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しんしんと、雪が降り続いている。 黒一色に沈む夜の街が、ほのかに輝く銀のヴェールを纏う。 この窓の外は、ぬくもりの欠片もない凍てつく冷たい氷の世界。かつての―――この私のように。 あの時の私なら、きっとこの光景を美しいと感じることはなかっただろう。 命の溢れた春よりも、心の安らぎを覚えることならあったかもしれないが……。 窓一枚隔てただけの、この部屋のなんと暖かいことだろう。耳には優しいピアノの旋律。芳しいご馳走の香りと、楽しげな談笑の声。 こちら側が幸せで―――あちら側が不幸。 この窓が幸せを分けるラインなら、それを越えるための条件とは一体なんだろう? それさえわかれば、みんなをこちら側に入れてあげられるかもしれないのに……。 「せつな、どうしたの?何か考えごと?」 「ラブ……。メニューは決まったの?」 「あっ、ううん。なんか迷っちゃって」 ニハハと笑って、ラブはまた、心配そうに私の顔を覗き込む。私はラブの視線から逃げるように、再び窓の方に顔を向ける。 ガラスに映ったその表情は、確かに元気がなさそうに見えた。 (このガラスの内側に入れたのは、きっとラブの愛情のおかげ。) 「ねえ、ラブ。LOVEって、愛するって意味よね。それは、どんなものなのかしら?」 「どうしたの?せつな。熱でもある?」 「茶化さないで!」 思わず厳しい口調になった私に驚いて、お父さんとお母さんがメニューを置いてこちらを見る。 「……ここは、私がラブの家族になれた場所、私が初めて幸せを知った場所よ。そして、今夜は互いの幸せを願うクリスマスイブでしょ?だから……」 お父さんとお母さんが、静かに顔を見合わせる。そして二人は、入り口のサンプルを見てくると言って席を立った。きっと、少しの間ラブと私の二人だけにしてくれたのだろう。 「ごめんなさい、せっかく外食に連れてきてもらったのに……」 「ううん。あたしもよくわからないんだけどさ~。愛情ってね、相手のことを大切に思う気持ちなんじゃないかな?」 「ラブは、みんな大切なんでしょ?私も美希もブッキーも、お父さんやお母さんや、ううん、会ったことのない人だって!」 「そうだよ」 「だったら、私が私じゃなくたって、ラブはその子を家族に迎えていたの?一緒にダンスをしていたの?」 「それはわからないけど……せつなはやっぱりせつなで、誰かの代わりになんてならないよ。きっと代わりの効かないものが、本当の愛なんじゃないかな?」 「ラビリンスに居た頃の私は、いくらでも代わりが効く存在だったわ。この窓の外にたくさんあって、埋もれていって……やがて忘れ去られ、溶けて消えてしまう雪のように……」 そんな私に、愛される資格なんてないのかもしれない。その言葉が、次第に小さくなっていって、消えてしまいそうになったとき……ラブが立ち上がって、私の肩に手を触れた。 「せつな、こっちに来てみて!」 「えっ?なに?この季節にテラスは使えないはずよ?」 「さっき、カギが開いてるのを確認したの。いいからいいから」 ラブは端の方にあるテーブルに近づいていく。それは椅子ごとブルーのシートで覆ってあって、それをさらに覆うように雪が積もっていた。 「これは、あの時のテーブル……」 「うん。でも見せたいのはテーブルじゃなくて、これっ!」 「……雪よね?それがどうかしたの?」 ラブは得意げに雪をすくい上げて私の方へ差し出す。 「近くでよぉく見て。あたしでもなんとか見えるから、せつななら形がハッキリとわかるはずだよ」 「これは……どうして?ひとつひとつ、ぜんぶ違う形をしているわ!」 驚きの声を上げる私に、ラブは満足そうに頷いて、夜空を見上げる。 「みんな同じに見える雪でもね、本当はひとつひとつ、ぜーんぶ形が違うんだよ。メビウスはきっと、国民のことをまとめて雪だと思ってたんじゃないかな?そんなの愛じゃないよ」 「ラブやお母さんやお父さんは、私という、代わりのない形を見つめてくれたのね。だから――」 「相手をよく見て、よく知って、その形を大切だって思えたら、それは愛なんだと思うの。あたしはさ、会ったことのない人だって、みんな自分の形を持ってるって思えるから」 「みんなを、愛しているのね」 「うん!」 ラブは私に背を向けて、また雪をいじりだした。 「私にもできるかしら?ラブのように、みんなを見つめて愛することが」 「できるよ!だって、せつなは誰よりも目がいいんだもん!」 「もうっ、そこに視力は関係ないでしょ!しかも、後ろを向いたままで言わないで!」 「ごめんごめん」 ラブは、今度は手にしたものを後ろに隠してこちらを向いた。 「ラブったら、さっきから何を作ってるの?」 「これだよ!」 そう言って、ラブは白い塊を私に投げつけた。 「フン!そんなことだろうと思ったわ。私に当たるとでも?」 「せつな、後ろっ!お母さん!」 「えっ?」 「スキありっ!」 一瞬後ろを向いた私の頬に、ふんわり柔らかい雪の塊がぶつかって弾けた。 パウダースノーの雪だから痛くはなかったけど―――その一撃で、私の身体に流れる戦士の血が目覚める。 「やったわねーっ!もう許さないから!」 「望むところだよ、せつな!」 いつの間にか、重たかった私の心は軽くなり、バカみたいに笑いながら、ラブと雪の塊をぶつけあっていた。 もう少しだけ、待っていてもらおう。 ラブと一緒なら、きっと見えるようになるから。 ラビリンスの人々それぞれの形を見つめて、愛して、笑顔に変えられると思うから。 だから―――もうしばらくだけ、このままで。 fin
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少し肌寒くなってきた秋の夕暮れ。 公立四葉中学の校門で部活を終えて帰る学生達が何やら騒いでいる。 彼らの視線の先、門から少し離れた壁際にたたずむ一人の美しい少女が居た。 ちらちらと携帯を見ながら嬉しそうな顔をして待っている。連絡待ちか時計を見ているのか。 どちらにしても彼氏との待ち合わせに違いない。 鳥越学園の子と、こんな美少女と釣り合うような男の子がこの学校に居たっけ?などと囁かれていた。 「あ、せつな」 そう言って門から出てきた女の子に駆け寄った。 友達との待ち合わせだったのかと、少しがっかりした者や安心した者などがちらほら。 相手の子の名前は知る者も多かった。 東せつな。最近転入してきた子で、こちらも相当の美少女だ。 容姿だけでなく学力は学年でも有数。スポーツはそれぞれの運動部のレギュラーに匹敵した。 それでいて物腰は柔らかく、自然体。気取ったところが全く無い。 男女問わず、クラス内でも外からでも人気が高かった。 「またね、由美」 「うん。今日はありがとう、せつなちゃん」 せつなの後ろ、一歩遅れてついてきていた女の子は美希にもペコリと挨拶して帰っていった。 「ごめんねせつな、邪魔しちゃったかな?」 美希がちょっと申し訳なさそうな顔をした。 「由美のことなら平気よ。勉強を教えていただけだし、帰る方向が逆だからどうせここで別れていたわ。」 「でもどうして校門で?公園かどこかで待ち合わせてもいいのに…」 「少しでも長くお話したくって。今日はラブもブッキーも用事で先に帰ってるし、 たまには二人でってね。」 「熱でもある?」 悪戯っぽく、美希の額にせつなが手をあてる。 「ちょっとコラっ!どういう意味よ」 怒った声を出すが、顔が笑っていては迫力も何も無い。 最近、せつなが冗談を言うようになってくれた。とても嬉しい。 歩きながら色んな話をした。学校帰りだからか、学校の話題が多い。 仲良しになった由美のこと、授業が楽しいってこと、クラブ活動に誘われて困るってこと。 静かに話してくれるせつなの声が耳にとても心地よかった。 少し前なんて、「問題ないわ」の一言で切り捨てられてしまったものだと苦笑する。 以前のラブは、こんなせつなを独り占めにしていたのね…と、少し羨ましく思う。 ラブほど明るいわけでもない。 ブッキーのように癒しの雰囲気を持つでもない。 でも、せつなには言葉にできない魅力があった。 一緒にいるだけで何故かそわそわしてしまう、ハラハラしてしまう。 笑ってくれたら凄く―――幸せになる。 四人一緒は最高の幸せ。不満なんてあるわけがない。 でも、美希は滅多に訪れないこんな二人きりの時間も大切にしたかった。 せつなはアタシのことどう感じてるんだろう? 思い切って聞いてみた。 「どうって?美希は美希よ、もちろん一緒に居られて楽しいわ。」 ……いまいち通じなかったみたいだ。こんな鈍いところも魅力に思えてくる。 話題を変えてみた。 一度どうしても話したかったこと。でも、口にするには躊躇われたこと。 それは、クローバーボックスを自分の不注意で無くしてしまった時のこと。 あの後ブッキーは気になることを言っていた。 「あの時はありがとう、アタシのことをわかってくれていて」 だから美希は美希なのよ、とせつなは苦笑した。 「それに、あの女の子の責任にしたくなかったんでしょ?」と言葉を続ける彼女。 嬉しかった…。信じてくれていたんだ。誰も―――責める訳でもなく でも!甘えてはいけないと思った。 「それもあるわ。でも、本当はもっと自分勝手な理由で話せなかったの……」 「わたしたちにではなく、自分に言い訳をさせたくなかったんでしょ」 せつなが美希の告白をさえぎった。 今度こそ息を呑んだ、どうしてそこまで…… アタシは完璧でありたかった。それは目標、何処までも遠くて届かなくて。 それでも、決して諦めてはいけない―――――希望のしるし 一度自分に言い訳をさせてしまったら、二度と届かなくなる気がした。 成功も失敗も全て、自分で受け止めて進みたかった。 「私も同じだから。私は美希みたいに完璧じゃない。その逆だけど、自分のしたことは 受け止めて進みたいの……。私たちは似てるのかもしれないわね。」 そう言ってせつなは微笑んだ。 心が痛んだ。 そうだ、せつなは今でも自分を責め続けている。 でも、せつなに一体どんな罪があると言うのだろう。 やってきた事は確かに許されない。でも仕方ないじゃない。どうしようもないじゃない。 生まれた時からメビウスに忠誠を誓わされ、洗脳教育を受け、寿命まで管理されて服従させられてきた。 誰がせつなを責められる?アタシだって同じ環境で生まれたら同じ事をしない自信はない。 けれど、せつなは一度も―――言い訳をしなかった。 似ていると言われて嬉しかった。そして、誇りに思えたと実感する。 やっぱりアタシは――――せつなが好きなんだと。 素直な気持ちで美希は話す。 「そうね、アタシたち似てるわよね。意地っぱりな所や強情なところ、寂しがりやなところも。 そして…優しいところも…一緒になれたらいいな」 「やっぱり熱があるのね?」 せつなが背伸びして腕を回し、自分の額をアタシの額に当ててくる。 今度は真っ赤になった自分を隠すために怒ったフリをする。 「人が真面目に話してるのに~~もう許さないんだから!」 「私に追いつけたらあやまってあげるわ」 せつなは駆ける。 アタシも駆ける。 一緒に歩める幸せをかみしめながら。 避-214へ
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差し出されたクローバーを、私は―――受け入れられなかった。 散々、みんなの幸せを踏みにじってきたのだから。 例え生まれ変わったとしても、私はもう―――。 行く宛ても無く、ただただ、歩き続けた。 止まってしまえば楽になれる。けれど、それでは都合が良すぎる。 私の事など誰も許してはくれないのだから。 ―――あの子を除いては――― もう何時間経つのだろう。 私の目の前は暗闇その物だった。 どうしていいか、わからないのだから。 〝楽になりたい〟 一瞬、私はふいに足を止めてしまった。 「やっと止まってくれたね」 「…」 「座ろ?」 「…」 丘の上。 今思えば、何かに導かれていたような気がする。 私はまだ―――目を見る事は出来なかった。 「これはね、本当に幸せを願ってる人しか見付ける事が出来ないんだよ」 「―――無理。私は…受け取れない」 「頑固だね…せつな」 「もう―――終わりに…」 「イヤだ!絶対イヤだ!!!」 大粒の涙が零れていた。 どうして? どうしてそんなに私を――― 本当は―――望んでいた 例え、卑怯と言われようと 私は彼女を―――ラブを愛してしまったのだから 私の色に染めたかった 私だけの物にしたかった でも。 私は何かが足りなかった。 悪魔にはなりきれなかった。 ラブ…。 私も…人間なの。 「もうみんなの所へ帰って」 「やだ」 「お願い」 「そんな事…出来ない…」 彼女を見ていると、本当に居た堪れなくなった。 自分の過ちもそう。全てを後悔した。 もう一度やり直せるのなら。 私は全てを投げ打って、彼女と―――幸せになりたい 「ご両親が心配してるわ。だから、お願い」 「せつな…。約束して」 「えっ?」 「もうどこにも行かないって。あたしを悲しませないって」 「ラブ…」 「わかった」 精一杯の返事だった。正直、私は自信が無かったから。 例えこの先、もう二度と会えなくなっても。 この一瞬が私には、最高の幸せだったのだから。 ラブは偽りの無い瞳と言葉で―――私を包んでくれたのだから。 あなたの瞳が好き あなたの笑顔が好き あなたの声が好き あなたの姿は眩しすぎて あなたの事が本当に――― ラブ、ごめんなさい いつも正直になれなくて 本当に…ごめんなさい ~END~
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~月曜日~ 美「やっほーブッキー、ん?それ何編んでるの?」 祈「美希ちゃん!…あ、あのね、マフラーなの」 美「自分の?それとも誰かの?」 祈「その、えっとぉ…プレゼント用…かな」 美「そっかー。綺麗な蒼色ね。こんなの貰える人、うらやましいな」 祈「そうかな…」 ~水曜日~ ラ「あれ~ブッキー、何してるの?」 祈「ラ、ラブちゃん…ちょっと編物なんかしてて」 ラ「うわ~上手だよ~可愛いピンク色!ねぇねぇコレ誰の?」 祈「プレゼント用なの」 ラ「いいな~あたしも欲しいな~」 祈「えへへ…」 ~金曜日~ せ「ブッキー、それなあに?」 祈「せ、せつなちゃん…えと、編物っていって、この針で毛糸をこうすると、色んなものが作れるの」 せ「ふぅん、初めて見たわ。毛糸っていうのね。綺麗な赤…。何を作ってるの?」 祈「マフラーよ」 せ「こんな毛糸からマフラーが出来るなんて!編物ってすごいのね…。ねぇブッキー、今度わたしにも教えてくれない?」 祈「もちろんいいわよ!」 せ「ところでコレは誰のマフラーなの?」 祈「プ、プレゼント用よ」 せ「そう。こんなの誰かに上げられるなんて素敵ね」 祈「ありがとう…」 ~そして日曜日~ 祈「みんな、コレ私からのプレゼント」 美「あら!この蒼いマフラー、アタシのだったの?嬉しいー」 ラ「ワハー!ピンクのマフラーゲットだよ!超可愛い~」 せ「真っ赤なマフラー、素敵…」 祈「それぞれにクローバーのモチーフが編みつけてあるの」 美ラせ「ありがとうブッキー!」 祈「どういたしまして!」 美「ゴニョゴニョ…お礼はやっぱコレよね…」 ラ「それしかない!」 せ「みんなで一斉に?…わかったわ」 美ラせ「せーの!ちゅっ」 祈「きゃ!…みんなありがとう~」 せ「ブッキーったら、わたしのマフラーみたいに顔真っ赤よ」 ラ「ホントだ!ゆでダコみたいだね!」 美「ちょっとラブ!それはNGワードよ!」 祈「アハハハッ…」 美「ところで、ブッキーの分はないの?」 祈「毛糸は準備してあるんだけど、みんなの分だけで手一杯だったの」 せ「じゃあそのマフラーはわたしに編ませて」 ラ「せつな、編物なんて出来たっけ?」 せ「いいえ、でも今度ブッキーに教えて貰う約束してるの。そうよねブッキー?」 ラ「じゃああたしも編物する~」 美「もうラブったら!ふふ」 祈「私、みんなに会えて良かった!」
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とある日の放課後の、クローバータウンの通学路。 アスファルトに静かに響くローファーの靴音とともに、爽やかな秋風の中をひとりの少女が歩いていた。肩にかかる艶やかな黒髪と、柔らかな眼差し。穏やかな表情からは、今の彼女の心情が透けて見えるよう。 色づき始めた並木道がやけに眩しく映るから、いつもよりゆっくりと歩いては、次々と目に飛び込んでくる秋の風景を楽しんでいた、そんな時。 ふと、どこからともなく甘い薫りの風が流れて、彼女の鼻孔をくすぐって、消えた。 匂いに気づいた少女は、脚を止めて周りを見渡してみる。 「この匂いは……?」 匂いの元を探り当てようとした矢先、後ろから少女を呼ぶ声がした。 「せつなちゃん!」 「あ、ブッキー」 ブッキーと呼ばれた少女・山吹祈里が、数メートル先にいた黒髪の少女・東せつなに追いつき、隣に並ぶ。 ふんわりとした柔らかな栗色の髪。優しい顔立ちと、丸みを帯びた身体つき。その背丈はせつなより少しだけ小さく、見る者に可憐な印象を与える。いつも付けているトレードマークの緑色のリボンが、今日もよく似合っていた。 「偶然ね。今帰り?」 「そうよ。ブッキーもでしょ?」 「うん。ふふっ。なんか嬉しいな」 「何が嬉しいの?」 「だって、約束もしてないのにせつなちゃんに会えたんだもん」 「あ……ありがとう」 「どういたしまして」 躊躇することなく放たれる祈里の言葉に、せつなは顔を赤らめた。そんな彼女の反応を、祈里は楽しそうに眺めた。 「あ、ちょうど良かったわ。今ね、ブッキーに教えてほしいことがあって」 「わたし? いいわよ。わたしでお役に立つなら何なりと」 「あ、ほらまた、この匂い……。どこから来てるのかしら?」 せつなが不思議そうに辺りを見渡す。 「そっか。この匂いのこと知りたいのね。せつなちゃん、こっち」 祈里は、そんなせつなの手を引っ張って、少し離れた木立まで連れて行った。 そこには、オレンジ色の小花を一面に咲かせている木が、真っ直ぐにすっくと伸びていた。 「あ……さっきよりも香りがうんと強くなったわ。この花からしてるのね」 「金木犀、よ」 「キンモクセイっていうの……いい香り。見た感じも可愛いけど、名前も可愛いのね」 「わたしも大好きなんだ。秋にしか咲かないの」 「なんだか、この花……ブッキーに似てるわね」 「え? わたし? どんなところが?」 「色もそうだけど、ちっちゃくて、可愛くて、いい匂いのするところが」 せつなの言葉が、祈里の頬をほんのり紅く染めた。 「せつなちゃん、それ、褒めてる?」 「もちろんよ」 「に、匂いは、美希ちゃんにもらったアロマをいつも付けてるからだし、ち、ちっちゃいのは……生まれつきだし……」 「可愛いのは?」 「し、知らないっ」 「ごめんなさい。ブッキー、怒らないで」 ちょっとだけむくれたふり。恥ずかくて、嬉しくて、やっぱり恥ずかしくて。 心配そうに覗き込んでくるせつなの視線は、かえって祈里の羞恥心を助長させていくようだった。 「ねえ、ブッキーったら」 「……怒ってないよ」 「ホントに?」 「うん。恥ずかしかっただけ」 「良かった」 にこっとはにかむせつなの笑顔。見つめながら祈里は思う。ああ、わたし、この顔に弱いなあ。 「けど、ブッキーのおかげで匂いの正体がわかって、何だかすっきりしたわ。ありがとう」 「どういたしまして。わたしも褒めてもらえちゃったし、得しちゃった。――――ところで、今日はラブちゃんは?」 「ああ、ラブなら……」 「補習?」 祈里が継いだ言葉に、せつなは声を立てて笑った。それはまさに、せつなの言おうとした言葉だったから。 「よくわかるのね」 「そりゃあ、幼なじみだもん」 「幼なじみ、か……。何かいいわね、そういうの」 「けどわたし、せつなちゃんのことだってよくわかるよ」 「あら、私は幼なじみじゃないわよ?」 「幼なじみじゃなくても、親友、でしょ?」 祈里は、隣に立つせつなの腕を取り、優しく組んだ。 「親、友……?」 「そうよ、親友。とっても仲のいい友達のことよ。幼なじみにだって、負けないくらい仲良しなんだから!」 「私とブッキーは……親友?」 「もちろん!」 真っ直ぐに見つめる祈里の瞳の力強さに、せつなはほんの少し気圧される。 そんなせつなの指に、安心させるように自らの指を優しく絡めて、祈里は言った。 「幼なじみもいいけど、親友だってなかなかいいと思わない?」 「親友、か……。いいわね、それも」 「うん。いいよね、すごーく」 「うん。すごーく」 ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑う。そんなふたりの鼻先を、金木犀の香りを乗せた柔らかな風が撫でていく。 「せつなちゃん、今、カオルちゃんのドーナツ食べたいんでしょ?」 「ど、どうしてわかるの?!」 「だって、親友だもん」 余りにも近づき過ぎて、せつなのお腹の虫の鳴き声が聞こえてしまったことは、祈里の心の中にそっとしまわれた。 「行こ?今日はわたしがおごるね」 「悪いわよ」 「いいの。だって記念日だもん」 「何の記念日?」 「親友記念日」 秋風の中を、腕を絡めたふたりの少女が歩き出す。 今日の学校での出来事や、昨日の夕食のメニュー。何でもないことを話しながら、せつなは心に誓う。このひと時の幸せをしっかりと胸に焼き付けておこうと。 ずっと後になってもくっきりと思い出せるように。大好きな親友との時間を、決して忘れないように。 新-481へ
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お父さんは仕事、お母さんはパート。 台風による警報が出たために、あたしとせつなは休校。 昼間なのにすごく暗くて、夕方みたい。 風が窓をガタゴト震わせている。 ガタン。 突如大きな音がした。 何かが家の外壁に当たったのだろうか。 あたしは思わずせつなにしがみつく。 「怖いの?ラブ」 せつなは優しくたずねる。 「ごめん、怖いワケじゃないけど何となく…」 せつなは薄く微笑みをたたえ、あたしを抱きしめる。 「台風っていいものね」 「なんで?せつなは怖くないの?」 「だってラブとこうしてると、まるで世界中に誰もいなくて、私たちふたりっきりみたい」 「せつな…」 あたし達は、どちらからともなく顔を近づけ、くちづけた。
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1 「ふふ、そうやってると本当にラブちゃんってお母さんみたいね」 眠っているシフォンを抱いて、揺り籠のように腕を揺らしているあたしに、ブッキーは言った。 ここはあたしの部屋……いつもならせつなと美希たんもいるはずなんだけど、今日はたまたま二人とも 用事があって、珍しくあたし達二人だけ。 「んー、そうかなあ~。あたしからしたらブッキーの方がお母さん役は似合ってると思うけど……」 「え?わ、わたし?」 「だってホラ―――」 チラッとブッキーの胸元に目をやる。 ……ど、どうしたら同い年でここまで差がつくんだろ……。 「ら、ラブちゃんどこ見てるの―――!!」 あたしの視線に気が付いて、顔を真っ赤にして慌てて胸元を押さえるブッキー。 にはは~と誤魔化すように笑って、あたしはある事を閃いた。 「そだ。今日は二人きりなんだし、どーしんに帰って、おままごとでもしない?」 「おままごと?」 「―――そ。美希たんがいたらバカバカしいって言いそうだし、せつなはおままごとって知らないし――― あたし達二人だけだったらいいんじゃないかなって」 「―――おままごとかぁ……そう言えば子供の頃よくやってたわよね―――」 少し遠い目をしながら懐かしむように言うブッキー。 ……にへへ……あたしの考えてる事も知らないで……。 気が変わらないうちに、と少し早口であたしは言う。 「じゃ、決まりね。それじゃあブッキーはお母さん。似合ってるかどうか試してみようよ」 「……ん、いいわよ。じゃあシフォンちゃんが赤ん坊役で、ラブちゃんは―――」 スヤスヤと眠っているシフォンをベビーベッドに寝かせて、あたしはブッキーの隣へと移動する。 「何言ってるの?ブッキー。シフォンじゃまだブッキーがお母さん役に向いてるか発言できないでしょ?」 「え?じゃ、じゃあまさか―――」 正座しているブッキーの膝へと頭を横たえ、彼女の太股を撫でる。 「あたしに決まってるじゃない」 2 「ちょ、ちょっと!!ラブちゃん!!」 さすがに焦ったのか、ブッキーはあたしを起こそうと両手を肩に……。 ふふ~ん、そう来ると思ってた。 「びえぇぇぇ~ん!!」 「わ!!どうしたの!?か、髪の毛でも挟んじゃった!?ご、ごめんなさい!!」 あたしの泣き真似を真に受けて、オロオロするブッキー。 あたしは笑い出すのを堪えながら。 「赤ちゃんなんだから、もっと丁寧に扱わないとダメだよ。今のでマイナス10点」 「え?も、もう始まってるの?!」 「ブー。赤ちゃんに話し掛けるようにもっと優しく。マイナス20点」 「だ、だってどうしたらいいのか……」 慌てながらも、じっと見つめるあたしの視線に気が付いたのか、彼女は無理に微笑んで。 「ま、ママどうしたらいいのか分からないんでちゅ~。ご、ごめんね、ラブちゃん」 「プ……キャッキャッ」 彼女の赤ちゃん言葉が可笑しくて、吹き出しそうになりながらも、あたしも赤ちゃんの真似を続ける。 「あ、よ、喜んでくれたみたいでちゅね……よ、良かったでちゅ……」 恥かしそうに赤ちゃん言葉を喋り続けるブッキー。 あたしは彼女の膝の上に顔を仰向けにさせると、カタコトで喋り始める。 「ママ……お腹ちゅいた……」 「え!?……あ、そ、そうだ。たしかキュアビタンの哺乳瓶が……」 「びえぇぇぇぇぇ~ん」 「え!?え!?こ、今度は何……なんでちゅか~、ラブちゃん?」 再びの泣き真似に、彼女はうろたえ出す。 ―――さて、と。これからだわ。 あたしは身体を起こし、彼女へと抱きついて。 「……ママのおっぱいじゃなきゃ、ヤダ」 「え!!!???ら、ラブちゃん!!!???」 そのまま床へと彼女を押し倒すと、着ているトレーナーを捲くり上げようとする。 「や!いやだ!!!ら、ラブちゃんったら!!やめ―――」 「……あんまり大きい声出すとシフォンが起きるよ。それに、赤ちゃんにはやっぱり母乳でしょ?マイナス 30点」 「で、でもこんなのおままごとじゃな―――」 「はい、赤ちゃん言葉じゃない。マイナス40点」 ま、おままごとじゃないのは百も承知よ。 最初からあたしがやりたかったのはこれ。 「ママのおっぱい、ラブ、飲みたいよ~」 「う……ふ、フリだけ……フリだけでちゅよ……ラブちゃん……」 観念したのか、騒いでシフォンを起こしてしまうのを懸念したのか、彼女は小声で言った。 こうなればシメたもの。あたしは彼女のトレーナーを、胸につかえそうになりながらも、上まで押し上げた。 「……うわぁ~」 正直な感想の声がこれ。 な、何?この大きさ……このボリュームは反則でしょ……。 「……ブッキー、パインじゃなくてメロンの方があってるんじゃ……」 「ば……ばか……」 両手で恥かしそうに顔を覆ってしまうブッキー。 その隙に、あたしはフロントホックになっている彼女のレモンイエローのブラジャーの留め金をパチン、と 弾いて。 「ラ、ラブちゃん!!」 異変に気が付いて、急いで胸を隠そうとするブッキー。 ……でも残念、あたしは彼女の両腕を咄嗟に押さえつける。 ブラの拘束から解かれても、横に垂れたりせず、綺麗に形を保っている胸……そして……。 「……綺麗なピンク色……あ、でも乳首の周りの輪っかは少しだけあたしやせつなより大きいでちゅね」 「や、やだぁ……そんなにじっくり見ないで……は、恥かしいよぅ……」 「へへ……ゴメンね、ママ。じゃ、さっそくいただきま~ちゅ!」 ぱくん、と彼女の乳首を口へと含み、そのままワザと大きな音を立てながら吸う。 「ちゅちゅ……じゅじゅじゅ~……ちゅるうう」 「そ、そんな……や、やらしい音……ん……あ、赤ちゃんは……んん!!」 大きさのみならず、感度まで良好と見えて、ブッキーの声にはすぐに甘い物が混じり始めた。 抵抗も収まってきたとみるや、ブッキーの両腕を押さえていた手を片方放す。 ブッキーは空いた手であたしを突き放すどころか、あたしの頭を優しく抱えてきて。 「ふ、ふぁあ……だ、ダメなんだよ……ホントは……こんなこと……」 あたしは吸ってない乳房へと手を伸ばし、その感触も楽しむように揉み始める。 すごい……何このふわふわ……。 「んんっ!!こんなエッチな赤ちゃ……ん……いな……いよぅ……」 口内にある乳首をねっとりと舌で転がし、時折歯で甘噛みする。 その一方で、人差し指と中指で挟んだ乳首を刺激し、掌全体で胸を揉み解す。 ―――そりゃ、こんな赤ちゃんいないよね。 心の中で苦笑いして、ちょっと目線を上げて彼女の表情を覗き見る。 真っ赤に火照って目を潤ませ、息も絶え絶えなブッキー。その顔は、同性のあたしから見ても妖艶で。 「……んー、いくら吸ってもミルク出ないでちゅね~」 「………あ、当たり前じゃ……ご、ごめんなちゃい……ま、ママを許ちて……」 「やだ~!ママのミルク吸いたいでちゅ~!!」 ……駄々を捏ねる真似をして、ブッキーの固く尖った乳首を強めに噛む。 「ぃ……痛いッ!!ら、ラブちゃ……」 「出ちてくれるまでやめまちぇん!!」 歯に力を込めるたびに彼女は小さな悲鳴を上げる。 おっかしいの~。止められなくなちゃいそう……。 「ぷはっ!!赤ちゃんにおっぱい吸われて、そんな顔するお母さんだっていないよ?マイナス50点」 ちゅぽんっ、と乳首から口を離して、にんまり笑いかけた。 その言葉が羞恥心を刺激したのか、首をふるふると振りながら彼女は否定の言葉を弱々しく口にする。 「ら、ラブちゃんがそんなにママのおっぱいいじるから……でちゅ……い、いけないコ……め!でちゅよ ……」 この期に及んでまだ赤ちゃん言葉は忘れてないんだ。感心感心。っていうか楽しんでない?ブッキー。 「あ~、おなかいっぱいでちゅ。ごちそうさまでちた、ママ」 「あ……はぁ……も、もう終わりでい、いいの……いいんでちゅね……」 ホッとしたような声。でもその中に残念そうな響きがある事を、あたしは聞き逃さなかった。 これなら、まだいけそう。 顔を逸らしてほくそ笑むと、安心しきった様子の彼女に告げる。 「おいちかったでちゅ~。で、ね。ママ……聞きたいことがあるんでちゅけど……」 「ん……?な、何でちゅか?ラブちゃん……」 手を彼女の太股へと移動させて、ゆっくりと撫でさすると、少し汗ばんだ感触が伝わってくる。 この分だときっと―――。 「あのね……赤ちゃんって、どこから生まれてくるんでちゅか?」 「!!」 ぎこちなく微笑んでいた彼女の顔が、一瞬で凍りついた。 3 閉じようとする彼女の足より、あたしが腰をその間に割り込ませる方が早かった。 その付け根へと手を伸ばし、下着の上から秘裂を擦る。 「だ、ダメぇ!!ら、ラブちゃん!!そこだけは絶対にダメぇ!!」 言葉とは裏腹に、彼女のそこはもう充分に潤っている事が下着の上からでも分かる。 あたしは股布の部分の生地を上へと引っ張り、彼女の淫らな部分へと食い込ませた。 「……赤ちゃんの疑問には答えてくれなきゃ……マイナス60点」 そのままブッキーの股間に食い込んだ布をゆっくりと上下させる。 彼女は歯を食いしばって耐えているようだったけど、その足からは込められていた力が徐々に失われて きていた。 この分だと音を上げるのもそう時間は掛からないかな。でもそれじゃつまんないし……。 今度は乳首だけじゃなく、そのボリュームある胸全てに舌を這わせて、からかうように彼女に問う。 「……ね、ママ。あたしがいるって事は、初めてじゃないでちゅよね?じゃあパパは―――美希たん?」 「!!み、美希ちゃんとは―――あ、ああぁッ」 答えようと口を開いた途端、押さえていた喘ぎ声が流れ出す。 そうそう、これこれ。嫌がりながら声を漏らすっていうのが好きなんだ。 「ねー、ちゃんと答えてってば~」 「あぁぁっ!……み、美希ちゃ……ん……とは……こ、こんな……やらしい……事」 「ふぅ~ん……じゃあ確かめてもいいよね?」 「うぁ……え……な、なんて……」 ブッキーが不思議そうにあたしの顔を見つめる。 へへ~。確かめるって言ったらこれしかないでしょ? あたしは布地を動かすのを止めると、その部分を横へとずらした。 「ま、まさか……ら、ラブちゃん……じょ、冗談……だよね……?」 「ブー。また赤ちゃん言葉使えてないよ?マイナス70て~ん」 にっこりと彼女に微笑みかけると、あたしはブッキーの股間の潤滑油で指を充分に濡らして―――。 ぬるんっ!! 「あああぁぁぁぁッ!!!!」 あたしの指を侵入させた途端、彼女は腰を浮かべ、ほとんど悲鳴といってもいい声を上げた。 「――――ほら、やっぱり初めてじゃなかった~。ウソついたから、マイナス80点」 「あ、ああぁ……こ、こんなの……こんなのいやぁ……」 さすがにショックだったのか、ブッキーは涙を滲ませてあたしを押し放そうとしてくる。 だけどダメダメ。 あたしはもう片方の手で彼女の顔を引き寄せる。 「大きな声出すと、シフォンだけじゃなくて近所にも聞こえちゃうよ?」 「あああぁっ!!ひ、ヒドイ……よ……ラブ……ちゃ……」 さすがにこのままだとマズイかな……もうちょっと嫌がる声聞きたかったけど……。 最後まで言わせることなく、あたしは彼女の唇を自分の唇で塞ぐ。 意外にも、というかもうそんな力は残っていないのか、ブッキーはその口内に簡単にあたしの舌を侵入 させた。 「ん―――!!ん―――――!!ん―――……」 ちゅるるっ、ずずっ、れろぉ……。 絡まりあう舌と舌。 お互いの唾液を啜りあうかのような深いキス。 指はブッキーの膣内を優しく、時には激しく動きつづけ、刺激しつづける。 やがてその快楽に負けたのか、それとももはや諦めの境地なのか、ブッキーの身体から完全に力が抜けた。 「―――ふう、これでママも素直になった?」 「ん……はぁん……あはぁ……」 口を放しても、そこからはもう蕩けたような吐息が漏れるばかり。 その表情も緩みきっていて、口をだらしなく半開きにしたまま、気持ちよさそうに目を潤ませている。 「うっわー……やっらしい顔……そんなエッチな顔赤ちゃんに見せるなんて……マイナス90点」 「ふ……ふあぁ……うん……ん……」 「あーもうすっかり出来上がっちゃった?ダメなママでちゅね~。それじゃあ……」 あたしは伸ばしている手の親指の腹で、一番敏感な部分……陰核を刺激する。 「ぁああっ!!あ、ふぁ!!ああぁ!!」 「ホラ、気持ちいいでちゅか?気持ちよかったら一番恥かしい顔、あたしに見せてくれてもいいんでちゅよ~?」 膣内を抉る指のスピードを上げ、陰核を責める親指もその勢いを増す。 舌は固くしこった彼女の乳首を舐め上げ、もう片方の手は食い込むほどに胸を握っていた。 「……ホラ、イッちゃっていいよ!ママ……ホラ――――」 ブッキーの身体が、あたしの言葉に合わせたように弓なりに反る。 「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 一瞬硬直した後、彼女は背中から床へと落ちた。 その身体はビクビクと震え、うっとりとした顔はまだ余韻に浸っているかのよう。 「わは~……派手にイッたね~、ブッキーママ……」 ぬるり、とブッキーの中から指を引き抜く。 すご……ふやけちゃってるじゃない……。 ワザと彼女に見せつけるように、その指を、ぺロリ、と舐める。 「あ……あ……」 「もう恥かしがる元気も無いか~。つまんないの~。それにしても赤ちゃんに負けちゃうなんて……」 あたしはブッキーに微笑みかけた。 「……マイナス100点、ゲットだよ?」 4 あ~面白かった。たまにはこういうのもいいよね。 問題はせつなに告げ口されたらだけど……ま、ブッキーだって美希たんにバレたら困るっしょ。 う~ん、と背伸びをして、ふと喉の渇きを覚える。 確かジュースが冷蔵庫に入ってたっけ。ブッキーも起きたら欲しがるかな。運動した後だし。 「よいしょっと」 身体を起こして、ドアへ向かおうとする。 ―――ガシッ。 「……へ……?」 ぐったりと身を横たえていたハズのブッキーが、いつの間にか身を起こし、あたしの手首を捕まえていた。 「あ、あれ?ブッキー?もう大丈夫なの?あたしジュース持ってくるから……」 「………」 やっばー……やっぱり怒ってるかな……。 無言のブッキーの迫力に押されるあたし。 「……ジュースなんてダメでちゅ。ラブちゃん」 「――――――へ?」 ?マークの浮かんだあたしを、ブッキーは思いきり引っ張る。 そのせいでバランスを失ったあたしは床へと倒れこんだ。 その上に、ブッキーが身体を被せてくる。 「―――ママを放っておいて、勝手にジュース飲むなんて、ダメでちゅ」 「え?い、いやブッキー、もうおままごとは―――んんッ!!」 あたしの言葉を遮るように、彼女はあたしの乳首をギュウッ!と摘み上げた。 「い、痛ッ……ちょっとブッキー!」 非難の声なんて聞いてもいないように、彼女は幼い顔に淫らな微笑を浮かべて。 「ママに対してその言葉遣いはなんでちゅか?ラブちゃん……」 あたしの耳元に顔を寄せ、ブッキーが囁く。 「マイナス10点」 了 避-262は続きですが閲覧警告です。R-21指定になります。
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「せつな……」 ベッドに横たわった少女の手を掴みながら、ラブは名前を呼び掛ける。 一体、何度、繰り返し呼んでいただろう。それでも、彼女は眼を覚ます気配すらない。 時折、彼女は、うめき声をあげる。 悪夢に捕らわれている、とノーザは言っていた。せつなが一番、恐れていることが夢の中で起きているとも。 それが何かは、わからない。ただ、こうして彼女が苦しんでいるのを見るだけで、胸が張り裂けそうになる。 あれから、すぐにノーザはソレワターセを引き連れて去って行った。後に残されたのは、絶望に暮れる三人の少女 と、意識を失った 一人だけ。 部屋に連れ帰るまでの間も、抱きかかえるピーチの腕の中、力なく眠り続ける彼女は、苦しそうに顔をしかめ続けて いた。 そしてそれは、今も同じ。繋いだ手、だが何の反応も返ってこない。ただ、震えるばかり。 「う……うぅ……」 「せつな……」 玉のように浮かんだ汗を、美希がそっと拭う。心配そうに覗き込むシフォンを、祈里がそっと抱き締めて。 「パッションはん……一体、どんな夢、見てはるんやろう……」 か細いタルトの言葉に、答えを返せる者は誰もいない。 何も出来ぬまま、時間だけが過ぎていく。 やがて窓の外の空が紅く染まる。 言い渡された期限まで、後一日。 それまでに答えを出さなければならない。 インフィニティを渡せと、ノーザは言った。 つまりそれは、選べということ。 せつなと、シフォン。 どちらを、守るのかを。 失いし もの ――――Just lose it―――― 人が一人いなくなっても、世界は止まりはしない。回り続ける。 誰も、特別ではない。 だから、ラブを失っても世界に朝は来るし、日常は動き出す。 そう。時間は巻き戻らない。止まりもしない。過ぎゆくばかり。現在という一瞬は、常に過去へと変わっていく。 取り戻すことの出来ない、過去へと。 それでも、せつなは願うのだ。 やり直したい。ラブを助ける為に、やり直したい。 時間よ、止まれ。私の身を、凍らせて。 悔恨と罪の意識に、少女の心は引き裂かれる。 学校には、行っていない。休みを取っている。行きたくない、と言った時、圭太郎は少し複雑そうな顔をしたが、結局、 彼女の願いを受け入れた。 その圭太郎は、会社に復帰した。夜遅くに帰ってきた気配を感じることがある。前なら、そんな時、お帰りなさいと出 迎えに行った。 けれど、今は。 あゆみは、まだ、立ち直っていない。毎日をぼんやりと過ごしている。パートも、ずっと休んだままだ。家事も、また。 何もしない彼女。その背中を、見ていられなくて――――せつなは、目をそらす。だから、部屋にこもってしまう。 タルトとシフォンの声もしない。 静寂が怖いと思うのに、音楽をかけることは出来ない。 それがとても、悪いことのように思えたから。 彼女は――――ラブはもう、音楽を聴くことも、踊ることも出来ないのだから。 リンクルンには、相変わらず、友人達のメールや電話が入ってくる。電話には出れないが、メールには全部、目を 通していた。 その中には、ミユキからのメールもあった。由美からのメールもあった。クラスメイトの大半が、彼女にメールを送っ てくれていた。 大丈夫? 元気を出して。 異口同音に伝えられる、皆からの気持ち。想い。 けれどそのどれも、せつなの心に届かない。 動かせない。 だから、返事は出さない。 ベッドの上で、寝返りを打つ。 意識が朦朧としていた。あれから何日が経ったのか、よくわからない。 一日? 二日? 一週間? もしかしたら、一カ月。毎日、印を付けていたカレンダーは、もう、捨ててしまった。彼女 が死んだその日を、思い出すことが苦しくて。 カチャ バタン 遠くから聞こえてきた、扉を開ける音。そして、閉める音。誰かが、家を出て行った。圭太郎、ではない。彼はまだ会 社にいるから。だとしたら――――この家に残っているのは、せつなと、もう一人だけ。 ゆっくりと体を起こし、せつなは階段を下りる。 リビングをこっそりと覗くと、あゆみの姿が消えていた。お気に入りの買い物籠が無くなっているから、多分、買い物 に出かけたのだろう。 せつなは、小さく目を伏せる。圭太郎に続いて、彼女もまた、日常に戻っていく。それが悪いことだとは思わない。け れども―――― 喉が乾いていたので、冷蔵庫を開けて、ジュースを取り出す。そして、棚に手を伸ばし、コップを出そうとして。 彼女は、見てしまう。 赤いハートと、ピンクのハートが描かれた、二つのコップが並んでいるのを。 嗚呼。まただ。 それは自動的に始まってしまう。 『はい、今日からこれがせつなのコップだよ。アタシと色違いのお揃いだよ!!』 『せつな、ハンバーグ、一緒に作ろ? すっごく美味しいのを作って、お父さんとお母さんをビックリさせちゃおうね!!』 『好き嫌いはダメだよ、せつな。ピーマンもしっかり食べないと――――って、せつな、アタシのお皿、ニンジンは少 な目にしてくれると嬉しいんだけどなぁ』 この、台所で。 交わした会話の、一つ一つが脳裏に浮かび上がる。 その時の、ラブの笑顔も。 優しい声も。 触れ合った肩から伝わってきたぬくもりも。 全部が、思い出される。 まるで、今も彼女がここにいるかのように。 『せつな』 声が聞こえた気がした。 振り向いた瞬間、ラブがいつものように笑っているように見えた。 けれど、それは幻想。 声も、笑顔も、瞬き一つの間に、かき消えてしまう。 「――――っ」 パタン、とせつなの手をすり抜けて、ジュースの紙パックが床に落ちた。 倒れて、その口からオレンジジュースがこぼれて広がる。だがせつなは、それを拾い上げようとはしなかった。 しゃがみこみ、顔を抑える彼女の口から溢れるのは、嗚咽。 ボロボロと涙がこぼれる。 「――――うっ――――っく」 せつなは、泣く。泣き続ける。 思うのは、ただ、ラブのことだけ。 思えば思うほど、記憶が蘇って。 楽しい筈の思い出が、もう、失われて戻ってこないことを、嫌というほど気付かされて。 せつなは、守りたかったのだ。 ラブを。美希を。祈里を。シフォンを。タルトを。 ノーザからの誘いがあった時、彼女達に相談しなかったのは、無傷で帰ることが出来ないと思ったから。 ラビリンス最高幹部・ノーザは強い。だから、その戦いに巻きこむわけにはいかないと、そう思ったから。 勝てるという自信は無かった。 けれど、命と引き換えにしても倒す、そう誓った。 それなのに。 せつなは、守りたかった。 あゆみを。圭太郎を。二人の幸せを。 ノーザの言葉に、あゆみを守れなかったかもしれないという事実を突き付けられて、心が凍りついた。 そして決意した。もう二度と彼女達に、ラビリンスを近づけさせはしない、と。 笑顔を失わせはしない、と。 それなのに。 守りたかったものは、全て壊れてしまった。 直すことも出来ないほどに、バラバラに砕けてしまった。 「――――うぅ――――ひっく」 深い、深い喪失感。 胸の奥、心臓に、ポッカリと大きな穴が開いてしまったような。それだけ大きな、そして大切なものを失ってしまった のだと思い知らされる。 泣き続ける、せつな。 思い出は、癒しにはならず。 ただ虚無だけが、今の彼女に寄り添っていた。 「せっちゃん――――大丈夫?」 扉を開けて覗き込んできたあゆみに問いかけられたラブは、疲れ切った顔で首を横に振る。 せつなは、あれから一度も、目覚めない。眠り続けている。 ラブは片時も彼女の傍を離れず、じっとその手を繋いでいる。一日中、彼女はこうしていた。時間は、もう、深夜と いっていい時間。せつなが心配だと家に来た美希と祈里も、 「やっぱり、今からでも病院に連れていった方が……」 「…………」 ブンブンと、ラブは首を横に振りながら、ギュっとせつなの手を握って離さない。 「ラブ。気持ちはわかるけれど、せっちゃんのことが本当に心配なら、ちゃんと診てもらった方が……」 「ごめん、お母さん――――明日の、夕方まで待って」 あゆみの言葉を、ラブは遮った。せつなの手を掴んだまま、こちらを見てくる娘の瞳に、あゆみは言葉を失う。 ひどく、深い悲しみ。たった一日のことなのに、憔悴しきったかのように、目の下に隈を作って。 それでも。 彼女の瞳の奥には、強い光があった。 思い詰めたようにも見えはした。何かを隠しているということもわかった。 それでも――――ラブが、せつなを信じていることがわかった。 「あたしからも、お願いします」 「せっちゃんのこと、わたし達に任せて下さい」 部屋の中で、同じように心配そうにしていた美希と祈里が、ラブに追随するように頭を下げる。彼女達はラブの幼馴 染だから、昔から知っている。とてもいい子達だということも。 あゆみは、迷う。常識と良心に従うなら、せつなは病院に連れていくべきなのだ。 だが…… 「お願い。お母さん」 「お願いします」 「お願いします」 誰よりも彼女のことを心配しているのは、ラブ達だということが、あゆみにもわかっている。その彼女達が―――― 常識と良心をしっかりと持つ娘達が、病院を拒絶しているということは、そこに深い理由があるのだろう。 「――――ふぅ」 ひとつ、息を吐いて、あゆみは三人の顔を見回す。 「本当に、信じてもいいのね?」 その言葉に、ラブが凛々しい顔で頷く。 「うん」 「そう。ならいいわ。貴方達を信じます――――ただし、明日の夕方になっても、せっちゃんが良くならなかったら、貴 方達がなんと言っても、病院に連れて行くわ。いいわね?」 首を縦に振る三人。それでも、せつなの苦しそうな顔を見て、あゆみは少し迷う。本当に、これが正しい選択なのだ ろうか、と。 「お母さん」 そんな彼女に、ラブが言った。 「ありがとう。せつなのこと、心配してくれて」 「そんなの」 当り前でしょ、とあゆみは続ける。 「だって、私の可愛い娘ですもの」 「――――うん、そうだね。せつなは、アタシ達の家族だもんね」 ギュッ、とせつなの手を握って言う娘の言葉と、彼女を見つめる気迫のこもった視線に、あゆみは覚悟を決めた。 娘を、とことん信じようと。 親であるのも大変ね。心の中で、小さく彼女はため息をつく。育てるというのは、正解の無い問題を、毎日解いてい るようなものだ。 だから、自分の選択が正しいかなんて、わからない。後悔することになるかもしれない。 それでも、この時のあゆみは。 ラブを、そして、ラブの親友達を、信じようと。 大切な娘を、彼女達に預けようと、そう思ったのだ。 「せつな……」 呼ぶ声は、少し、擦れている。ラブが彼女の名前を呼ぶのは、もう何百回目かわからない。あるいは、何千回か。 外はすでに、夜。星々が瞬く時間。それでも、ラブはせつなの傍を離れようとせず、彼女の名前を呼び続ける。 「せつな……」 「ラブ。代わるわ」 見かねて言ったのは、今日は泊ることにした美希だった。彼女の申し出を、しかし、ラブは首を横に振って断る。 その姿に、同じく泊ることにした祈里が、悲しそうな目になる。 「ラブちゃん。気持ちはわかるけれど……このままじゃ、ラブちゃんまで倒れちゃうよ」 「そうよ、ラブ。後はあたし達にまかせて、少し、休みなさい」 だがそれでも、彼女は手を放そうとはせず、せつな、と呼び掛ける。 「ラブ!!」 いい加減にしなさい、そう美希が言いかけた瞬間。 「だって……」 絶対に離さない、とばかりに強く握り締めながら、ラブは絞り出すように言った。 「だって――――せつなは、アタシをかばって――――アタシを――――」 悲哀を声という形にすれば、こうなるのだろうか。美希は、そして祈里は、言葉を失う。タルトとシフォンも、何も言え ないまま、彼女を見ていて。 「ねぇ、せつな――――起きてよ、せつな――――」 ラブは、呼び掛ける。 「嫌な夢なんでしょう? だったら、起きてよ、せつな。楽しいことがいっぱい、待ってるんだよ。一緒に幸せ、ゲットし ようよ――――辛いこともあるかもしれないけれど、一緒に乗り越えられるんだよ。だから――――だから、目を覚ま してよ、せつな――――!!」 涙が。ラブの流す、涙が。 せつなの手に零れ落ちる。弾ける。 彼女の、必死の呼び掛けは。 しかし、せつなに届かない。 目を、覚まさない。 「――――っ!!」 せつなの手に額を当てて、ラブは肩を震わせる。 せつな。せつな。せつな。 強く願う。彼女が戻ってくることを。 届かないなら、もっと強く。もっともっと強く。 強く―――― 「皆さん、お困りのようでんな」 不意に、部屋の中に響いた声に、ラブは顔を上げる。美希と祈里に視線を向けると、驚きの表情を浮かべながら、 扉の方を見て目を丸くしていた。 つられて、彼女がそちらに顔を回せば、そこには白髪に長い髭、短い手足に嘴を持つ、一見、ぬいぐるみのような姿 の存在があった。 それは、ラブ達もよく知っている者。けれど、ここに現れるとは、思ってもいなかった者。 彼は、おほん、と一つ咳払いをすると、その知性溢れる瞳で少女達を見回す。 「お久しぶりやね、マドモアゼル」 『――――長老!?』 7-668へ
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鏡に映った自分の姿。 目尻の垂れた大きな目。丸くて少し低めの鼻。薄い唇のおちょぼ口。 小柄な背丈の割りにふっくらと盛り上がった胸元。 柔らかそうな丸みのある腰回りや太もも。 可愛らしい、と言ってくれる人もいるかも知れないけれど……。 はぁ……、と祈里は溜め息をつく。 その顔に浮かんでいるのは、明らかな不満。 (何でこう、どこもかしこも丸っこいのかなぁ。) 鏡に顔を寄せ、色々な表情を浮かべてみる。 体を捻ってシナを作りポージング。 (何やってんだろ、わたし……?) 百面相したって、顔立ちが変わる訳じゃない。 いくら腰を捻ったところでくびれが出来る訳でなし。再び溜め息をつき、ゴロリと行儀悪くベッドに転がる。 瞼に浮かぶのは一人の少女。 スラリと細身の長身に、しなやかに伸びる長い手足。 切れ長な涼しい目にスッと鼻筋の通った高い鼻梁。 クールな雰囲気に似合う少し薄目の唇。 枝毛一つ無いだろう、腰まで届く艶やかに豊かな髪。何て自分とは違うんだろう。 寝転んだまま、チラリと鏡に目を走らせる。 子供っぽい、拗ねた表情。こう言う顔をすると、ますます童顔が際立つ気がする。 せめてロングヘアーにすれば、もうちょっと大人っぽくなれるかと 髪を伸ばそうと思った時期もあった。 しかし、ふわふわした波のある縮れた髪質は伸びても引き上がって、 それほど長くなったようにも見えず。 それなのに梳くのも引っ掛かって一苦労。 結局、この長さが自分には限界だった。 昨日今日分かった事ではないではないか。 自分と美希とでは容姿に差がある事くらい。 自分がブス…とまでは思わないけど……。 時にはそこそこ可愛いかも?と思わないでもないけど……。 以前ラブに呆れられた事がある。 『ブッキーで可愛くなかったら、世の中顔晒して外歩ける子いなくなっちゃうよ。』 誉めて貰えて嬉しかった。嬉しかったけど、やっぱり…。 (ラブちゃんは、気にならないのかしら?……せつなちゃんと二人で歩くの。) ラブの容姿が劣っている、と思っている訳ではない。 むしろ、ラブほど魅力的な女の子はそうはいない、と思っている。 だがラブの魅力は体から溢れ出るエネルギー、と言うか、輝くばかりの生命力 が映し出す眩い命のことほぎ。 それがラブをこの上なく愛らしく見せ、 彼女を誰にも無視出来ない存在感を放った 女の子として心に住み着かせてしまうのだ。 だから、純粋に見た目だけの話となると…… (ラブちゃんは、わたしの側だと思うのよね……。) 美希とせつなは誰が見ても綺麗な子、美少女だと言うだろう。 自分とラブは、その人の好み次第、と言ったところか。 でも、ラブには美希にもせつなにも負けない人を惹き付ける引力がある。 ラブの笑顔で心を蕩けさせない人はいないだろう。 結局、一番冴えないのは自分だ……。 今日、美希はせつなと二人で買い物に行った。 以前、せつなが美希の服選びに付き合ったお返しに、 せつなの服を美希が見立ててやる約束だったのだ。 ラブは学校の友達と先約があるとかで不参加。 当然のように、美希とせつなは誘ってくれた。 けど、祈里は断った。有りもしない用をでっち上げて。 ラブも一緒なら、まだいい。 自分一人だけで、あの二人と行動したくなかった。 綺麗な子の中に、一人ぱっとしないのが混じってる。 周りがそんな風に見てる気がして。 我ながら自意識過剰なのは分かってる。 それでも、一度意識してしまったコンプレックスを知らん顔するのは難しく。 美希への想いを誤魔化し切れなくなってからの自分は、どこかおかしい。 前はこんなんじゃなかった。 こんなに人目を気にしたり、被害妄想スレスレの劣等感に苛まれたり。 自分にまったく自信が持てない。ダンスを始めて、少しは引っ込み思案も マシになったと思ってたのに。以前よりも酷くなってしまった。 気持ちの大部分をネガティブな感情が占めている。 美希に対しては劣等感。ラブに対しては羨望。 そして、せつなに対しては……嫉妬だ。 恋を自覚して、もう少し甘酸っぱい思いに浸ってもいいだろうに、 笑えるくらい後ろ向きだ。 (わたし、せつなちゃんに嫉妬してる………。) ラブから学校での様子を聞くと、勉強もスポーツも完璧らしい。 スポーツ万能なのはダンスを見てても分かる。一番遅れて始めたのに、 あっという間に美希やラブに追い付き、祈里は追い抜かれてしまった。 合宿で自分が手解きした事なんて、今となっては冗談みたいな話だ。 ラビリンス時代の訓練の賜物か、動きを目で見て頭で覚えれば、 その通りに体を動かせるらしい。 いくら振り付けを早く覚えても、体が付いていかない自分と 差が開くのは当たり前だ。 学校でもそんな風に、サラッと難しい事を何でもないようにこなして 周囲を驚かせているのだろう。 おまけに、見た目があれだ。 結局、そこに行き着いてしまう。 それに……、と祈里は思う。 祈里は、せつなが羨ましいのだ。 一番大切な人に、一番大切に想われ、一番近くにいられる。 何より、それが羨ましかった。 ラブに想いを受け入れられ、体中に愛情を注がれている。 ラブがせつなを見つめる、蕩けそうな瞳。 誰よりもせつなを愛している、その事を隠そうともしない。 こんな嫉妬はお門違いだ。理不尽だと思う。 そんなものを向けられたってせつなだって困るだろう。 でも……… どうして、何でこんなに心がざわめくのか。 理由は分かっている。 美希のあんな顔を見てしまったから。 (美希ちゃん。そんなに、せつなちゃんといるのが楽しいの?) 今日見た二人の姿。 別に何でもない。おかしな事など何もない。 可愛い女の子が二人、仲良くじゃれ合いながら買い物をし、 お喋りに花を咲かせている。それだけの事だった。 祈里は誘いの断りのメールを出す時、最後にこう付け加えた。 『用事が早く片付けば、合流出来るかも』 一緒に買い物に行くのは嫌。 でも美希が自分以外の人と二人きりで過ごすのも何だか落ち着かない。 だから、気になって我慢出来なければいつでも様子を見に行けるように。 でも結局、声を掛ける事は出来なかった。 二人はすぐに見つかった。前もって場所は聞いておいたから。 ふと気が付く。そう言えば、自分以外の親しい人と美希が一緒にいる所を 外から見るのは初めてかも知れない。 美希だって、学校の友人と出掛ける事くらいあるだろうけど、 案外いつも一緒に過ごす人が、他人にどんな顔を見せるかなんて、 見る機会ってそうそうない。 (あんな美希ちゃん、初めて見た。) 美希の、猫の目のようにくるくると変わる表情。 屈託のない、無邪気な笑顔。 二人は服を選びながら、何かしら話していた。声までは聞こえない。 美希が悪戯を思い付いたような顔で、せつなに話しかける。 たぶん、からかおうとしてるんだろう。 せつなは素っ気ない態度。美希は懲りずに、せつなの反応を誘う。 相変わらず、せつなは涼しい顔で相手にしない。 途端に美希は拗ねたように唇を尖らせる。 今度はせつなが美希に答える。その表情から、たぶんからかい返したんだろう。 美希は頬を膨らませ、芝居掛かった態度でプイッとそっぽを向く。 せつなが苦笑いしながら、美希の顔を覗き込む。 美希はますます顔を背ける。 せつなが美希の腕に自分の腕を絡め、逃げる美希の顔を追い掛ける。 機嫌を取るように微笑みかけ、美希の膨れた頬をつつく。 思わず、と言った感じで美希が吹き出す。 つられるように、せつなも吹き出す。 そんな自分達が可笑しくなったのか、二人は額をくっ付けんばかりに 顔を寄せて笑い合っていた。 ドクン……。と胸の中で音が響いた。 美希への想いを孕んだ繭が、心臓を締め付けながら膨張していく。 美希は、あんな顔で自分には笑い掛けない。 あんな風に、からかわれた事もない。 あんな風に、わざと拗ねて見せ、機嫌を取って貰いたがる美希なんて知らない。 せつなといた美希。 あまりに無防備で、隙だらけで……… 驚くほど、年相応に子供っぽかったのだ。 小柄なせつなに甘えるように身を寄せて笑う美希。 そんな美希をいぶかしがる事もなく、ハイハイとあしらうせつな。 綺麗な二人がじゃれ合う姿は微笑ましく、そしてどこか、入り込めない 空気を感じた。 祈里は立ち竦み、それから黙ってその場を立ち去った。 逃げる事なんてない。「楽しそうね。何話してたの?」、そう言って 仲間に入れて貰えばいいだけなのに。 どうしてこんなに臆病になってしまったんだろう。 胸の繭が脈打つ度に、血液の変わりにどす黒いタールが 送り出される。 どろどろと血管を目詰まりさせながら流れる澱が、皮膚までもベタつかせる。 いつも美希に姉のポジションを押し付けてた。 甘えて、我が儘を言って、美希が困った顔で許してくれるのに 心地良く身を任せていた。 美希に子供の顔をさせなかったのは自分ではないか。 それなのに、自分には見せない顔をせつなに見せていた美希に苛立っている。 自分の知らない美希の表情を引き出したせつなに嫉妬している。 我慢出来ない。どんな美希も自分だけの美希でいて欲しい。 我慢出来ないのに、美希にそれを伝えられない。 だって、自分に自信がないから。 釣り合わない、と思われたくない。 例え美希が受け入れてくれても、美希の隣に並んだら見劣りする。 周りからも、美希とお似合いだって想われたい。 矛盾してる。女の子同士でお似合いも何もないのに。 そんな風に見られないように、ずっと気持ちを押し込めて来たのに。 せつなの様な、繊細でたおやかな容姿が欲しかった。 ラブの様に、溢れ出るしなやかな強さが欲しかった。 そうすれば、今よりもっと違った関係が築けたかも知れないのに。 引き返す前に美希にメールを出した。 『用事を切り上げられそうにないので、今日は無理みたい。』 帰ってから三時間経つ。 返信は、まだ来ない。 合流するかも、と言ったのに連絡があるかと気にもして貰えないんだろうか。 メールをチェックするのも忘れるくらい、せつなとの時間が楽しいのだろうか。 馬鹿馬鹿しい。単なる言いがかりだ。 美希もせつなも何も悪くない。 それでも胸にベタベタと粘り付く感情は、拭っても拭っても回りを 余計に汚すだけだった。 枕に顔を押し付け、ギュッと目を瞑る。 何もせず、ただ美希からの連絡を待ち続ける。 自分からは何もしようとしない。そんな関係に慣れきってしまった。 いつだって、美希が望むものを与えてくれてたから。 いつの間にか、それが当たり前になっていた。 でも、本当は美希はそんな関係に嫌気が指していたんじゃないだろうか。 胸に閉じ込めていた、脈打つ美希への想い。 大切に抱いていこうと思ってた。 温めて、育てて、そうすれば、いつかかけがえのない美しいモノが 生まれてくれるのではないか。そう信じてた。 それがいつしか、祈里の血を吸い上げながら、黒い粘液を吐き出している。 禍々しささえ感じる、その繭の中に眠るもの。 孵ってしまえば、己の身すら喰らいつくす化け物が生まれるのではないか。 (助けて………。) 苦しい。こんな醜い自分は嫌だ。 美希ちゃん。わたしの事、好きよね? だったら、どうして他の人と楽しそうにするの? どうして、わたしが一人でいるのに放っておくの? 身勝手だ。頭では理解できる。 こんな我が儘ぶつけられたら鬱陶しいに決まってる。 美希ちゃん、美希ちゃん、美希ちゃん……… 分かってるけど………。 自分の想いで頑じ絡めになっている自覚はある。 たぶん次に美希に会うときは、酷い態度を取ってしまうだろう。 美希ちゃん、それでも許してくれる? 8-223へ