約 4,593,593 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1122.html
550 :似せ者 ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/02/03(火) 01 10 29 ID MyvGUxgz TIPS サッカーゲーム 映太から来訪OKの返事が来たので俺は赤坂家へと向かった。 赤坂家は白が基調の一軒家だった。それなりに広く、庭もある。俺の家より遥かにいい家だろう。 「いらっしゃい」 「はじめまして、杉下隆志です」 「映太から話は聞いているわ、どうぞ上がって」 迎えてくれたのは姉さんの方だった。 赤坂絵里。三年生。弓術部所属。仁衣高校三大美女の一人。 容姿端麗、頭脳明晰、活溌溌地。「女神様」という通称の通りのパーフェクトウーマン。 力強さ・可愛さ・美しさの全てを兼ね備えている。 そのため、俺のように惚れている男子は非常に多い。 しかし、より特筆すべきは女子からの人気の高さであろうか。女子全員の憧れであり永遠の目標。彼女を慕って弓術部に入った部員は数知れず。 本人は自覚してないみたいだが映太もかなりモテる。 ただ、これは純粋に、映太の顔が良いからというのもあるのだが、赤坂絵里の弟という理由もかなり大きかったりする。 赤坂絵里の影響力の高さはそれほどなのだ。 三大美女の一人という位置付けではあるが、生徒への影響力という意味では、彼女は間違いなく仁衣高校一だった。 「いらっしゃい。五分遅れだ」 居間に上がると映太がいた。 「人の家に来る時はそれが礼儀なんだよ」 まぁ純粋に遅れただけなんだが。 「って言っても、俺も菓子やら飲み物やらを買い忘れていたから今から買いに行くんだがな。まぁそこでゲームでもして待っていてくれ」 「了解」 これは、メールで打ち合わせした通りであった。絵里さんと二人の時間が欲しい。そう伝えておいたのだ。 「姉さん、ちょっと相手していてよ。サッカーゲームなら出来るだろう」 「OK、いいわよー。杉下君。私、結構ゲーム強いから覚悟してね」 「望む所です」 映太が外出していく。さて始めるか。 551 :似せ者 ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/02/03(火) 01 12 18 ID MyvGUxgz 俺は、ゲームのセッティングをしながら絵里さんに話しかけた。 「さて、鋭い絵里さんなら気付いていると思うのですが」 「映太が私と杉下君を二人きりにしようとしたことかな?」 「御名答です」 流石、「女神様」と言われる事なだけはある。話が早い 「その目的の一つはもちろん、絵里さんのことを好きな僕が絵里さんと親交を深める、というものなんですが…」 話しながらゲームの電源をつける。 「随分と正直なのね」 「隠し事とか出来ない性格なので」 笑いながらコントローラーを絵里さんに渡した。受け取る絵里さんも笑顔だ。 「女神様」な面と、こういうお茶目な面のギャップもまたいい。 俺はこの人が好きなんだと、改めて実感させられた。 「まぁ本当はそっちの目的のために絵里さんの趣味とか聞いていきたいところなんですが、時間に限りがあるので最優先の方の目的を済まします」 「最優先の方の目的?」 「映太のことです」 ロードが終了しゲームがつく。俺はマッチモードを始め、日本をセレクトする。 「映太が絵里さんと同じ仁衣高校三大美女の一人と付き合っているのはご存知ですよね?」 「もちろん、知っているわ。藤堂優奈ちゃん、だっけ?」 絵里さんもチームを選ぶ。アルゼンチンクラシックスだった。 「日本相手にアルゼンチンクラシックスとは容赦ないですね」 「勝つためには最善を尽くすというのが私の主義なの」 それぞれフォーメーションを微妙にいじった後、キックオフがされた。 「では藤堂優奈の顔はご存知ですか?」 「昨日、友達に見せてもらったわ」 「妹の唯ちゃんに似ていると感じませんでしたか?」 「あら、唯のことまで知っているの?驚いたわ」 「あいつの財布の中の写真を見ました。墓参りも一緒に行ったことがありますし」 「まぁ確かに少し似ているわね」 「あいつは今でも妹に罪悪感を持っている。今でも妹を求めている。僕はあいつが藤堂優奈に惹かれたのは唯ちゃんに似ていることが原因だと考えています」 「それを伝えたかったの?」 「いえ、それだけなら良いんです。藤堂優奈が唯ちゃんに似ていると言っても、あくまで似ているのレベルですから」 552 :似せ者 ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/02/03(火) 01 13 39 ID MyvGUxgz また、パスをインターセプトされた。自分で強いというだけあって本当に手強い。チーム力の差も相まって俺は押されて行く。 「実は藤堂優奈は同学年の従姉妹と一緒に住んでいるんです。名前は吉岡瑠衣。この従姉妹も仁衣高校に通っていて、藤堂優奈に負けず劣らず可愛いので、仁衣高校三大美女の一人になっています」 「それで?」 きわどいシュートに襲われるがバーに助けられた。こぼれ球をクリアに行く。 「吉岡瑠衣の顔はご存知ですか?」 「いや、知らないわ」 アルゼンチンクラシックスのコーナーキックになって、一度プレーが切れる。 「これが写真です」 俺は携帯の画像を見せた。 「嘘!?」 絵里さんの声が大きくなる。 「どう思います?」 「どう思うも何もこんなの…」 プレーはまだ再開されない。空白の時間がしばし流れた。 「僕がこの事を知ったのはあいつが藤堂優奈に告白した日の昼休み。丁度、告白をしていた時です。あいつが藤堂優奈に告白するようトリガーを引いたのは僕なんですが、今はそれを心底後悔しています」 「…」 「それだけ伝えたかったんです。絵里さんに謝っても仕方ないかもしれませんが謝罪をします、すみません」 「杉下君は悪くないわ。いや、誰も悪くない」 「すみません」 「ゲームの続き、やりましょう?」 二人は画面に向き直った。 553 :似せ者 ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/02/03(火) 01 15 31 ID MyvGUxgz 「ねぇ、杉下君。サッカーゲームのクラシックチームが異常に強いのは何でだと思う?」 「分母が多いからですか?」 「それももちろんあるかもしれない。でも一番の理由は、人が過去を美化する生き物だからなのよ。偉人は世界を退いてから偉人になる」 アルゼンチンクラシックスに一点入る。マラドーナの左足からのボレーシュートだった。 「だから現代のサッカーにも美しい過去を追い求めて、マラドーナ2世とかペレ2世とか作り上げるのよ。今はメッシがマラドーナ2世でしたっけ?」 「メッシはマラドーナを超えますよ」 「あら、メッシのファンなのかしら?」 俺が強く反論したのを見て、絵里さんがクスクスと笑う。 「私もマラドーナ2世とかいう呼び名は好きじゃない。どんなにプレースタイルがそっくりでもそれは似ているだけ。似せ者でしかないのよ。 そう、杉下君が言う通り、メッシがマラドーナを超える可能性もある。もちろん、結局マラドーナには及ばない可能性もある。でもどんなに頑張っても、メッシがマラドーナになることは出来ないわ」 俺はまだアルゼンチンクラシックスの猛攻を受けている。 「あ、最後に僕の自己満足で、これだけは言わせてください」 「何かしら?」 「僕は現在生きている絵里さんが好きですよ」 「あら、私を狙うのは大変よ?」 「覚悟のうえです」 これで一応は二つ目標を達成出来たかな? 今日、俺なんかが出来る行動はここまでだろう。絵里さんのことも、映太のことも。 ここからは話しを止めて、逆転のため、ゲームの方に集中することにした。 なんとかボールを奪い、日本の良さを最大限生かすパス中心の早くて速い展開で攻め立てる。 結果は1―2でアルゼンチンクラシックスの勝利だった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2765.html
524 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 22 35 ID bYnTMqNY [2/12] 高校2年 10月 早朝。 夏が過ぎ去り秋になったこの季節だと少し肌寒さを覚える時間だ。 日課である弁当を作り終えた僕は珍しく誰もまだ起きていない不知火家を出るや否や面を食らうこととなった。 「おはよう、遍」 凜とした佇まいで玄関前に居たのは高嶺 華、僕の彼女であった。 僕の姿を確認するやいなや微笑みながら挨拶をしてきた。 「…おはよう。待ち合わせの場所ここじゃあなかったよね?」 つい先日のこと兎にも角にも恋仲となった僕らだがやっかみを恐れた僕が提示した『放課後のみ』、という関係に不満を覚えた彼女は代わりに誰もいない早朝の登校を共にするという条件を提示してきた。 それならばと了承した僕だったが前日のメールでのやりとりで決めた待ち合わせ場所とは違う場所に彼女が現れたものだから面を食らうのは少々仕方のないことだった。 「うんっ。でもね、1秒でも早く遍に会いたくて来ちゃった」 その台詞に歯が浮くのを感じざるを得ない。 「たか…華に僕の住所教えたことあったかい?」 「前に遍にこっそりついていったことがあるから知ってたんだぁ」 「そ、そうなんだ」 時々顔を覗かせる彼女の非常識。 鮮やかな絵画に付着した汚れのように彼女のその非常識は高嶺 華という像よりも遥かにそれは強く印象を焼き付ける。 ついこの間まで邂逅するだけで心弾ませた彼女と恋仲になったというのにも関わらず未だ手放しで喜べないでいる理由がそこにある。 「じゃあいこっか」 閑静な住宅街に二人の足音が鳴り始める。 しばらくの間二人の間に会話はなく静寂が訪れていたが、趣味も境遇も似つかない僕らならば話題の提供に困るのも当然のことだった。 そもそもの話僕自身、あまり人と話すのが元々不得手ということもある。 だからこの静寂を打ち破るのは彼女が先というのも当然のことだった。 「私たち本当に恋人に…なったんだよね?」 「え…あぁそうだね。どうしたんだい急に」 「だって遍、放課後じゃないとイチャイチャしちゃダメって言うんだもん。酷いよ」 了承したとはいえ未だに不満には思っているらしく、口を尖らせる。 「我儘を言っているのは重々承知しているさ、でも僕ら男子の間では華は可愛くて有名だからそうなると僕も目立ってしまうんだ。あまり目立つのは苦手でね」 「…もっかい言って」 「え?」 「もう一回。可愛いって。そう言って」 「か、可愛い」 改めてその部分を切り取られてあげられると羞恥心が込み上がってきた。 我ながらなんて気障な台詞を口にしたのだろうか。 彼女は満足げな表情を浮かべるとそっと僕の左腕に抱きついてきた。 「今はそれで許してあげる」 脳がショート寸前だ。 「そ、そういえば文化祭。僕らのクラスは喫茶店になったね」 恥ずかしさに耐えられず無理矢理話題を変える。 「そうだねぇ。遍はどの役割担当したいか希望はあるの?」 「僕は看板製作とか担当できたらいいなとは思っているけども」 開催まであとひと月を切っているのであるのだが喫茶店、ということのみ決まっているだけで役割担当は決まっていない。 「じゃあ私もそうするっ。そうすれば遍にイチャイチャまではいかなくてもお話はできるしね」 なんとなくだがそう言うと思っていたが、そんなことは口にはしない。 「喫茶店かぁ…。そうだ遍、また『歩絵夢』行こうよ。陽子さんになら私たちのこと報告していいでしょう?」 「え?まぁたしかにそれは構わないけれども…」 どうして一体全体彼女はそこまでして周囲に僕らの関係を示したがるのかが分からなかった。 「でも華は多分、接客の係につかされるんじゃあないかなあ」 「えぇぇ、何でよぉ」 自分がどれほどの人望美貌があるのか一体把握しているのであろうか? 「僕はそっちの方が向いていると思うし、それに僕だけじゃあない。クラスのみんながそう思ってるんじゃあないかな」 「嫌よ、私遍と一緒にいたい」 「ははは…そこまでするほど僕と一緒にいて楽しいのかい?」 「うん。でも楽しいとかだけじゃないよ。全てが私に噛み合う感覚があるの。この世で最も一緒にいて落ち着く人だよ」 「未だに信じられないよ、たか…華と付き合ってるなんて」 「わたしだって嬉しすぎて信じられないくらいだよ」 するりと僕の腕から離れると一息吸って彼女は続けた。 「末長く、よろしくね」 なぜだか分からないけれどもその一言で背筋が凍る感覚が僕を貫いた 525 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 23 51 ID bYnTMqNY [3/12] ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「えええ!華ちゃん看板製作やるのぉ!?」 一先ず何事もなく授業を終え、帰りのホームルームになる直前のこと。 クラスメイトの女子たちが何やら騒ぎ出した。 「絶対華ちゃんは接客のほうがいいよ」 「私接客とかやったことないし…、向いてないよー」 如何にも謙虚な態度で真意を覆い隠す高嶺さん。 「絶対絶対絶対向いてるってぇ」 「私もそう思うよ~~」 「そんなことないってばぁ」 やいのやいのと騒ぎ立てる女子生徒達の声に黙って聞き耳をたてる者、聞いていないフリをしつつも耳だけはしっかり向けている者様々だが大半の男子生徒達が意識を割いていた。 そんな見ていて少々おかしな状況を変えたのは担任の太田先生の入室だった。 「ほら騒いでないで放課後のホームルームやるぞー」 自由の時間を体現していた生徒達は各々を席へと徐々に戻ってゆく。 「それで今日のホームルームなんだがなぁ。文化祭の役割分担を素早く決めたいと思う。うちのクラスは喫茶店をすることになったがそれを決めるのに時間がかかりすぎてしまったみたいでな、残された時間が少ないんだ。では早速決めていくぞ」 太田先生は白のチョークを手に持つと手早く分担される役割とその定員を書き込んでゆく。 その手で書かれた最初の役割は問題の『看板製作係』と3という数字であった。 「…では第一志望の役割の時に手を上げてくれ。まずは看板製作係な。これが第一志望のものは挙手」 やはりというべきなのかその定員を遥かに超える人数の生徒が手を挙げる。 その中にはもちろん高嶺さんもいる。 彼女はチラと一度僕の方へと視線を移す、たったそれだけのことだが彼女の意図は容易に汲み取れる。 僕も静かに手を挙げる。 「おお…思ったより人が多いなぁ。でもちゃっちゃと決めてしまいたいからジャンケンで決めようか」 太田先生は握りこぶしを宙へ挙げる。 それにつられるように僕たちも握りこぶしを宙へと挙げた。 526 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 24 59 ID bYnTMqNY [4/12] 「勝った人だけ残りなさい。ではいくぞ。最初はグー、じゃんけん…」 僕は握りこぶしを開いた、先生は握りこぶしを開かなかった。 運良く僕は勝利することができたようだ。 「おお、ちょうど三人残ったのか」 周りを見渡すと握りこぶしを開いた人物は僕を除いて二人しかいなかった。 「じゃあ看板製作係は桐生、小岩井、不知火の三人で決まりだな」 その中に彼女は含まれておらず彼女はただまっすぐ前を見つめながら拳を握り続けていた。 「じゃあ早速だが3人は集まって後ろで話し合っててくれ。では次は装飾係が第一志望のものー」 言われるがままに僕は席を立ち上がり教室の後ろへと向かう。 高嶺さんが少し気になる。 「よ、残念だったな!」 意識をほかに取られている僕の肩を叩いてきたのは同じ看板製作係の桐生 大地(きりゅう だいち)くんだった。 端正な顔立ちで女子生徒からの人気も高い。 これが僕の桐生くんへの印象。 「ざ、残念ってなんのことだい?」 「そのまんまの意味だよ。高嶺の花と一緒になれなくて残念、ってね」 夏祭りの時にみっともない嫉妬を向けていた手前、いざ対面すると苦手意識が全身を縛り上げた。 「な、僕は別に高嶺さんが希望していたからってこの係を希望したわけではないさ」 「でも高嶺が参加したいって意向はちゃっかり聞いてたんだな」 聞き耳を立てずとも僕はすでに今朝からその意向は知っていた そう言いかけるが寸のところで止める。 527 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 26 59 ID bYnTMqNY [5/12] 「そういう桐生くんはどうなんだい?」 「俺?俺はもちろん彼女目当てさ」 心臓に冷や水がかけられる。 この感覚何週間ぶりだろう、しばらく前まではよく彼女に与えられていた感覚によく似た感覚だ。 僕が言葉に詰まっていると桐生くんは頬を釣り上げ笑い声をあげる。 「あははは!うそうそジョーダンだよ。そんなマジになるなって。俺彼女いるしなっ」 面を食らう。 「よろしくな不知火」 「ふたりとも~遅くなってごめんねぇ~~」 遅れてやってきたのは小岩井 奏美(こいわい かなみ)さん。 穏やかな女子生徒であり、高嶺さんの仲の良い友達。 これが小岩井さんへの印象。 「おう、小岩井も来たし早速どういうふうに進めていくか決めようか」 「うん、そうだね~」 桐生くんは流れるように場を仕切り出した。 素直にこういう一面を凄いと思うし羨ましくも思う。 僕がそういうことができるイメージはあいにくだが浮かばないから。 「んじゃまずこん中で絵、描けるやついるか?」 僕は右に左に一度ずつ首を振る。 「わたし少しなら描けるよ~~」 「お、助かる!俺もあんまし絵は得意じゃないからな。じゃあ小岩井は下書き頼まれてもいいか?」 「うん、いいよ~~」 桐生くんは場を仕切れる、小岩井さんは絵が描ける。 じゃあ僕は? 途端にみっともない劣等感に苛まれる。 「それじゃあ色塗りは俺と不知火で協力してやる感じになるのかなぁ」 「あの~」 恐る恐るといった感じで声をあげる小岩井さん。 「どうした?」 「絵は少し描けるけど字は下手なの~」 「あれ、そうなの?こういう大きい看板の文字だから字の上手い下手というよりかは絵の上手い下手かだと思うけどなぁ」 「でも上手な人が下書きを書いた方がいいと思う~」 「そっか。んじゃ不知火、お前書いてみる?」 「え?」 「いやぁ、申し訳ないんだけど俺も字は下手なんでさ」 「えっと…それじゃあ僕も自信があるわけじゃあないけどやってみるよ」 仕事が与えられる分には有難い。 役立たずにはなりたくないという思いもあり承諾をする。 「あとはいつ作業するのかって話だけど委員会とか部活とか入ってるやついる?」 今度は小岩井さんも一緒に首を左右に振る。 「まぁ俺はサッカー部あるけど多分頼めば休ませてもらえるしとりあえず三人でサクッと放課後に作業するか」 「桐生くん部活ある日は部活をやってもいいんだよ~~」 「いや、二人にやらせて自分だけ部活やるってのも申し訳なくて多分練習に集中できないし大丈夫だ」 「え~いいのに~~」 「まーまー気にすんなって。それにそんなに練習したけりゃ別の係立候補してたしな」 少しだけ悪戯な笑みを浮かべる桐生くん。 「不知火もそんな感じでいいよな?」 「うん、それで異論はないよ」 「うしっ、それで決まりだな。他の係の方も決まったみたいだぞ」 黒板の方へ視線を向けるとどうやらそのようであった。 「おーとりあえず全員の係決まったから看板製作の三人も席に戻って来てくれ」 太田先生の言う通りに僕らはそれぞれの席へと戻っていく。 528 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 29 08 ID bYnTMqNY [6/12] 「ひとまず係の振り分けが終わったわけだが手の空いてる人は積極的に作業している人の手伝いをするようになー」 クラスメイトたちの先生のボランティア催促への不満は「えー」という二文字が表現していた。 「同じクラスメイトなんだから助け合いは大事だぞ。あまり文化祭まで残り時間もないし今日のホームルームはここまでにする。号令」 号令係の元、僕らは一連の動作を行う。 「「「ありがとうございました」」」 クラスメイト達が散り散りになる中で自然に僕ら看板製作係の三人は再び集まると、太田先生も僕らの元へと歩いてきた。 「看板製作はこの三人でよかったよな?」 「「はい」」 返事をしたのは僕と桐生くん。 「それでなんだがなぁ、看板の材料は用務員室にあるんだ。私はこれから会議だから手伝えないのだが大丈夫か?」 「大丈夫ですよ、俺たちで取ってくればいいんですよね?」 「ああ、ありがとう。ただ看板の板は少々重たいので気をつけること」 「了解です。そんじゃ不知火は俺と看板運ぼう。小岩井は持ち運べそうな小物を頼むよ。それでも運びきれなかったら何度かに分けて運ぼう」 「わかったよ~」 「う、うん」 桐生くんはリーダーシップを発揮し滞りなく物事を運んでいっている。 これが桐生 大地。 僕の彼女に、高峰さんに本来ふさわしい器の男子生徒。 同じ男として劣等感と尊敬を感じざるを得ない。 いや、こうやっていつも惨めな気持ちになるのは僕の悪い癖だ。 僕は桐生くんになれやしないし、その逆も然り。 それを個性というのではないか、そう自分に言い聞かせる。 「後は三人ともよろしくな。あまり遅くならないように作業しなさい。それと怪我をしないようにな」 「「「はい」」」 太田先生はそう言い残すと少し忙しない足取りで教室を後にした。 「さてと、俺らも用務員室に行くかぁ」 「そうだね」 僕らも用務員室へ材料を受け取りに教室を後にしようとする。 「かなみぃ~!」 「わ~~」 529 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 30 15 ID bYnTMqNY [7/12] 振り返ると小岩井さんを後ろから高峰さんが抱きついていた。 「ひどいよー奏美。私も看板係やりたかったのにぃ」 「そんなこといったってじゃんけんだから仕方がないよ~~」 「ずるい~」 側から見ると女子生徒達のコミュニケーションといった感じであった。 だが一瞬、刹那とも呼べるその短い瞬間に高峰さんの両の眼は僕を捉える。 「『私たちの仲なんだから看板係を辞退して私と一緒の係になってくれたってよかったじゃん~』」 普通の人が聞けばただの仲の良い友達へと向ける言葉に聞こえるだろう。 だが違う。 きっと今の台詞は僕に向けたものだ。 「え~~、辞退してもみんなが混乱するだけだよぉ~」 「えー、そうかなぁ」 今度の高峰さんの両の眼は瞬間ではなくゆっくりと確実に僕らを、僕を捉える。 まるで蛇に睨まれた蛙。 「ねぇ二人ともそう思うよねぇ?」 「いやぁ小岩井はなんも悪かねぇだろ。恨むんだったらじゃんけんに勝てなかった自分を恨むんだなー」 「あーひどい!そんな言い方ないんじゃない桐生君?」 「だって事実じゃんか。な、不知火?」 「い、いやぁどうだろうね…」 僕に聞かないでくれ。 「ふぅん…。…看板係はこの三人なんだよね?」 「そうだけどそれがどうしたん?」 「だったらさ、私も看板係手伝うよ。どうしても看板製作やりたいのっ」 やっとここで彼女の目的に気がついた。 高峰さんは築こうとしているのだ、僕と彼女の『表』の関係を。 「いいけど高峰は自分の仕事とか大丈夫なのか?」 「私は結局接客係になったし当分は仕事とか練習とかないから大丈夫だよ」 「そっか、ならまぁお言葉に甘えようかな」 「華も手伝うんだ~、わ~い」 「じゃあよろしくね?奏美、桐生君…」 高峰さんは一人一人目を合わせ名を呼びそして最後に僕に目を合わせ 「…不知火君」 聞き慣れたはずなのに随分と久しく感じるその呼称を僕へと言い放った。 530 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 31 49 ID bYnTMqNY [8/12] ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「んーもう6時か。そろそろ切り上げるか」 用務員室から材料を受け取り2時間程作業を進めたところで桐生くんは作業の終了を切り出した。 「ほんとだ~すっかり暗くなってるね~」 「先生にも遅くなるなって言われてるし頃合だろ」 高峰さんが手伝いを申し出たその後、何人かの男子生徒も手伝いを申し出ていた。 しかし効率が悪くなるからと桐生くんはそれらを拒否した。 「とりあえず片付けられるものは片付けて板は後ろの方に置かせてもらおう」 「分かったよ」 僕ら四人は作業の後始末をこなしてゆき看板製作の初日を終えた。 「よしっ、とりあえずお疲れさん。明日もこんな感じで作業進めよう」 「は~い」 「うん」 「はーい」 僕らが返事をすると桐生くんは気まずそうな表情を浮かべ一瞬言葉に詰まったような様子のあとそのまま続けた。 「それとだな、高峰。明日からは手伝わなくていいぞ」 「…え?」 「いや高峰が手伝ってると男子たちがこぞって手伝いを申し出てくるんだよ。看板製作ってそんな大人数でやるものじゃないし、かといって高峰だけ手伝うってのも不公平な話だろ?」 「そん…な、わたしはっ」 「なんと言おうとダメだ。これはクラスの男子たちのためでもあるからな」 ギリィ 歯軋りの音が僕らの鼓膜を揺らすとその後彼女はひったくるように自分の鞄を手に取り教室素早く出ていった。 「…まさか高峰があんなに怒るなんてな。思ってもみなかった」 「華どうしたんだろう~」 桐生くんと小岩井さんは唖然とした表情を浮かべる。 突然、右ポケットに入っている携帯電話が震える。 送信者と要件を想像するのは難しくない。 「わたし後を追いかけてみるね~。二人とも今日はお疲れさま~」 「おうお疲れ様。高峰にあったら一言謝っておいてくれ」 「わかった~。ばいば~い」 小岩井さんも小走りで教室を後にした。 531 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 32 51 ID bYnTMqNY [9/12] 「ふぅ…。悪かったな不知火」 「え?」 「いや高峰を追い出すような形にしちゃったからな。好きなんだろ?高峰のこと」 「へ?いやっ、別に僕は!」 思ってもみなかったことを言われ僕の脳はぐるりと一回転する。 「ははは別に隠さなくてもいいって。というか作業中あれだけ高峰のこと見てたら誰でも気づくよ」 赤面する。 筒抜けになるほど高峰さんのことを見ていたという事実とその事実をまったく知り得ていたなかった自分の愚かさによる羞恥心で胸がいっぱいになる。 「応援してやりたい気持ちもあるけどよ、でもそれはフェアじゃないだろ。程度に差はあれあいつに想いを寄せている男子は大勢いるんだから」 「…たとえ彼女と一緒に作業していても僕はきっと一歩も踏み出すことはなかったと思うよ」 「そんなネガティヴになるなって。フェアじゃないなんてかっこつけて言ったけどさ、ようはあいつをめぐって喧嘩とか、いがみ合いとかそういうのをうちのクラスでして欲しくないってことさ」 「どういうことだい?」 「どういうこともなにも折角同じクラスになった仲間だなら皆んなが皆んなを大切に思える、そんなクラスで高校生を終えたいんだ。…綺麗事だよな」 桐生くんは少し恥ずかしそうに笑う。 どうやら立派なのは容姿や能力だけではなく、志もそのようだ。 「桐生くんは凄いや。本当によく周囲を見ているんだね。僕は自分自身だけで精一杯だ」 「いやいやそんな大層なことじゃねーって。ただクラスメイトが仲良しこよしして欲しいっていうただの我が儘だからな」 「ならそれは素晴らしい我が儘だね。…僕はそう思う」 「なんかそう言われると照れるな…。恥ずかしいから誰にもいうなよ?」 今度はどうやら彼に羞恥心を抱かせられたようだ。 先ほどの反撃できたような気がして小さな自分が大きく満たされる。 「言わないよ」 「おうさんきゅ。あとは戸締りなんだけどそういや施錠係って誰だっけ?」 僕はポケットから教室の鍵を取り出して桐生くんの前にかざした。 「僕だ」 「お、そうだったのか。じゃあこれで教室の戸締りはできるな」 「戸締りは僕がやっておくから桐生くんは先帰ってても大丈夫だよ」 「遠慮すんなって。別に手伝うくらい平気さ」 「遠慮なんかしてないさ。戸締りの他にも用事があるからね。少し時間がかかると思うから先に帰ってもらえた方が僕としては助かるんだ」 「あぁそういうことなら、…分かった。それじゃあ後はよろしく頼むな」 「うん」 「また明日な、不知火」 「お疲れ様、桐生くん」 彼は鞄を肩にかけると軽い足取りで教室を出ていき残されたのは僕一人となった。 静寂が教室を包むと途端に疲労が押し寄せてきた。 作業、慣れないコミュニケーション、それらが思っていた以上に僕には負担になっていたようだ。 要領の悪い自分に自嘲の笑いを浮かべながら自分の席へと座る。 532 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 34 16 ID bYnTMqNY [10/12] そういえば、と先ほど震えた携帯電話の中身を確認する。 ーーーーーーーーー 差出人 高嶺 華 件名 なし 本文 教室に残ってて ーーーーーーーーー たったそれだけの文章だった。 それを確認し携帯電話を折りたたむと背後から突然誰かに抱きしめられる。 「遍…」 誰かに、なんて思ったが少し考えればそれが高嶺さん以外にありえることはないということに気がついた。 「華…小岩井さんが君のこと心配して追いかけていったよ」 「知ってる。でも今はあなたを感じる方が大切なの」 僕を抱き寄せる腕の力が徐々に強まってゆく。 「どうして?どうしてなの?私は遍とただ一緒にいたいだけなのに」 その時肩に伝わる湿った感覚が彼女が泣いているということを僕に教えた。 「ねぇ遍?わたしのこと…すき?」 「え?」 「わたしまだ一回も聞いてない、遍の気持ち」 僕の気持ち。 僕は彼女のことをどう思っているのだろうか。 確かに僕は彼女に恋がれていた。 じゃあ今は違うのかという質問に対しては僕はNOと答えるが一つ言えるのが彼女への気持ちが少し変化していることだ。 それはなぜなんだろう。 怒りを構わず友人たちにぶつける所を見たから? 違う。 僕の住所を尾行して割り出したことを言われたときか? 違う。 彼女に暴力的な告白をされたときから? …多分もっと前、今ならわかる。 夏祭りの時の別人のような彼女を見てから僕はきっと彼女を慕う気持ち以外の気持ちが芽生え始めたんだ。 あまりに恋い焦がれたから僕はありもしない手前勝手な『高嶺の花』を想像し空想し妄想していた。 彼女だって人間だ、時には泣いたりもするし怒りもする。 理想を、虚像を勝手に作り上げ僕は本当の彼女のことを理解しようとしてなかったのではないだろうか。 僕を締め付ける腕の力が一層強まる。 「好きだよ」 「!」 「でも僕は華のこと全然分かってないみたいだ。だから少しずつでいい。知りたいんだ、華のこと」 これが僕の今の気持ち。 きっと混乱しているだけだ。 彼女ほど魅力的な女性はそうはいないしきっとそれほどの女性が僕なんかと恋仲になってくれることなんてもう一生ないだろう。 「…嬉しい。私も好き、愛してる」 ちゃんと彼女と向き合おう。 心の底から君を愛せるように。 533 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11 34 54 ID bYnTMqNY [11/12] ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「わぁ、小岩井さん絵上手だね」 「えへへ~、そうでもないよ~」 ねぇどうして? 「どれどれ?うお本当に上手いな!」 私は誰よりもあなたのことを求めているのに 「二人とも大げさだよ~~」 「不知火の書いた字も綺麗だしなんだかんだおれらの看板の完成度かなり上の方じゃないか?」 「ははは、僕の字はそんなに褒められるほどのものじゃあないと思うよ」 彼の字が綺麗なことくらい私はずっと前から知っている 「ううん~、不知火くんは字綺麗だよ~~」 「…なんだか小岩井さんの気持ちが少しわかった気がするよ」 彼の瞳に私は映っていない 「なんだよ?小岩井の気持ちって」 「あんまり褒められるとなんだか気恥ずかしいってことさ」 その照れた表情も 「なんならもっと褒めてやろうか?」 「そろそろ勘弁願いたいかな…ははは」 その困ったような笑顔も私のものなのに 「二人とも~おしゃべりはそこまでにして作業しようよ~~」 「ああ、ごめんごめん」 なんで私じゃない人に向けているの? 「そうだ!今日作業に使えそうな道具持ってきたんだった。ちょっと二人とも作業進めといてくれ」 「分かったよ」 「分かった~」 なんで私はここまで我慢しなきゃいけないの? 「さてと、じゃあ絵のほうまたお願いするよ小岩井さん」 「まかせて~」 ねぇ… 「じゃあ僕はもう少し修正できそうなところをやってみようかな」 「うんよろしくねぇ~」 どの面下げてそこに、私の愛する人のそばにいるの 「あ!揺らさないでよ小岩井さん」 「あはは~ごめんね~~」 …奏美?
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/205.html
362 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 08 21 ID DEL/dzKj 十二月、二十四日。クリスマス・イブ。 日本語での「はい」を英訳した名前の聖人が生まれた日――を祝う日だ。 かの人が生まれた日は、本当はわかっていないらしい。 なんらかの事情があって師走の二十四日を聖誕祭としたのだろう。 あえて二十四日を聖誕祭の日付に設定した理由なんか知らない。 僕はカトリックとは無関係な人生を 送ってきた。これからも、きっとそうなるはずだ。 だから知っているわけもない。知的好奇心を刺激されることもない。 今日のこの日は、ただ周りの人間の浮かれた雰囲気に影響されて、ケーキやチキンを食べて過ごす程度のことしかやらない。過去に存在した崇高なる偉人に、誕生日おめでとう、なんて言わない。 晩ご飯をいつも通り――ちょっと豪勢にケーキ付きだけど――に買って、家に帰ってダラダラして、眠るだけだ。 僕に彼女はいない。 僕にとって第一に優先されることは、趣味で毎月行うバイクツーリングだ。 まだこの歳で、趣味の時間を邪魔されたくない。 そんなことを言っているうちに三十路を迎えて結婚できなくなっても知らないよ、とは妹の弁。 僕は今年大学を卒業して新卒で今の会社に就職したから、二十三歳だ。 あと七年、いや六年と数ヶ月でようやく三十歳になる。 少しも危機感が沸いてこない、というのが正直な気持ちだ。 父親も三十歳を過ぎてから結婚したと言っていた。 三十路を過ぎて独身の人は、職場の先輩の中にも男女問わず数人いる。 中にはバツイチの人だっている。 今のうちから結婚できないことに焦っても、なんにもならない。 それよりも、早く仕事に慣れたいというのが最近の僕の望みだ。 363 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 09 17 ID DEL/dzKj 通勤用のスクーターを駐輪場に駐め、鞄を手にし、アパートの二階へ向かう。 二階には三部屋分の戸が構えてある。僕の部屋は階段から見て一番奥だ。 そうすると、部屋に着くまでに二つ分ドアを通りすぎることになる。 冬の季節はこの距離がちょっとだけ恨めしい。 一番手前の部屋は空き部屋だ。僕が入居した時は髪が茶色で目のきつい、派手めの女性が住んでいた。 その女性が引っ越したのは五六月ごろだった。 正確には、引っ越したというより忽然と姿を消してしまった、という感じだ。 引っ越す前日の夜、彼女はアパートの階段に座って寝ていた。飲み過ぎていたらしい。 僕が彼女を発見できたのは、その日偶然にも会社で残業していたからだ。 もし僕が発見していなかったら彼女は危険な目に遭っていたかもしれない。 部屋に連れて行ってくれと頼まれたので、部屋に運び込み、ベッドに寝かせた。 その後は、もちろん何もせずに部屋を後にした。 あの女性と関わったのはその時だけ。 彼女に関して思い出すことはあの一件だけしかない。 だから、彼女がいなくなってから数日経ち、彼女の知人を名乗る人や警官に行方を尋ねられても、 僕は助けになりそうなことを言えなかった。 あれから半年以上が過ぎた。だけど、彼女についての話は何一つ耳にしていない。 犯罪に巻き込まれてしまったのか、恋人の男性と逃避行しているのか。 なんにせよ、無事でいてくれたらいいのだけど。 僕が帰ってくると、必ずと言っていいほど発生するイベントがある。 二階の真ん中の部屋、つまり僕の部屋の隣だけど、その部屋の前を通り過ぎようとした瞬間に、 タイミングを計ったように部屋から住人が飛び出してくる。 今日こそはと思い、音を立てないようゆっくり歩いていたというのに、やはりこの日も見つかってしまった。 鍵を解く音がした。続けて勢いよくドアが開く。 ドアに押し出された寒風が僕の全身めがけて襲来するから、ゆっくり開いてほしいと毎日思っている。 「お帰りなさい。健太さん」 「ただいま帰りました……です」 「いつも通りの時間にお帰りですね。うふふ…………女性と会う予定は、なかったのですか?」 「……まだ彼女はいませんので。それに誘われることもありませんでした」 ドアを開いて現れたのは隣人の美濃口さんだ。 僕が帰宅する時間にはいつもいて、こうやって出迎えをしてくれる。 仕事は一体何をしているのだろう。時々疑問に思って問うけど、美濃口さんは聞いても教えてくれない。 おしとやかな容貌をしているうえ、丁寧なしゃべり方をするからどこかのお嬢様じゃないかと密かに疑っている。 364 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 10 19 ID DEL/dzKj 美濃口さんは柔和な顔に笑みの成分を加えた。癒しの声で僕に語りかける。 「そうですね。会社に勤めていらっしゃる方はなかなか恋人を作る機会がない、と仰いますもの。 健太さん、悲観されることはありませんよ」 「悲観はしてませんよ。恋人はまだ欲しくありませんので」 「あら、どうしてですか? 女性とそのような関係を結ぶのはお嫌いですか?」 「いえ、そうじゃなくて。今はバイクの方が好きだし、こんなんじゃ構うこともできないだろうから」 「心配ありませんよ」 間髪入れず、躊躇いもなく、真顔で断言された。 「女性というのは、本当に好きになった男性に対しては尽くすものです。 健太さんが忙しくても、構ってあげられなくても、いつだって見ています。 見ているだけで幸福感を覚える女性だって、世の中にはいるのですよ?」 「そう、なんですか?」 つい疑ってしまう。だって、会社の同僚は彼女がうるさくて仕方ない、とよくぼやいている。 女の人と付き合ったことがない僕は、友人との会話でしか恋愛の知識を得ていない。 だから、美濃口さんの言葉は実のない励ましにしか聞こえない。 「はい。だって私は健太さんを見ているだけで幸せですもの」 「え……ぇ?」 「……あ。もちろん隣の世話焼きお姉さんとして、ですけどね」 「で、ですよね。あは、ははは」 びっくりした。告白されたかと思ったよ。 だよね。美濃口さんみたいに綺麗な女の人に男がいないはず、ない。 これから彼氏と出かけたりするのかもしれない。 美濃口さんに彼氏がいることについて、まったく名残惜しくないか、と問われればノーだけど。 「ああ、そうそう。はい、これをどうぞ」 「え、あ……どうも」 美濃口さんに渡されたものは、皿に盛られた鳥の唐揚げだった。 スーパーで買ったらだいたい四百円ぐらいはする量だ。つまり、パーティーセット並み。 しかもこんがりきつね色に揚がっていて、美味しそうだ。 「いいんですか? こんなにもらって」 「はい。ご近所の方にも同じようにお裾分けをしていますので」 「ですか。すいません。いつもいつももらってばかりで」 「いえいえ。こちらこそ。……健太さんからは既に十分なほど、色々なものをいただいていますから」 僕がお礼を言うと、美濃口さんはいつもこうやって切り返す。 そう言われても、僕は美濃口さんの助けになりそうなことをしていないから、対応に困る。 だから、いつも通りに応えるしかない。 「それじゃあ、これから困ったことがあったら言ってくださいね」 「はい。もちろんそうします」 美濃口さんは嬉しそうに笑った。 一度も頼みごとをされたことがない僕にとっては、ちょっと寂しい返事だった。 365 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 11 56 ID DEL/dzKj 美濃口さんと別れ、自分の部屋の前に行く。 鍵穴に鍵を差し込み、捻る。しかし手応えがない。 もしかして施錠し忘れたかな、と考えたが、今朝はちゃんと鍵をかけてから出勤した。それは間違いない。 では、誰かが開けたということになる。 もしや泥棒か? あまり金は持っていないけど、それでもとられたらまずいものはある。 ドアを開けるか開けないか逡巡していると、ふと閃いた。 ――部屋の合鍵を持っている人間はもう一人いる。 僕が実家から離れてこの町に住み、しばらくしてやってきた肉親に渡していた。 彼氏が近くに住んでいて、部屋に乗り込んだら女が居てそのことで喧嘩したから泊めさせろ、 と言って僕の城に飛び込んできた。 そこまで傍若無人な振る舞いをするのは、僕の家族の一員であるアイツしかいない。 ドアを開ける。玄関を見ると、僕の靴よりサイズは二回り小さい、けど質量は二倍はあるだろうブーツが一組、 出船の形になって置かれていた。 ため息を短く吐いて居間へと向かう。そこには、予想していた通りの相手がいた。 「あ、健太。おかえり。邪魔してるよ」 そいつは、可愛げを欠片も見せることなく、缶チューハイを飲みながらテレビを見ている。 150cmほどの小柄な体に、僕への嗜虐心と不敬の念を抱く、妹の康美だ。 肩を過ぎるまで伸びた長い髪とは対照的に、前髪は短めに切っている。 額がよく見えるので性格は明るそうに見える。だが、実は違う。 明るいというより陰険だ。恋人に対してはどうか知らないが、少なくとも僕に対しては優しいところを見せない。 僕が自動車学校でバイクの講習を受けていたときのことだ。 バイクにまったく触れたことのない僕は五時間も遅れたというのに、同じ日に入校してきた康美は 原付を乗り回していた経験もあり、規定の実技講習を受けるだけであっさり試験をパスした。 僕が欲しいバイクがあると言った時には、メーカーがよくリコールを起こす箇所の情報をこれでもかと 言わんばかりに集めてきた。さらに、バイク盗難がいかに多いかを伝え、購入意志を萎えさせてきた。 僕のためにわざわざ集めたのではなく、僕の邪魔をするために面白がって集めたのだろう。 そうに違いない。断じてもいい。康美は天然の意地悪女なのだ。 366 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 13 16 ID DEL/dzKj 鞄を壁のフックにかけ、コートを脱ぐ。次いでネクタイピンを外す。 ネクタイを解いている最中に話しかけられた。 「やっぱ、今日も一人なわけ? テレビじゃ恋人たちのクリスマス、とかやってるのにね」 声を聞くだけでわかる。康美はにやにやしている。僕に恋人がいないことを心底楽しんでいるのだ。 「それを言わせたらお前も同じだろ。彼氏はどうしたんだよ」 「知らないの? 最近は女同士でクリスマスを過ごすことだってあるんだよ」 「知らない。でも、それならなんでここにいるんだよ。友達はどうした?」 「メールで、明日パーッとやろ、って言ってた。ホントは今日の予定だったんだけどね。パーティ。 帰るのもめんどくさいから今夜は泊めてよ。どうせ誰も来ないんでしょ?」 「……ああ」 こいつ、僕のことを兄だと思っているんだろうか? 昔はお兄ちゃんとか呼んでいたのかもしれないけど、今となっては名前を呼び捨てだ。 もう過去の康美の表情は、僕には思い出せない。 成長した今の顔が純粋だったころの康美のそれを塗りつぶしている。侵食している。 僕、ここまで康美を性悪にさせるほど駄目な兄貴だったのかな。 そりゃ、大学だっていくつも受けて最後の最後でレベルの低い学校にようやく引っかかった。 就職も、パソコンがちょっと使えるぐらいで他に技術も資格も持っていなかったから、 給料の安い今の会社に勤めることになった。 偏差値の高い国公立大学を易々と合格できる頭脳を持った康美からすれば、僕は大層しょぼく見えるんだろう。 だけど、人格のいい人間ならそんなことは気にしないはずだ。 康美は頭脳を堅実に構築できた代わりに、人格形成が土台の設計段階から狂っていたに違いない。 それでも恋人ができる。僕が言うのもなんだけど、まったく男というのは馬鹿だ。 顔が良ければいいのか。性格は悪くてもいいのか? 僕は断固、そんな女性とは付き合いたくない。ノーだ! 「健太。一つだけ言っておく」 「なんだよ」 「私が寝てる部屋に入らないでよ。入ったら――クリスマスが来るたびにうなされるような目に遭わせてやるから」 入らない、絶対に入るもんか、……とは心の弁。口にはしない。 いたずらに康美の好感度を落とす必要はない。 康美が結婚して僕の前から消えるまでは、今のままでいたいから。 367 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 14 19 ID DEL/dzKj 風呂から上がって居間を覗いたら、康美の姿はなかった。 康美がいるであろう、居間に隣接している部屋の明かりは消えている。 昔から康美は早寝早起きの習慣を身につけていた。一時期は新聞配達までしていた。 もしかしたらだけど、その習慣が康美を秀才と言えるまで成長させたのかもしれない。 事実だったとしても、真似はしないからどうでもいいや。 僕は夜更かしするのが好きなんだ。 テーブルの上にノートパソコンを置いて、スイッチオン。 毎回聞かないと落ち着かなくなってきた駆動音を立てながら、OSが立ち上がる。 デスクトップ画面が表示され、アプリケーションが自動実行される。 室内に設置してあるルータとパソコンが無線接続された、と文字が語る。 画面に表示されているのはチャットの画面。 僕はいつも、パソコンの電源を入れる度に数分、場合によって一時間ほどチャットする。 相手は毎回決まっている。会社の同僚――じゃなくて、会社で知り合った友人だ。 アイコンをクリックして、相手をコールする。 腕を組み、目を瞑って待つ。さて、今日もパソコンの前にいるだろうか。 軽快な音。チャット相手の返信音だ。 やっぱり今日もいたのか。僕もアイツも似たもの同士だな。暇人ズだ。 キーボードを指先で叩く。 『メリークリスマス! 調子はどう?』 打ち終わってから、中指でエンターキーを押し、反動で手が持ち上がる振り。 もちろん意味は無い。ただの癖だ。 テーブルに肘をついた途端、応答があった。 『メリー。健と同じだ』 要約すると、恋人と一緒ではない、の一つに集約させられる。 嬉しい返事だ。やはりこいつと僕は似ている。付き合い下手でモテない。 思わず、笑みがこぼれた。 僕の方から簡単な話題を振ってみる。 『ご飯何食べた?』 『とりあえず鳥。健は?』 『僕も鳥。あとケーキがある(ホールじゃないぞ)』 『ケーキ、買いに行ったけど無かったんだよ。どこを回ってもなかった。昼からだぞ?』 『昼から行ってたのかよ!』 仕事をする時間帯が全く違う。清掃会社の社員のこの男、凪峰と僕じゃ職種が違うんだから当然か。 凪峰と僕が会うのは、始業前の数十分だけ。休憩室でコーヒーを飲みきるまで会話する。 凪峰のシフトは八時より前の時間までらしい。その後で帰ってしまうからだ。 僕としては、他の社員の人と変わってもらいたいけど、シフトを変更するのは無理らしい。 凪峰も僕と同じで今年から今の会社で働き始めたというから、自由には振る舞えないのだろう。 『健の買ったケーキはどんなのだ?』 『コンビニで売ってるショートケーキだよ』 『形が崩れてただろ?』 『その通り』 アルバイト店員の手つきが拙いおかげで、僕の買ったケーキは袋に入る前に何度か横倒しになった。 文句を言おうと思った時にはすでに袋の中に収まっていたから、キャンセルするのが躊躇われたのだ。 368 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 15 39 ID DEL/dzKj 『で、健は一人なわけ?』 『ふふん、聞いて驚け! ……女がいる!』 羨ましがるがいい、凪峰よ! それが僕にとってのクリスマスプレゼントになる! さてどんな返信がくるか、と心待ちにしていたのだが、一分待っても反応がない。 まさか、これぐらいで怒ったのか? いや、凪峰は冗談の通じない人間じゃない。 もしや、女の存在に腹を立てた、とか? 実は僕の家にいる女は妹でした、ってネタばらしするつもりだったのに、これじゃ気まずい。 うーん。こっちからバラそうかな。 ネタばらしの文章を推敲しつつ打っているとき、返信があった。 『相手誰』 そんな名前の人が凪峰の友人にいるのか、とか最初に思いついた。 でも、違うだろう。その女は誰よ? という問いのはずだ。 答えとして、序文のみを送信する。 『昔から僕とずっと一緒にいて』 『いつから』 返事はしない。文章を続けて打つ。 『一つ屋根の下に暮らして』 『嘘だ嘘だ嘘だ』 悔しがっている凪峰の表情が浮かぶ。さらに誤解を招く返事を送る。 『時には同じ布団の中で眠ったことのある相手』 『嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘』 『そいつの名は――』 「……康美だよ」 呟いて、タイピングしようとした時だった。 まず、コール音が鳴った。続けて、眠りかけたときにだけ鳴らすと決めたはずのパニック音が鳴る。 凪峰が間違って押したのかも、と最初のうちは思っていた。 だが、いつまで経っても音が鳴りやまない。 コール音、パニック音。呼ばれる、混乱する。音が重なる。耳に残響する。 イライラし始めた。制止の呼びかけをする。 『おい、やめろよ』 『うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいさいううるさいうるさい』 また、コール音。 『そんなわけないぜったいにおまえにそんなあいてはいないうそをつくな怒るぞ』 『おちつけ』 『みとめんみとめないみとまみとめみとめるわけにいかない』 『変換しろ』 『どこのおんなだいつからだいつからでもかまわないかんけいない どこの女だ』 一体どうしたんだ、こいつ。 凪峰がここまで取り乱すなんてこと今まで一度もなかったのに。 369 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 16 45 ID DEL/dzKj 『ひとがいないあいだにかってに』 『だれのきょかをとったんだいったいどこのどろぼうねこだ』 『お前に恋人なんかいないそうだろう』 『嘘なんだろう?』 『お前は女に言い寄らない』 『どうせ向こうから近づいてきたんだろ』 『ちくしょう め!』 『おまえもおまえだすきをみせるからそんなことになるんだ』 『はやくおしえろ 待たせるな。名前は?』 『早く答えろ』 連続の書き込みの後、返事の催促がやってきた。 せっかちな相手のために、簡潔に返事する。 『妹』 『は』 『妹。実家という一つ屋根の下でずっと暮らしてきた相手』 『なんだそれ』 突然凪峰がチャットから抜けた。別れの挨拶も何もなしだった。 いつもならこっちから落ちるまでずっと留まっているのに、今日はやけにあっさりしていた。 あいつ、彼女がいないことを冷静さを失う程に気にしていたのか。 悪戯でやったつもりだったけど、結果的に傷つけてしまったかもしれない。 明日の朝、凪峰に会ったら謝らなくちゃいけないな。 今日何度目かのため息を吐いて、僕は台所へ向かった。 冷気ですっかり冷めてしまった美濃口さん特製唐揚げをレンジで温める。 温め終了後、衣をつまんで少し熱い唐揚げを口に運び、頬張る。 美味しい。これならいくらでも食べられそうだ。 それに加えてコンビニで買ってきたケーキもある。 大量の美味しい唐揚げ、プラス、ダウン経験済みのケーキ。 幸せだけど、体重増加をどうしても促してしまう組み合わせだ。 テレビの電源を入れる。 チャンネルを変えていくと、民放の中にはカップルの姿を熱心に映している番組もあった。 それを見た、僕の感想。 「あー……バイク乗りたい。新しいバイク、買いたいなあ」 ぼやいた後、テーブルに突っ伏す。 クリスマスに恋人の姿を見ても危機感が沸いてこない。焦燥感にかられない。 むしろ、外国産のバイクが思い浮かび、物欲が首をもたげてくる。 頭の中に保存済みのバイクカタログを眺めながら、思う。 本当に僕って恋人が欲しくないんだなあ。……いいんだか、悪いんだか。 370 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 17 53 ID DEL/dzKj ***** 机の上に乗っているアナログ時計に目を向ける。午後七時、十分前だ。 そろそろ、健太の奴は家に帰り着いたころだな。 「……よし」 パソコンを置いている机の席に着く。この机は、会社の廃品を貰って使っているだけ。安物だ。 けど、ここはただのパソコンデスクじゃない。 私と健太を繋ぐための、神聖なる場所だ。 健太はなにやら勘違いしているようだが、私の性別は女だ。決して男ではない。 だがしかし、勘違いするのも無理はない。 私自身、狙って男っぽい格好をしているし、加えて女にしては背も高い。 会社の健康診断で測ったときは、178cmだった。健太の背は私より下だ。 残念だ。小学生のころみたいに同じ目線で向き合いたかった。 時の流れとは残酷だ。そして、人の成長というものも。 本棚から箱入りのアルバムを取り出す。 箱からアルバムを引き出し、付箋のついたページを開く。 六年二組、男子十五名、女子二十一名。 このページには、卒業した時点でのクラスメイトの顔写真が載っている。 当然、私と健太も同じクラスだから、同じページに映っている。 ただし、私の顔写真の下には、赤坂めぐみ、と書いてある。 今の私の名字は凪峰だ。名字が変わったということは、つまり両親が離婚したということ。 実は、健太が私の存在を忘れているのには両親の離婚の時期に理由があった。 小学校卒業時点では、両親は離婚していなかった。 しかし、私が卒業した後で父と母は離婚した。 不仲になった原因は何なのか、未だにわからない。 その頃の私は健太を見つめることだけ考えていて、両親を見ていなかったのだ。 だから、突然両親が離婚して父親が去っていったときは訳も分からず、呆然としてしまった。 悲しくなかったかというと、嘘になる。だが、本格的に悲しみに襲われたのはその時ではなかった。 その後で、私を引き取った母が言った。――遠い場所に引っ越すことになった、と。 すぐに理解した。この町から引っ越す。健太の居る町から。健太に会えなくなる。 冗談じゃなかった。健太と別れるぐらいなら家出するとまで言った。 けれども、当時の私は小学六年生、十二歳。 一人では生きられないし、捜索する人たちから逃げる手段も持っていない。 どうしようもなかった。なにもできなかった。母についていく以外、私に生きる道はなかった。 引っ越し当日は、同じクラスの友達、近所の子供たちとその親、あと、健太が見送りに来てくれた。 泣いてはいなかったけど、瞳は悲しみの色に染まっていて、私を見ていなかった。 健太も私と同じ気持ちだった。別れを惜しんでいた。 だから私は、健太を慰めるため、自分自身に生きる目的を与えるため、健太に約束を持ちかけた。 ――もう一度会えたら、私をお嫁さんにして。 健太の真っ赤な顔は、思い出すたびに私の心を温めてくれる。 私たちは将来を誓い合い、別々の地で暮らしていくことになった。 371 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 19 35 ID DEL/dzKj 高校を卒業してから、私は健太を探すことにした。 しかし、小学生時代に住んでいた町に健太の家族は住んでいなかった。 健太の父親は仕事柄転勤を繰り返していたのだ。それに合わせ、家族も引っ越していた。 そうなるともはや探す手がなかった。健太の家族の行方を知っている人に心当たりなんかない。 消沈し、私は一旦健太のことを諦めた。 だけど、私は運に見放されてはいなかった。 清掃会社に勤め、仕事先である会社に行ったとき、成長した健太に再会したのだ。 その時ほど、会社の制服に帽子が付属していたことに感謝したことはない。 涙が流れた。嬉しくて、いろんな思い出があふれ出してきて、恋心が再燃した。 それからの私は先輩から感心されるほど熱心に仕事をするようになった。 健太と話す時間を作るため、より早く効率的に仕事をこなさねばならない。 努力の甲斐あって、現在では毎日二十分話せるまでになった。 まだ緊張して上手く喋れないし、昔の約束も話せていない。 けれど、必ずや健太を手に入れてみせる。私の将来の夢はお嫁さんだ。 うん、小学校時代の私の考えでは、二十三になった私は健太と結婚しているはずなんだけどね。 でも、何歳までに結婚するという設定はしていない。 健太と二人でゴールインできれば結果オーライだ。 健太とチャットするようになったのも、二人の距離を埋めるための一環だ。 チャットするとき、こっちのタイピングのスピードが遅くては相手が飽きてしまう。 毎日毎日練習して、今では健太と会話するときの速度までには達した。 あとは、さりげなく私の正体を明かしていくだけ。 そして、健太を私の手に……ふふふふふ。 パソコンからコール音。アルバムを急いでしまい、モニタと向き合う。 私がチャットする相手は後にも先にも健太だけ。 健太と共に人生を歩んでいくのも、未来永劫私だけしかいない。 マウスを使って健太へ向けて返信の呼びかけをする。 続けて、何気なさを装って健太への挨拶文を打つ。 『メリークリスマス、健太。さあ、今すぐ家に来て私を抱いてくれ』 ……何て文を作っているんだ、私は。これじゃ本心丸出しじゃないか。 だいたい、健太は私のことを男だと思っている。 健太は同性愛者じゃないだろう。抱いてくれ、と男に言われたら引くに決まっている。 駄目だ駄目だ。落ち着け。健太を前にしたとき、私はどんな感じにしゃべっている? 健太のことは健、と呼んでいる。しゃべり方はそっけない。 そして、男――もとい、恋人がいないということを全面に押し出すべし。 よし。大人になってから初めて迎える、健太とのクリスマス。 一発目はこれで行こう。 『メリー。健と同じだ』 372 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 20 39 ID DEL/dzKj ***** 「ああっ……健太、さん……。そんな風に微笑まれたら、私は、もう……っ」 パソコンのモニタには、私の愛するあの人の顔があります。 誰もが隠したがる鍵をかけた自室での行動。 私にも知られたくないことがあります。今やっていることもそうです。 でも、内緒にしていることだからこそ、知りたくなるのです。 想い人に対しては特にその欲求が強い。 ごめんなさい、健太さん。 あなたが部屋にいる時間はいつも心の中に謝意が常駐しています。 悪いとはわかっています。でも、やめられないんです。 家事をしていても、仕事をしていても、ご飯を食べていても、自分を慰めても、治まらないんです。 「健太さん……なんてかわいくて、無防備な笑顔……。 今夜はケーキなんかより、あなたをひとつ丸ごと食べてみたいです……」 全身をなめ回し、私のキスで体中にマーキングして、愛液でぐちゃぐちゃに濡らしたい。 そして、滾るあなたの一物を私の恥ずかしくて、いやらしい部分に挿れてほしい。 あなたが隣の部屋に引っ越してきたときから、ずっとずっと願っているのに、叶ったことはない。 ひといです。健太さん。いけずです。 どうして、私の想いに気づかないんですか? 私はあなたを四六時中監視しなければ気が済まないほど愛しているのに。 あなたのノートパソコンのディスプレイの角。そこから私の目はあなたを見つめているんです。 それ以外に、各部屋の蛍光灯の傍、浴場の隅、洗面台の鏡を収める枠の中からも。 さすがにトイレまでは仕掛けていませんけど。 健太さんが自分で慰めるときの顔は本当にいやらしいです。 私の『目』では健太さんが何をネタにしているかまではわかりませんが、パソコンのログを見ればわかります。 どうやら健太さんは、いかがわしい画像をよく収集していらっしゃるようですね。 嗜好は巨乳、貧乳、制服、水着、獣化、近親相姦、レイプ、逆レイプ、寝取られ、と多岐にわたっています。 好きなアングルの傾向は右斜め上からの視点。逆に嫌っているのは直上から。 あと、共通事項として、女性が目を瞑っている方が好みのようです。 目を瞑って従順になった私を、犯しても構わないんですよ? その代わり、といってはなんですが、あの笑顔を見せてください。 じっと見つめていた画面から顔を逸らし、下を見つめている瞬間の、輝くような笑みを。 ――ああっ……思い出すだけで、イイ……。 一目惚れとは恐ろしいです。本当に原因もなく惚れてしまうのですから。 私、健太さんのどこが一番好きかと聞かれたら、たぶん答えられません。 全部含めて好きだとしか答えられないのです。 健太さんのどこに惚れたのか、なんて陳腐な質問です。 問われたら、こう返すしかありません――――健太さんの全てに惚れました。 373 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 21 47 ID DEL/dzKj 健太さんの名前を呼ぶだけで胸が疼きます。 健太さんの声を聞くだけで倒れてしまいそうです。 健太さんに目の前で微笑まれたら、人目もはばからず抱きつき、唇を奪うでしょう。 健太さん、健太さん健太さん、健太さん健太さん健太さん。なんて甘く美しい響き。 「き、てください…………健太さん……二人、一緒にイって、気持ちよくなりましょう……。 ああ、ああは、ぅうう……もう、我慢できま、せ、……ん! んんっ、んんん…………はぅぅ……」 絶頂に達し、テーブルの上に体を乗せて脱力してしまいました。 目前にはケーキがあります。もちろんクリスマスケーキです。私が作りました。 指でクリームをすくい、舌に運びます……自画自賛したくなる出来です。 健太さんと二人で食べられたらいいのですが、私は大きな健太さんで我慢します――今日のところは。 「ね、健太さん。来年は一緒に向き合いながら、シャンパンを飲んで、お食事しましょうよ。 私、腕によりをかけてお料理します。お店で食べる料理よりずっと美味しいです。保証します。 来年は、スクリーンから飛び出してくださいね。飛び出せ、健太さん! …………なんちゃって」 頭を動かして、正面の壁を見つめます。広がっているのは白いスクリーン。 そこに映るのは、リアルタイムで表情を七八変化させる健太さん。 プロジェクターっていいですね。健太さんが五倍、十倍、いえ二十倍ぐらいになっています。 でも、やっぱり本物がいいです。体で体を慰めてくれないんですもの。 ところで健太さんは誰を相手にチャットをしているのでしょう。 嬉しそうに笑ったり、不機嫌に顔をしかめたり、混乱したり。 ――もしかして、女でしょうか。 それはいけませんね。即刻、左側の部屋に住んでいた化粧の濃かった女みたいに消してやらないと。 健太さんの手をわずらわせたあの女。最期はとってもイイ怯え顔でした。 ああ、そういえば、今日健太さんのお宅に女が不法侵入していましたね。 康美、と健太さんは呼んでいました。妹のようですが、油断はできません。 健太さんの嗜好には近親相姦も含まれています。いけませんよ、健太さん。 あなたの精液は私の子宮を満たすためにあるんですから。 だから、そんな小娘なんか放っておいて、私と一緒になりましょう? 私と、意地悪な妹さん。 どちらと一緒になれば幸せになれるかなんて、コンマ五秒考えるだけでわかるでしょう? ね、健太さん? 返事は、なんですか? 「……康美だよ」 ……………………。 …………、………………え? 374 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 22 52 ID DEL/dzKj ***** 「……ぅぁう、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ…………あ、……ふぅ。けんた。けんたぁ……」 ――健太。今、私の名前を呼んだよね。 不意打ちは、ずるいよ。指が止まんなくなって、潮、吹いちゃった。 枕を噛んでいなかったらイった時の声を聞き取られていた。 あ、でも。その方が良かったかも。 さすがに下着姿で乱れた私を見たら、健太だって盛るはずだもん。 だいたい健太はおかしいよ。妹が一人暮らしの兄の家に来たんだよ? しかも妹は生意気なことを言っているんだよ? なんで叱らないのよ。叱ったら――仕返しに、私が健太をいじめながら犯せたのに。 私に彼氏がいるなんて、嘘。 健太がこの部屋に引っ越したとき、つい咄嗟に言ってしまっただけ。 私は男と付き合ったことなんか一度もない。 なんでかって? ――馬鹿ね、健太。あんたを好きだからに決まってるじゃん。 一日中あんたのことを考えていても想いが覚めない。熱が引いていかない。 乳首は硬くなる。あそこは大洪水。足が震えているから立つことも出来ない。 私をこんな体にしたのは健太。あんたなんだから、倒れないように支えなさいよ。 お礼として、この私があんたの欲望を全部受け止めてあげる。 出なくなっても安心なさい。肉がつぶれるまでギチギチに搾り取ってあげる。 そして一生、私無しでは生きていけない体にしてあげる。 ああ――――ん、もう、また。 すぐに健太禁断症状がぶり返してきた。 治すには健太が私を抱かなきゃいけないってのに。 なに? チャット? クリスマスイブになに暗いことしてんのよ。 ここに熟れている女がいるでしょうが。 いつまで経っても恋人を作らない姿勢は褒めてやってもいいけど、私を抱こうとしないところはマイナスだわ。 私の言ったことを真に受けてんじゃないわよ。 部屋に入るな? 入って来ていいよカモン、って解釈しなさい。 入ってきたら、クリスマスが来る度に私の体を求めて勃起するように調教してやるわ。 一度狂いそうなほどの快楽に染め上げてイかせて、その後はずっと出させない。 我慢汁でベトベトになって、惨めな気分で夜を迎え、目の前で私に自慰してるところを見せつけられて。 手、いや腰だけでも動けば楽になれるのに、縛られているからそれもできない。 気づいたら、奴隷になってもいいです、だからセックスさせてください、って言うようになっているわ。 健太、それが正しい姿なのよ。私が女王で、あんたが奴隷。 あんたは私に絶対服従。嬉しいでしょ? 私は嬉しいわ。すぐに健太も同じ気持ちになる。 もし今日、健太が女を連れてきていたら、持ってきたナイフで追い返すつもりだった。 それか、こちらに圧倒的に有利な状況に追い込み、二度と近づかないよう脅す。 私は中学校に上がったころから繰り返しているから、ま、甘ちゃんなら百パーセント黙らせることができる。 それでも口を開くんだったら――そうだね。二度として口とまぶたが開かないようにしてやるよ。 健太を奪おうとする奴は、万死に値する。健太の意志も体も全て私のもの。 それが私の思っていることの全てだよ、健太。 375 :独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/12/25(火) 03 24 30 ID DEL/dzKj 「あ……ん、だめよ、ぉ…………健太、けんたぁ」 好き。世界中に存在するどんな人間よりも健太が好き。 欲しい。何を犠牲にしても手に入れたい。 「いつまで、耐えろっての、……よ。この無礼者ぉ……、あんたは私の所有物なんだから。 従い、なさい、よお…………ぅうん……くぅはっ、ああああぁ……ふぅっ、はあぁ……」 愛液が腕を伝う。腰を上げているから、腕から肩へと流れていく。 今この状態で健太に突かせてやったら、きっと狂ってしまう。 ああ、でも。いつか必ずその日はやってくる。 健太があんな奴で、私が健太に誰も近づかせないようにしたら。 「もう……なんで、このわたしがぁ…………そんなことしなくちゃいけない、のよおぉ……。 ひくっ、ぃひん…………健太……あんたのこと、好きになる女なんか、いやしない。 だから、……っあ、ぁ、私のところに、来なさい。幸せってやつを、嫌になるほどに、体験させてあげる」 今すぐ来なさい。 人が幸せになれる道なんか、限られて居るんだから。 「やんっ、やん、やあぁぁぁっ、……けん、た……もう、もお…………だ、めえぇぇぇ……」 枕を噛みしめる。声を絞り、目を強く瞑る。 想いが爆発した。絶頂に達し、体のあちこちから熱が吐き出される。 あううううう……。健太の家に来るの久々だから、ついついしすぎてしまった。 こんなことを繰り返していたら、いい加減にもたなくなる。体も心も。 私の意志は折れないけど、どうしても重みってものがあるから。 今日はちょっとはしゃぎすぎた。寝よう。 おやすみ、健太。 ちゃんと布団を被って寝なさいよ。あんたは夜更かししては、布団も被らずに眠るんだから。 風邪なんか引かれたら、私の方が困るんだから――ちゃんとしなさい。 私の奴隷は、私にふさわしい人間でなくちゃいけないんだからね。 ----- 投下終了です。 ちなみに、ヒロインたちの名前の読みは、 美濃口(みのぐち)、康美(やすみ)、凪峰(なぎみね)です。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1014.html
640 :クリスマスが今年もやってくる [sage] :2008/12/24(水) 23 50 46 ID aGZLMkj+ あなたはサンタクロースにどんなイメージを持っていますか? 一般には、赤い服に白い髭をたくわえ、白くて大きな袋を持ったおじいさんでしょうか? でも、本物は違うんですよ。本物は赤い服じゃなくて黒っぽい藍色の服を着てるんです。 なんでも、近頃は不法侵入で捕まってしまう仲間もいるので、見付かりにくい服を着ているそうです。 それに、白くて大きな袋なんて持っていません。彼が持っていたのは黒い鞄でした。 中に入っているのは、プレゼントの、宝石がついたアクセサリー等や、仕事に使う秘密道具。 最近の家には煙突なんてお洒落なものがないので、いろいろ道具が必要なようなんです。 そして極めつけに、サンタは白いお髭のおじいさんじゃなくて、若いお兄さんなんです。 おじいさんサンタはもっぱら、どの家をまわるかなどの計画を練る係で、実際に配るのはお兄さんみたいな若者なんだそうです。 641 :クリスマスが今年もやってくる [sage] :2008/12/24(水) 23 52 27 ID aGZLMkj+ どうしてこんなに詳しいのかって? 実は私、去年のクリスマスにあったことがあるんです、サンタに。 嘘じゃないですよ。ちゃんと本人に確認をとったんですから。それにプレゼントも貰いました。一生の宝物です。 この一年間、大切に育ててます。といっても、育て始めたのは二ヶ月前なんですけど。 世話は大変だけど毎日がとっても楽しいです、ホントにサンタには何度お礼を言っても足りません。 だから、捜しました。彼を。 そしたら、すぐに見つかりました。探偵ってすごいですね。みなさんも人捜しするときはお願いしたほうがいいですよ。 沢理 惣佑(さわり そうすけ)22歳、独身、彼女無し。家族は父母と妹が一人。現在は家族とは別居し、アパートで一人暮し。 サンタとしてのお仕事がないときはコンビニでアルバイト。サンタってクリスマスの日以外にも、働くんですね。 彼を見つけたときに、私は一つ、アイディアを思い付きました。とってもステキなサプライズを。 サンタはいつもプレゼントを配る側、だから今回はもらう側になってもらいましょう。 642 :クリスマスが今年もやってくる [sage] :2008/12/24(水) 23 53 58 ID aGZLMkj+ 今夜はクリスマス。きっと彼の帰りが遅いはず。そのすきに部屋に入ってパーティーの準備をしたいと思います。 彼がアパートを出たのを確認したら彼の部屋へ。幸い、部屋の鍵は入手済み。すぐに入れました。 料理は得意なので手料理です。伊達に一人暮しを五年もやってません。飾り付けは苦手ですが頑張ってみました。 プレゼントもちゃんと用意しました。彼が帰ってきたらどんな顔をするでしょうか? 今から楽しみです。 643 :クリスマスが今年もやってくる [sage] :2008/12/24(水) 23 55 01 ID aGZLMkj+ 今年はあげる側の私ですが、今年もプレゼントをもらいたいです。なので、ちょっと料理に一工夫をしてみました。 ああ、そうだ。彼が帰ってくるのを待っている間に、私の宝物にお乳を与えておきましょう。 もしかしたら、彼もこうやって私のお乳を飲むかもしれません。そう考えるだけで胸が張ってきます。 果たして彼は気に入ってくれるでしょうか。このプレゼント《家族》を。 ああ、今年もクリスマスがやってくる。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2033.html
116 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 39 48 ID Rv4EezCF 彼女を動物に例えるとするならば、猫だ。 気まぐれで、 計算高くて、 嘘吐き。 いつも、寂しそうに温もりを求めている。 そんな彼女だから、僕は好きになったのだろう。 その、寂しそうな横顔を和らげてあげたかった。 「佐伯っていつもここにいるよね」 「そんな嫌な顔をするなよ」 南校舎の屋上で鉢合わせをする。 ここは彼女のお気に入りの場所だ。 立ち入り禁止なので、人は来ない。 「優希が来なければいいんじゃないかな」 「ここはあたしの縄張りなの」 「ここは公共の場所で、しかも立ち入り禁止だよ」 「あんたもいるじゃない。立ち入り禁止なんだから早く出て行ってよ」 「嫌だね」 「ほんっっと嫌なやつよね、佐伯って」 憎まれ口を叩きながら僕の隣に座る。 また、日が暮れるまで他愛の無い話をする。 それは、優希がここにいる事を知ってからの僕の日課となった。 優希と話せるだけで満足している。 悪態を吐きながらも優希は、話している時にとても嬉しそうな顔をしてくれる。 その顔を見るために、毎日ここへ通っている。 「龍真って結構前から放課後にいなくなるよね?」 授業が終わり、屋上に行こうとしたら幼馴染に引きとめられた。 「あぁ、大事な用事があるからね」 「その大事な用事とやらは可愛い幼馴染のデートよりも大事なの?」 「自分で可愛いとか言うな。まぁアホな幼馴染とデートするより重要だね」 「アホとは心外だね、今ならいちゃいちゃできる権利もつけてあげるけど」 「恋人でもないのにいちゃいちゃなんてできないよ」 「そう・・・じゃあまた明日ね、龍真」 「またね、美弥」 屋上に行くと先に優希が座っていた。 美弥と話をしすぎたみたいだ。 「遅かったじゃない」 「あれ?待っててくれたの?」 「・・・っ!馬鹿!!そんな訳無いじゃない!むしろいなくなって清々したわよ!!」 「はいはい」 「何よその言い方!本当に待ってなかったんだからね!!」 「分かってるよ、優希」 「うぅ~~もう帰れ!その顔見てるだけでムカつく!」 顔を赤くしながら反論してくる優希。 ・・・やっぱりこの時間が一番大切だよなぁ その日は雑談している時も、優希の顔は終始赤く染まっていた。 117 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 42 06 ID Rv4EezCF 今日は休日。 帰宅部の僕はやることがなく、暇だ。 「優希は休日に何してるんだろ」 休みの日には会えない優希。 ・・・今度映画にでも誘おうかな。 そう思った時、ポケットに入っていた携帯が震えた。 着信、美弥。 「もしもし」 「もしもし!龍真は今暇だよね!暇だね!分かった!!」 「・・・おい」 一方的に喋って一方的に切られた。 どうせ五分も経たない内にチャイムを鳴らされるに決まってる。 僕は観念して、出かける支度を始めた。 「で、龍真は今日何をするの?」 「美弥から誘ってきたじゃないか」 何も考えてなかったみたいだな、この幼馴染は。 「何もする事無いなら私についてきなさい!」 「別にいいけど、どこに行くの?」 「いいからいいから」 強引に連れられて来たのは喫茶店。 ファンシーな外装をしていて男が入るにはなかなか勇気がいりそうだ。 「ここのパフェが絶品なんだよ」 「僕は甘いもの苦手なんだけど」 「まぁコーヒーでも飲んで見ていればいいよ」 美弥が喫茶店に入っていく。 席に着いたところでメニューを見ずに注文していく。 ・・・慣れてるなぁ。 しばらくして、机の上に並べられていく甘い物達。 見てるだけで胃が重たくなる。 「後で欲しいって言ってもあげないからね!」 「いらないよ!」 美弥が机の上の甘い物を守るよう態勢になった。 そんな事しなくても食べないのに。 コーヒーを飲みながら美弥が食べ終わるのを待つ。 凄い勢いで食べ進める美弥。 結局、僕がコーヒーを飲み終わる位で完食した。 「いやぁ良く食べたね~」 「見てるこっちが胸焼けしそうだよ」 喫茶店をでた帰り道。 学校の近くを通った時、 (優希はいるかな・・・) ふと、そう思った。 一度気になると居ても経ってもいられなくなった。 「ねぇ、龍真?聞いてるの?」 「ごめん!美弥、用事ができた!」 「えっ?ちょっと待ってよ龍真!」 「本当にごめん!今日は楽しかったよ!」 来た道を戻り、学校に向かう。 部活があるためか、校舎は解放されていた。 急いで屋上へ向かう。 優希はきっと居ないのに、階段を駆け上がる。 屋上の重たい扉を開ける。 いつも二人で話していた定位置へ向かうと、 優希は、そこに、居た。 初めて会った時のような寂しげな表情を浮かべながら。 優希を見た時、顔が緩んだ。 顔を手で押さえ、表情を整えながら声をかける。 118 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 42 59 ID Rv4EezCF 「こんにちは、優希」 優希は最初驚いた顔をして、嬉しそうな顔に変わり、そしてやっぱり不機嫌そうな顔になった。 「休みの日まで来るなんてよっぽど暇なのね」 「優希だってここにいるじゃないか」 「減らず口叩かないで。せっかくの休日が無駄になったじゃない」 「はぁ、分かったよ」 優希の隣に腰を下ろす。 こんな事なら誘えば良かったかな? そのまま優希と屋上で過ごした。 いつもより長い時間話してしまったため、かなり遅い時間になったな・・・ 「優希、送って行こうか?」 「あんたの口からそんな言葉がでるなんて思わなかった」 優希が凄く驚いた表情になっていた。 「折角だけどお断りするわ。狼となんて怖くて帰れないじゃない」 「僕が狼になんてなる訳がないじゃないか」 「はいはい、それじゃ龍真。また明日ね」 「じゃあね、優希」 優希と別れて家へ帰る。 そういえば優希から名前で呼ばれたのは初めてだった。 少しは心を開いてくれたかもしれない。 充実感を得ながら帰宅した。 次の日、家を出ると美弥がいた。 「昨日は何で帰ったの?」 「そ、それは・・・」 美弥は笑っているけど間違い無く怒ってるだろうな・・・ 弁解しようにも、優希に会いに行ったとは言えないな。 「本当にごめん。忘れてた用事があって」 「また用事か・・・今日も放課後は用事あるんでしょ?」 「う、うん・・・」 美弥には悪いが、優希との時間は邪魔されたくなかった。 「・・・許さない」 「え?何か言った?」 「ううん、それより早く学校に行こうよ」 「そうだね」 時間が無くなってきたので、学校へ向かう。 美弥はまだ怒ってたし、 また今度、美弥になにか奢らないとな・・・ 119 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 44 02 ID Rv4EezCF 放課後になった。 直ぐに屋上へ向かう。 名前で呼んでくれたし、少しは会話に進展が・・・ 「うわ、また来たの?」 無かったみたいだ。 「龍真も暇よね。毎日毎日」 「そういう優希も暇だよね。暇人同士仲良くしようよ」 「そうね」 まぁ一応名前で呼んでくれるようになったから一歩前進かな。 態度は相変わらずそっけないけど。 僕は優希との会話に夢中になっていて、気付けなかった。 美弥が僕らを見ている事に。 次の日も美弥は迎えにきた。 「早く学校に行かないと遅れちゃうよ」 美弥は笑っているが、表情が硬かった。 学校へ行く時、いつもなら絶えず美弥が喋り続けるが、今日は何か思いつめた表情をしていて話さない。 沈黙が続き、しばらくすると美弥が口を開いた。 「今日も放課後は空いてないの?」 「うん・・・ごめん」 「またあの子に会いに屋上に行くんだね・・・」 「そうだよ」 美弥が優希を知っていた事に驚いたが、事実なので肯定をする。 「龍真、お願い。あの子に会う前に少しだけ時間をちょうだい」 真剣な目をして美弥は僕に言った。 「少しなら、いいよ」 「ありがと。じゃあ放課後体育館の横に来て」 「うん。分かった」 美弥の真剣な願いは断れなかった。 今日、優希に会うのは遅くなりそうだな・・・ 120 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 44 59 ID Rv4EezCF 授業が終わり、体育館の横へ行く。 「何でこんな半端な所に呼び出したんだろ?」 「知りたい?」 いつの間にか美弥が来ていた。 「何でこんなところで待ち合わせするの?」 ここは土地が開けていて教室や廊下から丸見えだ。 「教えてあげてもいいけど、一つ質問に答えて」 「いいけど・・・」 「いつも屋上に行くのはあの子が好きだからなの?」 「・・・っ!?それは・・・」 「早く答えて」 美弥は不安そうな顔をしている。 僕は屋上で待っているであろう優希の事を思い、自分の気持ちを正直に話す事にした。 「あぁ、好きだよ」 「・・・そう、やっぱりね」 美弥は俯き、表情は読めない。 少し間を空けて、美弥が喋りだした。 「私、龍真の事が好きだったんだよ」 突然の、告白だった。 「今、龍真の気持ちを聞いて諦めがつくと思った。・・・でもやっぱり無理だよ」 美弥が泣いている。 慰めるべきなのだが、美弥の気持ちには答えられない。 僕は優希が好きだから。 「龍真ぁ・・・」 美弥が抱きついてくる。 手は、まわせなかった。 「美弥、ちょっと・・・!」 「龍真、こっち向いて」 言われるままに美弥の方を向くとキスをされた。 「美弥!やめてくれ!」 美弥を突き放す。 今起こった事が信じられなかった。 倒れた美弥を置いて、僕は走った。 「何であの子なの?ずっと私は龍真を見ていたのに!」 後ろから投げかけられる言葉は美弥のものだと思いたくなかった。 混乱しながらも、足は勢いよく階段を上がっていく。 優希に、会いたい。 屋上の扉を開け、いつも二人で話した位置まで進む。 優希はいなかった。 いつも僕が座る位置に腰を下ろす。 下を見ると先程自分がいた所で美弥が泣いているのが見えた。 優希は多分ここから見ていたのだろう。 僕と美弥が話している様子を。 「じゃあキスしてる所も見られたんだろうな・・・」 頭を抱える。 ここで、優希を待とう。 優希が来たらこの事を説明した後、告白をする。 そうしないと、このモヤモヤは取れそうにない。 121 :猫のきもち。:2011/01/06(木) 14 45 35 ID Rv4EezCF その日、待ち続けたが優希は来なかった。 次の日からも放課後は屋上で優希を待ち続けた。 優希は一向に来ない。 学校も休んでいるらしい。 焦りばかり募っていく。 待ち続けて一週間が過ぎた頃、優希が屋上へ姿を現した。 酷くやつれていて、フラフラとこちらへ向かってきた。 「ようやく来たか」 「・・・!?何でここに?」 優希は驚いていた。 「優希に言い忘れてた事があってね」 「・・・早く言って。どうせ話したら彼女の所に行くんでしょう?」 「先に言っておくけど、美弥は彼女じゃないからね」 「本当?」 「あぁ、僕が好きなのは優希だからね」 優希の返事を待つ。 「龍真っ!」 優希に抱きつかれた。 二人で目を合わせ、キスをする。 長いキスが終わった後、二人でいつもの場所に座る。 優希と手を絡める。 ずっとこうしたかった。 「でも、良かった」 「何が?」 「龍真も私を好きでいてくれて」 「あぁ、大好きだよ」 「これから龍真にする事の所為で、嫌われちゃったらどうしようかって悩んでたの。でも大丈夫そうね。」 「・・・!?」 何をするのか聞こうとした所で身体に鋭い衝撃が走る。 薄れゆく意識の中、見えた優希はとても恍惚とした表情を浮かべていた。 「あたしと龍真は恋人だもの、怒らないわよね?」 目を覚ますと、そこは見た事の無い部屋だった。 首に違和感を感じ、手を当てると首輪がついていた。 「起きたみたいね」 「優希、これはどういう事なの?」 「たとえ二人が愛し合っていても邪魔な存在は幾らでも湧いてくる」 優希が僕の肩に手をかけた。 ゆっくりとキスをする。 「だからね、龍真はここでずっと暮らすの。邪魔の入らないこの部屋で」 僕もキスに応える。 舌を絡めてお互いの存在を確かめる。 「さぁ愛し合いましょう?」 彼女は猫だ。 気まぐれで、 計算高くて、 嘘吐き。 寂しさを和らげるために僕はいる。 僕は今、幸せだった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2650.html
907 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 37 05 ID 5duPFkJ. [2/13] 「俺と付き合ってください!」 中学校2年生になった頃、私はある先輩に告白された。 その人は友達の間でもしばしば話題に上がっていた人だったので、顔くらいは知っていたけど、話したことはこれまで一度もなかった。 だから呼び出されたことだけでも驚いていたのに、ましてや付き合ってくれと言われるなんて考えもしなかった。 「え、えっと……」 返事に迷う。 私だって思春期の女だし、彼氏が欲しいって少しは思うことだってある。 でも初めて話をした人と付き合うのには抵抗があった。 そんな風に思案しているとしびれを切らしたのか、先輩は悲しそうな顔をして「ダメか?」と尋ねてきた。 「いきなりで悪かったと思ってる……でも、もういてもたてもいられなかったんだ!それだけ君のことが好きなんだ!」 「!」 ここまで直接的な感情表現をされると断りきれなくなる。 もしかしたら付き合っていくうちに好きになるかもしれない。 友達も言ってたっけ。始めから両想いで付き合えるカップルなんてほんの僅かだって。 だったら評判も良く、こんなにも私を思ってくれる先輩と付き合うのもいいかもしれないな。 「……分かりました。こちらこそよろしくお願いします、先輩!」 そうして私、岡田結衣は人生で初めての彼氏が出来た。 翌日、私と先輩が付き合っているという噂はクラスの間に広がっていった。 「すごいね結衣!あの先輩の彼女になれるなんて!」 「ホントホント!いいな~羨ましいな~」 「でも結衣ちゃんと先輩ならお似合いだけどね」 「そ、そんなことないよ!でもありがとう」 「何かあったら何でも相談してね!」 私は先輩と付き合えたことよりも、まるで一人の女として認められたかのようで、クラスの友達から祝福されたことのほうが嬉しく思えた。 (みんなが私のことを褒めてくれる……) 思わず顔がほころぶ。 このとき、いつものように冷静さがあれば気づけたかもしれない。少なくとも、彼女たちだって直接的な行動はして来なかっただろう。 「……本当に結衣ちゃんは幸せ者だね」 舞い上がっていた私は些細な違和感に気がつかなかった。 908 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 38 41 ID 5duPFkJ. [3/13] 先輩は私と付き合ってからというもの、毎日のように電話やメールをくれた。 始めのうちは最近起こった出来事とか、見ていたテレビ番組のことなどを面白おかしく話してくれたので、すごく楽しかった。 それにメールの最後には必ずお休みの一言と一緒に、私のことが好きだと言ってくれた。 それがとても嬉しくて、私もだんだんと先輩のことを好きになっていった。 だけど時間が経つにつれて、先輩は少しずつ変わっていった。 いや、変わっていったというよりも、隠していたものをさらけ出してくれたという感じ。 お休みの言葉がなくなった。 私への問い掛けもなくなった。 しだいにメールの内容は先輩の自慢や人の愚痴へとシフトしていき、挙句には私のメールが少し遅れただけでもすごく怒るようになった。 デートに行った時などは服装が自分の趣味と合わなかっただけで、俺のことを理解してない、愛してないなどと言われた。 (きっと私が悪いんだ、私がもっと先輩を好きになれば……) 嬉しさの中に生まれたもうひとつの気持ち。 その存在を感じたくなくて、私は無理にのめりこもうとした。 らしくなく、お菓子を作った事もあった。 服だって先輩の好みの系統を勉強した。 お小遣いのほとんどをそれらに費やした。 当然、それからの先輩は喜んでくれた。女の子らしい、かわいいよって。 でもそれに反比例するかのごとく、私の気持ちは疲れていった。 付き合ってしばらく経った頃、先輩がキスをしようと言ってきた。 カップルなら当然の行為。 雰囲気もあり、相手も好きな彼氏。何も迷う事はないはずだったのに――― 「……ごめんなさい」 私は断った。 特に理由はない。 ただ……キスしたい、と思えなかった。 向こうも断られると思わなかったのだろう、 「は?何でだよ!俺達カップルだろ!?キスくらい普通だろ!?」 肩を思いっきりつかまれて、今まで見た事もない形相で迫られた。 「えっ、あの」 「お前は俺の彼女だろ!?だったらキスくらいさせろよ!」 何が起こったのか分からなかった。 ただ自分の意思とは別に体が大きく揺れ、肩は痛いほど先輩の指が食い込んでいた。 「あ!ご、ごめん!」 先輩が慌てて掴んでいた肩を離した。 「お、おい、結衣……?」 恐いと思った。この人が、男の人が、とても恐いと思った。 私は何も知らなかった。 彼女がキスを断ったら、こんな風に怒られる事。 「ご、ごめんなさい!」 泣きながら私は走り出した。 どうして先輩はあんなにも怒ったの? キスは拒んじゃいけないの? どうして私は……あんなに好きだった先輩とのキスを……断ったの? 考えても考えても疑問は晴れなかった。 家に帰ると同時に部屋に飛び込んだ。 (明日が来れば学校に……そうしたら友達に……) 何かあったら相談してね、と言ってくれた。 叱咤されるかもしれない。 でもそれからアドバイスをもらって楽しくおしゃべりして、放課後先輩に謝りに行こう。 そうしたらきっと先輩のことをもっと好きになれるはず。 キスだって今度はきっとできる。 そんなことを考えながら、私は朝が来るのをひたすら待ち続けた。 909 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 39 40 ID 5duPFkJ. [4/13] 次の日、学校で友達に昨日の事を相談した。 「―――って事があって……私、どうすればいいのかな?」 私の言葉に彼女たちが押し黙る。 覚悟を決めて言葉を待つ。 友達は話を始める前にあった笑顔を完全に失くして、冷めたような目つきを私に向けてきた。 心臓がドクンと跳ねた。 「……何それ。私はあの人にキスをせがまれるほど愛されてるの、って言う自慢?」 返って来た言葉は私の想像とはかけ離れたものだった。 その声色と内容に鳥肌がたつ。 「前々から思ってたんだけど、結衣ってさ、ホント空気読めないよね。ってかわざと?」 「な、何の事?私がなにか―――」 「そうやって気付かないふりして。あ、もしかして純情ぶってんの?言っておくけど、あんたの本性は女子全員知ってんだから」 友達が顔をズイッと寄せてくる。 「あんたが先輩を誘惑して彼女になったって事もね」 「誘惑!?ちょっと待って、私はそんな事してないよ!」 「こっちは何人も見てるんですけど。先輩の前で可愛い子ぶったり、媚び売ったりしてたの」 「どうせ私達が格好良いとか言って騒いでたから手に入れて見下したかったんでしょ?さすが可愛い子はやることが違うわ」 「違っ!本当に違うよ!信じてよ!!」 「最初っから私たちの事を友達って思ってないから先輩を奪えたんでしょ?」 「そんなことない!友達だって思ってる!それに奪ったなんて―――本当に信じてよ!」 恐かった。先輩に迫られた時よりもずっと怖かった。 もういい。 もう先輩との事は訊かないから、この話をする前に戻りたい。 「挙句の果てに自分から誘っておいて、キス迫られたから恐くなって逃げた?はぁ?マジで超ウザいんだけど」 「どうせ自分から誘っといて先輩に断られたんでしょ?あんな良い先輩を悪く言うなんてサイテー」 そのとき男子が近くを通りかかったせいか、友達の話もそこで終わった。 席に戻る彼女たちを茫然と見つめたまま、私はその場を動く事が出来なかった。 チャイムが鳴り、先生に促されてようやく席に着く。 でも私の震えは止まらない。 どうして友達は急にあんな事を? 授業中の先生の話も頭に入ってこない。 もしかしてこれは夢かもしれない。そうだ、これはきっと…… 私の願いが通じたのか、休み時間になるといつものメンバーが私の席に集まって来た。 ホッと胸をなで下ろす。 やっぱりさっきのは悪い夢だったんだ。 「でさー佐藤が転校した本当の理由って早川なんじゃない?付きまとわれてたからとか」 「あ!でもあの二人ってお似合いだよね!なんか息が合ってるって言うか―――」 「私もそれ思ってた。早川ってなんか暗いし、佐藤ももっと上狙えるのにね」 「……それが陽菜ちゃんと早川君って幼馴染なんだって!なんか憧れちゃうよね!」 「もしかして佐藤と早川って幼馴染とかだったりして」 「えっ、マジで!?うっわ~佐藤も幼馴染ならもっと格好いい方が良かったって思ってそー。例えば『先輩』とか」 「それ言えてる!」 「…………」 夢じゃなかった。確実に私は友達に嫌われてしまった。 はたから見るといつもどうりおしゃべりをしているように見えるかもしれない。 でも実際はこの中の誰一人、私の存在を認めてくれなかった。 「ははは……」 私にできる事は、相槌を打つか、みんなに合わせて空虚な笑みを浮かべるだけ。 「ははは……はは……は…」 学校と言う場所が地獄に変わった瞬間だった。 910 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 40 45 ID 5duPFkJ. [5/13] 「結衣、もう一回キスしてもいい?」 口だけの問いかけ。私の返事を待つ前に、先輩は嬉しそうに唇を重ねてきた。 最近の先輩は生き生きとしていた。 私とあっても怒ることはなく、いつもニコニコと笑ってくれる。 きっとみんなにとってこれが一番いいのかもしれない。 先輩が幸せそうにしている。友達だって下手に刺激しないで済む。 だからきっと…… 「んん……ん……んんっ!?」 突然、キスの最中に胸を触られた。 全身を駆け巡る嫌悪感。 すぐにでも先輩を突き飛ばしたくなる。 でもそんな事は出来ない。そんな事をしたら今度は無視だけじゃすまない。 これ以上はきっともたない。 だから私は必死に耐えた。 胸を弄る先輩の手は止まらない。 私は見られないように自分の太ももをつねり続けて自尊心を保った。 先輩は私がようやく素直になったと思ったのだろう。それとも、私自身も嬉しがっていると思ったのだろうか? それからはキスをするたびに胸を触られるようになった。 そして、家に帰ってからは泣き続ける日々が続いた。 911 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 41 36 ID 5duPFkJ. [6/13] 秋の運動会。私にとっては憂鬱だった。 風邪のふりをして休みたかった。 でもそんなわけにはいかない。 例の如く、私は友達によって運動会の実行委員に選出されていた。 そんな人が運動会を欠席できるはずがない。 実行委員なのでいつもより早く家を出た私は、重い足取りで学校に向かった。 グラウンドについてすぐに競技の準備を始める。 あと1時間ほどしたらみんなが登校して、またあの一日が始まるのかな。 運動会だから一日中友達と一緒に行動しなければならない。 もしかするとほとんど誰もいないこの時間、今だけが私の幸せな時間なのかもしれない。 俯きながらカラーコーンを並べていると、そこで思いもよらぬ出来事と遭遇した。 「あ、岡田さん!ちょっと手伝ってもらってもいい?」 声をかけられた。相手は隣のクラスの実行委員。名前は――― 「……うん、いいよ」 早川慶太。 これが初めて彼と話した最初の言葉だった。 今までの彼自身の印象は他人と距離を置きたがる、いわゆる内向的な人。 そんな彼が仲良くもない、ましてや違うクラスの私に話しかけたのに少し驚いた。 「クラスの子から聴いたんだけど、岡田さんって足が速いんだってね。羨ましいな」 一緒に職員用のテントを立てながら、彼が切り出した。 「そんなことないよ……」 答えながら私は考える。 なぜ彼は話しかけてきたのだろうか? もしかして……私に気があるのだろうか? そう思った瞬間、またしてもあの恐怖が蘇る。 コイツもあの人と同じ。 自然に離れようとした私に、彼は言いにくそうな顔をして訊いてきた。 「実はさ……俺、好きな人がいて、それでその人と岡田さんの仲がいいから……ちょっと相談に乗ってほしいんだけど……いいかな?」 驚いて彼を見つめる。 「えぇ!?あぁ、うん」 恥ずかしさがこみ上げて来る。 彼は私の事を意識している訳でも何でもなかった。 最近の自分はどうかしている。 「いいけど……私じゃあんまりいいアドバイスとかできないと思う……」 自分で言って切なくなる。 今の私には仲がいい友達なんていない。 「実はその人って陽菜のことなんだ」 一か月前に転校していった佐藤陽菜ちゃん。 彼女とは友達のグループは違ったが、お互いをちゃんづけで呼び合う仲だった。 「あ!呼び捨てなのは俺たちが幼馴染であるからで、その、え~っと……」 彼は下の名前で呼んだことが恥ずかしかったのか、顔を赤らめて慌てていた。 そんな彼を見ていると、男の人は全員があの人と同じ事を考えてるんじゃないって思えた。 こんなことで照れるような彼は、きっとキスなんてできないだろう。 それから私は彼の陽菜ちゃんに対する思いを聞いていた。 延々と彼がただ述べるだけ。 それは先輩との会話と一緒だった。 だけど……ただ聞いていただけなのに……なぜか楽しかった。 ずっとこうしていたかった。 時間にして数分間の会話。 でも私にとっては一秒にも満たなかった様に感じられた。 912 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 42 28 ID 5duPFkJ. [7/13] そんなひと時が終わり運動会が始まると、またしても例の時間がやってきた。 「ははは……」 相も変わらず、友達グループの中でひたすら無視されて、自称気味に笑う私。 先輩がこっちに向かって手を振ったときだけ、 「佐藤じゃなくてお前が転校すればよかったのに」 話しかけてくれる友達。 もう心の方が限界に達していた。 どうして私はこんなにつらいの? こんなにつらいなら、もう……いっその事…… そんな時、彼が再び声をかけてきた。 「あの!岡田さん、ちょっといいかな?」 突然の訪問客に友達が睨みつけるように彼を見る。 「……誰?」 「え、えっと……岡田さんと同じ実行委員の早川って言う者で……」 女の子に必要以上に注目され、彼は視線を彷徨わせていた。 そんな態度が気に食わなかったのか、彼女たちは詰め寄るように彼に近づいていく。 「だからなんであんたが―――」 「実行委員の仕事だよね!?分かった、今行くから!」 咄嗟に答えてから、私は立ち上がった。 「ごめん、みんな!ちょっと行ってくるね」 委員会とは言えど、彼氏がいるのにもかかわらず他の男について行く女。 多分彼女たちにはそう見えただろう。 きっと帰ったら何かされる。そう考えただけで恐怖が全身にまとわりつく。 でも、もう一度あの楽しかった時間を味わえるなら安い代償だと思った。 「それで私に何の用事なの?」 「先生にお茶用のお湯を汲みに給湯室まで行って来てって言われたんだけど、一緒に付いてきてもらってもいいかな?」 彼の言った仕事内容に疑問が湧く。 「いいけど、どうして一緒に?私が一人で行くよ?」 お湯を汲みに行くのに二人もいらない。 私がそんな質問をするとは思わなかったようで、彼は一瞬の驚いた顔をしたあとで、えっ~と、う~んと、と悩み始めた。 まさか……さっきの私を気にかけて……? いや、そんなはずはない。周りから見た仲が良い友達同士にしか見えないはず。 何を期待しているの。誰も気付いてなんかくれるはずないじゃない。ましてや助けてくれる事なんかあるわけない。 それでも――― 「あ、変な質問してごめん。やっぱり一緒に行こ?」 それでも嬉しかった。 例え気付いていなくても、彼は結果的に私の事を助けてくれた。 「それで、陽菜ちゃんにはいつ告白するの?」 話題を変えて、暗い気分を紛らわす。 彼の顔がこの上ないくらい赤く染まり、「まだ……そこまでは……」と、何とも曖昧な返事が返って来た。 そんな彼が可笑しくて笑ってしまった。 それと同時に湧きあがる感情。 こんな彼に愛されてる陽菜ちゃんが羨ましいな…… 給湯室でお湯を汲み、帰ろうとした途中で声をかけられた。 「結衣!」 体が硬直する。 なぜ……ここに? 声をかけて来たのは先輩だった。 そのまま私たちのところまで駆けてくる。 「さっきお前の友達から、お前が知らない男と二人で校舎に入って行ったって聞かされたんだけど……」 チラッと先輩が彼を見た。まるで人を小馬鹿にしたような笑み。 「まぁ、何もなさそうでよかったよ」 913 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 43 18 ID 5duPFkJ. [8/13] 「そうだ、結衣……ちょっと教室いかないか?どうせ今日は誰も来ないだろうし」 その言葉で息が止まる。 なんで教室に行くの?教室で何をするの? そこでもう一度、先輩は早川を見た。 「別にいいよな?」 遠回しに「早く行け」と言ってるのが見て取れる。 早川は先輩と私の顔を交互に見比べ、困ったように返事をした。 「はい、分かりました……それじゃあ岡田さん、手伝ってくれてありがとう」 生徒の大半は私と先輩の関係を知っている。きっと早川だって。 だから空気を読んで立ち去るのかもしれない。 いや……違う…… 早川は本当に鈍感だ。まったく空気を読めていない。 こんなにも、こんなにも心の中で行かないで!って叫んでいるのに。 急に彼の足が止まった。 え……? 「まだなんか用があんの?」 だがそんな態度が気に食わないようで、先輩が語気を強めた。 藁にすがる思いで、私は早川の背中に叫び続ける。 でも彼は振り向くことなく、再び駆け去ってしまった。 希望が絶望に変わる。 「なんだあいつ?……それじゃ行こうぜ、結衣」 手を繋がれたまま、出口とは逆の方向に連れて行かれた。 914 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 44 05 ID 5duPFkJ. [9/13] 教室に入った途端、唇を塞がれた。 「んんんっ!」 抵抗しちゃいけない。これは彼氏彼女なら当たり前の行為なんだ。 先輩はまたしても肩においていた手を下に下げた。 私はこのまま先輩の言いなりに、されるがままになんでも従うしかないの? みんなのために私が……でも私だって本当はやりたくないことは…… 先輩の口が離れる。 咄嗟に息を吸い、呼吸を整える。 もうこれで終わりだったらいいな。 「……なあ結衣、そろそろいいだろ?俺たち、付き合ってもう長いんだしさ」 ……いい?一体何がいいの? 体が強ばり、全身から汗がでる。 思わず後ろに一歩後退した。 その様子に先輩はさっきまでの笑みを消し、代わりに拳を強く握った。 「……なんだよその態度……まさか断らないよな?」 先輩が一歩詰め寄る。 あまりの恐怖に体が言う事を聞かず、この場から足が離れない。 肩に先輩の左手が乗せられた。右手は相変わらず握り締めたまま。 「あ……あの……わ……た……し……」 「いいよな?」 もう無理だった。 ここから逃げることも覚悟を決めることも先輩も何もかも。 涙が蛇口を捻ったかのように流れた。 「あ、あのっ!」 突然の声に先輩が振り返る。 私も先輩に釣られてゆっくりと顔をそちらに向けた。 そこにいたのは早川だった。 「申し訳ないんですけど、岡田さんを借りてもよろしいでしょうか!」 早川が息を切らせながらそう叫んだ。 はたから見たら恋人同士の戯れの最中なのに、彼は意に介さなかった。 どうして彼は声をかけた?いやそれよりもまず、どうして彼はここにいるの? 分かってる。 これは願望じゃない。説明はできないが確信はできる。 早川は私を助けに来てくれたんだ。 915 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 45 09 ID 5duPFkJ. [10/13] 「……はぁ。お前さ、空気とか読めないわけ?見て分かんだろ。今いいとこなんだから帰れよ」 「で、ですけど、どうしても岡田さんじゃないと―――」 「ウゼェって言ってんだよ!」 先輩は私を突き飛ばした後すぐに早川に飛びかかった。 胸倉を掴む。 「殺すぞテメぇ!」 ここまで怒った先輩は初めて見た。それと同時に今まで先輩に感じていた恐怖は、まだ生ぬるいものだったと実感させられた。 みんなに優しくて、格好良くて、憧れだった先輩が、今にも人を殴りそうなくらいにいきり立っている。 早川を助けないと、と思う一方で怖くて腰が抜けてしまう。 「なんなんだよ!お前、もしかして結衣のストーカーなのか!?言っとくけど、お前ごときじゃ結衣とは釣り合わねーぞ!」 怖い怖い怖い怖い怖い………………でも……早川を助けないと…… 「……お願い、やめ―――」 「あなたは岡田さんの気持ちを理解しようとしたことがあるんですか!?」 「「!?」」 私も、そして先輩もピタリと止まった。 「気持ちだけじゃない!岡田さんのこと、ちゃんと見てましたか!?」 私のこと……? 「岡田さんは今ものすごく苦しんでいて、毎日泣きそうになってて……あなたは彼氏なのに気づいてあげましたか!?」 「っ!んだとこの野郎!!」 「自分の事を第一に考えるのは悪いことだって言わない!!でもどうしてたった一言、岡田さんの様子を聞いてあげられなかったんですか!?」 「黙れ!!」 先輩が早川の頬に向かって手を上げた。 年齢差も体格差もあり、早川が後ろにあった机をなぎ倒しながら崩れた。 それでも彼は先輩の目を逸らさなかった。 「あなたはさっき俺に岡田さんとは釣り合わないと言いましたけど、俺から言わせれば先輩だって岡田さんと釣り合わない」 「この餓鬼……」 「先輩に岡田さんは勿体無い」 「殺すっっ!!」 それから先輩は早川を気が済むまで殴り続けた。 なのに私は動くどころか、声すらも出なかった。 私はどうしてこんなにも臆病で卑怯なのだろう。 916 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 46 18 ID 5duPFkJ. [11/13] 早川を気の済むまで痛めつけた後、気分が削がれたのか、先輩は教室を出て行った。 「は、早川っ!!」 ようやく私の足が動いた。 とりあえず持っていたハンカチで早川が殴られた箇所をそっと拭う。 「ごめん……なさい……私のせいで……本当に……ごめんなさい……っ!!」 涙が止まらなかった。 泣きたいのは早川の方なのに。こんなにも痛々しい傷を負ってるのに。 その後も泣きながら謝り続けた私に対し、早川は一言も話すことはなく手当を受けていた。 手当が終わり気分が落ち着くと、残されたのは私と早川と気まずい沈黙だけだった。 さっきとは違う恐怖が私の頭の中に溢れてくる。 きっと早川に嫌われた。きっと私と関わるのはもう嫌だって思ってる。 なんて自分勝手なんだろう。 早川がこんな思いをしたのは自分のせいなのに、私は自分の事ばかり考えてる。 『あんたの本性は女子全員知ってんだから』 友達の言葉が頭を過る。 ははは……そっか……これが私の本性だったんだ…… 他人の事なんかよりも、自分の気持ちを優先する。 先輩のことを棚に上げて、友達の気持ちにも気がつかず、私は今までなんて事をしてきたのだろう。 だからみんな私から離れて行って――― 「それが普通じゃないの?」 突然の事に一瞬思考が停止する。 咄嗟に顔をあげると、さっきまで無言だった早川がこっちを見つめていた。 「俺だって自分が一番大事だし、だから最初は先輩が怖くて逃げたんだ。空気を読んだわけじゃない。それにきっと岡田さんの友達も、生徒全員、先生だって自分を一番に考えてるんじゃないの?」 「え?」 「でも今回のことは岡田さんにもちょっと非があるかな。その気がないのに、深く考えもしないで良い返事はしないほうがいいよ」 「!?今、なんて……?」 「え?どうした―――!?」 私に聞かれたらまずかったのか、早川は急に慌てふためいて、またいつもの頼りない彼に戻ってしまった。 「えっと、今のは、その……噂で……」 「……早川は私の事信じてくれるの?私が……その……」 友達から言われて一番心に残っている言葉。 『友達って思ってないから奪った』 違う。 他はどうだっていい。でもこれだけは違うって信じてもらいたかった。 でも友達は最後まで信じてくれなかった。 早川はじっとしたまま黙り込んだ。 1秒、2秒、3秒……何秒経ったかかわからないくらい待ったあと、彼は答えた。 「……もし岡田さんがくだらない理由で友達を裏切るような奴だったら声なんかかけてないよ」 917 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/01(日) 23 48 10 ID 5duPFkJ. [12/13] 私はそれ以降、二度と早川に干渉しなかった。 早川の方も、それっきり私にアクションを取ってこない。 でも私はそれでよかったと思った。 だってあと一回、たったあと一言会話をすれば、きっと私は彼の事を好きになる。 彼には陽菜ちゃんがいるのに、諦めきれなくなる。 優しい彼の事だ。きっと私の事を思って彼を苦しめるに違いない。 だからこれでよかったんだ。 そう言えば前に早川のある噂を聞いたことがあった。 「アイツって常に考えてしゃべってる感じするよね~?まさか人の心でも読めるんじゃね?」 「アハハまさか~!」 あの時は何の気も留めなかったが、今にして思えば良い表現だったと思う。 人の心を読めるなんて思ってもいないが、それでも彼は人一倍、人の気持ちに敏感なんだと思う。 とにかく、私は彼の事を学校では考えないようにしよう。 彼の前では赤の他人のフリをしよう。 例え本当の意味で私に優しくしてくれる人が彼だけだったとしても、二度と関わらないようにしよう。 そのかわり一つだけ、家では早川の事、考えてもいいよね? 家で考える分には早川にも迷惑がかからないよね? そうだ、高校は誰も行くはずないくらい遠いところに行こう。 知り合いが一人もいない方が辛い思いをしなくて済むし、早川の事も思い出さなくなるかもしれない。 忘れることは絶対にないけど。 でも万が一、早川が同じ高校に来たら? その時はごめんね早川。 やっぱり自分の気持ちを優先すると思う。 だって早川自身が言ったんだもんね?誰もがみんな、自分のことが一番大事だって。 だからいいよね?それに…… 「あ、岡田さん久しぶり!岡田さんもここの高校受けるんだ。一緒のクラスになれたらいいね」 「……な~んだ折角誰もいないところで高校デビューしようと思ったのになー。ま、そのときはよろしくね早川!」 私の中では、もう慶太以外の男は存在していないのだから。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2086.html
715 :日記 :2010/11/07(日) 17 40 58 ID dcDaU3VN 7月15日 学校ニテ告白サレタ。キク子トイフ女子デタイソウ美シク、学校ノナカデモ非常ニ 人気ガアリ、友人ノ岡村君モ桜花ノ如ク散ッタ女子デアル。 ワタシハ嬉シク思ッタガ照レ臭ク、「イイヨ」トシカ言エズ。 7月28日 キク子ハ最近ワタシノ傍ヲ離レヤウトシナイ。 「嫁入リ前ノ娘ガ男ノ家ニ入リ浸ッテイルノハヨクナイ」ト言フトキク子ハ、笑ヒテコウ言ッタ。 「アナタノ妻ニナルベキ女ニ、ソノヤウナ気遣ヒハ無用ナリ。」 ドウヤラキク子ハ妻ニナルツモリラシイ。キク子ノ父母ハ心配シナイノデアラウカ。 10月19日 目ガ覚メルト、キク子ガ裸デ蒲団ニ入ッテ居タ。訳ヲ問ウト恥ラヒテ、顛末ヲ語リヌ。 ドウヤラ過チヲ犯シテシマッタヤウダ。 「曾爺ちゃん、今の俺も似たような状態なんだが・・・・・・助けてくれないか。」 「無理じゃよ。一度そうなったおなごはもう止められん。あきらめろぃ。」 「彼女いい娘じゃないか、何故そう嫌うんだい。あの娘ならあんたが死んでもなお愛してくれるぞい。」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1142.html
病的な彼女ら 1話 病的な彼女ら 2話
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1663.html
590 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/06/26(土) 00 37 37 ID eVwVtCZL 「今日は三限で終わりだから」 「はい。それではまたその時にお迎えにあがります。里奈様、お気をつけて」 そう言うと桃花は車で去って行った。 「じゃあ行きましょうか、遠野君」 藤川さんは俺の手を取る。 「……はい」 またここに戻って来てしまったのか。俺は憂鬱な気分になりながら、 半年前まで通っていた大学の門をくぐった。 「おはよ~里奈」 「おはよ」 「あっ、藤川さんおはよー!」 「おはよう」 「おーい藤川~!」 「おはよう~!」 藤川さんが教室に入ると皆が彼女に声をかける。元々モデルになれる程のルックスだし、 あの藤川コーポレーションのお嬢様なのだ。良い意味でも悪い意味でも注目される。 「里奈、今月号の雑誌見たよ!出るんなら言ってくれれば良いのに~」 「いちいち言うの面倒臭いし。それに恥ずかしいのよ、そういうの」 「またまた~!前年度ミスコン覇者が何言ってるんですか!」 「あ、あれは誰かが勝手に応募したら受かっちゃって…」 ミスコンとはこの大学で毎年やっているコンテストのことだ。 去年彼女は二位に大差をつけて優勝した。 「そういえば藤川さん、今日の課題やった?」 「……アンタ、空気読めないよね」 「ええっ!?」 「今はそういう話の流れじゃないでしょ。ね、里奈」 「えっ?ゴメン、聞いてなかった」 「……この子は本当に首席なのかしら」 「本当に面白いな藤川は」 見ていて思う。彼女には人を引き付ける力がある。ライムと…少し似ている。 でも俺の前で見せる彼女とはあまりにも違いすぎていて…。 「そういえばいつも一緒にいるメイドさんは?」 「今日からは執事にしたの。彼がそうよ」 執事服を来た俺を指差す藤川さん。視線がこっちに集まる。 「…里奈様の執事の遠野と申します」 今朝、桃花に習った通りにこなす。 幸い俺と藤川さんは他学部だったので、俺を知っている人はいなかったようだ。 「執事とか初めて見たよ!何かカッコイイよね」 「雰囲気だけよ。…手、出しちゃ駄目だからね。アタシの所有物なんだから」 「藤川さん、たまに恐ろしいこと言うなぁ…」 「冗談に決まってるでしょ!ね、里奈」 「…そうだね」 「ったく、お前は本当に空気読めないな」 …もしかしたら、本当は誰も彼女の本当の姿を見ようとしていないだけなのかもしれない。 授業が始まるまで藤川さんはどこかぎこちない笑みを浮かべていた。 591 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/06/26(土) 00 38 43 ID eVwVtCZL 「…はい。それではよろしくお願いします」 三限が終わり校門の前で桃花に連絡を取った。迎えに来てもらうためだ。 勿論自分の携帯は奪われたので、今は藤川さんの携帯を使っている。 彼女は課題を出しに行っているので一人待機だ。 「……はぁ」 授業終わりということで人の波がやや多く、邪魔にならないように隅で待つ。 「これから毎日これか…」 知り合い会ってしまったら何と言い訳すれば良いのだろうか。 そんなことを悩んでいると会話が耳に入ってきた。 「そういえば知ってる!?鮎樫らいむ、長期休養だってさ!」 「知ってる知ってる!今朝のニュースでやってた!何か病気らしいよ!マジショック…」 咄嗟に声のした方を向くと女子のグループが帰っているところだった。 「しかも事務所が火事にあったらしいよ!一部の過激なアンチの仕業じゃないかってテレビでやってた」 「アンチとかいるの!?信じられない!」 「私あんまり好きじゃないなぁ」 「…アンタもしかして」 「わ、私な訳無いじゃん!?」 「ですよね~」 女子のグループは話しながら去って行った。 「………何だよ…それ」 ライムが休養?病気って一体何だ?事務所が火事にあったって? 一部のアンチの仕業?訳が分からない。頭がガンガンする。冷や汗が出ているのが分かった。 「…………」 そういえばしばらく新聞やテレビを見ていない。自分に用意された部屋にもなかった。 テレビはリビングにはあったが今朝はついていなかったし。 「まさか…意図的に…」 藤川さんが見せまいとしたのか。いや、そんなこと有り得ない。 それじゃあまるで、これから起こることを予知していたみたいな…。 「……先輩?」 何かが落ちた音がした。振り返るとそこには鞄が転がっており、 目の前には血に染まったような紅い髪をツインテールにした女の子が立っていた。 「先輩っ!!」 その子に思いっきり抱き着かれる。ライムのことで混乱していた頭がさらに混乱する。 「先輩っ!!会いたかったぁ!!先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩っ!!!」 「…回文」 周りの視線を全く気にせず顔を胸に擦り寄せてくる。 彼女のことは知っているが、大学で一番会いたくなかった人物だった。 592 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/06/26(土) 00 40 22 ID eVwVtCZL 彼女の名前は神谷美香(カミヤミカ)。 同じサークルの一つ下の後輩で自分で染めたという紅い髪とパッチリした目が印象的な女の子だ。 そして彼女は名前が逆から呼んでも一緒、いわゆる"回文"のため サークル仲間からは「回文」とか「かいちゃん」とか呼ばれていた。 「心配しましたよ先輩っ!急にいなくなって!」 「…とりあえず離してくれ」 俺はまだくっついている彼女を引き剥がした。 「あ…」 「暑苦しいし周りが見てる」 正直に言おう。俺は彼女が苦手だ。 元々タイプが合わないのもあるが、一番は彼女の強すぎる積極性だ。 彼女がサークルに入った直後から、大学を辞めるまでずっと俺は彼女に付きまとわれた。 周りは羨ましいというが俺としてはいい迷惑だ。 藤川さんも多少止めてくれていたが効果は薄かった。 「…何ですか、その格好は?」 じっと執事服を見つめられる。やはり聞かれたか。 「えっと…実は大学は辞めたんだ」 「…やっぱりそうだったんですか」 正確には卒業したらしいが、よく分からないのでとりあえず辞めたことにする。 「それで…今はその…藤川さん、いるだろ?同じサークルの。彼女の家で執事として働いてる」 言いたくなかったが仕方ない。他に言い訳も思い付かなかったし。 「…………はい?」 キョトンとする神谷。まあ普通は理解出来ないだろう。俺も理解出来てない。 「…まあそういうことなんだ」 でも今は納得してもらうしかない。 「……ふ」 「…?」 「ふふふっ!あははははははははははははははははははは!!」 いきなり神谷は笑い出した。さらに周囲の視線が集まる。 「お、おい神谷!?」 「そういうことですか!分かりました!実に愉快ですね、先輩!!」 「楽しそうね」 藤川さんが戻ってきた。…最悪のタイミングで。 「…藤川センパイですか」 今さっきのテンションは何処にいったというのか。いきなりトーンを下げる神谷。 「アタシじゃ悪い?」 「いえ、別に。ただ…遠野先輩を執事にしているというのは」 「事実よ。まあ回文さんには理解出来ないかもしれないけど」 …何だろう。冷や汗が止まらない。 「……お前、狂ってるだろ」 「…なん、ですって?」 「狂ってるって…っ!?」 予備動作無しで藤川さんを蹴ろうとした神谷の足は 「お止め下さい」 突如現れた桃花の右手によって防がれた。 「…ありがとう桃花」 「いえ、当然のことでごさいます」 …マジかよ。俺は身体すら反応しなかったのに。 「ちっ…」 桃花と距離を取る神谷。一筋縄ではいかないと判断したようだ。 「里奈様、いかがいたしますか」 「所詮負け犬の遠吠え、取るに足らないわ。帰りましょ」 「かしこまりました」 戦闘態勢を崩さずこちらを睨む神谷に見向きもしない桃花。 「遠野君、行くわよ」 「は、はい」 藤川さんに手を取られ俺もその場から去る。 「先輩!安心してください!わたしが必ず」 車に乗り込む俺達に向かって神谷は叫んでいた。 「必ず助けますから!」 593 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/06/26(土) 00 41 35 ID eVwVtCZL 「…………」 ベッドに仰向けになる。俺はこれからどうするべきなんだろう。 「……ライム」 やはり一番気になるのはライムのことだ。昼間聞いた話は本当なのか。 いずれにしろ、一度ライムに会いに行かなければ。 「……よし」 時刻は夜の10時を回ったところだ。深夜にこの屋敷を抜け出そう。 とにかく今はライムに会いたい。…いや会わなければ。 「…そろそろ時間か」 藤川さんの部屋へ行くために廊下に出るとそこには桃花が立っていた。 「今、行きます」 きっと藤川さんの部屋へ行けとの催促だろう。そう思って立ち去ろうとする。 「一つ御忠告をと思いまして」 「忠告?」 「はい。前に私が申したこと、覚えていらっしゃいますか」 「前に…?」 「"里奈様を悲しませるようなことをしたら排除します"と申したことです」 今朝のことか。確かにそんなことを言われたような気がする。しかし 「覚えてるよ」 それがどうしたというのだろうか。 「それならば良いのです。お止めしてしまい、申し訳ありませんでした」 「…ああ」 今度こそ立ち去ろうとする。 「もしこの屋敷から逃げ出そうとお考えなら、腕の一本や二本は覚悟してください」 「っ!?」 振り返るとすでに桃花は背を向けて立ち去っていた。 「……偶然、だよな」 逃げ出そうと考えていたのを悟られた訳じゃない。そうに決まっているのに震えは止まらなかった。 594 :きみとわたる ◆Uw02HM2doE :2010/06/26(土) 00 42 41 ID eVwVtCZL アタシは腹が立っていた。昼間会った神谷美香のことで、という訳ではない。 確かに神谷美香は障害であるが脅威とまではいかない。 むしろ負け犬の遠吠えは心地良ささえあった。 「…終わりました。それではこれで」 「待ちなさい」 アタシが腹が立つのは何故遠野君がアタシに興味を示さないのか、ということだ。 自分で言うのもどうかと思うが決して魅力がないわけじゃないと思う。 ミスコンにも輝いたしモデルだってやっている。 確かにアタシより魅力的な人はいくらでもいるだろうが。 「キスしなさい」 「……」 「キス、しなさい」 「…はい」 キスをする。熱い。焼けてしまうくらい、溶けてしまうくらい。 こんなにも好きなのにどうして受け入れてくれないの…! 「ぷはぁ!…これからは」 「……何ですか」 「これからは二人の時、アタシのことは里奈と呼びなさい。アタシも君のことは亙って呼ぶわ」 「……でも」 「呼べないなら!」 「分かったよ……り、里奈」 「それでいいわ。今日はもういい。お休み…亙」 「…失礼します」 それなら。興味が無いなら持たせるだけ。 アタシより鮎樫らいむの方が良いなら、あの女を越えれば良い。簡単なこと。 「今に見てなさい。アタシしか見えなくなるんだから」 里奈はしばらく亙が出ていった扉を見つめていた。 深夜。屋敷は静まり返り人影は皆無。そんな屋敷の庭を一つの影が駆け抜けた。 「はぁはぁ…!」 全速力で走る。屋敷から門までは200mほど。全力で走れば25秒前後で辿り着ける。 服は執事服ではなく半袖に長ジャージという、屋敷で用意された寝巻だ。 「…っ!着いた…」 門は閉まっているが横の塀を登って行けば越えられる。 「後少し…!」 塀をよじ登り外へ出る。着地も上手く行った。 「…成功だ」 しかしまだ終わりではない。ここからライムのマンションまでは結構ある。 出来れば誰にも気付かれず戻ってきたい。そうすればまた抜け出せる。 「…とりあえず急がないと」 夜明けまで後5時間弱。俺は休む間もなく夜の闇へ駆け出した。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2584.html
333 名前:たった三人のディストピア ◆JkXU0aP5a2[sage] 投稿日:2013/01/23(水) 18 15 50 ID RpFkDG2A [2/5] 高校までの道のりはいつも億劫だ。ぼけっとした頭のまま、今日はどんな日程だったかなと思考している。 でもそれは霞がかったように思い出せなくてそこで思考の波は途切れる。別に学校で見ればいいし、確認したかって面倒な科目が無くなるわけでもない。 はあとため息を付けば俺は蒼一色の空へと眼をやったりする。 こんなことやってもこの気だるさは取れそうにないけれど、でも憂鬱そうにアスファルトの路面を見ているよりはマシだった。 普段は心穏やかになりそうである綿飴のような白雲の層も、今はこっちを嘲笑っているようにしか見えなかった。 どことなく厳しく、清涼な風が頬を打つ。ぶるりと頭を振れば俺はそんな風景に対する抗議のように双眸を瞑った。 自動車が来るなら音で分かるし、なにせちょっとの間だ。ぶつかるなんてことはないと思う。たぶん。 ああ、視界が真っ黒だ。なんにも考えないで済みそうな暗闇にほっとして、少しだけ気持ちが楽になる。小さな反抗に酔いながら、ほら、ぶつかってこいやとでも心中で叫べば、背後からこの澄み渡る朝空にお似合いの、よく届く声が響き渡った。 「危ない! 眼を開けろ」 誰だっけかと剣呑な声色を寝起きのぼけっとした頭のデータベースで探っている間に、不意に俺は背後へと強く引っ張られる。 ワイシャツの衿で首が締まった。驚きと抗議の声をあげる間に、俺は背後へと数歩後ずさる。眼を開け、こんな乱暴なことをしたのは誰だと振り向いた。 「……薫?」 「やあ。僕だよ」 そこには幼馴染の友人が立っていて、彼女は腕を組むとあきれ果てたとばかりに肩を落とす。彼女は首を振って前を見ろと指図すれば俺も前を見る。 と、視界に映ったのは一本の大樹――ならぬ電柱である。 薄汚れたピンクチラシだのが張られた下に、茶褐色のこんもりと盛られた物体があった。グロテスクな形状のそれは熟成された刺激臭を放っているように思えた。 「登校中は眼を開けたほうがいいね。ぶつかった上にそんなもの踏みたくないだろ」 「あ、危なかった」 俺が大げさに眼を見張っているとなりで、薫はそんなことを言う。 彼女は腕を組むのを止めると背後で一つに括った長く、艶やかな黒髪を弄びながら俺の左手を掴んだ。 「とにかく。またあんな馬鹿なことをしないように一緒に付いていく」 「も、もうしないよ。安心してくれて大丈夫だ」 「君はそんなこと言って、また同じことを繰り返すんだからね」 問答無用とばかりに俺の左手を引くと彼女は俺を引きずるようにして進んでいく。 とりあえず手を繋ぐのは恥ずかしかったし、色々と拙い状況でもあった。俺は小声で言う。 「ちょっと待て、薫。やばいって」 「何が? 君が顔面に痣を作って靴の後ろに犬の排泄物をくっ付けることよりも危険なことかい」 「い、いやさ。その、第一俺が恥ずかしいし、それに……」 それに、俺なんかとそんなことをしている姿を見られたら彼女に迷惑がかかる。 薫は確かに幼馴染だが、学校でのヒエラルキーは俺よりもずいぶんと高いのだ。基本的に人当たりも良いし、容姿も相当なもの。 となれば取り巻きも少なからずいるわけで。 334 名前:たった三人のディストピア ◆JkXU0aP5a2[sage] 投稿日:2013/01/23(水) 18 17 04 ID RpFkDG2A [3/5] 「ふーん。見られたら俺に迷惑がかかるーとでも言いたいわけ?」 「そ、そうだよ。だから手を」 「違うね」 手を離してもらえると、ほっとしたのつかの間。彼女は俺を見た。その中性的な容姿に冷笑がこびりついていた。俺は一瞬で顔を俯かせる。冷や汗が額に滲んだ。 「君はさ。自分が可愛いだけなんだよ。僕の取り巻きに陰口叩かれるのが怖いんだろ。いつも君はそんな感じだね。嘘吐きくん」 「……ごめん」 「そんな顔をしないでよ。君がそういう人間だって言うのは分かってるから」 彼女はぐんにゃりと力を失った俺の身体を引き寄せると、軽く抱きしめた。 「――それに、そっちのほうが可愛いしね。守ってあげたくなるなぁ」 くすくすと彼女は嗤った。鼻孔にふわりと漂うのはいつまでも嗅いでいたくなるような華の香りだった。なんだろう。よく分からない。 ただ昔からこうして彼女に包まれていると安心した。頭がぽーっとする。 「僕と一緒にいるかぎりは嫌なことから守ってもあげるし、不安なときは道を示してあげる。こうやって抱きしめることだってできるよ? 君が中学校でいじめられていたときも上手く対処してあげたし、小学校で友達を融通もしてあげたよね。あんまり君に構えないお母さんのために進路を作ってあげたりもしたっけ。まあ、君のためなら何でもしてあげる」 「う……あ……」 「ふふ、そんな情けない顔をしないでよ。本当に可愛いんだから」 彼女は母性を感じさせる顔付きで俺の頬を撫でた。ひどく胸の内が暖かくなる。 「君は本当に甘えん坊だね。普通の女の子は君なんか相手にしてくれないよ。分かってる?」 「……分かってる」 「うん。覚えておいてね。いくら君に親しむ素振りを見せようが、君のことを好きになる女の子なんて一人もいないんだ。みーんな君を内心では気持ち悪いって思ってるんだよ? くすくす。だから気をつけてね。中学校時代はどうなったか、よーく思い出しておかないと。君の好きだった一ノ瀬さんは?」 思わず顔を背けた。思い出したくない。軽い吐き気がこみ上げてくるのを必死で抑えた。薫はそれが気に入らなかったのか、軽く髪を掴むと顔を無理やりあげさせる。 「こら、質問には答えないと」 「……彼女は、いじめの首謀者だった」 「そうそう。本当に君って女運ないよ。女性不信もさもありなんってところだ。今でも彼女と連絡取ってるんだけどね。君の話題を振ったら途端に」 「やめてくれ!」 「うん。あんまりやりすぎるのも可哀想か」 そう言うと彼女は静かに微笑みながら俺を離してくれた。すぐに口を手で抑えると必死に逆流する胃液を引っ込めようとする。苦しさのあまりに眼から涙が零れた。 「僕が君のことを守ってあげるから。だから他の女性に近づいたらいけないよ。また辛い思いはしたくないでしょ」 彼女は繋がれていた手を離すと、ゆっくりと俺の背中をさすった。少しすればだいぶ楽になる。それを見計らって彼女は言った。 「手は許してあげる。さあ、学校まで歩こうか。遅刻扱いは困るからね」 「……うん」 俺が従順を込めて頷けば、彼女はその凛々しく秀麗な顔を笑みで歪めて。俺は彼女の後ろを忠実な従者のように進み始めた。