約 997,958 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4479.html
前ページ次ページGIFT あわただしい気配が分厚い壁を通り伝わってくるのを、ルイズは退屈しながら感じとっていた。 懲罰房の中に運び込まれた机の上には、どっさりと出された課題の山があるが、全て終了済みだった。 罰として与えられたものだが、今のルイズにとってそれらは退屈な監禁生活の無聊を慰める程度でしかない。 それはさておき……。 推測するに、どうやらかなりのお偉方が学院に訪ねてくるらしい。 どんな相手なのか、意識を集中して感知してみようか? ルイズはそう思いながら、眼を閉じる。 ちくり。 危険や敵意を敏感に感じとる感覚(センス)が反応した。 学院の中ではないが、そう遠くはない。 何者だろう。 ルイズは緊張と興奮、それに奇妙な歓喜を抑えながら意識を集中し続け、それを正確にとらえようとした時、 「ミス・ヴァリエール」 無粋な声が、集中を中断させた。 確認するまでもない。 教師のコルベールだった。 いつもと違い、ちんどん屋みたいにめかしこんで、似合いもしない金髪のかつらをかぶっているのは、お偉方を出迎えるためだろう。 「今日で停学は終了です」 おっほんとわざとらしい咳をしながら、コルベールは言った。 「そうですか」 特に嬉しそうにもしないルイズに、コルベールは不安そうにしながら、 「本日、アンリエッタ姫殿下が、当学院にご行幸なされることになりました」 「姫殿下が?」 ルイズもこれには驚いた。 まだ幼い頃、ルイズは『おそれおおくも』アンリエッタ姫の遊び相手をつとめていたことがある。 言うなれば、アンリエッタはルイズにとって幼馴染だった。 「急なことですが、すぐに歓迎式典の準備をせねばなりません。あなたもすぐに正装して校門前に整列するように」 「わかりましたわ、ミスタ・コルベール」 ルイズに殊勝に頭を下げながら、予感した。 危険を放つ相手は、姫殿下の行列の中にいる……あるいは。 姫殿下本人が、その相手かもしれない。 トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳! 歓声がやかましい中、ユニコーンの引く豪奢な馬車から美姫が姿を見せた。 花のような微笑で歓声に応えるアンリエッタは、年月をへてさらに美しくなっていた。 それを遠目に見るルイズの周辺は、近づく者がいないために円のようになっている。 皆がルイズを恐れているのが実によくわかった。 ルイズにすれば、暑苦しくないのでむしろけっこうなことだが。 「あれが王女? たいしたことないわね、私のほうが魅力的だわ」 不遜な発言しているキュルケの横では、タバサが地面に座り込んで本を読んでいた。 近くにいる……。 ちくちくと、警戒せよ、警戒せよと繰り返す蜘蛛の糸。 その反応は、アンリエッタからはなかった。 ここはほっとすべきことなのか、ルイズは考えたが、特に感慨はわかない。 さらに、糸を伸ばしてみる。 びくんと反応があった。 ゆっくりとその反応先を見てみた。 立派な羽根帽子をかぶり、グリフォンにまたがった美形の貴族が見えた。 どこか――で、見たような顔だった。 こいつか。 相手を確認してから、ルイズは何食わぬ顔で、 「アンリエッタ姫殿下万歳!」 などと叫んでみた。 ふとキュルケのほうを見ると、例の羽根帽子貴族に魅入っている。 なるほどね――。 ルイズは失笑した。 さもありなん。あのツェルプストーが好きそうなタイプだ。 夜、久々に部屋に戻ったルイズは懐かしきベッドに寝転がっていた。 メイドが掃除をしていたのか、放置されていた部屋は埃などもなく、綺麗なものだった。 ベッドの脇にはインテリジェンス・ソードが置いてある。 「久しぶりだよなあ、相棒!」 デルフリンガーが嬉しそうに言ってくる。 「会ったばかりなのに、相棒がすぐにどっかに閉じ込められたとかで、俺ぁ冷や冷やしたぜ!」 「誰に聞いたの?」 「掃除にきたメイドたちが話してたのよ。聞いたぜ、どっかのメイジをボコボコにしたんだって?」 そこから、デルフリンガーの声は不満を含んだものになった。 「冷てえよなあ、相棒は! そういう時こそ俺の出番だろうがよ?」 「さすがに、人のいる前で貴族殺しはまずいわよ」 ルイズはつまらなそうに言った。 まあ、勢いで殺しかけたんだけどね。いや、ていうか、精神的には死んだかしら? 「そのうち、オーク鬼にでも会ったら使ってあげるわよ……」 「絶対だぞ? 約束だからな!」 「はいはい」 ルイズはうるさげにしながら、苦笑した。 だが……。 「ちょっと黙って」 ルイズがそう言うと、デルフリンガーがすぐに沈黙した。 相棒、相棒というだけあって、こういう時の機微はすぐに察知してくれるようだ。 そこのところがルイズには好ましかった。 やはり、ただのおしゃべりな剣というわけでもないようだ。 ドアがノックされた。 はじめに長く、二回。次に短く、三回。 ルイズはすぐに起き上がり、ドアを開けた。 入ってきたのは真っ黒頭巾の若い女だった。 「…………」 ルイズは無言で黒頭巾を迎え入れた。 黒頭巾は杖を取り出して、軽く振った。 探知の魔法、ディティクト・マジックね。 ルイズは部屋に舞う光の粉を見ながら、慇懃に膝をついてみせた。 どこに目が、耳が光っているかわからないものね、そんなことを黒頭巾は言っている。 「……お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」 黒頭巾を取りながら、アンリエッタはそう言った。 「姫殿下も、ご機嫌麗しゅう……」 「そんなことを堅苦しいことはやめてちょうだい、ルイズ!」 アンリエッタはそう言いながらルイズを抱きしめる。 「ああ、ルイズ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! あなたと私はお友達じゃないの!」 「もったいないお言葉でございます、姫殿下」 とりあえず当たり触りのないことを言ったが、麗しの姫殿下は一人で勝手にヒートアップしていた。 やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面して寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ! ああ、もう! わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら? 昔馴染みのルイズ・フランソワーズ、あなたにまでそんなよそよそしい態度をとられたら、わたくし死んでしまうわ! 熱の入った一人芝居みたいな繰り言を続ける姿は、ひどく現実離れしていた。 もしかすると、彼女の頭の中では、ここは魔法学院の女子寮ではなく、大劇場の舞台になっているのかもしれない。 ばっかじゃねえの? 姫の『熱演』に接して、ルイズが思ったことはそんなことだった。 だが、同情できないこともなかった。 いつか父がこぼしていた、一見華やかながら、宮廷とは権謀うずまく、魑魅魍魎が徘徊する場所だと。 そんな宮廷生活は相当に精神を蝕むものかもしれない。 といって――ルイズが今まで過ごしてきた生活だって、十分すぎるほど精神を蝕むものだった。 だから、それほど踏み込む気持ちは起きなかった。 そもそも、この姫は何をしにここにきたのだ? わざわざ昔話に花を咲かせるため――まさか……いや。 「だけど、最初見た時は驚いたわ。髪の毛を短くしたのね」 アンリエッタは息をついてから言った。 「最近のことですけど」 「でも、その髪も素敵よ。とっても凛々しくて……」 「感激です。私のことなど、とっくにお忘れになっているものかと」 「忘れるわけないじゃない。あの頃は、何もかもが楽しかったわ」 姫殿下の、声のトーンが変わった。 今まではただの前振り。ここから、本番ということかもしれない。 「あなたが羨ましいわ、ルイズ……。自由って素敵ね――」 羨ましいだと? ルイズはかすかに目を鋭くしたが、アンリエッタは気づいた様子もない。 羨ましい? なるほど、確かに今の自分は羨ましいかもしれない。 神から、あるいは運命というべきか、そういったものから力を与えられたのだから。 とてつもない力を。 しかし、それをアンリエッタは知っているのか? いや、まさかそうとは思えない。 誰もこのことは知らないはずなのだ。 ならば……この姫は本気か、戯言か知らないが、ゼロのルイズという少女に対して羨ましいと言っているのか? 「自由ですか」 「ええ……」 それっきり、アンリエッタは黙りこんでしまった。 どうやらひどく、言いにくいことらしい。 すなわち、それはルイズにとっても穏やかならざるものであるのか。 なら、言わせる必要などない。 そう考えて、ルイズは自身の思考に今さらながら驚いた。 以前のルイズならば、何をさておいてもアンリエッタの隠していることを聞きたがったはずだ。 たとえ、それが破滅につながる道でもあって……。 王家への忠誠。それは貴族の誇りと名誉につながるものだ。 魔法の使えぬルイズにとって、わずかながら自分を支える頼りない柱……だったもの。 けれど、今のルイズはそんなことは考えようとさえしていなかった。 もはや――貴族であることにすがる必要など、どこにもありはしないのだから。 「私は、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました……」 まるで葬列に並ぶような表情で、アンリエッタは言った。 「それは」 ルイズは一瞬返答に躊躇した。 普通なら、ここでおめでとうございますと、拍手でもするべきところなのだろうが、姫殿下の表情からそうではないことがわかる。 何となくわかる気もした。 ゲルマニア――あの、褐色の多情な女を思い出しながら、ルイズは考えた。 あの国は、歴史の古いトリステインなどから見れば成り上がり者の国だ。 そんな国に嫁ぐなど、大げさに言えば屈辱以外の何者でもないだろう。 「……」 だがそこで、ルイズの感覚は抜き足さし足と部屋に接近してくる気配を感じとった。 ふん。 無意識のうちに、冷笑がこぼれてしまう。 アンリエッタはそんなルイズに気づかず、ぶつぶつと愚痴とも独り言ともつかない言葉を並べ立て始めた。 ゲルマニアとの婚姻は、両国の同盟のため。 現在アルビオンでは内戦が起こり、王家が敗れそうである。 アルビオンを掌握した反乱軍は、今度はトリステインに牙を向けるだろう。 ゆえに望まぬことではあるけれど……。 しかし、アルビオンの反乱軍は同盟を壊す材料を必死で探している。 もし、そんなものが見つかれば、当然トリステイン、ゲルマニアの同盟はおしゃかになるのだ。 ルイズはそれを話半分に聞きながら、ドア越しで血眼になっているであろうピーピング・トムに意識をやっていた。 ついにアンリエッタは、自分で話した自分の現状に、自ら絶望したのか、 「おお、始祖ブリミルよ……。この不幸な姫をお救いください」 両手を組んで祈りの真似事を始めた。 自己憐憫か、反吐が出る。 ルイズは聞こえないように舌打ちをした。 「それは……大変なことになっているのですね」 そう言ってやると、アンリエッタは顔を覆って震え出した。 いい加減にしろ、このマヌケが……! ルイズは目前の姫を蹴り飛ばしたい気分になった。 自分が世界で一番不幸でございますという態度だが……。 魔法が使えぬせいで屈辱にまみれた人生を送ってきたルイズからすれば、そんな行為は見苦しいものでしかなかった。 「一体何をおっしゃりたいのですか?」 ついにたまりかね、ルイズはいらついた表情でアンリエッタを睨む。 「ルイズ……?」 「せっかくのお越しでございますが、そのようにされていてもわけがわかりませんわ」 冷たく言って、ルイズはしまったと唇を噛む。 適当にめそめそさせておけば……どうせ、そういつまでもここにいられはしないのだ。 そのうちに帰っていったに違いない。 こんなことを言えば、相手に厄介ごとを話させるきっかけを与えてしまうではないか。 「実は……あるものが原因で、婚姻……同盟が壊れてしまうのかもしれないのです」 そうら、きた。 ルイズは大変ですね、とも言えずに、無言でうつむいた。 「私が、アルビオンのウェールズ皇太子に送った手紙……」 プリンス・オブ・ウェールズ……ルイズも知っている、眉目秀麗の凛々しい王子だ。 「それをもし、ゲルマニアの皇室が読めば……決して私を許さないでしょう」 アンリエッタは死にそうな声だった。 「間違いなく、同盟は反故に。そうなれば、トリステインは一国で反乱軍と……」 どんな手紙を送ったのだか。 ルイズは是非とも、手紙を読んでみたい気分になった。 遠いアルビオン、それも今は戦争の真っ最中であるウェールズ王子のもとにあるとすれば、まず不可能だろうが……。 「絶望ですわね」 「ああ。そうです、まさに絶望です! もしも、あれが反乱軍に渡ってしまえば……破滅です!!」 「で、姫様、私にどうしろと?」 ルイズはもはや付き合い切れなくなり、 「そのようなことは、私などではなく、もっと他に相談すべきかたがいらっしゃると思いますが」 信用できる者など……こんなことを話せる者など……と、アンリエッタは苦しそうにうめいた。 だったら、最初からそんなもの送るなと思いつつルイズは、 「もしや、私にアルビオンに赴いて、その手紙を――」 「無理よ、無理よ、ルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ!」 大げさに首を振るアンリエッタ。 「まったくですわね」 とうとうルイズは吐き捨てるように言った。 「国政に携わっておいでになると、ひどく精神を病まれるというのは大変よくわかりましたけれど」 アンリエッタは弾かれたように顔を上げて、ルイズを凝視する。 幼馴染の冷然とした表情を見て、アンリエッタは力なく肩を落とした。 「そうね。ごめんなさい…………」 ぽつりと蚊のなくような小さな声でルイズに詫びた。 やがて、静かにルイズを見た。 「変わったのね、あなたも」 「ええ。もちろんですわ」 ルイズは微笑んで、 「魔法がまともに使えずに、平民にすら軽蔑され、ついた二つ名がゼロのルイズ。人間が変わるには十分すぎる要因ではありませんか」 ルイズはわざと芝居がかった言動で、意地の悪い顔をしてみせた。 アンリエッタは何も言わない。 「まさか、姫殿下も、そんな落ちこぼれに国の存亡をかけた任務など、本気で任せられるはずもないでしょう」 今度は表情を消し、淡々と言ってみせた。 すると、アンリエッタはドレスの裾をぎゅっと握り締める。 手が震えているのがわかった。 さてと、ルイズはドアのほうへ意識を向けた。 ピーピング・トムはどう出る? どう転んでも……。 「――なあ、そう意地悪をしてやるなや」 いきなり、デルフリンガーが口をはさんできた。 「な、何者です?」 アンリエッタは滑稽なほどに狼狽した。 気品あふれる美姫であるだけに、そのさまは下手な道化師の仕草よりも滑稽だった。 「うるさいわよ」 ルイズはドアの向こうのピーピング・トムが動いたのを感じ取り、舌打ちをした。 どうやらピーピング・トム、今のできっかけをはずされたようだった。 「いいじゃねーか。お前さんだって、今までの懲罰房生活でストレスがたまってただろ?」 「ストレス発散で戦地にいくマヌケがどこの世界にいるのよ」 「ルイズ、ひょっとして、それは……インテリジェンス・ソード」 アンリエッタはルイズの視線と、声の方向からベッドの脇のデルフリンガーに気づいたようだった。 「ええ、そうです。どうせ売れ残りだからと言って、武器屋がただでくれたのですわ」 大嘘こくんじゃねーよ、店メチャクチャにしたあげく、脅しとったくせによ。 デルフリンガーは声に出さずにつぶやく。 「ひょっとして……それがあなたの使い魔なの?」 「まあ……そんなようなものですか」 ルイズは笑う。 そこにデルフリンガーが、 「で。話を戻すがよ、いってやれや、アルビオン」 「簡単に言うんじゃないわよ、アホソード」 ルイズはうんざりとした顔で、 「あんたと違って、私は生身の人間なの。魔法も使えないし」 「下手な魔法よりも強力な爆発が使えるじゃねーかよ」 「やかましい」 「それにお姫様に恩売っときゃあ後で色々有利だぜえ? 三人までは切り捨て御免の殺人許可証とかもらえるかもしんねーしよお」 「もらえるわけないでしょ」 「わかんねーじゃねえか、言ってみなきゃよお」 「いただけますか、姫殿下?」 「いや、それはさすがに……」 とんでもねールイズとデルフリンガーの言葉に、アンリエッタは冷や汗を流す。 「ほらみなさい。恥かいちゃったじゃないのよ」 「まあまあ、いーじゃねーの、いってやれって。友達だろ? その姫様と」 「あんた、いい加減に――」 「いい加減にしろ、この無礼者どもが!」 大声と共に、いきなり誰かが……いや、さっきから部屋をのぞいていたピーピング・トムが乱入してきた。 「きゃあ……!」 アンリエッタは短い悲鳴をあげる。 ルイズはさっさとピーピング・トムを押さえつけ、床にねじ伏せる。 ピーピング・トムは必死で顔を上げて、 「アンリエッタ姫殿下! 是非ともその役目、このギーシュ・ド……もが!」 ギーシュは最後まで口上をのべることはできなかった。 ルイズはギーシュのつけているマントをねじって縄のようにして、猿ぐつわをかましたのだ。 「図々しいのぞきね、どうしてくれましょうか?」 ルイズはついとアンリエッタを見た。 「どうも、話を聞かれてしまったみたいですけれど」 「え、ええ……」 アンリエッタは胸を押さえながらギーシュを見た。 「後々面倒にならないように、始末しましょうか?」 「え?」 「もが……!!」 ルイズの台詞にギーシュは真っ青になる。 がたがたと震えているのがダイレクトにルイズに伝わってくる。 「そうだなあ……。おっと相棒の爆発じゃ他にもばれる。俺を使ってくれよ、ズバーーッといっちまおうぜ」 デルフリンガーは、おら、わくわくしてきたぞ! という口調で言ってきた。 「ダメよ」 ルイズは首を振った。 「そ、そうです、ダメです。殺すなんて」 アンリエッタもそれに賛同してうなずいた。 「あんたなんか使ったら血が出るじゃない」 「ええ。その通りです、血がどばっと……。え……?」 アンリエッタはきょとんしてルイズを見た。 「このまま絞め殺して、近くの森にでも埋めとけばいいわ」 「……!!!」 ギーシュの顔は青を通りこして白くなる。 「い、いけません、ルイズ!」 アンリエッタが制止すると、ギーシュはまるで崇拝する女神でも見るように姫を見上げる。 ありがたや、ありがたや。 今にもそう言いそうだった。 「それもそうですね」 ルイズは表情を和らげてうなずいた。 それを見て、アンリエッタもほっとする。 「姫様に無礼を働いた咎で、手打ちにしたということで。ええ、それでOKですわね」 ルイズは杖を取り出してギーシュの脳天に突きつけた。 「……! ……!! ……~~!!!」 ギーシュは必死で逃げようとするが、押さえつけるルイズの膂力はあまりにも圧倒的で、ギーシュにはどうすることもできなかった。 「じゃ、さよなら」 「なりません、ルイズ!」 ルイズの腕にアンリエッタはすがりついた。 「はやまってはなりません。まずは、話を聞いてみましょう?」 「さようですか」 ルイズはあっさりと引いた。 元より殺す気はなかったのだ。 殺すのなら、こんな場所など選びはしないし、べらべらと戯言などしゃべらない。 アンリエッタにうながされ、猿ぐつわをといてやると、 「……姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう!」 「勇敢ね」 ギーシュの言葉に、ルイズは笑う。 こいつ、どういう場所にいくのか、わかっているのか? 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 「息子でございます、姫殿下」 ギーシュは必死の面持ちで言い続ける。 「お願いいたします、姫殿下のお役に立ちたいのです……!」 「それで女の部屋をのぞいてたの? こそ泥みたいに」 「う……」 ルイズのツッコミにギーシュは赤面するが、ぶるぶると顔を振って、 「僕はただただ姫殿下の……」 「あなたも、私も力になってくれるというの?」 アンリエッタはどこか感動したらしくギーシュを見て目を潤ませる。 ルイズは苦い顔でアンリエッタを見た。 あなたも? いつ自分がいくことを了承した? デルフリンガーが勝手なことを言っているが、まだルイズは答えを言っていない。 ルイズがベッドに近づくと、 「まーいいじゃねーの」 デルフリンガーがとりなすように、 「……いざとなりゃ、あの色ボケを囮にでもすりゃいいし、本当にまずけりゃ逃げるって手もあるだろ?」 ルイズにだけ聞こえるように言った。 「そうね……」 ルイズはギーシュを見る。 「姫殿下の御ために働けるのなら、これはもう望外の幸せでございます!!」 ギーシュは真っ赤な顔で感動の声をあげている。 この犬が。 ルイズは内心せせら笑う。 馬鹿犬ギーシュは少しばかりアンリエッタ姫がおだてればほいほい自分で自分の首さえはねそうだった。 いや、まさにそうしようとしているのだ。 五本の指にも満たない少数で戦場に向おうという時点で。 そうこうするうち、アンリエッタは魔法まで使って手紙を用意し、 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう。それから……」 はめていた指輪を手紙と共にルイズに手渡した。 「これは母君からいただいた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金にあててください」 『水のルビー』……。 その輝きは、どこかルイズの奥底にあるものを引き寄せるようなものがあった。 「へへへ! こいつはいよいよ面白くなってきやがった!」 嬉しそうにデルフリンガーが言ったので、ルイズはぼこんと蹴飛ばしてやった。 前ページ次ページGIFT
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1054.html
うまく寝付けない夜には、ルイズは使い魔のところにいく。 魔法学院の中庭には、ミスタ・コルベールが建ててくれた工房があり、ルイズの召喚した使い魔は毎日そこで作業をしているのだ。 寝巻きにマントを引っ掛けた格好で、ルイズはそっと階段を降り、中庭に出た。案の定、工房にはこうこうと明かりがついていた。 しゅ……しゅ……と、木に鉋をかける心地の良い音が聞こえてくる。ルイズはその音を聞きたくて、足しげく工房に通うのかもしれない。 ランプにぼんやりと照らし出されながら、ルイズの使い魔は作業をしていた。 入ってきたルイズに気がついて、使い魔が顔を上げた。 「……どうした。眠れねえのか」 「うん……ちょっとね」 「今夜は少し冷えるから、毛布でもかぶってな」 「……うん」 使い魔の差し出す毛布にルイズは包まった。使い魔の邪魔にならないように隅に腰を下ろし、ぼんやりとルイズは工房を見渡した。 大き目の掘っ立て小屋のような工房には、様々な木でできた部品が並べられている。ミスタ・コルベールが手伝って『錬金』で造った部品もたくさんあった。 溶接の作業には、最近すっかりルイズの使い魔と仲良くなったギーシュが担当しているようだった。 (……はじめは、決闘でワルキューレにぼこぼこに殴られていたのにね) くす、とルイズは微笑む。小型のオークのような外見に反して、使い魔はからっきし弱くて、ギーシュのゴーレムにまったく勝てなかった。 顔を二倍ぐらいに腫らした使い魔のために秘薬を探したのも、今となってはいい思い出である。 黒いメガネをかけたキザな使い魔。なるほど、どこかギーシュに似てるかもしれなかった。 (それにしても……) ルイズはあらためて使い魔の造っている『船』を見た。すらりとした船体はハルケギニアのそれとはずいぶん違っている。 火竜のブレスのように真っ赤に塗られているそれは、見れば見るほど奇妙だった。 何より、帆がない船なんてあるだろうか? 使い魔は、宝物庫で見つけた『えんじん』というのを使えば、必ず飛ぶと言うけれど。 ルイズは一息ついてタバコ(巻きタバコというらしい)を鼻からくゆらす使い魔に声をかける。 「ねえ、本当にこんな船が飛ぶの……? 風石も魔法もなしに浮かぶなんて、なんだか信じられないわ……」 「……俺の世界じゃ魔法がねえからな。みんなこうして造るのさ。前に……俺の戦闘艇を造ったのは、おまえさんと同い年の娘だったぜ、ルイズ」 「ふぅん……」 どんな子だろう、とルイズは毛布にあごを埋めた。自分と同い年でこんな船を造った娘がいる。 まだ自分は魔法一つ使えないのに。でも、使い魔の世界では魔法を使える人間はいないらしい。 「その娘もオークなの?」 何気なく聞いてみたのだが、使い魔は大きな口をあけて笑い出してしまった。なにやら見当違いのことを言ったらしい。ルイズの顔が赤くなる。 「はあっはっはっは……! フィ、フィオがオークだと……? はっはっはあ……! こりゃいい、フィオに聞かせてやりたいぜ……!」 「いいわよ……。何も笑わなくてもいいじゃない……」 すねるルイズに、使い魔はにやりと笑ってみせた。 「いいや……俺の世界でも人間は人間さ……魔法が使えない以外は全部こっちと同じだ。俺だけさ、魔法がかかってるのはな。 フィオは美人だ。おまえさんみたいにな、ルイズ」 「嘘ばっかり……」 使い魔が自分はオークではなく人間だというので、タバサに頼んで解除魔法をかけてもらったこともある。結果は変化なしだったが。 「人間の世界に飽きただけさ」と笑う使い魔は、どこまで本気かわからなかった。 今夜の仕事は終わりなのか、使い魔は道具をしまい、工房の窓を閉める。ルイズも毛布をかぶったまま立ち上がった。 使い魔は工房にベッドを作り、普段はそこで寝ているのだ。 工房を出るとき、ルイズは使い魔を振り返った。 「ねえ……その『飛行機』が完成したら、それで、本当に飛んだら……」 「飛ぶさ。飛ばねぇ豚はただの豚だ」 「……私も乗せてくれる? その『飛行機』に」 「もちろんだ」 使い魔はランプに手を伸ばした。火を吹き消そうとして、思いついたようにルイズを見つめた。 「だが……飛行機に乗せる前に、一つだけ約束だ、お嬢さん」 「なに……?」 「夜更かしはするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にも悪いしな……。さ、もう寝てくれ」 「もう、また子供扱いして……」 「いいや、大人だからさ」 ルイズはぷっと頬を膨らませた。こういう仕草が子供っぽいのだと自分でも気がついているのだが。 使い魔は黒メガネを外し、ふっとランプを吹き消した。明かりが消える一瞬――使い魔の顔が、人間の顔に見えて、ルイズはごしごしと目をこする。 しかし、もう一度見てみると、そこにいるのは相変わらずの豚の顔なのであった。 「おやすみルイズ。いい夢をみな」 「……おやすみ、ポルコ」 ルイズはばたんと扉を閉めた。 おわり -「紅の豚」のポルコ・ロッソを召喚
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1002.html
姉妹スレの作品置き場 アニメSS総合スレ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました ガンダムキャラがルイズに召還されました アニメSS総合スレ ■ 過去スレ └ アニメSS総合スレ 作品タイトル 元ネタ 召喚されたキャラ(他備考等) 更新日時 ゼロのミーディアム ローゼン・メイデン 水銀燈 2009-11-13 16 21 31 (Fri) (注:このSSは本スレに連載先が変わりました ページ最上部へ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました ■ 過去スレ ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part15 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part14 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part13 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part12 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part11 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part10 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part9 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part8 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part7 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part6 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part5 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part4 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part3 ├ HELLSINGのキャラがルイズに召喚されました part2 └ ルイズがアンデルセン神父を召還してしまった 作品タイトル 元ネタ 召喚されたキャラ(他備考等) 更新日時 タバサの大尉 HELLSING 大尉 2009-06-28 03 38 02 (Sun) フーケの憂鬱 HELLSING アーカード少女形態、アンデルセン、大尉 2009-06-28 03 41 30 (Sun) 神父様のコートは四次元コート HELLSING アンデルセン 2009-06-28 03 41 58 (Sun) ギーシュの吸血 HELLSING ギーシュ(吸血鬼) 2009-06-28 03 42 53 (Sun) アーカードはそこにいる HELLSING アーカード 2009-06-28 03 44 06 (Sun) ゼロのロリカード HELLSING アーカード少女形態 2010-05-25 12 57 13 (Tue) HELLOUISE HELLSING アーカード(少女形態)、ウォルター(少年形態)、セラス、大尉 2010-12-10 11 27 18 (Fri) タバ→大尉 HELLSING 大尉 2009-06-28 03 47 19 (Sun) スナイピング ゼロ HELLSING セラスとリップバーン 2009-12-22 07 59 30 (Tue) 虚無と狂信者 HELLSING アンデルセン、アーカード 2009-06-28 03 50 36 (Sun) ルイズとヤンの人情紙吹雪 HELLSING ヤン・バレンタイン 2011-10-13 11 20 05 (Thu) 確率世界のヴァリエール HELLSING シュレディンガー 2011-01-24 10 44 21 (Mon) ANGEL DUST HELLSING アンデルセン(短編) 2007-12-22 20 50 26 (Sat) ゼロの伯爵 HELLSING アーカード(短編) 2009-06-28 03 48 09 (Sun) ページ最上部へ ガンダムキャラがルイズに召還されました ■ 過去スレ ├ ガンダムキャラがルイズに召還されました 2人目 └ もしルイズが召喚したのがトレーズ様だったら 作品タイトル 元ネタ 召喚されたキャラ(他備考等) 更新日時 ゼロの使い魔0083サーヴァントメモリー 機動戦士ガンダム0083スターダストメモリー アナベル・ガトー 2008-01-16 06 51 43 (Wed) ハルケギニアの蜻蛉 機動戦士ガンダム0083スターダストメモリー シーマ・ガラハウ リリー・マルレーン(短編) 2007-08-30 15 24 38 (Thu) ページ最上部へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8484.html
前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― その夜……。 ルイズが部屋に戻ったのは日もとっぷりと暮れた夜だった。 オスマン氏との話を終えたルイズは、学院長室を出た後、そのままエツィオのいるであろう部屋に戻ることができなかった。 話をしてみろ、とオスマン氏に言われていたものの、エツィオの正体を知ってしまった今、どう話かけていいかわからなかったのだ。 中庭のベンチに腰掛け、どうエツィオに話を切り出すべきかと、あれこれ考えているうちにすっかり夜になってしまっていた。 結局、なんの考えも浮かばずに、仕方なくルイズは部屋に戻ることにしたのだった。 「おかえりルイズ、随分と遅かったじゃないか、もう寝る時間だぞ」 ルイズが部屋の扉を開けると、使い魔であるエツィオがにこやかに迎え入れてくれた。 違いといえば、いつも身につけている白のローブではなくシャツを着ているという所だけであろうか。 こうしてみると、どこにでもいる品のいい青年、と言った感じである。 今まで片づけていたのだろう、下着や食器が散乱していたはずの部屋は綺麗に片付いている。 それどころか、ベッドの上にはルイズの着替えまで置いてあった。帰ってきて早々この仕事っぷり、相変わらず気の利く男である。 久しぶりに見る、いつも通りの陽気なエツィオ。そんな彼を見ていると、本当にこいつはアサシンなのだろうか? と首を傾げたくなってくる。 「どうしたんだ? 悩み事か? なんなら相談に乗ってやるぞ」 「な、なんでもないわよ!」 そんな風にルイズが考えていると、エツィオが顔を覗きこんでくる。 相変わらずの、人をからかうような仕草にルイズは頬を僅かに赤くしながら怒鳴りつける。 ルイズはベッドに行くと、そこに置かれた着替えを手に取った。 エツィオの言うとおり、そろそろ寝る時間だ。随分長い間悩んでいたものだと考えながら、着替えを始める。 だが、何を思ったか、着替えようとしていたルイズの手がはたと止まった。それから、はっとエツィオの方へ振り向いた。 エツィオはというと、机の上に置かれた装具類を点検している。こちらを見てはいないようだ。 それをみたルイズは、いそいそと外していたブラウスのボタンを留め、ベッドのシーツを掴むと、それを天井に吊り下げ始めた。 「ん? 何をしてるんだ?」 ルイズのその行動に、流石に気が付いたのか、エツィオが尋ねる。 しかしルイズは頬を赤く染めたきり答えずに、シーツでカーテンを作り、ベッドの上を遮った。 それからルイズは、シーツのカーテンの中に入り込む。ごそごそとベッドの中から音がする。ルイズは着替えているようだ。 エツィオは小さく首を傾げた、いつもだったら、堂々と着替えていたはずなのに……。とそこまで考えが至った瞬間、ニヤっと、口元に小さな笑みを浮かべた。 ああ、そういうことか。ようやく俺のことを男として見始めたな。 とにかく鋭いエツィオは、ルイズの行動の原因として、即座にその答えをはじき出した。 さて、これからどう接してやろうか。と考えていると、カーテンが外された。 ネグリジェ姿のルイズが月明かりに浮かんだ。髪の毛をブラシですいている。 煌々と光る月明かりのなか、髪をすくルイズは神々しいほど清楚に美しく、可愛らしかった。 「へえ、これは驚いたな、カーテンの中からウェヌスが出てきたぞ」 「ウェヌス?」 聞きなれぬ名に、ルイズは首を傾げる。 そう言えばそうだった、ここは異世界だ、彼女がローマの神を知る筈はない。 「俺のとこの、美の女神さ」 エツィオがそう教えると、ルイズの頬に、さっと朱が差した。 「なな、何冗談言ってるのよ! あんたは!」 「冗談じゃないさ、きみは美しい」 「ば、バカ言ってないで、さ、さっさと寝るわよ!」 まっすぐにそう言われ、ルイズの顔が益々赤くなった。見るとエツィオはにやにやとほほ笑んでいる、こちらの反応を楽しんでいるようだ。 ルイズはベッドの上に置いてあったクッションをエツィオに投げつけた。コイツと話をしていると、ホントに調子が狂ってしまう。 ぐったりとした様子で、ルイズはベッドに横になり、机の上に置かれたランプに杖を振って消した。 灯りが消え、窓から差し込む月の光だけが、部屋を照らしだした。 装具の点検を終えたエツィオも、睡眠をとるべく、部屋の隅に置かれたクッションの山に体を預けた。 クッションが敷かれているとはいえ、寝心地は最悪である、これならアルビオンに滞在中に眠った安宿のベッドのほうが幾分かマシである。 「あいたたた……」 久しぶりの寝床の寝心地の悪さに、思わずエツィオは爺くさい声をだす。 そんな風にして学院に戻ってきたという事実をしみじみと感じていると、ルイズがもぞもぞとベッドから身を起こし、エツィオに声をかけた。 「ねえエツィオ」 「ん?」 返事をすると、しばしの間があった。 それから、言いにくそうにルイズは言った。 「いつまでも、床っていうのもあんまりよね。だから、その、ベッドで寝てもいいわ」 思わぬルイズの提案に、エツィオは顔を輝かせた。 「おい、いいのか? きみのこと襲っちゃうかもしれないぞ?」 「勘違いしないで、へ、変なことしたら、殴るんだから」 エツィオは手をわきわきと動かしながら、冗談めかして笑った。 「殴るだけか? ……なら試す価値はあるかな」 そう嘯くと、エツィオは即座にベッドの中に潜り込み、ルイズに寄り添う様に隣に寝転んだ。 ルイズが許可を出してからこの間、わずか数秒。 一切の迷いもためらいもない、あまりのその自然な行動にルイズは何も反応できずに、固まってしまった。 「さて、どうしてやろうか」 「ちょ、ちょっとやめてよね! 変なことしたら殴る……っていうか殺すわよ!」 顔を赤くしながら、震える声で叫ぶルイズに、エツィオはからかうように笑って見せた。 「冗談さ、嫌がる子を無理やりってのは好きじゃないんだ。だから……」 「だ、だからなに……?」 「きみが俺を求めるまで、俺は手を出さないことを誓ってやるよ」 ニィっと、口元に笑みを浮かべてエツィオが笑う。 その言葉が意味するところを知ったのだろう、ルイズは羞恥と怒りを爆発させる。 「こ、この……! 馬鹿にするのもいいかげんにっ……!」 「はいはい、悪かったよ。きみには刺激が強すぎたかな」 「ぐっ……、やっぱり呼ぶんじゃなかった……!」 悔しそうに歯ぎしりするルイズを見ながら、どれだけ耐えられるか、見ものだな……と、エツィオは内心ほくそ笑んだ。 プライドの高いルイズのことだ、そうやすやすと落ちはしないだろう。だからこそ、落とし甲斐があるというものだ。 ……しかし、しかしである。もしもルイズに手を出した場合……、なんだかすごく面倒なことになりそうな気がしてならないのも事実だ。 それこそイヴの誘惑に負け、エデンの果実を口にしたアダムのようになりかねない、そんな予感がする。世に言うめんどくさいタイプだ。 そう言う意味では、彼女は創世記にある禁断の果実そのものなのだろう。俺はもっと楽しみたい、だから最高の楽しみは、最後に取っておく。 自分の魅力に落ちない女性はいない、そんな絶対の自信を持っているエツィオだからこそ出来る、邪な考えであった。 しばしの間、そんな二人の間を沈黙が支配する。 そして、しばらくたった後、エツィオはぽつりと呟くように口を開いた。 「アルビオンでは……すまなかったな」 ルイズは答えない。 もう寝てしまったかな? と思ったが、寝息は聞こえてこない。エツィオは続けた。 「きみに辛い思いをさせた上に、危険な目にも合わせてしまった、……使い魔失格だな」 「そ、そんなことっ……!」 その言葉に、ルイズは思わず身を起こし、エツィオを見つめた。 エツィオは口元に笑みを浮かべ、言葉の続きを促す様に首を傾げて見せる。 「そんなこと?」 「な……ない……」 ルイズはエツィオから顔をそむけ、僅かに頬を赤くしながら小さな声で答えた。 ほんとなら、ちょっとは文句くらい言おうと思っていた、しかし、エツィオに先手を打たれ、思わず本音が出てしまったのである。 再びベッドに横になり、エツィオに背を向ける。そんなルイズを横目で見つめながら、エツィオは小さく笑い、言った。 「二度ときみを傷つけさせない、約束するよ」 「あたりまえじゃないの」 それからルイズは決心したように口を開いた。 「でも、わたしも、あんたに謝らなきゃ。ごめんね、勝手に召喚したりして」 「本当だよ、まったく」 「んなっ!?」 エツィオがあっさりそんな事を言う物だから、ルイズは再び体を起こし、今度はエツィオを睨みつける。 「ど、どういうことよ!」 「イタリアに帰りたくなくなるってことさ」 エツィオは、うー、と睨みつけてくるルイズにニヤリと笑みを浮かべてみせると、ルイズの頬に手を伸ばし、愛おしそうに撫でた。 「俺は今、毎日が充実してる、きみのおかげだ」 「か、からかわないでっ!」 かぁっ、とルイズは顔を赤くすると、その手を取り払った。 ぼふっとベッドに横になると、再びエツィオに背を向けてしまった。 「もう! 謝らなきゃよかった!」 「ははっ、でも本当さ、出来るならずっときみの傍にいたい、そう思ってる」 「っ……!」 耳元で囁かれ、どくん、とルイズの胸が高鳴った。 並みの女性なら、それだけでノックアウトされてしまいそうになる程、憂いを含んだ甘い囁き。 ひどい、エツィオひどい。そんな事言われて、平常心なんて保っていられるわけないじゃない。 今、自分がどんな顔をしているのかまるで想像が出来ない、きっと酷い顔になっている。 エツィオに背を向けていてよかった、こんな顔見られたら、ますますからかわれてしまう。 そんなルイズの様子を知ってか知らずか、エツィオは続けた。 「でも……それはできない。いつかは帰らなきゃ……」 「し、心配しなくても、きちんと帰る方法を探すわよ……」 「おい、本当か? ……まあ、期待せずに待つとするさ」 エツィオは笑いながらそう言うと、それきり黙ってしまった。 しばしの沈黙の後、ルイズはもぞもぞと動き、エツィオの方を向いた。 寝てしまったのかな? と思っていたが、エツィオはまだ起きているようだ。 話をしなきゃ……と、ルイズは意を決してエツィオに話しかけた。 「ねえ、あんたのいたイタリアって、魔法使いがいないのよね」 「いない、概念はあるけどな」 「月は一つしかないのよね」 「生憎、二つ浮いているのは見たことがないな」 「へんなの」 「ははっ、そうだな、月はともかく、魔法が無いなんて、不便なものさ。お陰で空も飛べやしない」 「あんたは向こうでは……」 ルイズはそこで言葉を切った。 それからエツィオの横顔を見つめながら、ためらう様に尋ねた。 「あんたは……『アサシン』なのよね」 「……」 「オールド・オスマンから聞いたの、あんたが『アサシン』だってこと」 ルイズがそう言うと、エツィオは天井を見上げたまま、厳かに口を開いた。 「……アウディトーレ家は銀行家だった、っていうのは話したよな」 「うん」 「それは本当だ、事実、俺は父上の後を継ぐべく勉強してたよ、あまり真面目じゃなかったけどな」 エツィオは小さく笑う。しかし、すぐに真面目な顔になった。 「銀行家、俺もそう思っていた。だけど、それはあくまで表の顔だった。アウディトーレ家には、もう一つ、隠された裏の顔があったんだ」 「それって……」 「そう、フィレンツェにとって脅威となる存在を排除する、――『アサシン』。要はフィレンツェの暗部さ。 祖先がそうであったように、父上もまた、アサシンだった」 『アサシン』の家系……、あらかじめオスマン氏から聞いていたとはいえ、 本人の口から言われると、やはり重みが違う。改めて真実を突きつけられた気分になり、ルイズは思わず息をのんだ。 「俺がそのことを知ったのは二年前、フィレンツェを追放され、伯父上のところに匿われた時だった」 「追放……?」 「そう言えば前にも聞かれたな、何故貴族の地位を剥奪されたか……」 「あ……、い、言いたくないなら別に言わなくてもっ!」 「いや、聞いてくれ、いつかは言わなきゃならないことだ」 ルイズは慌ててエツィオを止めようとする。 だがエツィオはゆっくりと首を横に振り、口を開いた。 「……罪状は国家反逆罪、もちろん濡れ衣だ。父上は、アウディトーレ家はハメられたんだ、奴らに」 「奴ら?」 「テンプル騎士団。世界の支配を目論み、陰謀を企てている連中だ。 俺達アサシンと数百年にもわたって戦い続けている、それこそ因縁の相手ってやつだよ」 きみとキュルケの因縁には負けるかもしれないけどな。とエツィオは笑って付け足す。 だがそれは、我ながらあまりに笑えない冗談であることにすぐに気づいた。 すまない……。と小さく呟き、話を続けた。 「……二年前、父上はとある事件を調査していた。ミラノ公国、そこを治める大公が暗殺された事件があった。 その事件が起こるより前、暗殺計画を事前に察知していた父上は、それを阻止すべく動いていた。しかしそれは叶わず、大公は暗殺されてしまったんだ。 表は反乱分子による暴発、そう言うことになっている。しかし、その裏ではフィレンツェの支配を巡るテンプル騎士の陰謀が隠されている事に気が付いた父上は、 騎士団からフィレンツェを守る為に調査に乗り出した」 ルイズは固唾を呑んで、エツィオを見つめた。 天井を見つめるエツィオの横顔からは、先ほどまでの陽気な青年の面影は掻き消えていた。 ぞっとするほど冷たい表情、おそらくは、これこそが『アサシン』、エツィオ・アウディトーレの素顔なのかもしれない、とルイズは思った。 「父上は事件に関わった者たちを狩り出し、始末した。だけど、悔しいが奴らの方が一枚上手だった、 父上はその事件の真相に至る前に、その事件の濡れ衣そのものを着せられ警備隊に兄弟共々捕らえられてしまったんだ。 運よくそれを免れていた俺は、父上が掴んだ陰謀の証拠を手に、父上の親友でもある判事の家へと走った、それが皆を救うものと信じてね」 「……」 「判事は言った、この証拠を翌日の裁判で提出すれば父上への嫌疑は晴れ、必ず助かると、それを聞いて俺は心から安堵した、これで元の生活に戻れるってね」 「それで、どうなったの……?」 ルイズは恐る恐る尋ねる。 エツィオは目を細め、苦しそうな表情を作った。 「……次の日、俺は裁判が開かれているシニョーリアの広場まで走った、今頃父上の無罪が証明され釈放されるところなのだろうと。だが……違った……。 そこで見たものは……絞首台にかけられる父上と兄上、そして……弟の姿だった」 「そんなっ! 証拠も提出したのにどうして!」 「簡単なことさ、判事が裏切ったんだ、判事もあいつらの仲間だった……そして俺が見ている目の前で……父上達はっ……!」 「エツィオ……」 唇を噛みしめ、怒りに満ちた声で吐き捨てる。 普段の彼からは想像もできないほど声を荒げ、感情を露わにするエツィオに、ルイズは言葉を失ってしまう。 いつもの冗談と思いたかった、しかし、それにしてはタチが悪すぎる。 「俺はシニョーリアの刑場から必死で逃げた、吊るされた家族を見捨てて。あの姿は今でも忘れられない……忘れてはならない……」 掌で顔を覆い、エツィオが呻くように呟く。怒りと悲しみ、そして悔恨がないまぜになった、苦悶の表情。 そんな自分を呆然と見つめるルイズに気が付いたのか、エツィオは小さく息を吐き、目を閉じる。 ルイズは思わず言葉を失ってしまった。 いつも陽気で不敵なエツィオとは思えないほど、弱弱しい表情。 この男が、こんな表情をするとは夢にも思わなかったのだ。 唖然としたままのルイズをよそに、エツィオは淡々とした口調で、言葉を続けた。 「全てを失った俺は、残された妹と心を壊した母上を連れ、伯父上の下に逃げ込んだ。そこで俺はアウディトーレ家の歴史とテンプル騎士団との宿縁を知った。 俺は父上の後を継ぎ、奴らに復讐を誓った。父上の死に関わった者共を全員狩り出し、一人残らず地獄に送ると」 復讐、その言葉にルイズははっとする。 いつか、アルビオンへ向かう船の上で聞いた、エツィオがイタリアに戻らねばならない理由。 エツィオの戦いは、まだ終わってはいないのだ。 「その、裏切り者の判事は……?」 「……殺したよ、この手でね。奴を前にした時、怒りで目の前が真っ赤に染まった……、 気が付いた時には、俺は判事の腹を貫き、切り裂いていた……、何度も……何度も……」 エツィオは顔を覆っていた左手を掲げ、じっと見つめる。 「俺の手は、もう奴らの血で真っ赤だ……。俺はただ、平和に暮らしていたかっただけなのに。 兄上と一緒に馬鹿やったり、恋人と愛し合ったり……、ただ自由に、普通に暮らしていたかっただけなのに……」 不意に、エツィオが首を傾げ、ルイズを見つめる。 そのエツィオの顔をみたルイズはぎょっとした。 エツィオの双眸から、一筋の涙が流れている。泣いているのだ。 唖然とするルイズの前で、エツィオは表情を歪ませながら震える声で呟いた。 「もう……もう何も戻らない。父上も、兄上も、弟も……。……どうして、どうしてこうなったんだ?」 それは、家族を失ってから、誰にも明かすことのなかった、胸の内の苦しみ、悲しみ、悔恨。 それら全ての感情を全部、ルイズに打ち明けるように、エツィオは心情を告白する。 使い魔の語る、想像を絶するほどの、悲惨な過去。陽気さの裏に隠された、悲壮な覚悟。 ルイズは思わず、涙を流すエツィオを掻き抱いていた。 いつか、ニューカッスルの廊下で、エツィオが泣きじゃくる自分にそうしてくれたように、今度は自分がエツィオを支える番だと思ったのだ。 「父上……、兄さん……、ペトルチオ……、ごめん……。ごめん……俺は……!」 エツィオの双眸から、堰を切ったように涙があふれ出す。 気が付けば、ルイズも涙を流していた。彼の境遇に同情したわけではない。同情など、軽々しく出来るはずもない。だが、不思議と涙があふれてきたのだ。 しばらくの間、ルイズの胸に顔を埋め、静かに涙を流していたエツィオだったが、やがて離れると、涙を拭いた。 「……カッコ悪いところを見せたな……でもお陰で楽になった」 「エツィオ……」 「俺の弱い心は、ここに置いて行く。もう泣き言は無しだ」 そう言ったエツィオの表情は、いつもの笑顔が戻っていた。 強い意思を感じさせる瞳に、余裕と自信に満ちた不敵な笑顔。 ルイズの目じりに溜まった涙を指先で拭ってやりながら、エツィオは微笑む。 「……酷い顔だ、きみに涙は似合わないな」 「あっ、あんたのせいよ! あんたがあんな話を――」 「ありがとう、最後まで聞いてくれて」 「っ……!」 エツィオにそう言われ、ルイズは何も返せなくなってしまう。 もにょもにょと口を動かすルイズにエツィオはにやっと笑って見せた。 「それに、貴重な体験もできたしな。ああルイズ、出来ればもう一回……んがっ!」 そう言いながら顔を近付けてきたエツィオの鼻っ柱にルイズの拳が叩きこまれた。 「ちょっ、調子に乗るなっ! このエロ犬!」 「わ、悪かった! 悪かったよ!」 ルイズは羞恥に顔を真っ赤にしながら、枕でぼこぼことエツィオを叩いた。 エツィオは笑いながらルイズにされるがままになっている。その様子は、はたから見るとまるでじゃれあっているようだ。 一しきりそうやってエツィオを叩いていたルイズは、荒い息を吐きながら、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。 「次やろうとしたら、もう一回殴るわよ」 「はいはい……でも殴られるで済むならもう一回くらい……あ、いや! なんでもない!」 再び握りこぶしを作ったルイズに、エツィオは慌てて口を噤む。 調子いいんだから……。と、恨めしそうに見つめてくるルイズに、エツィオは小さく微笑み、ぽつりと呟いた。 「……もしかしたら俺は、ただ怖かっただけなのかもしれないな……、いや、やっぱり怖かったんだろうな」 「なんのこと?」 神妙な面持ちで呟くエツィオに、ルイズは首を傾げる。 「身分を明かせなかった事さ。きみに拒絶されるのが怖かった、だから明かせなかった」 「そ、そんなこと……するわけないじゃない」 ルイズがぽつりと呟く。 僅かに顔を赤くし、上目遣いにエツィオを見つめながら、言いにくそうに言った。 「だ、だって、あんたはわたしの使い魔だし……、それに……」 「それに?」 「な、なんでもないわよ!」 ぷい、と顔をそむけてしまったルイズを見て、素直じゃないな……。エツィオは苦笑する。 まぁそこがかわいいんだが……。と内心ほくそ笑んでいると、どうやらその笑みは表に出てしまっていたらしい。 ルイズは再びエツィオに恨めしげな視線を向けていた。 「なに笑ってんのよ……」 「あ、いや、安心したらつい……な」 また殴られてはたまらないと、エツィオは誤魔化す様に笑って見せた。 そんなエツィオを見つめていたルイズであったが、ややあって、ちょっと真面目な表情で呟いた。 「……どうして」 「ん?」 「どうしてあんたは、わたしにそこまでしてくれるの?」 「さて、なんでだと思う?」 「からかわないで。……わたしが魔法を使えないの、知っているでしょ? いつもいつも失敗ばかりで……、こんなダメなわたしに、どうしてあんたはそこまでしてくれるの?」 ルイズは口をへの字に曲げながらエツィオに尋ねた。 エツィオは、凄腕のアサシンであることを差っ引いても、とにかく有能な男だということを、ルイズは嫌というほど実感していた。 何をやらせてもそつなくこなし、マナーも礼節も完璧。魔法が使えないという点を除くと、およそ貴族に求められる物全てを兼ね備えていると言っても過言ではなかった。 アルビオンで、ウェールズ殿下がいたく気に入っていたところを見るに、是非とも彼を配下に欲しいと思う貴族は数多くいるだろう。 そんな彼が、何故ゼロと呼ばれ続ける自分の傍にいてくれるのか、疑問に思ったのだ。 「あのワルドが言ってたわ、あんたは伝説の使い魔だって。あんたの手の甲に現れたのは『ガンダールヴ』の印だって」 「……らしいな、デルフもそう言ってる。あいつは昔、その『ガンダールヴ』に握られていたそうだ」 「それってほんと?」 「さてね、なにしろデルフの言うことだからな」 エツィオはちらと部屋の隅に置かれたデルフリンガーを見つめる。 聞こえているぞ、とでも言いたいのか、ぷるぷると震えていた。 「でもまぁ、本当なんだろうな、実際このルーンにも、デルフにも助けられた」 「だったら、どうしてわたしは魔法ができないの? あんたが伝説の使い魔なのに、どうしてわたしはゼロのルイズなのかしら。いやだわ」 「きみは伝説と呼ばれるような、そんな偉大な存在になりたいのか?」 エツィオが問うと、ルイズは首を横に振って見せた。 「違うわ、わたしは立派なメイジになりたいだけ。別に、そんな強力なメイジになりたいとかそういうのじゃないの。 ただ、呪文を使いこなせるようになりたいだけなの。得意な系統もわからない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤ」 心情を吐露するルイズに、エツィオはただ黙って聞いた。 「小さいころから、ずっとダメだって言われ続けてた。お父さまも、お母さまも、わたしには何も期待していない。 クラスメイトにもバカにされて、ゼロゼロって言われて……。わたし、本当に才能ないんだわ。 得意な系統なんて、存在しないんだわ、魔法を唱えてもなんだかぎこちないの。自分でわかってるの。 先生やお母さまやお姉さまが言ってた。得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。 それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時、呪文は完成するんだって、そんな事、一度もないもの」 ルイズの声が小さくなった。 「そんなダメなわたしなのに……どうして?」 落ち込んだ様子でルイズが尋ねると、エツィオは澄ました表情であっさりと答えた。 「きみの事が好きだからさ」 「は、はあ!?」 あまりに唐突に、しかも真顔でそう答えられ、ルイズの顔がずどん、と火を噴いたように赤くなった。 暗闇の中でもわかるくらいに顔を真っ赤にし、滑稽なほどルイズは慌てふためいている。 「すすす、好き、好きって! どど、どういう……!」 「言葉の通りさ、俺はきみを気に入ってるんだ」 「こ、こんな時に冗談はやめてよ! ばっ、ばっかじゃないの!」 そんなルイズの反応を愉しむかのように、エツィオは意地悪な笑みを浮かべる。 ルイズが反応に困っていると、すっと、エツィオの手が伸びる、そしてルイズの顎を持つと、優しく自分の方へと向けた。 「ルイズ」 「なっ! なに……よ……」 「俺はいつだって、きみの味方だ」 その言葉に、ルイズはビクンっと身体を震わせ、エツィオを見つめた。 「きみが信念を捨てない限り、俺は喜んできみの力になる」 「えっ……あ……」 「俺は決してきみを見捨てないし、裏切らない。苦難あれば共に乗り越え、道誤ればそれを正そう」 ルイズの頬を優しく撫でながら、エツィオは誓いを立てるように、呟いた。 「きみに二度と、辛い思いをさせるものか……」 いつにないエツィオの真剣な眼差し、憂いを含んだ情熱的な囁きに、ルイズの心臓が、狂ったように警鐘を鳴らす。 いつかの、ラ・ロシェールで掛けられたワルドの言葉とは、まるで比べ物にならないほどの熱量を秘めた情熱的な甘い言葉。 それはまるで麻酔の様に、ルイズの頭の芯を、じんわりと痺れさせた。気が付けば、ルイズはエツィオから目が離せなくなっていた。 本当は気恥ずかしくて、エツィオの顔なんてまともに見れたものじゃない、だけど一時も目を離したくない。そんな気持ちがルイズの中でせめぎ合っていた。 「それに……」 そんなルイズを知ってか知らずか、エツィオはぽんと、ルイズの肩を叩いた。 「今は魔法が出来なくても、人は決して負けるように出来てはいない。今の境遇に、死ぬまで甘んじなければならないという法はないさ」 力強いエツィオの言葉に、ルイズは胸が熱くなるのを感じる。ちょっと涙まで出てきた。 それを隠すためにルイズは、エツィオの手を慌てたように振り払うと、毛布をひっかぶり、エツィオに背を向けた。 「す、すす、好きとか、な、なな、何言ってるのよ! も、もう!」 「おや? これじゃ不服かな? 困ったな、他に理由が見当たらない」 「ば、ばかなこと言わないで! この話はもうおしまい!」 ルイズは気恥ずかしさを隠すかのように、無理やり話を中断させる。 それから仰向けになると、毛布から顔を出し、ちらとエツィオを横目で見つめた。 「で、でも、お礼はいわなきゃね。……あ、ありがとう……」 消え入りそうなほど、小さな声でそう言うと、ルイズは目を瞑ってしまった。 礼を言われるとは思っていなかったのか、エツィオは少し驚いたようにルイズを見つめた。 「なに、気にすることはないさ、俺が好きでやってること……っと」 ニィっと笑みを浮かべ、ルイズの顔を覗き込む。 そこでエツィオは言葉を切った。どうやらルイズはそのまま寝入ってしまったらしい。なんともまぁ、寝付きのいいことだ。 僅かに首を傾げ、あどけない寝顔を見せている。 手は軽く握られ、桃色がかったブロンドの髪が月明かりに溶け、キラキラと輝いている。 うっすらと、開いた小さな桃色の唇の隙間から、寝息が漏れていた。 「くー……」 エツィオはルイズの寝顔を見つめ、優しい笑みを浮かべると、ルイズの唇に自分の唇を重ね合わせた。 「……おやすみ、ルイズ」 唇を離し、エツィオは小さく囁きながら、ルイズの頭を撫でる。 それからエツィオも仰向けになると、目を瞑り、眠りの世界へと落ちて行った。 寝たふりをしていたルイズは、エツィオの寝息が聞こえてきた瞬間、がばっと跳ね起きた。 キス、された。 思わず唇を指でなぞる、心臓が狂ったように早鐘を打っている、顔はもう真っ赤っかだ。 おそるおそる、隣で眠るエツィオに視線を送る。もしかしたら、こいつは自分と同じように寝たフリをしていて、 あのからかうような笑みを浮かべるのではないかと、気が気ではなかったが……。どうやら本当に眠っているらしい。 「寝てる……」と、ルイズは少し安心したかのように呟いた。 ルイズは枕をぎゅっと抱きしめて、唇を噛んだ。 意味分かんない、何を考えているのか、さっぱりわからない。 ルイズは胸に手を置いた、やっぱり、そばにいると胸が高鳴る。 となると、この前、確かめたいと思った気持ちは本物なのだろうか? 同じベッドで眠ることを許したのは、今まで離れ離れになっていたのが寂しかったから……、というわけではない。 そう、アルビオンに残ってまで、自分に対する脅威を人知れず排除していた使い魔の献身へのご褒美のつもり……。でも、それだけじゃない。 異性に対するこんな気持ちは初めてで、ルイズはどうしていいかわからなかったのだ。 着替えそのものをエツィオに見せなくなったのはそのせいだ。意識したら、急に肌を見せるのが恥ずかしくなった。 ほんとだったら、寝起きの顔すら見せたくない。 いつごろから、エツィオにこんな気持ちを抱くようになったのだろう? エツィオは本当に自分に好意を寄せてくれているのだろうか? キスしてきたのだから、やっぱりそうよね。……正直に言うと、エツィオに『好き』とはっきり言われ、嬉しかった。 しかし、同時にみんなに言ってるんじゃないの? いや、絶対言ってるだろ。という確信にも似た疑念を生んだ。 なにせギーシュがかわいく思えるくらいの女たらしである。それに先ほどのキス、初心なルイズにでもわかる、あれはもう慣れてるキスだ。 やっぱり、他の女の子にもしていることなのだろうか? 怒りと喜び、二つの感情がルイズの胸の中でごちゃ混ぜになる。 あの言葉は、先ほどのキスは、本心からでたものなのだろうか? それが知りたい。 ルイズは、自分でもなんだかよくわからなくなって、う~~っと唸って、エツィオを枕で叩いた。起きない。 その時だった。その様子を黙って見ていたデルフリンガーが不意に口を開いた。 「寝かせてやれ、相棒はこれまでロクに寝てないんだ」 「っ! あ、あんた、見てたの!」 思わぬところから声をかけられ、ルイズは思わず叫んだ。それから慌てて口を閉じる、今のでエツィオが起きたらどうしようと思ったのだ。 だが幸いなことに、エツィオは起きる様子もなく、安らかに寝息を立てている。 そんな二人を見て、デルフリンガーは呆れたような口調で言った。 「俺はお前らが何しようと知ったこっちゃないね、何せ剣だからな」 「じゃ、じゃあ口出ししないでよ、それに、この事はエツィオにはぜーったい言わないでよ!」 「言わねぇよ……。それに娘っ子、お前さんはしらないだろうが、相棒はいつも、娘っ子が寝付くまで眠らないんだ。それがこれだ、よほど疲れてたんだろうな」 そのデルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズはぐっと顔をしかめ、エツィオを見つめた。 ああもう、エツィオのこういうとこ、ホントムカツク。なによなによ、カッコつけちゃって……これじゃ、文句のつけどころがないじゃない。 ルイズは口の中で小さく呟くと、デルフリンガーをきっと見つめ、「誰にも言わないでよ……」と釘を差した。 それからルイズは、思い切ってエツィオの顔に自分の顔を近付けた。 鼓動のリズムが、さらに速度を増してゆく。そっと、エツィオの唇に、自分のそれを重ね合わせる。 ほんの二秒、触れるか触れないかのキス。エツィオは寝がえりをうった。 ルイズは慌てて顔を離し、ばっと毛布の中に飛び込んで枕を抱きしめた。 なにやってるのかしら、わたし。使い魔相手に。 バカじゃないかしら、どうかしてるわ。 寝ているエツィオの顔を見た。 控えめに見ても、エツィオは世に言う美形と呼ばれる部類の人間だ。その上、誰より知的で紳士的、どんなことでもさらりとこなし、常に余裕の笑顔を絶やさない。 フィレンツェという所から来た、普段はおちゃらけた陽気な青年。だがその実体は、アルビオン全土を震えあがらせる超凄腕のアサシン。そしてルイズの使い魔、伝説の使い魔……。 どうなんだろう、やっぱり、好きなのかな。これって好きなのかしら? 心の中でそう呟きながら、ルイズはそっと唇をなぞった。そこだけ、熱した鉄に押し当てたように熱い。 どうすれば、この答えは得られるのだろう。 結局分からなくなって……、いやだわ、もう……と呟いて、ルイズは目を瞑る。 今夜は……なかなか寝付けそうになかった。 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2232.html
前ページ次ページ使い魔エイト *サモン・サーヴァントだいせいこう! 使い魔召喚の儀式。 色々考えた末、コルベールは『ゼロのルイズ』の二つ名を持つ少女を一番最初にやらせた。 魔法成功率ゼロという偉業(?)をかんがみて、最後にやらせるという方法も考えないでもなかったが……。 ここ大一番の舞台というプレッシャーをかけることで、一発成功するかもしれないとも考えたのだ。 で、その結果。 「……」 自分の召喚したものに、ルイズは言葉を失っていた。 はたで見ていたコルベールも、他の生徒たちも。 それはドラゴンやグリフォンではなもちろんなく、サラマンダーとかバグベアでもない。また、カエルやネズミ、モグラでもなかった。 ましてや、どこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年でもない。 一言で言うならば、ひとかかえもあるような、四角い箱である。 そのように、ルイズたちは認識した。 けれども、もしもここにどこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年なんかがいたら、間違いなくこう思ったに違いない。 でっかいルービックキューブだ――と。 カラフルな部位で構成されたその箱は、ふよふよと宙に浮いていた。 「あ、あの……」 ルイズはぎぎぎと音を立てながら、救いを求めるようにコルベールを見る。 「おほん……。無生物が召喚されたというのは前代未聞ですが……。一応召喚成功と見てよいでしょう……。さ、ミス・ヴァリエール、使い魔と契約を――」 「で、でも……」 あれ、箱ですよ? と、泣きそうな顔でルイズは口ごもる。 「さすがゼロのルイズ、期待を裏切らない!」 「でっけえ、箱だな! 何が入ってるんだ?」 「まさか、人間の死体とか入ってないでしょうね?」 「じゃ、あれ棺おけかよ!?」 野次に対し、ルイズは反論する気力もなかった。 絶望を噛み締めながら、ルイズはふらふらと箱に近づいていく。 箱。でっかい箱。ふよふよ浮いてる箱。 それが自分の使い魔。 実家になんて言おう。 箱――これ、本当に箱か? 何か浮いているし……。もしかすると、何かのマジックアイテムかもしれない。 そんな微かな希望をこめて、ルイズは箱に触れた。 がちゃり……と、力のこめ具合のせいか、箱の一部が動いた。 これは――がちゃり、ルイズはさらに動かしてみる。 もしかすると、これ……普通じゃ開かない? そう思いつつ、動かし続ける。 後ろでは他の生徒たちがどんどん召喚を成功させているが、ルイズはだんだんと箱に熱中し始めていた。 そして、あることを推測する。 これって、箱のそれぞれの面を同じ色で統一させるんじゃあ? 統一させたら、どうなる? マジックアイテムという言葉が頭をよぎる。 そうだ、普通こんな浮いてる箱なんてありえない。すごく貴重なものを、この中に隠しているのでは!? きゅぴーん! ルイズの中で、希望の光が輝いた。 そして、ルイズは箱を――いやいや、ルービックキューブを動かす! 動かす! 動かす! ……いくばくかの時間経過。 他の生徒たちはというと、みんなどんどん使い魔を召喚して、とうとう最後の一人が召喚を終えていた。 「ミス・ヴァリエール……コントラクト・サーヴァントは終わりましたか?」 そうコルベールが声をかけたのと、ルイズが『パズル』を完成させたのは、ほとんど同時だった。 ヴオオオオオオオオ……! 箱が輝き、不気味な音が鳴り響く。 「これは……」 コルベールが自分の杖を握り締めた時、 <パスワード確認、パスワード確認> 「「しゃべったあ!?」」 ルイズとコルベールがハモる。 ガパア! 箱が突如として、分解した。 中から出てきたのは、人形……いや、人間の少年である。 年はまずルイズよりも下と見てよい。 少年の着ている奇妙な衣服――肩パット、手甲部、靴、そして後頭部に伸びるように立っている髪を結んだ球状のもの――にそれぞれ、触手のようなものが接続されていた。 前髪の部分と、後ろの球状のものに、8のマークが見える。 <ガーディアン・エイト、起動します> 声と同時に、それらは少年から切り離される。 そして、少年は――倒れた。 「ちょ……!」 とっさに駆け寄るルイズは、箱の残骸がすーっと消えていくのを見逃したが、コルベールはこれをしっかりと見ていた。 人形? ゴーレム? それとも、人間が何かの魔法であの箱に閉じ込められていたのか? ルイズは少年に駆け寄り、固まった。 「くかー、くかー……」 少年はただ寝ているだけだ。 「……この」 平和そうなその顔に、ルイズはちょっとムカムカした。 「ちょっと、あんた! 起きなさい!」 怒鳴りつけてみたが、一向に起きない。 ――もしかして……箱じゃなくて、この子が私の使い魔? 何ともいいがたい気分になる。 ――で、でも、でも! あんな風に箱に入ってたってことは……もしかすると、何かすごい力とかがあるのかもしれないわ! うん、そうよ! 多分……きっと、そうなんなじゃないかな? できればそうあってほしいな…………。 てな、葛藤をしつつ―― 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ――」 そっと、ルイズは少年にキスをした。 寝ている少年の左手に、使い魔のルーンが刻み込まれていく。 すると、髪の毛の球から、声がした。 <マスターの設定を変更します、マスターの設定を変更します…………。…………変更は無事終了しました> 「な?!」 その途端、ぐおんと少年が起き上がった。 少年はじーっと、ルイズを見つめる。 「な、なによ……」 「ごっつあんです!!」 バッと左手の手のひらを突き出すように、少年は珍妙な挨拶をした。 「……あ、あんた、誰?」 「エイト」 「エイト……? ふーん、そういう名前なんだ? で、あんた何であんな箱に入ってたの?」 「えーとね……」 「うん」 「わかんない」 「……あ、あんたね……?」 ルイズは頭をかかえたがすぐに気を取り直し、 「……もういいわ! とにかく、あんたは今日から私の使い魔よ!」 「わかった。おまえのつかいまになる!」 エイトは元気よく応える。 「や、やけに素直ね? ……って、お前ってなによ!? 使い魔のくせに、ご主人様と言いなさい!」 「ごしゅじんさま!」 「……わ、わかればいいのよ」 あまりにも素直なエイトの態度に、ルイズはちょっと調子を崩しながらも何とか平静を保つ。 横でコルベールがエイトのルーンを見て何か言ってたようだが、そのへんは聞き逃してしまった。 ルイズはおかしな少年・エイトを自分の部屋へと連れてきていた。 「まず、使い魔の仕事について説明するから、ようく聞くのよ?」 「ようくきく。はやくおしえろ」 素直な返事をするエイトに、ルイズは困ったような顔で嘆息した。 ――この子、本当に大丈夫なのかしら? もやもやとした不安を感じずにはいられなかった。 たとえ人間であろうが、使い魔として召喚した以上、メイジに服従するのは当然。 ましてや平民ならばなおさらだ。 それがルイズの認識である。 ならば、相手のこちらの言うことに従うのしごく当たり前で、戸惑うことなどありはしないのだが……。 その素直さゆえに、かえってルイズは戸惑っていた。 あまりにもこちらに従順すぎる。 言葉づかいや礼儀はアレだが、戸惑うとか、反抗するとか、そんなものが欠片も見えないのだ。 常ににこにこへらへらした表情で何を考えているのかわからないくせに、ルイズの言うことに恐ろしいほど忠実である。 だから、だろうか。 ルイズはこの少年の素性がひどく気になっていた。 これがもしも、どこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年とかだったりしたら、そんなもの考えずに、有無を言わさず服従をせまってであろうが。 道すがら、どっからきたのか? 親兄弟はいるのか? そんなことを尋ねてみたが、何を聞いても要領を得ない。 一応考える様子は見せるのだが、結局は、 「わかんない」 である。 ちょっと頭がおかしいのでは? と思ったりしたが、こっちの命令にはちゃんと従う。 ――まあ、反抗されるよりはいいか。 ルイズは不安を押しやりながら、ごほんと咳払いをする。 「まずはね……そう、使い魔は主人の目となり、耳となるの。つまり視覚や聴覚の共有………。無理みたいね」 エイトはぼへ~っとした顔で、ルイズを見ていたが―― 「めとなり、みみとなるってな~に?」 「わかんない? しょうがないわね……つまり、頭の見たり聞いたりしてるものが、私にも見えたり聞こえるようになることよ」 ルイズが答えると、 ピピピピ…………。 例の球からまた変な音がした。 「どうせできないんだから、いいんだけどね。……あのさ、ずっと気になってたんだけど、その髪の丸いの、なんな……」 言いかけた時、ルイズは違和感を感じた。 耳が、何か変だ。 さっき自分の言った言葉を、別の誰かが同時に言っていたような。 それに、目の奥に残像みたいに見える、このピンク頭の女はなんだ……? 「へ? これ……私?」 ルイズはハッとする。 感覚の共有ができている。 今、エイトの見聞きしているものが、ルイズにも伝わっているのだ。 「かんかくのきょ~ゆ~って、こういうの?」 と、エイトが聞いてきた。 「え、ええ。そうよ! なんだ、できるじゃない……! やっぱできるじゃない!」 ルイズは驚きながらも嬉しくなり、 「とりあえず、あんまり続けるのはアレだから、いったん切るとして……。次! 使い魔は主人の必要なものをとってくるの! 薬草とか、硫黄とか、秘薬の材料になるものを」 「やくそう? いおう? ひやく? ざいりょう?」 「……わからないわよね、あんた平民だし。それはいいわ。これはパスね。次が一番大事。主人を守ることよ!」 「ぼくは、ルイズをまもる!!」 エイトはうなずき、元気に返事をした。 「やる気はすごく感じるけど……」 今ひとつ頼りないわね……ま、しょうがないか。と、ルイズはため息をつく。 こんな子供に、護衛など期待できないだろう。 「後は……明日にしましょう。朝になったら起こして……それから」 ルイズは衣服を脱ぎ、エイトに放る。 「これ、洗濯しといて。そこの籠の服と一緒に……」 「せんたく?」 きょとんとした顔でエイトは動かない。 「……あんた、洗濯もわかんないの? 今までどんな生活してたのよ……。朝になったら、メイドにでもやり方教わりなさい」 「わかった。メイドにおそわる」 「なら……今日はもう休むわ。あんたは床よ」 ルイズは床を指差す。 「毛布くらいなら貸してあげ……って」 ルイズが毛布を持って声をかけた時には、エイトはひっくり返るようにして床に寝転がっていた。 すぴーすぴーと寝息をたてている。 「寝つきいいのね……?」 ルイズは呆然としながら、自分もベッドで眠りについた。 前ページ次ページ使い魔エイト
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1297.html
前ページ次ページ使い魔のカービィ 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに、応えなさい!!」 杖を振り下ろすと、爆音と共に光が炸裂した。 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、昇級をかけた使い魔召喚の儀を行っていた。 が、さっきから巻き起こるのはお得意の爆発という名の失敗魔法ばかり。 何度この行程を繰り返して来たか、だんだん数えることさえ面倒になってきいた。 周りの生徒達も彼女の失敗にはもう飽き飽きしたのか、自分の喚んだ使い魔達を愛でている。 (私だって、あの位……いや、あれ以上に立派なの喚んでやるんだから……!!) もう一度気合いを入れ、再び杖を構える。 と、その時、ルイズの瞳に煙の向こうの何かが映った。 まさかと思い、すぐに爆発の中心に駆け寄るルイズ。 するとそこには――― 「………何、これ」 ルイズの髪の毛と同じ、ピンク色のボールみたいな生物が倒れていた。 恐らく胴だと思われる部分からは短い三角の手が生え、真っ赤な足はまるでコッペパンのようだ。 気絶しているのか、このピンクボール(仮称)は全く動く気配を見せなかった。 動かないピンクボールに生物なのかどうかさえも怪しくなったルイズは、試しに手に持った杖でつついてみる。 ぷにっ (あっ、柔らかい) 感触としてマシュマロに近いかもしれない。 そんな事を考えながら更にピンクボールの体をつついていると、流石に気が付いたのか、目だと思われる部分がゆっくりと開いた。 「っ!? お、起きた……!」 「ぷぃああぁぁぁ……」 ピンクボールは大きな欠伸を1つすると、目を擦りながら周りを見渡した。 「……ぽよ?」 そして気付いた。そこが自分の家ではないことに。 見慣れた白い天井も、同居人の黄色い鳥も、大好きなテレビもない。 代わりに目に入ってきたのは、青空と自分を見つめる1人の少女。 しかもその少女は、何故か小刻みに震えている。 「……ぽよぉー?」 ピンクボールが訳も分からずただその様子を眺めていると、少女が飛び上がって叫んだ。 「いやぁっっったああぁぁーーーーーーーー!!!」 天にも昇る気持ちとはまさにこのことを言うのだろう。 何度も何度もその場で飛び跳ねながら、ルイズは今までに感じたことのない程大きな喜びに浸っていた。 遂に、憧れの、念願の、自分の使い魔を手に入れることが出来た。 予想していたのに比べれば大分頼りないが、まともにに魔法を使えたというのは紛れもない事実。 自分の喚びだしたピンクボールを抱きかかてクルクル回っていると、上の空だったギャラリーが漸く気付いた。 「ゼ、ゼゼゼ、ゼロのルイズが成功した!?」 「そ、そんな、まさか!?」 「天変地異の前触れじゃないのか!?」 「雪だ! 雪が降るぞ!」 『魔法成功率0%』のルイズの成功に、一瞬辺りが戦々恐々となる。 が、ルイズの腕に納まっているそれが生徒たちの目に入ったとたん、すぐにそれは嘲笑に変わった。 「ルイズ! 使い魔が喚べなかったからって縫いぐるみを代わりにするなよ!」 「流石ゼロのルイズ! 誤魔化し方のセンスもゼロだな!」 生徒達から笑いが飛び、先ほど以上の野次がルイズに投げつけられる。 その発言を、ルイズは顔を真っ赤にして否定した。 「縫いぐるみじゃないわよ! ほら、ちゃんと生きてるでしょ!?」 ピンクボールを生徒達に見せつけ、生きていることをアピールするルイズ。 ピンクボールは体を強く掴まれ、ちょっと痛そうに顔を歪ませている。 「でもそんな出来損ないのボール、なんの役に立つのさ?」 「やっぱり失敗には変わりないな、ゼロのルイズ!」 再び起こる爆笑。結局バカにされることに変わりはなかった。 一部の女子はその愛らしさに「あれ欲しい!」などと言っている。 いい加減頭に来たルイズはもう一発怒鳴ってやろうと前へ踏み出したが、召喚の儀を監督していたコルベールがそれを制した。 「ミス・ヴァリエール、儀式を続けなさい」 「でも、ミスタ・コルベール!」 あんな事を言われているのに! と、ルイズはコルベールに訴える。 コルベールはいきり立っているルイズの肩に手を置くと、穏やかな口調で彼女を諭し始めた 「言わせておけばいいのです、ミス・ヴァリエール。貴女の使い魔には貴女の使い魔だけの素晴らしい能力がきっとあるはずです。貴女の使い魔を信じてあげなさい」 教員にここまで言われては、流石のルイズでも引き下がらない訳には行かなかった。 グッと言いたいことを堪え、腕の中のピンクボールを見つめる。 確かに、今は言わせておけばいい。 きっとこの使い魔には、誰の使い魔にも負けない凄い力が有るはずだ。 ……多分、きっと、おそらく……… 気を取り直し、ルイズは杖を握りしめた。 まだ儀式は完全には終わっていない。 ルーンを刻むまでが儀式なのだ。 「ぽよ?」 未だに状況を掴めていないピンクボールが首(ほぼ胴体)を傾げる。 そんな幼さの残る姿を見つめながら、ルイズはルーンを唱え始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」 ルーンを唱え終えると同時に、ルイズはピンクボールに口付けた。 杖でつついた感触の通り、マシュマロのような柔らかさだ。 どんなに高価なぬいぐるみでも、この感触を再現することは出来ないだろう。 「ぷぃう………」 唇に伝わる柔らかさを享受していると、ピンクボールからふ抜けた声がした。 瞼を開け唇を離すと、心なしピンクボールに赤味が差していた。 恥ずかしかったのだろうか。 そう思うと、怒り心頭に発していたルイズに自然と笑みが零れた。 「コントラクト・サーヴァント、完了しました」 「よろしい。では……」 「っ! ぽっ、ぽよぉ! ぽよぉ!!」 コルベールの号令を遮り、急にピンクボールに苦しみだした。 いきなり左手に走った激痛と熱さに耐えられなかったようだ。 余りの苦しみように、ルイズは腕の中のピンクボールを強く抱き締める。 「大丈夫、使い魔のルーンが刻まれるまでの辛抱だから……大丈夫」 しばらくそのままでいると、ピンクボールの左手から発せられていた光が収まった。 光と一緒に熱も引き、後にはルーンだけが残される。 刻まれたルーンは、ルイズの目から見ても珍しいものだった。 一方痛みから解放されたピンクボールは、自分の左手に現れたルーンをただ単に不思議そうに見つめている。 それはルーンに既視感を覚えたコルベールも同じだった。 見慣れぬルーンだと、手にしていたスケッチブックに熱心に書き写す。 「それでは皆、教室に戻りますよ」 スケッチを素早く終えると、コルベールは生徒たちに改めて号令を出した。 号令と共に、生徒達が一斉に空へと舞い上がる。 「ルイズ! お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』も使えないんだぜ? 精々あの風船お化けに掴まって飛んでくるしかないって」 「違いないな!」 そんな彼らのやり取りに下唇を噛みしめながらも、ルイズは使い魔に視線を戻した。 「ぽよ! ぽよ!」 使い魔の方はすっかり懐いたらしく、ルイズの無い胸に抱きついている。 先程ルーンが刻まれている時、強く抱き締めていたのが相当嬉しかったようだ。 手足をバタつかせながら、ルイズに擦寄って甘えている。 ルイズは使い魔を思いきり抱きしめたい衝動を抑え、一旦地面にそれを降ろした。 「あなた、名前は?」 「カービィ、カービィ!」 その場にしゃがみ込み、ルイズはカービィと名乗った生物と視線を合わせる。 カービィは嬉しそう笑い、ルイズも釣られて笑った。 使い魔のルーンのおかげで、言語の面は心配ないようだ。 何よりカービィがルイズにとても懐いているので、意思の疎通も問題ない。 「カービィね。私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「ル、ルイィ……フラダンスゥ……?」 「……………ルイズでいいわよ。ル・イ・ズ」 「ル・イ・ズ?」 幼いのは性格だけではないらしい。 長い言葉を覚えたり、スムーズに会話をするのは無理なようだ。 ルイズは赤ん坊に言葉を教えるように、ゆっくりと名前を復唱した。 主の名前を言い切ってくれなかったことに一抹の悲しさを感じつつ。 「ル・イ・ズ……ルイズ!」 「そう、ルイズ!」 「ルイズ! ルイズ!」 初めて名前を呼んでもらった感慨から、ルイズは我慢できずにカービィを強く抱き締めた。 カービィは覚えたての主の名前を笑顔で連呼している。 ルイズはカービィの声を聞きながら、抱きしめる腕にさらに力を込めた。 『はるかぜとともにやって来たこの子となら、きっと最高のパートナーになれる』 そう信じて。 前ページ次ページ使い魔のカービィ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5497.html
前ページ次ページKNIGHT-ZERO カ マテ! カ マテ! カ オラ、カ オラ! テネイ テ タンガタ プッフル=フル ナア ネ イ ティキ マイ ファカ=フィティ テ ラ! ア ウパネ! ア フパネ! ア ウパネ! カ=ウパネ! フィティ テ ラ! ヒ! (訳) これは死だ。これは死だ。これは生だ。これは生だ。 この男が私を助けてくれた。一歩、一歩太陽に近づく マオリの民族舞踊"ハカ"より 白い国の短い初夏が終わり、消えぬ薄雲に包まれた空中大陸特有の霧雨が降り続くアルビオン ルイズとKITTはトリスティン統治下にあるアルビオン西部地方アイルランドの首都ベルファストに居た 情報将校 それがアンリエッタ女王により、アルビオン駐留軍に従軍するルイズに与えられた軍務と地位だった KITTのそれまでの稼動記憶を蓄積した人工知能は複雑な気持ちを有していた、ルイズが得たのは かつてのパートナーだったマイケルがROTC(大学予備役科)から入隊した米陸軍での兵科と同一のもの そしてマイケルは地獄のベトナム戦争で心と体に深い傷を負い、その傷が後の彼の運命を流転させた アルビオン駐留トリスティン王国軍の本拠として徴発されたユーロパ・ホテルの階段をルイズは降りていた この老朽ホテルをベルファストの最高級ホテルとして提供したアイルランドの連中もいい面の皮だが 最上階に篭ってこの国の特産であるウイスキーやサイコロゲームに興じる老貴族にもうんざりしていた 特務士官として駐留軍の大概の場所に出入りする特権を持ちながら、士官会議への出席義務の無い立場 着任報告以来久しぶりに来た統治軍最高司令部でも、ルイズは"ヴァリエール家のお嬢ちゃん"扱いだった ホテルの上階、ルイズにあてがわれた続き部屋のあるフロアを素通りして一階まで降り、正門から外に出た ルイズは自分のために手配されたホテル貴賓用のスイートルームを、荷物置き場にしか使っていなかった 灰色の空の下、ルイズはクロークに預けていた革ジャンのジッパーを締め、ポケットに手を突っ込み歩く 占領軍目当てにホテル前で店を出してる露店でワインやパイ、チーズ、ハム、お茶を買い、軍票で支払うと そのままホテルに引き返し、国風そのものの武骨な建物を回りこんで、裏手にある馬車溜りに向かった ずっと置きっぱなしになって朽ちかけている竜籠の影に霧雨に濡れた黒いボディが見える、赤い光の往復 CGとペジェ曲線が導入されるより前、デザイナーのフリーハンドによるボディデザインの最後の世代 デトロイト製の2ドアクーペが持つ官能的な姿に、ホテルの中からずっと仏頂面だったルイズの顔が綻ぶ ルイズは両手に紙袋を抱えたままKITTに音声指示で操縦席側のドアを開けさせ、その中に滑り込んだ 異国にあっても変わらぬルイズの我が家、慣れ親しんだタン色のバケットシートに沈み、操縦桿に触れる 待機状態だったV8水素核融合エンジンが始動し、腹ワタに染みわたる重低音がルイズを優しく包んだ 食料の詰まった袋を助手席に放り出し、両足をコントロールパネルの上に乗っけると、ルイズは息を吐いた 「なるほど、お父様があっさり許可するわけだわ、これじゃお空の上の大陸まで避暑に来たようなもんよ」 KITTのボイス・インジケーターが点滅して唇を形作り、ルイズの全身に心地よく触れる声が聞こえてきた 「ルイズ、何か新規の情報は収集しましたか?アンリエッタ様への定時報告の時間まであと15分ですが」 ルイズは紙袋の中身をを漁り、アルビオン貴族が好んで読む"新聞"の上に食料を広げながら返答した 「なぁ~んにも、何も無し、女王陛下に謹んでご報告します、本日の議題はこの国の酒と飯と女の味、と」 ワインの小瓶を取り出すと、安物ワインやエールでコルクの替わりに使われているゴム栓をひっこ抜いた 「付け加えることがあるとすれば、この国はジジィ貴族のいい廃兵院として機能してるって事ぐらいね」 ルイズは紙袋からパイを取り出し、革ジャンの内ポケットから革鞘に納まった小さなナイフを抜いた 古参兵によると従軍に一番必要なものは手ごろなナイフで、それは武器よりも生活道具として必須だという そのナイフはベルファストの古道具屋で買った物で、デルフリンガーとかいう大層な名前がついていた ルイズはシエスタが持たせてくれたクックベリー・ジャムの瓶詰めを開け、ナイフに山盛りにすると パイに塗りつけ始めた、ルイズの大好物のクックベリー・パイはホテル近くのパン屋にはなかった 店主に「兎のミートパイもキーライムのパイもあって、なんであんなに美味しい物が無いの?」と聞くと チェリーパイが自慢の店主は「なんであんな不味い物を置かなくちゃいけないんだ?」と聞き返してきた このクソ爺ィ、と思った、まぁごもっともだな、とも思った、とりあえず何も入ってないパイを買った 蜂蜜と果汁の入ったワインを学院の料理長から借りたクリスタル・グラスに注ぐと、一息に飲み干した 甘口ワインの弱いアルコールが胃を暖め、体をほぐす、ルイズがこの国に来て覚えた食欲増進の儀式 酔いで少し熱っぽくなったルイズはカーステレオをつけた、エンヤが故郷の神話世界をケルト語で唄う KITTが生まれ、かつて過ごした異世界にも存在するというアルビオンと、その国で生まれた歌 以前はあまり馴染まなかった優しい歌も、この地で聞くと悪くない、酔っ払って聞くともっといい ルイズは手製のクックベリーパイとナイフで削いだパンとハム、牛乳と砂糖の入ったお茶の食事を終えた 豚毛の筆型歯ブラシで歯を磨く、ルイズは他の多くのトリスティン人と同じく塩と灰で歯を磨いていたが アルビオン製のミント入り歯磨き粉は気に入った、不味いと言われたこの国の食事も、平民の軽食は旨い 水筒の水で口を漱いだ、ホテルで貰ったアルビオンの湧き水はトリスティンの硬水よりも口当たりがいい 歯磨き粉入りの水を石畳に吐いたルイズは、白い歯をデルフリンガーに映した、やはりナイフは役に立つ その後ルイズはアンリエッタに預けているKITTの通信装備、コミュニケーター・リンクを呼び出し 三時のお茶に合わせた定時報告を行った、今日も会話の内容は茶菓子を摘みながらのお喋りが殆どだった KITTが遠距離ソナーで傍聴し、要点を纏めて送信している定例会議の内容もさして中身の無い物だった 「ねぇKITT…このままわたし、アルビオンの名産を喰い散らかしながら従軍任務を終えるのかしら?」 茶菓子と新聞と衣類、そして酒瓶で散らかり、すっかり快適な住居となった車内にKITTの声が響く 「私にはそれが決して悪しきことではないと思います、あなたは最近よく動いた、静養が必要でしょう」 ボロ布でデルフリンガーを拭き、ジャムを丁寧に落としていたルイズは、鋼の輝きを見つめながら呟く 「…わたしね、思うの…動くわよ…この先、この国が、この空中大陸が…まるで嵐の中の船みたいに、ね」 ランチマット替わりの新聞には「ロンディニウムの修道院が積極的な救貧活動」の見出しが踊っていた 夕暮れ、ホテル裏に停めたKITTから出たルイズは、ぶらぶらと歩きながら表通りにある酒場に向かった 魅惑の妖精亭 駐留兵士の慰問のために運行される船に乗って、多くの商人が植民地で一旗揚げるべくこの国に来ていた その店は主に着飾った娘達が男性に酒と食事を出す店で、ルイズは最初、自分には無縁だと思っていたが 酒場での情報を目当てに入り、その料理のうまさに驚いたルイズは、以後の夕食を主にここで摂っていた 薄鉄の鍋に炎を上げながら料理する主人が出してくれる料理や「麺」とかいうパスタは刺激的な味がした 聞けば店主スカロンはタルブの出身で、シエスタの縁戚だそうだ、そのスカロンという男はシエスタとは 似ても似つかぬむさくるしい巨漢だったが、娘で店の看板のジェシカは確かに似てる、黒髪と生意気な胸 ジェシカはシエスタの父から聞いた、戦艦と竜騎兵に立ち向かいタルブを救った騎士の話をしてくれた ルイズが「それ私」と言うと、よほどウケたらしく桃りんごのシードルをむせさせながら大笑いしていた ルイズにはそれより、スカロン店長の人間離れした容姿のほうが印象的だった、とても筆舌に尽くせない 閉店の時間にルイズを迎えに来て彼と対面したKITTの最初の第一声は「うわっシッシッ!あっちにいけ!」 ジェシカや店の妖精達がKITTを見て「ガーゴイルの使い魔なんて、ヘンなの」と言う中、スカロン店長は 「82年式のトランザムね、これ、燃料噴射装置がすぐ壊れるのよ」とルイズに理解できない感想を述べた 「いらっしゃいませ~、お客様、パイプか葉巻は嗜まれますか?、ではこちらの喫煙席にどうぞ」 ルイズはKITTのボディのような深い漆黒のビスチェに身を包み、愛想よく貴族の客を案内していた 魅惑の妖精亭に通うようになって数日、スカロンの熱烈なスカウトを受けてこの店で働きはじめていた 初めの内は夕食が目的で、食事と食後のワインを楽しんだ後は、勘定と充分なチップを払い帰っていたが スカロン店長が作ったスロットとかいう異世界の博打に金を吸われ、ルイズの懐は早々に寂しくなった 慌ててアンリエッタに調査経費の追加送金を頼んだ所、偶然、公務でその場に居たのは母親のカリーヌ …「自分で何とかしなさい」… 通信は切られた、ルイズは通信機越しに母の鉄拳を恐れ震えあがった ホテルでルーム掃除をするか、銀行でも襲うかと考えた結果、ルイズは気心の知れた店で働くことにした 初めてのバイト経験、同年代に近い女店員(スカロンに言わせれば妖精たち)との話は弾むことが多かった ルイズは最初の内、豊満で色っぽい妖精達に気後れして、目立たぬ給仕と厨房の手伝いを希望していたが 学院制服のミニスカートで配膳をしている時に、何か勘違いした中年貴族に指名を受けたのをきっかけに すっかりルイズは店の妖精の一人として馴染んでしまっていた、チップの集まりは中の下くらいだった ルイズは「情報収集のため」と自分に言い訳をしていたが、実際は無為な宮仕えには無い刺激を求めていた 夜更け過ぎ スカロンによって閉店時刻と決められた"てっぺん"と呼ばれる日付の変わる時間に近くなった頃 客の酔いが進み、財布の紐が緩くなる店の稼ぎ時に、店内で酒場には付き物の騒動が起こった トリスティン駐留兵らしきゴツい男の一団が店の奥にあるテーブルを占め、辺り憚らぬ声で騒いでいた バーカウンターで静かに飲んでいたオークの商人が顔をしかめながら勘定とチップを支払い、店を去った 八分ほど入っていた客の内の何人かが、普段とは打って変わって騒がしい店内を嫌い、早々に引き上げる 客が食事を終えた後の酒の時間が妖精達の稼ぎ時、上客を追い出す迷惑な兵士達は、どうやら貴族らしい 酒の席では身分を忘れるという暗黙の了解によりマントを外して寛ぎの時間を楽しんでいる貴族達の中で 本国を追い出され占領地に流れてきたらしき貴族兵は、揃って軍の部隊章の入ったマントを羽織っていた 酒場のマナーも知らない田舎メイジ達は貴重な輸入ワインを次々と抜き、泥酔者特有の大声を上げている テーブルに並んだガリア・シャンパーニュ製のスパークリングワインの値段には不釣合いな粗末な軍服 飲み代を払う気があるかも怪しい、当時そういう下級の駐留兵により踏み倒しがあちこちで起きていた 統治国派遣兵の徴募に応じた貴族の中には、普段は山賊や盗賊で食っている無法者連中が少なからず居た 貴族兵の一人が杖を振り、テーブルについていたジェシカの緑色のビスチェの裾を風魔法でめくった ジェシカは田舎育ちのデカい声で罵ろうとしたが、啖呵を飲み込みながら愛想のいい笑顔を浮かべる やり取りを見ていた他の妖精達が顔を見合せる、ジェシカの翡翠像のような笑顔は初回だけの執行猶予で 懲りずに二度目の狼藉を働けば、即座に彼女の蹴りが無礼な客のコメカミに叩きこまれる事を知っていた 皆が困惑する中、バーカウンターでシェーカーを振っていたスカロンが尻を振りながら近づいてきた 異世界で「モンローウォーク」と呼ばれる歩行法を見た貴族達は、獣の威嚇を見た時のように身構える 「困りますわ~、あたしのお店では魔法はご法度よ、そんな怖い顔しないで楽しく飲みましょうよ~」 目の前に立ちふさがるマッチョなオカマの前に、体格にコンプレックスがあるらしき小男の貴族兵が立ち その背に不似合いな長槍型の杖を突き出すと、こちらはチビにお似合いな甲高い怒鳴り声を上げる 「おいバケモノみたいなオッサン、相手見て物を言えよ、俺達ぁ戦勝国トリスティン陸軍の伍長様だぜ」 スカロンが小男の大杖で突かれた、後ろにひっくり返った拍子に真っ赤なビスチェがまくれ上がる 彼が競走馬のような腿を晒しながら発した「いやぁ~ん!」という声に三人の貴族兵が揃って笑った 「魔法を喰らいたくなきゃ平民風情は引っ込んでろ、野蛮なアルビオン人を貴族様が教育して何が悪い」 目の前で父を突き飛ばされたジェシカは震えながら直立し、男達に向かって膝に額がつくほど頭を下げる 日本の営業マンのようなジェシカの深いお辞儀は、得意のハイキックに備えて腰を伸ばす準備運動だった 頭を下げるジェシカの姿を屈服と勘違いした肥満体の貴族兵が彼女に杖を向け、悪戯をしようとした ジェシカは頭を下げたまま上目遣いに「霞」と呼ばれるコメカミの急所を確認し、「覇~」と息を吐く 誰もが息を殺してやりとりを見守る、酒場に似合わぬ静寂が支配する中で、店の隅の席がガタっと鳴った 入り口脇の小卓で、指名がご無沙汰のため会計仕事をしていた黒いビスチェの少女が静かに立ち上がった ルイズの周りの空気が凶暴に歪む、鳶色の瞳はKITTの赤いフロント・スキャナーのように輝いていた 「この貴族の恥さらしが…いい加減にしないとあんたら…その髪の毛の一本も残さず…ゼロにするわよ…」 ルイズは一団の最古参らしき背の高い男の前に歩み寄り、自分の黒いビスチェの胸元を開いてみせた その中身、女性なら谷間があるであろう部分を上から見下ろしたメイジに「お、男…?」と言われた瞬間 この場を穏便に解決しようとする気持ちを思い切りよく捨て、襟裏に付けた金の延べ板を見せつけた 「その目ん玉が飾りでないならよ~くごらんなさい!我が名はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール 特務情報士官として女王陛下より少尉待遇の地位を得ているわ、あんたらの親分やってる軍曹殿の上官よ」 ルイズがビスチェの襟裏につけていた近衛少尉の階級章を見た陸軍下士官の男達は、指差して笑い出した 「こちとら便衣兵や不正規兵を相手にしてんだ、そんなペテンに引っかかるかよ、貴族ごっこの平民女が」 占領地ではよくゲルマニア系の彫金屋が店を出していて、模造の勲章など駐留兵向けの土産物を売っていた ルイズは突き飛ばされた、張り手で突いただけとはいえ男の力、思わず呼吸が止まり、目の前に星が飛んだ 襟がめくれた拍子に見えた葡萄の葉のメダル、頼みもしないのに付けられたオマケを見て、男は鼻で笑う 「生意気にタルブ従軍章まで偽造しやがって、アルビオン騎兵と戦った勇士がこんな所に居るかってんだ」 初めて味わう男の暴力に、ちょっと前のルイズなら恐怖と動転で頭が真っ白になっていただろう ルイズは雲海の中を航行するクリッパー(快速帆船)の甲板で、所在なさげに舷側に寄りかかっていた トリスティンの軍港アムステルダムからアルビオンまでのKITTとの船旅、幸い船酔いとは無縁だったが KITTは現在、帆船の客室を二間ブチ抜いた臨時の車庫で、厳重な警備兵の監視の下で保管されている 特務士官ルイズもまたアンリエッタの命令により客船並の船室を与えられ、快適な船旅を過ごしていた 船上でKITTに乗る事は許されていなかった、船の王といわれるボースン(甲板長)には逆らえない その空族上がりのボースンははどこかで、この使い魔がアルビオンの戦艦を破壊した事を聞いたんだろう タルブ村侵攻の後、座礁した戦艦レキシントンは砲や風石機関をアルビオンの戦後処理官が持ち去った後 村からの再三の撤去要請にも関わらず放置された、シエスタの父はサルベージの困難な大型戦艦の解体を ルイズに依頼し、喜んで引受けたルイズは戦艦にKITTを突っ込ませて5分少々で薪の山にしてしまった ルイズは上空の冷気に身を震わせ、シエスタから借りた革ジャンを着込むと、暇に任せて甲板を歩き始めた 高度3000メイルまでの上昇航路に乗った風石帆船は、出航直後の忙しい動索操作が終わったらしく マスト上の見張り台に立つ船員を残して、残りは船乗りにとって値千金の睡眠時間を過ごしている様子 ルイズは甲板を走り始めた、陸と空の長旅で日課のジョギングも疎遠になり、体は運動不足を訴えていた 揺れる甲板でのジョギング、足首の柔軟さを求められるランニングにもすぐに慣れ、規則的に走るルイズ 後ろから、同じくリズミカルながらテンポの速い足音が近づいてくる、濃い霧の中で姿はよく見えない ルイズはフットボール選手のように後ろ向きに走りながら、足音と軽甲冑の発てる金属音の正体を探った 走ってくるのは一人の騎士であることを知った、髪の短い若い女、シュヴァリエになって日が浅いらしい ルイズはジョギング仲間が出来たと思い、手を振って挨拶をしようとした、向こうも手を振っている その騎士の振られた手には、長く鋭い剣が握られていた、サーベルはルイズに向かって斬りかかってくる 濃霧の船上で、ルイズはサーベルを振り回す狂戦士から逃げ回った、剣先が掠り、肌に冷たい感触を残す ルイズは無言で剣を撃ち込む女騎士から必死で逃げたが、上空の薄い空気に息が切れ、甲板に倒れこんだ ルイズの鼻先にサーベルが突きつけられ、続いて鉄甲の入った靴で腹をめがけて蹴りが飛んでくる 「わたしは銃士隊のアニエス・ド・ミラン曹長だ、貴様がルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールか アンリエッタ女王より貴様の鍛錬を受け持った、さぁ立てルイズ、まずは走れ、倒れるまで走るんだ」 ルイズはアニエスのヤクザ蹴りを転がって避けながら、主人の危機にKITTが助けに来ない訳を知った 「新米シュヴァリエが何呼び捨てにしてんのよ!わたしはヴァリエール家三女、姫様直属の特務少尉よ!」 甲板を転がりながらルイズは威勢だけはよく怒鳴ったが、アニエスは潰す前の虫を見るような目で見下げた 「陸に下りたら少尉とも閣下とも何なりと呼ぼう、しかしこの船に居る限り貴様は只のルイズだ、いいな?」 ルイズの反論はアニエスに尻を蹴られた拍子に出た「ひゃっ!」という情けない悲鳴にしかならなかった ルイズは甲板で腕立て伏せをしていた、汗まみれで上空の冷気を感じなくなる、薄い空気で息が切れた 「一体…何をやらせようってのよ…わたしは護身術を習ってるんで…力自慢にろうってんじゃないのよ」 胸が床につくまで身を沈める、ルイズは胸と床の距離の関係で他の女性より少々余分に苦労させられた 「貴様ら貴族士官は揃ってシャバではろくでもない暮らしをしてた奴ばかりだ、まずその鈍った体を オーバーホールしないと使い物にならん、…それからこの船の上で、私に疑問を持つことは許さん」 船旅は退屈とは程遠い物になった、日中は過酷な筋力鍛錬で絞り尽くされ、大味な船員飯がうまかった 夕暮れ後、ルイズはフラフラになりながらも、船室に戻らず船の先端近くにある錨鎖庫に入り込んだ 「…KITT…ねぇKITT……起きてる?わたしよ…今日も…寝るまで…お話、しよう…」 ルイズは舫綱に座り込みながら壁に向かって話しかけた、KITTの船室と隣り合った、ルイズの秘密の場所 日中の鍛錬を開放された後のKITTとの夜のお喋りは、ルイズにとっての唯一の安らぎの時間だった 「ルイズ、彼女はかなりのサディストですよ、私の世界で彼女に並ぶのは声優の風音嬢ぐらいでしょう」 「わたしあ~いうドSな女が一番苦手だわ、ほらわたしってKITTの扱いといい、かなりのMじゃない?」 KITTの船室の中で何かドンガラガッシャ~ン!という音がした、反論を考えすぎてエラーを起こしたらしい 船上での鍛錬はその時間の殆どを体力作りと走りこみに費やされ、護身術は最後にほんの少しやっただけ 単調な鍛錬の中で突然、アニエスが蹴りや木鞘での一撃を喰らわせる事もあり、気の休まる暇も無かった 数日の船旅の後、ルイズの乗った帆船はアルビオン南西部、統治軍共同の軍港グラスゴーに接岸した 桟橋にKITTを降ろす作業に立ち会うルイズの元にアニエスがやってきた、いつも通りの傲岸な目つき ルイズがKITTと共にアルビオン本土に降り立った途端、アニエスは鞭打たれたような直立不動で敬礼した」 「トリスティン王宮直属特務情報士官ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエー少尉殿 任務の成功と無事の帰還をお祈りします、並びに、艦内での不敬な言動を深くお詫びいたします」 ルイズは学院で従軍経験者のギトー先生から少し習った不慣れな答礼をする替わりに、右手を差し出した 「…ルイズでいいわ…」 「もったいないお言葉であります、私アニエス、貴官の訓練に従事できた事はこの上ない誇りであります」 ルイズとアニエスはしっかりと手を握り合った、互いに相手の手を握り潰さんばかりに握力を篭める アニエスは握手の時、ルイズの目を見て囁いた、船上でルイズを震え上がらせた、虫を見るような目付き 「ルイズ、アルビオンで何かあった時は、ベルファスト治安維持部隊の三番隊に私が居ることを思い出せ」 ジェシカが店の若い従業員に、急いで駐留軍が詰めている屯所に知らせにいくように耳打ちしていた 「あ~、ジェシカ、お願いがあるの、騎士隊を呼ぶなら、くれぐれも三番隊だけはやめてちょうだい」 ルイズはビスチェの懐に手を突っ込み、こっちは偽造出来ない水魔法紙の身分証明書を取り出そうとした 「あれ…忘れた」 ルイズの身元と地位を証明できるのは、たった今笑いものにされた階級章と、身分証明書だけだった 「ちょ…ちょっと待ちなさい!ホテルに置き忘れてきただけだから、今、届けさせるから!」 ルイズは嗜虐の笑みを浮かべて歩み寄る三人の貴族兵士を手で制しながら、店の周囲の壁を見回す 「…ここがいいわね」 ルイズは店の隅、急ごしらえで建てた店の粗末な壁に、帳簿つけに使ってた黒鉛の筆で大きな丸を描いた KITTは既に傍聴した会話から危険を察し、ホテルの馬車停めから急発進して表通りを疾走していた 北米の幾つかの州では、出動前の消防車ではハードロックをかけて隊員を鼓舞することが定められている KITTはその規則に従い、ルイズのお気に入りを入れてるミュージックフォルダからランダム再生した その晩、KITTが駆け抜けたベルファスト中心街に、デトロイド・メタル・シティのサウンドが響き渡った KITTはこの歌詞を解する人間が居ない事を感謝し、この曲がハルケギニアでカバーされない事を祈った 近づいてくるV8のエンジン音とクラウザー様、貴族兵が身構え、少女達が不安の表情を浮かべる中で 妖精達をカウンター内に退避させたスカロンだけはなぜか懐かしそうな表情で、その音に聞き入っている 貴族兵がルイズに向かって杖を振りかざした、炎のスペルにも動じずルイズは挑戦的な笑みを浮かべる 「ねぇ、田舎貴族のオッサン、あんたは一流ホテルのルームサービスなんて、頼んだことないでしょ?」 ルイズがつけた印に沿って壁が吹っ飛んだ、赤い光、KITTの黒いボディが店内に飛び込んでくる SATSU-GAI! KITTのノーズに炎メイジの貴族兵が跳ね飛ばされる、突入時の速度調整により無傷なのは言うまでもない 「お待たせしました、ルイズ、ご指示通りアンリエッタ女王発行の身分証明書をただ今お持ちしました」 接客のあまり丁寧でないルイズへの面当てのような馬鹿丁寧な口調、叱ろうにもつい顔はニヤけてしまう 「わたしの"ホテル"はムチャクチャ速いのよ」 ルイズはKITTの車内から、夕べサンドイッチを食べる時にナプキン替わりにしていた紙を取り出した 身分証明書を見せるまでもなく、貴族兵達は奇怪な黒い物体に恐れを成し、じりじりと後ずさっている その時、店の端から悲鳴が上がった 兵士の一人が店の妖精を後ろ手に捻り上げ、底を叩き割ったガラスの酒瓶を彼女の顔に突きつけていた 見てくれの割りに戦場の経験の無い兵士、彼は未知の魔法アイテムが持つ力の前に理性を失っていた 恐怖から生存の本能を剥き出しにした彼が突きつけているのは杖ではない、彼はもう、貴族ですらない ルイズは震える手を振ってKITTを下がらせた、握り締めた拳で黒いビスチェのスカートを押さえた ルイズがKITTと共に活動するようになって知った、この世界にはあまりにも不似合いな不殺傷の思想 後に虚無の系統に開眼したルイズは、自分がエクスプロージョンという前代未聞の魔法を使えると知った 今まで狙った場所が爆発した試しの無い味方殺しの魔法だったが、その未曾有の破壊力を得たルイズは KITTの能力と自らのエクスプロージョンの魔法を、決して人を傷つける事に使わない、と誓っていた 「それは、それ!」 ルイズは黒いビスチェのフリルスカートを翻し、腿のガーターから抜いた杖を貴族メイジに突きつけた 「これは…これ!」 ルイズは自らの体内を巡る力を加速させ、目の前のクソ男を吹っ飛ばす特上の爆破魔法を唱え始めた 詠唱を完成させようとするルイズの前に、足音一つ発てることなくスカロンの巨きな背中が立ち塞がった 素手や剣の届かぬ双方の位置関係は、平民が剣や銃を持っていても貴族の魔法には決して勝てない距離 スカロンの爪先がキュっと鳴った瞬間、間合が一瞬で詰められ、酒瓶を持った男が店の端まで吹っ飛んだ 別の男がエア・ハンマーを乱れ撃ちするが、スカロンはその攻撃を左右の拳で砕き、腹にフックを打ち込む もう一人が炎の魔法を発動するより早く、術者保護のため魔法が発動しない直近でジャブ連打を浴びせた あっという間に三人の貴族が床に昏倒した、以前に何度か同じ光景を見たらしき店の常連達が口笛を吹く ルイズが唖然と見つめる横で、KITTが突入に備え上昇させていたエンジン回転数を下げ、声を漏らした 「拳よりその足さばきが私のライブラリーに残っていました、あなたもまた、地球からの召喚者ですね」 「あなたが最初の防衛戦の直前に突然姿を消したことを悔やんでいるボクシング・ファンは数多くいます 北米、環太平洋クルーザー級王者、18試合18勝12KOの重量級新人王、石 夏龍(hsu karon)さん」 スカロンはクネクネさせながら、たった今凶器として使った拳を両頬に当て、恥じらいの声を上げる 「なぁ~んのことかしらぁ、 私はこの魅惑の妖精亭の主人、チクトンネの美の化身、スカロンよぉ~」 KITTの情報によれば、シエスタの曽祖父を始めとする異世界からの召喚者達はあらゆる所に居るらしい ある者は地球への帰還を試みて果たせず失意の内に死に、ある者は召喚の影響で記憶を失ったまま生き そしてそれ以外の人々は意外な所に意外な形で居るらしい、おそらく、それは地球でも同じかもしれない スカロンのパンチでメイジ達がノックアウトされ、やっと騒ぎが終息した頃に騎士隊が駆けつけてきた 「何だルイズ、貴様か、どこかしらで騒ぎを起こす奴だとは思ってたが、酒場の喧嘩とは随分安っぽいな」 女性だけの騎士隊、トリスティンでは貴族に替わり武装した平民を中心とした銃士隊の運用が始まっていた 「ホントにルイズって呼ぶんじゃないわよ!ヴァリエール少尉よ!sirをつけなさいアニエス曹長!」 アニエスは面倒臭そうに襟を見せた、中尉の徽章、外地勤務で騎士隊副官昇進のボーナスを貰ったらしい 「なるほど、店員から話は聞いたが、こいつらは札付きでね、これで不名誉除隊は免れられないだろう スカロン殿の店は軍のお偉方にも好かれてたからな、ヘタすりゃ貴族廃籍だ、まぁ自業自得だな」 「こいつらは貴族じゃないわ、自分のやった事の責任を取れる人間、決して逃げない者を貴族と言うのよ」 ルイズが渋面で呟きながら再会の握手の手を差し出すと、アニエスはそのままルイズの手を引き寄せた 「さ、来いヴァリエール少尉殿、どうせ貴様も手を出したんだろう、事情聴取くらいさせて貰うぞ」 「ちょ…ちょっとアニエス!店長よ!みんなスカロン店長が殴り倒したのよ~!わたし何もしてない~~」 アニエスはスカロンのほうを向くと、アルビオンの港でルイズに見せた時よりずっと丁寧な敬礼をした 「スカロン店長、報告書その他の書類の体裁は、私とこのヴァリエール少尉殿が整えておきます 店長は心置きなく店の復旧をお急ぎください、被害は後ほどこの男達の俸禄から弁済させますので それから…我が銃士隊一同は、あなたが再び拳闘と柔術の稽古にお越し頂くことをお待ちしております」 隊員達に将軍の閲兵のような敬礼をされたスカロンは、キラっと星が飛びそうなウインクで答礼する 「そんな野蛮なことしたらおハダが荒れちゃうわぁ…でも、アニエスちゃんと部下のカワイコちゃん達が あたしの作ったビスチェを着てお店に出てくれれば、次は居合とクンフーでも教えてあげちゃおうかしら 銃士隊の女性隊員が妖精達のビスチェを見てまんざらでもない表情をする中、アニエスは弱気を見せる 「そ…それは…その任務を果たすには…自分は力量不足でありまして、わたし…カラダにはあまり自身が…」 スカロンはアニエスのバストを見ると、薄鋼の胸当てで覆われたオッパイのサイズを掌で正確に形造った 「もったいなぁい、ちょっと寄せて上げればナイスバディよぉ、ルイズちゃんだってお店に出てるんだし」 アニエスはルイズが見た事ないほど狼狽し、片手で冷や汗を拭き、もう片手でルイズを引きずり逃げ出した 店に残ってた客達が退場するルイズに歓声を上げ、今まで貰ったチップを超えるほどのおひねりを投げた 半分は威勢のいい台詞と貴族の誇りを見せてくれた事へのご祝儀で、残り半分は保釈金のカンパだった 銀貨をかき集めたジェシカが「今月のチップレースはルイズちゃんの逆転勝利ね」と声を漏らす 「ルイズちゃんおつとめ頑張って~、壁を壊した分の給料天引きは負けといてあげるわよ~」 「アニエス中尉、せいぜいルイズにはたっぷりと油を絞ってあげてください、たまにはいい薬です」 アニエスに襟首を掴まれ、ジタバタしながら逃げ出そうとするルイズは無慈悲に引っ立てられて行った 「て、て、店長の鬼~、アニエスの悪魔~…KITTの鬼悪魔ぁぁぁ~~~~」 結局ルイズはアニエスのちょっとした悪戯でブタ箱に一泊し、人生最初の臭いメシを食う羽目になった 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4438.html
前ページ次ページ異世界BASARA 幸村とルイズは長い廊下を、2人並んで歩いていた。 「良き主君にござるな、ジェームズ殿は」 廊下を歩きながら、幸村はルイズに話し掛ける。 「配下の将を見ていれば分かる。あのように慕われるのは幸せでござろう」 「……でも、明日には戦って死んじゃうのよ?」 ルイズが震える声で口を開いた。 「嫌だわ……何であの人達死のうとするの?姫様が逃げろって言っているのに……」 次第にルイズの目から涙が流れる。遂には立ち止まり、その場で泣き出してしまった。 幸村はそれを黙って見ている。 「私、もう一度説得してみる。国より、愛する人の方が大事じゃない」 「それはなりませぬ」 と、黙していた幸村が首を横に振りながら言った。 「どうして!?ウェールズ様だって本当は……!」 「アンリエッタ殿を想うからこそにござる」 幸村は真剣な表情でルイズを見つめ、さらに続けた。 「ルイズ殿。皆、勇敢に戦い果てる事を決心しておられる。その思い、察して下され」 だがルイズは頷かなかった。 ルイズは武士ではない、ましてや戦に出た事もない少女である。 彼女にはどうしても理解出来なかった。だから、ルイズは幸村にこう言った。 「……ユキムラ、あんたは死ぬのが怖くないの?」 「この幸村、武士となったその日から死する事は覚悟しておりまする」 「じゃあ、私が戦って死ねって言ったらあんたは死ぬの?」 「それがルイズ殿の望みであれば」 その瞬間、幸村の頬に平手が飛んできた。 一瞬、幸村は何が起こったのか分からず、呆けた顔でルイズを見ていた。 「ルイズ殿?何を……」 数秒後、自分の頬を押さえていた幸村がやっと口を開いてルイズに尋ねた。 「やっぱりあんた馬鹿だわ、この国の人と同じ、自分の事しか考えてないのね!」 「そのような事は!拙者はルイズ殿の為ならば命懸けで……!」 「それで死んで満足?残された人の気持ちはどうなるのよ!!」 ルイズはその目に涙を溜めたまま、幸村を睨んだ。 今まで何百、何千という敵と刃を交えてきた幸村であっても、ルイズの涙と、その小さな体から発せられる気迫にたじろぐ。 しばらく幸村を睨んでいたルイズだったが、少し落ち着いたのか、腕で涙を拭ってもう一度幸村を見て言った。 「あんたは使い魔だから、私を守るのは当然よ。でもね、それで死ぬなんて絶対ダメ。分かった?」 「……は、ははっ!!」 幸村は我に返り、ルイズに深く頭を下げた。 「あ、そうだ」 と、ルイズは何かを思い出したのか、はっとした顔になる。 「あ、あのねユキムラ……ラ・ロシェールで言い忘れていた事だけど……」 「はっ!何でござろうか?」 ルイズは困ったような表情になり、ポリポリと頬を掻いた。 「ワ、ワルドがね、私と結婚しないかって」 「おお!そうでござるか!結婚…………結婚んんんーーーっっ!?!?」 予想だにしなかった告白に、幸村は素っ頓狂な声を上げた。 「け、け、けけけけけけけ結婚とは!ななな何故いきなり!?」 今にも飛び出しそうな程に目を見開き、ルイズに尋ねた。 「そんなに驚かないで、婚約者なんだからいつか結婚するのは当たり前じゃない」 そんな幸村とは違い、ルイズは落ち着いた様子で腰に手を当てている。 「でも安心しなさい。結婚はしないから。」 「そ、そうでござるか……」 それを聞いてほっとしたのか、幸村は大きな溜息をついた。 「私、これからワルドにこの事を謝ってくるわ」 「ルイズ殿、拙者も御供いたしますぞ」 しかし、ルイズは突然慌てた様子になってそれを止める。 「い、いいわ!ユキムラは先に戻ってて!こ、こういうのは当人同士で話し合った方がいいのよ!」 「し、しかし……」 「いいから!戻ってなさい!!」 戸惑っている幸村を戻らせ、ルイズはワルドの部屋に向かっていた。 相手は憧れていたワルド子爵だ。幼い頃、結婚するのを夢見ていた…… それなのに、今は結婚する事を考えると気持ちが沈んでしまうのである。 滅び行くこの国を見たからか、それとも死に向かうウェールズを目の当たりにしたからか…… しかし、そのどれも今の心境の原因ではないように思えた。 不意に、ルイズは幸村にワルドと結婚する事を話した時の事を思い出す。 幸村にまだ結婚はしないと話した時の、あのほっとした顔を見た時…… 何故か自分も安心したのである。 まさか、自分はワルドとの結婚を否定して欲しかったのだろうか? そんな考えが頭をよぎった頃、ルイズはワルドのいる部屋の前まで来ていた。 ルイズがワルドの部屋に着いた頃、幸村は言われた通りに自分の部屋に戻っていた。 「ひでぇ慌てっぷりだったな相棒」 すると、今まで黙っていたデルフリンガーが口を開いた。 「あそこはあれだぜ、俺の傍にいてくれ!とか、そういった事を言わねぇと」 「何を申すか、拙者はルイズ殿の傍にいるよう心掛けているが?」 そういう意味じゃねぇよ……と、デルフリンガーは小さい声で呟いた。 デルフ自身も薄々感づいてはいたが、この幸村という男、戦いにおいては中々のものだが、女性の事となるとまったくの二流……いや、三流であった。 さらに片や自分の気持ちに素直になれないルイズである。 (こりゃ嬢ちゃんが猛烈にアタックしない限りは無理だな……) 「結婚は出来ない?」 一方、こちらはワルドの部屋。 突然訪れてきた婚約者の言葉に、ワルドは思わず聞き返した。 「ごめんなさい。ワルド、あなたには憧れていたわ。もしかしたら恋だったのかもしれない……」 ルイズは俯きながら話していたが、深く深呼吸すると顔を上げ、決心したように言った。 「でも、今は違うの。私……」 話そうとしたところで、ワルドがルイズの手を取った。 「……緊張しているだけさ。そうたろうルイズ?」 しかし、ルイズは首を振る。 その瞬間、ワルドの目が吊り上り、ルイズの肩を強く掴んできた。 「世界、世界だルイズ!僕は世界を手に入れる!その為に君の力が必要なんだ!」 豹変したワルドに、ルイズは震え上がった。 「……む?」 その頃、幸村の体にある異変が起こっていた。 「どうしたね相棒?」 「今……ワルド殿の姿が見えたような……」 幸村はそう言って、しきりに目をこする。 武器を握っていないのにも関わらず、左手のルーンが光っていた。 「ルイズ!僕には君が必要なんだ!君の才能が、力が!」 ワルドはルイズの肩を掴んだまま、激しい口調で詰め寄る。 その剣幕に、ルイズは顔を歪めた。 「嫌よ。そんな結婚死んでも嫌……!あなた、私の事愛してないじゃない!」 ルイズはそう言い放つと、ワルドの手を振り解く。 「……こうまで言ってもダメなのかい?」 「嫌よ。誰があなたなんかと結婚するもんですか!」 その言葉を聞いたワルドは、唇の端を吊り上げ、禍々しい笑みを浮かべた。 「そうか……分かった、分かったよルイズ。手に入らないのならば、壊すとしよう……」 ワルドはそう言うと杖を手に取り、呪文を唱え始める。 そして、杖を振るうと、杖の先から光の玉が飛び出す。 光は窓を突き破って上昇すると、空中で大きな音と光と共に爆ぜた。 「子爵……今のは?」 ルイズは恐る恐るワルドに尋ねる。 対してワルドはいつもルイズに見せるような笑顔を浮かべて言った。 「合図だよ。ニューカッスル城を総攻撃せよという合図さ」 その言葉の後、城が轟音と共に大きく揺れ動いた。 「……どうやら、彼は言いくるめるのに失敗したようだな……」 レキシントン号の甲板上で、松永久秀は砲撃を受けるニューカッスルの城を見ながら呟いた。 不意に松永は指を鳴らす。 すると、彼の背後に長身のメイジが現れた。だがそのメイジから発せられる雰囲気は貴族というよりも傭兵のそれである。 「御出陣ですかマツナガ様」 「欲しい物は自分で手に入れるから良い。セレスタン、卿は女子供を捕らえてくれ」 「何に使うんです?」 「余興だよ。いずれトリステインの姫君に見せる余興に使うのだ」 松永はその顔に嫌な笑みを作り、笑った。 だが、セレスタンと呼ばれたメイジは困ったように松永に尋ねる。 「俺はやりますけど……“あの2人”はどうするんで?」 それを聞いた松永は、歯を剥き出しにし、さらに邪悪な笑みを浮かべて言った。 「欲望のまま血を啜らせればよい。肉を喰らわせればよい。それが彼等の真理……」 前ページ次ページ異世界BASARA
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1082.html
>>back >>next 「とら……さまですか? ええ、こちらにいらっしゃいましたよ。『テロヤキバッカ』を三十個、大至急……とのことでした。マルトーさんと私で、大急ぎで作ったんです」 シエスタの言葉に、ルイズはそう……と俯いた。やはりとらは出かけたのだろう。『テロヤキバッカ』三十個なら、とらの食べる速度を考えれば、もってせいぜい二日だろうが……。 ルイズはこほんと咳払いして、メイドに尋ねる。 「そ、それで……何か言ってたかしら? いつ帰るとか、どこに行くとか……」 「いいえ。特には……申し訳ありません」 「そう……」 あ、これ東方からの珍しい品なんですよ、と言いながらシエスタはティーポットからお茶をカップに注いだ。ありがと、と言って受け取るルイズ。 シエスタは少し微笑んだ。メイジとはいえ、ルイズはまだ小柄な少女である。 「お口に合えばいいのですけど……」 貴族ということを差し引いても、威圧感のあるあの使い魔に比べれば、ルイズのほうがシエスタにとっては怖くなかった。 とらが膨大な量の『テロヤキバッカ』を消費するため、自然とルイズとシエスタが話すことは多くなっていたのである。 しかし、どうも今日のルイズはそわそわとして落ち着きがないようだった。せっかく出したお茶にも手をつけようとしない。シエスタはルイズの顔を覗きこんだ。 「あの……ミス・ヴァリエール。とらさまがどうかなさったんですか?」 「え、ええ。その……ちょっと、ちょっと用事で出かけてるから、それだけなの」 「はあ……」 だったら主人が行き先ぐらい知ってそうなものだ、とシエスタは思う。もっとも、そんなことをわざわざルイズに言おうとはしなかったが。 厨房に漂う気まずい空気と沈黙に、ルイズはそろそろと立ち上がった。 「ええと、もう行くわ。ありがとうね、シエスタ」 「はい……あ、ミス・ヴァリエール、その……」 シエスタの声に、何?とルイズが振り返る。シエスタは自分の用件について話そうか話すまいか迷ったが、やがてあきらめたように頭を振った。 どうやら、とらは不在のようだし、ルイズには用事がありそうだ。今ルイズに話すのはやめておこう、とシエスタは考えた。 「その……今晩にでも、お部屋に伺ってよろしいでしょうか? ミス・ヴァリエールととらさまに、お願いしたいことがあるんです」 「私と、とらに……? え、ええ、いいわ。いらっしゃいな」 「はい!」 にこにこと笑顔で頷くシエスタに、ルイズの胃はまたちょっと痛くなった。うう、と懐に手をあてる。 (どうしよう……とら、今日中に帰ってくるかしら……) ドアを閉めながら、シエスタに安請け合いしてしまったことを後悔しはじめるルイズであった。 一方……、厨房ではシエスタが、緊張から解放されたように、ふう、と溜息をついた。平民のシエスタにとって、やはり貴族と喋るのは気を使うのであった。 (ああ、ミス・ヴァリエール……お茶を召し上がってないわ……そんなに慌てていらしたのかな) 夜に訪問する時に、もう一度お茶を持っていこう。そう考えながら、シエスタはティー・カップを片付けた。 「……それで、私のところに来たってわけ? まあいいけど。ねえ、ルイズ。あなたもう少しちゃんと使い魔の管理をできないのかしら? だいたい、使い魔に朝起こしてもらってるなんて……やれやれね」 「だって……」 ベッドに腰掛けたキュルケは呆れたように言った。ルイズはとらの行方について知らないか尋ねに、キュルケの部屋に足を運んだのだった。 ソファーのに座ってもじもじとクッションをいじるルイズに、キュルケははあ、と溜息をつく。この友人はタバサと違って、自分の使い魔に振り回されているようだ。 (まあ、あれだけ強力な幻獣を操れってほうが無理かしらね……) スクウェア・クラスでもあれだけの幻獣を使い魔としているのはまれだろう。 「でも、あなたもう少し考えたら……? 使い魔が起こしてくれなかったから寝坊して授業に遅れて……それであのとらを使いこなすメイジになれるわけ?」 「わ、わかってるわよ……キュルケ、なんだか最近説教じみてるんじゃない? エレオノール姉さまじゃあるまいし……」 「あんたが子供じみてるんでしょう、ルイズ」 ぐ、とルイズは言葉につまる。ルイズだって、日々あせっているのだ。魔法の腕は『ゼロ』のルイズの名の通り、一向に上達しなかった。 最近、とらに貰った『錫杖』を使う訓練をしているタバサにお願いして、ルイズも一緒にやってみたことがある。 そちらも見事に失敗し、「向いてない」とあっさりタバサに言われたばかりである。 「私だって……その、立派なメイジになりたいわよ。別に強力なメイジじゃなくていいから……普通の呪文を普通に扱うような」 (ふぅん……そりゃまあ、ルイズも悩んでるのよね……あたりまえか) 血統だろうか、生まれつき『火』の系統の素質に恵まれ、トライアングル・クラスの実力を持つキュルケにはなかなかルイズの悩みは実感できない。 とはいえ、ルイズが人一倍努力していることはキュルケも知っていることだった。 「……ルイズ、あなた一度、使い魔から離れてみたら? あんまり大きな力に頼ると、自分を見失うわよ。 無理や背伸びをしないで、まずは自分にできることは何なのか、それを見つけなさいな」 ま、父の受け売りだけど、とキュルケは付け加える。ルイズはぎこちなく頷いた。 恥ずかしがっているのがわかって、キュルケはくす、と笑った。少しからかいたくなって、思い出したような調子でキュルケは言う。 「あー、そうそう、あなたの使い魔だけど……心当たりは、あるといえばあるわね」 ルイズががばっと跳ね起きた。 「どどど、どこよ!? というか、なななんで黙ってたのよ? キュルケー!」 「あら、だから今、こうしてちゃんと言ってるじゃない……ルイズ、あなた、慌てすぎて、大事なひとを忘れてない? いるでしょー、あなたと同じぐらいとらに惚れ込んでるのが」 あ、とルイズが固まった。 確かにキュルケの言うとおりであった。なぜいままで忘れていたのだろう。ルイズはぐっと拳を握る。 大きい胸、青色に染まった長髪……最後に、ルイズの頭の中で「るーるーるー」と歌声が流れ、ルイズは怒りにぶるぶると震えだした。 「ああ、あの……ククク、クソ竜っ……!」 「あらやだ、下品ねー。さーて、タバサのところに行くとしましょうか?」 今にも駆け出しそうな様子のルイズに、クスクスと笑いながらキュルケは立ち上がった。 (……困った) そのとおり、タバサは非常に困っていた。 シルフィードととらを『雪の精霊』退治に送り出し、『サイレント』の魔法をかけて読書に没頭していたら、血相を変えたルイズとニヤニヤ笑うキュルケが部屋に飛び込んできたのである。 とらはどこに行ったのか――そう怒鳴るルイズに、表情には出さないものの、タバサは冷や汗をかいた。オーク鬼よりも恐ろしいルイズの剣幕であった。 ガリア王家の任務をとらに代行してもらったのだ、とは言いにくい。わざわざ偽名を使ってトリステイン魔法学院に通っているのも、周囲への迷惑を避けるためである。 ここで自分の正体を明かせば、ルイズやキュルケに迷惑がかかるかもしれない……そう思うと、本当のことを言うわけにはいかなかった。 (ここは嘘を突き通すしかない。杖は振られたのだ) そう決意を固めたタバサは、芝居がかった仕草でぽんぽんとルイズの肩を叩いてみせた。そして、残念そうに首を振る。 いつものクールな様子とはずいぶん異なるタバサの仕草に、ルイズが怪訝な表情になる。 「二人とも……今回のことをとても『楽しみに』している様子。邪魔はしたくない」 ピシ、とルイズが固まる。 もっとも、とらが『楽しみ』にしているのは『雪の精霊退治』なのであるが……タバサはあえてそこには触れないでおく。 「……シルフィードは『一生のこと』と言っていた。私もその言葉に心を動かされた」 シルフィードは確かに『一生のお願い』と言っていたので、これぐらいのアレンジは許されるとタバサは勝手に判断した。 だんだんルイズの表情が暗くなっていく。 同情に心を痛めながらも、もう一押しだとタバサの心に何かが囁いた。 使い魔の見たもの、聞いたことは主人にも伝わる。タバサはシルフィードの声を聞きながら、適当に脚色を加えることにした。 『ほらほらとらさま、急いで急いで! アイーシャさんに会わなくちゃならないんだから! なんとしてもこの恋はかなえてあげなくちゃ! ああ、とらさまの背中ふかふかで気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』 都合の良さそうなシルフィードのセリフに、タバサはこほんと一つ咳払いした。 「……シルフィードは今、あなたの使い魔に抱きついている……シルフィードは言ってる ……『ああ、とらさま――(の背中ふかふかで)という部分をタバサは省略した――気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』……」 「あらまあ、情熱的ね」 キュルケが合いの手を入れる。ルイズは茹でたカニのように真っ赤になった。 ルイズをごまかすのには、これで十分であると判断したタバサは、これ以上の追及を避けて、さっと本に顔を落とす。 それっきり顔を上げようとしないで黙り込んだ。 死にかけの金魚のように口をパクパクとさせていたルイズが、真っ赤な顔になりながらも、ようやく声をだした。 「そ、それで……続きは……?」 「……言えない。恥ずかしい」 「とらは、とらは何て言ってるの!?」 「……言えない。恥ずかしい」 唖然とするルイズ。その鳶色の瞳に、じんわりと涙が溜まっていく。 「そんな……うそ、うそよ……うっ……え、えぐっ……ひぐっ……」 「ちょ、ちょっとルイズ……あなた本気で……」 「わぁああああんっ!!」 わっと泣き出したルイズは、タバサの部屋を飛び出してしまった。キュルケが呆れたようにタバサを振り返る。 「あーあ、泣かせちゃった。タバサ……鈍いルイズは気がついてないけど、どう聞いても作り事よ、それ」 「……嘘はついてない」 少々アドリブとアレンジはあるが、許される範囲である、とタバサは自分を納得させた。 あくまで、ルイズに迷惑をかけまいとしての嘘である……のだが、ルイズに泣かれてしまうは思っていなかったため、タバサの良心はチクチクと痛んだ。 (仕方ない。これもすべてルイズのため。ルイズを思えばこそ。危険に巻き込まないため) 強引な自己暗示をかけて、タバサは本の世界に戻る。 それにしても……シルフィードととらの会話を聞く限り、あながち二人が恋仲というのも無理ではない設定だと、タバサはぼんやり妄想した。 「……将来尻にしかれる」 「はぁ? どうしたの、タバサ」 「独り言」 「……なんか、今日あなた変よ……?」 あまりに普段と違うタバサの様子に、キュルケが怪訝な顔をする。 「……間違いない」と言いながら読書の続きに戻ったタバサに、やれやれ、とキュルケは呟いた。 この友人は結構腹ではいろいろなことを考えていそうである。ルイズのようにバカ正直な性格では気がつかないのだろうが……。 (ルイズも可哀想に……後で様子を見に行ってあげましょうか。まあ、泣き疲れた頃合を見計らうことね……) 『微熱』のキュルケは、まるで手のかかる妹のような友人たちに、ふう、と溜息をつくのであった。 >>back >>next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4409.html
前ページ次ページGIFT Gift[ギフト] 英語……贈り物の意味。 独語……毒の意味。 ある文学者は言った。 〝人間は生まれながらにして孤独なのだ〟 おそらくこの日は自分という人間にとって人生最悪の日だろう。 そう、ルイズは思った。 より正確に、そして客観的な視点に立つならば、これからの人生がより最悪なものになる、そのスタート地点。 自分の意思に関わりなく、その最低にして最悪な場所に、ルイズは立っている。 運命によって、否応なしに立たされているのだ。 まわりがやかましい。 ざわざわと、非常に耳ざわりだ。 しかし、みんなが何を言っているのかはわからない。 そもそも、こいつらは何故へらへら笑っているのだろう。 耳はいつもと変わらず、極めて正常に機能しているけれども、心が理解することを拒否している。 でも、そんな誤魔化しはいつまでも通用しない。 ああ、そうだ。 わかっている。理解しているわよ! ルイズは震える体を押さえこみながら、召喚したばかりの『使い魔』を凝視した。 ドラゴンやグリフィンではない。 ネズミでも、虫でもない。 そして、もちろん人間なんかではなかった。 それどころか、生き物ですらない。 簡単に説明するなら、それはあちこち焼け焦げた真っ黒なボロクズだった。 見たところハンカチ一枚分もない、小さな布切れのようなもの。 何かの服か、それともマントの一部だったのだろうか? それはわからないが、何であろうとこの使い魔を表わす言葉は、たった一言ですむ。 ゴミだ。 これが、自分の使い魔か。 ルイズはショックで呼吸することさえ忘れかけた。 ゼロのルイズ。 魔法の使えない自分に冠せられた嘲笑の言葉。 貴族に相応しからぬ者への侮蔑。 メイジではないメイジ。 そんな紛い物が、呼び出した使い魔は――ゴミクズ。 吐き気を伴った恐怖が、ルイズの脳髄を走り抜けた。 今日からはゼロではなく、マイナス。 ゴミのルイズか。 いやだ! ルイズは必死になって現状を否定した。 「ミスタ・コルベール! もう一度、召喚をさせてください!」 げらげらと笑い続ける周囲にかまわず、ルイズは教師のコルベールに食ってかかった。 こんなことがあっていいわけがない。こんなひどいことが認められていいわけがない。 けれど、現実はどこまでも非情で無慈悲だった。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 いくらかの時間をおいた後、頭の寂しい教師は厳格な声でそう言った。 「ルールはルールだ」 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」 「好き嫌いでどうこうできる問題ではない」 そんな埒もない建前を並べ立てた後、 「召喚をした以上、それが君の使い魔だ」 草むらに転がるちっぽけなボロクズを指して、禿げ頭の教師はそう宣言した。 その途端、どっと周囲が沸いた。 「さすがはゼロのルイズね!」 「ゴミクズを使い魔にしたメイジなんて、史上初だ! 最大の快挙だよ!」 「まあ、ゼロにはぴったりの使い魔だよな」 「こりゃ他の誰にも真似はできないぜ!」 囃し立てる声に、いつもならば噛みついたであろうルイズも、この時は微動だにできなかった。 うつむき、屈辱に震えながら、黒いボロクズを拾い上げるのが精一杯だった。 手に取って見ると、屍を焼くような嫌な臭いがした。 その横で早くコントラクト・サーヴァントをしろ、とコルベールがうながす。 逡巡を繰り返した後、ルイズは完璧に暗記した呪文を唱え、ボロクズに口づけをした。 やがて、襤褸切れの黒い表面に、使い魔のルーンが浮かび上がる。 それを見つめるうちに、いつしかルイズの震えは止まっていた。 授業が次の段階に移行し、皆が『フライ』の呪文で飛び立って行く中、ルイズはボロクズを手に、のろのろと歩き出していた。 嘲り、罵倒するクラスメートの声に、ルイズはもはや何の反応も示すことはなかった。 少女の顔は死人のように真っ白になり、目はまるで廃人のようになっていた。 夜、二つの月が地上を照らす頃。 ルイズは生気の欠片も存在しない表情でベッドに身を投げ出していた。 枕のそばに、召喚した使い魔が、もの言わぬボロクズが投げ出されている。 これはきっと悪い夢だ。 ルイズはベッドに顔を埋めながら、自らに言い聞かせ続けていた。 きっと自分はまだベッドの中で眠りについているに違いない。 そして、使い魔召喚の儀式の時にはきっと、すごいとまではいかなくても、ちゃんとした使い魔を召喚できるに違いないのだ。 きっと、そうだ。 そうでなくては、ならない。 もしも、そうでないのなら、あまりにも理不尽ではないか。 どうして、自分がこんな屈辱を受けねばならないのか。 ルイズはいまや、自分が声もなく泣いていることさえ理解できてはいなかった。 いつしか、泣き疲れたルイズの意識は、現実と頭の中の境が曖昧になっていく。 部屋の主がかすかな寝息をたて始めた頃、投げ出されたボロクズがせわしなく蠢き始めたが、それを見る者はいなかった。 それはいつしか布切れからコールタールにも似たスライム状へと変化を遂げ、驚くようなスピードでベッドの上をすべり出す。 動くごとに、それに刻まれた使い魔のルーンがせわしなく輝く。 やがて、黒いスライムはルイズに接近すると下着の間からするりと侵入し、絹のような少女の肌を移動していった。 その奇妙な使い魔は、まるで安らげる寝所でも見つけたかのように、ルイズの背中に張りついた。 ぴくりとルイズの顔が動いたが、その寝息が乱れることはなかった。 夢の中で、ルイズは小さな部屋にいた。 それは見たことがあるようで、ないような部屋。 自分の暮らしている女子寮のようでもあり、実家にある自分の部屋のようでもある。 また小さい頃に訪ねたどこかのお屋敷のようでもあった。 その部屋の中に、ルイズの他に誰かがいる。 形はよくわからない。 そこにいるのはわかっているのだが、うまく姿が見えないのだ。 ただ、そいつの考えていることは何となくわかる。 そいつは、何かにひどくとまどっているようだった。 そしてひどく疲れ、傷つき、休養と栄養を必要としている。 でも、この生き物は何を食べるのだろう? ルイズは困ってしまう。 そして、その生き物自身も困っていた。 新しい環境に、そして自分に生じている本能とは違う感覚に。 これから新しい場所で生きて行くためには、今までと同じものだけではいけない。 もっと、違うものも食べなくては……。 疲労を覚えながら目を覚ました時、太陽はとっくに昇っていた。 眩暈に、軽い頭痛さえする。 何度も魔法の練習を行い、精神力をすっからかんにした翌日も、こんな感じだった。 だが、その時とは明らかに違うことがある。 ルイズはどちらかというと、寝起きが良くない。 起きても、しばらくはぼうっとしていることが多いのだ。 それにも関わらず、この朝は疲労感にも関わらず、頭の中が妙にクリアになっていた。 目も、耳も、鼻も、ひどい鋭敏になっているような気がする。 窓の外から聞こえる生徒や使用人たちの声や足音が、はっきりと聞こえる。 まるで自分の全身から無数の見えない糸が壁も天井もすり抜けて広がっているような錯覚を覚えた。 その見えない糸のいくつが、振動というか、気配をルイズに伝えてくる。 何か熱い火のようなものが二つ、すぐ近くで動いている。 そればかりではなく、その二つはルイズに向かって近づいてきている。 ――キュルケ? ルイズは唐突に、そのうちの一つが何者であるのかを理解した。 仇敵とも言えるあの不快で、淫蕩なゲルマニア女だ。 だが、もう一つは? ちくちくと、警戒信号が背中――脊髄を通して頭に送られてくる。 ルイズはとっさに、杖を手にとった。 その動作は恐ろしいほど俊敏なものだったが、ルイズ自身はそれを理解していなかった。 いつでも杖を振るえるように注意しながら、ルイズは気配のせまるドアを睨みつけた。 予測通りにキュルケが部屋に入ってきた。 ノックもせずに。 相変わらず無礼で嫌な女だ。 ルイズは内心舌打ちをしながら、じろりと赤毛の美女を睨んだ。 「おはよう、ルイズ」 キュルケは虫の好かない笑みを浮かべる。 しかし、ルイズにとって今はこんな女のことは二の次だった。 「後ろに何を隠してるの?」 キュルケはルイズの態度にかすかに驚きを見せたが、すぐさま笑みを浮かべる。 「別に隠しているわけじゃないわ。あなたに、私の使い魔を紹介しておこうと思ってね。フレイム~」 主人の呼びかけに応じ、巨大な火蜥蜴がのそりと姿を見せる。 なるほど、もう一つの気配はこいつだったのか、とルイズは納得した。 サラマンダー。図鑑などからの知識だけではあるが、よく知っている幻獣だ。 ルイズがじろりと視線を向けた途端、サラマンダーはびくりと、まるで脅えるように身を震わせた。 火属性。それを得意とするメイジ。そいつに従う炎を吐く幻獣。 また、ちくちくと危険を報せる信号がルイズの脳裡に響いた。 危険。敵。 ルイズのすぐ近くで、誰かがそう叫んだ気がした。 弱点。警戒。 ブランドものだと、使い魔の自慢を垂れ流すゲルマニア女を、ルイズは無言で部屋から押し出した。 押し出すというより、突き飛ばすとするべきかもしれない。 そんなに力はこめたつもりはないのに、キュルケは大げさによろけて廊下に尻餅をついた。 ふざけたな女だ、嫌味のつもりか。 不快の念をこめた一瞥をキュルケに向けた後、ルイズはさっさとドアを閉めた。 部屋の中で一人になった。 炎。弱点。 また、あの叫びが聞こえた気がした。 弱点。克服。必要。 強化。発展。進化。必要。 栄養。補給。必要。 ルイズはそれを振りきるように、頭を振った。 これは、誰の声だ? そう考えた時、ルイズの腹が盛大なコールを発信してきた。 早急に、エネルギーを補充せよと。 食堂で朝食をたっぷりとってから教室に向かうと、ひそひそとした囁き声と、くすくすという笑い声がルイズを迎えた。 あの憎たらしいキュルケは、相変わらず男子生徒をはべらせている。 ちょっとした女王様というところだ。 ちらりとルイズに視線を送ってくるが、その時は不思議と気にはならなかった。 発情期、雌猫に群がる雄猫だと思えばむしろ微笑ましくさえある。 くすくす笑う連中も、いつでも踏み潰せる虫けらの群れだと思えば、どうということはない。 よくは、わからないが――ルイズの胸の中に奇妙な自信が生まれ始めていていた。 それがどこからくるものかわからないのだけれど、全てが虚無に感じられた昨日のことが嘘のようだ。 やあ! と周囲に手を振ってしまいたいほどだ。 授業が始まると、中年女性教師シュヴルーズはまずニコニコとして教室を見まわす。 「春の使い魔召喚は大成功のようですね」 のん気に言っているシュヴルーズの姿は、あまり尊敬の感じられるものではなかった。 「中には、大失敗した者もいますけどね!」 そんなことを大声で言ったのは誰だったのか。 鋭敏になったルイズの聴覚は、すぐさまそれを捕らえ、無礼者を見つけ出した。 数人の生徒たちがげらげら笑いながらルイズを見ている。 「ゼロのルイズ、あの襤褸切れはどうしたんだ!? お前の使い魔だろ? ちゃんと持ってきてるのか!?」 ルイズはそれに対して黙っていた。 ――言われてみれば、あのボロはどうしたっけ? 昨日枕のそばに放り出したと思ったが、今朝は見た覚えがない。 あんなものが、勝手にどこかにいくわけはないし……。 沈思しかけたが、けたたましい嘲笑がすぐさま思考を断ち切らせた。 ちりちり、と背中が疼いたような気がした。 疼くと同時に、何かが……ルイズの頭の中で小さく爆ぜた。 それは、感情ではない。 記憶とか、知識とか言われるようなものだ。 不完全ではあるが、未知の記憶の断片がよどみなくルイズの頭に流れ込む。 その情報は、ルイズの中にごく自然に溶けこんでいき、彼女のその後の行動を決定させた。 ルイズは侮蔑してくる連中に、怒りだしはしなかった。 それどころか、にこりと極めて上品に笑いかけたのだ。 「すごいわね。立って歩いて服を着て、その上に人間の言葉をしゃべるなんて……。一体誰の使い魔かしら?」 よく響く声で、パーティーで洒脱な会話を楽しむ貴婦人のようにルイズは言った。 その言葉に、笑いは一瞬静まる。 「ゼロのルイズ! 何わけのわかんないこと言ってるんだ! とうとう頭にきたのか?」 笑っている男子の一人――マリコルヌがはやしたてる。 するとルイズは目をむいてマリコルヌを見る。 「まあ、なんて口のききかた? 誰が主人が知らないけれど、それが貴族に対する態度? 少しばかり利口だからって無礼な豚ね」 「ぶ、豚!?」 マリコルヌが顔を真っ赤にする。 笑い声が、微妙なものになった。 「いくら使い魔といっても、やっぱり獣は獣らしく扱うべきよねえ。ほら、さっさと豚小屋に戻りなさいな子豚ちゃん」 「ふざけるな、僕は風上のマリコルヌだ! 豚なんかじゃない!」 「マリコルヌ? ああ、あんた彼の使い魔なの? で、ご主人様はどうしたの? 今日は欠席?」 ルイズは笑う。 あくまでもマリコルヌを豚として扱うつもりらしい。 「おいおい、ゼロのルイズが余裕を見せてるじゃないか? しっかりしろよ、風上のマリコルヌ!」 他の生徒がからかいの声をあげる。 「うるさい!」 と、マリコルヌは癇癪を起こす。 「二人ともいいかげんにしなさい。お友達をゼロだの豚だの言ってはいけません」 騒ぎにうんざりしたのか、シュヴルーズは杖を手に厳しい声で言った。 「ミセス・シュヴルーズ、一体の何の話でしょうか?」 ルイズは大げさに手を広げてみせながら、心外だという顔をした。 「私は、クラスメートを侮辱などしてはいませんわ。ただ、豚を豚と言っただけのことです」 その発言に、マリコルヌはついに怒りで震え始める。 「ミス・ヴァリエール、いいかげんになさい! ミスタ・マリコルヌに無礼でしょう!」 「はあ? 何をおっしゃってるんです? どこにマリコルヌがいると?」 「どこにって……」 ミス・シュヴルーズは不安を覚えながら、ルイズを見た。 まさか、この少女は本当にどうかしてしまったのか? 「ああ、あそこにいるやつのことですか?」 ルイズはわざとらしく身を引きながら、 「ミセスは少しお目を悪くされましたの? あれは、豚じゃないですか。人間ではありませんわ」 マリコルヌを見てそう断言した。 一瞬狂人と思われるような言動も、その口元に張りついた涼やかな微笑がそれを否定する。 シュヴルーズは怒るよりも呆れて、声が出なかった。 「ゼロのくせに……ゼロのくせに……」 マリコルヌはぶるぶると震えながらも、目を血走らせ、杖をつかんでいた。 ルイズはちらりとそれを確認してから、おもむろにマリコルヌに近づいていく。 「な、なんだ、今さら謝っても……」 マリコルヌは尊大に言うが、言葉は長く続かなかった。 突き出した杖が、ルイズの手に握られていたからだ。 ルイズはただ、無防備に突き出された杖の先端をつかみ、取り上げただけのことだった。 しかし、その動作はあまりにも速かった。 そのため、ほとんどの人間には杖がマリコルヌの手からルイズの手に瞬間移動したようにしか見えなかった。 「あ」 メイジにとって、魂であり命とも言える杖をあっさり奪われたマリコルヌは事態をうまく認識できず、ぽかんとしていた。 ルイズは奪った杖をしばらく弄んでいたが、やがてそれをぼきりと二つに折って、ゴミか何かのように窓から放り捨てた。 「豚に杖はいらないわよね」 すました顔で言った後、すたすたと座っていた場所に戻る。 「う、うわああ!」 数秒ほど経過し、ようやく事態を認識したマリコルヌは、発狂したような叫びをあげ、ルイズに飛びかかった。 だが、その手がルイズを捕まえる前に、ルイズはきっとして振り返り、スナップをきかせた平手でマリコルヌを歓迎した。 マリコルヌはボールのように後ろに転がって、そのまま立ち上がることはなかった。 ルイズに終始豚扱いされた少年は鼻から血を流し、完全に気を失っていた。 教室内が騒然となるのに、しばらくの時間がかかった。 他の教師が駆けつけた後、ルイズは学院長のもとまで連れていかれ、数日間の謹慎を申し渡された。 マリコルヌの怪我はそう大したものではなかったが、杖を折って捨てたのが悪かったらしい。 あの下劣な豚には相応の報いだと思うのだが。 あれこれとコルベールやオスマンに説教されたものの、ルイズはまるで反省などしていなかった。 そもそもの発端は、あの脂肪豚だというのに、何故自分が反省しなければならない? あんな豚が魔法を使えること自体が大きな間違いなのだ。 そんな間違いは即座に正されるべきである。 その証拠に、マリコルヌを処断してから、不快な雑音が消えたではないか。 まあ、もしもまた雑音を発生させる輩がいたのなら……。 今日のマリコルヌと同じように、思い知らせてやればいい。 今までは歯を食いしばって耐えるか、怒鳴り返すかのどちらかだったが、それでは問題は解決しない。 問題は、自発的に動いてこそ解決できるのだとルイズは学んだ。 クズどもには、思い知らせてやればいいのだと。 いや……思い知らせてやらなければならない。 ルイズはひどくウキウキした気分で、着替えを始めた。 この時、ルイズは初めて背中に何かが張りついていることに気がついた。 鏡で確認すると、それは黒い布切れ。 はがす時すこしばかりひりひりしたが、特に問題もなく取ることができた。 「これ、いつの間に……」 使い魔のルーンが刻まれた黒い布切れは、何か前とは違って見えた。 前よりもつやがよくなり、ほんの少しだが、大きくなっているような。 「ひょっとして、これ。何かのマジックアイテムだったのかしら……」 ルイズは不思議に思いながら、布切れを左腕に押しつけてみた。 すると、布切れはぴたりと、まるで第二の皮膚のようにルイズの腕に張りついた。 本来そうであるべきかのように。 一瞬ルイズはその黒い布が自分の中に吸い込まれるかのような錯覚をおぼえた。 ルイズのものであってルイズのものではない感情が、五体を駆け巡る。 頭がクリアになっていき、どんどんと感覚が拡大していく。 と――同時に、どこまでも広大な世界が自分を中心に閉じていくかのようだった。 糸を伸ばせば、世界の果てのことさえ見聞きできそうな気分だった。 強い快感をおぼえ、ルイズは黒い使い魔をなでてみた。 使い魔のルーンをなでているうちに、ルイズの脳内でまた誰かの記憶が爆ぜた。 ――俺は、あんたにとっちゃ、毒だよ。 ――俺は……毒<ヴェノム>だ。 それは誰が、誰に対して言った言葉なのか。 まるで理解できないが、その一方でルイズは理解していた。 これは、かつて使い魔の半身だった者の記憶だ。 それが誰でどんな相手だったのか? こういったことは、ルイズにとってはさして興味を引くものではなかった。 そんなことより、ルイズはもっとこの黒い使い魔をまといたかった。 こいつで真っ黒なドレスを造り、双月の輝く夜に踊ればどれほど素敵だろう。 「――ヴェノム」 ルイズはその言葉をつぶやいてみた。 なんとも響きがいい。 心にぴったりとくる。 「ヴェノム。ヴェノムね……」 ルイズには、毒を意味するその単語が、ひどく神聖で快いものに思えた。 にこりと微笑み、ルイズは愛しげに、腕に張りついた使い魔を見つめた。 前ページ次ページGIFT