約 1,950,628 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2575.html
反省する使い魔! 第九話「噂の奏で△微熱の乙女」 学院長室が配置されてあるのは トリスティン魔法学院にいくつもそびえ立つ塔の一角だ。 当然、移動には内部の螺旋階段を使用する。 そして今その螺旋階段では、ルイズの後に続くように 音石が階段を下りていた。 すると音石に背を向け階段を下りながら ルイズが話しかけてきた。 「ねえオトイシ、あんたなんで スタンドのことを黙ってたの?」 「そこんとこは悪かったと思ってるぜルイズ、 だが勘違いはしないでくれよ。別に隠してたわけじゃねェ、 ただ単純に『話す機会』がなかった…。それだけだぜ。 …クックック、そう考えるとあのギーシュって小僧との決闘が ある意味、お前にオレのことを知ってもらう 『いい機会』だったって事かもしれねーな」 音石が得意げに鼻で笑った。 それにつられてルイズも「もう、ばかねぇ」と 薄ら笑いを浮かべた。 「まっ、こうして話してくれたわけだし 今回は特別に許してあげるわ。その代わり!」 突然ルイズが振り返りビシッと音石を指差した。 「あんたさっき学院長室で言ってたわよね? 『オレの世界についてはまた今度じっくり話してやる』って その約束、しっかり守ってもらうわよ!」 このルイズの命令には音石も意外そうな顔をした。 「なんだよルイズ、地球に興味があんのかよ?」 「そりゃね、私これでもハルケギニアについては 結構いろいろと知っているほうなのよ? だからとても興味があるわ、魔法が存在しない世界だなんて、 とても想像できないもの」 「へぇ~…、人は見かけによらねーってのはこの事だな」 「なんか言った?」 「幻聴だろ」 そんなやり取りをしているうちに いつの間にか二人は階段を降りきっていた。 そして二人は自室……つまりルイズの部屋に戻るべく、 学院なだけあって無駄に広い中庭の道を通っていった。 そんなときだ、向こう側から数人の男女生徒が歩いてきた。 ルイズは彼らを見た瞬間、若干動きが躊躇った。 そんなルイズの反応に気付いた音石も向かってくる 生徒たちの顔を見る。……そして気付いた。 向かってくる生徒の何人かが今日の授業で見た顔……、 つまりルイズのクラスメイトだったのだ。 彼らは全員が楽しそうに会話を繰り広げ、 廊下の真ん中を堂々と歩いていた。 しかし、一人の生徒がルイズたちに気付いたのか、 顔をはっ!とさせ、一緒にいる仲間たちに なにかをささやき始めた。 ルイズたちからは距離があったため なにをささやいているのか聞こえなかったが、 次の瞬間、彼らが一斉にふたつに分かれ ルイズたちが余裕で通れる道を作ったため なにをささやいていたのか余裕で予想が付いた。 ルイズと音石が彼らを通り過ぎると 彼らは逃げるようにその場を走り去っていった。 ルイズは何か複雑な気分だったが 音石は心の中で嘲笑っていた。 (フッフッフッフッ、あの決闘自体がルイズに スタンドを教える『いい機会』だとすれば…、 あの決闘での勝利は貴族の肩書きなんかで図に乗っている ガキ共に喝を入れる『ちょうどいい機会』ってわけか……) その後、音石はルイズの部屋で 自分の故郷、地球についての説明をした。 地球の歴史、科学技術の発達、自分は地球の 日本という国の人間で国によって言語が違うなど。 ありとあらゆる説明をしていくにつれ ルイズは未知な知識が次から次へと 頭の中に入っていく新鮮な感覚に興奮と驚きを 隠せないでいた。 音石自身も自分の世界では誰でも知っていて当然の常識を こうもいちいち驚きまくるルイズの反応は 見ていておもしろかったため特に不満も めんどくささも感じないまま説明を続けた。 当然、説明すればするほどルイズからの質問が増えていく。 車とはどういうものなのか? 鉄の塊がどうやって空を飛ぶのか? 音石はサムライなのか? など、説明するにつれ質問にも答えなければならないため 当然、喉がスッカラカンに渇ききってしまい ルイズの部屋に置いてあった水を必要以上に摂取した。 喉を渇かすこと自体は音石にとってよくあることだが、 その渇きを癒すために摂取した水の量が半端じゃなかったため、 音石はこの日、ひどくトイレに悩まされる羽目になった。 そんなこんなで会話を繰り広げていると いつの間にか、外が暗くなっていた。 どうやらお互い会話に夢中になっていたのか 時間が過ぎているのに気付かなかったらしい、 音石にとってはこの世界で二度目に迎える夜だったため どこか奇妙な感覚を味わっていた。 先に外が暗くなっていることに気付いたのは音石だが ベットに座っていたルイズも音石が気付いたすぐ後に 外が暗くなっているのに気付き、何かを思い出したのか 勢いよく立ち上がった。 「あ、いっけない!オトイシ、行くわよ!」 「行く?…ああ、夕食か?」 「そうよ、早くしないと神聖なる 食事前の祈りに遅れちゃうわ!」 「祈り?そんなんがあんのか?」 「はぁ?あんた何言って…… あ、そっか…。あんた朝食のとき すぐに出てったから知らないのも当然ね…… いい?私たちの祈りってのは始祖………」 「なあルイズ、説明してくれんのは嬉しいんだが 急いでんならせめて行きながらにしねーか?」 「………それもそうね、ついてきなさい」 部屋に出た二人は食堂に向かうために 廊下の奥にある階段を目指した。 音石は食事前の祈りについての説明をしている ルイズの後に続いて歩いていたが、 音石は食堂に行ったらまたシエスタの世話になるか と考え事をしていた為、 最終的には祈りというのは かつて存在した始祖とかいうお偉いさんに 感謝の言葉を送るというアバウトな感じにしか 覚えていなかった。 ルイズの後に階段を下りようとしたその時、 音石は咄嗟に後ろを向いた。視線を感じたからだ。 刑務所に入っていると、その気がなくても 嫌でも看守の目を気にするときがある。 そのため音石は妙に視線や気配に人一倍に敏感になっているのだ。 かつて牢屋に入っていたアンジェロが 虹村形兆の気配にいち早く感付いたのがいい例である。 しかし音石の視線の先には女子寮の生徒たちの 部屋の扉が連なっているだけで、 特にドアの隙間や廊下の一番奥にある窓ガラスには こちらを伺うような人影もなかった。 (………気のせいか?) 「ちょっとオトイシ!なにしてんのよ、早く来なさい!!」 「あ、ああ………今行く……」 音石は疑問を感じながらも これ以上、ルイズを待たせたら大目玉を くらいそうだったため、慌てて階段を下りていった。 足音が遠のいていくと、ルイズのひとつ奥の部屋…… キュルケの部屋の扉がキイィィィィ…っと音を鳴らした。 わずかに開いた扉の隙間からはキュルケの使い魔、 フレイムが顔を覗かせていた。 ルイズと音石が食堂に辿り着くと 相変わらず大勢の生徒がにぎやかに談笑の声を上げていた。 しかし、生徒が少しずつ音石の存在に気付くと にぎやかな談笑も少しずつざわめきに変わっていった。 「お、おい、あいつだぜ」 「ば、馬鹿!目を合わせるな!ギーシュの二の舞になるぞ!!」 「なんであんな野蛮人を先生たちは放っとくのよ……」 「ちょ、ちょっと…声が大きいって!聞こえたら殺されるわよ!」 「平民のくせに…………」 「あんな強力な亜人を操れる奴が平民なわけないでしょうッ!? きっとエルフが魔法を使って化けてるのよ!」 「なんであんなのがルイズの使い魔なんだよ…………」 そんな陰口が食堂に充満していく有様だが、 席に向かうルイズの後に音石が続いて歩くと 机と机の間に立っていたり、椅子に座っていたり している生徒たちは音石が近づいてくると 立っている生徒は怯えながら机に張り付くように道を譲り 座っている生徒は椅子に身を伏せていた。 なかには震えている生徒までいる始末だ。 学院長室から部屋に向かう途中の事といい、 この食堂での今といい、どうやら音石は かなり生徒たちから恐れられているらしい。 どうやら『レッド・ホット・チリ・ペッパー』だけでなく ギーシュを半殺しにしたことがよほど効果的だったらしい、 しかし元よりそのつもりでギーシュを必要以上に痛めつけたのだ。 音石としてはどこか奇妙な達成感を感じていた。 対してルイズは自分の使い魔が噂されるほど 優れている事に胸を張ればいいのか、 まるで自分が音石に相応しくないような 物言いをしている生徒に怒ればいいのか どこか複雑でどこか悲しい気分のまま席に座ったが、 ポンッと肩を叩かれ、振り返り見上げてみると 音石が自分の心情を察してくれたのか 「言いたい奴には言わせておきゃあいい… まっ、気に入らねー奴がいたら教えな 変わりにブッ飛ばしてやっからよぉ~~…」 と悪ガキのように笑いながら言った。 そんな音石の笑顔を見ていると ルイズも陰口でブツブツ言っているだけしかできないような 奴らにいちいち反応している自分が馬鹿らしく感じた。 (そうよ!今は無理でもそのうち何も言えないぐらいに 成長してやるんだから!実際わたしはこいつを召喚したじゃない! へこたれても仕方がないわッ!!) そしてルイズは一言笑顔で「ありがとう」と音石に返した。 その目にはその目には音石とはまた違う 輝きと強い勇気と希望に満ち溢れていた。 すると給仕たちが厨房から 美味そうな食事を机に運び始めた。 そこでルイズはふとあることに気付いた。 音石の食事のことである。 ルイズは今朝、ここの給仕にみずぼらしい料理を 自分の使い魔に出すようにと命令しそのままである。 しかし音石は異世界の住人でありながらも なにかといろいろ自分のことを気に掛けてくれている。 性格は多少野蛮で大雑把なところはあるが ソレさえ除けば基本いい奴である。 さすがに今朝のようなみずぼらしい食事を 出すのはルイズの人間としての良心が痛んだ。 だが料理はもうすぐそこまで運ばれている。 ルイズはどうしようかと焦ったが いつの間にか音石がその場に居ないことにも気付いた。 「あ、あれ?あいつどこ行ったのよ?」 周りを見渡しもどこにも音石の姿はない。 するといつの間にか隣にモンモランシーが 座っているのにも気付き、彼女に聞いてみることにした。 「ねえ、モンモランシー。私の使い魔どこ行ったか知らない?」 「ん?彼ならさっき厨房に向かっていくのを見たわよ? たぶん、厨房の給仕たちに食事をもらうつもりじゃないかしら?」 「そうなんだ……、わかったわ、ありがとう」 自分の使い魔が給仕に食事を恵まれるというのも気に引けるが それならそれでいいかと納得し、 ルイズは自分の前に食事が置かれるのを確認した。 相変わらず、おいしそうな香ばしい匂いが食欲をそそった。 「ねえ、ルイズ」 すると急に先ほどのモンモランシーが話しかけてきた。 「ん、なによ?」 「あの使い魔、なんて名前だったっけ?」 「え?オトイシ・アキラだけど………」 「そう……オトイシさんって言うんだ……」 モンモランシーのありえない呼び方に ルイズは自分の耳を疑った。 「『さん』ッ!?え、ちょっとモンモランシー!? あ、あんたまさかッ!?」 「えっ!?あ!?ち、ちがうわよルイズッ!! 誤解しないでッ!誰があんな平民なんかをっ!! しかもアイツはギーシュをあんなひどい目にあわせたのよッ!? なんで私がそんな奴のことなんか………」 そう言うとモンモランシーは腕を組みながら、 プイッと顔を逸らした。 しかし顔を逸らした先には厨房があり、 モンモランシーは厨房を眺めたまま、 完熟したトマトのように顔を赤くしながら 徐々に意識が上の空になっていった。 「よお、シエスタ」 「あ、オトイシさん!!」 厨房に現れた音石の名をシエスタが叫ぶと 厨房中の料理人、メイドたちが仕事の手を止め、一斉に音石を見た。 そんな視線に音石は多少気まずいモノを感じたが よくよく見ると、彼らの視線は先ほどの生徒たちのような 不安と疑惑が篭った目ではなく、逆に尊敬と憧れを その目に篭らせていた。 すると厨房の奥から大柄で筋肉モリモリマッチョマンの 料理長マルトーが現れた。 「おお、来たか!『我らが狂奏』!!」 「はぁ?」 突然現れたマッチョマンにわけのわからない 呼び方をされ、音石の頭の上に?マークが浮かび上がった。 「あ、オトイシさん。紹介しますね! この人は料理長のマルトーさんです マルトーさん、この人がさっき言った オトイシさんです!」 「わざわざ言わなくてもわかるさシエスタ! 顔に大きな傷痕があり、見たことのない楽器をぶら下げた男! そしてこの只者ならぬオーラ!一目でわかったぜ! こいつがシエスタを助け、貴族を倒した『我らが狂奏』だってな!! がっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」 マルトーが豪快に笑いながら、 音石を半ば力ずくで椅子に座らせ、 昼間のシチューとは比べ物にならないくらいの 豪勢な食事が机に置かれた。 「おいおい、いいのかぁ?この料理、 下手したら食堂の貴族どもより豪華だぞ?」 「なぁ~に、別に気にするこたぁねぇよ お前さんはシエスタを助けてくれたんだ! だからこの料理は俺たちからのささやかなお礼だ!」 そういうことなら……、と音石はフォークを手に取り、 美味そうな匂いを漂わせているチキンを取ろうとしたが 突然マルトーが料理の皿を横にずらし、 音石はむなしく机を刺してしまい、手が止まった。 なんのつもりだと言いた気に音石はマルトーを 見上げたが、その時のマルトーの顔は先ほどの 豪快な笑顔から真剣そのものの顔で音石を睨んでいた。 「ただ………最後に確認しておきたいんだが…… まさかお前さん、実は貴族……なんてことはないよな?」 「…………………なにィ?」 「シエスタから聞いたんだが…… お前さん、なんでも手で直接触れることなく ゴーレムを破壊したそーじゃねーか… そこら辺をはっきりさせておきてーんだ」 マルトーの言葉に音石は理解した。 そういうことか…、この世界じゃあ平民は魔法をつかえねぇ……、 つまりそれは魔法を扱うための精神力が扱えねーって事だ。 てことは当然こいつら平民は貴族とは違って スタンドを見ることが出来ねーってわけか……。 音石は手に持つフォークを机に置き、 マルトーの顔を睨み返した。 「くっく、おいオッサン。勘違いしてんじゃねーよ 確かにオレには普通の人間にはない 特殊な『チカラ』を持っちゃいるがよ~~~~……、 コレだけははっきり言ってやる………。 オレをあんな口だけ野郎どもと一緒にすんじゃねーよ」 シエスタや周りの料理人たちやメイドたちが冷や汗をかいた。 マルトーは学院中の平民の間ではメイジ嫌いで有名である。 沈黙という重い空気が流れた。 ―――――――――しかし………、 「………グ……、グゥアッハッハッハッハッハッハッ!! コイツは驚いた!俺に睨まれてそんな口を利いた奴は お前が初めてだよ!!いやはや、まったく恐れ入ったぞ!!」 「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! オッサン!あんたも人が悪いぜェ!! せっかくの飯だってのにこんな邪険なムードにされちゃあ うまい飯もまずくなるってもんだぜ!?」 「ガッハッハッ!!違いない!!」 「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」 「ガッハッハッハッハッハッハッハッハッッハッ!!」 そんな二人の豪快なやり取りにシエスタたちは 安堵と喜びに満ち溢れていた。 どうやらシエスタたちは下手したら 殴り合いになるんじゃないかと心配していたようだ。 音石はマルトーと気が合ったようで あっという間に打ち解けることが出来た。 音石が食事をしているとあらゆる質問が 料理人やメイドたちからぶつけられてきた。 主に年齢や出身、決闘についてである。 出身は適当に誤魔化したが 決闘に対しての質問は特殊な『チカラ』を 持っているとだけ教え、『スタンド』のことは 黙っていることにした。 しかし、どういうわけか。 マルトー含む、ほとんどの者は音石が持っている ギターがマジックアイテムと勘違いしている者もいる。 特殊な『チカラ』=マジックアイテム 彼らはそう解釈したのだ。 だが音石からしても、マジックアイテムというのが どういうものかは知らないが、そう解釈してもらえるなら そっちのほうが都合がいいと判断し、そういう事にした。 そんな音石に付けられた称号が『我らが狂奏』である。 どうやら決闘の最中にギターを弾いていた音石の姿が その称号を生んだらしい……、なんともえげつない呼び名である。 「また来いよ『我らが狂奏』!! 俺たちゃあいつでもお前を歓迎するぞ!!」 「ああ、また世話になるぜオッサン。 じゃあなシエスタ」 「はい!是非またいらしてくださいね!!」 食事を終えた音石は厨房を後にし、ルイズの元に向かおうとしたが 戻ってみると、ルイズが座っていた席にはルイズは居なかった。 「ルイズなら先に帰ったわよ」 「ああン?」 突然声をかけてきた相手はモンモランシーだった。 「頼まれたのよ、あいつが戻ってきたら 先に部屋に戻ってるって伝えてってね」 「そいつはご苦労さん…………じゃあな」 「え?あ!?ちょ、ちょっと待ちなさい!!」 正直この時、音石はこのまま無視して部屋に戻りたい気分だった。 呼び止められた理由がだいたい予想が付くからだ。 せっかく貴族がわざわざ伝えてあげたのよ!? 感謝の言葉を送るなりするのが礼儀でしょ!? どうせこんな風なことを言われるに決まってる。 そう思った音石だが………興味があった。 昼間のギーシュの物言いから推測すると、 このモンモランシーはおそらくギーシュの恋仲かなんかだろう、 だからこそ興味があった。 そんな彼女が恋人であるギーシュを半殺しにした自分に 一体どんな口を利いてくるのか非常に興味があったのだ。 だから音石は部屋に戻ろうとした足を止め、 モンモランシーのほうへ振り向いた。 その時の彼女の顔は熱でもあるのか妙に赤かった。 「あ……あの!じゅ………授業の時……… そ、その………た、助けてくれて……あ、ありがとう」 音石は自分の耳にクソでも入ったんじゃないかと疑った。 まさか逆にお礼を言われるとは思っても見なかった。 この世界に来て音石は、貴族に対してはっきりいって ロクな印象がない。 この世界の貴族はどいつもこいつもその肩書きを 馬鹿みたいに威張り散らすことしか知らないカス。 どちらかというと音石のなかにはこういう印象が 定着しきっていた。 だからもしも自分を見下すような物言いをしたら 適当に馬鹿にして嘲笑ってやろうと考えていたが、 逆にこう言うことを言われるとどう対処すれば いいのか非常に困ってしまう。 「………ああ、まあ……あれだ………えっと……」 音石はぎこちない感じで、 どう言葉を返したらいいか考えていた。 元々音石は敵を作りやすい人柄のせいか 他人に感謝されること自体が極端に少ない。 ましてや女性に礼を言われたことなど 音石が記憶してる限りではほとんど経験がない。 まあ単に音石が覚えてないだけかもしれないが……。 音石は照れているのか頭をかきながら視線を逸らし、 「オレが勝手にやったことだし気にすんな」 と簡潔に言った。 モンモランシーは何かを言おうと 口を開こうとしたが、音石は逃げるように 早歩きで食堂を後にした。 らしくねぇ………、 音石はルイズの部屋がある女子寮の 階段を昇りながらそう思った。 さっきの食堂でのモンモランシーの感謝の言葉には 音石は正直今思えば感心している。 しかしそれでもいきなりあんなこと言われたら どう言葉を返せばいいのか迷うのを通り越して 気恥ずかしくなってしまう。 (まったく、らくしねぇな音石明 承太郎の野郎みてぇにクールにいかねぇもんか………) いろいろ考えているうちに かえってむなしくなってしまい 音石は深いため息をついた。 今から外に出てギターを激しく演奏して 気分でも晴らそうかとさえ思ってしまう。 そんなことを考えているうちにいつの間にか ルイズの部屋がある階にたどり着き 今日はさっさと寝てスッキリしようと思い ルイズの部屋に近づいていったが 廊下の奥の暗闇からひとつの炎が宙に浮いているのが 目に入り、音石は咄嗟に足を止めた。 警戒していたが徐々に暗闇からソレが姿を現し、 その炎の正体がキュルケの使い魔、 サラマンダーのフレイムの尻尾だと気付いた。 「はぁ~~、なんだ脅かすなよ てっきり人魂かと思ったじゃねぇか、 あ~~~、心臓にわりィ……」 音石は服の上から自分の左胸に手を押さえ 心臓の鼓動が早くなっているのを確かめると、 突然フレイムが音石のもうひとつの手の 服の袖を咥えてきた。 「ん?なんだよ、人懐っこいやつだな 遊んでほしいのか?」 「きゅるきゅる」 「うおッ!?お、おい。いきなり引っ張んなよ! この上着、結構高いんだぞ!?」 突然、力強くフレイムに引っ張られた音石であったが 下手に引き剥がそうとすると、お気に入りの上 値段も張った大切な上着が破けてしまう恐れがあったため、 引き剥がそうにも引き剥がすことができなかった。 されるがままにフレイムに引っ張られていくと どうやら自分の主人であるキュルケの部屋に連れてこようと しているようだ。 部屋のドアは半開きなっており、フレイムがその間に体を入り込ませ、 音石もその後を無理やり入り込まされた。 部屋の中はなぜか真っ暗で、いつの間に服を咥えている 口を離していたフレイムの尻尾の炎があっても 1メートル先も見渡せない空間となっていた。 ついでにこちらの世界ハルケギニアでは 『メートル』は『メイル』で表されているらしい。 「扉を閉めて」 すると暗闇の部屋の奥から声がした、当然キュルケである。 先に述べたように、部屋の中は1メートル先も見渡せない状況だ。 当然、そんな暗闇の中ではキュルケの姿を目視することは不可能である。 しかしなんと音石はこの暗闇の中、はっきりとベビードールだけを着た セクシーな格好をしたキュルケの姿を認識していた。 なぜそんな暗闇の中を音石が目視できたかというと 音石はこの時、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の 『眼』だけを発現し、それを自分の眼球の上に コンタクトレンズのように重ね被せたのだ! チリ・ペッパーは電気のスタンド! その発光体質を利用した音石独自の暗視スコープなのである!! (おいおい……、一体なんのつもりだこの女?) 音石はそんなキュルケのベビードール姿に若干戸惑いながらも、 同時に興味があったので言われた通りに扉を閉めることにした。 すると部屋に置いてあった数本のロウソクが一斉に炎を灯らせた。 キュルケがなにか魔法をつかったのだろう、 音石は彼女の手に杖があることを確認した。 「そんな所に突っ立っていないでこっちに来てくださらない?」 音石はゆっくりとベットに座り込んでるキュルケの傍に歩み寄った。 「オレとルイズが食堂に行くとき、妙な視線を感じたが…… あれはお前の使い魔だったのか?」 「あら、気付いていたの? さすがね………。ええ、その通りよ」 「なんでおれとルイズを監視してやがったんだ? なんでもお前の実家とルイズの実家は昔っからの 因縁らしーじゃねーか?まさかそれに関係してんのか?」 「誤解しないで、別にヴァリエールなんか監視しないわ あの娘、なにかとそのことにこだわっているけど 私は別に興味ないもの、ご先祖様たちの問題なんて…… それよりも………!」 「うぉわッ!!?」 すると突然キュルケが音石の手を引っ張り 自分の体の上に音石を無理やり押し倒させる体勢を作り出した。 音石は嫌の予感がしながら自分の額から首筋に 冷や汗が流れるのを実感した。 音石は咄嗟に手を伸ばし、キュルケから離れようと 体を起こし立ち上がろうとしたが、 いつの間にか自分の首に手を回しているキュルケによって それもできなくなっていた。 「私が興味あるのは………… ミスタ・オトイシ、あなたなのよ」 「…………ああ、なるほど、そういうことか?」 「ええ、わたし、貴方に恋してるのよ」 二人の顔の間隔は鉛筆縦一本分くらいで 互いの吐いた息が肌で感じ取れるほどのものだった。 しかし、ここで焦ってはと相手の思うつぼだ。 音石はここぞという時こそクールに対処するのが 最善の策だと結論付けた。 だから音石は無理にキュルケから離れようとせず あえてこの距離のまま彼女に話しかけた。 「なぁキュルケ……、君の気持ちはうれしぃんだがよ~~~。 昨日今日知り合った相手にいきなり惚れるってのは オレからしてみれば普通にどうかと思うぜ?」 「そんなことはないわ、現にあなたは学院中の人気者じゃない」 「嫌な意味でだろ?そんなんで君に惚れられる道理はないぜ?」 「フフッ、意外と謙虚なのね。聞いたわよ? あなたがギーシュと決闘したのは一人の女の子を 助けるためだったって………」 「…………………………………………」 「あなたの決闘での戦い様、カッコよかったわ まるで伝説のイヴァールディの勇者みたいだったわ! あんなすごい亜人、見たことないわ! 青銅を一発で粉砕するほどのパワー! 戦いながら楽器を奏で続ける不敵な物腰! あれを見た瞬間、わたしの心に火がついたのよ! 情熱!そう、『恋』と言う名の情熱よ!! 昨日知り合ったばっかりだからだなんて些細なことよ!」 『言ってもムダ!』 キュルケの話を聞いていると、 音石は嫌でも広瀬康一が山岸由花子に対して言った あの言葉を思い出してしまった。 音石はあの時、康一と由花子の戦いの一部始終を監視していたが 由花子はなにかを好きになると周りが見えなくなる異常な女だ。 この女、キュルケもまさにそれだ。 由花子のような凶暴性がないとはいえ、一度何かに夢中に なると周りが見えなくなっているんだ。 しかもこの女は貴族という身分のせいか 『自分が好きになった男は自分が手に入れて当たり前』 と思っている。 由花子とはまた違った異常さが彼女に潜んでいた。 少なくとも音石にはそう思えて仕方なかった。 (これ以上この部屋にいるのは絶対にやばい! だが力尽くじゃだめだ! この女が何をするかわかったもんじゃねぇ…… 下手に断ったらこの状況の濡れ衣をオレに着せる可能性がある。 『いきなり部屋に上がりこんできて襲ってきた』ってな! そんなことになったら今度こそ大問題だ。 ギーシュとの決闘のときとはわけ違う。 学院長のじぃさんでも庇いきれるかどうか…………… なんとかこの女が納得する方法でここを 抜け出さねぇとこれから先、ここでの生活がどうなるか わかったもんじゃねぇぞ!!) 音石はどうするか考えていた。 しかし周りが見えない女をうまいこと説得する方法など はっきり言って容易なことではない。 「フレイムで監視していたのはごめんなさい。 あなたが気になって仕方がなかったの」 「………キュルケ、ひとついいことを教えてやるぜ。 人間、『仕方がなかった』でいくらでも誤魔化せるんだぜ?」 これはつい昨日まで刑務所にいた音石だからこそ言えるセリフだろう。 『仕方がなかった』、どんな奴でも自分の間違いを否定するとき 必ずこの言葉を口にする。間違いの罪が深ければ深いほど この言葉を口にする。刑務所にいた音石はそんな言葉を 口にする人間を人一倍見てきた。 だからこそ音石は、この『仕方がなかった』という魔性の言葉が どれほど恐ろしいかよく知っていた。 「……そうね、貴方の言うとおりだわ。 本当にごめんなさい。でもわかって頂戴……、 どうしようもないのよ。恋は突然だし、 『微熱』の二つ名を持つ私のプライドが許せなかったのよ!」 (………これで『微熱』ねぇ~~) 音石は完璧に呆れかえっていた。 こんな自分を好きになってくれるのは正直うれしい。 しかし先程も音石が言ったように、昨日今日会ったばかりの相手と 恋人関係になるような観点など音石は持ち合わせていない。 ……………………………その時だ。 突然、部屋の外窓を叩く音がした。 音石とキュルケが窓を叩く音に反応し、咄嗟に窓のほうを見る。 すると窓を見ると同時に勢いよく窓が開いた。 開いた窓の外には一人の少年の姿があった。 「キュ、キュルケ……、待ち合わせの時間に来ないから 来てみれば……。な、な、なぜよりによってその男と………」 「ペリッソン!ええと、申し訳ないけど二時間後に…………」 「い、いや……。きょ、今日の約束はなかったことでいいから…… は、はは……そ、それじゃあごゆっくり!」 「え、あ、ちょ、ちょっとペリッソン!?」 (……ここ、たしか3階だよな?……でもまあ、 メイジ相手に今更って感じもするな) 「ふふっ。彼、確実にあなたに怯えてたわね」 「……なあキュルケ、俺が思うに先約があったんじゃないのか?」 「彼の勝手な勘違いよ。私が一番愛してるのはあなたよオトイシ それにもう過ぎたことじゃない?彼は約束はなかった事でいいって 言ってたんだから………」 (マジでおっかねー女だぜ、こいつの恋愛感情は子供のオモチャと一緒だ。 なにかを気に入ったオモチャを見つけるととことん遊び尽くすが、 また別の気に入ったオモチャを見つけると今まで遊んできた オモチャは何の迷いもなしに捨てやがる。 ひとつの事に夢中になるが、それ以外のものは すべてどうでもいいと認識しちまっているんだ。 ………ああ、だから『微熱』なんて中途半端な二つ名なわけだ) 音石のなかでなにかがしっくりきた。 するとまた別の少年が窓の外から顔を覗かせてきた。 置いてあるロウソクの光具合の影響か、知らないだけか、 今度の少年は音石を見ても怯えた様子はなかった。 「キュルケ!その男は誰だ!? 今夜は僕と過ごすと約束したじゃないか!」 「ああ、ごめんなさいスティックス 今夜の約束はなしってことで♪」 するとキュルケが胸の谷間か杖を取り出し、 杖を振った。するとロウソクの炎が蛇の形を模り、 窓の外にいる少年を突き飛ばした。 「呆れたを通り越して逆に感心するよ よくまあ一晩にこう何人も…………」 「あなたは彼らと違うわ!『特別』よ!」 「『特別』ねぇ~………、おっとキュルケ! どうやらまだ予約が残ってるみたいだぞ?」 「えッ!?」 音石が窓を指差し、キュルケが驚きの声を上げ振り返る。 そこには三人の少年がぎゅうぎゅう詰めになって窓の外にいた。 「「「キュルケ!そいつは誰だ!!恋人はいないって言ったじゃないか!」」」 「ああもう、うるさい!フレイム!!」 キュルケが苛立ちを隠せない口調でフレイムに命令した。 きゅるきゅるっと鳴いたフレイムは、そのまま三人に向かって 死なない程度には手加減してるであろう炎を吐いて 三人を窓から焼き落とした。 キュルケがその様子を見て安堵の息を吐いた。 ところが前を向きなおすと音石はベットから立ち上がり 自分に背を向け、扉のほうへ帰っていこうとしていた。 「待って!誤解よ!別に彼らとはなんともないわ! 単なるお遊びよ!ねえ、お願い待って!!」 キュルケもすぐさまベットから立ち上がり、 音石の後を追い、彼の背中に抱きつこうとした。 しかしそれは、抱きつこうとした瞬間、 音石が向き直った事によって中断された。 「よかった、考え直してくれた……の……ね………」 キュルケは振り向き直った音石の顔を見て息を呑んだ。 とても冷たい目をしていたからだ。 貴族である自分にむかって……………… いや、それどころか彼の目は人間に向けるべき目ではなかった。 養豚場の豚でもみるかのように冷たい目……………、 とても…………………、とても残酷な目だった。 キュルケはそれを理解すると同時に、 自分の背中が冷えかえるような感覚に襲われた。 「………キュルケ、これだけは教えといてやる お前には言っても無駄だろうが……………… 男はな………、お前の退屈しのぎの道具じゃないんだよ」 「道具って…………。ち、違うわ! わたし別にあなたや彼らをそんなふうにみてわけじゃ………」 「もうお前は喋るな」 「……………………………………え?」 「もうてめーにはなにもいうことはねえ……… とてもアワれすぎて……………………何も言えねぇ」 キュルケのなかでなにかが崩れ落ち音がした。 水晶玉が叩きつけられるような………… すがすがしいくらいに残酷な音だった。 バタンっと音石が扉の音を鳴らし部屋を後にし、 膝を突き、その場に立ち尽くしたキュルケに フレイムが心配そうに近寄った。 するとキュルケはフレイムに寄りすがり……………泣いた。 音石がキュルケの部屋を出ると、 見計らったかのようなタイミングでルイズの部屋のドアが開いた。 案の定、出てきたのはルイズだった。 そしてルイズも音石の存在に気付き、それどころか音石が キュルケの部屋から出てきたことにも気付いた。 「オ、オトイシ!?あ、あんたキュルケの部屋で何してたのよ!?」 「…………………………………………」 「な、なんとか言いなさいよ!! こ、こ、こ、この………エロ犬【ドォンッ!】ひゃあっ!?」 ルイズはたまたまそばに置いてあった鞭を手のとり 音石に向かって振り上げようとしたが、 音石は顔を伏せたまま、キュルケの部屋の壁に向かって 力一杯、拳で殴りつけたのだ! そんな突然の行動にルイズの体は硬直した。 すると顔を伏せていた音石はゆっくりと顔を上げた。 ルイズに向かってフッと小さな笑みを浮かべた。 「なんでもねえよルイズ、実は今日 キュルケの使い魔が俺たちを監視していたから その理由を問い正してただけだよ」 「………え?そ、そう……なの?」 「ああ、何でもオレに興味があったそうだ」 「え………はぁッ!?もう!キュルケの奴、一体何考えてんのよ!!」 ルイズがキュルケの部屋に乗り込もうとしたが 音石が手を壁にし、それを静止した。 「よせルイズ、ほっとけ」 「でも使い魔に色目使われて黙っていられないわ!!」 「必要ねぇよ……、」 音石の言葉にルイズは何かを察したのか、 仕方ないわねと言って、音石と一緒に部屋に戻ることにした。 部屋の中ではルイズはキュルケに対しての愚痴を 散々音石に浴びせた後、二人とも眠りに付いたが ルイズはベットの中で、音石の先程の行動を思い返すと 怖くて仕方がなく、自分は本当に彼を使い魔として…… パートナーとしてやっていけるのか不安になってしまった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1219.html
王女一行が校門前に到着し馬車からアンエリッタ姫が降りてくると、門の前に並んでいた生徒から歓声があがった。凄い人気である。 最も、ここにいる生徒はメイジであるにしてもあくまで子供である。親が良からぬ事を考えているにしてもここの生徒の世代ならいくらか洗脳が効くだろう。学校とは学びの場でありつつも、そういう場であることもある。 だが、それでも興味無さそうにしているのも何人かいた。キュルケやタバサといった留学生達、そして生徒ではないポルナレフである。 「あれが王女か。凄い人気みたいだが、実際はどうなんだろうな。」 「どういう意味?」 「あの笑顔が嘘臭いという事だ。何と言うか、人の顔を見て作られた表情という感じがする。」 「なんでそう思うの?」 「30年も生きてきたらそれぐらい分かるさ。」 ふーん、とキュルケが頷く。だが、ポルナレフは自分の思ったことが単なる杞憂であることを祈った。もし本当にそうなら、たとえ尊敬していないにしても、あまりにも不憫に思えたからだ。 そういう環境で育てられた人間はよっぽどの転機が無い限り堕落していく。そうやって堕落しきった人間は望んでもいないのに将来的に非難されるのだ。 (もっとも、異邦人の自分にはどうしようもないことだが、な。) そう思うと列の方に目をやった。ギーシュや一部の男子が熱狂的にアピールしていたり、女子は女子で王女の美貌を羨ましがっていたりした。 だが、自分の主人であるルイズはその中でポケッと頬を赤く染めながら皆とは違う方を見ていた。その視線を追うと隊長らしき一人の貴族を見ているのが分かった。 見事な羽帽子、そして髭。正にダンディにしてどことなく繊細な感じを持つ、絵に書いたような美丈夫である。 (…一目惚れか?歳は離れているみたいだが、青春しているな。) ポルナレフはルイズの様子を見てそう思った。 夜になって部屋に戻ってもルイズはまだポケーッとしていた。さすがに不安になってきた。 「ルイズ、一目惚れした気持ちは分かるがいい加減しっかりしたらどうだ?貴族ならまた出会う事もあるだろう?」 それでもまだポケーとしていた。今は駄目だが、いくらなんでも明日になったら戻っているだろう、と考えるとさっさと寝ようとしたその時、部屋のドアがノックされた。 不器用に初めに長く二回、次に短く三回… ルイズが動く気配がしないので仕方なくドアを開けた。 ドアの前にいたのは黒い頭巾を被り、黒いマントを身に纏った一人の女 バタン。 危ない危ない今の女は多分人違いだろう。きっと隣のキュルケに用があるに違いない。こんな時間にルイズに会いに来るほど酔狂な奴なんかいるまい。だいたい俺の周りに来る女は災厄を持ってくる。 「え、ちょっと今の誰!?」 小声でそう言うと先程と同じ調子でドアを叩いてきた。居留守を決め込んで無視した。 「ルイズ!?いるんでしょ?ルイズ・フランソワーズ!」 無視すること約15分。ルイズがその小さな声にようやきはっとしてドアに近付き開けると、外からさっき見た女が入って来た。いくらか怒っているらしく、ルーンを唱えると些か荒っぽい動作で杖を振った。 「……ディティクトマジック?」 ルイズが尋ねるとコクリと頷き、 「どこに目や耳があるかわかりませんもの。」 と言って頭巾を外した。頭巾の中から現れた顔は端正に整っていたが、その両眼はまるで猛禽類のように吊り上がりこっちを睨み付けていた。 目を除けば昼間見た気もするが、誰だったかな。 「ひ、姫殿下!」 あのルイズが床にひざまずいた。ああ、あの王女様か。あんな顔してたのにえらい変わりようだな。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。」 王女様は感極まった表情をするとルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ…」 …やばいな…王女様、ルイズを抱きしめてるけど目が明らかに笑ってない。まだにこっちを睨んでる… ジョースターさん…また、あれをお借りします。 「二人は何故かは知らんが親しいようだな。二人だけで話し合いたいこともあるだろうし、邪魔者はしばらく外に出ていよう。」 と言って紳士らしさを装い部屋の中から逃げた。後ろから来る視線が痛いが気にしない。 部屋から出るとすぐにギーシュと遭遇した。 「夜中の女子寮で何やっているんだ?貴様は。」 「い、いやモンモランシーに会いに行こうと思ってさ…」 「ここはルイズの部屋だが…貴様、さては二股に飽き足らず…!」 「ち、違う!」 ギーシュが慌てて否定する。 「本当のことを言うとだね、彼女の部屋に黒いマントと頭巾の人が入ってきたろう?横顔をちらっと見たんだけど、姫殿下らしかったから気になって…」 ギーシュの言い訳が終わるのを待ってからギーシュと別れた。 15分も待ち続けるとはこいつ、無意識ではあるがストーカーだな。このことを種にしたらこいつもギトーのような金づるに出来そうだ。 懐かしいヴェストリの広場に来た。ベンチに腰掛けるが夜中なだけあって誰もいなかった。 「友達…か。」 ルイズと姫を見て十年以上前、エジプトへ旅した時に得た仲間達…真に心の内を伝え合うことの出来た、掛け替えの無い親友達を思い出した。 帰ってこないのが二人と一匹、そして連絡を絶たれたのが二人。 いまや自分も帰れない仲間に入った。 若き希望の為に命を賭し…そして戦いに費やした人生は戦いの中で終わった。だが、もう戦わなくてすむとなるとホッとした所があった。心の安らぐことがほとんどなかったからだろう。 (もう闘いはいらない…心落ち着くような平和な生活がしたい…) 肉体が戻った今、心からそう願っている。長年会えなかった友人達にも会いたい。だがその願いは… 空を見るとそこには輝く月が二つ。別世界にいるという何よりの証明。それを見て涙を流した。 ここは別世界なのだ。自分の故郷も無い、知り合いもいない、孤独な世界…もう帰れないかもしれないと思うとますます淋しくなった。 「ミスタ・ポルナレフ…。」 不意に声をかけられた。顔を上げると素晴らしいハゲ頭をしたコルベールがいた。 「隣に座らせていただいてもよろしいですかな?」 「…」 ポルナレフは無言で頷いた。よいしょ、とコルベールが隣に座った。親父二人、あまりにも不愉快な光景である。 「みっともない所を見られたな…」 ポルナレフが切り出した。 「いやいや、誰でも泣きたいときはありますし、泣きたい時は泣くべきですぞ。」 「…そうか?」「そうですぞ」 ポルナレフとコルベールは笑いあった。親父同士伝わるものがあるのだろう。 「しかしこんな夜更けにどうなされた?」 「月が綺麗だったから散歩したくなってな…」 ポルナレフは嘘をついた。ルイズの部屋に王女がお忍びで来ているからとは言えないからである。 「私もですな。」 コルベールが空を見上げた。先程のポルナレフと同様、物憂げな表情をしている。ポルナレフはそれを見てきっと思い出したく無い過去があるのだろう、と思った。だから、それには触れないように返事をすることにした。 「へえ、意外だな。貴方がそんなにロマンチストだなんて…」 「はは…私のような者でもたまには月を見て散歩したくなる日もあります。」 「そういうものかな?」「そういうものです。」 ははは、と二人はまた笑いあった。笑い終わった後、しばらく二人は何も喋らずに月を眺めていた。だが、二人の間には友情という絆が確かに芽生えていた。 「ただいま。」 ポルナレフはコルベールと別れてルイズの部屋に帰って来た。 「遅かったわね。」 ルイズが多少嬉々とした様子で迎える。 「姫様は帰ったのか?」 「ええ。」「…ルイズ、何があった?」 ルイズの機嫌がやけにいいのが気にかかり、ポルナレフが尋ねた。 「姫様からアルビオンの皇太子様の持つ手紙を返して貰ってこいと言われたの。姫様から直々だし、すごい名誉よ。だから明日、早朝からラ・ロシェールへ行くわよ。分かった?」 そう言うとルイズは明日が待ち切れなさそうに布団を被った。それと対称的にポルナレフがまた女難か、と嘆いたのは言うまでもない…。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9322.html
前ページ次ページ暗の使い魔 「さ、西海……!」 「よう、豊臣の。随分久しいじゃねえか」 長曾我部元親が、碇槍をクルリと扱い地面に突き立てる。バキリと床板が砕け、大穴が開く。 いまだうろたえたままの黒田官兵衛を前にして、彼は突き立てた槍に片足を乗せて凄んだ。 「四国征伐以来か?あんときはてめぇにしてやられたぜ」 「な、なんのことだったかね?小生、もう豊臣は抜けたんでね。古い思い出はしまい込んだんだよ」 官兵衛は、冷や汗を流しながら言葉をひねり出した。しかし長曾我部は不満そうに鼻を鳴らす。 「まあ今は昔の事はいい。てめえがここにいるのも今は関係ねえ。それより……」 長曾我部は視線をずらし、部屋の最奥に控えたウェールズをじろりと見やった。 「フーケの奴が言ってたのは本当だったみてぇだな。てめえが『王党派』とやらのアタマかい」 その言葉に、船室内がざわついた。ウェールズは真顔になると、懐から水晶のついた杖を取り出して長曾我部に突き付けた。 その様に、長曾我部は笑い出した。 「おいおい!俺と張ろうってのかい?」 長曾我部は勢い良く槍を引き抜き肩に担ぐ。それと同時だった。 ウェールズの左右を守るメイジの杖から、火炎と風刃がはじけたのは。 官兵衛の左右をすり抜けて、二つの魔法が長曾我部に襲い掛かる。彼の眼前数メイルにそれが迫る、しかし。 「しゃらくせえっ!」 碇槍から炎が吹き出る。担がれた槍がうなりを上げて、目前の空間をなぎ払う。 「うらあっ!」 振り下ろした一撃が火炎を吸収する。そして第二撃の横薙ぎがかまいたちを弾き飛ばした。 右手のみで振るわれたにも関わらず、それは脅威の槍技。 『三覇鬼《さばき》』と恐れられる炎の二段撃。その強靭な攻撃の前には生半可な術など無意味だ、そして。 「くらいなっ!」 さらに恐るべき攻撃に、周囲にどよめきが走った。長曾我部が縦に振り下ろした穂先が、あろうことか――伸びた。 「なにっ!?」 突風を撒き散らし、巨大な碇が飛ぶ。 刹那の出来事に近衛のメイジは対応する間もなかった。 メイジの胴体に鉄槌に等しきものが激突する。碇をくらったメイジは背後の木壁を巻き込んで、壁の向こう側へと吹き飛んでいった。 「なっ!なんだと!?」 己の隣に到達した碇を横目で確認しながら、もう一人の近衛メイジはうめいた。 伸びた穂先がさらにうなる、次の瞬間。 「そらよ。いただくぜ」 かきんかきん、とウェールズと残った近衛メイジの杖が宙に舞った。 大蛇がのたうつが如く碇に繋がれた鎖が蠢き、二人の杖を弾き飛ばしたのだ。 「ぬぅっ!杖が……」 「殿下!」 弾かれた杖を尻目に、近衛メイジがウェールズを庇う。 左手をポケットに突っ込んだまま、長曾我部は右手のみでくるくると槍を取り回す。 そしてカシリと碇が納まった槍を肩に担いでみせた。 その瞬間、長曾我部の目前に、水晶の杖と軍杖が落ちてきて転がった。 二本の杖を踏みしめると、長曾我部は言った。 「いくら妙な術が使えてもよ、こいつがなきゃあ話にならねえ。だよな!」 「くっ!」 メイジとウェールズは歯噛みした。まさかこうもたやすく杖を奪われるとは。 船室内には、ほかに戦えるメイジはいない。ルイズとワルドは杖が無いし、他のメイジは外に出払っていて何故か戻ってこない。 万事休すだ。 「なにが望みだ?」 「殿下!」 近衛メイジの制止を振り切り、ウェールズが言う。長曾我部は一歩歩み出ると、静かに一言こう言った。 「足がかりよ」 「そうか」 ウェールズは短く呟いた。長曾我部が続ける。 「俺達はこのまま戦場のド真ん中に連れてかれるわけにはいかねぇのよ。そんで、見つかった以上手ぶらってわけにもいかねえ」 「つまりは、資金と港への立ち寄りか」 ウェールズの問いに、長曾我部は唇を笑ませた。 「まあ手っ取り早いのは、船ごといただく事だ。ちょいとアンタを人質に取れば軽いもんよ」 「あくまで力づくという訳だね」 殿下お下がりを、と近衛がウェールズの目前を遮る。しかし杖を持たないメイジは無力だ。長曾我部は気にした風も無く歩み出る。 「殿下!」 部屋の隅に避難していたルイズが声を上げた。このままではウェールズが危険に晒されてしまう。 ルイズは何か手立ては無いか、と周囲を見回す。しかし武器になりそうなものも、長曾我部を止める手立ても存在しない。 どうしたものかと、再び迫る男に目をやったその時であった。 「そいつは困る」 「カンベエ!」 長曾我部の行く手を遮るように、ルイズの使い魔・黒田官兵衛が立ちはだかった。 暗の使い魔 第二十話 『激震』 「邪魔すんじゃねぇよ」 「生憎だがそれはこっちの台詞なんだよ」 何?と長曾我部は官兵衛を睨みつける。それに臆した様子も無く、官兵衛は言葉を続けた。 「小生らは、その『戦場のド真ん中』に大事な用があってね。そうそう寄り道はしてられないんだよ」 「大事な用?暗の官兵衛さんよ、とうとう女子供連れてお遣いか?」 大口開けて笑い飛ばす長曾我部に、むっとしたルイズが声を上げようとする。しかし隣のワルドに制せられ押し黙った。 「そうさ、大事な大事なお遣いさ」 官兵衛が言う。 「そうかい。じゃあ仕方無え」 長曾我部がそう返す。 ゴキン! 言い終わるや否や、耳が裂けんばかりの金属音が室内に響き渡った。 見れば振りかぶられた碇槍と、官兵衛のうち振るった鉄球が衝突し、火花を散らす。 ギリギリと歯を噛み締めながら、両者がにらみ合っていた。 「西海!どうあってもお前さんを退けなきゃならんらしいな。気絶で済まなくても後悔すんなよ?」 「いいぜ!四国でのケリ!ここで落とし前つけさせてやらあ!」 うおおおお!と咆哮を撒き散らしながら、二人の武将は激しく激突した。 官兵衛と長曾我部の邂逅よりやや前に遡る。 狭い軍艦通路を、細身の人物が駆け巡っていた。リスのように軽い足取りで、走るその影。 それと対照的に、どたどた騒がしく追いすがる無数の男達。 彼らは海賊の船員の風貌だったが、その手には一人残らず軍杖を握り締めていた。 先頭を走る男が、通路の彼方を走る素早い影に魔法を飛ばす。 水の蛇が纏わり付こうと伸びた。しかしその人物は、ひょいと杖を後ろでに振るってみせる。 するとどうであろう、天井が大量の土砂へと変じて魔法を遮ったではないか。 それを見て、男たちは強かに舌を打った。 「メイジか!小癪なっ!」 崩れ落ちてきた土砂を押しのけ、再び追跡を開始する船員達。 それをあざ笑うかのように、軽やかに逃走する影。 それが、ここ数十分の騒ぎの後延々と繰り返されていた。 「おい!貴様止まれ!くそっ、なんてすばしっこい奴だ!」 船員たちが次々と魔法を放つも、それらの一つも掠りはしない。 ある時は土砂に遮られ、またある時は壁に穴を空けて逃げられる。 「慌てるな。出来る限り応援をよこすんだ。ここは空だ、逃げられん!」 追いかける船員の中で、一際位の高そうなメイジが命令を下す。 それに呼応し、何人かが伝令となって元来た道を駆け出す。 その一連の騒ぎを見て、逃走する影、フーケはほくそ笑んだ。 「(いいね。もっと人を集めさせるかい)」 騒ぎは大きければ大きいほうがいい。今頃は元親もウェールズに近づいてる頃だろう。 自分の仕事は、彼らの元に増援を寄せ付け無い事。ここで乗組員らを引っ掻き回して注意をひきつけること。 早い話が陽動だ。 「(手早く片付けておくれよっ)」 フーケは心の内で願った。かつてトリステイン中を混乱させた盗賊であるフーケ。 当然追っ手からの逃走などお手の物、しかしここは船の上だ。 逃げ場には当然限りがあるし、長引けば捕まるのにそう時間はかからない。 この果てしない逃走劇が終わる時。それは元親がウェールズを人質にとり王軍の命運を握るか、フーケもしくは元親が捕縛された時のみであった。 元親がウェールズの身柄を拘束してしまえば、港までの航行くらいまではどうにかなる。作戦は成功だ。 しかし、しくじってどちらか片方でも捕まれば相方は投降せざるをえない。計画は頓挫し、お先真っ暗である。 だからこそ彼女は、元親の襲撃成功までひたすらに陽動に徹し、捕まるわけにはいかないのだ。 幾度目になるか、細い通路の角を曲がりながらフーケは思う。 「(しかし、まさか本当にこんな所で王軍の扮した船に出くわすとはね……)」 数時間前、賊の正体を見極めるべく空賊船へと侵入し、今はかく乱の為の逃走劇。 彼女も修羅場に慣れている。単独で貴族の重警備を掻い潜り、お宝を掻っ攫ってきたのだから。とはいえ。 「(王党派……ね)」 今回ばかりはフーケも、少々気持ちが追いついていないようだった。 それは、彼女の相対している王軍いや、王政に対しての想いから来ている。 「(ジェームズ……)」 心の内で、彼女はある人物の名前を浮かべる。 やつ、やつはこの船にいるのか、いや、あの老体は恐らくこの船に居るまい。 軍を率いてるのはおそらく若き皇太子ウェールズ。 やつの子息だ。 ギリリ―― 知らず知らずの内に、彼女の眉間に力が篭る。 自分でも気がついたが、あえてそれは止めはしない。 胸の奥底に、静かに、だが確実に黒いうずが巻き起こる。 この仕事、やり遂げた暁には―― 「(どう料理してやるかねェ……)」 火薬の香りが漂う。それは彼女の胸の闇を象徴するにおいであろうか、いや。 『武器・火薬庫』そう記された一室の前で、彼女は静かに立ち止まると、砂埃が空へと舞うように中へと消えた。 「陛下!お逃げ下さい!」 凛とした叫びがその場にこだまする。長く美しい髪や、顔が、煤で汚れるも、彼女は片時もその場から目を背けない。 目の前の惨状から。 「カンベエ!何とかして!」 「言われんでも!」 ルイズの言葉に短く答えながら、官兵衛は部屋の中央で長曾我部と奮戦していた。 ウェールズ達が居た広い船室は、ひどい有様であった。 長曾我部の炎でそこら中焼け焦げ、壁には穴が開いている。 椅子は散乱し、中央の大机は足が一本折れている。 そしてその周囲には、倒れこんだ王軍のメイジ達。 皆ウェールズを守ろうと果敢に長曾我部に挑んだが、圧倒的なリーチの武器を振るう長曾我部には皆成すすべが無かったのだ。 彼の自慢の得物『碇槍』は、時に鳥のように素早く、時に大蛇のようにうねり、変幻自在の攻撃で相手を苦しめる。 この武器に対抗するには、この場では一人しか居ない。同じく長いリーチと強靭な威力を誇る鉄球の持ち主、官兵衛である。 「なんということだ……」 長曾我部と対峙する官兵衛の後方にて、ウェールズはただただ立ち尽くしていた。 護衛の兵は全滅。自身も杖を奪われ丸腰。 この場の頼みの綱はそう、ルイズの使い魔である官兵衛ただ一人であった。 「くぅぅぅらぁぁのオッ!官兵衛エェェェェェッ!!」 「ま、待てッ!マテマテ!落ち着け西海の!」 噴火の如く噴出した怒りの一撃が、官兵衛の脳天に振り下ろされた。 それを、なんとも間抜けなバンザイポーズで、どうにも情けない声を上げながら、官兵衛は受ける。 右手のみしか使わないにもかかわらず、その一撃の重さは官兵衛の鉄球にも負けてない。 ぐ!と苦しそうなうめきを上げる官兵衛。枷に伝わる振動と重さが、彼の腕を振るわせた。 「そらそら!どうしたどうした!?」 ぐぐぐっ!と長曾我部が渾身の力で負荷をかける。 その上いまだ左手を使わない長曾我部を見て、官兵衛はちいと短く舌を打った。 「小生相手に随分とお怒りだなっ。目的を忘れちゃあいないか?」 精一杯の挑発で、長曾我部の隙を作れないかと画策する。 しかし押し込まれる槍の重さは変わらない。 どうしたものか、改めて官兵衛は周囲の様子を探った。 現在、官兵衛の後ろでは、丸腰のウェールズがどうにか杖を奪い返せないか機をうかがっている。 しかし今、ウェールズの杖は、官兵衛と相対する長曾我部の背後、部屋の片隅に転がっている。 ウェールズが取りに行くのはリスクが高かった。 とすれば、残りは官兵衛を真横から見守っているルイズとワルドだが。 「ルイズ、今は下手に動かないほうがいい」 しきりに、ウェールズの杖と長曾我部を見比べていたルイズを、ワルドが制した。 「でも、このままじゃ!」 ルイズが必死の形相でワルドに言う。だが、ワルドは冷静に告げる。 「あの眼帯の男はまだ余裕を隠している。使い魔君がかろうじて抑えていてくれてるが、それも大した意味は無い。 押されているようだしね」 先程より苦しそうにしている官兵衛を、ワルドは指す。 「あの妙な槍は恐らく、何人も同時に仕留める事が可能だろう。 ここで下手に皇太子殿下を連れ出そうとしたり、杖を回収しようものなら、あの男はこちらにも同時に危害を加えてくる」 険しい表情で、ワルドは淡々と告げる。 「ここで下手な行動は取れない。ルイズ、わかってくれ」 「そんな……」 ワルドの冷静な分析に、ルイズはそれしか言えなかった。下手に動けば自分が餌食になる。 自分は何も出来ないのか。ようやく出会えたウェールズ様が危機にさらされているというのに。 「(どうすれば。姫様から賜った大切な任務が……)」 悔しそうに唇を噛むルイズ。 しかし、ワルドはそんなルイズの肩を叩くと、頼もしげに言った。 「心配しないでくれルイズ。僕がついてる」 その言葉にルイズはワルドを見やる。昔と同じ、優しく頼もしい笑顔がそこにあった。 「ワルド……」 「少々時間を取らせるが、ここで待っていてくれたまえ」 そういうと、ワルドは背後の扉から風のように駆けだしていった。 「ワルド!どこへ?」 颯爽と部屋を飛び出して言ったワルドに、ルイズは声をかける。しかし、すでにそこにはワルドはいなかった。 「あんのヒゲ。どこ行きやがった」 官兵衛がワルドが消えたのをみて、いらついた声を出す。 「はっ。怖気づいたか?まあどこに行こうが関係ねえがな」 そして、不意に飛び出して言ったワルドを、どうでもよさげに笑う長曾我部。 「そうらどうした?後が無いぜ官兵衛さんよ」 長曾我部の言葉に、官兵衛は歯軋りした。 「(硬直状態に持ち込めりゃあいいんだが……)」 その時不意に、穂先から灼熱の炎が噴出した。 「んなっ!あっつ!」 赤い炎が穂先に広がり、赤熱させる。まさに長曾我部の心情を表したような温度だ。 それが、官兵衛の手のひらを焦がし始めた。 「あつい!あつい!!――って、聞くわけないか!」 そんな軽口を叩きながら、官兵衛はとうとう反撃に移った。 「おおおおりゃああああっ!」 バギン!と金属音が鳴り響く。 渾身の気合を籠めて、その超重量の碇槍を、官兵衛は跳ね除けた。 長曾我部が剛槍を跳ね返され、一歩、二歩と下がる。 「やられっぱなしだと思うなよ!そりゃあっ!」 咆哮とともに振るわれる鉄球。官兵衛は鎖の根元を引っつかみ、体勢を崩した鬼へと突撃する。そして。 「ぶっちまけろおおおおっ!!」 強烈な鉄球の乱舞が、長曾我部目掛けて襲い掛かった。 『滅多矢多』。官兵衛が唯一手数で勝負できる、鉄球の連打である。 リーチは短いが、直接鉄球を振るう威力は、巨大ゴーレムの足すら粉砕する。 しかし。 「おせぇ」 バキリ!と甲板を踏み抜き、鬼が飛翔した。 虚しく鉄球が空を横切る。 飛び越えた鉄球を尻目に、鬼は空中で身体をしならせると。 「甘いねェ!!」 官兵衛目掛けて、空中から強靭な蹴りを放った。 官兵衛は慌てて乱打を止めるが遅い。 「なあっ!?ちょっとま――ブ!!」 言い切らないうちに官兵衛の顔面に足裏がめり込む。 全体重を乗せた一撃。 それが、官兵衛の巨体を浮かし、遥か後方へと吹き飛ばした。 「ぶげえっ!」 がらがらがっしゃん!と、巨体が船室中央の椅子、大机を巻き込んで激突する。 「カンベエっ!」 ルイズが叫ぶ。 脚折れ真っ二つになった大机の上で、官兵衛がうずくまった。 そのやや後ろで一部始終を見ていたウェールズが息をのむ。 しん、とあたりが静まり返った。ルイズが、ウェールズが、倒れこんだ官兵衛を見守る。 しかし、いつまでたっても官兵衛は起き上がらない。ピクリとも動かなかった。 「ちょっと、カンベエ?――!!」 真横で見ていたルイズが、ズタボロになった官兵衛に駆け寄ろうとしてハッとした。 ぎしり、ぎしりと足音が響く。 木椅子の残骸をふみしめながら、長曾我部が悠々と歩み出た。 倒れた官兵衛、立ちすくむウェールズを油断なく見据え、肩に担いだ碇状の槍からは、火竜のブレスのごとく炎が踊る。 何より、長曾我部の爛々と輝く怒りの眼を見て、ルイズは身じろぎした。 怒りとともに暗さを秘めた、その瞳に。 怒っている?いいや違う、そんな生易しいものではない。 少なくとも、ルイズにはそう感じられた。 目の前の官兵衛に向けられる、強い感情。その一端を垣間見た気がしたのだ。果たしてそれは―― 「……ハッ!ざまあねえな官兵衛さんよ!」 だがその時、長曾我部の唐突な一言にルイズはハッとした。 見ると長曾我部はしゃがみ込み、官兵衛をじっくり眺めている。 その顔には小ばかにしたような表情が現れ、先程の感情はどこへやら。 身体のこわばりが緩むのを感じ、彼女は即座に叫んだ。 「ちょっと!それ以上は皇太子殿下にも使い魔にも近づけさせないわよ!」 意志の強い声が響く。その小生意気な声に、長曾我部は立ち上がった。 「ああん?なんだテメーは!」 ギロリと片目が睨む。 その視線に、やはり一瞬ルイズは硬直した。 (怖い……!) 長曾我部の威圧感は、体格と眼帯の風貌も手伝って半端ではない。だが。 「ッ!賊に名乗る名前なんて、無いわッ!」 ルイズも負けじと声を張る。震える手を隠しながら、彼女は一歩一歩と前へ出た。 「ヴァリエール嬢!危険だ!」 ウェールズが慌てて静止を呼びかけるが、もう引き下がってはいられない。 官兵衛はやられてしまった。ワルドも戻ってくる気配は無い。 たとえ自分が危険であろうと、どんなに恐ろしかろうと―― 「おい、この俺様を誰だと思ってんだ?西海の覇者、長曾我部元親よ」 「知らないわ!下がりなさい!」 自分だけ手をこまねいて見ているなんて出来ない。たとえ杖が無くたって、貴族の意地を見せてやる。 ルイズは強く、そう思った。 長曾我部がルイズに向き合う。 「よせ!」 慌ててウェールズが声を強めるが、彼女は言う。 「西海?バカいわないで、いつから海がアンタのものになったの?もういちど言うわ!下がりなさい!」 「んだと!」 ルイズの言葉に長曾我部が凄む。だがルイズもにらみ返す。 「俺様に名乗る名前が無ぇとは……いい度胸してんじゃねえか」 ドスン!と床板に碇槍が突き立てられる。ミシミシと床が軋む。 「ッ!!」 ビクリと肩が震える。 この巨大な槍が、いつ自分に向けられるか。いや、槍ではなく、この燃え盛る炎が自分を焼くかもしれない。 しかし、ルイズは、屈する事も無く言葉を言い放つ。 「いっ!いいこと!ウェールズ皇太子殿下は!いいえハルケギニアの貴族たちは!アンタみたいな賊の指図なんか受けない! 船の乗っ取りなんか出来っこないんだから!騒ぎでみんなすぐに駆けつけるわ!大人しく投降しなさい!この下郎!」 「ああ?言わせておきゃ好き放題いいやがって、っとお!」 その時、不意に長曾我部が槍を引き抜いて、ウェールズに向ける。 「下手に動くんじゃねえ。痛い目見るだけだぜ」 見ると、ウェールズが丸腰にも関わらず、長曾我部に相対している。 「殿下!」 ルイズが叫ぶ。 しかしウェールズは言う。 「よせ、君の目的は私の身柄だろう。彼女は大切な客人なのだ。見逃してくれ」 「まあそうだがよ……!」 長曾我部は肩をすくめる。 しかし、ルイズは恐慌姿勢を崩さない。 彼女は即座にウェールズと長曾我部の間に割り込むと、両手を広げて見せた。 「チッ!」 長曾我部は舌打ちしながら、彼女をみやった。 ふと、視界に震えるルイズの手が見える。 「震えてるじゃねえか。ガキが無理すんじゃねえぜ」 「震えるですって?バカいってんじゃないわ!あんたみたいな力だけの賊になんて負けるモンですか!私は貴族よ!一歩も退かない!」 ルイズは精一杯胸をそらす。 しかし長曾我部にとっては、そんなものはつまらない虚勢である。そして彼はとうとう。 「はーっはっはっは!」 豪快に大声で笑うと、ルイズの前にしゃがみこんである言葉を言い放った。 「てめーみてーな『うすっぺらい』ガキが俺様と張り合おうなんて百年はええ。大人しく母ちゃんとこに帰りやがれ!」 その瞬間、場の空気が一変した。 『うすっぺらい』それは長曾我部としては、虚勢を張ったルイズを嘲って言った言葉であった。それ以上も以下でもない。 だが。 「なんですって?」 恐ろしく静かな声色で、ルイズが喋りだした。 あん?と妙な問いに、長曾我部は先程言った言葉を復唱する。 「はっ!『うすっぺらい』肩書きで『胸』張るガキにゃ、俺様と張り合うなんざ百年――」 その瞬間、ルイズの中の何かが切れた。 ゆらりと広げていた腕を下ろし、彼女はすうと息を吸う。 その刹那、未だ言葉を言い終わらないままの長曾我部に異変が起こった。 メキッ 目の前で二人のやり取りを聞いていたウェールズはその瞬間、そんな骨が軋むような音を聞いたという。 そしてルイズの目前にしゃがんでいた長曾我部が、もんどりうって後ろにぶっ倒れたのは、全く同じタイミングだった。 「ぶえっ!!」 ずでんっ!と海賊が豪快にずっこける。長曾我部は後方で伸びている官兵衛の上に、折り重なるように倒れた。 彼の下から、ぐえっ、と蛙を潰したような声が聞こえたのは気のせいだろうか。 それはともかく、長曾我部は顔面にくらった衝撃の正体を確認しようと、目を開いた。そこには。 「う、うすっぺら……!うっううっううすっ……!誰の、むっむむ胸!」 テコンドーの如く片足を掲げ、その靴裏から煙を立ち上らせた。 「だれの胸がうすっぺらいですってぇぇぇぇぇぇっ!!」 本物の鬼がいた。 「おっおい。何だぁ!?というか、何しやがる!何しやがった!?」 顔面に靴裏の判子をつけながら、長曾我部は後ずさった。 ルイズの怒りを買い、どこぞの使い魔のごとく顔に蹴りを喰らった長曾我部。 だが、怒りで加速されたその蹴りは、彼の理解を超えたスピードだったようだ。 ルイズが髪を逆立てながら激昂する。 「この半裸男!よくもこの私の、むむ、むねをうすすっぺら……!くぉの変態ぃ!!」 ルイズの先程とは打って変わった、形相。 そして暴言による、追撃。 西海の鬼のガラス製ハートにヒビが入った。 「は、半……!へんたいィ!?そりゃあんまりじゃねえか!大体いきなり何しやがる!この田舎モン!」 海賊と少女。二人の声が交差する。 「田舎者は!あんたじゃない!なにその上着!どっから風吹かしてんのよ!」 「なっ!」 なんとなく誰もが気になるが、触れてはいけなそうな部分に触れてきたルイズ。 怒りの少女に主導権を握られながら、西海の鬼は立ち上がる。 「う、うるせえ!おめえに海の男の何がわかりやがる!」 ぎゃいのぎゃいのと喧しい戦いが始まる。 しかし、先程の戦いとは打って変わって、なんとも位の下がった争いである。 「海の男?そんな色白でどこが海よ!普段引きこもってるんじゃないの!?」 「な、な、んなわけねえだろうが!け、見当違いも甚だしいぜ……」 過去の傷を抉られそうになった長曾我部だったが、平静を装う。 がしゃり!とごまかすように槍を担ごうと、ふいとそっぽを向く。 だがその時、彼は居変に気がついた。 なんと、彼が肩に担ごうと手を伸ばした位置に、碇槍が無かった。 「………………あん?」 伸ばした手が空中をまさぐる。おい?と辺りを見回すが、槍は見つからない。 そして、彼はようやく深刻な事態に気がついた。 「碇槍がねえ!!」 「探してるのは、こいつだろう?」 バッと声の方向を振り返る。 そして長曾我部はそれを見て、自分が窮地に立たされた事を知った。 見ると長曾我部の目前に、先程まで倒れていた官兵衛が屹立している。 「使い魔殿!」 「カンベエ!」 ルイズとウェールズがそれぞれ声を上げる。 官兵衛の顔には蹴りを食らい青あざが出来ているが、それ以外特に外傷はない。 そして官兵衛の腕に抱えられてるのは、先程まで長曾我部が得意げに振り回していた彼の武器。 碇槍が、官兵衛の手に渡っていた。 「てめえ!俺の自慢の得物を!」 「油断大敵!まんまと奪わせてもらったぞ西海!」 くくく、とわざとらしい笑みを浮かべ、官兵衛は槍を放り投げた。 槍は、彼の遥か後方へと飛ぶと、ドスンと木床につきたてられる。 それを見て、長曾我部の目がカッと見開かれた。 わなわなと怒りを拳で表しながら、長曾我部は向き合う。 「成程、ガキを囮に武器を掠め取るたぁ。相も変わらず、薄汚ねぇ。」 「心外だな。のびて、起きたら、好機だっただけだ。あの娘っ子を囮にしたつもりはないがね」 長曾我部の罵倒をひょうひょうとかわしながら、官兵衛は言う。 「ご主人!最悪の目覚めだったぞ!」 そして長曾我部の後ろで佇むルイズにそう言いながら、官兵衛は笑った。 「まったく。ご主人様を危険に晒すなんて使い魔失格ね」 官兵衛の言葉にほほを膨らませながら、ルイズは腕を組んだ。 そんなルイズを見たのち、官兵衛は改めて長曾我部を見据える。 そして観念しろ、とばかりに不敵な笑みを浮かべて鉄球を構えた。 だがしかし、そんな官兵衛の様子に、ますます長曾我部は怒りを増す。 「言い訳はそれで終いか?どの道てめえが小賢しいのは変わらねえ。今も昔もな」 静か、だが明らかに怒気を含んだ声色で、彼は言い放つ。 そしてその次の瞬間であった。 彼の懐から、一閃の刃が放たれたのは。 がしゅっ! 肉を裂く音が響き、官兵衛は苦痛に表情を歪める。 彼の右頬を切り裂き、矢のように短剣がかすめていった。 それと同時である。官兵衛の視界に銀髪の鬼が迫ってきたのは。 「なにっ!?」 それは一瞬。 官兵衛が、飛来する短剣に怯んだ隙を逃さず、猫のように身をかがませた長曾我部が、懐に潜り込む。 距離にして数メイルはあった間合いを瞬時に詰める長曾我部。そして。 「おらああっ!」 ミシリ、と握りこぶしが官兵衛の顔面につき立てられた。 「ぐあっ!?」 顔左側に、鉄槌で撃たれたかのように火花が舞った。官兵衛の巨体がぐらりと揺らめく。 ルイズが、アッと声を上げる。 ギリギリと捻られた腕が、官兵衛の顔の表面をひしゃげさせようとする。 だが。 「こなくそ!」 がしりと、顔に刺さった拳が掴まれる。 ミシミシ、と握りつぶさんばかりに、官兵衛は長曾我部の手首を掴むと、ぐいと顔から引き剥がす。 「まだ暴れ足りないってか?懲りないねえお前さんはッ!」 長曾我部の腕をあさっての方向へともっていきながら、官兵衛は息を切らす。 互いの懐に飛び込んだままの体勢で、長曾我部と官兵衛が対峙する。 鼻と口から血を垂らしながら、歯をむき出しにして官兵衛は目前の男を睨みつけた。 長曾我部も、振り上げた腕を封じられつつ、至近距離で睨みあう、そして。 「そらよ!お星様でもくらえッ!」 官兵衛が首を捻りながら、一撃をかます。 ゴキン!と長曾我部の鼻っ面に、頭突きが叩き込まれた。 「ぐあっ……!……ッ!上等だらあっ!」 鼻から一筋の血を垂らすも、長曾我部はヒートアップ。 即座に、うなる石頭が官兵衛の顔にお見舞いされる。 「ぶべっ……!がッ!我慢比べか!小生の得意分野だッ!」 ズドンと反撃の頭突きが炸裂。 ふらり、と体勢を崩しつつも長曾我部も咆哮をあげる。 「どらあああっ!」 互いの額と額がぶつかり合った。 ガキイン!ゴキイン! 石頭と石頭のぶつかり合い。 鉄のように激しく火花を散らすそれは、徐々に激しく、また衝撃を生み、そして―― 「だぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁっっ!!」 「おぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁっっ!!」 武将同士の剣劇に等しき、熱を生み出した。 互いの頭突きがぶつかる度に、そこから爆発が巻き起こる。 どおんどおん、と椅子やテーブルが吹き飛び始めた。 「な、なんだ一体これは!?」 「殿下!いま二人に近づいてはいけませぬ!」 爆心地で額をぶつけあう二人を、驚愕に目を見開きながら、ウェールズは立ち尽くした。 ルイズも、幾度か出会った光景とはいえ、やはりこの異常な光景には驚きを隠せない。 なんびとたりとも介入できないその打ち合い、周囲の全てを吹き飛ばす真剣勝負に。 ガツンガツン、と幾度目の衝突になろうか。 不意に、何故か官兵衛が口を開いた。 「お前さんの気持ち……!わからんでも、ないがね!そおら!」 言うや否や、頭の一撃を叩き込む官兵衛。 そして頭突きをくらった額を庇おうともせず、長曾我部が言い放つ。 「てめぇ……!てめえにっ!何がっ!わかりやがるっ!」 官兵衛の言葉を受け、怒りのまま、続けざまに頭突き返す。 「てめえら豊臣のせいで!俺の四国はっ!俺はぁっ!」 ゴス!ゴス!と幾つもの打撃が官兵衛の顔面に入る。 強烈な連打に耐え切れず、鼻血を盛大に噴出す。 しかし、官兵衛はカッ!と目を見開くと。 「だがっ!詫びる気はないっっ!」 大きく、派手に、首を仰け反らせ、渾身の一発を長曾我部の顔面にお見舞いした。 重い一撃が鼻っ面に叩き込まれ、ふらりと頭が歪む。そんな中、長曾我部は官兵衛の言葉を耳にする。 「この乱世はなぁ!運が悪けりゃあ!いくらでも奪われちまうんだよ!領土も!野望も!」 再び官兵衛が頭を振りかぶる。そして叫ぶ。 「小生や、お前さんみたいにな!」 野太い怒声がその場に響いた。 ゴオン!と再び重い一撃が、火花を散らした。 グラリ――と、長曾我部の長身が揺れた。 額から血がしたたるのを感じながら、ゲホッと咳き込む長曾我部。 渾身の精神力で踏みとどまりながら、彼は官兵衛を睨む。 見ると官兵衛も頭を真っ赤に染めて、肩で息をしている。 だがその瞳は、真っ直ぐで、何かを訴えかけるようであり。 「……ゲホッ!暗の、官兵衛ェ……」 長曾我部に、しばしの静寂を与えた。 わずかな時、ただ互いの息遣いのみが、静かに空間を支配していた。 (カンベエ……?) ルイズは、官兵衛の放った渾身の叫びを耳にして、ただその場で佇んでいた。 シコク、野望、一体何の話なのだろう。官兵衛とこの賊の間に何があったのだろう。 彼女は困惑していた。血まみれで叫ぶ二人の男に。 はじめてみる使い魔の表情に。 「……そらよ西海!そろそろ――」 「……はっ!暗ぁ!あの時ごと!まとめて決着つけてやるぜ!」 二人の掛け合いに、ルイズがはっとする。 うおおっ!と二人の男が、額を血に染めながら、再びぶつかりあう。 静寂の空間に、再び爆発と衝撃が巻き起こった。 と、その時であった。 「そこまでだ!」 勇敢な声がその場に響いた。衝突が中断し、衝撃波も止む。 ルイズ、ウェールズ皇太子、そして二人の武将が、そちらに視線を向けると、そこには。 「この女が船内を駆け回り、兵達をかく乱していた。貴様の共犯で間違いないな?」 ワルドと無数のメイジが、縛り上げられたフーケを囲むように、部屋の入り口を埋め尽くしていた。 「ワルド!それに、土くれのフーケ!?」 「ルイズ、待たせてすまなかったね。この通り賊の片割れを捕らえた」 ルイズの声にニコリと笑いかけ、ワルドが歩み出てきた。 手には、先程まで押収されていた軍杖を握り締めている。 ワルドはウェールズとルイズを一瞥し、次に長曾我部の様子を確認すると、彼にスッと杖を向けた。 「相方が抑えられてはどうしようもあるまい。それにその傷ではこれ以上の抵抗は無理だろう?」 何をされたか、ぐったりと意識をなくしたまま縛られたフーケを、目で指すワルド。 そして額からドクドクと血を流し、ゼェゼェと息を切らす彼の様子を指摘する。 「……フーケ」 いまだ官兵衛とつかみ合った姿勢のまま、長曾我部は小さく呟いた。 状況を見てか、長曾我部の変化を感じ取ったか、官兵衛が押さえつけていた長曾我部の手首を開放する。 すると、ふらつく頭を抑え、長曾我部が官兵衛から離れた。 それを見て、チャキチャキリ、と後ろのメイジ達が素早く杖を引き抜く。 だが、それを気にした風もなく、長曾我部は静かに周囲を見渡した。 ウェールズ、そしてルイズの元には、すでに駆けつけたメイジが数人、取り囲むように構えている。 船室の入り口はワルドとメイジにより封鎖。 そして彼の碇槍は、彼と同じように額から血を流しながら佇む官兵衛の、遥か背後。 「西海」 ふと、目の前の官兵衛が言葉を投げかける。 乱れた前髪から僅かに視線が覗くが、表情はうかがい知れない。 だがどこか、なだめるような、同情するような感情が伝わってくる。 無様にも船の略奪に失敗した自分の様を見てのことか。 「チッ」 長曾我部は、思わず舌を打った。 先程まで激しくぶつかり合ったにも関わらず、なんだその態度は。そう、心の内で呟く。 「はっ!鬼はやられる。そいつがお約束かい。はっはっは……!」 思わず喉から、乾いた笑いが漏れる。そうせずには、居られなかった。 ワルドが、ふっと嘲笑のこもった笑みを漏らす。 一瞬のこと。長曾我部の動向を見張るルイズやウェールズ達は気付くこともない。 だが官兵衛だけは、その嘲りを見逃さなかった。 やがて長曾我部は、ウェールズやワルドらを無視するかのように、ふと歩き出す。 ふらふらとおぼつかない足取りである。 そして、今にも倒れそうな官兵衛の目前に立つと。 「……邪魔だぜ」 ドン、と官兵衛を腕で払いのけた。瞬間、ドスン、とその場で力尽き倒れる。 そして、それと同時だった。 官兵衛が意識を手放し、その場に崩れ落ちたのも。 「賊を――えろ!」 「誰か――ぐに手――てを――!」 「――っかり――!カン――!」 真っ暗な視界。 薄れゆく意識。 その狭い世界の中で、官兵衛はどこか遠くから、自分を呼ぶ声を聞いた気がした。 前ページ次ページ暗の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/652.html
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 その教師はそう自己紹介をした。 教室中が静かになる。どうにも慕われているというより、嫌われているので目を付けられたくないかららしい。 だがおれにはそんな事関係ない。 おれが考えているのはただ一つ。あの教師の長い黒髪を思いっきりむしりたい。コレだけだ。 前にやったときは頭に飛びついた時点で反撃を受けたからな。 今度は慎重にやる必要がある。我慢だ、おれ。 そんな風に自分を抑えていると、キュルケが立ち上がってギトーに向かって炎の玉を作り出し、打ち込んだ。 俺の獲物に手を出すな! と言いそうになったがその前にギトーが風を起こし、炎の玉を掻き消し、キュルケを吹っ飛ばした。 おいおい大丈夫か?キュルケのヤツ。 それはそうとヤツの武器は風らしい、 風はすべてを吹き飛ばすとか言ってるがそんなのは相性によっていくらでも覆される。 だがおれのザ・フールでは相性が悪いだろう。 この前気づいた事だがスタンドと魔法は相互干渉するらしい、 だから風で吹き飛ばされれば固めてる状態ならともかく砂の状態で操れなくなってしまうだろう。 やはり死角から飛びついて杖をなんとかしてからだろうか。 「もう一つ、風が最強たる所以は…」 お、また一つ手の内を明かしてくれるらしい。風が強くてもコイツはバカだな。 ギトーが詠唱を始め、呪文を唱える。 そしてギトーは分身した。 「うわ、スゲー何アレ?」 おれがつい声をあげると、ルイズに睨まれた。黙ってろって?分かったよ。 ギトーが分身の説明をしようとするが出来なかった。 変な格好の教師が入ってきたからだ。 頭にある金髪ロールの髪、それを見ておれは理性を失った。 「うおりゃああぁぁぁ!」 飛びついてむしる。だが失敗した。頭に飛びついた瞬間その髪がズレたのだ。 新手のスタンド使いか!? そう思ったが違うらしい。ただのカツラだ。 「チクショーーーーー!」 騙された恨みを晴らすべくそのカツラをズタズタに引き裂く。 「あぁ~それ高かったのに~」 情けない中年の声なんか気にしない。 みんなは真似しちゃDANEDAZE♪ ってあれ?教室中が静かだぞ?何で? おれはこの重い沈黙を破る方法を探した。だがおれにはどうしようもない。誰かなんとかしてくれ。 そして動いたのはタバサだった。そのカツラ野郎の頭を指差して 「滑りやすい」 途端に大爆笑が起きる。ナイスフォローだタバサ。 よく見るとカツラ野郎はコルベールだった。髪だけ見てたから気づかなかったが服も変な物を着ている。 具体的に言うとレースの飾りやら刺繍とか、絶対変だ。 「いいセンスだ…」 おいギーシュ、本気で言ってるのか? 「それで?何の用ですかな?ミスタ・コルベール」 「ああ、そうだった。今日の授業はすべて中止です」 歓声があがった。どこの学校でも授業というのは潰れて欲しいものらしい。 「中止の理由は何ですかな?」 ギトーが不機嫌そうに尋ねる。自分の見せ場を潰されたんだし当然だろう。 「本日がトリステイン魔法学院にとって良い日になるからです。何と…」 そこでもったいぶって言葉を切る。 なかなか続きを言わないので煽ってみる。 「早く言えよハゲー」 あ、ヤベ、睨まれた。 「恐れ多くも、アンリエッタ姫殿下がこの魔法学院に行幸なされるのです」 その言葉で教室がざわつく。それに負けないような声でハゲ…じゃなかったコルベールは続ける。 「したがって、粗相があってはいけません。今から歓迎式典の準備を行うので今日の授業は中止」 なるほど、そういうことか。 「生徒諸君は正装し、門に整列する事」 そう言い残してハゲベールは出て行った。 アレ?名前これでいいんだっけ? ルイズにこれから来る姫殿下の事を聞いてみた。必要な事をまとめるとこんな感じだ。 まず名前はアンリエッタと言い、他に兄弟はいないらしい。以上。 名前と他の兄弟の事。大事なのはこれだけだ。 何故かというと他に兄弟がいない、 それはつまりいつかは『王』になると言う事だ。 ここがおれとアンリエッタの共通点。 コイツをどう叩きのめすかが問題になってくる。 そんなワケで敵情視察だ、とは言っても正門にルイズと一緒に並んでみるだけなんだが。 お、馬車から降りてきた。 外見はかなり美人。よし、あれも部下にしよう。 馬車を引いてるのはユニコーンだな。あいつらから聞き込みが出来ないだろうか。 周りの警備は…四方を囲んでいる奴らがいる。けっこう強そうだがおれの敵じゃあないな。 よし、情報集めはこれでいいだろう。 戦闘面ならともかく、今回のような事ではは見るだけで得られる情報は少ないからな。 そう思ったおれは周りの連中の反応を見ることにした。 「あれが王女?ふん、勝ったわね」 胸の事か?おれもそう思うぞキュルケ。 「……」 お前はいつも通りだな、タバサ。 ルイズは…驚いてる?何を見てるんだ? おれはルイズの見ている方向を見る。 おっさんがいた。あいつは誰だろう? その夜。おれがどうやってアイツを蹴落とし、地位を手に入れるかを考えているとドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回。 それを聞いたルイズは 「このノックは!?」 ノックだよ。聞けば分かるだろ? 「合言葉を言わなくちゃ」 合言葉?ああそういう合図なのか。 「ノックされてもしも~し」 「ハッピー、うれピー、よろピくねー」 よく分からない合言葉の後、ルイズがドアを開けた。 入ってきたのはアンリエッタだった。 こんな所に王女が来るのは不思議だったが どうにもルイズとアンリエッタは昔馴染みらしい。 さっきから抱き合ったりしている。 そしてふと悲しそうな顔になったが、少しルイズと会話して何かを決意したらしく、何かを話し始めた。 「わたくしは同盟を結ぶためにゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが…… 礼儀知らずのアルビオンの貴族たちはこの同盟を望んではいません。 二本の矢も束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。 したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています。 もし、そのような物が見つかったら…」 「姫様、あるのですか?」 「……はい、わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら… 彼らはすぐにゲルマニアの皇帝にそれを届けるでしょう」 「どんな内容の手紙なんですか?」 「それは言えません。でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇帝はこのわたくしを許さないでしょう。 婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわ ねばならないでしょうね」 「その手紙はどこにあるのですか?」 「手元にはないのです。実はアルビオンに…」 「アルビオンですって!ではすでに敵の手中に?」 「反乱勢ではなく反乱勢と戦っている、王家のウェールズ皇太子が…」 「ウェールズ皇太子が?ではわたしに頼みたい事とは…」 「無理よルイズ。アルビオンに赴くなんて危険な事、出来るわけないでしょう」 「姫様の御為とあらば、何処へでも向かいますわ!このルイズ、姫様の危機を見過ごすわけにはまいりません!」 ルイズがこっちを向いた。 「行くわよ!イギー!」 「え?どこへ?」 つい反射的に答えてしまう。 「話聞いてた?」 「翠星石は俺の嫁、までなら」 ルイズに蹴られそうになったが、そうはならなかった。 ドアから新たな人間が入って来たからだ。 「姫殿下の話を聞かないとは何事かー!」 ギーシュだ。 おれはすぐにデルフリンガーを抜く、するとルーンが光り体中に力がみなぎる。これがガンダールヴの力らしい。 ギーシュから三メイルほどの所で地面を蹴って飛び上がり、頬を蹴り込む。 「必殺!デルフリンガーキック!」 「おれ関係ねー!」 デルフの残念そうな声を聞きながらギーシュが倒れるのを見届ける。 だがギーシュは立ち上がってきた。もいっぱつ蹴ろうかと思ったがルイズの声が先だった。 「ギーシュ!今の話を立ち聞きしてたの?」 ギーシュはそれを無視してアンリエッタに話しかける。 「バラの様に見目麗しい姫様のあとをつけてみたらこんな所へ…そして様子を伺えば何やら大変な事になっているよう で…」 そういって薔薇を振り、ポーズをとりながら次の言葉を言った。 「その任務!このギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」 図々しいヤツだ。 「グラモン?あの、グラモン元帥の?」 「息子でございます。姫殿下」 「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくれるのならこれはもう望外の幸せにございます」 どうやらギーシュも参加するらしい。 おれも乗り気になっていた。 その手紙をおれが回収すれば何らかの切り札になるかもしれないしな。 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1038.html
春の麗らかな風景に爆発音が響いていた。 爆発音の発信源はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女は他のクラスメート達や教師が見守る中、サモン・サーヴァントの儀式を行っていたが、爆発ばかり繰り返していた。 その数も既に20を裕に越えており、始めは冷やかしていたクラスメート達も、流石に飽き飽きしていた。 いつまでたっても成功しないのを見て、U字禿の教師コルベールは「次で成功しなかったら良くて留年、最悪の場合退学になりますぞ」とルイズに脅すように言った。 「五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ。」 ルイズはありったけの魔力をこめ、いつになく真剣な面持ちで唱えた。 しかし、ルイズの思いも虚しくまた杖を向けた先で爆発が起こった。 それを見た全員がまた失敗かと思った。が、もくもくと土煙が立ち込める中に爆発する前には無かったはずの『何か』があった。 ルイズはそれに気が付くとゆっくりと警戒しながらその何かに近づいていき、それを手にとってみた。 「これは…『矢』?」 爆発の跡にあったのは一本の古びた矢だった。鏃は金属でなく石で作られ刃の部分は鋭く出来ていたが、その装飾からして実戦で使うものではないようだ。 だが、彼女にとって生物でない物に用はない。サモン・サーヴァントは使い魔となる生物を呼び出す儀式。明らかに無機質な矢などお呼びでないのだ。 ルイズは溜め息をついた。爆発ばかり繰り返し、簡単なコモンマジックどころかまともに使い魔すら召喚出来ない『ゼロ』…自分の将来を憂え今すぐ泣き出したくなったその時、 サクサクと草原を誰かが歩く音がした。 クラスメートの誰かが自分を慰めに来たのか、それともコルベールが退学を宣告しに来たのか。ルイズはいずれにせよ振り向く気になれなかった。 だが、その音の正体がどちらとも違う事がクラスメートが次々にしゃべった事で明らかになった。 「おい、何か黒いのがいるぞ!」 「遂に成功したの!?やったじゃないルイズ!」 えっ!?と驚きルイズが振り向くと黒い人らしき「物」がこちらに背を向け歩いていた。 カウボーイハットの様な帽子を被り、肩にはドーナッツ形の飾りを幾つも付けている。 腰にはゆるゆるとしたベルト、更に乗馬用のブーツみたいな靴を履いている。 だがその姿はどこまでも漆黒であり、生物と非生物の間のような存在感を出していた。 ルイズは成功してこれを呼び出したのにこれに対し何とも言えない不気味さを感じた。 こいつは何かヤバイ気がする…契約をすべきなんだろうか… そう思った時、既に異変は始まっていた。 いきなり周りにいたクラスメート達が何の前触れも無くその場で倒れると眠りだしたのだ。彼らの使い魔達も、である。 その異常な光景にルイズは呆然としたが、ふと気付いた。自分の手からいつの間にか矢が地面に落ちていたのだ。 そして矢は斜面でもないのにその漆黒の『何か』の元まで転がって行った。漆黒の『何か』は立ち止まり矢を拾いあげると再び歩き出した。 「ちょ、ちょっと!これはあんたの…」 そこまで言うといきなり足に力が入らなくなり、ストンと地面に腰を落としてしまった。 「な…た…立てな……」 そして意識が朦朧とし、他のクラスメートやコルベール同様地面に横たわり、眠ってしまった。 それでも漆黒の『何か』…前の世界で『鎮魂歌』と呼ばれたそれは城の方へとゆっくり歩いて行った… シトシト… 気付いたら夕方になり小雨が降り出していた。 ルイズはいつの間にか自分が寝てしまった事を思い出し、起き上がろうとした。 しかし、地面に手を付けた瞬間グラリとした。なにかおかしい…身体が『重い』…いやサイズに『合わない』感じがする。 「何が起きたの」 自分の周りを取り囲んでいた中にいたはずのキュルケがいつの間にか近くにいた。 「分からない…いつの間にか寝ちゃって…」 ルイズが答える。視覚がまだぼんやりしていた。 「ルイズの使い魔のせい?」 キュルケが淡々とした感情の起伏の無いしゃべり方をしているのにルイズは違和感を覚えた。キュルケの普段のしゃべり方はこんなのじゃない… 「し、しし知らないわよ!私だって何がなんだか…」 「私?」 キュルケが首を傾げた。ルイズはますます違和感を覚え、尋ねてみた。 「あんた…本当にキュルケ?」 その問いにキュルケは首を横に振ることで答えた。 「冗談はよしてよ!あなた、どう見たって…」 そこではっとした。自分の背が明らかに延びていたのだ。手もよく見てみたら成人男性のような… もしかして!と思い、頭に手をやるとそこには無かった。自分のトレードマークとも言えるものが! 「無い!あたしの髪が無い!」 「元々」 キュルケが突っ込んだ時、「うぅ…」 また近くでうめき声が上がった。キュルケの隣で寝ていたタバサだった。 「何なのよ…いきなり眠くなって…」 タバサが起き上がってキュルケを見た。キュルケも起きたタバサを見た。 「「………」」 二人は五秒ほど沈黙した後、 「きゃああああああああ!」 タバサ、いやタバサの中のキュルケが絶叫した。キュルケの中のタバサも驚いて目を丸くしている。 だが、彼女達よりショックを受けた人達がいた。 ルイズは頭に髪が無いので気付いた。辺りを見渡すとすぐに見つけた。今にも起き上がろうとしている自分の身体を! その自分の身体も自分を見た。 「いやぁぁぁぁぁぁ!」 「うぉぉぉぉ何事ぉぉぉ!?」 両者共にキュルケより遥かに大きな声で絶叫した。 しばらくして心と状況の整理が出来た。 まず、どういう訳か分からないが、魂が入れ代わったということ。 しかもほとんどが使い魔と入れ代わったらしく、話しかけても全然通じなかった。例外は四人の他、ギーシュとマリコルヌだけであった。 次に、これは仮説だが、この現象はルイズが呼び出した使い魔が引き起こした物だということ。 そして最後に、得意魔法等は魂と一緒についてきた。 ということである。 「困りましたぞぉぉ」 ルイズの中のコルベールが頭を抱える。頭の上が豊かなことや若返ったのは嬉しいらしいが、そんなことを言っている場合では無い。 これがもしハルキゲニア中に広まったら大変な事になる。 しかしその元凶がどこに行ったのかも、どうやれば元に戻るかも分からなかった。 焦ってばかりで役に立たない教師を尻目にキュルケとタバサはいち早く動き出した。 「黒い人のようなのよ。捜して来て!」 キュルケはシルフィードと入れ代わったフレイムに命令した。 「きゅるきゅる」 フレイムは慣れない様子で飛び上がり、辺りを旋回しだした。 「森の中。」 タバサもシルフィードに探索するよう命じた。 「きゅい!」 シルフィードは森の中に入って行った。 10分ぐらいしてフレイムが本塔の近くでレクイエムを発見した。 キュルケはフレイムに足止めを頼みつつ、六人はレクイエムの元へと急いだ。(当然だが、マリコルヌと入れ代わったギーシュはおいてけぼりだった。) To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5821.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世とトリステイン王国王女アンリエッタ殿下の婚礼の儀式はトリスタニアの夕方から始まり、 ウィンドボナの朝日で以って終幕を迎える事となっている。 勿論たった一日の行程ではない。有力貴族を引き連れた遠大なる『結婚旅行』として企画され、総行程は6日、予備日2日を抑えたスケジュールが組まれている。 宮廷側ではその行程に管理される人間の便覧が用意され、その中にトリステイン側から選出された『祝いの巫女』役として、ルイズの名前も入っているのであった。 トリステイン魔法学院の早朝未明、まだ誰もいない学院の敷地で一人ギュスターヴがデルフを構えて立っていた。 彼は紫色にたなびく空が匂う中で中段に構えたまま、瞠目し静かに気を凝らしている…。 剋目、流れるような剣舞を放つ。飛び込み、或いは素早く身体を引く動作を繰り返す。 朝露の光る中で、ギュスターヴはかれこれ二時間はこうして剣を振っていた。鋼の王と呼ばれ、剣戟が達人の域になって久しいギュスターヴだったが、 こうして肉体の鍛錬を欠かしたことは無い。 何しろ、若々しい態度と余り老け込まない容貌で忘れられがちだが、齢49の肉体は怠けるとすぐに衰えてしまうのだ。ガンダールヴの刻印が肉体を強化すると言っても、 安心はしない。 最後、ぐっと踏み込んで一刀を振り込んでしなやかにデルフを納めた。 「…ふぅ……」 熱を持つ身体をゆっくり冷やすように静かに息を吐く。 「ご苦労さん相棒。そうやって剣として大事に使われると俺様なんでか涙が出そうだぜ。目、無いんだけど」 「何わけの分からない事を…。さて、そろそろルイズを起こしに行くか…」 学院の遥か遠くの山際に、朝日が昇り始めていた。 さて、そうして起こされるはずのルイズは、実はとっくに起きて――尤も、寝間着のままだったが――机に向かっていた。 机には開かれたままの本が数冊。ペンとインク壷、まっさらな便箋に加えて、丁寧に書き綴られた一枚の便箋が乗っている。 ルイズは本と書き取った便箋を読み比べて小さく呻っては、まっさらな便箋にちろちろと文を何度か書き、また呻ってを繰り返す。何度か繰り返してから、 書き綴った便箋に文章を加えていった。 「~~~………~~……~…で、できたわ…っ!」 ペンを置いて書き終わったばかりの便箋を取り上げる。便箋には美麗な語句をちりばめた音韻鮮やかな詩句が並んでいた。 恐る恐ると便箋を机の上に置いて、肩を揺らして大きく息をついた。 「やっと…やっと出来たわ~……」 椅子から降りて身体を解しながら、ルイズはカーテンの隙間から漏れる蒼い朝日に目を細めた。 ルイズはこの半月の間、ギュスターヴを助手に図書館に潜りこんでは文法書や詩集を引っ張り出し、必死に祝詞の製作に励んでいた。 加えてオスマンの添削を受けての作業だった。オスマンは国一の頭脳らしく丁寧な指摘をルイズに与えてくれたが、 ルイズは中々規定の字数まで文を作ることが出来なかった。 そして今日の添削を以って締め切りと宣告と言われた中、早朝になってようやく完成したのだった。 ふらふらとベッドに倒れこんたルイズは、布団の柔かな感触に頭を埋める。 「後は…これをオールド・オスマンに見てもらえばいいわね」 ベッドの上にはまだ自分の温もりが残っていて気持ちいい。 「朝食の時間まで、まだ少し時間があるから…ほんのちょっとだけ……」 根つめすぎていたのか、ルイズはそのままベッドの上でとろとろと眠りはじめた。 机に置かれた『始祖の祈祷書』が開かれたまま、ぱらぱらと風ない中で繰られている…。 『大きな一歩、躓いて…?』 その日の午前中、最初の講義はコルベールによる各種秘薬の取り扱い方について…のはずであったが、教室には生徒がかなり疎らに入っていて、 はっきり言ってスカスカだった。 実はここ暫くの間、コルベールは講義を殆ど休講にして自分の研究に時間を充てているのだ。 だから今教室にいるのは友人と談笑しに来ているような生徒くらいで、他の生徒は好きな場所に行っているのである。 そんな教室にルイズがやってくる。その姿は普段より服がよれ気味で、豊かなチェリーブロンドも少しぼさぼさしている。 …二度寝した結果朝食を食べ逃し、急いで仕度して部屋を出たのであった。お陰で今日もコルベールの講義が無いことをすっかり忘れていた。 「……もう、最悪。それもこれもギュスターヴがちゃんと起こしてくれなかったせいよ!まったくあの中年使い魔ったらどこに行ってるのかしら!」 ルイズの記憶では定時にギュスターヴが自分を揺り起こすところを覚えているが、その後がなんとも曖昧になっている。 もしかして起き切らない自分を放っておいて一人で朝食に行ったのかもしれない。 きゅうぅ、と下腹部が締め付けられる。空腹で苛々もしていた。 「…うぅ。お腹すいちゃったけど、どうしよう……」 途方にくれていると廊下からゆらゆらとした悪趣味のシャツがやってくる。 「…やぁルイズ。どうしたんだい、こんなところで」 色素の薄さが定着しつつあるギーシュは目の下のクマを濃くして壁に寄りかかった。 「なんでもないわよ…。ハァ、休講だし、食堂で何か作ってもらうかしら…」 ギーシュを袖にしてルイズは自分のお財布に今幾らお金が残っていたかを考えていた。因みに学院の食堂は三食以外について、 生徒教員が厨房に直接お金を払って料理をしてもらうようになっている。 ギーシュはゆらりと教室に入ると日誌らしきものを手に教室から出てきた。 「ははははは。…さぁ、僕も用事は済んだからコルベール師のところに行ってくるよ…」 日誌を片手に悪趣味なシャツはゆらゆらと去っていった。 再び下腹部が締め付けられる。 「…お腹すいた」 とぼとぼとルイズの足も教室から食堂へ向かっていく。 「そういえばミスタ・コルベールの実験ってどうなってるのかしら?飛翔【フライ】や浮遊【レビテイション】を使わないで空を飛ぶって行ってたけど…」 コルベール研究塔前は、天幕を中心として随分と様変わりしていた。 天幕の傍ではコルベールとギュスターヴの手で不可思議な物体が製作されていた。 それは木板を箍で半円錐状に締めた物体に、鉄棒で作った骨組みを乗せ、そこに布を張って翼のような形をとっている。 翼は大きく左右に張り出し、さらに円錐の先端に合うように後部にも二つの小さな翼がついている。すべての翼の後半分は可動できるように作られていて、 さらに各々にはワイヤーが繋がっている。ワイヤーはすべて、円錐の広がりの上部に張り出している二本のバーへ集まっているように見えた。 その部分だけを見ると、蝸牛の角のようでもある。 円錐の先端を挟み込む形で、16本の筒が付いている。『飛び立つ蛇君』改型噴射推進装置であった。 「右のレバーを引けば右方向へ、左のレバーで左方向に曲がれるはずです」 製作及び設計者コルベールは少々疲れた顔をしていながら、目に光が灯って溌剌としている。 円錐部には人が入り込めるだけのスペースがあり、そこにはいくつかのレバーが付けられていた。 今そこにはギュスターヴが収まっている。架台に置かれた巨大な乗り物の初の乗り手として、コルベールがギュスターヴに依頼したのである。 「コルベール師。この乗り物が風を掴んで浮き、空飛ぶ蛇とやらを動力に進むのは理解しましたが…これだけの物が本当にそれだけで飛ぶのでしょうか?」 動作を確認するように何度かレバーを引く。するとレバーに合せて、羽根と尾羽の末端が上下左右に動いた。 乗り物は最前端から後部まで3メイル、翼の端から端まで5メイル強、正面から見た厚みが1メイル弱とかなり大きい。恐らくちょっとした馬車並の重さがあることだろう。 問われたコルベールは羽根の可動部に油を注して答えた。 「うむ。残念ながら現在の『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置の力だけでは離陸する事ができない。そこで」 と、コルベールが取り出したのは両端が板で閉じられた短い鉄の筒。 「機体の下部に4リーブルの風石消費器を設置します。離陸前に操縦部の脇にあるリールを回せば、消費器の中の風石に圧力が加わって約500リーブルの機体重量を 4分の一以下に減衰することができます。約125リーブル以下の重量であれば、16機搭載する『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置を2機ずつ発動することで理論上は 離陸が可能なのです。離陸時は噴射推進装置によって機体は地面を滑走しますので、頃合を見て上昇下降レバーを引けば翼が風を掴んで空に上がる事が できるはずなのです」 「仮定や推論が多い話ですな」 スルッとギュスターヴは円錐部から抜け出る。いつもの服の上から革のベルトを肩掛けになるように身体に巻いている。 操縦部で身体を固定するためのベルトだった。 「仕方がありません。古今、このような方法で空に上がろうとするのは我々が初めてですから」 大人二人が夢か無謀か、挑戦に向けて準備をしているのを尻目にギーシュは一人作業に没頭していた。 溶鉱炉に隣接するように、ふた周りほど小さなドームを作っているのである。 ギーシュの技量では一発で作れないので作る場所にはじめ土を盛り、そこから魔法で徐々に形作っていた。 「ふぅ…ギュスターヴ。これでいいかい?」 呼ばれたギュスターヴはギーシュの作ったドームを確認した。隣の溶鉱炉よりも小さく、すこし歪だが、要望どおりの出来だった。 「ふむ…あとは溶鉱炉の方から排煙を出してもらって、吸気を一緒にもらえるように管を繋げられればいい」 「鍛冶打ち用の炉が欲しいなんて、君は鍛冶師か何かなのかい?」 問われたギュスターヴは頭をかいた。 「まぁ、鍛冶打ちもできる…って言った方がいいのかな」 らしくなく煮え切らない返事にギーシュは首を傾げるのだった。 昼食時となって、一旦解散したギュスターヴが貴族用食堂を覗くといつもの席でルイズが食事を取っていた。 「ちゃんと起きれたみたいだな」 声をかけられたルイズは振り返ってギュスターヴを確認すると、顔を背けた。 「…なんだ、起こさなかったと怒ってるのか?」 「当たり前でしょ…どうして朝起こしてくれなかったのよ」 「起こしたさ。起こしてやったのに二度寝して寝過ごしたのはルイズ自身だろう?」 普段どおりのふてぶてしい態度のギュスターヴに、ルイズは段々ムカムカしてくる。自分が根すり減らして貴族らしき義務を全うしようと苦心しているというのに、 自分の使い魔はそんなことをまるで気に掛けない、と。 「人が…誰にも任せられない重要な仕事で大変な苦労をしているって言うのに、なんなのよあんたは!」 無意識に手に持っているフォークが飛んだ。フォークの先はギュスターヴの頬を掠めて床に音を立てて落ちる。 その雰囲気に食堂を一瞬ただならぬ空気が包んだ。ギュスターヴの目は厳しいものだったが、次にはふっ、と笑った。 「それだけ元気なら大丈夫そうだな。しっかりやれよ」 そう言ってギュスターヴは厨房へ行き、視界から居なくなった。 「……ばか」 一人癇癪を起こしたのが情けなくて、ルイズはそのまま食事をやめて部屋に戻っていった。 「…で、頬に傷をもらってきたってのかい」 テーブルで静かに昼食を頂く脇で手の空いたマルトーが聞く。ギュスターヴの左頬には横一線に赤い晴れがうっすらと浮かんでいた。 「ま、人の手前説教するわけにもいかんだろう。あれでも主人だしな」 「でもよぉ。そのお嬢ちゃん、どう聞いてもギュスの主人にしておくにはもったいねぇな」 昼食に出した塩肉の余りを食べながらマルトーが続ける。 「…ギュスよ。俺の知り合いに侯爵家の料理番を代々やってる奴がいるんだ。そいつの主人は料理番風情の友人を家族みたいに優しく扱ってくれるんだとさ。 お前さんも剣の腕があるんならもっとマシな扱いをしてくれるところを探したほうがいいんじゃねぇか」 静かに食事をしていたギュスターヴはシチューのさじを置いた。 「ご馳走様。今日も美味かったよ、マルトー。…生憎と俺は暫く、主人を変える気はないよ。ルイズには色々と恩があるのは確かだし…それに……」 「それに?」 「……少しばかり気になるからな。色々と」 そういうギュスターヴの目は鋭さを佩びていた。 「…ま、ギュスがそういうなら俺は別にいいけどよ」 「気を効かせて悪いな。…じゃあ、俺は戻るから。美味い夕飯、期待してるぞ」 「へ!言われるまでもねぇな」 さくさくとギュスターヴは歩み、地下厨房を出て行く。 残された皿を洗おうと集めるマルトーは、ギュスターヴの出て行った先を振り返る。 「…堂々としたもんだよなぁ、ほんとに平民か疑っちまうね」 埒もないことをぼやいて、マルトーは頭をかいた。 食後しばらくして、ルイズは緊張した面持ちで学院長執務室へやってきた。手には今朝方完成した祝詞の原稿を手に持っている。 「失礼します…」 ルイズが部屋に入ると、既に執務室ではオスマンが待っていた。オスマンはいつもの調子で煙草を蒸している。 「祝詞の出来を見ようかの」 「は、はい。お願いします」 オスマンに渡す手が震える。渡されたオスマンはためつすがめつ原稿の文字列を読んでいるようだった。 直立して待つルイズは一秒一秒が非常に長く感じられた。皿に置かれた煙管の煙が揺れている。 「ふむ…」 「ど、どうでしょうか…」 普段は穏やかなオスマンの眼光が、今日はナイフのように鋭く見える。 「ミス・ヴァリエールや。短い期間でよくこれだけのものを書けたのぅ。これを持って儀礼上で殿下を寿ぐとよいじゃろう」 オスマンが暖かい語調でそう言うと、ルイズの足から力が抜けてフラリとした。 「あ…ありがとうございます」 脱力して腰を笑わせている生徒を細めで見ながら、オスマンはふと、彼女の傍に立つ意丈夫の使い魔を思い出した。 「ところでミス・ヴァリエール。君の使い魔君は最近どうしておるかの?」 「ギュスターヴですか?え、えぇ、とても元気にしてますわ」 何か空々しい風情でルイズは答えた。 「コルベール君とよくつるんどるようで、君としては複雑じゃろうな」 「は、はぁ…」 ルイズとしては答え辛かった。使い魔が構ってくれないなんてメイジとして情けなかろうという気持ちがある。 「ま、彼は君の使い魔じゃが一個の人間じゃ。扱いづらいところもあるじゃろうて」 「えぇ、そ、そりゃあもぅ……?」 話しかけたルイズが止まった。何やら外から轟音と微振動が伝わってくる。 「な、なんじゃ…?」 やおら窓に駆け寄る。ルイズの目下にはコルベール塔の脇を炎の尾を上げて蛇行する謎の物体が見えた。 「ああぁ~~~!誰か、た、助けてくれぇ~!」 がたがたと揺れながら走る物体から間抜けな叫び声が上がっていた。 コルベールの発明した空駆ける機(はたらき)、名づけて『飛翔機』に乗っていたのはコルベールでもギュスターヴでもなく、 悪趣味なシャツをはためかせるギーシュだった。 ギーシュは食事に出かけたコルベールとギュスターヴより先に戻って鍛冶用の炉を作っていたのだが、後は飛ぶだけと準備されていた飛翔機に 興味本位から乗り込んで色々と弄繰り回している内に推進器を発動させてしまったのだ。 「と、止まらない!だれか助けてくれぇ~」 がちゃがちゃとレバーを引くギーシュに合せて蛇行して走る飛翔機。そこに偶々居合わせたのは以前渡した秘薬の残りを譲ろうと研究塔にやってきたタバサと、 それにくっついてギュスターヴに会いに来たキュルケだった。 「な、何あれ~?!」 驚くキュルケに対しタバサはいつもどおりの無表情だったが、その目はぐっと凝らされ暴走する飛翔機を追いかけている。 「キュ、キュルケ!タバサ~!た、助けてくれ~」 ゴーゴーと火を噴きながら地面を走る物体からギーシュの声が漏れ聞こえる。 「ギーシュ!?何でそんなところに、っていうか、助けてって言われても…」 「私が止める」 困惑するキュルケを背にタバサが一歩踏み出て杖を構えた。ルーンを唱えると、飛翔機の軌道上の道に水が染み出してぬかるんでいく。 「わ!わ!ゆれ!ゆれる!あでぃ!し、舌、噛む、ぐへ!」 ぬかるみをガタンガタンと揺れながら、なおも走る飛翔機。タバサは次に別のルーンを唱えた。 するとぬかるんだ地面が段々と凍りつき、地面を走る飛翔機の車輪も一緒に凍り付いていく。 凍りついた車輪がギリギリ鳴りながら、徐々に飛翔機はスピードを落としていった。 偶然にも、火を噴いていた推進装置も徐々にその勢いを弱めつつあった。 「はぁ、はぁ、た、助かった…」 減速する飛翔機の中でギーシュが安堵の息をつく。…しかし今度は凍りついた車輪を軸に、飛翔機の後部が徐々に持ち上がっていく。 「あ…え…えぇ?」 抜けた声を出すギーシュを抱えつんのめっていく飛翔機は、ぬかるんでいた地面に頭から突っ込んだ。 「あ…」 キュルケのつぶやきも虚しく、飛翔機は泥の中に頭を突っ込んだまま推進器の力で地面にぐりぐりと押し付けられ、頭の部分がどんどんひしゃげていく…。 推進装置が完全に止まった時、ぬかるみの中で逆立ちし、まっさらな布張りを泥だらけにした飛翔機と、ベルトで固定されていなかったギーシュが円錐部から飛び出て、 頭をぬかるみの中にずっぽりと埋めている姿が出来上がった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1867.html
すっかり慣れた、しかしこの場にそぐわぬどこか甘い香りが鼻腔を くすぐり――ギアッチョの意識はゆっくりと眠りの海から浮かび上がる。 「・・・・・・ああ?」 開ききらない瞳で仰向けのまま左右を探ったギアッチョの、それが 最初の言葉だった。 第三章 その先にあるもの ゆるゆると上体を起こして、ギアッチョはいささかぼんやりした 視線を下に向ける。視界に入ったものは、見間違えようも無くルイズの ベッドだった。そしてその持ち主は―― 「・・・・・・」 ギアッチョの隣で、すやすやと寝息を立てている。 「ここにブッ倒れて・・・そのままっつーわけか」 「我ながら情けねーな」と呟いて、ギアッチョは小さく溜息をついた。 何とか途中で気力が切れずに済んだが、もしもガキ共の前で倒れて いたらと考えると心底自分が腹立たしくなる。 「少々かったりぃが・・・鍛え直すとするか」 立ち上がろうと身体に力を入れるが、上着の裾が何かに引っ張られて ギアッチョは再び腰を下ろす。何事かとそちらを見れば、ルイズの 小さな手が服の端を掴んでいた。引きはがそうと服を引っ張るが、 一体どんな夢を見ているものか、ルイズは頑なに手を離そうとしない。 「・・・おい」 声をかけてみるが、少女が眼を覚ます様子はない。 「・・・クソガキ、起き――」 頭を掴んで揺さぶろうと伸ばした手を、ギアッチョはピタリと止めた。 考えてみれば一日以上寝ていなかったのだ。自分と違って、ルイズは そういうことに慣れてはいないだろう。そう考えると、無理矢理起こして しまうことも少々躊躇われる。 「・・・チッ」 まあいい、特に急ぐ理由もない。相変わらずの凶相で一つ舌打ちして、 ギアッチョは再びベッドに背を預けた。 「・・・ぅん・・・」 浅いまどろみの中で、ルイズは一日ぶりの睡眠を噛み締めていた。枕に 頬をうずめて、毛布を胸に抱き締める。いつもと同じそれが、今日は 何故だかとても幸せに感じられた。そんなわけだったから、 「・・・・・・ギアッチョ・・・」 等とうっかり寝言を洩らしてしまっても、それは仕方のないことで。 「ああ?」 しっかり聞こえていたギアッチョに無愛想に言葉を返されてしまったと しても、やはり仕方のないことだった。 ただ、ルイズ本人はそうは思わなかった。自分の言葉で微かに目覚めた 彼女の心臓は、ギアッチョの声で跳ね上がった。 「ようやくお目覚めか」 「えっ、な、ち・・・ちちち違うの!違うんだからね!!」 「・・・何か知らんが落ち着け」 「・・・う、うん・・・」 答えたところでギアッチョの服を掴んでいることに気付き、ルイズは 慌てて手を離した。ギアッチョはそれを眼だけで眺めると、もう用は 無いと言わんばかりにベッドから降りる。 「厨房行ってくるぜ」 「あっ・・・」 デルフリンガーを担いですたすたと扉に向かうギアッチョに一抹の寂しさを 覚えて、ルイズは身体を起こした状態のままその背中を見つめる。そんな 視線に気付く様子もないギアッチョがドアに手を伸ばした瞬間、 「・・・?」 ドアは外側から開かれた。 「あら、おはようギアッチョ」 ギアッチョが口を開く前に、キュルケは驚いた顔も見せずに挨拶する。 「昨日の今日で元気だなおめーは ルイズに用か?」 「ええ、それと貴方にもね ちょっと待っててちょうだい」 ギアッチョの肩越しに室内を覗き込みながらそう言うと、怪訝な顔の 彼をそのままにキュルケはルイズの前へとやって来た。 「おはようルイズ やっぱりまだ寝てたわね」 「お、おはよう」 「あら、ちょっと顔が赤いんじゃない?風邪でもひいた?」 「べっ、べべべ別にああ赤くなんかないわよ!」 わたわたと手を振って否定すると、ルイズは話を逸らそうと言葉を継ぐ。 「そ、それより何か用?」 「何って・・・忘れたの?」 呆れ顔のキュルケに、ルイズはようやく今朝交わした約束を思い出した。 「あ!」 「食事、行くんでしょう?タバサとギーシュはもう厨房で待ってるわよ」 「ごっ、ごめん!すぐ着替えるから――」 言いかけたところではっとドアに眼を向けると、ギアッチョは既に 廊下へ姿を消していた。 「私達でシエスタを送って行った時に、今日の昼食を厨房でって話に なったのよ」 扉横の壁に背中を預けるギアッチョを見つけて、キュルケは問われる 前にそう言った。 「ま、そんなところだろうとは思ったがよォォォ~~~~・・・ そりゃ何だ、このオレも一緒に着いてくことになってんのか」 「当ったり前でしょう?あなたが主役なんだから」 「オレぁそんなガラじゃねーんだがな」 若干首をすくめて答えるギアッチョを面白そうに眺めて、キュルケは その隣に背をもたれさせる。 「あなたが来ないとシエスタ泣いちゃうかも知れないわよ?あの子 随分あなたに感謝してるみたいだし・・・惚れられちゃったりしてね」 「こんな化け物に惚れる人間が一体どこにいんだよ」 「あら、いつもの自信がないじゃない あなたって結構イイ男だと 思うわよ?まあ私のタイプとはちょっと違うけどね」 半分茶化して笑うが、ギアッチョは詰まらなそうに首を振る。 「・・・そういう意味じゃあねーよ 得体の知れねえ力で無数の人間を 殺して来た野郎が化け物でなくて何なんだ?・・・全く今更だが、 オレは本来他人と関わっていい人間じゃあ――」 「ストーップ、ギアッチョ一点減点よ」 声と共に突き出されたキュルケの掌に、ギアッチョの言葉は中断された。 「いい?あなたが過去に人の命を奪ってきたこと、それは事実かも 知れないわ だけどね、こう言うと冷たく聞こえるかもしれないけど、 私達はそんなこと知らないの 知ってるのは、いつでも何度でも私達を 救ってくれたヒーローだけなのよ」 「・・・・・・」 「罪を認めることは勿論大切だわ だけど人を殺す一方で、あなたは 私達の命を、人生を救ってくれた・・・その重さも知っていいんじゃ ないかしら?」 キュルケは小さく笑みを浮かべてそう言うと、躊躇いがちに開きかけた ギアッチョの口にスッと人差し指を当てる。 「だからネガティブな発言は一切禁止!次に言ったら三点減点するわよ」 あくまでも茶化した態度のキュルケに小さく溜息をついて、ギアッチョは 諦めたように彼女を見た。 「・・・で、ポイントオーバーでどんな罰ゲームを頂けるんだ」 「そうねぇ・・・十点マイナスで三食はしばみ草ってのはどうかしら?」 「・・・・・・そいつは勘弁願いてぇな」 再度の深い溜息と共に、ギアッチョは両手を上げて降参の意を示した。 「ごめん、お待たせ!」 マントを胸に抱えて、ルイズは急いで部屋から飛び出した。確認する ようにこちらに一瞥を向けて、ギアッチョは「行くぞ」という一言と共に すたすたと歩き出す。 後を追おうとするルイズの頭に、スッとキュルケの片手が置かれた。 「頑張りなさいルイズ きっとチャンスはあるわ・・・多分」 「・・・へ?」 生温かい笑みのキュルケを、ルイズはきょとんと見返した。 「本ッ当に済まなかったッ!!」 厨房へ着いたルイズ達を出迎えたのは、マルトーの猛烈な謝罪だった。 シエスタから仔細を聞いたのだろう、「やりたくてやったことだから」と 首を振るルイズ達にマルトーはまるで懺悔のような表情で謝り続ける。 設えられた質素なテーブルにこっそりと眼を向けると、本を開いて己の 世界に逃避しているタバサの横でギーシュが苦笑交じりに肩をすくめた。 どうやら自分達が到着する前から、この大柄なコック長は大音量の謝罪を 繰り返していたらしい。マルトーに視線を戻すと、謝り続けるうちに 感極まったのか、彼はとうとう漢泣きに泣き出した。 「おっ、俺は誤解していたッ!あんたらみてぇな貴族がいることを 知ろうともせずに、この世の摂理を理解でもしたような気になって いたんだ・・・ッ!!本当に、詫びのしようもねえ!!俺は、お、俺はッ!」 「・・・おいマルトー」 咆哮の如き大声のマルトーを見かねてか、ギアッチョが気だるげに声を かけるが、マルトーはギアッチョに標的を変えて尚も喋り続ける。 「おおギアッチョ・・・お前さんにも一体何て謝りゃあいいのかッ!! モットの野郎が悪魔なら、こんな傷だらけの人間を死地に向かわせた俺は 堕獄の罪人よ!!こんなもので償い切れるとは思わねぇが、どうか気の 済むまで俺を殴ってくれッ!!」 「ああ?」 「「コック長、それは・・・!」」 ギアッチョと外野、双方がそれぞれ声を上げるが、マルトーはそれに 首を振ると漢らしく両手を広げて怒鳴る。 「気にするこたぁねえ!これは俺の罪滅ぼしなんだ!!さあッ! いくらでも殴ってくれ!!さあ!さあッ!早く!!はやげふゥゥウッ!!」 「「殴ったーーーーー!?」」 ギアッチョの躊躇無い一撃を顔面に受けて、マルトーは派手に吹っ飛んだ。 やれやれと言わんばかりに溜息をついて彼を引き起こす。 「眼ェ醒めたかマルトー」 マルトーをしっかりと立たせてから、ギアッチョはそう口を開いた。 「何度も言うがよォォ~~~ オレ達がやると決めたからやったんだ 謝罪なんぞ受ける気もねーし権利もねぇ そんなもんよりオレ達はメシが 食いてーんだがな」 「お、おお・・・ギアッチョ・・・!」 マルトーの顔に、明らかな感動の色が浮かぶ。様子を見守っていた コック達を見回して、マルトーはいつもの威勢を取り戻した声で叫んだ。 「聞いたかお前達!真の英雄は己の行為に代償を求めたりはしねぇ!! 俺達がするべきはとびきりの御馳走を振舞ってやることだ!!さあ お前達、調理を再開しようじゃねぇか!!」 「「おおぉおぉおーーーーーーーーーっ!!」」 ていうか殴れと言われたから殴っただけだろうなと思うルイズ達を よそに、マルトー達は大盛り上がりで料理にとりかかった。 ほどなくして、テーブルに種々の料理が運ばれて来た。肉や野菜、色 とりどりの果実が惜しみなく使われたそれらは、正に御馳走と呼ぶに 相応しい代物であった。ルイズ達にはさほど珍しいものではなかったが、 ギアッチョにとってはそうではないようで、先ほどからルイズの隣で 小さく感嘆の声を上げている。 料理が運び終わるまでの間、キュルケ達としばし談笑していたルイズ だったが、ふと気付いて顔を上げた。と、手馴れた様子で配膳する シエスタと眼が合う。 「もうすぐ全部運び終わりますから、もう少々お待ちくださいね」 シエスタは普段着では無く、いつものメイド服を着ていた。にこりと笑う シエスタと対照的に、ルイズは少し心配げな顔を見せる。 「シエスタ、休んでなくて大丈夫なの?」 その言葉に場の視線がシエスタに集中するが、シエスタは笑みを絶やさず 応じた。 「いえ・・・自分のことなんかよりも、私は一秒でも早く皆さんにお礼を したいんです 私に出来るのは、少々の料理の手伝いぐらいですから・・・」 「それに」シエスタは少し厨房を見渡して言葉を継ぐ。 「またここで働くことが出来るんだって思うと、休んでることなんて 出来なくって」 「シエスタ・・・」 屈託の無い笑顔を見せるシエスタに、ルイズ達はこの娘を助けてよかったと 改めて思う。互いに顔を見合わせて、つられるように笑った。 「・・・おいしい」 口に運んだ料理は違えど、彼女達の感想はみな賞賛の一言だった。 「いつもうめぇが・・・今日はそれ以上だな」 ギアッチョまでが珍しく素直な賛辞を口にする。 「俺にも使える魔法がある」いつかマルトーが言った言葉だが、成る程 こいつは確かにその通りだとギアッチョは柄にも無く独白した。 「そうかい、そいつぁよかった!こんな料理でよけりゃあいつでも食いに 来てくんな!あんたらにならいつでも御馳走を振舞わせてもらうぜ!」 マルトーはガキ大将のような笑顔を見せる。その隣で、シエスタも クスクスと楽しそうに微笑んだ。 「・・・次ははしばみ」 「却下だ」 誰よりも旺盛な健啖ぶりを現在進行形で発揮しているタバサの提案を、 ギアッチョは一瞬で棄却する。 トリステイン魔法学院――その厨房を、わだかまりの無い笑いが満たした。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5651.html
前ページ次ページお前の使い魔 「え……エルフ!? あああああんた誰っ!?」 「える……ふ? 何ですかそれ? それよりもお前こそ誰ですか!! ここはどこですか!!」 それがわたしの呼び出した使い魔との最初の会話だった。 ここはハルケギニアのトリステイン魔法学院。 そこで行われていた、春の使い魔召喚の儀式で、わたしことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、奇妙な亜人の女を召喚してしまった。 エメラルドグリーンの髪の上には、小さな角が二本あり、瞳の色はワインレッド。 服装はお世辞にもお洒落と言える物ではなく、動物の皮か何かをなめしているような藍色の上下に、赤い紐やリボンのようなものでお情け程度にアクセントを付け、首に鐘のような物を下げているている。 何よりも目を引いたのは、エルフの証拠と言われている長い耳。その長い耳には金色の板の付いたピアスをしており、日の光を反射してキラキラと綺麗だ。 その長い耳ですっかり腰が引けてしまっていたのだが、彼女の最初の返答と、目線を下げたことで解消した。 何故なら、彼女の足は柔らかそうな毛が生えており、足の先は動物のような蹄だったからだ。 「亜人……?」 わたしがそう言うと、その亜人の女は少し頬を膨らませ、髪の色と同じエメラルドグリーンの輝きを持つ短刀をこちらに向け言った。 「セプー族ぐらい珍しくないでしょう! それよりも、ここはどこかと聞いているんです! そしてお前は誰ですか! 私をさらって何を企んでいるのです!」 そう言って、今にも飛びかかりそうな剣幕で怒り出す。 そんなわたし達を見て、教師であるミスタ・コルベールが割って入ろうとしたのだが、わたしが向けられた短刀を見て怯えた表情をすると、亜人の女は少し驚いた顔をし、短刀を向けるのをやめ、先ほどより落ち着いた声でわたしに話しかけた。 「お前からは嫌な感じがしません。だから答えてください。ここはどこで、お前は誰で、私は何でこんなとこにいるんですか?」 そんな様子を見てわたしは少し落ち着き、彼女の質問に答えた。 「ここはトリステイン魔法学院で、わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。そしてあなたはわたしが召喚したの」 「とり……巣? るい……るい……ルイなんとか!!」 「だ……誰がルイナントカよ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!!」 あまりにも失礼な名前の覚え方に、わたしが声を荒げるも、亜人の女は全く聞いている様子も無く、少し警戒の色を濃ゆくした瞳を向けながら強い口調で言葉を続けた。 「そんな事はどうでもいいのです! お前!! 今、私を召喚したと言いましたか!?」 「そ……そうよ。あんたはわたしがサモン・サーヴァントで召喚したの。使い魔としてね。」 そのあまりの剣幕に、少したじろぎながら答えると、亜人の女はぐわしとわたしの肩を掴み、揺さぶりながら怒鳴り散らしだした。 「私をまた支配したのですかお前の中のお前っ!! ええい、黙っていてはわかりませんよ!! 説明しなさい!! それとも首根っこへし折って欲しいんですか!?」 凄まじい勢いで、がっくんがっくん揺さぶられるわたし。 「ちょ、おちちちち、つつつつつい、てててててて」 「ええい!! 何を言ってるかわかりません!! ほら!! 説明はまだですか!!」 あ、何か川の向こう側で誰か手を振ってる気がする。あれ? あそこにいるのは肖像画で見たことのあるご先祖様? わたしがそんな危険な逃避行をしだした時、慌てた様子でミスタ・コルベールが横から入り、亜人の女を引き剥がしてくれた。危ない、もう少しで名前の後ろに(故)とかつくところだったわ。 「落ち着いて下さいミス! 落ち着いて!」 そう言って、どうにか押さえつけたミスタ・コルベールに、怒りの表情でまくしたてる亜人の女。 「何ですかこのハゲたおっさんは!! どきなさい!!」 あ、時が止まった。 おお、ミスタ・コルベールが肩を震わせながらも耐えている。流石は教師。 「説明します!! 説明しますからどうか落ち着いて!!」 そんな、ミスタ・コルベールの必死の説得により、どうにか落ち着いた亜人の女は、ぜえぜえと肩で息をしながらようやく話を聞く態度になった。 ちなみに、落ち着かせ間にも「ハゲ」や「おっさん」といったミスタ・コルベールの心をえぐる単語が何度も飛び出し、最後は少し涙目だったのだが、優しいわたしは心の奥に仕舞っておく事にした。 「つまり、あんたは別の大陸で、崩壊する世界を救うために『世界を喰らう者』とか、それを裏で操ってた奴を倒して、ようやく平和になった世界で暮らしていたところを呼び出されたと……そういう訳?」 「そうです。私達が首根っこへし折ってやったんです。そのお陰で今の世界は平和なのです。感謝しなさい。」 「へー、そうなんだー。すっごーい」 「そうです。凄いのです。わかったらホタポタをお腹一杯食べさせた後、私を元の場所に戻すのです。それで勘弁してやります。」 「そうねー、それが本当なら、わたしとんでもない方を召喚しちゃったってことだもんねー。わー、たいへーん。トリステインの一大事だわー」 「そうです! 一大事なのです! その……トリ……なんとか?も大変なのです!」 「…って、信じられる訳がないでしょうがあああああっ!!!!!」 あれからこのセプー族とかいう種族の亜人(わたし達が亜人というと「セプー族です!」と何度も言いかえを強要する)の『ダネット』という女に、どうにかこちらの現状を説明し(何よりも、わたしが魔法で召喚したという点を説明するのに時間がかかった。支配って何?わたしの中のわたし?馬鹿だこいつ)、使い魔の契約を結ぶよう言ったところ、世界を救った私を家畜扱いかと騒ぎ出したので、話を聞いてみたところがコレである。 世界の命運をかけた戦い? 世界を喰らう者とかいう巨大な三体の巨人? ホタポタ? もう訳がわからないを飛び越えて、どう見たって聞いたって頭がアレな奴である。 周りで聞いていた生徒も「目を合わせるな」といった雰囲気が出来上がり、最早失笑すら聞こえない。 最初は「ふぅむ」などと言いながら聞いていたミスタ・コルベールでさえ、遠い空を見ながら「空が青いなあ」などとのたまっている。 そんな中、わたしの魂の叫びを聞いたダネットは、額に青筋を立てながら反論してきた。 「お前はあの世界を喰らう者達を忘れたというのですか!? あの長く続いた地震を覚えてないとでもいうのですか!? 世界の悲鳴を聞かなかったのですか!?」 そんな事を言われても、知らないものは知らないし、地震(地面が揺れる災害らしい)なんて生まれてこのかた聞いたことがない。 なので、呆れた顔でわたしが「知らないわよそんなもの」と答えると、今まで勢いよく喋り続けていたダネットは俯いた。 ようやく諦めたのだと思い、わたしはこの茶番を早く終わらせたい一心でダネットに話しかける。 「ホラ話は終わり? 諦めたのなら使い魔の契約をさせなさい。もうこれ以上話してても無駄だろうし、わたしも疲れたからさっさと終わらせたいの」 すると、俯いたダネットがポツリと何かを呟いた。 「……じゃ……です……」 「え?何ですって?聞こえないわよ」 少し苛立ちながらわたしがそう返すと、ダネットは俯いていた顔をバッと上げた。 赤い瞳に涙をいっぱいに溜めて。 「ホラじゃ……ないのです!!」 その余りの剣幕と瞳に、わたしは思わず少し後ずさったが、あんな話を信じろという方が無理である。 「ほ……ホラじゃないなら妄想よ!! ありもしない戦いやら、ありもしない敵!? バッカじゃないの!? そんな……ありもしない妄想、誰が信じるもんですか!!」 わたしのその言葉が引き金となり、ダネットは怒りの表情で何かを叫びながらわたしに飛びかかってきた。 ミスタ・コルベールの「危ない! ミス・ヴァリエール!!」という声が聞こえる。 しかし、身体は硬直し、まともに動けないわたしは、小さく悲鳴をあげ、身体を竦まることしかできなかった。 「ひっ!!」 もうだめだ。そんな言葉が脳裏をよぎる。だが、ダネット身体はわたしに触れる寸前で、横へと吹き飛び、小さな悲鳴をあげて動かなくなった。どうやら気絶したようだ。 ダネットが吹き飛んだ反対側を見てみると、同級生の青髪の少女『タバサ』が、長い杖を構えていた。 どうやら、ダネットが飛びかかるのを予測してウインド・ブレイクの呪文を詠唱していたらしい。 正直、助かった。 ダネットは刃物を持っていたし、あのまま飛びかかられていては、今頃、無事だったかどうかわからない。 そんな事を考え、わたしが肩をブルっと震わせると、タバサの隣で様子を見ていた赤髪の同級生のツェルプストーがこちらへ近づいてきた。 「……何よ?」 頬を膨らませてそう言ったわたしに、ツェルプストーはいつものように憎たらしい笑みをニヤリと浮かべると「怪我は無いみたいね。タバサに感謝しときなさいよ。ゼロのルイズ。」と言って、気絶したダネットの元に歩いていった。 言われなくとも判っている。誇り高きヴァリエールは、卑しいツェルプストーとは違って、感謝すべき所は感謝する。 そう考えたわたしは、タバサの方を見て、一言「一応、感謝しておくわ」とだけ言い、顔を背けた。 後ろでタバサの「別にいい」という声が聞こえた気もするが、そんなのはどうでもいい。 わたしは、気絶したダネットを念のために警戒し、近くで杖を構えるミスタ・コルベールと、その横で同じく杖を構えのるツェルプストーを押しのけると、気絶したままのダネットへ近づいた。 ミスタ・コルベールの「危険です!」という声が聞こえたが、無視したまま詠唱を始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 呪文を唱え終わった後、ゆっくりとダネットの唇に自分の唇を合わせる。 それを見たミスタ・コルベールが、慌てた様子でわたしに言う。 「ミス・ヴァリエール! その亜人は危険です! それを使い魔になど……」 しかし、わたしは冷静に言葉を返す。 「ですが、使い魔と契約しなければ、わたしは進級できないのではないでしょうか? ミスタ・コルベール」 それを聞いたミスタ・コルベールはぐっと唇を噛み「それは……そうなのですが……」と呟く。 「それに……もし、わたしが契約しなければ、ダネットはどうなります? 貴族を襲った危険な亜人として、良くて監禁。悪ければ……処分。違いますか?」 それを聞いたミスタ・コルベールは、無言という肯定の意思を示す。 そんなわたしの様子を見ていたツェルプストーが、わたしに言った。 「でも、何で急にその亜人の事を庇うような真似をするの? 貴女、その亜人に襲われそうになったばかりなのよ?」 言われなくてもわかってる。今も膝が少しカクカクしていて、心臓はバクバク音を立てている。 だが、それでもわたしはダネットを守らなくてはいけない。なぜなら―― 「でもね、ツェルプストー。それでもダネットはわたしが呼び出した使い魔なの。だから守る。わたしが言ってること、間違ってる?」 わたしがそう言うと、ツェルプストーは「へぇ……」と少し感心したように言い、憎たらしい笑みを浮かべて「まあ頑張んなさい」と言ってくるりと後ろを向き、タバサの方へ歩いていった。 そう、呼び出した者として、わたしはダネットを守らなくてはいけない。 そして何より、ダネットが見せたあの涙を浮かべた瞳。あれは、嘘を言っている眼じゃなかった。 でも……だとしたら、あのホラ話が嘘じゃないとしたら……わたしは、世界を破滅させるような巨人を倒した英雄の一人を召喚したという事になる。 しかし、わたしはそんな考えを頭を振って打ち消す。 そして、今だ気絶したままのダネットを見ると、その左手が薄っすらと輝き、使い魔のルーンが刻まれようとしていた。 それが痛みを伴うのか、ダネットは少し身をよじると、閉じたままの瞳から一筋涙をこぼし「お父さん……お母さん……」と呟いたのだった。 前ページ次ページお前の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4499.html
前ページ次ページ鮮血の使い魔 「では式を始める」 教会にて、ウェールズは始祖ブリミル像の前で宣言した。 彼の前に立つワルドはあごを引いて口を真一文字に結ぶ。 その隣でルイズはうつむいていた。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とする事を誓いますか」 「誓います」 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン……」 どこか遠い所で声がしていると、ルイズは思った。 ワルドとの結婚。夢見た光景ではある、しかし、心だけ置いてきぼりされているような気分。 後ろの席に座っている言葉は、どんな表情をしているだろうか。 隣に立つワルドは、どんな表情をしているだろうか。 ワルドは本当に自分を愛しているのだろうか? いや、そうではなく、自分は本当にワルドを愛しているのだろうか? 憧れていて、頼もしく思い、信頼もしているけれど、これは、恋や愛と呼べるものだろうか? (コトノハ。私の使い魔。恋人の、マコトの死を受け入れられず、首を抱きしめる女の子) もし、ここでワルドが殺されたとしたら、自分はどうするだろうか? 言葉のように、ワルドの遺体を抱いて嘆き、死という現実を否定し、逃避するのだろうか。 しないだろう。常識的な問題で、しないだろう。 しないだろう。そうするには足りないから、しないだろう。 足りない? 何が足りない? 「新婦?」 ウェールズのいぶかしげな声に、ハッと顔を上げるルイズ。式は、まだ途中だ。 「緊張しているのかい?」 ワルドが気遣うように微笑み、優しい声で言う。 「君はまだ若いし、初めての事だ、仕方ないさ。でも安心して。 僕がついている。今日この日からは、ずっと、永遠に」 首を振るルイズ。なぜ、首を振ったのかルイズ自身にも解らなかった。 だからもちろん、首を振るという拒絶の意を示した理由を、ワルドやウェールズが解るはずもない。 「ルイズ、どうしたんだい?」 再び首を振るルイズ。 昨晩、一人で考え事をしたいと部屋にこもっていたのを思い出したワルドは、心配げな表情になる。 「もしまだ具合が悪いのなら、殿下には申し訳ないが、日を改めて……」 「違うんですワルド様。そうじゃなくて、ごめんなさい、私、解らなくて……」 「何が解らないんだい? ルイズ」 「だから」 顔を上げた。瞳は濡れている。 「ワルド様とは、結婚できません」 予想外の事態にワルドとウェールズは困惑した。 どう対処すればいいのか、ワルドが考えつくより先にウェールズの口が開いた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「いいえ、そうではありません。ですが、いえ、そうです。私は、この結婚を望んでいません。 ウェールズ殿下には、なんとお詫びしていいか……大変な失礼を致してしまい……」 やはり、ルイズにとってこの結婚は性急すぎた。 気持ちが現在に追いつかず、幼き日の憧れのまま、ワルドとの結婚式を迎えてしまった。 だからこんな半端な気持ちのままでは、結婚などできようはずがない。 しかしそんなルイズの気持ちに気づかないらしいワルドは、 恥をかかされたと頬を赤くし唇を歪めた。 よくない雰囲気だと、ウェールズは穏便に事を収めようとする。 「花嫁が望まぬ式を、これ以上続ける訳んもいかぬ。子爵、この場は……」 ウェールズの気遣いを無視して、ワルドはルイズの両手を引っ掴んだ。 「緊張しているんだ、そうだろう? 僕との、結婚を拒むなど、ありえないはずだ」 「ごめんなさい、ワルド様。憧れていました、幼いながら恋をしていました。でも」 でも、言葉を見ていて思うから。 真なる愛情は、心を壊すほどに深い。 しかし狂気に呑み込まれても尚、決して消えぬもの。 (私は、それほどまでにワルド様を想ってはいない。少なくとも、今は、まだ) だからいつか、もっと時が経って、自分を、ワルドを見つめ直して、納得できた日には。 憧れではなく、本当に心から愛せた時には。 結婚したい。そう思った、しかし。 「世界だ……世界だぞ、ルイズ!」 ワルドの声が熱を帯びた。怒りや苛立ちの類の、熱を。 「世界だ……世界だぞ、ルイズ!」 言葉の淀んだ瞳が揺らいだ。 ワルドが何事かを叫んでいる。 セ……何? セカ……セ……。 「そのために君が必要なんだ! 世界を手に入れるために!」 「な、何を仰っているのか、解りません。世界……だなんて、いきなり、ワルド様?」 「君には力が! 才能があるんだ! 始祖ブリミルに劣らぬ才能! 僕達の輝かしい未来は、ここから始まるはずだ! ルイズ!!」 何を言っているのだろうと、言葉は思いながら鞄を、開けた。 力と才能。そんなもの持ってはいないけれど、ワルドはそれを欲している。 じゃあ……私は? ルイズは理解した。ワルドは自分を愛していない。 じゃあ……結婚は? 拒絶したのは自分からだ。でもそれは『今』の事であって『未来』まで拒絶してはいない。 しかしこのワルド、求めているのは『今』だった。 『今』が無ければ『未来』も無い。その『未来』とは、ルイズではなく、世界だ。 「ミス・コトノハ! 君も! 君からも何か言ってやってくれ!」 言われて、言葉は鞄の中の獲物を掴んだ。 「……ワルドさんは、ルイズさんを愛していらっしゃる……そうでしたよね?」 「そうだ! ルイズを手に入れるためにここまできたのだ、今更引き下がれるものか! ルイズと! ガンダールヴがいれば! 私は……私達は世界を手に入れられる!」 「セ、カ、イ……?」 瞬間、弾ける記憶――思い出――絶望――。 優しくしてくれた。 相談に乗ってくれた。 アドバイスをしてくれた。 嬉しかった、幸せだったのに。 全部、全部、嘘だった。 裏切った。 裏切られた。 信じてたのに。 いい人だって、友達だって思っていたのに! 世界……世界……西園寺世界!! 「ワルドさん」 久し振りの感覚だった。あの日、あの時を思い出す。 クリスマスの夜の出来事を。 言葉は鞄を椅子に置いて、中からチェーンソーを引っ張り出す。 「こ、コトノハ?」 それが強力な武器であると知っているルイズが困惑の声を上げる。 言葉はそれを起動させ、静かに歩み寄る。 「ミス・コトノハ? 何をするつもりだ、それは何だ」 結託しているはずの言葉が、奇怪な剣を取り出したのを見てワルドは顔をしかめる。 「答えてくださいワルドさん。貴方はルイズさんを利用するつもりだったんですか?」 「何を言っている、ミス・コトノハ。君は私の味方だろう」 「ルイズさんを裏切っていた……そうなんですね」 殺気。 刃のような鋭さは無い、しかし全身を毛虫が這うようなおぞましさがあった。 夜の海のように深く、暗く、冷たい。しかし同時にマグマのように熱い。 憎悪と憤怒が激流となってほとばしる。 この女は私を殺す気だと、ワルドは直感的に悟った。 「いいのか? 私を裏切れば、君の願いもかなわぬのだぞ!」 「死んでください」 轟音。言葉は左手のルーンを輝かせ、チェーンソーを起動させた。 疾駆。一瞬にして隼の如き速度で肉薄する言葉。 閃光。二つ名にたがわぬ速度を持って反応するワルド。 一瞬の出来事だった。 困惑するルイズはシャツを切り裂かれ、懐にしまっていたアンリエッタの手紙を落とす。 咄嗟に杖を抜いたウェールズは、跳ね上がった足を腹部にめり込まされ苦悶によろめく。 回転する凶刃を振り下ろした言葉は、ワルドの速度に届かず唇を噛んだ。 ルイズから手紙を回収し、ウェールズを蹴り飛ばして距離を取り、言葉の斬撃を回避し、 ワルドはマントをひるがえして跳躍し体勢を立て直した。 「予定変更、この場にいる全員を始末するとしよう」 「ワルド様!? それは、いったいどういう意味ですか!」 「ルイズさん、彼はレコン・キスタ……貴族派のスパイ、裏切り者です」 言葉の発言に、ルイズとウェールズは驚愕に震える。 しかし。 「それはお互い様だろう、ミス・コトノハ。 君は主人であるルイズに隠れて盗賊土くれのフーケを脱獄させ結託し、 さらに我がレコン・キスタに入るべく君達を売ろうとしていたのだから」 「コトノハが!?」 続け様に明かされる事実に、ルイズの頭は真っ白になってしまった。 「僕を裏切り者と呼んだな、ミス・コトノハ。だが君も裏切り者だ。 ルイズを裏切り、僕を裏切り、今度は誰を裏切る!?」 言葉は冷笑した。 それは、彼女の狂気を一番長く見てきたルイズでさえ、恐怖に凍りつくほどの。 裏切り者の笑み。 優しくしてくれた、正直でいてくれた、本当の気持ちを話してくれた、ルイズを裏切った。 この世界でただ一人、心を許せた人を裏切ってしまった。 ならばもう、他のすべてもろともに、等しく価値は無いだろう。 故に、裏切るというのなら、この世界の者でない誠を除くすべて。 すなわち。 「世界を」 このハルケギニアという世界すべてを裏切ってでも、彼女は征く。 すべては、最愛の恋人のために。 誠のために。 チェーンソーを軽々と持ち上げて、言葉は再びワルドに迫る。 が、ワルドは素早く詠唱をすると、その姿を五つに増やした。 幻? 否、これは。 「風の遍在!? 逃げてコトノハ!」 ルイズの悲鳴にも似た叫びに、言葉は危機を感じ立ち止まった。 風の遍在。 この魔法によって、ワルドはルイズと共にいながら、言葉とフーケの密会を目撃したのだ。 だがこの魔法の恐ろしさは、術者と力を等しくする遍在が複数現れる事にある。 スクウェアクラスが五人、同一であるがゆえの完全な連携で襲ってくる。 まともに戦っても勝機は無い。 「エア・カッター!」 不可視の刃が、言葉の後方から飛び、その横を通り抜けワルドに迫った。 ウェールズが唱えた魔法だったが、ワルド達は四方に散って回避し詠唱を始める。 「エア・ハンマー!」 「ウインド・ブレイク!」 言葉は風の塊に殴り飛ばされ、教会の長椅子に突っ込んだ。 ウェールズはルイズを抱き支えながら、ウインド・ブレイクに飛ばされぬよう耐える。 「くっ、このままでは……」 ウェールズは、自分達の敗北を悟った。 平民であるはずの言葉が驚異的な戦闘能力を持っている事は解ったが、 武器が剣である以上、接近戦しかできない。 同じ風のメイジの自分はトライアングル。希望があるとすればルイズだが――。 「ミス・ヴァリエール。君の系統とクラスは?」 「わ、私は……使い魔召喚と契約以外、一度も魔法が成功した事がなくて……。 初歩のコモン・マジックすら使えません」 これで、敗北は確たるものになった。 だがそれでウェールズはあきらめるつもりはない、かなわぬまでも一矢報いるのみだ。 それに、全力で盾となれば、アンリエッタの友人を、ルイズを逃がすくらいはできるかもしれない。 だがワルドとてそれは承知している。計算外の事が起きても、すべて対処する自信があった。 計算外の存在。 それは言葉。 彼女がガンダールヴという、伝説の使い魔である事を、調査の結果ワルドは知っていた。 だが所詮、武器を振るうだけの存在のようだ。ならば問題は無い。 しかし知らない、ガンダールヴの強さは心の震えに呼応して高まる。 心の震えならば何でもいい。 喜び、怒り、悲しみ……憎しみ。 心を壊すほどの悲しみと、怒りと、憎しみが、今、燃え立っている。 言葉の眉は釣り上がり、瞳はさらにさらに暗く深く暗く深く暗く深く沈み沈み沈み……。 「貴方は、私達は、ルイズさんを裏切った……だから!」 赦せない。赦さない。憎い、憎くて、たまらない。 裏切ったワルドが、裏切った自分自身が、殺したいほどに憎い。 いや殺す。少なくともワルドは殺す。今殺す。 左手のルーンが輝きを増した。 疾風怒濤となって、遍在の一人に迫る言葉の瞬斬。 それは近くにあった木製の椅子ごと、遍在を木っ端微塵に粉砕する。 接近戦は分が悪いと、ワルド達は詠唱する。 「エア・カッター!」 「エア・カッター!」 「ウインド・ブレイク!」 三人が風の魔法で攻撃する間に、残る一人がやや長い詠唱を終えようとする。 「ライトニング・クラ――」 「エア・カッター!」 あまりにも驚異的な瞬発力と破壊力を目の当たりにしたワルドの注意は言葉に向き、 隙が生まれたと判断したウェールズは詠唱しながら、 己の魔法では一人しか狙えないため、どの遍在を撃つか見定めていた。 決めたのは、一番危険な魔法を使おうとしたワルドだ。 ライトニング・クラウドを放とうとしていた遍在は杖を持つ腕を切断され、後ずさりする。 「くっ、だがその程度の魔法で――」 次の瞬間、その遍在が爆発し、煙と共に消えた。 ルイズの魔法だ。本当は風のドット・スペルを唱えたのだが、 やはり失敗し爆発が起きたのだ。しかしそれで遍在を一人倒せたのだから僥倖だろう。 言葉の予想外の活躍で一人倒し、そこで生まれた隙を突いてさらにもう一人。 絶望の中、勝機の光わずかながら見えてきた。 だがさすがはワルド、すかさずエア・カッターでウェールズ達をけん制する。 慌ててウェールズはルイズの肩を掴み、力いっぱい引っ張って魔法を回避する。 その間に、二人のワルドが狡猾に言葉を仕留めに向かっていた。 「エア・ニードル!」 杖の先端に風の槍を作り、あえて接近戦を挑んでくる遍在。 返り討ちにするつもりでチェーンソーで切り込む。が。 「いかに速かろうと、動きが直線的ではな!」 かろやかに舞い、攻撃を回避する遍在。 構わず言葉はチェーンソーを振るった、回転する刃が遍在の杖を切り落とす。 エア・ニードルごと消えてなくなる杖。しかし遍在はまだ消えていない。 冷笑を浮かべて、言葉は遍在の肩から胴体へと切り刻み、バラバラにする。 遍在が消えた直後。 「ライトニング」 言葉はもう一人の遍在に身体を向け、ライトニングという単語から電気を連想した。 電気の速度を回避するなどいかにガンダールヴといえど不可能。 そして、先ほどウェールズが唯一妨害したこの魔法、恐ろしい威力だろうと推察される。 それらの事をはっきりと思考した訳ではないが、狂気ゆえに研ぎ澄まされた感覚により、 言葉は咄嗟にチェーンソーを前に出して指を開いた。 「クラウド」 青白い閃光が一瞬ほとばしる。 バチンと大きな音を立てて、言葉のチェーンソーから煙が上がる。 同時に言葉の両手が弾けるようにチェーンソーから離れた。 本来ならチェーンソーを通って言葉の身体も電気に焼かれていたはずだが、 言葉の一瞬の判断により武器を壊されるだけにすんだ。 しかし武器を失ったガンダールヴなど、ただの平民にすぎない。 これでもう計算外の事態は起きない、ワルドは会心の笑みを浮かべる。 遍在はもうひとつしかないが、本人を含めて二人なら、 ここにいる三人を十分始末できる。 トライアングルのウェールズなど敵ではない。 武器を失ったガンダールヴなど話にもならない。 後はルイズの、秘められた才能、あの爆発にさえ注意すればいい。 「ふふふっ。ウェールズ、貴様の命もらい受けるぞ。 ルイズ、私の崇高な想いを理解できぬならここで死ぬがいい。 我が覇道はレコン・キスタと共に!」 これからルイズ達は成すすべなく殺されていくだろう。 その様子を、わずかに開いた教会の戸から覗き込んでいる者がいた。 誠以外のすべてを裏切ると決めた言葉だが、しかし、まだ――。 第14話 世界を裏切って 前ページ次ページ鮮血の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/46.html
唇が離れる。 「終わりました」 顔を赤くしながらそう言った。照れているようだが照れるならしなければいいのに…… さっきの言葉を総合すると今のが私を使い魔とやらにするという宣言なのだろう。多分キスはそれの一旦だろう。 なにやら五月蠅くなったと思うとルイズと巻き髪の少女が言い合いをしている。それを先程の男性が宥めはじめた。 どうやら考え込んでいて周りへの注意が疎かになっているようだ。しかし考えが尽きないのだから困ったものだ。 そう考えている感じたことない感覚が身体を駆け抜ける! 「うぐああああああああああああああああああああああああ!」 体を抱きしめる!そうだ!これは熱さだ! 前はこんな感覚は感じなかった!しかし生きていた時の感覚として残っている!間違いない! しかし私にとっては初めてと同じだ!耐えられるわけがない! だが熱はすぐに治まった。どうやらほんの少しの間だったようだ。助かった。 何故こんな思いをしなければならないんだ!本当はターゲットがここに来るんじゃなかったのか!? どうして私なんだ!幸福になりたいだけなのに! 「なにをした!」 「うるさいわね。『使い魔のルーン』を刻んだだけよ」 刻む!?一体何を刻んだというんだ! 「お前に何の権限があっ「あのね?」?」 いきなり話しかけられ勢いが削がれる。 「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」 「貴族?」 この娘が貴族だというのか?つまりここは外国か?今世襲貴族を認めているのはイギリスやヨーロッパ諸国だ。 ではなぜ会話が成立している?私は日本語で喋っているんだぞ? くそっ!頭が爆発しそうだ! 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 中年の男性が踵を返す。そして……宙に浮かぶ。 他の連中も一斉に宙に浮かぶ。そして浮かんだ連中は城に向かって飛んでいく。 「……ハハハ」 笑うしかないというのはこういうことなのだろう。帽子がずれ落ちる。 もう私は理解しようとする意思はなかった。 ここにいるのは私とルイズの二人だけだった。 ルイズはため息をつくと私のほうを向いてくる。 「あんた、なんなよ!」 いきなり怒鳴ってくる。五月蠅いことだ。今の私はもはや混乱はない。とても冷静だ。 さっきのでもう色々吹っ切れたようだ。 「言ったと思うがね。私は吉良吉影。分かったら色々教えてくれないか?いきなり連れてこられて訳がわからないんだよ。」 「ったく!何処の田舎から来たか知らないけど、説明してあげる」 ありがたい。 その本当に色々聴いた。ルイズは本当に何処の田舎ものだという風に私を見ていたが気にしない。 総合するとここはファンタジーだ。ドラゴン、魔法使い、魔法学院、使い魔、召還、契約…… なんてものに巻き込まれてしまったんだ。 それに私は元の場所に戻れないんだそうだ。別の世界と繋ぐ魔法はないらしい。召還したというのにまったく無責任な話しだ。 足に何か当たったので足元を見ると弾丸が入った箱が落ちていた。 慌てて懐に手を当てる。銃の存在を確認できた。よかった。なくなっていないようだ。弾丸が入った箱を手に取る。 辺りは暗くなりかけていた。 その後ルイズに連れられ十二畳ほどの部屋連れてこられた。ルイズの部屋らしい。 ルイズは夜食のパンを食べている。 窓から空を見るととても大きい月が二つあった。まぁ眺めはいいかもしれない。 「このヴァリエール家の三女が、由緒正しい旧い家柄を誇る貴族のわたしが、なんであんたみたいな辺鄙な田舎の平民を使い魔にしなくちゃ いけないの……」 突然口を開いたかと思えば愚痴だ。やれやれ、自分が召還したというのに。器の程度が知れてるな。 私の仕事は洗濯、掃除その他雑用だそうだ。 本来の使い魔の仕事は私では出来ないからな。 このままルイズのそばで与えられた仕事をこなしていけばさらに色々知ることができるだろう。 逃げるのその後だ。危険は少ないほうがいいに決まっている。 「さてと、色々あったから眠くなってきちゃったわ」 そう言うとルイズがあくびをしながら着替え始めた。そのまま下着になる。羞恥心が無いのか? 「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」 そういうとキャミソールにパンティを投げてくる。 そして大き目のネグリジェを頭からかぶる。 ルイズが指を弾くとランプの明かりが消える。 ルイズが布団にもぐりこむと暫らくして寝息が聞こえ始めた。 窓から月を見つつ手袋をはずし左の手の甲を見る。ミミズがのたくった様な模様が刻まれている。 これが『使い魔のルーン』というやつだろう。 手袋を嵌めまた月を見ながら思う。左手が戻ってきった。他人に見えるようになった。 生きているのと同じ感覚が味わえる。生命に触られても何の問題も無い。 結論から言うと吉良吉影は生き返った。 これからはどうやったら『幸福』になれるか考えていこう。 吉良吉影の使い魔としての生活が始まった 4へ