約 2,021,135 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2471.html
873 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 14 ID 6bJj/6Gg 「俺達は、ほんの少しだけ絆を深めたんだよ」 なんてクサい台詞をドヤ顔で言った、(ついでに「似合わねー!」「格好付け過ぎ」というブーイングをゼロコンマ1秒で受けた)その日の放課後。 「よぉ」 俺と三日は聞き慣れた相手に声をかけられた。 中性的、というより今となっては凛々しいと表現するべき面立ち。 中学時代と比べるまでもなく、女性として限りなく理想に近い、しなやかな猫を思わせるプロポーション。 その全てを台無しにするシニカルな笑み。 しかし、今この瞬間には、その釣り目に剣呑な表情を湛えた彼女―――天野三九夜(アマノサクヤ)。 「やー、天野。何か用?」 俺はいつも通り、片手を挙げて応じる。 「『何か用』、ね。フン」 俺の言葉を皮肉っぽく返す天野。 「まるでオレちゃんを怒らせたことなんて無かったような言い草じゃぁねーか」 「いや、怒らせた覚えは無いんだけど、なぁ?」 俺は困惑して、三日と目を見合わせた。 「オイオイ。オイオイオイ。見た目だけは品行方正なお前がいきなり無断欠席で、そのオチがデートだっつーんだぜ?コレを怒らずにナニを怒れってぇんだよ。なぁ、キロト」 「キロト言うな、天野(アマノ)ジャクが」 それは、俺の嫌いな仇名だった。 いわゆる1つの黒歴史。 いつも通りを装いながらも、怒りオーラ全開の天野さん。 「ま、良い機会だ。オレちゃんを怒らせるってのはどーゆーコトか。改めてその身に刻みつけてやりに来てやったぜ。ありがたく思え」 「……それは」 危険、では無いだろうか、と言いかけた。 と、言うのも、俺は一度天野に八つ当たり気味にブチキレられて笑えない目に会っているからだ。 あまりに笑いごとで無いので、世間的には無かったことになってはいるが。 「大丈夫だ。オレちゃんが直接手ぇ下すンじゃねーよ。着いてきな」 そう言って俺を促す天野。 「いやだ、と言ったら?」 「もちっと酷い目に会うだけだ。特に、横のちっこいお嬢ちゃんがな」 そう言って、天野は凶悪な笑みを浮かべた。 それでは着いて来ない訳にはいかない。 874 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 49 ID 6bJj/6Gg 「さーあ、着いたぜ」 連れてこられたのは剣道場だった。 クラブ活動の無い日なので、中はガランとしており、奇麗に掃除された板張りの床が良く目立つ。 さらに言えば、1人、防具を身につけて道場の真ん中に立つ学生の姿も。 恐らくは、1年生だろうか。 高校生としては小柄な方で、中学生と言われても納得してしまうかもしれない。 細身ながら、防具の上からも、適度な筋肉が着いていることが伺える。 面を被っているので断言は出来ないが、恐らくは男子だろう。 「彼は?」 「ああ、後で紹介するよ。ま、強いて言うなら剣道部のスーパールーキーなスーパーエースってトコロだ」 どうでもいいが、『スーパー』ほど二つ並びでこれほど頭の悪く感じる言葉は無いのではなかろうか。 「それよりもホレ、奥の更衣室でちゃっちゃと着替えて来なよ。胴着は用意してあるからよ」 と、当たり前のように指差す天野。 「着替える、って何でさ?」 「キロト、手前まさか制服でウチのスーパールーキーとやりあう気か?」 だから、キロト言うな。 「確かに、制服じゃ動きづらいけどさ・・・・・・」 「なら良いだろ?嫁さんにはオレが着方教えるから」 「・・・嫁さん、ですか」 天野の言葉を顔を赤らめて反芻する三日。 ヤバい、普通に可愛い。 「だーから、ちゃっちゃと着替えてきな。どの道、地獄を見るのには変わりないからよ」 そう言ってわらう天野の顔は、俺の腑抜けた感想を吹き飛ばすには十分すぎるほど凶悪だった。 875 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 44 22 ID 6bJj/6Gg 「つーワケで、ヤロウ共。罰ゲームのルールを発表しまーす」 胴着に着替えた天野が宣言した。 「罰『ゲーム』なのか?」 「・・・・・・」 「うるせーぞ、ヤロウ共」 ちなみに、防具と竹刀を身に着けてるのは男子のみで、天野と三日は胴着のみ。 ショートヘアの天野が身に着けた胴着は、彼女の宝塚的な凛々しさを強調させ、黒髪ロングの三日には和装が良く似合うことが再確認される。 ウン、やっぱり和服には黒髪ロングだよね。 じゃ、なくて。 「ルールは何でもあり(バーリトゥード)。とにもかくにも、暴力行為で相手を『参った』と言わせれば勝ち。以上!」 「負けたら?」 「オレの言うことを1つ聞いてもらう」 酷いルールだった。 「質問は他に無いな。それじゃあ、はじめ!」 有無を言わさず宣言した天野の声に、俺はためらうことなく――――相手の顔面に向かって脚を跳ね上げた! 「・・・剣道じゃない!?」 「言ったろ、バーリトゥードって」 後ろで三日と天野が話しているが、それに答えるつもりは無い。 天野が何を考えているのかは知らないが、少なくとも長引かせても仕方が無い。 不意打ちであろうが掟破りであろうが、速攻で決めさせてもらう! しかし、 「そう上手くはいきゃぁ、オレちゃんを差し置いてエースなんて呼ばれちゃいねーさ」 天野の言葉通り、俺の蹴りは彼の両手に持った竹刀で受け止められていた。 「!?」 「せいや!」 それでも、少年は俺の蹴りの勢いを殺しきれない―――が、その勢いを逆に利用して鋭い脚払いをかける。 「うお!?」 丁度片足立ちになったところに、モロに入る一撃に、俺は板張りの床の上へ無様にたたき付けられる。 「ハイィ!」 倒れこんだところに、竹刀が飛び込んでくる。 避けるか―――いや。 「うおら!」 床の上から跳ね起きると同時に、掌打を伸ばす。 交錯する拳と竹刀。 俺は竹刀を起きると同時に避け―――相手は拳を頭を逸らして避ける。 「!?」 「っしゃぁ!」 少年は避けると同時に正拳突きを放つ。 「ク!」 俺はその鋭い拳をいなすと同時に拳打を打とうとするが、逆に顔面へ裏拳を連打される。 何が『剣道部の』スーパーエースだ。 確実に剣道の動きではないだろうが! 「・・・・・・ゥエイっ!」 俺が驚愕している間に、相手は身体を沈め、腹部に突き上げるような掌打を見舞う。 胃の中のものが逆流しそうな感覚。 『感じても思っても考えても仕方がないものがあるなら―――全て無視してしまえば良い。そしたら、何も無かったのと同じになる』 瞬間、昔聞いたある言葉が思い出された。 九重、お前はいつだって正しいな、残酷なまでに。 俺はその痛みを堪え、否、無視し、体制を立て直すと、彼の掌打を竹刀を抑えようと振るった。 少年は片手を制されてもひるむことなくもう片方の手に持った竹刀で、俺の鳩尾に鋭い突きを見舞う! 同時に、封じられた方の手を振りほどいた少年は、俺に向かって反撃の暇も与えることなく、突き上げるような掌打を次々に見舞う。 190cm代の俺とは身長差があるため、少年の攻撃はどうしても突き上げるような軌道を描かざるを得ない。 彼自身、俺のような相手との戦いは慣れてもいないだろう。 しかし、それでも彼が繰り出すのは、一切の無駄のない、鋭くまっすぐな攻撃だった。 「・・・強い」 「オレらには負けるがな。まぁ、アイツもガキんちょの頃から剣道やってたらしいしなー」 「・・・でも、あの動き・・・・・・」 「あー、アイツ前の部長経由で良い先生を紹介してもらったかんな。その人との稽古で剣道の腕も一気に上がったけど、あーゆーいらないモンも一気に身に着けて帰ってきやがった」 「・・・誰ですか、そのいらんことしいな先生は」 「アンタの姉さん」 背景でずっこける音。 876 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 13 ID 6bJj/6Gg 「・・・お姉様!?二日お姉様ですか!?私の知らないところで何やったんですかあの人って言うか私聞いてないです!!」 「あー、あの人も大概にしてシャイだからなぁ。何でも、前部長と一緒に市の体育館レンタルしてこっそりやったとかって聞いてるぜ。オレも詳しくは知らんけど」 「・・・剣道部に剣道以外のことを教えて、何考えてるんですか・・・・・・」 とどのつまり、この少年の動きは劣化二日さんということか。 二日さんの戦いを直接見たことは無いが、少なくとも金持ちの家のSPを倒してしまうほどの腕前だ。 その弟子だと言うのなら、なるほど確かに強いはずだ。 俺は素早い掌打を避け様に、その隙をねらい打たんと手足を大きく振るい、勢いのある突きや蹴りを繰り出そうとする。 しかし、そのことごとくを避けられ、いなされ、同時に瞬時にカウンターを決められる。 俺は、それに対して思いつく限りの返し技を相手に打ち込もうとする。 攻防は、いつしかカウンター合戦の組み手のような様相を呈していた。 「おーおー、立つねぇ立つねぇ頑張るねぇ」 「・・・千里くん」 「あのバカが逃げないのは、アンタを守るためかい。・・・・・・いや、違うな」 半ば1人ごちるように、天野が言う。 「単に嫁さんを守りたいなら、オレをボコせば良いだけの話だ。それをしないで、こうしてアイツにボコられ痛い思いをしてるのは、オレに対する義理立てのつもりか、謝罪のつもりか・・・・・・。アイツも大概にしてイカれてやがる」 「・・・見透かした風なことを言うんですね」 「そうかい?フツーに素直な感想のつもりなンだがな。一応は長らくアンタのダンナさんのダチをやらしてもらってっし。相応にアイツのことは理解しているつもりさ」 「・・・」 「アイツは狡い手管を使えない不器用者だよ。だから、荒事に巻き込まれたり、手前も暴力を使わなくちゃいけない場面に巻き込まれ易い」 「・・・それは、知ってます」 「だろうな。だから、相応に場慣れしてるし、そこそこ強い。けれども、同時に相手を傷つけたくないって思いも強い」 まったく、本当に見透かしたことを言う。 俺はこれみよがしなフックを放つそぶりを見せる。 それをフェイントに、もっと大振りな踵落しのモーションに入る。 大きく、重い袴を身に着けているが、それだけに見た目が派手に、威圧的になるはずだ。 心の方が折れてくれれば、体が軽傷のまま、この三文芝居を終えられる。 「でも、どーなんだろうねぇ。どーも代わりに自分が身体を張れば、自分が苦労すればそれで良いと思ってるフシがありやがる」 脚を振り下ろす前に、少年は俺に身体を密着、俺がそれを認識した瞬間にはエルボーを見舞っていた。 防具の無い所に叩き込まれた、強烈な一撃。 「それは、確かに時として『誰かのため』ってぇでっかいモチベーションになる。それをオレは否定しない。ソレに助けられたクチだからな。けれども、どうなんだろうねぇ」 グラリ、と体制を崩し、俺は崩れ落ちた。 竹刀を無理やりに掴み、立ち上がろうとする。 「・・・何が、言いたいんですか?」 「ンな自己犠牲を、アイツはどう感じてんのか。・・・・・・や、違うわ」 荒い息を吐き出しながら、痛みをシカトし、疲れを無視し、立ち上がる。 「傍目から見たら、ドンだけ痛々しいか分かってンのかねぇ」 「・・・」 「アンタはどー思う?嫁さん?」 天野の言葉に、三日は答えることは無かった。 877 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 32 ID 6bJj/6Gg その前に、少年が宣言したからだ。 「参りました」 と。 「参った参った参りましたよ!こんだけやられりゃぁ、尊敬する御神先輩がどんだけのお人なのか痛いくらいに分かりました!罰当番だろうが何だろうが、俺に好きなだけ言いつけてくださいよ、先輩」 フルフルと首を振り、少年が言う。 「おや、フルボッコにしなくて良いのかい」 「人をドSみたいに言わないでください。俺はこれでも、目の前に死にそうな人がいたら自然と助ける程度には平和主義者なんですから」 「そのネタは真性のシリアルキラーでないと笑えないジョークだな」 「どこが冗談ですか!とにかく、この勝負俺は降りますからね!」 と、竹刀を振る少年。 白旗を振っているつもりなのだろうか。 「まったく、天野先輩も人が悪いにもほどがありますよ。俺に御神先輩を紹介する条件として、その御神先輩相手にこんなイジメみたいなことを持ちかけるなんて」 不満もあらわに、天野へと詰め寄る少年。 「いや、まー・・・・・・。俺も俺で引き受けた側だしー」 立ち膝のまま、俺は少年をなだめていた。 「いや、先輩はむしろ怒って良い側ですよ!」 「そーだぜ、神の字。ソコはコイツに味方するルートだ」 少年の言葉に、からかうように天野(アマノ)ジャクは笑った。 「天野先輩が言わないでください!」 「まぁ、そー怒るな。約束どおり紹介してやっからよ」 すっかり頭に血がのぼっている少年をからかい混じりにいなす天野。 見事なまでに相手の扱いを心得ているようだった。 「ほんじゃまー、改めて。コイツが我が夜照学園高等部の剣道部1年きっての期待の新人、超人エース、宇宙のエース・・・・・・」 「弐情寺カケル、です」 そう言って少年―――弐情寺カケルは、面を外し、少年らしさの残る素顔を晒した。 878 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 48 27 ID 6bJj/6Gg 「ええっと、弐情寺くん、で良いのかな?」 「あ、俺のことはカケルで良いです。敬愛する御神先輩のことは天野先輩から常々聞き及んでおりました」 弐情寺くんは、ハキハキした少年だった。 まっすぐな瞳で、こちらを見上げている。 容貌としては悪くない部類で、素直そうな印象を見るにそれ相応に女子からの人気はありそうな気がする。 少なくとも、俺個人としては好感の持てる人柄が感じられた。 そんな男の子が、どうして俺のことをキラキラした眼で見つめているのかは、多分に困惑するところではありますが。 「・・・弐情寺くん、そんなに千里くんを見つめないでください。・・・千里くんが引いているのが分からないんですか」 「すみません、敬服する御神先輩の恋人さんであるところの緋月三日先輩」 心持ちトゲのある三日の言葉に、シュンとする弐情寺くん。 裏表の無い性格なのだろう、表情の変化が非常に分かり易い。 「いや、まぁ引いてやしないけどさ」 と、三日をなだめつつ、俺は弐情寺くんをフォロー。 俺と三日は、勝負の後に弐情寺くんと天野に説明を求めていた。 先ほどから、場所は変わらず剣道場。 顔の汗はタオルでふき取ったとはいえ、冬の冷たい空気が、苛烈な殴り合いで火照った身体を冷やす。 ただし、俺たち4人は全員制服に着替え、円になって座っている。 俺と天野が胡坐で、三日と弐情寺くんは正座だった。 三日の正座はごく自然な仕草ながら、純和風の容貌に相応しく、美しい姿勢だった。 随分と手馴れた仕草で座ったので、ひょっとしたら何かしら正座をすることの多いお稽古事でも習っていたのかもしれない。 「それにしても、何でまたこんな勝負を?天野から俺を紹介してもらう条件に―――とか言ってたけど」 「はい。俺は天野先輩や他の方々から、御神先輩の評判を聞くたびに、憧れの念を強め、遂にはお会いしたいと思っていました」 熱烈にと言った調子で、弐情寺くんは語りだした。 「ねぇ、天野ジャク。このコに俺のこと何て言ってたのさ」 「そりゃぁ、千キロト。事実を事実のまま、ありのままに話しただけだぜ?もちろん、隠すところは隠して。つか、天野ジャク言うなや」 ヒソヒソと話す俺と天野。 「しかしながら、どうにも間が悪く、先輩とお会いする機会を得られないままでした」 「コイツがオレに、キロトに会いたい、って言い出したのは今年の夏休み明けだったからな」 夏が明けてから、というのは思いのほか最近だったので意外だったが、同時に納得した。 その上、ここの所明石と葉山関連の一件にかかづらっていたから、弐情寺くんと会う余裕なんて無かったからだ。 今思うと、その辺りのことを、意外と空気の読める天野は敏感に感じてくれていたように思える。 空気の読める部長だけに、見事なエアリーダーである。 「・・・・・・オイ、それあんまし上手くねーぜ、キロト」 「・・・・・・人の心を読むな、天野ジャク」 俺らがバカ言ってる間にも、弐情寺くんは熱の入った口調で話を続ける。 「それで本日、天野先輩にお願いしてみたところ『オーケー分かった。条件として、あのでくの棒と勝負してやれ。イヤだと言うなよ?部長命令だかんな分かったか!?』とすごいイイ笑顔で言われまして」 「閻魔の笑顔の間違いじゃ無い?」 「オレのような聖人君子を捕まえて何言いやがる」 「天野先輩も、普段はこんなじゃ無いんですけどね。スパルタンですけど」 天野の酷さはさておき、話としては分かった。 「んで、天野ジャクはどうしてこんな茶番をマッチメークしたわけさ」 「・・・そうです。・・・大した怪我こそ増えなかったものの、千里くんが痛そうにしているじゃないですか」 そう言って、俺たちは天野の方に目をやった。 「その前に、忘れちゃいないだろうな。勝負のルール」 「まーね」 ルール、負けた方は天野の言うことを1つだけ聞く。 「もっと自分を大事にしやがれ」 そう命令する―――否、懇願する天野の顔は、いつになく真面目だった。 「オレはいつだって真面目だ」 「人の心を読むな・・・・・・って言うのはともかく、どうしたのさ、いきなり」 正直、怒っているものとばかり思っていたのだが。 879 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 49 07 ID 6bJj/6Gg 「あー、ブチ切れてたさ。さんざっぱら心配かけといて、『学校サボって旅行行ってました』なんていう手前に、今朝まではな。ただ、それをゼンの奴にブチ撒けたら、さ」 ゼン、千堂善人。天野の一番大切な恋人。 「アイツ、『外見に似合わず真面目っ子してる御神がそんなことするとは思えないけど?僕たちのときみたいに、誰かのために奔走してたのが丸分かりじゃないか。ホント、嘘吐くの下手だよね、キロトくんも』って言ってさ」 カップル揃って、人の心を読みきったようなことを言う。 「そしたら、別の意味でむかっ腹が立ってきた。何で、オレらに何も言わずにそんな無茶をするのか、そんなにオレらが頼りないのか、ってな」 「いやいや、嘘なんて吐いて無いよ。ホラ、バイクの免許だってこの通り」 と、俺は財布の中から免許証を取りだした。 「って、発行年が去年になってますけど」 「とっくの昔にゲットってるなら、エキサイトして学校サボる理由には、薄いわな」 「……」 自分で自分の首を絞めていた。 「別にナニを隠そうが知ったこっちゃねーがよ。ンなにオレらが頼りねーか?」 「そんなつもりは・・・・・・」 無かった、と言っても説得力は無いだろうなぁ。 実際、先の一件で天野を頼ったことは無かったわけだし。 「今日はその意趣返しを兼ねて、って奴さ。コレでチャラにしてやるよ、今回『だけ』はな」 そう言って、天野は立ち上がった。 「天野?」 「言っただろ、『兼ねて』って。本命は後輩に憧れの先輩と好きなだけ話させてやることの方。用事の終わったお邪魔虫は、一足お先に帰らせてもらうぜ」 そう言って、出口へと天野。 「じゃーな、お前ら。あ、弐情寺、帰りに道場に鍵かけて帰れよー」 そう言って悠々と見せる天野の背中を見て、俺は、俺の周りにはかなわない人が多すぎると思わずにはいられなかった。 「ィよぉ、色男」 剣道場を出た天野三九夜は、校門の前で待っていた相手にそう声をかけた。 「やぁ、美人さん」 それに対して相手、千堂善人は慣れた調子でそう返した。 善人は、心身共に幼さのあった中学時代と比べ、かなりの程度精悍な印象が強くなっていた。 御神千里ならば「男前が増した」と手放しに褒めることだろう。 「寒空の下、態々待っていてくれるとは、よほどオレちゃんのことを気にしていてくれたのかい?嬉しいねぇ」 「気にもなるさ。三九夜(サク)のような美女が、密室に男2人を連れ込むんだからさ」 「妬いてるのかい?益々もって嬉しい限りだぜ。ムカシなら考えられなかったからねぇ」 慣れたやり取りなのか、心底愉快そうに笑う天野。 「よしてくれよ、昔の話は。一応、反省してるんだし」 と、子供のようにすねた表情を作る千堂。 「ハハ。悪い悪い。まぁ、ナニも無かったのは言うまでもねーがな。女のコも一人いたしよ」 「と、女の子と言えば」 天野の言葉に、何かを思い出した様子の千堂。 「何だ、オレちゃん以外の女郎に目移りか?」 「そ、そうじゃなくて・・・・・・」 一気に殺気を帯びた天野の視線に気圧されながらも、言葉を続ける千堂。 「さっき、剣道場の方から、見慣れない女の子が出てくるのが見えて、さ。それで」 「見慣れない女?黒髪ロングのクリっとした目のちっこいコじゃなくてか?」 怪訝そうな顔をして、取りあえずは三日の特徴を伝える天野。 「違う違う。そんな背は低くなくて、いや高くも無かったかな・・・・・・ちょっと覚えてないけど」 「どっちなんだよ」 「何だか、印象に残りづらいって言うか、特徴らしい特徴が思い出しづらくて」 「いや、自分から話題振っといて・・・・・・」 ツッコミを入れながらも、剣道部部長としても先を促す天野。 「うーん。強いて言えば、長い髪に、糸目の、どこかとらえどころの無い狐みたいな娘だったかなぁ」 880 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 53 36 ID 6bJj/6Gg その後、俺と弐情寺くんは、三日を交えて帰り道に安めのファストフード店に寄り道して、長々と話し込んだ。 半分は、俺の過去の行いをぼかしぼかしの紹介で、俺を英雄のように持ち上げようとする弐情寺くんには苦笑せずにはいられなかった。 三日までそれに乗っかるので(『・・・天空から私を助けに現れた千里くんは、天使よりも美しかったです』だの)、俺はブレーキをかけるのでやっとだった。 もう半分は、『人を助ける』ということについて。 と、言うか、高校生男子らしい正義論。 推理小説の名探偵を例に出した弐情寺くんの持論は、中々興味深く、同時に彼の存外思慮深く洞察力のある、それこそ名探偵のような一面を垣間見て、話は思いのほか白熱した。 「とどのつまり」 と、俺は考えを整理しつつ、柔らかに言った。 「人を助けるという行為を選んだ瞬間に、その人は当事者の側になっちゃってるんだと思うなー。あくまで、その人も助けられる側と同様当事者として動いただけで、その間に上下関係は無いんだと思う」 コーラを片手に、俺は言う。 「助ける側がすごいとか、えらいとか、そんなことは無くてさ」 「けれども」 と、弐情寺くんは食い入るように反論した。 俺を尊敬していると言いつつ、その意見に唯々諾々と従わない姿勢には、むしろ好感が持てた。 素直で芯が強い、と言うある種の矛盾を両立させた彼の性格は、ある意味非常に少年漫画的な主人公向きだと内心感服せずにはいられない。 「『助けた』『助けられた』という関係性が成立してしまってることは事実じゃないですか?いや、まぁ、そこに恩義を感じるかどうかは人それぞれですけど。助けた側が英雄的ヒーロー的で強力なポジショニングになったのは確かなわけで・・・・・・」 うーん、と唸る弐情寺くん。 彼の中でも、考えが纏まりきっていないようだ。 「・・・私なら」 と、考え始めた弐情寺くんの間をもたせるように、ジュースの入った紙コップを置いて三日が言った。 「『助ける』という行為の前に、誰を助けるのかを選ぶところから始めると思います。・・・その人が困っているから、とかじゃなくて、その人が私にとってどんな人なのか・・・力になりたい、と思える人なのか、とか」 「大事なのは誰を助けるのか、誰を助けたいのか、ですか」 「ある種、とても人間らしい回答だね。最適解の1つとも言える」 この辺りは、つい昨日まで親友がトラブルを抱えていた三日自身の経験を踏まえた上なのだろう。 「さっきまでの、御神先輩のお話じゃ無いですけど、ヒーロー的に鮮やかに誰かを助けるってのは「カッケェ!」と思うんですけど、同時になんかやらしさを感じると言うか・・・・・・」 「力を見せ付けてるみたいに、ってコトー?」 俺の言葉に、迷いながらも頷く弐情寺くん。 881 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 11 ID 6bJj/6Gg 「・・・最初の『ウルトラマン』でもありましたよね。・・・ウルトラマンや特捜隊が、正義の名の下に弱者を虐げてるんじゃないか、みたいな」 「ジャミラ回か」 若い子には分かりづらいたとえを出せる三日だった。 初代ウルトラマンとか、普通若い子は映画でしか知らないんじゃないだろうか。 「もし、そこらへん勘違いしてるなら、俺の持論を言わせてもらうけど。その助ける奴の凄さとか優れているとか、そう言うのって大したイミ無いと思うんだよね」 三日にならって、俺も自分の経験を踏まえて、言わせてもらうことにした。 「意味、ですか?」 「そう。正直、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝つだの負けるだのなんて、俺にとってはくだらねーカスでしか無いんだよ」 「・・・・・・カス、って、それは・・・・・・」 「だって、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝っているだの負けてるだので、人の心は振るわせられやしないんだからさ」 「・・・・・・」 「そんなモンで、人は恋に落ちてくれない」 そう、実際俺がどれだけ格好をつけても、どれだけ強くあろうとしても、どれだけ賢くあろうとしても、どれだけ機転を働かせようとしても、どれだけ優れていようとしても、どれだけ勝とうとしていても、そしてどれだけ助けても――― 彼女は俺に「好きだ」と言ってくれたことは一度としてなかった。 彼女は、九重カナエは。 「だから、助けるだの助けないだの、目に見える分かり易いところじゃなくて、それが周りの人の心にどう響くかが大事―――なんて、俺も偉そうなことを言えるほどの者じゃあ無いけどさ。ゴメンね、下らないこと上から言って」 そう、俺は、にへらと笑って自論を笑い飛ばした。 「・・・・・・いえ、大変参考になりました」 しかし、弐情寺くんは深々と頷いていた。 「正直、白状すると、俺旅先で女の子をちょっと助けたことがあったんです」 「いかにもロマンスに発展しそうな話だね」 「正直、俺もちょっとそう言うの期待してました。そこまではいかなくても、彼女を助けたことを、誇り、驕っていました」 自らの行為をはっきりと卑下する弐情寺くん。 「ま、結局その後イイ雰囲気になるどころか、連絡1つもらえませんでしたけどね!まぁ、アレですよね。俺の行いが、俺が思ってたよか、あの女の子の心に響かなかったってことなんでしょうねー。ハハッ!」 そう言って、空しくわらう彼の姿に、昔の俺が重なった。 ひょっとしたら、彼が助けたのは、九重カナエ、のような女の子だったのかもしれない。 882 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 49 ID 6bJj/6Gg 「先輩がた。今日は、貴重なお時間を取らせていただき、ありがとうございました!」 「いやいや、俺らも丁度暇だったしー」 「・・・あなたが千里くんに手を出す同性愛者で無いことが分かっただけ、この時間は貴重でした」 そう言って、俺たちと弐情寺くんは別れた。 「しっかし、『助けること』ねぇ。ヒーローオタクとしては、中々感じ入るものがあったなぁ」 三日と2人、自宅のマンションのエレベーターの中で、俺は誰にともなく言った。 「・・・ヒーロー、と言うよりは千里くんそのものだったようにも思えますけれど」 「それはアレだよ。俺が子供の頃に夢見た正義のヒーローをロールモデルにして生きているからじゃない?まぁ、ロールモデルというより、劣化コピーと言った方がいいだろうけど」 「・・・いいえ、千里くんは、十分ヒーローです。・・・ただ1つを除いて」 俺の方をまっすぐに見上げ、三日が言った。 「ただ・・・1つ?」 「・・・心があることです。作り事の登場人物と違って」 まっすぐにこちらを見る三日の本心は読めない。 いや、本当に読めないのは・・・・・・・ 「・・・千里くんは、何度と無く私を助けてくださいました。・・・けれども、その行為は千里くん自身の心には・・・どのように響いたのでしょうか」 「・・・・・・俺の、心に?」 「・・・千里くんは、どうして私を助けてくれるんですか?守ってくれるんですか?・・・優しく、してくれるんですか?」 「それ、は・・・・・・」 質問ニ答エヨ 密室の中、黒く淀んだ彼女の瞳がそう言っているように見えた。 「・・・私は、千里くんが好きです。・・・何度もそう言ってきたつもりですし、その言葉に千の偽りも万の嘘も1つたりともありません」 エレベーターの密室、逃げようの無い状況でこんな風に切り込んだ、三日のある種の引きの良さに戦慄せずにはいられない。 「・・・けれども、千里くんは・・・どう・・・なんですか?」 本人は狙っていないのに、俺が勝手に追い詰められる! 「・・・一度も、私に言ってくれたこと無かったですよね」 静かな声音の中にも、強い響きがある。 「・・・私を助けることが苦・・・ではないと、私を守ることを厭う・・・ていないと、私に優しくすることは気持ち悪い・・・わけでは無いと」 答えることを強要するような、強力な響きが。 「・・・私のことが・・・好きだと」 と、そこで唐突にエレベーターの扉が開いた。 予兆も伏線も何もかも吹き飛ばして。 まるで不意打ちのように。 扉の先には、人がいた。 1人の女の子が。 見慣れた相手、と言うと語弊があるだろう。 けれども、一度たりとも、一瞬たりとも、忘れたことの無い相手。 その彼女に、俺の眼は自然と吸い寄せられる。 「・・・・・・九重」 三日に問い詰められる以上の戦慄を覚えながらも、俺は彼女の名前を口にしていた。 「九重・・・・・・かなえ」 それに対して、目の前の少女は、以前と変わらぬ、狐のような笑顔で、 「やぁ、久しぶりだね、千里」 と、まるで何の感慨も無いかのように、当たり前に言ったのだった。 おまけ 夜照学園学内施設解説 ・各種武道場/剣道場 本校は進学校ではありますが、部活動も盛んです。 その為、体育館に隣には、この剣道場をはじめとする武道場や各種スポーツのコートが設けられています。 十分なスペースに板張りの床(柔道場を除く)、各道場には男女の更衣室・空調設備も完備されています。 体育の選択授業に使われることも多々あるこれらの道場ですが、その維持・管理には学生たちによる自主的な清掃・維持が不可欠です。 今日も、彼らが自らピカピカに磨いた道場で稽古する声が校内に響きます。 生徒からの声 「掃除が生徒主体だから汚い部の道場はドキータねぇンどってるのはベツにどーでも良いんだけどよ、補修やら何やらそれ以外の全部部費でまかなえってのはどうにかなりませんかねぇ?おかげで毎年、各部で部費の取り合いが鬼のよ(以下検閲削除)」 (夜照学園高等部入試案内用広報誌『SATELITE 30』より抜粋)
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2447.html
341 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 31 28 ID p/z9kw42 4年前 「それは、きっと……」 「おー、居た居た居たぜ」 その日、九重と話している最中、俺がそう言いかけた時、そう声をかけられた。 寝ころんでいた体を起こすと、俺達のいる屋上の扉が開かれ、3人の生徒たちが入ってくる。 生徒、俺と同じ夜照学園中等部の中学生たちである。 俺に声をかけてきたのは葉山正樹。 幸か不幸か俺と同じクラスになどなった揚句、無愛想な俺に積極的に話しかける奇妙で奇矯な男である。 「……」 招かれざる客を引き連れた、これまた招かれざる葉山に俺はジト目をくれてやった。 「ンな目で睨むなよ。別にお楽しみ中だった訳でもあるまいし。なぁ、九重?」 そう言って、葉山は俺と一緒にいた九重にも声をかけた。 つくづく、馴れ馴れしい男だ。 まったく…… 「その手の冗談、女の子の前で言うのはお勧めしないかもー?」 対する九重は、へらりとした笑顔で葉山の言葉をかわす。 「ああ、レバーに銘じとくぜ」 「大げさだねー。たかだかただのクラスメート、縁もゆかりも無い相手にー」 「いやいやいや。縁もゆかりもシソも無ぇってのは水臭いぜ、ダチ公達よ」 「ダチコ?」 「親友って意味だ」 「ボクとはやまクンの間にそんな設定あったっけー?」 「寂しいこと言うなよ!」 ちなみに、俺はそのやり取りに口をはさめず、ただ横で眺めているだけ。 当時の俺は、あまり口数の多いキャラクターでは無かったのだ。 「そうは言ってもー、珍しくはやまークンがこんな寂れたところに態々来てくれたって言うのは何か用事があってのことでしょー?しかも知らない人たちも一緒にー?」 「そうそう、俺は下心有り有りアリーデヴェルチ……って違う!まぁ、ちょい頼みごとがあるのは確かだがよ」 「って言うか知らない人扱い?わたしら知られてない訳?マイナーマイナーどマイナスター?」 葉山の後ろから現れた、快活そうな印象のポニーテイルの生徒が口をはさんだ。 「こちらの一原百合子会長はつい先日生徒会選挙で生徒会長に就任された2年生なのですが」 そう補足したのは、もう1人のショートカットに眼鏡の生徒。 「あ、そーだったんですかー?すみませんー、ボクら世の中に疎くて」 「くー!学園のアイドルの道は険しい!」 九重(と横で頷く俺)に対して漫画チックに拳を握りしめるポニーテイルの生徒改め一原先輩。 どうやら、かなりテンションの高い人のようだ。(って言うか、学園のアイドルって何だ) 「でー、その学園のアイドル志望な生徒会長さん直々に、この友達いないコンビに何か御用ですかー?」 「ンな固く考えなくて良いわよ」 と、気軽そうに手をヒラヒラと振る一原先輩。 「って言うか友達いない言うなよ!ここにいるじゃンかマイベストフレンドが!」 と、自己主張するマイベストフレンド(自称)葉山。 そして、葉山はツカツカと俺たちに歩み寄り、ポンと肩に手を置く。 「面子が足りねーンだ。参加してくれ」 「面目がどうかしたのー?」 「メンバーって意味だよ、このバアイ」 半分はわざと言っているであろう九重に対して、律儀にツッコミを入れる葉山。 彼には芸人の才能がありそうだ。 「メンバーって言っても、何のー?」 「生徒会の」 葉山が当然のように答えた。 ……って生徒会だって? 「知ってるだろ、っつっても知らねーか。今期(ウチ)の生徒会、今ソコの一原会長と氷室副会長、プラス俺以外にメンバーがいなくて役員絶賛募集中なンだよ」 ンなアホな。 いくら夜照学園の生徒会選挙が、基本的に生徒会長を決める選挙だと言っても、それで役員が集まらないと言う話は前代未聞だ。 342 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 31 53 ID p/z9kw42 「なんだか、部活動に昇格したい同好会の新人勧誘みたいだねー」 「人事みたいに言うなよ。たった3人じゃどーしよーも無くて困ってンだ」 「だって、自分事ってわけでもー?」 「だから人事じゃねーし」 そう言って俺達に向かって手を合わせる葉山。 ついでに、後ろの2人の先輩も揃って手を合わせる。(練習でもしたかのようにピッタリだった) 「つーわけで頼む!」 「生徒会に入って!」 「頂きます」 葉山、一原先輩、眼鏡の氷室先輩が順に頭を下げた。 「んー、そんなこと言われましてもー」 と、困ったように小首をかしげる九重。 一方、俺は内心かなり驚いていた。 誰かに何かを頼まれたことなんて、それが初めてだったから。 誰かに自分たちが必要とされたことなんて、本当に初めてだったから。 「この通りだ!頼む!」 「お願いぷりーず!へるぷみー!」 「ここは、犬にでも噛まれたと思って」 何だか、氷室先輩だけ温度差を感じるけど。 「んー、でもー、ボクらそのセイトカイ?の経験とかスキルとか無いですよー、多分ー」 「大丈夫!私もだから!」 全くフォローにならないことを力説する会長。 それにしても、生徒会長とかに立候補するからには、小学生時代からその手の活動をしているものだと思っていたが、世の中そんな人ばかりでも無いらしい。 「うわ、何だかすごい偏見を持たれていた気がする……」 俺に向かって嫌そうな声で言う一原先輩。 この先輩、妙な所で鋭い。 「ま、そーゆー訳で手伝ってくンね?」 「差し当たり、九重後輩が書記で、御神後輩が庶務という体で考えていないことも無いのですが」 葉山と氷室先輩が頼み込む。 熱心な葉山と氷室先輩との間に微妙な温度差があるような気がしないでも無いが、気のせいだろうか。 「書記ー?」 「ダベッた内容をメモするだけの簡単なお仕事よ」 小首をかしげた九重に、死ぬほど酷い説明をする一原先輩。 取り合えず、この人は全国の書記さん一同に謝るべきだと思う。 「んー、でもー……」 「頼む神様仏様イエス様九重様御神様!」 平身低頭、頭を下げる葉山。 「ちょっと聞きたいんですけどー、何でボクたち何ですかー?生徒会選挙の立候補者ってー、他にもいたと思うんですけどー?」 九重の言うことは、俺も気になっていた。 確かに、夜照学園の生徒会長は生徒会役員の人事権も持っているが、だからと言って俺たちを役員にする必要は無い。 例年は、選挙の立候補者の中で最も票を集めた者が生徒会長となり、それに次ぐ票を集めた上位数人を生徒会役員に選抜することが慣例となっている。(と、一年生にして生徒会選挙に立候補した葉山に、聞いてもいないのに説明されたことがある。) 「確かに、候補者だけならいたのですが……」 「なんかさー、ドイツもコイツもフランスも頭固いコばっかでね。悪いんだけど正直、あの面子と生徒会(チーム)組むのはちょっと無いわ」 まいったぜ、と言わんばかりにゲンナリした表情をする一原先輩。 どうも、他の候補者にも会いはしたものの、好印象を受けなかったらしい。 「もっとも、彼らにとっても『無いわ』だったのでしょう。選挙演説で『学園のアイドルに、アタシはなる!』と言って会長に就任した女生徒というのは」 と、氷室先輩が補足した。 どうやら、好印象を受けなかったのは、お互いさまだったらしい。 「それで、生徒会選挙で仲良く喧嘩したもとい競い合った葉山くんに『面白いヤツらがいる』って聞いてきたら大当たりだったってワケ」 「―――」 「……」 それは、つまり俺達は一原先輩たちに、チームを組んで良いって思ってもらえた訳で。 「特に九重ちゃん。アナタ、わたしの好みのどストライクベントよ」 「おい」 ナチュラルに九重の頬へ手を当てた一原先輩に対して、俺はツッコミを入れざるを得なかった。 343 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 32 09 ID p/z9kw42 「や、やーねー。冗談よ冗談。って言うか間髪入れずに突っ込んだわね、御神ちゃん。聞いてた通り面白いわ、アナタ」 手を引っこんで慌てて釈明する一原先輩(怪しい……) それよりも、葉山の奴は先輩たちに俺のことをどう説明していたのだろう。 「だから睨むなよ!」 一瞥をくれただけで抗議の声を上げる葉山。 「別に、睨んでない」 「あー、悪ぃ」 大声を出した割に、あっさり引っ込む葉山。 良く分からない奴である。 「え、今の睨んで無かったの?」 「アイツ、目ぇ鋭いから、誤解されやすいんスよ」 一原先輩と葉山が小声で話している。 丸聞こえである。 葉山の奴は本当に分かったようなことを言う。 まったく……ありがたい。 「まー、ボクは大丈夫ですよー、ヒマですからー」 「ホント!?さんきゅーありがとーあぶりがーどー、らぶりーまいえんぜるかなえタン!」 「タンとか言うな」 九重に向かって、目を輝かせて世迷言をのたまう一原先輩、俺が横やりを入れた。 所謂オタクである俺だが、九重が他人にそう言う呼ばれ方をされるのは好きではない。 「それでー、千里はどうするのー?」 かなえタン呼ばわりされたことを動じることなく俺に話を振る九重。 「お前が良いなら、俺も異論は無い」 「ボクが良く無くても、キミに異論は無かったクセにー」 何故か意味深にクスクスと笑う九重。 いや、分かってるけどね。 奇妙で奇矯で、馴れ馴れしくもありがたい男友達に頼みごとをされて、俺が断れる訳が無いことくらい。 「じゃ、これで決定ね!って言うか結成ね!今期夜照学園中等部生徒会!」 そう言って、俺と氷室先輩の肩に腕をかける一原先輩。 「お、やりますか?」 「それっぽいでしょ?」 「やれやれですね。ですが、嫌いじゃありません」 「何ですかー?」 と、口々に互いの肩に手を組む俺達。 「結成記念の気合入れ。お約束の円陣よ!」 「オ、良いですね。それで、なんて言いって組みます?」 「あ、考えてなかった」 「昔から、本当にノリだけで動きますね、一原会長は……」 一原先輩に向かって、氷室先輩が呆れた声を出す。 どうやら、せっかく円陣を組んだのに何を言うのか考えていなかったらしい。 しかも、誰もそのアイディアを持っていない。 「……じゃあ、ナンバーワンとか?」 「良いわね、ナンバーワン。何かいかにもビッグでジャイアンツってカンジ!」 俺が言った台詞に、一原先輩が意外な喰いつきを見せた。 割と適当に言ったのだが。 「じゃあ、行くわよ!夜照学園中等部生徒会ー……」 「「「「「ナンバーワン!!!」」」」」 344 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 33 18 ID p/z9kw42 と、ここで終わっていればイイハナシなのだが、そうそう綺麗に終われれば苦労はしない。 生徒会発足から数日後。 役員不足という前代未聞のトラブルを乗り越えて、慌ただしくも何とか引き継ぎを終えた俺達ひよっ子生徒会も、ようやく軌道に乗り始めた。 分からないことだらけで失敗の多い不格好な生徒会だったが、 時に助け時に助けられつつ、少しずつチームとしての体裁が整ってきたような気がしてきた。 むしろ、トラブルが多かったからこそチームとして団結したと言えるかもしれない。 生徒会に入ってまず驚いたのは、葉山が会計だったことだろうか。 どれだけ驚いたかと言うと、俺達の間で 「葉山、お金の計算とかできるの?」 「失礼な!コレでも金銭感覚はちゃんとしてるつもりだぜ!まぁ、今は氷室先輩に半分くらい手伝ってもらってるけどな!半分くらい!」 「殆ど全部を『半分』って言うの?」 というやり取りがあった程だ。 降格と、もといこう書くと葉山の株を落とすようだが、実際実務面で氷室先輩は非常に頼りになった。 5人という生徒会としてはギリギリの人数の中で、彼女が全体のとりまとめをしていたと言っても過言ではない。 一原先輩が難しいことは殆ど氷室先輩に丸投げしていたように見えるくらい。 もっとも、実際はそう見えるだけで、一原先輩も生徒会の為、学園の為に尽力していた。 どんなにキツい状況でもお気楽極楽な笑みを絶やさず、俺が手酷いミスを犯して落ち込んだ時も、笑って励ましてくれた。 実務面では氷室先輩に救われ、精神面では一原先輩に救われた。 そう、救われたのだ。 もっとも、一原先輩が九重に対して妙に馴れ馴れしいのはムカついたが。(スキンシップで九重の胸揉むんだぜ、あの女) とは言え、そんな先輩でも救われたことは事実な訳で。 まぁ、多少感謝の念を示すのが年長者に対する礼儀と言う奴だろう。 そんな訳で、そんなある日の生徒会室。 俺達は今日も今日とて雑務を処理するべく、放課後長いこと忙しくしていた。 「うーん、今日も働いたわねー。これだけやれば、今から一年間は怠けても良いわよね!」 夕日に照らされる長机で、大きく伸びをしながら、一原先輩は言った。 「いや、その理屈はおかしいッス」 葉山が間髪いれずにツッコミを入れた。 「細かいことは言いっこなし」 「細かくねーですよ」 「てへ!」 「かぁいく言ってもダメです」 ボケ倒す一原先輩に葉山のツッコミが次々に決まる。 「ま、それはともかくみんなお疲れー」 と、解散宣言をした一原先輩の前に、俺は無言である物を置いた。 「何これ、庶務ちゃん?」 不思議そうに問いかける一原先輩。 ちなみに、その頃の先輩は、相手を役職名にちゃん付けで呼ぶのがマイブームになっていた。 「クッキーです」 「クッキー?」 「みんなの分もある」 そう言って、俺は他の面々の分も彼らの前に置いていく。 ラッピングしてあるリボンの色がそれぞれ違うのは、どれが誰の分か分かりやすいように、というのは個人的な工夫。 「お前が料理するのは知ってたがよ、こんなん作るたぁ一体どーゆー風の吹きまわしだ、御神?」 「そうそう。お菓子なんて作るような遊び心、無いじゃんー」 葉山と九重が不思議そうに言った。 「別に。ただ何となく作って見ただけ」 「へーん」 「嫌なら、捨てて良い。九重が言ったように、お菓子作りなんて、あんまりしたこと無いから、その……」 美味しくないかも、と言いそうになったが、俺がそこまで言うことは無かった。 345 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 34 28 ID p/z9kw42 「食べる食べる。丁度甘いものが欲しかったところだし!」 そう言って、俺が良い終わるのも待たずにラッピングをほどく一原先輩。 「まぁ、胃に入っちまえばどれもおんなじだしな」 「わっはー、はやまクン身も蓋も無いねー」 「幸い、下校時刻まではまだ時間もありますし」 と、他の面々もラッピングをほどいて行く。 「てーねーなラッピングだから、解くのもちーと惜しい気もするけどな」 と、葉山が言ってくれたのが嬉しかった。 「「「「いただきます」」」」 そして、皆がクッキーを口の中に入れる。 「オ!」 「ふぃーん」 「これは……」 「わお!」 四者四様のリアクションを見せる。 「どうです?」 俺は恐る恐る4人に問いかけた。 「「「「美味しい」」」」 即答され、俺はホッと胸を撫で下ろす。 その時の俺は、他人の為に何かを作ったことなんて無かったから、正直自信が無かったのだ。 「って言うか、アレ?コレ、チョコが入ってる奴もあるの?」 2個目に手を付けた一原先輩が言った。 「それ、当たりです」 「らっきー!あ、ひょっとしてわたしの為とか?」 「……」 適当に言った冗談であろうその言葉に、図星を突かれて俺は目をそらした。 「ありがと、庶務ちゃん!」 そう言って一原先輩先輩は笑った。 その笑顔は、俺でも思わずドキリとするほどに美しかった。 346 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 34 48 ID p/z9kw42 その後、俺達は和気藹々とそれぞれの家路に着いて行く。 今日の疲れなど感じさせない、明るい表情で。 「クッキー、作って良かったな」 家路を1人、俺はポツリと呟いた。 みんなに、そして一原先輩に何かお礼をしたくて、自信が無いながらも作ったものだったけれど、思いのほか好評で一安心だった。 一安心? それだけではない。 俺の不器用な働きをみんなが喜んでくれたのが、この上無く嬉しかったのだ。 それは、生まれて初めての感情だった。 「不愉快ですね」 と、俺の想いに冷や水を浴びせるような声がかけられた。 目の前には、いつの間にか氷室先輩がいた。 その目に、氷のような冷たさをたたえて。 「氷室……先輩?」 その様子に訝しさを覚え、俺は恐る恐る声をかける。 「私のゆーちゃんに馴れ馴れしくする後輩、私のゆーちゃんに笑顔を向けられる後輩。全く持って――――不愉快です!」 とん、と先輩は一瞬で間合いを詰め、一瞬で俺の制服を切り裂いていた。 その手には、どこに隠していたのか小ぶりなナイフ。 「……避けないんですか?」 夕日に赤く染まる刃を手に、氷室先輩は言った。 「理由は分かりませんけれど、先輩に不快な思いをさせてしまったのですから」 ならば、報いは受けるべきだろう、道理として。 元より、痛みには慣れているし、自分の身に守るだけの価値は無い。 「不愉快ですね」 そう吐き捨てて、氷室先輩は俺の腹に重い蹴りを見舞った。 蹴りは抵抗する間も無い俺の腹に突き刺さり、俺は思わず地面に膝を着く。 「自己保身に走る者も見苦しいですが、無抵抗も逆に不愉快」 俺の首筋にナイフを当て、氷室先輩は言葉の針を投げつける。 「よく言われます」 それに対して、何の感慨も抱くことなく、俺は当り前に答えた。 実際、お前虐めてもつまんない、とか小学校時代に言われた事があるし。 「九重書記も、同じことを言うのでしょうかね」 「……え?」 唐突に出た名前に、俺は呆けた声を上げる他無かった。 「何しろ、あなたたちは判で押したように良く似ていますから。……ああ、御神後輩。ひょっとしてこんな目に会うのが自分だけだと思っていましたか?」 首筋に当てたナイフを手放すことなく、淡々と先輩は言った。 「冥土の土産に教えて差し上げますが、最初は私とゆーちゃん、つまり一原会長だけで生徒会をやるつもりでした。生徒会を、2人だけの愛の巣にするつもりでした」 淡々ととんでもないことを言う氷室先輩。 「その為に、他の生徒会役員候補の皆様にご退場願ったのですから」 つまり、例年通りに生徒会役員が集まらなかったのは、氷室先輩が手をまわしたから、ということだろうか。 たった2人の生徒会を実現するために。 1人2人でほぼ全ての役職を兼任するなんて、西尾維新の漫画じゃないんだから、というツッコミは色々な意味で出来ない。 「そのことを、一原先輩は知っているんですか?」 「知っていたら、あなたたちのような邪魔者を入れる筈が無いでしょう」 氷室先輩は淡々と言った。 ナイフを握る氷室先輩の手の力が強くなった気がした。 それこそ、手の中のナイフを砕かんばかりに。 「それが彼女の望みならと、私も今まで甘受し続けていました。けれど、今日彼女があなたに最高の笑顔を向けているのを見て……!!」 氷室先輩の中で、何かが外れてしまったのだろう。 「ゆーちゃんが笑いかけるヤツは殺す。ゆーちゃんに胸を揉まれる奴は殺す。ゆーちゃんと楽しそうに話す奴は殺す。私のゆーちゃんを取るあなたたち3人は全てこの手で殺す……!」 目に涙を溜めて、氷室先輩は遂に叫んだ。 その言葉は、度は過ぎていたが俺にも理解できるものだった。 なぜなら。 俺も恋をしているから。 けれども。 否。 だからこそ。 347 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 35 20 ID p/z9kw42 「……させません」 「は?」 「させないと言った!」 そう叫び、俺は跳ね起き、拳を振るう。 首筋のナイフ? そんなもの怖くもなんともない。 怖いのは、俺の友と片思いの相手が、俺のせいで傷つくことだ! 「甘いですね!」 しかし、俺の視界は瞬時に反転し、気が付くと俺の体は地面に叩きつけられていた。 投げられた!? 俺よりもずっと小柄な相手に!? 「殺すと言ったはずです!」 視界に映るのは、先輩が躊躇なく振り下ろす銀のナイフ!? 「うおおおおおお!?」 情けない声を上げ、俺は地面を転がってナイフをギリギリで避けた。 「待ちなさい!?逃げ……」 「ませんよ!!」 出来得る限り高速で地面から起き上がり、先輩に手を伸ばす。 「この!!」 「こっちの台詞!!」 ナイフを振り回す先輩の腕を、俺は両腕でがっちりと固定する。 恐らく、氷室先輩は喧嘩の経験、技術なら俺より遥かに上だろう。 どうやら、合気道のように相手の力を利用して投げるような技も体得しているようでもある。 けれども、単純な腕力、体格差はいかんともしがたく、俺の手を振り切ることができない。 「失礼します!」 ゴン、と俺はそのまま先輩の頭に頭突きを見舞う。 「痛……!!」 正直、こっちも痛い。 けれども。 「やらせてたまるか!傷つけさせてたまるか!殺させてたまるか!」 「殺す!殺す!殺す!私からゆーちゃんを奪うモノ全て殺す!!!!!!!!」 自分よりもずっと大きな頭で叩きつけられながらも、氷室先輩の心は折れる気配が無い。 「なら止めない!俺も絶対止めません!」 「なぜ!?」 「だって!俺の好きな奴らに!俺の大好きな人に!誰よりも好きな人に!死んでほしくないから!!」 だから、どれだけ心と体が痛くても、止める訳にはいかない!! 互いに額から血を流しながら、俺はもがく氷室先輩の体を押さえて頭突きを見舞い続ける。 「うーちゃん!?」 その時、助け舟がやってきた。 一原先輩が、息を切らして駆けつけていたのだ。 348 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 35 55 ID p/z9kw42 「いやー、何となく道の途中で別れた副会長(フク)ちゃんの様子が気になって戻ってきたんだけど……」 そう言って一原先輩は俺達を見下ろし、 「で、どう言う状況、コレ?」 と、詰問した。 ちなみに、喧嘩を一原先輩に止められた俺達は揃って道路の上に正座させられている。 誰にも見られないで良かった。 「恋路の邪魔を排除しようとしたら抵抗されました」 「友達を殺されそうになったので抵抗しました」 先輩と俺が背中を丸めながら言った。 「だからと言って庶務ちゃん、頭突くこと無いでしょ。相手は女の子なんだから、顔がどうにかなったらどうするの?」 「……すみません」 確かに、非常時とはいえ、あれはやりすぎだった。 頭に血が上って、カッとなってやった。 今は反省している。 と、言うより猛省している。 氷室先輩に対しても、「ごめんなさい」と頭を下げる。 「まぁ、庶務ちゃんは正直仕方ないわよね。そんな気にすることは無いわ。問題は……」 ビクリ、と小さくなる氷室先輩。 「うーちゃん。あなたはとてつもなくいけないことをしました。何だか分かる?」 「……後輩を揃って天国行きにしようとしたこと」 「それもある。って言うかそれが一番だけど、わたし的にもっと許せないことがあるの」 珍しく真面目な顔で一原先輩は言った。 「わたしを信じてくれなかったこと」 「……」 一原先輩の言葉に、氷室先輩は心底驚いた顔をした。 「わたしが他のコと楽しそうにしてて、それでアナタへの愛情が変わると思った?心が離れてくと思った?ンな訳無いじゃない!全然!全く!世界の中心で愛を叫べるくらい、私はいつだって1分1秒欠かさずうーちゃんを愛してるわ!」 「……ゆーちゃん」 堂々とした一原先輩の宣言に、氷室先輩は俯き、肩を震わせた。 「……ごめんなさい」 そう呟いた彼女の足元には、滴が滴り落ちていた。 先輩の行動は、本当に度が過ぎていて、俺の逆鱗に触れたけれども、動機の根幹は、嫉妬心と、それ以上に好きな相手への不安だったのだろう。 共感できる想いだけに、憎みきれない。 「分かれば良いのよ。大丈夫だから、うーちゃん」 そう言って、優しく氷室先輩の肩に手を置き、一原先輩は全てを包み込む様な穏やかな笑みを向けた。 氷室先輩は、それに対して無言で頷いた。 「じゃあ、この話はこれでおしまい!帰りましょうか!」 パン、と明るく手を叩き、話を切り上げる一原先輩。 俺は制服の埃を払いながら立ち上がり、氷室先輩は俯いたまま、半ば一原先輩に寄りかかるようにして立ち上がった。 「今日はゴメンね、御神ちゃん。ウチのうーちゃんが」 本当に申し訳なさそうに、一原先輩は言った。 「いえ、俺は対して気にしてませんから」 「そっか、ゴメンね」 「いえ」 「ゴメンついでに、今日のことはまるっと全部他言無用でお願いできる?あと、あんまり深く追求しないでくれると嬉しいかな」 追求、というのは言うまでも無く先輩たちの関係だろう。 前々から仲が良すぎるほど良いとは思っていたのだが。 「分かりました。先輩たちがそうしたいと言うなら、それに従います」 「そっか、ありがと」 安堵の笑みを浮かべる一原先輩。 思えば、シリアスな表情の先輩を見たのは今日が初めてだったかもしれない。 「クッキー、美味しかったわ。今度また作ってくれない?当たりは全員の分にいれて」 「はい、是非」 そう言って、その日俺達は別れた。 尤も、俺と氷室先輩との戦いは、それから先何度も繰り返されることになってしまうのだけれど。 我ながら、ホント綺麗に終われないなぁ。 349 :ヤンデレの娘さん 転外 びぎんずないと ◆yepl2GEIow:2011/11/05(土) 21 36 22 ID p/z9kw42 現在 「あー、あったあったそんなこと」 自室のベッドの上で、ボンヤリと4年前のことを思い出し終えて、俺は呟いた。 葉山たち相手に大立ち回りを演じたその夜のことだった。 数日の監禁生活中、三日が食事の世話などをしてくれた間以外、俺は完全に独りだった。 窓も無く、時間も分からない部屋での孤独な状態は、精神的に負担をかけ、元々急ごしらえだった俺のキャラクターを崩壊させるのに十分だった。 もっとも、そのお陰で一度自分のキャラを捨てて悪役に徹することができたのだが、さすがに明日から平和的に学校にいく以上そう言う訳にもいかない。 あんな簡単に悪役になれる精神状態のままでは、今後自分も他人も傷つけかねないだろう。 正直、友人を躊躇なくボコボコにしたことに遅まきながら遅すぎる後悔をしているところだ。 そんなわけで、自分のキャラクター、と言うより自分その物を作り直し、精神的に安定させる一環として、俺は過去の出来事をつらつらと思いだしていたのだ。 昔ならそんなことにも無自覚で、自覚してもどうでも良いと思っただろうが。(ナイフで切りかかられてビビらないアホよ?) 今は、こんな自分を大切にしてくれる人もいるし、自分で自分を大切に出来るようになった。 いやホント、極端な話、俺無しで三日の奴が当り前に生きてる図がもう想像できない。 そんな訳で、アイツの為にも自分の為にも、俺は俺の思い出を回想することで、俺をメンタルを安定させる作業を行っていた。 4年前のことを思い出したのは、あれが今の自分を形作っていると感じていたから。 言わば、俺と言う人間の本当の始まり。 「考えてみれば、アレが好きな人を守る為に初めて体を張った経験だっけ」 騎士(ナイト)のように格好良く、とはいかなかったけれど。 しかしながら、逆に言えば、あの日があったから俺は葉山を、それ以上に九重を好きだと言う想いを強くすることが出来たのだろう。 そう、俺は九重が好きだ。 今でも、好きだ。 「アイツ、元気してると良いなぁ」 そう呟くと、自然に愛おしげな笑みが浮かぶ。 できることなら、九重が今どうしているか知りたいものだ。 知って、そして会いたいものだ。 「愛たい、ものだな」 後から思えば、この夜そんなことを思い出したことこそが、翌日の伏線になっていたのだろう。
https://w.atwiki.jp/darkness00/pages/178.html
カイザーの中で、最もヤンデレな人物の事を指す。 現在はタバサがこの名を所持している。 ヤンデレとは、愛しすぎるがために、ストーカーや殺人などを犯してしまう。 一般人から見ると、ただの変人でしかないが、 裏を返せば「悪い事をしてしまうほど愛してくれる」という事なので、 好きな人はそれなりにいる。 ちなみに、カード化した場合の能力とテキストはこれである。 ヤンデレ神姫 魔法使い族・風・☆8 通常モンスター ATK2500/DEF1900 「バカ野郎」「君が勝利するの禁止!」「私はヲタをも超越する」「ムァァァァックツェルォォォォルィィィィ!!!(マックテローリー)」ゆうきは死んでいいよ、私が今日から音羽の弟じゃ」「恋色・マスタースパーク!!!」「社長命令だ「いいぜぇ…来い…来いよ…俺は…ここにいる!ロリィィィィィィィィィィィィィゼッ!!!(スカイガールズ的な意味で)」 どこからどう見てもネタカードである。 ちなみに、タバサがいずれ書こうとしている小説にて、このカードが登場するかもしれないらしい。
https://w.atwiki.jp/espada/pages/145.html
ヤンデレ推進 党員リスト 更新日 家門Lv 家門名 ラダー 備考 09 3/7 25+3 レーテル 0/0 09 5/18 14+3 アーデルカッツェ 0/0 党首、放置被せるのやめてろってw -- 名無しさん (2010-05-01 09 18 00) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2369.html
542 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 07 25 ID vAX2GWOI Side Aika 荒縄で縛られた痛みが、彼女を覚醒させる。 ここはどこ、自分は誰、いや、そっちは分かる。 夜照学園生徒会庶務、一原愛華だ。 しかし、自分は一体どうしたのか。 そうだ、確か昨日1人で下校している時に、頭に衝撃が走って……。 「ウ……ン」 目を開き、辺りを見回す。 品の良い調度品に囲まれた、女性の、それもかなり富裕層の女性の部屋だった。 扉1つ分位の大きさの油絵が随分印象的だった。 「目が覚めましたかしら、ですわ?」 その部屋の、天蓋つきのベッドに1人の少女が座っていた。 耳元の隠れる、ウェーブのかかった長髪。 良く手入れされた色白の肌。 育ちのよさそうな、優雅な物腰の美少女。 愛華は彼女に見覚えがあった。 確か、同じ学園で三年生の、 「鬼児宮サナ先輩・・・・・・」 愛華の呟きに、少女は満足そうに頷いた。 「早速だけど妹さん。あなたには百合子先輩をおびき寄せる餌になっていただきますのですわ」 そう言って、少女は拘束した愛華に向かってにっこりと微笑んだ。 「まさか、拒否するなんて言いません、ですわよね?」 543 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 08 10 ID vAX2GWOI Side Senri 一原百合子、傾向と対策 『御神ちゃん御神ちゃん、ちょっと私らを助けてちょうダイナ』 俺達の学園の生徒会長、一原百合子がこんなことを言う時、傾向としては2つに分かれる。 1つは、大したことではないけれど、自分達だけでは面倒くさいことを頼むとき。 面倒では合っても当たり前に常識的に危険は無いので、俺も気軽に引き受けられる。 もう1つは、切実に確実に助けが必要な時だ。 笑っちゃう位に危機的な状況で、笑うしかない位に危険が満載。 今から語るのはそんなバカ話だ。 本来なら本伝とは言いがたい、転外(スピンオフ)にさえ相当しない物語。 これから始まるのは、いつもの日常とはちょっとだけズレた、そんな話だ。 544 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 10 18 ID vAX2GWOI 夜照学園高等部三年生、鬼児宮サナ先輩にさらわれた妹の愛華さんを助ける手伝いをして欲しい。 そんな一原先輩からの要請を受け、俺たちはその日曜日、鬼児宮邸(厳密には分家よりとかなんとかで、本家の本館は別にあるらしいが)の地下にある下水道を歩いていた。 「古典的っつーかなんつーか・・・・・・。こんなんでどうにかなるのかねー。お金持ちなら警備にも金かけてそうだし」 懐中電灯片手に下水道を歩きながら、俺は相方に言った。 「その心配はござらんよ。百合子殿の知己の『はっかー』の方に助力を得て、警備のからくりは全て機能を無効化しているでござる」 忍者もどきな口調で明瞭に答えるのは、李忍だ。 俺と李の、たった2人だけの道中だった。 現在、彼女以外の生徒会メンバーは地上で鬼児宮家の警備員やらメイドさんやらと大バトルを繰り広げているところである。 鬼児宮先輩の要求は、『妹と引き換えに、指定時間に一原百合子が自室に1人で来ること』。 その先、鬼児宮先輩が一原先輩の身をどうするかは―――分からない。 そこで、一原先輩たちは対策を講じた。 まず、一原先輩本人は妹の身の安全のためにも、要求どおり1人で鬼児宮邸に向かう。 ただし、その間件のハッカーやら、李を除く生徒会のメンバーらで鬼児宮邸のガードをかく乱。 同時に李と俺で邸内に潜入、一原先輩が愛華さんを逃がすと同時に不意打ちを仕掛けるという作戦だ。 「何、一原先輩ネットでも女の子たらしこんだの?」 「いえ、その方は『むーんさん』氏と仰る、殿方であるそうでござる」 「むーんさん、ね。『さん』も含めてハンドルネームなんだ」 どうでもいいが、なぜかあまり和訳したくない名前だった。 『むーん=月』と『さん=日』なんて一般名詞の部類だよね、うん。 「しっかし、一原先輩もそうしたコネは使っても、荒事を警察に任せようとは思わないんだよね」 順当に考えて、妹がさらわれたら警察に連絡するのが一番無難だろう。 何せプロだし。 「相手も一応はあの鬼児宮を名乗る者。誘拐の1つや2つ、金銭の力でもみ消せるでござろう」 「あー」 鬼児宮と言えば、政財界に大きな影響力を持つ一族だ。 表だって財閥とは名乗っていないものの、一族の一人一人が経営する会社が日本経済の要となっている。 ウチの学園だって、一応鬼児宮の血縁者が学園長をやってるし。(夜照学園に、意外と良いトコの生徒がいるのはそうした事情も関係している) 「それに、仮に相手が鬼児宮家で無かったとしても、百合子殿は警察などには任せず、表ざたにすることなくこの件を解決しようとしたでござろう」 「まったく、何考えてるんだか・・・・・・」 「鬼児宮サナが警察のお縄に付けば、彼女は犯罪者の汚名を被ることになるでござろう。そうしたものは、一生付いて回るでござる」 実感のこもった口調で、李は言った。 確かに、身内に犯罪者が出たとなれば一族の恥だろうし、いらぬ偏見で見られることもでるだろう。 「鬼児宮女史の目的は見えぬでござるが、荒っぽい内々の『交渉』でどうにかなるのならそれに越したことは無いのでござる」 李の言う『交渉』は拳銃と書いてパースエイダーと読む的な意味だろうが。 「自分の敵対する相手の為に、自分達が危険を冒すってわけね」 「愚かだと笑うでござるか?」 「バカだとは思う。けど笑わない」 昔から全く変わらぬ一原先輩の姿勢に呆れを通り越して、尊敬すらしている。 あのバカ先輩は『みんな幸せ』という綺麗ごとをいつでも何度でも実現させようとするのだ。 肉欲の権化みたいな女子ハーレム計画も、ある意味その表れなのかもしれない。 「あの人のやることは、中等部の頃から分かってたし」 「羨ましいでござるな、御神氏は」 しみじみと李は呟いた。 「そう?」 「うむ。拙者の存じ上げぬ時分の百合子殿を存じている故」 「毎度毎度巻き込まれて、ウンザリするけどね」 「と、言いつつ今回も助力してくれているでござろう?」 「・・・それが千里くんの良いところなんですよ」 「それほどでもないけどさ。ま、腐れ縁だし」 「縁を大事にするのでござるな、御神氏は」 「・・・そういう人なんですよ、千里くんは」 「ま、大げさに言ってそんな感じかな」 しみじみとした口調で頷いた李に、俺たちは答えた。 俺たちは。 545 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 11 36 ID vAX2GWOI はて。 李以外の生徒会メンバーは地上でビッグバトル、あるいは監禁状態のはず。 そしてこの下水道を行くのは李と俺だけのはずなのだが・・・・・・。 「・・・どうしたんですか、千里くん?」 「どーしたもこーしたもあるか!」 きょとんとした顔の三人目、珍しく動きやすさ重視のパンツルックな緋月三日に向かって俺は怒鳴った。 ちなみに、最近長くなり過ぎ感のある黒髪はポニテ気味にしてまとめている。 「御神氏が声を荒げるところ、拙者初めて見たでござる」 変なところで感心する李。 それよりも。 「俺、ヤバいことしに行くから着いて来るなって言わなかったか?」 「・・・その言葉と、千里くんが他の女子と2人きりになるという危機。・・・天秤にかけさせていただければ、後は分かりますね」 「相分かったでござる」 三日の言葉に同調する李。 「・・・・・・李、三日がいたの気が付かなかった?」 「気づいていたでござるが、御神氏も分かっているものだとばかり思っていたでござる」 「だとしたら俺は結構な鬼畜だな。放置プレイってヤツ?」 「尤も、先の緋月嬢の言葉を聞けば、連れて行かぬ道理は無くなったでござる」 「いや、その理屈はおかしい」 これから、誘拐事件の解決(笑)に行こうってのに非戦闘員を連れて行くバカがいるかと。 うん、時々おかしくなるんだよな、生徒会メンバーって。 「・・・大丈夫ですよ、千里くん」 「今日は、護衛がいますから・・・」 そう言って、下水道の暗闇の中から更に現れたのは和装の女性、三日のお姉さんの緋月二日さんだった。 いつものように静々と歩いているが、和服の裾が汚れないよう、良く見れば細心の注意を払っていた。 その手には布袋に納められた細長いモノが握られているが、中身は真剣とかじゃないよな。 「二日さん・・・・・・」 「一方ならぬ事態のようなので、非常に面倒なことに、三日に護衛を頼まれました・・・」 「あー、一応この件は他言無用でお願いしますです」 これも、一原先輩との約束だった。 「分かりました・・・。何にせよ枝葉末尾には興味はありません・・・」 本当に興味なさげに、二日さんは答えた。 「さいですか」 「それよりも、読者に私のことが『実はコイツ弱いんじゃね?』と思われてそうなのが重要です・・・」 「いや、そんなこと誰も思ってないと思いますけど」 「ただでさえ、出番が少ないというのに・・・」 「まぁ、学校とか違いますしね、俺ら」 「学園ものの宿命ですか・・・」 と、嘆息する二日さん。 そんな二日さんに李が声をかけた。 「貴殿が緋月二日女史でござるか」 「ああ、貴女が一原さんの後輩の・・・」 「李忍と申す。お噂はかねがね。百合子殿がお世話になりましたでござる」 「こちらこそ、いつも妹がお世話になっています・・・」 と、呑気に頭とか下げる李と二日さん。 「いや、お二人さん。これでも俺ら不法潜入ミッションちゅ・・・・・・」 俺の言葉は、鼻先を掠めた剣閃に遮られた。 「誰だ!?」 当然、味方からの攻撃ではない。 今の今まで誰の気配も無かったのに!? 546 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 11 55 ID vAX2GWOI 「その言葉、そっくりそのまま返さざる得ないっての」 いつの間にか下水道の暗がりに現れたのは、日本刀を片手に持った巫女服の女性だった。 巫女服と言えば清楚なイメージがかもし出されるものだが、それを着崩し、ショートカットの髪を茶色に染めた彼女からはそうしたイメージはまったく感じられない。 「まー、でもその内李忍ってやつのことだけは事前に聞いてるっての。大方アタシらのご主人の願いを妨害するために現れたっての」 刀を地面にぶっ刺し、タバコに火をつけながらその女性は言った。 「とりあえず、侵入者はこっから先には入れないっての。どーでも良いけど、この振井子振(ブライコブラ)の刀の錆びになる順番でも決めとけっての」 彼女、振井さんは面倒くさそうに言った。 余裕なのだろう。 何だかんだといいながら、こちらは只の高校生。 ふざけたナリとはいえ鬼児宮の警備(?)を勤めているらしい振井さんにとっては取るに足らない相手でしかない。 1人を除いて。 「順番を決める必要はありません・・・」 ガィン、という金属同士がぶつかり合う音がその場に響く。 いつの間にか、布袋の中から一本の日本刀を抜刀し、一瞬で間合いを詰めた二日さんの一撃を、武等井さんは辛うじて受け止めていた。 「なぜなら、刀の錆びになるのは貴女の方なのですから・・・」 「へぇ、言うだけのことはありそうだっての。久々に骨のある相手と・・・・・・」 振井さんが最後まで言い終わる前に、二日さんの再度の一撃。 今度は刀ではない。 脚を大きく跳ね上げた前蹴り! 「グゥ!」 二日さんのゴツいブーツを何とか腕で受け止めた武等井さんはうめいた。 「テ、メェ!そのナリで剣士じゃねーのかっての!?」 「剣士でもありますよ・・・。剣以外も使いますが・・・」 今度は左の掌打を繰り出しながら二日さんは息1つ乱さずに言った。 「大体、ここは剣道の道場では無いでしょう・・・?スポーツでも何でもない、ルール無用の、ただの現実です・・・」 うめく相手を見下ろし、二日さんは言った。 「義弟くん、それに貴女方、何をしているんですか・・・?この色々舐めた女を私が折檻している間に、先に行きなさい・・・」 「・・・は、はい」 二日さんの言葉に頷き、先へ進もうとする三日。 「そ、そんなことさせるかって・・・・・・」 振井さんの言葉は、やっと振りぬかれた二日さんの刀で遮られた。 「・・・千里くん、李さん、早く行きましょう」 「ですが、三日嬢。姉上は・・・・・・」 「・・・大丈夫です。・・・お姉様はお兄ちゃん以外に喧嘩で負けたことが無いんです」 李と俺は一瞬迷ったが、先を急ぐことにした。 あまり時間があるわけでもない。 愛華さんを助けるためにも、迷っている暇は無い。 「二日女史、ご武運を!」 「死なないで下さいよ。あと、相手の人も殺さないで下さいね!」 そう言って俺達は先を急ぐ。 「まったく、注文の多い・・・」 最後に、二日さんの不敵な軽口を俺達は背に聞いた。 547 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 12 22 ID vAX2GWOI Side Nika 「テ……メ!?」 緋月二日の蹴りを受け、体勢を立て直そうとする振井だが、二日は体勢どころか台詞1つ吐き出すことすら許さない。 「!…」 「アバ!?」 振井がまともに動くよりも先に、速く、鋭いアッパーが二日によって叩きこまれる! 思わず悲鳴が振井の口を突いて出るが、対する二日はささやかな呼気を発するのみ。 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!…」 「アババババババババババババババババババババババババババババババババババ!?」 殴る、蹴る、掌打、膝蹴り、回し蹴り、足刀、手刀・・・・・・ 考えうる限りあらゆる打撃が振井小振に叩き込まれる。 振井の実力は、決して低くは無い。 最初の、完全に気配を消しての不意打ちは二日でさえも気づけなかった。 だからこそ、二日のとる戦法はたった1つ。 相手が実力を発揮する間もなく圧倒(ボコボコに)する! 「セイ・・・ヤ!」 乱打の留めに、二日は刀の柄頭を振井の鳩尾に叩き込む。 「アバビャ!?」 その瞬間にスイッチを入れ、スタンガンのような電撃をも振井に浴びせる。 足元の汚水にも漏電するが、帯電性のブーツを履いた二日には何の問題も無い。 技が炸裂する瞬間に、相手に電撃を浴びせるのがこの刀『輝炸月(キサラギ)』に仕込まれた仕掛けだった。 それを仕込んだ弊害として、日本刀と呼ぶにはいささか重く、切れ味も今1つなのが欠点だったが。 それでも二日がこの『輝炸月』を使っているのは、亡くなった祖父が製作したからに他ならない。 使えるのか使えないのかが分からない代物を作るのが祖父の趣味だった。 『まぁ、相手の記憶を刈る『無月(ムツキ)』とかよりはマシですしね・・・』 と、倒れ伏す振井を見下ろしながら、二日は思った。 「さぁ、そろそろ三・・・義弟たちを追いかけますか・・・」 と、その場を歩き出しながら呟く二日さん。 「待て、っての・・・・・・」 その足を、搾り出すような声が止める。 「貴女、まだ動けたんですか・・・?」 ゆっくりと起き上がる振井に、二日は油断無く構えを取って言った。 「ハハ・・・・・・正直かーなーりキツいっての。けど、ご主人のためにこのまま侵入者を通すわけにはいかないっての!」 自らを鼓舞するような叫びと共に、振井小振は刀を構える。 「貴女、どうしてそこまでするんです・・・?」 「ハッ!アンタにゃ分からねぇっての。剣しか取り得のねーアタシを取り立ててくれたご主人が大好きなアタシの気持ち。この報われない気持ちがさ!」 地を蹴り、一瞬で間合いを詰める振井。 「!…」 「バハァ!」 二日と振井。 2人の剣撃が交錯する! 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」 雷電が暗い下水道を照らし、振井の叫びが響く。 「ガハ・・・・・・」 膝を突き、振井は声を漏らす。 「すまねぇ、ご主人」 そう言って、今度こそ振井は倒れた。 「謝る必要はありませんよ・・・」 と、二日は言った。 恐らくは振井には聞こえていないであろうことは、分かっていたが。 「貴女は任務を立派に務めたのですから・・・」 肩口から血を流しながら、二日は肩膝を着く。 こんなことを言ってしまうなんて、こんなところで傷を受けてしまうなんて、我ながら甘い、と二日は思う。 報われぬ想い、というものにはどうにも弱いのだ。 自分の境遇が、思わず重なり。 「ふぅ・・・」 思考を打ち切ってから、ゆっくりと和服の袖を切り、それを傷口に巻き付けて止血する。 傷を負いながらなので、さすがにスムーズにはいかない。 「流石に、これ以上の戦闘は難しいですね・・・。まぁ、元々私がどうしても体を張らなくてはならない問題と言うわけでもありませんし・・・」 と二日は呟き、その場に倒れた。 548 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 12 43 ID vAX2GWOI Side Aika モニターの向こうで、屈強な男達が軒並み倒されていく。 銃さえ持つ彼ら(銃刀法を知らないのだろうか)を相手取っているのは愛華の幼馴染にして生徒会副会長氷室雨氷を先頭とする生徒会メンバー。 「まったく、どういうお育ちをしたら、あんな冗談のような強度を持った女子高生共と教師が生まれるのかしら、ですわ?」 モニターを見ながら、少女が嘆息した。 「鬼児宮先輩も大概にしてジョーダンみたいだけどね!私を餌にしてお姉をおびき寄せようなんてさ!」 ケラケラと笑いながら、愛華は言った。 「余裕、ですのね」 「ま、ねー」 正直、戦闘行為で生徒会メンバーが負ける気などしない。 生徒会メンバーがどれ程厄介なのかは、百合子を巡って彼女らと合争った愛華自身が良く知っている。 程なくして、突破してきた彼女らに自分は助け出されるだろう。 「でもさ、何でお姉なワケ?お姉は鬼児宮先輩よりはビンボーだよ?」 「この国では、『鬼児宮』の苗字を持つ者以上に富める者はいない、ですわ」 絶大な自信を持って少女は言った。 愛華の知る限り、鬼児宮家は日本経済ではかなりの大企業の主だが。 それでも、少女が言うほど絶大では無いはずだ。 自由競争の原理やら何やらはそこまで破綻していないはず。 「この世の表も裏も牛耳りきっているのが鬼児宮家なのですわ。もっとも、そんな世の中のことも知らずに育った庶民には想像も及ばぬことでしょうが、ですわ」 そんな内容を、むしろ憂鬱そうに少女は言った。 「それ故、幼少の頃より鬼児宮の人間はこの世の悪意の全てを見て育つのですわ」 ドス黒い何かが、少女の瞳に宿る。 「だから、サナにとって一原百合子の存在はことさらに目立ったのですわ」 「なんでー?」 「誰にでも好かれ、何物にも縛られず、何者の障害も跳ね返す強さを持っていたからですわ」 文脈的に不自然なほどベタ褒めだった。 「あー、分かる分かる」 「そうでしょう、ですわ。だから、サナの心に1つの願望が芽生えたのですわ」 と、そこで言葉を切り、少女は続けた。 「その自由な心の翅をむしりとり、一所に閉じ込めたい、と」 それは、暗い願望の告白だった。 「へぇん」 おぞましささえ感じる告白に、愛華はあくまで軽く答える。 「あなたにも分かるでしょう?一原百合子を愛するというのなら」 「あっはー、確かにお姉を独占したいとか、そういう衝動にかられることはあっちゃうよねー。でもさー」 からから笑いながら、愛華は続ける。 「お姉はね、ただ自由なんだよね。本気で愛する癖して、本気で1人の女に縛られない。移り気なんかじゃなくね。とにかくフリーな心の持ち主なんだよ」 「だから、誰もがそれに惹かれる、と?」 「そういうこと。だから、さ」 笑みを消して、愛華は続ける。 「止めてよね、私の大好きな、自由なお姉を縛り付けようなんてさ」 口調は穏やかだが、これ以上無い殺気を伴った言葉を、愛華は相手にぶつけた。 「若い、というか青いですわね」 その殺気を軽く受け流すように、少女は嘆息した。 「自分の想いが、願望が貫けるものだと思っている。貫けぬにしても道理を持って阻まれると信じている。この世の不条理など見たことも無いというわけですわね」 「何、ソレ?『フジョーリ』っておいしいの?無理を通して、そういうのを蹴っ飛ばすのが私達・・・・・・」 「見せて差し上げますわ。この世の不条理というものを」 愛華の言葉をみなまで言わせず、少女は朗々と語る。 そう言いながら少女が示すモニターの先には、立ち回りを繰り広げる生徒会メンバーに向かって、一台の車両が接近する様が写っていた。 モスグリーンの車体。 無骨なフォルム。 それに、大きな砲塔。 それの示すモノは、 「・・・・・・戦車?」 鬼児宮の大邸宅にはどうにもそぐわないソレを見た愛華は、呆然として言った。 549 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 13 27 ID vAX2GWOI Side Uhyou 鬼児宮邸正門前の庭 「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」 生徒会会計の霧崎涼子が、武装した警備員や執事、メイドらを老若男女容赦なく殴り倒す笑い声が、校庭の2、3個は入りそうなほど広い庭に響く。 雨氷の認識する限りでは、涼子は性同一性障害に近い性質の持ち主だ。 自身を男性として認識しながら、一方で同性愛者である百合子を愛している。 性別に関するアイデンティティの置き所が非常に曖昧なのだ。 だからこそ、男だろうが女だろうが男女差別無く暴力を振るえる。 その性質は時として恐ろしいが、こうした時には頼もしいと雨氷は思う。 「Let s rock and roll!」 少し視線をずらせば、銃撃を舞うように避け、相手に華麗な蹴りを叩きこむ生徒会顧問教師のエリスの姿が見える。 エリスにせよ涼子にせよ、彼女ら程の達人になれば、銃など少々リーチと威力の高い拳打のようなものだ。 むしろ、直線的な分攻撃が予測しやすい、と以前エリスが講釈を垂れていたのを雨氷は思いだした。 いくらなんでも、そこまで怪物的な強さは身につけたい気はしない。 と、雨氷は銃を向けてきた執事の腹にナイフの峰を叩き込みながら思った。 ここまで書くとまるで生徒会メンバーが暴虐の限りを尽くしているように見えるが、手を出してきたのはあくまで相手だ。 そもそも、「鬼児宮サナに会わせろ」と言ったら向こうから雨氷達を襲ってきたのだ。 素直に会わせてくれるとは最初から思っていなかったが。 「Well,ウヒョウ。あまり長い長持ちはしないデスよ?適当なトコロで逃げるべきデス」 10人ほど一度に文字通り一蹴してから、エリスは雨氷に近づき、そう耳打ちしてきた。 言われなくても分かっている。 雨氷達の目的はあくまでも警備のかく乱。 一介の高校生である彼女達が相手取って敵う連中とは思えないし、万一敵ってしまった方が後が面倒だ。 自分達を社会的抹殺することは、一応は鬼児宮家であるサナには容易なのだから。 「ええ、分かっています先生。ですが、百合子が来るまで後少しだけ粘ってください。後で面倒にならない程度に」 「Okay.デスガ、目的が分からないのがヤッカイですね。何故サナはアイカをキッドナップしたのか」 近づく武装したメイドたちに回し蹴りを食らわせながらエリスは言った。 「そうですね。ですが、鬼児宮にとって人一人の人生をどうにかするのは児戯のようなものですから」 エリスの言葉に答える雨氷の脳裏に、かつて刃を交えた鬼児宮の名を持つ女性とその不愉快な恋人の姿が思い浮かんだ。 確か、鬼児宮本家の人間だった例の女性にとって、サナは従姉妹にあたるはずだった。 「2人とも、あんまり悠長なこと言ってる暇は無いみたいだよ」 シニカルな笑みを浮かべ、涼子が言った。 「見て、アレ」 涼子が指差す先には、大砲をのせた車両があった。 豪邸の庭にはとても不釣り合いな無骨なソレは、 「A tank?」 「ええ。戦車、ですね」 一瞬、呆然としそうになりながら、エリスと雨氷は言った。 「厳密にはちがうっぽいけどね。この馬鹿デカイお庭に収まる位のサイズだし」 「厳密性を求めている場合ではないでしょう」 涼子に雨氷がツッコミを入れている間にも、その小型戦車は砲塔を動かした。 ばごん、と言う耳が割れんばかりの轟音と共に何かが飛び出し、どーん、という音と共に鬼児宮邸の一角を消し炭にする。 「作戦変更です。逃げましょう」 「だね」 「Let s run away」 3人は揃って回れ右をして、鬼児宮邸の門に向かって走り出した。 「逃がすか!」 「待て!」 当然のように、警備員達が追いかけてくるが、そんなものよりも小型戦車の方が恐ろしい。 「待てと言われて待つヤツはいないでしょ!」 「その通りデス!」 「私達を全力で見逃がしなさい!」 と、3人は警備員達に、というより小型戦車に言った。 とにかく走る、走る、走る。 死ぬことが恐ろしいから、ではない。 自分の命を守る、それが百合子と雨氷達の約束だったからだ。 だから、3人は逃げ出した。 どれ程の屈辱を感じたとしても。 ただ、愛の為に。 550 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 14 04 ID vAX2GWOI Side Aika 「薄情者ー!」 警備員達を翻弄しながら、小型戦車から逃げ去る3人を見て、愛華は叫んだ。 勿論、モニター越しだからそんな叫びが届くはずも無いのだが。 「お分かりいただけましたですわ。これが理不尽な力の前に敗北する者の姿なのですわ」 メイドに用意させた紅茶を飲みながら、少女は言った。 口元に笑みを浮かべて。 「楽しそうだね、先輩」 「ウフフフ・・・・・・・。ええ、本当に愉快ですわ。理不尽な力で敗かして虐げ蹂躙して絶望させるのは、本当に愉快」 フフ、と笑みを濃くしながら、少女は言う。 「ウフ、ウフフフフ・・・・・・、アハハハハハハ!ざまぁ見やがれですわ!暢気に軽薄に覚悟も無く楯突くからこう言うことになるのですわ!!弱い奴は弱い奴らしく地に這い蹲っていれば良いのですわ!」 美しい面立ちを醜く歪め、少女は笑う。 「見事なまでに悪役の台詞だね。ううん、いじめられっ子の台詞、かな?」 「・・・・・・なんですって?」 一見希望が絶たれたかのような状況でも、軽い口調を崩さぬ愛華を、少女は睨み付けた。 「知ってる、先輩?いじめられっ子がいじめっ子に転進したパターンで結構多いのが、自分のいじめられた苦しみを他人にも味合わさせたいってのなんだって。ま、八つ当たりだね」 「それが、何の関係があるって言うんですの?」 鬼のような形相の少女に動じることなく、愛華は笑う。 「だって今の先輩、そのパターンにそっくりなんだもん」 そう答えた愛華の襟首を、少女は憤怒の形相で掴んだ。 「生意気言ってんじゃ無いわよ。アンタの存在には人質以上の価値なんて無いのよ?」 視線だけで愛華を殺さんばかりの勢いの少女だったが、そう言った所で急に愛華を放り出し、耳元に手を当てた。 ウェーブのかかった長髪に隠れた耳元に。 何事か呟いているようにも見えたが、愛華には聞こえない。 それから、改めて少女は愛華に向き直った。 「失礼いたしましたのですわ」 憤怒の形相を無理やり笑顔に戻して少女は言った。 そして、放り出した勢いで倒れた、愛華を縛り上げた椅子を立たせて、その身なりを整える。 「貴女はお客人。一原百合子を手に入れるまでは。それまでにしっかりと歓待してさしあげなければいけませんでしたわね、ええ、ええ」 急激な態度の変化に、さしもの愛華も戦慄した。 551 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 14 44 ID vAX2GWOI Side Senri 二日さんの尊い犠牲(死んでない)のお陰で振井さんの関門を抜けた俺たちは、下水道を上り、通風孔を通って何とか鬼児宮邸内に侵入を果たした。 「全メイド、執事の行動パターンは調べ上げているでござる。彼らは、どんな自体でも寸分の狂いも無く行動するそうでござるから、そのパターンの隙を突いて移動するでござる」 懐から潜入ルート等が書かれたメモを取り出し、李が言った。 「・・・ですが李さん、鬼児宮先輩のご家族は?・・・もしかしたら急に帰ってくることもあるかも・・・・・・」 「鬼児宮サナはこの屋敷で1人暮らしでござる。幼少の見切りより」 三日の疑問に、李は間髪いれずに答えた。 「・・・」 「1人暮らしって・・・・・・」 クラス1つ分の人数が暮らしてもまだ余裕がありそうな豪邸で1人暮らしとは。 他に住み込みの執事やメイドがいるのかもしれないが、随分剛毅な1人暮らしもあったものだ。 だからと言って、それが恵まれているとは限らないが。 幼い頃から、執事やメイドがいても、親がいないのなら。 親の愛情が、無いのなら。 「驚いている暇は無いでござるよ、お二方。いざ参るでござる」 そう言って先を促す李だったが。 「参らせる訳にはいかねぇんだよな、これが」 という声に遮られる。 「お前は、空蝉!?」 李の声に答えるように、1人の青年が現れる。 黒い道着に、顔を隠す頭巾、長身痩躯だが鍛錬を感じさせる体つきの持ち主だった。 「知っているのか、雷電!?」 「うむ、聞いたことがある。……って誰が雷電でござるか!」 俺のボケにツッコミを入れながら、李は答えた。 「この男は空蝉。拙者と同門の中国忍者でござる」 「・・・ちゅーごくにんじゃ」 ひどい言霊が聞こえた気がした。 宇宙忍者とかゲルマン忍者とかの方がまだマシなんじゃなかろうか。 「オイオイ、忍。中国四千年の歴史を誇る『九毒拳』の訳語にソレは無いんじゃねーの?」 空蝉と呼ばれた青年はそう言って大げさに肩をすくめた。 『九毒拳』というのが中国忍者とやらの正式名称らしい。 「それに忍、お前は九毒拳の裏切り者で、俺の幼馴染兼元許婚だろ?ソコを忘れちゃいけねーよなぁ」 ビシ、と李を指差し、空蝉さんは言った。 「・・・許婚」 「それは九毒拳の長が勝手に決めたこと。それに、裏切りではなく足を洗ったと言うべきでござろう。諜報、暗殺、そうした汚れ仕事から」 苦々しげに李は吐き捨てた。 なるほど、九毒拳とはスパイ行為の為の武術らしい。 中国忍者という訳語はこれ以上なく的を射ていたようだ。 それっぽい設定が付くともっともらしく聞こえるから困る。 「御神氏、緋月女史、先に行くでござる」 そんなことを考えていると、屋敷の進行ルートを書かれたメモを無理やり握らされ、李から意外なことを言われた。 「え、でも・・・・・・」 彼女を見捨てろ、と言うのだろうか。 「ここから先は中国忍者同士の戦。嫌な言い方でござるが、お二方はむしろ足手まといになってしまうのでござる」 確かに、三日の身体能力は普通の女の子以下だし、俺のほうも李ほど武芸に長けているわけではない。 ここは中国忍者のやり方を知っているらしい李に任せるのが適任かもしれない。 二日さんの時といい、あまり他人に丸投げするのは気が進まないが。 「ヤバくなったら逃げなよ、李」 「承知」 李が頷くのを確認し、俺は「わきゃっ!?」と言う三日を抱えて走り出す。 「逃がすかYO!?」 俺に飛び掛ろうとする空蝉さんは、李の投げた手裏剣に動きを止められる。 「今の内に早く!」 「ありがとう!」 李を置き去りにすることへの迷いを振り切るように、俺は走った。 552 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 16 27 ID vAX2GWOI Side Li 中国忍者―――九毒拳は本来、諜報や暗殺に特化した武術である。 他者の隙を見抜き、瞬時に射抜く。 己を殺し、一撃をもって他人を殺す。 先手必勝にして一撃必殺の武術。 故に、 「中国忍法、転!来!旋風刃!!」 「あくぃたー!?」 たった一撃の、しかし渾身の技をもって、李忍は空蝉を叩きのめした。 しかし・・・・・・ 「まだ、終わりとは思えぬでござるな」 構えを解くことなく、李は呟いた。 「その「通り「だぜ「忍」 その瞬間、どこからともなく十数人の人影が李の周囲に現れた。 そのどれもが空蝉と同じ背格好と肌の色。 「これは!?」 驚く李に、空蝉たちは笑う。 「どうだ「驚いたか「忍。「日本流「に言えば「分身の術「ってとこ「ろだ」 それぞれの空蝉がそれぞれの言葉を引き継いで話す、異様な光景。 「そんな漫画のようなこと、本当に出来るはずが無いのでござる。大方、似たような背格好の者を集めてお主の猿真似をさせた忍軍でござろう!」 「ああ「コイツらは「俺の雇い主が集めた「俺と良く「似た背格好の「犯罪者だかなんだかだ」 と、空蝉たちは自慢げに続ける。 ここまでは、李の予想通りだった。 「その「心を「拷問と「薬で「壊し「俺そっくりに「整形し、「俺そっくりに「振舞うように「教育した「ってわけさ」 「何!?」 なんでもないことのように発せられた空蝉の非道な言葉に驚愕する李。 「オイオイ「薬と「拷問「なんざ九毒拳じゃ「当たり前だろ?「ま、「この人数は「さすが金持ちって「ところだけどな」 そう言って笑う空蝉に、不快感を隠さない李。 「だから拙者は中国忍者を抜けたのでござるよ・・・・・・!」 「キレイごとだなぁ「忍。「そんなことで「本物の「俺を「見破れる「か「な!?」 空蝉の長台詞が終わる前には李はまっすぐに走り、忍軍の1人を殴り倒していた! 「な、何故、どうして!?」 「本物が分かったか、でござるか?」 容赦なく次の一撃を加えながら、李は言った。 「抜けたとはいえ、お主とは何年も共に稽古したのでござる。細かな癖、挙動、全て嫌になるほど知っているのでござるよ」 「だから、コイツらは俺そっくりに!?」 「それでも他人。細かな動きに違いが出るのでござる。薬や拷問で人の心を折ることは出来ても、その存在を完全に粉砕することはできぬ!」 渾身の一撃を叩き込み、李が叫ぶ。 「さす、がだな、忍・・・・・・」 倒れこみながら、本物の空蝉は言った。 「だが、俺を倒しても第二、第三の俺が、お前を・・・・・・・」 「!?」 その言葉が終わる前に、周囲の偽空蝉たちが一斉に李に向かって群がった。 『本物が倒れたときは、倒した相手を襲え』 事前に仕込まれたその指令を忠実に全うするために。 553 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 16 46 ID vAX2GWOI Side Senri 「・・・どうしたんですか、千里くん?」 と、俺に抱えられた三日が言った。 李の遺したメモ(だから死んでない)を頼りにルートを進み、鬼児宮サナ先輩の部屋のすぐ真上まで来た。 たった2人となってからも、なるべくサクサク、如才なくこうしてリアルメ○ルギアソリッドを進めていたつもりだったが、三日には分かってしまうものらしかった。 「・・・少し、迷っているように見えますよ、千里くん」 「まぁ、ね」 そう、俺は迷っている。 二日さんに任せ、李に任せ、鬼児宮先輩の部屋への奇襲と言う最終最後の逆転の役回りは俺たちに、俺に任された。 任されて、しまった。 「俺なんかで、良いのかなって思って」 本来、俺はこの事件の部外者だ。 二日さんのように実力を誇示するつもりも無ければ、李のように一原先輩の為なら何でも出来るような覚悟も無く、愛華さんと特別親しくしてもらっていたわけではない。 ただ、一原先輩に助力を頼まれただけの人間だ。 やる気はあるが、それは生徒会メンバーには程遠いだろう。(一原先輩への愛のためなら命を捨てる人たちだ) 知的好奇心とやらで動く推理小説の名探偵よりも、問題解決のための目的意識が低いと言って良い。 この場にいることが必然ではなく、自然でも無い。 不必然にして不自然。 そんな人間が、最後の逆転の役回りに就いて良いのか、俺が相応しいのか、それが、ほんの少しだけ、迷う。 「・・・そうじゃないって思うなら、やめれば良いと思います」 と、三日は言った。 止めてしまえ、放り出してしまえ、と。 「・・・李さんのメモを使って、ここまで来ることが出来たのですから、今から帰ることも出来るでしょう」 三日の言うことはもっともだった。 「けど・・・・・・」 未成年のやったこととはいえ、これは誘拐事件。 それをそのままにして良いのだろうか。 いや、それは一般論だ。 人として守るべき社会常識、モラルであっても、それは俺個人の意見では無い。 俺個人の気持ちが入っていない。 「…つまらないことで、千里くんがやりたくも無いことで、千里くんが傷つくなんて、それこそ非道なことです。…私もそんな姿、見たく、ありません」 顔を伏せて、三日は言った。 「まぁ、言いたいことは分かるけどさ」 俺は返した。 けど、って何だ、と自分で思わずにはいられなかった。 「・・・それでも、私は、千里くんの判断を支持します」 と、三日は言った。 「・・・それがどのようなものであったとしても、それは千里くん自身が考え、決めたものなのですから。・・・それは、何であれ誇るべきものです」 三日の言葉に、俺は一瞬だけ、迷い、考え、決断した。 554 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 17 12 ID vAX2GWOI Side Yuriko 「さー、サナさん。約束どおり1人で来たわよ」 どや、と鬼児宮サナの私室の扉を開け、一原百合子は堂々と言った。 「お姉!」 椅子に縛られた愛華が呼びかける。 「怖かったわね、愛華(あっ)ちゃん。あとでおねーちゃんが慰めてあ・げ・る。と、言うわけで鬼児宮さん、あっちゃんを離して私らを帰しなさい!」 どどーん、という効果音が欲しくなる(by百合子)ほど大げさに百合子は言った。 「そうはいかないのですわ」 余裕の表情で、鬼児宮と呼ばれた少女は応じた。 「なんでよ。警備はもうしっちゃかめっちゃかで、アナタもう打つ手無しっしょ?さすがに、私を案内する係がいなかったのは驚いたけど」 「だとしても、貴女1人ではどうしようも無いのですわ。だって・・・・・・」 何でもないことのように少女は続ける。 「一原愛華には遠隔操作の爆弾が仕掛けられているからですわ」 そう言って、愛華の縛られた椅子の後ろを見せる少女。 縄の間には、確かに火薬の仕込まれた無骨な装置があった。 「んな!?」 「その上、サナの持つスイッチでオンオフ自在なのですわ」 「なな!?」 「部屋全体には大した被害は及びませんが、まぁ、一原愛華1人とその周りを吹き飛ばすくらいは出来るのですわ」 「くぅ、なんてベタな!」 「つっこむところがソコですの?」 百合子のリアクションに心底呆れたような顔をする少女。 「それはともかく、一原百合子。妹を殺されたくなければ誓うのですわ。跪いて足を舐めて。『一原百合子は鬼児宮サナに心身共に絶対隷従します』と そう言って、少女はサディスティックに笑った。 「そしたら、私はどうなるのかしら?」 「永遠にこの部屋の住人になるのですわ。勿論、ボイスレコーダで言質は取らせて頂きますわ」 「どーせ、この部屋の様子はチキンと記録されてるんでしょ?」 わざと『きちんと」ではなくチキンと言った。 あまり上手くない百合子だった。 「勿論ですわ」 そう言って、少女は足を組みなおす。 「さぁ、誓いなさい。鬼児宮サナに屈服すると」 「お姉、こんな奴の言う事聞いちゃ駄目!!」 歪んだ笑みを浮かべる少女と、切迫した声を上げる愛華。 しかし、百合子は大胆不敵な笑みを浮かべる。 「ねぇサナさん、私は1人で来た、とは言ったけど、味方がいない、と言った覚えは無いわよ?」 「生徒会のお歴々のことですわね」 ハッ、と百合子の言葉を鼻で笑う。 「今頃は我が手駒の前に倒れているころですわ」 「どうかしらね?」 「それはどう言う・・・・・・」 その回答は、轟音によってなされた。 部屋の窓が割れ、ロープを使って1人の少年が部屋の中に侵入する。 「何者!?」 その叫びに対し、少年―――御神千里は不敵に答える。 「ただの、ヘルプですよ」 555 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 18 16 ID vAX2GWOI Side Senri 「よっと!」 急な襲撃に驚愕する少女(恐らく、あれが鬼児宮サナ先輩だろう。事前に写真で見た)に向かって、部屋に侵入した俺は飛び掛る。 「ただのヘルプですって!?おふざけを!!」 「ふざけちゃいませんよ」 俺から半ば転がるように距離を取った少女に、俺はいつも通りの笑みで応じる。 「貴方、生徒会の人間ではありませんね。それがなぜここに?利害?報酬?青臭い正義感?それとも一原百合子の押しの強さに負けて?」 「どれでもありません、よ!」 そう少女に返しながら、俺は距離を詰める。 「腐れ縁で、昔から何かと世話になった先輩に頼まれた、頼りにされた。その期待に応えたいとか思っちゃったり。理由はそれだけです!」 その言葉と共に、足払いをかける。 それだけ、であっても俺の行動にはもう迷いは無い。 例えそれ以上の目的が無いとしても、例え部外者だとしても! 一原先輩が俺のことを知らなければ、あるいは俺のことを頼りにならないどうでも良い奴だと思っていたら、俺はそもそもこの場には呼ばれていない。 そうではないことを、俺はこれ以上無く嬉しく、誇りに思っていることに遅まきながら気が付いたんだ! 「せいや!」 転ばせることはかなわなかったが、俺は少女のバランスを崩すことはできたようだった。 俺は背中から彼女を取り押さえ、首に腕を回す。 「さーて、鬼児宮サナ先輩。これ以上痛い目みたくなければ、降伏してください」 「あら、か弱い女性に手を上げるおつもりですの?」 首を絞められながらも、少女は気丈に軽口で返した。 「確かにこう言うのは趣味じゃないけど、男女差別はもっと趣味じゃないんですよね」 「あら、そうですの」 「それに、俺の行動を後押ししてくれた奴もいますし」 俺のその言葉に、「・・・女子に暴力を振るって下さい、という意味でもなかったような」という声と共に三日が降りてきたような気がしたがスルーした。 「…でも、絆を大事にする千里くんらしいです」 と、後ろで笑ってくれたのは嬉しかったが。 「いずれにせよ、私を押さえてもあまり意味はありませんわ」 「はい?」 なぜか余裕のその言葉に、俺は怪訝な声を出す。 「だって『私』、左菜(サナ)では無いのですから」 その言葉に、一瞬虚を突かれた。 「ガッ!?」 少女が袖口から取り出したスタンガンの一撃を、俺は腹部にモロに受ける。 「改めまして、はじめまして、ですわ」 俺から距離をとり、その少女は、ウェーブのかかった長髪の向こうに小型の通信機を付けた少女は、スカートの端を持って優雅に一礼する。 「私は左菜の妹、鬼児宮右菜(オニゴミヤ・ウナ)と申しますわ」 その少女、右菜さんを見ながら、俺は何とか立ち上がった。 「アンタが最終関門ってワケですか」 『その通りですわ』 そう答えたのは、部屋のどこかに仕掛けられたスピーカーからの音声。 目の前の右菜さんに良く似た声音だった。 「アンタが鬼児宮左菜さん?」 俺は、スピーカーからの声の主に向かって聞いた。 『ええ、私の方が鬼児宮左菜(オニゴミヤ・サナ)。以後お見知りおきを願いますわ。尤も、あまり長い付き合いにはならないでしょうけれど、ですわ』 笑みさえ感じさせる声で、左菜さんは言った。 「双子の入れ替わりトリック・・・・・・」 さしもの一原先輩も驚愕していた。 「ひどいじゃない!そんな使い古されたトリック!しかも伏線がどこにも無いし!」 「申し訳ございませんが私達、フェアと伏線が保証された本格ミステリをするつもりは無いのですわ」 妙なところに怒り出す一原先輩に、右菜さんが冷たく言い放った。 『それに、右菜の存在は世間にもひた隠しにされていたのですわ。せいぜい、私の名前に『左』の文字が入っていたことがその暗示』 「ンな右京さんと左京さんじゃないんだから・・・・・・」 「それに、警備担当の九毒拳士に似たようなトリックを使わせていたのですけれど、貴方方はご存じなかったようですわね」 嘲笑するような声音の右菜さん。 どうやら、空蝉さんにも替え玉がいたらしい。 もし彼に全員で対決していればこの展開を予想できたかもしれない。 「後悔してる暇は無いわよ、御神ちゃん」 「ええ、分かってますよ」 再度右菜さんを警戒しながら、俺は言った。 556 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 19 16 ID vAX2GWOI 「どうするつもりですの?」 『ええ、一原愛華に仕掛けた爆弾のスイッチは、隠し部屋にいる私が持っているというのに』 双子からの余裕の声。 しかし、日本語は正確に使って欲しい。 愛華さんに仕掛けた爆弾では無く、正確には愛華さんの『椅子に』仕掛けられた爆弾だ。 だから、 「こうするつもりですよ!」 俺は再度、右菜さんに飛び掛る。 「この!!」 スタンガンを振り回す右菜さんだったが、種が割れている以上避けるのは難しくない。 思ったとおり、右菜さんの身体能力は普通の女子高生以上の物ではない。 恐らくは、あくまで右菜さんは左菜さんのボディガードではなく替え玉であり、戦う為の訓練は受けて無いのだろう。 だから、一般的な高校生でしかない俺でも十分に対抗できる。 「すいま、せん!」 俺は右菜さんのわき腹に軽く蹴りを入れ、愛華さんの椅子の方に飛ばす。 「三日、ロープを!」 「・・・はい!」 俺の言葉に、三日は俺たちがこの部屋に侵入するのに使ったロープを投げ渡す。 「何を・・・・・・!?」 「はい、ぐーるぐる」 縛られた愛華さんにその隣の右菜さん。 その更に上から、俺はロープを巻きつける。 「ど、う、だ!」 もがく右菜さんをしっかりと縛り上げ、俺は言った。 『何のつもりですの?』 「人質」 左菜さんの言葉に俺は即答した。 愛華さんに仕掛けられた爆弾が実際どれほどの威力かは知らないが、今の状態で起爆したが最後、右菜さんも道連れになる。 爆弾を使って左菜さんは愛華さんを人質に捕ったが、同じ方法で俺は右菜さんを人質に取られせてもらった。 「貴方、見た目の割に性格悪いですわね」 「そりゃどうも」 憎憎しげに見つめる右菜さんの言葉に、俺はサラリと返した。 ともあれ、これで状況はイーブンになった。 一原先輩の言うことを聞かせるために爆弾を仕掛けた左菜さんだけど、その手はもう使えないだろう。 ここから文字どおりの意味での先は話し合い――― 『お得意になっているところ申し訳ありませんが、私に右菜は人質になりませんわ』 「・・・・・・はい?」 まるで当たり前のように言われた言葉に、俺は声を出すのがやっとだった。 『私の目的は、あくまで一原百合子を手に入れること。それ以外の為の手段も、犠牲も問いませんわ』 「左菜!?」 そう叫んだのはほかならぬ右菜さんだった。 「それハッタリよね!?ブラフよね!?左菜が私を、たった1人の姉妹を犠牲にするはず無いわよね!?」 今までに無く余裕をなくした形相で、右菜さんは訴えた。 言葉遣いも乱れ、目元に涙すら浮かべていた。 『右菜、あなたの存在は私の替え玉、身代わり、それ以上の価値は無いのですわ』 「!?」 あっさりと言い放った左菜さんに、右菜さんが絶句する。 「ちょ、待ってよどうしてよ!?」 そう抗議したのは一原先輩だった。 「どうしてサナさんは私をそんなに欲しがるの!?妹さんまで犠牲にして!!」 『ご自分の胸に手を当てて、良く考えてみることですわ』 左菜さんは、それ以上の説明をするつもりは無いようだった。 「正気かよ、アンタ・・・・・・」 俺は、そう言わずにはいられなかった。 だってそうだろう? 生まれたときから一緒だった相手を、共に喧嘩し、共に泣き、共に笑った相手を何でそんなにあっさり犠牲に出来る!? 『ええ、確かに私は正気では無く、狂気に侵されているのかもしれないのですわ。けれども、一原百合子を手にするためには、それさえも瑣末なことですわ』 「そう・・・・・・」 そう、静かに答えたのは一原先輩だった。 「そっかそっか、そう言う事なんだ」 何かを納得したように頷く先輩。 少しずつ、愛華さんたちの方に近づきながら。 557 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 19 59 ID vAX2GWOI 「でもゴメンね、アナタが私に『服従』とか『屈服』とかして欲しいならムリだわ」 ひょい、と肩をすくめて一原先輩は言う。 「あなたが望むなら、絆は喜んで結ぶ。あなたが望むなら、その絆は喜んで愛する。でも誰かに隷従するのは、私の魂が拒絶する。だって―――」 にっこりと笑顔さえ浮かべ、先輩は言った。 「そんな関係、つまんないじゃない」 『・・・・・・それが、答えなのですの?』 感情を押し殺した声で左菜さんは言った。 『・・・・・・・んで』 声と共に漏れるのは、嗚咽だろうか。 『なんでなんでなんでなんですか!?貴女は私が生まれて初めて本気で欲しいと思った相手なのに!?本気で羨ましいと思った相手なのに!?本気で本気で本気で本気で本気で本気で!!』 栓をしていた感情を吐き出すように慟哭する左菜さん。 俺の本能が警告する。 ヤバい、このパターンはヤバい!! 『もう取引なんてどうでもいい!脅迫なんてどうでもいい!爆弾を起動する起爆する爆発させるのですわ!!』 「左菜!!」 そう叫んだのは誰の声だったろうか。 爆発する! そして。 しかし。 どれだけたっても。 「・・・爆発、しません」 思わず覆いかぶさった俺の下から、三日が怪訝そうに言った。 爆音がしない。 熱風も、来ない。 なぜなら。 愛華さんと右菜さん、両者を抱きしめるように一原先輩が密着していたから。 「離さないわよ」 と、先輩は言った。 「私は絶対、誰も離さない」 強い意志さえ感じさせる声だった。 「ねぇ、左菜さん。いいえ、さっちゃん。あなた、私が羨ましいって言ったわよね。だったらさ」 にっこりと、全てを包み込むように笑う一原百合子先輩。 「この輪の中に、入りなさいよ」 楽しいわよ、と一原先輩は言った。 「・・・・・・はい、ですわ」 その答えは、すぐ近くから返ってきた。 部屋の中で一際大きな油絵。 その裏の隠し扉から。 そこから現れたのは、右菜さんとそっくりな、けれどどこか違った雰囲気の少女。 この人が、本当に鬼児宮左菜さん。 左菜さんは、爆弾のスイッチを投げ捨て、一原先輩に抱きついて、大声で泣いた。 558 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 21 38 ID vAX2GWOI Side All 「私、一原百合子がこの世で一番好きなのですわ」 その少し後。 俺こと御神千里らに加え、生徒会メンバーに、下水道でリタイヤしていた二日さんと振井さん(二日さんが勝ったらしい)、さらに李と彼女にボコられた空蝉さん(替え玉も全員倒されたらしい)は左菜さんの部屋に集められた。 そこで左菜さんから発せられたのが上の台詞。 その言葉に、反応は様々。 最初から知っていたらしい右菜さんや途中で察したっぽい一原先輩、そもそも興味無しな二日さんは普通の反応。 振井さんと空蝉さんは驚愕。 生徒会メンバーは軒並み苦い顔をした。 俺と三日は、何というか、脱力? どうやら、一原先輩の厄介な恋愛に思いっきり巻き込まれただけみたいなわけだし。 で、一原先輩の返事は。 「一億と二千年前から愛してました」 「適当こくな」 一原先輩のバカに、俺は容赦なくツッコミを入れた。 「でもさっちゃん。どうしてそれを最初から素直に言ってくれなかったの?私は女の子はみんな大好きなのに?」 俺のツッコミをスルーして、さっちゃん、もとい左菜さんに問いかける一原先輩。 確かに、先輩が同性愛者なのは学園の全校生徒が知っている。 「貴女が気にしなくても、我が家が気にするのですわ」 「鬼児宮家は血族の繋がりが強い上に、本家のご当主による独裁体制なの。私たち親戚筋はソレに絶対服従。一般には全然知られてないけどね」 左菜さんの言葉を、右菜さんが補足した。 敬語ではないのは、右菜さんの素なのだろう。 「あー、ものすごい納得した」 渋い顔をして一原先輩は応じた。 「結婚相手を指定したり、同性愛をタブー視するような、頭のおか・・・・・・失礼頭の固い方々が本家にいる、ということなのですね」 と、応じる氷室副会長もこれまた渋い顔。 そう言えば、彼女らの先輩の鬼児宮エリスさん、つまり三日のお兄さんの恋人さんも鬼児宮姓だった。 多くは語らないけれど、先輩達はかなりの程度鬼児宮の滅茶苦茶具合を肌で知ってるのかもしれない。 「そんなところですわ。けれども、家の中に、その『飼う』というか『囲う』というのなら、何とか本家の人間も納得させられますから」 「それで、恋人関係じゃなく、上下関係を結ぼうとしたわけね」 左菜さんの説明に、一原先輩は言った。 事情は分かったけど、手段が荒っぽいにも程がある。 「けれども、計画が潰えた以上、どうしようもありませんわ。このまま生きていても、好きでもない男性に嫁がされるだけですわ」 自決するしかありませんわ、と暗い表情になる左菜さん。 「大丈夫よ、さっちゃん」 左菜さんを安心させるように、一原先輩は彼女の手を握った。 「私達にはこんなにも心強い仲間が、恋人がいるもの。すぐにはムリでも、少しずつ他の人にも納得してもらえば良いわ。ねぇ、そうでしょ、みんな?」 ひょい、と生徒会メンバーの方を向く先輩。 「鬼児宮殿には、我々との百合子争奪戦に参加していただくことにはなるでござろうが」 「ソレ以外はスポーツマンシップに反するデス。そう言うのは、争いはストップイットデス」 「お姉は私のだけど、みんな一緒の方が賑やかだしね、お姉は私のだけど」 「ま、鬼児宮家にいられなくなったら百合子にもらってもらえば?」 「過ちは繰り返さない、が私のモットーですから」 と、李やエリス先生、愛華さん、霧崎や氷室副会長が答えた。 「何だったら、この家の女の子全員私の嫁にもらうけど?」 と、先輩は左菜さんと振井さんを見るが。 「「いや、あなたタイプじゃないんで」」 と無碍に断られる。 「でも・・・・・・」 となおも不安そうな顔の左菜さん。 559 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 22 09 ID vAX2GWOI 「大丈夫よ、さっちゃん」 スルリ、と左菜さんの首に手を回す一原先輩。 「心配も不安も全部、私が一緒に肩代わりしてあ・げ・る」 あと数ミリで唇が触れ合うというところで、先輩は囁いた。 そのまま床の上に左菜さんを押し倒す。 どうでもいいが、妙に抵抗感が無かった。 「百合子殿!?」 「Oh,ジョーネツ!」 「ズルいよ、先輩」 「ボクも混ぜろよ!」 「百合子(ゆー)ちゃん!?」 と、先輩達の周りがくんずほぐれずのダンゴ状態になる。 「あ、アンタたち人の姉上にナニやってるのよ!?変なことしたら私が許さないわよ!!」 それをひきはがそうと、右菜さんが止めに入るが、割と逆効果に見えた。 「右菜のご主人、おいたわしーぜ」 その光景を複雑そうな顔をして見る振井さんだが、二日さんとの戦闘でボロボロになった身ではホロリと涙を流すくらいしかできない。 「なぁ、振井。こっから先は若い衆に任せようや」 そんな彼女に気遣わしげに手を置く空蝉さん。 「うう、ご主人……」 ダンゴ状態を押し留めようとする者、諦めたように部屋を出る者。 「・・・え、ええっと?」 超展開(一原先輩にとってはいつものこと)に呆然とする三日。 俺は、そんな三日を強制的に回れ右。 ここから先は18禁だ。 「さーて、帰るか」 「・・・良いんですか、放って置いて?」 「ああやって先輩のハーレムは拡大していくのさ、いつも」 三日の困惑に、俺はため息混じりに答えた。 結局、おいしいところは全部先輩が持っていった。 一原先輩絡みの荒事のエンディングは、いつもこんな感じなのだ。 まぁ、この場合俺が主役になっちゃいけないパターンだったんだろうけど。 これで良いのだ、と言えばそうなのだろうけど。 「そうだ三日、二日さん。今日はウチで夕飯食べてきません?」 部屋を出て、家へ帰ろうとする道すがら、俺は2人に提案した。 「悪くはありませんね・・・」 「・・・お姉様も誘うんですか?」 「不服ですか・・・?」 「・・・ソンナコトハゴザイマセン」 「折角ですから、お父様も呼びましょう・・・」 「外に出られたんですか、アレ!?」 さて、今日はとりあえず、憂さ晴らしに三日たちにたんまり美味しい物を作って、賑やかにおなか一杯食べるとしよう。 「まったく、やれやれだ」 頭を掻きながら、俺は呟いた。 「…そう言いながら笑ってますよね、千里くん」 そんな三日の指摘に、俺はそっぽを向いた。 560 :ヤンデレの娘さん 荒事の巻 ◆yepl2GEIow:2011/08/16(火) 15 22 33 ID vAX2GWOI おまけ 後日 あるウェブサイトのチャットルームにて。 むーんさん:ところで『yuriko』君、というか百合子君。この前は・・・ウマクイッタ・・・かい? yuriko:ええ、『むーんさん』さん。色々ありましたけどお陰でバッチシVでしたよー むーんさん:それは・・・ザンネン・・・。私としては…トラブル…の種を撒ければ良いと思って協力したのだからね yuriko:まー、そう悪いことばっか起きないってことですねー! むーんさん:ハッハッハッー yuriko:代わりに、ウチは今まで以上に賑やかになりましたから、そう言う意味じゃ『むーんさん』さんはトラブルの種を撒いたってことになりますかね むーんさん:それは…ヨロコンデ…聞いておこうかな yuriko まー、また何かあったときはよろしくお願いしますね、『むーんさん』さん、いえ、緋月先輩のお父様 むーんさん:・・・ワカッタ・・・よ、一原百合子君。機械関係なら、この『むーんさん』こと緋月月日に・・・マカセテ・・・おきたまえ
https://w.atwiki.jp/hutatuki/pages/15.html
ヤンデレ設定とか 春野本家の継母戦争と男しかいらんという理由で分家に追いやられていた姉妹(ちなみに分家は超貧乏!貧乏姉妹萌エスw) 最近その内紛がおさまり10数年振りに本家へ帰ってきた はじめはラブコメ生活をする3人だが姉と主人公がラブラブになりはじめる それに嫉妬した妹が・・・という話 きゅうか お兄ちゃん、あたしの前のおうちね、とっても貧乏だったでしょう? だから辛いときもいっぱいあって・・・でもそんなとき自分はどこかの国のお姫様だって思うことにしてたの。お兄ちゃんが王子様で(はーと)それでいろんな想像するんだぁ、ご飯をお腹いっぱい食べたりカワイイ洋服をたくさん買ったり・・・ ふふふ、みじめよね?現実はその反対だった・・・お兄ちゃんはお金持ちの本家であたしは貧乏な分家・・・ でも今は?今はちがう!お金持ちの家でお姫様のような生活をしてるのよ、これってすごいことだと思わない!? おまけに王子様まであわられちゃって・・・ きっとこの生活は幸せすぎた・・・身分をわきまえてなかったのよ…だからいまそれが…よりにもよってお姉ちゃんの手でこわされようとしてるのよ・・・ 主人公 きゅうか・・・ 主人公はいたたまれなくなり呟いた。いつも明るく活発な妹のどこにこんな一面が隠されていたのだろうか? なぐさめなければ…教えなければ…!誰にでも幸せになる権利があり、それはきゅうかも同じであることを きゅうか お兄ちゃん、あたしあきらめないわよ? 主人公 え? さっきまで薄幸の美少女だった妹の顔が今では凄惨な夜叉へと変わっていた きゅうか え、じゃないわよ。お兄ちゃん、あたしは今まで地べた這いずり回ってそれこそ他人のクソさえ舐めて生きてきた。 どんな屈辱や辛酸にも耐えた!そのあたしが! せっかくつかんだ幸せを! 簡単に手放せるわけないじゃない!! 主人公 !! 主人公はきゅうかの迫力に圧倒された。 この小柄な少女に果たしてどれだけの重荷が課せられてきたのか? この可愛らしい少女が果たしてどれだけの汚辱にまみれてきたのか? まさに衝撃!! 彼は運命の残酷さを心の底から憎んだ。 きゅうかはこちらをあやすように口を開く きゅうか 言ったでしょお兄ちゃん?あたしはシンデレラ(お姫様)なの・・・イジワルなお姉ちゃんや継母にいじめられてもずっと耐えてきたの・・・ だからお兄ちゃんくらいくれたっていいじゃない? シンデレラは王子様を捕らえたわ。だから私もお兄ちゃんを逃さない・・・!! しゃべりながら妹は主人公に近づいた。 心なしか腰をくねらせ値踏みするかのように、また期待するかのようにこちらを見上げながら体を絡ませ耳にそっと口をあてがう。 きゅうか お兄ちゃんはあたしのえもの・・・カボチャの馬車だろうが魔女の力だろうがどんな手を使っても・・・ そこで官能的な一呼吸をおき きゅうか 必ず手に入れる・・・ 吐息とともに吐かれた言葉にカボチャの臭い。体中を悪寒が駆け抜け妹の言霊が自分を支配したかのようにさえ感じる!! それほどまでに魔力のこもった響きであった・・・ 主人公は冷や汗を拭い考えた。 あの可憐なサクラのような少女がこんな言葉を?おかしい!きゅうかとはただの兄と妹でそれ以上でなくてそんなのきいてないからだから・・・! まともに思考ができないことに気づき、主人公は無理に考えるのをやめた。 いつのまにかきゅうかはいなくなっている。 思考がまとまらないのは多分、妹の吐息からカボチャの臭いがしたからだろう・・・ 主人公 シンデレラと、カボチャの馬車ね・・・
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2291.html
794 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 29 33 ID jWW4PdQE って、ちょっと待てよ? 何でこの娘が3人目なんだ? 俺の予想では三日の母、緋月零日さんが来ているはずなのだが。 お仕事でむっちゃ忙しい人だとは聞いてるけど。 代役? 「ヒーロー番組観てる子供たちのアイドルを、こんな試験の試験官やらせんでも良かろうに……」 「こんな試験って…どういう意味かな、かな?」 「キャラ、ブレてるぞ」 「かな、かな…なんだよ?」 「どっちにせよパクリ感は否めないけどな」 「素人さんに駄目だしされた!?」 そんなに驚かれても。 実際、その通りだし。 それはともかく。 「月日さんは一体何を考えてるのかって話。君だって、この一件のためにかなり無理したんでない?」 「月日お兄ちゃんのためにすることは無理でも努力でも何でもないこと…なんだよ!」 胸を張って言う零咲。 良い娘だなぁ。 アブないけど。 俺の命を現在進行形で危うくしてるけど。 「ンじゃあ、月日さんのためにも、お互い早めに終わらせちゃおうか」 笑顔の零咲に、俺は優しげな様子で(様子だけ)言った。 正直、いつまでも脚から血をダクダク流してるわけにもいかない。 「ウン…なんだよ!」 零咲が笑顔で頷いて、ふと思い出したように言葉を続ける。 「そう言えばとてつもなくどうでも良いことだから忘れてたけど…おにーさんの試験結果は会ってすぐくらいには出していた…なんだよ!」 「そう言えばとてつもなくどうでも良くないことだから可及的速やかに聞かせてー」 可及的速やかにとこの状況から抜け出すために、俺は先を促した。 「おにーさんの試験結果は…」 しかし、零咲はそう言って口元に三日月型の笑みを浮かべた。 目の笑っていない、凄惨な笑みを。 「これ以上なく不合格!」 同時に、零咲の両手が舞う。 その動きが見えるか見えないかという段階で、俺は既にその場を移動している。 間一髪、ワイヤーの風切音だけが通り過ぎる。 飛んできたワイヤーを避ける、なんて恰好のいい動作では無い。 ほとんどその場を後ろに転がったようなものだ。 「お願いだから、お互い早めに終わらさせて欲しいかな…なんだよ、おにーさん」 体勢を立て直した俺の方に、悠然と近寄り、上目遣いで俺を見上げる零咲。 その動作に、思わずドキリ、とする。 「どうしたのかな…おにーさん?」 その仕草は魅力的だった、だけではない。 その仕草は、あまりに見覚えのあるものだったからだ。 いや、零咲の動作の所々は、俺が驚くほどよく知るものばかりなのだ。 「どうにも、お前が三日の奴に似てるように見えてね。いや、見た目とかだけでなく、ちょっとした仕草とかがさ」 俺の言葉に、ニヤリとした笑みを浮かべる零咲。 「おにーさんがそう思うのは当然…なんだよ」 その語る零咲の表情は、俺なんかよりもずっと大人びて見えた。 ついさっきまで、随分と年下の女の子に見えていたのに。 「三日ちゃんは私の続きなのだから…なんだよ」 そして、彼女は虚ろなほどに漆黒の瞳でこちらを見据える。 「そうだこうしようよ…なんだよ、おにーさん」 「どーしようってのさ」 三日そのままな上目遣いのまま、零咲を言った。 「三日ちゃんのことを聞かせてみて欲しいかな…なんだよ」 795 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 30 06 ID jWW4PdQE 一方――― 「チッ!」 何度かのコールの後、明石朱里は再度小さく舌打ちをした。 携帯電話のモニターには『御神千里』の文字が映る。 その文字を明石は憎々しげに見た。 「何で、私がアイツなんかのせいでダブルデート(仮)を邪魔されなきゃいけないのよ……」 隣の葉山に聞こえないように、明石はそう小さく呟いた。 明石は、千里のことが嫌いだった。 自分の想い人の隣というポジションを占有し、自分の親友の想われ人という立場を占有している。 その上、そのことに何の有難味も感じていないかのような顔でヘラヘラしている。 どちらの立場も、明石が羨むほどの物なのに、だ。 いや、流石に三日の恋人になるつもりは無いが。 しかし、千里と正樹の仲の良さは何なのだろう。 2人とも交友関係は決して狭くは無いが、この2人の関係は別格のように見える。 17年の付き合いのある自分よりも近しいではないか。 ホモか、ホモなのか。 どちらにせよ今すぐ代わって欲しいポジションだった。 『羨むってことは、嫌悪というより嫉妬なんでしょうね』 そう心の中で呟く。 ドロドロとした感情が、心の中で渦巻いていた。 そもそも、明石は『幼馴染』という現在の自分のポジションをあまりよく思っていない。 正樹とは親友と言うには遠すぎて、さりとて女として接してもらうには近すぎる。 歯がゆいと言っても良いし、嫌悪していると言っても良いし―――自己否定的なまでに憎悪していると言って良い。 「こんなコト考えるのも、あの男のせいだ」 今度は口に出してそう言い、再度千里の携帯電話をコールする。 見つけたらボロボロになるまでボコボコにしてやろうなどど思いながら。 796 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 30 35 ID jWW4PdQE その頃、ボロボロでボコボコになった俺こと御神千里はと言うと。 「聞かせる?」 零咲の言葉に、俺はいかにも怪訝そうに答えていた。 「アイツの人となりを知りたいのなら、俺の話より、実際会って話すのが一番でしょ。って言うか近くに居るはずだから俺と一緒に会いに行こうぜ」 「そんな言葉でお兄ちゃんの試験を逃れようなんて、いくらなんでもあざといかな…なんだよ」 俺の戯言を一刀両断する零咲。 「まぁ、わざわざ聞くまでもなくないか、って思ったのはホントだけどねー。実際、零咲は三日の親戚か何かなんだろ?」 外見からも当て推量をして、俺は言った。 多分、零咲の本名は緋月なんとかとかその辺なんだろう。 まあ、月日さんとは『親戚のお兄ちゃん』と呼ぶには歳が離れすぎてるようだから、そこら辺はあの変態の趣味なのだろうけど。 でも、見た目的に一番似てるのが、外見ではなく所作だってのが気になるけど。 「多分、おにーさんの推測は遠からずとも当たらずってところなんだとは思うけど…あたし的にそこはどうでも良い…なんだよ!」 遠からずも当たらずって、入れ替えただけなのに、受けるイメージが180度変わる言葉だな。 「おにーさんから見た『緋月三日』…というのを聞かせて欲しーんかな…なんだよ!」 「あ、なるホロ」 「と、言うより…聞かせる以外の選択肢は無いんだよ」 ゾッとするほど静かな声でそう言って、ゴス浴衣の中から再度右手を示す零咲。 その気になればすぐにでも俺を殺せると言わんばかりに。 「もし聞かせてくれたら…試験結果の見直しを考えてあげても良い…なんだよ!」 「ンなこと急に聞かれてもなー」 俺はそう言って頬をポリポリやった。 凶器持った相手を目の前に。 「さっきから思ってたけど…あたしを前にしておにーさんも動じない…なんだよ!」 「カッコつけてるだけだよ。内心ブルッブル」 「あたしの続きのために…そこまですることも無いかもなんだよ!」 「今のやりとりだけでどうしてその結論に辿りつけたのは謎だけどなー」 「でも…そうなんでしょ?」 「まぁそうかなー」 「あんな弱い娘のために…なんだよ?」 怪訝そうな顔で言う零咲。 「あんな惰弱で脆弱で虚弱で最弱な娘のために、何でまたおにーさんはそこまでするのか、そこまでする価値を見出しているのか、あたしは分からない…なんだよ?」 「弱い、ね」 やんわりと零咲を見据え、俺は言った。 「そりゃどーかな?」 「どう言う意味なのかな…なんだよ?」 「言葉どおりの意味さ」 勤めて静かに、俺は言葉を紡ぐ。 「零咲、さっき『友情は裏切られる』って言ったよね」 「?」 俺の唐突な言葉に、きょとんとする零咲。 「でもさ、そもそも裏切られるレベルの友情、裏を返せば裏切られると感じるほどに信頼できる友情―――人間関係を構築するのってマジ大変じゃん。相手がその信頼にこたえてくれなかったら、裏切られたら、傷つけられたら……なんて考えたらできないし」 「…それで?」 「ソレをアイツは、三日はやってるわけよ。俺との人間関係を繋ぐために。自分の想いを伝え、想いを繋げるために。全力で、命がけでね」 俺が1人ではできなかったことを。 俺にはできなかったことを。 だから――― 「それを強いと言わずに何て言うのさ」 迷い無く、俺は断言する。 「俺けっこー尊敬してるのよ、三日のコト」 笑いながら、誇らしげに、断言する。 797 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 32 01 ID jWW4PdQE 「けれど・・・」 零咲が静かに口を開く。 まるで、詰問するように。 「おにーさんはほんのひと時とはいえあたしと行動することを選んだ。あの娘と離れることを…選んだ。その選択は無かったことにはならない、一度した間違いは無かったことにはならないならないならないならない…ならない」 先ほどまではまがりになりも浮かべていた笑みを消し、無表情に零咲は言う。 「だから…結果は変わらない。どんな想いがあったとしても、あたしの言葉に応じた瞬間、あたしと係わり合いを持とうとした瞬間、きみの不合格は確定…した」 言葉と同時に、零咲の右手が舞う。 ワイヤーが舞う。 「!?」 咄嗟に転がり、ギリギリのところで避ける。 今日のために買った浴衣の裾がずたずたにされる。 「1度確定したことは決して…無かったことにはならない。だからあたしはきみを…絞め斬り殺す」 再度、ワイヤーが舞う。 横に転がるが、それを追いかけるようにワイヤーが風を切る音が聞こえる。 「くぉ!?」 追いかけてくるワイヤーを、思い切り後ろに跳ぶことで避ける。 ようやくワイヤーの追撃から逃れられた。 両足は勿論痛いが、今度こそ根性で我慢。 とはいえ、そう何度も続けられるとも思えないけど。 「無様に・・・あがくのね」 一歩ずつこちらに歩み寄る零咲。 「無様なあがきで、無様なもがきさ。これでようやく三日とおそろいになれる」 「頑張るね…無意味に。きみはもう全体的に根本的に潜在的に最終的に劇的に決定的に断定的に…終わっていると言うのに」 「終わってるなんて……」 もう一度大きく距離を取り、俺は言った。 正直、軽く息が荒い。 正直、軽くヤバい。 対して、零咲は傷一つなく、息一つ切らさず、一歩一歩こちらに近づいてくる。 ワイヤーは、まだ使ってこない。 けれど、次に使われたときが俺の最期だろう。 武器の性質みたいなものは少しずつ分かってきた。 まず、右手からしか出せないこと。 次に、すぐに二撃目が来ないってことは、武器としての間合い自体はさほどでも無いであろうということ。 もっとも、そんなことが分かっても何の意味も無い。 見えない上に、どこから来るのかも分からない攻撃なんてどうしようもないのだから。 体力的にも、もうそうそう何度も避けられるモンでもないだろうし。 死にたい、と思わないけど。 死ぬ、とは思った。 あーあ。 死ぬ時は、ヒロインのロングヘアにハグられて死ぬって決めてたんだけどなぁ。(艶やかな黒髪ならなお良し) でも、まぁ、何のかんので楽しい人生だったし。 親とも何のかんので仲良くなれたし。 良い方には変われたと思うし。 色んな人とも会えたし。 大切な人とも出会えたし。 悔いは無い、かな。 そう、思った。 798 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 32 24 ID jWW4PdQE 「ああ…そうそう。1人で死ぬのは寂しいだろうから先に…教えておいてあげる」 けれど。 「きみを殺したら三日ちゃんも…あたしの続きもきちんときみのところに送ってあげる」 零咲のその言葉に、俺のおめでたい思考は吹っ飛んだ。 「言った…でしょう?あの娘は…弱い。きみはそこにある種の強さを見出したようだけど、それでもきみがいなくなって耐えられるほどのものじゃあ…無い」 だから…苦しむ間もなく、送ってあげる。 零咲はそう、光の無い目で言った。 その瞳には何の感情も見られない。 だからこそ分かる。 この女は確実に三日を殺す! 「いやいやいや、とりあえずソレは慎んでご遠慮したいところなんだけどねー。いやマジで」 マジで、死ねない。 あきらめモードは、もう終わりだ。 バン、と脚を叩き、しっかりと立つ。 「どう…して?」 こちらに近づきながら、無表情に言う。 そこに、感情的な動作は何一つ無い。 ただこちらを見ながら唇を動かすだけだ。 「アイツが死んだら……」 零咲を見据えながら、俺は言う。 「アイツは死んだら苦しむことも泣くこともできない。誰にも笑っても怒ってもくれない。俺と祭を周ってもくれない。趣味の悪いぬいぐるみを欲しがったりもしない。部活の後輩とケンカしたりもしない」 アイツとの楽しい時間を思い返して、俺は言う。 「それが無くなるなんて、マジありえないから。あって、たまるか」 俺は、静かにそう言った。 静かなのは、そこまでだったが。 「アイツに指一本でも触れてみろ!俺はどんな手段を使ってでも確実にお前を殺してやる!」 叫ぶ。 俺は叫ぶ。 抑え込まれいたものを 「そんなことを言うのは―――あの娘を愛しているからなのかな…なんだよ?」 零咲に、ストレートに聞かれた。 ド直球だった。 その場にそぐわないとも思える、けれどもこれ以上なくふさわしいとも言える言葉に、俺は一瞬言いよどむ。 「そ…そう言う気の効いたセリフは―――最終回に取っておくモンだろ」 俺は、そう答えた。 その時、零咲の懐から振動音が聞こえる。 「ケータイかい?」 「きみの…ね。話してみるかな…なんだよ?」 俺が頷くと、零咲は無造作に俺のケータイを投げ渡す。 開閉するのももどかしく、俺はディスプレイを確認する間もなく着信ボタンを押す。 『山に棄てられるか海に棄てられるか、嫌いな方を選べ』 無感情ながら随分とドスの効いた声だが、どうにか分かる。 明石だ。 「悪いね、明石。今すぐヤボ用が終るから、そしたらフルスロットルでそっちに戻『アンタのことはどうでも良い』 俺の言葉をさえぎり、明石は言葉をかぶせた。 もしかして怒ってるだけではなく、焦っている、のか。 どうして? 『そんなことよりも、三日がそっちに行っているかどうか5秒以内に答えなさい』 明石が三日のことを渾名で呼ばないのを、俺は初めて聞いた。 「三日が?アイツに何かあったのか!?」 799 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 00 ID jWW4PdQE その答えを聞く寸前、俺の携帯電話はガシャン、と地面に落ちた。 同時に、ガクンと、俺の体に衝撃が走る。 瞬時に体が拘束され、口はふさがれ、挙句の果てに足が地面を離れていた。 先ほどの木の上に縄で吊り上げられた、と気がつくのには少々の時間を要した。 木の上で、かなりの高さがある。 誰がやったのかは考えるまでも無いだろう。 どうやら、零咲の奴はワイヤーだけでなく縄まで使いこなすらしい。縄跳びとかさせたらサイコーに上手いんじゃないのか? 殺されなかっただけマシとはいえ、かなりキツい体勢だ。特に、体中、特に首の辺りには窒息しそうなほどギリギリと縄が食い込んでくる。 「ふぅん…」 俺の足元で零咲が言う。 「登場するには悪くないタイミング…なんだよ、三日ちゃん」 俺の足元で、零咲の前に三日が現れる。 悪くないなんてものじゃない。 最悪のタイミングだ! 「…どうして、ここにいるんですか?」 感情の失せた目を向けて、三日は言った。 髪をまとめていた簪はどこかで落としたのか。 髪はほどけて乱れ、浴衣の裾は枝に引っ掛けたのかボロボロになっていた。 鬼女もかくや、というありさまである。 「ちょっと驚いた…なんだよ。この辺には事前に人払いの技術を使っていたのに」 「…それを私に伝授してくれたのは、あなたでしょう?…質問に、答えてください」 「さぁどうしてなんだろう…ね」 それに対して、何でも無いような口調で零咲は言った。 俺の携帯電話を拾い上げ弄びながら。 三日に見せつけるようにしながら。 それにしても、改めて零咲と三日を見比べると―――全然似てない。 今まで似てると思っていたのが嘘のように似ていない。 零咲より三日の方がずっとしなやかな体つきだし、 零咲より三日の方がずっと艶やかな髪だし、 何より、零咲より三日の方が、ずっと必死だ。 生き汚い位に必死だ。 けれども、そんなコイツの姿を、俺は美しいと思う。 そう思っている間にも、足元で会話は進行している。 「どうなんだろうというよりもどうしてなんだろうと言うべきかな…なんだよ?どうして―――希望があるなんて寝惚けたことを言えるのかなぁ」 グシャリ、と零咲の手の中で粉々になる。 握力だけでなく、恐らくは例のワイヤーを使ったのだろう。 粉々になった携帯電話は、血まみれになりながら無残に地面に落ちる。 「ねぇ、どうしてどうしてどうしてかなぁ?幸せなんて刹那の焔!一瞬で粉々になるなんてこと、カズくんのコトで痛い位に学んだと思ってたんだけどなぁ!?」 零咲の責め立てるような言葉に、三日が茫然としたような顔をする。 「そう!Time up!全ては手遅れ!!三日ちゃんの大切なモノはもう!この私がこんな風にバラバラに粉々にブチ壊してブチ殺した後でした!残念無念!またの挑戦をお待ちしております、なんだよ!!」 両手を広げ、零咲が宣言した。 それが現実であるかのように。 あまりにもあっさりと、それだけに真に迫った、真実であるかのような言葉。 「…どうして、そんなことを?」 茫然とした顔で、憔悴しきった表情で、三日はその言葉だけを絞り出した。 「私がしたのは時計の針を勧めただけのこと…なんだよ」 そう言って零咲は三日に近づき、血の付いた手で頬を撫でる。 800 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 26 ID jWW4PdQE 「私と三日ちゃんは全く持って同じ…なんだから」 慈しむように、愛おしむように。 「私が何もしなくても、三日ちゃんは遠からず不幸になっていた。大切な人を失うか、大切な人に拒絶されるか。確実に不幸になっていた。今のまま…だったら」 「…どうして」 「だって」 言って、零咲は微笑んだ。 誇らしげに、それでいながら泣きそうな顔で微笑んだ。 「私がそうだったから」 だから、あなたもいずれそうなる…んだよ、と零咲は言った。 確信を持ってそう言った。 「幸せを求めるならそれ以外のすべてを捨てなくちゃ。その為の全てのリスクを背負わなくちゃ。その為なら大切な人を不幸にするくらいでなくちゃ。自分自身でさえ不幸にしなくちゃ。どれ程その手を汚そうと。どれほど罪を重ねようと。それが貴女のためなんだから。それがその人のためなんだから。そうにきまってるそうでないなんてありえない。だって…」 あくまで穏やかに三日の頬を撫でながら零咲は続ける。 「貴女は私そのもの…なんだから」 「…貴女は私」 「そう、貴女は私。違う肉体違う人間として存在していることが不自然なくらいに同一」 「…不自然…同一」 「だから、もっと私に近づきなさい。そうしないと貴女は押しつぶされてしまう。この現実に。この先の不幸に」 慈愛さえ感じさせる口調で、母性さえ感じさせる表情で零咲は言う。 零咲の虚言が、見る間に三日の精神を蝕んでいく。 でもな、零咲。 お前は最初から最後までミステイクだ。 間違いと勘違いしかしていない。 なぜなら、零咲と三日は圧倒的なまでに違うから。 細かなモーションが似ていても、上っ面の属性が同じでも、それでもお前たちは違うんだよ。 零咲にあって三日に無いものも多いだろう。 そして、それと同じくらい三日にあって零咲に無いものも星の数ほどある。 例えば、短い間でも俺と積み重ねてきた時間とか。 それがもし零咲にあったら、こんな致命的なミスは犯さなかったんだろうなぁ! 「これからどうするの、三日ちゃん?探せば彼の死体ぐらいは見つかるかもしれないし、私を殺せば彼の仇くらいはとれるかも…なんだよ?」 足元で、そんな会話が聞こえる。 「…う」 零咲の言葉に、三日は俯いた。 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 そして激情のままに零咲の首に手をかける。 「三ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ日ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 手をかける、その瞬間に俺は落ちて来た。 2人の前に、ドシンと盛大に音を立てて。 いや、ドシンなんて生易しいモンでも無いけれど。 「…千里、くん?」 信じられないものを見るような目で、俺の方を見る三日。 「よぉ、三日。随分と心配かけてすまないけど、ご覧の通りピンピンしてるよー」 俺は潰れた蛙のような姿勢で、三日に無理矢理作った笑顔を向けた。 正直、ピンピンなんてしてないけど。むしろ地面に叩きつけられた衝撃で全身痛いけど。 801 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 46 ID jWW4PdQE 「あなた…どうして?」 「だーから、お前は三日と別物なんだよ」 地面に這いつくばった体制のまま零咲の方に顔だけ向ける。 「若いくせに幼いくせにさっきから知った風な口を聞きやがって。仮面ライダーだって一号二号とかぱっと見似てても全然違うだろ?それに比べてもお前と三日は一欠けらも似てねぇっつの」 「質問に…答えて。かなりきつく縛ったのに。恐ろしいほどの高さに釣り上げた…のに」 「縄抜けは得意なんだよ。この知ったか女、その程度のことも知らなかったのか?」 「そんなこと…」 「三日程度ならフツーに知ってることだぜ」 そう、零咲と三日が本当に同キャラなら、俺を吊り上げるのに縄なんて使わない。 俺に告白したその日に、アイツはそうしようとして、俺にあっさり縄抜けされてしっぱいしたのだ。 失敗して、知っている。 俺と時間を、着実に重ねている三日なら。 勿論、俺との時間をさほど重ねていない零咲が知らないのも無理ならぬ話ではあったが。 たかだか2カ月足らずの時間、1クールアニメにも満たない期間だが―――されど2カ月近い間、確実に俺と三日は時間を積み重ね、少しずつ互いを理解して行っている。 零咲とは違って。 「大体、こんな最悪にたちの悪いドッキリまがいの方法でてめぇの思想を押しつけようなんざどーゆー了見だっての。自分の理想を子供に押し付ける教育ママかお前は」 「…」 教育ママ、という言葉になぜか図星を突かれたような顔をする零咲。 「三日はお前のようにはならない。お前みたいに不幸に耽溺したりしない。お前に無いものをたくさん持っているからな。お前の持たない仲間も十二分に持っているからなぁ」 「それ…でも」 フラストレーションが溜まりに溜まりまくっていた俺の長台詞に圧倒されていた零咲が口を開いた。 「それでもこの娘が不幸に陥りそうになったら!取り返しのつかないことになったらどうしてくれるのよ!この娘はこんなにも弱いのに!!」 その叫びには、確かに三日を心配する響きがあった。 「その時は、俺が必ず守る」 その言葉は、俺の口から思った以上にスルリと出た。 「どんな馬鹿でかい不幸や困難が三日を襲っても、その時は俺が必ず支えになる守りになる騎士―――になってみせる。三日の不幸程度で三日を見捨てたりはしない。手放しなんてしない。だって―――」 次の俺の一言は、嫌な人は読み飛ばして欲しい。さすがに、これは台詞はクサ過ぎる。 「三日が俺の隣からいなくなることの方が俺にとっての不幸だ」 そう、三日の方を見ながら言って―――俺の意識はそこで途切れた。 802 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 35 47 ID jWW4PdQE おまけ ここで俺が死んだら中々に格好良すぎで出来過ぎな展開なんだろうけど、そんなことがあるはずもなく。 俺が気絶した直後、タイミング良くウチの親が俺を見つけてくれたらしい。 何でも「えくりちゃんのメイクアップの時嗅ぎ慣れたお香のような匂いがしたから」らしい。 思い返して見れば、あの樹の周りには奇妙な匂いがしていた気がする。 人払いの技術、とか零咲が言っていた気がするが、その辺の手品のタネはそこにあるのだろう。 無意識に人間が嫌う匂いを立てる、とかそんな蚊取り線香みたいな感じの。 とはいえ、それで全てが大団円といくはずもなかった。 と、言うのも俺の体のことである。 零咲のワイヤーでズタズタにされた足首に、駿河問いもどきの拘束、加えて木の上と言う高所からの落下。 俺の体には割と洒落にならないダメージが叩きこまれていたらしい。 そんなわけで、俺は急きょ病院に運び込まれることになった次第である。(零咲はいつの間にか紛れて姿を消していた。) 夏祭りどころでは無くなってしまった。 同じく祭に来ていたはずの生徒会メンバーと会えなかったのは残念だったし、お約束の花火を見られなくなったのも心残りだし、何よりダブルデート(?)を台無しにしてしまって皆には申し訳なかった。 明石には恨みがましい目で見られたことだろう。 もっとも、この辺り、俺は意識を失っていたのでよく覚えていないのだが。 全ては後に親から聞いた話。 と、言う訳で翌日。 グルグルの包帯まみれで俺は病院に居た。 足首の怪我に全身打撲その他諸々で絶賛入院中である。 その怪我の内、一番ひどいのが落下によるものというのが笑えない。 自業自得じゃねえか。 「まー、入院が短期で済んだのは不幸中の幸いってトコかしら」 病院の病室、俺の寝るベッドの隣で、親は事態を笑い飛ばすように言った。 この人は今回一番の功労者にして苦労人の筈なのだが、それをおくびにも出さない。 「まぁ、そうと言えばそうなんだろうなぁ……」 親の言葉に、俺は力なく答えた。 「…元気出して下さい、千里くん」 その隣で三日は言った。 三日とウチの親は俺が病院に運ばれる諸々のバタバタにずっと付き合ってくれて、今も俺に付いていてくれている。 一時期は仕事中毒を通り過ぎて仕事に毒殺されかかったような有様で、子供のことなど顧みることなどできなかったあの親がそんなことをしてくれたことに俺はストレートに驚いているし、素直に嬉しくも思う。 三日に対しても、今回は奇妙で微妙な事態に巻き込まれた被害者だというのに、一緒に居てくれて、感謝してもしきれないくらいだ。 葉山と明石は早々に帰った。葉山は残りたがっていたが「いてもできることなんてないじゃない」という明石の至極真っ当な建前で強制的に帰らされたのだそうな。 今回のことを、親には「野犬に襲われた」と説明してある。 ここまでやってもらって本当のことを言えないのは心苦しいが、零咲の奴が十中八九緋月家の縁者であることを考えると、色々とややこしいことになる可能性が高かったからだ。 最悪、緋月家、というより三日と距離を置くことを強要される可能性もあるし。(良識ある大人としては妥当な対応ではあるのだが) まったく、零咲も面倒なことをしてくれたものだ。 「…そりゃあ病院なんて退屈ですし、ご飯は美味しくないですし、検査は面倒ですし、点滴は痛いですけど、慣れればそう悪いところじゃありませんから」 幼い頃は入退院を繰り返していたという三日が言うとかなり真に迫った内容だった。 つーか、本気で病院が嫌いなのね。 「いや、別にそう言うことを気にしてる訳じゃ無いんだけどねー」 「…?なら、どうしたんです?」 俺が切り返すと、三日が不思議そうな顔で聞いてきた。 本気で不思議そうな辺り、今の俺は目に見えて元気が無いのだろう。 と、言うよりあからさまにヘコんでいた。 803 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 36 13 ID jWW4PdQE 「なんつーかさぁ、今回、俺、無警戒にみんなから離れて、無防備に怪我して、無意味に皆に心配と手間かけちゃってさぁ……」 胸の奥に溜まっていた感情を、ゆっくりと吐き出していく。 「今回の俺、サイコーに情けないなって思ってさぁ」 非現実の世界のヒーローになりたいとも思わないし、勇敢な騎士になれるとも思わないけど、せめて、大切な人たちが心配する顔なんて見たくなかった、させたくなかった。 大切な人たちと繋がっている者として。 「子供なんて親に心配をかけるのが仕事みたいなモンよ、そう気にしすぎる物じゃないわ」 ポンポン、と俺の肩に手をやって親が言った。 こう言うところ、本当に父親らしくもあり、まるで母親の様だとも思う。 こう言う普通の関係になるまで、随分かかってしまったけど。 と、そんな風に物思いに沈んでいると、親の懐から振動音が聞こえる。 「あら、ケータイ」 「ココ病院」 「電源切っとくの忘れてたみたい」 ダメね、と頭に手をやって、親は言った。 似合わない似合わない。 「ちょっと外で電話してくるわ」 「おっけー」 仕事の電話なのだろうか、俺は病室を出る親を見送った。 病室は俺と三日の2人きりになる。 「…仕方ないですよ、今回ばかりは」 親が姿を消して少ししてから、俺を慰めるように三日は言った。 「…あの人は我が家でも強さが別格ですから、生き残っただけでも幸いかと。だから、今回私そんなに怒って無いじゃないですか、千里くんが他所の女と一緒に居たのに」 「いや、お前今回怒って良いと思う」 繰り返しになるけど、三日は被害者だからな、今回。 「…千里くんに?…それともあの人に?」 「んー両方?ってか、あのナリで強さが別格なのか、零咲は」 「…いえ、単純な殴り合いならお兄ちゃんやお姉様の方が勝るんですけど、あの人は年季が圧倒的に違いますから」 「年季……?」 「…私たちには想像できないほど何度も追いつめられて、その度に手段を選ばないで…、それを心身が壊れるくらい繰り返してきたあの人は、もうほとんど人間じゃあない」 「人間じゃ、ない」 確かにそうかもしれない。 零咲は、月日さんに頼まれたからという程度のモチベーションで、俺の生死さえ自由に出来るような空間を作って見せた。(俺が迂闊だったのもあるとはいえ) その上で、一度は俺を殺しにかかり、三日を精神的においつめてみせた。 躊躇も何も無く、他人の心身を踏みにじって見せた。 月日さんのため、という題目のためだけに。 どれ程他人と傷つけ合えば、そんなメンタリティが生まれるのだろう。 争いの世界で生きていない、むしろ争いを積極的に避けて生きている俺などにはとても到底想像もつかない。 「や、人を化物みたいに言われても困るかな…なんだよ、割と」 804 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 36 55 ID jWW4PdQE 「うおおい!?」 当り前のように病室のドアを開けて入ってきたのは零咲だった。 当り前のようにこちらを驚かせるのは止めて欲しい。心臓に悪い。 零咲は見た目だけは相変わらずちっこくて可愛らしいが、服装は昨晩のゴス浴衣ではなく、ややフォーマルな服装で、髪もツインテールではなくストレートにおろしている。 こうして見ると髪型もあって見た目だけは本当に三日に似通っているが、心なしかかなり大人びた印象を受ける。 「……」 昨日の今日なので自然と警戒し、ベッドから体を起こそうとする。 「無理しない方が良い…んだよ、おにーさん。怪我、まだ全然治って無いんでしょ?」 そもそもの原因である零咲にそんなことを言われても嬉しくも何ともなかった。 とりあえず、どこから三日を逃がすかということから考えないと……。 「やぁ、零咲。今日は殺し損ねた俺をわざわざ殺しにでも来てくれたのかな?」 なけなしの勇気で、軽口を叩いたりしてみる。 言葉面だけはハードボイルド気取りだが、内心はガクブルのハーフボイルドだ。 「そんなこと言わないで欲しいかな…なんだよ。今日は、ソレを取り下げに来たんだから」 零咲は苦笑して言った。(これまた大人びた余裕を感じる笑みだった) それにしても、取り下げるとは意外な展開だ。 「それは、月日さんの気まぐれ?」 「うーん、外れ…かな?そもそも、おにーさんの生殺与奪は私に一任されてたし」 本当に月日さんは関係ないらしい。 いかにも全ての黒幕っぽいこと言ってたので、ちょっと意外。 まぁ、あの人は騒ぎの横で傍観者諦観者気取っている方がしっくりくるか。 「…なら、一体どうして?」 こちらも心なしこわばった表情の三日が問いかける。 「正直、一回は本気で殺っちゃおうかとは思った…なんだよ。けれど」 って言うか、絶対吊り上げてあのまま窒息死させるつもりだったろ。 ご丁寧にも首に縄を括りつけてくれて。 「けれども、それは初対面の段階で千里おにーさんを見限ってたから…なんだよ。そこからおにーさんは見事に評価をひっくり返してくれた…なんだよ。花丸をあげるー…なんだよ」 わしゃわしゃと俺の頭を撫でる零咲。 今の俺はベッドに座っているので、頭を撫でるのにワイヤーを使う必要は無い。 「…何かしたんですか、千里くん?」 と、三日が聞いてくるが、正直覚えが無い。 「正直、おにーさんのコトはその場のノリで三日ちゃん以外を優先させるような、三日ちゃんをその程度にしか考えていないようなコだと思ってたんだけど…」 どうやら、零咲は俺をかなりカルい男だと思っていたらしい。 失礼な。 「それは勘違いでした、謝ります」 語尾に『…なんだよ』を付けること無く、零咲は俺に向かって殊勝に頭を下げた。 「…え?」 あまりに殊勝過ぎて三日がそんな声を漏らすが、俺としてもビックリだ。 「私の拘束を振り切って、三日ちゃんのところに帰って来たおにーさんを見て分かった。きみは私たちと同じタイプの人間だ…って」 「同じタイプ?」 いや、正直零咲と同類と言うのは心外と言うよりあり得ないと思うのだが。 タイプが全然違うじゃん。 「自分の幸せのために、自分さえも犠牲に出来るタイプの人間、ということ」 補足するように零咲は言った。 「この歳で自分と同じ部分にしか共感できないというのも悪い癖だって言うのは分かっているんだけど、その一点できみのことを認められるかなーなんて」 この歳でって、零咲は俺より年下じゃん。 ロリじゃん。 805 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 37 19 ID jWW4PdQE 「まぁ、良いけどね」 俺としては、紆余曲折あるとはいえ『三日のために行動した』という一点だけは零咲を認められるポイントなのだが。 それで許してしまう俺も俺だが、まぁ子供相手にこれ以上ムキになっても大人げないか。 「改めて、三日のことをよろしく頼みたいんだよ、千里」 大人びた笑みで、如才なく零咲は言った。 「いや、お前によろしく頼まれてもな。本当に教育ママみたいだぜ、零咲」 「その点に関しては二の句を告げないなぁ」 見た目に似あわない大人びた苦笑を浮かべて零咲は言った。 「母親だし」 ……今、なんと仰いました、零咲さん? 「…千里くん、もしかして何も聞いてませんでした?」 よほどすごい顔をしていたのだろう、俺の顔を見た三日が怪訝そうな顔でそう言った。 零咲は悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑っている。 「…千里くんは先ほどから芸名の『零咲』とだけ呼んでますけど、この人の本名は緋月零日」 零咲を手で示し、三日が言う。 「…お父さんの旦那さまで、私とお姉様、そしてお兄ちゃんのお母さんです」 「ちなみに、今年で36歳!」 三日と零咲が連チャンで爆弾を落とす。 「……はい?」 零咲、もとい緋月零日さんのちんまくて可愛らしい姿を見やり、俺は何とか言葉を絞り出した。 ……ソレってつまり、零咲は俺よりずっと年上で、36歳の人妻で、月日さんとの間に三人の子供を作って出産して……それで……? 「三日のお母さん……?」 「ウン!」 零日さんは、見た目相応に、実年齢不相応に元気よく頷いて言った。 「改めて、三日ちゃんをよろしく頼みたいな…なんだよ、『おにーさん』」 零日さんのそんな台詞が俺の頭に入るはずも無く。 「はいーーーー!?」 許容量を超えた俺の絶叫が、病院を震わせた。 (人間試験) (試験官:零咲えくり=緋月零日) (御神千里―――合格)
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2026.html
9 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 14 48 ID AFjyYqDO 『私はね、類まれなる・・・フコウモエ・・・なんだよ』 「何ですって?」 自室。 飾り気のない、黒の携帯電話の向こうで発話された月日さんのアホな台詞に、俺は思わず聞き返した。 緋月月日さん。 緋月三日のお父さん。 和装仮面。 ゴツい首輪に長い鎖。 電話の向こうで今身につけているのは作務衣か着流しか。 この人とは夏休み前に初めて会って以来、ちょくちょくこうして電話やメールをしてくるのである。 夏休みに入った今となっては、ちょっとしたメル友である。 ・・・・・・あんまし歓迎したくないけど。 ちなみに、三日とは電話はしてもメールはしない。 そもそも、携帯電話を持っていないのである。 『不幸に萌えと書いて『不幸萌え』さ、人の幸せよりも不幸に萌えを見出す、新時代の・・・スタンダード・・・』 「いやな新時代ですね」 って、言うか『萌え』とか分かるのか、この人。 『・・・マジメ・・・な話』 と、月日さんは話を続ける。 『幸せなヤツを見つければ不幸にしたくなるし、誰かを幸せにするくらいなら・・・フコウ・・・にしたい。私が・・・ツマ・・・と・・・ムスメ・・・双方と関係を持っている現状を維持しているのはだからだよ。言いかえれば、二日とレイちゃんは私を愛し愛されているからこそ不幸なのさ』 月日さんはそう、自らの、そして自分の家族の異常をあっさりと認めた。 「・・・・・・前に、家族のことを『・・・タベチャイタイ・・・くらい愛してる』とか言ってたじゃないですか」 『ああ、それは・・・ウソ・・・』 「んな!?」 『と、いうのはそれこそ・・・ウソ・・・さ。・・・アイシテル・・・からこそ笑顔ではなく泣き顔を見たい。・・・アイシテル・・・からこそ幸せな姿ではなくて不幸せな姿を見たい。これはもう理屈ではなく・・・ショウドウ・・・だね。・・・リセイ・・・ではどうしようもない』 月日さんは他人事のようにそう言った。 『だから、三日がキミに恋をしたことを知ったときは小躍りにコサックダンスをするほど・・・ヨロコンダ・・・ね。『ああ、あの子がどこの馬の骨とも知れぬ・・・ロクデナシ・・・に引っかかった』ってね』 ロクデナシらしい、俺は。 『ただまぁ、新しい家族になるキミの存在が私たちにどう影響するか分からないから色々と・・・シラベ・・・させてもらったけどね。その上で、君に実際に会ってみて、我が家に相応しいかどうか・・・タメソウ・・・ということになった』 「試されてたんですか?」 それは、初耳だった。 しかし、言われてみれば思い当たる節は無くもない。 二日さんは何かと「失点」だの「加点」だの言ってた気がするし。 口癖や決め台詞とかじゃなかったのか、あれ。 『そう、言ってみれば試験、いや・・・ニンゲンシケン・・・というわけだね、ウフフ』 「そりゃ、あのラノベに出てくる妹萌えの殺人鬼とあなたじゃ、変態度でいい勝負できるでしょうがね」 『否定はしないよ、…ザレゴト…だけれどね』 月日さん、『戯言』好きっぽい。 いっそ仮面も狐面にすれば良いのに。 『キミはもう、3人の内の2人に会い、・・・セイサ・・・されている』 俺の言葉をスルーして、彼は続ける。 3人、ということは二日さん、月日さん、零日さん、ということだろう。 一日さんは……まぁ、あんなことになってるし。 「そりゃどうも」 『二日による一回目は合格、私の二回目は―――まぁ・・・ギリギリ・・・補欠合格としておこうか』 「ギリギリ、ですか」 『そう、・・・ギリギリ・・・。・・・トハイエ・・・、それはむしろ誇るべきところだ。無条件に合格していたらキミは、人を・・・フコウ・・・にするのが大好きな駄目人間ということになるのだからね』 自分が駄目人間だという自覚があるらしい月日さん。 って、ちょっと待て。 10 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 15 46 ID AFjyYqDO 「その理論だと、月日さんの合格基準って『人を不幸にするかどうか』ってことですか?」 「・・・ソノトオリ・・・」 電話の向こうで、月日さんがニィと笑った気がした。 「キミは人並み程度には・・・ゼンリョウ・・・な人間だよ。大切なのはこの・・・ヒトナミ・・・という部分さ。これは・・・イッパンロン・・・だが、人間は自分が思っているほど他人に優しくなんてない。むしろ、他人に対して非常に・・・ザンコク・・・だ』 先ほどから変わらない落ち着いた口調で、しかしどこか意地悪く、月日さんは言う。 『何しろ、他人の・・・イタミ・・・なんて自分にとっては痛くも痒くも無いからね。よく学校では『人の痛みのわかる人間になりなさい』なんて・・・キョウイク・・・されるけど、逆説的に言えば、それは人の痛みが分からないからこそ言われるのだろうさ』 「人並み程度の善良さは人並み程度の残酷さとイコール、ってことですか」 『・・・ソ!・・・ノ!・・・ト!・・・オ!・・・リ!・・・!!』 月日さんが今まで聞いたことの無いような大声を出した。 『キミはキミが思っている以上に残酷で、キミはキミが思っている以上に残虐で!ソシテ!キミはキミが思っている以上に三日を不幸にする・・・カノウセイ・・・を秘めている』 圧倒的なテンションで、月日さんが言う。 圧倒されるテンションだった。 『私は正直、キミが三日を不幸にする日が楽しみで楽しみで・・・シカタナイ・・・!幸福は・・・タイクツ・・・の同義語だ。三日を・・・オモシロク・・・してくれることを期待しているよ』 「・・・・・・さすがに」 そこで、俺はやっと言い返す。 「さすがに、そのご期待には応えられそうにありませんね。昔っから苦手なんですよそういうの。むしろ、台無しにしてしまうって言うか。貴方を台無しにしたくなるって言うか」 『・・・ダイナシ・・・。それもまた・・・ヨシ・・・』 電話越しに、クククと笑う声が聞こえる。 『・・・フコウ・・・にしても・・・ダイナシ・・・にしても、次もキチンと合格してくれよ。試験はもう・・・イッカイ・・・残っているのだから』 意味ありげに言葉を切り、月日さんは続ける。 『精々…シメキリコロサレ…ないでくれよ?』 一方的にそう言って、電話が切れた。 こちらもスイッチを切り、軽くため息をつく。 「緋月月日さん、か。やっぱ苦手だなー」 どうにも食えない人だ。 どこまでがウソでどこまでがホントか、どこまでが本気でどこまでが冗談か全然分からない。 家族に関して酷薄なことを言ったかと思えば愛しているとも言い、人の倫理観を逆なでするようなことを言ったかと思えば―――警告じみたことを言ったりもする。 「試験ってのがどこまで本当かはともかく、『三日を不幸にするな』って言ってるようにしか聞こえないっての」 自ら家族の脅威となることで危機感を生み、倫理観を逆なですることで正義感を煽る。 見事なまでに、あの人に誘導されたような気がする。 まぁ、あの人がどこまで『三日のため』にやってるのかは怪しい部分はあるが。 もしかしたら本気で不幸を望んでいるだけかもしんない。(そうでないかもしんない) もしかしたら言ってることの全てが嘘かもしれないし本当かもしれない。 ある意味、マジメに相手にするのがこれほどバカらしい相手もいない。 なので、マジメに相手にしないことにしよう。 「明日はみんなと夏祭りに行くんだし」 11 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 16 57 ID AFjyYqDO 学園からほど近いところにある神社。 所狭しと並ぶ屋台。 お囃子の音と人々の声が賑やかに聞こえる。 俺は縦縞の飾り気の無い浴衣の裾を揺らし、慣れない下駄をカランコロンピッタンコとならしながら、待ち人の姿を探す。 もっとも、見つけるのは待ち人の方が早かったらしい。 「・・・千里くん!」 そう言って俺の方に駆け寄ってくるのは緋月三日。 浴衣姿に、かんざしで髪をまとめたスタイルが普段と違って新鮮だ。 服に着られてるきらいのある俺と違って白い浴衣を如才なく着こなしている。 「や、三日。待った?」 「・・・・・・・・・い、いえ。今来たところです」 ひょいと手を上げて言う俺に、三日が言った。 口下手なせいか話す前にワンテンポ入る三日だが、今回は普段よりも間が長い。 三日は、基本的に嘘が付けないヒトなのだ。 素直ヒトなのである。 「そっか、悪いね」 俺はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でてその手を引いた。 「それじゃ、行こうか」 「・・・はい!」 そう言って俺の腕にぎゅーっと腕を絡めてくる三日。 服越しに柔らかい感触を感じ、季節のせいでただでさえ高い体感温度が、頬を中心に一気に上がる。 高鳴る心臓。 フラッシュバックする映像。 はだけた浴衣。 真っ白な肌。 露になる乳房。 「・・・・・・」 頬をぽりぽり掻きつつ俺は三日に合わせて歩を進める。 三日は今、紫陽花の柄をあしらった白っぽい浴衣を着ている。 個人的に、三日と言えば黒のイメージが強いのだが、この前見た部屋着の浴衣のセンスがサイアクだったので俺が新たに見立てたのだ。 あえて今までとは違うイメージのものを見立ててみたのだが結果は大成功。 白い浴衣に、簪でまとめられた美しい黒髪が良く似合っている。 そもそも、三日の顔立ちで和服が似合わないというのがありえないのだが。 ・・・・・・しかし、以前三日を見舞いに行ったときのお陰で、三日+浴衣=エロスという方程式が俺の中でがっつり出来上がっているなぁ。 あの時とは全く違う柄だし、きちんと下着やTシャツを身に着けているとはいえ(見下ろすとシャツがチラリと見える)、脳裏からあの時の映像が離れない。 そんなエロキャラだったか、俺? 確かに、女性と話すのには抵抗は無いが、女性の裸体に対しては免疫無いかも。 って言うか、もしかしてあの時が初めてなんじゃない? 女の子のハダカとか生で見たの。 ・・・・・・うわー。 「…どうしたんですか?」 不思議そうな顔で、三日が俺を見上げてくる。 バカなこと考えてたのがバレたのか? 「ああ、いや。そのカッコ似合ってるな、って思って」 「ホントですか!?」 誤魔化すように言った俺の言葉に、ぱっと顔を輝かせる三日。 スマン、三日。 でも、似合ってると思ったのも本当だ。(言い訳がましい) 12 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 17 32 ID AFjyYqDO 「もう少ししたら、奥で葉山たちと合流だったよね」 「・・・ええ。・・・そういう口実(こと)で2人を一緒にしましたから」 「お互い少し早く着すぎちゃったから、今度は少し遅れていってやろうか」 「・・・はい」 内心を取り繕い、そんなやり取りをしながら、俺たちはゆるゆると歩く。 早く着たから遅く行こうとは我ながら妙な理屈だが、これで明石が葉山と2人っきりになれる時間が増える。 クラスメイトである明石の恋路を応援こそすれ邪魔する道理は無い。 「しっかし、この歳で夏祭りってのも不思議なキブンだなー」 「・・・そうですか?」 「まぁ、ガキの頃は全然全く来た事なかったんだけどね、夏祭り。一緒に行くような友達もいなかったし」 昔からこういうキャラでも無かったのである、俺も。 「・・・私も、そんなに来た事無かったです。・・・季節が変わる頃は、体調を崩していたことが多かったので」 三日が言った。 「ふぅん・・・・・・」 そういえば、以前の三日は病気がちだと言っていたし、現在もあまり体力がある方ではない。 なので、こうして2人で出かけることはそう多くない。 デートはもっぱらまったりとお部屋デートである。 「・・・でも、小さな頃に1回だけ来たのを覚えています。・・・お兄ちゃんに連れられて」 三日の兄、一日さん。 三日が家族の中で1番慕っていて、一日さんのほうも三日に世話を焼いていたらしい。 個人的にはあまり会いたくは無い、しかしいつか会わなければならない相手だろう。 「・・・その時も、手をつないでいて。・・・でも気が付いたらその手を離していて・・・離れていて・・・逸れていて」 絶望的なまでに身長差のある俺の目線からは、三日の表情は見えない。 想像してみる。 幼子の三日が祭の人ごみの中に1人取り残されている。 知っている人は誰もいない人ごみに。 誰もが自分に無関心に通り過ぎていく人ごみに。 それは、小さな子供にはそれこそ絶望的な心境なのではないだろうか。 「・・・あの時は、大泣きしました。・・・大泣きして、それから、多分家には帰れたと思うんですけど―――」 「・・・・・・けど?」 俺は、静かに先を促した。 「・・・・・・あの後、どうやって帰ったんだろ。…全然、覚えてないんです」 「・・・・・・」 子供の頃の思い出なんて、印象的な部分しか覚えていない。 そういうものだ。 「・・・お兄ちゃんはきっと、私を迎えに来てくれなかったんです。・・・私を置いて、どこかに行ってしまっていたんです。・・・今なら分かります」 うつむく三日の表情は、絶望的なまでに見えない。 「でも、今は違うだろ?」 「・・・」 俺の言葉に、三日は一瞬押し黙ったが、少ししてコクンと頷いた。 「じゃ、この話題はこれでお終い。今年は今年で目一杯楽しもうよ」 そんな三日の髪を、俺はまたくしゃっと撫でた。 13 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 18 22 ID AFjyYqDO それから・・・・・・ 「オ、あんなところに射的があるなー」 俺は、ふと目に付いた屋台の方を見やる。 「・・・得意なんですか、射的?」 「それはもう―――経験すら無い!」 大げさな動作でそう言う俺に、ずっこけそうになる三日。 良いリアクションである。 「ま、こーゆーのは出来ても出来なくても、楽しむのが一番だからね。せっかくだから、やってこうよ」 俺は射的屋のおじさんに料金を払い、コルク銃を手に取る。 「一回三発までだよ」 「どーも」 俺はおじさんに答え、ズラリと並べられた的=景品を見る。 ぬいぐるみやブリキのミニカーなど、古いものから新しいものまでオモチャと呼ばれるものがごっちゃに並んでいる。 「・・・なんか、混沌としてますね」 「まー、似たような景品ばっかでもアレでしょ。なーに狙おうかな?この中に三日は欲しいのあるー?」 「・・・御神くんの、好きなもので」 「じゃあ、三日の好きなものを俺の好きなものにしよう」 「・・・なな!?」 俺のからかいに、真っ赤になる三日。 「・・・えっと、それじゃあ」 三日は並べられた景品を見つめ、その1つを指差す。 細い目の、狐のようなぬいぐるみである。 口にはテープが貼られたようなデザインで、そのテープには『HELP!』の文字が書かれている。 可愛らしい手足は鎖を模したフェルトでぐるぐる巻きにされている。 中々にブラックなセンスに溢れた代物だった。 「ズイブンとこう・・・・・・独特なデザインだね」 「・・・似てませんか、千里くんと」 「・・・・・・そぉ?」 昨日、月日さんに狐面が似合うと考えた後だけに、狐に関しては微妙にフクザツ。 「ま、いいや。狙い撃つぜぇ!」 狙うは一点。気合を入れて、コルク銃を3連射! 「狙い撃つ!!乱れ撃つ!!!」 コルクの弾丸は次々と勢い良く銃身から放たれ―――あさっての方向に飛んでいった。 それどころか。 「あたァ!?」 三発目に至っては、射的屋さんの額にクリティカルヒット。 「うわ、スイマセン・・・・・・」 「ガハハ、大丈夫大丈夫」 額に当たったコルク弾を手で弄びながら、射的屋さんは豪快に笑う。 「それにしても、ココまで当たらないモノだったとはなー」 「いや、お兄さんくらいハズすのも珍しいけどな」 やっぱり、俺は下手らしい。 ま、まぁ、初めてなら仕方ないだろう、ウン。 「そうだ、折角だからお嬢ちゃんもやってくかい?一発だけサービスするよォ」 「・・・い、良いんですか?」 「可愛いお嬢ちゃんには優しくしとけってばーちゃんが言ってたからな」 言って、豪快に笑う射的屋さん。 三日は俺のほうを遠慮がちに見上げる。 14 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 18 55 ID AFjyYqDO 「折角だからやってきなよ」 俺は、肩に手をやって言った。 「・・・では、お言葉に甘えて」 射的屋さんからコルク銃を受け取り、三日は構える。 「そんなガチガチじゃぁ、当たるモンも当たんないぜ、お嬢ちゃん」 射的屋さんがそんなアドバイスを送る。 女の子相手になったと思うとズイブンと態度が変わる。 三日はそれを受けて、軽く深呼吸。 改めて構えると、幾分か自然なフォームになっているように見える。 ぬいぐるみに狙いを定め、指先に力をこめる。 コン、とコルクが撃ちだされ、的に向かってまっすぐに向かう。 そして、カコンとぬいぐるみに当たる。 ぬいぐるみは台の上をグラグラと動き―――落下した。 「・・・当たった」 静かに、けれど嬉しそうに三日が呟く。 見事なヒットだった。 「三日、こう言うのやった経験あったの?」 俺の言葉に、三日はふるふると首を横に振った。 ……同じ素人でもこうも違うもんなのか。 って言うかカッコ悪いなぁ、俺。 それはともかく。 「やったな、三日」 「・・・はい!」 俺がそう言うと、三日が満面の笑みで答えた。 15 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 19 46 ID AFjyYqDO 「オ、みかみんじゃん」 それからしばらく周りの出店を見ていると、声が1つかけられる。 待ち合わせの時間より一足早く、期せずして葉山たちと出くわしてしまった。 葉山はラフなジーンズに、麦わら帽子を被った海賊旗をあしらったシャツ、バスケで鍛えた腕の目立つ袖の無いジャケットのストリート系っぽい服装。 高校生としては適度に童顔のもあり、こうした出で立ちでもどこか愛嬌がある。 「ン、お待たせ。はやまん」 「思ったより早く合流できて何よりだぜ」 「むしろ遅くても良かったんだけど、って言うか遅い方が良かったんだけどなー」 「何の話だ?」 「こっちの話ー」 そんなやり取りの横では、明石が立っている。 水泳で鍛えたスマートな肢体を、比翼の鳥の柄をあしらった華やかな柄の浴衣で包んでいる。 それだけでも道行く男たちの視線を独占できそうだが、身につけている肝心の本人はその全てを帳消しにするような、どこか疲れた表情をしている。 「・・・どうしたんですか、朱里ちゃん」 「・・・・・・正樹とのフラグがたたない」 「・・・心中、お察しします」 小声で聞く三日に、同じく小声で、というかゲッソリとした声で答える明石。 鈍感も極まると難儀なモンだ。 いやまぁ、三日と付き合う出す前の俺も似たようなモンだったんだろうけど。 いくら三日が尾行に長けているとしても、存在すら気が付かなかったもの。 (実際、三日の尾行はプロ並だ。最近でも、気が付いたら後ろに彼女が立っていたということも珍しくない。) 「ありゃ、御神先輩たち―――とユカイなお邪魔虫先輩じゃないですか」 その時、並んでいる出店から声がかけられる。 「あ、河合さんたち。やってるねぇ」 「どうしたのアナタたち、こんなところで」 後輩の河合直子をはじめとする、出店の中の見知った顔に俺と明石が答えた。 「ウチの料理部も、有志でお店出させてもらってるんですよ!」 事情を知らなかった明石に、河合さんが親指を立てて答える。 「先輩たちもいかがっすか、オレらの沖縄風焼きそば。お安く―――はしませんけど」 料理部の男の子が、俺たちに声をかける。 折角だから、買っていこうかな。 「じゃあ、さっそく―――」 「・・・駄目です、千里くん」 財布を出そうとする俺に、三日からストップがかかる。 「・・・そんなお邪魔虫後輩が作ったものなんて虫が付いているに決まってます。…ばっちぃのです」 「ちょっと緋月先輩!?」 三日の言葉に抗議の声を上げる河合さん。 河合さんの方が先に三日のことを『ユカイなお邪魔虫』呼ばわりしたので、フォローできないのだが。 そうは言っても、料理部の友人や後輩たちが頑張って作ったものだから、いただいていきたいのも本音。 「んー、じゃあ三日。折角だし2つ買って行ったら?」 「・・・千里くんがそう言うなら」 財布から小銭を出し、焼きそばを2つ購入する三日。 1個分のお金は、後で彼女に返すことにしよう。 葉山や明石も購入し、その場で食べることになった。 3人は大きな豚の切り身の乗った焼きそばをおいしそうに口に運ぶ。 16 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 29 57 ID AFjyYqDO 「おいしそうだねー、三日。ちょっと頂戴?」 「・・・はい、千里くんがそう言うなら」 そう言って、同じ容器に入った焼きそばを2人で食べる俺達。 「・・・あれ?」 と、三日が言ったのは2人で2つ分ほぼ食べ終えた後だった。 「なんかこー、目の前でラブラブぶりを見せ付けられただけに終わったよーな気が・・・・・・」 納得いかない表情で俺と三日を見る河合さん。 ちなみに、三日も似たような顔をしているのだがそれはさておき。 「ごちそうさま、文句無くおいしかったよ」 料理部の子たちに俺は笑顔で言った。 「「「ありがとうございまーす」」」 料理部の面子も、これまた笑顔で返してくれたのであった。 17 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 31 31 ID AFjyYqDO 狭い水槽の中で、金魚たちが悠々と泳いでいる。 俺は、それをやぶれたポイを通して見ている。 「金魚、全然すくえないねぇ」 「…すぐに、破けちゃいますから」 同じく右手に持った、網ではなく穴と化したポイを見つめている三日。 ちなみに、左手には先ほど捕ったキツネのぬいぐるみが大事そうに握られている。 つーか、こんなんそうそうすくえるモンでも……。 「どーしたよ、お前ら。こっちは入れ食い状態だぜヒャッハー!」 「「何で!?」」 俺たちのすぐ横で、葉山が次々と金魚をすくっていた。 まるで魔法のような手際だった。 「さっすが正樹!『縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!」 「ガキの時分のハズい渾名を、このタイミングでバラしてんじゃねーぜ!」 明石に言い返しながらも、子供に戻って「ゲットだぜ!」とか言いながらハイテンションで金魚をすくっていく葉山。 「いやー、狩った狩った。ンなに捕れたのはヒサブリだぜ」 数分後、葉山は金魚で溢れた器を手に、満足感溢れる笑顔でそう言った。 20匹以上はいるだろう。 ちなみに、俺たち3人の獲得数は0。 もっとも、明石は金魚を捕りまくる葉山にすごいすごいと言ってただけで、まともにすくっていなかったわけだけれど。 「あ、おじサン。捕った金魚入れる袋4つにしてくんねーか、4つに」 その金魚を袋にいれようとしていた、金魚すくいの屋台のおじさんに、葉山はそう言った。 「なんでまたー?」 そう言ったのは、おじさんではなく俺だった。 「折角こんなに捕れたンだ。みんなで分けよーぜ」 ニッと笑って葉山は言った。 「いーの?」 「いーンだよ。今日の俺はキゲンがいーンだ」 こんな良い笑顔で言われては、というものである。 俺たちは金魚を受け取ることにした。 ちなみに 「ぷれぜんと~、ぷれぜんと~。正樹が私にぷれぜんと~」 と、受け取った金魚を手に、明石がとんでもなく上機嫌になったのは別の話。 18 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 33 06 ID AFjyYqDO 「あなた。はい、あーん」 「あーん」 近くで、若い恋人同士がそうやってたこ焼きを食べあっている光景が目に入る。 「ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!」 「お前本音がダダ漏れじゃねーか!」 それを見た明石の言葉に、幼馴染同士の気安さで、葉山が彼女の方を見もせずにツッコミを入れる。 「アレをやらせるとかどんな罰ゲームだよ。俺そんな悪いことお前にしたっけか?」 なおも容赦なく突き刺さる葉山のツッコミに、足を止めてうつむく明石。 何やらブツブツとつぶやき始め、明らかに大ダメージを受けている。 ドス黒いオーラをまとい始めた明石に、親友である三日でさえ軽く引いている。 ちなみに、葉山は横の様子も見ないですっかり先行しているので、その様子に全く気が付いていない。 「ま、まぁ明石……」 「黙れこの泥棒猫」 「はい!?」 何か言って慰めようと声をかけた俺に、明石がドスの効いた声で呟いた。 って言うか泥棒猫とか言われた? 俺が? 男なのに? 何で? そんなことを考えていると、明石が顔をあげた。 「って、私らすっかり置いてかれちゃってるじゃんYO!待ってよ正樹ー!」 そう言って走り出す明石には、「いつも通りの」笑顔が浮かんでいた。 俺は、この時ほど「いつも通り」というものが恐ろしく感じたことは無かった。 「明石……」 「…ガクガクブルブル」 俺と三日は明石の背を見ながら、夏の暑さを吹き飛ばす思いを感じていた。 19 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 33 50 ID AFjyYqDO 「オッ、ココのお面屋ってやっぱ色々カオスじゃねーか」 葉山がそう言うように、目の前にズラリと並ぶセルロイドのお面は、確かに雑多な品ぞろえだった。 おかめやひょっとこ、狐面といったいかにもな物や、吸血鬼や猫娘、重し蟹といった妖怪、センタイやライダー、戦線シリーズといったテレビヒーローは年代問わずゴチャゴチャと並んでいる。 何のキャラだか分からないようなのもある。 付けてるだけでネタになりそうだ。 「アレ、これって正樹の好きなキャラじゃない?」 「うわ、これが魔女大帝か!?似てねー!」 そう言って明石と葉山が見たのは、ゴシック服の少女を模したお面だった。 魔女大帝というのは、特撮ヒーロー番組『超人戦線ヤンデレンジャー』(つくづく、よその制作会社に訴えられないか心配な名前だ)に登場する悪役さん。 あどけない少女なのに悪の組織を率いる女ボス、というギャップで世代を問わず人気がある。 着ぐるみではなく、演じている役者さんが素顔を晒して演じているため、このお面ではアニメのキャラクターっぽい姿にアレンジしてある。 しかし、あくまで適当にそれっぽくしているだけのため、どうにも生気の無い目をした、気の抜けた顔の微妙なお面になってしまっている。 生身の人間を造形物でキチンと似せるって難しいしね。 「コレ、えくりんが見たらショック受けんじゃね?」 葉山が言うえくりん、というのは魔女大帝を演じる零咲(レイサキ)えくり(芸名)ちゃんの、ファンによる愛称だ。 零咲ちゃんはキャラクターだけでなく役者さんのファンも多い人で、ファンクラブができているほどらしい。 俺も、一度だけ雑誌のインタビューを読んだことがあるが、明るく素直な印象の、かわいらしい人だった。 あんなコに無邪気な笑顔を向けられれば、ロリ趣味が無くともファンになろうというものだ。 (ちなみに、年齢はなぜか非公開。なので、ファンの間では零咲えくり小学生説と中学生説で議論が紛糾しているらしい。) ついでに言えば、ウチの親の御神万里がメイクを担当する役者さんの1人でもある。 大人気のアイドル的女優も、あの人にかかれば仕事仲間の1人でしかない、というのは不思議な気分だ。 「…あの人の特徴を、よく捉えてると思いますけど」 お面を覗き込んで、三日は言った。 「そう?」 三日はそう言うが、このお面はテレビや写真で見る魔女大帝の可憐な雰囲気を再現してるとは思えない。 今握っているキツネのぬいぐるみといい、三日のセンスは中々にオモシロ変だ。 「…この、目の辺りなんてそっくりです」 「のぞき穴じゃん」 三日の言葉に、俺は思わずツッコミを入れた。 それは、とても楽しいやりとりだった。 20 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 37 57 ID AFjyYqDO その後、緋月三日たちは人ごみの中、屋台の中を練り歩いた。 ソース煎餅、リンゴ飴、ヨーヨーすくいなどを周り、祭りを満喫していた。 楽しんでいた。 愉しんでいた。 はしゃいでいた。 夢見心地だった。 気が、抜けていた。 だから… 「あらぁー、誰かと思ったら三日ちゃんじゃない」 ふと、三日に声をかけてくる人物が1人。 「・・・こんばんはです」 その相手に向かって、三日は控えめにお辞儀をした。 スラリとした長身に活動的なファッションをした、ウェーブのかかった長髪の妙齢の美女―――に見える。 「あれ、このヒトみっきーのお知り合い?」 三日に耳打ちする明石。 「・・・えっと、私の知り合いというかなんと言うか・・・・・・」 「皆さん、始めまして」 改めて一同に向き直る『彼女』。 「私の名前は御神万里。御神千里の父よ。皆、いつも息子がお世話になってるわねー」 笑顔でそう言った『彼女』―――いや彼の言葉に、葉山と明石は一瞬フリーズする。 「「「お父さん!?」」」 一瞬後、声を揃えて叫ぶ2人。 幼馴染らしく、息がピッタリだった。 「いやいや待て。確かに言われてみれば確かに中坊ン頃の授業参観とかでお見カケしたことある気がするがよ。それだって、いや『お父さん』って・・・」 「本当よ、葉山くん。いつもセン――― 息子の千里に良くしてくれて、本当にありがとう」 慌てる一同に動じることなく、万里は笑みを向ける。 「・・・ちなみに、私にとってもお義父様にあたります」 「ンもう、『お義父様』なんてよそよそしいわよ、三日ちゃん。ワタシのことは『パパ』でいいっていつも言ってるじゃなーい」 ドサクサに紛れていらん解説を入れる三日に向かって万里は言った。 「いや、でもホント綺麗な女の人にしか見えなくて・・・・・・」 明石が困惑しながらもそう言った。 「きちんと美容と健康に気を使って、自分の魅力を引き出すのに最適なメイクを選べば、人間男でも女でも、若くても年老いてても綺麗に見えるものよ」 「いやメイクって・・・・・・」 「私、一応メイクアップアーティスト、テレビ番組のメイクさんをやってるのよー。今度時間があったら、アナタにメイクさせてもらって良いかしら、明石さん」 「ハイ、是非!!」 「フフ、恋する乙女はいつも美しいものねー」 元気よく言う明石に、万里はどこか慈しむような目を向けた。 もっとも、彼の言う恋する乙女は、心の中で「もっと綺麗になれば、正樹は私に確実に墜ちるわククク…」と美しくない笑みを浮かべているのだが。 21 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 38 58 ID AFjyYqDO 「でもみかみんのおじサン、今日はどうされたんです?チョー忙しいって聞いてたんですけど……」 「あー、やっぱりそう言ってる、セン?」 葉山の言葉に苦笑する万里。 「今日はこの近くで撮影だったんだけど、それが早く終わってね。近くでお祭りがあるって聞いたから、カントクの鶴の一声で『じゃあ、行くか』ってなって。そしたら見知った後ろ髪……もとい後ろ姿あったモノだからね」 軽く三日の髪を見て、万里は説明した。 「ホントは連れを探してたんだけど、まぁすぐに合流できるでしょ。せっかくだから、一緒に周らない?」 そう言う万里に、皆は一瞬迷ったが、彼の「奢るわよ」の一言に「ありがとうございます」と首を縦に振った。 「良いわよ、お礼なんて。いつもセンと仲良くしてもらってるし、あなたたちには」 そう言って笑う万里。 「いやー、お前の親御さんマジ良い人だな、みか……みん?」 そう言って葉山は御神千里の方を見上げようとして……ある違和感に気付く。 最初に三日の隣を見上げ、それから辺りを見回す。 上下、左右、前後、上上下下ABAB 「何やってんの、正樹?」 訝しげに声をかける明石。 「いや、その……みかみんの奴さ――――いなくね?」 葉山の言葉に、3人は辺りを見回す。 しかし、人ごみにあっても目立つ筈の御神千里の長身は、どこを探しても見当たらない。 「…千里くんが、いなくなっちゃっ……た」 三日の手から、先ほど射的で手に入れたぬいぐるみが、落ちた。 楽しんでいた。 愉しんでいた。 はしゃいでいた。 夢見心地だった。 気が、抜けていた。 だから、誰も気付かなかったのだろう。 御神千里が姿を消していたことに。 御神千里が今までにない危機に見舞われようとしていたことに。 22 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 39 27 ID AFjyYqDO 以下回想 『緋月一日会長のコト?』 自室。 飾り気のない、黒の携帯電話越しから現生徒会長・一原百合子先輩の良く通る声が聞こえる。 『御神ちゃん、最近ズイブン緋月会長……一日会長のコト気にするわね。もしかしてBLに目覚めたとか?それだったら三日ちゃんは私にゆずりなさいよ』 「今更ンなわけねーじゃねーですか」 俺、御神千里はゲンナリとして言った。 「中等部から相変わらずですね、先輩は」 『そりゃ、人間そうそうキャラ変わらないわよ。御神ちゃんもいい加減このキャラに慣れなさいな』 先輩はそう、電話越しにカラカラと笑った。 一原先輩は、中等部時代に生徒会に入って以来の付き合いだ。 このむちゃくちゃな先輩に当時の俺は振り回されまくったものだった。 その過程で彼女の恋人たちから、ナイフで襲われたり、スタンガンを押しつけられたり、縛られたり……。 こうやって思い出すと、三日がいつもやってることがどんだけかわいいものかあらためて分かる。 『私のおかげで、きんろーほーしの喜びに目覚められたでしょ?』 「そうは思いたくないですけどね」 そう言って聞えよがしにため息を吐く。 この人に遠慮するだけ無駄なのは、これまでの付き合いで良く分かっている。 「で、話戻しますけど三日のお兄さんの緋月一日さんのコトですよ。あの人が……その……」 俺が先輩に電話をかけたのには、割と真面目な理由がある。 先日、緋月家にお邪魔した時、月日さんがこう言っていた。 緋月一日は行方不明だ、と。 その後、それについて何回かあの人に聞く機会はあったのだが、何度聞いてもその詳細についてははぐらかすばかりだった。 さりとて、一日さんを慕う三日にも聞きづらい。 なので、一原先輩に聞いてみることにしたのだ。 ……でもなぁ。 情報ソースが月日さんだから信用しきれないんだよな。 事が事だし、どうにもはっきり聞くには躊躇する話だ。 「行方知れずだ、っていう話を聞いたもので」 少し逡巡したが、ハッキリということにした。 事実無根の冗談なら笑ってもらえばいいだけだし。 『……それは、誰から?』 しかし、先輩は珍しく真面目な声音でそう聞いた。 「緋月月日さん、三日たちのお父さんから聞きました」 そう言って俺は、緋月家でのことを要点だけ伝えた。 『……そう』 随分と神妙な声で先輩は言った。 「マジ、なんですね」 『そうね』 憂鬱そうにさえ聞こえる声で、先輩は答えた。 「どう言う事情、なんですかね」 『ソレを私に聞く?』 「先輩以上の適任がいますか?」 俺は即座に切り返した。 軽口では無い。 こう言う場面では、俺は一原先輩に全幅の信頼を置いている。 一原百合子とはそういう人だ。 『ズルい言い方ね。……まぁ、そうかもしれないけど』 パンパン、と手を打ち鳴らし、先輩は言った。 『しっかし、どこから話したモンかしらねぇ』 「最初からお願いします。俺にしてみれば何が何やら」 『おーけー。ま、面白おかしくいきましょ。マジに話して楽しいことでもないし、ね』 そう言って、先輩は話し始めた。 23 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 40 30 ID AFjyYqDO 物語はいつだって王子様とお姫様がいるものだけど、これもそう。 王子様は緋月一日生徒会長。 文武両道、頭脳明晰、人類最麗。 どんな造型士が手掛けたのかってくらい形の良い目鼻。 切れ長の、黒曜石のような漆黒の瞳。 白磁に白い肌。 鴉の濡れ羽色をした艶やかな髪。 すごいのは見た目だけじゃない。 1人で何でもできる人だったわね。 私らもズイブンとお世話になったわー。 って言うか面白い人だったわ。 トークは上手いし優しいし変態紳士だし。って、『変態』でもなかったか。 それに何より、みんなの望みを叶えるのに一切の妥協をしない人。 パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない、なんて言葉があるけど、あの人はパンが無ければ本当にウェディングケーキを調達しちゃうタイプね。 憧れの先輩だったわ。 私の生徒会長としてのあり様はあのヒトに影響を受けに受けてると言ってもいいわね。 え、昔からこんなモンだって?何言ってるのよ、カクジツにパワーアップしてるでしょ?って何よそのタメイキ!? ・・・・・・話を進めるわね、釈然としないけど。 お姫様は、彼と同学年の女の先輩。 ある巨大企業の社長令嬢。 イギリス人とのハーフ。 絹のような肌に、ウェーブのかかった見事な金髪。 意志の強さを感じさせるサファイア色の瞳。 これまた容姿端麗、文武両道、人呼んで月下の君(レディ・クレセント)。 名前を鬼児宮フィリア先輩。 ただし、これがまたとんでもないツンデレさんでねー。 どれだけツンデレかと言うとね、私が一目惚れして「生まれる前から好きでしたー!」って告白したら「生まれる前から出直してきたら?」って言われるくらい。 ……え、ソレが普通だって?うるさいわね!本当のことを言わないでよ! とにかく、この2人はいつの頃からか深く愛し合ってたのよ。 私が知り合いになった時には、もうらぶらぶだった、なんてことは秘密秘密、秘密のあっこちゃんだったわ。 対外的にはただのクラスメイト同士ってことになってたし。 だってそうじゃない? 方や、いずれは社会的地位の高い男性に嫁ぐことが定められた社長令嬢。 方や文武両道、頭脳明晰、人類最麗……だけれどただの高校生。 あまりにも立場が違い過ぎたわ。 だから、2人は人から隠れて愛し合っていた。 いつか一日先輩をフィリアさんの親御さんに堂々と紹介できるようになるその日までと思って。 隠れに隠れ、隠れ続けて、隠しきれなかった。 どこでバレてしまったのか、どこで綻びが生まれてしまったのかは分からない。 けれど、事実は明らかにされ、フィリア先輩のお父さんの耳に入った。 それはもう烈火のごとく怒ったらしいわ。 どこぞのお偉いさんに嫁がせる予定だった娘が、どこの馬の骨とも知らぬ男を本気で愛していたのだから。 彼は無理矢理に2人を引き離し、フィリア先輩を卒業前に海外の婚約者に嫁がせた。 時同じくして、一日先輩は自動車事故に合ってしまった。 24 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 42 02 ID AFjyYqDO 笑っちゃうわよね、自動車事故って。 ハリー・ポッターかっての。 ま、証拠が無いから何とも言えないけど。 ともあれ、一日先輩はなんとか命を取り留めた。 取り留めたけれど、彼の心には大きな傷を残した。 愛する者を奪われた傷を。 愛する者を守れなかった傷を。 愛する者を傷つけてしまったという傷を。 一度だけ、その頃の会長に会うことができたわ。 大勢で行った方が良いだろうって、担任の先生や会長の友人、それに妹さんたち―――当時からお付き合いのあった二日先輩とその下の三日ちゃんとね。 まぁ、三日ちゃんの方は私がいたなんて覚えてないだろうけど。 けど、けれど、その時に私たちが見たあれは、何だったなのかしらね。 彼は、何も見ていなかった。 彼は、私を見ていなかった。 彼は、先生を見ていなかった。 彼は、友達を見ていなかった 彼は、家族を見ていなかった。 そう。 彼は、 三日ちゃんを見ていなかったのよ。 一日会長が、私たちの前から姿を消したのはそれから少しした後のことだったわ。 家族を、友人を、全てを捨てて、ね。 私らも八方手を尽くして探したけど、何の手がかりも無くてね。 そうそう、御神ちゃん。 あなたの言っていた緋月月日さんともその頃に会えたわ。 電話越しだったけどね。 何か、手がかりが掴めるんじゃないかって思って。 結果は空振り。 それどころかこんなことを言われたわ。 『一日を心配するだけ…ムダ…さ』 ってね。 『心配など無駄で無為で無意味な…コウイ…さ。アレは…ヒトリ…で何でもできる、何でもする男だ。ソレがたった一人で、君たちに何も言わずに、何の助力も請わずに姿を消したというのなら』 『アレにとって君たちは、』 『…イラナイ…』 『ということになる』 だ、そうよ。 25 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 42 51 ID AFjyYqDO 『このお話はこれっきり。主役が舞台の上から姿を消して、脇役連中だけが置いてかれた。主役がいなきゃ物語は進まない。終わるしかない。だから、これで終わり』 フゥ、とため息をつきながら、先輩は話を終えた。 面白おかしく、と言いながらやはり陰鬱で。 先輩の声は血を吐くようで、吐き出すべきものを我慢しているようで。 当然だろう。 一原先輩は、本当に一日さんのことが好きだったことが、言葉の端々に滲み出ていたから。 そんな人が、何も言わずに自分の前から姿を消してしまったのだから。 生きているかも分からない。 死んでいるかも知れない。 そんな状態になってしまったのだから。 『御神ちゃん。まさかアナタ、『ボクちゃんの心酔する百合子サマがカワイソー』とか思ってんじゃないでしょうね』 俺の内心を見透かしたように、一原先輩が言った。 『一日先輩の一件はとっくに自分の中で折り合いをつけたし、それを差し引いても私は今、これ以上ないってくらい幸せよ。ハーレムも出来たしね。これ以上を望んじゃゼイタクってくらい』 あくまでおどけた口調で、先輩は言った。 『だから、一日会長について私に聞いたこと、謝ったりなんかしたら承知しないわよ』 まったく、本当に見透かしたようなことを言う。 この人は本当に、馬鹿で、助平で、自分の欲望に忠実で、トラブルを加速させるのが趣味の困った人だ。 それでも、生徒会長として皆から慕われているのはこういうところがあるからだろう。 だから、俺はただ、「ですね」とだけ返そう。 『それよりも』 と、先輩は続ける。 『アナタが心配するべきなのは三日ちゃんのことよ』 そうだ。 俺は元々、三日のことで一日さんについて一原先輩に電話したのだ。 『三日ちゃんと一日会長はとても仲の良い兄妹だったと聞いているわ。と、言うより会長からどれだけ猫かわいがりしているか聞いてるってトコかしら』 「ただのシスコンじゃないですか」 『そう、ただのシスコンとブラコン』 カレシとしては不本意でしょうけどね、と先輩は続けた。 『そんな女の子が、ほんの1年くらい前にヒドい形でお兄さんを失ったのよ。アナタと会ってても、お兄さんの話題を出すことなんてあってトーゼン』 極力砕けた調子で、先輩は言った。 『だから、そう言うことで目くじら立てなさんな』 あー、そういう風に見えちゃうか。 別にそんなつもりで一日さんのことを聞いたつもりも、いや、少しはあったのかな。 「分かってますよ」 とはいえ、ここはこう返すべきだろう。 『よろしい』 えっへん、と擬音をつけて言う先輩。 『いーい、御神ちゃん。三日ちゃんと付き合うからにはあのコのことを最優先に考えなさいな』 先輩は言葉をつづけた。 『学園の平和を守るのなら私らにだってできるけど―――三日ちゃんのナイトはあなたにしかできないのよ』 「先輩……」 まったく、この人は……。 「学園の平和なんて、守った試し無いじゃないですか」 俺はそう、軽口で応じるのだった。 26 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 43 36 ID AFjyYqDO 「おにー・・・さん!」 そんな回想を中断するように、俺に声をかけてきた者がいた。 舌足らずな、あどけなさの残る可憐な声だった。 その声のした方に、俺は反射的に振り向いた。 それと同時に、三日の手を握っていたはずの手に、随分前から何の感触も無いことに、今更ながら気が付いた。 いつの間に皆とはぐれていたんだ? 「おにーさんに・・・お願いがあるんだよ!」 そんなことに考えをめぐらす暇も無く、相手は明るく言った。 俺は、その姿を見て目を丸くした。 声をかけてきたのは、フリルの多いゴシックな装飾が施された浴衣を着た娘だった。 サイズが合ってないのか、長い袖に小さな手が隠れてしまっている。 体型はかなり小柄だ。 三日もたいがいにして小柄だが、彼女はそれを上回る。 140cmも無いだろう。 年齢は、10代前半ほどに見える。 大きな、漆黒の瞳。 桜色の頬。 真紅の唇。 あどけない顔立ち。 真っ白な肌。 ツインテールにした、サラサラの真っ黒い髪。 手足は、モデルのように細いようだ。 『ようだ』、というのは浴衣の装飾がその体型をほとんど隠してしまっているからだ。 その頭には、昔ながらの白狐のお面を身に着けている。 驚いた理由はその可憐さに、ではない。 俺は、その顔を知っていた。 毎週、テレビの中で見る顔。 特撮番組『ヤンデレンジャー』、魔女大帝役。 明るく無邪気。 アイドル的な女優。 「零咲・・・えくり、ちゃん」 少女を見下ろし、俺は言った。 「大正解だよ…おにーさん!」 そう言ってにぱっと笑った少女、零咲ちゃんは俺を見上げて言葉を続ける。 「ちょっと困ったことがあるから・・・おにーさんにして欲しいことがあるんだよ!」 明るく無邪気な仕草で少女は言った。 「受けて・・・くれるよね!?」 それが、受験開始の合図だった。 27 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 44 17 ID AFjyYqDO おまけ ヤンデレの生徒会長さん 出張版 「ねぇ」 じっとりとした声で、一原百合子生徒会長は自宅の玄関先で言った。 掛け値なしの美少女である。 茶色に近い長髪をポニーテールにし、目鼻立ちのはっきりとした顔立ち。 本人もそれを自覚しているのは確実で、くどくなりすぎない程度のメイクも、その檸檬(レモン)色の浴衣も、どうすれば自分が魅力的に見えるか考え抜かれていた。 「私ら今頃お祭りに行って、リンゴ飴食べたり後輩ちゃんたちをからかったり三日ちゃんを暗がりに押し倒したりとか、そーゆーラブコメ展開を満喫してるはずなのに……」 目の前にいる、浴衣姿の女性と少女たちに語りかける百合子。 もっとも、相手の耳には入っていないだろうが。 彼女たちは、百合子の友人たち―――ではない。 同性ではあるが、百合子は心底彼女たちのことを愛していたし、彼女たちも心の底から百合子を愛していた。 彼女らにとって、性別は問題では無いのである。 問題は、彼女たちが百合子の恋人という立場を何かと独占したがることなのだが。 「ゆーちゃんと祭りに行くのは私の専売特許です!」 「アハ!それはこっちの台詞だよ、副会長さん!」 「You girlsに年功序列という言葉を教えてあげるデース!」 「エリ先生殿、実は日本語が上手でいらっしゃるのでござるのでは……?」 「キャラ立てだろ、李と同じでさぁ!」 彼女たちはある者は武器を手に、ある者は無手で周囲を縦横無尽に動き回り、互いを排除しようと試みる。 「何でこんな少年ジャンプ展開になってるの?」 百合子は言った。 周囲にはキィン!だのメシィ!だのメメタァ!だのと言った音が響き渡っている。 その度に金属バットやナイフが振るわれ、素人にはついていけないほど高度な攻防が繰り広げられる。 「あ、瞬歩」 そう百合子が形容するようなスピードが発揮されるほど、ハイレベルな攻防であった。 全ては夏祭りのために。 「いやいやいや」 あまりにもあんまりな理由で繰り広げられる攻防に、思わずツッコミを入れる百合子。 しかし、である。 「Youたちをフリキリます!」 そんな言葉と共に、紅色の浴衣の裾をまくりあげて、空色の浴衣を着た別の少女に回し蹴りを放つ女性。 「おお!」 その様子に、特にまくりあげられた裾の奥に、一気にテンションが上がる百合子。 「クッ!」 その蹴りを避けた、空色の浴衣を着たボーイッシュな少女だったが、彼女の避けた先にはナイフを持った藍色の浴衣の、眼鏡をかけた少女がいる。 「刺され、ばらされ、並べ替えられなさい!」 眼鏡を煌めかせ、ナイフを振るう少女だったが、そこにバットを持ったあどけない少女が割り込む。 「かるーく一原をはじめるよ!」 ピンクの浴衣の袖をはためかせてバットを振るう少女だったが、それをナイフと金属棒で受け止められる。 「何を始めるの、あっちゃん!?」 その戦いに完全に第三者視点でツッコミを入れる百合子。 と、言うより完全に他人事という顔だった。 「まったくでござるな、百合子殿」 その言葉に、いつの間にか百合子の隣にいた、忍装束のように真っ黒な浴衣の少女が言った。 「あの4人は放っておいて百合子殿は拙者と祭りに……」 そう言って百合子の手を取ろうとする忍少女だったが、それを他の女性たちに気付かれる。 「ルール違反はずたずたのずたずたにします!」 「アハ!レッドカードなんだよ!」 「させないdeath!」 「そう上手くいくと思う!?」 4人の攻撃が同時に忍少女に襲いかかる。 28 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19 45 06 ID AFjyYqDO 謎の悲鳴と共に吹き飛ぶ忍少女。 攻撃により、浴衣が破れて柔肌があらわになる。 「ポロリキター!!」 その様子に一瞬にしてその美少女フェイスを崩し、助平親父の顔で叫ぶ百合子。 あ、鼻血出てる。 「何をするでござるか!」 忍少女の懐から放たれた手裏剣が、ボーイッシュな少女の浴衣を切り裂く。 「オオ!」 それにより晒された柔肌を、鼻の下を伸ばしてガン見する百合子。 その横では、眼鏡少女のナイフが年長の女性の胸元に迫っていた。 「いーぞもっとやれー!」 次々に晒される肌色に、すっかり野次馬の顔になった百合子が奇声をあげた。 女性に襟首を掴まれた眼鏡少女の衣服が乱れる。 「うっひょー!おっほー!コレさいこー!」 そう言っている間にも、激闘は続き、服は切り裂かれていく。 「パーフェクトよー!ライナーよ!コンプリートよ!エクストリームよー!」 もはや慎みも何もないキャットファイトと化しつつ攻防に、百合子は小躍りする。 「きゃっほー!そーだ、このバトルに勝ったコには私がちゅーしてあげるわ!」 ノリと勢いで叫ぶ百合子の言葉に、女性たちの目が輝く。 「ゆーちゃんの唇!?」 「マジ!?マジだよねお姉!?」 「ソウいうコとなら負けられないデース!」 「卑怯卑劣な手段を使ってでも勝利するでござる!なぜなら忍者だから!」 「ま、勝つのはぼくだけどさぁ!」 ご町内を舞台に、さらに戦いは激化していく。 彼女たちが夏祭りに行くのは、まだ先のことになりそうだった。 一原百合子。 ポニーテールの美少女。 夜照学園高等部今期生徒会長。 御神千里とは中等部時代からの学友。 同性愛者。 そして、 悲しいほどに、呆れるほどに自分の欲望に忠実な、どこに出しても恥ずかしい―――変態だった。
https://w.atwiki.jp/kensakukinshi_kamina/pages/70.html
アリス ヤンデレhttp //www.nicovideo.jp/watch/sm4171951←前半 アリス ヤンデレhttp //www.nicovideo.jp/watch/sm4246978←中編 アリス ヤンデレhttp //www.nicovideo.jp/watch/sm4666844←後半・A アリス ヤンデレhttp //www.nicovideo.jp/watch/sm4901450←後半・B(最終回) 可愛い娘と可愛い娘がやる百合は和みますなぁ~。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1948.html
114 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 04 52 ID wJ+H+9ca 「…千里くんの弱みって何ですか?」 ある日の下校中、俺こと御神千里(ミカミセンリ)は恋人であるところの緋月三日(ヒヅキミカ)に脈絡無くそんなことを聞かれた。 「や、割と弱みというか欠点は多いほうだと思うけど、何でいきなりンなことを?」 「…例えばですよ、ある日、まかり間違って千里くんがどこかの女狐に誘惑されて篭絡されるかもしれないじゃないですか」 「いきなりヘヴィな例え話だね」 「…それで、私に向かって『別れよう』とか言い出すかもしれないですよね?」 「……それで?」 「…だけどそれはある種の気の迷いで間違いで正さなきゃいけないことなんですよ!」 くわ、と身を乗り出して三日は言った。 「それと俺の弱みがどうつながるん?」 「弱みを握っていれば別れられないじゃないですか!」 「ってソレ脅迫じゃないの!?」 断言する三日に反射的にツッコミを入れる。 つーか、たとえ話の中の俺が最低すぎる。 浮気男かよ、誠死ね状態だよ。 そーゆーことしたら最後、「女の子に似合わないカオ作ってんじゃねぇ!」と親にブン殴られる。 見た目女なのにパンチ力がハンパ無いからな、あの人。 「…それで、今までの観察記録(せいかつ)から千里くんの弱みを洗い出そうとしているんですけど、中々うまくいかなくて…」 「それで直接本人に聞いたと」 俺の言葉にこくん、と頷く三日。 ……正直なのは良いことである。 「とりあえず三日。さしあたり、俺に浮気と別れる予定は無いよ?」 「…昔の人は言いました、予定は未定と」 あれ、もしかして俺、恋人からの信頼度とてつもなく低い? 「…それに、男の人が別れたい理由なんてたくさんあります。『君にはもっと魅力的な相手がいる』とか『占いで相性が悪かったし』とか『実は巨乳(貧乳)フェチなんだ』とか『ぶっちゃけ愛が重い』とか」 「無駄に具体的だね…」 「…実体験です。というか全部月日(ツキヒ)お父さんが零日(レイカ)お母さんや二日(ニカ)お姉様に言った言葉です」 「娘の前で何別れ話切り出してんのおとーさん!?」 まだ知らぬ三日の家族の名前が明かされたと思ったら、その上ヘヴィな話を明かされた。 ……つーか、『お姉様に』って何さ。 まさかとは思うけど、実の娘さんが美人過ぎるからって手ぇ出したんじゃあるまいか…。 一日(カズヒ)おにーさんといいこの月日さんといい、どうにも緋月家の男共は油断ならんというか何というか。 「三日、もし親父さんからいやらしいことをされたら相談してくれ。絶対力になるから」 「…ありがとうございます、千里くん。でも、お母さんやお姉様がいますから、お父さんもこれ以上泥沼にしようとは思わない……と思います」 ああ、泥沼なのがデフォなのね。 もしかして、緋月家の家庭環境って割と殺伐としてんじゃなかろうか? 「…あ、我が家は割と仲良いですよ?日曜朝に子供向けヒーロー番組を家族4人そろって観る位には」 俺の心配を見て取ったのか、三日が言った。 116 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 06 56 ID wJ+H+9ca 「ああ、それなら…」 「…観ながら、お母さんとお姉様が正々堂々真正面からお父さんを奪い合うくらいには」 「随分オープンな三角関係なんだな…」 「…この前なんて、テレビのヒーローが必殺技を放つのと同じタイミングでお母さんがお姉様を吹き飛ばしました」 「随分バイオレンスな三角関係なんだな!?」 「…お兄ちゃんが家を出ているので、最近は飛んでくるお姉様を避けるのが大変です」 「三日その内殺されるんでない?凶器は二日さん、犯人は零日さんで」 「…それで、千里くんの弱みって何ですか?」 「どうしてそこで話をそらすかな!?って言うか戻るかな!?」 「…ウチの家族は何だかんだで幸せみたいですから」 幸せらしい。 当事者がそう言うからにはそうなんだろう。 将来的には、色々な意味で三日を引き離したくなる家庭ではあるが。 「…次は、私たちの幸せを考えましょう」 「俺の弱みが俺らの幸せに関係するとも思えないけどなー」 そうは言いながらも、自分の弱みとやらちょっと考えてみる。 が、いきなり聞かれても分からん。 弱みってぇとアレだろ? 世間に暴露されたらピンチになるような情報のことだろ? 一介の高校生がそういくつも持っているモンでも無いような気がしてきた。 「自分の欠点なら数え切れないほど思いつくんだけどなー」 「…え、御神くんに欠点なんて無いじゃないですか?」 俺の言葉に、まるで当然のように言う三日。 「参考までに聞くけど、三日的に俺ってどんななん?」 「…御神千里。二年四組出席番号十九番、窓側の列の前から四番目、血液型はA型、身長195cm、体重83kg。 所属クラブは無し、ただし料理部助っ人、夜照学園生徒会助っ人、他多数助っ人。得意科目は国語、苦手科目は数学。 趣味は私と料理と昼寝と読書、好きな物は私と料理、本(漫画含む)、特撮番組、特技は私と家事全般、住所は都内夜照市病天零4丁目13-13。 得意料理は和食。特に肉じゃがは絶品。ただし朝のホットケーキも捨てがたい。 家族構成はメイクアップアーティストのお義父様、御神万里(ミカミバンリ)さん。お母様の御神千幸(ミカミチサチ)さんは故人。 性格は温厚。意識して他人に気を配れて、頼まれると嫌とは言わないタイプ。 けれど、できないことはできないと言うし、なおかつ頼まれたことは一通り達成する、達成できるミスター・パーフェクト。 1日のスケジュールは…」 「オーケー、分かった。それくらいでいい。あと、明日の弁当は肉じゃがにしよう」 際限なく話そうとする三日を、俺は押しとどめた。 このままでは何時間でも俺の話をしてそうだ。 そうか、三日は肉じゃが好きなのか。 じゃ無くて。 「さすがに、ミスター・パーフェクトはほめすぎっしょ。俺はそんな大層な人間じゃ無いよ」 「…そうですか?」 お前は何を言ってるんだという顔で首をかしげる三日。 「…千里くんは腹立たしいまでに優しい人じゃないですか。優しさで世界を狙える人じゃないですか。むしろ神」 「何の世界を狙うのさ…」 「…それに、私のことも助けてくれましたし」 つぶやく様に付け加える三日。 彼女が1年の時、1人迷って途方にくれていた所を、俺が助けたことが俺らの関係の発端である。 いやまぁ、俺も最近忘れかけてた設定だけど。 「でも、言っちゃあれだがよくある話だろ?たまたま、俺がそのとき声かけただけで」 「…そこです」 ググ、と手を握り、三日は語りだす 「…当時、お兄ちゃんもいなくなり、人見知りで校内の知り合いも碌にいなかった私にとって、御神くんの存在がどれほど救いになったか…」 舞台役者もかくや、という大げさな身振りで語る三日。 「三日、みんな見てるみんな見てる」 「…良いじゃないですか、千里くんが完璧なのは事実なんですから」 陶酔さえ感じさせる様子で語る三日。 うわぁ、目がマジだ。 1人の人間に対してよくもまぁここまでカッとんだことを言えるもんである。 117 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 07 31 ID wJ+H+9ca 「なんつーか…、三日がその内近いうちに悪い男に引っかかって、ボロボロにされてポイされそうで怖くなってくるわ…」 「…え、そんな日は来ないですよ?」 俺の言葉にキョトンとした目をする三日。 いや、そういうところが怖いんだけど。 「…千里くんは私をアクセサリのように扱ったうえ、好きなだけエッチした上に都合が悪くなったら捨てて高跳びしたりしないでしょう?」 「だからなんで無駄に具体的かな!?」 「…大丈夫ですよ、そんな日は来ませんから。……千里くんが私の隣にいる限り」 「確かにそうなんだけれども!」 うわぁ、愛が重い。 多分、本来の意味でなく愛が重い! 愛が負担という意味でなく、妙な責任感が生まれる重さだ! いや、これは愛が重いというか、むしろ… 「あ、分かった」 妙に納得して、俺は言う。 まじまじと三日の顔を見つめながら。 「…そ、そんなに見ないで下さい。…濡れます」 「そこは大人しく照れときなよ」 そういうキャラでもなかろうに。 「そうじゃなくて、俺が思いつく限り最大の弱みがあったのに気が付いてね」 「おお!」 期待に満ち溢れた目でこちらを見る三日。 「…やっぱり、出生の秘密!?失われた記憶!?それとも世界が滅びるような極秘情報とかですか!」 「いや、どこのライトノベルの主人公だよ。それにこの弱み、できたの割と最近だし」 「…最近の弱み?もしかして、私も知っていることですか?」 「そう」 不思議そうな顔をする三日を指差し、俺は言った。 俺の唯一最大の弱みを、その原因に向かって。 「惚れた弱み」 その言葉を聞いた三日が顔をトマトのように赤くして……それを見た俺も自分の言ったことの恥ずかしさに悶絶したのはまた別の話。 118 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 08 11 ID wJ+H+9ca おまけ とある過去の一幕 「好きな人に見つめられたら…濡れます」 今から数年前、ある日の緋月家の居間で緋月二日が堂々とそんなことを言った。 「…濡れる、ですか?」 「ええ、そうですよ…。主に下半身が…」 きょとんとした顔の、髪を童女のようにおかっぱに切りそろえた妹の三日に対して、二日がまるで当然のことのように語る。 「いや、それは貴様だけだからな、無知蒙昧にして愚かなる上の妹よ」 読んでいた本から顔を上げ、まるで舞台役者のような口調で突っ込みを入れるのは、彼女らの兄である緋月一日。 一挙一動が独特というか非日常的というかナルシストっぽいというかはっきり言って胡散臭い。 妹たちが和服姿なのに対して、一日は1人だけ洋服なので更に無駄に浮いていた。 「…え、濡れないのですか、お兄ちゃん?」 「そこは心がときめくところだ、下の妹よ」 妹に対して、詩集を片手にやれやれ、と大仰な動作で言う一日。 舞台の上なら息をのむ動作であったが、生憎ここは一般家庭のリビングである。 「そんな台詞がでるのは、貴方がまだ恋をしたことが無いからでしょう…?不感性の愚兄さん…?」 「…貴様にさん付けで呼ばれると、下半身でなく頭に血が昇るのは何でだろうな…?」 二日の言葉に、形の良い眉をひくつかせる一日。 一触即発の空気にオロオロとする三日。 「ああ、大丈夫だ、かわいい下の妹。これは単なる日常会話。僕がこんな愚物相手に本気で怒るはず無いだろう?」 「ええ、大丈夫ですよ三日…。これは単なる日常会話…。私がこの愚兄に対して刀を抜く筈も無いでしょう…?」 ほぼ同時に言う一日と二日。 仲が良いのか悪いのか。 「とにかく…、意中の殿方に見つめられると濡れる…。これは、大宇宙の真理なのです…」 「真理とは大きく出たな、この変態が」 「黙りなさい、この汚物…」 茶々を入れる一日に対して、射殺さんばかりの勢いで睨みつける二日。 「とにかく…」 と、改めて三日のほうに目を向けて二日は言う。 「三日も、恋をすれば分かることでしょう…。というか分かりなさい…」 「…わ、分かりましたです、お姉様」 無表情にも関わらず威圧的な視線を向けられた三日が敬礼とともに答える。 「…こうして、日々洗脳が行われていくわけだね…」 「何か言いましたか、愚兄…?」 「Nothing,my Lord(何も?)」 二日に目を向けることなく、一日はすっとぼけるのであった。 これが、緋月家の日常会話。 その頃の緋月家の姿。