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クローバーフェスティバルの特別ゲスト、トリニティがステージに上がる。ミユキ、ナナ、レイカ。たった三人の登場で会場が別の空間に姿を変える。 彼女たちの声に、視線に、魔力でもあるかのように。一挙手一投足に神秘の力でもあるかのように。 全ての観客の意識を独占する。バラバラに楽しんでいた人々が一つに繋がっていく。せつなも、美希も、祈里も―――― ただ一人――――ラブだけを残して―――― 「ラブ――――ラブ――――どうしたの?」 せつながラブの様子のおかしいのに気付いて声をかける。 喜びと興奮に包まれる会場において、一人切なく悲しそうな表情を浮かべる。 拳は固く握り締められ、相当な力が込められていることを示すように両腕が小刻みに震えていた。 「せつな……。大丈夫、なんでもないよ。トリニティのダンス、やっぱり凄いね」 「ええ……そうね」 せつなはそれ以上は追求せずに、ラブの拳をそっと開いて手を握った。 それでラブも落ち着いた様子だった。しかし、ステージが進むうちに再び様子がおかしくなる。 何かをこらえるような表情、せつなの手が痛みを感じるほど強く握られる。もう――――理由を聞くまでも無かった。 せつなの表情が後悔に歪む。ダンス大会で優勝したクローバーには、本来はプロデビューへの道が開けていたはずだった。 だが、せつながラビリンスへの帰還を宣言したことでクローバーは本来の姿を失った。残された三人はせつな抜きで続けることを望まなかった。 美希と祈里もまた、それぞれモデルと獣医の夢を追うことになり、クローバーは解散した。 ただ一人――――ラブの夢を置き去りにして。 …………………………………………………… ………………………………………… ……………………………… …………………… 「今のは――――夢? フフッ、寝ている間に見る記憶の断片も、そういえば夢と言うんだったわね」 いっそ、夢であったらいいのにと思う。悪夢と呼ばれる類の、ありもしない妄想だったらいいのにと思う。 でも、全ては本当にあった出来事。夏祭りの思い出の一つ。 「だったら、せつながみんなの幸せを選ぶなら、あたしはせつなの幸せを選ぶ」 ほんの数時間前の記憶がその夢に重なる。 “自分の幸せとみんなの幸せ”そのどちらかしか選べないとしたら、せつなは迷わず後者を選ぶと答えた。 そんなせつなに対してラブは宣言したのだ、そうしたら全員が幸せになれるからって。 「そんなはず――――ないじゃない……」 ラブ、美希、祈里で倒れるまで練習して、やっと望んだダンス大会。それをイースがメチャクチャにしてしまった。 それでもラブは平気だって答えた。心配してくれる人がいる幸せを見つけたからって。結果、あれほど夢中になっていたダンスを中断してしまった。 そしてついに優勝を手にしたのに、直後にせつながラビリンスに旅立ってしまった。結果、クローバーは解散を余儀なくされた。 それでもラブは自分を省みることもなく、せつなを笑顔で送り出してくれた。 「何が――――どちらかなんて選べない……よ。いつだって自分は後回し、そんなのラブだって同じじゃない」 出会った時からそうだった。ラブは、自分が欲しかった幸せの素をせつなにプレゼントしてしまった。 まるで――――始めからせつなのために求めていたかのように。 いつだってそうだった。ラブは始めからずっと、自分の幸せを諦めてでもせつなの幸せを選んできたのだ。 そして今回、はっきりと約束してしまった。それはラブの中で揺るがぬ誓いとなるだろう。今後訪れる、あらゆる選択に影響を与えるだろう。 「ラブから、離れるべきなのかもしれない。今ならまだ間に合う。別れてラブが失うものは、せつなという親友だけなのだから」 決心も固まっていない言葉を口にする。それだけで、出口のない暗闇の中に突き落とされるような気持ちになる。 構わないと思った。辛くても、苦しくても、ただ耐えるだけでいいなら慣れている。 いつかまた別れる日が来る。それは承知の上での再会だったのだから。 ひとつだけ心残りがあった。 夢とは何なのかってこと、それを知りたかった。幸せを導く大切な願い。わかるのは、ただそれだけ。 せつなの夢。みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたいという想い。これとラブや美希や祈里の夢は果たして同じなのだろうか。 「私の夢はみんなの夢とは違うの? だとしたら、本当の私の夢を見つけられたら、何かが変わるのかしら」 トゥルル――――トゥルル――――トゥルル―――― トゥルル――――トゥルル―――― トゥルル―――― 聞きなれない音に思考が中断される。音の発信源は机の奥からだ。暗闇の中で引き出しの一つが淡い光を放つ。 “異空間通信機”ラビリンスを発つ前にサウラーから手渡されたもの。携帯電話に偽装されており、距離を無視して異なる空間の通話を可能とする。 この世界ではオーバーテクノロジーと位置付けられるもの。だから、普段は机にカギを掛けて決して持ち歩くことはない。 ラビリンスを発って半年足らず、これが初めての通信だった。 「せつなよ。何かあったの?」 「よお、イース。元気か? なんだ、あんまり元気じゃ無さそうだな」 「ウエスター……雑談に付き合う気分じゃないの。そちらで問題でも起きているの?」 「その逆だ、全く何事もなく順調だ。だからもう――――お前が意に沿わない仕事をする必要もなくなった」 「何が言いたいの?」 「楽しそうならこのまま切るつもりだったんだがな。もしそちらで上手くいってないのなら――――」 「――――帰ってこないか?」 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(前編)――』 クローバーコレクションの会場、四つ葉記念ホールに長蛇の列ができる。収容人数二千人の会場を埋め尽くす。 その舞台裏では、モデルがプロのメイクと打ち合わせしながら最終調整を急ぐ。髪型、化粧、ネイルと衣装とのバランスをギリギリまで突き詰めていく。 そして、緊張と興奮の高まる中、ついにステージが幕を開く! 巨大バックモニターに、モデルのプロフィールが契約ブランド名と共に映し出される。 暗い会場に巨大な十字架が点灯する。“クロスランウェイ”と呼ばれる全長三十メートルにも及ぶモデルの花道だ。 ダイナミックな音楽が鳴り響く。“ランウェイビート”と呼ばれるバックグランドミュージック。会場の全ての照明が点灯して、煌びやかにコレクションの舞台を彩る。 観客の大歓声の中、ついにモデルが登場する。ランウェイを颯爽とポージングを決めながら歩いていく。たちまちホールは興奮の渦に包まれた。 モデルの仕事は大きく三つに分類される。雑誌を扱うスチールモデル。CMやCFなどの映像モデル。そしてファッションショーに出演するショーモデルだ。 中でもコレクションの舞台は、ファッションフェスタとも呼ばれておりモデルにとって最大の栄誉とされている。人気ファッション誌の専属モデルが、雑誌間の垣根を超えて同じステージに立つのだ。 そんな今を輝くモデルたちの中に美希の姿もあった。有名ブランド契約のトップモデルとは比ぶべくもないが、コレクションの舞台はいわゆる青田買いを狙うスカウトも多い。 何より前座に近い扱いとはいえ、中学生でありながらコレクションの舞台に立つのは大変な成功者の証でもあった。 ついに美希の番が訪れる。緊張はするが初めてではない、大きく息を吸い込んで歩き始める。 衣装はジュニア誌とタイアップしたリアルクローズ(普段のお洒落着)だ。大人のモデルに劣らぬ長身に、青く、長く、美しい髪が揺れる。 誇らしげに歩ききって、ランウェイの先端でポージングを決める。会場のどこかにいるはずの親友を軽く目で探しながらウィンクを決め、ターンして戻っていく。 もちろん最後まで気は抜かない。後姿の披露もまた、モデルの重要な役割なのだから。 「凄い……とても綺麗よ。美希は夢を叶えたのね」 「うん、美希たん超キレイ! とても同じ中学生とは思えないよ。なんだか知らない人みたい」 「美希ちゃんの夢は世界で活躍するトップモデルだから、まだまだ満足はしてないと思うけど」 「でも、大きな一歩を踏み出したのよね。ちょっと寂しいけど、やっぱり嬉しい」 「寂しい? ブッキーが?」 「うん、なんだか美希ちゃんが遠くにいっちゃうような気がして」 「大丈夫だよ、美希たんは美希たんだもの。あたしたちはいつまでも一緒だよね? せつな!」 「えっ……、ええ、そうね――――」 曖昧な返事しかできなくて、すぐに後悔する。ラブの表情に不安の影が差す。せっかく楽しいステージを見に来ているのに……。 “周りを笑顔にする”ラブがいつもしていることが、どうして自分にはできないのだろう? 美希の姿が視界から消える。しかし、その輝きはせつなの脳裏に焼き付いて離れなかった。 トリニティのダンスと同じだと思った。ラブの目指すダンサーの夢と同じだと思った。自分を輝かせ、その光で周囲を幸せにするもの。それが夢なのだろうか? だとしたら、“みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたい”そう願う自分の夢は、本当の夢とは言えないのだろうか? 華やかで、綺麗で、眩しくて。楽しい時間はあっという間に過ぎる。やがてクローバーコレクションが感動的なフィナーレで幕を閉じる。 美希はこの後も色々用があるらしく、ラブ、せつな、祈里の三人で帰路に着いた。 「感動したね~! せつな、ブッキー、また来ようね!」 「うん、美希ちゃんの夢はみんなで応援したいもの!」 「………………………………」 「せつな、どうしたの? 楽しくなかった?」 「あっ……。ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてて……」 「もしかして熱があるんじゃ?」 「そんなんじゃないの。ねえ、ブッキー。今から動物病院を見学させてもらっていいかしら?」 「うん、帰ってからお手伝いしようと思ってたから構わないけど……」 「あたしも行こうか?」 「ラブは先に帰って夕ご飯の準備をお願い。みんなで押しかけたら迷惑になると思うし」 「わかった、遅くなるなら連絡してね」 ラブは一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、それ以上聞き返すことはしなかった。祈里もまた何か感じたようだったけど、口にはせずに一緒に帰ろうと言ったきりだった。 焦り過ぎているのは自覚している。“本当の自分の夢”そんなものがあるのなら、時間が掛かってもいいからゆっくり探そうと思っていた。 でも、そんなに時間はないのかもしれない。昨夜のラビリンスからの連絡は、早く決断しろという天の啓示なのかもしれない。 長くこの地に留まり続ければ、別れの時に、より大きな悲しみを残してしまうことになるのだから。 山吹動物病院。クローバータウンストリートの大通りにあって、外からは毎日のように見ている建物。実際に中に入ったことも何度かあった。 しかし、まじまじと観察するのは初めてだった。 診察室だけは壁で区画されているものの、極めて開放的な造りの建物だった。どこからでも見渡せる、そんなコンセプトが感じられた。 待合室はとても広々としていて、診察がなくても雑談に訪れる人もいる。動物の病院に対する恐怖を和らげるためでもあり、飼い主同士のコミニュケーションの場でもあるらしかった。 正と尚子に許可をもらって診察室に入れてもらう。 入ってみて、なぜ診察室だけが厳重に区画されているのかその理由がわかった。 実に多種多様な動物が入れ替わり診察に訪れるのだ。中には天敵と呼べる関係の動物の組み合わせもあった。これでは視界に入るだけで暴れだすだろう。 個人で経営している動物病院では、犬と猫しか診ない所も多いと聞く。その二種はもちろん、鳥類、ハムスターのような小動物、蛇やトカゲなどの爬虫類まで診察しているのだ。 それだけで正と尚子の腕が尋常なものでないことをうかがい知ることができた。 診察は正が行うが、治療は尚子が受け持つことも多い。その時は祈里が助手に入る。ただの手伝いではない。正の診察の前に、簡単な病気なら見抜いてしまうのだ。 祈里もまた、着実に夢に向って手を伸ばしている。そう感じられた。 彼らに共通して言えることは、情熱的で瞳が輝いていることだった。普段はそうは感じないけど、何かに夢中になっている時のラブの目と同じだと思った。 美希のモデルのような美しさではないけれど、そんな姿もまたキレイだと感じた。やはり活き活きと輝いて見えた。 残りの診察時間もあと僅か、このまま何事も無く一日を終えるかと思われた。そんな時、割れんばかりの大型犬の唸り吠える声が病院中に響き渡る。 急患の大型のシェパード犬だった。苦痛によって神経を尖らせていて、脅えて攻撃的になっているらしい。 前の病院の処置が悪くて病院不審になっており、なんとか逃げ出そうと牙をむいて暴れる。手の開いている祈里が押さえようと近づく。 「大丈夫よ、すぐに痛いのは収まるからじっとして」 「駄目だ! 祈里、離れなさい!」 「無理しちゃダメ、すぐに行くから!」 怖がる他の飼い主とペットのために、まずはなだめようと祈里が首輪を取る。しかし力が圧倒的に違う。たちまち振り払われて転倒する。 事故はその後に起こった。暴れた拍子に、緩んでいたマウスリングが外れてしまう。鳴き声が出た時点で予想されたこと。恐怖によって正気を失った猛犬の牙が祈里に襲いかかった! 「きゃああ!」 「ブッキー!!」 正が駆けつけるよりも、一足早くせつなが割り込む。拳をねじ込むようにして牙の軌道をそらす。 その後、偶然顎の下の皮を掴んだのが良かったらしい、噛むことのできなくなった犬は逃げ出そうとがむしゃらに暴れる。 しかし、せつなの拘束は外せない。次の瞬間にはあっさりと正に押さえ付けられてしまった。 「ありがとう、せつなちゃん」 「助かったよ、二人とも怪我はないか?」 「平気です。私こそ怪我をさせてないといいけど……」 その後は簡単だった。スタスタと近寄ってきた尚子が無造作に包帯で犬の口を縛ってしまう。 瞬く間に鎮静剤と痛み止めを打たれた犬は、それまでの暴れっぷりが信じられないほど従順に診察に従った。 もう下がって休みなさいという正と尚子の勧めに従って、祈里とせつなは部屋に戻った。 その時に、祈里が一瞬見せた悔しそうな表情が印象に残った。“悔しい”それは普段の祈里のイメージからは、あまりにも似つかわしくない感情だったから。 「ごめんなさい、ブッキー。私、あの犬を殴っちゃった……」 「あのくらい大丈夫だと思う。凄く強い犬種だし、ちゃんと手加減していたみたいだもの」 「飼い主さんも謝ってたしね。それより、今日は本当にどうしたの?」 「………………………………」 せつなはポツポツと話し出す。クローバーフェスティバルで見せた、ラブの悔しそうな表情が忘れられないと。美希のモデルに賭ける想いからも、ラブと同じものを感じるって。 魅了されて、夢中になって、情熱をたぎらせる。自らを輝かせて、その光で周囲を幸せにする。それが夢なんだとしたら、自分の願いは何なんだろうって。 みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたい。そんな願いは、果たして夢と言えるのだろうかって。 「ブッキーの夢は獣医。動物たちの病気を癒して幸せに導くお仕事。だったら、その夢は私の夢と似ているはずよね?」 「――――違うよ……。わたしの夢と、せつなちゃんの夢は同じじゃないと思う」 「どうして!? 動物に幸せになってほしいから獣医になりたいんでしょ? 自分が輝きたいわけじゃないのよね?」 「わたしもラブちゃんや美希ちゃんと同じ。自分が輝きたいんだと思う」 「獣医……なのに?」 「そうよ」 興奮して立ち上がったせつなに、祈里は座るように促す。自分も一口だけ紅茶を飲んでから話し出した。 昔、まだせつなが仲間ではなかった頃、シフォンが突然苦しみだしたことがあった。祈里は看病を買って出たものの、シフォンの病気が何なのかすら突き止められなかった。 懸命に医学書を捲ったものの何もわからず、ただ成す術もなくシフォンが苦しむのを見ているしかなかった。ちゃんとした獣医がその場に居たら、きっと助けてあげられたはずなのに。 結局、原因はただの便秘だった。でも、もしも正が一緒に居てシフォンを治療してくれたとしても、祈里の心は完全には晴れなかっただろう。 祈里は、自分の手でシフォンを治してあげたかったのだから。 「―――――自分の……手で?」 「そう、さっきのも同じよ。わたしではあの子を助けてあげることができなかった。それが悔しいって思ったの」 「せつなちゃんはどうなの? 自分の手でラビリンスを幸せにしたいの? それとも結果が同じなら、自分はそこに居なくてもいいの?」 「私は―――――自分のことなんて考えたこともなかったわ……」 「だったら、少なくともわたしの夢とせつなちゃんの夢は違うと思う」 打ちのめされた気分だった。その後、祈里と何を話したのかすら覚えていない。四人の中で唯一、祈里の夢だけは自分と似ていると思っていた。 だから、彼女に聞けば何かがつかめると期待していた。でも、結局は全否定。祈里の幸せもまた、ラブや美希と同じもの。 自らを輝かせること。自らの望みを叶えること。夢とは、自分の幸せを追求することなんだろうか? (だとしたら、私がラビリンスでやってきたことは何だったと言うの?) 桃園家の夕ご飯、本日の料理当番はラブだ。メニューは当然のように特製ハンバーグ。 普段以上に豪華な盛り付けは、美希のお祝いだから。得意そうに今日のファッションショーの様子を話す。まるで、自分の活躍であるかのように―――― ラブは他人の幸せを、自分の幸せと同じくらいに喜ぶことができる。だから、ラブの周りにはいつも幸せが溢れている。 チクリと胸が痛む。かつての自分に、同じことができたなら……。 今なら、できると思う。それ以上のことだって。当然だと思う。これ以上、何も望むものがないくらい幸せなんだから。 ラブが幸せなのとは全く意味が違う。本来なら、得られるはずのない幸せを手にしたのだから。 イースはどうだったろう? 他人の幸せが羨ましくて、笑顔を見るのが辛くて、笑い声が耳に痛くて。 目を閉じて、耳を塞いで、力の限り暴力を振るった。 任務だった。使命感もあった。でも、自分だけは誤魔化せない。 (私は――――ラブが、幸せそうな人たちが、うらやましかったんだ……) ラブは自分の幸せを求めながらも、他人の幸せも心から望み、喜ぶことができる。たとえ、その幸せが自分には手の届かないものであっても。 せつなは、イースは違う。自分の幸せを諦めることによって、他人の幸せを喜べるようになった。 始めから、自分の幸せよりも他人の幸せを選んでいる。それを前提にすることで自分が生きることを許している。 それでも不幸にはならなかった。自ら手を伸ばさなくても、幸せは向うの方からやってくる。 まるで、絶え間なく押し寄せて止むことのない波のように。 ラブにあってせつなに無いもの。それは自分の幸せの有無ではない。 (私とラブの一番大きな違い。それは、自分の幸せを心から望んでいること。それが夢なのだとしたら……) 「せつな? せつな? どうしたの、大丈夫?」 「具合が悪いの? せっちゃん。さっきから何も食べてないじゃない」 「何かあったのか?」 「あっ……。ううん、なんでもないの。心配かけてごめんなさい」 “心配してくれる人がいる。それって凄く幸せなことだと思うの” かつて、コンサート会場でせつなが倒れた時、医務室でラブが話してくれたことを思い出す。本当に、そうだと思う。 でも、心配してる人にとって、心配することは幸せなことなんだろうか? (ラブは、私と出会ってから悲しい顔をすることが多くなった。そんな気がするから――――) まだ薄暗い、早朝の四つ葉公園。かつて、クローバーの一員として毎日のように練習に明け暮れた場所。 せつなはダンシングポッドを設置して、静かに演奏の開始を待つ。 着ている服は学校で使っているジャージ。クローバーのユニフォームは、四人で踊る時しか使ってはいけないような気がした。 音楽が始まる、ダンス大会で優勝した時の曲を選択した。長いブランクがあるにもかかわらず、旋律に合わせて自然と身体が動き出す。 目を閉じると、今でも四人で踊っているような気持ちになる。だから――――しっかりと目を開いて踊ることにした。 本当なら、ラブを誘っても良かったはずだった。ダンスの夢が諦めきれず、今でも時々一人で練習しているのも知っている。 そして――――一人で本格的にダンスを再開する気にもならず、すぐに切り上げてしまうのも知っていた。 (ラブと一緒に踊れば楽しいに決まってる。でも、それじゃダメ。夢が自分の幸せを求める気持ちから生まれるのなら、一人で踊っても何かを感じ取れるはず) “自分の本当の夢”それは何だろうと、ずっと考えてきた。でも、どうしても見つけることができなかった。 最後の望みをかけて、もう一度ダンスを踊ってみようと思った。かつてただ一つ、一途に、懸命に打ち込んだものだったから。 あの時と変わらない曲。変わらない振り付け。身体は動く。なのに――――まるで心が弾まない。 こんなに、味気ないものだったんだろか? あんなに――――楽しかったのに。 自分はダンスが好きだったんだろうか? それとも、みんなと一緒にやれるなら何でも良かったんだろうか? 肩を落として帰る支度をする。もうみんな起き出してくる時間だ。黙って出てきたこともあり、これ以上心配はかけたくなかった。 少し歩いてすぐに足を止める。カオルちゃんのドーナツ屋さんの近くで、見知った三人の姿を見つけた。ラブと美希が何かを言い争っているようだった。 「この先にせつなは居るんだよね? 美希たん、通して!」 「せつなは今、自分の幸せを探そうとしているの。お願い、ラブ。せつなをそっとしておいてあげて」 「そっとなんてしておけないよ! せつな、ずっと様子が変だったもの。まるで迷子みたいに、悲しそうな顔をしていたもの」 「本当に、迷子なのかもしれないわ。本当の自分を探して、本当の自分の幸せを探して、迷っているのかもしれない」 「だったら、なおさら一人になんてしておけないじゃない」 「それで、行ってどうするの? これが幸せだって、これが夢だって教えてあげるの? そんなものに、唯一絶対の正解なんてないのよ!」 美希が通せんぼするように立ちはだかり、厳しい目でラブを見つめる。ただ、せつなをそっとしておきたいだけではない。ラブに伝えたいことがあるのは明らかだった。 クローバーの解散はせつな一人の脱退が原因ではない。それをきっかけに、美希がモデルの夢を本格的に追い始めたからだった。 せつなが帰ってきてからというもの、その様子に一番気を使っていたのも美希だった。 「押し付けてるっていうの? あたしが……せつなに?」 「ゴメン、言い過ぎたわ。だけどもう見ていられないの。あの子、全然、自分のために生きてないじゃない。本当のせつなは、一体どこに居るの?」 「本当のせつな……。その幸せ? せつなは、今、幸せだって言ったよ。確かに言ったもの……」 「それはラブの幸せじゃないの? ラブとせつなは違う人なのよ。せつなにはせつなの人生があって、幸せがあって、夢があるはずよ」 「そんなのわかってる。だけど、あたしはせつなが……」 「ラブ、あなたもよ。ダンスの夢はどうするつもりなの? せつなが帰ってきてから、ミユキさんのレッスンまで断ったそうじゃない!」 「言いすぎよ美希ちゃん! わたし――――そんなこと頼んでない!」 それまで様子を見守っていた祈里が割って入る。先日、家に来た時のせつなの様子がいつもと違っていたので、美希に相談したのだった。 フラフラとせつなが歩み寄り、三人は言葉を失う。そこでようやく、せつなに話を聞かれていたことに気が付く。 「私がラブの、幸せを妨げている? ラブの夢の足を引っ張っている?」 「せつなっ!」 「違うの、せつなちゃん!」 「待って! せつなっ!!」 せつなが呆然とした表情でその言葉を繰り返す。やがてその意味が本当に理解できたのか、それを否定するかのように数回首を振る。 無理に作ろうとした笑顔が哀しみに歪む。数歩後ずさって、そのまま背を向けて走り去った。 どこを通って、どれだけ走ってきたんだろうか? 場所なんてどうでも良かった。 ただ――――今のことを考えるのが怖くて、無心に走り続けた。 気が付くと目の前は一面の緑。花の枯れた、葉っぱだけのクローバーの丘。無意識に人目を避けて、この場所を選んだのだろう。 限界まで酷使した身体を投げ出す。このままクローバーの葉っぱの一枚になれたら……。そんな風に考えてしまう。 「せつなが帰ってきてから、ミユキさんのレッスンまで断ったそうじゃない!」 ユニット“クローバー”の解散後、目標を失っていたラブにミユキは進んでコーチを買って出た。以前より、ずっと少ない頻度ではあったけれど。 ラブはどこにも所属することを望まず、たった一人で、時々コーチを受けながらレッスンを続けてきた。 (どうして、気が付かなかったんだろう? 夏に数回、レッスンを受けていたのは見ていたはずなのに) トリニティの活動が忙しくなったんだろうと勝手に決め付けていた。ラブはきっと、せつなを気遣ってレッスンを辞退したんだろう。 ダンサーの夢を一緒に追いかけられなくなったから。二人で過ごす時間を、大切にしたかったから……。 わかっていたことだった。ラブは始めからずっと、自分の幸せを諦めてでもせつなの幸せを選んできたのだ。 (何が、今ならまだ間に合うよ……。とっくに――――手遅れなんじゃない……) そうまでして、ラブが守ろうとしたせつなの幸せって何だろう? 何のために、自分はこの街に帰ってきたんだろう? 「本当のせつなは、一体どこに居るの? せつなにはせつなの人生があって、幸せがあって、夢があるはずよ」 美希の言葉が思い出される。本当の自分って何だろうと思う。 イースとはもうお別れした。この姿が、今の自分。本当の――――自分のはずだった。 「私の幸せって何だろう。ラブと出会って、手にした幸せって何だろう?」 桃園圭太郎とあゆみの娘であること。蒼乃美希と山吹祈里の親友であること。クローバーの一人であること。 トリニティのリーダー、知念ミユキにダンスを教わったこと。四つ葉中学に通う生徒であること。 クローバータウンストリートの住人と仲良くなれたこと。 愛して、心配してくれる人々に囲まれて、笑顔で暮らせる毎日があること。 「それが――――私の幸せ? 私の――――?」 ゾッとするような恐怖に襲われる。自分の信じていたものが、自分の立っている世界そのものが、音を立てて崩れていく。 「何を……言っているの? それはラブの幸せじゃない! どれも、これも、全て――――ラブが持っていて、私にはなかったもの。 だから――――うらやましいと、思ったもの。そう――――ラブに伝えたもの……」 ハラハラと涙がせつなの頬を伝う。 「無かったんだ……。始めから、東せつなの幸せなんて――――」 「やっと、わかった……。私がうらやましいなんて言ったから、だからラブは―――― 私がドーナツを半分コしたみたいに、ラブは自分が持っている幸せを全部、惜しみなく私に半分くれたんだ……」 「何が――――自分の夢を探したいよ。何が――――みんなを笑顔と幸せで満たしたいよ」 自分の幸せ一つ見つけられない者が、夢を叶えるなんてできるはずがない。まして、他人を幸せにするなんて……。 冷たい地面と秋風が、せつなから体温を奪っていく。気にもならなかった。心はもっと冷え切っているのだから。 涙は流れるに任せた。借り物だらけの感情の中で、悲しみだけが唯一、自分のものと信じられる心の働きだったのだから―――― 新-211へ
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あたしはせつなが好き。友達としてじゃなく。 となれば、まずは想いを伝えること、だよね。 今日こそはせつなに告白しよう、そう朝日に誓う。 由美の後押しもあったしね。 あたしがキッチンにつくと、あたしの席にだけ朝食が。 せつなの姿は見えない。 「お母さん、せつなは?」 「せっちゃんなら、先に学校へ行ったわよ。何でもクラスの用事とかで」 「ふーん、そうなんだ」 えー、あたしは聞いてないんですけど。 それなら、昨日言って欲しかったんですけど。 あたしは不貞腐れながら、お母さんに返事する。 「大体ラブ、あなたは・・・・せっちゃんを見習って・・・・」 せつながいないからって、説教しなくてもいいじゃん。 あたしは退屈な国語の授業で習得した奥儀「馬耳東風」で、 お母さんの説教を、右へ左へと流した。 せつなが先に学校に行ってしまったのなら仕方ない。 あたしは一人で登校する。 見慣れた通学途中の道。 あたしの目の前を横切る黒い影。 あ、あれは。 あたしの意識は瞬時に戦闘モードへと切り替わる。 あれは、あたしの永遠のライバル。 あちらもこっちに気づいたようだ。 睨み合う二つの影。 どちらも微動だにしない。 一瞬の隙が勝敗を決する、というのは両者とも承知の上。 あたしは必殺のねこパンーチをお見舞いするにゃーー。 「いくにゃーー」 「にゃ、にゃー」 お互い、前に跳躍する。 すれ違いざまにパンチを繰り出し、着地。 あたしの鼻には引っかき傷、奴は無傷。 ま、負けた・・・。また負けたにゃー。 35戦32敗3引き分け。 あたしは傷心のまま、学校へ。 「ラブ、一体、何やっていたの?」 「いやー、あたしの永遠のライバルが」 「ライバル?」 せつながかばんの中から絆創膏を取り出し、あたしの鼻の先に貼ってくれる。 「ありがとう、せつな」 ブッキーなみの準備のよさ。 せつな、いいお嫁さんになれるよ。 できれば、桃園家に・・・って、うちに住んでいるんだった。 「ラブ、何したのか分からないけど、女の子は顔に気をつけなくちゃ」 いや、男の子にもてたいとか思わないけど、 せつなには嫌われたくないし、呆れられたくないかな。 でも、今絶対呆れているでしょ。やれやれって顔してるし。 授業開始のチャイムが鳴り、せつなはあたしから離れていった。 やっぱり、学校では人目があるし、告白するのは無理かな?でも放課後なら大丈夫かな? だけど、今日はミユキさんのダンスレッスンがあるし、その帰り道でも・・・ 「ラブ、おい、ラブ」 大輔の声がする。あたしは作戦中だって。 「おい、ラブ」 だから、大輔、あたしは今忙しいんだって。 「ラブ」 せつなの声が聞こえる。 あたしはパブロフの犬が如き条件反射的で、せつなの方を向くと、 せつなは前の方を指差している。 「桃園、答えられないのか」 ええー、先生があたしに問題を当ててたーーー!! 「ごめんなさい、分かりません」 あたしが言うと、教室中が爆笑の渦。 みんな、そこ笑うところ? でも、あたしもわらっちゃお。あっはっは。 「誰か分かるやついるか?」 「はい」 せつなが手を挙げ、前へ出て行く。 あたしにはさっぱり分からない公式を、あっさり解いていくせつな。 さすが、せつな。惚れてまう・・・って、もう惚れていたんだった。 ようやく、長い授業が終わり、放課後に。 今日はミユキさんのダンスレッスンがあるから、せつなと一緒に・・。 と思うが、せつなはクラスメイトとおしゃべりをしたまま動かない。 「あの、せつな」 「あ、ラブ、ミユキさんと美希とブッキーによろしくね」 「よろしくねって、せつな、今日レッスン休むの?」 あたしの言葉を聞いて、せつなは不審そうな顔をする。 「だって、ラブ。昨日の夜、朝と放課後、クラス委員の手伝いがあるって言ったわよね?」 そういえば、そんなこと聞いた気もする。 でも、昨日の夜といえば、あたしはせつなにどう告白するか考えていて、 そんな重要な情報を聞き逃していたあたしって、一体。 あたしはがっくり肩を落としたまま、公園へと向かう。 「あ、でも、遅れるけど、行きますからってミユキさんにって、ラブ聞いてない」 というせつなの言葉は、あたしの耳には届かなかった・・・。 後から合流したせつなを加え、ミユキさんのダンスレッスンが再開する。 ダンスの途中、あたしとせつなの視線が合う。 あたしの視線を受け、にっこり微笑むせつな。 か、可愛い。し、幸せゲットだよ!! 「ラブちゃん、顔が変よ」 すかさず、ミユキさんの叱咤が。 「ラブちゃんの調子も悪いみたいだし、今日はここまで」 「ありがとうございました」 いつもなら、少しでも長くミユキさんのレッスンを受けたいと思うけど、今日は特別。 一緒に帰ろうと、せつなの方を見ると、ブッキーとなにやら話してる。 と思うと、せつながこっちにやって来て、 「ラブ、私はブッキーと図書館に本を返しに行くから、お夕飯、先食べてて。 それと、おじさまとおばさまに少し遅くなるけど、心配しないでって伝えて」 というなり、あたしの方も振り返らずブッキーの所へ。 なにやら、ブッキー嬉しそう?もしかして・・・ 「ハイハイ、アタシ達は先帰りましょ」 あたしは美希たんに引きずられていく。 せつなーーー。待ってーーー。 あたしの心の大声は、誰にも届かないようだった・・・。 了 その頃のせつなと祈里は・・・ 「せつなちゃん、いい顔してる」 「いい顔?」 「うん、何かふっきれたような感じ」 「ふっきれた・・・のかな?」 「せつなちゃん、自信の素を思い出して」 「ええ、今朝も精一杯、頑張ったわ。・・・・歯磨き」 「そうそう、その調子。せつなちゃんだったら大丈夫って、わたし信じてる」 といった会話が、せつなと祈里の間でなされていたとかいないとか。 7-8へ
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自身の肉体が千切れ飛ぶような 本当に、ここではない、どこか違う世界に消し飛ばされるような強烈な感覚 私は現界にその身を留めようと、私の体を食い漁る獣の肢体にしがみつく そのしなやかな肢体を私のそれに絡みつけ 熱い息を吐きながら、耳元で私の名前を囁き 激しく腰を動かし続ける長い髪の美しき獣 この獣が間断なく与えてくる鋭い快感を 私の体と心が受け止めきれなくなったその瞬間 私は真っ白な世界へと放り出された 遠い、遠い所へ 『その蒼き瞳に』 事後の陶然とした空気のただ中 私は微熱を孕んだその肢体を仰向けに晒している 背中と臀部に汗で湿ったシーツが纏わりつく感触 ひりつくような感覚にその身を震わせる、熱く濡れた私の女の部分 そこから漂ってくる体液の匂いが、鼻腔と心の羞恥の箇所を意地悪く刺激する 視線を、感じる その視線が発せられる方向に目をやると 先程まで私の肢体を抱き、玩んでいた少女が微笑を浮かべている 澄み渡った青空の奥の奥、或いは深い海の底のような 静かな、しかし強い光を発する蒼い瞳 その優しくて温かく包み込むような光の中に 私は、少女の勝ち誇った貌(かお)を確かに見た その刹那、私の耳の奥に響き渡る、自分自身の甘く蕩け果てた声 私を犯す少女の、あの獣の名を呼ぶ声 美希・・・美希・・・ かっ、と熱くなる両の頬、その熱に誘われるように 気だるさの中にその身をたゆたわせていた私の肢体が 火のついたように狂ったように騒ぎ立て始める あの獣にその身を貪られる快感をもう一度 もっと、もっと 美希、もう一度だけでいいの・・・私を、激しく抱いて リフレインする自分の嬌声、肉体の狂騒の中で私は待ち焦がれる 早く次の夜を、あの獣を今度は私の腕の中で甘く鳴き狂わせる時間を 美希 「ふー、張りきり過ぎちゃった もうクタクタ はい、今日はこれでおしまい」 せつな「えっ・・・!?」
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夕暮れの四つ葉町。 ダンスレッスンの帰り道、 ラブ、美希、祈里、せつなの四人の歩みは クローバータウンストリートの中心にある天使の像の前に差し掛かる。 ここは、四人の時間の始まりと、終わりの場所。 学校帰りに集まる時、遊びに行く時、ダンスレッスンに行く時、 いつも待ち合わせる場所はここ。 そして、それぞれの家路に着く為に、別れる場所もここだから、 「じゃあ、美希タン、ブッキー、またねっ!」 「二人とも、また明日」 「ん、じゃあまたね」 「みんな、バイバイ」 通り過ぎると同時に発せられるのは、別れと明日の再開を約束する言葉。 そのまま二人と一人と一人、互いの目指す方向へと足を向けようとしたその時に、 「あ、美希ちゃん」 思い出したように、祈里が美希に声を掛ける。 「何?」 「あのね、今日はまだしてもらってないから……」 そういうと祈里は美希の前で目を閉じる。 ん、と上に向けられた顔に差すのは、溢れんばかりの期待が込められた朱色。 対する美希は、そういえばそうだったわね、と誰にともなくつぶやく。 一瞬、ラブとせつなの方に向けられた視線には幾ばくかの照れが混じっていたものの、 それでもためらう事は無く、ゆっくりと祈里の顔を両手で優しく挟み込むと 目を閉じて、彼女の唇にそっと、自分の唇を押し付けた。 「んっ……」 「うんっ……」 周囲の全てが沈黙したような、世界が止まったかのような瞬間がそこにあった。 そしてその中で、誰よりも長くその瞬間を味わった二人がゆっくりと、 お互いの唇の間の距離を離していく。 やがて、普通に向き合う距離まで離れる二人の顔。 そこにあるのは、すっかり上気した顔に至福の表情を浮かべる祈里と、 「えへ、美希ちゃん、ありがと。 ……じゃあみんな、今度こそ、またね」 そんな彼女に照れくさそうに、しかし優しい笑顔を送る美希の姿。 「……もう、ブッキーてば、こういうのは二人きりの時に 頼みなさいってば……って、じゃあバイバイ、二人とも」 お互いの気持ちを伝え合った二人が、思い思いに二度目の別れの言葉を口にする。 そして、それぞれの帰路を歩き始めたその途端、 魔法が解けたかのように、止まっていた時がまた動き出したのだった。 そして残ったのは二人、ラブとせつな。 「さあラブ、私達も帰りましょ」 美希と祈里の姿が見えなくなったのを見届けると、せつなは隣のラブに促す。 しかし、そのラブはせつなの声に無反応。 「わはーっ……」 キラキラと目を輝かせながら、 両手を胸の前に組んだままの姿勢で固まっているラブ。 そしてその視線は、先程までの美希と祈里の行為が 行われていた場所に固定されている。 「ねえラブ?」 「……ハァ」 「ラブ?」 「いいな~」 「ラブったら」 「あたしもいつかはあんな風に幸せゲットしたいな~」 「ラ~ブ~!」 「ふえっ!」 ラブがいつまでも惚けたように一人で呟いているので せつなはその耳元で、大声で呼びかけた。 「……ど、どうしたのかな、せつな」 「どうしたのかなじゃないわよ、さっきから私が呼んでるのに 全然応えてくれないんだもの!」 「ありゃ~そうなの、ゴメンゴメン……で、何だっけ?」 「……もういいわよ」 そっぽを向いて頬を膨らませるせつなの態度に、 あ、これはへそを曲げちゃったかなと頭の中で 数十通りの謝りかたをシミュレートし始めようとするラブ。 (……あれ?) せつなの様子をよく見ると、 時々目線だけでちらっ、ちらっとこちらを窺っている。 その仕草にラブは一安心。 (……良かった、本気で怒ってない) さっき相手にしてくれなかった事に怒っているのでは無くて、 敢えてそういうフリをして、その後のフォローに期待しているのだ。 (ああもう、この娘は本当に) 構って欲しくてわざと拗ねてみせるなんて、 そんな仕草を他の誰でも無い、 自分と二人きりの時にだけ見せてくれるなんて。 (なんて、可愛い) 心に湧いた想い。 それがその中に納まりきれずに溢れ出す。 その想いの奔流に逆らうことなく、 勢いに身を任せて、ラブはせつなを抱きしめる。 「……ラブ」 ラブが応えてくれたことで、せつなの顔に喜色が浮かぶ。 でも、まだ。 もうちょっとだけ、何かが欲しい。 欲張りな気持ちがせつなの中に生まれる。 それがこれ以上はラブに迷惑を掛けるかもという気持ちと葛藤する。 「……な、何よ、こんなことでごまかされないんだから!」 最後に打ち勝ったのは、欲張りな気持ち。 自分自身の都合を優先して人を困らせる。 それは昔の自分がやっていた、してはならないこと、 そう解っている筈なのに。 ラブのことになると気持ちに歯止めが掛けられない。 そして、もう一つ、心に生まれたもの。 次にラブは何をしてくれるのだろうという心に期待。 この2つが合わさった時、頭で考えるよりも先に、 気持ちが口に出てしまっていた。 「そっか、じゃあせつなは何をして欲しい?」 それでもラブは、優しくせつなに問いかけてくる。 その言葉と、その顔に浮かぶ満面の笑みが、 せつなの理性を麻痺させる。 (何でもって、何でもいいの?!じゃあ……) 脳裏に浮かぶのは、先程見た光景。 美希と祈里の間で交わされた、別れの挨拶。 お互いに相手を愛おしむ感情とを 顔一杯に浮かべて交わされるその行為と そしてそこから生みだされる、熱。 それにあてられた時の自分の中の想いが揺り動かされる。 あの時、ラブのように口にこそ出さなかったものの、 せつなの心に確かに生まれていた想い。 (私も、あれを……してほしい) せつなは、その想いに素直に従って目を閉じて、 黙って顔を上に向ける。 (ラブ……) 暗闇の中、光だけでなく音すらも聞こえなくなったせつなの世界。 その中で、想い人の名前を心の中で何度も思い、その時を待つ。 お互いの心の中にある相手を想う気持ちを口移しで交換出来る、その時を。 ……しかし、いつまでもその時は訪れなかった。 「……?」 不審に思ったせつながゆっくりと目を開くと、目の前にいたのは、 甘く、熱い表情を浮かべながらせつなの頬を両手で挟み込み、 ゆっくりと唇を近づける。 ……という、せつなの期待していた行為とは全くかけ離れた、 直立不動で硬直しているという有様のラブの姿だった。 「ラブ、どうしたの、さあ、早くして?」 目の前のラブの様子が全く理解出来ないせつなは、 もう一度目を閉じて同じ姿勢。 そこにラブが慌てて声を掛ける。 「あ、あのさあせつな……ゴメン、それだけは、あたし、無理」 「え?どして?」 思いもよらなかったラブからの拒否の言葉をせつなは理解出来ず、 すかさず聞き返す。 「うーんと、えーと……ダメだから、ダメ、じゃダメかな?」 問われたラブは心底困惑した表情を浮かべて、 それでもなんとか言葉を続ける。 「ダメよ、そんなのおかしいもの。だってラブ、さっき美希と祈里のキスを見て いいな~とか、いつかはあんな風にしたい、って言ってたじゃない」 「……うん、確かにそう言った。でも、それとこれとは話が別で」 「わからないわ、それじゃ」 「……ハハ、そうだよね」 全く言い訳になってない言い訳、 こんなのじゃせつなを納得させることは出来ない、 そんなことはラブ自身でも解っている、 解っていても他に言い様が無い。 「……もしかしてラブ、私とだとキスするのが嫌なの?」 「そんなことない、それだけは絶対にないよ!」 せつなが口にした言葉をラブは慌てて打ち消す。 「だったら、してくれるでしょ?」 「それは……」 「ダメなの?なんで?どして?」 キスするのは嫌じゃない、でもキスは出来ない。 せつなにはラブの言っていることが全く理解できない。 理解できないから、問い詰めるしかない。 「せつな……」 詰め寄るせつなの表情にも、 その瞳に宿る強い光にも 好きな人にキスをして欲しい、 好きな人とキスをしたいという真剣な想いが現れている。 それが自分に向けられていることをラブは嬉しく思う。 しかし、それに応えてあげたいという想いと、 それを受け入れることは出来ないという もう一つの想いが自分の中にあることも理解している。 矛盾する自分の中の気持ち、向けられているせつなの気持ち その全てを上手く心の中で整理して、せつなに応えてあげること。 それを今この場でやりとげることは、ラブには難しすぎた。 「あのねせつな、実はキスってのは西洋風の挨拶なんだ、美希タンはモデル志望だし、 ブッキーはミッション系の学校に行ってるからそういうこともするけど、 桃園家はほら、お爺ちゃんが畳み職人だってこともあって 先祖代々日本の伝統を重んじて来てるからそういう習慣がなくて……」 それでとっさに選んだのは、想いをかわすだけの、 ごまかしの言葉。 ダメだとわかっていても、 この状況から逃げたい、なんとかしたいという気持ちが 言葉を止めることを許してくれない。 「……もういいわ、ラブ」 しかし、それはせつなによって途中で遮られた。 「せつな?」 彼女の方を見たラブが目にしたのは、 目元に涙を滲ませた、せつなの姿。 その顔に浮かぶのは、怒りというよりも、落胆。 「………………っ!」 「私、先に帰ってるから」 言葉を失ったラブに平静な声でそう告げつつ、 せつなはリンクルンを取り出す。 「待って、せつな!」 ラブの言葉を待たず、せつなはアカルンを起動する。 赤い光が視界を遮ったかと思うと、 次の瞬間にはせつなの姿は消えていた。 「ハァ……」 残されたラブ。 (あたし、何やってるんだろ……) そう思い、肩を落とすと、一人で家への帰路を歩き出すのだった。 6-365へ
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プリキュアオールスターズではリズムゲームの後、キメ技ゲームが始まる。 Part6現在メロディ・リズムの技はバグらしき状態になっている(詳細) シリーズ 使用キャラ 技名 ドキドキ!プリキュア 相田マナ パンチ(♯01のみ)マイ・スイートハート(♯01PS01・S02使用時、♯02以降)プリキュア・ハートシュート(ラブハートアローキュアラビーズ及びラブハートアローキュアラビーズカード使用時) 菱川六花 パンチ(♯01のみ)トゥインクルダイヤモンド(♯01PS01・S02使用時、♯02以降)プリキュア・ダイヤモンドシャワー(ラブハートアローキュアラビーズ及びラブハートアローキュアラビーズカード使用時) 四葉ありす パンチ(♯01のみ)ロゼッタウォール(♯01PS01・S02使用時、♯02以降)プリキュア・ロゼッタリフレクション(ラブハートアローキュアラビーズ及びラブハートアローキュアラビーズカード使用時) 剣崎真琴 パンチ(♯01のみ)ホーリーソード(♯01PS01・S02使用時、♯02以降)プリキュア・スパークルソード(ラブハートアローキュアラビーズ及びラブハートアローキュアラビーズカード使用時) 円亜久里(♯4から登場) パンチエースショット(変身キュアラビーズか変身キュアラビーズカードおよび攻撃キュアラビーズか攻撃キュアラビーズカード使用時) 5人共通 プリキュア・ラブリーストレートフラッシュ(マジカルラブリーパッドキュアラビーズ及びマジカルラブリーパッドキュアラビーズカード使用時) スマイルプリキュア! 星空みゆき プリキュア・ハッピーシャワーウルトラキュアハッピー変身(PASMプロモ12・スマイル06S03使用時/キャンディが登場してウルトラキュアハッピーが変身のお礼をした後、キャンディと共に飛び立つ)♯01以降現在は見られない 日野あかね プリキュア・サニーファイヤー 黄瀬やよい プリキュア・ピースサンダー(劇中とは違い、電撃を地面伝いに発射する) 緑川なお プリキュア・マーチシュート 青木れいか プリキュア・ビューティブリザード 5人共通 プリキュア・レインボーバースト(プリンセスフォームカード使用時/劇中とは違い5頭のペガサスに跨って突進する)♯01以降現在は見られない スイートプリキュア♪ 北条響 プリキュア・ミュージックロンドPart6現在は見られないプリキュア・ミラクルハートアルペジオ(Part5PSミューズ・Sメロディ&リズム使用時、Part6以降) 南野奏 プリキュア・ミュージックロンドプリキュア・ファンタスティックピアチェーレ(Part5PSミューズ・Sメロディ&リズム使用時、Part6以降) 響&奏 プリキュア・ミュージックロンド・スーパーカルテット(Part6PSハミィ・Part6メロディ&リズム使用時)♯01以降現在は見られない 黒川エレン ビートソニックプリキュア・ハートフルビートロック(ビートのキメ技チェンジ使用時)♯01以降現在は見られない 調辺アコ プリキュア・スパークリングシャワー ハートキャッチプリキュア! 花咲つぼみ プリキュア・ピンクフォルテウェイブ 来海えりか プリキュア・ブルーフォルテウェイブ 明堂院いつき プリキュア・ゴールドフォルテバースト 月影ゆり プリキュア・フローラルパワー・フォルテッシモ フレッシュプリキュア! 桃園ラブ プリキュア・ラブサンシャインフレッシュ 蒼乃美希 プリキュア・エスポワールシャワーフレッシュ 山吹祈里 プリキュア・ヒーリングプレアーフレッシュ 東せつな プリキュア・ハピネスハリケーン Yes!プリキュア5GoGo! 夢原のぞみ プリキュア・シューティングスター 夏木りん プリキュア・ファイヤーストライク 春日野うらら プリキュア・プリズムチェーン 秋元こまち プリキュア・エメラルドソーサー 水無月かれん プリキュア・サファイアアロー 美々野くるみ ミルキィローズ・ブリザード ふたりはプリキュア Sprash☆Star 日向咲 プリキュア・ツイン・ストリーム・スプラッシュ 美翔舞 ふたりはプリキュア MaxHeart 美墨なぎさ プリキュア・マーブルスクリュー・マックス・スパーク 雪城ほのか 九条ひかり ルミナス・ハーティエル・アンクション
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作者様のブログへ http //ikomaru.blog76.fc2.com/blog-entry-24.html
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「ブッキー、今度、実験台になってよ」 実験台というのは聞こえが悪いけれど、美希ちゃんのお家は美容院だから、 練習のために簡単なカットやシャンプーなどする、いわゆるカットモデルになってという意味。 美希ちゃんは美容師の免許を持っていないからもちろん無料だし、 それに下手な美容師さんより遥かに上手だから、お互いギブアンドテイクの関係になる。 「うん、いいよ。いつにする?」 「じゃあ、今度の定休日に」 今日は美希ちゃんと約束していたお店のお休みの日。 定休日ということで、美希ちゃんのお母さんは出かけて留守らしい。 誰もいないがらんとした店内で、わたし一人だけお客さんということになる。 指定された真ん中の椅子に座ると、美希ちゃんが手慣れた様子でカットクロスをかけ髪の毛を濡らしていく。 「どんな髪型にする?なんなら、髪伸ばしてみない?」 「ううん。わたしの髪って、伸ばすと広がっちゃって・・・湿気の多い時期なんかは特に」 「そっか、くせ毛だとどうしてもボリュームが出るよね。それなら、少しすくけどいい?」 その言葉に頷くと、鋏を手にした美希ちゃんがカットを始める。 ブッキーかラブのどっちかが髪が長いと色々試せるんだけどな・・・なんて、 ちょっと怖い呟きが聞こえたけれど、伸ばすかどうかは別として、 ラブちゃんはカットモデルにはならないだろうなと思う。カツラのトラウマもあるし。 美容師だったら当たり前なのだろうけど、話をしながらでも手は止めず、あっという間に完成した。 見た目はほとんど変わらないけど、夏仕様といったところか。髪と同じで気分も軽くなる。 次にシャンプー台へと促され、ヘッドレストのない椅子に腰掛ける。 椅子に座るとすぐに座面が傾き、仰向きに身体が倒されて頭がシャンプー台へ入る。 濡れないようわたしの顔にタオルを乗せ、手際よくシャワーをかけていく。 温かいシャワーと頭皮に触れる美希ちゃんの指先が気持ちいい。 タオルがあるから見えないけれど、すぐ近くに美希ちゃんがいる気配を感じる。 息がかかる位の至近距離だから、もし美容師さんが男の人だったら緊張するのだろうけれど。 自分でするよりもずっと丁寧で時間をかけたシャンプーが終わるころには、わたしは半ば眠っていて、 子どもの様に美希ちゃんに手を引かれて、さっきカットをしていた椅子へ戻った。 ドライヤーの熱気と手櫛で梳いてくれる感触が心地よく、再び眠気が襲ってくる。 睡魔に身を委ねて目を閉じ、ドライヤーの音を遠くに聞いていると、 突然、頬に冷たいものを感じて、目を開けた。 目を疑うような光景が目の前に広がる。 鏡には美希ちゃんとわたしが映っているけど、 美希ちゃんの唇がわたしの頬にくっつき、キスしているように見える。 だけど、鏡越しに見ているからだと思う。 密着しているように見えるけど、実際にはわたしと美希ちゃんは離れている。そうに違いない。 そんなわたしの思いとは裏腹に、わたしと美希ちゃんの顔の境界線で何かが蠢き、肌を濡らしていく。 濡れた所に息を吹きかけられると、わたしの身体の中まで沁み込んでいく気がする。 一旦は離れた美希ちゃんの顔が、再び近づいてきて、内緒話をする時みたいにわたしの耳許に唇を寄せる。 でも、耳に忍び込んできたのは、言葉なんかじゃなく・・・ 「・・・・今のは、夢?」 目を開けると美希ちゃん家の美容院で、鏡の中のわたしはさっきと同じように椅子に座っている。 「目が覚めた?ブッキー」 声がした方を見ると、美希ちゃんは客用の椅子に腰掛けてロッドの整理をしていた。 明らかに急を要しないから、寝てしまったわたしに付き添ってくれていたみたいだ。 「わたし・・・寝てた?」 「気持ちよさそうに寝ていたから、起こさなかったけど。でももう、遅い時間よ」 美希ちゃんはどこも違ってなくて、普段と同じ。 いつもと変わらない美希ちゃんの様子に、わたしは安堵する。 表の方を見ると、もうすっかり日は暮れて外は真っ暗。 美希ちゃんの家に行くと言ってあるものの、お母さん達が心配するだろう。 挨拶もそこそこに、わたしは美希ちゃんの家をあとにした。 翌日、二人と待ち合わせしているいつもの場所に向かうと、ラブちゃんの姿が見えた。 「おはよう、ラブちゃん」 「おはよう、ブッキー」 「今日は遅いね。寝坊した?」 「うん、昨日眠れなくて。美希ちゃんは?」 「美希たんなら、先に行ったよ。今日は早く学校に行かなくちゃいけないんだって」 昨夜は美希ちゃんにちゃんとお礼を言わなかったから、今朝言おうと思ったのに。 でも、美希ちゃんに会わなくて、ほっとしている自分もいる。 家に帰った後、夜に見た夢も美希ちゃん家で見た夢と同じような内容だなんて・・・ 「ねえ、ブッキー・・・虫にでも刺された?」 「ううん。そんなことないけど、どうして?」 「だって首の所、赤くなっているよ」 了
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いつか、あなたに好きと告げる。そんな日がほんとうに来るのだろうか。 「おはよう」 「……おはよう」 ぶっきらぼうに答えても、彼女は柔らかく微笑んでくれる。 やっぱりこの道が好きだ。今朝も彼女に会えたから。 いつからだろう。わざわざ早起きをして公園通りを通学するようになったのは。 ずっと以前から彼女はここを使っている。ジョギング、犬の散歩、ダンスの練習……。 あたしはそれを知っていた。中学が離れたら、ますますここを頼りにするようになった。ただ彼女に会うために。 「珍しいね、髪がはねてる」 「ホント?どこ?」 「ほら、後ろ。てっぺんのとこ」 「え、わかんない」 あたしが困っていると、彼女があたしの髪に触れた。 「ここよ」 びりびりした。髪には神経はないはずだ。なのにどうして、彼女が触れた毛先から刺激が伝わってくるのだろう。 「美希ちゃん、顔赤い」 「……そんなわけないから」 「なら、いいけど」 目の前の少女はふんわりと笑う。 何を考えているのか全然わからない。 でも、そこが好き。 「ねえ、今日空いてる?」 「放課後?いーよ」 ほんとうは学友と約束があったけど、そんなことはおくびにも出さず即答する。 あたしにとって、優先事項はいつだって彼女だった。 「じゃあ4時ね」 ひらり。スカートをひるがえし、彼女は日常へと向かう。 雑踏に紛れていく後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。 陽射しが眩しい。今日も暑くて面倒な一日が始まろうとしている。 彼女と別れた後、いつもなら感じるはずの悲壮感も今はない。 ささやかな約束が今日一日のあたしを支えてくれるから。 新-352へ
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「うぁあああーん」 「美希ちゃん、大丈夫だからね。パパと和希とはまた会えるから」 パパと弟がいなくなってあたしは毎日のように、朝起きた時に泣いていた。 それがどれだけママに負担をかけていたか今ならわかるけど、あの頃は……あの頃は、いきなり家族二人きりになってしまった現状を受け入れることができなかった。 「ママ今日は午後からお店開けるけど、美希ちゃんも店に来る?」 「ううん。お外に遊びに行く」 最後の一切れだったホットケーキをぱくりと口にふくむと、美希はそれをジュースで流し込んだ。 玄関でサンダルを履こうとしていると母親がリビングから声をかけてくる。 「日焼け止めは塗ったの?」 「ぬったー。いってきまーす」 「太陽が出てるうちに帰ってくるのよー」 ぴょんとジャンプして美希は家を出る。じりじりと焼け付くような暑さに恨めしげに空を見上げた。 「どうしようかな。今日はラブもブッキーもいないし……」 てくてくと歩きながら、向かう場所に迷いはない。目的の場所にたどり着くと、自然と足が軽くなる。 「あっ、ブランコあいてる」 いつもなら競争になるブランコが空いてることを確認し、一目散にそこへ走っていく。乗ってから美希はあることに気づいた。 「なんか今日人少ないな」 この時間の公園はいつもなら子供達で賑わっているが、今日は閑散としている。美希からは大分離れたところにまばらに人がいるくらいだ。 キィキィとこぎながら、次は何をしようか考えていた時、ふと横を見た美希の視界は一点にとらわれた。いつの間にそこにいたのだろう。 本来ここにはあまりない色。あるとすれば遊具の一部に使われるペンキの色だろうか。 「銀色だ」 思わず声に出してしまうと、近くにいた少女が美希を見た。そして一歩、また一歩近づいてくる。顔を正面からとらえた美希はハッと息をのむ。自分に勝るとも劣らない美貌の少女は顔色一つ変えず美希を見つめたまま。 「ねぇ、これ楽しい?」 今は制止している美希のブランコを掴み、少女はそう聞いた。美希は一瞬何を聞かれたのかよくわからなかったが、彼女がブランコのことを言っているのだとわかるとこくりと頷いた。 「どうやるの?」 「知らないの?すわってこぐだけだよ」 こぐ?今度は少女がきょとんと首を傾げた。 体で覚えてしまったことを説明するのは幼い美希には難しかった。だから、と何度も説明するが相手の少女にはいまいち伝わってないらしい。美希の説明を不思議そうに聞いている。 「うぅー、じゃあいっしょにのろう?あたしこぐから。すわって」 「うん」 今まで自分がいた場所に少女を座らせると、美希はサンダルを脱いで彼女の座っている場所の両側に足をかけ立ちあがった。 「あたしがこぐから、動かないでね。くさりはなしちゃダメだからね」 「わかった」 よっと力をいれてバランスをとりながら美希はブランコをこいでいく。 空気の抵抗を体全体で心地よく感じながらブランコはスピードをましていく。 「どう、楽しい?」 「うん。楽しい」 スピードが安定してきた時、美希が問いかけると少女はふわりと笑い頷いた―――― 「ねぇ、名前は?あたしはみき」 「イース」 「いーす?外国人?だからかみが銀色なの?」 「あなたも青色でしょ」 「あたしは生まれつきだもん」 「私も生まれつきよ」 今は一人一つのブランコをこぎながら、美希はイースと名乗った少女を質問攻めにした。近所で見たこともない、少し無愛想だが可愛らしく、どこか不思議な感じのする女の子。 「家は近く?」 「ううん……遠くからここを見に来たの」 「かぞくと?」 「かぞく?」 なにそれ?と言わんばかりのイースの表情に美希はえっと驚いた。 「お父さんとかお母さんとか兄弟とか」 「ああ。私にはいないもん。知り合いと来たの」 「そう……なんだ」 いけないことを聞いてしまった気がして美希はしゅんと俯いた。そんな美希を見たイースは、自分は何か間違ったことを言ってしまったのだろうかと首を捻る。 「なんでそんな顔するの?」 「だって……かぞくのこと聞かない方がよかったかなって」 「そんなの気にするの?地球人って変なの」 「イースも人間でしょ」 「人間だけど」 地球人じゃないもん その言葉が喉まででかかって、ごくっと飲み込む。 「そんな顔されるとうざい」 「ひどいっ。うざいなんていっちゃダメなんだよ!」 「テレビで言ってたもん」 立ち上がってイースの前に立ち、美希はむーっと頬を膨らませた。 「おこってるの?」 「おこってるよ」 「ふーん」 イースもブランコから立ち上がり、美希に向かい合う。無垢で真っすぐな瞳で見つめられ美希はたじろいだ。 そんな美希の手を掴むとイースはぐっと距離を縮めた。 「な、なにっ?むっ―――」 時間にして10秒ほど。美希は目の前で起こった出来事が理解できず動くことができなかった。 そしてイースがゆっくりと離れたとき何をされたのかハッと気づく。 「なにするのよっ!!!」 「テレビでこうやっていかりをしずめてたよ」 違ったの? と幾分冷めた目で返され、美希は自分が間違っているような気分になった。 「ちがうもん!ちゅーはすきな人としかしちゃいけないもん」 「ふーん」 「ひどいよぉ」 わーんと泣き出してしまった美希。居心地の悪い思いをしながらもイースはそこを離れようとはしなかった。 「ふぇ……」 「もう泣くな」 「やぁ、ほっぺたむにむにしないで」 「泣き止んだ」 「うー、ばかぁ」 きゅっと瞳に残っていた涙を拭い、美希はイースを睨みつける。それは拗ねているようにしか見えず、イースは小さく微笑んだ。 「私そろそろ行かなきゃ」 「もうかえっちゃうの?」 「うん。ウエスターが太陽がしずむ前にもどってきなさいって。細かいことにうるさいから」 「えー、でもそれはイースのことしんぱいして、あ」 「なに?」 「ママが……ううん。あたしもかえろっと。また会える?」 「うん」 イースは嘘をついた。彼女は今日地球を離れる。本当ならつかなくてもよかった嘘。ただ、気まぐれに、美希の笑顔が見たかったから。 「じゃあまたね。ばいばーい」 美希がぶんぶんと小さい体で大きく手を振ると、イースも小さく振り返した。 もう一人で泣くことはないだろう。父親と弟と離れていても美希には母親がいる。美希のことを大切に思ってくれている。心配してくれる。 それはとても幸せなことで大事なこと。 家族にこだわらなくてもいい。 離れていても繋がる気持ちはあるのだから。 ありがとう、イース 「美希ちゃーん。いっしょにかえろー」 「ブッキー」 てこてこと可愛らしい女の子が近づいてくる。美希とイースは声のした方を見た。 祈里はイースを視界に捉える。 「わぁ、おさるさんのおしりより真っ赤なおめめ」 ガーン ――――――― 『○○動物園では日本猿の赤ちゃんが―――』 「…………」 「どうしたのせつな。食い入るようにテレビ見て」 「何でテレビ睨みつけてるの?」 「なんかトラウマが……なんでもない」 ボソッ「真っ赤なおめめ(笑)」 「ブッキー!!」 「しーらない」 END
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カチ カチ カチ カチ 時計の針の音に、ふと、目を覚ます。 「うーん」 体を起こして、枕元の携帯を開けば、浮かび上がる光。そこに記される時間は、午前二時。 「ふわぁ」 大きな欠伸をしてから、ラブはベッドから起き上がった。隣のシフォンと、床のタルトを起こさないように、気を付けな がら。 足音を殺しながら、そっと階段を下りる。と、リビングから光が漏れてきていて。 お父さん、まだ起きてるのかな? 思いながら、そっとドアを開けると、そこにいたのは。 「せつな?」 「――――ラブ?」 イヤホンをして音楽を聴きながら、マグカップを口元に運ぶ少女の姿があった。 Midnight Talk 「どうしたの? こんな時間に起きてるなんて」 「ラブこそ、どうしたのよ」 テーブルに向かい合って座る、二人。声を小さくしているのは、圭太郎とあゆみが眠っているから。 「へへ、アタシは、なんか目が覚めちゃって。多分、緊張してるからだと思うんだ――――ってか、せつな、何を飲ん でるの?」 「ホットミルクよ。飲んだら、よく寝れるって聞いたから。待ってて、ラブの分も作ってあげる」 「ああ、いいよ、自分で」 「いいから、いいから」 立ち上がろうとするラブを手で抑えて、せつなはリビングに向かう。彼女のマグカップを取り出し、牛乳を注いでレン ジに入れる。手慣れたその動きを、ラブは後ろから見ていて、少し嬉しく思った。 もうすっかり、うちの台所に馴染んでるよね、せつな。 「お待たせ、ラブ」 「うん。ありがと、せつな」 受け取って、フーフーと息を吹いて冷ましてから、そっと一口。 「美味しい?」 「うん、すっごく美味しいよ、せつな」 「良かった」 喜ぶラブを見て、せつなも微笑する。そして、自分もマグカップを口元に寄せて。 「それで、せつなは?」 「え?」 「せつなは、なんで起きてるの?」 「ラブと一緒よ」 言いながら、せつなはイヤホンを付けたプレーヤーをラブに見せる。再生ボタンを押すと、微かに漏れ聞こえてくる のは、明日の大会で踊る曲。 「さすがに踊ったりは出来ないけど、イメージトレーニングってところね」 「ふぅん、そっか」 そう言ってニヤニヤとするラブに、せつなは首を傾げる。 「――――? どうかした?」 「せつなでも、緊張することとか、あるんだなって思って」 「何よ、それ」 困った顔をするせつなに、ラブはこらえきれず吹き出す。 「ちょ、ちょっと、ラブ。なんでそんなに笑うのよ」 「ご、ごめん。でも――――クククク」 お腹を抱え、それでも声を押し殺そうとするから、悶絶してしまうラブ。そんな彼女を見て、照れくささにだろうか、頬 を真っ赤に染めたせつなは、 「もう!! 知らない!!」 言って、ぷい、と顔を背けたのだった。 「せーつなー」 「………………」 「ごめんってば、せつなー」 「…………知らない」 ようやく笑いの発作が鎮まったが、せつなが拗ねているのに気付いて、ラブは彼女の隣の席に移動する。 ツンツン、と人差指でせつなのほっぺをつついてみる。最初は顔をそむけていたせつなも、最後には諦めたのか、も う、と笑いながらラブの方に顔を向けた。 「許す。許すから、もうやめて? くすぐったいわ」 「えへへー。せつなのほっぺ、柔らかくって、すっごい触り心地がいいんだもん」 「まったく」 呆れたように言いながら、それでも止めようとしないラブの手を振り払わないのは、彼女があんまり楽しそうな顔をし ているから。くすぐったいのも、少しなら我慢出来るから。 「そんなに、私、緊張しないように見える?」 ようやく満足したのか、彼女の頬から指を離したたラブに、せつなはそっと問いかける。 「え? うん、そうだね。少なくとも、アタシみたいに、緊張してるようには見えないよ?」 「ふうん。そう見えてるのね、私って」 彼女の言葉に、ラブはゆっくりと首を傾げた。どういう意味だろう。思いながら、横顔を覗き込む。 「ホントはね? すっごく、緊張してるの。失敗したらどうしよう、うまく踊れなかったらどうしようって」 「せつな――――」 そう言うせつなの、マグカップを持つ手が微かに震えていることに、ラブは気付く。 「でもね」 ギュッ、とせつなは、その震える手を握りしめた。もうこれ以上、震えないように、と。 「でも、私、嬉しいの」 「嬉しい?」 「うん。こうして、ダンスの大会に出られることが」 言いながら、せつなはそっとラブに視線を向ける。 「皆と一緒にダンスを出来るなんて、ほんの少し前までは、思ってもみなかった。ううん、ラブの家に住むことも、こん な風に真夜中にお喋りをすることも、考えられなかったことだった」 今では当たり前みたいだけどね。そう付け加えて、彼女はくすぐったそうに笑う。 「だからね、思うの。精一杯、頑張ろうって。今、こうしてここにいられることだけで、幸せなことなんだから。あとは、 悔いが残らないようにしようって。そう思うの」 「せつな――――うん。そうだね」 ラブは、深く頷く。せつなの言う通りだ。 今までたくさん、頑張ってきた。明日はその成果を、見せるだけ。 「なんだか、恥ずかしいわね、こんなこと話すのって」 はにかむせつなに、ラブは真剣な目で返した。 「そんなことないよ!! せつなの気持ちが聞けて、アタシ、嬉しかったもん」 普段、気持ちを抑えがちな彼女だからこそ、なおさらに。ラブはそう思う。 その言葉に、せつなは顔をゆでだこのように真っ赤にして、目を伏せる。 「も、もう、ラブ。変なこと、言わないでよ。恥ずかしいわ」 「あー。せつな、すごい赤くなってる。ほっぺが熱いよ?」 「ちょ、ラブ、触らないでってば。くすぐったいんだから!!」 翌朝。 あゆみが、リビングに入ると。 「あらあら」 ラブとせつなの二人が、せつなの部屋から持ってきただろう布団にくるましながら、ソファに座って眠りこけていた。 二つのイヤホンを、それぞれ片方ずつ耳に付けている。そうやってダンスの曲を聴いているうちに、二人して眠って しまった、というところだろうか。 まったく。本当に仲良しね。 苦笑しながら、時計を見る。起こしてくれと言われた時間には、まだ少しある。もう少し、眠らせてあげよう。思いな がら、布団をかけ直そうとして。 あゆみは、さらに深く、苦笑した。 何故なら。 眠る二人。だけど。 ラブの右手と。 せつなの左手が。 しっかりと、結ばれていたから。 絶対に、離さないと、そう言わんばかりに、強く。固く。