔やみながらも、その手段に出た。 悔やんでいるという点が重要なのだ、悔やむことを止めてしまった人間は歯止めがきかない、歯止めがきかぬ欲で身を滅ぼしたリッシュモンという前例もある、 しかしカリーヌは失脚など恐れては居ない、罰を受けることも恐れては居ない、寂しく死んだ娘に会えるなら……と、淡い期待を抱いているに過ぎないのだ。 ちくり、と胸の奥が痛む気がした。 雲はいつの間にか太陽を遮り、窓から入り込む日差しがほんの少し柔らかくなった。 「これからもルイズを探すおつもりですか?」 マザリーニが呟く、カリーヌはそれを聞いて、こくりと頷いた。 「……ルイズのことは諦めたつもりでした。ですがミス・シエスタが魔法学院で、ルイズから貴族の振るまいをルイズから学んだと聞いた時、涙が溢れました。あの子は自慢の娘です。だから私は手段を問わず…ルイズを探し出したいのです」 「手段を問わず、とは?」 「ルイズが生きているのなら盗賊・土くれのフーケも生きているかもしれません。それを口実にヴァリエール家からメイジを各地に派遣します。ガリア・ゲルマニア・アルビオン・ロマリアにも派遣するつもりです」 マザリーニは表情には出さなかったものの、大胆なカリーヌの発言に唖然とした。 アンリエッタも同じ気持ちなのか、こちらは目を見開いて驚いている、心の中ではどうやってルイズを庇うのかを考えているに違いない。 アンリエッタはふと視線を逸らした、わざとらしく窓の外を見て、必死でルイズ達を庇う手段を考えた。 ふぅ…とため息をついてから、改めてカリーヌと向き合う。 「どのような形であれ、ルイズが生きているというのなら、友人として力を貸したいと思います…が」 アンリエッタが答えに窮していると、マザリーニが口を開いた。 「陛下、よろしいですか」 「申しなさい」 「フーケそのものではなく、フーケの足取りと、盗品売買の経路を探りましょう。土くれのフーケの件を今更掘り返すのは得策ではありません。フーケを名乗るニセモノも多数いると聞いておりますから、かえってそれらを調子づかせる事になります」 マザリーニの言葉を聞き、カリーヌが視線をマザリーニに移した。 「ヴァリエール家からメイジを派遣するにしても…ゲルマニア方面は避けた方が得策でしょうな。表向きはフーケの足取りを調査するということにすれば…」 マザリーニが言い終わると、アンリエッタはホッとした表情で、こう纏めた。 「では改めて…そうですわね。五日のうちに勅使をヴァリエール家に派遣し子細を纏めましょう。マザリーニ」 「はい、五日あれば人員の確保もできるでしょう」 マザリーニの言葉に、アンリエッタも満足げに頷いた。 アンリエッタはすっくと立ち上がると、カリーヌの前に手を差し出した。 カリーヌはその意図が分からなかったが、アンリエッタと同じように手を前に出すと、アンリエッタはその手を掴んで優しく包み込んだ。 「……烈風カリンといえば、私は子供の頃、まるでおとぎ話のように聞かされておりました。ですが今、母として私に相対した貴方は、やはり誰よりも優しく誇りに満ちていますわ…貴方がルイズの母で、良かったと、私は思います」 その言葉に、カリーヌは含みがあるのを感じていた。 ルイズが生きていると信じているような、淀みのないアンリエッタの態度。 それは王家の人間が備えている威厳なのだろうか、それともルイズの友達としてだろうか? それとも両方なのろうか? ここ数ヶ月間で、劇的に風格を備え始めているアンリエッタの姿に、カリーヌはどこか懐かしい貴族のにおいを感じていた。 夜。 既にカリーヌ・デジレはヴァリエール家に帰っている。 シエスタとモンモランシーも、今頃は久しぶりに魔法学院のベッドで寝ている頃だろう。 数日間間を置いて、改めてカトレアを治療するらしい。 アンリエッタの居室で過ごしていたルイズが、アンリエッタからそんな話を聞いていた。 窓際で椅子を並べて座り、とりとめのない話をする、アンリエッタにとってもルイズにとっても、心の安まるひとときだった。 ルイズは変装を解き、元の姿に戻っている、平民の着るような野暮ったい厚手のズボン姿が、アンリエッタとは対照的だが、月明かりに照らされた二人は、姉妹のようにも見えていた。 「ねえ、ルイズ。貴方のお母様ってとっても素晴らしい人ね」 「そうよ、だって、烈風カリンだもの、生きた伝説よ」 「違うわ、母としてよ。今でもまだルイズのことを諦めてないんですもの」 「まさかミノタウロスに襲われた時、あの男に名前を聞かれているとは思わなかったわ…失敗したわね」 「失敗だとは思わないわ。だって、貴方がどれだけ家族から想われているのか解ったんですもの」 「………私、ゼロよ? 魔法の才能ゼロってずっと言われてきたのに、今更私のことを探してるなんて言われても…駄目よ、実感がわかないわ」 「ねえ、ルイズ。貴方のおかげでウェールズ様と会うこともできたし、トリステインだって貴方のおかげで助かったのよ。今度は貴方が幸せになるべきよ」 「やめてよ、アン…私に釣り合う男なんて居るわけ無いじゃない。いつか、いつか寿命が来るのよ」 「まあ! 私、殿方のことだとは言ってないわよ、やっぱりルイズにも自覚はあるのね」 「………」 「ごめんなさい、冗談よ、でも、ルイズに幸せになって欲しいのは…本当よ」 「気が向いたら考えるわよ。そろそろ行くわね。今度会う時は…そうね、クロムウェルの首をお土産にするわ」 「……無茶、しないで」 「うん、わかってるわ」 王宮から少し離れた場所に、トリステインで最も大きな練兵場がある。 そこでは、人間を軽く五人は乗せられる成体の火竜が一頭、たたずんでいた。 その傍らで手綱を握るワルドは、練兵場の塀を跳び越えて入ってきたルイズを見ると、既に火竜の背に乗っているマチルダの前に飛び乗った。 のしのしと火竜が歩き、ルイズの元へと移動する。 「ルイズ」 ワルドがそう言って手をさしのべると、火竜はそれに会わせて身体をかがめた。 さしのべられた手を握り、ルイズが火竜の背に乗ると、火竜は大きな翼を広げて力強く空気をかき分けた。 ふわりと上昇する火竜の背から、少しずつ遠ざかるトリスタニアの風景、灯の点る窓の明かりを見て、ルイズはそこに人間の息吹を感じた。 思い出すのは、アルビオンのサウスゴータ。アンドバリの指輪により自我を奪われ、奴隷となった人間の住んでいた町。 トリステインを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。 ルイズは月を見上げた。 「ねえ、フーケの足取りを調べるんだって?」 不意に、後ろから声がかかった。 ルイズはワルドに抱きかかえられるようにして火竜に乗っているので、最後尾に座るマチルダの顔はよく見えない。 「ヴァリエール家からも派遣するそうよ、本音は私の捜索、フーケの足取りは建前らしいわね」 「愛されてるねえ」 「やめてよ、愛されていると言えば聞こえは良いけど、ちょっとタイミングが悪いわよ」 「いいじゃないか、あたしなんて怖い人しか探してくれないんだ、家族に探して貰えるなんて、羨ましいよ」 「あら、私を探そうとしているのは、ハルケギニアで一番怖いメイジよ…そう、一番ね」 アルビオンには、驚くほどすんなりと到着することができた。 ワルドとマチルダが交代でレビテーションやフライを唱え、火竜の負担を最小限に抑えたため、二度目の日の出を見る頃にはアルビオンが見えていたのだ。 心配されていた竜騎兵による哨戒だが、それもルイズが『イリュージョン』を使えば誤魔化すことができる。 そもそも現在のアルビオンは、タルブ戦で多くの竜騎兵を失っており、以前と比べてその防御網も穴だらけと言っていい。 アルビオンに到着したルイズ達は、森林地帯から潜入し、ウェストウッド村へと進むことにした。 アルビオンから降り注ぐ川の水が雲になり、ルイズ達の姿を隠してくれたが、火竜はそれを嫌がったのかあまり乗り気ではなかった。 途中、ルイズが『イリュージョン』を用いて森を作り出し、火竜をその中に隠してアルビオンに着陸した。 マチルダの案内で、三人はウェストウッド村に徒歩で移動していた、鬱蒼と茂る森の中は薄暗く、トリステインと比べて背も高い気がした。 『なあ嬢ちゃん、そっちの男にもあの娘を見せちまうのかい?』 ルイズは、背中の剣から声をかけられて、少しだけ考えた後ワルドに向き直った。 「ええ。…そういえばワルドは、会うのは初めてよね」 「ティファニアという女性のことか? ウェールズ皇太子からハーフエルフだと聞いているが…正直なところ、不安はあるな」 『不安になることなんかねえよなあ』 デルフリンガーの軽口にマチルダが答える。 「まったくだね。裏で何やってたのか知らないけど、そっちの子爵サマの方がよっぽど怖いさ。正直言って、エルフが怖いだなんて思われてるのは信じられないね」 「そうなのか?まあ、僕は軍人だからな、エルフといえば戦力として驚異だとしか教えられていない」 ルイズは歩きながら、アゴに手を当てて考え込んだ。 「……確かにあれは驚異ね」 『ありゃ確かに胸囲だなあ』 ウェストウッド村に到着したのは、日が沈みかけた頃だった。 途中、疲れたと愚痴を漏らすマチルダをルイズが背負うなどのハプニングはあったが、特に問題もなく到着することができた。 「マチルダ姉さん!」 マチルダの姿を見て走り寄ってきたのは、ティファニアであった、フードを被り耳を隠してはいるが、その驚異的な身体的特徴は服の上からでも十分に確認することができる。 「みんな無事だったかい? アルビオンがひどいことになっているって、トリステインで噂になっててさ、ここまで来る間気が気じゃなかったよ」 「大丈夫、みなさんのおかげで何とか無事に暮らしていられるわ。でも、今いろんな村で人が駆り出されてるって噂になってるとか…あ、石仮面さん!」 「お久しぶり、ティファニア。元気だった?」 「はい、おかげさまで…あれ? 石仮面さん…ですよね?」 ティファニアは、ルイズの姿をまじまじと見た、茶色く染められた上着に、ズボン姿のルイズは、以前見た時と比べて背が低いように思えたのだ。 「?」 「身長ぐらい増えたり減ったりするわよ、気にしない気にしない」 誤魔化すようにルイズが呟くと、背後からデルフリンガーが呆れたような声を出した。 『そりゃー無理があるぜ』 「うるさい」 無慈悲にもルイズは、デルフリンガーを鞘ごと投げ捨てた。 ワルドはとりあえずデルフリンガーを拾うと、ベルトを肩にかけた。 ティファニアはワルドの姿を見ると、ルイズの袖を軽く引っ張って、小声で呟いた。 「こちらの人は?」 「紹介するわ、彼はワルド。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドよ」 「はじめましてお嬢さん。僕は彼女の…石仮面の部下を務めている。以後お見知りおきを」 「はい、よろしくお願いします」 ティファニアは両手を腰の前で重ねて、お辞儀をした。 その仕草でたわわに実った果実が腕に圧迫され、驚異的な柔らかさを見せつけた。 「ルイズの言うとおり、確かにこれは胸囲だ」 『やっぱ驚異だろ?』 ワルドの側頭部にルイズの蹴りが炸裂するのは、この一瞬後である。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8056.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「…なんだか気色悪い奴ねぇ―――…っと!」 霊夢は気味悪そうに呟きつつも、右手に持っているお札をクワガタキメラに向かって勢いよく投げつけた。 投げられたお札は軌道を変えることなく一直線にキメラの方へと飛んでいく。 「ギ…ギィッ!」 キメラは痛みにもだえつつも再度行われる攻撃を視認すると両足に力を込め、勢いよく飛び上がった。 瞬間、先程までキメラが立っていた場所にお札が勢いよく突き刺さり、小さな爆発を起こした。 攻撃を避け、地面へと着地したキメラはもはや自身のダメージを気にすることなく上空にいる霊夢の方へとその頭を向ける。 そして自分の体を傷つけたのが彼女だと判断し、キメラは威嚇するかのように顎を動かしながら金切り声を上げた。 常人なら聞いただけで腰を抜かしそうな金切り声に、霊夢はうんざりするかのように溜め息をついた。 この手の鳴き声で威嚇する化け物など、博麗の巫女である霊夢にとっては見慣れた存在なのである。 (こいつ、以外と素早いわね…) 霊夢は先程の攻撃でこのキメラが小回りのきく奴だと知り、溜め息をついた後に面倒くさそうな表情を浮かべた。 動きののろい相手なら先程の札で通用するのだが、逆に素早い相手には通用しないのである。 さてどうしようかと霊夢が攻撃の手を休めた時、キメラは再び両足に力を込めて飛び上がった。 「お、…よっと!」 その跳躍力は目を見張るものであり、流石の霊夢も軽く驚きつつすぐに体を後ろへ下がらせる。 「ギィ!」 瞬間、先程霊夢がいた場所をキメラの手の甲から突き出た鋭い爪が引っ掻いた。 ビュオン!と空気を切り裂いたかのような音が霊夢に耳に入り、その威力を教えてくれる。 霊夢は舌打ちしつつもすかさずお札を二枚取り出し、地面に着地したキメラ目がけて投げつける。 両腕に狙いを定めたそれのスピードは速く、常人ならば避けることはまず出来ないだろう。 しかし人間ではないキメラは素早くその場で屈み込み、結果二枚のお札はキメラの頭上を空しく通り過ぎていった。 そしてお札は進路上にあった大きな植木に直撃し、人気のない庭園に小さな爆発音が響いた。 「ギギ…ギッギギギィ…!!」 すぐに立ち上がり、霊夢の方へと振り向いたキメラは笑い声のような金切り声を上げて体を震わせる。 一方の霊夢は赤みがかった黒い両目でキメラを睨み付け、次の攻撃に移ろうとしていた。 ▼ トリステイン魔法学院の二年生達は先生の話に耳を傾けていた。 科目は゛土゛系統の魔法で、担当教師はミセス・シュヴルーズである。 授業内容はというと「練金を使って石を様々な形に変える」というものであった。 ミセス・シュヴルーズは得意気に杖を振り回しながらも呪文を唱え、頑丈な丸い石を色んな形にしていく。 最初は四角形、次に杯や鳥等どんどん難易度を上げていく。 途中アドバイスとも言える説明を生徒達に伝え、生徒達はそれをノートに書き込んでいく。 丁度この時、恐ろしいキメラとの戦いをはじめていた霊夢とは対照的過ぎるほどの…゛平和な、いつも゛ 生徒はおろか、教師ですら直ぐ傍で行われている戦いに気づいてはいなかった。 今日もこの学院で定められた規則に従って生徒は学ぶ者となり、教師は教える者として生きている。 それは今まで何百何千とも積み重ねられてきた゛習慣゛の行き着いた結果とも言えるであろう。 言うなれば、何回も何回もアップグレードをされてきた実績のあるプログラムだ。 そのプログラムの中に、今までみたことのない白黒の゛イレギュラー゛が紛れ込んでいた。 ▲ ―――いいですか皆さん?何かを形作る時は、まず頭の中でイメージを作り上げるのです」 先程鳥の姿から犬へと変えた石を指さしつつ、ミセス・シュヴルーズは生徒達に説明している。 生徒達は彼女の話を聞きながらも羽ペンを使ってノートに書き記していく。 シュヴルーズの作った犬は可愛さがあるものの、何処か時代遅れを感じさせる様なデザインであった。 黒豆のようなまん丸お目々にずんぐりむっくりのそれは。まるでミセス・シュヴルーズそのものである。 それを見て心の中だけで嗤う生徒は何人かいたが、口の中に赤土を入れられそうなので声に出すことはない。 生徒達の大半がノートに書き記しているものの、その逆にいる者達は当然いた。 簡単に言えば、授業に対してあまり感心を抱いていない者たちの事である。 「馬鹿らしいわね…これで喜ぶなんて土系統の連中だけじゃない」 そんな者たちの中でかなりの異色を放っているキュルケはめんどくさそうに呟いた。 彼女は羽ペンとノートを机の隅に置いて持ってきていたクシで燃えさかる炎の様な色をした髪の手入れをしている。 その顔はあからさまに不満の色が浮かんでおり、周囲にいる生徒達はそんな彼女から距離を置いていた。 勿論、いつも他人を見下しているかのような笑みを浮かべているキュルケがそんな表情を浮かべているのにはそれ相応の事情があった。 キュルケはふと後ろの方へと顔を向け、使い魔達の中に紛れている一人の少女へと視線を注いだ。 犬、猫、鴉、蛇、狐、サラマンダー、バグベアー…etc キュルケを含む一部の生徒達が連れてきた使い魔の中にいた少女は、あの霧雨魔理沙であった。 魔理沙は興味津々といった様子でおとなしい使い魔達に触りながらもシュヴルーズの話に耳を傾けている。 一見すれば授業そっちのけといった感じではあるが、キュルケには全てお見通しであった。 (他人に知られることなく努力するタイプの人間かしらね…まあ私の目から逃れられなかったけど) キュルケは心の中でそう呟きつつ、今度はルイズの方へと視線を移した。 ゛魔理沙に命を助けてもらった゛という彼女は、何処か落ち着きが無いように見えた。 先生の話をしっかりと聞いてノートに書いているが、時折魔理沙の方へと視線を向けている。 魔理沙とルイズ。キュルケは疑いの眼差しでその二人を交互に見つめる。 昨日の昼に学院長が話した内容。実のところキュルケはそれが事実なのかどうか疑っていた。 学院長のオールド・オスマンは意外と話し上手であり、並大抵の者ならその話しを信じてしまうであろう。 しかしキュルケは二人の様子を見て、学院長は作り話で大衆を騙したのかも知れないという考えが浮かんできたのである。 (あの馬鹿みたいに礼儀正しいヴァリエールが命の恩人をあんな目で見つめるのかしら…) 不安そうに魔理沙を見ているルイズを見て、キュルケは再び心の中で呟いた。 (いつものルイズならば、命を助けてくれた者に対してあんな不安そうな顔と目つきで見たりはしないわ…) 魔法は使えないが貴族としての礼儀正しさでは誰にも負けないルイズを常に見てきたキュルケにしか言えない言葉である。 そんな時、窓際にいた一人の男子生徒がふと窓の方へと視線を移した時、声を上げた。 「なんだあれ…?庭園の方から煙が見えるぞ」 ◆ 数分前… 戦いが始まってからものの数分で、決着がつこうとしていた。 「キリキリキリキリ!!」 クワガタキメラは不快な金切り声を上げると、特徴的な大きな顎を開いた。 空中にいる霊夢は次に来るであろう攻撃に身構えつつ、今度は懐から三本の針を取り出した。 相手の動きを見て、先手必勝と言わんばかりにキメラが大きな両足に力を込める。 キメラが攻撃を仕掛けてくるのにすぐさま気がついた霊夢は、スッと右の方へと移動する。 瞬間、霊夢が先程までいた場所を目にもとまらぬ速さで飛びかかってきたクワガタキメラの大顎が挟み込んだ。 もし避けるのが少しだけ遅ければ、致命傷は避けられなかったであろう。 「ハッ!」 相手の攻撃を避けた霊夢はすれ違いざまに地上へと落ちていくキメラの脇腹に針を三本突き刺した。 「ギギィ!?」 自分の攻撃を避けられ、あまつさえ相手の攻撃を喰らったキメラは悲鳴にも聞こえるかのような奇声を発した。 そしてそのまま体勢を崩してしまい、勢いよく大理石の地面に頭をぶつけてしまう。 ガツン!と硬い物同士がぶつかりあうかのような音が霊夢の耳に入ってくる。 数秒後、頭を地面に打ち付けたキメラはヨロヨロと起きあがり、上空にいる霊夢へ再び金切り声を上げた。 しかし先程と比べればそれは少しだけ弱々しくなっているのがすぐにわかった。 恐らく弱点であろう脇腹への攻撃と、頭を固い地面にぶつけてしまった事が原因であろう。 酷いくらいにへこんでしまった頭部は、見る者にさえその痛々しさを鮮明に伝えてくれる。 しかし霊夢には、それを見て痛々しさを感じてしまう程、この化け物に情けをかけていない。 (そろそろ終わりそうね。何よ、案外大したことなかったじゃないの) 霊夢は心の中で呟きつつも、このキメラが意外と弱かったことに拍子抜けした。 あの素早さとジャンプはくせものであったが、慣れてしまえばどうという事はない。 だが今も尚あのキメラから漂う゛無機質な殺気゛を含めれば、初めて出会うタイプの敵と言えるだろう。 これまで様々な存在と戦ってきた霊夢にとって、喜怒哀楽の感情の無い殺気を放つ敵とは戦った事がなかった。 「ま、危険そうな奴だからここで退治しておいた方が良さそうね」 左手に持っていた御幣を背中に差すと、霊夢は懐から一枚のお札を取り出した。 それは今まで出してきたお札とは違ってサイズか大きく、発せられる雰囲気も桁違いである。 相手が次の攻撃を仕掛けてくるのに気がついたキメラは、再び飛び上がろうと両足に力を込め始める。 霊夢は再び飛びあがろうとしているキメラを見て溜め息をついた後、こう言った。 「せめて今度は、ちゃんとした五分の魂を持った生き物に生まれ変わりなさい。そっちの方が楽だから」 歪な生命に対して放たれた冷たい雰囲気の言葉は、何処か哀れみさえ感じられた。 「 ギ ギ ィ ィ ィ ! ! 」 そしてキメラが金切り声を上げて飛びかかるのと、霊夢がお札を投げつけたのは…ほぼ同時であった。 ※ 数秒後…魔法学院にある中規模な庭園で、再び小さな爆発音が響いた。 それに気づいた者は魔法学院の中には誰もおらず、人々いつもの日常を謳歌していた。 「今日も天気は快晴、温度は少しずつ上昇。至って平和であります…っと」 「そんなことよりトランプしようぜ!」 衛兵達は仕事の合間にゲームをし―――― 「新しいテーブルクロス、すぐに食堂へ持って行け!」 「今日の魚は活きがいいな。これはおいしい料理ができるぞ」 給士と食堂のコック達は昼食の準備を始め―――― 「…このように、詠唱が正確であるほど呪文の威力は強まります」 「先生、これもメモしておくんですか?」 教師は生徒達に知識を与え、生徒達はその知識を飲み込み成長していく… 人々は自分たちの直ぐ傍で起きた゛非゛日常の出来事に気づかず、平和に過ごしている。 しかし人は気づかずとも、人ではないモノはその爆発に気がついていた。 「きゅい…?」 ヴェストリの広場で羽を休めていた風竜のシルフィードは爆発音に気づき、庭園の方へと視線を向けた。 視線を向けると庭園のある場所から一筋の黒い煙がもくもくと、遥か頭上にある青空を目指して昇り始めている。 「なんだあれ…?庭園の方から煙が見えるぞ」 その煙のお陰で、人々もようやく何かがあったのだと理解し始めた。 ただ…それが単なる爆煙なのか、それとも殺人マシーンとなった悲惨な生命体の魂なのか。 それは誰にもわからず、きっと知ろうともしないであろう。 目に見えぬ真実を知らずに生きていくということは、ある意味で最も幸せな事なのだから。 それから時間は経ち――――その日の夕方。 トリステイン王国の首都、トリスタニアにあるチクトンネ街。 カジノや酒場、宿などの建物が密集しているそこから少し離れたところに゛人の住まぬ゛地区が存在する。 いや、正確には゛数年前までは人が住んでいた゛という表現が正しいだろう。 時と共に大きくなっていくトリスタニアと引き替えに、この地区は過疎化が進んでいったのだ。 ハルケギニア各国にある大きな街では必ずといって言いほど、この様な小さいゴーストタウンが存在している。 トリスタニアにあるこのゴーストタウンも、今や家も職もない浮浪者や犯罪者達の巣窟となっていた。 例え人生を持てあましている暇人だろうが何だろうが、ここへ近づくことは殆ど無いだろう。 そして、その地区の下には小さな部屋が造られていた。 トリスタニアの地下に張り巡らされている下水道を利用してつくられた其所は、陰湿な雰囲気がある下水道のイメージとはかけ離れていた。 床には茶色の地味な絨毯が敷かれ、天井にはそれなりに部屋の中を照らしてくれていた。 部屋の真ん中には長机が設置されており、それを囲むようにして幾つもの長椅子も置かれている。 そして今日、その椅子に何十人もの仮面を付けた貴族達が腰掛けていた。 彼らは皆同じデザインの仮面を付けており、皆一様に上座にいる自分たちの仲間へと視線を向けている。 仮面越しといえども、何十人もの貴族達に見つめられている一人の貴族がいた。 その貴族はここにいる他の者達のリーダー格であり、仮面を付けているときは゛灰色卿゛と呼ばれている。 今日、彼らは突如舞い降りてきた゛問題゛にどう対処するのか話し合うため、此所へ来ていた。 ◆ 「…さて皆さん、今日は突然こんな所に呼び出してしまい申し訳ございません」 ヘリウムガスを吸ったような声で、灰色卿は仲間の貴族達に謝罪を述べた。 それからすぐに、右端の席に座っていた貴族が立ち上がり、灰色卿に質問をする。 「それよりも灰色卿。緊急の話し合いだというのならば…何か問題でも?」 「えぇ。予想外の事が起きてしまいまして…とりあえずは見て貰った方がわかりやすいでしょう」 灰色卿は質問に対してそう答えつつ、手元に置いていた杖を持つと天井に向けて軽く振った。 するとどうだろう。灰色卿の動きに反応して天井からかなりの大きさを持つ水晶玉がフワフワと降りてきた。 水晶玉は空の手が届くところにまで降り、それを見計らって灰色卿が懐から赤い液体が入った小瓶を取り出した。 コルクを外して水晶玉の表面にその液体を落とすと、液体は一瞬にして水晶玉の中に染みこんでいった。 数秒後。突如水晶玉の表面が波打ち、何かが映りだした。 水晶玉に映っているのは、キチンと整備された庭園のような林であった。 「これは今日、新たな内通者とアルビオンからの御方を始末しに来ていた゛代理人゛の視界です」 灰色卿は説明しつつも、他の貴族達と同様に椅子に腰掛け、その映像を見始める。 ※ 灰色卿の言う゛代理人゛は、厳密に言うと゛人゛ではなく゛生物゛――否…゛キメラ゛である。 このような暗殺風の仕事にうってつけだと言い、何週間か前に灰色卿がガリアから買ってきたのだ。 何でも、今のガリアでは王であるジョゼフを良く思わない貴族達が色んなお宝をあちこちの国に売り飛ばしているという。 そこら辺にある銅貨から王家に古くから伝わる財宝まで見境無く売り飛ばし、資金を独占している。 一体何でそんなことをしているのか灰色卿達は知らないが、このキメラはまさしく自分たちが必要している存在であった。 闇夜では目立たない体で相手に近づき、そして相手が反撃する暇もなく息の根を止めてしまう。 身のこなしも素早く、仕事が済めばすぐさま現場から離れる。 それに人間ではないので金を用意する事もないし失敗して拷問を受けてこちらの居場所を知られてしまう心配もない。 学習知能もあり、貴族との戦い方も最初から教え込まれていた。 ともかく、このキメラならば自分たちの崇高な仕事を完遂してくれるかも知れない… しかし、その気高き希望は水晶玉に映る『赤い何か』によって、呆気なく粉砕された。 ※ 「さて皆さん、この映像に映っていたあの赤い何か…アレは何だと思いますか」 映像が終わり、何も映さない水晶玉を擦りながら灰色卿は他の貴族達に質問をした。 先程映像の最後で耳鳴りがするほどの金切り声を上げたキメラと対峙していた『赤い何か』についての質問である。 内通者を殺そうとしたキメラを妨害した挙げ句、それを倒してのけたあの『赤い何か』。 映像の質が悪い所為かハッキリとした輪郭がわからなかった為、そのような名前が付けられていた。 「あの赤い何か…いえ、あれは単に赤い服を着た人間でしょう…」 落ち着いた口調で一人の仮面を付けた貴族がそう言い、灰色卿は頷く。 「人間…ならば、あれ程のキメラを倒したとなるとかなりの力を有していますが――――」 そこまで言うと一旦手元にある水差しに入った冷水をコップに入れ、それを手にする。 水系統と風系統を混ぜた魔法でヒンヤリと冷たい水は、手をゆっくりと冷やしてくれる。 その冷たさを手で直に感じつつ、灰色卿は言った。 「それならば我々の理想に反する敵か、単なる第三者か―――二つに一つですね」 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4295.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (29)トリステインの女王アンリエッタ 「それでは、再びミスタ・ウルザに質問致します」 二十二の瞳に見つめられたオスマンが口を開いた。 「二十の竜騎兵を蘇らせ使役するのは、あなたの言うところの魔法ならば可能とのことでしたが、それでは敵の中にその魔法を使えるメイジがいるということになりませんかな? 我々の知らぬ理を識る誰かが、アルビオンに荷担しているということに」 円卓の寄る辺、起立しているのは再びオスマンとウルザ、二人の白髭。 「その通りです。オールド・オスマン。そして私――我々は、その者と既に遭遇しております」 場の支配権は完全にこの老人達のものになっている。 「ふむ、なるほど。 では、そのあなたと同じ力を持ちながら敵に荷担している者の名を、明らかにして頂きましょう」 流れの横車を押すのは、オールド・オスマン。 「彼は元トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵であります」 演出、脚本、進行、全てオスマンの手による寸劇、あるいは喜劇が幕を開けた。 「それでは、我々の知らぬ魔法、そしてそれを扱うことのできるワルド子爵。この二つをふまえた上で、改めて三ヶ月前から遡り、一連の出来事を整理していくこととします。 ではミズ・サウスゴータ。あなたが知る限りの事柄で、不可思議に思ったこと、理解できないと感じたことを話して頂きたい」 促され立ち上がるマチルダ=フーケ。両の眼鋭く、オスマンを睨み付ける。目の前の相手が自分にとって味方なのか、敵なのか、それを見極めんとする。 対して老人は、いつもの通りに人の良さそうな好々爺の面持ちで、立派な白髭を手で撫でている。何もかも、数ヶ月前と変わらない姿。 だが、対峙する自分の立場はその頃とは全く違っている。最初はロングビル、その次はフーケ、そして今はマチルダ。 今この場に立っている自分にとって、この老人は何者であるかを考える。この老人の手の中にある青写真のにおいて、自分がどこに描き込まれているかを考える。 トリステインの新女王は、この食えない老人のペテンに乗ることにしたらしい。では自分はどうするか? 「……」 しばし黙考し、考えを整理する。 今のところ、流れは自分にとって悪くない。全ての責任をワルド一人に押しつけ、自分自身の罪に対しての免罪も得た。 最大のネックであった、口にすると戯言に過ぎなかったワルドの力も、あの使い魔の老人のおかげで、ある程度の信頼性を得られた。 正直、上手くいきすぎていると感じるくらいに順調である。 そして、その全ては、この場を仕切っているオスマンの誘導によるものである。 ここまで考えたところで、マチルダの中で心が決まった。 「ええ、ございます。 わたくし自身も信じられなかったので話さなかったのですが、先ほどのお話を聞いていくつか……」 ここで彼女は手の中にあるカードのいくつかを切った。ここはオスマンに協調しておくのが得策という判断である。 良い流れの時には逆らわないで身を任せる、これも彼女の流儀であった。 「彼が自分で使い魔、と呼んでいた竜と傭兵のメイジのことでございます」 改めて、先ほど喋らなかったことに他意はないと前置きしてから、マチルダは話を始めた。 「彼が使い魔と呼んでいるのは、竜と人です。使い魔を二匹、それも片方が人などというのは聞いたことがありませんでしたので……」 そして、マチルダは自分が見聞きした事実を語った。 竜の方は名前が分からない、男の方はメンヌヴィル。 それぞれルーンの位置は額と右手。 竜の方のルーンはクロムウェルの側近であったシェフィールドという女性の生首から引き抜いて、それを竜の額に貼り付けて使い魔にした。 メンヌヴィルの方は、竜が使い魔となって暫くたってから雇われ、ワルドがどこからか持ってきた切断された人間の右腕に刻まれていたルーンを移植され、使い魔にされた。 そしてマチルダは使い魔のルーンを他のものに移植する、その行為が余りにおぞましかったことと、移植される側、この場合切断された『頭』と『右腕』になるのだが、それが体から切り離されているにも関わらず、 『生きている』状態であったことがまるで悪夢のような光景であったことを身振り手振りを交えてマチルダは語った。 マチルダの話を聞き終えたオスマンは、何度も頷きを返し、それからウルザにこう問うた。 「ミスタ・ウルザ。我々が知る限り前例のない話ではありますが、使い魔のルーンの移植、そのようなことが、果たして可能なのですかな?」 即座 「条件さえ整えば、可能でしょう」 ウルザが答えた。 オスマンはマチルダだけでなく、続いてモット伯爵から戦場で見聞きしたことを、それを終えると更にはルイズ・タバサ・ギーシュ・モンモランシーにウェザーライトⅡにて体験したことを、語るように促した。 オスマンが質問し、問われたものがそれに答える。その中で解決されない疑問や不可解な点はウルザが補足する。 そうして誰もが断片的な情報しか持っていなかったニューカッスル落城以後の空白の三ヶ月の全容が、オスマンの手によって見事に形作られていった。 ここからは物語を追ってきた読者諸兄の皆様にとっては、いささか単調なやりとりが続くこととなる、よって内容を纏めて流れに沿って記すに留めさせて頂く。 三ヶ月前、ニューカッスル城の決戦以後、一時行方不明となっていたワルドが、新たな力を手に入れてアルビオンへと帰還を果たす。 ワルド、死者を意のままに操る術を使い、アルビオンを瞬く間に掌握する。 真実に近づいたクロムウェルの側近、シェフィールドがワルドに捕らえられる。 シェフィールドの『頭』からルーンが抜き出され、ワルドが召喚した竜へと移植される。 ワルド、ガリア王暗殺のためガリアへ渡る。 タバサがガリア王暗殺を目撃し、地下牢へと投獄される。 ワルド、王周辺の貴族達を抱き込んで傀儡の女王を擁立する。 ワルド、ロマリアへと渡り、数日後に『右腕』を手にアルビオンへと帰還する。 ワルドがメンヌヴィルを雇い、『右腕』からルーンを抜き出し、これを移植し彼を使い魔とする。 ガリア王国からトリステイン王国へ宣戦布告。同時、ガリア・アルビオンとトリステイン・ゲルマニアが戦争状態へと突入する。 ワルド、浮遊大陸アルビオンをゲルマニア領空へと移動させ、進軍を開始。 帝都陥落。 間諜によりガリアによるトリステイン南部攻撃作戦の情報がもたらされ、トリステイン軍の大部分が南部へと集結する。 マチルダ、トリステイン攻撃の混乱に乗じてアルビオンを脱出、ガリアへ。 タバサを救出。タバサ、マチルダ共にトリステインへと向かう。 トリステイン魔法学院周辺に、突如アルビオン軍が現れ進軍開始。モット伯爵が王軍へと伝令を飛ばしつつ迎撃に。 モット伯爵がメンヌヴィル率いる屍竜騎兵と交戦。モット伯爵一人を除いて迎撃に出た兵士が全滅。 トリステイン魔法学院襲撃を受けるが、殆どの者は事前にウルザが準備していたマジックアイテムで王都へと脱出する。逃げ遅れたルイズ・タバサ・ギーシュ・モンモランシー・マチルダがウェザーライトⅡに乗船する。 ウェザーライトⅡ、アルビオン軍艦、機械竜、屍竜隊、メンヌヴィル、使い魔の竜と次々に交戦する。 現れたワルドとウルザが交戦。最中にルイズが魔法を放ち、進軍していたアルビオン全軍を壊滅させる。 「ふぅ……」 桃色の唇をカップに口づけ、冷えて久しい紅茶を含む。乾いた喉に、心地よい潤いがもたらされた。 諮問会開始から既に四時間が経過している。広すぎる円卓の間に残るのは女王アンリエッタとその側近マザリーニだけである。 その他の参加者には既に退室が命じられており、魔法による自動筆記も終了している。 次の予定である別の会議の開始まで三十分、アンリエッタにとっては久しぶりとなる休息の時間である。 だが、その表情は優れない。それは横に座るマザリーニにしても同じこと。 二人は共に先頃の諮問会で行われていたやりとりを思い出していた。 「どこまでが、真実なのでしょう?」 静寂の中で呟いたのはアンリエッタ。その声は毅然とした女王の仮面を外した導くことに脅えを抱く、齢十七の娘そのものである。 アンリエッタとて馬鹿ではない。自分が政治上の都合により王位に就いていることは自覚している。 この国には今、強い指導者が必要なのである。 未曾有の混乱、これまでにないほどの大きな戦争、それを乗り切るためには誰しもが認める『完璧な王』が必要だったのだ。 『始祖の加護を受け、聖なる光でアルビオンを撃退した偉大なる女王』という立場は国を纏める上で都合が良い、ただそれだけのこと。 自分の力によって座にあるわけではない。救国の英雄が王となるならば、むしろ本来の意味で女王の椅子に座るべきはルイズであるべきだろう。 だが、アンリエッタはそれを分かっていながら女王の椅子に座り続ける。 それが彼女に課せられた役割であるから、王族に生まれた者の責任であるから。 例えそれが、国民を欺くことになろうとも。 だがこの時間、言うならば舞台裏。役者が舞台を降りて次の出番までの間、素の自分に戻っても良い時間。 「どこまでを信頼して良いものか、私には判断しかねます……」 弱々しく紡がれた言葉は、脚色無い少女の本音。 「仮に、全てを真実とするならばどういたします?」 その質問に、マザリーニがいつも通りの声で答える。 「……恐ろしいことです。始祖が降りたったこの地以外に、別の世界があるなどと……そして直接的ではないにしろ、その世界からの侵略などと、まるで子供が夜に見る悪い夢のようです」 アンリエッタは本当に全てが悪い夢だったらと思う。聞いたこともないような世界の話、存在も疑われていた失われたはずの五柱の一角、過去に類を見ないような世界中を巻き込んだ大戦争、その全てが自分が王となった代で起こるなど。 「……私には荷が重すぎます」 これこそが自分の言葉、身の丈に合った言葉、消えてしまいそうな呟きを、そんな想いに駆られて漏らす。 ザーザーという音が、窓辺から聞こえる。いつしか外は雨、勢いよく降っているらしい雨の足音が部屋の中まで伝わってくる。 「あなたしかおりません」 ただ雨音だけが響く部屋で、マザリーニが言葉を発した。そして更に、続けて言う。 「いえ、あるいは探せば他にも適任者がいるかも知れません。ですが、私はそれでも、あなたこそがこの局面に置いて最高の『王』だと信じております」 「……ご冗談はお止しなさい。私を王位に据えたあなた自身が一番分かっているはずです。私には人を導く指導力も、何かを判断する決断力も欠けていると。先ほどの話が真実とするならば、この度の争乱はこの世界を左右しうるもの。 私ごときの器は頑張っても精々平時の『王』。このような局面に、私のような凡庸な者が『王』でいて良いはずがありません。それに何より私は私情を挟む『王』。 この度の戦いを、ウェールズ様の敵討ちとして望んでいる私がいないと言い切れません。あるいはウェールズ様の元へと逝ける機会だと思っているかも知れません。そういったやましい心を持った『王』ならば、それは兵を、民を巻き込んで国を道連れにしてしまいます」 一息に、思いの丈をぶちまける。 アンリエッタは国を、民を愛している。だからこそ、自分の私情によってそれらを損なうことを何よりも恐れていた。 自分自身が分からない、自分の心が分からない。 国民を愛している、けれど未だウェールズも愛している。もしもその時、二つのどちらかを選べと言われたときに、自分がどの様な選択をするのか、分からない。 「自分のことも分からぬ『王』に、誰がついてくると言うのでしょう。そんな弱き『王』は必要ありません」 本音だった。 自分のような小娘が王などと、間違っている。それこそが即位以来、ずっと彼女が抱え続けてきた想いであった。 話の最初から最後までを、黙って見ていたマザリーニの視線に耐えられなくなり、アンリエッタは窓へと視線を逃がす。 外の雨は益々勢いを増し、叩きつけるような激しいものとなっていた。 「それでも」 強くなった雨音にかき消されないようにか、先ほどよりも強い調子で、 「あなたこそが、王に相応しい」 マザリーニは言った。 その言葉に、反射的にアンリエッタは我を忘れて席を立つ。 「……っ。 一体この私のどこが王に相応しいと言うのですか! 能力は平凡で、好いた殿方一人に右往左往、王の血筋に生まれたというだけで、本当は市井の娘と何ら変わらないただの小娘ですわ! こんな私のどこが! あなたは『王』に相応しいと言うのですか!?」 自分を卑下しているのではない、これは、歴然とした事実なのだ。 だが、そんなアンリエッタを前にしてもマザリーニの言葉は変わらない。 「それでも、あなたは『王』に相応しい」 繰り返された言葉に、アンリエッタは力一杯拳を握り締める。 「どうしてっ!?」 激しいアンリエッタの詰問に 「あなたには、華がある」 マザリーニは余裕の笑顔を返したのだった。 「……華?」 「ええ、そうです。華と言って分からなければ魅力と言い換えても良いでしょう。人が望んでも手に入らぬ天性の魅力、あなたにはそれが備わっている」 「魅力、……そう、魅力。でも、そんなものが何の役に立つというのです。確かに『王』たるものにカリスマは必要です、しかしそれが『王』としての能力を凌駕するとは、私には思えません」 マザリーニの言葉に毒気を抜かれたように、再び腰を下ろすアンリエッタ。 「おやおや、アンリエッタ女王陛下は『魅力』を侮っておいでのようだ」 「侮るも何も……たかだか人を惹きつけるだけでしょう。そんなものが政治や戦争の、何の役に立つというのです」 「確かに、魅力は政治や戦争に直接役に立つものではありません。ですが、立派な武器となるものです」 「……」 「人を惹きつける力、それも天性のものとなれば別格。例えあなた自身に力が無くとも、あなたよりも優秀な周囲の者達があなたを喜んで支えるでしょう。 そしてその者達はあなたが最善の決断に至るように力を尽くし、その決断には喜んで支持をして実現させるために力を注ぎます。そして時に補佐し、時にあなたを諫める。 あなたはそこにいれば結構。そんなあなたを助けようとする者達の力を十二分に引き出すのですから。そう、『魅力』とは指導者にとって最も必要とされる希有な資質なのです」 普段は決してこのような強い調子で喋ることのないマザリーニの言葉。 しかも、それを要約すると『あなたはとても魅力的だ』 呆気にとられて一瞬惚けたような顔をしたアンリエッタだったが、そのことに思い至り、上品に手で口元を隠してくすくすと笑い声を漏らした。 「マザリーニ枢機卿。もしかして、今、私はとても失礼なことを言われたのかしら? まるで私が人を惑わす魔性の女のような口ぶりでしたけれど」 「いやはや、その通りのことを申しただけですぞ。気に入らないのでしたら、言い換えて差し上げましょう。あなたは天性の『人ったらし』です」 「はははっ! お止しになって、それこそ私が希代の悪女のようではありませんか」 ついに堪えきれなくなり声を出して笑うアンリエッタ。それを眺めるマザリーニも穏やかな笑顔を返した。 「陛下には陛下にしかない武器がございます。あなたは自身を恥じ無くてよろしいのです。あなたは立派な『王』となるでしょう」 「……なぜかしら、あなたにこんな事を言われるのはとっても可笑しいことなのに、心が楽になった気がします。王になって初めて……真に人の口から私が『王』になったことを肯定された気がします」 「いいえ、女王陛下。私以外にも多くのものが、女王陛下を認めております」 「それも、私の魅力によるものなのかしら?」 「左様です」 「そう……それでは、その数少ない取り柄を使って、この国を良くしていきましょうか」 そう言ったアンリエッタは、苦労をかけるであろう側近に向かって、華のような最高の笑顔を見せたのであった。 女王陛下万歳!女王陛下万歳!女王陛下万歳! ―――トリステイン国史記より抜粋 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3557.html
前ページ次ページモニカがルイズに召喚されました 彼女は気が付くと青空の下でたくさんの人間に囲まれていた。 みんな一様にマントを羽織って目の前に居る人物をあざ笑っていた。 「子供だ。ルイズが子供を召喚したぞ」 「流石はゼロのルイズだ。 とてもじゃないが真似できないぜ」 「真似したくないけどね」 見た所、学生のようだ。 それにしてもなんて程度の低い。 他者を貶める事でしか自分の優越感を守る事が出来ない、まるで子供だ。 人間の教育がどんな物なのかは知らなかったが彼女の周りには道徳観念のよく出来た人間 ばかりだった。 つまるところ人間に対する過大評価があった訳だが。 『私が飛べない事で苛められたのはいつの事だったのだろう?』と、ここまで考えて思考 を中断する。 もしかしたらここはとんでもない辺境なのか、もしくは異世界である事も考えた。 だとしたら自分がフェザリアンである事を話すのもまずいのかもしれない。 相手がどんな文化を持っているのか分からないのだ、もしかして精霊使いやファザリアン を目の敵にしているかもしれない。 ちょうど総本山に帰る途中で、翼を隠せるようなローブを着ていたことに安堵した。 注意深く、周りの人間の指を確認する。どうやらリングマスターは居なさそうだ。 ルイズがモニカを召喚しました 第1話 "ゼロのルイズ"と呼ばれた彼女が『やり直しを要求します』とか"ミスタ・コルベール"と呼 ばれる人物―多分ここの責任者だろう―が『使い魔』とか『神聖な儀式』とか『伝統』と か『進級』がどうとか言っている。 大体自分の置かれている立場については大体分かったが、見知らぬ他人の進級の為に使役 される立場に落とされるなんて冗談ではない。 契約しなきゃ留年だというなら留年して不幸になってしまえー 「アンタ誰?」 「礼法がなってないわ。 見た所学生のようだけど、人に名前を聞く名前を聞くときは自分から名乗るものだって習わなかったの?」 「……ルイズよ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 "de" つまり貴族様である。 モニカも長ったらしい名前を聞いて偉そうな態度で接してくるのは偉そうな身分の人間だ からだと理解した。 だいたいが長ったらしい名前の人間は性質が悪いと学習済みである。 「モニカよ。モニカ・アレン。 私をここに呼び出したのはあなたかしら?」 「そうよ。 あなたは私のサモン・サーバントの魔法で呼び出されたんだから私の使い魔 になりなさい」 いきなり命令形。 流石貴族様だ。 だがモニカにとってむしろ話の内容の方が重要だった。 機械の補助と精霊使い2人で行った英雄召喚のような大規模魔法を学生の少女が行ったと 言うのだ。 これが本当ならもう異世界大決定である。 おそらく自分の知らない未知の魔法技術なのだろう。 いや、この世界の魔素の密度から調査しなおす必要があるかもしれない。 「それにしても、とんだ野蛮な地域に呼び出されてしまったものだわ」 「ややややや野蛮ですって?」 ため息をつくモニカ。 怒りでぐるぐるになるルイズ。 「神聖な儀式で、人間を召喚して働かせる民族の何処が野蛮じゃないの?」 「だってあんた平民じゃない。 平民が貴族の為に働くなんて当然の事よ」 「キシロニア連邦は民主主義だから貴族と言う身分が無いだけ。 私は平民じゃないわ」 「キシロニアレンポウ? 何処の田舎よ」 「自分が知らない地名を田舎と決め付けるのは文明人としてどうかと思うわ」 「じゃあ何処の国よ?」 「国の名前よ。 王や貴族と言うものの変わりに議会政治で国を運営しているわ。 人口は少なく見積もって400人位かしら?」 「小国も良い所じゃない!」 「それは仕方ないと思うわ。 戦争で大分死んでしまったもの。 今は復興中よ。」 時空融合計画で大多数が他の世界へ避難した事は言わない。 流石に信じてもらえないだろうから。 「じゃあ、あんた魔法使えるの?」 「勉強すれば普通使えるものでしょう?」 「嘘おっしゃい! 平民に魔法が使えるわけ無いじゃない! 嘘をつくならもっともっともらしい嘘をつくことね!」 どうやらここでは一握りの人間しか魔法を使う事が出来ずしかもそれが遺伝するらしい。 魔法が使えるものをメイジと言い、それが貴族階級を作っているようだ。 異世界へ渡った人間達が"グローシアン"と言う特権階級を作り上げた事を考えると人間と 言うものは実の所どこも変わらないのではないか? とも思う。 「とにかく私は王家に連なるヴァリエール家の三女なんだから平民なんかとは違うのよ」 「なら貴族の何処が優良種なのか証明して見せて欲しいものね。 『貴方』が『私』に勝てそうなのは年齢くらいに見えるのだけど?」 ルイズは考えた。 『ゼロのルイズが使い魔の平民に論破されてやんの』とか言う野次は当然無視である。 彼女自身そもそも魔法が使えない。 年下相手に取っ組み合いで勝っても大人気ない。 編み物で勝負とか言っても受けてもらえないだろう。 しばらく考えて勝てそうなものを見つけたので言ってみる。 「えっと…そう!胸とか!!」 13歳に勝ち誇るな。 どんぐりの背比べみたいな洗濯板を見ながら内心『2年後を見てなさい』とか思いつつ モニカは話す相手を変える事にする。 「あなたじゃ話にならないことは分かったわ。 この"神聖な儀式"の監督をしているのはそちらの先生かしら?」 「ミス・アレンだったかな? 私がこの生徒達を引率しているジャン・コルベールだ」 「じゃあミスタ・コルベール。 私が彼女と契約しなかった場合どうなるか教えてちょうだい」 このコルベールという人物は学園の中でもルイズに同情的な教師の1人だ。 彼女が影で努力をしているのを一番評価しているのもおそらく彼だろう。 加えて魔法は破壊だけに使われるべきではないとの信念の持ち主で、聞いた事も無いよう な遠い国から召喚されたであろう目の前の少女にも同情的な想いなのであった。 詰まるところ苦労人であった。 おかげで生徒から影でコッパゲと陰口を叩かれる程である。 しかしながら自分の立場は教職なのであり目の前の少女に使い魔になってもらわなければ ならない。 しかたなく彼は対話を開始する。 「彼女は留年と言う事になるな」 「留年させておけばいいじゃない」 にべも無い言葉。 くじけそうになったがコルベールは話を続ける。 「いや、しかしだね…」 「むしろ使い魔を召喚する力量を問うのが今回の試験の目的なのだとしたら私を召喚した 時点で十分なんじゃないの?」 「…古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆる ルールに優先するんだ。 従って彼女の呪文で召喚されてしまった君が契約するまでが試験対象になる」 「例外は?」 「ない」 「ルールじゃ仕方が無いわね。 じゃあ、そのルールを制定した人か、ルールを管理している人に会わせて頂戴。 古今東西、人を使い魔にした例は無いと言ったわね? 本当に異邦人が召喚された場合に相手の意思を無視してまで使い魔にしなければなら ないのか確認を取るわ」 「あー…そんなに契約が嫌かね?」 「その契約の呪文はあんなドラゴンも制御下に組み入れてしまうのでしょう? 絶対に魅了の呪文が織り込んであるわ。 お断りよ」 示す先には風竜の子供、確かにあんなのが暴れだしたのなら、ただじゃすまないだろう。 コルベールは少女の観察眼に舌を巻きながら仕方なく契約の一時延期を告げるのであった。 /*/ 流石に部外者を学園の中に入れるのに書類が必要だと言われて30分ほど待たされた後に秘書の女性に案内されて階段を上り始めた。 秘書の名前をロングビルと言うらしい。 どこか作った様に感じたが、貴族とか平民とかそんな環境では地のままで過ごすのも難しいのだろうと勝手に解釈した。 長い階段を抜けて建物の最上階―――学長室まで通される。 席には年をとった学長と思われる老人と、未契約の使い魔に対して監修の義務があるコルベール。あと留年が掛かっている当事者のルイズ。 「ワシがこの学院の学院長を務めとるオスマンだ」 「聞いていたのより真面目そうな人ね」 「………ミスタ・コルベール。 ワシの事をなんと言って話して聞かせていたのかね?」 「いえ、事前に話を聞かせていたのはミス・ヴァリエールです。 今後、使い魔として共同生活を送る可能性があったので、私が交流を推奨しました。 もっとも間違っているとは思わなかったので否定しませんでしたが」 「おぬしがワシの事をどう思っとるのかよーく分かった」 オールド・オスマンが今期の査定を付けはじめる。 もちろん場の空気を和ませる為のギャグだ。 目の前の男が慌てふためくのを見るとついやりすぎてしまうのは仕方あるまい。 ほーれほーれ。 「そろそろ本題に入らせてもらうけどいいかしら?」 「ああ、すまなかった」 「『春の使い魔召喚の儀式において、それが何者であれ、呼び出された以上、術者の使い魔としなければならない』 このルールは人にも適応されるものなのかしら?」 「春の召喚儀式と言うか…サモン・サーバントの呪文はお互いがお互いに必要な者を引き合わせる呪文じゃ。 仮にサモン・サーバントを唱えなおしたとしても、お前さんの前にゲートが開くだけじゃな。 そして召喚儀式の本義は使い魔によって本人の適正を確定して専門課程に進む為の準備を促す事じゃ。 結局、お前さんが使い魔をやらない限り彼女は留年する事になるの」 「一つ付け加えるなら、サモン・サーバントの魔法は対象を指定できないと言う特性があります。 先天的に適性が決まっていてミス・ヴァリエールがあなたを指定したという訳ではないのです。 私としても彼女が留年してしまうのも忍びない。 どうか契約を行ってはいただけないでしょうか?」 「それは、いつまで?」 「一生です」 「話にならないわ」 捨て犬のような目でコッチを見てくるコルベール。 いや、お前がそんな顔しても可愛くないから。 コッチ見んな。 「大体、貴族でもない人間がこうして交渉の場を作ってもらったって言うのにごちゃごちゃ屁理屈をならべないで頂戴。 ちゃんと可愛がってあげるから、私の使い魔になりなさい」 彼女の名誉の為に補足しておくと性的な意味ではない。 「じゃあ、今抱えている問題点をあなたにも分かるように例え話をする事にしましょう。 あなたは貴族だと言っていたから自分の領地があるはずよね? 例えば隣の領地を治める領主があなたの領地に居る平民を攫って行ったらあなたはどうするかしら?」 「決まってるじゃない、ツェルプストーになんか小鳥一匹でも渡すもんですか!」 「…多少私怨が混じってる気がするけど執政者はそう考えるのが普通よ。 それに私は議長の娘と知り合いだから今頃大変な事になっていると思うわ」 この世の終わりのような顔をするルイズ。 召喚した相手が、どこかの国の代表の娘のご学友だと分かったからだ。 更に言うと、その国の領主は他国に小鳥一匹渡す気が無いような人間がそろっているらしい。 下手を打つと後々国際問題になりかねない。 例えばキシロニア連邦とトリステイン王国を結ぶ航海路が発見されたとかした場合だ。 何しろ奴らは人口400人になっても戦争しているような戦闘民族なのだから 「あー、しかたないかの」 「ちょ、ちょっとだけ、もうちょっとだけ待って下さい。 ミス・ヴァリエールはとても勤勉な生徒なんです。 実技の成績はどん底ですが魔術理論・地理・社交・宗教、すべての筆記試験で優秀な成績を残しています。 週末も街に繰り出すことなく実技の訓練をしている事を知っています。 そんな彼女の努力がふいになってしまうのは忍びない。 もう一度考えてはくれませんか?」 留年して来年サモン・サーバントを唱えても現れるのは目の前の少女。 つまりここで相手の了承を得なければ永遠に進級できない不可避の罠なのだ。 「…使い魔と言うのは必ずコントラクト・サーバントを受けないといけないのかしら?」 「コントラクト・サーバントを受けると使い魔のルーンが体に刻まれる。 遅かれ早かればれてしまうだろうね。 そして使い魔を獲得せずに進級した生徒と言う前例を作るわけには行かない」 「じゃあ、使い魔のルーンは足にあることにすればいいわ。 お風呂には一人ではいる事にすればばれる事はないでしょうし あなたが卒業するまで使い魔のフリをする事にするわ。 使い魔召喚の儀式が2年生への進級試験を兼ねているのだからあと2年間ね。 それでいいでしょう?」 「いいの?」 「別に私もあなたを困らせたくって契約を拒否しているわけじゃないもの。 私が2年我慢すればあなたの一生が助かると言うならそうするべきだわ。 …あとはこの2人をどう説得するかだけど…」 相変わらず捨て犬のような目をしているコルベール。 縋る様な目をしたルイズ。 2人の視線をうけてオールド・オスマンは深いため息をついて、それからこう言った。 「わしゃ何にも聞かなかった事にするよ。 進級おめでとう。 ミス・ヴァリエール」 前ページ次ページモニカがルイズに召喚されました
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1130.html
宝物庫から聞こえてきた音は、地面を伝わって鈍く響いている。 例えるなら、大きな岩にゴーレムが体当たりするような音だろうか。 裏口周りを警戒していた衛兵達も、音のする方へと走って行った。 「今のうちに出発しようかな…」 そう呟くルイズだったが、宝物庫とは別の場所から、ごく小さな振動を感じた。 タタタン、タタタンと、馬が走るようなテンポが感じられるのに、蹄の音はしない。 それを不思議に思ったルイズは馬車の影に隠れると、地面に耳を当てた。 宝物庫の方から聞こえてきた音は、おそらく巨大なゴーレムだろう。 ズシン、ズシンと音を立てて宝物庫から離れていく。 もう一方から聞こえてくる音は、間違いなく馬の蹄の音だ。 一頭の馬が魔法学院から逃げるようにして走っている。 …怪しい。 衛兵達は宝物庫周辺に集まっていだろう。 姫様を守る衛士隊は姫様の護衛が第一任務だから、姫様から離れられない。 生徒達もそうだ、姫様を守る者と、宝物庫での騒ぎに駆けつける者に分かれているはず。 学院内には誰も残っていないだろう。 警備の手薄になった場所から逃げていく者…そんなのは、この騒ぎの元凶に違いない。 ルイズは馬車と馬を繋げているベルトを外し、鞍もつけられていない馬に飛び乗った。 鬣(たてがみ)をグッと掴むと、馬が不快感を感じルイズを落とそうと暴れ出す。 「URYYYYYYY…」 とても人間の声とは思えない、叫び声にも似た音を、馬の耳元でささやく。 すると馬は暴れるのを止めた。 「KUAAAAAAAA…ァァァ…良い子ね、さあ、私を運んでちょうだい」 ルイズの言葉に呼応するかのように、ルイズの乗る馬は走り出した。 馬を走らせて二時間、林を抜けて農耕地に出る。 雑草に包まれた農耕地が、今が農閑期であることを示している。 ふと後ろを向くと、トリスティン魔法学園の塔も森の影に隠れ、見ることは出来なくなっていた。 ルイズは相手に気づかれぬよう、距離を置いて走っていた。 地面を見て蹄の痕跡を探し、後を追う。 先ほどから周囲を警戒しつつ走っているが、見事に誰にも見つかっていない。 相手が何者なのか分からないが、見事な手腕だと思った。 農耕地の先には、先ほど通過した林よりも深い、森が広がっている。 足跡は森の奥へと通じているが、ここから先は罠が仕掛けられているかもしれない。 細心の注意を払って馬を走らせていると、地面に残された馬の足跡が変化しているのに気づいた。 蹄の間隔は短く、それでいて今までより垂直気味に体重がかかっている。 馬を歩かせている証拠だ。 ルイズは馬をその場に留め、樹木の生い茂る森の中へと駆けていく。 森の中をしばらく走ると、ローブを被った女性が歩いているのを見つけた。 その女性は森の中にあるあばら屋に入っていったので、ルイズは音もなくあばら家に近寄り、聴覚に神経を集中した。 「ふふ…やっと手に入れたよ、高く売れるかねえ、このアイテムは」 森の奥にぽつんと建っているあばら屋に、一人の女性がいた。 昔は炭焼き小屋として使われていたのだろう、壊れた窯や、湿気った薪が散乱している。埃の被った机の上に、宝物庫から奪った箱を置く、そして鍵穴に向けて、練金のルーンを詠唱した。 杖を振ると同時に、固定化の魔法がかけられた鍵穴が、土塊へと練金される。 ボロボロと崩れた鍵穴に指を引っかけて、箱を開けると、中から一冊の本が出てきた。 「…? なんだいこれ」 本のタイトルは見たこともない文字で書かれていた。 気を取り直して本を開くと、どのページを見てもハルケギニアで使われている文字とは違う文字が使われている。 最後の奥付らしき部分だけ、かろうじて読むことが出来た。 『波紋ハ人間ノ賛歌ニシテ、勇気ノ賛歌。 伝承者ハ慢心セズ修行ニ努メルベシ。 此書、細君リサリサニ捧グルモノナリ。』 「なんだいこれ、読めないじゃないか!」 本に書かれている文字はまったく読めない、その上ディティクト・マジックを使っても反応しない。 何か重要なマジックアイテムかと思ったが、どうやらただの本のようだ。 「これじゃあ苦労して盗んだ意味が無いじゃない…あーあ」 古文書だとしたら、闇市に売るのも苦労する。 このような珍しい文献類は、希少価値は高いかもしれないが、その反面出所が割れやすいのだ。 「こんな事なら当初の予定通り、破壊の杖でも盗んでくれば良かったわ」 ため息混じりに呟き、壊れかけた椅子の背もたれに体を預ける。 すると突然、ドカン!と大きな音を立てて、あばら屋の扉が吹き飛んだ。 「なっ!?」 バラバラに吹き飛んだ扉に驚きながらも、すぐさま杖を手に取り、侵入者を睨み付けた。 侵入者は悠々とあばら屋の中に踏み込んで、こう言った。 「あら、あなたが土くれのフーケだったの?」 侵入者は、ゼロと呼ばれる少女だった。 [[To Be Continued …… 仮面のルイズ-6]] ---- #center(){[[4< 仮面のルイズ-4]] [[目次 仮面のルイズ]]} //第一部,石仮面
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9347.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 深い霧に包まれたラ・ロシェールの街は、未だ日も出ぬ時間から多くの人たちが出入りしていた。 狭い山道を挟むようにして作られた総人口およそ三百人程度の小さな町に、立派な装備を身にまとった王軍の貴族たちが入っていく。 彼らは皆馬や使い魔であろう幻獣に跨り、その後をついていくかのように護衛の騎士達が町の入口であるアーチをくぐっていく。 『ラ・ロシェール!小さなアルビオンの玄関へようこそ!』 風雨に晒され殆ど読めなくなったアーチの看板には、そう書かれていた。 そのアーチをくぐって街の中へ入っていくトリステイン王軍の将校達とは反対に、街の中から平民達が身軽な格好で出ていこうとしている。 老若男女な彼らの大半は私服姿で何も持っておらず、中には軽い手荷物をもった者がチラホラといるだけだ。 一時間前に突如王軍が街へと入ってきて、町に住む者達全員に避難命令が出されたものの、その詳細をしる者は誰一人としていない。 ある家族は足腰の弱った祖父や祖母の肩を担ぎ、またある乳飲み子はぐずって母親を困らせている。 「一体どうなってやがるんだ?こんな朝っぱらから避難命令だなんて…」 「だな。貴族様の考える事はようわからんさ」 何人かの平民は道の真ん中を堂々と行く王軍の将校や騎士たちを横目で見ながら、小声でボソボソと愚痴を呟いている。 最も、それは町に居を構えている貴族たちも同じであり、横暴な王軍に対しての不満を口にしている。 無論王軍貴族達の耳には入っていないであろうが、今彼らの耳に聞こえてたとしても無視していたに違いない。 彼らは皆、これからラ・ロシェール上空に現れるであろう゛敵゛を待ち構えなければいけないからだ。 ラ・ロシェールから少し離れた所にある広大な、草原地帯。 普段は近隣にあるタルブ村から放牧された牛や羊たちが草を食んでいるであろう場所。 その上空には今、旧式艦の多いトリステイン軍の艦隊と神聖アルビオン共和国の精鋭艦隊が両者向かい合う形で浮遊している。 両艦隊とも距離を取るような形で待機し、トリステインがアルビオンを、アルビオンがトリステインの艦隊を監視していた。 霧のせいでラ・ロシェールからはその光景を見ることはできず、町の人々は何も知らされずに出ていこうとしている。 自分たちのすぐ傍で、今正に撃ち合いを始めるかもしれない艦隊を尻目に自国の王軍への愚痴を漏らしながら…。 ラ・ロシェールの中心部。そこに建てられている、町の中では一際グレードの高い高級ホテル。 貴族専用のその宿泊施設はつい先ほど軍が接収したばかりで、今は臨時の王軍司令部として使われようとしている。 今はシーズンオフという事もあってか宿泊していた貴族も一、二人と少なく、支配人や従業員達と共に避難している最中であった。 その元ホテルのロビーに数人の将校と共に入ってきたド・ポワチエ大佐が、地図を持ってきた騎士に声を掛けた。 「どうだ艦隊の状況は?」 「はっ!現在我がトリステイン艦隊が、アルビオン艦隊と接触したとの事です!」 騎士はテキパキとして口調でそう言うとロビーの真ん中に犯されたテーブルの上に、持っていた地図を勢いよく広げる。 タルブ村を含むラ・ロシェール周辺の細かい地図は、これから行うであろう゛戦゛を円滑に進める為のゲームボードであった。 その証拠に、別の方から小さな小箱を抱えてやってきた騎士が箱の中から艦船のミニチュアを取り出し、地図の上に置いていく。 ポワチエ大佐から見てタルブ側の方には青色、海側は赤色のミニチュアがコトリ、コトリと音を立てて配置される。 「タルブ側が我が軍の艦隊。そして海側は、レコン・キスタの゛親善訪問゛の大使を乗せた艦隊か」 同僚であり同じ大佐の階級を持つウインプフェンが、神経質な性格が見える顔で地図を睨んでいる。 ポワチエは彼の言葉に軽く頷くと、地図をテーブルに置いた騎士に「地上の゛演習部隊゛はどうなっている?」と訊ねた。 「はっ!現在ラ・ロシェール郊外で待機している゛演習部隊゛は準備完了し、艦隊からの合図を待っているとの事です!」 「そうか。…あくまでも今回の作戦はアルビオン軍艦隊の動きで状況が左右する。下手に動く事はするなと伝令を送っておけ」 その命令に騎士はハッ!と敬礼した後、ホテルの出入り口で待機している伝令を呼びつける。 伝令が駆け付ける様子をポワチエの後ろから見ていたウインプフェンがふん、と軽く鼻で笑った。 「たかが平民と魔法も録に使えぬ下級貴族だけの国軍に、重要な仕事を任せるのはいささか可哀想だと思わないか?」 「そう言うなウインプフェン。奴らとてあのゲルマニアから玩具を貰って、撃ちたくて仕方がないに違いない」 傲慢さを隠さぬ同僚の言葉にポワチエもまた、地図上の森林地帯を見てそう言った。 彼の顔にはウインプフェン同様、そこで待機している国軍に対しての軽蔑の笑みが浮かんでいる。 作戦が予定通りに進めば、国軍は先頭を切ってアルビオンの艦隊に奇襲を仕掛けて奴らの意表を突いてくれることだろう。 その後は自分たち王軍と艦隊が攻撃を受けて指揮が乱れた敵を一網打尽にすれば、全ては丸く収まる。 (無論手柄は、作戦の指揮を任された俺が優先的に受ける…よし、完璧だな) ポワチエは頭の中で今回の作戦のおおまかな流れを反芻していると、自然頬が綻んでしまう。 しかし、それが取らぬ狸の皮算用でもあると理解しているおかげで、すぐに頭を振って甘い考えを振り払った。 (…とはいえ、それは相手が動いた場合の事だ。俺が奴らなら、事を起こすような真似はしないが…) とにかく今は不可視の手柄よりも、目の前に見える作戦の指揮をどう取るのか考えるべきか。 そう判断した彼は、隣で今後の事について話し合っているウインプフェン達将校の話に加わろうとした…その時であった。 ホテルの外から突如として ドン! ドン! ドン! と凄まじい大砲の音が聞こえてきたのである。 その後に続くようにしてビリビリと建物ごと空気が揺れたかのような気配を感じたポワチエは、天井を見上げてしまう。 恐らく音の正体は、ここまで迎えに来てくれたであろうトリステイン艦隊を謝すためのアルビオン艦隊からの礼砲だろう。無論、弾は込められていない。 大砲に込められた火薬を爆発させただけの空砲であるが、音はともかく振動すら地上にいる王軍の身にも届いていた。 「今のは礼砲か?…にしてはやけに大きな音だったぞ」 ポワチエの疑問に、ずれたメガネを人差し指で直しながらウインプフェンが答えた。 「きっと敵の旗艦レキシントン号の空砲なのだろうが…確かに、聞いたことも無い程大きかったな」 彼の言葉にポワチエも思わず頷いてしまう。街から艦隊のある草原まで近いとはいえ、このホテルの中にまで大音量で響いてきたのだ。 相手のすぐ傍にいるであろうトリステイン艦隊の者たちは、さぞや船の上で後ずさったものであろう。 自軍の旗艦である『メルカトール』号に乗船しているであろう、司令長官のラ・ラメー侯爵の顔を思い出そうとした時であった。 先ほどの礼砲よりも音は小さいが、砲撃と分かる音が将校達の耳に入ってきた。 聞き覚えのある『メルカトール』号の砲撃音に、ポワチエはすぐに礼砲に対する答砲だと察した。 四発目、五発目、六発目…と答砲は続いたのだが、どうしたことか七発目で『メルカトール』号の砲撃音がピタリと止んでしまう。 「答砲が七発だけ?相手が大使を任された貴族なら十一発の筈だが…」 一人の将校が七発で終わった答砲に首を傾げると、何かを察したであろうウインプフェンが鼻で笑った。 「全く。ラ・ラメー侯爵もあのお年で良く意地を張れるものだ」 彼の言葉に他の将校達も『メルカトール』号に乗った司令官の意思を察して、軽く笑い出す。 トリステインと比べ、何もかも格上であるアルビオンの艦隊に負けるつもりはないという意思の表れなのだろう。 それを答砲でもって表明したであろう我が軍の司令長官は、なんとまぁ意地の強い男だろうか。 ポワチエもそんな彼らにつられて顔に笑みを作り、周りにいた騎士たちも心なしか笑顔になってしまう。 緊張した空気が張りつめつつあったロビーにほんのちょっと明るい雰囲気が入り込もうとした…その矢先であった。 入り口からドタドタと喧しい足音が聞こえ、その音の主であろう斥候が息せき切ってポワチエ達将校のいるロビーへと駆け込んできたのだ。 突然の事にロビーにいた全員が駆け付けた斥候へと視線を向けてしまう。 何事かと将校の誰かが言おうとする前に斥候はその場で片膝立ちとなり、ロビーに響き渡る程の大声で叫んだ。 「で、伝令!たった今、アルビオン艦隊の最後尾にいた小型艦一隻が…炎上しましたッ!」 「なんだ?どうした、事故か!?」 トリステイン軍艦隊旗艦『メルカトール』号の艦長であるフェヴィスが、信じられないという顔でアルビオン艦隊の最後尾を見つめていた。 隣にいるラ・ラメー侯爵も彼と同じ方向に視線を向け、炎上し始めた相手の小型艦を見ている。 甲板にいる水兵や士官たちもみな同様にそちらへと目を向けて、何が起こったのか理解しようとしていた。 遥か後方、アルビオン艦隊の最後尾で炎上しながら墜落する『ホバート』号。霧の中でもその甲板から立ち上る炎は見えている。 恐らく艦内に積まれていた火薬に火が回ったのだろう。甲板の火はあっという間に小さな艦艇を包み込むように燃え広がり、次の瞬間には空中爆発を起こした。 炎に包まれた『ホバート』号の残骸がゆっくりと草原へと落ちていく様は、とても現実の光景とは思えなかった。 突拍子無く炎に包まれ、そして呆気なく爆散した小型艦を見て『メルカトール』号の甲板にいた者たちは慌ててしまう。 「諸君落ち着け!我が軍の艦艇が爆散したワケではないぞ!!」 広がろうとしている動揺を抑えようと、ラ・ラメー侯爵が甲板にいる士官たちを叱咤する。 それで全員が落ち着いたワケではないが、実戦経験のある司令長官にそう言われた何人かの士官が落ち着きを取り戻した。 「手旗手はアルビオン艦隊へ状況説明を求めろ!各員はそのまま待機…手旗手、急げ!」 久しぶりに叫んだ所為か、ヒリヒリと痛み出した喉に鞭を打ちながら士官たちに指示を出した後、フェヴィス艦長が話しかけてきた。 「侯爵、今のは一体…」 「ワシにも分からん。恐らくは内部で何かトラブルが起こったとしか…」 艦長の疑問に率直な気持ちでそう返した時、望遠鏡でアルビオン艦隊を見つめていた水兵が「『レキシントン』号から手旗信号!」と叫んだ。 その水兵の口から語られたアルビオン艦隊からのメッセージは、彼らの予想を斜め上に逸れるモノであった。 「『レキシントン』号艦長ヨリ。トリステイン艦隊旗艦。『ホバート』号ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明…セシ」 水兵は信じられないという目で望遠鏡を覗いてメッセージを読み終え、それを聞いていたラ・ラメー侯爵達も同じような表情を浮かべた。 撃沈?砲撃?…一体相手は何を言っている?あの船に乗っている連中は何も見ていなかったのか? 「奴らは寝ぼけているのか?どう見てもあの小型艦は勝手に燃えて、勝手に爆発したではないか…」 目を丸くしたフェヴィス艦長がそう言って『レキシントン』号へと視線を向け、ラ・ラメー侯爵は明らかに怒った口調で手旗手に命令を出す。 「手旗手!!返信しろッ!『本艦ノ射撃ハ答砲ナリ。実弾ニアラズ』だ、早くしろッ!」 司令長官からの命令で動揺が治っていない手旗手が慌てて言うとおりの信号を出すと、すぐさま返信が届いた。 その返信を望遠鏡で見ていた水兵は、今度はその顔を真っ青にさせながら読み上げる。 「た…タダイマノ砲撃ハ空砲ニアラズ。我ハ、貴艦ノ攻撃ニ対シ応戦セントス」 水兵が読み終えたところで、アルビオン艦隊が一斉に動き出し始めた。 先頭にいた『レキシントン』号が右九十度の回頭を行い、右側面に取り付けられたカノン砲を突き付けようとしている。 相手がこれから何をしようとしているのか、それは平民の子供にも分かる事であった。 「…ッ!?来るぞッ!取舵一杯!急げッ!!」 フェヴィス艦長が操舵手に命令を飛ばすと、空中で止まっていた『メルカトール』号が息を吹き返したかのように動き出す。 左の方へ回頭する『メルカトール』号へ向けて、一足先に準備を終えた『レキシントン』号が一斉射撃を行った。 しかし、この時回避行動を取ったことが幸いしたのか、砲弾は『メルカトール』号には着弾どころか掠りもしなかった。 『レキシントン』号から発射された砲弾はラ・ラメー侯爵達の遥か頭上を通り過ぎ、その内一発が『メルカトール』号の後ろにいた中型艦に着弾する。 木製の甲板が耳障りな音を立てて派手に割れ、飛び散った破片が周囲にいた水兵や士官たちへ容赦なく突き刺さる。 砲弾は勢いをそのままに船体を貫通して草原へと落ちていき、大穴の空いてバランスを失った中型艦が船首を下へと向けて落ち始めた。 「あそこまで届くのか…ッ!?」 後ろにいた僚艦が着弾から沈みゆく様を見ていたフェヴィスが、『レキシントン』号から撃たれた砲弾の威力に思わず目を見張ってしまう。 この霧のおかげもあるだろうが、もしも回避行動を取っていなかったら今頃『メルカトール』号がああなっていたかもしれない。 中型艦の乗組員たちが一人でも多く脱出できる事を祈りながら、フェヴィス艦長は相手の旗艦が恐ろしい化け物艦だとここで理解する。 そんな時であった、今まで黙っていたラ・ラメー侯爵が自分が乗船している艦と反対方向へと進み始めた『レキシントン』号を見て呟いた。 「艦長…どうやら奴らは我々と不可侵条約を結ぶ気など一サントも無かったらしい」 …そりゃそうでしょうな。侯爵から投げかけられた言葉に艦長は軽くうなずきながらそう言った。 何せ相手は自分たちの国へスパイを堂々と送り込んだうえで、仲良くしましょうと不可侵条約を持ちかけてきたのである。 更に追い打ちといわんばかりに、この出迎えの時に自分たちに無実の罪をなすりつけて攻撃を仕掛けてくるときた。 「恐らくは、我々トリステイン人を小国の者だからと侮っているのでしょうな」 艦長のその言葉に、侯爵は満足げな…それでいて静かな怒りを湛えた表情で頷いた。 「成程。真っ向勝負なら我々に勝てると算段を踏んで、こんなふざけた計略まで用意してくれたという事か」 そう言うと彼は自分たちの乗る艦と反対方向へと進んでいく『レキシントン』号を見やりながら、各員に命令を出した。 「全艦隊砲撃戦用意!曹長、地上の゛演習部隊゛に合図!!手旗手は黒板で敵旗艦にメッセージを伝えろ!」 艦隊司令長官からの命令にすぐさま各員が動き始め、手旗手がメッセージはどうするかと聞いてくる。 それを聞きたかったかのような笑みを浮かべたラ・ラメー侯爵は、得意気にメッセージを教えた。 「まさか、寸でのところで不意の一発を避けられるとは…」 アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号の甲板から望遠鏡を覗くボーウッド艦長は、残念そうな口調でそう呟いた。 仕留め損ねた敵の旗艦はこちらとは反対方向へ進んでおり、既に大砲の射程範囲内からは逃れられてしまっている。 後方にいたトリステイン軍艦隊も迅速な動きで旗艦の後に続き、こちらに対しての敵意を露わにしていた。 望遠鏡で除く限りには甲板上の敵は多少動揺しているものの、旗艦からの命令にしたがって攻撃用意を手早く済ませている。 それに対して、王政府打倒の際に多数の士官、将校を粛清された旧『ロイヤル・ソヴリン号』―――現『レキシントン』号の甲板には動揺が広がっている。 貴族派の連中が掻き集めたであろう水兵たちは、奇襲が失敗してトリステイン軍艦隊が動きだした事に慌てふためいていた。 本来ならそれを抑えるべき士官たちの大半も、部下たちの影響を諸に受けてしまって止めようのない事態になりかけている。 旧王軍の頃からいる士官たちは何とか統制を取り戻そうとしているが、時間が掛かる事は間違いないであろう。 だがその中でも、慌てすぎて錯乱の境地に達したであろう男がボーウッド艦長の隣にいた。 「えぇぃっ!!これは一体全体どうした事なのだ!我が艦の砲術士長は居眠りでもしておったのか!?」 この艦の司令長官であるサー・ジョンストンが、頭に被っていた帽子を甲板に叩きつけながら喚いている。 彼は今回計画されていた゛親善訪問゛―――否、トリステイン侵攻軍の全般指揮も一任されている貴族だ。 元来政治家である彼はクロムウェルからの信任も厚く、そのおかげで今回の件も任されたのである。 しかしボーウッド自身はどうにも、軍人でもない癖に司令長官の椅子に座っているこの男の事が気に入らなかった。 さらに言えば、元々王党派であった彼は軍人としてはともかく、個人としてこの゛親善訪問゛を装った攻撃には不快感さえ感じている。 (クロムウェルの腰ぎんちゃくめ…、司令長官の貴様が落ち着かねば兵たちも慌てたままなのだぞ) 彼は口の中でそう呟きながら粛清から逃れた士官に命令を飛ばそうとしたが、その前にジョンストンが噛みついてきた。 「艦長!何を悠々と艦を進ませておる!『メルカトール』号がもっと離れる前に新型の砲で叩き潰さぬかッ!!」 「サー、いくら新型の大砲と言えどこの距離を移動しながら攻撃するのは、砲弾の無駄というものです」 狂った野犬の如く喚きたてる司令長官の提案に、ボーウッドは至極冷静な態度でそう返す。 この男のペースに巻き込まれていたらまともに戦えん。それが今のボーウッドが下した、ジョンストンへの対応であった。 甲板では兵たちが慌てふためき、司令長官はごらんの有様…これで一体どう戦おうというのか。 「ひとまずは敵艦隊と一定の距離をとって、しかる後こちらの新型砲の強みを生かして各個撃破という形が最善ですが…」 ボーウッドは錯乱する司令官を落ち着かせようと、頭の中で練っていた即席の作戦を話そうとする。 しかし、そんな彼の落ち着いた態度が気に入らなかったのか、ジョンストンは「知るかそんなモノ!」と一蹴してしまう。 「そんな手間暇を掛けていたらトリステイン本国に我々の事が知れ渡るぞっ!?いいか、艦長! 私は閣下から預かった大事な兵を、トリステインに下ろさねばならんのだ!もしも時間を掛けて敵艦隊と戦っていたら… 報せを受けたトリステイン軍が地上軍を派遣して、我が軍の兵たちが地上に下り次第狩られてしまうではないか!!」 ジョンストンの甲高い、それでいて長ったらしい声でのご説教に流石のボーウッドも顔を顰めてしまう。 いっその事殴って黙らせた方が良いか?そんな物騒な事を考えていた時、二人の後ろから男の声が聞こえてきた。 「ご安心を、司令長官殿。貴方が思っているほどに、トリステイン軍の対応は速くはありませんよ」 この艦の上でボーウッド以上に冷静で落ち着き払った声に、彼とジョンストンは思わず後ろを振り返る。 そこにいたのは、金糸で縫われたグリフォンの刺繍が眩しいマントを身に着けたワルド子爵であった。 彼は名ばかりの司令長官であるジョンストンに代わり、アルビオン軍が上陸した際の全般指揮をクロムウェルから委任されている。 トリステイン人であり、魔法衛士隊のグリフォン隊隊長を務めていたという経歴も手伝ったのであろう。 異国人でありながら今のアルビオンの指導者に認められた彼の顔は、相当な自信で輝いて見えた。 「いくら数と質で劣るからと、トリステイン軍艦隊は貴方が思う程甘くはありません。 けれど奇襲を紙一重で避ける事が出来たとはいえ、アルビオン軍艦隊なら赤子の手を捻るよりも簡単に叩き潰せます」 ワルドが物わかりの悪い生徒を諭す教師の様な口調でしゃべっている合間にも、時は止まってくれない。 かなり距離を取ったトリステイン軍艦隊から威嚇射撃の砲声が響き渡り、それがジョンストンの身を竦ませる。 ボーウッドとワルドの二人も敵艦隊の方を一瞥し、射程範囲外だと理解してから説明を再開させた。 「仮にトリステイン軍艦隊が伝令を出したとしても、王軍がここへ辿り着くのにはどんなに急いでも数日は掛かるでしょう。 ラ・ロシェールや近隣の村を収める領主の軍隊などは論外、アルビオンの竜騎士隊だけでも潰せる数です」 トリステイン軍に属していた事もあってか、ワルドの説明を聞いてジョンストンも徐々に納得し始める。 しかし何か気にかかっていることでもあるのだろうか、ジョンスントンはワルドの話に頷きながらも「だが、しかし…」と何か言いたそうな表情を浮かべた。 だがワルド本人はそれを聞く気は全くないのか、貴方の言いたい事は分かります…とでも言いたげに肩を叩きながら話を続けていく。 「とにかく、ボーウッド艦長の考えている通りに戦っても我々には何の支障もありません。 今日中にトリステイン軍艦隊を壊滅させて、ラ・ロシェールに地上軍を上陸させる。たった二つだけです その二つをこなすだけで貴方はクロムウェル閣下から勲章を授かり、新しい歴史の一ページにその名を残せるのですよ?」 ゛クロムウェル閣下からの勲章゛と゛歴史に名を残せる゛という言葉を聞いて、ようやくジョンストンの顔に笑みが戻ってきた。 それでも未だに引き攣っているせいでどこか不気味な笑みとなっているが、気分が晴れてくれればこの際どうでも良い。 ワルドはそんな事を思いながら、戦場で無様な姿を見せる政治家の耳に甘言を囁いたのである。 「そ、そうか…そうなのか?」 今の状況で安らぎが欲しいジョンストンとは、縋るような声で耳触りのいい言葉を喋るワルドの両手を握った。 冷や汗塗れの冷たくて不快な手に握られた感情を顔に出さず、ワルドは「えぇ、そうですとも」と答える。 「ですから、今は長官室に戻って落ち着かれてはどうでしょうか?何ならエールの一口でも飲んで―――――」 ほろ酔い気分になってみては?…そこまで言う前に、『レキシントン』号の手旗手が「『メルカトール』号からメッセージです!」と叫んだ。 ボーウッドが誰からだ!と聞くとと手旗手は「黒板での伝言!トリステイン軍艦隊司令長官のラ・ラメー侯爵からです!」と答える。 「ほう、ラ・ラメー侯爵ですか。実戦経験のあるお方で、素晴らしい人ですよ」 「その素晴らしい人の命も後僅かだがな…で、メッセージは何と書かれてある!!」 懐かしい名前を耳にしたワルドが感慨深げにそういうのを余所に、ボーウッドは手旗手に聞く。 望遠鏡を覗く手旗手は時間にして約二秒ほど時間を置いて、『メルカトール』号からのメッセージを読み上げた。 「トリステイン王国ヲ舐メルナヨ。一隻残ラズ、空ノ木屑ニシテクレルワ。コノエール中毒者共」 手旗手が双眼鏡越しにメッセージを読み終えた直後、距離を取られた『メルカトール』号の甲板から照明弾が三つ上がった。 打ち上げ花火用の筒から発射されたソレは霧の中では眩しく見え、『レキシントン』号にいる者たちの目にもハッキリと見えている。 照明弾は一定の高さまで昇ってから、緩やかな弧を描いて地上へと落ちていき、やがて光を失って消滅していった。 『レキシントン』号や他のアルビオン軍艦隊の水兵たちは、その儚い光に何か何かと目を奪われてしまっていた。 ようやく落ち着きを取り戻した士官の貴族たちは、「持ち場へ戻るんだ!」と杖を振り回しながら叫びだす。 その様子を耳で聞いているボーウッドは、唐突な照明弾に怪訝な表情を浮かべておりジョンストンも似たような顔になっている。 ただ一人、ワルドだけは先程の照明弾と手旗手から伝えられたメッセージに関係があるのではないかと察していた。 今アルビオン軍艦隊が進んでいる先の地上にはラ・ロシェール郊外の森林地帯が広がっている。 霧は出ていものの照明弾の光は思った以上に眩しかったから、地上でも視認しようと思えば出来るはずだ。 (地上に向けて落ちていった照明弾…それに先ほどのメッセージと前方に見える森林地帯―――――――…まさかッ!?) ワルドが何かに感づいた同時に、同じ事を予感したであろうボーウッドが目を見開いて叫んだ。 「各員何かに掴まれ!!敵の攻撃は下から来るぞッ!!」 ボーウッドが叫び、ワルドと共にその場で姿勢を低くした瞬間―――――― 艦隊の進む先に見える森から先程の照明弾以上に眩い光りが発生し…直後、凄まじい砲撃音が地上から響き渡った。 それと同時に森の中から計二十発近い砲弾が発射され、アルビオン軍艦隊はその砲弾と鉢合わせする事となってしまう。 地上からかなり離れているにも関わらず打ち上げられた砲弾の内一発が小型艦の船底を貫き、その先にあった風石貯蔵庫を瞬時に破壊する。 別の中型艦は火薬庫に一発直撃を喰らい、かなりのスピードを出したまま炎上し、船員たちが脱出する間もなく空中爆発を起こした。 先ほど自作自演で潰した『ホバート』号よりも派手な爆発な起こした僚艦を見て、ボーウッドは思わず冷や汗を掻いた。 彼の記憶の中では少なくともこの高度まで砲弾を飛ばせる大砲など、トリステイン軍は所有していなかった筈である。 一体どうして…ボーウッドはそこで頭に貼り付こうとした余計な疑問を振り払い、優先すべき別の疑問を思い浮かべた。 (イヤ!今はそんな事を考えている場合ではない。問題はたったの一つ…トリステイン軍は最初から我々を待ち伏せていたという事だ) 彼は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながら腰を上げて、周囲を見回してみる。 先程の砲撃で一隻失い、更に被弾した小型艦も甲板から凄まじい炎を上げて船首を地面へ向けて落ちようとしている。 何人かの水兵や士官が耐えかねて船から飛び降りているが、いくらメイジといえどもこの高さから落ちれば『フライ』や『レビテーション』の詠唱もままならず、地面の染みと化すだろう。 良く見るとその艦の操舵手は何とか不時着させようとしているのか、煙を吸わないよう右手で口を押さえながら左手で舵を取っていた。 彼のこの先の運命を予見したボーウッドは、あの操舵手に始祖ブリミルの祝福あれと心の中で祈るほかなかった。 そうして燃え上がる小型艦が艦隊から脱落したのを見届けてから、隣にいたワルドに話しかける。 「子爵。どうやら君が思っていたほど、トリステインは甘くは無かったらしい」 地上からの砲撃が止み、事態を把握した『レキシントン』号のクルー達を見ながらポーウッドは言った。 水兵たちは地上から攻撃されたと知って再び慌てふためいている。 その様子をボーウッドの後ろから眺めていたワルドは参ったと言いたげな微笑を浮かべながら「そのようでしたな」と返した。 少なくともその口調からは、自分の予想が外れていた事に対する罪悪感は感じていないらしい。 士官や水兵たちが右へ左へ走り回るその光景を目にしながら、ワルドはポツリと呟く。 「しかし、参りましたな。敵を罠にはめたつもりが、我々がそっくりそのまま逆の立場になってしまうとは」 「あぁ、全くだ」 子爵の言葉に相槌を打ちつつ、しかし始まった以上には勝たねばならない。と付け加えた。 軍人である今のボーウッドにできることは、『レキシントン』号の艦長として空と陸に陣取ったトリステイン軍をできるだけ速やかに叩く事だけだ。 幸い敵艦隊を不意打ちで壊滅させた後、降ろすはずであった地上軍を乗せた船は未だ健在である。 先程の地上からの砲火で敵の大体の位置は分かる筈だろう。ならばそこを優先的に攻撃して制圧する必要がある。 「トリステイン軍艦隊は質と量の差で真っ向勝負は仕掛けて来ない筈。それならば、今は敵地上勢力を叩く事に専念できる。 子爵くん、早速だが君には竜騎士隊を率いて先ほど砲弾が飛んできた森林地帯を重点的に攻撃してくれないかね?」 ボーウッドからの命令に、ワルドは得意気な笑みを浮かべた。 流石根っからの軍人、対応が御早い。彼はそう思いながらもその場で敬礼をして言った。 「…分かりました、地上の掃除は私とアルビオン軍の竜騎士達にお任せを」 この船の中では数少ない物わかりの良い相手からの返事に、ボーウッドも満足そうに頷く。 そんな時であった、今まで二人の視界から消えていたジョンストンが頭を抱えて嘆き出したのは。 「あ、あぁ!あぁ!何という事だッ!よもや、トリステイン軍が地上軍を派遣していたなんて!!!」 ついさっき甲板に叩きつけた自分の帽子を両手で抱えるように持った彼は、涙を流して何事か叫んでいる。 その叫び声が騒乱に包まれた甲板の上でもハッキリ聞こえたボーウッドとワルドは、ついそちらの方へ目を向けてしまう。 まるで丸まったハムスターの様に蹲るジョンストンは、もう脇目も振らずに泣きわめき、叫び続けている。 本当なら一瞥しただけで無視してやっても良かったが、彼の口から叫びと混じって出てきたのは…ある種゛懺悔゛に近いモノであった。 「か…閣下!クロムウェル閣下!?だからっ、だから私は反対したのですよ!?トリステインへの奇襲攻撃など…!! トリステインの内通者がバレて、更にスパイの存在も知られて…なぜ奴らがそれでも条約を守りたいとお思いになられるのですか!?」 トリステインの内通者?スパイ?…一体何の話だ? ボーウッドとワルドはお飾り司令長官の口から出た単語に、思わず互いの顔を見合ってしまう。 実はトリスタニアで露見された内通者やスパイの件は、ボーウッドの様な将校や外国人であるワルドの耳には入ってきてなかったのである スパイを送り込んだ事そのものを評議会は隠蔽し、こうしてジョンストンの口から語られるまで彼ら以外の者には知らされていなかったのだ。 だがそんな二人にも、ジョンストンの叫んでいる内容そのものが、トリステイン軍が待ち伏せを行う切欠になったのだと、察する事はできた。 でなければ敵軍が地上に砲撃部隊を配置していたという事に対して、こんなに取り乱す筈はないであろう。 「私の提案の様に…奇襲を諦め、長期的なコネ作りに励んでいれば…全ては上手くいっていた!! トリステインは確実に手に入れる事ができた…というのに!だというのに…こんな事になってしまった! 閣下!こ、この責任は貴方の責任なのですよ…!!?決して、これは私のミスではありませんぞ……!!」 一人泣きながら演説の様に叫び続けるジョンストンを、二人はただ黙って見つめていた。 このまま放っておいてもいいのだが、今は一分一秒を争う状況なのだ。これ以上下手な事を叫ばれて兵たちに聞かれては不味いことになる。 自分に黙って水面下で行われていた事については確かに気にはなるが、今はそれに専念する程の余裕は無い。 ボーウッドが目だけをワルドの方へ動かすと、艦長の言いたい事を察した彼が腰に差しているレイピア型の杖をスッと抜いた。 …静かにさせますか?クロムウェルから新しく貰ったソレをジョンストンへ向けたワルドの顔が、ボーウッドにそう問いかけている。 ……殺すなよ?ボーウッドはそう言いたげな渋い表情で頷き、それを了承と受け取ったワルドが詠唱もせずに杖を振り上げようとした。 そんな時であった――― 「おやおや、随分と悲観に暮れてらっしゃるではありませんか。ジョンストン殿?」 ボーウッドとワルドの後ろから、聞き慣れぬ女の声が聞こえてきたのは。 まるで急に現れたかのように唐突で、あまりにも透き通っていて幽霊の様な不気味ささえ匂わせる声色。 そんな声が後ろから聞こえてきてから一秒。杖を手にしたワルドが風を切るような勢いで後ろを振り返る。 振り向いた先にいたのは…古代の魔術師めいたローブに身を包み、フードを頭からすっぽりと被った女だった。 顔を隠した女はマントを着けていない事から平民なのかもしれないが、その体からは異様な気配が漂っている。 声と同じでまるで幽霊のように存在感は無く、゛風゛系統の使い手であるワルドでさえも喋られるまで気づかなかった程だ。 黒いフードもまた一切の飾り気が無く、それが却って女の不気味さと冷たさを助長させている。 そんな見知らぬ不気味な女が、混乱の最中にある甲板の上に悠然と佇んでいるという光景はあまりにも異様であった。 ワルドは杖の切っ先を女へと向け、艦長であるボーウッドが誰何しようとした時…その二人を押しのけるようにしてジョンストンが女へと詰め寄ってきた。 「おぉ…シェフィールド殿!シェフィールド秘書官殿ではないか!!」 先程まで泣き叫んでいた憐れな司令長官は期待と羨望に満ちた表情で、シェフィールドを見つめている。 その名に聞き覚えのあったボーウッドは、彼女がかつて自分にニューカッスル城への奇襲を実行させた人物だと思い出す。 クロムウェルの秘書官が何故こんな所へ?いや、それよりもいつ乗船したというのか。 疑問を一つ解消し、新たな疑問が二つも出来てしまったボーウッドを余所にジョンストンが饒舌に喋り出す。 「おぉ…秘書官殿ぉ…敵が、トリステイン軍が伏兵を配しておりましたっ!このままでは、閣下から任せられた艦隊がやられてしまいますぞ…!」 「安心しなさい、この事もクロムウェル閣下の予想範囲内。次の一手を打つ準備はできているわ」 まるで始祖像に縋る狂信者の様なジョンストンを宥めながら、シェフィールドは林檎の様に紅い唇を動かしてそう答えた。 その口の動きすらまた不気味に感じたボーウッドは、気を取り直すように咳払いをしつつ二人の会話を黙って聞いている。 彼女の話から察するに少なくとも今この状況を聞く限り、打開できる程の切り札があるらしいがボーウッド自身はそれに心当たりがなかった。 艦長である自分に知らせずに兵器にしろ武器にしろ積むというのは、無理があるというものだ。 後ろにいたワルドに目を向けるも、彼もワケが分からないと言いたげな表情を浮かべて軽く頷く。 一体どういう事なのか?放っておけない謎だけが積み重なっていく中で、ジョンストンは喋り続けている。 「おぉ、お願いします!すぐにでも、すぐにでもそれをお使いください!!それで忌々しいトリステイン軍を……ッ!」 最後まで言い切ろうとした彼はしかし、自分の口の前に出されたシェフィールドの右手の人差し指によって止められてしまう。 たったの人差し指一本。それだけで今まで散々喚いていたジョンストンとが、口をつぐんでしまったのだ。 この時、ワルド達には見えなかったがジョンストンの目にはフードで隠れたシェフィールドの目がしっかりと見えていた。 唇と同じ深紅色の鋭い瞳が蛇の様な冷たさを放って、彼の顔をギロリと睨んでいたのである。 蛇に睨まれた蛙の気持ちとはこういうものか…。ジョンストンは無意識に止まってしまった自分を、ふとそんな風に例えてしまった。 「貴方に請われなくとも、既に゛投下゛の用意に移っているわ。…だからそこで大人しくしていなさい」 シェフィールドは最後にそう言うと踵を返し、体が硬直したままのジョンストンを放ってスタスタと船内へと続くドアへと歩いていく。 ボーウッドは突然現れ、そして自分たちには声も掛けずに去っていく彼女の背中をただずっと見つめている。 ワルドもまた彼の後ろから見つめているだけで、後を追うような事はしなかった。 (…投下?投下とは一体どういう意味だ…!?) 今まで自分がこの艦の艦長であり、これから指揮を取ろうとしたボーウッドは自分が知らない事実がある事に困惑していた。 これまで経験してきた戦いは単純明快であり、勝つか死ぬかの命を賭けた真剣勝負でそこに謀略というモノは殆どなかった。 それが自分の信じる軍人としての戦いだと思っていたし、これからも続く不変の概念だと信じていた。 だがそれも今日をもって、終わりを告げることになってしまうのだろう。あの女の手によって。 「艦長…あの女、クロムウェルの秘書官殿は何をするつもりなのでしょうか?」 後ろから聞こえてくるワルドの質問にも、彼はすぐに答える事が出来なかった。 ただただドアを開けて、船内へと吸い込まれるように消えていったシェフィールドの後姿を見つめながら、ポツリと呟いた。 「あの女は、一体何をするつもりだというのだ…?」 時間は丁度午後十二時を回ろうとしているところで、トリステイン王宮内の厨房では早くも昼食の準備が済んでいた。 国中から集められた腕利きのシェフたちが厨房を舞台に、平民はおろか並みの貴族ですらお目に掛かれないような豪華なランチの数々。 一つの皿に盛られたメインの肉料理だけでも、平民の四人家族が三日間遊んで暮らせる程の金が掛かっている程だ。 そんな豪華な料理を作り出し、運び出そうとしている厨房は賑やかになるのだが…今日に限っては王宮全体がやけに賑わっていた。 あちこちの廊下を武装した騎士や魔法衛士隊員が戦支度の為に走り回り、廊下の埃を舞い上がらせている。 いつもなら執務室で昼食を心待ちにしている王宮勤務の貴族たちも、顔から汗を噴き出す程忙しく走り回っていた。 平民の給士達は何が起こったのか把握している者は少なく、多くの者たちが廊下の隅や待機室で走り回る貴族たちを不安げに見つめていた。 そして事情を把握している者たちは、知らない者たちへヒッソリ囁くように何が起こったのか大雑把に伝えていく。 …曰く。ラ・ロシェールで親善訪問の為に合流しようとしたアルビオン艦隊が、トリステイン艦隊を襲ったという事。 けれどもそれを間一髪で避けたトリステイン艦隊は、゛偶然近くで訓練していた゛国軍の砲兵大隊に助けられたいう事。 そして国軍の監査をしていた王軍の将校たちが指揮を取り、騙し討ちをしようとしたアルビオン艦隊との交戦に入ったという事。 誰が最初に広めたかも知らない噂はたちどころに王宮中に伝幡し、一つの『事実』として形作られていく。 ある者は「王家を滅ぼした貴族派らしい、卑怯な手口だ!」と批判し、また別の者は「戦争が始まるのかしら…?」と不安を露わにしていた。 一方で、貴族たちの中で軍属についている者達は上層部からの出撃命令を、今か今かと心待ちにしている。 上司たちから伝えられた内容が本当ならば、今すぐにでもラ・ロシェールで戦っている友軍と合流しなければならないのだ。 竜騎士は朝からの濃霧で出撃には時間が掛かるが、その他の幻獣に乗る魔法衛士隊ならば日付を跨いで深夜中に辿り着くことができる。 けれども、各隊の隊長たちは未だ緊急に設けられた対策室から出て来ず、隊員たちはどうしたものかと皆首を傾げている。 騎士達も騎士達で出動命令を待っており、できる限り竜騎士隊を今のうちに出させたいという意思があった。 この霧の中で長距離飛行は風竜でもなければ方角を見失う可能性があり、不幸にも風竜は此度の作戦でラ・ロシェールからの伝令役に全頭駆り出されている。 風竜はブレスの威力が弱い為に飛行力はあっても戦闘力は火竜より低く、そして火竜は戦闘力あれど飛行力は風竜に大きい差があった。 一応霧の中を長距離飛行させる方法はあるのだが、如何せん方角を見失った際に地上に着地させて、方角を指示してやらなければいけないのである。 更に火竜は頭が悪いせいで何度も着地させて教え直す必要があり、今出動してもラ・ロシェールにつくのは明日の朝方になってしまう。 だから騎士達も焦ってはいたのだが、自分たちの隊長が対策室から一向に出て来ない理由だけは知っていた。 彼らは伝令役を仰せつかった騎士仲間から、ある程度現地の―――最前線の情報を知る事が出来ていた。 伝令曰く、アルビオン軍は亜人とは違う見たことも無い『怪物』を地上軍のいる森林地帯に投下したのだという。 地上に降りた彼奴らは、周囲の霧を蝕むかのようにドス黒い霧を放出して地上軍に襲い掛かった。 その時上空にいた彼は全貌を知る事はできなかったが、地上軍は一時間と経たずに森から出てきたのだとか。 『怪物』たちは無秩序な動きとドス黒い霧を伴って王軍のいるラ・ロシェールへ突撃、そして… それから後の事は、その時伝えに来た伝令は知らない。 彼は本作戦の指揮を任されたド・ポワチエ大佐から、敵が未知の『怪物』を差し向けてきたという事を伝えろと言われて、町を後にしたのである。 故にその後ラ・ロシェールがどうなったか、そして今現在の状況がどうなってるいるのかまでは知らなかった。 「クソッ…出動命令はまだなのか?一体どうなっている!」 王宮の廊下を、喧しい足音を立てて魔法衛士の隊員三人が早足で歩いきながら一人叫ぶ。 彼らのマントには幻獣ヒポグリフの刺繍が施されている事から、彼らがヒポグリフ隊の所属だと一目で分かる。 その後ろに同僚であろう二人の隊員が後へと続き、彼の独り言に相槌を打つかのように言葉を出す。 「対策室へ行っても隊長たちからは待機しろ、待機しろ…の繰り返し。このままじゃ、戦況がどうなるか分からないっていうのに」 「全くだよ!聞けば、郊外の森林地帯で陣を張った国軍が既に敗走しているらしいぞ」 後ろにいた二人の内三十代前半と思しき同僚が口にした国軍の情報に、先頭の隊員が鼻で笑ってこう言った。 「所詮平民と下級貴族の寄せ集め軍隊なぞ、そんなものだろ?」 「けれど俺の友人の騎士から聞いた話だと、亜人でもない未知の『怪物』の仕業とか…」 反論か否か、食い下がる同僚の言葉を遮るようにして、先頭の彼は言った。 「いいか?例え相手がその『怪物』だろうが、俺たち魔法衛士隊が出動すればすぐに―…イテッ!?」 そんな時であった。先頭を歩く彼の言葉を無理やり中断させるかのように、曲がり角から黒い影がぶつかって来たのは。 不意に当たった彼は、すぐに後ろにいた同僚が倒れようとした背中を押さえてくれたことでなんとか事なきを得た。 一方で曲がり角からやってきた謎の黒い影も「おわっ…トト!」と可愛らしい声を上げて、何とかその場で踏みとどまっている。 何とか倒れずに済んだ黒い影―――もとい、魔理沙は帽子が落ちてないか確認してから、ようやくぶつかった相手と目が合った。 そして相手が男三人の内先頭の者とぶつかったと察すると、やれやれと言いたげに首を横に振って呟く。 「…全く、人が曲がり角を通るって時にぶつかってくるとは危なっかしい連中だぜ」 「何だと…?」 自分がぶつかってきたという自覚が微塵もないその言い方に、先頭の隊員はムッとした表情を浮かべる。 思わず腰に差していた杖を抜くと、その切っ先を魔理沙の喉元へと躊躇なく向けた。 「貴様、このヒポグリフ隊所属の私に向かって何たる口の利き方か…」 彼の経験上。平民や下級貴族ならばこの言葉と杖を向けるだけで、相手が竦む事を知っていた。 だが魔理沙はその杖を見ても怯えるどころか、厄介なモノを見るかのような表情を浮かべて言った。 「えぇ…?おいおい、勘弁してくれないか?今はただでさえ急いでるんだよな、コレが」 事実本当に急いでいる魔理沙の言葉はしかし、彼の怒りのボルテージを更に上げてしまう事となる。 何よりもその表情――顔の前を飛び回る羽虫を鬱陶しがるような顔に、杖を持つ手に力が入り過ぎてギリギリと音がなる程怒っていた。 「黙れ、貴様の事情など知った事ではない!それよりも貴様は……」 「ちょっとマリサ!一人で勝手に突っ走るなって言ったでしょうがっ!」 何者だ!―――――そう言おうとした時、魔理沙が通ってきたであろう曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。 目の前にいる無礼な平民(?)の少女と同年代であろう、少女の軽やかな怒鳴り声。 その声に聞き覚えのあった先頭の隊員は、魔理沙を睨んでいた顔をフッと上げて彼女の後ろを見やる。 彼が顔を上げたのとほぼ同時であっただろう。自分にぶつかってきた少女の後を追うようにして、ピンクブロンドの少女が走ってきた。 黒のプリーツスカートに白いブラウス、そして黒いマントを着けている事から少女が貴族だとすぐにわかる。 だがそれよりも遥かに目立つピンクブロンドの髪が、彼女がトリステインで最も名のある公爵家の者だと無言で周囲に伝えていた。 「み、ミス・ヴァリエール…!」 後ろにいた同僚の一人が突然現れた公爵家の者に驚き、無意識にそう叫んでいた。 だが肝心のヴァリエール家の令嬢――――ルイズはその声には反応せず、魔理沙へと怒鳴りかかる。 事情はよく知らないが、その燃えるような怒りの表情を見るに何かがあったのだろう。 「アンタねぇ!折角姫さまのいる場所を聞いたってのに、…先を行き過ぎて迷ったらどうするのよ!?」 「いや~、ワタシってばこう突っ走っちゃう性格でね、やっぱり常日頃箒で飛ばし過ぎてるせいかもな」 先程魔理沙へ杖を突きつけた隊員も驚くほどの怒声でもって、ルイズは黒白の魔法使いへと詰め寄る。 一方の魔理沙も慣れたモノなのか、頭にかぶっていた帽子を外して気軽そうに言葉を返している。 そのやり取りに思わず杖を抜いた先頭の隊員も、その切っ先を絨毯へ向けてただただ見守るほかなかった。 と、そんな時にまたもや曲がり角の向こうから、三人目となる別の少女の声が聞こえてきた。 「ちょっとアンタたち。駄弁ってる暇があるなら、前にいる奴らを道の端にでも寄せたらどうなのよ?」 先の二人と比べて何処か暢気そうで、それでいて苛立たしさを少しだけ露わにしているかのような棘のある声色。 前の奴らとは我々の事か?三人目の言葉に後ろにいた二人がついついお互いの顔を見遣ってしまう。 貴族を相手にして何たる物言いか。先頭の隊員がそんに事を想いながら顔を顰めた時、三人目がヒョッコリと姿を現した。 ハルケギニアでは珍しい黒髪に大きくて目立つ赤いリボン、そして袖と服が分離している珍妙な紅白の服。 左手には杖らしきモノを持っているがマントは着けていない所為で、貴族かどうかは判別がつかない。 そんな変わった姿の少女―――霊夢が呆れた様な表情を浮かべて、ルイズと魔理沙の前へと出てきた。 「…って、何言い争ってるのよ二人とも?」 「イヤ、喧嘩じゃないぜ。ルイズが前を行き過ぎるなと叱って、それに私が仕方ないだろうと言葉を返しただけさ」 「世間様では、それを言い争いとか口喧嘩というらしいわよ」 「ちょっと!二人して何してるのよ!?そんな事してる暇があるならねぇ――」 妙に回りくどい魔理沙の言動に、霊夢は溜め息をつきながらも言葉を返す。 そこへルイズが怒鳴りながら入ってしまうと、彼女たちの前にいる魔法衛士隊隊員達は何も言う事ができなくなってしまった。 一体これはどういう事なのか?魔法衛士隊の三人が突然で賑やかな少女達に呆然としてしまう。 そんな時に限って、厄介事というのは連続して起こるという事を彼らは知らなかった。 「……ん?おい、また誰か角を曲がって来るぞ」 ルイズたちがギャーワーと喋り合っている背後から新たな影が出てくるのを見て、隊員の一人が言った。 今度は何だ?うんざりした様子でそう思った先頭の隊員が三人の背後へと視線を移し、そして驚く。 先ほどの少女たちはそれぞれ一人ずつ数秒ほど時間を置いて出てきたが、何と今度は一気に三人も出てきたのだ。 だがそれで彼らが驚いたワケではなく、原因はその出てきた三人の『状態』にあった。 「おい、しっかりしろ!」 「う、うぅ…スマン」 「もうすぐ会議室だ、踏ん張れ!」 新しく出てきた三人は王宮の騎士隊であり、肩のエンブレムを見るに竜騎士隊の所属だと分かった。 その内二人は一人の両肩を貸しており、その一人は一目でわかる程酷い怪我を負っている。 怪我をした竜騎士は今にも倒れそうなほど頼りない足取りであり、肩を貸してもらわなければすぐにでも倒れてしまうだろう。 突然現れた負傷した騎士に驚いた衛士隊の者たちはハッと我に返り、先頭の隊員が騎士の一人に声を掛けた。 「…あっ、おい…!大丈夫か、どうしたんだその怪我は?」 「ん?あぁ魔法衛士隊のヤツか。スマンが、今は道を空けてくれ!伝令のコイツを連れて行かないと…」 怪我をした同僚の右肩を支えていた騎士が言葉を返すと、言い争っていたルイズがハッとした表情を浮かべる。 今はこんな事をしている場合じゃないと、気を取り直すかのように頭を軽く横に振ると先頭の衛士隊隊員に向かって言った。 「すいません!私達もこの騎士達と一緒にアンリエッタ姫殿下の許へ行きたいのですが、会議室はこの先で合ってるんですよね!?」 王宮の中心部にある会議室は、交戦状態となったアルビオン軍との戦いをどう進めるかの対策室に変わっていた。 三時間前に戦闘開始の伝令が届けられてから、王宮にいた大臣や軍の将校たちがこの広い部屋に集結して会議を続けている。 縦長のテーブルの左右に設けた席に彼らが腰を下ろし、テーブルの上にはラ・ロシェール周辺の地図が何枚も広げられている。 大臣や将校たちはその地図を指さしながら口論し、この戦いをどのように進めて終幕を引くべきかを議論していた。 「既にアルビオン側のスパイと、我が国の内通者が通じ合っていたという証拠は確保しているのだ。 後はこの戦いを一時的な膠着状態にして、アルビオンが非難声明を出すと同時にそれを公表すれば奴らは終わる」 「イヤ!すぐにでも国中の軍隊を動員して艦隊だけでも潰すべきだ!!正義は我らにある!」 とある将校と議論していた一人の大臣が書類を片手に提案を出すと、好戦的な反論が跳ね返ってくる。 既に国中に待機しているトリステイン国軍は出動態勢を整えており、王軍の方も今か今かと出動命令を待っているのだ。 しかし大臣側も好戦的な彼らの提案と気迫に負けぬものかと言わんばかりに、別の大臣がその将校に食って掛かる。 「だが今動員させたとしても、大軍となるのには最低でも四日は掛かりますぞ!?アルビオンは我々が集まるのを悠長に待つワケがない!」 仲間の言葉に他の大臣たちもそうだそうだ!と賛同の相槌を打ち、対策室の空気を何とか変えようとしている。 将校側も場の空気が変わりつつあるのを察してか、反論された将校の隣にいた魔法衛士ヒポグリフ隊の隊長が口を開く。 「ならばその時間を、我々魔法衛士隊と竜騎士隊を含めたトリスタニアの王軍で稼ぎましょうぞ!」 「まだ敵がどれ程の地上軍を有しているのか、分かってないのだぞ?戦うしか能のない衛士隊は黙っておれ!」 白熱した論戦のあまりついつい乱暴な口調になってしまう大臣の言葉で、ようやくこの場を落ち着かせようとする者が出てきた。 「諸君、落ち着いて下され!あまり議論に熱を掛け過ぎては、ただの喧嘩になってしまいますぞ!」 アンリエッタの座る上座の横で佇んでいたマザリーニ枢機卿が一歩前に出て、滅多に出さない程の大声で呼びかける。 幸いにも彼の大声で論戦のあまり熱暴走しつつあった対策室は、冷水を浴びせられたかのように落ち着きを取り戻した。 何とか彼らの口を閉ざすことができたマザリーニは、軽い咳払いをしてから淡々としゃべり始めた。 「とにかく…今のトリステインは大臣側の提案を実行し、アルビオン以外の他国に大義は我々にあると教えなければならん。 援軍については、今後来るであろう伝令の戦況報告に応じて調整する必要があるだろう。今は打って出るべきとは思えん」 大臣側、将校側両方を組み合わせたかのようなマザリーニの提案に、大臣側の何人かがホッと安堵の一息をつく。 しかし将校側にはまだ不安要素があるのか、魔法衛士マンティコア隊隊長のド・ゼッサールが片手を上げて枢機卿に話しかけた。 「だがマザリーニ殿、先程の伝令によると何やら前線においてアルビオン側が見たことも無い兵器を使用したと…」 そんな彼に続くようにして国軍将校である辺境伯も片手を軽く上げて、マザリーニに質問を投げかける。 「左様。敵は亜人とも違う全く未知の『怪物』の軍勢を地上に投下して国軍を敗走させ、王軍のいたラ・ロシェールにも突撃したと聞きましたが…。 それがもし本当ならば…国軍、王軍共にこれ以上の被害が拡大する前に増援部隊を派遣して、その『怪物』達に対処する必要があるのでは?」 マンティコア隊隊長と辺境伯の言葉に、将校たちはウンウンと頷きながら確かにと呟いている者もいる。 彼らは戦いを膠着状態に持っていくのは賛成しているが、増援は出来る限り迅速に送るべきだと主張していた。 無論その報告を聞いていたマザリーニもその事についてすぐに拒否することはできず、むぅ…と呻く事しかできない。 そんな彼の反応に大臣側であり友人であるデムリ財務卿と、アカデミー評議会議長のゴンドラン卿が不安そうな表情を浮かべている。 彼らも戦闘の一時膠着を望んでおり、マザリーニ自身もどちらかといえば大臣側の味方であった。 出来る事ならば最小限の戦いでアルビオンを食い止めて、奴らに不可侵条約の意思なしと公表するのがベストであろう。 (だが…我々はそう思っていても、今の殿下のお気持ちは――――) 彼はそこまで考えて自分のすぐ右、この部屋の上座に腰を下ろすアンリエッタを横目で一瞥する。 三時間前にアルビオンとの戦闘開始が伝えられ、この部屋へ来てからというもの彼女はずっとその顔を俯かせていた。 一言も喋ることなく悲しそうな、何かを思いつめているような表情を浮かべて右手の薬指に嵌めた指輪を左手の指で撫で続けている。 御気分が優れぬのかと、何度か一時退席させて休ませては見たがここに戻ってくるとまたすぐに俯いてしまう。 臣下の者たちも心配してはいるのだが、彼女の口から会議に専念して欲しいと言われてしまったのでどうしようもできない。 そんな時であった、会議室の出入り口である大きなドアが突然開かれたのは。 いきなりの事にドアのそばにいた貴族たちが何事かと見やって、ついで多数の者が怪訝な表情を浮かべてしまう。 彼らの前でノックも無しにドアを開けて入ってきたのは、憮然とした態度で会議室を見回している霊夢であった。 「ほー、ほー…成程。アンリエッタがいるという事は、ここが会議室って事かしら?」 貴族たちに誰かと問われる前に、目当ての人物を探し当てたであろう霊夢が一人呟くと、右手を上げて「ちょっとー?アンリエッタ~?」とアンリエッタに話しかける。 突然現れた霊夢の態度と敬愛するアンリエッタ王女への呼び方を耳にした貴族たちは彼女の無礼な態度に、怒りよりも先に驚愕を露わにした。 トリステインの百合であり象徴でもあるアンリエッタ王女を呼び捨てはおろか、王族相手に友だちへ声を掛けるかの如く気安さ。 例え平民や盗賊や傭兵に身をやつしたメイジでも取らないような霊夢の態度に、彼らはただただ呆然とするほかなかった。 「だ…誰ですか貴方は!ここは関係者以外今は立ち入りを禁止にしていますぞ!」 霊夢の無礼さから来る驚愕から一足先に脱したであろうデムリ卿が、目を丸くしながら言った。 「関係者なら大丈夫なの?じゃあ私はアンリエッタの関係者だから、部屋に入っても良いわよね」 「なっ…!で、殿下…それは本当で?」 しかし霊夢も負けじと言い返すと、デムリ卿は思わず上座のアンリエッタを見遣ってしまう。 アンリエッタもまた突然やってきた霊夢に驚いた様な表情を浮かべていたが、デムリ卿の言葉にスッと席を立った。 「れ、レイムさん…、どうしてここへ…?」 「いや~何、別に用って程でもないんだけど…まぁ、ルイズの付添いって感じね」 アンリエッタと霊夢のやり取りを見て、その場にいた貴族たちの何人かがざわついた。 あのアンリエッタ王女が、自身に全く敬意を払わぬ怪しい身なりをしたレイムという少女に対してさん付けで呼んでいる。 マザリーニ枢機卿など王宮に常駐して霊夢達の事を知っていた貴族以外は、一体何者なのかと疑っていた。 ただ一人、ゴンドラン卿だけは霊夢の姿をマジマジと見つめながら顔を青白くさせている。 「……失礼します!!姫さま!」 そんな時であった、ざわつき始めた会議室の中へ飛び込むかのようにルイズが急ぎ足で入室してきた。 今度の乱入者は魔法学院生徒の身なりに、ピンクブロンドのヘアーという事で部屋にいた貴族たちはすぐに彼女の事が分かった。 ルイズは霊夢のすぐ傍で足を止めると、上座の方にアンリエッタがいる事に気付いてホッと安堵の一息をつく。 「おぉ!これはこれは、ヴァリエール家の末女であるルイズ様ではございませぬか!!」 ドアのすぐ近くの席に座っていた大臣が、ルイズの顔を見てギョッと驚いた様な表情を浮かべた。 彼の言葉に他の大臣や将校達も半ば腰を上げてルイズの顔を見遣り、そして同じような反応を見せる。 「得体の知れぬ少女の次は、ヴァリエール家の末女様が来るとは…これは一体どういう事なのだ?」 「酷いこと言うわねぇ、誰が得体の知れぬ少女よ?」 「そりゃ挨拶もなしにそんな身なりで入ってきたら、誰だってそう思うだろうさ」 大臣の口から出た言葉に霊夢がすかさず突っ込みを入れた時、ルイズに続いて今度は魔理沙が入室してきた。 三人目の闖入者に更に会議室は沸いたのだが、彼女の後に続いて入ってきた者たちを見て全員が目を見開てしまう。 「し、失礼致します!ただいまラ・ロシェールからの伝令を連れてまいりました!」 魔理沙の後に続いて入ってきた魔法衛士隊隊員の一人がそう言うと、四人の騎士と隊員達に支えられた伝令が入ってきたのだ。 「これは…っ!一体どうした事か!?」 「何と酷い怪我だ…」 大臣や将校達は隊員たちに肩を支えられて入ってきた伝令の騎士を見て、彼らは様々な反応を見せる。 ある大臣は血を見ただけで顔を青白くさせ、将校や隊長達が席を立って伝令の傍へと駆け寄っていく。 「……ッ!」 「何と…」 マザリーニ枢機卿も傷だらけで入ってきた伝令に目を丸くし、アンリエッタは口元を両手で押さえて悲鳴を堪えていた。 伝令の傍へ駆け寄ってきたヒポグリフ隊の隊長が、騎士達と共にやってきた自分の隊の者に話しかける。 「おいっ、これはどういう事なのだ?」 「はっ、先程隊長殿に待機命令を受けた後に戻ろうとした際にこの者達に続いて、彼らがやってきて…」 ついさっき魔理沙とぶつかった隊員が横にルイズたちを見やりながら、やや早口で隊長に説明をしていく。 その傍らで竜騎士隊の隊長が自分の部下でもある伝令に、不慣れながらも゛癒し゛の魔法を掛け続けている。 しかし伝令の傷は外から見るよりも酷く、出血もそこそこにしている事が今になってわかった。 「お前たち、どうしてコイツが戻ってきた時点で応急処置をしなかったんだ」 「その…実は戻ってきた時は平気そうなフリをしていたのですが…我々が用事で城内へ入った際に、彼女たちが倒れていたソイツを介抱していて…」 部下のその言葉に、隊長は蚊帳の外に移動しかけたルイズたちの方へと顔を向ける。 強面の竜騎士隊隊長に睨まれた魔理沙が多少たじろいだが、そんな彼女を余所にルイズがすかさず説明を入れた。 「最初に私が倒れているのを見つけた時、医務室につれて行こうとしたのですが…どうしても姫様に伝えたい事があると言って…」 その輪の外で様子を窺っていたアンリエッタがハッとした表情を浮かべて、その騎士の許へと駆け寄っていく。 何人かの者がそれを制止しようとした素振りを見せつつも、彼女はそれを気にもせずに負傷した伝令の傍へ来ると水晶の杖を彼の方へと向けた。 軽く息を吸ってから、慣れた様子で『癒し』の呪文を詠唱し始めると、杖の先についた小さな水晶が不思議な光を放ち始める。 見ているだけでも心が落ち着くような水晶の光が騎士の体から傷を取り除き、まともに立つことすらできなかった疲労感すら消し去っていく。 それを近くで見ていた者たちはルイズを含めて『癒し』の光に皆息を呑み、魔理沙は興味津々な眼差しでアンリエッタの魔法を観察している。 霊夢は相変わらずぶっきらぼうな表情でその様子を眺めていたが、思っていた以上に献身的なお姫様に多少の感心を抱いていた。 「大丈夫ですか?」 「あぁ…姫殿下、申し訳ありません…。私如きに、貴女様が魔法を使われるなどと…」 敬愛する王女からの治療に伝令はお礼を言って立ち上がろうとしたが、アンリエッタはそれを手で制した。 「そのままで結構です…。一体、私に直接報告したい事とはなんですか?」 アンリエッタからの質問に、伝令はスッと目を細めるとゆっくりと喋り出す。 「ら……、ラ・ロシェールに派遣された王軍指揮官の…ド・ポワチエ大佐からの伝令、です…」 彼はそう言って息を整えるかのように深呼吸をしてから、それを口にした。 「『我ガ王軍、及ビ国軍ハアルビオン軍ノ謎ノ怪物ニヨリ壊滅状態ナリ。 ラ・ロシェールノ防衛ヲ放棄、タルブ村マデ後退。至急増援ヲ送リ願イマス』との…こと」 彼の言葉から出た伝令の内容に、騒然としつつあった会議室が一斉に静まり返った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8890.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「一体何が?……あっ」 突拍子もなく音が聞こえなくなった事に僅かながら動揺した声を口から漏らした時、彼女は気が付いた。 周りの音や他人の声は聞こえないが、自分の声だけはやけにハッキリと聞こえる事に。 それに気づいた彼女は落ち着こうとするかのように軽い深呼吸をした後、赤みがかった黒い両目を鋭くさせてこの事態について考え始める。 幻想郷での妖怪退治や異変解決、そしてスペルカードを用いた戦いにおいてもまず冷静にならなければ全てはうまくいかない。 気持ちを落ち着かせれば今まで見えなかった解決策も瞬時に出てくるが、逆に焦ってしまえば相手に翻弄されて敗北を喫してしまう。 それは戦いという行為をするにあたって初歩中の初歩とも言える事だが、霊夢はその『何時いかなる状況でもすぐに落ち着ける』という事に長けていた。 自分の声意外が聞こえなくなったという異常事態におかれても、彼女は自分のペースを乱すことなく僅かな時間で落ち着くことができた。 それを良く言えば博麗の巫女として優秀な証であり、悪く言えば酷いくらいにマイペースな証であった。 (紫の仕業?…イヤ、アイツならもっとストレートにきそうだけど) 自分に話しかけてくる二人を無視しつつも霊夢は考え、一瞬あのスキマ妖怪のせいかと思ったがすぐにそれを否定する。 もしも、自分に用があるのだとしたらまずこんな回りくどい事はせずに直接顔を出してくるだろう。 確たる証拠は無いが、博麗の巫女としてあの妖怪と付き合い数多のちょっかいを掛けられてきた彼女にはそう言い切れる自信があった。 (アイツなら普通にスキマから顔を出したり、客に扮してコッチに話しかけてきそうね……―――…ん?) いつもニヤニヤしていて掴みどころのない知り合いの顔を思い浮かべた瞬間…。ふと左手の甲に違和感の様なモノを感じた。 まるでほんわりと暖かい手拭いをそっと置かれたように、妙に暖かくなってきたのである。 一体次は何なのかとそちらの方へ目を向けた瞬間、霊夢はその両目を見開いてまたも驚く羽目となった。 召喚の儀式でルイズにつけられ、此度の異変解決の為に彼女がこの世界に居ざるを得ない原因を作り出した使い魔のルーン。 この世界の神と呼ばれる始祖ブリミルの使い魔であり、ありとあらゆる武器と兵器を扱う程度の力を持ったというガンダールヴの証。 そして、今のところたった一回だけしか反応しなかった左手のそれが、突如として光り出したのである。 「なっ…!?…これって…!」 これには流石の霊夢も動揺と驚きを隠せず、目の前にいる二人もそれに気づいてか驚いた表情を浮かべている。 「………、……………?」 「…………ッ!?……、………!!!」 魔理沙は初めて見るルーンの光に興味津々な眼差しを向け、霊夢に使い魔の契約を施した張本人であるルイズは突然の事に吃驚している。 一方の霊夢もその目を見開いたまま、久しぶりに見たルーンの光を時が止まったかのようにジッと凝視していた。 左手の甲に刻まれたルーンの光はそれ程強くもなく、例えれば風前の灯火とも言えるくらいに弱弱しい光り方をしている。 しかしそれでも光っている事に変わりはなく、特にルイズと霊夢の二人は魔理沙よりも使い魔のルーンが光ったことに驚いていた。 何せアルビオンで一回見たっきり全く反応しなかったソレが思い出したかのように輝き始めたのである、驚くなという方が無理に近い。 (一体どういう事なの?今になって使い魔のルーンが光るなんて…) 未だ驚愕の渦中にいるであろうルイズたちより一足先に幾分か冷静になっていく霊夢の脳裏に、とある考えが過る。 まさか…自分以外の声が聞こえないというこの異常事態と何か繋がりがあるのではないか? 突拍子もない仮説と言って切り捨てる事ができるその考えを、しかし彼女はすぐに破棄する事ができない。 (もし違うというのなら今の段階では証明できないし、―――あぁ~…かといって今の状況とルーンが繋がってる証拠も無し、か…) 一通りの頭の中で考えた末に結論が出なかった事に対し、思わず首を傾てしまう。 霊夢にとって今の状況は充分に゛異常゛と呼べる代物ではあるが、その゛異常゛を解決するための糸口となるモノがわからないままでいた。 そして光り続けているルーンは単に光っているだけなのか、今のところは何の力も感じられない。 (参ったわねぇ~…。このまま耳が聞こえなかったら色々と不便になるじゃないの) 常人ならとっくの昔に慌てふためいている様な状況ではあるが、そこは博麗霊夢。 まるで傘を忘れて雨宿りしているような雰囲気でそう呟きつつ、ため息をつこうとする。 ――――… 「……ん?」 そんな時、彼女の耳に小さな『声』が入ってきた。 まるで地上から十メートル程掘られた井戸の底から聞こえてくるようかのように、その『声』はあまりにも小さく何を言っているのかもわからない。 普通の人間であるのならば、恐らくは空耳か幻聴だと思い込んで聞き逃してしまうだろう。 しかし、この数分間他人の声を聞くことが出来ないでいた霊夢の耳はその『声』をしっかりと捉えることができた。 彼女は何処からか聞こえてきた『声』に辺りを見回すが、それらしい人物や物は一切見当たらない。 もしかしたらとルイズたちの方へ目を向けるが、先程と同じく二人の声は全く聞こえてこない。 (何よさっきの声?…一体どこから聞こえてきたっていうの) 霊夢は心中で呟きながらも、大きなため息をつく。 こうも立て続けにおかしい事が自分の身に降りかかってくるという事に、彼女は辟易しそうであった。 しかしそんな事は後回しにしろ言わんばかりに、またもや正体不明の『声』が霊夢の耳゛にだけ゛入ってくる。 ―――――…ム (まただ、また聞こえてきた) 先程よりも少しだけ大きくなった謎の『声』に、霊夢は無意識に首をかしげてしまう。 恐らくこの『声』は彼女の耳だけにしか届いていないのだろう。ルイズと魔理沙の二人はキョトンとした表情を彼女に向けている。 もし聞こえているのなら何からのリアクションを取るだろうし、取っていなければ聞こえていないという証拠だ。 そして、霊夢がそんな事を考えている最中にも今の彼女に取り残された二人は何か話をしている。 「……?…………?」 声が聞こえないので何を言っているかはわからないが、魔理沙は腰を上げた霊夢を指差しつつルイズに何かを聞いている。 しかしその内容があまり良くなかったのか、ルイズは少し怒ったような表情を浮かべて黒白の魔法使いに詰め寄った。 「…!…………!」 「……?……………」 そんなルイズに魔理沙は両手を突き出して止めつつ、笑顔を浮かべて嗜めようとしている。 (一体何を話してるのかしら?こうも聞こえないと無性に気になってくるわねぇ) 魔理沙に指差された霊夢がそんな事を思っていた時…。 ―――――…イム またもあの『声』が、耳に入ってくる。 時間にすれば一秒にも満たないがある程度聞き取れるようになったソレを聞いて、霊夢はある事に気が付く。 そう、周りの音や声が聞こえなくなった彼女の耳に入ってくる『声』は、女性の声であった。 しかし…女性といっても今この状況で聞こえてくるであろう少女たちの声ではないし、この世界で出会ってきた人々や幻想郷の顔見知り達の声とも違う。 自分の『記憶』が正しければ、この『声』は全く聞き覚えの無いものだ。 謎の『声』に耳を澄ませていた霊夢がそう思った時、彼女はある『違和感』を感じる。 (……でも、おかしい) その『違和感』は先程左手の甲に感じた時とは違い、自身の『記憶』から感じ取ったものであった。 それはまるで、九百枚ほどのピースがあるジグソーパズルのように繊細でとても小さな違和感。 しかも額に飾られたそれは固定されていなかったのか、嵌っていたピースが何十枚か床に落ちて穴ぼこだらけのひどい状態を晒している。 彼女はピースが嵌っていた穴の中から掴みだすかのように、その『違和感』を探り当てたのだ。 周りの音が聞こえなくなり、突如光り出したルーンに続いて自分だけにしか聞こえない謎の『声』。 ついさっき思ったように、この『声』に聞き覚えは無い。 そう、無いはずなのだ。しかし… (…何でだろう?この声。何処かで聞いたことがあるような無いような…) 彼女はこの『声』に全く聞き覚えがないと、完全に肯定することができないでいた。 本当に聞き覚えが無いのか、それとも記憶にないだけで一度だけ聞いたことがあるのか? 怪訝な表情を浮かべ始めた霊夢は、周りの雑音と声が聞こえなくなった店の中で考え始める。 例えば、テーブルの上に置かれた二つある林檎の内一つだけを選んで食べろと誰かに言われたとしよう。 一見すればどちらとも状態が良く、素晴らしい艶と色を持った朱色の果実。 しかしその内の一つには毒が入っており、もしも間違って食べてしまえばあの世へ直行するだろう。 彼女は慎重かつ冷静な気持ちで左の林檎を手に取るが、すぐに齧りつくようなことはしない。 手に取った林檎とテーブルに置かれたままの林檎を見比べながら、彼女は頭を悩まし始める。 彼女が頭を悩ましている原因は、きっと脳裏をよぎった一つの考えにあるだろう。 『もしもテーブルに置かれている方が何の変哲もない普通の林檎で、手に取ったのが毒入りだったら…』 単なるif(イフ)…つまりは『もしも』として思い浮かべたそれは、秒単位で現実味を帯びていく。 外見はどちらともただの林檎で、目印になるようなものは一切見つからない。 だからこそ悩んでしまうのだ。本当に自分の選んだ林檎こそ、毒が入っていない方なのか… しかし。彼女…霊夢にとってその迷いなど文字通り一瞬でしかない。 頭に思い浮かんだ『もしも』など少し考えただけですぐに捨て去り、自分を信じて手に取った方の林檎に思いっきりかじりつくだろう。 無論それに毒が入っていたら死んでしまうが、自らの身がそうなってしまう事を全く想定してはいない。 持ち前の勘と思い切りの良さで今まで数々の異変解決と妖怪退治をこなしてきた博麗霊夢にとって、毒入りの林檎など恐れる存在ではないのだ。 (まぁ、気のせいよね。こんなにもおかしい事が続くから気でも立ったのかしら…?) 霊夢はたった数秒ほど考えて、謎の声に聞き覚えがあるか否かという事を『単なる気のせい』として片付けようとした。 突然自分以外の声が聞こえなくなったことや使い魔のルーンが発光、そして謎の『声』。 常人ならばパニックに陥っても仕方がないこの状況下で、彼女は酷いくらいに冷静であった。 むしろその様な事態に見舞われているのにも関わらず、平気な表情を浮かべている。 最初の時こそ軽く驚きはしたものの、数分ほど経った今ではこれからどうしようかと解決策を思案しているのが現状であった。 (とりあえず声より先に気になるのは…ルーンと私の耳かしらねぇ) 謎の『声』に関してはひとまず置いておく形にして、彼女は残り二つの゛異常゛をどうする考えようとする。 自分の事などそっちのけで、何事か話し合いをし始めたルイズと魔理沙をのふたりを無視して… しかし…事はそう単純ではなかった。 『単なる気のせい』として片付けられるほど落ち着いていた彼女を、゛異常゛は許さなかったのである。 ――――…レイム 「え―――――…あれ?」 新たな思考の渦に自ら身を投げようとした時。俺も仲間に入れてくれよと言わんばかりに、あの『声』が霊夢の耳に飛び込んできた。 最初に聞いたときはあまりにも小さく、誰の声で何を言っているのかもハッキリとわからなかったあの『声』。 しかしそれまでのとは違い通算四度目となるそれはハッキリと聞き取れ、何を言っているのかわかった。 同時に、この『声』に何故聞き覚えが無いと絶対に言い切れなかった原因も。 それに気づいた彼女は、思わずその目を丸くしてしまう。 何故、聞き覚えが無いと思っていたのだろうか? 何故、自分の周りから聞こえてくるのだろうか? そんな事を思ってしまうほど、彼女にとってこの声は身近なモノであった。 いや、もはや身近という言葉では言い表せないだろう。何故なら、彼女だけに聞こえているその声は―――― ―――――…レイム 博麗霊夢。つまりは自分自身の声だったのだ。 「私の――――…声?」 その事実に気づいて呟いた瞬間。彼女の視界の端を『黒い何か』が横切っていく。 まるで風に吹かれて揺らぐ笹の葉のようなそれは、美しい艶を持った黒髪であった。 霊夢がその髪を見て咄嗟に後ろを振り向いた時、目を見開いて驚愕する。 振り返った先には、一人の女性がいた。 歩いて一メイルほどもない所にある出入り口の前で背中を見せている女性は、ポツンとその場に佇んでいた。 先程霊夢が見た黒髪は腰に届くほどまでに伸ばしており、窓から入る陽の光で綺麗な光沢を放っている。 少しだけ開かれた店内の窓から入る初夏の風でサラサラと揺れ動くその髪は、一本一本が正確に見えた。 霊夢自身も黒髪ではあるが、あれ程美しい艶や光沢を放ったことは無い。 もしも今の様な状況に陥っていなければ、何と珍しい黒髪かと思っていただろう。 だが…。彼女はその事に対して驚いたのではない。 席を離れて十歩ほど足を動かせば、身体がぶつかってしまうであろう距離にいる女性の服を見て、驚いたのである。 血やトマトの色というよりも、何処かおめでたい雰囲気を感じる真紅の服とロングスカート。 霊夢と魔理沙が本来いるべき世界で起こったという古代の合戦から生まれたと言われる紅白の片割れである紅色は、否応なく目立っている。 足に履いた革茶のロングブーツは、見た目や歩きやすさだけではなく攻撃性すら要求しているようにも見受けられる。 もしもあのブーツで力の限り踏まれたり蹴り技をくらうものならば、単なる怪我で済まないのは一目瞭然だ。 だが、霊夢が驚いた原因の根本はそのどれ等でもない。 彼女が女性の服を見て驚いた最大の原因は、真紅の服と別離した―――『白い袖』にあった。 彼女が付けているそれよりも若干簡素なデザインをしつつも、常識的には珍しい白い袖。 不思議な事に、まるで真冬の朝に見る雪原のように静かでありながら何処か儚い雰囲気が漂っている。 いつの間にかその袖を食い入る様に見つめていた霊夢はその両目を力強く見開き、口を小さくポカンと開けている。 もしもルイズや魔理沙にも女性の姿が見えていれば、嘲笑よりも先に霊夢と同じように驚くのは間違いないだろう。 そう、幻想郷でもたった一人しかいない結界の巫女と同じ姿をした者がいる事に。 多少の差異はあれど、目の前にいる女性の姿は霊夢と同じく――゛博麗の巫女゛そのものであった。 「アンタ…誰なの?」 気づけば、霊夢は無意識にそんな言葉を口走っていた。 その言葉を向けた先にいるのは、彼女に背中を見せている黒髪の女性。 真紅の服と白い袖をその身に着ける、自身と似たような姿をした謎の女性。 「アンタは、何なの?」 彼女の言葉に女性は何も言わず、体を動かすことも無い。 ただ店の出入り口の前に立ち、自らの後ろ姿をこれでもかと見せつけている。 書き入れ時を過ぎたとはいえ営業妨害とも思えるその行為に、店の人間は何も言ってこない。 いや、言ってこないのではない。気づいてすらいなかったのである。 初めからいないと思っているように、霊夢以外の皆が女性の存在を無視していた。 振り返った彼女の近くにいたルイズと魔理沙も同じなのか、キョトンとした表情を浮かべて出入り口を見つめている。 その二人に気づかぬほど冷静さを失い始めていく霊夢は、またも呟いた。 自分にしか見えていないであろう女性へ向けて無意識に口から出た、疑問の言葉を。 「アンタは―――――――…私?」 言い終えた瞬間、霊夢の耳に再び『声』が入ってきた。 寸分たがわぬ彼女自身の声でたった一言だけ……こう呟いた。 ――――…霊夢 直後、出入り口の前にいた女性の体がパッと消えた。 まるで最初からいなかったかのように、その存在そのものが消失したのである。 その様子を最後まで見ていた霊夢の脳内で唐突に、ある仮説が生まれた。 もしかすると、自分の身に起きた異常事態を起こしたのは…彼女ではないのか? その時、左手のルーンがフラッシュを焚いたかのようにパッと一瞬だけ力強く輝く。 瞬間。ルーンの光と呼応するかのように霊夢の視界が白く染まり、次いで彼女の脳内で誰かが囁いてきた。 先程聞こえてきた自分自身の声とは違い酷いノイズが混じった声は、こう言ってきたのである。 『ヤツを、追え』――――と 「――――――…ッ!」 気づけば、その体は無意識に動いていた。 どうして頭より先に体が動いたのか、今の声は誰だったのか。それを理解できるほど今の彼女は落ち着いてはいなかった。 そんな彼女の心境を表しているかのように、左手の甲に刻まれた使い魔のルーンは先程よりもその輝きを増している。 まるで霊夢に何かを語り掛けているかのように、その光は強くなっている。 木造の床を蹴り飛ばすかのように足を動かして、彼女は出入り口へ向かって走り出した。 しかし、先程まで女性が佇んでいた店の出入り口となるドアへ近づいた瞬間… 「……―――ょっと、レイムッ!?」 懐かしくも、そうでないルイズの声が聞こえてきた。 それと同時に、まるで世界に音が戻って来たかのように、店内の音と声が霊夢の耳に入ってくる。 だが、いつもの冷静さをかなぐり捨ててドアを開けた彼女は、その声を聞く前に店を飛び出していた。 ルイズ達を置いて、街へと再び躍り出た彼女が何処へ行くかは誰も知らない。 ただ…。霊夢の左手に刻まれたガンダールヴのルーンは、これまでの鬱憤を解消するかのように光り輝いている。 まるで彼女を、何処かへ導くかのように。 アルベルトとフランツは思った。オーク鬼を相手に素手だけで勝てる人間はこの世にいるのかと。 ハルケギニアに住む人間ならば貴族平民問わず、誰もがその質問にこう答えるだろう。 「勝てるワケがない」と、確かな自信を持って。 無論二人はそれを知っているし、仕事柄数々の亜人と戦ってきた経験も豊富にある。 醜悪な外見とその体に見合わぬ俊敏な動き、そして人間以上の怪力を持つオーク鬼は非常に手強い。 彼らとの戦いでは、例えメイジであっても一瞬のミスが命取りになるのだ。 そんな相手を素手だけで戦おうというのは、もはや自殺行為以外の何物でもない。 そして自殺をするなら、まだ首を吊ったり高所から飛び降りた方が楽に死ねるのは火を見るより明らかだ。 だから二人は常に思っている。武器なしでは亜人に勝つどころか戦う事さえできないという事を。 だからこそ、二人は我が目とハルケギニアの常識を疑った。 目の前の『光景』は、一体何なのかと。 「あ…あ…」 フランツの後ろにいたアルベルトは口をポカンと開けて、自身の目でその『光景』を凝視していた。 彼の前にいるフランツは、信じられないと言いたげな表情を浮かべたまま目を見開いている。 そして彼らの前に現れ、突如乱入してきたオーク鬼に襲われたローブを羽織った者は…その右手で『突き破っていた』。 まるで槍か剣のように突き出したその手で突いたのは、脂肪と筋肉に包まれた分厚い皮膚で守られた額。 そのような皮膚を持っているのは、ハルケギニアに住まう者たちから恐れられる亜人の一種であるオーク鬼だけだ。 そう、ローブを羽織った者の手が突いたのは…襲いかかってきたオーク鬼の額であった。 あと少しでオーク鬼に噛み付かれそうになった瞬間。垂直に突き上げた右手がオーク鬼の額を破って脳を突き、見事その息の根を止めたのである。 しかしローブを羽織った者の後ろにいた衛士たち二人は、その瞬間を見ることができなかった。 瞬きをした瞬間には、既にオーク鬼は今の様な状態になっていたのである。 頭をやられて絶命した亜人の両腕はだらしなく地面へと下がり、ついで右手に持っていた棍棒が手から滑り落ちる。 今まで多くの人間や同族たちを屠ってきた血だらけのソレは鈍い音を立てて地面を転がり、ローブを羽織った者の足元で止まった。 肥え太った体はピクリとも動かず、力を失った両腕がフックで吊り下げられた肉のように揺れ動く。 標準的な人間の五倍ほどもある体重を支える足からも力が抜けていき、今や地面に突っ立ているだけの肉塊と化していた。 やがて頭を貫いたその手でオーク鬼が死んだことを感じ取ったのか、ローブを羽織った者は突き出していたをスッと後ろへ引き始める。 突くときは目にも止まらぬ早業で突いたのにも関わらず、引き抜くときにはとてもゆっくりとした動作でその右手を引き抜いていく。 しかしその光景は、まるで抜身の剣を鞘に納める時のようにとても滑らかで一種の美しささえ併せ持っていた。 だがそれを全てぶち壊すかのように、骸となったオーク鬼が死してなお自らの存在をアピールしている。 五秒ほどの時間をかけて右手をオーク鬼の頭から引き抜いた瞬間、亜人の体がゆっくりと右側に傾いていく。 二人の衛士たちが未だ唖然とした表情を浮かべている中、オーク鬼の骸は大きな音を立てて地面に倒れこんだ そしてそれを見計らったかのように貫かれた額から血が流れ始め、むき出しの土が見える地面を真っ赤に染めていく。 オーク鬼を殺したローブを羽織った者はその様子をじっと見つめていたが、その後ろにいる二人は別の方へと視線が向いていた。 彼らの視線の先にあるのは、ローブを羽織った者の『右手』であった。 その右手はオーク鬼の赤い血の色や黄色い脂の色でもなく、青白い光に包まれていた。 まるで夜明けの空と同じ色の光で包まれたその右手は、驚くほどに綺麗だ。 あの右手でオーク鬼の頭を貫いて仕留めたのにも関わらず、体液の様なモノは一切付着していないのである。 一体自分たちの目の前にいるのは何だ?人間ではないのか? オーク鬼が現れた時も全く騒がなかった馬の上で、フランツの脳裏に数々の疑問が過ってゆく。 どうして素手で亜人を殺せたのか。あの右手を包む光は何なのか。そもそもアレは人間なのか。 答えようのない疑問ばかりが脳内に殺到する中、彼の後ろにいたアルベルトがポツリと呟いた。 「ば…化け物…。化け物だ…」 彼の声が聞こえたのか。こちらに背中を向けていたローブを羽織った゛何か゛が、素早い動作で振り向いた。 まるで彼の言った「化け物」という言葉に反応したかのように、それは早かった。 近くにいたフランツはいきなり振り向いてきた事に驚いて馬上で体を揺らした瞬間、見た。 頭から被ったフードの合間から見える、赤く輝くその両目を――――――― 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/saikyouwoman/pages/275.html
【作品名】ゼロの使い魔 【ジャンル】ライトノベル 【名前】ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 【属性】虚無の使い手 【大きさ】153cmぐらいの16歳女子 【攻撃力】多少鍛えた年齢相応の少女並み、教鞭サイズの杖所持 【防御力】人間サイズの(勘違いするなよ、人間の拳じゃねーぞ。ルイズの身長に直径が匹敵するサイズだぞ)の石の拳で 才人もろとも石の壁を貫く勢いで殴り飛ばされても戦闘続行可能。 【素早さ】多少鍛えた年齢相応の少女並み 【特殊能力】 虚無の特性で何を唱えても爆発する。自分を巻き込まないように撃てる。 8巻では二言で人間大の人形を破壊する威力は出していた。 エクスプロージョン:虚無の呪文 発動には以下の詠唱が要る 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス・ユル・スヴュエル カノ・オシェラ・ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」 詠唱終了後に杖を振ることで光の球が発生、視界を覆い尽くすほどまで巨大化して それに巻き込まれた200mの空中戦艦(木造)及びその護衛艦を炎上・墜落させた 破壊力は約25mの鉄製の騎士人形を爆破できるが、タイガー戦車の主砲には全く敵わない(らしい)。 魔法による障壁を貫通して本体を直接攻撃できる 上記の戦艦の乗組員は無事だったが、呪文の性質については 「巻き込む。すべての人を。自分の視界に映る、すべての人を、己の呪文は巻き込む。 選択は二つ。殺すか。殺さぬか。破壊すべきは何か。」とあるので射程は視界内全てで、対象を選ぶことができるようだ あと、膨大な精神力を使うため基本的には一発限り 【長所】一部の読者からの人気が凄い。 【短所】貧乳。嫉妬深すぎ。詠唱が長い。 【戦法】速攻で逃げつつ二言の呪文を唱える。 死なないようなら「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス・ユル・スヴュエル カノ・オシェラ・ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」を唱える。 【備考】苗字より後はめんどくさいからランクインした時は外していいよ 【参考】ちなみにモデルは↓の人物。非常に華奢で、片足が不自由だったらしい。 http //ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB 参戦vol.3 375,401 vol.3 430 :格無しさん:2011/03/27(日) 21 48 31.63 ID 5F7h30TB ルイズ修正版考察 ○:リリーナ>杏本詩歌>平沢唯 反応でやや勝っているので爆殺勝ち ○:藤林杏 同上。 ×:南春香 反応でやや負けている。微妙だが刺殺負けか。 ○:清浦刹那 反応でやや勝っているので爆殺勝ち。 ○:桜野タズサ 一発ではやられないだろうし爆殺勝ち。 これより上の鍛えた鈍器持ち相手は厳しい。安定して勝てるのはここまでが限度か。 南春香>ルイズ>清浦刹那=藤林杏 vol.5 376 名前:格無しさん[sage] 投稿日:2012/01/23(月) 00 27 04.47 ID 2/XEAsuH ルイズ再考 石壁を貫く攻撃に耐えるのでもう少し上のはず ○:~伊勢谷緋華 耐えてエクスプロージョン勝ち ×:川崎明日香 ボコられ負け ○○○○:向坂環>桜井さくら>丸井ふたば>上原 耐えて爆発勝ち ○:エステル 爆破しまくって勝ち ×:ニャルラト先生 一撃で倒され負け ○:来栖川 綾香 耐えてエクスプロージョン勝ち 戦うヒロインの壁上へ ○*6:神奈備命~竜宮レナ 耐えてエクスプロージョン勝ち ×:河原桜 パンチ負け ○:涼宮ハルヒ(やる夫) エクスプロージョン勝ち ×:毛利蘭 蹴り負け さすがに車相手は無理だろう。 河原桜>ルイズ>涼宮ハルヒ(やる夫)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2200.html
前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ 帰還したルイズ達はさっそく学院長室へ赴き、オスマンとコルベールに報告する。 ミス・ロングビルの正体が土くれのフーケだったという事実は、 彼女の色香に全力で騙されていたオスマンとコルベールにとって相当の衝撃だった。 オスマンは酒場で偶然出会いお尻を触っても怒らなかったから秘書に採用したと言うし、 コルベールも実はロングビルに宝物庫の弱点を聞かれてペラペラ喋っちゃったりしてる。 大丈夫かこの学院。 第9話 ルイズと踊れ 「ま、何はともあれみんな無事でよかったよかった! 君達に『シュヴァリエ』の爵位申請を王宮にしといてやったから、 その冷たく蔑むような視線はそろそろ勘弁してくれんかのー」 学院長の身でありながら下手に出るオスマンに皆一様に呆れたが、 シュヴァリエという餌に釣られたルイズとキュルケはすっかり上機嫌になる。 だが、ふいにルイズの表情が陰った。 「……オールド・オスマン」 「む? 何かね、ミス・ヴァリエール」 「あの……その、えっと」 ルイズは、自分達の後ろで控えているハクオロへ視線を向けた。 感情の読めない表情で見つめ返され、すぐにオスマンへと向き直る。 「……ハクオロには、何もないのでしょうか?」 「彼は平民の上、お前さんの使い魔じゃからのう。 いわば彼の手柄は主の手柄、彼への褒美は君達がシュヴァリエの称号を得る事じゃよ」 「じゃ、いらないわ」 あっけらかんとした口調で突然とんでもない事を言うキュルケ。 さすがのタバサも驚いた。 「あー、それは、ミス・ツェルプストー……シュヴァリエの爵位を辞退する、と?」 「シュヴァリエの爵位くらい、いずれ自力で取るからいいわ。 それに、ハクオロは私からの贈り物を受け取らなかったのに、 私だけ受け取るっていうのは、どうもね」 キュルケは後ろにいるハクオロに振り向いて、ウインクを決める。 「ま、待ってくれキュルケ。剣の件だが、自分は結局あの剣を折ってしまった。 本来弁償しなければならないのに、君はそれをいともたやすく許してくれたろう。 だから、私の事など気にせずシュヴァリエの爵位を得るべきだ。 私抜きにしても、君達一人一人の功績は十二分に大きいものだ」 「そうね。誰一人欠けていてもフーケを捕まえて天照らすものを取り返すのは不可能だった。 四人全員が力をひとつにしたからこその功績なの。 だから、ハクオロがいなければ私達は生きて帰る事すらできなかったかもしれない。 そのハクオロのご褒美が、私達への爵位だというなら、本当にいらないのよ」 「キュルケ……」 「オールド・オスマンや、あなたの言う事はよく解るわ。間違ってるとは思わない、でも。 あなたからの贈り物はこんな形じゃなく、あなたの手から直接渡してもらいたいもの」 どちらからともなく、キュルケとハクオロ双方が微笑む。 すっかりなごやかな空気に変わったところで、タバサも口を開いた。 「私もいらない」 なごやかな空気がまた驚きに染められるが、キュルケだけはクスクスと笑っている。 「あら、どうして?」 「もう持ってる」 「そう」 そして、ルイズ。今度は彼女が何か言い出すだろうとオスマンとコルベールは視線を向ける。 キュルケとタバサも、ハクオロもルイズに視線を向けた。 ツェルプストーのキュルケが辞退し、タバサまで辞退した今、 ここで自分だけシュヴァリエの爵位をもらいますなんて言ったら、 空気読めないとか浅ましいとか、貴族として非常によろしくない評価を得てしまう。 『ゼロのルイズ』としてコンプレックスを持っていたルイズにとっては、 喉から手が出るほど欲しいシュヴァリエの爵位。しかし、しかし! 「……わ、私も辞退します」 精いっぱい強がって、何ともないって表情の裏で、号泣するルイズ。 わざわざつき合う事ないのに、とキュルケは呆れ顔を浮かべながら、どこか嬉しそうだ。 ハクオロも「もったいない」と溜め息をついている。 コルベールは困り顔、オスマンは残念なような嬉しいような曖昧な表情。 「どうやら三人とも、シュヴァリエ以上に大事な貴族としての精神を持っているようじゃ」 貴族としての精神。 そのキーワードに、ルイズが反応する。 (貴族……貴族としての、精神……) ギュッと唇を噛んだルイズを見て眉根を寄せながらも、オスマンは話を終わらせようとする。 「では、とりあえずこれにて解散とするかの。皆、ご苦労じゃった。 今宵はフリッグの舞踏会、主役は諸君等三人。思う存分楽しんでおいで」 キュルケとタバサが一礼し、ルイズは、拳をきつく握って、吐き出すように語り出した。 「も、申し訳ありません! 天照らすものが奪われたそもそもの責任は、私にあります!」 いったい何度驚かされればいいのか、とコルベールはすっかり驚き疲れている。 一方オスマンは「ほう?」と余裕たっぷりだ。 「あの晩……私は塔の外壁に魔法をかけてしまい、その、失敗しました。 ご存知かとは思いますが、私の魔法は失敗すると爆発を起こします。 外壁が私の爆発で崩れた直後、土くれのフーケが現れて……」 「なるほどのう。フーケ如きに破られる壁ではないと思っていたが……。 しかし魔法の失敗による爆発か。それが固定化などに変な作用を起こしたのかのう」 「今まで黙っていて、申し訳ありませんでした。いかなる罰でも……」 「いや、罰など与えんよ。失敗魔法程度で崩れる壁が悪い、我々の管理責任じゃよ。 さ、舞踏会に備えて着飾ってきなさい。あー、それと、ハクオロ殿は残るように」 今度こそお開きと思いきや、ハクオロだけ残るように言われ、ルイズは困惑した。 だがハクオロはそうではないらしく、残される心当たりがあるようだ。 「あの、ハクオロに何か?」 「何、たいした事ではない。ちょっと世間話でもしようかと思っての」 どうやらハクオロだけを残したいようだと察したルイズだが、 当のハクオロはそうなるつもりは無いらしい。 「何の話なのかは想像がつく。だが、ルイズもこの場に残して欲しい。 彼女は無関係ではないと……私は思う」 「ふむ……。ミス・ヴァリエール、どうするかね?」 キュルケとタバサ、それからコルベールも去り、 学院長室にはハクオロとルイズ、オスマンが残った。 オスマンは早速、取り返してもらった天照らすものを机の上に置く。 「報告では、ミス・ヴァリエールがこの腕輪の力を引き出したそうじゃな」 「ええ。土くれのフーケは、クスカミの腕輪を使えなかった。 なのにルイズには使う事ができた……その理由をご存知なら教えてもらいたい」 「クスカミ……とな?」 オスマンの双眸が細まり、ルイズもクスカミの腕輪という単語を奇妙に思い眉根を寄せる。 「……なぜか、この腕輪の起こした雷光を見ていたら、その名を思い出した」 「ほう。やはり、そうであったか」 「オールド・オスマン。クスカミの腕輪についてご存知の事を、すべて話して欲しい。 どこで手に入れたのか。誰から手に入れたのか。使い方は。 ルイズが使えてフーケに使えなかった理由は。この腕輪は私と何か関わりがあるのか」 「そんないっぺんに質問されてものー。とりあえず順番に話すとするか」 オールド・オスマンとクスカミの腕輪の出会いは約五十年ほどさかのぼる。 若き日のオスマンはある日、とある森でワイバーンと遭遇し襲われていた。 当事のオスマンにワイバーンを退けるだけの力は無く、殺されるのは時間の問題。 しかし突如、十本近くにも及ぶ数の巨大な雷光がワイバーンに降り注いだ。 その天を照らすが如き凄まじき威力と閃光にオスマンは驚愕した。 いったいどんなメイジがこんな魔法を。 しかし、その場に現れたのは、獣の耳と尾を持った亜人だった。 「――亜人?」 ハクオロの問いに、オスマンがうなずく。 「奇妙な亜人じゃった。亜人は人間と交流が無いとはいえ、ある程度は認知されておる。 じゃが、奇妙だったのはその娘の着ておった服。 我々人間の着る服とはまったく異なる装い、では亜人の装いか? そうではない。 少なくとも人間、亜人を含め、ハルケギニアに住む者の衣類ではなかったのじゃ。 私は考えた。この亜人の娘は、ハルケギニアの外、東方から来たのではないかと。 そして……その娘の着ていた服、男女の違いはあれど、お前さんの服とそっくりじゃった」 「では自分は東方の人間……?」 「しかしすぐ、その娘が東方の者であるという考えは否定された」 ――ここは、どこですか。なぜ、月がふたつあるんですか。 そう言って、娘は倒れた。ついさっきまで戦場にいたかのような重傷を負っていたのだ。 オスマンはすぐに彼女を学院に運び、手厚く看護したが。 「死んでしまった……と」 「うむ」 落胆するハクオロの言葉を、短く肯定するオスマン。 その瞳は憂いの色に満ちていた。今でも、その恩人の死を悼んでいるのだろう。 「クスカミの腕輪はその娘が持っていたのか」 「最初は先住魔法かと思ったのだじゃが、彼女は腕輪の力を解放しただけと答えてくれた。 オンカミヤリューでもない自分が術を使えるはずがないと苦笑しておったな」 「オンカミヤリュー?」 聞き覚えのある、しかし意味の思い出せない単語にハクオロは腕組をして頭を捻る。 「オンカミヤリューとは、恐らく彼女のいた世界でのメイジを差すものと私は考えておる」 「彼女のいた……世界? まさか、月が」 「勘がいいのう」 亜人の娘は、オスマンや学院の人々の服装や、何より耳や尻尾が無い事に驚いていた。 耳はあるにはあったが、毛が生えていないと驚かれた。 オンカミヤリューかと一瞬勘違いしたらしいが、 それでもあるべきものが無いためオンカミヤリューではないと判断されたらしい。 重傷で、助かるかどうか際どかった彼女は、オスマンにいくつかの事柄を言い残そうとした。 その中に結局オンカミヤリューとは何かというものは含まれていなかった。 「彼女は言った。自分はケナシコウルペという国の薬師だと。 その国には、いや、その国があった大陸には月がひとつしかなかったらしい いくら東方といえど、月が一個減るなどありえぬ話よ。 じゃから私は、彼女がいた国は、距離をという概念を越えた別世界だと考えた」 ――ここがどこかは解りません。けど、きっと私のいた國から遠く離れた所なのでしょう。 息も絶え絶えになりながら、彼女は懸命に遺言を伝えた。 己の主であるケナシコウルペ皇(ウォルォ)に、最期まで尽くせなかった事を詫びて欲しい。 大恩あるワーベ様に、この腕輪を与えてくれた事を今一度感謝したい。 同じ薬師として尊敬するトゥスクル様に、もう一度ご教授願いたかった。 ――そして、ハクオロ殿。 ――あのお方が何者であるかは解らない。しかしあのお方はこの戦を勝利に導く最後の希望。 ――ハクオロ殿から与えられた任務をこなせぬまま異境で果てる我が身を許して欲しい。 「そう、お前さんに与えたハクオロとは、その娘が言っておった名前じゃ」 オスマンに視線を向けられ、ハクオロは戸惑った。 話に入り込めずにいたルイズの混乱も、ここで一気に高まる。 「ですが、オールド・オスマン。なぜそのハクオロという名を、私の使い魔に?」 「ハクオロというその男は、顔半分を骨のような白い仮面で隠していたという」 「仮面……」 ルイズは改めてハクオロの仮面を見た。 確かに、あの白い仮面は綺麗に磨いた骨のように見えなくもない。 何かの生物? の、頭蓋骨を元に作ったと考えると、案外しっくりくる。 ハクオロは己の仮面を撫でながら、静かに息を吐いた。 「……しかし私はそのハクオロという男ではない」 「じゃろうな。彼女が死んだのは約五十年ほど昔の話じゃ。 その時、ハクオロという男が何歳だったかは知らぬが、生きていたら五十を越える。 お前さんはどう見ても二十から三十の間くらいにしか見えんのう。 しかし同じ『月がひとつ』の世界から来たであるお前さんに相応しい名は、 ワーベ、トゥスクル、ハクオロの三つの名しか知らぬ私にとって、ハクオロしかない」 「……その娘は、己の名は明かさなかったのですか?」 「…………」 ――ケナシコ……ウルペの王。ワーベ。トゥス……クル、ハクオロ。覚えたぞ。 ――そ、その方々に、私の、最期の言葉を、どうか。 ――うむ、伝えてみせるとも。いつかきっと、月がひとつの世界に行き、伝えるとも。 ――腕輪、は、お礼に上げる ――礼など、私は君に命を救われたんだ。しっかりしろ、気を強く持て。……死ぬなっ。 ――あり、がと。オスマン。 ――最後に教えてくれ。君の名前は? ――私、は………………。 ――聞こえない。……頼む、死なないでくれ。恩人の命も救えず、名も知れずでは……。 パクパクと、唇を動かす事しかできない亜人の娘。 オスマンは、彼女の手を握り、何とか言葉を聞き取ろうと口元に耳を近づける。 と。 娘は最後の力を振り絞って、オスマンの頬に、唇を。 驚いて飛び上がったオスマンが彼女の顔を見下ろすと、満足気に笑っていた。 死に顔は笑っていた。 「惚れると同時に逝きおった」 どこか遠くを見つめながら、オスマンは天照らすものを撫でる。 この老齢の男にも、そんな甘酸っぱい、しかし苦々しい過去があるのだと二人は知る。 「彼女を埋葬した私は、礼としてもらった腕輪を試してみた。 だが何をしようと腕輪は反応せず、ディテクトマジックも無意味じゃった。 しかし宝石の中で渦巻く蒼の奔流を見て、このアイテムはまだ生きていると確信した。 そこで私は『天照らすもの』と名づけて学院の宝物庫に封印したのじゃ」 「それでは……なぜルイズがクスカミの腕輪を使えたのかは、解らないと?」 「それはむしろ、腕輪の本当の名前を知るお前さんが知ってるはずの知識じゃ。 まあ記憶喪失じゃあ仕方ないがのー。ほっほっほっ」 楽しそうにオスマンは笑ったが、ハクオロは気難しい顔をしている。 自分の故郷だと思われる所の情報は得られたが、月の数が違う別世界などどう帰ればいい。 オスマンの言う通り、月の数が違って見える國など同じ世界にあるとは思えない。 月の数が違う、という現実を受け入れるならば、SF的な考えになるがここは別の星? しかし異星人というほど自分達が違った存在には見えない。 パラレルワールドだとか異世界だとか、そういった単語の方がしっくり来る。 「……考えれば考えるほどに解らなくなる」 ケナシコウルペの薬師という娘も、ここがどこであるか解らなかった。 ならば同じ世界から来たと思われる自分も、 記憶を取り戻そうがここがどこでどうすれば元の世界に帰れるのか解らないのではないか。 「まあ、解らん事は無理に考えん方がいい。 情報不足でどう考えても答えが出せぬだけだとしたら、無為に疲れるだけじゃ」 「……そうかもしれませんが……自分の場合、考える事で記憶が戻るかもしれませんし。 あるいは何かきっかけが……そう、クスカミの腕輪のようなきっかけが」 「クスカミ、か」 オスマンは水パイプで一服すると、クスカミの腕輪を持ち、ハクオロを手招きする。 「あの、何か?」 「平民で使い魔だから褒美をもらえないお前さんに、私から特別サービスじゃ」 と、オスマンはハクオロに、恩人の形見を手渡した。 先の話で、オスマンの恩人に対する思い入れは重々承知している。 だからその形見を渡すという行為は、如何なる意味を持つのか。 「これは私がもらった物だが、記憶の手がかりとして持っておくがよい」 「……いいんですか?」 「どうせ使い方も解らんし、いつかお前さんが元の世界に帰れた時、 せめて彼女の遺品だけでも……などとセンチメンタルなアイディアが浮かんでのう。 さあ、そろそろ行かんと舞踏会に遅れるぞ。行った行った」 ケナシコウルペという國と、その皇。 クスカミの腕輪の元々の持ち主らしいワーベという男。 薬師のトゥスクル。 白い仮面の男ハクオロ。 約五十年も昔の人物ではあるが、自分と何か関わりがないだろうか。 そう考え、月がひとつの世界の人々の名を心の中で反芻する。 ケナシコウルペの皇。ワーベ。トゥスクル。ハクオロ。 なぜだろう、そのすべてが、とても懐かしい。胸が、ざわめく。 特に、トゥスクルという名。 使役した事があるような、世話になった事があるような、 喪った事があるような、大切な何かに名づけたような、そんな不思議な名前。 「飲みすぎだぜ、相棒」 フリッグの舞踏会はアルヴィーズの食堂の上の階のホールで行われた。 陳列された料理の数々に舌鼓という気分ではなかったハクオロは、 一人宴の席を外れ、バルコニーで月見酒を飲んでいた。 「デルフ。私は、何者なのだろうか……」 「……さあねえ」 柵に立てかけられたデルフを相手に、ハクオロはワインを不味そうに飲む。 今宵の宴に出されたワインは年代物の高級品だが、気分の問題で味は変わる。 「あの爺さんの話は俺も聞いてたけど、正直チンプンカンプンだわ。 ケナ……何とかやら、トゥススルだとか、変な名前ばかり出てきやがるし」 「ケナシコウルペとトゥスクルだ」 「あー、そうだっけ? それからあれだ」 「ワーベか?」 「クスカミ。雷を出す腕輪が、何でクスカミって名前なんだ?」 「確か……水の神の名前だったはずだ。 火はヒムカミ、水はクスカミ、風はフムカミ、土はテヌカミ」 「相棒のいた世界の四大系統って訳か」 「ああ。フーケを捕らえた後、気がついたら自然と思い出せていた。 多分クスカミの腕輪を見たのがきっかけになったのだろう」 「しかし水の神の力で雷たぁ、変わってるな。こっちじゃ風系統の力のはずだ」 「いや、そもそも雲は水蒸気の集まったもので、雷雲は高空で凍った水滴などが、 上昇気流にあおられて摩擦される事で静電気を生じ……」 「悪ィ。相棒が何言ってんのかさっぱり解らねーや」 「そうか……。まあ風と水の両方が必要なのは間違いないな」 懐からクスカミの腕輪を取り出したハクオロは、宝石の中で蒼く渦巻く光を見る。 自分はこの腕輪を知っているようだが、原理はさっぱり解らない。 少なくとも科学的な技術で作られたものではない。 恐らく、元の世界でメイジに相当するオンカミヤリューが術を使って作ったのだろう。 だとするとワーベとはオンカミヤリューだという事か。 (ワーベ……オンカミヤリュー……ワーベ……賢大僧正(オルヤンクル)……ウ、ウル……) 「ウルトラマン?」 「いきなり何を言ってんだ相棒?」 「いや、何でもない」 ハクオロはグラスに残っていたワインを一気にあおると、 新しいワインの瓶を開け、空になったグラスをなみなみと赤く染め直す。 (赤い……赤、血、血……? 吸血……蚊? ……カ、カ……ミ、……カ……ユ……) 「かゆみ。……いや、違うな。むしろ……ムーミン……? ムーミンッ!」 これだ、とばかりに握り拳を掲げるハクオロ。明らかに酔っ払いである。 「何意味不明な事を月に向かって吼えてんのよ」 プスッ。後頭部に何かが刺さった。 「アイダッ!」 ワインをこぼし、涙目になりつつ振り向くハクオロ。 そこには白いパーティードレスに身を包んだ、可憐な美少女姿のルイズがあった。 ただし右手にはフォーク。 「またそれか!」 「な、何よ。こんな所でいじいじ飲んでる方が悪いのよ。……せっかく着飾ってきたのに」 最初は凶器に目が行ったハクオロだが、改めて見直してみれば、 なるほどルイズのドレス姿は清楚で可憐で美麗でと褒め言葉がいくつも浮かぶ。 しかし。 「フォークのせいで台無しだな」 「アンッ!?」 ルイズのガン飛ばし。 「いえ、何でもないです」 効果は抜群だ。 「しかし、よく似合っている。それならダンスの相手にも困らないだろう」 「相手なんていないわ」 場の空気をなごませようと言ったが、ルイズはぶっきらぼうに切り返してきた。 もしかして、馬車の上で頬をはたいた事をまだ怒っているのだろうか。 「だから、踊って上げても、よくってよ」 「……はい?」 いきなり想定外の発言。 仮面の下で目を丸くするハクオロと、顔を真っ赤にしながら手を差し出すルイズ。 しばし、沈黙が流れ、ハクオロはルイズの手を取った。 「私のような素性の知れぬ者が相手でよろしければ」 「素性なら知ってるわよ。あんたは、私の使い魔でしょ」 二人は一緒にホールへと向かい、ダンスの輪に加わる。 武芸の心得はあるらしいハクオロだが、ダンスの心得は無いらしく、 ぎこちない踊りになってしまったものの、 ルイズがうまくリードしてくれたおかげで何とか形にはなっていた。 「ねえ、ハクオロ。……あの、ごめんね」 「ん? 何がだ?」 「馬車で叩かれた時、私、謝れなかったから」 「自分も、叩いたりして悪かった」 「あんたはあの後すぐ、謝ったじゃない。だからいいのよ」 「そうか」 二人は踊る。夜空に浮かぶ双月のように寄り添って。 しかしいつか別れが来る。 ハクオロが、月がひとつしかない世界から来たのなら。 ホールで踊る双月も、いつかひとつに欠けてしまうのではないか。 そんな不安を、ルイズは胸の奥の扉にしまって、鍵をかける。 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
https://w.atwiki.jp/ws_wiki/pages/5581.html
autolink ZM/WE13-T09 カード名:一緒に買い物 ルイズ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:1000 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラすべてに、パワーを+500。 急がないなら、先に行っちゃうから! レアリティ:TD illust. トライアル限定カードの一枚。 同作品の赤のレベル0応援には、効果を持ったキュルケというカードも存在する。 採用するのであれば「ルイズ」?や《虚無》?を持つことを活かしたい。 ・関連ページ 「ルイズ」?