約 925,916 件
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/181.html
出典:流行り神 年齢/性別:23歳/男性 外見:短髪で中肉中背、スーツを着用。 環境:2000年代日本、警視庁の地下五階、あるはずのない階層に存在する 警察史編纂室に勤務している。取り扱う事件は少なからず都市伝説に 関わっている。元キャリア組。 性格:科学とオカルト両面を考慮した推理をする事のできる柔軟な思考を持つ。 また基本的にリアリストなのかもしれない。 能力:警察官としての推理力、体力など。 口調:丁寧で穏かな印象を受ける。 交友:霧崎水明、式部人見などと共に数々の事件を解決してきた模様 警察史編纂室メンバーとも交友あり 備考:流行り神本編終了後人見式部参戦後から参戦
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/47.html
レオン・S・ケネディ 出典「バイオハザード2」 年齢/性別:21歳/男性 外見:身長:178cm、体重:70.2kg、茶髪に近い金髪、 『バイオハザード2』ではラクーンシティ警察署(以下R.P.D.) の青い制服を着ていた 環境:アメリカ在住 R.P.D.所属 性格:正義感に溢れており、人々を守る使命感を持っている、時間に大変ルーズ。 女性に対しては誠実だが、女運が悪い。 能力:射撃、格闘ともにそれなりにこなせる。 口調:一人称は「俺」、二人称は「~さん」。『バイオハザード4』以降では「泣けるぜ」が口癖である 交友:ラクーンシティを訪れる前からの参戦のため本編のキャラとは係わりはないと思われる 備考:OP直後からの参戦、天性のサバイバル能力があり、 様々な武器を扱える技術を持つ(ショットガンの扱いについてはやや不慣れである)。
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/41.html
名前:日野 貞夫(ひの さだお) 出典:『学校であった怖い話』 年齢/性別:17歳(1995年当時)/男性 外見:178cm・67kg、茶色っぽい髪。眼鏡をしている。制服姿。 環境: 鳴神学園3年F組、新聞部所属。鳴神学園にて秘かに実在を囁かれる集団、殺人クラブの部長。 新聞部では、設定が錯綜しているため時には部長であることもあるが、基本的には平の部員。 性格: 「殺人クラブ」ルートにおいては、切れ者で冷酷、 七不思議の集会を利用した人間狩りのお膳立てをした人物である。 自分の障害になるものを排除することを厭わず、殺人に快楽を覚える性質。 普段はそんな性癖はおくびにも出さず、頼れる先輩として周りに接する演技派でもある。 能力: 手刀で人の首を跳ね飛ばすことができる 、毒をどこからか調達してくるなど、こと殺人に関する知識と伝手は豊富である模様。 口調: 一人称は「俺」、他人は苗字呼び捨てなど。 普段は飄々とした口調、 本性を現しているときは狂ったような笑い声を上げたり、相手を精神的に追い詰める発言を繰り返すなど嗜虐性が覗く。 交友: 殺人クラブメンバー、また新聞部の後輩との交流が主。 備考: 『学校であった怖い話』はマルチシナリオ、マルチエンディングであり、 それぞれでキャラクターも全く違った設定・展開になるため、 今回は基本的には新堂6話目から発生するシナリオ「殺人クラブ」ルート上の 設定の状態での参加とする。 ちなみに殺人クラブは、自分にストレスを感じさせた人間をストレス解消のために殺す、 日野を筆頭に鳴神学園の学生で構成された、快楽殺人者集団である。
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/232.html
怪人・デカおじさん2 「怪人・デカおじさん」こと小暮宗一郎はドスドス走らせていた足を止め、周囲に目を配った。 霧深き街並みはともすれば先程の凶悪犯を見落とさせ、ひいては新たな被害者を出してしまう。 早急な逮捕こそが自身の求められるべき成果ではあるが、急ぐあまりミスをしては元も子もない。 警察に対する昨今の風当たりの強さは自分も熟知している。警官一人の不始末は、そのまま所属機関そのものへの不信感へと変貌してしまう。 そうなれば上司である尊敬する先輩・風海純也や、編纂室のボス・犬童蘭子に申し訳がたたない。 (この霧が何とか晴れないものか……) 胸中で小暮が嘆いていると、どこかから轟音が聞こえてきた。 巨漢はわずかに身動ぎ、天を仰ぐ。 (サイレン……?) 正午を告げるものだろうか。しかし妙だ。その時刻はとうに過ぎているはずである。 誤報か、あるいはこれも異変の一種だろうか。凝り固まった頭を男は働かせるが、答えは出てこない。 「む、これは」 期せずして、小暮の望みは叶った。視界を覆っていた霧は急速に消え、街全体の姿が広がっていく。 だが、それは新たな異変を告げるにすぎなかった。 唐突な暗闇、ネオンのような裂け目、錆ついた金属類……。 そうした異常そのものが、この町の全景であった。眼下にある川(あるいは湖)にいたっては、 まるで血の池地獄のような有様である。 「そんな……」 巨漢は恐る恐る自身の頬をつねってみる。 痛い。 今度は叩いてみる。 これも痛い。 殴ってみる。 やっぱり痛い。 (夢、ではない。すると……) 現実。そう断ずるよりほかない。 だが、ここまでくると何を疑えばいいのだろう。 世界か。 自分か。 今までだって様々な異常を体験してきた。そういう方面の耐性がないわけではない。しかし、今回は規模が大きすぎる。 何を基準に判断すればいいのかわからなくなってしまう。 ここで『この世界がおかしいんだ』と考えるのは、はたして警察官として正しいのだろうか。 公務員は全体の奉仕者である。であるならば、環境そのものを否定するのはどうかと思う。 では『自分がおかしくなったんだ』と理解すればいいのか。それも違う気がする。 そんな不安定な正義では警官など勤まりはしない。即刻辞表を提出して然るべきだ。 小暮はしばらく「うーむ」と首を捻っていたが、やがて自身の両頬をパーンと叩いた。 (ええい! 何を悩む必要がある! 犯人は逮捕、その後帰庁すればいいだけの話ではないか) 難しく事を考えている場合ではないのだ。こうしている間にも、凶悪犯は野放しであり、民間人が危険に晒されている。 それを打開するのが自分の本分であり、そこにそれ以上の何かを見出すことはいつでも出来よう。 最悪これが怪奇現象であったとしても、そんなことはこの際どうでもいいのだ。いかにして犯人を見つけ、確保するか。 その一点に思慮も行動も合わせておけばいい。 文字通り霧散したことにより、建造物が鮮明に見えている。 小暮はその内のひとつに目星を付け、その巨体を揺らせて向かっていく。 今となっては科警研(科学警察研究所)による科学的な捜査が主流となっているが、 小暮にとっては粘り強い聞き込みや張り込みなどの『足で稼ぐ』昔ながらの捜査が性にあっていた。 それにこんな状況・装備では科学的に捜査はできないし、体を動かしていた方が気も滅入らずに済むというものだ。 (あんな凶悪犯が町中をうろついているのだ。さぞ市民は怯えているだろう) 自分が少しでもその不安を取り除かなければ――。外見とはほぼ真逆な優しさを抱きつつ、 小暮はガソリンスタンドに足を踏み入れる。しかし彼を迎えたのは悲鳴でも罵声でもなければ、ましてや歓声でもない。 静寂である。無人ゆえの静寂。 「むぅ……」 人が息を殺している気配もない。本当に誰もいないようだ。 決意と裏腹の結果に大男は不満な声を漏らす。 不満な声を漏らしたのは彼だけではなかった。 グゥゥウウウウウ ともすれば地鳴りにも聞こえそうな爆音の発生源は、小暮の腹部からだった。 「…………」 そういえば、買い出しの途中だった。男は片手で腹を擦りながらコンビニの袋を覗く。 そこには普段食べることのないトリプルハンバーグ弁当(950円)があり、今か今かと出番を待っていた。 店員が気を利かせて温めてくれたので、まるで出来たてのようだ。ほそかに上る湯気とともに、食欲を誘う香ばしい肉の香りが漂っている。 ゴクリ 無意識に唾を飲み込み、 逡巡せずにそれを取り出し、 警戒を忘れて傍の椅子に座り、 無駄のない動きで割りばしを構え、 慎重な手つきで開封し、 繊細な動作で中身を摘み、 万感を込めて口に運ぶ。 ………… ………… ………… ………… ………… うまい。 【C-2/GS/一日目夜】 【小暮宗一郎@流行り神】 [状態]:満腹 [装備]:二十二年式村田連発銃(志村晃の猟銃)[6/8]@SIREN [道具]:唐揚げ弁当大盛り(@流行り神シリーズ)、ビニール紐@現実世界(全て同じコンビニの袋に入ってます) [思考・状況] 基本行動方針:凶悪犯の逮捕。 1:猟銃を持っていた男を早急に逮捕する。 2:警視庁へ戻り報告を行う。 3:何かが起こっている気がしなくもないが……あまり考えたくはない。 back 目次へ next 輝き 時系列順・目次 Implication When? Where? Why? 投下順・目次 Implication back キャラ追跡表 next 怪人・デカおじさん 小暮宗一郎 菊花の約
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/212.html
■日野貞夫……6 025 笑う死神 051 悪鬼がとおる 058 Deadly Belief 092 R Death13 098 今日も僕は殺されるOpen Your Eyes 106 『澱み』 [[]] ■新堂誠……8(2) 009 新しい風 019 戦士の心 035 休息 053 Doppelganger 088 エレル――ELEL―― 110 隠し件 111 今はそれどころではない 112 PITCH BLACKDEAD SPACE 134 The FEAST 1The FEAST 2 137 Against the Wind ■岩下明美……2(1) 011 魔王と邪神 039 輝き 068 クローズアップ殺人鬼 ■風間望……5 020 少年は見た! 032 Close Encounters of the Third Kind 063 完全なる傲慢者 073 罪物語‐ツミモノガタリ‐罰物語‐バツモノガタリ‐ 076 罪と罰――Accusation&Banishment―― ■福沢玲子……5 033 雲上海下(うんじょうかいか)前編雲上海下(うんじょうかいか)後編 064 猫歩肪当(猫も歩けば棒に当る) 094 レギオン 133 さらに深い闇へ 136 過去は未来に復讐する
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/268.html
ALONE IN THE DARK カルロス・オリヴェイラはアサルトライフルを構えたまま、周囲を見渡した。銃口の先に、動く影は無い。閉店時間にはまだ早い刻限だが、ほとんどの店のシャッターは降りてしまっていた。 天井が三階まで吹き抜けになっているためか、屋内だと言うのに閉塞感はあまり感じない。其処彼処に設置された電灯の幾つかは切れているようだが、行動に差し障りはない程度だ。管理が行き届いていないが、未曾有の生物災害の最中だ。それも致し方あるまいと納得する。 ホール中央にある噴水は涸れ果てている。以前は待ち合わせ場所として多くの人々で賑わっていたのだろうが、今はどこか物寂しげに佇んでいるだけだ。 ブーツの床を叩く音が大きく響く。 広大なショッピングセンターの中にも腐った人間たちが溢れていることを覚悟していたため、実のところ彼はあまりの静けさに拍子抜けしていた。ただし、この静寂は安堵よりも焦燥を覚えてしまう代物だ。一応の安全は確保できたが、その場しのぎに過ぎない。 このラクーン・シティに、安心できる場所など一つもない。それは身をもってよく分かっている。 カルロスたちが侵入したためか、屋内にもうっすらと霧が漂っている。そもそもが完全な密閉空間ではないので、どこからか入ってきているのかもしれない。 ここに来て霧まで出てくるとは、今回の任務はとことん運に見放されているようだ。これでは方角の判断すら覚束なくなる。 ショッピングモールは大通り沿いだから、迷いさえしなければ時計塔まで然程時間もかけずに到着できるだろうが。 「はぅ……。魅ぃちゃん。ここ、すごく大きいね。入ってるお店も一杯……全部閉まってるけど」 「まぁだ日が暮れて、大して経ってないってのにね。全っ然商売する気ないみたい。駄菓子屋の方が、まだ商人魂ってもんがあるよ」 「でも、何で入口は開いていたのかな。かな? 電気も点いてるし」 「おじさんに訊かれてもねえ……まだ人がいるんじゃないの?」 後ろを歩く二人が暢気な会話を交わしている。内容に多少違和感を覚えるが、汚染者に溢れた町を抜けてきているのに大した肝っ玉だ。十代前半という年齢も関係しているだろうか。その頃の自分がどうであったか、思い出したくもないが。 違和感といえば、年齢の割に、服装が少し古めかしい印象を受けるのが奇妙だった。オールド・ファッションというものなのかもしれない。 現在、左右の通路はシャッターが降りてしまっている。正面のシャッターだけ、半分ほどで止まっている状態だ。ほかの出入り口への最短ルートは使えないということになる。 シャッター程度なら破ることは出来るが、時間を取られることには変わりない。先の黒服の大男を誘い込むにしても、下手に時間を消費したくはない。 なにしろ顔面にグレネートを撃ち込まれて、ただ蹲ませることしか出来なかった相手だ。他の汚染者とは、頑強さが段違いだ。兵舎で受けたブリーフィングでも、あんな怪物の話はなかった。 仕留めきれると確信できる材料が手元にないのなら、逃げ切るしかない。 「お嬢さん方。一旦そこで待機だ。まず、シャッターの向こうの安全を確認してくっから」 振り返って言うと、ポニーテールの少女が愛嬌のある瞳で見上げてくる。彼女はぴっと親指を立てて見せた。 「はいよー。あ、そだ。お兄さんに"お嬢さん"って言われるのも悪くはないんですけど、名前で呼んでください。わたしは園崎魅音です。この娘は竜宮レナ」 ミオンの紹介に、隣のレナという娘がぺこりと頭を下げた。 「ミオンに、レナか。オーケイ。俺もカルロスでいい。ただ、救いのヒーロー・オリヴェイラとか、天下無敵の伍長殿とか呼んでくれると、ちょっと嬉しい」 おどけて敬礼して見せると、ミオンとレナが敬礼を返してきた。ミオンのそれはどうに入っているが、レナの方は少し気恥ずかしそうだ。 「了解しました。救いのヒーロー・オリヴェイラ」 「合点承知であります。ところで、天下無敵の伍長殿。自分たちはほいほい付いて来てしまいましたが、これからどうするつもりなのでありますか? てかさ、見てわかると思うけど、逃げ道、あんまりないよ」 「デカブツを誘いこんでから、この先の出入り口から出るのさ。それから町ン中に入っちまえば、撒くのは簡単だろ。ヘリコプターの着地地点までは俺がエスコートしてやるから、安心しろって」 「了解しました! 本官は伍長殿に従うであります」 「で、あります!」 ノリのいい二人に、カルロスは大雑把なプランを告げた。正直なところかなり恥ずかしかったのだが、それをどうにか顔には出さずに済んだはずだ。もっとも、ミオンはにやにやとしていたが。 シャッターの手前で二人を制止し、しゃがみこんでシャッターの向こうを確認する。 がらんとした、似たような通路が奥に広がっている。すぐ左手にあるのはマリンスポーツの専門店らしい。今まで縁のなかった店舗の一つだ。そこから目を外し、注意深く辺りを観察する。 右手は婦人服のテナントだ。奥に向かって、他にも見覚えのある名前が軒を連ねている。 問題ない――そう判断を下そうとして、カルロスは小さく息をのんだ。 男が一人、壁に背を預けたまま、身じろぎ一つすらせずに座り込んでいる。明かりが弱いために詳しい容姿までは分からないが、野戦服らしきものを着込んでいるのがわかる。"U.B.C.S."の隊員かもしれない。 「どうしたんですか? 魅ぃちゃん、何かあったのかな?」 「そこで止まってられたら、邪魔でありますよ伍長殿」 そう言って脇から潜ろうとするミオンを手で制止する。 「……男が座り込んでる。死んでるかもしれねえ。君らは右は絶対見ずに潜ってくれ。その後は、俺が許可を出すまでウィンドウショッピングでも楽しんでて欲しい。ただ、出来るだけ周囲には気を配っといてくれよ」 「死んでるって……」 「……その人がシャッターを持ち上げたのかな?」 「かもな」 人の死体があるかもしれない。そのことで、二人が息を呑んだのが分かる。死体など腐るほど見てきたはずだが、そうそう慣れるものでもないらしい。 どちらにせよ、子供の目に晒していいものではないが。 もっとも、死体そのものへの恐怖だけではないかもしれない。なにしろ、ラクーンシティでの死体は、ただの"死体"ではない。動かないはずのそれが動き、生者を襲う。 平時であれば死体ほど安全な代物ないのだが、ここでは脅威の象徴だ。慣れるものではないだろう。 肩越しに見た二人の顔が強張っているので、カルロスは軽口をたたいて緊張を解してやろうと思ったが、その寸前でやめた。このぐらいの緊張感ならば、むしろ持っていた方が生き残れる。 ただ、彼女たちの反応は、カルロスにこれが救助活動であることをより深く刻み込ませた。少女たちは此方ではなく、彼方の存在だと痛感する。だからこそ、守る意義があるというものだ。 シャッターを潜り、カルロスは慎重に男へと近づいていった。背後のミオンたちがこちらの言葉に従っていることを音と声で確認する。とはいえ、不安からか、ずっと喋っているので、歩哨としての期待は出来ないだろう。少女たちの会話に気が逸れそうになるが、しばし我慢する。 男はまだ動く気配はない。それどころか、既に死臭漂ってきていた。腹部に巻かれた包帯が、血でどす黒く染まっている。身に付けたポーチの幾つかには膨らみがあり、傍らにはM4A1を狙撃仕様にした代物が横たえられていた。 男は細身の長身で――見覚えのあるニット帽を被っていた。 「おめえかよ……畜生」 小さく毒づく。男は、アルファ小隊のマーフィー・シーカーだった。狙撃の名手の瞳は半ば開かれ、床をじっと見つめている。もう、彼がスコープから世界を見ることはないだろう。 カルロスは銃口を、友人の死体に向けた。照星越しに彼の頭を見やる。 マーフィーは死んだ。もう空っぽだ。しかし、この糞のような生物災害は死者の尊厳を軽く踏みにじっていく。それから友人を救ってやるには――頭を撃つしかない。 呼吸が荒くなる。これまで山ほど生きた人間を撃ってきた。今度は死体だ。道端に落ちた空き缶よりも容易い標的ではないか。しかし、引き金は鉛のように重かった。 友人の形をした標的など、撃った経験がない。指が震えそうになる。 このまま踵を返して、二人を連れて出ていく。その考えは実に魅惑的だった。ゾンビになろうとなるまいと、自分が見ることはない――。 と、マーフィーの身体が動いた。彼の顔がゆっくりとあげられる。カルロスを見定めたマーフィーの瞳には、以前の温和で親しげな光はなく、虚ろに白濁していた。低い呻き声が、マーフィーの喉から漏れる。 カルロスは深く、大きく息を吐いた。見てしまった。知ってしまった。ならば、もう覚悟を決めるしかない。 マーフィーは、もう死んだ。こいつはもう、あのマーフィーではない。そう言い聞かせる。 それでも、カルロスは悲しげに笑みを刻んだ。 「……もう休んでいいんだぜ、相棒」 今度はゆっくり兄弟と話してこいよ――。 銃声が響き、壁に血と脳漿が飛び散った。排出された薬莢の残響が通路を転がっていく。少女二人が驚きの声を上げたのが聞こえたが、カルロスは無視した。反応するのも億劫だった。 撃ち殺した友人の死体に片膝をつき、そっとポーチを外す。弾倉はなかったが、未使用のウエポンライトが入っていた。使えることを確認して、手早くグレネードランチャーからそれに付け替える。 すぐ背後で足音がした。ミオンとレナだ。こちらが無視しているので、腹に据えかねたのだろう。 カルロスは顔を動かさず、ただ、なんだ。とだけ訊いた。 「……ねえ、なんで撃ったの? その人、死んでたんじゃないの?」 「死んでたよ。だが、ゾンビになっちまった。だから、撃った。明快だろ……」 「いや、ゾンビって――」 「悪ぃが、ちったぁ黙ってらんねえのか?」 問いを重ねようとしたミオンに、刺すように答える。直後に後悔が襲ってきたが、それも無視した。 もう一つのポーチからは赤色の塗装が施された焼夷手榴弾が三個出てきた。テルミット反応によって、鉄骨すら融解させる熱量を生み出す代物だ。本来はバリケード等を除去するために使う道具だが、それ以外に使い道がないわけではない。 押し黙ってしまったミオンに代わり、遠慮がちなレナの声がかかる。 「……お知り合いだったんですか? カルロスさんの声……聞こえちゃったから」 「ダチさ。君にしてみれば、ミオンが死んだみたいなもんだ」 「………………。ごめんなさい」 尻すぼみに小さくなっていくレナの声を背中で聞く。小さいが、その響きは耳朶に痛いほどに響いた。 カルロスは自分の顔を殴りつけたい衝動に駆られた。まただ。ここまで余裕がないとは、怒りを通り越して笑えてくる。 胸中で己を呪いつつも、手はやるべき事柄を黙々とこなしていく。 マーフィーのライフルに弾は残っていなかった。しかし、ホルスターに入っていた拳銃には充分に残っていた。手に付いた血をシャツで拭ってから、それを引き抜いた。 立ち上がり、少女たちを振り返る。ミオンはカルロスから顔を背け、レナは俯いている。 ばつが悪く、カルロスは鼻を掻いた。マーフィーの死体を一瞥し、進むべき方向へと銃を構えた。 行くぞと出発を告げてから、彼は一度大きく息を吸った。戦闘とは違った意味で勇気がいる。 「ミオン、ごめんな。レナも、気を使わせちまってすまねえ。調子乗って景気のいいこと言ったが、実のところ、俺もテンパってんだ」 前方を向いたまま、謝罪を告げる。 一拍置いて、さらと衣擦れの音がした。肩でも竦めたのだろう。 「謝らなくていいよ。わたしも配慮が足らなかったし。おあいこってことで」 「……それに、カルロスさんはちゃんとヒーローですよ。レナたちにとっては」 「ありがとうな、おまえら」 「まあ、どこかで仕返しするかもしれないけどさ」 「……あいよ。どうにでもしてくれ」 そう呻くと、ふっとミオンが噴き出した。これで仲直りだと、胸を撫で下ろす。ミオンはカルロスの前に回り込むと、ホールドオープンしたままの拳銃を弄びながら口をとがらせた。 「だけど、状況は説明してほしいな。一体、どうなってるのさ?」 「状況、ねえ……」 状況を説明すると言っても困るものだ。ラクーン・シティ壊滅の経緯など、彼女たちにとっては今更だろう。 ゾンビが、アンブレラの研究所で起きた事故に起因するらしいことか。それとも、救助部隊がものの数時間で壊滅したことか。 もしくは、カルロス自身が抗ウィルス剤を打ってあるので、多少噛まれたぐらいではゾンビ化の心配はないことを告げるか。もっとも、マーフィーの件から、その効果は怪しいところだが。 どれも話したところで、彼女たちが得られるものは少ないだろう。それどころか、ただ徒に不安を煽るぐらいの意味しかない。 実のところ、状況を説明してほしいのは彼も同じだった。 ミオンに、使えるよな。と目で訊きつつ、カルロスは自分の拳銃を差し出す。 「多少話せることはあるだろうが、根本的なもんは俺もさっぱり分からねえからなあ。俺、下っ端も下っ端だし」 左手の通路は、奥で管理シャッターが降りてしまっている。右手の通路から出るしかなさそうだ。 受け取った拳銃を眺めまわしつつ、ミオンが半眼でカルロスを見やる。 「ヒーローなのに下っ端なんだ……」 「下っ端でなきゃ、困る人が一杯出てきちまう。だから、ヒーローなんて成るもんじゃあねえんだ」 自嘲に肩を揺らして、カルロスはミオンを追い抜いた。 "U.B.C.S."はある意味、ヒーローの集まりだ。 兄弟の仇打ちのため、ギャングに単身で戦いを挑んだ男――。 少数民族独立のために、全てを投げ打って奮闘した男――。 政府を倒し、より良い国を作るために戦った男――。 物語の中でこそ彼らはヒーローとして輝くが、現実においては異分子でしかない。一時持て囃されても、やがては排除される。 社会は、異端を囲ってくれるようには出来ていない。ヒーローから大義や名誉を削ぎ落としていけば、最後に残るのは殺人者の称号だけだ。 祖国や思想のために殉じ、そして切り捨てられた英雄たちの辿り着く最後の戦地が"U.B.C.S."だった。もっとも、ただの犯罪者も多いのだが。 動くものがないことを確認して、右の通路に足を踏み入れる。靴屋の真新しいゴムの匂いが鼻孔をくすぐっていく。 「魅ぃちゃん。まず、ここが何処だか訊いた方がいいんじゃないのかな? 雛見沢じゃないのは確かだけど……ここまでずっと、看板とかの文字は英語ばっかりだよ? だよ?」 「そうそう。それだ。ここって興宮市……でもないよね?」 「何言ってんだお前ら……?」 あまりに頓珍漢な言葉に思わず振り返る。そのとき、後方でガラスが砕け散る音が響いた。そして、不明瞭な唸り声――。 「やっと来なすった。後回しだ! 逃げんぞ!」 通路を駆け抜ける。抜け出ようとしていた扉はシャッターが降りている。銃で破壊するか。それとも、マーフィーの手榴弾を使うか。 その手段を頭に残しつつ、カルロスはもう一つの角を曲がった。当初利用しようとしていたものとは反対の出入り口につながるルートだ。 実質、大男との距離が近くなるが、駆け抜ければ時間は取られなくて済む。この出入り口はエントランスホールから直線的に繋がっているから、撒くという当初の目的にはあまりそぐわないが――。 「くっそ……!」 目に入ったのは、非情にも通路を塞いでいるシャッターだった。時間を無駄にした。 すぐに来た道をとって返す。急な方向転換に、ブーツの底がきゅきゅと声を上げた。ポーチに手をやり、焼夷手榴弾を掴む。と、ミオンたちの姿がない。 「カルロスさん、こっち! 二階から外に出る階段があったの、覚えてる!?」 エスカレーターの角からレナの声が飛んだ。彼女もまた、入口の案内図を確認していたようだ。 確かに、二階から直接外へ出る階段はあった。そこから脱出すれば、大男の裏をかいたことになるだろう。 だが、すんなりと行くとは限らない。二階の管理シャッターが降りている可能性は充分にある。 とはいえ、レナは既にエスカレーターを駆け上がってしまっている。この様子では、ミオンは二階にいるのだろう。呼び戻している時間はない。地鳴りのような足音が聞こえている。 カルロスはエスカレーターを駆け上がった。登り切ったところで、階下に手榴弾を放り投げる。これで三秒は稼げるはずだ。それに、防火シャッターも作動するだろう。 首を巡らすと、レナとミオンが右手の通路先で待っていた。合流し、また走り出す。 通路は吹き抜けの回廊へと出た。パン屋やコスメショックの電飾が、空々しく回廊の床を照らしている。 背後から怒号ともとれる叫びが聞こえてきた。そして、シャッターを殴りつける音も耳が拾う。上手く妨害出来たようだ。 息を切らしながら、ミオンが叫んだ。 「なんであいつ追いかけてくるのさ!? しつこいにも程度ってもんがあると思うよ!」 「怨みでもあるんじゃねえか? 心当たりはあるかい? 胸に手を当てて訊いてみようぜ」 「レナはスコップでお腹刺しました」 「おじさんは拳銃で何回も撃ったよ」 「おお。心当たりの見本市だな。ついでに俺のグレネードが加わるわけだ」 「でも、まったく効果なかったよ。何も影響ないなら、何もしなかったことと同じじゃないか。まったく、器の小さい男だね」 「図体の方に栄養まわしすぎたんだな、きっと」 「何食べたら、あんな風になるのかな……?」 「いや、真面目に受け取らないでくれ。返答に困るから」 左右に扉が見える。階段へと繋がる道だが、遠回りだ。カルロスは正面の喫茶店のガラスに向かって引き金を引いた。鍵がかかっているかどうか、それを確認する暇も惜しかった。 目映い閃光の中でガラスが飴細工のように崩れ落ちていく。 「あー! 犯罪!」 「知るか! 足元、気ぃつけろよ」 床に散らばったガラスは明かりを受けて、恨めしそうに煌めいていた。それを踏み砕き、コーヒーの香りすら漂う店内を走り抜ける。 カウンター奥の扉の内鍵を外し、手早く外の周囲の安全を確認する。 何も問題はない。控え目な照明の中で蠢く物は何もなかった。従業員用の狭い通路がただ薄闇の中に伸びているだけだ。 すぐ正面に扉がある。ドアノブを銃底で破壊してこじ開けると、香水の匂いが鼻についた。女性服のブティックのようだ。若い娘向きの服飾が品よく並べられた店内に、少女たちが歓声に近い声を上げた。 妙だと、試着室の中を確かめながらカルロスは口を曲げた。あまりに整然としている。いや、それはこの店舗だけではない。このショッピングモール自体、まったくと言っていいほど災害の爪痕が残っていないのだ。 この店でもハンガーラックは乱れることなく整然と並んでおり、掛けられた品物もまったく荒らされた形跡はない。ほんのつい数時間まで、通常の営業を行っていたような具合だ。 戒厳令が下って早数日が経っている。もっと店内に死体が溢れていているはずだ。映画のように立て篭もったのならば、今度はバリケードを築いた形跡ぐらいは残っていていい。 カルロスは小さく舌打ちした。ここを抜ければ出口なのだ。些細な疑問は、少女たちを脱出させてから一人で考えれば済むことだ。 そのとき、宵闇を劈くようにして重苦しいサイレンの音が鳴り響いた。ラクーン市警察の生き残りによるものだろうか。心が漫ろ立っていくような不快感が身体中に広がっていく。 サイレンの音色というものは元々気持いいものではないが、しかし、これはまるで――。 そこでカルロスの思考は中断された。 「何なのさ、これ!?」 「変だよ!? どうしちゃったのかな!? かな!?」 ミオンとレナの悲鳴が響いた。何事かと、カルロスは彼女たちの方を振り返らなかった。おそらく、彼女たちと同じものを彼も見ていたからだ。 周囲の風景が、サイレンの音にはぎ取られていくように変貌していく。 磨かれたような床は汚泥がこびりつき、白亜の壁には無残な黒染みが広がっていく。試着室のカーテンは風化してぼろぼろとなり、並べられていた服は返り血のようなもので汚されていった。 たちまちの内に、ブティックは廃墟のような佇まいに姿を変えた。 目の前で起きた出来事がまったく信じられない。 集団幻覚の類なのか。それとも、白昼夢でも見ているのか。 はたまた、もう三人とも死んでしまっていて、これは地獄か煉獄の風景なのかもしれない。そんな映画か何かのような妄想までが頭をめぐっていく。 カルロスが悲鳴を上げなかったのは、単に少女たちに先を越されただけに過ぎない。 やがて照明が弱まっていき、暗闇が辺りを包んでいった。 銃身に装着したライトのスイッチを入れる。入口に駆け寄って確かめると、入口のドアの鍵は――開いている。 「――とにかく、出るぞ!」 形振り構わず飛び出そうとする衝動を懸命に堪え、外をチェックする。それを終え、カルロスは扉を抑えながら――離したら永遠に開かないような気がしたのだ――店内にライトを向ける。少女たちの方は堪りかねたように外に飛び出した。 左手の闇にブラウン管が不気味に浮き上がっている。画面には砂嵐が流れ、無数の虫の羽音のような不協和音を奏でていた。 ライトがエスカレーターの手すりを映し出す。光の輪の中でミオンとレナが駆け寄る――。 と、二人が急停止した。 「来るときはあったのに――!」 レナの悲鳴が奔る。 追いついたカルロスも思わず呻いた。階段が途中で崩落してしまっている。その先に広がるのは無明の闇だ。ライトの光すら通さない。 銃口を階下に向けてみるも、本来であれば見えるはずの一階の床が見えない。せいぜい十七フィートぐらいの高さしかないはずなのにだ。それどころか、壁や看板すらライトは照らし出さない。まるで、闇が質量を伴って階下に沈澱しているようだ。 右後方で、轟くような大声が上がった。大男は近くまで来ているらしい。 「もう、飛び降りよう! 上手くいけば――」 「足折るのが関の山だろう! 三階だ!」 自棄になって叫んだミオンを制止し、ブティックの横から続く階段へライトを向ける。三階へと伸びる階段は、しっかりと途切れることなく続いている。 カルロスが最初に三階まで上がり、階上から階段を照らした。ミオンたちが少しぎこちなく足早に駆け上がってくる。 息が上がっているが、それを整えさせるだけの時間は与えてやれない。可哀想だとは思うも、カルロスは次の指示を飛ばした。 「これからエスカレーターで一気に下まで降りるぞ」 二人は不満げな顔もせずに頷いた。 ミオンたちを先に行かせ、カルロスは背後から彼女たちの道を照らした。正面に小さな扉があり、それをレナが開ける。大男には酷く窮屈な大きさだ。これならば、また少し時間が稼げる。 扉の向こうは二階のそれと同じような吹き抜けのある区画だった。しかし、鉄柵は赤錆で覆われ、それは周囲の店舗にまで浸食している。なんの店だったのか、まったく判別できないほどだ。吹き抜けから大きな足音と、壁が砕け散ったらしい物音が聞こえた。 大男は邪魔な壁をぶち抜きながら追って来ているようだ。大男にとって、壁は大した障害にはなりえないということだろう。誘い込むなど、悠長な考えは最初から無意味だったらしい。 吹き抜けを走り抜け、突き当たりの壁を左に折れる。背後で壁が軋りを上げた。硬く尖った物でコンクリートを穿つような音だ。大男は――すぐそこまで来ている。 「急げ!」 最後尾につき、少女たちの足元を照らしてやる。彼女らは意外と健脚で、カルロス自身も半ば走るような形になった。最後は中段から床へと飛び降りた。 暗闇を切り裂く一条の明かりを頼りに、床を蹴る。ライトが一瞬だけ、マーフィーの姿を照らした。変わり果てた世界の中で、親友は変わらぬ姿で座り込んでいた。 顔がくしゃりと歪みそうになる。周囲の暗闇を、カルロスは初めて感謝した。 彼らが潜りぬけてきたシャッターは大きくひしゃげ、無残な姿を晒していた。明かりが一部だけ生きているらしく、シャッターの向こうに出たミオンとレナの影が見える。 涼やかな風がカルロスの頬を撫でた。出入り口の方からだ。この通路は、しっかりと外に繋がっている。その事実に、歓喜が身体を満たしていくのが分かった。 「カルロスさん、はやく!」 やはり、どこか安堵したようなレナの声が飛ぶ。 カルロスのライトは、眩しいほどの笑顔を浮かべるレナを照らし出した。 刹那――その笑顔が、漆黒のコートに身を包んだ大男の顔に入れ替わった。地響きを立てて降り立った大男がゆっくりと立ち上がる。 ミオンが引き攣った声を上げた。 大男の足元から赤い池が広がっていく。そこには、複雑に潰れた肉塊が転がっていた。そこから飛び出した白い骨が、悪趣味なオブジェのようにそそり立っている。 先ほどまで、目映く純真な笑顔を浮かべていた少女の成れの果てだ。 大男は、おそらくは三階から飛び降り、真下に居たレナを頭から押し潰したのだろう。傍に落ちている白い帽子が朱に浸食されていく。 ミオンがレナの名前を叫ぶのと、大男が不明瞭な吼え声を上げるのは同時だった。声に反応し、大男がミオンに向き直る――。 「逃げろ! ミオン!」 カルロスはアサルトライフルをセミオートからフルオートに変更し、大男の背中に向けて引き金を引いた。閃光の中で、銃弾の雨が大男の背に踊る。浮き上がりそうになる銃身を、身体を落として押さえつけた。 逃げろ、か。カルロスは自嘲気味に笑った。 逃げ出したいのは自分自身の方だ。この救助活動を投げ出したところで咎める者などいない。作戦はとうに失敗している。どうせ、隊員の生死を確かめることすらされないだろう。所詮、消耗品だ。 死亡は容易に偽装できる。そうしたら、また顔を変えればいい。絶対に捕まらない。自信はある。自分ならやれる。 そう思いはするが、そのプランを彼はあっさりと切り捨てた。 なぜ己は"U.B.C.S."との契約を結んだのか。それを反芻する。 新しく人生をやり直したかったからだ。それまでの過去を捨て、生まれ変わりたかった。 ゲリラに属していた時と違い、この任務には仰々しい大義も厳かな使命も与えられていない。だが、自分が見出した意味はある。 か弱い女の子たちのエスコートだ。感謝以外に得るものはないが、命を懸けるに全く値しないかというと――そうでもない。 それに――と、カルロスは大男を睨みつけた。 事はもっとシンプルだ。大事なことは、いつでも単純なものだ。 ――こいつは、純朴な女の子を躊躇うことなく殺した下衆野郎だ。それを生かしておく道理があるか。 大男が踏鞴を踏んだところで、弾が切れた。空弾倉を捨て、予備の弾倉に交換して初弾を装填する。 「でも、こいつは――!」 「行け! 絶対戻ってくるんじゃねえぞ!」 「だけど! それじゃあんたが!」 「……子供がね、大人を気遣うんじゃないよ」 尚も粘るミオンに、カルロスは笑みを浮かべた。彼女は本気で心配しているのだろう。 二十歳にも満たない子供が、歴戦の兵士を気遣っている。場違いで、正しい判断ではないが心地いい。 いい娘だ。彼にとっての最後の救助になるとしても、まったくもって悪くない。 ――カルロスさんはちゃんとヒーローですよ。 レナの言葉が耳に蘇る。 あれは嘘だ。結局、あの娘を守ることは出来なかった。けれども――。 「ああは言ったけどな。やっぱり男の子の憧れなんだよ。ヒーローって奴はさ!」 再び引き金を引く。体勢を立て直し、掴みかかってきた大男の腕を掻い潜り、脇腹に一発撃ち込む。効果のほどは見えないが、蚊に刺されたぐらいの煩わしさは感じてくれたらしい。 大男の殺意が、完全に己へと向けられたことを感じた。その巨体から発せられる死のイメージに、情けないほど肌が粟立っていく。 「……了解しました、伍長殿!」 ミオンが走り去っていく音を耳が拾う。納得したかどうかは別として、少なくとも覚悟のほどは感じ取ってくれたらしい。 小刻みに床を蹴って、大男の背中へと回り込む。がら空きの胴体に向けて、銃口から閃光が迸った。 「時計塔だ! 時計塔を目指せ!」 己の銃声に負けぬよう、大声で叫ぶ。ミオンに届いたことをカルロスは願った。 これで彼女が生還できれば、自分は格好いい兵隊さんであり続けるわけだ。なるほど、充分な報酬じゃないか。 「お姫様が逃げる時間を稼がなきゃな」 大男は跳躍すると、勢いに任せて腕を振り上げた。足を踏み変えて半身を入れ替える。怖気をふるうほどの圧力が髪を撫でる。 空を切った拳は床に叩きつけられた。敷かれた床板が砕け飛び、粉じんがライトの中できらきらと舞った。 側頭部にも一発お見舞いし、転がって一度間合いを取った。大男の首が大きく横に弾けた。空弾倉を捨て、最後の弾倉を嵌め込む。 しかし、大男の回復は存外に素早く、稼いだ距離は一呼吸もしない内に無とされた。 砲弾のような拳が、颶風を纏って繰り出される。それを目算で半歩に満たない動作で避ける。力を加減して至近距離で三発、コートに覆われていない右肩に叩き込む。肉が爆ぜ、血が撥ねる。 それに怯んだ様子もなく、大男は大きく踏み込むと腕をなぎ払った。後ろに跳んで直撃は避けたものの、拳が左腕を掠めた。バランスを崩し、カルロスは床に転がった。 受け身を取って立ち上がるも、大男は目と鼻の先にまで接近していた。銃ごと押しつぶすように、拳がカルロスに向けて振り抜かれる。身体は為す術もなく壁へと叩きつけられた。胸部と背部からの衝撃に息が詰まる。鼻孔に血の臭いが広がった。 懸命にライフルを構えようとするが、大男に銃身を払われて手から弾け飛んだ。指先から激痛が走る。折れたかもしれない。からからと音を立てて、ライフルは床の上を滑って行った。光の輪は目まぐるしく位置を変え、最後に大男を中に捉えた。 立ち上がる猶予もなく、カルロスは大男に顔面を掴まれた。寸前、大男に踏みにじられたレナの死体が見えた。抵抗するが、相手は意にも解さなかった。そのまま身体を片手で持ちあげられる。首の筋肉が悲鳴を上げた。 万事休すだ。しかし、カルロスの頭は対抗手段をまだ探っていた。 カルロスの手が腰のポーチに触れた。その中の手榴弾をどうにか掴み取る。差し出すようにそれを持ち、ピンに指を通す。 顔を掴む指の間から、大男の白濁した目が見えた。何ら感情が宿ることのない、白蝋のような瞳。マーフィーのものと同じそれが、まっすぐにカルロスに注がれている。 「ガン、飛ばしてんじゃねえよ……」 顔面に尖った何かがめり込むのを感じた時、カルロスの指は手榴弾のピンを引き抜いた――。 魅音は暗闇の中をひたすらに走っていた。何度も躓きながらも、奇跡的に転ぶことはなかった。転べば、多分立ち上がることすらできないだろう。そう確信する。 随分走った様な気がするが、この暗闇だ。実は大した距離は動いていないのかもしれない。ただ、疲労だけは重なっていく。 全身を撫でていく風が、ショッピングモールから脱出できたことを教えてくれた。カルロスは時計塔に行けと言っていたが、これでは無理な話だ。 星一つ見えない夜闇は、纏わりつくように魅音の周囲を包みこんでいる。その闇から、うっすらとだけ建物や電柱の影らしきものが現れては消えていく。 一瞬、背後で光が生まれた。路上に魅音の影が伸びる。しかし、それはほんの二秒かそこらで消え、また暗闇が戻った。音も何もしなかったが、ショッピングモールの方からだろう。 カルロスが何かしたのだ。彼は勝ったのだろうか。しかし、魅音の足は止まらなかった。ここで戻っても、彼は怒るだろうから。 魅音は唸るように息を吐いた。レナが殺された。一番の親友が、あんな死体とも分からないような塊にされてしまった。無残に潰された彼女の姿が、目から焼き付いて離れない。 視界がほとんど効かないせいで、それは鮮明に脳裏に居座り続けていた。ふとすると、実際に目の前にあるような錯覚すら覚えるほどだ。 悲しさと悔しさと虚しさとが合わさり、外気よりも冷たい風が胸の内で吹いている。 響く足音はたった一つだ。一人ぼっちで走る暗闇は、酷く心細かった。 「ちくしょう……。絶対仇取ってやるからね。絶対だよ……!」 言葉に出したが、これでは負け犬の台詞のようだ。とても惨めで、涙が頬を伝った。 もう、レナの声は聞けない。彼女と部活で勝負もできないし、一緒に買い物に行くこともできない。 彼女は永遠に失われてしまった。悟史のときと同じように――。やはり、自分は何も出来なかった。 圭一の見舞いに行くだけだったのに、どうしてこんなことになったんだろう。どうしてここは雛見沢じゃないんだろう。ここは一体――どこなんだろう。 雛見沢に漂う土と木々の匂いが酷く懐かしかった。 右手で頬の涙を拭う。右手は、拳銃を握ったままだった。カルロスが渡してくれた拳銃だ。 いつも持ち歩いているモデルガンとは違う、本物の銃――それはとても重く腕に負担をかけている。けれども、魅音はそれから手を離すことはしたくなかった。 無手が怖いということもある。しかし、それとは別に、拳銃が勇気を与えてくれているような気もしていた。 最後の彼の表情を、魅音は見ていない。彼女の瞳に映っていたのは、カルロスの背中と、彼のライトが照らす黒ずくめの大男だ。 彼は怯えていたか。いや違う。多分、陽気な笑みを浮かべていたのだろう。怖くないはずはない。それでも、魅音を元気づけようと――。 この拳銃は、その勇敢な兵士が使っていたものだ。それだけで何か特別な力が宿っているのではないか。それは絶対にない話ではないと、半ば信じてすらいた。 眼前に街の明かりが見えた。ぽつぽつと弱々しい物だが、それは暗闇に慣れた目には染みるようだった。足の回転が力強いものに変わる。まるで、そこに辿り着けば全部解決すると身体が感じているようだ。 前方で、小さな炎が瞬いた。たんと破裂するような音とともに、腹部を衝撃が突き抜けた。何か鋭く熱いものが肉に抉り込み、身体の中で弾ける。 またちかちかと炎が闇の中で瞬く。その数と同じだけ。胸や肩へ似たような衝撃が突き刺さっていく。魅音の右手から落ちた拳銃がアスファルトの上でがちゃりと音を立てた。 魅音の足は止まっていた。そのまま前に踏み出すことなく、身体はアスファルトの上へと倒れこむ。身体中が熱く、それでいてとても寒かった。倒れこんだ身体の下から、生温かい液体が毀れだしていく。 撃たれたのだと、漸く魅音は気づいた。 足音が近づいた。声が聞こえる。 「――くしょう。ふざけんな。何が"S.T.a.R.s."だ。あの脳筋の低能ども、ずっと俺を馬鹿にしや、がって……怖ぇもんは怖いんだ、くそったれめが」 不明瞭な声で何かを罵りつつ、男は魅音の横を通り過ぎていった。誰かに向けられているようで、誰にも向けられていない。他人の感情を読み上げているような、そんな空虚な響きがあった。 聞き覚えのある声だが、それが誰だったか思い出せない。 喉が酸素を求めて喘ぐが、抜けるような喘鳴が漏れるばかりだ。意識が周囲の闇に蝕まれ、希薄になっていく。 黒ずくめの大男の声が遠くで聞こえた。 呼ばれし者どもめ――。起伏のない声音で、そう叫んでいる。 やがて、それも聞こえなくなった。もう、何も聞こえることはなかった。 【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に 死亡】 【カルロス・オリヴェイラ@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ 死亡】 【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に 死亡】 【E-2/一日目/夜】 【タイラント NEMESIS-T型(追跡者)第一形態】 [状態]:上半身に複数の銃創、重度の火傷(回復中) [装備]:耐弾耐爆コート(損傷率60%) [道具]:無し [思考・状況] 基本行動方針:「呼ばれし者」の皆殺し 1:「呼ばれし者」を捜索し、その場で殺害する。 【備考】 ※耐弾耐爆コートが完全損傷した段階で、本個体が完全破壊されて無い場合、第二形態へと移行する。 ※E-2のショッピングモール一階奥の店舗「ブルーベル」の近くにマーフィー・シーカーの死体とSPR‐Mk12(0/30)が落ちてます。 ※裏世界のショッピングモールは、二階から一階エントランスへと続く階段が崩落しています。またSH3本編で三階の吹き抜けを塞いでいた壁はありません。 ※通常出入り口を西と見たときの南側の一階階段と吹き抜けエリアにTH3焼夷手榴弾による破壊跡、カルロスとレナの焼け焦げた残骸、コルトM4A1(27/30 ウエポンライト装着)があります。コルトM4A1は壊れてる可能性があります。カルロスの所持していた他の装備はすべて焼失しました。 ※E-2路上の魅音の死体の傍にSIG-P226(残弾15/15)が落ちています。 ※ブラッドの死体は闇人化しました。殻がT-ウィルスに汚染されているため、常とは違う変化や状態になるかもしれません。 back 目次へ next 闘争 時系列順・目次 ジャックス・イン 彷徨える大罪 投下順・目次 Vicious Legacy back キャラ追跡表 next 追跡者 竜宮レナ 死亡 追跡者 カルロス・オリヴェイラ 死亡 追跡者 園崎魅音 死亡
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/378.html
四天王(失笑) -- 暴犬 (2011-04-09 22 33 56) アイスピック(失笑)をもっと腰を入れて突かないから(失笑)霧絵まで届かないのでしょう(失笑)。これだから日野様(失笑)は。 -- 名無しさん (2011-04-10 10 31 53) 腰入れたら眼鏡がズレてしまいまする。だからコンタクトにしろと -- 暴犬 (2011-04-10 10 55 58) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/383.html
みやちゃん -- 暴犬 (2011-04-10 17 02 26) 詩音と1歳差とは思えない頭身。きっとケルブ視点だからなんでしょうな。 -- 名無しさん (2011-04-11 08 27 51) 14歳も幼児ときいて -- 暴犬 (2011-04-11 18 34 36) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/456.html
PITCH BLACK (一) 空になった弾倉を入れ替えながら、ハンクは己が視ているものに対して首を傾げた。 "研究所"と手軽な方法で訂正された看板には"ラクーン大学"と書かれている。懐中電灯を仕舞って、マスクを被り直す。 白と黒で構成された世界に鎮座する、風格を感じさせる洋館めいた建築物。その三階部分にちらちらと光が見えた。先客がいるようだ。 ハンクは溜息を吐いて、方向を変えた。 誰かがいると分かった以上、正面から侵入するのは得策ではない。もし、三階にいる人間がこちらに害意を持つ相手であれば、格好の狙撃ポイントを取られたことになる。 そうでなかったとしても、こちらの位置を既に把握されるような事態だけは避けたかった。有利にことを運ぶためには、如何に相手よりも情報を多く集められるかにある。 なにより、相手を過小評価しないこと――。 もっとも、相手は既にハンクに居場所を知らせるような悪手を打っている。そこから、少なくとも狙撃のために三階にいるわけではないと推察できる。 しかしながら、襲いかかってきた"U.S.S."の同胞たちや、気の触れた東洋人のようなケースを除外できるほど楽観的にもなれなかった。 少し通りを行くと、大学の裏側に出た。柵を乗り越え、ハンクは放置された車両の影に潜みながら校舎に近づいていく。 周囲に気を張りながらも、芽生えた奇妙な感覚を消すことはできなかった。 額面通り受け取れば、あれが"ラクーン大学"ということになる。 それが腑に落ちない。他所の土地にも"ラクーン大学"というものはあるのかもしれない。しかし、"アライグマ"の大学に通う学生の羞恥は想像に余りある。まともな考えの親なら、そんな大学に子供を通わせたりはしまい。 マンハッタンでもないのに、わざわざ"酔っ払い"の大学と名づけるようなものだ。 どちらにせよ、そのような大学施設は経営的に存在しえないことは火を見るより明らかだ。紛らわしいので必ず訴訟の対象となるだろう。なにせアメリカ人は訴訟が大好きだ。 そうなると、これは紛れもなく"ラクーン大学"という可能性しか残らなくなる。だが、それはそれで納得しがたい。 だが、任務の前に頭に叩き込んだラクーンシティーの知識――その中に含まれていた"ラクーン大学"の校舎やその関連施設と目の前の風景は一致するのだ。おそらくは構造も一緒だろう。違うとすれば、河ではなく湖が傍にあることぐらいか。 何か大がかりな悪戯に巻き込まれているのか。それとも、単に悪い夢を見ているのか。 前者は、己が盤上にいる内は確かめようがない。 後者は頬を張れば分かるらしいが、かつて夢の中で実行して痛みがあったことを思い出して直前でやめた。 構えていた拳を解き、十分に接近した建物を観察する。一階の窓ガラスにライトのものらしき光が見えた。別の入り口をと首を巡らすも、目視できる扉は建物の中央付近の一つだけだ。しかも、電子ロックらしき機器が備え付けられている。 待つことは苦でないが、しかし肝心の侵入経路に支障が出来てしまった。 扉は如何にも頑強に作ってあり、蝶番を破壊するのも現状の装備では難しいだろう。下手に音を鳴らせば、先客に気付かれるだけでなく、要らぬ来客を引き寄せてしまうかもしれない。 電子ロックが機能していない可能性を期待するのは元より愚かでしかない。 もっと迅速かつ理知的で合理的な手段が必要だ――。 「……ひとまず、その辺の窓撃ち抜くか――」 ふと、聞き慣れたローター音を耳が拾った。ハンクは上空を見上げた。その響きは、段々と夜の空気を大きく震わせていく。 音は大学のすぐ上空ほどで漂っているのに、視界には星ひとつない夜空が広がるだけだ。 ただただ夜の静寂が乱されていく。眠りを妨げられたか、駐車場の奥から怒りに満ち満ちた吼え声が上がった。 即座に銃を構えたハンクの目に映ったのは、重々しい響きと共に突進してくる禿頭の大男だった。 (二) 深紅の持つライトの光が"研究所"の纏う夜闇を剥いでいく。しかし、その光の輪は心許なく、返って"研究所"の広大さと不気味さを増幅させているように思えた。 静寂に包まれた敷地は大半が闇の中にあり、取り返しのつかない袋小路に迷い込まされてしまったような不安感がしこりの様に広がっていく。 植物か何かのように壁面を覆う血錆の装飾も然るところながら、"ラクーン大学"と記された看板に上書きされた血文字を見てしまったことがそう思わせるのだろう。 警戒とは裏腹に、問題なくホテルから出られたこと、そしてこの大学に来るまで特段何もなかったことが罠という印象を強固なものにしていく。 何かがいるはずなのだ。ゾンビたちを潰れた肉片に変えるような大物が――。 誠は背中にかかる気障りな重みに内心舌打ちしながら、先行する深紅の背中を追った。圭一のどこか軽い足音がすぐ後に続く。 幽霊が教える、得体の知れない薬――。それに頼らざるをえない状況が非常に腹立たしかった。日野が提案した、"クラブ活動"の余興を思い出し、臍を噛む。これまで使い捨ててきた玩具たちの嘲笑が今にも聞こえてきそうだ。 「――あれ、行き止まり?」 深紅の戸惑いの声があがる。目を凝らせば、数メートル先に鉄柵が立ちふさがり、その先で石畳が途切れているようだ。 ライトの移動に合わせて視線を這わせると、光の中に弧を描く縁が現れた。広場に大きな穴が空いているようだが、行く手を寸断するほどのものではない。別のルートを探す必要がないことに安堵の吐息をつく。 穴の縁に、コンソールの様な影が視えた。 「……何の穴なんだろうな。やたら深いみたいだし」 「知るかよ。薬と無関係なことに気ぃ逸らしてねえで、もっと集中しろ」 好奇心のままに呟いた圭一に対し、棘を隠さずに誠は告げた。襲撃を受けた際、一番不利なのは己だ。当然ジェニファーは捨てるにしても、そのために回避行動が遅れることは否めない。 これまでのように圭一が応戦してくれるとは思うものの、それを信用しきることは愚かだ。万が一はどのようなときも存在する。それをカバーできるのは、結局己自身でしかない。 「――あっ!」 「今度はなんだ?」 こちらの舌の根が乾かぬうちにまた声を上げた圭一に、誠は思わず足を止めて振り返った。一拍遅れて、上方に向けられた圭一の顔が照らし出される。 「上の方で何か光った……ような」 「光ったのか光ってないのか、どっちだ?」 「いや、目の端にチラッてしただけだから……気のせいかもしれないけど」 語気の荒さに驚いたのか、圭一はばつが悪そうに言葉を濁した。 「誰かいるのかも。これまでも銃声が聞こえてきましたし」 「雛咲、"ヨーコさん"に偵察頼めるか?」 「………………。無理そうです。ここに来てから何故か感情が昂ぶってて、まともに答えてくれません」 「役立たずめ。だから地に足のついてねえやつは信用できねえんだ」 吐き捨てる。ホテルを無傷で脱出できたのはヨーコの存在が大きかったが、"今"使えないのならば無意味だ。深紅が僅かに息を詰まらせた。 緩やかな階段を上がり、深紅が年季のこもった扉を開ける。 潜ると、弾力すら感じられそうな血生臭い空気が誠たちを出迎えた。 エントランスホールは二階部分まで吹き抜けになっており、廻廊がこちらを見下ろしている。 中央には受付らしきカウンターと大きな階段が据えられており、大学というよりも金持ちの屋敷かホテルのような装いだ。ビバリーヒルズ青春白書に出てくる大学もこのようなものであったが。 内部も外と変わらず、不気味な静けさに包まれている。 「ヨーコさんが言っています。ここの三階に、薬を生成する機械……? があるみたいです。向こうの扉から行くんだとか」 「……この階段じゃ行けないのか? てか、何でわかるんだ? 偵察できねえってのは嘘か」 「……分かりません。ヨーコさんはずっと呟くばかりで……あとは頻りに"T‐ブラッド"と」 舌打ちし、誠は深紅の示す扉に目を向ける。 どこまで信用しきれるのか。深紅に視線を戻す。彼女は不安げな表情で腕を掻いていた。その様子が更に苛立ちを募らせる。 行動を誘導されているような、この状況が気に入らない。 勿論、感染していない可能性もある。そもそも、感染すること自体が出まかせかもしれない。ただし、存分に狩りを楽しむ以上は薬が必要だ。 それが例え偽薬だとしても――。 それでも他者に操られているような閉塞感は拭えない。 「新堂さん、ひとまずその機械のとこ行ってみようぜ」 「そう、だな」 頷くと、圭一が先行し扉の先の安全を確かめた。問題ないという圭一の仕草を待って、誠は足を進めた。 警備室か何かだろうか。電源の入っていないパソコンや監視用のモニターが設置された部屋を抜け、ロッカーの並ぶ細い通路に出た。 その奥にエレベーターの扉はあった。しばし待って、降りてきたエレベーターの中に乗り込む。 血錆に覆われた操作パネルに、深紅が一瞬躊躇いを見せた。圭一が小さく詫びて、代わりに三階のボタンを押した。 唸り声のような駆動音と共に籠が上がっていく。 到着後、素早く周囲の安全を確認し、深紅が急かされるように対面にある扉を開けた。薬品棚が並ぶ部屋――準備室だろう――を抜ける。 流し台付きの机の並ぶ大部屋は、機器の電源が幾つも入っていて仄かに明るい。お互いの影が闇から浮き上がって見える。しかし、肝心の電燈はスイッチに汚れが詰まっているのか、ぴくりとも動かなかった。 この部屋の奥に生成装置はあった。大きめの洗濯機のような無骨な姿だが、これに材料さえ供給できれば自動で薬を生成してくれる優れものらしい。 下ろしたリュックサックから二つの容器を取出し、深紅がたどたどしい手つきで装置にセットする。 「これで薬作る場所は確認できたわけだな」 「ええ……」 深紅の同意が返ってくるが、なぜか顔をゆがめている。とりあえず彼女のことは無視し、手近な机の上にジェニファーを下ろす。床に放り捨ててしまいたいところだが、どうにかその欲求を自制する。 「……こいつはこれでいいだろ。"T‐ブラッド"ってのを探しに行こうぜ」 肩を揉みほぐしながら、誠は圭一に目を向けた。圭一もまた、似つかわしくない表情を浮かべている。何かを言うか言うまいか、悩んでいる顔だ。 視線で促すと、圭一は小さく頷いた。 「材料探しは俺と雛咲さんで行くよ。新堂さんはここに残ってくれないかな?」 「……理由を聞こうか?」 睨みつけながら、抑えた声音で問う。圭一は真っ直ぐにこちらを見ながら微笑して見せた。 「新堂さんは雛咲さんをまだ信用できていないんだろ? それじゃ、お互いにいいことはないと思う。だからって、女の子二人を置いていく訳にもいかないじゃないか。だから、役割分担しようぜ。新堂さんは、ジェニファーさんと装置を守ってくれよ」 成程と、誠は胸中で呟いた。誠が深紅を信用していないから、圭一は深紅と行くのだという。つまり、圭一は己よりも深紅の方を信用しているわけだ。尤もらしく言い繕ってはいるが、要点はそこだ。 加えて、自分の意志をその程度のことで遮られたことが何より腹立たしかった。澱が音を立てて、自分の中に溜まっていくのを感じる。 圭一は裏切り者だ。その判断を下すと、膨れ上がっていた怒気は急速に萎んでいった。圭一もまた、その他のどうでもいい有象無象と同じだっただけのことだ。 「そうかい。分かったよ。さっさと行きな」 「……頼むぜ、新堂さん」 無理やり笑ってみせると、圭一は屈託のない笑みを返した。戸惑った様子の深紅の背を押しながら、部屋を出ていく。 残されて、誠は唾を床に吐き捨てた。机の上に転がるジェニファーの影が目に入る。彼女を壊すか。ざらついた衝動が首をもたげた。手を伸ばせばすぐ届く脆い獲物。その誘惑は抗しがたいものがあった。 どうやって壊すか。ここは実験室だ。大概の器具はあるだろう。バットで叩き壊すだけでは詰まらない。 しかし、誠は首を振った。魅力的な案だが、まだ圭一は利用価値がある。感情に任せて下手を打つわけには行かない。ましてや、今回の件でほぼ無関係のジェニファーを巻き込むのは若干気が咎めた。 深呼吸を数度し、誠は隣の準備室に向かった。 薬品棚は品質の変化を抑えるために冷却機能も付けられているようだ。唸るような駆動音が部屋に満ちている。 軋みを上げるガラス戸を開け、誠は蛍光灯で照らされた小瓶を手に取る。ラベルは周囲と同様に汚れていて読めない。ひんやりとした空気が足元を流れていく中、漸くの目当てのアンモニア溶液らしき小瓶を探し当てた。ついでに生きているペンライトも見つけた。 それらを手にジェニファーの元へ戻ると、誠は蓋を取って小瓶の口をジェニファーの鼻に近づけた。 目が見開かれ、ジェニファーは咳き込みながら身を起こした。その激しさに、少々憂さが晴れる。 漸く発作が止まり、彼女は辺りを見渡した。涙目になりながら、眩しそうに誠を見上げる。 「ここは? み、ミクとケーイチ……は!?」 「ここは研究所だ。そこにあるのが薬の生成機だそうだ。あの二人は残りの材料を探しに行った。俺は……あんたのお守りだ」 ジェニファーが安堵したように深く息を吐いた。無意識に傍らの虚空を手で撫でようとして、彼女は動きを止めた。 「……ツカサは?」 「おまえの想像通りだよ」 「…………。そう」 泣き叫ぶかと思ったが、ジェニファーは小さく呟いただけだった。感情を全部抑え込んでしまったらしい。 舌打ちし、誠は腕を組んだ。 風でも強くなってきたのか、外から断続的な重低音が聞こえる。音はどんどんと大きくなっていく。いや、近づいてきているのか。 風などではない、もっと機械的な――。 「ヘリコプター?」 誠とジェニファーが口にしたのは同時だった。 窓を見やるが、星ひとつない闇が広がるだけだ。また、不思議なことに音が反響していて方角がつかめない。 窓に駆け寄ったジェニファーが格子を持ち上げ、自分の存在を報せようと大きなジェスチャーで声を張り上げる。 「ここよ! 気付いて! お願い!」 その様に、誠は皮肉気に口をゆがめた。 どれほど声を上げてもコクピットまでは届きやしないだろう。それに、こんな早くにヘリコプターで救助されるなんて終わりは求めていない。ケチはついたが、まだこのサイレントヒルを楽しみ切っていない。 と、近くで立て続けに銃声が響いた。他にも人がいるのだ。 斬り下げるような風切音が混ざる―― 「圭一の見間違いじゃなかったのか――」 そう呟いた直後、耳を劈く破砕音が轟き、建物を振動が襲った。衝撃で窓ガラスが砕け散り、天井の一部分が軋みを上げながら崩れ落ちる。甲高い不協和音と粉塵の舞い散る中、実験準備室の中央付近に大きな人影が存在していた。 影はゆっくりと立ち上がる。さらりと衣擦れの音が鳴った。 全体像は分からないが、ホテルで襲ってきた三角頭と同じような巨体であることが分かる。煙霧の中で爛と光る双眸が誠を捉えた。 その瞬間、誠は身体が硬直するのを感じた。指すら自由に動かせない。ただ視界に入っただけだというのに、巨人から漏れる鬼気に当てられてしまった。 殺意も何もなく、ただ虚無そのもののような瞳――。 これが畏怖というものだろうか。 震えすら走らない。ただただ心と体が冷たく――無感覚になっていく。まるで周囲の大気が凍てついてしまったかのようだ。 ジェニファーが悲鳴を上げた。 巨人の視線が逸れた。途端、身体を抑えつけていた圧力が霧散するのを感じた。誠は踵を返すと脇目も振らずに実験室を飛び出した。 半透明のカーテンが幾つも吊り下げられた部屋を駆け抜ける。ジェニファーは勿論、薬のことも、圭一たちのこともどうでもよくなった。 死んでしまっては意味がない。 あれはそういう相手だ。 相対してはならない相手だ。 己は上位の存在でもなんでもなかった。 ただの、狩られる兎だ――。 血流にのって怯怖が全身を駆け巡っていく。前方をふさぐカーテンをバットで振り払いながら、誠は漸く悲鳴を上げた。 (三) 圭一がパネルを操作し、箱が効果を始める。旋毛を引っ張られるような独特の浮遊感は何回経験しても慣れるものではない。 深紅は背負ったリュックの中にある、あのノートブックのことを思った。 中年男性のこと以外にも読み取れたことはあったのだ。 視えたのは中年男性だが、感じ取れたのは父親を慕う子供の心だ。狂おしいまでに純粋な、奔流のごとき父親への思慕――それは深紅がずっと抑え込んできた兄への想いを膨れ上がらせた。込み上がる熱いものを堪えるのに精いっぱいで、そこまで告げる余裕がなかった。 だが、告げられなかった理由はもう一つある。 そのイメージの奥から結ばれる像は一つではなかった。幼い子供と、己とそう変わらない年頃の少女の二つだった。 噛み合わない異なる魂が混ざり合っているような、奇妙な感覚。 そのことに戸惑い、結局その後も口にすることができなかった。 あれはおそらくはハリー・メイソンなる人物の娘なのだろうが、ああも違って視えるものだろうか。 「……ヨーコさんは何て言ってる?」 圭一が階層を示すパネルを見上げながら呟いた。 「……"T-ブラッドを探して"って。あとは人の名前。多分、ヨーコさんにとって大切な人たちだと思う」 深紅は眦のあたりを抑えた。ヨーコはずっと急かし続けている。思念は前後の繋がりが曖昧で、感情そのものをぶつけられているような形だ。混乱しているようでもあり、歓喜しているようでもある。 それでも単語は拾い上げることができる。特に"ここ"、"ケビン"、"アリッサ"、"T-ブラッド"、"時間がない"の四つの単語は繰り返し呟かれている。偶に"ジム"という名前が思い出したようにそこに加わる。 腕のかゆみは気障りなほどに悪化していた。ゾンビに引っかかれた場所だということが気にかかる。 ――時間がない。 ヨーコの独り言は、深紅自身にも向けられている気がしてならなかった。 本当に――。 深紅は皮肉気に口を歪めた。本当に、己の人生はひとつも思い通りにならない。悪いことだけが積み重なっていく。 「探してって言ってもな。具体的にどんなものか分からねえもんな。ここのどこかにあるもんなのか? ゾンビ化させるウイルスに感染した奴の血ってことならゾンビ自体も当てはまるけど、それならとっくにヨーコさんそう言ってるはずだろうし」 圭一は腕組みしながら首をひねった。 "T-ブラッド"が具体的に何なのか、ヨーコ自身から聞いていなかった。圭一の言うとおり、ウイルスに感染した者の血でよければ深紅のものでも代用できるはずだ。 メモには"サンプルを受け取る"とあった。きっと、何か特別なものなのだ。 しかし、それが分からない。ヨーコはといえば、急かすばかりで要領を得ない。 焦燥ばかりが募り、不安が胸を締め付けていく。 電子音が鳴り、エレベーターが停まる。開いた扉から伸びるライトの中に動くものはない。 それでも、圭一はいつでも振り下ろせるようにバットを構えてゆっくりと歩き出した。 成長期特有の華奢な背中を見つめながら、深紅は素朴な疑問を投げかけた。 「……圭一さんは、ヨーコさんのこと信じてるんだね」 圭一は立ち止まって、深紅を顧みた。 「勿論。俺、雛咲さんを信じてるからな。だから、ヨーコさんのことも信じられるよ」 事もなげに、むしろ何故問われたのか分からないといった表情で圭一は答えた。 その簡潔さに深紅は苦笑を浮かべた。 「何を根拠に? 居るかどうか確かめられないものを、どうやって信じられるの? 私が嘘を言っているっていう方が現実的でしょう?」 意地の悪い問い掛けだと、深紅は認めた。 圭一は事あるごとに"信じる"ことを強調してきた。その言葉に、彼がこれ以上ない拘りがあることは容易に想像がつく。 ただ、だからこそ訊いてみたかったのかもしれない。兄以外の誰とも分かち合うことのできなかった秘密を抱えてきたからこそ、"信じてもらう"ことへの抵抗があった。 圭一はドアノブに手を掛けながら頭を振った。 「根拠なんて、人を信じる理由にならないよ。どんなに情報を揃えたって確信にはならないだろ」 圭一が慎重に扉を開く。深紅は隙間に懐中電灯を差し込んだ。エントランスホールは、変わらぬ静寂に包まれている。 ふうと、圭一が息を吐いた。 「……根拠なんてさ、結局自分を納得させるだけの都合のいい材料でしかないんだ。その人を自分が本当に信じたいかどうかなんだよ。大事なことはさ」 「それって、とても危ないことのように思えるんだけど。悪い人に会ったら格好の餌食だよ」 「かもね。でもさ、信じるってそういうリスクも呑み込んじまうことだろ。騙されることはあるかもしれない。だけど、例え騙されても許すって覚悟を決めていればそんなのは全然怖くないんだ。そんなことよりも、信じなかったことで大切なものを無くしちまうことの方が、俺は怖いな」 「………………」 二つの足音がホールに響く。忍び足を意識しても、嘲るように靴は床を鳴り響かせた。 「新堂さんはさ、まだそういう覚悟はできないんだと思う。リーダーの責任があるし、俺と違って慎重だし。だけど、もう少し時間をおいたら分かってくれる。なんせ、新堂さんは会ったばっかの俺のこと信じてくれてんだぜ? お人よしには変わりねえよな。気長に待とうぜ。なんとかなる。どんなことでもさ」 圭一が、人を惹き付けるあの笑顔を浮かべているのが分かる。 望んでいた答えではなかったが、だがそれでも心を縛っていた枷が幾つか消えていく。 信じるに値しないものを信じる。もしかしたら、それが本当に信じるということなのかもしれない。 希望もまた、同じものだ。まず、なんとかなると己が信じなければ。 これからの人生も――。 孤独も――。 今の深紅を取り巻く状況の全ても――なんとかなる。 「ありがとう」 自然と口に出た言葉だが、少しばかり気恥ずかしかった。圭一も照れたように笑った。 「それに、人に言えない秘密って分かるしさ。ずっと秘密にしておく辛さも、話した時の怖さも」 ふと、ヨーコが文字通り流れるようにしてホールの奥、階段の下にある扉の向こうに消えていった。 突然走り出した深紅に、圭一が戸惑いの声を上げた。 ヨーコのことを告げながら、勢いよく扉を開ける。通路に、ばちばちと何かが弾ける音が響いていた。 ライトで周囲を照らすと、"危険"と書かれた柵の中に大きな機械が見えた。その傍には、裏口にしては立派な扉がある。反対側の奥には白いペンキで"C-3"と記されたシャッターがあった。 ヨーコはそのシャッターの傍らに立っていた。 付近に火の粉が舞っている。深紅はヨーコに走り寄った。 ヨーコは一点を見つめていた。釣られて、深紅はライトをそちらへ向けた。 切れた配線が蛇のように垂れ下がり、揺れながら火花を散らしている。これが異音の正体か。 「あっぶねえなあ。そこのスイッチで悪戯されちまうじゃんか」 圭一は壁にあるスイッチにちょんとつついて見せた。 深紅はヨーコに視線で問い掛けた。ヨーコは深紅に向けて、同じと一言告げた。大分落ち着きを取り戻してきたようだ。 この建物なのだという。仲間と共に特効薬の材料を求めて歩き回っていたのだと、彼女は告げた。 改めて"T-ブラッド"のことを問おうとしたとき、遠雷のような重低音が校舎を震わせた。音は段々と、建物と鳴動するように大きくなっていく。 「ヘリコプターかな、これ――」 圭一がつぶやいた。 と、大きな吼え声が上がった。それと共に、どこか軽妙な炸裂音が立て続けに響く。ほんのすぐ近くだ。 一旦外へと出て行ったヨーコが、戻ってくるなり逃げてと叫んだ。しかし、それを圭一に告げることはできなかった。建物を轟音が揺るがしたからだ。天井から埃や塵がぱらぱらと落ちてくる。 重い何かが降ってきて、校舎の屋根を突き破った。そんな噪音と衝撃だった。 窓ガラスを影が横切ったような気がした。重い何かが外壁へとぶつかって拉げる鈍い音が耳朶を打つ。銃声と破壊音が交錯し、調べの如く闇に踊った。 外で光が瞬き、窓ガラスを貫いた。深紅の頬を灼熱を帯びた何かが掠めていく。背後で、シャッターが甲高い金属音を奏でた。 「雛咲さん、無事か!?」 壁に張り付くような態勢の圭一が叫んだ。頬に触れると、血が指先を濡らした。深紅は悲鳴を上げながら後ずさった。ぶつかったシャッターががちゃりと揺れる。 穴の開いた窓ガラスを枠ごと突き破り、黒い何かが飛び込んできた。 それは黒ずくめの衣装に身を包んだ男だった。顔はガスマスクで覆われていて、歳は分からない。手には拳銃が握られ、肩にも少し大きめの銃を下げている。 男が床で一回転して立ち上がるのと同時に、裏口の扉が吹っ飛んだ。男が舌打ちする。 吼え声を上げながら大男が現れる。黒ずくめの男の倍はある巨躯だが、それ以上に大男は異様な姿をしていた。 右腕は欠損し、その替りとでもいうように肥大した左腕。 その先端には五指の骨が穂先のように並んでいる。 ライトに照らされる肌は黒く、顔の半分は火傷でどろどろに溶けて癒着していた。何よりも、上半身の一角を占める剥き出しの巨大な心臓が、大男が"人"ではないことを告げている。 それでも陰部を覆うブーメランパンツが、大男が"人間"であったことの印のようで嫌悪感が募った。 照らし出された悍ましい姿に圭一も深紅も言葉を無くした。ヨーコの声は、もう絶叫となっていた。逃げるべきだ。そんなことは分かっている。だが、魅入られたかのごとく体が動かない。それでも無理に動かすと、三歩もいかずに足がもつれ、深紅は尻餅をついた。 破裂音を轟かせて、大男が床を蹴りあげた。床板を踏み割るような響きが通路に反響する。 黒ずくめの男が一歩後退して拳銃を構えた。 銃声と焔が闇を裂く。 飛び出した空薬莢が床に跳ね、大男の悲鳴が迸った。右目から血を噴かせた大男が、角口で僅かに蹈鞴を踏む。黒ずくめの男は踵を返すと、立ち上がる深紅の横を走り去った。 「こンのぉ!」 圭一が自分を鼓舞するように声を上げながら、壁のスイッチを操作した。配線の断面から青い稲妻が迸り、圭一の後姿を包む。 「あれ――?」 圭一が間の抜けた声を漏らした。圭一の背中からは、白い大爪が生えていた。白い先端は血と肉片に飾られ、ぬめりと光っている。 稲妻は大男を貫かなかった――。 悲鳴は出なかった。代わりに、逆流した胃酸が深紅の喉を焼いた。 圭一がごぼごぼと嗽の様な音を零した。その身体がゆっくりと持ち上げられる。独眼が、無感情に圭一の身体を見つめている。痙攣する圭一の真下に、真紅の池が作られていく。 深紅は廊下を走り出した。壊れた人形の様に吊り下げられる圭一の姿は、抉りこむようにして網膜に突き刺さっていた。 残ったヨーコが圭一の名を叫んでいる。 圭一は助からない――。 自分でも驚くほど冷静に、そう判断を下していた。同時に、彼を見捨てたことも認める。 無駄と知りつつも助けようとするのが筋だとも思う。 しかし、それは出来ない――。 この大学に圭一を導いたのは己だ。圭一を死なせたのは深紅自身だ。 圭一に縋りつき、"仲間を助けようとする女"として死ねば、心は満足するかもしれない。 だが、誠とジェニファーはどうなる。彼らはこの事態を知らない。 真相を知れば、誠たちは深紅から離れていくだろう。しかし、そんなことは些細なものだ。 彼らまで死なせてなるものか――。 その一念が、己を引き裂いてやりたいほどの慚愧を抑え込んだ。 まずは二人の安全を確かめるのだ。あの、建物を揺るがした轟音。それは誠たちのいる実験室の方向に思えてならなかった。 肉が引き千切られる音と圭一の絶叫が深紅を追いかけてくる。それを振り切って、深紅は開けっ放しの扉に飛び込んだ。 廊下にはゾンビたちが転がっていた。動く様子はない。どれもが脳漿を壁や床にぶちまけていた。前方から銃声と打撃音が聞こえてくる。 角を二つ曲がると、待合室の薄明の中に影が躍っていた。 影は寄ってくるゾンビの懐に躊躇なく踏み込むと、そのゾンビの踝を踏み抜いた。態勢を崩すゾンビの頭部を掴み、無造作に壁へと叩きつける。吐き気を覚えさせる、重い軋みが響いた。硬い物が砕け、その内側に詰まったものが壁に降りかかる。 踏み抜いた足を軸に影は僅かに方向を変えると、肘鉄で別のゾンビを突き飛ばした。そのゾンビが数歩後退する僅かな時間に、影は半身をずらして三体目のゾンビの背後に回り込んで膝裏を蹴りつける。膝をついたゾンビの後頭部に踵が振り下ろされ、そのまま床に叩き潰される。 脛骨を踏み折るその遺響の中で、影は軽妙に足を踏みかえて残ったゾンビに向き直った。息ひとつ乱さぬまま、右手に握られた拳銃が火を噴き、先ほど突き飛ばしたゾンビの頭の半分が爆ぜ跳ぶ――。 瞬く間に三体のゾンビを無力化し、影がエントランスホールへの扉を蹴破った。 「待って! お願い、助けて! 私に、協力してください!」 深紅は叫んだ。 三階が、自分一人ではどうにもできない事態に陥っている可能性に思い当たったのだ。たとえば、二人が瓦礫に埋まっているとか――。 倒れたゾンビを飛び越え、深紅は待合室を駆け抜けた。ヨーコはまだ追いついてこない。 影――あの黒ずくめの男は足を止め、肩越しに深紅を見た。後方で、壁を壊すこもった音が鼓膜を揺らす。 乱れる呼吸を鎮める深紅に、黒ずくめの男は首を傾げて見せた。 「三階にいたのは君たちか。エレベーターはあそこに?」 低く落ち着いた声音で発せられたのは、しかし、深紅への返答ではなかった。手袋に包まれた指が奥を示す。 「そうですけれど……あの?」 「降りてきてどのぐらいになる?」 「ついさっき、です」 多少戸惑いながら答える。破壊音は続いていた。あの巨人の足音と雄叫びが聞こえる。 しばし考え込んでから、黒ずくめの男は頷いて見せた。 「ふむ。協力と言ったな。私の記憶が間違っていなければ、協力とは、互いの役割をこなすことで不可能を可能にすることだ。たしかに、奴から逃げ切るのは難しいだろう。あれは殺戮本能の塊のようなものだ。殺せるものはすべて殺さないと気が済まない。厄介な手合いだな」 「ええと……」 黒ずくめの男は拳銃から一旦弾倉を引出し、すぐにそれを戻した。音はすぐ隣の部屋に到達していた。 「猶予はないな。私からも頼もう。私に協力して欲しい」 「それは……勿論です。とにかく、私のとも――」 「ありがとう」 短い礼と重なるようにして銃声が響いた。深紅は先ほどとは比べようもない熱と衝撃を膝に感じた。突き抜けた衝撃に足を払われる形で深紅の身体は突然バランスを崩した。どうにか床に手をついて体を支える。 からからという金属音が床を転がった。 熱い液体が膝から流れ出て広がっていくのを感じる。 「時間を出来る限り稼いでくれ」 子供に使いを頼むような気安さで言い残し、黒ずくめの男はエレベーターに続く扉へと消えて行った。 深紅は呆然とその背中を見送った。立ち上がろうとし、苦痛に深紅は身を捩った。左膝を拳銃で撃ち抜かれたのだと、深紅は漸く理解した。理解した途端、耐え難い痛みが体の中を暴れまわった。 ずしんという鈍い響きが二階から聞こえた。次いで、階段を駆け下りてくる足音が耳に入る。 痛みに耐えながら、深紅は音の方へ顔を向けた。ライトが顔を照らし、深紅は目を細めた。 「し、新堂、さん?」 降りてきたのは誠だった。ジェニファーの姿はない。誠は深紅を無感情な表情で一瞥すると、すぐに正面扉に向けて走り出した。 激痛の合間を縫って、深紅は誠の背に向かって叫んだ。 「じ、ジェニファー、さんは!?」 「知るかよ!」 誠は険悪に吐き捨てると、正面扉を押し開けた。ひんやりとした夜気が床を這って流れ込んでくる。 ついにエントランスホールの壁が破られた。轟音の幕を掻き分け、材木も鉄骨も区別なく粉々にしてあの巨人が入ってくる。思わずそちらにライトを向けた誠が短く悲鳴を上げ、外へと駆け出した。 深紅は呆然と誠のライトを見送った。腕の痒みが全身へと広がっていく――。 横殴りの衝撃が深紅の身体を弾き飛ばした。成す術もなく深紅は宙を舞い、床の上で幾度となく叩きのめされるように転がる。その最中、巨人が正面扉を殴り壊す音が聞こえた。 漸く止まって、深紅は咥内を満たす血に咽た。だが、うまく腹に力が入らない。しかし一方で、身体を苛んでいた痛みが、波が引くように消えていくのを感じた。 目を開けると、ヨーコが立っていた。彼女は悲しげに深紅を見つめている。 ――ジェニファーは……―― ヨーコが口を開いた。彼女が何を言っているのか、深紅にはもう分からなかった。 【前原圭一@ひぐらしの鳴く頃に 死亡】 back 目次へ next Edge of Darkness 時系列順・目次 DEAD SPACE 今はそれどころではない 投下順・目次 DEAD SPACE back キャラ追跡表 next 今はそれどころではない 新堂誠 DEAD SPACE 今はそれどころではない 前原圭一 死亡 今はそれどころではない 雛咲深紅 DEAD SPACE 今はそれどころではない ジェニファー・シンプソン DEAD SPACE Unknown Kingdom ハンク DEAD SPACE
https://w.atwiki.jp/deruze/pages/391.html
ひとみせんせー -- 暴犬 (2011-04-12 22 00 54) 襟を立てて、少々寒いのでありましょうか。背中の古傷が疼いておられるようで。 -- 名無しさん (2011-04-12 23 40 09) 三十路前にはサイレントヒルの気候は辛いようです。エディーの抱きまくらが必要ですな -- 暴犬 (2011-04-13 18 11 01) 名前 コメント