約 1,488,375 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6886.html
『バジリスク ~甲賀忍法帖~』より薬師寺天膳を召喚 ルイズ殿の使い魔がまた死んでおるぞ!- 01 ルイズ殿の使い魔がまた死んでおるぞ!- 02
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1383.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (6)決死の一撃 「貴様!?まさか……シャイターン!?」 口から血の泡を漏らしながら、この世界で最も恐れられる種族の一つ、エルフの男が呟いた。 既に剣士人形ヨルムンガンドはただの残骸と化し、周囲に散乱している。 ワルドの放った手刀に胸から背中にかけてを貫通され、エルフのビダーシャルの生命の灯もまた、尽きようとしていた。 「シャイターン…これが!世界を汚した悪魔か!」 ワルドの口元がつり上がると、狂気を滲ませながら嬉しそうに、その手を捻った。 「エルフのビダーシャル。中々に面白い余興だったが、どうやら貴様でも私には役不足のようだな」 「ほろ、びよ、悪魔っ!、…我が一命をかけて!道連れにしてくれるっ!」 口から一際大きな血塊を吐くと、ビダーシャルはその両手をワルドの背後に回し、力の限り抱きしめた。 これから目前で行われる最高のショーに期待するワルド、力の限りしがみつくビダーシャルには目もくれない。 「滅…せよっ!」 閃光 圧縮 拡散 爆発 現れたのは小さな光球、それが周囲の空気を吸い込みながら一旦小指の先ほども小さくなり、そして突然に膨れ上がった。 ビダーシャルの命をかけた先住の魔法が発動し、オルレアン公屋敷が激しく振動する。 中庭に発生した地上の太陽により、破壊、蹂躙、一切の抵抗を許さない暴虐が生まれようとしていた。 何もかもを焼き尽くす超大な熱量が万物を無に返そうとその牙を剥く。 だが、暴君がオルレアン公爵邸を飲み込もうとしたその瞬間、幾重もの巨大な魔法円が現れ出でて、それを包み込んだ。 白球を包み込む魔法円、それに抵抗するように激しく暴れまわるコロナ。 広がろうとする力と、押さえ込もうとする力、それらが一瞬拮抗し、すぐさまその勝敗が決する。 地上に産声をあげかけた太陽は、時間を巻き戻すように急激に縮小していく。 そしてやがては蝋燭の火ほどにも小さくなり、消滅したのであった。 擂り鉢状になった爆心地、そこで唯一形を留めているものは、何事も無かったかのように佇む男の姿のみ。 ワルドが正面から屋敷に戻ると、そこには腰を抜かした老執事の姿があった。 気にせず客室も戻ろうとして横を抜けようとした時、ふと思いとどまり立ち止まる。 そうして腰を抜かしたまま、硬直している老人に語りかける。 「申し訳ないが紅茶が冷めてしまった。新しく入れ直してもらえないかな?」 一も二も無く頷いたペルスランが、足を縺れさせながら厨房へ走り去ってい姿を見て、ワルドは小さく笑うのだった。 タバサの手の中には一通の書簡が握られている。 ガリア王国、北花壇警護騎士団所属騎士タバサ、それが今の彼女である。 タバサは既に何度も読み返した書簡を広げ、その内容をもう一度確認した。 そこには大仰かつ、事務的な用句と文言で飾られた文章が踊っている。 その末尾には騎士団長のサインがなされ、これが公式な王国からの命令書類であることを示していた。 長々とした文章に対して、その内容は至って単純。 内容を纏めると以下のようなものであった。 「旧オルレアン公爵邸に潜伏している男を暗殺せよ」 内容を確認したタバサの表情がこわばり、歯噛みした音がならされる。 何故よりによって旧オルレアン公爵邸なのか。 旧オルレアン公爵邸、そこはタバサにとって最も重要な、聖地と言っても過言ではない場所である。 屋敷には老執事、数名の召使、そしてタバサの母がいたはずなのである。 突如届けられたこの奇怪な命令書には、オルレアン公爵屋敷の人間がどうなったのかは記されていない。 そこには王家に逆らう男が屋敷を占拠して潜伏しているとしか書されてはいない。 他に情報として示されているのは、既に数名の北花壇騎士が、男の討伐に投入されたらしいということくらいだ。 これは自分以外の北花壇騎士が既に男に葬られているらしいことを示唆している。 北花壇警護騎士団。 ガリア王家の汚れ仕事を一手に引き受けている組織である。 お互いに名前も顔も知らない、名誉とは無縁の闇の騎士達。 しかし、それだけにその実力は他の騎士団の騎士達を凌駕する手練達である。 その北花壇騎士が既に数名、投入されている。 これは明らかに異常な事態である。 トライアングルクラスのメイジであるタバサと同様かそれ以上、その上で勝つために手段を選ばぬ戦いのプロフェッショナル。 それらが赴き、帰ることが出来なかった死地、それがタバサの聖地の今の姿なのである。 書簡を握るタバサの手に汗が滲む。 これまで何度もガリア王家の命令を受け、それを実行してきたタバサである。 しかし、それらが手遊びに感じてしまうほどに、今回の命令は重く圧し掛かっている。 シャルロット・エレーヌ・オルレアン、それがタバサの本当の名前である。 王弟オルレアンの娘、つまりは王族である。 しかし、父は謀殺され、残った母は自分の身代わりに毒を呷って正気を失った。 王族という肩書きは呪いの様に彼女から様々なものを奪った。 彼女に残されたのは屋敷一つに我に返らぬ母のみ。 それらを守る為にタバサは騎士となり、王国に自身の有用性を示してきた。 たとえ王の気まぐれであろうとも、自身に出来る最善の努力、それが今生きている母と自分に繋がっていると信じている。 だが、書面を見るだけで感じる恐怖、それが一つの矛盾として浮かび上がってくる。 生きる為の努力、その延長上に感じる濃厚な死の気配。 けれど、やらねばならない、何よりも母の為に、タバサはオルレアン公爵屋敷へと戻らなければならない。 「きゅいきゅい!お姉さまどうしたの?顔色が悪いの、お腹でも壊したの?」 「なんでもない」 書簡を燃やし、既に支度を済ませてあった鞄を手に取るタバサ。 「おでかけ?おでかけなーのー?お姉さま!嬉しいな嬉しいな、お姉さまとお出かけ!」 「任務」 「えー、お城いくのお姉さま。お城喋れないから嫌い!きゅいきゅい」 タバサは文句を言っている使い魔シルフィードに構わずに跨った。 「城じゃない、屋敷」 「お屋敷?やった!じゃあ頑張る、きゅいきゅい!」 先ほどまでの黒い霧のような絶望感が、多少なりとも薄れたのを感じるタバサ。 その手をそっとシルフィードの首にやり、優しく撫でる。 「あっ!でもお腹すいたのお姉さま!」 「………」 力強く羽ばたくシルフィード。 進路は一路、暗雲立ち込めるガリアへ。 中々面白い趣向だよガリア王、しかし、それもそろそろ飽きた。 ―――閃光の影魔道師ワルド 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1934.html
「そんなに堅くならなくてもいいわよ」 「はっ、はい!」 シエスタは、エレオノールの気遣いに緊張して、かえって体を強ばらせていた。 モンモランシーはシエスタの隣に座り、馬車の窓から外を眺めている。 シエスタとモンモランシーの二人は、エレオノールの乗ってきた馬車に乗り込み、ラ・ヴァリエール領へと移動している最中だった。 シエスタとモンモランシーは魔法学院の制服姿、手持ちの小道具を入れた小さなバッグを脇に置いている。 エレオノールは飾り気のない白を基調とした服を着ており、魔法アカデミーの紋章が胸に刺繍されていた。 エレオノールは波紋についてシエスタに質問するが、緊張しているシエスタはうまく説明できず、そのたびにモンモランシーが説明を補足する。 だが、魔法学院では習わないような専門用語が出てくる度に、モンモランシーも狼狽えてしまう。 「オールド・オスマンの論文では、波紋はメイジも平民も等しく持つモノだとされているわね。体内を循環する血液に波紋は本来備わっていて、副次的作用として覚醒作用と浄化作用が……」 水系統を基にした、人体構造の研究にも目を通しているエレオノール。 彼女の知識はモンモランシーとは比較にならない程深かった。 「は、はい、たぶんそんな感じだと思います」 モンモランシーは冷や汗をかきつつ、曖昧な受け答えで誤魔化すことしかできなかった。 しばらく馬車がすすみ、外の景色が移っていくと、シエスタもようやく馬車の雰囲気に慣れてきた。 強ばっていた肩から力が抜け、どこか懐かしむように外の景色を見つめる。 「シエスタ?」 モンモランシーがシエスタ側の窓から外を見ると、外には草原が広がっており、その遙か先には森林が見えていた。 そよ風に吹かれた草花が柔らかい太陽の日差しを受けて輝いている、シエスタは故郷を思い出していた。 「あ、はい」 「あんまりきょろきょろしちゃ駄目よ」 「すいません、あの、草原が綺麗だったもので…」 エレオノールも外を見る、そして、少し目を細めてから、座席に座り直した。 「ルイズは、変わった子だったわ。あの子ったら子供の頃、カトレアのためにこの草原まで花を取りに来たのよ」 「ルイズ様が、ですか?」 ルイズと聞いて、シエスタが反射的に聞き返した。 「ええ。ヴァリエール家の中庭に、小さな花の種が風に乗って飛んできたの。 カトレアが『どんな花を咲かしているのでしょうね』なんて言うから、ルイズったら馬で遠乗りした時に、泥だらけになるまで花を探してたのよ。 この草原はルイズが花を探した場所なの」 「…そうですか」 「ねえ、魔法学院ではルイズがいろんな人に迷惑をかけたのでしょう?あの子、どんな事してたのか、教えて欲しいわ。それと貴方ルイズのこと知っているみたいだし、貴方のこと教えてくれないかしら」 モンモランシーはツバを飲み込んだ。その時の音が、やけに大きく聞こえたので、自分が緊張しているのだと理解できた。 魔法学院でルイズが何をしでかしたか、どれだけ被害を被ったか、馬鹿正直に話すわけにはいかない。 その上、シエスタはシュヴァリエを賜ったとはいえ元平民、貴族の上下関係厳しいトリステインで、田舎出身の平民がラ・ヴァリエール家の人間を診察するなど考えられない。 しかしシエスタは、隣で頭を悩ませているモンモランシーの思惑など知ったことではない、馬鹿正直に話をしてしまった。 「私がオールド・オスマンに『波紋使い』だと告げられる前は、魔法学院のメイドとして過ごしていました」 「……メイド?」 「はい、オールド・オスマンは、私の曾祖母『リサリサ』に恩を返すつもりで私を雇って下さったそうです」 隣に座るモンモランシーは『やっちゃった』と言わんばかりの視線でシエスタを見ていた。 ラ・ヴァリエール家の長女に『私は元平民です』などと言おうものなら、その場で馬車から放り出されてもおかしくない。 いや、怒り狂って自分も一緒にうち捨てられてしまうかもしれない、そんな物騒な未来予想図がモンモランシーの頭をよぎった。 「そうだったの。オールド・オスマンは貴方を保護していたとしか言っていなかったわ」 「保護ですか?」 「ええ。きっと、貴方が怪しまれるのを防ぐためじゃないかしら」 モンモランシーの予想に反して、エレオノールはシエスタが元平民である事実を受け止めていた、それどころか、あらかじめ知っていたかのような反応だった。 エレオノールは、リサリサと出会った後のオスマンが、どんな苦境に立たされていたのかを話し始めた。 当時、人間と亜人はまったく別の系統で発生した生物だとする学説と、人間と亜人は一つの根源から枝分かれしていったとする学説が対立状態にあった。 そんな時にオールド・オスマンは、『波紋』という未知の説を打ち出したのだ。 あらゆる生命体が持つ力であるが故に、系統魔法や先住魔法の力を底上げするという『波紋』は、すべての生物は根源が一つだと証明するものでもあった。 そのため、対立する学者達から命を狙われたのだ。 幸いにもオールド・オスマンの唱えた『波紋』は、ごくごく微々たる力でしかなかった、そのため彼自身の老化を遅らせることはできたが、他人にそれを分け与えることはできず、『波紋』はアカデミーから忘れられていった。 だが、それはオスマンの策でもあった。 『波紋』をメイジ同士の争いに利用されぬために、波紋使いである『リサリサ』の存在を隠すために、あえて『波紋』を役立たずであると印象づけたのだ。 シエスタを魔法学院で雇っていたのは、リサリサの血を引く一族へのせめてもの恩返しであった。 シエスタが『波紋使い』の素質があると知ってからは、シエスタを保護するために雇っていたのだと対外的に説明している。 そのためエレオノールは「オールド・オスマンは、シエスタを保護するために魔法学院で雇った」と思いこんでいるのだ。 「オールド・オスマンの研究は確かに素晴らしかったわ。でも、改めて読んでみると不思議な点がいくつかあるわね。たとえば貴方のような『波紋使い』の存在を隠すために、わざと不完全に書かれているみたい」 「そ、そうなんですか」 オールド・オスマンという人物の底知れなさに、シエスタは少しだけ驚いた。 モンモランシーも驚いている、スケベ爺が実は凄い人だった、そんな風に考えているに違いない。 「もし、その当時貴方のような『波紋使い』が世に出ていたら、きっと『先住魔法を使うエルフの間者だ』と誤解されて解剖されていたでしょうね。オールド・オスマンの先見性には驚かされるわ」 エレオノールがシエスタの瞳を見つめる。 「さ、この話はもういいでしょう。ルイズの話を聞かせてくれないかしら」 「はい。私がルイズ様からお声をかけて頂いたのは……」 エレオノールは、シエスタとモンモランシーの話を寂しそうに聞いていた。 モンモランシーが、ルイズの勝ち気さに愚痴を言うと、『あの子はそういう子だから』と言って笑った。 シエスタが、ルイズは魔法学院で働いている平民達にも気を配っていた、メイド仲間からも尊敬されていたと語ると、エレオノールは『あの子も成長したものね』と言って、ほんの少しの間だけ…声を殺して泣いた。 「…ごめんなさい、ちょっと、取り乱しちゃったわね」 エレオノールはそう言いながら、涙で濡れた目元を拭った。 「父が倒れたの。ルイズが死んだって聞かされて、相当こたえたんでしょうね。私も父も、魔法の出来ないルイズを叱ってばかりだったわ」 顔を上げると、シエスタとモンモランシーの顔を交互に見つめて、エレオノールは笑う。 「魔法が使えなかったら、貴族は貴族として認められないの。だから私も父も厳しく接してきたわ。でも、一度もルイズを褒めてあげられなかった……きっと、私と、父様を、ルイズは恨んでいたでしょうね」 「そんなことはありません。絶対に、そんなことはありません!」 シエスタの口調が強くなり、エレオノールが少し驚いた。 「ルイズ様は、土くれのフーケに立ち向かったんです。『立場における責任を果たす』と私に仰って下さったのは、他ならぬルイズ様です!そんなルイズ様が家族を恨んでいるだなんて……絶対に、絶対にありえません!」 「ちょ、ちょっとシエスタ、無礼よ!」 モンモランシーがシエスタの肩を押さえる、はっとして、シエスタの興奮は一瞬で冷めた。 「あ……す、すみません、あの、興奮してしまって」 急におどおどしだすシエスタを見て、エレオノールは、静かに微笑んだ。 「いいのよ。気にしないで…ね。到着したら妹にも、父にも、母にも、その話を聞かせてくれないかしら」 「…はい」 ごめんなさい、と、シエスタが心の中で謝った。 ルイズは生きている。 それも、吸血鬼として。 でも今は、シエスタが知る『尊敬するルイズ様』の姿をエレオノールに語るべきだと思った。 シエスタはもう一度、心の中で謝った。 もしルイズが心まで吸血鬼になっていたら、自分はルイズを殺さなければならないのだから。 エレオノールは、少しだけ救われた気がした。 自分の気の強さは、ルイズを厳しく教育するために養われたのかもしれないと思った。 ルイズが死んで以来、覇気が抜けてしまったのは自分だけではない、父も母も、口には出さないが心が疲れ切っている。 ルイズを溺愛していた、ルイズは誰よりも愛されていた! でもそれをルイズに語ることはできない、ルイズが貴族として、メイジとして一人前にならなければ、自分たちが死んだ後残されたルイズが苦労する。 だからルイズに厳しく接してきた。 そして、厳しく接し続けたままルイズは死んでしまった。 いや、ルイズを『貴族らしさ』という言葉で死に追いやったのは自分達だ。 本音を言えば、どんなに無様でも、ルイズには生きていて欲しかった。 けれども、シエスタの言葉を聞いて、自分たちがいつまでも悲しんではいられないのだと気付かされた。 父の教えが、母の教えが、自分の教えがルイズに伝わり、ルイズの言葉が、シエスタに受け継がれている。 ルイズは本当に立派になったのだ、そして死んだ。 だから自分たちもラ・ヴァリエール家の人間として、役目を果たさなければならない。 魔法アカデミーで一番刺々しい茨だったエレオノール、彼女の棘は、ルイズの死と共に落ちたのだ。 エレオノール、モンモランシー、シエスタ。 三人を乗せた馬車がラ・ヴァリエールの居城に到着する頃には、漆黒の空に二つの月が浮かんでいた。 「いらっしゃいませー」 その日も『魅惑の妖精亭』は繁盛していた。 ルイズは扉を開けて入ってきた客に屈託のない笑顔を向け、空席へと案内する。 フードを被った客は、席に案内されるとルイズを見上げて小声で呟いた。 「何をしてるんだこんな所で」 「え?……やだ、何言ってるのよ、貴方が教えてくれたんでしょ?」 フードの影から覗く瞳と金髪には見覚えがある、まごうことなき銃士隊のアニエス、その人だった。 「潜伏には魅惑の妖精亭がいいって言ったの、貴方じゃない」 「それはそうなんだが…」 「無駄話をしに来た訳じゃないんでしょ?ご注文は?」 「とりあえずコレとこれを貰おうかな」 「はい、ワインとシーザーサラダね、承りました」 トレー片手に厨房へと入っていくルイズを見て、アニエスは小さく呟いた。 「冗談のつもりだったんだが……」 ルイズとワルドが潜伏先に選んだのは、城下町ではそれなりに人気の酒場『魅惑の妖精亭』だった。 アニエスの部下がこの店で働き、情報収集を務めていたことがある。 そのため『情報収集を兼ねるなら魅惑の妖精亭がいい』と言ってしまったのだが。 アニエスとしては、アニエスの息がかかった秘薬屋や、郊外の隠れ家に潜伏して欲しかったが、すでに働き始めている以上取りやめろとは言えない。 露出度の高いキャミソール姿で給仕をするルイズ、それを見て、アニエスは再度ため息をついた。 今のルイズはルイズであってルイズではない。 『ロイズ』という偽名を名乗っているだけではなく、姿形も大きく違う。 まず、背が高い。アンリエッタより10サントは高い。 その上胸が大きい、中に何を詰めているのか知らないが、とにかく膨らんでいるのは確かだ。 そして髪の毛は茶色の染料で染められ、王宮を出る前に『固定化』をかけられている。 顔立ちも違う、鼻はほんの少し高く、いつものルイズよりほんの少し面長になっており、しかも口元には黒子までついている。 ごくごく親しい人間でも、一目で彼女をルイズだと見抜くのは難しいだろう。 「反則的だな…あの能力は」 アニエスは、変身前のルイズを思い出し、静かに呟いた。 厨房に注文を届けたルイズは、この店の店主であるスカロンと二~三言言葉を交わして、再度表に出て行く。 皿を洗いながらそれを見ていたのは、精悍な顔立ちの男性、ワルドだった。 店主のスカロンは、ワルドがルイズを見ていたのに気付くと、ワルドに近づいて肩を叩く。 「ロイズちゃん頑張ってるわねー!ロイドちゃんはお兄さんとして気になるかしら!」 「ええ、まあ」 髭を蓄えた中年の男性が、くねくねと体を揺らしながらオネエ言葉で喋るのはちょっと不気味だ、しかしミノタウロスを相手にするより遙かに気楽だ。 ワルドは照れくさそうに笑いつつ、皿洗いを続けていた。 この店でワルドは『ロイド』ルイズは『ロイズ』と名乗っている。 二人は訳ありの没落貴族という設定で、身分を問わずに雇ってくれる『魅惑の妖精亭』にやってきた… そういう設定なのだ。 ワルドは人間の腕と見まがう程精巧な義手を巧みに操り、皿洗いを続ける。 水をくむのが面倒なので、義手に仕込んだ杖から、魔法で水を継ぎ足しつつ、延々と皿を洗っていった。 ふと、手を休めて、給仕口から店内を見渡す。 料理を運んでいるルイズと目があって、ウインクを返された。 「訳ありの没落貴族か…駆け落ちみたいで悪くないな」 トリステインの貴族らしくない、奇妙な満足感に包まれて、ワルドは笑った。 ルイズはこの店で、ブルリンと旅をした数日間のことを思い出していた。 注意深く周囲を観察し、人々の会話に耳を傾ける。 ただそれだけのことなのに、ルイズの耳には刺激的な話がどんどん入ってくるのだ。 あの時ブルリンと会わなければ、五感をフルに使うことも無かったろうし、情報収集の大切さも気付いていなかったかもしれない。 商売のために高等法院の許可貰うに、どんな抜け道を使うとか。 脱税スレスレの節税方法とか、北側の衛兵のいい加減さとか… アニエスの部下が、情報収集のためこの店に赴いたこともあるそうだが、その理由が分かる気がした。 特に気になるのは、アンリエッタに関する噂だった。 アンリエッタは聖女といわれ讃えられているが、すべての平民がアンリエッタを讃えているわけではない。 そもそもの原因となったウェールズ皇太子との恋愛話は平民達の噂の的だった。 アンリエッタとウェールズが以前から恋仲だったと、まことしやかに噂されているが、ラブレターのことまでは噂されていなかった。 二人を称えるもの、けなす者、酒場には多種多様な客が来る。 ルイズは、この不思議な空間を気に入っていた。 「ねえちゃんワイン注いでくれよ!」 そう言いながら、酔った客の一人がルイズの尻を撫でる。 ルイズはすぐに振り向いて、テーブルに置かれているワインの瓶を手に取った。 「お触りはいけませんよ」 そう言って笑顔でワインを注ぐ。 ワインをつぎ終わり瓶をテーブルに置くと、その客はルイズの腕を掴んで、酒臭い息を隠そうともせずルイズに顔を近づけた。 「なあ仕事の後どうだい?俺とさぁ…あ、あれ~?」 ルイズは男の腕を払い、逆に握り返す。 「お客様、飲み過ぎですわよ」 掌から少しずつ、少しずつ血を吸っていく。 「あ~…飲み過ぎたか…なあ~………」 みるみるいうちに顔色が青くなり、男は眠るようにテーブルに突っ伏した。 「あら大変!」 それを見た他の店員がルイズに近づく、青ざめた客を見て、どうやら酒に悪酔いしたと思ったらしい。 「ロイズちゃんは注文を取りに行ってくれない?この人よく酔っぱらって寝ちゃうのよ」 「解ったわ、ありがとう、ジェシカさん」 そう言ってルイズはテーブルを離れる。 心なしか、ルイズの胸は先ほどより少し膨らんでいる気がした。 夜も遅くなり、客が少なくなった頃、黒髪の少女ジェシカがルイズを呼んだ。 「ね、ちょっとこれ手伝ってくれる?」 ジェシカの前には木箱が置かれており、そこには沢山の食材が入っている。 「わかったわ」 ルイズは短く返事をすると、重そうな木箱を軽々と片手で持ち上げた。 「どこに持って行けばいいのかしら」 「え……えーと、ついてきてくれる?」 ジェシカは、少し狼狽えながら倉庫へとルイズを案内した。 倉庫の中で木箱を開け、中身を棚に並べていく。 すると、不意にジェシカがルイズに耳打ちした。 「ねえねえ、あったしー、わかっちゃった」 「え?」 「訳ありって言ってたけど…身分違いの恋とか、駆け落ち?」 ルイズは唇を手に当て、少し考える仕草をすると、首を横に振った。 「私とロイドは兄妹よ」 だが、ジェシカは不敵な笑みを漏らすと、人差し指を立てて顔の前で左右に振る。 「あたしはね、パパにお店の女の子の管理も任されてるのよ。女の子を見る目は人一倍だわ。ねえねえ、どんな訳があるのよ。ただの駆け落ちじゃないでしょ?誰にも言わないから、ね?教えてよ」 ルイズが黙っているのを見て、ジェシカは微笑む。 「もしかしてぇ…貴族のロイドさんが、メイドの貴方に恋しちゃった…とか?」 内心では『あたしは公爵令嬢よ』と思っていたが、そんなことは口には出せない。 ルイズはジェシカの顔を見つめて、一つ、質問してみることにした。 「どうしてそう思ったの?」 「だって、あの人プライド高そうだもの。貴方はお尻を触られても飄々としてるじゃない、こういう仕事慣れてるでしょ」 ルイズは心の中で、少しだけ苦笑いをしていた。 自分はいつの間にか、平民が板に付いていたようだ。 「私が貴族で、あの人は従者だったの」 「まさかぁ!」 ジェシカが口を手で覆いつつ、笑う。 つられてルイズも笑い出した。 「本当よ」 「本当に?」 「じゃあ嘘でいいわ」 「何よ、ずるーい!」 ころころと笑うジェシカを見て、ルイズはふと何かを思い出した。 『そうだ、この笑顔…シエスタに似てる』 その頃、洗い物を終えたワルドは、ルイズよりも一足早く部屋に戻っていた。 ルイズとワルドに与えられた部屋は、ベッドが二つ並んでいるだけの小さな部屋で、余計なものは一切置かれていない。 ベッドの下に置かれていたデルフリンガーを取りだすと、鞘から少しだけ引き抜いてベッドの上に置く。 『ずいぶん繁盛してんなあ、この店。どーだい皿洗いは?』 「意外と疲れるものだな」 『そりゃそーだろ、ところで、嬢ちゃんは』 「ルイズなら倉庫だ、女性同士の内緒話だろう」 デルフリンガーと話をしつつ、ワルドは先ほどルイズから渡された紙切れをポケットから取り出す。 アニエスから渡された紙切れには、リッシュモン追跡の様子が簡潔に書かれていた。 「…………商人、か」 『ん?』 「メイジが商人に化けているようだ、そいつがリッシュモンの手先らしいな」 『そいつをどーするんだい』 「捕まえるさ、聞くまでもなかろう?」 『その後だ、殺すのか?』 ワルドは顎に手を当てて、しばらく考えこんだ。 「……衛兵に引き渡すさ」 『おでれーたな、おめえ、あのギラギラした殺気がサッパリ消えてやがる』 「ルイズのおかげだよ」 そう言いながら、ワルドはデルフリンガーをベッド脇に立てかけた。 「彼女の苦悩に比べたら、僕なんてちっぽけなものさ」 デルフリンガーも同じ事を考えていた。 彼女は、自分の幸せを犠牲にした分だけ、その周囲にいる人を助けている気がする。 『あー…考えてもしょうがねえなあ』 「ん?」 『なんでもねえ。おめえが嘘を言ってないのは解った。嬢ちゃんを悲しませんなよ』 「そのつもりさ」 ルイズは、フーケに、ワルドに、ティファニアに、アンリエッタに、ウェールズに、アニエスに『頼られている』 だが、彼女が『頼れる』人は居ない。 彼女が本来頼るべき母は、シエスタとモンモランシーの二人の到着を、笑顔で迎えていた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/mangaroyale/pages/95.html
覚悟とルイズと大男 ◆1qmjaShGfE 覚悟はルイズに肩を借りながら歩く。 何度も断ったのだが、意外に強情なルイズに押し切られてしまったのだ。 確かに、おかげで歩くのは少し楽であったが、この状態をいつまでも続ける事も出来ない。 「ありがとう、そろそろ体力も回復した」 そう言ってルイズの肩から腕を離す。 ルイズは疑わしげな目で覚悟を見ている。 「本当に? ……嘘だったら承知しないわよ」 「無論だ。この程度の痛みで動けなくなるような鍛え方はしていない」 「やっぱり痛いんじゃない!」 返答に窮する覚悟。 ルイズはふいっとそっぽを向く。 「ふんだ。どうして男ってこう痩せ我慢ばっかするのよ。痛いなら素直にそう言えばいいのに」 拗ねたルイズに覚悟は真顔で答える。 「男に限らない。戦士とはそういうものだ」 ちらっと振り返って覚悟を見るルイズ。 覚悟は終始真顔である。 「……変な人ね、あなた」 そう言われた覚悟は、またしても返答に困る。 口元に手を当てて少し考えた後、覚悟はルイズに訊ねた。 「もしかして、私は君の機嫌を損ねるような事を言ったか? 私にその意図は無かったが、そうだったのなら謝る。すまない」 今度はまじまじと覚悟を見つめるルイズ。 やはり覚悟は真顔であった。 ルイズは何やら納得したようだ。 「うん、やっぱりあなたは変な人よ。さっ、早く病院に行きましょう」 あっさりと機嫌を直してすたすたと歩き出すルイズ。 今度は覚悟が悩む番であった。 『……零よ、やはり女人は謎だ』 「ねえカクゴ、貴方は学校とか行ってるの?」 不意にルイズがそんな事を聞いてきた。 「うむ、逆十字学園に通っている」 「ふ~ん、じゃあもしかしてあなたも魔法使えるの?」 「いや、私は魔法は使えない」 「そっか~、じゃあやっぱり庶民なんだ」 聞き慣れない言葉に、覚悟は怪訝そうな顔をするが、ルイズは気にもせずに話し続ける。 「でも私は庶民だからって、貴方を馬鹿になんてしないわ。だって貴方はあんなに強いんですもの」 覚悟の脳内で等号が二つ繋がる。 魔法が使えない=庶民=馬鹿にする対象 「それは、魔法が使えなく、かつ弱い人間は馬鹿にするに足るという事か?」 「そ、そんな意味で言ったんじゃないわよ。ただ、ほら、やっぱりこういう事は最初に言っておかないと……」 ルイズなりに気を遣った結果なのだろうが、覚悟はまるで理解していない。 不思議そうな顔をする覚悟。 「もういいわよ! カクゴなんて知らない!」 ルイズは突然癇癪を起こして早足に林の中へ入っていってしまった。 そしてその場に取り残され呆然としている覚悟。 いくら考えても、何がどう彼女の気に障ったのか全くわからない。 しかし、このまま彼女を一人にするわけにもいかない。 覚悟もルイズを追って林の中へと入っていく。 「待ってくれルイズさん、一人で居ては危険だ」 「うるさいっ! ついてくるなバカカクゴ!」 絶好調に理不尽なルイズだが、覚悟は馬鹿正直に自分の非を探してみる。 先ほどの会話で、彼女の意図しない受け取り方をしてしまったのだろうか? 「俺が何か間違ったのなら謝る。だから止まってくれルイズさん」 「うるさいうるさいうるさーい! ついてくるなって言ってるでしょ!」 そう言われても、放っておく事も出来ず追いかけ続ける覚悟。 ルイズもルイズでそんな覚悟を無視してずんずん歩いていく。 不機嫌マキシマムのルイズは、ロクに前方の注意もせずに歩いていた。 そのため、木の根に足を引っ掛けてしまう。 「きゃっ」 小さい悲鳴と共にバランスを崩す。 それを見てとった覚悟が走り寄ってルイズの腕を掴もうとするが、そのルイズの姿が覚悟の眼前から消え失せる。 理由はすぐにわかった。 躓いたルイズがバランスを取ろうと伸ばした足の先、ちょうどその場所から少し急な勾配になっていたのだ。 「ちょ、きゃっ、何、これ、なんなのよーーーー!!」 うまい事木々の枝が折り重なってその先が見えないようになっていたらしい。 現に今覚悟からも転がり落ちるルイズの姿はよくみえなかった。 ルイズの悲鳴から、転がり落ちるスピード自体は大した事は無さそうだと判断出来たが、やはり怪我でもしては大変と思い、覚悟も彼女の後を追った。 埃まみれになって起き上がったルイズが悪態をつきながら顔を起こし、最初に目に入ったのは見上げんばかりの巨漢であった。 「……」 その巨漢は食事中であったらしく、手に明らかにサイズの合っていないサンドイッチを持っている。 彼はルイズに一瞥をくれた後、それ以上ひっくり返っているルイズに興味は無いとばかりに目線を外し、サンドイッチを一口に頬張った。 そんな態度がルイズの癇に障る。 「な、何よ貴方! か弱いレディが倒れてるのよ! 手ぐらい貸したらどうなのよ!」 鍛え抜かれた肉体を持つ巨漢を相手に厚顔不遜なこの態度、貴族の生まれは伊達ではないと言わんばかりである。 詰られた巨漢、ラオウはこんな女なぞ心の底からどうでも良かったが、こう近くで騒々しくされるのも何やら鬱陶しいので、黙らせようと考えた矢先、もう一人の乱入者が駆け寄ってきた。 「待てルイズさん」 ぎゃーぎゃー喚くルイズを片手で制してその男、葉隠覚悟はラオウと相対する。 覚悟は、第一声をあげるまえに、まずその頭を下げた。 「すまない、貴殿の食事を邪魔するつもりは無かった。彼女もこのような場所に来て少し興奮した故の発言だ。どうか、気を悪くしないで欲しい」 先ほどの戦いもそうだったが、やはりこの男は気骨のある男らしい。 そんな男の潔い態度は見ていて快い。 ラオウはルイズの時と同じように覚悟を一瞥した後、何も言わずに食事を続けた。 覚悟にはそれだけで意が通じたのか、再度一礼する。 「かたじけない」 そして蚊帳の外のルイズ。 「全然どういう話かわからないんだけど。カクゴ! 説明しなさいよ! 大体そこのおっきい貴方も、こんな危険な場所で食事なんて危機感が無さすぎなんじゃ……」 ぐ~~~。 ラオウも覚悟も一流の戦士である。 そんな二人が、音の出所を聞き逃すはずもない。 しかし、そんな事にまで思考の回らないルイズは全力で誤魔化しにかかった。 「だ、だだだ誰よ一体! わ、私が今危機感の話をしたばっかなのにお腹なんて鳴らして!」 ラオウは覚悟の方に首を向ける。 「故人曰く、女人と小人は御しがたし。だそうだ」 覚悟が彼女をどう捌くのか見てやろうというつもりらしい。 ラオウにとって女なぞどうでも良いし、覚悟にはその傷が治るまでは無理に手を出すつもりは無かったので、銀時の時とは少々違う対応となった。 覚悟はラオウの視線を受け、ルイズに言う。 「済まないルイズさん、ここに来てまだ一度も食事を取っていなかった。もし良ければここで食事を取りたいと思うが如何か?」 そう言われたルイズは良いとっかかりを見つけたとばかりに喰い付いた。 「や、やあね~カクゴだったの。しょ、しょうがないわねまったく、べ、べべべべつに私はお腹なんて空いて無いんだけど、カクゴがどうしてもって言うんなら……」 覚悟はラオウにも訊ねる。 「我々もご一緒させていただいてよろしいか?」 余りラオウ好みの捌き方ではなかったので、ラオウはつまらなそうに答えた。 「好きにしろ」 三人は円形に座りながら黙々と食事を取る。 覚悟は握り飯を既に三つ平らげている。 巨漢の男もバスケットに入ったサンドイッチをほとんど食べきってしまったようだ。 ルイズは何とも居たたまれない空気を感じていた。 『なんだってこんな無口な奴ばっかりなのよ~。もうちょっと場を盛り上げるとか、そういう配慮しなさい二人共!』 しかし、二人が全くそういう配慮をしない中、自分が率先してそうしてしまうのはちょっと悔しい。 結果、やはり無言のまま食事は続いていく。 巨漢はデイバックから飲料を取り出す。 それはガラスの瓶に入っているようで、蓋の部分が金属で覆われている。 『あれって、どうやって空けるのかしら?』 そんな事をルイズが考えていると、巨漢はその瓶の胴回りの部分を片手に持ち、残った手で蓋の部分に手刀を放つ。 ガラスで出来ていると思われたそれは、まるで紙か何かのように簡単に切り落とされた。 驚きに目を大きく見開くルイズ。 「ちょ、ちょっとちょっと! そこの貴方! 今何やったのよ!?」 それには隣で見ていた覚悟が答えた。 「手刀で切って落とした。修行を積めば誰でも出来る事だ」 「どんな修行よそれ! カクゴだって出来ないでしょあんな事!」 「可能だ。必要が無ければやらないが」 事も無げにそう言う覚悟に、別に大した事はしていないといわんばかりに平然としている巨漢。 少しだけ巨漢の事を見直したルイズは彼を改めて見てみた。 確かに鍛え上げられた肉体であるし、彼の持つ雰囲気は独特でえもいわれぬ迫力があった。 その巨漢の彼は、飲料を口に流し込むとほんの少しだけ眉をひそめてみせた。 「この飲み物は何だ?」 そう問うた巨漢に、覚悟が表情を変える。 「毒か!?」 その鋭い表情は巨漢の身を案じての事であり、それを察したラオウも過剰とも思える覚悟の態度にも大きく反応したりはしなかった。 「いや、毒ならばわかる。だが、これは何とも形容しずらい……貴様も飲んでみるか?」 そう言って覚悟に瓶を差し出す巨漢。 覚悟はそれを受け取り、すぐにそれを試そうとする。 「待ちなさいよカクゴ! もしかしたらそいつが私達を騙そうとしてるのかも……」 「断じてそれは無い。我が身を案じてくれるのは嬉しいが、戦士を貶めるような言動は控えていただきたい」 ルイズの台詞をみなまで言わせずぴしゃっと言い放つ覚悟。 何を持って覚悟がこの巨漢を戦士と認めたのかは知らないが、そう言った時の覚悟の言葉がいつもより強い物であったので、ルイズはそれ以上は言わなかった。 巨漢の勧めに従って、覚悟もその飲み物を口にする。 覚悟は、巨漢と全く同じリアクションをした。 「……確かに、これは……何と言ったものか」 難しい顔になる覚悟に、ルイズも少し興味を引かれたらしい。 覚悟からその瓶を受け取って自分も飲んでみる。 まず最初に、口の中に広がる泡に驚いた。 しかも、その泡は甘いのだ。 ルイズもやはり二人と同じように難しい顔になる。 「マズイって事じゃないけど、こんな飲み物飲んだ事無いわ」 難しい顔のまま、ルイズは瓶を巨漢に返す。 巨漢はそれを受け取ると、残った分を一息に飲み干し、ラベルを読んでみた。 「うむ、後味も悪く無い。こか・こーらというのかこれは?」 何故か鷹揚に頷く覚悟。 「ふむ、こかこーらか」 巨漢はデイバックから同じものをもう一本取り出し、また手刀で蓋を開けると、こかこーらを飲みだした。 そんな巨漢の様を見て、ルイズは初めてこの巨漢に親しみを覚えた。 『気に入ったんだ、コレ』 ふと、ルイズの目に開きっぱなしになっている巨漢のデイバックの中身が見える。 そこには、ランダム支給品の紙が入りっぱなしになっていた。 「あら? 貴方支給品はまだ見ていないの?」 巨漢はちらっとルイズの方を見ると、デイバックに手を伸ばし、二本の指で一枚の紙を拾い上げる。 そしてその指を軽く振ると、紙は折りたたまれた状態でまっすぐにルイズに向かって飛んでいった。 「わっ」 慌てて受け取るルイズ。 「俺には必要無い」 覚悟はその巨漢の何気ない動作に驚嘆していた。 折り畳まれていたとはいえ、あのように薄く柔らかい物を狙った場所に正確に投げる技術。 腕力だけの男ではないと思っていたが、その巨大な体にどれほどの技を秘めているのか。 そんな覚悟の思いを他所に、ルイズは紙の書かれた文字を見て歓喜の声をあげる。 「嘘っ! これキュルケの杖じゃない!」 ルイズがすぐに紙を開くと、書かれていた通り、小ぶりの杖が一本出てきた。 「これさえあれば、私も魔法が使えるわ!」 メイジと杖は不可分な存在である。どんなに優秀なメイジといえど、杖が無くば魔法を操る事は出来ないのだから。 それ故、杖が手元に無い不安感は大きい。そしてそれが解消されたルイズの喜びようといったら無かった。 「ねえ、本当にこれ私がもらっちゃっていいの!?」 「かまわん」 即答する巨漢に、ルイズは満面の笑みになる。 「ありがとう!」 覚悟はそれを微笑ましい顔で見ていた。 彼女がこんなに嬉しそうにしているのを見るのは初めてだ。 自分はこの笑顔を守る為に戦っているのだ。そう実感出来る、そんなルイズの笑みであった。 「これさえあれば、私だって活躍出来るわよ! カクゴだけに良い格好させないんだから!」 目を細めてそれを見ている覚悟。 「それは頼もしい。確か魔法うんぬんと言っていたが、それを使えば魔法が使えたりするのか?」 覚悟の言葉に、ルイズの表情が凍りついた。 「え? ああ、うん、そうね。ま、魔法はもちろん使えるわよ。なんたって私は貴族なんですから」 ルイズの表情の変化に覚悟は気付かない。 「なるほど、ルイズさんは魔法使いなのか。それで、その魔法というのはどんな事が出来るのだ? 一度見てみたいものだ」 どんどん窮地に追い込まれていくルイズ。 『あからさまに嫌がってるのがわかんないのこのバカクゴ! 本当に空気読まない人ね貴方は!』 助けを求めるように巨漢の方を向く。 「ねえ、貴方は魔法なんて別に見たくないわよね?」 巨漢は、まるで地を這う害虫か何かを見るような見下した目で、ルイズを見ていた。 沸点の低いルイズにこれに耐えろというのは無理な話であった。 「いっ、いいわよ! 見せてあげようじゃない! 私の魔法見て腰抜かしたって知らないんだからね!」 流石に怪我人である覚悟を巻き込んでは悪いと思い、少し離れた場所に立つルイズ。 「い、いくわよっ!」 静かに呪文を唱え始める。 それが中々に堂に入った唱え方だったので、覚悟も巨漢もそんなルイズの姿に見入ってしまう。 ルイズの前方に光が集まる。 そして、爆発した。 「おおっ!」 思わず声をあげる覚悟。 巨漢もほう、と息を漏らす。 そして爆煙に咳き込むルイズ。髪は爆風でぼさぼさである。 「も、もう一回よ! 今のはキュルケの杖だから失敗したのよ! 次は絶対うまくいくんだから!」 再度詠唱に入るルイズ。 巨漢は覚悟に聞いた。 「見たか?」 「見た。いや、見えなかったと言うべきか。何も無い空間に突然爆発が発生した」 「爆薬も火も無い。不可思議な事よ」 今度はより集中していたせいか、少しだけさっきより大きな爆発が起きた。 ルイズは乱れた髪を直す事すらせずにその場に座り込んでしまう。 大見得をきっただけに、二度の失敗は流石に恥ずかしいようだ。 覚悟はそんなルイズに拍手を送った。 「お見事。天晴れな魔法なり」 ルイズは覚悟の言葉にきょとんとした顔になる。 「え?」 「二度も見せてもらいながら、私にはどうやったのか見当もつかなかった。何も無い場所に爆発を起こす奇跡、いやお見事であった」 驚いて巨漢の方を見ると、彼もさっきの見下すような視線はしていなかった。 「そ、そう? 私そんなに凄かった?」 「もちろん。この覚悟、感服しました」 覚悟の馬鹿丁寧な賛辞に、ルイズは少しだけ自信を取り戻した。 「あ、ありがとう。そっか、二人共魔法を見た事が無いんだ」 少し照れながらそう言うルイズを見て、覚悟は彼女がまた気分良くなったと思い、安心する。 「しかしルイズさん、一つ気になる事があるのだが」 「ん? 何?」 「魔法が凄いのはわかったが、爆発の中心に居てルイズさんは痛くないのか?」 「痛いに決まってるでしょバカ!!」 もう何度目になるか、またまた機嫌の悪くなったルイズを他所に覚悟は巨漢の男と別れを告げる。 巨漢は最後に妙な事を訊ねた。 天に輝く北斗七星の脇に星は見えるかと。 覚悟もルイズもそんな星は見えないと言うと、彼はそれ以上何も言わずに去っていった。 一緒に行動しよう、そう声をかけられない雰囲気が彼にはあったのだ。 一目見た時からわかった、彼は生粋の武人であり、数多の戦場を戦い抜いた猛者であると。 それ故、極度の馴れ合いは彼の好む所ではないと考えたのだ。 しかし、覚悟は彼がルイズに笑顔をもたらした事を忘れるつもりは無い。 いずれ彼に助けが必要な時が来たのなら、全力で力になろう。 そう、心に決めたのだった。 【H-3 西部 林 1日目 早朝】 【葉隠覚悟@覚悟のススメ】 [状態]:全身に重度の火傷 胴体部分に銃撃による重度のダメージ 全身に打撲(どれも致命傷ではない) 強い決意 [装備]:滝のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS [道具]:ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾、残弾5発、劣化ウラン弾、残弾6発)@HELLSING [思考] 基本 牙無き人の剣となる。 この戦いの首謀者を必ず倒す。 1 病院に向かいルイズの言うとおり治療を受ける。 2 ルイズを守り、スギムラを弔う。 3:いずれ巨漢の男(ラオウ)の力になりたい 【ルイズ@ゼロの使い魔】 [状態]:右足に銃創 中程度の疲労 両手に軽度の痺れ 強い決意 [装備]:折れた軍刀 [道具]:支給品一式×3 超光戦士シャンゼリオン DVDBOX@ハヤテのごとく? キュルケの杖 [思考] 基本 スギムラの正義を継ぎ、多くの人を助け首謀者を倒す。 1 病院に向かいカクゴを治療する。 2 スギムラを弔う 3:才人と合流 【ラオウ@北斗の拳】 {状態}健康 {装備}無し {道具}支給品一式 {思考・状況} 1 ケンシロウ、勇次郎と決着をつけたい 2 坂田銀時に対するわずかな執着心 3 強敵を倒しながら優勝を目指す 4 先ほどの短髪の男(覚悟)が万全の状態になれば戦いたい 069 ハッキング 投下順 071 風を切る感覚 069 ハッキング 時系列順 071 風を切る感覚 030 A forbidden battlefield 葉隠覚悟 080 奥行きの操作は真正面から見てはいけません 030 A forbidden battlefield ルイズ 080 奥行きの操作は真正面から見てはいけません 030 A forbidden battlefield ラオウ 079 Blue sky
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1075.html
朝食の時、ルイズの姿が見えなかった。 いつものならルイズのことなど気にもとめないが、昨晩のルイズはどこか奇妙だった。 もしかしたら風邪でも引いていたのか?ならば、あの奇行もうなずける。 キュルケは授業の前にルイズの様子を見に行こうと、心に決めた。 「ヴァリエール、遅刻するわよー」 そう言って何度か扉を叩く。 すると、ギィー…と、音を立てて扉が倒れた。 「きゃっ」 真っ暗な部屋の中でローブを被ったルイズが、小さく悲鳴を上げた。 「ちょ、あ、この扉壊れてるんじゃない?」 などと言いながらも、何となく気まずいと思ったのか、キュルケはルイズから目をそらした。 しかし、キュルケはルイズの異様な姿に気づき、ルイズをまじまじと見た。 ルイズは全身を覆う大きさのローブに身を包んでいた、まるでおとぎ話の悪い魔女のようだ。 その上部屋も真っ暗、窓があった場所にはベッドが立てかけられている。 「あんた何やってるのよ」 ルイズはキュルケの言葉には反応せず、自分の顔を撫でたり、部屋の入り口から入る陽光に手をかざしたりと、奇妙な動きをしている。 「…ちょっと、ヴァリエール?」 いくら何でも変だと気づいたキュルケが、ルイズの部屋に足を踏み入れようとした。 「あ、ごめん、何でもない…ちょっと変な夢を見ただけよ、遅れて出席するから先に行ってて」 そう言ってルイズはローブと寝間着を脱ぎ始めた。 「呆れた、扉開けっ放しで着替えるなんて大胆ねえ」 そう言ってキュルケは扉を持ち上げる、蝶番(ちょうつがい)は壊れたままだが仕方がない。 扉を立てかけると、キュルケは教室へと急いだ。 キュルケが教室に入ると、タッチの差で教師が教室に入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズは土の系統を得意とするメイジで、実力はトライアングルだそうだ。 どこからともなく机の上に石ころを生み出したり、その石ころを真鍮に変えたりして授業を進めている。 キュルケが真鍮を見てゴールドと勘違いしたが、それはご愛敬というものだ。 授業が中盤にさしかかったところで、突然教室の扉が開きルイズが入ってきた、今朝のような妖しい格好はしていない、いつも通りの服装だった。 ルイズはミセス・シュヴルーズに寝坊して遅れたと説明し、空いている席に着いた。 「…使い魔もいないんだぜ…」 「…誰でも成功するような召喚に失敗…」 「…寝坊なんて、頭の中もゼロ…」 と、後ろから小声で聞こえてくる、ルイズのことだろう。 ゼロのルイズ、魔法成功率ゼロのルイズは、召喚魔法をも失敗して使い魔がいない。 それを笑っているのだろう。 キュルケにはそれが無粋なものに聞こえた。 言いたいことがあるなら面と向かって言うのがキュルケの信条であり、キュルケの人気の秘密でもあった。 彼女は陰口を言わないし嘘も嫌いだった、その代わり人前で堂々と他人を批判するので恐れられてもいる。 そして授業は進められ、ルイズが遅れてきた罰として『練金』の実践を指名された。 「危険です!ゼロのルイズにやらせちゃいけません!」 「自殺行為です!」 「いや他殺行為です!」 「だ、誰かひらりマントを貸してくれ!」 途端に教室がうるさくなる。 ここにいる生徒達は皆、ルイズが魔法をやれば必ず失敗すると知っている、ミセス・シュヴルーズはまだそれを目の当たりにしたことがないのだろうと想像して、キュルケは早々に机の下へと潜った。 数秒の後に聞こえてきたのは、いつもの爆発音と…ミセス・シュヴルーズの悲鳴だった。今日の授業で、ミセス・シュヴルーズは何のミスもしていない。 小石を別の物に練金するようルイズに指導しただけで、手順にも何にもミスはない。 教科書通りの教え方と言えるだろう。 彼女は『ゼロのルイズ』と呼ばれている生徒がいるのは知っていた、その由来が『魔法成功率ゼロ』なのも知らされていたが、失敗に爆発が伴うとまでは知らなかった。 ましてや、その爆発がルイズ自身にまで酷いダメージを負わせるなどとは、まったく予想していなかったのだ。 ミセス・シュヴルーズは悲鳴を上げた後気絶した。 その日の晩、キュルケは男と遊ぶ約束をすべてキャンセルし、ルイズの部屋に見舞いに行った。 ベッドの上には、顔と手の肌がが見えないほど、包帯でぐるぐる巻きにされたルイズが眠っている。 ひどい火傷を負ったというのに、スピー…スピー…と、のんきな寝息を立てている。 時々鼻提灯まで浮かせて寝返りを打つその姿を見て、キュルケは安堵のため息をついた。 ルイズとキュルケ、二人だけの空間に、ノックの音が響いた。 返事を聞かずに扉が開かれ、キュルケの親友タバサが部屋に入ってきた。 ちなみに、土系統のメイジにより扉は修理されている。 「秘薬」 そう言ってタバサが袋を差し出す。 「ありがと」 キュルケは身近く礼を言うと、袋の中身を取り出した。 タバサが持ってきたものは水の秘薬、水の魔法だけでは、重い怪我を治療することはできない。 しかし秘薬を用いることで、治癒の効果を劇的に引き上げることが出来る。 その代わり非常に高価な物だが、上手く使えば切断された腕や足でも元通りに治るという代物だ。 「あたし、『水』は苦手だから」 キュルケはそう言って秘薬をタバサに渡す、タバサはそれを受け取ると、秘薬をルイズの身体に振り掛けつつ水の魔法を唱えた。 一通り魔法を唱え終わると、二人はルイズの部屋から静かに出て行った。 「ねえ、顔だけでも治せる?」 「秘薬をあと二回使えば大丈夫」 「じゃあどうにかして手に入れないとね」 「でも、高額」 「いーのよ、後でヴァリエールに請求すれば良いんだから」 「……優しい」 「ち、違うわよ、ほら……敵に塩を送るって言うじゃない」 「そういう事にしておく」 「ちょっとタバサ、あんた意外と意地が悪いわねえ」 仲の良い友達同士の会話、それが遠くなっていくのを確認してから、ルイズはベッドから起きあがった。 顔に巻かれた包帯を引きちぎり、ルイズは鏡の前に立つ。 そこに映っていたのは、傷一つ無いルイズの姿。 「秘薬……無駄に使わせちゃったかな」 そう言いながら舌なめずりをすると、唾液が唇を彩り、妖しげで艶やかな色を放った。 To Be Continued → 1< 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1054.html
この、トリスティンの魔法学院には、ゼロと呼ばれるメイジが居た。 魔法成功率ゼロ、それが彼女のあだ名の理由だった。 メイジは、ある時期になると使い魔を召喚し、一人前のメイジとしての第一歩を踏み出す。 言い換えれば、使い魔の居ないメイジは、見習いのメイジなのだ。 ゼロとあだ名される女性、ルイズは、使い魔を召喚するサモン・サーヴァントの儀式に失敗し、同級生からの失笑を買い、失意のまま寮の自室にこもっていた。 いや、正確には失敗したわけではない。 失敗したと申告してしまったのだ。 ルイズはベッドの中で、奇妙な石の仮面を撫でた。 サモン・サーヴァント時、爆風と共に現れた仮面。 ルイズは爆発の土煙が晴れないうちにそれを拾い、懐にしまい込んだ。 幸い誰にも見られなかったようで」、コルベール先生が儀式を続けるように促す。 しかし、今度は爆発すら起こらない。 背後からヤジが飛ぶ、ゼロのルイズ、やはり失敗かと。 ルイズは二度目以降のサモン・サーヴァントが起こらないのを見て、ああ、この石仮面が私の使い魔なのかと、心の中で呆れていた。 そして『使い魔はこの仮面です』と申告するのを止め『失敗しました』と申告したのだ。 こんな仮面など壊れてしまえばいいと思った。 使い魔が死ねば再度サモン・サーヴァントができるのだから。 ハンマーでも用いて破壊してしまえばいい、そう思ったのだ。 ルイズはこの仮面を壊す前に、ふと思い立って、仮面を被ってみることにした。 何の変哲もない仮面だ、被ってみてもなんの反応もない。 もしこれがマジックアイテムだったら… そんな想像をして、すぐにその考えを否定した。 これがマジックアイテムなら、もう何か反応があって然るべきだろう、やはりこの仮面はただの仮面なのか…ルイズは落胆する気も起きずに、薄くヒビの入った石仮面の表面を撫でた。 そして、薄く微妙にとがったヒビが、ガラスで手を切るように、紙をなぞって指を切るように、ルイズの指を薄く裂いた。 「!」 痛い、と思う暇もなかった。 ビシビシビシビシ 石の仮面から嫌な音が響き、次の瞬間 バシッ! ドスドスドスドスドスドスドスドスッ! 石仮面から突き出た、骨のような棘が、ルイズの頭を突き刺し、脳内がスパークした。 間に何秒かあっただろうか、ハッと我に返ったルイズは、誰が見ても即死だと思うほどの棘が刺さったのをものともせず、石仮面を力づくで床にたたきつけた。 ばちっ、と、とても石が砕ける音とは思えない音で仮面が砕け、その破片が部屋の扉の蝶番をを破壊した。 ギィィィーと音を立て、扉が倒れる。 ルイズの部屋の前を通りかかったキュルケは、倒れた扉を見て驚いた。 「ちょっとヴァリエール、あんたねえ、部屋で何やってるのよ、破片がこっちまで飛んできて危ないじゃない」 キュルケがルイズの部屋を覗くと、ルイズは地面に石仮面を投げつけた姿のまま、首だけをキュルケに向けてぼうっとしていた。 「…つぇ るぷ…すとー?」 「何やってんの?あんた」 キュルケはルイズの足下の床が砕けているのに気づいたが、いつもの失敗だろうと勝手に納得した。 ルイズの部屋は爆発の破片が飛び散り、カーテンが破けて酷い有様だった、キュルケは自分の事を棚上げしてルイズの部屋の惨状に呆れた。 「部屋で魔法の練習をするのはいいけど、せめてあたしの部屋まで壊さないで欲しいわね」 いつものように憎まれ口をたたき、ルイズをからかおうとしたキュルケだったが、今回はいつもと調子が違った。 キュルケに近寄り、ルイズはおもむろにキュルケに抱きついた。 「………ちょ、ちょっと、ヴァリエール」 ルイズは眠そうな目つきのまま、キュルケを見上げた。 そして、「ハァァァァア」と、とても甘く切ない息を吐いた。 それを嗅いだキュルケの意識が、少しぼやける。 最初は違和感だけだったが、いつの間にかキュルケの意識は宙に浮いたような感覚に包まれていた。 男性に抱かれてもこうはならない、身体の力が抜け、宙に浮くような怠惰の快感がキュルケを襲う。 そしてルイズは赤子のように、母親にじゃれつこうとする赤子のような笑顔を浮かべて、口を開いた。 「カハァアアアアアアア…」 褐色の肌、燃えるような髪、そして豊満な身体。 ルイズは純粋に、それを「欲しい」と思った。 私はキュルケが好き? 好き!だって、とても可愛いし、とても美味しそう… そこまで考えて、ルイズの動きが止まる。 これじゃあまるで吸血鬼じゃないか、私はメイジ、そして貴族だ。 ルイズはキュルケから離れ、ベッドに腰掛けて、ふぅとため息をついた。 「あれ?」 我に返ったキュルケが惚けた表情を浮かべる。 「大丈夫よツェルプストー、ちょっと失敗しただけだから」 ルイズがそう言うと、キュルケは自分が何をしにルイズの部屋に入ったかを思い出した。 「あ、ああ、そうね…って失敗するなら尚更部屋でやっちゃ危ないわよ!」 「ふふっ、ごめんなさい、ところでツェルプストー」 「な、何よ」 「心配してくれるのね?貴女って、可愛いわ…」 キュルケは驚き、そして、慌てた。 「ななななな何言ってるのよ!」 「冗談よ、でも、貴女でも慌てるのね。…やっぱり、可愛い」 「あ、あたしにそっちの趣味は無いわよ」 流石にもう慣れたのか、キュルケはヤレヤレと言った態度でルイズの部屋から出て行った。 ルイズは倒れた扉をはめ込み、テーブルの端を引きちぎってくさびの代わりとした。 とりあえず扉を閉めることが出来たので、ルイズは服を脱ぎ、そして全裸になった。 (ツェルプストー、綺麗だったなあ…) そう考えながら自分の喉に指を突っ込む、指はずぶりと皮を貫通し肉を貫通し、筋肉の感触を脳に伝えた。 (あの豊満な胸、かわいい、噛みちぎってあげようかな) 喉に突っ込んだ指をナイフに見立て、そのまま無造作に胸の前まで引いた。 (ちぃ姉さまが動物を飼うのが分かる…取るに足らない生き物って、とても可愛いんだ…) 喉から胸までが、醜く引き裂かれたに見えたが、流れる血は皮膚に吸収され、めくれ上がった皮膚とちぎれた肉は瞬時に再生し、傷一つ残らなかった。 (ツェルプストーの胸…) ルイズは自分の腕に噛みつき、チューチューと血を吸った。 そのままベッドに入り、すぐにルイズは眠ってしまった。 夢の中ではキュルケをはじめとする生徒達の身体に噛みつき、とてもご満悦だった。 ルイズは、赤子が母親の乳にしゃぶりつくように、朝まで自分の腕から血を吸い続けていた。腕を朝までしゃぶっていた。 To Be Continued → 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/572.html
手を使わずに、ペンを動かす。 これは別に何ら奇妙なことではない。 メイジは、ある程度なら簡単に自動書記が可能であり、あらかじめ鍛錬した動作であれば、軽く杖を振っただけでそれをトレースすることが出来る。 貴族は、その格式の高さから、封書を閉じる封蝋(ふうろう)と、その上に判子を押すという一連の動作を魔法で行う。 王族に近いヴァリエール家の者であれば、嗜みとして当然のことであったが、ルイズにはそれが出来なかった。 魔法成功率0%と呼ばれるだけあって、呪文を用いる魔法はほとんど爆発してしまう、呪文を用いないごく簡単な魔法は、発動すらしない。 そんなわけで、授業では必ず自分の指を使ってノートを取るルイズだったが、今日は違った。 最初に異変に気づいたのは『風上のマリコルヌ』だった。 トリスティン魔法学院では、様々な魔法薬の講義も行っているが、魔法薬の材料となる薬草、秘薬、その他の材料をいちいち消費するわけにはいかない。 黒板の前で大きな巻物が宙に浮き、そこには様々な素材のイラストが描かれている。 さながら写真のような精密さだ。 メイジは得意とする属性とは関係なく、魔法に関わる全般に詳しくなければいけない。 しかし彼らは自分の得意分野以外にはあまり興味がない、魔法薬を専門に学ばない限り、微細な特徴まで知る必要はないと考えているのだ。 ルイズはその中でも異端の異端、得意とする属性すら分からない状態なので、どんな種類の講義でも真面目に受けてようと努力していた。 この『イラスト』に関してもだ。 マリコルヌは、ふとルイズの席を見た。 さっきからペンを走らせる音が妙に大きいからだ。 ルイズの席は列の一番奥だが、その周囲2席分には誰もいない、何度も爆発騒ぎを起こしたルイズのそばに座る者は皆無なのだ。 間を2席開けて座っていたマリコルヌは、音の招待に気づいて驚いた。 シャシャシャシャ、ではなく、シャァァーーー、と音を立ててペンが紙の上を走っている。 ルイズも魔法が使えるようになったのか! と驚いたマルコリヌは、好奇心からルイズの席に近づくことにした。 席を一つ詰め、二つ詰め、ルイズの隣に座り、ノートをのぞき込んだ。 そこに描かれているのは教材のイラストと同じイラストだった、そのあまりの見事さに、風上のマリコルヌは思わず声を上げた。 「すごい…」 それに驚いたのはルイズだった、ぼーっと授業を受けていた彼女は、隣にマリコルヌが座っていることに気づいていなかった。 しかもノートをのぞき込んでいるのだ、声に驚いたルイズはマリコルヌを見、マリコルヌはルイズを見た。 その距離5cm。 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 バッキョォォォォォォォン! 「タコスッ!?」 およそ貴族らしからぬ悲鳴を上げたルイズは、ノーモーションからのアッパーカットをマリコルヌに放った。 まるで分厚い鉄板に銃弾が当たったような音が響き、マリコルヌの体は宙に浮いた。 風上から風下に風がながれるが如く、上流から下流に水が流れるが如く、宙に浮いたマルコリヌの体は回転しながら床へと落下した。 「な、なんだっ!?土くれのフーケか!?」 驚いたギーシュは杖を手に取り臨戦態勢を取った。 キュルケもまた杖を構えて周囲を見渡す、よだれの跡を誤魔化しながら。 タバサは今日の授業も終わりかやれやれと言った表情で、ノートを片づけ始めた。 ルイズとマルコリヌを後ろから見ていたモンモランシーは、マリコルヌが授業中突然ルイズにキスしようとしたと説明し、マリコルヌは不名誉な烙印を押されてしまった。 そしてルイズは、モット伯の館で紛失してしまった杖を新調するためには、時間と手間のかかる『契約の儀式』を行わなければいけないと思いだし、ため息をついた。 放課後、杖を新調し、さて魔法を使うぞと意気込んだルイズは、魔法学院の外に直径20m程のクレーターを作ってしまった。 意気消沈するルイズに、見物に来ていたギーシュは「もう君を馬鹿にする者はいない、君は今日から爆発のルイズだ!」と言ったため、レビテーションもフライも使うことなく爆風によって宙を舞った。 それを見ていたキュルケは破壊力に驚き 「凄いわねえ、あれならトライアングルクラスのメイジでもイチコロよ」 と感心していた。 そしてタバサは、いつか役に立つかもしれないと思い、あの魔法の出し方をルイズに教えてもらおうなどと考えていた。 その晩。 思い通りに魔法が使えないルイズを慰めようとして、キュルケはルイズを馬鹿にし、タバサはかなり真面目に爆発魔法を教えてもらおうとしていた。 「あーもう、あたしに言われたって分かんないわよ!どうして爆発するのかこっちが聞きたいわよ…」 「ルイズったら短気ねぇ」 「あ ん た に 言 わ れ た く な い !」 キュルケとルイズの漫才が終わり、キュルケが部屋に戻ろうとした。 その時タバサが突然立ち上がり、こう言ったのだ。 「一蓮托生」 何のことはない、3人でトイレに行くという事だ。 キュルケが部屋の扉を開けようとしてドアノブを回すと、扉の脇に置かれたハンガーからマントが浮いて、ルイズの肩にかかった。 ハンガーは部屋の入り口。 ベッドは部屋の奥。 キュルケもタバサも、何が変なのか気づかなかった、魔法が使えればこれぐらい当然なのだ。 しかし、続いてルイズの杖が宙に浮き、主人の手に収まったのを目撃して、二人は声にならない悲鳴を上げた。 口を半開きにして驚いているキュルケ、実に珍しい光景である。 タバサはいつもの無表情だったが、ちょっとだけ漏れていた。 「…な、なによ、そんな顔して」 「あ、あんた今どうやって杖を持ったの?」 「手で取ったわよ」 「テーブルの上に置いた杖って、そこから手を伸ばして届く?」 「何言ってるのよキュル…」 そこまで言ってふと気づいた、そういえば、マントはどこに掛けてあったのかと。 ルイズはマントを取ろうとしたときと同じように、テーブルの上に置かれたタバサの本を取ろうとして、手を伸ばした。 いや、正確には『手を伸ばすイメージをした』だ。 タバサの本を掴む感触が伝わり、本が宙に浮く。 本の感触は確かにルイズに伝わっているが、ルイズの手が感じているわけではない。 もう一本の手がタバサの本を掴んでいる、そんな感覚だった。 じわり、じわりと何かが見えてくる。 よーく見ると、ルイズの腕から半透明の腕が伸び、タバサの本を掴んでいた。 「「「……………!!!」」」 そのころルイズの部屋の前で、顔に包帯を巻いた一人の男が立っていた。 風上のマリコルヌ、彼はルイズに誤解を解いてもらおうと思い、ルイズの部屋までやってきたのだ。 ルイズの顔をのぞき込んだ自分も悪いとはいえ、脳内にシーザァーと響きそうなアッパーカットを食らったのは納得できない。 でも爆発は怖い。 誤解だけでも解いて貰わなければ、授業中にルイズを襲ったという不名誉な噂がついて回る、それだけは勘弁して欲しかったのだ。 ルイズの部屋をノックしたマリコルヌは、その扉が微妙に開いているのに気づき、部屋の中をのぞき込んだ。 ノックの音に気づいた三人は扉を見た。 先ほどキュルケが開きかけた扉の、わずかな隙間がゆっくりと開かれ、包帯まみれの風上のマリコルヌが姿を見せた。 「るいぐぅ~ごうのことはおがいなんらおぉ~」 (ルイズー、きょうのことはごかいなんだよー) 「「「…………!!!!」」」 翌日、風上のマリコルヌがよく座る席に、一輪の花が手向けられていたという。 おまけ マリコルヌ「おぐはまらいんれらーい!」(僕はまだ死んでなーい!) シエスタ「あのー、マリコルヌさん、シビンはこちらに置いておきますから」 マリコルヌ「からががうごかららいんら…てつらっれふれらい?」(体が動かないんだ…手伝ってくれない?) シエスタ「うわ…最低」 マリコルヌ「あ…ほどめ、そんはへでみらへはら、ほぐ…」(あ…その目、そんな目で見られたら、僕…) シエスタ「なにこの人…気持ち悪い」 マリコルヌ「はあ!もっほ、もっほのろひっへ!」(ああ!もっと、もっと罵って!) マリコルヌは後に「まんざらでもなかった」と語ったそうな。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-14]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-16]]}
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3717.html
~たのしいトリステイン~ 題字:大和田秀樹(嘘) 第一話~わたしがルイズです~ トリステイン魔法学院、この学校では2年生に昇級する際、あるひとつの儀式を行う それはここで学ぶ魔法使い達にとっては一生の問題でもある『春の召喚の儀式』 一生涯のパートナーでもある使い魔を呼び出す儀式である ここにその儀式に挑む、一人の少女がいる ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール この物語の主人公である 彼女は名家の生まれでありながら全ての魔法が失敗する、しかも爆発すると言う、学院創立以来の劣等生として通っている 事実、彼女はすでに何十回も召喚に失敗しては爆発していた。 級友の殆どは彼女に対し、口汚く罵り、嘲り、笑った。 だが、彼女は一つも諦めてはいなかった そしてその思いは遠く、遥か彼方の地で同じく 気高く、己を貫き通す男に使役されていたモノに届く 「こぉーーーーーーーい!!」 もう呪文も何も無い、魂からの叫びと同時に今まで以上の爆音が土煙がおこる そしてその中から影が浮かび上がった ルイズは薄れ行く土煙から影を見て 心から願った もう平民でもいいから何かきてくれと しかしその希望は嘆息に変わっていった 土煙の中から現れたモノ それは・・・・・・・ それは触覚の様なモノに鏡を生やしていた、不思議な一つ目をしていた、椅子がついていた、竹やりの様なモノが生えていた 二つの車輪で大地に立っていた 後ろにゆくにしたがって凶悪な姿をしていた 「コルベール先生・・・・・召喚のやり直しを」 さすがのルイズも使い魔を呼び出したつもりが見た目からまったくの無機物だとわかるモノを使い魔とするのはどうかと考えやり直しを要求するが 「・・・・それは出来ません、春の召喚の儀式は神聖な儀式なのです」 監督していたコルベールの一言によって彼女も意を決した 「五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え我の使い魔となせ」 目?と思わしき部分にルイズは口付けをする、と同時に使い魔の情報が、使い方が、そして何か巨大な意志の強さみたいなものが彼女に流れ込む 使い魔の正面にルーンが刻まれた 「全員、無事に召喚 出来ましたね それでは戻りましょう」 コルベールの言葉とともに皆が魔法で空に飛び学院に帰って行く 一人ルイズだけを残して 「ゼロのルイズ、お前は歩いて帰ってこいよ!!」 「けっ、ゼロのルイズが」 彼女に様々な罵声が浴びせられる しかし彼女は動じなかった この程度なら慣れている それに今は・・・・・・この使い魔がいる 彼女は自分の使い魔にまたがる、使い方なら契約した時に頭に流れ込んできた、乗馬は得意だから乗りこなせるだろう ギャアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!! 大爆音が地面を揺るがす、後ろをゆっくりと飛んでいたマリコルヌは見た 地面を土煙を上げ猛スピードで走ってくるルイズとその使い魔を その光景を見た彼は後にこう友人達にこう言ったという 『まるで・・・・・悪魔を見ていた様だった』と ルイズは使い魔に乗り、風を切って走り抜けていた、顔が綻ぶ これはいいものだと直感的にわかった そして、ルイズは喜びのあまり使い魔の名前を無意識に叫んでいた 「パッソーーーール!!」 大和田秀樹 たのしい甲子園 より 悪魔のパッソル を召喚
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/715.html
ラ・ロシェールで一番上等な宿『女神の杵』 この宿に泊まったルイズ達は、一階の酒場で適当な料理をつまんでいた。 今後の予定などを話していたが、ロングビルはラ・ロシェールにとどまると聞いて、ギーシュが何故ここに止まるのかと質問した。 「私は、ミス・ヴァリエール、そしてワルド子爵が帰還されない場合の連絡役ですから」 ロングビルの答えに「なるほど」と頷いていると、そこにワルドが戻ってきた。 ワルドはアルビオンに向かう船を調達するために出かけていたのだ。 席に着いたワルドから、アルビオンにわたる船は明後日になると告げられる。 「あたしはアルビオンに行ったことがないからわかんないけど、何で明日は船が出ないの?」 キュルケのふとした疑問にワルドが答える。 「明日の夜は月が重なるだろう、『スヴェル』の月夜だ。アルビオンに行くには距離がある。その翌日の朝ならアルビオンがラ・ロシェールに近づくんだ」 キュルケは、タバサのシルフィードに乗せて貰えば良いと考えたが、シルフィードに無理をさせるのは少し気が引ける、おとなしくワルドの言葉に従うことにした。 ルイズも同じ事を考えていたが、本来ならお忍びの任務、タバサの力を借りるのはあまり良くないと思い、何も言わなかった。 ワルドが席を離れると、あらかじめ預かっていた鍵を机の上に置く。 「さて…そろそろ寝るとしようか。部屋は取ってある、ルイズと私は相部屋だ、後は…」 それを聞いたルイズは顔を真っ赤にする。 「そんな、ダメよ! ままままだ私たち結婚してる訳じゃないし、それに…」 「婚約者だからな、当然だろう?それに…大事な話があるんだ、二人きりで話をしたい」 そう言って、ワルドはルイズを連れて部屋へと入っていく。 後に残された四人はしばらく悩んだが、ギーシュは一人、他の三人は相部屋ということで落ち着いた。 ルイズとワルドが入った部屋は、この宿でもっとも上等な部屋であり、そのつくりは貴族の館の私室のようで、豪華な装飾の割には落ち着いた雰囲気のいい部屋だった。 「きみも腰掛けて、一杯やらないか? ルイズ」 ルイズは言われたままにテーブルに着くと、ワルドが注いだワインを二人で乾杯した、ルイズは恥ずかしさからか、少しうつむいていたが。 「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」 ルイズはポケットの上から、アンリエッタの封書を押さえた。 どんな内容なのか具体的に入ってくれなかったが、恋文に似た思いで書いたのだと想像はつく。 ウェールズから返して欲しいという手紙の内容は、もしかしたら…そこまで考えて頭を振った、今はそんなことを考えても仕方がない。 そんなルイズを心配して、ワルドが語りかける。 「不安なのかい? 無事にアルビオンのウェールズ皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」 「そうね。不安だわ…だけど……」 そこでルイズはハッと気づく、ワルドの後ろに見える、比較的大きな姿見の鏡に、あの青い色の幽霊が浮かんでいたのだ。 ワルドはルイズの視線に気づき、ふと後ろを見る、しかしそこには誰もいない。 鏡にも何も映っていなかった。 「ずいぶん心配しているのだね…大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついているんだから」 「そうね、あなたがいれば、きっと大丈夫よね」 ルイズは落ち着いたフリをして答えるが、内心は焦りがあった。 心の中で誰かが警鐘を鳴らしている、何かがおかしい、何かが引っかかる。 昔、吸血鬼が居た。 その吸血鬼のカリスマ性とも言うべき、人を『恐怖』させ『安心』させる姿。 あの雰囲気に共通する、何かがあるのだ。 いつの間にか、ワルドは遠くを見る目になって、ルイズに語り出した。 ワルドはルイズとの思い出を語り、そして、ルイズの魔法は4大魔法ではなく、別の魔法…すなわち虚無の魔法に最も近いのではないかと言った。 歴史書が好きだったワルドは、始祖ブリミルの魔法についても調べていた、火炎と油による爆発は、火と土の合成だが、単体で爆発を起こせる魔法は存在しないはずだとまで言った。 それが本当の事かどうか分からないが、ルドが自分を評価してくれているのは分かる。 しかし現実味を感じられない、どこか白ける気すらした。 そして… 「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」 「え……」 いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。 先ほど現れた幽霊のことも忘れ、ルイズはワルドの話をじっと聞き続けた。 一方、キュルケ、タバサ、ギーシュの三人は、景気づけと称した一気飲みでロングビルに敗北していた。 翌日、ルイズ達4人は、ラ・ロシェールの町を見て回っていた、ロングビルは一応護衛なのでルイズと行動を共にしている。 ワルドは後学のためにと、ギーシュを連れて桟橋へ行ったが、実際の所ギーシュは体の良い小間使いだろう。 一通りラ・ロシェールを見て回った四人は、『女神の杵』の裏手にある練兵場に来ていた。 「昔はここで修練してたのねー」 キュルケが興味深そうに呟く。 歴史などには興味のなさそうな彼女だが、練兵場の壁は、高位のメイジが固定化をかけたと思われるほどの丈夫さがあった。 そしてその岸壁にも、いくつかの傷や焦げ跡がある。 集団戦と言うよりは、決闘の痕と言うべき傷が、キュルケの心を喜ばせた。 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったと聞いています」 ロングビルの言葉に、一同が感心する、言われてみれば宿の作りに不思議な点があったと思い出せるからだ。 そういえば…と、キュルケがロングビルを見る。 「ミス・ロングビルはラ・ロシェールに住んでたの?」 ロングビルはこの宿だけではなく、ラ・ロシェールの事に詳しかった。 事実、町を巡って何か分からないことや疑問があれば、ロングビルが説明してくれたのだ。 「いえ、私は…」 「アルビオン訛り」 ロングビルを差し置いてタバサが答えた、その答えでキュルケとルイズが納得する。 アルビオンの貴族ならば、大陸に来る時にこの町を必ず通る、しかし納得したところで別の疑問が出てきた。 なぜルイズと共にアルビオンに同行しないのか? 故郷ならば、地理にも情勢にも詳しいのだろうが、それなのにアルビオンには同行しないと言う。 その答えは三人にとって驚きのものだった、ロングビルはアルビオンの貴族ではなく、アルビオンの貴族だった者、なのだ。 貴族としての立場を剥奪されたメイジ、ある意味、王党派を恨んでいてもおかしくない人物がルイズの護衛をしていることに、三人は大いに驚いた。 「ミス・ロングビル、なんでルイズの護衛なんて引き受けたのかしら?」 キュルケは不信感を隠そうともしない態度で質問する。 「…私は、戦争を防ぐために手伝って欲しいとしか、オールド・オスマンから承っていませんわ、王党派への恨みがないと言えば嘘になりますが、戦争が始まって孤児が増えるのは…もう、見たくはありません」 ロングビルはルイズを見た、ルイズは何か考えるように、うつむいている。 「私からも一つだけ質問させて頂きます、ミス・ヴァリエール…貴方はなぜモット伯の元へ、シエスタを助けに行こうとしたのですか?」 キュルケとタバサもルイズを見た、この二人にしても疑問に思っていたからだ。 「貴族が、一人の平民を贔屓するのは、決して良いことだとは思えません。モット伯は教育と称して少女を嬲り、売買もしていたと判明しましたが…そうでなかったら、どうするおつもりでしたか?」 その質問は、あらかじめ答えが用意されていた。 いや、ルイズ自身が自問自答していたのだ、これは誰からの受け売りでもない、ルイズ自身の答えだった。 「一度でも友人と呼んだ者を見捨てるのが貴族といえるのかしら」 ルイズは、真剣な目でロングビルを見た。 ロングビルは、その視線に思い出す者があった。 そもそもロングビルの一家が貴族の立場を剥奪されたのは、父親がアルビオンの王家に逆らったからだ。 しかし、父は決して後悔などしていない。 王家よりも、自分よりも、何よりも大事な『理念』を守ろうとした父、その視線とうり二つに見えたのだ。 以前のルイズならば、同じ答えを言ったとしても、そこには説得力が無かっただろう。 しかし今のルイズに見える『威厳』と、目の奥に見える『悲しみ』があった。 「貴方は、精神的にも貴族なのね…」 ロングビルの呟きに、ルイズは少しだけ頬を染めた。 「照れてる」 「う、うるさい!」 タバサの言葉に、いっそう顔を真っ赤にしてルイズが怒鳴る。 「ちょっとあんた何格好いいこと言ってるのよ!ゼロのルイズのキャラじゃないわよ!」 「ゼロって言ったわねこの色ぼけ女!」 キュルケのちょっかいで、普段の騒がしさを取り戻した三人。 その三人を見ながら、ロングビルは何かを決心していた。 キュルケと喧嘩しつつも、ルイズの頭の中にはある記憶が浮かんでいた。 シエスタを助けるため、モット伯へと立ち向かう決心を与えた、ある人物の記憶だった。 『なぜ おまえは自分の命の危険を冒してまで わたしを助けた…?』 『さあな…そこんとこだが おれにもようわからん』 なぜ命がけでシエスタを助けに行ったのか、よく分からない。 アンリエッタからのお願いを、命の危険があると知りながら引き受けたのも、よく分からない。 でも、よく分からないままでも、いいじゃないか…。 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/328.html
「使い魔品評会が開かれます!」 食堂に集まった生徒達は、コルベール先生による使い魔品評会の知らせを聞いて大いに驚いた。 使い魔の品評会は、簡単に言えば使い魔自慢だが、今回はアンリエッタ姫殿下が使い魔の品評を行うという。 アンリエッタ姫殿下はその清楚さと、幼さを見せない凛とした姿に人気があり、国民の憧れの的と言っても過言ではない。 他国からの留学生であるキュルケ、タバサはその逆で、姫には興味がないと言った感じだ。 わいわいと騒ぐ生徒達の中で、ルイズは、本日何度目か解らないため息をついた。 「皆さん静かに! …先ほども言いましたが、品評会は明後日、今日と明日しか猶予はありません。 しかし、トリスティン魔法学院の生徒達は皆、普段から使い魔の能力を熟知し、 パートナーとして最大限の力を活かせるものだと信じております! 尚、今日と明日はオールド・オスマン氏のはからいにより、 授業はすべて中止となります」 授業が中止と聞いて、生徒達は喜び、やった!などと声を上げるものも多かった。 そんな中で、ルイズから向かって右端の方に座っている教師二人が、ボソボソと何かを呟いているのが見えた。 『二学年に、使い魔の居ない人が確か…』 『ヴァリエール侯爵の娘ですよ』 『ああ、そうでしたね』 『欠席は認められないとなれば、魔法学院にとっても恥ではありませんか』 無礼な教師二人の声は、とてもルイズまでは届かない。それどころか最前列に座っている生徒にも聞こえていないだろう。 しかし唇の動きがハッキリと見え、その言葉が頭に流れ込んでくる。 (何よあいつら、聞こえてないと思って好き勝手言って…) ルイズは悔しさに身を震わすばかりで、言葉が見えてしまうことに疑問を感じる暇もなかった。 やがて生徒達は、使い魔にどんな芸をさせようかと思案しながら食堂を出て行く。 後には思い詰めたような顔をしたルイズと、メイドのシエスタが残っており、 メイドは深刻な表情のルイズに声をかけて良いものか迷ったが、意を決して話しかけた。 「あ、あのっ」 「え? あ、この間の…えっと」 「シエスタ、です。この間は私のせいで、貴族様に、その、ご迷惑を」 緊張しているのか、言葉がたどたどしい。ルイズは笑いかけるように言った。 「あれはもう私の問題よ。貴方はメイドとしてちゃんと仕事をしただけじゃない」 「でも…」 「いいの、迷惑だなんて思ってないわよ。それに…」 ”恐怖で人を縛り付けるのはよくない。”と言おうと思ったが、言えなかった。 ルイズの姉エレオノールは威厳と実力を示し、人を従わせるタイプだった。ルイズはその姉が苦手で苦手で仕方がない。 しかし、苦手なエレオノール姉の姿こそ、貴族の理想だと思っていた。 もう一人の姉カトレアは、その穏やかな人柄と、どんな相手にも分け隔て無く接する優しさを持ち、人を従えるのではなく、人が慕ってくるタイプだった。 使い魔召喚に失敗したあの日から見続けている奇妙な夢。 それが、エレオノール姉への憧れを打ち消し、カトレア姉への憧れを強くしていく。 しかし、時には恐怖で人を従わせるエレオノールの振る舞いも貴族のあるべき姿だと思っているのだ。 ルイズは、頭の中の混乱を上手く言葉にすることが出来ない、と感じたのか、余計なことは言わないでおくことにした。 「何でもないわ。それよりも貴方、私のこと貴族様って呼ぶの止めてよ。ルイズでいいわよ」 「は、はい、ルイズ様」 ルイズは少し考えた後。 「様もいらないわよ」 とだけ言って笑いかけ、席を立った。 シエスタは立ち去ろうとするルイズに深々とお辞儀をしてから、 食器の片づけをしようとして、ルイズの席の食器を手に持った。 その時、足下に落ちていた誰かの香水入れを踏みつけ、バランスを崩した。 「!」 この学院で使われる食器は、貴族から見ればそれほどの価値はない。 しかし平民のシエスタにとっては大変なものだ。 もし趣味の悪い貴族に仕えるメイドならば、粗相をしたと言って殺されても不思議ではない。 手の中から滑り落ちる食器の感覚に、この世の終わりのような思いをしたシエスタ。 彼女の耳に食器の割れる音が届くかと思われたが… なぜか食器はテーブルの上に置かれていた。 「ちょっと、どうしたのよ。気をつけなさい…って、それモンモランシーの香水入れじゃない。こんな所にあったら危ないじゃないの」 そういってルイズは香水入れを拾い上げた。 そして、何が起こったか解らず呆然としているシエスタは、少しの思考の後『ルイズ様が魔法で何とかしてくれた』という結論に達し、ルイズに対する尊敬はますます高まっていくのだった。 そして、魔術学院の学生達が待ちに待った、使い魔品評会、その前日の夜。 ルイズはベッドの中で丸まっていた。 どうしよう、どうしよう、と、終わりのない自問自答を繰り返す。 サモン・サーヴァントは一回も成功していない。 このままでは使い魔品評会で恥をかいてしまう。 使い魔を呼び出すサモン・サーヴァントは、成功確率が高い魔法と言われている。 使い魔と主従の契約を交わすコントラクト・サーヴァントの方が難しいこともある。 どんな魔法を使っても爆発、つまりは失敗。 もしかしたら、自分は魔法の才能が無いどころか、メイジですらないのかもしれない。 数え切れないほど失敗を繰り返したルイズの手には火傷の痕が残り、頬にはかすり傷もついていた。 「退学…かな…」 最悪の結果を考えて、ルイズは自分が弱気になっていることに気付いた。 使い魔品評会には、使い魔がいなければ何も出来ない。 ギーシュとの決闘の時、私は魔法を使って勝ったはずだと何度も自分に言い聞かせた。 落ち込むばかりじゃいけない、まだ少しだけ時間がある。 ルイズは寝間着の上にマントを羽織り、杖を持って、最後のチャンスに賭けようと外に出た。 中庭は二つの月に照らされて明るく、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 その中央に誰かが立っている。誰だろう?と思い近づいてみると、シエスタが二つの月を見上げていた。 「何やってるのよ、こんな時間に」 「!…ご、ごめんなさ…ルイズ様?」 「様はいいわよ、もう…幽霊でも出たかと思って驚いたじゃない」 「すみません…ちょっと、祖父のことを思い出していたんです」 「お爺さんの?」 「はい。私の髪の色は、ここでは珍しい色です」 そういえば黒い髪なんてあまり居ないわね、と心の中で呟く。 「祖父の生まれた土地では、黒い髪の毛の人しかいなかったそうです」 ルイズは自分の祖父の姿を思い出しながら、シエスタの話を聞いていた。 「…祖父は、遠く東の果てから来たと言っていました。村の人たちは誰も信じません。 でも、祖父はいつも月を見上げては、故郷の月は一つだった…って言っていたんです」 「月が一つ?そんなのどこに行けば見られるのよ」 不意に、ルイズの思考を別の記憶が流れ込む。 私は砂漠の中に立っていた。 昼間の熱気とはうってかわって、極端に寒くなる砂漠の夜。 仲間達と共に月を見上げ、ひとときの休息を味わう。 「村の人は誰も信じません。でも、私には祖父の言葉が嘘だとは思えなかったんです」 「信じるわよ」 「えっ?」 「そんな世界も、どこかにあるかもしれないじゃない」 その時のシエスタの表情は、今までに見たことのない、明るい笑顔だった。 「私も、月が一つの世界に、一度行ってみたいわ」 そう言ってルイズは月を見上げ、記憶をたぐり寄せる。 高速で巡る月。 加速する世界。 娘に降り注ごうとするナイフの雨。 ナイフを弾き、次の瞬間、切り裂かれる自分の体。 「あうっ!」 「え、る、ルイズさん!どうかしたんですか!?」 膝の力が抜け、倒れそうになるルイズを、シエスタが支えた。 「だいじょうぶ、だいじょう、ぶ、ホントに、大丈夫だから…気にしないで」 「でも、お顔が真っ青です。それに、こんなに震えて」 「月明かりのせいよ」 「違います。すぐに治癒の先生の元へお連れしますから」 「大丈夫。本当に大丈夫よ。ちょっと足が震えただけなんだから、部屋で休めばすぐ治るわよ…」 シエスタは口で答えるよりも早くルイズの体を支え、ルイズの部屋へと歩き出した。 夜中なので足音を立てぬよう、静かに歩く。 女子寮に入るのは初めてだったが、ルイズの案内で部屋の前まで来ると、フードを被った不審な人物が、ルイズの部屋の前で立ち往生しているのが見えた。 「ルイズ!ルイズ・フランソワーズ、どうしたの?そんな、辛そうにして…」 フードを被った人物は女性らしい細い声で、ルイズに声を掛けた。 シエスタはフードを被った人物が誰だか分からなかったが、ルイズの体を支えようとしたので、ルイズの友人だろうと判断した。 フードを被った女性はルイズの部屋を開け、シエスタはルイズをベッドに座らせる。 その間にフードを被った女性は扉を閉めて、罠を関知する魔法で安全を確かめ、サイレントの魔法で部屋の音を外に漏らさぬようにした。 「ルイズ…ああ、どうしたことでしょう。顔を真っ青にして…」 そう言いながらフードを外し、アンリエッタ姫殿下ルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」 「…ひ、姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」 「そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。あなたとわたくしはお友達じゃないの!」 そう言って二人は、ルイズの体の調子を気にしつつも、過去の思い出話に花を咲かせた。 幼い頃、ルイズはアンリエッタ姫の遊び相手をしていた。利欲と陰謀の渦巻く王家と貴族の間で、アンリエッタ姫が唯一心を許せる友達がルイズなのだ。 「あら。ごめんなさい、貴方のことをすっかり忘れていたわ。私の友達を助けてくださったのに…」 さっきから一人放置されていたシエスタは、突然自分に声を掛けられて、それこそ輪切りにされてホルマリン漬けにされる程驚いた。 「あ、あの、ご、ご無礼を、いたしました…」 先ほどのルイズよりもひどく震えながら、アンリエッタ姫の前に土下座するシエスタ。 その態度から、アンリエッタはシエスタが平民だと見抜き、そして寂しそうな表情をした。 「貴方は平民なのですね。そんなに怖がらないで。私の友達を助けてくださったのですから、貴方に感謝することはあれど、罰することはありませんよ」 アンリエッタがそこまで言っても、シエスタは土下座したまま震えている。きっとパニックに陥っているのだろう。 ルイズは無言でシエスタを抱き起こす。シエスタの目にはハッキリと怯えが見えていた。 「…これは、私の至らなさが原因なのです」 ぼつりと、アンリエッタが呟き、そして話が始まった。 アンリエッタが諸侯を視察している時の話だ、道中、外を見ると、アンリエッタを歓迎する貴族と平民達が見える。 皆の喜ぶ顔はアンリエッタにとっても喜びだった。 しかし、その一方で、躾と称して平民を殺す貴族もいる。過剰な拷問を趣味にしたり、平民が貴族に逆らえないのをいいことに、平民の少女でハーレムを作る貴族もいる。 アンリエッタは、それがとても汚らしいものに見えた。 しかしそれを正せるほどの権威は、今の自分には無い。そんなことをすれば貴族達からの反感を買い、クーデターが起こってもおかしくはない。 ルイズという身分違いの友達を得ることで、アンリエッタは自分の本心を見せられる友達のありがたさを知り、身分の差を疎ましく感じるようになった。 それと同時に、自分は籠の中の鳥なのだ。貴族の暴虐を黙認し、その見返りとして貴族に守られなければ、何も出来ない弱者なのだと感じていた。 「それは姫様だけの責任ではありませんわ!貴族全員の…」 「わかっています。ですが、王家の者として、貴族が恐怖の象徴として扱われることに責任を感じているのです」 話を聞いていたシエスタも、少し落ち着いたのか、悲しそうな表情で姫を見た。 それは同情からくるものであり、無礼ではあったが、アンリエッタは数少ない理解者が増えた気がして、その視線に喜びを感じていた。 「あ、あのっ、難しいことはよく分かりませんけど…わたし、アンリエッタ姫様が、今の話で、好きになりました。ですから…あ、あの」 この時代、貴族に、しかも王族に話しかけるという行為すら咎められることがある。勇気を振り絞ったシエスタの言葉を聞き、アンリエッタとルイズは心底嬉しそうに笑った。 しばらく三人で談笑した後、アンリエッタは、 「それでは、明日を楽しみにしています、ルイズ、体をいたわって下さいね」 と言って、シエスタと共に部屋を出て行った。 結局、使い魔の召喚には成功していない、明日恥をかくのはもう避けられない。 けれども別の充実感があった、アンリエッタ姫にまた一人友達が増えたことだ。 一人だけでになり、寂しくなった部屋で、ふと窓の外を見た、 もし、使い魔がいたら、私はどんな名前を付けただろう。 そう考えたルイズの目に、銀よりも強い輝き、白金色の光をまとった流れ星が流れた。 『星 の 白 金』 「スタープラチナ」 ルイズは、小声で呟いた。 翌日朝、使い魔品評会が始まる直前まで、女子達の間では新たに出現した幽霊の話で持ちきりだった。 『月夜に中庭に立つ幽霊』 『廊下で足を引きずって歩く幽霊』 『フードを被った女性の幽霊』 ルイズは冷や汗をかき。 キュルケは呆れ。 タバサの洗濯物は今日も一枚多かった。