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効果モンスター/レベル12/神属性/宇宙人族/攻撃力5000/守備力5000 このカードの効果は無効にできない。 このカードの効果または発動を無効にする効果を無効にし破壊できる。 このカードが持ち主以外のフィールド上に存在する場合、 このカードのコントロールは持ち主に移る。 自分フィールド上に「長門」と名のつくカードが 2枚以上存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。 このモンスターはカード効果では破壊・ゲームから除外されない。 このモンスターの召喚は無効化されない。 このモンスターの召喚・特殊召喚・特殊召喚に成功した時、 相手はカード効果を適用できない。 このモンスターの攻撃力・守備力は、 自分フィールド上に存在する「長門」と名のつくカード1枚につき 1000ポイントアップする。 自分フィールド上に「残り二週間の夜」が存在する場合、 このモンスターの攻撃力・守備力は3000ポイントアップする。
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「ああ、しかし……」 栄えある長門型戦艦一番艦は、悲しげに首を振った。 彼女に誇りがある限り、彼女は己の心のままに従う事だけは、絶対にできなかった。 「結局のところ、卯月。お前と私では、好きという言葉の意味が違うのだ」 「……そんなコトないもん。うーちゃん、長門が大好きだから!」 「私もだよ、卯月。でも、それは……」 長門はそこでふと言葉尻を切り、目の前の彼女を、睦月型駆逐艦四番艦の卯月の事を、ほとんど睨むのに近い鋭さで見つめた。それは、飢えて干乾びた者が決して手の届かない場所に滴る水の一滴から目を離せないのに似ていた。 柔らかい臙脂色の頭髪から、膝の下まで。襟元の肌色、小さな頤、未発達の胸、眩しいむきだしの太腿。じろじろと、舐め回すような、それはそういう目つきだった。 「……長門、さあん」 不意に彼女はぴょんぴょん跳ねて、長門の前に立った。見上げる。背丈はその肩のところにも届いていない。 「卯月?」 「……うーちゃん、ね」 形の良い唇からちらと舌が覗いた。無垢な少女には酷く不釣合いな仕草だった。 「何を……うっ!? や、卯月、やめ……!」 長門は腰砕けになり、へなへなと床に座り込んだ。武装も、自慢の重装甲も役に立たなかった。 違うのは立った。 「いけない……卯月、私は……」 呻く長門の頭を彼女は優しく胸に抱え込んで、その耳元に、ぴょんぴょんと、理性の最後の壁を突き崩す言葉を囁いた。甘い声音はあらがい難い何かと禁忌とを同時に感じさせる、幼い少女のものだった。 「夜のうーちゃんはぁ……とっても凄いんだぴょん……?」 (続省略わっふる) これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/
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何も無い晴れた土曜とはなんと清々しいものだろう。 暇を持て余している一般ピープルどもには土曜日に予定が入っていないなどつまらないと思うかもしれないが、俺にとっちゃこの平穏な一日がパラダイスなのさ。 いつもパトロールと称して俺や長門、朝比奈さんに古泉、そして我が団長様の涼宮ハルヒが揃ってぞろぞろとUMA探しをしていることに比べたら、この何も無い土曜日をパラダイスと呼んでも大袈裟ではないだろ。 ここ暫らくはハルヒも落ち着いていて古泉曰く神人狩りの召集もないらしく、まったく何よりだ。 何も無い日がパラダイスとはいえ、家にじっとしていても我が妹に古くなったビニールテープを剥いだ後のようにベタベタとされるだけなので、俺はブラリと散歩ついでにコンビニに非難しに来たというわけさ。 別に買いたい物や読みたい本が有る訳では無いのだが、金を使わずに暇をつぶすにはもってこいな場所だ。 しかしながら、たまに週刊誌なんぞに目を通すと結構面白いもので、俺が熱心に週間誌に目を走らせていると、後ろから視線をジッと送られている事に気付いた。 振り返ると、そこには学校がとうの昔に終わったというのに我が北高の制服に身を包んだ154センチの小柄な体格にシュートヘアーをさらに短くした髪、淡雪のように白い肌、意外と整った顔立ちをし黒曜石のような目を持つ少女が微動だにせず立っていた。 「長門、お前か…こんな所で何やってんだ」 「買い物」と、凝固した表情で口だけが動く。 そりゃそうだろ、一応コンビニってもんは買い物目的で来る客が大半だろうからな。 「そうか、じゃぁ何を買いに来たんだ」 「…夕食」 「まさか、夕食はいつもコンビニ弁当なのか?」 十四秒の沈黙ののち、一言「…そう。」と言った。 長門よ放送事故ギリギリのタイムだぞ。 「それじゃ体に悪いだろ。自分で作ったりしないのか?」 「一人分を作ると、不経済。お弁当の方が経済的」 そう言って何か言いたげに俺をじっと見つめる長門。 そうだよな、一人の部屋で一人分を作り自分で食べる。どんなに美味しく作っても一緒に食べる相手が居ないんじゃ味気ないか。 「長門、暇なら俺と飯でも食いに行かないか。まだ、弁当買ってないんだろ。たまには外で晩飯ってのもいいもんだぞ。」 そういう俺を更に見つめコクンと顔を前に三ミリ倒した。 「でも、まだ晩飯まではちょっと時間があるな。その辺ぶらついてから食いに行こうぜ」 そう言って俺は週刊誌を棚に戻し雑誌コーナーを後にした。 それにしても、見てたのが隣の大人の魅惑コーナーじゃなくて助かったね。別に長門なら何も言わないだろうが、俺の心は純真無垢…かは分からないが、イチ高校生なのだ。 見ている現場を誰かに見られたら恥ずかしいという気持ちくらい持ち合わせている。その反面興味も勿論ある。 などと思ってたら、長門の目が俺や雑誌コーナーではなく、隣の魅惑コーナーに向けられていた。 「こういうの好き?」 何てこった、このトンデモ娘はいきなり答え辛い事をサラっと聞いてきやがった! しかも周りには他の立読み客も居てチラチラとこっちを見てやがる。 長門よ勘弁してくれ。それに情報統合思念体はエロ本なんて物に興味は無いと思うぞ。 それとも何か?お前個人として興味があるのか?それはそれで結構だが、その本は長門にはまだ早いと思うぞ…。って、手に取ってるし! 「これ、購入。」と言ってレジに向かおうとする長門の制服の後ろを捕また。 「な、長門それはな、十八歳未満は買えないんだ。」 「なぜ?」といって不思議そうな目をして首を横に傾ける。 「説明は後でしてやる、だから今はそれを置いて移動しよう。」 「わかった」 俺は長門の手を掴むと、立読み客の意味あり気な視線を一身に浴びながら、そそくさとコンビニを後にした。 長門は手を引っ張られ、いつもより少し早足で後ろをついて来る。 SOS団のたまり場の喫茶店から少し離れた喫茶店でやっと一息ついた。 何故いつもの喫茶店じゃないかって、そりゃ朝比奈さんや古泉に会う可能性だってあることだし、あのハルヒに会う可能性だって大いにあるわけだ。 いや、こういう状況下なら、何故か会ってしまう事の方が可能性大であろう。 そりゃやましい事など何も無いのだから、ハルヒに会ってもかまわんのだが、いちいち説明をせにゃならんのが面倒だし、ハルヒが俺の説明を素直に聞くとも思えん。 なにせあの団長様の頭の中には俺の意見は自動的に却下されるようプログラムされているらしいからな。忌々しい! 兎にも角にもだ、喫茶店の奥の席に座り俺はコーヒー、長門はハーブティーを飲みながら、さっきの大人の魅惑本について当らず触らずの説明を長門にしてやった。 本当なら「アレがどんな本か知っているのか?」や「興味があるのか?」「見たことがあるのか?」など色々と聞いてみたかったが、ただのセクハラ親父になりそうだったので、これらの質問をするのはパスした。 長門は時折、首を数ミリ横に傾けていたが最終的には納得してくれたようだ。 黄昏色に染められた喫茶店の横をいそいそと帰路へつくサラリーマンが増える中、俺と長門は図書館に向かった。 やっぱり長門を安全に時間つぶしさせるなら図書館が一番だろうと考えたのだが、それが甘かった。俺の学習能力の欠如だ。 時間をつぶすどころか、ハルヒ達と初めて駅前パトロールをした時のように、床に根をはやした長門はその場から動きゃしねー。 そろそろ、飯にも良い頃合だと思い長門に声をかけても、無言…。いつものように分厚いハードカバーの文字に目を走らせ時折ページをめくる為に手を動かす。 こいつは分厚いハードカバーしか読まんのか。と思っちまうぜ。たまには漫画や絵本なんかを読んでみてはどうだと薦めたくもなるね。 そんな事を考えているとフッと頭に浮かんだのが、長門に官能小説を薦めたらどうなるだろうか?と興味が湧いた。もちろん市民図書館にそんなものは置いてあろうはずもなかったが、珍しく文字本ではなく写真本と言っていいのだろうか?とにかくエロ本には興味を示したのだ。官能小説にだって興味をもっても可笑しくは無い。というより、こっそり読んでたりしてな。 長門よ、宇宙人製有機アンドロイドも一人身体をもてあます事もあるのか?あのハルヒでさえたまに身体をもてあます事もあると言っていたように…。 長門の自慰行為…だめだ、想像できねー。 “ハッ!”長門のブラックホールのような目がいつの間にか本から俺へと突き刺すように向けられていた。 「自慰行為?」 しまった、いつの間にか声に出しちまったか! 「いや、なんでも無いんだ。気にするな。独り言だ、妄言だ。」 長門の眼が俺の瞳孔の奥のさらに奥を捉えて放さない。 俺が取り繕っていると蛍の光が俺を救うかのように広々とした図書館に流れ始めた。助かった… 長門は読みかけのハードカバーを両手で抱えている。「それ借りるのか?」と聞くとコクンと頷いた。 閉館間際の人のまばらになった図書館内をテトテトとした足取りで貸し出しカウンターへ向かう。 カウンターに向かう途中で、長門が一言「たまに…」と言った。 気のせいか色白の長門の耳がほんのり色付いている様に見える。 それにしても何が『たまに…』なんだ、長門よ。 図書館を出ればもう、夜の九時を回ろうとしていた。俺はまず自宅へ電話をし、帰りが遅くなる事を伝えた。 「長門、そろそろ腹も減っただろ?俺はもう腹と背中がくっ付いちまいそうだ。飯食いに行こうぜ」 そう言って歩き出す俺に長門もハードカバーの入った貸し出し袋を片手に持ち俺の横を歩き出す。 少し歩いたところで、俺の手にちょんちょんと軟らかいものが当る気がしてスッと目をやると長門の手が不自然に宙を漂いながら俺の手に触れていた。 俺が気付いた事に長門が気が付くとサッと手を引っ込め両手で貸し出し袋を抱えた。表情はやや俯き加減でよく見えない。 「なんだ長門、俺と手を繋ぎたいのか?」 横をひょこひょこ歩いている長門は肩をピクンとさせ、貸し出し袋を持つ手にやや力がはいった。 ただし、俺にしか分からないナノ単位の動作だったが。そして俯き加減の長門は顔を左右に振った。 滅多に見れない無感情長門の感情。しかも女の子としての反応である。こんな長門を見るのはあの世界改変後の長門有希以来か? ハルヒや古泉の前では見せない反応。俺だけに見せてくれる反応。それはそれで得した気分だが、普段でも見せてもらえれば俺も部室に行く楽しみが増えるってもんなのだが… そんな事を考えつつ、俺は貸し出し袋を抱える長門の手をギュっと掴んだ。長門は微かに本当に微かに「あっ」と声を漏らした。 夜の街を照らす外灯下を手を繋ぎゆっくりと歩く二人。長門も繋いだ手を少し握り返していた。 それなりにムードがあったとしてもそこはそれ、二人とも金銭乏しい高校生であることに変わりは無く、しかも長門は制服姿である。 入れる所といえば必然的にファミレスとなるのを誰が咎められよう。 ファミレスに入った俺と長門は店員に中央の席に案内された。 「店中央の席かぁ、なんだか目立っちまうな」 「見られるの嫌?」と、少し寂しげに長門が言う。 「長門が気にしなければ、俺はかまわないさ」と言ったものの、本当は団員や顔見知りに見つかるんじゃないかと内心ヒヤヒヤものだった。 「大丈夫、私は気にしない」と言って長門は案内された席にちょこんと腰を下ろした。 メニューをじっと見つめる長門… 「今日は俺のおごりだから好きなもの頼めよ」 というより、いつもハルヒに何だかんだと言われSOS団全員の食事代を肩代わりしているようにも思えるが、今日は遠慮ってものを知らないハルヒやあのニヤケ野郎の古泉が居るわけではないので心の苦痛ってものは無い。ただし朝比奈さんなら、いつでも、おごりオッケー! 今日は長門一人だから出費もたいしたこと無いな。 この時、俺は予想外出費になることなど露ほどにも思っていなかった。 五分ほどメニューと格闘し、俺は店員をベルならぬプッシュボタンで呼んだ。 「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」と言う店員に俺は、ハッシュドビーフハンバーグのAセットを頼み、長門はミックスグリルCセットとミックスピザと季節野菜のサラダと鶏の唐揚げを指差す。 「おいおい、長門そんなに頼んで大丈夫か?食えるのかよ。」 「育ち盛り」 今のは、長門なりのジョークなんだろうか?それにしても見誤ってたな、長門をただの小柄な女子高生だと勘違いしていた。 そういえば孤島でも結構食ってたな。宇宙人製有機ブラックホール恐るべし!! 注文した食事を待っている間、長門はゴソゴソとさっき図書館から借りてきた分厚い本を取り出した。 「長門よぉ、飯食いに来た時くらい読書は止めたらどうだ。何か話そうぜ。」俺はやれやれといった表情で長門を見つめる。 取り出した本をまた元に戻し、長門もブラックホールのような吸い込む眼差しで俺を見つめる。 「・・・・・」 「・・・・・」 緊迫した状態でも無いのに凍りついた時間が二人の間に流れる。 正直、たまらない…。 俺は凍りついた海を進む砕氷船の船長の如く、この状況を打破すべく話しをきりだした。 「長門はテレビとかは見ないのか」 「あまり」 「クラスで仲の良い友達とか居るのか」 「とくに」 「あー…、最近体調は~」 「悪くない」 「・・・・・」 「・・・・・」 「悪かった、本を読んでて良いぞ」 「そう。」 我が砕氷船はタイタニック号の如く氷山に沈没させられてしまった。 だめだ、会話が続かん。さすがは文芸部付属の置物的存在だ。 どうやったら会話が続くのか…というより、どうやったら一行以上喋らせる事ができるのか誰かご教授願いたい。 長門は借りてきたハードカバーの文字を部室と変わらず目で追う。俺はそんな長門をぼーっと見ていた。 暫らくすると、次々と料理が運ばれテーブルを埋めるように並べられていく。ほとんどが長門の食い物だがな。 「腹減っただろ。食おうぜ。」 長門は頷くと小さな声で「いただきます。」といって、食事を始めた。 淡々と一定のリズムで食材を口に運ぶ長門。みるみるうちに料理の下から白い皿が姿を現す。もちろん会話は無い。 無表情娘も会話をしながらゆっくり食べれば、それはそれは可愛い娘なのだが。 しかし、周りから見ると俺達二人はどう映っているのだろうか? 無言に食事をする姿は、やっぱり別れ間際のカップルに見えてもおかしくは無いだろう。何か残念に思えるのは何故だ。 俺が完食するちょっと前には、長門は既に皿を綺麗に空けていた。そして俺の皿を見つめている。その瞳は、まだ何か食べたそうな目である。 「長門、もういいのか?食べたい物があれば頼んでいいぞ。」という俺に、長門は少し躊躇しメニューの後ろの方に書かれていたチョコレートパフェを指差し「これ良い?」と聞いてきた。 食後にチョコパフェ。なんとも女の子らしいデザートじゃないか。 長門のチョコパフェを食べる姿なんて、そうそう見れるものじゃないからな。 おそらくSOS団メンバーの前では絶対に食わんだろ。俺だけの役得ってやつだ。 これだけでも今日おごったかいがあったってもんだぜ。 長門はチョコパフェを食べ、俺はコーヒーをまったりとして喉に流し込む。驚いた事にチョコパフェを食べる長門は先程の淡々とした食べっぷりとは一転して会話は無いもののゆっくりと細いスプーンで小さな口に運んでいる。 「パフェ美味いか?」 「とても」 俺は長門を見ながら、こいつもこうしてれば普通の女子高生と変わらないな。などと思いチョコパフェを食べる姿をじっと見つめていた。 長門は見つめる俺に気付き「なに?」と顔を上げた。 クスっと笑い「長門、口の周りにクリーム付いてるぞ」とハンカチで拭いてやる。すると長門は一般人が見逃すくらいの照れた表情で、下を向き「ありがとう」と言うと残りのパフェをゆっくり口に運んだ。 食事も終わり長門と何かを話すわけでもなく、ただ時間だけが流れて行く。 水の減っていないグラスに店員が水を汲みに来る、つまり“帰れ”という意思表示だ。 「長門、そろそろ帰るか。」と言って俺はレジへと向かい、長門は本を貸出し袋に入れて俺の直ぐ後ろを付いてきた。 食事代は嵩んだが、長門のパフェを食べる姿は食事代以上の価値があるように思うね。 ファミレスと出ると、もう行きかう人々はまばらとなっていた。 「早えーな、もう十一時過ぎてんのかよ。悪かったな長門、遅くなっちまって」 長門はいつものように無言で顔を左右に振る。 電車に乗り、ちょっと遠回りになるが長門を家まで送った。 長門を一人で帰しても襲われる心配はないだろうが、というより襲ったヤツの命の方が危険なのだが… 兎に角、見た目はか弱そうな女子高生なのだ、何も知らない男が欲望に任せて自分の命を危険に晒さない様に俺が送り届けると言う事がマナー(人命救助)ってもんだろ。 幾度も足を運んでいる高級分譲マンションの前まで送り届けると長門は「今日はありがとう。とても嬉しかった。私はあなたにとても感謝している。あなたに何かお礼がしたい。」 単語を並べたような言葉。しかし今回の言葉は長門にしては珍しく長文の部類に入るものだった。 「お茶…飲んでいって…約束だから」 「でも今日はもう遅いからな。」…約束してたっけ? 「だめ?」 俺の二十センチ側で見上げる長門。その見つめる瞳は全てを取り込んでしまいそうで、それでいて儚い眼差し…長門、その技はあまりに反則だぞ! もちろん、こんな魅惑的技をかけられた俺が招待を断る術も理由も持ち合わせてなどいるわけもなく、お茶だけならと招かれる事にした。これまでも長門の部屋には何度も押しかけているしな。 708号室の扉を開け「上がって」と長門が俺を招き入れる。 長門のほうから家に招かれたのは、出会って間もない頃に栞で公園に呼び出されたのちにココに連れて来られて、情報なんちゃら体だの対有機なんちゃらヒューマノイド・インターフェースだの永遠とデンパ話しをされて以来だな。 今では平然と宇宙人・未来人・超能力者と付き合っているが、あの頃の俺は無垢な一般ピープルな高校生だったのさ。 何度来てもあいかわらず殺風景な部屋だな。リビングルームに冬にはコタツとなるテーブルが一つポツンと置いてあり、隣には俺と朝比奈さんが三年間眠り続けた客間。大きなガラス戸にはカーテンも無く無用心この上ない。 「長門…、カーテン付けないのか?」 ガラス戸をじっと見つめ「この方が良い」と一言言うだけだった。 カーテンを付けない事には何か理由があるのだろうか? 「なぁ長門、夜景でも眺めているのか?」窓辺に立ち俺が質問すると、一言「ユキ…」と言った。 「ユキ?」 「そう雪。冬には雪が降ってくる」そう言うと長門は俺の横に立ち今から暑くなっていく空を見つめた。 俺は「そうか…」としかあいづちを打ってやれなかった。 長門は俺の方に向き直すと「お茶入れるから、座ってて」と言い台所へと向かった。 テーブルに座る俺にほうじ茶を入れる用意をしてくれる無駄な動作の無い小さな後姿。見れば見るほど、人形のように思えてくる。 コンロにケトルをかけ、一旦テーブルに戻ってきた長門は俺の目の前に座った。 音の無い時間が一秒一秒過ぎていく。 俺を見つめる長門は何か言いたげだった。こういう場合俺の方から何か話しかけた方がよかったのだろうが、話題がまったく浮かんでこない自分が嘆かわしい。 止まっていた時間を再始動させるが如く“ピ―――”っとケトルが沸騰の合図を送り、蒸気を三次元空間へと放出する。 それを合図に長門はスッと立ち上がり音も無く台所へ足を滑らせ、ケトルからポットへお湯を移しテーブルへと戻ってくる。その動きには、やはり無駄というものが無く、端麗ささえ漂っている。 お茶の葉を急須に移し、お盆の上に乗った口の広い御客様用湯飲みに熱々のお茶が注がれた。 初めて来た時は駆けつけ三杯、俺の向かいに座った状態からお茶を勧められたが、今日はお茶を入れた後一旦立って俺の横まで来て「はい、飲んで」と勧められた。 SOS団の麗しのエンジェル朝比奈さんが入れてくれるお茶は当然の如く格別なものだが、SOS団…いや文芸部のアンティークドールたる長門有希が俺のために入れてくれるほうじ茶も香ばしくかなり美味だと思うね。谷口に話したら卒倒してしまうほど悔しがるだろうな。 俺は、差し出された熱々のお茶をズズッと少しづつ口の中へと流し込む。 「おいしい?」 以前にも同じセリフを聞いた様な気がするが… 「ああ……」 そして、その時もこう答えた気がする… 「部室で飲むお茶より、おいしい?」 “ぶっ!” 「うわっ、熱ち熱ちち!」長門の思いもよらない言葉に俺はお茶を溢してしまった。上半身も、ズボンも共にビチョビチョだ!しかも今し方湧いたばかりの熱湯でたまったもんじゃない。 「うお~!熱つ、熱つ!長門、何か拭く物貸してくれ。」 長門は慌てて別室へ行き、タオルを持って小走りに帰ってきた。 「大丈夫?」そう言って濡れた服とズボンをタオルでパタパタと拭いてくれた。 パタパタ… パタパタ… パタパタパタパタパタパタパタパタパタ… あぁ長門、そんなにパタパタと刺激されたら俺の元気印が… て、やべっ!本当に勃ってきた。 そう思った次の瞬間には俺の股間に突貫工事でエッフェル塔が建築されていた。 パタ…長門の拭く手がエッフェル塔を押さえつけるように止まった。その部分をじっと見つめると、ゆっくり無機質な瞳が俺を覗き込んできた。俺はとっさに顔を背ける。 また、時間が止まり静寂という時が流れる。 長門の手が俺自身に触れているという思考(おもい)と伝わって来る感触が陶器の硬度からダイアモンドの硬度へと一気に変えていく。 俺は顔に大量の血液が激流のごとく巡って行くのがよくわかった。 「す、すまん長門。手をどけてもらってもいいかな?」 「陰茎海綿体内への大量の血液流入による膨大硬化状態。一般的用語で言うところの“勃起”を確認。あなたは今、性的興奮状態にあると考察する…違った?」そう言いながら長門は手を退けた。 俺は長門の言葉に無言のまま、情けない体勢を元に戻せず顔を背けたままのどうする事も出来ずにいた。 静寂な時間は、気まずい時間へとかわり二人をべっとりと包んでいく。 ゆっくりと体勢を元に戻し「俺、そろそろ帰るわ。お茶溢して、すまなかった…」 そういうと、まともに長門の顔を見れないまま逃げるように俺はビチョビチョのまま玄関へ向かった。長門も俺のすぐ後ろをついて来る。 玄関まで来て、靴を履こうとすると、長門がズボンの後ろを引っ張った。 “びちゃ”…つめてぇ~「何すんだ長門」 「待って、あなたの服はびしょ濡れ。原因は私にある。お風呂すぐ沸くから入っていって。明日になれば服も乾く。」 「それって、泊まっていけって事か?いくらなんでも、それはマズイだろ。」 「マズイ?」 「ほら俺達まだ高校生だし、誰もいない部屋に男女二人っきりってのはやっぱり…」俺は、なんだか初々しいカップルの様な答えをしてしまった。 「私はかまわない。ダメ?」 …いや、長門よ、お前がかまわなくても俺がかまうんだ。わかるだろ。 「スマン。やっぱ、帰るわ」 長門はこの答えに無言だった。ズボンの後ろを掴んでいた手が力無しげに外される。背中から伝わってくる寂しい雰囲気は長門の顔を見なくても、痛いほど伝わってくる。 俺は男として、このまま帰ってもいいものだろうか?何も無いにしろ(いやある筈も無いのだが)誰かに知られては、ただでは済みそうに無い。 学校に知られれば停学くらいはくらうかもしれん、ハルヒになんぞ知られた日にゃどんな事になるか想像もつかん。 俺もこんな時間に女の子一人の家に上がってしまった時点で何かある事も予測すべきだったのかもしれん。でも、せっかくのチャンス…いや好意を無下にする必要もないのでは?ばれなきゃいい事だし、長門なら情報操作だのなんだので上手くやってくれるかもしれん。 俺は泊まるべきか、帰るべきか脳内では一進一退の攻防が行われていた。 そして振り向きながら俺の口から出た言葉は。 「やっぱり。泊まっていってもいいか?」きっとその時の俺は何かを期待していたに違いない。 長門は消えてしまいそうなトーンで「いい。」と一言発した。しかし、その顔からは寂しいという雰囲気は消え恥じらいの表情さえ伺えて見えたような気がした。 いくらなんでも無断外泊というのは後々面倒になりそうだったので、家に連絡を入れ国木田の家に泊まるような嘘を言った。幸いな事に妹は既に夢の中だったらしく、あれこれ詮索されずにすんだ。 嘘をつく事に後ろめたい気持ちが無いわけでは無いが、面倒を背負い込むよりはマシだろう。 「今、お風呂を入れてるから、少し待って」 そう言った長門を見ていると、部屋を右から左へ、左から右へさっきまでの長門とは別人のように無駄な動作をしている。 いったい何をあたふたやってるんだろうね、この娘は… 「おい、いつものお前らしくないぞ。座って本でも読んで落ち着いたらどうだ?」 ゼンマイが切れたロボットのように、はたっと動きを止めたかと思うと、スムーズかつ静かに首から上を俺に向けた。俺を見つめる液体ヘリウムのような目をした長門を見て安心した。いつもの長門に戻ったようだ。 実はこの時の“元に戻った”という俺の考えはハズレていたのだが… 俺の意見に同調したのか、ひょこひょことテーブルの前まで来るとちょこんと正座をしてテーブルの上に置いてあった本の栞を挟んだページを開いた。 長門が本を読み出すと、必然的に俺は一人放置プレイとなるわけで、風呂にお湯が溜まるまでのこの無音な空間は俺には絶えがたい。 「長門、何か雑誌とかあると助かるんだが…」 長門は本から目を放さず、ただいつものように指を指すだけだった。指した先には長門の勉強机がありその上にいくつかの雑誌が積み重ねてあった。雑誌は女性ファッション誌であり見ても俺には面白そうにも無い。 驚きなのはいつも制服姿の長門もファッション雑誌に興味があるということだ。 長門の私服姿を見れるのは休日にSOS団のイベント事で呼び出された時位だけみたいだからな。普通の休みの日でも、もっとオシャレする事でも勧めてみるか。 ふっと前を見ると整理整頓され、きっちりと並べた辞書や参考書の中に赤い背表紙のアルバムらしき物を見つけた。長門のアルバム?4年余の人生…いや入学するまでは待機モードで一人この部屋に閉じこもっていたはずだ。 いや正確に言うと隣の客室には俺と朝日奈さんが寝てたわけだが…それは、どうでもいいか。 すると、入学してからの写真なのか?それともSOS団の写真か? そう考えていると中の写真が気になって仕方がなくなってしまった。 「よう、長門。このアルバム見せてもらっていいか。」 アルバムを手にとって言う俺に、長門は“ハッ”とした表情で俺を見ると、読んでいた本を床に放り出しパタパタと駆け寄ってきた。 「だめ。それ、見ちゃだめ。」 突然の長門の振る舞いに、俺はアルバムを待った手を上に上げてしまい、身長154センチしかない長門はぴょんぴょんと飛び跳ねてアルバムを取ろうとする。 焦りと恥かしさと切なさが入り混じったような複雑な表情がまた可愛らしい。 「わかった!わかったから、長門飛びつくな。おわっ!」 “ズダーーーン” 俺と長門は大きな音を立てて倒れこんでしまった。 「痛てててて…、長門怪我は無いか?」 「大丈夫。あなたが咄嗟にかばってくれたから、怪我は無い。」 身を起こした俺の顔の真下に整った長門の顔があった。それは互いの息が感じられるくらいの短い距離。長門の薄い唇が軽く開き息がもれ、俺の鼓動は一気に加速していく。こうなってしまえばブレーキを踏んでも、そうやすやすとは止まれそうにもない。 しかし、なんの偶然かそれとも神様の悪戯なのか、床に落ちページを開いたアルバムがチラリと目に入ってしまった。その事に長門も気付いたのか、次の瞬間俺は何故か天井を見ていた。 ・・・長門は何処だ???どうやら俺は急ブレーキではなく、事故停車したらしい。 首を上げるとそこには床にぺたんと座りアルバムを抱えている上下さかさまの長門の後姿があった。 よいしょと身を起こし長門の側へ行く。 「すまなかったな長門…」そう言う俺に、長門は顔を振り向かせ「これはダメ。秘密。」とちょっと怒った感じに言う。…でもスマン長門。アルバム見ちまった。 アルバムにはハルヒの命令で写真係りとなった朝比奈さんの撮ったSOS団の活動記録なるものと、それとは別にいつの間に撮ったのか俺の写真のページがあった。 あれは、ハルヒや朝比奈さんが撮ったものとは違ったように思えたが、やはり長門… お前が撮った写真なのか。でも、いつの間に…。 それにしても何故俺なんだ?他のページにはハルヒコーナーや朝比奈コーナー、古泉コーナーなんかもあるのだろうか? 長門はアルバムを胸に抱き、机の引き出しに大事にしまい込む。と、同時に『オフロガ ハイリマシタ』と電子音声がリビングに流れた。俺は追い立てられるように風呂場へと向かわされる。 脱衣所には洗面台と洗濯機に乾燥機、二段式脱衣籠などが置いてある、何の変哲も無い脱衣所だ。 俺を追い立てて後ろからやってきた長門は脱衣籠の上の段を指した。 「男性用下着は家には無い。これで我慢して。それと歯ブラシも置いておく」 指を指した先にはバスタオルと見覚えのある北高マーク入りの紺のジャージのみが綺麗に畳んで置いてあった。 つまり俺はノーパンでジャージを着て一夜を過ごす事が決定された。 「わるいな長門。シャージ有り難く使わせてもらうよ。」 「かまわない」 「・・・・・」 「・・・・・」 二人の間に沈黙が流れる… 「あのー長門さん、俺今から風呂に入るんですけど…」 「どうぞ」 そう言って、直立不動に立っている長門を俺は肩を落とし困り果てた顔で見た。 「どうぞって…服を脱ぐから出て行ってもらっていいか…」 長門は俺を数秒凝視してツーっと脱衣所を後にしてくれた。 体温を奪っていく濡れた服を脱ぎ捨て、風呂場に入ると入口正面には水垢のついていない大きな鏡があり俺の身体を映している、浴槽はこれまた普段使ってるのか?と思うくらいピカピカだし、シャンプーやコンディショナー、ボディソープのラベルが全てこちらを向き整然と並べられていた。 それにしても風呂の自動の湯張り機能ってのはいいもんだな。湯沸しタイプの風呂なんか、ちょうどいい温度と思って入れば下は真水だったりするからな。湯張り機能とまではいかなくとも温度管理くらいはどうにかならないものかね。そうすれば俺は生温い風呂で体を丸めてお湯が沸くまで耐えしのぐ事もなくなるんだがな。 体が温まったところで浴槽を出てボディソープをスポンジに取り、泡立ててから体を擦る。 “ゴシゴシゴシゴシ…” 家ではナイロンタオル型のヤツだから、スポンジってのはイマイチ洗った気がしない。しかも背中が届かない。 洋画なんかでは柄のついたブラシで背中を洗っているシーンがあるが、ここにはそんなものは見当たらなかった。 背中はあきらめて、体からそのまま顔を洗っていると、突然後ろのドアがガチャと音を立てて開いた。 誰だ!!。って、この家には俺と長門しかいないじゃないか。長門以外に誰が来る。 朝比奈さんなら絶対入ってこないな。ハルヒなら蹴り入れられそうだし、朝倉涼子なら何の躊躇も無く背中にナイフを振り下ろすだろう…考えただけでも恐ろしい。古泉だったら…それは別の意味で身の危険を感じる。などと現実逃避してる場合か俺! 待て待て、なぜ長門が入ってくる必要がある。そこまでこの風呂はデカくないぜ。それともお前も朝倉のように俺を殺りに来たのか?ってこれも現実逃避だ。 風呂場に入ってくるって事は、やっぱり俺同様一糸纏わぬ姿だよな。その気があるのか長門よ。理性が飛んじまったら俺は止まる自信がないぜ。 顔を洗っていた事を後悔するね。これじゃ長門の姿を確認できん。 とにかく男である象徴を隠さなければならず、タオルなどは無いので両手で隠すしか方法が無かった。しかも両手を使った事で俺は完全に自由を封じられてしまう形になった。 本来なら叱咤するところなんだろうが、俺は動転しまくったあげく「な、長門か、どうした?何の用だ?」と素っ頓狂な事を平然を装いながら言っていた。 きっと声は裏返り相当マヌケ野郎だったに違いない。 長門は俺の後ろまで来ると「背中流してあげる、あと頭も」と言いスポンジを手に取り、ボディソープを垂らして背中を擦り始めた。 上下する長門の手がいい感じの力加減で、やたらと気持ちいい。 「背中を洗ってくれるのは、ひじょーに有り難い事なんだが…」 「なに」 「いや、その…俺だって健全な男なんだぜ、その風呂場に裸で入ってくるって事がどういう事か分かってるのか?長門、お前だからと言って手を出さないとは限らんぜ」 「大丈夫、私は衣服を着用している。あなたが考えているような姿ではない。あなたは、そのままにしていればいい。」 「ああ、そうかい…」ちょっと期待していた分、安心40%、残念60%だぜ。 そのうちに洗っている場所が背中から頭に移っていた。 うっすらと目を開けて湯気で曇った鏡を見てみると、北高制服の色は確認されなかったように思えた。 痛たたたた。目に石鹸が入っちまった! 俺の頭を丁寧に洗い上げると、「後は、あなたが自分でやって」長門は、そう告げ風呂場から立ち去っていった。 俺は視界を邪魔していた忌々しい石鹸をシャワーで洗い流し、コンディショナーで短い髪をツヤツヤにして風呂に肩まで浸かった。 今日の長門の行動は何なんだ。またエラーの蓄積か?それとも、また世界を改変したのか?しかし俺の周りの奴らに変わったところはなかったぞ。長門は自分だけを改変した?それもノーだ。行動さえ大胆極まりないものだが基本的には無表情・無感動・無口の三拍子揃った長門有希だ。 考えを色々と巡らせ落ち着く事の出来ない風呂を堪能しすぎてしまい、ちょっと逆上せた。うっぷ…。 ふらつく頭で風呂を上がり、脱衣所でしゃがみ込んだ。あー、目眩がする。脱衣籠に目をやると下の段に一枚の白いバスタオルが軽く畳んであり触るとしっとりと濡れていた。 俺はその濡れたバスタオルを使ってもよかったが、せっかく長門が用意してくれた洗立ての香りのいいバスタオルを使用し頭のてっぺんから爪先まで気持ちよく拭きあげると、悪いと思いつつも下着もつけずにジャージを拝借する事にした。 が、途中まで着ようとして、ある事を再確認させられた。長門と俺の体格差がありすぎてジャージが入らない… 無理やり着たとしても、血流を止めて手足を真紫にして壊死させてしまうか、8歳児の洋服を着るビックリ人間さながらにテレビ出演するかのどちらかだ。 どちらも御免被りたいので、結局は濡れた自分の服を着る羽目になるようだ。 せっかく風呂に入ったっていうのに… その内乾きもするだろうと、あきらめて自分の服を着ようと思うと、Why?脱いだはずの服がどこにも無い! そして、目に入ってきたのは洗濯機。 まさかと思いつつも恐る恐る開けてみると、俺の服がポカプカと洗濯機の中で水泳の授業中だった。あまりにもベタだが、泊まらせる為の効果的な手段だ。 しかも俺の服と共に、明らかに男には必要の無い興味をそそられるもの達も一緒に水泳の授業を受けていた。今日の水泳の授業はは男女混合らしい。 良くも悪くも、これでSOS団全ての女性陣の下着を拝んだ事になるわけだ。…やっぱり良いのだろうな。 洗濯機からそれらを引き上げて拝ましてもらいたいという衝動にも駆られたが、そこまで愚行を行ってしまうと、ただの変質者であり、谷口と同レベルに落ちてしまうのでそれだけは避けた。 兎にも角にも現状況を打破するには長門に頼る他はないであろう。元を正せば長門が原因なんだし。 俺は脱衣場から顔だけを出して長門を呼び、長門は返事も無くいつもより歩幅狭くテチテチと歩いてきた長門をドア直前で静止させた。そうしないと脱衣所まで入って来ないともかぎらないからな。 「すまんがジャージが小さくて入らないんだ、他に何か無いか?」そういってジャージを差し出すと、長門はジャージを手に取り久々に聞く超高速早口呪文を唱えた。 「これで大丈夫」そういってジャージを戻された。 「着衣の繊維収縮情報を変更した。オールサイズモード。」 「分かりやすい説明ありがとう。助かる。」 「どういたしまして。」そういい残してまたテチテチとリビングへと長門は戻っていった。 俺は長門の歩き方の不自然さになど、その時は一切気にならなかった。なんせ着る服を調達するのと長門の大胆行動を防ぐのに頭がいっぱいだったからな。 さすがは長門マジックの賜物と言うべきか。今し方までまったく入らなかったジャージが俺の体型に合わせるように伸び、伸びたからといってビロンビロンになったり生地が透けたりはしなかった。 脱衣場を後にしリビングルームに戻ると、小さな背中を向けてページをめくる時にしか動かない凝固体がちょこんと座っていた。 「先に入らせてもらって悪かったな。それと背中サンキュー」と、照れながら言うと。 長門は本からは目を離さずに「かまわない。次は私がお風呂に入る番」そう言って本に栞を挟み制服のスカートを押さえながらぎこちなく垂直に立つ。 俺はここにきて、やっと長門の不自然な動きに気が付いた。 さっきから、やたらとスカートを押さえたりソワソワしているような動きが目立つ。 それに俺の背中や髪を洗ってくれたはずなのに制服に濡れた後や石鹸が付いた後が全く無いのである。 左手に着替えを持ち右手を腰に当て長門が風呂へと向かう。そして足取りはやはり歩幅小さくテチテチと歩いていく。 不自然な長門の動きに俺は「腰でも痛めたのか?」と訊いてみると、「なんでもない。ここから先は進入禁止」と言って風呂へと通じる廊下の曇りガラス戸をパタンと閉めた。 “進入禁止”って自分は堂々と俺の入浴現場に無断進入してきたくせに… 俺は名探偵の如く不自然な動きをする長門の現段階の情報をまとめてみた。 ①俺が風呂に入るまでは通常の長門だった。 ②洗顔中に長門の襲来。その時長門は衣服着用と言ったが俺は確認していない。 ③薄目を開けて曇った鏡を着た限りでは制服らしきものは映っていなかった。 ④脱衣籠にあった湿ったバスタオル。(あれって俺が風呂に入る時から置いてあったか?) ⑤洗濯機に浮んだ俺の服と長門の・・・ ⑥濡れていない長門の制服 ⑦長門のスカートを押さえる仕草とソワソワした感じ これらの事から導き出される答えは… 「うおぉぉぉ、俺はなんて勿体無い事をしちまったんだ!」俺なりに導き出された答えに俺はすぐさま頭を抱え悶絶してしまった。 長門はあの時“衣服着用”とは言ったが制服なんて一言も言ってなかったじゃないか。つまりあの時の長門は白いバスタオル一枚…これなら鏡に制服が映らなくてあたり前だし湿ったタオルの説明もつく。 そうなると洗濯機に入っていた下着はそれまで長門が着用していたものに間違いないだろう。って事は、今までここにいた長門の制服の下は… だめだ想像しただけで、鼻血が出ちまいそうだ! 焦るな焦るな俺!本当にそんな事が起こり得るだろうか? しかし乏しい俺の脳味噌が導き出した答えだとはいえ、確率的には高いんじゃないか!? “ここから先は進入禁止”と言っていたが、本当に進入禁止なのだろうか。実は密かに俺が来るのを待っているんじゃないか?そもそも先に入ってきたのは長門の方なんだし。 いやいや、待て待て。俺の推理が間違っていたらとんでもない事だぞ。 停学どころか退学か?下手をしたら犯罪者Aって事もありえるな。 ハルヒに嫌われるより、長門に嫌われる方がショックもでかいし、また何かあった時に今度は助けてくれないかもしれん。 それどころか朝倉涼子にやったように情報連結の解除とか言ってこの世から消されでもしたらたまったもんじゃない。 俺は悶々とした気分の中、頭の中では肯定派と否定派の鬩ぎ合いバトルが行われていた。廊下に通じる曇りガラス戸の前で俺は顎に手をあて檻のなかの熊のようにグルグル回っていた。 “!!!” 気が付くと、長門がガラス戸の前に立っておりグルグル回る俺をジッと見ていた。 「長門さん、いつからそこに…」 「三分四二秒前から」 「ずっと見ていたのか?」 長門は乾ききっていない前髪が少し動くくらいの頷きをした。 「そ、そうか…声をかけてくれればよかったのに…」 口元が引き攣りぎみに言う俺に、長門は無言無動のままアメジストのような瞳で俺を見つめ続けた。 長門の全身を見るとグリーンのチェックの前止めシャツに、同じ柄のズボンでシンプルだが可愛らしいパジャマ姿だった。 いや~透けてはいないものの腕や胸元近くまで開き長さは膝丈、首周りやスカート部の裾にピンクの縁取りとリボンがついた薄ピンクのネグリジェじゃなくてよかった。 もし、そんな妖艶な姿だったら間違いなく俺の理性は海王星くらいまで吹っ飛んでいただろうからな。 バツが悪くテーブルに戻り座りなおす。長門も定位置に座ると新しくほうじ茶を入れてくれた。 「あなたは、まだお茶を飲んでいない。飲んで。」 何が何でもお茶を飲ませたいのか?律儀なやつだ。 今度は噴出すことも溢すことも無く、二人向かい合いお茶をすすった。無論、会話は無い… ただ、長門のうつむきお茶を飲む顔が湯上りのせいだろうか、ほんのり色付いていたのが印象的だった。 夜も更け、お茶で気分も落ち着いたせいもあってか俺はうつらうつらとし始めていた。 長門が俺の肩を揺らして「起きて」と現実へと引き戻す。 「あぁ、すまん。寝ちまってたのか。」 「寝具を用意した。そっちで寝た方がいい。」 そう言い客間の方を指差した。 俺は眠い目を擦りながらうな垂れて客間へと案内される。 客間の引き戸を開けると、見覚えのある和室に見覚えのある布団が見覚えのある形で二組並べてあった。 懐かしい光景だ、朝比奈さんと三年間時間を止められた時もちょうどこんな風に二人して寝かされたんだったな・・・・・ って、「ちょっと待て長門!なんで布団が二組並べてあるんだ!」俺の思考能力が夢遊域から一気に覚醒域へと瞬間移動し、そのままパニック域まで猛ダッシュした。 「あなたの分と私の分」 宇宙人製有機アンドロイドは無機質な声質で平然と言ってのけた。 「そうじゃなくて、なんで俺とお前が同じ部屋で布団並べて寝なきゃならんのだ。」 「あなたは以前、朝比奈みくるとこの部屋で共に寝ている。今日は朝比奈みくると私の違いだけ。問題ない」 「問題ある。あの時は寝ていたんじゃなく、お前が時間を止めていたんだろ。それに一緒に寝てお前に手を出さないという自信が俺には無い。兎に角、俺はリビングにでも寝させてもらうよ。」 そう言った俺の腕に長門はしがみ付き、顔を左右に大きく振った。 「大丈夫。あなたはそんな事しない。私には分かる。だからお願い…」 “だからお願い…”って懇願されちゃったよ。どうするよ俺! 「よし、なら布団をもっと離して敷こう。それなら俺もOKだ。」 「了解した」そう言って長門は布団をズズズ…と動かした。 「朝比奈みくるの時より1メートル離した。まだだめ?」と更に懇願する眼差しで俺の事を見てきやがる。 なんでそんな目で俺を見るんだ。いつもの液体ヘリウムの眼差しはどうした!? 「わかった、わかった。それだけでも十分だ。」 やれやれとばかりに頭を掻きながら、どうなっても知らんぞと考えながら長門を見ていた。 今夜は俺の理性に全てがかかっているのである。いったいこんな我慢大会に俺を推薦しやがったのは何処のどいつだ!見つけたらタコ殴りにしてやる。 「長門、悪いが早々に寝させてもらうぞ」 兎に角、早く夢の住人へとなってしまうことが最善の策だと考え、布団を頭から被った。 寝ようとするが、何故か長門に抱かれているような感覚に陥る。 「あの…それ、私が寝ている布団…」 俺は跳ね起き、隣の布団へと飛び移る。 「それを早く言え。」 長門は手を前で組みもじもじしながら、顔を赤らめていた。 ちくしょう、なんでこんな時にそんな可愛い仕草をしやがる。何処で覚えてきた! 宇宙人製アンドロイドというより普通の女の子じゃねーか。 長門に背を向け目をつぶり火の輪くぐりをする羊でも数えるしか俺には自分を抑える手段が残されていなかった。 ドアや窓の施錠が確認され、リビングの電気が消され、客間の扉が閉められ、最後に客間の電気が消された。 長門が背を向けた俺の横にちょこんと座り「寝た?…おやすみ」という。 それに対して俺は起きてはいたが無言でいた。今言葉をかけてしまえば、その場の雰囲気に流されてしまいそうに思えたからだ。 施錠によって外界と隔離された家に無音と闇が支配する静寂な時が流れ、二人を包み込む。どれだけの時間が過ぎたのだろうか、俺は天井を見つめていた。 俺は横に寝ている長門に声をかけてみた。 「長門…起きてるか?」 「・・・・・」 長門は動く気配が無かった。寝ちまったか… 「…起きてる」 「今日のお前は、いつものお前らしくなかったぞ。何かあったんじゃないのか?俺でよければ遠慮なんかせずに言ってくれよ。」 -沈黙- 「…上手く言語化できない。」 「そうか。」 「そう。」 「いつでも話は聞くからな。それと早く寝たほうがいいぞ。」 「了解した。」 その言葉を最後に俺の意識は闇の中えと落ちていった。 * * * * * 私は『彼』の側に立って、寝ている彼の顔を覗き込んでいる。 優しい顔… 私は『彼』の事を固有名詞で呼ぶ事が出来ない。何故? 涼宮ハルヒも朝比奈みくるも朝倉涼子だって『彼』の事をニックネームで呼んでいる。 私もあなたの事をあの名前で呼んでみたい。 「キョ…」 やっぱり何かが言葉を詰まらせる。この言葉は私の心拍数を急激に上昇させる。 何故? 私は『彼』の側に立って、寝ている彼の顔を覗き込んでいる。 私に表情は無い… そういうふうに作られたから。私は目立ってはいけない存在。 涼宮ハルヒも朝比奈みくるも朝倉涼子だって『彼』の前で笑っていた。 私だって『彼』の前で笑ってみたい。怒ってみたい。泣いてみたい。 でも、それは観察者にとって邪魔なもの?目立つもの? そんな私の乏しい表情を気持ちを『彼』は読み取ってくれる。分かってくれる。 大事な存在。 彼女は『彼』の側に座って、寝ている彼の顔を覗き込んでいる。 部屋の闇の中に、彼女の小柄ながらも整えられたスタイル、透明な肌が浮かび上がる。 寝る前まで来ていた着衣は彼女が寝ていた布団の上に脱ぎ捨てられている。 「一体私は何をやっているの」 error_ 「情報の修正が必要」 error_ 「こんな事をしてはいけない」 error_ 「だめ、『彼』に嫌われてしまう」 error_ 「また処分を検討されてしまう」 error_ 「その時は、またあなたが守ってくれる?」 [yes/no]?_ 「私という存在は、あなたの事がダイス…」 長門の薄い唇が眠っているキョンのザラついた唇に触れた… 刹那にして永遠とも思える時間が長門の中に流れていく。 そして長門の右目からユキ解けの水が一筋頬を伝っていった。 止まっていた時間は動き出す。 少しだけ、少しの間だけ『彼』を感じたい。その衝動が長門有希を突き動かす。 彼女は『彼』の布団に潜り込んみ、そっと腕の中に抱きつく。今まで感じたことの無いやすらぎが彼女の中に広がっていく。 * * * * * “うんん…”俺は息苦しさというか、胸部圧迫感とでも言うべきだろうか。兎に角、寝苦しさに目が覚めた。 天井を見つめ、今 自分が長門の家で寝ていることを思い出させる。 俺の身体に何かがまとわりついていた。ショートヘアをさらに短くした見慣れたパープルグレイの髪の毛でスースーと寝息を立てている少女。 って、長門、何やってるんだ!暗い部屋でも長門の白い肌が艶かしく背中まで見えている。 「長門!おいっ長門!」ダメだ起きやしねぇ 密着した身体に感じられるこの柔らく気持ちいい感触はなんだ。 長門に寝ていた布団の上にはグリーンのパジャマと白い下着が散乱している。 今度は間違いなく裸だ。見えているのは背中までで、その下や抱きついている身体前面は見えないものの100%誰がなんと言おうと天地がひっくり返らない限り、今の長門有希は一糸纏わぬあられもない姿だ。 俺は一気に汗が噴出す感じがした。それが緊張なのか焦りなのか期待なのかはまったく分からん。 体と手に触れる長門の素肌の感触。稚拙な頭で妄想する長門の全裸姿…俺の理性という鎖はまるでゴムで出来ていたように呆気なく弾け飛んだ。 「長門ー!!!!!・・・・・へっ!?」 体がまったく動かない。首から上は動くものの首から下は指先一本動きゃしねー。 そういえば以前も似たような事があった。忘れもしない、いや忘れられる訳がない。 あの朝倉涼子に殺されかけた時だ。あの時は首すらも動かなかったが…。 つまりこんな事ができるのは対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースたる長門、お前の仕業か! これはセキュリティーモードとかボディーガードモードとでも言うのか? 俺はただただ、長門の香りと寝息、そして首をもたげて確認できる範囲の長門の白い肌。そして体に伝わってくる長門の素肌の感触だけで我慢するしかなかった。 これじゃヘビの生殺しじゃないか! まさか寝る前の我慢大会が予選で、ここに来て我慢大会決勝になるとは思いもよらなかったぜ。 長門に借りたこのジャージを汚してしまわないか、それが心配だ… こんな悶々ギンギンとした状況下でも、俺はいつしか眠りについていた。俺ってスゲー 朝起きると、隣に長門の姿は既に無く、長門の寝具とパジャマが綺麗に畳まれていた。 あれは夢だったのか?にしては、あまりにリアルすぎる。いまだに長門の感触がこう… 俺は“ハッ”として布団を捲り我が親友を確認した。助かった…ジャージは汚さずにすんだ。 ただ、まだ背伸びをしている親友が元に戻るまでは布団から出れそうにない。 突然客間の扉が開き長門が入ってきた。 「起きた?」 俺はとっさに布団を引き寄せた。 「ああ、おはよう」 なんと今日は制服ではなく、白と青のボーダー柄のVネックTシャツに、カーキ色のハーフパンツ姿というラフな格好だった。 長門が俺を見下ろす。俺は長門を見上げる。いつもと逆のパターンだ。 「長門、お前昨日の夜…その…覚えてるか?」 長門は三秒沈黙した後五ミリ首を横に傾けた。 「いや、何でもないんだ。忘れてくれ。」 「そう……。これ、昨日汚れた服。洗って乾かしておいた。」 長門はそういうと手に持っていた服を俺の枕元に置き、その瞬間俺は長門の手を掴み引き寄せる。 体重を感じさせない長門の体は事も無げに俺の胸元に倒れこんできて、俺はそのまま長門を抱きしめた。 昨夜の出来事がどうしても夢とは思えず確認したかった。 この香り、服の上からだがこの感触、疑惑は確信へと変わった。 「長門…、お前やっぱり…」 長門は最初目を丸くしてパニクッていたようだが、すぐに顔を埋め俺の背中に手を回した。 長門の小さな体が小刻みに震えていた。 「泣いてるのか?」 「泣いて…ない。」 「そうか…」 「そう…」 長門の小さな嘘。俺は長門の震えを止めるように抱きしめた腕に力を込めた。 長門を幾時間か抱き締め、俺は長門の洗ってくれた服に着替えた。 リビングに行くとキッチンから長門がテーブルに朝食を出してくれる。 ハルヒについでなんでもこなすスーパーユーティリティプレイヤー長門有希。 その長門が作る飯が不味いわけがない。 昨夜と同じく二人で食べる食事なのに、今日の朝食は昨日の夕食より美味く感じられた。 ちなみに会話はやっぱり無い… 時計を見ると午前十一時過ぎを差していて思った以上に寝ていた事に気付かされた。 「それじゃそろそろ帰るよ」 長門は今回は首を縦に振って後ろを付いて来た。 「安心して、あなたが泊まった事は秘密にしておく。今はそれがベスト。特に涼宮ハルヒに知られれば世界改変の引金にならないとも限らない。」 「そうか。恋愛禁止なんて事もほざいていたしな。黙っていた方がいいか。」 長門を見ると、みるみる耳が赤く染まっていった。 「どうした長門、耳が赤いぞ???」 「なんでもない。あなたが気にする事ではない。」 「もし情報統合思念体が何か言ってきたら俺に言って来い!俺がまた守ってやる。」 「大丈夫。情報統合思念体は何も言って来ていない。」 「そうか。」 長門はコクリと頷く。 俺は靴を履き、長門の頭をクシャクシャと撫でて「それじゃまた明日。部室でな」そう言って、長門の家を後にしようとした。 すると長門は俺の袖口を引っ張って「よければ、また来て」と目を合わせずに言った。 「おう、今度はお前の手料理でも食わせてくれ。それと、休日くらい今日のように私服でいたらどうだ。その方が似合うと思うぞ」 「わかった、そうする。」 そう答えた長門は、微かに笑ったように見えた。 長門のマンションを後にし、雲のまばら青空を見上げた。何故だろうな、こんなにも清々しく感じるのは? 以前、鶴屋さんに“未来人か宇宙人だったら、どっちがいい? ”と聞かれたが、今日俺は“宇宙人を選んだ”という事になるんだろうな。 玄関のドアが閉じた後、長門は暫らくその場に立っていた。 「恋愛…」 自分でつぶやく言葉で、長門はまた耳が真っ赤になっていた… * * * * * 『観察対象を追加。パーソナルネーム・長門有希。彼女を観察者から観察対象者に変更。 ただし当該対象者には極秘。長門有希には引き続き涼宮ハルヒの観察を行ってもらう。』 「あらあら、長門さん大変な事になっちゃたわね。これから私があなたを監視する役目になっちゃうみたいね。」そこには長門の家を見つめる喜緑江美里のクスリと笑う姿があった。 ~ fin ~ 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三 章 Illustration どこここ その日の午後、ハルヒは俺の知らない間に谷川氏と連れ立って中学校へ行った。まさかジョンスミスを探しに行ったんじゃないだろうなといぶかしんだ俺だったが、まああいつはほっといても適当に楽しむやつだから大丈夫だろう。それ以外の四人は西宮北口駅まで歩いた。古泉と朝比奈さんが、ぜひこっちの世界を見てみたいというのだ。観光するまでもなく、たいして違わないんだがな、俺たち以外は。 俺たちは喫茶ドリームに向かい、長門は借りていた本を返すと言ってひとりで北口図書館に向かった。 「まったくといっていいほど似てますね」 古泉は街の景観を見回して言った。そりゃまあ、元はこっちだからな。 「それは分かっていますが、なんとなく不思議というか、別の意味で違和感を感じてしまうというか」 言いたいことは分かる。見た目はよく知ってる街のはずが、どこか違っていてどうしても自分が住んでる街だとは思いがたい何か。 「こっちの世界では時間移動する人はいないんですか?」 朝比奈さんが職業的な興味かららしい質問をした。 「どうでしょうね。ひょっとしたらいるかもしれませんが、遭遇したことはないです」 「時間移動はどの世界でも厳重に管理されてるんじゃないでしょうかね」 古泉がもっともらしいことを言う。確かに、誰もがほいほいタイムトラベルができたら経済やら犯罪防止やらに支障が出そうだ。 「なんでしたら未来に行かれてみては。時間移動管理局なる公的機関が存在するかもしれません」 「そうですね……。いえ、やっぱりやめておきます。未来のことは知らないほうがいいです」 こういうところは朝比奈さんらしい。時間のこじれには苦労していると見える。 「あとで夙川公園に行ってみたいんですけど、いいでしょうか」 あそこは朝比奈さんゆかりの場所だ。さすがに桜はまだだろうが、ハルヒに頼めば咲かせてくれるだろうか。 「いいですよ。長門が帰ってきたら行きましょう」 路地を歩いていてドリームが見えてきた付近で、道のまんなかに見覚えのある人影が立っていた。小柄な、制服にカーディガンを来た女子生徒。だが、どうも様子が違う。第一、長門はもう眼鏡をかけていない。それにこの無表情、俺の知る今の長門ではない。俺以外のやつから見れば同じ表情に見えたかもしれないが、俺にだけは微細な表情の変化が分かる。俺を見るときは少しだけ緩むはずなのだ。 「長門か?」 もしかしたら四年前の七夕の長門がやってきたのかと思い、問い掛けた。古泉と朝比奈さんも異状に気が付いたようだ。そいつは冷たく響く声で言った。 「わたしはそのような名前ではない」 遠くからでも聞こえそうなくらい声には抑揚がある。偉そうな態度で話す。こいつは長門じゃない。 「じゃあお前はいったい誰だ!?」 「わたしの名前は情報生命体α、情報統合思念体総帥だ」 そいつは俺たちを指さして宣言した。 「お前たちを上書きする」 周囲の風景がガラリと変わった。空もまわりの建物の色もペンキで塗ったようにぺったりとした灰色になった。前にも同じようなことがあったぞ。朝倉に襲われたときだ。今回はいきなり、手足が貼り付いたように動かない。俺だけならまだしも朝比奈さんと古泉までいるのに。背中で朝比奈さんの悲鳴が聞こえた。俺の朝比奈さんになんてことしやがる。振り向けないが目だけ動かして見ると古泉はすでに赤い球体の中にいた。 「ほう。お前は他の二人とは違うようだな」 情報生命体αと名乗る、長門によく似たそいつの手が白く光った。 「古泉逃げろ、今すぐ長門を呼べ」俺は咄嗟に叫んだ。 「いいえ、戦います。あなた方を守るのが僕の使命です」 かっこうつけてる場合じゃないんだよ。こいつは神人よりヤバいぞ。 「朝比奈さん、見ないほうがいいです。目を閉じていてください」 古泉は震えている朝比奈さんに言った。 「ここは僕に任せてください」 赤い球体となった古泉が宙を飛んだ。長門に似たそいつの右手が古泉を指差し、次の瞬間、球体に向かって落雷のような光が走り抜けた。そいつは詠唱していない。まばゆい光が古泉を貫いた。赤い球体が消え、人の形をした影が地面に落ちた。影は片手をついて立ち上がった。 「古泉、生きてるか」俺は叫んだ。 「大丈夫ですよ」 古泉の服はところどころ黒く焦げていた。どう見ても大丈夫そうじゃないぞ。 「まあ見ていてください」 古泉の赤い球体が輝きを増した。やられると燃えるタイプらしいな。 そいつの両腕が古泉に向いた。腕が伸びて白い蛍光管のように光り、壁を突き破って止まった。古泉は腕の部分に絡み付いて高速で回転し、切断していった。腕が、折られた千歳飴のようにポロポロと落ち、そいつは後ずさった。 フンモッフと叫ぶ古泉の右手から、赤く燃える火球がほどばしった。燃える火柱が空中を走る。ところが、そいつ、情報生命体とやらの目の前で泡となって消えた。 「そんなものか。所詮は人間だな」 ニヤリと笑うそいつの表情は、とても長門とは思えない冷酷さそのものだった。人差し指を古泉に向け、小さく円を描いた。 「古泉避けろ!」 俺が言うが早いか、槍の形をした数十本の金属の塊が古泉に向かって飛んだ。古泉はジャンプして後転したが間に合わず、手で払おうとした槍の一本が右手を貫いた。古泉の叫び声が響いた。古泉は槍ごと地面に落ち、右手を地面に釘付けにされてもがいた。 「おい、いったい何が目的なんだ。俺たちをなぶり殺しにするつもりか」俺は叫んだ。 「殺すつもりはない。情報を上書きするだけだ」 情報生命体αが青ざめた古泉の頭に手をかざした、その時である。轟音とともに地面が割れ、持ち上がった。アスファルトが大きくめくれ、かけらが飛んであたりに散らばった。その煙の中から現れたのは、俺たちの長門だった。 「長門さん助けて」朝比奈さんが泣き叫んだ。 「……」 長門が俺たちを見て、そいつを見た。怒っている。煙が立ち込めそうなくらい猛烈に激怒している。 「……あなたは、わたしの同位体か」 「やっとお出ましか。その通り、かつてはそうだった」 「……」 「思念体はお前ひとりか」 「……」 「そっちのわたしはえらく無口なのだな。もっと意思表示したほうがいいぞ」 「……」 二人の間に暗雲が立ち込めそうなくらい緊張した空気が漂ってきた。お前は知らんだろうが、この長門はけっこう意思表示するんだよ。 長門はそいつから目を離さずに、古泉のそばまで寄った。 「……右腕を、麻痺させる。見ないで」 長門はいきなり刺さった槍を抜いた。 「ありがとうございます。僕は大丈夫です」 「……骨折を修復する」 長門は古泉の右手を握り、傷口を塞いでいるようだった。それから俺と朝比奈さんに向かって詠唱した。貼り付いた足が自由になり、やっと体が動かせるようになった。 長門は俺を見て、朝比奈さんを頼むと目で合図した。俺はケガをした古泉に肩を貸し、朝比奈さんを後ろに下がらせた。長門はもう一度俺を見て、それから朝比奈さんを頼む、と合図した。二度目のはなんだ? 長門は眼鏡をかけた自分に向き直った。 「……あなたの目的は、なに」 「命令する。わたしと融合しろ」 「……断る。あなたとは意思を相反する」 「では、お前を上書きする」 そのセリフと同時に長門が呪文を唱えた。白く光る弾幕が二人の間に生まれた。さっきと同じ鉄の槍が飛んだが、長門の目の前で砂となって崩れて消えた。長門には物理攻撃は効かないだろう。 情報生命体αは両手に燃え上がる炎を起こした。瓦礫となったアスファルトが大きく持ち上がった。そして俺たち三人に向けてドロドロに溶けたアスファルトを投げた。か弱い人間を攻撃し、長門に隙を作ろうというのだろう。だが長門は俺たちの前に立ちはだかり、薄紫色のシールドを展開した。飛んできた液状のアスファルトがシールドに触れると、紫色に凍り付いて粉々に割れた。同時に、二人とも後ろへ飛び退った。 すさまじいエネルギーが炸裂する二人の戦いをじっと見ていたが、長門はいっこうに攻撃に転じようとしない。俺はそれに気が付き、さっきの長門の合図の意味が分かった。長門は一旦逃げて体勢を立て直したいのだ。今ここで戦うには何も準備が出来ておらず、リスクが高い。 「朝比奈さん、逃げる用意をしてください」 俺は朝比奈さんの耳元で囁いた。 「逃げるってどこへですか?」 「過去へ」 朝比奈さんはコクリとうなずいた。 情報生命体αは宙に浮かんで、両手を高く上げて円を描いた。描いた先に白い球体が生まれた。その中に人影が見える。顔は似てはいないが、同じ年恰好で無表情な三人が現れた。情報生命体αはそいつらに向かって命令した。 「やれ」 あいつ、仲間を呼んだのか。思わぬ敵の増援に長門は身構えた。もうぼやぼやしてはいられない、早いところ撤退しなければ。 ちょうど俺たちと情報生命体αの間に長門が入った瞬間、衝撃波が長門を襲った。白い煙幕があたりに立ち込め、敵の姿が見えなくなった。長門の体が吹き飛ばされ、煙と一緒にこっちに向かってくる。ここだ、このタイミングだ。次の瞬間、俺は飛んできた長門を捕まえるために足を踏ん張った。背中から飛んできた長門を抱えるようにキャッチすると、勢いそのまま五メートルほど飛ばされた。続いて長門の空間移動で朝比奈さんの隣に飛躍した。 「今です!」 朝比奈さんに向かって叫んだ。映像のコマが逆に回ったかのように、猛スピードで視界が流れた。もう眩暈も吐き気もなかった。俺はただ、古泉と朝比奈さんを連れて安全なところまで逃げ延びることだけを考えていた。 気が付くと、俺たちは森の中にいた。どこかで鳥がさえずっている。 「大丈夫ですか長門さん」朝比奈さんの声で我に返った。 「……問題ない」 俺は長門の体を離した。長門は起き上がってなんでもないという表情で砂ぼこりを払った。俺が見る限り、朝倉のときより余裕だった気がする。 「あいつ、追いかけてこないだろうか」 「……異時間同位体はいないはず。念のため、時間移動の痕跡を消す」 長門は詠唱して、俺たちのまわりに透明な膜のフィールドを張った。俺はしがみついている朝比奈さんをなだめてから腕をほどいた。 「古泉、右手は大丈夫か」 「長門さんの治療のおかげでほとんど塞がりました。ちょっと痛みますが」 「……骨の結合部が完治するまで、動かさないほうがいい」 朝比奈さんがスカートの裾を破ろうとしたので、俺がシャツを渡した。背中の部分を三角巾に折り、古泉の首から腕に巻いた。 「朝比奈さん、ここはいつなんです?」 「さっきの時間から二百年くらい遡りました」 ということは、ええと幕末ですか。 「長門、あれともう一度戦ったら、勝てそうか?」 「……分からない」 「あの感じだと、お前のほうが一枚上手だったように見えたが」 「……さっきのは異空間内部での、非侵食性融合維持空間だった」 「非侵食性、なんだって?」 「……つまり、彼女の作った異空間内にわたしが作った異空間」 「ややこしいことしたんだな」 毎度ながら、長門の高度な戦術には感心する。だが長門の表情は曇っていた。 「……でも通常空間で戦った場合、戦力は未知数。勝てないかもしれない」 「あいつ、自分を情報生命体αとか言ってたな。なんでお前に似てるんだ?」 「……彼女は、わたしの異次元同位体。かつて同じ情報統合思念体のメンバーだった。だが今は情報リンクしていない」 「今はちがうのか」 「……数億年前、わたしと次元断層の探査に行き、彼女だけが消息を絶った」 以前長門が消えたとき、喜緑さんに聞いていた話だ。あれはあいつのことだったのか。 それから長門は、俺の目をじっと見据えてこう言った。 「……わたしは、彼女のバックアップコピー」 朝比奈さんが震えていた。さっきの状況が相当怖かったのだろうと、抱きしめて守ってやりたいような衝動に駆られたが、震えているのは気温のせいだった。森の湿った冷たい空気に、俺も急激に寒気を覚えて腕をさすった。 焚き火でもしようと薪を集めた。 「誰かマッチかライターを持ってないか?」 古泉が左手で火を灯し、薪に移した。 「こんなことしかできませんが」 「ケガしてるのにすまんな」 自分の能力は暖房器具じゃないと言ったわりには、こういう役に立つことが嬉しそうだった。 燃え盛る焚き火を囲んで本来なら楽しいビバークのはずなのだが、状況が状況だけに歌など歌いだすやつはいなかった。鳥のさえずりだけが聞こえる静かな森の中で、長門の低い話し声だけが響いた。 「彼女とは記憶の大部分を共有している。わたしが情報統合思念体にいた頃、彼女はわたしであり、わたしは彼女だった」 「思念体には個人を識別するものはないのか?」 「固有識別子はある。でも記憶は共有、意思は集合の総意」 いまいちよく分からんのだが。つまり、常時テレパシーで繋がっているようなものか。 「……二人は同じ情報構造を持つ。わたしは彼女の写し」 「理屈ではそうかもしれんが、お前はお前だ。俺の知る、ユニークな長門有希だ」 「……ありがとう」 自分の説明がやや足りないと思ったのか、長門は付け足した。 「……人間的に表現するなら、彼女は双子の姉のようなもの」 情報統合思念体が互いにどういう関係にあるのかは知らないが、長門に姉がいたとは初耳だ。それも人間的に表現するなら、との条件付でだが。 ── 情報統合思念体には子孫の系統というものがない。思念体の成長は、互いの情報の構造化にある。でも、わたしと彼女はそれをしなかった。ほかの思念体が情報を交換し、混ざり合い、融合し、進化を果たしても、わたしたちはオリジナルを保った。 『いつまでも、このままでいよう』 そう誓い合った。わたしたちは同じ記憶を持ち、同じ経験をし、同じ感情を共有した。 ── わたしと彼女が探査に向かったとき、彼女は次元断層へ飛び込もうとした。わたしは反対し、先に探査エージェントを送り込むべきだと言った。 『エージェントごときに新世界への第一歩を奪われたくない』 自ら飛び込み、そして断層が消え、彼女は二度と戻らなかった。 「……それから数億年が経った。わたしも同行するべきだったのか、今でも分からない」 長門はそう言った。 「そうか……。お前は一度、身内を失ったんだな」 長門はうつむいた。 「でもなぜ俺たちを襲う必要があるんだ」 「……おそらく、侵略が目的」 「俺たちの世界をか」 「……そう」 宇宙規模の乗っ取りか。またスケールのでかい話になってきたな。 「最初から明らかに敵意を持って接触してきたようですが、あの文庫本はやっぱり罠だったのでしょうか」 「……今や確実にそうなった。出方によっては、思念体同士の争いになりかねない」 「情報統合思念体の全面戦争か」 「……そうなると地球上にも被害が及ぶ」 俺は銀河に広がる、飛び交う火の玉、星の爆発を思い浮かべた。こいつらがまともに戦ったら地球クラスの惑星なんぞ、ひとたまりもあるまい。 「俺たちの世界も守りを固めるべきなんじゃないか」 「……思念体が安易に戦いを仕掛けるとも思えない。わたしたちの歴史にはいくつもの戦争があり、互いに何のメリットもないことを理解しているはず」 戦争にはあんまりメリットデメリットみたいな論理的な考え方はないと思うぞ。人間は未だに戦争してるしな。それが終わるたびに、今度こそは平和な世界を、と宣言するんだ。 「……それも、一理」 「それで、どうするんだ」 「……わたしひとりでは手に負えない」 長門は立ち上がり、スカートのポケットからじゃらじゃらと小さな球を取り出した。そのうちのひとつを手のひらの上に載せるとビー玉のように見えた。 「それ、なんだ?」 「……素粒子球」 来る前に捕まえていたあれか。ずいぶんコンパクトになったんだな。あれからテクノロジーも進んだと見える。古泉が物珍しそうに眺めている。 唐突に長門がビー玉を握りつぶした。ベキッとガラスが割れるような鈍い音がした。次の瞬間、長門の手から、カメラのストロボを何台も焚いたような光が漏れた。 「……喜緑江美里に救援を要請した」 「ここから呼べるのか」 「……時空の座標と位相情報があれば、転移可能」 長門は詠唱しながら腕を大きく回して垂直に円を描いた。目の前の空間に直径二メートルほどのフラフープのような円が生まれた。切り抜かれた円の部分が、どんでん返しの戸板のようにくるりと回って、そこには喜緑さんが現れた。これ、新しい次元転移技術か。 「皆さん、こんにちわ」 「お忙しいところ呼び立ててすいません」 呼び出すのがこういう非常時ばかりで申し訳ない気がする。 「皆さんお疲れでしょう。お茶を用意しましたわ」 見ると、籐のバスケットを下げている。ステンボトルもある。こういう気が利くところは喜緑さんらしい。 「わぁ、ありがとうございます。おなかすいてたんです」 朝比奈さんの表情にやっと和らいだものが浮かんだ。喜緑さんはふと朝比奈さんの顔を見て、塗れティッシュで涙の跡を拭いてやった。気が付かなかったが、朝比奈さんの目元が腫れていた。みんなを見守るお姉さんのような喜緑さんは、朝比奈さん(大)よりずっと優しいと思った。 それまでその辺の切り株やら石に座っていた全員は、喜緑さんが持ってきてくれたピクニックシートを広げて足を伸ばした。 「静かないいところですわね」 この状況だ、そうですねとは誰も言わなかったが。日本画に出てきそうなヤマトナデシコ的喜緑さんが、微笑でそう表現してくれると気持ちが和む。喜緑さんは紅茶をカップに注いで全員に渡した。それからフルーツケーキを丁寧に切り分け、ピクニックセットの皿に盛ってくれた。 「お口に合うかどうか……」 これ、お手製だったんですか。一口で食っちゃいました、味わって食べればよかったのにもったいない。喜緑さんは笑ってケーキのお代わりをくれた。リンゴやらみかんやらの果物まで用意してくれた。長門は黙々と食っている。緑豊かな奥深い森の片隅で、お茶をすする音だけが聞こえた。耳を澄ますとどこからかせせらぎの音が聞こえる。 「お茶、まだありますから」 「わざわざ用意して持ってきてくださったんですね。ありがとうございます」古泉が礼を言った。 「戦いの前には、まず腹ごしらえですからね」 喜緑さんは正気に戻るようなことをサラリと言った。古泉がゴクリとケーキを飲み込んだ。 「さて、今後のことですが」 全員が喜緑さんを正視した。俺はうさぎの形に切ったリンゴを頬張ったまま固まった。 「まず、先方の意図を正確に見極める必要があります。交渉の余地があるのか、救援を欲しているのか、あるいは単に侵略が目的なのか」 長門はじっと喜緑さんを見た。この人が喋っているときは長門はいつも控えている気がするが、もしかして喜緑さんのほうが先輩なのか。 「それから、できるだけ目立つ行動は控えてください。古泉君も朝比奈さんも、緊急時以外は能力を使わないでくださいね」 二人は黙ってうなずいた。 「それからキョン君。あなたは涼宮さんの閉鎖空間発生をできるだけ阻止するようにしてください。おそらくですが、涼宮さんの発するエネルギーが彼女をおびき寄せたのだと推測されます」 それができれば苦労はないんですが、と言いかけたが、喜緑さんの深い瞳があまりに真剣だったので口には出さなかった。 「では、いったん元の時間に戻りましょう」 「……分かった。三人とも、手を出して」 俺たちはインフルエンザの予防接種を受ける小学生のように並んで左腕を差し出した。長門はひとりずつ手首を噛んだ。 「うわ、なんですかこれ」 俺と朝比奈さんは経験済みだが、古泉ははじめてだったな。 「……対情報操作用遮蔽スクリーンのひとつ。位相の誤差を相殺する」 「彼女からは見えないってことですか」 「可視光下では見える。遠距離センサーでは検知できない。わたしたちからも」 ということは長門と喜緑さんの監視下にないってことか。この二人から離れないようにしないとな。 「では、朝比奈さん、お願いできますか」 「あ、はいはい」 「元の時間から十五分後にお願いします。それからすぐ、その十分前に戻ります」 「はい?二回移動するんですか?」 「ええ。お願いします」 全員が朝比奈さんを囲む輪になった。まわりの映像が三色の絵の具を混ぜ合わせたように渦を巻いた。 映像が止まり、俺たちはドリーム前に現れた。それからすぐコマ送りのように映像が動いて、再び止まった。十分前くらいだからほとんど何も変わりはない。 「皆さん、下がっていてください」 なにが起るのかと俺たちはあとずさった。長門と喜緑さんは、俺たちが現れた場所の地面に奇妙な絵文字を描き始めた。なんだろう、魔方陣だろうか。 それから二十分くらい過ぎたとき、突然白い光が瞬いた。何が現れたのか見ようと、俺は手をかざした。球状の白い光の中に人の影が見える。もしかしてあいつか。影が実体化するのを見届けると、長門と喜緑さんはその影に向かって呪文を唱えた。まわりの空気が絶対0度に凍りついたような、ミシミシと北極海の氷山がこすれるような音がした。次の瞬間、影が粉々に割れ、カケラとなって飛んだ。 「死んだのか」ふと口をついて出た。 「いいえ。逃げられましたわ」 「……ダメージは、与えたはず」 つまり、元の時間から十五分後に到着した俺たちはフェイントだったのだ。あいつがそれを検知してここに来たときには俺たちは十分前の過去に飛んでいる。そして十分の間に用意していた長門と喜緑さんの呪文を浴びた。そこにいると思って来てみたら後ろから襲われたようなものだ。この十分間は敵に罠を仕掛けるための時間だったのか。 「次からは、いきなり現れて襲ってくることはないでしょう」 やれやれ、この二人がいなかったらどうなっていたことか。俺は安堵のため息を漏らした。情報生命体の怖さは、一度ならず二度も襲われた俺が身に染みてよく知っている。人間ごときが立ち向かえる相手じゃない。 「あれ。ってことは、あいつはこの時間軸にはいないんですか」 十分前に飛んだとき現れなかったということは、それより過去にいなかったということで、そうなるよな。 「ええ。こことは別の次元から来ているようですわ」 もうひとつ、別の世界ですか。そこに時間もからめて、またややこしい。 「……周辺分子の構成情報を修正する」 長門と喜緑さんは、情報生命体αが壊した道路の後始末をしていた。こんな、途中で頓挫した道路工事みたいなありさまが人の目に触れると新聞ネタになりかねん。呪文を唱えると元の風景に戻った。 俺たちはとぼとぼと、徒歩で谷川氏の屋敷を目指した。朝比奈さんに夙川公園を案内するのはしばらく先になりそうだ。朝比奈さんもこんな気分じゃ、観光どころじゃないだろう。 「あれっ、あれなんでしょう?」 お屋敷が見えてきたところで朝比奈さんが指差した。門の前に妙な車が止まっているのが見えた。近づいてよくよく見ると、車ではなくソリだった。六頭立てのトナカイが引いている豪華なやつだ。本物のトナカイまでいる。鹿の分際でうさん臭い目で俺を睨んだ。というか日本にトナカイっていたっけ、と常識的な疑問が浮かぶと同時に嫌な予感がした。またハルヒのとんでもイベントがはじまったんじゃないのか。しかも今のハルヒは放っておくとなにをしでかすか分からん状態にある。 門を入ると、この時期よく見かける腹の出た赤服爺さんが立っていた。どっかのデパートからやってきたバイトのあんちゃんにしては年季が入りすぎている。このモフモフ動いている白いヒゲは本物じゃないのか。 「とうとうやりましたね」 古泉がくっくっくと、こらえきれない笑いを漏らしていた。朝比奈さんも喜緑さんもクスクス笑っている。俺はハルヒに向かって叫んだ。 「おいハルヒ、なんでサンタクロースがいるんだ」 「あんたまさか、サンタクロースの存在を疑ってるの」 ハルヒは俺を信じられないといった目で見た。 「いや俺が言ってるのはそういう問題じゃなくてだな」 ハルヒは満面の笑顔を浮かべてサンタクロースの腕を取った。 「見て見て本物のサンタよ、国際サンタクロース協会のシニアサンタクロースよ」 「わざわざグリーンランドから呼び寄せたのか!」 「何固いこと言ってるの、クリスマスでしょ」 「だからって遠路はるばる北極海から呼び寄せるこたぁないじゃないか」 「なによ、ちょっと願い事をしてみただけでしょ」 ヒゲ面の赤服じいさんはイライラと足を踏み鳴らしている。このクソ忙しい時に呼び立てやがってと、額に油性マジックで書いてありそうだ。 「は、ハロー。ウェルカムツー、なんだっけ、ニシノミヤ」 俺は壊れまくっている英語に、壊れまくって引きつっている愛想笑いでなんとかごまかそうとした。爺さんがなにごとか喋ったが、どうも聞き取れない。英語じゃなさそうだ。ええと、グリーンランドって確かデンマークだっけ。誰かデンマーク語が分かるやつがいたら今すぐ連絡をもらいたい。時給千円税込みで通訳のバイトさせてやる。英検四級並みでもいいぞ。 「God dag. Mit navn er Yuki Nagato」 長門が爺さんに話し掛けた。ぐっじょぶ長門。こいつならデンマーク語くらい楽勝だろう。今すぐ友好通商会談を開いてもいいくらいだ。さっきから白い眉毛とヒゲをピクピクと動かしていた爺さんの表情が少しやわらいだ。やれやれ。 「なんて言ってるんだ?」 「……いきなり呼びつけられて迷惑している、と」 「すまんが、かわりに謝っておいてくれ」 「……年に一度のイベントで忙しいのに、八時間を無駄にした、と」 どうやらタダで帰すわけにはいかないようだ。このイライラのまま帰して日本のイメージが悪くなりでもしたら、子供たちにプレゼントをくれないかもしれない。 「部屋に案内してくれ。お茶でも出してもらうから」 俺は先に屋敷に入っておばあちゃんを呼んだ。谷川氏はいないようだった。 「おばあちゃん、申し訳ないんですが緊急にお客様が見えました」 「へえ、誰だい?」 「おばあちゃんもよく知ってる人です」 帽子を脱ぐと意外にも背の高い赤服爺さんが、ブーツを脱いで入ってきた。 「おんやまあ!」おばあちゃんが仰天した。 「コンニーチワ」 おばあちゃんの手をとってうやうやしく口付けをした。このサンタ、日本語の挨拶くらいは分かるのか。 「この人って本物なのかい?」 「ええ。グリーンランドから来た本物のサンタクロースです」 「そいつぁまた唐突だね、見えると分かっていたらお化粧して待っていたのに」 おばあちゃんは手ぬぐいで顔を隠した。憧れの海軍将校青年を目の前にしたお下げの女子学生みたいに、おばあちゃんの頬はサンタの服よりも赤くなっていた。 「ハルヒ、おばあちゃんを手伝ってお茶をお出ししろ。長門は通訳を頼む」 「分かったわよ」 「……ニコラウス氏がトナカイにエサをやってほしいと言っている」 俺は鹿の世話か。まああとのことはこいつらに頼んどこう。トナカイの気持ちなら多少は分かるかもしれない。ええっと牧草ってどこで手に入れればいいんだ。庭の芝生でも食わせとけばいいか。 ところが騒ぎはそれだけではなかった。庭のほうからなにやら動物園のような叫び声というかわめき声というか、遺伝子がうずきだしそうな原始的な鳴き声がする。いや、していたというべきか、サンタの襲来のせいでそれどころではなかったのだ。庭に行ってみるとそこには魑魅魍魎、珍獣奇獣図鑑に載ってそうな連中がウヨウヨしていた。ドードー鳥なんて絶滅したはずだろう。いくらなんでもサーベルタイガーはまずいって。T-REXだけはいないようだ。こいつら、どこかに返却する必要があるんだろうなあ。博物館でもいいから引き取ってくれないかなあ。 屋敷の前に車が止まった。谷川氏が帰ってきたようだ。入ってくるなり口をあんぐり開けて、そのままそこで化石のように固まっている。 「谷川さん、申し上げにくいんですが。ハルヒのやつ、やっちまいました」 二、三度瞬きをしたかと思うと笑い出した。 「こんな珍妙な動物園ははじめて見たね」 そりゃそうだ。絶滅種ばかりの動物園なんて、世界中どこを探してもあるまい。そもそも生きていたら絶滅種とは言わん。 「キョン君、こいつらの名前言えるかい?」 自慢じゃありませんが、小学生の頃に古代生物の図鑑を暗記するくらい読みましたから。 「あれれ、始祖鳥がいるじゃないか。羽を一枚もらっとこう」 松の木の枝にとまっている、鳥みたいなトカゲもどきみたいなやつがいた。噛みつかれないよう気をつけてくださいよ。そいつは小さいけど鋭い歯と鉤爪を持っていますから。俺は動物にたわむれる谷川氏を写真に撮ってやった。って和んでる場合じゃないんだ。ご近所から保健所に通報されでもしたら一大事だ。 「喜緑さん、朝比奈さん、ちょっと」 俺は台所にいた二人を呼んだ。朝比奈さんは庭の様子を見て目を丸くし、ケラケラと笑った。 「涼宮さんも楽しいことを考えつくんですね」 「お手数なんですが、こいつらを元の時空に戻してもらえませんか」 「おやすい御用ですわ」 喜緑さんも微笑んでいる。この程度のハルヒの珍事ならなんでもないというふうだった。喜緑さんが時間と場所を教えて、朝比奈さんが一匹ずつ送る、というのをやってもらってようやく庭が片付いた。ついでにハルヒもジュラ紀あたりに送ってしまえばいい。さて、糞やら鳥の羽やらにまみれた庭を掃除するか。 ニコラウス氏は熱燗の日本酒を煽ってほろ酔い気分になったところで、北海へご帰還の途についた。長門とおばあちゃんのおかげで、デンマークとの外交問題は平和裏に幕を閉じたようだ。日本酒が気に入ったようで、来年もまた来ると言っていた。トナカイだけは最後まで機嫌が悪かったが。日本の芝はそんなにまずかったか。 「いろいろ試してたんだけど、ひとつだけかなわない願いがあるのよね……なぜかしら」 ハルヒがブツブツ言っていた。そんなことは俺の知ったことじゃない。お前、魔法はやたら使うもんじゃないとか説教垂れてなかったか。 「ハルヒ、願い事をするときは前もって相談しろ」 「なんであんたにそんなことを言われなくちゃならないのよ」 「お前の尻拭いで三人が苦労するのが目に見えてるからだ」 つい、言ってしまった。率直に言いすぎたかと思ってハルヒを見た。 「分かったわよ……」 今回だけはおとなしく納得したようだった。まあハルヒが本当に望むなら、俺なんかに相談したりしないで独走するだろうが。 サンタと珍獣奇獣召喚の騒ぎが一件落着して、食堂のテーブルでお茶を飲んでいた。喜緑さんを泊めてくれるようおばあちゃんに紹介したが、ひとり増えたくらいどうってことないさね、と笑顔で承諾してくれた。 俺は誰にも聞こえないところまで谷川氏を連れて行って言った。 「今ちょっとややこしい事態なんです」 「だろうね。考古学者が見たら卒倒しそうだ」 「ハルヒはなんとかなるんですが、もうひとりの長門みたいなやつが現れて、俺たち襲われたんです」 「もしかして異時間同位体の有希ちゃん?」 「異次元、らしいです。別世界の長門みたいなやつで」 「なんてことだ」 「長門が言うには例の文庫はそいつらの仕込みだろうということなんですが」 「どう考えても友好的な接触じゃなさそうだね」 「ええ。それで喜緑さんに助けを求めたわけなんです」 「なにか僕にできることがあるかい?警備会社を呼ぶとか腕っ節の強い用心棒を雇うとか」 「相手が相手なんで、ふつうの防護策は効かないでしょう。長門と喜緑さんに任せたほうがいいかと」 「それもそうだね」 「長門のなんとかスクリーンのおかげでごまかせてはいるみたいなんですが」 「対情報操作用遮蔽スクリーンだね」 「それです。ともかく、今は様子見で」 「分かった。もしものときは僕に任せたまえ」 谷川氏は胸をドンと叩いた。頼もしい父親の顔を見て俺は安堵した。 古泉が飲んでいたお茶を突然吹いた。慌てて廊下を滑って走っていった。かと思うと、また戻ってきて俺に耳打ちした。 「神人です」 「また出やがったのか。ハルヒもタイミングの悪いときに出すやつだな」 「涼宮さんに頼みましょう」 「あいつは今どこにいるんだ」 「離れで寝ているはずです」 昼寝かよ。昼間っからいい気なもんだな。 「おい、ハルヒ起きろ」俺は襖を開けて怒鳴った。 ハルヒはコタツに潜り込んで眠っていた。肩を揺すったが起きやしない。顔にマジックでいたずら描きしてやろうか。耳を引っ張ってもう一度怒鳴った。 「ハルヒ、火事だぞ」 「うーん……消えたら教えて……」 「頼むから起きてくれ」 俺はハルヒの鼻をつまんだりほっぺたをつまんだりしていた。結構楽しいぞ、などと思っていた俺は油断していた。ハルヒが腕を伸ばして俺の首に絡めてきたのだ。ハルヒの呟いた言葉に驚愕した。 「ん……ジョン……」 これ、聞き間違いだよな。絡めてきた腕にギュッと締め付けられた。うわ、ハルヒの口から流れていたよだれが俺の顔にべっとりついた。まさかこの唾液で顔が溶けたりしねよーな。 後ろから誰かに首根っこをつかまれた。長門か、朝比奈さんか。ではなかった。 「げっ、お、おばあちゃん」 「キョンさん、眠ってる女の子においたはだめだよ。けへへっ」 俺はなにもしてませんって。むしろ襲われたのは俺のほうなんで。 「人が気持ちよく昼寝してんのに、なに騒いでんのよ」 ハルヒが目をこすりこすり起き上がった。おい、よだれ拭け。 「涼宮さん、可及的早急なお願いがあります」 「なあに古泉君」 「あれです」 古泉は窓の向こうに見える山を指差した。青空を背景にしているので目立たないが、神人がぼんやりと突っ立っている。 「あらっ、また出ちゃったのね。きっとあたしに会いたいのよ。かわいいやつだわ」 ハルヒは、まるでペットにじゃれられている飼い主みたいな面持ちで神人を見ていた。それどころじゃないんだが。 「ハルヒ、今すぐあいつを消してくれ」 「どうしてよ。あれはあたしのよ」 「ほかのときなら止めはせん。今はどうしてもまずいんだ」 「しょうがないわね。えっと、あれ、どうやって消せばいいのかしら」 ほかの三人が考え込んだ。あれを消せるのは確かにハルヒ本人だが、どうやって消すのかまでは知らない。古泉が立ち上がって外に出ようとした。自力で消しに行くつもりなのだろう。 「消えるよう念じてみろ」 「分かったわ」 ハルヒはこめかみに指を当てて、眉間にシワを寄せて唸った。 「うーん。どうかしら」 「消えませんね」 「もう、世話が焼けるわね」 ハルヒは部屋を出て、外にあった下駄を履いて庭に出た。空を指差して叫んだ。 「ちょっとあんた!今は都合が悪いから消えなさい」 神人がじっとこっちを見た。おまえが呼んどいて消えろはねえだろ、とでもいいたげだった。 「ねえ、あとで遊んであげるから戻りなさい」 戻るつったって、壷から出てきたわけじゃあるまいし。神人は背中を曲げてうなだれ、手を振って消えていった。青い光が四方に散った。やれやれ、今日が快晴でよかった。 「キョン、あとで謝っときなさいよね。かなり残念がっていたわよ」 そういうのは飼い主のお前がやることだろう。 俺は長門と喜緑さんに小声で話し掛けた。 「あれ、あいつに見られたよな」 あいつってのは情報生命体αのことだ。 「……そう」 「しばらく警戒が必要ですわね」 長門と喜緑さんは門のほうへと歩いていった。俺もついていった。重たい木戸を閉めてかんぬきをかけ、通用口から外に出た。 「……区画一帯をフィールドで包む」 長門は屋敷に向かって詠唱を始めた。手のひらから風船のような薄い膜が広がり、二十メートルくらい膨らんで見えなくなった。それ以外は特に変化はなかったが。 「これでしばらくはごまかせるはずですわ。谷川さんにも、おばあちゃんにも迷惑はかけられませんものね」 谷川氏にもしものことがあったら、作者がいなくなって俺たちの存在が危うくなってしまう。おばあちゃんにもしものことがあったら、飯が食えなくて俺たちの存在が危うくなってしまう。 とりあえず安心した俺は通用門に入ろうとした。そのとき、よく知っているはずの誰かの存在感を感じて後ろを振り返った。 四章へ
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六 章 Illustration どこここ 頼んでいたマリッジリングができたという連絡が入り、俺と長門は受け取りに行った。当然だが俺が長門のをもらい、長門が俺のを預かる。こっそり蓋を開けてみたがポツリと埋め込まれた小粒のダイヤがなかなかにかわいい。リングの裏側には長門デザインの宇宙文字の半分が刻まれている。これが俺たちの絆になるんだよなあ。 招待客のピックアップだけして、会場と衣装の用意はハルヒが一式任せろというので放っておいた。長門の招待客リストを見ると俺とほとんど被っていて、うちの社員とハカセくん、機関の顔見知り、トータルで二十人にも満たない。 「俺たちの知り合いって、数えてみると意外に少ないんだな」 「……そう」 「じゃあ高校のときの同級生なんかも呼ぶか」 「……いい」 頭数といっちゃ失礼かもしれないが、式場と披露宴会場を埋めるために阪中に頼んで同窓生名簿をFAXしてもらった。三年五組の卒業生全員と、あとはENOZのメンバーくらいか。ああ、岡部を忘れてた。ハルヒが披露宴の客を百人集めろと言っていたのだが、いくらかき集めてもそんなにいないよな。 「長門、大学院の先生とか同級生も呼んでくれ。人数が足りない」 「……分かった」 もう“ご出席・ご欠席”の返事をもらうのがめんどくさくて、来たいやつは来い、来れないやつはメッセージでもよこせと一方的に招待状を送りつけた。いったい何パーセントの人間が集まるのか予測もつかんが、まあなんとかなるだろう。 俺たちの周辺はほとんどが学生の頃からの付き合いばかりで、SOS団の奇矯な活動ぶりを知らないやつはいないんだが、招待された客の中でハルヒを知らないやつらが初めてハルヒを見たらさぞかしぶったまげるに違いない。 そんなこんなしているうち、式もいよいよ翌日と迫り、なんだかやり残したことがまだありそうな気がして妙に不安にかられるんだが、思いつく限りの用意はしたはずであとは野となれ山となれって気持ちだ。 式の前日はなにもすることがなくひとりで自室にこもっていたのだが、どうも落ち着かなくて長門にこっそり電話をかけた。 「な、なあ。今日お前んちに泊まろうと思うんだが」 このひと言を言葉にしてノドから出すのにやたら緊張して目が泳いでいた。 『……すまない。今日は、用事がある』 意を決してお泊りを申請したのだがあっけなく却下された。ホッとしたというか、でも少し寂しいみたいな。 「そうか。いやいいんだ。式が終わったらお前んちに引っ越すわけだし」 にしても、俺が泊まれない用事ってなんだろ。 『……涼宮ハルヒの部屋に呼ばれている』 「あ、もしかしてあれか。花嫁の女友達を呼んで式の前日にやるとかいう、」 バ、バチェラーパーティかよ!マッチョなストリッパーを呼んでテーブルの上で腰をクネクネ躍らせたり着てるもんを剥ぎ取ったりしねーだろな。俺はハルヒと長門が一万円札を筋肉隆々ストリッパーのパンツに挟んでいるところを妄想してしまい頭を振った。 長門曰く、今までハルヒの部屋に泊まったことがなかったので、これが最後だからと呼ばれたのらしい。最後というか結婚してもたぶん呼ばれると思うぞ。俺たちの新婚生活に探りを入れるためにな。 その日俺は自室のベットでまんじりともせず眠れない夜を過ごしていた。家の中は緊張感とも期待感とも惜別の思いとも言えない奇妙な雰囲気に包まれていた。妹も両親もやけに無口で、テレビの画面を意味もなく眺めるほかは思い出したように長門のことを聞いてくるくらいだった。俺もああとかうんとか曖昧に答えるだけで、どうもこの家から出て行くという実感がないことに戸惑っていた。シャミだけが変わらず俺の足元をぐるぐるとまわって甘えている。 「キョンくん、シャミはどうするの?連れて行くの?」 「こいつはこの家が気に入ってるようだから置いてく。お前が面倒みてやれ」 「うん、分かった。シャミ~明日からあたしと寝るんだよ」 シャミセンはそんな我が家のイベントを知ってか知らずか、猫マフラーをしようとした妹の手から逃げた。猫ってのはそうあれこれかまってやることはないんだが。人形のように動物を扱う妹には犬のほうが合ってるかもしれん。 「ああそれからな、俺の部屋にあるテレビとかゲームとか全部やるわ」 「ほんとう?わーい」 貸していたハサミは結局俺のところには戻ってこなかったが。 ベットの上でじっと天井を見つめたままなんだか落ち着かない。不安とかそんなありきたりな感情ではなくて、ここから俺のなにが変わるんだろうかという一抹の……なんだろう。言葉にならない。生活のスタイルだけが変わって俺自身はなにも変わらないのだろうけれど。気持ちとしては長門と二人でうまくやっていけるかという迷い、あるいは長門が家族になることへの戸惑いか、俺なんかが長門を幸せにしてやれるのかという疑問か、たぶんそんなところだ。もう長門とは呼べなくなるよな。 「有希、有希、か」 口に出して言ってみたがどうもしっくりこない。いっそのことのろけモードでユキリンと呼んでみようか。 「なあユキリン」 「……なに、ダーリン」 などと周囲がブリザードに見舞われてしまいそうな二人の会話を想像して俺は枕をボスボスと叩いた。やたら恥ずかしいじゃないか。 にしてもあいつら今ごろなにしてんだろ。ハルヒと長門がその夜なにをしているか俺の知るところではないのだが、── これもまた後になって聞いた話だ。 ハルヒが電灯のヒモをパチリと引いて消した。そのままスヤスヤと寝息が聞こえてくるのかと待っていたがそうでもなかった。長門はじっと息を潜めてハルヒが眠りにつくのを待っていたのだが、どうやらハルヒも長門が眠るのを待っているらしいのである。 「有希、どうしたの?」 「……眠れない」 「そうよね。あたしもなんだか頭に血が登っちゃって眠れないのよね。遠足の前の日とか、旅行に行った先の宿とかね」 「……一種の興奮状態」 「そうそう、アドレナリンが漏れ出してる感じね」 ハルヒが唐突に切り出した。 「ねえ有希」 「……なに」 「前から思ってたんだけど」 長門には、どこかでギクという音が聞こえたそうだ。 「キョンってふつうじゃないわよね」 「……ふつう、とは」 「はっきり言うけど笑わないでよね。キョンってもしかしてふつうの人間じゃないんじゃないかしら」 「……それは、わたしも疑っていた」 「でしょでしょ、有希もそう思うでしょ。あいつはほかのやつとはどこか違うって、会ったときから思ってたんだけどね。もしかしたら宇宙人とか」 暗闇の中で、長門はどう答えようかと何パターンもの会話のやりとりを計算した。 「なんでそう思ったかというとね、あのね、秘密だけど、古泉くんは実は未来人だったのよ」 「……」 「実を言うと十年前に一度古泉くんに会ったことがあるの」 ハルヒは誰にも教えてない秘密を打ち明けるように目をキラキラと輝かせて言った。まずい、これはまずい。ハルヒが危険エリアに近づきすぎている。といっても明後日の方角だが。 「……そう」 長門はどう反応したものかずいぶんと迷ったそうだ。ハルヒと古泉が遭遇したいつかの七月七日、その場に居合わせていたがために、話を合わせるのも知らぬ存ぜぬとごまかすのも困難を極めた。 こういうときは相手に話をさせるに限る。 「……詳しく」 「聞きたい?聞きたいでしょ。あたしもまさかあそこで未来人と遭遇するとは夢にも思ってなかったわ」 ハルヒがモノローグを延々続けるどっかの主人公のようにもったいぶって言うと、長門もしょうがなしに釣られたふりをした。自分も古泉を未来人に仕立て上げた一味なのだが。 「……かなり、興味がある」 「あたしが中学生のころなんだけどね。夏だったかな、夜中に中学校の運動場に地上絵を描いたことがあったのよ」 「……どんな絵」 「なんていうかね、あたしが勝手に作った宇宙文字なんだけどね。この広い宇宙にもし人類以外の知的生命体がいるなら、あたしのところに来なさい、みたいな意味のね」 「……それは、新聞で見たことがある」 「そうそう、地方欄に出たのよあれが。謎の地上絵出現とかタイトルがふってあってもう笑っちゃったわ」 「……」 「でね、運動場に忍び込もうとしたとき古泉くんにバッタリ会ったの。そのときは近所のおっさんだと思ってたんだけど、よくよく見るとこっれがまたいい男なのよ」 「……」 俺だったらハルヒのノロケ話なんかまともに聞いていられなかっただろうが。長門はコクコクとうなずいて真剣に聞き入っていた。 「絵を描いたあと二人で少し話してたんだけど、宇宙人も未来人も超能力者もいるって言うじゃない。思ったわ、これこそあたしの求めていた人だ、ってね」 「……それで、好意を持った」 「ううん、そのときはまだそういう気分じゃなかったの。あたしはもうどっかにいる宇宙人に送るメッセージのことで頭がいっぱいでね。それから二三日してからだったわ、古泉くんのことをもっと聞いておけばよかったと思ったのは」 「……そう。四字熟語を用いるなら、一期一会」 「まさにそれよ。チャンスはそうそう訪れるもんじゃないわ。人生で一度あるかないかってこともある。それを逃したらもう後は後悔の日々よ。思ったわ、どうしてあのとき古泉くんの電話番号を聞かなかったのかって」 「……」 「あんたも、幸せになるチャンスは絶対逃しちゃだめよ。乗り損なったら、それからはつらいだけだからね」 「……分かった」 しみじみとうなずいてみせる長門だった。 「でさあ、古泉くんが未来人ってことはよ?もしかしたらキョンは宇宙人で、みくるちゃんは超能力者かもしれないじゃない」 「……そう、かもしれない」 そこで話を合わせるにはかなり無理があるが。 「で、思ったわけよ。あんたも実はなにかしら特殊な能力があるんじゃないかって」 話はそこにたどり着くわけか。さて、長門がどう答えたか。 「……」 「あたしの勝手な妄想だけどね。そうだったら楽しいじゃない」 「……実は」 「え?」 「……わたしは、魔法が使える」 ま、まじか。いよいよ正体が明かされるのか。 「どんな魔法?」 「……見て」 長門は寝たままの姿勢で、なにかを包むように両手を合わせ、ゆっくりと手を開いた。真っ暗な部屋のまんなかで、黄緑色のぼんやりとしたホタルのような光が手のひらの上にともった。 「すごいすごい、きれい」 ハルヒは闇の中にともるその光を呆然と見つめた。 「どうやってやってんのこれ」 「……ただの、手品」 「タネは?」 「……内緒。教えると価値が下がる」 「そ、そうね」 それは手品じゃなくて長門の本当の魔法だったのだが、ハルヒにとってはどっちでもよかった。 「きれいね。形があるわけじゃないのね」 長門の手の中で光るホタルのようなものに触れようとして、そこには形も熱すらもないことを不思議そうに見ていた。 「……そ」 長門は手を握り、光を消した。もう一度開くと何もなかった。 「へー、こういうのやれるんだ。またいつかやってみせてね」 「……分かった」 「ねえ」 「……なに」 「手、握ってていい?」 「……」 ハルヒはやっと落ち着いたらしく、スヤスヤと寝息を立てて眠りについた。長門もその寝息を聞きながらうとうとと眠りに落ちた。 と思っていたらハルヒが突然話し掛けた。 「ねえねえ」 寝るのか話があるのかどっちかにしろと。 「あんた、自分がちっぽけな存在だって気づかされたことってある?」 「……これまでに二度、ある」 ハルヒは別に質問しているわけではなくて、自分にはそういうことがあったんだという問わず語りだった。 「小学生のときだったと思うけど、親父に連れられて野球を見に行ったのよ。そのとき球場には五万人くらいいたんだけど、帰って計算してみたら日本の人口の二千分の一でしかなかった。あんなにたくさん人がいるなかで、あたしの存在はそのまた五万分の一に過ぎなかった。驚愕だったわ」 「……そう。わたしの場合は、」 と言いよどんで、 「……自分の能力で動かせると思っていても、実際には大きな渦の中を泳ぐ一点の泡にしかすぎないということに気が付いたとき」 「難しいわね」 「……自分の力を過信していたのかもしれない」 「自分の力で生きていると思ってても、実は何か別の力に背中を押されてたってこと?」 「……そう。近い」 自らの能力を意のままに操る長門と、まったく知らずに能力を使っているハルヒがこういう話をするのは実に面白い。 「あたしもね、たまにだけど誰かに人生をいじられてるような気がすることがあるのよね」 「……」 長門は返事をしなかった。ハルヒを、あるいは世界を守るためとはいえハルヒ個人の人生に意図的な影響を与えている俺たちの存在にうすうすながら気が付いているのかもしれない。 「でもま、別に誰が干渉しようといいわ。今はシアワセだから」 「……そう」 長門はわざと寝息を立てて寝たふりをした。目を閉じたまま物思いにふけっていた。しばらくしてハルヒもスゥスゥと寝息を立てた。 「キョンく~ん、いつまで寝てるの、起きないと遅刻しちゃうよ」 「いやだ。まだ目覚ましは鳴ってないだろ」 「今日が最後だっていうのに、やーっぱりあたしが起こさないとだめなんだよねえ」 やけにリアルな結婚式の夢を見ていてやっと終わったなぁなどと布団の中で温かい安堵感に包まれていたのだが、妹の声を聞いて俺はガバと飛び起きた。 「おい、今何時だ」 「もうすぐお昼だよ」 やっべ、完璧に遅刻だ。またハルヒにどやされる。 「キョンくん、朝ごはんは?」 「こんな緊張する日に飯を食う余裕なんてない」 「だめだよ~、せめて牛乳だけでも飲んでいかないと。式の途中で倒れちゃうよ」 妹だけがいつもどおりうるさくて、親父とおふくろは自分達の衣装で手一杯で俺にかまけてる余裕はないようだ。吐きそうになりながら牛乳をガブ飲みして家を出た。 長門はハルヒと会場へ直行、うちの家族はタクシーで時間までに来ることになっている。俺はひとりで自転車に乗って中央図書館まで全速力で飛ばした。 今日は休館日で正面玄関はまだ開いておらず、地下の通用口から入ると古泉が待ち受けていた。 「おはようございます」 「おおう、おはよう。なんだ、顔が疲れてるぞ」 「式と披露宴の用意で徹夜でしたからね」 古泉は頭を掻き掻き一階のドアを開けた。フロアに足を踏み入れると、ここが図書館だとは思えないほど立派に飾り付けられていた。すべてのガラス窓のカーテンを取り外し、外から光が射すようになっている。西側の壁に花のアーチがあり、その前にミニ教卓みたいな演壇が置いてある。洋式にすると言ってたからたぶんここに牧師か神父様が立つんだろう。その演壇の前から東に向かって白い布が敷いてあり、階段口まで伸びている。これが花嫁と付き添いが歩いてくるバージンロードだ。そのバージンロードの両側にフラワースタンドが立ててあった。ここに招待客の椅子が並ぶのだろう。 確かこの場所には一般書籍の棚があったはずなんだが、本棚を全部動かしたらしい。カウンタも一部なくなっている。肉体労働ご苦労だったろうに。 「よく使用許可が下りたな」 「それはもう、機関の仕事ですから。市議会にもコネはあります」俺の知らないところでかなり予算を使わせたようだな。 招待客は普段と同じ正面玄関から入る。入り口の両脇に大きなフラワースタンドが飾ってあった。通路に並んだ小さなフラワースタンド同士はリボンで結んであり、花でデコレーションされた道に沿って進むと、自然光で白く浮かび上がる式場を目にするという演出だ。 「よくできてるな」 「そうでしょう。今回は自信作みたいですよ」 まじでブライダルプランナーとして食っていけそうだぞ。 「なにやってたのよキョン!」 「すまん、昼飯おごるわ」 「そんなこと言ってる場合じゃないわよ、ほら手伝いなさい」 青いつなぎを着て頭にはタオルを巻いて走り回っている。徹夜明けだとはとても思えんバイタリティだな。 「キョン!ぼーっとしてないで照明取り付けるの手伝いなさい、あんたの挙式でしょうが」 「分かった分かった。おい古泉、時間まで寝てていいぞ」 「じゃあお言葉に甘えます」 俺はジャケットを脱いで腕まくりした。作業着でも着てくるべきだったか。 「長門は来てるのか」 「有希は二階の会議室でメイクと衣装合わせしてるわ。花嫁は人前に出ちゃいけないのよ」 「リハやんないのか」 「リハーサルなんてやらなくていいわよ。すべてあたしの予定通りよ」 なにをやらかすか予測すらつかんお前だから余計に心配なのだが。 「みんな、残り三時間を切ったわ。一気に攻め落とすわよ!」 なにと戦ってるのかよくわからんのだが、走り回っているのはハルヒだけではなくて、うちの社員全員と、それからハカセくんと、機関の人やら鶴屋さん経営の花屋さんまで借り出されているようだ。 場所を借りることができたのは今日一日だけで、十時にカギを開けてもらってから一階の本と雑誌の三分の二を書庫に移し、椅子と本棚を上の階にある展示室まで動かしたとのことだ。終わったらまたこれを元に戻さなければいけないのだが、そのときには俺も動員されるわけだな。やれやれ今から腰が痛いぜ。 「おいハカセくん、あんまり無理すんなよ」 「あ、おはようございます先輩。それからおめでとうございます」 「ありがとよ。適当なところで休んでいいからな」 やせっぽっちのハカセくんは足元もふらつく危うい様子で、教会にあるような五人掛けくらいの横長椅子を抱えて運んでいる。 「日ごろ運動してないんで、やっぱりきついですね」 「研究室に筋トレのベンチプレスでも置いてやろうか」 ハカセくんは肩にかかったタオルで汗を拭いながら苦笑していた。 「みなさん、お昼ごはんにしませんか~」 メイド姿の朝比奈さんが現れるやいなや作業していた人たち全員の目がそっちに動いた。それまで動いていたハンマーやら曲尺やら電動ドライバやら園芸用ハサミなんかがぴたりと止まった。 「おはようございます朝比奈さん」 「いよいよ今日ね」 「そのメイド衣装もひさしぶりですね。ハルヒの命令ですか」 「いいえ、今日くらいは自分で着てみようかと思ったの。キョンくん、この衣装好きでしょう?」 俺のために大サービスですか、感涙です! 「なんというかその、この雰囲気にすごく似合ってますよ」 メイドといえば朝比奈さん、朝比奈さんといえばメイドというくらいに俺の中では代名詞化しているこの姿が若かりし頃を彷彿とさせる。 夏向けメイドスタイルの袖も裾も短めなドレスに白エプロンを鑑賞しているとドヤドヤと飢えた作業員が押しかけ、テーブルに盛られたおにぎりやらお菓子やらサンドイッチなんかをむさぼりはじめた。むさぼりながら朝比奈さんのメイド姿をうんうんとうなずいて眺めていた。 「キョンくんも今のうちに食べておいたほうがいいわ。披露宴じゃ二人とも食べてる時間ほとんどないから」 「そうなんですか、いただきます」 「じゃ、また後でね」 朝比奈さんは大盛のサンドイッチを半分ほど取り分けて長門のために持っていった。俺と長門はハルヒにいったい何をさせられるんだろう。 ホールの掛け時計が一時を回った頃、ハルヒに呼ばれた。 「キョン、そろそろメイクするから控え室に来なさい」 ハルヒの大声にビクリと振り返った。 「メイクっておしろいでも塗るつもりか」 「はぁやくぅ、メイクさんスタンバってるから来なさい、顔剃って髪の毛もセットしないといけないでしょ」 いちおう髭は剃って髪の毛も整えては来たんだがそれだけじゃ満足できないらしい。その辺にいる機関の人に、そいじゃ後頼みますと工具を渡して作業から抜け出した。 市民がイベントなんかで使う二階の集会室を控え室にしているらしい。ドアを開けると鶴屋さんと朝比奈さんの笑い声が聞こえた。盛り上がってるようだな。 「キョン、間仕切りからこっちは女子ルームだから、絶対覗いちゃだめよ」 「そんなマネしねーよ」 「式の前に花嫁に会っちゃ縁起が悪いんだからね」 昔から言われてることだろ、分かってるって。でもちょっとくらいいいよなーなんて隙間から覗こうとしたらハルヒに耳をひっぱられた。 「さっさと髭剃るから耳貸しなさい」 イテテ俺の髭は耳には生えてません。 ハルヒと朝比奈さんが交互にカミソリを当てて顔をなでた。メイクさんって朝比奈さんだったのか。 「なんで顔なんか剃るんです?」 「お化粧のノリをよくするの」 なるほどね。うぶ毛と一緒に顔の表面の脂を取ってるわけか。女の人はいつもこれをやってるわけだ。 「なんなら眉毛も剃る?」 「いえ、眉毛だけは自前で行きたいと思います」 というより、朝顔洗うときに眉毛のない自分の顔を見て腹抱えて笑いそうだからな。最近は剃ってる野郎も多いらしいが。 とはいうものの、キョンくんは眉毛が薄いわねというので少し描いてもらった。鏡を見るとなんというかこう、舞台役者とまではいかないがモデルくらいにはキリリとした眉毛になっていた。アイブローペンシルってのは実に便利だな。鏡を前に眉毛を上げたり下げたり寄せたりしているとハルヒが顔を覗かせて多少はマシじゃないのと笑っていた。いつもは間抜け面で悪かったな。 ピシっとモーニングを着込んで髪にドライヤを当ててもらっているとドアを開けて国木田が入ってきた。娘らしき子供の手を引いている。 「キョンおめでとう」 「おう国木田か、すまんがまだ準備中だ。下で待ってろ」 「ひどいなあ、僕はキョンの付き添いだろ」 「え、俺聞いてねえぞ」 「あたしが頼んだのよ」 「てっきり古泉がやるもんだと思ってたんだが」 「古泉くんは披露宴のほうが忙しいの。こういうイベントは全員に満遍なくキャスティングするのがいいのよ」 ハルヒ流の配役か。なるほどね。 「そいうことならまあ、頼むぜ国木田」 「お任せ」 国木田は自分の胸をドンと叩いてケホケホ咳をしていた。 「その子、国木田の子か」 「そうだよ」 「こんにちはお嬢ちゃん、何歳かな」 手を振ってみせたのだがはにかんで父親の後ろに隠れ、四本の指だけ立ててみせた。なるほどね。年齢的に言えば俺にもこれくらいの子がいてもおかしくないんだよな。 ドアが開いて作業服姿の部長氏が入ってきた。 「社長はこっちかな?」 「待ってたわよ部長、さっさとそれ脱いで」 「ま、まさか僕を身包み剥ごうってのかい!?」 「バカなこと言ってないで、さっさと鏡の前に座りなさい」 部長氏は隣の椅子に座り、 「ベストメンはふつう結婚式の仕切り全般をやるんだけどね」 「部長氏、ベストメンってなんですか」 「知らないのかい?新婦の付き添いがブライドメイド、新郎の付き添いがベストメンだよ」 「ああ、部長氏もだったんですか。こっちは同じく付き添いの国木田です」 「こんちわ。元コンピ研の部長さんだよね、涼宮さんの会社で働いてるんだって?」 「これはこれはどうも、うちの社長がお世話になってるようだね。よろしければ名刺交換などはどうかな?」 部長氏の丁寧語もなんだが変だが。こんなとこで営業モードか、やれやれ。 部長氏と国木田が揃いのタキシードを着込んでいるのを見ていて、なにか忘れているような気になった。とはいってもどうでもいいような、でも忘れると後々厄介なことになりそうな、でもやっぱり思い出せない。忘れ、わ、わわわ……。 「やべ、忘れてた」 「どうしたの?」 「谷口だ。あいつに招待状出してない」 「あんなもの、結婚しましたのハガキ出しとけばいいわよ」 「絶対に呼べと言われてたのに俺殺される」 俺は携帯を開いて谷口に電話をかけた。 「おい谷口」 『なんだキョンか。今日暇ならお前のおごりで呑みに行くか』 「それどころじゃねえ、今から結婚するからすぐに来い」 『は?なに言ってんだお前』 「もうスタンバってんだ、今すぐ式場に来い」 『すまんがなキョン、俺にはそういう趣味は、』 「自分で呼べって言ってただろうが」 『もしかして今日が長門との結婚式だったのか』 「そうだ」 『バカ』 着ていくものがないとかタクシーが捕まらないとか祝儀に包む金がないとかタクシー代払えとか、到着するまでアホの谷口に散々悪態をつかれた俺だったが今日だけは黙って聞き逃しておいた。長門の晴れ姿を一目見せないと一生恨まれそうだからな。まあ忘れていた俺が悪い。 「呼ばれて飛び出ました谷口です!」 あまり歓迎されてもいないのにドアを勢いよく開けて飛び込んできた谷口は、目も覚めるような真っ白な衣装だった。 「おい谷口、誰が白のタキシードで来いつったよ。漫才でもやるつもりか」 「しょうがねえだろ、俺これしか持ってねえんだから」 お前はタキシードで通勤してんのか。どんなエンターテナーだ。 「ちょうどいいわ。谷口、あんたがその格好でベストマンをやんなさい」 「ベストマンってなんだ?」 「ベストメンの代表よ」 「おう、アイアムベストオブザベストマン。まっかせなさい」 俺もハルヒも国木田も、こいつはなにも分かってねえなという顔をしていた。新郎と一緒に並ぶのがベストメンで、その代表役がベストマンだ、覚えておけ。俺も今知った。 「涼宮、ブライドメイドは誰がやるんだ?」 「それは始まってからのお楽しみよ」 谷口は女性の声が聞こえてくる間仕切りの向こう側が気になるらしく、 「そ、その声は麗しの朝比奈さんではありませんか」 「勝手に覗くんじゃないっ、わよ」 ハルヒにヘッドロックをかけられてマイッタを叩いている谷口だった。 式開始三十分前に新川さんが登場した。ノリの効いたピシっと決まったモーニングコートで、髪型も眉毛も髭もネクタイもまったく非の打ち所がないミスターダンディが現れた。 「皆様おはようございます。おかげさまで本日は好天に恵まれまして、有希の挙式にお越しいただきありがとう存じます」 「こ、これは新川先生、長門……さんのお父さんだったんですか!」 「ふつつかながら叔父でございます。有希がいつもお世話になっております」 谷口の記憶じゃやっぱり先生らしく、やたらとペコペコしている。お前も見た目ばっかりかっこつけてないでこういう芯から渋い紳士を見習え。かっこいいってのはこういうのを言うんだ。 「新川先生かっこいいわ。メイクを入れるところがないわね」 「お褒めいただきありがとう存じます。そろそろ招待客のほうも揃い始めたようです」 「新川先生は女子ルームに入っていいわ。キョン、そろそろ出番よ」 「お、おう。行ってくるぜ」 助けてくれ膝が笑って立てない。 「さあキョン、しっかりしてくれよ」国木田に肩を借りた。 「おう、しっかりするぜ」 恥ずかしいことにこれから死刑執行される囚人みたいにして、国木田と谷口に支えられながら一階に下りた。俺が姿を見せると妹とその隣にいるのはたぶんミヨキチだと思うのだが拍手が沸いた。いや、今日の主役は長門だから拍手はそっちに取っといてくれ。 うちは親類と呼べる近縁のやつらが少ない。式に呼んだのは田舎の爺さんと婆さん、俺の名付け親である叔母とその家族だけだった。あとは会社の連中とかつてのクラスメイトが一部。長門の通う研究室の先生などなど。ENOZの四人にはオーケストラを頼んだ。最前列の親父とおふくろは借りてきた猫みたいに座ったまま固まっている。この後の披露宴で親族代表の長いスピーチをやらされることになっていて、もうそればっかりが頭にあるようだ。 俺は右の列のいちばん前の席に座った。ビデオカメラを手にした古泉が隣に寄ってきた。 「立派ですよ、その姿」 「お前が付き添いをやるとばかり思ってたんだがな」 「僕だけがおいしい役をもらうわけにもいきませんしね。みなで分け合わないと」 ハルヒと同じことを言ってるが、こいつの受け売りだったのか。 三人のブライドメイドが進み出た。朝比奈さんに鶴屋さんに喜緑さん、三人とも豪華なシルクのメイドスタイルのドレスを着ていた。そりゃまあ花嫁のメイドだからメイド服なのは分かるが、似合いすぎている。朝比奈さんと鶴屋さんは前にもメイド姿を拝ませてもらったことがあるが、喜緑さんがこのかっこうをするのを見るのははじめてだ。これはいい目の保養になった。鶴屋さんが親指を立ててウインクしてくれた。 白いバラを襟元に挿したベストメンは黒いカラスの中に一羽だけ白いのが混じっていてなんともこっけいな姿だったが、俺のためにやってくれているわけで笑っちゃ悪いよな。 「もう時間だが牧師さんか神父さんはまだ来ないのか」 「来てますよ、ほら」 黒い祭服を着た司祭様がブンブンと玉ぐしを振り回しながら演壇の向こうに歩いてきた。 「なんつーかっこしてんだハルヒ、いつからカソリックになったんだ、しかもそれ神式用だろ」 「これは無宗派の結婚式よ。とりあえず祈っとけばどれかの神様が祝福してくれるに違いないわ。鰯の頭も信心からというでしょ」 「そんなことわざ使ってバチ当たっても知らんぞ」 「黙りなさい」 ハルヒが演壇の前に立つと、さっきまで流れていたBGMがフェードアウトした。 「これより、神聖にして厳粛なる儀式を執り行います」 ハルヒの後ろのガラスから入ってくる光がまるで後光のように射しこんでいる。まあ祭服コスプレはこの場に似合わなくもないわけで、見えないジャンヌダルク並みの神通力でも宿ったのか客席はシンと静まり返った。 時計の針が三時を指すと同時に、両側の壁に据えてあるでかいスピーカーからパイプオルガンの音が流れてきた。ENOZの榎本さんのキーボード演奏らしい。俺も招待客も、全員が起立して後ろを振り返った。 席の後ろのほうがざわついた。階段ホールから新川さんに付き添われた長門が現れた。観衆はオオッとかホゥとか、それぞれ好きに感嘆の声を上げパチパチと写真を撮っている。撮影タイムが終わると二人は白い道の上を一歩踏み出した。 結婚行進曲が響き渡り、客が見守る中バージンロードの上をゆっくりと、一歩ずつ歩いてくる。照明の光の中にくっきりと浮かび上がったピュアホワイトのドレス。そりゃもう白を超える白というか、まぶしくて瞳孔を細くするだけじゃ足りずに何度も瞬きをした。 スポットライトが天井から二人を照らす。赤い口紅をさした長門の顔が少しだけ微笑んでいた。肩まで垂れたベールは頭の後ろでふわりと広がり、頭の上にハート型の小さなティアラがちょこんと乗っている。肩が露になったノースリーブで胸元には二重のフリルが縁取られていた。肌の上に雪の結晶をモチーフにしたネックレスをつけている。 腰まで滑らかにシルクの光沢が続き、腰から丸く広がるプリンセスラインのドレスだった。両腕は半透明な長いグローブに包まれ大きな白と緑のブーケが右手を隠している。 スカートの部分にはコサージュがぽちぽちとあつらえてあり、大きな巻きスカートのように片側でカーブを描いて止まっている。後ろの裾が長めに垂れていた。急遽付き添い娘に採用されたらしい国木田の娘がドレスの裾を持って後ろをついてくる。父親に似て目がぱっちりしていてかわいい。 古泉が小声で言った。 「今日の長門さんはひときわ美しいですね」 「ああ。極上の美しさだ」 「知っていますか、このワーグナーの結婚行進曲はオペラ『ローエングリン』で使われている曲なんです」 こんなときに豆知識を披露しなくてもいいって。古泉はクスクスと笑い、 「素性を隠した王子と娘が結ばれ、王子である正体が明かされてしまい破局に陥るという物語なんです」 「なにがおかしいんだ」 「誰かの境遇によく似ているとは思いませんか」 またそんなミステリーヲタクな話を持ち出しやがって、大昔のオペラの登場人物とひとつふたつ似てるところがあるからってどうってことないだろ。 「いえまあ、こんなときに持ち出すのもなんですが、ひとつだけお願いがあります」 「なんだ」 「今日を境に、ジョンスミスの名前を封印してください」 「久々だが顔が近いぞ、笑顔のまま深刻な話をするな」 「あなたは人生の伴侶として長門有希を選びました。ジョンスミスはひとりしか存在を許されません」 古泉に釘を刺されるのはこれがはじめてかもしれない。 そんなことはお前が心配しなくても俺自身の口から漏れることはないだろうよ。俺は自分の意思で鍵をこいつに渡しちまった。それを取り戻そうなんてことは思わんさ。 「よし、分かった。誓おう」 古泉は黙ってうなずき、花嫁の歩いてくるほうを目で示した。新川さんにエスコートされた長門が目の前に近づいてきた。 「がん、ばれ、よっ」 古泉が俺の肩をポンポンポンと叩いた。こいつ、はじめて俺にタメ口を利いたな。 新川さんが長門の右手を俺の左手に重ね、俺に向かってうなずいてみせた。二人でハルヒ扮する司祭様の前に立った。 すると、突然ハルヒが両手を上げて待ったをかけた。 「ちょ、ちょっとストーップ!そのまま待って!」お前が待ったしてどうする。 「なんだ、どうしたんだハルヒ」 「あれがない、聖書を忘れたわ」 「聖書なんかいらんだろ、無宗派なんだし」 「だめよ、ちゃんと信条にのっとってやんなきゃ」 さっきと言ってることが百七十九度くらい違う気がするんだが。 「……これ、使って」 長門が心得ているというふうに分厚い本を取り出した。って、どっから取り出したんですかそれハイペリオンですかそれ。そんなんで誓いを立てて大丈夫なのか、俺がトゲトゲの化けもんの生贄にされたりしないだろうな。などと突っ込もうとすると、長門の黒い瞳がお願いっという感じで俺を見つめたのでそれだけでもうなんというか反則というかなんでも許してしまえそうな勢いだった。いやまあ、その本が長門のバイブルだというんならそれはそれでいいさ。 ハルヒはまわりを見回して叫んだ。 「さあっ、気を取り直していくわよ」 ハルヒが座れという感じでゼスチャーをすると全員着席した。 「おほん。本日、ここにキョンと有希の婚姻の契りの場に立ち会うという機会を得たことを、神様に深く感謝するものであります」 どの神様か分からないが、厚手のSF小説にうやうやしく右手を置いてありがたい説教を始めるハルヒである。 「はるか昔、アダムとイブの結婚式はたった二人でした。地球上にたった二人っきりで愛の誓いを立てたのです。そのとき相手と結ばれる確率は百パーセントだったかもしれないけど、今では三十億分の一の確率です。いえもう三十五億分の一かもしれません」 人類創世の話がしたいのか人口増加の話がしたいのかよく分からんのだが。 「相手の候補が三十億もいるってことはよ、ボヤボヤしてると見失ってしまうかもしれないわ。昔の人は言いました。恋は気がつかないうちに訪れる。我々はただ、通り過ぎたその後姿を見るだけである」 ハルヒは一息ついて客を見回し、 「つまり、好きな人がいるならさっさと結婚しちゃいなさいってことよ。世界は広くて人生は短くて、迷ってたら幸せなんか手に入らないんだからね」 それが言いたかったのか。話にオチがついたところで皆は納得したようで笑い声が沸いた。恋愛なんて精神病の一種だと誰かが言ってたような気もしなくもないのだが、まあいいこと言ったんで許そう。 「では、誓いの言葉」 俺は長門と向き合い、両手を握って見つめあった。 「キョン、あなたは有希を、健やかなるときも病めるときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、生命の限り固く結ばれることを誓いますか?」 「は、ハイ。誓いマス」 声が裏声になっていたが後ろのほうまでちゃんと聞こえたか。 「有希、あなたはキョンを、元気なときも具合の悪いときも、優柔不断なときもグズグズして待たされるときも女心に鈍くてどうしようもないときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、生命の限り固く結ばれることを誓いますか?」 「……誓う」 「よろしい。では指輪の交換をしなさい」 長門は朝比奈さんから、俺は谷口から結婚指輪を受け取った。俺はその銀色に輝くリングをケースから取り出し、きっと酸素が足りなくて頭がぼけていたのだろう、自らの薬指にはめようとしていた。は、はまらねえ。 「……こっち」 長門が自分の手を差し出して促した。本番中にトチるなんてなにやってんだろね俺は。 長門の細い薬指にリングをはめてやると、ハルヒが、 「人類とこの宇宙のすべての存在から与えられた権限により、キョンと有希が夫婦であることをここに認めます。さあっ誓いのキスよ」 え、この衆人環視の前でやんのかよ、聞いてねえぞ。ふつうはここで音楽が鳴って拍手に包まれながら退場だろう。 「キョンなに躊躇してんのよ、さっさとやるの。皆さん、神聖なるキスシーンの撮影はご遠慮ください」 そうは言ったがハルヒはやおら古泉を指差し、 「古泉くん、ちゃんと撮ってる?」 こ、このバチ当たり神父が。 古泉のカメラのインジケータが赤く光ったままじっとこっちを見ていた。向き合ったままの長門はそのまま固まって俺を待っていた。しょうがない。これが生涯で二度目になるキスなのだが、俺は長門のあまりに真剣なまなざしに少し不安になり、チラと喜緑さんを見た。喜緑さんは微笑んでうなずいてくれた。 溜飲が下がる思いで俺は長門の肩を抱き寄せた。長門の左手が俺の腰を捉え、俺の右手はゆっくりと長門の左頬に触れた。その手で耳の後ろを支えて、目を閉じた長門の顔との距離が少しずつ狭まってゆく。乾いた唇を少しだけ濡らし、やわらかな、温かな、ぽってりと濡れた感触が唇の先に広がった。 視界がぼんやりと白い光に包まれてゆく。過去も未来も、そして現在までもがゆっくりと流れ、やがて音もなく止まった。 閉じた目を開けゆっくりと唇を離すとそこにはなにもなく、ただぼんやりとした白い風景だった。誰もいない、なにもない、無音。目の前にいるのは長門だけだった。 「ここは……どこだ?俺は夢でも見てるのか」 「……閉鎖空間。あなた自身の」 なんと、俺が作ってんのか。そういえば前にも来たことがあるような気がする。なぜか巫女衣装の朝比奈さんが思い浮かぶ。いや、長門の親父さんだったかな。異空間はハルヒの専売特許だとばかり思っていたが、それにしちゃハルヒのとは色も雰囲気もずいぶんと違うな。 「……そう。閉鎖空間は本人の精神世界を反映する。今のあなたの気持ちが、これ」 真っ白ってのが俺のどんな気持ちを表すのか、フロイト先生を聞きかじった程度の俺にはちょっと分からんが、でも、今どんな気持ちかと聞かれたらちゃんと答えられる。そう、今こそが本当に幸せそのものだ。 「俺がここにいるってことは、どうやってここから出るんだ?」 「……もう一度、キスして」 長門は目を閉じ、頭を反らして小さな唇をちょんと突き出した。俺は最初のときと同じに両手で暖かい頬を包み、長門の後ろ髪の感触を指先に感じながら唇を近づけた。 ── 今まで、ちゃんと言えなくてごめんな。大好きだ…… やがて人の声、拍手と指笛、まぶしい光、足音、花の香り、長門の化粧の匂いが一気に戻ってきた。目を開けると頬を染めた長門がじっと俺を見つめていた。 次の瞬間、聞き覚えのあるもうひとつの結婚行進曲が鳴り響いた。メンデルスゾーンだっけな。 そのまま長門の手を引いてゆっくりとバージンロードを歩いた。招待客がバラの花びらを二人の上に放り投げ、派手なフラワーシャワーを浴びた。いやあなんというか、こういう演出は嬉しいね。 そういえばこの後の予定を聞いてなかった。古泉にこの後どうするんだという視線を送った。 「車を用意していますので、そのまま披露宴の会場に行ってください」 拍手の合間を古泉が大声で答えてきた。この会場誰が片付けるんだろうと不安になったのだが、まあ後のことはこいつらに任せておこう。 正面玄関まで来たところでなにか大事なことを忘れているような気がして、俺は振り返ってみんなを呼んだ。 「あそうだ、皆さん、ブーケトスをやりますよ」 「待ちなさい、ちょーっと待ちなさいキョン、あたしが行くまで投げちゃだめよ。ほらほらみくるちゃんも走って」 言うが早いかハルヒ神父を先頭に、ブライドメイドの三人や、赤やピンクやパープルで着飾った女性陣がスカートを捲り上げて殺到した。独身女性がこんなにいたのか、こりゃあ争奪戦になるぞ。 長門が俺の耳元でボソボソ話した。 「……ブーケトスってなに」 「後ろを向いてその花を投げればいいんだ。まあアミダくじみたいなもんだな」 「……ひとつしかない」 「取り合いになったら困るから少し増やしてくれ」 「……分かった」 長門が後ろを向いてふわりとブーケを投げた。全員がその行方を見つめる中、まるで計算されたかのような緩やかな放物線を描いた。小さな花束は空中でポンと分裂し、いくつものブーケになって舞い降りた。突然増殖したブーケに慌てた女どもはどれを捕まえればいいのか右往左往していたが、たぶん全員分はあるだろう。なに喜んでるんだ谷口、お前は男だろうが。 玄関を出ると黒塗りの個人タクシーが止まっていた。なんとなく見覚えはあるのだが後部シートがやたら長くて普通車の二台か三台分はある。ってこれリムジンとかいうやつじゃ。モーニングのままの新川さんが運転席のドアを開けて出てきた。 「お二人様、ご成婚おめでとうございます」 「……ありがとう」 「どうも新川さ、お義父さん。運転手までさせてしまってすいません」 「いえいえ、わたくしはこれが本業でございますゆえ」 新川さんがドアを開けて長門が乗り込むのを手伝った。スカートの重なったレースがふわふわと膨らんで花嫁が埋もれている。中に入るとほのかにライトがともり、テーブルの脇にはシャンペンとグラスが用意してあった。 ゆったりサイズのL型シートには軽く六人は座れそうなのだが、俺と長門は隅っこに身を寄せ合って座った。ふわふわの布張りの床、壁には液晶テレビと電話、サイドテーブルにはワインクーラーと冷蔵庫、乗るのも見るのもはじめてだがこいつは豪華だ。 「長門、シャンペン飲むか」 「……うん」 俺は冷えきった瓶の栓をポンと抜いてしゅわしゅわとグラスに注いだ。二人のグラスを合わせるとチリンと軽い音がした。 新川さんの演出らしく車内に洋楽ラブソングが流れはじめた。壁のインターホンが鳴った。 「披露宴までまだ時間がありますから、少しドライブに出ましょう。到着までゆったりとおくつろぎください」 おくつろぎくださいと申されましても、もうこの車のゴーシャスな内装に圧倒されて正座なんかしている俺なのでありますが。とりあえず新郎らしく長門の肩を引き寄せてみたりした。長門も首を傾けて俺の肩にもたれている。 車が走り出すと、突然後ろのほうでやかましい金属音が鳴り響き驚いて振り向いた。ああ、あれだ。空き缶のガラガラだ。今どきこんな派手なガラガラを引く新婚カップルもいないと思うが、でかい音を出して悪魔を追い払う魔除けなんだとか昔はひも靴を引っ張っていたんだとか、どれがほんとなのかは知らん由緒曖昧な古の習慣らしい。 道行く人がなにごとかとこっちを見て、空き缶を見て指差して微笑んでいる。若いあんちゃんが親指を立てているのを見て、俺たち結婚したんだぜと急に自慢したくなってきた。このまま突っ走って世界中を駆け巡ってみたい気分だ。 七章へ
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一 章 Illustration どこここ そろそろ梅でも咲こうかというのに、いっこうに気温が上がらない。上がらないどころか意表をついたように雪を降らせる気まぐれの低気圧も、シャミセン並みに寒がりの俺をいじめたくてしょうがないようだ。朝目覚ましが鳴ると、いっそのこと学校を休んでしまおうかと考えるのが日課になっている。俺は窒息しそうなくらいにマフラーをぐるぐる巻きにして家を出た。 結果はともあれ本命も滑り止めも無事に受験が終わって、学校では三年生をほとんど見かけなくなった。生徒の三分の一がいなくなり、校舎の一部がガランとして静まり返っている。一年生も二年生も残すところ、憂鬱な期末試験だけだ。三年生でも朝比奈さんだけは、SOS団のためにまじめに通ってきているようだが。 その日の朝、教室に入ると俺の席の後ろで机につっぷしているやつがいた。ハルヒが珍しくふさぎこんでいる。 「よっ、どうしたんだ?」 「どうもしないけど、今朝からずっと耳鳴りがするのよね」 お前もか。俺も今朝起きたときからずっと妙な感覚を感じていた。どこがどう妙なのか分からなくて説明のしようがないんだが、視界がぼんやりしているというか、嗅覚が妙に生っぽいというか。まあ原因も分からないし、気にはしない風を装っていた。 二限目の英語の授業中、突然教室の前のドアがガラリと開いた。誰が入ってきたのかと全員がそっちを見た。俺もつられて教科書から目を上げると、隣のクラスにいるはずの長門が飛び込んできた。 「ちょ、有希どうしたのよいきなり」 長門はハルヒの首筋にちょっと触れ、ハルヒはそのままがっくりと意識を失った。 「おい、何があったんだ」 「……急いで、時間がない。涼宮ハルヒを背負って外に出て」 俺は言われるままに気絶したハルヒを肩にかついだ。教師とクラスメイト全員が唖然としている中を、ちょっとお騒がせしますね、と言いつつ廊下に出た。 「やあ、どうも」 廊下には古泉も待っていた。長門はドアをピシャリと閉めた。 「……時空震の初期微動を感知した。フィールドを張る」 長門は右手を上げて詠唱をはじめた。四人を包む、直径三メートルくらいの青く光る球体が生まれた。 「朝比奈さんは無事なのか」 「……間に合わない。無事を祈る」 そう言うが早いか、球の外の映像がブレはじめた。この感覚、前にもあった。一昨年の十二月十八日、俺が校門前で朝倉に刺されたときだ。改変された世界が元に戻るとき、これに似たような大規模な時空震が発生した。 「原因は何だ?誰かが歴史を書き換えようとしてるのか」 「……分からない」 数分してまわりの景色は元に戻り、俺たちを包んでいた青い球体は消えた。 「もう、大丈夫」 「そうか。教室に戻っていいか?」 「……いい」 「ありがとよ」 「……お礼ならいい。わたしはしばらく調査する」 長門はそういい残して廊下を走り去った。 「今日の長門さんは颯爽としていますね」古泉が言った。 あいつが危機感を持つのはよっぽどのことなのだろう。 「じゃ、後ほど部室で」 手を振って去っていった。脳天気だなこいつ。 さて、気絶したハルヒをかついで教室に戻るのに、どう説明したものかな。しかしハルヒ、重いぞ。 その日の放課後、午前中にあった時空震のことが気にはなっていたのだが、長門がその後なにも言ってこないのでとりあえずは安心していた。 部室棟の階段を登ると、文芸部部室がやたら騒がしい。またハルヒが新人勧誘でもおっぱじめたのか。ドアを開けるなり「キョン君!」と聞きなれた声がエコーして聞こえた。なんだこの五・一チャンネルサラウンド並みの音響効果は。 俺はそこにあるものを見て我が目を疑った。あ……朝比奈さんが、「朝比奈さんが十一人いる!」 「長門、ちょっと状況を説明してくれ」 「……次元断層によって複数の分岐が同時に生まれた。複数の未来軸が発生」 「つまりですね、調査に訪れた朝比奈さんが十一人いる結果に」 古泉が肩をすくめた。なんてこった。時空震動で人が増えるとあっちゃ、お役所の戸籍係が混乱しかねん。この先の少子化にも歯止めがかかるだろう。 「キョン君」「困った」「ことに」「なっちゃい」「ましたぁ」 十一人の朝比奈さんのうるうる瞳に囲まれて、俺はパニックなようなパラダイスなような複雑な気分に襲われた。 「お願いです、誰かひとり代表してしゃべってもらえませんか」 「誰か」「って」「誰が」「代表に」「なれば」「いいんで」「しょしょしょしょ」 最後のは完全にこだましていたな。 ちょっと朝比奈さんには失礼して、俺と長門、古泉だけで円陣を組んで対応を協議した。 「長門、この中のどれが本物だろうか?」 「……正直言って分からない」 「ホクロを調べてみてはいかがでしょうか」古泉が笑いをこらえている。 「お前、堂々と朝比奈さんに胸を見せてくれと言えるのか」 「僕の口からは言えませんね。あなたなら角が立たずに確認できるんじゃないでしょうか」 「お前この状況を楽しんでるだろ」 「分かりましたか」 「……ひとりずつ、コスプレさせるのがいい」長門が口のはしで笑っている。 「しかし十一人分の衣装が……って長門、お前まで悪ノリするんじゃない」 俺は部屋の中を右往左往する朝比奈さん達に向かって言った。 「えーと、朝比奈さん、じゃなくて朝比奈さん達。とりあえず自分の時空に戻っていただけませんか。こんなところをハルヒに目撃されたら、説明のしようがありません」 「それもそうですね」 ゴスペルのコーラスでもやれそうな十一人の声が同時に応えた。 「でも、誰かが残らないといけませんよね」 そりゃそうだ。ひとりは残らないとこの時間平面から朝比奈さんがいなくなってしまう。 「じゃ、じゃあ失礼ではありますが、誰が残るかくじ引きで決めたいと思います」 俺、もしかしてこの状況を楽しんでないか。 どこから用意したのか、長門が爪楊枝を握っていた。市内不思議パトロールの班分けと同じく、十一本中、一本にだけ赤い印が入っている。 「赤いのを引いた朝比奈さんが残ってください」 朝比奈さん達は、まるでワルキューレの杯を煽るかのように真剣な面持ちで一本ずつ引いた。 やがて外れた朝比奈さんはひとりずつ消えていった。俺に手をふりふり、涙さえ浮かべて。なんかすごく悪者になった気分だ。赤い爪楊枝を引いた朝比奈さんだけが満面の笑みを浮かべていた。 「やれやれだな」 「失礼ながら、時間旅行をする者の悲しいサガ、とでも表現しましょうか」 古泉が愉快そうに笑っている。 「ひどいわ古泉君」 朝比奈さんは苦笑していた。俺にも似たような経験はあるんだ。時間を超えて行った先に俺がいたんだからな。 可憐なる文芸部室の天使をまとめて十一人も拝むことができ、俺は十一日分の癒しを得たような心持だった。晴れやかなるニコニコ気分で朝比奈印のお茶をすすった。だがそれで終わりではなかった。 帰宅後、朝比奈さん達がコスプレでサッカーをしているところを妄想していると、めずらしく長門から電話がかかってきた。 「……全員集まってほしい」 「なにがあったんだ?」 「……詳しくは、後で」 長門が召集をかけるからにはよっぽどのことなのだろう。 「分かった。古泉と朝比奈さんには俺から連絡を入れる」 「……待っている」 古泉に電話をかけると、タクシーで朝比奈さんを拾ってから直接行くと言った。午後八時、俺は自転車を飛ばした。マンションの入り口で長門が教えてくれていた四桁の番号を押す。七階まで上がり、部屋の前でインターホンを鳴らそうとしたらドアが開いた。長門はドアの前で待っていたようだ。 「……入って」 「古泉と朝比奈さんはまだ来てないのか」 「……まだ」 あの事件からこっち、長門の部屋に入るのは久しぶりだった。部屋の様子が少しだけ変わった。カーテンが暖色系の花柄に変わっている。それから花瓶に花がさしてある。長門が花を活けるなんて珍しい。だいぶ人間っぽい雰囲気がするようになった。元々が殺風景すぎたんだが。 「部屋、明るくなったな」 「……そう」 長門がお茶を運んできた。少しだけ微笑っぽいものが浮かんだ。 「……飲んで」 「ああ、サンキュ」 この部屋に最初に訪れたときには、正直寒くてとても人が住んでるとは思えない空間だったが。そんでもって情報生命体やら宇宙論やらを聞かされた日にゃ、痺れの来た足ともどもさっさと帰りたい一心だった。なんとなくだが、今俺はこの長門空間を気に入っている。こうして、湯飲みからゆったりと立ち上る湯気と、どこを見てるでもなく静かに座っている長門。 インターホンが鳴った。古泉が到着したようだ。長門は立ち上がってインターホンの映像に向かって「入って」と言った。 「どうも、遅くなりまして」 「あの、長門さん、お邪魔します」 古泉の隣で朝比奈さんが小さくなっていた。長門が二人分のお茶と羊羹を運んできた。四人がなにを喋るでもなく、ただただお茶をすする。部屋を暖めるエアコンの音だけが静かに流れていた。 「長門、そろそろ本題に入ってもらっていいか」 「……もう少し待って。もうひとり来る」 もうひとり?誰だろう。そのとき、インターホンが鳴った。喜緑さんが入ってきた。清楚な感じのレディ、この人のやさしい笑顔を見るのは久しぶりだ。 「皆様、こんばんわ」 「どうも喜緑さん。いつぞやはいろいろお世話に」 「いえいえこちらこそ。お元気そうでなによりですわ」 キッチンからお茶と羊羹をもう一組運んできて、長門は口を開いた。 「……本題に入る」 長門は和室のふすまを開けて、奥から熱帯魚の水槽のような感じの、立方体のガラスケースを持ち出してきた。中に本らしきものが浮いている。これは……思い出すもおぞましい、あの文庫本じゃないか。長門はそっとこたつの上に置いた。 「……これは、涼宮ハルヒとその周辺について書かれた本」 「なんですかこれ、涼宮さんって作家になったんですかぁ?」 「はて、そのような事実はなかったような気がしますが」 二人とも、前と同じ反応をしているな。 「涼宮ハルヒの著作物ではない。情報統合思念体では、以前にも同じ現象を観測した。これに関する情報は禁則事項となっていた。全員の記憶は、消去されているはず」 実は俺だけは覚えてるんだが。 「これより説明する。禁則が一時的に解かれる」 長門は喜緑さんに視線をやった。喜緑さんはうなずいた。長門の禁則解除のキーって喜緑さんだったのか。 長門は去年の十二月に起こった出来事から、谷川流氏のいた世界にスリップし、戻ってくるまでを話しはじめた。俺とアパートで出会ったシーンからは省いたが。 「そんなことがあったなんて……」 「つまり、この本に書いてあることが僕たちの世界の動向を左右するわけですか」 「俺の手にあった本は向こうに置いてきたよな」 「……それとは、別の一冊」 「長門に直接送られてきたわけか」 「……そう。前回直接手で触れたが、それはきわめて危険。クロノ放射を検出した。重力子フィールドで覆ってある」 クロノ放射が何なのか知らないが、ケースに入ってるのはそのためか。 「本来ならこれは見えていないはず」 長門曰く、フィールドの壁越しになんらかのエネルギーが漏れている。そのために肉眼で見える、のらしい。よく見ると、ゆっくりと回転する本の向こう側が透けている。 これはいったい、誰が何のために用意したのか。 「今朝の時空震も関係あるのか」 「……情報量が限定されているが、その可能性は高い」 「それで、本の出所は分かったのか」 「……今のところ不明。もしこの本が氾濫したら、次元のパラドクスが生じる」 「またもや世界は消滅の危機ですか」 「……消滅はしない。歴史を上書きするか、無限ループが生じるだけ」 「で、俺たちを呼んだ理由は」 「……防衛線を張るために、全員で同行してもらいたい」 「ということは、わたしたちが向こうの世界に行っちゃうんですか?」 「……そう。著者とのコンタクト、本の出所、送付者の敵性判断を含めた調査」 「行くなら厚着していったほうがいいな。あと生活用品とかも」 こないだはほとんど何も持たずに行ったからな。あの状態なら何を持っていっても役に立たなかっただろうが。 「向こうの世界は特殊な環境なんですか」 赤道の反対側で季節が逆だからとかじゃなくて、十二月に飛ぶからなんだが。 「……こちらとほとんど変わりない」 「では、必要な物資は僕のほうで揃えましょう。なにがご入用ですか」 「……全員分の身分証明書、レーション、救急医薬品」 「世間は未成年には冷たいからな。身分証明がなくてなにかと苦労した」 「じゃあ免許証を手配します」 「それから金も多少あったほうがいい」 まだこないだの金、返してなかったな。戻ってきたらバイトしないと。 「かしこまりました。武器はいりますか?」 「武器の携帯は厳禁です……あぶないですぅ」 「冗談ですよ」 古泉はふっと含み笑いをした。 「バナナはおやつに入りますか?」 この非常時になにを言っているのかと、全員の冷たい視線を浴びた。古泉は自らを恥じるように詫びた。 「す、すいません。ちょっと言ってみたかったもので」 なんだかこいつだけは不必要に楽しそうだな。緊張を楽しむタイプか。 「……決行は明日、部室にて」 長門はメンバーを見回して、異議がないことを確かめたのか、ひとこと呟いた。 「……解散」 俺たちはそれぞれ帰宅した。 やっぱり出発は部室なのか。古泉が前にも言ったことがあるが、あの文芸部部室はいくつかのエネルギーが飽和状態にあり、いつでも流出しやすい状態にあるという。長門によれば、遠く銀河を離れても、時間平面を超えても観測できるらしい。そんなところで部活動を展開している俺たちもどうかしているが。 週末のSOS団部室、もとい、文芸部部室だ。 俺は六限の終わりを待たず、珍しく授業をさぼってさっさと部室に行った。遠足の前日のようなワクワク感を抑えられなかった。授業もどうせ必修科目じゃないし、三学期のこの時期だけにやる気もないし。 部室のドアを開けると長門しかいなかった。さすがに今日は本を開いていないようだ。 「よっ。今日は早めに来たぜ」 もし俺だけに知らせておくことがあれば、あるいは前もって検討しておくことがあればと思って余裕を持って来たのだが。長門はそんな様子は見せなかった。 なにをしてるのかは分からないのだが、長門はハエか蚊を捕まえるような仕草をしていた。 「なにを捕まえてるんだ、虫か?」 「……素粒子」 「素粒子って、あの黒い球のやつか」 「……緊急用の素粒子球を全員に配る」 あんな重たいもん持たせても荷物になるだけな気もするが。長門は俺の顔の前で、サッと見えないなにかを捕まえた。俺は長門の手を凝視した。まさかチェレンコフ光が見えたりはしないだろうけど。 「やあ、遅くなりました」 古泉が清々しいスマイルとともに現れた。まだ授業は終わってないだろ。なんだその膨らんだリュックは、登山じゃないんだぞ。 「出発するのに必要な物資です。用意するのに手間取りまして」 こいつがキャンプに行くときは必ず食料隊長を買って出るんだろうな。 古泉は長テーブルの上にゴトゴトと物資とやらを並べ始めた。コンパス、GPS、その妙な天体観測器具みたいなのは六分儀か、いつの時代の旅行だよ。食料は水とカロリーメイトと、レーションはNASAで開発のアレか。 「それから身分証明書です」 免許証を受け取った。写真の写りはいまいちだが、よく出来ている。普通自動車だけか。 「大型特殊とか牽引二種とかがご入用でしたか」 そんなもんあっても運転できねーだろ。普通自動車でもあやしいのに。 「あら、皆さん早いんですね。遅れちゃってごめんなさい」 通学カバン以外に旅行用のバックも下げている朝比奈さんが現れた。いいんですよ、俺はあなたが来ることが分かっているなら日が暮れても待ちつづけますから。 「あの、制服のままでもいいんでしょうか。いちおう旅行用の服も用意してきたんですけど」 「いいんじゃないでしょうか。必要なら向こうで着替えられると思います」 旅行用ってまさか、エジプトでミイラの発掘をするようなコスプレではあるまい。それはそれで見てみたい気もするが。俺は通学カバンに必要最小限の衣類だけを詰め込んで、教科書の類は机にしまったままだ。 しかし、全員が一度に現れたら谷川氏はいったいどんな顔をするだろう。今から楽しみだ。 「長門、喜緑さんは一緒に行くのか」 「……彼女は連絡要員として残る」 「じゃあ、これで全員だな」 長門はうなずいて、カバンから小さな包みを取り出した。丁寧に包まれた銀色のシートのようなものを開くと、あの文庫本が出てきた。 「もしかしてそれを読むのか」 「……この本の位相情報を使って転移するだけ」 そうか、よかった。あのループする感覚は頭がおかしくなりそうだからな。 長門は朝比奈さんに向かって言った。 「……次元転移の後、時間移動が必要」 「わたしの出番ですかぁ?ええっと、待ってください。上司に聞いてみないと……」 朝比奈さんは少し視線をさまよわせたが、今度は困ったような顔をした。 「あの……前例がないので判断しかねる、らしいです。どうしましょう」 まるでどっかの頭の固いお役所だな。窓口が三時に閉まらなくてまだマシだ。 「よその世界での時間移動なんて、こちらにはさして影響ないでしょう」 古泉がフォローしたが、投げやりだな。まあそうとも言えないんだが。 「それもそうですね。なにがあってもわたしの責任じゃないですよね」 朝比奈さん、無責任なことをそんなに嬉しそうに言わないでくださいよ。 「……そう。では、はじめる」 長門は文庫本を開き、空中に放り投げた。それは床には落下せず、宙に浮いたままゆっくりと自転した。これ、重力に逆らってるのか。長門が右手を上げて詠唱をしようとしたとき、突然ドアが開いた。 「……あ」 「あ……」 「あんたたち、あたしに内緒でなにしてんのよ。そんなリュックなんか背負って、夜逃げでもする気?」 まずいときにまずいところを見られた。今日は掃除当番じゃなかったのか。 「す、涼宮さん」 「ええっと、僕たちはですね、春休み中の合宿を検討していたんです」 「そうなんです。わたしたち、遠足の予行演習をしていたんです」 朝比奈さん、あなたは来月に卒業する身分ですよ。 「団長のあたしを差し置いてそんなミーティングを開くなんて、免職処分だわ。よくて減俸ものよ」 俺たち給料もらった覚えはないんだが。ボーナス払ってもらえるなら今すぐやめてやってもいいぞ。 ハルヒの眉毛がピクピクと動いた。腕組みをして一同を睨みつける姿は、部下の陰謀に気が付いた戦国の武将のようだ。 「僕達で計画して涼宮さんを驚かせようと思ってですね」 「そんなたわ言は聞きたくないわ。本当のことを話しなさい」 今回ばかりは古泉の必殺爽やかスマイルも役に立たないようだ。全員が、いったいどうしようと互いを見た。 「なによその、示し合わせるような視線は」 俺はハルヒの腕を取った。 「ハルヒ、お前も一緒に来い」 「来いってどこによ」 「でも、そんなことをしたら」古泉が俺を制しようとした。 「置いていったらアレが出るぞ」 古泉は黙った。アレといったらアレ以外ない。 「ハルヒ、今は説明してる暇がないんだ。向こうで説明するから来い」 俺はいつも、厄介事はあとに回すのが習慣なのだ。 「あとは俺が責任を持つから、長門、やってくれ」 「……分かった」 ずっと右手を上げたままだった長門が、ハルヒの呪縛から開放されたかのように呪文を唱えた。 あのときのような白い光には包まれなかった。まわりが暗闇になり、うっすらと見える青い光に包まれた。ドアがあったと思われる方向から、ひとつの青い光の輪がやってきて俺たちを包み、そこにいる五人の姿を照らして、やがて窓があったと思われる方へと消えた。続いて同じ輪が次々と現れは消え、現れては消えた。青い光の輪が並ぶトンネルをくぐるかのように、そして動く歩道の上で移動しているような感覚に襲われた。 ゆっくりと浮かび上がった長門の影が、ドアのほう、光のやってくる方向を指差した。まず長門が、それから俺が続いてそっちへ歩き始めた。まるで暗いトンネルをくぐるかのように。数歩歩いてから、ふと気が付くと正門前にいた。西宮北高だった。 「……到着した」 時間移動にも時空震動にも、似ても似つかない現象だった。今しがた潜り抜けてきた一風変わった風景に、全員が呆然として黙りこんでいた。 朝比奈さんが思い出したように口を開いた。 「ええと、じゃあわたしの番ですね」 行き先の日付は俺がここを離れた十二月二十四日、だいたい夜九時半から十時ごろだろう。朝比奈さんは全員が手を繋いだことを確かめてうなずいた。風景がぐるぐると回りだした。俺も朝比奈さんもハルヒに目を閉じていろというのを忘れていた。三半規管がツイスト状のドーナツみたいになったような不快感に襲われ、足元が天井に張り付いたような重力逆転の幻覚を見てから、ようやく落ち着いた。 「着きました。午後九時四十五分です」 ハルヒを見ると手で口を抑えている。無理もない。奇妙な模様が走るトンネルを歩かされ、テーマパークの絶叫マシンでも体験できないような気分を堪能したのだからな。 「おい、こんなとこで吐くな」 俺は全員を促し、人目を避けてともかくグラウンドに入ることにした。俺はハルヒを水飲み場へ連れて行った。ハルヒは顔をジャブジャブと何度も洗い、俺が渡したハンカチで鼻をかんでようやく落ち着いたようだった。 二日酔いで青ざめたような顔をしたハルヒが口を開いた。 「それで、いったいここはどこなのよ」 さて、ハルヒにどう説明したもんだろう。今までこいつにはいろいろとその場しのぎの嘘をついてきたが、今回ばかりはどう説明すればいいのか見当もつかない。いっそのことタイムトラベルと言ってしまえば、まだ救いようはあるんだが。じゃあどうやってやったのと深く追求されたら、朝比奈さんの秘密を明かすしかなくなる。 「それに、なんで夜なの?まさかタイムトラベルしたの?」 「まあタイムトラベルではあるんだが、ここは俺たちの住んでる世界とは違う、簡単に言ってしまうと異世界だな」 「は?そうなんだ」 ハルヒはぽかんと口を開けた。俺はてっきり、何バカなこと言ってるの、ちゃんと説明しなさいよね、と首を絞められるかと思っていたのだが。 「ということはよ、ここに住んでる人たち全員、異世界人なわけね」 お前、なに目んたまキラキラさせてんだ。 「異世界人は俺たちのほうだろう」 「まあ、外国に行けば自分が外人になるようなもんだけど」 分かりやすいな。 「それで、ここはどういう世界なの」 「どう説明すればいいか分からんのだが、俺たち以外の人間はふつうに存在してふつうの日常を暮らしてる」 「つまり、あたしたちがいないわけ?」 「まあ、そういうことだ」 「分かったわ。こういうことね、異世界人を捕まえてあたしたちの世界に連れて行って人体実験しようってのね」 「そんな地球外生物みたいな真似するかよ。お前が異世界人に会いたがってたからツアーを組んだんだ」 いい兆候なのか悪い兆候なのか、やっと俺らしい出任せが口をつくようになった。 「あたしに黙って行こうとしてたじゃない」 「これは調査旅行のはずだったんだよ。いきなり団長を連れていってトラブルになったら申し訳ないだろ」 「まあ、それもそうね。ロケハンは下っ端のやることだしね」 やっと納得したか。ほかの三人もほっとしたようだった。長門が唱えていたアレはなんだと聞かれなかっただけでもありがたい。俺、段々とハルヒをごまかすのがうまくなってきてるような気がする。勉強はそっちのけでそんなどうでもいいような技術を会得してるなんて、かなり鬱だ。 二章へ
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*長門有希の憂鬱IV ---- 「お前のために世界を失うことがあっても、世界のためにお前を失いたくない」 ジョージ バイロン **もくじ -[[プロローグ 長門有希の憂鬱IV プロローグ]] -[[一 章 長門有希の憂鬱IV 一章]] -[[二 章 長門有希の憂鬱IV 二章]] -[[三 章 長門有希の憂鬱IV 三章]] -[[四 章 長門有希の憂鬱IV 四章]] -[[五 章 長門有希の憂鬱IV 五章]] -[[六 章 長門有希の憂鬱IV 六章]] -[[七 章 長門有希の憂鬱IV 七章]] -[[エピローグ 長門有希の憂鬱IV エピローグ]] -[[おまけ http //www22.atwiki.jp/hiroki2008/pages/65.html]](外部リンク) **関連作品(時系列順) -[[長門有希の憂鬱Ⅰ http //w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2553.html]] -[[長門有希の憂鬱II http //w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2940.html]] -[[長門有希の憂鬱III http //w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2999.html]] -[[涼宮ハルヒの経営I http //w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3925.html]] -[[古泉一樹の誤算 http //w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4501.html]] -長門有希の憂鬱IV **そのほか -共著:kisekig7LI nomad3yzec -イラスト:どこここ -連載期間:2008年9月28日~10月4日 **データ類 -[[青空文庫版 http //www22.atwiki.jp/hiroki2008/pub/archives/nagatoyuutsu_4_aozora.zip]] -[[プロット http //www22.atwiki.jp/hiroki2008/pub/archives/nagatoyuutsu_4_plot.zip]](Nami2000データ形式) Special thanks to どこここ このSSはTFEIキャラスレで連載されたものです ----
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エピローグ 最後に新川さんが丁寧に謝辞を述べ、古泉が閉会の挨拶と二次会の案内をして披露宴はお開きとなった。新郎新婦は拍手の中を退場、とふつうはプログラムにあるはずなのだが、突然ハルヒが叫んだ。 「ちょっとみんな、外見て!」 「どうしたんだ?」 「すっごいじゃないの、目の前で花火をやってるわ」 「まさか、もう九月だぞ」 ハルヒの指令ですべてのカーテンが開けられた。窓の外はもう暗くなっていて、眼下に広がる俺たちの町の夜景と夜の海、そのはるか上空で、光の大輪の華が大きく広がっては消えていく。ドドンと腹の底に響くような大きな音と共に赤黄色オレンジと青に緑の輪が咲いていた。今日のセレモニーの最後を飾るイベントだと思ったらしく招待客からやたら歓声が上がっている。 「あれは誰がやってるんだ?古泉、お前の機関の仕込みか」 「とんでもない。あんな予算のかかる見世物をやるなんて聞いていません」 「あれは……」長門が宙を見つめた。「情報統合思念体がやっている」 「なんと。思念体って人類に直接干渉したりしないんじゃないのか」 「……わたしたちへのプレゼントのつもり、らしい」 こいつは驚いた。あいつらも味なマネをするな。 「……自律進化の閉塞状態を打開するヒントを得た、そのお礼」 「なんだそれ」 「わたしはあなたと出会って、自律進化を遂げた。その報告が貴重なヒントとなった」 「なるほどな。お前のパトロンも気の効いたことをするんだな」 「……あれは、主流派ではない」 主流派以外に俺たちに興味があるってのは、え。 「もしかして急進派か」 「……」 長門はなにも答えず、ただ黙って遠くを見つめた。急進派といえば、ナイフが好きなあいつが消えてからそろそろ八年になるか。あのときの二人のアクションシーンは今でも忘れない。そもそも長門と俺が親しくなったのはあいつが要因じゃなかったか。 「……おめでとう、と言っている」 「そうか。ありがとうと伝えてくれ」 かつて清涼感あふれる女子高生だった髪の長い女の子が、どこか遠くから見守ってくれているような気がする。長門はそっと俺の手を握った。俺も握り返した。 「みんな、二次会に行くわよ、あたしについてきなさーい」 とりあえずは披露宴は終わり、俺たちは控え室に戻ることにした。ほとんどが二次会に直行するようで、受付でブライドメイドとベストメンが引き出物の紙バックを配っていた。なにが入っているのか謎な年末の福袋っぽい感じもしなくもないが。 ボードに貼られた朝比奈さん撮影の写真が奪い合うようにして剥がされ、長門はもちろんメイド三人が写った写真はすぐにソールドアウトし、物好きなやつはハルヒの写真も持って帰っていた。なぜか古泉のも消え、残ったのは俺の写真だけだった。長門がそれを大事そうに一枚ずつ手に取っていた。 控え室でメイクを落とし、衣装を脱ぐと気持ちまで脱力してハァとため息をついた。 「やれやれ、やっと終わったな」 「……おつかれ」 鏡の前で赤い口紅と化粧を落とす長門を見ていると、こいつがほんとに俺の嫁さんになっちまうとはなぁなどと感慨じみたものが沸いてきた。あれれ目が潤んでる。長門の姿がぼんやりとかすんで、その隣にもうひとりの影が見えた。涙目で姿がにじんで見えていたのかそれとも本当にそこにいたのか、メガネをかけた長門だった。目をこすってよく見ようとすると、そいつは俺を見て少しだけはにかんで、スッと消えた。 長門はどうしたのという表情で首をかしげて俺を見ていた。 「……なに」 「い、いやなんでもない。古い知り合いがいたかと思ったんだが気のせいだった」 たぶん長門には分かっていたんだと思う。なにも言わなかったが、ただうなずいていた。 新川さんが自宅まで車で送ってくれるというので俺たちはホテルのロビーに降りていった。もうとっくに二次会会場に行ったかと思っていたハルヒ達がずらりと並んでいて、いやはやそこまでしなくてもいいのにバラの花びらが頭から降り注いだ。全員には無理だったが俺はそこにいる人にできるだけお礼を言った。ピエロ衣装のままの中河が笑いながら俺の手を握った。 新川さんがリムジンのドアを開けてくれ俺たちは乗り込んだ。空き缶のガラガラはもう付いていなかったが。 長門のマンションの前で車が止まった。玄関の明かりの中で新川さんに何度もお礼を言った。 「新川さん、なにからなにまでありがとうございました。機関の皆さんにもよろしくお伝えください」 「いえいえ、私どもも今日は楽しませていただきました」 「……」 別れ際に長門がなにか言いたそうにしていた。 「長門、どうしたんだ?」 長門は新川さんに近づいていきなり抱きついた。 「……お父さんを、ありがとう」 新川さんは顔を赤くして、はっはっはと笑った。 「実は私には有希さんと同じくらいの娘がいましてね。今は母親と暮らしているんですが、いい予行演習になりました。有希さん、幸せになってくださいね」 「……そうする」 里帰りがわりに新川さんに会いに行ってやろう。こいつには実家というものがなかったからな。 リムジンが走り去り、俺と長門は手をつないでマンションの玄関を入った。ひとつだけ思い出してぴたりと足を止めた。 「大事なことを忘れてた」 「……なに」 「こういうときは嫁さんを抱えて入るのが慣わしらしい」 「……そう」 長門の頬がポッと染まり、軽く手を握るようにして、俺の首にぎこちなく腕を回した。ほとんどといっていいほど体重が感じられない長門の体をお姫様抱っこで抱えてエレベータに乗った。 最初にここを訪れてからもう八年になる。あのときは寒々しい思いをしたが、今はこうやって長門の温かさを感じている。宇宙論を聞かされたり、布団で時間移動したり、缶カレーを食ったりおでんを食ったり、ここを去るたびに長門が見せていた寂しげな表情はたぶんもう見ることはないだろう。 そばにいてやりたい、難しくはないこんな単純な願いをかなえるのに長い時間をかけてしまったが、これからその時間を償っていきたいと思っている。長門よ、ずいぶんと待たせちまったな。 気がつくと七〇八号室の表札は、長門のではなく俺の名前になっていた。 足元でミャーと仔猫が鳴いて出迎えた。 「ただいま、有希」 「……おかえり、あなた」 そしてやっと、ここが俺の帰る場所になった。 END もくじに戻る
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autolink SY/W08-106 カード名:ウェディングドレスの長門 カテゴリ:キャラクター 色:青 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:2000 ソウル:1 特徴:《宇宙人》?・《ドレス》? 【自】[②]このカードが手札から舞台に置かれた時、あなたはコストを払ってよい。 そうしたら、あなたは自分のクロックの上から1枚を、控え室に置く。 離れないで レアリティ:PR illust.- 初出:メガミマガジン 2006年10月号 ピンナップ② ブシロードスリーブコレクション Vol.25封入 平賀 慶介や八神機動六課部隊長の同型再販。その性能に関しては言わずもがな。 ネオスタンダード環境で4積みする、というのも悪くないだろう。
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長門有希 登場作品【涼宮ハルヒの憂鬱】 登場話数 1 殺害者 紫木一姫 最期の言葉 「………………………………………………ここから、逃げる、方法を探せば」 【本編の動向】 登場話は015「栞――(死因)」退場話は015「栞――(死因)」 見せしめがないラノロワオルタレイションにおける記念すべき第一号死者。 参戦時期がまさかの「涼宮ハルヒの消失」の一般人状態からということもあり、 最初に出会った紫木一姫にあっさりと戦力的にも知能的にも「役立たず」の烙印を押され、文字通り「切り捨てられた」 彼女の栞に残されたメッセージが意味を持つかは……紙のみぞ知るといったところだろう。 最初に出会った参加者が悪かったこともあり一話退場になってしまったが どの道彼女に出会わなくとも、スキルも支給品も恵まれていなかった彼女に生き抜く可能性は少なかった物と思われる。合掌。