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涼宮ハルヒの約束 「あんたさ、自分がこの地球でどれほどちっぽけな存在なのか、自覚したことある?」 いつだったか、お前はそう言った。 あの時お前の言ったとおり、俺は本当にちっぽけな存在だと思う。 長門や古泉や朝比奈さんのような特別な力なんて、生憎持ち合わせていないからな。 だがハルヒ、お前は違うだろう?お前はこの地球の中心といってもいいくらいの存在だろう? なのに、なぜだ。 涼宮ハルヒは、3年前に息を引き取った。 俺たち普通の人間と変わらず、ハルヒの死は突然に、そして静かにやってきたのだ。 ハルヒのことだ。 もし間違って死んでしまったりしても、きっとあいつの意味のわからん能力かなんかで生き返ってくるものだと俺は思っていた。 今死ぬことをハルヒは望んでいない。必ず生き返ることを望むはずだ。 三年前の俺は、そう確信していた。 だが、ハルヒは戻ってこなかった。 俺はハルヒの死を理解することなどできなかった。 安らかに眠るあいつの顔だって見た。冷たくなってしまったあいつの手だって握った。あいつの葬式にだって行った。墓参りにだって何度も行っている。 何度現実を突きつけられても、俺はまだわかっていない。 俺はハルヒが戻ってくることを信じてやまないのだ。 三年前、ハルヒが死んで、俺たちSOS団はバラバラになった。 朝比奈さんはハルヒが死んだ直後の病院で、泣きながら、しかししっかりとした口調で俺たちにこう告げた。 「涼宮さんが死ぬことは規定事項なのかどうか・・・私には、わかりません。・・・ 何も、わかりません・・・。 でも、一つだけわかることがあります・・・。未来に帰らなければいけないのは、今、ということです。 短い間でしたが・・・本当にありがとうございました。皆さんに会えてよかったです、本当に・・・。 もう会えないかもしれないけど・・・」 涙で詰まったのか、朝比奈さんは一度うつむいた。そして顔をあげ、少し無理矢理な笑顔を作り、 「さようなら」 まっすぐ俺の顔を見ながら言った。 朝比奈さんは、薄暗い病院の廊下をゆっくりと歩いて行った。小さく震えている背中を見届けながら、俺たちは何も言えずにいた。 何か言うべきだったのかもしれないな。だけど、その時の俺の頭には言葉なんてものは存在してなかったように思う。 古泉はハルヒの葬式が終わった後、 「・・・とても残念です。残念としか、言い様がありません。私たち機関はもう能力を使うことはないでしょう。 使いたくても使えない。涼宮さんが居なければ、私たちはこんなにも無力なのですね。何が超能力者だ・・・と。」 長門以上に無言を貫く俺に、古泉は喋り続けた。いつもより力なく、いつものようにうざったいアクションをつけながら。 「機関は解散しますが・・・僕にはやらなくてはならないことがたくさんあります。 ・・・後始末、とでも言いましょうか。」 お別れですね、と寂しげな笑顔を見せながら俺に言うと、どこからともなく黒い車が古泉を迎えにきた。古泉も俺も、お互いに手を振ることのないサヨナラだった。 どこへ行ったのか、後始末とは何なのか・・・俺は何も知らない。あの日以来、俺は古泉に会っていない。 長門はというと、ハルヒが死んだ日以来顔を合わせていない。葬式に顔を出さなかった長門を俺は不審に思い、その帰りに長門の家に寄ったのだが、部屋は既に蛻の殻となっていた。 あいつも、情報統合思念体とやらのところに帰ってしまったのだろうか。 そうして俺は一人になった。 高校を卒業し、今は大学生だ。普通レベルの大学に合格し、一人暮らしをしながら普通の毎日を送っている。 ハルヒと出会う前のような、フツーの日常を。 友達だってそれなりに居るし、今、彼女だって居る。傍から見れば充実した毎日を送っている。 でもな、ちっとも楽しくなんてないんだよ。 朝比奈さん、長門、古泉・・・そしてハルヒ。 お前らが居ない毎日が楽しいわけなんてないだろうが。 一日たりともお前らを忘れた日なんてないさ。 こんな日常・・・あまりにも普通すぎて、一人で不思議探索にでも出かけたくなるほどなんだ、ハルヒよ。 寂しいじゃねーか。 俺を一人にしないでくれよ、ハルヒ。 お願いだ。 戻ってきてくれよ、ハルヒ―――。 静かな部屋に、携帯のバイブ音が響く。 一人物思いに耽っていた俺は、その音にびっくりし体を一瞬震わせた。 急いで携帯を取ると、画面には彼女の名前と番号が表示されていた。 「ああ、俺だ。どうした?」 『ねぇ。もちろん明日、空いてるわよね?ちょうど休みだし』 「明日?・・・ああ、別に用事はないが。明日がどうかしたのか?」 『・・・冗談でしょ?覚えてないの?明日は半年記念日じゃない』 「ああ・・・明日で半年だったか、すまないな」 『・・・記念日、覚えてくれてたことなかったよね・・・』 「・・・すまん」 『・・・まぁいいわよ。半年記念日前に喧嘩なんてしたくないもの。』 「ああ・・・すまんな。・・・明日はどうする?」 『キョンの家、駄目かな?』 「ああ、そうしよう。午後、適当に来てくれよ。じゃあな。」 電話を切り、俺はため息をついた。 明日で彼女に告白をされて始まった交際も半年になる。 断る理由が特に無かったから付き合っただけで、別に俺には好きという感情がなかったりする。 彼女はしょっちゅう俺に会いたいと言う。きっと彼女の方は俺の事を愛してくれているのだろう。 でも、俺が彼女に会いたいと思う時は、俺の中の男が女を求めた時だ。 我ながら最低だと思う。 ハルヒだったらこんな俺になんて言うだろうか。 引っ叩かれる・・・いや、それどころじゃ済まないだろうな。 俺は不意にカレンダーを見た。 今日は7月6日、明日は7月7日だった。 七夕・・・か。 次の日、午後2時過ぎに呼び鈴が鳴った。彼女だ。 「おじゃましまーす」 「ああ、ちょっと散らかってるけど気にしないでくれ」 俺がそう言うと、これのどこがちょっとなのよ、とぶつぶつ言いながら彼女は部屋を整理し始めた。 あんまり動かしてほしく無い気もするのだがな、片付けるのは確かに面倒なので俺はしばらく何も言わないでいた。 彼女の片づけている手が男の秘密ゾーンに伸び始めたところで声をかけ、片づけを中断させる。 そうすると彼女は思い出したような表情をし、カバンをがさごそとあさりはじめた。 「はいキョン!この本、読みたがってたじゃない?今日寄った本屋でたまたま見かけたから買ったのよ。」 「おお、ありがとうな」 「読んだらあたしにも貸してよね」 本を受け取ると、彼女はゆっくりと俺の体に腕を絡ませる。 俺たちはその状態のまま少し他愛の無い話をしていたが、しばらくすると彼女の唇が 近づいてきたので、俺はそれに答えようと本を置いた。 ―――その時、本からしおりのようなものがハラっと落ちた。 しおり・・・ まさか、長門か? 「待った!」 「わっ!!何!?」 少し大きな声を出し、彼女の体を強引に剥がすと俺は急いでしおりを拾った。 ぶつくさ文句を言っている彼女を尻目に、俺の目はしおりに書かれた綺麗な明朝体を 認識する。 あの公園で待っている 長門だ。 こんなやり方は長門しかありえない。 長門に違いない。そう思いたいのだ。ただの偶然のいたずらなら暴れるぞ。 とにかく、これは長門からのメッセージであり、あの公園とはあの公園だ。 俺の脳裏に、ハルヒがよぎる。 「なによ・・・どうしたの?なにそれ」 「すまん、たった今用事ができた」 「はあ?ちょっと何言って・・・」 「悪い、埋め合わせは今度する!家を出なくては」 「ちょっと、何よわけがわからないわよ!」 彼女の荷物を拾い、強引に手を引いて家を出る。わけがわからないであろう彼女は懸命に俺を引きとめようとするが、湧き上がる感情でいっぱいだった俺は、彼女が納得できるような上手い理由を考えることなどできるわけがなく、そのまま自転車に飛び乗る。 終いにはものすごい剣幕で怒鳴ってきた彼女に、俺は「本ありがとう」とだけ告げ、 ものすごい馬力でペダルをこぎ始めた。 一人暮らしをしている今、あの公園はそんなに近くなく、三駅ほど離れていた。だが、電車を待つ時間は今の俺にとって普段の100万倍増しに苦痛だったからな。 今までこんなに早く自転車を飛ばしたことがあっただろうか。 ペダルの回転が速すぎて足が空回りしそうになりつつ、俺は公園の入り口を急カーブで突っ切る。 ベンチに目をやる。 そこには、紛れもない長門の姿があった。 あまり変わってはいないが、少し大人びたように見える長門が俺を待っていた。 「・・・長門ッ!!」 俺は半ば転ぶようにして自転車から降り、荒い息で長門の名を叫ぶ。 「・・・久しぶり」 そんな俺の叫びにも動じない、三年前と何も変わらない淡々とした声。そして三年前と何も変わらない深海を切り取ったかのような瞳が俺を見つめる。 俺はなんだかひどく安心し、そしてひどく懐かしさに襲われた。不覚にも涙が出そうになる。 「長門・・・お前・・・今までどこで何してたんだよ」 「言語化できない。それより、私は今あなたに話したいことがある。だからここへあなたを呼んだ。」 「おう、なんだ?」 長門は淡々と続ける。 「異空通達情報振動が観測された」 「なんだそれは。ハルヒか?」 「そう。地球でも宇宙でもない場所からの涼宮ハルヒの意思情報振動が宇宙で観測された。その振動はもうすぐ地球にも到達する」 「どういうことだ!?もっとわかりやすく説明してくれ!ハルヒが戻ってくるのか!?」 俺は今ほど長門の難しい言葉と俺の簡単な構造をした頭に腹が立ったことはないだろ う。長門の難しい言葉を理解できるのは古泉ぐらいだろうけどな。 長門は続ける。 「宇宙では涼宮ハルヒの意思情報しか観測されなかった。しかし彼女が暮らしていた地球でなら意思を具現化しやすい。宇宙よりより明確な異空通達情報振動が観測できる可能性がある。 私はそれを調査しに地球へと戻ってきた。でも、異空通達情報振動が観測されたということをあなたに伝える判断を下したのは私の意思」 「なんなんだよ、その異空なんたら情報振動ってのは」 「簡単に表すとするならば、メッセージ、と呼ばれるようなもの。しかし、宇宙で観測された異空通達情報振動は言語化することはできない。」 ・・・つまり、俺の簡単な構造をした頭で解釈してみると、ハルヒメッセージがどこか異世界から発信され、それがもうすぐ地球にも伝わる、ということだろう。 「わかった。じゃあ地球でなら、ハルヒのそのなんたら振動も俺が理解できるものになってる可能性がある、ということなんだな?」 「そう。そして、その異空通達情報振動は、あなたへ向けて発信された可能性が高いとされている」 涙が出そうになる。 ・・・俺をどこか遠いところから見ていてくれていたのか? そして、俺にどんなメッセージがあるというのだ。 ハルヒ。 「到達は、今日の夜頃になると予測されている。しかしどんな形であなたに伝わるのかは予測できていない。そしてそれがあなたに理解できるものなのかは保障できない」 「ああ、それでもいいさ。俺は待ってみる」 「そう」 「ああ。」 そして沈黙。 その沈黙を利用して、俺は気持ちを落ち着かせる。 心臓がうるさい、ええい黙れ。落ち着いて考えるんだ。俺。 いや、なれるか。俺はずっとずっとハルヒを待っていたんだ。なれるはずがない。 「・・・ありがとう、長門。」 「・・・いい。私は、しばらくは三年前利用していたマンションで調査をする。」 「わかった。・・・じゃあ、また会えるんだよな?・・・長門」 まっすぐに俺を見ていた長門の目が、ほんのわずかだが揺らいだような気がした 「・・・会える。私という個体は、あなたに会うことを楽しみとしていた。そして、今ここで再会することができて嬉しく思っている」 「ああ、俺もだよ長門。」 ああ、俺は今相当普通じゃないんだろうな。 長門の目が、ほんの少し潤んだような気さえした。 「じゃあ、今日は帰るよ。また明日、お前に会いに行くよ。話したいことがいっぱいあるし、お前がどうしていたのかも聴きたいからな。 ただ、今俺の頭は爆発寸前なほどやばいみたいだ。一人になって頭の中整理してみるよ」 「そう」 「ああ。本当にありがとうな、長門。」 長門の頭を撫でてやる。なんだか、今のこいつを見ていたら無償にそうしてやりたくなった。 「・・・・・・・・・じゃあ」 「ああ、また明日な。」 長門はなんだか機械的に背中を向ける。俺は長門の背中が見えなくなってから、乱暴に放置していた自転車を持ち上げた。 少しずつ日が暮れる。 俺は家で一人、窓の外を見ながらぼんやり思い出に浸っていた。 一つ一つ思い出していたんだ。SOS団で過ごした毎日を。 何度も繰り返し頭の中で再生した変わることのない映像も、なんだか今日は違ったものに思えた。 あんなことも、こんなこともあったよな。そうして一つ一つ思い出しているうちに、少しずつ視界がぼやけていく。 ・・・くそ、今日はなんだか涙腺が緩いみたいだな。 俺の頬を冷たい水が伝う。 最近はやっと涙を流す回数が減ってきたっていうのに。 お前が今、すごく近くに居るような気がしてならないんだよ、ハルヒ。 一粒、また一粒と目からこぼれていく。 俺はお前に会いたい。 そして、あの頃は素直になれず、気づくことのできなかった気持ちを、お前に伝えたいんだ。 俺は――――・・・ その時だった。 俺の頬に、暖かく懐かしい、そしてこの世で一番愛しく感じられるような手が添えられた。 ゆっくりと優しく俺の涙を拭う。 ―――俺の目の前に今、確かにハルヒが居る。 「・・・もう、泣かないの。バカキョン」 ハルヒは俺の涙を優しく拭い続け、そっと笑った。 「・・・ハルヒ・・・」 「キョン・・・会いたかったの・・・ずっと・・・ずっとキョンに・・・」 ハルヒは、あの頃と何も変わらない姿でそこに居た。しかし、俺の記憶に残っているどんなハルヒの笑顔よりも穏やかに笑っていた。 「ごめんね・・・突然居なくなったりして。・・・あたし、ずっとアンタを苦しめてたのね。・・・あたし、普通の人間なんかじゃなかったのにね。死んでから知ったわよ。 それなのに、あたしあっさり死んだりして、あんたを苦しめたりして・・・」 「ハルヒ・・・俺・・・」 言いたいことや言わなければならないことがたくさん俺の喉へと上ってきて、言葉にならない。上手く言語化できない、とはこのことだな。 ふっ、と小さく笑いを漏らすと、今度は1000万アンペアの輝きを持つ笑顔を見せた。 「いいのよキョン!わかってる。アンタのことなんて全部わかってるんだから!・・・本当よ?」 「ハルヒ・・・俺ずっと・・・ずっとハルヒに・・・」 だめだ。涙で詰まって声さえ出すのが難しくなってきた。 俺はしばらく自分を落ち着かせようと必死になっていた。そんな俺を、ハルヒはとても優しい目で待っていてくれた。 反則だろ。泣き止めるわけないじゃねぇか、こんな状況。 やっとのことで喋れる状態になり、今度は俺がハルヒの頬にそっと手を添える。 すると、今度はハルヒの大きな目から涙がこぼれた。 バカハルヒ。同じように涙を拭ってやる。 そして、大きく深呼吸をする。 「ハルヒ・・・ずっとお前に会いたかった・・・俺はずっと・・・きっと初めて会った日から・・・」 俺は、 ずっとハルヒに伝えたかった言葉を今――― 「好きだ」 そうはっきり告げて唇を重ねる。 あの時、閉鎖空間でキスした時よりも、きっと俺は、その、色々と上手くなっているはずだった。大人のキスのやり方だって知っている。 なのになんでだろうな・・・俺はあの時のように、不器用に唇をぶつけることしかできなかった。 でも、なんでもよかった。そんなことどうでもよかったんだ。 俺の腕の中に、今確かにハルヒが居る。 ずっと会いたかった、ずっと待ち続けた、誰よりも愛おしいハルヒが居るんだ。 今、ここに確かに・・・ 唇を離す。 開かれたハルヒの目から、また一筋涙がこぼれる。 俺が拭う前に、ハルヒは自分で目をごしごしとやると、また穏やかに笑ってくれた。 俺もそれに答えて笑ってみせる。 そしてハルヒは笑顔のまま喋りだした。 「あのね・・・キョン。あたし、今はここの世界にずっと居ることはできないの」 俺は笑顔を一瞬にして保てなくなった。 それでも、ハルヒは続ける。 「でもね、大丈夫。あたしたちはまた会えるの。絶対よ。あたしは今ね、アンタとまた一緒になるために向こうで頑張ってるのよ。 何をしてるのとか、向こうってどこなのかとか・・・それは、うん、そうね。また会えたときにゆっくりたっぷり話すからさ」 「俺はお前とずっと一緒に居たい。もう置いていかないでくれ」 俺の言葉に、一瞬ハルヒは声を詰まらせる。 「・・・ごめんね。でも・・・ほんとに、また会える日がくるから・・・。あたしのこと、信じて・・・キョン」 また涙がこみあげそうになる。俺は顔を歪ませて必死に堪える。 「大丈夫だよ。アンタは今日、ここであたしへの気持ちを忘れるから」 「忘れるわけないだろうが。何言ってるんだ」 「あたし、今この世界では一つしか力が使えないのよね・・・。その力で、アンタのあたしに対する恋愛感情を消すの」 俺はハルヒが言い切る前に力強く抱きしめた。もうまともに顔が見れねぇ。何を言ってやがるんだ、こいつは。 「だめだ。ばかなことはやめろ」 「大丈夫よ。あたしと過ごした記憶は消えたりしないわ。ただ、今までみたいに苦しませたりしないから・・・」 「お前が好きなんだ」 「キョン・・・」 ハルヒが俺から離れる。 「あたし・・・そろそろ、行かなくちゃ」 「・・・ハルヒ・・・ッ」 ハルヒの体が一瞬透ける。 堪えていた涙が、堤防を破壊して一気に流れ出す。 「キョン・・・あたしも・・・アンタのことが好き・・・。それはずっと変わらないから。ずっと・・・永遠に」 ハルヒがどんどん薄れていく。耐え切れず俺は、ハルヒの両手をぎゅっと握り締める。ハルヒはそれに答え、俺と指を絡ませた。 「ハルヒ!」 「キョン、大丈夫よ!アンタは幸せになれる。今まで辛い思いしてた分、ちゃんと笑って暮らせる未来があるんだから。 そして、あたしたちはまた会えるの。約束するわ。あたしのこと・・・信じて」 ハルヒの笑顔が、消えていく――― 「さよなら、またね、キョン。・・・ありがとう」 ―――・・・ ハルヒが死んで5年。 そして、ハルヒと再会してから2年が経った。 俺は21歳を迎える。 そして、今長門と一緒に居る。 長門と、そして長門と共にある新しい命と一緒に、だ。 出産はもう間近だ。その時に備えて、今俺達は二人病室に居る。 あれから、ハルヒと再会してから、長門は普通の人間になることができたという。 そして俺たちは毎日のように会い、そして今、こうして二人で暮らしている。結婚式は2ヶ月前にしたばかりだ。 結婚式には、なんと古泉や朝比奈さんまで来てくれた。古泉も朝比奈さんも多くを語ってはくれないが、今は月に一度程度、4人で顔を合わせている。 きっと二人もハルヒに会ったのだろう。 俺は幸せだった。 長門が居て、古泉や朝比奈さんも居て。 ハルヒが言ったちゃんと笑って暮らせる未来が、今ここにあった。 ただ、ハルヒが居ない。それが足りないだけだった。 「・・・今日は、七夕だな」 今まで沈黙を続けていた病室で、俺はつぶやいた。 長門はふいに、ゆっくりと顔をあげる。そしてそのままゆっくりとカーテンを指差した。 「・・・空」 「・・・?・・・なんだ、天の川でも出てるのか?今日は晴天だったが・・・」 こんな所じゃ天の川なんて拝める程の星は見えないぞ、そう言い掛けながら俺はカーテンを開けた。 そこには、無数の星。 天の川ではない。その星達は、綺麗な幾何学模様を作り上げていた。 「・・・これは・・・」 呆気に取られる俺に、長門はぽつり、と言った。 「『私は、そこに居る』」 その言葉の意味を、俺は一瞬で理解した。 実はな。 俺はやっぱり最低な男みたいだ。 あれから・・・ハルヒと再会した時から、俺の気持ちは変わったりしていない。 今でも俺はハルヒのことが好きだ。 いや、もちろん長門のことだって同じくらい愛しているさ。 あの時、ハルヒは俺からハルヒへの想いを消さなかったってことだ。 何でかって? それは、長門が人間になることができたことを思えば、答えは簡単に出る。 俺は今最高に幸せだ。 ハルヒが言ったように、俺はちゃんと幸せになれたんだ。 ハルヒが嘘をついたり、約束を破ったりすることなんて一度も無い。 あいつは全て有言実行する奴だからな。 そう、 だから今、 俺はあいつが言ったように、ハルヒと再会することができている。 もう7歳になる俺の娘。 俺と長門の子供だ。 黄色いカチューシャをつけて、今、テレビの前に座っている。 うさんくさい番組だ。あんなのをUFOなどと呼んで誰が信じるんだ。下手したら飛行機を画質の荒いビデオカメラで撮影したものの方が世間には受け入れられると思うぞ。 ばかばかしくてため息が出そうになう番組だが、俺はチャンネルを変えたりしない。 そして前言を撤回する。信じる奴だって居るんだよな。今ここで、熱心にテレビに食いついている俺の娘がその一人だ。 最初から最後まで「フィクションです」と言わんばかりのインチキ映像を見せられ、ようやく番組が終わったところで、ずっとテレビに向いていた顔が俺に向いた。 大きな目をぱちぱちと瞬きさせて、100万ワットの笑顔で俺に言うんだ。 「ねぇキョン、宇宙人って居ると思う?」 俺の答えは決まっている。
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涼宮ハルヒの遡及Ⅳ ええっと……ここはどこだ? 気がついたら、見渡す限りの黄砂地帯で地平線の彼方まで続いているような風景が目の前に広がっていたんだ。 というか、いったい俺はいつからここにいるんだ? 「どうやら気づいたようね」 って、え? 聞こえてきた声に反射的に振り返れば、そこには染めていた髪を元の桃色に戻し、マントも羽織ったアクリルさんが神妙な顔つきで左手を腰に当てて佇んでおられました。 「まさか、これがあの子の力なの?」 「あの子って……ハルヒのことですか?」 「そうよ」 言いながら彼女は近づいてくる。周囲に警戒の視線を這わせながら。 「何か知らないけどいきなり、キョンくんの足元に魔法陣が発生したのよ。あっと、魔法陣というのはあたしが知っているものの中であの現象を表現するのに最も適切だと思ったからよ。キョンくんも知ってる言葉だしね」 俺の足元に……魔法陣……? 「ええ。ということはキョンくんには記憶がないのね。あたしに助けを求めて必死な形相で手を差し伸ばしてきたことの」 なんだって!? 「残念だけどあたしも引っ張り出せなかった。というか、キョンくんを引っ張り込む引力が強すぎた。おかげであたしも一緒にここに引き摺りこまれたからね。しかも引力を自在に操るグラビデジョンプレッシャーで対応できなかったということは、あれは引力だけど引力じゃない『転送』ってことになる力よ」 あまり意味はよく分かりませんが……とにかくハルヒの力によってこの空間に俺が連れてこられたってことだけ理解すればいいんだな……しかし何のために…… 「さて、それはたぶん、あなたの方が詳しいでしょうね。正直言ってあたしには何が起こったか分からない」 などと答えるアクリルさんの背後から、 「キョンくぅん!」 いつもながらの愛らしいボイスが、どこか焦りと悲壮感を漂わせながら俺を呼んでいる訳で、むろん、俺がこの声の主を聞き間違えるわけがない。 「朝比……って、ええ!?」 俺が素っ頓狂な声を上げるのも解ってもらいたい。 なんせ手を振りながら駆けてくる悲痛な形相の朝比奈さんの後ろに長門と古泉もいるのだから。 と言っても、そこまでであれば、『ハルヒの力』によってここに飛ばされたことを知っている俺だから、驚くほどでもないのだが、驚いたのはその三人の格好だ。 ツインテールで両目で色の違う戦う超ミニスカウエイトレスの朝比奈さん。 漆黒のとんがり帽子にマントを羽織いちゃちなスターリングインフェルノを手にしている下にはいつもの制服姿の長門。 まあ古泉は何の変哲もない北高ブレザー姿なのだが…… つまりは、文化祭の時の映画の配役衣装で現れたのである。 「気がついたら何か知らない場所にいて、いったいここどこですか? どうしてこんな格好してるんですか? な、何であたしたち、こんなところにいるんですかぁ?」 矢継ぎ早に質問してくる朝比奈さんはすでに涙目である。 いや、そんなに取り乱さなくても。 というか後ろの二人が落ち着き払っているうえに、俺も狼狽していないんですから落ち着いてください。なんとかなりますって。 などと宥めてはいるのだが、朝比奈さんは不安から俺の胸に顔を埋めて震えていらっしゃってます。 ううむ。役得ってやつだな。 「どうやら、あなたは気付いているようですね」 などと肩を竦ませて、古泉が苦笑を浮かべて聞いてくる。 「んなもん、ハルヒの力に決まってんだろ。だいたいなんだってあいつはこんなことをやったんだ?」 「端的に説明すれば、今日の午後からの出来事が起因。おそらく涼宮ハルヒはプロットを作成中。それは文化祭での映画のストーリーの続編と思われる。しかし紙上に表現する前に強く想像してしまった可能性が高い。これが我々がここにいる理由。我々がこの衣装を着衣している理由」 てことは何だ? 俺たちはまた、ハルヒの創造するストーリーの中に閉じ込められてしまったってことか? 「そういうことです。しかし、確かにこれは涼宮さんの力を現実世界には発動させない証明にもなりましたね。現実ではなく次元の狭間のような場所に僕たちの住む町ほどの大きさで一区画分の閉鎖空間=コンピ研の部長氏が巻き込まれました局地的非侵食性融合異時空間を作り出し、そこで想像を現実化させているようです。新世界を創造するわけではありませんから、地域が限定されるだけにこれは案外、喜ばしいことではないかと」 つまり、巻き込まれる俺たちだけが、これまでと変わらない苦労を背負い込むってことも証明されたのにか? 「現実世界が揺らぐよりはマシでしょう」 そんなに変わらん気もするが……。 「しかし一つ疑問がある」 長門? 「文化祭の映画において、あなたは本編に登場していない。我々よりもはるかにあの映画に貢献していたが裏方に徹していた。なのに今回はあなたもここにいる理由は?」 言われてみればそうだ。この三人の格好からすればあの映画の続編だかの話を作っている想像はつくが、果たしてあの映画に俺の登場シーンなんて作れるのか? しかも俺は別段、何のコスプレもしていない、今日、遊びに行った時の格好のままだ。 「それでしたら、そちらのさくらさんもそうですね。この方がこの世界にいる理由も説明付きません」 「ああ、それなら説明付くわよ。あたしはキョンくんを引っ張り出そうとしたんだけどミイラ取りがミイラになっただけだから」 「そ、そうですか……」 古泉の鼻白む呆気にとられた顔ってのは初めて見たな。まあ得てして真相なんて簡単なものさ古泉。あまり深く考えるな。 もっとも俺のことはまだ謎のままなんだが。 「で、これもハルヒさんが考えたこと?」 が、いきなりアクリルさんは腕を組んだまま、笑みは浮かべてはいないが不敵な表情で辺りを見回した。 「え……?」 「な……!」 「……」 どれが誰の声かは勝手に想像してくれ。つか、俺は絶句してしまったんだ。 おいおい勘弁してくれよ。何だって俺たちはいつの間にいつぞやのカマドウマの大群に囲まれてるんだ? ひょっとしてさっき古泉がコンピ研の部長の話を出したからか? 「おや? どうやらこの世界では僕の力も具現化されるようですよ。しかも威力が自由自在のようです」 などと嬉々として言ってくる古泉は手のひらサイズの球にしたり全身で赤いオーラの球を纏ったりしている。 「長門さん、朝比奈さん、おそらく、この世界では映画の時の力があなた方にも備わっていると思います。どうぞ試してみてください」 「ふ、ふぇ?」 「了解した」 朝比奈さんはまだ戸惑ってらっしゃいますが、長門は無表情のままスターリングインフェルノを目の前にかざし―― つか、その前髪の影を濃くした瞳は無表情でも怖いって! などとツッコミを入れる俺の頬を一筋の光がかすめていく! 背後で爆発音がしたと思ったら一匹のカマドウマが砕け散っていた! マジか……? それを合図に、俺たちを取り囲んでいたカマドウマがいっせいに跳ね上がり上空から襲ってくる! 冗談じゃねえぞ! あんなもんに踏みつぶされたら結果なんざいわずもがなだ! つか、俺は何の配役も与えられてなかったんだから特殊能力なんてないんだぜ!? どうするんだよ! 「え、えと……ミクルビーム!」 ほえ!? 俺の腕の中にいる、朝比奈さんが左手でピースサインを作って左目に当てると同時に黄色い声援に近い声を上げられましたよ!? その眼から、今度は俺の鼻先をかすめてビームが発射されましたがな! んで、俺たちの本当に真上にいたカマドウマが粉砕されましたし! 「わぁ、本当です! キョンくん! 今回はあたしも役に立てそうですよ!」 そ、そうですか…… いつも以上の愛らしく可愛らしい笑顔を振り向いてくださっているのですが、とても感慨に浸れるほどのゆとりは俺の心に残っておりません。 「なるほど、涼宮さんの考えが見えてきました」 肩越しに振り返る古泉の眼前では、また一体、カマドウマが吹っ飛んでいる。 どういうことだ? 「どうやら涼宮さんはあの映画の続編的には長門さんの役割を悪い魔法使いから我々の仲間になるという話を作ろうとしているのではないでしょうか。新たな強敵が現れたとき、前回、敵役だったキャラクターを味方にするのはよくある話です。 そして涼宮さんがあなたを登場させた理由ですが、おそらく、あなたは何かの鍵を握っている役。特殊能力はなくともまったく別のことで貢献する役割です。最近のお話には多い気がしますよ。圧倒的な力を持つ者に対して戦う者と解決する者が別の役になっているってものが」 なるほどな。たしかにそういう役割には特殊能力はいらん。我ながら呑み込みが早いな。 「んじゃまあ、その役割を全うしてもらいましょうか。どうやらこの世界から脱出するにはそれしかなさそうだし、この空間が異次元世界の一種である以上、あたしはともかく、ここにいるみんなは条件を満たさないと元の世界に戻れないでしょうし」 ん? この声は…… 「スターダストエクスプロージョン!」 咆哮と同時に放たれた……いや、これはもうこう表現するしかない! 銀河を駆ける数多の流星を彷彿させる光の群れが一瞬ですべてのカマドウマを打ち砕く! 「こ、これは……」 「凄い……」 「……」 古泉、朝比奈さんは愕然とし、長門もまた目を見張っている。 「ふうん――この空間、結構、魔力構成が単純になってるわね。あっさり解読できたわ。しかも、あたしの力は制約を受けていない――」 その視線の先にはマントと髪をなびかせながら悠然と佇むアクリルさんがいる。 「キョンくん、ここはあたしたちに任せて、あなたはこの世界を消滅させられる鍵を見つけてきて」 「分かりました! ……って、鍵って何だ? あとどこにある?」 だよなぁ。何のヒントもないんだよな。これで俺にどうしろと? 「古泉一樹」 「長門さん?」 「あなたが彼のフォローを。ここは涼宮ハルヒが創り出した世界。故にあなたがこの世界のことを一番分かっているはず。我々は大多数の敵を引きつける」 「なるほど。それは名案です。では行きましょう!」 「お、おお!」 言って俺たちは長門、朝比奈さん、アクリルさんにこの場を任せて走り出す! って、どこにだ!? つか、あっさり回りこまれてるし! いや、そもそもいつこいつらは出現した!? などと心の中でツッコミを入れる俺と古泉の目の前には再びカマドウマが群れをなして、今度は、サッカーのフリーキックの時にできる壁の如く並び、俺たちの進行を妨げている。 「ということは向こうに何かある、ということですよ。どうやら僕の勘は間違っていなかったようですね」 「勘か!?」 「あれ? ご存知ないんですか? 物語において主人公格の進む先には何の脈絡がなくても必ず重要なファクターがあるものなのですよ」 「理由になっとらん! それはご都合主義というやつだ!」 「グラビデジョンバースト!」 俺たちの掛け合いを打ち消したのは再び聞こえてきたアクリルさんの咆哮だ! 彼女が生み出した爆発の圧力が壁の一角に大きな風穴を開けた! 「さて、行きますよ!」 「ああ!」 こうなりゃ俺も自棄だ! この空気に乗ってやろうじゃないか! もちろん、駆ける俺たちを阻止せんと、生き残ったカマドウマ達が寄り合い、再び俺たちの壁になるべく陣形を取るのだが、 「ミクルビーム!」 「……」 俺たちの両脇から、いつの間にか走って追いついていた二人、朝比奈さんが声をあげ、長門が無言で素早くスターリングインフェルノを振るうと、二人から放たれた色違いの稲妻が再び俺たちの眼前のカマドウマを破壊する! 「メテオフレア!」 って、今度は上空からか!? んなことできるのはここには一人しかいない訳だが…… 俺たちがカマドウマに最接近すると同時に、それでも俺たちの行方を阻んでいた最後の三匹が消滅する! なんとその向こうには、塔があった! 「どうやらここがこのステージの終着駅なんでしょうか!」 「……そのステージがラストステージという断言はできんのか……?」 言いながら俺と古泉は塔に駆け込む! ん? 他のみんなは? もちろん俺は肩越しに振り返り、 うげ…… 「雑魚は任せてちょうだい。あんたたちは先に進むことね」 そう……この場に似つかわしくないとびっきりの笑顔を見せるアクリルさんと、その両脇に珍しく勝気な笑顔を浮かべる朝比奈さんと、相変わらず無表情だがそれが反って俺に安心感をくれる長門が自信満々に臨戦態勢で立っている。 その眼前にはカマドウマの大群が地響きと砂埃をまき散らしながら近づいてくる様が見て取れるんだ。 まあ確かにあの巨大カマドウマがこの塔に乗り込んでこられても大変だからな。 「それじゃお願いしますよ!」 「OK!」 「はい!」 「了解」 三人の勇ましい返事を聞いて俺と古泉は塔を登り始めた。 もちろん、この塔にはカマドウマ以上の強敵が当然いるのだろうが、逆に、塔の広さを思えばそこまで数多く表れることもないだろう。 と言っても俺には何の特殊能力もないので、思いっきり不本意なのだが…… 「古泉、俺の命はお前に預けるからな」 「信用してくださってありがとうございます」 古泉の笑顔から裏を感じなかったのは初めてだったかもしれん。 さて、この先には何があるのやら…… 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ
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涼宮ハルヒの三つ巴 人間、生きていく上で決して逃げてはならないことというものが存在する。 ましてや、それが本人にとって是が非でも避けて通れないとなれば、時として勇気をもって言わなければならないこともあるのだ。 周りにどんな視線があろうともそれによって躊躇してはならない。 そう、俺は今まさにそんな心境で自分の中の勇気をすべて振り絞る瞬間に立ち会わなければならなかった。 なぜならば―― 「ハルヒ、今度の日曜日、ちょっと付き合ってくれないか?」 俺のこの一言は、古泉から爽やかな笑みを奪い、朝比奈さんからはお茶を淹れている最中だということを忘れさせ、普段、よほどのことがない限り、視線をハードカバーから外すことのない長門までもが俺を見上げたのである。 いや、俺自身で分かっている。 俺がこんなことをハルヒに言うなんてのはいったいどれだけの異常事態なのかを。 それに比べれば、閉鎖空間の中にダース単位で《神人》たちが新世界創造の為の破壊活動を行っていたとしても、「あー今日も巨人たちが頑張ってるなぁー」とのどかな声をかけながらのんびり眺めていたところで誰も文句を言うまい。 「どういうつもり?」 しばしの時間停止があってハルヒがどこか戸惑いと胡乱を足したような瞳で俺を見つめて問いかけてきた。 「そのまんまの意味だ。何も言わずに付き合ってくれるとありがたいんだが」 「どうして理由が言えないのよ。まさかいかがわしい場所に連れて行くつもりじゃないでしょうね?」 断じて違う。ただ、その場所に行くためには男女ペアでなければならんからだ。 別段、恋人同士である必要はないがな。 「ふうん。なら、あたしじゃなくて有希かみくるちゃんでもいいんじゃない?」 「つまり、お前は断るということか?」 「そうね。あたしはパスするわ。まあ、あんたがその日に予定入れたなら、今回の不思議発見パトロールは土曜日にしてあげる。 団長のあたしなりの心遣い、感謝しなさいよ」 むろんだ。今度の日曜日を空けてもらえるなら、今回の不思議発見パトロールの際の奢りは俺が一番早く来ようとも仰せつかってやるさ。 「何言ってんの。毎回、あんたが一番遅れてくるんだから、そんな約束しなくたって、どうせ、あんたの奢りになるわよ」 実のところ、「……こ、恋人同士って言うなら考えてもよかったんだけど……」という呟きが聞こえたのだが、それは聞かなかったことにしておこう。ヘタにツッコミを入れるとなんとなく嫌な予感がする。 「そうかい」 そう言って俺はハルヒとの会話を打ち切り、長門にしようか朝比奈さんにしようか考えた。 なんたってハルヒ公認で二人で出掛けられるのだ。変な罰ゲームを喰らわされることもあるまい。 で、俺は今回ばかりは長門に視線を向けた。 朝比奈さんの苦笑を横目に捉えてしまったが、すみません。今度、何かあったときは朝比奈さんを誘わせていただきます。 なんせ、長門には俺は返しきれないくらいの借りばかり作ってしまっているんだ。 こんな時でなければ恩返しができんからな。 つってもまあ、長門にとってこれが楽しめるかどうか分からんのだが…… 「なあ長門、今の話の通りで今度の日曜日に……」 「了解した」 早っ! 「ええっと……本当にいいんだな……?」 「わたしも楽しみ」 長門の無表情だが、どこか今にも微笑みそうな顔の動きを俺は見逃さなかった。 「あらぁ~~~良かったわねキョぉン……有希とデートできるなんてぇ~~~有希もまんざらじゃなそうだしぃ~~~」 団長席から俺の背中に、とっても鋭い棘生えまくりの言葉が浴びせられました。 あまりに怖くて振り向くことはできないのだが、おそらくハルヒは半月ジト目で不気味な半笑いを浮かべていることだろう。 って、おい。お前はさっき、俺の誘いを断ったんだぜ。だったら、んな嫌味をかまさんでくれよ。 「心配いらない。彼もわたしも楽しみにしているのは別のこと」 おおっと長門、今回はフォローしてくれるのか!? 珍しく長門がハルヒに意見するのを聞いてそう思わずにはいられない俺。 なんたって、去年の年末の中河のときのやつは当事者であるにも関わらずまったくのノータッチを貫き通したんだからな。 「ときに長門さん、いったい彼はどこに出かけるおつもりなので?」 微笑を浮かべた古泉が割って入ってくる。 理由はなんとなく想像できるな。 古泉の役割、ハルヒのご機嫌どりのためには俺たちがどこに出かけるのかを今、ここで知っておきたいところだろうから。 まあ相手も決まったんだ。俺も隠し立てする必要もあるまい。 長門が淡々と、しかしどこか妙に楽しげな音階が含まれているような気がした声を発した。 ま、長門のことだ。俺が何に誘おうとしたのかを知ったとしても不思議はないしな。 などと軽く思った俺だったのだが、どうやらその考え方は相当甘かったらしい。 「平野綾、茅原実里、後藤邑子の音楽ユニット・AMIYUのコンサート」 瞬間、部室が白黒反転したかのような衝撃が走ったのであった。 「ちょっとキョン! なんでそんな大事なことを先に言わないのよ! てことはあんた、あの抽選に当たったの!?」 イの一番に声を張り上げたのは実は俺の予想外の人物・涼宮ハルヒだった。 「あの抽選ってことは……ハルヒ、お前も応募したって訳だな」 「当然でしょ! 確かにあたしは前にあんたに話した通り、人と違うことを求めるタイプだけどAMIYUだけは話は別よ! 周りが吸い込まれそうになるくらいの存在感を放っていることはあたしも認めるわ!」 そ、そうなのか? つーことはだ。これは参ったな。俺はてっきり、流行を嫌うハルヒなだけに理由を言うと問答無用で断られると思ったし、かと言って後々、ハルヒのいないところで長門か朝比奈さんを誘い二人で出かけて、それがバレた時のことを考慮した結果、まずハルヒに声をかけることにしたわけなのだが―― 「AMIYUのコンサートならあたしが一緒に行ってあげるわ! いいでしょキョン!」 いやあのな…… 俺があきれた声をかけようとする前に、まったく予想だにしなかった声を聞いた。 「拒否する」 って、長門!? 「あたしも行きたいな」 朝比奈さんまで!? 「ときにそのコンサートは絶対に男女ペアでないと入れないものなのでしょうか?」 古泉、お前もか!? 俺は今、異様な光景を目の当たりにしている。 ハルヒはもちろん、巷の流行なんぞとは誰よりも縁遠いはずの宇宙人、未来人、超能力者の面々が勢い込んで俺に迫ってくるのである。 いったいこれはどういう冗談なんだ? 全員、あのコンサートチケットの抽選に応募していたのか? などと心の中で四人に質問してみたのだが、むろん、声には出せなかった。 詰め寄られてしばし沈黙。四人とも俺の次の句を待っている。 そろそろ誰かが「なんてね」と切り出して、この空気を霧散させてくれるとひじょーにありがたいのだが、どうやらその雰囲気がまったくない。 仕方なく俺は恐る恐る口を開いた。 「すまん古泉。お前も応募したなら知っていると思うが、男女供に絶大な人気を誇るAMIYUのコンサートは男女常に同数で見に行かなければならないんだ」 「そうですか……」 古泉が珍しく落胆のため息を漏らし、いつもの、俺とボードゲームをする際の俺の対面の場所へとすごすご引き下がる。 「てことは、後はあたしたち三人の内の誰かってことね」 「みたいですね」 「そう」 一度、ハルヒ、朝比奈さん、長門が目を合わせて火花を散らす。 「で、キョンは誰と行きたいの?」 「む、無茶言うな! これじゃ俺が誰を選んでも後々、酷い目に合いそうな気がするぞ! ハルヒたちで決めてくれ! とてもじゃないが俺には決められん! 今回ばかりは文字どおり、相手は女子であれば誰でもいいんだからな!」 どこか殺気さえ漂わせたSOS団三人娘の迫力満点の詰め寄りに思わず俺は情けない声をあげていた。 「ふむ。それもそうね。じゃあ、あたしたちで決めるわよ。いいわね?」 「あ、ああ……頼むから穏便に決めてくれよ……」 俺は嘆息して古泉の対面へと引き返し、しかし少し思い当たることがあったんで、 「なあ古泉。どうしてハルヒが抽選から外れたんだ?」 「え……? 何か言いました……?」 こ、こいつは……いつまで淀んでやがる! 仕方がないのでももう一度、同じセリフを繰り返す俺。団長席の付近ではハルヒたちが話し合いをしている。 もっとも、ここから見ても分かるが三人とも周りの音など聞こえていない。 おそらく、今、戦闘機が強烈な爆音を立てて上空を飛び去っていこうが気にしないのではなかろうか。 「キョンは先にあたしを誘ったのよ。団長として団員の陳情は聞くべきだわ」 「しかしあなたは断った。わたしは了承した。わたしが行くべき」 「いいえ。キョンくんはあたしを誘うと後々、どんな目に合うか分からないのであたしのために、あたしに声をかけなかったんです」 引かない朝比奈さんってのは初めて見たな…… というか、普段、あれだけ無感動無表情の長門までを虜にするAMIYUを褒めるべきか。 「で、どういう理由でハルヒは当たらなかったんだ?」 たぶん、今なら俺と古泉が、普段なら絶対にハルヒの耳に入れるわけにはいかない会話をしていたとしても問題はないだろう。 「ああ……それはおそらく涼宮さんの中の矛盾がそうさせたのではないかと……」 思いっきり落胆した声を漏らす古泉だが、とりあえず暗い声色は無視することにして。 あっそうか。そういうことか。 ハルヒには確かに世界を自分の都合よく変革する力があるわけだが、それを自覚していない。 また、ハルヒは世界に不思議が起こってほしいと思う反面、起こるはずがないという思いも持っている。 つまり、もし今回、ハルヒが一心に自分も当たるよう念じたならば抽選に漏れることはなかったかもしれないが、心のどこかで応募総数を想像した時に『当たらない可能性の方が高い』と思ってしまったのではないかと想像する。こうなるとハルヒの力が発動することはない。 ちなみに俺が当たった理由は正に偶然だ。 まあもっとも俺はそこまでクジ運は悪いと思っていないがな。 なぜかって? 決まっている。 いったい、この世のどこにカミサマもどき、宇宙人、未来人、超能力者といった摩訶不思議な存在が一同に顔を合わせているような空間で一緒にいられる奴がいると思う? それこそ、このコンサートのクジが当たるよりもはるかに低い確率だぞ。そんな低確率をくぐり抜ける俺だし、ましてや幸運なことが舞い降りることの方が少ないんだからたまにいことがあったっていいだろう。 まあ宝くじとか言った金銭にまつわるクジ運には恵まれないがな。くそ。 「団長命令よ」 「こればっかりはいくら涼宮さんでも譲れません」 「わたしが誘われた」 三人娘の話し合いはまだ終わりそうにない。 仕方がないので古泉にもう一度振ってみる。 俺としては軽い気持ちで単なる話題作りのつもりでしかなかったのだが。 「なあ、お前の機関とやらで、もう2枚ほど手配できないものか?」 俺の言葉を聞くなり、古泉がハッとした顔を上げた。 「そうですね。聞いてみます!」 言って、即座に部室を飛び出す古泉。 ああ……っと、提案してしまったのは俺だが、なんだかちとまずい気がしたぞ。 完全な職権乱用だよな……というかはたしてハルヒを観察するための機関とやらがAMIYUの為に動くのだろうか。 古泉が出てしばらくしてから、 「じゃあ恨みっこなし! クジで決めましょう!」 ハルヒの高らかな宣言が聞こえてきた。 ふと振り返れば、いったいどこから調達したのか、いつものパトロール班分け用爪楊枝をハルヒが握っていた。 もちろん今回は三本で一本に赤い目印が付いているのだろう。 「当たった人がコンサートよ」 「分かりました」 「了承した」 三人とも実に真剣な瞳で頷いている。まあ取っ組み合いのケンカされるくらいならこの方が健全だ。 それにしても、いったい誰に当たるのだろう。 よくよく考えてみれば、である。 本命は世界を都合よく改変できる能力を持つハルヒか。 今回は応募総数と比べるなら確率はわずか三分の一である。当たらないかも、などとは考えまい。むしろ何が何でも当ててやる、と思っているはずだ。 しかし相手は二人とも対抗馬であって、ダークホース、穴、大穴などではない。 なぜなら情報操作がお手の物で俺も何度かその力の世話になっている長門と、その気になれば未来に連絡を取って爪楊枝のどれに印が付いているかを知ることができる朝比奈さんなのだから。 長門と朝比奈さんの様子を見ていると、おそらく今回ばかりは不正だろうが禁則事項だろうがぶっちぎって反則してくるであろうことは容易に予想できるってもんだ。 現実、朝比奈さんは今、瞳を伏せて胸に手を合わせて何かを念じている。 どうもその姿が俺には未来と連絡を取っているような気がしてならない。 それにコンサートに俺と一緒に行く程度のことが世界を揺るがすほどの過去干渉とは思えんしな。 正直言って、誰に当たるのか想像もできんぜ。 「せーので全員一緒に引くこと。いいわね? せーのっ!」 ハルヒの掛け声と同時に三人とも手を伸ばす。 もっともハルヒは右手に爪楊枝を持っているので左手を伸ばすのだが―― って、おい!? …… …… …… そうかそうか。よく考えたらそうなるよな。どれが当たりくじかは(ハルヒは無自覚だが)三人とも分かっているんだ。三人とも同じ爪楊枝を摘むわな。 あーこれはもうどうしようもないぞ。たぶん、三人とも譲るつもりはないだろうし。 が、ハルヒが実に建設的なことを言ってきた。 「あたしが先に掴んだと思うけど?」 「う……」「……」 朝比奈さんがうめき声をあげて、長門が三点リーダ沈黙。 確かに俺の目から見ても一番先に掴んだのはハルヒだった。 しかもハルヒは長門や朝比奈さんと違ってそれが当たりだということを知らないで掴んだのである。 先に掴んだものに優先権があるのは仕方がないし、長門と朝比奈さんは答えが分かっていた以上、諦めるしかない。 ううむ。やっぱズルは良くないということなのだろうか? ただ、ハルヒの能力を考えるならそれが一番のズルのような気もするのだが、ハルヒが知らない以上、長門と朝比奈さんにはそれがイカサマだと突き付けられる証拠がない。 かくして。 AMIYUコンサートにおける俺のもう一人の相手は涼宮ハルヒとなったのである。 と、この時は思っていたのだが。 当日、日曜日。 光陽園駅北口、SOS団御用達の場所にはSOS団全員が集合していた。 もう説明の必要はないよな。 そう。古泉の機関の手回しがあと二枚のチケットをゲットしてきたのである。いったいどうやったのかを知りたくて古泉に訊いてみたが、とんでもない答えが返ってきた。 「チケットを手に入れないと涼宮さんが暴走するかもしれません、と言っただけですよ。嘘は付いていません。もし涼宮さんが当たりくじを引かなければそうなっていた可能性は否定できないのですから」 いやまあ……なんつうか…… 「ご心配なく。ちゃんと譲ってくださった方々にはそれ相応の謝礼を差し上げております。そうですね、おそらく十年は遊んで暮らせるほどの資金を提供させていただいて――」 「もういい」 俺は古泉の話をばっさり切り捨てた。これ以上は絶対に聞かん方がいいだろう。 つか、お前、性格変わってないか? あっそうそう。実は今回、もう一人、特別ゲストが招待されている。 チケット三枚に対して、男女ペアは三組いるのである。 俺はクジで決まっていたハルヒ、古泉は朝比奈さん、で、もう一組は長門と、という訳だが誰だか分かるかい? もし国木田か谷口と思ったなら違うぜ。あの二人はセット扱いだ。さらに一人余る事態を招くだけだからな。 では誰か。 答えはお隣さん。コンピ研の部長さんだ。もちろん、彼もAMIYUのコンサートと聞いて二つ返事でOKしたさ。 ちなみに、なぜ彼なのかというとだな。国木田や谷口以上に部長さんは長門と面識があるからなんだ。 なんせ長門はコンピ研の特別部員だからな。 ましてやこの部長さんには、我らがSOS団団長殿が相当お世話になっている。パソコンのことは勿論、機関誌発行にも力を貸してもらった。 ただ、彼は朝比奈さんに狼藉を働いた(働かさせられたとも言う)身であり、お互い気まずい思いを抱くであろう二人でペアを組ませる訳にもいかず、結果、長門が部長さんとペアを組むことになったんだ。 まあもっとも。 古泉、朝比奈さん、長門、部長さんの席は横並びではあったが、チケット入手方法が違う俺とハルヒはこの四人からはちょっと離れていた。 盛り上がるコンサートの内容の描写は省かせてもらう。 というか、俺も夢中になっていたんで周りに何が起こっていたかなんてさっぱり覚えていないんだ。もちろん、俺だけじゃない。ハルヒも大音量で声援を送っていたさ。 もっともそんなハルヒの声も心地よかったくらいだ。 で、コンサートのラストで、だな。 「それでは今回のペアはこの二人にします!」 って、はい!? 壇上からリーダーの平野綾さんが俺とハルヒの座席番号を叫んだのである。 周りからは落胆の声と歓声が沸き起こる。 AMIYUのコンサートではラストに来場したファンの中から一組選ばれて、数多くの課題が書かれた何万通の封筒の中から一つ課題を選び、それをAMIYUと供に実行するというイベントがある。 もっともこれはコンサートの名物であって、これがなかなか大受けしているものなのだ。 「ね、ねえキョン……これって……」 「いやまあ……これに当たるとはさすがに思ってなかったんだが……」 俺とハルヒは互いに戸惑いながらそんな会話を交わしている。 ただ、その課題にはかなり突拍子もないことも含まれている場合もあるのだが…… 確かあまりに突拍子のないことであれば拒否権を発動して課題チェンジが可能だったよな……? そんないまだに戸惑いの表情を隠せない俺たちの両脇に茅原実里さんと後藤邑子さんがにこやかな笑顔を浮かべながら俺たちをエスコートし始めた。 もうなし崩しに従うしかない。 いったいどんな課題が待っているのだろうか。 不安と期待が渦巻く中、俺たちはAMIYUに囲まれる。 俺たちが並んで立ったところで平野綾さんが俺たちをフルネームで紹介してくれた。 ううむ。本名で呼ばれたのは実に久し振りな気がするぞ。 「では封筒を一通選んでください」 後藤邑子さんが朝比奈さんを彷彿とさせる笑顔で甘く甲高い声をあげる。 と、同時にスタッフが数多の封筒が収められた透明のボックスを俺たちの前に置いた。 「ハルヒ、お前が引いてくれ」 「分かったわ」 言ってハルヒが上部の穴から腕を突っ込み、ガサガサさせることしばし、 そして一通の封筒が、今度は茅原実里さんに手渡される。 その中身は―― 「――という平野綾さん主演の物語の一番のベストシーンを演じること」 って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 長門張りに淡々と読み上げた茅原実里さんの言葉に俺は心の中で絶叫した。 誰がこの封筒を投函したかは知らんがとんでもない課題を突き付けてくれたのものである。確かにアレは名シーンであることは認めるがここで素人にやれと言うのか!? しかも、そのシーンつったら…… あー隣でハルヒも力いっぱい困った顔をしているぞ。 ま、まあ……嫌がってはいないようだが…… 「あの……本気ですか……?」 気がつけば、俺は観客を盛り上げている平野綾さんに戸惑いの声をかけていた。 「何か問題でも?」 「いや……大問題だと思うんですが……」 「そうかしら? そっちの彼女はまんざらでもない顔しているし大丈夫なんじゃない?」 「ええっと……」 「それに」 平野綾さんの笑顔の明るさがさらに増した気がする。つか、まるで会心の悪企みを思い付いた時の300ワット増しのハルヒの笑顔とダブるぞ。気のせいか? 「今、キミはそっちの彼女のことを下の名前で呼んだわよね? だったらこの課題くらい日常茶飯事の仲なんじゃないの?」 と同時に巻き起こる指笛と口笛の嵐。 待て待て待て。俺とハルヒはまだ……って訳でもないが高校生なんだ。んなこと公衆の面前でやれるほどの度胸を持ち合わせてなどいないぞ。 という俺のツッコミを平野綾さんは聞くことなく再び観客を盛り上げていたのである。 この時点で俺の拒否権発動の権利は完全に失われてしまったようだ。 と、同時に俺とハルヒは控室へと連れて行かれた。 さて、課題に書かれていたシーンがどんなシーンだったのかというと―― 俺たちは着替えもすまされて壇上に再び進まされた。 もう逃げ出すことはできないが、できれば逃げ出したいところである。 マジか? マジでやらなきゃならんのか? 「諦めましょキョン。仕方ないじゃない」 「お前はいいのか?」 「んまあ少しは躊躇う気持ちもあるけど割り切るしかないわね」 「割り切りって……んな簡単に……」 「何言ってんの。いいこと」 言って、俺の耳を引きちぎらんばかりに自分の口元へと引き寄せるハルヒ。 「あたしはあんたが相手じゃなかったら断ってた」 少し頬を染めたハルヒの、俺以外に誰も聞こえないような小声の一言が俺に思い切りを持たせてくれたのは言うまでもない。 平野綾さんが声を張り上げる。 「それではセリフはあたしが男の子役を、邑子ちゃんが女の子役をやります! 二人はそれに合わせて演技してくださいね!」 やれやれ。分かったよ。分かりました。 やってやろうじゃないか。もうやけくそだ。 諦観のため息をひとつついて俺はハルヒに向き直る。 ハルヒも俺を上目づかいに見つめた。 そしてハルヒの肩に俺は手を置き、平野綾さんと後藤邑子さんが台本を読みはじめたのである。 とっても豊かに情緒あふれるこのシーンにぴったりな声で。 『なによ……』 『俺、実はポニーテール萌えなんだ』 『なに?』 『いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ――』 ……たぶん、これがハルヒがAMIYUに共感した一番の理由だな。 そう、俺たちが演じることになったシチュエーションは何故か、去年の五月のあの日、前振りや経過はさておき。この部分だけは俺とハルヒが演技ではなくやったこととまったく同じだったのである。 しみじみと思う――偶然だと信じたい、と―― この涼宮ハルヒの憂鬱SSはフィクションであり、 実在する人物、団体、事柄、その他の固有名詞などとは何の関係もありません。 嘘っぱちです。 一部勝手に作ったものもありますが、どこか似ていたとしてもそれはたまたま偶然です。 他人の空似です。以上。
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Ⅳ ハルヒが部室に鍵を閉めた後、俺たちは特に話すことなく学校を後にした。 常に無言状態でいる長門が沈黙しているのはまあいつも通りの光景だ。だがそんな長門を間にしてハルヒと俺まで黙りとなると気まずいことこの上ない。こちらが黙ってたって独りで喋るハルヒが今じゃ長門と大差ないなんてのは十分異変としてみなされるであろう‥‥‥が、まあ致し方ないわな。あんなことの後だし。俺も何と声をかければいいか分からん。というよりも声をかけないのが一番に思える。 そんなこんなで長門と別れ、ハルヒともさよならの挨拶だけ交わし家に帰宅。妹がパタパタとやってきて出迎えの挨拶した後、もうすぐ夕食であるというメッセージを耳に入れながらも俺はマイルームへと飛び込んだ。鞄を置くのも忘れてポケットに手を突っ込み、一枚のしおりをひっ掴む。相変わらずの明朝体の字で書かれたメッセージには、こう書かれていた。 【気をつけて ためらわずに】 ‥‥‥え? これだけ? 想像していた言葉よりずっと短いぞ長門。というよりも抽象的すぎて分からん。気をつけろって、何に。ためらわずにって、何をだ。いつも俺に説明する時はもっと具体的で、辞書使っても分からなさそうな言葉を並べるのにどうして今回は‥‥‥。 いや、長門でさえこれ以上書くのは無理だったのか。そうとしか考えられん。それともしおりに書いたからあまり多く書けなかったか? なんでしおりに書いたんだ長門。 よく見なくたって長門の文字が書いてある裏面にハルヒの書いたSOS団のマークが目に飛び込んでくる。確かこのマークがカマドウマを蘇させたんだっけか。じゃあ今回もそんなような異変が関係してるということでいいのだろうか。 どんなに見たって明朝体の字体がポップ体に変わることはなく、とりあえずは服を着替えることにした。映画の件以降我が家のペットとなった雄の三毛猫シャミセンが足元にすり寄ってきては、制服が爪の餌食にならないよう足で追い払う。今でこそどこにでもいるようなこの猫は、驚くことなかれ、元は喋る猫だったのだ。顔に似合わず渋い声で、あの頃は長門とウマが合いそうなくらい哲学的な知識を持っていたが、さっきも言ったが今では普通の猫だ。急に喋りだすこともしないし、かといって急に猫背をやめて立ち上がったりなど‥‥‥ 「‥‥にゃ」 しない。断じてしない。そう言おうとした瞬間だ。言うって誰に? そんなことはどうだっていい。今目に映った光景を理解するのに頭が追いつかないからな。 今のはなんだ。新手のマジックか? 仕掛け人は誰だよ。出てこい。出てきて家のシャミセンを返せ。 ‥‥‥ほんとに一瞬だった。 俺がズボンのベルトに手をかけたまさにその、瞬きをする瞬間にだ。 ‥‥‥‥シャミセンが、‥‥‥消えた。 えらい動くの早くなったなシャミ。なんて悠長を抜かしてる暇はない。俺はベルトに手をかけたまま振り返ったり片足を上げたりしてみたが、シャミセンの姿が確認出来なかった。なんだ今のは。ドアは開いてない。ということはシャミセンは俺の部屋の中に違いないが、ベッドの下にもクローゼットの中にもいない。おい、シャミセン。いつの間に瞬間移動なんて会得したんだ。頼むからもう一度俺の目の前に現れてくれよ。猫缶やるから。 俺の本能が告げていた。何かが起こった。気をつけてってもしかしてこのことか長門。無茶すぎるぞいくらなんでも。 着替えを中止し、しおりをもう一度ブレザーのポケットの中にねじ込んだ後俺は急いでドアを開けリビングへ向かった。誰もいない。キッチンにも夕食を作っているはずのお袋がいない。まさかシャミセンと妹とお袋が組んで俺を脅かそうとしてるのか。まさかな。だとしたらキッチンの火もとぐらい消すもんな。 とりあえずは、火事になっては困るので火を止めておく。今日の晩飯はカレーだったのか。くそ、楽しみのうち一つじゃねーか。 ‥‥長門だ。こんな時は長門しかいない。 胸ポケットからケータイを取り出し、アドレスでナ行を探す。‥‥あった! 「頼むぜ長門‥‥‥」 そう寂しくも独り言を呟きながら、俺が受話器のマークのボタンを押そうとした瞬間だ。 ピンポーン インターホンが静まる家に響いた。インターホンだと? もう一度ピンポーンと鳴る。出るかでざるべきか。悩むまでもない。俺はケータイを持ったまま玄関へと向かった。こんな時に限って近所のガキのいたずらじゃないだろ。もしそうなら俺はゆっくりカレーを食べることにしてやる。 ドアを開ければそこにはまたもや見覚えのある顔が立っていた。言うまでもないが近所のガキじゃない。 「‥‥‥閉鎖空間です」 平和の象徴であるニヤケ面を無くした古泉がそこには立っていた。 「なんだと」 「閉鎖空間です」 「この野郎!!!」 俺はケータイを放り捨てた後、古泉に掴みかかった。古泉の顔がさらに苦々しいものへと変わる。 「あと6日あるって言ってたじゃないかお前!! それがなんで今日なんだよ、おい!!」 「お、落ち着いてください!! 争っている暇はないんです!!」 冷静でもなければ暴力まがいなことまでしてる。その上閉鎖空間が発生した理由を自分が告白しなかったと責められたくがないために古泉や、心の中では長門にまで責めていた。 ‥‥最低だな、俺。 「一体何故急激に閉鎖空間の範囲が広がったのかは、情けないことですが僕には分かりません。ですが今はその原因を探ることよりもこれを抑えることが先決です!!」 古泉が珍しくもそう声を張り上げると、胸ぐらを掴んでる俺の手を力任せに剥ぎ取った。機関とやらは超能力だけでなく、一応筋力トレーニングもつけさせているみたいだ。古泉が自主的にやってるだけかもしれんが。 ともかく、今は古泉の言うとおりそんなことを考えている場合じゃないようだ。古泉にそう怒鳴られ思考回路が少し冷静になってから気づいたが、俺の家以外は全て明かりが消えている。まるで人の気配がしない。 「‥‥閉鎖空間、って言ったな」 「ええ」 古泉はネクタイを結びながらそう答えた。家に帰ってからも学生服から着替えてなかったようだ。 「なんでお前がここにいる」 「それは‥‥ここは喜ぶべきなのかどうかは分かりかねますが、僕も貴方と同じく涼宮さんに招待されたからでしょう。5月の時とは違い、それほどSOS団の繋がりは濃かったということです。貴方や僕だけではなく、朝比奈みくるも長門有希もここにいるでしょう」 長門‥‥そうだ。 俺は古泉に背を向け、思わず後方に投げてしまったケータイを取りに行った。 「無駄ですよ。圏外です」 ケータイの画面を見ようとした時古泉がそう言った。圏外‥‥‥しまった、忘れてた。 「しかし幸運なことにも、閉鎖空間ということで僕の能力がフルに使えます」 古泉が微笑みながらそう声に出すと、赤い光が古泉の周りへと集まっていった。 「貴方の家に早く来れた理由もこれです。僕はこれから朝比奈宅へと向かいます。貴方は長門さんの所へ」 「行って‥‥その後どうすりゃいい。どこへ行けばいい」 「おや? 貴方ともあろう方がお気づきではないのですか?」 徐々に赤い球体へと化していく古泉が、声を反響させながら俺にまるで面白いジョークを聞かせるような口調で言った。 「もちろん、学校ですよ」 「では」 そう一言付け加え、古泉は鷹が獲物を見つけた時に急降下するような速さで西へと飛んでいった。朝比奈さんの家ってそっちなんだな。知らなかったぜ。 「でも今は長門だ‥‥‥」 長門が邪魔したからこんなことになったのでは? と疑ってしまう気持ちが心の隅にある。今まで散々長門に助けてもらっておきながら、そんなことを思ってしまうのはいくら相手が宇宙人とはいえあんまりだろう。少しでも都合が悪くなると他人のせいにするのは良くないことだ。良くないことなんだぞ俺。 「シャキッとしろ‥‥‥」 ママチャリの鍵を取りに家へと戻る。長門に会いに行った後学校へ行くとなると断絶走るよりチャリの方がいいからな。さすがに坂道は諦めるしかないだろうが。 長門はちゃんと待っていてくれていた。もちろんマンションの外で。 「長門」 「状況は把握している」 「そうか」 長門が俺の隣へやってきたので、後ろに乗るよう指で合図した。周りが暗いせいか長門の瞳の色はよりブラックさが増していたが、そんな中でも本当に乗っていいのか訪ねるような礼儀正しい輝きは失っていなかった。もちろん、いいとも。 長門を乗っけ、俺は学校へと全速力で向かう。真っ暗な道の中、電灯の明かりってやっぱり大事なんだなと思いながらも俺は自転車の回転にともない光る心許ないランプを頼りに道を進んでいった。まあ車はこないから大丈夫だろう。思い切って車道へ出てみる。とは言っても、本来自転車は車道を通らなきゃならないんだけどな。 「‥‥‥‥こうなることは避けられなかった」 まるで重力を感じない長門がそう呟いたのが聞こえた。自転車の漕ぐ音以外はそれしかなかった。 「どういうことだ」 「貴方が涼宮ハルヒに好意を伝えていても、伝えることがなかったとしても、遅かれ早かれ必ずこうなっていた」 「そりゃ、なんでだ」 今まで長門の無機質さに安心したことは幾度もあったが、その返答だけは無機質さが余計に不安を煽った。 「何故なら、」 「この情報爆発を起こしたのは、涼宮ハルヒではないから」 キキーッと自転車が唸りを上げて止まる。坂道だ。 「長門、それはい‥‥」 「上って」 「いや、だがな」 「大丈夫」 大丈夫、か。俺は長門を自転車に乗せたまま長い長い坂道を走ることにした。朝かったるく上ってくるのが嘘のようだ。電動自転車よりずっと楽に足が動く。 「‥‥‥誰だ」 「‥‥‥」 「今回のこの世界征服みたいなのを企んでいるのは、一体誰なんだ」 「言えない」 言えない? 言えないってなんだ。言わない、じゃなくてか。 「‥‥‥‥‥」 自転車が学校に向かうにつれて、俺の足取りは重力を取り戻したかのように重くなっていった。俺の告白は本当に関係なかった、それが確かになったというのに。 「長門の親玉が言うの禁止してるのか?」 「‥‥‥‥」 これも駄目か。首を縦か横かに振ってくれるだけでいいのに。 それから少しの間があったが、長門のおかげでどうにか早めに学校の校門前へ来れた。まだ古泉達は来てないようだ。 「入れない、か」 相変わらず寒天のような壁が俺の手の行く手は阻む。長門も興味を持ったのか片手を壁へとくっつける。反応は俺と同じだった。 「入れそうか?」 ふるふると、微かに首を横に振る長門。 良かったな古泉。お前の専売特許その1は守られたようだぜ。 古泉、か‥‥。 「なあ長門」 こちらを見ないで当の本人は壁をプニプニつついたりして遊んでいた。遊んでいるように見えた、が正しいのかもしれんが。ともかく、耳は耳でちゃんと働いているだろう。遠慮なく話すことにした。 「今回、ハルヒの力を使ったのが他の奴なら、どうやってハルヒと同じ力を得たんだ? なんで俺たちSOS団をここに残したと思う?」 無言か、と思いきや長門はちゃんと返事はしてくれた。 「涼宮ハルヒの自律進化の可能性を握る、情報を生み出す力は現在全宇宙の中で1つしかない。その保有者が涼宮ハルヒだった」 だった、ね。 「誰かが奪ったってことか」 爪先で壁をなぞる。水面をなぞるかのようになめらかに動くその白い指は、肯定と捉えても良さそうだ。 「何故私達が此処にいるのか」 長門はそう区切り、 「不明」 とだけ言った。 「その犯人が意図的に残した可能性は?」 これの返事はサイレント。だが勘でわかる。きっと犯人にも想定外だったんじゃなかろうか。 どういう筋道でハルヒの力を奪取したかは不明だが、おそらくハルヒから力をとったのは連続的な閉鎖空間が起こる前だ。その前はハルヒが能力で噂をあれやこれやの人々にバラまいたから、その間だろう。そして手に入れるや否や長門に口止めするよう、願望を実現する能力を行使した‥‥。 ‥‥疑問点残りまくりだ。しかし今はこれだけのことしか分からない。少なくとも俺の頭じゃな。 俺が真犯人は誰なのかを思惑していると、古泉達が飛んでやって来た。朝比奈さんが古泉にお姫様だっこされて顔を赤面させている。古泉、無事にこのことが終わったら覚悟しておいた方がいいぞ。新月の夜とかな。 「ええ、楽しみに待たせてもらいます。その為にも、これを早く終わらせましょう」 古泉がお得意のスマイルのまま学校へと歩み寄ろうとしたので、俺はそれを止めた。長門と話す前のこいつの様子から察するに、真相を知らなさそうだからな。 俺は朝比奈さんと古泉に長門から聞いた話をダイジェスト版で伝え、顔が青ざめていく朝比奈さんや笑みが消えマジな顔になっていく古泉達の反応を伺った。 古泉は話を聞き終えると、すぐさま俺に頭を下げた。おい、やめろ。 「いいえ、言わせてください。本当に申し訳ありませんでした」 「俺だってお前の胸ぐら掴んだたぞ。謝るのはむしろ俺の方なんだから、顔を上げてくれ」 オロオロする朝比奈さんを横になんとか古泉は顔を上げた。表情からは本当にホッとしたものが見える。筋肉トレーニングは知らんが、機関とやらはどうやら馬鹿丁寧な礼儀作法を訓練させてるみたいだな。 「古泉。ハルヒは今どこにいる? 学校にいると思うか」 学校をおおうゼリー壁を一瞥しながら、古泉は「断定は出来ませんね」と、不安残る返事をした。俺の告白の推理が外れていたから自信でもなくしたか? 「貴方の家に訪れる前に、真っ先に涼宮さん宅へ向かいましたが、明かりは皆無でした。僕はてっきり涼宮さんが起こしたものばかりだと信じきっていたので疑問にも思いませんでしたが‥‥‥そうですね、長門さんの話が本当ならば涼宮さんが此処にいるかどうかまでは分かりかねます。能力を持たない彼女は普通の女子高生ですからね。本当の世界に取り残された可能性は低くありません」 俺も普通の男子生徒なんだがな。 「ですが、この学校には確かな第二の閉鎖空間があります。閉鎖空間を引き起こした者から招待を受けた者が入れる、いわゆる私的領域です。真犯人は間違いなくここにいるでしょう。僕たちが学校の中側にいないということは、パーティーの招待状を送っていないということですから、僕たちの存在は彼もしくは彼女にとってはイレギュラーそのもの‥‥‥」 手の平を壁に当て、表面を震わせる。 「‥‥‥入れます。皆さん、手を繋いでください」 閉鎖空間にダイレクトにくぐったことがあるのは俺と古泉しかいない。覚悟を決めて俺が古泉の差し伸べられた手を握ろうとした時、ひじの部分に小さな力が加わった。掴んでいるのは朝比奈さんかと思ったが、意外にもそれは長門だった。青白い光に照らされた長門がもう片方の手に持つものを俺に差し伸べる。 「これは‥‥‥?」 拳銃。今ある俺の頭の中にあるわずかなボキャブラリーを用いるならこれほどピッタリな言葉はあるまい。SF映画に出てくる未来人が持つ光線銃とも言っても大体の形が想像つくんじゃないか? 「また物騒な物を持ってきたな。これで戦うのか?」 「戦うためのものではない。戦力をほぼ無力に低下させる殺傷能力のない道具」 よく分からんな。もっと簡単な言葉で言ってくれ。 「麻酔銃」 ちらりと横を見れば朝比奈さんも同じ物を持っていた。ウマの耳に念仏、ということになるような気がしてならないんだが。 「着衣の上からでも戦力を抑える確率は高いが、出来れば皮膚直々に当たるよう打つのが好ましい」 「俺は親父がハワイに連れて行ってくれたことがないからな、こういうものを扱うのに慣れてないんだ。持ってたって意味なしになるかもだぞ」 「それでも所持すべき。何故なら私は今回、攻撃許可が出ていない」 なんだと。また親玉の禁止令か。つまりいつぞやの朝倉の時みたいに、相手を分解させる因子を交えてどうこう出来ないということになるのか。 なんでやねん。 「‥‥‥‥」 話すことはもう話した。そう言いたげな無言だった。 「行きましょう。あまりゆっくりしていると、世界が入れ替わります」 古泉の分の麻酔銃はないようだ。まあそれもそうか。赤い粒子を使った専売特許その二があるしな。 古泉の手を俺が握り、俺のもう片方の手を朝比奈さんが、そして長門。 「皆さん、目を閉じてください」 どうでもいいが未来人も超能力者も力を発揮するところを見られると何か恥ずかしいことでもあるのか。実は人生における最大限の変顔をしてるとか、まさかな。 古泉が率先して歩き始めたので、急いで目をつむり古泉にならった。くぐる時に水面にあたる感覚があるものなんだとまこと勝手に意識してしまうのだが、今回もやはりそんな感覚はなく、数歩歩いただけで俺たちは閉鎖空間の中へと入ることに成功した。目を上げれば広がるは灰色の世界。文字通りグレーゾーン。ん、意味は違うか。 「神人はまだいませんね‥‥‥それとも、とっくに僕たちの本当の世界の方へ出てしまったか‥‥ですね」 「冗談はやめろ。で、この後どうするんだ」 ハルヒを探すのか。 元締めを探すのか。 「同時進行がいいと思われます。一応僕も含めて全員が防御手段を持っていますから、探すのもバラバラがいいかと」 朝比奈さんを独りにするのか。その考えには賛同出来ん。 「ではこうしましょう」 古泉が人差し指をわざわざ立てて提案をした。本当にそういう仕草好きだなお前。 「2人ずつに別れましょう。戦力的に分けて長門さんと朝比奈さんのペアでいいのでは?」 長門は攻撃出来ないんだぞ。 「防御も出来ませんか?」 「可能」 「だそうです」 要注意人物に危害を加えるのはアウトなのか。 「‥‥‥」 「決まりですね」 古泉はそう言い切ると、校舎を指差した。まるで犯人を名指しする名探偵のように。 「僕たちは旧校舎を含めた西館側を、長門さん達は体育館を含めた東館側をお願い出来ますか?」 「ええと、そのぅ‥‥‥」 どことなく不安そうな素振りを見せる朝比奈さん。それはまだ見ぬ敵が校舎にいることもあるだろうが、大部分は長門と一緒だからかもしれない。しかし守ってくれることに関して長門ほど心強い者もいないのは確かだ。朝倉の時も、俺が受けた傷は長門自身に蹴られたところ以外はない。 ‥‥‥‥朝倉、か。 「どうかしましたか? 僕達も早く行きましょう」 気づけば長門達はすでに校舎東館へと歩を進めており、俺達はぽつねんと運動上に立ちすくんでいた。 「いや、犯人は誰かを考えていただけだ。行こうか」 「ええ。とは言っても僕は部室にいるのではないかなと思っているのですが」 SOS団、もとい文芸部室にロングヘアーの女子生徒が窓の向こう側を眺めている光景が目に浮かぶ。まさか。あいつなら長門に消されたはずだ。 不安に苛まれながらもやや駆け足気味で俺らは学校へと侵入。入り口は長門が先に開けておいてくれたようだった。 「涼宮さんにしろ、遅れてやってきた異世界人や何かにしろ、部室では何かが待ち受けているでしょう。まああくまで僕の勘ですが」 自身あり気だな、古泉。だったら最初から4人で行けば良かったじゃないか。 「もしも、ということがありますからね。また外れたら恥ずかしいでしょう?」 古泉に限らず、俺や朝比奈さん、恐らく長門でさえも真っ先に部室が怪しいと目論んでいたと思うんだがな、まあいい。とりあえず行ってみなきゃな。 電気をつけようとしたが、古泉に「犯人に気づかれない方がいいでしょう」と言われ仕方なく暗闇の学校内をなるべく音を立てずに旧館へと向かう男子生徒2人組。状況だけ見れば肝試しをしにきた友達に見えなくもない。 「着きました」 言わなくても分かってる。 「電気がついてないようだが」 「‥‥‥‥‥」 長門の真似か、無言で俺に返事をする。そしてどことなく緊張した趣でドアを古泉は開けた。緊張から解放され、頬の筋肉が緩むのが垣間見える。 「‥‥‥敵はいません」 敵はいないな。んでもってハルヒもいないじゃねーか。絶不調だな今回も。 「となると虱潰しに探すこととなりますね」 「じゃあ僕は一階から探していくので、貴方は三階からお願い出来ますか?」 文芸部室は2階にあるからな。ちょうどまたこの部屋に落ち合う形になるのか。いいだろう。 そうやって俺たちは別れることになり、俺はといえば明かりもなしで独り真っ暗な教室を探すのはさすがに気がひけるのでパチパチでスイッチを押しては一通り見渡し、そして消すという行動を繰り返していた。ドアを開けた瞬間、エイリアンよろしく急に襲いかかってくるというハプニングにはどうにか合わずに済み、またもや二階を探しに来た時は本当に敵なんているのかどうかを疑い始めていた。古泉はまだ一階を探しているのか。先にSOS団のドアを開けさせてもらうぜ。 二度目の、いや、本当の世界を含めて三度目の部室訪問。客観的に見れば実に団員その一らしい行動だ。といっても、SOS団の求める不思議体験なんて面倒くさい事柄は俺は即刻パスするがな。 「‥‥‥‥ん?」 ‥‥‥そうやって、少し自分も平和ボケな考えをしていた頃だ。今まで当たり前のように点いた電灯が、ここでは点かないことで少し焦りが出始めた。何故この部屋だけ点かない。本当に電灯が切れちまったか? パチパチと何度も無意味に押してはみるものの、効果なし。電灯が点かなかったぐらいで何を動揺してるんだ俺は、とツッコミを入れたいが、しかし何故だか俺にとってそれが何かとても悪い予感なような気がしてならなかった。 古泉を待とう。なんだか入らない方が良さそうだ。 二階をまだ探していないらしい古泉のために、俺はコンピ研の部屋を調べる。まあもしがなくてもハルヒはここには来ないだろうが‥‥‥。 俺自身、コンピ研に訪れるのはこれで二度目である。だから詳しくはどこに電気のスイッチがあるかは知らないのだが、まあ文芸部室と同じだろう。手探りで壁を探ればスイッチは意外と早く見つかり、それじゃ遠慮なくとボタンを俺は押した。 ‥‥押した。点かない。 もう一度試しにやってみる。点いた。なんだよ、びっくりさせないでくれ。 ‥‥‥‥にしても、随分とコンピ研の電灯の光は幻想的だな。部屋全体に海が広がったかのように綺麗な青色に‥‥‥‥って! 「部屋から出てください!!!」 言われなくても分かってる、っと大声で返事つける代わりに俺は体を翻し、ドアをも閉めずに部屋を出た。 ――――‥‥‥間一髪!! この表現ほどぴったりなものはない。 俺がコンピ研の部屋前を横切るのとほぼ同時に、背後がとてつもない破壊音でぶっ飛ばされるのを耳にした。騒音なんてもんじゃない。ニトロ爆弾がコンピ研部長のパソコン近くで暴発したと言ったほうがまだ通じる。人生の内でこれほど死が近づいたのは初めてだ。朝倉の件と同位でトップを占めている。 金輪際会いたくないベスト2にノミネートされてる奴の手が、俺の背後にあった。窓側から部室に向かってパンチしたらしい。するな馬鹿。 「神人です!!」 だろうよ。あれがハルヒに見えるか? 「どうすんだ!?」 「僕一人では‥‥‥どうにもならないでしょう。ひとまず、長門さん達と合―――」 けたたましい轟音が真上で鳴り響き、古泉のその先の言葉は聞こえなかった。今度は三階のどの部屋かは知らんが吹き飛んだらしい。 「‥‥一刻も早く、」 さすがの古泉もこれにも苦笑いさえも浮かべていない。 「涼宮さん、あるいは犯人を」 そう言い終えると、神人とは対照的な赤い輝きを体中に集めだす。まさか一人で戦う気か。 「いくら僕でもそれはそんな無茶はしません。神人一体を倒すのに最低でも5、6人はいないと」 「じゃあ何をする気だ」 俺の言葉も少し語気が強くなる。そう喋らないと聞こえないからではない。 「囮ですよ。少し神人を遠くに追いやるだけです。それよりも急いでください。稼げる時間はそう長くありません」 神人がパンチで開けた穴から音もなしに、球体となった古泉は高速で神人のもとへと飛んでいった。さっきまでのんびりとハルヒを探してたのが悔やんでも悔やみきれないぜ。 しかし、どこにいる? 部室にもいないし、もし五月の閉鎖空間の時にハルヒと出会った場所ならばとうに長門達が見つけてるはずだ。連絡がないのは何故だ。 「どこだハルヒ‥‥‥」 今回はマジでハルヒがいないのか? 有り得なくはない。能力を持たないハルヒは普通の女子高生云々を古泉が言っていたこともある。となるとハルヒではなく犯人を探さなきゃならんことになるのか。どちらにしよ、神人が出た今は長門から借りた武器を常に手に持っといた方が良さそうだ。もしハルヒが居て武器が見つかっても、こんだけ校舎が滅茶苦茶になってるんだから今更だろ。 そうこう無駄な時間を過ごしている内に、また青白い光が元コンピ研室から漏れだした。まずい!! 俺は何故だかとっさにSOS団のドアをひっ掴み、気づけば中に入っていた。ここはコンピ研の隣なんだから逆にまずいだろ! 冷静な思考とパニックとが争いながら、今一度部屋から出ようとドアノブを握ったところで俺は強烈な揺れを感じ、体制を崩してしまった。また三階にパンチが打たれたらしい。 ふと窓を見れば奴の胴体が全面に広がっていて、そこに赤色の何かが体当たりをする瞬間だった。あまり効いているように思えない。 「‥‥‥‥!!」 何かの助けになるかもしれない。ふいにそう思い、銃を片手に握り、俺は窓へと駆け寄った。麻酔銃とは言ってたが、なんといってもメイドインスペースだ。神人相手にも案外効くかもしれん。 鍵を開け、片手で窓を開けようとするところまでは良かったのだが、何故かそこから先に進まない。つまり窓が開かないのだ。 「どうなってる‥‥‥」 窓のすべりが悪くなったなぁ、とかいうレベルではない。両手で窓を開けようと全力を注ぎ込んでいるのにまるで瞬間接着剤で固めたかのようにびくともしないのだ。何故。 「そんなの俺が知るか」 この際なんでもいい。窓さえ開けばいいのだ。多少手段が強引でも、どうせ閉鎖空間の中なのだから構やしないさ。 俺は側にあった団長様の椅子を握ると、思いっきり窓にぶつけた。映画のワンシーンに窓がスローモーションで割れる場面があったりするが、まさにそんな感じに‥‥‥‥なるはずだった。 俺が投げた椅子は予想外にも鈍い音を立てた後窓から跳ね返り、部長から奪ったパソコンへと激突した。言うまでもないがパソコンは床へと落下し、液晶画面がバリバリに割れていた。いつからうちの学校を防弾用を採用したんだ。いや、皆まで言うなよ。俺にだって分かってるさ。どうやらこの部室だけは安全地帯らしいってことがな。 兎にも角にもこの部屋からはどうしようも出来ない。ならば部屋を出よう。 足早にドアへと寄り、開けようとした瞬間だ。 思わず、反射的に体がビクッとのけぞったところだろう。ドアノブを握ったまま、真後ろにいる幽霊でも見るかのような仕草で俺はゆっくりと振り返った。 ‥‥‥簡単な例を上げようか。ある男性が透明なガラス箱を用意、その中にコイン入れて蓋をした。完全密閉空間の中にあるコインは箱に穴でも開けない限り外に出ないのだが、不思議なことにその男がシャカシャカと箱を降っている間に、そのコインが消えてしまうのだ。もちろん観衆の目の前だ。 あるべきはずの物が消えるというビックリ現象を見せつけられ人々は驚きの表情が隠せないのだが、まだまだ超現象は終わらない。その男が再びガラス箱を音もなく降り始めると、これまた不思議なことにいつの間にやらシャカシャカと上と下の面に交互にぶつかるコインの音が反響し、振るのを止めればさっきまで消えていたコインがまた出現しているのが目の当たり出来ているという‥‥‥。 何が言いたいか、お分かりになられただろうか。 この部屋はどう考えても密室で、窓を破ることが出来なければドアを通ることも出来ないはずだ。俺がドア側にいるからな。 しかしハルヒは確かに、団長席の側にいた。 俺の視力が相当衰えていない限り、腰に手を携えこちらを見据えているのはハルヒに違いない。あんなポーズをとる奴他におらん。 「ハルヒ‥‥‥」 体の向きを変え、ハルヒと対峙するような形で俺はハルヒと向き合った。銃は背中とドアの間に右手で隠している。そこらへんは抜かりないぞ。 「‥‥‥いつからそこにいたんだ?」 どうやって、の方が正しい質問だったかもしれない。 「さっきよ」 そう曖昧で素っ気ない返事をすると、ハルヒはこちらを見るのを止めて背後の窓の景色を見始めた。外では古泉がなんとかして神人を遠ざけようと奮闘している最中だ。 「‥‥‥茶でも飲むか?」 何を言ってるんだ俺は。こんな校舎が穴あきだらけになって、悠長にまずい茶を啜っている暇などないんだぞ。ハルヒと二人、こうして文芸部室にいるというのが懐かしく思えたからだろうか。とはいっても、数時間前までも二人きりだったんだけどな。 そんな言葉をハルヒはガン無視を決め、ただ黙々と古泉と神人の戦闘を眺めていた。現代版ダビデとゴリアテの闘争シーンを窓というスクリーンを通して見る一般客、ハルヒ。 「なあハルヒ、とりあえずここを出よう。実は長門達がいるんだ」 だがハルヒはこちらに関心を示さず、ただひたすらに窓の外を見ている。そんなにそれが面白いか。 「‥‥‥なあハルヒ、」 「いいじゃない」 口を効いたと思えば主語がない。何がいいんだ。 ハルヒは顔だけこちらに向き直り 「アンタがここにいて」 また窓へと視線を戻してから 「あたしがここにいる」 そして締めの言葉に 「それでいいじゃない」 とだけ言った。それってどういう意味だ。取りようによって告白にも聞こえなくないぞ。 しかしそんな揶揄するようなことを言ったってハルヒはもうこちらに向くことはなかった。いつもなら 「何言ってるのよキョン!! あたしがそういう意味で言うわけないでしょ!!」 ぐらい言ってくるのに。 とにかく、そんなハルヒの言葉に惑わされる俺ではない。なんとかしてテコでもあそこからハルヒを引き離さなければ。俺は続けざまに質問をすることにした。 「ハルヒ、どうだ最近は」 「‥‥‥‥」 「学校楽しいか? SOS団の活動とかさ」 「‥‥‥‥」 長門ばりの無言。それはつまらないっていう意思表示じゃないだろうな。まさかこっちの、赤い球体と青い巨人が闘っている非日常の方が楽しいか? お前にとってSOS団なんてそんなものだったのか? 今世界を飲み込まんとばかり広がっている閉鎖空間は、今回ハルヒが起こしたものではない。でもこのハルヒの様子を見ていると完璧な無関係という風に判断するのは早とちりというやつだ。そうだろう? というより、むしろ‥‥。 ‥‥‥‥。 「お前はここにいたいのか?」 「‥‥‥‥」 「SOS団を作って半年だな。それまでにいろいろやってきた。夏には野球、七夕、部長探し、古泉のサプライズ企画、プール、盆踊り、花火大会、バイトや天体観測、昆虫採集したり俺ん家で宿題を皆でやったよな。秋になってからは映画を作り出して放映するわいきなりライブに出るわして楽しんできた。もちろんハルヒだけじゃないぜ。俺や古泉、朝比奈さんや長門全員がSOS団を通じて楽しんできたんだ。そしてこれからも。まずは冬に古泉がきっと何かしてくれるだろうさ。そんな不思議な何かが待っているのに、ここにいるのがいいのか?」 ハルヒはSOS団の目的を覚えているよな? 宇宙人や未来人、超能力者達を見つけ出して一緒に遊ぶことなんだろ。もう願いは叶ってるんだぜ。わざわざこんな世界に留まらなくてもな。 覚えて‥‥‥るよな? 「ハルヒ。SOS団って何だったか覚えてるか?」 「‥‥‥‥覚えてるわよ」 そうか、良かった。 「何するところだったけ」 「あんた、団員その1のくせにそんな大事なことも覚えてないの?」 「‥‥ああ。何分記憶力が弱い上に、普段はボードゲームしたりマンガ読んだりしかしてないからな。で、なんだった?」 「もう、世界を大いに盛り上げるために活動するための涼宮ハルヒの団じゃない。忘れないでよね」 「ああ、そうだったな」 ‥‥‥‥。 「またまたつまらない質問悪いんだが、確か前に一度こんなとこに迷いこんだことあったよな」 「‥‥‥あったわね」 「あれいつだった?」 「‥‥‥忘れちゃったわよ。結構前でしょ」 「まあ確かにかなり前だったな」 ここまで会話して、俺の中で何かが引っかかっていた。なんだろう。何かは分からないが、身の毛のよだつ戦慄がそこには含まれているような気がする。嫌な予感しかしないぜ。それも飛びっきりのな。 意識もせず俺の心臓はバクバクと音を立て始めていた。放課後も心臓を高鳴らせてはいたが、それとは全く似て非なるものだ。恐怖と緊張の入り混じる本能が動かす鼓動。やばい、口の中が乾いてきた。 「‥‥‥ハルヒ」 「何」 俺が何度も何度もハルヒハルヒと質問ばかりしているのに、文句一つ言わないで冷静に答えるハルヒの姿がますます異様に思えてきた。まるで質問されるのを待っているかのようだ。ははは、いくらなんでもそれは気のせいか。 気のせいであって欲しい。 俺はハルヒの後ろ姿を凝視しながら、頭の中で緊急裁判を行っていた。陪審員は11人だ。いや、ここは日本らしく裁判員5人としておこう。 そしてその議題はこれだ。一世一代の賭けに出るか出ないか。とある質問をするかしないかと置き換えられる。あの質問をするのは簡単なのだ。しかし、あれは二度と思い出したくない出来事で‥‥‥。 ―――――ためらわずに。 ‥‥‥‥‥。 「前、こうしてこんな妙な空間に留まった時さ」 長門の言葉に後押しされ俺はゴクリと唾を飲み、有り金全て賭け半か丁かの選択を余儀なくされ、ええいままよと丁を選択した趣でもう一度口を開いた。 「俺たち、どうやってここから出たか覚えてるか?」 「‥‥‥‥‥」 ドクン、と心臓が脈打った。後ろに隠した麻酔銃を握る力に思わず力が入る。この質問に何の意味があるのか。返答のあとには何が待っているのか。知りたくない。 「‥‥‥‥‥‥さあ、」 ハルヒがそう呟いた時、一瞬だが笑ったような気がした。それがどういう笑いなのか‥‥‥ 「覚えてないわね」 ‥‥‥‥‥‥‥。 覚えて‥‥ない? 「だってかなり前じゃない。あたしそういうの興味なくなっちゃうと、忘れちゃうのよね」 せめてこっちを向いてそれを言ったらどうなんだ。覚えてないだと。俺だっていつまでもこんなこと覚えておきたくないさ。出来ることなら忘却の彼方に消し去ってしまいたいような記憶だよ。だが今回ばかりはこれを覚えておいて良かったと心から思うぜ。 ハルヒの「覚えてない」は、明らかに作りものだった。それは恥じらいの行動も言動も含まれておらず、ましてや本当に忘れてしまった反応ではない。知らないのだ。今目の前で神人と古泉の戦いを目視している俺の目の前のハルヒはこういう事実があったことを完全に知らないでいるのだ。 ‥‥‥まさかと思うだろ。だって誰も考えないはずだ。そうだろ? 教室の後ろのクラスメートの様子が少しいつもと違うからって、わざわざ指さして「お前はいったいなんなのか」なんて叫ばないだろ。誰だって真っ先に風邪をひいたか、腹イタを起こしたか、教科書忘れたかを疑うはずだ。 つまりだ。何が言いたいかと言えば、俺は今の今までになって、まさかこんなアホな質問をすることになろうとは思ってもいなかったのだ。 俺にとって「進化の可能性」でも「時間の歪み」でもましてや「神」などではないと思っていた女子高生。そいつに麻酔銃をゆっくりと向け、一言だけ言ってやった。 「お前、誰だ」 →涼宮ハルヒの分身 Ⅴへ
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いつものように朝比奈さんの炒れたお茶を飲みつつ、古泉とオセロを楽しむ 今じゃアナログなゲームかもしれないが、これはこれで中々おもしろいもので… と言っても、相手は古泉 無駄にボードゲームを持ってくる割りにはほとんど手ごたえはなく…というか弱い まぁ家に帰って勉学に励むわけでもないし、こんな風にまったりとすごすのもいいものだと思うようになってきた というより、涼宮ハルヒの存在で、ゆったりした時間がどれだけ希少に感じられることか… しかし、こういう時間は一瞬にして砕かれる こいつのせいで… バンッ!!! 毎度の事だが、物凄い音とともにドアが開かれる もしドアの近くに居たりなんかしたら、よくて骨折だぞ 「ドアくらいゆっくり開けろよ」 「いつものことでしょ」 さらりと言い放つと、団長の机に飛び乗った 「なんだ、演説でもするのか?」 「ちょっと違うわ。まぁ聞きなさい」 とハルヒは言い、スカートの後ろにさしていた雑誌のような物を取り出した その雑誌はこの前俺達、鶴屋さん他etc…で作成した会誌だった 出来栄えはよく、評判も結構良いとのことだった ハルヒは会誌を広げ、 「今回の会誌は大成功!もういろんなとこから太鼓判押されまくりよ!この調子だったら月一くらいで販売するのも良さそうね」 とまたもやあの不敵な笑みを浮かべた が、俺は即反対する 「そんなもん売ったりしてたら生徒会にまたなんか言われるぞ」 と言うが、 「んじゃ売らなかったらいいの?無料配布なら生徒会の連中も文句いわないでしょ?」 と一向に自分の思考を曲げようとしない よくて有料から無料になったくらい… 作るのは俺達だぞ それに配るたびにいつかのバニー姿みたいなことしたら、それこそ生徒会だけでなくいろんなところから目をつけられる 下手すりゃ謹慎だってありうるぞ 「まぁ作るのはいいだろうが、バニー姿とかで配るのは止めろよ」 と言うと、 「あんた、鋭いわね。なんで私の考え分かるのよ。超能力者?」 いや、少なくとも俺は普通の人間だ というか超能力者なら俺の目の前にいるぞ とか言ってやりたかったが、そんなこと言ってもどうせ信用されないだろ ハルヒにとって古泉は『謎の転校生』だったくらいのもんだ 今となっちゃ転校生なんて全く関係なく、ただの男子生徒 趣味は赤い玉になって空を飛ぶことか? 「とにかく止めとけ。するんならもっとマシな衣装にしとけよ」 と言うと 「団長に指図しないの!…でも、新しいコスチュームもいいかもねぇ…」 と言い、椅子に座り考え始めた 俺はそのまま古泉とオセロを楽しみ、今日の活動は終わった 次の日、いつもと同じ登校だったが、今日は金曜日だ 明日は休みと思うだけで、どれだけ嬉しいものか 午後、いつもの様に部室に行くと、あのハルヒが満面の笑みを浮かべていた そして、俺が入るやいなや 「キョン!あんた小説書くのよ!」 と、やたらでかい声を張り上げた 「あー。パスだパス。お前が全部作っていいぞ」 と親切にも譲ってやると 「あんたは絶対書かないとダメ!今回は私も小説を書くわよ!」 と良い、パソコンで何かをしている 正直、前回の会誌作りは本当に疲れた あんまり良い話でもない吉村の話をほりあげられたんだからな… それに、もう恋愛小説なんて無理だ 「何よ、恋愛小説を書いてなんて頼んでないわよ。今回は…」 と言い、ハルヒは黙った あらかた俺に書かせたいジャンルを決めているようだが… ハルヒは自分の髪をぐしぐしと掻き 「キョン!あんたなんか書きたいジャンルある?」 と聞いてきた いや、別に無理に書かなくても… というか本当に書きたくないんだが… 「それじゃあ駄目でしょ。なんか書きたいジャンル、考えとくのよ」 「じゃあハルヒは決まってるのか?」 と聞くと、口を尖らせて 「決まってないから考えてるのよ!」 俺はふと 「だったらSFでも書けばいいんじゃないか?前回の会誌はSFは無かったし」 「そうねぇ…SFは有希に書いてもらおうと思ってたけど、私も書いてみよっかな」 と言い、カチカチとまたパソコンをいじりだした お前がSFなんて書いたらどんな作品が出来るかも分からん ハルヒの想像力は半端じゃなさそうだからな 俺は朝比奈さんが炒れてくれたお茶をすすり、古泉の用意したオセロを始めた 「あなたの書く恋愛小説は少し楽しみだったのですが…」 と言い、おきまりの笑顔で 残念 のジェスチャーをした 「一応聞いとくが、それは嫌味か?」 「まさか、本当に興味があるんですよ」 全く、こいつの考えは全然分からん… それになんでも笑って誤魔化そうとするな 少なくとも男の俺には効かんぞ そのままオセロをしながら、部室のお茶を浪費していると バンッ!!! と、物凄い音が響いた 俺と朝比奈さんは軽くびくッと振るえ、団長の机の方を見た ハルヒが不敵な笑みを震わせている 「そうよ!私SFを書けばいいのよ!」 と大声をあげ、うん、うんと一人頷いていた 流石に訳の分からない行動にも程があるぞ 「どうしたんだ?そんなに良い案が浮かんだか?」 「浮くもなにも、浮きまくりよ!今私の中の創作意欲がすごいことになってんのよ!」 そうか、そうか 「そう!ホント!これはいいわ!かなり書きやすいわ!早速書かないと…」 「どんな案なんだよ」 と聞くと、 「ほら、私たちって宇宙人とか未来人とか超能力者とか探してるじゃない?」 それはお前だけだろ というかもう宇宙人も未来人も超能力者も揃ってるぞ 「だからね!小説の中だけど私たちを主人公にして、宇宙人や未来人とか超能力者とか…もうなんでもいいわ!とにかく会わせるのよ!」 まぁハルヒの願いらしいからな… 小説の中で収まるんならそれでいいだろ 実際にそこのドアから足が二十本もある緑色のクラゲみたいな生き物なんぞ出てきた日には… SOS団壊滅の危機だな それとも長門が倒してくれるか? 延々と一人創作意欲と欲望をごちゃまぜにして、演説をしているハルヒを放って、俺はオセロの続きを始めた が、古泉が何故かハルヒの方を見つめ、眉間にしわを寄せている こんな顔をする小古泉は珍しい 写真でも撮るか やっと長い演説を終えると 「んじゃ、資料を調達して土日中にでも書いてくるわ!月曜には見せてあげるから楽しみにしててね!」 と言い、ハルヒはカバンを持ちドアまで走って行こうとする すると、 「涼宮さん!」 と古泉が大声を上げた これには朝比奈さんと俺と長門、そしてハルヒも思わずびくッと震えた なんせ古泉が声を張り上げるようなところなんて一度も見たことがなかったからな しかし、古泉も冗談とは思えないほど顔に力が入っている おいおい、お前こんな顔になるのかよ 「な、なに?」 ハルヒは足踏みをしながら古泉の方に向いた 「涼宮さん、やっぱりSFは長門さんに書いてもらった方がいいんじゃないですか?よろしかったら僕でもいいです」 かなり必死に言っている いつものクールに気取った感じは吹き飛び、どう見ても別に人格が入ったように見える 「でも、もういい案浮かんじゃったからね!早くしないと図書館閉まっちゃうし…」 と言いつつ、ドアから飛び出して行った それを追うように、古泉がドアから出て「涼宮さん!」と叫んでいたが、ハルヒはそのまま行ってしまったようだ それから十分ほどして古泉が戻って来た さっきほど動きは荒々しくはないが、表情がどことなく落ち着いていない 「大変です。これは極めてよくない状況…かもしれません」 その言葉を聞くと同時に長門が分厚い本とパタンと閉じた 長門も古泉もただならぬ雰囲気を出している 「どうしたんだ?何かあったのか?」 「何かあったなんてもんじゃありません!」 と思いっきり机を叩いた 俺は今日あまりにもいつもと違いすぎる古泉に驚いた 古泉は俺の表情を読み取ったのか 「す、すいません…つい…」 古泉がこれだけ動揺しているとは… どんな事件なんだ… 「一体何があったんだ?詳しく聞かせてくれないか?」 と聞くと、俺の前に座った 「今から話すことは正しいとは言いきれません…ですが、確実にそうなりつつあるのです。ですから心して聞いてください」 古泉はまずそう言い、話し始めた 「今、涼宮さんのいる近辺で小さな閉鎖空間が大量に発生してきています。しかし、 これは涼宮さんのストレスなどの影響ではありません」 「それじゃあ、ハルヒとは別の人間か?」 「いえ、今発生している閉鎖空間は間違いなく、涼宮さんによるものです。しかし、その中には私たちが入ることはできません」 入れない? 「つまりですね…閉鎖空間は存在するのですが、なんというか…」 そこで古泉は押し黙ってしまった すると突然長門がこちらを向き喋りだした 「その閉鎖空間は今までのものとは全く違うもの」 全く違うもの? 「そう。今の世界とは別の世界を、涼宮ハルヒは創造しようとしている」 よく分からん… それを聞いた瞬間、古泉がハッと気づいたように俺を見た 「その例えが一番簡単ですね」 何がだよ、ちゃんと教えてくれ 「今の長門さんの話を簡単にまとめると、今、涼宮さんは小説のため『宇宙人に会う自分たち』を創造しています これによって閉鎖空間が発生したものと思われます」 つまり、どういうことだ? 「ですから、今僕たちの居る世界とは違う世界…涼宮さんの創造する世界が出来上がりつつあるんです…」 ハルヒの創造した世界? …ちょっと待て…ハルヒはたしか 『小説の中だけど私たちを主人公にして、宇宙人や未来人とか超能力者とか…もうなんでもいいわ!とにかく会わせるのよ!』と言った それが今ハルヒの創っている世界? だとしたらその世界では俺たちが宇宙人や未来人や超能力者…いや、もっと違うものに出会わなければならない事になる つまり、ハルヒの創造によっては俺たちは未知の生物とご対面してしまうかもしれない? ってことか? 「だいたい合ってますね。でもよくないのはその世界が出来てしまってからです」 「なんでだ?創造の世界と行っても他に何か恐ろしいことでもあるのか?」 古泉は俺の発言に呆れたようにため息をついた 「あなたが一番分かっているはずです。まずですね、その涼宮さんの創造した世界が完成してしまうと、現実の世界… つまり僕たちのいる世界に上書きされてしまう可能性があるんです。そうなってしまえば…」 古泉は額に手を当てつつ、言った 「僕たちは未知の生物と強制的に遭遇してしまいます…違いますか?長門さん」 と、いきなり長門に質問を投げ掛けた 「ちがわない」 「ということは…僕たち…涼宮さんが未知の生物に会ってしまえば…自分の力に気づいてしまうかもしれません…」 ハルヒが自分の力に気づく… それはどれだけ危険なことか…俺たちSOS団と呼ばれる団に所属するものなら分かる あの以上なまでの想像力のせいで、ありえない季節に桜が咲き、猫が喋りだし、未来人が目から光線を出してしまう… そんなことが強く願うだけで実現してしまう人間が…自分の力に気づいたら よく進んでも悪く進んでも、今の平凡な日常はいとも簡単に崩れてしまうだろう… 朝比奈さんのいれるお茶を飲みながら、つまらないボードゲームを楽しむことも… 5人で街を探索することも… まだ出来て1年も経っていないSOS団が潰れてしまうかもしれない… それも団長の手によってだ… 俺はまだゆったりと過ごすこの世界で生きていたい 俺は拳を握り締め 「古泉…何か方法はないのか…」 古泉は押し黙っている 「古泉!!」 と声を張り上げると 「わからないんです!今どうすればいいのか!何が世界を救うのか…」 と最後の方は力なく呟いていた… 俺達を見ていた朝比奈さんが心配そうに震えている こんな時は冗談の一つでも言うのがいいのか…いや、俺は今そんなこと言える状態じゃない… でもどうしたら… 「方法はある」 と、突然長門が言った 俺はすぐに 「何か方法があるのか?」 長門は頷く 「何をするんだ?何かしてくれるのか?」 と聞くと首を横に振り 「私たち情報統合思念体は涼宮ハルヒの行動の観測が主である。故に今の涼宮ハルヒの行動を私たちが制止させることは出来ない。」 「それじゃあ…」 「でも、今から言う方法はあなたにしか出来ない。もちろん必ず成功するとも限らない。それでも行動することを推奨する」 俺にしか出来ないこと? 「そう。あなたにしか出来ない」 俺にしか出来ないと言っても… 俺は宇宙人でも未来人でも、ましてや超能力者でも何でもない ただの人間だ 「あなたに特別な能力は備わっていない。だが、あなたは涼宮ハルヒに一番信頼されている存在。 今の彼女の変化もあなたのせいでもある」 俺のせい? 「あなたがSFというジャンルで書くことを彼女に推奨した。それによって涼宮ハルヒは今のように世界を創造している」 訳が分からんぞ 「つまりですね…あなたが『SFでも書けばいいんじゃないか』と言わなければ、現状のようにならなかったのかもしれません」 そうか…でも、なんで俺は攻められてるんだ? 「別に攻めている訳ではありません。事実なんです。あなたがもしあの時…」 「わかった、わかった!それで?俺はどうすればいいんだ?」 多分、俺の顔は不機嫌丸出しだったんだろうな… 遊園地にでも居れば、周りの人が即気分を害すような感じの表情なんだろうな… 「あなたが涼宮ハルヒに創造を止めさせる方法は、彼女に今の世界を必要とさせることが必要」 つまり、どういうことをすればいいんだ? 「涼宮ハルヒはあなたを信頼し、あなたに対し不完全ながら恋愛感情を抱いている。そしてあなたが出来る一番確実な方法が、恋愛の成熟」 と、いう…ことは? 「そうか!そうです!その方法がありましたか!」 と喚き、古泉は拳を震わせている 今日はよく叫ぶな 古泉 「訳が分からん…ちゃんと説明してくれよ」 古泉は笑顔で 「つまりですね!あなたが涼宮さんと結ばれればいいんですよ!恋愛の成熟です。そうです。それで世界が救われるかもしれません」 「えっと…俺とハルヒが付き合うようになればいいってことか?」 「そうです!涼宮さんが前々からあなたに好意的な態度や行動をとっているのはご存知でしょう?」 「…どういうことだ?」 俺の発言を聞いた途端、古泉の笑顔が消え、苦笑いをしている 後ろの長門も、何かいいたげな表情だ そして朝比奈さんを見ると、明らかに呆れ顔になっている…というより少し怒っているようだが… 「ちょっと待ってください…あなた、僕の言った意味が分かりますか?」 いや、何のことを言って… 「キョンくん…もしかしてふざけてるんですか?」 と朝比奈さんが少しすごんでいるような感じで話しかけてきた 「いや、本当に何のことだか…」 朝比奈さんはその言葉を聞いて、そっぽをむいてしまった やや、おおげさなため息が聞こえ 「いいですか?涼宮さんはあなたのことを気にしています。長門さんによれば不完全ながら恋愛感情をあなた抱いている… つまり、あなたの一押しでうまくいくことだってありえるかもしれないんです」 そんなことをいきなり言われてもな… 「でも、なんで付き合わなくちゃいけないんだ?」 またもため息… そんなに俺の発言が気に食わないのか? 「ですから、『この世界が必要だ』と涼宮さんが心から願ってくれればいいんです。あなたという大切な存在が必要だと思えば、 無意識に創造を止めるかもしれません…」 「そう…か?」 「ですが、必ず成功するとは言いきれませんよ。何せ人間関係というものは私達には想定できないものです。ましてやあの涼宮さん。 はっきり言うと悪いんですが、かなり変わった思考ですよね?」 それは…たしかだな… 学校全体でアンケートをとったら確実に『変わった人』との結果が出るだろう 「ですから、何をどう考えているかなんて分からないんです…ですから…」 「その場その場で対処の仕方がない…と?」 「そうです。ですから確実に成功するなんてことは言い切れません。ですが、あなたの気持ち次第で決まることです」 俺の気持ち次第で…か… 世界って本当に安くなったな… 俺の気持ちくらいで世界が救えるなんて… その後俺たちはどうするかを考えた 朝比奈さんに何か出来そうなことを聞いてみたが、過去への干渉はできないらしい。 というか未来の野郎どもは朝比奈さんの要求を全く受け付けないらしい つまり、俺のSF発言を消すことすら出来ない… まぁ出来るのなら、未来の俺が止めに来ていたはずだが… 結局、他に具体的方法がなく、俺とハルヒを結ばせる計画で世界を救うことになった もう、こんなことじゃ驚かなくなってきた自分を褒めてやりたい… だが、重大な問題がある ハルヒが小説を見せると言ったのは月曜 つまり、あと二日のうちに、ハルヒの創造を止めなければ、俺たちの世界が上書きされてしまうことになる 俺はとにかく今日は休んで、明日、明後日をどう過ごすかを考えていた いや、過ごすなんてもんじゃない どうやってハルヒと付き合えばいいのかを考えていた 次の日、見事なまでの晴れ このままいけば、世界が明後日には変わってしまうなどと、どのくらいの人が知っているのだろうか… 俺はまず昨日まとめた行動をとる 単純にデートだ まずは、電話で約束を取り付けないといけない 俺は携帯からハルヒの番号を選択した 3回のコール音の後、ハルヒが出た 「どうしたの?あんたがこんな早くに起きてるなんて珍しいわね」 俺は昨日考えておいた話をそのまま喋る こういうのはあんまり好きじゃないんだが… 「実はだな、妹と親が映画に行く予定だったんだが…熱がでてな」 「どうしたの?もしかしてデートのお誘い?」 すごいなハルヒ お前、本当は超能力者じゃないのか? 「まぁそんなところだ。どうだ一緒に行かないか?」 と言うと、数秒あいてから 「ほ、本当に?それじゃいくわ!何時に何処集合?」 向こう側のハルヒはかなりご機嫌のようだ というかハルヒってこんなに素直だったか? もっとこう…俺に対しては嫌味っぽいというか… これがみんなの言っていた俺に対しての好意なんだろうか… ここまで明確なら、俺でも分かるんだけどなぁ… まだ自覚が無さ過ぎる… 「そうだなぁ…じゃあいつもの駅前に10時くらいでいいか?」 「10時くらいじゃなくて10時よ!遅刻したら死刑じゃ済まないわよ!」 そう言って会話は終わった 俺はため息を吐き出しつつ、受話器を置いた この会話は嘘が多いい… まず、妹は熱なんてでていない 今も雄の三毛猫とじゃれている それに映画のチケットも古泉が用意してくれた しかも現金で2万も渡してくれるとは… 古泉いわく「男性は女性をエスコートして当然ですからね。お金が足りないなんてもってのほかです」 また、足りなくなったらすぐ言って欲しいとのことだった というかお前、この現金の入手経路とかって大丈夫なんだろうな… それにな古泉、もしかしたら俺の私欲で使い切ってしまうかもしれんぞ 今回の作戦は朝比奈さんも長門も古泉も来ないらしい 古泉か長門くらいは見張りに来ると思ってたが… なんでも相手が人間…ハルヒだからな 俺が困ってたって対処なんかできやしない… というか手助けはしない方がいいらしい… あくまで、自然な結びつきがベストだとのことだ つまり、今回は俺の意思を尊重するらしい… 下手をすれば世界は…というか俺のせいで『世界が変わっちゃいました』なんて絶対に嫌だからな そんなことになったら古泉がぐちぐちと文句をたらしてくるだろうし、謎の生物に遭遇して遊ばなくちゃいけなくなる 俺はそんなこと断固拒否だ 拒否出来んのなら是非、誰かに譲ってあげたいね 俺は適当に朝食を済ませ、時計を見た 今丁度9時… ゆっくり着替えて家を出ても十分間に合う時間だ 俺は身支度を済ませ、昨日古泉が用意してくれたチケット2枚を持って家を出ようとした 「キョンくん、もう起きてるの~?」 パジャマ姿の妹が出てきた そうだよ 俺は今から出かけるんだ それもデートだ いつかのみたいに小学生じゃないから まぁデートに行くなんて行ったら、後ろから着けて来そうだからな ここは適当に誤魔化さないとな 「ちょっと買い物だ。欲しい本があるからな」 と言うと 「それじゃあおみやげ買ってきてねぇ~」 とシャミセンで腹話術まがいをやってみせた 俺は適当に「はいはい」と流し、自転車に乗った 駅につくと、我らがSOS団 団長の涼宮ハルヒが仁王立ちでこっちを睨んでいた 俺が自転車を置いて、ゆっくり歩いて行くと 「遅いッ!なんでレディーを待たせんのよ!」 とハルヒが詰め寄ってきた 「いや…まぁこんなに早く来るとは思ってなかったんでな」 と言いつつ、笑って誤魔化したが 「私より遅かったんだから罰金よ!罰金!」 結局罰金かよ… その後、映画の始まる時間まで2時間近くあったため、いつものファミレスに入った もちろん俺のおごりらしい… まぁ金は大丈夫なんだがな ハルヒはパフェとカフェオレを頼み、俺はチーズケーキとコーヒーを頼んだ 「あんた、コーヒーなんか飲めたの?」 いや、コーヒーくらいは飲めるぞ 「そう、まぁ高校生にもなって苦いなんて言ってたら味覚がおかしいわよねぇ」 あー、俺はまだブラックなんぞ苦くて飲めないんだが… デザート類はすぐ運ばれてくる 注文して5分も経っていないのに、ドリンクとデザートが揃った 「うん、まぁまぁじゃないこのパフェ」 ハルヒは感想を述べている 安いパフェではあるが結構なボリュームだ 「結構な量だが、食べきれるのか?」 「大丈夫よ。それよりあんたのちょっと貰うわね」 と言い、俺のチーズケーキをかなりカットして口に運んでいった おいおい、俺まだ食ってないんだぞ というかちょっとじゃないだろ と細かく突っ込もうとしたが、なんとなくそんな気にならなかった なんでだろう…今日のハルヒはいつもよりご機嫌に見える いや、いつも元気はいいんだが… にこにこ顔でチーズケーキを頬張っている なんだか、見ているこっちも微笑ましくなってきた 「何?人の顔見て笑うなんて変な趣味ね」 どうやら顔が少し緩んでいたようだ 「あー。お前の食べっぷりがあまりにいいんでな。少し関心してたところだ」 「そんなとろこに関心しなくていいのよ」 と言い自分のパフェを楽しみだした 結局2時間もだらだらと会話を楽しみ、ファミレスを出た もちろん俺のおごりだ しかしそのくらいじゃ俺の財布はびくともせん 今の財布は豚の如く肥えてるからな 俺たちは今日のメインである映画館にやって来た まだ上映まで15分ほどあるが、丁度いい時間だろ 俺は二人分のチケットを受付に私入場した 適当にポップコーンでも買おうかと思ったが、ハルヒはいらないらしい 俺はハルヒの分と自分のコーラを買い、席についた 位置は丁度真ん中の真ん中 つまり映画を観る位置じゃ首も疲れなく、観れる位置だ 一度だけ一番前で観た自分なら分かる あの2時間たった後の耐え難い肩と首のこりは1500円も払ってまでして食らいたいものではない 「映画なんて久しぶりよ。中学生以来かな?」 なんだ SF映画ばっか観てると思ってたのに 「何言ってんの?映画なんてただの作り物でしょ?なんのリアリティーもない映画なんて観る時間が勿体無いくらいよ」 とスパッと言い放った だったらなんで俺の誘いにのったんだ 「だって…映画の券が勿体無いでしょ?キョンの親だって妹だって、無駄に捨てちゃうくらいなら使ってもらった方が嬉しいに 決まってるじゃない」 まぁそれはもっともだな と言ってもこれは親が買ったわけでも妹が買ったわけでもない 超能力者古泉がどこからか引っ張り出してきたチケットだ ちなみに入手経路は本当に分からん 偽造チケットなんかじゃないだろうな… ブーッという音はもう鳴らず、いきなり映画のCMが始まった もう上映の合図の音が鳴る映画館というのはないのだろうか… 延々続きそうな映画紹介が終わり、本編が始まった 内容はものすごく単純 簡単にまとめると… 強い男がいて、その近くにヒロイン的女性がいる んで、二人がSFチックな紛いごとに巻き込まれて… 女性大ピンチ!男が必死になって救出! 最後は結局ハッピーエンド… まるでこの手の映画を探したら何本出てくるのやら… 内容はまるっきり… というかアクション映画の王道過ぎて、どこまで真似物なのか分からん 最近のCGとかの技術はすごいもんだ…という感想くらいしか思いつかず、頭の中では『B級の上』程度に収まった ハルヒは映画が終わるなり 「あんた…こんな映画…妹が観たいって言ってたの?」 いや、妹は… 「あー。親父が観たいらしくてな。それでついでに妹も…ってことで2枚買ったらしい」 「ふ~ん…でも何かあれね。どっかで観た感じ。もうアクション映画なんて見飽きるからね。 でも最近の技術ってすごいわね。爆発とかかなりリアルだったじゃない」 まぁそれなりの評価らしい 少し安心だ 「でも…評価するなら…『B級の上』くらいじゃない?」 と俺の目の前で人差し指を立てて、言った 全くもってその通り というか俺の考えを読むな 本当に超能力者かお前… 無事映画も終わり、時間は午後2時 丁度腹も空いていたので、どこかによることになった と言っても中々良い場所がない ハルヒも 「もうどこでもいいわ。私お腹空いてきちゃったし」 と言うので、近くのファミレスに入った いつも集まっているファミレスとは違うファミレスだ まぁ大して変わらないのだが、ここは大きなドリンクバーがあって、最初にドリンクを頼めば飲み放題らしい 「飲み放題っていいわね!駅前のファミレスもここと同じことすればもっと売り上げが上がるのに」 いや、そんなことしたらあそこが俺たちの部室に変わってしまう 毎日毎日5人が来て3,4時間も…だらだらと飲み物を消費されたんじゃあ、店側の利益も下がったりだろう ハルヒと俺は和食セットとドリンクを頼んだが 「私と同じの頼まないの。あんたは違うのにしなさい」 と言われ、ドリアセットに変えた 飯くらい好きな物食わせろよ… 俺がドリンクバーに飲み物を取りに行こうとすると 「私お茶でいいわ」 お前俺に行かせる気かよ 「当たり前でしょ。団長だもん」 今は部活中じゃないぞ お前の団長命令は無効化だ と言わず、俺はお茶の入ったカップを2つ持ってきた 「ありがと」 と言ってハルヒはお茶をごくごくと飲む 数分経ってから、和食セットとドリアセットが運ばれてきた ここは注文してからも結構早く運ばれてくるな 案外ここの方が駅前のファミレスよりいいかもしれん ドリンクも飲み放題だし さっそくドリアを食べようとすると 「私もちょっと食べたいわ」 と言い、俺のスプーンを取り上げ、ドリアを一口食べた だから、勝手に食うなって…俺まだ一口も食べてないんだぞ 「熱ッ!」 と言い、はふはふと口を動かしつつ、スプーンを返してきた 「うん、結構おいしいじゃない」 感想を述べ、自分の料理に手をつけ始めた まったく…と言い、俺はドリアを食べ始めた …たしかに熱い…少し冷まさないと火傷するな… 一口だけ食べてスプーンを置くと、ハルヒがこちらを見ている どことなく頬のあたりがほんのりと赤い 「どうした?」 「い、いや…なんでも…それより食べないの?」 少し動揺気味のハルヒ なんだ 俺何かしたのか? 「いや、熱くてな。もう少し冷めてから食べる」 「そ、そう」 ハルヒはそう言うと、顔を下に向け和食セットを食べていった 結局俺とハルヒは食事が終わるまで全く会話がなく、俺が話しかけても 「そう…」「うん…」 程度に、あいづちくらいしかうってくれなかった なんだよこの空気 俺何かしたのか? 食事を済ませ、ファミレスから出る まだ、うつむいてるっぽいハルヒに 「どうした?大丈夫か?」 と話しかけると 「何が?別に何もないわよ。それよりどっかに行きましょ!」 と言い、ズンズンと歩いていく なんだあれは…訳が分からん その後、近くにあったゲームセンターにより、適当に暇を潰した 格闘ゲームやレースゲームでハルヒから挑戦を受けたが、見事に惨敗 こいつ、勉強だけじゃなくなんでも出来るのか… 俺にも何か一つくらい才能とやらを分けてもらいたいね 一通りゲームをすると、ハルヒがUFOキャッチャーがやりたいと言いだした さっそくハルヒがコインを投入し、挑戦してみるが…あっけなく失敗 その後5回も挑戦するものの全て失敗 というか一度も人形をつかめていない どうもさっきからやたら大きい人形を狙っているよだ だが普通に考えてあんな大きい獲物は無理だ だが6回目もハルヒはそれを狙っていた 見るにみかねた俺が「一回やらせてくれ」といいコインを投入 ハルヒが 「そこのおっきいのよ!それよそれ!絶対それよ!」 耳元でがなり声を上げるな 俺はハルヒの指示通りでかい熊の人形を狙う が、これは確実に無理だ アームだってさっきから見てたが弱すぎるだろ が、アームが上に上がってくると、うまく熊の手を絡めとっていた こんだけでかい人形がこうもうまく引っ掛かるとは思っていなかったのでびっくりしていたが見後ににキャッチ しかもそのまま落ちず難なく手に入った 「やるじゃないキョン!さすがね!何か新しい階級を与えないといけないわね!」 と大喜びしながら熊を抱えるハルヒ ああ、是非とも新しい階級が欲しいね もう雑用係はごめんだからな 俺の取った熊に大満足で笑みを浮かべるハルヒ なぜだろう…いつもは見慣れないからか、ハルヒの笑顔を見るとドキッとしてしまう 今日の俺は変だな… やはり昨日の古泉や長門の発言のせいだろう… ハルヒは熊の人形を両手で抱えながら俺の隣を歩いている 時間は5時… もうすることもなくなったし適当に散歩だ 俺たちは何気なくあの通りに来ていた 初めて朝比奈さんが自分の正体を明かしたあの場所だ 俺は近くのベンチに座り、昨日のまとめた考えを浮かべていった デートが終わった後、俺はハルヒに告白をする これだけだった… でも不安だった… 俺はノリで人を好きになんてなる方じゃない むしろ好きになったとしても告白なんてな… そんな度胸は持ち合わせてはいない それに俺の中では、ハルヒへの想いがまだ決まっていなかった だが、ここで俺がハルヒと付き合わなければ… 世界は必ずと言っていい 変わってしまうのだ 平穏な生活が砕かれ、未知の世界へと変貌を遂げてしまう… 俺はそのことを肝に命じ、どう告白をしようかと考えていた すると突然 「何か来たわよ…」 とハルヒが言う 俺が顔を上げると、にたにたと笑う谷口と国木田がこっちに歩いて来ていた やばい、やばい… こんな状況を見られたら…いやそれは別にかまわん… いや…そうじゃなく…あいつらが来たら告白なんて不可能だ…絶対無理だ… 頼むからどっかに消えてくれ…と願ったが、その願いも虚しく二人が目の前まで来た 「キョン…お前コイツと付き合ってたのか…?」 唐突に谷口が言う お前、あからさまに楽しんでるな 内心かなりムッとした まぁ今から告白するところだったんだが だいたいなんでこっちに来るんだよ 「あんたには関係ないでしょ。どっか行ってよ」 いきなりハルヒが谷口に向かって言った 少し怒っているようだが… 「おいおい、涼宮がマジになるってことは…」 谷口は手を口の前に持っていき不敵な笑みを浮かべている お前は中学生か あからさまに俺とハルヒが一緒に居ることを楽しんでいる その笑みは微笑ましいというより、変わったものを見て楽しんでいるような感じだ …お前はそんなにハルヒが嫌いなのか? 俺は思わず 「お前は関係ないだろ」 と言うと 「おやおや、キョンまで怒るのか?…あ、それとも今から告白するところだったか?」 こいつ…なんでこんな時に鋭いんだよ… いっつも馬鹿みたいな考えしか持たんくせに… 「まぁまぁ、そうだったら僕達はお邪魔みたいだし、そろそろ帰ろうよ」 と国木田が谷口を静止させよとする 「キョン、言っとくが涼宮は変わり者だぞ。前も言っただろ?」 谷口がそう言った瞬間、俺の中で何かが弾けた なんでお前が変わり者なんていうんだ? 変わり者? ああ、そうだ ハルヒは確かに変わった女子高生だろう 自己紹介で『宇宙人、未来人、超能力者がいたら私のところに来なさい』と言うくらいの筋金入りの変人だ そう変わり者…だから? だからどうした? そんな発想があるだけいいじゃないか 少なくとも谷口 お前はそんな夢のある考えを持っているのか? いつもいつもハルヒの行動にケチをつける割りにはお前は何かしているのか? そりゃ周りから見ればただの奇行かもしれん… でもな、お前のようにへらへらしてるだけの女好きにそんなこと言う資格なんてないだろ? それにな、俺はハルヒと一緒にいる今が一番楽しいんだよ! それを何もしていないお前に言われるのは腹が立つんだよ なんで自分のやりたいことをやってる人を馬鹿にするようなことを言うんだ 何もしない人間が何かをしている人に対して愚痴をたれるのはいかなる場合であってもいいはずがない それを本人の前で言うなんてもってのほかだ お前のようなやつがハルヒのことを悪く言うのは許せんぞ 俺がそう考えているうちに、勝手に体が動いていた 今、考えていたことが声にでていたのかは分からない… だが、今俺の目の前には顔をゆがめている谷口の顔があった 俺は今谷口の首元を掴み、目の前に引き寄せている そして右手が拳を作り、今にも殴りかかろうとしていた 「ちょ、キョン落ち着いて」 国木田が静止させようと俺の左腕を掴んでいる 俺は…谷口を殴ろうとしていた? 「ッ……」 谷口が俺の手を振り払うと、国木田に引っ張られ、去って行った その後ろ姿を呆然と眺めていると、 「えっと…その…」 ハルヒが何かを言おうとしている… 「ごめん…帰る!」 と言い、ハルヒがベンチから離れ駆け出した 「おい!ハルヒ!!」 と叫んだが、ハルヒは振り向いてもくれずそのまま去って行った 一人自宅へ帰り、部屋に戻った… あれはよくなかったかもしれない… だがあまり後悔はしていない というか殴ってやるべきだったろうか… 谷口がハルヒを馬鹿にした それが俺の勘に触っただけだ そしてさっきの考えと行動をまとめ…俺は自分の思いに気がついた 『ハルヒのことを好きになりつつある』 いつもいつも周りのことを考えず、半場やけ気味になっても突っ込んでいく 俺も朝比奈さんも長門も古泉も… 全員がハルヒの思いつくがままに動いてきた たまには、本気で嫌になったり、こんなことも楽しいじゃないか、とも思ったり… 俺もハルヒに会って色々と変わったのかもしれない 俺がもし『曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?』とあの日話しかけなかったら… 今頃、谷口と国木田で馬鹿三人組みになっていただろう それに朝比奈さんにも、長門にも、古泉にも会わなかっただろう だから今、俺がSOS団に所属しているのは本望なのかもしれない だらだらと過ごす毎日 ただそれが、4人といるだけの生活が当たり前の様になってから気づいた この非日常的な『当たり前』こそが俺の望んでいた高校生活なんじゃないか? 巨大カマドウマに襲われたり、クラスメイトに殺されそうになったり…未来に飛ばされたり… こんな非日常が楽しい…そんな気持ちがどこかにあったんじゃないか? そして、昨日の長門と古泉の発言で、俺はまた変わってしまった 『涼宮ハルヒはあなたに恋愛感情を芽生えさせている』 『涼宮さんはあなたのことを気にしています』 この二言で十分だった 俺は今日一日、ハルヒの見方が変わった あいつの何気ない笑顔、褒めるとそっけなくする態度 そんな仕草が愛らしく感じれるようになっていた… いや、今気づけばずっとそんな感じだったのだろう… ハルヒが俺に向ける笑顔… 今思い出せば、俺はハルヒの思いに気づいていたのかもしれない… だが、気づいてしまえば日常が変わってしまうかもしれない… そんな思いがどことなくあった気がする… でも、そんな思いでは終わらせない 俺は世界を救うためではなく、自分のためにハルヒに告白をする 勝手かもしれんが、これは譲れんぞ 文句があるんなら出て来い 俺は何がなんでも自分の意思でハルヒに告白するからな 俺は一旦風呂に入り、自分の考えをまとめていった まず、俺はハルヒに連絡を取らなければいけない… 風呂から上がった俺は、すぐさまハルヒに電話を掛けた 何回かコール音がなって『留守番電話サービス』が流れ出した 一度切り、もう一度掛け直す …だが、ハルヒは出てこない… なんでだよ 俺は古泉に電話を掛けた コール音が一度鳴る前に古泉の声が聞こえてきた 「どうしたんですか?何かあったんですか?」 俺は古泉に分かる限りのことを説明した 「そうですか…」 と力なく声が返ってきた 「実は組織の者が涼宮さんを目撃しているんです。少し元気の無さそうな顔で家へと帰って行ったようですが…」 「そうか…」 でも何故俺の電話に出てくれないんだ? 「分かりません…でも、電話に出てくれない以上会うしかないでしょうね」 「会うって…今すぐか?」 俺は窓の外を見る とっくに日は沈んで空を黒い雲が包んでいる 「今日はもう遅いですからね…明日にした方が懸命でしょう…」 俺はその言葉を聞き、ため息をついた 俺は何をしてしまったんだ… ただハルヒのことを思って… 「あなたは今自分の気持ちに気づいているんでしょう?」 ああ、お前らのおかげでな 「だったら簡単な話です。あなたがちゃんと自分なりに想いを伝えればいいだけのことです」 こいつ、そんなことさらっと言うなよ… 「今から涼宮さんの自宅の住所を言います。明日必ず涼宮さんに想いを伝えてください」 お前…いつハルヒの家なんか調べたんだよ 「そんなこと、転校してくる以前から知ってますよ」 「それで、直接会うのか?」 「当たり前でしょう。電話に出てする告白なんて意味を成しません」 そりゃ…電話で言う気はなかったが… 「明日の行動はおまかせします。ですが、間違ってもいつものように嫌味っぽく言ってはいけませんよ」 俺はそんなに嫌味っぽく喋ってるのか? 「いえ…明日くらいは涼宮さんを女性として見てあげてください」 そんなこと言われなくても分かってる 「そうですか…それじゃあ住所を言います」 そう言って古泉はハルヒの家の住所を言っていった 俺は机の近くにあった紙に住所を書いていく ハルヒの家は案外遠くなく、自転車で30分も掛からない場所だった 「私から言うことはもう何もありません。あとはあなた次第ですよ」 俺は「ああ」とだけ答えを返した ベッドに仰向けに倒れ込み、俺は考える もしかしたら俺の告白で今までの日常が全くの別物になってしまうかもしれない… 告白とはこんなに自分を追い詰めてしまうものなのか…と思ったが、あいつに想いを伝えることができればいいんだ 駄目なら駄目 新しい世界を満喫してやろうじゃないか どっちにしたって俺はお前の近くにいてやるぞ 次の日、目が覚めたのは午後3時だった 空は異様なまでに分厚い雲に覆われている 夜中まで色々と考えていたからだろうか…頭が重い… だが、今日は必ずしないといけないことがある 世界のためでもあるが、俺のためでもある 『ハルヒへの告白』 俺は身支度を済ませ、ハルヒの家へと向かった 色々な考えが頭に浮かび上がってくる 告白した後はどうなるんだ… ハルヒはどう答えてくれるんだ… もし駄目だったら… そうこう考えているうちに着いてしまった 2階建ての家 なんとなく俺の家の形に似ているような… 俺は深く深呼吸をし、扉の前へと向かった 大丈夫…落ち着こう、俺 そう言い聞かせ、俺はチャイムを押した 誰か出てくるまでが異常に長い… 早く誰か出てくれ… 俺は掌に汗を握りつつ、ひたすら待った まるで何十分も経ったのかと思うほど長い間 尋常じゃないくらいの心音が体中に響いていく すると、突然扉が開いた 出てきたのはハルヒだった 俺の顔を見て、一瞬驚いていたがすぐ目を逸らし 「何よ。ってかなんで私の家知ってんのよ」 と小声で喋っている 「少し、大事な話があるんだが…いいか?」 と聞いてみる ハルヒは下を向いたまま… 少しくらい目を合わせてくれよ… 本当に大事な話なんだ… ハルヒはそのまま数十秒黙ってから… 「今忙しいから…」 と言い、勢いよく扉を閉めた 「ハルヒッ!!」 大声で呼んだが、もう遅かった… ガチャッという音とともに扉の鍵も閉められた… 悪態をつくしかなかった 自分の自転車を蹴り、自分の不甲斐なさに腹が立った… 俺がハルヒに何かをしてしまったのかは分からない… でもあいつを悩ませるようなことを俺はしてしまった そんな自分にどうしようもなく腹がたち、それすら覚えていないという自分に自己嫌悪の念がのし掛かってきた でも、悩んでいてもしょうがない 俺はハルヒに電話を掛けた だが、何度コールしてみてもハルヒは一向にでようとしない 仕方なく古泉に連絡を入れると 「分かりました。僕からも掛けてみましょう」 と言い、一旦切られた と同時に雨が降り始めた このくそったれが… 思いっきり追い討ちじゃないか っていうか雨なんか降らないでくれ…振られたみたいで…やりきれなくなる… 数分後、古泉から着信がきた 「駄目でした。僕からの連絡に出てもらえません。一応朝比奈さんと長門さんにも頼みましたが、駄目でした」 そんな…俺以外のみんな連絡すら受け付けてくれないのか… 「俺は…何をしたんだろう…」 「それはあなたにしか分からないでしょう…」 古泉はため息をつく… 「今のところ閉鎖空間は消えています。たぶん昨日のあなたが涼宮さんに何らかの影響を与えたのでしょう。 今涼宮さんはSFの小説を書いていませんし、創造も全くしていません」 そうか… 「ですが、このままではいけません…」 「どういうことだ?」 「今、涼宮さんは精神的にかなり不安定な状態で留まっています。このままならまだ大丈夫なのですが、 このままの状態を保つことはできないそうです」 出来ないそうです?って誰が言ってたんだよ 「さっき長門さんに聞きました。長門さんによれば、今涼宮さんは閉鎖空間をすぐにでも作れる状態にまできています。 簡単に言うと、コップにいっぱいの水が入っている状態です」 例えが良く分からんぞ ちゃんと説明してくれ 「ですから、そのコップに入っている水が涼宮さんの…今は何か分かりませんが、 まぁ『憤りや悩みの塊』のようなものだと思ってください。これが今ふちいっぱいまで溜まっています」 だから? 「この中の水が溢れなければ、それでいいんです。ですが、あなたと今度会った時、あなたの行動によっては…その水が溢れ出します。 つまり閉鎖空間が作られることになります」 「でも、閉鎖空間が出来たとしても、お前ら超能力者が処理するんじゃないのか?」 「そうです。ですが、今回は訳が違う。長門さんによると次の閉鎖空間が発生するのは地球全体規模なんです」 地球全体? 「つまり、地球全体に閉鎖空間が出来てしまいます。そして…」 古泉がここまで喋って一旦間をおいた そして 「私たちでも片付けきれない神人が出現する可能性があります。そして対応できなくなった神人が…現実世界に現れるでしょう」 おいおいおい、いくらなんでもそりゃないだろ あんな神人のオンパレードなんかされたら半日で地球は穴だらけだぞ 「どうやったら止めれるんだ?」 「神人の行動は私たちだけでは対応しきれないでしょう…もって一日…いや、二日も経つ前に…」 今俺の近くに神様とやらがいるのなら、これが全て嘘だと言って欲しい 「じゃあ、逆にその水を取り除くことだって可能なんだろ?」 「たしかに出来るかもしれません…ですが、あなたは何故涼宮さんが悩んでいるのかが分かっていないのでしょう?」 そうだ… 俺はハルヒが何故あの日帰ってしまったのが分からなかった… ただ必死に谷口に迫っていって… 「あなたが涼宮さんの『憤りや悩みの塊』の元であるそれを思い出さない限り、難しいかもしれません… とにかく明日は必ず学校へ来てください」 当たり前だ こんな気持ちのまま終わらせるつもりはない 絶対にいつもの日常に戻してやる そして俺の想いを… ハルヒ、お前に伝えてやる 次の日、俺はいつもよりかなり早く学校へ来た 何故か、鍵は開いているのだが教室には俺一人だけ 一人席につく そのまま外を見つめ呆然とする ハルヒが来ないと何もできないからな… しかし、いくら待ってもハルヒは来ない クラス全員の椅子が埋まり、そろそろ担任が来る時間だと言うのにハルヒは来そうにない… 結局ハルヒは来ず、岡部が入ってきた… 一体どうしたんだよ ハルヒ… 俺はふと、自分の机の中にあった紙に気づく 小さくて気づかなかったが、どこかで見たことのある字だった 『今日、午後5時 屋上に』 たったそれだけ… いつも書く字とは違い、少し丁寧な字… あいつの字がノートの切れ端に書かれていた 俺はその紙を見てから何度も今までのことを思い出していた SOS団が出来てから… そして今日までのことを… 気づけば、午後の授業が終わり、皆下校している時間になっていた どれだけの間呆けていたのだろう… 俺はあの切れ端を一度見たあとポケットにしまい、屋上に向かった 屋上の扉を前にして時計を見る ちょうど5時… ふぅっ…と息を吐き、自分に言い聞かせた 『俺はハルヒに想いを告げる』 もちろん自分のためにだ 世界のことなんか俺にはどうでもいい 俺は屋上への扉を開けた 夕焼けをバックに、仁王立ちでこっちを見ていた 「ぎりぎりセーフよ」 と言い、俺の前までやってくる 表情はどことなく寂しげだ 「あんた…怒らないの?」 なんで?俺が怒るんだ? 「だって…私、電話出なかったでしょ?」 「ああ、でも怒るほどのことじゃないだろ?」 「そう…なの?」 とハルヒは少し表情をくずした 「実はね…ずっと悩んでたのよ…あんたの言葉を聞いてから…」 俺の言葉? 「そうよ…正直、びっくりというか…」 そう言ってハルヒは俯いた ちょっと待て? あんたの言葉って…何かいったのか?俺 「何って…谷口に言ってたでしょ?」 「ハルヒ…俺何か言ってたか?」 その言葉を聞いてハルヒは 「あんた自分で言ったことも覚えてないの?私のことを変わり者って言った後、あんたすごい顔で谷口に言ってたじゃない! なんか…その…私のことを…」 ハルヒはかなり本気で怒っているようだが…後半はまた俯いてしまっている 谷口に…言った? あの時の…全部…声に出てたのか? 「ハルヒ…あー…どこらへんまで覚えてるんだ?」 と不安げに聞いてみると 「全部に決まってるじゃない!!あんたがあんなこと言うなんて思ってもみなかったわよ!!」 あんな台詞を全て口に出してたなんて信じられない 俺は熱くなると、そんなに思考が回らなくなる人間だったのだろうか… いや…頭は回ってたんだ… 後悔しつつ、思っていたことを既に言ってしまっていた自分が恥ずかしかった 「でね…私…どうすればいいのかなって…結局答えが見つからないであんたを呼び出しちゃったんだけど…」 ハルヒが今まで見たことのないような表情で俺に言う 「私はね…あんたのことが好きだったのよ」 突然の告白…に俺は驚く 「最初はね、私に空気みたいに一緒についてくれててさ。どんなわがままを言ったときだっていつも一緒に居てくれた。 本当に頼りになるなって…中学校じゃそんなやつは一人もいなかったからね」 「でも、キョンは違った。いっつも文句言いながら私の側に居てくれる。ひどいことをしたって許してくれる。 そんなキョンがあの日…階段から落ちた日…私は本気であんたの心配をしたわ」 「自分でもびっくりするぐらい。何故かキョンを失いたくないって…思ったの…でね、気づいたらキョンのことが好きだったのよ」 あの日俺が階段から落ちた日… 古泉によれば、ハルヒの焦りようは尋常じゃなかったらしい 「でも…キョンはいつも私の行動に文句をつけてたでしょ?だから告白して付き合えるなんて思えなかったの」 それは違う…俺は… 「それに…もし告白したら、今までの日常が壊れちゃうんじゃないかなって…」 …ハルヒは…俺と同じことを悩んでいたのか…? 「キョンが一緒に居てくれるのは嬉しい。でも、今のみんなで街を探索したりする…何気ない活動も楽しくて仕方が無かったの… だから…告白も出来ないくらいなら…そんな気持ちを忘れたいって思うようになったの…」 「でもね、昨日のキョンの一言で私の考えが変わっちゃったの。好きって気持ちを忘れようとしてたのに… あんたのせいで…しかもあんなこと言うなんて思わなかったし…」 「だから勝手に…その、びっくりしちゃって…顔なんか合わせられなかったのよ…」 ハルヒはここまで言い切って、ふぅと息をついた ハルヒがここまで俺のことを想っていてくれた… 驚いていたが、物凄く嬉しかった… それに俺は答えたい…お前の告白に… そして、俺の想いを伝えた 「俺はな、お前のこと好きだとは思ってなかったんだ」 その言葉を聞いてハルヒがこちらを向く お前…もう涙目になってるぞ… 俺は落ち着いて続きを言う 「最初は…変わってるなぁ…としか思わなかったんだ…それにいきなりSOS団だって立てちまうし… あまりにも突然過ぎる行動が多かったんだよ」 さらに不安げな表情になっていくハルヒ 大丈夫だ 安心してくれ 「けどな、俺もお前と同じで非日常的な生活を望んでたんだよ。そしてそれを叶えてくれたのがハルヒ…お前なんだ」 その言葉にキョトンとした顔をこちらに向ける 「お前の行動はいつも突然で、おかしいことばっかりだった。でも、お前と一緒にいるとそれが楽しくて仕方が無かったんだ。 だから俺はいつもSOS団に顔をだしたし、お前がバカなことやってたって味方だったんだ」 そうだ…俺は今の生活が楽しくて仕方が無かった 「でも、俺は自分の気持ちに気づかなかった。いつもお前といることが楽しいと感じているだけだと思ってたんだ… でも違った…俺はいつからかお前の気持ちに気づいていた…気がする…」 「俺はお前の笑った顔にびくついてたんだ…なんでお前の笑顔を見てこんな気持ちになるのか分からない… だから頭の中で必死に言い訳を続けたんだ。『ハルヒが笑っているだけだ』と…俺がお前に恋心とやらを抱いているんじゃないと… そうやって、俺はお前の想いから逃げてたんだ」 「けど、俺はお前の前で無意識にあれだけのことを言ったんだ」 あれだけのこと… 自分で言えば、分かって当然だ 俺はハルヒへの想いを必死になって隠していた 「でも、もう隠すのは嫌なんだ。だから…」 そこまで言って、黙ってしまった… 俺…続き言えよ… ラストだぞ ラスト 『好きだ』って言えばいいんだって… 目の前のハルヒが顔を真っ赤にしている 「えと…その…」 ハルヒも何かを言いたげにしている… あと一言だ あと一言 そして目をつぶり深呼吸をした瞬間あの一言を言った 「俺は… 「私は… その言葉に俺とハルヒは絶句 なんてタイミングなんだよ 俺は狙ってやってないぞ…だいたいそんなに器用なことはできん 二人の言葉が重なるなんて… おいおい…こんなことはドラマの中だけで十分だろ… 俺はハルヒの前で思いっきり深呼吸し 「えっと…ハルヒ聞いてくれ」 唐突に口を開いたが、 「ちょっと待って、私が先よ!私に言わせなさい!」 と、ハルヒに発言の権を取られた ハルヒは俺のネクタイをわしづかみ顔の前まで引き寄せた 顔を真っ赤にした、涙目のハルヒ 思わず『可愛いよ』と言ってやりたいところだが、今はハルヒの一言を聞こうじゃないか さぁ、ハルヒ 思いっきり言ってくれ 「私…あんたのこと好きだから」 言ってしまった… ハルヒはそんな顔をしながら俺の顔を見つめる だが、ネクタイは離してくれない 俺は少し腰をおったままの姿勢で言ってやる 「俺もだ…俺もお前のことが好きだ」 そう言った瞬間、ハルヒは声を上げて泣き出した それも泣き方がすごい… お前、どんな泣き方だよ… ああ…鼻水でちゃってるし… 俺はハルヒを引き寄せて、腕で包み込んだ 俺の胸あたりで、子供がぐずるような声をだしつつハルヒが泣いている 胸元がじんわりと暖かくなっていく そんな姿がとても愛おしく感じられる ああ…なんか最近俺の思考が変になってきたな… おかしいぞ 俺 どのくらい泣いていたのだろう… ハルヒは顔上げて何か言いたげにしている 「どうした?」 と聞くと 「びっくりして…ちょっと…」 照れくさそうに笑うが涙でてるぞ あと鼻水 ティッシュが無いので、制服の袖で鼻を拭いてやる そして、少し落ち着いてから 「あんたがそう言ってくれるなんて…思ってなかったから…」 「でも、そう望んだんじゃないのか?」 ハルヒにはその力がある 願えば、そんなことは簡単に叶ってしまう だから俺はハルヒにちゃんとした答えを出してあげられた… いや、でもこれは俺の想いだ ハルヒが想ったからじゃなくて、俺が勝手にハルヒを好きになっただけ そんだけだ ハルヒはひたすら泣いている なんだが俺が泣かせてしまったようで…たしかに俺が泣かせてしまったんだけど… 俺はハルヒの肩に手を置いた そして、おでこにキスをする ハルヒは…まるでバカを見るような目で俺を見ている あー… やっちゃったよ 俺 これもあれか? ハルヒの想像力ってやつか? っていうかなんでおでこにしたんだよ… 普通口だろ? 「口じゃないの?」 お前、やっぱり超能力者だろ… なんでそうやって俺の考えが読み取れるんだよ… 「普通は口でしょ?」 ハルヒは潤んだ瞳で俺見つつ言った 俺の答えを待っているようだ いきなり指摘される…やはり照れる… 俺がどうしようかと迷っていると 唇に暖かい物が触れた ちょうど人の体温くらいの…たぶん唇だ 確証はないが自身があるぞ というか反則だ…攻撃側は俺だろ? 俺は呆けた顔でハルヒを見た 「仕返しよ。あんたにやられっぱなしじゃ嫌だからね」 と言い、意地悪っぽい笑顔を俺に向け、抱きついてきた 後日談 昨日の告白の後 ハルヒはハルヒじゃなかった 異常な程ハイテンションになるのかと思っていたが… まるで長門のようにおとなしくなってしまい 「あー。嬉しい」 と小声で喋りつつ俺をやたらと叩く その後普通に帰宅しようとしたが、 「キョン。家まで送ってよ」 とのご命令があったので、団長様を家まで送ってやった 自転車に二人乗りをしている途中 「明日からは、私もあんたの家に行くから」 とハルヒが喋りだした 「ん?」 とわざと呆けてやると 「だから!あんたの家まで朝行くから!一緒に登校!」 「はいはい。時間は?」 そんなことでムキにならんでくれ 可愛くないぞ 「そ、そう?」 「嘘だ」 こうやってからかうとすぐムキになる ちょ、痛 お前殴りすぎだ 俺はどさくさに紛れて 「冗談だ、冗談。可愛いぞ」 この一言で我らが団長は顔を真っ赤にして 「バカ…」 の一言 「明日は…7時くらいでいいか?」 「うん…」 やけに素直なハルヒもまた珍しい 俺はそう約束をとりつけ、家へと帰宅した 結局ハルヒは閉鎖空間を生み出さなかったらしい とのメールが古泉から届いていた。 ハルヒに告白してから次の日 俺はいつもより早く目覚めた まぁそれなりの目的があるからな 適当に身支度を済ませ、早々に家を出た 今日はいつもの登校とは違う 家を出るとすぐそこにハルヒがいる 「あんたってホントに女を待たせるのが好きね。その趣味直した方がいいわよ」 告白したって俺への態度はいつもとなんら変わりない というか変わって欲しくないな 「あー。まぁ今後は直すように気をつける」 俺はそう言い、自転車を引っ張り出してきた というか俺にはそんな趣味はないぞ 「だったらさっさと直してよ」 ハルヒは俺に指をさしつつ言った 今日からはハルヒと一緒に登校になる しかし何故か、ハルヒは俺と全く同じ自転車に乗ってきた 「昨日近くに売ってたからね。親に買ってもらったのよ」 って自転車まで一緒にするなよ 「いいじゃない。ペアルック?みたいなもんでしょ」 「だったらキーホルダーとかの方がいいんじゃないか?」 「まぁなんでもいいじゃない」 今日のハルヒはいつものハルヒだ こいつはこの2日間に何があったかなんて知らないんだろうな… 他愛のない会話を女の子と楽しみつつの登校… 男子学生なら一度は夢見る一時だろ 今となっちゃあのハルヒが俺の隣にいるわけだが… 俺はこれはこれで…というかかなり満足している 学校への道がこんなに短く感じたのは、生涯初めてかもしれん… 俺達は自分たちの教室へと入る 少し早く来すぎたらしく、まだ一人もいない 俺とハルヒは教室の端にある席へと座る 「今日から活動再開か?」 という問いに 「もちろんでしょ!」 と満面の笑みを浮かべた やっといつもの日常が戻ってきた でも今日からは少し違うな 俺はハルヒの彼氏になったんだし… 「なぁ、ハルヒ」 「何?」 なぜかハルヒは…俺の問いに嬉しそうに反応する 「俺、ポニーテール萌えだから」 「は?」 と呆けた顔のあと 「それどっかで聞いたことあるわよ」 「そうか?」 「たしか…夢でみた…気がする…」 それは夢じゃない…はずなんだけどな… 「だからさ、髪が伸びたらポニーテールにしろよ」 END
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ハルヒ「いやっほー!!!みくるちゃん、行くわよー!」 みくる「あ、はーい」 古泉「この暑さだと言うのに元気ですね、涼宮さんは」 キョン「お前は泳がないのか?」 古泉「自分はちょっと準備しなければいけないので失礼」 古泉は微笑みながら海の家に向かって歩き出した 俺はビーチパラソルの下で本を読んでいる長門を見た つーか、わざわざ海まで来て読書なんだ? まぁ、海に来たからって泳がないと妖怪・わかめ野郎に襲われるって訳じゃないんだし・・・ 長門「・・・・・」 キョン「泳がないのか?」 長門「・・・・・あとで」 キョン「そうか・・・俺もそろそろ行くか」 俺は海に向かって歩き出した と、急な話だが我がSOS団は海に来たのである 話は3日前になる …………… ………… ……… …… … ハルヒ「急だけど3日後に海に行くわよ!」 いつもの喫茶店でハルヒは言った 今日はパトロールと緊急ミーティングの為、全員喫茶店にいるのだ ハルヒは本当に急なことを言い出すから困る 俺は自然に溜息をついた 古泉はアメリカ人みたいなお手上げのポーズをしている 朝比奈さんは目が点になっている 長門は・・・いつもどうりだな 誰もハルヒに質問しないから俺は仕方がなく聞いた キョン「何故だ?」 ハルヒ「特に理由なんて無いわよ」 キョン「海なら行っただろ?あの孤島で泳いだりしたじゃないか」 ハルヒ「あら、海に2回行ったらいけないって法律でもあるわけ?」 確かに、そんな法律なんてない もし、あったとしたら日本の偉い人はなにやってんだと思う ハルヒは本当に理由など無く、SOS団で海に行きたいだけなのだ キョン「まて、皆の予定とかあるだろ?」 古泉「その日なら僕は空いていますよ」 みくる「あ、あの~、私も大丈夫ですよ」 長門「・・・・・コクリ」 ハルヒ「決定!3日後に行くわよ!」 ちょっと待て、俺の事情とかは無視か? ハルヒ「どうせ暇でしょ?」 まぁ、その日は何もすることが無いので暇だ ハルヒ「車は従兄弟のおじさんが出してくれるからそこらへんは大丈夫よ!」 みくる「も、もし良かったら、お弁当でも作ってきましょうか?」 ハルヒ「さっすがみくるちゃん!気が利くね!」 朝比奈さんがお弁当を作ってくれるなんてこんなレアなイベントは無いぞ 古泉「僕はビーチパラソルとか色々持ってきましょう」 長門「・・・・・ビニールシート」 ハルヒ「うんうん、流石SOS団ね!」 海に行くことが決定し、緊急ミーティングは終った そして、いつものくじ引きをしてパトロール 赤い印が付いている爪楊枝を引いたのは 俺、古泉、長門 そして無印の爪楊枝を引いたのは ハルヒ、朝比奈さんだ キョン「お前の仕業じゃないのか?」 古泉「今回は僕の仕業じゃないですよ ただ単に皆で海に行きたいだけじゃないですか?」 なんだ、てっきり機関のヤツが協力しているのかと思った 古泉「最近では閉鎖空間の数も減りましたし、そんな事をする必要が無いのですよ」 古泉は微笑みながら言った 結局、何も不思議なことが無いままパトロールは終わった ハルヒ「今日は解散!集合時間とかはメールでするからね」 古泉「じゃ、これで」 みくる「さようなら~」 長門「・・・・・フリフリ」(手を振っている) 俺は自転車置き場に行き、家に帰った 帰り道に妹にバレないようするにはどうすればいいのかと考えていた ―――そして3日後――― ハルヒ「遅いじゃない!もう9時15分よ!」 集合時間の9時30分には間に合ってるからいいじゃないか てか、なんで皆こんなに早いのか? もしかして、メールで早めに来るように連絡しあっているのか?・・・まさかな ハルヒ「キョン!海の家で皆にジュース奢りなさいよ」 キョン「わかったよ」 いつもの事だからなれた・・・ってなれていいのか? 自問自答しならがハルヒの従兄弟のおじさんの車に乗った …………… ………… ……… …… … そして今に至るのだ ハルヒ「ちょっとキョン!遅いじゃない!」 ハルヒと朝比奈さんはビーチボールで遊んでいた みくる「はぁい、キョン君」 ポーンッと朝比奈さんからのパス・・・ハルヒが居なければ周りから見るとカップルに見えてるだろうに とボールを取ろうとした瞬間 ハルヒ「隙あり!」 キョン「うぉあっ」 ザッバーン あれだ、海に行ったらお約束と言ってもいいのか? キョン「な、何しやがるっ!」 ハルヒ「隙を見せたあんたが悪いのよ!」 技名は知らんがハルヒは急に俺を投げたのだ おかげで海水飲んじまったじゃねぇか 俺とハルヒが言い争っている間に朝比奈さんが みくる「あ、あれって・・・」 キョン「・・・・・ん?」 俺は目を細め、朝比奈さんが見ている方向に目をやった まぁ、アレだ、まさか本当にこんな状況があるなんて考えもしなかった ハルヒ「さ、サメよ!!!」 ジョーズだか何だけ知らないがサメ注意報など聞いていないぞ 俺と朝比奈さんとハルヒは猛ダッシュで逃げようとしたその時 みくる「あうぅ~」(ピシッ) どうやら足を攣ったらしい キョン「あ、朝比奈さん!!!」 みくる「ふ、ふぇえ~ん」 誰もがダメだと思ったその時 ザッバーン 古泉「あれ?驚きました?」 サメの正体は古泉だったのだ 古泉「まさか、こんなに驚くとは思いませんでしたよ」 サメに変装・・・とは言っても背びれとか着けてるだけなんだけどな ハルヒ「ちょ・・・古泉君!?び、ビックリしたじゃない!」 みくる「もう・・・ヒック・・・ダメかと思いました・・・ヒック」 キョン「大丈夫ですか?」 と、俺はすぐに朝比奈さんに駆け寄った 古泉め、朝比奈さんを泣かした代償は大きいぞ ハルヒ「古泉君!バツとして皆に焼きトウモロコシ奢りなさいよ!」 古泉「そこらへんは覚悟していましたよ」 そこらへんも計算していたんだな ハルヒ「ん・・・そろそろお昼の時間ね」 なんで分かるのかは置いといて・・・いいのか? 俺達は長門が居るビーチパラソルに戻り、朝比奈さんが作った弁当を食べる事にした みくる「あんまり自信ないですけど・・・」 いやいや、何言ってるんですか 例え、塩と片栗粉を間違えたオニギリでも美味しいに決まっていますよ ハルヒ「いっただっきまーす」 キョン「いただきます!」 長門「・・・・・いただきます」 みくる(ドキドキ) 俺は可愛らしいタコさんウィンナーを食べた 見た目は普通だが味は格別 フランス人が食べたらきっと腰を抜かすだろうと思うぐらいに美味い、美味すぎる キョン「とても美味しいですよ」 みくる「キョン君、ありがとう」 朝比奈さんは見るものすべてを悩殺する位の笑顔で俺に言った 死ぬ前に食べたい物は? と聞かれたら即答で答えるね 朝比奈さんが作った弁当だと しばらくして、古泉が焼きトウモロコシを持って来た 古泉「あ、ズルイですよ 先に食べるなんて」 みくる「ご苦労様です、お茶飲みますか?」 古泉「ありがとうございます」 憎い、憎いぜ古泉・・・ ハルヒ「本当に美味しいわよ、みくるちゃん」 みくる「ふふ・・・ありがとう」 長門「・・・・・」 こいつは無表情でパクパクと食べている・・・こいつには味覚とかあるのかと考えてみたがやっぱりやめる 楽しい会話もしながら俺達は昼飯を食べた ハルヒ「さ、ジャンケンよ!負けた人がアイス買ってきてね」 みくる「ま、負けませんよ~」 古泉「じゃ、僕はグーを出しますね」 長門「・・・・・コクリ」 キョン(嫌な予感がするぜ・・・) ハルヒ「じゃーんっけーん」 全員「ホイッ!」 ……… …… … 結果は俺の負け・・・まぁ、予測していたがな 俺は海の家に向かって歩いていると後ろから ハルヒ「ちょっと待ちなさいよ」 ハルヒが小走りで来た 何故だ? ハルヒ「あんたが何味を選んでくるのかが心配だったのよ」 おいおい、俺のセンスが悪いみたいな言い方だな 少しばかり歩いて、海の家に到着 ハルヒ「おじさーん、オレンジ3つとミルク2つね」 おじさん「まいど! おや、お二人お似合いだね」(ニヤニヤ) 冗談でもやめてくれ・・・と思いたいのだが、何故か満更でもなかった ハルヒ「何ニヤニヤしてんのよ」 キョン「そう言うお前も顔真っ赤だぞ?」 ハルヒ「ち、違うわよ! ひ、日焼けよ、そう、日焼けよ!」 変に強調すると逆に怪しいぞ ハルヒ「さ、戻るわよ」 ハルヒはアイスを受け取り先に歩いた なんだ、コレがツンデレってヤツなのか? キョン「お、おい ちょっと待てよ」 俺が行こうとした瞬間 おじさん「ま、頑張るんだよ」(ニヤニヤ) 俺は無視してハルヒを追った ハルヒ「はい、みくるちゃん、ユキ」 ハルヒはオレンジ味のアイスを渡した キョン「ほれ、古泉」 古泉「どうもすみませんね・・・ところで涼宮さんと何かありました?」 キョン「・・・なぜわかる?」 古泉「おや? 冗談で言ったつもりなんですが・・・」 しまった、墓穴掘ってしまった キョン「おい、アイス返せ」 古泉「食べかけですがいいのですか?」 俺は溜息をついた 古泉「ふふ・・・涼宮さんを見ていれば分かりますよ」 お前はハルヒの何なんだ? 古泉「ま、とりあえず頑張ってください」 何をだ ドイツもコイツもまったく・・・ ハルヒ「さて、休憩もしたところだし皆で泳ぐわよ!」 長門も泳ぐ気になったのか、本を閉じて皆とビーチボールで遊んでいる 古泉「いきますよ、朝比奈さん」 みくる「あ、はい」 古泉「そーっれ!」 古泉の投げたボールそこそこ早い やらせるか! キョン「とぁーっ!」 俺が飛び込み、朝比奈さんをかばおうとしたその時 古泉「マッガーレ」 ハルヒ・キョン「すごっ!」 なんと古泉が投げたボールが曲がったのだ その曲がったボールは長門に向かって行った が、長門は何も変わりなくキャッチ 流石だぜ長門 ハルヒ「古泉君!どうやったの?ぜひ教えてほしいわ」 何故か古泉は俺に向かってウィンクした 気色悪いぜ キョン「長門大丈夫か?」 長門「平気」 キョン「だろうな・・・」 長門「彼の行動は予測できた」 キョン「何故だ?」 長門「・・・・・・・・秘密」 古泉とはいったいどんな関係なんだ? と考えていたその時、ボールが俺の顔面に飛んできた ハルヒ「今のが戦場だったらあんた死んでいたわよ!」 ありえん、絶対にありえん もしあったとしても曲がり角を曲がったらパンを銜えた少女が・・・(以下略 とりあえず、それぐらいここが戦場だと言う確立は極めて低いのだ キョン「やれやれ・・・」 時間はあっという間にすぎ、もう夕方だ 楽しい時間は早く感じ、嫌な時間は遅く感じることをしみじみ思った ハルヒ「キョン、そっち持って」 ハルヒはビニールシートを片付けていた 古泉「結構焼けましたが・・・どうです、似合ってますか?」 俺は華麗に無視し、ハルヒを手伝った ハルヒ「さて、荷物も片付いたことだし・・・みくるちゃん、夏と言ったら何?」 みくる「え、あ、う、うーん・・・スイカですか?」 ハルヒ「スイカもいいけど、やっぱり花火でしょ!」 ハルヒはバックから花火セットを出した あらかじめ準備していたみたいだな 古泉「お、花火ですか いいですね」 キョン「おい、長門 花火やったことあるか?」 長門「・・・ない」 キョン「そうか、結構楽しいぞ」 長門「・・・そう」 なんだか長門の目が輝いて見えたのは気のせいか、気のせいではないのか ビーチパラソルやら色んな物を片付けているうちに日が落ちてもう夜だ ハルヒ「じゃ、花火するわよ!」 長門「・・・」 長門は花火をじぃっと見てる キョン「これに火を点けるんだよ」 長門「わかった」 長門は線香花火に火を点けてじぃっと見ている 古泉「花火に興味があるようですね、長門さん」 キョン「長門だってそれぐらいあるだろ」 古泉「そうですね」 当たり前だ 長門だって好奇心とかあるだろ ハルヒ「ちょっとキョン、古泉君!これ持って!」 ハルヒは両手に花火を持ってはしゃぎながら言った キョン「やけにハイテンションだな」 古泉「純粋に楽しいからじゃないですか?」 みくる「本当に嬉しそうですね」 未来には花火なんてあるんですか? みくる「ふふ、言うと思いますか?」 朝比奈さんは指を唇に当てて言った ぶっちゃけ可愛いです ハルヒ「コラーッ!キョン、デレデレしないでさっさと来なさーい!」 俺は仕方がなく歩いていった 正直足が痛い ちょっと遊びすぎたか しばらく皆で花火で遊んだ ハルヒはねずみ花火を俺に向かって投げてくるし 長門は線香花火を見ているだけだし 古泉は俺を見てみぬフリ 朝比奈さんはオロオロしている シュルルル... パン! キョン「うぉあ!」 ハルヒはケラケラ笑っている キョン「ちょ、ちょっとノドが渇いたからジュース買ってくる」 ねずみ花火から逃げていたからノドがカラカラだ ハルヒ「あ、私も行く 皆何か飲む?」 古泉「お任せします」 みくる「あ、私もお任せします」 長門「・・・・・」 何だ、ハルヒが奢ってやるのか? ハルヒ「あんたが奢るのよ」 俺は財布と相談したが・・・大丈夫だ 俺達が花火しているところから自動販売機まで少し距離がある 100mぐらい歩いた時だった ハルヒ「ねぇ、楽しかった?」 キョン「あぁ、普通に楽しかったぜ 水着とか見れたしな」 ハルヒ「へ、変態」 俺だって健全な男だ ハルヒ「で・・・どうだったのよ?」 キョン「ん、何がだ?」 ハルヒ「・・・ずぎ・・・」 キョン「はっきり言わんと聞こえんぞ?」 ハルヒ「・・・・・水着似合ってた?」 キョン「あぁ、最高に似合っていたぞ ナンパされないのが不思議だ」 我ながら何言ってんだ 事実だけどな ハルヒ「ば、バカ・・・」 しばらく沈黙が流れ、自動販売機に到着し、適当にジュースを買った キョン「おい、持ってやるからジュース渡せ」 ハルヒ「べ、別に大丈夫よ!」 ハルヒは何故かムキになって全部持っている キョン「無理すんなって」 ハルヒ「大丈夫だって言ってるでしょ!」 キョン「お、おい!」 俺はハルヒの方に手を置き、振り向かせた カランカラン... ハルヒが持っているジュースが落ち、目が合う ハルヒ「・・・・・」 キョン「・・・・・」 鼓動が徐々に早くなっていく・・・ 心臓の音と波の音しか聞こえない ドクン...ドクン...ドクン... ハルヒの顔が真っ赤になっている 多分、俺も真っ赤だな ハルヒ「きょ、キョン・・・」 キョン「・・・・・な、何だ」 変な汗が出ているのが分かる ハルヒ「じ、実は・・・」 こ、この状況は何なんだ? もしかして・・・ ハルヒ「私・・・キョンの事が・・・・」 その時だった 大砲を撃った様な音が聞こえた ヒュ~・・・ドーン! 打ち上げ花火だ 近くの公園でやっているらしい ハルヒ「わぁ~ キレイ・・・」 俺とハルヒはしばらく打ち上げ花火を見ていた ハルヒはまるで、カレーに肉を入れ忘れていていたかのように ハルヒ「あ、ジュース忘れていたわ! い、急ぐわよ、キョン!」 ハルヒは慌ててジュースを拾い 走って行った 結局ハルヒは何が言いたかったんだろう・・・ まさか・・・な 俺はハルヒを追いかけるように走った 古泉「また何かありましたか?」 キョン「・・・何もねーよ」 古泉「ふふ、そうですか」 コイツ分かっているな ムカツク野郎だ キョン「長門、花火はどうだった?」 長門「・・・ユニーク」 どうやら長門は花火に興味をもったらしいな 長門「・・・・・またやりたい」 そうか、やりたかったらいつでも言え 協力してやるぜ ハルヒ「車が来たから帰るわよー!」 ハルヒの従兄弟のおじさんの車が来たようだ ハルヒ「早く来ないと置いて行っちゃうわよー!」 はいはい、今すぐ行きますよ 俺は急いで車に向かった そうだ、ハルヒ 今度来るときはカメラでも持っていこうぜ あと、鶴屋さん、谷口、国木田とか誘って行こうぜ 大勢で行った方が楽しいだろ? おまけで妹とシャミセンも連れて行ってもいいぜ それと、あの時、何を言おうとしたか ちゃんと言ってくれよ 俺は車から見える夜景を見ながらそう思った ~ Fin ~
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俺たちは森さんたちのいる場所へ無事に戻り、帰還の準備を始めていた。 しかし、ここに来てやっかいな事実が露呈する。ハルヒの足が動かないということだ。 何でも朝比奈さん(長門モード)に確認したところによると、2年近く部室に拘束状態にされ、身動き一つ取れなかったらしい。 そのためか、身体の一部――特に全く使えなかった足に支障を着たし、自立歩行が困難な状態に陥っていた。 そんなハルヒの足の状態を、新川さんに調べてもらったわけだが、 「大丈夫でしょう。外傷もありませんし、リハビリをすればすぐに元通りになるレベルかと」 という診断結果を聞いてほっと胸をなで下ろす。ちなみに、拘束状態にだったはずのハルヒが 何で神人に捕まっていたのかというと、朝比奈さん(通常)が説明してくれたんだが、 「ええとですね。突然、部室にキョンくんが現れたんです。そして、涼宮さんの拘束をほどいてくれて――」 「こらみくるちゃん! それは絶対内緒っていったでしょ! それ以上しゃべったら、巫女さんモードで 一週間登下校の刑にするからね!」 「ひえええええ! これ以上はしゃべれませんんん」 で、強制終了だ。まあ大した話じゃなさそうだし、朝比奈さんのためにもこれ以上の追求は止めておくか。 空を見上げると、この辺り一帯はまだ灰色の空に覆われているが、地平線はほどほどに明るくなりつつあった。 古泉に言わせれば、閉鎖空間があまりに巨大化していたので、正常になるのにも少々時間がかかるのだろうとのこと。 ってことは、外に脱出するまでしばらく時間がかかるって事か。面倒だな。その間、奴らも黙って見てはいないだろう。 「とりあえず、この場所にとどまっているのは危険です。できるだけ早く閉鎖空間から脱出できるように、 こちらも徒歩で移動します」 森さんの決定。ハルヒは新川さんが背負っていってくれることになった。ハルヒも自分の身体の状態をよく理解しているらしく、 快く了承している。 と、新川さんに背負われたハルヒが俺の元に寄ってきて、 「ちょっと聞きたいんだけどさ。その――外はどうなっているの? ずっとこんなところに閉じこめられていたから……」 ハルヒの問いかけに、俺はどう答えるか躊躇してしまった。素朴な疑問なのか、全世界の憎しみを背負わされていることに 感づいているのか、どちらかはハルヒの表情からは読み取れなかった。 しばらく考えていたが、俺は無理やり笑顔を取り繕って、 「色々あったが、何とか平常を取り戻しつつあるよ。それから、お前の事は世界中が知っている。 この灰色の世界の拡大を止める鍵であるってな。救世の女神様扱いさ」 「そう……よかったっ!」 ハルヒの100Wの笑み。これを見たのもずいぶん久しぶりだな。 あっさりと納得してくれたのか、ハルヒは元気よく腕を振って、さあ行きましょう!と声を張り上げている。 その様子を見ていたのか、古泉が俺の耳元で、 「いいんですか? いざ外に出たらすぐに嘘だとわかってしまいますが」 「……嘘は言ってねえよ。ハルヒが個人的な理由でこんな大混乱を引き起こしたどころか、死力を尽くして、 被害の拡大を抑えていたんだからな。閉鎖空間だって、奴らを閉じこめる一方で無関係の人を巻き込まないようにするのが 目的だったんだ。自覚があったのかは知らないが。間違っているのは世界中の人々の認識の方さ。 だったらそっちの方を正してやるべきだと思うぞ」 はっきりとした俺の返答に、古泉は驚きを込めた笑みを浮かべ、 「あなたの言うとおりです。修正されるべきは、機関を含めた外野の方ですね。その誤解の解消には及ばずながら僕も全力を 尽くしたいと思います。ええ、機関の決定なんて気にするつもりもありません」 「頼むぜ、副団長殿」 俺がそう肩を叩いてやると、古泉は親指を上げて答えた。何だかんだで、こいつもすっかり副団長の方が似合っているよな。 俺も団員その1の立場になじんでしまっているが。 「では出発しましょう。そろそろ、敵も動いてくるでしょうからね」 古泉の言葉に一同頷き、徒歩での移動を開始した。 ◇◇◇◇ 俺たちは山を下り、市街地へと足を踏み入れる。今のところ、奴らが仕掛けてくる様子はない。 だからといって、和気藹々とピクニック気分で歩くわけにも行かず、張りつめた雰囲気で足を進める。 ……自分の彼女を自慢しまくる谷口と、それに疑惑と悪態で応対し続けるハルヒをのぞいてだが。 ちょうど、俺の隣には朝比奈さん(長門モード)が歩いていたので、この際状況確認を兼ねていろいろと話を聞いている。 「で、結局連中の正体はわかったが、奴らはこれからどうするつもりなんだ?」 「わからない。ただ、彼らの涼宮ハルヒへの執着心は無くなることはないと考えている」 まるでストーカーじゃないか。しかも、面倒な能力を持っている奴らも多いとなると、たちが悪いな。 と、ふと思い出し、 「そういや、連中はハルヒの頭の中を一部だけ乗っ取っていたんだろ? あれはまだ継続しているのか?」 「その状態は、わたしたちという鍵がそろった時点で解消された。意識領域の一部に発生した欠損をあなたの存在が埋めたから。 今ではわたしの介入もなく、彼女は自力で自我を保っている」 なら少なくても何でもできるような力はなくしているって事だな。だが、待てよ? ハルヒの能力を得る前の状態でも お前の親玉にアクセスできるような連中がいたなら、そいつらはまだ得体の知れない力が使えるって事か? 「情報統合思念体への不正アクセスは、彼らからのアクセス要求経路が判明した時点で使用できなくしている。 現状では彼らは情報統合思念体を利用できないと考えてもいい」 なるほどな。もう奴らもすっかり普通の人間の仲間入りってことか。 だが、そんな状態なのに、まだハルヒをどうこうできると思っているのか? 「【彼ら】はもう涼宮ハルヒなしには存在できない。少なくとも彼らはそう考えているはず。 だから能力があろうが無かろうが、彼らは涼宮ハルヒを手に入れることしか考えられない」 「……奴らに無駄だとわからせる方法はないのか?」 「きわめて難しい――不可能と断言できると思う。彼らの自我もまた統一された情報に塗り替えられ、涼宮ハルヒと接触する前の 記憶が残っているかどうかすらわからない。例え脳組織の情報から涼宮ハルヒという存在を抹消しても、人格すら残らないだろう。 それほどまでに彼らは狂ってしまっている」 長門は淡々と説明してくれたが、全身からにじみ出している感情は明らかに負のものだった。 ハルヒに責任はないが、彼らもまた得体の知れない情報爆発とやらの犠牲者なのかも知れない。 ただ、それでもハルヒを「手段」として扱い、あまつさえ俺たちの事なんてどうなってもいいと思っていたんだ。 その点を見るだけでも、同情の余地は少ないと思う。 「ん、そういやハルヒは自分の力について自覚しているのか? これだけの大事になってもまだ気が付かないほど 鈍感でポジティブな思考回路をしているとは思えないが」 「はっきりとは明言していない。涼宮ハルヒ本人も自分が普通ではないと言うことは理解しているが、 完全に把握できていないと推測できる。ただし、自分がやるべき事は理解しているはず。だからこそ、混乱状態にもならず 自分がすべき事を実行している」 なるほどな……理解することよりも、まずこの状況をどうにかすることが先決だと考えているって事か。ハルヒらしいよ。 そんな話をしばらく続けていたが、ふと先頭を歩く森さんが歩みを止めたことに気が付く。俺たちの左側には民家が並び、 右隣には小さな林が広がっていた。民家の方はそれなりに見通しが効いたが、林の方は薄暗い閉鎖空間のため、 夜のようにその中はまっ暗に染まり、林の中がどうなっているのか全く見えない。 ――パキッ。 俺の耳にははっきりと何かが折れる音が聞こえた。閉鎖空間内にいるのは、俺たちをのぞけばあいつらだけだ。 「……全員、身を伏せて物陰に隠れて」 森さんの冷静ながらとぎすまされた声が響く。俺たちは一斉に民家の物陰に身を隠す。新川さんも一旦ハルヒをおろし、 俺のそばに置いた。ハルヒは持ち前の鋭い眼光で林の方を睨み続け、朝比奈さんは長門モードになっているらしく、 平静さを保っている。 俺も銃を構えて、林の方を伺い続ける。野郎……どこにいやがる。とっとと出てこい…… 唐突だった。俺の背後にあった民家の屋根が爆発し、そこら中に残骸が降り注いだ。同時に林の中から、 あの化け物と化した連中の大群が津波の如く押し寄せ始める。 「撃ち返して!」 森さんの合図を起点に、俺たちは化け物の群れにめがけて乱射を始める。耐久力はないようで、一発命中するだけで どんどん倒れ込んでいった。しかし、数が多い! 撃っても撃ってもきりがない。 さらに、少数ながらこっちにも銃弾が飛んでくるようになってきた。向かってくる全員ではないが、 ちょくちょく銃らしきものを撃ちながら、こっちに走ってくる奴もいる。国連軍から奪ったものを使用しているのかもしれない。 押し寄せ続ける敵に対して、特に森さんたち機関組が前に出て、敵を次々と倒していく。ん? 新川さんの姿が見えないが、 どこに行ったんだ? しばらく撃ち合いの応酬が続いたが、突然林の方から新川さんが現れたかと思うと、こっちに向けてダッシュしてくる。 そして、見事な運動神経で敵の手をかいくぐりつつ、俺たちの元に戻ってきた。 「首尾は!?」 「全く問題ありませんな。タイミングの指示をお願いします」 「わかりました。合図はわたしが出します!」 そんな森さんと新川さんのやりとり。何だかわからないが、とりあえず任せておくことにしよう。 こっちの攻撃に対して有効だと悟ってきたのか、飛んでくる敵の銃弾の数が増えてきた。俺の周りにも次々と命中し、 壁の破片が全身に降りかかってきた。当たらないだけラッキーだが。 そんな状況が続いたが、突然黒い化け物の群れの数が激増した。津波どころか、黒い壁がこっちに向かってきているように 見えてしまうほどだ。 そこで森さんの指示が飛ぶ。 「全員、身を隠して! 新川、お願い!」 全員が一気に身を伏せるなりすると、同時に林の方で数発の爆発が発生した。 どうやら新川さんが地雷か何かを仕掛けていたらしい。全くとんでもない人たちだよ、本当に。 「本部に連絡が取れるかどうか確認! 可能なら航空支援の要請を!」 さらなる森さんの支持に、谷口が国木田から引き継いでいた無線機で連絡を試み始める。 爆発のショックか、一時的に奴らの動きは止まったが、程なくしてまたこちらへの突撃を再開した。俺はできるだけ弾を無駄に しないように的確に奴らを仕留めていく。 発射!という森さんの次の指示に多丸兄弟が肩に抱えたロケットランチャーを発射した。そういや、プラスチックでできた 重さ数百グラムの携行式のもの持っていたが、ようやく出番になったか。弾頭が林の入り口付近にいた化け物に直撃し、 周りを巻き込んで吹っ飛ぶ。 一方の谷口は無線機で呼びかけを続けていたが、どうやらつながってくれないらしい。ダメだという苦渋の表情に加えて、 首を振っているのですぐわかった。 森さんはそれを確認すると、手榴弾を投げ始めた。釣られて俺たちもそれに続く。ロケットランチャーに続いて、 手榴弾も次々と炸裂していく状況に、奴らの突撃の速度がやや鈍ったのがはっきりとわかった。 すぐにそれを好機と見た森さんは、 「後退します! あなたたちは涼宮さんを連れて先に行って、残りの者はラインを保ちつつ、ゆっくりと後退します!」 そう言って俺と谷口、古泉にハルヒたちを連れて行くように指示を飛ばした。森さんたちを置き去りにするようで気分は悪いが、 ここでまたハルヒをあいつらの手に渡すわけにはいかない。 俺はハルヒを背負って――とすぐに思い直して、ハルヒの身体を肩に抱えるように持ち上げた。 「ちょっと、どうしてこんな不安定な持ち方するのよ! これじゃあんたも動きづらいでしょ!」 「背負ったら、俺に向かって飛んでくる弾がお前にあたっちまうだろうが!」 そう怒鳴りながら住宅街の中めがけて走り出す。隣には朝比奈さん(長門モード)がちょこちょこと付いてきて、 俺の背後を谷口と古泉が守ってくれていた。 100メートルほど進んで、一旦立ち止まり森さんたちの援護を始める。まだ林の前で奴らを食い止めていた機関組だったが、 やがて俺たちの援護に呼応するようにゆっくりと後退を始めた。 だが、奴らもそれを黙ってみているわけがない。こっちが引き始めたとわかるや、また怒濤の突撃を再開してきた。 さらに、どこから持ち出してきたのか知らないが、ロケット弾のようなものまで飛んでくるようになる。 命中率が酷く悪いところを見ると、ろくに使い方もわからずに撃ちまくっているみたいだ。 この後、しばらく同じ動きが続いた。まず俺たちが数百メートル後方まで移動し、その後、俺たちの援護の下森さんたちが 後退する。だが、どんどん連中の数が増えるのに、こっちの残弾は減る一方だ。すでに前方でがんばっている多丸兄弟は 自動小銃の弾を撃ちつくし、今ではオートマチックの短銃で奴らを食い止めている。ただ、幸いなことに外側と ようやく連絡が取れて、すぐにこっちに援護機を出してくれることになった。 だが、下手な鉄砲でも数撃てば当たると言ったものだ。ついに多丸圭一さんに被弾し、地面に倒れ込む。 隣にいた新川さんが手当をしようと試みるが、どんどん激しさを増す銃弾の嵐にそれもままならない。 「助けないと!」 ハルヒの叫びに反応した俺は、すぐさま飛び出そうとするが、古泉に制止された。同時に森さんからの指示が 無線機を通して入ってくる。 『こっちはいいから先に逃げなさい! あとで追いかけます!』 いくら森さんたちでもけが人一人抱えながら後退なんて無理に決まっている。こんな指示には従えねえぞ! 俺はそれを無視して、古泉を振り切ろうとするが、 「ダメです! 指示に従ってください!」 「ふざけるな! 森さんたちを見捨てろって言うのかよ!?」 そうつばを飛ばして抗議するが、古泉は見たことのない怒りの表情を浮かべ、 「バカ言わないでください! 森さんたちがこんな事で死ぬわけがありません! 死んでたまるか!」 あまりの迫力に俺は何も言い返せなくなってしまう。古泉はすっと苦みをかみつぶした顔つきで、森さんたちの方を見ると、 「根拠がないって訳じゃないんです。敵にとっての目的は涼宮さんただ一人。そして、閉鎖空間が崩壊するまで あまり時間がありません。相手にしても価値のない森さんたちは無視してこちらに向かってくるはずです。きっとそうです!」 俺は古泉の言い分に納得するしかなかった。確かに、超人じみた森さんたちの能力を見くびってはならない。 大体、あの人たちがピンチになったからと言って、凡人である俺に救えるのか? 傲慢もほどほどにしろ。 なら俺にできることをやったほうがいい。 二、三度頭を振るうと、俺は古泉に頷いた。ハルヒを連れて行く。今俺ができることはそれで精一杯だ。 「おいキョン! 見てみろ!」 谷口が指している方角をみると、小高い丘の上がゆっくりと明るくなって来ている。閉鎖空間の外側はもうすぐだ。 あの丘の向こう側にそれがある。 俺はまたハルヒを抱えると、丘めがけて走り出した。いい加減、足もふらふら息も限界に近づいているが、 そんなことは気にしている余裕すらない。 丘の前を走っている川を渡ると、背丈ぐらいまである草を払いながら丘を登り始めた。古泉たちも俺に続く。 ふと、背後を振り返ると、森さんが川の前まで走ってきて、自動小銃の弾が尽きたのか短銃を敵めがけて撃っていた。 新川さんと多丸裕さんも姿もなくなっている。くそ、何にもできない自分が腹立たしい。 「森さん! 受け取ってください!」 古泉がそんな森さんに向けて、自分の自動小銃を放り投げた。すぐさま、余っていたマガジンも全て投げる。 ――その時、自動小銃をキャッチした森さんの顔は、距離が離れているためはっきりとは見えなかったが、 優しげに微笑んでいるように見えた。だが、すぐに俺たちに背を向けると、敵めがけて撃ちまくり始める。 その時だった。 「うぐおわっ!」 足に受けた強い衝撃で俺の口から自然と飛び出た情けない悲鳴とともに、ハルヒごと地面に倒れた。 見れば、左足のふくらはぎに銃弾が命中したらしく、ズボンの中からダクダクと血が噴き出している。 「キョン大丈夫!? ちょっと待っててすぐに手当てするから!」 ハルヒは自分のセーラー服の袖を破ると、俺の太ももの部分をそれで締め上げ始めた。傷口を押さえるよりも、 根本で血の流れを止めた方がいいと判断したんだろう。さすがにこういうことには完璧な働きをしてくれる。 そして、出血が少なくなったことを確認すると、再度ハルヒを肩にかけ、朝比奈さん(長門モード)の肩を借りつつ、 丘の上目指して歩き始めた。背後では古泉と谷口が何とか敵の動きを食い止めている。 「もうちょっと……だ!」 「キョン! もう少しで丘の上よ! がんばりなさい!」 ハルヒの励ましに、俺は酸素と血液不足で意識がもうろうとしながらも、丘を登り続ける。 ふと、背後を振り返ってみると、すでに奴らは小川を渡り始めていた。まだ距離はあるが、俺の足がこんな状態だと すぐに追いつかれるぞ。 「行け行けキョン! とっとと行け!」 絶叫に近い谷口の声。あいつ、あれだけへたれだったのに、ずいぶん男らしくなったもんだな。 昔だったら、危なくなったら真っ先に逃げ出していたタイプだったのによ。 そんなことを考えている内に、俺はようやく丘の上に出ることができた。そこからしばらく緩い下り坂が続いていたが、 その途中からまるで雲の切れ目のように光が差し込んできている。あそこが閉鎖空間との境界だ。あそこにたどり着けば…… 朝比奈さん(長門モード)に支えられながら、俺たちはゆっくりと丘を下り始める。 と、ここで谷口が丘の頂上にたどり着き、俺たちへ背を向けつつ撃ちまくり始める。だが、見通しの効く場所だったせいか、 一斉に銃撃が集中され、谷口の身体に数発が命中した。悲鳴を上げることすらできず、谷口は地面に倒れ込んだ。 俺はしばらくそれを見ていたが、迷いを打ち消すように頭を激しく振って、 「朝比奈さん、長門! ハルヒを頼みます!」 そう言ってハルヒの身体を朝比奈さん(長門モード)に預けると、谷口に向かって足を引きずりつつ向かう。 背後からハルヒが何かを叫んでいたが、耳に入れて理解している余裕はなかった。 森さんたちとは違い、谷口も俺ともあまり大差ない一般人だ。このまま見捨てておけば、死んでしまうかも知れない。 それに、谷口の話を聞かされている以上、どうしても置いていける訳がねえ! しつこく銃弾がこちらに飛んでくるので、俺は地面に伏せて匍匐前進で谷口の元に向かう。すぐ近くからも発砲音が 聞こえてくるところを見ると、古泉がまだ応戦しているようだ。 ほどなくして、谷口のところにたどり着く。見れば、腹に数発の銃弾を受けて、出血が酷かった。 首筋に手を当ててみると、脈もかなり弱まっている。 「おい谷口! しっかりしろ! 死ぬな! 死ぬんじゃねえぞ!」 「ははっ……最期の最期で……ドジっちまったな……」 すでに声も力なくなっていた。まずい、このままだと消耗する一方だ! すっと谷口は俺の腕をつかむと、 「すまねえ……伝えておいて欲しいことがある……あの子に……あ!」 「聞こえねえぞ! 絶対に聞くつもりはねえ! いいか! 絶対に死なせねえぞ――お前が死ぬ気になっても俺が許さない!」 奴らの謀略で谷口の死を一度目撃した。あんな気持ちは2度とごめんだ! 遺言なんて糞食らえだ! 絶対に、どんな手を使っても死なせねえ! しかし、俺の言葉は谷口の命を奮い立たせるほどのものでもなく、次第に力がなくなっていくことがはっきりとわかった。 くそ――どうすりゃいい―― 俺ははっと思い出し、谷口のポケットから恋人の写真を撮りだした。そして、それを目の前に差し出し、 「いいか、谷口! おまえ、こんな可愛い子を置いていく気か!? お前みたいなスチャラカ野郎に惚れてくれるなんて 世界中探しても二人もいねえぞ! 当然、天国だか地獄でもだ! こんなことは奇跡と言っていい! ここであっさりと死んじまったら、お前は一生独り身だ! この子がお前のところに行くときには別の男がそばにいるかもな! そんなんでいいのか、谷口!」 とんでもなく酷い言いようだったが、さすがにこれには堪えたらしい。谷口は上半身を上げて俺につかみかかると、 「――嫌だ! 死にたくねー! 助けてくれキョン! 俺は――俺はまだ何も――!」 「ああ、いいぞ。そうやってずっと抗っておけ! 古泉、来てくれ!」 何とか谷口を奮い立たせることに成功したが、このままだと本当に死んでしまうことは確実。何とか、手当てをしてやらないと。 「今行きます!」 古泉はしばらく短銃を撃ちまくっていたが、ほどなくして俺のところへやってきた。 「どんな具合ですか? 手当は?」 「出血が酷くて、脈も弱いんだ。とてもじゃないが、血を止められそうにねえ」 「早く医者に診せないとまずいですね……!」 古泉もお手上げの状態だ。谷口は半べそかきながら、俺に死にたくないと懇願を続けている。 と、ここで谷口が持っていた無線機から、声が漏れていることに気が付いた。同時に、上空を数機の攻撃機が飛び交い始める。 ようやく来てくれたか! まだ閉鎖空間内だったのによくやってくれるよ。 古泉は無線機を取り、連絡を取り始める。数回この辺り上空を旋回後、自分たちのいる位置から北側に向けて 爆撃して欲しい。そんな内容だった。恐らく森さんたちに攻撃開始を悟ってもらうために、すぐには攻撃を仕掛けないのだろう。 古泉らしい冷静な配慮だと思った。 俺は古泉の指示通りに、発煙弾を自分たちのいる場所に置いて、位置を知らせる。 と、あの黒い化け物たちがかなり近くまで来ていることに気が付き、あわてて銃を撃って奴らを食い止めた。 無線機から、こちらの場所を確認したと連絡が入る。俺たち3人はそれぞれ頷き、攻撃を要請した。 その間も次々と奴らが迫ってきていたので、俺と古泉で必死にそれを食い止める。 ふと、脳裏に奴らのことが過ぎった。ハルヒの情報爆発によって何らかの影響をもたらされた人々。 それ自体は別に悪いことでもないし、むしろ巻き込まれたという点から見れば、かわいそうな部類に入るだろう。 だが、ハルヒに手を出そうとしたのは間違いだ。実際にハルヒのことを調査していたなら、あいつが自分の持っている力について 自覚していないことなんてわかっているはずだからな。理由は知らないが、ハルヒの意思を無視してそれを奪おうとした。 しかも、人間として扱わなく、自分の願望を叶えるための道具として扱おうとした。とても許せる話ではない。 何よりも、俺たちSOS団をバラバラにしようとした。そんなに叶えたい願い事があるなら、 こっちに穏便に接触してくればよかったんだ。最初から暴力的手段に訴えた時点で、お前たちは俺の敵だ! 容赦しねえぞ! ……やがて、低空で飛ぶ4機の攻撃機が俺たちの前を過ぎるように飛んできた。 死ぬなよ、森さんたち……! 神でも仏でも何でも良いから祈り続ける俺の目の前を爆弾が投下され、辺り一面大地震のような地鳴りと熱風が吹き荒れる。 丘や民家一帯にいたあの化け物たちは、次々と爆風と炎に呑まれ、倒れていった。 「キョンっ!」 爆撃が一段落した辺りで、ハルヒの声が聞こえた。振り返ってみれば、朝比奈さんに抱えられたハルヒの姿がある。 そして、上空からバタバタと大きな音が響き渡ってきた。ヘリが数機、俺たちの上空をかすめて飛んでいる。 ここでようやく気が付いた。空の色が、あの閉鎖空間の灰色ではなく、雲一つ無い青空であることに。 ――俺たちは閉鎖空間を抜けていた。 ~~エピローグへ~~
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「今度の夏合宿は○○県横泉郷(おうせんごう)にいくわよ!」 ハルヒのこの一言により俺達の夏合宿はめでたくミステリーツアーに 決定された。 ここから電車とバスに揺られること数時間、山奥の閑静な村だそうだ。 避暑にはもってこいかもしれないが最近失踪事件が続いており それ系の業界ではミステリースポットとして有名らしい。 なんでわざわざこういう所を選ぶんだろうね、ホント。 「さあ今回の合宿はみんなで真夏の怪談を体験するわよ!」 そう言って目を輝かせるハルヒと対照的に他のメンバーが 浮かない顔をしているのが少しだけ気になった。 その後も準備やら何やらで色々あったが、あっという間に 時間は過ぎ去り今日はいよいよ合宿当日だ。 因みに旅の手配をした古泉が5人分しか部屋を確保できなかった為 今回の合宿はSOS団の面々のみで行う事になっている。 電車を乗り継ぎ、延々と山道を通ってきたバスを降りると そこは正しく夏と呼ぶに相応しい世界だった。 山奥という事で快適な避暑生活を期待したのが むしろこっちの方が暑いかもしれない。 だがそれさえ我慢すれば本当に閑静な所で雄大な自然の中 都会の喧騒を忘れるのには丁度良さそうだった。 途中ですれ違った村の人やこれから泊まるバンガローの オーナーもおおらかでここの土地柄が良く表れていた。 そんな状況なのだから誰しもせわしない日常を忘れゆったりと 過ごそうとするものだが、ここにそうは思わない心の貧しい奴がいた。 もちろんハルヒである。 「何言ってんのよ。早速噂のミステリースポットに行くわよ!」 やれやれ。そのミステリースポットとやらは俺達の泊まるバンガローから 歩いて1時間くらいの所にあるらしい。途中、村の人にも聞いてみたから 間違いないだろう。 炎天下の中、1時間も歩くのは想像以上にきつかったが 俺達はやがて開けた丘に辿り着いた。 丘の上には樹齢千年を超えていそうな大木がそびえ立ち その周りを等身大の石柱が取り囲んでいる。 大木と石柱は注連縄で結ばれており下向きに尖った三角に×印を 重ねたような模様が随所に描かれていた。 「噂じゃこの御神木にいたずらすると祟りに遭って失踪しちゃうらしいわ。 やっぱりここは定番通り落書きかしらね。」 おいおい、どこの小学生だよ俺達は。 「そうですね、ここはもう少し観察されてみてはいかがでしょうか。」 「いたずらは止めた方が良いと思います。祟りは怖いです。」 投げやりに突っ込んだ俺に古泉と朝比奈さんが同調した。 いつもはハルヒの太鼓持ちなのに珍しいな、古泉。 「もうみんな何言ってるのよ。多少のリスクは覚悟しないとこの世の 不思議になんていつまで経っても遭えないわよ!」 そう言ってハルヒは大木をバシっと叩いた。さして力を入れた様にも 見えなかったし、いくらハルヒが馬鹿力だからってそのリアクションは いかがなものかと思うのだが… 次の瞬間いきなり大地が激しくのたうち俺達は地面に打ち付けられていた。 痛てて… どれくらい動けないでいたのか分からないが俺は痛む体を起こして周りを見る。 みんな転んではいるが無事なようだ。 とりあえず一安心したが、俺はすぐ絶句する事になる。 なんとハルヒが叩いた所から大木が縦に裂け…真っ二つに…割れていたのだ!! どうなってんだ、これ。 「えっ!嘘っ、あたしはちょっとはたいただけで…」 珍しく狼狽するハルヒに古泉がフォローを入れた。 「きっと今の地震のせいでしょう。僕達が来ても来なくても こうなっていたと思いますよ。」 そして古泉は額に手を当てて熟考するような素振りを見せてから付け加えた。 「むしろ僕達はここに来なかった。ここに来る前に地震に遭い宿が心配になって 引き返した。そういう事にした方がいいでしょう。」 おいおい、そこまでしなくてもいいんじゃないか? 「僕達が原因ではないのですし、あなたも村人から要らぬ誤解を 受けたくは無いでしょう?」 「そうね、きっとその方がいいわ。せっかくミステリースポットに来たのに 残念だけど、村に引き返しましょう。」 流石に動揺しているのかハルヒはぎこちなくそう言った。 みんな立ち上がって帰ろうとする中、朝比奈さんがまだヘタリ込んでいた。 大丈夫ですか?と呼びかけたが反応が無い。腰でも抜かしてしまったのかと思い 近寄ると朝比奈さんは目を大きく見開いて何かを呟いていた。 声が小さすぎて聞き取れないが一定の動作を繰り返す唇を必死で追う。 「………チ………、 ………チ……タ、 ……レチ……タ、 ……レチ…ッタ、 …ワレチ…ッタ、 え?… 「 ノ ロ ワ レ チ ャ ッ タ、…」 !!!? 「呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、…」 お、落ち着いて朝比奈さん。今のはたまたま地震が起きただけで 俺達とは無関係ですよ。 俺は彼女をなんとか安心させようとするが朝比奈さんはガクガクと震えながら 声にならない声をただただ繰り返していた。目には涙まで浮かべている。 「ちょっとみくるちゃん、しっかりして!」 ハルヒも駆け寄ってきたが朝比奈さんはまるで気がつかない。 10分くらいは待っただろうか、それでも朝比奈さんの様子は変わらなかった。 「仕方ありませんね、とりあえずあなたと僕で朝比奈さんを支えて戻りましょう。」 「そうね、じゃあキョン、古泉君頼んだわよ。」 もう少し待っても良いだろうにとも思ったが、朝比奈さんが落ち着きそうにないのも 確かなので俺は古泉と共に朝比奈さんを両脇から支えて歩き出した。 結局、朝比奈さんはバンガローに着くまで同じ言葉を繰り返していた。 バンガローの前ではオーナーが俺達の帰りを待ってくれていた。 先程の地震で事故に巻き込まれてないか心配して見に来てくれたらしい。 でも最初は分かったその顔も分かれる時には影に染まってもう識別できなかった。 誰そ彼時とは言うがこんなにも分からなくなるものだろうか。 人間じゃないみたいだ…何故だかわからないが不意にそんな考えが浮かんで消えた。 翌日、昼前にまたオーナーが家で取れたからと野菜を一盛り持ってきてくれた。 ありがたく受け取りお礼を述べる。 「ええよ、ええよ。あんた方はシラハさんなんだからゆっくりしていってーな。」 シラハさん?この地方の方言だろうか? 「ああ、大事なお客さんってところだよ。 それと昨日の地震で崖崩れが起きて、麓への道が埋もれてしまったんよ。 あんた方、明日帰るって言ってたけど3、4日は麓まで行けんみたいなんよ。 もし当てがなければずっとここ使ってええよ。料金も前払いしてもらった分だけで ええから。」 それは有り難い。丁重にお礼を言っておく。 それにしても終始笑みを浮かべて気さくに話してくれているのに その表情は作り物めいていて薄気味悪さを感じてしまうのは何故だろう。 やはり後ろ暗い事があると萎縮してそんな風に感じてしまうのか…? 昨日は流石に大人しかったハルヒだが夜が明けるとすっかり いつものペースに戻っていた。 朝比奈さんは平静を装っていたが時たま黙り込んでは考え事をしている。 確かに昨日の様子は普通じゃなかったしね。 全くハルヒの奴も少しは大人しくなれば良いのに。 だがハルヒの横暴は止まらなかった。その夜はなんと怪談をやろうと 言い出したのだ。おいおい、朝比奈さんの事も考えろよ。 もう少し空気読む事を覚えてくれ。だがハルヒ以上に空気を読めない奴がいた。 「ちょっとここ横泉郷(おうせんごう)について調べてみたんですが 昔は別の名前で呼ばれていた様です。」 古泉だった。勿論ハルヒも興味津々で食いついた。 「へぇ、なんて呼ばれてたの?」 「横泉という字を分解すると、木、黄、泉に分けられます。昔ここは 黄泉山(よもつやま)と呼ばれ恐れられていました。文字通り死者の 住む山と考えられていたようですね。」 「なるほど。でもなんで横泉郷に変わっちゃったの?」 「ある時ここに天の神が降り立ちその身を御神木に変えてこの地を 平定したそうです。以来 木 の神によって平定された 黄泉 という事で 横泉と呼ばれるようになった様ですね。」 「えっ…その御神木ってまさか…」 流石のハルヒも顔を引きつらせる。 「はい、どうやら昨日のあの大木みたいですね。死者の地を平定していた神が 倒れた今この地はどうなってしまうのでしょう…とても興味深いところです。」 アホか。昨日の今日でよくこんな話ができるな。少しは空気を読め。 意外というか幸いだったのはこれを聞いても朝比奈さんが特に怖がらなかった事だが ハルヒといい古泉といいなんとかならんのかね、ホント。 古泉以外にネタを持っている人間が居なかったし、古泉の話で一気に クールダウンした為、怪談はそのままお開きになった。 バンガローには部屋が2つあるだけだったので、俺と古泉、女子3人で それぞれ1部屋という部屋分けになっている。 「あの話を敢えてしたのはあなたと涼宮さんに現状を知って欲しかったからですよ。」 部屋に戻ると古泉はそう切り出した。 おいおい、あの電波話が本当だと言うんじゃないだろうな? だが古泉は何も答えず両手をすくめただけだった。 …何が言いたいんだ、全くわからんぞ。 次の日もハルヒが虫取りをすると言って俺達は山の中を駆け回った。 全くどこからその元気は湧いてくるんだろうね。 夕方、晩飯までのしばしの間、俺はバンガローの窓辺で涼を取っていた。 だが蒸せるような暑さはいかんともし難く、間近に迫った山々から聞こえる セミ達の大合唱に意識は朦朧としていく。 まどろむ内に、どこからともなく子供達の歌が聞こえてきた。 「いたずらな わるいこは しらはのやがたてられる うそをつく わるいこは しらはのやがたてられる あやまらぬ わるいこは しらはのやがたてられる しらは さん しらは さん むらじゅう みんなに おいかけられる てんじんさまの そなえもの」 なんだ?何か引っかかる…しらはさん?この呼び名どこかで… …………………………………… ………………………… ……………… …… !!!!! そうだ、昨日オーナーが来た時確かに俺に向かって シラハさん と言っていた。 でもそれはただのお客って意味だって… なのに村中に追いかけられるってなんだよ!!! 確かにハルヒの奴は大木にいたずらをしようとしてた。 でも実際は何もしないうちに地震で大木は裂けてしまったじゃないか!! 別に俺達が嘘をついたわけじゃない… 謝る必要だって…無い筈だ!!! …いや単なる偶然だろう。昔の呼び名が変わり変わって使われる事だってあるさ。 そうさ、そうに…決まってる! ……… そう考えて何の気なしに、本当に何の気なしに窓の上を見上げて俺は戦慄した!!! そこには…刺さっていた… 装飾にしては余りにもおかしな突起物。 真っ白い羽根がバンガローの壁から生えていた… いや違う!壁に白羽の矢が突き刺さっていたのだ!!しかも2本!!! 慌てて隣のハルヒ達の部屋の壁も見てみる。 そこにもあった… 白羽の矢が… 3本…同じように壁から生えていたのだ!!! 俺は体調が悪いからと晩飯も早々に切り上げて部屋の布団に潜り込んだ。 とにかく今は寝よう。十分休息を取れば考えだってまとまるさ。 だが夢の中でも俺に平穏は訪れなかった… 誰かが呼んでる気がした。この声は………長…門? 「逃げて。」 長門!!?? おかしな話だが夢の中で俺は目覚めた。逃げろってどういう事だ? 「私ではダメだった。あなた達を守りきれなかった。だから…逃げて。」 ダメだったってどういう事だ!? 「もう時間がない…お願い、逃げて。」 おい、どういう事なんだ、長門!!闇に向かって呼びかけるが 長門の存在がどんどん希薄になっていくような錯覚に囚われる。 「また図書館に…」 前にも聞いたこの言葉。そうだ…あの時だって絶望的な状況だった。 だが俺達は無事帰ってきた!!なら…今回だって!!!! だが長門の言葉はこれだけでは終わらなかった。 「… … … …………………………………………いきたかった…」 っ!!!!!!???????!!!!!!! おい、長門。行きたかったってなんだよ!もう次が無いみたいな言い方は!! そんなのお前らしくないぞ!!! 俺は跳ね起きた。寝汗で体中ベトベトだったが今はそんな事はどうでもいい!!! 長門!!!!!無事でいてくれ!!!!俺は一目散に隣の部屋に向かっていた… 長門!!居たらここを開けてくれ!!長門!!! 俺は隣部屋の扉を乱暴に叩きつけながら声を張り上げた。 頼む…無事でいてくれ!! 「うっさいわね、今何時だと思ってんのよ。」 怒鳴り続けているとハルヒが不機嫌そうに答え、扉を開けた。 ハルヒ、長門は無事か!? 俺はすぐさま扉を押しのけハルヒ達の部屋に入る。 「ちょ、勝手に乙女の部屋に入らないでよね!」 緊急事態なんだ。そんなの構ってられるか!! 「ふえぇぇ。」 ズカズカと部屋に入ると朝比奈さんがビックリした表情でタオルケットを 握り締め俺を見上げていた。しかし長門の姿は…何処にも…無い! 「トイレにでも行ってるんでしょ。」 扉には鍵がかかっていたぞ!! 「じゃあ鍵を持っていったんでしょ。誰かさんみたいな変質者が 部屋に入ってくると困るしね。とにかく、寝ぼけるのもいい加減にしてよね。 今度あたしの安眠を妨害したら許さないんだからね!」 そう言うとハルヒは俺を部屋の外に押し出し、有無を言わさず扉を閉めた。 そんな………長門……どこに行っちまったんだ… 扉の前で呆然としているといつの間にか起き出していた古泉が声をかけてきた。 「トイレにも長門さんは居ないみたいですね。随分取り乱されてましたが 何かあったんですか?」 俺は部屋に戻るとさっき見た夢のことを古泉に話した。 「なるほど…単なる夢と片付けてしまうのは簡単ですが出てきた相手が 長門さんだけに気になりますね。たまたま散歩に出かけていた、という オチなら助かるんですが…」 この時間に散歩なんて不自然だろ!!また俺は声を荒らげていた。 「落ち着いて下さい。もし本当に何か起きているなら単独行動は危険です。 この時間に出歩くのもミイラ取りがミイラになりかねません。 それに本当に杞憂である可能性だって残っています。 …ひとまず今夜は休みましょう。」 反論しようと思ったが出来の悪い俺の口はついに言葉を紡ぐ事はなかった。 …俺は力なく布団に横たわる。 「逃げて。」 悲しげにそう言った長門の声がいつまでも頭から離れなかった… 気がつけばいつの間にか夜は明けていた。 結局俺はほとんど眠ることができなかった。 そして…朝になっても長門は戻っていなかった。 流石にハルヒもやばいと思ったのだろう村の人達にも応援を頼み みんなで方々を探し回った。 (俺は村人に得体の知れない何かを感じていたので、正直あまり村人と 接触したくはなかったのが、そうも言ってられない。 あと、長門が行方不明だと分かるやまた朝比奈さんが真っ青な顔で 錯乱状態になった為、朝比奈さんには宿で安静にして貰っている。) 日が落ちて捜索できなくなるギリギリまで俺達は村中を必死に 探し回ったが、ついに長門は見つからなかった。 肉体的疲労もピークに達していたし、何より長門が行方不明だという 現実が俺達をより一層疲労させていた。 仕方なく、重い足取りで俺達は宿に戻った。 俺が部屋に入り今後の事を考えようとした矢先、ハルヒの叫び声が聞こえてきた。 「ちょっとみくるちゃん、何やってんの!やめなさい!!」 俺は慌ててハルヒ達の部屋に飛び込む。 部屋の中を見ると朝比奈さんが壁際に座り込んで何かしていた。 …何を…してるんだ…? 朝比奈さんの方に近寄っていくと耳障りな音が聞こえてきた… カリ、カリ、ガリ、……… カリ、……、カリ、… カリ、カリ、カリ、………、ガリッ、… っ!!!!????!!!! 俺は一瞬自分の目を疑った。 朝比奈さんは…壁際に座り込み…模様を描いていた… 円に内接する上向きに尖った三角の模様…! それを…何個も!何個も!!何個も!!! それこそ壁がその模様で埋め尽くされるくらいにっ!!!! しかも自分の…爪を使って!!!!! 爪はボロボロに欠け…あるいは歪み…指先からは血が滲んでいる!! そしてその血は壁に赤黒く禍々しい陰影を…塗り込めていく!!!!! しかもまた声にならない声をひたすら繰り返して!!!! 「何ボケっとしてるよ!あんた達も手伝いなさい!!!」 ハルヒにそう言われやっと我に返った俺と古泉は 慌てて朝比奈さんの手を取る。朝比奈さん、落ち着いて!! どう言っても朝比奈さんは手を止めなかったので仕方なく両手両足を縛って 大人しくして貰った。これ以上あの白魚みたいな綺麗な手が 傷だらけになっていくのは耐えられないからな。 「なんで…こんな事になっちゃったの…」 「朝比奈さんは繊細な方ですからね。ショッキングな事件が連続で起きて 動転しておられるんでしょう。」 珍しく弱音を吐いたハルヒに古泉がフォローを入れる。 そうだな、朝比奈さんには刺激が強すぎたんだろう。長門が見つかったら すぐにここを引き払った方が良いだろうな。 「そうね、とにかく有希を見つけてできるだけ早く ここを立ち去りましょう。 明日も有希を探さないといけないし、今日はもう寝ましょう…」 そういう訳でその日はみんなすぐ床についた。 昼間の疲れもあって眠りの闇に落ちるのも一瞬だった。 だが、またしても俺に安眠は訪れなかった… 「起きて。」 この声は………… …………長門!!!!???? 俺は跳ね起きた!…勿論夢の中でだが。 「このままでは手遅れになる。早く起きて。」 どういう事だ? 「説明している時間はない。起きて。」 起きろって言われても…と困惑した俺だがどうやらなんとかなったらしい。 不意に俺は意識を取り戻した。 しかし、最初に目に入ったのは天井ではなかった。 ……古……泉…… なんと古泉の顔がすぐ間近に迫っていた。何やってるんだ気色悪……!? 古泉の様子がおかしい…親の仇にでもあったかの様な形相で俺を睨み付けている。 しかも、両手を…俺の首に…かけながら!!!!! は、離せ…!! 声を出そうとするが声にならない…くそっ!どうなってやがる!!! だが幸運の女神はまだ俺を見放していなかった。 「ぐふっ!」 理由はわからんが古泉が一瞬怯んだ。その隙を見逃さず俺は思い切り 古泉を突き飛ばした!! ごほっ、ごほっ… 俺は咳き込みながら立ち上がり電気を付ける。 そこでまた俺は信じられないものを目にした… 古泉は上半身裸だった。しかも胸には下向きに尖った三角に×を重ねた 模様の傷がくっきり刻まれており、今も…血が…流れ落ちている!!!! そこだけじゃない、喉と両手からも血が出ているところを見ると そこも同じようになっているんじゃないか!? 古泉…それ…自分でやったのか……!!!??? その問いに古泉は何かを答えた。だが喉が潰れているのか声にならない… それが分かったのか古泉は一音、一音、区切って口を動かす。 ……ツ……カ……エ…… ツカエ… 使え って言ってるのか? そう聞き返したが古泉は脂汗を浮かべながら懐かしさすら感じる あのニヤケ面で笑っただけだった。そしていつの間にか握っていたそれを 俺に放り投げて渡す。 これは………壁に刺さっていた…白羽の矢!!!??? 俺がそれに気を取られた隙に古泉は窓から飛び出して行った… どうなってんだ…一体…!? 疑問は尽きなかったが昨日も徹夜同然だったし今の事件も想像以上に 俺の気力を奪ったらしい。気が付くと俺は再び眠りの闇に落ちていた… 翌日、俺は目を覚ましてから後悔しまくった。 古泉が素直に逃げずにハルヒ達を襲うという可能性を完全に失念していた! ハルヒ、朝比奈さんどうか…無事で居てくれ!! また俺は隣部屋の扉を叩きつけてハルヒをたたき起こす。 ハルヒは今回も不機嫌だったが2人とも無事でホッと胸を撫で下ろした。 良く考えれば、あの後戻ってこられたら窓は開きっぱなしだったし 俺が一番危なかったんじゃなかろうか…今更ながらゾッとする。 古泉までトチ狂ったとは言いにくかったので 今朝起きると古泉も居なくなっていたとハルヒ達には伝えた。 その日、長門に続き古泉まで失踪したと村人に伝えると村は騒然とした。 俺達は勿論、村の人も昨日以上に人数を集めて2人の捜索に当たる。 …だが結局今日もなんの手掛かりも掴めないまま日が暮れてしまった。 満身創痍で宿に戻った俺とハルヒはそのまま部屋に戻っていた。 連日の疲労で足元がふらついていたんだろう、俺は足をもつれさせて 転んでしまった。 咄嗟にタンスを掴んだのでタンスがずれてしまった。 くそっ!悪態をつきながらタンスを戻そうとして 俺は声にならない声を上げた!!! タンスで隠れていた壁には… 一面に描かれていた…!!! 朝比奈さんが… 描いていた…円と三角のあの模様が…!!!! 壁一面にびっしりと!!!! しかも…ところどころ赤黒く染まっている!!! こっちも爪で血を流しながら描き殴ったに…違いない!!!!! なんだよ!!これっっ!!!!
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今俺は病院のベッドの上で点滴を受けている。 何のことはない。 ちょっとしたストレス性のなんとかかんとかで、胃の一部が溶けただけだ。 何が原因かと言えば、まぁ、色々原因は思い当たりすぎて何とも言えない。 クラスでの俺の扱いが、色々な事件の末に妙な風になっていること。 隠していた秘蔵AVの配置がズレていたこと。 妹に、知らなくて良い余計な予備知識が増えていたこと。 後は、来年に控えた大学進学に関してが少々重荷だったことくらいだろうか。 そんなこんなで、ともかく今俺は病室で安静にしたいわけだ。 「おい、ハルヒ」 「なによ」 「俺は今から横になって、ゆーっくり休みたいんだ」 「あらそう」 「だから、いいかげん俺のベッドの横でくつろぐのは止めてくれ。胃に悪い」 だが、この女……涼宮ハルヒはそんな俺を一向に構う様子もなく、 来て早々「倒れた団員を気遣うのは団長の務めよ!」と言ったきり、横に居座り続けて、 お見舞いの品を勝手に食ったり、俺が休んでいた間のSOS団での事件を勝手に報告していたりする。 看病というのか病人をオモチャにしにきたのか、ハッキリ言って区別はできない。 「なによ。せっかく人がお見舞いしに来ているんだから、もっと丁寧に扱いなさいよ。 だいたいちょっとしたストレスで胃に穴が空くなんて、軟弱過ぎるの! そんなんじゃあ現代社会で生きてけないわよ!」 ベッドの横の椅子でふんぞり返るハルヒ。 こいつの小言を聞いていると、冗談抜きで胃がキリキリと痛む。 なまじ頭だけは良いから、妙に重々しいことを言ってきて精神衛生上よろしくない。 「これからは、社会に出ても恥ずかしくないくらいSOS団総出でビッシビシしごいてあげるわ! 覚悟して……」 「やめろ」 思わず、吐き捨てるような口調になる。 「………誰のせいでこうなったと思ってるんだ……」 「なによ。あたしのせいだって言うの?」 「あ………その、いや…………」 これは、明らかに俺の失言だった。 無論この胃潰瘍はハルヒのせいではない。 あいつらとの活動に、俺が負荷を感じたことがないと言えば嘘になるが、 まさか胃に穴が空くようなレベルじゃあない。 「そんなことは全然、まったくない……が…………」 俺の言葉は尻すぼみになった。 ハルヒが下から睨め付けるように俺を見ていたからだ。 ある意味、ヘビに睨まれたカエルの気分……というのがこの心境を表すのに適している。 「あたし、帰る」 「ちょ、ハルヒ! 待て! 待ってててて痛てててて………ッ」 急にかかったストレスで、俺の胃は悲鳴を上げた。 ハルヒはそんな俺を振り返ることもなく、椅子を蹴って立ち上がると、 一目散に病室から出て行ってしまった。 無論、胃痛で動けない俺は、その後ろ姿を見送ることしかできなかったわけだ。 思えば、これがあのドタバタした1日の伏線になっていたわけなのだな。 後々から考えてみれば。 ◆◆間◆◆ あれから一週間ほどして、俺は学校に復帰した。 胃に空いた穴もほとんど回復し、長門、朝比奈さん、古泉のお見舞いのお陰もあって、フィジカルもメンタルも絶好調となったからだ。 しかし問題は一つ。 あれ以来、俺は涼宮ハルヒとは会っていないし、一秒たりとも会話をしていない。 「よ、よう」 「………………」 復学早々朝一番の挨拶にも、ハルヒは反応してこなかった。 「まだ怒ってるのか?」 「………………」 返事をしないのも予想の内だ。 今までのハルヒの行動を念頭に置いて考えると、一度キッチリ頭を下げておけば、 どんなにつむじの曲がったハルヒでも、帰りにSOS団の部室に行く頃には機嫌を直してくれると予想はついている。 俺は席に着くと、早速机に手を突いてハルヒの顔を真っ直ぐに見た。 「すまなかった。あの件については俺も」 「いいの。謝らないで」 「悪……ん?」 言葉を途中で切られて、俺はかなり怪訝な顔をしていたと思う。 「な、なんだって?」 「謝らなくていいの。気にしないで」 この時の俺はかなり動転した顔をしていたと思う。 あの涼宮ハルヒともあろう者が、相手に謝罪もさせずに物事を許したことがあったか? いやない(反語)。 「一体どんな風の吹き回しだ。俺はちゃんとこうやって謝罪を」 「いいのよ。それより聞いてくれるかしら?」 涼宮ハルヒが大人しい。声を荒げたり茶化したりすることなく、 むしろ冷静に俺に語りかけてくる。あまりに……そう、あまりに不気味だ。 以前どこかで巻き起こった猛烈な勢いの台風が、町を丸々ぶっ潰しておきながら俺の家だけを無事に残しておく時くらいに有り得ない状況である。 視線を時折外に向かわせたり、教室に戻したりと挙動不審気味なのが尚更におかしさを煽る。 「な、なんだよ」 「………何でも言うこと聞いてあげる」 「は?」 「あたしが、何でも言うこと聞いてあげる」 何の冗談だ、と笑い飛ばそうとした。 笑い飛ばそうとしたのだが、ハルヒの目は本気だった。 茶化すには余りにも真っ直ぐにこっちを見ていたのだ。 「…………ど、どういうことだ?」 「ッ!」 ガタン! と椅子を蹴って立ち上がると、ハルヒはドタバタと駆けながら教室を出て行ってしまった。 「おい、待てハルヒ!」 俺が声を上げたことで、教室中の視線が俺に向いた。 俺は気まずい思いをしながら、視線から逃れるように席に戻るしかなかった。 「何でも言うことを聞くだと………どういうことだ?」 ◆◆間◆◆ ハルヒはその後、1限から5限までの授業を丸々ボイコットした。 鞄を机に置きっぱなしだったから部室にでもいるのかと思ったが、 ガチャッ 「…………」 「なんだ。長門しかいないのか」 放課後部室に入ってみれば、居るのは定位置で読書にふける長門の姿だけだった。 ハルヒどころか、我らがメイドの天使様であらせられる朝比奈さんも、どうでもいいが古泉もいない。 「どうやら、ハルヒは完全にフケちまったみたいだな。何か知らないか?」 「知らない」 「そうか」 長門の回答は簡潔だった。恐らく全く心当たりがないのだろう。 それなら仕方がない、とばかりに俺はオセロを引っ張り出して一人オセロで暇を潰すことにする。 ハルヒが部室にないとなれば、これ以上探そうにも探しようがない。 となれば、いつも通り部室にいてハルヒが来るのを待った方が得策というわけだ。 そして、暇を潰すにも、よっぽどのことがなければ長門の読書を邪魔しないという暗黙の了解がある。 お茶も、朝比奈さんが来てから淹れて貰った方が美味しい気がするしな。 取り敢えず、まずは白と黒の駒を盤の上に並べて、さっそくオセロを……。 「……伝えることがある」 「うぉ!?」 俺はびっくりして手に持っていた駒を取り落とした。 いつの間にか、読書を止めた長門が右隣に立っていたのだ。 しかも顔の位置が近いぞ。 「なんだ。驚かしてまで伝える内容なのか」 「そう」 「どんな内容なんだ」 「あなたの言うことを、なんでも聞く」 「………なんだと?」 「あなたの言うことを、なんでも聞く」 聞き覚えのあるセリフだ。 「長門、それはハルヒに何か吹き込まれたんだな」 「肯定する。涼宮ハルヒが一限開始前に通達してきた」 「『俺の言うことを何でも聞くように』……てか?」 「そう」 ハァ、と思わず溜息が漏れた。 長門を巻き込んで、あいつは一体なにがしたいんだ。 あいつの思いつきは毎度毎度突拍子もないが、今回も突拍子がなさすぎてわけがわからん。 「気にせんでもいいぞ。どうせハルヒの戯れ言だ」 「そうはいかない」 「ん?……そうなのか?」 「そう」 長門が更に一歩前に出てきた。 互いの顔が数センチという近さで、これはちょっと近すぎる。 思わず目を逸らしてしまう。 「な、なんだ。そんなの本気にする必要はないんだぞ。だいたいいつもの気まぐれじゃないか。 てきとうにやって話を流しちまえばいいんだよ。そんなにいちいち真面目くさってやってたら大変だ」 そこまで一気に喋って、チラ、と長門の方へ視線を一瞬戻したが、 長門の顔は依然として超至近距離にある。 「だいたいだな、俺が言うことを何でも聞くって言ったら……例えば、俺がココでキスをしろなんて言ったら……」 「キスを実行する」 俺が視線を戻した時、既に、長門との距離はほとんどゼロだった。 ふっ、とお互いの息がかかり、そのまま長門のくちびるに俺のくちびるが触れ……そして、すぐに離れた。 「終了する」 ほんの1秒未満だったが……これは、確実に………その………。 「な、長門?」 「問題ない。わたしは命令を実行しただけ」 長門はいつもの定位置まで戻ると、鞄に本を仕舞い、それを持ってドアの所まで行った。 「長門……もう、帰るのか?」 「…………………」 長門は答えず、そのままドアを開けて廊下の方へ出て行ってしまった。 終始無言のままの長門だったが、その無表情には微かに別の表情があった。 長門の表情を見分けるのには、俺にも一家言ある。 あれは………確かに、少しだけ、長門の顔は赤かった。 ドタン バタバタバタバタッ 遠くで誰かが階段から落ちたらしい音が聞こえる。 程なく、我らが天使朝比奈さんがやった来たが、彼女によると、 「いきなり長門さんが階段から滑り落ちてきて、びっくりしちゃいました……。 あんなに慌てた長門さんを見るのは初めてですよ。 顔だけはずっと冷静な顔だったのが、ちょっと面白かった……なんて言ったら失礼ですけど」 だそうである。 ハルヒのヤツ、長門に無駄にエラーを蓄積させるとは、まったくけしからんヤツである。 本当にそう思う。 キスできてラッキーとか、そんなことは全く思わないわけではないが、ともかくけしからんヤツである。 ◆◆間◆◆ 朝比奈さんが来て、つつがなく着替え終わった後、 俺は、定番のメイド服に身を包んだ天使の淹れたお茶を美味しく頂戴していた。 今日のお茶はナントカカントカというお茶で、あつ〜い温度で作る渋〜いヤツなのだそうだが、 俺には彼女が淹れてくれるというだけで全てが甘露なので、ともかくおいしく頂戴するわけだ。 「いや〜、まいどまいどすみません」 「いいんですよ。これもオシゴトですから」 別段、必ずSOS団に従事しなくてはならないわけでもないのに、それに全力を注ぐ彼女のなんと健気なことか! 俺は感涙を禁じ得ず、ついでにお茶をもう一杯所望してしまうのである。 「そう言えば、またハルヒが妙なことを思いついたらしいですね。 朝比奈さんは何か聞いていませんか?」 「あ、朝ホームルームが終わった後で聞きました。 その……キョンくんの言うことを、必ず聞くようにって言われてます」 やっぱりか。 「いったいどんなつもりなんでしょうね。 さっきも長門が……その……よくわからないことを言っていて、びっくりしましたよ」 先程のことを思い出し、俺が渋い顔をしていた時、 バァン! と勢い良くドアが開いた。 「やほー! みんなげんきにょろ?」 ドアから飛び込んで来た、このハルヒ並のハイテンションなお嬢さんは、何を隠そう鶴屋さんだ。 SOS団の準団員にして常識派の筆頭。そして古泉の組織のパトロンの家系のお嬢様という、 肩書きでも中身でもテンションでも、全てにハイの付く朝比奈さんの同級生だ。 「どうしたんです? 朝比奈さんならそこに……」 「いやいや。今日はみくるに用事じゃなくて、キョンくんの方に用事があるかなっ」 「お、俺ですか?」 鶴屋さんと言えば朝比奈さん。 そういう図式が頭の中でできていた俺には、それだけで十分不審な空気を感じ取ってしまう。 「いったい、どんな御用です?」 「今日は、キョンくんの言うことをなんでもきいちゃうよっ。ハルにゃんとの約束だからねっ」 ビンゴだ。 「またそれですか。どんなことでも、って言われても困りますよ」 「どうしてかなっ?」 「俺だって心身ともに正常な青少年です。そういう所を配慮していただかないと……」 話半ばで、俺の手は鶴屋さんにガシッと掴まれた。 「つ、鶴屋さん?」 「つまり、キョンくんがしたいのはこういうことにょろ〜?」 鶴屋さんが手を引っ張り、そのまま朝比奈さんの……その、胸部に俺の手を押し当てた。 「ふぇ、ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」 「ちょ、つ、つ、鶴屋さんこれは!?」 「ふっふっふっ……めがっさ柔らかいにょろ?」 三人の声が交錯する。 その間、俺の右腕は……その……たっぷりとした重量を手の平に感じていた。 柔らかさはマシュマロ、固さはゴム鞠、そんな二律背反が混在した感触だ。 コンピ研の部長が以前この状況になったことがあったが、これは確かに万死に値する価値がある。 「やや、やめてください鶴屋さん!」 俺はそう叫んだ。さすがの俺もずっとそうしているわけにはいかない。 鶴屋さんの手を振り払い、天使のバストから無理矢理手の平を引き剥がす。 「何のつもりですか! いくらハルヒからの命令だって言っても、これはひどすぎます! 朝比奈さんだって、ほら、何か言ってやってくださいよ!」 俺が憤慨しながら声を上げると、 「でも……涼宮さんの命令だから……」 「しかたないかなっ。これはこれで面白いしね!」 と頬を赤らめたり、ケラケラと笑っていたりする。 ダメだ。真意が読めん。 「今、キョンくんがして欲しいというなら、あたしで良ければキッスくらいしてあげるよん?」 「待って下さい。俺はキスをして欲しいとも身体を触りたいとも思っていません」 「おりょ。キョンくんはお堅いな〜」 「お堅いお堅くないじゃないんです。変だと思いませんか? そんな命令?」 思わず二人に対して声を張り上げてしまう。 この時ばかりは、俺もちょっとばかり腹が立っていたのだ。 「それは……涼宮さんがキョンくんのことを思って、のことですよ」 「どういうことですか、朝比奈さん?」 「だって、キョンくんが倒れたのはストレス性の胃潰瘍だったという話で、 涼宮さんも、それでとっても悩んでいたみたいでしたし……」 「あの時のハルにゃんは、長いこと悩んでいたからね〜。それでみんなで人肌脱ごう、ということになったのさっ」 つまり、これは俺にストレスが溜まらないように……という対処ということなのか。 逆に気をつかってストレスが溜まっている気がしてならないがな。 「だ、か、ら。遠慮しちゃダメにょろ〜。 あたしので良ければ、今ならめがっさ格安で! ちょっとだけ体験させてあげてもいいかなっ」 鶴屋さんが俺の手を取って、そっと胸元に押しつけてきた。 朝比奈さんとは違って、こう、良く締まった身体の上に乗ったソレのアレな感触がジンワリと伝わってくる。 「だ……」 「だ? 何にょろ?」 「ダメです!!」 俺は乱暴に手を振り払った。 「あららら、嫌われちゃったかな?」 「そういうんじゃありません! 俺は……その……」 上級生二人が、俺の次の言葉を微笑をしながら待っている。 「す、すみません! ちょっと失礼します!」 顔を真っ赤にした俺は、全力で駆け出してぶち当たるようにドアを開けると、 廊下を駆け抜け、裏庭の方へと走り込んで行った。 ◆◆間◆◆ 「はぁ………はぁ………」 普段しない運動をしたものだから、肺がぜいぜい言っている。 ちょうど良いところに裏庭用のイスとテーブルが設置してあったので、そこにどっかりと腰を据えた。 なんだ。この状況はいったいどこのエロゲーだ。 いや、俺自身全くエロゲーをやったことがないわけではないので、思い当たるタイトルはいくつかあるが。 「まったく……ハルヒのヤツも変なことばっかり、考えやがって……」 「いや、いいんじゃないですかね。あながち間違った策でもないと思いますよ」 独り言のつもりだったのだが、背後から返答があった。 「どうです。そこのコーヒーですが一杯飲みませんか?」 紙コップを二つ持ってきたのは、いつものうさんくさい笑顔を貼り付けた古泉だった。 俺は無言でカップを受け取って、一口グイと煽る。 「部室では大変だったみたいですね」 「……見てたのか」 「いいえ。しかし、あなたの声は裏庭にも聞こえましたからね。大体予想はつきます」 冷たいコーヒーをもう一口あおり、火照った身体をクールダウンさせていく。 「ハルヒの思いつきも、ここまでくるとちょっとばかり迷惑だな。 さっきお前は間違った策じゃないとか言っていたが、本当にそう思うのか?」 「思いますね」 「何故だ」 「そうですね……簡単な話ですよ」 両手を方の高さに上げて「やれやれ」のジェスチャーをした古泉が話を続ける。 「あなたは今回、潜在的に受けていたストレスによって胃潰瘍になったわけです。 それを完全な形で回復させるには、あなたが何に潜在的ストレスを感じていたのかを特定し、 それが二度とあなたにストレスとならないようにしなければなりません。 専門家でもない我々は、怪しいと思われる可能性を、一つ一つ潰していかねばならないわけですよ」 「………なるほど」 一応、筋は通っているように思える。 「で、その対策の一つが『何でも言うことを聞く』なわけか」 「そうです。あなたは基本的に涼宮さんに行動を制約されていますからね。 一度、あらゆる制約からあなたを開放してみよう、というのが今の涼宮さんの考えだと思われます」 ふむと唸って俺はコーヒーをもう一口飲んだ。 「古泉。お前はハルヒに何か言われたのか?」 「えぇ。『決してあなたには逆らわないように』と申し使っていますよ」 「やっぱりか。まぁ、お前なら特に気兼ねもないからその点は安心だな」 「そうでもありませんよ?」 その時、俺は古泉の目が、普段のニヤけた目とは違う形をしていたのを見ていた。 何か……アマゾンや熱帯雨林の特集をやる動物番組で見たことのある、エサを目の前にした肉食動物の様な目をしている。 「ど、どういうことだ古泉」 「あなたが僕に対して、無意識下でストレスを感じていないとは言えません。 それを確かめるだけです」 明かにおかしな雰囲気を感じ、俺は即座に立ち上がろうとしたが……立てない。 何故か足に力が入らない……なんだこれは? 「古泉……いったいこれは……」 「組織の方から支給された物でして。依存性はありませんし副作用もありません。 ちょっとの間身体に力が入らなくなるだけです」 古泉が一口も口を付けなかったカップを置いて、俺の目前に移動してくる。 「可能性は全て潰しておかねばなりません。 例えば、あなたがわたしに性的な興奮を潜在的に感じていたという可能性も。 これは致し方ないことなのですよ。涼宮さんのため、と思って少々ガマンして頂きましょう」 あのニヤニヤした顔が俺の、目と鼻の先にある。 ヤツの鼻息が俺の顔にかかってきてこそばゆい。 待て。それは明らかに近すぎる距離じゃあないか。 「まさか……古泉、お前まさか………」 「大丈夫。優しくするから身を任せてください、キョンたん」 キモイ! あの古泉がキョンたんなどと言ってくる、この状況が気持ち悪い! それに何だ、何故俺のネクタイをゆるめてシャツの中に手を入れてくるんだ。 やめろそこは違う断じてそんな所にストレスは感じていないズボンの中に手を入れるなちょアッー! 「アナルだけは! アナルだけは!」 思わずそう言って俺は泣いた。 童貞だけど処女じゃない。 そんなアンビバレンツなキャラクターをこれから一生背負っていく自信は、俺にはない。 「やめろ……やめてくれ……」 「そんなに嫌がると燃えちゃいますね。可愛いですよキョンたん」 「ひぃぃぃぃ………誰か………誰か!」 その瞬間、ゲ泉の手がパッと俺から離れた。 俺の可哀想な菊の花も、侵攻から開放されてやっと通常運行になる。 「しくじりましたね。完全に人払いはしたと思いましたが……そちらが干渉してくるとは予想外です」 ゲイは裏庭に植えられた木の下を見つめていた。 そこにいたのは、現生徒会書記であり旧SOS団依頼人だった喜緑さんだ。 両手を後に組んで、一人静かにこちらを見つめていた。 いつの間に現れたんだ! 「なんのつもりですか? 穏健派のTFEI端末が独断で動くとは初めて知りましたよ」 「涼宮ハルヒに急激な変化を起こされては困るの。あなたの趣味で涼宮ハルヒを暴走させて欲しくないだけよ」 そのまま、喜緑さんが何事か……長門の『呪文』のような物を唱えると、 急に俺の萎えていた手足に力が戻ってきた。 手も……もちろん足も動く! 「う、うわぁあぁぁぁぁーーーーーーーーッ!」 「キョ、キョンたん! ぐッ!?」 俺がゲイ野郎を突き飛ばしてその場を飛び退くと、ゲイはそのまま後にぶっ倒れて尻餅をついた。 俺は後も見ずに裏庭からの脱出にかかる。 「これはしてやられました」 「あなたは尻をやるつもりだったのでしょう?」 「つまり、これはそういう意味合いにおいてはあいこ、ということでしょうかね。 僕とあなたはお尻あい、と」 「そうなりますね」 「フフフフ……」 「うふふふ……」 バカのような会話を背後に聞きながら、俺はその場を駆け去っていった。 ◆◆間◆◆ 「はっ………はぁ………はぁ…………」 俺は息も絶え絶えになりながら、商店街を歩いていた。 寒い冬の最中であるのに、商店街まで一気に駆けていた俺の身体は異常な熱を持っている。 今ならきっと頭の上に湯気が見えるぞ。 なにせ、学校から商店街までほぼノンストップで駆けてきたんだからな。 「はぁ……はぁ……………はぁーーーーーーーーーーー……」 大きく溜息。 ハルヒは俺のストレスを開放する、などと言っていたが、開放されてるのは他のヤツばかりじゃないか? 俺自身が解放されている気がちっともしない。 「これは……早急に手を打つ必要があるな。直に発生源を叩く必要があるぞ」 呑気に相手の気が変わるのを待っているわけにはいかない。 普段SOS団の活動で使う喫茶店を前に、俺は携帯電話を取り出した。 ◆◆間◆◆ 「なによ」 「なにじゃない。俺が呼び出した理由くらい、もうわかってるだろ?」 俺は携帯電話でハルヒを呼び出した。 最初はゴネていたハルヒだったが、俺が「言うことを必ず聞くんだろ?」と言った途端、 即座に「わかったわよ」と言ってココまでやって来た。 そして現在、SOS団御用達の喫茶店で、テーブルを挟んでこうして俺とハルヒが向かい合っているわけだ。 「理由って?」 「みんなに言って回ったんだろ。『俺の言うことを何でも聞くように』ってな」 「そうだけど、それがなによ?」 くちびるをアヒルの口みたいに尖らせて、ハルヒは不満げな声を上げる。 「あんたの体調が悪いって言うから、ストレスにならないようにやったことよ。 あたし悪くないもん」 「別にお前が悪いとは言ってない。ただ、そのせいで周りが色々騒がしくてかなわん」 「あたしにどうしろって言うのよ」 「簡単だ。即刻前言撤回すればいい。そうすりゃ丸く収まる」 「嫌よ」 フン、と鼻を鳴らすと、ハルヒは窓の外に目線を投げて言葉を吐き出した。 「絶対嫌」 「………おい、ハルヒ」 「嫌だったら嫌。絶対ヤダ!」 「俺の言うこと聞くんだろ?」 自分で作り出した矛盾にはまったハルヒは、苦り切った顔をして窓の外を見ていた。 恐らく、古泉は今頃組織のバイトが急増して大変なんだろうな。 「ハルヒ。これは俺の命令だ。みんなに言った言葉を撤回するんだ」 「………………」 ハルヒはだんまりを決め込んでいる。 「その代わりだな……」 「………聞こえない! 全然聞こえないわ!」 いきなりそう言うと、ハルヒはガタンとテーブルを蹴る勢いで立ち上がった。 一口も口を付けられていなかったコーヒーがひっくり返り、テーブルに黒いシミが広がっていく。 この騒動に、周囲の目線も一気にコチラを向く。 「待て、落ち着けハルヒ」 「いいわよもう! あたし帰る!」 怒鳴るようにそう言うと、ハルヒは早足にその場を去っていった。 周囲の視線や、こぼれたコーヒーのこともあって俺が一瞬躊躇していると、 ガッシャァーーーーz________ン!! と、隣の席に四輪駆動のごっつい車が突っ込んできた。 「な………」 細かく砕けた窓ガラスが飛び散って、俺の背後を掠めていった。 喫茶店内も悲鳴やわめき声に包まれる。 「ハルヒ……!?」 慌てて入り口の方を見たが、ハルヒは持ち前の駿足でもって駆け去った後のようだった。 まるでタイミングを見計らったような事故っぷりじゃあないか? 俺は呆然とするレジ係を急かして会計を済ませ、急いで外に駆け出す。 ガシャン ギャー ドスンッ ドカ ハルヒを行方は捜すまでもなかった。 まるで道しるべでも作ったかのように、道なりに事故が多発している所がある。 なんだ……あいつはついに世界の崩壊でも願ったのか? その時、ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。 「もしもし、キョンたんですか? 古泉です」 「切るぞ」 「冗談ですよ。それより、涼宮さんの状況がかなり悪いことを理解しているか心配で電話したんです」 「黙れゲ泉。貴様の声を聞くと耳が腐る」 「やはり理解されてなかったようですね。今、その辺りで事故が起こっているはずです」 「そうだが、そうだったとしても貴様は黙して語るな」 「その理由は、おわかりですか?」 「ハルヒが世界の崩壊でも願ったのか? それより他のヤツに代われ。貴様は死ね」 「あの……いいかげん、僕も泣きますよ?」 ゲイの声が軽く泣きそうになっていた。 「よし、死ね。それで事故とハルヒが願ったことと、どういう関係がある」 「……………………」 「言え、さもないと貴様がゲイだと学校中に言いふらして回るぞ」 「涼宮さんは『死にたい』と思ったんですよ。あなたのためにやったことが裏目に出て、更に怒られてしまった。 穴があったら入りたい。恥ずかしい。死んでしまいたいと思った……その結果が、今巻き起こっている事故の嵐です」 「つまり……それに巻き込まれて死んでしまいたい、ってことか」 「あなたなら上手くまとめてくれると思ったんですがね。どうやらそうもいかなかったようで」 「切るぞ。時間がない」 「ところで、今これを教えて上げたわけですから僕の……」 通話を切った。 「余計なこと考えやがって……」 俺は事故の起こった通りを急いで駆けていった。 途中、電柱の後で「死にたい……」とベソベソ泣く茶髪のゲイがいたような気がするが、恐らく気のせいだったのだろう。 ◆◆間◆◆ 転倒、転落、衝突、居眠り運転、うっかり、よそ見、物を落としたり、放り投げたり、火を付けたり、 その他考えられる限りの事故を起こした商店街を駆け抜け、 俺はついに商店街を抜けて住宅街に入ってしまった。 住宅街でも、犬が吠えて駆け抜け、自転車が電信柱に突っ込み、猫がひっくり返り、通り一面阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。 俺は息を切らして足を止め、ここで一つの事実に気が付くわけだ。 「お……追いつかない……」 持久走、短距離走、障害物走でもトップを誇る涼宮ハルヒの駿足に、運動不足の俺が追いつくわけがない。 いつ事故に巻き込まれてケガをするかもわからないこの状況で、ウサギとカメの昔話を実践している場合じゃないんだ。 この状態になったハルヒが居眠りをしてくれるとも限らないし、居眠りの代わりが事故だったら尚更実践できるわけがない。 「ドラ○もんみたいな扱いで悪いが……ここは一つ長門に……」 そう思った時、見計らったようなタイミングで携帯電話が鳴った。 「も、もしもし?」 「涼宮ハルヒの追跡経路をナビゲートする」 長門だった。 「長門か!? どうしてこんなタイミング良く……」 「急がないと間に合わないから」 「そうだな。今はどうこう言っている場合じゃねぇ。じゃないとハルヒが事故にあっちまうからな」 「それだけとも言えない」 「? どういうことだ?」 「見つければわかる」 「で、どうやってハルヒを見つけるんだ」 「あなたと涼宮ハルヒの体内に位置探知用のナノマシンは注入済み。ナビゲートは簡単」 い、いつの間にそんな物を仕込んだんだ。 今日は手首を噛まれた思い出もないぞ。 「あなたには部室で」 部室……あの時のキスはそう言う意味があったのか! 流石長門だ。この時の事を想定して既に手を打ってあるとは。 でも、それならいつもみたいに手首を噛むだけでも良かったんじゃないか? 「進路方向、次の角を左」 無視か。今はそんなことを言っている場合でもないしな。 俺は即座に駆け出して左に曲がった。 ◆◆間◆◆ 「ハルヒ!」 驚いたことに、ハルヒは商店街から住宅街へ出ると、そのまま住宅街をグルリと回って再び商店街へ戻ってきていたらしい。 長門の説明では何だかんだの心理作用がナントカカントカの回帰を起こしたらしいのだが、 ともかく、俺は長門のナビゲートによって、再び商店街へ戻ってきたハルヒの進路方向へ先回りしていた。 「っ!!」 「こら、逃げるんじゃない!」 商店街中程の店の軒下に隠れていた俺は、商店街の大通りに駆け込んできたハルヒの前に奇襲的に登場し、 抱きつくようにして無理矢理ハルヒの足を止めさせた。 聞いたところによると、ハルヒはスピードを微塵も落とさずに走り続けていたらしい。 遠くから声をかけようものなら、あの駿足であっという間に遠くへ逃げられてしまう。 というわけで、俺は商店街の入り口にあった本屋(自転車が突っ込んで片づけで忙しそうだった)で立ち読みをするフリをしていたわけだ。 「放して! 放しなさいよ!」 「放してたまるか! 絶対に放さないからな!」 この寒い中、お互い汗を撒き散らしながら取っ組み合う。 こっちだって命懸けだ。 あいつが呼び寄せていたものが、やっと見えてきたわけだからな。 /´〉,、 | ̄|rヘ l、 ̄ ̄了〈_ノ _/ (^ーヵ L__」L/ ∧ /~7 /) 二コ ,| r三 _」 r--、 (/ /二~|/_/∠/ /__」 _,,,ニコ〈 〈〉 / ̄ 」 /^ヽ、 /〉 ´ (__,,,-ー ~~ ̄ ャー-、フ /´く// `ー-、__,| タンクローリーだ。 『危険物注意』の看板のひっついたガソリン満タンのタンクローリーが、商店街の向こう側に見える。 どうやら妄想は一人事故にあって痛い思いをするというレベルを越えて、周囲を巻き込んで盛大に散るというレベルになったらしい。 こいつをネガティブに暴走させ続けると、どっかの国が打ち落とした人工衛星の破片さえ呼び込みかねんぞ。 「命令だ! 俺の話を聞け! まずはそれからだ!」 「嫌だったんでしょ? だったら命令なんて聞かない! 聞いてやらない!」 ちくしょう、こいつ完全にヘソ曲げてやがる。 しかも本気で暴れるから、いつ振りほどかれるかわかったもんじゃない。 今逃げられたら、後に迫ったタンクローリーにペシャンコにされた上に大爆発だ! 「ハルヒ……いいか、命令だ!」 「嫌よッ!」 「ハルヒ、俺にキスをしろ!」 「いや……何?」 ハルヒがやっと暴れるのを止めて、俺の目を見た。 「お前が俺にキスするんだ」 「な、なんでそんなこと……」 「他の誰も俺の命令を聞かなくてもいい。お前だけに聞いて欲しい」 俺の目線は、ハルヒを真っ直ぐに見ていた……わけではなかった。 実のところはその先に見えるタンクローリーを見ていた。 タンクローリーは、既に、ハルヒの背後百メートルを切った所にあったのだ。 「キョ……バ、バカ! 何言ってんのよ!」 「ハルヒ」 俺はそれだけ言うと、ハルヒの胴に回していた手を解いて、手を顔に添えた。 「バカ……バカキョン………」 タンクローリーはグングンとその距離を縮めていた。 もうハルヒの背後五十メートルの所にあった。 追記すると、ハルヒの目は潤んでいたと思うような気がする。 「お前がするんだぞハルヒ。命令なんだからな」 「………わかったから、目を瞑ってなさいよ」 「丁寧に言ってくれ」 「目を瞑って。おねがい」 タンクローリーはすぐそばに迫っていた気がする。 だが、その後どこでタンクローリーが止まったかまではわからない。 それから数分、俺は目を瞑りっぱなしだったからだ。 ---- 「キョンさ。あたし今日掃除当番だから、先に部室行っててくれる? 後で行くから」 「おう、わかった。掃除サボんなよ」 「サボらないわよ。あんたも活動サボらないでよね」 「おいおい、他に言うことがあるだろ?」 「……楽しみにしているんだからね」 俺はそう言って、ニヤニヤしながら教室を出た。 今のハルヒの一言に、教室中の人間が仰天していたようだ。 谷口は目も口も全開で仰天していたし、あの国木田でさえも目を剥いていたんだからその衝撃の具合もわかるってもんだ。 「きょ、キョンくん?」 「朝比奈さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で?」 教室を出た所で、ドアの脇に立っていた朝比奈さんに気が付いた。 二年生であり、全校生徒の憧れの的でマドンナで天使の朝比奈さんがこんな所にいるのは、確かに不思議と言えば不思議だ。 「うん………あの……キョンくんを待っていたんだけど……」 うん。明日俺の下駄箱にカミソリ入りの呪いの手紙が入っていてもおかしくないセリフだ。 今の俺には微塵も怖くない所だがな。 「あの……これって、本当にキョンくんと涼宮さん?」 そう言って見せられたのは、携帯電話の画面だった。 画面には、タンクローリーの乗り入れられた商店街を背景に、抱き合ってキスしている俺とハルヒの姿が写っている。 「どうしたんですか、これ?」 「あのね、これが学校中にメールで出回っているらしいの。その……『涼宮ハルヒ熱愛発覚!!』って」 「なーんだ、そんなことですか」 俺はアッハッハと笑い飛ばした。 朝比奈さんも、それにつられてエヘヘと笑う。 「そうですよね。怪文章の類ですよね、こんなの」 「いえいえ。ただの事実だから笑ったまでですよ。 な、ハルヒ? 俺達ラブラブだよな?」 朝比奈さんと廊下の生徒達、そしてクラス中が再び仰天するのを感じながら俺は堂々と胸を張った。 「そ、そうだけど、それがなによ……」 「もっと他に言うことがあるだろ?」 「ら……ラブラブよ! あたしはキョンが大好きッ! これでいいでしょ、もうっ!」 ふふ、と俺は笑って肩をすくめた。 「何の問題もありませんよ、本当」
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※このSSはDSソフト「レイトン教授と悪魔の箱」を基にしています。 ───開けた者は必ず死ぬ─── そんな箱の存在を、あなたは信じますか? ──────────────────────────────── 拝啓 SOS団様 突然のお手紙申し訳ありません。 本当は直接あなた方のところへ伺って依頼を致したかったのですが、 事情によりこのような形となってしまいました。お許しください。 本題ですが、あなた方は「悪魔の箱」と言うものをご存知でしょうか? 開けたものは必ず死ぬ呪いの箱、と噂されているもののことです。 私の父は考古学者で、ぜひこの箱の調査をしてみたいと、先月イギリスの ある町に発ちました。詳しいことは私も知らされておりませんが、レイリス・シュレーダーという博士の助手をしているとだけ聞きました。 ところが先週、父が行方不明になったと…知らされました。 原因も何もかも分からずに、です。 私もイギリスへ行って父を探したいと思ったのですが、 引き止められました。 事実がはっきりしない以上、あなたにも危険が及ぶかも知れないと。 なので、私はあなたたちにこのことを頼みたいと思います。 イギリスで悪魔の箱について調べ、父を見つけてもらいたい… その一心でこの手紙を書きました。 あなたたちならきっとやってくれる…信じています。 5人分の航空券を手配しておきました。 12月26日の午後3時半、ロンドン行きの便です。 よろしくお願い致します。 ──────────────────────────────── 「ねぇ!面白そうじゃない!?呪いの箱と行方不明の父親…まさに不思議って感じじゃない!!」 団長は目をキラキラさせて興奮しながら言った。 「そうですね…僕も興味があります。一度、行ってみたかったですし。イギリス」 古泉が賛成しやがった。面倒なことになりつつある… 「わたしも行ってみたいですぅ」 「…行きたい」 …なんで皆そんな乗り気なんだ? 「どうするの?キョン。あんただけ残る?ノリが悪いわね」 まだ何も言ってないぞ。 「まあ…行ってもいいけどな。妹を預けられるんなら」 「じゃあー決まり!!SOS団の冬合宿inロンドン決定よ!!」 なんかおかしくないか? なぜ俺たちなのか…わざわざチケットを用意してまでSOS団に行かせる理由とは?? もっとしっかりした機関に頼んだほうが確実なのに。 しかも…父親の名だけが書かれた、宛名のない手紙。 調べたらすぐに分かることなのに…敢えて隠してるのか? なんか引っかかる…… まあいいか、ロンドン…行けるとなればこんなチャンスはないからな。 今年もクリスマスがおわって、来年まであと何日と数える時期になった。 12月26日、午後2時─── 「遅い!!罰金!!」 妹を親戚の家に預けた後、 いつもの声を聞きながら俺は最後に集合場所に向かった。 このバス停から空港へ向かうバスに乗るらしい。 時間があまりないので、今日は喫茶店でのおごりはなしだ。ラッキー。 午後2時20分、皆でバスに乗り込んだ。 ここから空港までは45分ほどかかるらしい。 俺はバスに揺られながら、あの時気になったことを隣に座る古泉に相談した。 「実のところ、僕にもよく分からないんです。今回は涼宮さんはあまり絡んでないようですね。つまり、彼女がはじめから望んだ結果ではない…」 「それで、『悪魔の箱』は本当に…?」 「…それもまだ。上の者ですら、その『箱』について一切の情報を持っていません。おそらく涼宮さんも、何かと恐れているものがあるでしょう」 「ハルヒが『箱』の正体を恐れている?」 「……いや、やはり[楽しみにしている]といったほうがいいでしょうかね。『開けたものは必ず死ぬ』…誰だって、興味を引かれますよ」 「俺はあんまり興味なんてないぞ。なにか裏がある気がしてならん…」 そのとき、補助席を挟んだ隣にいる長門が、俺の腕をつついた。 当のハルヒは、また朝比奈さんにいたずらしているようだ。 「今回の依頼状が来たことには、涼宮ハルヒはほとんど関与していない。そして、『箱』の正体について、彼女は急いで真相を究明することを望んでもいない」 長門はこっちを見ずに淡々と話す。 「…どういう意味だ?」 「本来の目的は依頼人の父親を捜すこと…しかし、彼女にとってはどうでもいい、目的としては二の次。本当にロンドンに行きたがる理由は、『箱』に隠された彼女なりの物語が具現化されているのをその目で見ること」 「つまり、涼宮さんは『箱』に隠された秘密というのを、既に頭の中で想像しているようですね。そしてそれが本当であればいい…そういうことです」 「それって、ただ楽しんでるだけじゃないか」 「違う」 「?」 「涼宮ハルヒは『箱』に関わることでその呪いにより我々の中の誰かが死ぬようなことになるのを恐れている…特にあなた。だから、そんな呪いすら始めからなければいいと望んでいる。呪い以外の、何か別の真相を。しかし、彼女の中に葛藤があるのも事実」 「………?」 「簡単に言えば、涼宮さんは『箱』の呪いが実在すれば面白いと思っている…しかし同時に、その呪いによってSOS団の誰かが死んだりすることを恐れてもいる。特にあなたには…そういうことです」 「なんで俺のことをそこまで強調する?…しかしあいつも子供みたいだな…呪いを信じてるわけだろ?」 「しかし涼宮さんが望めば、箱も呪いも実在することになるんですよ?」 「まあそうだが………相変わらずややこしいな……」 そんなこんなで俺たちは空港に着いたのだった。 「さて…搭乗手続きしてくる。みんなここで待ってて」 こういうとき、ハルヒのリーダーシップは少なからず頼りになる。 朝比奈さんは土産屋で可愛いストラップを探している。 残った3人は、バス内で話題を尽くしてしまったために、無言である。 やっぱり気になるな…ハルヒは何を望んでいるのか。 そもそも『箱』は実在するのか? 分からないことが多すぎる…… 一人で深く考えすぎて、いつの間にか時間が来ていた。 午後3時半、俺たちは無事に飛行機に乗り込み、ロンドンへと飛び立った。 およそ9時間半の長旅を終え、俺たちはロンドンの地を踏んでいた。 そこからタクシーで15分、安そうなホテルを探して町へ。 思えば、飛行機以外はこの合宿行き当たりばったりだな…大丈夫なのか? 荷物を預けたあと二班に別れて、第一回不思議探索inロンドンと称し、手紙に書いてあったシュレーダー博士という人のことを調べに回ることにした。 幸運なことに、俺は朝比奈さんと2人だ。 ハルヒたちは市役所へ行って住所を聞いてくるといっていたので、俺たちは町の人に直接聞き込みをして回ることにした。 「朝比奈さん…どう思います?」 「どうって…『箱』のことですか?」 「あの手紙がきたときから、不自然なところがいろいろとあるんですよ。何か知っていることはありませんか?」 「いえ、何も…もし知っていたとしても、キョン君には言えないことが多いので…ごめんなさい」 「禁則事項ですか」 「はい…」 「でも…朝比奈さんが自分で思っていることについては、口止めはされませんよね?」 「へ?」 「『箱』について、朝比奈さん自身はどう思ってるんですか?」 「………正直、分からないです。その呪いというものにしても、私は何も聞いてませんし、そもそも本当にあるのかどうか……」 まあそりゃそうだ。朝比奈さんの意見はもっともである。 「キョン君は、『箱』のことをどう思ってるんですか?」 「僕は…どうも怪しいと思うんです。わざわざ僕たちに依頼した理由…それに差出人の書いてない手紙。呪いじゃないにしろ、なんか裏があるかも…って」 俺たちは誰から情報を聞き出そうとするわけでもなく、気付いたら普通にロンドン市内を探索していた。 ヤバいな、ハルヒに知られたらまた何て言われるか…その時だった。携帯が鳴りだした。ハルヒからの電話である。 「…もしもし」 『ちょっと、有希と古泉くんが急にいなくなっちゃって。連絡はとれるんだけど、あんたたちと合流してって言われたの。今の場所分かる!?』 「ああ……駅西口だけど」 『わかったわ。今から行くから…あーそれと、あのシュレッダー…だっけ?その博士の家がどこかわかったから、そこに行くわよ!じゃ』 プッ 長門と古泉が…はぐれた? あいつらが二人で行動する理由は一つだけど…だけどな… そして電話を切ってみると、古泉からメールが来ていた。 [宿でまた会いましょう] 20分後、俺と朝比奈さんとハルヒは合流し、シュレーダー博士が住んでいるアパートに向かった。 「ハルヒ、何で古泉たちとはぐれたんだ?」 「はぐれたんじゃないわ。なんか急に『用事がありますから』って…こんなところでよ?用事なんてあるわけないじゃない。きっと二人で抜け駆けしたんだわ」 「まあ、あいつらがそんな関係じゃないことくらい知ってるだろ?」 やっぱり…でもまさか…ハルヒは不機嫌そうでもないし…どうしたんだろう? シュレーダー博士のアパートは、ロンドン中心部から少し離れたところにあった。ハルヒがチャイムを鳴らすと、しばらくして白いあごひげを生やした初老の男がでてきた。 「こんばんは…レイリス・シュレーダーさんですか?」 ハルヒは少したどたどしい英語で尋ねた。 「そうですが…あなたたちは?」 「私たちは日本から来ました。最近行方不明になった、あなたの助手の方についてお話を伺いたいのですが」 「…ケイジ……」 「?」 「いや……入りなさい」 部屋のなかはまるでごちゃごちゃした研究室のようだった。博士は真ん中にあるソファを指して「座りなさい」と言い、向かいの椅子に座った。 「それで…話を聞こうかの」 「はい。まず、この手紙を見てください」 ハルヒは依頼状をテーブルの上に置いた。 「差出人は書かれていませんが、この手紙は日本人の女の子からのものです。そして、その子の父親があなたの助手で、『悪魔の箱』と言われるものの調査中に…行方不明になった」 「………」 「その人について、何か教えてもらえますか?」 博士は悲しそうな表情をしていたが、やがて口を開きだした。 「……わかった。話そう。はっきり言って、わしもあまり思い出したくないのじゃが…君たちが彼の捜索をしてくれるなら………」 「あれは今月の頭じゃった。それ以前からずっとわしと彼…ケイジ・オノサキじゃが…二人で、『悪魔の箱』の謎を追っていたんじゃ。ばかげているのはわかっておるが…実際に死亡事件が多発していての。この1ヶ月で6人じゃ。しかも奇妙な共通点があって…」 「共通点?」 「6人全員、死亡原因がわからない。まるで眠ったように…死んでおる」 「それは確かに奇妙だわ…」 「しかも、この6人とも、以前に何かしら『箱』と関わっておるんじゃ」 「それはなぜ分かるの?」 「……それは警察との話で口外してはいけないことになっておる。すまんの」 (…聞いて、どうですか?) 俺は隣にいる朝比奈さんにこっそり尋ねた。 (やっぱり…変ですよね。『箱』に関係している人間が死んでいる…しかも原因不明で) 「それでな。わしらは『箱』について有力な情報が隠されているらしい場所に向かった。そこで調査を進めるうち…そこの町外れの森の中で………急にいなくなってしもうた」 「急に?」 「本当に急に、いなくなってしもうた」 「で…そのまま帰ってきたの?置き去りにして?」 「わしも必死に捜した。捜索班も派遣したが…その人たちもまた…消えてしもうて…」 「…なるほど。で、その場所とはどこですか?」 「フォルセンスと言ってな…キングズクロス駅から特急で2時間半ほどじゃ。じゃが、もし行く気なら気を付けた方がいい。あそこは…まるで呪われておる」 「どうだ?ハルヒ」 アパートを去り、宿に向かう途中、おれは尋ねた。 「どうって?」 「『悪魔の箱』だよ。あると思うか?本当に」 「何言ってんの。あるに決まってるわ。だっておかしいと思わない?博士の話によれば、『箱』に関わった人物が死んだ。尾野崎圭二は行方不明…実際に箱を見たり触れた人は生き残っていない…しかもそれがあるという場所は『まるで呪われている』……呪いの仕業とみて間違いないわ」 「そりゃおまえはそう思うだろうが…」 宿に着くと、既に長門と古泉がいた。 俺は男部屋で古泉に今日のことを尋ねた。長門も呼んで3人で。 「実は今日、小規模ですが…閉鎖空間が発生しました。一応僕が片付けておきましたが、どうやらいつもと違うようでしたので、長門さんにもついて行ってもらったんです」 「いつもとちがう?」 「今日午後5時16分にロンドン郊外のごく限られた地区で局地的閉鎖空間が発生、たまたま近くに居合わせていたため、我々は涼宮ハルヒをあなたの元へ誘導し、午後5時34分に消滅させた。ただし、今回異例なのはそれに涼宮ハルヒが全く関与していないこと」 「それって…ハルヒが発生させた閉鎖空間じゃないってことか?」 「…原因はまだ分からない。しかし、考えられる可能性があるとすれば一つ」 「なんだ?」 「涼宮ハルヒ以外にも、情報統合思念の能力をもつ者がいる。しかも、この地点から半径422.35km以内に」 「ハルヒの能力を持ったやつが…もう一人?」 「…可能性は低い。しかし、もしそうだとすれば厄介」 「厄介って?」 「本来一方向だけに働いている彼女の能力が、もう一つのそれにより一部もしくは全てが阻止された場合、情報統合思念体間衝突によって空間が情報飽和状態に陥り、それが最大許容量を上回ったとき、巨大なビッグバン現象を引き起こす」 「…………」 「例えば、涼宮さんが『神』であるとしましょう。そこにもう一人『神』が現れればどうなるか…世界は涼宮さんの支配下になるものと、もう一方の支配下になるものが生まれる…そうなったとき、なにが一番危険か、と言うことです」 「どういうことだ」 「かつて人間の異なる二大勢力の衝突により勃発した『戦争』という現象…これが全世界を巻き込みます。涼宮さんと『その人物』が直接対面し、彼女がもつ能力が、もう一つのそれと衝突したとき…世界は壊滅する危険にさらされてしまうわけです」 「実際にそうなった場合、そのビッグバン現象を引き起こす可能性は99.79%」 「仮に涼宮さんの力が同時に二つ、真正面からぶつかり合えば、そのときに生じる物理的エネルギーは…そうですね、広島型原子爆弾のおよそ120億倍、とでも言えましょうか」 「………………」 「またそれは、発生から12分以内に地球上のどの場所も壊滅させることができます」 「それを止められるのは、我々の知るところたった一人」 「……………」 「あなた。涼宮ハルヒが選んだ人物」 ……………………… 「ま、まて、ちょっと」 「無理もない。もともと言語伝達には向かない情報」 「いや違う。お前らの言いたいことはわかった。…ちょっとはな」 「とにかく、あなたしかいないんです。涼宮さんに何か起きた場合、あなたに処理してもらわなければ我々にはどうしようもないんです…分かってもらえませんか…ここにきたのは無論『箱』の調査のためですが、新たな問題が発覚した以上、僕と長門さんはこっちのほうも調べる必要があります…あなたや朝比奈さんにも。協力してください。…まあ、先ほどの話はあくまで仮説ですが」 ちょっとまて。訳が分からん。話の規模がでかすぎる…何?世界が壊滅だって?120億倍?え、しかもまた俺なの──── 理解しろだと?無理にも程ってもんがある。今日は歩き疲れたし、時差ボケもあるし…なにも考えたくないんだ。 時計の針は既に12時を少し回っていた。 「……時間をくれ。もうこんな時間だ。長門、もう部屋に帰ったほうがいい。おやすみ」 「…そう」 「おやすみなさい」 その夜俺は遅くまで眠れなかった。 つづく