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パトリシア・A・マキリップ 妖女サイベルの呼び声 影のオンブリア チェンジリング・シー オドの魔法学校 ホアズブレスの龍追い人 トップページ>著者名索引>ま行>パトリシア・A・マキリップ
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パトリシアソフィアペリュー(パトリシア・ソフィア・ペリュー) 連合王国貴族のエクスマス子爵の系譜に登場する人物。 関連: ポールペリュー (ポール・ペリュー、父) マリアガライ (マリア・ガライ、母)
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【種別】関連商品/CD 【アーティスト】アンジェラ・アキ 【発売日】2006.05.31 ¥1,500(税込) 【発売元】ERJ 【曲目リスト】 (ディスク枚数:1) 1. This Love 2. 自由の足跡 3. Kiss From A Rose (ディスク枚数:2) 1. 「BLOOD+」プレミア・ストーリー 2. 『This Love』ミュージックビデオ 3rd ED。 コメント ハジと小夜の歌にしか聞こえないが偶然に出来た産物か疑問。CDの他の2曲もハジ小夜ソングに聞こえる。 -- どっちにせよアニメにものすごく合っていた事だけは言える。 -- EDの小夜が着ていた衣装はハジが選んだらしいね。 -- ↑?(゜ロ゜)?! -- DVD最終巻の小夜の衣装の説明に、ハジが買ってあげたイメージのコメントがある。 -- ハジも記憶が戻った小夜自身もヒラヒラした感じの服が好みなんだろうな。 -- 名前 コメント
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1弾リスト 作品基本能力比較 △ 条件付きだったり厳密には違うような気がするやつ 厳密には違うけど実質基本能力を上回るようなら○にしてます(つまり理樹) あとまじこいはSを含む ユースティア すばひび りとばす まじこい ぶるくす 100パンプ ○ × ○ △ ※ 100回復 △ △ × ○ × 100バーン × × △ ○ × ※ただしメイド エリス・フローラリア リシア・ド・ノーヴァス・ユーリィ 兼元 灯里 水上 由岐 黛 由紀江 消毒 秤
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http //glam.lovemedo.cc/ aka LOVE MISSILE member 青木秀樹 guitar 灯り vocal Maverick guitar Richie bass Missy drums CDお別れのKissからもう一度やりなおそう First Kiss LiveLive @ Yoyogi Zher The Zoo, Tokyo December 23rd 2014 tue CD お別れのKissからもう一度やりなおそう imageプラグインエラー 画像URLまたは画像ファイル名を指定してください。 error ファイルが見つかりません (FirstKiss.jpg,left) March 21st 1993 1. お別れのKissからもう一度やりなおそう 2. Believe First Kiss May 21th 1992 1. 眠れぬロマンティック / 2. 涙のラストキッス / 3. Angel Baby / 4. Come On / 5. Tell Me / 6. Foolish Lover / 7. 愛の夜間飛行 / 8. Taste of Honey / 9. こわれたオモチャ / 10. ピエロ / 11. Don t Worry Woman / 12. Crazy Moon 涙のラストキッス imageプラグインエラー 画像URLまたは画像ファイル名を指定してください。 error ファイルが見つかりません () April 23rd 1992 1. 涙のラストキッス 2. Crazy Moon 3. 涙のラストキッス [ Reika-less ver. ] Live Live @ Yoyogi Zher The Zoo, Tokyo December 23rd 2014 tue "GLITTERS FREAKS" 1. All My Love / 2. この胸のときめきを / 3. 特別な夜 特別な君 [ Acoustic ver. ] / 4. Sunshine Love [ Acoustic ver. ] / 5. 恋のピエロ / 6. チープスリルな純愛ストーリー / 7. Angel Baby / 8. 眠れぬロマンティック
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Dグループ第二話『城砦』 今回予告 ―H250年、9月。シアルがミシロの太守に任命されてから、ひと月が経った。タマムシ大学で書籍を漁っていたリシアとレヴィンは、赤い珠に関する手がかりをつかむ。だが、その手掛かりはシアルたちに新しい問題をもたらすこととなった。その問題を解決するため、ムーンはハジツゲへと向かう。また、ゲン軍との闘争は新たな局面を迎えていた。『神剣魔狼』ルードヴィッヒは倒したものの、ミシロとコトキの周りは依然としてゲン軍に満ちている。線ではなく、面による防御を。デムーランの献策を受けたシアルたちは、ミシロ、コトキと三角を結ぶ場所に新たな砦を建設し始める。だが、ゲン軍もそれを黙認するわけにはいかない。砦を巡り、シアルたちとゲン軍の戦いが始まる― 登場人物 ※年齢は250年時点のものです PC シアル・フィング(ヒューリン、男性、27歳) ドレイク・マラード(ヴァーナ(アウリク)、男性、30歳) リシア(ヒューリン、女性、26歳) ユリアンヌ・クライスラー(ヴァーナ(アウリク)、女性、33歳) ソレイユ・ローランサン(ヒューリン、男性、28歳) ダニエル・ヘルガー(エルダナーン、男性、40歳/NPCとして参加) アニマウーナ(ヒューリン、女性、17歳) ミシロ・コトキにいるPCの関係者(前話より継続) ムーン・ボール(ヒューリン、女性、22歳) ヒロズ国の大将軍、バレーの娘。黒髪黒目で細身の女性。バレー譲りの知略の持ち主。武術も鍛錬を重ねている。 誰かの役に立ちたいが故に働きすぎてしまうところがあり、いつも目の下に大きな隈を作っている。 宰相のボックスや将軍のマケ・ルーとの交渉のためハジツゲへと向かうが・・・ オーダマ・リィ(ヒューリン、女性、享年39) ミシロに住む魔獣研究家。赤茶色の長髪を一つに束ねている。ドレイクとは古くからの友人。 ウサギのようなファミリアがおり、ブイと名付けている。アニマ、レヴィンとも友人。 ミシロを大地震が襲った際、赤い珠を狙っていた人物からの襲撃を受け殺される。 コダマ・リィ(ヒューリン(ハーフエルダナーン)、女性、12歳) オーダマの一人娘。金髪を長く伸ばしている。まだ若いが、魔術に関して高い力を持つ。 口調などやや常識はずれのところがあり、オーダマを悩ませていた。 ミシロの大地震で母と家を失い、今は母のファミリアであったブイと共にドレイクの家に居候している。 レヴィン(ドラゴネット(アンスロック)、男性、32歳) リシアの友人。緑髪。知識に関して右に出るものはなく、かつて大将軍バレーに乞われシアルやユリアンヌたちに学問を教授したことがある。 半面、戦いの腕はからっきしであり、ポメロと死闘を演じるほど。 ムーンと交代する形でハジツゲに向かい、将軍のマケ・ルーと話し合いを行うが・・・ デムーラン(エルダナーン、男性、35歳) ユリアンヌの古い友人で、コトキに住む神官。地声が非常に大きい。 先見の明があり、ミシロとコトキ防衛のため新しい砦の建設を訴える。 その結果、砦の軍師に任命され隊長格のユリアンヌと防衛にあたることに。 セイン・ボッツ(ヒューリン、男性、26歳) シアル、ユリアンヌと同じくバレー大将軍の部下であり、遊撃隊の隊長。 礫の達人。緑色が好きで、緑衣の外套を好んで身に付けている。 遊撃隊の特性ゆえ、シアルたちと分かれて行動を行うことが多い。 レテ・ローランサン(ヒューリン、女性、享年23) ソレイユの妹。茶色の短髪で、軍人らしくきびきびした性格。紅白の布をそれぞれ柄に付けた二本の長剣を使う。 シアルの騎馬隊の副官でもあり、故郷のミシロに帰った際にゲン軍の反乱に巻き込まれる。 ミシロで大地震が起きた際、太守のテセウスと共に殺される。 キーナ(ドラゴネット(アンスロック)、女性、21歳) ソレイユ、レテの幼馴染。金髪で非常に大柄。引っ込み思案な性格であり、いつもどこかおどおどしている。 人より馬が好きな性格であり、馬の扱いに長ける。 オドリック(ヒューリン、男性、46歳) コトキ太守。元々は傭兵団の隊長を勤めており、ダニエルとはその頃からの知り合い。 頭を剃っており、毎朝丁寧に頭を磨いている。 その光の反射は、武器だと考える人が出てくるほどに眩い。 モミジ・シューター(ヒューリン(ハーフフィルボル)、女性、21歳) ミシロに住んでいる薬師。オレンジ色の髪を持ち、フィルボルの血を引くため小柄。童顔でもあり、傍目からは少女に見える。 かつて死にかけていたアニマを助けたことがあり、その時の縁がもとで現在は同居している。 アニマがアニムスを連れ帰っても、何も気にすることなく接していた。 プライム・ベリー(ヴァーナ(アウリラ)、女性、5歳) モミジが拾った孤児。孤児だが、アニマやモミジの愛情を受けて育っているため、その出自を気にしてはいない。 剣術に興味があり、折を見てはアニマから習っている。 テセウス(ヒューリン、男性、享年36) ミシロの太守。義に厚く公正で、人々からの評判も高い。 ゲンの反乱は道理にもとるとして、ゲン軍の侵攻を止めるために立ち上がった。 ミシロで大地震が起きた際、レテと共に殺される。 モリナガ(ドラゴネット(メディオン)、男性、51歳) ミシロの文官。仕事はしっかりこなすが、小心で常識にとらわれがちなところがある。 ゲン軍の反乱が始まってからは、コトキでオドリックと交渉を勤めることが多かった。 モズメ(フィルボル、女性、19歳) 義勇軍として加わった新兵の一人。本人は気付いていないが、軍人として天賦の才を持つ。 アニマに見いだされ、将校としてシアルたちに協力する。『神剣魔狼』ルードヴィッヒ軍との戦いでは、アニマの副官として出陣。 以降も、アニマ隊の副官として三千の兵を指揮している。 ブラギ(ネヴァーフ、男性、45歳) 鍛冶職人。武具に関しては、彼の右に出るほどのものはいないと言われるほど、凄腕の職人。 武具にかける情熱は凄まじく、人を持っている武具で覚えるほど。 助けてもらった恩のあるソレイユのことを、密かに気にかけている。 ヒイ(フィルボル、男性、28歳) やや小太りの商人。物資調達の達人。 ミシロで物資が不足すると考え、商人として金儲けを目指すべくシアルたちに協力を申し出る。 新砦のために各地で兵糧や武器を買い込み、シアル軍に売り渡している。 フェミナ(ヒューリン、女性、19歳) 義勇軍として加わった新兵の一人。 『神剣魔狼』ルードヴィッヒ軍との戦いでは、ユリアンヌの副官として出陣。 現在は騎乗しながら銃を撃つ部隊を創設しようとしている。 サラマンダー・タカイ(ドラゴネット(メディオン)、男性、25歳) 義勇軍として加わった新兵の一人。高いところが好きで、竜に乗る。 『神剣魔狼』ルードヴィッヒ軍との戦いでは、ドレイクの副官として出陣。 愛竜はブラックギャラクシー。 ミディア(ドラゴネット(アンスロック)、女性、32歳) バレー軍の若手将校の一人。バレーの指示により、途中からシアルたちに合流する。 『神剣魔狼』ルードヴィッヒ軍との戦いでは、リシアの副官として出陣。 ダイ・ク(ドゥアン(オルニス)、男性、41歳) 凄腕の大工。ダニエルの要請を受け、ミシロの復興に力を注ぐことになる。 ただ、城壁だけは専門的な知識を持たず、納得のいくものが作れずにいた。 ラディ(ヴァーナ(アウリル)、男性、21歳) 義勇軍として加わった新兵の一人。 『神剣魔狼』ルードヴィッヒ軍との戦いでは、コトキの防衛を担当。 ボルテック・フジワラが影の軍を創立するに際し、その実力を見込まれ隊長となる。 ミシロ・コトキにいるPCの関係者(新規) キョウコ(ドゥアン(オルニス)、女性、22歳) 貧農の出身。幼いころから石積みを利用して山の斜面で畑を耕しており、石積みの才能に優れる。 その後、各地を渡り歩いている中でドレイクに出会い、彼と共に旅をしていた時期があった。 今のミシロには石積みの専門家が必要だと考え、ドレイクのもとを訪れる。 ボルテック・フジワラ(ヒューリン、男性、26歳) 臙脂色の髪を持つ大柄な男。義勇軍として加わっていたが、アニマの訓練に文句を唱え、軽く捻られた過去を持つ。 その後、奇襲・攪乱・潜入などを専門とする影の軍の創立を訴え、アニマのもとを訪れる。 ミシロ以外にいるPCの関係者 ウー二世(ヒューリン、男性、54歳) ヒロズ国の第13代国王。前国王ロア二世の四番目の子であり、王になれる可能性は低いと考えられていた。 そのため、政治に関する興味は低く宰相であるボックスに任せている。 バレー・ボール(ヒューリン、男性、51歳) ヒロズ国の大将軍でシアル、ユリアンヌ、セインたちを率いている。娘はムーン・ボール。息子もいる。 ゲン軍の反乱に対処するため、シアルたちをミシロに派遣。自身は同時期に活発な動きを見せる妖魔との戦いに乗り出す。 カタスト・レイサイト(エルダナーン、男性、57歳) ヒロズ国の将軍。優れた将軍として慕うものも多い。ボックスに何度も直言を呈しており、ボックスからは疎まれている。 ゲン軍の反乱が起きた際は弱兵一万と共にミナモの守備についており、その兵でゲン軍の侵攻を何度も食い止めている。 マケ・ルー(ヴァーナ(アウリラ)、男性、45歳) ヒロズ国の将軍。特徴的な赤耳を持つ。将軍の中では最年少だが、将来を期待されている。 調和を重んじる性格で、他の将軍たちがボックスに苦言を呈する中、ボックスと協調しながらボックスの専横を防ごうとしていた。 ボックス・ワン(エルダナーン、女性、66歳) ヒロズ国の宰相。紫色の髪を持ち、ややゆっくりとした口調で話す。 宝石や華美な装飾品に目のない人物で、大きな宝石をいくつも身に付けている。 シアルから譲り受けた青い珠を、ハジツゲの宝物庫に飾っている。 『黄金』ギセラ(ドゥアン(オルニス)、女性、29歳) 赤い髪、白い翼を持つオルニス。商人であり、その二つ名が示すとおり黄金の装飾品をいくつも身に付けている。 シアルの家に代々伝わる青い珠に興味を示していた。 ハジツゲが敵襲を受けた際、ムーンと共にボックスの身を守っていたが・・・ ゲン軍 ゲン・ロン(ヒューリン、男性、37歳) ヒロズ国国王ウー二世の甥で、前国王ロア二世の最初の子であるソツ・ロンの息子。 ウー二世の王位継承に問題があったとして反乱を起こす。公正で華のある人物であり、人々の支持も高かった。 愛竜は白竜のウィレム。 『阿修羅』ジェナーラ(ドゥアン(オルニス)、女性、24歳) ゲンの護衛で体術の達人。感情の変化が激しく、そのことが『阿修羅』の由来となっている。 『大刀』サコン(ドラゴネット(メディオン)、男性、41歳) ゲンが軍にいた時からの部下であり、ゲンが軍を辞めてからもゲンに付き従い続ける武人。ゲンが反乱を起こしてからはゲン軍の大将軍となる。 『大刀』との二つ名が示すとおり、自らの背丈の倍近い両手剣を使う。 『開眼』バルドゥイノ(ヒューリン(ハーフエルダナーン)、男性、35歳) ゲン軍の将軍。ゲンの古くからの友人であり、狙撃の名手と呼ばれいた男。片目を失った現在は槍を片手に戦っている。 攻城が上手いこともあり、シアルたちが築いた砦の攻撃に向かう。 『神剣魔狼』ルードヴィッヒ(ヒューリン、男性、享年49) ゲン軍の将軍。ゲン軍が三方に分かれてホウエンを進軍する際、ホウエン中央を進軍することになる。 シアルたちとの戦いで奥義の分身を披露するも、ドレイクとアニマにそれぞれ倒され死亡。 『春嵐』セレスタン(ヴァーナ(アウリク)、女性、29歳) 『開眼』バルドゥイノの副官。騎馬隊を率いる。また、魔術の才もあり精鋭の百騎と共に魔導騎兵隊を結成している。 バルドゥイノ共にシアル軍の砦を落とすために出陣する。 ルア・ダーンの弟子たち ダン=ルーアとアダ・ルーンの二人組。ダン=ルーアが一番弟子で、アダが二番弟子だっただった。 ルアの仇を取るため、シアルたちに戦いを挑む。共に髪は薄い。 『天使の羽根』 『エース』(ドゥアン(オルニス)、女性、30前後) 『天使の羽根』の裏の指導者。燃えているのかと錯覚するような赤い髪と翼の持ち主。 『ブラックジャック』(ドゥアン(オルニス)、女性、20代後半) 『天使の羽根』の一員。青みがかった黒髪と白い翼の持ち主。 暗殺者を育てるために人体実験を行っていた過去があり、その過程でアニマに様々な改造を施した。 『ジョーカー』(種族不明、性別不明、年齢不明) 『天使の羽根』の連絡役。 セッション内容 罠だらけの、屋敷だった。もちろん、ただの屋敷ではない。この屋敷が『天使の羽根』の研究所として使われていることを、アニマは突き止めていた。当然、中にいる人間も、かなりの手練れぞろいである。だが、罠も人間も、アニマの歩みを止めるほどではない。アニマは、屍を築きながら屋敷中を駆け巡っていた。 不意に、アニマが足を止める。屋敷の奥まったところだ。少年がいた。歳は、十かそこらだろうか。研究所に子どもがいる。その理由は、一つしかなかった。『ブラックジャック』の実験体だろう。 「誰?」 少年の表情からは警戒が見て取れる。アニマは、そんな少年の目を見て語りかけた。 「助けに来ましたよ。アニムス。あなたのお姉さんです」 「お姉さん」 アニムスは、そこで初めて自分を助けた人間が姉だと気付いたようだった。 「お姉さん、僕をどこに連れて行くの?」 「自由なところですよ、どこに行くかはあなたが決めていい。いや、あなたが決めなければいけません」 少し考えた後、アニムスは頷いた。 「分かった。ついて行く」 アニムスを連れて外に出る。そこで、一人の男と会った。 「ふはは、よく来たな」 責任者の男だろうか。かなりの手練れである。 「だが、貴様は私の罠にかかった。行け、我が植物たちよ」 アニマの背中に、鋭い殺気が走る。振りかえると、奇怪な巨木たちがアニマの背後に現れていた。十本以上はいるだろうか。男に視線を戻す。その背後にも、同じくらいの巨木が立っていた。 「キーッ!!」 妙な掛け声を発しながら、巨木たちがアニマへと突進していく。だが、誰もアニマへと達することはできなかった。アニマへと近づいた巨木は、奇怪な音を立てながら伐採されていく。間もなく、大量の木材が誕生した。 「お、おのれ!」 男が憤怒の形相を浮かべる。アニマは、無造作に刀を振るった。男の首が、胴から離れる。 「帰りましょうか」 息一つ、アニマは乱していない。そんなアニマを、アニムスは唖然としていた目で見ていた。 アニムスを連れ、ミシロへと戻る。アニマは、内心困っていた。勢いでアニムスを連れ帰ったは良いものの、その後のことを考えていなかったのだ。モミジの家へと戻る。 「後ろの男の子は、どうしたんですか?」 案の定と言うべきか、モミジが尋ねてきた。アニマはわずかに逡巡する。『天使の羽根』との闘争を、モミジに知られたくはなかった。 「え、ええとですね」 しどろもどろになりながらも、どうにか口を開く。モミジは、微笑みながらアニマを見ていた。 「その、拾いました」 「あら、そうなんですね。その子が行く当てもなくて困っているなら、一緒に暮らしましょうか」 モミジが答える、その表情に、疑いは全くない。純粋な女性だった。 「よろしくお願いします」 アニムスが、頭を下げる。アニマとアニムスは姉弟だったが、共に暮らしていくうちに気付かされることもあった。無理もない、アニムスはアニマを『天使の羽根』に縛り付けるために、組織に留め置かれていたのだ。姉が脱走した今、その必要はないと考えられ、改造されるところだったのだろう。 幸い、アニムスが改造を受けた形跡はなかった。 ただ、アニムスは子ども離れした腕力や体力を持っている。おまけに、ひたむきで人を惹きつけるものも持っていた。軍人になれば、かなりの力を出せるのではないか。アニマはそう考えるようになっていた。軍人に必要な力を学ばせたい、そう思ったアニマは、ユリアンヌに頼み込み、士官学校へとアニムスを入れさせることにした。もちろん、アニムスは乗り気である。 「よろしくお願いします」 ユリアンヌは頷く。ユリアンヌも、推薦状を書くくらいにはアニムスの力は理解していた。それを伸ばせるかどうかは、アニムス次第である。間もなく、アニムスは士官学校へと旅立っていった。 青い珠が、目の前にあった。その大きさは、彼女の手の平にすっぽりと収まるほどであろうか。それは、窓から差し込む僅かな光を受け、海のように深い輝きを見せている。 彼女は、微笑みを浮かべた。全てが、順調である。もちろん、細かい例外はいくらでもあった。だが、それらは些細なことに過ぎない。手を伸ばせば届くところに青い珠がある。それが最も大切なことだった。 王族の出で、軍人でもあるシアル・フィングが、ミシロの太守となるために宰相のボックス・ワンに送った対価だった。そして、彼女たちが喉から手が出るほど欲しているものでもある。だが、焦ってはいけない。この青い珠の周りには、多くの罠が仕掛けられている。彼女自身も、心配がるボックスのために罠を提案していた。それを突き破って青い珠を奪う必要は、まだない。 「あら、こんな所にいたの?」 緊張感のない、ゆっくりとした声が聞こえてきた。振り返ると、大きな宝石をいくつも身につけたボックスの姿が見える。 「あまりの美しさに、つい見とれてしまって」 「わかるわ」 ボックスと話をしながら、外に出る。ほとんど、宝石の話だった。この宰相と会話するたび、この国のことより宝石のことを考えている時間の方が多いのではないか、と思ってしまう。仮にそうだとしても、彼女がそれを気にすることではなかった。青い珠の行方。最も気にするべきは、そこである。 ボックスと別れ、彼女が一人で自宅に戻ると、先客が待っていた。白い翼のオルニスだ。退屈そうな表情を隠そうともしない。 「『ゴルフ』、久しぶりね」 「『ジョーカー』」 彼女は、オルニスのあだ名を短く呟いた。『ゴルフ』、久しぶりにその名で呼ばれた。組織内の仲間だけで呼びあう際に使う、特殊な呼び方だ。彼女の本名は、知らない。他の仲間が、どこで何をしているかも知らない。それを知っているのは、『天使の羽根』の裏の指導者たる『エース』と、目の前にいる『ジョーカー』くらいだった。『ジョーカー』は、連絡役である。 「帰ってくるのが、遅い」 『ジョーカー』が、不機嫌な声で告げる。感情の起伏が激しいことが、彼女の大きな欠点だった。 「それで、要件はなんですか?」 『ゴルフ』は彼女の言葉を無視して尋ねる。『ジョーカー』は苛立った顔をしていたが、口を開いた。 「姉さんが、まもなく動き出す」 姉さんとは、『エース』のことだ。 「予定通り、ゲン軍に加わる手筈となっている」 ゲン軍は、『天使の羽根』の目標における、一つの鍵となっていた。もう一つの鍵となっているのは、ミシロにいるシアルたちだ。だが、シアルのもつ青い珠は彼女が受け取っている。後は、神器を持つソレイユだけだった。 「シアルたちは、どうしますか?」 『ジョーカー』は、首を傾げる。 「そこは、『ブラックジャック』の管轄だ。また何か仕掛けるみたいだが」 「じゃあ、なんとかなりそうですね。彼女は頭がいいから」 「相変わらず、仲がいいな」 『ジョーカー』が呆れたように告げる。 「姉妹ですからね」 「そうだったな。連絡はそれだけだ。場合によっては、姉さんがここを襲撃するかもしれん。その場合は、ボックスと共に逃げてくれ」 『ゴルフ』は頷いた。『エース』の攻撃に巻き込まれては、無事ではすまない。 「とはいえ、あの宰相はその前に珠ごと逃げそうですけど」 「その場合は、珠を他の奴らに奪われないよう見張ってくれ。持ち出しの際は、奪われやすい」 「もちろん」 『ゴルフ』は、にこりと笑う。 「では、頼んだぞ」 頷くと、『ジョーカー』の姿はすぐに消え去った。彼女は、視線を上に向ける。黄金の鞘が、蝋燭の明かりを受け、光り輝いていた。 見渡す限り、一面に本が敷き詰められていた。タマムシ大学の、書庫である。リシアは親友であるレヴィンと共に、書庫にやってきていた。目的はもちろん、レヴィンとオーダマ・リィが研究していた赤い珠についてだ。 三ヶ月前のH260年6月、赤い珠について一人で研究を進めていたオーダマは、何者かによって殺害されていた。下手人が誰かは、分かっていない。おまけに、殺害された直後にオーダマの家は炎上し、オーダマが研究していた資料は全て灰と化してしまったのだった。 「よし、リシア。今日はここからここまでの資料を漁ろう」 レヴィンが本棚三個を指さし、誰でも出来ると言わんばかりの口調で告げる。リシアは苦笑した。レヴィンの本を読む速度は、異常である。おまけに、何故か本人はその異常さに気づいていない。 「わかってはいる。とは言ったものの、本を読むのは苦手なんだよね」 「なに、ジャガーノートと戦うよりは簡単だって。それに、私がほとんど読むからさ。リシアは本棚一つ分だけ頼むよ」 「ああ、分かった」 困り果てた表情で、リシアが頷く。それでもまだ、ジャガーノートの方が楽そうだった。 「リシア」 本を漁り始めて半日ほどたったころ、レヴィンが小さな声でリシアを呼んだ。書庫には他の人間もおり、大きな声を出してはいけないと思ったのだろう。だが、その声色から彼の興奮が伝わってくる。おそらく、手がかりを見つけたのだろう。 「これを見てくれ」 レヴィンが本のページを見せてくる。そこにかかれている言語は、今のノームコプで使われているものではなかった。 「これ、読めないんだけど」 「あ、ごめんごめん」 リシアの反応に、レヴィンが謝る。興奮のあまり、言語の問題を失念していたようだった。レヴィンが、内容をリシアに告げる。そこには、強い大地の力を持った赤い珠に関する詳細が、書かれていた。『紅色の珠』、それが赤い珠の正式な名前である。今から千年以上も昔の大戦争時代に、ノームコプにいた魔獣の力を封じたものらしい。 「この内容を読む限り、かなりのことがノームコプで起きたみたいだな」 レヴィンが表情を曇らせる。その頃のノームコプ南部、ホウエンの地では二体の巨大な魔獣が暴れていた。その名も、グランドラゴンと海王ガラエドリル。 「グランドラゴンは、大地と深いかかわり合いを持つ魔獣らしい。なんでも、グランドラゴンが動く度に大地は震え、その行く先では強烈な日照りから川や湖、時には海すらも蒸発し新たな土地が誕生する。逆に、海王ガラエドリルは海と深いかかわり合いを持ち、ひとたび怒ると津波や大嵐によって陸地はどんどん水没していく。この魔獣たちが暴れ回っていた頃のホウエンは、とてもではないが人が安全に生きていける場所ではなかったらしい」 レヴィンの話は続く。そんな状況に救いの手を差し伸べたのは、神だった。太陽の神アーケンラーヴと愛の水神レイシアである。神であるが故に直接的に現世に介入できないものの、二柱の神はグランドラゴンと海王ガラエドリルを弱らせるため神器を用意した。それが、アーケンラーヴの神器『真紅の腕輪』とレイシアの神器『瑠璃の首飾り』である。そして、それを用いた人間はそれぞれの魔獣を倒そうとしたが、完全に倒しきることはできず、どちらもその力を大幅に弱らせたまま封印されたのだった。その際、その魔獣たちの力を封印するために用意されたのが、『紅色の珠』と『藍色の珠』であった。『真紅の腕輪』と『紅色の珠』はどちらも赤い珠で、『瑠璃の首飾り』と『藍色の珠』は青い珠である。 「グランドラゴンは大地と深いかかわりがある。ほぼ間違いなく、ドレイクが持っている赤い珠は『紅色の珠』だろう。あの珠も、強い大地の力を示していた」 そして、これは推測だが、と前置きしてレヴィンが続ける。 「ソレイユが持っている神器の腕輪、この本の記述と照らしあわせると、『真紅の腕輪』である可能性が高い」 「確かにそうね」 リシアが頷く。一方、レヴィンの表情は曇ったままだった。なぜ、これだけの事実が判明しながらも暗いのか。その理由は、シアル・フィングがミシロ太守となるために手放した青い珠であろう。 「万一、あの珠が『藍色の珠』や『瑠璃の首飾り』についていた珠だとすると・・・まずいことになったな」 レヴィンの表情からは、悔しさがにじみ出ている。もっと早く気づいていれば防げただけに、悔やむことも多いのだろう。 「とはいえ、この事実が分かっただけでも大きな収穫だな。時間も時間だし、今日は戻ろう」 ミシロの城門が目の前に見えていた。レヴィンの魔術で、戻ってきたのだ。大地震から三ヶ月が経ち、街中の建物は少しずつ復旧が進んでいたが、ただ一つ、上手く直せていない部分があった。城壁だ。大工のダイ・クと彼の部下たちが突貫工事である程度は直せたものの、堅牢さは以前より大幅に落ちているらしい。 「そう言えば、ホットドッグは元気かい?」 「ああ、元気だよ。今はどこかで休んでいるんじゃないかな」 「なるほど。いい竜だよな、ホットドッグは」 リシアの愛竜の話をしながら、街へと入っていく。と、先ほど噂をしていたダイが一人城壁を見上げていた。長身で、体格のいいオルニスである。 「ダイさん。城壁の復旧はどうですか?」 レヴィンが声をかける。年長者への敬意からか、珍しく丁寧な口調だった。ダイはその言葉で二人に気づいたらしく、首を横に振った。 「難しい」 「それは、ヤバいね」 リシアが呟く。レヴィンがその横で、ダイと話を続けていた。 「難しい、と言うと?」 「城壁は、家ではない」 ダイは無口な職人らしく、言葉は少なかった。 「確かに、素材は家と城壁で違いますからね。とはいえ、城壁を早く直さないと、リシアも言うようにヤバいと思いますが」 「その通りだな」 ダイが頷く。そして、再び口を開いた。 「家は守るためのものだ。だが、城壁はただ守るだけではいけない。攻めてきたものを迎え撃つ攻撃性が必要だ。そのための、組み方や図面。何より、石積みが必要となる」 「なるほど、優れた城壁には思わぬ罠が用意されていますからね。おまけに、城壁に使う石積みとなると、大工以外の力も必要そうですし」 「ああ。ムーンがいくつか図面を考案してくれたが、しっくりこない」 ムーンは、大将軍バレー・ボールの娘であり、リシアやシアルたちの軍師をしながらミシロの民政を行っている。忙しい生活を送っているようで、休んでいるところをほとんど見かけない。 「そう言うのに詳しい専門家とか、いないんですかね?」 リシアが口を挟む。ダイは首を横に振った。 「知り合いには、いない」 「そうですか。石積み技術が優れた人が見つかると、いいんですがね」 レヴィンが呟く。ダイは頷くと、城壁を睨むように見つめ始めた。 ドレイク・マラードは、目を覚ました。ドレイクは今、ミシロに小さな家を借りて住んでいる。大工のダイが、作った家だ。質素な作りだが頑丈で、防犯上も問題ない。ドレイクはそこで、養女のゴサリン・マラード、身寄りをなくしたコダマ・リィと三人で暮らしていた。 ドレイクは、寝床から身を起こす。食卓では、ゴサリンとコダマの二人が朝食の準備をしているはずだった。食卓からは二人の賑やかそうな声が聞こえてくる。だが、コダマの慌てたような声がしたかと思うと、食器が割れる音が響いてきた。ドレイクは、無言で寝床へと戻る。 「夢かな」 ドレイクは呟く。寝たら、今の音はなかったことになる。ドレイクはそう信じたかった。だが、それこそ夢である。ドレイクは諦めた。ここで、自分が起きない方が大変なことになる。 食卓のある部屋に入ると、五歳になるゴサリンが唖然とした顔でコダマを見つめていた。コダマはと言えば、顔を真っ赤に赤らめながら、割れた皿を拾い集めていた。幸い、中には何も入っていなかったようだ。 「あの・・・その・・・ごめんなさい」 ドレイクに気づいたコダマが、謝る。 「ちょっと、朝からわたしの魂が躍動するような閃きがあって。その閃きの副産物として、わたしの体は翼の生えた天使のように軽かったの」 「怪我は?」 コダマの言葉を聞き流すと、ドレイクは要点だけ尋ねる。コダマの独特な物言いには、慣れてしまっていた。 「傷は負っていません。精霊たちがわたしたち乙女の身を、守ってくれたから」 「怪我がないなら、いい。ゴサリンも手伝え、片付けよう」 「ごめんなさい。ドレイクさん、ゴサリン」 三人が、片づけを始める。その時、家の扉が勢いよく開き、外から一人の見慣れた男が入ってきた。 その名はサラマンダー・タカイ。二ヶ月前に行われた『神剣魔狼』ルードヴィッヒとの戦いにおいて、ドレイクの副官を務めた男だ。高いところが好きで、ブラックギャラクシーと名付けた黒竜に乗っている。コダマはこのブラックギャラクシーという名前がいたく気に入ったようで、サラマンダーが来る度にブラックギャラクシーに会いに行っていた。 「サラマンダー・タカイさん、危ない!」 コダマが警告する。サラマンダーは何故か、サラマンダー・タカイとフルネームで呼ばれたがっていた。サラマンダー必死の努力もあり、今では、ゴサリンでさえも彼のことをサラマンダー・タカイと呼んでいる。 「どうした、コダマちゃん?」 サラマンダーはコダマに尋ねながら、一歩踏み出す。そこには、コダマが割った皿の破片が落ちていた。 「あ」 サラマンダーの全体重が、皿の破片へと集まる。幸い、サラマンダーは丈夫な靴を履いていたので、怪我はなかった。サラマンダーが慌てて足をあげる。そこには粉微塵になった皿の破片が存在していた。 「す、すまん」 沈黙の後、サラマンダーが呟く。 「ちょうど良かった。片づけを手伝え」 ドレイクが短く告げた。サラマンダーは頷くと、皿の破片を集め始める。ウサギのような生物も、皿を拾うためにやってきていた。コダマのファミリアとなった、ブイだ。 体内に光と闇の精霊を宿すその生き物は、元々はコダマの母、オーダマ・リィのファミリアだった。だが、オーダマは三ヶ月前にミシロを襲った大地震とそれに寄る混乱の最中に、殺されてしまう。下手人は未だに、分かっていない。オーダマの死と同時に、オーダマの家であった研究所も燃え、オーダマの家にあったものは全て焼失していた。唯一の例外が、ブイだ。ブイは、オーダマの知り合いであったアニマのもとに助けを呼びに行っており、無事だったのだ。母の形見とも言えるその生き物をコダマはファミリアとし、可愛がっている。 「そうそう、ドレイクさん。我々、飛龍軍の軍営に、ドレイクさん宛の手紙が届きましたよ」 片づけをしながら、サラマンダーが口を開く。サラマンダーが軍営と述べているのは、市庁舎にあるドレイクの私室のことである。ドレイクは、各地を旅している間に得た知識を元に、ムーンやレヴィンと共に民政を担当するようになっていた。その部屋を、サラマンダーは軍営と言い張っている。そもそも、飛龍軍自体、正式な部隊とは言い難い。騎竜に乗る物によって構成されている部隊だとサラマンダーは言い張っているが、このミシロにいる竜と言えば、サラマンダーのブラックギャラクシーとリシアのホットドッグぐらいである。サラマンダーも流石にリシアに飛龍軍のことは相談できなかったらしく、飛龍軍は総勢一名の人間からなる部隊であった。だが、それくらいのことでめげるサラマンダーではない。勝手にドレイクを加えた二人で飛龍軍だと言い張り、ドレイクの私室を改良しているのだ。来たれ、飛龍軍。初心者大歓迎。竜はそちらで揃えて下さい。歓迎したいのかしたくないのか謎の言葉が、ドレイクの私室にかけられている。おまけに、コダマもゴサリンも、そんなサラマンダーが面白いのか、暇なときは協力しているらしい。 「こちらが、その手紙です」 サラマンダーが、封がなされた手紙をドレイクに手渡す。綺麗な装飾がなされた、手紙だった。 「どなたからの手紙ですか?」 サラマンダーがドレイクに訊ねる。見ると、宛先人はキョウコと書かれていた。五年前の一時期、共に旅をしたことがあるドゥアンのオルニスだ。大柄で筋肉質な若い女性であり、金髪に白い翼を生やしている。もとは寒村の貧農の出で、筋肉は農作業で身についたと話すキョウコではあったが、そうは思えないほど多彩な才能を持っていた。一通りの武芸を身に付けているだけでなく、馬も乗りこなし、錬金術や学問にも通じている。それでいて専門としていたのは、石積みであった。その力を活かして多くの農地を開墾していたキョウコは、春になると村の各地で石積みを作り、冬になるとそれを壊す作業を繰り返しており、その中で石積みに関する多くの知識を身に付けていたのだ。 「昔の知り合いで、石積みに詳しい奴が手伝いたいと申し出てくれているんだ」 「なるほど。もし、そんな人がこのミシロに来れば、ミシロの城壁もすぐに再建できそうですね」 サラマンダーが頷く。ミシロの城壁は、ダイが再建しようと努力しているが、なかなか進んでいない。その背景には、石積みに詳しいものがいないとの問題があった。そして、幸運なことに、キョウコの手紙にはキョウコがミシロにいるドレイクのもとを訪れたいとの内容が記されていた。そこに書かれた日付から察するに二三日中には、ミシロに到着するだろう。 「サラマンダー・タカイ、シアルにキョウコのことを伝えて欲しい」 ドレイクがサラマンダーに告げる。 「わかりました。行くぞ、我が愛竜、ブラックギャラクシー!」 サラマンダーが叫ぶ。そのまま扉から出ようとしたサラマンダーだが、入り口で何かを思い返したかのように振り向いた。 「ところで、ドレイクさん。その人、竜にも乗れますよね?」 サラマンダーの目は、少年のような輝きを見せている。 「しばらく会っていないからな。このまま成長を続けていれば・・・」 期待に満ちた視線を否定するのは可哀そうだと考えたドレイクは、曖昧に誤魔化す。しかし、その言葉を聞いたサラマンダーは一人早合点していた。 「よし、飛龍軍第三のメンバーが来ましたね。ドレイクさん、僕は早く彼女が来ることが楽しみです」 サラマンダーは上機嫌で去っていった。 ミシロにある小さな酒場。そこで今日もまた、ソレイユ・ローランサンは一人酒を飲んでいた。普段、一人で酒を飲むソレイユに話しかけるものはいない。だが、その日は違った。 「ちょっと、ご一緒させてもらっていい?」 既に出来上がっているソレイユの目の前に現れたのは、金髪の美女だった。年齢は、二十歳かそこらだろう。背中にある白い翼が特徴的なオルニスだ。見上げているので正確な高さは分からないが、長身であり、体型がはっきりとしている薄手の服から豊満な肉体が見え隠れしている。 「ええ、もちろんお嬢様」 ソレイユは格好つけようと、気障っぽい口調で美女に答える。 「ありがとう」 ソレイユに礼を告げると、美女は席に座った。ちょうど、ソレイユの隣の席だ。美女はソレイユを見て笑みを浮かべる。その視線が、ソレイユの腕で止まった。 「お兄さん、その腕輪、凄そうですね」 「ああ、これか。確かに、これには助けられているが・・・まあ、呪いの道具みたいなもんさ」 「呪いの道具? 何か、その道具のせいで嫌なことにでもあったんですか?」 ソレイユの言葉に、驚いたように美女が尋ね返す。 「いや、実際助けられてはいるが」 「助けられたのなら、良かったじゃないですか」 「まあ、そりゃそうだけどね。なかなか難しいもんでさ。あ、こちらのお嬢さんにも飲み物を」 ソレイユが酒場の店主に、金貨を一枚渡す。遙かに高額な銭に、店主が驚きの目をソレイユに向ける。美女も、驚いていた。 「そんな、自分で払いますよ」 「ここは私の顔を立ててください」 ソレイユが美女に告げる、 「あ、ありがとうございます・・・そう言えば、まだ名前を聞いていなかったですね。お兄さん、名前は何というんですか?」 「私ですか? 私はソレイユ・ローランサンと申します。お嬢様は?」 相変わらず、気障っぽい口調でソレイユが尋ねる。美女は笑みを浮かべた。 「わたしはキョウコ。この街の太守に用があってきました」 「なるほど、太守ですか。ならば、私からも話をつけましょうか?」 美女が、驚いたように目を丸くする。 「あ、ありがとうございます。まさか、あなたがそんな方だとは。わたしは、こう見えても石積み・・・石や煉瓦などを用いて壁や道路、堤防なんかを作ることが得意なんです。この街は、この間の地震で城壁が崩れちゃったじゃないですか。だから、わたしの力が必要とされるんじゃないか、と思いまして。知り合いにも手紙は出したんですが、ちょっと早く着き過ぎてしまって。夜も遅いし、今日は適当に過ごそうと思っていたところだったんですよ」 「石積みが得意とは、大変心強いことですね」 ソレイユは、満面の笑みで告げる。 「ありがとうございます。ソレイユさんは、何をされている方なんですか?」 「私ですか? 私はしがない神官ですよ」 「そうね、しがない神官ね」 ソレイユの後ろから、聞きなれた声がした。頭に、冷たいものがぶつかる。見なくても、それが銃だと分かった。 「そして、どうしようもない飲んだくれでもある」 ユリアンヌだった。赤い服を着ている。ユリアンヌは赤が好きらしく、赤い服を身に付けることが多かった。ただし、戦時は目立つとのことで、他の色の服にしている。今、赤い服を着ているということは訓練が終わった後なのだろう。ユリアンヌの声からは、静かな怒りが感じられた。横にいるアニマが、慌てた様子でユリアンヌをなだめていることからも、それは伺える。 「全く、昼から訓練があったんだけど。来ないから何をしているのかと思ったら」 「ソレイユ殿、ダニエル殿が呼んでいましたよ」 アニマが苦笑しながら告げる。ダニエルは、動物の王アラクネを利用した訓練を行っていた。ソレイユも、何故か何度か訓練に参加させられ、アラクネに追い回されたことがある。一言で言えば、恐怖だった。 「これは、行かないと不味いかな。じゃあ、お二人に後のことは任せて」 「後のことって、何? どういうこと?」 「こちらのお嬢様が、どうやら石積みの名人らしくてね」 それだけで、ユリアンヌもアニマも察する。城壁を直すためにも、石積みが出来る人間は必要だということは、全員が理解していた。 「彼女をシアルのもとに連れて行くのは、わたしたちがやりましょう」 ユリアンヌが頷いた。最も、今日は夜が遅いため、連れて行くのは翌朝のことになってしまうだろうが。 「じゃ、またな」 ソレイユが華麗に去っていく。翌日、彼の悲鳴が何度も響き渡ることとなった。訓練で、いつもより激しくアラクネに追われたためである。もちろん誰も、ソレイユに救いの手を差し伸べることはなかった。 ミシロに新設されたばかりの鍛冶屋に、リシアはやってきた。鍛冶屋の主のブラギが、武具の力を強化できると聞いたためである。特殊な水晶を武具に埋め込むその強化法は、並の鍛冶屋では出来るものではなかった。 「おお、長剣使い殿」 しばらくすると、奥の工房からブラギが顔を覗かせた。鍛冶で邪魔になるからと髭を短く刈り込んだこのネヴァーフは、人を名前ではなく武具で覚えている。 「どうかしたかね?」 「最近ちょっと、この武器の火力をあげたくてね」 「なるほど、そう言ったことなら任せてくれ。儂が、少しでもその武器の力を増やすようにしてみせよう」 「凄いな」 リシアの言葉に、ブラギが笑顔を見せる。 「儂は昔から、こういうことが好きでな。伝説の武具とかを作ってみたかったのだ」 「確かにそれは、格好いいよね」 リシアが相槌を打つ。その時、リシアの背後で光が煌めいた。 「リシア、楽しそうに話しているな」 振り返ると、オドリックが歩きながら近寄ってくる。その頭頂部は、相変わらず目映い。 「おお、ハゲ使い殿か。どうしてここに?」 オドリックに気付いたブラギが軽く挨拶する。どうやら、ブラギはオドリックの武器を、ハゲと認識しているらしい。 「ああ、今晩ミシロで会議があるからな。コトキからは、おれとダニエルが出席する予定なんだ。それに、それまでの時間はミシロの軍と合同で訓練をする予定でな」 オドリックの言葉に、ブラギが納得したように頷く。 「ところで、お主たちは神器使い殿に最近会ったりしたか?」 ブラギが、リシアたちに訊ねてきた。神器使い殿とは、ソレイユのことだろう。彼は、アーケンラーヴの神器とされる腕輪を、いつも身につけていた。武具ばかり気にしているブラギが、人のことを気にするのは、珍しい。 「会ってるよ」 リシアが答えると、ブラギが少し考え込む表情になった。 「儂はそこまで神器使い殿のことを知っているわけではないが、神器使い殿には恩があってな。ここに連れてこられてからも、何度か神器使い殿の顔を見ることがあったが、いつも浮かない顔をしていた。儂は、それが心配でな」 なるほど、とオドリックが頷いた。 「そんな事情があったのか。何か知っていたら教えたいのだが、おれはコトキからあまり動けない。いつもミシロにいるソレイユとは、ほとんど関わりがないんだ。リシア、お前は何か知っているか?」 オドリックがリシアに尋ねる。奥の工房から見える光の影響も会ってか、オドリックの頭はソレイユを心配するかのように明滅していた。 「いつも通り、だらだら暮らしている気もするけどね」 酒浸りの神官を思い浮かべながら、リシアが答える。 「なら、良かった。ありがたい」 ブラギの表情が、いくらか晴れる。 「儂は神器使い殿が心配でな。無茶をしでかすのではないかと気にしているのだ。もし、何かあった時は長剣使い殿、ハゲ使い殿、頼むぞ」 「大丈夫、任せて」 リシアが答える。オドリックを見た。 「後、オドリックさん。今、彼と相談していて。彼は武器の強化にすごく情熱を燃やしているらしいの」 「なるほど。実はおれも、武器を強化してもらおうと思ってきたところだったんだ」 オドリックはブラギを見る。ブラギは、困ったように首を横に振った。 「しかし、ハゲ使い殿。お主の武器は儂が強化できるものではないぞ」 オドリックが、目を丸くする。 「おれの武器は分かるだろう、この剣だ」 「いや、お主の武器はそれではない」 オドリックが、困った表情を浮かべる。ブラギは、頑固でもあった。 「リシア、どうしたらいい?」 リシアは苦笑しながらブラギを見る。 「まあでも、ブラギさん。この剣を強化することはできますよね?」 「ああ、出来る。だが、しかし」 ブラギの目に、当惑が浮かんでいる。 「まあ、いいだろう。ちゃんと、使ってくれ」 ブラギが念押しする。オドリックは、何故そんな念押しされているのか不思議そうな表情で頷いていた。オドリックの武器に対する、不幸な擦れ違いである。 「あ、そうだ」 鍛冶屋を出る際に、リシアがブラギに告げる。 「もし、この鍛冶屋の設備で追加してほしいものがあったら気軽に言ってね」 リシアは遺跡を探索していた際、一生使いきれないのではないかと思うほどの財を獲得していた。ブラギが鍛冶屋を作る際に要求してきた設備、道具の購入費も、全てリシアが出している。 「そうか、長剣使い殿。お主が噂の」 ブラギの瞳に、感謝の念が映る。ブラギは、拘りが強い男だった。質のいい武器を作るために、道具にも妥協を許さない。そのブラギが満足いくものを仕入れるのは、普通の人間では無理だったろう。だが、リシアは普通の人間ではない。街一つを購入できると言われるリシアの財産を利用すれば、金で手に入らないものはなかった。 「実は、道具の中にはいくらか使っていると駄目になってしまうものも多い。理想を言えば、この辺りの道具は定期的に購入し直して欲しいと思っている」 ブラギがいくつかの道具をあげる。リシアは頷く。これくらいの道具であれば、はした金で済むだろう。 リシアとオドリックは、鍛冶屋の外に出た。外は、綺麗な青空が広がっている。オドリックの頭頂部は当然の様に輝き出しており、リシアの頭上と隣、その二か所に太陽が見えるかのようだった。そんな二人の先で、どよめきが聞こえる。見れば、人だかりができていた。なにか、あったのだろうか。 「なんでしょうね」 リシアが首をかしげる。近づいてみよう、そんな話になった。 「どうした?」 オドリックが、群衆の一人に話しかける。話しかけられた女は、何の気なしに振り返り、オドリックを直視してしまった。 「うわっ、まぶしっ」 女が慌てて目を逸らす。近くにいた別の男が目の近くに手を翳しながら、もう一方の指で近くの城壁を指さした。 「ほら、あそこ。見て下さい」 男が指さした先は、城壁だった。そこを、一人の男が登っていた。それも、縄など使わず、己の手と足だけでだ。命綱すらもつけていない。しかし、男は何ら躊躇することなく登っていく。臙脂色の髪が特徴的な男だ。まもなく、城壁を登り切った。どうするのかと思っていると、今度はその城壁を降り始めた。辺りの人々は、その臙脂色の髪の男について話を始めている。どうやら、男はボルテック・フジワラと呼ばれていた。ミシロの新兵の一人で、ここ二か月ほど毎日城壁を昇り降りしているらしい。 「見事なものだな。リシア、そう思わないか?」 隣にいたオドリックが呟く。ボルテックは、その間に城壁を降り切ると、兵舎のある方向へと走り出していた。そろそろ、訓練の時間である。 「あれ、何の役に立つんですかね」 リシアが、率直な疑問を口にする。兵が、城壁を綱もなしに登ることはない。攻城時だとしても、石や矢を投げ込まれたら登れるとは思えない。 「おれには分からん。しかし、恐らく目的があってのことだろう」 「謎すぎる」 リシアが呟く。その隣からは、眩しい光が迸っていた。 朝。マラード家の騒々しい一日が始まった。 「今日こそ、我ら飛龍隊第三のメンバーを集めないといけませんね。そう思いませんか、ドレイクさん?」 ドレイクが、食卓に着くやサラマンダーが口を開く。サラマンダーが毎朝、マラード家に食事を食べに来ていることに、誰も疑問を思っていなかった。 「あれ、昨日第三のメンバーはキョウコだって言ってなかったか?」 「ええ、その人です」 サラマンダーが大きく頷く。その時、家の扉を叩く音がした。サラマンダーがドレイクの顔を見る。 「ま、まさか・・・」 「これが精霊の導きってものですね。サラマンダー・タカイさん、今、あなたの周りで精霊たちが歓喜の音楽を奏でているのがわたしの魂に伝わってきました。是非、サラマンダー・タカイさんが扉を開いてください。あなたの運命は、あなた自身の手で切り開きましょう」 コダマが身振り手振りを交えながら語る。流石のサラマンダーも、コダマのこの行動には少し引いていたようだが、コダマが話し終えると頷き、扉をゆっくりと開ける。そこから、まばゆい光が満ちてきた。 「うわっ、まぶし」 サラマンダーが思わず目を逸らす。扉の先には、オドリックとリシアが立っていた。オドリックの頭頂部で反射した光が、マラード家へと入り込んでくる。誰も、オドリックを直視できない。オドリックの後ろに誰かいるようだが、とても見れたものではなかった。 「ドレイク。お主に会いたいと言っていた人を連れてきたぞ」 オドリックの背後から、一人の女性が現れる。オドリックよりも大柄な女性が登場したことにより、オドリックの顔が遮られる。皆、女性の顔を見ることができるようになった。 「ドレイク、久しぶり!」 言いながら、女性がドレイクに抱き着いてくる。金髪の髪、白い翼。長身で豊満な体。何よりこの声。キョウコだ。キョウコはドレイクにあったことが嬉しいようで、強い力で抱きしめてくる。ドレイクは、息が出来なくなった。慌てて、キョウコの背を叩く。 「ごめんなさい、つい」 キョウコが慌てながら手を放した。その様子を見たオドリックが、大きく頷く。 「ドレイク、約束通り送ったからな。後はお幸せに」 重大な勘違いをしたまま、オドリックはリシアを連れて去っていった。 「わたしからの手紙、届きました?」 「届いた。思ったより早かったな」 ドレイクが答える。キョウコがにこりと笑った。 「そうなんです。なるべく早くここに来た方がいいんじゃないかと思って、急いで着たんですよ」 「それは助かる」 「もしドレイクが良かったらでいいんだけど、早速わたしをシアルさんに紹介してくれませんか? この街の城壁の状態は分かったから、今日から動きたいんです」 キョウコは、ユリアンヌやアニマからもシアルに紹介すると言われていた。だが、友人であるドレイクの紹介でシアルに会いたいと話したため、彼女たちとは別行動となっていた。 「今、朝食だったからな。これを食べたら、すぐに向かおう」 「ありがとう!」 キョウコの手が素早く伸びると、ドレイクを抱き寄せる。ドレイクは、再び息が出来なくなった。ドレイクは慌てず、キョウコの背を叩く。キョウコは慌てて手を放した。 「度々すみません」 昔から、人懐こいところがある女性だった。 「ここまで急いで来たばかりなんだろう。一緒にご飯でもどうだ?」 キョウコは頷く。マラード家の食卓が、更に賑やかになった。 アニマの目の前で、モズメが稽古用の短い棒を構えている。この二か月もの間、アニマは副官であるモズメと彼女が指揮する部隊で三百人を束ねる小隊長たちを集めて毎朝稽古を行っていた。流石と言うべきか、モズメの伸びは目覚ましい。時たま、アニマでもはっとするような一撃を打ち込むことがある。今日もまた、いい構えをしていた。隙が少なく、どこを攻撃されても即座に反撃に移れるような構えだ。相手が、それなりの実力者程度であれば。だが、アニマからすればモズメの構えには、まだまだ隙だらけだった。しかし、圧倒的に勝っても面白くない。 「よし、崩しますか」 アニマは呟くと、懐から癇癪玉を取り出した。地面に投げつけると、激しい音が響く。モズメの注意が、僅かにアニマからそれた。それだけで、アニマには十分だった。アニマの棒が、モズメの首元へと突き付けられる。 「と、こういう風な崩し方もあるわけです」 「自分はまだまだ未熟だってことが、アニマさんに稽古をつけてもらうと、いつも分かります」 モズメががっくりと項垂れる。その後ろで、小隊長たちが叫んでいた。 「相変わらず汚いぞ、隊長!」 その時、誰かが気配を潜ませたまま近づいてくるのを、アニマは感じた。ただ、その微かな気配から殺気は感じられない。アニマは、あえて反応しなかった。だが、向こうはアニマが気付いたことを察したらしく、姿を現した。臙脂色の髪を持つ、大柄な男だった。 「流石、アニマ殿。気づかれましたか」 「おや、何か御用ですか?」 静かに尋ねる。いいながら、アニマは男の精悍な顔に見覚えを感じていた。ただ、すぐに誰かが思い出せない。記憶を辿っていくうちに一人の男を思い出した。三か月前、ダニエルがアニマと共に訓練を始めた初日。アニマに対して突っかかっていった大柄な兵士だ。 「おれはボルテック・フジワラ。アニマ殿は忘れてしまったかもしれませんが、アニマ殿と訓練をする際に、文句を言ってあっさりと捻られた男です」 初めて会った時のボルテックは、もっと傲慢な目をしていた。今、その瞳には闘志が宿っている。兵として鍛えられている間に、気持ちも変化していったのだろう。 「いえいえ、覚えていますよ」 アニマが笑みを見せ答える。 「その名前、忘れるはずがありません」 「ありがとうございます、今日はアニマ殿に、その時の礼と、頼みがあってきました」 「いいですよ。彼らにとってもいい稽古になると思いますから。木刀と真剣、どちらがいいですか?」 アニマの問いかけに、ボルテックが、怪訝な顔をする。 「そう言う頼みではないのですが」 「え? お礼参りじゃないんですか?」 「違います」 ボルテックは苦笑する。 「まあ、戦ってもいいんですが」 稽古は、一瞬でアニマが勝った。大人げないほどに、秒殺だった。小隊長たちは、あまりのことに引いている。ボルテックは、アニマに一礼すると口を開いた。 「相変わらず、アニマ殿はお強いですね。おれは兵士として、いかなる時、いかなる場所でも対応できるようにこの三ヶ月間、訓練の合間を縫って鍛えてきました。もちろんまだ、あなたには届きませんが」 「その成果は、よく見えていますよ」 アニマが微笑みながら答える。ボルテックは、そんなアニマを見つめ、言葉を続けた。 「その最中に、おれが目指すものに気がついたのです。おれが目指すもの。それは、言わば影の軍と呼ばれるものです。正規の軍ではなく、闇を味方にするような軍。奇襲、待ち伏せ、攪乱、潜入などの隠密作戦を主とし、必要とあらば断崖絶壁を登り、何日でも水の中に潜み、岩のように待ち続けることができるような。そんな軍をおれは作りたいと思っています」 「最後の二つは苦手ですが、よくわかります。実際、わたしはそう言ったことが得意ですよ」 アニマが頷く。ボルテックは、満足げな表情を浮かべた。 「流石、アニマ殿です。おれがこの話をアニマ殿に振った理由は一つ。おれは、この軍の隊長に、あなたがなって欲しいと思っているんです。アニマ殿、あなたは強い。ただ、武術が強いだけじゃない。個人で動ける判断力、目的を見失わない冷静さとその場に流されない冷酷さ。あなたの持つ力は全て、影の軍に必要なものです。おまけに、あなたの強さに華がある。その力で、影の軍を率いて欲しい」 「そこまで褒めていただけるとは、いささか面映いのです」 アニマは頬を掻きながら言葉を返す。照れているのだ。 「ですが、わたしはアニマ隊の隊長ですので、彼女の上官を辞めるわけにはいきませんよ。申し訳ないですが、お断りさせてください」 ため息が聞こえた。ボルテックからではない。近くの、小隊長たちからだ。辞めて欲しかったのだろう。 「はい、あなたたちは次の組み手の相手ですよ」 アニマが、ため息をついたものたちを指さしながら告げる。ボルテックがまた苦笑いを浮かべた。 「わかりました。アニマ殿が隊長となっていただけると非常にありがたかったのですが、そう言う事情なら仕方ありません。ただ、もしよろしければ隊員の選抜を手伝っていただけませんか?」 「その程度でしたら」 アニマの言葉に、ボルテックが頭を下げる。 「わたしとしても、適性の面でしたらそちらの部隊の方が向いていると思います。我がアニマ隊は、そう言った動きをすることで有名ですしね。特に隊長が」 「隊長一人だけだろ!」 小隊長から声が飛ぶ。アニマはその小隊長に笑みを向けた。寒気がする類いの笑みである。ボルテックに顔を戻すと、待っていたかのようにボルテックが口を開いた。 「それと、この隊を考える時に大切になってくるのが、大まかな方針です。現地についてからの行動は一人一人が考えることになると思いますが、どこでどんなことをするのか。その方針を我らに示してくれる人が欲しいと思っています。もちろん、通常で考えれば、この街の太守であるシアル殿が最も相応しいと思いますが、シアル殿は潔癖な面があるとおれは思っています。そして、それがシアル殿のいい面を生み出している。この隊の方針を考えさせてしまうと、失うものが多いのではないかと思います」 つまり、太守であるシアルに汚れ作業をさせてはいけない、とのことだ。その存在くらいは知っておくべきだろうが、具体的な行動を考えるのはシアルに向いていない。軍師で、民政の頂点にいるムーンは適任かもしれないが、寝る間も惜しんで仕事をしている彼女に、これ以上の負担はかけるべきではないだろう。 「おれは、ユリアンヌ殿が向いていると思います」 ユリアンヌは射撃隊の隊長で、軍人としての経験が浅い人間が多いミシロの中では、熟練の腕を持つ女性だった。シアルやムーンの補佐をする場面も見受けられるし、影の軍を受け入れられるような柔軟さも持ち合わせているだろう。 「ところが、おれはユリアンヌ殿に会う手段を持ち合わせていなくてですね」 「ユリアンヌ殿に会う気があったら、ご紹介しますよ」 「早速にでも」 ボルテックが、答える。アニマは頷いた。 「ただ、少々お待ちください」 背後にいる、小隊長たちに声を向ける。 「あなたたち、休憩は終わりですよ」 話を振られるとは思っていなかったようで、小隊長たちは慌てて身を起こす。 「戦場では何が起こるかわかりません、乱戦です。ボルテックさんも、参加してくださいね」 持っていた竹刀を、ボルテックに渡す。 「じゃあ、お昼前の訓練はこれで終わりです。モズメさんを除いた十一人で、乱戦しましょう。最後まで残っていた人が、勝者です。はい、初め!」 アニマの掛け声と同時に、小隊長たちが掛け声をあげて飛び掛かる。目標は、アニマだった。もちろん、アニマは乱戦の人間には含まれていない。だが、日ごろの恨みを晴らしたいと考える小隊長たちは、多かった。アニマは素手だ。だが、それでも圧勝だった。間もなく、小隊長たちは全員が倒れる。残されたボルテックは、何度目かわからぬ苦笑いを浮かべていた。 「あなたたちは、お昼ご飯抜きです」 倒れた小隊長たちに、アニマが告げる。そして、ボルテックを伴うとユリアンヌに会うべく歩き出した。 朝、市庁舎に到着したシアル・フィングは誰かが既に執務室で仕事をしていることに気づいた。いや、むしろ市庁舎に到着する前から察していたといっても過言ではない。シアルはため息をつくと、市庁舎へと入った。 「おはようございます、シアルさん」 声をかけてきたのは、予想通りの人物だった。ムーンだ。シアルたちの軍師であり、民政の頂点にいるムーンは休む暇がなかった。いや、例えあったとしてもムーンは休もうとしないだろう。この二ヶ月、ムーンは誰よりも遅くまで残り、誰よりも早く市庁舎へやってきていた。ムーンに聞いたところ、市庁舎の目と鼻の先にある建物を借りて住んでいるらしい。ただ、ムーンが部屋に戻っているのを誰も見たことはなかった。 「シアルさん。最近わたし、忙しいんですが、楽しいんですよ」 確かに、目の下にある隈と反比例するように、ムーンの顔は輝いていた。そして、彼女の奮闘にあわせるかのように、ミシロの民政は充実し始めている。 「大丈夫ですよ、ちゃんと休んでいますしね」 シアルの顔を見てか、慌てて付け足す。 「そう」 シアルは呆れと諦めが入り混じった声で呟いた。 「それに、レヴィンさんやモリナガさんも仕事をしっかりやっていただいていますしね」 モリナガはこの街に昔からいる文官で、たまたまコトキに出向していたことから大地震を避け、生き残った唯一の高官だった。やや小心過ぎる所はあるものの、テセウスから信頼された文官だけのことはあり、しっかりと仕事をこなしている。 「ただ、そろそろわたしだけで解決できない問題が出てきました。軍師のことです」 ムーンが、シアルを正面から見つめる。 「以前から申し上げている通り、今後のわたしたちは二面、三面で軍を動かす必要が出てくると思います。その際、わたしがいない方の軍には軍師がいません。もちろん、大まかな戦略は全員で共有できるのでいいのですが、細かい戦術面を考えられる軍師が、もう一人は欲しいと思っています」 「そうだな。全てをムーンに任せるわけにもいかないし」 シアルが頷く。ムーン以外に軍師の適任者がいないことが、シアルたちの悩みであった。学識に関しては右に出る者はいないレヴィンも、その適正は民政である。そもそも、ポメロと戦うのに精一杯な人間を戦場に伴いにくい。レヴィン本人も、戦術よりは戦略面で協力すると話している。文官一筋のモリナガなどは、論外だ。 「誰か、思いつく人はいないでしょうか? あるいは、ユリアンヌさんやセインさんから、軍師に適性がありそうな人の話は聞いていないでしょうか?」 「残念ながら、私は聞いていないな」 シアルが首を横に振る。 「そうですか。もし可能であれば、今日の会議でそのことを話し合いましょう」 「そうだな。議題に出しておくのは悪くない」 シアルが頷く。ムーンが嬉しそうに笑った。もう一人の軍師を、切実に欲しているのだろう。 そして、二人は各々の仕事を始め出した。そんな執務室に人がやってきたのは、昼前のことであった。 「ドレイク、シアルさんがいるのはこの部屋でいいの?」 元気そうな女性の声が、扉越しに聞こえてきた。間もなく、扉を叩く音が聞こえる。 「どうぞ」 シアルが入室の許可を出すと、二人の男女が入ってきた。ドレイクと、見覚えのない金髪のオルニスだ。白い翼を持ち、着ている薄手の服からは、体の線がはっきりと伺える。豊満な体の持ち主であったが、その身のこなしは軽やかだ。どこかで武術でも習ったことがあるのかもしれない。良く見ると、筋肉質な肉体を持っていた。 「そこに居る人が、サラマンダー・タカイから聞いた人かな?」 シアルが尋ねる。騒々しいあのメディオンが執務室にやってきたのは、昨日のことだった。 「察しが早くて助かる」 ドレイクが頷く。シアルが、キョウコに向き直った・ 「キョウコさんでいいんだな」 確認するように尋ねる。 「わたしは、行き倒れかけていたところをドレイクに助けてもらった恩があります。今、ドレイクはこの街の復興で猫の手も借りたいほどに困っていると聞いたので、その時の恩を返すべく手伝いに来ました」 「わかった、よろしく頼む。ミシロ太守のシアル・フィングだ。早速だが、ミシロの防壁について相談がある」 「わかりました。できれば、わたしとしては早急に仕事を始めたいと思っています。石積みの図面自体は、昨日城壁の状態を見た時点である程度考えておきました」 キョウコが、丸めた紙を取り出す。そこには、城壁の図面が描かれていた。ところどころ小さな文字で注釈が書かれている。そこに、攻めてくるものを撃退するための策が書き込まれていた。かなりの出来である。図面を見たムーンも、感嘆の声を上げていた。ムーンが、いくつかキョウコに質問をしていく。その答えから察する限り、利発そうな女性だった。 「シアルさん、石積みのことは、キョウコさんにお任せしましょうか?」 一通りキョウコと話した後、ムーンが尋ねる。シアルは頷いた。 「そうだな。ムーン、城壁に必要な資材はすでにそろっているのか?」 「ある程度なら。足りない分は、速めに購入するしかないでしょう。事前に言っていただければ、リシアさんやヒイさんが用意してくれるはずです」 リシアは、莫大な資産に拘りを持っていなかった。私財を投じて、ミシロの復興を手伝ってくれている。ただ、リシアは意外と商才があったようで、資産はほとんど減った様子もなかった。それでいて、必要なものは取り揃えてくれる。 「キョウコ。今ある物資についてはムーンに、今後購入予定のものについては、リシアやヒイに頼む」 キョウコの返事を聞くと、シアルはドレイクを見た。 「ドレイク、早速キョウコさんを借りるぞ」 ドレイクは短く頷く。シアルとドレイクの間は、それだけで十分だった。長い付き合いである。 「キョウコ、後はよろしく頼んだぞ」 キョウコは笑顔で頷いた。その後、思い出したように口を開く。 「そう言えば、ドレイクとシアルさんはいつからの友人なんですか?」 「士官学校時代からの友人だ。魔術面ではお世話になっていた」 シアルが答える。年齢や専攻、性格すらも違った二人だが、不思議と馬が合っていた。合同で作業するときなどに、よく組んでいたこともあるのだろう。互いの足りないところを補い合えるような友人関係だった。 「なるほど。そうなんですね。良いなあ」 シアルの答えを聞いたキョウコは羨ましそうに呟く。 「わたし、そんな友達とかできたこともないんですよ。羨ましい限りです」 その表情は、どこか暗かった。 ユリアンヌの目の前を、一頭の騎馬が駆けていく。駈けながら、馬上にいる緑髪の女性は銃を撃っていた。ユリアンヌの副官を務めているフェミナだ。五十歩ほどの場所に用意された五つの的に、弾が次々と命中していく。 「隊長、如何ですか? これくらいの精度と機動力で動ける部隊がいれば、少数でも相手の脅威となりやすいのではないでしょうか?」 やがて、戻ってきたフェミナがユリアンヌに訊ねる。フェミナは馬の扱いに長けており、それを活かして馬上で銃を扱う部隊を創立しようとしていた。 「見事な物ね。ただ、みんながみんな馬に乗れるわけじゃないからね。まず、馬に乗れる人間を探さないと」 「その通りですね」 フェミナが頷く。馬に乗りながら銃を撃つには両手を空けなければならない。両手を使わずに馬を自在に乗りこなせ、おまけに射撃まで出来る必要があるのだ。ようやく、五十人近く集まったくらいだった。 「まあ、馬や銃に関しては誰かがしっかり調達してくれると思うけど」 ユリアンヌが、頭の中でリシアのことを考えながら告げる。最近のリシアは、最早商人だった。 「今日はオドリック殿、モズメ殿と合同で訓練を行う予定なので、そこでこの部隊がどこまで通用するのか見てみたいと思っています」 「そうね。訓練の間に、思いついたものは試してみるといいわ」 フェミナは頷くと、部下の兵と共に去っていく。今日の訓練には、多くの将校が参加していた。視界の端では、シアルの騎馬隊がセインの遊撃隊と模擬戦を行っている。ユリアンヌは、背後を振り返った。ミシロの街が見える。城壁の多くは、先の地震で壊れてしまったが、物見櫓の一部は残されていた。そこに、ムーンの姿が見える。ムーンは、仕事の合間に物見櫓に登っていることがあった。考え事をするためと本人は話しているが、ムーンが櫓に登るのは、シアルが訓練をしている最中だけだとユリアンヌは知っていた。ユリアンヌが考え事をしていると、部下の一人が近づいてくる。何でも、ユリアンヌに会いたいと述べる神官がいるらしい。部下に連れられてユリアンヌが向かった先には、デムーランが立っていた。ユリアンヌは軽く耳を押さえる。 「ユリアンヌ、元気そうで何よりだな」 デムーランが、辺りに響くような大声で話しかけてくる。 「耳を塞いでいても聞こえる声量とは、たいしたものね。あなたは」 「すまんすまん、お前に会いたいことがあって、つい大声を出してしまった。それでだな、ユリアンヌ。お前に頼みがあるんだ」 デムーランがユリアンヌを見つめた。一見すると神経質そうなその表情の奥には、闘志が見え隠れしている。ユリアンナの返事を聞くと、デムーランは懐から丸められた書類を取り出した。それを、ユリアンヌに渡す。 「これは、このあたりの地図だ。私は、最近、この辺りの地形を調べまわっていた。今、この小康状態の間に考えておくべきだと思ったのでな」 デムーランは言葉を続ける。 「私は、ミシロとコトキを守るためにこの二つの中間地点。ちょうど、三角を描けるような場所に新しい砦を築くべきだと思っている。ミシロとコトキは、線の結びつきがある。この結びつきでゲン軍の攻撃を耐えることができた。しかし、これからも戦いは長期化していくだろう。その際に、線で結ばれた地域だけでは補給など多くの面で問題が発生する。それを防ぐために、ミシロとコトキ、そして新しい砦の三点を中心に面で防御を考えるべきだ」 デムーランが、新しい砦の候補として考えた場所は、ミシロとコトキのほぼ中間にあった。ちょうど北や東にあるシダケ、カイナに目を光らせるような位置取りだ。 「ちょうど、この場所が周囲と比べいくらか小高い丘となっている。ここが、砦を築く場所としては最善だろう。おまけに、そう遠くないところにシダイナ川がある。この大河を越した先に砦があると知れば、ゲン軍は侵入しにくいはずだ」 いい位置だった。元々、ミシロもコトキもゲン軍の支配地であるムロやトウカに近いことから、西と南に対する備えは用意していた。だが、ゲン軍の進軍速度は速く、既にシダケもカイナも落とされている。フエンもそろそろ危ないらしい。フエンの先には宰相ボックスの別邸があるハジツゲがあった。ボックスも警戒はかなりしているようで、将軍の一人マケ・ルーを呼び寄せその守備に当たらせていると聞く。ただ、マケ・ルーは大将軍であるバレー・ボールや寡兵でゲン軍に立ち向かっているカタスト・レイサイトと比べると明らかに格落ちする将軍であった。勢いもあるゲン軍本隊を止められるかは、怪しい。 そして、東を広大な砂漠、西を険峻なリュウセイ山脈に囲まれた要地、ハジツゲをゲン軍が得てしまえば、ヒロズ国がホウエンに介入する手段はほとんど失われてしまう。その時、ゲン軍の支配地に楔のように存在するシアルたちを、ゲン軍がどうするかは目に見えている。現在、西回りからフエンを包囲しているゲン軍本隊か将軍『開眼』バルドゥイノ軍。あるいはその両方がミシロとコトキへとやってくるだろう。その前に、この要地に砦を建設しておくことは重要であった。 「けれども、その重要性はゲン軍もわかっているんじゃないかしら?」 ユリアンヌが尋ねる。 「その通りだ。もちろん、この砦を建設し始めればゲン軍がやってくることは間違いない。だが、砦の建設は早期に行うべきだ。今、ゲン軍はフエンの包囲に手間取っている。その間に砦を建設してしまえば、ゲン軍は我々を攻めにくくなるだろう。だから、私はこの意見を皆に伝えたい。特に、街の太守シアルや軍師のムーンに」 デムーランの瞳の奥からは、燃えるような闘志が見える。 「だから、ユリアンヌ、頼みがある。会議の場に、私を伴ってくれ。私は砦の建設を、皆に訴えたい」 「いいけど、具体的な戦略をあんたの方から説明しなさいよ」 「もちろんだ、任せてくれ。私はこの砦の建設を、シアルさんが太守となった時から考え続けてきた。毎日のようにこの辺りを出向き、土地を調査していたんだ。いくらでも、言える」 デムーランは、見かけによらず熱い男だった。思い返せば、初めて出会った時から変わらない。 ユリアンヌとデムーランが知り合ったのは、ユリアンヌが射撃隊に配属されたばかりの頃である。その日、ユリアンヌは射撃隊の隊長であるダン・クライスラーと話をしていた。ダンは、ユリアンヌの亡き夫である。最も、この時はまだ結婚どころか、お互い話したこともなかった。ユリアンヌの射撃の腕を見たダンが、感心して話しかけてきたのである。この頃から、ユリアンヌの射撃の腕は、百発百中であった。 「ダン!」 兵舎の入り口の方から、声が響いてきた。この兵舎全体に響き渡るような、大きな声だ。ダンが、苦笑している。 「おれの友人が、来たようだ。いい奴なんだが、声が大きいんだよ」 「隊長、アウリクのわたしには結構な辛さです」 ユリアンヌも苦笑しながら、言葉を返す。そうこうする間に、一人の細身の青年が速足で向かってきていた。神経質そうな顔をしており、とても大きな声を出せるとは思えない。だが、その目だけは異様に輝いていた。 「ダン。不味いことが起きている」 大声で、話しかけてきた。ユリアンヌの内心に、青筋が走る。しかし、この時のユリアンヌは隊長の友人と言うこともあって、遠慮して何もしなかった。今なら、罵声の二つ三つは飛ばすだろう。 「お前なあ、静かにしろっていつも言っているだろ。見ろ、彼女の反応を」 ダンの指摘にデムーランが苦笑する。ユリアンヌは、両耳を手で塞いでいた。 「すまんな、気をつけようとは思っているが、何かあるとつい大声を出してしまうのだ」 すまない、とユリアンヌに謝る。声もいくらか、小さくなっていた。 「それで、何があった?」 ダンが、尋ねる。デムーランは、真面目な顔で頷いた。 「村から、神官仲間がやってきた。賊が現れたんだ。おまけに、軍の奴らは賊を怖がっているのか、軍を出そうともしない」 デムーランは神官服を着込んでいた。装飾から察するに、ダグデモアの神官だろうか。 「賊退治ですか? 賊の規模は?」 ユリアンヌが尋ねる。 「大体百人くらいだ」 「厄介だな」 ダンが渋い面をする。そんなダンを見て、デムーランが呆れた顔をする。 「おい、ダン。お前まで行くのを渋ってどうする。私が来た理由くらい、分かるだろう」 再び大声で、ダンに話しかける。流石に、ユリアンヌの堪忍袋は限界だった。 「あんたねえ、さっきから煩いのよ!」 デムーランの尻を蹴り飛ばす。デムーランが、尻を押さえながら申し訳なさそうに謝る。 「すまんすまん、つい興奮してしまって」 二人を見ながらダンが、苦笑する。 「デムーラン。おれとお前の二人で、その賊を倒すと言いたいんだろう?」 「ああ」 デムーランが、当然だと言わんばかりに頷く。 「もちろん、おれも手伝おう。ただ、ユリアンヌ。良かったら君も手伝ってもらえないかな?」 ダンが、ユリアンヌを見た。 「わたしの力が、お役にたてるのであれば」 ユリアンヌが頷いた。賊との戦いはユリアンヌとダンの射撃の腕前、そしてデムーランの策もあって圧勝に終わった。ただ、デムーランは勝手な行動を神殿から窘められたらしい。その後も、デムーランは何かあると熱く語り、動き続けていた。その度に神殿から叱責を受け、実力の割には下位の神官に留まり続けているが、本人は気にした様子もない。何かあった時に真剣に話を聞いてくれる友がいれば、十分だ。デムーランはそう言っていた。 「ユリアンヌ、よろしく頼む」 過去のことを思い返していたユリアンヌに、デムーランが頭を下げた。そこに、部下がやってくる。どうやら、別の来客があったようだ。アニマと、臙脂色の髪をした大柄な男である。 「あら、アニマちゃんどうしたの?」 ユリアンヌの問いかけに、アニマが口を開いた。影の軍を作ってはどうか、その提案だった。 「おれが、影の軍を作りたいと言っているボルテック・フジワラです」 アニマの隣にいる大柄な男が、一歩前に出て自己紹介をする。 「わたしがその隊長を打診された、アニマウーナです」 何故かアニマもそれに合わせて、同じようなポーズをとっていた。ユリアンヌは苦笑する。 「なるほど。ところで・・・ボルテック・フジワラだっけ?」 「はい、ボルテック・フジワラです。ボルテックと呼んでください」 ボルテックが、しっかりとした声で答える。 「闘技場で、剣闘士をしていた経験は?」 「ないです」 今度は、ボルテックが苦笑する番だった。確かに、この風変わりな名前は本名なのかと疑いたくもなる。 「そうです。彼はボルテック・フジワラ。得意技はジャーマンスープレックスです」 だが、隣にいたアニマが何故か同意する。 「やっぱりあなた、闘技場の出身じゃない」 「違います。おれは別に闘技場にいたことはないです」 「あら、遠慮しなくてもミシロに闘技場はあるわよ」 ボルテックが冷静に否定するが、何故かユリアンヌは確信をもって話していた。ボルテック・フジワラ。名前が生んだ悲劇である。 「まあ、裏の仕事が出来る部隊を彼が作りたいので、実働部隊の隊長とは別にその指揮官を欲しいとのことです。頭になりそうな人を、紹介してください。もしくは、あなたがなってください」 流石に見かねたのか、珍しくアニマが話を元に戻していた。 「わたしは射撃隊の隊長よ。隠密行動の訓練はしてきたけど」 「おれが求めているのは、指示を出してくれる人です。どの軍を攪乱してほしいとか、どこを奇襲してほしいとか。そう言った目標を考えてくれる人を、おれは求めています。実働は、おれや他の隊員が現地で考えて行動します」 ユリアンヌは考え込んだ。最適な人間はムーンだろう。しかし、ムーンにこれ以上の仕事を任せていいのだろうか。確かに、彼女は喜ぶだろう。だが、ムーンが倒れてしまっては元も子もない。 「オドリック殿は、どうでしょうか?」 アニマが聞いてくる。 「あの方でしたら、いざとなれば究極☆オドリックビームで全てを灰燼に・・・失礼、これは今朝見た夢でした」 謎の台詞を口走りながら、オドリックを推薦する。 「そうねえ、確かにオドリックだったら堅実な判断はできるだろうから」 「そうです。オドリック殿は、頭の中なら比較的優秀です」 妙に含みのある言葉を、アニマが口にする。 「頭の外は、壊滅的だけど」 ユリアンヌも、オドリックの頭皮を思い浮かべながら答えた。 「まあ、ダニエルもいるし」 こうして、影の部隊はオドリックとダニエルの二人が大まかな方向性を決めていくこととなった。 今日の会議は、珍しく夕方からだった。これは、ソレイユにとっては忌々しき問題だった。何しろ、会議が長引けば長引くほど、酒場に行く時間が遅くなってしまう。致命的だった。 「ソレイユが時間通りに来るとは、珍しいな」 会議の場につくと、セインが話しかけてきた。緑が大好きなこの男は、今日も緑衣を羽織っている。 「おれの休みとか、そう言うのはどうしちゃったんですかね」 「みんな休めないし、仕方ないだろう」 セインがため息をついた。彼も、休みたいのだろう。顔を上げたセインは、近くにいたドレイクに近づいていく。 「そうそう、ドレイク。お前、女の人と抱き合ったんだって?」 「いやあ、昔の馴染みだよ」 ドレイクは軽く受け流す。 「なるほど。じゃあ、今度紹介してくれよな」 「紹介ならいつでもするし、それ以前にどこかで会うんじゃないか?」 ドレイクが言葉を返す。その時、西日よりも眩しい光が室内に入ってきた。 「この目くらまし、さては!」 アニマが手を翳しながら告げる。そう、オドリックだ。その背後には、ダニエルもいる。 「この部屋からの景色は素晴らしいが、少し西日が眩しいな」 自らの頭頂部を省みず、オドリックが呟く。 「うるせーハゲ。おれたちはお前のせいで、眩しさ百倍なんだよ」 セインが返す。オドリックは、呆れたように肩をすくめた。その時、部屋の扉が開く。入ってきたリシアとレヴィンは、オドリックから発せられる光をまともに浴びてしまった。 「うわっ、まぶしっ!」 レヴィンが思わず目を逸らす。 「レヴィンか。すまんすまん、まさかおれの後ろから人がやってくるとは思わなくてな」 オドリックが、豪快に笑う。レヴィンは苦笑した。 「私も多少のことは動じないですが、オドリックさんの輝きは想像以上でしたからね」 「これは励まして貰っているのかな。嬉しい限りだ」 「お前の場合は、励ましではなくハゲが増しているだけだろ。なあ、ドレイク?」 「これ以上増したら、確かに困るな」 「増す、増さないではなく、オドリック殿は養殖ハゲでは?」 アニマが、まっとうな疑問を口にする。 「偽物のハゲなのでは? 偽りのハゲなのでは?」 何故か、ハゲを強調し始める。 「とりあえず、幕を下ろすぞ」 シアルが冷静に告げると、窓に向かって歩き出した。西日が弱まり、同時に頭頂部の輝きも控えめになる。そうこうしている間に、ユリアンヌがやってきた。これで、出席者は全員揃ったようだった。ただ、ユリアンヌは珍しい顔を連れていた。デムーランだ。 「そちらの方は?」 シアルがユリアンヌに尋ねる。 「デムーランよ。過去に何度か、話したことがあるでしょう」 「要件は?」 シアルの問いかけもあり、必然的に会議はデムーランの話から始まった。内容は、砦についてだ。ミシロ、コトキと三角を作るように、新しい砦を建設する。その砦とシダイナ川を利用して、北部や東部からやってくるゲン軍を防ぐ。ムーンやレヴィンも唸るほど、合理的な策だった。 「指揮官は?」 シアルが短く尋ねる。砦の建設は、認められていた。レヴィンも口を開く。 「確かに。砦の指揮官は極めて重要だ。生半可な人間では、そこに向かう将校や兵士も納得しないだろう。兵が納得する実績と実力が必要だ」 ミシロ太守のシアルも、コトキ太守のオドリックも、それに見合うだけの実績や実力を残している。テセウスの死後、ミシロとコトキをまとめ上げてきたシアル。長年コトキの太守として信頼を築き上げてきたオドリック。どちらも、太守に違和感はなかった。新しい砦の指揮官になる人物も、それくらいの人間であることが要求されるだろう。 「ここは」 そう言って立ち上がろうとしたのは、アニマだった。だが、隣にいたセインが即座にアニマを座らせる。お前じゃない。皆の瞳が、そう物語っていた。 「わたしは、ユリアンヌさんが適任だと思います」 そう告げたのは、ムーンだった。 「わたし?」 突然のことに、ユリアンヌが驚きの声を上げる。 「確かに、ユリアンヌ殿なら私も信頼できます」 アニマが頷いた。レヴィンも同意する。 「ああ。私もそう思う。ユリアンヌは射撃隊の隊長としての実績もあるし、皆を引っ張っていけるだけの魅力と統率力がある。ただ、欲を言えば軍師が欲しい。砦は、東と北を防衛する要となる。知恵袋が一人いた方が、ユリアンヌも安心できるだろう」 「そりゃそうね。いくらわたしが美人だったとしても」 ユリアンヌは、周りの表情から冗談が失敗したことを悟った。 「冗談で笑いが取れないのは、辛いことだな」 オドリックが、にやにやしながらユリアンヌを見る。ユリアンヌはオドリックを蹴り飛ばした後、口を開いた。 「わたし一人で指揮することもできなくはないけれど、もう一人くらい相談役も欲しいわ」 「しかし、誰が軍師になるんだ?」 セインが尋ねる。答えたのは、ムーンだった。 「それは、デムーランさんです」 ユリアンヌは頷いた。確かに、デムーランであれば軍師として十分だろう。だが、デムーランにとっては想定外だったようだ。戸惑った顔で顔を上げる。 「しかし、私は神官だぞ? それが軍師をやっていいのか?」 「わたしだって今は三千人の兵を指揮していますが、もとはただの不良ですよ」 アニマがデムーランに言葉をかける。ムーンも、涼しい顔をしていた。 「問題ありません。コトキにユリアンヌさんを呼んだ方法や今回の砦ことなど、デムーランさんの戦術眼は確かなものです。軍略などにも詳しいようですし。むしろ、是非とも軍師になって欲しいと考えています」 デムーランは、困った顔をしていた。 「ユリアンヌ、どう思う?」 「あんたが反対しないなら、私は反対しないわ。少なくとも、あんたの頭の回転の速さは、知っているつもりよ」 ユリアンヌの言葉に、しばしデムーランは考えこむ。やがて、頷いた。 「わかった。やらせてもらおう。私も、このミシロやコトキ、そして皆のために何かできることはないかと思っていた。まずはこの砦を作り、ゲン軍を食い止める。ユリアンヌ、頼むぞ」 「任せなさい」 ユリアンヌは笑うと、拳をデムーランに突き出す。デムーランも拳を出し、軽く合わせた。セインが、ユリアンヌを見る。 「しかし、砦の隊長となると、またレイ君には会いに行けなさそうだな」 ユリアンヌは、途端に不機嫌な表情になる。 「煩いわね。もう三か月よ、三か月。息子の成長を見届けられないのよ。どんだけ辛いか分かる?」 「案外、顔を忘れられていたりして」 笑いながらアニマが言葉を返す。 「ちょっと、冗談じゃないわよ!」 ユリアンヌが席を立つ。 「キッサキに帰っていい?」 「お、落ち着いてください」 アニマがユリアンヌの腰に抱き着き、ユリアンヌの動きを止める。 「なに、休みはとれるだろ」 ソレイユも笑っていた。 「おれだって、毎日しっかり休んでいるんだからさ」 「あんたは休み過ぎなの!」 ユリアンヌの暴れる様を遠目に見ながら、シアルはこっそりとセインに耳打ちした。 「セイン、藪蛇だぞ」 「すまん」 セインが、小さく答えた。 「シアル。この任務が終わったら、わたしちょっと休暇を貰うわよ」 ユリアンヌの声は、殺気だっていた。シアルは、黙って頷く。ユリアンヌは、どうにかそれで収まったようだった。ユリアンヌが落ち着いたのを確認すると、オドリックが皆を見渡す。 「しかし、砦を作ろうとすると、ゲン軍が来るのではないか?」 「来たところで問題ないでしょう」 そう答えたのは、アニマだった。 「全員倒して、わたし最強」 「アニマちゃん、その発想はわたし好きよ」 「それに、我々にはユリアンヌ殿や皆様もいらっしゃいますからね。全員倒してわたしたち最強。これで問題ありません」 アニマが、自信満々に答えた。それをレヴィンが軽く流し、話を続けさせる。どうやら、ゲン軍を迎え撃つ考えはあるようだった。 「砦に関しては、我が軍に石積みの名人が加わりました。後で紹介しますが、彼女なら速く確かな石積みを作り上げることは可能です。建物のことなら、ダイさんがいらっしゃいますし。急げば、ゲン軍の到着には間に合うでしょう。資材はわたしやリシアさんがヒイさんと協力して集めます」 ムーンの言葉に、レヴィンが尋ねる。 「じゃあ、それで問題ないだろう。ムーン、いったいどれくらいの兵をその砦に送るんだ?」 「五千です」 「前線と言うなら、アニマ隊が行きましょう」 アニマが挙手する。 「我々の中から、もう一人くらい出した方がいいな。いざと言う時に、話が通じやすい」 セインが意見する。皆の視線が、ソレイユに集中した。 「あれ、おれの休日は・・・?」 ソレイユが、困った顔で皆を見る。 「ソレイユ、頼んだ」 シアルの言葉で、決まりだった。 「はいはい、わかりましたよ」 不承不承、と言った具合にソレイユが頷く。これで、砦の話は終わった。その後も、今後のミシロやコトキの方針を巡って話し合いが進められていく。全ての話が終わった時、すっかり日は沈んでいた。 「そうだ、シアル、ムーン。話がある」 お開きになった後、レヴィンがシアルを呼び止めた。レヴィンの近くには、リシアもいる。 「少し込み入った話になりそうだから、なるべく少数で話したい。いいかな?」 シアルの返事を聞くと、レヴィンは話し始めた。他に聞いているのはユリアンヌとソレイユ、そしてアニマくらいだ。 「シアル、君がこの街の太守になる際手放したあの青い珠のことだ」 「家宝か?」 「そうだ」 レヴィンは、シアルを真直ぐ見つめる。 「私とリシアは、タマムシの図書館でドレイクの持つ赤い珠について調べていた。亡くなったオーダマ博士が、調べていたのと同じようにな。そして、ある程度のことが判明した。そして、幸か不幸かその最中でその青い珠に一つの疑いが出始めたのだ」 「結果から聞こう」 「分かった。シアル、君の家に代々伝わっていたあの青い珠は他者に渡すべきものではなかった」 レヴィンは、シアルたちに話し始めた。かつてのホウエンに、グランドラゴンと海王ガラエドリルの二体の魔獣がいたこと。それぞれの魔獣を封印するために、太陽神アーケンラーヴと愛の女神レイシアが神器を作り出したこと。魔獣の力を封印した二つの珠があること。二つの神器それぞれにも、珠がつけられていること。 「で、ドレイクの持つ赤い珠は、恐らくグランドラゴンの力を封印した『紅色の珠』。ソレイユの持つ腕輪は海王ガラエドリルの力を弱らせる『真朱の腕輪』だろう。そして、シアル。君の家に代々伝わっていたあの青い珠だが、海王ガラエドリルの力を封印した『藍色の珠』か、グランドラゴンの力を弱らせる『瑠璃の首飾り』に付けられていた珠である可能性が高い」 「これが、ねえ・・・」 ソレイユが、自らの腕輪を眺めながら呟く。 「そうだとすれば、この腕輪を渡さなかったのは正解でしたね」 「その通りだな」 レヴィンが頷く。 「渡したのが青い珠だけでよかった。だが、本物の『紅色の珠』や『藍色の珠』の力をもってすれば、同じような天災を意図的に起こすことは容易だろう。おまけに、もし魔獣を復活でもさせられたりすれば・・・」 レヴィンの言葉に、僅かな沈黙が落ちる。そうなれば、ヒロズ国はおろか、ノームコプそのものがどうなってしまうかもわからない。 「かと言って、ボックスのところに取りに行けるわけではないからな」 シアルが唸る。 「そこで、私から提案がある」 レヴィンが、皆を見渡した。 「青い珠を、取り返そう」 「潜入して、盗み取るとの意味ですか?」 アニマが尋ねる。レヴィンが頷いた。 「そうだ。青い珠のある場所はある程度予想がつく。ボックスは、ハジツゲに大きな宝物庫を持っている。ボックスは日ごろからハジツゲにいるようだし、そこの宝物庫に、大切な宝石が置かれている可能性が高いだろう。青い珠も、もちろんそこだ。我々はそこを襲撃して、青い珠を奪い去りたい」 「それは、難しいかもしれません」 ムーンが口を挟む。 「一度、わたしがハジツゲに滞在した時に、ボックスの宝物庫にある宝石を賊が狙おうとしたんですが、その時彼女の友人の商人、ギセラが一瞬で賊を撃退しました。彼女がいる限り、青い珠を奪い返すのは難しいかもしれません。宝物庫は、罠も多く仕掛けられていますしね。ただ、一つ奪いやすい時が存在します」 ムーンが、皆を見る。 「それは、ゲン軍がハジツゲを襲撃した時です。いくら、宝物庫が安全とは言え、街全体をゲン軍に落とされてしまえば、宝石も奪われてしまうでしょう。ボックスとしても、せっかく手に入れた宝石を失うことだけは避けたいはずです。彼女の性格から察して、ハジツゲが奪われると判ればただちに他の場所へと輸送を開始するでしょう。いくらギセラと言えども、全ての宝石を同時に守り抜くのは難しいはずですし、そこで青い珠を奪い取るべきでしょう」 「騒ぎに乗じて、か」 ユリアンヌが呟く。レヴィンが頷いた。 「だとすると、その好機を逃さないようにしなければならないな。誰か、ハジツゲに常駐した方がいい。事情が分かる、信頼できる人間が」 「わたしが、行きましょう」 ムーンが、手を上げる。確かに、ムーンが行けば卒なく任務をこなせるだろう。しかし、ムーンは民政の頂点にいる。 「シアル殿、いいんですか?」 アニマが尋ねる。ムーンならハジツゲに常駐しながらミシロの民政まで見かねない。そうすれば、ムーンが倒れてしまう可能性は高いだろう。 「シアル、ムーンちゃんを止めないと不味いわよ」 ユリアンヌも、シアルに告げる。アニマと同様のことに、気づいたのだろう。 「しかし、見知らぬ人間がボックスのもとにたどり着くことは難しいでしょう」 そう言ったのは、ムーンだった。その通りでもある。ボックスは、気に入った人間とばかり話したがる。そして、ボックスはムーンを気に入っていた。 「ひとまず、わたしが赴きます。マケ将軍と、今後の戦略について話し合うとの名目で。軌道に乗り次第、他の方にその任務を引き継ぎます。その方が、マケ将軍との話し合いを行いながら宝物庫の様子を調べるとのことで、どうでしょうか? わたしがいつまでもここを空けておくと、皆さんに迷惑をかけそうですからね」 「では、いない間の民政は私が見よう」 レヴィンが助け船を出す。 「この街のために、少しでも働きたいからな。こういう時くらいは、任せてくれ」 ムーンがシアルを見る。ムーンは、ハジツゲにいる間も自らが民政を見ると思っていたようで、顔には働きたいとの意思がありありと見えていた。 「いいか、作業が増えるとろくなことにならん」 シアルが、宥めるようにムーンに告げる。 「でも、わたし・・・」 「駄目です」 何か言いかけたムーンを制し、シアルが首を横に振る。ムーンの顔が、寂しげなものになった。 「ムーンさん、有事に備えて余力を残しましょう」 横から助言してきたのは、アニマだった。ムーンは少し顔をひきつらせながらも、頷く。 「何はともあれ、こちらについてはレヴィンに任せるとしよう。そちらはそちらで任務に集中してくれ」 「ミシロのことは、任せてくれ。一時的なものだしな」 レヴィンがシアルに告げる。ムーンも、不服そうだが頷いた。これで、決まりだった。後は三々五々、会議室を皆が出ていく。出て行こうとしたシアルを、ユリアンヌが呼びとめた。 「シアル、あんたが止めないとムーンちゃんは死ぬまで働くわよ」 「実際、止めてはいるんだけどね」 ユリアンヌから目をそらしながら、シアルが答える。 「あのね、シアル。ムーンちゃん、何のために頑張っていると思う?」 「この街を、より良くするためだろう」 シアルが当然だ、と言わんばかりに答えた。ユリアンヌは呆れたようにため息をつくと、シアルの頬を平手で叩いた。シアルとムーンの関係を、これ以上黙ってみていられなくなったのだ。 「この馬鹿」 唖然としているシアルに、言葉を重ねる。 「あのね、ミシロとコトキの間の治安を安定させるために頑張っているのも、事実よ。確かに、そのためにもあの子は必死で頑張っている。でもね、それだけじゃないの」 ユリアンヌは、早い段階からムーンの思いに気付いていた。働き続けるムーンを止めようとしたこともあるが、止めきれなかった。ユリアンヌは何故、ムーンが無理をするかわかっていたからだ。 「あの子は、あんたのために働いているの」 沈黙が、落ちた。シアルは、明らかに戸惑っている。全く心当たりがあるわけでもないのだろう。だが、恐らくシアルはその事実と直面することを避けていた。今も、困ったような表情をして黙っている。 「半分くらいは、分かっていたさ」 長き沈黙の末に、シアルが呟く。聞き取れないのではないかと思うほど、小声だった。 「分かってないじゃない。力づくでも、ムーンちゃんの無理を止めるくらいのことはしなさい。あの子はね、あんたがいるからそこまで頑張れるの。でも、あんたが止めなかったらどうなると思う」 シアルの脳裏に、寝台で死んだように寝かされていたムーンの姿が思い出された。ムーンが、馬から落ちた時の話だ。打ち所がもう少し悪ければ、二度と起き上がれなくなっていたかもしれない。何故そんな怪我をしたのかと言えば、寝る間も惜しんで馬に乗る練習をし続けていたからだという。早く乗りこなしたいとの、焦りがあったのだ。シアルが傍にいれば、絶対にそんなことはさせなかった。無理な練習は、逆効果となる。そう話して、ムーンの話をしっかり聞きながらムーンにあった乗馬方法を伝えたはずだ。 「あの子が何でもかんでも一番になろうと無茶をしていたのは、知っているでしょう」 ユリアンヌも、バレーの部下としての年数は長い。ムーンが少女のころから知り合いだった。 「知っているつもりだ」 「知っているつもりなら、何故無理をさせるの」 「一応、止めているつもりなんだけどな」 「口だけで止めているって言っても、意味はないのよ」 シアルの言葉に、ユリアンヌが声を荒げる。 「あんたが、恋愛面に疎い唐変木だってことは、知っているけど。なんであの子が、あんたのために頑張っているの? 好きだからでしょ」 シアルは、黙ってしまった。ユリアンヌが声をかけても反応しない。深く、悩み始めてしまったようだった。 「とにかく、ムーンちゃんが何のために頑張っているかは教えてあげるけど、その後どうするかはあんたしだいよ。良く考えなさい」 ユリアンヌが会議室を出る。シアルは一人、会議室に取り残された。 会議の後、ユリアンヌは兵舎に戻っていた。新しい砦について、考えなければならないことは多くある。 「隊長、デムーランさんです」 フェミナが、ユリアンヌを呼んでいた。すぐに、デムーランが入ってくる。 「ユリアンヌ、人生は時として予想もつかぬことが起きるな」 デムーランの声は、いつもより小さい。軽口を叩くように喋ってはいるものの、その表情はいつもよりどこか固かった。 「そんなに気負うことはないわよ。少なくとも、あんたの判断力はしっかりしているから。あんたと初めて会った時、旦那と一緒に盗賊の討伐に向かったこと、覚えてる?」 「ああ、覚えている」 デムーランが答える。 「あのときだって、あんたがすぐに判断したから、被害は最小限に抑えられたのよ。もう少し、自分に自信を持ちなさい」 「しかし」 デムーランの顔は浮かない。デムーランが緊張と不安を感じていることに、ユリアンヌは気がついた。 「会議が始まる前まで、私はただの神官だった。それが、新しい砦の軍師だ。不安なんだ。今まで私は、大勢の命を預かる立場にたったことはなかったからな。ダンやお前と、賊徒の討伐をした時は、三人の命を考えるだけでよかった。しかし、今度は何千人だ」 「何千人なんて、考えなくていいじゃない」 「そうか?」 「そうよ。あんたは軍師なんだから。何百人を束ねる部隊長に指示を出せばいいのよ。後は勝手にやってくれる。盤上の駒を動かすだけ、とまでは言わないけど、似たようなものよ」 「しかし」 そう言いながら、デムーランは、ユリアンヌの言葉に励まされたようだった。表情も、いくらか良くなってきている。 「まあ、そうだな。今は、共に砦へと行く兵の選抜に入ろう」 デムーランがユリアンヌを見る。その瞳の奥には、いつものような闘志が見え始めていた。 「先ほど、ムーンと軽く話した。彼女はこの二ヶ月の間に、ミシロとコトキ、新砦の三カ所の兵士の合計を二万にまで増やそうとしている。義勇兵の入りから考えれば、妥当な数字だ。その二万のうちの七千が新砦に入る。 それから、砦を築く際なんだが」 デムーランが、一度言葉を区切る。 「しっかりとした砦を築くことが出来れば、ゲン軍からこの地域を守りやすくなる。となれば、ゲン軍は砦を築く前に攻撃したいはずだ。私は、そこに一つの好機が生まれると考えている」 「そう考えるのであれば、ゲン軍はフエンを包囲している軍から兵を出すはずだから、電撃戦を仕掛けてくるのは結構少数に限られるわね」 フエンの包囲を解いてまで、ゲン軍が新砦を攻撃する可能性は低い。ユリアンヌはそう踏んでいた。デムーランも頷く。彼もまた、同じ考えのようだ。 「そうだ。ゲンが凡将でなければ、砦を作りきる前に破壊したいと考えるはずだ。だが、目の前のフエンの包囲を完全に解くこともない。近くにあるハジツゲにはマケ将軍の軍がいるからな。だが、潰すために包囲網の一部を裂き、数万程度の軍で速攻戦を仕掛けてくる可能性がある。私は、それを引きつけるだけ引きつけて、一気に砦を作りたい」 「そうね。短期間で作ることが出来れば、ゲン軍は攻撃しにくい。そして、砦を攻撃するためにやってきたゲン軍の隊列は伸びきっている」 そこを叩けばいい。ユリアンヌは、デムーランの考えを理解した。 「もちろん、砦と言っても本格的なものは不可能だ。仮組みで、相手に砦と思わせられるようなもの。それを突然作り、相手が攻めあぐねている間にしっかりとした砦を作る。ここからフエンまで、普通の騎馬隊であれば六日だ。その六日で、築き上げる」 確かに、不可能な作戦ではなかった。だが、かなり高度な築城技術を持った人間が必要になるだろう。 「中心となるのは、最近加わったらしい石積みの名人だ。まだ若いながら、見事な腕前らしい」 キョウコという名前の、若いオルニスの女性だった。ドレイクの友人で石積みの名人だが、武芸は達者で馬術や錬金術も卒なくこなす。おまけに、学識もあるとのことだった。 「彼女は、砦の周りに用意すべき防御についても詳しい。時間さえかけられれば、堅牢な砦を築き上げるだろう。明日、詳しい話を彼女も含めて行おう」 「そうね。やれることはどんどんやっていきましょう」 「ああ。では、また明日な」 目の奥では闘志がしっかりと灯っている。どうやら、立ち直ったらしい。ユリアンヌはにやりと笑う。 「頼んだわよ」 「任せてくれ」 部屋を去るデムーランも、不敵な笑みを浮かべていた。 翌朝、ユリアンヌはデムーランと共にドレイクの家を訪れていた。石積みの名人たるキョウコが、そこに泊まっているためだ。 「ドレイクさん、今日もまたお客様ですね。まるで、夜空に煌めく星々のようにドレイクさんには数多の知り合いがいらっしゃるんですね」 金髪の少女が、ドレイクに向けて話している。名は、コダマ。魔獣研究家であったオーダマの一人娘だ。その喋り方は、独特である。 「あら、コダマちゃん。相変わらず詩人ね」 ユリアンヌが微笑む。ユリアンヌはこの独特な少女のことが気に入っていた。面白いのだ。 「ありがとうございます。乙女は皆、詩人ですからね」 ユリアンヌは、コダマの頭を撫でる。コダマも嬉しいようで、なすがままになっていた。コダマを撫でながら、ユリアンヌが口を開く。 「キョウコさんはいるかしら?」 答えたのは、ドレイクだった。 「呼んでくるから、待っててくれ」 そう告げると、家の奥へと引っ込む。ドレイクはキョウコの寝泊りする部屋へと向かった。部屋の前で、扉をこんこんと叩く。 「なんの用でしょうか?」 部屋から、眠そうな声がする。キョウコだ。寝起きらしい。 「寝ていたか、すまんな、迎えが来たようだ。行けるか?」 「任せて下さい」 急に、しっかりとした声が聞こえてきた。どうやら、完全に目が覚めたようだ。身支度を整える音がした後、扉を開く。相変わらずの薄着だった。キョウコを連れ、ドレイクはユリアンヌのもとへと向かう。 「あら、あなたは?」 ユリアンヌを見て、驚いたような声を上げる。見知った顔だったからだろう。ユリアンヌは改めてキョウコをじっくりと観察することができた。大柄な女性で、筋肉質だが敏捷そうでもある。何より、その佇まいに隙は少なそうだった。どこかで、武芸でも習っていたのかもしれない。かなりできる。ユリアンヌはそう結論付けた。 「わたしはユリアンヌ・クライスラー。射撃隊を預かる者です」 「私はデムーラン」 デムーランが、大声を上げた。最も、デムーランとしては大声を上げたつもりはないのだろう。しかし、その声は辺りに響き渡るほどの大きさだった。コダマがびっくりとしたように目を大きくさせる。 「驚かせてしまったか、これはすまない」 「子どもが驚くでしょうが!」 デムーランの尻をつねりながら、ユリアンヌが注意する。 「大丈夫です。わたしは選ばれし者ですからね。悪しきドラゴンの咆哮に比べたらこれくらいの声は」 コダマが、胸に手を当てながら頷く。 「比べられているわよ。悪しきドラゴン」 ユリアンヌが笑いながらデムーランを見る。デムーランも、苦笑いを浮かべていた。 「まあ、悪しきドラゴンとしては・・・キョウコさん。あなたに作って欲しいものがある」 デムーランが単刀直入に切り出した。キョウコの顔が、困惑したものになる。 「今は、この街の城壁を建て直すことを優先したいのですが」 「それはできない。シアルも了承済みだ。ここの城壁は設計だけ担当してくれ。至急、砦を作って欲しい」 キョウコの瞳が、妖しい光を帯びた。 「砦、ですか?」 「ああ。砦だ。場所はここ」 デムーランが懐から地図を取り出す。そこには、砦を築くべき場所に印が描かれていた。横にデムーランの走り書きで、大きさや用意すべき設備などが書き込まれていた。 「ミシロ、コトキとこの新砦で三角を築き、守りを固めるわけですね」 キョウコの言葉に、デムーランが頷く。 「察しが早くて助かる。フエンを囲むゲン軍が新砦に到着するまでおよそ六日。やってきたゲン軍が挑むのを諦めるような砦を用意して欲しい」 「仮組みであれば」 「もちろんだ。虚仮威しで構わない。必要な物があれば、いってくれ。可能な限り用意する。ゲン軍の本格的な侵攻までには、しっかりとした砦が欲しい」 デムーランの言葉に、キョウコはわずかに逡巡した。 「細かい防御はこちらで考えていいですか?」 「なにか案でも、あるのか?」 デムーランの言葉に、キョウコが地図の上に描かれた川を指さした。 「ここから、水を引きます。水濠です。それを砦の周りに三重に用意します。他にも、濠と壕の間には石積みを気付き、相手の攻撃を止めながら矢や石を放てるようにします。もちろん、いざとなれば崩して相手に打撃を与えることも可能です」 「とにもかくにもまずは、迫ってくるゲン軍にはったり効かせないとどうにもならないのよね」 ユリアンヌが、キョウコに告げる、キョウコは頷いた。 「任せて下さい。ユリアンヌさん、今日から作りますか?」 ユリアンヌが答える。 「わかりました。では、早速行きましょう」. リシアは、難敵と戦っていた。と言っても、大陸有数の武人であるリシアを苦戦させる人間はまずいない。そう、リシアを苦戦させているのは、本だった。それも、床一面に積み上げられている。読んでも、何を書いているかわからない。リシアは内心。そう思っていた。 「見当たらないな」 リシアの隣で、レヴィンが唸る。二人は、シアルが持っていた青い珠が『藍色の珠』と『瑠璃色の首飾り』のうち、どちらに該当するか。そして、残された残りの一つはどこに存在するかを求め、本を読み漁っていた。最も、リシアは半ばあきらめた様子で、手を休めている。何しろ、何日も探しているが、具体的なところは分からないのだ。 もちろん、分かったことが全くないわけではない。『藍色の珠』が、王家が保管していることを示唆した文面が一つ、リシアが読んだ本の中にあった。だが、『瑠璃色の首飾り』もまた王家が保管している可能性が示唆されている。だが、王族出身であるシアルに尋ねたところ、自分が持っている以外の青い珠を見たことはないと話していた。ただ、シアルもその青い珠を持ち歩いていたわけではない。シアルと同じように、王家の誰かが家の中でひっそりと保管している可能性もあった。 「そう言えば、リシア。今後の話なんだが」 作業が一段落した後、レヴィンが口を開いた。 「ムーンが今、ハジツゲにいるだろう」 「うん、そうね」 「ハジツゲでのムーンの作業がひと段落したら、私がムーンの代わりにハジツゲに行き、ボックスとの交渉にあたろうと思っている。もともと、ムーンが民政を担当している時はそこまでなにかしていたわけでもないしな。適任だろう。空いた時間は、書物も読める。で、リシア」 レヴィンがリシアを向いた。 「ん、なに?」 「私たちは親友だ。まさか、ポメロと互角の親友を危険なハジツゲに一人置き去りにする・・・なんてことはないよな?」 いつもの、頼みごとだった。リシアは思わず笑ってしまった。 「まあ、そうね」 「君ならそう言うと思ったよ。流石は、我が相棒だ」 レヴィンが、嬉しそうに笑う。 「ついでに、持っていく本があるんだが、それもお願いできるかな。このあたりの本だけ、なんだが」 レヴィンが、指さす。十冊以上の本が積み上げられた塔が、少なくとも六つはあった。レヴィンの体より、優に重いだろう。 「この量なら、馬車を呼んだ方がいいかな」 「よろしく頼む。リシア、いつもありがとう」 レヴィンが笑う。その後、急に真面目な顔になった。 「青い珠についても、奪える段取りをつけておきたい。私のせいで、この街は一度壊滅した。ボックスが持っている青い珠も、同じような力を持っている可能性が高い。何としてでも、取り返したい。そっちの方も、協力してくれないか?」 「わかった」 リシアが、即答する。 「ありがとう、策は私が練る。代わりに、荒事は頼むよ」 砦の建設が始まってから、二週間がたっていた。予想されていたゲン軍の侵攻は、ついぞなかった。フエンを落とすことに全力を傾けている。そんな印象だった。この間、砦の建設は順調に進んでいる。 初日は、ダイとキョウコが先頭に立って土台への杭打ちを行っていた。次の日にはもう、木材が届いていた。その大きさや質を見ながら、ダイの指示で砦が出来上がっていく。キョウコたちは杭を見ながら地面を掘り始めていた。その場所が、壕となるのだ。一週間もしない間に兵舎や厩が作られ、壕と小さな城壁が出来上がっていた。これが、最も内側の防御となるらしい。そこまで作り上げるとダイはミシロへと戻り、キョウコが城壁や外壕を作り始めた。今も、その作業は続いている。 その様子を横目で見ながら、アニマは今日も部下たちの稽古に勤しんでいた。以前と比べて、変わったことが一つある。影の軍の隊長も、兼任するようになったのだ。アニマは、モズメたちの上官を続けたいとの理由で影の軍の隊長となることを拒んでいた。だが、兼任してもいいと言われたのだ。それを断る理由は、なかった。 稽古を続けるアニマの背後に、音もなく気配が近づいてくる。殺意は、感じられない。 「気づかれましたか。相変わらず、見事な腕前です」 感づかれたことに気付いたのか、臙脂色の髪を持つ大男が話しかけてきた。アニマの知っている男だ。 「ボルビック・・・」 「ボルテックです」 落ち着いた声で、ボルテックが訂正する。 「ボルテック・サカガミだっけ?」 「フジワラです。どうですか?」 「まあ、あなたの腕でわたしの背後を取るのは、まだ早いですね」 アニマが、にこりと笑って答える。 「いつか、取れるようになりたいものです」 ボルテックが、真面目な顔で答える。アニマの笑いが、苦笑に代わる。 「あなたの敵は、わたしじゃないでしょうに」 「目標ですよ。目標。それから、アニマ殿。いくつか影の軍について報告したいことがありまして」 影の軍は今、二百名ほどに増えていた。それに伴い、ボルテック以外にもう一人、小隊長に任命されたものがいた。ラディである。ラディはもともと、義勇軍として加わった新兵の一人だった。小柄なアウリルで、身軽でいざと言う時に思い切れる度胸がある。それでいて冷静さも失わない。その辺りの性格が影の軍の指揮官にむいているとボルテックは語っていた。 そして、もう一人の隊長であるラディの指揮のもと、コトキ近くの山中で訓練に励んでいた。進むのが困難な場所であっても、地を這い、崖を登り、水中を進む。食料は、通常の軍の半分以下だ。もちろん、訓練中に与えられた食料以外のものを口にすることは許されない。ただ、影の軍の士気は高かった。ボルテックの勧誘が上手かったこともあり、皆が影の軍に選ばれたとの誇りを持っているためだ。 「そろそろ、山中での訓練も最後の仕上げとなり、終わり次第我らは実戦に入ります」 ボルテックが告げる。ゲン軍の糧道を攪乱することが、最初の目的だった。 「わたしも、参加できる時はしましょうか」 「よろしくお願いします」 ボルテックが頭を下げる。 「ただ、ハジツゲでの作戦に、我々も加わるべきだと考えています」 「そうですね。それはわたしも考えていました」 アニマが答える。ボルテックが頷いた。 「攪乱との兼ね合いもあるので、おれかラディの部隊のどちらかだけになると思いますが。よろしいでしょうか?」 「構いませんよ。好きにしてください。わたしも好きにしますから。ただ、あなたが助けて欲しい時は助けます。でも、それ以外でわたしは好きにしますからね」 アニマらしい、言い方だった。 「分かりました。では、おれはこのまま訓練に戻ります。連絡が必要なときは、おれかラディのどちらかがアニマ殿のもとに行きます」 「はい」 アニマの答えを聞くと、ボルテックは去っていった。 小さな城が、シアルの眼前に聳え立っていた。砦の建設が始まって、ひと月が経っている。ミシロに関する業務や軍の調練に追われていたシアルは、ようやくムーンと共に砦を訪れることができた。砦の中では、既に三千人近い兵たちが暮らしていた。ただ、まだ完成ではない。まだ四千ほどが城の外で幕舎を張って過ごしているし、最終的には一万の兵が暮らせるだけの営舎を建設する予定であった。食料についても、商人のヒイが各地から買い集めたものを貯蔵し始めている。一月程度の備蓄が、既に用意されていた。 「順調のようですね」 傍らにいるムーンが、シアルに笑いかけてきた。相変わらず、目の下に出来ている隈は濃い。ムーンは先日までハジツゲに留まり、今後のシアルたちの行動に向けた布石を打っていた。ようやく、後任のレヴィンと交代できたばかりである。それまで、ムーンは将軍のマケと今後の方針を打ち合わせながら、ボックスに悟られないように青い珠の行方までも追っていた。ボックスを苦手とするムーンにとって、それは大変なはずだった。だが、ムーンはどうにかボックスと懇意になるところまでこぎつけていた。二度ほど、ボックスの家にも招かれているという。青い珠が宝物庫にあることも、確かめていた。ただ、何度も話し合ったが故なのか、ムーンは妙に気に入られてしまったらしい。この後も、ムーンはボックスに会うためハジツゲに行くことになっていた。 「それは、おれが行こう」 ムーンを気遣い、シアルが告げる。ユリアンヌにこの前言われたことも、気になっていた。ムーンが、シアルのことが好き。本当なのだろうか。そして、自分はムーンのことをどう思っているのか。 「ちゃんと休んでいますから、大丈夫です」 ムーンが頷く。 「嘘言いなさい。その目の下の隈が、全てを語っていますよ」 「まあでも、ここで休むわけにもいきませんからね。では、わたしはここで」 ムーンの言葉に、シアルは黙ってしまう。事実だったからだ。 「そうだ、シアルさん」 去り際に、ムーンが話しかけてきた。 「近いうちに、一緒にご飯でも食べませんか?」 わずかな沈黙の後、ムーンが口を開く。目は、全くシアルを見ていない。髪の合間から見える耳は、いくらか赤かった。ムーンはシアルのことが好き。ユリアンヌのその言葉が、また思い出される。シアルは、どうにかその言葉を頭から追い払った。 「ボックスさんと話すの、疲れるんですよ。だから、たまに食べたいものを食べさせてください」 ムーンは、ボックスのことを苦手としている。それでも話すのは、使命感ゆえだろう。 「たまには、普通にゆっくりすればいい。一緒に、ゆっくり食事でもしよう。それでいいな?」 そこでようやく、ムーンはシアルの顔を見た。 「いいですか?」 シアルは頷く。ムーンが、幸せそうな笑顔を見せた。 「シアルさん、ありがとうございます!」 ムーンはそのまま転送石を使い、ハジツゲへと去っていった。シアルもまた、砦の外に出る。砦の外では、シアルの指揮する兵たちが待っていた。この後、セインやキーナの兵たちとの訓練が残っている。 「よし、やるか」 シアルの姿を確認したセインが、告げる。間もなく、訓練が始まった。 砦から使者がやってきたのは、訓練も終わりに差し掛かったころだった。シアルとセインに、至急の用事がある。デムーランからの言付けだった。 「何か、あったのか?」 セインが、特徴的な緑衣をはためかせながら、使者に訊ねる。しかし、使者は詳しい話を聞かされていないようで、申し訳なさそうに首を横に振った。 「シアル、急ごう」 シアルはセインと共に、馬を走らせた。すぐに、砦へと戻る。ユリアンヌの部屋へと通された。そこにはユリアンヌとデムーラン、アニマとそして見慣れない臙脂色の髪を持つ大柄な男が待っていた。 「彼はボルビック・サカガミ」 シアルたちの目線に気付いたアニマが、シアルとセインに告げる。 「ボルテック・フジワラです」 大柄な男が、即座に訂正する。 「ああ、ボルテック・ヤマノウチね」 アニマが告げる。ボルテックは苦笑した。 「何かあったのか?」 そんな二人のやり取りを横目にセインが、デムーランに尋ねる。 「ユリアンヌ、シアルさん、それにみんな。大変なことになった」 デムーランが、口を開く。その顔色はいくらか悪い。扉が開き、ドレイクとソレイユも入ってくる。 「何よ、どうしたの? ここまでゲン軍がひと月間静かだったのも妙だとは思ったけど」 ユリアンヌがデムーランに尋ねる。彼女も、詳細は聞いていないようだった。デムーランが頷く。 「その通りだ。してやられた。ハジツゲが、ゲン軍に急襲された。マケの軍は想定外のことに対応しきれておらず、負けるのは時間の問題だ、おまけに、間が悪かった」 デムーランの言葉を聞くうちに、シアルの顔が険しくなっていく。一つの事実に、気づいたからだ。 「なるほど、ムーン殿が今、敵中で孤立しているわけですか」 呟いたのは、アニマだった。ボルテックが、頷く。 「察しが早くて助かります。だが、ムーン殿だけではありません。知っての通り、今のハジツゲにはムーン殿とレヴィン殿、そしてリシア殿の三人がいます。大陸有数の実力者であるリシア殿はさておき、他の二人がゲン軍に襲われたらどうなるか」 「ひとたまりもなさそうね」 ユリアンヌも、険しい顔で答える。 「ボルビック」 アニマが、ボルテックを呼んだ。 「ボルテックです。なんでしょうか?」 「リシア殿がいるなら、影の軍を投入してムーン殿とレヴィン殿の居場所を見つけ、リシア殿に助けてもらうべきでは?」 「その通りです」 ボルテックが頷いた。既に、ある程度の兵は投入しているのだろう。 「ですが、おれたちはこの場でもう一つやりたいことがあります」 「やりたいこと?」 ユリアンヌが尋ねた。ボルテックの表情が、不敵なものになる。 「ボックスの宝物庫から、青い珠を奪い返すことです」 ユリアンヌとアニマの顔が、瞬時に引き締まる。ボルテックの考えを、理解したのだろう。デムーランが口を開く。 「私から提案がある。ハジツゲにはこの男、ボルテックの仲間が百人ほど潜入している。その部下たちは、ムーンさんたちの行方を捜している部隊と宝物庫を襲う機会を狙う部隊に分かれている。ただ、どちらも確実に成功させなければならない。なので、シアルさん、私はあなたやユリアンヌたちにもハジツゲに向かって欲しいと考えている。もっと言えば、ここにいる中で、セインさん以外のみんなだ」 「おれは?」 セインが、幾分不満そうに訊ねる。 「なに言ってるの? あなたは、砦やミシロの防衛よ」 ユリアンヌがさらりと返す。セインの表情が、脱力したものになった。 「おれが?」 「当たり前でしょ。わたしかあんたのどっちかがここに残らないと、ゲン軍がせめて来たらひとたまりもないじゃないの」 「まあ、それもそうだな。わかった」 ユリアンヌの言葉に、セインが渋々頷いた。 「それと、宝物庫を襲う部隊だが、顔が割れていない人間の方がいいな。仮にシアルさんが宝物庫に行ったら、誰の仕業かすぐにわかってしまう」 「そちらには、わたしがいきます」 アニマが、手を上げる。影の軍の隊長も兼任している彼女が行くことは、妥当だった。 「わたしも顔が割れているから、シアルと行動した方がよさそうね」 ユリアンヌが告げる。 「おれが宝物庫に行こう」 ソレイユが珍しく、自ら腰を上げた。ドレイクも、宝物庫を選択する。それで、決まりだった。デムーランが、皆を見る。 「よし、では急いでハジツゲに行こう。ムーンさんたちを助け、青い珠を取り返すためにも」 辺りには、夜の闇が迫りつつあった。 レヴィンは、危機に陥っていた。油断もある。ゲン軍がフエンを素通りしてハジツゲを襲うとは、全く考えていなかったのだ。ゲン軍が攻めてきたとの情報があったとき、レヴィンはちょうど、将軍のマケやその部下たちと話していた。リシアは、近くにいない。宿で、レヴィンが持ってきた本を呼んでいるはずであろう。 レヴィンは、自らの不明さを呪った。せめて、リシアが近くにいてくれたら、ここまで絶望的な気持ちにはならなかったろう。 「レヴィン殿、こちらから逃げてください」 マケの声が、レヴィンを現実に引き戻した。目の前に、マケの特徴的な赤耳が見える。マケはアウリラだった。武器や具足は身に付けていない。急に、攻められたためだ。ここに残り、マケの手伝いでもすべきかと考えたが、すぐにその可能性をレヴィンは排除した。ポメロにも勝てないアンスロックである。一緒にいれば、帰ってマケの足を引っ張りかねなかった。 「将軍、生きてまた会いましょう」 マケは、笑っていた。マケの部下が三人ほど現れ、レヴィンの先導を始める。マケ本人は、兵をまとめるべく動き出していた。レヴィンは、マケの部下たちと共に外に出る。地を割るような音が、響いていた。ゲン軍の、攻城兵器だろう。その音がもう二度ほど聞こえると、別の音が、大地を震わせた。 「まさか、城門が・・・」 兵の一人が呟いた。レヴィンも察する。城門が、崩れたのだ。 「レヴィンさん、急ぎましょう」 別の兵が告げると、前を向いて走り出した。だが、すぐに雷に撃たれたかのように倒れる。脇に、短い矢が刺さっていた。更に、続けざまに矢がその兵士を襲う。命は、ないだろう。更に別の兵が、レヴィンを庇うように前に立ち、舌打ちする。 「囲まれたか」 気づけば、二十人ほどにレヴィンたちは囲まれていた。内部から攪乱をするために、ゲン軍があらかじめ潜入させていたのだろう。せめて、リシアさえいれば。そう考えたレヴィンの頭上を黒い影がよぎる。それが合図であったかのように、ゲン軍の兵が襲いかかってきた。 リシアは、急いでいた。ホットドッグの背から、地を見下ろす。リシアはレヴィンが向かうと話していた、マケの軍営を目指していた。レヴィンの姿は、まだ見えない。 ハジツゲが、奇襲を受ける。影の軍の一隊を率いているラディが、リシアの元にその情報を告げにきたのはつい先刻のことだった。ホットドッグの背に乗り、マケの軍営の近くへと大急ぎで向かう。目を凝らすと、見覚えのある緑髪が視界に入ってきた。レヴィンだ。レヴィンを守るように、二人の兵が前後に付き添っている。マケの部下だろうか。そして、その周りを二十名ほどの兵士が囲っている。彼らが、レヴィンたちに害をなそうとしているのは明らかだった。ホットドッグがレヴィンの頭上に達する。ほぼ同時に、二十名が動き出した。 リシアは、飛竜の背から飛び降りると、レヴィンの目の前に着地した。突然の闖入者に、二十名ほどの兵が動揺する。 「レヴィン、さっさと乗って」 背後を振り返り、レヴィンに告げる。突然の登場に、流石のレヴィンも驚いたらしい。目を見開きながら、リシアの言葉に同意する。リシアは鞘から長剣を抜き放つ。次の瞬間にはもう、二十名の敵兵は切り捨てられていた。 「ありがとう」 背後から、レヴィンの声が聞こえる。 「リシアがいれば・・・と思っていたところだったんだが、本当に来てくれるとは。夢じゃないよな? それとも、実は既に死んでいて、私が勝手に幻想を見ているだけか?」 「残念ながら、わたしはまだ死ぬつもりはないからね」 リシアがレヴィンに笑いかける。 「リシア、君のお陰で私はどうにか生き残れたよ。君には、大きな借りを作ってしまったな。安全なところに戻れたら、借りの返し方を教えてくれ」 「ひとまずは、どこに行きたい?」 リシアが、レヴィンに尋ねる。考えるのは、レヴィンの方が得意だからだ。 「そうだな、リシア。助けてもらったばかりで悪いんだが、もう一仕事できたりするかな?」 「まあ、やってあげよう」 リシアが鷹揚に頷く。レヴィンは、感謝の意をリシアに示した。 「青い珠に関しては、アニマとその部下たちがこの隙に奪ってくれるはずだ。本来なら私たちもそちらに向かいたい。だが、問題がある。ムーンだ。彼女はまだ、このハジツゲのどこかにいる。恐らく、ボックス宰相の邸宅近くだろう。彼女も、私と同じく危機に陥っているはずだ。彼女を、助け出せないか?」 「了解。じゃあ、そっちに行きましょう」 リシアが、威勢良く告げる。 「既に、ゲン軍は城門を破っている。ゲン軍は、至る所にいるはずだ。危険も多いかもしれないが、頼む」 気づけば、独りになっていた。周りと言えば、ゲン軍の兵ばかりである。三十人はいるだろうか。ここまで、頑張った。ムーンは、心の中で一人頷く。既に、十人以上の兵は倒してきた。息も、上がってきている。この状態で、自分がこれ以上の危機を乗り切ることは難しいだろう。青い珠はアニマの部下たちが奪還してくれているはずだ。最低限のことは、やりきったではないか。だが、ムーンは細剣を構えた。会いたい人間が、いる。その人物は、ミシロにいるはずだ。もう、会うことはないだろう。だが、諦めてはいけない。ここで諦めてしまったら、彼は怒るだろう。そんな人間だった。誠実で、どんなことにでも真摯に対応する。そんな彼が、ここに居たら諦めるわけがないだろう。だったら、自分も戦うべきである。 ゲン軍の襲来を告げる使者が来た時、ムーンはボックスたちと歓談をしていた。唖然とするボックスを取り成しながら、ムーンは頭の中は目まぐるしく計算していた。これは、青い珠を取り返すために好機である。そのためには、ボックスや部下たちを少しでも遠ざけるべきだ。特に、腕が立ちそうな人間たちは。ムーンは、ボックスを叱咤すると、ボックスに代わり指示を出し始めた。流石に護衛たちは、まともな人間が多かった。兵を連れ、外に出る。 「まだ、宝石が・・・」 尻込みするボックスに、ムーンは喝を入れる。それでも、ボックスは動こうとしない。やむを得ず、手近にいた護衛の数名を宝物庫に送らせる。腕の立ちそうなものは、極力入れない。ただ、全く入れないと怪しまれるので、数名は送る。 「非常用の経路は、どちらですか?」 ボックスに訊ねる。ボックスは、指をさした。ギセラを見る。彼女も頷いていた。この状況で、最も落ち着いているのが彼女だった。おそらく、かなりの戦いの技術を持っているのだろう。道を知っているであろうギセラに先を行かせ、自らは殿に立つ。流石に、ボックスが用意した経路だけはあり、敵兵に出会うこともなく城外の近くまでたどり着いた。だが、そこで五十名ほどの一軍に出会ってしまった。対して、こちらは十名ほどだ。半数を残し、ムーンはボックス、ギセラと共に先に進む。その先で、二十名ほどの一団に出会った。 「ギセラさん、ボックスさんを連れて城外へ!」 ギセラが頷いたのを確認すると、ムーンは一人で兵士たちに向き直った。これでも、十年間は武術の稽古は積んできた。教えてくれたのは、シアルだ。元々、ムーンは武術が得意ではない。なかなか上達しない自分に苛立ち、当時のムーンは夜通し稽古をしていた。周囲の人間がただ止めようとするだけだったのに対し、唯一真摯に向き合ってくれた人物が、騎馬隊の一員となったばかりのシアルだった。シアルは、騎馬隊の任務や訓練で忙しいにもかかわらず、嫌な顔一つせずにムーンの稽古に付き合ってくれた。稽古は、必ず一時間だけ。それ以上の稽古は、集中力を欠くからと禁止されていた。ひょっとしたら、ムーンの無茶を押さえるだけの理由づけだったのかもしれない。だが、ムーンに不満はなかった。シアルとの稽古を通じて、ムーンの技術は向上していったからである。間もなく、ムーンはシアルに憧れを抱くようになった。やがてその憧れは、別の想いへと昇華していく。 だが、その想いも今日までだろう。ムーンは、そう感じていた。狭い路地を利用して、兵士たちの半数を倒した。残りの半分は、逃げて行く。多少の怪我はしたが、治癒の魔術をかけると傷跡一つ残らなかった。シアルから教わった技術が、活きている。シアルからは、攻撃よりも防御の技術を学んでいた。安堵する。だが、間もなく三十名ほどに囲まれた。近くに、狭い路地はない。流石に、今度は辛そうだった。ムーンは、覚悟を決める。もっと、シアルと話したかった。もっと、笑顔を見たかった。 ギセラは、苛立っていた。ボックスを頼む、そう言い残しゲン軍の中へと突っ込んでいた小娘のことを、思い出したからだ。ムーンと、呼ばれていた。シアルの部下のようだが、ボックスに気に入られており、何度も家に呼ばれていた。時には一日中行動を共にしていた日もあったという。だからだろうか、ゲン軍が攻めてきたとき、ムーンはボックスの命を優先した。宝物庫は、数名の腕利きを向かわせただけである。あれでは、ゲン軍の雑兵に青い珠が奪われかねない。それだけは、防ぎたかった。だが、ボックスもギセラを残すことはせず、最後まで自分に同行させている。ギセラは、一刻も早く青い珠を取りに戻りたかった。だが、ボックスの安全を守ることは、ムーン以外の人間からも任せられている。護衛が多くいるような状況ならまだしも、自分しかいない状況で青い珠を取りに戻ることは危険だった。 「ムーンちゃん、凄いわねえ」 ボックスが、ゆっくりとした声で話しかけてきた。命の危機が迫っているというのに、緊張感がない。それだけに、次の言葉にギセラは驚かされた 「ギセラちゃん、戻りなさい。そろそろ転移の結界が壊されるはずよ。そうしたら、わたし一人で、逃げられるから」 「しかし・・・」 戸惑いながらも、ボックスに言葉を返そうとする。 「わからないの、ギセラちゃん。ムーンちゃんが、なんであなたを最後までわたしのもとに残したのか」 「わたしが、あの場にいた人間の中で一番強いからじゃないんですか?」 「その通りよ。でも、それだけじゃないわ」 ふいにギセラは、寒気を感じた。ムーンの策を、理解したためだ。だが、本当にそれだけなのだろうか。ギセラは、目の前で微笑んでいるボックスを見つめる。 「青い珠を、奪わせるため?」 「惜しいわ、青い珠を、奪うためね。ムーンちゃんの部下たちが。もちろん、ムーンちゃんたちがやった証拠は全く残らない。ゲン軍の部下が奪ったように見せるでしょうね」 「何故、分かったんですか? それに、分かりながら何故そのままにしておいたのですか?」 ギセラは、唖然とする。何故、ボックスはそれを理解しながらもここまでギセラに行動を共にさせたのか。 「ムーンちゃんが、可愛いからよ」 ボックスが、満面の笑みを浮かべる。ギセラには、わけがわからなかった。 「それだけで?」 「もちろん。可愛いムーンちゃんとは、これからも仲良くしたいの。あの状況から、咄嗟に策を練った機転も素晴らしかったしね。だから、乗ってあげたの。あの子、凄いと思わない?」 ギセラは、辛うじて頷く。ボックスの思考に、唖然とする。背後で、爆音が聞こえてきた。転移の結界が、破られた音だろう。ボックスが、転送石を取り出す。 「あの子みたいな子が、わたしは欲しいの。でも、流石に宝石庫の中身までは奪われたくないし。ギセラちゃん、あなたならまだ間に合うわよね? 今から大急ぎで戻って、宝石庫の中身を取り返してくれない?」 「分かりました」 ボックスの姿が、その場から消える。ギセラは、元の道へと、踵を返した。 シアルたちの眼前で、城門が壊れていた。ハジツゲの城門である。シアルたちは転送石を使い、大急ぎでハジツゲへとやってきていた。城門は留め金の所から引きちぎられ、倒れている。その中心には、重たいものでついたような、へこみがあった。 「はちゃめちゃが、押し寄せてきましたね」 城門を見ながら、アニマが呟く。その隣で、シアルが険しい表情を浮かべていた。 「無茶苦茶しやがる」 デムーランも頷いた。 「この状況から見ても、攻城兵器について十分な対策を施さないといけないようだな。特に砦では」 「そもそも、対策出来ないから攻城兵器っていうんじゃないですか? 近づかせたら負けですよ」 アニマが口を挟む。 「最もね、でも、今はそんな問答している暇も惜しい。まずは、行動を開始しましょう」 ユリアンヌの言葉に、皆が頷いた。 「さて、みんな。予定通り二手にわかれよう。シアルさんを中心とした人探し部隊と、アニマさんを中心とした青い珠部隊だ。私がシアルさんたちに同行する」 「宝物庫の方は、おれだ」 デムーランの言葉に、ボルテックが続ける。 「道案内はお願いしますよ。ボルカニック・コシガヤ」 「ボルテック・フジワラです」 アニマの適当な言葉に、ボルテックは真面目な表情で返事をすると、先頭を切って動き始めた。 ボルテックの先導の元、アニマたちは宝物庫へと進んでいた。ボルテックとその部下たちは、ゲン軍の兵と同じ格好をしている。その甲斐もあってか、アニマたちは争いに巻き込まれることなく、宝物庫の近くへとたどり着いていた。小柄な男が一人、アニマたちを待っている。 「アニマ隊長!」 ラディだった。ボルテックと並んで、影の隊の実行部隊を率いている。 「はいはい、アニマ隊長ですよ」 アニマが手を上げて答える。ラディはアニマたちを見渡すと、現状の説明を始めた。 「宝物庫の中では、ボックスの部下たちによる宝石の持ち出しが始まっています。ただ、幸いなことに青い珠はまだ持ち出されていません。警護は厳しいですが、まもなく部下たちが騒ぎを起こすはずです。それに乗じて、中に入りましょう」 しばらくすると、近くから爆音が響き、火の手が上がった。 「じゃあ皆さん、行きましょうか」 アニマが、のんびりとした声で告げた。退路を準備するためこの場に残るボルテック以外の四人が、宝物庫へと入っていく。入り口付近は、誰もいなかった。そのまま、奥の部屋へと進み始める。青い珠がある場所が、近づいてきた。その時だった。 気配を感じたのは、アニマだけだった。わずかな気配ではあったが、アニマの産毛が一気に逆立つ。それほど、強烈だった。そして、禍々しい。その気配は、急速にアニマたちへと近づいている。 「隊長」 ラディが、真面目な顔をしていた。アニマに少し遅れて、ラディも気配に気付いたようだ。 「おれが、青い珠を取ってきます。この先には、誰もいないでしょうし。隊長たちは、来る人を止めてくれませんか?」 「わかりました。どの道、わたし以外では止められないでしょうから」 アニマの返事に、ラディが頷く。 「よろしくお願いします」 「腹をくくりますかね」 ラディが走り出すのを横目に見ながら、ソレイユが呟く。彼も、禍々しい気配に気づいたのだろう。杖を構えると、アニマに支援の魔術を飛ばした。ラディが廊下を曲がる。同時に、アニマの背から昆虫を思わせる翅が生えた。全力を出せるよう、変身したのだ。 すぐに、アニマたちが来た道から一人の女性が顔を出した。赤い髪に、白い翼が生えたオルニスだ。腰には、黄金で縁取られた鞘を下げている。 「あら」 女性が、口を開いた。彼女の胸にも、黄金色に光る飾りが身につけられている。アニマたちは、ラディたちから事前に聞いていた情報もあってその女性がギセラと呼ばれる商人だと気付いた。ギセラは『黄金』とあだ名される商人であり、宝石を主に取り扱っている。その身のこなしには隙がない。ボックスの護衛も兼ねているのではないか、とラディたちは推測しており、最も警戒していた。その、ギセラである。 「ああ、いいですね。あなた」 アニマが笑みを浮かべる。ギセラも、笑い返してきた。 「それはどうも」 穏やかな声とは裏腹に、ギセラの全身からは禍々しい気配が強烈に出ている。 「ところであなたたち、何をしているの?」 急に声色が、変わった。しかし、アニマは動じることなく微笑む。 「そんなの、どうでもいいじゃないですか。さあ、斬り合いましょう。あなたはとっても、斬り甲斐がありそうだ」 アニマが、刀を構えた。ギセラはそんなアニマをじっと見つめる。 「まあ、良いでしょう。あなた方はもう、生きてここからでられないでしょうしね」 ギセラが、黄金の鞘から剣を抜く。刀身も、黄金色の輝きを放っていた。この黄金への拘りが、彼女が『黄金』とあだ名される所以だろう。ギセラが、鞘を投げ捨てた。 「おやおや、鞘をここで捨てるとは。さてはあなた、生きて帰る気はありませんね。ギセラ、破れたり!」 アニマが高笑いをしながら告げる。ギセラはアニマの言葉に答えず、不敵な笑みを浮かべた。同時に、投げられた彼女の鞘が光り輝きながら変形し始める。間もなく、黄金色の虎がアニマたちの目の前に現れた。 「変形はずるいんじゃないですかね」 アニマが呟く。ギセラが笑った。 「想定していない方が、悪いんですよ」 「じゃあ、最初から言ってくださいよ」 アニマが思わずこぼす。ギセラが僅かに動いた。禍々しい気配は、一層強くなっている。そこに、衝撃波が飛んできた。アニマの、飛ぶ斬撃だ。 「そんなに、はしゃがないでくださいよ」 アニマが呟く。ギセラは衝撃波を跳んで躱すと、微笑んだ。 「まあ、いいでしょう。あなたたちを斬ることは、いつでもできますからね」 その近くで、ソレイユが落ち着いて支援の魔術をかけていく。彼の魔術は、普通の人間でも塊怨樹に勝てるようにするほど、強力なものだった。だが、誰一人油断していない。旅の経験からギセラの実力を察したドレイクは特にだ。 ギセラが、床に剣を突き刺した。直後、その姿が消える。いや、跳んだのだ。アニマは咄嗟に刀を逆手に持ち変えると、背後目掛けて一太刀振るう。アニマの背後へとやってきていたギセラは、翼をはためかせると更に後ろへと下がる。その拳は、黄金のような輝きを持っていた。ギセラが、指を鳴らす。ギセラが先ほど突き刺した剣が、一際強く輝き始める。輝きながら剣は小さな竜へと姿を変え、回転しながらアニマたちへと襲いかかってきた。三人が、跳ね飛ばされる。アニマたちへの攻撃が終わった竜は剣へと姿を戻し、ギセラの手元に戻っていった。 「これで、倒れてくれると嬉しいんですけどね」 アニマたちを見ながら、ギセラが苦笑する。アニマたちは、その攻撃を受けても平然と立ち上がっていた。アニマがはははと笑いながら答える。 「あなたの攻撃は本当にヤバいですけれども、今のはそよ風のようなものですね」 実際、アニマは傷一つ負っていなかった。咄嗟に刀を出して、攻撃の勢いを大幅に弱めたのである。 「まあ、それだけ倒し甲斐もあります」 最も、全員が無事と言うわけではない。魔術士であるドレイクは、今の竜の攻撃だけでも大きな打撃を負っていた。呻きながら、辛うじて杖を頼りに立ち上がっている。と、アニマたちの視界の端に見覚えのある姿が見えた。ラディだ。ちょうど、ギセラから死角となる場所に隠れている。 その表情から察するに、青い珠を取り戻して来たのだろう。だが、青い珠のある場所から外にでるためには、この道を通らねばならない。それはつまり、ギセラの横を通り過ぎる必要があった。だが、今のギセラは、僅かな気配も逃そうとはしないだろう。もっと、他のことに集中させる必要がある。例えば、この戦いだ。 ムーンは、戦っていた。三十人ほどの兵士相手に、一歩も引かずに。既にその服は、血で真っ赤に染まっている。それが自分の血なのか、返り血なのかムーンは気にしないようにしていた。ただ、致命的な傷は負っていない。わずかな傷はいくつかあるが、どれも治癒の魔術を使えば傷跡一つ残らず直るようなものだけだろう。相手は、強かった。まだ立っていられるのは、シアルから学んだ武術のお蔭である。シアルには、感謝の言葉しか思いつかない。彼のお蔭で、まだ生きている。戦える。兵士たちの攻撃を防護の魔術と剣術で振り払いながら、ムーンは思った。そこに、鋭い斧の一撃が飛んでくる。どうにか飛び退いて躱すが、体勢を崩してしまった。別の斧が飛んでくる。ムーンはそれを、防護の魔術で辛うじて防いでいた。強い斧使いが、二人混じっている。ムーンはその二人に対し、防戦一方だった。 「おい、嬢ちゃん。降参したらどうだ?」 斧男の一人が、にやにや笑いながらムーンに告げる。 「諦めたら命はとらないからよ。悪くないだろ?」 もう一人も、笑みを浮かべながら告げる。降参すべきではないと即座に思えるような、気持ちの悪い笑みだった。 「嫌です」 ムーンは、はっきりとした声で告げる。 「わたしは、諦めません。わたしに稽古をつけてくれた人に、申し訳が立ちません。あの人だったら、こんな状況でも絶対に諦めませんから」 男の一人が馬鹿にしたように笑う。 「おいおい、そんなわけないだろう。このおれ様だって、今のお前の立場なら諦める。嬢ちゃんの師匠が誰だか知らんが、この状況で諦めないのはただの馬鹿か命知らずの阿呆だぜ」 「失礼なことを言わないでください!」 ムーンの頬が熱くなる。 「その人は、とても強くて、立派で、それでいて謙虚で優しい方です。いつも、わたしや他の人たちの幸せを懸命に考えてくれています。この状況でも、きっとあの人なら乗り越えられます。その人のことを知りもしないで、勝手に決めつけないでください!」 男たちは肩をすくめる。無駄に、息があっていた。 「おいおい嬢ちゃん、そいつさては、お前の男だな。その夢見がちな瞳が全てを物語っているぜ」 ムーンの頬が、さっきとは違う意味で熱くなる。 「違います!」 「まあいい。どのみち、その男がどれほど凄かろうと、どうでもいいことだ。何しろ、そいつはここに来ないからな」 「大人しく、自分の運命を受け入れた方が身のためだぜ」 男たちが、斧を構える。ムーンの脳裏にシアルの顔が浮かんだ。 先に見つけたのは、ユリアンヌだった。射撃の達人である彼女は、人の気配を常人では考えられないほど遠くから察知することが出来ていた。おまけに、闘争の気配ともなればもっと容易である。その闘争の気配に沿って動くうち、ユリアンヌは見覚えのある黒髪の女性を見つけた。兵たちを相手に、防戦している。その服は、既にあちこちが赤黒く染まっていた。ユリアンヌは、隣を向く。一陣の風が、ユリアンヌの横を駆け抜けていった。 「シアル」 「援護を頼む」 シアルは既に、駆けはじめていた。クラメリアンが、疾風のごとき速さでムーンのもとへと向かって行く。 「任せなさい」 満足げな表情で、ユリアンヌは魔導銃を取り出した。 「させるか!」 シアルは、声と共にバルト・マルクスを突き出した。斧による一撃を、受け止める。更に、左手に持つ盾でもう一人の斧を防いだ。男たちが、驚愕の目でシアルを見つめている。 「よし、間に合ったな」 ムーンは、何が起きたかわからないと言った顔をして、辺りを見渡している。シアルと、目があった。 「シ、シアルさん?」 「任せたな。面倒くさいことばかりさせて、悪かったよ」 ムーンを見て、軽く笑う。 「ど、どうやってここに?」 ムーンが、唖然としていた。 「連絡があったんだよ」 シアルの言葉に、納得したようにムーンが頷く。その間に、斧男たちの驚愕も収まったようだった。 「なるほど、お前がその噂の男か・・・シアル? ひょっとしてお前、あのシアル・フィングか?」 「いかにも。ミシロ太守、シアル・フィング、ここに参った」 シアルが名乗ると、男の一人が斧を構える。二人の男の頭髪がないことに、シアルは気付いた。 「なるほど、それは都合がいい。おれはルア・ダーンの一番弟子と呼ばれた男、ダン=ルーアだ」 「同じく、二番弟子のアダ・ルーン。ルア師匠の仇討ちをさせてもらおう」 言いながらアダが襲い掛かる。シアルはその攻撃を平然と受け止める。盾とムーンの作り出した防護壁により、シアルにはほとんど打撃が入らない。 「隙あり!」 そこに、ダン=ルーアの声が飛ぶ。シアルは、その方角を見てすらいなかった。銃声が響く。痛みに斧を取り落すダン=ルーアの姿がそこにあった。ユリアンヌの射撃だ。 「ば、馬鹿な・・・」 アダが呟く。シアルとユリアンヌが加わったことで、戦況は大きく好転し始めていた。 床から火柱が迸ったかと思うと、辺り一面を溶岩が覆う。ドレイクの魔術だ。既に、ドレイクは満身創痍だった。もともと、前線に立つ人間ではない。それが、明らかな強敵からの攻撃を受けている。立っているだけでも奇跡だった。だが、ドレイクもまた並の人間ではない。冷静に状況を分析し、ギセラが躱しきれない場所で魔術を放ったのだ。並の人間なら骨すら残らず焼き尽くされそうな一撃が、ギセラを襲っていた。溶岩が収まる。ギセラは、悠然としていた。だが、心なしか先ほどより禍々しい気配が増した気がする。今の一撃で、ドレイクたちが容易ではない相手だと改めて感じたのだろう。 そこに、アニマが突っ込んでいく。虎の攻撃を軽々いなしながら、ギセラに両手の刀で攻撃を仕掛ける。斬り合いが、始まった。 「面白がらせてくれますね」 何合か斬り結んだ後、ギセラが呟くように告げる。その顔は、この激闘を楽しんでいるようにも見えた。 「あなたは、一秒たりともいてはいけない存在です」 アニマが切り結びながら言葉を返す。アニマの全身から、滝の様に汗が流れていた。 だが、その汗は斬り合いによるものだけではない。アニマは、一つの危惧を抱いていた。 それは、ドレイクが看破したギセラの能力である。ギセラは、自らの手が触れた部分を黄金に変える能力を持っていた。人間がなせる技なのかはわからない。だが、実際にギセラが先ほど触れた柱は、黄金色に煌めいている。 これが、アニマの持つ二本の刀に触れればどうなるか。考えたくはないが、ほぼ確実に二本とも使い物にはならなくなるだろう。そうなってしまえば、いくら剣術の腕に自信を持つアニマと言えど、辛い戦いとなることには間違いない。 「わたしも戦い甲斐があります」 ギセラが不敵な笑みを浮かべる。その顔にはどこか余裕が見え隠れしていた。アニマとギセラの間にある相性的な有利不利に、ギセラは気付いているのだろう。これまでも、触れたものを黄金に変える能力を用いて、相手を無力化してきたことがあるのかもしれない。 アニマは、剣を振るいながら必死に突破口を探していた。幸い、武術の腕だけならアニマはギセラの実力を数段上回っていた。ギセラの拳や斬撃は、余裕を持って見切ることが出来る。恐らく、『神剣魔狼』ルードヴィッヒの方が数段優れた武術を持っていた。黄金化の能力さえ気をつければ、勝機を見いだせる可能性は高かった。 更に言えば、今のアニマが勝つ必要はどこにもなかった。アニマの目的は、ギセラから一瞬の隙を作ることである。柱の陰に隠れているラディが、青い珠を持って逃げ切るだけの隙を。それは、勝機を見出す以上に簡単なことだった。 アニマは、ギセラの放つ黄金化の拳を躱す。ギセラは既に、アニマにしか目が向いていない。その証拠に、アニマの回避先に向けた拳を放っている。アニマは再度攻撃を避けながら、ラディに指示を送った。 ラディが、ギセラの死角から飛び出す。ギセラにとっては、完全に想定外だったらしい。羽根を動かすと、警戒するかのようにラディから離れ、後ろに下がる。その横を、ラディが走り抜けていった。 僅かに遅れて、ギセラが身を翻す。ラディの真意を理解し、追いかけるつもりだろう。ギセラの目には、ラディしか見えていない。好機だった。転送の結界が壊れていることは、アニマの体が感じていた。 アニマの姿がその場から消えたかと思うと、ギセラの目の前に現れる。ギセラの虚を、ついた動きだった。刀を突きだす。 「続きをやろうと言ったのは、あなたじゃないですか」 だが、ギセラの反応は、雷光のように速かった。ギセラの剣が、アニマの目の前に迫る。躱すことはできそうにない。 しかし、受けることはできる。それは、アニマが想定した範囲内のことだった。 改造によって寿命の大半と引き換えにアニマは人間離れした生存能力を有している。通常の人間なら致命傷ともなる攻撃であっても、一度や二度なら耐えきることができた。 そして、ギセラがこちらの刀に触れない限り、黄金化されることはない。つまり、ギセラが剣をアニマに向けて突き出している今こそ、ギセラを攻撃する最大の好機なのであった。アニマが刀を動かす。だが、アニマの刀はそこで止まった。横からの気配に、アニマが気付いてしまったのだ。代わりに、アニマに来るはずの剣の一撃もやってこない。その攻撃を、身を挺して止めた人間がいたのだ。 「邪魔が・・・」 ギセラが呟く。ギセラの剣は、臙脂色の髪を持った大柄な男を貫いていた。ボルテックだ。ギセラが刀を抜くと、ボルテックの体が力なく倒れ込んでいく。その光景を見ながら、アニマの脳裏にモミジを頼むと言い残して死んだ男の姿が過ぎった。スプラ・シューター。モミジの父だ。 アニマが絶叫する。ボルテックが、死んでいるのは明らかだった。アニマの姿が、変貌していく。もはや、人の原型を留めているところの方が少なかった。ギセラへと、切りかかる。その速さも、最早人間のものではない。だが、ギセラはそれに応戦する。互角の戦いだった。斬撃が飛び交い、天井や壁に穴が開き始める。ドレイクとソレイユも、入り込む機会を見失っていた。両者がボルテックの死体を挟んで対峙する。 その時だった。ボルテックの胸元から、光が見える。次の瞬間、辺りを衝撃と閃光が襲った。ボルテックが仕込んでいた爆弾が、爆発したのだ。光が止んだ時、ボルテックの体は、跡形もなく消え去っていた。元々、任務に失敗したら証拠を残さないつもりだったのだろう。爆発の衝撃も、かなりのものだった。もともと、アニマとギセラの攻撃が入っていたとはいえ、柱のあちこちが折れ曲がっている。この宝物庫が崩れ始めるのも時間の問題だろう。 煙が晴れたその場にアニマとギセラは対峙していた。どちらも、立っている。だが、満身創痍だった。アニマの背から生えた翅はぼろぼろとなり、ギセラもまた、肌のあちこちから血をしたたらせていた。 「なるほど」 ギセラが、アニマたちを睨む。二人の間には柱が一つ倒れており、互いを遮っている。 「窮鼠猫を噛むと言ったところでしょうか。まあこの場合は鼠というより犬死ですがね」 「何、言っているんですか」 アニマが言葉を返す。その表情からは色が失せていた。 「ボルテックさんに、何したんですか」 アニマの目が炯々と燃えている。 「見て分かるでしょう。彼は邪魔をしてきたんですよ」 「そうですか。で、あなたは何をしようとしているんですか?」 「分かるでしょう」 ギセラが、落ち着いた声で答える。だが、彼女もまた無表情だった。 「あなたの口から、言ってくださいよ」 ギセラは答えずに、踵を返した。この場から、去るつもりなのだろう。 「だから、何をやろうとしているんですか。この場から、生きて帰れると思っているんですか?」 その言葉が、ギセラの癇に障ったらしい。ギセラが振り返る。禍々しい気配が、場を支配した。 「むしろ、あなたが生きて帰れる心配をすべきなんじゃないでしょうか」 「そう言う話をしているんじゃないですよ。わたしの仲間に手を出したんですよ。あなたはここで死ぬ以外に、道があると思っているんですか?」 ギセラは答えない。ただ、その拳が金色の光を放ち始める。アニマの翅もまた、再生を始めていた。先ほどまでの、蝶の翅ではない。彼女の激情を反映したかのように、毒蛾のへと翅が変貌していく。 時が止まったかのように、両者が構えたまま静止する。不意に、アニマが翔けた。ギセラも即座に反応し、拳を突き出そうとする。 「な・・・」 ギセラが、驚いた反応を示す。血が、胸から噴き出していた。アニマは、ギセラが拳を突き出すより先に、刀を振り切っていた。そのまま、アニマは倒れる。 「どうやって」 ギセラが、呟く。アニマは、限界を超えた速さで肉体を動かしたのだった。怒りが、それを可能にしたのである。 「覚えていなさい」 血が噴き出す胸を押さえながら、ギセラが呟いた。直後、ギセラの姿が消える。 何かが割れる音が、その場に響いた。柱が、音を立てて崩れ始める。その音だった。柱が崩れたことで、支えを失った天井が落ちてくる。その場に残されたアニマはすでに意識を失っていた。その体を、慌ててソレイユが抱き上げる。 「ったく、無茶しやがって。今のおれたちの目的は、いったいなんだ?」 アニマは答えない。その隣では、満身創痍のドレイクが立っていた。いや、杖に寄りかかっているのが正確なところだろう。 「早く、ここを出ないと」 ドレイクがソレイユに告げた。だが、建物の崩壊はより激しくなっている。天井が、三人に迫ってきた。 「危ない、ダン=ルーア!」 ユリアンヌの放った一撃を、アダが受け止める。アダとダン=ルーアのコンビネーションはなかなかのものだった。互いに助け合いながら、致命傷を負わないように戦っている。 「弟子同士助け合おうってのは素晴らしいわね。ところで、今庇ったハゲ」 「なんだ?」 アダが答える。アダもダン=ルーアも、毛が薄い。 「あんたの鎧、あんたの毛根と一緒でもう役には立たないわよ」 「ば、バカな・・・いや、おれの毛根はまだ役に立つ部分がある」 この辺とか、と言いながらアダがうっすらと毛が生えている部分を指さす。ユリアンヌはため息をついた。 「随分と、大人げないのね」 「大人げないのはそっちだろう! 人のことハゲ呼ばわりしやがって!!」 アダが即座に言葉を返す。ダン=ルーアも頷いた。 「ハゲしく同意する」 アダは斧を構えると、ユリアンナに向けた。 「人をバカにしやがって。今、お前の毛根も死滅させてやる!」 そこに、クラメリアンに乗るシアルが突っ込んできた。咄嗟に、ダン=ルーアがアダを庇う。だが、去り際にクラメリアンが放った蹴りだけは庇いきれなかった。アダが蹴り飛ばされる。そこに、斬撃が襲い掛かってきた。リシアだ。近くには、ホットドッグとレヴィンがいる。リシアが、レヴィンを救出したのだ。 「くっ、また相手が増えたか。だが、このアダ・ルーンとダン=ルーアの動き、括目してみるがいい」 アダが叫ぶと同時に、斧を振るう。だが、シアルの鉄壁を崩すことはできない。おまけに、ユリアンナが妨害するかのように銃弾を飛ばしてくる。二人の攻撃を受け切ったシアルが動く。風よりも、速かった。攻撃をまともに受けてしまったダン=ルーアは地に伏せ、動かない。 「ダン=ルーア!」 アダが悲痛に叫ぶ。その目の前には、大陸有数の武人が仁王立ちしていた。リシアの長剣がこともなげに振られ、アダの目から生の色が消え失せる。他の兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。戦いが、終わったのだ 「シ、シアルさん」 ムーンが、安堵した様子でシアルを見ている。その目が潤んでいく様子が、シアルにはよくわかった。 「無茶しやがって。報告を聞いたときは、焦ったぞ」 シアルが軽く笑いながら告げる。ムーンの目から、大粒の涙が零れてきた。 「シアルさん、シアルさーん!!」 感極まったようで、シアルに抱き着いてくる。その腕は、強く握れば折れてしまいそうなほどに細かった。シアルは、そんなムーンを優しく抱きしめた。 「無事で、良かった」 ムーンは、シアルの胸に顔をうずめている。泣いているのだろう。その体が、小刻みに震えている。ムーンの震えが収まるまで、しばらくかかった。ムーンは、顔をうずめたまま呟く。 「シアルさん。わたし、何度も諦めかけたんです。こんな状況で、どうやったら生き残れるのかわからなくて。でも、シアルさんなら絶対に諦めないと思って戦っていました。シアルさん、あなたのお蔭です。あなたがいるから、わたしは頑張れました。あなたがいるから・・・」 そこで、ムーンははっと顔を上げた。横を見る。そこには、リシアとユリアンヌ、そしてレヴィンの三人が立っていた。リシアとレヴィンは見て見ぬふりをしていたが、ユリアンヌは楽しそうににやにや笑っている。 「み、みなさんも、ありがとうございました」 ムーンの声は、平静を装っている。しかし、その顔は耳まで赤い。 「とりあえず、ムーンちゃんが無事でよかったわ」 ユリアンヌが笑顔で答える。シアルが冷静そうに頷いた。 「そ、そそ、そうだ。ぶ、無事でよかった」 声が、明らかに動揺している。 「あ、ああ、ありがとうございます」 ムーンが、露骨にシアルから目をそらしながら答える。もちろん、ユリアンヌの方も見ようとしない。 そこに、ゲン軍と思しき喚声が聞こえてきた。同時に、空が曇る。見れば、五騎の竜が飛んでいた。その先頭を走るのは、銀白の竜である。その竜に、シアルは見覚えがあった。ゲン・ロン、ゲン軍の総大将が乗っていた竜だ。名は確か、ウィルム。そしてその背には、当然と言わんばかりにゲンが乗っていた。竜たちは大きく旋回すると、ウィルムともう一騎だけが降下を始める。一直線に、シアルたちを目指していた。 「久しぶりだな、シアル」 ウィルムの背から飛び降りると、ゲンが告げる。髯が多少伸びているくらいで、以前と変わっているところはなかった。殺気も全く、放っていない。危険はなさそうだった。 「久しぶり、ですね」 シアルも頷く。ゲンの後ろから、怒号が聞こえてきた。 「ゲン様、危険なことはやめてほしいとあれほど言っているではないですか!」 ゲンの護衛をしているジェナーラだ。『阿修羅』とあだ名されるこの女性は、感情の起伏が激しい。今は、明らかに怒っていた。 「まあまあ、いいじゃないか。ジェナーラ。おれは別に、シアルたちと戦おうとしているわけじゃない。シアルたちだって、それには気づいている。先ほど、部下がシアルによく似た人物を見たと言っていたのでな。慌ててきたのさ。シアル、お前、ミシロで太守をやっているんじゃなかったのか?」 「まあ、そんなところだ。今は、色々あってな」 ゲンはシアルたちの様子を見る。状況を、何となく察したらしい。 「なるほど・・・どうやら、目的は達成できたようだな。おれの大切な部下は倒さないで欲しかったが、そこは時の運だ。」 「ゲン、気を悪くしないでください。向こうが勝手に襲い掛かってきたから、こちらは迎撃しただけです」 ユリアンヌが答える。ゲンは軽く笑った。 「気にするな。それは仕方ない。戦場だからな」 とは言え、ゲンからは殺気が全く感じられない。やはり、戦うために降りてきたわけではないのだろう。 「さて、シアル。それからユリアンヌ。おれがやってきた目的に入ろう。二人とも、おれに協力してくれ。ボックスを倒し、この国の腐敗を無くそう」 「随分と、藪から棒ですね」 ユリアンヌが答える。ゲンは、ユリアンヌを見た。 「しかし、ユリアンヌ。考えてもみてくれ。お前も知っているだろう、ボックスの理不尽さを、無能さを。あんなやつが世の中の頂点にいるのはおかしい。当然、それを許している今の王もだ。もちろん、おれが王になったからと言って全てがすぐに良くなるわけじゃないが、ボックスやウー・ロンに比べたらましな世を作れると思っている。この国の、十年後、二十年後のためにもな」 確かに、ゲンは公平な人物だろう。そして、正直だ。今も、変に言葉を飾ろうとせず、本音でシアルに語りかけてくる。ただ、シアルの脳裏にはレテの姿が蘇った。確かに、勝負は時の運だ。それで死んだ人間は仕方ない。だが、本当にそれでいいのか。会ったこともない、テセウスやオーダマ・リィの名が思い出された。二人とも、太守や魔獣研究家としての立場からミシロやこの世界を良くしようと働いていた。だが、二人とも会う前に死んでいる。レテも、最後を看取ることはできなかった。この反乱がなければ、まだ生きていたかもしれない。 「ゲン・ロン殿」 シアルがゲンを見た。 「少し前の私であれば、あなたに賛同していただろう。だが、それはできない。あなたとの戦いで、既に部下が死んでいる。大勢の人も、死んでいる」 「そうだな。だが、それは時の運だ。生き残った者は、これからを考えることの方が大切だと思う」 「私の近くにいた、部下を覚えているか?」 シアルの言葉に、ゲンが目を伏せた。思い出しているのだろう。 「ああ。確か、レテと言ったな。優秀そうな人だった」 「レテはもう、死んだよ。戦いに、巻き込まれてな」 ゲンは少し、寂しそうな顔をした。 「つまり、おれの軍との戦いの中で、死んだと言いたいわけだな」 「そうだ」 シアルが、低い声で頷いた。そして、ゲンを向く。 「以前の感情だけだったら、おれはあんたに賛同したかった。が、もうそうすることはできない」 シアルは既に、大きなものを背負っていた。死んだ者たちの、思いである。その思いを無碍にすることは、できそうになかった。 「そうか」 ゲンは短く頷いた。何かを、悟ったような表情だった。目からは、僅かな寂しさが見えている。 「ゲン、あなたがミシロに攻め込んだ時点で、シアルやわたしたちとは道を違えてしまったのよ。残念だけれども」 ユリアンヌが、ゲンに話しかける。 「まあ、正直お前たちはそう言うと思っていたよ。シアル、お前は昔から真直ぐだった。時には周りが不安になるくらい、一直線な生き方をしていた。そして、そんなお前が羨ましいとよく思っていた。軍にお前が入ってきたとき、嬉しかったよ。お前みたいな人間は、一緒にいて頼もしいからな。竜騎隊に、誘うかと思ったくらいだった。今も、断るとは思っていたが、僅かな望みに賭けてみたくなってな」 ゲンは、白い歯を見せて笑った。 「ま、今日は互いに戦うことはなしとしよう。次は、遠慮なく来てくれ。おれもジェナーラも、遠慮はしないからな」 ゲンが、騎竜のもとへと戻る。 「そうだ、シアル。友人として、最後に一つだけ助言をしておこう。さっき、お前のことを真直ぐな人間だと言ったが、それが故かお前自身で気づいていないところがある。早くそこに、気づくといいな。なあ、ムーンの嬢ちゃん」 ムーンの顔が、再び真っ赤になる。 「シアル、じゃあな!」 「ああ、またな」 シアルの言葉を聞いたゲンが去っていく。ユリアンヌが、その背を見ながら呟いた。 「進む道が同じであれば、あれほど頼もしい人もいなかったでしょうに」 ゲンたちの姿は、すぐに視界から消えていった。 アニマは、目を覚ました。視界一面に、天井が見える。 「おう、おはよう」 何かを考えるより先に、横から軽そうな声が聞こえてきた。ソレイユだ。ところどころ、怪我の跡が見える。はっとしてアニマは我が身を見るが、傷一つ残っていない。 「ここは?」 アニマが訝しげな声で尋ねる。 「医務室だよ」 「なんでわたしは、ここへ?」 言いながら、アニマははっとする。 「ボルテック・フジワラ」 思わずその名を呟く。アニマの身代わりとなって、ギセラの剣に貫かれた男。だが、アニマはまだ彼が死んだと考えていなかった。いや、考えたくはなかった。 「ボルテック・フジワラさんは?」 「ああ、やつは」 ソレイユは、少し困った顔をする。 「やつは、おれたちを庇って、それで・・・」 そこから先は、言われなくてもアニマは察することができた。いや、もっと早くから分かっていた。ただ、直視できなかっただけだ。 「助けられなかったよ」 アニマの表情が、絶望に打ちひしがれたものになる。 「嘘ですよね。ほ、本当は助かっているんですよね?」 「すまない、おれのせいだ」 わずかな沈黙の後、ソレイユが呟いた。アニマの頭の中で、一人の男が蘇る。スプラ・シューター。モミジの父。アニマが殺し、助けることが出来なかった一人の男。 「また、助けられなかった」 アニマが俯く。その手の甲に、涙が零れ落ちていく。 「わたしは強くなったのに。でも、助けられなかった」 「い、いや、しかし、任務は成功したぞ」 隣の寝台から、別の声が聞こえてくる。アニマはようやく、ドレイクが隣で寝かされていたことに気付いた。無理もない、ドレイクもまた重傷だったのだ。とは言え、その傷はもう残っていない。ソレイユが、治癒したのだろう。人の傷だけ治し、自分の傷だけは治そうとしないところが、ソレイユらしかった。 「あそこでな、お前がギセラを止めに行かなかったら、ラディは追いつかれていたかもしれない。あの時は、最善の判断だったと思うぞ」 子どもを励ますような口調で、ドレイクが告げる。もともと魔術に没頭していたドレイクは、言葉より行動で態度を示す人間だった。このような場は、得意ではない。それでも。ドレイクは必至で励まそうとしていた。 「失敗したら、やり直せばいいじゃないですか」 アニマが呟く。 「死んだボルテック・フジワラさんの命は、戻ってこないんですよ」 「確かに、死んだやつは戻ってこない」 何かを思い出すかのように、ソレイユが頷く。彼もまた、ゲン軍との戦いを通じて妹を失っていた。 「でも、だからって、ここで歩みを止めちまったら、意味ないんじゃないか。それこそ、ボルテックは」 ソレイユの言葉が止まる。アニマの見えていないところで、ドレイクが言葉を止めさせていた。 「重ねて言うな。ただでさえ、アニマは傷ついている」 ドレイクがソレイユに小声で話す。 「この作戦は、今回失敗していたら、次はもっと時間がかかったと思う。だからこうなるのは・・・そう『運命』。『運命』ってやつだったんだ」 ドレイクが、必死で言葉を考えながらアニマに話しかける。 「あの人は、わたしを影の部隊の隊長にしたいと言ってくれたんです。わたしのことを、信じていたんですよ。でも、そんな風にわたしを信じてくれたのに、わたしは助けることが出来なかった」 アニマが堰を切ったように泣き出す。ドレイクの顔が、凍りついた。魔術一筋で生きてきたドレイクは、年ごろの女性が目の前で泣き出した時、どうしていいかわからないのだ。キョウコと行動を共にしていたこともあったが、彼女はドレイクの目の前で泣いたことはない。せめて、ゴサリンのような五歳児であれば何とかなるのだが。ドレイクは、困り果てた顔でソレイユを見る。何とかしろ。その顔にはそう書かれていた。 「落ち着くまで、泣けばいいさ」 ソレイユが、アニマの背中を優しくさする。アニマは、ソレイユの胸を借りると大きく泣き始めた。ドレイクは、横で安心したように頷いている。 シアルたち全員がミシロへと戻ってきたのは、夜が明けてからのことだった。休む間もなく、会議が開かれる。 「そうか、ボルテックが・・・」 レヴィンが、小さな声で呟いた。その声を聞いたアニマが、びくりと体を震わせる。ボルテックは、アニマを庇って死んでいた。 「彼が考えた軍はこれから重要さが増すだろうに。創始者がいなくなったのは、悲しいな」 セインが続ける。アニマは、俯いたままだった。 「だが、いつまでも悔やんでいるわけにはいかない」 大きな声を上げたのは、デムーランだった。 「最もね」 ユリアンヌが頷く。珍しく、その大声を咎めない。デムーランが話を続ける。 「いいこともある。特に、青い珠を取り返したことだ。この青い珠が海王ガラエドリルを復活させるためのものか、それともグランドラゴンの力を抑えるためのものか。どちらにせよ、秘密裏に持っておく必要があるだろう。それに、ゲン軍がハジツゲを攻め落とした。守っていたマケ将軍も、死んだとの噂だ。これで、ゲン軍は後方の憂いを気にすることなくミシロに攻め込める。ひと月もしない間に、大軍で攻め寄せてくることになるだろう。指揮を執るのは、恐らく『開眼』バルドゥイノ。ユリアンヌ、我々はキョウコと共に砦の防御を固めておこう」 「それでこそ、あの砦を作った意義があるってもんだわ」 デムーランの言葉に、ユリアンヌが頷く。それからいくつかの懸案事項についての話し合いが行われた後、会議はお開きとなった。 「みなさん、今回はありがとうございました」 珍しく静かにしていたムーンが、口を開く。そして、静かに頭を下げた。 「そして、迷惑をかけてしまいました。本当に、申し訳ありません」 「迷惑をかけたうんぬんよりも、まずは無事に帰ってきたことを喜んでいる」 シアルが答える。 「実際、心配した」 「シアルさん、ごめんなさい」 「それから、こういうことがありそうな場所に行くときは、私も伴ってくれ」 シアルの言葉に、ムーンがしおらしく頷く。 「でも、シアルさん忙しいんじゃないですか?」 「これくらい、優先させてくれ」 シアルが答える。ムーンの顔が、僅かに綻ぶ。ユリアンヌは、そんな二人を満足そうに眺めていた。 「その時は、街のことはリシアが何とかしてくれる」 突然指名されたリシアの顔が、唖然としたものになる。 「なに、リシアにはレヴィンがいるだろう。問題ない」 シアルは平然と言葉を続ける。レヴィンが、苦笑していた。 「いや、私はそこまでこの街の運営には関わっていない・・・まあ、とはいえ、今回の恩があるからな。いざと言う時は、街の運営は任せてくれ。荒事はリシアが担当してくれる。なあ、リシア。私たちは友人だよな?」 リシアは、苦笑していた。そんなリシアを横目に見ながら、レヴィンが真面目な表情になる。 「とはいえ、謝るのは私も同じだな。特にリシアには多大な迷惑をかけてしまった。申し訳ない。大地の結晶といい、私は皆に迷惑をかけ続けている。借りばかり作っていては申し訳ないので、出来ることは何でもしようと思う。シアルのように気軽に言ってくれ。戦い以外なら、出来ると思う」 その言葉に、にやりと笑ったのはオドリックだった。 「じゃあ、おれの様に光り輝かないか?」 「それは断る」 レヴィンが即答する。笑いが、起こった。 青い珠を取り返してから、一週間がたっていた。ゲン軍の襲来が近いこともあって、砦の中の人間は溌剌と動いている。だが、アニマはほとんど動いていなかった。落ち込んでいる。アニマ隊のことは、副官のモズメに一任していた。モズメはそんなアニマのことを心配そうに見つめてくるが、その事情を深く聞こうとはしない。察してはいるのだろう。モズメの訓練はアニマの訓練ほど苛酷でないため、唯一喜んでいるものと言えば、アニマ隊の兵士たちくらいであった。 おまけに、影の軍の問題がある。隊長だったボルテックが死んだことで、隊長を任せられる人間がラディだけになってしまったのだ。二つの隊を指揮しなければいけないラディの負担は、生半可なものではない。誰か、もう一人の隊長を選ぶ必要があった。 だが、どうにも仕事をする気力になれない。アニマが鬱々とした気持ちで過ごしていると、下の階から騒ぎが聞こえてきた。 何事だろうとアニマが下に降りる。近くにいるネヴァーフが話しかけてきた。 「あそこ、見て下さいよ」 アニマは指さされた箇所を見る。確かに、近くの城壁を登っている人間がいた。ラディだ。特別な器具を持たず、己の肉体だけで登っている。 アニマは、暗い目をしたまま外に出た。無意識のうちに、そこに向かう。石壁は、駆けあがった。ラディがたどりつく地点に、先回りする。間もなく、ラディの姿が現れた。 「なに、やっているんですか」 アニマがその場にいたことに、ラディは少し驚いたようだった。だが、すぐにアニマを向くと、口を開く。 「ボルテックの兄貴が、死んじまったじゃないですか、隊長」 「わたしのせいです。ごめんなさい」 アニマが、か細い声で漏らす。ラディは、首を横に振った。 「隊長のせいじゃ、ないと思いますよ」 「わたしを庇って死んだんです。だから、わたしのせいです」 少し、沈黙が流れる。 「仮にそうだとしても、それはボルテックの兄貴の役目だったと思います。ボルテックの兄貴は、あの時考えたはずです。兄貴だったら、あの状況で前に出ないことを選べたでしょう。でも、前に出た。それは、兄貴が隊長を逃がしたかったからだと思います。だとしたら、隊長はこれからも兄貴のことを背負いながら生きていく必要があります」 ラディの返事はゆっくりだった。慎重に言葉を選びながら話したのだろう。ここまで話し終えたラディは腰を落とすと、遠くを見ながら言葉を続けた。 「ボルテックの兄貴は、しっかりしていたじゃないですか。落ち着いていて、命令をどうこなすかしっかりと考えて。それと比べると、おれはまだまだです。おれは、ボルテックの兄貴みたいになりたいんですよ。だから、ボルテックの兄貴みたいなことをすれば、少しは追いつけるのかと思いまして」 「背負って生きる、ですか」 アニマの脳裏に、スプラの顔が過ぎる。命を賭して、アニマを自由にした男。今際の際に、モミジを頼むと告げて死んだ男。アニマは、彼の命が失われるのをただ涙を流して見ているだけだった。 「誰かが死ぬ度に、誰かがその人のことを背負って生きないといけないかもしれません。隊長は強いですからね。それだけに、色々な人の命を背負うことになるかもしれません」 ラディが、アニマを見る。 「はい」 アニマは頷いた。ラディは軽く笑った。アニマを、元気づけようとしているのかもしれない。 「隊長、無理はしないようにします。この状況でおれまで死んじまったら、影の軍がなくなっちまいますからね。しかし、できればもう一人隊長がいた方がいいとも思います。おれはそろそろ、ゲン軍を見張る任務に集中しないといけなくなると思うので、隊長。人探しはお願いします」 ラディは、その場を去ろうとする。その背中に向けて、アニマが呟いた。 「死なないで、くださいね」 ラディが振り返る。 「迷惑ですから、死なないでくださいね」 「おれは影の軍を残したいですからね。死にませんよ」 ラディが親指を立てる。アニマは頷いた。顔を上げる。その顔は、ようやくいつもの表情になっていた。 「知っている人に死なれると、すごく悲しい気持ちになります。だから、迷惑なので死なないでください」 ラディは、真面目な顔で頷いた。 「なるべく、死なないようにはします」 「約束ですよ」 「わかりました」 ラディは影の軍である。任務の中で、死ぬ危険性は大いにあった。だが、それでもアニマはラディに約束して欲しかった。ラディも、その気持ちを察したのかもしれない。いつも以上に真面目な表情で、頷いていた。 八万の軍勢が、ハジツゲを出発した。その知らせが入ったのは、ハジツゲがゲン軍の手により陥落してから二週間ほどたってからのことだった。フエンも、すでに陥落している。ハジツゲを出た軍勢は騎馬隊であれば一週間。歩兵でも二週間以内には砦までやってくるはずだった。指揮は『開眼』バルドゥイノ、ゲン軍の将軍の一人だ。 砦では、キョウコの指揮のもと三重目の壕が出来上がりつつあった。壕が出来上がれば、後はシダイナ川から水を引くだけである。水さえ引き終われば、守りはより堅固なものになる。恐らく、ゲン軍の攻撃も兵糧がある限りは持ちこたえられるだろう。ただ、水を引くには後二十日近くかかるとキョウコは話していた。 兵糧は、リシアと商人のヒイが集めに集めていた。既に、七千の軍が三ヶ月は耐えられる量が倉には入っている。だが、リシアもヒイもまだ満足していないようで、各地を飛び回り兵糧をかき集めていた。武器も、同様だ。武器も使えばそれだけ壊れていく。 「これは、ユリアンヌさん。デムーランさんは容赦がないですね。これでもかってくらい値切ろうとされます」 砦の入り口で、ユリアンヌはばったり出会ったヒイに話しかけられた。 「とは言え、デムーランさんは私腹を増やすことを全く考えない方なので、交渉していて気分はいいですが」 ヒイが、恰幅のいい体を揺らしながら笑う。 「まあ、あいつはもともと神官だからね」 ユリアンヌが答える。不正をすることに興味がない。私腹を増やすことには、もっと興味がない。それは、十年来の付き合いで分かっていた。 「それにしても、デムーランさんは軍師として成長されていますね。どんどん先のことを見通すようになった・・・と、言えばいいのでしょうか。私は結構な量の食料と武器を購入しているはずなんですが、まだ足りない。理由を聞くと、戦いで消耗する武器や各地から集まって来るであろう兵士たちの食料まで計算されていたりしますからね。最初は誰かと思いましたが、実にいい軍師を、見つけられたと思います」 「あいつは昔から、頭が回るからね」 ユリアンヌは頷く。確かに、デムーランは以前より、広い視野で物事を観察するようになった。その後もヒイの雑談にいくらか付き合い、ユリアンヌは自らの部屋へと向かって歩き出した。 「ユリアンヌ、『開眼』バルドゥイノ軍についてだが」 部屋に戻ると、そのデムーランが大声で話しかけてくる。耳に響く声に、ユリアンヌは顔を顰めた。 「どうした、その顔は。しけた面しやがって」 「その辺に斧ない?」 「いやまて、まだ早い。どうした?」 「とりあえず、その下顎を削げばいいかしら?」 ユリアンヌが真顔で尋ねた。デムーランの表情が、酷く慌てたものになる 「ま、まあ落ち着いて話し合おうじゃないか。私が喋れなくなったら、お前は困るだろう?」 「まあ、そうだけどね。声は小さくしなさい」 ユリアンヌの言葉に、デムーランがしゅんとした。 「はい」 改めてユリアンヌが事情を聞く。デムーランなりの分析がひと段落したようだった。 「全軍は八万。ほとんどは歩兵でその指揮を執るのは、バルドゥイノで、副官はセレスタン。『春嵐』とあだ名されるアウリクの女性だ。二人とも元軍人らしいが、聞き覚えはあるか?」 どちらの名も、聞き覚えがあった。特に、バルドゥイノの名は、昔からよく知っていた。射撃と狙撃。魔道銃と銃。微妙な違いはあれど、通ずるところも多い。 バルドゥイノはゲンの古くからの友人で、ユリアンヌが兵となった頃は狙撃の名手と言われていた男だった。『開眼』とはそのころのあだ名で、本気で狙撃を行う際に細目を大きく見開くことからそう呼ばれていた。だが、ユリアンヌの聞く限りでは、バルドゥイノはその後すぐに軍を去っている。キッサキで妖魔の討伐にあたっていた際、妖魔の奇襲を受けて右目の視力を失ってしまったからだ。今は、その右目を眼帯で覆っていると言う。そして、槍を遣い始めていた。 「バルドゥイノは、もとは狙撃手だったはずね」 記憶を頼りに、ユリアンヌは口を開いた。 「だがしかし、今は槍を遣っているという」 「戦場で、片目を失ったのよ」 セレスタンはユリアンヌより後に軍に入ってきた女性で、軍人としては珍しく魔術の扱いに長けていた。魔術を使える騎兵を育てたいと話しているのをユリアンヌは聞いたことがある。だが、ヒロズ国の軍では認められていなかった。 「セレスタンは、魔術を使った騎兵を育てたいと言っていたわね」 「なるほど、それでか。セレスタンの精鋭と呼ばれる百騎は、魔術を使うそうだ」 「フェミナが言っている射撃騎馬兵と理屈は似ているのよね」 ユリアンヌは、自らの副官の名を上げた。 「どちらも、機動力があって遠くから攻撃できることに変わりはないから」 「確かに。厄介そうだな」 デムーランが、苦々しい表情で答える。だが、セレスタンの話題はそれくらいしかなかった。あまり情報がないのだ。話は再び、バルドゥイノへと戻っていく 「バルドゥイノの槍は少し特殊らしく、中に火薬が入っている。それを使って槍の火力をあげているらしい。その腕も、かなりのものだと聞く。それから、ゲンから将軍の座を与えられているだけあって、用兵が上手い。七万の歩兵を五隊に分け、それぞれ大隊長に指揮を任せているようだ。そして、見事な連携で兵を手足の様に動かす。特に、攻城戦が巧みだ。ゲン軍がホウエン西側にある街を立て続けに落とせたのも、バルドゥイノ軍の功績が大きい」 今回、バルドゥイノ軍が来るのも、その辺りの理由が大きいのだろう。 「この出来たばかりの砦であれば、バルドゥイノ軍がすぐ落としてくる可能性は高い。もちろん、キョウコが水濠を完成させれば別だが、間に合うかどうかが微妙なところでな」 ユリアンヌを見て、デムーランが言葉を続ける。 「対応策は、大きく二つだ。一つ目が、水濠が完成するまで粘り抜く。バルドゥイノ軍が来てから水濠が完成するまでの期間が、五日ほど。そこを、戦い抜けばいい。もう一つは、指揮官のバルドゥイノを倒す。バルドゥイノ軍がまとまっているのは、バルドゥイノ個人の統率力に頼るところが多い。彼を倒すことが出来れば、後は指揮系統の乱れた軍が残るだけになる。ユリアンヌ、君やシアルたちであればそんな軍を倒すことは容易だろう」 「暗殺、か」 ユリアンヌが呟く。ただ、現状は難しいだろう。影の軍は隊長を失ったばかりだし、バルドゥイノに個人での力が勝てるとは思えない。バルドゥイノと戦うならユリアンヌやシアル、リシアにアニマと言った少数精鋭が向いているだろう。問題は、その隙を作れるかどうかだった。 「もちろん、時間を稼ぐための策はある。どこまで通用するか、試してみよう。まずは、渡河を防ぐ。コトキとシダケをつなぐ街道に橋が一つ架けられている」 「橋を、崩せば」 多少なりとも、進軍を遅らせることが出来る。ユリアンヌの考えに、デムーランは頷いた。 「それでもバルドゥイノ軍は強引に渡河してくるはずだろう。ユリアンヌ、君の射撃隊を中心にそれを防いで欲しい。その後は、我々砦を守る部隊とシアルたち外からバルドゥイノ軍を牽制する部隊に分かれ、バルドゥイノ軍を挟み撃ちにする」 デムーランは、告げる。だが、どこか嫌な予感をユリアンヌは感じていた。 十一月に、入っていた。だが、ノームコプでも南に位置するホウエンではまだ暖かい日が多い。まして、その南部の方ともなれば尚更だった。かといって、北の果てにあるキッサキでは、夏でもない限りは雪が解けずに残っている。ノームコプは、広い。バルドゥイノはそう思いながら進軍を続けていた。中軍だ。先陣にはビッグスとウェッジが、後方には『春嵐』セレスタンがそれぞれ位置している。 「将軍、間もなくシダイナ川です。斥候によれば、川の対岸に五千ほどの軍が待ち構えているとのことです」 「そうか」 バルドゥイノは、短く頷く。シダケとコトキをつなぐ街道。ここまでは、それに沿って歩いてきた。このまままっすぐ進めば、橋がある。だが、その橋は既に落とされていた。シアル軍の仕業である。最も、バルドゥイノもその展開は予想していた。 「工作兵、準備」 バルドゥイノの声と共に、工作兵たちが前へと出ていく。彼らは皆、筏か杭を持っていた。筏と言っても、それで渡るわけではない。筏を杭で繋ぎ止めることで、臨時の桟橋を作る予定だった。 飛んでくる矢や銃弾を躱すため、大盾を持った者が前に出る。少しずつ、桟橋が作られ始めた。シアル軍が、動揺しているのが分かる。それくらい、桟橋を作り上げる速度は速かった。バルドゥイノ軍の侵攻を止めるべく、シアル軍が動き始める。 恐らく、やってくるバルドゥイノ軍を受け止める構えを作っているのだろう。それは、バルドゥイノとセレスタンが考えていた好機だった。 バルドゥイノがにやりと笑う。 「行け、セレスタン」 この場にいない騎馬隊長に向けて、バルドゥイノが呟いた。 それは、突然だった。渡河を防ごうと前への構えを厚くしていたユリアンヌ軍の後ろに、騎馬隊が現れたのだ。騎馬隊は、後ろにいた歩兵たちを襲っていく。渡河を防ごうとしていた歩兵たちと異なり、後ろにいた歩兵たちは戦いに対する準備が出来ていない。たちまちのうちに蹴散らされていく。先頭にいるのが、『春嵐』のセレスタンだろう。まさに嵐のような動きでユリアンヌたちの軍を突き進み、遮るものを剣と魔術で倒していく。剣も魔術の腕前も、かなりのものだった。騎馬の指揮も、見事である。 間もなく、セレスタン率いる騎馬の数が分かってきた。たったの百だ。だが、勢いに乗っている。おまけに、ユリアンヌたちが動揺を鎮めている間に、バルドゥイノ軍が橋を渡り始めていた。恐らく、渡河を防ぐことは難しいだろう。 「渡河を防ぐのは放棄して、後ろの騎馬隊を止めましょう」 ユリアンヌは冷静だった。まずは現状の把握に努め、すぐさま兵に命令を出す。だが、軍は崩れ始めていた。支えきるのは、難しいだろう。おまけに、ユリアンヌの横には青ざめた顔をしたデムーランが立ち尽くしていた。 「ユ、ユリアンヌ、どうしよう」 デムーランが軍師として戦場に立つのは今回が初めてであったはずだ、そして、渡河を防ぐとの目論見はバルドゥイノに破られてしまった。ユリアンヌは、デムーランの尻を蹴飛ばす。 「しっかりなさい。策が破られたくらいでがたがたしないの」 「私が、渡河を防ぐことを提案したばかりに・・・」 落ち込んだ様子でデムーランが呟く。 「いい、覚えておきなさい。戦場では状況が二転三転するなんてことは当たり前なの。今、何が出来るかすぐ考えて」 ユリアンヌの言葉に、デムーランがはっとしたようだった。手元の地図を、眺め始める。 「この地点だ!」 デムーランが、手に持っていた地図をユリアンヌに見せる。ここから砦に戻るまでのいくらかの地点に、印がつけられていた。 「ここに、兵を潜ませながら撤退する。どこも、砦に向けて進軍してくる軍からは死角になりやすい場所だ。壊走するふりをしてそこに兵をひそめ、追撃しようとする敵を挟撃する。そこで敵を打ち破れば、川を渡られた衝撃も薄まるだろう」 「砦をみすみす攻めさせるよりは、余程いいわね」 上手くいくかはわからない。だが、ユリアンヌはこの友人に賭けるつもりにはなっていた。 「頼む。シアルたちの部隊が、この場に急行しているはずだ。機を見て、我らも反転する」 「機を見るのは、任せるわ」 ユリアンヌがデムーランに告げる。デムーランは、覚悟を決めた表情で頷いた。 「わたしたちは、突っ込んできた命知らずの大将たちを倒すから」 ユリアンヌの指示のもと、兵たちが逃げると見せかけてデムーランが印をつけた地点に潜んでいく。敵の進軍も早い。特に二隊ほどが突出して攻めている。『春嵐』セレスタンの姿は、見当たらなかった。出過ぎるのは危険だと考えたのだろう。ユリアンヌは舌打ちした。どうせなら、この場でバルドゥイノかセレスタンを討ちたかった。 相手の軍の勢いが、急に止まる。シアルの騎馬隊が、横から軍を二つに断ち割っていた。そこに、もう一つの騎馬隊が続く。キーナの騎馬隊だ。先頭で、紅白の布が翻る。キーナは両手剣の柄に、紅白の布をつけていた。シアルとキーナの騎馬隊が通った所で、ゲン軍の兵が薙ぎ倒されていく。突出していた二隊は混乱し始めていた。そこに、デムーランが号令をかける。死角に隠れていた兵たちが飛び出していった。 目の前に、砦が見えていた。堅牢そうな砦である。周りを三重の空壕に囲まれ、壕と壕の間には石堤が置かれている。まともに突き進もうと思えば、犠牲は多く出るだろう。 「バルドゥイノ様、決まりましたか?」 声をかけてきたのは、セレスタンだ。 「いや、まだだ。この砦、かなり考えられて作っている」 「流石、シアル軍ですね。若くしてバレー大将軍のもとで騎馬隊の隊長をしていると聞いていましたが、納得の指揮です」 「ここを守っている、ユリアンヌもだな。ビッグスとウェッジの部隊がわずかに出過ぎていたとはいえ、あそこまで瞬時に壊滅させられるとは」 バルドゥイノは、先ほどの戦いを振り返っていた。渡河までは、こちらの策が上手だった。工兵が渡河をすると見せかけ、セレスタンの部隊が転移の術で移動。背後からシアル軍を襲う。シアル軍が混乱している間に、一気に渡河を行うとの作戦で、実際にシアル軍は混乱していた。だが、混乱したのは全軍ではなかったようだ。シアル軍は混乱しながら退却すると見せかけて、兵を埋伏。そして、増援にあわせて一気に奇襲し、追撃しようとしていたビッグスとウェッジを討ち取ったのである。どちらも、一万の兵を動かせるだけの才を持っている大隊長だった。 「気をつけなければならんな。恐らく、あの石堤も崩せるように作っているのだろう。うかつに攻められん。かといって、空壕を乗り越えない限り、石やら矢やら、飛び道具が飛んでくる。攻める際は、工兵用の大盾を使おう。三重で、剥がせるやつだ。それで、身を守りながら、壕を越えていくしかあるまい」 「わかりました。わたしは、城外にいるシアル軍の牽制を」 一万ほどの軍が、城外でバルドゥイノ軍と睨み合っていた。ミシロやコトキからやってきた、シアル軍本隊だろう。 「任せたぞ、セレスタン」 バルドゥイノの言葉に、セレスタンが頷いた。 「明日から、バルドゥイノ軍の総攻撃が始まる」 会議が始まるなり、デムーランが皆を見渡して告げる。会議にいるのはユリアンヌ、ソレイユ、アニマ、そしてデムーランとキョウコの五人だ。キョウコは大慌てで戻ってきたのだろう。髪や服のいたるところに泥がこびりついている。だが、本人はそれを気にした風でもなかった。 「後、二日。二日だけ耐えて下さい。二日で、水は引き終ります」 キョウコが指を二つ立てて力説する。その声には、熱気が籠っていた。昼夜を問わず、キョウコの部隊は水を引くべく作業を行っていた。バルドゥイノ軍が近づいてからは、バルドゥイノ軍に怪しまれないようにしてである。キョウコの頬は、いくらか削げていた。 「つまり、明日明後日と耐えればいいわけですね」 アニマの言葉に、キョウコが頷く。 「キョウコ、ありがとう。まずは二日耐える。部下の将校や兵にはそう告げて欲しい。だが、バルドゥイノ軍は厄介だ。バルドゥイノは慎重な性格だし、攻城にも長けている。空壕や石堤への対処法はすぐ見つけられるだろう。だが、その慎重な性格ゆえに好機もある。恐らく、バルドゥイノは犠牲を厭わず無理に攻めることはしないはずだ。そこで、夜陰に紛れて六千を外に出す」 「敵が目を砦に向けている間に、奇襲しようと」 アニマが尋ねる。 「そうだ。そのために砦の中には転移の結界が意図的に効かない場所も用意しておいた。もちろん、砦の外からは見えない場所なので、そこに相手が転移してくることもない。その地点を利用して、軍の大半を外に出す。大半が外にいることが知れたらバルドゥイノ軍は総攻撃を始めるかもしれないが、そうなればこちらの用意した罠が生きる」 デムーランはユリアンヌを見た。 「ユリアンヌ、私は千の兵と共に中に残る。大丈夫、キョウコと共にこの砦の罠を考えたのは私だ。二日くらいは、耐えてみせるさ」 「相手の兵力を、見くびっちゃ駄目よ」 デムーランが頷く。 「分かっている。それに、上手く石堤を崩せば、千や二千くらいの敵兵を巻き込むことはできるかもしれない。ユリアンヌ、外は任せたぞ」 「その代わり、あんたも死ぬんじゃないわよ」 「ああ、任せてくれ」 デムーランの言葉に、ユリアンヌが首を振った。 「その発言が、既に危ないの。覚えておきなさい」 デムーランが苦笑している。 「わかった、わかった。とは言え、私が死ぬと砦の指揮役がいなくなるからな。死にたくても死ねんよ」 デムーランは、ユリアンヌを真正面から見据えた。瞳の奥に、闘志が宿っている。 「ユリアンヌ、また会おうな」 「ええ、また」 ユリアンヌは軽く手を上げて、デムーランに答える。ユリアンヌたちの軍が転移の術で城外へと出たのは、真夜中のことだった。コトキの近くだ。今から向かえば、明け方には砦の近くに戻るだろう。 まだ、暗かった。夜は明けていない。アニマは、指定された場所へと兵と共に移動し終えていた。モズメと三千の兵である。アニマは、モズメや小隊長たちを集めていた。 「と言うわけで、今から十倍以上の兵に突入しないといけません」 「十倍以上」 小隊長の一人が、重く呟く。出撃の際に人数は聞いていただろうが、改めてその数を実感したのだろう。何しろ、敵は近い。 「ですので、もし怖いと思う方はここで抜けていただいて結構です。その分わたしが働きますから」 突然の言葉に、モズメや小隊長たちが驚いたように顔を見合わせる。 「この間、知り合いが目の前で死にました。やはり悲しいもので、思わず泣いてしまいました。ですから、あなたたちが死ねば、わたしはまたそんな風になるでしょう。それは、嫌です。だから、そうなるくらいならわたし一人でも戦います。だから、抜けていただいても結構ですよ」 アニマが言葉を止める。誰も去らなかった。モズメが、一歩前に出る。 「隊長、これまであなたが散々わたしたちを鍛えてきたのは、なんだったんですか?」 「それは、あなたたちに生き延びて欲しいからです」 「戦いで、生き延びるためにですよね。ここでわたしたちが逃げてしまえば、隊長に鍛えられた意味がありません。隊長、私たちに意味をください。鍛えられてきた、その意味を」 モズメの言葉に、小隊長たちが同意する。 「今さら割れ物のように扱ってんじゃねえぞ! 今まで散々しごいてきたくせに」 他の小隊長から、声が飛ぶ。 「隊長、我々は隊長に鍛えられてきました。三倍くらいまでなら、相手に出来ます。後は隊長、よろしくお願いします」 モズメの言葉に、アニマがにっこりと笑った。 「任せてください」 バルドゥイノは、壕を見つめていた。四万の兵と共に、砦を攻撃する。三万は、セレスタンに任せ城外にいるシアル軍の牽制を行っている。シアル軍が朝から突っ込んできたとの情報は、耳に入っていた。とは言え、一万程度の軍だ。三万もいれば、十分相手できるだろう。そう思っていただけに、伝令の報告にバルドゥイノは悩まされることになった。 「セレスタン様の背後から六千の敵が現れ、セレスタン様と交戦を始めました。挟撃されています」 一万六千に挟撃されたセレスタンは上手く立て直しているが、いくらか不利なことは否めない。攻める者の方が、勢いがあった。 それにしても、とバルドゥイノは驚く。バルドゥイノの頭には、シアル軍の陣容が入っている。どこにも五千を出す余裕はなかった。砦の中に七千、城外に一万。コトキとミシロに三千。コトキとミシロの軍がやってきた可能性はあるが、それでも三千がどこから来たかわからない。そう考えた時に、バルドゥイノははっとした。目の前を見る。砦が、聳え立っている。中の兵の様子など、分かるわけがない。だが、バルドゥイノは本能的にこの砦の兵士が外に出たと察していた。 「多少の犠牲は顧みず、攻めるぞ。城内の兵は、少ない」 バルドゥイノは、近くにいた隊長たちに言葉をかけていく。砦への攻撃が、一層激しくなった。 砦の外での戦いは、セレスタン軍の前進から始まった。二人の隊長格の男がそれぞれ歩兵を率い、前へと進軍していく。不意に、セレスタンの騎馬隊が動いた。速い。シアルの騎馬隊ほどではないが、並の騎馬隊よりは速い。そして、魔術も使える。竜巻を起こして馬止め用の柵を弾き飛ばすと、前線を構築しようとしていたミディアの部隊へと襲い掛かった。圧力に抗しきれず、ミディアの部隊が下がり出す。 更に押し上げようとする騎馬隊に、横から疾風が襲い掛かる。シアルの騎馬隊だ。シアルの騎馬隊の猛追を受け、セレスタンは止む無く右へとずれる。その先には、バルドゥイノ軍の歩兵が待ち構えていた。危険を冒してまで突撃する必要はない。シアルは反転すると、もう一隊の歩兵へと向かって行く。 ユリアンヌが指示を飛ばす。セレスタンの闘気とでも呼ぶべきものが、ユリアンヌには見えていた。セレスタンは、武術も魔術もかなりのものだった。おまけに、左手にはめている籠手から、強い魔力が感じられる。 シアルが歩兵を二つに断ち割っていく。その横から、セレスタンの騎馬隊が現れた。セレスタンは手に持つ剣に魔術をかけると、先頭にいるシアルに切り込んでいく。シアルは、躱しきれない。だが、その攻撃はシアルにほとんど届かなかった。戦場を見回していたソレイユが、巨大な防御壁を張ったのだ。そのまま、シアルとセレスタンが交差する。セレスタンが、籠手を翳す。セレスタンの周囲に、風の衝撃が走った。常人なら、馬ごと吹き飛ばされる威力である。だが、シアルもクラメリアンも動じない。 銃声が、戦場に響き渡る。ユリアンヌと射撃隊が、一斉に発砲したのだ。ユリアンヌの放った弾は寸分の狂いもなくセレスタンを撃ちぬいていた。鎧の一部が、弾ける。 シアルとセレスタンの騎馬隊がどちらも反転すると、目まぐるしく位置を変えあう。互いに、突撃する機会を狙っているのだ。先に動いたのは、セレスタンだった。青い魔力に帯びた剣を振るいながら、シアルに切り込んでいく。今度は流石に、ソレイユの防御壁だけでは受け止めきれなかった。シアルの体に傷が入る。 セレスタンが、左手を突き出す。籠手が、緑に光った。そこに再び、銃声が轟く。危険を察知したユリアンヌが、籠手を銃撃していた。籠手は壊れこそしなかったが、肝心の魔術が不発に終わる。 セレスタンが舌打ちした。反転し、シアルに向き直る。シアルの騎馬隊は既に反転し終え、セレスタンの騎馬隊へと突っ込んでいた。どちらも、お互いの首だけを狙っている。 セレスタンの剣が、再び青く輝き始めた。そこに籠められた魔力は、先ほどとは比べ物にならない。突撃してくるシアルに、剣を振るう。渾身の一撃だった。いくらシアルと言えど、その攻撃を食らえば地に伏せるだろう。だが、直前でクラメリアンが横に曲がった。普通の馬なら躱しきれなかっただろう。ただ、クラメリアンは普通の馬ではなかった。シアルの指示を受け、華麗にセレスタンの一撃を避ける。 「ば、バカな・・・」 想定外のことに、セレスタンが驚愕する。それほど、シアルの回避は見事だった。 「おうおう、えげつない」 シアルが呟く。セレスタンの剣の切っ先から氷の衝撃波が飛ぶが、それもシアルは躱しきった。 もう一度、セレスタンが剣を振るう。だが、シアルを狙ったその衝撃波は、突如躍り出てきたソレイユに防がれていた。 気づけば、シアルの騎馬隊がセレスタンの眼前まで突っ込んできている。セレスタンの騎馬隊は、その圧力を正面から受け止めることになった。シアルの持つ鎚がセレスタン目掛けて振るわれる。更に、馳せ違いざまにクラメリアンが蹴り上げる。完璧な動きだった。流れるようなその蹴りは、セレスタンと言えど躱すことはできない。セレスタンの鎧に、馬蹄の形をした穴が開く。 シアルの騎馬隊が、駆け去っていく。どうにか体制を立て直そうとするセレスタンの目の前に飛ぶように一人の女性が現れた。リシアだ。セレスタン目掛け、長剣を振るう。その二連撃は、野生の塊怨樹を一瞬で木材に変えるほどの威力を持っていた。 セレスタンは、それをどうにか切り抜ける。直後、セレスタンは戦場の空気に危機を感じた。地響きと共に、大地から溶岩が噴き出してくる。ドレイクの魔術だった。溶岩が、セレスタンや歩兵隊を飲み込んでいく。セレスタンは、どうにか溶岩から逃げ切っていた。だが、歩兵隊の大隊長がどちらも地に伏せたまま動かない。歩兵隊の動きが鈍る。ドレイクの魔術は、戦況を大きくシアル軍の優位に傾けていた。 「任せて下さい!」 大声と共に、セレスタンの頭上に黒竜が飛んでくる。サラマンダー・タカイだ。だが、セレスタンの騎馬隊はブラックギャラクシーの攻撃を華麗に避けていた。 「仕方ない」 悔しがるサラマンダーを、ドレイクが宥める。言いながら、ドレイクはセレスタンの魔力が急速に高まっているのを感じていた。あの魔力は、危険だ。ドレイクは咄嗟に魔術を唱える。セレスタンの体から、魔力が抜けていく。セレスタンの目が、ドレイクを見ていた。睨み付けているのかもしれない。 セレスタンが、急に騎馬隊の方向を変える。アニマが、セレスタンの目の前に現れていた。その刀が振るわれる。再び塊怨樹を木材に変えるかのような二連撃が、セレスタンを襲っていた。 ドレイクの視線の先で、セレスタンの籠手が緑の輝きを見せる。ドレイクは再び、魔術を唱えた。セレスタンの籠手に蓄えられていた魔力が、雲散霧消する。 「初めて見るが、理論としてはそこまで難しくなかったな」 ドレイクが呟く。自陣へと退却していくセレスタンから、刺すような視線がドレイクに向けられた。気づけば、夕方になっている。今日の戦いは、一段落を迎えそうだった。砦から、喚声が上がる。バルドゥイノ軍が、引き上げる所だった。砦はまだ、落ちていない。 戦いは、シアル軍にとって優位に推移していた。バルドゥイノからすれば、想定外である。特に、被害が大きかったのは城外でシアル軍を迎え撃ったセレスタンと歩兵二万だ。負傷者も合わせると、歩兵は半分ほどに減っている。セレスタンの騎馬隊も、三千ほど失っていた。明日は、更にシアル軍の攻撃がし烈さを増すだろう。バルドゥイノ軍本隊も、シアル軍との野戦に参加する可能性が高かった。 バルドゥイノは驚くと同時に、感心していた。と言っても、野戦ではない。砦を巡る戦いだった。今日一日、バルドゥイノは攻めに攻めていた。だが、砦を落とすことはできなかった。二つ目の壕を乗り越え、石堤も二つ崩している。攻城兵器も少しずつ前に進めており、今は二段目の空壕の中に部品ごとに分けて置いていた。空壕に水を入れようとする動きは、見えていない。 だが、まだ最後の壕が残っていた。唯一の救いは、犠牲がそこまで出なかったことだろうか。二千程度の兵を失っただけだ。相手は、五百人討ち取っている。失った兵の割合で言えば、向こうの方が上だろう。おまけに、攻城兵器を少しずつ前に出せている。 それでも、シアル軍は耐えきっていた。原因は一つ、指揮官だ。何度か、神経質そうな、けれども強い光の宿った眼をした男をバルドゥイノは見ていた。その男の発する戦意は、他を圧倒していた。この砦を抜かせないとの、執念を強く感じる。 あの男がいる限り、この砦を落とすのは困難を極めるだろう。あの男を何とかしなければならない。バルドゥイノは、自らの槍を見つめた。左目を閉じる。使うしか、ないだろう。あの男を倒すために。 バルドゥイノは、左目を開けた。まずは、好機をまとう。バルドゥイノは、砦を眺め始めた。 ユリアンヌは、砦へと戻っていた。中にいるデムーランと、今日を乗り切るための作戦を練るためだ。城内の兵が少ないことは、とうに判明している。バルドゥイノによる果敢な攻めがそれを物語っていた。 「ユリアンヌ、私は不思議だよ」 デムーランは元気そうだった。もちろん、疲れは溜まっているだろう。だが、それを感じさせない声色だった。 「昨日、この砦を守るために何度も最前線に立つことになった。その度に、私はもう死ぬだろうと思っていたんだが、不思議と何とかなってな。だが、振り返っても良く生き残れたと思うところばかりだ」 「振り返って、良く生き残れたって思うなら、大丈夫。油断はしていないわね。あんたには、軍師としての才覚がちゃんとあるわよ」 ユリアンヌが答える。デムーランは、笑みを浮かべる。 「それはどうも。嬉しいよ。バルドゥイノ軍は、二つ目の壕まで突破してきている。後は、一番内側の壕とその先にある石堤が一段だけ。流石にもう、我々だけがバルドゥイノ軍本隊を相手することは難しい。ユリアンヌ、今日は外から本体を攻撃してくれ」 昨日一日、バルドゥイノ軍の攻撃を乗り切ったことは、デムーランにとって大きな経験となっただろう。 「ユリアンヌ、後は今日だけだ。壕に水が溢れるまで、油断せずに戦い抜こう」 「何としても、この砦を守り抜くわよ」 デムーランの言葉に、ユリアンヌが頷く。 「ああ。また後でな」 デムーランは、手を振る。外の様子を見るため、見張り櫓へと向かって歩き出していた。 バルドゥイノは、幕舎の中で考えていた。まだ、抵抗がある。使うべきなのかどうなのか。だが、ここで使わなければ、勝てない。決心がついた。バルドゥイノは、腰を上げる。槍を手に取ると、外に出た。 砦が見える。神経質そうな男が、定期的に見張り櫓から外を見ていることに、バルドゥイノは気付いていた。次がいつかは分からない。だが、そう遠くないと思っていた。何しろ、昨日一日ずっと戦っていたのだ。話したことはないが、互いのことは友人のように分かりつつあった。 槍の柄を回すと、柄の先が取れる。中は、空洞になっていた。穂先の方も軽く回すと、穂先も落ちる。代わりに、袋から別の棒を取り出した。太く、短い。銃床だ。更に慣れた動きで武器を改造していく。間もなく、槍は銃へと生まれ変わっていた。 眼帯を取る。そこには、潰れた目の代わりに、銀色の球体が収まっていた。目まぐるしい勢いで、周囲を見回している。魔術眼だ。ゲンから誘いを受けた際、青みがかった黒髪の女性からそれを譲られていた。使うも使わないもバルドゥイノの自由だと言われている。本来なら、使いたくはなかった。狙撃手であるバルドゥイノは、もう死んだと思っているからだ。 だが、将軍としてのバルドゥイノは、ここで砦を落としたかった。落とすために、狙撃手の自分が必要だと感じていた。魔術眼を利用して、遠くを拡大する。砦の櫓が、まるですぐ近くのことのように、見えてくる。心を無にして、待った。どれほどまったかは、わからない。 男の顔が見えた。目の力が、異様に強い男だ。目が、会う。気のせいかもしれないが、バルドゥイノは目が合ったと確信していた。そのまま、引き金を引く。男が、倒れた。恐らく、倒したはずだ。バルドゥイノはため息をついた。 ユリアンヌのもとに、兵が飛び込んできた。 「デムーラン様が・・・」 兵が息を切らせながら、それだけを告げる。 「えっ」 思わず、ユリアンヌが呟いた。嫌な予感が、ユリアンヌに襲い掛かってくる。その予感を振り払いながら、デムーランのいる見張り櫓まで駆けていく。デムーランは、寝かされていた。その上半身が、真っ赤に染まっている。胸がわずかに上下していることが、デムーランがまだ生きていることを示していた。 「ユリアンヌか」 日ごろの大声からは想像もつかないようなかすれ声が、ユリアンヌの耳に入ってきた。それが、彼の生命力が今にも尽きようとしていることを物語っている。 「何があったの?」 「すまない。まさか、この距離を狙撃されるとは思っていなくて。油断していた」 そもそも、見張り櫓は外から撃たれないように細心の注意を払っている。壕からの距離も遠い。狙撃の名人でもない限り、撃ち抜くことは不可能なはずだ。 「バルドゥイノだ。奴の右目が・・・」 デムーランが、激しくせき込む。 「私はもう駄目だろう。だから、言いたいことを言わせて・・・くれ」 「駄目なんて、めったなことを言うもんじゃないわよ」 ユリアンヌが、力強くデムーランに語りかける。デムーランは、弱弱しく首を振った。 「いや、しかし」 「しかしじゃないわよ。そこであんたが弱気になってどうするのよ」 ユリアンヌが叱咤する。デムーランが、生死の境にいることは知っていた。それも、どちらかと言えば向こう側に近い。 「それも、そうだな。だが、今後の作戦にもかかわるだろうから、聞いてくれ」 デムーランは一拍置くと、話を続ける。 「バルドゥイノは、右目を失っていない。バルドゥイノと思われる男が、私を・・・狙撃してきた。目が合ったんだ。それから・・・ユリアンヌ。この城・・・のことだ。私はご覧のとおり、深手を負っている。今日は、指揮が執れそうににない。その代わりに、指揮を執ってくれ。シアル軍本隊の攻撃にあわせ、内部から攻撃する人間も必要だ。頼む」 「わかっている」 ユリアンヌが、短く頷いた。振りかえると、そこにいた衛生兵に告げる。 「絶対に、死なせないようにして」 「ユリアンヌ」 デムーランが、何かを呟こうとする。ユリアンヌは、あえて口を挟んだ。 「縁起でもない台詞は、後五十年は聞きたくないから」 デムーランの表情が、歪む。苦笑してることが、雰囲気で伝わってきた。 「わかった」 ユリアンヌは、足早に去っていく。この場に居続ければ、デムーランが死んでしまいそうだったからだ。無事を願いながら、ユリアンヌは砦の兵に指示を出し始めた。 バルドゥイノ軍の陣容が、大きく変わっていた。バルドゥイノ軍本隊までもが、シアルたちの足止めに加わっているのだ。デムーランが撃たれたことは、既に知っている。デムーランさえいなければ、砦の防御を抜くことは、難しくない。そう考えているのだろうか。 互いの軍が、動き始める。特に活発に動いているのか、セレスタンの騎馬隊だった。シアル軍の間隙を突き、突撃していく。それを、シアルの騎馬隊がまとわりつくように防いでいく。セレスタンとシアルが、馳せ違った。セレスタンの刃は、シアルの鎚に弾かれ届かない。籠手から放たれる風の衝撃は、ソレイユの防御壁が防ぎきる。 セレスタンの騎馬隊が、急に進路を変えた。疾駆していく。先頭を走るセレスタンの剣が、青く光り始める。魔力も、強力だ。進路の先には、ドレイクが立っていた。その剣の一撃を受ければ、ドレイクは地に伏せるだろう。 だが、ドレイクは避けもしなかった。代わりに、魔術を唱える。セレスタンの進路に、溶岩が満ちた。溶岩の痛みに耐えながら、セレスタンが剣を振るう。その刃を、受け止める者がいた。アニマである。ムーンから、緊急の支持を受けていた。二撃目は、ソレイユが作り出した巨大な防御壁が、刃を遮る。セレスタンは舌打ちをすると、ドレイクから離れていった。 気づけば、ドレイクの居る場所が戦場の中心となっていた。歩兵の隊長格と思しき男たちが、ドレイク目掛け剣を振るう。だが、幸いにしてその場にはアニマがいた。歩兵を断ち割るように、シアルの騎馬隊も駆けつけている。 そのシアルの騎馬隊を追うかのように、セレスタンの騎馬隊が現れた。突然、方向を変える。狙いはやはり、ドレイクだった。バルドゥイノ軍は、間違いなくこのアウリクを危険視している。 青く刀身が輝き、ドレイクに襲い掛かった。寸前、アニマの刀が剣先を逸らす。アニマの全身には、無数の傷があった。幾度となく、ドレイクへの攻撃を庇い続けた故だろう。しかし、倒れない。その不屈の生命力もまた、アニマの強さだった。更に、ドレイクの巨大な防御壁が二撃目を防ぐ。 銃声が、戦場に響き渡った。砦で指揮をしていたユリアンヌが、攻撃側の隙をついて外に出ている。寸分違わぬその射撃の腕は、バルドゥイノとセレスタンの鎧を弾き飛ばしていた。 そこに、溶岩が襲い掛かる。ドレイクの魔術だ。これまでのお礼と言わんばかりに、ドレイクの持つ強力な魔力が凝縮されている。バルドゥイノ軍の多くを巻き込んだその一撃は、バルドゥイノとセレスタンにも大きな打撃を与えていた。特に、これまで先頭に立って戦っていたセレスタンは、かなりの重傷を負っている。 そこに、リシアが現れた。リシアとセレスタンが打ち合う。セレスタン渾身の斬撃をリシアが長剣を利用して受け流した。シアルの騎馬隊が、風のように近づいてくる。セレスタンは馬首を返すと、自軍の歩兵のもとへと戻っていった。セレスタンと共に行動している精鋭たちは、二十騎程度までに減っている。 だが、まだセレスタンは諦めない。わずかに残された騎馬隊と共に、ドレイクへと突撃を敢行する。そこを、青い疾風が襲った。シアルだ。馳せ違いざまにバルト・マルクスが振るわれる。その一撃をまともに受けたセレスタンが、馬から落ちていった。 不意に、轟音が聞こえてきた。見ると、壕の中に水が入り始めている。キョウコが、水を引きこむことに成功したのだ。その水は、空壕だと考えていたバルドゥイノ軍の攻城兵器や資材を巻き込みながら、壕の中を満たしていく。バルドゥイノ軍が、慌てて退却していく。早かった。 ユリアンヌは、その退却を砦の入り口から見ていた。ただ、無謀な追撃はできない。それに備えながらバルドゥイノ軍が撤退していることは分かっていた。殿を務める一騎が、ユリアンヌを向く。右目に、眼帯をつけていた。バルドゥイノだろう。こちらからの射撃は、届きそうにない距離だ。バルドゥイノと、目が合う。 「あんたは必ず、わたしたちが倒す」 バルドゥイノにその言葉は、聞こえなかっただろう。だが、バルドゥイノは僅かにユリアンヌを見つめると去っていった。 砦に戻る。衛生兵が、近づいてきた。その表情から、ユリアンヌはデムーランの身に何が起こったか、察する。デムーランは、死んでいた。治療の甲斐なく、濠に水が入るのと時を同じくして息を引き取ったという。ユリアンヌは天を仰ぐと、大きく息を吐いた。 「そう」 短く呟く。その表情は、変わらない。射撃隊の隊長となったころから、戦場での出来事に心を動かさないように努めていた。 「ユリアンヌさん、遺言があります」 お前とダンのお蔭で、いい人生だった。 それが、デムーランの遺言だった。満足そうに、息を引き取ったという。 「その言葉は、五十年後に聞きたかったわ。エルダナーンのくせに、わたしより先に死ぬなんて、本当にバカなんだから」 息を吐くと、ユリアンヌが誰ともなしに告げた。伝えたい相手は、もうこの場にはいなかった。砦へと戻ってきていたアニマが、その肩を背中から抱く。 「背負って、生きていきましょう」 「大丈夫よ、アニマちゃん。戦場で人が死ぬことは、息を吸うことくらい当たり前のことだから」 ユリアンヌが微笑みながら言葉を返す。内心では、衝撃的だった。辛くもある。だが、それは後で悲しめばいいことだ。 「そうですか」 アニマが、ぼそりと呟く。 「浮世はやはり、慣れませんね」 「追撃は、無理にしない方がいいでしょう」 ムーンが、シアルの近くへとやってきていた。馬に乗っている。 「ああ、引き上げよう」 シアルの言葉に、ムーンが頷いた。 「兵の多くは限界が近いでしょうし、深追いすれば初日に突出してきた敵の様になりかねません。シダイナ川より北までバルドゥイノ軍を追いたてる。それくらいでいいでしょう。相手も、逃げ道があればさほど必死に反撃はしてこないと思います」 その顔は浮かない。デムーランが銃撃されたためだ。先ほど、亡くなったとの知らせがユリアンヌからの使者によってもたらされていた。デムーランが、軍師として独り立ちしつつあったことは間違いない。その矢先のことだ。ムーンやレヴィンはデムーランの軍師としての資質を見抜いており、期待もかけていた。その分だけ、衝撃も大きいのだろう。 「シアルさんは、死なないでください」 ムーンが、ぽつりと呟いていた。シアルは大きく頷く。 「死ぬわけがないだろう」 戦いが終わってから、一週間が過ぎていた。この一週間、シアルたちは戦いの処理に追われていた。流石に、今回の戦いは犠牲も多い。全兵力の、四分の一近くが失われている。そのほとんどが、砦の兵士だった。 だが、それ以上にバルドゥイノ軍に損害も与えている。シダケに戻ったバルドゥイノ軍は、半数にも満たなかったという。副官のセレスタンも、討ち取った。攻城兵器の多くも、破棄された形で残っている。戦果を見れば、大勝利だった。しかしまだ、シアルたちがゲン軍に包囲されているとの状況は変わっていない。 「さて、今日も会議を開こうか」 レヴィンの声で、会議が始まる。その場に居合わせているのは、シアルたち七人に参謀役のムーンとレヴィン、コトキ太守のオドリック、遊撃隊を率いるセインだった。 「連絡と提案があります」 ムーンが声を上げる。 「連絡事項としては、ホウエン東部でゲン軍と戦闘をしているカタスト将軍から、今後の方策について協議したいとの連絡が入りました。シアルさん、お会いになられますか?」 カタストはボックスから疎まれているヒロズ国の将軍の一人だった。ゲン軍の反乱が始まった当初から、ミナモで一万の兵しか任されていない。しかし、その指揮は卓越したもので、八万になったサコンの軍相手に何か月も持ちこたえていた。 「名将と言われるカタスト将軍がわたしたちの味方についてくれれば、それは心強いことだわね」 ユリアンヌが頷く。彼女が隊長を務める砦は、気づけばデムーラン城砦と呼ばれるようになっていた。この砦の建設に全力を尽くし、そして散ったユリアンヌの親友の名を受け継いでいる。デムーランの死が、彼女にどれだけ影響を与えたかはわからない。ただ、表面上は平静そうに振る舞っていた。 「是非」 シアルが短く告げた。カタストと、今後の方針について話し合っておきたい。シアルはそう考えていた。ムーンが頷く。 「分かりました。それから提案ですが、デムーラン城砦の軍師についてです。デムーランさんがお亡くなりになった今、新たな軍師を任命した方が、砦を守るユリアンヌさんの負担は減ると思います。しかし、軍師を用意するかはユリアンヌさんの意思に任せようかと思いまして」 ムーンが、少し心配そうな顔でユリアンヌを見る。他の皆の視線も、ユリアンヌに集中していた。ユリアンヌとムーンを交互に見ながら、セインが口を開く。 「しかし、もしやるなら誰を推薦するんだ?」 「キョウコさんです。何度かお話ししましたが、彼女の学識はかなりのものです。砦の防御を任されることも多いでしょうし、石積みにも詳しい彼女は適任かと思います」 「壊された砦を直す意味でも、彼女が適任と言えば適任ね」 ユリアンヌが、考え込む表情で同意する。ただ、やはり物足りなさは感じているのだろう。 「少なくとも、わたし一人でやるのは大変だからね」 少し間を置き、言葉を続ける。それで、決まりだった。その後も、いくつかのことが決まっていく。やがて、会議が終了した。 「シアル、話がある」 会議の後、レヴィンに呼び止められた。隣には、リシアもいる。ユリアンヌも残っていた。 「この間、ボックスから奪い返した青い珠についてだ」 「その話題ね」 ユリアンヌが納得した顔になる。レヴィンは頷くと、言葉を続ける。 「文献に書かれていることや、珠自体の魔力から考えてこの珠は『藍色の珠』だろう。海王ガラエドリルの力を強化するためのものだ。あそこで奪還できてよかった。そうでなければ、この『藍色の珠』は『大地の結晶』を利用した人物たちに奪われていたかもしれん。後は、これが盗まれない方法だ。今までは私が預かっていたが、これは『藍色の珠』を奪った人物が特定できていないからだったからだろう。私がこれ以上持っておくのは危険すぎる。かといってシアル、君が持つべきでもないだろう。君が持ち歩くのは、目立ちすぎる」 もっともな意見だった。太守の地位にあるシアルは、国の行事に出ることも多くなるだろう。その中で青い珠を持ち続けるのは不可能と言ってよかった。 「他に持てる人は、いるか?」 「わたしが持ちましょうか?」 シアルの言葉に、背後から返事が聞こえてくる。アニマだった。 「これを持つと、狙われるかもしれなんだぞ」 「望むところです」 アニマの顔からは、確固たる意志が垣間見えた。 「わたしが奪還したんですしね」 アニマの言葉に、レヴィンは頷いた。 「アニマ、ありがとう。私がせめて、ポメロに勝てるようになればいいんだがな」 リシアが、横で苦笑している。アニマがにやりと笑った。 「隊の訓練に参加しますか? 最近は個人訓練もやっているんですよ」 「止めておこう。半日も持たずに音を上げそうだ」 レヴィンが苦笑しながら答える。リシアも笑いながら同意した。 「そうそう、やめておいた方がいい」 デムーラン城砦は、ゲン軍の侵攻を止めるために作られていた。言わば、戦うための場所である。従って、個人の住居などは存在しない。しかし、流石に隊長格ともなれば部屋を一つ割り振られるようになっていた。アニマの部屋に、モズメとラディがやってきている。アニマに、呼ばれたのだった。アニマは日ごろかかわりの深い二人と、ゆっくり話をしたいと考えていたらしい。鍋を囲みながら、アニマが二人に抱き着かんばかりの勢いで話している。 「あなたたちがわたしの片腕・・・」 そこまで言ってから、何かに気付いたように勢いよく立ち上がった。 「わたしの腕はわたしについてます」 場が、固まった。 「そ、そうですね」 一拍遅れて、モズメが慌てて同意する。ラディは、不安そうな顔でアニマを見ていた。 「隊長はいつもこんな感じだぞ」 扉を開けながら、アニマ隊の小隊長の一人が冷静に告げる。他の小隊長たちも入ってきた。どうやら、彼らも呼ばれていたらしい 「隊長は、平常運転で頭がいかれてる」 突然の発言に、ラディが唖然としている。 「はい、今発言した二人は手を上げて」 アニマが明るく声を出す。小隊長の二人が手を挙げた。 「よし、衝撃波撃っちゃうよ」 小隊長たちが、素早く逃げていく。慣れたものだった。残りの小隊長たちは、次々と謎の具材を鍋の中に入れていく。甘蕉と餡が投入されているのを、間違いなくラディは見た。 肉と魚は、一括してモズメが預かっていた。慣れた手つきでそれを捌いていく。小隊長たちは、鍋の周りを囲みながら和気藹々と過ごしていた。 「誰だ、餡を持ってきた奴は!」 「お前、肉取りすぎなんだよ」 アニマは、そんな小隊長たちを見ながら楽しそうに笑っている。 「そう言えば隊長、最近アニムス君から連絡が来たらしいですね」 モズメが尋ねる。アニマは、頷いた。戦闘訓練が大変だと書いてあったらしい。アニマは連続切りの方法を伝えたと話していた。 「それから、なるべく尖った石を持つといいって書いといたよ」 アニムスの将来が、不安である。 ユリアンヌは、黒い服を着ていた。赤い服が好きな彼女は、仕事がない時は赤い服を着るのが日常であった。しかし、今日酒場にいるユリアンヌは、黒い服である。ユリアンヌは、静かに杯を傾けていた。隣の席にも、杯が一つ置かれている。しかし、誰も座る者はいない。 「なにしょぼくれた顔しているんだ」 振りかえると、ソレイユの姿があった。 「どこかで聞いたような台詞ね、それ」 「まあ、お前に聞いたんだけどな」 付き合おう。そう告げたソレイユはユリアンヌの隣へと座る。杯が、置かれていない方だ。 「ありがと」 ユリアンヌは短く告げると、杯を手に取る。 「軍人としては割り切っているつもりだけど、個人としてはね。デムーランは、友人だったわ。友を失うのは、悲しいことよ」 「そうだな」 ソレイユが、静かに同意する。 「砦にあいつの名前をつけさせては貰ったけど」 ユリアンヌはそこで言葉を止めると、物思いに耽るかのように黙り込む。ソレイユはそんなユリアンヌを黙って見ていた。おもむろに、ユリアンヌが懐からロケットを取り出す。中には、錬金術師に依頼して息子のレイ、夫のダンと三人で撮った写真が貼ってあった。 「もう何か月、帰ってないかしら」 「いいのか、会いに行ってやらなくて」 ソレイユが、心配そうに尋ねる。 「そりゃあ、行きたいわよ」 ユリアンヌが呟く。珍しく、寂しそうだった。 「じゃあ、たまには行ってやりなよ。全部一人で抱えなくていいんだぞ。たまには休まないと」 「わたしは程々には休んでいるわよ。その台詞はムーンちゃんに言ってあげて」 ユリアンヌが、どこか遠くを見ながら告げる。ソレイユは、深く頷いた。 「まあ、そうだよな。おれみたいに休めればいいんだけど」 そして、派手にユリアンヌの地雷を踏んでいた。ユリアンヌの顔が、怒りを帯びる。 「あんたは休み過ぎ」 「はい、すみません」 ソレイユは、ただ謝ることしか出来なかった。平伏するソレイユに、ユリアンヌが呆れたようにため息を吐く。 「ちゃんと、朝から訓練に来なさい」 「はい、努力します」 ユリアンヌの表情が、いくらか優しいものになった。 「この軍は、頭脳労働できる人がただでさえ少なくて困っているんだから。頼むわよ、頭脳労働」 「頭脳労働って言っても、おれもそこまで頭がいいわけじゃないからな」 ソレイユが頭を掻く。だが、ユリアンヌは密かに期待していた。特に今後、ゲン軍に攻め込む際にはムーンと並び強力な軍師となりうるだろう。ユリアンヌは、再び手元のロケットを眺めた。 「一回、ちょっと休暇貰って息子に会いに行ってこようかしら」 「おう、行っといで。留守はおれに任せてくれよ」 自信ありげに自らの胸を叩くソレイユを見て、ユリアンヌは苦笑した。 「今のあんたに任せたら、軍が瓦解するわ」 「心外だな。おれ、そんな怠け者に見えるか?」 ユリアンヌは、ソレイユの胸を小突く。その顔は、呆れていた。 「見えなきゃ、突っ込んでないわよ」 言いながら、隣の席を見る。誰も手を付けていない杯が、しっかり置かれていた。 翌日、城砦の中でソレイユはアニマの姿を見かけた。 「あ」 アニマもソレイユの姿を認めたらしく、声を上げる。 「おう、おはよう」 ソレイユは、軽く手を挙げた。だが、アニマは少し罰の悪そうな顔をすると、黙ってしまった。妙な沈黙が流れる。ソレイユが黙っていると、ようやくアニマが口を開いた。 「え、ええと、その、この間のことは」 アニマは、かすかに頬を染めていた。 「この間のって?」 「ええと、その、大変お見苦しい姿を」 どうやら、この前ソレイユの目の前で泣いたことを気にしているようだ。反応から察するに、恥ずかしがっているのかもしれない。 「別に、そんな見苦しくなんてねえよ」 「そ、そうですか」 ソレイユは全く気にした様ではなかった。その態度は、アニマの想定外だったらしい。いくらか動揺した態度を取る。 「ただ、取り乱していたな」 ソレイユの言葉に、アニマはため息を吐く。 「昔の、古傷です。自分一人で生きていけるくらい、強くなりたかったんですよ。強くはなれたんですが、それだけに誰かに守られて死なれるのは、辛いものがありますね」 「それが、人の感情だよ。おれだって、妹が死んだときはあんな風だったしな」 あの時、ソレイユはもう動かない妹に対し、永遠と治癒の魔術をかけ続けていた。アニマはその時のことを思い返したのか、顔を歪める。 「あの時には、非常に冷酷なことを言って、その・・・」 「別に言われたことは気にしちゃいないさ。事実だしな」 ソレイユは、遠くを見た。小さく頷く。 「だからこそ、生きていかなきゃいけないんだよ」 アニマが、神妙な顔をしていた。 「もしお詫びが必要でしたら、何か言ってください。可能な限りは、何でもしますから」 「別に何かお詫びとか、必要ないんだけどな」 ソレイユは苦笑する。そんなソレイユを残し、アニマは去って行った。 シアルは、ミシロの見張り櫓に立っていた。今ではデムーラン城砦と皆が呼んでいる砦を見るためだ。弔いである。もちろん、既にデムーランを始めとした戦いの犠牲者は弔い終えている。しかし、儀式的な弔いとは別に、シアルは死者を弔いたかった。とりわけ、ユリアンヌの友人たるデムーランを。シアルがデムーラン城砦を眺めていると、下から誰かが登ってくる音が聞こえてくる。足音は、小さい。間もなく、ムーンが顔を覗かせた。 「シアルさん、何をされているんですか?」 「死んだ人間を、弔っているんだよ」 城砦を眺めながら、シアルが答える。 「デムーランは、有望な人間だった。おまけに、古い友人の親友だ」 古い友人とは、ユリアンヌのことである。彼此、十年近い付き合いがあった。ムーンと、そう付き合いは変わらない。ムーンはシアルを見つめながら、静かに頷く。 「デムーランさんはこれからのわたしたちにとって、必要な存在でした。ただの戦術にとどまらず、長期的な戦略を考えて戦いに臨めましたし、ユリアンヌさんとの息もぴったりでした。今後、わたしたちが二面、三面に渡る作戦を実行する際、デムーランさんがいればユリアンヌさんと組んで一方面を担当していたでしょう」 ムーンは、顔を伏せる。 「しかし、デムーランさんは死んでしまいました」 「死んだ者は、生き返らない。ならばせめて、送り出そう」 シアルが、呟く。しばし、沈黙が流れた。やがて、ムーンが口を開く。 「シアルさん、シアルさんは絶対に死なないでくださいね」 デムーランが死んでから、言われるのは二回目だった。ムーンは、少し俯いている。 「わたしは、シアルさんがいるからいつも頑張れるんです。あなたがいなくなったら、わたしはもう何もできないかもしれません」 シアルは、ムーンを真正面から見据えた。 「ムーンも、死ぬなよ。この軍にとっても、おれにとってもお前は必要なんだ」 ムーンが、驚いたようにシアルを見る。目が、大きく見開かれていた。その頬が、見る間に赤く染まっていく。 「過労死なんか、絶対に許さないからな」 「はい」 ムーンが、勢い良く頷いていた。 「さて、じゃあ戻ろう。溜まった業務を片付けないとな」 気づけば、夕日が櫓に差し込んでいる。シアルが、戻ろうとした時だった。ムーンが何かに気付いたように声を上げる。その目が、少し輝いていた。 「シアルさん、覚えていますか? わたし、おいしいご飯が食べたいって言っていたんですよ」 シアルが指を鳴らす。にやりと笑った。 「業務は、後回しだな」 「はい」 ムーンが、幸せそうな表情になる。二人は、櫓を降り始めた。 「シアルさん」 ムーンが、口を開く。先を歩くシアルが、足を止めて振り返った。ムーンが突然慌てだす。 「あ、いえ、何でもないです」 「気になるな」 憮然とするシアルに、ムーンが露骨に他の話題を振り続ける。ムーンの顔は、真っ赤だった。 シアルとムーンの二人はミナモへとやってきていた。将軍カタスト・レイサイトに会うためである。当初は、護衛としてアニマもついてくる予定だった。しかし、三人で打ち合わせをしている最中に、アニマは何かを察したらしい。 「わたし、訓練があるんでした」 そう告げると、アニマは副官のモズメを捜しに行ってしまった。当然、今日も来ていない。リシアやソレイユも、事前にユリアンヌから何か言われていたらしく、同伴できないと話していた。ドレイクは子育てで忙しい。そのため、影の軍が何人か遠巻きにしているとは言え、実質シアルとムーンの二人だけである。 カタストとの会見場所があるミナモは、海に面した街だ。海の方から吹き付ける風が、磯の匂いをシアルたちに運んでくる。まるで、争い事などないかのように穏やかな街だった。雲の多い日である。 「あそこが、カタストさんの指定した待ち合わせ場所です」 小さな料亭を指さす。ムーンの顔色は、以前より良くなっていた。目の隈が、少し減ったためだろう。デムーラン城砦を巡る戦いが終わった後から、ムーンはシアルの言葉を聞いて無理をすることが減っていた。 ムーンと共に、料亭の中に入る。奥の座敷へと通された。窓がある。その窓の近くで、一人のエルダナーンが座っていた。やや細身で、涼やかな目をしている。だが、その瞳の奥には強い力が見えていた。彼がカタストだろう。 「こっちに来てもらってすまないな。だが、サコンの攻撃が厳しくて、なかなか長時間抜け出せなくてね」 カタスト軍は、一万しかいない。それも、弱兵がほとんどだという。 「そう言うわけで、早速本題に入ろう。シアル、君たちがバルドゥイノ軍を半壊させたことで、かなり戦いに余裕が生まれてきた。サコンも今はミナモを攻めるというより、北のヒワマキに砦を築き、北と我らに対する備えを用意している具合だ。バルドゥイノはキンセツに、ゲン軍本隊もハジツゲにいる」 その情報は、シアルたちも入手していた。ムーンが、身を乗り出す。 「攻める機会、ですね」 カタストが頷く。 「そうだ。今、ゲン軍の兵力は北に集中している。逆に、南は手薄だ。これはゲン軍から街を奪還する一つの機会だと思っている。カイナ、シーキンセツ、ムロ。このあたりを奪い返したい」 「それが出来れば、わたしたちとカタスト将軍の軍とで、南側からゲン軍に圧力をかけられますね」 ムーンが言葉を続ける。カタストは頷いた後で、難しい顔をする。 「だが、難点もある。兵力だ。決定的に兵力が足りない。せめて、二万。我々と君たちで合計してそれだけの兵力が出せるようになったら、カイナを取りに行こう。目標は、三月だ」 三か月しか、間がなかった。だが、それ以上間を空けてしまうと、ゲン軍に余計な時間を与えてしまう。ムーンも同じことを考えていたようだった。 「シアル、よろしく頼む」 カタストが、手を差し出してくる。シアルもまた、手を差し出した。 「よろしく頼む」 カタストの背後にある窓から、外が見える。雲の隙間から、光が射し始めていた。
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LOVE ■性別 真の男 ■所持武器 伝令の杖 イリヤの夏、UFOの夏 雌雄の幽霊鮫はあらゆる生物・物体に入り込むことで同化でき、同化対象は鮫っぽくなる。 ■能力原理 分からないが、そうできる。 キャラクタ説明 ひどくすえた臭い。実体はない。 精子(性別)、精霊(能力)、精神(名前)、神話(武器)、作話(能力名)を糧に生み出されたキメラ。 各々の要素が混じらずしかし確固として連なっている。
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作詞:KKK_KKK 作曲:KKK_KKK 編曲:KKK_KKK 歌:巡音ルカ 翻譯:yanao 基於相互尊重,請取用翻譯者不要改動我的翻譯,感謝 Looting Love 不時會接到的 那些Telephone Call 雖然總是很在意卻又裝作毫無所悉 雖然不可以超過戀愛的界線 但只有一次的話也沒關係嘛 如果是現在的你已經無法讓我滿足了 就像是「不管是你或是我不都是一樣的嗎?」 雖然講著一堆歪理 讓人相當困擾 但只要不去理解那也就無所謂啦 討厭的地方早就已經成了眼中釘 說不定早就已經討厭到受不了的地步了? 但是又變得無法坦率說出自己的心變得好寂寞 拖拖拉拉的到了現在 I put a distinction 簡訊沒有回應 變得自暴自棄 雖然再也無法忍耐下去 卻又好喜歡你 It may break up after all 結果會變成那樣嗎 所以快點啊 緊緊擁抱我吧 My love is Looting Love 希望不會被發現呢 但是啊Looting Love 只是淺嚐即止的話應該也可以吧? My love is Looting Love 是不能觸碰的東西 但是啊Looting Love My love is Looting forever 被掠奪而又不會回來 這樣下去我看不見你啊 我至少還知道 那樣是不可以的所以拜託了 請不要阻撓我喔 請你就在旁邊靜靜看著吧 雖然在這之後是不能做這種事的 但心情變得好寂寞 only you 就算說了謊 對我來說我只擁有你而已 My love is Looting Love 希望不會被發現呢 但是啊Looting Love 只是淺嚐即止的話應該也可以吧? My love is Looting Love 是不能觸碰的東西 但是啊Looting Love My love is Looting forever 被掠奪而又不會回來 這樣下去我看不見你啊