約 2,051,592 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1083.html
偽愛! 素直クールに萌えろ! その② 朝起きたら何もかも元通りになってないかな、と思った。 昨晩見たあれはすべて夢で、承太郎は今日も無愛想で寡黙でクールで。 「ルイズ、おはよう」 おはよーなんて言葉、承太郎の口から初めて聞きましたよ。 とルイズは昨晩の出来事が夢ではない事を確認しながら、ベッドから起き上がった。 「……おはよう」 この承太郎をどうしたものかと頭を悩ませながら、ルイズは朝の身支度を整えた。 頭が変になっても承太郎は承太郎らしく、 着替え中はちゃんと自分から部屋を出て行ってくれた。 ベッドの下に放り捨てられていたデルフリンガーもしっかり回収してだ。 その時「覗きなんざこの俺が許さねー」とか凄んでたりする。 また、朝食は厨房ではなく食堂で摂ろうとついてきて、クラスメイトを驚かせたりした。 ちなみにギーシュはモンモランシーを必死に口説いている。 昨晩急に姿を消した事を心配していたのだが、 なぜか朝会ってみたら妙によそよそしかったと、教室でギーシュは説明してきた。 「……そういえば、あの時モンモランシーも一緒にいたのよね。 ジョータローがおかしくなった原因に何か心当たりないかしら?」 「ルイズ。俺は少しもおかしくなってねーぜ」 「……そう?」 確かに今は普段通りに見える、ような気がするけど、何か違う。 いつもより半歩ほどルイズに近づいて立ってるような気がするし、 眼差しが柔らかいというか優しいというかギーシュっぽいというか。 「どう思う? ギーシュ」 「今は普段通り見えるんだが、一晩眠ったら治ったんじゃないか?」 「だといいんだけど……」 異変が顕著に現れたのは、授業後になってから。 今日に限ってなぜか承太郎もギーシュも厨房に来なかったため、 どうしたのかなと思ってシエスタがわざわざ寮まで様子を見に来たのだ。 「ジョータローさん、今日は何か用事でもあったんですか?」 「いや……ただルイズの側にいただけだぜ」 その瞬間シエスタは戦闘体勢に入ったーッ! 今……この学院にキュルケとタバサはいないすなわちッ! ツンデレ・ルイズ! ブラック・シエスタ! 一騎討ち!! 承太郎を挟んでルイズとシエスタが火花を散らす。 「ミス・ヴァリエール……一緒にいる時間が多いからって、なかなかやりますね」 「いや、特に何もしてないんだけど……」 「でも私とジョータローさんはマフラーの暖かい糸で結ばれているんです!」 無言で承太郎はマフラーをシエスタに渡した。 唐突すぎてその行為の意味を理解できずシエスタは首を傾げる。 「シエスタ、悪いがこいつは返すぜ」 「え」 ピシッ、とシエスタは真っ白に固まりヒビが入った。 黒が白に染まる時、それは敗北を意味する。 「ど、どうして……」 「悪いが……ルイズの前で他の女からもらった物を身に着けたくねーんでな」 「なっ!!」 「えっ!?」 この発言にはルイズも一緒に驚いて顔を真っ赤にしてしまう。 一方シエスタは涙目になってマフラーを抱きしめ走り去ってしまった。 「うわぁ~ん!」 泣きながら。 ちょっぴりシエスタに悪い気もしたが、それ以上にルイズは浮かれていた。 つまり承太郎はシエスタより自分を選んだのだ。感激であるハッピーである。 「じょ、ジョータローにもようやく、つつ、使い魔の自覚ができてきたのかしら」 「もちろんだ。俺はルイズの使い魔だぜ、おめー以外は目に入らねー」 「ほほ、ホントに? ホントにそう思ってる? 心から」 「俺が……嘘をつくと思うか?」 「『ああ嘘だぜだがマヌケは見つかったようだな』とか言うつもりじゃないでしょうね」 「ルイズ。お前が俺をどう思おうと、俺の気持ちは変わらない……」 「ああああ、あんたの気持ちって、なっ、何よ」 期待と期待と期待と期待と期待に平らな胸をふくらませてルイズは彼の言葉を待った。 「おめーは俺を惚れさせ――」 「こりゃ駄目だね。魔法で心をやられてら」 が、その言葉は無粋な声にさえぎられた。声は承太郎の背中から出ていた。 「で、デルフ!? ちょっと、今のどういう意味よ!?」 「いやね、こうやって身に着けられてたら、そいつの事は何となーく解んのよ。 こいつ、魔法で精神を操られてるわ。水の魔法かねぇ? それとも一服盛られたか」 「一服盛られ……?」 次の瞬間、ルイズは部屋から猛ダッシュで駆け出してしまった。 一人残された承太郎は、いい場面を邪魔したデルフリンガーをぶん殴ったとか。 アンロックの魔法でモンモランシーの部屋の戸は問答無用で開錠された。 そして目をギラつかせて入ってくるルイズ。 いったい何事かとモンモランシーと、ギーシュが目を丸くして彼女を見た。 「る、ルイズ? ノックも無しに失礼じゃないのかい? というか鍵をかけてあったのに、どうやって開けたんだ?」 「あらギーシュもいたの。実は最近簡単なコモンマジックは使えるようになったのよ」 虚無の魔法を覚えてから、ルイズは説明の通りコモンマジックを習得していた。 ようやく自分の系統を見つけたからこその成長といえよう。 だがそんな事、今はどうでもいい問題だった。 「ところでギーシュ、昨日の夜の事なんだけど」 「昨日の?」 「あのワイン、何か変な物入ってなかったでしょうね」 「ははは、まさか。あのワインはモンモランシーが僕のために用意してくれたんだ。 変な物が入ってる訳ないじゃあないか。ねえ、モンモランシー?」 笑顔で振り向くギーシュ。苦笑で顔をそむけるモンモランシー。 その対照的な反応を見て、ルイズは『犯人』が誰であるか、頭でも心でも理解した。 一方ギーシュも、モンモランシーが冷や汗を垂らしている事に気づき眉をひそめる。 「ど、どうしたんだいモンモランシー? まるで『ワインに何か入れてました』みたいな顔をして……」 「ギーシュどいてそいつ爆発させられない」 ルイズが杖を構えると、ギーシュは慌てて身を引いた。 本当に土くれのフーケを倒した男かと疑問になるくらいうろたえている。 「も、モンモランシー。まさか、君は……」 「あなたが勝手に飲ませたんじゃない!」 ついにモンモランシーは白状した。あのワインに何か入っていたのは確定事項だ。 それを飲まされそうになっていたギーシュは顔を真っ青にする。 「いいい、いったい何を入れたんだい!?」 「ギーシュがいっつも浮気するから悪いのはギーシュよ! 土くれのフーケをやっつけたなんて『デマ』まで使って女の子の気を引いて!」 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモランシーの迫力は相当のものだった。 だがそれ以上に迫力のある顔でルイズが怒鳴り返した。 「ギーシュの事なんか『どうでもいい』のよ! ワインに何を入れたの!?」 「……惚れ薬よ」 「ほ……惚れ薬ですって!?」 「お、大声で言わないでよ! 禁制の品なんだから……!」 どうやらデルフリンガーの言っていた事は正解らしい。 承太郎の様子がおかしいのは、薬を盛られたからなのだ。 モンモランシー曰く、ギーシュにこれ以上浮気させないため自ら調合したらしい。 それを聞きギーシュは感激した。 「ああ! モンモランシー……そんな薬に頼らなくても、僕は君の虜さ!」 「ななな、何勘違いしてるのよ! べ、別にあんたとつき合ってるのなんて暇潰しよ! ただ浮気されるのが嫌なだけで、仕返ししてやろうと思っただけなんだから!」 このモンモランシー実にツンデレである。 そしてそのデレっぷりを垣間見たギーシュは思いっきりモンモランシーを抱きしめた。 「僕が浮気なんてする訳ないじゃないか!」 「してるじゃない!」 キィーンッ、という甲高い金属音が響いた。ギーシュの脳内だけで。 モンモランシーの膝がギーシュの股間にめり込み、男にしか解らない痛みが炸裂。 まさに黄金色の波紋疾走。 口を縦長に開いて唇を引ん剥き、白目になって脂汗を垂らすギーシュは、 瞬間最大風速とはいえマルコリヌのブサ顔を超越していた。 その場に崩れ落ちるギーシュを無視して、というか頭を踏んづけて、 ルイズは身を乗り出してモンモランシーを睨みつけた。 「ジョータローを元に戻しなさい」 「そのうち治るわよ」 「そのうちっていつ?」 「個人差があるから一ヶ月から一年くらい」 「ふざけないで。今すぐ何とかしなさい」 「生憎だけど解除薬作るお金がもう無いの。高価な秘薬が必要なのよ。 惚れ薬を作る時に全部使っちゃったし、どうしようもないわ」 「じゃあ実家に頼んでお金を送ってもらいなさい」 「あんたの公爵家と一緒にしないでよ! うちにそんな余裕は無いわ!」 そういえばド・モンモランシ家は干拓に失敗して領地の経営が苦しいと聞く。 ついでにグラモン家も出征のたびに見栄を張りまくって金欠らしい。 となると、この二人は資金面では期待できない。 仕方ないとばかりにルイズは金貨の入った袋を取り出した。 (姫様。ジョータローのために、このお金使わせていただきます) 心の中で感謝の祈りを捧げ、袋を開ける。 モンモランシーは中身を覗き込んで目を丸くした。 「500エキューはあるじゃない。さすがラ・ヴァリエール……」 「これで秘薬を買って、明日中に何とかしなさい。 それとこのお金はとある方からいただいた、とても大切なお金なの。 1エキューたりとも無駄遣いしてみなさい。ただじゃおかないわよ」 渋々といった様子でモンモランシーはうなずいた。 部屋に戻ると、承太郎がデルフリンガーを踏みつけていたのでとりあえずなだめた。 それからルイズは改めて承太郎の様子を観察する。 惚れ薬を飲んだという事は、つまり自分に惚れている訳で。 「ね、ねえジョータロー。私の事、好き?」 などと試してみたくなるものだ。 「ああ。好きだぜ」 素直にクールに恥ずかしげもなく答える承太郎を見て、 逆にルイズは猛烈に恥ずかしくなってベッドの中に逃げ込む。 (明日になれば元通り明日になれば元通り……。解除薬は別に明後日でもいいかな?) なんて考えながら、ルイズは眠りについた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3601.html
前ページ次ページゼロの夢幻竜 第二十四話「指輪」 「つまり話を整理すると、変装して私の部屋に入った姫様をギーシュが見ていた。そして、中の話を立ち聞きしている所をモンモランシーに見つかった。と、こういうわけね?」 ギーシュはルイズの問いかけに対しうんうん、と頷く。 ルイズはやれやれといった感じで眼前の二人、ギーシュとモンモランシーを見つめた。 立ち聞きをするギーシュもたいがいだが、そんな彼に対し、なかなかほっとけないという様な姿勢を見せるモンモランシーも良い勝負だった。 「放っておけないんですか?」 「う、五月蝿いわねっ!私はね、こんな時間に女子生徒の部屋の前でうろうろしているのは誰かなって通りがかっただけよ!」 ラティアスの何気ない質問に対して、モンモランシーは真っ赤になって反論する。 ああ、この人もご主人様と似たり寄ったりな人なんだなと、ラティアスは頭の中で勝手に結論づける。 「でも君は!それが僕だと分かると直ぐに来てくれたじゃないか!」 「はぁ?何勘違いしてるのよ!あなただから余計に危なっかしいんじゃない!この節操無し!」 ギーシュは縒りを戻しでもしたいのか、構ってくれと言わんばかりのオーラを放つ。 が、そんな物が今のモンモランシーに効く筈も無くあっという間に一蹴された。 彼女だって、彼がこんなに浮気性でなければ色々と考えてやれんでもないと考えていた。 が、その酷さは数日前に起きた香水の一件で、すっかり白日の下に晒されている。 その為にモンモランシーは、ラティアスに口では乱暴な事を言いつつも、内心では感謝していた。 そしてラティアスは、目の前で起きている痴話喧嘩に溜め息を吐きつつ思う。 この分ではどうやら、二人が結ばれる道程はここから月への道程ほどになりそうだ。 「二人とも!姫様の御前よ!私語は慎みなさい!」 弛みきったその場の空気を引き締める為に、ルイズはぴしゃりと言った。 ルイズが二人ともと言ったという事は、自分は入っていない。 と言う事は少なくとも、自分は置いてけぼりにされていないという事にラティアスは気を良くした。 ラティアスは困った様な声でアンリエッタに話しかける。 「どうしますか、王女様。この二人、さっきの話を立ち聞きしたそうですけど、どうします?」 「そうね……今の話を聞かれたのは不味いわね……」 「因みにあんた達は一体どの辺りから話を聞いていたの?」 ルイズの質問に答えたのはギーシュだ。 「確か……破滅の一途を辿らせる手紙だとか、アルビオンのウェールズ皇太子だとかの辺りからだが?」 その正直な答えにルイズは瞠目する。 何て事だ。それでは話の肝心な所は、ばっちり全部聞こえていたという事ではないか。 これでは何の隠し立てのしようも無い。 恐らくは隣でぶすっとした表情を浮かべているモンモランシーも同様だろう。 「今更引き取ってくれって言うのは難しいですし、かと言って、この任務に巻き込むのも……」 ラティアスはそう言って値踏みするような目で二人を見た。 ギーシュに関しては、例の決闘を参考にしたので力量は大方分かっていた。 包み隠さず言えば、七体の脆い青銅ゴーレムしか操れないドットメイジの彼が戦力に加わったとて、大きな変化がある訳ではない。 平民の傭兵や野盗相手にならどうという事は無いが、道中でお相手するのは彼と同じメイジ、それも大半、いや全員が彼以上の力量を持った者達なのだ。 ハッタリをかます位の所業が精一杯だろう。 モンモランシーに関しては未知数とも言える。 ラティアスも見る事が出来る野外における授業(そもそも野外授業の数自体がかなり少ない)でも、彼女はあまり魔法を見せた事が無いし、見せる事があってもかなり小規模な物に限定されていたからだ。 使い魔召喚の儀において蛙を召喚していた事から、水系統のメイジだという事は分かっていたがそれきりである。 また、水系統は攻撃用の魔法と回復用の魔法の二つを操れる事を、ルイズから伝え聞いていた。 それらを纏めて考えるなら前衛は使い魔である自分が務めればいい。 魔法使いには呪文詠唱が必要なのでいい時間稼ぎになるからだ。 攻撃にはギーシュの武器を持った『ワルキューレ』、ルイズが持ち得る魔法を使って対応する。 後衛兼補助としてモンモランシーが回復と攻撃に務める。 戦闘態勢としては一応様にはなっているが、如何せん火力の小ささが否めない。 想定するだけ無駄だったか? そんな時、ギーシュが立ち上がって仰々しく言った。 「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付け下さい!」 その様子を見てモンモランシーは眉を顰めた。 「あんたって人は……今度は姫殿下にまで色目を使うつもり?!」 「ば、馬鹿な事を言わないでおくれよ、モンモランシー!僕は純粋に姫殿下のお役に立ちたいと思ってるんだ!それに今のままでは僕自身の誇りに傷が付いたままじゃないか!その回復の為にも、僕はこの任務に同行しようと思っているんだよ!」 「どうだか……」 ギーシュの熱弁にも関わらず、モンモランシーはすっかり冷えた視線をあさっての方向に向けている。 と、ギーシュの口上を聞いていたアンリエッタが彼に質問を投げかけた。 「グラモン?あのグラモン元帥の?」 「息子で御座います。姫殿下。」 ギーシュは恭しく一礼して胸を張る。 アンリエッタはそんな彼を見て期待を込めて尋ねる。 「あなたも私の力になってくれるというのですか?」 「この部屋の戸口において、事の次第を聞きし時からそう思っておりました。この上任務の一員に加えていただけるなら、それはもう望外の幸せでございます。」 「まあ……有り難う。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん。」 「勿論ですとも。ああ、姫殿下が僕の名前を呼んで下さった!姫殿下が!トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みが……」 ギーシュは最後まで言う事が出来なかった。 横のモンモランシーが聞いていられないとばかりに、ギーシュの後頭部を叩いたからである。 叩かれた所を摩りながらギーシュは涙ながらに言った。 「痛いじゃないか、モンモランシー!」 「ふん。やっぱり色目使ってるんじゃない。」 モンモランシーは呆れて物も言えないという様に溜め息を吐く。 と、そこに王女の声がかかる。 「あなたは?」 「はい。私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと申します。」 「モンモランシ家……するとあなたのご実家は、トリステイン王家と旧い盟約を結んだ水の精霊との交渉役を行っているというあの……」 「申し訳御座いません、姫殿下。現在それは別の貴族が務めております。」 「それでも古来より王家に使えてきた由緒正しい名家の一つに違いはありませんわ。あなたは力を貸して下さいますの?」 そう言われてモンモランシーは自国の王女の前にいるにも拘らず、「あー」とか「うー」とか言いつつ返事を若干延ばす。 彼女は面倒な事には首を突っ込みたくない質だったし、正直とばっちりを受けた感もあった。 だが隣で、紅潮しつつも澄ました顔をして立っているギーシュを見て意を決した様に答えた。 「微力では御座いますがお役に立てる事が出来るなら……先程の任務、ご同行いたします。」 「有り難う。あなたの力もきっと道中で仲間を救うでしょう。お願いします……」 アンリエッタはモンモランシーに向かって儚げに微笑む。 そこへギーシュが歓喜の言葉を突っ込んできた。 「来てくれるのかい、モンモランシー!ああ、君の永久の奉仕者としてこれほど嬉しい事は無いよ!」 「勘違いしないでよ、ギーシュ。私はあくまでもついて行くだけですからね。お目付け役みたいな私がいないと、あんた何をしでかすか分かったものじゃないし。」 釘を刺す様に言うモンモランシーだが、ギーシュはそんな事はお構い無しとばかりに嬉しがっている。 そんな二人を余所にルイズは真剣な声で言った。 「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発する事に致します。」 その言葉にギーシュとモンモランシーは驚いた。 「明日の朝だって?!学校はどうするんだよ!せめて2~3日休みが出来る時でなきゃ……」 「それじゃ遅いのよ!この任務が一刻を争う事態だってのは聞いてたんでしょ?明日の朝出る。これ絶対。良いわね?……姫様もそれで宜しいですね?」 「分かりました。情報によるとウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及んでいます。」 「了解しました。アルビオンへは以前姉達と旅行に行った事があるので、地理で迷うといった事は無いと思います。」 「そうですか。念の為に。旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達はあなた方の目的を知り次第、ありとあらゆる手を使って妨害してくるでしょう。」 それからアンリエッタはルイズの羽ペンと羊皮紙を使い、軽やかに手紙をしたためる。 直ぐに手紙は書き終わったようだが、彼女はそれをじっと見つめていた。 やがて悲しそうに首を振るのを見たラティアスは薄ぼんやりと判断する。 誰にも見られてはいけない手紙の内容。 そして先程の表情を合わせて考えると、書いてあった事というのは恐らく…… 「姫様、どうかなさいましたか?」 「え?ああ、何でもありません。」 王女の様子を怪訝に思ったルイズは声をかける。 しかしアンリエッタは顔を少し赤らめただけだった。 アンリエッタは何かを吹っ切るかの如く一回頷き、末尾に何か一言書き加えた後に小さな声で呟く。 「始祖ブリミルよ。この自分勝手な姫をお許し下さい。でも国を憂いていても、私はやはりこの一文を書かざるを得ないのです。自分の気持ちに嘘を吐く事は出来ないのです。」 ホント、自分勝手よねぇ、という一文がラティアスの喉まで出かかったが、そこは流石に精神感応が出来る動物。必死になって抑えた。 そしてアンリエッタの呟きはラティアスの考えを確たる物にした。 アンリエッタが書いた手紙の内容というのは、ほぼ間違い無くウェールズ皇太子への恋慕の思いだろう。 ゲルマニアの皇帝が憤るというのは、幾ら恋愛だけで済んだとはいえ、また一国の王女とはいえ、不義の女性を娶るわけにはいかないからだ。 アンリエッタは羊皮紙を巻き、携帯していた杖を振った。 すると手紙に封蝋がなされ、次いで花押が押される。こうなれば完璧な密書の完成である。 ルイズは密書を手渡しで受け取ったが、その際アンリエッタから説明を受けた。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。確認が取れ次第、件の手紙を渡してくれるでしょう。」 それからアンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜き、ルイズに手渡した。 暗紫色に妖しく輝くそれは見る者を引き付けて離さない魅力がある。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金に当てて下さい。」 「そんな!そのような大事な物を易々と使うわけにはいきません!」 ルイズは案の定抗弁する。 ラティアスにしてみれば、アンリエッタは指輪を手放す気など無いのではないかとさえ思えた。 何故か。売り払って旅の資金にしていいとまで言うのなら、指輪の由来を語って情を入れさせる必要は無いからだ。持っている本人が使いにくくなってしまう。 それに、売っていいほどまだ安価なやつならまだあるだろうし。 だが、アンリエッタは首を振って続ける。 「よいのです。どうか気になさらないで。この任務にはトリステインの未来がかかっているのですから。私も母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなた方を守るよう祈りますわ。」 トリステインの未来……と、アンリエッタは言う。 だがラティアスはこの一晩で未来の平安が、かなり危うく、そして脆い土台の上に乗っている物と痛感したのだった。 前ページ次ページゼロの夢幻竜
https://w.atwiki.jp/gods/pages/100722.html
マリーブランシュモラン(マリー=ブランシュ・モラン) フランスのアルクール伯の系譜に登場する人物。 関連: フランソワルイドロレーヌ (フランソワ・ルイ・ド・ロレーヌ、夫)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8965.html
前ページ次ページるろうに使い魔 ヴァストリ広場にてタバサと別れた後、剣心はそのまま暫くの間あてもなく彷徨いていたが、やがて日も暮れ夕焼けに差し掛かると、一旦散歩をやめて部屋に戻ることにした。 部屋には、一足先にいたルイズが、膨れっ面をして待っていた。 「…遅かったじゃない」 「ちょっと用があった故、すまないでござる」 とはいっても、元々予定には入れてなかったので、遅いも何もあったものではないが。まあいいわ。とルイズは一人頷くと、今の進行状況を説明した。 「取り敢えず今日モンモランシーに買い物に行かせて、大方の材料は揃ったらしいの。…でもあと一つだけ足りないものがあるのよ」 「どんなものでござる?」 「…『水の精霊の涙』」 それは、この世界に住む『精霊』から取れる身体の一部であり、『惚れ薬』を作るにあたっての重大な要素の一つらしく、これが無ければ解除薬は作れないらしい。 「アイツ、最初は闇市場で入手したらしいんだけど、今は丁度売り切れらしくてさ…手に入れるには水の精霊に直談判しに行く必要があるらしいのよ…」 はぁ…とルイズはため息をつく。この世界で精霊は大いなる存在である。もし怒らせでもしたら、その恐ろしさは計り知れない。 「モンモランシーも最初はイヤイヤだったんだけどさ…やっと折れてくれたわ。明日には早速ラグドリアン湖へ向かうつもりだから」 と、一通りルイズの話を聞いた剣心は、ギーシュはどうしたのかと尋ねた。 「アイツも連れてくってさ。野放しにしてたら何仕出かすか分かったもんじゃないし…不本意だけど、監視の目は必要よ」 忌々しげにルイズが呟く。考えると、本当に奇妙な事件に巻き込まれたものだ。だがいつまでもボヤいてたって始まるものではない。ルイズ達はそう考え、明日朝早くに備えて寝る準備をした。 第三十四幕 『精霊の約束』 そして翌朝―――。ラグドリアン湖道中にて。 元々ラグドリアン湖というのは、ガリアとの国境の近くに存在する、大きな湖である。その広さ六百平方キロメイル。ハルケギニア随一の名勝ともいわれ、緑鮮やかな森と、澄んだ湖水が織り成すコントラストは、神がざっくりと斧を振って世界を形作ったものとは思えない程の芸術品でもあった。 無論、これほどの美しさを誇る湖が、只の湖な訳がない。古くから住むハルケギニアの先住民、水の精霊が住まう由緒ある楽園でもあった。 馬車に揺られて数時間、剣心達の目にはやっとその美しき湖畔の全貌が見え始めていた。 「綺麗でござるなぁ……」 何故か馬車の中ではなく、屋根の上で一人胡座座りをしていた剣心は、その美しい湖を見て感嘆の声を上げた。 勿論こうしているのは、中にいる彼のせいである。 そしてその剣心の感想に呼応するかのごとく、馬車の中から奴の声が聞こえた。 「そうだろう!! 見たまえこの美しさ。ああ、心の全てが洗い流されるようだ…この湖の前では、善と悪、貴族と平民、そして男と女の区別などちっぽけに見える…そう思わないかい!!」 「ちょ…暴れんじゃないわよ!!」 馬車の扉を開けて、ギーシュが身を乗り出した。すっかりこの湖の虜になっているようだ。遅れてモンモランシーが慌てて同じように身を乗り出す。 二人の手と手には、ルイズが片時も離れさせないようにと、手錠のようなもので繋がれていた。だから、ギーシュが身を乗り出せば、モンモランシーもつられて出てきてしまうのだ。 しかし、そんな事はお構いなしにギーシュは一人ラグドリアン湖で叫ぶ。ちなみに彼には、面倒なので「観光旅行で精霊に会いに行く」位のことしか伝えてなかった。 ……端から見ればツッコミ所満載だが、そこはまあギーシュである。特に何も考えていないようだった。 「精霊さぁぁん、おいでなさぁぁい、いぃぃィィィヤッホォォォォォォォォォォォ!!!」 「だからっ…暴れるんじゃ…」 しかし、余りにも身を乗り出しすぎたせいか、ギーシュは激しくバランスを崩してしまい、そのまま湖に向けて大きくダイブしていった。 当然繋がれているモンモランシーも、ギーシュの後を追う形で水の中へと吸い込まれていった。 「うおわああああああああああああああああああ!!!」 「きゃあああああああああああああああああああ!!!」 ドボン!! と派手な水飛沫が二つその湖に現れた。 「あっ…背がっ…背が立たなぁぁぁぁぁぁい!!!」 「お願っ…静かにっ…ブクブク……」 まるで漫才のように溺れる二人を見て、ルイズは冷ややかな視線を送った。 「お似合いじゃないの、お二人とも」 「………助けなくていいでござるか?」 「ほっときましょ。邪魔しちゃ悪いわ」 目的はギーシュを元に戻すことだというのに、心底どうでもよさそうにルイズは首を振ると、構わず馬車を走らせるよう馭者に告げた。 しかし、溺れている二人は結構本気で助けを求めているようだったので、結局見かねた剣心が屋根から降りて助けに行くことになった。 「やっぱり付き合い考えようかしら…クシュン!!!」 剣心により救出された後、大きなタオルで身をくるむようにしていたモンモランシーが、同じような格好をしたギーシュを見てくしゃみをした後、次にどこか不思議そうな表情を浮かべた。 「それより変ね…前より水位が上がってないかしら?」 「…どういうこと?」 「確か昔は、岸辺はずっと向こうだったはずよ?」 そう言って、モンモランシーは遠くの方を指差す。その位置を見れば、丁度屋根と思しき部分が少し出ているのがみつかった。 それだけでも確かに大分水位が上がっているのがルイズ達にも分かる。 「お怒りなのかしら…ああ嫌だわ…逆鱗に触れなきゃいいけど…」 「けどよく分かったわね…ってそう言えばアンタ達モンモランシ家は確か…」 「ええ、このラグドリアン湖に住む水の精霊と、トリステイン王家は旧い盟約で結ばれててね、その際の交渉役を代々私達『水』のモンモランシ家が務めてきたわ」 そう言って、どこか遠い過去を思い出したのか、モンモランシーは苦い顔をしてため息をついた。 「今はもうやってないけどね…小さい頃に一度、領地の干拓を行うときに、水の精霊の協力を仰いだのよ。水の精霊って凄いプライド高くてさ、機嫌損ねたら大変だっていうのに、父上ってば『床が濡れるから歩くな』なんて言うからさ…」 「じゃあアンタは精霊を見たことがあるのね?」 まるでモンモランシーの話はどうでもいいかのようにルイズは、聞きたいことだけを尋ねた。 話を無視されたことに、モンモランシーがムッとして何か言おうとしたとき、通りすがりの農夫が姿を表した。 「おお、もしかして貴族様でいらっしゃいますか?」 「………?」 突如現れたその農夫から話を聞くと、どうやら彼は沈没した村の一人らしい。二年ほど前から突如増水が始まり、ゆっくりながらも確実に水かさは増えていき、ついにはこの様相を呈したとのことだった。 農夫は、ルイズ達のマントを見て貴族だと分かり、水の精霊の交渉役に派遣された一行だと勘違いしたようだった。 「一体水の精霊は何を怒っておられるのか…わしらみたいな農民には到底確認することがままなりませんて……」 言うだけ言って農夫は去ったあと、ルイズ達はそこから更に進んだ、比較的広い場所で馬車から降りることにした。 「ここいらがいいかしら」 辺り見渡しながらモンモランシーそう呟く。そして腰に下げた袋を取り出して紐を開けた。中から出てきたのは、色鮮やかな黄色に黒い斑点がついたカエルだった。 「ひっ、カエル!!」 それを見たルイズが、悲鳴を上げて剣心に寄り添う。どうやらカエルは苦手なようだった。 「おいおい、たかがカエルにビクつきすぎじゃないか。そんなことのために彼に寄り添うなど笑止千万…ぶほぉ!!!」 気障ったらしく皮肉を込めるギーシュを、ルイズとモンモランシーは思い切り蹴飛ばした。 目を回して倒れたギーシュを尻目に、モンモランシーはこのカエルの使い魔を手に置いて命令した。 「いいことロビン? わたしは貴方達の古いおともだちと、連絡を取りたいの」 そしてポケットから針を取り出すと、モンモランシーはそれで自分の指を小さくついた。直ぐに血が膨れ上がり、それをカエルの背中に一滴垂らすと、更に二言三言話して手を離した。 「じゃあお願いね。偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主が話をしたいと告げて頂戴」 カエルは頷くような仕草をとると、ぴょこんと跳ねて湖へと飛び降りた。 「今水の精霊を呼びに行かせたわ。覚えてれば…だけど、まあ大丈夫でしょう」 剣心達は、精霊が呼ばれるまでの間、素直に待つことになった。 「確か、『精霊の涙』でござったな…てことは、その精霊殿に頼んで泣いてもらうということでござるか?」 「いいえ違うわ。涙…とは言うけど、あくまでそれは通称よ。本当はね―――」 その時、離れた水面が光りだし、そこから何かが姿を表し始めた。 「な、何なの…?」 水面から出てきたのは、文字通りに大きな水の塊だった。ぐにゃぐにゃと蠢きながら宙に浮くそれは、気味悪いながらもキラキラと眩い光を放っていた。 ふと足元を見やれば、モンモランシーの使い魔のカエルがぴょんこぴょんこと主人のもとへと帰ってきた。 「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」 モンモランシーは使い魔のカエルを拾い上げると、未だに蠢く水の塊に向かってこう言った。 「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら? 覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をして頂戴」 すると、精霊らしき水の塊が、ぐにゃぐにゃと姿を変え始めた。やがて一通り蠢いていくと、やがて一糸纏わぬ透明の、モンモランシーそっくりの形をとった。 次に顔の表情を何度か入れ替わる。笑顔、怒り、悲しみ、それを何回か繰り返した後、再び無表情…いや。 「………?」 剣心の姿を見て、ほんの一瞬だけ憎々しげな表情を作った後、(この視線に気づいたのは剣心だけだった)元に戻るようにモンモランシーの問いに答えた。 「覚えている…単なる者よ。貴様の流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」 朗々と響くような声で、水の精霊は話す。確かにその姿は噂にたがわぬ美しさだった。 「良かった…水の精霊よ、頼みがあるの。厚かましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」 成程、一部が涙になるのか、と剣心は思った。確かにあの容姿では、どれをとっても水ではある。涙とはあくまで比喩らしい。 一瞬の間沈黙が流れ…そして水の精霊はにこっとした表情をとって…こう言った。 「断る、単なる者よ」 「で、ですよねー……」 普通だったら、ここでモンモランシーは踵を返して帰ろうとしただろう。水の精霊は怒らせるとどうなるか、一番良く分かっているからだ。 しかし『惚れ薬』にかかった相手がギーシュであるため、むざむざと引き返す訳にもいかない。何とか頼み込むように、もう一度お願いした。 「あの…でもわたしたちには貴方の一部が必要でして…その、何とかなりませんか…?」 しかし、水の精霊は笑顔のまま固まった態度を取っていた。ダメ、という意思表示なのだろう。 沈黙する空気の中、時だけが刻一刻と流れていく。モンモランシーは、改めてギーシュを見た。 「知っているかい? 水の精霊で誓うと永遠に結ばれるという話。そこに男女の境はない永遠の契になるらしいよ」 「コラあんた、ケンシンから離れなさいよ!!」 その言葉を自分にではなく、剣心に向けて言っている。彼は相手にしていないようだが、少なくともギーシュは、それを自分に向けて言うことはもうないのだろう。 「………」 そう思うと怒りより悲しみが大きく込み上げてくる。あんなギーシュは嫌だ。いつものように気障ったらしい語句を並べて、女を見境なく追っていた彼の姿が、今はすごく恋しく思えてきた。 「………っ!!」 モンモランシーは、無意識に拳を震わせていた。暫くそうしたまま佇んでいると、おもむろにギーシュのとの手錠の鎖を引っ張り、彼を引き寄せたかと思うと、思い切り彼の頭を殴りつけた。 「えっ―――ぐわあっ!!!!」 ゴツン!! とドデカイ音とタンコブを残して気絶したギーシュを再度見つめた後、モンモランシーは決心したように叫んだ。 「お願いします!! 厚かましいことは重々承知です。けど私には貴方の一部が必要なんです!! 何でもします、何でも致します!! ですから…」 「モンモランシー……あんた…」 土下座をしてまで何度も頭を下げるモンモランシーを見て、剣心やルイズも驚いたように目を見張った。 暫くの間モンモランシーは懇願し続けていると、その声を聞き入れてくれたのか、不意に水の精霊は言った。 「…よかろう。ただし条件がある。世の理を知らぬ者よ、貴様は何でもすると申したな?」 「…はい」 少し身を竦めたモンモランシーだったが、何とか気を持ち直して尋ねた。 「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を退治してみせよ」 「……退治?」 と聞いてルイズ達は顔を見合わせたが、とにかく水の精霊の話を要約するとこうだった。 どうやら最近、水の精霊を倒そうと夜な夜な襲撃する輩が出てきたという。水の精霊は今、増水のためにそちらまで気が回らないらしく。そこで交換条件としてルイズ達に頼みこむとのことだった。 「そ、それは…」 撃退、と聞いてモンモランシーは顔を青くした。戦いなんてしたことない。ギーシュは今あんな状態だし…と言っても普通だとしても役に立つかは分からないが。 ルイズは魔法も使えない劣等生。爆発は使えるかもしれないけど…それ以上に相手がどのくらいの手練れなのかが分からない。 水の精霊を襲う輩なのだ。あちらだって相当の腕が立つはずだ。一介の生徒が立ち向かうなんて無理がありすぎる。 「どうだ? 世の理を知らぬ者よ。この条件…呑むのか?」 「そんな…え…っ…と…」 どうしよう…と蹲って考えるモンモランシーを他所に、ルイズはずいっと一歩前へ出ると、確認するように水の精霊に聞いた。 「では、その輩を退治すれば、『精霊の涙』を頂けるということでよろしいですね?」 「単なる者よ、我は人と違って約束は破らぬ。成功した暁には望み通り我の一部を進呈しよう」 それを聞いたルイズは、安心したように胸をなでおろすと、自信満々に精霊に言った。 「分かりました、ではその任、わたしたちが確かにお引き受け致しましょう」 「ちょ…いきなり何言い出すのよ!!?」 泡を食って叫ぶモンモランシーだったが、水の精霊は確かに聞き届けたのか、微笑んだ表情のままこう言った。 「そうか…ならば任せるぞ。勇気ある者よ」 そう残した後、水の精霊は再び水の塊に戻りつつも、ゆっくりと湖の中へと姿を消した。 その夜、ルイズ達は侵入者を待ち伏せるため、木陰の奥で身を隠すことにした。 「全く…何で安請け合いしたのよ…」 膝を抱えて蹲ってたモンモランシーが、ため息まじりにそう言った。不安でしょうがないのだ。 何でもするとは言ったが、まだ心の準備は出来ていない。単純に相手の実力が分からぬ不安。自分達で勝てるのか、生き残れるのかという不安。よしんば生き残れたとしても、失敗してそれで水の精霊に怒りをかわれないかと思う不安。 とにかく今、モンモランシーは色々な不安に押しつぶされそうになっていた。 「だって、早く決めないと見限られる可能性だってあったじゃないの。ちゃっちゃと終わらせたほうがいいでしょ?」 対するルイズは、不安などどこ吹く風の様子で、まるで観光に来たかの様子で木陰から写る湖を見ていた。どこにそんな余裕があるのか、モンモランシーは不思議でたまらなかった。 「それにしても、あんたがあそこまで言うなんてね、まあ少しは見直したかしら」 と、ルイズは昼間の事を思い出し、ニヤニヤ顔でそう言った。すかさずモンモランシーは顔を真っ赤にする。 「か、勘違いしないでよ!! アイツがあのまま学院に帰って変な噂でも立てられたら、遊びといえ付き合ってたわたしの名誉にも傷がつくからよ。それだけのことよ!!」 プイッとそっぽを向くようにモンモランシーは叫んだ。ルイズに限らず、トリステインの女貴族というものは、妙にプライドが高い反面、素直になれない傾向が多いのだ。 だけど…今はそんな事言っている場合ではない。 「大体あんたねぇ、何でそんな能天気なのよ。これからすること分かってる?」 襲撃者の退治。これから起こるだろう激闘に、モンモランシーは身を竦ませる。 ギーシュは、一人酒を煽って寝ていた。観光旅行としか教えていないため、襲撃については全く知らされてなかった。全くどこまでも能天気である。 つまり、実質戦えるのはルイズと自分とあの平民位だ。 「わたし戦いなんてしたことないわよ。ちゃんと作戦とか考えてあるんでしょうね?」 「策? そんなのある訳ないじゃん」 モンモランシーはあんぐりと口を開けた。全くもって理解できない。今の状況を分かっているのか? 「あ…あんたが言い出したんじゃないの!! 本当に大丈夫? 最悪殺されるかもしれないのよ?」 それを聞いたルイズは、ああそうか…知らないのか、と含み笑いを浮かべた。 「ま、ケンシンなら大丈夫でしょ。それに…」 自分は伝説の虚無だから、とルイズは言おうとして止めた。これは姫様との秘密の約束だ。まあ剣心なら万に一つもないだろう。 それを聞いて、モンモランシーは首をかしげる。 「あの使い魔そんなに強いの? フーケを捕まえた位の事はキュルケから聞いてはいたけど…」 どうせ誇張だろう、とあまりあてにしてなかったというのが現状だ。それに相手の素性が分からぬ以上、敵はフーケより手強いかもしれないというのに…。 そうして話している内に、ついにその時はやって来た。 「…来たでござる」 森の上から観察していた剣心が、下にいるルイズ達に呼びかける。ひっ、とモンモランシーは小さな悲鳴を上げる。ルイズも一瞬固まった。 音を立てずに剣心は下まで降りると、周りに聞こえないような声で言った。 「ルイズ殿はモンモランシー殿達を頼むでござる。拙者一人で行ってくる」 「手助けは? 相手は何人なの?」 「二人。暗いうえにフードを被っているから誰かは分からぬが、他に人影はいないようでござる」 なら大丈夫だろう。下手に援護して邪魔しても悪いだろうし。そうルイズは考えると、任せてもいい? と剣心に聞いた。 「大丈夫、直ぐ戻ってくるでござるよ」 いつもの爽やか笑顔で剣心は言うと、一人その場を離れていった。 本当に作戦もなしに突っ込んでいった彼を見て、遂に耐え切れなかったのかモンモランシーがまくし立てる。 「ねえ本当にいいの? 彼一人で大丈夫なの!?」 「うるさいわねぇ、黙って見てなさいよ」 ルイズはそう言うと、高みの見物とばかりに木陰から剣心の姿を見た。杖を構えているとはいえ、その表情は完全に剣心を信じきっているようだった。 どうなっても知らないからね、モンモランシーは最後にそう呟くと、ルイズと同じように木陰から覗いた。 剣心は、ゆったりとした動きで二人の襲撃者に歩み寄る。フーケの家を奇襲したのと同じ、気配を悟らせないような動きで。 早く切り込みなさいよ、とモンモランシーはハラハラしたように呟いていたが、幾度となく彼を見てきたルイズには分かる。あんなの、気づくはずない。まるで幽霊か何かだ。 一人が杖を掲げてルーンを唱え始める。恐らく水の精霊を引きずり出す手筈を整えているのだろう。それを見かねた剣心は、後ろから声を変えた。 「そこまでにするでござるよ」 「なっ……!!!」 ここで二人は、ようやく背後を取られていたことに気付いた。余りの出来事のためか、声をかけたのが剣心だとは気づかず…また暗闇のせいでお互いの姿が上手く認知出来なかった為、片割れの一人が撥ねるように飛び退き、杖を詠唱して反撃に移る。 隙のない動きで、氷の矢『ウインディ・アイシクル』を唱えると、それを剣心に向けて撃ち放った。 (速いな…) そう思いながらも、その氷の矢を難なく回避した剣心は、弾切れの頃合を見計らってそのまま突っ込んでいった。残りの矢を的確な動きで躱し、相手に接近していく。 あと少しで間合いに入る瞬間――― 「…っと!!?」 不意に剣心の横から火の玉が飛んできた。もう一人が接近するタイミングを見計らって、炎を飛ばしたのだった。 剣心は素早く回避しようとしたが、その火の玉は剣心の後を追うように飛んでくる。 火の玉はそのまま着弾、ドゴンと爆発し炎上するが、そこに剣心の姿は無かった。 (成程、強いな…) 隙のない連携攻撃。うまく息も合っている上に個々の実力もかなり高い部類だろう。本来なら手加減する相手ではないということが分かるのだが…しかし何故か剣心は刀を抜こうとはしなかった。 なんというか、強い以前に違和感が剣心に纏わりついていたのだ。 (何だろう…どこかで見たような…) そしてそれは、相手の二人組にも同じだった。 (―――速い) (うん、それに隙がないね) すっぽりと顔を隠しているフードの中、謎の二人組は小さな声で会話をする。 真っ暗闇の中で目で追うこともままならぬそのスピードに、二人も多少なりとも驚いているようだった。 (けどさ…何か見覚えがあるのよねぇ…) (………) 小さな相方は答えない。けど違和感は同じように感じているはずだ。……けどまさか「彼」がこんなところにいるなんて思えない。 (でも…『まさか』…ねえ) しかし本当に彼なら、彼なのだとしたら…? そう思い、警戒を緩めてそのフードを取ろうとした…その時だった。 相手が、ここぞとばかりに間合いを詰めてきたのだ。 「…っ!!」 小さな片割れの一人が、その先を見切って素早く杖を振る。『エア・ハンマー』だ。しかし相手は、逆に身を小さく屈めて空気の槌を躱しながら突進していく。 (もし本当に彼なら…) すかさず一人が『フレイム・ボール』を唱える。しかし今度は火球ではなく、周囲を照らすような形で炎を纏わせ放つ。 何処かの御庭番衆が得意とした『極大火炎』のような炎に対し、相手は……。 「なっ……!?」 何と、得物の剣を扇風機のように振り回すことでそれを避けたのだ。まるで大道芸のような力業である。 相手からはフードのせいで、まだこちらを認識できてはいないようであるが、少なくともこちら側は相手の正体が分かった。こんな芸当をするのは、自分たちの知る中では一人しかいないからだ。 相手はこれを機に大きく跳躍する。しかし二人は…彼女たちはもう、闘う気はもうなかった。 「ケンシン!!」 杖を下げ、代わりにフードを取って素顔を晒す。それを見た剣心…と木陰に隠れていたルイズとモンモランシーが目を丸くした。 フードの中身は、真っ赤な髪を蓄えた、あのキュルケだったのだ。それに続いて相方もフードを取る。そこにはあいも変わらず無表情なタバサの顔があった。 「キュルケ殿、それにタバサ殿も!!」 とここで漸く違和感の正体に気付いた剣心は…攻撃するために既に高く跳躍していたのをすっかり忘れていた。 「…おろっ!! しまった!!」 何とか方向を変えようとして、必死に格闘すること数秒。キュルケ達に衝突しない位置まで剣心は移動することはできた。しかし…。 「おろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」 その代わり湖へと大きくダイブする羽目になってしまったのであった。 「ああ、やっぱりダーリンだ!! 道理で強いと思ったわ!!」 プッカリと水面に浮かぶ剣心を見て、キュルケが可笑しそうに手を差し伸べ、剣心を引き上げる。その様子を見ていたルイズ達も、慌てて駆け寄った。 「ちょっとアンタ達! 何でこんなとこにいるのよ!!」 「ルイズ!!? あんた達もいたんだ…というか、それはこっちのセリフよ、こんなとこで何してんのよ?」 月の明かりが闇を照らす中、突然の出来事に、しばし皆は呆然としていた。 前ページ次ページるろうに使い魔
https://w.atwiki.jp/mousoupoke/pages/264.html
オンモラキ 分類:ばけどりポケモン No.3-495 タイプ:[[ゴースト]]/[[ひこう]] 特性:のろわれボディ(30%の確率で受けた技をかなしばり状態にする) HP 攻撃 防御 特攻 特防 素早 オンモラキ 65 90 65 85 60 105 ばつぐん(4倍) --- ばつぐん(2倍) でんき/こおり/いわ/ゴースト/あく いまひとつ(1/2) くさ/どく いまひとつ(1/4) むし こうかなし ノーマル/かくとう/じめん 図鑑 全身骨だけの化け鳥で鳴き声も気味の悪い声で鳴く。 技 ドリルくちばし、みだれづき、かげうち、ボーンラッシュ、ホネブーメラン、きゅうけつ、がむしゃら、たたりめ、おにび、はねやすめ、なきごえ、ふるいたてる、おきみやげ等 その他 名前もゴーストやジュゴンみたくシンプルに百鬼夜行の妖怪オンモラキ(陰摩羅鬼)とそのまんま。 遺伝 タマゴグループ 飛行 孵化歩数 5120歩(※特性「ほのおのからだ」「マグマのよろい」で2560歩) 性別 ♂:♀=1:1 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3957.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 四三二 体力点一を失う。 黄金石は持っているか? なければこの術は使えない。 三一五へ戻って選びなおせ。 持っているなら、石を手にしてこの少女に術をかけよ。 少女の表情が緩み、君のことを信頼の眼差しで見つめるようになる。 「本当はすごく恥ずかしいけど……あなたみたいに頼もしそうな人なら、相談しても大丈夫よね」と、 もはや警戒せずにしゃべりだす。 「あなたたちとの旅から帰ってきて以来、ギーシュの様子が変なのよ。ええ、あいつの言動や趣味が変なのはいつものことだけど、そういうのじゃなくって。 ギーシュったら朝から晩まで、まるで夢の中に居るみたいぼんやりとして、わたしがなにを言っても生返事ばかり。あれは絶対、誰か他の女の子のことを考えているのよ! そうに違いないわ」と。 どうやら、三日が経ってもあいかわらず、ギーシュの頭の中はアンリエッタ王女のことでいっぱいのようだ。 少女はギーシュのことを好悪入り混じった口調で語る。 「旅に出る前はわたしのことを麗しき薔薇だ、天上に輝く星だ、と褒めちぎっていたくせに、帰ってきてからはさっぱり。どこの誰のことを考えているのかしら、あの軽薄な浮気者は! どうせ、向こうには相手にもされていないでしょうに」と吐き捨てるように言う。 「別にわたしはあんなやつとの付き合い、いつだって終わりにしてやっていいのよ? でも、あの馬鹿ギーシュのことだもの、私に捨てられたと知ったらやけになって、どんな無茶をしでかすか…… そう考えたらほうっておけないじゃない、そう思うでしょ、あなたも? なんだかんだでギーシュとは古いつきあいだし」 おおよその事情を理解した君は、術の効き目が薄れる前にその場を離れようとするが、少女は休みなく語り続け、話を切り上げる隙を与えてはくれない。 よほどギーシュに対する鬱憤を、腹に溜め込んでいたのだろう。 君という腹蔵なく語れる聞き手を得たためか、彼女の言葉は止むことがない。 「それで、明日はギーシュとふたりで北の山へ秘薬の原料を採集しに行こうと思うんだけど……」 そこまで語ったところで、少女ははっと眼を見開き、両手で口を覆う。 「わ、わ、わたし、なんであんたみたいな平民にこんなことを……? う、嘘!?」 彼女の顔が、茹で上がったかのように真っ赤に染まる。 術の効果が切れたのだ! 君は相手に別れを告げ、そそくさとその場を離れようとするが、少女は 「待ちなさい!」と一喝すると、 細身の女のものとは思えぬ力で背嚢を引っ張るため、その場に留まらざるをえなくなる。 少女は肩を震わせ、巻き毛を揺らして、笑っているようにも泣いているようにも聞こえる声で言う。 「ふ、ふふ、ふふふふ。あなた、この≪香水のモンモランシー≫から秘密を聞き出しておいて、ただで帰れるとは思っていないわよね……。あなたは知りすぎてしまったのよ……」と。 君は慌てて、このことは何者にも口外せぬと誓うが、モンモランシーと名乗る少女は君を解放しようとはしてくれない。 彼女はしばらく君の顔をじっとにらんでいたが、やがて意を決したように 「こうなったら、恥のかきついでよ。あなた、明日のわたしたちの遠乗りに同行しなさい。そこで、わたしとギーシュのために働いてもらうわ、荷物持ち兼護衛としてね。 そもそも、あなたがギーシュを旅に連れていったりしなければ、こんなことにはならなかったんだから!」と告げる。 羞恥と困惑で混乱しているとはいえ、モンモランシーの振りかざす論理は無茶苦茶だ。 ギーシュが君たちの旅に同行したのは、彼が自ら志願したことなのだから! それに加えて、≪虚無の曜日≫である明日はタバサとの先約がある――彼女はいまだ学院に戻ってきてはいないのだが。 君はモンモランシーの同行せよとの命令に従うか(二ニ七へ)、それともタバサとの約束を優先して断るか(八へ)? 八 あいにくだが明日は先約があるし、主人でもないお前たちのために働く義理はないと言うと、モンモランシーは苦い顔をするが、すぐに薄笑いを浮かべる。 「その約束というのは、タバサとの逢引かしら?」とモンモランシーは囁くような声で言う。 君がぎょっとした表情を浮かべるのを見て、彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべる。 「あら、当てずっぽうだったけど正解みたいね。あなたたちが学院に戻ってきたあの日、タバサとふたりっきりでなにやら話し込んでいたんでしょう? 覗くつもりはなかったんだけど、ふたりで部屋に入るところを偶然見かけて。あのガーゴイルみたいな子が、キュルケ以外の人間を部屋に入れるなんてわたしの知る限り初めてだから、気になったのよ」 タバサと石の肉体をもつ悪魔めいた姿の怪物は、似ても似つかぬだろうと不思議に思いながら、君はモンモランシーに言い返す。 確かに自分はタバサと≪虚無の曜日≫に出かける約束をした、どのような用件かは明かせぬが、と。 「ええ、そうでしょう、そうでしょうねえ」 いまや自分が優位に立っていることを確信したモンモランシーは、いくらか嗜虐的な口調で続ける。 「ところでルイズは、あなたのご主人様はそのことをご存知なのかしら?」 その言葉を耳にした君の背中を冷や汗が伝う。 ルイズはこの数日、君に対して妙によそよそしい態度をとっていたため、タバサの家族を治療しに行くということを話しそびれていたのだ。 モンモランシーは君の内心の動揺を、敏感に察する。 「知らないようなら、わたしから伝えてあげましょうか? タバサとのあいだに、やましいことはなにひとつないんでしょう?使い魔を信頼しきっていて、 少しも嫉妬深くなんかないルイズのことだもの、きっと気にもかけないわよね」 この言葉はあからさまな皮肉だ。 実際にルイズが、君とタバサがふたりきりで話し込んでいたことを知ればどうなるか、想像もしたくない! タバサとの約束を破ることになるのは心苦しいが、急を要することでもなさそうなので、彼女の家族を診てやるのは次の機会に延期してもよいだろう。 そう考えた君は、モンモランシーとギーシュの遠乗りに同行することを渋々と認める。 そのかわり、自分を利用するのはこれが最初で最後だと誓ってくれと言う――タバサとの件でそう何度も脅迫されては、たまったものではない! モンモランシーはおごそかな表情でうなずき、 「ええ、始祖ブリミルに誓うわ。わたしだって誇り高きモンモランシ家の人間よ、本当はこんなゆすり屋みたいなことはしたくなかったんだから。 明日、きちんと務めを果たしてくれれば、わたしもすべてを忘れてあげる」と言う。 ほどなくして朝食の時間は終わり、君はいくらか気落ちした表情でルイズが戻ってくるのを待つ。一七七へ。 一七七 その日の放課後、寄宿舎の部屋に戻った君はルイズに頭を下げて頼み込む。 明日まる一日、≪使い魔≫としての義務から解放してはくれぬかと。 それを聞いたルイズは怪訝そうな表情を浮かべて、≪始祖の祈祷書≫から顔を上げ、 「それはまあ、明日は≪虚無の曜日≫でとくに予定はないから構わないけど……どこかへ出かけるの? わたしに見られるとまずいことでも、するつもり?」と尋ねる。 君は、明日はギーシュと『北の山』へ向かうと約束したのだと言う――モンモランシーの存在を伏せているが、少なくとも嘘はついていない! 「あんたたち、いつのまにそんなに仲良くなったの? アルビオンではそこまで親しげには見えなかったけど。それにしても、あのギーシュが休日を男同士で過ごそうとするなんて意外ね。 モンモランシーと別れたのなら、さっそく他の子を誘いそうなもんだけど。……あ、わかった。ギーシュの奴、あんたに修行をつけてくれって頼んだんでしょ? 休憩時間に『祖国のため、麗しの姫殿下のため、軍に志願しよう!』とか言ってたわよね、そういえば。戦に備えて、闘いに慣れてるあんたに鍛えてもらおうって魂胆かしら」 君の返事を待たず一方的に納得したルイズは、そう言ったのち溜息をつく。 「志願が認められたところで、どうせ後方勤務なんでしょうけど……それでも偶然の流れ弾で死んじゃうかもしれないのに。どうしてこう、男ってみんな戦好きの馬鹿ばっかりなのかしら」 数日前にその眼で見たアルビオンの惨状を思い出したのか、ルイズは沈痛な表情を浮かべる。 迷惑のかけついでに君は、もしも明日タバサが戻ってきて自分のことを尋ねたときは、次の機会には必ず約束を果たすので許してくれ、と伝えてくれるようルイズに頼む。 「あんた、タバサともなにか約束してたの? 戻ってきたと思ったらすぐまた出ていったって、キュルケが心配してたけど」 立て続けに明らかになる君の意外な交友関係に、ルイズは驚きを隠せない。 タバサに病気の家族が居るということは、あまり軽々しく口にすべきではないだろうと考えた君は、彼女に故郷の伝説や歴史を語ってやると興味深そうにしていたので、 ≪虚無の曜日≫にふたたび話を聞かせるつもりだったのだ、と言ってごまかす。 「ああ、あの子っていつも本を読んでいるもんね。聞いたこともないような遠くの国の物語でも、夢中になっちゃうんでしょうね……」 そこでルイズは言葉をとぎらせ、君を見る。 あいかわらずなんの文字も現れぬという≪始祖の祈祷書≫を閉じると、 「ねえ、わたしにも聞かせて。あんたの国のお話……いや、それよりも、あんたが今までどんな冒険をしてきたかを」と言う。 君は驚く。 召喚されてから一月近くが経ったが、ルイズが君に話をせがむなど初めてのことだ。 「わたし、あんたのことをなにも知らないんだもん。しゅ、主人としては、使い魔がどこでなにをしてきたのか知る必要があるでしょ?」 ルイズの頼みを聞き入れ、君は国境の門をくぐり≪諸王の冠≫の奪還を目的とした旅を始めたところから、話すことにする。 厄介者の豆人との出会い、凶暴なマンティコアとの対決、魔の罠の都カレーへの潜入、カレーの北門を開くための四行の呪文。 これらの話を熱心に聞き入っていたルイズだが、バドゥ・バク平原の隠者シャドラクとの遭遇のくだりのあたりで眠気に耐え切れず、机に突っ伏してしまう。 そっとルイズを抱きかかえ寝台に運びながら君は首を傾げる――どうしたわけか、自分でも意外なほど話の細部を忘れてしまっている、と。八八へ。 八八 翌朝、充分に睡眠をとった(体力点三を加えよ)君は早起きし、ルイズを起こさぬよう静かに荷物をまとめデルフリンガーをつかむと、寄宿舎を出る。 厨房に頼んで昼食のためのワインやパンを用意してもらい、採取した秘薬の材料を入れる合財袋やガラス瓶を準備し、厩舎にも行かねばならない。 今日一日、君はモンモランシーとギーシュの従者なのだ。 厩舎から三頭の馬を借り受けて待っていた君を見て、ギーシュは眼を丸くする。 「モンモランシーから聞いてはいたが、まさか本当に来てくれるとは。きみの友情と奉仕の精神に感謝するよ。しかし、よくルイズが許してくれたね」 そう言って、君から手綱を預かる。 モンモランシーは勝ち誇った表情で君を見ると、 「よろしく、お優しい使い魔さん」とわざとらしく微笑み、 手馴れた動きで馬に跨る。 君は彼らに聞こえぬ小さな声でやれやれとつぶやくと馬の背によじ登り、『北の山』へと向かう。九三へ。 九三 『北の山』は、魔法学院から三時間ほど馬を駆った場所にある岩だらけの高地だ。 ギーシュが得意げに語ったところによると、まばらな草地からは薬効をもつ珍しい植物が、ぎざぎざの岩肌からは貴重な鉱石が見つかるため、学院創立以来、 幾多の若き魔法使いたちがここを訪れ、秘薬の原料を採取してきたのだという。 道は、山裾を登っていくにつれ、次第に険しくなる。 荒涼とした岩地に棲む存在は少ないらしく、生き物といえば空に鷹や鴉を何羽か見かけるだけだ。 君は途中で何度か馬から降り、ギーシュとモンモランシーの指示に従って薬草を引き抜き、奇妙な色に輝く岩を削り取る。 君が小さな鶴嘴(つるはし)や鋏を振るうのをよそに、ギーシュとモンモランシーは親しげに言葉を交わしている。 正確には、そっぽを向くモンモランシーを相手に、ギーシュが彼女を褒め称える美辞麗句を並べ立てているのだが。 さすがのギーシュも、見慣れた学院とはまったく異なった光景が周囲に拡がるこの地に居ては、王女のことを考えて惚けたりはできず、目の前の金髪の少女だけに集中している。 一方のモンモランシーは数々の褒め言葉を前にしても物憂げな態度を崩さぬが、よくよく見ればまんざらでもなさそうな様子だ。 ≪竜硫黄≫、≪氷水晶≫、≪呻き草≫などと呼ばれる、魔法使いである君でさえ見たこともないような奇妙なものを合財袋に詰めていくが、早くも昼前には袋がいっぱいになる。 小さな鞍袋に収まりきる量ではない――モンモランシーが君を連れて行くことにこだわったわけだ! 正午を過ぎたころ、モンモランシーは昼食にしようと言う。 君は素早く馬から降りると、手近の潅木に手綱をつなぐ。 パンやワインを鞍袋から取り出し、折りたたみ式の椅子と小さな卓(こんな物まで馬に載せていたのだ)を準備するのも君の仕事だ。 君が食事の用意を終えるのを待つギーシュは、なにげなく足元の握り拳大の石を蹴飛ばし、坂から転げ落とす。 石は途中まで落ちたところで唐突に止まり、驚いたことに逆走しだす! あっけにとられて見ていたギーシュのところにまで戻ってきて、勢いよく足首にぶつかる。 「痛っ!? な、なんだこれは……」 苦痛の声を漏らしたギーシュは足首をさすろうと身をかがめ、モンモランシーは気遣わしげな表情をし、 「どうしたの?」と言って彼に近づくが、 次の瞬間、ふたりそろって言葉を失う。 凄まじい地鳴りがして大地が揺れ、君たち三人をよろめかせたからだ。 つながれた三頭の馬が狂ったようにいななき、自由になろうと激しくもがく。 さらに、君たちから二十ヤードほど離れた岩山の頂が吹き飛び、そこらじゅうに岩をばらまく! 「な、なに? なんなのよ!?」 「逃げろ、モンモランシー!」 ふたりが悲鳴を上げるなか、君はかつて、これによく似た事態に出くわしたことを思い出す。 君は降りそそぐ岩を避けて逃げるか(一二四へ)、この奇怪な現象の原因を探すか(二〇三へ)、それとも術を使うか(三一へ)? 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2683.html
前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ トリステインとガリアの国境をなす、ハルケギニア随一の名勝《ラグドリアン湖》。 王都トリスタニアから馬車で二日あまり、面積はおよそ600平方リーグ(㎞)。 琵琶湖(670平方㎞)や東京23区(622平方㎞)よりやや小さいが、淡路島(592平方㎞)がほぼ入る広さだ。 青く澄んだその水は、巨大な『水の精霊』そのものだと伝えられ、この湖を支配する生きた神とも言える。 それは死の概念も老いるという事も知らず、永久に存在するため、永遠の誓いを護る『誓約の精霊』とも呼ばれるのだ。 そして、万物の母なる《水》は生物の肉体と精神を司る。かの精霊の体は、それ自体が秘薬と言ってよい。 それこそが『水の精霊の涙』なのだ。その高級な秘薬を手に入れるため、ルイズと松下はここへやって来たのだが……。 「ああ、ようやくラグドリアン湖だわ! そろそろ日が暮れるじゃない」 「どこかで宿をとろう。流石に『魔女のホウキ』でも、結構かかるな」 『二人と四匹』が湖畔に着いたのは、出発が遅めだったので、もう夕方。しかし、急がねばならない。 「ああ、待ってモンモランシー!! まだ泳いじゃダメよ! そんなに遠くへ行かないの! ギーシュ!! 土の中から出てきなさい! 彼女を呼び戻して!」 怪奇『蛙女』と化したモンモランシーが湖に跳び込み、使い魔の蛙・ロビンを連れてすいすいと泳ぐ。 『モグラ男』ギーシュはヴェルダンデと一緒にまた土の中だ。もぞもぞと何か貪っている。 「まだこいつらがホウキに乗れてよかった。『ヴィンダールヴ』で操れるのはいいが、もう人間の言葉も忘れたかな……。 あと三日もすれば魂を乗っ取られ、完全変態を遂げてしまうところだった。危ない危ない」 「……始祖ブリミルよ、私をお許し下さい……罰を受けるべきなのは、マツシタだけですので」 ルイズが涙ながらに祈りを捧げる。さして仲良しではなかったが、友人の変わり果てた姿を見ると精神的に危険だ。 ぐわぐわぐわ、ゲゲゲゲゲ、とモンモランシーが双月を見上げて、楽しげに鳴いている。 それに唱和して、ロビン、ギーシュ、ヴェルダンデ、湖の周りの蟲たちも歌い始める。それが湖面に木霊する。 「おお、なんという見事な交響楽だろう。立派な芸術の域にまで高められている!」 ルイズのしくしくしくしく、という泣き声もそれに和した。 ばちゃり、と湖面で何かが跳ねた。それは人間ほどの大きさがあり、手足もあった。 人影はすいすいと水中を泳ぎ、モンモランシーのところまで寄ってきた。 「うむ? なんだ、あれは?」 「え? …………ああ、あれは『ヴォジャノーイ』という亜人の一種ね。水の精霊に仕えていて、 小柄だけど怪力で人間を引きずり込んだりするそうよ。彼女を仲間だとでも思ったのかしら……」 ヴォジャノーイ……確か、ロシアなどの水辺に棲む妖怪だったな。 いや、というか、あれはどう見ても……《河童》じゃあないか? 「おおい、モンモランシー! ロビンとそいつを連れて、戻って来い! 聞きたい事がある!」 松下が『右手』を挙げて叫ぶと、三匹はすいすいと岸辺に泳ぎ着いた。 なるほど、河童だ。全身は青緑色でぬるぬるしており、オカッパ頭には皿が、背中には甲羅がある。 口の突き出した猿のような顔で、指の間には水掻きがある。下品なガリア語で話しかけてきた。 「なあ人間、こいつ歌が上手で別嬪さんだなあ! あんたの使い魔か? 俺の嫁にくれよ!」 「残念だが、そういうわけにも行かない。彼女を人間に戻しに来たんだ。もう一人いるが」 「そうよ、貴方は水の精霊に仕えているのでしょう? お願いよ、案内して!」 それを聞いたヴォジャノーイは、吃驚して遠ざかる。 「精霊は今、お怒りだ! この湖は増水して、周りの人間どもの集落を呑み込んでんのさ! それもこれも、皆てめえら人間のせいだ! 恨むんじゃねえぞ!!」 彼はばしゃんと水音を立てて、湖の奥深くへ潜って行った……。 「増水ですって? そう言えばなんだか、以前より水位が上がっている気もするわね……」 「あれを見ろ。なるほど、水底に村々が沈んでいるぞ……」 注意して水面を見ると、黒々と藁葺き屋根が見える。精霊の怒りを買うような事を、彼らがしたのか? 「ともあれ、明日調査してみよう。そのあたりの大きな家を捜して、一泊だ」 二人(松下とルイズ)と四匹(モンモン・ギーシュと使い魔たち)は、村長らしき家に泊まらせてもらう事にした。 貴族の子弟『二人』とその使い魔と聞いて、小さな村では歓迎のため大騒ぎになる。 「貴族のお嬢様に御曹子さま、『水の精霊』との交渉に参られたそうで! いやはや、助かりました! 女王陛下も領主さまも、わしら辺境の村々をお忘れではなかったんですなあ!」 「どうか、よろしくお願いいたします! 船着場どころかお寺も田畑も持ち家までも沈んじまって、 わしらの暮らしが立ち行かなくなってるんです! ヴォジャノーイどもは大喜びだし……忌々しい!」 下にも置かない丁重なもてなしだ。不器量な村娘や老婆までも歓迎の踊りを始める。 「そ、そうよ! この私が、女王陛下の内密の詔勅をいただき、直々に来てあげたんだからね! 感謝しなさい! この、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢がねっ!!」 「この度、前線基地の建設監督官に任命されたイチロウ・マツシタ・ド・タルブ伯爵だ。 事情により、こちらの調査にも来ている。協力してくれ」 へへ――――――っ、と村人全員が土下座する。まだ子供だが、公爵令嬢と伯爵さま(?)のご来訪だ。 「へえ、じりじりと水嵩が増えだしたのは、そう二年半ばかりも前になりますかねえ。 誰が何をしでかしたのか、メイジでもなく精霊と話せぬわしらには、分かりかねます」 「前の領主のド・モンモランシさまも、数年前の領地の干拓の時にアレの機嫌を損ねて、だいぶ領地を失われました。 代々交渉役を務めて来られた名家だったんですが、それ以来借金して没落しまして、今は別の貴族が領主さまです。 お家は存続しておられるらしいんですがねえ……」 「新しい領主さまは、宮中でのお付き合いに忙しくって、めったにこちらには来られません。 そのくせ、税金は前どおり取っていかれますよ。まあ、アルビオンとの戦争もありますし……」 「ふうーん、モンモランシーの実家のド・モンモランシ家が、前の領主だったのね。 二つ名はやっぱり『香水』じゃあなくって、『洪水』じゃないの!」 いろいろと情報は入るが、やはり『水の精霊』に会わない事にはどうしようもない。 「『水の精霊の涙』かあ……確か、ご禁制の『惚れ薬』の材料にもなるのよね。相当高いんでしょ?」 「ぼくのポケットマネーでも、なんとか出せる程度にはな」 『水の精霊の涙』、小瓶にほんの少量。それだけで末端流通価格が700エキューは下らない。 年収120エキュー(月収10エキュー)の平民が一人慎ましやかに暮らして、5~6年は生活できる計算だ。 およそ現代日本での円に換算して、仮に1エキューが2万円とすれば年収240万円で、涙が1400万円。 1エキューを1.5万円としても、平民の年収180万円で、涙が1050万円。 間を取って1エキュー1.75万円とすれば、年収210万円のところ涙が1225万円。 庶民の涙がちょちょぎれたって、そうそう出せる金額ではない。 それはさておき、翌朝早く。二人と四匹は、再びラグドリアン湖岸へ向かう。 「ぼくの『ヴィンダールヴ』があれば、河童もといヴォジャノーイぐらいなら操れるだろう。 亜人にも効くのかどうかは分からないが……さもなければ、実力行使かな」 「『水の精霊』は強いわよ。風で凍らせたり、火で蒸発させたりすればダメージは行くでしょうけど、 規模の桁が違いすぎるもの。あの湖全体が、一つの生き物と考えていいわ」 「ほう、博識だなルイズ」 「まあね。アレは『全にして個』なるモノで、私たち人類とは根本的に違う存在なの。 争いを好まないから神代以来あそこにじっとしているけど、怒らせたら怖いわよ。 少しでも水に触れたら一瞬で精神を支配され、永久にアレの下僕よ。ヴォジャノーイもきっとそうなのかも……」 ふうむ、と松下は思案する。モンモランシーの実家が前の交渉役だと言うなら、彼女を利用すればいいのでは? 「よし、『第三使徒・モンモランシー』よ。きみを『ヴィンダールヴ』の力で操り、交渉役とする。 ロビンの方は残しておいて、連絡係だ。手に負えないようなら水面まで呼び寄せるのだ」 「グワッグワッグワッ、ゲロゲロゲロ」 モンモランシーから『蛙女』になりかかっているソレは、肯いてちゃぽんと水中に跳び込む。 ルイズとギーシュが心配そうに水面を覗き込む。 やがて、ロビンがクワックワッと鳴きだした。 「おお、ようやく連絡がとれたか。よし、『水の精霊』が出てくるぞ」 ルイズが緊張する。あのタルブでの『虚無』の覚醒から、簡単なコモンマジックは使えるようになったが、 いまだに系統魔法では爆発しか起こせない。強敵には敵わないのだ。 やがて、岸辺から30メイル沖の水面が、虹色に輝いてぐねぐねと動き始める。 それはざばりと持ち上がって蠢き、色と形を変えながら様子を伺っている。 「我、汝を求め、会う事を得ん! 『水の精霊』よ、汝がここに来たれるは嬉し!!」 松下が両手を掲げ、言霊で歓迎する。 「我らに似たる姿を取りて、我が要求に答えよ!」 『水の精霊』はそれに応え、粘土細工のように自ら姿を変化させ、『蛙女』の形となる。 モンモランシーは役目を果たし、岸辺に戻ってきた。 《……我を呼び出したのは貴様か、単なる者よ。この『蛙女』の体を流れる液体を、我は覚えている。 月が52回交差するほど以前、この女は我と接触した。そして今、我の『欠片』も混ざり合っている……》 「ようこそ、『水の精霊』よ。その女と、ここにいる『モグラ男』の心身を元の人間に戻すため、 新たな《涙》が欲しいのだ。きみがその女から『欠片』だけを分離できれば、やってみせてくれ」 精霊の表面に、ざざざざざと細波が立つ。 《我にはできぬ。この者の心身と、異様な媒体によって結び付けられ、溶け合っている。 我の『欠片』を再び与えれば、確かにこの者は元に戻るであろう……》 「では、頼む。できる範囲でのお礼はするつもりだ」 《条件がある。我は今、水を増やす事に力を注いでいるが、そのゆえにか襲撃されている。 対岸、貴様たちがガリアと呼ぶ地の岸から、ここ数日、毎晩メイジが水底まで来て襲ってくるのだ。 手下のヴォジャノーイも数体殺された。奴らを撃退すれば、『欠片』を与えよう》 「メイジが襲撃ですって? あ、あの、なぜ貴女は水嵩を増やしているの? そうしなければ、襲われないですむわ」 《汝ら単なる者には、我の価値判断が理解できまい。条件をのめば教える》 ルイズはむっとするが、敵に回せば恐ろしい相手だ。うかつに攻撃は出来ない。 「分かった、『水の精霊』よ。我々がその者たちを捕らえ、二度と害をなさないようにすれば、《涙》をくれるのだな。 そして、それを実行するに当たって、もう一つ。我々が撃退に成功した場合、水嵩を元に戻してくれ。 周辺住民に被害が出ており、いずれはきみをまた騒がせる事になるからね」 《よかろう。まずは、奴らを追い払うのだ。この我が、己の誓約を破る事はない》 かくして、二人と四匹はガリア側の岸辺へ向かう事になった……。 (つづく) 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3220.html
前ページ次ページ虚無の王 日差しの暖かな時間になると、トリステイン魔法学院学院長オスマンは、少しばかり早く、ほんの少しだけ長い午睡に身を委ねる。 そんな時、秘書のロングビルは主人を起こしてしまわない様、そっとサイレントの呪文を唱えて、席を外す。 毎日の様に繰り返される光景。ロングビルは毎日の様に、一つ下の階に降りる。重厚堅牢な鉄扉の前で足を止める。 宝物庫だ。ここには、学院設立以来の秘宝が収められている。 小さな杖を取り出し、ロングビルは魔法を唱える。 アンロック。効果無し。練金で扉の破壊を試みるも同様――――。 思わず、溜息が漏れた。 魔法学院はメイジの巣だ。守りの堅固にかけては、並の城塞など及びもつかない。 だが、それ故に管理側の注意にも綻びが見える。 齡100とも300とも囁かれる老オスマンにしても、どれ程、油断ならない男かと思いきや、単なるセクハラ爺。時折、こうして抜け出しても、全く気付いた様子が無い。 宝物庫の秘宝――――特に名高い、学院長秘蔵の“圓月杯”を奪って見せれば、富と名とが一度に手に入る。 そう踏んで、この学院に秘書の身分で潜り込んだのは、一体、いつの事だっだろう。ロングビルはもう一度、溜息をつく。 宝物庫には容易く近寄れるものの、その先は手も足も出ない。 ロングビルは焦っていた。 もうすぐ、夏季休暇だ。人が減れば仕事はし易い。しかし、それでは“数多の貴族を出し抜いた”事にはならなくなる。 何とか、この一週間で片を付けなければならないのだが……。 「ったく……」 ロングビルは歯噛みする。まさか、オスマンに直接探りは入れられない。 かと言って、この手の話に詳しそうなコルベールは、偶に姿を見かけても、大抵、あの空とか言う平民に付きっきりと来ている。 「おぞましいホモじゃないのかね。あいつは」 空――――思い出すと、本気で腹が立った。誰が年増だ。誰が。 秘宝を頂いた暁には、あの男も潰して行こう。ロングビルは心に誓う。さもないと、腹の虫が治まらない。 と、足音が響いた。ロングビルは何事も無かったかの様に杖を隠す。 「いや。今日も暑いですなっ」 現れたのは、ミスタ・ギトーだ。杖を翳して、自身の周りに微風を起こしている。 「風はこの通り、暑さ寒さからも術者を守ってくれる。やはり風の系統最強っ!……気の毒な土メイジの貴女にも、風の恵みをお裾分け」 「こ、これはどうも……」 頬を撫でる風に、ロングビルは内心で歯軋りする。 いけ好かない貴族の中でも、一際気に喰わない男だった。 「所でミセス」 「わ、私は 独 身 です」 「そうですか。いやいやいや、実に意外だ。意外。その年まで独身ですか。やはり土系統はよろしくない」 「私はまだ、20代ですっ」 「おや、そう言う事にしておいででしたか。しかし、一年は13ヶ月、384日間ですぞ、ミセス。時に、宝物庫で何をしておられるのかな?」 「ほほ、宝物庫の目録を作っていまして……」 さて、どうしてくれよう――――もとい、どうする。声を震わせ、米神に拍動を覚えながらも、ロングビルは迷う。 宝物庫の防備について、ギトーは何かを知っているだろうか。だが、聞き出そうにも、趣味と言うか、性癖がアレだ。 極限まで言葉を選んで“年下好み”。率直に言えば変態性欲者。その上、性格はこの通り。 下手に話を振っても、心のデスノートに記された死因が、むごたらしさを増すだけではなかろうか。 「ほほう。所で、宝物庫と言えば、御存知ですかな?ミセス」 と、頼んでもいないのに、ギトーは唐突に語り出した。 トリステイン人と言う奴は揃っておかしな使命感に燃えている。 ことごとに忠告し、知識を伝授して、人の誤りを糺し、迷いの道から救い出してやらなければ気が済まない。 おまけに、事実に惑わされるを潔しとしない人種と来ているからタチが悪い。 宝物庫の防備の堅牢無比なる事、その一方で弱点も有る事について、ギトーは延々長広舌を振るう。 ロングビルは内心でほくそ笑みつつも、同時にうんざりとした。 全く、風メイジと言う奴はろくな物じゃない。取り分けトリステイン人は。 ルイズは不機嫌だった。 それ自体は別段、珍しくも何とも無い。何しろ、箸が転んでも腹の立つ年頃だ。 そんな乙女にとって問題なのは、自分が何故、腹を立てているのかが、判らない事だった。 同じ年頃のボーイフレンドを作った方がいい―――― 何故だろう。空にそう勧められた時、無性に腹が立った。 その晩、帰って来なかった事にも気分を害した。 「なによ。お付き合いなんて、所詮、お遊びじゃない……」 ルイズは唇を尖らせる。 今は大事な時期。それ所では無いのだ。 三年間の学院生活で、きちんと魔法を、諸々の教養を身につけ、一人前の貴族にならなければならないのだ。 来る夏季休暇には、今季の成果を両親に披露し、ヴァリエール公爵家の一員として、恥ずかしくない人間に育ちつつある事を示さなければならないのだ。 「なのに、あいつったら……あ、あんな事勧めて……あ、あんな――――不真面目な事……」 そうだ。だから、自分は腹を立てたのだ。 ルイズはそう言う事に決めた。 決めたのだが、どうにも釈然としない。 机上の手鏡に、ふと目が止まる。そこでは、桃色の髪をした少女が頬を膨らませている。 可愛くない女の子だ――――我ながら、そう思った。作りは悪く無いとは思う。内面が可愛くない。 自覚はしているのだ。現実にそれを突きつけられる度に、ルイズはへこむ。 身内を除いて、こんな自分を可愛い、と言ってくれる人が居るのだろうか。 脳裏に二人の姿が浮かんだ。 僕の可愛いルイズ―――― いつもそう呼びかけてくれたワルドは、半ば遠い記憶の中に霞んでいる。 空は聞いてて気恥ずかしくなるほど、可愛いを連発してくれる。 一体、自分は何が不満なのだろう。何を怒っているのだろう。思考が狭いループにはまる。 と―――― ドアが控え目に叩かれた。 ルイズは椅子を蹴って小走りに駆け寄り――――誰に対するでも無く、小さく咳を払った。 机に引き返して、 「誰?」 「ワイ」 「――――開いてるわよ」 空は小さくドアを開くと、顔を覗かせた。 「未だ、怒っとる?」 「別にっ。最初から怒ってなんかいないわよ」 「そら良かった。実は助けて欲しい事が有るんやけど」 「……何?」 一瞬、振り向きかけて、ルイズは前に向き直った。 「実はな、今からラグドリアン湖ちゅう所、行かなアカンのやけど……知っとる?」 「我が国最大の湖よ。それが、どうかしたの?」 「ちょいとした手違いでな。ボーズがマルガリの作りよった薬飲んでもうて、おかしくなってもうたんや」 肝心の部分を、空は暈かす。 ルイズは決して口が軽くは無い。だが、隠し事は決定的に苦手だ。 迂闊な事は教えない方がいい。 「そんで、解毒剤作るんに、水精霊の涙言うたかな?そんな名前の原料が必要なんや」 「お店で買えばいいじゃない」 「それが品切れで、次の入荷も絶望的なんやと。なんや、よう判らへんけど、その水の精霊ちゅうのと連絡が取れへんとかでなあ」 それで、ラグドリアン湖に直接飛んで、水精霊の涙を手に入れて来よう、と。そう言う事か。 「あの娘の風竜で飛んで行けば、すぐなんじゃないの?」 「それがな。雪ん子の奴、朝から見当たらへんねん。コッパゲに聞いたら、なんや、帰省しよった言う話でな」 「帰省?」 奇妙な話だった。 来週からはもう夏季休暇。この時期に帰省? 何事だろう。おまけに、キュルケが付き添った、と言う。 全く、訳が判らない。 「そんな訳でな。馬車で行かなアカンのやけど……」 「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」 ラグドリアン湖まで馬車。片道三日はかかる行程だ。 目的の物が滞り無く手に入ったとしても、四泊五日。一週間の授業を殆ど休む羽目になってしまう。 無理に決まっている。本来なら、一言の下に断る所だ。 しかし、ギーシュがおかしくなっていると言う。どんな風に? 「女に興味が無うなった」 あのギーシュが?一体、何を飲ませた? 「それだけ?」 「……男に興味を持つ様になりよった」 ちなみに、目下のターゲットはワイ――――そこまで聞いて、ルイズは頭が痛くなった。 「惚れ薬なんて作ったの!?」 「あ、ばれてもうた?」 「それだけ言われたら、判るわよ。もう、何考えているのよ、あの娘!」 惚れ薬に限らない。人間の精神を操作、変容させる薬は制作も使用も厳禁だ。 禁制品に、没落貴族ならともかく、モラモランシ家の令嬢が手を出した。全く、冗談では無い。 効果が切れるまで、放っておく訳にはいかないのか――――そこまで考えて、ルイズはカレンダーを思い出す。 なるほど、おかしくなったままのギーシュを実家へ帰す訳にはいかない。モンモランシーの犯罪は間違いなく露見する。 「それで、今すぐにでも出発しないといけないわけね」 「使い魔の菊座を守るんは、御主人様の義務違うんか?」 「黙れ。菊座言うな」 第一、立場が逆だろう。 「それで、助けて欲しい、て……私は何をすればいいのよ?」 「水精霊の涙を手に入れる事自体は、マルガリがやる言うてる。と、言うかあいつにしか出来へん事らしい。とにかく、火力が欲しいんや」 「火力?」 「ほら。なんや、最近よう判らへんけど、あちこちで暴動起きとる言う話やんか」 その噂なら、ルイズも聞いた事が有る。 平民が暴力的な手段で貴族に圧力をかける事は、それ程珍しくない。 例えば、ギーシュの実家グラモン家が領民の家屋に屋根を葺いてやる事にしたのも、さもなくば暴動を起こす、と脅迫された為だ。 だが、基本的に平民が本当に暴動を起こす事は少ない。貴族と本気でぶつかり合えば、勝ち目が無い。 貴族が平民を暴動止む無しの状態に追い込む事も、また極めて稀な事だ。統治能力に疑問符が付けば、地位が危うくなる。 平民は貴族に背いてはならない。 貴族は実行不可能な命令を下してはならない。 貴族と平民は、時として嫌悪や憎悪を交えながらも、結局の所、予定調和の中、互恵関係を保って来た。 何故だろう。最近、その約束事が崩れ始めている。 平民から箍が外れ始めている。 貴族からは、不安を囁く声も聞こえて来る。 暴動が散発。周辺地域では治安が悪化し、盗賊が横行している。 「原料はマルガリやないと手に入れられへんし、あいつやられたらアウトやろ。ワイ一人やと、もし大勢さんで来られたら、どうにもならへん」 その点、ルイズの爆発は広域を火制出来るし、大抵の相手は肝を潰して逃げ出すだろう。 「要は道中の安全確保の為、人数が欲しい、と……」 なるほど、事情はよく判った。 ルイズは内心で溜息をつく。これは、手を貸さない訳にはいかない様だ。 モンモランシーは裁きを受けるべきとしても、ギーシュを見捨てておけない。 「そう言う話なら、仕方が無いわね。行っていいけど……」 事情を理解しつつも、素直に承諾するのは、何だか癪だった。 「でも、ギーシュを連れて行けばいいんじゃない?ワルキューレなら、一体一体、平民の兵士よりずっと強いし、数も頼めるわ。それに、あんたが行けば、絶対に着いて来るでしょ?」 「おいおい、勘弁して欲しいわ。ワイ、あいつに後狙われとんのやで。そないなんと一緒に、旅出来る訳あらへんやろ」 「だったら、モンモランシーと、ギーシュと二人で行かせたら?」 「自分がおかしゅうなっとる自覚のあらへん奴が、治る努力する訳無いやろ」 いや。寧ろ、自分をおかしくしようとしている、と捉えて妨害しかねない。 「な、頼むわ、ルイズ」 「でも、五日間は長いし、やっぱり授業はサボれないし……」 ルイズは初めて、空に振り向いた。見ると、両手を併せて、こちらを拝んでいた。 思わず、口元に笑みが漏れる。なんだか、不機嫌で居るのが馬鹿馬鹿しくなった。 「他の材料は揃ってるの?」 「水精霊の涙でコケて、帰って来た言うとったからな。多分、足りとらん物、帰りがけに街で買う事になるやろ」 「ねえ、空。私、お芝居が見たいわ」 「おう。帰りな」 「クックベリーパイ食べたい」 「評判の店知っとる」 好物と知って、調べておいた。その一言に、ルイズは頬を弛める。 「折角や。服も買うてこ。工房覗くついでに、着替えてけばええ」 それが決定打となった。元より、断る理由も無かったのだ。 ルイズは勢い良く立ち上がった。杖を腰に提げると、勢い良くドアを開く。 「さ、急ぐんでしょう。行きましょっ」 「準備とかええんか?」 「馬鹿ね」 ルイズは笑った。 「本物の貴族はね。いついかなる時でも王命に応じられる様、常に旅立ちの準備が出来ているものなのよ」 * * * トリステインとガリアの国境に、広大な湖が横たわっている。 ラグドリアン湖。緑深い山林と、青空とを鏡の様に映し出す高地の湖は、ハルケギニア随一の名勝として知られている。 この湖には、一つの伝説が有る。 凡そ600万平方メイルにも及ぶ巨大な湖は、水の精霊の楽園であると言う。 水底に巨大な城と街を、独自の文明を築き、その歴史は人類のそれよりも尚深い物である、と言う。 水の精霊は喩えようも無い程、美しい。 その姿には、どんな悪人と雖も改心する。 その御許において交わされた誓いは、決して破られる事が無い――――伝説に長々と尾ひれが付くのは世の常だ。 益して、水の精霊は人前に全く姿を現さない。 数十年に一度、トリステイン王家と盟約の更新を行う時が、唯一の例外だ。 「で、その際の交渉役を、“水”のモンモランシ家は何代も務めて来た訳だけど……」 モンモランシー、そして空とルイズがラグドリアン湖畔に辿り着いたのは、出発から二日後の昼過ぎだった。 少なくとも、往路の道中は平穏その物で、同時に退屈でもあった。 「相変わらず、綺麗ねー」 湖面に浮かぶ山にも、森にも、歪みは見られない。ラグドリアンの湖面は、時を止めたかの様に静かだ。 丘から見下ろす眺望に、ルイズはうっとりと息を漏らす。 「ルイズ、来た事有るんか?」 「ええ。三年前、太后陛下御誕生祝賀の園遊会でね。思い出すわ。あの時は、姫殿下の身代わりになって――――て、キャメラなんて持って来たの?」 「コッパゲに頼まれとるんや。とにかく使うて、気付いた事が有れば教えろ、て」 「どうせ撮るんなら、出来るだけ綺麗な所にしなさいよ」 「ええ所、知っとる?せやったら、そこで一旦馬車停めて――――」 「ちょっと、あんた達!」 御者台からの鋭い声が、二人の歓談を遮った。 「人の話聞いてるの?遊びに来たんじゃないのよ!」 手綱を握るのは、モラモランシーだ。 予算は節約したいし、余計な人間を増やしたくも無い。そして、彼女は一番立場が弱い。 「とにかく、早く済ませて帰りましょっ」 道中、とにかくモンモランシーは急いでいた。 恋人を早く元に戻してやりたいの一心だけでは無い。 放っておくと、何をしでかすか判らないので、ギーシュは部屋に縛り付けて来た。 世話はシエスタに任せてある。さすがに、あの油断ならないメイドとて、この状況で無理矢理既成事実を作ろうとまではしないだろう。 それよりも、空から借りた材料費、十一の利子が何よりの問題だ。 「で、あれがさっきのジイさんが言うとった村か」 空は湖面に顔を覗かせる藁葺き屋根を、目線で嘗めた。 湖畔に差し掛かった時だ。一人の老農夫が声を掛けて来た。 なんでも二年前から水位が上がり、村は完全に飲み込まれてしまったと言う。 「水精霊が悪さしよったんですわ」 貴族が水精霊と交渉に来た。てっきり、そう思いこんでいた農夫は、それが誤解と知ると、すっかり落胆した。 領主は宮廷での社交ばかり考えて、領地の経営を省みない―――― 一頻り愚痴を零して立ち去る。 その話に、空は革命前のフランスを思い出した。 貴族制度は兵権を分散させると共に、地方自治を担保する。もともと、地方の殿様と領民と言うのは、それなりに巧くやっている物だ。 所が、極度に王権が強大化すると、それが崩れる。地道な領地経営で地盤を築くよりも、中央でおべっかを使う方が富と地位への近道となれば、地方は忽ち荒廃する。 フランス革命は異常思想に取り憑かれた一部の主義者と、王政の絶頂期であるルイ14世以来の歪な中央集権体制による社会不安とが化学反応を起こして生まれた社会の破裂だ。 まあ、マルティニーやタルブは平穏その物だった。 ルイズやギーシュを見る限り、この国はまだまだ当分、大丈夫だろう。 「何事も無ければ、やけどな……」 一同は馬車を降りた。 モンモランーは湖畔に寄ると、水面に手を翳した。 「やっぱり。水の精霊は怒ってるみたいね」 困惑した様に首を振る。 「わあ、冷たーい」 「ホンマ、ええ所やわ。一日くらい、ゆっくり……」 「あんた達っ!」 静謐な水面に両手を沈めてはしゃぐルイズと、両腕を伸ばして深呼吸する空を、モンモランシーは再び叱り付けた。 「水の精霊はプライドが高いんだからっ。機嫌を損ねたら大変なのよっ。大人しくしててっ」 モンモランシーは馬車からリュックを降ろす。蓋を開け、顔を出したのは一匹の蛙だ。 のそりと地面に降り立つや、主人に向けて敬礼する。 「カエル!」 その姿に、ルイズは砂煙を上げてバックステップ。5メイルばかりも後に退いた。 「なんや、ルイズは蛙怖いんか。可愛ええとこ有るやん」 「失礼ね。私の大事な使い魔よ」 モンモランシーは取り出した針で指を突くと、蛙に一滴、血を垂らす。 「いいこと、ロビン。あなたたちの旧い友達と連絡がとりたいの。水の精霊を見付けて、旧い盟約の持ち主が話をしたい、と伝えてちょうだい」 ロビンと呼ばれた蛙は、了解でありますっ、と言わんはがりの敬礼を一つ残し、湖に消えた。 「これで、ロビンが水の精霊を連れて来てくれる筈よ」 「その辺は任せといて、大丈夫なんやろ」 「いーけど。絶対、水の精霊の機嫌を損ねる様な事しないで。と、言うか、あんたは傍に居るだけで不安だわ。あっちに行ってて。あっち」 「そない、邪険にするなや」 「水の精霊、てそんなに怒りっぽいの?」 まるであんたじゃない――――ルイズは余計な一言を付け加えた。 「あんたに言われたくないわよっ。もう静かにしててっ。前は大変だったのっ。父上ったら、『床が濡れる。歩くな』なんて言うもんだから……」 モンモランシーは領地の干拓が失敗した事について、ぶつぶつ漏らし始めた。 余程、恨みが深いのだろう。十年も前の出来事が祟って、モンモランシ家は未だに貧乏なのだ。 そんな様子を見ていると、ルイズは少し不安になった。空はハルケギニアの常識にいまいち欠ける。 「おいおい……」 「モンモランシーに任せるんでしょ。離れて見てればいいわ」 ルイズは有無を言わさず、車椅子を押して森陰に身を潜めた。 湖面が輝いた。岸辺から、凡そ30メイルの場所だ。水が意志を持つ者の様に蠢き、渦を巻く。 その光景を、モンモランシーは微動だにもせず眺めている。 水が盛り上がった。 何かが現れたのでは無い。水、それ自体が盛り上がった。 無色透明の水塊が蠢く様は、水飴を思わせた。 「綺麗……」 モンモランシーは水飴と何やら話している。 と、水飴は様々にうねり、歪み、そして目の前の水メイジそっくりの姿を形取る。 「……でもない」 途端、ルイズは前言を翻す。 「お前ら仲悪いなあ」 尤も、空も同意見だった。出来の悪いCGを見せられている気分だ。 正直、あまり綺麗だとは思えない。 「ま、写真撮っとくか」 「止めなさいよ。気付かれたら、きっと怒るわ」 そんな事よりも――――少し距離を置き過ぎた。一人と一体の声が、さっぱりと聞こえない。 一体、何を話しているのだろう? 「あんたはどう?何話してるか聞こえる?」 「んー……」 空は耳を澄ませる。何を話しているのかは聞こえるが、それが何を意味するかは判然としない所も多い。 メイジでもなければ、ハルケギニア人ですら無い身としては、致し方無い所だ。 「あ……」 「どうしたの?」 「いや、ちょい待ち」 モンモランシーが両手を大きく振り回して、必死に交渉……と言うよりも懇願している。 ロマリア人は両手が無しには喋れないが、トリステインにも時折、この手合いが居る。 程なくして、モンモランシーの等身大アクリルフィギュアは湖面に溶けて消えた。 「不首尾だったの?」 「いや。条件付けられよったわ」 「条件?」 湖畔に戻る。 モンモランシーは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。 ラグドリアン湖は美しい湖だ。 ルイズは靴を、ニーソックスを脱いで波と戯れている。 細く白い脚が湖水を蹴立て、無邪気な笑顔に併せて飛沫が踊る。 その様を、湖畔の空は目を細めて眺めている。 手にはカメラが在る。さすがに、動く人間を撮れる代物では無い。ルイズが遊び飽きたら、どこを撮影するか相談しよう。 そんな二人の様子を、モンモランシーは苦虫を噛み潰す様に睨め付ける。 「どしたんや、マルガリ。滅多に来れへん所やで。お前も楽しんだらどや?」 「あんた達、どうしてそんなに暢気なのよ。もう……」 「相手が来るのは夜やろ」 「それはそうなんだけど……」 モンモランシーは溜息をつく。 水の精霊は襲撃者に悩まされている、と言う。 相手は夜になると、ガリア側の岸辺へ現れる。そして、自分の体を削って行くのだ、と―――― 自分は水位を上げる事に手一杯で、襲撃者への対処には手が回らない。 代わって退治する事が、水の精霊の涙――――その実態は水精霊の一部――――を譲る条件だった。 「密猟者、て所かい」 「相手は二人だそうよ。多分、風と火のメイジ」 湖に侵入する為、風のメイジが空気の球を作る。 火のメイジが水精霊の体の一部を蒸発させる。 水精霊は巨大な一個の生命であり、分断されても意識の連絡は続くが、一度気体となった部分とは、繋がる事が出来なくなる。 「ちゅうと、湖の底に有るっちゅう城とか、街とかは?」 「迷信よ。御伽噺」 夢の無い話だった。 「全く、私は平和主義者なのよ……」 モンモランシーは肩を震わせた。 一対一では最強の系統とされる風。乱戦では無類の強さを発揮する火。 どちらも、戦闘に特化した系統だ。水メイジが相手取るには荷が重い。 「ワイとルイズが居るやろ。元王さまと、“王”候補やで。そう、心配すな」 「呆れた……“破烈の王”とか、まだ言ってたの?」 「まあ、見とき。ルイズは誰もが認めるメイジになる」 「“ゼロ”のルイズが?」 そう言いかけて、モンモランシーは口を閉ざした。戻って来るルイズに気を使った事もあるが、何より、空の前でこの一言は禁句だった。 湖畔の空気は割合、涼しかった。 ルイズは馬車の荷台に濡れた脚を伸ばす。 夏の厳しい日差しも、今ばかりは心地よい。 「とりあえず、あっちに移動しない?馬車を停めておく場所も、探さないといけないし」 「せやな。行こか、マルガリ」 「はいはい」 促されて、モンモランシーは御者台に登る。 全く、どうして貴族である自分が、平民に言われて手綱を取らねばならないのか。金が無いのは、首が無いのと同じとは良く言った物だ。 おまけに今回は弱みまで握られている、と来ている。 湖に沿って、馬車はゆっくりと進む。 ルイズは脚を揺らしながら、湖をじっと眺めている。 空は指で作った枠を覗き込み、撮影箇所を探している。 「ここなんか、ええかもな」 「綺麗ねえ」 「おーい、マルガリ。停めやあ」 「いい加減にしてよっ!」 モンモランシーは軽くキレた。 水精霊が指定した地点に到着。停車する場所を探す。 どの道、今夜はここで一泊するしかない。あまり目立たず、キャンプも張れて、湖にも近い方がいい。 場所は案外簡単に見つかった。時間は未だたっぷり有る。 三人は偵察がてらに、散歩と洒落込む事にした。とは言っても、モンモランシーは終始硬い面持ちだ。 日が傾き始めた。 食事は保存食で早目に済ませる。味気ないが、こればかりは仕方が無い。 食事を終えると、ルイズの表情にも緊張が浮かび始めた。 決闘禁止令にも関わらず、学院では時折決闘騒ぎが起こる。魔法の撃ち合いなら、パーツ・ウォウで経験している。とは言え、所詮は子供の喧嘩、ゲームの延長だ。 しかし、今夜経験するのは実戦。その上、密猟に手を染めるメイジが相手とあっては、名誉ある戦いは期待出来ない。 「作戦やけど……」 「私は平和主義者ですからね。平和的に解決するわ」 モンモランシーが高らかに宣言した。 「平和的、ちゅうとなんや。話し合いでもするつもりかい」 「ええ。平和的な話し合いで解決するわ」 ルイズは目を丸くした。おかしな物を見る目だ。 密猟者と平和的な話し合いとやらが通じるなどと、この頭が平和な水メイジは、本気で考えているのだろうか。 「通じますとも!まず、私の平和的な水の魔法が有るわ。それに、ルイズのとても平和的な爆発があって、あんたの剣なんて、会話出来るんだから、もう平和的もいい所ね。これだけ平和的な手段が揃っているのに、平和的に解決出来ない理由なんてあるのかしらっ?」 「……マルガリ。お前、なんでも平和的、て付ければ通ると思ってへんか?」 「平和は何より尊い物なんですよ、ええっ。平和的に解決する為にはまず、相手に平和の尊さを身をもって知って貰う必要が有るわっ。これは当然の理屈ではなくってっ?」 「ボーズも苦労しそうやなあ……」 さて、作戦。 相手が二人揃っている所を、爆発で吹き飛ばしてしまえれば楽でいい。 「問題は夜、と言う事かしら」 爆発の利点は空間に直接作用する事。従って、回避手段が存在しない事。 対し、欠点は爆心点の設定が難しい事だ。距離感の掴み辛い夜間、確実に相手の行動力を奪えるかどうか。 魔法は詠唱に時間がかかる。メイジ同士の戦いは、初手の成否が決着まで影響する。 「近付けば、大丈夫だと思うけど……」 「あちらさん、人間様が傭兵になっとるなんて、考えてへんやろ。待ち伏せ出来るさかい、距離詰めるんは、難しくないんと違うか?」 飛翔の行程が無い爆発は、仮に外したとしても、術者の位置が特定される危険は少ない。 相手がまるで無傷は考え難いから、残る二人が仕留めればいい。 「相手が場所変えよったら、話も変わるけどな」 「じゃあ、その場合、まず私が比較的平和な手段で接触をするから――――」 反撃はルイズが“爆発の盾”で阻止。二人を囮として、空が樹々を足場に頭上から襲いかかれば片が付くだろう。 作戦が決まると、配置につく。 地形は昼間の偵察で頭に叩き込んである。 「それにしても、マルガリ、思うとったより過激やなあ」 「私は平和主義者よっ。平和的でない人達が我慢ならないのっ」 空は肩を竦めた。全く、平和を声高に叫ぶ連中ほど、攻撃的かつ排他的なのは何故だろう。 三人は息を潜める。 待ち伏せは根気が大事だが、ルイズと言い、モンモランシーと言い、至って短気だ。 空は少し心配になったが、まあ失敗したら失敗したで、やり様も有る。 一時間ばかり時を置いて、湖畔に人影が現れた。 嫌に体格差の有る二人組は、漆黒のローブを頭からすっぽりと被っている。 水辺に進むと、杖を掲げて何やら呪文を詠唱する。 モンモランシーは杖を構える。 相手は火と風のメイジだ。恐ろしい戦闘メイジだ。何故、平和主義者の自分が、こんな物騒な連中と戦わねばならない。 原因を作った少年への、理不尽な怒りが胸を焦がす。 「青銅をも砕く乙女の激流!受けてみなさい!」 詠唱が完成する。比較的平和な呪文アクア・ストリーム。 湖面が爆ぜる。数百㎏の水塊が一尾の竜に化ける。岩をも打ち砕く圧力をもって、目標に襲いかかる。 長身のメイジは、一瞬、身を強張らせながらも、杖を突き出す。先端に生まれる小さな小さな火の球が、激流に飲み込まれる。 刹那だ。 水の竜が内から弾けた。小さな火の球が、忽ち巨大な火柱に成長。数トンの打撃を蒸気に変える。 同時に、小さな影が身を捻る。杖を向ける先は、モンモランシーでは無く―――― 「アカン!」 空は飛び出す。 杖の先にはルイズが居る。モンモランシーが先走った御陰で、伏兵の位置が特定された。 二つの空気が膨張した。一箇所は襲撃者が突き出す杖の先で。もう一箇所はローブとローブの間で。 閑静な夜の森に、爆音が響いた。 前ページ次ページ虚無の王
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2024.html
「わあ…綺麗ですね、キラキラしてる」 シエスタがラグドリアン湖を見下ろして呟いた。 丘の上から見たラグドリアン湖は、陽光を反射し、ガラス粉をまいたようにきらりきらりと輝いている。 以前シルフィードの背から見た時よりも、ずっと綺麗な気がした。 シエスタ達は竜車を使ってラグドリアン湖にまでやってきた。 竜の力は凄まじい物で、今までシエスタが操った馬とは比べものにならないパワーとスピードを出して、籠を引いていた。 それなのに、道中は音も振動もあまり気にならない、よほど質の高い籠なのだろう。 モンモランシーとシエスタは、つくづくラ・ヴァリエール家の力を思い知らされた気分だった。 水辺に近づくと、竜車はゆっくりと動きを止めた。 少し間をおいて御者が扉をノックし、静かに車の扉を開かれた。 カリーヌが「行きましょう」と呟いて馬車を降り、モンモランシーが降り、シエスタが最後に降りた。 ちらりと御者の顔を覗くと、なるほどゴーレムというのも納得がいく、近くでみるとその顔は「肌色」ではなく「陶器に塗りつけたような肌色」をしているのだ。 ゴーレムはシエスタが降りたのを確認すると、扉を閉めて御者の席に戻る。 シエスタは「へー」と呟いて一人感心していた。 「間近で見ると、本当に綺麗な湖ですね……青く、深く澄んでいる湖なんて、見るのは初めてです」 シエスタが湖面に手を当てて、水を手ですくい取る。 手に絡みつく水の感触は、何か神秘的な力が籠もっているように思えた。 「この湖に来るのは何年ぶりかしら、園遊会以来だから…三年前…ですわね」 カリーヌは湖面を見つめ、懐かしそうに目を細める。 三年前、ラグドリアン湖で園遊会が開かれた、それは太后マリアンヌの誕生日を祝うためのもので、各国の重鎮、高名な貴族達が招かれた盛大なものだった。 噂では、女王アンリエッタとウェールズ皇太子が出会ったのも、その園遊会だったと囁かれている。 あの時、ルイズが何をしていたのか、カリーヌはよく覚えていた。 園遊会の夜アンリエッタに呼ばれ、遊び相手を務めていたルイズ。 実際にはアンリエッタが羽を伸ばすため、影武者として呼ばれていたのだと何となく気づいていた。 魔法が使えないと言われていたルイズが、唯一心を開いていた遊び相手、それが当時のアンリエッタだった。 以前、太后マリアンヌはカリーヌ・デジレに、個人的に礼を言われたことがある。 ルイズは、王女として生まれ、「お飾り」と「カリスマ」の板挟みにあっていたアンリエッタの心の支えになってくれたと。 あの園遊会の日、何年ぶりかで再開したルイズとアンリエッタの、子供の頃と変わらぬ微笑みが思い浮かぶ。 カリーヌは過去に思いを馳せ、静かに湖面を見つめていた。 無言で湖面を見つめているカリーヌの隣で、モンモランシーもまた、じっと湖面を見つめていた。 だが、なにか気になることがあるのか、首をひねって「うーん…」と小さく唸る。 「どうしたんですか?」 シエスタが訪ねると、モンモランシーは湖面を見つめたまま答える。 「ヘンね…。 ラグドリアン湖の水位があがってるわ。岸辺はもっと、ずっと向こうだったはずよ」 「ほんとですか?」 「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が飲まれてしまったみたいね」 モンモランシーが指差す先には、藁葺きの屋根が見えた。 シエスタが湖の中をまじまじと見つめる、すると澄んだ水面の下に家らしき建物が沈んでいることに気づいた。 モンモランシーは波打ち際に近づき、指先で水面に触れた。 目を閉じてしばらくしすると、不意に立ち上がり、困ったように首をかしげた。 「あの噂通りよ、水の精霊はずいぶん怒っているみたい」 「今のは?」 シエスタが問うと、モンモランシーは右手の人差し指をピンと立ててシエスタに見せつけた。 「わたしは『水』の使い手。香水のモンモランシーよ。前にも言ったとおり、古い盟約で結ばれているトリステイン王家と水の精霊……その交渉役をモンモランシ家が代々努めてたの。水に触れれば感情が流れ込んでくるわ」 「へえー…」 シエスタが身をかがめて、水面に手を触れる。 「あ、波紋は止めておいた方がいいわ、水の精霊にどんな影響があるかわからないもの」 「あっ。そうですね。すみません…」 シエスタが慌てて手を引っ込めて謝る、モンモランシーはシエスタの仕草にくすりと笑って、再度湖面を見つめた。 不意に、湖面を見つめていたカリーヌが後ろを振り向く。 木の陰から三人を見つめている者が、カリーヌの視線に射竦められびくりと体を震わせた。 だが、カリーヌも殺気を感じたわけではないので、興味なさそうに湖面へと視線を戻した。 それに安堵したのか、木の陰にいた初老の農夫は、意を決して三人に声をかけた。 「もし、貴族のご婦人様方でございますか」 シエスタとモンモランシーが振り向くと、初老の農夫は、困ったような顔で一行を見つめていた。 「そうだけど…何かしら?」 モンモランシーが尋ねると、農夫は地面に膝を突いて、手に持った帽子を足下に置いた。 「水の精霊との交渉に参られたかたがたで? でしたら、はやいとこ、この水をなんとかして欲しいもんで…」 一行が顔を見合わせる。 困ったような口ぶりからすると、この農夫は湖に沈んでしまった村の住人だと想像できる。 「わたしたちは、その……」 この大変な時期に、秘薬の元となる、水の精霊の涙を取りに来たとは言いづらい。 モンモランシーが口ごもりそうになったところで、カリーヌがすっと前に出た。 「残念ながら王宮からの命を受けた者ではありません。水の精霊を怒らせた者がいると聞きましたが、知っていることを離して頂けますか」 カリーヌの言葉は丁寧さの中にも、威圧感を感じる。 農夫はカクカクと首を縦に振り、ラグドリアン湖で起こったことを話した。 農夫の話では、ラグドリアン湖の増水が始まったのは二年前だという。 船着き場が沈んでから、湖面に近かった寺院、畑、住居が沈むのはすぐだったと言う。 「領主はこのことを知ってるの?」 モンモランシーが聞くと、涙ながらに農夫が答える。 「領主さまも女王さまも、今はアルビオンとの戦争にかかりっきりでごぜえます。こんな辺境の村など相手にもしてくれませんわい。畑を取られたわしらが、どんなに苦しいのか想像もつかんのでしょうな……」 よよよと農夫が泣き崩れたが、涙を流しているようには見えない。 どちらかというと愚痴をこぼすようなしゃべり方で、今度は水の精霊への恨み言を言い始めた。 「水の精霊が人間に悪さをしてるんですわ。湖の底に沈んでおればいいものを……。どうして今になって陸に興味を示すのか聞いてみたいもんでさ!水辺からこっちは人間さまの土地だって…の…に………」 農夫の声が切れ切れになる。 シエスタとモンモランシーは、頭に?を浮かべた。 農夫の顔から血の気が引いていき、手がプルプルと震え出す。 「言いたいことはそれだけですか」 カリーヌが静かに呟いた。 カリーヌの刺すような視線に射竦められた農夫は、「へへぇ」と平伏すると、まるで逃げるように立ち去っていった。 モンモランシーは、改めてカリーヌの恐ろしさを知った気がした。 懇願ならともかく、愚痴を聞かされて気分の良い物ではないが、愚痴を言っただけでカリーヌの鋭い視線に晒されると思うと、冷や汗が吹き出そうになる。 シエスタはカリーヌを怖いと思わなかったが、とっつきにくそうな人だなと、改めて感じた。 モンモランシーが気を取り直し、腰にさげた袋からなにかを取り出した。 「…カエル、ですか?」 手のひらをのぞき込んだシエスタが呟く。 シエスタの見たとおり、モンモランシーの左手に乗っているのは一匹の小さなカエル。 鮮やかな黄色に、黒い斑点がいくつも散っている。 「ロビンって言うの、私の大事な使い魔よ」 ロビンと呼ばれたカエルは、モンモランシーの手のひらの上で、まっすぐにモンモランシーを見つめていた。 モンモランシーは右手の人差し指を立てて、ロビンに命令する。 「いいこと? ロビン。あなたたちの古いおともだちと、連絡が取りたいの」 モンモランシーはポケットから針を取り出し、片手で器用に指の先を突く。 指先に赤い血の玉が膨れ上がると、その血を一滴ロビンに垂らした。 小声でルーンを唱え指先の傷を治すと、残った血をぺろっと舐めて、再びカエルに顔を近づけた。 「私の臭いを覚えていれば、これで解ると思うわ。ロビン、偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだいね。わかった?」 ロビンはぴょこんと頷くような仕草をすると、ぴょんと大きく飛び跳ねて、水の中へと消えていった。 モンモランシーがシエスタとカリーヌの方に向き直り、口を開く。 「今、ロビンが水の精霊を呼びに行ったわ。見つかったら、連れてきてくれるでしょう」 シエスタがモンモランシーの隣に立ち、湖面を見つめる。 「この中に水の精霊がいるんですよね…どんな姿をしてるのか、ちょっとドキドキしますね」 「水の精霊は人間よりもずっと、ずーっと長く生きている存在よ。六千年前に始祖ブリミルがハルケギニアに光臨した際には、すでに存在していたというわ。その体は、まるで水のように自在にかたちを変えて、陽光を受けるとキラキラと七色に輝き…」 と、そこまで口にした瞬間、30メイルほど離れた水面がぼんやりと光り輝き始めた。 岸辺からそれを見つめていると、輝きはどんどんと増していき、まばゆい光が水面から放たれる。 水面はまるで意志を持ったかのように蠢き、巨大な水滴が空に向かって落ちるような、幻想的な光景となっていった。 シエスタはあっけにとられ、口を半開きにしたままその様子を見つめていた。 盛り上がった水は、うねうねと様々な形に変わっていく、巨大な粘菌とでも呼ぶべきだろうか、陽光を取り込み七色に光るその姿は確かに綺麗だが、形そのものは怖い気もした。 湖面から顔を出したロビンが、ぴょんぴょんと跳ねてモンモランシーの元に戻る。 しゃがんで手をかざしロビンを迎え、指で頭を撫でてやると、ロビンは嬉しそうにゲコッと鳴いた。 「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」 モンモランシーは立ち上がり、水の精霊に向けて両手を広げ、声をかけた。 「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系。 カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」 水の固まりのような、水の精霊がぐねぐねと蠢き、人間のような形を取り始める。 その動きをじっと見ていたシエスタは、驚きのあまり目を丸くした。 水の塊は、モンモランシーにそっくりな姿を取ったのだ。 モンモランシーそっくりな水の固まりは、表情をころころと変えていく。 笑顔、怒り、泣き顔……それはまるで表情を試すような動きだった。 表情が一巡すると、水の固まりは無表情になって、体全体を奮わせて声を出した。 「覚えている。単なる者よ。覚えている。太陽よ。貴様の体を流れる液体を、貴様の体を流れる太陽の波を、我は覚えている……」 「太陽? と、とにかく、私のことは覚えていてくれたのよね?」 モンモランシーが内心の焦りを隠しきれず、ついつい強い調子で質問してしまう。 だが水の精霊は無表情のまま「覚えている。単なる者よ」と繰り返しただけだった。 「……コホン。…水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部をわけて欲しいの」 水の精霊は、表情を変えずに声を出した。 「断る、単なる者よ」 「そんな!」 モンモランシーが思わず声を上げた、心なしかカリーヌの眉がぴくりと動いた気もする。 シエスタはモンモランシーの隣に並んで、胸の前で両手を合わせて握りしめ、水の精霊に向かって叫んだ。 「お願いです… ある人を助けるために必要なんです!」 「ちょっ…!やめなさいよ! 怒らせたらまずいわよ!」 モンモランシーはシエスタを後ろに下がらせようとしたが、シエスタはひるまず真っ直ぐに水の精霊を見つめている。 「お願いします!何でも言うことを聞きます。だから『水の精霊の涙』をわけて頂けませんか? どうか、どうかお願いします……」 モンモランシーの姿をした水の精霊は、なにも返事をしなかった。 シエスタは膝をつくと、地面に頭をこすりつけるほど下げて、まるで土下座のような格好で水の精霊に言った。 「お願いです…! 私は恩人に報いたいんです! ルイズ様にとって大切な人は、私にとっても大事な人なんです…、『水の精霊の涙』がどうしても必要なんです! だから…」 シエスタの必死の懇願を見て、モンモランシーはシエスタを制止しようとしていた手を止めた。 シエスタにとって、ルイズはそんなに大事な人だったのか? モンモランシーにも、ルイズをバカにしている気持ちはあった、だがフーケを追って死んだ級友は、ある意味で誇り高いとも言える。 だが、ルイズを茶化す気持ちは、ゼロのルイズをバカにする気持ちは、心の何処かに残っていた。 シエスタは、ルイズを恩人だと言っていたが、これ程までにルイズに心酔しているとは思わなかった。 カトレアを治すために土下座までするとは思っても居なかった。 もしかしたら、ラ・ヴァリエールからの援助を受けるため、オールド・オスマンが指示した行動かも知れない。 シエスタの行動は芝居かも知れない…… けれども、今この場で、水の精霊を恐れず懇願するシエスタの姿に、少なからず衝撃を受けた。 モンモランシーは水の精霊に向き直り、自分からももう一度頼んでみようと意を決した。 だが水の精霊は、突然ふるふると震えだし、姿かたちを何度も変えた。 うねうねと形を変え、モンモランシーの姿から、見たこともない女性の姿に変わった。 それはとても美しく、凛々しい女性の姿であったが、シエスタにとっては何処か懐かしい女性のような気がしてならなかった。 「よかろう……しかし、条件がある。世の理を知らぬ単なる者よ。何でもすると申したな?」 「はい、いいました」 いつの間にか顔を上げていたシエスタが、水の精霊を見上げて返事をする。 「ならば条件を出そう。我に仇なす貴様らの同胞を退治してみせよ。」 シエスタとモンモランシーは顔を見合わせ、呟いた。 「「退治?」」 「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ…。そのもの共を退治すれば、望みどおり我の一部を渡そう」 要は、水の精霊を相手にするようなメイジと戦って、勝てと言っているのだ。 モンモランシーの額に冷や汗が浮かんだ。 「…………やるしかない、わよね」 「そうです、ね」 二人は顔を見合わせて、苦笑した。 水の精霊が住む場所は、はるか湖底の奥深くだと言われている。 襲撃者は夜になるとやって来て、魔法を使い水の中に侵入、水の精霊を襲撃する。 水の精霊によれば、襲撃者が来るのはガリア側の岸辺だという。 シエスタとモンモランシーの二人はガリア側の岸辺に隠れて、襲撃者を待つはずだった。 だが二人は、トリステイン側の岸辺に停められた竜車の中で、寂しく夕食を取っていた。 カリーヌは客人を危険な目に遭わせられないと言って、単独でガリア側の岸辺に向かったのだ。 どこからか調達したバスケット一杯のサンドイッチを渡されたが、食欲が湧かないのか中身はほとんど減っていない。 この竜車は、緊急時の外泊を考えられており、椅子を引き出すとシエスタとモンモランシーが寝るには十分な広さのベッドになる。 貴族の馬車という寄り、軍人の馬車と言うべき設備だった。 「…大丈夫なんでしょうか」 「あんなに強く『一人で行きます』なんて言われたら断れないわよ」 シエスタは、一人でガリア側の岸部に向かったカリーヌを案じて、車の窓から外を見渡した。 ルイズが魔法で爆発を起こし、土くれのフーケごと木っ端微塵に吹き飛んだと言われているあの日も、こんな夜だったかもしれない… シエスタの胸に、ルイズへの憧れと、石仮面への恐れが去来した。 カリーヌ・デジレは、持参した軍服に着替え、木の上に座り瞑想していた。 マンティコア隊の服ではなく、それよりもっと昔、まだ魔法衛士隊に入隊する前の服だった。 ルイズと同じぐらいの年代、16の頃だっただろうか、その頃から魔法衛士への憧れがあった。 カリーヌは静かに過去を思い出し、静かに微笑んだ。 それから一時間ほど経った頃だろうか、岸辺に近づく人の気配に気づき、薄目を空けてそれを視認した。 人数は二人、漆黒のローブを身にまとい深くフードをかぶっている。 男か女かもわからないが、その二人は水辺に立つと杖を抜きルーンを唱えていたので、襲撃者には間違いなさそうだった。 カリーヌは小声でレビテーションを唱え、ゆっくり着地する。 ローブを身に纏った二人組は、硬直したように動きを止めた。 「!」 襲撃者の一人が杖を掲げる、と同時に空中に作られた炎がカリーヌを襲う。 同時に、もう一人の襲撃者が距離を取りつつルーンを詠唱し、地面に『エア・ハンマー』が打ち込まれた。 土が跳ね上がり、カリーヌの視界が塞がれる。 無数の炎の玉が作り出され、雨のようにカリーヌの頭上を覆う。 氷の刃が竜巻のようにカリーヌを包み、その肉を引きちぎり骨を砕く。 ……はずだった。 ギュン!と音がして周囲の空気が圧縮され、土煙と氷と炎は一つの固まりとなった。 無数の魔法に晒されたはずのカリーヌはまったくの無傷であり、土埃の汚れ一つとして無い。 カリーヌは直立不動のまま、右手に持った杖に力を込め、ルーンを詠唱する。 ただ「風を起こせ」という意味のルーンであり、風系統ではもっとも初歩のもの。 それはまるで、鉄砲水のような粘りを持った風となり、遠く上空で待機していた風竜を巻き込んで、襲撃者二人の体を巻き上げた。 空中で竜巻に飲まれた二人の手から、杖が離れる。 150サントはありそうな大きな杖と、20サント程度の小さな杖が風に乗ってカリーヌの手元に届けられた。 カリーヌは、腰から下げたロープを空中に放り投げると、風に乗せて宙に舞わせた。 ロープは風に乗って襲撃者の両手両足に絡みつき、その動きを封じる。 そして襲撃者の二人はゆっくりと地面に降ろされ、風竜は目を回して地面に倒れ込んだ。 『烈風』の異名を持つ彼女は、感情の読めぬ冷たい瞳で、襲撃者を見下ろしていた… To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7906.html
前ページ次ページゼロと電流 「第十一話」 港町ラ・ロシェール。 アルビオンとトリステインを結ぶ港である。街そのものの規模は小さいが、そこはアルビオンとの往来の要衝ということもあり、人の出入りは非常に盛んで、住人の十倍以上の人間が常にたむろしている。 治安を預かる者にとっては頭の痛いことだろうが、商売をする者にとってはこれほど嬉しい街もないだろう。ただし平和ならば、という注釈がつくが。 今の港町は、アルビオンの争乱を反映してか物騒な雰囲気の男たち……傭兵をはじめとする流れ者、脛に傷持つ者……であふれかえっている状態だ。 そのため、街の者にとっても多少の妙な風体はすでに見慣れていると言っていいだろう。『桟橋』の切符売りもその例外ではない。 だとしても、その夜やってきた男はその中でも飛び抜けて奇妙だった。 「アルビオン行きの船はいつ出る?」 「客かい?」 品定めするように男を見る。 見るからに訳ありの格好。 頭の先から足の先までをマントとフードで隠し、声までが何処かおかしい。確かに聞こえてはいるのだが、何となく声の出所が奇妙なのだ。 まるで、男の口元ではなく胸元から聞こえてくるように。 「金は?」 そう尋ねたのも仕方がないだろう。 男は、無言で厚手の手袋に包まれた掌を開いてみせる。そこには、金貨が数枚。 「二人分だ」 「悪いが、船は出ないよ」 「足りんか?」 「いや、ま、あんたが風石も全部出すってんなら別だろうが」 時期が悪い。数日後にはアルビオンが最も近づくのだ。その日ならば風石の消費も格段に抑えられるというのに、ノコノコとこの時期に船を出す馬鹿はいない。 「わかった。また来る」 「宿の当てはあんのかい?」 それには応えず、男は振り向くと歩いていく。 全身鎧を着込んでいるようなぎこちない歩き方に、切符売りは首を傾げた。 騎士か? それにしては従者も連れていないが。 いや、全身鎧を着た騎士が一人でこんな所を彷徨いているなどと不自然以外の何者でもない。 そもそも、鎧を着ているのならどうしてその上からマントとフードで隠しているのか。鎧姿よりも目立つではないか。 肩を竦めるとそれ以上の詮索は止め、切符売りは再び自分の仕事に戻ることにした。男にそれ以上構う義理も理由もない。 男は『桟橋』を出ると、そのまま町中へと歩いていく。そして、街一番の宿屋『女神の杵』亭へと。 一見してわかる、貴族や金のある平民相手の酒場兼宿屋である。 その一階の酒場で食事をしていた少女が男の帰りを認めて手をあげる。 「お帰り」 それはルイズだった。真っ赤なヘルメットを被った姿は、酒場の中で妙に目立っている。 「どうだった?」 「船は出ねえってよ」 「出ないって……あ、そうか」 「なんでぇ、知ってたのかよ」 「忘れていたのよ。月で決まるのよね、確か」 「ああ、『桟橋』の兄ちゃんもそう言ってたわ」 「ご苦労様、デルフ、ザボーガー」 「じゃあ」 「ちょっと待って。それを脱ぐのは部屋に戻ってからよ。どちらにしても、私が脱がせるんだし」 「早くしてくれ、嬢ちゃん。どうもこういうのは好きじゃねえ」 「考えてみれば、貴方、普段は服なんて着ていないものね」 「裸だな。ま、相棒だってそこは同じだと思うぜ。さ、部屋だ部屋」 「ご飯は?」 「いらね。わかってて言ってるだろ、嬢ちゃん」 食事の間預けていた鍵を受け取ると、ルイズは男の手を引くように階上の部屋へと向かった。 怪しい風体で喋りが粗野な男と、育ちの良さそうな美少女。 さらには脱ぐだの脱がせるだの裸だの。 周りの客の目が微妙に妖しいものになっていたのだが、勿論ルイズは気付いていない。 「美女と野獣に違いない」 「羨ましい」 「いや、でもあの子、飯食いながらなんか兜に手かけてぶつぶつ呟いてたけど」 「うわ」 「ちょっと、可哀想な子?」 「それであの男が騙して連れ回してる?」 「なんと羨ま……いや、けしからん」 「つか、変な者同士のお似合いじゃね?」 それらの視線や呟きを一切無視して部屋に入る二人。 ルイズは目立つのを避けるために行動しているつもりだったが、はっきり言って裏目である。 「脱がしてくんね?」 「ええ」 男のフードやマントを脱がせる、というより剥がすルイズ。 その下から現れたのはザボーガーである。そして、ザボーガーの胸元にくくりつけられているデルフリンガー。 よく見ると、ザボーガーの頭が少し開いていて、そこからヘリキャットが機体の鼻面を覗かせている。 ヘリキャットの集音マイクや小型カメラと視覚聴覚を繋いだルイズが、ザボーガーに命令して身体を動かしていたのだ。勿論、ザボーガーの口代わりになっていたのはデルフリンガーである。 「しかしなぁ、嬢ちゃん。俺っちは剣なんだが。あんまりこういうのは柄じゃねえ」 「今は剣の出番じゃないもの」 「ま、嬢ちゃんのためって事なんで、相棒も嫌がってなかったけどよ」 「どうでも良いけどさっきから、相棒って誰の事よ」 「ザボーガーに決まってるだろ」 「ザボーガーの気持ちがわかるの?」 ゴーレムの癖に気持ちなんてあるのか、とはルイズも言わない。 なんと言っても、ザボーガーは使い魔である。使い魔なのだから、どんな形にせよ心はある。ルイズはそう信じている。 「なんとなくわかる。多分嬢ちゃんがザボーガーの主人で俺の使い手だから、どっかで繋がってんだろ」 「それも、ルーンの力なの?」 「さあ、どうだろねぇ。主がそのまま使い手になってるなんて、初めてだからねぇ」 「じゃあ、他の人はどうだったのよ」 「忘れた」 「あのねぇ……」 「それで、どーすんだ? 船が出るまでは足止めだぞ」 「ザボーガー、さすがに飛べないわよね」 「そりゃあ、無理だろ」 「いいわ、待ちましょう。色々やってみたいこともあるし」 この機会に、ザボーガーの性能をもう一度検証してみよう、とルイズは決める。 そのときルイズは気付いていなかった。一階の客の中に、自分と旧知の者がいたことを。 これは一体? タバサは首を捻った。 どうして自分は学院長に呼ばれているのだろうか? 横を見るとキュルケ。 「知らないわよ?」 反対側にはギーシュとモンモランシー。 「僕も知らない」 「私も知らない」 知らないのについてきているのはどういう事か。 タバサについていくわけではない、と三人は言う。 「私たちも呼ばれたのよ」 「僕もだ」 「私も」 タバサは一同を見渡して気付いた。 「ルイズ?」 頷くキュルケ。 「そうね、どう考えても、この四人の共通点って、ルイズよね」 「いや、僕たちはそれぞれ魔法属性のトップクラスじゃないか。いわば魔法学園の四天王」 「ギーシュはドット」 「う」 トライアングルのキュルケとタバサは良いとして、ギーシュとモンモランシーはドットである。 とは言っても、それぞれゴーレム操作と秘薬造りに特化している状態なので、総合的に考えると並みのドットは遙かに超えているのだが。 「やっぱりルイズ絡みかしら」 「今更、あの決闘のことだろうか」 「闘ったのはギーシュ」 「そうね、ギーシュね」 「だからどーして君たちはいつも、僕にばっかり面倒を押しつけるんだね!」 「頑張ってね、ギーシュ」 それでもモンモランシーに言われると頑張ってしまう自分が、ギーシュは少し恨めしかったりする。 ギーシュのどことなく嬉しそうでもある溜息を聞きつつ、先頭になっているタバサは学院長室のドアをノックする。 「ミス・タバサとミス・ツェルプストー、ミス・モンモランシじゃな? 入りたまえ」 ノックだけでわかったのか、それとも予想していたのか。 しかし、ギーシュは慌てている。 「あの、学院長、僕は」 「男を部屋に誘い入れる趣味など持っておらんわい」 「え」 「早く入ってきなさい。お客様もお待ちかねじゃ」 お客様? と訝しげな顔になりつつも、四人はドアを開けて中へはいる。 途端に、直立不動となるギーシュとモンモランシー。 オスマンの隣で微笑んでいる客の姿に気付き、優雅に礼をするタバサ。一瞬遅れて、キュルケも。 「ここでの私はオールド・オスマンの客人に過ぎません。皆、楽にしなさい。」 四人が想像もしていなかった第三者アンリエッタはそう言うが、ギーシュとモンモランシーはそうはいかない。二人とも、学院内では変わり者に分類されてはいるが、曲がりなりにも、いや、誇り高き生粋のトリステイン貴族なのだ。突然王族を目の前にして、普通でいろと言う方が無茶である。 それに引き替えキュルケはゲルマニア貴族、タバサはガリア……隠してはいるが王族……貴族である。アンリエッタに対する敬意はあっても畏怖はない。 「これこれ、ミス・モンモランシ、楽にしなさい。そこまで緊張しては却って失礼じゃよ?」 そしてこの期に及んで勘定に入ってないギーシュ。 「お前さんがたに聞きたいことがあってな」 「姫殿下が、私たちに、ですか?」 「いやいや、儂も聞きたいことがある」 モンモランシーは少し考え、ある事実を思い出す。 『ルイズは、姫殿下の幼馴染みかもしれない』 忘れていた。というか、普段考えることなど無かった。 しかし、トリステインでも屈指の名門ヴァリエール家の娘である。さらに年齢もちょうど良い。幼い頃の遊び相手とされていても何の不思議もない。 そして膨らむモンモランシーの想像。 『ルイズが、姫殿下にあることないことチクった』 いや、さすがにそれはない。それはないとモンモランシーは自分に言い聞かせる。 しかし、だ。 ただでさえモンモランシ家は、現当主であるモンモランシーの父親が代々続いた水精霊との交渉で大ポカをやらかし、睨まれているのだ。ここで自分が姫殿下に嫌われようものならば…… さらに膨らむモンモン想像。 『私のお友達に何をしてくれたのかしら?』 何もしてません。私は見てただけです。やったのはギーシュ。唆したのはキュルケです。 いや、駄目だ。それは駄目。ギーシュが罪に問われてしまう。それは嫌。ギーシュは大切なお友達。 キュルケはいい。いや、良くはないけれど。最悪、ゲルマニアの貴族なんだからトリステインの王族に嫌われるのは諦めてもらおう。 うん、それがいい。キュルケに全ての罪を…… モンモン想像は広がる。 『なんですって、ゲルマニアの成り上がり貴族の分際で。戦争よ、戦争』 駄目ーーーー。駄目、姫殿下、落ち着いてください。 戦争はいけません、駄目です。個人的には水の秘薬の価値が上がるので嬉しいですけれど、実家の財産を殖やす機会ですけれど、でも、それはそれとしてやっぱり戦は駄目です。 お願いですから落ち着いてください。 この場合、落ち着くべきはモンモランシーである。 それでも、モンモン想像は続く。 『止めなかった貴方達も同罪よ。そっちのチビッ子、貴方は誰? ガリア? ガリアなの!? わかったわ、戦争よ、戦争よぉぉぉ!!』 大変なことになってしまった。2カ国相手の大戦争が始まってしまう。 モンモランシーは心から後悔していた。 こんなことになるなんて……どうして、こんなことに…… どうして…… どうして? …………? よく考えると、まだ何も起きてない。 顔を上げると、全員が自分を不思議そうに眺めている。 「どうしたんだい、モンモランシー。顔色が悪いようだが」 ギーシュが心配そうな顔で尋ねていた。 「あ、えっと……」 「良いかね? 三人とも」 オスマンが一同に尋ねた。相変わらずギーシュは員数外である。 「ミス・ヴァリエールのことなんじゃが」 はうっ。 その言葉で、モンモン魂は再び想像へと飛んだ。 ワルドはルイズを“見て”いた。 妙な男と一緒にいるが、あれが例の使い魔たるゴーレムだろうか。 フーケのゴーレムを手もなく打ち砕いたゴーレムである。警戒が必要だろうが、ワルドとて油断はしていない。 マザリーニの密命によりアルビオン探索を請け負ったのは、自分からそのように仕向けようとしていたとはいえ、やはり幸運だった。命じられることがなければ、立案し志願するか、あるいはトリステインとの縁切りを予定より早めなければならなかっただろう。 本当に自分は運が良い。これも、自ら選んだ正しき行いへの祝福か。 ルイズの存在はそこに付け加えられたさらなる幸運、ちょっとしたボーナスのようなものだ。 使い魔などは二の次でいい。 どれほど強力な使い魔だろうが、ルイズの真の力が目覚めればそれどころの騒ぎではないのだから。 そして、その力は自分が使う。ルイズには、いや、トリステインの貴族の娘には勿体ない力だ。 ルイズならば、自分の言うことを聞くだろう。それが叶わないとしても、聞かせることはできるだろう。 なに、最悪の場合は身動きできない状態にしてしまえばいい。 足を失えば勝手に身動きはできまい。 手を失えば抵抗はできまい。 呪文の詠唱さえできればいい。杖はどうにでもなる。喉と舌さえあればいい。 自由意思など、時間と手間さえかければいくらでも変えられる。 ワルドの目に映っているのは、ルイズという名の少女ではなかった。 ワルドの目に映っているのは、ルイズと呼ばれる魔法装置に過ぎない。 前ページ次ページゼロと電流