約 4,278,424 件
https://w.atwiki.jp/purosupi2014/pages/34.html
・ペナントレース楽しみ方 ・トレード
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/1131.html
『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』は、リヨンのブノワ・リゴーの後継者たちによっても出版された。 【画像】後継者たち版の第一部扉(左)、第二部扉(右)(*1) 正式名 第一部 LES PROPHETIES DE M. MICHEL NOSTRADAMVS. Dont il y en a trois cens qui n'ont encores iamais esté imprimees. Adioustees de nouueau par ledict Autheur. A LYON, Par les heritiers de Benoist Rigaud. Auec Permission. ミシェル・ノストラダムス師の予言集前述の著者によって新たに加えられた未刊の300篇を含む。 リヨンにて、ブノワ・リゴーの後継者たちによる。 特認とともに。 第二部 LES PROPHETIES DE M. MICHEL NOSTRADAMVS.Centuries VIII. IX. X. Qui n'ont encores iamais esté imprimees. A LYON, Par les heritiers de Benoist Rigaud. ミシェル・ノストラダムス師の予言集未刊であった百詩篇第八・九・十巻 リヨンにて、ブノワ・リゴーの後継者たちによる。 内容 十六折版で第一部は64葉、第二部は40葉である。 内容は1568年ブノワ・リゴー版と同じで、第一部は第一序文(セザールへの手紙)、百詩篇第1巻1番から第7巻42番までの642篇、第二部は第二序文(アンリ2世への手紙)、百詩篇第8巻1番から第10巻100番までの300篇で、補遺篇などは一切含んでいない。 特色 1568年版に比べると改変箇所が目立つが、17世紀初頭のピエール・リゴー版ほどには多くない。時期的に言っても、その2つの版を橋渡しするかのような版といえるだろう。 刊行年 刊行年の記載はないが、「ブノワ・リゴーの後継者たち」という名義が見られたのは1597年から1601年までの間なので、従来の諸論者の推測もその枠に収まってきた。 所蔵先 かつてカール・フォン・クリンコフシュトレム(未作成)が所蔵していた版は、現在ロンドン大学図書館ハリー・プライスコレクションに収められている。 フォン・クリンコフシュトレムは第一部が「後継者たち」版、第二部がピエール・リゴー版という奇妙な版も持っていたが、そちらはリヨン市立図書館ミシェル・ショマラ文庫に収められている。 ダニエル・ルソは微妙に異なる2冊の伝本を持っていた。そのうち片方は2006年のオークションで売りに出され、マリオ・グレゴリオが400ドルで落札し、インターネット上で公開してくれている。もう一冊はエクトール・リゴーからダニエル・ルソへと受け継がれる形になった版だが、2007年のオークションで1020ドルで落札された後、行方不明になっている(*2)。 ほかに、アルル市立図書館には第一序文の最初の8ページ分だけが現存している。 外部リンク http //www.propheties.it/マリオ・グレゴリオのサイト。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/angevierge/pages/69.html
イラストレーター名(ふりがな) 概要 担当カードリスト #list_by_search(illust イラストレーター名,target=withbody,ignore=own,sort=pagename,100) 関連項目 イラストレーター
https://w.atwiki.jp/abnormal_eyebrow/pages/15.html
昇竜拳のフラストレーション 今日も出ない。昨日も出なかった。 けっしてUNKOが出ないわけではない。 昇竜拳が出ないのだ。 僕が小学校1年生のとき、瞬く間に世界に旋風を巻き起こしたゲーム・・・。そう、ストリートファイター2だ。僕はあれを買ってから12年間、このゲームをプレイしなかった日はない。新作が出ても、格闘ゲームの主流が3Dに流れても、僕はこのゲームをやり続けた。雨の日も風の日も、台風が来ても借金取りが来ても、僕はこのゲームに一途な少年であり続けたかった。 なぜにこうもこのゲームにはまるのか・・・。人は僕に尋ねる。だが、今までこの理由を誰にも話したことはない。 僕には双子の弟がいた。成績優秀で運動神経も抜群、食欲不振、肉体疲労、冷え性。養命酒な弟だった。その弟が初めて親におねだりしたのが何を隠そう薬用養命酒だった。 ある日、父が出勤しようとしていたとき、僕の弟は父に「養命酒を買って帰ってきてくれないと自殺するよ。」と脅しを入れた。父は弟の本気のまなざしに恐怖を抱き、会社帰りにショッピングセンターに寄らざるを得なくなったのだった。父は本気の弟には逆らえないことを知っていたのだ。そしてその夜、父は同僚の誘いにも乗らず、紙袋に入った弟へのプレゼントを持ってまっすぐ家に帰ってきた。そう、その紙袋の中身こそがストリートファイター2だったのだ。 その夜、弟は帰らぬ人となった。 父も帰らぬ人となった。 母も帰らぬ人となった。 祖父はもちをのどに詰まらせて死んだ。 祖母は父の隠し持っていた過激なビデオを発見してショック死した。 もう僕にはスト2しか家族がいない。 無口だけれど静かに闘志を燃やす、リュウ。 明るく陽気に僕を励ましてくれる、ケン。 野性味あふれるジャングルの王者、ブランカ。 秋場所優勝、エドモンド本田。 友達思いのナイスガイ、ガイル少佐。 ムキムキ変態親父、ザンギエフ。 時にはやさしく、時には厳しく。でも過激なあなたが好きです、春麗。 春場所優勝、エドモンド本田。 ボールが友達、大空翼。 お口の恋人、ロッテ。 楽しい時を創る企業BANDAI。 小結降格、エドモンド本田。 だけど今日も昇竜拳は出ない。 →↓┘+Pが僕には入力できない。 でも僕の戦いは続く。「昇竜拳!」と叫びながら雷に打たれて死んだ弟のために・・・。
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/2803.html
2023年予言―2024年予言―2025年予言 この項目ではノストラダムスの2024年予言について扱う。 毎年のことではあるが、ノストラダムスの『予言集』には、2024年と明記された予言はない。 目次 以前の解釈例ヴライク・イオネスク マリオ・レディング 前年からこの年にかけての解釈例(雑誌など)『実話ナックルズGOLDミステリー』vol.12(大洋図書、2023年10月25日) 『ムー』2024年3月号(ワン・パブリッシング、2024年2月8日) 『週刊ポスト』2024年4月12/19日号(小学館、2024年4月1日) 前年からこの年にかけての解釈例(ウェブサイト) 以前の解釈例 ヴライク・イオネスク ヴライク・イオネスクは『ノストラダムス・メッセージII』(1993年)などで、彼の解釈のピークの一つである「大君侯」(Grand Monarque)の即位する候補として、2024年も挙げていた。 大君侯は、イオネスクの解釈では、1999年8月11日に誕生するブルボン家の血を引く若者で、中国・イスラーム連合軍を迎え撃つヨーロッパ側の救世主として描かれていた。 イオネスクは詩百篇第4巻86番に描かれた星位から、2022年2月5日、2023年2月16日、2024年3月1日、2025年3月13日、2033年7月10日、2034年7月17日、2042年11月2日、2043年11月14日、2051年1月31日、2052年2月12日などの候補を挙げ、詩百篇第6巻3番(未作成)との関連から、「2023年と2024年を即位年として選ぶのがいちばん蓋然性が高いという結論に達する」としていた(*1)。 竹本忠雄も『秘伝ノストラダムス・コード』(2011年)でこの説を踏襲していた(*2)。また、ショーヴロンの『ノストラダムスの年代記』(2022年)でも、イオネスクが挙げた候補の日付が大君侯即位の日として挙げられている(*3)。 【画像】『秘伝ノストラダムス・コード』カバー もっとも、大君侯即位の前段に当たる中国とイスラームの連合軍自体、2024年初頭の時点では全く存在していない以上、大君侯の即位だけが突然当たるとは考えづらい。 マリオ・レディング マリオ・レディングは、詩百篇第5巻23番に基づく2023年と、第6巻24番に基づく2024年の解釈については、『ノストラダムス 未来のための全予言』『ノストラダムス:福音』の両方でほぼ同じ内容を展開している。 それによると、2023年には「相互破壊的な交戦状態のグローバルな増大」(a global increase in internecine warfare)に対抗して、強大な二権力(Two great powers)の間で同盟が結ばれるという。この同盟は2024年にも続くが、一方が他方を犠牲にすることになるのだという。 ただし、レディングの解釈はかなり漠然としたものであって、彼自身がどのような事態を想定していたのかは、いまいち掴みづらい。 なお、第6巻24番は星位と捉えられることがしばしばだが、レディングはかなり象徴的に解釈している。彼の場合は、星位を読んだ結果というよりも、単に2篇の詩番号から2023年と2024年に結び付けたように思われる。 【画像】『ノストラダムス 未来のための全予言』電子書籍版 前年からこの年にかけての解釈例(雑誌など) 『実話ナックルズGOLDミステリー』vol.12(大洋図書、2023年10月25日) 白金狐子「ノストラダムス新解釈 2025年に中国滅亡が予言されていた!!」(pp. 68-71) この中で「ノストラダムス研究家の冴木氏」なる人物の解釈を踏まえ、詩百篇第2巻65番を解釈し、人馬宮に水星がある時期に中国に恐ろしいトラブル等が起こる恐れがあるとして、「直近では2023年12月23日~2024年1月2日と、2024年11月26日~12月16日」を挙げている。 もっとも、4行目の「土星が衰退する」云々を東洋占術と結び付けて、あれこれと解釈しているが、「衰退」というのは誤訳に過ぎない(第2巻65番の記事参照)。 『ムー』2024年3月号(ワン・パブリッシング、2024年2月8日) 宇佐和通「能登半島地震をノストラダムスが予言していた!?」(pp. 4-5) 海外のメディアを引きつつ、それらが時期や場所の明記されていない詩句のこじつけに過ぎないことを指摘している。 全体的なトーンについて言えば至ってまともであり、特段の異論はない。 ただし、「乾いた大地がさらに干上がり、大きな洪水がある」と「有害な波を通して大飢饉が訪れる」という詩句をいずれもセザールへの手紙からの引用だろうとしているのは、明らかな誤りであろう。 特に前者のフレーズは、異なる文脈での指摘とはいえWebムーの記事(下の節にリンクを貼ってある)も正しく指摘しているように、詩百篇第1巻17番からであることは明らかである。 後者のフレーズは波と飢饉が同時に出ていることから、おそらく第6巻5番の1行目だろうと思われる。 大きな天災に際し無責任な風説が広まらないように急いで書き上げたのであろうし、その姿勢自体は悪くないとは思うのだが、それと引き換えにノストラダムスの誤った知識が広められてしまうことに対しては、もう少し何とかならなかったものかという気はする。 『週刊ポスト』2024年4月12/19日号(小学館、2024年4月1日) 「帰ってきたノストラダムスの大予言」(pp. 53-56) 無記名の記事で、記事中で多くのコメントが引用されているのは、ライターの白神じゅりこ、角由紀子の2人。 2024年については、第3巻1番を引き合いに出し、「早ければ24年中、遅くとも30年までに」台湾有事が起こるという白神のコメントくらいしかなく、それ自体が「有識者」の見解の孫引きという形がとられている。 第3巻1番にはそもそも時期の指定がなく、どこの誰だかも分からない「有識者」に責任を丸投げにし、なおかつ2030年までに幅を持たせた解釈などに、説得力はないだろう。 前年からこの年にかけての解釈例(ウェブサイト) 仲田しんじ「飢餓、軍事衝突、干ばつ、大洪水…2024年のノストラダムスの予言が予想通り壊滅的だった!」(TOCANA, 2023年12月5日) 「2024年には何が起きる?ノストラダムスの予言から紐解く4つのこと」(カラパイア、2023年12月16日) 「ノストラダムス「2024年の大予言」に戦慄! 米中戦争、気候変動… 今年を上回る絶望的1年か?」(Webムー、2023年12月20日) 「3つ目の戦火への不安反映か 欧州メディアが「ノストラダムス予言」もとに2024年世界に言及 中国絡む「戦闘と海戦」も懸念⁉」(THE NEWS LENS, 2023年12月26日) 「2024年はどんな年? ノストラダムスやババ・ヴァンガの予言が話題に」(朝鮮日報、2024年1月2日) 仲田しんじ「ノストラダムス、元旦の能登半島地震を予言していた!?「地球が乾燥し致命的な津波と洪水をもたらす」」(TOCANA, 2024年1月17日) 以上のインターネット上の報道、海外のオカルトメディアからの安易な転用であって、どのサイトも同工異曲の内容に過ぎない。 もっとも、Webムーの記事は、海外の記事で詩番号が書かれていない予言もきちんと典拠になっている詩番号を特定して、4行分を引用し直すなど、多少はまともな加筆を行なっている。当「大事典」としても、詩との対照は正しく行われているものと見ているが、第10巻22番は訳文を引用しておきながら、詩番号が第3巻1番と誤って書かれているため、全然違う内容の第3巻1番が二種類引用されるという妙な状態になっている(2024年1月27日確認時点)。 Webムーで引用されている通り、おもに話題になっている四行詩は詩百篇第1巻17番、第3巻1番、第5巻56番、第10巻22番の4篇だが、Webムーの記事にさえも「『2024年に起こる』と明示されているわけではなく」と明記されている通りである。 Webムーの場合、「しかし、こうやって毎年のようにノストラダムスの言葉から暗澹たる近未来を読み取ることで、人類が「それを避けるために何ができるか」を考え、さらに行動に移す契機となるならば、これほど有意義かつ重要な予言はないだろう。」と強引に締めくくっているが、イソップ寓話のオオカミ少年の話を思い浮かべれば、「毎年のようにノストラダムスの言葉から暗澹たる近未来を読み取」ってハズレまくっている事実は、むしろ逆効果にしかならないことが明らかだろう。 なお、1月1日の能登半島地震を踏まえ、詩百篇第1巻17番が的中したと主張する向きもあるが、その詩は2022年や2023年には2022年向けや2023年向けの予言として取り扱われていたものにすぎず、毎年のように「今年こそ」と、災害が起こることを期待する不謹慎な輩がいるというだけの話に過ぎない。 ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/2734.html
『ノストラダムスの大予言Ⅳ 1999年、日本に課された"第四の選択"』は、五島勉の『ノストラダムスの大予言』シリーズの4冊目。 1982年に祥伝社から刊行された。 【画像】 カバー表紙 構成 目次を示す。一段下げているのは、各章タイトルのサブタイトル。 まえがき 1章・“戦慄の新解釈”、出現!「日本が書くで破滅する」と解釈したフォンブリューヌ 2章・謎を孕む二つの予言詩ノストラダムスは果たして“日ソ核戦争”を暗示したか? 3章・人類を救う“別のもの”を追って巧妙にすりかえられたノストラダムス予言の真意 4章・“恐怖の大王”の正体は何か?「一九九九年七の月」の大破局を、フォンブリューヌはどう解いたか 5章・真の大破局と“第三の選択”真の危機から、フォンブリューヌはなぜ目をそむけたか 6章・「日本を壊滅せよ」――呪いの深層願望古代ローマ滅亡以来、欧米人の心に巣食う“黄禍論”の恐怖とは 7章・真実のノストラダムスと“第四の選択”これからの日本に、そして近未来のあなたに課されるもの これらの目次(特にサブタイトル)と、下で見る帯の惹句に明らかなように、ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌの国際的ベストセラー『歴史家にして予言者ノストラダムス』に対する批判が、本書の大きなテーマの一つである。 なお、上記の通り、フォンブリュヌの名がこの本では(というか五島の『大予言』シリーズでは)「フォンブリューヌ」と表記されているが、引用を除いてフォンブリュヌと記載する。 帯の惹句 初期の刷本の帯には「フランスの研究家が五島勉に挑戦!/1999年・7の月の"恐怖の大王"は日本だ!?/本書は、この挑戦を受け、その仏版『新釈・大予言』の誤りを痛撃!さらに、"大王"の正体を解明する!」と書かれていた。 推薦者 カバーの推薦文は 川島なお美(歌手)「“一九九九年”をめぐる新解釈の恐怖」 黒鉄ヒロシ「偏見に充ちた挑戦を五島氏が粉砕」 の2件であった(肩書はカバー記載の通り)。 売れ行き 『読売新聞』1982年7月19日朝刊には、「発売忽ち17万部 首都圏で売行き爆発!」とする広告が掲載されている。 『月刊ダン』1982年12月号には、「七月発売以来、四カ月足らずで四十万部も売れた」とあり、約9年後の『SPA!』1991年3月20日号には「50万部」とある。 反響 『朝日新聞』1982年8月16日朝刊には「話題のほん」として短い書評が載っている。 それは五島と、その批判対象のフォンブリュヌを対比して「それぞれ自分の民族の肩をもつ、正反対の意見である。第一冊に比べてずいぶん矮小(わいしょう)化された、しかも変てこなギロンだが、謎詩などというものはどうにでも解釈の出来るものだ、ということの立証に、はしなくもなっている」等と、手厳しい(書評子の署名は「(水)」)。 なお、五島のフォンブリュヌ批判は、当の五島自身にも当てはまるとする指摘は、のちに志水一夫や山本弘もおこなっている。 『サンデー毎日』1982年9月5日号には、「『ノストラダムスの大予言IV』の著者 五島勉インタビュー “恐怖の大王”の主役は日本」とするインタビューが載っている。 こちらは批判のたぐいはなく、五島の主張をそのまま紹介するものとなっている。 前出の『月刊ダン』1982年12月号では、「『新釈ノストラダムスは差別と偏見だ』黄禍論ワル乗りに敢然とチャレンジ」とする五島のインタビューが載っている。 なお、五島は「昨年はちょっと書き過ぎたら、税金をこっぴどく取られた。もうコリゴリ。えっ?所得?五千万くらいですなあ」と、珍しく印税の額に言及している(ちなみに五島が「昨年」すなわち1981年に刊行していた著書は『ノストラダムスの大予言III』『ファティマ・第三の秘密』『影の軍団』の3冊だった)。 コメント 事実上、フォンブリュヌを狙い撃ちにした緊急出版の色彩が強い。 緊急出版というだけならば『ノストラダムスの大予言・中東編』などもそうだったが、緊迫していた国際情勢に合わせた中東編と違い、特定の著者への反論という体裁のため、本書は『大予言』シリーズの中でもいささか地味な印象がぬぐえない。 しかし、そのような地味な本でさえも上述のように数十万部売れたのだから、五島の筆力と、『大予言』シリーズのブランド力とが、当時どれだけ凄かったかが垣間見える。 以下、いくつかの点についてコメントするが、網羅的なものではない。 フォンブリュヌ批判について 帯の惹句と異なり、フォンブリュヌの著書には五島への言及などない。 そもそも五島自身、『IV』の前年に出した『ファティマ・第三の秘密』(祥伝社、1981年)では、フォンブリュヌの本について、こう述べていた。 私のいままでのノストラダムス解読は、この、ノストラダムスの母国の研究家による新解釈で、完全に裏付けられた。(*1) ここまであからさまに権威付けに使っていたのが、『IV』では徹底攻撃に出るという形で、姿勢が急転回している。その間に何があったのかというと、フォンブリュヌの日本語版が出されたのである。 山本弘は「こいつはまずい、俺の書いてきた嘘がバレてしまう……と危惧したのかどうかは知らないが」(*2)と、冗談めかして五島の心情を推測したが、実際そんなところだったのかもしれない。 フォンブリュヌ批判は、こんな調子である。 たとえば原詩六の九七.「大空は五四〇回燃えあがる/新しい大都市に火がせまる/…侵す者たちが裁かれるとき」/これを私などは、「核実験や原発事故の回数・火山の連続爆発」ではないかと考えてきた(『大予言』初巻一六九ページ)。多くの研究者がそうだった。ところがフォンブリューヌはなんと、右の数字をひっくりかえして読み、「北緯四五度線に沿って燃えあがる戦火」と解釈し直したのだ。(略)こんな大胆な解き方はこれまで見たことがなく、「するどい」と感嘆してもいい。ただし、ピシャリと的中しそうだという意味のするどさではなく、これほど大胆な、アクロバット的な新解釈をやってまで、西ヨーロッパの正しさと英雄性を強調しようとする狂おしいするどさ、ということだ。(強調は引用者(*3)) では本当に「45度」は「狂おしい」のかというとそうではない。五島に先行する論者として、1940年代の英語圏の信奉者ロルフ・ボズウェルとアンドレ・ラモンはこう訳している。 At the forty-fifth degree the sky will burn, (Boswell p.159) At 45 degrees (northern Yugoslavia) the sky will burn (with aerial fire). (Lamont p.192) 見ての通り、普通に「45度」と訳している。 五島が「540回」と訳したのはヘンリー・C・ロバーツに触発されたもののようである。 しかし、そのロバーツの1949年の第4刷の訳はこうなっている。 The heaven shall burn at five and forty degrees, 単に直訳しただけであって、540回という意図があったかは疑問である。 そもそも「フランス語の素養のある人ならば誰でも、5&40=45と解釈するだろうし、実際このような倒置は中世期にはよく見られることだったのである」という淡路誠の指摘もある(*4)。 実際、リチャード・シーバースらまともな仏文学者も「45度」と訳している。 そして、五島自身『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編』では、解釈を修正することになる。 「大空が五四〇回燃え上がる」が従来の私の解釈。しかし上記〔引用者注 45度〕のように読み直せば、チェルノブイリの緯度(北緯四五度)にぴたり当てはまる。(*5) このように「狂おしい」と批判していたことなど無かったかのように、あっさり乗り換えている。 ちなみに、そうやって節操なく喧伝したチェルノブイリの緯度は、北緯52度である。 緯度7度分の差というのは、日本でいえば東京23区と函館市よりも離れているので、当然ちょっとした誤差というレベルではなく、これを「ぴたり」というのは強引にもほどがある。 フォンブリュヌに対しては、ほかにも 彼は"別のもの"の原詩を採りあげてさえいない(*6) などといったあからさまなウソも書いている。 フォンブリュヌの本には巻末に予言詩の索引がついているので、それを見れば解釈されていることがわかる(五島自身、『大予言・日本編』でその索引のページを転載することになる)。 さて、上で触れた帯にもあるように、五島氏はフォンブリュヌ解釈では恐怖の大王の正体を日本としていると指摘し、その曲解ぶりを批判していた。またそれは、続巻でもことあるごとに繰り返した。 フォンブリューヌは、ヨーロッパにあふれる日本車や日本製ビデオが頭にきたのか、「一九九九年、ヨーロッパをおそう"恐怖の大王"は日本だ」という新解釈で挑戦してきたのだ。(『大予言V』p.37) フォンブリューヌ解釈のように、今世紀末の日本や黄色人種を“恐怖の大王”だと(『最終解答編』p.68) しかし、「日本こそ恐怖の大王」とする解釈がフォンブリュヌ解釈の中心だとする整理は正しくない。フォンブリュヌの邦訳を手掛けた高田勇は、こうまとめている。 一九八三年に、三年七ヵ月にわたる第三次世界大戦が勃発し、ソ連軍と回教軍が連合して、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリアを侵略し、ポーランドで宗教迫害が起こり、パリも破壊される。〔中略〕この戦のあとには平和が訪れるが極東に発する一九九九年の大戦までの一時的現象にすぎない。この動乱は二七年間にわたり、アジアに生まれる偽キリストがふたたび回教徒と手を結んでユダヤ=キリスト教文明に終止符を打つ。(*7) また、「フォンブリュヌ氏は日本の読者に対する好意から、日本と極東に関する一章を書きおろしてくださった」(*8)とある通りで、フォンブリュヌはわざわざ日本向けの補章を執筆しているが、そこにはこう書かれている(*9)。 偽キリストがアッティラと同様にモンゴルで生まれる ノストラダムスは、聖霊が北緯四八度から追い払われるだろう、とわれわれに言った〔引用者注:「アンリ2世への手紙」の一節〕。この緯度は単にパリの緯度であるばかりでなく、またモンゴル人民共和国の首都ウランバートルの緯度でもあるのだ! 第10の「サンチュリ」の四行詩72番にもあるように、アジアからやってくるこの侵略は、北緯四八度というからには、1999年8月11日に北半球で見られる皆既日食より以前に開始されることを、ノストラダムスはきわめて明快に指示している。 モンゴルからやってくるこの地獄の帝王(強調は引用者)(*10) つまり、フォンブリュヌの指摘するのは、日本ではなくモンゴルということである。 もちろん、モンゴル人でも日本人でも黄色人種であることにかわりはないので、「黄色人種差別本」というレッテルも確かに当てはまるのかもしれない。しかし当の五島は『大予言Ⅱ』の時点ではこんなことを言っていた。 前著では、私はここまで読みきれず、たんに終末時の世界的な動乱がアンゴルモワなのではないか、とした。が、その後考えた結果、これは字謎(本文105ページ参照)で、中国軍または(もしかすると日本軍も含めた)アジア軍の総攻撃、と取るのがいちばん自然だという結論に達した。(強調引用者)(*11) これでは人のことを言えないだろう。 さすがにフォンブリュヌ批判を展開した『大予言IV』では、解釈が修正されている。 未来の中国軍またはソ連軍と解く。もともとモンゴルの大王とは、前に述べたように、昔のジンギスカンやフビライのことだ。その侵攻が蘇るというのだから、昔のモンゴル方面からヨーロッパに押しよせる大王という意味になる。だとすると場所からみて、ソ連か中国軍以外にはない。 この未来の中国軍のなかに、今世紀末、日本軍も含まれるのではないか、という疑いは前からあった。が、これもそうはならないと思う。(*12) だが、「疑い」も何も、日本軍が含まれる可能性は上記の通り、五島自身が言っていたことである。 こういう場合は、フォンブリュヌを批判する前に過去の自分の解釈を撤回するのが筋だったのではなかろうか。 そもそも、五島の解釈と、上で引用したフォンブリュヌの解釈は何が違うのだろうか。 五島自身がモンゴル方面からの黄色人種の侵略と解釈するのはよくて、白人のフォンブリュヌが同じ解釈をするのは許せないというのでは、単なる白人差別でしかないだろう。 なお、五島は『パリ・マッチ』(フォンブリュヌ解釈を当時大々的に採り上げたフランスの雑誌)編集部での、記者マリー・テレーズ・ド・ブロッスと編集長のやり取りを見てきたようにこう書いている。 「そのようです。だけど、それがじつに意外なことなんです。この本の新解釈によると、その最後の大破局……"恐怖の大王"っていうのは、これまで、どんな解釈者も科学者も、夢にも予想してなかったことで……」 〔略〕 彼女はそれを手短に説明した。テーブルにひろげた新解釈『ノストラダムス』の、その重大な部分のページを指さして、編集長と、居あわせた記者たち全員に読ませた。 〔略〕 「なるほど。こういうことか」 編集長は突き刺されたように、うめいた。 「こんな新解釈のやり方があったのか。……盲点だったな。いままで、どんな予測書にも出てこなかった盲点だ。〔略〕」 編集長はこわばった瞼を閉じた。が、それは長くなかった。彼はたちまち目をカッとひらくと、いかにもヨーロッパきってのセンセーション週刊誌の責任者らしく、おさえつけるような声で決断を下した。 「よしッ、これを特集するぞ。〔以下略〕」(*13) このやりとりだと、いかにも恐怖の大王の斬新な説が衝撃をあたえ、特集されることになったように読めるが、もちろん事実ではない。 フォンブリュヌのこの詩の解釈は、ごくわずかな字句の違いを除いて父マックスの解釈の丸写しである。 そして、父親の解釈書は1938年から1975年までに12版を重ね、1976年には改題版まで出されているロングセラーなので、フランス人にとってそう目新しいものだったはずはない。 フォンブリュヌの本が大ブームになったのは、「1983年という差し迫った未来に世界大戦が起こると解釈したこと」と、「ヨハネ・パウロ2世狙撃事件やミッテラン政権成立を的中させたように誤解されたこと」が大きい(*14)。 フォンブリュヌの解釈は恣意的なものだったし、実際、まったく当たらなかった。 しかし、「フォンブリュヌが恐怖の大王の正体を日本だと解釈し、その衝撃的な解釈がヨーロッパで大反響を巻き起こした」などというストーリーは、フォンブリュヌの解釈以上にデタラメな話なのである。 ブロワ城の問答 『ノストラダムスの大予言II』で扱った「恐怖の大王は目に見えない」とするブロワ城の問答について、続編のようなやり取りが掲載されている。 しかし、肝心の恐怖の大王の正体について、はぐらかしているのは相変わらずである。 第四の選択 サブタイトルにもなっている「第四の選択」は、当時話題になっていた『第三の選択』を意識したものである。 【画像】 レスリー・ワトキンズ『第3の選択―米ソ宇宙開発の陰謀』1981年7月 これはもともと英国で作成されたテレビ番組がもとになっており、未来に深刻化する地球温暖化に対する打開策として米ソで極秘裏に検討された三案のうち、一部の選ばれた者だけを火星に移住させる「第三の選択」が進められている、というものである。 だが、これはエイプリル・フール向けに作成されたフェイク・ドキュメンタリーに過ぎない。 日本のノストラダムス関連書の中では、志水一夫がつとに指摘していた。 もっとも、そこで志水が『大予言IV』について、 例のドキュ・ドラマ『第三の選択』を本気にして紹介している。(*15) とするのは、ややミスリードに思われる。 五島は、「第三の選択」の真偽自体を「手を尽くしてこの話の真偽を調べているが、よくわからない」とごまかしつつ、その背景にある地球温暖化の深刻化についてだけは「どこで調べても確かなようなのだ」として、そちらに力点を置いて話を進めているからである(*16)。 『大予言IV』の刊行当時、「『第三の選択』はフェイクという形にしないと発表できない極秘真相が織り交ぜられている」とする陰謀論が見られたが、五島の上のような書き方は、明らかにそうした見方とは距離を置いている。 このあたり、話題のものを取り入れて世間の耳目を集めつつ、しかし批判される余地は極力小さくしようというエンターテイナーとしての手腕が感じられる。 少なくともこれを、「本気にして紹介」と位置付けるのは少し違うのではないかと思われる。 なお、五島の言う「第四の選択」とは、副題の通り、1999年の破局を避ける別のものに関する重要なカギを、日本が握っているのではないかとするものだったが、そのような「別のもの」の理解は曲解に過ぎない(記事「別のもの」参照)。 書誌 書名 ノストラダムスの大予言Ⅳ 副題 1999年、日本に課された"第四の選択" 著者 五島勉 版元 祥伝社 出版日 1982年7月5日 注記 外国人研究者向けの暫定的な仏語訳書誌 Titre Nosutoradamusu no dai-yogen IV (trad. / Les Grandes Prophéties de Nostradamus, Tome IV) Sous-titre 1999 nen, nippon ni kasareta "dai 4 no sentaku" (trad. / L'an 1999, le Japon devra adopter la "quatrième option".) Auteur GOTÔ Ben Publication Shôdensha Lieu Tokyo, Japon Date le 5 Juillet 1982 Note Examen des quatrains I-95, II-91, V-84, VI-97, X-41, X-72 du sixain 27 etc. ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
https://w.atwiki.jp/switchsoft/pages/2809.html
クロノス:ビフォー ジ アッシュ ]3Dアクション 3D探索 ARPG 3,520円税込2.7GB 迷宮に挑め! 『死は終わりではない…グレートストーンの導きにより、人は死するがその叡智は継承される。』 ここは朽ち果てるその時を絶望と共に待つ村。 静謐が漂う石造りの部屋で、老婆は若者達に語り始めた。 遥か昔に繁栄を極めた人類の営みを、そして突如現れ文明を灰燼と化したドラゴンへの怨嗟を。 若者は決意した。 恐ろしい化け物を倒すため、迷宮に挑むことを。 ◆迷宮を冒険するアクションアドベンチャーRPG 数々の武器やアビリティ、パワーを駆使して迷宮を攻略しよう。 恐ろしい敵と謎に満ちた攻略困難な迷宮に挑むことで、主人公はより聡明に、より強く成長する。 ◆ユニークな年齢システム ゲームオーバーになるたびに主人公は1つ年をとるユニークな年齢システム。 若く俊敏だった主人公は、青年から中年へと歳を重ねるごとに、賢く魔法を得意とするようになる。そして、戦い方も老練となっていく。 ◆レムナントの前章譚 本作は『レムナント:フロム・ジ・アッシュ』の前章譚である。 荒廃した世界での戦いを描くレムナントの世界に繋がる物語を体験しよう。 メーカー THQ Nordic ジャパン 対応言語 日本語,フランス語,ドイツ語,スペイン語,韓国語,ロシア語,中国語 (簡体字),ポルトガル語,英語 配信日 2020年12月1日 CERO C 暴力,犯罪 対応ハード Nintendo Switch セーブデータお預かり 対応 対応コントローラー Nintendo Switch Proコントローラー プレイモード TVモード, テーブルモード, 携帯モード プレイ人数 1 人 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/aquarianagetcg/pages/1600.html
イラストレーター一覧 ア行 カ行 サ行 タ行 ナ行 ハ行 マ行 ヤ行 ラ行 ワ行 イラストレーター(敬称略) 初参加エクスパンション サ さあぺんと 愛しのアンドロメダ 魚 魔術師の呪文 桜沢いづみ 愛しのアンドロメダ 佐倉千歳 双児宮の鏡 佐嶋真実 覚醒の乙女たち ささきむつみ 獅子の戦旗 さとやす 悪魔の契約 澤野明 女教皇の瞳 サラマンダ シ C-SHOW 逆襲の巨蟹宮 師匠田マリ子 双魚宮の深淵 しなのゆら 愛しのアンドロメダ しのざきあきら 女教皇の瞳 柴乃櫂人(しばのかいと) 下北沢鈴成 麗しのカシオペア 縞うどん 絶神の戦車 硝音あや 天蠍宮の宿命 愁☆一樹 獅子の戦旗 庄名泉石 冥約の少女 白玉団子 冥約の少女 しらとりれいこ 覚醒の乙女たち 珠梨やすゆき 愛しのアンドロメダ しろ 教皇の祭壇 しんたろー 麗しのカシオペア ス 末弥純 すかぢ 運命の輪 すぎいつかさ 女教皇の瞳 すぎやま現象 獅子の戦旗 鈴平ひろ 月光の秘儀 すまき俊悟 恋人たちの協奏曲 純珪一 悠久の処女宮 セ ソ
https://w.atwiki.jp/nostradamus/pages/399.html
アンヌ・ド・ノートルダム(Anne de Nostredame, 1554年5月29日 - 没年不明)は、アントワーヌ・ド・ノートルダムとロワーズ・ベルルの娘で、ノストラダムスの姪に当たる。 1554年5月29日にプロヴァンス州サン=レミ(現サン=レミ=ド=プロヴァンス)に生まれた。アントワーヌの10人の子供(五男五女)の中では、次女(第五子)に当たる。 1571年1月29日に結婚したが、結婚契約書の字が読みづらいらしく、夫の名前は疑問符つきでスプリ・ボワリエ(Sperit Boylier)もしくはスプリ・ベルリエ(Sperit Berlier)とされている(*1)。 なお、エドガール・ルロワは下に掲げるノストラダムスの娘や孫とも違う第4の「アンヌ・ド・ノートルダム」が16世紀末から17世紀初頭のサン=レミにいたとしているが、このノストラダムスの姪と同一人物なのではないかとも思える。 というのは、ルロワが挙げている公証人バディナンク(Badinenc)の登記簿の1609年と1612年の記録では、そのアンヌ・ド・ノートルダムはエスプリ・ベルリエ(Esprit Berlier)の未亡人とされているからだ(*2)。 エスプリ・ベルリエと、結婚契約書の「スプリ・ベルリエ」の類似は偶然とも思えない。また、公証人バディナンク一族の登記簿には、アンヌの父アントワーヌの50年間(1547年-1597年)にわたる記録や妹ダマリーの結婚契約書、甥のローラン(未作成)やポール(未作成)の書類などが残されており(*3)、この点からもバディナンクとアンヌの接点を想定することは容易である。 仮にこの推測が正しいのなら、この人物は1612年までは生きていたことになる。 関連項目 アンヌ・ド・ノートルダム(ノストラダムスの娘) アンヌ・ド・ノートルダム (ノストラダムスの孫) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/pawatukirai/pages/11.html
ペナント。 トレードなど