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SS自作スレまとめ とある悪魔の真実告知(ビリーブストーリー) 【本文】 虚章 『闇の魔王は裏舞台で笑う Skill_And_Magic』(未編集) 序章(未編集) 第一章 『若人達は青春を駆ける He_and_Her_father』(未編集) 【初出】 2009/02/19 SSスレPart4で連載を開始 拠点をブログに移転、スレでの連載は打ち切りとなった 【著者】 34 (4-441 トリップなし) 【含有】 独自設定 オリジナルキャラあり 【あらすじ】 【解説】 とある天使の灰姫遊戯(シンデレラストーリー)を下地に書かれた小説。 SSスレPart4 613で34氏本人が灰姫遊戯の作者とは別であると明言。三次創作ということになる。 SSスレPart4 664で34氏本人が、スレでの連載を終了し、本人のブログにて続きの執筆を宣言。34氏のブログURLについては、タイトル名でgoogle検索。
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あの戦いから半年が過ぎた。 ゼストは独房の中で、レジアス・ゲイズと面会したらしい。その時、どんな会話がなされたのか、公式記録には残っていない。ただその数日後、満足したようにゼストは息を引き取った。 ルーテシアは、無事意識を取り戻した母親と共に、別の次元世界で穏やかな日々を送っている。ルーテシアの性格は、原形をとどめていないほど明るくなった。その話を聞くたび、昌浩の胸はきりきりと痛む。 ナンバーズたちの更生も進んでいる。スカリエッティとナンバーズの一部は更生の意思を示さず収監されているが、大半は更生プログラムを終えて出所した。 チンク、ウェンディ、ディエチ、ノーヴェの四名はスバル・ナカジマの父親が引き取り、これでノーヴェとスバルは名実共に姉妹となった。出所した他のメンバーは聖王教会に預けられている。 ヴィヴィオは、なのはが正式に養子とし、高町ヴィヴィオとして幸せに暮らしている。 機動六課は任期満了して解散となり、メンバーはそれぞれの道を歩き始めた。ちなみにスバルは休みの日になると、太裳のところに通信を送ってくる。その日を太裳は一日千秋の思いで待ちわびている。 昌浩が中学二年の春休みに入った頃、なのはとフェイトとヴィヴィオ、はやてと守護騎士一同が昌浩の家を訪れた。 「その節はお世話になりました」 晴明と昌浩を前に、はやてたちは心からの感謝を述べる。スカリエッティ逮捕後のごたごたで、直接顔を合わせるのは、あの戦い以来だ。 ヴィヴィオの面倒は、いつも通り太陰と玄武に任せている。 「うー。昌浩さんを見ると、あの時の筋肉痛を思い出してしまいます」 「俺もだよ」 リインと昌浩は遠い目で腕をさする。あの戦いで無茶をし過ぎて、二人とも筋肉痛で一週間動けなかったのだ。昌浩の怪我の治癒には、さらに半月かかった。おかげで昌浩は、夏休みを大幅に延長する羽目になった。 ちなみに天一も昌浩とほぼ同時期に回復を果たしている。 半分近く残っていた夏休みの宿題は、六課のメンバーが総出でやってくれた。それが昌浩個人に支払われた報酬だが、少し割に合わないとは思ったのは内緒だ。 「よく勝てたよね、私たち」 「うん。もう一度やれって言われても、たぶん無理」 なのはとフェイトが顔を見合わせて苦笑する。ルーテシアとアギトの協力がなければ、絶対に負けていた。それぐらいギリギリの勝負だった。 「あの時は、昌浩君にみっともないところ見られたな」 泣き顔を見られるなど、はやて、一生の不覚だ。 「いや、あれは俺が悪いんだよ、はやて姉ちゃん」 「うーん。やっぱり姉ちゃんは照れ臭いな。はやてでええよ」 「わかりました。はやてさん」 「さんもいらん。家族に遠慮は無用やよ」 「わかりました、はやて。じゃあ、俺も呼び捨てでいいです」 「了解や。昌浩」 はやてがウインクし、昌浩も笑顔を返す。 「粗茶ですが」 扉を開けて、白いワイシャツにパンツルックの長身の女性が入ってくる。女性ははやてたちの前に淡々と湯飲みを置いていく。 「おい、もう少し愛想良くしろ」 「こうか? 難しいな」 もっくんに注意され、女性はひきつった笑みを浮かべる。後ろでは、菓子を持った長い髪の女性が控えている。 「はやて。お前らに一言言ってやりたいんだが」 「なんや、もっくん」 「どうして俺が、こいつら三人の保護責任者をやらねばならんのだ!」 もっくんが机に置いた書類をばしばし叩く。保護責任者欄には、はっきり十二神将、騰蛇と記載されている。 茶を持ってきたのはトーレで、菓子を持ってきたのはセッテだった。 「つれないこと言わないで下さいよ、師匠」 さらにアギトがもっくんの背に乗っている。 トーレは騰蛇との決着をつけるためにここに来た。ついでにトーレを尊敬しているセッテも、一緒についてきた。 収監されているスカリエッティ、ウーノ、ドゥーエ、クアットロたちには悪いと思っているが、トーレたちは新しい目標を見つけてしまったのだ。 スカリエッティは更生したナンバーズを裏切り者と罵りながらも、新たな道を歩んでいることに、心のどこかで喜んでいるようだった。 「本人たちの強い希望なんやから、しゃあないやん。もっくん、自分の発言には責任持たなかんよ」 もっくんの己の軽口を後悔する。もう一度挑戦して来いなんて言うんじゃなかった。好きにしろなんて言うんじゃなかった。 「モテモテだな、騰蛇」 「勾、からかう為だけに出てくるな!」 突然顕現して笑いを堪える勾陣を、もっくんが怒鳴る。 「ところで、昌浩。管理局入り、考えてくれたか?」 「はい。やっぱり俺、高校までは、こっちで陰陽師の修行を続けます」 「そっか。まあ、当面、やばい事件はなさそうやし、好きにしたらええ。ただし、今から入ってきても、一般隊員や。こき使ったるから、覚悟しとき」 「はい、はやて」 「…………」 なのはが部屋の片隅をじっと見つめる。晴明につき従っていた青龍が不機嫌な顔で顕現した。 「何か用か?」 「こんにちは、宵藍(しょうらん)さん」 「晴明!」 青龍が激昂する。それは先代の晴明が、青龍に与えたもう一つの名だった。気性の激しい青龍が穏やかになるよう、願いの込められた名前。その名を呼べるのは、今の晴明だけだ。 「仕方なかろう。わし一人が言っても効果がないんじゃから。一人より二人じゃ」 「晴明さんから宵藍の名前を聞きだしたんだから、私の一勝でいいよね。これで通算一勝一敗三分け。次で決着だね」 なのはが満面の笑みで言う。 「今のを勝負と誰が認めるか。戦績は貴様の一分け三敗だ」 「最初の二戦、私、負けてないもん」 「なのは……どれだけ負けず嫌いなの?」 戦績でもめるなのはと青龍を、フェイトが呆れたように眺めていた。 一通り近況報告を済ませ、雑談に興が乗りだした頃、はやてが時計を見ながら言った。 「どれ、そろそろお暇しようか」 「え、もう?」 「事件は山積みなんよ。今度の休暇には、ゆっくりさせてもらうからな」 「彩輝。その時は、また手合わせ願おう」 シグナムが六合に告げる。六合が無言で首肯する。 「ザフィーラ。今度は酒に付き合ってもらうからな」 「心得た。騰蛇よ」 「もっくん、アギトたちのことお願いね?」 「…………」 フェイトに頼まれ、もっくんは苦虫をかみつぶしたような表情になる。放り出してしまいたいが、それができる性格でもない。当分は三人の面倒をみる生活が続くのだろう。 「晴明さんも体に気をつけて下さいね」 「シャマル殿、心遣い痛み入る」 「またね、宵藍さん」 「二度と来るな!」 笑顔のなのはに言い放つと、青龍は隠形してしまう。 「またね、玄武、太陰」 「うむ。ヴィヴィオも元気で」 「はいはい、またね」 子ども三人が別れの挨拶をする。玄武と太陰はヴィヴィオの一番の友達だった。 「またな。昌浩」 「うん。またね、ヴィータ」 昌浩とヴィータが笑顔で手を振り合う。 みんなの姿が道の向こうに消えるまで、昌浩は手を振り続けた。 帰り道の途中で、はやてが口を開いた。なのは、フェイト、ヴィヴィオは、別行動を取っている。 「なあ、ヴィータ。お願いがあるんやけど」 「なんだよ、はやて?」 「もしよかったら、昌浩、くれへんかな?」 「へっ?」 ヴィータだけでなく、守護騎士全員が凍りつく。 「いやー。年下に興味なかったんやけど、姉ちゃんって呼ばれたら、胸がこう、きゅんってなってな。イチコロやったわ」 「は、はやて?」 「あ、別に私、愛人でも全然構へんよ。もちろんその逆で、ヴィータが愛人でもOKやからな」 ヴィータは頭が真っ白になっていた。 はやては腕時計に目を落とすと足を速める。 「おっと、時間がやばいな。みんな走るで」 「は、はやて~」 泣きそうな声を上げながら、ヴィータがはやてを追いかける。 「ははっ。主はやては冗談がきつい」 「まったくだ」 「もう、はやてちゃんったら」 「あはは。そうですね」 残された四人が乾いた笑いを上げる。守護騎士と主で三角関係など、修羅場過ぎる。あれははやての冗談だ。四人は精神衛生上、そう思い込むことにした。 終 目次へ
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読み まほうしょうじょりりかるなのは 正式名称 別名 和了り飜 9飜(門前のみ) 牌例 解説 魔法をかけて 立直必須で8の牌で和了すると成立。 どうやって魔法をかけるのかは不明。 成分分析 魔法少女リリカルなのはの97%は白い何かで出来ています。魔法少女リリカルなのはの2%は黒インクで出来ています。魔法少女リリカルなのはの1%はビタミンで出来ています。 下位役 上位役 参照 魔法少女まどか☆マギカ 複合の制限 採用状況
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留置場で、アギトは一人うずくまっていた。こうしていると、脳裏にゼストの死に様がまざまざとよみがえってくる。 かすかな羽音に耳を澄ますと、画鋲に羽が生えたような虫が空を舞っていた。ルーテシアの召喚虫インゼクトだ。 「よお、ルール―。もう知ってると思うけど、旦那が殺されたよ。あの変態医師の一味に」 アギトは力なくインゼクトに話しかける。 「私は旦那の敵を討つよ」 インゼクトが動揺するように揺れた。 「別にルールーに手伝って欲しいなんて言わないよ。私らと違って、あいつらと仲良かったしな。ただ邪魔はしないで欲しい。約束するよ。仇を討ったら、絶対にルールーのところに帰る。ルールーのお母さんについても、助けてもらえるよう交渉するから」 インゼクトは逡巡するように天井をさまよっていたが、やがて留置場の外へ出て行こうとする。 「待った」 それをアギトは呼び止めた。 「ルールーのデバイス、アスクレピオスもしばらく使わないで欲しい。変態医師の作品だからな。どんな仕掛けが施されてるかわかったもんじゃない」 インゼクトは頷くように一度上下すると、留置場から去っていった。後にはうずくまったままのアギトが一人残された。 六課隊舎の広めの部屋で、フォワード隊員と聖闘士たちが、一緒に朝食を取っていた。スバルとエリオが見た目に似合わず大食感なので、食卓には料理が山盛りに盛られている。ちなみに今回も出前だ。 賑やかに食事が進む中、氷河は一人黙々と食事を終えると、早々に席を立ってしまう。 そんな氷河の背を、キャロは視線で追った。 「どうかしたか?」 口いっぱいに料理を頬張った星矢が訊いてきた。 「いえ、氷河さんってクールって言うか、ちょっととっつきづらい人だなと思って」 明るい星矢に、誠実な紫龍、優しい瞬と比べると、氷河は不愛想だった。時折、険呑な気配を漂わせているので、話しかけることもままならない。 「それはしょうがないな。氷河の師匠は、アクエリアスの黄金聖闘士だったんだ」 十二宮の戦いで、氷河に凍技の極意を教えて、アクエリアスのカミュは散っていった。その心の傷も癒えぬうちに、師匠の聖衣が盗まれ、悪事に利用されている。氷河としては、一刻も早く取り戻しに行きたいのだろう。 「その気持ちは俺も同じだ。老師のライブラの聖衣が悪人に使われているなど、我慢ならん」 紫龍の発言に、星矢と瞬が同意するように頷く。命を賭して戦った黄金聖闘士たちを汚されているようで腹立たしい。青銅聖闘士の気持ちは多少の差こそあれ、皆同じだった。 氷河が扉を開けて出ていこうとすると、飛び込んできた小さな影とぶつかった。見下ろすと、赤と緑のオッドアイの少女が、泣きそうな顔で尻もちをついていた。 「ふえ……」 転んだからではなく、氷河に怯えているようだった。そこまで怖い顔をしていたかと、氷河は反省した。 「ヴィヴィオ!」 フェイトが血相を変えてやってきて、ヴィヴィオを抱き上げる。襲撃事件からこっち、病院で昏睡状態が続いていると聞いて心配していたのだ。 「よかった。元気になったんだね」 「フェイトママ~」 ヴィヴィオは泣きながら、フェイトの首筋にしがみつく。 「……氷河」 「すまない。少し気が立っていたようだ」 フェイトの咎めるような視線に、氷河は素直に謝る。 「心配しなくていい。別に君に怒っていたわけじゃない」 氷河はしゃがみ、目線の高さをヴィヴィオと合わせる。 「ホント?」 フェイトの後ろに隠れながら、ヴィヴィオがおずおずと氷河の顔色をうかがう。 「ああ」 氷河が優しく笑いかけると、ヴィヴィオはわずかに警戒を解く。これでもシベリアの修行時代は、近くの村の子どもに慕われていたものだ。子供の扱いには慣れている。 「ヴィヴィオ、どうかしたの?」 「なのはママ!」 ヴィヴィオは、とてとてとなのはの元へ走り寄っていく。 「マーマ? 君にはマーマが二人いるのか?」 氷河は、フェイトとなのはを交互に見た。 「ヴィヴィオは、私となのはで預かっているんです」 氷河はそれだけでおおよその事情を察した。 「ヴィヴィオは、マーマたちのことは好きか?」 「うん。なのはママもフェイトママも大好き」 「そうか。君は幸せだな」 「お兄さんのママは?」 「遠い所に行ってしまって、もう会えないんだ」 極寒の海に沈んだ船の中で、花に囲まれて眠る美しい母の姿を、氷河は思い出す。今では船は更に海底深くに沈んでしまい、もう会うことはできない。 「そんな……」 涙ぐむヴィヴィオを、氷河がなでてやる。 「優しい子だな。悲しむことはない。マーマとの思い出は、いつも俺の中にある」 ヴィヴィオが首を傾げる。難しくて、よくわからなかったらしい。 「ヴィヴィオ。もしもの時は、君が二人のマーマを守ってやるんだぞ」 「うん。がんばる」 「……あまり変なこと吹き込まないでくれますか?」 フェイトとなのはが微妙に引きつった顔で、ヴィヴィオを氷河から遠ざけた。 「そろそろどいてもらえるかな。中に入れないんだが」 「シグナム」 フェイトと氷河が扉の前から離れると、シグナムとシャーリーが室内に入ってくる。ヴィヴィオを病院から連れてきたのはシグナムだった。 入院している間も、ヴィヴィオは厳重に警護されていたが、手元に置いておいた方が守りやすい。単純に、目覚めたヴィヴィオが母親を恋しがったからでもあるが。 その頃には、皆、食事を終え、シグナムたちの周りに集まっていた。 「私の名はシグナム。ライトニング分隊の副隊長をしている」 シグナムは室内に入ると、聖闘士たちに挨拶をする。 「……そうだな。ヴィータと同じ存在と言えば、わかってもらえるかな?」 聖闘士たちの間に、妙に納得したような空気が流れる。シグナムも魔法で若返っているのだと、彼らは誤解した。 「…………今、何か失礼なことを考えなかったか?」 「気のせいじゃないか?」 誤解させた張本人であるヴィータが、しらばっくれる。 シグナムは腑に落ちない表情をしたが、気持ちを切り替えて聖闘士たちに向き直る。 「できれば、一度手合わせ願いたいな」 「それはお勧めしないな。こいつら、女相手だと本気出さねぇんだ」 ヴィータが不満げに言った。 聖闘士たちは女が相手だと、明かに攻撃が手緩くなる。最初は魔導師相手に手加減しているのかと思ったが、エリオを相手にした時はしっかり戦っていたので、間違いないだろう。真剣勝負を望むシグナムの期待には、応えられない。 こんな具合でナンバーズと戦えるのかと、ヴィータは一抹の不安を感じていた。 「ほう」 「なんだ。てっきり怒るかと思ったのに」 意外にも、シグナムは好意的な眼差しを聖闘士たちに向けている。 「もし部下や、力のない者が、そんなことを言おうものなら殴っていたがな」 シグナムは古風な人間だ。時空管理局に所属してからというもの、実力や正義感はあっても、誇りや信念を持つ魔導師が少ないことに、内心で嘆いていたのだ。 他人からは無意味なこだわりに思えても、それが力になる時があるのを、シグナムは知っている。 「そして、私がリインフォースⅡです」 「うおっ!?」 シグナムの背後から顔を出した手の平サイズの少女に、星矢たちは一様に驚きの声を上げた。 「へぇ~。こっちは竜だけじゃなく、妖精までいるのか。何でもありだな」 訓練中に見せられたフリードとヴォルテールの映像を思い出し、星矢が感心する。妖精というのも誤解なのだが、星矢の呟きが聞こえた者は誰もおらず、訂正されることはなかった。 「シャーリーは、もう怪我はいいの?」 フェイトが額に包帯を巻いたままのシャーリーを気遣う。 「皆さんのことを考えらたら、寝てなんていられません。少しでもお役に立てればと、こんな物を用意しました」 シャーリーは持っていたトランクの中身を開けて見せる。中には人数分の腕時計が入っていた。 「これって、ストラーダですよね?」 腕時計を手に取ったエリオが首を傾げた。エリオのデバイス、ストラーダの待機フォルムと同じ形をしている。 「はい。簡易量産型ストラーダです。形態変化機能と、人格をオミット。単一魔法の使用のみに特化した形態になっています」 「ソニックムーブや。ただし、安全装置のついとらん旧式やけどな」 はやてが人差指を立てて説明を引き継ぐ。 「安全装置? 旧式?」 「これは一応秘密なんやけど、ほとんどの魔法には、安全装置がついとる」 ソニックムーブは瞬間的に高速移動を可能にする魔法だが、安全装置を解除することで、使用時間と速度を大幅に向上させることができる。 「簡単に言えば、誰でも使えるリミットブレイクみたいなもんや」 「光速には遠く及びませんが、ないよりはましだと思います。ただし、なのはさんのリミットブレイク同様、負荷は比較にならないほど強烈です」 シャーリーは深刻な様子で言った。 おそらく使用は、合計で一時間が限度。それでも負荷が完全に癒えるには、一切の魔法を使用禁止にして、数カ月は療養しないとならないだろう。 魔法文明黎明期、魔導師たちは魔法の性能向上に邁進していた。肉体や魔力の源リンカーコアに、どれだけの負担がかかるかも知らずに。 己の限界も顧みず、無思慮に強力な魔法を使い続けた結果、重篤な後遺症を残す者、再起不能になる者が続出した。当時の時空管理局が規制をかけ、肉体に負担がかからないよう安全装置が設けられてからは、自然と消えて行った大昔の魔法だ。 「技術者として、本当はこんな危険な物を使わせたくないんですが……」 肉体にかかる負担が大きすぎて、試運転もできず、各人用の調整も行えない。ぶっつけ本番で行くしかないのだ。 「私たちも、できれば使って欲しくないかな」 なのはとフェイトの表情も暗い。しかし、使わねばただでさえ低い勝率が、引いては生存確率が低くなる。選択肢はないのだ。 「聖闘士の皆さんは、こちらをどうぞ。余剰部品で作った、ただの通信機兼腕時計ですけど」 星矢たちは、興味深そうにストラーダと同型の腕時計をはめた。聖衣と干渉するので、戦闘中は外すしかないが。 「な、なんか同じ腕時計してると、チームって感じがするね」 「そ、そうですね。テレビのヒーローみたいです」 重たい空気を何とかしようと、スバルとエリオが無理やり明るい声を出す。 「あれ、数が足りなくないですか?」 フェイトとなのはの分がない。 「あ、私たちは自前で加速できるから……」 元々スピードアップの魔法が使えるフェイトたちは、それぞれのデバイスを改良すればいい。エリオも同様だ。 フェイトの発言に、エリオは暗いオーラをまとい部屋の隅でうずくまってしまう。 「ち、違うよ、エリオ。別にエリオとお揃いが嫌ってわけじゃなくてね」 フェイトとなのはが励ますが、エリオはしばらくへこんだままだった。 地上本部襲撃事件から三日が経過した。 時刻は夜の十時。なのはとフェイトは部屋で二人して机に突っ伏していた。別の隊員が利用していた二人部屋なのだが、なのはたちの部屋が壊れてしまった為、仮の宿として使わせてもらっている。 もう一つの椅子の上では、ヴィヴィオがうたた寝をしていた。さっきまで起きていたのだが、限界が来てしまったようだ。 「疲れたね、フェイトちゃん」 「そうだね」 明日の早朝には、アースラが到着する予定だし、アギトの方も協力してもらう方向で話が進んでいる。着替えてとっとと寝た方がいいのだろうが、部屋に戻り、上着を脱いでネクタイを緩めたところで、二人は力尽きていた。 聖闘士たちとの合同訓練は、成果が上がっているとは言い難い状況だった。 ゾディアック・ナンバーズが集団で襲ってきた場合に備え、チーム戦の練習をしたのだが、基本一対一で戦う聖闘士たちに、チーム戦という概念は存在しなかった。 聖闘士同士で組めばできないことはないが、各自が勝手に動いているだけで、互いの長所を生かすような動きはできていない。 聖闘士が前衛で、魔導師が後衛という戦法も試してみたが、聖闘士たちが好き勝手に動くので、誤射が頻発した。 聖闘士たちの力量が、正確に推し量れないのも問題だった。 彼らは十二宮の戦いで、コスモの真髄セブンセンシズに目覚め、黄金聖闘士の域までコスモを高めたが、極限状態にならないと使えないらしく、訓練ではマッハ五が限界だった。 これでは光速で動く相手の練習台にはならない。 「さすがのなのはも、お手上げみたいだね」 「あのタイプの子たちは、相手にしたことないから」 なのははやや自信喪失気味で言った。顧みれば、なのはの友人たちは、アリサ、すずかを筆頭に、ことごとく真面目な優等生だった。 ヴィータとて口は悪いが、言われたことをきちんとやるし、規則の類は決して破らない。ティアナがかつてやった無茶だって、行きすぎたやる気が原因だった。 ふとティアナとの一件を思い出し、なのはは表情に影が落ちる。あれはなのはにとっても苦い思い出だった。 時空管理局はしっかりとした組織だ。上に行くのも、優等生タイプが多い。 優秀な者の中には、天狗になっている者や、教官を馬鹿にする者も混じっているが、そこは一回叩きのめしてあげると、驚くほど従順になる。教官を見返してやろうと、さらに奮起してくれる場合も多い。 なまじ優秀なだけに、力の差には敏感なのだ。 優秀な魔導師は、例えるなら温室栽培だった。別に否定的な意味で使っているのではない。最高の環境で最適な育て方をされて、可能性の種を大きく伸ばしていく。 対して、聖闘士は野の草花だった。どんな劣悪な環境だろうと、命の輝きでしぶとく生き延びる荒々しい植物。 正直、なのははどう接すればいいのかわからない。 「エリオも少し影響を受けてるんだよね」 フェイトも微妙に顔をしかめる。 エリオは仲間に一気に男性が増えたことで、喜んでいるようだった。聖闘士たちも弟ができたかのように可愛がってくれている。 しかし、聖闘士たちは、男は女を守るものと思っているようだ。この調子で行くと、いつかエリオが「六課のみんなは僕が守る」とか言い出しそうで、ちょっと怖い。 エリオのはしゃぎようを見るに、フェイトはこれまでの育て方が正しかったかどうか不安になる。 自分が女系で育ったために疑問を持たなかったが、やはり子供には男親と女親が必要なのではないだろうか。少しでいいから、クロノかユーノに手伝ってもらうべきだったかもしれない。 「やっぱり、星矢君たちには各自で戦ってもらうしかないね」 なのははそう結論づけた。せめて半月の猶予があれば、聖闘士たちにチーム戦を教えられたと思うが、そんな時間はない。 残る課題は、いかに一対一の状況に持ち込むかだが、そこはどうにかなるだろう。 聖闘士たちから、黄金聖闘士に関する情報ももらった。これまでのナンバーズのデータと照らし合わせれば、おおよその戦闘力は概算できる。 ただ一人、ウーノだけは別だった。彼女は一度も戦場に出たことがなく、乙女座の詳しいデータもない。バルゴのシャカと戦ったのは、ミッドチルダに来ていない瞬の兄だった。 なのはとフェイトが気力を振り絞り、のろのろと立ち上る。ヴィヴィオを抱きかかえてベッドに向かうフェイトに対して、なのははネクタイを締め直し外の扉へと歩いていく。 「なのは?」 「最後の仕事をしてくるね」 なのはは小さくため息をつくと、部屋の外へと出ていった。 世界は夜の闇に包まれていた。月と星の光では、闇をかすかに和らげるのみで、街灯の光が照らす場所だけが、まるで切り取られたように明るい。 そんな闇の中を、物音を立てないよう注意しつつ移動する影があった。人影は二つ。どちらも巨大な箱を背負っている。 「ねえ、星矢。本当にいいの?」 「仕方ないだろ。沙織さんたちが待っているんだ。これ以上、時間をかけられるか」 植え込みに隠れながら、聖衣ボックスを背負った星矢と瞬は、紫龍たちの部屋を目指していた。紫龍と氷河を誘って、スカリエッティのアジトを探しに行くつもりだった。 星矢が次の植え込みに移動しようとすると、足に何かがひっかかった。 「おい、引っ張るなよ」 「え? 僕は何もしてないけど」 「じゃあ、いったい何が……」 振り返ると、星矢の足首を光の輪が拘束していた。星矢の顔から血の気が引いていく。光の輪はよく知る桜色をしていた。 「……私もいつかやるだろうと思ってたけどさ。よく今日だってわかったな?」 「う~ん。顔を見たら、なんとなくピンと来たんだ」 「なるほど。無茶な奴は無茶する奴を知ると」 「私、ここまで無茶かな?」 街灯の光の中に、デバイスを持ったなのはとヴィータが進み出てくる。星矢の行動をあらかじめ予測して待機していたらしい。 「な、なのはさん」 「ねえ、星矢君」 なのはは星矢の瞳をまっすぐ正面から見つめる。 「こんなに時間がかかってしまって悪いと思ってる。でも、もう少しだけ私たちを信じてくれないかな?」 スカリエッティがこれだけ沈黙を保っているのは完全に想定外だった。捜査員の安全を重視している為、アジトの捜査もあまり進展はない。 「星矢君たちはあくまでも協力者。どうしても行くっていうなら、私たちに止める権利はない。だから、お願いすることしかできないんだけど」 なのはは怒るでもなく、むしろ真摯に語りかける。 なのはと星矢の視線が正面からぶつかり合う。緊迫した空気が辺りに張りつめた。 「……わかったよ、なのはさん」 ややあって、先に視線をそらしたのは星矢の方だった。 「大人しく部屋に戻る。それで、なのはさんたちがアジトを見つけてくれるまで待つ」 「ありがとう。星矢君」 なのはににっこり笑いかけられ、星矢は照れたようにそっぽを向いた。 「なんか、なのはさんって、姉さんみたいだな」 星矢の姉、星華は気が強くて、星矢が悪戯をするたびに、叩かれたり耳を引っ張られたりした。けれど、本当に星矢が悪いことをした時は、悲しそうな顔をされた。それが百万の怒声やげんこつよりも、星矢には堪えた。 「お姉さんがいるんだ」 「ああ。もう何年も会ってないけどな」 「どうして?」 「行方がわからないんだ」 孤児だった星矢にとって、姉は唯一の肉親だった。 星矢はアテナの養父、城戸光政によって姉と引き離され、聖闘士になるべく修行の地ギリシャへと送り込まれた。 星矢が聖闘士になったのは、姉にもう一度会いたいと言う強い願いがあったからだ。しかし、いざ聖闘士になって日本に帰ってみれば、姉は行方不明になっていた。 グラード財団が総力を上げて捜してくれているが、姉の消息は一向につかめない。 「そっか。いつかお姉さんに会えるといいね」 「ありがとうよ。俺たちの世界がもっと平和だったら、とっとと捜しに行くんだけどなぁ」 星矢は寂しげに笑い、瞬と連れ立って部屋へと戻っていく。 「それで、お前たちはどうする?」 ヴィータが背後に向かって声をかけた。 「お見通しでしたか」 「よく言うぜ。本気で隠れる気なんかなかったくせに」 建物の影から、聖衣ボックスを背負った紫龍と氷河が現れる。どうやら星矢たちと同じことを考えていたらしい。 「星矢たちが信じたならば、我々もあなた方を信じます」 「そうだな」 一悶着あるかと思いきや、紫龍と氷河も大人しく部屋へと戻っていく。聖闘士たちの信頼は、ヴィータの想像以上に厚いようだった。 調整を終えたチンクは、アジトの中を歩いていた。 通路の壁には、大量のガジェットが待機している、ただし、この機械たちが再び日の光を浴びることがあるかどうかは、はなはだ疑問だ。 通路の途中で、黄金の箱に寄りかかるようにしてセインが座っていた。普段は明るい彼女が、浮かない顔をしている。 「どうした?」 声をかけると、セインがチンクを振りかえる。そして、チンクが右腕に抱えている兜を見て、苦笑する。 「また、かぶってないんだ」 「ああ、これか。どうにも違和感があってな」 チンクは兜を顔の前に持ってきて、唸る。 ピスケスの聖衣は体の一部のようにフィットしているのだが、兜だけは少し違和感があり外れやすいのだ。髪の毛一筋ほどの差なのだが、他がフィットしている分、どうしても気になる。 「そっちはまだましみたいだよ。オットーとディエチ、セッテなんか、任務以外ではまずかぶらないしね」 件の三名が、無言で兜とにらめっこしていたのを思い出す。 「そういうセインこそ、また胸元を緩めているのか?」 「どうも窮屈でね」 聖衣の隙間から覗くセインの胸を、チンクが妬ましげに見ていたが、セインは気がつかない振りをした。チンクの幼児体型では、窮屈になりようがない。 「セインは、ここで何をしていたのだ?」 「ちょっとこの子たちが可哀想だなって」 セインは通路の壁で待機しているガジェットⅠ型を撫でた。うっすらと積もった埃が、セインの手を汚す。 スカリエッティの興味は、もはやゾディアック・ナンバーズにしかない。ガジェットの性能では、足手まといにしかならないからだ。 「ところでさ、最近のドクター、ちょっと変じゃない?」 「ドクターはいつも変だろう」 あっけらかんと返されて、セインは唖然となる。優等生然としているチンクが、まさか同じ印象を抱いているとは夢にも思わなかった。 「いや、それはそうなんだけど、なんか無理やりいつも通りに振舞ってる気がしない?」 「考えすぎではないか? おかしいとしても、ドクターは黄金聖衣の制御の為に、徹夜続きだからな。そのせいだろう」 チンクはドクターの態度に不信は抱いていないようだった。 「他にもさ、なんかみんなの様子が変なんだよね」 トーレは地上本部襲撃の日以来、訓練室にこもりきりになっている。必殺のタイミングで、フェイトが倒せなかったのが悔しいのだろうが、あまりトーレらしくない。彼女はもっと堂々として、姉妹たちの模範となるような存在だったはずだ。 「それ、わかるよ」 「ディエチ」 通路の影から。ジェミニの兜を抱えたディエチがやってくる。 「最近、クアットロが少し変なんだ。ちょっと怖いっていうか」 ディエチの言葉に、セインとチンクも押し黙る。元々ふざけた喋り方をする奴だったし、時には任務で破壊工作を行うのを楽しんでいるような素振りもあった。しかし、一部の姉妹たちを、まるでゴミのように見ることはなかったはずだ。 最近では、ほとんどの時間を、ドゥーエと共に過ごしている。 セインは、水瓶の文様が描かれた黄金の箱を指差す。 「これの名前、二人は知ってる?」 「聖衣ボックスだろう?」 その名の通り、聖衣を持ち運びする為の箱だ。 「うん。でも、もう一つ別の名前があるんだ。パンドラボックスって」 ギリシャ神話で、開けてはならないとされている禁断の箱。そこにはあらゆる災厄が封じ込まれている。 聖衣も、アテナの許可か、自衛の為以外では装着してはならないと掟で定められている。あまりにも強い聖闘士の力を私利私欲に使わせないためだ。その戒めを込めて、パンドラボックスと呼ばれる。 「私たちは、本当にパンドラの箱を開けたのかもしれない」 黄金聖衣を入手してから、少しずつ運命の歯車が狂いだしている気がする。 感傷的なセインの物言いに、チンクは少し呆れたようだった。 「考え過ぎだ。お前だって、アクエリアスの聖衣をもらった時は喜んでいたじゃないか。私たちはこの力で、ドクターの夢を叶えるんだ」 「……そうだね」 迷いのないチンクに、セインは心が少し軽くなるのを感じた。 最終調整はもうじき終わる。 スカリエッティの夢を叶える為の、最後の舞台の幕が、今上がろうとしていた。 目次へ 次へ
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人影の絶えた町に、レオの聖衣をまとったノーヴェが立っていた。 見上げる先には、虹のようにアーチを描く光の道。ウイングロードの上でスバルとティアナが戦闘態勢を取っていた。 「前回あれだけ手酷くやられたのに、お前も懲りないな。タイプゼロセカンド」 「私もいるんだけど?」 ティアナが不快感をあらわにする。 「一人も二人も違いはねぇ。前回同様、とっとと終わらせてやる!」 ノーヴェはエアライナーを伸ばした。 「スバル、行って!」 「了解」 スバルはティアナを肩に担ぎ上げると、ノーヴェに背を向けて走り出す。 「おい!」 いきなり逃げ出した相手を、ノーヴェは慌てて追いかける。しかし、スバルの速度は量産型ストラーダによって格段に向上している。 スバルに担がれたままのティアナがクロスミラージュを連射する。追いかけているノーヴェに道を選ぶ自由はなく、避けきれなかった魔力弾が黄金聖衣の表面で火花を上げる。 「追いつけねぇ!」 スバルとノーヴェの差は一向に縮まらない。 弱点を見抜かれていることに、ノーヴェは気がついた。エアライナーの展開速度は、コスモの力を借りてもそれほど速くなっているわけではない。せいぜい音速の十倍程度。どうやらこれがエアライナーの限界らしい。 道の展開速度が変わらないのに、銃撃まで受けては追いつくのは難しかった。 「ああもう、本当にかっこ悪い!」 「この作戦考えたの、ティアじゃん!」 荷物のように運ばれるティアナが毒づき、スバルが言い返す。 スバルがウインドロードで移動を、ティアナがクロスミラージュで攻撃を担当する。 いかに黄金聖衣でも、魔力ダメージを無効化できるわけではない。どんなにわずかでも、このままノーヴェの体力を削っていけば、いずれ勝機をつかめるはずだ。 決め手に欠ける作戦だったので不安だったが、どうにかなりそうだと、ティアナは胸を撫で下ろした。 「なんてな」 ノーヴェが獰猛に犬歯をむき出し、光の道を蹴って跳んだ。 ノーヴェは足元に一瞬だけエアライナーを展開し、そこを足場に次の一歩を踏み出していく。 光の波紋を残しながら、黄金の獅子が天を駆ける。 エアライナーよりもノーヴェの走る速度の方が速いのだ。律儀に道の展開を待つ必要はない。エアライナーではなく、エアランナーとでも呼ぶべきか。 「弱点なんて、とっくに克服済みだ!」 道という枷から解き放たれたノーヴェが、銃撃を華麗にかわし、みるみるスバルに追いついていく。 ティアナが咄嗟に自分たちの幻影を発生させた。 「無駄だぜ、ライトニングプラズマ!」 閃光と化した無数の蹴りが、幻影ごとスバルとティアナを吹き飛ばした。 一仕事終えたウェンディは、のんびりと空中遊泳を楽しんでいた。 「いやー。いい天気っスねぇ」 仰向けになって太陽の光を全身に浴びる。まるで雲のベッドに寝そべっているようだった。 ウェンディはサジタリアスの聖衣を心底気に入っていた。 ライディングボードで飛行するのも、あれはあれで趣があるが、やはり一度はトーレたちのように自由に空を飛んでみたかったのだ。飛行できない他の姉妹たちには悪いが、なまじ空を飛べるだけに、余計に憧れは強かった。 できれば、いつまでもこうしていたい気分だったが、敵が徐々に接近してきている。 「まったく無粋な奴っス」 雲の隙間から姿を現したのは、足から光の翼を生やしたなのはだった。すでにリミットブレイクを発動し、限界を超えた強化がなされている。 大物の出現に、ウェンディは少しだけやる気を出した。 「それじゃとっとと片づけさせてもらうっス」 ウェンディが光速の拳を繰り出す。 『Round Shield』 強固なシールドが、ウェンディの拳を受け止めた。 「へえ、やるじゃないっスか」 ウェンディの賛辞に、なのはは無言だった。両腕を軽く横に開き、直立姿勢でウェンディを見つめ返している。 「でも、まぐれは続かないっスよ」 ウェンディは素早く上方に回ると、後頭部めがけてかかとを落とす。 なのはは微動だにしない。しかし、再びシールドがウェンディのかかとを受け止める。 攻撃からワンテンポ遅れて、なのはがウェンディを見上げる。その瞳は、まるで湖面のように静かに凪いでいた。 ウェンディは攻撃を続けるが、ことごとくシールドによって防がれる。 「そんな、なんでっスか!?」 ウェンディは動揺を抑えられずに叫ぶ。 どうして光速の動きについてこられるのか。なのははシールドから一拍遅れてウェンディを見る。予測して防いでいるなら、先に視線が動くはずだ。 ウェンディはなのはが左手に持つレイジングハートに目をやった。なのはが直立不動で攻められるままにしていた理由にようやく気付く。 「まさか、オートガード!?」 デバイスに搭載されている術者を守る為の自動防御機能。しかし、それは本来そこまで高性能な物ではない。なのははレイジングハートに魔力を集中させ、オートガード機能を極限まで高めていた。 「滅茶苦茶っスよ、こんな戦い方」 攻撃も速さも捨て、なのはは己のデバイスに命運を託していた。もしレイジングハートが防御に失敗すれば、光速拳は容赦なくなのはを貫く。そんな極限状態にあって微塵も揺るがないなのはの瞳が、ウェンディには恐ろしかった。 「あんたは空中要塞っスか!」 口に出してから、ウェンディは比喩が間違っていることに気がついた。 堅固な要塞には威圧感はあっても、こんな不気味さはない。 無感情にウェンディを見つめるその姿は、白いバリアジャケットと光の翼が合わさって、まるで罪人を裁く無慈悲な天使のようだった。 ウェンディは不吉な想像を頭から締め出し、黄金の弓を取りだした。 「なら、シールドごと貫くのみっス!」 ありったけのコスモを集中させた黄金の矢をつがえ、弦を引き絞る。神をも射抜く黄金の矢が、なのはめがけて放たれる。 「…………えっ?」 一瞬、ウェンディは何が起きたのかわからなかった。 光をまとったなのはが、ウェンディにぶつかっていた。 なのはとて全魔力を推力に傾ければ、ウェンディと同等のスピードは出せる。ただし適正の問題で、細かい機動は行えない。ウェンディが最大の攻撃を放つ際にできる一瞬の隙を見越して放たれたA.C.Sドライバーだった。 なのはの右腕には、黄金の矢が深々と突き刺さっていた。負傷は最初から覚悟の上だったのだろう。こんな戦法を顔色一つ変えずやり遂げたなのはに向かって、ウェンディは素直な感想を送った。 「あんた、いかれてるっスよ」 サジタリアスの聖衣がウェンディから離れていく。翼を失ったウェンディは大地へと落下して行った。 空中で半人半馬のオブジェとなった聖衣に、ウェンディは手を伸ばした。しかし、ウェンディがどれほど求めても、偽りの主に黄金聖衣は振り向いてくれない。 凄まじい勢いで地面が迫ってくる。調子に乗って、高度を上げ過ぎたようだ。この高さから落ちては、さしもの戦闘機人も助からない。 唯一ウェンディを助けられる可能性のあるなのはは、黄金の矢によって体勢を大きく崩している。すぐには動けないだろう。 風が耳元でごうごうと唸るのを聞きながら、ウェンディは己の死を悟った。 脳裏をよぎる走馬灯は、すぐに終わってしまった。人生を振り返れるほど稼働時間が長いわけではない。 代わりに思い出したのは、星座の伝説と一緒に読んだある物語だった。 イカロスという青年が、孤島の迷宮から脱出する話だった。イカロスは父親と共にろうで固めた鳥の羽で、島の外へと飛び立った。しかし、イカロスは父親の警告を忘れ、高度を上げ過ぎた。太陽に近づきすぎたイカロスの翼は熱で溶け、墜落して死んでしまった。 最初に読んだ時は、別にどうとも思わなかった。せいぜいが間抜けな男という感想くらいだ。 しかし、今なら理解できる。空がどれだけ人を魅せるか。鳥ならぬ人間が飛ぶことが、どれだけ楽しいか。ウェンディは死ぬことは怖くない。ただ、もう飛べなくなることだけが、無性に悲しかった。きっとイカロスも同じ気持ちだったのだろう。 こぼれた涙が空へと舞い上がっていく。右腕を高く掲げ、ウェンディはぽつりと呟いた。 「……また飛びたかったスね」 もう贅沢は言わない。ライディングボードでも、他の何でもいい。もう一度、風を感じて空を飛べるなら、それはどんなに素敵なことだろうとウェンディは思った。 地表まで残り数メートル。ウェンディはそっと目を閉じた。 その時、強い衝撃がウェンディの右腕に走った。 「飛べるよ」 お日様のように温かい声だった。顔を上げると、太陽を背になのはが微笑んでいた。杖を持ちかえる暇もなかったのだろう。なのはは矢が刺さったままの右腕で、ウェンディの全体重を支えていた。 「あなたが望むなら、きっとやり直せる。また飛べるよ」 矢傷から溢れた鮮血が、バリアジャケットの袖を赤く染め、ウェンディの顔に滴り落ちてくる。 ウェンディでさえ腕がちぎれると思ったほどの衝撃だ。想像を絶する激痛が、なのはを襲っているだろう。 その痛みを覚悟でなのははウェンディを助け、あまつさえ笑顔を向けてくれているのだ。たくさんの人と仲間を傷つけた犯罪者を。 優しいなのはの微笑みを見つめ返し、ウェンディは素直な感想を口にした。 「あんた……やっぱりいかれてるっスよ」 草むらに横たわったウェンディが、穏やかな寝息を立てている。助かって気が抜けたのと、魔力ダメージの影響だろう。 なのはは念の為、ウェンディをバインドで拘束すると、アースラに戦闘終了の連絡を入れ、身柄の確保を頼む。 落ちていくウェンディを見た時、なのはは間に合わないと思った。 だが、ウェンディが空に向かって手を伸ばすのを見て知ってしまった。この子はなのはと同じで空に魅せられているんだと。 気がつくと、後のことなど何も考えず、なのははウェンディを助けていた。 どうにかウェンディを助けられはしたものの、代償は大きかった。矢傷がさらに広がり大量の血が溢れだしている。 なのはは右腕に刺さった矢をつかむと、一息に引き抜く。矢尻についた返しが傷口を抉り、焼けつくような痛みが襲ってくる。喉まで出かかった悲鳴を、歯を食いしばって押し殺す。 なのはは呼吸を落ち着けると、軽く右手の指を動かした。傷は深くとも、幸い神経に傷はつかなかったようだ。ただしこの腕では、大威力砲撃は使えない。得意技が封じられ、なのはの戦闘力は半減している。 包帯代わりにバインドで傷口を絞め上げ、止血を行う。 「いかれてるか」 ウェンディの最後の言葉を思い出し、なのははため息をついた。 「知ってるよ」 サジタリアスのオブジェに矢を戻すと、なのはは右腕をだらりと下げたまま歩きだした。 「ライトニングプラズマ!」 吹き飛ばされたスバルとティアナが壁をぶち破り、床の上を激しく転がる。 空から叩き落されてからも、スバルたちの戦いは続いていた。しかし、連携と幻術を駆使しても、速度の差を埋めることはできなかった。 スバルはぼんやりとした頭で、周囲の状況を確認する。 埃っぽい空気と薄暗い空間。どうやら廃ビルの中のようだ。吹き抜け構造で広さも高さもそれなりにある。 満身創痍のスバルが、壁に手をついて立ち上がる。しかし、ティアナは動かない。 仲間の様子を窺うと、完全に気を失っていた。無理もないと思う。戦闘機人のスバルでさえ、ようやく意識を保っていられる損傷だ。生身のティアナでは、むしろ死んでいないのが不思議なくらいだ。 「さすがだな、タイプゼロセカンド。まだ動けたか」 黄金の輝きが薄闇を照らしながら近づいてくる。 仮にスバルが五体満足だったとしても、勝ち目はないし、逃げることもできない。 (私が投降すれば、ティアだけでも助かるかな?) 弱った心が諦めて楽になれと囁きかける。しかし、スバルは頭を振って甘い誘惑を断ち切る。そんな不確実な願望にすがるわけにはいかない。 小さい頃のスバルは、臆病で泣いてばかりいた。姉が格闘技の練習しているのを見つめながら、戦いで人を傷つけるのが怖くて、嫌でしょうがなかった。 でも、災害現場からなのはによって助けだされ、人を守れる力もあるのだと知った。それからは、誰かを守れる存在になるために一生懸命走り続けてきた。 スバルの後ろにはティアナがいる。大切な友人一人守れずして、夢を叶えるなんてできるはずがない。例え無駄なあがきだとしても、最後の最後まで戦い抜いてみせる。 マッハキャリバーのタイヤが回転し、スバルが走り出す。ソニックムーブによって加速された拳を繰り出す。 「遅いんだよ!」 ノーヴェの回し蹴りが、スバルのこめかみに炸裂する。 やはり速度が足りない。カートリッジシステムが搭載されていない量産型ストラーダでは、エリオのように魔法の重ねがけをすることもできない。 スバルはそれでも果敢に向かっていくが、攻撃がことごとく空を切る。 「お前……?」 ノーヴェが避けたわけではない。そもそも狙っている方向が見当違いなのだ。スバルのぼやけた眼差しに、ノーヴェは気がついた。 「目が見えてないのか。だったら、大人しく寝てろ!」 スバルはティアナの隣まで殴り飛ばされる。ライトニングプラズマはスバルの内部機構にもかなりのダメージを与えていた。 目は霞み、耳もろくに音を拾ってくれない。口の中を派手に切ったらしく、溢れた血の味とにおいのせいで、味覚も嗅覚もあまり機能していない。ダメージを受け過ぎた体は、痺れたようになってほとんど感覚がなくなっている。 マッハキャリバーが動作をサポートしてくれるが、外界から刺激を受け取れないスバルでは対応しきれない。 見えない目でスバルは、ティアナの顔を探す。 (ティアは本当にすごいね) スバルがティアナを尊敬しているところは、諦めない心だ。どんな逆境でも負けん気の強さで立ち上ってくる。例え今日負けたとしても、明日勝つために頑張れる。 ただ強いだけだったら、スバルもそこまで憧れはしなかっただろう。ティアナの心はとても繊細で、ともすればあっさり折れそうに思える時もある。鋼の様な心ではない。しなやかで強靭、脆く繊細、と相反する要素を兼ね備えている。 そんな強さに憧れて、スバルはティアナと一緒にいる。いつか自分も同じくらい心が強くなれるんじゃないかと信じて。 (お願い、ティア。私に勇気を分けて) 大切な友人を守りたい。その一心でスバルは限界を超えた体で立ち上がる。 不意にスバルの視界に満天の星空が映った。過去の記憶でも再現されているのかと思ったが、星空はスバルの体内から感じられた。 (違う。これは宇宙だ) 訓練中に聖闘士たちから教えられたことがある。コスモの正体は、人間の持つ六感を超えた先にある第七感だと。故に他の感覚を封じれば一時的にコスモを増大させることができる。 (これがコスモ!) 五感を封じられたことで、スバルのコスモが一時的に高まり覚醒したのだ。覚醒さえできれば、コスモも魔法も基本的な使い方は変わらない。 「燃え上がれ、私のコスモ!」 スバルの闘志に呼応して、体の奥底から新たな力が湧き出してくる。 スバルの前に巨大なコスモが君臨している。ノーヴェのコスモだ。弱った視覚を、コスモが補ってくれている。 「リボルバーキャノン!」 「何!?」 スバルの右腕が、ノーヴェを捉える。コスモで加速された肉体を、魔法でさらに加速する。スバルはさらなる速さを手に入れていた。 スバルとノーヴェの腕と足が激しくぶつかり合う。 ノーヴェは最初の混乱から立ち直ると、口の端を歪めた。 「やっぱり遅ぇ!」 スバルの拳が軽々と受け止められる。 (まだ届かない。もうちょっとなのに) いくら魔法で底上げしても、目覚めたばかりのコスモで、セブンセンシズに敵うわけがないのだ。 激しい激突音の連続に、ティアナの意識は、まどろみの中から引き上げられる。 足をひねったらしく、動くことはできそうにない。どうにか上体を起こすと、スバルとノーヴェが格闘戦を繰り広げていた。 スバルの動きはノーヴェにこそ及ばないが、前より格段に速くなっている。この状況では、コスモに目覚めたとしか考えられない。 (まったく、あんたは……) いつもは頼りないくせに、ここ一番では才能を開花させる。妬ましいと感じたことも一度や二度ではない。 「でも、負けるつもりはないんだからね」 ティアナは自分が凡人だと理解している。ならば、凡人にしかできない戦い方をすればいい。スバルが前衛を務めてくれるならば、ティアナはまだ戦える。 ティアナはクロスミラージュを構える。弾丸の種類は弾速のもっとも速いものを選択する。威力は二の次だ。 目ではスバルとノーヴェの動きは追えないにも関わらず、ティアナは躊躇わず弾丸を発射する。 ノーヴェの足首にティアナの弾丸が命中する。 「なっ!?」 ノーヴェが回避行動を取るが、腕に足に次々と弾丸が命中していく。 「凡人舐めんじゃないわよ。あんたの動き、単調すぎるのよ!」 クロスミラージュを連射しながら、ティアナが叫ぶ。 ノーヴェは光速戦闘に対応すべく、レオの黄金聖闘士アイオリアの戦闘パターンを取り入れている。 性別、体格、戦い方、あらゆる要素が異なる戦闘パターンを無理やり融合させた結果、ノーヴェの動きはバリエーションを欠いている。 これまでの戦闘でデータは充分取れた。ならば、どんなに速く動いても、ティアナには先が読める。 「光速見切る凡人がいるかっ!」 ノーヴェは思わず言い返していた。 「スバル、クロスシフトB」 「さっすが、ティア!」 スバルが俄然勢いづき、ティアナの射撃で動きの鈍ったノーヴェに突撃していく。 ティアナはノーヴェだけでなく、スバルの動きまで完全に予測して射撃を行っていた。訓練校からの長い付き合いだ。どう動くかなんて、熟知している。 (ティア、今ちょっとかすったよ!?) やや泣きの入った声でスバルが訴える。 (うっさい! こっちはあんたのトップスピードに合わせてんだから、ちょっとでもスピード落としたら当たるからね!) スバルの耳の不調を察し、ティアナが念話を送る。 (そんな~!) 友を信じているが、さすがに体のすぐそばを、時には脇の下やら足の間やらを弾丸が通り抜けていくのは心臓に悪い。 言い合いながら、スバルたちは戦闘を続行する。 二人は知らない。互いの背中を追いかけていることを。立ち位置は違っても、二人は最高のパートナーだった。 スバルとティアナの二人がかりの攻めに、ノーヴェは追い詰められていく。ノーヴェが殴りかかろうとするが、ティアナに軸足を銃撃され、大きくつんのめる。 空振りしたノーヴェの右腕をスバルが抱え込み、そのまま関節を極めようとする。 ノーヴェの右腕の先にスフィアが生成される。スフィアから放たれた弾丸が命中し、最後の気力を刈り取られたティアナの腕が地面に落ちる。 「しまった!」 まさかこの局面で射撃を使うとは思っていなかった。 スバルの動揺を見逃さず、ノーヴェが右腕を戻し後方に跳び退る。 最初から狙っていたのか、あるいは偶然を利用したか。どちらにせよ形勢はスバルたちに一気に不利に傾いていく。 「ライトニングプラズマ!」 迫りくるレオの技に、スバルの両腕が咄嗟に十三の星の軌跡を描く。訓練の合間に、戯れで教えてもらった技。あの時はできなかったが、今ならできるはずだ。 「ペガサス流星拳!」 スバルの拳が流星となって、ノーヴェの蹴りと激突する。 「前にペガサスに言われた言葉をそのまま返すぜ。劣化コピーが通用するか!」 流星拳が打ち砕かれ、ライトニングプラズマがスバルを滅多打ちにする。 暗転しかける意識をスバルは根性でつなぎとめる。だが、次に必殺技を使われたらもう耐えられない。 付け焼刃の流星拳では役に立たない。最後に頼れるのは、これまでの努力と身につけてきた技能だけ。 一撃必倒、それこそがスバルの戦い方だ。 (相手が一億発の蹴りを放つなら、こっちは一億発分の威力を込めた一撃を放つ!) リボルバーナックルが唸りを上げて回転し、残っていたカートリッジを全てロードする。さらにありたっけのコスモを右腕に集中する。 集められた力の大きさに、右腕が一回り膨れ上がる。この一撃を放てば、おそらくスバルの右腕は粉々に吹き飛ぶだろう。それでも構わない。自分と仲間を守れるなら、腕の一本くらい安いものだ。 ノーヴェがライトニングプラズマの態勢に入る。スバルはそれより刹那早く踏み込んだ。 「一撃必倒」 「ライトニング――」 スバルの強烈な踏み込みに耐えられず、マッハキャリバーの車輪がはじけ飛ぶ。 『Go buddy!』 最後の力を振り絞り、マッハキャリバーがスバルの姿勢を支えてくれていた。 「ディバイン――」 「プラズマ!」 黄金の蹴りが放たれる。正面から迫る無数の光は、まるで横薙ぎの豪雨のようだった。 「バスターッ!!」 滅びの雨を吹き飛ばし、空色の光が建物内を満たした。 光が晴れた後、床の上には倒れたノーヴェと、黄金の獅子のオブジェが鎮座していた。 勝利を収めたものの、スバルに高揚感はない。 「……やっちゃったなぁ」 右肘から先の感覚が完全に消失している。怖くて直視できないが、さぞかし酷いことになっているだろう。 すぐに襲ってくるだろう激痛に備えて、スバルは目を閉じて歯を食いしばった。 しかし、何時まで経っても激痛はやってこない。スバルは恐る恐る目を開けた。 右肘の先は、多少出血しているものの、ちゃんと腕がついていた。 「あれ?」 感覚がなかったのは、麻痺していただけらしい。痺れと共に徐々に感覚が戻ってくる。 スバルは足元を見た。無事な腕とは対照的に、粉々になったリボルバーナックルの破片が散らばっていた。 ディバインバスターの反動を、ほとんど肩代わりしてくれたのだろう。でなければ、腕が無事な理由の説明がつかないし、頑丈なリボルバーナックルがここまで壊れるはずがない。 「マッハキャリバー……あなたがやったの?」 『No』 マッハキャリバーもスバルの姿勢制御に手いっぱいで、スバルの腕の保護にまで気を配る余裕はなかった。かと言って、知恵を持たぬアームドデバイスが独自の判断を下したはずもない。 スバルはそっとリボルバーナックルの破片に触れる。不意に脳裏に懐かしい人の面影が蘇った。 「母さん?」 リボルバーナックルは亡き母の形見だ。 「もしかして、母さんが守ってくれたの?」 スバルの問いに答えるように、ビル内を一陣の風が吹いた。 リボルバーナックルの破片を抱きしめ、スバルは静かに嗚咽を漏らした。 目次へ 次へ
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新たに機動六課本部となったアースラが、大空を飛行していた。 雲間を漂う優雅なその姿とは裏腹に、中では乗組員一同が慌ただしく動いていた。聖闘士たちがミッドチルダに来てから、四日目の正午、ついに敵が動き出したのだ。 アースラブリッジに一同が集結する。 「待ちくたびれたぜ」 聖衣を身につけた星矢が、両の拳を打ち鳴らす。さっきまでアースラで空の旅を満喫していたが、今は真剣そのものだ。 ついでに、昨日の内に六課を出ていかなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。 「まったくタイミングがいいような、悪いような」 はやては、シグナムの隣に浮遊しているアギトを見た。こちらの命令を遵守することを条件に、アギトは一時的に釈放された。 これまでの捜査情報とアギトから得られた情報を総合し、ようやくスカリエッティのアジトの場所が判明した。午前中は、どのようにしてアジトに攻め込むかの計画立案に費やしていたが、無駄になってしまったようだ。 ブリッジ中央の大画面に投影された地図に、アジトの場所と敵の位置情報が光点で示される。 ゾディアック・ナンバーズ十名が、それぞれ時空管理局の施設へと襲撃をかけていた。今のところ、ウーノとドゥーエの姿は確認されていない。どうやらスカリエッティは時空管理局の地上の戦力を削ぎ落としてから、ヴィヴィオを奪いに来るつもりらしい。 襲撃された施設の局員たちは徹底的に抗戦を避け、市民の避難誘導に尽力していた。 「やっぱり、ばらけて来たな」 はやてが言った。被害を抑えるには、こちらも分散して対処するしかない。 魔法と機械とコスモの力を兼ね備えたゾディアック・ナンバーズは、総合性能ではこちらを上回る。堅実な戦力の集中ではなく、効率的な同時攻撃で来たのは、スカリエッティの絶対的な自信の表れだろう。 「八神部隊長。襲撃されている施設から、通信が入りました。おそらく敵からです」 はやてが頷くと、シャーリーが通信をつなぐ。 『やっほー、聞こえてる?』 大画面が切り替わり、セインの顔が映し出される。 『そこに氷河って聖闘士がいるよね?』 氷河が一歩前に出て、セインを画面越しに睨みつける。 『ねえ、アクエリアスの聖衣って、あんたの師匠の物なんでしょ? あれ? 師匠の師匠だっけ? ……まあ、どっちでもいいや。私と勝負しようよ。この聖衣を賭けてさ』 「望むところだ」 「じゃあ、待ってるよ」 セインからの通信が切れる。 名指しで挑戦してくるあたり、確実に罠だろう。だが、どんな罠が待ち受けていようと関係ない。氷河は自らの手でアクエリアスの黄金聖衣を取り戻すと決めていた。 氷河の心情は皆理解しているので、誰も止めようとはしない。 はやては一同を前に、声を張り上げた。 「作戦目標は、スカリエッティとゾディアック・ナンバーズの捕縛。それぞれの敵を倒した者からアジトへと向かって欲しい。最優先目標はジェイル・スカリエッティ」 六課フォワード陣が、一斉にバリアジャケットを装着する。魔導師たちには、一時間の戦闘時間制限がある。おそらく魔導師たちの生涯でも、もっとも長く過酷な一時間になるだろう。 これまで、できるだけの準備をし、対策を立ててきた。それは敵も同じだろう。どちらの力と知恵と覚悟が勝るか、試される時が来たのだ。 はやては傍らにいるロッサと副官のグリフィスを振り返る。 「それじゃあ、後のことはよろしくな」 「ああ、後のことは任せてくれ」 ロッサが“後のこと”の部分をことさら強調する。ロッサはもしもの場合には、ヴィヴィオを連れて逃げる役割を担っていた。 はやては六課隊長陣と共に、ハッチへと向かう。 「シャマルさん、お願いします」 氷河に頼まれ、シャマルがアースラの転送ポートを起動させる。ヘリでは敵に撃墜される恐れがある為、聖闘士とスバルたち四名は転送ポートで送り込む手はずになっていた。 「それじゃあ、作戦開始と行こうか」 はやての合図で、聖闘士たちが転送ポートの中へ、アースラのハッチから六課隊長たちが空へと出撃していく。それぞれの戦場へと向かって。 オットーは、放棄された基地を上空から無感動に眺めていた。 敵はほとんど戦わず、あっさり撤退した。無駄な戦闘を避けられるに越したことはないが、やや拍子抜けだ。 基地の周囲には草原が広がっており、遮られることのない風が、アリエスの聖衣をまとったオットーに吹きつけている。 「見つけたぜ、オットーとやら」 投げかけられた声に振り向くと、ペガサス星矢が転送用の魔法陣の中から現れる。 「まずはアリエスの黄金聖衣を返してもらうぜ!」 オットーは問答無用で左腕をかざした。 「スターダストレボリューション」 星屑の光が幾百、幾千もの弾丸となって、星矢に降り注ぐ。 「これがムウの技か!」 「そう言えば、この技を見せるのは初めてだったね」 驚く星矢に、オットーが淡々と告げる。 「だが、この程度なら。ペガサス流星拳!」 スターダストレボリューションを、流星拳が打ち落としていく。星屑の光は数こそ多いが、狙いは甘い。一度見た後なら、余裕で防げる……はずだった。 「がっ!」 星矢が草の上にうつ伏せに倒れる。スターダストレボリューションとは別に、背後から光線が襲いかかったのだ。 「今のは?」 「僕のISレイストームだ」 オットーの右手から、無数の誘導光線が撃たれたのだ。前回の六課襲撃時には、これが猛威を振るった。 「聖闘士に同じ技は通じないらしいね。でも、二つ同時に撃たれた技は避けられない」 オットーは左手にコスモを、右手にISの光を宿した。使用するエネルギーが違うから、こういう芸当ができる。 「この技からは誰も逃れられない。スターダスト・レイストーム」 星屑と光線が嵐となって、星矢に襲いかかった。 タウラスの聖衣をまとったトーレは、高層ビル群の間に無言で浮いていた。 オットーが戦闘開始したとの連絡を受けた。そろそろここにも敵が現れるだろう。 突如、雲を切り裂き、黄金の光が降ってくる。 トーレは頭上から落ちてくる刃を、両腕に持った魔力刃インパルスブレードで受け止める。刃がぶつかり合い激しく火花を散らす。 真・ソニックフォームのフェイトが二振りの剣、ライオットザンバーを構えていた。 「あなたを待っていました」 運命の巡り合わせに、トーレは感謝した。 「ここであなたを倒すことで、前回の雪辱を果たさせてもらいます!」 「それはこっちの台詞だ!」 安全装置を外すことで、フェイトは体の軋むような負荷と引き換えに、トーレに匹敵する速度を得ていた。ビル群を光速で抜けながら、フェイトとトーレが互いに斬撃を繰り出しあう。 フェイトはトーレから決して離れず、踊るように両手の剣を振るう。得物の長さはこちらが上だ。剣技だけならばフェイトに分がある。 奇襲から一気に斬り合いに持ち込み、両腕を組む暇を与えない。グレートホーンを使わせない作戦だった。 星矢が草原に倒れる。これでもう十回目だ。 星矢は、星屑と光線の嵐をどうにかしようとあがき続けているが、ただいたずらに傷を増やしているだけだった。防御も回避も迎撃も意味はなく、この開けた草原では遮蔽物に身を隠すこともできない。 オットーのいる高さまで数十メートル。たったそれだけの距離が、星矢とオットーを絶望的に隔てていた。 オットーはいつでも技を撃てるよう、両腕を掲げている。黄金の闘士が操る星屑の海と、そこを流れる光線の川。幻想的で美しい光景だった。 武骨な星矢も、もしかしたら見とれていたかもしれない。物理的な破壊力を伴って襲い掛かってこなければ。 「……わからないな」 オットーがぽつりと言った。 「何がだ?」 「どうして君が、僕を相手に選んだかだ」 ウーノから、他のナンバーズも交戦を開始したと連絡があった。しかし、星矢はオットーに対して「見つけた」と言った。彼は最初からオットーを相手に見定めていたのだ。 オットーが空戦可能で射撃主体なのは、六課襲撃時に判明していたことだ。聖闘士をぶつけるにしても、ネビュラチェーンで遠距離攻撃可能なアンドロメダならともかく、完全近接型の星矢では、勝負にならないことはわかりきっていたはずだ。 「どうしてお前を相手に選んだかは、この勝負が終わったら教えてやるぜ」 星矢は立ち上って、口元の血を拭う。その目はまだ勝利を諦めていなかった。 「無駄だよ。奇跡でも起こらない限り、君に勝ち目はない」 数多の星屑によって相手の動きを制限し、複数の誘導光線で狙い撃つ。この合わせ技を回避するのは不可能だ。 「奇跡か……それなら、何度も起こしてきたさ」 でなければ、最下級の青銅聖闘士が、十二宮を突破などできるはずがない。 「そして、これからも何度だって起こしてみせる、アテナの為に! 俺のコスモよ、究極まで高まれ!」 星矢が跳躍した。 「スターダスト・レイストーム」 星屑の光の中を、星矢は両腕で頭部を守りながら一直線に突っ込んでくる。ただの無謀な特攻のようだが、案外理に適っていると、オットーは分析した。 広範囲に誘導弾をばらまくスターダスト・レイストームの被弾を最小限に抑えるには、その軌道が最善だ。星矢は多少のダメージを覚悟でオットーの懐に飛び込み、渾身の一撃を放つつもりなのだ。 発想は悪くないし、そんな作戦を躊躇いなく実行する度胸も評価できる。しかし、星矢の速度も作戦も、奇跡には程遠く迎撃は容易だ。 「さよなら、ペガサス」 空中では星矢は軌道変更できない。オットーに操られた全ての星屑と光線が星矢に殺到する。 これだけの攻撃が命中しては、さすがのペガサスも無事ではすまない。オットーは勝利の高揚もなく、淡々と光が収まるのを待った。 その時、羽ばたきの音が、オットーの耳を打った。 「なっ!」 これまで泰然としていたオットーが、初めて驚愕の表情を浮かべる。 星屑の光を越えて、星矢が飛翔していた。その背には、白く輝く翼。 「ペガサスの翼!?」 星矢のコスモに、聖衣が応えたのだ。翼が羽ばたき、オットーへと急降下をかける。 「まだだ、クリスタルウォール!」 オットーの前に透明な壁が発生する。あらゆる攻撃を反射するアリエスの技だ。 「これで終わりだ、オットー! ペガサス彗星拳!」 無数の流星拳が一つとなった彗星が、クリスタルウォールと激突する。 一瞬、クリスタルウォールは耐えたかに見えた。しかし、次の瞬間、澄んだ音を立てて、クリスタルウォールが砕け散る。 ペガサス彗星拳が、オットーに炸裂した。 フェイトとトーレは、激しく剣戟の音を響かせながら戦い続けていた。 「なるほど、グレートホーンを使わせない作戦ですか」 フェイトの意図を呼んだトーレが嘲りの笑みを浮かべる。 「ですが、甘い!」 トーレの力のこもった斬撃が、フェイトの体をわずかに押し戻す。それだけで充分だった。インパルスブレードを持ったトーレの両腕が組まれる。 「見せてあげましょう。私が新たに編み出した技を」 フェイトはすぐさまその場から飛び退く。 「グレートホーン・インパルス!」 武器によって強化された衝撃波が放たれ、フェイトの背後にあった高層ビルを半ばからへし折る。 フェイトの背筋を戦慄が駆け抜ける。腕を組んだ瞬間に回避機動を取ったからどうにかなったが、グレートホーンより威力が数段上がっている。防御は不可能だ。 「もはや、あなたに勝ち目はない!」 トーレは腕組みをしたまま勝ち誇る。光速機動を実現できる魔導師など、六課ではせいぜいフェイトくらいだろう。ここでフェイトを倒し制空権を支配すれば、ナンバーズの勝利はより確実なものとなる。 フェイトは距離を取りながら、思案を巡らせる。 トーレの腕組みを解く術は、フェイトにはない。一応、射撃、砲撃系の魔法も速度向上の改造を施してあるが、黄金聖衣の防御力を抜ける威力の魔法となると、チャージ中に距離を詰められて終わりだろう。 ならば、残された手段はたった一つ。グレートホーンよりも速く敵を貫くだけ。 フェイトは二つの剣を一つに合わせたライオットザンバー・カラミティを水平に持つ。それはエリオの突撃時の構えと瓜二つだった。 刹那、フェイトは感慨深い思いに浸る。教えているつもりが、いつの間にかこちらも教えられている。人と人との関係は決して一方通行ではないのだ。 フェイトは静かに息を吐き、緊張に強張っていた筋肉をほぐす。次の攻撃に一切の遅滞は許されない。精神を研ぎ澄まし、己を一振りの剣と化す。 フェイトの魔力が黄金の光を放つ。リミットブレイク、真・ソニックフォーム。限界を超えた、さらにその先に行く。 「はああああああああああああっ!」 光の尾を引きながら、フェイトが突き進む。 「グレートホーン・インパルス!」 インパルスブレードが、フェイトの両の脇腹を切り裂き、ライオットザンバー・カラミティがトーレの腹部に突き刺さる。黄金聖衣に傷はつかないが、魔力ダメージは着実に浸透している。 トーレの刃は、フェイトの脇腹の皮を一枚切り裂いただけだった。フェイトは痛みに構わず、カラミティを握る手にさらなる力を込める。 「馬鹿な! グレートホーンの発生速度を超えた!?」 「やっぱり気づいてなかったんだね」 フェイトが鋭い眼差しが、トーレを射抜く。 グレートホーンは居合いと同じ。しっかりと両腕を組むことで、黄金聖闘士でも一、二を争う技の発生速度を誇る。 しかし、インパルスブレードを握ることで腕組みが浅くなり、トーレ自身も気がつかない程の、わずかな遅延を発生させていたのだ。 もしトーレが普通にグレートホーンを使っていたならば、よくて相打ちだっただろう。いや、防御力の差から、フェイトは一太刀浴びせただけで、無様に地に伏していた。 グレートホーンは完成された技。アレンジなど必要なかったのだ。 黄金の光がもつれ合うようにして、大地に激突する。その様はまさに雷光だった。 オットーから分離した黄金聖衣が、牡羊のオブジェとなって鎮座している。 オットーは草原に寝そべりながら、ぼんやりとそれを眺めていた。聖衣に取りつけられた機械は彗星拳の衝撃で粉々に粉砕された。もうオットーがあの聖衣を着ることはできない。 常人ならば死んでいてもおかしくない一撃だった。しかし、そこは戦闘機人。動けはしないが、どうにか一命を取り留めていた。 「……なるほど。ペガサスの翼に、クリスタルウォールの弱点。これが君が僕を相手に選んだ理由か」 彗星拳はクリスタルウォールの一点を狙っていた。そこは六課襲撃時、ヴォルテールの業火によってあぶり出された、もっとも脆い場所だった。聖闘士に同じ技は通用しないのだ。 「クリスタルウォールの弱点はあってるんだが……」 ペガサス聖衣の翼が展開したことに、一番驚いていたのは星矢だった。元々ペガサスの聖衣に翼があるのは知っていたが、まさか展開できるとは思わなかった。役目を終えた翼は収納され、もう展開することはできない。 「? じゃあ、君が僕を選んだ理由は……」 「女相手じゃ戦いにくいからな。ナンバーズに男がいてくれて助かったぜ」 星矢はストラーダ型通信機を取り出し、オットーの捕縛とアリエス聖衣の回収をアースラに頼むと、そのまま走り去っていく。 オットーの性別は不明であり、男というのは星矢の思い込みだ。 「僕は……」 オットーの最後の呟きは風に紛れて、誰の耳にも届かない。星矢に呆れたのか、あるいは、本当の性別を言ったのかもしれない。 もうもうと土煙と上げながら、トーレは陥没した路面にめり込むように倒れていた。 「……まさか、そんな」 トーレが呻き声を上げる。技をアレンジし新たに弱点を発生させるなど、本末転倒もいいところだ。どうしてそんな初歩的なミスを犯したのか。 「あなたは何を焦っていたの?」 脇腹の傷を押さえながら、フェイトが静かに問いかける。トーレの斬撃からは、わずかだが焦りが感じられた。 「焦り? ……なるほどな」 トーレは自分の中でくすぶっていた感情の正体に、ようやく思い至る。 トーレのISライドインパルスは、高速機動を可能にする。かつては強力な能力だったライドインパルスだが、コスモの台頭によって無用の長物と化した。 ISでは物理法則の壁を越えられない。コスモとライドインパルスを併用しても、光速を超えることはできなかったのだ。 他の姉妹たちがISとコスモを高いレベルで併用しているのに対し、トーレだけがタウラスの技に頼るしかなかった。 「私の矜持が邪魔をしたか」 トーレはナンバーズの実戦リーダーだ。他の姉妹たちの模範となれないことが怖かった。前回、フェイトを仕留めきれなかったことが、その恐怖にさらに拍車をかけた。だから、必要もないアレンジ技など開発し、精神の安息を得ようとした。 「あなたを逮捕します」 フェイトは慎重な足取りで、トーレに近づく。 「しかし、私にも意地がある!」 トーレの手からを光弾が発射される。 光弾はフェイトの足元に着弾し、土砂を巻き上げ視界を塞ぐ。 その隙に、トーレは空へと逃げのびる。失神寸前のダメージを負いながら、意地だけで飛んでいた。 「待て!」 フェイトは追いかけようとしたが、膝から突然力が抜ける。バルディッシュを杖代わりにして、どうにか転倒を免れた。 フェイトは手で口元を押さえる。口から溢れた鮮血がフェイトの手を赤く染める。 フェイトの脇腹の皮を一枚切り裂いただけの腕の振り。不発だったはずのグレートホーンから発生した衝撃波が、フェイトの内臓を傷つけていた。 「これが……グレートホーン!」 いかに真・ソニックフォームの防御力が薄くても、たったあれだけの腕の振りで、威力を発揮するタウラスの技に、フェイトは戦慄する。 かつて星矢たちと戦った時、タウラスの黄金聖闘士アルデバランは本気ではなかったという。本気のタウラスに正面から挑んで勝てる者など存在するのかと、フェイトは思った。 激痛とめまいにフェイトがよろめく。今すぐ倒れて気を失ってしまいたいが、戦いはまだ終わっていない。フェイトは痛む体を引きずって、トーレを追いかけた。 目次へ 次へ
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魔法少女リリカルなのはStrikerS 第8話 【願い、ふたりで】 スバル「私達は、ずっと一緒にやってきた。辛い時も苦しい時も楽しい時も… 支えあって、助け合って…一緒に戦ってきた。大好きな友達!っていうと怒るけど、 私にとっては夢への道を一緒に進む、大切なパートナー。失敗も躓きも後悔も一緒に背負う。 だから、一緒に立ちあがろう?魔法少女リリカルなのはStrikerS…始まります」 なのは「えっと…。報告は以上かな。現場検証は調査班がやってくれてるけど、皆も協力してあげてね。 しばらく待機して何もないようなら、撤退だから」 スバル・ティアナ・エリオ・キャロ「はい!!」 なのは「で。ティアナは……。ちょっと、私とお散歩しよっか?」 ティアナ「あっ……はい…」 なのは「失敗しちゃったみたいだね」 ティアナ「すみません。…一発…それちゃって…」 なのは「私は現場にいなかったしヴィータ副隊長に叱られて、もうちゃんと反省してると思うから、 改めて叱ったりはしないけど」 なのは「ティアナは時々、一生懸命すぎるんだよね。それでちょっと、やんちゃしちゃうんだ」 なのは「でもね。ティアナは一人で戦ってるわけじゃないんだよ。 集団戦での、私やティアナのポジションは前後左右、全部が味方なんだから」 ティアナ「……!!」 なのは「その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを二度と繰り返さないって…約束できる?」 ティアナ「はい」 なのは「うん。…なら、私からはそれだけ」 なのは「約束したからね」 ティアナ「……はい」 キャロ「えっと…シャーリーさん?」 シャーリー「はいな~?」 キャロ「フェイトさんと一緒にいらっしゃる方、考古学者のユーノ先生って伺ったんですが」 シャーリー「そう!ユーノ・スクライア先生。時空管理局のデータベース、 無限書庫の司書長にして古代遺跡の発掘や研究で業績を上げてる考古学者。 局員待遇の民間学者さんっていうのが、一番しっくりくるかな~。なのはさん、フェイトさんの幼馴染なんだって」 キャロ「はぁ~」 ユーノ「そう…。ジュエルシードが…」 フェイト「うん…」 フェイト「局の保管庫から地方の施設に貸し出してて…そこで盗まれちゃったみたい」 フェイト「まあ、引き続き追跡調査はしてるし、私がこのまま六課で事件を追っていけば… きっと、たどり着くはずだから」 ユーノ「フェイトが追ってる、スカリエッティ…」 フェイト「うん……でも、ジュエルシードをみて、懐かしい気持ちも出てきたんだ。 寂しいさよならもあったけど、私にとっては、いろんなことの始まりのきっかけでもあったから」 なのは「今日は…偶然なのかな?」 ヴェロッサ「僕も何か手伝えたらいいんだけどね」 はやて「アコース査察官も遅刻とサボリは常習やけど、基本的には忙しいやん」 ヴェロッサ「ひどいや」 ヴィータに「ちょっといいか?」 ヴィータ「訓練中から時々気になってたんだよ、ティアナのこと」 なのは「うん」 ヴィータ「強くなりたいなんてのは若い魔道師なら皆そうだし、無茶も多少はするもんだけど、 時々ちょっと度を超えてる。あいつ…ここに来る前、何かあったのか?」 なのは「うん……」 キャロ「ティアさんの…お兄さん?」 スバル「うん。…執務官志望の、魔道師だったんだけど。ご両親を事故で亡くしてからは、 お兄さんが一人でティアを育ててくれたんだって。だけど…任務中に…」 キャロ「亡くなっちゃったんですか?」 スバル「ティアがまだ…10歳の時にね」 なのは「ティアナのお兄さん、ディータ・ランスター。当時の階級は一等空尉。所属は首都航空隊。享年21歳」 ヴィータ「結構なエリートだな」 フェイト「そう…。エリートだったから、なんだよね。ディータ一等空尉が亡くなったときの任務。 逃走中の違法魔道師に手傷は負わせたんだけど、取り逃がしちゃってて…」 なのは「まぁ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど」 フェイト「その件についてね、心無い上司がちょっとひどいコメントをして…一時期、問題になったの」 ヴィータ「コメントって……なんて?」 スバル「犯人を追い詰めながらも逃すなんて、首都航空隊の魔道師としてあるまじき失態で、 たとえ死んでも取り押さえるべきだった…とか。もっと直球に、任務を失敗するような役立たずはうんぬん…とか」 なのは「ティアナはその時、まだ10歳。たった一人の肉親を失くして、 しかもその最後の仕事が無意味で役にたたなかったって言われて…。 きっともの凄く傷ついて、悲しんで…」 スバル「だからティアは、証明するんだって。お兄さんが教えてくれた魔法は、 役立たずじゃない。どんな場所でも、どんな任務でもこなせるって。それで…残された夢を、 お兄さんが叶えられないで終わっちゃった執務官になるって夢を、叶えるんだって。 ティアがあんなに一生懸命で必死なのは、そのせいなんだよ」 スバル「で、ティアが考えてることって?」 ティアナ「短期間で、とりあえず戦力をアップさせる方法。うまくできれば、 あんたとのコンビネーションの幅もぐっと広がるし、エリオやキャロのフォローももっとできる」 なのは「じゃあ、引き続き個人スキルね。基礎の繰り返しになるけど、ここはしっかり頑張ろう!」 スバル・ティアナ・エリオ・キャロ「はい!!」 スバル「なのはさん…。優しいから」 フェイト「私も手伝おうと思ったんだけど」 ヴィータ「今はスターズの番」 フェイト「ほんとは、スターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけどね」 ヴィータ「あー。なのはもここんとこ訓練密度こい~からな。少し休ませねぇと」 フェイト「なのは。部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ。訓練メニュー作ったり、 ビデオで皆の陣形をチェックしたり…」 エリオ「なのはさん。訓練中も、いつもボクたちのことを見ててくれるんですよね」 キャロ「ほんとに。ずっと…」 なのは「私の本気はこんなもんじゃないの」 なのは「こぉらスバル。駄目だよ。そんな危ない軌道!」 スバル「すいません!でも、ちゃんと防ぎますから!」 フェイト「なのはっ!!」 なのは「おかしいな。…二人とも、どうしちゃったのかな?」 「がんばってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ。 練習のときだけ言うこと聞いてる振りで、本番でこんな危険な無茶するんなら、練習の意味…ないじゃない」 なのは「ちゃんとさ…。練習どおりやろうよ。ねぇ。私の言ってること…私の訓練…。そんなに間違ってる?」 ティアナ「私は!もう、誰も傷つけたくないから!失くしたくないから!だから…っ、強くなりたいんです!!」 なのは「少し……頭冷やそうか」 なのは「じっとして。よく見てなさい」 なのは「伝えたいことがある。勇気の意味と一番最初に、守るべきもの。 次回、魔法少女リリカルなのはStrikerS…第9話、たいせつなこと。 皆がいつか、自分の空をゆく日まで…」
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森の訓練場で、星矢と紫龍が組み手を行っていた。氷河と瞬、六課メンバーたちはそれを遠巻きに眺めている。 隊長たちによる話し合いの結果、聖闘士の修行は安全上の問題から、やらないことが決定した。 聖闘士の修行は、個人の肉体強化と近接格闘戦に特化している。一方、これまでなのはがフォワード部隊に課した訓練は、魔法、体術、戦術、個人戦に集団戦、など多岐に渡る。 万能型が一芸特化型に、その分野で勝てるわけがなかったのだ。 とりあえず、お互いのことをよく知ろうという結論になり、最初に星矢と紫龍が組み手を披露してくれることになった。 「紫龍、お前とやり合うのはギャラクシアンウォーズ以来だな。今度も勝たせてもらうぜ!」 「ふっ。それはどうかな」 軽口をたたきながらも、二人の拳と蹴りが激しく入り乱れる。 「これ、後でスローモーションで見た方がいいね」 「そうだな。細かいところが、ちょくちょく見えねぇしな」 なのはとヴィータが観戦しながら、冷静に意見交換をする。ただ、星矢も紫龍もまったく本気ではない。速度もせいぜいマッハ二か、三くらい。試合でもないので、このくらいが安全に戦えるぎりぎりなのだろう。 「やや紫龍さんの方が劣勢でしょうか?」 「そうでもないよ」 エリオの意見を、フェイトがやんわりと否定する。 スピードを活かして攻める星矢を、紫龍は冷静にドラゴンの盾で防ぎ、反撃している。手数では星矢に劣っていても、その分、紫龍の一撃は正確で重い。 だが、怪我をしないよう言い含めてあるので、全身全霊の力を込める紫龍の廬山昇龍覇は事実上封印されている。奥義が使えず、紫龍は少しやりづらそうだ。 「ペガサス流星拳!」 一方の星矢は、紫龍が盾で防いでくれるので、思う存分必殺技を使っていた。 戦いは徐々に熱を帯びて行き、二人が加速していく。 やがて、紫龍の拳の下をくぐり抜け、星矢が背後に回り込んだ。 「しまった!」 「これで決まりだ。ペガサスローリングクラッシュ!」 星矢が紫龍を羽交い絞めにして、回転しながら跳び上がる。そして、そのまま頭を下に落下…… 「スト―――――――ップ!!」 なのはが展開したホールディングネットが、落下途中の星矢と紫龍を受け止めた。 「なんだよ。邪魔しないでくれよ、なのはさん」 組み手に水を指されて星矢は不機嫌そうだが、なのははそれどころではない。 「星矢君、今の技、何!?」 「俺の必殺技だけど?」 「どうして、あんな危ない技使うの!」 「別に心配いらないよ。これまで何回も使ってきたんだし」 「もっと安全な技を考えなさい!」 なのはの剣幕に、星矢は首をすくめる。 ペガサスローリングクラッシュは、相手の頭を地面に叩きつける荒技だ。しかし、その際に、離脱が少しでも遅れれば、技をかけた本人の頭も一緒に砕く危険がある。少なくとも模擬戦で使う技ではない。 元々相打ち覚悟で使った技なのだが、そんな技を平然と使う星矢が、なのはには信じられなかった。 「あんな風に怒るなのはさん、珍しいね」 「まあ、なのは隊長の教育方針と真逆の戦い方だからね。あんな無茶な技、いきなり見せられたら、取り乱すのも無理ないんじゃない?」 スバルとティアナが、怒っているなのはからなるべく距離を取りながら言った。 一足先にティアナは映像データを分析してみたが、聖闘士の戦い方は、とにかく危なかった。 背後に回り込む時に、紫龍の拳が星矢の頭上すれすれを通過している。もし、星矢がかがむのが少しでも遅れていれば、紫龍の拳はカウンターで星矢の顔面を直撃していただろう。どうやっても怪我は免れない。 修行方法も含めて、聖闘士に安全という概念はなさそうだ。あるいは、これまで格上の相手と戦い過ぎて、捨て身の戦法が癖になっているのか。 そんな戦いを繰り返して、よく無事でいられるものだと、ティアナは妙な関心をしてしまう。 「でも、星矢君もよく大人しく聞いてるね」 星矢は、なのはの部下ではない。負けん気の強そうな外見からして、口論になるのではないかと心配していたのだが。 「ああ、それはね」 スバルの声が耳に入ったのか、瞬が答えてくれた。こうして間近で見ても、瞬の顔立ちは綺麗な女の子のようだった。本物の女として、スバルは若干劣等感を感じた。 「星矢の師匠は、魔鈴さんって言う女の聖闘士だったんだ。多分、年上の女の人に怒られると、修行時代を思い出しちゃうんじゃないかな」 「聖闘士って、女の人でもなれるんですか?」 「本来男がなる者だから、数は少ないけどね」 瞬の修行仲間にも、カメレオン星座のジュネと言う女聖闘士がいる。ただし、女性が聖闘士になる場合、女であることを捨てて常に仮面をかぶる必要がある。 「でも、こっちは強い女の人が多いんだね。ビックリしたよ」 瞬に言われて、スバルとティアナは微妙な顔をした。ミッドチルダでは、優秀な魔導師に、年齢も性別も関係ない。当たり前のことに感想を持たれても、どう反応していいかわからなかった。 なのはの説教が一段落したのを見計らない、ヴィータがハンマー型デバイス、グラーフアイゼンを肩に担いで立ち上がった。 「どれ、そろそろ行くか。おい、氷河か瞬、どっちか相手をしてくれ」 「ヴィータ副隊長がやるんですか? それなら私が行きます」 スバルが名乗り出た。 「そうか。じゃあ相手は……瞬、頼めるか?」 氷河は我関せずといった様子だったので、ヴィータは瞬に頼んだ。 「わかりました、ヴィータさん」 瞬はわずかにためらう素振りを見せたが、大人しく従う。 どうも星矢のせいで、ヴィータは聖闘士たちに最年長だと誤解されたようだ。若い隊長を、経験豊富な副官が補佐していると言ったところか。子供扱いされるのも腹立たしいが、これはこれで面白くない。 バリアジャケットを装着したスバルが、開けた場所で瞬と向かい合う。 聖闘士たちに魔導師の実力を知ってもらう為にも、スバルの責任は重大だった。 一方の瞬は生来戦いを嫌う。模擬戦とはいえ戦うことに、ためらいを覚えているようだった。 「瞬君、思いっきり行くよ!」 ちゃんと戦ってくれなければ、訓練にならない。瞬を奮起させようと、スバルは闘志を漲らせる。 なのはが開始の合図をしようと左手を上げた時だった。風を切り、何かがスバルの頬を掠めていった。 「えっ?」 反射的に首を傾けていなかったら、眉間を直撃していた。瞬の腕は動いていないのに、右手のネビュラチェーン――攻撃を司るスクエアチェーン――が勝手に動きだし、スバルを狙ったのだ。 「……瞬君?」 スバルの喉から固い声が出る。 「スト―――――――ップ!」 なのはが叫び、フープバインドが瞬を拘束する。 「駄目だ、なのはさん!」 瞬の警告と同時に、スクエアチェーンがなのはに矛先を向ける。 「危ない、なのは!」 フェイトがバルディッシュで、鎖を弾く。 「てめえ、どういうつもりだ!」 瞬を取り押さえようと、ヴィータがアイゼンを構えて走る。ティアナたちも不測の事態に、一斉にデバイスを起動する。 「僕に近づかないで!」 防御を司るサークルチェーンが瞬の足元に螺旋を描いて展開する。ヴィータが範囲内に踏み込むなり、鎖が波打ちアイゼンと火花を散らして激突する。 「ちょっと待った!」 星矢と紫龍が、ヴィータの前に立ち塞がる。氷河も、なのはとフェイトを止めていた。 「頼むから、敵意を収めてくれ」 星矢に懇願され、ヴィータたちは半信半疑ながら言われたとおりにする。それだけでネビュラチェーンは地面にパタリと落ち、瞬の腕へと戻っていく。 「ごめんなさい。僕のネビュラチェーンは、敵意に反応して自動で迎撃するんだ」 アンドロメダの防御本能は聖衣で一番と言われている。 「でも、驚いたな。ネビュラチェーンが、ここまで過剰な反応を示すなんて……」 魔法には非殺傷設定があり、スバルたちは常に実戦さながらの真剣さで模擬戦を行っている。瞬の予想を上回るスバルの闘志を、ネビュラチェーンは本物の敵と、しかも相当な脅威と認識したようだ。 「なのは、瞬の野郎は模擬戦に参加させないようにしよう」 ヴィータが努めて冷静に言った。 「そうだね」 なのはは疲れ切った顔で首肯する。 「こんなんで、聖闘士と連携なんてできるのかな」 たった二回模擬戦をやっただけなのに、なのはの心労は頂点に達しようとしていた。 聖闘士と六課フォワード陣が合同で訓練している頃、はやては一人車を飛ばして、地空管理局地上本部に向かっていた。 はやてとて、一日や二日でコスモを会得できるなど考えていない。ただ聖闘士たちを引き止めるのと、聖闘士について知ることができればと提案しただけだ。 その結果、訓練場でどんなことが起きたか、はやては知らない。 『主はやて』 シグナムから通信が入った。 『今、アギトの取り調べを行っていたのですが、取引を持ちかけられまして』 アギトは重要参考人として、時空管理局に拘留されている。スカリエッティのアジトを知る最大の手がかりだ。 「どんな?」 『情報が欲しければ、スカリエッティ逮捕に自分も協力させろと言うのです』 はやては人差し指を唇に当てて考え込む。 アギトの狙いは、ゼストを殺した犯人に対する復讐だろう。 時空管理局では、どんな犯罪者だろうと法の裁きに委ねる。抵抗が激しい場合などは仕方ないが、さすがに私刑を認めるわけにもいかない。 「しばらく保留にしといて。どうせ今のままじゃ対抗策もあらへんし」 『わかりました』 シグナムからの通信が切れる。 スカリエッティのアジトの場所が判明しても、今のままでは攻め込めない。敵が次の行動を起こす前に、こちらの準備が間に合えばいいのだが。 地上本部に到着する。そこは惨澹たる有様だった。システムの復旧も、がれきの撤去もまだ終わっていない。崩れ落ちた塔が、時空管理局の敗北を印象付けていた。 潜入していたドゥーエによって、レジアスも最高評議会の三名も殺されてしまった。現在、伝説の三提督の元で組織の立て直しが計られているが、まだまだ混乱している。 指定された部屋へと向かいながら、はやてはまるで胃に鉛を流し込まれたような気分になった。どう転んでも、愉快な話にはならないだろう。せめて徹底的に最悪な予想をして、その時に備える。 覚悟を決めて部屋に入ると、中では意外な人物が待っていた。 「やあ、はやて」 明るい緑の長髪に、白いスーツを着こなした伊達男がソファに座っている。 「アコース査察官?」 「ロッサでいいよ。他に誰もいないしね」 ヴェロッサ・アコース。聖王教会の騎士カリムの義弟で、やり手の査察官だ。はやてとの付き合いは長く、妹の様に思ってくれている。 テーブルの上には、ロッサの手作りケーキと紅茶の入ったポットが置かれていた。はやてが向かいのソファに腰掛けると、アコースは紅茶とケーキを差し出す。 「そう言えば、今朝方スカリエッティから連絡が来たよ。ナンバーズ改め、ゾディアック・ナンバーズだそうだ」 「相変わらず自己顕示欲の強い男やな」 新しい名前をわざわざ教えてくるスカリエッティに、はやてはうんざりとした表情を浮かべた。 はやては生クリームがたっぷり乗ったケーキを一口食べた。甘い風味が口の中に広がり、嫌な気分を少しだけ和らげてくれる。 しばらくカチャカチャと食器を鳴らす音だけが狭い室内に響く。はやてがケーキを食べ終わると、アコースが口を開いた。 別におやつを食べに来たわけではないので、本題はこれからだ。 「さてと……多分、君のことだから予想はしてるだろうけど……」 いつもは愛想のいいアコースの歯切れが悪い。はやてがケーキが食べ終わるまで待ってくれたのも、気遣いだけではなく、切りだしづらい内容だからだろう。 「機動六課は、本日付でスカリエッティ及び、ゾディアック・ナンバーズの捕縛任務を担当してもらうことになった。僕はアドバイザーとして、君の補佐に就く」 アコースは一旦間を置いて、深刻な様子で言葉を続けた。 「この任務が与えられたのは、機動六課だけだ。ガジェットならいいが、ナンバーズ逮捕に他の部隊の協力は得られない」 「そっか」 濃い目に入れられた紅茶で喉を潤し、はやてはあっさりと言った。 「アースラの方はどないなった?」 はやては新しい六課本部として、廃艦寸前のアースラを使用したいと申請していた。 「過酷な任務の代わりと言ってはなんだが、六課にはかなりの権限が与えられた。申請すれば、大抵の設備、機材は優先的に使わせてもらえる。その気になれば、新型艦でも徴用できるけど?」 「艦隊戦をやるわけじゃなし、アースラでええよ」 はやては遠慮しているわけではない。廃艦寸前のアースラならすぐに乗り込めるが、他の艦では手続きに時間がかかる。 はやては退院したロングアーチスタッフにメールを送り、アースラの機動準備をするよう連絡する。 「後、それからこれを」 「これは……」 ロッサが転送してきたデータを見て、はやては目を丸くした。 「三提督からのプレゼントだ。君も噂くらいは知ってるだろう。魔法文明の黎明期、数多の魔導師を再起不能に追い込んだ禁じられた魔法だ。特別に使用が許可されたよ」 正直、これでもまだゾディアック・ナンバーズには届かないし、使用には大きすぎるリスクを伴う。だが、攻略の足がかりにはなるだろう。 「この決定は、一足先に六課後見人たちに伝えられた。聖王教会はこれに異議を唱え、正式に抗議文を作成中。本日夕刻までには時空管理局に届けられるはずだ」 他の六課後見人たち――フェイトの義理の家族であるリンディとクロノ――も上申書を作成中。クロノに至っては、部隊を引きつれて六課に合流するとまで言っている。 「いやー。愛されとるな。私ら」 「茶化さないでほしいな。僕らは真剣なんだ」 普段は飄々としているロッサだが、さすがに余裕がないようだ。おそらく、後見人たちに先に決定内容を伝えたのも、ロッサの独断だろう。与えられた命令をどうにかして覆そうと、手を尽くしてくれている。 「はやては怒ってないのか? こんな理不尽な命令を与えられて」 当事者であるはやてが任務をあっさり受けいれていることに、ロッサはひっかかりを覚えていた。 「それはしゃあないな。私が上でも、それしか思いつかへん」 不満がないと言えば嘘になるが、ゾディアック・ナンバーズと交戦してどうにか撃墜を免れたのは、なのはとフェイトくらいだ。 ゾディアック・ナンバーズに数で対処しても、いたずらに犠牲者を増やすだけ。ならば、少数精鋭で挑むしかない。聖闘士たちが六課に預けられたのも、それを見越してのことだろう。 よしんば、六課と聖闘士たちが敗北したとしても、敵の数を少しでも減らし、得られた戦闘データから対抗策を構築できる。後は万全の態勢を整えた時空管理局の精鋭たちを送り込み制圧すればいい。 捨て駒にされる方はたまったものではないが、これが一番確実な作戦だ。はやてとしては、むしろこんな作戦の責任を取らされる伝説の三提督の方に同情してしまう。 ロッサはアドバイザーという形ではやての補佐に就くが、実際はナンバーズのデータを時空管理局に持ち帰るのが任務なのだろう。 「それより、よくロッサがアドバイザーに就くのを許可したな?」 こういう任務なら、普通、六課のメンバーに思いれのない人物をつける。 「この任務は命がけ……というより、命をどぶに捨てるようなものだからね。ちょっと強行に立候補すれば、誰も反対しなかったよ」 その時の様子を思い出したのか、ロッサがようやく苦笑を浮かべた。 おまけにロッサのレアスキル、無限の猟犬は複数の戦場の情報を収集するに適している。まさに渡りに船だったのだろう。 「大丈夫。私らは負けへんよ」 ロッサを励まそうと、はやては茶目っ気たっぷりに片目をつぶって見せた。 「勝ってしまっても問題なんだ」 はやての励ましは逆効果だったらしく、ロッサはますます深刻になってしまう。 「君たちの勝利の先には、限りなく黒に近い、灰色の未来しか待っていない」 ゾディアック・ナンバーズは時空管理局を転覆させかねない戦力だ。もし勝利してしまえば、六課はそれ以上の戦力を保持していることになる。 機動六課が通常の部隊だったら、まだ道があった。部隊を解散後、隊員を別々の部署に配置し、メンバー同士が互いの抑止力となるよう仕向ければいい。 だが、預言阻止の為に、反則ギリギリで集められた六課のメンバーは、ほとんどが縁故採用だ。隊長たち三名が無二の親友であることを知らない者はおらず、隊員間の信頼も厚い。もし、誰か一人でも時空管理局に叛意を持てば、全員が呼応すると考えてしまう。 そんな危険な因子を飼いならせる組織はない。軟禁状態で閉じ込められるか、死ぬまで危険な戦場に送り込まれ続けるだろう。 室内を沈黙が満たす。どちらもかける言葉が見つからなかった。 「…………はやて」 はやてが退出しようかと考えた時、沈黙を破りロッサが口を開いた。ここまで真剣なロッサは、はやても知らない。 「これは、査察官ではなく友人としての意見だ」 ロッサは深呼吸し、一息に言った。 「逃げよう」 「へっ?」 ロッサの言葉に、はやては面食らった。 「スカリエッティは狂った科学者だが、無差別に人を殺すような真似はしない」 地上本部襲撃の際の声明にも、命を愛しており、無駄な流血は望まない旨の発言があった。どこまで信用できるかわからないが、行動から一面の真実はあるだろう。 「もし、これで時空管理局が敗北するようなことがあっても、スカリエッティの天下になるだけだ。勝ち目のない戦で、無駄に命を散らす必要はない」 はやては冗談で返そうかと思ったが、雰囲気がそれを許さなかった。ため息をついて、こちらも真面目に返事をする。 「私らの故郷にこういう言葉がある。“一夜の無政府主義より、数百年に渡る圧政の方がまし”ってな」 社会を維持するうえで、それほど法と秩序は必要不可欠だ。 「まあ、スカリエッティが支配者として君臨してくれるなら、最悪よりはましやね」 しかし、きっとそうはならないだろう。スカリエッティは自己顕示欲の塊だが、その本質は科学者だ。あくまでも自分の研究にしか興味がない。 スカリエッティがもし時空管理局を打倒したら、力と権力を望む者に武器を提供し、得られた資金で望むままに研究を行うだろう。 「時空管理局は、次元世界に存在し続けないといけないんや」 数多ある次元世界の中には、時空管理局の後釜を狙う者たちが腐るほどいる。それら野心家たちを、時空管理局はこれまでどうにか抑えてきた。 もし時空管理局が敗北、もしくは致命的なダメージを受ければ、野心家たちは一斉に蜂起し、次元世界を股に賭けた大戦争が勃発するだろう。 おそらく天文学的な数の死者と、たくさんの世界が滅ぶ。その中には、はやての故郷も含まれるかもしれない。それだけは絶対に避けねばならない。 「大体逃げるって、そんな無責任なこと言ったら、カリムが泣くよ?」 「僕は元々不真面目な査察官だからね。友の命と、組織のどちらかを取れと言われれば、友人を取る。義姉さんもきっとそれを喜んでくれる」 ロッサははやてにそっと手を伸ばす。 「もし君たちが逃げるなら、僕が手を貸そう。僕の持てる力を全て駆使して、君たちを次元世界の彼方まで逃がしてみせる」 言葉に込められた思いは、あまりにも切実で真剣だった。 ロッサの指がはやての頬に届く瞬間、はやてはわずかに身を引いた。それだけで、ロッサの指ははやてに届かなくなる。 それが答えだった。 ロッサは残念そうに目を伏せ、口調をいつものものに戻した。 「離隊したい者がいたら、言ってくれ。隊長クラスは無理だと思うが、なるべく善処しよう」 「ありがとうな」 スターズやライトニングの新人たちが承諾するとは思えないのだが、選択肢だけは与えておきたかった。たとえ、ただの自己満足であったとしても。 はやてが退出するのを、ロッサはやるせない思いで見送った。 六課隊舎に帰りがてら、病院に寄る。 門のところで、白い包帯を腕や額に巻いたシャマルとザフィーラが待っていた。 「お待たせ」 助手席にシャマルが、後部座席にザフィーラが座る。 怪我が完治するまで静養していて欲しかったが、現状ではそうもいかない。本人たちの強い希望もあって、早速仕事に復帰してもらうことになった。 はやてはアクセルを踏み込み、車を発進させる。 「はやてちゃん、何かあった?」 シャマルが尋ねた。いつもと様子が違うことを、早々に見抜いたようだ。 任務の内容が堪えたのは確かだが、意外だったのはロッサの最後の言葉だった。込められた思いが友情だろうと、妹に向けられたものであろうと、あれだけ真剣に思われたら、心が揺れるというものだ。 これまでの人生の中で、はやてが異性から告白されたことは何度もある。中には、付き合ってもいいかなと思える異性もいた。 しかし、はやては贖罪の道を歩くと決めている。茨の道に、他人を巻き込むことはできない。 かつて一人ぼっちだったはやてに、守護騎士という家族ができた。なのはとフェイトというかけがえのない友もできた。機動六課という信頼できる仲間たちもできて、これ以上望むのは贅沢だと思ってしまうのだ。 はやてはどう答えようか逡巡し、 「なあ、シャマル、ザフィーラ。私のことは気にせんと、幸せになってええんよ?」 思わず本音が漏れてしまった。 贖罪の道を、守護騎士たちは共に歩いてくれる。だが、かつて何も知らなかったはやてを救おうと、守護騎士たちが罪を犯したのだ。夜天の書の主として、今度ははやてがその罪を背負ってもいいと考えていた。 以前から、守護騎士たちがもっと自分勝手だったらいいのにと思う時があった。はやてのことなんか気にせず、自分の幸せを追求して欲しい。それこそ、守護騎士たちが恋人でも作って幸せになる姿を見られるなら、それだけでははやての人生は報われる。 これまでずっとつらい思いをしてきた守護騎士たちに、それくらいの褒美はあっていいはずだ。 「はやてちゃん」 シャマルの声は、冬の妖精の吐息のように冷たかった。 (……久々にやってもうた) 本気で怒っているシャマルに、はやては怯える。 「私ね、幸せを分かち合うって、結構簡単にできると思うんだ」 てっきり、シャマルのお説教が始まるかと思いきや、淡々とそんなことを言いだした。 親しい人が幸せそうにしていれば、自然とこちらも幸せな気分になれるものだ。 「でもね、苦しみを分かち合い、共に乗り越えていくことは、本当の家族にしかできない」 一緒に不幸の泥沼に沈むのではなく、共にもがき、這い出すことができるなら、それはどんなに素敵なことだろうか。 はやては勘違いに気がついた。シャマルは本気で怒っているのではなく、本気で悲しんでいたのだ。 「私は、みんなを家族だと思ってる。だから、悩みがあるなら、相談に乗る。弱音でも愚痴でも、いくらでも言ってくれていい。でもね、その言葉だけは言わないで。家族の一人に罪を押し付けて、平気でいられるように、私たちが見える?」 はやてがバックミラーを覗くと、ザフィーラがシャマルに賛同するように、目を寂しげに細めていた。 こういう時に、ザフィーラが狼の姿をしているのは、反則だとはやては思った。これでは懐いているペットを、勝手な理由で捨てようとしている飼い主のようではないか。 「一緒に乗り越えて行こう、はやてちゃん」 シャマルの優しさに、はやては鼻の奥がツンとなるのを感じた。 「……ごめんな」 「……主、謝らないでください」 ザフィーラが言った。 「せやな。ここはありがとう、言うところやったな」 はやては、涙がこぼれないように。ほんの少しだけ上を向いた。 こんなに素晴らしい家族を与えてくれた神様に、心から感謝したいと思った。 目次へ 次へ
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時空管理局地上本部から遠く離れた森の中に、騎士ゼスト、ルーテシア、アギトが潜んでいた。 ロングコートを着た大柄な男、ゼストは目を凝らし、地上本部で繰り広げられる戦闘を観察する。わずか数名の戦闘機人が、局の魔導師たちを蹂躙して回っている。数日前には考えられなかった光景だ。 「スカリエッティめ、いつの間にあれだけの力を得た?」 ゼストは眉間のしわを険しくする。一応、協力関係にあるが、ゼストはスカリエッティを毛嫌いしていた。 「ルーテシアは何か聞いていないか?」 紫色の髪をした寡黙な少女ルーテシアは、無言で首を横に振る。 「ちっ。あたしらを無視するなんて、偉くなったもんだぜ」 ルーテシアの頭上に乗った手の平サイズの少女、ユニゾンデバイスのアギトが、忌々しげに吐き捨てた。悪魔のような翼と尻尾を生やして、露出度の高い恰好をしている。 これまでのスカリエッティなら、大がかりな作戦の時は必ずゼストたちに協力を求めてきた。 こちらからスカリエッティに連絡を取ろうとしたが、作戦行動中だからかつながらない。 「俺たちは必要ないということか。まあいい。好都合だ」 「旦那、行くのか?」 「ああ」 ゼストはかつて一度に死に、スカリエッティの手によって蘇った人造魔導師だ。彼の目的は、かつての友レジアスに会い、己の死の真相を知ること。 レジアスは地上本部にいるはずだ。この好機を逃す手はない。 「ルーテシアはここで待っていろ」 「……私も手伝おうか?」 「いや、アギトもいるし大丈夫だ。行ってくる」 「おうよ。旦那は私が守ってやるよ」 歩き出そうとしたゼストのコートの裾を、咄嗟にルーテシアは握りしめていた。 「どうした?」 ルーテシアらしからぬ行動に、ゼストは軽く目を見張る。ルーテシアもそれは同じだったようで、自分の手を不思議そうに見つめ、裾を離した。 「……何でもない」 「そうか。では。大人しく待っているんだぞ」 ルーテシアを安心させようと、ゼストは武骨な顔に笑みを浮かべる。 出発するゼストの背を、ルーテシアは不安げに見送る。 ここで別れたら一生会えなくなる。そんな不吉な予感を、ルーテシアは必死に押し殺していた。 エリオたちからデバイスを受け取ったなのはたちは、別れて行動を開始した。 シグナムは本部内に侵入した敵の迎撃へ。はやては、判明している限りの戦闘機人の情報を現場に伝えている。 そして、なのははスターズ分隊の応援へと向かい、ナンバーズと戦う星矢たちと出会った。 なのはは戦闘態勢を維持したまま、ゆっくりと高度を下げ、星矢を地面に下ろす。 ナンバーズの動きを、なのはは目で捉えられなかった。先程のエクセリオンバスターは、星矢への執拗な攻撃を阻止できればと撃っただけで、敵の必殺技を相殺できたのは完全に偶然だ。 なのはは星矢と瞬を窺う。正体は知れないが、彼らは味方のようだ。協力してこの場を切り抜けるしかない。 「君たち、私が攻撃するまでの時間稼ぎ、お願いできる?」 「任せておけ。もうあんな無様な真似はさらさないぜ」 星矢が親指を立てた。どうやら協力関係成立のようだ。 なのはが魔力チャージを始めると同時に、チンクが動いた。 「ピラニアンローズ!」 「ローリングディフェンス!」 瞬の鎖が回転し黒バラを防ぐ。 ウェンディとノーヴェが星矢に迫る。 「はあぁあああああっ!」 星矢の両腕がペガサス星座十三の軌跡をなぞる。 「ペガサス流星拳!!」 毎秒百発以上の音速拳を繰り出す星矢の必殺技。しかし、星矢のコスモの高まりに応じて、その速度はライトニングプラズマに匹敵するものになっていた。 「くっ!」 流星拳を、ウェンディとノーヴェが両腕を交差させてブロックする。 「二人とも、どいて!」 なのはが叫び、杖型デバイス、レイジングハートを構えた。星矢と瞬がその場から飛び退く。 「スターライトブレイカー!!」 なのはの切り札、集束砲撃が大地を焼き尽くす。 「すげぇな」 すぐそばを通過する桜色の光の奔流に、星矢は舌を巻いた。あまりの火力に大気まで震えていた。 やがて光の奔流が過ぎ去ると、射線からわずか外側で、黄金の鎧が白煙を上げているのが見えた。 「てめえら、もう容赦しねぇぞ」 ノーヴェがよろめきながら立ち上り、怒りを露わにする。 「直撃は、しなかったみたいだね」 なのはが悔しげに言った。それなりのダメージを与えたが、戦闘不能には程遠い。 なのはたちは第二ラウンドに備えた。 その頃、ライトニング分隊隊長フェイトは、エリオとキャロをつれて機動六課へと急行していた。フェイトの金色の髪と白いマントが夜風にはためく。 数分前に、機動六課が敵に襲撃されているという連絡があった。それ以来、六課との通信が途絶している。 (ヴィヴィオ、みんな、お願い、無事でいて) 先日、後見人になったばかりの赤と緑の瞳の少女と、隊のみんなの無事をフェイトは祈る。 「すいません。私たちが隔壁の突破に手間取ったばかりに」 白銀の飛竜フリードリヒに跨るキャロが、申し訳なさそうに言った。キャロの後ろに座るエリオも同じ顔をしていた。 「二人のせいじゃないよ。とにかく急ごう」 フェイトはさらにスピードを上げ、海上を飛ぶ。 「止まって!」 フェイトが叫び、急停止する。目の前を魔力弾が通過して行った。 弾の来た方向に目をやると、二人の女が空に浮いていた。 「あなたを先に通すわけにはいきません」 牡牛座(タウラス)の聖衣を身につけた大柄な女性、ナンバーズ、トーレと、全身に武器を装備し、両腕に盾をつけた天秤座(ライブラ)聖衣のセッテが、フェイトたちの行く手を阻む。 フェイトはナンバーズたちに敵意を向ける。 黄金の闘士たちの強さは、ヴィータから聞き及んでいる。もっとも、フェイトたちは、その後ヴィータが撃墜された事実を知らないが。 「エリオとキャロは先に行って。こいつらは私が引き受ける」 「でも」 キャロが食い下がろうとするが、エリオが肩をつかんで制止する。 「僕たちがいても、フェイトさんの邪魔にしかならない」 エリオの空戦能力は限定的であり、キャロのフリードも巨体ゆえに小回りが利かない。高速機動を得意とするフェイトと連携を取ることは難しい。 「……わかりました」 キャロが手綱を操り飛竜フリードを前進させる。 エリオとキャロが離脱していくのを、トーレたちは黙って見送る。目標はフェイト一人らしい。 「セッテ、初陣のお前には悪いが、ここは譲ってくれ」 「わかりました」 トーレが腕組みをしたままフェイトと正面から向かい合う。その兜から生える黄金の牛の角は片側が半ばから折れていた。 (様子見をしている余裕はない!) フェイトの能力限定はすでに解除されている。リミットブレイク、真・ソニックフォームを発動させる。バリアジャケットがレオタード状のものに、デバイスのバルディッシュが二振りの剣に変化する。 速度と攻撃力が格段に上昇するが、防御力が極端に落ちる諸刃の剣だ。 フェイトは電光石火で間合いを詰め、大上段からバルディッシュを振りかぶる。その時、トーレがにやりと笑った。 「グレートホーン!」 トーレが腕組みから、居合いのように両腕を突き出す。同時に、フェイトのバルディッシュが閃光を発した。 野牛の突進の如き衝撃波が、フェイトを海面に叩きつける。トーレの腕組みは自信の表れではなく、攻防一体の構えなのだ。 目くらましのせいで、グレートホーンの狙いがわずかにずれたようだが、真・ソニックフォームの防御力では、かすめただけでも撃墜は免れない。 「無駄なあがきを」 トーレが閃光でくらんだ目を何度か瞬きさせると、すぐに視力は回復した。 フェイトが沈んだ海面は、しばらく波打っていたが、やがて静かになる。 トーレとセッテは、それきりフェイトに興味を失ったように、その場から飛び去っていった。 「フェイトさん?」 フリードに座ったまま、エリオは不安げに背後を振り返る。だが、フェイトの姿は闇にまぎれてもう見えない。嫌な予感が胸中にわだかまるが、今は六課へ急ぐことにする。 前方の空が赤く染まっている。六課隊舎が炎に包まれているのだ。 立ち昇る黒煙の中で悠然とたたずむのは、牡羊座(アリエス)の聖衣をまとった中性的な顔立ちのナンバーズ、オットーと、山羊座(カプリコーン)の聖衣をまとったディードだった。 オットーたちの足元には、蒼い狼ザフィーラと緑の衣を着たシャマルが倒れている。 ディードは一人の少女を脇に抱え連れ去ろうとしていた。なのはとフェイトをママと慕う少女、ヴィヴィオだ。 それを見た途端、エリオの顔から血の気が引いていく。 エリオは死んだ息子の代わりに違法に生み出されたクローンだった。保護の名目の元、親元から無理やり引き離された過去と、今のヴィヴィオの姿が重なる。 「うわぁあああああああーっ!」 エリオの槍型デバイス、ストラーダがフォルムツヴァイに変化する。魔力をロケットのように噴射し、エリオはディードめがけて一直線に突撃する。 ディードはエリオの突撃を軽くいなすと、無防備な首筋に肘を打ち下ろす。一撃で意識を刈り取られ、エリオが突進の勢いのまま地面を派手に転がる。 ディードはキャロに視線を投げると、ヴィヴィオを炎の届かない安全な場所に寝かせた。 「エリオ君!」 フリードがブラストレイを放つ。フリードの炎は、オットーの眼前で透明な壁に遮られる。 「クリスタルウォール」 透明な壁が、ブラストレイをそのままフリードに撃ち返してくる。アリエスの技、クリスタルウォールはあらゆる攻撃を反射する。 ブラストレイの炎が、キャロとフリードの視界を塞ぐ。その隙に、ディードがフリードの懐に飛び込んだ。 「エクスカリバー」 ディードの手刀が、フリードの胸を深く切り裂く。 血しぶきを舞わせながら、フリードが大地に墜落する。投げ出されたキャロは、痛みを堪えながら顔を上げた。 「抵抗をやめてください。我々の目的は施設の破壊と、聖王の器の確保のみ。無駄な流血は望むところではありません」 淡々とディードが言った。 聖王の器がヴィヴィオを指していることは、疑いようがない。 「……させない」 キャロの足元に巨大な魔法陣が出現する。 「ヴォルテール!」 魔法陣から、天まで届くような大きさの黒竜が召喚される。 「これは……!」 意表を突かれたオットーとディードが、ヴォルテールの巨大な尾でなぎ払われ、建物の外壁に叩きつけられる。 「くっ!」 ヴォルテールが咆哮し、ギオ・エルガを放つ。 オットーがクリスタルウォールを展開する。だが、ヴォルテールの業火を反射しきれず、表面に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。砕けるのは時間の問題だ。オットーの顔に焦りがにじむ。 「廬山百龍覇!」 百の龍の牙が、真横からヴォルテールを襲い、片膝をつかせた。 「お前たち、無事か?」 トーレと技を放ったセッテが、オットーたちの隣に降り立つ。オットーがこくりと頷く。 キャロがショックを受けたように口元を両手で覆った。 「そんな……じゃあ、フェイトさんは?」 信じたくはないが、ここにトーレたちが来たということは、フェイトが倒されたということだ。戦えるのは、もうキャロしか残されていない。 (ううん。フェイトさんはきっと生きてる! ヴィヴィオとエリオ君は私が守らないと!) 弱気になる己を必死に奮い立たせる。キャロの戦意に反応し、ヴォルテールが巨大な足で、トーレたちを踏みつぶそうとする。 「さすがにこのでかぶつは厄介だな」 トーレがヴォルテールを苦々しく見上げる。 「これを使ってみましょう」 セッテのライブラ聖衣から、武器が射出される。 トーレガスピアを、ディードがソードを、オットーがトンファーを、セッテがトリプルロッドを装備する。 「「はぁああああああーっ!」」 星をも砕くと称される黄金の武器が、一斉にヴォルテールに炸裂する。 「ヴォルテール!」 悲痛な咆哮と共に、満身創痍となった巨体が轟音を立てて大地に沈む。 「戻って!」 これ以上の戦闘は命に関わる。キャロが慌ててヴォルテールを送還する。 「竜を失った竜召喚士とは哀れですね」 キャロの戦意がまだ潰えていないことを感じ取ったのだろう。ディードが手刀を構えていた。 フリードにあれほどの深手を負わせた一撃だ。キャロに防ぐ術はない。 「エクスカリバー」 聖剣の名を冠した手刀が、無情にも振り下ろされた。 ビルの屋上に、二人の女が待機していた。ここからだと地上本部がはるかかなたに霞んで見える。 蟹座(キャンサー)の聖衣をまとい、大きな丸眼鏡をかけたナンバーズ、クアットロ。 兜の両脇に善と悪の仮面を張りつけた双子座(ジェミニ)の聖衣と、巨大な大砲イノーメスカノンを装備したディエチ。 『準備できたよ』 「了解」 内部に潜入しているセインから連絡が来る。 地上本部は、中央の超高層タワーと、その周囲のやや低い数本のタワーによって構成され、そのすべてが強固な魔力障壁によって守られている。 ディエチはイノーメスカノンの照準を、低いタワーの一つに合わせる。そのタワーだけは内部の隔壁が下りておらず、中にいた者は残らず退避していた。 「IS発動へヴィバレル」 ディエチのISとコスモが融合し、砲弾を形成する。星々を砕くと称される力が、イノーメスカノンの中で脈動する。 「ギャラクシアンエクスプロージョン」 発射された砲弾が、目標のタワーをバリアごと粉々に砕く。崩れ落ちるタワーの残骸と舞い上がる土煙が、ここからでもはっきりと観測できた。 「着弾を確認。これで任務完了だよね?」 「ええ、そうよ。まったく暇でいけませんわ」 クアットロが、あくびしながらコンソールをいじる。一応、本部のシステムにクラッキングをかけているが、そんなものが必要ないくらいナンバーズは圧倒的だった。 「それより、クアットロ。移動しなくていいの?」 ディエチたちの居場所は、今の一撃で知られたはずだ。このままでは敵がやってきてしまう。 「いいのよ。少しは私も楽しませてもらわないと」 折しも、雲間から十名ほどの魔術師が接近してくるのが見えた。本部の救援に向かっていた連中が、こちらに気がつき進路を変えたのだろう。 クアットロが獲物を前にした毒蛇のように笑い、魔導師たちに人差し指を突きつけた。 危険を察知した魔導師たちがバリアを展開する。 「積尸気冥界波」 歌うようなクアットロの声がしたかと思うと、突然魔導師たちがもがき苦しみ出した。白い靄の様なものが、魔導師たちから飛び出し、暗い空間へと吸い込まれていく。 相手の魂を直接冥界へと送り込むキャンサーの必殺技だ。この技の前では、バリアは意味をなさない。 「ちょっと、クアットロ!」 ディエチがクアットロの腕を押さえる。 「ドクターの命令では、できる限り人命を奪うなって……」 クアットロに冷たい眼差しを向けられ、ディエチの言葉は徐々に尻すぼみになっていく。 「わかってないのね、ディエチちゃん。ドクターの命令は、価値がある命を奪うなってこと。あんな虫けら、生きてたって何の価値もないでしょう?」 きりもみしながら墜落していく魔導師たちの死体が、最高の娯楽だと言わんばかりにクアットロは笑っていた。虫の命の価値など、せいぜい死に様で楽しむくらいしかない。 「……クアットロ?」 狂ったように高笑いを続ける姉を、ディエチは怯えたように見つめていた。 ディードの手刀が振り下ろされた瞬間、キャロは覚悟を決めて目を瞑った。 しかし、痛みはいつまでたってもやってこない。 「その程度か」 聞き慣れない声に顔を上げると、長い黒髪が風になびいていた。 キャロを助けてくれたのは、龍の意匠が施された濃緑の鎧をまとった少年だった、隣には冷気に覆われた白鳥の鎧をまとった金髪の少年がいる。 ドラゴン紫龍とキグナス氷河。星矢の仲間の青銅聖闘士たちだ。 紫龍の左腕の盾が、ディードの手刀を防いでいた。 「その程度で聖剣を騙るとは笑止千万!」 紫龍が怒気と共にディードを弾き飛ばす。 「ほう、聖闘士が紛れ込んだか」 トーレが言った。 「だが、たった二名で勝ち目があるかな?」 「それはどうかな」 海側から人影が歩いてくる。 「フェイトさん!」 キャロの顔が喜びに輝く。炎に照らし出されたその姿は、まさしくフェイトだった。 「私はまだ墜ちていない」 トーレが驚愕に目を見開く。グレートホーンは確実に命中したはずだ。あの装甲で無事なはずがない。 グレートホーンが炸裂する直前、フェイトの第六感が警告を発した。トーレの態度が、まるで敵が罠にかかるのを待っているかのようだったからだ。 咄嗟にバルディッシュが閃光による目くらましを行い、その隙に真・ソニックフォームを解除、バリアを展開しどうにか撃墜を免れた。 フェイトとキャロが紫龍たちと並び、戦闘態勢を取る。 「数では互角。これで勝負の行方はわからなくなったな」 フェイトははったりをかます。 撃墜されなかっただけで、グレートホーンによるダメージは深刻だ。バルディッシュを構えていることさえ辛い。痙攣しそうになる両腕を意志の力で抑えつけ、相手が退いてくれるか、増援が来るまでの時間を稼ぐ。 『そこまでです』 落ち着いた声音と共に、映像が空中に投影される。映し出されたのは、乙女座(バルゴ)の聖衣を着たナンバーズ長姉たるウーノ。 『各自、撤退を開始してください』 フェイトの祈りが通じたのか、ウーノの指示に従い、トーレたちが撤退していく。 紫龍たちが追いかけようと一歩踏み出すが、思いとどまる。深追いは危険の上、飛行する相手の追跡は難しいと言わざるを得ない。 「フェイトさん、大丈夫ですか?」 「平気だよ、キャロ」 キャロの気遣いに、フェイトが虚勢を張る。 「それより、みんなを助けないと……」 炎が六課隊舎を飲み込もうとしている。だが、突入できる体力はフェイトには残っていない。 「俺に任せろ」 氷河が白鳥の羽ばたきを思わせる構えを取った。氷の結晶が氷河の周囲を漂う。 「ダイヤモンドダスト!」 氷河が拳から凍気を放つ。氷河が連続でダイヤモンドダストを放つと、火災が瞬く間に収まっていく。 「行くぞ、紫龍」 「ああ」 鎮火した建物の入り口は、がれきによって塞がれていた。 「廬山昇龍覇!」 廬山の大瀑布をも逆流させる紫龍の右アッパーががれきを粉砕する。 氷河と紫龍が建物内へと入っていく。二人の精力的な人命救助により、機動六課の死者数は奇跡的にゼロになった。 ナンバーズが撤退し地上本部の隔壁が解放されると、レジアス・ゲイズ中将は直ちに自屋に戻った。 窓の外では、大画面に表示されたスカリエッティが、犯行声明を行っていた。 不遇な技術者たちの恨みの一撃だの、自らが生み出した戦闘機人の自慢などを滔々と語るスカリエッティを、レジアスは忌々しげに睨みつける。 「ええい、何故、連絡が取れん!」 通信機をいじりながら、大声で怒鳴る。 「すでに回線を変えられているようです」 部下の女性が言った。オーリスや他の部下たちは被害の確認に奔走している。現在付き従っているのは、地味な容貌のこの女一人だけだ。 スカリエッティとレジアスは裏でつながっている。しかし、それはあくまで地上の平和を守るために、レジアスがスカリエッティを利用しているだけで、その逆など決してあってはならない。 レジアスはビヤ樽の様な体を揺すりながらイライラと歩き回り、部屋の隅に置いてあった大きな四角い布の包みに、足を引っ掛けた。 「なんだ、これは!?」 「新しく届いた機材です。お邪魔でしたら、すぐに片付けますが?」 「そんな些事は後にしろ! それより……」 「久しぶりだな、レジアス」 扉を開けて、ゼストが入ってくる。 レジアスは、かつての友が蘇ったことを知らない。あれだけ猛り狂っていた心がすっと冷え、文字通り幽霊を見たかのように顔を青ざめさせる。 「ゼスト、何故、お前が?」 「お前に聞きたいことがあって来た」 ゼストは大股でレジアスに近づいていく。アギトには邪魔が入らないよう廊下で見張ってもらっている。 ゼストは壁際に立つ部下の女を一瞥した。できれば一対一が良かったが、さすがにそこまで望むのは贅沢なようだ。見たところ、戦闘能力は低そうなので、害はないだろう。 レジアスは恐怖に震えながら後退する。 「お前は……」 ゼストが問いを口にしようとした瞬間、レジアスの胸を突き破り、鋭い刃物が飛び出した。 「レジアス!」 部下の地味な容貌が一変していた。 蠱惑的な顔立ちに、右手には鋼の長爪ピアッシングネイルを装備し、青いボディスーツに身を包んでいる。 ナンバーズ、ドゥーエ。ISライアーズ・マスクによって、他者になりますことができる。 「あなたの存在は、今後のドクターに取ってお邪魔ですので」 ドゥーエが微笑み、ピアッシングネイルをさらに深く抉りこむ。鮮血がレジアスの制服を赤く染め上げる。 レジアスは言葉を紡ごうと、口を開く。しかし、一音も発することもなく事切れた。 「貴様!」 ゼストはフルドライブを発動し、渾身の力で槍を斬り下ろす。槍と斬り結んだピアッシングネイルが金属音を響かせて砕け散る。だが、ドゥーエは余裕の表情を崩さない。 「刃向うのですか? どうやら、苦痛の果ての死がお望みのようですね」 ドゥーエは部屋の隅に置かれていた荷物の布をはぎ取る、精緻な文様が施された四角い箱が開き、中から黄金のサソリのオブジェが姿を現す。 オブジェが分解しドゥーエに鎧となって装着される。蠍座(スコーピオン)の黄金聖衣だ。 ドゥーエは砕けたピアッシングネイルを脱ぎ捨てる。露出した右人差し指の爪が、長く鋭く伸びていた。色は血を染み込ませたような紅。 「スカーレットニードル!」 サソリの毒針が、真紅の衝撃となってゼストを貫いた。 レジアスの部屋に入ったアギトとシグナムは、あまりの惨状に言葉を失った。部屋が一面血の海と化している。 「スカーレットニードル・アンタレス」 ドゥーエは静かに呟き、ゼストの心臓から真紅の爪を引き抜いた。聖衣も顔も返り血で真っ赤に染まっている。 ゼストの体には十五個の穴が開き、致死量をはるかに超える血が溢れだしていた。部屋の血はほとんどゼストのものだ。 「旦那!」 ゼストの元へ行こうとするアギトを、シグナムが制止した。迂闊に近づけば、アギトの命も即座に摘み取られる。 「賢明ですね。それでは、失礼します」 「……待てよ」 奇妙に感情の抜け落ちたアギトの声に、ドゥーエは足を止めた。 「一つだけ教えろ。旦那は、旦那はそこの親父と話し合えたのか?」 「いいえ。その前に殺してしまいました」 「そっか」 アギトは顔を上げ、憎悪に燃える瞳でドゥーエを睨みつけた。 「なら、お前は私が殺す。どんな手を使ってもだ!」 ドゥーエはアギトを一瞥すると、窓ガラスを破り外へと身を躍らせる。とてもではないが、シグナムが追跡できる速度ではない。 「間に合わなかったか」 ゼストとレジアスの死体を見て、シグナムが悔しげに顔を歪める。 ささやかな願いを踏みにじられ、どれだけ無念だったのだろう。ゼストの死に顔は、怒りと絶望と後悔が複雑に混ざり合い、とても安からと言えるようなものではない。 室内はむせかるような血臭と、アギトの嘆きの声に満たされていた。 目次へ 次へ