約 2,287,651 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1009.html
―――― 二日目 2 ―― それにしても台湾に着てからのハルヒの機嫌というのは不安定である。いつもなら とても機嫌がよく俺たちに迷惑事を振り掛けるか完璧にメランコリーで話しかけても うっさいわね。バカ。アホ。マヌケ面。と言われるかの二つに一つのはずである。そ のはずがどうだろう。台北101では急に女の子になってみたり、かと思えばいつも のように傍若無人っぷりを遺憾なく発揮してみたりと忙しい。まったく修学旅行って いうのはこれほどまでも人を変えるとはね?クラスに一人はいるんじゃないのか?ソ コ!いないのか? ホテルを出発して一時間が経とうとしている。今、俺とハルヒは繁華街の中にいる。 俺とハルヒは土産物屋や服やに立ち寄り妹へのお土産や朝比奈さんへのお土産となる チャイナ服などを物色していた。 「ねぇ、キョン?これなんかみくるちゃんにぴったりじゃない?」 と、ハルヒが差し出したのは背中がパックリと開いた真っ赤なチャイナドレスであ った。うん、悔しいがこれを着た朝比奈さんを見てみたいな。 「こら!エロキョン!変なこと考えてるでしょ」 最近思うんだが俺は思ったことが顔に出やすいタイプなのかね?誰か教えてくれ。 結局お土産は荷物になるから最後ということで、俺とハルヒは再び町へ出た。台北 の市街地は中心地は東京と比べても見劣りしないほど近代的であったが、少し路地へ 入ると中国文化の香り漂う趣深い町並みが並んでいた。テレビのブラウン管を通して しか見たことのないような屋台が立ち並び、そこで生活する人々の活気がひしひしと 伝わってくる。まさかこれほどすばらしい街だとは思いもしなかったぞ。いつかSO S団のみんな、朝比奈さんを連れてもう一度来るのも悪くないかもしれないな。 出発してからというもののハルヒは修学旅行を楽しむ普通の女子高生を続けている。 本来であれば普通というものを一番嫌うハルヒであるから考えられないことであり、 俺自身も驚くべきことであった。そんなことを考えながら街を歩いているとおもむろ にハルヒが口を開いた。 「ねぇ。キョン?台北101に行きましょう」 ハルヒの口から放たれた言葉は思いもよらないものだった。 「台北101?昨日も行ったじゃないか。あそこになんか不思議はないぞ?」 「うるさいわね!団長に黙ってついてくればいいのよ!」 「なぁ、ハルヒ。修学旅行に来てからのお前、なんかおかしいぞ?」 「おかしいって何がよ?」 「わからんがいつものお前でないことだけは確かだ。」 「こっのバカキョン!!アンタはどこまで鈍感なのよ!」 「ハルヒ、言ってることがめちゃくちゃだぞ?」 「うるさいうるさいうるさ――――い!あんたはねぇ、あたしのことをぜんぜんわかっ てない!キョン!耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!あたしはねぇ、アンタのこと がs・・・・!!」 そのとき、世界が崩れた。 しばらくの間、俺は目を開けることができなかった。世界が『崩れた』瞬間、俺は無 意識にハルヒを抱きしめていた。目を開けると怯えたハルヒが俺の腕の中にいた。あた りに目を配ると周りにあったはずの屋台や店がなくなり代わりに瓦礫の山があった。こ のとき初めて地震に遭ったという事を理解した。修学旅行先でまさか地震に遭うとはな。 これもハルヒの力か? 「ハルヒ、怪我はないか?立てるか?」 俺はハルヒの手をとり立ち上がろうとした。 「ほら掴まれy・・・!」 足が震えて立てなかった。情けないね。自分の足に拳で渇を入れ俺は何とか立ち上が る。ハルヒに手を差し伸べる。ハルヒは俺の手につかまるが足が震えて立ち上がること ができない。俺は震えるハルヒを抱きしめた。 「キョン・・・」 弱々しいハルヒの声。・・・みんなはどうなったんだ? 「ハルヒ!みんなを探さないと!立てるか?」 「立てるわけないじゃない・・・・。おぶりなさい!団長命令よ!」 震える声を絞り出すハルヒ。俺はハルヒをおぶり、ホテルへ向かうことにした。台北 の街はあちこちで建物が崩れ人々が救助活動に奔走している。谷口や国木田、阪中はど うなったのだろうか。早くみんなに会いたい。 どれほど歩いただろうか。日は暮れ、灯の消えた街は不気味だった。あちこちから人 のすすり泣く声や悲鳴、安否の取れない家族を呼ぶ叫び声などが飛び交っている。昨日 台北101から眺めた街とはとても思えない。あれほど美しかった街は 「キョン!ちょっと?まだホテルに着かないの?」 「・・・・・。すまん。実はな、ここがどこだかわからない。」 「えぇ?キョン!道に迷ったっていうの?」 「認めたくないがそのとおりだ。」 「まったく使えないわねぇ。」 俺の背中でずっと寝てたお前に言われたくはないんだがな。ハルヒは俺の背中から飛 び降りると俺をズバッと指差し、 「ちゃんとあたしのことを守りなさい!わかったわね!」 と言い放った。いつものハルヒに戻ったようだ。 「わかったよ。ハルヒ。」 「わかったならホテルに向けて出発するわよ!」 こうして冒頭に戻るわけであるが、いつまで歩いてもホテルに着きそうもないのはな いのはなぜだろうね。やっぱり暗いからか?とりあえずホテルに着かなきゃにっちもさ っちもいかないんだがな。 「ちょっと!キョン!ここどこなのよ!」 わかっていたらさっさとホテルについているんだがな。それにしても地震というもの はひどいものである。建物をなぎ倒し人の命を奪っていく。まったく人間というのは非 力なもんだね。 腕時計をみると時刻はすでに午後10時をまわっていた。月の見えない真っ暗な空が 閉鎖空間をイメージさせる。いっそのことここが閉鎖空間であったらどれだけ気持ちが 楽だったであろうか。ハルヒにキスするだけで・・・、いや楽でもないか。それはそれ で気疲れしてしまう。 「ねぇ。世界の終わりって今みたいなものなのかな?」 ハルヒが口を開いた。 「さぁな。そのころは俺たちは生きちゃぁいないさ。」 「でもね、あたしが何かしようとするたびにこの世界を壊しているような気がするの。」 「・・・・。」 「もし、わたしがSOS団なんて作らなければ、あたしやキョン、有希や古泉君、みくる ちゃんがもっと楽しく暮らすことのできた、『壊れていない』世界があったのかもしれな い。そう考えただけで・・・」 「それは違うんじゃないか?ハルヒ。俺は今、ハルヒとこうしている世界が『壊れていな い』世界だと思っている。それは長門や朝比奈さん、古泉も同じだと思うがな。」 「でも・・・。もし・・・」 「『もし』は無しだ、ハルヒ。俺からしてみたらお前のいない世界こそが『壊れた』世界 なんだ。」 俺はそのことを去年の12月に思い知らされているからな。 「ハルヒの世界もそうだろ?俺や有希、朝比奈さん、古泉がいない世界なんて考えられる か?」 そこまで言って気がついた。ハルヒは涙を流していた。 二日目3
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4703.html
涼宮ハルヒのOCGⅡ う、嘘だろ・・・。目の前には麗しの上級生朝比奈さんがいる。いつもなら俺を癒してくれるその笑顔も、今だけは俺に何の効力も持たなかった。何故かって? 俺のライフポイントは0。朝比奈さんは8000。んで今は朝比奈さんの先攻2ターン目。さて、何でこんな状況になったのか、まずはそれを説明しなければならんな。5分前に遡るとしよう。 古泉の関係者の売却と、長門の情報操作のおかげで文芸部室には大量のカードが集まっていた。前者はどうもハルヒの力らしいが、今回ばかりは俺にプラスに作用したぜ。デッキを調整しなおした俺は、何故かデュエルができるらしい朝比奈さんと決闘することになった。ゆっくりとデッキをシャッフルする朝比奈さん。何をやらしてもこの人は絵になるな、うん。そしてジャンケンは朝比奈さんが勝って俺は後攻になった。まずはお手並み拝見と行くぜ。というかこの時気づくべきだったんだろうな。朝比奈さんがいつもと違う種類の笑みを浮かべていたことに。 「えーっと私の先攻です。ドローします。ドローフェイズ、スタンバイフェイズ、メイン入ります。」 なんか本格的だな。俺は正直ドローフェイズなんて意識したことなかったぜ。対象を取る云々もよくわからん。 「手札から大寒波を発動します。終末の騎士を召喚。効果でデッキからゾンビキャリアを墓地へと送ります。手札を一枚デッキトップに戻してゾンビキャリアを蘇生します。6シンクロしてゴヨウ・ガーディアンを特殊召喚します。ターンエンドです。」 まて、俺の前にいるのは誰だ?長門でもハルヒでもなくて、いつも甲斐甲斐しくお茶を淹れるSOS団マスコットキャラのメイドさん、朝比奈さんだぞ。初ターンに6シンクロという戦術と普段の姿にギャップがありすぎる。前言撤回、お手並み拝見なんてしてる場合じゃない。というか未来のデュエルレベルってどうなってるんだ? 「俺のターン、ドロー。」 とはいえ大寒波をいきなり食らってるのでこちらも何もできん。とりあえず魂を削る死霊をセットしてターンエンドだ。こいつなら戦闘破壊もされないしな。ターンエンドです、朝比奈さん。 「では私のターンですね。ドローして、メイン入ります。増援を発動、デッキから終末の騎士を手札に加えます。」 手つきはいつもの朝比奈さんなんだが、表情が違う。いつかの公園で自分が未来人であることを告白したときのような真剣な表情だ。 「終末の騎士を召喚。効果でD-HERO ディアボリックガイを墓地に送ります。ディアボリックガイの効果発動、墓地のディアボリックガイを除外してデッキから同名カードを特殊召喚します。さらに手札から緊急テレポートを使います。デッキからクレボンスを特殊召喚します。」 また、シンクロですか朝比奈さん。というかあなたに闇属性は似合いませんよ。 「そ、そうですかぁ?闇属性はとっても強いですよ。8シンクロでダークエンドドラゴンを特殊召喚。効果でキョン君の裏守備モンスターを墓地に送りまあす。」 やばい、これでかなりのダメージを食らうことになる。初手の大寒波がかなり効いてるな。まあでもこのターンは何とかもつだろう、多分。 「墓地の闇が三体なので手札からダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚します。バトルフェイズです、全部通れば私の勝ちです。キョン君ゴーズかクリボーありますかぁ?」 とこれで冒頭のシーンに戻るわけだ。2ターンキル。完璧にやられたね。いつのまにか俺たちの周りにいたハルヒや長門もこのデュエルを見ていて、朝比奈さんが俺をあっという間にノックアウトした瞬間、二人とも唖然としていた。(といっても長門は少し目を見開いただけだが)そりゃそうだわな、誰だってドジっ子メイドの朝比奈さんがこんなデッキを組んでくるとは思わないさ。 「すごいじゃないみくるちゃん!次はあたしとやるわよ!」 ハルヒが朝比奈さんを引っ張ってとなりの席に連れて行く。いつもなら「やめてください涼宮さぁ~ん」と可愛らしく言っているのだが、 「ふふっ。受けてたちますよ涼宮さん。」 一瞬朝比奈さん(大)かと思うほど落ち着いていたね、人は見かけによらないとはよくいったもんだ。 「あなたは私と」 そうだな長門、よしやるか。そういえばお前は何のデッキを使ってるんだ? 「ライトロード」 そうか・・・。墓地に裁きの龍が落ちることを願うとしよう。てかなんでライトロードにしたんだ? 「デュエルが早く終わるから。私たちにとって時間は貴重。それに今の時代はワンキル。」 やれやれ。そういえばハルヒは剣闘獣だったっけか?国内ベスト8のデッキがこの狭い部室に全部そろうとは思わなかったぜ。朝比奈さんは想定外だったが、体育祭といい百人一首大会といいSOS団は何をやらせても秀逸だよな、まったく。 「私の先攻。始めていい?」 ああ。構わないぜ。それでもまあ、タイムトラベルをしたり、謎の山荘に閉じ込められたり、誘拐事件が起こるよりはよっぽど平和だ。団員全員が無事で、みんなが楽しく過ごせているんだ。こういうのも悪くない。 「手札より大寒波を発動。墓地にライトロードが4種類いるので手札から裁きの龍を特殊召喚。コストを払って効果発動。手札からもう一体裁きの龍を特殊召喚。ライトロードマジシャン・ライラを通常召喚。3体で攻撃。何もなければ私の勝ち。」 ああ・・・制限改訂が待ち遠しいね。 END
https://w.atwiki.jp/yuriharuhi/pages/100.html
・・・『嫉妬』と言う感情が、有機生命体には存在している。 そのように情報統合思念体に教わった。 私には、その感情が理解できない。というよりも、経験したことがないのでわからない。 私には縁のないもの。そう、思っていた―・・・。 『有希、用事があって今日のお昼一緒に食べれないや。ごめんね』 ハルヒに伝えられたのは、3時間目の休み時間。 私とハルヒは毎日昼食を共にする。しかし、用事があるのなら仕方ない。 『わかった。』 そう告げると、始業5分前の予鈴がなった。 ―・・・そして、4時間目終了のチャイムがなり、昼食の時間。 通常ならハルヒと共に昼食を食べているところ。 私はとりあえず、手を洗おうと廊下に出た。そのときだった。 ハルヒが、朝比奈みくるに抱きついていた。 …よくわからない感情が、身体の中をぐるぐる回る。 もやもやして、胸の奥を締め付ける。 『あ、有希・・・』 ハルヒが私を見つけ、こちらに向かってくる。 だが私は、なぜだかわからないがハルヒに背を向けてしまった。 本当になぜだかわからない。エラーが発生した。 ハルヒも追ってこない。私の中の『感情』というものにバグが発生したのかもしれない。 ―・・・その日の部室には、私とハルヒの2人だけだった。 静かな部屋に本のページをめくる音が響いていた。 しかし、彼女の言葉で沈黙はやぶられることになった。 『ねぇ、有希・・・どうしたの?』 『どうもしない』 私自身にもわからないのだから、どうもしないと答えた。 『どうもしない、じゃないわよ。なんだかいつもと様子が違うじゃない。』 『…』 私は何も答えずに、本に目を落とした。 『有希!話してるときは本を読まないのっ!』 そう言われ、本を閉じる。 『有希がおかしくなったのは昼休みよね?何があったの?』 昼休み・・・私は廊下で朝比奈みくるに抱きついているハルヒを見た。 そのときから私の様子が違うのだと言う。 『廊下で…朝比奈みくるに抱きついているあなたを見た。 あなたは、昼休みに用事があって昼食を共に出来ないと私に言った。』 『・・・へっ?』 『なのにあなたは朝比奈みくると行動を共にしていた。 私の様子がおかしいのだとしたら、それはきっとその時から。』 ハルヒの顔が紅潮してゆく。そして、私を抱きしめる。 『なぁに、有希・・・ヤキモチなの?』 『・・・ヤキモチ?』 ヤキモチとは、嫉妬のことだと、ハルヒが教えてくれた。 『ごめんね有希。今日はみくるちゃんの新しい衣装の採寸してたのよ』 『それにしても、有希がヤキモチ妬いてくれるなんて』 ハルヒは嬉しそうに笑った。 『ホントごめん・・・』 彼女の言葉を遮って、私はハルヒの唇に自分のそれを重ねた。 ハルヒの唇が離れる前に、無理矢理口をこじ開けて舌をねじ込む。 『んぅ・・・ちょ、有希っ!?』 ハルヒは私から離れ、顔を真っ赤にさせている。 『もう、ビックリするじゃない。』 ハルヒの言葉に返事はしなかった。そして、私は彼女の首に吸い付いた。 『ひゃっ!?』 私が彼女の首から唇を離した時、吸い付いたところは赤くなっていた。 俗に言う、キスマーク。 彼女は私のものという印。 『な、なにするのよ!!制服きても隠れないところにつけちゃって・・・!!』 顔を真っ赤にしながらまくしたてる彼女に向かって私はこう言った。 『あなたは私だけのもの。他の人には絶対に渡さない。』 これでもかと言うくらいに顔を赤らめる彼女に、また口付けをする。 嫉妬とは、相手をとても想っているということだと、理解した。 ハルヒは、私だけのもの。世界で一番、大切な人。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2659.html
ハルヒニートその3『おしゃれをしよう』 学生の頃の涼宮ハルヒは黙って座っている限りでは一美少女高校生であって、当然そのお陰で異性からモテにモテたとは谷口から聞いた話だった。 そして今それが成長してまあ美少女が美女になっていることには間違いないのだが、馬子にも衣装の逆というかなんというか…………。 まあどんな美人でもそれが3日前と同じ下着を履いて、風呂にも入らずぼさぼさの髪を頭の上に乗せて、どてらを羽織って一日中パソコンの前であぐらをかいてるのを見れば、目を当てられないといった表現が適切な事になるわけだ。 この光景を谷口あたりが見たらショックで記憶を失いかねん。いや、そもそもだいぶ見慣れた俺ですら10秒続けて眺めていると頭が痛くなるほどだ。 現在、ハルヒは一日中パソコンにくっついて部屋に引きこもっているという完璧なまでのニートっぷりを発揮している。 無職でしかもひきこもりネット中毒と来たものだから只事ではない。デフレと物価の下落が同時に起こるとやばいというがあれと一緒だ。ハルヒはニートとひきこもりを同時併発させているのだった。 そこで俺は考えた。というか、またしても本屋で立ち読みした『ひきこもり脱却に100の方法』という本で目に付いた項目だが、『おしゃれをすること』という作戦を考案したのだった。 ひきこもりが部屋から出れない理由はなによりその風貌に問題がある。そりゃあ風呂に入らず着替えもせずで外に出なさいと言ってもそれは不可能というもの、それだから必然、自分の姿を鏡で見るたびに外に出る気をなくしてしまうのだという。 だから俺はハルヒに一着服を買ってやることにした。それも外行きの高い服、値段はこの際気にしない、俺は貯金から数万円を下ろして購入資金に当てることにした。 だが一つ問題もあった。そもそもハルヒは家から出ないんだから、一体どうやって服を買わせるんだということだ。 俺が買ってこようにも、女性の好みはよくわからないし、一緒に買い物に行ってくれそうな女の知り合いもいない。 そこで考え付いたのがネット通販だった。 キョン「ハルヒ、お前に服を買ってやる。ネットでどれでもいいから好きな服を上下一着ずつ選んでくれ」 ハルヒ「な、なに? どうしたのよ急に……」 キョン「なに、俺からハルヒへの誕生日プレゼントだ」 ハルヒ「あたしの誕生日もう半年前なんだけど……」 キョン「去年の分、もしくは来年の分ってことでもいい。とにかく選んでくれ、金は気にしなくていいから」 ハルヒ「ほ、本当に……? わかったわ、ちょうど欲しい服があったところよ。そんなに高いもんじゃないから安心していいわよ」 意外だった。ハルヒはすでに欲しい服があって目を付けているそうだった。 ひょっとして、こいつも俺と同じことを考えていたんじゃないだろうか。 このまま部屋に閉じこもってちゃいけない。だから、いつか外に出るときはこの服を着て、そんな風に考えて一人でひそかにネットで欲しい服を探していたのか? いいさ、どんな服でも買ってやるよ。そう思っていると、ハルヒが「これよ」と言ってパソコンの画面を指差した。 キョン「…………えらくド派手な服だな。本当にこれ着るのか?」 ハルヒ「なに言ってんの、大人気なのよこれ。値段も結構するけど、これいいなってずっと思ってたのよ」 キョン「服の相場としてはそんなに高くはないと思うが……、それとこの服を売ってる店はなんでゲームみたいな画面しか出ないんだ? 実際の写真とか無いと困るだろ?」 ハルヒ「は? これはゲーム内で装備する服よ。写真なんてあるわけないじゃない」 ああ、途中からうすうす感ずいてはいたさ。まさかこんな背中にドでかい剣をしょった中世の騎士みたいな服が実際に売ってるわけないだろうし、まして値段がたったの900円という時点で商品として色々おかしい。 ハルヒ「前々から欲しいなって思ってたのよ。これ着てるとドラゴンとの遭遇率が上がるのよね~」 キョン「…………わかった、それも買ってやる。だが俺が言ってるのはゲーム内でのアイテムのことじゃない、お前が実際に着る服を買いたいと言ってるんだ」 ハルヒ「えっ……?」 そこで初めてハルヒが俺の方を向いて聞いた。 ハルヒ「どういうこと? あたし別に服なんてなくても困らないわよ」 キョン「…………理由なんてない。ただ俺がハルヒに服を買いたいと思ってるんだ」 ハルヒが外に出るためなんて言ったら気にするかもしれない、そう思って俺はそう言っておいた。 キョン「勝手に決めようと思ったが、それだとハルヒが気に入らなかったときに処分が効かないからな。ハルヒに選んで欲しいんだ」 ハルヒ「そんな……もったいないよ。だってあたし…………」 キョン「勿体ないことがあるか。別に無理に着て欲しいと言ってるんじゃない、ただ俺は…………」 そこで言葉に詰まった。くそ、なんて言えばいいんだ。本当の事を言うわけにもいかんし………… 俺が着るから? まさかだろ。 誰かにあげるから? それはハルヒが怒るだろう。 そんなこんなを考えていると、不意にハルヒが口を開いた。 ハルヒ「…………わかったわ。あんたがどうしてもっていうなら、服を選ぶくらいお安い御用よ。でも、後で金出せっていっても聞かないからね!」 キョン「ああ、わかってる」 ハルヒはそう言って、パソコン上の今まで開いていたネットゲームのページを閉じて、通信販売のページを開いた。 キョン「色々な項目があるな、食べ物だの家電だの」 ハルヒ「……女性用の服だったらこれね」 ハルヒがカーソルを移動させて画面を変える、また新しいページが現れる。 キョン「俺は通販ってのをやってことがないんだが、この中からどうやって自分の買いたい物を探すんだ?」 ハルヒ「そうね、服だったらブランドで絞り込めるわ。あたしが昔着てた服のブランドは…………ああ、見てこれ。ほら、覚えてる? 高校の頃あたしが着てた私服と同じやつよ」 ハルヒがPC画面を指差す、その先には確かに見たことのある服があった。これは、確か初めてSOS団の市内探索があったときにハルヒが着ていた服。まあ今となっては懐かしい思い出だ。 キョン「それにするのか?」 ハルヒ「まさか、どうせなら違うのにするわよ。言っとくけど結構高くなるかもしれないわよ、本当にいいの?」 キョン「構わないからハルヒの一番気に入ったやつにしてくれ」 ハルヒ「そう、わかったわ」 それから俺たちはしばしのウインドウショッピングを楽しんだ。結局、ハルヒの決めた服は上は半そでの夏服、下は薄手で短めのスカートだった。 これから着るにしてはだいぶ寒いが、ハルヒがこれがいいっていうなら別にいい。それに急に外に出たいなんて言い出さないだろうから、まあ丁度いいかもしれん。 ハルヒ「支払いは代金引き替えでいいわね? 住所は…………っと、これであとはボタン押したら注文確定よ。本当にいいの?」 キョン「そうだな、じゃあそのボタン俺に押させてくれよ。そのほうが、俺が買ってやったって気分になるからな」 ぽちっとクリック、そして注文を承ったという画面が出て来た。どうやら二日か三日で届くらしい。 それから俺は夕食を作った。ハルヒはまたネットRPGの世界にのめりこんでいる。 やれやれだ。心で思ったが口には出さなかった。ハルヒもハルヒなりになにか頑張っているのかもしれないんだ。俺はただそれを手伝ってやりたいと思って、こうしてハルヒと一緒に住むことにしたんだ。 だから今ハルヒがどうであってもそれに文句をつけるようなことだけは絶対にしちゃいけない。今のハルヒに愚痴をこぼしたり文句を言ったりするのは、怪我で入院している人間を役立たずだと罵る行為と同じだ。 ハルヒは今痛いところも苦しいところもないだろうが、それでも重い精神の病にかかっているんだ。それが治るものなのかどうかもわからない。ただ、それでも俺はハルヒと一緒にやっていくと決めたのだから。 そして俺は次の日もまた次の日も、満員電車に揺られて会社に通い、見飽きた上司の顔を眺めながら仕事をして、昼には値段の割りにまずい社内食堂の定食を腹に流し込んで、それから夕方まで仕事をしていた。 当然この不景気で定時に帰れることなど滅多と無く日が落ちて真っ暗になるまで残業した。帰りの電車はガラガラで、椅子に横になった酔っ払いのオッサンの姿があった。 キョン「やれやれ……」 そんないつも通りに、日本の頑張るお父さん然とした一日を過ごして俺は帰宅した。だが家にはかわいい子供も愛する妻もいない、いるのはいつもパソコンと一体化して一日中座っているだけのニートなハルヒだけだ。 全く持ってやれやれだ。一人呟きながら家のドアを開けた。 ハルヒ「おかえり」 キョン「ああ、ただい…………ま?」 中にいたのはいつもの通りハルヒだけだ、そしてパソコンデスクに腰掛けて画面を見つめている、そこに違いは無い。 だが、着ている服がいつもと違った。いや、服だけじゃない、髪だっていつものぼさぼさ状態ではなく、シャンプーしてリンスまで掛けたようにすらっと綺麗に下りていた。 服はこの前に注文した服だった、どうやら今日の昼に届いていたらしい。 ハルヒは椅子から腰を上げて、こっちを向いた。 ハルヒ「ど、どう? せっかくだからちゃんと髪とかもきれいに洗って着てみたんだけど、似合ってる?」 ハルヒは少し赤くなってうつむき気味に言った。 似合ってる? 馬鹿なことを聞くな。今のハルヒを見て似合ってませんだの、魅力的ではないと思うなどと言う奴がいたら目が悪いか頭がおかしいかガチゲイかのどれかだ。 ハルヒ「ちょ、ちょっと何とか言いなさいよ!」 キョン「ああ……、その、似合ってると思うぞ……!」 ハルヒ「思うってなによ! こっちはせっかくあんたのためにこうやって寒いの我慢して待っててあげたってのに」 こいつがこんなにかわいい台詞を吐けるなんて初めて知った。いや、言葉だけじゃない、着ている服も、その背格好も、顔も体もハルヒの全てが可愛いと思った。 いや、思ったじゃない。思っていたんだ。多分、高校に入学して初めて会ったときからずっと。 キョン「ハルヒ」 ハルヒ「なによ?」 キョン「すごく綺麗だぞ」 ハルヒ「な!?」 キョン「ん? お前顔赤いぞ? 大丈夫か」 ハルヒ「あ、あんたがヘンな事言うからよ! ああもう! 着替えるわ! 着替えるから部屋から出てけ!!」 俺はハルヒによって背中を押されながら部屋を追い出された。せっかくだから、写真くらい撮ってもと思ったがどうやらそれは無理のようだった。 ハルヒニート 第三話 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/618.html
ハルヒとキョンがSOS団を設立した後、みなさんからひと言コメントをいただきました。 岡部 「騒動だけは起こしてほしくなかった!!」 山根 「What!?」 榊 「何だあの古泉というヤツは!!女をとっていくな!!」 柳本 「あたしには何も関わりあいませんように」 阪中 「涼宮さんから手作りのチラシをもらったのね。机に大事にしまっておくのね。あのバニーガールも素敵だったのね」 鈴木 「アチャー!なんか作っちゃったよー!」 荒川 「やっぱ、あいつはアホだな」 高遠 「また、一緒にソフトボールできたらいいんだけどな」 花瀬 「先輩に髪無理やり剃られました・・・にしても、千本ノックはきついいです」 日向 「ねぇねぇパパ、わたしのクラスの涼宮さんっていう人が新しい部活作ろうとしてるんだよ」 西嶋 「枕カバーにYesとNoってあれなんだったんだろう?剣持さんも瀬能さんもそれは嫌って言ってたけど」 垣ノ内「何か、涼宮さん明るくなってきたなー。うんうん、いいことだ」 大野木「なんか、阪中が涼宮さんのほうばっかり見てるような気がするんだけど・・・」 植松 「おいおい、涼宮ハルヒって頭いいのかよ!!」 中西 「うーん・・・なんか、イメージダウンなんだけど・・・」 吉崎 「このムンクの叫び、涼宮さんに渡したほうがいい・・・かな?美術室に保管しておきたいんだけど」 由良 「涼宮さんはだんだん喋るようになったけど、豊原君は相変わらず・・・」 松代 「豊原と後藤…やっぱりあいつら怪しいよな。ったく、何で俺とあいつらの席が離れた位置になるかなー?」 葉山 「やっぱり、後藤君に告白する勇気がでないよ」 長門 「また図書館に」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3465.html
七章 夕日の光が病室の中にまで及んで、妹ちゃんの心なしか寂しそうな寝顔に差し込んでくる。 この肌寒い時期にもかかわらず、その光は暖かみにあふれていた。 あたしはカーテンを閉めた。間もなく日が沈もうとしている。だけどあいつは来ない。 「キョンくん、どうしたんですかね…」 しらないわよ、みくるちゃん。こっちが聞きたいくらい… 何よ。昨日は来るっていったじゃない。朝からずっと待ってるのに……… 「まだ具合が悪いのかも…」 そうなのかな、昨日最後に会ったときは顔色よかったけど… 「有希、どう思う?」 じっと妹ちゃんを見ていた有希はかすかにこちらに顔を向けた。 「…今のわたしにはわからない。しかし彼に何らかの異常が起こっているのは確か… 行ってあげて。あなたが行くのが最も適切」 異常か。ま、確かにこんな所でずっと待ってるなんてあたしらしくないわね。 引きこもっていじいじしてたら許さないんだから!! それからは早かった。あたしの持ち前の脚力のお陰で目的地にはすぐ到着した。 昨日と同じようにチャイムを押す。………出てこない。 あたしの指に連動して続け様に鳴る音に憤りを感じ始めた頃、あいつは玄関のドアから顔を出した。 「あんた今まで何やってたのよ!!今日は妹ちゃん達の病室に来るんじゃなかったの?!!」 「…スマン、寝てた」 「はぁ!!!?…何よ。まだ体の調子悪いの?」 あたしの問いに答える気はない様子のキョンは思案顔をして、そのあと意を決したように言った。 「まあ、とりあえず…入れよ」 「あのね、あたしはあんたを迎えに来たのよ!」 「頼む、少しでいい、話があるんだ」 表情から、その話の内容を読み取ることは出来ない。しかし キョンの目には確かに決意のような、力強さが宿っっていた。それが何に対する決意かはわからない。 だけどそれは確実にキョンを取り巻いていた。だからあたしは断ることが出来なかった。 どこか儚げで、それでいて並々ならぬ意志を纏ったキョンの後につき、あたしは玄関に上がった。 今日は何故かリビングに通された。ソファに座るように促されたので遠慮なく座ることにする。 「…で、何よ、話って。言っとくけど、つまらないことだったら承知しないわよ」 言うまでもなく、あたしは家族の見舞にも来ないで家で寝てた上に、未だ急ぐ素振りも見せず、 自宅でくつろごうとしているキョンに憤りを感じていた。 「なあ、ハルヒ、俺とお前が出会ってから三年近くになるな」 横にいるあたしに目を合わせず前にあるテレビを見据えながらキョンは穏やかな声で言う。 「だから何よ、思い出話なら病院でたっぷり聞いてあげるから!!」 「ははは、相変わらずだな、お前は。いっつも強引で…だけど…お前も変わったよな。」 はぁ?一体なんなの?さっきから何こいつ語ってんの?ていうかこいつあたしの言ってること聞いてる? 「俺も変われたかな、ハルヒ。」 「知らないわよ!そんなこと!!!!」 あたしのイライラは頂点に達していた。 わけわかんない!何でこいつはこんな時に悠長に話してられるのよ! キョンは、ふうとため息を一つ吐くとこっちに振り向き言った。 「ハルヒ…俺、お前に会えて本当によか…うわあああ!!!!」 突如響いたキョンの悲鳴。それは断末魔の叫びと称しても納得出来る程、苦痛に満ちていた。 見るとキョンはソファから落ちて尻餅の状態だ。 「あ……あ…さ…朝…く…な、何でお前が…ここに…」 キョンの顔から汗が吹き出ている。力強かった目の瞳孔は開きっ放しで、肩は軽い痙攣を起こしていた。 素人目で見てもこれは普通じゃない。 「ち、ちょっと!朝?みくるちゃんのこと?何?どうしたの?」 「くるなああぁ!!!!」 キョンは尻餅の状態のまま、回りにある様々なものをこちらに投げてくる。 新聞紙、座布団、テレビのリモコン。それらが部屋一体を飛び交う。 「また俺を殺しに来たのか!お前なんかに…お前なんかに殺されてたまるかぁぁぁぁ!!!」 なんなの、これ…わけわかんない…キョンはあたしの方に目をむけているが、あたしを見ていない。 「キョン!キョン!やめて!あたしはハルヒよ!どうしたの?!ねえ!!」 「だまれぇぇぇ!!」 ガシャン!!! 「キャアアア!」 嘘…シャレになってない。気がつくとテーブルの上にあった、 ガラス製の灰皿はあたしの後方にある窓の残骸の中で、変わり果てた姿で存在していた。 どうすればいいの、どうすれば…その時ある台詞が頭の中をよぎった。 そして次の瞬間にはあたしはその台詞を吐き出していた。 「ひ、東中出身涼宮ハルヒ!!ただの人間には興味ありません! この中に宇宙人!未来人!異世界人!超能力者がいたら、あたしの所に来なさい! もう一度いいます!あたしの名前は…涼宮ハルヒ!!!以上!!!」 何でこの台詞を言ったのかはわからない。無我夢中だったから… ただ、この台詞はとても大切なもののような気がしたから…あたしにとっても、キョンにとっても。 キョンの動きが止まった。お願い、いつものキョンに戻って… その目にはちゃんとあたしが映ってるだろうか。 「……はあ、はあ、くそ、目障りだ…消えろ、ハルヒにまとわりつくな…消えてくれ。 …………ははは…もう来やがったか…いくら何でも早すぎだろ。」 脈絡があるとはとても思えない言葉を羅列すると、キョンは階段をかけ上がっていった。 ぺたん、と膝をつく。もう何がなんだかわからない。 早すぎるって何が? 思えばここ最近は色々なことがあった。キョンに殴られて、何故かすぐに仲直り出来て、 キョンの家族が事故に会って、でもあいつは来なくて… ああ、ダメ、これ以上考えたらいくらあたしでもパンクしちゃう。 あたしは思考を停止させた。ただボウッと固いフローリングにヘタレこむ。 だけど一旦停止した思考は階段から降りて来たキョンによって 強制起動させられた。キョンの顔色はもう元に戻っている。 「なんなの?ねえ…答えて!いい加減にしてよ!わけが分からない…答えてよぉぉ!」 やば、顔の内側から熱いものが込み上げて来る。 気が付くとキョンはあたしを抱き締めていた。昨日の未遂をいれると、これで三回目。 だけど今の抱擁は今までで一番弱々しい。 「ごめんな、本当にごめん、ハルヒ。やっぱ俺…ダメみたいだ。勝てそうにない…約束守れなくて…ごめんな…」 勝てない?何のことを言ってるの? 「ハルヒ、俺…お前に会えて本当によかった…」 キョンは震えた声で言う。そんなもうお別れみたいな言い方やめてよ。 「だから…今日はお別れを言うためにお前を呼んだ。」 ッッッッッ!!!! 体中に電撃が走った。もう何度目になるかわからない疑問。 「何でよ!説明してって何回も言ってるじゃない!イヤだ!お別れなんて絶対!答えて!答えろ!」 もう自分でも何言ってるかわからない。それが言葉なのか嗚咽なのかすら…そんな叫び。 「教えてよ……ねえ!!……お願いだから…」 「勝手なことを言ってるのは分かってる…だけど言わせてくれ…お…ら…えろ」 「え?」 「俺の前から消えろ!!!!二度と俺の前に姿を表すな!!!!出てけ!!!!」 その能力があたしの内に宿ったことに気付いたとき、最初に思ったのは、 「ああ、あたしもいつの間にか打たれてたんだ」だった。 脳に飛び込んでくるあたしのものとは別の意志。瞬間的に見える灰色の町と蒼白い巨人。 あたしのこれまでの家族環境は、この変化をドラッグの副作用と勘違いさせるのに十分だった。 同じ中学で彼氏でもある谷口くんに、両親のことがバレて別れたばかりで、 消沈していたあたしは、この状況を簡単に受け入れた。 これからはあたしもあの人達と同じ道を歩いて行くんだ… そんな諦めに近い感情があたしを支配した。 それからしばらく、あたしはフラッシュバックの恐怖に耐えながら、 気が狂いそうな自分を必死でつなぎ止め、自室ですごしていた。 この時、自殺を考えなかったのはあとになって考えてみれば、 涼宮ハルヒがそれを許さなかったからなのかもしれない。要するに人材不足の回避。 彼女の無意識の思惑通り、両親が刑務所に連れて行かれるのと同時に、あたしは機関の存在を知った。 そこにいる人達はあたしの素性を知っている。クラスや近所…そして谷口くんが忌み嫌って避けたあたしの素性を。 だけどこの人達はそんなあたしを受け入れてくれた。 警察から両親のいなくなったあたしを、いとも簡単に引き受けて養ってくれた。 やっと自分の居場所が出来たんだと、この能力をくれた神と称される涼宮ハルヒに、あろうことか感謝さえしてしまった。 神様は非情だ。居場所を与えてくれたと思ったら、すぐにそれを奪っていく。 センパイを奪い、本当の古泉くんを奪い、そしてタックンを……… だから復讐する。一番大事な人を、タックンと同じ方法で… なのに、何であなたはあんなに楽しそうなの?ニセモノの自分がそんなに好きなの?古泉くん……… あたしは走っていた。自分が今、泣いているのかどうかも分からない。 ただキョンが言った言葉、それだけがあたしの全てを動かす。 キョンが意味もなくあんなことを言うはずがない。きっと理由があるんだ。それはわかってる。 だけど、そんな理性はキョンに拒絶されたという事実の前では、何の役にも立たなかった。 やがてあたしは、吐き気をも引き起こしそうな疲労と共に足を止めた。足がガクガクする。 このあたしがここまで完全に息が上がっているのだから、相当な距離を走っていたんだろう。 あたしは震える手でケータイを開いた。 「もしもし、古泉ですが。」 「ヴゥ…古泉くん!!キョンが…キョンが!あたし…あたしぃ……!」 涼宮さんのあまりに悲痛な嗚咽混じりの声に、オレは寒気すら感じた。 先程のパーティ会場でのことを思い出す。まさか…いや、そんなはずはない!! 「落ち着いて下さい!涼宮さん!今、自分がどこにいるかわかりますか?」 「わからない、遠い何処か…わからないよぉ…もう、何もわからない…」 だめだ、完全に混乱している。こちらで探し出すしかない。 「朝比奈さんと長門さんにはこちらから連絡します。あなたは決してそこから動かないで下さい。」 それからオレは森さんと新川さんに頼んで、パーティ会場にいる同士に事情を知らせ、協力を促した。 しかし、協力を申し出たのは森さんと新川さんを除けば、田丸兄弟だけ。 他の同士はもう関わりたくないようだ。当然だ。 今救おうとしてるのは自分達を散々振り回し、時には命の危険までをも、もたらした少女である。 むしろ今のオレ達の方がイレギュラーな存在なんだろう。 傍観に徹してくれてるだけでも、ありがたいと言うべきだ。 だけど、止まれないんだ。止まるわけにはいかない。仲間だから…もう二度、仲間を…仲間を失いたくない!!! 「こちら、森と新川。涼宮ハルヒを発見したわ。場所は――――」 あれから長門さんと朝比奈さん、さらにたまたま出会った鶴屋さん、 谷口くん、国木田くんにも協力を願い、捜索を決行した。 思ったより時間はかからなかったが、あたりはすっかり寝静まっている。 涼宮さんはオレ達の町の数十キロ離れた公園で発見された。 足にかなりの負担がかかっているらしく歩くことも、ままならない状態とのことだ。 何が彼女をここまで追いやったんだろう。いや原因は分かってる。 …彼だ。涼宮さんからの電話の内容でそれは推測出来る。なら、次にやるべきことも自ずとと決まってくるだろう。 「了解しました。協力してくれた方々にも連絡お願いします。僕は…確かめたいことがありますので。」 彼の家、本来ならば訪れることに一考を要する時間帯だが、オレに迷いはなかった。 呼び鈴を押してもおそらく出ないだろうと想像はつくが、一応押してみる。 …………やはり出ない。 ならばとオレはピッキング器具を持ち出し、ものの数十秒で玄関のドアをこじあけた。 こんな状態でも機関仕込みの技術を落ち着いて行使する自分に少々驚いていた。 中は闇に包まれていた。何度か訪れた彼の家。 雰囲気が異様に感じるのは、現在の時間帯のせいだけではないだろう。 まずはリビングへと侵入すると、彼はソファに倒れ込むように寝ていた。 よほど熟睡しているのか、口からはヨダレを垂れ流している。 オレは彼を起こす前に、それに気付くことになる。暗闇の中、彼の手の中で月の光に照らされて怪しく光る「奴」の存在に。 これは…注射器?! ドクン! ――神を殺さないか?―― ――何故裏切った!古泉ィ!!―― ――ハハハ、今の俺はとても清々しい気分なんだ―― 頭にこびりついてくるその声を必死にふり払い、彼の右腕を確認する。 彼は右利きだということは、とっくに知っていることなのに、最初に右腕を確認する辺り、 少しは想定していた事態とはいえ、相当に気が動転していたのだろう。 一瞬、「それ」がなくてホッとしてしまった。しかし、すぐにそれを後悔することになってしまう。 「あ…」 彼のもう片方の腕にはおびただしいほどの注射跡が存在していた。 細菌が繁殖しているのか、それは紫色に変色していて痛々しさに拍車をかけていた。 ドクン! 「ん…春日…もう一度…俺に……春日…ハルヒ…」 「あ…ああ…ぅあああああぁぁぁぁ!!!」 オレの絶叫に構うこともなく、彼は寝言をつぶやいているだけだった。 八章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4961.html
「……あなた、一体何をしているの?」 凶刃を停止させて、朝倉は自分を遮る俺の長門に話しかける。 「あのね、今のあなたには何の能力もないの。何をやろうともそれは無駄なことでしかないわ。邪魔だから、早くそこをどきなさい」 俺の長門はわずかずつ後退し、後方のハルヒを守らんとする姿勢を崩さない。しかし、それは何処かプログラムを遂行しているかのような動きだ。 ……正体不明の頭痛も治まり、俺は緊迫した空気のなかにある朝倉と長門の姿を目にいれながら、必死にこの状況を打開する方策を探っていた。……すると自分の記憶とポケットの中に小さな引っ掛かりを感じ、それにゆっくりと手をやってみる。 ――金属棒。いつかこれを使う日がくるのかもしれない、と過去に俺が無根拠にそう感じた代物がそこにはあった。その正体はTPDDの部品で………周防九曜を制御した髪飾りの原料だ。だが……。これはこのままだと意味がないはずだ。何か情報操作のようなものを施すことによって髪飾りへと変貌するのだし、それに、確かその髪飾りも朝倉には効果がなかったように記憶する。しかしながら、現在はこれの存在に頼るよりないのも確かだよな。どうする? あまり賢い方法ではないが、試しに朝倉に投げつけてみるか? それをやるなら石つぶての方が効果はありそうだが。 「うう……。長門さん、涼宮さん……」 俺が懊悩としている隣で、実に不安そうに朝比奈さん(小)が呟く。今にも泣き濡れてしまいそうな横顔は、まるで己の無力さを嘆いているような…………。 ――って、ちょっと待て。そうだ、朝比奈さんは無力でも何でもないじゃねえか。むしろ、このお方ほど現時点において頼りに出来る人物は他にいやしない。多少反則的な感もあるが、あの無敵状態を誇る朝倉には文句を言われる筋合いなど皆無だ。 ……なんとか出来るかもしれない。そう。未来人なら――この状況を過去に乗り越えたことのある、朝比奈さん(大)だったら。 俺が大人の朝比奈さんに顔を向けようと思った、そのときだった。 「……わかった。もういい。あなたにもどのみち消えてもらうんだし、順番が変わっちゃうだけのことよ。それにわたしだって、あの長門さんにはあなたの姿をこれ以上見ていて欲しくない。丁度良いわ。あなたから先に消してあげる。安心して? あなたには痛みなんか感じさせないから。――じゃあね」 「な……!」 「え……? そ、そんな! 嘘……長門さんっ!」 ――朝倉涼子はハルヒを守る長門へと手を伸ばし、その頬を軽く一撫でする。 途端に長門の姿は淡く白い光に包まれ始め、次第にその輪郭を失っていく。 「――待て! ……長門!」 俺は長門の元へと駆け寄りながら、消えていく長門を絶対に手放したくないと片腕を伸ばした。……そして長門が俺へと向けた手は、俺の手のひらをすり抜けて―――姿もろとも、消失してしまった。 「うそ……。ちょっとあんた、なんてことすんのよ! なんで……こんな……」 眼前で起こった事態にうろたえながらハルヒが叫ぶと、朝倉は薄く笑って、 「……これれちゃった人形にはもう何の価値もないの。むしろそのままじゃ、あの長門さんを悲しませてしまうじゃない。だから何も問題なんてないわ」 「ふざけるんじゃないわよ! そんなの絶対におかしい――」 と、朝倉は責め立てるハルヒを睥睨し、 「――うるさいなあ。あんたは黙って恐怖だけしてればいいのよ。しゃしゃり出てきたあんたの王子様にだって、何にも出来ることはないんだから」 朝倉たちの間に介入した俺はハルヒをかばいつつ、凶行に及んだ朝倉の顔をハルヒと共に睨みつけていた。朝倉は俺たちの視線を真っ向から受けつつ、 「生まれ変わった長門さんにはあんたたちなんていらない。……そろそろ死になさい」 「……く」 ――もう、駄目なのか。 殺意表明の後で朝倉がナイフを腰元に構えるのと同時に、俺は後のハルヒへと素早く振り向き……ぐっと小柄な体を抱きしめる。 ……この日に再び訪れてから、俺はどこかで選択を誤ってしまったのかもしれない。背中にはまたあのナイフが突き立てられちまいそうだ。ああ、なんてバッドエンドを迎えちまったんだろうね。そのせいで、長門は……。 ――せめて、ハルヒ。こいつにだけは手を出させたりはしない。 中学生姿のハルヒを俺が強く抱きしめていると、背中への不快な感触の代わりに――思わぬ声が耳に飛び込んできた。 「――――な、」 ナイフをこの身に受け入れる覚悟を決めて身体を強張らせていた俺は、ゆっくりとその緊張を解き、なにやら驚きの声を漏らした朝倉へと振り向いてみる。 「……長門?」 やれ刺さんとばかりにナイフを構えた朝倉の腕を、眼鏡の長門がそれを阻止するかのように掴んでいた。 「長門さん……あなた……」 思わぬ人物からの干渉に戸惑いを隠せない朝倉。俺も同様に目を丸くし、眼鏡の長門の様子が今までと違っているのを感じていた。 「――朝倉涼子。みんな……ごめんなさい」 若干の哀愁を帯びてそう言う長門の表情は、頬を赤らめたりするあの長門のものではなく、俺の知る長門にもう少し感情の色を足したような感じだった。 「もしかして長門、記憶が……戻ったのか?」 俺が問いかけると眼鏡の長門は少し悲しそうに、 「わたしはわたし。だが……残念ながら、このわたしはあなたの知るわたしではない」 理解出来ないでいると、 「でも、あなたたちの知っている長門有希と同じ気持ちをわたしは持っている。だから、今から話すわたしの気持ちをみんなに聞いて欲しい」 すっと朝倉から手を離し、神妙な面持ちで話す長門。その言葉に従うように俺はハルヒの隣へと立ち、朝倉さえも、俺たちを襲うことを忘れてその場で長門に注視していた。 「――涼宮ハルヒの情報創造能力は真実を否定するものではなく、この世界に矛盾の存在をも認める……とても優しい力。それと同じように人は矛盾を許容することによって、他の有機生命体とは性質を異にする存在へと成り得たのだと思われる。だからわたしは、進化の可能性は涼宮ハルヒの生き方にこそあるのだと思う。……そして情報統合思念体の進化への希望となる一人の女の子を、わたしは知っている」 「……それって、朝比奈みゆき、か?」 「そう。人に育てられたインターフェイスである彼女は、人の心を持ったことによって、既に単なる端末を超越した存在となっている。人の心という矛盾するものを得た彼女は、それを自身の内にある真理と併合することによって、人にも思念体にもない……新たな可能性を導き出した。わたしは情報統合思念体も『心』を持つことによって、進化への道を踏み出せると考えている。それはどういうことなのかといえば、つまり……人の感情を思念体が持つということ」 ここで朝倉はハッとした表情を見せ、その後で秀麗な顔に影を落とした。 長門は続けて、 「わたしは……人間になって『死』というものを取り入れれば、人の感情が理解できるかもしれないと思ったからこの日を生み出したのだろう。……でも、そうではなかった。感情は死を回避するためだけのものでも、ウイルスのようにその者を蝕んでしまうものでもない。人の『心』は……人類が言語とは違う方法で己以外の存在と繋がり合おうと努力し、その進化の過程で組み上げられてきた一つの結晶。他の存在と繋がりあおうとする行為にこそ、進化への歩みを進める理由がある。それは感情によってなされるもの。だから――」 ……やめてよ、と朝倉は不意に呟き、俺たちの意識をその身に集めると、 「人の感情なんて……自分を害するものを拒絶して、脆い自分を保護するために作られてきたものなの。あなたが言ってるのとは正反対のシロモノよ。わたしには、それが進化を助長するものとは思えない」 長門は若干視線を落として、 「そういう部分もあるかもしれない。だけど、わたしはそれが人間の本質だとは思わない。何故なら、人は笑顔を作るから。悲しいとき、自分の弱さが表に出て無防備な状態のときでさえ、人は涙を流してそれを伝えようとする。それは、人が他者を利用して生きるものであれば矛盾すること。つまり人の感情は、人が自分の気持ちを伝えることによって互いに補完しながら生きてきたという証」 「そうだとしても……!」と朝倉はたまりかねたように「人間の中に他人を食い物にする奴がいるのは確かなことじゃない! それだけじゃないわ。どんなに人が手を差し伸べたって、頑として自分の世界を貫くだけの奴だって腐るほどいる。そいつらには、どんなにこちらが繋がりを持とうとしても何も解りはしない。そんな人間がいるから世界は乱れるのよ。それにね、あなたが好きだって言うSOS団はどうなの? あなたたちはちゃんと繋がっているとでも言うの? もしあなたがそれを肯定するとしても、それを証明するものなんてないじゃない!」 「……自分と他人が繋がっているかを証明するものは存在しない。だけどわたしは……それを信じることが出来る。でも、それは本当はとても怖い。全ては自分の独りよがりかも知れない、相手が本当は自分を嫌っているのかも知れないという可能性は決して消えたりなどしないから。――それでもわたしがそれを信じているのは、彼等と一緒に過ごしてきた時間があるから。人は人と手を取り合うことによって、互いの歪みを解消することが出来る。そして……」 長門は俺をゆるりと見つめ、朝倉の方へと向きなおすと、 「現在の情報統合思念体は……彼等を、大切な友だちだと思っている。思念体が彼等に意見を求めたのもそのため。そして未来からの来訪者も、全てを知る悲しみ、何も知らないことの苦しみに耐えながらこの時代の人と共に同じ『今』を作っている。涼宮ハルヒに異能力を授けられた者たちが仮面を被っていることも人と繋がるための一つの方法であり、その仮面の下には、わたしのことを思って泣いてくれる素顔がある。……今のあなたと同じように」 そう言って長門が視線を向ける先には……粒々と涙を溢れさせている、朝倉の姿があった。 朝倉はそれに気付いていなかったように手を自分の頬へと寄せ、その指に触れる水を確認したのと同時に、ストン。という音が地面へと滑り落ちたナイフによって奏でられた。 ……そうか、そうだよな長門。正直俺だって、最近まで宇宙人や未来人や超能力者のまとまりについて疑問に思うところがあったんだ。だがそれは、だんだん話を重ねていくにつれて……一緒に過ごしていくことによってその繋がりが確認出来たんだよな。今の俺は、長門の親玉だって、未来だって、機関だって信じることが出来る。 そう。本当に全部ひっくるめて、SOS団のみんなを。 「――でも、人が笑っていられるのは……そのとき、泣いている人がいることを忘れているからじゃない。だったら、最初から悲しみなんて……」 なおも大粒の涙をこぼしながら、消え入りそうな声で朝倉が言う。するとそこに、 「……いいえ。それは違うって、わたしは思います」 大人の朝比奈さんが双眸からポロポロと落涙する朝倉の肩に手をかけ、朝倉がその母のように優しい顔を見つめると、 「この世界には知らなくても良いことだってたくさんあります。……でもね、人は悲しみを知っているからこそ、幸せの姿を見つめることが出来るの。悲しみを知らない人は笑いながら人を傷つけてしまい、そして悲しみを知らなければ、自分が傷つけられていることさえ愛情だと錯覚してしまうわ。それぞれに幸せの形はあるけれど、悲しみを知らないことで幸福を感じている間は……いつだって悲劇でしかないんです」 「あ……」と朝倉は泣き崩れる数瞬前の顔で「じゃあ……わたしは……わたしがやったことは……」 すると朝比奈さん(大)はにっこりと微笑みかけ、 「いいえ。あなたを咎める理由なんて何もありません。だってあなたの長門さんを思う気持ちに偽りなんてないでしょう? それはね、結果があなたの考えたものとは違っていても、あなたのやったことに間違いはなかったっていうことなのだから」 キョンくんを傷つけてしまったのはいけないことだったけど、と俺への刺突行為を軽く諫める大人の朝比奈さん。 ……その言葉を受けて遂に朝倉の激情は霧消し、そこには、泣き咽ぶ少女とそれを抱きしめる女性の姿だけがあった。 ………… ……… …… 「そう。……長門さん、それがあなたの答えなのね」 すっかり落ち着きを取り戻した朝倉が、やさしい学級委員長のような気配で眼鏡の長門へと尋ねる。そして長門がこくりと頷いたのを確認すると、 「……でも、どうしてあなたは記憶を――」 俺も不思議に思い長門を見つめていると、思いっきりばっちり長門と目が合った。朝倉は不審そうに俺を見やると、 「―――まさか。そうだったなんて……」 何かに驚き、かつ何かを理解したような声を朝倉は漏らしたが……何なんだ? 俺にはさっぱりわからんが。 「……あと、もう一つ疑問があるわ」今度は俺の方を見つつ「あなた、どうやってここにやってきたの? いえ、あなたたちじゃなくて、そこで寝てるあなたの方」 俺は安らかに地面で寝転んでいる己の姿を一瞥すると、 「……ああ、俺は最初に変わっちまった世界を奔走して、三日後に長門の脱出プログラムを起動させたんだ。その後で過去の七夕へと跳んで、大人の朝比奈さんと長門に連れられてここにきたのさ」 「脱出プログラム……?」朝倉は思案顔で「……どういうことかしら。長門さんが作り変えた世界にはそんなものなかったはずなんだけど。それに脱出ってなに? あなた、長門さんから何も聞かされてなかったの?」 「なにいってるんだ?」 本当に理解しかねることを言っている。俺は長門から事前に劇的世界大改造について、ビフォアにもそういえばアフターにも説明を受けた覚えなど特にないし、改変後の世界に脱出プログラムがあったのも事実だ。 なので俺は何も嘘なんか言っちゃいないし全ては体験による情報なので勘違いでもないのだが、朝倉が勘違いしているという線も考えにくい。このズレは何が原因で発生しているのだろうか? ……と、思い悩むまでもない。ここにはそれの答えを出してくれそうな人物が二人ほど居てくれている。 俺は少し考え、 「朝比奈さん」 に質問することにした。もちろん大きい方の。 「これはどういうことなんです? それに、この後世界はどうなっちまうんですか? これから俺が走り回った三日間が始まるのなら、世界はいつ正気を取り戻すんですか?」 「……世界が元の姿に戻るのは、キョンくんが脱出プログラムを起動させた後です。それでね、本来長門さんは、世界改変後キョンくんにその理由を伝えるつもりだったの」 じゃあなんでそれが俺の体験したものと違っているのか、と聞くと長門の方が、 「これから世界を整えるためには、再度情報を調整しなければならない」 寝ている俺を一瞬目に入れ、すぐさま俺を見直すと、 「まずはわたしのデータを改変直後のものに再修正し、わたしが作った世界を再現しなければならない。そしてここで寝ているあなたには、これからの三日間をずっと眠っててもらうことになる。そして三日間を体験したあなたが脱出プログラムを起動させたとき、眠っているあなたは代替の記憶と共に元の世界で目覚めるようにする」 ……つまり、俺が三日間を過ごした世界は、最調整された後の世界だったのだ。……俺が一番最初に過去の七夕へと時間遡行をしたのも、この未来を固定するためだったというわけか。そう考えれば、長門が俺に知らせもせずに世界の情報を改竄したのも納得がいく。 それは、今の俺が頼んだことなのだ。 何故ならば、もし俺が世界改変の事情を知っていれば、心からSOS団の大切さに気付くなんてことはなかっただろうからだ。何故期限を示したのは。何も知らない俺が改変後の世界を果てしないものだと思ってしまえば身が持たないだろうし、こういうのは集中して行うべきで、それで無理だったらそれまでということなんだ。 「……そっか。多分、その調整はわたしがやることになるのよね」 喋り出した朝倉を俺が反射的に見ると、 「わたしは改変後の世界を見守ることにするわ。そしてあなたが三日後に七夕へと向かった後、わたしが世界を元通りに修正する。そういうことで良いんでしょ?」 「それが一番望ましいと思われる。朝倉涼子、すまないがお願いする」 「いいえ。かまわないわ。……それより、涼宮さん」 ハルヒが虚をつかれたように反応すると、 「さっきはごめんね。あなたを傷つけるようなことを言っちゃって。あれは間違いだったわ。あなたも長門さんも、一人なんかじゃなかったのだから。だから……長門さんをよろしくね」 「ん……あったりまえじゃないっ! 安心してあたしに任せてちょうだい。これはあたし自身のためでもあるんだしね。だって長門さんは、未来のあたしにとって大事な――」 ……ああ。欠かすことの出来ない大事な団員だよな――。 と心の中で先読みしていたのだが、その予想は外れてしまった。 そう、ハルヒは頼もしい声でこう言い放ったのだ。 「――友達なんだからね!」 そんな朝倉とハルヒのやりとりを見て、俺には一つの考えが浮上してきた。 もしかして先程のハルヒの宣誓がこの時間軸以降のハルヒに影響を及ぼし、冬の合宿で見受けられた過剰なまでの長門に対する気配りへと繋がったのではないだろうか? もしそうだとしたら、もう一つ疑問が解消される。 それはハルヒの手が加えられた朝比奈さんの小説の内容のことだ。 三日後に目覚める王子。そこはハルヒが手を加えた部分の一つで、一際無意味さを醸しだしていた箇所だったのだが……きっとそれも、この中学ハルヒがこの日を目撃していたことに起因するのだろう。この出来事がハルヒの無意識だか識閾下だかに残存していたのだ。三日目に目覚めるというのは、つまり、ここで寝ている俺のことで、俺が王子だという点にはあえて触れないでおく。 そして人魚姫。これは……ある意味で、朝倉のことだったのかも知れない。 「…………」 俺は沈黙する。俺はもう、朝倉に対して嫌悪感は抱いていない。むしろ、こいつはこいつで一生懸命長門のことを思いやっていたのだ。だが、王子をナイフで刺すことの出来なかった人魚姫の結末は…………。 そう思って一つ、つつましやかに朝倉へと尋ねてみる。 「――朝倉。お前は、また学校に戻って来る気はないのか?」 「あら、なんでそんなことをあなたが言うのかしら」 俺は報われない結末を迎える人魚の話を頭に浮かべつつ、 「……実のところ、進級したクラスの面子がそう代わり映えしなくてな。かつてのお前ほどみんなを取り仕切れる奴がいないんだよ。だから……カナダから帰ってきたことにでもして、またお前が来てくれるのも良いんじゃないかと思ってな」 朝倉は驚き眼をして、次に柔和な笑みで「ありがとう」と俺に言うと、 「でもごめんなさい。それは無理なの」 何故だと聞くと、 「わたしの行動が上のほうにも伝わっているから。二度までもあなたを脅かしたわたしは、もうあなたの近くにはいられないわ。だから、あなたの気持ちだけ受け取っておくね」 そんなのは関係ない、と食い下がる俺に朝倉は少々困った顔を見せ、 「……じゃあ、もしまた会う機会があったら、そのときはあなたになにかご馳走でもするわ。そうね、なにか好きな料理を教えてくれない? 頑張って作ってみることにするから」 「――そうか」と流石に俺は朝倉の意を汲み取り「……じゃあ、冬といえばやっぱり鍋だな。クリスマスにはSOS団でいろんな具材が入った鍋をやるから、なにか他の……そうだな、鍋と言えば我が家ではおでんだと決まってるんだが」 「じゃあ、そのときはおでんを振る舞ってあげる。美味しく出来上がるかはわからないけど」 「ああ、すまないな朝倉。……美味しかったよ」 と、朝倉はクスクスと微笑し、 「なに言ってるの? まだ食べてなんかないじゃない。感想を言うには気が早すぎるよ」 なに、不精な俺のことだ。もしかしたら馳走の礼を忘れるかも知れないからな。それに朝倉が作るおでんは、俺の舌をウマいと絶叫させるって決まってるようなもんだ。 「ありがと」 朝倉は目を細くして言うと、大人の朝比奈さんに顔を向けて、 「後はわたしに任せてもらうとして、あなたたちはどうするの?」 「そうですね」朝比奈さんは小さな自分を見ると「あなたはこのまま、古泉くんを迎えに行ってください。そして、またあの公園で落ち合いましょう」 「わかりましたっ。それじゃあ、あたしは先に古泉くんのところへ向かいますね」 すると朝比奈さん(小)は朝倉の名を呼び、 「ホントに……ほんとうに良かった。色々あったけど、これでよかったんだってあたしは思います」 「……そうね。わたしもそう思うわ」 ニコリと笑った朝比奈さんに、ちょっと待って、と長門が呼びかけ、 「その七夕の日のわたしに、全てが完了した後でパーソナルデータは初期の状態へと戻して置くように伝えて欲しい。そのままでは、以後の活動に支障をきたしてしまう恐れがある」 「はい。ちゃんと伝えておきます。……ではキョンくん、涼宮さん。目をつむってもらってていいですか?」 そうだった、と俺とハルヒは目をつむり、そして目を開けたときには、朝比奈さんは既に古泉の元へと飛び立った後だった。 ……朝比奈さんの言う通り、俺もこれで良かったんじゃないかと思っている。今までの経緯にはマイナス要素も含まれていたが、それはいわば計算式の一部であり、現在の結果となる答えにはそれも不可欠なのだ。終わりよければ全てよしという言葉はまさにそのことを表しているのだろう。 「そしてキョンくん。元の時空へと戻る前に、あなたに説明しておきたいことがあるの」と朝比奈さん(大)は「まず……長門さんが病気だと言って学校を休んだときから続いていた、彼女と情報統合思念体とのトラブルについて」 ……ああ、それもまだ明かされていない謎だったなと思いながら、俺は話を聞く体勢に入る。 「長門さんはね、世界が分裂していたことを最初は認知していたの。だけどその異常事態をわたしたちに教えることは、それの観測を重要視していた思念体から禁止されていました。そこで長門さんはとある仲間の思念体を自分の管理下に置き、その仲間を通してわたしたちに知らせようとしたのだけど、それが上のほうにばれてしまって阻害されてしまったんです。そこで長門さんは自身の力を振り絞ってなんとかその仲間の身体を保持することに成功したんだけど、個人の力では赤ん坊の身体を構成するので精一杯だった。そこで長門さんはその子に死の概念……えっと、普通の人間のように肉体的な成長を授けて、思念体の精神的干渉を防ぐようにしたんです。そしてわたしにその子を託して、未来の時の中で成長させようと考えていたの」 ……つまり、それが朝比奈みゆきだってことなのか。 「そうです。そしてもう一つ。今回長門さんのパーソナルデータが消去されてしまったのは、わたしが原因なの」 「それ、どういうことなんですか?」 「わたしが前日にみゆきを連れてキョンくんに会いにきたでしょう? みゆきを連れてきたことこそが、長門さんに死を思わせるキッカケとなったんです。何故かといえば、みゆきの存在を長門さんが感知したとき、長門さんはひどく動揺したんです。みゆきの元となった思念体の構成情報が変化して、まるで人と同じような精神構造を持っていたから。……そこで長門さんは、強く思ってしまったの。やはり、死というものによって感情は形成されるんじゃないかって」 じゃあ、あの時の会話を長門が聞いていたからじゃなかったのか。 「ええ。思念体は長門さんたちを通してでなければ人と触れ合うことが出来ませんし、長門さんにそんな機能はありませんから」 ちょっといいかしら、と朝倉が急に話へと加わってきて、 「……その思念体って、誰だったの?」 大人の朝比奈さんは、申しわけないのか何なのか分からないような微妙な表情で、 「――それは、禁則事項です」 「……そう。まあいいわ、興味本位で聞いてみただけだから」 どこか切なそうに言う朝倉に、 「ふふ。ほんとに、なんでみゆきは朝倉さんみたいな子にならなかったのかな。……わたしの育て方が悪かったのかしら?」 若干本気で心配するような顔を見せ、 「――じゃあ、この世界と長門さんをよろしくお願いします。また……お会いしましょう」 ん? 長門はここに残るのだろうか? と眼鏡の長門は、 「わたしはここに残らなければならない。あなたたちの傍にいるべきわたしは、あなたたちが元の時空に帰還した後身体を再構成したうえで、パーソナルデータが消去される直前のわたしのデータを入力してくれるといい」 「そうなのか。……でも、そうするとまた記憶を消されるんじゃないのか?」 安心して、と長門は俺に言い放つと、 「……わたしはもう死を願ったりはしない。わたしは、わたしとして生きていく」 そして俺の瞳をじっと見つめ――、 「みんなと一緒に」 「じゃあ、そろそろみんなともお別れね。……色々ごめんなさい。あなたにはいくら謝っても足りない程だけど、そう悠長にしている時間もないかな」 「ん? どういうことだ?」 訝しがる俺に朝倉がAAランクプラスの笑顔を披露しながら言った言葉は、まるで登校中の一ページを見ているかのようで、あの頃の優しい委員長が戻ってきたような懐かしさに満ちていた。 「――急がないと、学校が始まっちゃうよ?」 第十三章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2658.html
ハルヒニート第二話『掃除』 ハルヒ「おはよう、朝ごはん出来てる?」 俺より遅いとはいえ、一応ハルヒも朝はちゃんとした時間に起きている。もっともそれは、俺がいるうちに起きないと朝ごはんが食べられないから仕方なくといった感覚だと思うがな。 まあそんなことはどうでもいい。今日まで俺はある一つの作戦を考案、実行に移すべく準備してきた。そしてそれを今から実行する。名付けて『ハルヒ更正プログラム! あしたのためにその1』だ! キョン「ハルヒ、お前プリン好きだったな。これを見ろ」 ハルヒ「そ、それは!? 神戸屋で一日100個限定販売の高級クリームプリン! でかしたわキョン!」 と、ハルヒがそれを食べようとしたところで俺はひょいっとプリンの乗った皿を持ち上げる。 ハルヒ「なにすんのよ!」 エサを取られた猛獣の如くハルヒが抗議した。その顔の前に俺は一本立てた人差し指を突き出して言う。 キョン「ハルヒ。プリンを食べたければ条件が一つある」 ハルヒ「条件? なによ一体?」 キョン「今日、俺が帰ってくるまでに部屋をキレイに掃除しておいてほしい」 俺は俺なりにハルヒを更正させることを考えていた。そして、とある本で見たのだが、『部屋を自分の手で掃除することで、そういうだらけた心も綺麗に退散する』という項目を見かけたのだった。 確かにハルヒの生活空間である俺の部屋は、カップ面の空容器やらなにやらで散々な散らかりようで、見ているだけで気分も滅入ってくる惨状だった。 だから、ニートハルヒ更正プログラムの第一歩として、俺は本人の手でこの荒れ果てた部屋を掃除させることにしたのだった。 ハルヒ「掃除? ふん、別にいいわよ。それよりさっさとそれ寄越しなさい!」 キョン「約束だからな、まあそのプリンは前金だ。帰りにまた同じのを買ってくるから、しっかり頼んだぞ」 ハルヒ「本当!? わかったわ! 約束だからね!」 俺はそう確認して、ハルヒと二人で朝飯を食ってから家を出た。 珍しく朝出て行く俺をドアの前まで見送って手を振っていたハルヒの姿は、まるで愛する主人を送り出す若妻のようにかいがいしく俺の目に映ったが、「プリン忘れんじゃないわよ!」との言葉で台無しだった。 朝の満員電車にもだいぶ慣れたが、やっぱり慣れても楽になるモンじゃない。 乗客の中にはこのイモ洗い地獄の中で新聞紙を広げる余裕まで持った猛者がいるが、俺はひたすら潰されないようにつり革に捕まるだけで精一杯だった。 だが今日は少し気分も軽い。少なくとも、仕事から帰って汚い家を掃除する手間が掛からないと約束され、さらにハルヒが元気な状態に戻るかもしれないときている。これなら一個600円とかいう暴利のような値段のプリンも安いものだ。 と、まあそんなことを考えながら俺は仕事を終え、約束通りにハルヒへのお土産を買って家に帰った。 キョン「ただいま」 おお! 思わずそう歓声を上げたくなった。部屋は見事に綺麗に片付いていた。 今朝までの『実録! これがひきこもりの部屋だ!』といった感じだった惨状はすっかり様変わりしていた。 結婚した男の喜びの一つに、帰ったら妻が部屋を掃除してくれていることと聞いたことがあるがそれも頷ける。 まあその妻にあたる存在がパソコンとにらめっこしてオンラインゲームをしていることだけが玉に傷だが贅沢は言うまい。今朝まで部屋に散らかっていたあらゆる物は異次元に吸い込まれたかのように完全にその姿を消失させていた。 キョン「ハルヒ、帰ったぞ」 ハルヒ「うん、ちょっと待って、今戦闘中で手が放せない」 てっきりプリンに飛びついてくると思っていたが、ハルヒにとって一番大切なのはゲームであってプリンでも帰宅してきた俺を迎えることでもないらしい。 キョン「はあ、お前は俺よりそのゲームのほうが大事なんだな……」 何気なく愚痴をこぼして、買って来たプリンを冷蔵庫に入れようとしたときだった。 ハルヒ「ああ!! あんたが変なこと言うから気が散ってミスして死んだじゃない!!」 そう言ってハルヒが立ち上がってこっちに歩いてきた。 ハルヒ「もういいわよ。それで、お土産ちゃんと買って来たわよね!?」 子供のように目をきらきらさせながらハルヒが言う。俺は「ほらよ」と紙箱に入ったプリンを差し出した。 ハルヒ「やったー! ありがとうキョン!」 ハルヒはさっそくスプーンを取り出して食卓に着いていた。 やれやれ。こんな何気ない一言でも救われるものだ。ハルヒが「ありがとう」と言ってくれた、その一言で俺は今日一日の働き疲れもその馬鹿高いプリンのこともどうでもよくなる。 人の存在価値ってのは役に立つ立たないだけじゃない、例えニートだろうとひきこもりだろうと俺にとってハルヒはあの頃のハルヒと何も変わらない。そう思えた。 ハルヒ「ちょっと、早くあんたも座りなさいよ! あたし一人で先に食べちゃうわよ!」 キョン「やれやれ。待ってろ、背広くらい脱いでから……」 そう言って、俺は脱いだスーツを片付けようとクローゼットを開いたときだった。 ドサドサドサドサ、そんな轟音と共に中から大量の衣類、本、ゲームソフト、その他もろもろが降ってきた。 全部今朝まで床に散らばっていた物だ。なるほど、どこに消えたかと思ったら全部棚に押し込んであったわけか。はははこりゃ納得だ。 ハルヒ「ちょっとなにしてんのよキョン!? せっかく片付けたのに台無しじゃない!」 …………俺はぶち切れた。 キョン「どこが片付いてる!? 散らかってた物全部集めて棚に放り込んだだけじゃねえか!! うわっ、しかもゴミまで混ざってやがる!!」 ハルヒ「なによ!! 片付けたんだからいいでしょ!? もういいわよ。プリンあたしが先に食べるからね」 呆れ果てて物も言えないとはこのことだ。俺はハルヒがまさにスプーンを差し込もうとしていたプリンを皿ごとつかんで一気に自分の口に押し込んだ。 ハルヒ「ああっ!! なんてことするのよバカキョン!!」 キョン「ふがもあひい! (やかましい!)」 さらにもう一つ、俺の分として買ってきていたプリンも一気にほお張って飲み込んだ。吐きそうなほどに甘ったるい。 ハルヒ「バカバカ!! なんて粗末な食べ方するのよ勿体無い! 吐き出しなさい!!」 キョン「こんな横着する奴にご褒美がやれるわけないだろ! 今から片付け直す! そしたらまた買ってきてやるから!」 ハルヒ「めんどい!! だったら今度はプリンじゃなくてケーキよ! イチゴのタルトとレアチーズケーキ!!」 ぎゃーぎゃーとわめいてブーたれながらも、俺が手伝ってやると言うとハルヒは大人しく床に散らかったゴミを拾い始めた。 何をやってるんだか、ハルヒの手で部屋を綺麗にさせるのが目的だったのに、俺が手伝っても仕方無いだろう。そう思ったときには、すでに部屋はきれいさっぱり片付いた後だった。 しかも時間もけっこう遅くなっていた。そろそろ風呂入って眠らないと明日がきつい。 キョン「やれやれ。風呂の掃除はまだだし、散々だな……。まあとりあえずお疲れ様だハルヒ、もういいからお前は先に寝ろよ」 ちなみにハルヒは滅多に風呂に入らない。たまに俺がいないときで気の向いたときにシャワーを浴びているそうだった。 ハルヒ「……ねえキョン。今日のお風呂掃除はあたしがするわ」 キョン「は? なんで」 ハルヒ「たまには私もゆっくり風呂に漬かりたいと思っただけよ。大丈夫、お風呂掃除の仕方くらい知ってるわよ。それじゃ、すぐ終わらせるからテレビでも見てて」 ハルヒはそういい残して風呂場に消えていった。 残された俺は一人で呆然としていた。 ハルヒが自分で風呂を掃除する? ホワイ? なぜ? あの全てにおいて自堕落で、落ちた箸すら自分で拾わないようなハルヒが風呂掃除をするだって? キョン「ひょっとして……さっそく効果ありってことか……?」 だとしたら実に喜ばしいことだった。 この調子でだんだんとハルヒが活動的になってくれれば、いずれあいつも職探しに目覚めるかもしれない。 いや、そこまで言わなくてもせめて俺が仕事に出ている間に部屋を掃除したり、夕食を作って待っててくれればもう十分だ。(ん? それってなんか…………まあいいか) ハルヒ一人に風呂掃除をさせるのはさすがに悪い、そう思って俺は浴室の扉を開けた。二人でやった方が早く済ませられるだろうからな。 キョン「ハルヒ、俺も手伝ってやるよ…………って、なんだこれはっ!?」 ハルヒ「あ!? ちょ、今入ったら駄目!!」 そういえば、さっき片付けをしながらも、妙に物が少ないんじゃないかと思った。 ゲームソフトや漫画本にしても、もうちょっと数があったんじゃないかな、そう思っていた。 それらはどこに消えた? その答えは、なぜか衣類、本、ゲームソフト、その他もろもろがたっぷり詰め込まれた浴槽が教えてくれた。 俺は今度こそぶっ倒れた。ハルヒ更正への道のりは果てしなく遠く険しい。 ハルヒニート 第二話 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6027.html
プロローグ 秋。 季語で言うならば7、8、9月に属するその季節も、時代の進行というか価値観の違いというかで、俺の中では9、10、11月が秋だと認識されている。しかしどういうわけか、今年は秋があったのかどうかを疑うような気温で、これもまたお偉い団長様が何かしでかす予兆ではないかと疑ったが、奴の精神専門である古泉曰く 「彼女の精神状態はとても良いままですよ。閉鎖空間も今のところ、大規模で発生しておりませんし」 らしい。しかし、ハルヒは温厚平和な日常が嫌いなはた迷惑な奴だ。いつ何をしでかすか分からん。秋といえば読書、芸術、食欲。映画が芸術に入るのなら、まだ2つも不安要素が残っている。これは何か来るぞ、と俺はノストラダムスの予言が今更になって頭上に降り注いでくるかもしれないと言った心持ちで待機していた。 つまり俺は、涼宮ハルヒという人物に出会ってから、確実に用心深い人間へと成長していたのだ。 ど素人が作った映画が公開し終わってから早3日。クラスの全員がそろそろ文化祭の余韻が無くなってきた頃辺り、俺はハルヒが授業中良からぬことを作戦立てているのを気配で察知した。これは数々の不思議体験、いや面倒くさい事柄を身を持って味わってきた俺だから分かるものだ。古泉や朝比奈さんより早く感づける自信がある。無論、長門には勝てないが。 「‥‥‥で、今度は何を企んでいるんだ」 「ふっふーん」 教えてくれないのかよ。 「今日のミーティングで発表するつもりよ。キョン、絶対に来るのよ。1秒でも遅れたら罰金だからね!」 ‥‥と、こちらの顔を一度も見ずにせっせと、まるで鶴の恩返しの鶴のようにこいつは何かを作っている。細長い紙の先端の穴の空いた場所からはリボンが、白紙の部分にはSOS団のサインが‥‥。 俺の勘も捨てたもんじゃないな。しかしこの勘がテストの時だけ怠けるのはいただけない。テストで良い点を取っているハルヒが妬ましい。 「じゃっじゃーん!お待たせ!!」 ドアを豪快に開けるハルヒに、誰も待ってねえよ、と思わずハルヒの後ろから声を出しそうになったが、律義にも独りでオセロを研究している超能力者、メイド姿の未来人、本に目を向けている宇宙人らは待っていた。古泉、その薄気味悪い笑みをこっちに向けるな。 「今日のミーティングは、こんな秋ならではの! ‥‥」 キュキュッキュー、とホワイトボードに文字をでかでかと書くハルヒをよそに、俺は古泉の前に座ってから荷物を床に下ろした。一生懸命戦略を練っていたようだが、生憎俺は負けん。お前は序盤で石を取りすぎるんだ。 「何が始まるんでしょうね?」 こいつがこう言う時は、大抵何が起こるか分かっている。だから俺は答える必要無しと最高裁判所の裁判官になったつもりで判断し、無言で目の前にあるオセロを1つずつ取り除いてやることにした。古泉も一緒になって、オセロを手元に戻していく。 「お茶をどうぞ、キョン君」 そう言ってお茶を差し出してくれるSOS団唯一の目の抱擁役である朝比奈さん。夏に別荘でメイドを目にして以来、どうやらメイドというものにいっそう影響を受けたらしい。本当に可憐で愛らしい。先輩とは思えないですよ朝比奈さん。 市販で買ってきたお茶よりも美味い緑茶をすすりながら窓際を見ると、黙々と本を読んでいる宇宙人がそこにはいた。その表情のまま蝋で固められてしまったかのように無表情のままページを捲っていくその様は、大地震が起きてこの学校が瓦礫の山と化しても、微動だにしない文学少女といったような雰囲気を釀しだしていた。といっても、長門ならこの学校が崩れる前に何とかしてくれるだろう。 「いい!? 我がSOS団は読書の秋を記念して―――‥」 すぅーっと、ビックボイスを叩き出そうとするハルヒ。またろくでもない考えを思いついちまったようだ。 「‥――SOS団主催、読書大会を始めようと思います!!」 ……相変わらず文字感覚のバランスが悪い奴だ。会って文字だけ下にいってやがる。 まあそれはともかく。馬鹿みたいにでかい声でそう宣言した後、やはり授業中作ってたのは栞だったのかと俺はひどく痛感した。よりによって読書がくるとは‥‥まあ本を書けと言われるよりはましか。 しかし、その全く持って伝統も歴史もない、部活としてもまともにOKサインをもらっていないこのSOS団が主催する大会が、後々とんでもないことを引き起こすとは誰も知りなどしなかった。 ‥‥もちろん、3学期に文章を書かさられるハメになることも俺は知らなかったことは周知の事実である。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅰへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5817.html
音が鳴っている… 俺はアラームを消した。 10時半…どうやらちゃんと起きられたようである。まだ少し眠たいが、そんなことを言ってる場合ではない。 さて、親に何と言うかだが…『友達の家で寝泊まりする』とでも言っとけば、まあOKだろう。 俺はコートを手に取り、部屋から出た。 …さっき誰かと会話していたような気がするが…。いや、それはありえないか。なんせ俺は寝てたんだしな。 おおかた何か夢でも見ていたんだろう。明確に内容を覚えてないことから、どうやら昨日、一昨日のような 悪夢ではないことは確かである。それだけでも良しとしようじゃないか…古泉たちとの会話の前に 気疲れなど起していては話にならんからな。 自転車に乗った俺は、颯爽と目的地へと向かった。 …… 10時50分、ちょうどいい頃合いであろう。俺は自転車をわきへ停め、店内へと入った。 案の定、いつもの日曜日の不思議探索時同様、最後にやって来たのは俺のようである。 唯一の相違点は我らが団長ハルヒがいないということだが。とりあえず俺は席に腰掛ける。 「あなたが待ち合わせ10分前に来られるとは珍しいですね。」 うるせーぞ古泉。いつもいつもお前らが早すぎるんだ。 「とはいえ、今日ばかりは涼宮さんみたいに罰金を課すつもりも、 ましてやおごらせるつもりも我々には毛頭ありませんので、どうか安心してください。」 当たり前だ。ハルヒにならともかく、お前にそんなことされた日にゃ泣くぞ俺は… 「キョン君、罰金!」 な、なんですと??この光景は何だ?あの愛くるしい朝比奈さんが俺に向かって『罰金』?!?Why?なぜ?? 「うふふ、慌ててるキョン君かわいい♪もちろん冗談です。 一回涼宮さんのセリフ言ってみたかっただけなの、ゴメンね。」 そういうことですか…まさか、あなたが冗談おっしゃるとは思いもしませんでしたよ。 …… 「そういえばここって一番奥のテーブルなんだな。」 「そうです。こういう隅のほうが長話をするには適してると思いましてね。」 なるほど、考えたな。 「だが、その分デメリットもある。」 珍しく言葉を発する長門。何だそのデメリットってのは? 「この店において、この位置は中心部から最も離れている。 よって、ドリンクバーを注文した際 コップに注ぎに行くまでの距離が最たるものとなっている。」 …まさか長門がこういった類のことを口にするとはな。 「つまり…面倒ってことだな?」 「端的に言えば、そういうこと。」 「まあ、すでにドリンクバーは注文しておりますので、とりあえず話の前に ジュースだけでも各自汲んでくるとしましょう。さすがにまだ食事は早いでしょうし… まあ、お腹がすいているかたは注文されても一向に構いませんけどね。」 俺はカルピスを…古泉はウーロン茶、長門はグレープフルーツ、朝比奈さんはオレンジジュースを、 それぞれ汲んできたようだ。長門だけ選択が意外のようなそうでもないような…まあそれはいいか。 …さて、そろそろ本題に入るとしよう。 「古泉や長門はハルヒが倒れた一連の経緯についてすでに知ってるようだが、 朝比奈さんはどこまで知っているんです?」 顔が曇る朝比奈さん…どうやら、彼女もある程度事情を把握しているようである。 「一応長門さんから全容は聞きました…正直今でも信じられないんです…聞いたときは 随分と私混乱しちゃってましたし…って、不安にさせるようなこと言ってゴメンねキョン君。」 なんせ、ハルヒの心理学の専門家古泉ですらパニックに陥ったくらいだ。 朝比奈さんのその反応は、むしろ当然であろう。誰もあなたを責める人などいませんよ。 「いいんですよ朝比奈さん。事情がそういう重いものだってのは、 古泉からの電話である程度は感づいてはいましたから…。」 …… 「じゃあ古泉、そろそろ説明してくれ。その『事情』とやらをな。覚悟はできてるぞ。」 「わかりました…では、話すとしましょう。」 「しかし、一体どこから話せばいいものか…とりあえず、以前僕があなたに自分は超能力者だと 明かしたときに、『機関は涼宮ハルヒを神的存在だと捉えている』と言いましたよね?」 「ああ、確かに覚えてるぜ。」 「…本当に神だった…としたらどうします?」 「?どういうことだ古泉?」 「つまり、彼女はこの世界を創造した張本人だというわけですよ。」 「?言ってることがよくわからんが。世界を構築したのは涼宮ハルヒだってのは お前ら機関が以前から唱えてた持論じゃなかったのか?なぜ今更それに驚く?」 「同じ世界創造でも、実際我々が考えていたような創造とは違う意味での創造だったということです…。」 創造創造連発されてもな…っていうか、いまだに話の流れがわからんのだが。 いつもわかりやすく解説する古泉にしては珍しいじゃないか。それとも、俺に理解力がないだけか? 「すみません、混乱させるような説明をしてしまって…ここからは 長門さんが説明していただいたほうが良いでしょう。というわけで、長門さん。よろしくお願いします。」 「心得た。」 「よろしく頼むぞ長門。」 …… 「古泉一樹ら超能力者一同による機関内部においては、 『世界は近年になって構築された』という説が主流な見解として置かれていた。」 「で、それを作ったのはハルヒだと。」 「そう。しかし、実際は世界は近年になって構築されたわけではない。重要なのは、その時期。」 「…要は近年じゃないってことか。紀元前とかそのへんか?」 「いわゆる人間視点で語られる次元の話ではない。」 「じゃあいつなんだ?…まさか恐竜が地球を支配してた2億年前だとか何とか言うつもりじゃないだろうな…?」 「それも違う。正しくは、およそ46億年前に遡る。」 …え? 「長門…俺の聞き間違いかもしれない。もう一度言ってくれないか。」 「およそ46億年前。」 …… 雨が降ってきたと思ったら、実はその雨粒全てが隕石だった。あるいは、朝起きたら 枕もとに核兵器が置いてあった。ありえないことではあるが、それくらいの衝撃だったと言っておこうか。 …カルピスをストローですすり、喉を潤したところで…俺は長門にこの一言をぶつけた。 「…それはマジか?」 「信じられないのも無理はない。しかし、可能性としてはかなり高い。」 …古泉がパニくるのも当然というものであろう。なんせ、やつらからしてみれば、『近年』という時期が 常識だったはずである。それが46億年前…たとえるならば、1+1=2だとずっと思いこんでいた人類が 実は1+1=20億だったという驚愕の事実を目の当たりにするようなものだ。 …… それにしても、スケールでかすぎだろおい!?そう言わざるをえない。 「しかしだな、あくまでそれは可能性であって、まだそうだと決まったわけではないんだろう?」 「ところが、そうとも言い切れないんですよ。」 古泉が口を開く。 「実際機関の面々ともこのことについては協議してみたのですが、ほぼ9割がたの人間が これまでの近年説を捨て新説に鞍替えされていかれましたよ。それくらい説得力がありましたし、 何よりこれまで抱えていた矛盾が、その新説により全て解消してしまうという、 爆弾級の事態に発展したわけですからね。無理もありません。」 「その考えでいくと、ハルヒの倒れた原因についても説明できるってことなのか?」 「はい。おそらく全容を知れば、あなたも納得すると思われます。」 「そうか…で、その全容とやらを知るためには時間が朝までかかりそう…というわけだ。」 「そうですね。少々きついかもしれませんが…。」 「私も頑張りますから、キョン君も一緒に頑張りましょう!」 朝比奈さんからの熱いコールである。これで万が一にも途中で寝てしまうような男がいるなら、 ここに連れてこい。俺が一刀両断してやる。 「ところで…そろそろ食事でもとりませんか?閑話休題も必要でしょう。時間はまだまだあるんですから。」 それもそうだな。誰も拒否することなく、俺たちは古泉の提案に甘んじることにする。 「私は…野菜サラダがセットの和食定食を頼もうかしら。」 「僕はそうですね…コーンスープ付きのハンバーグ定食を。」 「私はカツカレーの特盛りを注文するとする。」 なるほど、朝比奈さんはカロリー控え目の和食ときたわけだ。古泉は洋食…まあ、イメージ通りである。 …… なぜカツなのかは敢えて言及しないでおこう…とりあえずカレー好きってのは知ってたが、大盛りをとび越えて まさかの特盛りですか長門さんよ。まあ、こいつは食べだすと際限が無くなるから予想外ってわけでもないか…。 「で、キョン君の注文は何かな?」 「雑炊ですよ朝比奈さん。」 「ほう、なかなか地味な選択をしましたね。」 だまれ古泉、しばくぞ。地味でも別いいじゃねーか。雑炊なめんなよ?魚貝や野菜、醤油に味噌… 最近は種類によっては肉も入ってる栄養満点の嗜好品なんだぜ?少なくとも俺にとってはな。 …… 「ご注文は何になさいますか?」 しばらくしてやって来た店員に、俺たちは各自の品を言う。これで10分後くらいには食事にありつけられるわけだ。 …… って、森さん?あなたこんなところで何やってんですか? 「何って…ただの店員でありますが、それが何か?」 突っ込みどころがありすぎて困るんですが…。とりあえず、接頭語の『ただの』はおかしいでしょう。 「古泉、これは一体どういうことだ?」 「ああ、すみません…言っておくのを忘れましたね。一応念には念を入れて… 我々の会話が誰かに傍受されることがないよう機関の皆さんが見張ってくれているのですよ。 我々と敵対する組織も決して少なくはありませんからね。」 うーむ、それにしてもやりすぎ感があるが…。 …… 「ということは…」 俺はふとレジのほうを眺める。ああ、あそこで店員やってるのはよく見たら田丸裕さんではないか。 「ということは、おおかた厨房には新川さんと田丸圭一さんでもいるんだろう?」 「いやはや、何もかもあなたにはお見通しというわけですね。参りました。」 …… あるときはメイド、あるときは執事、あるときは一般人、あるときは警察官… そして、今回は店員というわけか。一体どこまで得体の知れないスキルを習得しているというのだろうか彼らは。 …まあ、これに関して聞くのはよそう。何かこう、暗黙の了解って感じで…触れたらやばい気がする。 素直に、自分の心中だけに留めておくとしよう。 …まあしかし、誰かに傍受されたらまずいような重苦しい話をこうやって深夜にすることになろうとは、 数日前の俺は予想だにしてなかったぜ。煩わしいながらも、作曲やこれからするのであろう バンド活動に楽しみを見出していた昨日一昨日が、今では遠く感じる…。 「何か寂しそうな顔をしてますね。やはり、こういった話は疲れますか?」 「いや、そうじゃない。ハルヒが倒れるなんて事態にならなきゃ、今頃俺たちはハルヒの思いつきで始まった 音楽活動とやらに…振り回されながらも、それなりに楽しそうにやってたんだろうなあと思ってさ。」 「なるほど、確かにその通りですね…そうだ、どうせですし音楽の話でもしませんか?」 「おいおい…気持ちは嬉しいが、そんな状況でもない気がするぞ?」 「ちょっとくらいなら良いと思いますよ私は♪息抜きには、こういうのも必要だと思います。」 「それに、我々は涼宮さんを助けるんでしょう?」 な、何だ古泉?? 「確かに、我々は今の状況から涼宮さんを救いださねばなりません。しかし、その後 平穏に戻った際には、あなたは涼宮さんが喜ぶ曲を作って提供する…そういう手筈だったはずでしょう。 そのときの楽しそうな彼女の笑顔を見たいとは、あなたは思いませんか?」 何かの誘導尋問か?…まあ本人もいないことだし、ここは敢えてバカ正直に答えておくか。 「そりゃ、そうしたいに決まってるだろ。」 「なら、先の話をしてたって何ら問題はありませんよ。 なぜなら、我々はこの窮地をなんとしてでも脱するんですから。違いますか?」 「…!」 古泉の言う通りだ。未来を考えることを放棄したとき、即ちそれは現在(いま)が 確証のもてる状況ではないことの裏返し…か。いや、この場合自信がもてないといったほうが正しいか。 だが、俺たちSOS団はこれまで何度も力を合わせて幾度かの修羅場をくぐりぬけてきた…。 だから今回もきっと上手くいくと、俺はそう確信している。ああ、そうか…確信してるって時点で、 すでに答えは決まってたんじゃねえか。 …ってなわけでいろいろ話したわけだが、なんとも内容はカオスなものとなった。 「さて…まずは、それぞれの音楽性でも語ってみませんか?」 「音楽性?」 「自分の好きな音楽のジャンル、曲、あるいは尊敬する歌手やミュージシャン等を 言い合おうではありませんか、ということです。」 なるほど、そういうことか。 …… そういえば今になって気づいた。俺たちは各々の音楽性について全く知らないではないか。 たいていバンドというのは、互いが音楽的意思疎通ができていて初めて成り立つものであるが… 方向性とかそんなもんをな。俺たちはまだそれすらできていない有り様である。 非常識も甚だしいとはこのことだな。まあ、これから深めていけばいいさ。 「まず言いだしっぺの僕から話しましょうか。そうですね…好きなジャンルは特に問いません。 好きなアーティストは175Rや19、スピッツといったバンド類でしょうか。」 「もしかして、転校してくる前の学校でやっていたバンドってのはそいつらのコピバンか?」 「ええ、その通りです。さすがにオリジナルを作れるほど、我々は音楽に精通してはいませんでしたからね。」 「スピッツのボーカルの人の声は好きですね~さわやかな感じがして、聴いてて気持ちいいです。」 なるほど、朝比奈さんはそういう部類の声質が好きらしい。 「そういえば朝比奈さんは未来から来てるわけですが、最近…いや、この現代の歌手については どれくらい知ってるんですか?現に、今スピッツはご存じのようでしたが。」 「当たり前ですが、この時代の人たちほど詳しくはありません。年間シングルをチェックしたりとか、 気が向いたときに音楽番組見たりとか…その程度でしかないですよ。」 「僕の予想では、朝比奈さんはYUIや大塚愛さんといった歌手がお気に入りのはずです。違いますか?」 「す、すごーい!古泉君何でわかったの!?」 まあ、俺でも大体予測はついたがな。朝比奈さんのお人柄と、音楽における媒体が主要メディア、 そして爽やか系が好きってことから推測すれば、それなりに的は絞れるはずだ。そう、ポップスというジャンルに。 消去法でもいけるかもな…ロックバンドやV系、洋楽、レゲエ、テクノ等のジャンルを、彼女が万が一にでも 聴いてるようなら それこそ驚愕ものであろう。いや、待て… 一瞬テクノなら合うかもと思ったのは秘密だ。 「……」 いかんいかん、さっきから長門が沈黙に徹しているではないか。古泉や朝比奈さんの話題に入れないってのは つまり…どうやら音楽性が二人とは根本的に異なっているようだ。まあ、大体そんな感じはしてたがな…。 「長門はどういうのを聴くんだ?」 「幻想的かつ抽象的なものに私は音楽問わず惹かれる傾向にある。一方で力強く、メッセージ性が強いものも。」 うーむ、これは朝比奈さんのときとは違って予想しにくいぞ…。 「また僕が予想してみましょう。そうですね…前者ではラルク、後者はB zといったところですか?」 俺は飲んでいたカルピスを思わず吹きそうになった。だってそうだろ?長門がラルクやB z?? 古泉よ…いくらなんでもそれはないだろう…確かに、長門の説明に合致している部分はあるかもしれんが、 しかしこれには異議を唱えずにはいられない。イメージ的に。 「じゃ、じゃあ私も思い切って予想しちゃいます!うーん、浜崎あゆみさんやドリカムさんですかぁ?」 朝比奈さん…なんというか、【とりあえず、知ってる歌手を挙げてみた】感が半端ないです! 「あなたは…予想しないの?」 な、長門?? 「古泉一樹や朝比奈みくるが予想しているのだから、あなたもそれをすべき。」 いきなり長門さんは意味不明なことを言い出した。もしかしてアレか?俺にも構ってほしいのか? 「それに、あなたが何を挙げるのかも気になる。」 …… 去年の長門による例の世界改変後くらいからであろうか、長門に感情と言える感情らしきものが 見られるようになったのは。システムに影響をきたすそういった感傷的・流動的要因はいわゆるエラーだと捉え、 排除してしまうのが情報統合思念体・有機ヒューマノイドインターフィイスにとっての常だった…はずだった。 だが、長門はそれに立ち向かい、そしてそれを受け入れた。以後、長門の人間らしさは着々と実りつつある。 おそらくこれもその一環なのであろう…ならば、俺はそれに誠意をもって答えてやらねばなるまい。 「そうだな…前者は椎名林檎、後者は鬼束ちひろといった感じか?」 ない知識を振り絞って考えた結果がこれだ…。 「……」 …… 「それらの指摘は間違ってはいない。私はL Arc-en-Ciel、B z、椎名林檎、鬼束ちひろ…いずれも聴いている。」 自分の予想が当たったことよりも、古泉のそれが当たったことに俺は愕然としていた。 なるほど、長門もこういうの聴いてたりするんだな…と、とりあえず感傷に浸る。 「ただし朝比奈みくる、あなたの予想は見当違いにもほどがある。もう少し知識を高めてから出直してくるべき。」 「ふぇ、ふぇえ~ん、長門さんひどいですよぅ~」 言いすぎだぞ長門!と、言いたいところだが、残念ながら長門の気持ちもわからんこともない。 よって、ここはだんまりを決め込むとする。擁護できなくてすみません朝比奈さん…。 「そう言えばキョン君はまだ言ってませんね。何を聴いてるんです?」 「俺はバンプとかラッドとか、そういうところだな。」 「なるほど…実にあなたらしいですね。」 「それは良い意味で言っているのか?それとも悪い意味で言っているのか?」 「いえいえ、別に深い意味はありませんよ。本当ですって!」 嘘だ。絶対こいつ心の中で【地味だ】とか何とか思っただろう…まあ、そういう認識でも別に構わんがな。俺は。 「キョ、キョン君…ごめんなさい…私その二つわかりません…やっぱり私ダメ人間ですぅ~ううー」 確かに、バンプにしてもラッドにしても地上波にはほとんどでないアングラバンドだからな…ゆえに、 朝比奈さんが知らないのも無理はない。…って、どうやら彼女のダメージは思った以上に深刻のようである… これは何とかせねばなるまい。俺は長門に朝比奈さんに気づかれないよう小声で話しかける。 「長門…さっき朝比奈さんに言ったこと、どうか撤回してやってくれないか? 彼女にだって悪気があったわけではないんだしさ、どうか大目に見てやってはくれないか?」 「…そうすれば、彼女はいつも通りになる?」 「その通りだとも。だから、頼む長門!」 「了解した。」 しかしである…長門は一体どういった言葉を朝比奈さんに投げかけるのであろうか? 俺には、それが今一番気になっている。 「朝比奈みくる。」 「ふぇ…?な、何ですか長門さん?」 「さっきのはジョーク。」 …… 長門… 「じょ、ジョーク??ってどういうことですかぁ??」 「私はいわゆるギャグをした。ただそれだけのこと。」 …… 「…ふふ…ふふふ…くっ…あ、あはははは!!」 ここでいきなり笑い出す朝比奈さん。一体何事だ… 「あ、いや…長門さんが物凄く真面目な顔で『ギャグをした。』って言ってるのがとても面白くて… なんというか、とてつもないギャップっていうか…っく、ふふっあはは!」 「朝比奈みくる、笑ってくれた。これで結果オーライ。」 これは予想外の展開だ…これも長門流なのか?そうなのか?そうなんだな??よし、そう思うことにしよう。 「長門さんは人を笑わせる才能においては天下一品とみました。その才能、ジェラシーです。」 「感謝する、古泉一樹。」 …… 今の古泉の発言は…どう客観的に捉えたって【皮肉】ってやつなんだろうが… 当の本人である長門は、そのことには全く気づいていない。俺は、敢えてこの言葉を言わせてもらう。 「ああー…カオスだな。」 まあ、内容はこんな感じだったのさ。そんなところへ…注文した料理が届いた。実に良いタイミングで来たな。 …… 言わずもがな、お味のほどは極上の品だった。さすが新川さん、料理の腕に関して…ただただ感服する ばかりである。雑炊を噛みしめる俺の口の中で山菜、マツタケ、カニ、サケといった大自然のサチが 程良いハーモニーで広がってゆく… 一体どこに文句の付けどころがあるというのか、 それだけでも今日ココに来た甲斐があったってもんだ。まあ、趣旨は違うんだがな…! 「む…こんなジューシーなハンバーグ食べたことありませんよ。」 お前は機関の人間なのだから、しょっちゅう新川さんの手料理にはお世話になってるんじゃないのか? 「いえ、それでもこの料理に関しては食べるのは初めてだったんですよ。ふむ…牛豚の合いびき肉に 鶏ミンチを、見事なまでの2 1割合で混ぜているとみえます。彼の腕には全く驚かされてばかりですね。」 「和食らしいヘルシーな味ですぅ…ほっぺが落ちそう♪」 古泉はもとい、新川さん料理は朝比奈さんにまで大絶賛のようである。 「……」 何か深刻そうな顔つきでカツカレーを頬張っている長門… まさか味が気に召さなかったとでもいうのか??そんなバカな。 「約2分間、私は席をはずさせていただく。」 そう言って長門は厨房のほうへと歩き出した…って、おい!?まさかイチャモン付けるつもりじゃあるまいな!? 確かにお前のカレーへのこだわりは尋常ではないところがあるが、それにしたって あ の 新川さんに 苦情を提言するなんて…贅沢にもほどがあると思うぜ?! 「まあまあ、ここは放っておきましょう。おそらく、彼女は あなたの思惑とは別の方向で尋ねに行かれたのだと思います。」 「?」 …しばらくして戻ってくる長門。 「厨房になんか入って何してたんだ長門?」 「先程のカレーのレシピを…新川氏に拝借していた。まさか、隠し味にチョコレートやヨーグルトを 使っていたとは想定外。しかし味のほどは悪くない。美味しいカレーを作ってゆくためにも、 こういった斬新な手法はどんどん取り入れていくべきなのだと、私にはそう思えた。」 「もしかして、お前がさっき黙り込んでたのはカツカレーの味に酔いしれていたせいか??」 「そう。と同時に、私は新川氏の腕に感銘を受けていた。」 なるほど、そういうことだったのか。それにしても…長門のカレーへの情熱は相当なものである。 何が彼女をそこまで動かしているのか?理屈じゃないとは、こういうことなのかもしれない。 「長門、今度美味しいカレーを俺らにごちそうしてくれよな。期待してるぜ!」 「僕も、長門さんの丹精込めて作られたカレーは是非食べてみたいものですね。」 「私も楽しみにしてます!お願いしますね長門さん♪」 「あなた達3人の期待に沿えるほどの、カレーが作れる保障は現段階では無い。しかし努力はする。」 相変わらず無表情な長門ではあるが、どことなしに嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか…? さて、一通り食べ終わった俺たち。疲れる話ではあるが、再び本題に戻るとする。 「で、長門…さっきの話だが、世界は46億年前に創られたんだっけか?」 「そう。」 「で、それを創ったのはハルヒだと。」 「そう。」 …聞くのは二度目だが、それにしたって未だ信じられない自分がいる。 逆算して考えればわかることだが…それが事実なら、つまりハルヒは46億年前という… 天文学的数値を遡る犯罪的なまでの大昔から存在していたことになる。もうアホかと。 「ところでな長門。その46億年っていう数字に何か意味はあるのか?その頃の地球はどんな感じだったんだ?」 「そもそもその頃の地球は、今のような球形としての原型を留めてはいなかった。」 「どういうことだ??」 「なぜなら、ちょうど地球が誕生した時期…それがおよそ46億年前にあたるから。」 あー、なるほどなあ… 「つまり、ハルヒは世界を創ったというよりはむしろ、地球を創造した張本人だってことか?」 「そういうこと。」 …… こんな話を信じろってほうがどうかしてんだろうが…はっきり言うぜ。あの信用足る長門や古泉だからこそ、 俺はこれら一連の話を鵜呑みにしているんだ。これがどこぞの馬の骨ともわからないようなヤツだったとして、 それを妄信的に信じる人間がいたとしたら…そいつは将来間違いなく詐欺、ないしは得体の知れない 新興宗教に染まる危険性を秘めていると言えるだろう。 まあ、宇宙人に未来人、超能力者に囲まれている時点で こんなこと考えるのもバカバカしいんだが。 「しかしだな…仮にそれが事実だったとして、なぜお前にはそれがわかったんだ? というか、なぜ今それがわかった?今までそれには気付けなかったのか?」 「『なぜ今それがわかった?』という質問に際しては、現段階では返答しかねる。 予備知識のないあなたにとって、この情報は刺激過多。ゆえに、話の導入としては不適当。」 意味がよくわからないが…とりあえず、俺には教えられないということなのだろうか。 長門なら何でも答えてくれると思っていただけに、この反応は少し予想外だ。 「何やら困った顔をしていますね。安心してください、あなたにもこのことは後でお話します。 単に話の流れ的な意味というだけです。あまりそう深く捉えないでください。」 …納得したわけじゃないが、長門・古泉の両者が口そろえてこう言うんだ。 なら、俺からは何も言うことはない…それについては後で伺うとしよう。 「ただし、『今までそれには気付けなかったのか?』という質問に対しては、この限りではない。」 どうやらこっちには答えてくれるらしい。…って、さっきの質問とどう違うのか俺にはよくわからないが。 「YesかNoかで返答するならば、その答えはNo。ただ、それを前提とするに値する明確な根拠がなかっただけ。 古泉一樹ら機関の【近年説】は、あくまでそれを埋めるための暫定的処置にすぎない。」 「つまり、一番無難で当たり障りのなかった…ということです。 暫定とするには都合がよかったわけですね。もっとも、我々は本気でしたけど。」 古泉が苦笑する。 「ですが、それも今日で終わりです。固定観念からの解放、とでも言っておきましょうか。 こんなことならもっと早く、我々も長門さんたち同様に演繹的手法を用い、多角的考察に徹するべきでしたよ。」 やけに聞き慣れない言葉を耳にしたような気がした。 「演繹的…?」 「『演繹』とは、与えられた命題から論理的形式に頼って推論を重ね、結論を導き出すこと。 つまり【涼宮ハルヒという特異的人間の存在】、これを絶対的条件だと位置付けた上で、 そこから導き出される様々な可能性を」 「長門さん、この話はもういいでしょう。46億年前の続きを話しましょう。」 「……」 おいいぃ!?話を遮られた長門が何か神妙な顔をしているぞ!? その表情はどことなく儚く、哀愁漂うものがあった…決して怒っているわけではなさそうだが。っていうか、 そもそも『演繹』の話を持ち出したのは古泉、お前だろうに…長門はその補足をしようとしてただけなのに 一体何だこの仕打ちは!?いや、待て…よく考えてみればそれを聞き返した俺が一番悪いように思うぞ…? それとだ。実は、俺はその一方で古泉の話題転換に暗に感謝していた。 というのも、妙に長門の話が長くなりそうな予兆があったからだ… なれば、早く本題に進んだほうが賢明だと古泉は判断してくれたのだろう。もちろん、 長門が俺のために善意で説明しようとしてくれてたのもわかってる。だから俺が言うべき台詞は…これだろう。 「古泉も長門も、俺に気使ってくれてありがとな。」 「え…?」 「……?」 2人とも意味がわからないといった顔をしている。そりゃそうだろう。 文脈もなしにいきなり礼を言われては困惑するに決まってる。 「はは、なーに、単なる独り言だ。」 とりあえずはこれでお茶を濁すことにする。お礼などこの間柄ならばいつでも言えるのだから。 「それにしては随分と聞こえのよい独り言でしたね。」 「……。」 もしかしたら、2人は俺の言おうとした意図に気がついてるのかもしれない。 特に、長門の表情がさっきより和らいで見えるのは…気のせいではないだろう。 「…では、古泉一樹に言われた通り、先程の涼宮ハルヒの話を続けるとする。」 こうして、再び話題は46億年前へと戻るのであった。 「ところで、まずこれを話すには時期をもっと遡らなければならない。」 と思いきや、46億年前ではなかった。 「どこまでだ?まさか宇宙誕生までとか言うつもりじゃ」 「その通り。」 まあ、大体そんなとこだろうとは思ってはいたがな…。なんせ、ハルヒは【地球創造】という 思考回路が今にもぶっ飛びそうなとんでも行為をやってのけてしまっているのである。さすれば、 この地球上に生きとし生ける人間たちのほとんどが、ハルヒを【神】だという超常的括りで分類しても 全くおかしくはない。そんな常軌を逸したレベルで【宇宙】というワードを出されても… 特に取り乱したりしないのはある意味当然といえる。 「では話すとする。」 「最初の宇宙は無限宇宙だった。この無限宇宙には初めは創造主である神しかいなかった。 始まりもなく終わりもなく、時も空間もなく、形も生命もなかった。このような全くの無の宇宙に 神は初めて有限を生み出した。神が自らを具現化した有限…我々はその存在を 各地の神話や伝説に照らし合わせ、【ソツクナング】と呼んでいる。」 …何やら大層な名前がでてきたな。ん?神話に伝説? 「ソツクナングというのは…インカやアステカ、マヤなどといった古代文明発祥の地において、 実際に文献上に記載されている名前なわけですよ。」 横から口をはさむ古泉。って、マジかよ?!?このへんの文明は文部科学省公認の歴史教科書にも 載ってるくらいだから知ってるが、まさかそんなのと長門の話が合致するなんて夢にも思わなかった。 「話を再開する。ソツクナングは神の計画に沿って宇宙を秩序正しく整え、水と風を生んだ。 樹木、灌木、草、花、等の植物を創造して地を覆い、一つ一つの生命に名前を与えた。次に、あらゆる種類の 動物と鳥たちを創造し、地の四隅に向かって広がるように命じた…そして、やがて人間も現れた。 ソツクナングは彼らに言葉を伝えるために、自分の姿に似せた人間そっくりの分身を造りだした。」 …… 「まさか…」 「そう。現在のパーソナルネームで言うところの、涼宮ハルヒの誕生。」 それがハルヒの起源だって言うのかよ…なんというか、想像力がいくつあったって足んねえな。 と、面喰っていても仕方ない。再び長門の話に耳を傾ける。 「かくして最初の人類は地の表に増え広がり幸せに生きていた。しかし、それも長くは続かず 人々は互いを疑い非難し合って、ついには暴力に訴えて戦い始めた。そこには休息も平和もなかった。 真に平和を望む人々のみを地下の祭礼所へと導いた涼宮ハルヒは、人々が地下で安全に暮らしている間に 世界を火によって滅ぼすことを決めた。火山の口を開いて火の雨を降らせ、この世界を滅ぼした。」 …… 「これで、第一世界の話は終わり。」 …第一世界? 「火により滅亡したこの世界のことを…我々は第一世界と呼んでいる。」 「ということは…あれか?次は第二世界だの第三世界だのについて話していくってな流れか?」 「そういうこと。」 …俺はカルピスを手に取り、喉を潤そうとしたら…。ストローの先からカチカチっと音がする。 どうやら、先っちょが氷に当たっているらしい。つまりである、俺はいつのまにか ジュースを飲み干してしまっていたというわけだ。 「あ、キョン君もう飲んじゃったんですね。私が新しいの汲んできましょうか?」 「え?いやいや、そんな、朝比奈さんに悪いですよ。」 「遠慮しなくていいの。こういうのはいつも部室でやり慣れていることですから!それに、 ちょうど私のもなくなったから自分のも汲みに行こうと思ってたところだったし…何がいいかしら?」 「…では恩にきります、ありがとうございます朝比奈さん。じゃあ白ぶどうジュースで!」 「かしこまりました♪」 ドリンクバーへと向かって歩いて行く朝比奈さん。つくづく、良い先輩だなあと思う。 俺も彼女のように、周囲の人間に気が配れるような人格者になりたいものだ。 …… さて、一体どうすればよいのだろうか。まず、先程の長門の説明に関して… 俺は全く頭の中を整理しきれていない。 「おやおや、案の定困り果てたような顔をしてますね。」 「そりゃあそうだろう…そういやお前、この話を聞かされて頭がパニくったって 電話で言ってたよな。今ならお前の気持ちもわかる気がするぜ。」 「気持ちを察していただけるとは、光栄ですね。」 「…私の説明がまずかった?」 それは勘違いだぞ長門。 「いや、そういうことを言ってるんじゃない。突飛すぎる内容に思考がついていかなかったってだけだ。」 むしろ長門の説明にしては、さっきのはかなりわかりやすいほうだったんじゃないか? いつもの調子なら、意味不明の難解的専門用語の連発で俺の脳内は干上がっていたところであろう。 「それならよかった。時間をかけて推敲した甲斐があったというもの。」 …もしかして長門なりに、俺のためにわざわざわかりやすく文章を加工しておいてくれたというのか? その気遣いが、俺にはとても嬉しく感じられた。 「…ちなみに、もし推敲しなければどうなってたんだ?」 「あなたに話す文章量がさっきのそれと比較して、およそ20倍以上に膨れ上がっていたと思える。」 …… 「まさか…」 俺は古泉を見る。 「ははは、長門さんのお話は実に含蓄ある有意義なものでしたよ。 ただ、あまりにそれが時間を要するものだったので…僕と朝比奈さんで示し合わせて、 長門さんに申し訳ないと思いながらも、文章の大幅な削減、簡潔化をお願いしたのです。」 電話でお前がパニくってたのはそのせいか!? 「いえ、原因の大部分は内容から来たものですよ。それは間違いありません。 現に、あなたも今困り果てた顔をしてたではありませんか。」 …確かに。 「はい、キョン君!白ぶどうです♪」 おおっと、朝比奈さんに頼んでいたジュースが来たようである。 「ありがとうございます朝比奈さん!」 早速ジュースに口をつける俺…やはり、こういったある程度緊迫した状況においては、飲み物というのは 本当に最適である。少し気分が晴れたような気がした…。【朝比奈さんが汲んできてくれたから】というのも、 その理由に内包しているであろうことは言うまでもない。ちなみに、彼女はまたまたオレンジジュースである。 柑橘類がお好きなのであろうか? …… 「ええっと…今の長門の話をまとめると、つまり、あれだろ?人間たちが互いに争いだしたから… そんな世界はダメだってなことで、おとなしい輩を除いてハルヒは世界を滅亡させた…そういうことだよな?」 「そのような軽い捉え方でいいと思われますよ。このへんはあくまでただの導入部であって、熟考せねばならない 段階でもないわけですから。ちなみに、これから説明される第二、第三世界についても同様、そこまで深く 考える必要はない…と僕は考えています。今言った認識で何か不都合は生じたりしますか?長門さん。」 「そのような認識で構わない。」 なるほど。どうやら現段階では、まだそこまで核心に触れているというわけでもないようだ。 ならば、このあたりは話の流れを掴んでおく程度の認識で十分事足りるということだろう。 もちろん、細部まで理解できるに越したことはないが。 「じゃあ長門、再び説明の方よろしく頼むぜ。今度はその…第二世界とやらをな。」 「承知した。」 「第一世界が滅びた後、地球が冷えるまでには時間がかかった。冷え終わった後、涼宮ハルヒは そこを清め第二の世界の創造に取りかかった。次第に村が出来、その間を結ぶ道路もでき、交易が始まり、 互いに人々は物を売買するようになっていった。しかし、第一世界同様その平和も長続きはしなかった。 交易が盛んになるにつれて、人間たちは自身を養う以上の財物を欲しがるようになり、その結果人々は 争い始め、村同士の抗争が始まった。もはや事態の収拾は不可能だと察した涼宮ハルヒは、 清貧に甘んじる人間のみを地底世界へと誘導し、その後南極と北極を結ぶ地軸に衝撃を与えた。 世界はバランスを失い、回転が狂って二度反転した。山々は海になだれ込み、海と湖は陸に覆いかぶさった。 それらが冷たい生命なき空間を巡る間に、世界は厚い氷に閉ざされた。第二世界はこうして終わりを告げた。」 …… 「これが第二世界の概要。」 …… 相変わらず話が壮大だな…いや、壮大だとか何とかで例えられるレベルでもないか。 「で、結局この世界も最終的には人々による争いが起こり、世界はハルヒにより滅亡させられたと。」 「そういうこと。」 「ただ、第一世界との相違もありますね。あのときは原始共同体の延長線上、 その崩壊から始まった争いですが第二世界においては、それプラス余剰価値を求める動きが 介在してると言えます。資本主義的闘争とでも申し上げましょうか。」 「文明が一段階進んだって感じか。」 いずれにせよ、創ったり滅ぼしたり忙しいことこの上ないなハルヒよ。…まあ、所詮他人事なわけだが、 もし俺がこれらの世界に存在していたとしたら…当事者であったとしたら?つまり、それって生きるか死ぬかの 死活問題ってわけだよな。悠長に楽観できるってだけでも、俺を含む今の時代の人間は幸せなもんだな。 …待てよ 「なあ古泉。」 「なんでしょう?」 「俺の杞憂ならそれに越したことはないんだが…万が一にも、 俺たちがこういう世界の当事者に成りうる状況ってのは この先起こりえたりするのか??」 「!」 驚いたかと思えば急に黙りこくる古泉。何かまずいことでも言ったか?? 「すみません…あなたのその、実に的を得た分析に驚かされたもので。 そのことについては…現段階では回答しかねます。」 …なぜだ?? 「何事にも手順というものがあります。とりあえずはまず、この話を終わらせましょう。 人間という生き物は結論を知ってしまったら最後、その結論にいたるまでの過程を蔑ろにしてしまう 傾向にあります。それが意図的にしろ無意識的にしろね。そして、それはあなたも決して例外ではないはず。 ですから…どうかそのへんはご承知のほどをお願いしたいものです。」 「…すまんな古泉、話を脱線させてしまってな。今は長門の話にじっくり専念するとするさ。」 どうやら今の古泉の話しぶりから察すると、さっきの俺の発言は杞憂ではなかったってことなんだろう。 …… 俺は後悔していた。【単なる俺の思い過ごし】ということで心中に留めておけばよかったものを…。 過程を無視して結論を聞く…それも悪い知らせを聞かされることほどショックなことはない。 とりあえず、今はこのことを忘れるほかないだろう。俺は黙って古泉の言うことを聞くとする。 「じゃあ、ジャンジャンいってくれ長門。次の話を聞こうじゃないか。」 「了解した。」 …… 「涼宮ハルヒは南極北極間の安定化にのりだした。それが完了すると氷はまた溶け始め、世界は温暖になった。 第三世界の始まり。地球に人間が住める頃になると第三世界で再び人類は増え広がり、生命の道の上を 進み続けた。第一の世界では人々は動物と一緒に素朴な生活をした。第二の世界では手工品や家屋、 村落を発展させた。この第三の世界では人口も増え、人々は大都市や国々、大文明を築くまでに急速に 発展した。しかし、あまりに多くの人間が機械的生産力を私利私欲のために使い始めた。現代で言うところの 爆撃機や戦闘機まで現れた。これに乗って沢山の人々が他の都市を攻撃し始め、第三世界もかつてと同様に 腐敗し、侵略戦争の場と化した。涼宮ハルヒは決意した。彼女が地上の水の力を解くと、1kmを超す高い大波が 陸地を襲い、陸という陸は破壊され海中に沈んだ。彼女の助言により、船上で生き永らえた 信仰厚き人間たちを除いて。人類の第四の世界、現代文明の始まり。これが地球の歴史。」 …え? 「つまり、今俺たちが生きているこの世界が第四世界だと…そういうことか?」 「そういうこと。」 「そうか…。」 …… 複雑怪奇な長話を一気に聞いたせいか、疲労困憊だぜ…。 「…キョン君、大丈夫ですかぁ?きついようでしたら仮眠でもとります?」 「いえいえ、さすがにまだその段階ではありませんよ。そのへんは心配無用ですから、どうぞ安心してください!」 「わかりました♪でも無理はしないでね。」 起きている朝比奈さんを無視してスヤスヤ眠るような男がいたら今すぐココに来い、俺が鉄拳制裁を下してやる。 常識的に考えればわかるが、彼女を前にそんなマネなどできるはずないではないか。 「長門さん、これで過去の話は一旦終わりなんですよね?」 「そう。」 「ならば、そろそろ皆さん休憩をとるとしましょう。先ほど頼んだ料理も、まだ完全には我々は食していない はずですし…ああ、長門さんは別ですけどね。とりあえず、それらをゆっくり食べるとでもしませんか?」 そうだな、休憩するとしよう。古泉と朝比奈さんは食べるのが遅かったせいか、いまだ半分以上の ハンバーグ定食及び和食が残っている…かく言う俺はごくわずかだ。これじゃあ5分もしないうちに完食だな。 …… うーむ、2分もしない内に食べてしまったような気がする…言わずもがな、古泉と朝比奈さんはいまだに料理を 美味しそうに食べており、とうの昔にすでに食べ終わっている長門はというと、暇そうに本を読んでいるしだいだ。 …みんなが団らんしている間に、俺はこれまでのことを少し整理しとくとしよう。 これだけの膨大な情報量を喰らい、今にも俺の頭はパンク寸前なのだから。 …長門の話が事実なのだとしたら。今まで俺たちが信じていた歴史が根本からひっくり返る事態へとなってしまう。 なぜなら…歴史教科書通りに倣うのであれば、人類は一つの直線上のもと段階的に進化を遂げていった というのが通説のはずである。それがどうだ?長門曰く、これまで世界は何度も滅んでいるというではないか。 とすれば、人類の歴史というのは一つの直線状で置き換えることのできる短絡的なものではなく、 ゼロからのスタートをたびたび繰り返す途切れ途切れの断続的史実に他ならない。こんな事実、言わずと知れた 歴史学者が知るものならおそらく発狂ものであろう。これまでの史観概念が悉く粉砕されてしまうのだから。 そして、長門から聞かされた世界滅亡の仕様に何かしらのデジャヴを俺は感じる。 一度目は火で滅び、二度目は氷、三度目は水…どこかでこの光景を見たような覚えがあるのだが。 気のせいか?