約 2,287,669 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2570.html
先ほど言ったと思う。 これからは何との交流が待っているのか。 それが楽しみだ、と。 こうしてとりあえずのハッピーエンドを迎えたからにはもうそれほど無茶なことはないだろうと思ったからだ。 ここで言う無茶なことってのは誰かに危険が訪れたり、世界におかしな現象が起きたりってことだ。 きっとハルヒはもうそんなことは望まないはずだ。 だってそうだろ?こうしてSOS団がいる。ハルヒがいる。少なくとも俺は幸せだったからだ。 悪夢はもう終わった。いや、あれは悪夢ではなくいい経験ですらあった。そう考えて俺は安心しきっていた。 だからその前触れに全く気付かなかった。 ハルヒのあの言葉を完全に失念していた。俺はあのとき微かに聞こえた言葉の意味を理解していなかった。 ひょっとすると、この悪夢はまだ始まってさえいなかったなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ 少年は空を見上げていた。 おそらくはもう会うこともないであろう少年の姿を思いながら、少しずつ赤く染まる空を見上げていた。 そのとき彼の携帯電話が着信を告げ、彼はそれに答える。 その電話は彼の良く知る少女から呼び出しだった。 その少女の楽しそうな声を聞きながら彼は思った。おかしい、と。 なぜなら、彼が想うその少女は、今は別の少年と共にいるはずだから。 そう、彼が先ほどから思い浮かべていたその少年と。 不安を胸にしまいながらも、少女の言葉に従い、彼は自分の過ごし慣れた場所へ足を向ける。 文芸部、もといSOS団の部室へと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章 後編― とりあえず俺の元気そうな様子にみな安心したのか、病室であるにもかかわらず、5人での会話は盛り上がる。 これからのSOS団について、これからの俺の仕事について、先ほどの三人の盗み聞きについて。 とは言っても長門はいつものようにあまり喋ることはなく、時々相づちを打つ程度だったが。 それでも今の俺からはそんな長門もなんとなく楽しそうに見えた。 話が一段落した後にハルヒが提案する。 「キョンも病み上がりだし、あんまり無理させてもあれだし、ちょっと休憩しましょ」 ……休憩?病み上がりだからゆっくり寝させてあげましょうって発想はこいつにはないのか? いや、ないんだろうな。 「そうですね。では何か飲み物でも買ってきますよ」 古泉が椅子から立ち上がる。 「今度はちゃんと買ってくるんだろうな?」 「もちろんですよ。信用がないようですね」 当たり前だ。こいつは信じられん。 「そうね。一人でみんなの分は持てないだろうから有希も古泉くんと一緒に行ってきて。 あたしはこいつの家族にキョンが目を覚ましたってことを連絡してくるわ。 みくるちゃんはこいつが変なことしないように見張ってて。あ、変なことされないようにね」 しねぇよ。何だよ。変なことって。 そういえばこんなことになって親は心配してるだろうな。……申し訳ない。 「じゃあ連絡は頼むな。元気だと伝えてくれ」 「ま、心配しなくていいわ。変なことは言わないから」 そう言ってニヤリと不気味に笑う。 こいつは言う。間違いなく変なことを言う。まじでやめてくれ。 「それでは行きましょうか。長門さん」 「行く」 長門は古泉の後ろについて部屋を出る。 「じゃあ、また後でね」 ハルヒも二人に続いて部屋を飛び出し、二人とは反対の方向に走り出す。 ……何だ?この感じは? 何かが変?いや、違う。少し前にも同じことがあった気がする。 同じこと?何か忘れているのか? 何だ?思い出せ。この感じは重要なことのはず。とんでもないことになるんじゃないか?あれは確か―― 「どうかしましたか?具合良くないんですかぁ?」 朝比奈さんの言葉で思考が中断される。 「いえ、問題ありませんよ。少し考えごとをしてただけですから」 「それなら安心です。良かったですぅ……」 呟くように言葉を発して、朝比奈さんはそのまま思いつめた顔でうつむく。 「……?朝比奈さん?」 少し間があり、小さく頷くと、朝比奈さんは真剣な表情でバッと顔を上げた。 「キョンくんは異世界に行ってたんですよね?」 「ええ、そうですけど。……ひょっとして嘘だと思ってます?」 「いえっ、そんな。……キョンくんが異世界に本当に行ってたことは知ってるの。……知ってたの」 「知ってた?どういうことです」 「詳しいことはわからないんだけど……、キョンくんが異世界に行くということは既定事項だったの」 なんだって?既定事項? 「てことは元々俺は異世界に行くことになってたってことですか?」 「そうなんです。そしてそのことを私は前から知っていました」 「なら、先に教えてくれるってのはできなかったんですか?結構大変だったんですよ。……って、すいません。」 つい声が大きくなってしまった。 朝比奈さんはまたうつむいてしまう。 「……ごめんなさい。詳しくはわかりませんがそれをあなたに先に教えることは禁則事項だったんです。 おそらくは……キョンくんが何も知らないまま行くということが大事だったんだと思うの」 そう言われてみればそうかもしれない。もしそのことを知っていたなら俺の行動は全く違っていたはずだ。 そうだとしたら、俺が異世界に行ったことが無意味だということにもなりかねないということか? 「なるほど、それは朝比奈さんの言うとおりかもしれません」 「でも、それを伝えられなかったことをキョンくんにちゃんと謝っておきたかったんです。ごめんなさい」 まったく、正直な人だな。言わなかったらわからないってのに。 そういえば、と、今の話を聞いてみて思い出した。 これだけ大量のお見舞いの品を持ってきたってことは、今日俺が目を覚ますって知ってたってことだよな。 この量は朝比奈さんからの謝罪の気持ちなのかもしれないな。 「それと、もう一つ謝らないといけないことがあるんです」 まさか、これからまた何かあるのか? 「キョンくんが異世界でどんな風に何をしてきたのかについて私は何もしりません。 でも、キョンくんがこっちに帰ってから何かがあるということはわかっていました」 つまり、その何かってのはさっきのあれ、告白のことですか? 「実は上からの指令で、キョンくんに問題が起こりそうになったらそれに対処するように言われていたんです。 それについても詳しくは聞かされていないのでよくわかりませんけど……。 それでさっき部屋の外で古泉くんと会って、キョンくんから目を離さないように話したんです」 ってことは、その指令のせいでさっきの告白が筒抜けだったってことですか!? くそっ、許せん。未来人め。なんという羞恥プレイだ。 「本当にごめんなさい。まさかいきなり告白するなんて思ってなかったの」 まぁそりゃしょうがないか……。 「ってことは、とりあえず何も問題は起こらなかったってことですよね?」 「……今のところは、そうみたいです」 未来人は何を考えてんだ?何が見たかったんだ?俺が一体何をするってんだ。 ……いや、そんなことしないっつーの!って、どんなことだよ。 「あのぉ、どうかしましたかぁ?」 いえいえ、なんでもないです。なんでも。 どうやら不審な様子が思いっきり出てしまっていたようだ。気をつけないと。 「正直言うと何が起こるのか少し怖かったんですけど、何もなさそうで安心しましたぁ」 そうですね。そんなこと言われると俺も怖くなってきます。 「まぁきっとなんとかなりますよ。特にどうしろって言われてないってことはそんな無茶なことはないでしょう」 「そうですね」 朝比奈さんも俺の言葉に頷き、ニコッと笑う。 「あまり心配し過ぎも良くないですよ。気楽に行きま――」 ガチャ、ドンッ!! 突然轟音を上げてドアが開かれた。 俺の知り合いでこんな荒い開け方をするやつは一人しかいない。しかもノックなしで。 「あら、みくるちゃん。キョンの調子はどう?」 「別にどうということはないぞ。健康だ」 びっくりして固まっている朝比奈さんに変わって答える。 「あらそう。ま、とりあえずは元気そうね」 ん?なんかおかしなこと言ってないか?さっきから元気だったろ? なんだろう、この違和感は。 「まぁいい。うちの家族はなんて言ってた?」 「家族?なんのこと?」 「は?何言ってんだ?俺の家に連絡してくれてたんじゃないのか?」 「連絡?……ああ、連絡ね。したした。ちゃんとしといたわよ」 いや、してないな。こいつはしてない。今まで何やってたんだ? なんか変だぞ。この感じは少し前にも……。あれは―― 「そんなことはどうでもいいのよ。それより……」 そこで最悪に不気味な笑みを浮かべ、 「あんたにおもしろい客を連れてきたのよ」 と言った。 嫌な予感がする。 たぶんこの嫌な予感は当たっている。 さっきの言葉、『じゃあ、また後でね』という言葉が頭に浮かぶ。 そう、さっきの言葉だ。 しかし、もう少し前にも聞いたような気がする。 あれはいつだったか。思い出せ。思い出すんだ。あれは……。 ……って、あのときか! しまった。なんでこんな大事なこと忘れてたんだ。ぐあっ、最悪だ。 あの時ハルヒは、『後でね』と確かに言ったんだ。 そう、このハルヒが。 「じゃ、呼んでくるわね」 「おい、ハルヒちょっと待っ――」 遅かった。 ハルヒはドアを勢いよく開け、 「いいわ。入りなさい」 と声をかけた。 満面の笑みを浮かべたハルヒの後ろから入ってきたのは、ほんの数時間前に別れたはずの『俺』だった。 見つめ合う二人。 止まる時間。 「ほら、挨拶しなさいよ」 『俺』がハルヒに引っ張られて前に出る。 「あ、キョンくんもお見舞いに来てくれたんですかぁ?」 って、朝比奈さん知ってるんですか?まさか、これも既定事項? 「……どうも朝比奈さん」 『俺』は朝比奈さんの方に軽く挨拶した後、俺の方に向き直る。 「……よぉ」 「あ、ああ」 はい、挨拶終わり。 戸惑う二人を楽しそうにニヤニヤ眺めるハルヒ。 しばらくの沈黙の後、『俺』が話しかけて来る。 「とりあえず元気そうで安心したぜ」 「ああ、おかげさまでな。心配かけてすまなかったな」 『俺』が首を振って答える。 「俺はいい。けど長門は心配してたぜ」 「そうだな。長門には本当に世話になった。こっちでちゃんと元気でやっていると伝えてほしい。 あと、弁当うまかった、ありがとう。って言っといてくれないか」 「ああ、長門に言っとくよ」 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 こっちのハルヒと全く同じこと言いやがる。しかも同じ表情で。 話を変えるためにとりあえず状況を『俺』に聞いてみる。 「で、どうしてお前がここにいるんだ?」 「よくわからん。とりあえずハルヒに無理矢理連れて来られた」 「どうやってこっちに来たんだ?」 ハルヒは得意気にふふっ、と笑う。 「あんたが出入りしたおかげで異世界への行き方がわかったのよ」 ぐあっ、俺のせいかよ。いや、実際はこっちの世界のハルヒのせいだが。 「とりあえず、今はちょっとまずいん――」 「ひええぇぇぇええぇ!!」 突然朝比奈さんが絶叫する。 「キョキョキョ、キョンくんが、キョ、キョンくんが二人いるぅぅうぅ!!」 って今まで気づいてなかったんですか? 「あ、朝比奈さん、とりあえず落ち着いて下さ――」 コンコン。 「入りますよ」 挨拶と同時に入って来る古泉と長門。 「ああ、涼宮さんももう戻って来て……なっ!?」 ガッシャーン!! 古泉の手の中にあったジュースの缶が激しい音をたてて床を転がる。 ああ、なんという混沌とした状態だ。とりあえずみんな落ち着くんだ。 「こ、これは一体どういうことですか?何があったんですか!?」 二人の俺を見比べ、尋ねる古泉。 さすがの古泉も取り乱しているようだ。長門ですら少し目に動揺の色が見える。 とりあえず落ち着け、クールになれ古泉。今説明してやる。 「簡単に言うと、ここのハルヒとそっちの『俺』は異世界からきたハルヒと『俺』だ。で、合ってるよな?」 『俺』の方に目を向けると頷いて肯定する。 「どうやらそのようだ。俺はハルヒに無理矢理ここに連れて来られた」 「無理矢理って何よ。人を誘拐犯みたいに言わないでよ」 「いや、大差ないだろ。いきなりこんなところに」 「いきなりとかどうでもいいのよ。ついてきなさいって言ったらわかったって言ったじゃない」 「まぁ、それは言ったが……」 とりあえず二人で遊ぶのはやめてくれ。 「古泉、この状況はどうだ」 「おおよそしか把握できていませんが、正直あまりよろしくないですね。僕らの方の涼宮さんは?」 「まだだ。たぶん俺の家に電話中だろう。帰って来る前になんとかしないと」 「長門さん何か手はありませんか?」 「ないことはない」 「ではそれをすぐにお願いします」 「あまり推奨できない」 「とにかく時間がないかもしれません!お願いします」 必死だな、古泉。 「……わかった。情報連結解除開――」 「って、ちょっ、待て待て長門。それはダメだ」 長門、まさかお前までパニクってんのか。落ち着け、長門。お前もクールになれ。 それはさすがにまずいだろ。別の方法を考えよう。 「………」 「長門?」 「……今のはジョーク」 前言撤回。余裕ですね、長門さん。 さすがの古泉も口を開けて完全に固まっている。ちなみに朝比奈さんはとっくに固まっている。 「そうだ、あの見えなくなるフィールドみたいなやつは、どうだ?」 「私の権限では涼宮ハルヒという個体に対して力を行使することは許可されない。つまり……」 つまりなんだ? 「私には打つ手がない」 でもこれは違うハルヒだぞ。ならいいんじゃないのか? 「それでも無理」 なんてこった。こっちからは何もできないってわけか。 「とりあえずお前ら一旦帰ってくれないか?」 いちおう二人に言ってみる。 「嫌よ。せっかく遊びに来たのに」 「んなこと言うなって。また来ればいいじゃねえか」 「そんな簡単に言うけど結構疲れるのよ」 知らねえよ。俺の方が疲れるぜ。 「あのなハルヒ。こっちのハルヒに知られるのはまじでやばいんだ。頼む」 「そんな心配することないわ。あたしの方だってなんともないんだし」 「とりあえず迷惑っぽいし帰ろうぜ。何か起こってからじゃ大変なんだし」 さすが『俺』。話がわかるぜ。 「何かって何よ。そんなにたいしたことないかもしれないわよ」 「あのなぁ……たいしたことないって、あの古泉の様子を見てみろ」 そう言って『俺』は古泉の方を指差す。 古泉は完全に機能が停止している。目が虚ろだ。 「な、あのくらい大変な事態なんだよ。わかるか?」 「……わかったわよ。しょうがないわね。帰るわ!じゃあまた――」 ガチャ! ……例えて言うなら地獄の扉が開いたような気がした。悪夢はまだ終わらないのか? ひょっとしたら俺たちの交流はここからが始まりなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4631.html
次の日、金曜日。 昨日は色々な問題が無遠慮に俺へと押し寄せ、また、古泉とケンカじみたもんまでやっちまったがために、俺も閉鎖空間を作り出してしまいそうだと思わんばかりのグレーな気持ちで帰宅することとなった。 帰ってからの俺の気分はハッキリ言って北校に入学して以来最悪な状態を記録していたが、やっぱりトンデモ空間などは発生していなかったようなので、つくづく自分は普通の普遍的一般的男子高校生だと思い知る。 しかし普通の高校生はそんなこと考えんだろうとも思い、そうやって俺は己の奇異さにも気づいたのである。 そして今朝の登校の際には、今度はブルーな気持ちを抱いていた。 一年前にも俺はこの長く続く坂道を憂鬱な気分で歩いていたが、それはこの理不尽に長い通学路に対し学生が交通費支給デモという意味不明な行動を起こし、そしてその理不尽な要求が通ってもおかしくないほど強制労働的であるがゆえだった。 もちろん、今は違う。では何故ブルーだったのか。 それは、今日の俺の心の中は鬱々前線真っ盛りで人的災害警報が発令中であり、本日は晴天にもかかわらず、所によりハルヒの矢のような叱咤が降り注ぐでしょうという予報も出ていたからだ。 どんな人的災害に注意が必要なのかといえば、ナイフを持った女子高校生通り魔との遭遇によって刺殺されないようにせよということである。それが予報であるのは、まだ《あの日》に行くと決まったわけではないからに他ならない。俺も長門も、是非免れたい危機である。昨日のそう遅くない夜、長門に電話をしてみたもののコール音しか返事をしなかったのも気に掛かるんだ。やはり……あいつの感情の部分は強くなっているのだろうか。何度も電話をかけるような無粋なことはしなかったが。 そしてハルヒの叱咤の雨が降るとされた場所は学校の教室で、その局所的な矢の雨が降り注ぐ地点はもっと詳しく予報されていた。そこはあいつが座っている席の前……つまり俺の席だ。正直、これは間違いないと感じていた。なんせ、その現象が起きる原因とされたのは俺なのだから。 とは言うものの、その大元の原因を作ったのは何を隠そうハルヒ自身なのだが。 そう。俺は今週の頭、編集長へとジョブチェンジしたハルヒ団長殿に磔にされて「恋のポエム書け!」という無茶な命令を受け、そして俺はその任務を今日も完遂出来なかったために、ハルヒは今度こそ俺を視線や苦言やらで射殺さんとするだろうというこれは不可避の人的災害だと予想されたのだ。このときは。 教室に着いた俺にハルヒは一言ポエム作成の進行状況を聞き、歯を食いしばって目をギュッとつむった俺に意外にも、 「……そう。期日が迫ってるから、明日の不思議探索は機関紙の制作にまわそうかと考えてたんだけど」 と、危険な不思議探索をやらずにいられるならポエムを書いたほうが良いのかなと俺に思わせるようなことを言い、 「うん、書けないってんならしょうがないわ。じゃあ、明日の探索は、気合入れて不思議ちゃんを探しに行くわよ!」 そして決心させた。探索の対象が単なる自称異星人で実際は奇人ちゃん程度ならどれだけ良いか(会いたくはないが)と俺が思っていると、ハルヒは続けて、 「そろそろ本当にSOS団結成一周年なんだもん。このまま何も見つけられずにその日を迎えたんじゃ、この団の創立目的が忘却の彼方に追いやられちゃうかんね!」 その目的を達成したがために異世界は忘却の憂き目に遭遇しているんだぞとは言えず、俺は、今こそSOS団が不思議発見を断固否とするべく再結集するときなのだなとおもんばかっていた。 だが、この時点での俺はまだ気付いていなかった。既にハルヒの周りでは、渦を巻いて事態が錯綜していたことを。 昨日の災難はまさに俺たちが問題の渦中に放り込まれたというだけで、こいつが静かであるのは、ただ、台風の中心は不気味に静かだということだったんだ。 以前の俺は、あいつらに勝手にやってろなどと言ったこともあったが……今は違う。 この一年、俺はハルヒたちに散々な目に合わされ、自分の生き方が大きく変わってきた。 だが、振り返ればわかる。 これはもちろん、散々楽しいことを俺たちSOS団が行ってきた結果、俺の世界が大いに盛りあがったということだ。 だからというわけじゃない。俺は当然のこととして、今回の問題にぶつかることとなる。 それが動き出したのは、午前の部の中休みの谷口と国木田との会話からだったのだろう。 そして、この事件の中心人物は二人いる。 一人はもちろんのこと、そしてもう一方は当たり前であった。お気づきだろうが、あえて名前を呼ばせて頂く。それは――、 ハルヒ。 長門。 ……事件は、俺の予想斜め上で降りかかる。 なあ、教えてくれないか? お前たちの願いってのは……一体なんなんだ? 第七章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1036.html
前線基地に向かうトラックを激しい爆発音が揺さぶる。突入前の準備として、学校の砲撃隊が北山公園の植物園に 120mm迫撃砲による徹底した砲撃を行っているのだ。空気を切り裂くような音が頭上をかすめるたびに 身震いを覚える。あれに当たれば、身体が傷つくどころか粉々に吹っ飛ぶんだろうな。 そんな中、前線基地に到着し、古泉小隊と鶴屋さん小隊の入れ替えが始まる。 「やあっ! キョンくん! また、会えてうれしいよっ! これから一緒にめがっさがんばろうね!」 鶴屋さんのテンションの高さは相変わらずだ。そんな彼女にハルヒも満足げのようである。 てきぱきとしたハルヒの指示により、2分とかからずに入れ替えが完了し、 「さて! いよいよ突入よ! 気を引き締めなさい!」 ハルヒの声が合図となり、またトラックが動き始める。 植物園が近くなるにつれて、爆発音が激しくなってきた。激しい土煙が植物園を覆っている。 その中、俺たちはついに北山公園内の植物園に突入した。同時に砲撃も停止する。 先行するトラックに乗っていたハルヒは一目散にトラックから降りると、 「行け行け行け!」 そう他の連中に降りるように指示を出し、自身はM16を抱えてそこら中めがけて乱射を始める。 ハルヒの配下の生徒たちもそれに習うように、トラックから降り乱射を始めた。辺りに広がる森、建物に向かって。 俺も遅れまいと、次々にトラックから自分の小隊を降ろし始める。鶴屋さんも同様だ。 2~3分だろうか。そのまま、乱射が続いたが、やがてハルヒが右手を挙げた。どうやら、撃ち方やめという意味のようだ。 俺も周りに乱射をやめさせる。ほどなくして、乱射が収まり、辺りに静寂が戻った。しかし、銃声音が頭の中に残って うっとうしいことこの上ない。 「何にもねえな……」 俺は思わず声に出してしまったが、これは予想外だった。当然、激しい抵抗があるものと思っていたが、 すんなりと突入に成功し、さらに敵の一人すらいない。どういうことだ? みんな地面に伏せて銃を構えている中、ハルヒだけは仁王立ちのように突っ立っていた。あのバカ、狙撃されたらどうするんだ。 「国木田。俺はハルヒのところに行ってくる。ここを頼む」 「了解」 俺は国木田の肩を叩くと、前屈みでハルヒの元に走った。同じタイミングで鶴屋さんもやってくる。 「どういうことなの? まるっきり抵抗がないなんて張り合いなさ過ぎ」 「何でも良いから少しは身を低くしろ、おまえは」 そう俺は脳天気なことを言っているハルヒの迷彩服をつかみ、無理矢理屈みさせた。 「さ~て、ハルにゃん、これからどうするにょろ?」 鶴屋さんの問いかけにハルヒは真剣に悩み始める。確かに、これはおかしい。やはり古泉の言うとおり罠だったのか? だが、敵は俺たちに考える余地を与えるつもりはないようだ。数発の爆発音が北高の方から飛んできた。 すぐ近くにいた通信機を持った生徒をハルヒは呼び、 「有希!? 何かあったの!?」 『前回と同じ攻撃を受けた。数発だけで、損害は軽微』 的確な長門の返事にハルヒは安堵した表情を見せる。だが、またすぐに苦渋に満ちた表情に戻り、 「罠だろうが何だろうが、あれの攻撃方法をつぶさない限り、あたしたちに勝ち目はないわ。予定通りに行きましょう。 鶴屋さんはロケット弾発射地点と思われる北山公園南部をお願い。キョンは北側ね。とっとと制圧したら鶴屋さんの援護に 向かうこと! いいわね!」 話し合いはここまでだ。俺は自分の小隊まで戻る。 「よっし、俺の小隊はこれから公園北部に行くぞ。前進しろ」 俺の指示の元、小隊は北部へ移動を開始した。鶴屋さんも南部に移動を始める。とにかく、とっとと北部をつぶして、 鶴屋さんの援護に向かわねばならん。 ◇◇◇◇ 「なあ、キョン」 林の中をじりじりと北部へ移動する最中に谷口が気の弱そうな声で聞いてきた。 「なんで散策用の道をつかわねえんだよ。歩きにくくてたまんねえ」 「おまえは待ち伏せされて、皆殺しにされたいのか?」 そう谷口の意見を一蹴する。北山公園は公園だけあって何本かの道があるが、当然敵がいるなら、 やすやすと通してくれることはないだろう。それに見通しが良すぎて狙い撃ちにされてはたまらん。 そばにいた国木田もあきれたように、 「谷口は結構貧弱なんだね」 「うるせえ。戦争するための訓練なんてやっているわけがねえだろうが。はっきり言ってこれは無駄な浪費だぜ。 あー、この体力をナンパにまわしてぇな」 「おまえが黙れ」 黙々と俺についてくる小隊の中で、ただ一人ピーピー文句を言う谷口を黙らせる。 ただ、薄暗い森の中、おまけにどこに敵が潜んでいるかわからない状況では、谷口の普通っぷりが かえって俺に安堵感を与えているのは事実だ。 と、国木田が突然真剣な目つきで銃を構えた。さらに一斉に周りの生徒たちも構え始める。 呆然としていたのは俺と谷口だけだったが、目の前の木々の隙間に何かがいることに気がつくと、 あわてて構えた。 隠れていたのは、鶴屋さんの行ったとおり真っ黒なシェルエットのような人間?だった。 腰にAKらしき銃を抱えているが、こちらには向けていない。 「おい、キョン……! とっとと撃とうぜ……」 今にも泣き出しそうな声で谷口が言う。どうする? 撃ってしまって良いのか? それとも捕まえるべきか? だが、俺が迷っている間にそいつはとっとと逃げ出しやがった。全力で地面の悪さも気にせず、 一目散に北に向かって失踪する。 「くそ! 逃がすな!」 ミスをしてしまった。偵察兵かもしれないのに、ここで見逃せば俺たちの位置が敵の主力に伝わり、 攻撃されるかもしれない。そうなる前に……! 「キョン、待って!」 国木田の制止も聞かずに、俺は一目散に逃げるシェルエット人間を追いかけ始めた。 小隊全員も俺について走り出す。 逃げる奴は姿が真っ黒というだけで、全く人間と同じような走り方をしていた。 草を手ではねのけ、溝を跳び越え、ばたばたと足音を発しながら逃げていく。 「もう少し……!」 もうちょっと追いついたら、奴を背中から撃ってやる。それで仕留められるはずだ。 だが、先に発砲したのは俺じゃなかった。タンタンと乾いた破裂音の次に、バスっと二度と忘れないんじゃないかという いやな音が背後から飛んできた。俺は立ち止まって振り返ると、そこには通信機を背負っていた阪中が倒れていた。 頭部から出血までしている。撃たれたのは確実だった。 「キョン! まずいよ!」 国木田がそばにいて切迫した声を上げた。前からは逃げていた敵と入れ替わるように、 銃を手にした数人の敵がこっちに向かって来ていた。さらに左右からも銃撃が始まる。 「阪中から無線機を!」 俺は身近にいた生徒に無線機を取るように伝える。阪中がやられた以上、別の誰かに持たせないと―― だが、すぐにその生徒も胸を撃ち抜かれた。血しぶきと肉片が飛び散った光景は当分忘れないだろう。 「おいキョン! どうするんだよ!」 谷口はひたすらおろおろして持っているM60を撃ちもしない。代わりに周りの生徒たちがおのおの敵に向けて反撃を始めた。 俺もそれに続くように迫るシェルエット人間に向けて発砲を始める。だが―― 「だめだ……!」 敵がどんどん増えて、数人どころか数十人にふくれあがったのを見れば、つい絶望もしたくなる。 やはり古泉の言うとおり、鶴屋さん小隊を襲撃した連中はただのおとりで、本隊が北部に陣取ってやがったんだ。 そして、俺たちはまんまと誘い込まれてしまっている。そう考えたとたん、自然と身体が引き返せと悲鳴を上げ始めた。 「後退しよう! 負傷者を連れて行け!」 撃たれて倒れている阪中たちを別の生徒たちが引きずり始めた。俺はそれをカバーするように 迫る敵に向けて撃ちまくる。そのうち一発が敵に命中し、まるで液体が始めるように飛び散って消滅した。 確かに鶴屋さんの言うとおり、まるでゲームの敵を撃ったぐらいの感覚にしかならない。 俺たちはそのまま数十メートル後退する。その間にまた一人の生徒が肩を撃たれた。これで3人目だ。 「下がれ下がれ!」 俺はわめくように指示を出す。だが、今度は二人の生徒が背後から撃たれた。そう背後からだ。間違いない。 なんで俺たちが通ってきた方から銃弾が飛んでくる!? 「後ろにも敵がいるよ!」 「どーするんだよ、囲まれちまっているぞ!」 未だに健在な国木田と谷口が大声を上げた。まずい。やばい。どうすりゃいいんだ!? 「伏せるんだ! みんな、伏せろ!」 思ってもいない声が俺の口から飛び出した。一斉に全生徒が茂みに隠れるように地面に伏せた。 すぐ頭上に弾がヒュンヒュンとかすめていく。もう一歩遅かったら蜂の巣立ったかもしれん。 背面の敵はこっちを狙撃するように動かずに撃ってきているが、前面――北側の敵は遠慮なくつっこんできていた。 このままでは皆殺しにされる。 「谷口! M60をこっちに置け!」 俺の指示に谷口は俺のすぐ横にM60を置いて撃ちまくり始めた。 「このやろ! 死ね! くるんじゃねえ!」 情けない声を上げつつも、突撃してくる敵に次々と命中し、黒い影が飛び散りまくる。 一方、俺の背後では国木田が小隊の背後にいる敵に対処していた。 「手榴弾を投げるよ!」 ピンの抜かれた手榴弾が宙を舞い、背後の敵を吹き飛ばした。同時に銃撃が収まったのをみると、 背後にいた奴は仕留められたらしい。さらに、前面から突撃してきた敵はM60の乱射を恐れたのか、 じりじりとこちらの視界外に引き始めた。何とか急場をしのげたようだな。 だが、国木田はほっとする様子もなく、俺の元に駆け寄って、 「キョン! のんびりしている場合じゃないよ! 第2波が来る前に砲撃の支援要請をしないと!」 くそ、国木田の方が指揮官みたいじゃないか。今からでも変わってくれないか? いや、そんなことはどうでもいい。 俺は引きずられてきてぴくりともしない阪中から無線機を取ると、ハルヒに――いや、そんな暇はない。 長門に直接指示しないと! 「長門! 聞こえるか!」 『聞こえている』 通信機は無事のようだ。俺は胸ポケットから地図を取り出すと、 「今から言う座標に向けて砲撃を頼む!」 俺は俺たち周辺の座標を伝えると、 『わかった。砲撃を開始する』 「ああ、頼む! こっちは包囲されて孤立状態だ!」 通信を終えたときに、ちらりと阪中の目が俺の視界に入った。 地面に突っ伏したまま、けっして瞬きしない。もう死んでいる…… ――あのね、お願いがあるんだけど。 ――涼宮さん、誘ってほしいんだけどね。 ――球技大会。だって、涼宮さん、すごいスポーツ万能じゃない。 前日、あった阪中との会話が脳裏にフラッシュバックしたとたん、俺は胃のものをすべてリバースしてしまいそうになった。 何とかぎりぎりのところで押さえ込んだが、全身に走る悪寒と鳥肌はやみそうになかった。 何を悩んでいる? 俺があのときとっとと逃げる敵を撃っておけばこんなことにはならなかっただろ? でも、これはゲームだ。仕掛けたものの言うとおりに勝てばいいじゃないか。そうすれば元通りさ。 大体、この阪中が俺の知っている阪中とは別人かもしれない。だから、罪悪感なんて持つことはない。 持つことなんてないって言っているだろうが! 「――キョン! 大丈夫!? しっかりして!」 いつの間にやら国木田が俺の肩をさすっていた。全身汗だらけになっていることにも気がつく。気色わりい。 「あ、ああ、大丈夫だ――大丈夫……」 のどからひねり出される俺の言葉を聞けば、誰も大丈夫じゃないとわかるだろう。しっかりしろ、俺! 今までだって、朝倉にナイフで刺されたり、朝倉にナイフでぐりぐりされただろうが! 「ああああっ! キョン、また敵がこっちに近づいてきたぞ!」 谷口の悲鳴とともにまたM60が火を吹き始める。見れば、また懲りもせず前方からシェルエット軍団が 突撃を敢行し始めていた。当然、銃を乱射しながらだ。 しかし、ここで長門のきわめて正確な砲撃が始まった。シャァァァという空気を切り裂くような音とともに、 俺たちの周囲が次々と吹き飛び始める。轟音で耳の鼓膜がはじけそうになった。 「撃ち方やめ! 撃ち方やめ! おい谷口! やめろっていってんだろ! 弾を無駄にするな!」 こっち大火力で突撃して来る敵はほとんど吹き飛び、俺たちのところに到達できる奴は一人もいなかった。 ならば、こっちはしばらく見物していた方が良い。 「今の内に負傷者の手当をするんだ! 残りは残弾の数を数えておけ!」 その間、徹底的な砲撃を受けた敵はさすがに堪えたらしい。次々と北側に引いていくのが確認できた。 頼むからもう来ないでくれよ。 俺はまた長門に――すまん、阪中。また借りるぞ――連絡して砲撃を停止させる。 続いてハルヒに連絡だ。 「おい、ハルヒ聞こえるか?」 『何よ、こんなときに! こっちは大騒ぎよ!』 返ってきたハルヒの声は、植物園がどんな状況かすぐにわかるようなものだった。無線機越しに、 銃声音やら爆発音がひっきりなしに飛び込んでくる。 『敵よ敵! 辺り一面囲まれているわ! 鶴屋さんも同じみたい! 完全にしてやられたわ!』 ああ、また撃たれた! 衛生兵! そっちで怪我した人を見てやって! 古泉くんの部隊はまだ来ないの!?と 俺に向けてではない声も入ってくる。やばい。ハルヒの方も襲撃されているのか。さらに鶴屋さんもだと? 学校まで攻撃されている訳じゃないだろうな? 『それは大丈夫だって有希が言っていたわ! 今のところ、戦闘が起こっているのは北山公園内だけみたい!』 そうか、それなら当面は俺たちだけの問題だ。 「こっちも囲まれて数人がやられたが、長門の砲撃で何とか撃退できたようだ。 あと、鶴屋さんが言っていた20人ぐらいはとっくに倒しているが、まだまだ敵がいそうだ。 これじゃ、いくらやってもきりがないぞ。これからどうすりゃいい?」 『とにかく、古泉くんの言ったとおり罠だったんだから、引き上げるのよ! だから、早く戻ってきなさい!』 明確でわかりやすい。短絡的とも言えるが、今はありがたかった。 俺は国木田と谷口を呼びつけ――なんだかんだでこいつらが一番話しやすい――、 「おい、植物園まで戻るぞ。今すぐにだ。無線機を誰かに持たせないとな」 「負傷者は?」 国木田の言葉に俺は即答する。 「決まっているだろ。引きずってでも連れて行く」 「なら、死んじゃった人は? すでに4人死んでいるよ」 続いて飛んできた質問に俺は息をのんだ。辺りを見回すとけが人5名、死者4名の状態だった。 なら、無事な生徒は残り21人。けが人だけなら運べないこともないだろうが、死者を含めると、 ほとんど運ぶだけで部隊全体がいっぱいいっぱいになる。 俺はもう冷たくなりつつある阪中を見る。そして、 「死んだ奴はおいていく。落ち着いたらあとで戻って回収する。場所はきちんと地図に記してな。 戻ってこれるのかなんていうな。絶対にだ」 俺の声に反論する奴はいなかった。なんて薄情な奴だなんて言わないでくれ。 今は生きている奴を助けるだけで精一杯なんだ。 俺は無線機に向かって、 「ハルヒ。これから俺たちはそっちに戻る。時間はかかるだろうが、努力はするぞ」 『キョン! 戻ってこれそうなの!?』 「わからんが、やれることはやるつもりだ」 できるとは言えなかった。情けない。俺がこんなにだめな奴だったとは、正直ショックだ。 『……キョン。これだけは言っておくわ』 ハルヒの決意じみた声。そして、続く。 『こっちもひどいけど、絶対にあんたたちを見捨てない。どんな手を使ってもここを死守するわ。 逃げない。約束する。だから――』 俺にはハルヒが次に何を言うか、予測できた。だから、無線機を小隊の生徒たちに向けた。 『全員帰って来いっ! 絶対に!』 ◇◇◇◇ 俺たちはじりじりと慎重に植物園に向けて移動を始めていた。途中、何度も襲撃を受けたが、 その度に長門からの支援砲撃を要請し、ある時は谷口や他の生徒たちの活躍で撃退することができていた。 しかし、来た道とは違い、帰りはとんでもなく時間を食ってしまっていた。もうすでに12時を越えようとしている。 さらに、移動の間に負傷者が死者に変わり、また新たな負傷者が発生していた。すでに半数以上が負傷、あるいは死亡している。 「またさっきの負傷者が……」 国木田が沈痛な表情で報告に来た。これで死者は13名になった。置き去りにした生徒と言ってもいい。 大丈夫。これはゲームだ。勝てば元通り元通り…… そう俺は自分に暗示をかける。俺には生徒の死を受け入れるような頑強で器の広い心なんて持っていない。 だから、死者が増えるたびに自分に暗示をかけるようにこの言葉をつぶやき続けた。 でなけりゃ、無能な自分が許せなくなるからだ。 「あと、100メートルぐらいだろ。とっとと走っていこうぜ!」 目前まで迫った植物園に俄然焦り始めたのは、唯一の普通人、谷口だ。弱気な言動が多いのに、 なんだかんだでこいつのM60には助けられっぱなしだが。 「まあ、焦ることはないと思うよ。もうちょっとでつくんだからさ」 「そうだな。今まで通りのペースで行くぞ」 俺たちは移動を開始する。確かにもうゴールは目の前だから、はやる気持ちが沸々と俺の頭にも沸いてきた。 だが、敵もそれを阻止しようと必死だ。シェルエット野郎が数名襲ってきた。 「俺がしんがりをつとめる! 先に行け!」 もともと銃の扱いは頭の中にたたき込まれていたが、ここに来ていい加減慣れてきたのだろうか。 俺の射撃の命中率もかなり上がっていた。もっとも敵が物陰にも隠れようとせず、 ひたすら銃を乱射しながら突撃というワンパターンなため、簡単に命中させられているだけなんだが。 また、数名をシェルエットを飛散させると、先行して移動した小隊に戻る。見れば、植物園の建物が 木々の隙間から見えるほどまでに近づいていた。 「ここで、きちんとどこから戻るか伝えておいた方が良いよ。間違って攻撃されるかもしれないしね」 相変わらず冷静な国木田のアドバイスが飛ぶ。こいつとは腐れ縁みたいなものだが、こんなことが得意だった覚えはない。 俺たちと同じように相当頭の中をいじられているようだな。 俺は無線を持たせた生徒から無線機を受け取ると、 「ハルヒ。もうすぐそばまで戻ってきたぞ。北側から植物園に入る。間違って銃撃しないでくれよ」 『わかったわ。そこを守っているのは古泉くんだから、伝えておく』 なんだ。結局古泉もこっちに来ているのか。結局総動員だな。 「よし移動するぞ。もう少しだからな」 「ひゃっほう! これでうっとうしい森の中からおさらばだぜ!」 俄然やる気を取り戻した谷口に笑顔が戻る。まあ、それで終わりって訳じゃないが、 こんなところにいるよりかは幾分かマシだろうな。 木々を分けて移動を開始する。数メートル進むと、森との境に陣取っている古泉の小隊が見えた。 向こうもこっちに気がついたらしい。右手を挙げて、来てくださいと合図している。 その刹那、俺は右手に一人だけのシェルエット野郎がいることに気がついた。 向こうは目がないので、視線があることはないだろうが、俺ははっきりと悟った。今にもその構えたAKから弾丸が撃たれ、 俺に命中すると。 だが、ここで偶然なことが起こった。そうこれは偶然だ。突然、うきうき足で走る谷口が俺と敵の間に割り込んで来たんだから。 「谷口っ――!」 越えも間に合わず、俺の縦になるように谷口の上半身に2発の弾が命中した。貫通した弾はぎりぎりのところで 俺には当たらず背後に去っていった。まるで一連の事がスローモーションのようにはっきりと見えた。 そう、谷口が撃たれたのだ。 谷口を撃ったバカ野郎はすぐに国木田が始末した。俺はそんなことにかまわず谷口を引きずり、 古泉の部隊の場所に連れ込む。とにかく、古泉との再会は後回しだ! 「おい谷口! 大丈夫か! しっかりしろよおい!」 痛みのためか、谷口はうなるだけだった。ちくしょう! やっとここまで戻って来れたってのに! 「キョン、また敵が攻撃をしてきた。ここじゃまずい。ここは僕らが食い止めるから、谷口を涼宮さんのところへ」 俺の隣に飛び込んできた国木田がそううなずく。少し離れたところにいた古泉も任せてくださいと いつものスマイル声で言ってきた。すまねえ! 俺は谷口を背負うと、全力でハルヒの元に向かった。とにかく、トラックに乗せて学校に戻してやりたい。 そうすれば、きっと助かる。助かるに決まっているさ! 「へへっ、思ったより痛くないもんだな……」 背中から谷口の声が俺の耳に届く。 「痛いだろ。もうちょっとの辛抱だ! だからがんばれ!」 「痛くねえよ……ただ、あつくてたまらないけどな」 俺の背中にだらだらと血がしみこんでくるのがはっきりとわかった。もう痛みすら認識できないのか。 こんな中で、今まで俺がごまかし続けてきた言葉が浮かぶ。これはゲームなんだ。勝てばいい。勝てば元通り。 この世界で誰かが死んでも大したことはない―― 「そんなわけねえだろうが!」 俺は言うまいと思っていた言葉を口にしてしまった。ゲームだろうが何だろうが、谷口は今まさに死のうとしている。 これが現実だ。いまはっきりと起こっていることなんだよ! 何をどういっても否定のしようがないんだよ! 「キョン、俺がんばったよな。何度もお前を助けたし……」 「ああっ! おまえはすげえよ。何度もみんなを助けたんだ。誇りに思っていい!」 「これであの子も俺を見直すだろうな。振ったことを後悔させてやるぜ……」 「そうだな! だから、もう少しだ!」 もう俺は泣き出しそうだった。むしろ、どうして泣き出さないのか不思議なくらいだった。 「頼むぜキョン、ここでの俺は勇敢だったってみんなに伝えてくれよ……」 「自分で広めればいいだろ! そんな弱気なのこと言うな! 死ぬな死ぬな死ぬな!」 俺の必死の呼びかけにも関わらず、谷口がそれ以降言葉を発することはなかった。 ◇◇◇◇ 「キョン、谷口の遺体は学校に向けて搬送したわ……」 「……そうか。ありがとな、ハルヒ」 俺は声をかけてくれたハルヒに振り返りもせず、呆然と植物園の入り口付近に座り込んでいた。 谷口は結局死んでしまった。同時に俺の肩に14人分の死の乗りかかってきてしまった。 もはや、罪悪感を越えて、どうでもいいほどの放心状態だ。 しかし、一方で今後ろにいる人間に対する黒い感情が少しずつ広がっていることにも気がつく。 作戦を立てたのもハルヒだし、何よりもこれを仕組んだ者の目的は明らかにハルヒだ。 谷口や学校の生徒たちが死ぬ必要なんてない。大体、古泉が罠だって指摘していたじゃないか。 罠だとわかったからと言ってそんな簡単に引き返せるわけもないんだ。 「谷口は友達だったんだ。悪友だったけどな。普段はいてもいなくても、なんて考えたりしていたけど、 いざこうなると初めてどういった存在だったのか、よくわかったよ」 「ゴメン……なんて言っていいのかわからない」 ハルヒのしょぼくれた声に、一瞬で俺は正気を取り戻した。何を考えているんだ、バカバカしい。 仕組んだ者の目的がハルヒであっても、これはハルヒが望んだわけじゃない。ハルヒだって被害者だ。 それに作戦を立てて賛同した中には俺もいたじゃないか。ハルヒ一人を責めるのは明らかに間違っている。 俺だって同罪だ。 「なあ、ハルヒ」 「……なに?」 「俺、絶対に負けないからな」 やるしかない。やけにもならずに冷静にやるしかない。それでいい。 「うん……絶対に負けない、あたしも」 ハルヒの声もすっかり元気がなくなっていた。ちくしょう、これを仕組んだ奴はハルヒのこんな姿が見たいってのか? 「そんな声を出すなよ、中佐殿。不安になるだろうが」 「わ、わかっているわよ……! 当たり前じゃない! 絶対に負けない!」 少しムキになるところを見てほっと一安心。まだハルヒらしさが残っているようだ。 俺はようやくハルヒの方に振り返って――このときに見たハルヒの歯を食いしばるような表情は早々忘れないだろう。 と、ハルヒの迷彩服の肩の辺りの色が変わっていることに気がつく。大量の血が付着しているようだった。 「それ、大丈夫か? どこかやられたんじゃないだろうな?」 「え、ああ、うん、大丈夫。自分の血じゃないから。さっき負傷者を背負ったときについたんだと思う」 ほっと胸をなで下ろす俺。たのむぜ、団長殿。お前がやられたら終わりなんだからな。 俺はヘルメットをかぶり直し、 「また、戻る。鶴屋さんを助けに行かないとな」 そう言って俺は戦場に戻った。とびきりの作り笑顔をハルヒに見せてから。 ~~その3へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/699.html
ストーリー参考:X-FILES シーズン1「三角フラスコ」 X-FILE課が設立された後、あの長門が俺たちを殺そうとしたり、 喜緑さんが俺たちを救ってくれたり、『機関』のスポンサーが アメリカ政府になったことを鶴屋さんに告げられたりと、 俺の周りではSOS団時代と違った新しい歯車が回っている事を 常に気にせずにはいられなかった。ただ、ハルヒとそのことに ついて話し合ったことはなかった。お互い、『何を信じればいいのか』 ということが胸につっかえていたのだろうと思う。 そしてついに回っていた歯車は急速にスピードを上げ、俺たちの 前に危機として襲い掛かってきたのだった・・・ 一台の車がパトカー2台とカーチェイスを繰り広げている。車は暴走したかの ごとくスピードを上げ倉庫が立ち並ぶ場所へと逃げ込んだ。 『応援を送ります。現在位置を報告してください。』 警察無線がけたたましく鳴る。 「現在エイプリル通りから造船所のほうを西へ向かって走行中。」 『了解。応援を送ります。』 追いかけられている車はついに袋小路に入り込んだ。 ”警察だ!車を止めろ!” 車は荷物にぶつかりスリップして止まった。止まった車から1人の男が 運転席から逃げ出し、近くの柵を乗り越えて逃亡しようとした。 しかし、すぐに駆けつけた警官に取り押さえられ柵から引き離された。 「動くな!地面に付け!」 警官が怒鳴る。しかし男は必死に抵抗を続ける。男は油断した警官から 警棒を取り上げると次々と警官を倒していった。そのとき応援に駆けつけた 若手警官が電気ショックガンを男に発射した。しかし、男は何の変化も 受けなかった。男はショックガンの電極を抜くと一目散に桟橋へ駆け込んで いった。 「止まらないと撃つぞ!」 警官が威嚇する。しかし男は止まることなく桟橋の端に向かって走っていった。 ”パンパン”警官が銃を男に発射した。しかし男は止まることなく走り続け、 ついに海へ飛び込んでいった。 「確かに命中したはずなのに・・・どこへ行ったんだ・・・出血がひどいはずなのに」 警官はまるで信じられないという顔で海を見つめた。桟橋の端に着いた警官が 見たものは赤い血ではなく、緑色の液体だった・・・ あたしは家でテレビを見ながらソファーに横になっていた。その時電話が鳴り、 受話器をとって耳に当てて、 『8チャンネルを見ろ。』 この一言だけ言って電話は切れた。 「ったく。なんなのよもう・・・」 そういいつつTVのチャンネルを8チャンネルにした。そのチャンネルでは 夕方、車の追跡激が行われたという現場からのニュースを流していた。 あたしは急いでビデオに録画を始めた・・・ 次の日あたしはオフィスで録画しておいたニュースを繰り返し見続けた。 「ハルヒ、さっきから何十回も見てるぞ。一体何を探しているんだ?」 キョンがあきれたような口調であたしに言った。 「あたしもわからないわ。」 そう答えるとあたしは怪しいと思われる人物が写っている画像をプリントした。 「彼・・・ディープスロートがテレビを見ろって言ったのか?」 キョンが言ったディープスロートというのは以前から私に情報をもたらして くれている初老の男性のことだ。最初にあったのはエレンズ空軍基地事件の時だった。 「そうよ。」 「警察はなぜその男を追いかけてたんだ?」 「ニュースではスピード違反としか伝えていないわ。」 「スピード違反にしては随分大げさな報道だな。」 「絶対になにかあるわ。」 そう言いつつ今度は1台の車が写った画像をプリントした。 「ニセの情報なんじゃないか?」 「どうして?」 「彼は前にも嘘をおまえに伝えたろ。」 そう、彼は以前宇宙人が捕獲されたという事件があったとき、 あたしたちの身を案じて一部嘘の情報を教えたことがあった。 「いや違うわ。彼は何かを知らせたかったのよ。きっとなにかあるに 違いないわ。だからあたしに電話してきたのよ。」 「だとしたら一体何を?」 「それをこれから探すのよ。」 あたしたちは現場へと向かった。そこで事件を担当している警官に 説明を求めた。 「昨夜は3つの捜査機関が動員されてたんだ。」 「たかがスピード違反なのに?」 あたしはオフィスでプリントした写真を見せながら、 「この私服の男だけど、署の人間なの?」 「いや、ちがうな。知らない男だ。昨夜は人がうじゃうじゃいたからな。」 「容疑者は逃げた形跡もなく遺体も出ないの?」 「見ての通り捜索中だ。ダイバーも動員してるしそのうち見つかるだろう。」 「でも、もう18時間も経ってるわ。おかしいんじゃない?」 「いや、海底の探索には時間がかかる。それよりも、FBIがなぜこの事件に?」 「容疑者の男の顔が手配中の逃亡犯に似て・・・」 「ほう、それは不思議だ。人相は発表していないのに。」 「差し支えなければ車を見たいんだけど。」 「署の駐車場にある。」 俺たちは担当している警察署に向かった。 「所有者はゲイザスバーグのレンタカー会社だ。店は盗まれたものだと 言ってるが。これじゃ車の線を洗うのは無駄なんじゃないか。」 俺はハルヒに言った。 「きっと何かあるはずよ。」 ハルヒはオフィスでプリントした車の写真を見ながら車の周りを探ってた。 「この写真じゃナンバーも見えないわね・・・」 ハルヒが車の正面に立ったとき、 「ちょっとキョン、見てみて。」 「なんだ。」 「ほら、写真の車にはガラスにシールが貼ってあるわ。」 「でもこの車には貼ってないな・・・」 「車が違うってことよ。」 俺たちは一旦オフィスに戻り改めてビデオを検証してみることにした。 「この写ってるシールは『使者の杖』と呼ばれるもので医学のシンボルらしい。」 「ってことは車の持ち主は医者ね。画質を補正してみたんだけど、ナンバーは ”3AYF”ね。」 「前半部分はどうなんだ?」 「隠れてて見えないの。だからそれしか分からないわ。」 そういうとハルヒは電話を取り、 「ダニー、ハルヒよ。車の割り出しをして欲しいの。ナンバーは 一部しか分からないんだけど、多分持ち主は医者よ。よろしく頼むわ。」 電話の先でダニーが調べている間私はキョンに、 「偽装工作のために車をすりかえられたのよ。」 と言った。 「何のためにだ?」 「持ち主に何か秘密があるに違いないわ。」 俺たちは判明した車の持ち主がいると思われるメリーランド州の ゲイザスバーグにあるエムゲン社を訪れた。 そこでは1人の男が白衣を着て研究をしていた。 「ハルヒ、とりあえず尋問は俺がやるから、部屋を注意深く見ていてくれ。」 「わかったわ。」 そうハルヒとやり取りした後、俺は男に声をかけた。 「ベルービ博士?」 「そうだが。」 「FBIです。お話が。」 「悪いが今忙しいんだ。」 「実は昨日起きた事件に博士の車が使われたもので。」 「私の?」 「銀色のシエラをお持ちですよね?」 「何に使われた?」 「犯罪です。ご存じない?無くなった事も?」 「初耳だ。」 「あの車は普段家政婦が使っているから・・・」 そのとき、ハルヒが檻に入った実験用のサルに触ろうとした。その途端 サルが興奮し始めた 「危ない!興奮させないでもらいたい。」 「ごめんなさい。可愛かったもので・・・」 「これは実験動物なんだ。」 そう男が言った後俺は、 「何の実験を?」 「それは尋問かね?」 「いいえ。」 「だったらもう帰ってくれ。仕事が山ほど残っているんだ。」 「どうも。」 そういうと俺とハルヒは黙って研究室を出た。 「ハルヒ、噛まれなかったか?」 「大丈夫。でもちょっと危なかったわね。もうすぐ17時ね。博士の家に 行って話を聞きましょう。」 「いや、断る。」 「どういう意味?」 「こんな無意味な捜査に付き合いきれないってことだ。謎めいた電話に 振り回されて謎々を解くのはもうたくさんだ。」 「ヒントは出てるわ。」 「あれがヒントか?そもそもあのディープスロートって何者なんだ? 本名は?」 「彼は機密を知る立場にいるだから用心深いのよ。」 「ただのゲームかもしれないじゃないか。駆け引きを楽しんでいるん じゃないのか。」 「じゃあ、彼は私を試しているとでもいいたいわけ?」 「いや、オモチャにされてるんだよ。」 結局収穫の無いまま夜になり、あたしは家に帰ってきた。アパートの 入口に入ろうとしたとき、 「少し帰りが早すぎやしないか。」 その声はディープスロートだった。 「遅くなると母親が心配するのよ。」 ディープスロートは近づいてきて、 「失望したよ。熱意が薄れたようだな。」 「なぜよ?」 「真実を追い求め夜を徹して捜査しているものと思っていたのに。」 「あんな情報じゃ少なすぎるわ。」 「今提供できるのはあれだけだ。」 「ニュースが?」 「どこまでわかったんだ?」 「何も分かってないわよ。」 「まったく・・・君に見えていないだけだ。」 「まって、あたしは今まであなたの条件に従い何の注文も出さなかった。 でも、いい加減勿体ぶるのはやめてちょうだい。」 「私に頼りすぎては困る。」 「なら言うけど、あたしのほうこそ謎々ゲームはもうたくさんよ。 いつまでもあなたの言う通りに動くと思ったら大間違いよ。」 「涼宮捜査官。私を信じろ。あと一歩で君は真実に触れることができる。」 「後一歩で・・・何の真実よ。」 あたしのその言葉を聞くとディープスロートは夜の闇へと消えていった。 エムゲン社の研究室にて夜を徹してベルービ博士が研究を続けていた。 博士が顕微鏡をのぞいていると研究室のドアが開いた。 「誰だ?」 返事が無い。 「返事をしてくれ。」 「残業かしら。」 若い女性の声が聞こえた。 「何しに来たんだ?」 女性は博士に近づいた後、 「彼は生きてるんでしょ?連絡はあったのかしら。」 「頼む。今すぐ帰ってくれ。」 檻のなかにいるサルたちが興奮し始める。 「誰か知らんがFBIならもう質問に答えたろ。」 「なんと答えたのかしら?」 「私は何も知らん。何度聞いても同じだ。」 「セケア博士はどこ?」 「何の話かわからんな。」 女性は黙ってサルを見つめる。 「頼む。重要な仕事の最中なんだ。邪魔せんでくれ。」 「あなたの仕事は・・・もう終わりよ。」 そういうと女性は博士の首につかみかかった。とても女性とは思えない 力で締め付けていた。 その光景をサルたちは興奮しながら見ていたのだった・・・ 次の日、エムゲン社の研究室にてベルービ博士が死亡したとの連絡を 受けた。あたしとキョンは急いでエムゲン社の研究室向かった。 研究室内はめちゃめちゃに荒らされており、博士は首をつった状態で 発見されたらしい。 「現場検証の責任者は郡の保安官になってるな。中間報告を見る限り では自殺と記述されてるな。」 「自殺ですって?」 「自分で室内を荒らしたうえで死んだらしいと。」 「方法はなんて?」 「この報告書によると・・・丈夫なガーゼで首を縛り、その片端を ガス栓に結んで飛び降りたとあるな。」 「目撃者はいるの?」 「誰もいないらしい。」 「昨日あった感じでは綺麗好きでこんなことをするような男には 見えなかったけどね。」 「死に方も問題だな。」 「不自然よ。自殺にしては少し念入りすぎてるわ。確実に死ぬために 首吊りと飛び降りをいっぺんにやるなんて聞いたことが無いわ。」 「ベルービ博士の経歴は・・・と。テレンス・ベルービ。74年に ハーバードを卒業。専門は”ゲノム”か。知ってるか?」 「遺伝子の解析でしょ。科学史上最も野心的な研究のひとつよ。」 「さすがだな、ハルヒ。」 「キョンとは頭の出来が違うもの。」 「へいへい。でも、それがどうかしたか?」 「ゲノムの研究をしている人は大勢いるけど、銀色のシエラを所有し 首にガーゼを巻いてバンジージャンプしたのは彼一人よ。」 「でも、それだけじゃ一昨日の事件とは繋がらないな。」 あたしは調整装置の中にあった三角フラスコを取り出して底を 見てみた。”純度調整”と書いてある。 「見る視点が違っていたのかもしれないわ。問題はそこね。きっと それは目に見えない何かで結ばれているんだと思うわ。ところでこれ なんだと思う?」 あたしは取り出した三角フラスコをキョンに見せた。 「なんだろうな・・・液体が入っているが・・・研究材料の1つじゃないか?」 「この三角フラスコの中身ちょっと興味があるわね・・・私は知り合いがいる 大学に行って解析してもらうわ。キョンはその間にベルービ博士の自宅を 捜索してちょうだい。」 「わかった。でもハルヒ、その液体がサルの尿なら捜査は終わりだぞ。」 俺はハルヒに言われたとおりベルービ博士の自宅へ向かった。家に着いた もののベルを鳴らしても誰も出てこない。そこで家の横を観察してみたところ 1つだけ窓が開いてる箇所があった。俺はそこから侵入し家の中を捜索し始めた。 何か出てくれないとハルヒはまた癇癪起こすな・・・と心配しつつ・・・ あたしは今ジョージタウン大学の微生物部にいる。さっきの三角フラスコの 中身を知り合いの女性研究者に調べてもらっているところだ。 「細菌の培養液だと思うけどどこでこれを?」 「ある事件の現場よ。」 「最近の事件は随分科学的なのね。」 「何か出てくれるといいけど・・・まあ、あまり期待してないわ。」 「まって、この液体何でもないどころかただものじゃないわ・・・見て。」 そういうと彼女はモニターを見るように促した。 「これは何?」 「サイズは細菌だけど全然違うわ。こんなの見たの初めてよ。」 「つまり?」 「細菌なら普通は左右対称なんだけど、これは・・・なんていうか妙だわ。」 「正体が分かるかしら?」 「そうね、凍結破断してみれば解るかも。凍結させて薄く切って断面構造を 調べるの。多少時間がかかるけど・・・待てる?」 「ええ、急がないわ。お願い。」 俺がベルービ博士の自宅を捜索してからだいぶ時間が経った。依然として 有力な物証などは得られていない。外も暗くなり時計を見るともう19時を まわっているところだ。やれやれと思いつつ、博士の机の椅子に座り卓上 スタンドの明かりをつけた。それから机の引き出しを探ってみると、なにやら 通話記録のようなものが出てきた。よくみるとほとんど同じ番号にかけている。 俺は早速FBIに電話した。 「ダニーか、すまない今度は電話番号を調べて欲しい。555-2804市外局番301だ。 持ち主を調べてくれ。ここの番号は555-7571だ。よろしく頼む。」 俺は電話を終えると通話記録を元の場所に戻した。更に別の引き出しを調べて みるとどこかの鍵の束が見つかった。俺はこの鍵束をズボンのポケットにしまった。 その時電話が鳴った。 「早いな。」 「テリー君なのか?」 FBIのダニーではなく別な男からの電話だった。俺は調子を合わせて、 「ああ、誰かな?」 「撃たれてるんだ。3日間も水中にいたんだ。」 「今どこにいるんだ?」 「今公衆電話だ。」 「すぐ迎えに行く。場所は?」 「テリー・・・」 それ以上喋らない。どうも様子がおかしい。 「もしもし」 すると別の男の声で、 「もしもし、この人凄いケガをしてるよ。手当が必要だ。」 「場所はどこだ?」 「俺、救急車呼ぶよ。」 「待ってくれ!」 電話は切られてしまった。と、その直後また電話がなった。 「切らないでくれ。」 「持ち主がわかったぞ。」 「ダニー、君か。」 「住所を。」 「まってくれ、今書きとめる。」 俺は紙とペンを取るため椅子を回し窓のほうに向けた。すると外に 青色のバンが止まっているのが見えた。なんとなく怪しい・・・そう 思っていると、 「キョン」 「ああ、聞いてるよ。続けてくれ。」 「この持ち主はゼウス倉庫会社だ。住所はパンドラ通り1616。」 「助かったよ。ありがとう。」 電話が終わると既にバンは消えていた・・・ 暗闇の中を救急車が走る。さっきキョンに電話した男が搬送されている途中だった。 「患者は40代の白人男性。心拍も血圧も低下。」 救急隊員が現状を無線で報告する。 「それから右上半身の傷から緑色の液体が出ている。」 『緑色だと?肺喚起の反応は?』 「いやダメだ。静脈が浮き出て気息音が激しくなってる。皮膚も土色に。」 『緊張性気胸だ。胸膣の圧力を減少させろ。』 「注射器で減圧する。」 そういうと救急隊員は針を男に突き刺した。すると注射器から ガスが噴出し救急隊員たちが苦しみだした。救急車は蛇行運転になり やがて止まった。 『どうしたんだ?救急隊応答しろ。』 救急隊員たちが倒れるのを見届けると男は注射器を抜いた。 『おい救急隊、何があったんだ!応答しろ!』 男は救急車の後部ドアを開けると夜の闇に逃げていった・・・ あたしは大学から携帯電話でキョンに電話をかけた。 『キョンだ。』 「あたしよ。今どこ?」 『手がかりがあると思われる場所に向かってるところだ。』 「手がかりがあったのね。」 『それと、彼は生きていたよ。』 「彼って?」 『逃亡者さ。博士の家に電話があった。』 「どこからかけてきたの?』 『わからない。ハルヒのほうはどうだ。』 「ジョージタウン大学にいるわ。変なものが見つかったわ。」 『ひょっとして例の液体からか?』 「ええ、緑色の物体よ。」 『どんなものなんだ?』 「最近の一種で中にウイルスが生息しているの。どうやら博士は これを培養していたみたい。その細菌には葉緑素のようなものも。 こんな細菌、研究室の人も初めて見るそうよ。」 『博士は何のために培養していたんだろうな?』 「普通ウイルスを増殖させるのは生物に注入するためだわ。これは 遺伝子治療と言う実験段階の技術よ。」 『たぶんサルを使って実験してたんだな。他には?』 「今、細胞培養とDNA分析をしてもらってるわ。とにかくただ事では なさそうよ。こんな細菌は数百万年前にさかのぼっても───地上に 存在した形跡が無いらしいの。」 そのハルヒの言葉と同時に俺はゼウス倉庫会社についた。 「ちょっとキョン、聞いてるの?」 『ああ、引き続き検査を続けていてくれ。』 「わかったわ。そっちも何かあったらすぐ連絡をちょうだい。」 『わかった。じゃあ切るぞ。』 俺はゼウス倉庫会社の倉庫に進入した。鍵束から適当な番号を選び その部屋に入ってみた。そこで見たものは・・・驚くべき光景だった。 人間が水槽の中で実験のようなことをされているのだ! 部屋の中を一通りまわってみると、1つの水槽だけ空っぽのものが あった。 ───ここでは一体何が行われているんだ・・・そしてこの空っぽの 水槽の中の被験者はもしかして・・・ あたしは疲れのためか大学の休憩所にあるソファーで寝ていた。 そこに知り合いの研究者がやってきて私を起こした。 「ごめんなさい、つい居眠りを。」 「涼宮捜査官、見せたいものがあるの。」 「なにかしら。」 「これはあなたが持ち込んだ細菌のDNA塩基配列よ。」 「いわゆる遺伝子ってヤツね。」 そういうと遺伝子構造を表した書類を見せられた。 「塩基対と呼ばれるものでヌクレオチドでできているの。DNAには 4種類のヌクレオチドがあるの。地球上のあらゆる生物はこの4つの 組み合わせによって作られているの。今見ているのはあの細菌の 遺伝子の連鎖よ。普通遺伝子の連鎖には切れ目がないけど、でも この細菌にはそれがあるの。」 「どうしてなの?」 「理由は解らないわ。でも私なら今すぐに政府機関に連絡するわ。」 「何を発見したの?」 「第5・第6のヌクレオチドでできた塩基対よ。新しいDNAよ。あの 細菌は自然界に存在し得ないものなの。つまりあの細菌は・・・ 地球外生命体よ。」 「なんですって・・・」 俺はある程度調べを終えるとすぐに倉庫から出た。そして車に 向かって道を歩いていると・・・さっきの青いバンが表れ中から 男が2人出てきた。俺はとっさに反対方向へ歩き出した。ある程度 歩いたところで前方からも1人走ってくるのが見えた。やばい! 俺はすぐ近くの木で出来た柵を乗り越え一目散に走って逃げた。 ある程度走ったところで横道に隠れ、銃を取り出し銃を構えて 今走ってきた道を見た。しかし追いかけてきた様子もなく、俺は そのまま夜の暗闇の中へ走って逃げた・・・ 家に戻ると電話が鳴っていたので急いで取った。 「もしもし」 『キョン、なにやってるのよ!もう朝よ、一晩中電話してたのよ!』 「すまない。まずいことが起きてしばらく隠れてたんだ。」 『キョン、例の細菌だけど自然界には存在しないらしいわ。 地球外生命体の可能性があるって。」 「待ってくれハルヒ。」 『なによ?』 「俺のほうも今すぐお前に見せたいものがある。」 あたしとキョンは一緒にゼウス倉庫会社の倉庫に来た。 「ちょっと待ってくれハルヒ。」 「なによ。」 「なんというか・・・お前に謝らなければならん。俺が間違っていた。」 「当たり前じゃない。でも、気にしないで。」 「でも俺は・・・お前の足を引っ張るようなことばかりして・・・これからは改めるよ。」 「ふふん。キョンもだんだんわかってきたじゃない。」 「おれは科学を絶対視するあまり解明されていることしか信じようと しなかった。でも昨夜見たものは・・・俺の理解をはるかに超えていた。」 「じゃあその神の領域をも超えているようなものを見せてもらいましょうか。」 俺とハルヒは、俺が昨夜入った部屋の鍵を開け、電気をつけた。しかし そこには何もなかった・・・ 「水槽が、人間を入れた水槽が5つあったんだ。コンピュータ管理も されてて。彼らは水中で生きていたんだ!」 「どこにいったのかしら?」 その時ディープスロートがやってきた。 「神のみぞ知る・・・だ。既に処分されているだろう。」 「誰が処分したの?」 「わからない。」 「嘘よ。」 「私の能力にも限界というものがある。情報機関の内部には”影の政府”が 存在しその中の一部が権力の中枢を握って秘密活動を行っているのだ。」 「昨夜3人の男に追跡された。」 「ああ、それは単なる脅しにしか過ぎない。相手はプロだ。殺しにも 慣れている。」 「ベルービ博士も彼らに殺されたの?」 「多分な。」 「なぜよ。」 「あれだけ調査してもまだ分からんのか。」 「博士は地球外ウイルスを培養して人体実験をしていたんじゃないのか?」 「そうとも。研究は今に始まったことではない。細菌は1947年から存在していた。」 「ロズウェルね。」 「ロズウェル事件は氷山の一角にすぎない。博士は実験に成功し、口封じの ために殺された。彼はこの部屋で人体に対する初のDNA移植を行っていたのだ。 6人の末期患者が自ら進んで申し出てきた。その1人セケア博士はベルービの 友人だった。遺伝子移植治療の成果はすさまじく、DNA移植を受けた結果 6人の患者の容体はみるみる快方に向かっていった。セケア博士も正常な 肉体を取り戻し、おまけに超人的な体力と水中でも呼吸できる力を身につけた。」 「だから3日間も水の中で隠れ通すことが出来たのね。」 「でも、何で逃げるんだ?」 「元々セケアは生きていてはならん男だ。この実験は政府が極秘に進める 研究の一環だった。実験後は彼らは用済みだ。生きていては秘密が漏れる 恐れがある。事故で救急車に運ばれでもしたら?セケアの血液成分は異質で かなりの毒性もある。それをマスコミがかぎつければ・・・」 「だから抹殺命令が出たのか。」 「そうだ。でもセケアはベルービからそれを聞いてしまった。」 「1つどうしても分からないことがあるわ。なぜ最初から教えないで今頃 詳しい情報を?」 「証拠隠滅の動きが早まったからだ。ベルービも殺され、ここにいた人間も 抹殺された。証拠がなければ君らも立証は出来ない。急いで証拠を集めろ。 今ならまだ間に合う。セケアを探して保護するんだ。この件で君らと話すのは これきりだ。」 そういうとディープスロートは部屋から出て行った。 あたしとキョンはしばらく考えた後倉庫から出た。 「あたしは研究室へ戻って分析結果を取ってくるわ。」 「俺はセケアを追う。」 「どこへ?」 「さあな。感が頼りだ。」 あたしがジョージタウン大学に着くと依頼していた知り合いは研究室に いなかった。しょうがないので休憩室に行ってみた。 「すいません、カーペンター博士はどこに?」 そういうと研究員の一人が、 「カーペンター博士の家族全員が交通事故でお亡くなりに・・・博士自身も・・・」 なんてことなの・・・証拠がどんどん消されていく・・・ 俺は再度ベルービ宅へ行くことにした。今回は面倒なので正面玄関の鍵を FBI特製のピッキングセットを使って開けて入った。ってか最初もこうすれば よかったな俺。中に入ると上の階から物音が聞こえた。どうやら天井裏に 誰かがいるようだ。俺は天井裏へ行くと、 「セケア博士?」 呼びかけてみたが反応が無い。天井裏を少しずつ探っていると、いきなり 後ろから男に襲われた。 「待て!」 男は聞き入れなかった。俺を殴ると胸倉をつかんだ。 「助け来たんだ。」 そういうとセケア博士とおもわれる男は胸倉をつかんだまま静止した。 と、その時”パン”と言う銃声が聞こえセケア博士が倒れた。正面を 見るとガスマスクをした男が銃を握っている。セケア博士の傷口から 毒性のあるガスが流れ出した。俺は目を開けられなくなりよろめき始め そして気絶した。 ガスマスクの男がセケア博士に止めを刺しているとき1人の若い女性が 天井裏に上がってきた。 「あんたはいいな、マスクがいらないんだからな。」 「まあね。それよりきちんと仕事をしておくのよ。」 「わかってるさ。それよりこいつはどうする。」 「あらあら奇遇だこと、この男は・・・このまま連れていくわ。」 キョンに連絡がつかない。あたしはキョンのアパートへ向かった。 キョン・・・どこにるの・・・嫌な思いがあたしの心に積もる。 キョンの部屋の呼び鈴を押した時、 「ここにはいない」 背後からディープスロートの声がした。 「キョンは今どこにいるの!」 「分からん、私も知りたいよ。」 「きっと何かあったに違いないわ。」 「無事だ。」 「どうしてわかるの?」 「彼を殺せば目立ちすぎるし、証拠を君にぶちまけられては困る。」 「証拠はもう無いわ。彼らに抹殺されたのよ!」 「涼宮捜査官、君にしかキョン捜査官は救えない。証拠はまだ存在する。」 「どこに?」 「警戒が厳重な場所だが君なら何とか潜り込める。」 「潜り込むって・・・場所は?」 「それは・・・フォートマリン隔離施設だ。」 「そこに何があるの?そしてどうすればいいの?」 「”源”だよ。全ての始まりだ。それを手に入れろ。そうしたら彼らと 交渉してキョン捜査官を取り戻す。」 「う・・・」 俺は薄暗い廃工場と思われる場所で目を覚ました。朦朧とする意識の 中で周りを見渡すと、自分は柱に縛られ、周りには誰もいない状態だった。 「なんだったんだあのガスは・・・気絶するほどとは・・・」 「ずいぶんと長い昼寝だったわね。お久しぶり、キョン君。」 うつむいて今までのことを思い出していたとき、はるか昔に 聞いた女性の声が聞こえ、近づいてきた。 「お、お前は・・・なぜここに!」 声の主はハルヒと出会ってすぐ、俺を殺そうとし、更に長門が 暴走して時空改変を行った際に俺にナイフを付きたてた女、朝倉涼子だった。 「あらあら、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶なこと。」 「お前は長門によって消されたはずだ。なのに何でここにいる?」 「うふふ、知りたい?まあいいわ大サービスで色々教えてあげる。」 朝倉は教師が生徒に授業をするような態度で行ったり来たりしながら話し始めた。 「私は新しい任務のために再構成されたの。バックアップとしてではなく単独個体としてね。」 「新しい任務・・・?」 確か高校卒業の別れ際、長門もそんなことを言っていたことを思い出した。 「情報統合思念体が自立進化の道を探っているのは既に知ってるわよね。」 「ああ。」 「あなたは情報統合思念体がこの星に興味を持ったのは涼宮さんのため だけかと思っているかもしれないけど、実際にはもっと昔からアプローチ していたのよ。」 「昔から・・・?ハルヒを観察するだけじゃなかったのか?」 「あなたたちが高校時代には涼宮さんの監視が私たちの目的だったわ。 事実あなたを殺して涼宮さんの出方を見ようともしたし。」 高校時代に殺されかけた嫌な思い出が蘇る・・・ 「でも高校卒業後、涼宮さんの力がなくなると、もはやその意味はなくなった。 そこで情報統合思念体の中でも少数派だったこの星の住人と直接接触し、 共に人類を支配下において自立進化の道を探ろうとする流派が台頭して来たの。」 「俗に言われている『宇宙人』ってやつか」 「そうね。そんな感じで言われてるわね。UFOとかも。で、その流派が今は 主流派となり活動を行ってるわけ。」 「で、その任務にお前や長門が選ばれてるってわけか。」 「まだ大勢いるけどね。でも、まさかあなたに会えるとはね♪」 「俺は会いたくなかったけどな。」 「ほんと、つれないこと。長門さんだったらホイホイついていくのに。」 「そうだ!長門はなんで俺たちのことを覚えていないんだ?」 「長門さんの記憶が封印されているためよ。初期化も考えたらしいけど 今まで蓄積していた知識なども考慮すると封印したほうがいいというのが 結論だったみたい。ま、私にはどちらでもいいけど。」 「封印・・・それでか・・・」 俺は空軍基地で長門に襲われた一件を思い出した。 「喜緑さんはどうなんだ?」 「あの人は特別ね。未だに穏健派に属していて、穏健派は各派の暴走を 押さえるのが目的なの。喜緑さんはいわば監査官ってところね。」 「喜緑さんだけは昔から立場が変わってないってことか・・・」 「そうね。でもなんであなたたちを助けたのかはわからないけど。まあ、 今回はここの情報を遮断フィールドで覆ってるし、助けに来ないと 思うけどね。」 「俺を殺すつもりか?」 「まあね。それが命令だし。人間最後まで片をつけないとね♪」 お前人間じゃないだろ・・・などと思いつつとりあえず絶体絶命だと言うことは 理解できた。 「それじゃ、私はまだ用事があるから失礼するわ。おとなしくしててね♪」 そういうと朝倉は闇に消えていった。 「ハルヒ・・・今頃どうしているだろうか・・・」 俺は悲嘆にくれながら月明かりが差し込んでくる窓のほうを見た・・・ あたしはキョンを救う鍵を手に入れるべくフォートマリン隔離施設へ 向かった。ディープスロートが用意してくれた偽のIDで難なく潜り込む事が できた。あたしはエレベーターまで行くと最重要フロアまで一気に登った。 フロアに着くとあたしは”氷雪学”の研究施設を目指した。その施設は すぐわかり、その部屋に入った。部屋に入ると”ガチャン”という音と共に ドアがロックされた。奥の部屋に入るには更にIDカードでの認証が必要なようだ。 あたしはIDカードを差し込んだ。その途端スピーカーから声が聞こえた。 扉の横に警備員が待機していた。 『名前は?』 「涼宮ハルヒ。」 『所属は。』 「連邦政府。」 『パスワードを。』 パスワード?そんなの聞いてなかったわ・・・わたしが考え込んでいると、 『パスワードを言ってください。』 警備員に怪しまれ始めていた・・・その時ある言葉があたしの頭に浮かび 上がった。 「純度調整」 そう言った瞬間、ドアのロックが開いた。あたしはドアの中に入り、 「ここに署名を」 と言われ、それに従い名前を書いた後目的の部屋に入っていった。 部屋の中は冷凍保管室だった。いくつかのケースが保存されており、 その中のひとつを探し出してケースから中の容器を取り出した。 容器を開けて中身を見るとそれは・・・宇宙人の胎児だった・・・ 「これが”源”・・・」 これがあればキョンが救える。あたしは容器の中身を元に戻すと 容器をダンボールに入れ、冷凍保管室を後にした・・・ ───待っててねキョン、今助けるわ! 俺は殺される・・・死刑執行を待つ死刑囚のような気分だった。 うなだれていると奥の方から小柄な人影がこっちにやってくるのが見えた。 「長門!」 そう、それはかつての、いや、俺は今でも仲間と思っている長門有希だった。 長門は俺の前に立ち無言でいる・・・俺を殺すのは長門なのか・・・?そう考えて いると長門が突然口を開いた。 「なぜ...あなたは私を知っているの...?」 「共に活動した仲間だからだ。」 「私はあなたと活動した記憶は無い...」 「それはお前の記憶が封印されているんだ!思い出してくれ俺を!」 「封印...?私は最初からこの記憶しか持っていない...」 「ちがう!それは情報操作されているんだ!お前は、俺の、俺たちの大事な 仲間なんだ!」 「なか...ま?」 「そうだ、無口で寡黙でそれでいていつもみんなを見守っていてくれていた 存在、それが長門有希、お前なんだ!」 「みんなを...見守る...」 そういうと長門は右手で頭をかかえた。 「お前はそんな命令しか聞かない人形じゃなかった。最初は無表情だったが 徐々に人間らしい感情を持ってきた、そんな女の子だったじゃないか!」 「かん...じょう...」 「思い出せ!SOS団で活動したことを!最初にお前と行った図書館のことを!」 「SOS団...図書館...」 そういうと長門は直立不動になり目を閉じた。 「封印シーケンス無効化。自律動作開始。これより自発的行動に移る。」 「長門・・・思い出してくれたのか!?」 「キョン...あなたに会いたかった...」 長門は目を開け微笑みながら涙を流し、俺を見た。 「俺も会いたかった、長門・・・」 「私は記憶を封印されていた。でも深層心理下ではいつもあなたを想っていた。」 「長門・・・」 「私はあなたを助ける。とりあえずここを脱出する。」 そういうと長門は俺が縛られていたロープを切ってくれた。と同時に、 「あらあら、長門さん裏切るつもり?」 闇の中から朝倉が現れた。 「裏切るのではない。元の自分に戻っただけ。」 「あなたは今昔の立場では無いわ。だから裏切りよ。」 「なんとでも言うといい。でも私は彼を守る。」 「ふふふ・・・あの時の再来かしら。でも今は私はあなたのバックアップ じゃないわよ。同等の機能を持つ!!」 そういうとあたり一面が砂漠化した。 「くっ、情報操作か!」 「私から離れないで。あなたを絶対に守ってみせる。」 「出来るかしらね・・・行くわよ!」 長門と朝倉の激しい戦いが始まった。朝倉のターゲットはどうやらまずは 俺らしい。俺に向かって執拗に攻撃してくる。それを防いで反撃する長門。 「あら、なかなかやるわね。でもこれはどうかしら!」 そういうと朝倉は俺たちの周りに電撃をまとった黒い球体をいくつも 出現させていた。そして一斉に俺たちに向かってその球体が向かってきた。 長門はその瞬間体を発光させて全部の球体の攻撃を受けた。 「長門!大丈夫か!」 俺に当たるのを防ぐために攻撃をもろに受けてしまった長門は、 体がボロボロになり倒れていた。俺は長門を抱きかかえた。 「大...丈夫。遮断フィールドである程度防いだ。」 「しかしもう体がボロボロじゃないか。」 「ボロボロでも...絶対にあなたを守ってみせる。それが私の使命。意思。」 「長門・・・ありがとう・・・」 「あらあら、焼けるラブシーンだこと。涼宮さんが見たらどう思うかしらね。 でも、次の攻撃で終わり。どうせ涼宮さんも後を追うだろうからあの世で見せ付けてあげて♪」 朝倉は右手のを俺たちにかざすと俺たちの頭上、周りに膨大な炎が出現した。 「これはもう長門さんじゃ防げないわよ。覚悟を決めることね。」 そういうと炎が一斉に俺たちに向かってきた・・・万事休すか! 俺は目をつぶった。しかし次の瞬間、炎は全て消えていた。 「どういうことだ・・・」 「まさか・・・あなたが現れるなんて・・・」 朝倉は信じられないと言う感じで俺の後ろを見ていた。振り向くとそこには 喜緑さんが立っていた。喜緑さんはすぐに俺たちのところへやってきて長門の 体を治してくれた。 「遅くなりました。長門さんがこの空間の隙間から連絡をしてくれたので ここが分かりました。間に合ってよかった・・・」 「喜緑江美里ありがとう。助かった。」 「いいんですよ、長門さん。あなたはやっと本来の自分を取り戻してくれました。 私はこのときを待っていました。彼や涼宮さんのために。あなたのために。」 「喜緑さん、どうして俺たちを助けてくれるんですか?」 「長門さんと共に朝倉さんと戦わねばならないので簡潔にお話します。 私の属する穏健派は現在の情報統合思念体の主流派の行動があまりに行き過ぎて いるという考えを持ち始めました。そこで涼宮さんやあなたを助けることで 主流派の暴走を食い止めようと考えたのです。」 「だからあの時長門に襲われた俺たちを助けてくれたんですね。」 「はい。さあ、時間がありませんキョン君あなたをこの空間から脱出させます。 その後は急いでそこから遠くに逃げてください。」 「わかりました。長門また負担をかけてすまん。これが終わったらまた会おう。」 「了解した。あなたも気をつけて。」 「では行きます。」 そういうと俺は情報統制空間から脱出した。 「さあ、朝倉さんあなたの暴走を止めさせていただきます。長門さん準備は いいですか?」 「いつでもいい。」 「くっ、まさかあなたが出てくるとはね・・・さすがに2人がかりで来られては 勝てないわ。今回は逃げさせてもらう。でもこれはお土産よ!」 砂漠化した情報統制空間中で連続して大爆発が起きた。そして情報統制空間は 消えた。 俺は廃工場の外に転送されていた。一刻も早くここを離れなくては・・・そう思うと とりあえず廃工場から全力で離れていった。と、その時! 『ズドーン・・・ズドーン・・・ドカーン───』 廃工場がいきなり大爆発を起こした。 俺は爆風で少し吹き飛ばされ倒れた。が、怪我もなかったのですぐに立ち上がり、 「長門───!!喜緑さん───!!」 大声で叫ぶも燃え上がる廃工場からは何の返事もなかった・・・ 「くそっ・・・せっかくまた会えたのに・・・」 燃え上がる廃工場を見ながら俺は涙を流しつつ拳を地面に叩きつけた。 だが、長門や喜緑さんの犠牲を無駄にしてはならない。そう考えると涙を拭き 立ち上がった。 「しかし・・・一体どこへ行けばいいんだ・・・」 そのとき、月明かりに照らされた人影から声が聞こえた。 「キョン君、こっちです!早く!急いで!」 その人影は・・・未来から来た高校時代の天使、朝比奈みくるさんだった。 「朝比奈さん、なんでここに!?」 「訳は後です。規定事項が迫っています。そこに涼宮さんもいます。私に ついて来て下さい!」 「わかりました、いきましょう。」 俺と朝比奈さんは急いでその場を後にして、朝比奈さんに指定された場所に 向かった。 その時俺は気が付かなかった、近くの物陰で監視されていたことを。 監視していた女性が無線機を取り、 「スネーク、彼が逃げました。そちらに向かっています。」 『もうすぐ取引が終わる。問題ない。』 「わかりました。気をつけて。」 『そちらもすぐに撤収しろ。以上だ。』 無線機の先の男は車のハンドルを握りながら一粒の涙を流していた・・・ あたしは車でディープスロートとの待ち合わせの場所に向かった。しばらく 待っているとディープスロートを乗せた車がやってきた。 「涼宮捜査官、例のものは持ってきたかね。」 「ええ、ここにあるわ。」 「じゃあ早く私に渡すんだ。」 「いやよ、あたしが直接交渉するわ。」 「いいかね、この段取りをつけたのは私だ。私でないと相手は信用しない。」 「そうね・・・わかったわ。」 あたしは持ってきた宇宙人の胎児をディープスロートに渡した。 ディープスロートは受け取ると車を少し先に進ませた。あたしは車に戻り サイドミラーを調節してディープスロートの車が写る様にした。その時 あたしの車の横を黒いバンが横切りディープスロートの車の横で止まった。 ディープスロートは車を降り、バンから出てきた男に宇宙人の胎児を手渡した。 と同時にディープスロートは男から撃たれた!!バンの男はすぐに車に乗り込み 走り出した。あたしは車を降りると、 「キョンは!キョンを返してー!」 と叫びながらバンに走って近づいていったが逃げられてしまった。追いつけない ことを確認するとあたしは撃たれたディープスロートのところへ走っていった。 「う・・・嘘でしょ・・・なんで・・・」 撃たれて倒れていたのはディープスロートではなかった。高校時代SOS団副団長、 古泉一樹君だった・・・ 「ハルヒー!」 あたしの後ろからキョンの声が聞こえた。振り向くとキョンがこっちに走って きていた。と、その後ろをみくるちゃんが追いかけて走ってきていた。 「ハルヒ大丈夫か?」 キョンが心配そうに話しかけてきてくれた。 「ええ、大丈夫。でもなぜみくるちゃんがここに・・・」 「訳は後で話す。で、どうなったんだ?」 「キョン、これを見て・・・」 俺はハルヒがどいた先を見つめた・・・そこには銃で撃たれた古泉がいた! 「古泉!何でお前が!?」 「ふふふ、ディープスロートの正体は僕だったんですよ。」 「ディープスロートの正体が?どうやって・・・」 「『彼ら』の技術を使って『機関』が開発した特殊偽装装置を 使いました・・・ぐっ!」 「喋るな、病院へ連れて行くから待ってろ。」 「もう助かりませんよ・・・だからここで話せるだけお話します。」 「なんで・・・なんでこんなことを・・・命をかけてまで・・・」 「僕は以前言いましたよね、『SOS団に危機が迫った時1度だけ機関を 裏切ります。』と。」 「だからって・・・こんな・・・こんなことってあるかよ・・・」 俺は涙を流しながら古泉を抱きかかえた。後ろではハルヒ・朝比奈さんも 涙を流していた。 「『機関』はすでに情報統合思念体の新主流派と接触を持っています。 ありとあらゆるところに根を張り巡らしていることでしょう・・・」 「それで『機関』のスポンサーがアメリカ政府になったのか・・・」 「まあ・・・そんなとこ・・・ろ・・・です。」 抱きかかえる古泉の命が弱くなっていくのを感じる。 「高校時代は・・・楽しかった・・・ですね。」 「ああ、今でも戻りたい気分だ。最初は嫌だったけどな。」 「世界で・・・我々だけですよ、あれだけの・・・楽しみを得られたのは。」 「そうだな。そのことを世界中のやつに自慢してやりたいよな。」 「SOS団に入れて・・・本当によかった・・・です。」 「俺もお前と会えて本当によかったよ。」 古泉の命が今まさに燃え尽きようとしている・・・ 「まさか・・・僕はあの人に撃たれるとは・・・思いま・・・せん・・・でした。 いいですか、涼宮さん、キョン君。これからは誰も・・・信じ・・・ては いけ・・・ま・・・せ・・・ん。」 そういうと古泉は息を引き取った・・・ 「古泉───!」 俺は古泉の体を抱え大泣きした。 「なんで、なんで古泉君がこんな目にあわないといけないの!? キョンどうなってるの!?」 ハルヒが俺に泣きながら問いかけてきた。 「ハルヒ、お前には話していないことがある。とりあえずオフィスへ 戻ろう・・・」 そういうと俺はハルヒの車に古泉をのせハルヒ・朝比奈さんと共に FBIのオフィスに向かった・・・ FBIのX-FILE課のオフィスには俺・ハルヒ・朝比奈さんがいる。 俺は今までのことを全てハルヒに話した。そしてハルヒは落ち込みながら、 「そう・・・やっぱり有希は宇宙人だったのね・・・いつかキョンが喫茶店で 言ってた3人の話って本当だったんだ・・・」 「今まで黙っていて御免なさい、涼宮さん・・・」 朝比奈さんが申し訳なさそうに言う。 「いいのよ、事情が事情だったしね・・・でも、なんで今日古泉君が 撃たれるのを止められなかったの!?未来からならわかるんでしょ!?」 「それは・・・」 「ねえなんで!?、みくるちゃん。なんで・・・」 ハルヒは涙を流しながら朝比奈さんに詰め寄っていた。 「よせハルヒ。古泉が撃たれる事は規定事項だったんだ。これが変わって しまうと未来まで変わってしまう。だから止められなかったんだ。」 「そう・・・よね。ごめんなさい、みくるちゃん。問い詰めたりして。」 「いえ、いいんです。私も止めたかった。でも・・・」 朝比奈さんも泣き出した。 「長門は記憶を取り戻し俺を助けてくれて犠牲になった・・・古泉は 最初から命の危険をおかしてまで俺たちを助けてくれた・・・失った ものが・・・大きすぎる・・・」 「キョン君・・・」 「キョン、でも有希はまだ生きているかもしれないわ。だって宇宙人 なんでしょ。しかも喜緑さんもいたんでしょ。」 「ああ・・・そうだな。まだ希望は捨てられないな・・・いや、またきっと 会える日が来る。」 「みくるちゃんはこれからどうするの?」 「わたしは本来の時空に戻ります。今回はキョン君のサポートとして命令を受けたので・・・」 「そう・・・また会えるわよね。」 「ええ。きっと。それでは涼宮さん、キョン君気をつけて。」 そういうと朝比奈さんは部屋を出て行った。もうこの時空にはいないだろう。 「キョン、真実ってなんなんだろうね・・・」 ハルヒがか弱く俺に問いかける。 「さあな・・・今はわからん・・・でもいつかわかるさ。」 「そうね。」 「今日はもう遅い。とりあえず帰ろう。」 「私はまだもうちょっと1人でここにいるわ。先に帰ってて・・・」 「わかった。あまり考えすぎるなよ。」 「ありがとう。キョン・・・」 俺は天井を向きながら考え事をしているハルヒを残し家に戻っていった。 俺は家に戻りベットに横になって色々考えていた・・・ 長門のこと、喜緑さんのこと、朝倉のこと、古泉のこと・・・などを。 考えながら、うとうとしていると突然電話が鳴った。 「もしもし」 『キョン・・・X-FILE課が閉鎖になることになったわ・・・』 「なんだって!」 『スキナー副長官からの直々の命令よ。私たちはバラバラに 転属になるわ。』 「そんなこと・・・許されるもんか!!」 『あたしは明日もう一度命令の取り消しを求めてみるわ。』 「俺も一緒に行くぞ。」 『ありがとう、キョン。あたしは絶対に諦めないわ、真実を求めるまで!』 「ああ、そうだな。死んでいった古泉のためにもな。」 『じゃあ明日またオフィスで会いましょう。おやすみ。』 「ハルヒ、おやすみ。」 そう言って俺は電話を切った。X-FILE課が閉鎖だと!これも真実に 近づきすぎたためか?俺はやりきれない気持ちで一杯だった。 未来は変えられないのか・・・いやきっといつかこの絶望の未来を 変えてみせる。その時まで俺はハルヒと共に戦う。そう決心した・・・ 最後に俺たちや同じように閉塞した絶望に襲われている人たちに1つの メッセージを送りたい。 ───Fight the future(未来と戦え) <終章・終> 涼宮ハルヒのX-FILES あとがき 涼宮ハルヒのX-FILESを応援してくださった方、ご覧になってくださった方、 支援してくださった方、本当にどうもありがとうございました。 涼宮ハルヒのX-FILESはとりあえず全5話で完結になります。 この各5話は参考ストーリーのシーズンがバラバラですが、一応本家シーズン1を想定 したものとなっています。 最初の発端は「スカリー役のキョンが朝倉に拉致されたら面白いのでは」と言うもの だったのですが、この拉致される本家X-FILESシーズン2からは国家による陰謀色が 強くなり、モルダー役のハルヒでは少々役不足になると考え、陰謀色が薄いシーズン1 のみを想定してSSとして書かせていただきました。 なお、本家X-FILESではシーズン1~6までで1つの陰謀話になっています。 涼宮ハルヒのX-FILESにおいては私の作成能力不足のためいくつか伏線を残す結果と なってしまいました(文章においても変なところが多いですが・・・)。 ただ、これらを回収するにはシーズン2以降の話をかなり書かなければならず、 かなり長くなってしまうため不本意ながら断念しました。 本家X-FILESでは陰謀の絡まない単発ストーリーがまだいくつかあります。 機会があれば短めな外伝としてそれらをSSとして書くことも考えています。 最後になりますが、ある一曲を紹介したいと思います。 それは日本でシーズン3が放映された際のエンディングテーマでTWO-MIXの曲である 「TRUE NAVIGATION」です。 この曲はモルダーとスカリーのお互いの信頼関係がテーマの曲ですが、 ハルヒ・キョンに当てはめてもまったく遜色が無い曲だと思っています。 私はシリアス版ハルヒ・キョンのテーマだと思いながら執筆中に聞いていました。 どんな形になるかわかりませんが、長編次回作が出来ましたらまた恥ずかしながら 発表させてもらいたいと思っています。 それまでは小粒な作品などをちょくちょく書きたいな・・・と。それでは。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3046.html
――――栄光か敗北か!!生き残りたければ勝て!!! この俺に その生き様を 見せてみろ!!!―――― 騒音公害になるようなあまりにも大きな声がテレビから響き渡る。 そのあまりにも大きすぎる声量に怯みつつ俺は目の前で何処からか持ってきたテレビを凝視しながら興奮しているハルヒに声をかけた。 「もうちょっと音量下げろよ!!大体なんだその番組は…新手の騒音公害で町を滅ぼそうとする怪人でも出てくる特撮ヒーロー物でもやってんのか?」 「そんなコアな怪人が登場する番組やってるわけないでしょ!カードよカード!カードゲーム!」 テレビから聞こえる声に負けない声量で俺を圧倒するハルヒ。近所迷惑だから静かにしたほうがいいと思うぞ。まぁあのコンピ研の方々がハルヒに文句を言えるとは思わないがな…。 「…は…?カードゲーム…?」 「そう、カードよ!アメリカのどっかのアミューズメントパークで大きな大会がやってるの!それの中継よ!」 「わかったわかった…。わかったからもう少し静かに喋ってくれ…。で?なんのカードゲームだよ…トランプか?。」 まぁトランプの世界大会で生き残りたければ勝て!!とか聞こえてくるわけはないよな 、大体世界大会あるのか?トランプ。 しかし俺の知ってるカードゲームといえばトランプかウノくらいしかないので一応そう聞いてみた。 そんな俺にハルヒは、 「ンなわけないでしょ!デュエルモンスターズよデュエルモンスターズ!」 と大声で叫びまくる。だから静かにしろって!!鼓膜が破れるっつーの!!。 「なんだデュエルモンスターズって…大体なんでそんなカードの大会なんか見てんだ?」 「あんたデュエルモンスターズ知らないの!?……しょうがないわね…説明してあげるわよ…」 一旦テレビの音量を少し下げ(それでも十分五月蝿いが)ハルヒは説明し始めた…。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ハルヒが言うにはデュエルモンスターズは世界的な人気カードゲームで、今や老若男女誰しもが知っている世界の常識のようなゲームらしい。 俺は聞いたこともないし見たこともないんだが…いや…この前妹と新しいハサミ買いに行ったデパートにそんな感じな名前の袋がいっぱい置いてあったような気がするな…。 「それってもしかして剣士とか魔物っぽいのとかが書かれてるカードの奴の事か?」 「そう!それよ!わかってんじゃない!」 当のハルヒはあのハカセ君に勉強を教えに行った時にルールやら何やら色々と聞いてきてすっかりハマってしまったらしい。 「言っとくけどあたしはかーなーり強いわよ!」 まぁ俺には関係ないな。 そんな小難しそうなカードゲームのルールなんていちいち覚えてられん。 大体そんなもんを覚えれる脳内容量があれば全て朝比奈さんの愛くるしい微笑みを脳内記憶するために使ってるってもんだ。 大体そのデュエルなんたらだったかなんてSOS団のメンバーじゃお前だけしか知らないだろ。世界レベルのカードゲームじゃなかったのか。 「僕は知ってますよ。デュエルモンスターズ。」 爽やかっぽいイケメン面を更に爽やかに微笑ませながら古泉が言う。顔が近いぞ、おい。 「まさかあなたがデュエルモンスターズを知らないとは…我々の中では一番知っていそうだと思っていたのですが…」 知らないもんは知らないんだ、仕方ないだろ。 まぁ古泉は知っててもおかしくない。チェスだの人生ゲームだのいつでも色々とゲームを持ってくるしな。きっと古今東西のゲームでも集めてんだろ。いつも負けてるけど。 「朝比奈さんは知ってるんですか?そのデュエル何たらを。」 さっきからお茶を淹れる事に専念している朝比奈さんに声をかける。 「えぇと…それって…」 パタパタとメイド服を揺らしながら朝比奈さんが自分のバッグに手をかける。 そして朝比奈さんはバッグの中からきちんとケースに収められたカードの束を出した。 「これですよね。」 「みくるちゃん…あなたデュエルモンスターやってたのね…」 ハルヒが感動したような面持ちで朝比奈さんに詰め寄っていく。 顔はにこやかなのに足を凄まじいスピードで朝比奈さんに詰め寄るハルヒは少し怖い。まるで妖怪100キロ婆… 「なんか言った?」 「な、長門は知ってるのか?このカードゲーム」 なんとか話題を変えようと読書中の長門に質問してみた。 「名前だけなら。」 さいですか……皆知ってるんだな……。 この奇妙な団活に巻き込まれてる内に世間知らずになっちまったのかなぁ…俺…。 「鶴屋さんと一緒によくやるんですよ。このカードゲーム。」 鶴屋さんもやってるのか、これ…。 マジで人気なのか…こんなカードが…。 そう思いながら俺はテレビに目を向けた。 テレビの向こうでは未だに変な男が叫び続けている。 乳酸菌足りてるか?そんなに叫び続けると頭に血が昇って早死にするぞ? 相手に伝わる筈もないのに俺はテレビの向こうで叫ぶイケメン面の男に対してそう思っていた。 TURN-02へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/558.html
第2章 雨で中止になった第2回SOS団花見大会だが、ハルヒはそれほど不機嫌ではなかった それは今、俺の部屋で格闘ゲーム大会を催し、長門と決勝戦を繰り広げる様子や古泉の話からも明らかだ 「そこぉ!」 ハルヒの超必が決まり、決勝戦の幕が閉じる ハルヒが勝ったという結果を残して 長門はゲームをするのは初めてと言っていたが、慣れるにしたがってどんどんうまくなった それでもハルヒにはかなわない どうでもいいが古泉は最下位だった ボードゲームも弱いがコンピューターゲームも弱いらしい 「簡単すぎるわね、もっと難しいゲームはないの?」 ひとしきり優勝にはしゃいだあと勝ち誇ったようにハルヒが言った 「ソフトならそこの棚に入ってる。好きに選べ」 ハルヒがソフト探しに夢中になっている隙をみて俺は長門に耳打ちした 「この雨はいつやむかわかるか?」 すると長門も小声でこたえてくれた 「不明、ただしこの雨により桜の花が落ちる可能性は92.7%」 俺は頭をかいた やばいな、このままだと第2回SOS団花見大会が中止になっちまう 別にこうやって騒いでるのも楽しいのだが、ハルヒが閉鎖空間を生み出さないとも限らない ただやたらご機嫌なハルヒをみているとそれも無駄な心配に思えてくるから不思議だ まぁ、その後も特筆すべきことがらもなく、急遽開催された第1回SOS団ゲーム大会もハルヒの万能っぷりを見せ付けただけで幕を閉じた 帰りぎわハルヒは 「明日は晴れたら公園で花見、雨だったら部室に集合ね」 と言ってANGIE DAVIESのSUPERMANを歌いながら帰っていった ―そして翌日 と、いきたいところだったのだが、正直そうもいかないらしい 妹が風呂を知らせに来た午後7時半、ハルヒから電話がかかってきた 「キョン、何も言わずに今すぐ例の公園に来なさい、いいわね!」 相変わらず一方的に話すだけ話して切る奴だ 仕方なく俺は家を出た 昼に降っていた雨も止んで、空を見れば朧気ながら月が顔を出していた しかし、その公園でたとえノストラダムスでも予言できないようなことが起きようとしていたなんて、いったい誰が予想できただろうか 公園に着いた俺をハルヒの背中が迎えてくれた 桜の花は昼の豪雨によってほぼ散っていたが、残った微かな花により、儚げな美しさを醸し出していた 俺はハルヒの背中に話し掛ける 「よお、待ったか?」 「わかんない」 ハルヒは後ろをむいたまま首を横に振った 「すごく待った気もするし、すぐだった気もする」 わけのわからないことを言い出した 「ねぇ、あんた選択授業なんにした?」 これは本当にいつものハルヒなんだろうか その声はまるでつついたら壊れる脆いガラス細工のようだった 「多分、お前と同じだ。私立文系受験の…」 「違うの!!」 ―悲愴 そんな感情を込めた叫びに思わず俺の気持ちが後退りをする 不意に月が雲に隠れ、まわりの家の灯り、公園の街頭、すべての明るさが陰りを見せたような錯覚に陥った そう、それはまるで閉鎖空間に迷い込んだような… 「あたしは…理系を選んだ」 ぽつりと出た、蝶の羽音のような声は一瞬、俺の思考を停止させた 俺は考えていた 2年になっても俺はハルヒの席の前でシャーペンでつつかれたり、その笑顔を見ながら過ごすことになるだろう、と ただ、逆に北高は2年のクラス替えを理系、文系に分けてやる だから頭のいいハルヒが理系にいってもそれはそれで別にそれでもかまわないと思っていたが ―今だから正直に言おう 俺はそうじゃなければいやだ そこにあって当然のものだから油断していた ハルヒの席の前に俺以外の人間がいるなんて俺の中ではありえない 空気はそこにあって当然のものだが、空気がなくなると人間は窒息死してしまう そんな例えがわかりやすいだろうか とにかく、その発言を聞いた俺の目の前は真っ暗になったのだ そうだな、この瞬間に閉鎖空間にハルヒと閉じ込められたなら、俺はこっちの世界に戻ろうなんて考えなかっただろうぐらいに しばらくそんなことが頭の中を縦横無尽に駆け巡っているとその沈黙をどう受け取ったか、ハルヒが口を開く 「あんたが文系を選ぶことは知ってた。その時は別に部室で会えるし、全然構わないと思ってた、だけど…今の気持ちはそうじゃない!」 ハルヒがゆっくり振り返る、その目は、顔は、涙に濡れていた 「キョン、あたしはあんたと一緒にいたい!離れたくない!精神病でも何でもいい!あんたが好きなの!」 張り上げた涙声は魂の叫びとなって静寂を保つ夜の闇に響く 普遍的な行為を嫌うハルヒが、こんなに一般的な告白をしなければならないほどこいつは思い詰めていたのか そこで俺は考えた 俺にとっての ―涼宮ハルヒ の存在を クラスメイト?団長? 一緒にいる理由は? 仕方なく?おもしろそうだから?朝比奈さんを守るため? すべてのハテナマークをふりきり、一つの答えにたどり着いた ―俺は涼宮ハルヒに惹かれている この状況に合う言葉を口に出すなら 「俺も…ハルヒが好きだ」 考えよりも先に言葉が出ていた それに気付いてからも俺に後悔はない これは心のままの気持ちだから 「…ありがとう」 ハルヒに言われた初めてのありがとうは俺の心を暖かくし、泣きじゃくるハルヒを抱き締めるのに十分な理由をくれた ―ただ俺は知らなかったんだ この出来事が明日以降の、サプライズ具合では今ほどではないが、しかし非常に厄介な出来事の引き金だったことを 第3章
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/137.html
「10人がかりよ、どうする?」 「どうするも何も、俺たち狙いだろ、どうみても?」 「正確に言うと、あたし狙いだけどね。倒した覚えのあるのが何人か混じってるわ」 「ストリートファイトはやめとけ。と、いつも言ってるだろ」 「ふりかかった火の粉を払っただけよ」 「いや、その前に火をつけて回ったりしなかったか? 比喩で聞いてんだが」 「よくわからないけど、そういうこともあったかもしれないわね」 「やれやれ」 「ほら、『あっちの男は使えねえ』『狙いは女の方だけだ』『取り囲んで、足を止めさえすりゃ勝ちだ』とか、いろいろ言ってるわよ」 「ご期待に添えるかどうか」 「何言ってんの。日頃の特訓の成果を見せる日がとうとう来たのよ。喜びなさい、キョン」 「特訓って、お前の家の庭に穴掘って埋めるアレだろ?」 「そうよ、アレよ」 「まあ、待て。とりあえず話し合いからやるぞ」 「どうぞ」 「おーい、俺たちに用があるみたいだから話しかけるんだが、夜な夜な中年男を襲ってる『親父狩り』たちが、最近ひどい目に遭ってるって話を聞いた事はないか? おれたちは、ちょっと訳ありで、その「親父狩り」狩りのおっさんの関係者なんだ。そっちに敵意があることはわかるが、今日のところは『顔見せ』ってことで、また後日、日を改めて、って訳にはいかないか?」 「無理でしょうね」 ハルヒ、おまえが答えてどうすんだ。 「やっぱりこういう交渉事は荷が重いな」 「交渉だったの? なんかの口上か、落語で言うところの『枕』かと思ってたわ」 あからさまに「ハルヒ狙い」の10人は、見事にハルヒ・シフトを敷いて来た。 ハルヒの向こうに半円形に並ぶ。 いつかの経験が生かされてるんだろうか。 ハルヒの奴は、優雅に膝を曲げて「どうぞ、お先に」と身振りで俺を促す。 ちきしょう、無駄に可愛らしいぞ。 俺はハルヒの横を抜けて、相手方の半円形の真ん中をとぼとぼ歩いて行く。 正面の奴との距離が縮まるはずなんだが、向こうはなんと後ずさりしていて、半円形ごと俺の歩調にあわせて下がって行く。 どうも、こちらの意図が分からず不気味がってるようなんだが。 調子狂うな。 俺は歩調を早める。 後退する半月形のスピードも上がる。 おいおい、下がってどうすんだ。 しょうがない。俺は駆け足に切り替える。 正面の奴は、180度反転、なんと逃げる手に出たが、俺がダッシュした方が早く、本能的に逃げる相手にはタックルをかけてしまった。 おお、痛そうだ。すまん、わざとじゃない。これもみんな訓練という名の条件反射の賜物で……。 振り返ると、半円形の陣形は当然ながら崩れ、ハルヒはその端っこ(向かって左側)から、いつものごとく各個撃破に取りかかっていた。 半円形の残り右側を見ると、なんだか怖い者を見たような目で俺を見る。 俺が何かやったか? 単に、こいつが逃げたから反射的にタックルしてしまっただけで、俺の引き出しには、とくにヤバそうなものは何も無いはずだぞ。 俺はゆっくり立ち上がって、残り右側半分の連中の方へ、またてくてくと歩いて近づいて行った。 連中も、仲間がハルヒに一人ずつやられていくのは見るに忍びないのか、助けに行きたいのだが、どうも「不気味認定」された俺に近づかないでどうやって向こうへ行けばいいかを思案中らしい。 俺は、適当なところで立ち止まった。 相手に取っては、さぞややこしそうな距離を残して。 「キョン、こっちは片付いたわよ」 俺は「ああ、わかった」と答えてから、残り半分の右側君たちに向き直った。 「と、うちの相方は言ってるんだが、どうする?」 いや、すごんだ訳じゃないぞ。 努めてジェントルに、加えて(これは本心からだが)めんどくさそうに『質問』した。 右側君たちは、互いに顔を見合わす。 「もう、いらいらするわね。どうすんの!!」 ここにハルヒの怒声砲が一発。 右側君たちは、急に仲間意識に目覚めたらしく、ひっくり返ってる仲間たちを、分担して背負うなり肩を貸すなりし、這々の体で去って行った。 「キョン、あんた、なかなかやるじゃない!」 そうか? そんな女番長にほめられてるような事を言われても、あまりうれしくはないんだが。 それに今日俺がしたことといったら……。まあ、ハルヒは適度に暴れられてご機嫌だし、俺もズボンの膝についた土を払い落とすぐらいで済んだのなら、 「すべてうまくいったIt all went right.」 というべきなんだろう。 多分な。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3658.html
プロローグ 地球上で人類を始めとする生物たちが生きていけるのは、様々な条件が偶然にも好都合に揃っているからで、そのうち何かが欠けても生きていけないのは、今更俺が言うまでもない常識以前の問題だ。 その条件の中でも最重要といえる位置にあるものの1つが太陽だろう。太陽がなければ気温も上がらず、地球はひたすら不毛の地でしかなかったと言うのは過言でも何でもない。 しかし、地球はそのありがたい太陽の周りをぐるぐる回りながら尚かつ自分でもぐるぐる回っており、しかも回る面に対し傾いて存在しているわけだからタチが悪い。 つまり、季節があり、昼夜があると言うことだ。極地は一定期間太陽の恩恵自体受けられなくなる。 12月──今の季節は冬。楕円形の公転軌道から言うと太陽に近くなっているにもかかわらず、太陽の恩恵が少ない季節だ。 まあ、こんな読み飛ばされることを前提とした誰でも知っている蘊蓄なんざどうでもいいことだが、 街がキリストの生誕に浮かれる季節の早朝6時過ぎという、太陽の登る直前──つまり最低気温が記録されるだろう時間に自転車を飛ばしている俺としては、文句の1つも言いたくなるわけだ。 寒い。夏が恋しいね。 すでに日課になってしまった早朝サイクリングも、まだ始めた頃は良かった。 俺たちの住んでいる街は、全国的に言ってもさほど寒い地域ではなく、したがって少々着込めば多少の寒さは凌げるわけだ。 しかしここ最近は頂けない。 着込んだダウンジャケット越しに冷たい空気が肌を刺す。 露出している顔はすでに痛み以外の感覚がなく、おそらく赤らんでいることは間違いない。 それでも、ここ2ヶ月続けている早朝サイクリングを止める気はない。 放課後、文芸部室に行くのが当たり前のように、毎朝俺はこの時間に自転車に乗って登校する。 別に運動部に入って朝練をやっている訳でもない。 では何故──と言われると困る。こんなに早く行く必要性は全くない。 強いて言えば、あいつが怒るからか。 そんなことを考えているうちに、第1中継点に到着した。 「キョン! おっはよ~~!!」 冬だと言うのに、笑顔とパワーは真夏なみの我らがSOS団団長、涼宮ハルヒが挨拶とともに出迎えた。 「朝早いんだからあんまり騒ぐな。近所迷惑だ」 「何よ。朝だからこそでしょ! 1日だって最初が肝心なんだから!」 相変わらずのテンションで言った後、アヒル口になって文句を言った。 「それより挨拶返しなさいよ」 ああ悪い。おはよう。 そう、俺はハルヒを迎えに行って、一緒に登校しているのだ。しかも朝早くから。 こんなことになるとは、数ヶ月前の俺なら全く思いもしていなかった。 世の中何が起こるかわからん、ということだけは身に染みていたにもかかわらず、だ。 というわけで、少しだけ回想してみよう。 ことの起こりは2ヶ月ほど前だった。 何のことはない。ハルヒが怪我をした、ということだ。 決して俺のせいではない。ハルヒが勝手に転んだだけだ。 俺は近くにはいたが、手の届くところではなかった。 それなのに、ハルヒは俺の責任と宣言したあげく、登下校の送迎を命令しやがった。 何故? Why? 結局ハルヒが俺に反論の余地をくれるはずもなく、俺はアホみたいにハルヒの足と化していた。 例によって遅刻は罰金だそうで、ハルヒに負けまいと早く行ったのが仇になり、未だにこんな早朝登校を続けている。 母親が弁当を作ってくれなくなったが、冷食と残り物を使うのを認めてくれたので、自分で冷食を放り込んだだけの弁当を用意している。 財布が厳しいからな。 ハルヒの顔は、10日ほどで治った。別に続ける必要もない。 なのに、俺は何の気の迷いかハルヒの傷が癒えてからも、続けていいかと聞いてしまったのだ。 せっかく早起きが身に付き始めたのに終わらせるのが勿体ない──というのは建前だ。 本音を言おう。 俺は結構楽しかった。 朝早くからハルヒを迎えに行き、一緒に登校して、部室で茶を飲みながらしゃべる。 ただそれだけなのに、楽しかった。 こんな時間がずっと続けばいい、本気でそう思った。 ハルヒはどうなんだ? そんな疑問もあったが、それは解消済みだ──と思う。 2週間か、もっと前か。いつもの早朝の部室で、ハルヒが突然お礼を言ってきた。 ハルヒに礼を言われるという珍しい体験をしたうえ、あろうことがハルヒは俺に ──キスしてきた。 礼、なんだそうだ。あくまでも。欧米かよ。 いや、嬉しかったさ。ハルヒが黙っていれば美少女とかそういうことじゃなくて、ハルヒ自身がキスしてくれたってこと自体が。 『お礼』じゃなければもっと嬉しかったんだけどな。 そう思った俺は例の閉鎖空間で行ったことをそのまましてやった。 セリフもそのままだ。そこ、笑うな。 恥ずかしい回想はこの辺にしておこう。 まあ、そういう訳で俺は今朝もハルヒとともに早朝の学校に向かっているわけだ。 付き合っている、という訳ではないと思う。 第一、俺たちはお互いの気持ちを口に出した訳ではない。──行動には出したが。 それに、あれから何かあったか?と聞かれると何もない。 いつも通りの俺たちであり、いつも通りのSOS団であった。 こんな中途半端な関係だが、今のところ俺はこのままでもいいと思っている。 ハルヒが側にいるしな。枯れてるとか言うなよ。 俺だって普通の男子高校生だ。そりゃいろんな欲求がないとは言わないさ。 でもな。相手はあのハルヒだぜ。急いては事をし損じるなんて生易しいもんじゃないだろ。 急いては世界が滅びる。誇張でもなんでもなくな。 今はまだゆっくりやればいい。俺は本気でそう思っていた。 結論からいうと、俺は間違っていた。 こんな悠長な思いで毎日を過ごしていたかと思うと腸が煮えくりかえるね。 これからの1週間がとても長く、あんなに苦しい物になるなんて、このときの俺は思ってもいなかった。 1.落下物 へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1679.html
あの後、何とかセイバーと名乗る少女に剣を止めてもらった俺は、 驚きと共に怒りに打ち震えるハルヒにより、強制的に居間に連行された。 オイオイ、ハルヒよ、何をそんなに怒っているんだ? それにオマエの傍らにいるその赤い男は一体誰なんだ? そんな疑問も、今夜の出来事も、あの蒼い男のことも、セイバーと名乗る少女のことも、 居間でのハルヒのマシンガンのように連射される説明語りによって全てが解決をみた。 ハルヒが魔術師!? 「そう。隠してて悪かったわね・・・っていうかアンタも隠してたじゃない」 魔術師同士の戦争!? 「面白そうでしょ?」 目的は全知全能の願望器『聖杯』!? 「あたしは『世界をもっと面白くしてくれ』ってお願いするつもりよ」 召還される使い魔『サーヴァント』!? 「こっちの赤いヤツもさっきのあの蒼いヤツも、アンタが連れてるその子もそうでしょ」 しかもサーヴァントは英雄の霊!? 「そう。だからムチャクチャ強いのよ。ウチのは自分の真名を忘れてるけどね」 絶対命令権の『令呪』!? 「アンタの左手の甲にあるのがそうよ」 『セイバー』って何? 「サーヴァントのクラス名よ。アンタのは数多いクラスの中でも最強の剣使いね。羨ましいわ。 ちなみにウチのは弓使いの『アーチャー』、あの蒼いヤツはおそらく槍使い『ランサー』ね」 だいたい以上が、ハルヒの説明の中で俺が理解不明だった単語や事柄と、それに対するハルヒのお答えである。 しかし、これは本当に現実なのだろうか・・・。魔術師の戦争って・・・。確かに俺も魔術師だが・・・。 しかも人智を凌駕したサーヴァント!?俺は夢でも見てるんじゃ・・・。 頬をつねってみるがしっかり痛い。ああ、あとあの蒼い男にやられた傷もムチャクチャ痛い・・・。 一通り説明し終えたハルヒは満足げに手元の茶を啜っている。 ちなみにセイバーと名乗る少女は俺の横でちょこんと正座し、 アーチャーと呼ばれた赤い男は腕を組んで壁にもたれかかり、黙って事の成り行きを見守っている。 しかし・・・このアーチャーという男・・・セイバーを見つめる目が尋常じゃない。 何か信じられないものでも見ているような・・・例えると最初に俺が彼女を見たときのような、 隠し切れない動揺と驚きの眼差しを向けている。 「とにかく!説明することは以上よ!で、アンタどうするの?」 「どうするって・・・」 「だから!この聖杯戦争に参加するのかどうかってこと!」 そりゃあ、『戦争』だなんて銘打たれた血生臭いモンは遠慮願いたいところだが・・・。 隣に座るセイバーを窺うと、こちらは全くの無表情。 「セイバー・・・お前はどうしたい?」 俺が尋ねても、 「・・・あなたに任せる」 と答えるのみ。 仕方ないので、ハルヒへと視線を戻す。 「ハルヒ、お前は参加するんだよな?」 「勿論じゃない!『戦争』と名のつくものから尻尾を巻いて逃げ出すなんて、 魔術師として、そしてSOS団団長としてのあたしにとっては許しがたいことだわ! ぜーったいに勝ち抜いてやるんだから!!」 何ともハルヒらしい答えだぜ。思わず笑ってしまう俺。 見るとあの赤い男もなぜか俺と同じように、そんなハルヒの威勢のよさに苦笑いを浮かべていた。 「何がおかしいのよ?」 ヘソを曲げるハルヒ。 「いや、なんでもない。そういうことならこの聖杯戦争、俺も参加させてもらうぜ」 俺に迷いはなかった。 「いいの?アンタ、魔術師としては、てんで劣等生みたいじゃない。 そんなんじゃ死ぬかもしれないのよ?」 ついさっき死にそうな目にもあったしな・・・。しかし、 「それでもだ。ハルヒ、お前だけを危険な目にあわせるワケにはいかないだろう? 俺も団員として、せいぜい団長様の力になるだけさ」 俺の決意は揺るがない。 すると、ハルヒは一変、ブスッとした表情になる。 「アンタ、さっきの話聞いてなかったの?魔術師同士の殺し合いなんだから、 あたしとアンタは基本的には敵同士なのよ?」 俺は動じずに言い返す。 「ハルヒは俺を殺したいのか?」 「・・・・・・」 何も言わないハルヒ。俺は更に続ける。 「少なくとも俺はお前と戦う気はないぞ」 すると、ハルヒはニヤリと表情を変えた。 「アンタだったらそう言うと思ってたわ。安心なさい! アンタもセイバーもこのあたしの忠実なる僕として、協力させてあげるから! あたしとしてはサーヴァント中最強のセイバーを戦力に加えられるし、願ったり叶ったりよ!」 嬉しそうに言い放つハルヒ。最初からわかってはいたんだよな・・・コイツがこういうヤツだってことは。 「それじゃあ、同盟成立、だな」 「そうね」 俺達は固く握手を交わした。 その後、ハルヒは、 「それじゃあ、参加者登録をしに、教会へ行かなくちゃね」 と言い出した。 何でも、この聖杯戦争を監督するのが教会の仕事らしく、参加する魔術師はその登録のため、 必ず教会に1度は足を運ばなくてはならない、という決まりがあるらしいのだ。 ちなみに戦争に伴う諸々の雑務の処理も教会は受け持っているらしく、 例えば、戦いによって破損した公共物の修復等々の一般人から戦争を隠匿するための事後処理、 サーヴァントを失ったり、降参したりしたマスターの保護等々の内部の事後処理を行うらしい。 うーん、教会に行くのは俺としては問題ないのだが・・・ 「ちょっと待て、ハルヒよ。俺はさっきランサーとやらにボコボコにやられて、 身体が動かん。こんな状態で外に出るのは無理だ」 そう。ランサーから喰らった蹴りで俺のアバラは何本か骨が折れていてもおかしくないほど痛むし、 背中だって同様の状態だ。 「ったく仕方ないわね。じゃああたしが治療の魔術でもかけるわよ・・・。 こういうのは余り得意じゃないんだけど・・・」 そう言いかけたハルヒを押しとどめたのは、 「・・・待って」 というセイバーの一声だった。 「彼の治療なら・・・わたしに任せて」 そう言うと、セイバーは俺の腕を掴み、その小さな口を開けると、 かぷり、と噛み付いたのである。 「ちょ・・・セイバー・・・何を・・・!」 セイバーは数十秒の間、口を離さなかった。 ハルヒも赤い男も、唖然としてその光景を見ている。 「負傷治療用のナノマシンを注入した。これですぐにあなたの傷は回復する。 今後同様に負傷しても、そのナノマシンの効力によりあなたの傷は自然治癒する」 と、セイバーは静かに言いのけた。 次の瞬間、痛みに痛んだアバラからも背中からも、ウソのように痛みが消えた。 「『セイバー』ってのはこんなことまで出来るもんなのか?」 俺はハルヒに尋ねてみる。 「・・・ここまで高レベルな治療術を持つセイバーなんて・・・聞いたことないわ」 どうやらハルヒも驚いているらしい。 俺はふと、思い当たる節があり、今度はそのセイバーに尋ねてみる。 「こんなことまで出来るだなんて凄いな・・・。セイバーって一体どこの英霊なんだ? ほら、ハルヒが言ってた・・・『真名』ってやつか・・・。 もし良かったら教えてくれよ」 「・・・・・・」 セイバーは黙ったままだ。そこに、 「まあ言いたがらないのも仕方ないでしょうね」 と、割り込んできたのはハルヒ。 「サーヴァントにとって真名は己の能力、素性、弱点、全てを現すものだもの。 同盟関係とはいえ、あたしやアーチャーみたいな他の魔術師やサーヴァントの前で言うわけはないわ。 まあ、セイバーにいきなりそこまであたしを信用しろって言っても無理な話かもしれないしね」 そうなのか・・・と納得しかけた矢先、 「・・・長門有希」 セイバーは・・・その名を口にした。 そしてその時、俺やハルヒ以上にハルヒのサーヴァントである赤い男、アーチャーが、 一番の驚きの表情を見せていた。 「長門有希・・・それがわたしの真名」 再度、静かに言い放つセイバー。 何だろう・・・初めて聞く名前のハズなのに・・・どこか懐かしい響き・・・。 「セイバー・・・あなた・・・自分の真名、そんな簡単に言っちゃってもいいの?」 ハルヒが問いかける。 「・・・いい。この戦争において・・・わたしの真名が知れたところで発生するリスクは皆無」 長門有希もといセイバーが答える。 ハルヒはイマイチ理解しかねるという顔をしている。 そしてそんなハルヒ以上にアーチャーと呼ばれる赤い男は、何やら考え込み、複雑な顔をしていた。 そんなこんなで教会へと足を運ぶ俺達。 ちなみにハルヒのサーヴァントであるアーチャーは霊体化とかいう便利な技で、今ここには実体がない。 所謂霊魂みたいな状態でくっついてきているらしい。 そして、セイバーだが・・・彼女はなぜか霊体化せず、そのままの格好で俺とハルヒについてきている。 幸いなことに白髪にハデな赤い外套に身を包んだアーチャーとは違い、セイバーの格好はただの制服。 しかもなぜか我が北高のものだ。なのでどこから見てもただの高校生の女の子にしか見えない。 そんなこんなしている内に件の教会へと辿り着いた。 しかし、この街に教会なんてあったことは初めて知ったのだが・・・。 そもそも街の外れに寂しく建っている教会だったので、俺が普段の生活を営む上では全く縁の無い場所だったというワケだ。 ハルヒは教会に来るのは、魔術教会の絡みから、初めてではないらしいが、 1年位前に新しい神父が赴任してきたらしく、それから来るのは初めて、とのことだ。 そしてゆっくりと扉を開けると・・・、 「こんな夜更けに我が教会を訪れるとは・・・迷える子羊などでは・・・ないようですね」 予想外の人物――古泉一樹がそこにはいた。 ~interlude1~ 俺はさっきから、世界がひっくり返りそうな驚きの連続の中にいる。 『アーチャーのサーヴァント』なんていうワケのわからないものとして、 『魔術師』ハルヒに召還されたと思ったら、なぜかこの世界にも『俺』が存在してて、 朝比奈さんも古泉も勿論いて、なのになぜか長門はいなくて・・・。 そんでもって古泉に似た蒼い槍使い『ランサー』と戦い・・・、 そのランサーを追った先、『俺』の家では、長門に似た少女のサーヴァント『セイバー』に剣を突きつけられる。 いくら不思議な出来事に耐性がある俺とはいえ、この目まぐるしい展開にはついていけない。 しかもこっちの世界の『俺』は両親も妹もいない天涯孤独の身で、 なぜか朝比奈さんとハルヒが通い妻状態、しかも未熟ながらも魔術師であるという・・・。 朝比奈さんが通い妻だなんてウラヤマシ・・・ではなく、以前の世界の俺とは全くその境遇が違うのだ。 そして一番の驚きは、長門もといセイバーの存在だ。彼女が自らの真名を『長門有希』と名乗ったことには本当に驚いた。 なぜ長門が『セイバー』なんかに・・・。まあ、『アーチャー』とやらになってしまった俺も人のことは言えないが。 ちなみに俺はつい先程、自分の真名については思い出している。 『キョン』――それが以前の世界での俺の名前だ。微妙に本名じゃないのは・・・ツッコむな。 もしかしたら長門もといセイバーは俺の正体に気付いているのではないか・・・。 以前の世界と同じように、無表情を貫く長門からはその真意は読み取れない。 まあいい。俺は自分の真名とともに以前の世界での最後の記憶――あの忌まわしい出来事についても思い出した。 そして俺がこの世界で『アーチャー』として成すべきことは1つ。『俺』――つまりは『キョン』の抹殺だ。 俺の心は既に決まっている。ハルヒや長門の邪魔が入ろうが関係ない。俺は目的を成す。 なぜなら、あの『俺』は、生きていてはならない存在だ。 今は静かにチャンスを窺う身――せいぜい聖杯戦争とやらに邁進するとよい――『俺』いや『キョン』よ。 さて、件の教会に着いたようだ。どんな神父が出てくるのやら・・・って古泉!? どうやらこの世界は・・・本気で狂っているらしいな。 「やれやれ・・・」 以前の世界での『俺』の口癖が思わず出てしまう・・・。 カソックに身を包む目の前の男は・・・間違いなく俺達SOS団副団長の古泉一樹だ。 ヤツがこの『聖杯戦争』を監督する神父だったなんて・・・。 「古泉君・・・ウソでしょ!?」 ハルヒも驚きを隠せない。 そんな俺達を尻目に、古泉はいつもの調子でゆっくりと喋りだす。 「まあ、人間誰しも人に言えない秘密があるものです。 それが僕の場合、たまたまそれがこの事だったというだけですよ」 「秘密って言ったってお前・・・」 「そうよ。まさか古泉君、あたしやキョンが魔術師だってことも・・・」 俺とハルヒの戸惑いに、古泉は冷静に返答する。 「無論、知っていましたよ。僕は1年前、聖杯戦争の舞台となるこの街についての下調べの任務と共に、 この街にやってきました。そして北高に転入した。 勿論、北高には何人かの魔術師がいるということも把握済みでした。 そして、ひょんなことからその1人である涼宮さん、あなたに誘われ、SOS団に入団したのです」 そんな古泉の流れるような説明に、ハルヒが食いつく。 「じゃあ、あたし達のこと、今まで騙してたってワケ?」 すると古泉は、「おやおや」と両手を掲げ、首を左右に振る。 「騙しただなんて人聞きの悪い。僕自身SOS団での活動は楽しくて仕方ありませんでしたよ? それに、そもそも今回の戦争に涼宮さんには参加して欲しくありませんでしたし・・・」 「俺の名前が出なかったが、俺は別にいいって言うのか?」 思わずツッコむ。すると古泉は、 「実はあなたが魔術師だなんてことは予想だにしなかったんですよ。 これでも魔術を察知する能力には自信があったのですが・・・あなたの場合はかなり巧妙に魔力を隠していましたね?」 そんなことはない。要するに俺の魔力など微弱すぎて感知できなかったということだろう。 「とにかく!あたしとキョンはこの戦争に参加するわ。既にサーヴァントも召還したしね」 ハルヒが前ににじり出て、威勢よく言い放つ。 「あなたならそう言うと思っていましたよ。涼宮さん。それで、あなたはどうなさるおつもりで?」 古泉は俺に視線を飛ばす。 「俺も参加する」 きっぱりと言い放つ。 「そうですか・・・正直、僕としてはあなた方が参加するのはいささか複雑な心境だったんですが。 わかりました。ただ今を持っておふたりの参加は正式に受託されました」 高らかに宣言する古泉。 そうそう、古泉に会ったならば、これを聞かなくてはならないだろう。 「そう言えば・・・俺はお前によく似た顔のサーヴァント・・・ランサーとやらに襲われた。 あれはどう見ても古泉・・・お前にクリソツだったんだが・・・覚えはあるか?」 俺は緊張感を持たせた声で古泉に尋ねる。もしかしたらコイツが・・・という疑いがあったからだ。 「ああ・・・確かにいましたね。僕に良く似たサーヴァント。正直自分でもびっくりしましたよ。 生き別れの兄かと思いましたね」 「そういうことを聞いてるんじゃない!」 俺は思わず怒気を孕んだ声で言い放つ。 古泉はまたもや「やれやれ」というジェスチャーをし、 「あなたの疑いはごもっともですが、それは誤解です。ランサーと僕は何の関係もありません。 ランサーのマスターが参加登録をしに来た時に、その顔を見て、驚いただけですよ。 それに僕は監督役ですよ?戦争に介入する権利は与えられていません」 「わかった・・・」 そこまで言われれば、とりあえずは受け入れるしかないだろう。 すると古泉はまだ言い残したことがあるようで、俺とハルヒを交互に見つめる。 「何度も言いますが、僕はあくまでも監督役、中立の立場です。あなた方の戦いに介入することは出来ない。 『SOS団副団長』の僕としては何とも心苦しいことですけれど・・・」 「その心配は無用の長物ってモンだわ!!」 ハルヒが叫ぶ。 「古泉君、あなたの気持ちは嬉しいけれど、あたしはこの戦争で必ず勝者になるって決めたの。 古泉君はここで監督役としてあたし達の活躍をゆっくりと煎餅でもかじりながら眺めていればいいわ」 相変わらず威勢のいいことだ。まあ、ハルヒからこの威勢を取ったら何も残らないかもしれないしな。 「頼もしいことです。それではしかとこの目で見届けさせていただきますよ」 古泉はいつものあのニヤケ顔で、最後にそう言った。 「まさか古泉が監督役だったなんて・・・な」 教会からの帰り道。思わずひとりごちる俺。 「ふん!関係ないわ!古泉君には古泉君の、あたし達にはあたし達の、やるべきことがあるんだから、 それをしっかりと全うするだけよ」 ハルヒもさっきまではメチャクチャ驚いていたはずなのに・・・何とも切り替えの早いやつである。 俺は仕方なく、後ろをちょこちょこついてくるセイバーに話を振ってみた。 「なあ、お前は古泉・・・って言っても知らないか。 あの神父のこと、どう思った?」 セイバーは液体ヘリウムのような瞳で俺を見つめ、ただ一言、 「・・・別に何も」 と呟いた。まあ、セイバーに聞いても仕方ないか・・・。 「考えても仕方ないの!とりあえず今はこの戦争を勝ち抜く方法を考えるのよ! 幸いにもコッチにはサーヴァントが2体、しかも最強のセイバーまでいるんだから、 絶対に他のマスターには遅れを取らないはずよ!」 ハルヒの言葉はもっともだ。あの蒼い男との戦いを見てもわかる通り、セイバーは強い。 余程の相手でもない限り・・・と考えていた俺が甘かったということが、次の瞬間思い知らされた。 「ねぇ、お話はもう終わり?」 響くのは鈴の音のような・・・幼い幼い声。 その声がする方を見る―― 月光に照らし出された坂道の上には、1人の小さな女の子と―― 絶対的な暴力の化身が――立ちはだかっていた。 「・・・ウソ・・・何アレ・・・」 ハルヒがそういうのも無理はない。『アレ』はありえない存在だ。 その小さな女の子の傍らにいるのは・・・ 体長にして2メートル、いや3メートルはあるだろう巨大なケモノ。 狼とか虎とかライオンとか、そんな次元じゃない。 あたかも神話やRPGゲームに出てくるケルベロス・・・それのアタマがただ1つのヤツとでも言おうか。 とにかく、アレは・・・アリエナイくらい危険なモノだ。 そんな規格外のバケモノの傍らで、幼い少女は無邪気な笑みを浮かべ、 「こんばんは、キョンくんにハルにゃん!今日はいい夜だね!」 「ウソ・・・あの子なんであたし達の名前を・・・!」 俺も驚いた。初対面のはずの女の子は、俺とハルヒをまるで兄とその友人かのような気軽さで呼んだのだ。 「あっれ~?もしかしてキョンくん、私のこと知らないの~?」 知らない・・・はずだ。しかし、どこか遠い遠い記憶の中で・・・見覚えがあるような・・・。 答えない俺に少女はムスッとした表情になる。 「ひっど~い、キョンくん。わたしのこと忘れちゃったんだ~。 もういいもん!『お兄ちゃん』なんかキライ!」 『お兄ちゃん』・・・その単語に思わずビクッとする。 「そんな意地悪なキョンくんもハルにゃんも・・・死んじゃえばいいんだ! やっちゃえバーサーカー!」 「グオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!!!!」 無邪気に叫ぶ少女に呼応するかのように、四つんばいのバケモノが咆哮する!! 振り下ろされるバケモノの腕、その鋭い爪が迫る。 あんなの喰らったらひとたまりもないぞ・・・!身体がもげちまう・・・! 「アーチャー!!」 ハルヒの叫びに呼応して、霊体化していたアーチャーが姿を表す。 「・・・!セイバー!頼む!」 こちらも遅れじとセイバーを呼ぶ。瞬時に、さっと俺の前に立つセイバー。 迫り来る爪を間一髪で交わす。 そして、最初に斬りかかったのはセイバー、目にも留まらぬ速さでバケモノに突進し・・・、 サシュッ!! と、鋭い音と共にバケモノの右腕を切り裂く。 「よし!!」 思わず声をあげてしまう俺。これであの馬鹿でかい腕は使い物にならないはず・・・だったが、 「グルルルルルルル!!!」 バケモノはビクともしない。まるで斬られたこともわかっていないかのように咆哮する。 「何よアレ、反則じゃない・・・」 思わずハルヒが嘆く。その気持ちはよくわかる。あんなの・・・どうやって倒せって言うんだ・・・! 「あの子・・・さっき『バーサーカー』って言ってたわよね・・・」 呆然とするハルヒが、ふと呟く。 すると、その小さな女の子は、二カッと年相応の無邪気な笑みを浮かべ、言い放つ。 「さっすがハルにゃん、よく気付いたね~。この子が『バーサーカー』、 わたしがそのマスターだよ」 まるで同年代の友人に語りかけるように、絶望的な事実を述べる少女。 「あんな小さな女の子がマスターって・・・どうなってんだよ?」 思わず漏らす俺。 「知らないわよ・・・! アーチャー!セイバーの援護をしなさい!」 ハルヒは赤い男、アーチャーに指示を飛ばす。 さっきから全く状況が変わらない。 あのケルベロスみたいなバケモノの周りを、まずはアーチャーが素早く動いて撹乱し、 隙が出来たところをセイバーが斬りつける、という攻撃パターン。 しかし、いくら斬りつけられてもあのバケモノ、『バーサーカー』はビクともしないのだ。 あのバケモノ・・・タフすぎるだろ・・・! 「こうなったら・・・心苦しいけどあのマスターの方を狙うしかないわね」 ハルヒが静かに呟く。しかし、あんな子供を狙うのは気がひけるが・・・、 「仕方ないでしょ!それ以外に方法はないわ。 今ならセイバーとアーチャーに気をとられてるから・・・」 そう言うとハルヒは目を瞑り、何やら呪文を唱え始める。 「・・・喰らえっ!」 ハルヒは腕を掲げ、野球ボール大の魔力弾を放った。 さすが有能な魔術師と自負していただけのことはある。凄い魔術だ・・・! そして、弾がマスターの少女にぶつかろうとしたその時・・・、 あろうことか少女はまるで蚊を叩くかのように容易に、その魔力弾をはたき落としてしまった。 「ウソ・・・」 信じられないといった面持ちのハルヒに少女は語りかける。 「わたしだって一応魔術師だもん、これくらいは出来るよ~。 それにしても不意打ちなんて、ハルにゃん卑怯だよ~」 「何よ!アンタのサーヴァントの方がよっぽど反則よ! あの『バーサーカー』一体何者よ?」 ハルヒの気持ちももっともだ。あのバケモノはもはや、英霊とかそういう次元すら超えているように思える。 何か反則技を使ったとしか思えないタフさと凶暴さだ。 すると、女の子が・・・無邪気に言い放つ。 「わたしのバーサーカーが強いのは当たり前だよ~。あの子は『シャミセン』だもん」 ~interlude2~ 一度は認めかけたこの世界、しかし今ではやっぱり夢なんじゃないかとつくづく思えてくる。 教会の神父にして戦争の監督役がなぜか古泉だったのは百歩譲ってまだいい。 以前の世界でもヤツはワケのわからない『機関』とやらに属する超能力者だったしな。 問題は教会からの帰り、俺達の前に立ちはだかったバケモノとそのマスターの幼い少女だ・・・。 ・・・ってその少女・・・どう見ても俺の妹なのだ。 ああ、今こうして『アーチャー』となってしまった俺には勿論妹などは存在しない。 そしてこの世界の『俺』は天涯孤独の身らしいから、右に同じくだ。 しかし、アーチャーになる前、以前の世界の俺には確かに妹がいた。 小学6年生なのに低学年にしか見えない容姿で、毎朝人の腹にヒップドロップをかまし、 兄である俺を『キョンくん』というけったいな名で呼んでいたあの妹である。 なぜそんな妹がこの世界では『バーサーカー』なるバケモノを引き連れているのか。全くもって理解不能だ。 そしてこのバーサーカーとかいうバケモノ、強すぎる。 さっきから俺と長門・・・いやセイバーか、で剣撃を繰り返しているにもかかわらずビクともしやがらない。 反撃してくるあの大きな爪にかすりでもすれば一撃であの世行きだ。 しかも・・・妹もといマスターの少女が言うには、このバーサーカーには、 『シャミセン』という立派な立派な名前がついているらしい・・・ってシャミセン!? あの妹によーく懐いていた珍しい雄の三毛猫で・・・ 映画の撮影ではハルヒのトンでもパワーで渋いテノールで哲学的なセリフを吐いていて・・・ そんでもって古泉主催の推理大会や阪中が持ってきた幽霊騒動なんかでは大活躍して・・・ でも、家では飯食ってゴロンと寝っ転がってるだけだった・・・あのシャミセン!? どうやったらあんなただの怠け者の三毛猫が、こんな破壊の化身のようなバケモノになるっていうんだ!? やっぱり本気でこの世界は狂ってる・・・。 あ・・・そんなこと考えてる内に、また『シャミセン』の攻撃がやってくる・・・。 とにかく今は・・・この状況を何とかするしかない・・・! 『シャミセン』と謎の名で呼ばれたサーヴァントは、相も変わらず攻撃の手を緩めない。 その大きな腕と鋭い爪が振り下ろされる度、アスファルトにはクレーターが出来上がってしまう。 しかし、あの少女といい、『シャミセン』という名前といい、初めて見聞きした気がしない・・・。 「いっけ~!シャミ!セイバーとアーチャーをボコボコにしちゃえ~!」 少女が一層高らかに宣言したかと思うと・・・何と少女の体が眩しく光る。 そしてそれに呼応するかのように・・・ 「グオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーン!!!!!」 雄たけびと共に、更に暴れまわるバーサーカーことシャミセン。 「・・・!まさか・・・まだ狂化してなかったっていうワケ?」 「どういうことだ?ハルヒ?」 「バーサーカーのクラスには、そもそもそれほど強くないはずの英雄が割り当てられるの。 それを狂戦士として『狂化』させることで圧倒的なパワーを得るのだけれど・・・」 つまりは・・・アレが今からもっと凶暴に、そして強くなるってワケか。それは・・・マジで反則だ。 そして、ついにその鋭い爪が、セイバーを捉える! グシャ!!! 鈍い音共に宙に舞うセイバー・・・! 「セイバー!!!」 「長門!!!」 思わず叫んでしまう俺。そして何故か、真名の方を叫んでいるアーチャー。 アスファルトに叩き付けられたセイバーはピクリとも動かない・・・まさか・・・。 「あははは~、キョンくんのセイバーよわ~い」 無邪気に笑う少女。 そして駆け寄る俺は衝撃的なものを目にする。 それは、夥しい流血をものともせず、苦悶の表情を浮かべながらも、 その『見えない剣』を支えに、懸命に立ち上がろうとするセイバー、いや1人の少女の姿だった。 どうしてここまで・・・いくらサーヴァントとはいえ・・・ただの女の子がどうしてここまでする必要がある! 駆け寄る俺は、そんな理不尽な気持ちでいっぱいだった。 しかし、そんな俺を尻目に立ち上がり、なお剣を構えんとするセイバー。 「セイバー!?」 「・・・だいじょう、ぶ。問題、ない・・・」 「その傷のどこが大丈夫だって言うんだ!?ここはいったん・・・」 撤退するべきだ、という言葉は出なかった。いや、出すことが出来なかった。 俺を見つめるセイバーの瞳、その瞳が、初めて彼女と出会った時と同じような、 何もかもを見透かしてしまうかのようなキレイに澄み渡った、それでいてどこかで、 確固たる決意を秘めた、そんな瞳だったからだ。 「だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る」 そう言うと、セイバーは己の剣を高く高く空に掲げる。 それと同時に、信じられないくらいに膨大な魔力がそこへと吸い寄せられるのがわかる。 「キョン!!セイバーは宝具を発動させるつもりよ!離れなさい! アーチャー!アンタ弓使いなんだから、距離を取って射撃して隙を作りなさい!」 ハルヒの声にハッとする俺。そういえばハルヒが言っていたな・・・ 宝具――それはサーヴァントの持つ武装であり、象徴であり、奥の手。 己の持つ武具から、己の持つ最高の必殺技を発動させる。 あの蒼い男、ランサーがセイバーに放った『ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)』もその宝具の一種らしい。 つまりは、セイバーはここに来てついに自分の必殺技を発動させる、ということだ。 仕方なくセイバーから距離を取る俺。 目を凝らすと、今まで隠れていたセイバーの『見えない』剣が、徐々にその輪郭を現す。 そしてその剣に向け、大気中の魔力という魔力が、大きなつむじ風と共に吸い寄せられる。 そして肝心のバーサーカーはアーチャーの弓による遠距離攻撃で、上手いことセイバーから注意がそれている。 機は熟した――ついにセイバーの宝具が発動する・・・! マスターの少女はその只ならぬ雰囲気を察知したのか、顔を引きつらせている。 しかし――もう遅い。 セイバーの光り輝く聖剣――その真名が開放される! 「――エクスカリバー(約束された勝利の剣)――」 真名を開放するその声は――相変わらずの抑揚のない、静かなもの。 しかし、放たれる光は確実にバーサーカーの巨体を包み込む。 「グオーーーーーーーーーーーーー!!!!」 断末魔の叫びが響き渡る。 ・・・。 ・・・。 ・・・。 辺りを包んでいた眩しい光が消える。 そしてそこには、力尽きて横たわる巨大なケモノ、バーサーカーの姿があった。 「倒した・・・のか?」 呟く俺。身体中の力が一気に抜けたような錯覚を覚える。 「・・・みたいね」 ハルヒですらもその余りの威力に呆然とし、そう呟くのが精一杯なようだ。 しかし、すぐにいつもの威勢を取り戻し、 「どうやらあたし達の勝ちね!あなたのバーサーカーは見ての通り戦闘不能よ! さあ、お子様はお子様らしくさっさと降参しなさい!そうすれば命までは取らないわ!」 と、少女に向かって言い放つ。 少女はしばらく、横たわる己のサーヴァントを呆然として見つめていたが、 「さすがだね、セイバーは。わたしのシャミを『3回』も殺してみせるなんて」 それは随分と不思議な言い分だった。もうあのバケモノは戦闘不能だ。ほっとけばすぐに息の根が止まるだろう。 それなのに『3回』殺したとは・・・意味がわからない。 すると、横たわるバケモノ、バーサーカーは何事もなかったかのように起き上がった。 エクスカリバーを喰らったことによる身体中にあった無数の傷も、みるみる内に塞がる。 「そんな・・・まさか・・・」 ハルヒは信じられないといった面持ちだ。 「へっへ~ん、驚いてるみたいだね、ハルにゃん!じゃあ教えてあげるねっ! シャミセンの宝具は『ゴッドハンド(十二の試練)』なんだよ!ここまで言えばハルにゃんならわかるでしょ?」 そんな少女の言葉に、ハルヒは更に驚きの表情を見せる。 「いや・・・俺は全くわからないんだが・・・」 要領を得ない俺にハルヒは、 「つまり、バーサーカーは12回殺されない限り死なないのよ。所謂蘇生魔術の重ねがけってやつね」 何と・・・あのバケモノは12回までなら殺されようが勝手に生き返るっていうのか・・・。 反則もここまでくると言葉にならない・・・。 しかも、最強のセイバーの必殺技を持ってしてもたった3回しか殺せなかったというのか? 残りあと9回・・・気が遠くなるような数字だ。 「グルルルル・・・!」 完全に蘇生したバーサーカーは既に臨戦態勢だ。 セイバーは先程のダメージと宝具を開放した消耗で、立っているのがやっとという状態だ。 まともに動けるアーチャーはいるものの・・・1人では・・・、 そう絶望しかけた矢先、少女は意外な言葉を発する。 「今日は何かもう飽きちゃったな、帰ろ、シャミ。 キョンくんにハルにゃん、また遊ぼうね!その時はちゃんと殺してあげるから!」 え・・・と思う暇もなく、少女はシャミと呼ばれたバーサーカーの肩にちょこんと乗ると、颯爽と闇の中へと消えていった。 何とも気まぐれなマスターだことで。しかし、今回に限っては幸運だったと言う他ない。 「どうやら・・・助かったみたいね」 「ああ・・・って、そうだ!セイバー!」 俺は、傷を負い、消耗しきったセイバーの下に駆け寄る。 セイバーは、 「だい・・・じょう・・・ぶ」 と、呟くと力をなくし、アスファルトに再び倒れ込んでしまう。 「まずいわね、セイバーの魔力はもう空っぽ寸前よ。とにかくアンタの家まで運びましょう!」 ハルヒに促され、俺はセイバーをおんぶする。 帰途に着く俺達を見ているのは月だけ。どうか今夜はもうあんな怪物みたいなのとやりあうことはないように。 そして、俺の背で眠る少女、セイバーが無事であるように、とただそれだけを願っていた。 そして、そんな俺にやけに視線を飛ばしてくる赤い男、アーチャー。 まだ会って数時間ではあるものの、なぜだろう、俺はこの男が他人のような気がしないのだ。 そして、アーチャーもアーチャーで、やたら俺のことを凝視してくるような気配を醸しだしている。 そしてそれと同じくらいに、俺が背負うセイバー、いや長門有希という少女のことを見つめている。 もしかするとこの2人は面識でもあるのだろうか・・・。 とにもかくにも俺とハルヒの聖杯戦争、最初の夜は、こうして終わりを告げたのである。 ~interlude3~ セイバー、いや長門の活躍により、俺の妹に良く似たマスターとシャミセンと呼ばれたサーヴァントは、 一時撤退を強いられた。 俺達は何とか九死に一生を得たというわけである。 しかし、俺が気になってしょうがないのは長門が宝具を開放する前に、この世界の『俺』、 つまりは『キョン』に発した言葉だった。 『だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る』 あの時の長門を見て、俺は以前の世界での数々の出来事を思い出す。 例えば朝倉涼子に襲撃を受けた時、閉鎖空間で巨大カマドウマに襲われそうになった時―― どんな時でも俺の窮地を救ってくれたのは長門だった。 そして、この世界でもまた、長門は『俺』の窮地を救ってくれると言うのだろうか? 長門よ、どこまでお前は俺に尽くしてくれるんだ・・・? そして俺は・・・この世界の『俺』を殺すという決意をますます固めることになる。 なぜならばいくら長門が『俺』を守ってくれようとも―― この世界の『俺』では――長門のことを守ってやることが出来ないからだ。 俺はその時を静かに待つ・・・。 第3章 完 第4章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/503.html
涼宮ハルヒの改竄 version H 涼宮ハルヒの改竄 version K