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「ちょっとラブ、もうお湯沸いてるわよ?!」 「は~い。・・・ブッキー、そっちタマネギ切ったぁ?」 「ごめん、今やってるー。せつなちゃん、サラダは大丈夫?」 「今、精一杯キャベツ刻んでるわ」 今日は、ラブちゃんのお家で、お泊り会。 ご両親もお出かけなんで、わたし達4人でお夕飯の準備をしてるところ。 メニューは、カレーライスと、サラダ。 わたしはカレーに入れるお野菜を切る当番なんだけど。うー、タマネギが目にしみる・・・。 ・・・・・・でも、これくらい我慢しないと。 みんな一緒とはいえ、せつなちゃんと一晩過ごすことができるんだもの。 もう一週間も前から、今日という日が来るのを夢にまで見たんだし・・・・・・。 それに!ご、ご飯の後にはみ、みんなでおおおおお風呂入ることになってるし・・・・・・。 一気にわたしの頭の中には邪な妄想が広がる・・・・・・。 (ブッキー、背中流してあげるわ。こっち来て) (せせせせつなちゃん!い、いいって、それくらい自分でやるから!) (?何を恥ずかしがってるの?・・・ほら、次は前を洗ってあげるから、あたしの方を向く!) (いや~!いくらこっちの世界の常識に疎くても、やり過ぎだよ~!!) 「・・・・・・ブッキー・・・お腹空いてるからって、はしたないんじゃないの?・・・よだれ出てるわよ」 「・・・・・・は!え!?ゴメンゴメン!」 美希ちゃんにたしなめられ、現実に戻るわたし。せつなちゃんにだらしない子だって思われちゃう・・・。 「―――――痛っ・・・!」 その時、せつなちゃんが小さな呻きを漏らした。 見ると、包丁を離し、右手で左手の指を押さえている。 「せせせせつなちゃん!指切ったの?!ちょ、ちょっと待って―――」 慌てたわたしは、咄嗟にいつも持っている救急セットを取り出そうと、バッグに手を伸ばす。 「―――――せつなっ!手出してっ!!」 わたしの行動よりも早く、ラブちゃんがせつなちゃんの元へ駆け寄る。 彼女はせつなちゃんの左手を掴むと、躊躇うことなく、怪我している指を口に含んだ。 「―――――――!!」 その一連の動きから、目を離せなくなった。 「・・・・・・・・・」 「・・・ラ、ラブ・・・そ、そんなとこ・・・な、舐めたら・・・き、汚いわ・・・」 せつなちゃんが、顔を赤くして、ラブちゃんを止めようとする。 でも、ラブちゃんはそんな制止も聞かず、指を口から離そうとしない。 それは、甘くて淫靡な、恋人同士のキスに見えた。 ラブちゃんの口元からする、ぴちゃ、ぴちゃ、という水音のような響き。 その度にせつなちゃんは押し殺した喘ぎを漏らし、背を反らす。 バッグに手を入れたまま、わたしは固まっていた。 目を逸らしたいのに、逸らせない。 ・・・・・・嫌だ・・・こんなの見たくない・・・・・・。 一瞬、ラブちゃんとわたしの目が合う。 「―――――!」 その目が、嘲笑っているように、感じた。 高価な玩具を、手に入らない子に自慢している子供のような目―――。 ―――これはあたしだけのモノよ?羨ましいでしょう? ・・・彼女は、わたしに、そう言っているのだ。 ―――永い一瞬が、過ぎた。 ゆっくり、別れを惜しむように、唾液の糸を引きながら、ラブちゃんが口を離す。 「ンぅっ!・・・・・・ラ、ラブぅ・・・・・・」 「・・・・・・こっちの世界では指を切ったら、こうするんだよ、せつな・・・・・・」 頬を染め、息を荒げているせつなちゃんに、ラブちゃんは優しく、ふしだらに微笑みかける。 「・・・・・・ブッキー、バンソーコー、ちょうだい。」 「――――――え?!あ、あ、うん!」 その声に我に返ったわたしは、ラブちゃんにバンソーコーを渡す。 彼女は、可愛がっているお人形にリボンでも結ぶように、それをせつなちゃんの指に巻きつける。 ・・・わたしは、魂の抜けた案山子みたいに、その光景を見つめる事しか出来なかった。 「ちょっとブッキー、あなたもどっか怪我したの?」 「・・・え?」 「・・・・・・もう、涙浮かべてるじゃないの!」 美希ちゃんに言われるまで、気付かなかった。 「や、やだ。タ、タマネギ切ってたから・・・い、イタタタ・・・・」 ゴシゴシ、っと目をこする。 ・・・・・・本当に痛いのは、目なんかじゃないのに。 目を開けたとき、再びラブちゃんと視線が絡む。 ――――せつなで遊んでいいのは、あたしだけなの。あなたの手は決して届かない・・・・。 長い夜は、まだ始まったばかりだった。 了 分岐します。あなたはどちらの美希を選ぶ? 2-257テーマは〝イライラ〟 避-128テーマは〝嘘〟
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しんしんと、雪が降り続いている。 黒一色に沈む夜の街が、ほのかに輝く銀のヴェールを纏う。 この窓の外は、ぬくもりの欠片もない凍てつく冷たい氷の世界。かつての―――この私のように。 あの時の私なら、きっとこの光景を美しいと感じることはなかっただろう。 命の溢れた春よりも、心の安らぎを覚えることならあったかもしれないが……。 窓一枚隔てただけの、この部屋のなんと暖かいことだろう。耳には優しいピアノの旋律。芳しいご馳走の香りと、楽しげな談笑の声。 こちら側が幸せで―――あちら側が不幸。 この窓が幸せを分けるラインなら、それを越えるための条件とは一体なんだろう? それさえわかれば、みんなをこちら側に入れてあげられるかもしれないのに……。 「せつな、どうしたの?何か考えごと?」 「ラブ……。メニューは決まったの?」 「あっ、ううん。なんか迷っちゃって」 ニハハと笑って、ラブはまた、心配そうに私の顔を覗き込む。私はラブの視線から逃げるように、再び窓の方に顔を向ける。 ガラスに映ったその表情は、確かに元気がなさそうに見えた。 (このガラスの内側に入れたのは、きっとラブの愛情のおかげ。) 「ねえ、ラブ。LOVEって、愛するって意味よね。それは、どんなものなのかしら?」 「どうしたの?せつな。熱でもある?」 「茶化さないで!」 思わず厳しい口調になった私に驚いて、お父さんとお母さんがメニューを置いてこちらを見る。 「……ここは、私がラブの家族になれた場所、私が初めて幸せを知った場所よ。そして、今夜は互いの幸せを願うクリスマスイブでしょ?だから……」 お父さんとお母さんが、静かに顔を見合わせる。そして二人は、入り口のサンプルを見てくると言って席を立った。きっと、少しの間ラブと私の二人だけにしてくれたのだろう。 「ごめんなさい、せっかく外食に連れてきてもらったのに……」 「ううん。あたしもよくわからないんだけどさ~。愛情ってね、相手のことを大切に思う気持ちなんじゃないかな?」 「ラブは、みんな大切なんでしょ?私も美希もブッキーも、お父さんやお母さんや、ううん、会ったことのない人だって!」 「そうだよ」 「だったら、私が私じゃなくたって、ラブはその子を家族に迎えていたの?一緒にダンスをしていたの?」 「それはわからないけど……せつなはやっぱりせつなで、誰かの代わりになんてならないよ。きっと代わりの効かないものが、本当の愛なんじゃないかな?」 「ラビリンスに居た頃の私は、いくらでも代わりが効く存在だったわ。この窓の外にたくさんあって、埋もれていって……やがて忘れ去られ、溶けて消えてしまう雪のように……」 そんな私に、愛される資格なんてないのかもしれない。その言葉が、次第に小さくなっていって、消えてしまいそうになったとき……ラブが立ち上がって、私の肩に手を触れた。 「せつな、こっちに来てみて!」 「えっ?なに?この季節にテラスは使えないはずよ?」 「さっき、カギが開いてるのを確認したの。いいからいいから」 ラブは端の方にあるテーブルに近づいていく。それは椅子ごとブルーのシートで覆ってあって、それをさらに覆うように雪が積もっていた。 「これは、あの時のテーブル……」 「うん。でも見せたいのはテーブルじゃなくて、これっ!」 「……雪よね?それがどうかしたの?」 ラブは得意げに雪をすくい上げて私の方へ差し出す。 「近くでよぉく見て。あたしでもなんとか見えるから、せつななら形がハッキリとわかるはずだよ」 「これは……どうして?ひとつひとつ、ぜんぶ違う形をしているわ!」 驚きの声を上げる私に、ラブは満足そうに頷いて、夜空を見上げる。 「みんな同じに見える雪でもね、本当はひとつひとつ、ぜーんぶ形が違うんだよ。メビウスはきっと、国民のことをまとめて雪だと思ってたんじゃないかな?そんなの愛じゃないよ」 「ラブやお母さんやお父さんは、私という、代わりのない形を見つめてくれたのね。だから――」 「相手をよく見て、よく知って、その形を大切だって思えたら、それは愛なんだと思うの。あたしはさ、会ったことのない人だって、みんな自分の形を持ってるって思えるから」 「みんなを、愛しているのね」 「うん!」 ラブは私に背を向けて、また雪をいじりだした。 「私にもできるかしら?ラブのように、みんなを見つめて愛することが」 「できるよ!だって、せつなは誰よりも目がいいんだもん!」 「もうっ、そこに視力は関係ないでしょ!しかも、後ろを向いたままで言わないで!」 「ごめんごめん」 ラブは、今度は手にしたものを後ろに隠してこちらを向いた。 「ラブったら、さっきから何を作ってるの?」 「これだよ!」 そう言って、ラブは白い塊を私に投げつけた。 「フン!そんなことだろうと思ったわ。私に当たるとでも?」 「せつな、後ろっ!お母さん!」 「えっ?」 「スキありっ!」 一瞬後ろを向いた私の頬に、ふんわり柔らかい雪の塊がぶつかって弾けた。 パウダースノーの雪だから痛くはなかったけど―――その一撃で、私の身体に流れる戦士の血が目覚める。 「やったわねーっ!もう許さないから!」 「望むところだよ、せつな!」 いつの間にか、重たかった私の心は軽くなり、バカみたいに笑いながら、ラブと雪の塊をぶつけあっていた。 もう少しだけ、待っていてもらおう。 ラブと一緒なら、きっと見えるようになるから。 ラビリンスの人々それぞれの形を見つめて、愛して、笑顔に変えられると思うから。 だから―――もうしばらくだけ、このままで。 fin
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少し肌寒くなってきた秋の夕暮れ。 公立四葉中学の校門で部活を終えて帰る学生達が何やら騒いでいる。 彼らの視線の先、門から少し離れた壁際にたたずむ一人の美しい少女が居た。 ちらちらと携帯を見ながら嬉しそうな顔をして待っている。連絡待ちか時計を見ているのか。 どちらにしても彼氏との待ち合わせに違いない。 鳥越学園の子と、こんな美少女と釣り合うような男の子がこの学校に居たっけ?などと囁かれていた。 「あ、せつな」 そう言って門から出てきた女の子に駆け寄った。 友達との待ち合わせだったのかと、少しがっかりした者や安心した者などがちらほら。 相手の子の名前は知る者も多かった。 東せつな。最近転入してきた子で、こちらも相当の美少女だ。 容姿だけでなく学力は学年でも有数。スポーツはそれぞれの運動部のレギュラーに匹敵した。 それでいて物腰は柔らかく、自然体。気取ったところが全く無い。 男女問わず、クラス内でも外からでも人気が高かった。 「またね、由美」 「うん。今日はありがとう、せつなちゃん」 せつなの後ろ、一歩遅れてついてきていた女の子は美希にもペコリと挨拶して帰っていった。 「ごめんねせつな、邪魔しちゃったかな?」 美希がちょっと申し訳なさそうな顔をした。 「由美のことなら平気よ。勉強を教えていただけだし、帰る方向が逆だからどうせここで別れていたわ。」 「でもどうして校門で?公園かどこかで待ち合わせてもいいのに…」 「少しでも長くお話したくって。今日はラブもブッキーも用事で先に帰ってるし、 たまには二人でってね。」 「熱でもある?」 悪戯っぽく、美希の額にせつなが手をあてる。 「ちょっとコラっ!どういう意味よ」 怒った声を出すが、顔が笑っていては迫力も何も無い。 最近、せつなが冗談を言うようになってくれた。とても嬉しい。 歩きながら色んな話をした。学校帰りだからか、学校の話題が多い。 仲良しになった由美のこと、授業が楽しいってこと、クラブ活動に誘われて困るってこと。 静かに話してくれるせつなの声が耳にとても心地よかった。 少し前なんて、「問題ないわ」の一言で切り捨てられてしまったものだと苦笑する。 以前のラブは、こんなせつなを独り占めにしていたのね…と、少し羨ましく思う。 ラブほど明るいわけでもない。 ブッキーのように癒しの雰囲気を持つでもない。 でも、せつなには言葉にできない魅力があった。 一緒にいるだけで何故かそわそわしてしまう、ハラハラしてしまう。 笑ってくれたら凄く―――幸せになる。 四人一緒は最高の幸せ。不満なんてあるわけがない。 でも、美希は滅多に訪れないこんな二人きりの時間も大切にしたかった。 せつなはアタシのことどう感じてるんだろう? 思い切って聞いてみた。 「どうって?美希は美希よ、もちろん一緒に居られて楽しいわ。」 ……いまいち通じなかったみたいだ。こんな鈍いところも魅力に思えてくる。 話題を変えてみた。 一度どうしても話したかったこと。でも、口にするには躊躇われたこと。 それは、クローバーボックスを自分の不注意で無くしてしまった時のこと。 あの後ブッキーは気になることを言っていた。 「あの時はありがとう、アタシのことをわかってくれていて」 だから美希は美希なのよ、とせつなは苦笑した。 「それに、あの女の子の責任にしたくなかったんでしょ?」と言葉を続ける彼女。 嬉しかった…。信じてくれていたんだ。誰も―――責める訳でもなく でも!甘えてはいけないと思った。 「それもあるわ。でも、本当はもっと自分勝手な理由で話せなかったの……」 「わたしたちにではなく、自分に言い訳をさせたくなかったんでしょ」 せつなが美希の告白をさえぎった。 今度こそ息を呑んだ、どうしてそこまで…… アタシは完璧でありたかった。それは目標、何処までも遠くて届かなくて。 それでも、決して諦めてはいけない―――――希望のしるし 一度自分に言い訳をさせてしまったら、二度と届かなくなる気がした。 成功も失敗も全て、自分で受け止めて進みたかった。 「私も同じだから。私は美希みたいに完璧じゃない。その逆だけど、自分のしたことは 受け止めて進みたいの……。私たちは似てるのかもしれないわね。」 そう言ってせつなは微笑んだ。 心が痛んだ。 そうだ、せつなは今でも自分を責め続けている。 でも、せつなに一体どんな罪があると言うのだろう。 やってきた事は確かに許されない。でも仕方ないじゃない。どうしようもないじゃない。 生まれた時からメビウスに忠誠を誓わされ、洗脳教育を受け、寿命まで管理されて服従させられてきた。 誰がせつなを責められる?アタシだって同じ環境で生まれたら同じ事をしない自信はない。 けれど、せつなは一度も―――言い訳をしなかった。 似ていると言われて嬉しかった。そして、誇りに思えたと実感する。 やっぱりアタシは――――せつなが好きなんだと。 素直な気持ちで美希は話す。 「そうね、アタシたち似てるわよね。意地っぱりな所や強情なところ、寂しがりやなところも。 そして…優しいところも…一緒になれたらいいな」 「やっぱり熱があるのね?」 せつなが背伸びして腕を回し、自分の額をアタシの額に当ててくる。 今度は真っ赤になった自分を隠すために怒ったフリをする。 「人が真面目に話してるのに~~もう許さないんだから!」 「私に追いつけたらあやまってあげるわ」 せつなは駆ける。 アタシも駆ける。 一緒に歩める幸せをかみしめながら。 避-214へ
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差し出されたクローバーを、私は―――受け入れられなかった。 散々、みんなの幸せを踏みにじってきたのだから。 例え生まれ変わったとしても、私はもう―――。 行く宛ても無く、ただただ、歩き続けた。 止まってしまえば楽になれる。けれど、それでは都合が良すぎる。 私の事など誰も許してはくれないのだから。 ―――あの子を除いては――― もう何時間経つのだろう。 私の目の前は暗闇その物だった。 どうしていいか、わからないのだから。 〝楽になりたい〟 一瞬、私はふいに足を止めてしまった。 「やっと止まってくれたね」 「…」 「座ろ?」 「…」 丘の上。 今思えば、何かに導かれていたような気がする。 私はまだ―――目を見る事は出来なかった。 「これはね、本当に幸せを願ってる人しか見付ける事が出来ないんだよ」 「―――無理。私は…受け取れない」 「頑固だね…せつな」 「もう―――終わりに…」 「イヤだ!絶対イヤだ!!!」 大粒の涙が零れていた。 どうして? どうしてそんなに私を――― 本当は―――望んでいた 例え、卑怯と言われようと 私は彼女を―――ラブを愛してしまったのだから 私の色に染めたかった 私だけの物にしたかった でも。 私は何かが足りなかった。 悪魔にはなりきれなかった。 ラブ…。 私も…人間なの。 「もうみんなの所へ帰って」 「やだ」 「お願い」 「そんな事…出来ない…」 彼女を見ていると、本当に居た堪れなくなった。 自分の過ちもそう。全てを後悔した。 もう一度やり直せるのなら。 私は全てを投げ打って、彼女と―――幸せになりたい 「ご両親が心配してるわ。だから、お願い」 「せつな…。約束して」 「えっ?」 「もうどこにも行かないって。あたしを悲しませないって」 「ラブ…」 「わかった」 精一杯の返事だった。正直、私は自信が無かったから。 例えこの先、もう二度と会えなくなっても。 この一瞬が私には、最高の幸せだったのだから。 ラブは偽りの無い瞳と言葉で―――私を包んでくれたのだから。 あなたの瞳が好き あなたの笑顔が好き あなたの声が好き あなたの姿は眩しすぎて あなたの事が本当に――― ラブ、ごめんなさい いつも正直になれなくて 本当に…ごめんなさい ~END~
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~月曜日~ 美「やっほーブッキー、ん?それ何編んでるの?」 祈「美希ちゃん!…あ、あのね、マフラーなの」 美「自分の?それとも誰かの?」 祈「その、えっとぉ…プレゼント用…かな」 美「そっかー。綺麗な蒼色ね。こんなの貰える人、うらやましいな」 祈「そうかな…」 ~水曜日~ ラ「あれ~ブッキー、何してるの?」 祈「ラ、ラブちゃん…ちょっと編物なんかしてて」 ラ「うわ~上手だよ~可愛いピンク色!ねぇねぇコレ誰の?」 祈「プレゼント用なの」 ラ「いいな~あたしも欲しいな~」 祈「えへへ…」 ~金曜日~ せ「ブッキー、それなあに?」 祈「せ、せつなちゃん…えと、編物っていって、この針で毛糸をこうすると、色んなものが作れるの」 せ「ふぅん、初めて見たわ。毛糸っていうのね。綺麗な赤…。何を作ってるの?」 祈「マフラーよ」 せ「こんな毛糸からマフラーが出来るなんて!編物ってすごいのね…。ねぇブッキー、今度わたしにも教えてくれない?」 祈「もちろんいいわよ!」 せ「ところでコレは誰のマフラーなの?」 祈「プ、プレゼント用よ」 せ「そう。こんなの誰かに上げられるなんて素敵ね」 祈「ありがとう…」 ~そして日曜日~ 祈「みんな、コレ私からのプレゼント」 美「あら!この蒼いマフラー、アタシのだったの?嬉しいー」 ラ「ワハー!ピンクのマフラーゲットだよ!超可愛い~」 せ「真っ赤なマフラー、素敵…」 祈「それぞれにクローバーのモチーフが編みつけてあるの」 美ラせ「ありがとうブッキー!」 祈「どういたしまして!」 美「ゴニョゴニョ…お礼はやっぱコレよね…」 ラ「それしかない!」 せ「みんなで一斉に?…わかったわ」 美ラせ「せーの!ちゅっ」 祈「きゃ!…みんなありがとう~」 せ「ブッキーったら、わたしのマフラーみたいに顔真っ赤よ」 ラ「ホントだ!ゆでダコみたいだね!」 美「ちょっとラブ!それはNGワードよ!」 祈「アハハハッ…」 美「ところで、ブッキーの分はないの?」 祈「毛糸は準備してあるんだけど、みんなの分だけで手一杯だったの」 せ「じゃあそのマフラーはわたしに編ませて」 ラ「せつな、編物なんて出来たっけ?」 せ「いいえ、でも今度ブッキーに教えて貰う約束してるの。そうよねブッキー?」 ラ「じゃああたしも編物する~」 美「もうラブったら!ふふ」 祈「私、みんなに会えて良かった!」
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とある日の放課後の、クローバータウンの通学路。 アスファルトに静かに響くローファーの靴音とともに、爽やかな秋風の中をひとりの少女が歩いていた。肩にかかる艶やかな黒髪と、柔らかな眼差し。穏やかな表情からは、今の彼女の心情が透けて見えるよう。 色づき始めた並木道がやけに眩しく映るから、いつもよりゆっくりと歩いては、次々と目に飛び込んでくる秋の風景を楽しんでいた、そんな時。 ふと、どこからともなく甘い薫りの風が流れて、彼女の鼻孔をくすぐって、消えた。 匂いに気づいた少女は、脚を止めて周りを見渡してみる。 「この匂いは……?」 匂いの元を探り当てようとした矢先、後ろから少女を呼ぶ声がした。 「せつなちゃん!」 「あ、ブッキー」 ブッキーと呼ばれた少女・山吹祈里が、数メートル先にいた黒髪の少女・東せつなに追いつき、隣に並ぶ。 ふんわりとした柔らかな栗色の髪。優しい顔立ちと、丸みを帯びた身体つき。その背丈はせつなより少しだけ小さく、見る者に可憐な印象を与える。いつも付けているトレードマークの緑色のリボンが、今日もよく似合っていた。 「偶然ね。今帰り?」 「そうよ。ブッキーもでしょ?」 「うん。ふふっ。なんか嬉しいな」 「何が嬉しいの?」 「だって、約束もしてないのにせつなちゃんに会えたんだもん」 「あ……ありがとう」 「どういたしまして」 躊躇することなく放たれる祈里の言葉に、せつなは顔を赤らめた。そんな彼女の反応を、祈里は楽しそうに眺めた。 「あ、ちょうど良かったわ。今ね、ブッキーに教えてほしいことがあって」 「わたし? いいわよ。わたしでお役に立つなら何なりと」 「あ、ほらまた、この匂い……。どこから来てるのかしら?」 せつなが不思議そうに辺りを見渡す。 「そっか。この匂いのこと知りたいのね。せつなちゃん、こっち」 祈里は、そんなせつなの手を引っ張って、少し離れた木立まで連れて行った。 そこには、オレンジ色の小花を一面に咲かせている木が、真っ直ぐにすっくと伸びていた。 「あ……さっきよりも香りがうんと強くなったわ。この花からしてるのね」 「金木犀、よ」 「キンモクセイっていうの……いい香り。見た感じも可愛いけど、名前も可愛いのね」 「わたしも大好きなんだ。秋にしか咲かないの」 「なんだか、この花……ブッキーに似てるわね」 「え? わたし? どんなところが?」 「色もそうだけど、ちっちゃくて、可愛くて、いい匂いのするところが」 せつなの言葉が、祈里の頬をほんのり紅く染めた。 「せつなちゃん、それ、褒めてる?」 「もちろんよ」 「に、匂いは、美希ちゃんにもらったアロマをいつも付けてるからだし、ち、ちっちゃいのは……生まれつきだし……」 「可愛いのは?」 「し、知らないっ」 「ごめんなさい。ブッキー、怒らないで」 ちょっとだけむくれたふり。恥ずかくて、嬉しくて、やっぱり恥ずかしくて。 心配そうに覗き込んでくるせつなの視線は、かえって祈里の羞恥心を助長させていくようだった。 「ねえ、ブッキーったら」 「……怒ってないよ」 「ホントに?」 「うん。恥ずかしかっただけ」 「良かった」 にこっとはにかむせつなの笑顔。見つめながら祈里は思う。ああ、わたし、この顔に弱いなあ。 「けど、ブッキーのおかげで匂いの正体がわかって、何だかすっきりしたわ。ありがとう」 「どういたしまして。わたしも褒めてもらえちゃったし、得しちゃった。――――ところで、今日はラブちゃんは?」 「ああ、ラブなら……」 「補習?」 祈里が継いだ言葉に、せつなは声を立てて笑った。それはまさに、せつなの言おうとした言葉だったから。 「よくわかるのね」 「そりゃあ、幼なじみだもん」 「幼なじみ、か……。何かいいわね、そういうの」 「けどわたし、せつなちゃんのことだってよくわかるよ」 「あら、私は幼なじみじゃないわよ?」 「幼なじみじゃなくても、親友、でしょ?」 祈里は、隣に立つせつなの腕を取り、優しく組んだ。 「親、友……?」 「そうよ、親友。とっても仲のいい友達のことよ。幼なじみにだって、負けないくらい仲良しなんだから!」 「私とブッキーは……親友?」 「もちろん!」 真っ直ぐに見つめる祈里の瞳の力強さに、せつなはほんの少し気圧される。 そんなせつなの指に、安心させるように自らの指を優しく絡めて、祈里は言った。 「幼なじみもいいけど、親友だってなかなかいいと思わない?」 「親友、か……。いいわね、それも」 「うん。いいよね、すごーく」 「うん。すごーく」 ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑う。そんなふたりの鼻先を、金木犀の香りを乗せた柔らかな風が撫でていく。 「せつなちゃん、今、カオルちゃんのドーナツ食べたいんでしょ?」 「ど、どうしてわかるの?!」 「だって、親友だもん」 余りにも近づき過ぎて、せつなのお腹の虫の鳴き声が聞こえてしまったことは、祈里の心の中にそっとしまわれた。 「行こ?今日はわたしがおごるね」 「悪いわよ」 「いいの。だって記念日だもん」 「何の記念日?」 「親友記念日」 秋風の中を、腕を絡めたふたりの少女が歩き出す。 今日の学校での出来事や、昨日の夕食のメニュー。何でもないことを話しながら、せつなは心に誓う。このひと時の幸せをしっかりと胸に焼き付けておこうと。 ずっと後になってもくっきりと思い出せるように。大好きな親友との時間を、決して忘れないように。 新-481へ
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お父さんは仕事、お母さんはパート。 台風による警報が出たために、あたしとせつなは休校。 昼間なのにすごく暗くて、夕方みたい。 風が窓をガタゴト震わせている。 ガタン。 突如大きな音がした。 何かが家の外壁に当たったのだろうか。 あたしは思わずせつなにしがみつく。 「怖いの?ラブ」 せつなは優しくたずねる。 「ごめん、怖いワケじゃないけど何となく…」 せつなは薄く微笑みをたたえ、あたしを抱きしめる。 「台風っていいものね」 「なんで?せつなは怖くないの?」 「だってラブとこうしてると、まるで世界中に誰もいなくて、私たちふたりっきりみたい」 「せつな…」 あたし達は、どちらからともなく顔を近づけ、くちづけた。
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白く、しなやかな指がペンダントのチェーンにかかる。 絹糸のように細い輪の連なり。ほんの一瞬の抵抗の後、弾けるように宙に舞う。 手を真っ直ぐに伸ばす。千切れた鎖の先で輝きを放つ、幸せの素を高く掲げる。 贈ってくれた人の目に、しっかりと映るように。 向かい合う少女は、信じられないといった面持ちでその動きを見守る。 心は凍りつき、感情は形を成さない。思考だけが状況を正確に、そして無慈悲に、記憶に刻み込んでいく。 (やめて、お願い、やめてぇ――――!!) 届かない。どんなに叫んでも、今のせつなの声は決して届くことは無い。 これは、夢の中なのだから。 せつなと、そして、きっとラブにも刻まれた過ちの記憶なのだから。 チェーンをつかむ指から力が抜け、それはゆっくりと落下していく。まるで、スローモーションのように。 固いコンクリートの床に叩き付けられ、軽くバウンドする。 ズキン――――ズキン――――ズキン ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン 痛い、痛い、痛い。心が――――砕け散りそうになる。 まるで自分の魂が、その緑色のアクセサリーに封じ込められてでもいるかのように。 踵で踏み付けて力を込める。形を変えるはずのない硬い樹脂が、ほんの一瞬だけ歪む。 軋みを上げることもなく、割れる音を大きく響かせることもなく。 悲しいほどにあっけなく、四散した。 『翼をもがれた鳥(第十七話)――――幸せの素に導かれて――――』 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 激しい運動ですら、滅多に乱すことの無いせつなの呼吸が荒れる。 額に滲む大量の汗は、寝苦しいほどに熱い気温のせいだけではないだろう。 「ある。――――ちゃんと、ここに……」 ベッドの宮棚に大切に置かれた、緑色のアクセサリーを手にする。 もう、欠片とは呼べないだろう。 砕けた破片の中から見つかった四つ葉の一枚。それを削って、磨き上げて、ハート型に仕上げたのだ。 このままでは、あまりにも悲しかったから。 後悔以外の――――意味を与えたかったから。 トン、トン、トン パジャマを着替えて、静かに階段を降りる。 まだ起きるには早い時間かと思ったが、あゆみは既に家事に取りかかっていた。 居間の隣、和室と呼ばれる畳で敷き詰められた部屋。そこで先の尖った器具で作業をしていた。 邪魔をしてはいけないと思い、その場で待つことにした。 しばらく後、作業が一段落したのか、あゆみは廊下でたたずむせつなに気が付いて振り返る。 「おはよう、せっちゃん。どうしたの? こちらにいらっしゃい」 「おはよう、あゆみおばさま。邪魔しちゃってごめんなさい」 なんとか丁寧語を崩そうと、懸命に努力しているせつなの挨拶が可愛らしかった。あゆみはせつなを招き 寄せる。 アイロンかけはほとんど終わっていたのだが、せつなの様子から、興味がありそうに見えたからだ。 不思議そうな顔で見つめるせつなに、やってみたら? とあゆみが持ちかける。 少し恥ずかしそうにはにかんで、せつなは頷いた。 霧を吹き、細かい部分から順に、直線的に動かしていく。 右手でアイロンの先を浮かして動かしながら、左手で器用に生地を引っ張っていく。 見る見るうちに美しく仕上がっていく。 あゆみは驚きに目を見開いた。 確かにアドバイスはした。素直に頷きもした。しかし、せつなの手はそれを始めから熟知しているかのよ うに動く。 その動きは、あゆみと比べても遜色のないものだった。 「すごく上手ね、せっちゃん。やったことあったのね」 「いいえ、これが初めてです」 「えっ? でも、教えていないことまで……」 「さっきまで、おばさまのアイロンかけを見ていたから」 そのとんでもない言葉に、あゆみは一瞬、驚愕して身を引いてしまう。 改めて、まじまじとせつなを見つめる。その表情には、自信も、誇らしさもうかがえなかった。 それどころか、困ったような、不安そうな様子すら感じられた。あゆみの反応に、何か失敗してしまった のではないかと心配しているのだろう。 ふと、あゆみはラブの言葉を思い出す。 とてもつらい所で生きてきた子だからって。失敗したり、言うことを聞かなかったりしたら、それだけで 命が奪われてしまう。 そんな世界で、ずっと暮らしてきた子だからって。 極限まで研ぎ澄ませた集中力。ずっと、この子はそんな風に張り詰めて生きてきたのだろう。 愛しくなって、あゆみはせつなをそっと抱き寄せた。 情緒が不安定なところもあるだろうけど、仕方がないの、わかってあげて。 ラブはそう言っていた。 情緒不安定はどちらかと思う。せっちゃんに変に思われないかしら? そう心配しつつも、抱き寄せる腕 を離す気にはならなかった。 この子に一番足りないのは、この温かさだって気がしていたから。 「おばさま?」 「ああ、ごめんなさい。嫌だった?」 「ううん――――」 「そうだ、何か用事があったんじゃないの?」 せつなは小さく頷いて、ポケットから緑色の塊を取り出した。 大切そうに、両手に乗せてあゆみに見せる。 「大事なものなんです。壊してしまって……。もし、使わないチェーンか何かあったら」 「直したいのね?」 「はい。始めは四つ葉の形をしていたんです」 「ええ、ラブから聞いているわ。あの頃ね――――」 ねえねえ、おかあさん、幸せの素って何だと思う? 商店街の福引の一等賞がそれなんだって。だから、どうしてもゲットするんだって。 キラキラと瞳を輝かせてラブはそう言っていた。 貯めていたお小遣いも全て使ってしまった。カオルちゃんのドーナツを食べるお金すら残っていない。 よく、そうボヤいていたものだった。 それでも諦めきれなくて、進んでお使いをかってでた。 買い物に出かけるたびに足を弾ませて、帰ってくるたびに肩を落として―――― ある日、素敵なお友達と知り合うことができたって、ラブはそう言っていた。 その子はドーナツを食べるのが初めてなのに、惜しみなく半分こしてくれたって。 ジュースも買えなくてお水で喉に通したけど、これまで食べたどんなドーナツよりも美味しかったって。 その後、やっと幸せの素を手に入れることができたって。そして、それをその子にあげてしまったって。 ごめんなさいって、ラブはあゆみに謝った。 あゆみは、良かったわねって、そう言って微笑んだ。 「だって、そうでしょ? もっと欲しいものが、見つかったってことなんですもの」 「はい……」 せつなは、それを両手に握りしめて瞳を潤ませる。 あの日から、あゆみはその子のことが、ずっと気になっていたって。だから、こうして家族になれて凄く 嬉しいって。 「そうそう、チェーンだったわね。待っててね」 「おばさま! それは――――」 清楚な光沢を放つ白銀のチェーン。その先に付いているのは、ハートをあしらったプラチナの細工物。 その中央に丸くて大きなルビーが収まっていた。 それは、樹脂で成型されたものなんかじゃない。本物の――――宝石だった。 「待ってください! それは、駄目です!」 「いいのよ。せっちゃん、赤が好きなんでしょう? だから、あげようと思っていたところなの」 専門知識の無いせつなにも、それが相当に高価なものだということくらいはわかる。 普段、宝石を身に付けないあゆみの持ち物であることを考えれば、大切な思い出の品だということも想像 がつく。 せつなの制止も聞かず、あゆみはそれをチェーンから外し、代わりに幸せの欠片を取り付ける。 「器用でしょう? これでも職人の娘なのよ」 「私、そんなつもりじゃ――――」 「いいの。ただし、ルビーは部屋にしまっておくこと。中学生が身に付けるものじゃないわ」 「中学生?」 「そうよ、もう手続きは済ませましたからね。せっちゃんはラブと同じ中学二年生よ」 できた! きっと、よく似合うわ。あゆみは、せつなに抱きつくような格好でペンダントをかけた。 そして、せつなの手を開いてルビーを握らせた。 情熱の赤い宝石。勝利の石とも呼ばれ、あらゆる危険や災難から持ち主の身を守り、困難に打ち克ち、勝 利へと導くという。 「きっと、せっちゃんのことを守ってくれるわ」 「ありがとう――――」 そこから先は言葉にならず、せつなは、今度は自分からあゆみに身を預けた。 飛び込むほどの勇気は出せず、触れるか触れないかの距離で全身を震わせて泣いた。 あゆみは優しくせつなの背中を撫でる。そして、心を込めて囁いた。 「幸せになりなさい。せっちゃん」 小さくて可愛らしいハート型のペンダント。せつなは、そっと首に戻して追憶を終える。 幸せになりなさい――――あの時かけられたあゆみの言葉に、結局せつなは返事をすることができなかっ た。 今なら、胸を張って答えられるだろうか? はい――――と。 無理だと思う。 それでも、せつなはこれから幸せをつかみに行く。 例え、一時のものであっても構わない。与えられるのではなく、自分から幸せを手に入れに行く。 (それをどうか――――許してください) せつなはペンダントを握りしめて、静かに祈りを捧げた。 コンコン 部屋がノックされる。音の響きでラブだとすぐにわかる。 せつなは、急いでペンダントを服の中にしまって戸を開けた。 「せつな! ブッキーがせつなに会いたいって」 「ええ、わかった。私が迎えに出るわ」 「そっか。じゃあ、あたしはお茶を淹れてくるね」 祈里からせつなに会いに来る。それがラブには大きな驚きだった。 まだ、美希や祈里はせつなと馴染んでいるとは言い難い。ラブとしても気の使うところだった。 まして、祈里は控えめな性格で、自分から行動を起こすことは少ない。それだけに意外で、そしてありが たかった。 せつなが玄関まで迎えに出ると、祈里は嬉しそうに微笑んだ。 手には大きな包みを抱えている。せつなは自分の部屋に祈里を案内した。 「いらっしゃい、ブッキー」 「お邪魔します。わぁ~、せつなちゃんのお部屋かわいい!」 「ありがとう。とても気に入ってるのよ」 せつなは本当に嬉しそうに微笑んだ。もともと、自分のことを誉められて喜ぶような子ではない。 だけど、この部屋は別だった。この家と、この家族は特別だった。 「今日は、せつなちゃんにプレゼントを持ってきたの」 「ありがとう。何かしら?」 「これは――――赤い、ダンス服? 私の……」 「せつなちゃんの、クローバー加入のお祝いよ。気に入ってもらえるといいけど」 「ありがとう――――さっそく着てみていいかしら?」 「うん、じゃあ、わたしは外に出てるね」 「それは悪いわ。ブッキーになら、見られても平気だから」 「うん、じゃあ着つけを手伝っちゃう」 下着姿になったせつなを見て、祈里は息を呑む。 透き通るような白い肌の下に秘められた、強靭なる筋肉。鍛え上げられたスレンダーな肢体なら、美希で 知っている。見たことがある。 だけど、またそれとは違う。魅せる力ではなく、秘める力。生き抜くことに特化した、戦うための肉体。 例えるならば、豹のようなしなやかさ。研ぎ澄まされた、刃物のような美しさ。一見女性らしい丸みを帯 びながらも、その奥に弾けるようなバネを感じさせた。 「せつなちゃん……すごい……綺麗」 「もう、恥ずかしいからジロジロ見ないで」 「ごめん、じゃあ、寸法の微調整もしちゃうね」 「ええ、お願い」 祈里は、メジャーと針と糸を引っ張り出して仕上げにかかった。 大まかな寸法はラブと同じと聞いていたが、念のため調整が効くように仕上げを残しておいたのだ。 「お待たせ、ブッキー、せつな。って――――何やってるの~~~!!」 「あっ、ラブ! これは」 「ちっ、違うの、ラブちゃん。脱がせてるわけじゃなくて!」 かろうじて、淹れたお茶をひっくり返さずにすんだラブに事情を話す。 フンフンと聞いていたラブだったが、納得がいくと、とたんに目を輝かせた。 「せつなって超キレイ~、あたしとはお風呂も入ってくれないんだよ」 「一緒に入ろうとしてたんだ……」 「ちょっと! もう、何の話よ。いいから服を返して!」 すっかりせつなの下着姿の鑑賞会になったことに、口を尖らせて抗議する。 身体を丸めてうずくまったせつなに、祈里は仕上げの済んだダンス服を手渡した。 「どう――――かしら?」 「せつなちゃん、よく似合ってる!」 「うんうん、これでせつなもクローバーだね!」 「ありがとう、ブッキー」 「えっ、今、せつなブッキーって……。それに、ブッキーもせつなちゃんて……」 「うん、この間からなの」 祈里が嬉しそうに事情を話す。せつなも恥ずかしそうに頷いた。 よほどダンス服が嬉しいのか、せつなは姿見を眺めながら何度もクルクルとまわる。 そして、ラブの携帯に着信が入る。 「もしもし、美希たん? えっ、せつなに? うん、代わるね」 「もしもし、ええ、今はブッキーと私の部屋よ。うん、わかった。一緒に練習しましょう」 今度は、美希からせつな宛ての電話だった。親しげに話す様子に、ラブは目をパチクリさせる。 明日は、せつなにとって初めてのダンスレッスンだ。事前に、基礎だけでも予習しておこうとの美希から の誘いだった。 四つ葉町公園の、いつものダンス練習ステージに四人は集まった。 ピンク、ブルー、イエロー、そしてレッド。一際目立つ真っ赤なダンスウェアが、クローバーを華やかに 彩る。 眩しい日差し、爽やかな風が心地良い。夏特有の命溢れる草木の薫り、生気漲る澄んだ空気が肺の中を満 たしていく。 せつなは目を閉じ、それらを全身で感じ取る。 そして、一言、感慨深くつぶやいた。 「本当に、ここに立つことができたのね」 「ほんとうにって?」 「ラビリンスのイースだった頃、一度だけここで、みんなと一緒に踊る夢を見たの」 「わたしたちと?」 「ええ、ラブも美希もブッキーも。そして、ミユキさんに指導してもらっていた」 静かに、淡々と、感情を込めずにせつなは語る。 それでも、時々声が震えてしまうのは隠すことができなかった。きっと、それは歓喜の震えなんだろう。 ほんと、図々しいわよね。そう、自嘲気味に笑って締めくくった。 みんなも、もう分かっていた。せつなは、ずっと前からみんなの知るせつなであったことを。 そして、もう一つ。一見物静かなせつなの胸の奥には、真っ赤に燃えたぎる情熱の炎があることを。 「さあ、明日までに基本を一つでもマスターして、ミユキさんを驚かせちゃおう!」 「始めはゆっくりでいいからね、せつなちゃん」 「頑張ろうね! せつな」 「ええ、ありがとう。大丈夫よ」 自信を漲らせてせつなが答える。他の何を失敗しても、これだけはモノにしてみせる。 それが、この場にせつなを立たせてくれた、ラブと美希と祈里と、そしてミユキの気持ちに応えることに なるのだから。 スタンドポジションからアティチュード、そしてアラベスク。コントラクションからリリース。 スポンジが水を吸収するかのように、せつなは次々に身に付けていく。 その動作の正確さは、最も美しいと言われる美希すら凌駕した。 「凄いよ、せつな。もうあたしより上手なんじゃ?」 「ラブ……。さすがにそれは問題があると思うわよ」 「あはは、でも、油断したらほんとうに置いていかれちゃいそう」 「ありがとう。ここまでは夢の通りね」 「そうだ! せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「賛成!」 「いいね、やろうやろう!」 ラブの提案と、美希と祈里の賛成にせつなは目を丸くして驚いた。 ほんとうに、まるっきり同じ。もしかして、これも夢なんじゃないかとほっぺをつねってみた。 生々しい痛みと現実感。それが、涙が出るほどに嬉しかった。頬の痛みのせいにして、そっと目じりを拭 った。 そして、行きましょう! とせつなからラブの腕を引いて走り出した。 何もかも同じ展開なんて癪に障るから。それなら、自分から変えてやろうと思った。うんと、楽しんでや ろうと思った。 それに、最後は違う。絶対に違う。 これは夢ではないのだから。決して、覚めることはないのだから。 せつなは走る。 胸に輝くペンダントは、四つ葉ではないけれど。 もう――――儚く砕けることはない。今も、そしてこれから先も、せつなの幸せを明るく照らしてくれるのだから。 避2-690へ
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***プロローグ*** もしもお伽話の人魚姫が実在するとしたなら―――それはきっと彼女のような人なのだろう。 身近な人間の贔屓目だって人には笑われるかもしれないけど、彼女の泳ぎを見る度にそう思う。 優雅で、美しくて、彼女の起こした水しぶきまでもが真珠のように輝いて見えて。 幼い頃、その姿に心を奪われて……それからだろうか、自分が彼女を意識するようになったのは。 勿論、泳いでる姿だけが魅力的なのじゃない。 普段は頼り甲斐があって、優しくて、クールぶってる癖にちょっと抜けてて―――そんな彼女の内面も含めて…多分…自分にとっては初めての……というか現在進行形で、その……恋してる、誰よりも大切な人で……。 子供の時から、漠然とであったけれど、きっといつまでだって二人で一緒にいるのだろうな、って考えていた。人魚姫と王子様は結ばれなかったけど、自分と彼女は決して離れることはないんだろうなって。 けれど、恋は盲目とはいうものの、不満がないわけではなくて………むしろ恋をしているからこそ、不満に思うところもある。 この胸に芽生えてしまった不満……それは―――……。 ***美希SIDE*** ギラギラと照りつく夏の太陽が眩しい海辺。 砂浜は大勢の家族連れや水着姿の恋人達で賑わっていた。 「ちょ、ちょっと待って下さーい!え、えりかー!!」 「あははは、こっちこっちー!早くおいでよ、つぼみー!」 ……あのコ達も恋人同士……なのかしら。遠目でよく分からないけど、前にどこかで会ったような……。 「ふふっ……いいな。楽しそうよね、あのコ達」 あたしの隣でブッキーが少し羨ましそうに言う。 久しぶりに海に来る、って事で彼女らしくないちょっと大胆な黄色のビキニを着ているのが目に眩しい。 それ選ぶのにあたしも付き合ったのよね……あたしの着てるのもその時ブッキーが選んでくれた物だし……。 だけど、そのあたしの水着はというと……。 「……ゴメンね、ブッキー……あたしがアレ忘れちゃったばっかりに……」 暑いというのに手首まで隠れる大きめのパーカーの下に隠されていた。 それだけじゃない。 頭にはつばの広い帽子を被り、目には大き目のサングラス。口元も隠すようにタオルを巻いて。 とても海にやって来た、という格好とは思えない。 「あ、う、ううん!気にしないで、美希ちゃん!別にそういうつもりで言ったんじゃないから!」 慌てたように首を横に振るブッキー。 彼女が今日という日をどれほど楽しみにしていたか知っているあたしは(そりゃ勿論あたしだって楽しみにしてたのよ!?)、申し訳なくて溜息を漏らすばかり。 日差しを避ける為のビーチパラソルの下、あたしは恨めしげに砂浜を楽しげに駆ける少女達を眺めていた。 「―――姉さん、山吹さん、お待たせ」 両手に冷えた缶ジュースを何本か抱えた和希があたし達の元へと戻ってきた。 「あ、ありがとう、和くん」 差し出されたジュースを受け取るブッキー。だけどあたしは……。 「ありがとう、和希。だけどジュースよりもその――――」 あたしの切羽詰った声に、和希は言いにくそうに視線を逸らす。 「ごめん、姉さん……随分探したんだけど、どこも売切れだったよ……」 「あ……そ、そう……し、仕方ないわね……」 「確か来る時にコンビニがあったから、この後そこまで行ってみるよ」 和希はプルトップを開け、余程喉が渇いていたのか缶の中身を一気に飲み干す。 「そ、そこまでしなくてもいいわよ!悪いのはあたしなんだし……」 「いいから姉さん達はここで待ってて。それじゃ」 「あ!和希!ちゃんと帽子かぶって行くのよ!日射病にならないように……あと何かあったらすぐに連絡する事!」 「心配性なんだから……今日はいつもより体調もいいんだ。大丈夫だよ」 白い歯を見せて笑うと、和希はまた人波へと姿を消した。その後姿を見送りながら、あたしはまた申し訳なさから大きく溜息をつく。 なんで…なんでよりに寄ってアレを忘れてきちゃうのよ……あたしったら……絶対にバッグに入れたと思ったのに……。 あたしの落ち込んだ様子に、ブッキーが心配そうに声をかけてくる。 「美希ちゃん……大丈夫よ。元気出して。きっとどこかに売ってるはずだから―――日焼け止め」 ***祈里SIDE*** 元々、今回の海への旅行の発案者は美希ちゃんだった。 最近弟の和希くんの体の調子も良く、お医者さんからは「少し日光に当たって身体を動かすのもいいかもしれません」と言われた事がきっかけで。 「それでね…海にでも連れて行ってあげようと思うんだけど……も、もしブッキーも……その……」 頬を染めて伏し目がちにわたしを誘う美希ちゃん。 消え入りそうなその言葉に、わたしは内心ヤキモキしながら、助け舟を出す。 「―――いいわね!わたしも一緒に行きたいな。だめ?」 「ほ、ホント!?よ、良かった。じゃあ―――」 わたしとしては彼女のこういうところが……不満。 普段はビシッとしてて格好いいのに、わたしに対してだけはいつも弱気。 告白したのだってわたしからだし、照れてるからか、彼女の口からまともに愛の言葉なんか聞いた事もなくて。 もっと強気にリードしてくれたっていいのにな……。 一度でいいから……その……彼女の口から想いを告白して欲しいのに。 わたし達だけで旅行なんてって普通ならお母さんが反対するだろうけど、男の子の和くんがいる事で今回はスムーズに許可が出た。 レミさんは最後まで自分も一緒に行きたいってごねてて、「普段はあたしを置いて旅行ばっかりしてるのに」って、美希ちゃんは愚痴をこぼしてたけど。 二人きりじゃないからその……ラブちゃん達みたいにいちゃいちゃしたり出来ないのは残念だけど(ごめんね和くん)、夜は二人部屋だし……ちょっぴり邪な期待も……。 ま、まあそれはともかくとして! 折角の海への旅行、という事でわたし達ははしゃぎまくった。二人でお互いの水着を選びに行ったり、ドーナツカフェで綿密に計画を練ったり。 美希ちゃんは「せっかくの旅行なんだから完璧!にしないとね!」って凄く張り切ってた。 ―――ところが、いざ海に到着した時、彼女は重大な忘れ物をしてきた事に気がついたのだ。それは―――「日焼け止め」 「何だ、そんなことくらい」って思われるかもしれないけど、モデルさんのお仕事をやっている美希ちゃんにとってはそれはまさに死活問題。 夏真っ盛りとはいえ、雑誌では早くも秋物特集を組み始めている時期で、事に寄っては冬物の企画だってすでに動き始めてる。 美希ちゃんも夏休み中に何回か撮影を控えてるみたいで、そのどれもが秋から冬にかけてのフッションばかり。真っ黒に日焼けした健康的な―――なんてイメージは決してそぐわない物ばかりだ。 故に―――絶対に日に焼けてなどならない。 「美希ちゃん、足にもタオル掛けておかないと……焼けちゃうわ」 相変わらず落ち込んで無言の美希ちゃんの足に、そっとタオルを被せる。 「―――ブッキー……あたしの事はいいから、和希が戻ったら泳いできたら?海まで来たんだし……」 「え…?う、ううん。わたしはいいの。美希ちゃんの傍にいたいし……」 「ゴメンね……あたしのドジにつき合わせちゃって……」 今日何度目になるか分からない美希ちゃんの謝罪の言葉。けどその言葉をこれ以上聞くのは、ちょっと辛い。 わたしは返事をしないで、海へと目を向けた。仲睦まじげに泳ぐ先ほどの女の子達が見える。 「ホラホラ~!早く来ないとブラ返さないよ~!」 「ひ、ヒドいです、えりがぼがぼっ!!堪忍袋の緒がぼがぼっ!!」 ……仲睦まじくはないのかしら……。 どうやら泳いでるうちに片方の女の子の水着が流されちゃったみたいね。片手で胸押さえてるし、溺れないか心配だわ。 でも……。 「…本当に楽しそう……」 「えっ!?あれのどこが!?」 「あ、そ、そうなんだけど!……でも、ああいう事でも、きっと後で思い返してみたらいい思い出になるんじゃないかなって」 言ってしまってからあっ!と後悔して口を押さえる。わたしの不用意な言葉が更に美希ちゃんを傷つけてしまったみたい。 膝を抱えてそこに顔を埋めると、彼女は小さな声で呟いた。 「……あたしさえしっかりしてれば……」 「美希ちゃん……」 わたしは彼女の傍に寄り添い、その肩に頭を預け、目を閉じた。 「落ち込む事なんてないの……わたしは美希ちゃんとこうしてるだけで幸せなんだから……」 「ブッキー……」 「ね、言ってみて。わたしは美希ちゃんの――――何?」 ちょっぴり甘えた声で、美希ちゃんに問い掛ける。 ―――ね、美希ちゃん。言ってみて。その言葉だけでわたしはどんな事でも許してあげるから。 「ななな何って―――そそそれは……その……」 言葉に詰まり、恥かしそうに顔を赤くしてそっぽを向いてしまう美希ちゃん。―――もう……わたしの意図は伝わってるくせに……。 もどかしくなったわたしは、突き詰めるかのように更に言葉を重ねる。 「―――何?」 言いにくそうにしていた彼女も、意を決したかのように一度大きく深呼吸して、わたしの方を向き直った。 「も、勿論あたしの何より大事なこ―――――」 「―――ねえねえ、彼女たち。どこから来たの?」 「可愛いねー。中学生?にしてはそっちのパーカーの彼女は大人びてるなあ」 わたしの一番聞きたかった言葉は、突然の闖入者の声にかき消された。 顔を上げたわたし達の前には、髪の毛を染め、良く日に焼けたいかにも軽薄そうな大学生くらいの男の子が二人立っている。 「ね、良かったらサ、一緒に遊ばない?」 「折角の海なんだしさー、ヒトナツの思い出っての作ってってもいいんじゃない?」 ……もうちょっとだったのに……。 美希ちゃんはウンザリした様子だったけど、一瞬で笑顔を作って(さすがモデルさんだわ!)彼らに向けて手をひらひらと振る。 「ゴメンなさい。あたし達そういうの間に合ってますからー」 「えー、そんなつれない事言わないでさあ~。俺らも男二人で退屈してたんだ」 「俺達マジメだよ~?下心なんて全然ナシ!ちょっと遊ぶだけだからさ、ね?」 男の子達もナンパし慣れてるのか、しつこく食い下がってくる。 いつもならこういう時には和希くんが美希ちゃんの彼氏役になってくれるんだけど、コンビニまでは距離があるし、まだ戻ってくる気配はない。 ―――もう…こうなったら……。 「あの……わたし達は別に女の子二人で退屈してませんから!」 「「「え!?」」」 突然のわたしの発言に、男の子達同様に美希ちゃんも驚いたみたい。やだ……邪魔されたからってわたし……らしくなかったかしら……。 だけど一旦口を開いた以上は黙ってもいられない。 「ね?言ってあげて。だって美希ちゃんはわたしの―――――」 続きを促すように美希ちゃんののサングラスの奥を見つめる。 「わたしの……何?」 「え?まさか女の子同士で、とかないよね?」 男の子達の視線もわたしにつられたかのように美希ちゃんへと集中した。それがますます彼女を狼狽させる。 「あ、あたしはそ、その……な、なんと言うか……」 絡みつく視線を断ち切るように、美希ちゃんは思い切り大きな声で―――――。 「彼女の……こ、こ――――お、幼馴染なのよ!!!」 ……し―――――――――――ん。 ――――空気が凍りつく、ってきっとこういう事を言うんだわ………。 波が引くように一瞬の間を開けてから、男の子達はまた口を開きだした。 「そ、そうなんだ。俺達もさ、小学校の時からの知り合いで……なあ?!」 「あ、そうそう。だからさ、お似合いじゃない?ね?」 戸惑う男の子達の反応をスルーして、美希ちゃんはわたしの方をちらりと盗み見る。 欲しかった答えが得られなかったわたしは……まるでフグみたいにぷううっと頬を膨らませて……。 もう!!こんな時くらいはっきり言ってくれてもいいじゃない!! わたしの反応に慌てたのか、オロオロしながら美希ちゃんは弁解しようと言葉を繋いだ。 「あ、あのね、ブッキー、い、今のはそのなんというか……な、成り行き―――――」 「あなた達!待ちなさい!!」 けど、取り繕おうとする美希ちゃんの声は、再び新たな闖入者に寄ってかき消されたのだった。 ***美希SIDE*** 「嫌がってる女性を無理に誘うなんて、みっともないと思わないんですか!」 突然の新たな乱入者の登場に唖然とするあたし達と男の子二人組。 声の主はひょろりとした体躯を強く見せようとでもしてるのか、胸を大きく反らし、腕組みをして仁王立ちしている。 ―――でも正直迫力不足も甚だしいわ。下手したらこのナンパな男の子達の半分も体重がないんじゃないかしら。 えーと…見覚えのある眼鏡とらっきょ……もとい、特徴的なこのヘアースタイルは……ラブと同じ学校の―――なんて言ったかしら? 「け、健人くん!」 ああそうそう、御子柴健人くん。 前に皆で遊園地行ったりトレーニング施設を貸してもらったりしたのよね。―――ブッキーを船上パーティに招待したりした事も……く、嫌な思い出だわ。 それにしたってなんでこのコがここにいるのよ? 「あ?なんだお前?」 「あのさ、俺ら今忙しいんだよ。ヒーローごっこならそこらの子供とでもやってくんね?」 御子柴君の登場に一瞬怯んだものの、自分たちより明らかに格下の相手だと考えたのか、男の子達は居丈高に御子柴君へと詰め寄った。 でも、意外と言うか、御子柴君には焦った様子も怖気づいた様子も感じられない。 「ふふん。あなた達、それくらいにしておいた方がいいんじゃないですか?」 「ああ?何言って―――――」 「お、おい!ま、周り見ろよ、周り!!」 一人の男の子の言葉に、連れの子だけじゃなく、あたしたちまで周囲を見回す。 げ…な、なによこれ………。 いつの間にかあたし達のいるビーチパラソルの周りは、体格のいい何十人という黒スーツ、サングラスの男性達に包囲されていた。み、見てるだけで暑苦しいわ……。 見ているあたしとは反対に、余程訓練されているのだろうか、彼らは汗一つかかず、後ろ手に手を組んだまま、直立不動の体制で身動き一つしない。 「な…なんだよこいつら……」 男の子達も彼らの異様な風体に気圧されたのか、背中合わせになって怯えている。 「彼らは我が御子柴財閥の誇る有能なSP達ですよ……もし僕に何かしようものなら―――――」 言って御子柴君はパチン、と指を鳴らした。途端にザザッ、とファイティングポーズを取る黒服の男達。 素人目にも格闘の達人と分かる彼らの威圧感と殺気に、男の子達は「ひっ」と小さく呻くと、くるりとあたし達に背を向け、 「あ、お、俺達用事思い出しちゃったから……」 「じゃ、じゃあまたね!彼女達!!」 と言い残すと、凄いスピードで砂浜の遥か彼方まで一気に走り去ってしまった。 「ふ、口ほどにもない。大丈夫ですか、山吹さん?」 余裕の表情で手をパンパンと払う御子柴君。いや、あなた何もしてないじゃないの! 「あ、ありがとう健人くん……とSPさん達……」 「ま、まあ助かったわ…ありがとう」 「いや、お礼には及びません。実はこの海沿いに御子柴財閥がリゾート施設を建設する事になってましてね。その為に視察に来ていただけですし。―――でも良かった」 ス、とブッキ―の手をさり気なく握る御子柴君。ちょ、ちょっと何やってるのよ!ブッキー、早く振りほどいて! あたしの心の声が届かないのか、この雰囲気に流されてしまってるのか、彼女は手を取られるがままに御子柴君へと聞き返す。 「良かった……って?」 「あなたを守る事が出来たからですよ、山吹さん」 「僕の大好きな、大切な人を守る事が出来た」 その台詞に一瞬あたしの顔から血の気が引き、その後一気にカーッっと頭のてっぺんまで熱くなった。 (は、はあ!?な、何歯の浮くような事言ってるのよ!?それはあたしの台詞よ!!) けど、あまりの怒りの為か、あたしの口からは何も言葉が発せられない。 (ちょっとブッキーからも言ってあげ――――) 拒否の言葉を口にしないブッキーがもどかしくなり、彼女の横顔に合図するように強い視線を送る。でもあたしが見たのは嫌がってる様子のブッキーじゃなく。 「…………」 ―――予想に反して御子柴君の言葉に頬を赤らめ、うっとりとした目をしているブッキー……だった。 その言葉に微笑んだ御子柴君がゆっくりと手を上げると、途端に周囲の黒服軍団からパチパチパチ……という祝福の拍手が起こり始める。 どれだけ訓練されてるのよ!!!というツッコミも入れる事が出来ないまま、あたしはただ呆然とブッキーを見つめ続けた。 ***** 「姉さん、お待たせ。やっぱり日焼け止めはその―――姉さん?」 あー……誰かあたしに話しかけてるわ。誰かしら。聞き覚えのあるような声だけど……。 「姉さん?姉さんってば!?」 なんだろう、遂に幻聴まで聞こえるようになっちゃったのかしら。 無理もないわ……SPに胴上げされながらブッキーと御子柴君が仲良く去って行くような幻覚を見るくらいですもの……。 「―――――」 あ、静かになった。やだわホント……こんな格好してるから暑さにでもやられたのかしら……あたしったら……ふ…ふふふ……。 タオルに隠された口元を歪め、虚ろな笑みを浮かべるあたしの眼前に、突如、さっ、と赤い物体が差し出される。 何よこれ……赤くて丸くて足がひぃふぅみぃ……八本。なんだ、ただのタ―――――――!!!!! 「た、タコォォォ!!!???」 あまりの恐怖に意識を取り戻したあたしは、ざざざざっと一気に後ずさる。 ひぃひぃと肩で息をする涙目のあたしの前には、空気で膨らますビニール製のタコの玩具を手に苦笑いする和希の姿が。 「良かった。気がついた?ボーっとしてたからちょっとショック療法を試してみたんだけど」 「か、和希……あんたねぇ……」 怒りにワナワナと身体を震わすあたし。弟でもやっていい事と悪い事があるのよ……!! けど和希はそんな事どこ吹く風という顔で「ありがとう」とタコの玩具を横にいる持ち主らしき少女へと手渡し、あたしの横へと腰掛ける。 「―――で、何かあったの?姉さんがそんな風にボンヤリしてるなんて珍しいけど。それに山吹さんはどうしたの?」 和希のその言葉に怒りも吹き飛び、あたしは理解したくない現実へと引き戻された。 ブッキ―は……。 「……ブッキーなら知り合いの男の子に会ったから、ってちょっと出かけたわ……」 「山吹さんが?……ふーん、姉さんをおいてくなんてらしくないなあ……」 疑わしそうにあたしを見る和希。な、何よ。嘘なんかついてないわよ。 目を逸らすあたしに、和希はやれやれという風に肩をすくめた。そして思い出したかのように。 「あ、そうだ。ごめん、姉さん。やっぱり日焼け止めはコンビニにも置いてなくて……猛暑だから買う人も多いんだろうね」 「……そう……」 日焼け止めなんかもう何の意味もないわよ。だってそれが必要で、一緒に海辺で遊びたかった相手はもう―――……。 サングラスの下の目が潤む。 どうしてだろ…本当だったらこの旅行は目一杯ブッキ―と楽しむはずだったのに……。あたしのドジで台無しになっちゃったから……怒っちゃったのかな……。 いや……いやよ……ブッキー、あたしの傍にいて……。あたしを嫌いにならないで……。あたし……。 あたしはまだあなたにちゃんと伝えてない事が―――。 「あーあ、残念だなあ。姉さんの泳ぎ、僕は好きだからさ。太陽の下で見たかったんだけど」 深海のように暗く澱んだあたしの気持ちを知らないように、和希が突然暢気な事を言い出した。 「山吹さんも言ってたけど、姉さんの泳ぐ姿ってさ、お世辞抜きで本当に綺麗なんだ。覚えてる?姉さんが僕の小さい頃によく読んでくれた童話の―――『人魚姫』みたいに。」 何よ、あたしが落ち込んでるからって慰めてるつもり? 覚えてるわよ。最後、人魚姫が泡になってしまう下り、読みながら和希だけじゃなくあたしまでビービ―泣いちゃって、ママがビックリして飛んできたわよね。 「たまに思うんだよね。あの時、なんで人魚姫は届かないかもしれない想いを諦めてしまわなかったんだろうって。美しい声まで犠牲にして……」 そういうお話なんだから仕方ないじゃない。あたしだって何度人魚姫に同情したか分からないわよ。 何かを犠牲にしてまで賭けた想いが報われずに終ってしまうなんて―――哀しすぎるもの。 「……それほど好きだったんでしょ。王子様が」 「うん。それはすごい事だよね。ただ人を好きだって想いだけで、何を失っても構わないって強さを持つ事が出来るなんて」 ぴくっ、と和希の言葉にあたしの心が反応した。 「そういう心の強さも含めて、人魚姫の泳ぐ姿は綺麗なんだろうなあ。あくまでイメージだけどね」 ニコッ、と和希があたしに微笑みかける。 「姉さんの泳ぐ姿は、そんな人魚姫に似てるよ」 ……随分変な慰め方じゃないの。 それに今のあたしは人魚姫なんかじゃないわ。日に焼けるのを怖がって、太陽の下に出るのを嫌がってる―――どっちかと言えば吸血鬼よ。 そんなの……冗談じゃないわよね。 足にかけられていたタオルを払いのけ、ガバッっと起き上がると、あたしは邪魔な帽子とサングラスを取り去った。 ジッパーを降ろし、パーカーも脱ぎ捨てる。こんなの着てたら暑くて走れないもの! 「和希!ちょっと留守番してて!!」 「分かった。けど―――いいの?日に焼け―――」 「そんなの知った事じゃないわよ!」 砂を蹴り、あたしは走り出す。ブッキーを……あたしの王子様を探して。 今してる事は無駄な事かもしれない。もうブッキーはあたしになんて振り向いてくれないかもしれない。この想いは報われずに終わってしまうかもしれない、 でも、伝えなきゃ、って事だけは分かる。今日何度も伝える事が……ううん、今までだって何度も言おうとしてたのに、照れ臭くて伝えられなかった言葉だけは。 あたしはあなたが―――。 あたしの背後から、和希の呟きが聞こえた気がした。 「大丈夫だよ。きっと姉さんの想いは、泡になったりしないから」 新-190へ