約 997,959 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8937.html
前ページゼロみたいな虚無みたいな 「ついに来たのね……」 教室に集合したルイズ達は、憂鬱そうな表情でそうざわめいていた。 「わかっていたけどこんなに早く来るなんて、あの日が……」 「お姉様……、嫌なのね……」 「シルフィード……」 「今が辛くても終わりは来るよ」 ルイズは覚悟の表情を浮かべ、シルフィードは瞳を潤ませ、タバサはそんなシルフィードを勇気づけようと声をかけ、あぽろはそんな一同を慰めるように言った。 「そんな訳でっ、期末試験週間ですっ。みんなっ、頑張ろーね♪」 『おー……』 気合たっぷりでそう檄を飛ばしたあぽろに、他の面子は体がとろけるのではというほど弱々しい声で返した。 「何でみんな元気無いの? テスト中って授業短くなって楽なのに」 「それはそうだけど……」 一同が憂鬱な表情をしている理由がわからないという顔のあぽろに、キュルケは涙を流しつつ答えた。 「テストっていえば、学校でのあたし達の評価が出るって事でしょ? それって緊張しない?」 「ふにゅー」 「アポロは今日から勉強するの?」 「んにゃー、しないー。勉強嫌い……」 「えっ、余裕? それとも覚悟決めちゃった?」 「んむー」 自分の机に顎を乗せたあぽろの頭を撫でたりツインテールを持ち上げたりしつつ、あぽろとそんな会話を交わしていたキュルケだったが、 「こいつ馬鹿だけど頭はいいのよ。むかつくったら」 ルイズがそう言いつつあぽろの首を抱える形で机から引き離した。 「あうー♪ ルイズちゃん褒めすぎ~ん」 「褒めてないから……」 自分の胸に顔を埋めてそんな声を上げたあぽろに、ルイズは呆れた視線を向ける。 「えー、意外だね、それ」 「でしょ」 「あ、じゃあさ、しばらくアポロ先生に勉強教えてもらうってのは?」 こうして、テスト前の勉強会開催が決定した。 「……という風に計算してー」 「なるほど」 「へー、あたしトリステイン史って苦手だったんだけど、克服できそう」 「あ、アポロちゃん、ここはいつの事件に繋がるの?」 「どこどこー?」 あぽろ指導の元勉強会が順調に進んでいくのを見てルイズが、 (何か、こういうのって尊敬しちゃうわ。みんなもアポロの事尊敬してきちゃってるし。嬉し--) と嬉しそうな視線を送っていたところにキュルケが、 「ルイズ……、あれいいの?」 「ん?」 赤面しつつそう声をかけてきた。 キュルケの視線の先では……、 「……この透け透けは……」 「あ、それはルイズちゃんのお姉ちゃんがくれたんだって」 タバサ・あぽろが引き出しを開けてルイズの下着を手に取っていた。 「ななななにしてるのよーっ!!」 「あのねー、ルイズちゃんの下着の説明だよー」 慌てて2人に駆け寄り、2人の手から下着を奪ってかき集めるルイズ。 「もう、やめてよ、人のパンツ広げて見るの~!」 「別に臭い嗅ぐ訳でなし、許してよ」 するとタバサが小ぶりな下着を手にあぽろに問いかける。 「……この小さなパンツにルイズの大きなお尻は入りきるの……」 「少しはみ出る」 「あほーっ!!」 あまりにあけすけな2人の態度に、ルイズは思わずキュルケの膝に顔を埋めて泣き声を上げる。 「あーんあーん、ツェルプシュト~」 「よしよし」 ルイズの頭を撫でつつあやしていたキュルケだったが内心では、 (でもあたしも、ルイズの下着は派手すぎると昔から思ってるわよ……) と考えていた。 一方この騒ぎから1人取り残されていたシルフィードはというと……、 「猫なのねー」 窓の傍にある木の枝にいる猫に手を振っていた。 「あっ、もうこんな時間!」 その後大きく脱線する事も無く勉強会は進み、気付いた時にはすっかり夜が更けていた。 「じゃあそろそろお開きに……」 とルイズが言いかけた時、キュルケ・タバサ・シルフィードは宿泊用具一式を取り出して彼女に見せた。 「……泊まってくの?」 「……そう……」 平然とした表情でタバサはそう答えた。 「っても、みんなこの寮に住んでるんだから、帰ればいいのに……」 しばらく後、寮の大浴場にルイズ達の姿があった。 「たまにはいいじゃん、こういうのも」 「んー」 そう答えつつ並んで背中を流し合っているタバサ・シルフィード・あぽろを湯船に浸かって眺めていたルイズだったが、 「っていうか、テスト前にこんなゆっくりしてて大丈夫なのーっ!?」 「あははっ、だね」 思わず声を上げたルイズにキュルケも笑みを浮かべた。 「でも去年よりずーっと楽しいね」 「うん……」 と呟きつつ、ルイズはシャボン玉で遊ぶあぽろ・シルフィードに視線を向ける。 「(アポロがいると楽しいと思う日が増えたわね。もうちょっと素直になろうかな)……もう今日は夜更かししちゃおうかしら」 「おっ、いいですな」 大浴場からルイズ達の部屋に戻ってきた頃には、あぽろはほとんど睡魔の誘惑に負けかけていた。 どうにかこうにか寝間着を身に着けたものの、上着部分はボタンガ2つはまっておらずズボンも膝付近までしか上がっていない。 「ほらっ、ちゃんとパジャマ着て」 そんなあぽろの上着のボタンをはめているルイズの元に、 「……お菓子持ってきた……」 [わーいっ] と菓子入りの鉢を持ってタバサが戻ってきた。 「どうするの? アポロは寝るの?」 「んにゅー、うー」 ルイズの問いかけにもまともな返答をせず、彼女の胸に顔をうずめるあぽろ。 「寝ちゃうね、これは」 「うん」 「じゃ、ランプだけ点けてお話しするのねー」 「……だね……」 そう言ってシルフィードが部屋の照明を消し、一同はランプを囲むように集まる。 「アポロには秘密なんだけどさ……」 「……何何……」 その夜、ルイズの部屋では深夜まで談笑が絶えなかった。 翌朝。 「寝坊したーっ! 急げ急げ!」 寮から教室まで全力疾走するルイズ・あぽろ。 と、何かに躓いたのか体力の限界が来たのか、あぽろはルイズの後方で転倒した。 「はう~」 「アポローっ!」 「あ、あたしはもうらめ……。構わず先に行ってえ……」 息も絶え絶えという様子でそう告げるあぽろにルイズは、 「わかったわっ、じゃあね!」 そう言うとあぽろを残し駆け出していってしまった。 1人残されたあぽろが目に涙を浮かべつつ起き上がろうとした時、戻ってきたルイズがそっと手を差し伸べた。 「ルイズちゃん……」 「早く立ちなさいよ、のろま」 「うん」 「世話焼かせすぎよっ」 そう言いつつも、ルイズはあぽろを背負い校舎への道を急ぐのだった。 そして数日後……。 (あー、やっぱり遅刻したから全部できなかったものね……) お世辞にもいいとは言えない点数の答案用紙を見てそんな事を考えていたルイズの元に、 「見て見て、98点♪」 と満面の笑みで自分の答案を見せに来たあぽろの姿に、思わずルイズの頭部から鮮血が噴出した。 前ページゼロみたいな虚無みたいな
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5170.html
前ページ次ページ虚無に響く山彦 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが初めて"彼"と出会ったのは、春の使い魔召喚の儀式の場である。 度重なる失敗の末ついに成功した『サモン・サーヴァント』によって、彼はルイズの使い魔として召喚されたのだ。 土がえぐれ砂煙が立ち昇る大地に横たわる青年を見るに及んで、 魔法成功の歓喜に浸る間もなくルイズはしばし呆然とし、そして落胆に沈んだ。 己の呼び出したものはドラゴンやグリフォンなどの幻獣でもなく、ワシやネコなどの獣ですらない、人間それも姿からして平民である。 雑用係としてなら役にも立つであろうが、使い魔としての用をなすであろうか。 いや、魔法も学もない平民がやり遂げられるはずがないだろう。 心中に沸き上がる困惑と周囲から叩き付けられる野次に身を震わせつつルイズが近寄ると、彼は目を覚ました。 半身を起こした使い魔の青年は、若々しい薔薇色の頬に貴族の公子のような平民とは思えぬ優雅さを漂わせていた。 ただ眼ばかり寒夜の星を思わせる冷たさがあり、その視線にルイズは息を呑んだ。 しかしそこは生まれついての一流貴族であるルイズ、気圧されることなく『契約』を交わした。 次の瞬間、左手に焼け付くような激痛を感じてルイズは苦悶の叫びを上げた。傍らを見やれば使い魔の青年も同じく左手を押さえている。 これこそ彼が持つ、極限までの練磨と不乱の一念が極まるところに生じる破天の業の一端であるのだが、 当時のルイズは感覚の共有であろうとあたりをつけ、熟慮することは無かった。 前例なき平民の使い魔の出現や、謎のルーンと召喚者にも及ぶ痛みなどの異様を呈したが なんとか使い魔召喚の儀式は幕を閉じ、ルイズ自身も落第の憂き目を免れた。 彼は使い魔として──まあ、内容は雑用が主だが──よく働いた。 召喚の儀式の帰途にエド、ナガサキ、キリシタンなどの意味不明の言葉を彼が投げかけて来た時は困惑したが、 魔法学院のことやハルケギニアのことをルイズが話すうちに黙りこんでしまった。 そしてルイズが彼をここに呼び出したことや使い魔のことを告げると、 しばしの思案の後に彼女を主人として仰ぐことを彼は誓い、そして彼は自身の名をルイズに告げたのだ。 「わたしの名は天草扇千代と申しまする」 それからはルイズの身の回りの世話も、失敗魔法の後始末も、床で寝ることもセンチヨは諾々と従った。 「平民の使い魔も悪くないじゃない」 ルイズは彼という存在にそれなりに満足していた。 召喚した日は動揺のあまり気付かなかったが、彼の凛冽とした美貌もルイズの優越感を後押しした。 ルイズにとって悠々とした日々が続く中、その事件は起きた。 センチヨがギーシュと決闘をすることになったのだ。 理由はギーシュが落とした香水の壜を彼が拾って渡したところ、 そこからギーシュの二股がばれたとかいうお粗末なことおびただしいものだった。 ルイズが騒ぎを聞きつけた頃には、既にセンチヨとギーシュはヴェストリの広場で対峙していた。 ルイズは止めようとした。彼と過ごした時間は両手指の内に足りる日数であったが、 彼の存在は学院に心許せる者が殆どいないルイズにとってかけがえのない存在になっていたのだ。 哄笑を上げつつギーシュが杖を振るってワルキューレを造り出し、センチヨに向けて突貫させようとした。 センチヨはというと、遊山に興じるかのようにそれを眺めるだけ。 次の刹那、ギーシュのニヤけた表情がひきつれ薔薇の造花を取り落とした。 決闘の場だというのにいきなり腕を押さえて屈んだのだ。無論両者の間にいかなる物体の交流もない。 同時にセンチヨは怪鳥のように跳躍して一息に間合いを詰め、佩いていた細見の曲刀をギーシュの首筋に突きつけていた。 「ま、参った」 静まり返った広場にギーシュの降参の声だけが、細く長く降り落ちた。 センチヨは尋常ならざる能力を持っている。ルイズはそれを初めて目の当たりにしたのだ。 ルイズは彼を問い詰めた。それは如何な力なのか、何故秘密にしていたのかを。 だがその時の彼は黙して語らなかった。ルイズは彼との間に決定的な、分かり合えぬ冥漠とした隔たりを感じた。 その後、彼に決闘を挑む貴族が何人かいたが、何れもギーシュのように杖を取り落として敗れ去った。 ルイズはギーシュを含めてそれらの貴族達に敗北時の様子を聞いた。 そして皆一様にこう答えるのだ、『体に刃物を突き立てられるような激痛を感じた』と。 ある時、学院内に土ゴーレムと共にフーケが現れた。 己の使い魔に遅れを取ることをよしとせず、毎夜の特訓に打ち込んでいたルイズはちょうどゴーレムが塔を拳で打つ場面に行き会った。 迷うことなくルイズは失敗魔法で攻撃した。 騒ぎを聞きつけたキュルケとタバサが援護に現れるも、自在に変幻する土の前にトライアングルメイジである彼女達も責めあぐねる。 そして土ゴーレムが地に立つルイズに拳を振り下ろそうとした時、 何処よりか風を巻いて馳せ寄ったセンチヨが彼女を抱え、死地から救い出した。 賊を前にして逃走する形になったルイズは彼の腕の中で抵抗した。その姿に笑みを浮かべたセンチヨは彼女にこう言った。 「ルイズ殿、今より我が忍法の一端をあなたにお見せ仕る」 彼は己の喉笛に手をかけた。傍目から見ても、そこに万力の如き力が込められているのがよくわかった。 同時に土ゴーレムの上に立つ人影が喉を押さえて悶えた。 人影は不可視の炎に炙られるかのように身を震わせ、集中が切れた為に瓦解し土の瀑布と化したゴーレムと共に大地に墜落していく。 後に残った砂山の上には失神したミス・ロングビルが横たわっていた。彼女こそがトリステイン中に悪名轟かす土くれのフーケであった。 直後にルイズは扇千代より初めて“忍法”という言葉を説明された。 ついでに言うと、この頃からセンチヨは常にルイズの傍らにいるようになった。 手紙回収の任を負ってアルビオンに赴いた時。 ルイズに追従した立場であったにも関わらずセンチヨは率先して働いた。 元々の忍術・体術にガンダールヴの力が相乗したセンチヨは闇中に入れば影の如く潜み、 灯下に身を躍らせれば剣光を散らして敵対者を斬り倒す。賊や女神の杵亭に押し入った傭兵はまるでセンチヨの敵ではなかった。 再び現れたフーケや謎の仮面の男もセンチヨの"忍法"の前に杖を落として敗れた。 そしてニューカッスルの礼拝堂、本性を顕しルイズを殺そうとしたワルドの前にセンチヨが立ちふさがった。 ワルドに強かに痛めつけられたルイズは、薄れゆく意識の中でそれを見届けた。 入り乱れて乱舞するワルドとその偏在。対するセンチヨは、慌てることなく己の両瞼の上に刀身を滑らせる。 次の瞬間、五人のワルド達はうめきつつ両目を掌で覆った。 死線に切りこんだ間隙をセンチヨは瞑目したままでありながら逃さない。 長刀とデルフによる剣撃の前に偏在は風に消え、本体のワルドも左腕を落とされ遁走した。 気絶したルイズが気付いた時、眼下に炎と黒煙に彩られながら落ちゆくニューカッスル城が見えた。 それを背に雲海に飛び立つ風竜の上で、センチヨはルイズに全てを打ち明けた。 自分のこと、自分のかつていた世界、そこで繰り広げられた三つ巴の壮絶な死闘。 彼の腕の中で聞くそれらの話は到底信じられぬことであったが、ルイズは信じた。 蒼穹に走る風が髪を揺する中、ルイズは眠り込んで夢を見た。 煙霧にぼやける水平線が遠く見える大海に小船がたゆたう。紺碧の天球には寒々とした星が瞬いている。船に座るのは幼い頃のルイズ。 中空から風のように現れる子爵様はもういないという実感と、寂寥と孤独の冷気に少女は身を震わせて泣いた。 そこへ模糊たる海面を渡って誰かが近づいて来る。藍色の大気を裂いて船に跨ぎ入った青年は溜息して、微笑を浮かべた。 「探しましたぞ、ルイズ殿」 ルイズの心にはセンチヨが住み始めていた。 この頃から既にルイズの胸に、センチヨへの、使い魔に対する以上の淡く熱い想いが蕾を結み始めていたのかもしれない。 それからのセンチヨはずっとルイズの前に居た。 アルビオン軍がタルブの村に攻め寄せた時も、蘇ったウェールズとアンリエッタが杖をルイズ達に向けた時も、 アルビオンに上陸する時も。センチヨは打ち寄せる害悪を巌のように受け止め、その全てをルイズから遠ざける。 信頼に裏打ちされたセンチヨの行為にルイズも答え、己の果たすべき役目、虚無の詠唱を紡ぎあげ艱難を打破する。 それはまるで、二人の間に思念の山彦が響きあうようであった。 ロサイスに向けて七万の軍勢が歩を進める。 ルイズは殿軍としてそれを食い止めるよう命令された。撤退、降伏を認めぬ死守命令であり、生還は不可能。 恐怖に歯の根が合わず、臓腑が体内で捻れているような嘔吐感が沸き上がる。 だが、真の恐怖を生み出す根源は自分に付き従うであろうセンチヨの存在だった。 彼の死。想像するだけで心臓の鼓動が早鐘の如く満身にどよもし、筋骨がまるごと氷柱と化したかのような怖気が走る。 ルイズは人気の無い寺院の前にセンチヨを呼び出した。 「センチヨ、逃げて。わたしにつきあうことはないわ。あなたはもう道具として使われる忍者じゃない。 二度も死ぬなんてことしなくていい、いや、しちゃ駄目なの。だからお願い、どこか遠くに逃げて・・・」 それだけをセンチヨに言うとルイズは逃げるように踵を返した。 本来なら相手の返事を聞いてから移るべき行動だが、その言葉が肯定、否定のいずれにしても、 それを受け止めるのはルイズには辛すぎた。 ルイズは駆け出そうとしてセンチヨに肩を捕まれた。 声を出す間もなく、振り向かされたルイズの顔にセンチヨの顔が重る。 真に重なったのは唇同士、およそ春の儀式の際に交わした『契約』とは比べられぬ程に甘やかで深く熱く、そして物悲しい交わりであった。 唇が離れると共に彼に何か言おうとしたルイズは、強烈な眠気に襲われそのまま夢寐に意識を沈めた。 意識を失う前までの彼との思い出が車輪の如く脳裡を走り抜け、音も無く止まる。 「・・・・・・センチヨ!」 魂を掻き毟るようなルイズの絶叫がアルビオンの空を翔る。 涙が絡んだ上に、何度目の絶叫になるか喉が枯れているようで、彼女の愛らしい声は砂利が混じったような響きをまじえている。 ルイズが目を覚ました場所は寺院の前ではなく、出航するレドウタブール号の甲板であった。 兵士の言によれば、センチヨはただ一人で七万の軍勢が大挙する丘に向かったのだ。 話を聞くやルイズは狂気の如く柵に駆け寄り、飛び降りようとした。 同乗していたギーシュとマリコルヌが止めなければ、五体は大地に叩きつけられていただろう。 「無理だよ!下にもう、味方はいないんだ!」 「センチヨが行ってからもう丸一日経ってるんだ!君が戻ってなんとかなる状況じゃない!」 「おろして、お願い!二度も死ぬなんてあんまりだわ!センチヨ!」 絶叫は山彦響かぬアルビオンの空に無惨にも消えた。 前ページ次ページ虚無に響く山彦
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6372.html
前ページ次ページゼロの魔王伝 ゼロの魔王伝――13 Dから借りた金の塊を皮の子袋に入れたルイズとDの姿は学院の厩舎にあった。関係者の利用の為に常時複数の馬と、その世話係が常駐している。 厩舎の中には生徒や教師の使い魔らしき額から角の生えた白馬ユニコーンや、雄々しい翼を備えた天馬ペガサスの姿もあった。 ルイズが事前に虚無の曜日の外出用に申請し、選んでいた馬の所へと向かう。共に栗毛の若い馬達だった。 よく躾けられ、また人間と長く接してきたために従順な馬の様子に、ルイズは満足げだった。 Dが無言で一頭の馬に近づき、その首筋を右手で撫でた。ルイズが思わず嫉妬の炎を燃やしてしまいそうになる位優しい手つきだった。 こういう他人に対して冷たい、ないしは無関心な態度を取るタイプによくいる、人間以外の生き物には多少なりとも優しさを見せる人種なのだろうか? 羨ましい、と思わず口にしかけ、いくらなんでも馬に嫉妬するのはどうなのかしら? と自制し、ルイズはぴしゃぴしゃと軽く頬を叩いた。 最近はこれくらいで正気を維持できるようになってきているあたり、ルイズの精神力もたいしたものだ。 実は虚無の曜日のお出かけに、馬車ではなく馬を選んだのにはちょっとしたルイズの思惑があった。 何を隠そう、いや、別に隠す必要はないのだが、ルイズの数少ない特技の一つは乗馬なのである。 自分でも時々、私って本当に主人なのよね? と首を傾げる事のあるDとの関係に少しでも改善の糸口を見出すべく、自分の良い所をDに見せようという、行き当たりばったりな感のある魂胆があったのだ。 良くも悪くも深く物事を考えるのに向いている性格とはいい難いルイズなりの、とりあえず地道な事からコツコツと主人としての立場を確立させようという、涙ぐましい考えである。 あ、でも途中で私の馬が怪我をしたりして、Dの馬に相乗りするって言うのも一つの手ではないかしら? あらら、これって名案? ナイスアイディーア? ルイズちゃん、お利口ねえ、みたいな? やだ、私ってばお利口さん☆ いえ、落ちついて考えなさい、ルイズ。むしろ狙いすぎて変に思われるかもしれないわね。それならいっそシンプルにご主人様を乗せなさいと最初から相乗りさせるのも…………。 だめね。変に口のきき方を間違えたら、首は大丈夫でしょうけど腕位は落とされそうな気がするわ。というか睨まれたらそれはそれで私の心臓が止まりそうだし。 私のね、寿命がね、きっと何年単位で縮むと思うのよ。ていうかもう十年くらい縮んでいるのじゃないかしら? というかDの左手の人面疽の所為で二人っきりっていう状況がまずあり得ないのよね。鬱陶しいわね。あいつ――どうすればいいのかしら? あいつ口うるさいしなにかと私の事をからかうし第一Dに釣り合ってないのよなによあの皺枯れ声はちゃんと喉ついてるのいつも下品な声でぺちゃくちゃしゃべんじゃないわよDと私の会話の邪魔するんじゃないわよ切り落として火竜山脈に捨ててやろうかしら? と、これまで頭の中が一機に沸点まで達するだけだったルイズが、同時にあくまで冷静で客観的な意見も少しくらいは考えられるようになっているあたり、アレな方面でもレベルアップが見受けられている。 Dがルイズに向ける視線に、生暖かいモノが混じる様になるのも、そう遠い未来ではないだろう。ルイズに散々罵詈雑言を浴びせられているとは知らぬ左手が、実に感慨深げに呟いた。 「春になるとああいうのが涌くというが、あそこまで見事な具体例は久しく目にしておらなんだなあ。貧乏くじではないとは思うが、外れでくじではあるか? 身体の方は貧乏じゃが。けけけ、おい、一つ、でかくなるようにお前が協力してやったらどうじゃ?」 左手の声には答えず、傷一つない黒瑪瑙を象眼したようなDの瞳が、先程からぶつぶつと何やら呟いているルイズの方へと向けられ、一瞬ほど止まってから更にD自身の後方へと流れた。 頬と髪を優しく撫でて行く春の風に乗ってきたかすかな足音と、香水の香り、さらにかすかな気配を察知したのだろう。 昨日のヴェストリの広場での邂逅を再現するかのように、色香とたちまち身を焼いてしまうような情熱の炎が服を着ているようなキュルケ。 その傍らには分厚い本と杖を抱えた、透度の高い湖の底の様にかすか青みを帯びた髪と瞳の色がとりわけ美しいタバサがいた。 足して二で割っても、これまた人の目を引くような美貌と個性を持った美少女が生まれてきそうなこの二人は、学友であると同時に親しい友人の間柄にある。 天敵たるツェルプストーの出現に、むむ、とあからさまに眉を寄せるルイズを尻目に、キュルケは人懐っこい笑みを浮かべてウィンクした。 相手はD――ではなくルイズだ。からかうような、挑発するような、どちらとも言い難い仕草だ。 男心を弄ぶ天性の才とはまた別に、人をからかう事を面白がる気性と才能の二物を、天から与えられているようだ。 「おでかけかしら、ルイズ? まあ、見れば分かるけれど」 「そうだけど、なによ。貴女達も馬で出かけるの?」 「いいえ、ただ二人が朝から出かける様子が窓から見えたから、タバサを誘って見に来てみたのよ。ね、タバサ?」 「あれは誘ったとは言えない。本を読んでいる途中で無理やり」 「ああん、つれない事を言うのね、私のタバサ! でもいいじゃない。ミスタ・Dとルイズの二人って、傍から見ていて面白いし」 「あのね、私達は見世物じゃないのよ」 「それは分かっているわ。見世物にしたらハルケギニア中の人間が見にくるでしょうけれど。もちろん、ミスタ・D目当てでね」 鎖に繋がれて、檻に閉じ込められて見世物に晒されているDを想像し、ルイズはなんだが自分が天に唾吐くような事を考えたとんでもない気持ちになって背筋を振るわせた。 そんな風にDを扱おうものならば、そういった心根の連中は皆、例外なくDの刃の露と消えて、一刀の下に斬り伏せられた無残な骸が、流れ出た血で赤く染まった大地に累々と横たわるに違いない。 その想像を振り払う様に、Dの手で簡単に掴めてしまえそうな位細い首を、ぶんぶん横に振ってルイズは気を持ち直した。 「これからDの為に剣を買いに城下町までちょっと出かけてくるのよ。用が無いのなら部屋に戻るか、あんたのお友達の男の子にでも声をかけたら?」 「へえ、ミスタの為の剣ね。そう言えば決闘の時に抜いた剣って真ん中くらいから折れていたわね。それでもあんな風に青銅のゴーレムを切り裂くあたり、すごい業物なのかしら? でもそうね、街に出掛けるのなら、私達も付いていこうかしら? 特に予定もないし、タバサと二人でいるのも楽しいけど、貴方達と四人でいる方がもっと面白そうだし」 「Dの買い物に行くのに、なんであんた達を連れて行かなきゃいけないのよ!」 「だって、剣を買うなんて言うけど、他にも普段の着替えや寝具とかも必要でしょ? ルイズ、貴女は殿方の服を見繕った事なんてないでしょう? 私がアドバイスしてあげるわよ。それに、タバサが一緒なら馬よりも早く城下町まで行けるしね」 ね? とキュルケに声を掛けられたタバサが指を小さな口にくわえて、ぴゅい、と短く吹いた。 その指笛の残響が耳から消え果てる位になってから、ばさ、ばさと大きな翼が風を捉えて羽ばたく音が聞こえはじめる。 ルイズがキュルケの言葉に思い当たる事があり、はっと空を見上げた。その先には使い魔召喚の儀式の折に、羨望を込めて見つめたタバサの使い魔がいた。 朝の清澄な大気をゆうゆうと広げた翼に捕まえて、サファイアを繊細な神経を持った職人が手に掛けた様に美しい、青の鱗を持った竜であった。 竜種の中でも最も飛行速度が速く、また航空距離の長い風竜の幼生で、名前は風の妖精から取り、シルフィードという。 幼生とはいっても、伸ばした翼の両端は六メイルを越え、キュルケとタバサに加えてDとルイズの合計四人を乗せて空を飛ぶ事も難しい話ではなかった。確かに地を駆ける駿馬よりも、空を行くシルフィードの方が早い。 馬達はさすがにシルフィードの姿に怯える様子を見せたが、当のシルフィードは緩やかに着地して、ごつい顔の割につぶらな瞳で興味津々と言った様子でDを見ている。青い瞳に、この若者は果たしてどのように映っているのだろう。 「どうせ買い物するのなら時間をかけてじっくりと選びたいし、それなら移動に掛ける時間は出来るだけ短縮するのが賢明ではなくって。ねえ、ルイズ?」 「それはまあ、そうだけど……。う~、でも」 とここでルイズはDをちらりと見る。懇願しているような、すがるような、あるいはご主人様の考えくらい読み取ってよね、と命令しているような、なんとも複雑なルイズの視線であった。 Dはルイズの期待を裏切る方向で答えた。他人の意見を汲む事を滅多にしない青年と言う事もあるが、キュルケの言う通り合理的だからだろう。 「言う通りだな」 Dが答えただけでもマシというものだが、ルイズはがっくりと肩を落とした。なによなによ、せっかく私がDと、“二人きりで”……妙なのが左手にくっついているけど、出かけようと思っていたのに! 無言のまま少しだけ頬を膨らませて、小振りな桃の果実みたいな顔で睨んでくるルイズの視線を意にも介さず、Dはどうする? とルイズを見つめ返した。 Dの視線にたちまち叛旗の炎が胸の中から消え果てて、う~、とちょっとだけ唸ってから、ルイズはもういいわよぅ、と半ば自棄になってほそっこい首を縦に、こくん、と動かした。 その様子を、キュルケは意外に子供っぽい笑みで見つめていた。ついつい、からかってしまう相手のしょぼくれた様子が楽しくて仕方ないらしい。 「わしとお前みたいな関係かの」 そんなキュルケとルイズを見ての左手の一言である。Dがかすかに、本当にかすかに訝しげな調子で左手に問うた。二人の間でしか聞こえぬ特殊な会話である。 「本気か?」 「ふむ。口であーだこーだ言っておっても、心は別と言う奴じゃな。今度お前が眠る時にはわしが子守唄の一つでも歌ってやるぞい」 「…………」 「リアルな顔をするな。冗談じゃよ」 「二度と言うな」 「善処しよう」 お前が忘れた頃に言ってやるわい、と言外に含んだ左手に対して、厳しい視線を向けつつ、Dはすでにタバサがちょこんと乗りこんだシルフィードへと足を向けた。 上空に浮かび上がったシルフィードの首にタバサが座り、ちょうど背もたれの代わりにするのに具合のいい背びれに、残りの三人がしがみついたり、背を預ける形で乗り込む。 特別急ぐような用事でもないので速度は緩やかだが、上空の風は春とはいえ冷たく、それをタバサが風防代りに展開した風の防壁で避けている。 『フライ』の使えるメイジでも、まず滅多に目にしない高高度の光景に、ルイズやキュルケ、特にルイズは感嘆の声を上げていた。 彼方に霞んで見える地平線も、地上と上空とではまた違った角度で見え、まるで自分がとんでもなく大きな巨人にでもなったような視点は、おのずと心を震わせるものがあった。 「うわあ、あ、見て見てD! あそこに人がいるわ。農夫かしら? まるで豆粒みたいに小さいわ。並んだらきっと私よりも大きいのに」 「そうか」 「ほら、学院がもうあんなに小さいわ。確かに馬よりも早いし、馬で走っていたらこんな光景は見られなかったわよね」 「良かったな」 「ええ!」 とはしゃぐルイズにDが律義に返事をしていた――と思わせておいて実際に返事をしていたのは左手である。 口調だけDの真似をしているのだが、きゃっきゃとはしゃいでいるルイズは、声の主が違う事にも気付かない。 キュルケとタバサは、これだけ顔がいいとどこかでおかしくなるのね、と老人の声で答えるDを、納得したように見ていた。 ルイズはやや間隔を開けて連続しているシルフィードの背びれの間に腰を下ろし、片手で背びれを掴みながら、あっちを見てはこっちを見、こっちを見てはそっちを見ている。 今は上空三百メイルほど。仮にメイジであっても、山々に足を伸ばして絶景を堪能するか、船で空の旅を満喫する以外にはほとんどの者が目にできぬ光景に、ルイズは他人の目と言うものを忘れた様子で楽しんでいる。 むしろ無邪気な子供が浮かべる満開の笑みの様だから、傍に居てもやや騒がしい事を除けば不快になるような事はなかった。 Dの様な人間を除けば、誰しもつられて笑みを浮かべてしまうだろう。 キュルケが、初めて見るルイズの屈託のない無邪気な笑みを眩しげに見つめてからDを見た。美貌への陶酔を押しのけて暖かい感情がその瞳に浮かんでいた。 キュルケという少女が、その派手な外見と騒動を引き寄せて拡大させてしまう性格だけではないと分かる、とても優しい光であった。 「学院に留学してからの付き合いだけど、ルイズのあんな顔は初めてみるわ。貴方のお陰かしら? ちょっとお礼を言いたい気分だわ」 「君とルイズは天敵と聞いたが?」 「そうねえ、まあ、色々とあちらには敗北の歴史があるし、戦争の度に殺しあっていたからいがみ合うのも仕方ないけれど、私達までそれに倣って窮屈な思いをするのは馬鹿らしくないかしら? 嫌い合うにしても、なにかしら楽しみが無いと私って駄目なのよね。ついでに、相手が元気なら元気なほどからかう甲斐もあると思うわ」 そう思わない? と尋ねる様に首をかしげてウィンクするキュルケを見つめてから、Dは、鳥の群れを見つけたと声を張り上げているルイズを見た。 それから黙って前方に視線を向け直す。タバサの風防で緩やかな風の流れに乗ったDの返事が、キュルケの耳にかろうじて届いた。 「確かにな」 そのDの耳に、またまた元気な声を出しているルイズの声が聞こえる。 「D、あれがトリステインの城下町よ!」 ルイズの声の通りに、シルフィードの背から望む光景の先に、王城を中心に白い石造りの街並みが放射状に広がっている。 ゆっくりとシルフィードが降下に映り始めた。Dは、はしゃぎ騒ぐルイズとは対照的に、トリステインの城下町を変わらぬ氷の瞳で見ているきりであった。 シルフィードに上空で待機しているようにタバサが言い含めてから、四人は城下町の門で衛兵と所定の手続きを済ませてから入った。 衛兵達がDの顔の効果で、その場でぽかんと口を開いて即席の廃人になり、こちらの質問に、ああ、とか、ええ、という反応しかしなくなってしまったので、手続きはえらく時間がかかった。 学院から城下町まで馬なら三時間はかかる所を、シルフィードのお陰でずいぶんと短縮できたことを考えれば、気にするほどの事ではなかったのが救いだろう。 さて、なにから買おうかしら? と息を巻いていたルイズは、しかしここに来て重大な事を失念していた事に気づいた。Dの顔である。 この青年が人と対峙した時、相手にどのような現象が襲いかかるかは、もはや説明するまでもないだろう。 Dとおでかけ、おっでかけ、おっでかっけ、うっれしい~なあ~♪と即席の鼻歌を歌いかねぬほど、実は内心で浮かれていたルイズは、その最大の問題をすっかり頭の片隅にうっちゃらかしたままだった。 なんの対抗策も手立ても考えずに目的の場所に到着してしまった事に気付き、ルイズはぴしりと罅の走る音を立て、石像のように固まった。 「…………」 一度、相変わらず鉄面皮の憎いアンチクショウを見てから、ぎぎぎ、と錆びついたブリキ人形みたいにルイズは通りを振り返った。あにはからんや、ルイズの想像通りの光景が広がっていた。 門の近くで土産物や果実、肉、乾燥食料、衣類、装飾品、籠や工芸品などを扱っている商人のみならず、忙しなく行き交っていた筈の通行人に至るまでが、手に持っていたものを落として、茫然と立ち尽くしている。 中にはあまりの衝撃にふらふらとその場に崩れる者や、傍に居た他人と抱きしめあいながら涙を流して、感動している者もいた。 神の降臨か悪魔の出現を目の当たりにした信心深い素朴な人の様だ。 すべてDの姿を一目垣間見た者たちである。うわっちゃーーー、とルイズがぺしんと額を叩く。気付いた時にはすでに手遅れだったようだ。 キュルケとタバサは、まあ、当然よね、と素知らぬ顔をしている。ルイズがこうなる事を見越した上で、それでも構わないと思って来たのだと解釈しているからだろう。 元凶たるDは、やはりというか、顔の筋肉が鉄で出来ているのかと疑いたくなるほど表情を動かさず、また顔色を変える事もなかった。 瞳に映っている世界は、すべて灰色の煙に覆われて見えているのだろうか。 こんな風に生まれて、こんな風に死んでゆくのだろう。きっと。 そんな使い魔の姿を顧みる余裕の無いルイズは、せめてこれ以上の被害の拡散を防ごうと、今さら手遅れよねー、気休めよねー、と投げやりな自分の声を聞きながら、大通りを避けた裏道の入り口を指さして、 「さ、さあ、行きましょう!! 出来るだけ迅速に! かつ的確に!」 心の中で私の馬鹿、と罵りながら、ちょっぴり鳶色の瞳の眼尻に涙を浮かべながら言う。 「なにをあんなに慌てているのかしら?」 「たぶん、こうなる事を予測していなかった」 「ああ、それでこんな風になっちゃってパニックになっている?」 「おそらく」 「やっぱりルイズはルイズね。ほら、私達も行きましょう。ルイズったら逃げ出すみたいに走っているわよ」 「ドジっ子?」 「さあ?」 髪の色も瞳の色も肌の色も体つきも、果ては性格まで正反対なキュルケとタバサは、それでも不思議と息の合ったやり取りをしながら、脱兎の如く駆けだしたルイズの後を追った。 周囲の人間は例外なく足を止めて固まっているから、ルイズの後を追うのはさほど難しくはなかった。 Dは、三人が駆けだしてからようやく悠々と歩き始めた。自分という存在と、及ぼす影響にもとことん無関心な青年であった。 やっちゃったわ、と焦ったルイズが逃げ込むようにして足を踏み入れた裏路地でも、その騒動は続いた。 まず、ルイズ、キュルケ、タバサと魔法学院の子弟すなわち貴族の子女が、こんな場所を歩いている事に驚き、さらにその後にやってくる風が夜の色に染まって人の姿を取ったような青年の姿に、半ば魂が抜け掛かるのだ。 前すら碌に見ずにずんずか歩いていたルイズは、そのうち洗濯物を吊るしていたロープに首を引っかけてしまい、うぐ、といささかくぐもった苦鳴を上げて仰向けに転倒し、石畳に後頭部を打ちつけて、声にならない悲鳴を上げながら悶絶する。 「☆@?#$%&~~~~~!!??」 後頭部と首に突如出現した痛みに訳も分からずパニックになりながら、ごろごろと転がって制服を散々に汚し、清潔とはお世辞にもいえぬ裏路地で転がるルイズを、追いついたタバサとキュルケが呆れた様子で眺めていた。 「……ほんっとうにDが召喚されてからのルイズは見ていて飽きないわね」 「一人百面相」 流石に憐れみを覚えたのか、タバサが杖の先を転がり続けるルイズに向けて水系統の『治癒』の魔法を唱えてやった。タバサが得意とする魔法ではないが、タンコブが出来ない程度には治せるだろう。 その内に痛みが治まったのか、ルイズのごろごろする速度が緩やかになり、やがてピタリと止まる。 無言のままルイズは立ち上がり、ぱんぱんと手で叩いて制服についた腐りかけた肉がこびり付いた骨や、藁、埃、石ころなどをはたき落としてゆく。 密かに自慢の桃色ブロンドに大きな蜘蛛の糸が絡み付き、その先に大きめの女郎蜘蛛が張り付いていた。ルイズが、にっこりと笑って蜘蛛を抓む。 心なしか、人間の心の機微など分かる筈もない蜘蛛が、恐怖に震えているようにタバサとキュルケには見えた。 形の良いルイズの唇が浮かべる笑み。凶悪無惨な殺人鬼が、思わず膝を突いて懺悔を始めてしまいそうなほど、神々しくさえあった。 笑みだけを見るならば聖典に綴られた無限の慈悲を湛えた聖母を思い浮かべよう。しかし、二人と、おそらくルイズに抓まれた蜘蛛が抱いたのは、紛れもない恐怖であった。 触れたらその指からじくじくと体の中へ恐怖と絶望と言う酩酊成分が沁み渡り、細胞を内から冒してゆくような、二度と味わう事が無い様に祈らずにはいられない恐怖。 ルイズの指が容赦なく蜘蛛を潰すのではないかと、キュルケはじっと見つめた。 ルイズは、人差し指と親指の間に優しくつまみ上げた蜘蛛を、石畳の上に繊細に、それこそ僅かな衝撃で砕けてしまう硝子細工を扱うような優しさで解放した。 臨終の床の病人が、病苦を忘れてしまうような、何もかもを許す聖母の声でルイズが蜘蛛に語りかける。 「ほら、早く行きなさい」 かさかさと足早に逃げ去る蜘蛛を、ルイズの足が容赦なく踏み潰し、踏み躙るのではないかと、息を飲んでタバサは見つめた。 気のせいか両の掌がじっとりと濡れている。恐怖が分泌を促した汗であった。 蜘蛛が視界から消え去るのを待ってから、ルイズが笑みを浮かべたままタバサとキュルケへと振り向いた。 ひっ、と零れた声は、はたしてタバサのものであったか、キュルケのものであったか。 ルイズは微笑む。 天国の門戸に立ち、心清き死者達を慈しみ、慰め、出迎える天使の様に。どこまで優しく。ただ、愛おしげに。ただ、微笑みを、浮かべている。 そんな微笑みを向けられているというのに、背筋の中に氷水を流されたように、キュルケとタバサは体が中から冷えて行くのを感じた。 微笑みが、笑みに変わった。思わずキュルケとタバサはお互いの体を抱きしめ合った。自分とルイズ以外の存在が居る事を感じ取らなければ、その場で卒倒しそうだったからだ。 事実、二人は一瞬気が遠のきかけていた。抱きしめ合うというよりもお互いを支え合う様にしてタバサとキュルケは固く体を寄せ合っていた。 「ねえ」 ルイズの声は、浮かべる笑みとは反比例して冷たかった。タバサの二つ名『雪風』が、南国のそよ風のようにぬくく感じられるような、冷たい声。 ここ、こんなルイズは見たくなかったわね、とキュルケは艶やかな頬をひくつかせながらルイズに笑い返した。 「さっき、見た事、忘れなさい? ね? お互いの為よ」 ――口ヲ滑ラセタラ、ドウナルカワカッテイルワネ? 月ノ明ルイ晩ダケダト思ウナヨ? ルイズがそう言っているように聞こえて、キュルケは流れる冷や汗が止まるのを感じていた。 流す事を強制された恐怖の冷や汗が、再び同じ要因でもって流れる事を止められたのだ。 唐突に自分の体に寄りかかるタバサの体が急に重くなり、キュルケは慌ててタバサを見た。タバサは固く目を閉じている。 「ちょ、タバサ!? 貴女、気絶しているの!?」 「あらあら、タバサはどうしちゃったのかしら?」 ころころと笑いながらルイズが言う。 恐怖で、命がけの修羅場をくぐって歴戦の猛者と並びうる胆力を備えたタバサを気絶させたルイズ。 浮かべる笑みの神々しさと慈しみに反した気配で、キュルケの自律神経を狂わせて冷や汗を流させ、そしてまた止めさせたルイズ。 Dを召喚した影響なのかもとからの素養なのか、例えて言うなら魔性の者共の頂点に、力と恐怖とで君臨する魔王の如き迫力を纏ったルイズが、そこに居た。 周囲を凍りつかせる鬼気を纏ったDを彷彿とさせる姿であった。変な所で似ている主従だ。 「私、なにか悪いことした?」 タバサをその豊な胸の中に抱きとめながら、半泣きのキュルケが天を仰ぎながら呟いた一言に、ルイズが、んー、と可愛らしく唇に右手の人差し指を添えて悩む素振りをし、ああ、と手を叩いて一言、あくまでも朗らかに、そして親しげに 「胸」 と死刑を宣告する裁判官の様に呟いた。ただし、死刑を言い渡した相手の狼狽と恐怖に慄き、命乞いをする様を見るのを楽しみにしている極めて冷酷な裁判官だ。 どうもサディストの気質もあるらしい。実際キュルケには、死ネ、と聞こえた。 なんでルイズはこうなっちゃったのかしら? と今日の朝までは普通にからかう事が出来ていたルイズが、密かに育んでいた魔王の如き素養に、キュルケはさめざめと泣きたい気分になった。 そんなキュルケとタバサを何処かの誰かが哀れんだのか、ようやく救い主が二人の後方から姿を見せた。 ただそこに居るだけで世界を深い夜の闇に誘う様な漆黒の人型。Dである。 なにやらにこやかに笑みを浮かべつつも、服や頬を盛大に汚したルイズと、半べそかいて気を失っているタバサを抱きかかえたキュルケを見てから一言 「何があった?」 さしものDも、一体三人の身に何が降りかかったのかまでは分からぬようだった。 Dの姿を見た途端に、本来のやや妄想過剰なアレな娘に戻ったルイズが、あたふたと手を動かしながら弁解するようにまくし立てる。 「なな、なんでもないわよ。ね、ねえ、キュルケ?」 「ひぅ、そそそ、そうねルイズ、何もなかったわね! あら、頬が汚れているわ、ルイズ! せっかくの美人の顔が台無しよ、私が拭いてあげるわ!」 「あら、ありがとう、キュルケ!」 「よしてよ、私と貴女の仲でしょう!」 「ええ、そうね、そうだったわね。ウフフフフフフ」 「あ、アハハ…………はぁ」 ルイズの汚れた頬を、取り出したハンカチで優しく拭いながら、キュルケはルイズと笑い合う。なんとも胡散臭い二人のやり取りに、左手がこう呟いたのも無理のない事だったろう。 「なんじゃあの三文芝居? 田舎の劇場役者が希代の天才役者に見えるぞ」 それから、へなへなと腰を降ろしながら眼を覚ましたらしいタバサに、Dが声をかけた。キュルケとルイズはこちらの声が聞こえていない様子だったからだ。 「なにがあった?」 「ルイズが……」 耳の穴から響く声の余韻に、不意を突かれた脳が蕩け掛かるその途中、タバサの脳裏にあのルイズの笑みと言葉が蘇った。 ――口ヲ滑ラセタラ、ドウナルカワカッテイルワネ? 月ノ明ルイ晩ダケダト思ウナヨ? タバサにはそう聞こえていたらしい。たちまち血の気を引いて蒼白に変わるタバサを、流石にDも訝しげに見ていたが、タバサは震える瞳でルイズを見つめながら、こう答えた。 「何もなかった」 Dの美貌の呪縛をルイズの聖母の如き微笑の恐怖が上回ったのだ。恐るべし、ルイズ。 その態度が何かあったと言っているようなものなのだが、Dと左手は気にする素振りをわずかに見せたきりで、それ以上追従する事はなかった。 まあ、放っておいても害はないじゃろ、という左手の意見がすべてを物語っていた。 とにかく、Dの合流で正気に戻ったルイズ達は、結局城下町で一番大きなブルドンネ街や他の大きな通りを通る事無く裏路地を歩き回った。 ルイズはいつまでも椅子で寝起きさせていたんじゃ申し訳ないと、寝具や着替えを先に買いそろえようとしたのだが、Dの気遣いだけ頂いておく、という遠まわしな言葉に斬って捨てられてしまった。 寝具はまあ、ともかくとして流石に着替え位は用意しないとまずい、というか不衛生よ、とキュルケやタバサもルイズを支援したのだが、Dは変わらず必要ないと主張するきりであった。 Dにこう言われると強く出られないルイズは、本当に大丈夫なの? と言いつつも渋々引き下がるほかなった。 ロングコートをはじめ、Dが着用しているのは『辺境』区製の特別品だ。コート一つを取っても、耐熱耐寒耐電耐燃耐刃耐弾と、およそ『辺境』で襲い来る妖獣や人間の取り得る攻撃手段に対する対抗加工を施している。 それに、ハサミで細切れにされても繊維通しが繋がりあって元の形へと自動修復する再生素材製だ。無論、抗菌処置や防塵、耐水処置も施してあるから、年がら年中この格好で過ごしても清潔さは保持されるし、ほつれや引っ掻き傷が出来る心配もない。 さすがに溶鉱炉やマグマの中に突っ込めば流石に元通りにはならないが、レーザーで穴だらけにされる程度なら、放っておいても生地が独りでに治る便利な品である。 そんな事情は知らぬルイズ達ではあったが、Dの主張を曲げる気力もなかったので、当初の目的であった武器屋を目指す事になった。 Dの着替えを買ったら買ったで、また一騒動起こりかねない事に思い至ったのも理由の一つだ。 まず、着替えを誰が洗うかで、使用人同士の間で流血沙汰が起こる。下手をすれば死人が出るだろう。 次に、死闘を制した使用人が干した着替えを目当てに生徒、教師、衛兵やらを問わずあらゆる学院の関係者達が争奪戦を繰り広げるだろう。 無論魔法の行使も厭わず、力の限りを尽くして。まず間違いなく死人が出る。 それが堂々巡りで勃発し続けて、そして最後には予定調和の如くDの主人であり、同じ部屋で寝起きしているルイズへの羨望と憎悪が、その濃度と量を爆発的に増大させるのである。 なんかもう、メンドくさいわねー、と悟ったように諦めた様子のルイズは、お腹の中に鉛でも飲んでしまったような気分になり、Dの主張に従うのであった。 ルイズの記憶を頼りに四つ辻まで出た。人糞や腐敗した食べ物の匂いがかすかに立ちこめ、思わず鼻を顰める悪臭が立ち込めている。左右を壁に挟まれ、差し込む陽光は乏しく昼間だというのに薄暗い。 大通りの華やかさとは裏腹に何時でもじめじめと湿り、光に落とされた影の様に陰鬱な気配が立ち込めている。 ふんふんと、Dの左手の方から匂いを嗅ぐ音が聞こえた。 「マンドラゴラ、ツキヨノスイレン、ヘンルーダ、火竜草et cetera……『辺境』でもなじみの毒草や魔花と同じ成分と、似て非なる成分が入り混じっておる。 こういう発展途上の場所の方が妖術や魔術の原料は良質のものが摂れるからのう。いつか『辺境』に戻った時の為にいくらか手に入れて栽培しておくか? 売り捌けばわりかし儲かるかもしれんぞ」 「商才のある事だな」 「吸血鬼ハンターを引退出来たらの話じゃがな。つまるところお前が滅びるまで無いという事よ」 「確かにな」 Dの口元をかすかな影が過ぎった。笑みだったかもしれない。 「望んでおるのか? 滅びを?」 Dは答えなかった。影が過ぎ去ったとの口元は、元の一文字に閉ざされていた。 そんなDと左手のやり取りは露知らず、ルイズが目的を見つけたらしく、とてとてと歩きはじめる。 剣の形をした看板めがけてルイズが歩いてゆく。なるほど、実に分かりやすい看板であった。ルイズを先頭に、羽根扉を開いて四人と一つ(?)は武器屋に入った。 薄暗い店内をランプが照らし出し、壁や棚、樽に乱雑に剣や槍が並べられている。机に肘をついて何をするでもなくパイプを吹かしていた、五十がらみの主人がルイズを胡散臭げに見つめる。 貴族が下賤な場所と嫌う様なこの場所に、これほど似つかわしくない客も珍しい。それから、タイ留めに描かれた五芒星に気づき、はて? と首を傾げた。 それがトリステイン魔法学院の生徒である事を示す事くらいは主人も知っていたが、魔法を学ぶ貴族の子弟が、なぜ武器屋なんかに用があるんだ? というわけだ。 さらにルイズに続いて、キュルケとタバサの三人が足を踏み入れ、大・小・幼の貴族の組み合わせが突如店内に出来たのには、思わずパイプを落としかけて驚く。 キュルケは物珍しそうに、タバサは無関心に、ルイズはふん、とかすかに胸を張って主人を見ていた。落としかけたパイプを器用に咥え直し、主人はドスの利いた低い声を出した。 「若奥様、貴族の若奥様! 三人もお揃いになってうちに何の御用で? これでもまっとうな商売をしているつもりでさぁ! お上が目を着けるようなものなんてありゃしませんぜ!」 「客よ」 とルイズ。腕を組み、自分の親でもおかしくない位に年の離れた主人を見下ろしながらの一言に、思わず武器屋の主人は鼻白んだ。 気性の荒い荒くれ者や傭兵相手に長い事商売をし、それなりに修羅場もくぐって度胸も身に付けたつもりだったが、思わず目の前の小娘の顔色を伺ってしまいそうになる。 先ほどの路地裏での一件を経て、普段から妙な気迫と威厳を纏い始めたルイズであった。 「こりゃ驚きだ! 貴族様が剣をお買いになる! ああ、驚きだ! おったまげた!」 「なぜ?」 答え以外の言葉全てを拒絶する、骸の山と血の河を築いて覇を唱えた覇王の様なルイズの問いかけに、なんだこの娘っ子!? と主人は肝を冷やしながら答える。声の震えは抑えられなかった。 「いいい、いえ! 若奥様! 坊主は杖を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、教皇聖下は聖具をお振りになる、そして陛下はバルコニーで手をお振りになるというのが、私ら平民の相場と決まっておりまして」 「私じゃないわ。彼の為の剣よ」 「ああ、お付きの……か……た……です……か」 と息も切れ切れに主人が言い終えたのは、たっぷり一分後の事であった。死を告げる死神の如く静謐に店内に足を踏み入れたDを見てしまったのだ。 ふふん、とルイズはちょっぴり自慢気。自分の使い魔が褒められているようでうれしいらしい。 「こういう所は普段どおりなのにねえ」 としみじみキュルケが呟いた。 Dはさっと店内を見回した。今も背に負っている長剣は、『辺境』で大量生産されているありふれた刀剣の一つだ。 それでも重機関銃の直撃に耐える中型火竜の装甲も斬る業物だが、吸血鬼達の超技術と超魔術の恩恵にあずかって鍛造された長剣は、ハルケギニアのレベルでは屈指の名刀・魔剣の切れ味と言えるだろう。 どんなナマクラでもDの手に握られれば古今無比の名刀となるが、それでも少しはましなものが手に入るといいが、あまり期待はできそうにない。 一方で主人は、突如店の中に出現した異端分子を、見て総毛だっていた。これでも武器屋の主人である。武器を扱う人間を見る目はある。 その経験と勘が告げるに、目の前の黒づくめの若造は、かつて目にした事が無い程のとんでもない凄腕――いや化け物だ。 主人は咥えていたパイプを放し、ひどく真摯な顔をしてルイズに向き直った。 「若奥様。申し訳ありませんがどうかお引き取りください」 「どうして?」 「若奥様が仰るにあちらの方が剣をお使いになられますとか」 「そうよ。なに? 彼に売るような剣はないって言うつもりなの?」 「いいえ違います。その逆です。あちらの剣士殿に見合う刀剣は、当店には残念ながらございません。いえ、トリステイン中を探しても見つかりますかどうか。 とにかく、あちらの剣士殿がお使いになるというなら、お売りしても恥ずかしくないと胸を張れる代物がないのです。……大変、口惜しくはありますが」 「そう言う事、それじゃあ……」 自尊心をくすぐられ、悪い気はしていない根の単純なルイズが店を後にしようとしたとき、甲高い男の声が騒ぎたてた。 「おうおう、ずいぶん殊勝な事言うじゃねえか! どうした、腹でも痛てえのか?」 店内の全員が、Dも含めて声のした方を見た。主人がぶすっと顔を顰めた。声の主はあまり愉快な相手ではないようだ。 Dが音も立てずにくたびれた剣が突っ込まれている棚へと歩み、ひと振りの長剣を掴み上げた。 「おおっ!? なんだテメ、急に人を持ち、あげるんじゃ……ねえぞ、こら……」 Dの右手に掴み上げられたのは薄手の刀身に錆の浮いた長剣であった。Dの背に負われている長剣同様にやや反った刀身で、刃そのものは薄いが幅は広く、長さも一・五メイルを越える。 錆びこそ浮いているものの、良く見ればしっかりとした造りの長剣であった。その鍔に近い金具のあたりがぱかぱかと開閉して言葉を発しているらしかった。 「やい、デル公、お客様になんて口のきき方をしやがる!!」 「う、うるせえ、お前の様子が変だから心配してやったんだろうが! しっかし、おでれーた。握られているだけで分かるぜ、こりゃ、とんでもねえ剣士だぜ」 「それって、インテリジェンスソード?」 当惑したルイズの声に主人が答える。 「そうでさ、若奥様。意志もつ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……。 とにかくこいつは口が悪いわ、お客に喧嘩売るわで閉口していまして、腐れ縁と思わなきゃ、貴族の方に頼んで溶かしていただいている所でさ」 Dはデル公を持ち直し、右手一本で握り直していた。デル公の錆の浮いた刀身にD自身の美貌が映っている。 「デル公のう。頭の悪そうな名前じゃな」 「おれはデルフリンガー様だ! てめえこそなんだ、若造の癖にじじむさい声しやがって! ……いや、違うな、お前、体の中に妙なもん住まわしてやがんな。おまけにお前さん自身、普通じゃねえ」 「ほう、意外と鋭い」 「しかも『使い手』、か? にしちゃ嫌に反応が薄いというからしくないというか……。まあいいや、なあ、おれを買いな。久しぶりに面白い相手に巡り合えたしよ。お前さんみたいな『使い手』は初めてだね」 「どうする? なかなか口のまわるナマクラじゃぞ? 何事か隠しておる様子だし、見栄えが気になるなら錆位ならわしが溶かしてやる。それにお前の腕なら巨龍の首だろうが、この錆剣でも一撃じゃろう。何を買っても変わらぬよ」 Dは、かすかに握った手を開いたり閉じたりしただけだったが、それだけでデルフリンガーの使い心地を判断したらしく、ルイズに向き直った。 「これで構わん」 「え~~~~~~~? そんな汚らしいの~~~~~? もっと綺麗で喋らないのがいいんじゃないの~~~~?」 「売るものが無いというのなら、何を買っても同じだ。錆は落とせばいい。それとも折れた剣を使うか?」 「買え買え、娘っ子」 「ちぇ、ねえ、あれおいくら?」 「よろしいんで?」 「仕方無いじゃない。本人がいいって言っているんだし」 「でしたら新金貨で百で結構でさ」 「ふうん。安いの?」 「そうですな、名剣なら同じ新金貨でも千、二千はするでしょう。まあ、デル公なら厄介払いみたいなものですから、百でかまいやせん」 ルイズはポケットから金貨の袋を取り出して、Dの金塊を使わずに済んだとほっとしていた。お互いの関係で貸し借りを作りたくなかったのだ。きっちり百枚を数え終えた主人が、毎度あり、と告げた。 「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に収めればおとなしくなりまさあ」 主人から鞘を受け取り、デルフリンガーを納めて、Dは左手に提げた。 「これで買い物終わっちゃったけどどうする? なんか今さら服とかを買いに行く気にもなれないわ」 予定が狂いっぱなしね、とぼやくルイズに、またパイプを咥え直した主人が、ああそういえば、と口を開いた。 「お暇でしたら、旧市街の方へ足を運ばれてはいかがでしょう? なんでもアルビオンから来たとか言う変わった連中がいるとかで見物に行く連中が絶えませんで」 「大道芸か何かでもやっているのかしら?」 「さあ、ただ見に行った連中が全員ぼんやりとしっぱなしで。わたしの知り合いも、見物に行ってからかれこれ三日もぼけっとしちまっているくらいでさ」 「いやね、なにか変な宗教? それとも貴族崩れの傭兵か何かがいかがわしい事でもしているんじゃないの?」 「そればかりは目にしてみない事には、ああ、たしか――ファウストだかメフィストだかいうらしいでさあ」 「ふうん?」 黒白の魔人二人の邂逅が、このような街の片隅の武器屋での会話をきっかけに行われるとは、当のDもルイズも気付くわけもなかった。 前ページ次ページゼロの魔王伝
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2261.html
盛大な爆発音と土煙が舞い上がる…… (なんか手ごたえある!!) この日、数十回目の失敗の後。召喚に成功した事を確信したルイズは、拳を握り締めちょっと感動するのだった。 「おい、なんか居ないか?」 「まさかゼロのルイズが成功したのかよ!」 ざわめく生徒達を他所にルイズは期待に胸を膨らませながら(精神的な意味で)土煙を凝視するのだった。 しかしながら、土煙が晴れてくるのと裏腹に表情は徐々に曇るのだった。その理由は、「そこに立っていた人物が奇妙」だったからであった。 まず目に付いたのは、ルイズの背丈ほどはあろうかという大きなお面。 緑を基調としたカラフルでなおかつエキゾチックな人の顔を模したようなお面だった。そのお面をつけている人物の服装はと言えば…… 腰巻のようなものをしているが殆ど裸、しかもその体には何かの模様を刻んでいるのか塗っているのか…… どこからどうみても平民と言うより本で読んだ未開の地に住むと言われる原住民の様ないでたちであった。 (なんで私だけドラゴンやサラマンダーとかバグベアーとか……せめてフクロウとか猫とかじゃないのよ!! 平民ならまだしもどうみても原住民だし…… 正直言葉通じるのかしら?) ルイズは色々な事を考えると頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。 ここで普段の生徒達ならルイズをはやし立てるのだが、あまりの出来事にちょっと引いていた。 (なんか… やばくね?) (変な踊りしてるし…) (それより、すごく気になるんだが…… あいつの周りにいる白いの…… まさか…) コルベールは背中にかいている汗が止まらなかった。なぜならば、自分の経験と知識から照らし合わせれば間違いなくあの白いのは『精霊』であった。 精霊を従えているとなれば先住魔法の使い手の可能性が極めて高かったからであった。 コルベールは小声で生徒達に学院に戻るように指示すると静かにルイズに近づくのだった。 「ミス・ヴァリエール、静かにこちらに来なさい」 小声で呼びかけるコルベールの下へ静かにルイズが向かうと覚悟を決めた表情をした先生からこう言われるのであった。 「ミス・ヴァリエール、私が奴に話しかけたらすぐに学園へ走りなさい」 コルベールの表情と台詞の意味に気がついたルイズは首を振り涙目になりながら訴えるのだった。 「コルベール先生、でもあいつは私が召喚したんです。原住民みたいだけどそれでもやっと呼び出せたんです」 せっかく召喚できた使い魔を殺されると考えたルイズ必死に止めようとするのだった。しかし、コルベールが声に気をつけながらルイズを説き伏せるのだった。 「ミス・ヴァリエール、なるだけなら私もあなたのサモン・サーヴァントが成功したことを祝いたかったのですが… 奴は危険すぎます」 なおも食い下がろうとするルイズに対し、コルベールは奴の周りの白い奴を指差し精霊である事をルイズに告げるのだった。 魔法はからっきしであるが為、他の生徒の誰よりも知識に関して秀でていたルイズはそれを聞いた瞬間に真っ青になり震えながらその場に座り込んでしまうのだった。 (しまった、ヴァリエールが近くに居てはうかつに攻撃することも出来ん) コルベールは自分の配慮の浅さを呪うのだった。刺し違えても倒すつもりであったが、ルイズがちかくに居ては戦いの巻き添えにしてしまう可能性が大きかった。 ここで、コルベールはさらなるミスを犯していたのだった。それはルイズの行動を見て我が身を呪ってしまった事であった。 そのわずかな時間に奴が接近することを許してしまったのだった。コルベールが気付いた時にはすでに自分とルイズの間に奴は立っていた。 焦るコルベールを他所に奴はルイズの前で屈むと、不思議そうに首をかしげながらルイズをお面越しに覗き込んでいるのだった。 そんな奴に対して、ルイズは震えながらも貴族としてのプライドだけで気丈に問いかけるのだった。 「ああ、あんた誰よ!!」 奴はルイズの問いかけを聞くとスッと立ち上がり両手を挙げてこう答えるのだった。 「マッドマン!!」 マッドマンと名乗った奴は「ウホ!ウホ!」と叫びながらルイズの前で左右にぴょこぴょこと跳ねながら踊っているのだった。 しかし、突然叫んだかと思うと前のめりに倒れるのだった。 「危なかった…」 倒れたマッドマンの後ろから汗だくになった額をハンカチで拭いているコルベールが姿を現すのだった。 コルベールが踊っているマッドマンにそっと近づき後頭部へ当身をしたのだった。 「助かった…」 突然の出来事に身体を強張らせていたルイズだったがコルベールの機転のおかげだとわかると気が抜けてそのまま後ろに倒れそうになるのだった。 そんなルイズをコルベールは支えてコントラクト・サーヴァントを早く済ませるように促すのだった。 コルベールは契約を済ませれば使い魔として従順になり危険はなくなるだろうと判断したのだった。 コルベールの促しを聞いたルイズは表情をパッと明るくさせ急いでマッドマンの傍へと行くのだった。たしかに奇妙な人物…… でも初めて魔法が成功した事、精霊を操る実力者、この人物が私の使い魔になると考えるとさっきまでの恐怖心は消え去り期待に胸を膨らませるのだった(物理的に無理だが)。 ルイズはマッドマンのお面を取ると意外と美形な男だったことに赤面しながらも無事に契約を済ませるのだった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8330.html
前ページ次ページデモゼロ 馬鹿力のルイズ、元「ゼロ」のルイズ とうとう、自分の使い魔の正体を知っちゃった それは、悪魔寄生体 宿り主に、強き力を与える存在 …だが、しかし その力に飲み込まれれば、本当に悪魔のごとき存在となってしまう 自分は、どうするべきなのか? 今ならまだ、間に合うと言う だが、しかし …自分に、使い魔を捨てる事など、できるのか? 広い広い、華やかなホール そこで、魔法学院の生徒や教師たちが、各々着飾った姿で、踊りや雑談を頼んでいた …今夜は、フリッグの舞踏会 土くれのフーケの騒ぎで、一時は中止すべきでは、との声も出たものの ルイズたちの活躍により、無事事件が解決した…と言う事になった為、例年通り開催される事になったのだ キュルケは華やかで露出たっぷりのドレスに身を包み、多数のボーイフレンドに囲まれて雑談を楽しんでいた 傷痕は水メイジの治療にって完全に消えており、痛々しさは全くない もぐもぐもぐ タバサは、そこから少し離れた所で、黒いパーティドレスに身を包んだ姿で料理に夢中だ 大変な戦いの後だったからか、いつもより食欲倍増である 「もう、よく食べるわねぇ。その小さな体にどれだけ入るのよ?」 す、とボーイフレンドたちから離れ、キュルケはタバサの様子に苦笑した 思わず、ルイズの状態を思い浮かべたが…この親友は、前々から、体格に似合わずけっこう食べる子だった、と言う事実を思い出す …きょときょと キュルケは、ホールの中を見回す 目当ての相手の姿は、まだない 「遅いわねぇ、ルイズ」 「………」 そう ある意味で、今夜のパーティの一番の主役と言ってもいいルイズの姿が、まだない 準備に時間がかかっているのだろうか? キュルケは、つい数時間前のルイズの様子を思い出し…心配になってくる 「私…次第…」 選択を突きつけられたルイズ 使い魔を、捨てるか、否か 使い魔を捨てなければ…どこか、一つでも間違えたら、その存在に己を飲み込まれる 人の心を、失ってしまうかもしれない その恐怖を自覚して、震えていたルイズ キュルケに出来た事は、そのルイズの体を、そっと支えてやる事だけで 「……私、は」 ぎゅう、と 強く、強く、拳を握り締めていたルイズ きっと、あの苦悩は…同じ立場に立たされた者にしか、わからない …と、その時 ホールの扉が、開かれた 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢、おな~り~!」 ひらり 美しい、純白のドレスに身を包んだルイズが…ホールに、姿を現した その姿は、馬子にも衣装? いや、違う ルイズが本来持っている高貴さ、美しさが、存分に発揮された姿 普段、ルイズの事を馬鹿にしていた生徒たちも、思わず見とれてしまう姿だ まぁ、人間なんてそんな物である、所詮見た目だ 特に、男子生徒たちは、その美しさに思わず見とれ、ルイズをダンスに誘っている者もいる …が、しかし、ルイズはその誘いを全て断っていた そして、ずんずんずん 向かう先は!! 「…あ、やっぱり」 思わず、呟くキュルケ ぱくぱくもぐもぐ 用意された豪華な料理に食いつくルイズの姿に、キュルケは思わず、和んだ笑みを浮かべたのだった もぐもぐもぐ うん、美味しい! やはり、体を動かした後の食事と言うものは最高だ …一応、その、ドレスに着替える前にも、軽く食べたのだ 着替えている間、おなかが鳴りっぱなしと言うのも嫌だから …そうなのに、やっぱり、食べたい 色々と視線が突き刺さっている気がするが、気にせずルイズは食事する 「…あ、あの、ルイズ様…」 「あら、シエスタ。あなたも食べればいいのに」 もぐごっくん デルフを運んできてくれたシエスタに、笑いかけるルイズ ルイズのそんな言葉に、シエスタは慌てて首を左右に降った 「い、いえ!私は、まだ仕事がありますから…」 「そう?…あ、デルフはそこの壁にでも立てかけておいてくれる?御免なさい、重たかったでしょ」 いえ、とシエスタは微笑んで、デルフをすぐ傍の壁に立てかけてくれた そのまま、料理を運ぶなどの仕事に戻るべく、ぱたぱたと離れていく 一応、デルフもルイズの手によって活躍したのだし 剣であるデルフには、舞踏会などよくわからないかもしれないが、一応、雰囲気だけでも味合わせてあげようと思ったのだ が、流石にドレス姿の自分が持ってくるわけにもいかず、シエスタに運んでもらったのだ ひゅ~ぅ、とデルフは口笛のような音を出す 「賑やかなもんだねぇ。俺には何が楽しいのか、よくわからねぇけど」 「ま、あんたは踊る事も食べる事もできなんだし。とりあえず、雰囲気だけ味わったら?」 言いながら、ルイズは他の料理に手を伸ばす …せっかくのパーティだ、今日は食べ尽くそう!! 食欲全開の、そんなルイズの姿に 「…舞踏会ってのは、踊ってなんぼなんじゃね?」 と、デルフは剣の癖に、至極真っ当なツッコミを呟いたのだった どうしよう どう、声をかけようか キュルケは、少し離れた位置からルイズを見つめ、悩む …ルイズが、決断した様子を キュルケは、間近で見たのだ 「…教えて、モートソグニル」 「ちゅ?」 「あなたは、あの化け物を…人間に戻した、わよね?あれは…私にも、できる?」 俯いていた、顔をあげ ルイズは、真っ直ぐにモートソグニルを見つめ、そう尋ねた こくり、モートソグニルは頷いてくる 「できまちゅよ。僕たちのような力を持った者は、あぁやって悪魔の種を取り出すのでちゅ」 「……それじゃあ」 ルイズの瞳に宿るのは、強い、決意 彼女は、答えを選んだのは 「私は…この力を捨てない。捨てる訳には、いかないわ」 「…どうして?」 モートソグニルの問いかけに ルイズはゆっくり、はっきりと、答える 「弱き者を護る、救う。それが、貴族の役目。あの化け物の状態になってしまった人たちは、平民だったわ。 あれは、メイジでも、太刀打ちするのが難しい相手。 きっと、あれに立ち向かえるのは、同じ力を得た者だけ…そうなんでしょう?」 ちゅちゅ、とモートソグニルは頷いている …それは、キュルケにもなんとなくだが、わかっていた トライアングルクラスの自分やタバサでも、あの化け物と戦って、勝てるという確証はない …しかし そんな相手を、ルイズとモートソグニルは、いとも簡単に薙ぎ払ってしまった あれらに太刀打ちできるのは、同じ力を得た者たちだけなのだ 「そして…あの状態になってしまった人達を人間に戻せす事が、救う事ができるのならば… 私は、その力を、捨てる訳にはいかないの」 あぁ、ルイズ その瞳に、強い決意を宿らせながらも…小さな体は、震えている 力に飲み込まれるかもしれない恐怖 それと、必死に戦い続けている 「私は、どうしてなのかはわからないけれど…魔法が使えない。貴族なのに、魔法が使えない『ゼロ』のルイズ。 こんな私でも…この力が、あれば。弱い人達を、護る事が、救う事ができる」 …あぁ、だから あなたは、険しい道を、選ぶというの? 「だから、私は使い魔を、この力を捨てる訳にはいかない。『ゼロ』の私でも、誰かを救えるのなら …私は、この力を捨てたりしない。力に飲み込まれたりしない、制御してみせる!!」 「…ルイズ」 強く、強く、はっきりと 皆の注目を浴びている中…ルイズは、そう言い切った 戦うのだ、と 彼女は、明言してみせたのだ あの瞬間の、ルイズの決意の表情 しかし、同時に震えていた、体 …果たして、自分は、あのルイズに、どう声をかけてやればいいのだろうか? 「…あら?」 ……と、キュルケが悩んでいると ルイズに、す、と近づいている青年の姿に気付く あれは… 「…もう。先を越されちゃったわね」 青年がルイズに話し掛けている姿に、キュルケは苦笑して 気持ちを切り替えるように、すぐ傍のテーブルの料理に、手を伸ばすのだった 「ルイズちゃん、ルイズちゃん」 「むぐ?……あ、モートソグニル」 自分に話し掛けてきたモートソグニルを、ルイズは見上げた 整った身なりの、青年の姿をとっているモートソグニル 舞踏会と言う場のせいか、さほど違和感を感じる事無く、場に溶け込んでいる 「楽しんでまちゅか?」 「えぇ、とっても!」 「食ってばっかりだけどな」 ぎゅうううううううう 「っちょ!?痛い痛い痛いやめてーお願い手加減してー!!」 余計な事を言ったデルフの柄を、思いっきり握り緊めるルイズ 悲鳴をあげるデルフの様子に、モートソグニルは苦笑してきた うん、これくらいにしてあげようか ぱ、とルイズはデルフを解放してやる 「モートソグニル、いいの?オールド・オスマンから離れていて」 「大丈夫でちゅ。ご主人様の許可はとってまちゅ」 なら、いいのだけれども じ、と…モートソグニルは、ルイズを、見つめてきて ぽつり、呟いてきた 「…良かったんでちゅか?ルイズちゃん。本当に…その力を、捨てなくても」 「貴族に二言はないわ」 そうだ これは、自分が決めた事 自分が出した、答え この力で、誰かを救う事ができるのならば …自分は、恐怖に打ち勝ってみせる 力に飲み込まれたりしない 必ず、制御しきってみせる 「だから、モートソグニル…この力の、制御の仕方。教えてね?」 「もちろんでちゅ。協力するでちゅよ」 ありがとう、とルイズは微笑んだ そして…そろそろ、料理を食べるのにも、満足して にこり、モートソグニルを見上げる 「ちゅ?どうしたでちゅ?」 「せっかくだから…一曲、踊ってくださる?」 ルイズの、その申し出に ちゅちゅ?と、モートソグニルは、途惑った様子を見せた 「え?でも…僕、所詮鼠でちゅから。ダンスなんて、できないでちゅよ?」 わたわたわた 慌てているその姿に、ルイズは思わず笑みを深めた 戦っている姿や、学院長室での様子などを見ていた時は、なんだか凛々しい感じだったけれど 今のこの様子は、まるで彼の本来の、あの可愛らしい鼠の姿を連想させて、気持ちが和んでしまう 「大丈夫よ、私がリードするから」 「ちゅ…そ、それじゃあ、一曲だけ…」 恐る恐る、ルイズの手に手を差し伸べたモートソグニル ルイズは、この日一番の、最高の笑顔を浮かべて…モートソグニルの手をとったのだった くるり、くるり 今日のパーティ一番の主役と、どこからともなく現れた青年が、ダンスを踊る 慣れない様子のモートソグニルを、ルイズがリードしてやる様子は、どこか微笑ましくて いつの間にやら、ホールの視線を釘付けだ 「はっはっはぁ!メイジと踊る使い魔なんて、初めて見たぜ!!」 けらけら そんな二人の様子に、デルフはさも愉快そうに、笑い声を上げたのだった 前ページ次ページデモゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5708.html
前ページ次ページ蒼い使い魔 「あれ…?」 ルイズは見知らぬ場所で一人ぽつりと佇んでいた、 ここはどこだろうか? ヴァリエール家の秘密の場所? いや…違う、まるで見覚えのない場所、 辺りには板状に切りだされた不気味な石のオブジェが不規則にいくつもいくつも並んでいる。 「なにここ…なんだか不気味…」 そう言いながらとぼとぼと歩きだす。辺りは薄暗いが空には血のように紅い月が不気味に輝き 足元を照らしているため転ばずに済んだ。 周囲は静寂に包まれており、ルイズの足音だけがさみしく響き渡る。 「誰かいないの? ねぇ? バージル!? いたら返事してよ!」 孤独感に耐えられなくなり大声で己が使い魔の名前を叫ぶ、 だがその声は闇の中に吸い込まれ誰も返事をする者はいなかった。 「もう…なんで誰もいないの…? バージル…どこにいっちゃったのよ…」 ルイズはさみしさに押しつぶされそうになりながら、また歩き出す、だが歩けど歩けど一向に周囲の景色が変わることはなかった。 「なんなのよ! ここは!」 ついに我慢しきれなくなり大声を上げる、そして地面にへたり込むとあたりを見渡した。 「それにしても…なんなのかしら、この石のオブジェは…まさか墓石だったりとか…」 ルイズはそう呟きながらふらふらと立ち上がりオブジェへと近づいて行く、 調べてみると何やら馴染みのない異国の文字が書いてある。 そこになんと書いてあるのかはルイズには読むことができなかった。 「やだ…これってやっぱり墓石…」 だがそれだけでも墓石と判断するには十分だった、ルイズは呻くように後ずさると再び地面にへたり込む。 「じゃ…じゃあ…こ…これ全部…?」 ルイズはとたんに恐ろしくなり周囲を見渡す、そこにはまるでルイズをぐるりと取り囲むように墓石が並んでいた。 「あ…あぁ…こ…これは夢よ…! そう…夢…! だ…だからすぐ醒める…こんなっ…!」 ルイズは恐怖心にかられながら、頭を抱えうずくまる。 そうだ、昔ちいねぇさまに教えてもらったことがある、怖い夢を見た時は楽しい事を考えるんだ、 そうすれば自然に怖い夢が楽しい夢に変わる。 思い出したルイズは必死に楽しい事を考えようと努力する。だが… ―ボコッ…ボコボコッ… 何かが、地面から這い出る音がする。 ルイズが思わずその方向へ顔を向けると… 手に大鎌や槍、大剣などを持った悪魔の群れが、墓石の下から這い出てくるのが見えてしまった。 「ひっ…!!」 恐怖に身体がすくみあがる。周囲に存在するすべての墓石から悪魔達が這い出てくる。 見渡す限り悪魔、悪魔、悪魔、その全てがルイズへとにじり寄ってくる。 「こ…こないで! こないで!」 ルイズが杖を抜こうとすると。いつも杖があるべき場所に杖がない。 「う…嘘っ!? そんな…い…いや…た…助けて…バージル…」 ルイズの体を絶望と恐怖が支配する、このまま悪魔に殺されてしまうのだろうか? にじり寄る悪魔の一体がルイズに向け剣を振り上げる、ルイズは恐怖で目をつむった。 「ッ…!」 ―ガキィンッ! と言う剣と剣がカチ合う音が響く。 ルイズが恐る恐る目をあけると… 目の前にはルイズよりも小さい銀髪の少年が悪魔の振り下ろした剣を刀で受け止めていた。 「逃げろ! ×××!」 少年は振り向くとルイズに向け叫ぶ、誰かの名前を呼んだ気がしたがよく聞き取れなかった。 「え…だ…だれ…?」 ルイズは驚き少年を見るが髪の毛が目元を隠しており誰だか識別することはできない。 腰を抜かしたルイズはそのまま少年を見守るしかできなかった。 十歳くらいの少年が、自分の背丈よりも遥かに長い刀を振りまわし必死に悪魔を斬り倒している。 その刀にルイズは見覚えがある、閻魔刀だ、ではあの少年は…? 「バー…ジル…?」 悪魔達はすでにルイズのことは視えていないらしく次々少年へ襲いかかる。 斬り飛ばされた悪魔の首が少年の腕にガブリと噛みつく、 ―ベキッ…! ベギッバキッ! という骨が噛み砕かれる嫌な音、 「がっ…!」 短い悲鳴をあげ、右手から閻魔刀を取りこぼす、が、すぐさま左手で受け止めると 柄頭で腕に噛みついた悪魔の頭を叩き潰す。 「ハァッ…! ハァッ…! ハァッ…!」 少年の息は荒い、すでに満身創痍だ。 ―ボコッ… 少年の足もとの土が盛り上がる。 「っ!?」 少年が気がついた時には遅く、地面から生えた槍が深々と少年の胸部を貫いた。 「ぐあっ…!」 短い悲鳴をあげながら少年は地面に倒れ伏す、 ―ヒューッ…ヒュッ…ヒューッ… 肺から空気が漏れる音がする、少年は墓石に背中を預けながらも地面に突き刺さった閻魔刀へと必死に手を伸ばそうとする… だがその少年の眼に映ったものは閻魔刀ではなかった、手を伸ばした閻魔刀のさらに先にあるもの… 小高い丘の上に建つ一軒の家屋、それが勢いよく炎を上げ燃え盛っている様子が目に入った… 少年の眼が絶望で染まる、おそらくは彼の家なのだろう、 「ぁ…ぁ…か…ぁ…さん…」 彼が消え入りそうな声で母を呼ぶ。 悪魔達が彼を取り囲む、その中の一体が地面に突き刺さった閻魔刀を引き抜くと… 彼の心臓目がけ突き刺す、それを合図とするように次々と悪魔達は彼の体に武器を突き刺していった。 その様子をみながらルイズは声にならない悲鳴を上げることしかできない… 墓石にはりつけられた少年の指がピクリと動く… 「か……かあ…さん…××…×…」 少年はゴブッと大量の血を吐き出しながら燃え盛る家屋に向け弱弱しく手を伸ばすと…ガクリと崩れ落ちる。 奇しくもルイズは彼が寄り掛かる墓石に刻まれた文字を読むことができた… そこに刻まれていたのは ‐ VERGIL ‐ 「いやぁああああああ!!!!!」 ルイズはあらん限りの声をあげて涙を流す。今すぐにでも倒れ伏した少年のもとへと走っていきたい…! だがルイズの足は動かない、動かす事が出来ない、まるで過去の映像を見るかのように 場面が切り替わるのをただただ見ているしかできないのだ。 「もうヤダ! やめて! おねがいやめて! こんなの見たくない!」 ルイズは涙を流しながら頭を振りまわす、しかし夢は一向にさめることはなかった 「う…うぅ…う…もうヤダぁ…ヤダよぉ…こんなの…バージル…助けて…」 目の前で起きたことにルイズは蹲った。 ―クッ…ククッ…クククククク…ハッ…ハハッ…ハハハハハハハ!!! 突如墓石にはりつけられ息絶えたかに見えた少年が声をあげて笑いだす。 ルイズが驚いて顔を上げると、少年が自身の体に刺さった武器など意に介さないように立ち上がり、 一本一本抜き取っていく、少年の眼はまるで血のように紅く染まり、口元を大きく歪め…笑っていた… そして最後に心臓に突き刺さった閻魔刀を引き抜と、自分に襲い掛かった悪魔の群れに猛然と走りだした。 悪魔の群れを斬り倒し、薙ぎ払い、殺しつくす、目の前で行われているのはただただ一方的な殺戮。 悪魔達は抵抗らしい抵抗もできず少年に斬り殺されていく。その中で少年は、楽しそうに笑っていた、 ルイズはそれを、『恐ろしい』と感じる。やがて全ての悪魔を殺し終えた少年がふらふらと歩きだした。 そして不意に立ち止まると…燃え落ちた民家の方向を見て、場面はそこで停止した。 呆然と紅い月をバックに立ち尽くす少年を見ていたルイズの頭に突然声が響く。 ―力は素晴らしい ―どんな悪魔もスパーダの力の前にはひれ伏す ―凡百の悪魔などスパーダの力の前では赤子と同じ ―無残に母を殺し、残酷に弟を害した悪魔に死を ―憤怒、後悔、哀惜、絶望、疑問、戸惑い ―その『痛み』が快感であり、その『痛み』こそが力となる ―全てを守るために選んだ道 ―暴虐に終止符を打たせる力 ―父の名に誓い、俺はそれを求めている ―俺の決意も力も、決して壊せはしない 『更なる力を望むや否や?』 「失せろ」 ―ガシャァン!! というまるでガラスが砕け散るような音が響きわたる。 見るとあたりの風景がその音とともに崩れ落ち漆黒の闇に閉ざされる。 ルイズが驚いて周囲を見回す、すると闇の中に誰かが立っている。 そこには閻魔刀を抜き放ったバージルが立っていた。 「バージル!!」 ようやく見つけた、この悪夢から救い出してくれる己が使い魔 ルイズは使い魔の名前を叫びながら駆けだす、 そしてバージルにおもいっきり抱きついた。 「どこに行ってたのよ! 呼んだらすぐに来なさいよ! このばかぁ!」 ルイズは泣き叫びながらバージルの胸板を叩く。 バージルは微動だにせず、ただ自分の胸で泣くルイズを見下ろし…静かに口を開いた、 「ルイズ…お前も…俺の邪魔をするのか?」 「えっ…?」 その言葉にルイズが顔を上げる、言葉の意味が分からない。 バージルの髪は垂れ下がり目元を隠しているためその表情をうかがうことはできなかった。 「邪魔だなんてそんな…。私はただ…」 そこまで言うとルイズの頭の中に再び声が響く。 ―あの日、『人間の』俺は死んだ ―俺の決意はなにも変わってはいない、俺は俺の道を征くだけだ ―邪魔をする者は、誰だろうと斬る 「な…なに…? なんなの…これ…」 ルイズがバージルから離れるようにふらふらと後ずさる、すると…目の前で何かが光った、 ―ポタッ…ポタッ… となにかが滴り落ちる音が聞こえる 「え…?」 ルイズが恐る恐る視線を下へ向ける…そこにあったのは… バージルの手に握られた閻魔刀が自分の腹を深々と刺し貫いていた。 あぁ、さっきの音は血の音か…ルイズはまるで他人事のように考える、 夢だからだろうか? 不思議と痛みは感じない、だが、閻魔刀の冷たい感触が体を貫いているのだけは感じることができた。 「な…なん…で…バージル…」 ルイズが何が起こったかわからないといった表情でバージルを見る、 二つの視線が交錯した。 ルイズの瞳は起こったことが信じられないと言いたげに時折歪み、バージルはルイズをただ冷たく見下ろしている。 一拍置いた後、ルイズの腹から情け容赦なく刃を引き抜いた、 ルイズは一瞬大きく身体を泳がせて、後はそれきり硬直し…膝をつき前のめりに倒れこんだ。 バージルはそれを見た後、暫し額に片手の指先を這わせ… 何やらもの思わしげな風情だったが、すぐにその考えを振り払うようにそのまま前髪を掻きあげる。 そうすることにより現れた彼の顔は、表情などカケラも無い冷たい空気を纏っていた。 「ど…どうして…? バー…ジル…」 ルイズが振り絞るように声を出す、 「ルイズ…警告だ、俺の邪魔をしないでくれ」 彼には珍しく―それこそ一度も聞いたことがないほど静かな口調でそう言うと、閻魔刀に付着した血を振りはらう。 そして後ろを振り返ると右手の閻魔刀を強く握りしめ、強い歩調で歩きだす。 彼の視線の先には紅く輝く三つの眼、そして視界を埋め尽くすほどの悪魔の軍勢があった。 「だめ…行っちゃ…だめ…お願い…行かないで!」 ルイズはバージルに腹部を貫かれながらも必死に這いつくばりバージルを追おうと足掻いた、 だが彼の背中はどんどん遠くなる。眼が霞む、瞼が…重い…、闇が…降りてくる…。 「バージルッ!!」 ―ガバッ、とルイズが勢いよくベッドから跳ね起きる。 「ハァッ…ハァッ…ハァッ…ハァッ…!」 心臓がうるさいほど高鳴っている。息が苦しい… 全身は汗でぐっしょり濡れており、眼がしょぼしょぼする、夢を見ながら泣いていたらしい 「夢…」 ルイズは呟きながら部屋の中を眺めまわす、そこはいつもと同じ、自分の部屋。 少し離れたところにあるソファにはバージルが横になっている。 「(あの夢って…バージルの…過去…?)」 とにかく落ち着こう、そう思いテーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ、飲みほす。 今まで見たことがないほどの、過去最悪の悪夢だ。今でも鮮烈に思い出せる、あの恐怖。腹部を貫いた閻魔刀の冷たさ。 ルイズは自分のお腹をさする、夢の中とはいえ、バージルに刺されたのはかなりショックだった。 「…バージル?」 ルイズはソファで横になっている自分の使い魔に声をかけてみる するとバージルは静かに目を開いた。 「どうした?」 「あ…う…その…夢…そう…夢を見たの…そのなかでね…わたし…あんたに殺されちゃった…」 ルイズは絞り出すように今見た悪夢の内容をバージルに話す。 普段なら「夢の中でご主人さまを殺すなんてどういうつもりよ!」と癇癪を起こすところだが あまりにも悲惨で壮絶な彼の過去と覚悟を目の当たりにしたせいかそんな気力は消え去っていた。 「これも…ルーンの効果か? くだらんことを…ますます気に入らん…」 それを聞いたバージルは眉間に深い皺を寄せ左手のルーンを睨みつける。 バージルはルーンによって過去を心を勝手に覗き見られたことに強い不快感を示す。当然だ。 彼にとっては最も触れてほしくない記憶… かといってルイズも自ら望んでそれを見たわけではないので責めるわけにもいかない。 自傷防止の効果がなければ即座に閻魔刀でルーンを左手の肉ごと削ぎ落としているだろう。 「その…ごめんね…」 険しい表情のバージルにルイズが恐る恐る謝る。 「なぜお前が謝る必要がある。すべてはこのルーンが原因だ。 …元をたどればお前にも責任はあるが、そこまで責める気は無い。 夢の中で俺に殺されたのなら、それでチャラにしておいてやる」 「もう…人が謝れば調子にのって…すごく怖かったんだから…」 ルイズはそう呟くとベッドの中へと戻る、 そしてシーツをかぶると再びバージルを見る。 「ねぇ、ちょっとこっち来なさい」 「なんだ…」 「あ…あんたのせいで怖くて寝れなくなっちゃったのよ! だから…その…そ…そばにいてほしいの!」 「殺された相手にか? 変わった女だ」 バージルは呆れたようにソファから立ち上がるとベッドに寄りかかるようにドカッと腰を下ろす。 「朝までここにいてやる」 「…ありがと」 「世話が焼ける…」 ルイズはバージルの背中に身体を寄せると、静かに寝息を立て始めた。 翌日 トリステインの王宮でアンリエッタは客を待っていた。 女王へ位を上げたとはいえ、のんびり玉座に腰をかけているわけではない 王の仕事は主に接待である。戴冠式を終え女王となってからは国内外の客と会うことが多くなった。 内容は何かしらの訴えや要求、ただのご機嫌うかがい、 アンリエッタは朝から晩まで誰かと会わなければならない羽目になっていた しかも不幸なことに今は戦時中のため普段より客が多い、 どのような相手であれ威厳を見せねばならないため大変に気疲れしていた。 マザリーニの補佐がなければとっくにダウンしているだろう。 しかし、次に自分の目の前に現れる客は違う。先のような対応をしなくてもいい、だけどとても大事な客。 部屋の外で待機している呼び出しの声が聞こえた。客がこの場に到着したのである。 アンリエッタは溢れる嬉しさを少しばかし我慢した。もう少しだけ女王の態度をとらなければ。 無理矢理作った口調で、「通して」と告げる。すると、固く閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。 ルイズが立って恭しく頭を下げる、その隣には彼女の使い魔、バージルの姿が―見えなかった。 「ルイズ! あぁルイズ! 会えて嬉しいわ!」 ルイズは頭を下げたまま、応える。 「姫さま……、いえ、陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。 あなたはわたくしから最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 「ならば…、いつものように姫さまとお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ねえルイズ、ホント女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ…」 アンリエッタは疲れ切った表情を浮かべながらため息を吐く。 「そういえば…ルイズ、あなたの使い魔の方は?」 「あ…えと…バージルは別室で待機させています、その…そう! た…体調が悪いとかで…!」 その問いかけにルイズは目をすごい勢いで泳がせながら答える。 「そう…一言お礼を申し上げたかったのだけれど…」 無論ルイズは嘘をついている、まさかバージルがアンリエッタとの謁見を拒否した、とは言えない。 「あの女に膝をつくのは死んでも御免だ」 とバッサリ言われあきらめることにした。アンリエッタの前で空気を読まない発言を連発されるよりは遥かにいい。 バージルがアンリエッタをあまりよく思ってないのは確かだ、そもそもあの男に気に入られる人間がいるかどうかは甚だ疑問だが…。 「あの…姫様? お礼…と仰いましたが…?」 ルイズは先のアンリエッタの言葉を聞き返す。 そもそもここに呼ばれた理由はなんだろうか? 今朝がた急にアンリエッタからの使者が魔法学院にやってきたのである、 二人は授業を休みこうしてアンリエッタが用意した馬車に乗りここまでやってきたのだった。 やはり呼ばれた理由は『虚無』のことなのだろうか? するとアンリエッタはルイズの手を握る、 「先のタルブでの勝利は、あなたと彼のおかげだもの、お礼をしなくちゃ」 ルイズはアンリエッタの表情をはっとした表情で見つめる。 「わたくしに隠し事はしなくて結構よ。ルイズ」 「わたし…なんのことだか……」 それでもとぼけようとするルイズにアンリエッタはほほ笑むと羊皮紙の報告書をルイズに手渡した。 その報告書をかいつまむとこう書いてあった。 『所属不明の風竜から飛び出した蒼い衣を纏った銀髪の騎士が次々と敵竜騎士隊を撃墜、駆逐』 「(あれだけムチャクチャやればそりゃ目立つわよね…)」 それを読んでルイズは大きくため息を吐く 「ここまでお調べなんですね…といっても、この蒼い衣の剣士って時点でバレバレですよね…」 「あれだけ派手な戦果をあげておいて隠し通せるわけがないじゃないの。 兵たちの間では黙示録の騎士とも呼ばれていますが、わたくしにはすぐにわかりましたわ。 だから彼にもお礼と恩賞を与えたかったのですけれど…」 アンリエッタはそこでクスクスと笑うと、もう一度ルイズの目を見て言った。 「多大な…本当に大きな戦果ですわ、ルイズ・フランソワーズ。あなたとその使い魔が成し遂げた戦果は、 このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類を見ないほどのものです。 本来ならあなたに領地どころか小国を与えて大公の位をあたえてもよいくらい。 そして使い魔さんにも特例で爵位を与えることもできましょう」 「わ…わたしはなにも…手柄を立てたのはあいつ…使い魔で…」 ルイズはぼそぼそと言いづらそうに呟く。 「あの光はあなたなのでしょう? ルイズ、城下では奇跡の光だと噂されていますが 私は奇跡を信じません。あの光が膨れ上がった場所にあなたたちが乗った風竜がいた、 あれはあなたなのでしょう?」 ルイズはアンリエッタに見つめられこれ以上は隠せないと判断し、 「実は…」と始祖の祈祷書のことを話し始めた。 「では…間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが正しいようね」 ルイズは溜息をついた。 「これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」 「はい」 「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたしと、あなたとの秘密よ」 すると、考え込んでいたルイズが何か決心したかのように、アンリエッタを見つめ口を開く。 「おそれながら姫さまに、わたしの『虚無』を捧げたいと思います」 「いえ…、いいのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 「神は…、姫さまを…トリステインをお助けするためにこの力を授けたはずなのです!」 しかし、アンリエッタは首を振る。 「母が申しておしました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言いきれるのでしょうか?」 ルイズは昂然と顔を上げる、自分の使命に気がついたような、そんな顔であった。しかしその顔はどこか危うい。 「わたしは、姫さまと祖国のためにこの力と体を捧げなさいとしつけられ、信じて育って参りました。 しかし、わたしの魔法は常に失敗しておりました、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 ルイズはきっぱりと言い切る、 「しかし、そんなわたしに神は力を与えてくださいました。わたしは自分の信じるものに、この力を使いとう存じます。 それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら杖を陛下にお返しせねばなりません」 そんなルイズの口上にアンリエッタは心を打たれた。 「わかったわ…ルイズ、あなたは今でもわたくしの一番のお友達、 あなたがわたくしを信じてくれている限り、わたくしもあなたを信じ決して裏切らないことを始祖に誓いますわ…」 「姫様…」 ルイズとアンリエッタはひしと抱き合った。 謁見を終えたルイズがバージルを迎えに別室へと向かう。 ルイズがドアをあけると、部屋の中に『体調不良』で休んでいるはずの男が 優雅にティーカップ片手に足を組みながら本を読んでいる光景が目に入った。 「バージル、終わったわ、帰るわよ」 バージルはその言葉を聞くとテーブルにティーカップを置き、部屋を出た。 王城の廊下を二人で歩いているとルイズがバージルの横腹を肘でつつく。 「姫様があんたに『お体にお気をつけてくださいね』ですってよ」 「……ふん」 バージルはつまらなそうに鼻を鳴らすと横目でルイズを見ながら話しかける、 「ルイズ、なにか下らんことを言ったのではないだろうな?」 「何よ下らないことって、ただこれからも変わらず姫様に忠誠と『虚無』をささげるって誓っただけよ」 「それが下らんと言うのだ…」 呆れたように吐き捨てるバージルにルイズはキッとなって睨みつける。 「貴族が陛下に忠誠を誓うのは当然のことよ! 姫様も私が信じている限り決して裏切らないと始祖に誓ってくれたわ!」 ツンと胸を張って答えるルイズはなにやら書面を取り出した 「何だそれは」 「許可証よ、女王陛下公認のね、簡単にいえば女王の権利を行使する権利書ってところね、 あぁ…姫様はそれほど私を信頼してくださってるんだわ…私もそれに答える、姫様のためにね」 そう言いながら悦に入るルイズを見ると、バージルは小さくため息を吐いた。 「あ、そうそう、忘れるところだったわ、はいこれ」 ブルドンネ街に入ったところでルイズは思い出したかのようにバージルに何やら皮袋を手渡す、掌に収まる大きさだがなかなかに重量がある。 「…これは?」 「姫様からあんたにだって、タルブでの恩賞、ありがたく受け取っておきなさい」 「金と…宝石か、まぁいいだろう」 バージルが袋の中を確認するとコートのなかにしまい込む、彼にとっては地位よりも価値のあるものだ。 「あんたも姫様のご期待にちゃんと答えるのよ! 私の使い魔なんだから!」 「断る、俺はお前とは違ってあの女に忠誠を誓う気など毛頭ない。今回はたまたま利害が一致しただけだ」 やっぱりこいつをアンリエッタに合わせなくて正解だった、その言葉を聞きルイズは心底そう思った。 「何言ってるの!? ご主人様が生涯忠誠を誓う相手には使い魔も忠誠を誓うのは当然でしょ?」 「知らんな、俺は魔界に行く。いつまでもここに留まる気はない」 「口を開けば魔界魔界! 勝手に行けばいいじゃない!だれも残ってほしいなんて頼んでないわ」 ルイズはぷいっと顔をそらすとバージルより歩調を速めて歩き出した 「そうか、ではそうさせてもらおう」 バージルは事もなげに言う、まるでその言葉を待っていた、と言わんばかりだ。 「えっ!?」 その言葉が聞こえたのかルイズが立ち止まり振り返る、あまりにあっさりバージルがその言葉を受け入れたからだ。 「なっ…て…手がかりはあるの!? ないんでしょ? 行けないかもしれないじゃない…! そんな場所にどうやって行こうっていうのよ!?」 「手がかりならある」 バージルはそう言うとコートから一冊の本を取り出す、それは昨晩読んでいた本だ。 「な…なんの本?」 「『魔剣文書』。スパーダが封じた魔界への道が書かれている。この世界にもあるとは思わなかったが、 つい先日見つけた、この世界にも魔界への道が存在するのは確かだ」 「う…そ…」 「解読が終わればすぐにでもここを発つつもりだ、路銀もこの通りだ」 バージルはにべもなくそう言うと呆然と立ちすくむルイズの横を通り過ぎ、人込みをかき分け消えていった。 バージルは歩調を緩ませることなく人込みをかき分け歩いて行く。 城下は戦勝祝いで未だにお祭り騒ぎ、酔っぱらった一団がワインやエールの入った盃を掲げ 口々に乾杯! と叫んではカラにしている。 ルイズはバージルの口から出た言葉にしばし立ち尽くしていたが、バージルの姿がないことに気がつく、 長身で銀髪にロングコートという割と目立つ格好とは言え人ごみに紛れてしまい、まるで姿が見えない。 ルイズは慌てて駆けだした。 「いてぇな!」 勢いあまって、ルイズは男にぶつかってしまった。 どうやら傭兵崩れらしい、手には酒の壜をもって、それをぐびぐびラッパ飲みしている、 相当出来上がっているようだ。 ルイズはそれを無視し男の脇を通り抜けようとしたが、腕を掴まれた。 「待ちなよ、お嬢さん、人にぶつかって謝りもしねぇで通り抜けるって法はねぇ」 傍らの傭兵仲間らしき男が、ルイズの羽織ったマントに気がつき 「貴族じゃねぇか」と呟いた。 だが男は動じず、まだルイズの腕を強く握っている。 「今日はタルブの戦勝祝いのお祭りさ、無礼講だ! 貴族も兵隊も町人もねぇよ。 ほれ、貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに俺に一杯ついでくれ」 男はそう言うとワインの壜を突き出した。 「離しなさい! 無礼者!」 ルイズが叫ぶと男の顔が凶悪に歪んだ 「なんでぇ、俺にはつげねぇってか。おい! 誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたとおもってるんでぇ! 『聖女』でもてめぇら貴族でもねぇ! 俺達兵隊さ!」 男はそういうとルイズの髪をがしりと掴もうとしたその時 男の頭の上からワインがどぼどぼと浴びせられる。 いつの間にか男の後ろに立っていたバージルがワインの壜を奪い男の頭の上から浴びせかけていたのだった。 「ぶっ…なっ…なんだテメェ! なにしやがっ―」 男がそこまで言い切る間もなくバージルの手が男の首をガシリと掴み上へと持ち上げる。 首を掴まれ立つべき地面を失った男がジタバタともがく、がバージルの手はまるで万力のように男の首を締めあげた。 「あ…がっ…ごっ…」 「お…おい! てめぇ! 何しやがる! は…離しやがれ!」 締め上げられた男が顔を蒼白にしながら泡を吹き始め、それを見て慌てた傭兵仲間達がバージルを取り囲む。 バージルは首を掴んでいた手をパッと離し、男を地面に放り出す。 地面に放り出された男はビクビクと痙攣し口から泡を吐いている。 「お…おい…コイツはやばい…」 バージルの眼をみた傭兵の一人が顔を蒼くして呟く、 長年戦場を生き抜いてきた長年の勘が、いや、生命の本能部分が告げる。 ―この闇と戦ってはならない。 今まで味わったことのない濃厚な死の気配、この男は数多の死を振りまいてきた魔人だと直感する。 その恐怖は周囲を取り囲んだ傭兵達に伝染したのかじりじりと後ずさる。 「ひっ…ひぃいい…」 その中の一人が逃げ出すと傭兵達は気絶した男を無視し蜘蛛の子を散らすように逃げだした。 「………」 それを見送ったバージルは無言のままルイズの横を通り過ぎて行ってしまった。 ルイズはハッと我にかえるとバージルを追いかけコートの袖をぎゅっと握る、 離したら今度こそどこかに消えてしまいそうで不安になったからだ。 「その…ごめん…」 「何故謝る」 「………」 怒ってるのかな? そう考えたルイズはバージルの顔を覗き込む その横顔は、やはりというべきか、氷のように無表情だった。 引きずられるようにルイズは歩く。助けに来てくれたことはこれが初めてではない。 けれど来てくれたときは本当にうれしかった。冷たくされた分だけ気持ちは弾んだが、 それを悟られたくないと思ってしまうルイズだった。 気がつけばルイズはバージルの手を握っていた。バージル自身が握り返してくることはなかったが、 振り払いはしなかった。 ルイズはそんなバージルと歩くうちにだんだんと楽しくなり始めた。 街はお祭り騒ぎで華やかだし、楽しそうな見世物や珍しい品々を取りそろえた屋台や露店が通りを埋めている。 その中をバージルとルイズが手をつないで歩いて行く。バージルは相変わらず前のみを見て歩いているが、 ルイズは物珍しそうにあたりを見回していた。 もしこの場に彼の弟―ダンテがいたらなんと言うだろうか? 『オイオイ…俺は夢でも見てんのか? あのバージルが女と手をつないで歩いてるよ! どうりで妙な天気なわけだ…こりゃ空から女の子が降ってきそうだな!』 その言葉を皮切りに壮絶な兄弟喧嘩が幕を開けるだろう。 …それは置いておいて、辺りを見回していたルイズが「わぁっ」と叫んで立ち止まる 「……?」 バージルがルイズの見ている方向を見ると、そこには宝石商の露店があった。 建てられた羅紗の布に指輪やネックレスなんかが並べられている。 バージルが視線を感じ下を見るとルイズが頬を染め上目遣いでみつめていた。 「ねぇ…見てもいい?」 「好きにしろ」 ルイズは顔をぱぁっと輝かせるとバージルの手を引き露天へと近づく。 すると商人が客だと判断たのか、声をかける。 「おや! いらっしゃい! 見てください貴族のお嬢さん! 珍しい石を取り揃えましたよ。『錬金』なんかで作られたまがい物じゃございません!」 並んだ宝石は貴族がつけるにしては少々派手すぎて、お世辞にも趣味がいいとはいえないものだった。 ルイズはペンダントを手に取る、貝殻を彫って作られた真っ白なペンダント、 周りには大きな宝石がたくさん埋め込まれている。 しかしよく見ると少々ちゃちな作りである、宝石もあまり上質なものは使っていない、安物の水晶だろう。 でもルイズはそのペンダントが気に入ってしまったようだ。 バージルが目ざとくそのペンダントに張られている値札を見る、そこには小さく4エキューと書かれていた。 スッとバージルがルイズの横に出る、ルイズが少し驚いたようにバージルを見る。 するとバージルは一つのペンダントを手に取った。 それは珊瑚色の細長い石を包み込むように絡んだ一対の金の羽、そしてその上にもう一対、 広げた金の羽があしらわれたペンダント。 ルイズが手に取ったペンダントと比べると幾分おとなしめな装飾だがその分上品で洗練されている。 値札を見ると1エキューと小さく書かれていた。それを素早く外すと店主に1エキューを指ではじき飛ばす。 「これをくれ、金はこれでいいな?」 「へぇ、まいど」 「くれてやる、それで我慢しろ」 「えっ…えっ…? あ…」 バージルは突然の出来事に呆然とするルイズにポイとペンダントを放り投げると 人込みをかき分けさっさと歩いていってしまった。 ルイズはしばし呆気にとられていたが、思わず頬が緩んだ。 "あの"バージルが自分のために買ってくれた、それがとてもうれしかった、 ペンダントを愛おしそうになでると、ウキウキ気分で首に巻いた。 「お似合いですよ」と商人が愛想を言った。 バージルに見てもらいたい、そう思い人ごみの中のバージルの背中を追いかける、今度は見失わない。 一方そのころ、歩き去るバージルに一部始終を見ていた背中のデルフが声をかける。 「相棒…お前意外とケチだな…」 「………あの空気だと支払わせられるのは俺だ。出費と時間は最小限に抑えるに限る」 バージルの本音は人ごみの喧騒にまぎれ、消えていった。 前ページ次ページ蒼い使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3959.html
前ページ次ページプレデター・ハルケギニア アルビオン王国の王城、ハヴィランド宮殿のエントランスを歩く人影があった。 先頭の人物は長身に青い軍服、金色の短髪、面長な端正な顔に青い瞳。 そしてその立ち居振る舞いや雰囲気は高貴さを感じさせる。 「しかし、驚きました。まさかあの空賊が王子たちが扮するアルビオン軍だったとは」 「はは、情け無い限りさ。ああでもしないともう何も手に入らないんだ、子爵」 ワルドの言葉に先頭の人物は振り返らず答えた。ワルドの横にはどこか不安そうな面持ちのルイズが 寄り添うように歩いている。あの時、ルイズたちの貨物船を襲った空賊たちは何と、この金髪の若者、 つまりは皇太子ウェールズが率いる王軍だったのだ。 あの後、王軍への大使であると主張したルイズ達は空賊たちに拘束された。 そして空賊の頭に呼び出され詳しい事情を話すと頭の変装を脱ぎ捨てウェールズが現れたというわけだ。 「お帰りなさいませ、殿下!」 一行の前方から白髪の逞しい体躯の男が走るようにやってきた。 「パリー!喜べ、硫黄が大量に手に入ったぞ!」 「おお、それは素晴らしい!明日の戦で貴族派のやつらに一泡吹かせられますな!」 パリーと呼ばれた男とウェールズが抱き合って喜ぶ。 「明日の……戦?」 ルイズが呟くように言った。 「ああ、明日、貴族派はこの城に総攻撃を掛けると言ってきている」 「勝ち目は?」 ワルドがウェールズに問う。 「君ならわかるだろう、子爵」 ウェールズが苦笑いを浮かべる。王軍の戦力はわずかに300程、貴族派はその百倍を超える戦力を有している。 勝ち目は――無い。 「なに、最後の最後、派手に散ってやるさ。アルビオン王家の底力をやつらに見せ付けてやる」 ウェールズがどこか、遠くを見るような視線を浮かべながら言う。 ウェールズ達の会話を聞きながら、ルイズは戦慄していた。 ワルドと自分は大使としての用件を終えれば速やかに国に帰る。 しかしウェールズやパリーという重臣、そして残りの300余りの王軍は 明日の戦で間違いなく死ぬのだ。降伏もせずに百倍以上の戦力とぶつかればどうなるかは 戦に疎いルイズでも分かる。 それなのに、何故こんなにも笑っていられるのか。ウェールズの笑顔もパリーの笑顔も 眩しいほど明るい。 ―何故?何故そんなにも明るく笑い合えるの?― ルイズの脳裏はひたすら、何故という感情に埋め尽くされた。 「後武運を」 ワルドが小さく頭を下げて言った。 「ありがとう、子爵……さて、早速だが大使としての用件を聞かせてくれないか。 聞いての通り、もう時間が無いんだ」 ウェールズが笑いながら言う。ワルドが傍らのルイズを促すように見つめた。 「あ……は、はいウェールズ殿下!」 半ば呆けたような状態になっていたルイズがハッとした様子で答えた。 「ここでは何だ。僕の部屋へ行こう」 案内された部屋を見てルイズは驚いた。 ウェールズは先ほど確かに自分の部屋、そう言った。 しかし、目の前に広がる光景は一国の皇太子の部屋とはとても思えぬ物なのだ。 牢獄のごとくむき出しの岩壁、室内に置いてある物と言えば平民が使うような質素な 机、イス、ベッドぐらいのものだ。広さで言えば学院のルイズの部屋の半分も無いだろう。 ある意味、今の王軍の状態を象徴するような部屋だった。 「そんな顔をしないでくれ」 ウェールズが白い歯を見せながら苦笑いをして見せる。 「す、すいません!殿下」 「もうこんな部屋しか僕には残されていないんだ。まぁ、住めば都だよ」 相変わらずウェールズは笑っている。ルイズはそれを直視できずに俯いた。 「これが姫様からの密書です」 ルイズが白い便箋をウェールズに手渡す。 ウェールズは短く謝礼を述べるとその封を開け手紙を読み始めた。 やがて全ての文面を読み終えるとウェールズは机の引き出しから一つの便箋を取り出した。 その便箋に小さくキスをするとそれをルイズへと手渡す。 「彼女が探している物はその手紙だよ。それさえ手元にあればゲルマニア皇帝との婚姻 も何も心配いらない」 「あのウェールズ殿下……」 沈痛な面持ちでルイズが言う。 「なんだい?ミス・ヴァリエール」 「亡命なさいませ!トリステインに亡命なさいませ!きっと姫様からの手紙にもそう!」 叫ぶようなルイズの言葉にウェールズは横に首を振る。 「そんなことは一言も書かれていないよ」 「そんな、嘘です!失礼ながら先ほどのあなたの手紙を読む眼差しとキスで私は全てを理解してしまいました! 私は幼少のころより姫様を存じております!姫様ならきっと……」 不意にウェールズがルイズの肩に手を置いた。 「君は大使に向いていないな」 ウェールズが再び苦笑いを浮かべる。 「明日、僕等は確実に負けるだろう。ただこれは単なるアルビオン王国の内戦じゃない」 ルイズの肩に置かれた手に力がこもる。 「やつら貴族派は単にアルビオンの主権を手に入れたい訳じゃない。 やつらは我等を討ち果たした後は下界の国々の王権も滅ぼす気だ。 新しい世界を造ろうとしているんだよ」 ウェールズの瞳が真っ直ぐにルイズを見つめる。 「やつらに見せ付けてやるのさ。我々古くからの王族たちは安々とやられはしない、と。 アンリエッタもきっと分かってる。だから君も、分かってくれ……」 そう言い終えるとウェールズの手が肩から離れた。 「殿下……」 ルイズはどこか納得できない表情を浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。 ウェールズが掴んだ肩が、熱い。 この時、部屋の窓のあたりから獣が喉を鳴らすような音がしたがルイズもウェールズも気づくことは無かった。 その夜、ハヴィランド宮殿の大広間では盛大な大宴会が開かれていた。 テーブルには所狭しと豪華な料理が並び、いたるところで男達がグラスをぶつけ合い意味もなく乾杯を繰り返してる。 王軍の状況を考えれば正しく、最後の晩餐であった。しかし暗い顔をしている者は誰一人としていない。 みな笑っている。眩しいほどに。 そんな状況に遂にルイズは耐え切れなくなり走るように会場を去った。 用意された部屋のベッドに飛び込むとうつ伏せになりシーツを強く掴んだ。 「おかしいわ、あの人達。明日にはみんな死んじゃうのに…… どうして?どうして笑っていられるの?」 うつ伏せになりながら呟いていると、やがて涙が流れてきた。 「ルイズ」 すすり泣いていると不意にドアのほうから声がかかった。 ドアの前に立つ人物は――ワルドだ。 「ワルド……」 涙を拭きながらルイズがワルドを見る。ワルドは静かにベッドへと歩み寄り腰掛けると ルイズの頭を優しく抱き寄せた。 「辛かったね君には。でもねルイズ、僕には何となくわかるよ。彼等の気持ちは」 ワルドの逞しい手がルイズの頭を優しく撫でる。 ルイズはただ、ワルドの胸ですすり泣くだけだった。 「彼等は命を掛けて王族としての誇りを守ろうとしている。 命をかけて何かを守る覚悟があるなら、もう何も怖い物は無いんだ。 それが死であってもね」 「そしてそれは僕も同じさ」 ワルドの言葉にルイズが不思議そうにワルドの顔を見上げる。 「君を守りたい。命を、いや生涯を掛けてね」 ワルドが優しくルイズを見つめる。 「答えを聞かせてもらえないか。僕のかわいいルイズ……」 ワルドの優しい言葉にルイズの目から涙がさらに流れ落ちる。 「ワルド、あなたの求婚を……お受けします」 その言葉とともにワルドとルイズは強く抱き合った。 翌朝、ワルドとルイズは朝日の中、ある場所に向かって歩いていた。 城内に建てられている礼拝堂だ。二人はそこで簡単な結婚式を挙げるのだ。 不意にワルドがルイズの小さな手を握る。ルイズは一瞬ハッとした表情でワルドを見上げたが すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなルイズをワルドは優しく微笑みながら見つめていた。 礼拝堂へと歩く二人の男女。その手は固く握り合っていた。 礼拝堂の中でウェールズは一人ステンドグラスを見上げていた。 始祖プリミルが描かれた物だ。もっともその姿を描くことは恐れ多いとの事で その姿ははっきりしないシルエットのような物として描かれている。 ――人生の最後に二人の男女が結ばれる場に立ち会う、か―― 薄く笑いながら『悪くは無いか』、と心の中で呟いた。 彼はこれから司祭としてワルドとルイズの結婚を見届けるのだ。 『HAHAHAHAHAHAHAHA!!』 不意にどこからか野太い男の笑い声が響いた。 「誰だ!?」 ウェールズが咄嗟に身構えながら問う。 『We are death s messengers.Prepare yourself.』 今度は高めの男の声だ。王子としての十分な教育を受けてきたウェールズにして聞いたことも無い言語であった。 ウェールズが困惑した表情を浮かべていると突如、ステンドグラスが突き破られガラス片が飛び散った。 ワルドとルイズが礼拝堂の前に差し掛かった瞬間、ドアをブチ破り何かが飛び出してきた。 「きゃッ!?」 ルイズが悲鳴を上げる。そしてその前の地面に横たわるのは 司祭を務めるはずのウェールズその人であった。 「ウェールズ様!?」 「一体どうされました!?」 ワルドとルイズがウェールズに駆け寄る。 ウェールズがヨロヨロと立ち上がった。額からは血が流れ左腕がぶらんと垂れ下がっている。 どうやら完全に折れているようだ。 「貴族派め……悪魔に魂を売ったか!!!」 ウェールズがそう叫ぶと礼拝堂の入り口に青い電流が流れる。 そして現れた姿は―― 召喚せし者とされし者。ルイズと亜人、何日ぶりの再会であっただろうか。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8155.html
前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5601.html
前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 六話 窓から入り込む光に、一人の少女が目を覚ます。 燃えるような赤毛と紅玉のような瞳を持つ少女は、名前をキュルケという。 正式には、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。 魔法学院が存在するトリステインの隣国、ゲルマニアからの留学生だ。 あくびをかみ殺しながら起き上がったキュルケは、傍らでこちらを見上げている自らの使い魔へと挨拶する。 「おはよう、フレイム」 火竜山脈に生息するというその火トカゲは、喉を鳴らしてうめき声のような挨拶を返した。 ベッドの上で猫のようにのびをしたキュルケは、窓から青空を眺めて着替え始める。 その豊かな胸は、隣室のルイズと比較すれば、まさに大人と子供のようだ。 寮の部屋が隣り合っていることと同じく、彼女たちの実家も隣り合っている。 トリステインとゲルマニアという二国の国境線を挟んで尚、隣り合っていると表現してよいのであれば。 生活圏内が近いこと、そしてそれを分かつものが国境であること、二つの条件が重なった場合、両者の関係が良好であることは極々稀だ。 国の境目とは、戦の痕跡に他ならない。 侵略する側と侵略される側に分かれ、時に立場を入れ替える。 幾人もの死者を出し、その亡骸を踏み越えた結果が国の境目だ。 だが、今現在トリステインとゲルマニアの関係は険悪なものではない。 それはゲルマニアの留学生を、トリステインが受け入れていることからも明白だ。 無論、交流があるとはいえ他国は他国。 水面下での綱引きをしていないわけがないし、長年矛を交えた間柄がそう簡単に怨讐を乗り越えられるはずもない。 過去を忘れられるものもいれば、忘れられぬものもいる。 しかしキュルケはそのどちらでもない。 何故ならキュルケが生まれてから今まで、トリステインとゲルマニアは表立っての争いを起こしたことがないからだ。 ただし、キュルケとルイズの関係が良好なものであるかといえば、二人の関係は険悪であると断言できる。 少なくとも、表面上のやり取りを見ている限りは。 一部の例外を除いて、貴族とメイジが同意であるこの世界で、公爵家という非常に立場の強い貴族の家柄に生まれながら、一切の魔法を使うことの出来ないルイズ。 その劣等感を、耳障りの良い言い方をするのであれば、非常に効率的に刺激するキュルケ。 一年もの間その関係が継続している二者を指して、仲の良い二人、と表現する人間はいないだろう。 ルイズに関していえば、表面的な対応とその心情は合致している。 だがキュルケに関していえば、表面的な対応とその心情は同一の方向性ではなかった。 人間が生活する場と限定した場合、ある情報が伝わる速度は他のあらゆる情報よりも速く伝播する。 醜聞だ。 その醜聞の主役が、他者に知られたくないと思うことであればあるほど、それが広まる速度は上がる。 キュルケがトリステイン魔法学院の入学の際、初めてルイズを見たとき、キュルケはルイズの噂を知っていた。 それはもちろん醜聞であったが、キュルケは自らその類の噂話を集めていたわけではない。 元々、同時期に入学した生徒の大半が知っていた話だ。 噂だけで人を判断する愚かさを、キュルケは知っていた。 だからこそ、ルイズには多少の興味を持っていた。 噂では人となりは理解できない。 同学年生の初顔合わせ、自己紹介の中でルイズは魔法を使えないことを公表した。 メイジ以外の人間でも貴族になれるゲルマニアと違い、貴族絶対主義といえるトリステインの大貴族出身者が、そのトリステインの地で自らがメイジではないことを宣言する。 室内がざわつく中で、ルイズはさらに言う。 だが、自分はいずれ魔法を使えるようになる。 そのための努力は惜しまない、と。 キュルケはそこにルイズの強い誇りを見出した。 教室中から注がれる視線にも、全く表情を変えずに端座している。 そのとき唯一視線を動かしたのは、キュルケが隣り合う国の隣り合う地からきた留学生だと言ったときだけだった。 それからしばらくの間、キュルケとルイズの間で言葉や視線が交わされることはない。 ルイズは宣言の通り、努力を惜しまなかった。 入学してから三ヶ月ほどは、魔法理論をはじめとする座学のみの授業が続く。 ルイズはそこで驚くほどの優秀さを見せ、入学時の宣言で少し斜に構えていた同級生たちを驚かせる。 そのままの優秀さが発揮されていれば、ルイズはゼロと呼ばれることはなかっただろう。 しかし四ヶ月目に入り、授業に実技が加わったときから、ルイズの転落は始まる。 杖を構え、ルーンを唱え、杖を振る。 魔法を使うための一連の動作に加わる結果は、ルイズだけ常に変わらない。 レビテーションでも、ロックでも、フライでも、コモンといわれるもっとも単純な魔法。 メイジとして生まれついていれば使えないはずのない魔法。 その全てにおいて、ルイズは爆発という結果しか得られなかった。 実技が開始されて二週間ほど経った後、ルイズにゼロの二つ名が冠せられるようになる。 誰ともなく囁かれるゼロという単語に、流石のルイズも肩を落とすようになった。 だが隣室にすむキュルケは、ルイズの努力を知っている。 キュルケよりも先に明かりが消されることはなく、ともすればキュルケが起きたときから本をめくる音が聞こえた。 夜中にどこかへ出かけるという友人のタバサも、明け方に机へ向かうルイズの姿を何度も見かけたと言っていた。 ゼロという言葉は、ルイズの輝きを奪おうとしている。 一月前に比べ、わずかに落ちたルイズの肩。 キュルケの口が、艶然と持ち上げられた。 ……微熱が、火をつけてあげる。 「ルイズ」 と不躾にファーストネームを呼ぶ。 「何かしら、ミス・ツェルプストー」 礼儀正しく、だがわずかの棘を含んで、返事があった。 「先日発表された成績の順位では一位だったわね。おめでとう、ルイズ」 「ありがとう、ミス・ツェルプストー」 礼を口にしてはいるが、その表情は硬いままだ。 「でもあれには実技が含まれていないわね。ルイズ」 ルイズの肩が、わずかに動いた。 キュルケが視線をわずかに変える。 それは見下ろす角度。 見上げるルイズの眉根に、皺が刻まれる。 「何が言いたいのかしら、ミス・ツェルプストー」 「いいえ、別に何でもないわ。ルイズ」 ことさらに名前を呼ぶ。 ルイズはキュルケの真似をしているだけだ。 だがキュルケは意図を持ってそれをしている。 「ただ、またゼロなのかしらと思っただけよ。ルイズ」 キュルケの視線の先、ルイズの瞳に火がともされた。 それは怒りの炎。 「わざわざ他人の心配をするなんて、随分と余裕があるのね。ミス・ツェルプストー」 「仕方ないでしょう。ルイズ。だって私の魔法は爆発しないもの」 炎が、燃え上がる。 しかしルイズの口元が笑みを形作る。 「毎晩のように盛っているぐらい余裕ですものね。ミス・ツェルプストー」 思わぬ角度からの反撃に、キュルケがはたとまばたきをした。 それでもその余裕は崩れない。 「まぁあなたにはその相手もいないしね。ルイズ」 その一言に、ルイズの炎は頬へと燃え移った。 「関係ないでしょう! この色ぼけ女!!」 まず誉めて、そして貶して、突き落とし、その様をあざ笑う。 ある種基本的とも言える挑発の手法だ。 ことさらに名前を強調するのも効果的で、ルイズは見事にキュルケの術中にはまった。 罵り合い、というには片方の表情が余裕に過ぎるが、その応酬は教師が教室へ入るまで続く。 授業が始まり、ルイズはキュルケへ憎々しげな視線を送りながらも、授業へと集中する。 もう、肩は落ちていない。 その様子を見ながら、キュルケはどこか暖かい視線を送っていた。 不意に、隣の席から小さく短い言葉が投げつけられる。 「心配性」 空色の髪を持つ少女、キュルケが唯一同格の友人とするタバサの言葉に、キュルケは微笑みを返す。 タバサもまた、わずかに、ほんのわずかに口の端を持ち上げた。 ルイズとキュルケの喧嘩が日常になり、ルイズがキュルケをミス・ツェルプストーと呼ばなくなって数ヶ月後、使い魔召喚の儀式が行われる。 開始早々、風竜を呼び出した友人に触発され、気合いを込めて杖を振るう。 召喚の鏡から出てきたのは、微熱に相応しいサラマンダーだった。 風竜に比べれば流石に格は下がるが、キュルケを満足させるには十分だ。 契約の口づけを済ませ、フレイムと名付けたあと、キュルケの視線はルイズを探そうとする。 とはいえ、あえて探すと言うほどのこともない。 いつもの音がする方向へ、目を向ければいいだけのことだ。 だが、キュルケは視線の先で何が起こっているか認識した瞬間、強制的に思考を停止させられる。 その光景が、あまりにも衝撃的だったからだ。 ルイズが爆発の影響を考えて距離をとっていたため、鏡から突き出た足の全景を確認するのに全く苦労はなかった。 にもかかわらず、足から体全体の大きさを想像することもできない。 ルイズの様子を観察することも、タバサと目を合わせることもできない。 そして鏡が割れた後にあらわになる巨躯、契約の前に言葉を話すことで韻竜と判明したこと、キュルケはそれぞれにげんのうで強かに打たれたような衝撃を受けた。 当然のことではある。 韻竜はすでに絶滅したと一部で伝えられ、何よりもあれほど巨大な竜は見たことも聞いたこともない。 それを、あのルイズが召喚した。 その衝撃は軽い物ではない。 だが一方で、ルイズの努力に見合っただけの使い魔ではないのか、という奇妙な得心も存在した。 ……ルイズは私の祝福を素直に受けてくれるだろうか。 ひな鳥の旅立ちを見送るような寂寥を感じ、キュルケはどう声をかけようかと考えていた。 心のどこかで叶わぬ夢と知りながら、キュルケは巨大な韻竜との契約を済ませたルイズへと歩み出そうとする。 「ミスタ・コルベール!!」 その歩みを止めたのはオールド・オスマン。 そして祝福をさせなかったのはミスタ・コルベールだった。 「みなさん、それでは学院へ戻ります。使い魔とはぐれないように気をつけてください」 ルイズへと近づくオールド・オスマンを眺め、キュルケは漠然とした不安を感じつつも、フレイムを抱き学院へと飛び去る。 学院へ戻り、夕食を取り、それでもなおルイズは寮へは戻らない。 同時刻、黒髪のメイドがしていたように、キュルケもまたルイズを心配していた。 しかし主を心配するフレイムの様子に、キュルケは憂いを消し去る。 そう、契約はすでになされていたのだ。 それらを独り言のようにフレイムに聞かせ、キュルケは服を着替えてベッドにその身を横たえる。 ルイズへの祝福の言葉を考えながら。 隣り合った二つの扉が、ほぼ同時に開いた。 まず扉から出てきたのは、二人の少女。 キュルケはルイズの姿を見つけて微笑み、ルイズはキュルケの顔を見るならその表情をゆがめる。 二人が顔を合わせるたびに繰り返す、儀式のようなものだ。 だがルイズは気付かない。 キュルケの微笑みが普段と違うことに。 その笑顔の裏にあるのは純粋な好意だ。 もしキュルケが素直に今までのことを謝罪するような性格であれば、二人はその場で友人になることができただろう。 実際の結果はそこまで幸せな結末にはならなかったが。 口火を切ったのはキュルケだった。 「おはよう、ルイズ」 「……おはよう、キュルケ」 「昨日はすごい使い魔を呼び出したのね。ブラムドって言ったっけ?」 そこまでキュルケが口に出した瞬間、ルイズの部屋から銀髪の女性が姿を見せる。 予期せぬ人物に、キュルケの言葉が止められる。 ルイズに視線を投げるも、紹介しようという気配は見られなかった。 であれば、挨拶をするのが貴族の礼儀だ。 「初めまして、私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。親しい者はキュルケと呼びますわ。よろしければミス、お名前を教えてくださいますか?」 挨拶をしながら、キュルケの視線は頭の先から下方へと動いていく。 ……銀の髪。こんな髪の人は見たことがない。 ……青い瞳。どこかで見かけたような気もする。 ……身に付けているローブは見たことがある。でも着ていたのはこの人じゃない。 ……胸は、勝ったわね。 わずかに微笑んだキュルケに、銀髪の女性が挨拶を返す。 「丁寧な挨拶いたみいる。ここの貴族たちは随分と長い名前を持つ者なのだな。我が名はブラムド。まだ親しいとは言えんが、我はお前をキュルケと呼ぼう」 「こんな女に挨拶することはないわ」 ブラムドの挨拶に続くように、ルイズが吐き捨てるように呟く。 しかし、その言葉に反応したのはキュルケではなかった。 「ルイズ、礼には礼を以て返すのが当然ではないか」 「そ、それはそうかもしれないけど……」 そんなブラムドとルイズのやりとりを、キュルケは聞いていなかった。 「……ブラムド? 昨日の?」 思わず指差しながらいうキュルケに、ルイズは小さくため息をつきながら口を開く。 「朝食の時に、オールド・オスマンが説明してくれるわ」 そう言い捨て、ルイズは食堂へと向かう。 「ま、待ちなさいよ」 言いながら急いで追いかけようとしたキュルケに、ルイズがその背後を指差しながら言った。 「使い魔が遅れてるわよ」 ルイズの言葉に振り向いたキュルケは、ゆっくりと歩み寄るフレイムの姿を確かめる。 大分背の高さが違う二人のメイジだったが、流石に四つ足で歩くフレイムとは比べものにならない。 ルイズを追いかけるためにフレイムを抱きかかえようとしたキュルケだったが、狭い寮内でフライを使うわけにもいかず、食堂へと向かうルイズとブラムドの後ろ姿を見送る他はなかった。 前ページ次ページゼロの氷竜
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2494.html
前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 「アンジェ、あのステアー何とかっていう鉄砲あったでしょ? あれだして」 ルイズは部屋に戻るなりアンジェリカに向かってそう言った。 「ルイズさん、弾がありませんよ?」 ステアーAUGの入ったヴィオラのケースを出しながらアンジェリカはそう言う。 「弾ならこの間買ってきたじゃない。ほら、デルフリンガーだっけ? あれと一緒に買ったわよ」 ルイズはアンジェリカに以前武器屋で購入した弾と火薬を手渡した。だがアンジェリカはそれを見て首を傾げる。 「これは使えませんよ?」 アンジェリカはルイズに弾と火薬を突き返した。 「え? でも鉄砲の弾ってこれじゃないの?」 ではどのような弾が必要かとルイズはアンジェリカに尋ねる。 「薬莢に入ってるやつです。ルイズさん、知らないのですか?」 「薬莢?」 ルイズはアンジェリカの言っている単語の意味が理解できないでいた。 「ねえ、どんなのがいいの? 見せて頂戴」 ルイズの問いにアンジェリカは困ったような顔を見せる。それもその筈、AUGの弾は全て撃ちつくし、薬莢もすべて捨ててしまったからだ。 どうしよかとしばらく悩むアンジェリカ。だが彼女はあることを思い出した。 「ルイズさん。M16はありますか?」 ルイズはアンジェリカに言われるままにM16を手渡す。 M16を受け取ったアンジェリカはマガジンを取り外すと弾を一発取り出しルイズに渡した。 「AUGの弾はこんな感じです」 ルイズは物珍しくそれを繁々と眺めた。 「アンジェ、これを使えばいいじゃないの?」 オスマンもこの鉄砲……M16を使っていいといっていたことを思い出し、ルイズはさも当然のごとくそう言ったのだ。 「ルイズさん、規格がちょっと違うので……使えないこともないと思いますけど、暴発したりジャムったりするかもしれません」 アンジェリカの言ってることがよく分からないルイズ。 「ジャムとか何か知らないけど使えないならそれを使えばいいじゃない」 M16を指差すルイズだが何やらアンジェリカの顔が浮かないようだ。 どうしたのかと声をかけようとしたがドアをノックする音に遮られる。 「ルイズ、そろそろ行きましょう」 キュルケがドアの外から呼んでいる。 「アンジェ、いいからそれ持って行きましょう」 ルイズはアンジェリカの手を引いてドアを開いた。 「ルイズさん、何処に行くのですか?」 アンジェリカの問いを聞いたキュルケは少し呆れる。 「ルイズ、説明してなかったの?」 ルイズはムッとしながらもアンジェリカにフーケの捜索に行くと伝えた。 Zero ed una bambola ゼロと人形 ロングビルは馬車の前でルイズたちを待っていた。しばらく待っていると彼女達の姿が見えてきたが一人見知らぬ女の子を連れているのが目に付いた。 「ミス・ヴァリエール。その子は?」 わからなければ本人に聞いてみるのがいいとロングビルはルイズに尋ねる。 「この子は私の使い魔のアンジェリカです。アンジェ、挨拶なさい」 ルイズに言われてアンジェリカは小さく頭を下げた。 「始めまして。アンジェリカです」 使い魔というルイズの言葉に少し驚きはしたが、すぐにアンジェリカが噂になっていた平民の使い魔だと思い出した。 「ええ始めまして。わたくしはロングビルです。この学院長の秘書をしています」 ロングビルは頬を少し緩めアンジェリカの頭を優しくなでた。 「そろそろ行きません?」 キュルケがルイズたちを急かす。 「そうですね。ところでミス・ヴァリエール。まさかこの子を連れて行くつもりですか?」 馬車に乗り込もうとしていたルイズは答える。 「もちろんそのつもりですけど…どうかしましたか?」 ルイズの返答にロングビルは眉をひそめる。 「相手はあのフーケですよ? 危険な任務に連れて行くなんて…」 ロングビルはアンジェリカを置いていくことを薦めた。 「大丈夫ですよ。それに何かあってもオールド・オスマンが貸してくれた鉄砲がありますし…」 そういってルイズはM16を掲げた。それを見たロングビルは息を呑む。何せ彼女が盗もうとして盗めなかったものの一つだったからだ。 「では仕方がありませんね。なるべく危険が及ばないように努力しましょう」 内心しめたものと思いながらアンジェリカの同行を許可したロングビル。三人が馬車に乗り込んだのを確認してから馬車の手綱を取った。 目的地までの道中ルイズたちはロングビルを含め雑談に興じる。 しかしアンジェリカは始終黙っていたままだった。 ルイズはそんなアンジェリカの様子にようやく気付いた。 「アンジェ、調子悪いの?」 ルイズはアンジェリカの顔を覗き込む。 「いえ…大丈夫です」 いつもと変わらない調子で言葉を返した。 「ミス・ロングビル。後どれくらいで着きますか?」 ロングビルは前を向いたままルイズに答える。 「もうすぐです」 馬車は鬱蒼とした森に入って行く。辺りは昼間だというのに薄暗く気味が悪い。 唐突にロングビルは馬車を止めた。 「あら? 目的地はまだでしょ」 キュルケはロングビルに聞く。 「ええ。ここからもう少し行った先に廃屋があります。ここからは徒歩で行きましょう」 一向は少し先にある廃屋を目指して歩いて行く。三人は先に廃屋を目視できるところに着いたのだがアンジェリカが少し遅れている。 「アンジェリカさん、大丈夫ですか?」 少しふらつきながらも追いついたアンジェリカだったが顔色が悪い。 「アンジェちゃん大丈夫? 馬車に酔ったのかしらね」 キュルケはアンジェリカを木の根元に座らせる。 「ミス・ロングビル。あの廃屋にフーケがいるのですか?」 ルイズはアンジェリカに構うことなくロングビルに情報を再確認する。 「ええ、あの廃屋に逃げ込んだということです」 ロングビルの言葉を聞いたルイズは手に持つ杖に力が入る。 「あの廃屋に行ってフーケを捕まえてきます」 ルイズはそう言葉を残すと廃屋へ走っていった。 「ちょっとルイズ! 待ちなさい! あ、ミス・ロングビル、アンジェちゃんを頼みますわ」 キュルケもルイズを追って行き、その場にアンジェリカとロングビルが取り残された。 本来ならロングビルはルイズたちを追うべきなのだが彼女の正体は土くれのフーケ。願ってもいないチャンスだった。ロングビル、いや土くれのフーケは笑みを浮かべる。 「アンジェリカさん。その鉄砲…M16だったかしら? 見せてもらえない?」 フーケは本心を悟られぬよう笑顔をアンジェリカに向ける。 そしてアンジェリカはそれを虚ろな目で見詰めた。 Episodio 24 Alle profondita della foresta… 森の奥へ… Intermissione 学院長室ではオスマンとコルベールが一人の生徒を待っていた。 コンコンというノックの音と共にタバサが部屋に入ってくる。 「おお、待っておったぞ。君に頼みがあるのじゃがいいかね?」 オスマンの問いにタバサは小さく口を開く。 「内容次第」 オスマンは話を続ける。 「先ほど土くれのフーケ捜索隊が出発した。メンバーは誰か知っておるかね?」 タバサは首を横に振る。 「メンバーはミス・ヴァリエールとその使い魔。そしてミス・ツエルプストーじゃ。ミス・ロングビルも一緒に行っておる」 名前を聞いたタバサの表情が険しくなる。 「それでじゃな、君の使い魔に乗って上空から彼女達を見守っていて欲しいんじゃ」 タバサには当然のことながら疑問に思う。 「何故?」 タバサの問いにはコルベールが答える。 「すまないが理由は教えられない」 タバサの顔がさらに険しくなった。 「もし彼女達が危なくなったら助けて欲しい」 理由もいわず虫のよい話だとコルベールは思う。 「わかった」 だがタバサはこの話を受け入れ部屋を後にしようとするのだ。オスマンはタバサの背中に向かって声をかける。 「スマンのう。報酬についてだが…」 「いらない」 オスマンの言葉を遮りタバサは言葉を吐き捨て、乱暴に扉を開けて部屋を出て行った。 「彼女には面倒をかけるのぅ」 「ええ、彼女の母親が大変なのに…」 オスマンとコルベールは呟いた。 「わしら大人は無力なものじゃな…」 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形